芝の獅子帝―サクラアスラン奮闘記 (シェルト)
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序章 目覚め~選抜レース
知らない天井。見慣れぬ姿


転生ウマ娘ものとか架空馬もの見てたら自分でもやりたくなったからね。
仕方ないね。


全身に倦怠感と鈍痛が走る。

おぼろげな視界に目をこらすと、自宅にある寝室の天井ではなく無機質な白い天井と蛍光灯が目に入る。

 

なんだ?と思い視線を横にすると、クリーム色のカーテン。

そして点滴と心電図モニターがあった。

 

ガバっと体を起こすと急に動いたからか、全身に鋭い痛みが走り、心電図モニターから音が鳴る。

すぐに白衣を着た女性が駆けつけ、俺の姿を見るなり

「動かないで!安静にしてね。」

と言い、「先生!3番処置室の患者さんが!」と走っていった。

 

ひとまず再び横になり、頭の中を整理する。

 

確か昨日は休みだったから府中の東京競馬場へ行ったはずだ。

アプリのウマ娘をやりつつレースを観戦し、

「俺の3万が…」と肩を落として横断歩道を渡っていたら信号無視のバイクが…

 

…なるほどそれで病院に運ばれたのか。

なんとも運が悪い。いや助かっただけ不幸中の幸いか。

 

とりあえず会社と家族に連絡しないと…と思っていると先ほどの看護師さんと聴診器を下げた女医さん。

そして見知らぬ男女2人が入ってきた。

 

「アスラン!アスラン!心配したのよ!」

と泣き叫ぶ女性。

「大丈夫か?父ちゃん達が分かるか?」

と涙目で問いかけてくる男性。

 

…いや待って?

なにウチの両親面してるの??

それに女性の方はなんつった???

 

そして聴診器を当てられ看護師さんに薬の指示が飛ぶ。

 

「サクラアスランさん。親御さん。ひとまず峠は越えましたが予断は許されません。しばらくは絶対安静が必要です。」

部屋にほっとした空気が流れる。

 

いや俺は全くもってほっとしないんだが。

なんなのこの状況。

「サクラアスラン」って俺のこと言ってる?

俺普通の日本人男性だよね?

誰かと勘違いしてる?

某テイオーならおなじみ半角ボイスで「ワケワカンナイヨー!」と言い出してるところだ。

 

「左足が骨折していたため今後リハビリが必要となるでしょう。また、頭の傷もおおきく、数針縫っていますので抜糸まで包帯はつけたままとなります。」

状況の違和感が半端なかったが女医さんの説明でようやく身体の違和感に気付きはじめる。

 

まず左足の感覚が鈍い。

全く動かせないわけではないが動かそうとすると痛みがはしる。

そして頭。

手で頭の包帯を触ろうとすると女医さんが手鏡を用意してくれた。

 

なるほど目から上をすっぽりと覆うように包帯でグルグル巻きにされている。

 

 

 

 

 

いや驚いたのはそこではない

 

 

 

 

なんで顔つきが幼い…というか女の子になってんの?

 

 

 

なんでウマ耳が頭についてんの??

 

 

 

てことはあれかい?

 

 

なんでウマ娘に転生してんの!?!?!?

 

 

 

 

 

情報と状況の洪水でだいぶパニックになったが、数日経ちひとまず落ち着いた。

 

まず今世での俺の名前は「サクラアスラン」というらしい。

家族で阪神レース場に観戦しに向かった際事故にあった。

搬送されたときは意識不明で両親は死を覚悟したとか。

 

「なんにせよ元気になって良かった。三女神様のご加護だわ。」

そう俺の手をとり語るのは今世の母親。(ちなみに人間)

最初は両親を名乗る見知らぬ不審者ぐらいにしか思ってなかったが、時が経つにつれて『この人達が血の繋がった両親』だと脳が受け入れてきた。

いや受け入れざるをえないというか…

これだけ献身的に心配してくれているのにいつまでも他人行儀じゃいられなくなった、の方が正しいか。

 

ちなみに何のレースを見に行ったのかと問うと、「そういえばレース結果気になるわよね」と新聞を見せてくれた。

 

「…うそだろ…」

 

新聞の一面にはこんな文字が載っていた。

 

『メジロマックイーン宝塚記念圧勝!』

『イクノディクタス2着。休む間もなく京都へ』

『宝塚回避のトウカイテイオー、復帰は絶望的か』

 

メジロマックイーンとイクノディクタスのワンツー。

テイオーの宝塚記念回避。

 

これはあれだ。

アニメ2期でも少し触れられた93年の宝塚記念だ。

 

てことはなにか?

ここはアニメ2期のウマ娘世界なのか?

 

とここで俺のうそだろ発言に母親が反応する。

「ああ、テイオーさんね。あなたテイオーさんの大ファンだったから引退は悲しいわね。」

 

なるほど俺とアスランちゃんの推しは同じだったらしい。

元々のサクラアスランの魂はどうなってしまったのだろうか。

願わくは無事でいてほしいが…この件は今考えることではない

この世界でどう生きていくかを考えなければ。

 

ひとまずこの世界がアニメ2期の時空だとするとこのあとの展開は想像しやすい。

3度の骨折を経てテイオーは心も折れてしまいチーム脱退を決意。

ツインターボのオールカマーの同日に行われた秋の感謝祭にて、テイオーは仲間やファンの声、そしてターボの『あきらめない姿』に心を揺さぶられ復帰を決意。

同年冬の有馬記念の布石となる…

こんな感じだったはずだ。

ということは今からリハビリを頑張ればあの名シーンを見に行ける…?

 

「ねえお母さん。」

「?なあにアスラン。」

「リハビリ頑張って、退院して、少しでも歩けるようになったら、府中のトレセン学園の感謝祭に行ってもいい?」

「…え?」

「テイオーさんに会いたいんだ。」

 

母親は少し腕を組んで目を閉じ、「あなたならそう言い出すと思ったわ」とつぶやき、退院してけがの具合が良くなっていたら一緒に行こうと言ってくれた。

なんせ今は大阪住みだからね。

松葉杖ついた小学6年生が一人で大阪から東京までは流石に無理がある。

 

ともかくこれで推しに会いに行く確約をいただけた。

テイオーだってリハビリ頑張ったんだ。

中身大の大人な自分がへばってどうする。

 

感謝祭まで約2ヶ月。

全力でリハビリやったるで!




アスラン「なんでや神様的なのに会った覚えないぞ?」
神的なの「ほっほ、今会ったぞ。」
アスラン「転生特典は?」
神的なの「ない。前世知識でがんばれ。」
アスラン「手鏡で姿をみるのは?」
神的なの「作者がメタル○ア好き。」

アスラン「なるほど作者とおまえの趣味だな?」
神的なの「まあ頑張…待ってそのリボルバーどっから持ってk」

作者「神!応答してくれ!神!かみーッ!」


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運命的ななにか

やっと原作キャラ出せた…


必死のリハビリから2ヶ月。

ようやく退院することができ、頭の包帯もとれた。

 

髪色は少し黒味が入った茶髪…というか所謂黒鹿毛。

髪を左側に束ねたサイドテールに、テイオーやルドルフみたいな白い流線型の前髪がたれている。

そして右耳に葉桜をかたどった銀色の耳飾りが付いている。

ちなみに髪を片方に束ねるサイドテールになっているのは反対の右側に大きな傷を負ったからであり、本来人間の耳があるところから右眉毛の上まで大きな傷跡が残っている。

傷を縫う為に髪の毛が邪魔になるため一時的に剃っているのだ。

数ヶ月もすれば傷を隠すように髪が生えてくるだろう。

まあ眉毛の上は隠しようがないからあれだが。

 

足の具合は松葉杖で歩けるまでには回復した。

順調なら遅くとも年末までには普通に歩けるようになる…が、全力で走れるかはウマ娘専門の理学療法士さんと相談しながらとなる。

 

なんにせよ東京に行く条件はそろったので、両親同伴のもと府中のトレセン学園へ向かう事になった。

 

 

 

府中のどこにあんな広大な学園を置く場所があるんだと思っていたが、普通に東京レース場の隣にあった。

確かここ厩舎があったエリアだったよなぁ…

 

東京競馬場正門を彷彿とさせるシックなデザインの門に西洋チックな校舎。

そして目の前に広がる本格的な模擬レース場。

アニメやアプリで見た景色がそこにあり、改めてここが現実世界ではない、別世界なのだと実感した。

 

今日は秋の感謝祭、つまり学園祭の開催日であり、各模擬店がところ狭しと並び、各エリアでは催しものも行われている。

ステージで行なわれる『トウカイテイオーミニライブ』もその一つだ。

 

ミニライブと銘打っているが実質『引退会見』だ。

ステージに向かう客もそれを感じているらしく、「やっぱやめるのかな…」「最後の晴れ姿を目に焼き付けよう」と言った声が聞こえる。

もし俺も史実を知らなければそう考えてもおかしくないだろう。

と、あの後ろ姿はキタサンブラックとサトノダイヤモンドか。

心なしかずいぶん落ち込んでいるように見える。

しかしキタサンの手には一生懸命作ったあのお守りが握られている。

彼女は俺と同じ気持ちだ。

 

 

 

ライブ開始時間となり、テイオーが上手側からゆっくり登場し、大きな歓声があがる。

そしてテイオーの口から語られる『辞める理由』

史実を知っているとはいえ正直聞いていてつらい。

 

「テイオーさん!私、待ってます!」

堰を切ったように涙を流しながら叫ぶキタサン。

 

「エゴでもいい!わがままでもいい!もう一度走ってくれ!」

はちまきを巻きながら熱い本音を口にする沖野トレーナー。

 

そして口々にあがる復活を望むファン達の声。

 

そうだ。

ここで終わるような逸材じゃない。

世代ではないが、ウマ娘から実馬を知り、こんなドラマチックな名馬がいたのかと心震えた衝撃は今も覚えている。

 

「しっかりしろ!あんたは‘トウカイテイオー’だろっ!!!」

 

気付いたら声を出していた。

思ったよりも大きな声が出たためか、テイオーがこちらを向き、目線が合う。

 

そのとき

不思議な感覚が俺を襲った。

うまく言葉に出来ないが、テイオーから()()()()()()()を感じたのだ。

 

もしかして:相思相愛?

いやまて厄介ヲタぶりを見せるんじゃない。

ウマ娘世界における『運命的ななにか』は『何らかの血縁関係がある』と同義だ。

マルゼンスキーとサクラチヨノオー・スペシャルウィークやサクラバクシンオーとキタサンブラック、そしてメジロマックイーンとゴールドシップが有名どころか。

 

てことはつまり、

俺…『サクラアスラン』と『トウカイテイオー』は()()()()()()()()()()()()()ということか?

でもテイオーの産駒に『サクラ』の冠名がつく競走馬はいただろうか…?

確かだいたい『トウカイ』の冠名だったと思うが…

 

この点が気になってしまいその後のライブはあまり覚えていない。

ずっと考えごとをしていたためか親からも心配されてしまった。

 

「アスラン大丈夫かい?あれだけ楽しみにしていたのにずっと難しい顔して」

「やっぱりまだ調子が…」

「大丈夫だよ。ちょっと考えごとをしてただけ。」

 

そう言い繕い、出口に向かって歩き始めると。

「すまない。少しいいだろうか」

と、声を掛けられた。

 

そうだ…

サクラアスランがテイオーと血縁関係にあるということは、

自動的にこのお方とも血縁関係があるということだ。

 

「すみません親御さん。少しこの子とお話をしてもいいでしょうか」

 

トレセン学園生徒会長

‘皇帝’シンボリルドルフがそこにいた。



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皇帝との遭遇

「まあ…!シンボリルドルフさん!」

「おお…本物や…」

 

と感嘆の声をあげる両親。

 

皇帝 シンボリルドルフ

 

史上初となる無敗のクラシック3冠を達成し、

つい最近までG1最多勝利数を誇り、

『絶対がある』とまで称された

近代日本競馬を代表する名馬中の名馬。

 

その御仁がウマ娘の姿とはいえ目の前に立っていた。

 

見れば見るほど顔がいい…じゃなかった。

テイオーほどではないが、ルドルフからも()()()()()()()を感じる。

 

それは向こうも同じようで、「ふむ…」と顎に手を当てる。

 

「君はなにやら…どことなくテイオーに似ているな。初めてテイオーやツヨシに会った時を思い出したよ。」

「は、はあ…」

 

これはもう確定だな。

俺はシンボリルドルフ、トウカイテイオーの血を引く競走馬の魂を引き継いだウマ娘なのだ。

しかしテイオー産駒で『サクラ』の冠名を持つ馬なんて聞いたことがない。

力振るわず早々に登録抹消された子なのか、はたまた神様の気まぐれで生まれた『架空馬』なのか。

疑問が尽きることはない。

 

「おっと、話がそれてしまったな。すまない。」

 

ルドルフの言葉に俺も思考を戻す。

 

「気を悪くしないでほしいのだが…君のその足と頭の傷は…」

「ああはい、数ヶ月前に事故に遭いまして。」

「そうか、不躾な質問だった。軽々に聞くことではなかったな。」

「い、いえ!気にしないでください。」

 

耳を前に倒し、すごく申し訳なさそうな顔をしたため、あたふたと気にしてないことを伝える。

この人は普段からこんな感じなのか?

 

「私は一学園の生徒会長に過ぎないが、百駿多幸、全てのウマ娘の幸せを願い、微力を尽くしている。もし何か力になれることがあれば遠慮なく言ってほしい。」

 

…いや人が出来すぎてない?

なにこの超完璧な為政者は。

これで中身はダジャレ好きなのだからよく分からん。

しかし生徒会長(ルドルフ)に頼む事か…

 

「…あの、ルドルフさん。」

「どうした。言ってみなさい。」

「自分は今はこんななりですが、来年この学園に入ることを夢見てリハビリを続けています。」

 

「え?」と顔を向ける両親

ルドルフは黙って俺の話に耳を傾けている。

 

「テイオーさんにお伝えください。『あなたを目標とする後輩が、あなたと共に走れるよう奮闘している。有馬記念での復活を心待ちにしている』と」

 

そしてルドルフは目をつぶりながらこくりとうなずき、少し声色が優しくなる。

 

「分かった。確かに伝えておこう。テイオーも励みになるだろう。」

 

「ありがとうございます」と頭を下げると、軽く頭をなででくれた。

 

そして「おそらく知っているとは思うが」と前置きし、両親にも聞こえるよう話す。

 

「来年度の入学試験は年明けに行なわれる。内容は学力試験・面接試験・そして実技試験の3つで構成される。実技試験の比重が重いのは周知の事実だが、他の2つが考慮されないわけではない。将来有望と総合的に判断されれば入学は可能だ。」

 

なるほど、おそらく両親が怪訝な顔をしたのを見て、怪我が完治しなくても十分合格の可能性はあるということを伝えたかったのだろう。

両親が少し胸をなで下ろす。

 

「そういえばまだ名前を聞いていなかったな。」

「はい、サクラアスランです。」

「ふむ…ライオン(アスラン)か。良い名だ。」

 

と、再び頭をかるくなでる。

 

「おい、そろそろいくぞ。」

「ああ、ブライアンか。今行く。」

 

おおっ、ナリタブライアンだ。

この無骨な感じが格好いいんだよな。

 

「では私はこれで失礼する。サクラアスラン、君の怪我の完治と、再びこの学園の門をくぐる日が来ることを心より祈念する。」

 

そう言ってバサッという効果音が聞こえてきそうな身のこなしで踵を返す。

 

そしてふと立ち止まり、「そういえば…」と再び俺の方を向く。

 

「どうして君は『テイオーが有馬記念で復活する』と断言したんだい?」

 

アカン

 

「じ、自分がテイオーさんならそうすると思ったからです!」

「なるほど、得心がいった。しかし君は本当に不思議な魅力をもつ子だな。」

「あ、あはは…」

 

苦笑いするしかなかったがなんとかごまかせたようだ。

ルドルフも口に手を当てほほえむ。

 

「呼び止めて悪かった。では改めて失礼する。」

 

そう言ってブライアンと共に校舎の方へ向かって行った。

 

だいぶキモが冷えたが収穫の多い会話だった。

早く足を治してトレセンに入りたいな…

その前に年末の有馬記念か。

 

「…アスラン?お父ちゃんの知らない話があったんやが…」

 

…その前に両親の説得が先か。



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もう一人の王

感謝祭にてルドルフと会ってから4ヶ月。

ついに医者からのOKサインが出た。

約半年間の治療とリハビリを終え、ようやくウマ娘としてスタートラインに立てた事になる。

 

ちなみにトレセン学園への入試挑戦は母親が肯定的なのもあり許可してくれた。

 

残念ながらあの有馬記念は検査日と重なってしまい現地観戦はかなわなかった。

まあ病院でスタッフさん達と一緒になってテレビを食い入るように視聴したが。

 

そして年が明け1月後半。

入試の日を迎えた。

 

面接試験は就活時のことを思い出しながら行なった。

「御社」と言いそうになったのはここだけの話だ。

 

学力試験は社会科以外特に苦戦することなく終わった。

事前に試験対策のため歴史を学び直したが…この世界馬がいないだけあって歴史のいたるところが変わってやがる。

源義経やチンギスハン、果ては秋山好古*1までウマ娘になってたのは流石に面を食らった。

 

そして実技試験。

半年近く運動していなかったため両親からはやはり筋力や体力不足を心配され、「無茶だけはするな」と東京に向かう前に言ってくれた。

俺自身も一番の不安材料だったが、理学療法士さんと一緒にリハビリ中でもできるトレーニングメニューを組んで貰い、全快後は暇さえあれば走り込みと筋トレを行ってきた。

付け焼き刃もいいとこだがやれるだけのことはやり、試験を終えた。

後は人事尽くして天命を待つといったところだ。

 

全試験が終了し、受験生達が家路につく。

宿泊しているホテルに帰る前にもう一度トレーニングコースを見てこようと構内を散策する。

 

すると「おい」と不意に呼びかける声がした。

 

「サイドテールに大きな傷…お前が()()()()のお気に入りか。」

 

後ろを振り向くとそこには、腰まで届きそうな長い髪に白いワンポイントが入った前髪の持ち主。

シリウスシンボリがそこにいた。

 

ふーむやはり顔がいい…じゃなくて。

 

「ええと、皇帝さまのお気に入り、とは?」

「ハッ、天下の皇帝サマがテイオーに話していたのさ。『同じ境遇にあいながらも前を向き、目標とする後輩がいる』ってな。」

 

どうやらルドルフは本当に伝えてくれたようだ。

 

「『あのように目から活力があふれでる子はなかなかいない』とほざくからどんな奴かと見てみれば…案外間抜けな顔をしているのな。」

「なにが言いたいので?」

「おまえは十中八九合格が確約されているということだ。」

「つまり…ルドルフさんが自分の試験結果に口を出すかもしれないと?」

「もし仮にお前が落とされるようなことがあれば教職員に抗議しにいくだろう。『実技試験の結果だけを重んじて他の試験を含めて考慮しないのは学園側の怠慢だ』とでも言ってな。」

 

それはさすがに職権乱用…というか生徒会長にそこまでの権限があるのか…?

 

「あいつは昔からそうなんだよ。一度こうだと決めたことはなにがなんでも押し通す。反論しようとしてもあいつなりの『正論』で武装してくるから余計タチが悪い。お前はそんな皇帝サマに一目置かれたということだ。」

シリウスはそう吐き捨てるように言い切った。

 

「…自分の実力に応じた結果が出ることを祈り、それを受け入れるだけです。」

「ほう?自らチャンスをつかむ機会を投げ捨てる気か?」

「実力なきものが中央に入っても待っているのは残酷な現実だけですから。」

「…」

 

 

競馬をかじった者なら分かるはずだ。

中央…いや競馬の世界はどれほど過酷で残酷な、文字通りの『競争社会』なのかを。

勝ち上がれるのはほんの少数。

グレードレースに出られる競走馬は何千といる馬のごくわずかな上澄みであり、

その下には活躍できず登録抹消、引退という末路をたどる馬がごまんといる。

だからこそ未勝利戦や1・2勝クラス戦にて必死に前を目指す子の応援に力が入る。

『競馬は全員が主人公』とはよくいったものだ。

 

そんな魔境に中身一般人の自分がどれほど活躍できるのか。

名馬の血筋だからといってもそうたやすい世界ではない。

推しキャラ達と過ごす学園生活にはものすごく惹かれるが、

実力不足だというのなら別の生きる道を探す他ない。

 

 

シリウスは黙って聞いた後、俺の考えを知ってか知らずかこう言った。

「…勝手に皇帝サマの信者かと思っていたが案外()()()()の奴なんだな。」

「え?」

「お前ルドルフの理想を心から信じてないだろ。」

「それは…まあ。」

 

『ウマ娘全員の幸せ』

現実を知っている身からするとものすごい理想論であることが分かる。

まあ『夢無き者に成功なし』という格言もあるし、その理想が間違っているとも思わないし、むしろ必要なものだと思う。

ただ『理解』はすれども『同意』はしないな。

なんならシリウスのように、こぼれ落ちたものをすくい上げる姿にこそ好感がもてる。

…なんかこうしてみるとシリウスが某黄色いタコせんせーに見えなくもない。

 

「ハッ、お前気に入ったよ。教職員のお眼鏡にかなったら歓迎してやる。」

そう言ってどこかへ去ってしまった。

 

2週間後。

9時のホームページ更新とともに『合格者番号一覧』を家族とともに見る。

 

どうやら教職員のお眼鏡にかなったようだ。

 

そして4月。

満開の桜並木に迎えられ、入学の日を迎える。

 

同時にとんでもない事実に気付く。

 

 

 

 

「…キタサトがいない…!?」

 

 

*1
旧大日本帝国陸軍大将。日露戦争にて騎兵隊を率いて奮戦。「日本騎兵の父」と称される。



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前世知識の持ち腐れ

俺が転生したと気付いてから今までずっと気になっていたことがある。

『自分は一体どこの世代にあたるのか』という点だ。

 

まず思い当たったのはキタサトのいる15・16世代だ。

アニメからの流れだと最も自然だろう。

 

しかし入学式の会場や俺のクラス、休み時間に同学年の他クラスをのぞいたがついぞ見つけられなかった。

ドゥラメンテやマカヒキがいたらぜひサインをもらいたかったが…彼らもいなかった。

 

ただこれはある程度想定していた事態でもある。

 

考えてもみてほしい。

 

キタサトの容姿がアニメ1話の日本ダービーから最終話の有馬記念まで、約2年の月日が経過していてほとんど変化していなかったのに、

有馬記念から翌年の入学式の約4ヶ月でああも一気に成長するものなのか?

今思えば繋靭帯炎を発症したマックイーンがいつの間にか回復してテイオーと一騎打ちしていたのも疑問が残る。

 

つまりテイオーの有馬記念からキタサトの入学まで、1・2年のタイムラグがあるというのが自然だろう。

そうなれば諸々の説明がつく。

まあウマソウルの力だとか急激な本格化だとか、なんなら安心沢がやらかしたと言うのなら話は別だが。

 

次に考えたのはゴールドシップのいる12世代だ。

あの自由人(ゴルシ)が大人しく教室にいるはずがないのだから割といい線だと思った。

 

だがこちらもジャスタウェイやジェンティルドンナ、ディープブリランテ、ホッコータルマエもいなかった。

 

こうなってくるとあの『天駆ける英雄(ディープインパクト)』のいる05世代か???

やだよ英雄に加えてヴァーミリアンやシーザリオ、アドマイヤジャパンのいる魔境中の魔境に放り出されるのは。

どの世代もそうだが見る分にはともかく一緒に走るとなるとケチョンケチョンにされる末路しかない。

 

というか同期の子達を調べていくうちに恐ろしい事実に気付く。

 

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世代で必ずいるはずのダービー馬の名を持つ子すらいない。

 

いやこんなことある???

 

前世知識があるのだから将来活躍する子と仲良くなったり、マークしたり、攻略法を考えたり、力及ばずとも同期の偉業を間近で応援したり…

 

そういうものじゃないの?転生ものって!!!

おい三女神仕事しろ!!!

 

つまり俺は誰がどう活躍するのか分からない、

『存在しない世代』または『架空の世代』に転生したって認識でええんかい?????

なにこのハードモード過ぎるウマ娘は。

あー目覚まし時計使いてー。

なんならもう『全部夢でした』でいいから現世に帰してくれぇ…

 

 

 

 

 

―自分は架空世代のウマ娘。

 

その事実に頭がショートし、初日の新入生オリエンテーションは終始某戦車道の隊長のように目が死んだ状態で受けた。

 

「大丈夫?アスランちゃん。さっきからぼーっとしてるけど。」

「ああいや、なんでもないよ。」

「ふーん?」

 

一日目が終わり、所属する各学生寮へ向かう途中で声を掛けてきたのは、同じクラスで隣の席の『タイキスチーム』だった。

この子はクラスに入って早速声を掛けてきた子であり、一番最初に仲良くなった子だ。

 

(『タイキ』の冠名が付いているけど聞いたことない名前だな…)

とこの世代の違和感に気付く最初のキッカケになった子でもある。

 

「でも最初に友達になれたのがアスランちゃんで良かったー。私北関東の日光出身で、知ってる子が誰もいなかったから心細くて。」

 

そう照れくさそうに少し手で顔をかく。

 

「それはこちらの台詞だよ。自分は大阪の出だから色々と気後れしちゃって。(まあ中身は関東民だが)」

「寮も同じ栗東でよかったー!部屋が近いといいね!」

「ふふっ、そうだね。」

 

こういう明るい子と話していると自然と心が和む。

さっきまで現実を受け入れ切れずオーバーヒートしていたが大分頭が冷えてきた。

 

落ち着こう。

架空でも魔境でもやることは同じだ。

力をつけ、名の通り『一花咲かせる』

治療してくださった担当医さんや一緒にトレーニングメニューを考えてくれた理学療法士さん。

そして快く送り出してくれた今世の両親。

彼らに走りでもって恩返しをする。

それが俺の第一目標だ。

ちなみにさっきスチームから「アスランちゃんの目標は?」と聞かれたため上記の内容を答えたら「かっこいい…!」と言われた。

 

「大した事やないと思うけど…じゃあスチームの目標は?」

「うーん…私はやっぱりティアラに憧れるなあ…」

 

うん俺より立派に目標が具体的に定まっているじゃねーか。

てか今気付いたけど耳飾りが左についているな…

つまりモデルは牝馬か。

まあ架空馬にモデルもなにもないと思うが。

 

そして栗東寮の前に着き、貼り出されている部屋割り表を確認する。

 

「アスランちゃん!私達同じ部屋だよ!!やったあ!!!」

「うん。これからよろしく。」

 

正直知ってる奴と同室というのは心強い。

…あとは目のやり場に注意しなければ…

この子ホントに中1か?

 

学校のクラス発表のように部屋割り表の前で同級生達とザワザワしていると「やあ」と言って寮の中から一人のウマ娘が現れる。

 

「初めまして、新入生諸君。私はこの栗東寮の寮長をしているフジキセキだ。栗東寮を代表して君たちの入寮を心より歓迎するよ。」

 

おお、『孝行息子』フジキセキだ。

ウマ娘だと「どこの宝塚だよ」とツッコミたくなるようなキャラだが、

アプリでは意外とアツい部分があり、なんだかんだでよく育てていた子だ。

 

「今日はささやかながら君たちへの歓迎会を用意した。部屋に荷物を置いたら1階の食堂へ集まってくれ。時間厳守で頼むよ、ポニーちゃん達♪」

 

キャアという黄色い歓声があがり、何人かその場でへたりこんでしまう。

横にいたスチームも放心状態となり、戯言のように「フジ先輩…すてき」とつぶやいていた。

地方から出た来た初心な乙女達には刺激が強すぎたようだ。




アスラン「てめえ『前世知識で頑張れ』って言っておきながら全然使えねぇ世代に転生させるなんてどういう神経してんだい!?」
神的なの「いやーその方が面白いかなと。」
アスラン「…」
神的なの「あ、待って、悪かったから、無言でRPG7構えないd」

作者「だめだアスラン!歴史が変わってしまった!タイムパラドックスだ!」


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ゲート体験 トレセン学園 芝 800m

イ○Dは昔教習所の待合室で読んだっきりなのであまり深く突っ込まないで…


翌日。

眠い目をこすりながら教室へ向かう。

 

「アスランちゃん、すごく眠そうだよ。まだ2日目なんだから楽しんでいかないと!」

 

とスチームが俺の両肩をバシバシと叩いてくる。

 

「ウン、ソウダネ。」

 

…いやほとんど君のせいだからね?

 

〈昨夜 サクラアスラン・タイキスチーム部屋〉

 

「―それでね、私がフジ先輩のマジックの相方に選ばれてね、マジックが成功すると先輩が「ありがとう、君が可愛らしくエスコートしてくれたおかげだよ」って耳もとで囁いてくれたんだよ!あんな素敵な人見たことないよ!しかもその後ね…ちょっとアスランちゃん聞いてる?」

 

「ウン、ソウダネ。」(午前1時)

 

コンコン

 

「こんばんは、2人とも。」

「ハッ!フジ先輩!?」

「こんな時間まで起きているなんてイケナイ子達だ。明日はまた早いのだから…もう寝なきゃダメだよ。」(ウインク)

「…キュウ」

「あははっ、どうやらしゃべり疲れてしまったみたいだね。ちゃんと布団で寝かせてあげるんだよ。」

「は、はい」

「それじゃあお休み、ポニーちゃん達♪」

 

 

…ウインク一つで悩殺される人ってマジでいるんだなあ…

と思ったのが昨日(てか今日)の夜の出来事だ。

午前中の座学は手の甲をつねりながらなんとか乗り切った。

 

午後はジャージに着替えて『実技基礎』という時間となる。

いわば学園主催のトレーニングだ。

 

「えーそれじゃー。あーまずはアップからー。うー2人組のペアを作ってー」

とコーチの指示が聞こえる。

コーチはトレーナーとは異なり教職員の立場から生徒を指導する先生だ。

コーチが体育科の教員ならトレーナーは部活の顧問といったところか。

 

コーチの指示に従いながら2人組でアップを行なう。

ペアになったのは赤い髪が特徴的な『レッドビーチボーイ』と言う子だった。

…こういうのって『赤兎馬』ってやつじゃなかったか?

古代中国で伝説になってたはずだが…

もうあれだな、架空だからなんでもありなんだな(ヤケクソ)

 

「えー本日は皆さんに『ゲート』を体験してもらいます。あーレースにて使われるものと同型式です。うー距離は800mです。」

 

とコーチから説明があり、6人ずつゲートに入っていく。

シングレにも同じような場面があったな。

 

ガシャンという金属音と共に前の組がスタートする。

先頭を逃げるのはスチーム。

そのすぐ後ろに2・3番手が付き、少し離れて後半グループが控える。

最終直線で抜かされてしまい2着だったがいい走りだったと思う。

同室として頑張らねば。

 

「次の組ー」

と呼ばれ、ゲートに入る。

ふと東京競馬場にある資料館にて『スターター体験』をやった時のことを思い出す。

 

ガシャンという音と共に視界が開ける。

特に脚質は決めていないが先頭(逃げ)の子について行こう。

 

先頭を走るのはさっきの赤髪の子。

その後ろに俺が付き、2馬身離れて中段グループが形成される。

後半グループは2人だが…あれは差しでも追い込みでもなく単に追いつけていないだけか。

 

しかしこの前をはしる赤髪の子…

なんか遅い。

さっきのスチームが中々良い逃げだったのもあり、どうしても比べてしまう。

…もう追い抜いていいかな。

いや待て、どこぞのいろは坂のエンペラーも言ってるだろ。

「相手をよく観察しろ」って。

そうでなきゃ「いろは坂のサルじゃねえんだからちったァ頭使えよ」ってビンタがお見舞いされる。

よし観察だ。

 

…やっぱり遅い!

おい中段グループがどんどん差を詰めてきてるぞ!?

この子たぶん「とにかく前を走れば1番!」って思ってる子だ!?

ダスカか!?いやターボかお前っ!?

もういい追い抜く!

 

そのままコーナーの遠心力を使って一気に外に出ると、

その勢いを殺さず加速力に変換。

そのまま最終直線を駆け抜け1着でゴールイン。

2・3着と続き、赤髪の子は5着だった。

おいその赤色は飾りか???

だが最後まで諦めず走りきったのは好感が持てる。

多分現世なら応援馬券買ってるな。

 

こうして俺のある種最初の実戦は特に問題なく終わった。




コーチ「えー。あー。うー。」
アスラン(…こいつの中身大平元総理だったりする?)


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WSM

私のほうが
先に
目をつけた


ひとまずゲート体験が終わり、着替えて教室へ戻る。

 

今は新入生期間ということで基本団体行動となっているが、来週から行なわれる『選抜レース』に向け基礎固めを行なう期間でもある。

選抜レースが始まると各トレーナーによる勧誘・逆勧誘が活発となり、『実技基礎』―コーチの元でトレーニングを受ける子が少なくなる。

トレーナーが就かないとデビューすら出来ず、夢破れて地方トレセンか通常の学校へ転校となる。

1学期の終業式には1クラス分同期が減っているというのだから恐ろしい。

 

荷物を整理し、スチームと一緒に寮に帰る時も自然と『チーム』や『トレーナー』の話となる。

 

「チーム紹介やトレーナー一覧表渡されてもなんか実感わかないんだよなー。とりあえず『リギル』ってチームが強いってことぐらいしか分かんないや。」

「まああそこは上澄み…エリート中のエリートしか入れないと思うよ。」

「アスランちゃんでも厳しいの?今日1着だったじゃん。」

「あんなラスボスしかいないチームに入ろうとする奴の気が知れないって。」

 

女帝(エアグルーヴ)シャドーロールの怪物(ナリタブライアン)世紀末覇王(テイエムオペラオー)・鎌倉武…不死鳥(グラスワンダー)などなど。

あんなとこいったらそれこそケチョンケチョンにされちまう。

それにリギルにはそれこそ。

 

「ほう…『ラスボス』とは。中々手厳しい事を言ってくれるな。」

 

そうそう皇帝(ルドルフ)…が…

「君の姿が見えたから一声掛けようと思ったのだが…君は意外と歯に衣着せない物言いをするのだな。」

 

いるし。

 

「わぁ…!シンボリルドルフさんだ!

初めまして!タイキスチームと申します。」

「ああ、存じているよ。君の入学を心から歓迎しよう。」

 

スチームが耳をピコピコさせながら自己紹介する。

 

「さて…サクラアスラン。君が怪我を乗り越えこの学び舎に来ることを一日千秋の思いで待っていた。」

ルドルフがこちらを向き、話しかけてくる。

「中央へようこそ。」

 

「ありがとうございます」と頭をさげるとあのとき同様ルドルフが軽くなでる。

 

「あの…ルドルフ先輩とアスランちゃんは親戚かなにかで?よく見たら似ている…」

「いや、そういう訳ではないのだがな。アスランが無事入学できたと聞いて、一声かけようと思いこちらへ来たのだ。」

 

…なんかルドルフの目が少し怖いのだが…

 

「…今日のゲート体験のレースもトレーナーと共に見させてもらった。デビュー前にあれだけの走りができるのは中々いない。私の目と直感に疑いはなかったわけだ。」

「き、恐縮です。」

「トレーナーも高く評価していたので、もしアスランさえ良ければ君の言う『ラスボスしかいないチーム』に勧誘しようと思ったのだが…」

 

がっつり根にもってやがる。

さわやかな笑みを浮かべているが圧がすごい。

横でスチームが「アスランちゃんがラスボスに…!」と目をキラキラ輝かせている。

 

いやだから確かに実馬の血筋はエリート中のエリートだけど中身は一般人だって!

 

 

「へぇ…『良ければ』ねぇ…。無意識に独占欲ダダ漏れの奴が何言ってんだか。」

そう言って誰かが俺の肩に手を回し抱き寄せてくる。

 

「『公正明大』な生徒会長サマが新入生の青田買いとは…ずいぶんと汚いじゃないか。」

「なんだシリウスか。今は彼女と話しているんだ。彼女を離してくれ。」

「おおおっかねえ。そんなにこの『お気に入り』を自分のものにしたいのか?」

「シリウス…何が言いたい。」

「ハッ、悪いけどこいつは()()()()だ。上しか見ることが出来ない皇帝サマにこいつを渡すわけにはいかないな。」

 

…なんなんこの状況。

これ所謂『私のために争わないで!』ってやつでは?

スチームも「目の前で昼ドラが起ってる…!」ってさらに目を輝かせてるし。

 

「と、とりあえずお二人とも落ち着いてください。自分はまだチームを決めるつもりはありませんし。」

「「…そうなのか?」」

 

二人の声が重なった。

なにちゃっかりシンクロしてんだ。

 

「…分かった。本人がそう言うのなら無理強いはすまい。」

最初に引き下がったのはルドルフだった。

 

「今日のところはシリウスに免じて手を引こう。だがアスラン、もし気が変わったらすぐに私の所に来てほしい。」

強いまなざしでこちらを見る。

「君は卓越した才能を持っている。君の能力を引き出せるのはリギル…いや()だ。良い返事を期待している。」

 

そう言ってルドルフは校舎側へ歩いていった。

 

するとすぐ横で抱き寄せているシリウスからため息が出る。

「おまえも散々だったな、何の準備もなしにルドルフに絡まれて。」

「い、いえ…ありがとうございます。」

「…皇帝サマを批判した手前だが…チームやトレーナーは早めに決めておけ。早ければ早いほどデビュー戦に向けて対策しやすくなるし、仮にトレーナーとの相性が合わなくても修正がきく。」

 

おおシリウスが至極真っ当なことを言ってる。

 

「なにより自分の意思でチームを決めれば皇帝サマ直々の脅迫(勧誘)も無くなる。」

 

違った。

単にルドルフを煽って困らせたいだけだ。

 

「まあ合うチームがないってんならアタシのところに来い。後悔はさせないぜ?」

 

そう言い残し颯爽と立ち去っていった。

 

「アスランちゃんすごいね!モテモテだね!」

「…喜んでいいのかなこれ」

 

なんか皇帝対一等星の学内派閥闘争に巻き込まれた感がすごいんだけど。



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チーム見学 

*湿気た火薬に火とつけるのは危険なので真似しないでください。
*チームカノープスのメンバーは特別な訓練を受けています。


ルドルフとシリウスに再会した翌日。

教室に入るとクラスメイトが集まってきて質問攻めにあった。

 

どうやらあの修羅場をピンク頭でツインテールの先輩が目撃したらしく、「あれが『神々の聖戦(ラグナロク)』…」と言って気絶。寮へ運ばれる間戯言のようにつぶやき続け、各生徒の知るところとなった…

おいなにしてんねんあの勇者(アグネスデジタル)

 

午前の座学が終わり、質問攻めからも開放される。

 

今日は午後の『実技基礎』は無く、『自習』となっている。

『自習』と銘打っているが、実際のところ各チームの『見学会』の時間だ。

新入生が興味あるチームのところへ出向き、話を聞いたりトレーニングを体験したりする。

人によってはこの時点でチームから『確約』がもらえるらしい。

 

ちなみにリギルは希望者に対してレースを行なわせ、良い結果が出たら初めて見学の許可がでるとか…

うんもうこの時点で空気が合わないわ。

 

あとアニメ名物『スピカの看板』とそれを模したポスターもあった。

話ぐらいは聞きたいしテイオーもいるから興味はあるが…

リギルほどではないけどスピカも十分魔境なんだよなあ。

テイオーはもちろん、日本総大将(スペシャルウィーク)常識破りの女帝(ウオッカ)緋色の女王(ダイワスカーレット)などなど。

そういえばマックイーンとサイレンススズカは今こっちにいるのだろうか?

 

「それじゃアスランちゃんまた寮で!」

「うん、楽しんでおいで。」

 

今日スチームとは別行動だ。

お互い興味あるチームが異なった…のもあるが、こちらから提案した。

 

なんせここは『架空世代』だ。

誰が同期達の中から抜き出てくるか。

それを見極めるためにも同世代との関わりを増やした方がいいのでは…

と思い久々に一人で行動する。

 

各チームの部室が立ち並ぶエリアに来ると新入生達で賑わっている。

そしてその中の一つの部室にたどり着く。

 

『チーム カノープス』

 

ある種独自色は強いがアニメでも分かるように堅実かつ大胆な強さを持つチームだ。

 

ノックをして入ると…黒煙が視界を遮る。

 

そして盛大に咳き込みながらいつもの4人と…新入生と思しき子が()()だらけになりながら出てきた。

 

「だから私はやめなっていったの!湿気たクラッカーに無理矢理火をつけるのは危険だって!」

「おかしいですね…湿気たとしても火薬には違いないのですから私の計算に狂いはないはずです。」

「でも結果ドカーンってなったよ。こういうのもワタシは楽しいです!」

「そーだそーだ!マチタンのゆうとーりだ!」

 

…新喜劇かドリフかな???

 

「だ、大丈夫ですか…?」

「え、ええ…ビックリしました…」

 

同期と思しき子に近寄り声を掛ける。

顔と髪の毛が真っ黒になっているが特に火傷などはなさそうだ。

 

「みなさんお待たせし…なんですかこの状況は。」

 

そう言ってどん引きの表情を見せながら現れたのはカノープスのトレーナーである南坂トレーナーだ。

手には新入生向けと思われる資料を抱えており、『歓迎!チームカノープス!』の文字が見える。

 

「あっ、トレーナーさん助けてよーもうネイチャさんには手に負えなくってさー」

「手に負えないってなんだよー!ターボは新入生をクラッカーで歓迎しようとしただけだぞ!」

「でもそのクラッカーが湿気って音が鳴らないからイクノちゃんがライターで『カチッとな』したら」

「このような有様となってしまい…」

「…なるほど、だいたい分かりました。」

 

頭を少し抱える南坂トレーナー。

そして私達新入生の方を向く。

 

「折角来て頂いて申し訳ないのですが、この様な有様なので見学は中止し、空き教室でチームの概要を軽くご説明します。」

「あっ、じゃあターボも行きたい!ビシバシ鍛えてやるぞ!新入生!」

「…ターボさん達はまず真っ黒焦げになった部室の掃除が先です。」

 

目が全く笑っていない南坂トレーナーの圧に負け、ターボ達カノープス新喜劇は肩を落としながら部室に入っていった。

 

 

 

 

 

南坂トレーナーに連れられ空き教室へ向かう間、さっきまですすだらけになっていた新入生に話しかける。

「そういえば初めましてだったね。サクラアスランです。」

 

タオルですすを拭った新入生は少しだけ驚いた顔を見せる。

まだ少し顔が黒いが、栗色のショートカットに整った顔立ちが映える。

 

「…エイトガーランドです。よろしく。」

 

またしても知らない名前の子だ。

どっかで見たことある顔だったからワンチャン史実馬かと思ったのだが…

 

空き教室に着き、南坂トレーナーから資料が渡され説明が始まる。

説明自体はチームやメンバーの概要、トレーニングや一日の流れなど無難な内容だった。

 

説明会の終わりに、南坂トレーナーが「チームだけに限りませんが」と前置きし、話始める。

 

「今お二人は自分の夢や将来を鉛筆で下書きしている状態です。下書きなので消したり書き直したりできます。そして自分が『これだ』と思ったらその下書きをペンで清書していきます。清書は下書きとは違い簡単には修正できません。もしこのチームが皆さんにとって清書を書くに値すると思ったのであれば、遠慮無く門を叩いてください。うちはリギルやスピカのような強豪ではありませんが、中堅なればこその戦い方もあります。選抜レース次第ではありますがまたお二人に会える日を楽しみにしています。」

 

荷物を整えガーランドと共に帰路につく。

彼女は美浦寮のため途中までだ。

 

「ガーランドはカノープスに入りたいの?」

「…まだ決めた訳ではないけど良いチームかなとは思う。」

 

慎重な考えの持ち主のようだ。

 

「自分はどうするかな…」

とりあえず明日も自習だからスピカにでも行ってみるか…

 

と思考しているとガーランドから不意に話しかけられる。

 

「…リギルじゃないの?」

「ん?」

「あなたのこと私のクラスでも話題になってたよ。先輩方期待のルーキーだって。実際君は強いじゃない。」

「いやいや、自分にリギルは合わないよ。自分みたいな者が行けるチームじゃないって。」

 

そう顔の前で右手をヒラヒラして答えると、ガーランドがとたんに苦い顔を見せる。

 

「…謙遜もそこまでいくと嫌味にしかならないね。」

「いや謙遜もなにも」

「…やっぱり覚えてないね。私、君と『初めまして』じゃないんだよ。」

「…え?」

 

思考が止まる。

確かになんか見覚えあるとは思ったが…

もしかして転生する前のサクラアスランちゃんが地元で仲良くしていた子とかそんな感じか?

 

「…昨日のゲート体験。同じ組で走った。」

 

ここまで言われてようやく気付く。

 

昨日のゲート体験では失速したあの赤髪の子は6人中5着だった。

…この子はその赤髪の子すら抜けず6着(最下位)だった子だ。

 

「ご、ごめんなさい。失礼なことを…」

「…いいの、君と私では住む世界が違うだけなのだから。」

 

ガーランドはそう少し寂しそうに笑った。

 

「…君は私…いえ()()の大多数とは違う『傑物』なのだと実感したし、今朝の噂話でそれを確信した。君自身が君をどう思っているかなんてどうでもいい。君は私達の世代で突出した選手であることを自覚して行動してほしい。私みたいな劣等生に合わせてくれても…迷惑だから。」

 

そう言って美浦寮の方へ立ち去っていった。

 

俺はしばらくその場で立ち尽くし、ふと頭の傷を触る。

 

俺は神様のいたずらか何かでこの世界に転生した『一般人』だ。

あの優駿達に太刀打ちできるとは到底思っていない

 

だが『他者』からの評価はどうか。

ガーランドやスチームはもちろん、

ルドルフやシリウスからも目をかけてもらっている。

後者2人はまた事情が異なるとは思うが、少なくとも同期からの評価は高い。

思えばここは『架空世代』…つまり『史実の名馬』がいない世代ということだ。

 

『私みたいな劣等生に合わせてくれても迷惑だから』

ガーランドの言葉が頭の中で響く。

 

「帰ろう…」

今日は色々あって疲れた。

少し早いけど部屋に戻って休もう。

 

そう思い歩き出そうとすると何か固くて柔らかいものにぶつかる。

それが人だということにすぐ気づいた。

 

「す、すみませ…」

 

顔を起こすとサングラスにマスクを付けた4人組が立っていた。

 

…あれなんかこれ見覚えが

 

「スカーレット!ウオッカ!テイオー!やーっておしまい!」

「ニシシ!了解!ゴルシ!」

 

 

「スピカじゃねーか!!!」

 

そして慣れた手つきで袋に入れられて担がれていった。

 

 




アスラン「いやこら拉致だよ!帰してくれよ!」
作者「じゃードライバーさん、千歳空港まで!」


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はないちもんめ 三人称視点

仕事から帰って来たら評価バーが赤く…!?

いつもご愛読、感想ありがとうございます。
処女作なうえ不定期更新ですが楽しんでいただければ幸いです。


話は昨日に遡る。

 

スピカのトレーナーである沖野トレーナーはストップウォッチとメモ帳、そしていつもの棒付きキャンディを片手に模擬レース場が一望できる土手にいた。

 

「さーて今年の新入生はっと…」

そう言いながらトレーナーに配られる新入生一覧表とにらめっこする。

 

「トレーナー!セットメニュー終わったよー!」

そう言って土手を駆け上がってくるトウカイテイオー。

 

有馬記念後に改めてトゥインクルシリーズからの引退を発表し、今はドリームトロフィーシリーズに向けて鍛え直している。

第一線からは退いたものの、敬愛するシンボリルドルフ(カイチョー)やライバルであるメジロマックイーンとのレースに備え現役時と同じプロポーションを保っている。

 

「…ってちょっと!なんで他の子を見ようとしてるのさ!?ボクのトレーニング中でしょ!?」

「おおテイオーか。今年の新入生にスカウト候補の掘り出し物がいないかなってな。」

「ヤダヤダートレーナーはボクだけを見ててよー!」

「ちょっ、まて、ウマ娘の力で揺さぶるなぁぁぁ」

 

と、ふとテイオーの視界にある新入生が目に入る。

 

「あっ…」

 

髪型の変化や松葉杖の有無はあったが、一目見ただけでテイオーは気づいた。

 

「トレーナー、あの子がいる。」

「ん?あの子?」

「ほら、覚えてない?去年の感謝祭でボクのライブを見に来てくれた松葉杖の子だよ。」

 

そう言われ沖野トレーナーも視線をレース場のゲートに移す。

 

「ああ…頭に傷のあるサイドテールの子か、よく気づいたな。」

「そりゃー気づくよ。あの子はなんと言うか…カイチョーみたいな運命的な何かを感じたんだよね。」

 

テイオーも視線をゲートの中にいるあの子に移す。

 

「…そっか、足の怪我治ったんだ。よかった。」

 

そうテイオーが呟くとゲートから金属音が聞こえ、一斉に走り出す。

 

先頭は赤い髪の子で、あの子はそのすぐ後ろに控える。

 

「ほう…先頭を風除けに使うか。意図的なのかまたは…」

沖野トレーナーが感嘆の声を上げる。

 

だかコーナーに入ったところで違和感に気付く。

 

「…動きがぎこちないな…」

 

彼女は走り方を学び始めたルーキーだ。

いきなり現役選手並に走れる方がおかしい。

だか彼女は先程とは異なり明らかに走りづらそうにしており、眉間にシワが寄っている。

 

(半年前まで足を怪我していたことを踏まえると、やはりまだ全力では走れないのか…?)

そう沖野トレーナーが思案していると、横にいるテイオーが「違うよ」と呟く。

 

「多分、追い抜きたくてしょうがないんだと思う。前を走る子がもう失速しかけてるから。」

「…なに?」

「ボクなら最終直線‥いや、コーナーが終わる手前で一気に外に出て大外から追い抜く。ほら、そろそろ仕掛けるよ。」

 

そう言った瞬間、あの子はコーナーの遠心力を使って大外に飛び出し、その勢いのまま先頭に躍り出たかと思うと、とてつもない加速力をみせ、そのままゴール板を駆け抜けた。

 

「ね、ボクの言った通りでしょ?」

「あ、ああ…」

 

沖野トレーナーはそう答えることしか出来なかった。

 

あれがほんの半年前まで松葉杖をついていた病み上がりの子だと誰が信じられようか。

レース全体を俯瞰する判断力と瞬発力。

まだ粗はあるがそのままジュニア級のレースに出ても好成績を残せるだろう。

 

「…今年の世代の代表はあの子かもな。」

そう評価を下した。

 

そしてテイオーが沖野トレーナーを向き、「トレーナー!」と声を掛ける。

「あの子欲しい!あの子をスピカに…いや、()()()ちょうだい!」

「ちょうだいって…犬や猫とは訳が違うんだから。」

「お願いトレーナーぁぁぁ!!!」

「ワーッ!だから全力で揺さぶるなぁぁぁ!!!」

 

そうもみくちゃになっていると2人から少し離れたところで、同じく先程のレースを見ていたシンボリルドルフとリギルの東条トレーナーの話し声が聞こえてくる。

 

「…いかがでしょうか、トレーナー。彼女は前途有望…必ずやこの世代を代表する若駒だと推察しますが。」

「そうねえ…あなたが珍しく『自分からスカウトしたい』と言うものだから見に来たけど…言うだけのことはあるわね。」

「お願いします。彼女の面倒は私が見ます。トレーナーの手は煩わせません。」

「そういう訳にはいかないわよ。ただ…半年前まで足を怪我していたというのが気がかりね。今日の様子だと問題ないように見えるけど…とりあえずスカウトは検討する価値があるわ。」

「つまり…選抜レース次第だと?」

「そう不満そうな顔をしないでちょうだい。一度大怪我を経験している子をスカウトするには色々準備や知識が必要なのよ。」

「…分かりました。よろしくお願いします。」

 

 

…2人の会話が聞こえた沖野トレーナーとテイオーは顔を見合わせる。

 

「…テイオー。」

「ん?」

「ゴルシに出動要請。」

「了解!」




ルドルフ「君は私が導く!」
テイオー「キミはボクが面倒を見てあげるね!」

アスラン「うーんこれは親子」


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ようこそスピカへ?

サクラアスランのヒミツ
1:煽り耐性ゼロ


「―と、いうわけで、おまえは今日からウチのメンバーだ。」

「うそでしょ…」

 

ゴルシたちに拉致られた先のスピカの部室で沖野トレーナーからそう言われ、サイレンススズカみたいなツッコミが出た。

 

いやいやいやいや

今どれほどの『というわけで』があったんだよ。

こんな某北海道のローカル番組みたいなことしやがって。

そのうちこいつらアメフトの格好でラジオ番組に突撃しかねないぞ???

 

「ニシシーやっとこうしてキミとお話ができるね!」

 

そう言ってテイオーが目の前に現れる。

うーん流石史実における競走馬屈指のグットルッキングホース…じゃなくて。

 

「キミを勧誘したかったのもそうだけど…まずキミに言いたいことがあるんだ。」

「ええと、な、何でしょう?」

「…ありがとう。ボクを目標にしてくれて。」

 

テイオーから出てきたのは感謝の言葉だった。

 

「あの時のボクはもう元どおりには走れないと諦めていたんだ。でもトレーナーやマックイーン、スピカのみんな、キタちゃん―キミと同じようにボクを目標としてくれている後輩、そしてファンやターボ師匠のおかげでもう一度前を向こうと決めたんだ。」

 

そう言うとテイオーは俺の手をとり語りかける。

 

「復帰のためのトレーニングはつらかったし、有馬記念で走るってマックイーンと約束した後も大変だった。でもね、つらい度にキミの姿が浮かんだんだ。同じ境遇の後輩が、ボクを見て信じてくれていると思うと自然と力が湧いたんだ。」

 

テイオーは手をギュッと握ったまま真っ直ぐ俺を見つめてくる。

 

「…もしキミともう一度会える機会があったら一言お礼が言いたかった。だからキミが怪我を乗り越えて中央に入れたんだと知ったとき、とても嬉しかった。キミとこうして同じ制服を着て会うことが出来てとっても嬉しいよ!」

 

そう屈託のない笑顔を見せてくる。

 

「…自分もお会いできて光栄です。トウカイテイオーさん。」

 

夢のようだ。

近代日本競馬の歴史に名を残したあの名馬と。

ウマ娘の姿とはいえ会話ができる。

そしてその子が会えて嬉しいとまで言ってくれている。

これほどまでに光栄なことはない。

 

「そして!今日からはボクと同じスピカのメンバーとしてよろしくね!」

「あ、それは考えさせてください。」

「ナンデー!?」

 

いやなんでって…

いきなり連行されて説明もナシに今日からメンバーだって言われても…

アニメや漫画で見る分には面白いよ?

けど実際にやられてみ?

不安すぎて訳分からん。

 

「ええー!この話の流れだと入るんじゃないんですかー!?」

そう驚きの声をあげるスペシャルウィーク。

 

「そーよ!アタシ達の何が不満だって言うのよ!」

「そーだそーだ!」

同じくブーイングしてくるダイワスカーレットとウオッカ。

 

くそうこんな状況じゃなければ是が非でもサイン貰いたい優駿ぞろいなのにッ…

 

「なんだーしょうがない。今スピカに入るなら先着1名様にゴルシちゃん特性の携行型爆弾(ジャスタウェイ)人形をプレゼント!さあ君も今すぐ応募だ!」

そう言って名状しがたいなにかを手にするゴールドシップ。

 

…おうてめーゴルシ。

お前に関してはあの宝塚でスッた8万円の恨み忘れてねーからな???

 

「うーん弱ったなー。でもこのまま放っておくと確実におハナさんに奪われるしなー」

頭をポリポリと掻く沖野トレーナー。

 

とここで気になっていたことを聞く。

 

「あの…メジロマックイーンさんとサイレンススズカさんは…」

「ああ、マックイーンは今メジロのお屋敷で復帰に向けて治療中だ。スズカは今アメリカに遠征している。」

「そうでしたか…」

「なんだ?ひょっとして2人のファンでもあったのか?…まあ()()()()()()()そう焦らずともじきに会えるぞ。」

 

…意外と沖野トレーナー抜け目ないな。

 

「ちょっとー今は2人のことはいいでしょ!スピカに入ってよー」

 

とテイオーが割り込んでくる。

 

「入らないとは言っていません。ただチーム決めは重要案件ですので一旦こちらで持ち帰らせて頂き、再度検討を」

「ワケワカンナイヨー!」

 

あまりにもしつこいのでつい現世の仕事口調が出てしまう。

 

するとテイオーは「分かった!」と言い、俺の前にズイと顔を突き出す。

 

「じゃあボクと勝負して!ボクが勝ったらキミはボクのもの!キミが勝ったら好きにしていいよ!」

「…それ勝負にもならない気がするんですが…」

「ふーん。戦う前から逃げるんだー弱虫さんだねー」

 

…挑発が安っぽすぎる。

これアニメじゃなくてアプリのテイオーじゃないの?

 

「ま、どーせ勝っちゃうのはボクだけどね!ゲート体験でたまたま1位になれたフロックちゃんに負ける気なんてさらさらないけどねー」

「…やってやろうじゃねーのコンチクショウ!!!」

 

てめー理学療法士さん達とのトレーニングの成果をフロック扱いしやがったな!?!?

 

「今に見ていてください!?そのイケメンフェイスをヒーヒーいわせてやりますからね!?」

「ニシシ!よーし早速模擬レースだー!」

 

おー!とスピカ全員が声をあげ、レース場へ向かう。

沖野トレーナーもストップウォッチとバインダーを手にする。

 

「まあ成り行きでこうなっちまったが仕方ない。ちゃんとアップはするんだぞ。」

 

そうトレーナーに言われたらへんでようやく頭が冷える。

 

…ん?

俺これからテイオーと戦うの?

入学したての新入生とつい最近まで現役だった先輩と?勝負?

 

これあれだ。

アプリのレジェンドレースみたいなもんだ。

 

 

 

 

 

…誰かぁぁぁ!!!

読者様のなかに目覚まし時計かやる気アップスイーツをお持ちの方はいらっしゃいませんかぁぁぁ!!!




マックイーン「スイーツと聞いて」
作者「あんたの出番はまだ先だ。座ってろ」
マックイーン「あんまりですわ!あんまりですわ!」


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VSトウカイテイオー

トウカイテイオー:単勝 1.0倍
サクラアスラン:単勝 測定不能


「よーし、2人とも準備運動は済んだな?位置につけー」

 

沖野トレーナーの声が響く。

 

ゆ、憂鬱だ…

一応怪我は怖いのでアップはしっかりやったが、正直現実逃避のためにやった、の方が近い。

 

既に薄暮の状態であり、レース場にはスピカしかいないが、寮へ向かう生徒達からちらちらと見られている。

 

大きなため息をつき、グロッキーな状態でスタートラインにつく。

 

するとそんな俺の状態を知ってか知らずか、テイオーが不敵な笑みを浮かべ、あることを言い出す。

 

「そんなに気落ちしなくていいよー今回キミには1()0()()のハンデをあげるから。」

「…え?マジで言ってます?」

「それぐらいないと勝負にならないでしょー」

 

ニシシと歯を見せて笑うテイオー。

こいつマジで言ってんのか。

 

人間の10秒と競走馬の10秒は訳が違う。

 

例えば「後ろからはなんにも来ない」の実況で有名な1975年の桜花賞。

1着テスコガビーと2着ジョーケンプトンの着差は10馬身以上の大差であったが、この時でも1.6秒差であった。

 

いくらデビュー前の新馬と少し前まで現役の優駿とはいえやりすぎじゃ…?

というか10秒ないと勝負にすらならないのか…

改めて今目の前にいる少女が稀代の名馬なのだと実感する。

 

(…だが10秒あれば…!)

そんな思いが芽生え、後ろ向きな気持ちを晴らす。

 

「分かりました。その余裕が蛇足であったことを示してみせます。」

「言うねー!負けないぞー!」

 

改めてスタートラインにつく。

 

「用意…はじめ!」

 

手が下ろされるのと同時に駆け出す。

 

「良いスタートダッシュじゃない!」

ダイワスカーレットが思わず声をあげる。

 

とにかく前だ。

10秒分のアドバンテージをとにかく広げる!

 

そしてコーナーを抜け、向こう正面の直線に出たらへんで「スタート!」と沖野トレーナーの声がかすかに聞こえた。

 

その瞬間。

風の音が変わった。

 

かなり離したはずなのに…!?

 

次第に風を切る音が大きくなる。

俺がペースを速めたのもあるが…明らかにそれだけじゃない。

風切り音が()()()()()()()()()聞こえてくる。

 

そのまま最終コーナーにさしかかり、6のハロン棒を過ぎる。

所謂上がり3ハロンのスタートだ。

この状態でいけるか…っ!?

 

身体を内ラチ側に傾け、勢いを失わないようカーブを曲がる。

(コーナーが終わる2ハロン手前…いっぱいいっぱいだがスパートをかけるしかない!)

そしてスパートに向け、()()()()()()()()()()()

 

そんな様子をトウカイテイオーは極めて冷静に観察していた。

 

 

実はサクラアスランには本人にも気付いていない癖がある。

 

アスランは左足を骨折したため、担当医や理学療法士から『左足に負荷をかけない』よう厳命されている。

それはトレーニングやレースの時も変わらない。

そのためスタートダッシュやスパートでは必ず()()()()踏み込む。

そしてそれをアスランは意識して行なっている。

 

その結果

右足で踏み込むタイミングを合わせるため、一瞬だけスピードと勢いが落ちるのだ。

 

 

テイオーは昨日のゲート体験とさっきのスタートダッシュを見て、それを見抜いていた。

 

(今だ!)

俺はしっかり右足に力を入れ、スパートをかける。

 

「フフッ」という声がした気がした。

ぞくりと得体の知れない悪寒が襲う。

 

思わずバッと後ろを見ようと顔を横に向けた瞬間。

「おっ先!」

とテイオーと目が合い。

そのまま抜き去って行った。

 

瞬きをする度に前を行くテイオーの姿が小さくなる。

 

(格が違う…)

 

気付けば俺はテイオーに5馬身差をつけられゴール板を通過した。

 

息が苦しく、膝に手をついてその場に立ち止まる。

 

「立ち止まるな!歩きながら息を整えろ!」

そう沖野トレーナーから指示が飛び、言われた通りに行なう。

 

落ち着いたところでトレーナーやスピカのいる所に戻った。

 

「お疲れ。足に違和感とかはないか?」

「い、いえ…大丈夫です…」

 

アイシングのスプレーを持ったトレーナーが声を掛ける。

スピカのメンバー達から口々にねぎらいの声を貰う。

 

ウマ娘になって初めての敗北を経験した。

 

相手がテイオーだったからか、それとも全力以上の力を出し切ったからか。

不思議と清々しく、そしてウマ娘の闘争本能…いや競争本能とでも言うべきか。

沸々とアツいものがこみ上げてくる。

 

「もう1本…もう1本願います!」

 

疲れはとうに失せ、心が燃え上がるような感覚を覚える。

 

「おっホント?よーし次はボクも本気出しちゃうもんニ!」

「ストップ。そこまでだ2人とも。」

 

沖野トレーナーが水を差す。

 

「ええーなんでさー」

「少しは体力を考えろテイオー。それに。」

沖野トレーナーがこちらを向く。

 

「お前は大怪我を経験しているうえ、本格化もまだと見える。無理なオーバーワークは禁物だ。」

 

そう言われ、ようやく自分が『掛かり』の状態であったことに気付く。

 

「と、言うわけで今日はここまでだ!みんなお疲れ様!」

「わーいボクの勝ちだー!」

 

そう言ってテイオーが近づき、手を差し伸べる。

 

「約束通りスピカに入ってもらうよ!いいよね?」

 

俺はその手をじっと見つめる。

 

「…いつか。」

「ん?」

「経験を積んで強くなったら、もう一度勝負してもらえますか?」

「もっちろん!!!」

 

俺は中身一般人の転生者だ。

史実の名馬たちに敵うとは今でも思っていない。

 

でも

()()()()と思ってしまった。

 

実馬における父親であるトウカイテイオーに

『勝ちたい』と思ってしまった。

 

そしてテイオーの手を取る。

 

「…サクラアスランです。ここで、このチームで強くなりたいです!」

 

トレーナーやスピカのメンバーから笑顔が綻ぶ。

テイオーも満面の笑みを浮かべる。

 

「これからよろしく!アスラン!」

 

こうして俺―サクラアスランは

チームスピカへの加入を決めた。




おまけ
もしもこのレースに祖父と親戚がいたら

1番 ルドルフ「勝たせてもらう」
2番 シリウス「ハッ、寝言は寝て言いな」
3番 テイオー「よーし負けないぞー!」

出走取消 アスラン
アスラン「レース走ってる場合じゃねえ!1-3-2の三連単や!」


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執着の理由

アスラン「スプリンターズどうだった?」
作者「もう競馬やめる」(2ヶ月ぶり6回目)


翌日

教室に入ると昨日以上の質問攻めにあった。

 

今回に関しては理由は明白だ。

学園中の至る所に『サクラアスランはチームスピカが頂いた!』という内容の張り紙が貼ってあるからである。

聞くところによると、今日の朝早くに某怪盗3世の格好をしたゴルシと某イタズラの王者の格好をしたテイオーが張り紙抱えて学園内を疾走する姿が目撃されたとか。

あの愉快犯どもめ…

 

ただ同期達の間だと、スピカは「リギルほどじゃないけど(イロモノの)強豪チーム」との認識らしいので、結果的に実力者の一人として認知されるようになった。

 

なので「今度走ろうよ」とか「世代の代表だね」とか「私たちを牽引して」とか色んなことを言われた。

こうしてみると悪い気はしない。

 

午前中の座学が終わり、昼食を食べようかと教室を出ると、一人のウマ娘が立っていた。

 

「…お前が今回の騒動の原因を作ったサクラアスランか。」

 

キリッとした目つきに腕を組んだエアグルーヴだ。

 

「エアグルーヴ先輩。剥がした大量の張り紙はどうしますか?」

「ああ、ひとまとめにして紐で縛っておいてくれ、あとで資源ゴミに出す。」

 

ちょうどそこへ美化委員と思しき生徒がさっきの張り紙を抱えてエアグルーヴに話しかけ、指示が飛ぶ。

 

そしてこちらを向き

「まったく面倒な事を起こしてくれたものだ…」

と、ゴゴゴという効果音が出てきそうな表情で俺を睨む。

 

「ち、ちがいます!?自分は何も関わってません!?」

「たわけ!問答無用だ、生徒会室に来い。会長がお待ちだ。」

 

あっこれ死んだわ。

 

 

 

 

 

 

「会長。サクラアスランを連行してきました。」

「ありがとう、エアグルーヴ。下がってくれ。」

「はい、失礼します。」

 

俺はそのまま生徒会室に連れられ、ルドルフと対峙する。

エアグルーヴが部屋を後にすると、ルドルフから「立ち話もなんだから座ってくれ」と促され、ソファに座る。

 

とりあえずルドルフに事の経緯と自分は何も知らなかったことを伝えると、「ふむ…」と相槌を打ち、表情を崩す。

 

「そう緊張しないでくれ。事の次第は分かった。エアグルーヴには私から伝えておこう。」

 

(許された…)

そう思いホッと胸を撫で下ろす。

 

するとルドルフはおもむろに張り紙を手にし、「ところで…」と問いかける。

 

「この張り紙に書いてある内容は事実かい?」

「はい、テイオーさん達に勧誘され、入部を決めました。」

「『決めた』のでは無く『決めざるを得なかった』の間違いではないのかい?聞くところによるとかなり強引な勧誘だったと聞くが。」

 

さっきまでの穏やか空気は消え失せ、張り詰めた空気が支配する。

 

「いくらテイオーといえど、本人の希望を無視した脅迫同然の勧誘を容認するわけにはいかない。スピカの沖野トレーナーやテイオーには私から話しておこう。」

 

声に若干のドスが入り、耳は後ろに倒れている。

 

アカンキレてらっしゃる。

 

「お、落ち着いてください。確かに拉致同然の勧誘をされましたが、スピカに入るのは納得しています。」

「あの様な極限状態では正常な判断は出来まい。君はその場の雰囲気に呑まれただけだ。」

 

確かに一理ある。

やはり少し考え直すべきか…?

 

「前にも言ったが、君は私の側にいるべきだ。私が君を百獣の王(アスラン)の名に相応しいウマ娘にしてみせよう。」

「…」

 

なんとなく

ルドルフの魂胆が分かった。

 

「…自分はリギルに入りたいとは一言も申していません。」

「…なに…?」

 

ルドルフは2代目が欲しいのだ。

『皇帝』の名を受け継ぐ『自分の代わり』を。

 

「自分は世代の代表になりたい訳でも、王になりたい訳でも、ましてや皇帝になりたい訳でもありません。」

「では何故君は中央(ここ)にいる。『唯一抜きん出て並ぶものなし』とは君にとって何を意味する。」

 

ルドルフの鋭い眼光が俺を貫く。

 

憧れ(テイオー)に勝つことです。」

 

そう言い切った。

ルドルフはキョトンとした顔を見せる。

 

「テイオーに勝つにはテイオーに一番近い所で学ぶのが効率的です。」

そう言葉を続ける。

 

するとルドルフは「あっはっは」と豪快に笑い出す。

 

「そうか、そういうことか。得心がいった。」

笑いを抑えながら言葉を捻り出し、息を整える。

 

「そういう事なら私はもう何も言わない。君の決断を尊重しよう。」

「…!ありがとうございます。」

 

礼を言いつつ頭を下げると以前と同じようにルドルフが俺の頭を撫でる。

 

「チームは違えども君は私が認めた後輩だ。何か困ったことがあったらいつでも言ってくれ。」

 

さっきまでとは異なり、とても優しい声色で語りかけてくる。

 

「もちろん、リギルに入りたいというのならいつでも歓迎するぞ。」

 

懲りないなあ…

いや冗談で言っているのか、微笑みながらルドルフはそう言った。

 

「君の選抜レースを楽しみにしている。」

「ありがとうございます。」

 

部屋から退出する前、ルドルフはそう声を掛けた。

俺は礼を言って部屋から出て、生徒会室の外にいたエアグルーヴに頭を下げてからその場を後にした。




その頃トレーナー室では

東条「…」
沖野「い、痛い!悪かった!無理矢理アスランを勧誘して悪かった!だから無言で殴んないでくれ!?」


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本心 三人称視点

アスランが生徒会室から退出した後、部屋の外にいたエアグルーヴが入室する。

 

「なんだ、律儀に待っていたのか。」

「すみません、以前から会長がおっしゃっている後輩がどのような人物なのか気になったので。」

「ほう?盗み聞きとは関心しないな?」

 

エアグルーヴが「すみません」と謝罪すると、ルドルフは「そんなにかしこまらないでくれ」と顔の前で手をヒラヒラする。

 

「彼女は和光同塵…今でこそ単なる新入生に過ぎないが、走りの節々から才能が見え隠れしている。選抜レースが始まれば同学年やトレーナー達は放っておかないだろう。」

「会長がそこまで評価なさるとは…どこで見つけ出したのです?」

「なに、去年の感謝祭で偶然見かけただけだ。大怪我を負いながらもテイオーを目標とし、中央に入ろうと活力をたぎらせるその姿勢があまりにも印象に残っていてね。無事入学したら是非私が彼女を導こうと思ったのだ。」

「…今年の入学試験の結果をしきりに問い合わせていたのはそれが理由ですか…」

 

エアグルーヴの苦言にルドルフも苦笑いをして「あのときは苦労をかけた」とねぎらう。

 

「しかし…そこまでこだわっていたのならば改めてリギルに勧誘した方が良いのでは。」

「いや、これ以上の無理強いは禁物だ。ここは彼女を見守ろうと思う。」

 

そう言ってルドルフは目を閉じ、少し微笑む。

 

「『テイオーに勝つため』か…かつてそのテイオーが私の所に来て『宣戦布告』してきた時のことを思い出したよ。やはり彼女はテイオーに似ているな。」

 

そう思い返していると、エアグルーヴから「前から気になっていたのですが…」と声をかける。

 

「なぜ会長はテイオーをリギルに入れなかったのですか?」

「入れなかったのではない。テイオーに関しては自由意志に任せた方が良いと思ったのだ。」

「でも今回に関しては違った…。テイオーの時と今回の違いは何でしょう。」

 

そう言われると「君は鋭いな…」とつぶやき、「これから言うことは誰にも言わないでくれ」と釘をさす。

エアグルーヴも少し居住まいを正し、ルドルフの目を見る。

 

「…テイオーはスピカに入り、確かな実績を残した。無敗でダービーを制覇したのもそうだが、数度の怪我に負けず、あの有馬記念で見せた闘志は未来永劫語り継がれるだろう。

 

だが…

 

もし、

 

もしテイオーがスピカではなくリギルに入っていたら。

 

私の目の届くところにいて、私が導いていたら。

 

テイオーは怪我をすることなく、3冠を達成していたのではないか。

 

怪我で苦しむことはなかったのではないか。

 

今とは違った意味で、皇帝(わたし)を超えたのではないか。

 

そう思わずにはいられないのだ…」

 

ルドルフの心中にあったのは『後悔』だった。

 

テイオーを自由にさせた結果起きた悲劇と栄達。

人々は悲劇を踏まえたテイオーの栄達に賞賛の声をあげるが、ルドルフの心中は複雑だった。

 

「…私のこの考えは、テイオーの競技人生を否定しかねないものだ。だから今まで話さなかったし、話そうとも思わなかった。」

「つまり会長は二の轍は踏まじと考え…」

「ああ、こんな思いはもうしたくない。だからテイオーに似た彼女を見て思ったのだ。「今度は手放さない」と。」

 

アスランはルドルフの執着心を『後継者として』と判断したが、

ルドルフの本心はいわば『親として』に近かった。

 

「杞憂に過ぎればいいが…」

 

ルドルフの小さなつぶやきはエアグルーヴに聞かれることなく虚空へ消えていった。

 

 



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毎度おなじみドタバタスピカ

誤字報告ってこんな感じでくるのか…

報告して下さりありがとうございます。チェックはしておりますがつたない文才のため、とてもありがたいです。


午後になりジャージに着替え、スピカの部室へ向かう。

 

今の自分はスピカから入部の『確約』を貰っている状態で、いわば『仮入部』といったところか。

 

「いいなーアスランちゃん、早々と確約貰って。しかもスピカから。」

「昨日からそればっかり…スチームだっていいトレーナーと巡り会えるはずだよ。」

 

ちなみに今日はスチームも一緒だ。

 

昨日寮に帰った際、部屋に入るなり「アスランちゃん!テイオーさんとレースしてなかった!?しかもスピカの先輩達と仲良くなってなかった!?」

とまくし立てられ、事の顛末を話すと「アスランちゃんだけずるい!私も明日スピカに行く!」と宣言し、今に至る。

どうやら寮に戻る際にテイオーとのレースを見ていたらしい。

 

「いいよねーアスランちゃんは、テイオーさんと仲良くなった上チームから確約まで貰って。私だってあのテイオーさんやスペシャルウィークさんと話してみたいんだからねー!」

「…なんでさっきから不機嫌なの」

「別にー?アスランちゃんの気のせーじゃないのー?」

 

ホントに分からん…

まあ同期(しかも同室)の子が強豪チームから実質勧誘されていて差を感じるというのは分からんでもないが。

 

そんなことを言い合いながらスピカの部室の前に着く。

ドアには毎度おなじみ『入部しない奴はダートに埋めるぞ』と書かれたポスターが貼ってある。

 

ノックしてドアを開けるとパンパンというクラッカーの音と共に声があがる。

 

「「「ようこそ!チームスピカへ!!!」」」

 

「…ここは湿気てないんですね」

「へ?」

「いや、何でも無いです」

 

すると奥から『歓迎!』という鉢巻きを巻いた沖野トレーナーがやってくる。

 

「よう!アスラン。まだ書類上仮入部の扱いだが、今日からしっかり鍛えてやるからついてこいよ!」

「はい。よろしくお願いします!」

「おう!…っと、そっちの子も見学希望の子か?」

「は、はい!タイキスチームです!」

「そうか、俺はこのスピカのトレーナーだ。メンバーは癖のある奴ら()()いないが実力は折り紙つきだ。なんにせよ今日はよろしくな。」

 

そういってスチームと握手しようとすると「てめー!」とゴルシが見事なドロップキックを沖野トレーナーにお見舞いする。

 

「癖のあるってなんだよ!?あたし達のどこが癖があるってんだ!」

「こ、こういうところ…」

 

そして始まるスピカドリフ。

 

いやー本物はちがうなー。

って横にいるスチームがどん引きしてやがる。

 

「ごめーん!遅れちゃったー!」

 

そう言って部室に入ってきたのはテイオーだった。

そういやいないと思ったら…

そう思っていると「あっ!」と俺を見て声をあげる。

 

「アスラン来てたんだねー!ようこそボクのところへ!」

「ありがとうございます!今日からよろしくお願いします。」

「ニシシ!無敵のテイオーさまにどーんと任せたまえー!

あれ?隣にいるのはお友達?」

 

テイオーがスチームの方を見る。

 

「ひ、ひゃい!タイキスチームです!有馬記念感動しました!」

「えへへーありがとう!

…それでアスランとはどんな関係なの?」

「テイオーさん。スチームは自分のルームメイトで気の置けない親しい同期です。」

「ふーん?」

 

テイオーがスチームをじろじろと見る。

スチームは身動き出来ず顔を真っ赤にしている。

 

「…そっか!スチームちゃん!アスランと仲良くしてあげてね?」

「は、はい!」

 

…なんだったのだろうか???

 

「よし、メンバーもそろったところで練習いくぞ!」

「「「おー!!!」」」

 

沖野トレーナーのかけ声と共にスピカのメンバー達が駆けだしていく。

 

「じゃ、お二人さんも荷物置いて練習場に来てくれ。」

 

そう言われ、俺とスチームは荷物を置き、トレーナーに付いていく。

 

「…ねえアスランちゃん。スピカっていつもこんな感じなのかな…?」

「その内慣れると思うよ。」

「ええっ…」




テイオー(アスランに変な虫が付かないようにしないと…)


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VSタイキスチーム

沖野トレーナーの後を追い、練習場へ向かう。

 

「じゃまずはアップからだ。ペアを作ってくれー」

 

練習自体は普通の運動部といったところか。

ランニングに筋トレにインターバル走に…

後アニメでもあったツイスターもやった。

ホンマにこれ意味あるんか…っ(脇腹つった)

 

「それじゃ今日の仕上げだ、上がり3Fを測るぞ。」

 

そう言われスペやウオッカ達が3Fを爆走する。

やっぱ速いなあ。

 

「最後はアスランとスチームだ。位置に着いてくれ。」

 

俺とスチームは6のハロン棒のところへ移動する。

 

「アスランちゃん。」

「ん?」

「本気でいくよ。」

「おう!」

 

いつに無く引き締まった表情を見せるスチーム。

そう言えばスチームと走るのは初めてだな。

 

春の心地良い風が体を包む。

 

「はじめ!」

 

トレーナーの合図と共に駆け出す。

 

先頭はスチームで1馬身離れて俺がつく。

 

(やっぱいい走りするな…)

客観的に見てもそう思う。

一歩一歩が豪快で推進力がある。

所謂『ストライド走法』というやつだ。

 

対する俺は足の回転を早め、歩幅は短い。

所謂『ピッチ走法』だ。

 

徐々にスチームとの差が開き始める。

 

 

「あれ、アスランさん遅れ始めてませんか?」

スペシャルウィークがそう声を上げる。

するとテイオーが「スペちゃん分かってないなー」と言い、沖野トレーナーもうんうんと頷く。

「俺やテイオーがアスラン(あいつ)をスカウトするに至った最大の長所であり、かつ()()()()()は、ただ一つ。」

 

 

(…今!)

 

残り2Fで直線に入ったところでタイミングを図る。

俺はスッと息を吸い、右足に力を入れる。

 

ドッと風を切る音が変わる。

 

直線で『ピッチ走法』から『ストライド走法』への切り替え。

これが俺の基本的なレーススタイルだ。

 

怪我をした左足のことを踏まえると、足首への負担が少ないピッチ走法は最適だ。

ただ、負荷が少ない反面、歩数がどうしても多くなってしまうため、スパートやトップスピードの維持が難しい。

そう考えるとストライド走法で速度を維持したいが、左足の事を考えると難しい。

 

そのため、理学療法士さんと相談して編み出されたのが『両方を使い分ける』やり方だった。

これなら両方のいいとこ取りが出来る。

 

問題は、俺の場合切り替える際、必ず右足から踏み切る必要があるため、どうしてもその時に思考を割かなくてはならないし、タイミングをミスるとピッチで稼いだ加速力を殺すことになる。

 

この前のテイオーとのレースでトレーナーに言われるまでこの弱点に全然気づかなかった…

 

理想はディープインパクトの様にストライド走法かつピッチを早くする『二刀流』だが、今の俺には無理。

 

スピードを上げてスチームに追いつき、そのまま追い抜く。

追い抜く際、スチームが驚きの表情をみせる。

 

そして俺が先にゴール板を駆け抜け、続けてスチームがゴールする。

 

タイムを計測していたトレーナーからピュウと口笛が出る。

 

「二人ともお疲れ!息を整えながら集合してくれ。」

 

俺は息を整え沖野トレーナーの元へ歩いて行き、少し遅れてスチームも来る。

 

「あ、アスラン、ちゃん…、ゼェ、は、速い、ね…」

息も絶え絶えにそう話しかける。

「いやスチームもいい走りだった。また走ろう。」

「そ、そう、だ、ね…」

互いに労いの握手をする。

 

「お疲れ様。アスランの当面の課題は走法のスムーズな切り替え。スチームはパワーとスタミナの底上げだな。」

そう言いながらトレーナーがストップウォッチを見せる。

 

サクラアスラン:36.7

タイキスチーム:38.9

 

「これが今のお前達の実力だ。常にタイムは意識しろ。その一秒を削り出すんだ。」

 

どっかの大学の駅伝監督みたいなことを言って話をしめた。

 

「それじゃーダウンして上がってくれ。みんなお疲れ!」

「あっ、トレーナー!アスラン借りていい?」

 

そう言ってテイオーが俺の方へ来る。

 

「アスランこの後時間ある?見せたいのがあるんだ!」

「わ、分かりました。」

「ニシシ!じゃーちょっと行ってくるねー!アスラン行くよ!」

「あっ、ちょ、スチームは」

「私は大丈夫だよ、アスランちゃん。先に寮戻ってるね。」

 

俺はそのままテイオーに引っ張られながら学園の外に出た。




『その一秒を削り出せ』
東洋大学 酒井監督


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ユメヲツナグ

テイオーに連れられてそのまま府中市内を走る。

 

現世だと自転車専用レーンとなっている所がウマ娘の絵が書かれている。

日は大分傾き、前を走るテイオーの髪が夕日に映える。

 

そして神社の鳥居をくぐり階段を駆け上がって頂上に着く。

 

「着いたよーアスラン!」

 

息を整えながら顔を上げると眼下にさっき駆けた府中の街並みが広がる。

ここはあれだ。

アプリやアニメでよく出てきた高台にある神社だ。

 

「ここからの景色がボクのお気に入りなんだー!」

「確かに…いい眺めですね。」

「でしょー!」

 

そう言いながら二人揃ってベンチに座り、汗をふく。

 

「エヘヘアスランとこうして過ごせて嬉しいな!」

「自分もです。テイオーさん。」

 

二人揃ってふふっと笑いあう。

 

「前から聞きたかったんだけどさ…どうしてアスランは中央に…ボクを目標にしてくれたの?やっぱり怪我をして似たような状態だったから?」

「それもありますが…」

 

俺はテイオーの目を見つめ、手を握る。

 

「テイオーさんに惚れ込んだからです。」

「ピェッ!?」

「幾度となく怪我をしても前を向き、駆け抜ける姿を見て惚れない訳がありません。」

「す、ストップ!よくそんな恥ずかしいこと言えるね!?」

「?根っからの本心ですが?」

「ピェェ」

 

テイオーは顔を真っ赤にし、両手で顔を隠す。

 

「も、もー照れちゃうなーエヘヘ」

「『帝王』は『皇帝』を超えた…そう評価されていますが、自分もそう思います。ルドルフさんとはまた違う王の在り方だと。」

「!…そ、そう、だよね…」

 

途端に少し表情を曇らせたため、「テイオーさん?」と問いかけると「…少しだけ独り言言っていい?」と答える。

 

「…ボクは、カイチョーみたいになりたかった。カイチョーみたいな『強くてカッコいいウマ娘』になるのがボクの夢だった。

 

確かにボクは競技人生の中で沢山の大切なものや色んな人たちに支えてもらって、『強くてカッコイイウマ娘』になれた…と思う…し、カイチョーやスピカのみんなもそう言ってくれている。

 

でもね。

 

時々思うんだ。

 

もし3冠も、無敗も達成していたら。って。

 

そうなっていたら、ボクは本当の意味でカイチョーみたいになれたんじゃないかって。

 

時々…そう思うんだ…」

 

俺は黙ってテイオーの言葉を聞く。

 

 

競馬にIf(もしも)はつきものだ。

もしもあの時こうなっていたら…と夢想するファンは多い。

 

『親子2代無敗の3冠』

それを初めて達成したのはディープインパクト・コントレイル親子だった。

 

コントレイルが無敗の3冠を達成した際、

『トウカイテイオーのIf』『テイオーの夢をコントレイルが果たした』

そういった評価の声が上がった。

 

ただこの時こう思ったファンも多かっただろう。

 

『もしもトウカイテイオーが無敗の3冠を達成していたら』と。

 

 

一人の競馬ファンとしてそんなことを思っていると、テイオーが「アスラン」と声をかける。

 

「…キミに…ボクの夢を託していいかな。」

 

何か決意に満ちた目でこちらを見つめる。

 

「アスラン。キミに『無敗の3冠』の夢を、託したいんだ。」

 

ドクンと心臓が跳ね上がる。

 

「初めてキミを見た時から、運命の様なものを感じてた。キミの走りを見てもしかしてって思った。そして今日の3ハロンを見て、確信に変わった。

 

キミはボクの夢を叶えてくれる為に巡り会えたんだって。」

 

「い、いやそれは言い過ぎでは…」

「あれ?分かってない?キミが今日出したタイムは、ボクのデビュー戦よりも早かったんだよ?」

「え」

 

思考をフル回転させる。

 

俺が?

テイオーより?

 

「デビュー前でこれだけ走れるんだもの。ボク以上のポテンシャルの持ち主だよ!」

 

どこか遠い世界の話のような感覚を覚える。

 

俺は中身一般人。

 

けれど同期達の代表のような扱いをされ、

 

ルドルフやシリウスから目をかけられて、

 

そして明確な数値でもってテイオーより評価される。

 

『何故俺はウマ娘の世界へ』

もっと言うと『何故架空世代のテイオー産駒の子として転生したのか』

 

ずっと今まで分からなかった。

 

でも

 

これが答えなのかもしれない。

 

テイオーの夢を叶えられるのは、テイオー産駒の俺しかいない。

 

自然と肩の力が抜ける。

 

ならば

 

「分かりました。」

 

俺はテイオーの手を握り、目を見る。

 

「自分がテイオーさんの夢を引き継ぎます。

 

…俺が…テイオーの夢を叶えます!」

 

言い切った。

 

不思議と清々しい気持ちだ。

 

「うん…うん!やっぱりキミに会えて良かった!」

 

テイオーは目に涙をいっぱい溜めながら手を握り返す。

 

「言ったからにはやってもらうよ!ボクが全力でサポートする!一緒に『無敵のテイオー伝説第二弾』をやっていこうね!」

「はい。よろしくお願いします!」

「あ、あと今気づいたんだけどさ。アスランって素が出ると敬語が取れて『俺』になるんだね。」

「げっ、いや、その」

「あははー気にしないでいいよー。なんかそっちの方が本音で喋ってる感じするし!」

 

日が暮れるまでそのままテイオーと語り合った。

 

ーやってやる

 

テイオーの夢である『無敗の3冠』

 

それは同時に、実馬基準で言えば

『親子3代無敗のダービー制覇』

も意味する。

 

この架空の世代に

 

『サクラアスラン』の名を刻みつける!




目標設定!

皐月賞・日本ダービー・菊花賞を無敗で制覇

トウカイテイオーから意思を継いだ!

やる気が上がった
『究極テイオーステップ』のヒントレベルが上がった


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You can do it! 三人称視点

物語の都合上、あるウマ娘の呼び方が変化しています。


アスランがテイオーと語り合っている頃。

 

(…はあ…)

タイキスチームはため息をつきながら校内を歩いていた。

 

沖野トレーナーの号令で解散した後、寮へ向かう間ずっと難しい顔をしていた。

 

スピカでの練習が合わなかった訳ではない。

だがアスランとの差を感じずにはいられなかった。

 

同室の同期が強豪チームからスカウトされ、著名な先輩達から目をかけられて一歩も二歩も先に進んでいるという現実が、スチームに劣等感を植え付けていた。

 

(…あとなんかテイオーさんがちょっと怖かったんだよな…笑ってるのに圧が凄いというか…)

 

そんな事を考えながら3女神像の前まで来て、また大きなため息をつく。

(チームどうしよう…スカウト来るかな…)

暗い顔して3女神像を見る。

 

すると

 

「Heeeeeeeeeey!そこのプリティガーーーーーーーール!!!」

 

ものすごい勢いで一人のウマ娘が駆け寄って来る。

 

「ぎゃあ!な、何?何事!?」

「カワイイ子がそんなにため息してたらハッピーが逃げて行きマース!スマイルスマイル!」

「ど、どうも???」

 

突然の事態に混乱するスチームだが、不思議と嫌悪感は無かった。

 

「あの…どこかでお会いしましたっけ?」

「Oh、まだ自己紹介がまだでしたネ!ワタシはタイキシャトルデース!」

「た、タイキスチームです。」

「これはサプラーイズ!?同じ『タイキ』デース!あなたからはシンパシーと()()()()()()()を感じマース!」

「わ、私もです。不思議ですね。」

「ところで…ナゼスチームは暗い顔をしていたのデスか?同じ『タイキ』同士!力になりマース。」

「え、ええと…」

 

スチームは一瞬、初対面の先輩に相談することだろうかと思ったが、不思議とこの先輩には何でも話せそうだ、という安心感があった。

 

ポツリポツリと今思っていることを話始める。

シャトルも黙ってその話に真剣に耳を傾ける。

 

「…つまり、スチームはそのお友達に置いて行かれたような感じがするのデスね?」

「はい…」

「ワタシも難しいことは言えませんが…一つ言えるのは、あなたは焦り過ぎデース。」

「焦り?」

「まだ選抜レースも始まっていないのデスからチームやトレーナーが決まっていないのは当たり前デース。そのお友達がちょっと特殊なだけデス。」

「でも…」

「ウーン信用してまセンね?」

 

シャトルは少し考えると「Ok!」と声を上げる。

 

「ちょっとワタシについて来て下サーイ!」

 

シャトルはスチームの手を握り、練習場へ向かう。

 

 

「ーと、言うわけでトレーナーサン!この子をリギルに入れて下サーイ!ワタシがお世話しマース!」

「…ルドルフに続いてタイキまで…今年は一体どうしちゃったのかしら?」

 

シャトルはスチームを東条トレーナーの元へ連れて行った。

東条トレーナーは正直乗り気では無かったが…ルドルフがアスランを見出した前例があるため、無碍にも出来なかった。

 

東条トレーナーは持っていたタブレットでスチームの情報を見る。

 

「…とりあえず走りを見てからね。タイキスチーム。今から上がり3Fを走ってもらうけどいいかしら。」

「は、はい!」

 

スチームは6のハロン棒の所へ向かう。

さっきスピカで計測した3ハロンが頭をよぎる。

 

「用意…始め!」

 

東条トレーナーの号令と共に駆け出す。

先程とは違い、後ろから足音は聞こえず、風を切る音だけが聞こえる。

 

残り1ハロンの時点で息が上がり始める。

元々スピカで体験練習した後のため、体力はもう尽きかけていた。

 

(…やっぱり…私は…)

 

そう思った刹那

 

「スチーム!!!You can do it (あなたなら出来る)!!!」

シャトルの檄が耳に届く。

 

「!わあぁぁぁぁっ!!!」

 

雄叫びを上げながらスピードを上げ、ゴール板を駆け抜ける。

 

東条トレーナーがストップウォッチを止め、驚きの表情を浮かべる。

 

「…タイキ…いえ、シャトル。あなたこんな子どこから見つけて来たのよ。」

「フフーン、ヒミツデース。」

「答えになってないわよ。」

 

息を整えながらスチームが東条トレーナー達の元へ向かい、「た、タイムは…」と問いかける。

 

「…タイムを教える前に、あなたに聞きたいことがあるわ。

 

あなたの夢は何かしら。」

 

東条トレーナーはそうスチームに問いかける。

 

少しだけ考え、スチームは「2つあります」と答える。

 

「一つはティアラ…憧れの『樫の女王』の座。そしてもう一つは」

 

顔を上げ、東条トレーナーとシャトルを見る。

 

親友(ライバル)に並び立つ…いや、勝つことです。」

「…結構。十分すぎる答えを貰ったわ。」

 

東条トレーナーはそう言い、手を差し出す。

 

「タイキスチーム。あなたをチームリギルにスカウトします。私の前で夢を言った以上、必ず達成してもらうわよ。」

「スチーム!良かったデース!明日からよろしくデース!!!」

「わ、私がリギルに…!?」

 

困惑の表情を浮かべるスチームに東条トレーナーがストップウォッチを見せる。

 

タイキスチーム:37.0

 

「デビュー前でこれだけの数字が出せるなら十分だわ。」

 

さらに困惑が大きくなる。

スピカで計測した時より1秒以上早くなっているのだ。

 

(シャトル先輩のおかげ…?)

 

するとシャトルがスチームにハグをする。

 

「そんな顔しないで下サーイ!スチームは今日からワタシのカワイイ後輩デース!一緒にガンバリましょう!」

 

(ここでなら…)

 

そう思い、スチームは改めて東条トレーナーを見る。

 

もうそこには困惑の表情を浮かべる、気弱な少女はいなかった。

 

「タイキスチーム!今日よりお世話になります!」

 

差し出された手を握り返し、そう答えた。




後日 トレーナー室

沖野「ちょっとおハナさん!?タイキスチームは俺が最初に見つけ出したんだけど!?」
東条「あら、サクラアスランを拉致って強引に勧誘したのはどこのどなただったかしら?」
沖野「んぎぎぎぎ…」


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選抜レース トレセン学園 芝 1200m [改訂版]

改訂版です

前回のは忘れて下さい(土下座)


テイオーから夢を引き継いでから早数日。

 

ついに選抜レースの日を迎えた。

 

…ここまで色々あった。

相変わらず同期達からもてはやされたり、シリウスから「スピカか…まあお前なら大丈夫だろ」と半笑いで言われたり、極めつけはスチームがリギルに入っていたり…

あんた俺よりすげーじゃねーか。

 

今日は今年の世代初の選抜レースということもあり、かなり注目度が高いようだ。

午前の座学が終わる前からレース場にはトレーナーと思しき大人達がレジャーシートで陣取りしている様子が目に入った。

…完全に競馬場の光景だわこれ。

 

午後になり着替えてアップを行なう。

俺は15:40出走だ。

 

「おーいアスランー!」

少し休憩しているとテイオーが駆け寄ってくる。

 

「テイオーさん。来てくれたんですか。」

「当然でしょー?ボクの自慢の後輩が走るんだもの!後でカイチョーも見に来るって!」

「き、緊張するな…」

 

すると後ろから「へえ?」と声がした。

 

「なんだテイオー。こいつお前のお気に入りなのか。」

「あっ、シリウス!なんだよーアスランはボクのなんだからあげないぞ!」

「奪ったりしねぇよ…お前までルドルフみたいなこと言いやがって。」

「ボクとアスランは『無敵のテイオー伝説第二弾』の途中なの!邪魔しないで!」

「分かった分かった。レースぐらいは見させてくれよな?」

 

目の前で微笑ましい光景が繰り広げられている。

 

俺が「シリウスさんも見に来てくださりありがとうございます。」と礼を言うと

「ハッ、お前はルドルフの『シルバーブレット』になり得る存在だからな」と言われた。

シリウスなりに期待してくれているのだろう。

 

『お知らせします。15:40発走の生徒は所定の位置に集合してください。』

 

校内アナウンスが響く。

 

「お二人ともありがとうございます。行ってきます!」

二人に礼を言ってから俺は集合場所へ駆けていった。

 

「よーし。ボクも応援しちゃうもんニ!シリウスいくよ!」

「わー待て待て、引っ張るなっ」

「あー見つけた!テイオーちゃん!」

「あれ?マヤノ?どうしたの。」

「先生が探してたよー提出期限が今日までの課題出してないって。」

「あ…部屋におきっぱだ。」

「早く届けにいった方がいいよ?先生カンカンだったよ。」

「ピエッ!?ど、どうしよう!?これからアスランのレースなのに!?

…い、急いで持って行けば間に合うかな…?

…し、シリウス!!!ボクの代わりに場所とっといてね!絶対だよ!!!」

 

そう言い残しテイオーは嵐の様に走って行った。

 

「…どさくさに紛れてあたしをパシってねーか?」

 

 

 

 

 

 

集合場所には自分と同じ組の子が集まっていた。

内一人は見知った顔だった。

 

「…ええと、ガーランド…さん?」

「…ガーランドでいいよ。今日はよろしく。」

 

握手を交わし、ゲートに向かう。

すると観客席が少しざわめく。

 

「あれがスピカの…」

「世代の代表筆頭だとか」

「生徒会長やシリウスが一目置くという…」

 

…ここまで言われるとムズかゆい。

 

俺を含めた出走バ10名がゲートに入る。

 

ガシャンという音と共にスタートダッシュを…っ!?

 

(あいつ出遅れやがった!)

シリウスが思わず立ち上がる。

 

…まずい

 

『観客席の声に気をとられて出遅れた』なんて情けないったらありゃしない!

 

出遅れた結果俺は後方集団。

しかも囲まれるように内側に入ってしまっている。

 

…本格的にまずい。

所謂『馬群にのまれた(囲まれた)』状態だ。

『前が壁』どころじゃない。

大外に出ようにも斜め前にガーランドがいて進めない!

 

そのまま最終直線に入る

ガーランドがスパートをかけ、ようやく前が空く。

 

が…もう時すでに遅しだった。

 

 

『1着8番 エイトガーランド

2着4番 サクラアスラン

3着3番 クラップラップ

4着…』

 

着順を告げるアナウンスが響く。

 

『負けた』

 

その事実が重くのしかかる。

 

「アスラン」

と、ガーランドが声をかける。

 

「…良い勝負だった。あなたをマークして正解だった。私でも戦えるんだって自信がついた。次も負けない!」

 

…彼女は単純にレース相手の健闘を称えているだけだ。

 

頭では分かっている。

 

だが…

 

「…アスラン?」

 

差し出された手を握ることは出来なかった。

 

俺はふらふらとした足取りでターフを去った。

 

 



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『何が』悔しいのか

校舎裏にたどり着き、まだ頭が混乱している。

 

「…クソッ!!!」

 

足元の石ころを蹴り上げる。

悔しくて涙が止まらない。

 

テイオーと無敗の約束をしたのに、もう破ってしまった。

不甲斐ない自分に嫌気がさす。

 

「…その涙は何の涙だ?」

 

後ろを振り向くと腕を組んで校舎に寄りかかるシリウスがいた。

 

「負けたのが…グスッ…悔しくて…」

「それだけか?」

「え?」

「負けた事だけが悔しいのか?今日お前はどうして負けた?胸に手を当てて考えてみろ。」

 

そう言われもう一度あのレースを思い返す。

 

…やはり一番の敗因はあの包囲だろう。

2000年の有馬記念のオペラオー包囲網を思い出した。

 

「…じゃあなぜ包囲された?」

 

…スタートで出遅れたのが痛い。

 

「じゃあなぜ出遅れた?」

 

…観客席からの声に気をとられ…

 

「…お前の今回の敗因は2つある。

一つは8番のやつがお前を徹底的にマークし、やつの術中にはまったこと。

ありゃ見事だった。見るやつが見れば分かる。

そしてもう一つは」

 

そう言って俺の前に来て、頭を小突く。

 

「お前が未熟だってことだ。外野の声に左右されやがって…お前は負けたのが悔しいんじゃない、『未熟な自分』が悔しいのさ。」

 

…図星だった。

 

ここまで『サクラアスラン』として生活してきて、色んな人が俺を評価してくれた。

 

期待されているのを肌で感じ、思い上がっていた。

 

そしてそれに満足してしまい、溺れてしまっていた。

 

『負ける自分』が想像出来なかった。

 

そしてその積み重ねが今日のお粗末な結果だ。

 

「お前が未熟なのはそれだけじゃない。

どうして1着のやつの握手を拒否した。」

「それは…」

「未熟なやつほど変なプライドを持ちやすい。大方『負けたのはお前のせいだ』とでも思ってたんじゃねぇのか?」

「返す言葉もございません…」

 

シリウスがため息をつき、「テイオーやスピカのトレーナーは何やってんだか…」と愚痴をこぼす。

 

説教(これ)が終わったらすぐに1着のやつに謝ってこい。」

「はい…」

 

そしてシリウスは俺の額に人差し指を突きつけ、「これだけは覚えておけ」と前置きする。

 

「お前はもうただのウマ娘じゃない。あたし達と同じ『競技ウマ娘』だ。あたしも口は悪い方だから人のことは言えないが…競技に携わる者として、『スポーツマンシップ』だけは忘れるな。」

「はい!」

「おら早く行け。」

「失礼します!」

 

そう言って俺はガーランドのところへ駆け出した。

 

怒って無ければいいが…

あとテイオーに何と言って謝れば…

 

そんなことを思いながら走って行った。

 

 

一人残されたシリウスは少しため息をつき、口角が上がる。

「…全く手間のかかる後輩だ。」

「だからこそ指導のしがいがあるとは思わないかい?」

「……お前いつからいた。」

「『負けたことだけが悔しいのか』のところからかな。」

「ほぼ全部じゃねぇか!?悪趣味にも程があるぞおい…」

 

校舎の角から現れたルドルフに対し、驚愕と嫌味節をぶつけるシリウス。

 

「…お前はあいつに何か言わなくて良いのか?」

「ああ、私が言いたいことは全部君が言ってくれたからね。」

 

シリウスが盛大に舌打ちし、苦笑いを浮かべるルドルフ。

 

「あと…そこにいるテイオーも同じだと思うぞ?」

 

茂みの中から耳がビクッと動く。

 

「あーバレちゃったーエヘヘ」

「お前はいつからいやがった。」

「『お前の今回の敗因は2つある(キリッ)』からかなー」

「こいつら…っ」

 

テイオーが茂みから出てきて、葉っぱを払いながらシリウスに近寄る。

 

「ありがとうシリウス。アスランのこと気にかけてくれて。」

「…お前はお前で先輩としての自覚が足りないがな。」

「え?」

「ああ、それは私も思っていた。競技ウマ娘として大切な心構えを何も教えてないとは…」

「え?え?」

 

「「そこに直れ、テイオー。」」

 

…テイオーの悲痛な叫びが校舎裏にこだました。




旧曇らせルート投稿後…

急激に減るお気に入り登録!
増える低評価!
阿鼻叫喚のコメント欄!
当たらない馬券!
減る野口!
色んな意味で顔面蒼白の作者!
(オジュウ見たさに府中にいた)

「あかん、とりあえず削除して練り直さな…
後レースに集中や」

削除後
秋華賞大当たり(3連単的中)

「やっぱ二次創作は曇らせじゃなくてスポ根路線が一番という3女神のお告げやな!」←いまココ


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始動!新生スピカ!(2名欠席)

確か選抜レースはこの認識で合ってる

…はず


シリウスの説教が終わったあと、急いでガーランドの元へ向かう。

 

幸いまだレース場にいたので呼び止め、頭を下げる。

 

本人からは「特に気にしていない」と言われた。

改めて謝罪し、再戦を誓い握手を交わす。

 

こっちはなんとかなった。

 

後はテイオーだ…なんと言って謝れば…

 

 

今日の選抜レースの全プログラムが終わり、自然解散となる。

 

あちらこちらでトレーナーによるスカウトや生徒によるアピールが行われていた。

 

っと、よく見たらガーランドがカノープスの南坂トレーナーと話している。

 

カノープスに入ったら強敵になりそうだ…

てか寡黙で真面目なガーランドがカノープス(個性の集合体)になじむのだろうか…?

 

俺はレース場を後にし、スピカの部室へ向かう。

解散したら部室に来るよう言われているためだ。

 

ノックをして部室に入るとメンバー達が労いの声をかけてくれた。

そして沖野トレーナーが口を開く。

 

「アスラン、選抜レースお疲れ。体調に変化は無いか?少し目が腫れているように見えるが…」

 

そう言うとゴルシがトレーナーの脇腹にエルボーを食らわせる。

 

「グハッ!?な、何すんだおい!?」

「お前なー少しは察しろよ。」

「?」

 

ゴルシが俺に近寄り、「気にすんな、次勝てば問題ねえ」と頭をなでながら言ってきた。

 

ちょっと惚れそう。

いやこいつには宝塚の恨みが…

 

そんなことを思っていると沖野トレーナーが咳払いし、再度俺を見る。

 

「まあ、なんだ。レース時のメンタルトレーニングを教えてやれなかった俺にも非はある。申し訳ない。」

「…いえ、自分も…いかに自分が未熟なのかを知れたので、価値のある敗北だと考えます。」

「ほう?会長らへんからなんか言われたな?『敗北にこそ価値がある』ことが分かっているだけ上出来だ。」

 

沖野トレーナーが少しかがんで俺に目線を合わせる。

 

「出遅れようがマークがきつかろうが、速さ以外の要素も含めて『レース』だ。今日の結果がお前にとっての今の実力だ。ここからどうしていきたいかはお前次第だ。

俺はトレーナーとしてお前の選択を全力で支える。

 

さあ、お前の『夢』はなんだ?」

 

トレーナーだけで無く、メンバー全員が俺を見る。

 

俺は…

 

するとテイオーが「遅くなりました~」と静かな声と共に部室に入る。

 

またお前いなかったなそういえば。

 

「あら、遅かったじゃない。なにかあったの?」

「いや~ちょっと…色々あって…」

「??」

 

なぜか知らないが憔悴しているテイオー。

…謝るのが先か。

 

「…テイオーさん。」

「あっ!アスラン!レースお疲れ様!」

「…ごめんなさい。約束、守れませんでした。」

「え?」

「テイオーさんから託してもらった『無敗』の夢…もう破ってしまいました…」

 

トレーナーやメンバーが驚きの表情を浮かべる。

 

「おまっ、お前ら俺に内緒でそんなこと約束してたのか!?」

「あーそういえばトレーナーに言うの忘れてた。」

「テイオー…お前…」

 

がっくりとうなだれ、頭を抱える沖野トレーナー。

 

「そういうアスランの今後に関わる大事なことは俺にも伝えろよ…アスランもアスランでなんで言わないんだ…」

「てっきりテイオーさんが伝えているものと。」

「この二人は…っ」

 

盛大にため息をこぼす。

 

テイオーは頭を下げている俺に「…もしかして分かっていない?」と声を掛ける。

 

「『無敗』ってのはあくまで『公式戦』のことだよ?選抜レースは学園内のレースだから公式戦には含まれないよ?」

「…マジっすか」

「マジマジ。ごめんねボクそれ言いそびれてたね。」

 

一気に力が抜ける。

な、なんだ…

 

…待て、ということは

 

「だから、ボク達の夢はまだ終わってないし、始まってもないよ。前にも言った通り!『無敵のテイオー伝説第二弾』の本格始動だー!」

 

テイオーが拳を突き上げ、満面の笑みを見せる。

 

「…アスラン、それがお前の『夢』か?」

 

沖野トレーナーが静かに、そう問いかける。

 

俺の答えはもう、決まっている。

 

「…見てみたいんです。誰もが夢想した、ロマンの景色を。

 

親子三だ…ルドルフさん、テイオーさんと受け継がれてきた夢の形を。

 

夢を託してくれたテイオーさんのため、期待してくれている人達のため、

 

なにより、自分がその頂の景色を見てみたい。

 

まだルドルフさんしか成しえていない『無敗の3冠』の姿を、

 

自分は見てみたい!」

 

ルドルフ・テイオーと受け継がれた血脈を、架空馬のウマ娘とはいえ引き継ぐことになった。

 

競馬ファンとして、2人の後輩として、ワクワクしないわけがない!

 

この世界においての『史上2例目』はディープインパクトでも、コントレイルでもない!

 

この『サクラアスラン』だ!

 

「…よく言った!スカウトした甲斐があったってもんだ!」

沖野トレーナーが破顔し、俺の両肩に手を置く。

 

「その夢を俺にも支えさせてくれ。俺が、いや、俺たちスピカがついている!」

 

そう言って肩から手を離し、メンバー全員を見渡す。

 

「俺たちはチームだ。一人の夢は全員の夢でもある。一人では困難なことも、仲間で支えあえば大きな力になる。俺はそう信じている。

 

お前達が仲間から支えてもらったように、今度はお前達が新たな仲間を支えるときだ。

 

全員でアスランを大きくしていくぞ!」

 

全員が「はい!」と大きな返事をする。

 

もう泣きそうだ。

 

これだけ多くの人が、稀代の優駿が、俺を支えると言ってくれている。

 

この期待に応えずしてなんとする。

 

「よーしみんな気合い入れっぞ!」

 

と、ゴルシが円陣を組み始める。

俺やトレーナーもそこに入る。

 

「新生スピカ始動だ!いくぞ!!!」

「「「おう!!!」」」

 

 

こうして俺はスピカに正式加入した。

 




マックイーン「私もこの場にいたかった」
スズカ「私もいたかった」


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玉座の矜持 三人称視点

アスランがスピカで円陣を組んでいる頃。

 

チームリギルの部室にタイキスチームの姿があった。

 

「ーと、言うわけで今日より我がリギルに入部したタイキスチームだ。全員先輩として目をかけてやって欲しい。」

「タイキスチームです。よろしくお願いします!」

 

東条トレーナーの紹介と共にスチームが頭を下げ、挨拶をする。

 

そんなスチームは部室に入ったときから心臓がバクバクしていた。

 

なにせ

 

「やあ、君と同じチームになれて嬉しいよ、ポニーちゃん♪」(イケメン女子その1)

「ああ、このボクと出会えた素晴らしき瞬間に祝杯を捧げよう!」(イケメン女子その2)

「ほう…新しいメンバーか。あたしの渇きを満たすのに足りるか…楽しみだな。」(イケメン女子その3)

無自覚ムーブで口説きにかかるイケメン女子のみなさま

 

あっという間に顔が真っ赤になるスチーム。

そこへシャトルが割って入る。

 

「No!スチームはワタシのカワイイ後輩デース!ナチュラルに口説かないで下サーイ!」

(助かった…)

 

ホッとしたのも束の間、

「君は確か…前に私に挨拶してくれたアスランと同室の子だったな。新進気鋭の若駒と聞いている。共に切磋琢磨していこう。」(イケメン女子その4)

イケメン女子の大ボスが現れる。

 

「ひ、ひゃい!ヨロシクオネガイシマス!」

「Boo!ルドルフ!アナタもスチームを怖がらせないで下サーイ!」

「こ、怖がらせてなど…」

「あーもう!あなた達落ち着きなさい!」

 

収集がつかなくなってきたため東条トレーナーがストップをかける。

改めてトレーナーが咳払いをしてスチームの紹介をする。

 

「さっきのやり取りで感づいた者もいるとは思うが、スチームはシャトルが見つけてきた子だ。先程の選抜レースでも1着と良い成績を残している。目標のオークスを目指すに値すると判断し、勧誘した。」

「…ほう、オークスが目標か…」

 

オークスという単語に反応したのはエアグルーヴだった。

 

「ティアラ路線は三冠路線に比べ距離が短い反面、コース取りやスタートダッシュなど、より細かな要素が勝敗を分ける。過酷な道のりだぞ。」

「覚悟の上です。幼い頃からの夢を叶え、()()()()()()()をも乗り越えてみせる…それが私の目標です。」

「…良い目標だ。タイキ…いやシャトルが気に入るのも分かる。私やトレーナーの指導は厳しいぞ。臆せずついて来い。」

「はい!」

 

スチームとエアグルーヴが握手を交わす。

 

「…待て、タイキスチーム。同室のライバルとは…アスランのことか?」

「え、ええ。」

「…そうか、アスラン(彼女)は良い同期に恵まれているな…友人として、ライバルとして、アスランとお互いに高めあってほしい。」

「は、はい!」

 

ルドルフがスチームにそう声をかけ、優しい目を向ける。

 

一通りリギルメンバーが挨拶をしたところで、東条トレーナーがメンバーを見渡す。

 

「我らはリギル!この学園で頂点に君臨する最強チームだ。

玉座を守ることは、挑むことに比べ遥かに難しい。あなた達ならその意味が分かるはずよ。

 

自己研鑽を怠るな!現状に満足せず、常に頂のその先を目指せ!

 

それが我らリギルだ。忘れるな!」

 

「はい!」とメンバー全員が返事をする。

 

(…どえらいところに来てしまった…)

スチームは東条トレーナーの言葉を聞いて戦慄した。

 

するとシャトルがスチームの頬をムニっとする。

 

「ほらスチーム、そんな難しい顔しないでスマイルスマイル!」

ふぉ、ふぉうお(ど、どうも)?」

 

頬っぺたをムニムニしながらシャトルはスチームに優しく語りかける。

 

「誰だって最初から強い人なんていまセン。みんな努力をしてきたからこそ今のリギルがありマス。」

 

頬から手を離し、スチームの目を真っ直ぐ見つめる。

 

「… Never stop trying. Never stop believing. Never give up. Your day will come.」

「…あら、シャトル。良いこと言うじゃない。」

 

まだ中学生のスチームにはあまり理解出来なかったが、応援されているのは分かった。

 

(…このチームで先輩達のように強くなりたい…!)

 

スチームはそう強く決心した。

 

「東条トレーナー!先輩方!本日からよろしくお願いします!」

 

こうしてタイキスチームもリギルに正式加入した。




「Never stop trying. Never stop believing. Never give up. Your day will come.」
『常に努力し続けろ。信じ続けろ。絶対に諦めるな。そうすれば必ずお前の日は来る。』

Billy Cox 1941-
アフリカ系アメリカ人ロックベーシスト


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カノープスのデコボココンビ 三人称視点

「…私がカノープスに…ですか?」

「ええ、いかがでしょう。」

 

選抜レースが終わった後、南坂トレーナーはエイトガーランドを呼び止め、話していた。

 

「今日のレースの勝因はなんだと考えますか?」

南坂トレーナーがガーランドに問いかける。

 

ガーランドは少し戸惑いながらも答える。

「…ええと…今日のレースはアスランと同じ組になってしまったので、彼女のレーススタイルをできる限り思い出しました。

彼女はコーナーで外に出てから直線で一気にスパートをかける感じ…なので、コーナーでその進路を塞げば…と…」

 

南坂トレーナーが驚愕を表情を浮かべる。

 

「…思った以上の逸材ですね…」

「で、でも!この作戦は私がアスランより前にいるのが前提で、彼女が出遅れでもしない限り成功しなかった作戦です!」

「でも実際アスランさんは出遅れ、あなたはその作戦を確実に実行した…違いますか?」

「そ、それは…」

 

ガーランドは言葉につまる。

 

「…私は劣等生です。アスランのような素質はないし、瞬発力もない。世代の代表としてキラキラ輝く彼女と、教室の片隅でレースの本を読んでいる私とは全然違う…」

 

南坂トレーナーはガーランドの本音に黙って耳を傾ける。

 

「ゲート体験で格の違いを思い知った。神様は不公平だと思った。…悔しかった。負けたことだけじゃなく、()()()()()()()()()()()()()()()に気付いたから。

 

…だから必死に勝つ方法を探しました。弱い私が、強い相手に一矢報いる方法を!

…でもできたのは…相手の出遅れ(ミス)に頼るしかないハリボテの作戦です…」

 

ガーランドの頬に涙が流れる。

 

彼女なりに必死に考えたのだ。

『普通のウマ娘』が『傑物』に勝つ方法を。

 

しかし出来上がった作戦は自分の力でどうこうするものではなく、相手のミスに便乗するお粗末な作戦だった。

もしアスランが通常通りスタートダッシュに成功していたら、間違いなく成立しなかっただろう。

 

ガーランドの話を聞いた南坂トレーナーはゆっくりと語りかける。

 

「『彼を知り己を知れば百戦殆からず』

かの有名な孫子の兵法です。

 

自分の力量と相手の実力を理解すれば、負けることはない…といったところでしょうか。

 

競技ウマ娘としてレースの世界で生きる以上、どうしても先輩や格上の相手と戦わなければならないときは必ずあります。

そうした時に重要となるのがさっきの考えです。

 

実力だけではどうしようもない時、作戦や戦略がそれを補う力になります。

 

あなたはこの考えを既に持ち合わせています。

デビュー前…いえ、ジュニア級でここまでできる者がどれほどいるのか…

 

あなたは決して『劣等生』なんかではありません。

 

仮にアスランさんを『素質の塊』とするなら、あなたは『才能の塊』です。」

 

ガーランドの胸の奥が熱くなる。

『劣等生ではない』

その言葉がどれほどガーランドの心を揺さぶったことか。

 

そして南坂トレーナーは片膝を地面に付き、手を差し伸べる。

 

「改めてあなたに伺います。

カノープスにて、その力をもっと伸ばして見ませんか?

『大穴』の底力を見せてやりませんか?」

 

さっきまでの弱々しい目つきではなく、瞳の奥に炎が灯ったような目をガーランドはしていた。

 

「…エイトガーランドです。…私を、強くして下さい。」

 

ガーランドが手を握ろうとした瞬間、

 

「おーーーーーーい!トレーナーーーーー!」

 

猛烈な勢いでツインターボと…もう一人、赤い髪のウマ娘がやってきた。

 

「あっ!トレーナー!シンジンを泣かせたな!?」

「いえそうではなく…ターボさん、そちらは?」

「うん!ターボが見所あるシンジンを連れてきてやったぞ!」

 

エッヘン!と胸を張るツインターボ。

呆気にとられるガーランドと、「別に頼んでいませんが…」と苦笑いをする南坂トレーナー。

 

そして件のウマ娘が前に出て頭を下げる。

「初めまして!レッドビーチボーイです!よろしくジャン?」

「ターボと同じ大逃げでなんか()()()()()()()を感じたから勧誘してやったぞ!レッド!今日からターボがビシバシ鍛えてやるからな!」

「おっす!ターボパイセン!世話になりますジャン!」

 

「…今度は『可能性の塊』も来ましたね…」

 

南坂トレーナーは頭を抱えながらも入部を許可した。

 

こうしてカノープスに

 

『才能の原石』エイトガーランドと

『可能性の卵』レッドビーチボーイの

デコボココンビが誕生した。




なおレッドとガーランドの仲は良い模様。


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序章終了時点での『新入生世代』

きりが良いのでキャラまとめです

アスラン「認めちゃえよ、最近ゴッチャになってきたって」
作者「やめて」


サクラアスラン

英 Sakura-Aslan

名前意味 冠名+トルコ語の「獅子」

(本当はアルスラーンにしようとしたが同名馬がいたので変更)

耳飾り 右

所属 中央・チームスピカ

脚質 先行

尊敬する先輩 トウカイテイオー

出走成績 なし

 

概要

本作主人公。中身は競馬民の転生者。

実家は大阪府豊中市。両親は普通の人。

一人称は「自分」。内面や素が出ると「俺」

中身一般人のため自分は大したことないと思っていたが、実馬を基準としたポテンシャルと、競馬ファンならではのレース運びで少しずつ頭角を現す。

最近では「世代の代表」と呼ばれることも増え、まんざらではない様子。

実馬の父にあたるトウカイテイオーから(過保護なほど)面倒をみられている他、シンボリルドルフとシリウスシンボリからも目を掛けられている。

アスラン「なんやこのシンボリ包囲網は」

夢はテイオーから託された夢でもある「無敗のクラシック3冠」

架空世代の長として、歴史に名を残すべく今日もスピカで奮闘中。

沖野「次ー右手赤!」

アスラン(…だからツイスター意味あるんかっ…)

 

 

タイキスチーム

英 Taiki-Steam

名前意味 冠名+英語の「蒸気」

(東武鉄道のSL「大樹」より)

耳飾り 左

所属 中央・チームリギル

脚質 逃げ・先行

尊敬する先輩 タイキシャトル

出走成績 なし

 

概要

本作ヒロイン?

実家は栃木県日光市。地元では「霧降高原の申し子」と呼ばれていた。

一人称は「私」。相手を呼ぶときは「~ちゃん」とつける。

年頃の女の子らしく可愛いものに目がない。が、あまり都会に出たことがないので渋谷や原宿・新大久保には興味はあるものの気後れして行けない模様。

実馬の父であるタイキシャトルからことあるごとにかわいがられる。

シャトル「スチームは誰にも渡しまセーン!」

夢は牝馬三冠にあたる「トリプルティアラ」

同室のライバルに追いつき追い越すために今日もリギルで四苦八苦。

東条「タイムが落ちているぞ!もっと腕を振れ!」

スチーム(お、鬼だ…)

 

 

エイトガーランド

英 Eight-Garand

名前意味 アメリカ軍半自動小銃「M1ガーランド」

(エイトは8発撃った後の独特な金属音より)

耳飾り 右

所属 中央・チームカノープス

脚質 差し

尊敬する先輩 ?

出走成績 なし

 

概要

アスランのライバルその1。

実家は東京都福生市。普通の一般家庭出身。

一人称は「私」。

普段は教室や図書館にてレースの本を読む文学少女。

ガーランド(…なんかあの眼鏡の先輩から強い視線を感じる…)

反面、脚力やスタミナには難があり、頭でっかちにならないよう、カノープスにて基礎トレの日々。

そして終わったあと、過去のレース映像を見て学ぶ。

今は雌伏の時、雄飛の日が来るのを待ち、力をためる。

旧曇らせルートでは滅茶苦茶曇らせる予定だった

ガーランド「えっ」

 

 

レッドビーチボーイ

英 Red-Beach-Boy

名前意味 赤+浜辺+少年の英語

(レッドビーチボーイ→ハマの赤いあんちくしょう→京急)

耳飾り 右

所属 中央・チームカノープス

脚質 大逃げ

尊敬する先輩 ツインターボ

出走成績 なし

 

概要

本作賑やかし枠その1。

レッド「え」

実家は神奈川県横浜市緑区。「なんだ田舎の横浜もどきじゃん」は禁句。

一人称は「レッド」または「オレ」。語尾に「~ジャン」がつく。

元々南関東の川崎トレセン希望だったが、親が間違えて中央に願書を提出。入学式まで本人も親も気づかなかった。

入学前から暇さえあれば、みなとみらいや三浦半島、湘南の海岸線をランニングしていたので実は無尽蔵のスタミナと強靱な足腰の持ち主。

…が、「とにかく前を走れば1番!」な大逃げ気質のため、あっという間にバテて逆噴射する。

南坂トレーナーは少しはガーランドを見習ってほしいと思っているが、師匠がターボなのでお察し。

大逃げ師弟の明日はどっちだ!?




一時期色々ありましたが序章終了です。
いつもありがとうございます。
次章はついにメイクデビュー!


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第1章 ジュニア期 
VSタマモクロス?


それは突然の出来事だった。

 

カフェテリアで昼食をとっていたところ、

「邪魔するで〜!」

と一人のウマ娘がやってきた。

 

芦毛に丸い髪飾り、そしてちっちゃい身長と関西弁。

 

おお、間違いなくタマモクロスだ!

ヒーロー列伝の写真がカッコいいのなn「ちょちょちょい!!!」ん?

 

「何ボーッとしてんねん!?そこは『邪魔すんのやったら帰って〜』やろがい!」

「あ、はい。」

 

初対面でこのキレッキレのツッコミ。

流石難波の白い稲妻…

 

するとタマモクロスは「…噂はホンマやったようやな…」と呟く。

 

「…アンタ、大阪の出やって?」

「は、はい。豊中出身です。」

「ウチらの間でも噂になっとるで。『大阪から来た期待のルーキー』やって。」

「恐縮です。」

「…んで、『大阪出身とは思えない』という噂もあるんや。

…アンタ…ホンマに大阪モンか?さっきの新喜劇の下りに反応できへんあたり、ウチはアンタを『エセ大阪人』やないかと睨んどる!」

「そ、そう言われましても…」

 

しゃーないやん?

中身関東人だし。

第一大阪人だからって、何でもかんでも訛ったりボケ・ツッコミしたりする訳じゃないと思うが???

 

「そこでや!ウチがアンタがホンマモンの大阪人かどうかテストしたる!覚悟しぃや!!!」

 

そう言ってどこからかテレビ番組で見るようなフリップを持ち出した。

周りの生徒達も何だ何だと寄ってくる。

 

…面倒なことになった。

 

 

「大阪人なら簡単なクイズや!フリップに書かれた漢字を読むだけやで!

ほないくで〜」

 

『放出』

「はなてん」

『私市』

「きさいち」

『枚方』

「ひらかた」

『交野』

「かたの」

『十三』

「じゅうそう」

『日本橋』

「にっぽんばし」

『京橋』

()()ーばし」

「ぐぬぬ…じゃあこれ!」

『関西電気保安協会』

「かんさーい、でんき、ほーあんきょっかい!」

「うぬぬ…イントネーションも完璧や…」

 

フハハハハ!

数ヶ月とは言え大阪で暮らしたんだ。

入院中はテレビ見ることも多かったしCMや地名はもうインプット済みや!

 

(…中々やりよるな…ここはイナリに教えてもろた方法で…)

 

「…分かった、疑うて悪かった。堪忍な。」

「ようやくですか…自分も先輩とは仲良くしたいので疑いが晴れたのなら良かったです。」

「よっしゃ!アンタ気に入ったわ!よろしく頼むで!仲直りに今度大阪の繁昌亭に連れてったるわ!落語は好きやったか?」

「ありがとうございます!落語は好きですよ。」

「それなら良かった!ウチも好きな落語があるんやが…あれ、ド忘れしてもうた。」

「なにやってんですか〜。それならね?タマモ先輩の好きな落語?一緒に考えてあげますから、どんな特徴だったか言って下さいよ〜」

()()落語の演目でな、店主に時間聞いて代金をちょろまかす話なんや。」

「ほー『時そば』じゃないですか。ベタなの好きですね。まあ自分も『大工調べ』とか『芝浜』とか『目黒のサンマ』みたいな無難なのが好きで」

「ほーう、『時()()』か…」

 

タマモクロスがニヤニヤとこちらを睨む。

………あ。

 

「いや、待って下さい。それだけでエセ認定はいくらなんでも暴論ですよ?」

「…大阪環状線で気をつけることは?」

「え?寝過ごしてグルグル回らないこと?」

「…寝過ごして『遠心力で吹っ飛ばされない』やろがい!!!やっぱアンタエセ大阪モンやな!?このウチの目は誤魔化せへんで!」

「や、野球は!今年阪神調子良いですよね!」

「……大阪人ならオリックス一択やろがい!!!!!」

「地雷だった!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…お後がよろしいようで。




江戸落語:時そば
上方落語:時うどん

・大工調べ
・芝浜
・目黒のサンマ
↑全部江戸落語

イナリ「お前さんとは話が合いそうだぜ!」
アスラン「ど、どうも」


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異次元の逃亡者

(あーひどい目にあった…)

 

午後になり、練習の時間だ。

昼休みに起こった出来事に辟易とし、疲れた顔でスピカの部室に向かう。

 

「お疲れ様でーす…ってスペさん?」

そこにはスマホを横にして何やら話しているスペシャルウィークの姿があった。

「あっ!アスランさんお疲れ様です!ちょうど良かったです!今スズカさんとアスランさんの話をしていたところなんです!」

 

『スズカ』という単語を聞いて少し鼓動が早くなる。

今スペシャルウィークのスマホの画面に、

あのサイレンススズカがいるのか…?

 

荷物を肩にかけ直し、スペの元へ向かい、恐る恐る画面を覗く。

 

『…あなたがサクラアスランちゃんね?

初めまして。

サイレンススズカです。』

 

画面の奥には、綺麗な栗色のストレートヘアの持ち主。

『異次元の逃亡者』サイレンススズカがいた。

 

「…初めまして。サクラアスランです。」

 

画面越しとはいえあのサイレンススズカが目の前にいる。

感動と興奮、様々な感情が混ざり合い、胸がいっぱいになる。

 

『悲運の名馬』として、多くの競馬ファンに今もなお愛され、アニメやアプリのストーリーにて涙したファンも多いだろう。

 

『あなたのことはスペちゃんやトレーナーさんからよく聞いているわ。これからはスピカの一員としてよろしくね。』

「はい。こちらこそよろしくお願いします。スズカ先輩。」

 

その名馬とこうして話が出来る。

これを光栄と言わずして何と形容すればいいのだろうか。

 

「うーすお疲れー」

「スペ先輩お疲れ様です!」

「あっ!もしかしてスズカさんですか?」

「おおっ!スズカじゃねーか!」

 

話をしているとテイオー以外のメンバーと沖野トレーナーが部室に入って来た。

スズカの画面を囲むように輪が出来て、一気に賑やかとなる部室。

 

「今スズカさんにアスランさんのことを話していたところなんです!とっても速い後輩が入って来たって!」

「いえ自分はまだまだです。それこそスズカ先輩の足元にも及びません。」

『そ、そう…?

でもアスランちゃん?あまり自分を否定しちゃダメよ。

走りの意味や結果は後からついてくるのだから、深く考えず、自分の走りたいように走るのが大事よ。』

 

大逃げで名を馳せたスズカならではの金言だ。

 

「…その言葉。肝に銘じます。」

 

俺がそう答えると、スズカがクスリと笑う。

 

『あら…一瞬で『競技ウマ娘』の目になったわね。

強くなったら一緒に走りましょう?』

「ありがとうございます。」

 

スズカの目が少し鋭くなっていた。

『将来のライバルを見つけた』とでも言わんばかりだ。

 

「おっ、いいことだ。チーム内でドンドン競い合え!ターフに立ったら先輩も後輩も関係ないからな!」

後ろで見ていた沖野トレーナーがそう声を掛ける。

 

「だが、アスランはまずメンタルとスタートダッシュの鍛え直しからだな。」

「うっ…」

人が気にしていることを…

だが選抜レースで浮き彫りとなった弱点は潰していかないと…

 

「…そう言えばスズカ先輩はスタートダッシュが綺麗ですよね。大逃げのスタイルってのもあるとは思いますが…何かコツとかありますか?」

『コツ…?』

 

俺は少し身を乗り出して画面越しのスズカに質問する。

顎に手をつけ、「うーん…」と悩むスズカ。

この光景だけでも絵になるな。

 

『…楽しみだから…?』

「…と、言うと…?」

『ゲートが開くと、目の前いっぱいに景色が広がるでしょ?その景色の中に自分が一番早く飛び込みたい…っていつも思うの。だから私はゲートが開くのが楽しみなの。『どんな景色が待っているのだろう』って。』

 

そう答えるスズカの表情はとても満足げで、心から走ることが好きなのだと伝わってくる。

 

『…答えになったかしら…?』

「いえ、十分です。ありがとうございます!」

 

多分これ以上聞くと涙が出てくるので頭を下げてお礼を言った。

 

他のメンバーも「スズカさんらしいですね」と優しい顔をしている。

 

間違いなくサイレンススズカだ。

俺の心も晴れやかになった。

 

「そっかースズカらしいな!アタシもゲート開くの楽しみだぞ!アタシのスタートを待つファンの驚いた顔が見たいからな!いっそ開いた瞬間立ち上がってポーズをとったらもっと楽しんじゃね!?」

 

そう言って例のポーズをとるゴルシ。

 

「まーたゴルシはw」と笑いあうメンバーとトレーナー。

 

 

 

 

 

 

 

 

…プツン(アスランの何かが切れた音)

 

「だからアスランも…アスラン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっはよー諸君!テイオーさまの参上…」

 

勢いよく部室に入って来たテイオーが見たものは、

 

 

 

…簀巻きにされたゴルシ。

 

…何故か正座させられているメンバーとトレーナー。

 

…画面越しに「アスランちゃん!落ち着いて!」と慌てふためくスズカ。

 

…そしてウオッカの竹刀を手に仁王立ちするアスラン。

 

「…ああ、テイオーさん…お疲れ様です…」

 

そう言って満面の笑みを浮かべながらゆーっくりと顔をテイオーに向けるアスラン。

 

 

「ウワァァァ!?アスランガグレタヨー!?!?!?

カイチョー!カイチョー!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

後にゴルシこう語る。

「いや恐ろしいのなんの。ものすごい怒気で詰め寄ってきて「俺の86500円返せぇぇぇ!!!」って大暴れしてきたんだ。アタシ悪くないよな?」




これ以降スピカでは
「アスランは怒らせるとヤベーやつ」という共通認識となった。


アスラン「途中から記憶ないんすけど何かあったんですか?」
みんな(マジかよ…)


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ザッピング

すまぬガンダムは履修外なんや…


「アスラン!デビュー日が決まったぞ!」

 

ダービーの興奮覚めやらぬ6月初め。

沖野トレーナーが部室に入るなり言い放った。

 

「ついに…!自分のデビューですか。」

「おめでとうアスラン!」

隣にいたテイオーが屈託のない笑顔を見せる。

 

「デビュー日は6月28日。阪神の第5Rで芝1800Mだ。」

 

阪神競馬場…いや、レース場か。

…ん?

 

「もしかして宝塚記念と同日ですか?」

「その通りだ、G1開催日だから普段より観客が多いはずだ。」

「やっぱり」

「正直今のお前に必要なのは雑音に惑わされないメンタル作りだ。

さ、デビュー戦に向けて早速トレーニングだ!」

 

 

 

 

 

「…なんですか、これ。」

 

トレーナーに連れられてコースに来た俺はワイヤレスイヤホンを渡された。

 

「周囲の音に惑わされないための特訓器具だ!まあとりあえずつけてみろ。」

 

慣れない手つきでイヤホンを頭の上の耳にはめる。

耳が横じゃなくて上ってやっぱり違和感しかない。

 

「つけたか?ちょっと音流すぞ。」

 

そう言ってトレーナーがスマホを操作する。

 

『ザッ

…先日行われた日本ダービーにて、優勝した『最強の大王』が、インタビューに応じ…』

 

イヤホンからはニュースと思しき音声が流れる。

 

「音量はどうだー?」

「大丈夫です。」

「よし、じゃあ次。」

 

『ザッ

…Day-FMトラフィックアップデート、交通情報センターの今村さん、お願いします…』

 

次はまた別の音声が流れた。

 

「こんな感じでラジオ音声がランダムに切り替わる。アスランはこの音声を無視してコースを走り、ラップタイムを体に染み込ませるんだ。」

 

なるほど。

ラジオ音声は雑音で、これに意識することなく自分の走りに集中する特訓か。

 

「あとこれこんな機能もあってな…

『ザッ

…俺の声聞こえるかー?…』

「!なるほど、無線にもなるわけですね?」

『そういうことだ、指示を出す時はこれで別途行なう。あ、俺の声は聞き流さないでくれよ?』

「分かりました。」

 

トレーナーから説明を受け、コースに向かう。

 

『よーい、はじめ!』

 

合図とともに駆け出す。

 

『ザッ

…なんとこの新商品が驚きの99800円!さらに!送料無料!…』

 

イヤホンからはラジオ音声が流れつづける。

集中だ集中。

ハロン棒の間を何秒で過ぎたかを意識するんだ!

 

『ザッ

…楽民カードマァァァァァァン!!!!

「ぎゃあ!!!!」

 

『ザッ

…おらーずっこけてる場合じゃないぞー集中集中!』

 

できるか!?!?!?

 

 

 

気を取り直し練習に取り組む。

途中からテイオーが合流し、トレーナーは他のメンバーの様子を見にいった。

 

『ザッ

…今月末の宝塚記念への出走を表明したライスシャワー選手への独占インタビューに成功し…』

 

集中…集中…

 

『ザッ

…ラジオネーム『一流』さんからのリクエスト、『NU-KO』で『Crazy Crazy Girl!』…』

 

集中…集中…

 

『ザッ

…ゴルゴさんこんにちは、本日は、何がだなんだよおい』

 

集中…集中…

 

『ザッ

…さあ先頭は依然としてサクラアスラン、二番手にトウカイテイオーが控える。1000M通過タイムは64.2。』

 

集…ん?

 

後ろを振り返るとテイオーがスマホ持って実況しながら追従してきた。

いやなにしてんねん!

 

『ほらー前見て集中集中!』

 

しょうがないのでそのまま自分の走りに集中する。

 

『第4コーナーを過ぎたところで先頭はサクラアスラン。奥の方からはテイオーさまが上がってくる!さあ!ここで!テイオーが翼を広げるか!?』

 

おい待てなんか聞き覚えのある実況だなおい!?

 

『テイオーが翼を広げた!外目をついてあがって来る!サクラアスランを!あっという間に置き去りにした!』

 

実況と同じタイミングでテイオーが俺を追い抜き前に出る。

 

『これが無敵の!トウカイテイオー!』

そんでそのままゴールした。

 

数秒遅れて俺もゴールする。

ツッコミどころが多くて無駄に疲れた…

 

「お疲れアスラン!

実際のレースだと実況の声も聞こえるからこれにも惑わされちゃダメだよ?慣れてきたら参考にしてもいいけど、今は自分の走りに向き合わなきゃ!」

「な、なるほど…?」

 

テイオーなりに特訓につきあってくれた…のだろう…?

 

「…こらテイオー。そんなこと言ってアスランをおもちゃにするんじゃない。」

「オモチャじゃないもーん!」

 

様子を見に来たトレーナーがバインダーでテイオーをベシッと叩く。

 

 

 

…デビューまであと3週間

 




アスラン「テイオーさんあの実況は…」
テイオー「なんか頭に浮かんだんだー。『翼を広げる』っていいフレーズだよね!」


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是政橋にて

だ、大丈夫。
暗い曇らせにはならない…
(トラウマ)


デビュー戦まであと2週間。

 

俺はチームでの練習が終わったあと、多摩川の河川敷にて自主練に励む。

 

トレーナーからは「無理をするな」と言われているのでランニング程度に抑える。

 

日が傾いた河川敷には、家路を急ぐ会社員や、スーパーの買い物帰りの主婦、談笑しながら歩く学生、そして自分と同じようにランニングをするトレセン学園の生徒と、この世界での日常が穏やかに流れていた。

 

是政橋付近まで走り、橋桁からさっき走った河川敷を眺める。

 

(…こういった光景は変わらないんだな…)

 

そう黄昏時の景色に思いをはせる。

 

ふと視線を移すと、河川敷の奥から一人のウマ娘が走ってくる。

 

小柄でフードをかぶり、その中から青い何かが見え隠れしている。

 

(あれって…)

 

そのウマ娘は是政橋に着いたところで立ち止まり、息を整える。

 

「…すみません。」

「ひ、ひゃい!?」

 

あっ、これは確定だわ。

 

「ライスシャワー…先輩ですよね?」

「う、うん。そうだよ?」

 

そう言いながらフードをとると、片目が前髪に隠れ、青薔薇のコサージュの持ち主

ライスシャワーがいた。

 

「驚かせてしまい申し訳ありません。自分はサクラアスランと申します。」

「あっ…テイオーさんの後輩の…」

「知っているので?」

「うん。たまにカフェテリアでテイオーさんと一緒になるんだけど…よく君の話をしてくれるよ。『自慢の後輩』だって。」

 

…ライスといいタマモといい、テイオーのやつ色んな所で言いふらしてそうだなこりゃ。

プラスルドルフとシリウスか。

 

「…えっと…それでライスになにか用…?」

 

おっと脳内でツッコんでる場合じゃなかった。

 

「邪魔してしまい申し訳ありません。テレビでよく見る尊敬する先輩がいると思うといてもたってもいられなくて…」

「そ、そう…?えへへ…なんだかうれしいな…」

 

頬を赤め、人差し指でポリポリと恥ずかしがるライス。

 

(かわいい)

 

率直な感想である。

 

「ライス今度大きなレースがあるから…君にも応援してもらえると嬉しいな…」

「…宝塚記念ですか…?」

「うん!」

 

少し鼓動が早くなる。

 

が、すぐに落ち着く。

 

「自分も同日の阪神でデビューします。現地にて応援します。」

「そうなんだ!頑張ってね!」

「ありがとうございます!」

 

今回は京都じゃない、阪神だ。

 

考えすぎだろう。

 

「自分もこの多摩川河川敷のコースは景色がいいのでお気に入りのコースです。

…もしお邪魔でなければ一緒に走ってもいいでしょうか…?」

「!うん…!一緒に走ろう!」

 

そう言い俺の手をとり一緒に駆け出す。

 

(…『尊敬する先輩』か…えへへ。)

ライスシャワーは自分を慕ってくれる後輩の出現に舞い上がっていた。

 

(…高名なる『漆黒のステイヤー』…学ばせてもらいます!)

アスランはアスランで機会を逃すまいとライスシャワーの走りを見て学ぶ。

 

日が暮れた後も一緒に走り続けた。

 

門限?

二人揃ってフジキセキとヒシアマゾンに土下座するはめになっただけやで?

 

ともあれ、スピカでの練習が終わったら是政橋に行ってライスとランニング…というのがここ最近のルーティンとなった。

 

 

 

 

 

 

 

「―で、ここの直線での坂がポイントだ。」

「なるほど…」

 

デビューまで1週間。

 

スピカの部室にてゴルシから阪神レース場のレクチャーを受ける。

 

さすがは宝塚2連覇の浮沈艦だ。

実際に走った目線での話は参考になる。

 

「で、あとゲートだけど」

「あ、それはいいです」

 

「アスラン!いるか!?」

 

すると息を切らしながらトレーナーが部室に入ってくる。

 

「なんだトレーナー、そんなに息切らせやがって。」

「…今…URA本部から通達があって…

今日阪神で火災があってな…あ、軽いボヤで済んだから大したことではなかったんだが…

 

タイムの計測機器がダメージを受けたみたいでな、修理のため一時的に閉鎖することになった。

 

その影響で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()となった。」

 

…は?

 

「おいおい、じゃあアスランのデビュー戦は阪神じゃなくて京都か!?」

「ああ、今大騒ぎだ。なんせ()()()()()()()()()()()()()からな。」

 

…っ!

 

「だから急で申し訳ないが京都での走り方のレクチャーを…

っておい!アスラン!どこ行くんだ!?」

 

トレーナーの制止を振り切り外に飛び出す。

 

「うわっ!

…って今のアスラン?」

 

出会い頭にテイオーとぶつかりそうになるが回避し、ひたすら是政橋を目指す。

 

…前世知識があってこれほど良かったと思うことはない

 

()()が起ころうとしている。

 

是政橋に着くとライスシャワーがいつも通り走っていた。

 

「ライス先輩!!!」

息切れしながらも大声で呼ぶ。

 

「あれ…?アスランちゃん?今日は早いね」

 

「来週の…来週の宝塚記念には出ないで下さい!!!」

「…え?」

 

 

ライスシャワー生涯最期の競走

 

『第36回宝塚記念』が起きようとしている。




こんなこと書いてるけど作者はライス未所持

ライス「お、お兄様…もうやめたほうが…」
作者「うるへー!ガチャ回す資金がなければ増やすまで!
頼むぞジャックドール!(22年天皇賞秋)


…良いレースだった…
菊花賞の儲け全部無くなったが悔いはない。」
アスラン「あーあ。最後の最後で3連複Boxからパンサラッサ外すから」
作者「やめて」


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転生者の苦悩

「…どうして…?」

 

ライスシャワーが困った顔を向ける。

 

「…来週の宝塚記念が、京都開催に…」

「うん、さっき学園から連絡があったよ。

…でもそれと、出ないことがどう関係するの…?」

 

…言えない

 

『京都開催の宝塚記念にて、あなたは大怪我を負い、現役を引退する』

 

下手すれば…

 

いや、これは考えない方がいい。

 

スズカだって大怪我で済んだんだ。

 

…『大怪我で済んだ』って時点である種おかしいかもしれんが…

 

「…ライスにとって京都は特別な場所なんだ。」

 

俺が言葉に窮していると、ライスシャワーは静かに語り出した。

 

「ブルボンさんと戦った菊花賞。マックイーンさんと戦った春の天皇賞。そのどちらも京都だった。

 

つらい思いもした。

 

みんなを不幸にするぐらいならレースに出ない方がいいとも思った。

 

でも、ブルボンさんやマックイーンさん、テイオーさん、そしてライスのファンのみんなが、支えてくれた。

 

そして今年の京都の天皇賞で、みんなライスに『おめでとう』って言ってくれた。

 

『ありがとう』って声も聞こえた。

 

…ようやくライスは、みんなを幸せにするウマ娘になれたんだって思った。

 

宝塚記念でもみんなの期待に応えたい。

 

それが京都であるのならなおさら…!」

 

決意に満ちた瞳を俺に向ける。

瞳の奥に青い炎が揺らめいているような、そんな目を。

 

「…違う…違うんですっ…」

『あなたは幸せにするどころか、多くの人の心に決して癒えることのない傷を残してしまう』

 

この言葉が出てこない。

言えるはずがない。

 

「…もういいかな。宝塚に向けて練習したいから…」

「ライス先ぱ…」

 

呼び止めようとしたが、ライスシャワーの姿を見てやめた。

耳が後ろに倒れている。

 

「…アスランちゃんも自分の練習にもどりな?もうライスの練習につきあう必要ないから…」

 

そう言ってフードをかぶり、走りだす。

 

「これだけは!これだけは言わせてください!

 

あなたが走るのは『淀』ではなく『宝塚』です!」

 

…ライスシャワーの姿は見えなくなった。

 

伝わっただろうか…

 

「…どうすりゃいいんだ…」

 

橋桁の手すりを握り締めながら、無力さを痛感せざるを得なかった。

 

 

…そんな様子をテイオーは物陰から静かに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間後

 

京都レース場に俺はいた。

テイオーをはじめとしたスピカの面々も一緒だ。

 

「さ、アスランのデビュー戦だ。お前ら、応援の準備は出来ているか?」

「「「おう!!!」」」

 

トレーナーのかけ声とともに声を揃えるスピカメンバー。

 

「アスラン。レースのコースは頭に入っているか?イメージトレーニングとアップはしっかりな。」

「はい…」

 

気の抜けた返事をし、俺一人控え室へ向かう。

 

「…なあ、アスランのやつ様子変じゃないか?」

「心ここにあらずというか…」

 

ウオッカとダイワスカーレットが心配の声をあげる。

 

「…やっぱり緊張していますね…」

「まあ阪神から京都に変更だからな…」

 

同じくスペシャルウィークとゴールドシップもアスランを気遣う。

 

「…教えられることは教えた。後はアスランが乗り越えられるかどうかだ。

それに…レース場変更で戸惑っているのはアスランだけじゃない。出走者全員同じ条件なんだ。あいつだけ不利という問題でも無い。」

 

沖野トレーナーはそう話しを締め。スタンドへ向かう。

 

「…トレーナー!ボクちょっとトイレ行ってくる!」

「あ、おいテイオー!?」

 

 

控え室で体育着に着替え、いすに座りコースをイメージする。

 

…だめだ。

 

どうしても宝塚記念が気になる。

 

歯がガチガチと震えはじめ、組んだ手も小刻みに震える。

 

ここにいていいのか?

 

今からでも止めるべきではないのか…!

 

「…レース以外のことを考えるなんて余裕だね。」

「…っ!?」

 

いつの間にかテイオーが目の前にいた。

 

考えすぎてドアが開いたことにすら気付いてなかった。

 

「…そんなにライスのことが気になる?」

 

静かに問いかける。

 

「…」

「…ボクから見たライスはね、一度覚悟を決めたらその信念を貫き通すとても強いウマ娘だよ。何度も一緒に走ってきたボクがそう思うんだから大丈夫だよ。」

「でも…」

「あのね、アスラン。」

 

テイオーはいすに座っている俺に目線を合わせる。

 

「レースでは色々なことを沢山考えなきゃいけないよ。

自分がいまどのあたりなのか、1000Mのタイムはとか、コースどりとか、スパートを掛けるタイミングだとか。

キミは今日が初めての公式戦なのだから、自分が思っていたよりもいっぱいいっぱいになると思うよ。

そこにレース以外のことまで…となると確実にパンクする。

勝てるレースも勝てなくなる。

ライスだって、そんなキミの姿は望んでないはずだよ?」

 

テイオーが俺の両肩に手を置く。

 

「シリウスも言ってたよね?『スポーツマンシップを忘れるな』って。今の状態でレースに挑んだら、他の子達に失礼だよ?みんな勝ちにきているのだから。

どうしても…と言うのなら、勝ってから心配しなきゃ!」

 

ニシシといつも通りの笑顔を見せるテイオー。

…少し心が軽くなる。

 

『お知らせします。京都レース場第5R出走者はパドックへお集まり下さい』

 

「さあ!行ってきなアスラン!『無敵のテイオー伝説第二弾』の幕開けだー!!」

「…はいっ!!!」

 

…テイオーの言う通りだ。

 

今悩んでなんとなる。

 

勝ってから悩めばいい!



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メイクデビュー 京都 芝 1800m

1枠 1番 9番人気 サジタリオ
2枠 2番 6番人気 アクィラスター
3枠 3番 1番人気 サクラアスラン
4枠 4番 2番人気 メタルペガシス
5枠 5番 3番人気 アイアンレオーネ
6枠 6番 5番人気 サーペントフレイム
6枠 7番 4番人気 タニノカプリコーネ
7枠 8番 8番人気 サンラチェルタ
7枠 9番 11番人気 リブラソニック
8枠 10番 7番人気 シャーペルセウス
8枠 11番 10番人気 ディープパイシーズ


パドックへと進み舞台裏へ入る。

 

舞台裏には自分と同じ組の子が集まっていた。

緊張し顔がこわばっている子、手のひらに人の字を書きまくって飲む子、鼻息荒くウズウズしている子など様々だ。

 

順番に枠番と番号、名前が呼ばれ、観客の前へ出る。

 

『3枠3番1番人気 サクラアスラン』

『非常に落ち着いていますね、芝のコースで期待通りの結果が出せるのか注目です。』

 

「確かスピカ所属の…」

「もうデビューとは」

「早熟タイプか?」

 

観客からそういった会話が聞こえてくる。

 

俺はそんな声には目、いや、耳もくれずに一礼し、足早に舞台裏に戻る。

周囲の評価なんざ気にしたらもう負けだ。

 

とにかく自分の走りに徹する。

そしてテイオーとの約束を果たす。

 

それだけだ。

 

 

 

「…なんかアスランのパドックやけに早く終わらなかったか?」

「でもさっきより落ち着いてましたよ!」

 

ウオッカとスペがそう会話しているとテイオーがひょこっと現れる。

 

「アスランなら大丈夫!だってボクの自慢の後輩だもんニ!」

「さ、スタンドいくぞお前ら。」

 

そう沖野トレーナーがみんなを促す。

 

「テイオー。」

「ん?」

「…大分先輩らしくなってきたな。」

 

トレーナーはそう口角をあげてテイオーを見る。

どうやらテイオーがアスランに何かやったことはお見通しのようだ。

 

「ニシシ!当然!」

エッヘン!と胸を張るテイオー。

 

「あ、トレーナー。スタンド行く前にインフォメーション寄っていいかな?ちょっと予約したいことがあって。」

「うん?」

 

 

 

 

『お待たせいたしました。京都レース場第5R。メイクデビュー芝1800m。11人が出走します。』

 

ファンファーレの後に実況のアナウンスが響き、全員がゲートに入る。

今日は細江さんいないのな。

 

一瞬の静寂に包まれる。

静かにもう一度深呼吸する。

 

『スタートしました!』

 

ガシャンと音が鳴ると共に視界が開ける。

 

…以前スズカさんは『目の前の景色に飛び込むのが楽しみ』と言っていたが、気持ちが分かった気がする。

 

涼やかな緊張感と一面に広がる青々とした芝の舞台。

 

通常の陸上競技とは違う、圧倒的な世界が俺を待っていた。

 

『先頭は1番サジタリオと10番リブラソニック、逃げを打っていきます。

2馬身後方に2番アクィラスターと3番サクラアスラン、10番シャーペルセウス、8番サンラチェルタ。ここまでが中段グループ。

3馬身離れて4番メタルペガシス、7番タニノカプリコーネ。

半馬身離れて6番サーペントフレイムと11番ディープパイシーズ。

しんがりは5番アイアンレオーネ。

以上の順となっております。』

 

先頭は逃げが2人いてお互いにハナを譲る気配はなく、あっちがスピードを上げればこっちも…

といったたたき合いが起きており、後ろの中段グループもつられる子が出始める。

 

ここはつられたら絶対にダメだ。

 

京都は3コーナーに坂…『淀の坂』がある。

そしてこのレースは外周の1800m…

つまり向こう正面の直線を目いっぱい使ったある意味タフなコースだ。

 

調子に乗ってこの長すぎる直線で体力を使うと…

 

『さあ先頭集団は3コーナーに入り高低差4.3mの坂に挑みます。

ここで先頭2名が失速!やはり掛かっていたようです。

つられてペースを上げていた10番シャーペルセウス、8番サンラチェルタ、4番メタルペガシスもペースを落としています。

1000m通過タイムは59.6。かなり早いペースとなりました。』

 

千直*1やった直後に登山やるようなもんだ。

そりゃそうなる。

あのザッピングの特訓も意味のあるものだったのだと感じる。

 

もうバテている子達を横目で見ながら追い越していき、坂をゆっくり上る。

 

『ここで先頭は3番サクラアスランに変わります。

間隔は1馬身ほどですが後続は追いつけるか?』

 

かつての鉄則なら『ゆっくり上ってゆっくり下る』のがセオリーだが…

 

『さあ3番サクラアスランに続いて2番アクィラスターと6番サーペントフレイム。

そして最後尾だった5番アイアンレオーネが追い上げてきます。』

 

やっぱ簡単には勝たせてくれないか。

下り坂のスピードでタイミングがぶれないようにして…

 

(…今!)

 

『4コーナーを過ぎて直線に向いてきました。

先頭は依然サクラアスラン…

 

おおっとサクラアスランがギアを上げた!

1馬身ほどだった間隔が2馬身3馬身とどんどん伸びていきます。

2番手サーペントフレイムは追いつけないか!

 

先頭は3番サクラアスラン!

これは文句なし!

 

今堂々とゴールイン!』

 

ゴールした瞬間、観客席から歓声と拍手が湧く。

 

『1着は3番サクラアスラン!見事な走りを見せてくれました。

2着は6番サーペントフレイム。3着は5番アイアンレオーネ。

勝ちタイム1:48.1。上がり3F34.2。

確定までお待ち下さい!』

 

スタンドをちらりと見るとトレーナーとスピカメンバーが満面の笑みを浮かべており、「お疲れー!」「おめでとう!」といった声が聞こえた。

 

(まずは1勝!)

 

スタンドに一礼し、地下誘導路へ向かう。

 

 

 

「おーいアスラン!」

「テイオーさん!」

 

誘導路にはテイオーがいた。

 

「初勝利おめでとう!」

「ありがとうございます!」

 

満面の笑みを浮かべる師弟。

 

「さて!レースの後はライブだよね!

ライブは全レース終了後まとめて行うから気を抜いちゃだめだよ!」

「ライブ…?」

 

満面の笑みが消え、一気に顔が青ざめる。

 

「…まさか、忘れてた?」

 

レースとは違う冷や汗が全身から出てくる。

 

するとテイオーは俺の肩にポンと手を置く。

 

「…キミはこのダンスの達人テイオーさまの後輩だよ…?

踊れないとは言わせないよ…?」

「て、テイオーさん、か、肩痛いっす」

 

顔は笑っているが耳は後ろに倒れ、ギュウと肩をつかむ。

 

「…でも安心して!まだライブまで時間あるから

ボクがミッッッッッッチリレッスンしてあげるね!」

 

そう言いながら襟首をつかみ、ズルズルといつの間にか用意してあったレッスンルームへ引きずられていった。

 

 

そして宝塚記念出走直前まで鬼コーチの指導のもと、歌とダンスを完璧に叩き込まされた…

 

ライスの心配?

 

出来るわけないやろ!!!(逆ギレ)

*1
直線1000mレース。

有名なのは新潟競馬場のアイビスサマーダッシュ




なお

テイオー(アスランまだ悩んでいる感じだな…ここはやっぱり身体を動かしてスッキリするのが一番だよね!)

テイオーが一枚上手だった。
(ただアスランが全くライブの練習していないのは想定外だった模様)


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坂の向こう

途中まで三人称視点です




地下誘導路にはコツコツと蹄鉄の音だけが響く。

 

心地よい冷えた空気と緊張感が入り交じる独特の空間を、漆黒のドレスを身にまとったライスシャワーは進む。

 

出口が近づくにつれ光が差し込み、外界の歓声が通路に響き始める。

 

(…これだけ多くの人がライスを待ってくれている)

 

気持ちを新たに少し息を吸い、一歩を踏み出そうとする。

 

「キャッ!」

と、不意に足が震え、転びそうになるが踏みとどまる。

 

「ライスさん?大丈夫?」

「うん。ちょっともつれただけ。」

 

後ろを歩いていたナリタタイシンが声をかけるも、気にしないでとライスは振る舞い、「気をつけてね」と言い残して先にターフに出る。

 

「―勝つんだ」

ライスシャワーはそう自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 

 

『さあやって参りました!本日のメインレース!

G1宝塚記念!

 

開催地変更というアクシデントはありましたが、そんなものは関係ないと言わんばかりに気合いが入る各ウマ娘!ファンの熱気は最高潮に達しています!

 

おっと、ターフに今日の主役の一人と言っていいでしょう!

8枠16番3番人気ライスシャワーが出てきました!』

『遠目からでも分かるぐらい仕上がっています。私の夢は、ダンツシアトルですが、ライスシャワーもまた、みなさまの、期待に応えられるだけの実力者に違いはありません。』

 

 

返しウマが終わり、順にゲートに収まっていく。

 

目をつぶり、少し歓声を聞いたのち、目を開く。

 

 

『今年も、あなたの、そして私の夢が走る、宝塚記念。

 

ゲートが開いて一斉に飛び出しました!』

 

金属音とともに一斉に駆け出す。

 

『まず真ん中を割ってタイキブリザード。内からトーヨーリファール、さらにダンツシアトル。ネーハイシーザーは4番手。ダンシングサーパスも行きました。』

 

1コーナーを過ぎ、先頭はトーヨーリファールだが差はそこまでない。

 

後方集団のナリタタイシンは内側から虎視眈々と先頭を見つめ、ライスシャワーも同様に先頭を目指す。

 

 

3コーナーを過ぎ、坂にさしかかる。

 

タイシンが仕掛ける前にギアを上げ、坂を駆け上がり始める。

 

(いつもなら…いつもならここで…!)

 

と、さらにスピードを上げようと踏み込む力を入れ…

 

(―あなたが走るのは『淀』ではなく『宝塚』です!)

 

…急にそんな声がライスシャワーの脳裏に蘇る。

同時に足が一瞬震え、本能でスピードを緩める。

 

加速の機会は逃した…と思ったが、息を入れ落ち着いたところでもう一度先頭を見る。

 

先頭は変わらずトーヨーリファールだが、急いで追いかけるほど差が開いているわけでもない。

ゆっくりと、確実に差を詰めていく。

 

『第4コーナーをカーブし直線へ!先頭はトーヨーリファールからタイキブリザードへ変わった。内を突いてダンツシアトル!』

 

最終直線へ向き、5・6番手まで上がったところでもう一度力を入れる。

 

 

(…この京都で。

 

―咲かせてみせる!)

 

 

『おおっと、内からさらに一人来ている!

 

ライスシャワーだ!ライスシャワーだ!

 

3人まとめてかわしたかわしたかわした!

 

これはもう届かない!これはもう届かない!

 

黒衣のステイヤーが、京都に帰ってきた!

 

 

『淀の英雄』ライスシャワー1着!!!

 

ゴールと同時に万雷の拍手と歓声が湧く。

 

『1着はライスシャワー、ライスシャワーであります!

淀の坂を乗り越え、見事グランプリに輝きました!』

 

もうそこに悪役(ヒール)と呼ばれた姿はなかった。

 

 

 

 

 

「ライス先輩!!!」

「あ…アスランちゃん。」

 

全ウイニングライブ終了後、廊下にて俺はライスシャワーの元に直行した。

 

「完走…いえ、優勝おめでとうございます!!!」

涙とライブの汗でぐちゃぐちゃになった顔で頭を下げる。

 

「あ、ありがとう。そんなに泣かないで…?」

あわあわと慌てるライスシャワー。

 

すると静かに目をつぶり、「不思議な感じだった」と話し始めた。

 

「…レース中にね、君の声がした気がしたんだ。最初は分からなかったけど、そのおかげで落ち着くことができた。お礼を言いたいのはこっちだよ。」

 

少しはにかみながらそう答える。

 

「…いえ、自分は大したことをしていません。今日の勝利はライス先輩自身の勝利であり、これからもそうあるべきです。」

 

…自分がライスシャワーの運命を変えたなんておこがましい。

 

自分はただの競馬ファンで、その笑顔を受けるに値するもんじゃない。

 

その笑顔は陣営のみなさんと…ライスシャワー号に向けられるべきものだ。

 

でも…

 

「自分からすれば…またライス先輩と河川敷でランニングの練習におつきあい出来れば十分です。」

「…!うん!これからも一緒に走ろうね!」

 

先輩と後輩の関係は、転生者の特権として大目に見て下されば幸い…かな?

 

「…ところでアスランちゃん。」

「なんでしょうライス先輩。」

「そ…その…出来ればでいいんだけど…

 

ライスのこと、『先輩』じゃなくて…『お姉さん』って呼んでもらっても良い…かな…」

 

俺の方が身長高いので上目遣いで照れながら聞いてくる。

 

(かわいい)

 

率直な感想である。

 

しかし…

 

「…『お姉()()』ですか?」

「う、うん。ライスには直属の後輩がいなかったから…そう呼ばれるのが夢で…

 

だ、だめかな。」

 

…はっはーん(テイオー譲りのイタズラな笑み)

 

「もちろん断る理由はありませんよ。ライス『お姉()』」

 

ライスシャワーの動きがぴたりと止まる。

(からかい過ぎたかな?)

 

「…もう一回。」

「え?」

「もう一回言って。」

「…ライスお姉…様…?」

「もう一回」

「ライスお姉様」

「もう一回」

「ライスお姉様!」

「もうひと声!」

「ライスお姉様は世界一!」

「アスランちゃん大好き!」

 

そう言ってライスシャワーがハグしてきた。

 

うーむ役得役得。

 

 

「あーーーーーーーーっ!!!!!」

 

と、そこへ中々着替えから戻ってこないアスランを心配してやってきたテイオーがその光景を目撃する。

 

「ちょっと二人とも!何やってんのさー!」

「て、テイオーさん!?ち、違うのこれはその」

「あ、テイオーさん、自分今日からライスお姉様の妹分になりますんで」

「ワケワカンナイヨー!」

 

 

…この後テイオーががち目に拗ねたので2人で宥めるはめになった…

 

 




目標達成!

メイクデビューにて1着

次の目標

ホープフルステークスにて1着


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【今年は】宝塚記念を振り返るスレ【京都開催!】

掲示板形式ってこんなんでええんかね…?


1:名無しのレースファン

このスレは宝塚記念を振り返るスレでござい

 

2:名無しのレースファン

ライスぅぅぅ!!!

良かったよぉぉぉ!!!

 

3:名無しのレースファン

>>2チケゾーかな?

 

4:名無しのレースファン

開催地変更でどうなるかと思ったが…

 

5:名無しのレースファン

ダンツシアトルが行くかと思ったがライスシャワーが一枚上手だったな

 

6:名無しのレースファン

わいタイキブリザードファン

推しの勝利は見れなかったが満足

次戦に期待

 

7:名無しのレースファン

ライスちゃん3コーナーで一瞬変な減速しなかった?

 

8:名無しのレースファン

分かる

加速してたのに急に止まったから疑問には思った

 

9:名無しのレースファン

全体的にスローペースだったから気づいた人少ないかもな

 

10:名無しのレースファン

んでどうすんのかと思ったら最終直線でごぼう抜きよ

 

11:名無しのレースファン

俺まだそん時の実況が頭から離れない

 

12:名無しのレースファン

「淀の英雄ライスシャワー!」

 

13:名無しのレースファン

聞いた瞬間涙出てきた

ようやくヒールからヒーローにって

 

14:名無しのレースファン

杉元節絶好調

 

15:名無しのレースファン

>>12これ今年一の名実況でしょ

 

16:名無しのレースファン

>>15いやダービーで宮家さんの「最強の大王」でしょ

 

17:名無しのレースファン

どっちも名実況

 

18:名無しのレースファン

>>17

それは

そう

 

19:名無しのレースファン

個人的にはウイニングライブ後にライスちゃんとダンツシアトルちゃんが固い握手を交わしていたのが印象的やわ

 

20:名無しのレースファン

分かる

アツくてエモい瞬間だった

 

21:名無しのレースファン

アスリートのノーサイド精神!

これだからレース観戦はやめらんない!

 

22:名無しのレースファン

でもライスシャワー引退…

 

23:名無しのレースファン

わいの生きがいが…

 

24:名無しのレースファン

そんな…

これから何を支えにしてサビ残頑張ればええんや

 

25:名無しのレースファン

>>24転職しろ

 

26:名無しのレースファン

引退って言ってもトゥインクルシリーズからであってドリームトロフィーに移るだけやろ?

 

27:名無しのレースファン

「これからはドリームトロフィーにて、ブルボンさんや、まだ療養中だけどマックイーンさんと一緒に走っていきます。

今までライスのことを応援してくれてありがとう。これからもライス頑張ります!」

ライブ後の引退会見より

 

28:名無しのレースファン

ぬおおん!

ライスぅ!!

これからも応援するぞぉぉぉ!!!

 

29:名無しのレースファン

「うるさい 」

 

30:名無しのレースファン

>>29草

タイシンも引退仄めかしてなかったか?

 

31:名無しのレースファン

今回最下位やったしレース後に足の不調があるってんで状況が好転しなければ引退も視野にって発表してたな

 

32:名無しのレースファン

大事無ければいいが…

 

33:名無しのレースファン

あの鬼の末脚は負担大きそうだしな

まずはゆっくり休んでくれ

 

34:名無しのレースファン

トゥインクルでもドリームでもいいからもう一度BNW頂上決戦を見させてくれっ!

 

35:名無しのレースファン

ライスとマックイーンのステイヤー頂上決戦でもいいぞ!!!

 

36:名無しのレースファン

メジロ家が公表してる療養日誌だとケガの具合は良好とのこと

焦らす気長に待とう

 

37:名無しのレースファン

「ほわー」

 

38:名無しのレースファン

>>37ブライトさんはもうちょい動いて定期

 

39:名無しのレースファン

そういやライブ後と言えばTスポがこんな写真上げてたな

【写真 1

アスランに抱きつくライス】

【写真 2

その光景を見て床に寝っ転がって駄々をこねるテイオー】

 

40:名無しのレースファン

浄化された

 

41:名無しのレースファン

尊い…尊い…

 

42:名無しのレースファン

おかしいなあ

写真なのにテイオーの声が聞こえる

 

43:名無しのレースファン

これ絶対テイオー

「ヤダヤダヤダヤダ」

って言いながらジタバタしてるよねこれ

 

44:名無しのレースファン

ガキが…

床は汚いからちゃんとゴミを取るんだぞ

 

45:名無しのレースファン

ライスに抱きつかれてるの誰だ?

見たことない子だけど

 

46:名無しのレースファン

ぐぬぬ…ライスちゃんに抱きつかれるとは…

うらやまけしからうらやまけしから

 

47:名無しのレースファン

>>46どっちかにしろw

 

48:名無しのレースファン

なんかこの子テイオーに似てない?

 

49:名無しのレースファン

>>48前髪のサキイカだけやろ

 

50:名無しのレースファン

>>49サwキwイwカw

 

51:名無しのレースファン

>>49やめろサキイカで吹いたじゃねーかwww

 

52:名無しのレースファン

この子あれだ

今日のメイクデビューで1着だった子だ

 

53:名無しのレースファン

『サクラアスラン』やな

頭に大きな傷があるなー

ってレース見てたら強い勝ち方してた

今後に期待

 

54:名無しのレースファン

>>53そんなに?

 

55:名無しのレースファン

>>54掛かる子が多いなか冷静にペースを刻んで最終直線で突き離す

 

一言で言えばテイオーとライスのいいとこ取り

 

56:名無しのレースファン

はえー期待の若駒やな

 

57:名無しのレースファン

期待も何もスピカ所属だぞ?

そりゃ強いって

 

58:名無しのレースファン

言い方悪いかもだけどなんでそんな子がスピカ(面白珍走団)に?

リギル(ラスボス軍団)じゃないんか?

 

59:名無しのレースファン

調べたけどリギルには同期で『タイキスチーム』って子がいるな

 

60:名無しのレースファン

アスランよりその子の方が強いってことか?

 

61:名無しのレースファン

>>60そこまでは分からんけどスチームちゃんも今日東京でデビューして1着だった

 

62:名無しのレースファン

今年の世代は粒揃いやな

 

63:名無しのレースファン

>>62

中央じゃないけど同世代で盛岡と高知に強い子がいる

中央だけでなく地方も盛り上がるのはええことや

 

64:名無しのレースファン

>>63『レスキューホープ』と『ハルカゼステップ』だな

それぞれオグリとウララちゃんに似てるって一時話題になった

 

65:名無しのレースファン

なんにせよ今後の展開に注目やな

 

66:名無しのレースファン

個人的にはアスランちゃんの頭の傷が気になる

伊達や酔狂でつけられるもんじゃないでしょ

 

67:名無しのレースファン

>>66当たり前や

あれ多分脳外科の痕やぞ

 

68:名無しのレースファン

「脳の手術のあとなのね〜」

 

69:名無しのレースファン

>>68「山田君!全部取んなさい!」

 

70:名無しのレースファン

>>69吹いた

 

71:名無しのレースファン

>>69おい黄色い師匠がいるぞw

 

72:名無しのレースファン

>>66今学園やURAの登録選手紹介ページ見てるんやけど頭の傷に関する記述はないな

 

73:名無しのレースファン

博識ニキおるか?

 

74:名無しのレースファン

>>73こんな場末のスレにおるわけないやろ

 

75:名無しのレースファン

てか第一なんでどこにもレース後のインタビュー記事がないんや

 

76:名無しのレースファン

記者が取材で聞かないわけなさそうだし…?

 

77:名無しのレースファン

あーたぶんテイオーが関係してるかも

ウィナーズサークルでスタンバってたけど一向にこないからあれと思って誘導路の方見たらテイオーがアスランちゃんとどっか行ってたから

それかも

 

78:名無しのレースファン

>>77あえてアスランにウィナーズサークルでの勝利者インタビューさせなかったってことか?

 

79:名無しのレースファン

何のために?

 

80:名無しのレースファン

ばらされたくないヒミツがあるとか

 

81:名無しのレースファン

実はサクラアスランは手術によって強化されたサイボーグウマ娘だったのだ!

 

82:名無しのレースファン

>>81な、何だってー!

 

83:名無しのレースファン

>>81おうその情報ソース言うてみろ

ムーか民明書房のどっちかやろ

 

84:名無しのレースファン

>>81そもそもサイボーグウマ娘はミホノブルボンやろがい!

 

85:名無しのレースファン

ブルボンのアイデンティティが…

 

86:名無しのレースファン

ブルボンはサイボーグカワイイ

異論は認めん

 

87:名無しのレースファン

いやまて、サクラアスランがサイボーグウマ娘と決まった訳ではないぞ?

 

88:名無しのレースファン

そもそもブルボンとか言う無愛想なウマ娘のどこがええんや

 

89:名無しのレースファン

>>88ああん!?

 

90:名無しのレースファン

>>88なんだぁ…?てめぇ…

 

91:名無しのレースファン

>>88屋上へ行こうぜ…

キレちまったよ…

 

92:名無しのレースファン

>>88ブルボンの良さが分からんとは…

可哀想な子羊だ。導いてやらねば。

 

93:名無しのレースファン

おかしいな宝塚記念のスレだったはずなのにブルボンカワイイスレになってる

 

94:名無しのレースファン

>>93まあ今日そのブルボンのライバルだったライスが優勝したから多少はね?

 

95:名無しのレースファン

で、その気になる新人ウマ娘のアスランはどうした

 

96:名無しのレースファン

>>96論点と話題があっという間に変わるのはオタクの悪い癖やから諦めろ

 

97:名無しのレースファン

>>88ブルボンをけなした不届き者はどこ行きやがった!?

 

98:名無しのレースファン

>>88貴公の首は柱に吊されるのがお似合いだ!

 

99:名無しのレースファン

>>98パパパパパウワードドン

 

100:名無しのレースファン

全国4000万のブルボンファンを敵に回した罪は重い

 

101:名無しのレースファン

ここが大捕物スレですか

 

102:名無しのレースファン

治安が悪い

 

103:名無しのレースファン

>>102スレの治安が悪いのはいつものことだろ

 

104:名無しのレースファン

火事(炎上)喧嘩(レスバ)江戸(スレ)の華

 

105:名無しのレースファン

>>104きたねえ花火だ

 

 



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世間への宣誓

「取材…ですか?」

「ああ、アスランさえ良ければと思うんだが。」

 

無事にデビューを果たし、終業式を翌日に控えた7月上旬、沖野トレーナーから取材の提案を受けた。

 

「実は…アスランにはキチンと伝えて無かったんだが、レースが終わったあと、勝ったウマ娘はウィナーズサークルにてインタビューがあるんだ。」

 

前世で言う所の『口取り式』ってやつか?

 

「だが先日のデビュー戦ではインタビュー受けないでテイオーと一緒にダンスの練習に行っただろ?

まあ事情があるときは取材を受けないで引き上げるのは珍しい話ではないからそれは良いんだが…

『謎のベールに包まれたスピカの新人!』『スピカの新星は元不良娘!?』ってな感じで憶測の記事が飛び交う始末でな、放っておくとレースに支障を来すかもしれないし…」

そう沖野トレーナーは頭をポリポリ掻きながら困った顔をする。

 

…いやまあ勝ったら口取り式よろしくインタビューがあるなんて知らなかったてのもあるが…

有無を言わず圧をかけまくるハイパーテイオーに逆らえるとでも?(ムリ)

 

「…で、今日たづなさんから提案を受けたんだ。『そのままにすると噂に尾びれがついて収拾がつかなくなります。そうなる前にこちら側から正式にアスランさんの過去を公表してはいかがですか?』って。」

「なるほど…一理ありますね…」

 

取材か…

確かにこれから本格的にレースの世界で戦うことを考えると避けては通れないし、良い機会かもしれない。

 

「学園側が懇意にしている出版社で信用出来る記者がいてな、早ければ明日の終業式後でも良いと言っているんだが…流石に急か?」

「いえ、構いません。それでよろしくお願いします。」

 

…十中八九あの人だろうなあ…

 

 

 

 

 

翌日

終業式後 トレーナー室

 

「本日はお時間を取らせて頂きありがとうございます。月刊トゥインクルの乙名史と申します。」

「いやこちらこそ急な要請にも関わらず応じて下さりありがとうございます。サクラアスランのトレーナーの沖野です。で、こちらがウチのサクラアスランです。」

「初めまして、サクラアスランと申します。本日はよろしくお願いします。」

「丁寧な挨拶痛み入ります。こちらこそよろしくお願いいたします。」

深々とお辞儀をする乙名史記者。

 

予想通り乙名史記者だった。

 

挨拶もそこそこに椅子に座り、乙名史記者はメモ帳とボイスレコーダーを用意する。

 

「今回アスランは初めての取材なので私も同席しますが気にせず記者さんのペースで進めて下さい。」

「分かりました。」

 

沖野トレーナーは離れて座り、資料に目を通す。

 

「ではサクラアスランさん、改めて本日はよろしくお願いします。リラックスして頂けると幸いです。」

 

30分後

 

「…素晴らしいです!!!!

憧れのテイオーさんに勇気を貰って自身のエネルギーとし、困難なリハビリやトレーニングにも前向きに取り組み、中央に見事入られただけでなくそのテイオーさんと再会し、夢を引き継ぐとは…!

この乙名史、こんなバイタリティにあふれた子を見逃していたとは…生涯の不覚!

私は今猛烈に感動しています!!!」

 

いやバイタリティにあふれてるのはあなただと思うんだけど…

 

「と、言うことはアスランさんの目標はトウカイテイオーさんから受け継いだ夢である『無敗のクラシック3冠』で間違いないですね?」

「はい、まだデビュー戦を終えたばかりの身で大き過ぎる目標とは思いますが…」

「いえ、そんなことはありません。目標は高ければ高いほど実力は付いてきます。それは目標を達成するためになにが必要かを逆算して練習できるからです。

もっと言ってしまうと、クラシックは来年からですが『まだ1年ある』ではなく『もう1年しかない』と捉えることもできます。

夢に向かって進むのに『早すぎる』という言葉はありません。」

 

乙名史記者の言葉にハッとする。

そうか『まだ1年ある』ではなく『もう1年しかない』か…

 

この取材が終わったらそのまま合宿がはじまる。

合宿が終わって秋になるとジュニア戦線へ突入だ。

 

…今回の合宿を有意義なものにしなければ…

 

「では、アスランさんに最後の質問です。」

 

思考を戻し、乙名史記者の目を見る。

 

「『競技ウマ娘』としての大目標をお聞かせください。」

「…と、いうと?」

「つまり、『無敗のクラシック3冠』はあくまでテイオーさんやアスランさんの夢を叶えるという『手段』と推察します。その手段によってアスランさんご自身は何を求めますか?

歴史に名を刻むことですか?はたまた、より強いウマ娘と戦うことですか?

もちろん、これからレースで戦っていくなかで見つけたり、変化したりするとは思いますが…

今の時点での『サクラアスランとして何を成し遂げたいか』をお聞かせください。」

 

割と難しめ…アスリートとしての本質を問う質問だ。

やっぱこの人ただもんじゃないな。

 

ただ、俺の走る本質は決まっている。

 

「…一つは、恩返しのため。

送り出してくれた両親や、足を治してくれた先生。そして、いつも親身になって支えてくれた理学療法士さんに恩を返すため。

そしてもう一つは…」

 

顔を上げ、前を見る。

 

「師を超えることこそが、最大の孝行だと、俺は思います。」

 

乙名史記者の手からペンが落ちる。

 

「…師とはテイオーさんのことですね?」

こくりと頷く。

 

乙名史記者の身体がプルプルと震え出す。

 

 

 

 

素晴らしいです!!!!!!!

 

俺と沖野トレーナーは椅子から吹っ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…十数分後

 

「し、失礼しました…少々興奮しすぎてしまうきらいがあるもので…」

「い、いや、ちょっと驚いただけです。だよなアスラン。」

「は、はい、そうです。あはは…」

 

とりあえず気を取り直して椅子に座る。

 

乙名史記者はトレーナーの方を向き、再びペンを手にする。

 

「差し支えないようでしたらサクラアスランさんの今後の予定…具体的な次走を教えて頂くことは可能でしょうか?」

「あーそのことなんですが…実はアスランや記者さんにも相談に乗ってほしいと言いますか…ちょっと意見がほしいところでして…ちょっと見て頂いてもいいですか?

アスランも一緒に見てくれ。」

 

そう言って机の上に『アスラン飛躍のジュニア期計画!(仮)』と書かれた紙を置く。

概要は次の通り。

 

 

7~8月

合宿

 

9月前半

トレーニング・調整

 

9月後半

芙蓉ステークス(OP)

中山(右)2000m(中距離)

 

10月前半

紫菊賞?(Pre-OP)

京都(右内)2000m(中距離)

 

10月後半

休養・調整

 

11月前半

百日草特別(Pre-OP)

東京(左)2000m(中距離)

 

11月後半・12月前半

トレーニング・調整

 

12月後半

ホープフルステークス(G1)

中山(右)2000m(中距離)

 

 

『ホープフルステークス(G1)』の文字を見て全身がゾワッとする。

 

(文字だけでこの緊張感か…)

年末最後の大一番に出るかもしれないと思うと鳥肌が止まらない。

 

「あくまでこれは仮です。」

トレーナーの声で我にかえる。

 

「アスラン。お前が三冠を目指していることは十分理解しているし、無敗も同様に目指すに値するものだ。

 

しかし、無敗にこだわって勝負しないというのは不幸な話だ。

 

『負けてもいい』とは言わん。

 

だが、どんな結果になってもクラシック期の糧となるようなレースを選んだつもりだ。」

 

沖野トレーナーは真剣な眼差しでこちらを見る。

 

すると乙名史記者は「なるほど…」とレース計画を見て呟く。

 

「中山・京都・東京…

クラシック3冠で使うレース場で経験を積ませる…という意図ですね?」

「ええ、その通りです。中距離に絞ったのは最大の難関である長距離の菊花賞に備え、今のうちからスタミナとペース配分の底上げが目的です。」

「良い方針だと思います!」

 

ズババッとメモを取る乙名史記者。

確かに1本筋の通ったスケジュールだと思う。

 

「ただ…」と乙名史記者は少し顔を曇らせる。

 

「紫菊賞まではともかく百日草特別は出られない可能性があります。

 

芙蓉・紫菊両レースがOPであることから、仮に全勝した場合出走を見送るようURAから要請が出るはずです。

『他の選手達の芽を摘むな』といった感じで…

 

もちろん、芙蓉での結果次第ではありますが…」

 

確かにそうだ。

OPはグレードレースへ進む為のステップアップでもある。

そこに勝ちまくってる奴が居座れば反感を買うだろう。

 

…地方を荒らし回った赤鬼(スマートファルコン)

なんだかんだで愛されてるからヨシ!

 

「そこなんですよねー。いきなりG1ってのもどうかと思ってて…

 

もっと言うと京都は優先度は低いです。

デビューが京都だったのもありますし、年明けの若駒ステークスって選択肢もあるので…」

「なるほど…でしたら…」

 

乙名史記者はスマートフォンの画面を見せる。

 

「11月後半に東京スポーツ杯を目指してはいかがでしょう?

G3なのでまた一段レベルの違う子達と競うのはアスランさんにとってもプラスになると愚考します。

東京開催ですし、マイルではありますが1800mなのでトレーナーさんの狙いからもあまり逸脱しないと思います。

 

また、先ほどトレーナーさんもおっしゃったように、京都で経験をとお考えなら若駒も悪くありません。」

 

沖野トレーナーは「うーん」と腕を組んで少し悩み

「確かにその方がいいかもしれません」と、乙名史記者の提案を受け入れた。

 

「よし!これでいこう!

アスランはどうだ?何か走りたいレースや意見はあるか?」

「いえ、大丈夫です。よろしくお引きまわしのほどお願いします。」

「部外者である私の意見を受け入れてくださり恐縮の極みです。」

「いえ、頼んだのはこちらですから。」

 

とりあえず今後の方針は定まった。

まずは芙蓉、東京スポーツ杯と進み、そしてホープフルに挑戦だ。

 

改めて机上のスケジュールを見る。

 

「(ボソッ)…コントレイルみたいだな…」

「?何か言ったか?」

「いえ」

 

 

 

 

「本日はお忙しいなか取材を受け入れてくださりありがとうございました。」

 

帰り際、乙名史記者が深々とお辞儀をする。

 

「なんの。こちらこそ急な要望に応じて下さりありがとうございます。」

「ありがとうございました。記事楽しみにしています!」

 

乙名史記者はフフッとほほえみ、「ご期待に添えるよう精進します」と答え、握手を交わした。

 

そして乙名史記者が部屋から退出し、俺とトレーナーが残った。

 

「さあアスラン。これで後には退けなくなったぞ。

明日からの合宿、気合い入れていくぞ!」

「はい!」

 

なんにせよまずは合宿だ。

今日の内に車で移動する必要があるので、取材が終わり次第出発となっている。

 

「ちょっと取材が押したから急ぐぞ。

荷物持ってみんなのところに集合だ。」

 

 



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始まる前からこれ

藩士のみなさまお待たせしました


「あっ、アスランーこっちこっち!」

「おせーぞアスラン!」

「すみませーん。お待たせしましたー」

 

取材が終わり、荷物を整えてスピカメンバーのところへ向かう。

バンタイプの車に荷物を詰め込み、席につく。

 

「エヘヘー合宿楽しみだねアスラン!」

ちなみに隣はテイオーだ。

 

「よーし、みんな揃ったな?合宿へ出発だ!」

トレーナーがドライバー席につき、エンジンを始動する。

 

「…あっ!」

「どうしたテイオー。」

「ごめん!一回寮に戻っていい?換えの蹄鉄忘れちゃった!」

「おいおいしっかりしてくれよ。早く取ってこい。」

 

10分後

 

「ごめーんお待たせー!」

「よし、じゃあ改めて」

「あートレーナー。俺も一回戻っていいか?」

「今度はウオッカか…どうした。」

「いやその、水筒忘れちゃって。」

「水筒ぐらい後で買ってやるぞ?」

「そうじゃなくって!ギム先輩から貰ったキーホルダーをつけた水筒を忘れたんだよー!『俺特製の木製アクセサリーだ。アタシの分まで合宿につれてってくれ』って言われてんだよー!」

「分かった分かった。早くな。」

 

20分後

 

「サンキュートレーナー!みんなもごめん!」

「ようやくか…出発するぞ」

「…トレーナー。私も戻っていい?」

「スカーレットもか…買えるものなら我慢しろ」

「そんなこと出来ないわよ!タキオンさんから貰ったサプリメント、部屋に置いてきちゃったのよ!『筋肉疲労に効果のあるサプリだ。合宿で使って感想を聞かせてくれたまえ』って手渡されたのよ!」

「なんでさっきウオッカの時に言わなかったんだ!」

「仕方ないじゃない!今気付いたんだから!」

「…早く取ってこい。」

 

30分後

 

「…もうないなお前ら。これ以上遅れたら到着が夜中になっちまう。」

「…あのートレーナーさん…」

「スペは途中でおやつ買ってやるから!」

「どうして分かったんですか!?」

「なートレーナー。アタシも…」

「ゴルシ…お前まで何忘れたんだ!?」

「いや…その…

 

 

…冒険心ってやつをな(キリッ)」

「高速乗るからシートベルト必ずつけろよー」

「…てめえ!無視すんじゃねーよ!」

「グワーッ!?シート越しに首締めんなぁぁぁ!」

 

…すごいでしょ?

まだトレセン学園の敷地すら出てないんだぜ?

 

そして繰り広げられるスピカ珍道中。

 

途中のサービスエリアで夕食を食べたり渋滞に巻き込まれたりして、到着したのは夜の10時だった。

 

(ようやく着いた…)

 

車から降りると、さざ波の音と潮の香りがする。

 

そして目の前には立派なリゾートホテルがそびえていた。

 

「おーいいホテルじゃないですか。さすがですね!」

「…アスラン分かってないなー」

 

テイオーがやれやれとコメクイテー顔する。

 

「どうせこのホテルの隣の古い旅館が宿泊先ってオチだよ。」

「…ああ…」

 

そういやそんな描写あったな…

 

「いや?今回はこっちだぞ?」

「「え?」」

 

そのままリゾートホテルの中に入る沖野トレーナー。

 

スピカメンバーも半信半疑のままホテルに入る。

 

チェックインを済ませたトレーナーに先導され、豪華な内装のホテルを進む。

 

「(ヒソ)ホントに今回ここに泊まるのか?」

「(ヒソ)絶対なにか裏があるわよ。」

「(ヒソ)あれだろ?ボロい離れか曰く付きの別館ってのがオチだろ?」

「(ヒソ)その話こ○亀で読みましたよ。」

 

「…お前ら全部聞こえてんぞー」

 

と、トレーナーが120号室の前で止まる。

 

「なートレーナー。そろそろ種明かししてくれよー」

ゴルシの言葉に全員が頷く。

 

「種明かしもなにも…」

トレーナーがちらりとスペとテイオーを見る。

 

「…スペやテイオーのおかげでチームスピカも知名度が上がり、今や人気実力共にリギルに次ぐようになったんだ。多少高くてもセキュリティがビシッとしたところにしたってわけだ。」

「トレーナー!!!アタシは信じてたぜー!!!」

 

ゴルシがトレーナーに突進し、そのまま押し倒される。

 

「分かった分かった。とりあえずカードキーはゴルシに預けるぞ。」

「おう!任された!」

 

ゴルシがトレーナーから離れ、トレーナーが立ち上がり全員を見渡す。

 

「一般のお客さんも泊まってるから暴れたりして迷惑をかけないように!明日は着替えてメシ食った状態で7時にロビー集合だ。俺は一つ上の階にいるから何かあったら連絡してくれ。」

「「「はーい」」」

 

「それじゃおやすみ」と言ってトレーナーはエレベーターに乗り込んだ。

 

残されたメンバーはニンマリと笑みを浮かべる。

 

「たまには良いとこあるじゃない!」

「こんな豪華なホテル初めてだぜー!」

「なんだかワクワクしますね!」

「ニシシ!みんなワガハイに感謝するぜよー」

「いよっ!日本一!」

「よーしみんなドア開けるぜー!」

 

ゴルシがカードキーをかざし、ドアノブに手を掛ける。

 

「オープン!」

「「「おおお~!!!

 

 

 

 

~おおお????」」」

 

 

 

 

 

翌朝

7時20分

 

(…あいつら誰も来ないじゃないか…)

 

時間になっても誰も来ないため、沖野トレーナーは早歩きで120号室へ向かい、ノックする。

 

「お前らー起きてっかー」

 

ガチャリ

 

「…おはようございます…」

「おお、おはようアスラン。

 

…ひどいクマだがちゃんと寝れたのか?」

「…こんな部屋通してよくもそんなこと言えますね…」

「え?」

「いいからこの惨状を見て下さい」

 

腕をムンズとつかみ、部屋に連れ込む。

 

「…お前ら…生きてっか…?」

 

トレーナーの目に飛び込んできたのは死屍累々と化したスピカメンバー…

 

 

それではここで120号室の概要を説明しよう。

 

・バストイレ別

・大型インチの壁掛けテレビ

・フリーWi-Fi

・プライベートビーチ直結のバルコニー

 

・シングルベッド2台

・簡易型シングルベッド2台

・枕6つ

 

 

「…どうしてツインルームに6人泊めるんですかっ!?」

「…いい宿選んだ反動で予算がカツカツでな…」

 

頭をポリポリと掻く沖野トレーナー。

 

「…なあトレーナー。」

ここで奥の簡易ベッドに突っ伏していたゴルシが口を開く。

 

「アタシたちってリギルに次ぐ人気と実力を持つチームなんだよな?」

「そ、そうだな」

「…知ってっか?リギルの連中。今回の合宿、リゾートホテルのツインルームを、シングル使用してるって話だぜ?」

「あーおハナさんがそんなこと言ってたっけな」

「しかしこのスピカではだ。

 

おそらくリギル並の待遇を受けてもおかしくないであろうこのアタシ達がだ。

 

ツインルームの6人使用と。」

「仕方ないだろ!」

「もっと良い部屋泊めろこの野郎!」

「「「そーだそーだ!」」」

 

沖野トレーナーが頭を抱え、ため息をつく。

 

「…いいからバカなこと言ってないで早く準備しろ。今()()()待たせてんだから。」

 

カチッ(スピカのメンバーの何かが切れた音)

 

「こいつカヌーの舳先(へっちゃき)にくくりつけて航海に出ようぜ!!!」

「「「おーっ!!!」」」

「ウワーッ!やめろぉぉぉ!!!???」

 

 

…その後トレーナーから

「狭い部屋を我慢するかバイキングを我慢するかどっちか選べ」

と二者択一を迫られ、約1名の強い希望によりとりあえず部屋はこのままとなった…




ベッドの内訳

・簡易型シングルベッドA→ゴルシ
(一番体格が大きいため)
ゴルシ「おかしいなぁこのベッド。スプリングがおかしいなぁ。」

・簡易型シングルベッドB→スペ
(寝相が悪いため)
スペ「うぅ。フカフカの藁のベッドが恋しいべ…」
アスラン(ハ○ジかな?)

・シングルベッドA→ウオッカ&スカーレット
(同室のため)
ウオッカ「おいもっとそっち寄れよ」
ダスカ「何言ってんのよこれ以上寄ったら床に落ちちゃうわよ」
ウオッカ「じゃあ床で寝ればいいじゃんか」
ダスカ「なんですって!?」

シングルベッドB→テイオー&アスラン
(師弟のため)
テイオー「うーんうーん」
アスラン「うーんうーん」

ゴルシ「なんでこいつら寝相シンクロしてんだwww」(パシャパシャ)←シャッター音


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名優指導

テイオー「ねえねえアスラン!この写真会長に送ってもいい?」
アスラン「面倒なことになるのが容易に想像できるのでやめて下さい」


なんやかんやあって8時過ぎにロビーに集合し、ビーチへ向かう。

 

ホテル直結のプライベートビーチの一区画を貸し切っており、人目や迷惑を気にせず練習できる。

流石トレーナー、こういった面では抜かりない。(部屋以外)

 

「海だー!」

 

テイオーがエメラルドグリーンの海辺へ駆けていく。

 

「テイオーのやつ元気だなー。ゴルシちゃんはハンモック吊り下げて横になりてーぐらいだぜ。」

ゴルシが眠い目を擦りながらテイオーに続く。

 

 

「…まったく…(わたくし)を待たせておきながら朝から不景気な顔を…だらしがありませんわよ。」

 

後ろから声が聞こえ、振り返ると薄紫の髪が白い砂浜に映えるウマ娘。

 

『名優』メジロマックイーンがいた。

 

「マックイーン!久しぶり!」

「マックちゃーん!アタシは会いたかったぜぇー!」

 

「テイオー。久しぶりね。

ゴールドシップ!暑苦しいから抱きつくのをお辞めなさい!」

 

テイオーとゴルシを筆頭に早速わちゃわちゃし始めるスピカメンバー。

 

落ち着いたところで咳払いをし、俺の前に進み出る。

 

「初めまして、サクラアスランさん。

メジロマックイーンと申します。

療養中の身ではありますが、同じチームのメンバーとしてよろしくお願いします。」

「こ、こちらこそお会いできて光栄です。よろしくお願いします。」

 

マックイーンが後輩である俺に対しても丁寧に挨拶して来たので、襟を正してこちらも頭を下げる。

 

品の良さと強者のオーラが滲み出てくるのが分かる。

これが最強ステイヤー論争で大体名が上がるメジロマックイーンか…

 

「でも何でマックイーンがここに?北海道にあるメジロのお屋敷で療養中じゃなかったか?」

 

ウオッカの質問に、トレーナーが「俺が呼んだ」と答える。

 

「マックイーンの足の具合が良好のようでな、まだ完全復帰とはならないが、チームのみんなの力になりたいということで、マネージャーとして合宿に参加させた。」

「マックイーン…」

「心配をかけましたねテイオー。まだ本調子ではありませんが、皆さんを支えることは出来るはずです。この合宿をより良いものにしていきましょう!」

 

マックイーンの言葉にテイオーが両手を上げて大喜びし、他のメンバーも心強いと笑みをこぼす。

 

「よし!時間も押しているし、早速始めるぞ!」

 

トレーナーの号令で準備運動を行い、トレーニングに入る。

 

主に砂浜ダッシュやビーチフラッグなど、砂地で足腰を鍛えるものが中心だ。

 

 

 

(…うーん…)

 

お昼の休憩時間にふと自分の左足を見る。

 

(別になんともないよな…)

 

完治しているのは頭では理解しているし、何か違和感があるわけでもないが、かなり足を酷使したのでついつい気になってしまう。

 

「…アスランさん?」

「はい?」

 

その様子を見ていたマックイーンが声を掛ける。

 

「どこか足の調子が悪いのでしょうか?先ほどから左足を気にしてらっしゃいますけど…」

「いや、大したことではありません。」

「テイオーやトレーナーさんから聞き及んでいますわ。脚部不安があると。違和感で済んでいるうちに対処なさったほうが…」

「い、いや…えーっと…」

 

正直に今思っていることを話す。

 

「…なるほど、お気持ちは重々理解できますわ。それでしたら…」

マックイーンが手をポンと打つ。

「午後は私と一緒にトレーニングいたしましょう。アスランさんは泳げまして?」

 

こくりと頷く。

 

「あれ?二人ともおかわりしないのー?」

ここでおかわりのカレーを持ってテイオーが戻ってくる。

 

「あ、テイオー。午後ちょっとあなたの後輩をお借りしますわよ。」

「え?」

 

 

 

午後になり、ゴーグルをつけて海に入る。

マックイーンはホテルから水上バイクを借りてエンジンを掛ける。

 

「足へ負荷をかけずにスタミナを伸ばす最適な方法はやはり水泳ですわ。特に海で行う遠泳はプールと違い波がある分前へ進む推進力が重要となりますから、筋肉と体力、肺活量を鍛えるのにうってつけという訳です。

 

ゆっくり先導しますからついてきてください。」

 

エンジンを始動し、前を行く。

バイクの波を被らないよう斜め横をクロールしながらついていく。

 

30分ほど湾内を泳いだところで一旦浜へ戻り、息を整える。

水上バイクから降りたマックイーンからスポドリを手渡される。

 

「水の中にいると汗をかいたことに気付かず脱水症状を引き起こす恐れがあります。陸上でのトレーニング以上に水分補給は重要ですわ。」

「ありがとうございます。」

 

スポドリをガブ飲みし、少しストレッチする。

 

「さ、2本目いきますわよ!」

 

再び海に入り、同じように遠泳を行う。

 

これを数セット行い、日が傾いてきたころには身体がふやけまくってきた。

 

「おーい二人とも!そろそろ切り上げてくれー」

 

トレーナーの声が聞こえ陸にあがり、砂浜で大の字になる。

 

「つ、疲れた…」

「お疲れ様。よくついてこられましたね。」

 

マックイーンが俺の顔をのぞき込みながら労いの声を掛ける。

 

「マックイーンさんもありがとうございました。

しかし水上バイクの運転めちゃめちゃ上手ですね。」

「ええ、ハワイでお婆さまに習いましたわ!」

「どこの名探偵ですか」

 

二人で顔を見合わせ、笑い合う。

 

厳しいながらも後輩に寄り添い、理論的にトレーニングを行う。

テイオーとはまた違う、とても頼りになる先輩だ。

 

(テイオーが『競技者』として目指す姿ならば、マックイーンは『先輩』として目指すべき姿なのかもしれない)

そう思った。

 

「そう言えば、マックイーンさんは同じホテルに泊まるのですか?」

「ええ、トレーナーさんから貴方達と同じ部屋に泊まるよう言われておりますわ。」

「…やめた方が…」

「え?」

 

今朝の顛末を話す。

それに対する答えは

「それもまた楽しそうではありませんか」

だった。

 

すっかりスピカに染まってんなこのお嬢様。

 

「…まあそう言うことなら止めません。」

「とりあえずシャワー浴びてお部屋で着替えてご飯へ行きましょう!」

「あ、ここのホテルのバイキング良いですよ。スイーツも充実してて」

「スイーツバイキングですって!?

 

コホン

 

それは楽しみですね」

 

そんな愉快な先輩と談笑しながら部屋へ向かった。

 

 

 

その夜

午後8時 120号室前

 

「さてアスラン」

「何でしょうテイオーさん」

「ご飯美味しかったね!」

「ええ、バイキングだったので皆さん思い思いに食いまくって…」

「で、これから部屋に戻るところだね」

「そうですね、じゃあドアお願いします」

 

ガチャガチャガチャガチャ

 

「あれれ~ドアが開かないよ~?」

「おやおや…妙ですねぇ」

「最後に部屋出たの誰だっけ~?」(チラ)

「部屋に忘れ物取りに行かれたのでカギをお渡ししたんですがねぇ…」(チラ)

「…でも安心して!バルコニーのカギが開いていればビーチから入れるよ!」

「さすがテイオーさん!

あ、確認しに行ったウオッカさんとスカーレットさんが戻ってきましたね」

「あーあの様子だとダメだったっぽいね」

「これはいけませんねぇ…何が起っているんです?」

「ゴホン!それでは説明しよー!

 

だーれもカギを持っていない状態で、玄関もバルコニーも閉まっています!」

「つまりこれは」

「インキーされてます!」

「な、なんだってー!」

 

イ ン キ ―

 

「それではご紹介しましょう!」

「インキ―ウマ娘のマックイーンさんです!」

 

 

私 が

 

犯 人 で す(土下座)




ゴルシ「おいマックちゃん…何してくれてんだよ」
スペ「慌ててはいけませんよ!こんなときは沈着冷静に!」
ウオッカ「ただまあ打つ手はないな!」

ダスカ「…フロント行ってきなさいよ…」
アスラン「すぐ!」
テイオー「駆け足!」

マック(あんまりですわ!あんまりですわ!)(泣


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木槿の来訪者 三人称視点

訳はグーグルに貼り付けただけなので雰囲気だけ


8月下旬。

残暑が厳しいなか、メジロマックイーンは羽田空港にいた。

 

北海道の療養所へ戻るため、一足先に合宿から離れ、再びリハビリに専念するためである。

 

「…全く…予想していた以上にハチャメチャな合宿でしたわ…」

 

口からは愚痴が出るが、不思議と笑みがこみ上げてくる。

 

(あの輪の中にまだちゃんと入れないのがもどかしいですわ…)

 

スピカのあの空間にまだ完全復帰できないことを嘆き、少し顔が曇るが、ふりふりと頭を振り、気を取り直す。

 

完治には至ってないが、着実に良くなってきているのだ。

主治医からも「順調なら3学期には間に合う」と言われており、これからは走りの感覚を取り戻す訓練も必要だろう。

 

(…そして、テイオーとまた…)

 

そう出発ロビーの待合室にて思いをはせていると、後ろから「マックイーンお嬢様」と呼びかける声がする。

 

「あらじいや、どうかなさいましたか?」

「申し訳ありません。どうやら飛行機の到着が遅れているようで、もうしばらくお時間がかかるかと。」

「それは仕方ありませんね。ラウンジにてお茶でも頂きながらゆっくり待つとしましょう。」

 

そう言ってベンチから立ち上がり、上級会員やファーストクラス限定のカウンターへ向かおうとしたその時。

 

「キャーッ!!!」

遠くから絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

 

なんだなんだと周囲にいる人達も声のした方を見る。

よく見ると一人の男性が猛スピードで走って行くのが目に入った。

 

「置き引きだ!捕まえてくれ!!!」

 

その言葉に騒然とするフロア。

 

「じいやはここにいなさい!」

「お、お嬢様!危険です!」

「この程度大したことではありませんわ!」

 

そう言ってマックイーンは足に軽く力を入れ、スプリントをかけ始める。

 

(下手人はヒトの方…私の相手ではありません!)

 

犯人めがけて駆け出すマックイーン。

 

するとその脇をヒュッと何かが通った気がした。

 

それが自分と同じウマ娘だと気付いたのは数瞬たったあとだった。

 

(なっ…!)

 

その栗毛のウマ娘はあっという間にマックイーンを突き放し、混雑するロビーを器用にすり抜けて行く。

 

そして犯人に追いつくと襟首をつかみ、目にも止まらない速さで相手を組み伏せ、制圧した。

 

움직이지 마라.도둑!(動くな泥棒!)

 

すぐさま警備員や警察が駆けつけ、窃盗犯はあえなく御用となった。

 

 

警察の聞き取りが終わり、被害にあった女性からお礼を言われる短髪栗毛のウマ娘。

 

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

「いえ、私は大した事はしていません。お怪我がなくてなによりです。」

 

女性と別れたところでマックイーンが近づく。

 

안녕하세요.아가씨(こんにちは。お嬢さん。)

 

件のウマ娘がその声に反応し振り返る。

キリッとしたつり目に緑色の瞳が特徴的であり、ボーイッシュな印象を受ける。

 

「先ほどは実に見事な大捕物でしたわ。韓国の方とお見受けしますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「あ、その、私は…」

 

少し驚いた顔を見せ、言葉が詰まる。

 

「おーい」

「あっ!先生!

すみません、こちらで失礼します!

声を掛けて下さりありがとうございました!メジロマックイーンさん!」

 

そのままそのウマ娘は、『先生』と呼ばれた同じく栗毛の―自分とあまり変わらない年に見える―ウマ娘のもとへ駆けていき、ロビーを去った。

 

「ま、マックイーンお嬢様…お怪我は…」

ここでようやく執事が追いつく。

 

「…いえ、大丈夫ですわ…」

 

マックイーンも執事と共にその場をあとにした。

 

(…今の私は本調子ではなく、先ほどのスプリントも全力というわけではありませんでした…

 

でもあの方はそんな私を軽々と抜き去り、下手人を引っ立てた…

 

確かな体幹と脚力の持ち主ですわ…

 

…一体何者なのかしら…)

 

ふとここで立ち止まり、彼女達が去った方を見る。

 

(…そう言えば私名乗りましたっけ…?)

 

 

 

「…まったく…日本に来て早々に問題起こさないでくださいよ?」

「ち、違いますよ!

あ、さっきメジロマックイーンさんにお会いしました!」

「ほう!あの天皇賞ウマ娘の。サイン貰えばよかったかな…」

「先生も人のこと言えないと思いますよ?」

 

韓国から来た2人のウマ娘はそう会話しながら進む。

 

「大体日本に来た意味忘れたとは言わせませんよ?折角北海道以外のレース場でスクーリングの許可下りたんですから」

「分かってますよー()()()()()()()()()()に向けての予行演習ですよね?

しかしさすが先生!先生の名前出したとたん許可下りたんですから」

「…韓国に渡ってもなお、私を覚えている方々がいるっていうのはありがたい事です。」

 

そう栗毛の『先生』はしみじみと語る。

 

「船橋駅前行きのバス間もなく発車しまーす」

「あっ!乗りまーす!

 

さあ、行きますよ。()()()()()()()()!」

「はい!『()()()()()』!」




…一応調べたから大丈夫だと思うけど同名馬がいたら名前変更せな…


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勝負服喫茶

しっちゃかめっちゃかな合宿が終わり、2学期が始まる。

 

ほぼ毎日炎天下の中でトレーニングしたため、ある程度スタミナや瞬発力は向上したと思う。

 

ただ、遠泳しまくったおかげで綺麗な水着焼けとゴーグル焼けが出来、合宿後に寮に戻ったらスチームに大爆笑され、フジキセキからは保湿クリームと伊達眼鏡を渡される始末となった。

 

そんなこんなで2学期…つまり秋競馬のシーズンだ。

出走予定の芙蓉ステークスは9月後半…9月30日と決まった。

 

合宿で鍛えたことを実戦で活かせるよう集中せな…

 

そう気持ちを新たにスピカの部室に入ると、毎度おなじみウオスカコンビのにらみ合いが始まっていた。

 

「今年はリギルもやってた執事喫茶で決まりだろ!?」

「何言ってるのよ!メイド喫茶一択でしょ!?」

 

口喧嘩する2人の横であわあわとするスペを見つけ、近くに寄る。

 

「スペさんお疲れ様です。

…どう言う状況で?」

「あっ、アスランさん!お疲れ様です!

今、今年の感謝祭の出し物を話し合っているんだけど意見がまとまらなくて…」

 

あーなるほど、その時期でもあるのか。

去年はテイオーのミニライブで、テイオーやルドルフと運命的な出会いをしたっけか。

 

…気付けばあれから1年か。

リハビリ期間は必死だったし、入学後も毎日が刺激的で短くも濃い1年だった。

この世界に来てから結構な月日が経つんだな…

 

「アスランちゃんはなにか意見はありますか?」

物思いにふけているとスペから話しかけてられ、思考を戻す。

 

同時にウオッカとスカーレットがこちらをバッと向く。

 

「アスランは執事喫茶だよな!一緒にタキシード着てバシッと決めようぜ!」

「アスランはメイド服が似合うわよ!カワイイ服着て可憐に決めましょう!」

 

再びにらみ合いうなり声を上げる2人。

 

「えーっと…ほ、他の方の意見も重要かと…?」

「テイオーさんは「踊れるならなんでもいいよー」と言ってリギルの方へ行っちゃいましたし、ゴールドシップさんは「よしならアタシは歌舞伎の衣装持ってくんぜー」とどこかへ…」

 

そうスペが答える。

嗚呼いつものスピカだ…

 

「ちなみにスペさんは?」

「私は食べられるならなんでもいいです!」

「節操なさ過ぎません?」

 

ツッコミが…ツッコミが足らん…

よしタマモをスピカに勧誘しよう。(混乱)

 

…正直その感謝祭の1週間後に芙蓉があるからあまり思考を裂きたくないんだが…

 

うーんと顎に手を当て少し考え、口を開く。

 

「…いっそ勝負服着てやったらいいじゃないですか?」

「あーアスランは新入生だから知らないかもだけど…」

「勝負服は特別な時にしか着られないって決まりがあるのよ。」

「じゃあ『勝負服のコスプレ』とかどうです?」

「アスランさんそれって?」

「つまりですね、他の人の勝負服のコスプレならおもろいんじゃないかと。

例えば…

ウオッカさんはギムレットさんの勝負服とか、スカーレットさんはタキオンさんの勝負服をコスプレしてみるって」

「「ちょっと借りてくる!!!」」

 

言い終わらないうちにすごい勢いで部室から出て行った。

 

「アスランさん…私は…?」

「スペさんはマルゼンさんとかですかね」

「マルゼンさーん!服貸して下さーい!!!」

 

スペも猛烈な勢いで走って行った。

 

…あれこの感じだと俺はテイオーの服か???

 

そう思っていると沖野トレーナーが入ってくる。

 

「…なんかさっきスペ達が全速力で走り回ってたけど…?」

「あ、トレーナーさん。

…えーっとですね…」

 

とりあえず事情を説明すると

「中々いいアイデアじゃないか。今年はそれでいこう」

と、『勝負服コスプレ喫茶』で確定した。

それでいいのかこのチーム。

 

ここでトレーナーがポンと手を叩く。

 

「良い機会だ。お前も勝負服着てみないか?」

「テイオーさんのですか?」

「そうじゃなくてだな…」

 

トレーナーの提案に耳をかたむける。

…なるほど、面白そうだ。

 

 

 

感謝祭当日

 

開店前にもかかわらずスピカのコスプレ喫茶には結構な行列が出来ていた。

 

ちなみに先頭にいるのはタキオン・ギムレット・ルドルフ(親ばかトリオ)だ。

 

「…ちょっと混みすぎだな…」

トレーナーが頭を抱える。

 

「ねートレーナー。これもう開店しちゃった方が良くない?」

「…そうだな。よし、テイオー。アスラン連れて開店の挨拶してこい!」

「了解!ほらアスラン!緊張してないで早く行くよ!」

「ま、まだ心の準備が…」

 

テイオーが俺の手を引き店の前に出る。

 

「お待たせしました!『スピカ喫茶』開店でーす!」

 

ルドルフの勝負服のコスプレをしたテイオーが行列の前に出て、アピールする。

 

ルドルフをはじめとしたお客さんはテイオーを見るが…すぐにその隣にいる俺を見る。

 

「そして!今日はサプライズとして、アスランの『正式な』勝負服お披露目でもありまーす!

ほらアスラン。挨拶挨拶!」

 

とんと背中を押され、客の前に出る。

 

すぐ目の前にはルドルフがいた。

 

「アスラン…それが君の勝負服か?」

「は、はい」

 

 

俺の名前はアスラン(Aslan)

トルコ語にて『獅子』を意味する言葉だ。

 

そのため、名は体を表すがごとく、中東トルコをイメージした服装となった。

 

上は桜色のベストに太ももの上らへんまである白いガウン…

トルコの民族衣装である「カフタン」だ。

 

下は少しゆったりとしたズボンである「シャルワール」

 

ベストとシャルワールには金の糸でアラベスクが刺繍され、腰に巻いているベルトにはライオンのレリーフがあしらわれている。

 

サイドテールには小さい「フェズ」

 

そして右肩にはルドルフ・テイオー同様に赤い片マントがなびく。

 

…こんなんファンタジーの世界やん。

 

 

「…綾羅錦繍とはこのことだな。とても良く似合っている。」

 

ルドルフが感嘆の声を上げた。

他の客からも賞賛の声が上がる。

 

「今日はこの勝負服を着てお披露目しながら接客します。

それでは、開店します!」

 

 

 

…ピークが過ぎ、少し落ち着く。

不意に「アスラン」と呼びかける声がした。

 

「…ルドルフさん…こう言ってはなんですが、まだいらしたので?」

「いや、すまないね。私の勝負服を着たテイオーがあまりにも似合っていたのと…

君の素晴らしい姿を目に焼き付けたかったからね。」

「恐縮です。」

 

そう言って頭を下げるとポンポンと頭をなでる。

 

「今日はコスプレという扱いだが…実際に勝負服を着てみると違うだろう?」

 

ルドルフの言葉にこくりと頷く。

 

恥ずかしさもあるが、自然と身が引き締まる思いだ。

 

「本来その勝負服が着られるのはG1レースだけだ。とすれば次に着ることとなるのはホープフルステークスだろう。

困難な道のりではあるが…君ならば必ずや乗り越えられると信じている。」

「ありがとうございます。」

「まずは1週間後の芙蓉ステークスか。健闘を期待している。

…私を落胆させないでくれよ?」

 

すごみのある声に対し、「はい!」と元気よく返事する。

 

ルドルフはフッとほほえみ、頭をなでて席を立つ。

 

「長居して済まなかった。

テイオー、私はこれでおいとまさせてもらうよ。」

「えーもうちょっといてよカイチョー!

今ボクが紅茶いれてあげるからさー」

「…もう5杯めなんだが…」

 

 

…フライングではあるが勝負服を着て、いよいよ戦いは近い。

 

ジュニア戦線に突入だ!




タキオン「スカーレット君はカワイイねぇ。私の服も着こなすとは流石だねぇ」
ギムレット「ウオッカの格好良さが世界にばれちまったな…」
マルゼン「スペちゃん激マブよ!!!」

アスラン「すみませーんお客様。もう閉店のお時間でーす」


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【若獅子】芙蓉ステークスを振り返るスレ【快勝!】

ダイジェストにてお送りします


1:名無しのレースファン

このスレは芙蓉ステークスを振り返るスレでござい

 

2:名無しのレースファン

いやぁ…すごいの見ちまった…

 

3:名無しのレースファン

あそこまで綺麗な「快勝」はじめてだわ

 

4:名無しのレースファン

9月30日 中山第9R

芙蓉ステークス(OP)

芝 2000m

 

1着 サクラアスラン 2:01.1 

2着 タイキスチーム 2

3着 エイトガーランド 1.1/3

4着 ナナイロタマゴ 5

5着 スタンドリーヨ アタマ

 

取り急ぎ

 

5:名無しのレースファン

>>4有能

 

6:名無しのレースファン

とりあえず振り返ろう。

まずアスランとスチームがスタートダッシュを決めて

 

7:名無しのレースファン

タイキスチームが逃げてサクラアスランがそのすぐ後ろについて、2馬身ほど離れてディープパイシーズをはじめとした中段グループが形成されて、しんがりがエイトガーランドだっけ?

 

8:名無しのレースファン

>>7エイトガーランドは外枠のうえ少し出遅れてポジショニングミスったのがでかかった

 

9:名無しのレースファン

んで3コーナー入る前にもうサクラアスランがタイキスチームを追い抜きに入って「ん?」と思った

 

10:名無しのレースファン

実況も「掛かっているのか!?」って言ってたし会場も少しざわついた

 

11:名無しのレースファン

>>10ともーじゃん?

4コーナー終わったらめっちゃスパートかけて一瞬2番手との差が5馬身ぐらいになった

 

12:名無しのレースファン

なにあの末脚

 

13:名無しのレースファン

この子先行だよね?

なんで逃げて差してんねん

 

14:名無しのレースファン

>>13スズカかな?

 

15:名無しのレースファン

>>13いや、多分あれは「追い抜いても自分のペースで走って勝てる」って踏んだからできたと思う。

 

16:名無しのレースファン

よっぽどの自信がないと無理じゃね?

 

17:名無しのレースファン

>>16でもそれで勝ててるやろがい

 

18:名無しのレースファン

スチームが追い抜かれたときめっちゃ驚いた顔してたな

 

19:名無しのレースファン

そりゃ逃げウマのメンツ丸つぶれよ

 

20:名無しのレースファン

つまりなにか?

アスランだけ別格だったってことでおk?

 

21:名無しのレースファン

>>20その認識で合ってると思う

 

22:名無しのレースファン

すごい子が出てきたな…

 

23:名無しのレースファン

スピカ所属は伊達じゃない

 

24:名無しのレースファン

追い抜かれても食らいついて2馬身まで詰めたスチームと最速の3F(33.4)を見せたガーランドはもっと称えられていい

 

25:名無しのレースファン

アスランもすごかったけど他2人も良かった。

 

26:名無しのレースファン

上位3人は絶対大成する

断言してもいい

 

27:名無しのレースファン

>>26その3人が目指しているジュニアG1がそれぞれ違うのがまた面白いよな

 

28:名無しのレースファン

アスラン ホープフルステークス

スチーム 阪神ジュベナイルフィリーズ

ガーランド 朝日杯フューチュリティステークス

 

29:名無しのレースファン

これもう決まったもんじゃね?

 

30:名無しのレースファン

>>29いやそうと決まる訳ではないのがレースや

 

31:名無しのレースファン

現段階にて最強の「オーケーハーン」ちゃんがどこ目指すかによるな

 

32:名無しのレースファン

>>31お京阪?

 

33:名無しのレースファン

>>32いやおケイはんとちゃいます?(京都民)

 

34:名無しのレースファン

ハーンやハーン!

「OK-khaan」や!

チンギスハンとかフビライハンとかの

 

35:名無しのレースファン

モンゴル語やチュルク語で「皇帝」だっけ

 

36:名無しのレースファン

あんまなめんほうがいいで

この子既に新潟と札幌でG3制覇してるから

 

37:名無しのレースファン

>>36そマ?

 

38:名無しのレースファン

今ネットレースで調べてきた

ジュニア期マイルの王者やんけ

 

39:名無しのレースファン

次走は東京スポーツ杯って明言してたが…

 

40:名無しのレースファン

>>39ならアスランと直接勝負やな

 

41:名無しのレースファン

草原の王対若獅子だと!?

 

42:名無しのレースファン

よしその日有給とるわ

 

43:名無しのレースファン

俺はハーンちゃん応援したいな

アスランがキライって訳ではないけど…

 

44:名無しのレースファン

>>43まあ言わんとしてることは分かる

 

45:名無しのレースファン

今日のレースも「勝って当然!」みたいな余裕すら感じたし

 

46:名無しのレースファン

>>45そうでなきゃ「無敗で3冠」という剛胆な目標掲げられんよ

 

47:名無しのレースファン

「さわやかなエリート」って表現が似合うと思う

 

48:名無しのレースファン

>>47分かる。

キングやテイオー、メジロ家とはまた違う「エリート感」がある。

 

49:名無しのレースファン

なんとなく「シンボリ」っぽい

 

50:名無しのレースファン

冠名は「サクラ」だけどな

 

51:名無しのレースファン

強豪スピカ所属で、

テイオー・ルドルフ・シリウスから期待され、

無敗の3冠をめざす、

ジュニア期の新星

 

52:名無しのレースファン

>>51この強者感よ

 

53:名無しのレースファン

うーん

エリート感強くて素直に応援できん

 

54:名無しのレースファン

>>53そんなアスランアンチに月刊トゥインクル8月号

 

55:名無しのレースファン

>>54アスランの壮絶なリハビリとトレーニングの記事か

 

56:名無しのレースファン

あれ読んで目頭があつくならないファンはおらんのよ

 

57:名無しのレースファン

>>56いや漫画やアニメであるじゃない

めちゃ強い敵には実はこんな過去が…って

アスランはなんかそんな「ラスボス感」がある

 

58:名無しのレースファン

>>57理解

 

59:名無しのレースファン

>>51ハーンちゃんにはそんな話はないの?

 

60:名無しのレースファン

>>59明言してないけど多分タマモクロスと同じ

ウマッターでよく一緒に写ってる

 

61:名無しのレースファン

テイオーの弟子VSタマモの弟子か

 

62:名無しのレースファン

なにそれアツい

 

63:名無しのレースファン

>>62なんならハーンもアスランも大阪出身

 

64:名無しのレースファン

大阪ダービーだと!?

 

65:名無しのレースファン

虎対猛牛か

 

66:名無しのレースファン

阪○に決まりやろ!

 

67:名無しのレースファン

ああん?オリ○クスやろがい!

 

68:名無しのレースファン

場外乱闘が始まりました

 

69:名無しのレースファン

アスラン 豊中市出身

ハーン 枚方市出身

2人の感じが出身地の沿線イメージそっくりなんだけどwww

 

70:名無しのレースファン

>>69阪急と京阪か

 

71:名無しのレースファン

やっぱりお京阪やないか!

 

72:名無しのレースファン

ハーンちゃんその枚方で知らない人いないぞ?

なんせひらパーが何でか分からんけどゴリ押ししてる

 

73:名無しのレースファン

>>72デビュー戦や先述のG3勝った時にはデカデカと「1着おめでとう!」ってのぼりが立つぐらい

 

74:名無しのレースファン

>>73めっちゃ愛されてるやん

 

75:名無しのレースファン

>>72あーそれ理由があってな?

 

2年ほど前にひらパーで「ちびっ子お笑い選手権」って大会があったんやけど、

ハーンちゃんその大会で優勝してるんよ

 

76:名無しのレースファン

>>75マ!?

 

77:名無しのレースファン

>>75なんでそんな子がレースの世界に?

 

78:名無しのレースファン

>>75中央はNSCちゃうで?

 

79:名無しのレースファン

>>78当たり前やアホwww

 

80:名無しのレースファン

だから真偽不明だけど、「競技ウマ娘として大成しなかったらウチで引き取りたい」って吉○からオファーがあったとかなかったとか

 

81:名無しのレースファン

良かったなあタマちゃん…

ようやくツッコミできる子が来て

 

82:名無しのレースファン

>>81なお本人はコンビでボケだった模様

 

83:名無しのレースファン

○「なんでやねん!!!!!」

 

84:名無しのレースファン

タマの受難は続く…

 



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3強そろい踏み

『期待のジュニア世代!』

そんな見出しのスポーツ紙が度々出るようになった10月末。

 

トレセン学園でもそんなジュニア世代は注目の的であり、当事者であるジュニア世代の生徒達はみんなの活躍に続かんと精力的にトレーニングに励み、先輩であるクラシック・シニア世代は戦々恐々としていた。

 

そんなジュニア世代の中でも一際注目されているのは約3名。

 

一人は『サクラアスラン』

芙蓉ステークスにて快勝し、東京スポーツ杯、続くホープフルステークスでも有力視されている。

怪我とリハビリの過去を公表したことで『不屈のバイタリティ』『ど根性エリート』といった表現で評価されており、まだ2戦ながらファンからの支持も厚い。

 

もう一人は『タイキスチーム』

芙蓉ステークスではアスランに敗れたものの、アルテミスステークス(G3)では1着をもぎ取り、一躍有力選手の仲間入りを果たした。

『リギルの隠し球』『次代の女王』『タイキシャトルの弟子』と評価され、阪神ジュベナイルフィリーズに向け視界良好となっている。

 

そんな注目の的である2人はカフェテリアにて仲良くテーブルを囲んでいた。

 

 

「改めて…初G3制覇おめでとう!」

「ありがとう!アスランちゃん!」

 

先日のアルテミスステークスにてスチームが優勝したこともあり、ランチタイムで軽い祝勝会としゃれこんだ。

 

「はいこれプレゼント」と言って箱を渡す。

スチームが中を開けるとミサンガが入っていた。

 

「前雑誌読みながら欲しいって言ってたでしょ?渋谷で良さげなの買ってきたよ。」

「わぁ…ありがとう!」

ニコニコ顔で早速右腕につけるスチーム。

 

(…機嫌直って良かったぁ…)

背中から冷や汗が一筋たれる。

 

芙蓉ステークスで戦った後号泣してたかと思うと3日ぐらい口利いてもらえず、

「ごめんね、少し意固地になってた」と素直に謝ってきたので安心したのも束の間、

「スチームを悲しませたのはどこのウマの骨デスカー!!!」とタイキシャトルが部室にカチコミしてきて『トレセン大障害 4100m』状態になり、

アルテミスステークス前には芙蓉ステークス以上に部屋がピリピリしており、ここ数日気が気じゃなかった…

 

でもまあスチームからすればようやく待望の勝ち星なわけだし、目標へ前進といったところか。

 

「次はアスランちゃんの番だね!」

「うん、東京スポーツ杯まで後1ヶ月…気合い入れていかないと…」

 

次は初のグレードレースだ。

強い子が出ると聞いているし今までよりもレベルの高いレースになるだろう。

 

「…誰が相手だろうと躓く訳にはいかない…!」

握り締めた手を見つめ、ゆっくりと開く。

 

「…やっぱアスランちゃんは格好いいなぁ…」

「?何か言った?」

「なんでもないっ!」

「?」

 

そう言って明後日の方へそっぽを向いてしまった。

年頃の女の子は難しい…

 

するとそこへ「邪魔するで~」と俺たちのテーブルに一人のウマ娘がやってきた。

 

「邪魔すんのやったら帰って~」

「あいよ~」

「そう言えば東京スポーツ杯って前シリウス先輩が出てたみたいで「ちょちょちょい!!!」ん?」

 

「なにしれっと無視してくれてんねん!」

「なんですかタマモせんぱ…じゃない!?」

 

そこにはタマモによく似た芦毛のウマ娘がいた。

 

「おう!探したでサクラアスラン!ウチ見て何か言うことあるやろ!」

ビシッと自分自身に親指をむける件のウマ娘。

 

「…どなたでしたっけ…?」

「なに!?どなただと!?野郎ども!このウスバカゲロウを叩き切れっ!」

「なんだ木久○師匠か」

「うぉい!!!そんなことやりにきた訳ちゃうわ!!!」

「じゃあなんです」

 

すると一転して「そない冷たくせんでや…ホンマにウチのこと忘れたんか…?」と目に涙を浮かべる。

 

…この子もしかして『元のサクラアスラン』と知り合いだったとかそんな感じかな…?

 

「いくらなんでもひどいで…一緒に決勝で競いあった仲やないか…グスン」

「あー実は…」

 

頭の傷を見せて『事故で昔の記憶が曖昧になっている(という設定)』を伝える。

 

かなり驚いていたが神妙な顔つきになる。

 

「…そうか…そうとは知らず突っかかって堪忍な。」

「いえ、こちらこそ思い出せず申し訳ない。改めて名前を伺ってもいいですか?」

 

そう言うと「ええで!」と胸を張り、顔をズイと近づける。

 

「ウチの名前は『オーケーハーン』!笑いでも走りでも、あんたの永遠のライバルや!!!」

 

ちょい待ち今聞き捨てならない言葉があったんだけど。

 

「…笑いって…?」

「あーそこも分からんか…しゃーない!ウチとあんたの武勇伝を聞かせたるわ!」

 

 

~大阪お笑いダービー~

作 オーケーハーン

 

 

そう…あれは2年前の秋やった…

アスラン「なんか始まった」

 

ひらパーで行われた『ちびっ子お笑い選手権』…

 

決勝に進んだのはウチのコンビと…ピンで出ていたアスラン(あんた)の2組やった。

アスラン「!?」

 

両者どっちも譲らず会場は爆笑の渦に包まれた。

 

最終的に審査員はウチらを評価して優勝したが…ウチの心は満たされんかった。

 

「井の中のメダカ大海を知らず」とはこのことやと痛感した…

アスラン「蛙だ蛙」

 

…あんたのことやからてっきり芸術学校やNSCにでも進むんかと思ったが…なんで中央におるんや!

アスラン「知らんわ!」

 

あんたが中央…レースの世界で一旗上げるつもりならウチかて負けるわけにはいかへん!

笑いでもレースでも…勝つのは自分や!!!

 

 

「…と言うわけや。記憶があろうが無かろうがウチには関係あらへん。ウチはあんたに勝つために中央へやってきた。

東京スポーツ杯、首洗って待っとき!」

 

そう言って嵐のように立ち去っていった。

 

『オーケーハーン』

ジュニア世代3強の一角。

 

転入生ながら早々に頭角を現し、

新潟ジュニアステークス・札幌ジュニアステークスの両G3を制覇している、

『ジュニア期マイル王者』

 

そんな好敵手が俺の前に立ちはだかろうとしている。

 

…ただ目下の問題はそれではなく…

 

「あ、アスランちゃん。お笑い好きなの…?」

どことなく引いた表情で俺を見るスチーム。

 

「エ?アア、ソウミタイダネ。」

 

 

 

 

 

 

 

…ちょっとアスランちゃゃゃゃゃん!?!?!?

あんた俺が転生する前一体何やってたんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?

 

 

 




作者「こーんにーちはー!」
アスラン「うるせぇよ!」
作者「有馬記念、負けたよ!」
アスラン「慰めてやってください」

キタサン「イクイノックス優勝おめでとう!」
キング「作者はヴェラアズール軸にして惨敗したらしいわ!」

フラッシュ「Deutschland, Deutschland über alles,Über alles in der Welt!(白目)」


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科学の力ってすげー

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

アスラン「新年早々中山金杯でボロ負けした感想は?」
作者「ホントはもうちょい勝ってるはずだった…
何で飛ぶんやビターグラッセ!!」
グラッセ「え」


スピカの部室にて東京レース場のマップを広げてにらめっこする。

 

東京スポーツ杯にて強力なライバルとなるハーンは既にG3を2つ制している実力者だ。

末脚に頼った力押しでは差しウマであるハーンとの力比べに劣る可能性がある。

コースを頭に入れ、少しでも当日の思考に余裕を持って望まねば…

 

(…東京は直線が長いから先に逃げるのは向かないし…)

「アスランおっはよー!」

 

(…俺も先行じゃなくて差し…いやハーンの土俵に引きずり込まれるだけかな…)

「もしもーし?」

 

(…んであと高低差200m…じゃなくて2mの坂が…)

「…てぃ!」

「痛ぁ!?」

 

強烈なデコピンを喰らわされようやく自分の世界から戻ってくる。

 

「もー!さっきから呼んでるのに無視するなんてひどいよアスラン!」

「なにすんすかテイオーさん!?

 

…えっと…その格好は?」

「はいこれ被って」

魔女のような格好をしたテイオーからかぼちゃの被り物を被らされる。

 

「今日はハロウィンだよ!レースも大事だけど息抜きも大切!」

 

そういや今日はハロウィンか。

すっかり忘れてたわ。

 

「スペちゃん達もお菓子求めて校内を走り回ってるよ。ボク達も行くよ!」

そう言ってテイオーは俺の手を取り一緒に校内へ駆けていく。

 

「ところでこの被り物はなんとかなりませんかね?某ダンスが頭をよぎって…」

「?」

 

[一人目 シンボリルドルフ]

 

「カイチョー!トリックオアトリート!」

「と、トリックオアトリート!」

「おやおや…これは可愛らしい魔女とかぼちゃの妖精だな。」

 

そう言いながらルドルフはポケットからクッキーを差し出す。

 

因みに今ルドルフはコスプレの一環で制服に黒いマントを付けている。

…皇帝が皇帝の格好しても皇帝にしかならんのよ…

 

「私が作ったクッキーだ、口に合えば嬉しい。」

「口の方を合わせますよ。」

「嬉しいことを言ってくれるな。

あ、もし校内を回るのならエアグルーヴとニシノフラワーが花壇と生垣の手入れをしているから邪魔をしないようにな。」

「「はーい」」

 

[二人目 沖野トレーナー]

 

「「トレーナー!トリックオアトリート!」」

「おう、来たか。

じゃあ俺がよく食べている飴をやろう。」

 

そう言って棒付きキャンディを2本渡す。

 

「…なんですかこの【しょうゆ味】って」

「ウエエマズイヨ〜」

「…俺は好きなんだけどな…」

 

[三人目 ゴールドシップ]

 

「トリックオア…ハットトリック!

おらー!今すぐサッカーすんぞー!」

「ええーお菓子ちょうだいよゴルシー!」

「ふっ、アタシからゴールを決めたらゴルシちゃん特製の松前漬(数の子入り)をやろう。」

「季節感ガン無視!?」

「テイオーさんここは自分が…

 

…エターナルブリザード!」

「なんの!ゴッドハンドぉ!」

「ワケワカンナイヨー!」

 

[四人目 シリウスシンボリ]

 

「「シリウス(さん)!トリックオアトリート!」」

 

テイオーとアスランを確認したシリウスは面倒くさそうな顔をする。

と、ここで何かをひらめきニヤリと笑う。

 

「ほう、どんなイタズラするんだ?」

「え?」

「ちんけなイタズラに対して菓子を渡したんじゃ割に合わない。

等価交換ってやつだ。

イタズラに応じた菓子をくれてやろう。」

 

いつも以上の不敵な笑みを浮かべるシリウス。

 

「よ、よーし!言ったなー!

 

えーっと…

…えーっと…」

「…テイオーさん何も考えてなかったんですか?」

「だ、だって〜」

 

気弱な声でブーブー言い始めるテイオー。

…しゃーない一肌脱ぐか。

 

「…じゃあシリウスさん。両手上げてバンザイしてもらっていいですか?」

「こうか?言っておくがアタシにくすぐりの類は効かな「はいチーズ(パシャ)」え?」

「あとはアプリ使ってこうしてこうしてああして…

 

はいできました。」

 

スマホの画面をシリウスとテイオーに見せる。

 

【写真

[ぴょいっと♪はれるや!]の滑り台をニコニコ顔で滑るシリウスの様子】

 

「なっ!?」

「わー!アスランすごーい!」

「いやー最近は凄いですよね。

撮った写真をAIが分析して笑顔を創り出せるんですから。」

「ねえねえアスラン。その写真ボクに送ってー!カイチョーにも見せたい!」

「いいですよ。今エアドロで送りますね。」

「おい待て、その写真ルドルフに見せてみろ。

タダじゃおかないぞ」

 

その言葉を聞いて二人で顔を見合わせてイタズラな笑みを浮かべる。

 

「「お菓子くれなきゃルドルフさん(カイチョー)に送るぞ!!!」」

 

ブツン(シリウスの何かが切れた音)

 

 

 

その頃学園の生垣の前には手入れをするエアグルーヴとニシノフラワーの姿があった。

 

「…よし、これで最後だな。」

「はい!もう少し寒くなると生垣の椿がキレイに咲き誇ります!」

「ああ、楽しみだ。

では我々も遅ばせながらハロウィンに…

 

…なにやら騒がしいな。」

 

 

「…待てぇ!!!そこの二人組(愉快犯コンビ)!!!」

「わー!シリウスが切れたーwww」(バサッ)

「…さあ始まりました『トレセングランドジャンプ』先頭はトウカイテイオー、二番手はサクラアスラン。しんがりはシリウスシンボリといったところ。

最初の生垣を踏み切って、ジャンプゥ!」(バサッ)

「待てこらぁ!!!」(バサッ)

 

「…そこで暴れるな貴様らぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

…小一時間後。

『ボク達は生垣を荒らしました』の看板と共に簀巻きにされ木の上から吊り下げられたテイオー・アスランのコンビと、

涙を浮かべるニシノフラワーと、

とてつもない怒気を放つエアグルーヴとセイウンスカイ。

そしてバツの悪い顔で荒れた生垣を手直しするシリウスの姿があった…




ルドルフ「シリウス…君が付いていながらこの騒ぎはなんだ」
シリウス「アタシはむしろ被害者だ」


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東京スポーツ杯ジュニアステークス 東京 芝 1800m

1枠 1番 3番人気 マブリングビーナス
2枠 2番 1番人気 オーケーハーン
3枠 3番 9番人気 シルクカープ
4枠 4番 7番人気 シルバーライス
5枠 5番 6番人気 ホワイトマヨネーズ
5枠 6番 5番人気 ソトヤマケ
6枠 7番 10番人気 ベースボールアワー
6枠 8番 8番人気 イーストランド
7枠 9番 11番人気 ミラクルラブリー
7枠 10番 2番人気 サクラアスラン
8枠 11番 4番人気 ラーフミール
8枠 12番 12番人気 ミルクガール


東京スポーツ杯ジュニアステークス当日。

 

パドックに集まった出走者達を見渡す。

流石G3といったところか、緊張感が一段違いぴりっとした空気が肌に触る。

上を目指す者達特有の熱気にあふれており、正しく「めんたまギラギラ」といった状態だ。

その中でも異彩を放っていたのは…

 

『2枠 2番 1番人気 オーケーハーン』

『良い物を持っていますね。G3を連覇している彼女にとってもこの府中のコースは合うでしょう。』

「しゃぁ!府中でもテッペン取ったるで!!!」

 

あふれ出る闘志を抑える気も無いハーンが大声で気合いを入れる。

ハーンのファン達もその熱気を後押しするかのように歓声をあげる。

 

(…やばいかもな…)

やる気に満ちたハーンを見て率直にそう思う。

しかもあっちは内枠、こっちは外側だ。

 

…ただ、勝算がない訳ではない。

俺の予想が正しければもしくは…

 

「アスラン!」

と、不意に呼びかけられる。

 

「よう逃げずにやってきたな。辞世の句は出来とるか?」

不敵な笑みを浮かべ、こちらを挑発するハーン。

 

「その言葉そのまま返すよ。良い勝負にしよう。」

「…ほぼ無反応やないか!?

まあええわ。

今日こそ吠え面かかせたるからな!覚悟しとき!」

そう言って一足先に地下通路へ向かって行った。

…まあああいう挑発はシリウスで見慣れてるからな…

 

 

 

 

『お待たせしました。本日のメインレース。

東京第11R 東京スポーツ杯ジュニアステークスG3 出走時刻となりました。

出世の登竜門でもあるこのレースを制するのは果たして誰か。

12人が出走します!』

 

ファンファーレの後に実況のアナウンスが響き、全員がゲートに入る。

いつも見ていた府中のターフに自分が立つ日が来るとは。

もう一度深呼吸する。

 

『スタートしました!』

 

ゲートが開くと同時に飛び出し、まず内側を狙う。

 

『好スタートを切ったのは10番サクラアスラン、先頭争いには加わらず3・4番手につけました。

ハナをとったのは1番マブリングビーナス。そのすぐ後ろに3番シルクカープ。

3番手争いは接戦、10番サクラアスラン、6番ソトヤマケ、8番イーストランド、7番ベースボールアワー、この4人が一団となって進んでいきます。

2馬身離れて5番ホワイトマヨネーズと11番ラーフミール、内側に一番人気の2番オーケーハーン。

後方集団は4番シルバーライス、9番ミラクルラブリー、12番ミルクガール

以上の順となっております。』

 

うまくスタートダッシュに成功し、中段グループに位置する。

内側で虎視眈々とゴールを見つめるハーンがどう動くか…

 

『大ケヤキを過ぎて4コーナーへ、ここから各選手の駆け引きが熾烈になります。』

 

最終直線に入ろうかというとき、

「よっしゃぁ!エンジン始動や!!!」

後ろから大声が聞こえた。

 

―来た

 

『おおっと!2番オーケーハーンついに動いた!

内側から物凄い勢いで上がってくる!』

 

風切り音が変わったのが分かる。

ちょいちょい後ろから抜かれた子達の「ムリー」って声も聞こえる。

…よしここからは俺の…

()()()()()()()ハーン(ルーキー)に見せてやるよ。

 

『そして10番サクラアスランもギアを上げた!一気に先頭に躍り出る!』

―まず()()()()ギアを上げて先頭に立ち、ハーンの狙いを俺に絞る。

 

「はっはー!ウチと末脚勝負ってか!その喧嘩買った!」

ハーンがさらにギアを上げて競ってくる。

 

―次にハーンがぎりぎり追いつけるぐらいのスピードに調整し、ハーンを少し先行させる。

『オーケーハーン凄まじい末脚だ!先行集団をごぼう抜きして先頭に立った!』

 

―そのすぐ後ろを追走し、プレッシャーを掛ける。

(…っ!追い抜いたと思ったんに引き離せへん!?

でもこのままなら1着はウチのもん…っ!?)

 

―末脚使いまくった後に高低差2mの坂はきついだろう?

高低差がほとんどない札幌と新潟に慣れすぎたな。

 

彼女のレースを研究していた際、新潟では2着との差が3馬身以上あったのに札幌だとハナ差まで詰められていたからもしやと思ったがその通りだった。

こいつは「直線の末脚に頼りきっている」

直線が長いかつ高低差のない新潟ではこれ以上ないほど適正が合うし、直線が短くても高低差がない札幌ならジュニア期でもゴリ押しで勝てただろうが…

他場での戦い方が通用するほど競馬は甘い世界じゃない。

 

なにより

 

(…こちとら『淀の坂』と『中山の急坂』を経験済みじゃい!)

 

坂を登り切ったところで残りのギアをフルスロットルにし、ゴールを目指す。

―失速した草原の王など俺の敵ではない!

 

『サクラアスラン差し返す!サクラアスラン差し返す!

サクラアスランゴールイン!

残り200mの激しい攻防!制したのは10番サクラアスランです!

 

2着2番オーケーハーン、強い走りを府中でも見せてくれました。

3着は8番イーストランドが体勢有利か。

勝ち時計1:45.2。上がり3F33.9。

確定までお待ち下さい!』

 

どよめきと歓声が府中を包む。

 

はたから見ればこのレースは最終直線で先頭が何度も入れ替わる白熱したレース展開に写ったと思う。

今回は競馬民の付け焼き刃でなんとかなったが、現実の騎手の方々はもっと上手くレース運びをしただろう。

 

(なんにせよ初グレード制覇か…!)

ガッツポーズをしてスタンドに一礼する。

 

 

 

「…アスラン」

地下通路にて、ハーンから声を掛けられる。

 

「…完敗や。悔しいなんて言葉が出て来ないぐらいの完敗や。

『持ったまま』とはあのことを言うんやな…

笑いでもレースでも…ウチはあんたに敵わんなぁ…」

「ハーン…」

 

耳を前に倒し、今にも消え入りそうな気弱な声を出すハーン。

 

「…もし君が末脚以外の武器を隠し持っていたら意気消沈していたのは君ではなく自分だったと思う。

君の実力を本気で驚異的だと思ったからこそ研究と対策をし、1着を取りに行った。

『レースは始まる前から始まっている』とは良く言ったもんだよ。」

「アスラン…」

 

ハーンの前に進み出て、右手を差し出す。

 

「機会あればまた戦おう。

()()負けない。」

 

ハーンは少し目をつぶり、両手で自分の頬を叩いてから手を握り返す。

 

「おう!()()負けへんで!

 

『豊中のお笑いおん』!」

 

………what?

 

「えっと…?」

「あんたの芸名や!決勝戦で自分で言ってたやろ

『今日からアタシのことは『豊中のお笑いおん』と呼びや!』

って」

「」

「正直癪やったから本名で呼んでたけど…これからはあんたに敬意を表してそう呼ばせてもらうわ!

ほな後はライブで!」

 

そう言ってハーンは控え室へと駆けていった。

 

地下通路のひんやりとした空気が骨の髄まで染みるようだった。




後日

テイオー「おっはよーお笑いおん!」
トレーナー「おはようお笑いおん」
スペ「おはようございます!お笑いおんさん!」
ダスカ「あらお笑いおん」
ウオッカ「おうお笑いおん」
スチーム「おはよアスラ…お笑いおんちゃん!」
ライス「お疲れ様、お笑いおんちゃん」
シリウス「お笑いおん…www」
ルドルフ「アスラン…
いや、お笑いおん師匠!頼む!私にギャグを教えてくれっ!」

しばらく流行った
アスラン「いっそ殺してくれ」


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【草原の王か】東スポ杯を観戦するスレ【若獅子か】

1:名無しの臣民

このスレは東京スポーツ杯ジュニアステークスを観戦するスレでござい

 

2:名無しの臣民

いよいよだな

 

3:名無しの臣民

草原の王 オーケーハーン

VS

若獅子 サクラアスラン!

 

4:名無しの臣民

実績のあるハーンが1番人気だけどアスランも負けてない

 

5:名無しの臣民

>>1王と獅子だからって名前を臣民にする細やかさよ

 

6:名無しの臣民

>>1芸が細かい

 

7:名無しの臣民

ちなみんなどっち派?

 

8:名無しの臣民

ハーンかな

 

9:名無しの臣民

ハーン

 

10:名無しの臣民

アスランで

 

11:名無しの臣民

単純な末脚対決ならハーン

 

12:名無しの臣民

総合的に見るとアスラン

 

13:名無しの臣民

前走踏まえるとアスランかも

ハーンは前走ぎりぎりだった

 

14:名無しの臣民

>>13でも実績あるのはハーンだし…

 

15:名無しの臣民

これは勝負はハーンハーンといったところか

 

16:名無しの臣民

>>15だれかこの会長つまみ出せ

 

 

 

 

 

 

100:名無しの臣民

あれよあれよと出走時間

 

101:名無しの臣民

頑張れハーン!

 

102:名無しの臣民

3勝目頼むで!

 

103:名無しの臣民

アスランちゃん集中してる…!

 

104:名無しの臣民

頑張って…!

 

105:名無しの臣民

スタート!

 

106:名無しの臣民

おおっ!

 

107:名無しの臣民

アスランめっちゃ良いスタートダッシュだ!

 

108:名無しの臣民

外枠側で不利なのに

 

109:名無しの臣民

>>108だからこその先手だろう

 

110:名無しの臣民

先頭には行かなかったな

 

111:名無しの臣民

結構縦に伸びたか?

 

112:名無しの臣民

1000m61.2

 

113:名無しの臣民

遅くね?

 

114:名無しの臣民

牽制し合って前に行けない感じか

 

115:名無しの臣民

下手に前に行くとハーンに追いつかれるし

 

116:名無しの臣民

そのハーンが本気出したぞ!

 

117:名無しの臣民

なんだあの末脚!?

 

118:名無しの臣民

あれを新潟現地でみてファンになったんや!

 

119:名無しの臣民

いけー!ごぼう抜きや!!!

 

120:名無しの臣民

アスランも抜け出した!?

 

121:名無しの臣民

2強の争いだ!

 

122:名無しの臣民

アスラン届かないかっ…!

 

123:名無しの臣民

行ける!アスランちゃんなら行ける!

 

124:名無しの臣民

アスランの真骨頂はこっからや!

 

125:名無しの臣民

うおおっ!?

 

126:名無しの臣民

アスラン差し返した!?

 

127:名無しの臣民

ハーン!

 

128:名無しの臣民

あかん失速した

 

129:名無しの臣民

アスラン1着!

 

130:名無しの臣民

うおおおおおおおおおおおお!!!!

 

131:名無しの臣民

直線2人のあの攻防すげえ!

 

132:名無しの臣民

ウオッカとスカーレットの天皇賞みたいだった

 

133:名無しの臣民

>>132違うのは『接戦』ではない

 

134:名無しの臣民

>>133それ

2馬身ぐらい差ついてた

 

135:名無しの臣民

なにあのオグリみたいな2段階加速

 

136:名無しの臣民

>>135おそらくアスランはハーンの末脚を見切っていた

鮮やかな作戦勝ちだ

 

137:名無しの臣民

これジュニア期だよね?シニア期ではないよね?

 

138:名無しの臣民

これはクラシック期待していいんだな、いいんですね?

 

139:名無しの臣民

これはアスランの無敗3冠も夢物語ではない

 

140:名無しの臣民

>>1393冠は気が早いにしてもホープフルは決まりかも

 

141:名無しの臣民

アスラン坂に強いな

上り坂で加速するとかどんな脚してんだ

 

142:名無しの臣民

11月18日 東京第11R

東京スポーツ杯ジュニアステークス(G3)

芝 1800m

 

1着 サクラアスラン 1:45.2

2着 オーケーハーン 2.3/4

3着 イーストランド 2

4着 ベースボールアワー ハナ

5着 シルクカープ 1.1/2

 

取り急ぎ

 

143:名無しの臣民

>>142有能

 

144:名無しの臣民

負けたか…ハーンちゃんの次戦に期待!

 

145:名無しの臣民

>>144ハーンはどうするんだろうか

ホープフルは厳しいだろうし

 

146:名無しの臣民

>>145直線の短い中山、未経験の2000m、アスランがいる

…阪神G1狙いにシフトやろなあ…

 

147:名無しの臣民

ううむもう一度草原の王対若獅子を見たかったが…

 

148:名無しの臣民

>>147まだそうと決まった訳ではない

陣営からの発表を待とう

 

149:名無しの臣民

アスランはこれでホープフルへ視界良好といったところか

 

150:名無しの臣民

もうこれホープフルでのアスランの対抗いるのか?

 

151:名無しの臣民

ううむタイキスチームかエイトガーランドか

 

152:名無しの臣民

>>151その二人は阪神定期

 

153:名無しの臣民

大逃げで話題かっさらっていくレッドビーチボーイは?

 

154:名無しの臣民

>>153あの子ダートの子だし…

 

155:名無しの臣民

来週の京都ジュニアステークス次第やな

 

156:名無しの臣民

>>155せやな、ホープフルステークスは京都もステップレースだから有力選手が出やすい

 

157:名無しの臣民

有力視されてるのはクランベリーレイとサーペントフレイムやな

 

158:名無しの臣民

そういえば珍しく韓国の子が出走するって話題にならなかったか?

 

159:名無しの臣民

>>158ムグンファエースだな

韓国での成績は良いみたいだが初の芝レースみたいやからな、

正直未知数や

 

160:名無しの臣民

おまいら京都の予想するならこっちがあるぞ

 

【挑戦者に】京都ジュニアステークスを予想するスレ【喝采を!】

 

161:名無しの臣民

>>160サンクス

 

162:名無しの臣民

>>160有能

 

163:名無しの臣民

じゃあ予想民は向こう行って貰うとして、

後は雑談か

 

164:名無しの臣民

せやな

というよりこのままアスランつおいスレになりそうだけど

 

165:名無しの臣民

>>164いかんのか?

 

166:名無しの臣民

>>165問題ない

 

167:名無しの臣民

でもまあ今のジュニア期でアスランに敵う奴そうそうおらんやろガハハ

 

168:名無しの臣民

>>167フラグを立てるなw

 



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ジュニア戦線異状あり

*この作品はフィクションであり実在の人物・団体・国家・民族・その他全てを貶める意図はありません

アスラン「注釈出すの遅くない?」


「それじゃアスラン1着を祝って乾杯!」

「「「かんぱーい!!!」」」

 

東京スポーツ杯終了後初グレード制覇を記念して祝勝会が開かれた。

 

「アスランちゃんの末脚格好良かったです!みんなと競ったダービーを思い出しちゃいました。」

「さすがスペちゃん見る目があるね!

ま、ボクの後輩なんだからとーぜん!」

 

和気あいあいとした賑やかな空気が流れる。

 

「この調子ならホープフルステークスも大丈夫だよ!『無敵のテイオー伝説第二弾第一章』も問題なくフィナーレだ!」

「長い長いwww」

 

 

…そんな楽観ムードは翌週には消え失せた。

 

 

 

 

 

『…なんとなんと大波乱!

 

京都ジュニアステークス(G3)を制したのは7番ムグンファエース!

()()からやってきた超新星!

居並ぶ日本バ達から逃げ切り、祖国に捧げる大金星です!』

 

京都ジュニアステークス(G3)にて韓国から遠征してきたムグンファエースが2分を切る超好タイムにて圧勝し、さらに直後のインタビューにてホープフルステークスへの挑戦を表明したことでレース界隈は上へ下への大騒ぎとなった。

 

『ホープフルはサクラアスランの独壇場』という前評判は一転。

 

『獅子を止めるのは異国の志士か!?』

『事実上の日韓戦』

『中山に花の嵐到来!』

そんな見出しのスポーツ新聞が飛び交い、普段レースを報じないお堅いメディアまで触れ、国内は異様な熱気に包まれ始めていた。

 

各新聞を買いあさり、部室にて読み込む。

 

 

…ムグンファエース。

 

韓国国内での戦績は2戦2勝(共に混合戦)。

デビューが少し早めの5月ということを除けばごくありきたりの子だ。

 

そんな子が突如日本のレースに出て結果を残している。

正に青天の霹靂だ。

 

一部の記事によると彼女は8月に来日し、中山・京都にてスクーリングを行ったとある。

恐らくその時に日本レースでも戦えるという確信と自信を得て、帰国したのち京都ジュニアステークスに出走といったところだろう。

外国バに対し破格とも言える対応だ。

 

だがまあ分からない話ではない。

 

(韓国か…)

 

日本競馬と韓国競馬は密接に関係している。

戦前に日本から近代競馬が持ち込まれ、戦後はJRAがKRAに対し技術支援を行っている。

一昔前までは頻繁に日韓の交流戦が行われていたし、日本の競走馬が韓国にて種牡馬となるケースも多い。

1974年の日本ダービー馬『コーネルランサー』や2004年の天皇賞(春)勝利馬『イングランディーレ』

そして1999年のフェブラリーステークスを制した東北の英雄『メイセイオペラ』などが有名どころか。

 

だが世界的に見れば韓国競馬は発展途上の段階だ。

確か国際格付けでパートⅡだったような…

(参考 日本はパートⅠ)

 

この世界でも同じかどうかは分からないが、おおよそは似た感じだろう。

 

そして彼女は国際招待レースではなく、通常のG3に出走し、次もホープフルに出ると言っている。

確かに日本は地方重賞以外(東京大賞典を除く)全て国際グレードだし、2010年から国際競争になっているから出られないわけではないが…

費用や調整面など、日本バ以上に苦しい条件なのは明らかだ。

 

つまり

 

(…本気だ…)

 

彼女…ムグンファエースとその陣営は本気で日本レースに勝ちに来ている。

恐らく国の威信や韓国レース界の誇り等も背負っていることだろう。

そう思った瞬間、全身に鳥肌が立った。

 

(そんな外国の英雄に…背負うものが違う奴と正面から戦えるのか…?)

 

ここ最近順調過ぎて忘れていたがここは『架空世代』だ。

何が起るか分からない魔境に競馬民がどこまでいけるのか。

久々に現実を突きつけられた気がした。

 

 

 

「…おっ、熱心だな。」

「トレーナーさん。」

 

声がしたので顔を上げると入り口に沖野トレーナーがいた。

彼も資料を沢山抱えている。

 

「まあレースは始まる前から何が起るか分からん。こんなこともある。」

そう言いながら資料を机の上に置き、俺の目を見る。

 

「…トレーナーさん?」

「…アスラン。

『回避』という選択肢もあるぞ。」

「え?」

 

沖野トレーナーの口から意外な言葉が出てきた。

 

「確かにホープフルステークスはお前の成長の糧となればと思い俺が目標に設定した。

もしそれが…ムグンファエースと戦うことが重荷となっているのなら、出走を回避することもまだ可能だ。

批判の矢面には俺が立つ。」

「で、でもそれは…」

「お前の真の目標は『無敗の3冠』だろ?

目標の為に引くことも重要だ。

 

『立ち向かう』ことだけがレースじゃない。」

 

真っ直ぐな目で俺を見つめる。

 

…確かに一理あるだろう。

だが…

 

「…お気遣いありがとうございます。

ですが、あえて『立ち向かいます』」

「アスラン…」

「相手は本気で日本に…日本バに勝ちに来ています。

恐らく俺を…ジュニア世代の代表と目されているサクラアスランを最大のライバルとして見ているはずです。

 

そのような状況で俺が退(しりぞ)けば、「ジュニア世代は腰抜けばかり」とそしられるでしょう。

 

曲がりなりにもこの世代の長を預かるものとして…退()くわけにはいきません!」

 

そう言い切った。

そしてこの瞬間、俺はホープフルステークスに出る覚悟を固めた。

 

「…分かった。試すようなことをして悪かった、この通りだ」

そう言って沖野トレーナーは頭を下げる。

 

「いえ、こちらこそ頼りにさせてもらいます。」

「おう!

じゃー改めて中山のコースを頭にいれよう」

 

そのまま対ホープフルステークスの講義が始まる。

 

そんな様子をテイオー達スピカメンバーは入り口の物陰から見守っていた。

 



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桜と木槿

12月27日 中山レース場

G1ホープフルステークス当日。

 

控室にてあの勝負服に袖を通す。

初のG1に心身共に研ぎ澄まされ、水面の様な静謐な心持ちにてその時を待つ。

 

…と、折角だしカッコいい感じで決めたかったが…

 

「…えーっと先にシャルワールを履いて次にカフタン…

あれ逆だっけか?

あれフェズを髪に留める金具どこだっけ???」

 

…トルコをイメージした勝負服に四苦八苦していた。

数える程しか着てないんだからしゃーないやろ!?

 

(いっそテイオー呼んで手伝ってもらおうか)

 

そう思い始めたとき、コンコンコンとドアをノックする音がする。

 

「ち、ちょっと待ってください!!」

急いでカフタンとシャルワールを着てベストを羽織る。

なんだかんだで追い込まれた方が答えが出るもんで(違う)

 

「ど、どうぞー」

「失礼します」

 

そう言ってドアが開くと、可憐なチマチョゴリを着た栗毛のウマ娘がいた。

 

「お初にお目にかかります。私はムグンファエースといいます。出走前の挨拶に来ました。」

「こ、これはどうもご丁寧に。」

 

ついさっきまで焦っていたのと、まさか向こうから来るとは思っていなかったので急いで頭を下げる。

 

「サクラアスランです。丁寧な挨拶痛み入ります。

 

あと…自分達はこれからレースを競い合う相手なのですから、そこまで畏まる必要はありませんよ。」

少しニヤリと笑う。

 

向こうからすれば日本はアウェイだ。

レース以外の部分で気を遣って気疲れさせる訳にもいくまい。

国は違えど同期なのだから遠慮は無用というものだ。

 

それに…俺個人として彼女に興味がある。

あえて故郷ではなく海外へ早々と挑戦してきた彼女の強靭な精神と…それを支えるモチベーションは何か。

彼女の本音を聞きたかった。

 

「お気遣いありがとうございます。私はあくまで挑戦者ですから礼を尽くすのは当然と心得ます。

日本のジュニア世代で随一の実力を持つあなたの胸をお借り致します。」

 

微笑みながら取りつく島もなくかわされた。

て、手強い…

 

「…日本のレースは不思議ですね。」

「え?」

 

不意にムグンファがそう呟いた。

 

「私の国ではレースはあくまで興行…それこそ、アイドルの側面が強く出ています。

でもパートⅠの国はスポーツの文脈で語られ、日本に至ってはそれ以上の何かがあると感じています。」

エースは目を閉じる。

 

「特に先日の有馬記念はそう感じざるを得ないような光景が広がっていました。

 

あのレースで最下位だった選手は大差、惨敗と言っていいでしょう。

でも、決して挫けることなくゴールを目指し、完走後に笑顔で手を振っていました。1着よりもその選手がゴールした時の方が歓声が大きかったですし、見てるこっちも心を揺さぶられる思いでした。

 

日本のレースはアイドルとスポーツが調和した、ドラマのようなレース。それが、外国人である私から見た印象です。」

そして目を開き、こちらを見据える。

 

我が国(ウリナラ)もそうでありたい。

 

私の目標は、私が世界に先陣を切って挑み、血湧き肉躍るレースを見せること。

私の走りを見るだけで、一つの映画を見ているかのような感情を抱かせること。

 

日本を踏み台にするつもりはありませんが…今日のレース、あなたに勝って世界へと羽ばたいてみせる…!」

 

確かな信念を持った表情を見て思わず息を飲む。

目標がはっきりしており、成すべきことを理解している者ほど手強い奴はいない。

 

だがそれはこちらも同じこと。

 

「…君の本音を知れて嬉しく思います。

 

だからと言って手を抜くことはしません。

こちらにも日本バの意地と…約束を果たすという目的がある。

 

正々堂々とターフにて競い合いましょう。」

 

不敵な笑みを浮かべ、手を差し出す。

「こちらこそ」と言ってエースも手を出し、握手を交わす。

 

「日本の獅子の力…楽しみにしています。」

そう言って部屋から退出した。

 

想像以上の強敵だ。

一層気を引き締めなければ…!

 

両手で頬を叩き、気合いを入れて一歩を踏み出す。

 

ズルッ

 

「?」

 

踏み出した瞬間無理矢理履いたシャルワールがずり落ちて色気のかけらもないスポーツパンツ一丁の状態になった。

 

やべえベルトしてなかった!

 

『お知らせします。中山レース場第11R出走者はパドックへお集まり下さい』

 

ぎゃーーっ!!!

色々待ってぇぇぇ!?!?!?

 

 




アスラン(そう言えばホープフルに集中し過ぎて他のレースどうなったか知らないな…
後で調べるか…)


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ホープフルステークス 中山 芝 2000m 前編

1枠 1番 3番人気 イーストランド
1枠 2番 8番人気 ペルニカアイリス
2枠 3番 10番人気 リリーマドンナ
2枠 4番 4番人気 クランベリーレイ
3枠 5番 6番人気 スコッチシスル
3枠 6番 2番人気 ムグンファエース
4枠 7番 9番人気 パームポート
4枠 8番 7番人気 アカンサスオーダー
5枠 9番 1番人気 サクラアスラン
5枠 10番 5番人気 リバティプラム
6枠 11番 11番人気 コノキナンノキ
6枠 12番 14番人気 コクリコポピー
7枠 13番 12番人気 グランダリア
7枠 14番 13番人気 アラビカカフェ
8枠 15番 17番人気 カモミールバル
8枠 16番 15番人気 ワトルミモザ
8枠 17番 16番人気 ロータスブーケ


『今年最後の中央G1ホープフルステークス。

来年のクラシック戦線を占う正しく希望に満ちたG1レース。

 

注目選手はやはりこの2人でしょう!

3枠6番ムグンファエースと5枠9番サクラアスラン!

 

海外からやってきた韓国の新星か、日本のジュニア世代を牽引する若獅子か。

間もなく出走です!』

 

年の瀬とは思えないほどの熱気に満ちたスタンドから歓声が上がる。

 

スタンドのあちらこちらには韓国系と思しき観客が見受けられる。

その一方で「必勝!」と書かれた鉢巻きをするおっさんや、「頑張れ日本の若頭!」という横断幕を掲げる人もおり、注目の高さがうかがえる。

 

「アスラン大丈夫かな…」

「ジュニア期の最後に大きな試練となったな…」

 

テイオーと沖野トレーナーがぽつりと呟く。

 

「アスランちゃんなら大丈夫です!観客のみなさんに負けない気持ちで応援しましょう!」

「スペ先輩の言う通りだ!」

「あたし達が弱気になってる場合じゃないわ!」

「おおよ!盛大に応援しようぜ!」

「メガホンはおやめなさいメガホンは」

「えー折角マックちゃんの分も用意したのにー」

 

スペの一言をキッカケに応援モードに入る。

マックイーンも急遽駆けつけ、仲間の背中を後押しする。

 

(いきなり世界と戦うのは大変だと思うけど…いつも真面目に頑張ってきたアスランちゃんなら…!)

そうスペシャルウィーク(日本総大将)サクラアスラン(日本の若頭)にエールを送った。

 

返しウマを終えてスタート地点に向かうアスランを見て沖野トレーナーが何かに気付く。

 

(…なんであいつあんなに汗かいてるんだ…?)

「アスラン落ち着けー!自分のペースで行くんだ!」

 

そう声を掛けるとアスランはこくりと頷いた。

 

(…大丈夫か?)

沖野トレーナーは一抹の不安を抱えた。

 

 

 

(…あっぶねぇ…!着替え間に合って良かったぁ…)

…当の俺は単に着替えで手間取って焦っていただけだった。

 

沖野トレーナーから落ち着くよう指示が飛び、少し頷き深呼吸する。

鼓動が身体全体に響き、頭がスッと冷える

 

イレギュラーなことはあったが問題ない。

―さあG1の舞台だ。

 

 

『さあ全員ゲートに収まりまして…

枠入り完了!

 

スタートしました!』

 

ゲートが開くと同時に前へ駆け出す。

 

ムグンファの脚質は逃げだ。

先に行かせて様子を…?

 

『ハナを取ったのは9番サクラアスラン!この大舞台で逃げを選択しました!』

低いざわめきがスタンドを包む。

 

いや俺逃げるつもりなんてさらさら無いんだけど。

気付いたらなぜか一人旅になっている。

 

(あいつは…?)

 

『先頭サクラアスランから3馬身離れて6番ムグンファエースをはじめとした中段グループが形成されています。2位争いは―』

 

風切り音と共に入ってくる実況から察するにあいつは後ろだ。

…これははめられたかもしれん…

逃げウマがいないからペースをつかみにくい…

 

『サクラアスランが飛ばしていきます!この『大逃げ』が吉とでるか凶とでるか!?』

 

 

 

「まずい『掛かった』!!!」

沖野トレーナーが悲鳴を上げる。

 

「な、なんで大逃げ…?」

スペのこぼした疑問にテイオーが「違う」と答える。

 

「アスランは…逃げているなんて思ってない。自分のペースで走っているだけ。

全員アスランをマークしているからムグンファエース(あの子)以外の子は牽制してアスランと競り合えない。

そして芙蓉のときとは違いあの子にペースを作らされている…」

「ああ、相手の走りを見て走法を切り替えるアスランからすれば…今のあいつは一人で荒野を走っているようなもんだろう。どんなに意識しても焦りでペースは乱れる。

アスランのレース感の良さが完全に裏目に出ているな…」

「そ、そんな…」

 

(アスランをきっちり研究したやつじゃないとこんな作戦はとれない…

ムグンファエース(彼女)は…いや、彼女を鍛えあげたトレーナーは何者なんだ…!?)

 

 

 

スタンド5階の指定席からレースを見る。

想定通りの展開だ。

 

9番の子はよほど自分に自信があるのだろう。

芙蓉ステークスでの早め仕掛けや、東京スポーツ杯での差し返しなど…自分と相手の力量を正確に理解し、レースを支配する。

『ジュニア世代の代表』と言われるだけのことはある。

 

でも…その相手が想定外のことをしたら?

前走とまるで違う走りをしたら?

 

私とエースはそこに着目した。

サクラアスラン(彼女)が混乱したところを突く。

 

そうでもしなきゃ()()()()()()()()()()()()()ね。

 

さあ…舞台は整った。

 

「主役になってきなさい!下バ評なんざ覆せ!」

 

 

 

『3コーナーを過ぎてなんとムグンファエースが一気にギアを上げた!

サクラアスランを尻目に3馬身!4馬身!

どんどんどんどん差が開くっ!』

(はっ…!?)

 

視界の外からムグンファエースが出てきたかと思うと下り坂を使って一気に引き離された。

ここでようやく自分のペースが乱れていることに気付く。

 

かなり体力を消耗したか…!?

一番最後の急坂乗り切れるかっ…?

 

 

 

 

―オペラ先生の作戦が見事にはまった。

後は…京都同様、坂を使って加速し続け、真っ先にゴールを切る!

 

私は今日…

 

「主役になりにきたんだ!!!」

 

『韓国の新星ムグンファエースが後続を突き放す!

サクラアスランをはじめとした日本バは追いつけるのかっ!?』

 



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喜劇の監督 三人称視点

お待たせしました
プロットは出来ていたのですが細かい部分で難儀しまして…


1年前 韓国 とある街

 

学校からウマ娘達が語らいながら下校する。

 

「今日の授業で見た映画凄かったよねー」

「31馬身だって!とんでもないよあれ」

「やっぱアメリカはレベル高いなー」

「ねえねえ!エースもそう思うっしょ?」

 

1人がそう栗毛の同級生に話しかける。

 

「…もちろん!自分の生き様が映画になって、こうやって海を越えた私たちにも伝わるのだもの。

いつか私も…人々を感動させられるようなウマ娘に…!」

 

「あーまたエースが自分の世界に入っちゃった」

「みんなを感動させたいならアイドルや役者でもいいじゃん」

「それじゃヒトと変わらないっしょwww」

「エースーあんたどうせまた一人で自主練するっしょー?

あたしら先帰ってるよー」

 

そう言って同級生達は家路につく。

 

少し遅れて置いていかれたことに気付くと、いつも通り練習場所としている河川敷へと向かう。

 

くるぶし位まで雑草が生い茂る河川敷に着くと制服を脱ぎ、ジャージ姿になって走り出す。

 

同学年では上位の成績を誇るムグンファエースだが、ここ最近はスランプに陥っていた。

テコンドーで鍛えた足腰を武器に学年トップの座を譲らなかったが、KRAでのデビューに向け、体育の内容がタータントラックからダートに変わったとたんタイムが出なくなった。

 

そもそもタータントラックは走りやすいようゴムで作られた陸上トラックであるため、トラックが変わってタイムが()()()()落ちるのは珍しいことではないが…

エースの場合はそれがずっと続いていた。

フォームチェックをしてもらったり、走り込みを倍にしたり、KRAの選手達の走り方を真似たりしたが…結果は振るわず。

 

(私だって…私だって…!)

 

力強く足を踏み込み、橋の下をくぐり抜けて腕時計のタイマーを止める。

(…だめだ…半年前のタイム(タータントラックのタイム)にどうしても追いつけない…)

エースは顔を曇らせる。

 

(…私才能ないのかな…)

そう思い始めたところで「おーい」と橋の上から声がする。

 

頭を上げると橋桁に同じ栗毛で少し大人びたウマ娘がこちらを見ていた。

「そっち行っても良いかい?」と聞いてくるので頷く。

 

 

「いきなりごめんね。たまたま歩いていたら豪快な走りをする子が見えたもんだから…」

「は、はあ…」

 

河川敷に下りてきた件のウマ娘は開口一番そう言った。

ところどころ韓国語に日本なまりがあり、日本人であることが分かる。

 

「それで…日本(イルボン)の方が何のようでしょうか。」

「あれ?変なところあった?かなり勉強してきたつもりだったんだけど。」

「いえ、なんとなく…。叔父が日本出身なのでニュアンスからそうかなと。」

「あちゃー」

 

ころころと表情を変えておどける様に少しクスリと笑う。

 

「なんだ良い笑顔できるじゃん。」

「え?」

「…私が君に声を掛けたのはね…君が泣きそうな顔して鬼気迫る様に走るもんだから…

はっきり言って、見ていられなかったのよ。」

 

栗毛の先輩はそう言って心配そうな顔を見せる。

ここでようやくエースは自分がどんな顔をして走っていたのかを思い返す。

 

「国は違えども同じウマ娘だし…何か力になれないかなと思って…ね。

一応私はこっちのKRAに()()()()()()()日本から留学してきた身だから、走りに関してならアドバイスできると思うよ」

「ほ、本当ですか!?」

 

藁にもすがる思いのエースはその提案を爆速で受け入れる。

これには先輩も苦笑いした。

 

「走りを見る前に…君はさっきの走法は誰から教わったんだい?」

「ダートの走り方は教科書や学校の先生、あとレースの映像を見て真似したり…」

「…なるほど。そりゃああなるわけだ…」

「え?」

 

ポツリと出た言葉に疑問符が出る。

 

「…いいかい?今まで学んだこと、レースで見たことを全部忘れて私の言う通りに走ってごらん?」

「ええ??」

「いいからいいから、だまされたと思ってさ」

 

ここに来て訳分からないことを言い始めたため(この日本人騙そうとしてない?)と思い始めるも、とりあえず言われた通りに走ってみる。

 

 

―アドバイスは3つだけ。

…あれ…?

 

―上体は少し起こして、

…いつもより…

 

―足に力を入れず、

…めちゃくちゃ…

 

―つま先だけで走ってごらん?

…早く走れている…!?

 

 

「―どうだった?」

ゴールの橋の下に来た所でもう一度タイムを見る。

 

「…自己ベストです…」

「それは良かった!」

快活に笑う先輩。

 

(何なのこの先輩…!?一体何者なの…!?)

驚愕と畏怖の表情を向けるエース。

 

「今のが()()走り方だよ。

君の足首は細いから力強く踏み込む走りは向いてない。

多分ダートになれるために色々試行錯誤した結果、自分の走り方を見失っていたんだと思うよ。」

「芝ですか…」

 

芝という単語を聞いて複雑な気分になる。

なにせ…

 

「…韓国レースはダートしかない。

って顔してるね。」

「ひ、ひとの心読まないで下さい!」

顔を真っ赤にするエースと微笑む先輩。

 

「―だったら芝のあるところに飛び込めばいい。」

「えっ?」

「適正があるのにそれを活かせないのは不幸なことだ。

そうだな…それこそ、私の祖国である日本なんかどうだい?雑草まみれの河川敷(ここ)よりもはるかに走りやすいと思うよ?」

「か、簡単に言いますね…」

「そんな難しいことではないさ、必要なのは実績と自信だけさ」

「実績と自信…」

 

そうエースが呟くと先輩は夕日に照らされた赤い雲を見つめる。

 

「…私も主戦は地方だったけどね、トレーナーと話し合って中央に殴り込もうっていったんだ。

ムリだなんだって野次るやつもいたけど…そんなの関係ないね。

今までの競技人生と実績、なにより故郷の誇りを踏まえて、いけるって自信があったから。

 

下バ評を覆し、見る人に興奮と感動を与える。

 

それが私たちウマ娘でしょ?」

 

感動とも高揚感とも言える感情がエースの心からこみ上げてくる。

(この人なら…いや、この人しかいない…ッ!)

 

「あ、あのっ!」

「ん?」

「私を弟子にして下さい!」

「ええ?これは斜め上の反応…」

「お願いします!ここまで煽っておいて捨てるのは卑怯ですよ!」

「捨てるって…確かに煽ったのは事実だけど…

…まあ後輩を鍛え上げるのも強化委員の仕事って言えば本部にも通用するか…」

 

そう言うとエースに向き直し、目線を合わせる。

 

「じゃあそうしよう!

日本、いや、世界をあっと驚かせよう!

 

君の名前は?」

「ムグンファエースです!『木槿の精鋭』です!」

「じゃあエースだね。よろしく!

私は…

 

『オペラ』って呼んでもらえるかな?」

「はい!『オペラ先生』!」

「先生って…私君とそこまで年変わらな「お願いします!」分かった分かった。」

 

そうオペラ先生はエースをなだめ、頭をなでる。

 

「…まずはKRAでデビューして実績を作り、準備が整ったら日本に行くよ。

 

共に喜劇を作り上げよう!」

 

漢口に写る夕日は、稀代の役者と監督をスポットライトのように照らした。




Ps
F4が心配だ…


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ホープフルステークス 中山 芝 2000m 後編

先頭を走るムグンファエースとの差は5馬身までつけられた。

ムグンファは下り坂を使い外によれながらもトップスピードで4コーナーへ入る。

 

(…くっ…!)

 

追い上げたいが前半で脚を使ってしまったからか思うように前に足が出ない。

息が上がり視界がぼやけ始める。

 

(…負ける…の…か…?)

ムグンファに追いつけるイメージが出てこない。

軽やかに駆けるムグンファの背中だけを見つめる。

 

 

―負けてもいいんじゃないか?

 

 

心の奥から悪魔のささやきが聞こえる。

 

 

―そうだよな

 

別にこのレースはクラシック競走じゃないし

 

海外からやって来たムグンファに花を持たせ―

 

 

「アスラン!!!!」

 

 

自分を呼ぶ声にはっと顔を上げる。

 

ずっと遠くのスタンドにいるテイオーと視線がぶつかる。

幾度となく立ち上がってきた『不屈の帝王』が、俺を見つめる。

 

「ここで諦めるのか」

そう問いかけるように。

 

 

「日本勢の意地見せぇ!」

「差せぇぇぇ!」

「スピカの名は伊達じゃないだろ!?」

「若獅子ぃ!」

 

スタンドから応援の大歓声が届く。

芙蓉や東スポ杯の比ではない。

 

『世代の代表』を自負する俺に

『世代の頂点』たれと背中を押す。

 

『さあ4コーナーを過ぎた!先頭は依然としてムグンファエース!

サクラアスランは単独の2番手!先頭まで6馬身ほど!

日本勢は!アスランはどうする!

残り310mしかありません!』

 

 

 

 

 

 

 

 

―ここで諦めたら

 

 

 

 

 

魂が廃る!

 

 

 

『サクラアスランがまくる!末脚使って食らいつく!』

 

ムグンファは前半に力を温存して俺に脚を使わせ、下り坂で加速した。

言い換えればそれは―

 

『ムグンファエース苦しいか!伸びが怪しくなった!

中山の急坂が!心臓破りの坂が立ちはだかる!』

 

―上りに弱い!

 

『サクラアスラン凄い脚!4馬身!3馬身!

アスランが追いつくか!ムグンファエースが逃げ切るか!

あと100!』

 

向こうが軽やかに駆けるのなら、

こっちは深く、

鋭く、

 

力強く!

 

「前へ!!!」

 

 

 

 

 

…息が苦しい。

でも、

 

あと少しなんだ

 

日本のG1のゴールはもう目の前なんだ

 

私を見出してくれた先生に

送り出してくれた祖国の仲間に

 

ようやく恩返しできるんだ!

 

「負けてたま―」

 

 

その言葉を言い切ることはなかった。

 

 

 

 

 

『届いた届いた差した差したぁ!!!

中山に一足早い春が来た!!!

 

サクラアスラァァァァァァァン!!!

 

 

若獅子は

名実共に頂点に立った。

 

 

 

 

 

 

「やったやった!」

「アスランが差しきった!」

「おめでとうアスランちゃん!」

「ええ、見事な勝利ですわ!」

 

口々に歓声を上げるスピカメンバー。

 

(…あいつはやっぱ逸材だ。)

沖野トレーナーがそう思いをはせ、テイオーの方を向く。

 

穏やかな瞳で後輩を見つめる先輩の姿がそこにあった。

「テイオー。」

「うん。」

 

そして大きく息を吸い

 

「おめでとーアスラン!」

全力で祝福した。

 

 

 

 

 

(…グスッ…ヒック…)

 

ムグンファエースは両膝を地面に着きうなだれ、嗚咽を上げる。

 

 

…あと少しだった…

 

力強く踏み込むことが出来ない私にとって上り坂との相性は最悪だ。

だからこそ、『上り坂までに後続を突き放し、追いつけないようにする』という作戦だった。

 

京都はそれでうまくいった。

有名な『淀の坂』*1を乗り越えたという自信があった。

 

でも…

 

「…ムグンファ。」

アスランがムグンファに歩み寄り、手を差し出す。

 

…目の前にいるこの『日本の獅子』は、

 

別格だ。

 

 

 

 

 

(…怒ったりするなら分かるけどなんでこの子はこんな怯えた顔向けんだ…???)

 

レースが終わればノーサイド。

スポーツマンの鉄則だ。

 

だからエースを労おうと手を差し出したのだが…

 

「ヒッ」

 

…なんか避けられてる。

 

努めてにこやかな顔してるやろ?

 

顔か!やっぱこの頭の傷か!

だれが不良娘やねん!?

 

「…まあ気持ちはわからんでもないし、俺のことはどう思おうが別にいいけどさ」

 

ムグンファに近づき肩を抱きかかえ、立ち上がらせる。

 

「スタンド見て言うことあるだろ?」

 

その言葉に促され、ムグンファはようやく顔を上げる。

 

 

 

「ムグンファ!!!」

「よくやった!!!」

「お前は韓国(ウリナラ)の誇りだ!!!」

「日本人やけどファンになったわ!」

「ナイスガッツ!」

「またアツいレース期待しとるで!」

 

日韓両国の観客から賞賛と労いの声が飛び交う。

 

『血湧き肉躍る、一つの映画を見ているかのようなレース』

ムグンファの走る目的は十分過ぎるほどに達成されていた。

 

勝者は1人、主役は2人。

 

2人の主役は深々と頭を下げた。

 

 

頭を上げるとムグンファから「アスラン」と声が掛かる。

 

「先ほどは失礼しました。あなたと競え合えたことを嬉しく思います。

この経験を必ず次に活かし、世界へと羽ばたいてみせます!」

 

怯えた顔はそこにはなく、信念が灯った木槿の瞳をこちらに向ける。

 

「日本には留まらないのか…?」

「…一旦祖国に戻り、先生と作戦を練り直します。

香港、中東、オーストラリア。挑戦したい舞台はまだ沢山ありますので…」

「そうか…じゃあ」

 

肩の横に手を上げる。

エースも同じく手を上げる。

 

 

「「世界で会おう!!!」」

 

お互いハイタッチをしてターフを去る。

 

ムグンファは更なる主役になるため、

アスランはテイオーから継いだ夢を叶えるため、

クラシック期に歩を進める。

 

(年が明けたらいよいよクラシックだ。

ここからが本番だ…!)

 

そう決意を新たにした。

 

 

 

第1章 ジュニア期 完

 

*1
サクラアスラン デビュー戦 京都1800m 外周(高低差4.3m 『淀の坂』)

ムグンファエース 京都ジュニア 京都2000m 内周(高低差3.1m)

エースは若干勘違いしてます




目標達成!

ホープフルステークスにて1着

次の目標

皐月賞にて1着


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全日本ジュニア優駿 川崎 ダート 1600m 三人称視点

1枠 1番 11番人気 デュアルレール 門別
2枠 2番 8番人気 コトブキガエシ 中央
3枠 3番 5番人気 ハルカゼステップ 高知
3枠 4番 10番人気 アンサーマスト 大井
4枠 5番 12番人気 デンワハニバン 浦和
4枠 6番 2番人気 フリューゲルライン 川崎
5枠 7番 1番人気 レッドビーチボーイ 中央
5枠 8番 4番人気 ナイスデスナ 船橋
6枠 9番 14番人気 エシカルフレイ 門別
6枠 10番 9番人気 ネイビーポイント 中央
7枠 11番 3番人気 レスキューホープ 盛岡
7枠 12番 6番人気 メタルペガシス 中央
8枠 13番 7番人気 アローマガジン 中央
8枠 14番 13番人気 アイムオン 門別


話は2週間ほどさかのぼる。

 

 

12月13日 川崎レース場

 

地方主催の重賞であり、ジュニア期唯一のダートG1である全日本ジュニア優駿。

中央・地方からジュニア期のダート巧者が寒空のもと集結していた。

 

「しゃあしゃあしゃあ!!

ついにレッドの時代がやって来たジャン!」

 

カノープスに所属するレッドビーチボーイは足取り軽く川崎の砂を踏む。

横浜出身のレッドにとって川崎はなじみ深い地であり、元々川崎トレセンに入るつもりでもあった。

 

「レッド気合い入ってるじゃんねー」

「ライン!久しぶりジャン!?」

 

そんなレッドに話しかけて来たのは川崎所属のフリューゲルライン。

名の通り赤い勝負服を着るレッドとは対照的に青い勝負服を着込み、朗らかに笑う。

 

「『一緒に川崎で伝説作ろうジャン!』って小学校の卒業式で言ってたのにまさか中央に行ってるなんて思わないじゃんね。」

「お、俺だって気付いたら中央にいたんだから仕方ないジャン!」

 

小学校の同級生だった2人はお互い軽口を言いながら返しウマに入る。

 

「レッドの武勇伝は聞いてるよー『中央ダート負けなし』だって。

でも…こっちには地元川崎のメンツが掛かってる。

クラシック行く前に引導渡してあげるね?」

「望むところジャン!」

 

お互いの目線がぶつかり、火花が飛ぶ。

 

 

そんな様子をカノープスのメンバーはスタンドから見守る。

 

「むむ!レッドちゃんが1番人気ですって!」

「ターボのシンジンなんだからとーぜんだ!」

「地方は中央とはまた違った雰囲気がして興味深いですね。」

「そだねー。おっもつ鍋屋発見!」

 

「みなさん…はしゃぐのは結構ですが応援の準備はできてるんですか…?」

「あはは…」

 

毎度おなじみかしましカノープスのメンバーを引率する南坂トレーナーと、苦笑いを浮かべるエイトガーランド。

 

(…ん?)

ふと、ガーランドがコースに目を移すと一人のウマ娘が目に入る。

 

芦毛のショートヘアで、だんだら模様の羽織を着込んでいる。

朱色の羽織には大型犬(セントバーナード)が描かれていた。

 

(…なんか…雰囲気が…)

「エイトーこっちだよー」

「あっ、今行きます。」

 

ネイチャに呼ばれたガーランドは視線を戻してみんなの元へと向かった。

 

 

 

『さあお待たせしました!

川崎レース場本日のメインレース。

全日本ジュニア優駿G1!発走時刻となりました。

 

師走の川崎に集まったジュニア期のダート自慢達がしのぎを削ります!

 

3番人気は『岩手のオグリキャップ』こと盛岡所属レスキューホープ!

2番人気は川崎の次代を担うフリューゲルライン!

そして1番人気は中央ダート負けなしの超特急レッドビーチボーイ!

 

勝っても負けても1発勝負!

運命の瞬間です!」

 

テンションの高い実況と共にゲート入りは進む。

ナイター特有の煌々としたライトが出走者達を照らす。

 

『スタートしました!』

 

全員が一斉にゲートから飛び出す。

 

『先頭は予想通り7番レッドビーチボーイ!勢いよく逃げていきます。

2番手につけたのは4番アンサーマストと6番フリューゲルライン。

そのすぐ後ろに3番ハルカゼステップ。

2馬身離れて10番ネイビーポイント、ナイスデスナも追走。

JBCジュニアの覇者であるレスキューホープは後方となっております。』

 

川崎は地方レースによく見られる小回りのコースとなっている。

直線も短くカーブも急なため、マイルとは言えいかに早く仕掛けるかが焦点となる。

 

最序盤で加速して減速することなくトップをひた走るレッドがそのまま押し切り体勢に入る。

 

『さあスパイラルカーブを回って最終直線!

先頭は依然レッドビーチボーイ!

内側からフリューゲルラインが迫ってくる!』

 

赤と青の勝負服が重なり一進一退のつばぜり合いが起る。

視線バチバチの2人が残り100mを過ぎたところで

 

((…ゾク…))

 

同時に得体の知れない悪寒を覚える。

 

2人同時に振り返ったところで目に飛び込んできたのは、

まるで真剣を持って討ち入らんとする朱色の侍の姿だった。

 

『外からレスキューホープ!レスキューホープだ!

2人まとめて撫で切った!

 

レスキューホープゴーーーールイン!!!』

 

スタンドから歓声とどよめきが湧く。

 

 

「…すごいな…あいつ…!」

エイトガーランドはそう戦慄した。

 

(…アスランの他にあんな強者がいるとは…ダート路線も熾烈だな。)

そうガーランドは()()()()他人事のように客観的な感想を持った。

 

 

「やいお前!」

 

ゴール後、興奮覚めやらぬ中ホープのもとへレッドがズンズンと歩み寄る。

すわ喧嘩かと一瞬空気が張り詰める。

 

「ち、ちょいレッド喧嘩はダメじゃんね!」

ラインの制止も振り切り、ホープとレッドが対峙する。

 

「…お前すっげぇジャン!!!」

ラインが盛大にずっこけた。

どうやらレッドは悔しいだの怒りだのといった感情よりも、ものすごい傑物に出会えたという興奮の方が勝っていた。

 

「めちゃめちゃかっこよかったジャン!次もまた一緒に走ろうジャン!」

「え?あ、うん、ありがとう?」

レッドの圧に思わずたじろぐホープ。

 

「あの末脚ヤバかったなぁ…

アスランみたいだったジャン!」

「…アスラン?」

 

聞き慣れぬ単語に耳をぴくりと動かす。

 

「そ!サクラアスラン!

多分中央の芝で一番早い奴!

一回戦ったけど後ろからギューンって追い抜く凄い奴ジャン!」

「へぇ…君以上に強いんだ…」

 

ホープの目が一瞬怪しく光る。

 

「あーでもアスランって芝しか走らないジャン…

ダート走ったとこ見たことないし…

地方はダートしかないから比べようがないジャン…?」

「いや?僕は芝も走れるよ?」

「え?」

「盛岡は芝もあるからね…。両方走ったこともあるよ。」

「え!?盛岡って芝あるジャン!?」

「なにそれヤバいじゃんね!?」

「えっちょウチらにも聞かせてよ!?」

 

遠巻きに様子を見ていた他の子―4着のハルカゼステップを除く―全員が集まり、興味津々にホープを質問攻めにする。

 

レスキューホープは質問に受け答えながらも他のことを考えていた。

 

(…サクラアスランか…

 

一度戦ってみたいな…)

 

シンボリルドルフの孫弟子(サクラアスラン)岩手のオグリキャップ(レスキューホープ)

 

対照的な両者が出会うのは、そう遠くない未来である。




ホープ「狙うは吉良上野介の首ただ一つ!
御用改めである!」

作者「赤穂浪士なのか新選組なのかはっきりしてくれ」


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物語が終わった後 三人称視点

年末の一大レースである有馬記念。

 

レース後の余韻覚めやらぬ中山レース場を気怠い顔で歩くウマ娘がいた。

ピンクの髪に山桃の髪飾りを左耳に付けている。

 

(…かったるいなあ…)

 

そう心の中で愚痴をこぼすのは、先日の全日本ジュニア優駿にて4着だった『ハルカゼステップ』だった。

 

なぜ高知トレセン所属の彼女が中山にいるのかと言えば…

 

『―そして今ハルウララ!ハルウララがゴーーールイン!

16着という結果にはなりましたが、今笑顔で完走しました!

スタンドからは大きな歓声が上がっております―』

 

モニターにてさっき行われた有馬記念のリプレイ映像が流れる。

 

ハルカゼステップは同郷の先輩であるハルウララの応援と挨拶をするべく中山を訪れていた。

 

といってもステップは自ら進んで志願した訳ではなく、

『川崎への遠征経験がある=都会慣れしている』

という理屈で高知トレセン生徒の代表に選ばれただけだった。

 

(…だいたい応援も何も、ハルウララ先輩はビリだったじゃん…

しかも負けたのにへらへら笑って手を振って。

 

あれじゃ高知の恥をむざむざさらしただけぜよ…)

 

ステップから見たハルウララの印象は『最悪』だった。

ハルカゼステップは兵庫ジュニアグランプリ(G2)を制するぐらいには優秀な生徒である。

一方何度負けても元気に笑い続け、挙げ句それが話題を集めついには有馬記念にまで出走したハルウララは『高知の顔』とも言える存在となっていた。

 

『勝った方より負けた方が話題になる』

 

このあべこべな状況をステップは我慢出来なかった。

『負けて有名になるのなら日々の練習はなんの為にやっているのか』とやる気を失うぐらいには。

 

 

入館証を見せ、ハルウララの控え室前まで来る。

 

ノックしようとすると部屋の中から声が聞こえる。

 

「…グスッ…ヒック…」

 

嗚咽の主はハルウララだった。

 

(…まあ今日で引退だからねぇ…最後に有馬で思い出作れてよかったじゃん。

 

あー『お疲れ様でした。残念でしたね』とでも言えばいいか)

 

そう思いドアノブに手を掛ける。

 

「…勝ちたかった…」

 

「…えっ!?」

 

想像もしていなかった発言がハルウララから出たことに驚き、勢いそのままにドアを開ける。

 

「…ヒグッ…あなたは…だあれ…?」

「えっ、あっ、その」

 

一旦泣き止んだハルウララがしどろもどろのステップに声を掛ける。

 

「こ、高知トレセン学園中等部のハルカゼステップです。

学園代表として先輩にご挨拶に」

「えっ!高知の子なの?

わたしとおんなじだねー!」

 

(…さっきの涙は???)

 

困惑するぐらいの気持ちの切り替えの速さに思わずツッコミが出る。

 

「あの…先輩…」

「ウララでいいよー!

あっ、今日のレース応援してくれたの?ありがとう!

どうだったー?」

(どうだった…って…)

 

言葉に窮しているとハルウララは嬉しそうに語り出す。

 

「1着の子とても速かったよね!バビューンって鳥さんみたいに前を走ってたんだよ!

追い抜こうとしたんだけどあっという間に走っていったんだ!

後ろから見ていてとてもワクワクしたんだ!

 

ワクワクしたし、楽しかった、ん、だ…

 

でもね…

 

なんだか、もやもやするの

 

胸の奥が、ギューって苦しいの

 

とっても楽しかったのに、なんだか苦い味がするの

 

楽しかったのに…

ワクワクしたのに…

 

涙が止まらないの…!」

 

はらはらとハルウララの目から涙がこぼれ出る。

ステップはずっと聞きたかったことを聞く。

 

「先輩。

 

『負けて悔しい』のですか?」

「くやしい…?」

 

ステップの発言をかみしめるように復唱する。

 

「そっか…これがくやしいって気持ちなんだ…

 

そっか…キング、ちゃんはす、ごいな、あ…

こんな、気、持ちに、ずっと、耐え、て…っ!」

 

堰を切ったようにハルウララが号泣する。

 

レースを走って楽しさが先行していた子が、最後の最後に悔しさを知った。

ここまでくるとステップもハルウララに対する認識を変えざるを得なかった。

 

(…なんて走りに純粋な先輩なんだ。

就活(ガクチカ)のために進学した自分とは大違いだ…。)

 

そう自覚した瞬間、今までの発言や思考を振り返り、とてつもない恥ずかしさを感じる。

 

人気が出るのも頷ける。

色んな人が「ステップもウララを見習え」と言っていた理由が分かる。

人気や実力が出ないのを他人(ハルウララ)のせいにし、勝手にくすぶっていた自分を恥じる。

 

 

すると部屋の外から足音と話し声が聞こえる。

 

「―いやーウララちゃん頑張りましたねーww」

「ほんとほんとwww正直勝たないで良かったよ。

なんてったって『負け組の星』なんだから」

「負けたら良いのだから気楽なもんですよwww」

「違いないwww」

 

恐らくここがそのハルウララの控え室だということを失念(あるいはわざと)しているのか、

2人の中央の職員がそう談笑しながら歩いて行った。

 

「…っ!」

 

ハルウララは泣くのを辞め、拳をキュッと握る。

うつむいているため表情は見えない。

 

(…私にはあの職員達を叱る権利はない。

 

数分前まで自分もそう思っていたのだから…)

 

ステップはそう暗い顔をし、改めてウララを見る。

 

(…少し前の私や、あの職員のように、ウララ先輩を誤解している人は少なくない。

 

先輩は今日で引退だが、私は現役(ジュニア期)

 

私に出来ることは、ないだろうか。)

 

数分前とは正反対の思考を持つようになったステップは「先輩」と声を掛ける。

 

「私…同期の中では速いほうだって自覚はあります。

でも、レースや練習をしてきて、なにか違うような、もやもやした気持ちなんです。

 

私に、『走る楽しさ』を教えてくれませんか?

 

そして、活躍して、重賞も勝って、みんなに紹介したいんです。

 

「ハルウララが私の自慢の先輩」だって!」

 

ハルウララは泣きはらした顔を上げる。

まだ涙のあとはあるが、しっかりとハルカゼステップを見る。

 

「お願いします!一緒に高知に来てください!」

「難しいことはよくわかんないけど…わたしと一緒に走りたいってこと?」

「はい!お願いするきぃ!」

 

ハルウララは満面の笑みを浮かべ、ハルカゼステップの手を取る。

 

「わかった!一緒にがんばろうねー!」

 

 

ハルカゼステップ。

 

のちに『土佐の春一番』と呼ばれる優駿は、

こうして第一歩を踏み出した。




その後の顛末

スカイ「へぇ…ウララちゃんをバカにしたんだ…
へぇ………………?」
エル「極刑デース!」
スペ「大丈夫!ちょーっと北海道で永遠に木を数える仕事に」
グラス「日本男子なら潔く腹を切って詫びたらいかがです?」
ツヨシ「もしもし会長?かくかくうまうま
え?加勢する?ありがとうございます!」

キング「さて…

覚悟はいいかしら」










みなみ「中央で欠員が出て職員を2名募集するそうだ」
ますお「どうした急に」


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【集え!】今年のジュニア世代を振り返るスレ【未来の伝説!】

1:名無しのジュニア期ファン

今年度ジュニア世代まとめ

各グレードレース勝利バ

 

・G3

 

函館ジュニアステークス

リールグレイド

 

新潟ジュニアステークス

オーケーハーン

 

札幌ジュニアステークス

オーケーハーン

 

小倉ジュニアステークス

クラップラップ

 

サウジアラビアロイヤルカップ

マブリングビーナス

 

アルテミスステークス

タイキスチーム

 

ファンタジーステークス

サンラチェルタ

 

東京スポーツ杯ジュニアステークス

サクラアスラン

 

京都ジュニアステークス

ムグンファエース(韓国)

 

・G2

 

京王杯ジュニアステークス

アイスナンバー

 

デイリー杯ジュニアステークス

リバティプラム

 

・G1

 

阪神ジュベナイルフィリーズ

タイキスチーム

 

朝日杯フューチュリティステークス

オーケーハーン

 

ホープフルステークス

サクラアスラン

 

全日本ジュニア優駿

レスキューホープ(盛岡)

 

 

最優秀ジュニアウマ娘

サクラアスラン(今期戦績 4戦4勝)

主な勝鞍

G3 東京スポーツ杯ジュニアステークス

G1 ホープフルステークス

 

 

取り急ぎ

 

 

2:名無しのジュニア期ファン

>>1有能

 

3:名無しのジュニア期ファン

>>1サンクス

 

4:名無しのジュニア期ファン

アスラン最優秀選出おめぇぇぇ!!!

 

5:名無しのジュニア期ファン

わんちゃんハーンじゃないかと思ったが…

 

6:名無しのジュニア期ファン

>>5阪神G1組に先着してるからなアスランは

 

7:名無しのジュニア期ファン

まあ予想出来た

 

8:名無しのジュニア期ファン

今年は粒ぞろいだがアスランが別格か?

 

9:名無しのジュニア期ファン

来年マジでアスランが3冠とるかも

 

10:名無しのジュニア期ファン

『無敗の3冠』が現実味を帯びてきた…!

 

11:名無しのジュニア期ファン

でも療養か…

 

12:名無しのジュニア期ファン

脚部不安もあるし療養は気になるな

 

13:名無しのジュニア期ファン

>>12落ち着け陣営のプレスリリースもう一度読んでこい

その脚部不安を鑑みての処置だっての

 

14:名無しのジュニア期ファン

『確実に皐月賞をとるために3月まで療養させる』か

 

15:名無しのジュニア期ファン

まああのホープフルでの激走を踏まえるとねぇ…

 

16:名無しのジュニア期ファン

>>14この書き方だと皐月直行か?

 

17:名無しのジュニア期ファン

>>16若駒はおろか弥生も見送りそう

 

18:名無しのジュニア期ファン

弥生見送っていいのか?

皐月と条件同じだから出た方がいいんでは?

 

19:名無しのジュニア期ファン

>>18陣営がそう判断してるんだから受け入れるんだ

 

20:名無しのジュニア期ファン

>>18スピカの沖野さん立て続けに教え子が故障してるからな…

そりゃ慎重にもなる。

 

21:名無しのジュニア期ファン

これでアスランもってなったら…

 

22:名無しのジュニア期ファン

>>21不吉なこと言うんじゃねえ

 

23:名無しのジュニア期ファン

アスランの真のライバルは同期じゃなくて自分の身体かもしれん

 

24:名無しのジュニア期ファン

なんにせよアスランは直行っぽいな

 

25:名無しのジュニア期ファン

まあホープフルステークスは皐月と条件同じだし

 

26:名無しのジュニア期ファン

>>25G1をステップレース扱いで草

 

27:名無しのジュニア期ファン

アスランに対抗できる奴が少ないのが情けない

 

28:名無しのジュニア期ファン

圧勝劇もいいけどライバルとの切磋琢磨も見たい!

 

29:名無しのジュニア期ファン

>>28オタクは欲張り

 

30:名無しのジュニア期ファン

現状アスランの対抗筆頭はハーンか?

 

31:名無しのジュニア期ファン

>>30東スポ杯で力負けしてる時点で苦しいのでは?

 

32:名無しのジュニア期ファン

>>31ぶっちゃけて言うと末脚対決もう一度見たい

 

33:名無しのジュニア期ファン

>>32

それは

そう

 

34:名無しのジュニア期ファン

となるとタイキスチームか

 

35:名無しのジュニア期ファン

>>34ところがどっこい

スチームちゃんはティアラ路線だからアスランと被らないという

 

36:名無しのジュニア期ファン

>>35じゃあもうあれやんけ

トリプルティアラがスチームでトリプルクラウンがアスランやんけ

わいは未来が見えるンや

 

37:名無しのジュニア期ファン

既 定 路 線

 

38:名無しのジュニア期ファン

しかも同室

 

39:名無しのジュニア期ファン

>>38最強コンビ待ったなし

 

40:名無しのジュニア期ファン

ティアラ路線だとスチームの他には有力な子おる?

 

41:名無しのジュニア期ファン

>>40サンラチェルタやクランベリーレイといったところか

 

42:名無しのジュニア期ファン

クランベリーレイってあの子か

京都ジュニアでムグンファに負けて呆然としてた子か

 

43:名無しのジュニア期ファン

>>42ホープフルでリベンジをとしたけど

今度はアスランに…

 

44:名無しのジュニア期ファン

あの激戦で3着だったんだから大したもんだべ

 

45:名無しのジュニア期ファン

>>44大差だったけどな

 

46:名無しのジュニア期ファン

G1で大差とか初めて見たわ

 

47:名無しのジュニア期ファン

それだけあの2人が別次元の戦いをしてたってわけだ

 

48:名無しのジュニア期ファン

アスランいなかったらムグンファの圧勝だったやんけ

いやムグンファがいなかったらアスランが残酷なまでの独壇場だったか???

 

49:名無しのジュニア期ファン

あとアスランの対抗だれだ

この間の全日本の子はどうだ

 

50:名無しのジュニア期ファン

>>49レスキューホープやな

ちょうど川崎の話したかったところや

 

51:名無しのジュニア期ファン

現地勢だったけど良かったわ

ホープちゃんマジ侍

 

52:名無しのジュニア期ファン

>>51語彙力トプロか?

 

53:名無しのジュニア期ファン

いやあ勝負服見てこい

飛ぶぞ

 

54:名無しのジュニア期ファン

>>53見てきた

とんだ

 

55:名無しのジュニア期ファン

赤穂浪士…いや、新選組モチーフか?

 

56:名無しのジュニア期ファン

グラスちゃんと話が合いそう

 

57:名無しのジュニア期ファン

あの勝負服着てレース出て、なんなら日本刀持たせたら正しく御用改めよ

 

58:名無しのジュニア期ファン

レスキューホープも良い末脚持ってるな

 

59:名無しのジュニア期ファン

>>58アスランの対抗バクルー?

 

60:名無しのジュニア期ファン

>>59流石に中央と地方じゃムリ

 

61:名無しのジュニア期ファン

>>59対抗はムリでも中央移籍はありえそう

 

62:名無しのジュニア期ファン

そのへんは今後の発表次第やな

 

63:名無しのジュニア期ファン

中央移籍と言えば高知のハルカゼステップが宣言してたな

 

64:名無しのジュニア期ファン

>>631年以内の移籍を目指すってやつだろ?

頑張ってほしい

 

65:名無しのジュニア期ファン

兵庫ジュニアグランプリ勝ってるから伸びしろはある

…ただ移籍したらしたでタイキスチームという壁が

 

66:名無しのジュニア期ファン

>>65流石に移籍早々クラシックレースには行かんやろ

南関東で実績積んで…が現実的か

 

67:名無しのジュニア期ファン

そしてステップちゃんのバックにはウララちゃんがつくという豪華仕様

 

68:名無しのジュニア期ファン

>>67豪華…

…豪華?

 

69:名無しのジュニア期ファン

>>68全国4千万のウララファンがつくようなもんや

 

70:名無しのジュニア期ファン

>>69理解

 

71:名無しのジュニア期ファン

何にせよ来年が楽しみだ…!

 

72:名無しのジュニア期ファン

絶対皐月は現地観戦してやる

 

73:名無しのジュニア期ファン

俺の有給休暇が火を噴くぜ

 

74:名無しのジュニア期ファン

サービス業のみなさまおっつおっつ

 

75:名無しのジュニア期ファン

わい大学生、高見の見物

 

76:名無しのジュニア期ファン

わいニート、高見の見物

 

77:名無しのジュニア期ファン

>>76働け

 

 



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第1章終了時点での『アスラン世代』

前回と重複する部分については一部割愛


サクラアスラン

英 Sakura-Aslan

耳飾り 右

所属 中央・チームスピカ

脚質 先行・(差し)

尊敬する先輩 トウカイテイオー

出走成績 

メイクデビュー 京都 芝 1800m 1着

OP 芙蓉ステークス 中山 芝 2000m 1着

G3 東京スポーツ杯ジュニアステークス 東京 芝 1800m 1着

G1 ホープフルステークス 中山 芝 2000m 1着

全4戦4勝

 

概要 省略

 

 

タイキスチーム

英 Taiki-Steam

耳飾り 左

所属 中央・チームリギル

脚質 逃げ・先行

尊敬する先輩 タイキシャトル

出走成績 

メイクデビュー 東京 芝 1600m 1着

OP 芙蓉ステークス 中山 芝 2000m 2着

G3 アルテミスステークス 東京 芝 1600m 1着

G1 阪神ジュベナイルフィリーズ 阪神 芝 1600m 1着

全4戦3勝(2着1回)

 

概要 省略

 

 

エイトガーランド

英 Eight-Garand

耳飾り 右

所属 中央・チームカノープス

脚質 差し

尊敬する先輩 ?

出走成績 

メイクデビュー 函館 芝 1200m 8着

未勝利戦 札幌 ダート 1700m 2着

未勝利戦 札幌 芝 2000m 1着

OP 芙蓉ステークス 中山 芝 2000m 3着

OP 黄菊賞 京都 芝 2000m 1着

G1 朝日杯フューチュリティステークス 阪神 芝 1600m 3着

全6戦2勝(2着1回)

 

概要 省略

 

レッドビーチボーイ

英 Red-Beach-Boy

耳飾り 右

所属 中央・チームカノープス

脚質 大逃げ

尊敬する先輩 ツインターボ

出走成績 

メイクデビュー 札幌 芝 1200m 5着

未勝利戦 中山 芝 1600m 9着

未勝利戦 中山 ダート 1800m 1着

OP オキザリス賞 東京 ダート 1400m 1着

OP カトレア賞 東京 ダート 1600m 1着

G1 全日本ジュニア優駿 川崎 ダート 1600m 2着

全6戦3勝(2着1回)

 

概要 省略

 

 

 

オーケーハーン

英 OK-khaan

名前意味 OK+中央アジア騎馬民族における君主号

(オーケーハーン→お京阪→京阪)

耳飾り 右

所属 中央

脚質 差し

尊敬する先輩 タマモクロス

出走成績

メイクデビュー 福島 芝 1200m 1着

G3 新潟ジュニアステークス 新潟 芝 1600m 1着

G3 札幌ジュニアステークス 札幌 芝 1800m 1着

G3 東京スポーツ杯ジュニアステークス 東京 芝 1800m 2着

G1 朝日杯フューチュリティステークス 阪神 芝 1600m 1着

全5戦4勝(2着1回)

 

概要

本作賑やかし枠その2。

ハーン「なんでやねん!」

実家は大阪府枚方市。両親は京阪社員。

一人称は「ウチ」。相手を呼ぶときは呼び捨てか「あんた」。

ただしアスランに対しては「お笑いおん」と呼ぶ。

アスラン「勘弁してくれ」

お笑いの大会にて転生前のアスランと面識があり、再会時に違和感を抱く。

元々普通の公立校に進学していたが、アスランが中央にいることを知り、転入試験を受けて乗り込んできた。

アスランには一度敗北したが、改めて鍛え直し、再戦の日を心待ちにしている。

タマモ「あんた…贔屓はどこや?」

ハーン「オリックス一択や!」

(固い握手)

 

 

ムグンファエース

英 Mugunghwa-Ace

名前意味 木槿の韓国語読み+エース

(水曜どうでしょうに出てきた特急ムグンファ号より)

耳飾り 右

所属 海外・韓国

脚質 逃げ・差し

尊敬する先輩 オペラ先生(メイセイオペラ)

出走成績

一般競争 ソウル ダート 1600m 1着

一般競争 ソウル ダート 2000m 1着

G3 京都ジュニアステークス 京都 芝 2000m 1着

G1 ホープフルステークス 中山 芝 2000m 2着

全4戦3勝(2着1回)

 

概要

本作中ボスキャラ。

ソウル近郊の果川市出身。

一人称は「私」または「(ウリ)

先生ことメイセイオペラに見出された新星。

映画でみたセクレタリアトに感銘を受け、競技ウマ娘の道を選んだ。

アスラン戦後母国に凱旋。

コリアンダービーを見据えつつ、引き続き海外へ打って出るため、先生と共に練習の日々を送る。

なお中ボスキャラのため当分出番はない模様。

エース「アイゴー!?」

 

 

レスキューホープ

英 Rescue-Hope

名前意味 救助+希望の英語

耳飾り 右

所属 地方・盛岡

脚質 先行・差し

尊敬する先輩 ?

出走成績

ファーストステップ 盛岡 芝 1000m 6着

フューチャーステップ 盛岡 ダート 1600m 1着

重賞 ジュニアグランプリ 盛岡 芝 1600m 1着

重賞 若駒賞 盛岡 ダート 1600m 1着

G3 JBCジュニア優駿 門別 ダート 1800m 1着

G1 全日本ジュニア優駿 川崎 ダート 1600m 1着

全6戦5勝

 

概要 coming soon!

 

 

ハルカゼステップ

英 Harukaze-Step

名前意味 春風+ステップ

耳飾り 左

所属 地方・高知

脚質 差し・追込み

尊敬する先輩 ハルウララ

出走成績

ジュニア新馬戦 高知 ダート 800m 1着

アンドロメダ特別 高知 ダート 1300m 6着

ジュニア-1組 高知 ダート 1300m 3着

重賞 黒潮ジュニアチャンピオンシップ 高知 ダート 1400m 2着

土佐寒蘭特別 高知 ダート 1600m 2着

G2 兵庫ジュニアグランプリ 園田 ダート 1400m 1着

G1 全日本ジュニア優駿 川崎 ダート 1600m 4着

全7戦2勝(2着2回)

 

概要 coming soon!

 




あー調べんの疲れた…

1章はこれにて完結です。
いつもありがとうございます。

次章からクラシックです!


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第2章 クラシック期~日本ダービー
養育権争い


「脚の骨に特段異常はありませんが軽い炎症を起こしています。

1ヶ月程は安静が必要でしょう。」

「そうですか…」

 

激闘のホープフルステークスを終え、怒濤の取材を乗り切った翌日、沖野トレーナーに連れられ病院へ向かい、そう言われた。

 

トレーナーとしては俺の発走前の様子や元々の脚部不安を鑑みて受診させてくれたらしく、医者の言葉を聞いて青ざめる。

 

「い、1ヶ月で直りますか…?」

「炎症自体軽度なので激しい運動等しなければ特に問題ありません。

少なくとも皐月賞には間に合うでしょう。」

 

トレーナーが胸をなで下ろす。

 

その後は医者から注意事項を聞いたり薬を貰ったりして学園への帰路につく。

 

「すまんなアスラン。俺がもっと注意していれば」

「いえ、トレーナーさんが謝ることではありません。

むしろ…謝るべきは自分です。無我夢中で自分の脚のことをすっかり忘れてましたから…」

 

左足がネックとなっているのは歯がゆい限りだ。

ガラスの脚とされたメジロアルダンやスーパークリークも似たような思いをしていたのだろうか。

 

『クラシックは来年からですが「まだ1年ある」ではなく「もう1年しかない」と捉えることもできます』

以前乙名史記者から言われた言葉が頭をよぎる。

 

年が明けたらもうそのクラシックの時期だ。

俺が1ヶ月間休んでいる間、他の子達は現状トップに立つ俺を追い越さんと力を付けるだろう。

オーケーハーンやエイトガーランド、あるいは他のライバルか。

 

「…ここでブレーキは痛いな…」

トレーナーにも聞こえない声でぽつりと本音が出る。

 

 

 

 

 

 

「あっ!アスラーン!」

部室に入るとテイオーが真っ先に駆けつけた。

 

「病院行ったって聞いたよ!?脚大丈夫?具合悪くない?お注射痛くなかった!?」

「落ち着いて下さいよテイオーさん、一遍に聞かれても訳わからないですって!」

 

滅茶苦茶掛かっているテイオーをなだめすかせる。

 

「トレーナー、アスランは…」

ゴルシがそう口を開き、他のメンバーも心配そうに見つめる。

 

「…軽い怪我だ、1ヶ月程は休養だな。」

「そっか…」

「…大丈夫ですよみなさん!早めに分かっただけでもありがたい限りです。

長めの冬休みだと思いますよ。」

 

暗い空気になってきたので声をあげる。

ゴルシが「生意気だぞー!」と笑いながら頭をうりうりといじる。

少し空気が緩んだところでトレーナーの方を向く。

 

「それで今後のスケジュールはどうなりますか?

流石に若駒は回避でしょうけど…」

「色々悩んだんだが…しっかり休んでクラシックに備える期間にしたい。

休養を終えたらトレーニングで基礎力を底上げして…4月に復帰だな。」

「4月ということは…」

「ああ、皐月賞直行だ。幸いアスランはG3とG1を勝っているからな、皐月の選考でもれる心配はないし…秘策もあるからな。」

「秘策?」

「怪我した後で言うのもなんだが―」

 

トレーナーからその『秘策』を聞く。

 

 

 

 

「―というわけだ。療養中は仕方ないが、その後はレースがないからといってサボって良い訳でもない。むしろ重要な期間だ。分かったな?」

「はい!」

「…来年もよろしくな。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

トレーナーと固い握手を交わす。

 

「それで?アスランは休養期間はどうするの?」

スカーレットが俺とトレーナーに質問する。

 

「ちょっと悩んでるんですよね…寮が現実的ですけど同室の子(タイキスチーム)も実家に帰省しちゃうんで何かあったときに困りますし、忙しいフジ寮長を頼るわけにも…

かといって実家は親が共働きで年末年始は忙しくしてるのでちょっと…」

 

ここにきて療養場所の問題が出てくる。

怪我している以上誰かしらいる方が安心なのだが…

 

「…ごめんねアスラン。出来ればボクが面倒見てあげたいんだけど…年明けにウィンタードリームトロフィーがあるからちゃんと見れないんだ。」

「いえ、テイオーさんに頼り切るわけにも」

 

 

「なら、私が君の面倒を見てあげよう。」

 

声のした方を向くと、部室の入り口にシンボリルドルフが立っていた。

 

「ルドルフさん!?いつからそこに」

「君たちが秘策の話をしているところからだ。実に興味深い。」

そう言いながら中に入ってくる。

 

「怪我の事は聞いた。そして療養する場所に難儀しているようだな。

それなら我がシンボリの屋敷を使うと良い。

レーストラックやトレーニング施設にプール、専門の医療スタッフも常駐しているから療養にはちょうど良いだろう。」

にこやかに微笑みながら頭をなでる。

 

「い、いやルドルフさんにそこまでしてもらう訳には…」

「なに、遠慮は無用だ。君はテイオーの弟子…つまりは私の孫弟子だ。

後輩の面倒を見るのは先輩として当然の行いだ。」

「いえあのそうではなく…」

 

 

「…それぐらいにしておけ。『皇帝サマ』?」

 

今度はシリウスシンボリが入り口から入ってきて、俺の肩を抱く。

 

「こいつはあたしのお気に入りだ。シルバーブレッドたるこいつをむざむざあんたにくれてやるわけにはいかないな。」

「シリウス…冗談を言っている場合ではないぞ。怪我のことは聞いただろう。」

「ハッ、当然だ。だからあたしがこいつの面倒を見ると言っているのさ。

第一あんたも年明けのウィンタードリームトロフィーに出る身だろ?アスランと遊んでいる暇はあるのか?」

「心配無用。レースと後輩…どちらも大事だからこそ手元に置くと言っているのだ。」

「片手間で怪我した後輩の面倒をみるつもりか?」

「片手間とは片腹痛い。どちらも完璧にこなしてみせるさ。」

 

するとシリウスはハァとため息をついたかと思うと、ルドルフに詰め寄り耳打ちする。

 

「…少しは自分の立場ぐらいわきまえろよ。『()()()()』な『()()()()()()』?」

 

シリウスの言葉を聞いたルドルフははっとした表情を見せたかと思うと、

非常に渋い顔をする。

 

そしてシリウスは「決まりだな」とどや顔をして、俺とトレーナーを向く。

 

「と、いうわけだ。アスランはうちで預かる。

文句はないな?」

「あ、ああ。アスランがいいなら…」

「…どうせ断ってもごり押ししてくるのが目に見えてますんでもう好きにして下さい。

しばらくお世話になります。」

 

こ、このブルジョアどもめ…!

…まあいいか

正直ちょっと気になるし。

 

「…仕方ない。今回は退こう。

だが様子は見に行っても良いだろう?

幸いレース会場は中山だ。レース前に顔を出すぐらい訳はない。」

「誰がお前のいる『()()()()()』に行くっつったよ。それじゃ意味ないだろうが。

アスランは『()()()()()』に連れて行く。」

「」

「じゃ、アスラン。明日の朝学園前に車を用意させるからそれに乗ってくれ。」

「えー。いーなーアスラン。

シリウスシリウス!ボクも連れてってー!」

「お前もレースに出る身だろうが…

大人しく皇帝サマと遊んでな。」

「ケチー!」

 

 

シリウスがすっかりスピカ面子とわいわい話しているなか、

ルドルフは棒立ちするほかなかった。




没ネタ

ルドルフ「や!ルナもアスランと遊ぶの!」
シリウス「ええい幼児退行すんな!めんどくせぇ!」

テイオー「カイチョーがこわれちゃった」
アスラン「お労しや会長…」


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名門たる軸

岩手県洋野町(旧種市町)

 

彼方に太平洋が望める丘の上に、シンボリ家の別邸がそびえていた。

 

「ようこそお越しくださいました。シリウスお嬢様。」

「悪いな、大晦日に手間かけちまって。

こいつが例の後輩だ。」

「サクラアスラン様ですね。お話は伺っております。

私はこの別邸を管理しております執事でございます。」

 

執事と名乗る身なりの良い初老の男性が頭を下げるのと同時に後ろのメイドさん達もお辞儀する。

メイドといってもアキバとかにいるメイド喫茶の様なものではなく、

地味な色合いのメイド服を着たおばさま達…

『超品の良いハウスキーパーさん』と表現するのが適当か。

 

そして目の前にそびえるバロック様式のお屋敷…

 

…すみませんどこのテーマパークでしょうか???

 

「ちなみに本邸はこの倍はあるぞ?」

「カネモチコワイ」

 

 

 

執事とシリウスの先導で屋敷内を案内…の前に医療スタッフの元へ連れられ、改めて検査される。

沖野トレーナーとビデオ通話を繋ぎ、スタッフも交えて療養中のトレーニングメニューを組み立てた。

そしてやたら広い屋敷内を案内してもらったり、

怪我を心配した両親から連絡があり、シンボリ家にいると伝えるとひっくり返ったりと…

 

なんやかんやで一瞬で日が暮れた。

 

「どうだ?別邸は。」

「凄すぎて疲れました。

流石名門というかなんというか…」

 

俺のくたびれた返事を聞くとシリウスがハッと笑う。

 

「初日はこんなもんさ。じき慣れる。」

ちらりと時計に目を移したかと思うと「まだ夕食まで時間あるな」と呟く。

 

「アスラン。最後に案内したいとこがある。ついてくるか?」

 

 

 

 

 

 

『資料室』と書かれた重厚なドアのカギを開け、シリウスに続いて入る。

壁際のスイッチを押し、電気を付ける。

 

「…おぉ…」

思わず感嘆の声が出る。

 

そこにあったのはフランス・イギリス・イタリア・ドイツなど…

欧州各地を転戦し続けたシリウスの写真や現地の新聞。

 

『競技ウマ娘 シリウスシンボリ』の功績の数々が所狭しと並んでいた。

 

「このあたりは全部本邸にあったんだがな、皇帝サマが7冠なんぞ取るもんだから向こうじゃ収まり切らなくなったってもんだ。」

シリウスが苦笑いしながらトロフィーを手に取る。

 

数多くの写真や資料に圧倒されていると、1枚の写真が目に入る。

 

『Prix de l'Arc de Triomphe』

 

「…凱旋門賞…!?」

 

写真には暗い顔をするシリウスと、少し年老いたウマ娘が並んで写っており、隣の別の写真にはトロフィーを持ったウマ娘とシリウスが握手を交わす場面が写っていた。

 

…もしかしなくてもスピードシンボリとダンシングブレーヴかこれ???

 

「…ああ、凱旋門か。懐かしいな。」

釘付けになっていることに気付いたシリウスが額に入った写真を手に取る。

 

「日本ダービーをとってもいざ世界に出ればこの有様だ。

あたしが…いや、いかに日本が井の中の蛙かを思い知らされたもんだ。」

当時を思い出し、若干苦い顔を見せる。

 

そして写真を置き、こちらに顔を向け「アスラン」と問いかける。

 

「お前はさっき名門と言っていたな。

なにをもって名門と成すか分かるか?」

「…資産とか、伝統とかを色濃く残す家…ですか?」

「半分正解だ。それだけじゃ足りない。

 

あたし達シンボリやメジロなんかの『名門』にはある種のこだわり…

いわば『軸』がある。

 

例えば…そうだな。

それこそメジロ家なんかは、クラシックレースよりも天皇賞(盾の栄誉)に重きを置くといった具合だな。」

「…では、シンボリ家の軸というのは…」

「あたし達シンボリの軸は、『先駆者』たることだ。

 

現当主である()()()()()()()()()が先陣を切って世界に挑んだように、あらゆる面において一番槍を務める。

それがシンボリの名家たる誇りだ。

 

たとえ今現在において評価されずとも、その獣道を通るものが増えれば、やがて大きな街道となる。

街道となって初めて、獣道を切り拓いた先駆者が、象徴として称えられるということだ。

 

…まああたしはばあさまの作った獣道とも言えない何かを踏み固めただけに過ぎないがな。」

 

シリウスは俺の肩に後ろから手を置く。

 

「お前はシンボリの者ではない。何を目指すかはお前次第だ。

だが…もしあたしの話を聞いて何か感じたんなら、遠慮無く頼って欲しい。」

「シリウスさん…」

 

振り返りシリウスの顔を見る。

 

「そうなれば皇帝サマへの煽りの幅も広がるってもんだ。」

感動を返せこの野郎。

 

「失礼します。お二方。

ご夕食の準備が出来ました。」

そう言って執事が資料室にやってきた。

 

「先行っててくれ。片付けてから行く。」

「分かりましたシリウスさん。」

 

執事の後に続いて資料室を後にした。

 

 

 

 

 

…一人残されたシリウスはバーデン大賞典の写真を手に取る。

 

「…ルドルフも、後に続いて欲しかったんだがな」

 

広い資料室にシリウスのつぶやきだけが残った。




ちなみに夕飯はおよそ洋風の部屋には似つかわしくない南部せんべい汁と年越しそばでした。

アスラン「あれ急に庶民的」


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出過ぎた杭 三人称視点

1月2日 水沢レース場

 

新年最初に行われるクラシック戦である『金杯』

ダート1600mのマイルであり、来年度の岩手3冠を占う試金石のレースでもある。

また、岩手をはじめとした雪国では通年でのレース開催が難しく、この三が日が終わると3月までレースが無くなる。

 

クラシックレースに弾みを付けるには是が非でも結果を出す必要がある。

 

その重要なレースにて、

 

『―真ん中を割ってレスキューホープ!レスキューホープが馬群を突っ切って先頭に躍り出た!

レスキューホープそのままゴールイン!

 

盛岡が誇る『岩手のオグリキャップ』!

ここ水沢でも無類の強さを見せつけました!』

 

レスキューホープは2着以下に5馬身差という圧勝劇を繰り広げた。

 

ホープはそのままスタンドの一角に駆け寄る。

 

「トレーナーさん!勝ちました!」

「あ、ああ。お疲れ。」

 

ホープのトレーナーである保科トレーナーは若干引きつった笑みで労いの言葉を贈る。

 

―狂ってる―

 

保科トレーナーは正直な感想としてそう思った。

 

 

今回の水沢レース場は先日の降雪の影響で不良馬場である。

雨ではなく雪によって水分を含んだダートは田んぼ並にぬかるみ、氷の様に冷たい。

 

脚質が差しであり、しかも連勝しているホープを警戒し、包囲網が組まれていた。

 

結果、四方八方から蹴り上がった泥を被ったホープは全身泥まみれであり、目に入った泥を拭った跡が顔に残っている。

いくらなんでもここまでくればやる気を失うのが普通だ。

 

しかしこの芦毛のウマ娘は違った。

 

前のウマ娘が蹴り上げる泥を被り、一瞬笑ったかと思うと、先行する子にゼロ距離まで近づきプレッシャーを掛けたのだ。

 

包囲網を組み精神的に優位だった他のウマ娘の心境は一転。

このような状況下で笑い、間隔を詰めまくる様子に本能的な恐怖を感じ、

気付けばモーゼの様に道が開け、ホープはそこを豪快に突っ切った…

 

(…こん子に恐怖心はないのか…!?)

 

保科トレーナーは目の前で年相応の可愛らしい笑みを浮かべる教え子に戦慄すら感じた。

 

「…た、頼むから危ない真似はしないでくんろ…

怪我するだけでなく怪我させるようなことになったら目も当てられないべさ…」

「は、はあ」

「とりあえずその格好だとライブできないからシャワー浴びてもよってげ(身支度しなさい)。」

 

そう言われたホープはシャワー室へ向かう。

更衣室のドアに手を掛けると中から声が漏れてくる。

 

「―だから言ったしょ。レスキューホープに小細工は通用しないって」

「んだんだ。あんな狂った走りにつきあって怪我するくらいなら勝たせてあげるのがマシべさ」

「…あんたら盛岡勢の言う通りだわ…」

「あれは強いじゃない。怖い」

「よくあんなバケモンと走れるべな」

「多少汚れるのは覚悟してたけどあいつ(ホープ)のスパートで全員泥まみれでうんた(いやだ)。」

「もう()は走るの嫌だよ…」

「どうせライブのダンス覚えても意味な―」

 

ガチャリとホープが中に入る。

 

中にいた全員はホープを目視すると会話を辞めそそくさと出て行く。

 

「…とじぇんこだ…」

寂しいとも退屈ともとれる岩手弁が漏れる。

 

ふとテーブルの上を見ると誰かが忘れていったスポーツ新聞がおいてある。

全国紙のため金杯の記述は少なく、1面には中央のレースが載っている。

その中に『サクラアスラン 岩手にて療養か』という見出しもあった。

 

(…中央って、どうやったら走れるのかな…)

 

出過ぎた杭は打たれない。

待ち受けるのは、引っこ抜かれるか根元から折られるかの2択である。



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緋色の誓い

2月に入り、医者からの許可もあり岩手での休養が終わった。

 

東京へ帰る際「このご恩は必ず返します」と言ったら、シリウスが

「ハッ、じゃあレースの結果で返して貰わないとな」と余裕の笑みを浮かべ、

執事からも応援の言葉を頂いた。

 

翌日、お土産にと大量に頂いた南部せんべいを携えてスピカの部室に入る。

 

「あっ!おかえりアスラン!」

「おうアスラン。治療に関するデータはシンボリの先生から聞いてる。

徐々に身体を慣らして、クラシック戦線に挑むぞ!」

「おかえりなさいアスランさん!

あっ!それお煎餅ですか?頂いてもいいですか!?」

「ただいま帰還しましたー。

…チームへのお土産なんで全部食べないで下さいね…?」

 

いつも通りの日常が出迎える。

この空気感に心地よさすら感じるのは、ここが俺の居場所だということだろうか。

自然と顔がほころぶ。

 

「ねえねえトレーナー!アスランは今日は練習するの?」

「いや、帰ってすぐという訳にもいかんだろう。今日はひとまず」

「じゃあオフってこと?オフだよね!オフでいいよね!?」

 

若干食い気味のテイオーの圧にトレーナーは負け、なんやかんやでオフになった。

 

「シリウスがアスランを連れてっちゃったからボクずっと遊びたくてたまんなかったんだよ?

と、言うわけで今日はボクにつきあってもらうよ!良いよね!?」

 

(…こう言うのは『質問』ではなく『同意の確認』なんだよなぁ…)

腕をがっつりつかまれ、門限までという言質をとったテイオーはそのままズルズルと俺を引っ張っていった。

 

 

 

 

 

 

 

テイオーより「ボクの行きつけのお茶屋さんに連れて行ってあげるよ!」と言われ京王線で都心へ向かう。

 

(お茶屋さんってあれか?ゴン○ャとかか?学生時代タピオカ飲みにサークル仲間と行ったな~

まあテイオーぐらいの女子学生なら好きそうだもんね。)

 

…そう思っていた時期が私にもありました…

 

 

 

 

 

渋谷区 松濤

 

「こんにちはー!マスター。

あっ、この子ボクの後輩!良いお茶を淹れてあげてね!」

「これはトウカイテイオー様。いつもご贔屓にあずかりありがとうございます。

そちらは確か…サクラアスラン様でいらっしゃいますね?ご高名はかねがね。

本日はごゆるりとお過ごし下さい。」

 

超高級住宅街として知られる松濤の一角にあるアンティークなカフェ…というか紅茶専門店につれて来られた。

 

…そうだった!?テイオーの奴こう見えて旧家のお嬢様だったわ!?!?!?

 

 

 

「うーん良い香り。これは…シッキムかな?」

「流石でございます。」

「えへへ~ボク利き紅茶はマックイーンにも負けたこと無いんだよね。

ほらアスランも遠慮しないで。どうどう?」

「た…トテモオイシイデス」

 

味の感想で『高い』がでるところだった。

いくらすんだこれ。

シンボリの屋敷でもこんな良いのなかったぞ???

てか俺どちらかといえばコーヒー派…

 

「…でも良かった。アスランが元気そうでさ」

「え?」

 

テイオーがティーカップをカチャリとテーブルの上に置く。

 

「怪我したって聞いた時、ボクすごく心配したんだよ?

ボクのせいで無茶させたんじゃないかって、胸がギュッと苦しくなったんだ。

『無敗の3冠』の夢を引き継いでくれたのは嬉しいし、自慢の後輩だよ。

 

でも…それで無茶して、走れなくなったらって思うと…ね。

走れないことの悲しさや悔しさ、つらさは誰よりも分かっているつもりだから…」

「テイオーさん…」

 

テイオーが俺の目を見る。

 

「アスラン。これだけは約束して。

 

『無敗の3冠』はボク達の共通の夢だ。

でもそれ以上に、無茶はしないで。

 

この夢がキミの重荷となり、怪我につながるぐらいなら、捨ててもらってかまわない。

自分の身を犠牲にしてでも目指す栄誉なんてあってはならない。

 

これはキミに夢を引き継がせた、ボクが言わなければならない言葉だと思う。

 

…約束してくれる?」

 

静かな、そして確かな言葉で俺に問いかける。

 

スッと息を吸い、テイオーを正面から見据える。

 

「もちろんです。

『無事是名馬』…けい…レースを走る者にとって、何よりも重要だと考えます。

 

ホープフルではトリッキーな戦術にかかり無理をしてしまいましたが…

そのあたりも含めて、自分の今の弱点だと受け入れます。

 

そして練習を重ねて、無茶をしなくても3冠をとれるよう鍛えるのが、今の自分がやるべきことだと考えます。

 

まだまだ未熟ですが…どうかこれからもよろしくお願いします。」

 

そう言って頭を下げる。

テイオーは少し驚いた顔をしたあと、ふふんと得意げな笑顔を見せる。

 

「とーぜん!

キミはボクの自慢の弟子なんだからね!

『無敵のテイオー伝説第二弾』を一緒につくりあげていこうね!」

「はい!」

 

互いに拳を突き出しグータッチをする。

緋色の湖面に2人の笑顔が映えた。

 

 

「失礼します。テイオー様、アスラン様。

お口直しにミルクティーはいかがでしょうか?」

 

気を遣ってカウンターに下がっていたマスターがティーポットとミルクポットを持ってやってくる。

 

「わーいありがとう!」

「これはすみません。ありがとうございます。」

 

マスターにお礼を言い、俺は空のティーカップに紅茶を注ぎ、次いでミルクを注ぐ。

それを見たテイオーはぴたりと動きが止まる。

 

「…アスラン…どうやらキミとはジッッッックリお話する必要があるみたいだね…」

「え?」

 




*ミルクティーの作り方

・ミルクを先に入れる
→ミルクインファースト(伝統的な作り方)

・紅茶を先に入れる
→ミルクインアフター(近年の主流)


マックイーン「―と、このように2種類あるのです。ミルクインファーストはイギリスの王立化学協会が認めた正しい飲み方ですのでお間違いのないよう」
大辞林「『一杯の紅茶があらゆる問題への答えである』といったところかしら」
うごんこ「では早速ティータイムにするネ!」
魔術師「ブランデーがあるとなおいいね」
少佐「まったくですな。コーヒーなどという下品な泥水を飲むやつの気が知れん」

ウオッカ「ウワーッ!紅茶党勢揃い!?」


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共同通信杯 東京 芝 1800m 三人称視点

2月11日 東京レース場

 

『トキノミノル記念』の副題でも知られるG3共同通信杯。

ダービーと同じ府中を舞台としたこのレースは弥生賞、そして皐月賞を見据えたクラシックの登竜門でもあり、若き優駿たちが集う。

 

今日このレースを見に来た者達の目線は、単純な興味あるいは懐疑的・奇異の目でもって、ある1人のウマ娘に注がれていた。

 

 

『3枠3番6番人気 レスキューホープ [地]』

『地方シリーズである岩手盛岡からの参戦です。現在G1全日本ジュニア優駿を含めて6連勝中であり、決して油断できない相手でしょう。』

 

「地方から参戦とは…」

「オグリキャップを彷彿とさせるな」

「川崎のレース見たが確かに強い」

 

パドックにてホープが姿を現すと観客からそういった声が出る。

 

(…『岩手のオグリキャップ』ねぇ…)

そう思いながら藤井記者はカメラのシャッターを切る。

 

オグリキャップ(あいつ)を初めて見たのも似た時期やったか」と呟きながらファインダーをのぞく。

 

(『芦毛』で『地方出身』で、『そこそこ強い』という理由だけでオグリの名が付けられてるのなんだかなぁ…

まあ重賞を連覇してるみたいやし、初中央でG3選んどるぐらいやから弱くはないんやろうけど)

撮った写真を確認し、メモリーカードを入れ替える。

 

「…うぅ…や、やっぱり初めての中央でG3は調子乗りすぎただべか…」

 

後ろから独り言の様なつぶやきが聞こえたので振り向くと、中年の男性が青い顔をし、胃をキリキリさせながらホープを見ている。

 

「あんた…大丈夫かい?」

「え?あいや、大事ないべさ」

「…もしかしてレスキューホープの関係者で…?」

「え、ええ。そちらは…」

「これは失礼。記者の藤井と申します。

かなり緊張されてますが…今回出走に至った経緯をお聞きしても?」

「ああ…岩手は今の時期冬休みなんでレースがないんです。残って基礎トレに励むもんや他地方のレースに遠征する子などおります。

んでもってうちのホープにもどうしたいか聞いたら「中央のレースに出てみたい」と言うもんで…」

「なるほど…でもいきなりG3とはかなり攻めてるんと思いますが。」

「そ、それは聞かないでくんろ…弥生・皐月を目指すメンバーと競いあえばあん子の糧になると申し込んだときは思ったんだが…

い、今更になって緊張して

うっぷ、す、すんません、トイレ行ってくるべ!」

「え、あ、お大事に?」

 

ダッシュでトイレへ向かう保科トレーナーを見送り、藤井記者は改めてもう一度レスキューホープを見る。

 

「…お手並み拝見やな。」

 

 

 

 

 

 

『お待たせしました。本日のメインレース。

東京第11R 共同通信杯G3 出走時刻となりました。

弥生、そして皐月へと続くステップレースにて勝利を収めるのは果たして誰か!』

 

ファンファーレが鳴り終わり、ゲート入りが進む。

薄曇りの空からは雪が降り始め、かろうじで稍重の芝をさらにしめらせる。

 

『ゲートイン完了。スタートしました。』

 

レスキューホープは一気に飛び出さず、ゆったりとしたストライドで走り出す。

 

『先頭は7番リトルウィング、快調に飛ばしていきます。

2番手に10番スカイグラッド、1番カムハーンはすぐ後ろ。

中段グループは8番エミリアミュラー、4番グラ―ルベルト、2番ファーストレリクス。

注目の3番レスキューホープはやや後方からとなっております―』

 

 

 

 

―『偶然ではなく必然である』という言葉がある。

偶然が積み重なるとそれはもはや明白とした結果を生み出す。

 

1つ―雪国出身の彼女にとって、この雪交じりのターフは日常茶飯事であること。

 

1つ―府中の芝1800mのコース形態は、盛岡のダート1600mとほぼ同じ形態であること。

 

1つ―その盛岡には4.6mの坂があり、彼女からすれば府中の2.5mの坂などないに等しいということ。

 

そして―後方から一気に差し切るだけの鋭い末脚の持ち主であること。

 

 

すべての条件がそろったこのレースを、ある評論家はこう振り返る。

『レスキューホープのためのレースだった』と。

 

 

『―レスキューホープだ!レスキューホープだ!

これは圧勝ゴールイン!

 

大番狂わせが起りました東京レース場!

並み居る中央バを撫で切り、なんと地方所属のレスキューホープが!故郷に捧げる大金星をつかみました!』

 

スタンドはざわめきどころの話ではない。

感動と驚愕。そして興奮が場を支配した。

 

「…これは…これはホンモノや!」

藤井記者もその一人だった。

 

(下手すればオグリ並…いや、制度が改定された今なら大手を振ってクラシックレースに挑める!

オグリが成しえなかった夢を見られるかもしれん!)

 

「こうしちゃおれん!早速取材や!!!」

 

 

 

 

ウィナーズサークル

 

「中央初勝利おめでとうございます!」

「今の気持ちを!」

「中央へはいつ移籍予定でしょうか!」

「次走を教えて頂きたい!」

「強さの秘訣は!」

「岩手の皆様へメッセージは!」

 

既に記者達が押し寄せ大混乱となり、記者慣れしていないホープが目を回す。

 

「すんません!すんません!取材は勘弁してくんろ!

あとで書面にて解答しますんで今日のところは失礼するべさ!」

 

保科トレーナーが取材を強引に切り上げ、ホープを連れて控え室へと逃げ込む。

 

「あ、ありがとうございます。トレーナーさん。」

「お、おめ…とんでもないことになったべさ…」

「あのー…僕なにかやっちゃいましたか?」

 

どこぞのな○う系主人公みたいなことを言い出すホープに保科トレーナーが頭を抱える。

 

「やるもなにも…初中央・初G3で圧勝…

間違いなく中央から目を付けられたべさ。

こんな結果が出た以上中央への移籍を本格的に検討する必要があるべ。」

「え。い、移籍ですか…?」

「当たり前だ。むしろこんまま岩手に置いておいたら()が叩かれるべさ。

とにかく弥生賞までには腹くくってくんろ。

弥生でも好走となればホープに良い条件で移籍やスカウトの話が来るかもしれん。」

「移籍…」

「こうなった以上仕方ないべ。とにかく今から根回ししないと…

 

ちょっと中央の関係者と話してくるから先に宿舎で休んでてくんろ。」

 

そう言って保科トレーナーはあたあたと部屋から退出した。

 

一人部屋に残されたホープはただ閉まった扉を見つめる他無かった。

 

 



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ギャグ回はなんぼあってもいいですからね

3月初め

 

「お断りします。」

「そこを曲げて頼むアスラン…」

 

生徒会室で毅然とした態度で断るアスランとなぜか腰の低いルドルフがいた。

 

「なんでや!見損なったでお笑いおん!」

「だからそれやめれ!」

 

そしてアスランの横でプンスカするオーケーハーンと、ため息をつくエアグルーヴ。

 

ことの始まりは約数分前。

 

 

 

 

 

「失礼します。サクラアスランです。」

「やあアスラン。急に呼び立てて済まないね。ひとまずそこに座ってくれ。」

 

お昼休みに生徒会室から呼び出しがかかり、部屋に入る。

 

「おうお笑いおん。あんたも呼ばれたんか。」

「ハーン…頼むからその呼び方は勘弁してくれ…」

 

ソファには先に呼ばれたハーンがおり、エアグルーヴが「会長、そろいました」とルドルフに声をかける。

 

「2人とも急な呼びかけに応じてくれて感謝する。

実は折り入って頼みたいことがあってな。」

「なんでしょう?」

「オーケーハーンは転入組だから知らないと思うが…トレセン学園では毎年次年度に入学する子達向けに入学ガイダンスというものを3月(この時期)に行っている。

主に入学前の連絡事項の伝達や、寮の抽選、各教職員や施設の案内を行い、新入生の不安を払拭するのが目的だ。」

「ああ、前通ってた学校でも似たようなもんがあったな。トレセンでもやるんやな。」

「そしてそのガイダンスでは在校生によるレセプションが恒例行事となっている。

と言っても少人数での出し物がメインだがな。」

 

…ちなみに1年前(自分達の時)はマルゼンスキーによる

【ドキッ!今日から使えるナウ語講座!あなたもこれでバッチグー!】だった。

 

…俺は楽しかったで?(配慮した表現)

 

「それで…今回のレセプションをどうするかを話し合ったのだが…

今年はアスランとハーンの2人にお願いしようと考えたのだ。」

「それはまた…なぜです?」

「1つは君たちがクラシック期…つまり新入生からすれば一番年の近い先輩となるわけだ。

既にドリームトロフィーに進んだ先輩より親しみを持ってもらえるのではと思ったのだ。

幸い2人は皐月直行組ですぐ近くにレースを控えている訳では無いのも大きい。」

「なるほど…一理ありますね。」

「そして…君たちは既にお笑いの世界で武勇を轟かしたと聞いた。

是非!新入生のために2人で漫才を」

「お断りします。」

 

最初の場面に戻る。

 

 

 

 

「なんでやアスラン!それでもピン芸で観客を沸かせた豊中のお笑いおんか!」

「だからその辺は知らん言うてるやろ!?

わざわざ人前にでて恥をさらす神経が分からんわ!」

「なんやと!?」

「待ってくれ、待ってくれ2人とも。喧嘩はしないでくれ…」

 

ルドルフが頭を抱えながら仲裁に入る。

 

「アスラン…どうしても嫌か?」

「こればかりはいくらルドルフさんの頼みでも聞けません。」

「う、ううむ…」

「会長…いかがします?あまり時間もないですし、今から他の者に頼むのも…」

 

「…致し方ないここは私が一肌脱ごう。」

「会長…」

 

ルドルフは決意に満ちた目を見せ、エアグルーヴが息をのむ。

 

「【皇帝が肯定!今日から使えるシンボリルドルフのギャグ講座】を」

「喜んで漫才やらせていただきます」

 

ノータイムで引き受けた。

なおこの時エアグルーヴが心の底から安堵したことを記載しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後・カフェテリア

 

「…よし、ネタは大体出来上がったな。」

「せやな。

しっかし流石はお笑いおん!あっという間にネタを作り上げるとは!」

「…もうツッコむのだるいわ」

 

トレーナーに許可を取り、カフェテリアにてネタの打ち合わせを行う。

 

「時間も無いしとっとと練習しよう。

じゃ、最初のツッコミよろしく」

「いやちょいまち。ツッコミはあんたやろ?」

「いやいや。そっちがツッコミだろ?」

「いやウチ元々ボケやし…このネタツッコミが核なんやから作者のあんたがやるべきやろ」

「このネタツッコミの方が台詞多いんだからそっちがやれよ。

ほとんど俺がネタ作ったんだからそれぐらい役に立てよ」

「なんやその言い方!まるでウチがサボってたみたいな言い分やないか!?」

「事実だろう!?」

「ああん!?」

「ああ!?」

「…」

「…」

 

「「…じゃんけんぽん!!!」」

 

 

 

 

 

 

 

ガイダンス当日

 

たづな「それではここで、在校生によるレセプションを行います!

皆様ステージをご覧ください。

それではお願いします!」

 

(BGM Because We Can)

 

「「どもー!

ども!『ゲラゲラエガオ』です!よろしくお願いします-!」」

 

アスラン「あーありがとうございますーね!

今、使い捨ての鉛筆を頂きましたけれどもね!」

ハーン「こんなんなんぼあってもいいですからね」

「しまっときましょー」

「…ウチのオカンがね。好きなウマ娘がおるみたいなんやけど、その名前を忘れてもうたらしいねん」

「好きなウマ娘の名前を忘れた?

どーなってんねん!」

「色々聞くんやけどな、全然分からんのよ」

「ほならね、『オカンの好きなウマ娘の名前』?一緒に考えてあげるから。

どんな特徴なのか言ってみてよー」

「『芦毛』で『地方出身』で、『有馬記念も勝った』子らしいねん」

「ほー

『オグリキャップ』やないかい。

その特徴は完全にオグリキャップやがな」

「そうか?」

「すぐ分かったやん!」

「けど分からへんのよな」

「何が分からへんのよ」

「ウチもオグリ先輩やと思ったんやけどな?

オカンが言うには、『娘にしたいウマ娘ランキング1位』らしいねん」

「ほー

ほなオグリキャップと違うかー

確かにオグリ先輩は良いお方やけど、娘に欲しいとは思わへんのよな。

世のお母様方に学費と食費どっちが重たいか聞かれたら、十中八九食費と答えるようなお方やからな!

オグリキャップはね、娘は娘でも『義理の娘に欲しいウマ娘ランキング1位』なんよ!

オグリキャップってそういうお方やねんから。

ほなもうちょい何か言ってなかったかんー?」

「『クールと言うより、カワイイ系』らしいねん」

「オグリキャップやないかい。

その特徴は完全にオグリキャップなんよ、な!

見た目あんなクールビューティーなのに、中身ド天然なんやから!

パカプチ人気やねんけど、そのパカプチに嫉妬する様子は全人類見るべきや!

オグリキャップで決まりやがな!」

「分からへんのよ」

「なんで分からへんねん!」

「ウチもオグリ先輩やと思うねんけどな」

「そうやろ!?」

「オカンが言うには、『小食』らしいねん」

「ほなオグリキャップちゃうやないかい!

オグリキャップ!スペシャルウィーク!ライスシャワー!

この3人はトレセン学園の大食い三銃士と呼ばれて久しいんよ!

なんならここにメジロマックイーンとグラスワンダー(ドウデュースとディープボンド)も入れたろか!?

オグリキャップが食事制限ダイエットでもしようものなら、一体どれだけの生産者さんが路頭に迷うか想像もつかんわ!」

「そんなにか!?」

「そんなにや!

オグリキャップはね、今も昔も日本の経済を支えとるんよ!

オグリキャップちゃうがな!

ほなもーちょい何か言ってなかったかんー?」

「『ライバルに恵まれとる』らしいねん」

「オグリキャップや!

タマモクロス!スーパークリーク!イナリワン!ヤエノムテキ!メジロアルダン!ディクタストライカ(サッカーボーイ)!バンブーメモリー!フォークイン(ホーリックス)!メジロライアン!

パッと思いつくだけでこんなにおるねんぞ!?

伝説というのは1人では作られへん。

こすられ続けるライバルがいて初めて成立するんや!」

「あんたそれ元西○の松坂選手を振り返るVで必ずと言って良いほど豪快な三振の映像を使われて、あげく「使う前に一報よこして欲しい」ってぼやくはめになった元日○ムの片岡さんの台詞やないかい!」

「どっちも怪物なんだから似たようなもんやろ」

「ちゃうわ!」

「やっぱりオグリキャップやないか!」

「分からへんのよ」

「なにが分からへんのよ!」

「オカンが言うには、『地元嫌い』らしいねん」

「オグリキャップちゃうやないかい!

あんたただの一言でもオグリキャップが「カサマツ嫌い」なんて言ってるとこみたことあるか!?ないやろ!?

カサマツがオグリを愛してるように、オグリもまたカサマツを愛してるんよ。

この上オグリにまで愛想尽かされたら、いよいよもって終わりやねんからな笠松ぅ!」

「誰になにを言ってんねん!」

「オグリキャップちゃうがな!

他何か言ってなかったかんー!?」

「『ラストランのパドック、めちゃめちゃ気合い入ってた』らしいねん」

「ほなオグリキャップちゃうやないかい!

あのときはどちらかと言うと覇気がないように見受けられるのよ。

けれどもな、その後かの有名な「君はオグリキャップだろ?」の一言で、消えかけていた闘志にもう一度火が付くという少年漫画顔負けの展開が待ってるんよ!

オグリキャップちゃうがな!

他に!」

「そのラストラン、『誰の実況で見るかいつも迷う』らしいねん」

オグリキャップや!!!

毎度おなじみ『オグリ一着オグリ一着!』の終始掛かり気味フ○テレビの大川アナは鉄板やけどな!

対照的に冷静かつ公平な実況を心がけた『さあ頑張るぞオグリキャップ!』のラジオた○ぱ白川アナも外せへんし!

『最後のドラマを作りに行った!』と静かに興奮して最後は立って実況していたN○Kの藤井アナのも捨てがたいんよ!

ほんでどれも名実況やから、最後目頭が熱くなるんよ!

オグリキャップで決まりやがな!」

「分からへんねんて!」

「分からんことはない!

オカンの好きなウマ娘はオグリキャップや!」

「ウチもオグリキャップやと思ったんやけどな?

オカンが言うには、

オグリキャップ ではない らしいねん」

ほなオグリキャップちゃうやないかい!!!!!

オカンがオグリキャップでないと言ったらそれはオグリキャップではないのよ!先言えや!

『実況の解説』をサクラアスランでお送りしている間どんな気持ちで聞いとったんや!!」

「申し訳ないなって」

「ホンマに分からへんやないか!」

「…で、オトンが言うには」

「オトン!?」

ゴールドシップ(オマタセシマシタ)ちゃうかって」

「絶対ちゃうやろー

もうええわ」

「「どうもありがとうございましたー!」」

 

 

 




上のルビは実馬版ということで


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策士策におぼれる 三人称視点

3月4日 中山レース場

 

皐月賞の前哨戦として名高いG2弥生賞。

皐月賞と全く同じ条件でのレースであり、ミスターシービー・シンボリルドルフ・ディープインパクトなど、のちの3冠馬達もこの弥生賞からステップアップしていった。

 

 

(…よし。)

靴紐を結び直して気持ちを新たにし、1人のウマ娘が馬場に出る。

 

『最初に馬場に姿を現したのは6枠7番エイトガーランド!

グレードレースではいまだ勝ち星のない実力者が皐月賞を見据えて初制覇を目指します!』

 

チームカノープス所属のエイトガーランドは前走のG3きさらぎ賞では2着と好走しており、この弥生賞でも3番人気に推された。

 

(…アスランがいないのは好機だ。

この弥生賞で無冠の返上を…!)

 

静かに闘志を燃やしながら返しウマに入る。

数瞬たったのち、スタンドからワッと歓声が上がりエイトが振り返る。

 

『そして先日の共同通信杯にて劇的な勝利を収めた『岩手のオグリキャップ』こと4枠4番レスキューホープ!

地元の期待を一身に背負った地方ウマ娘がこの弥生賞でも駆け上がるか!』

 

共同通信杯にて圧勝劇を繰り広げたレスキューホープは地方所属ながら前走が評価され2番人気に推された。

ホープが馬場に出ると歓声はさらに大きくなる。

歓声に応える等の素振りは見せず、ただ黙って返しウマに入る。

 

「あっ!この前のサムライジャン!

おーい!!応援してるぞー!!」

「レッドさん…ちゃんと名前で呼んであげて下さいね…?」

 

エイトを応援しに来た南坂トレーナー達カノープスのメンバーも声を上げる。

南坂トレーナーはレスキューホープをじっと見つめ観察する。

 

(…川崎や前走に比べると少し走りに力がないように見受けられますが…緊張しているのでしょうか…?

何にせよ…勝てない相手ではありません。

頼みましたよ、エイトさん!)

 

 

 

 

 

 

『お待たせしました。中山レース場本日のメインレース。

中山第11R 弥生賞G2 出走の時刻となりました。

皐月賞と同じ条件下で行われる前哨戦。

桜芽吹く弥生から新緑の皐月へ駒を進めるのはいったいどのウマか。注目の一戦です!』

 

ファンファーレが鳴り終わり、ゲート入りが進む。

サッと風が木々を揺らす。

 

『枠入り完了!スタートしました!』

 

一斉に横一列にスタートを切る。

 

 

『先頭を進むのは9番アイスナンバー、10番リトルウィングも追走。

1番パームポートと4番レスキューホープ、7番エイトガーランドは後方から。

1コーナー過ぎて2番イーストランドは大外から。

縦に大きく間延びした展開となっております。』

 

ガーランドはホープのすぐ後ろにつく。

ホープの一挙手一投足をつぶさに観察する。

 

(『後ろにつけば色々なことが分かる』

後追いになる差し・追込み勢の利点だ。

 

どこを見て、なにを判断して、どのように力をいれているのか…

見極めさせてもらう…!)

 

向こう正面に入り下り坂となり加速する子やまだ脚をためる子など駆け引きが繰り広げられる。

 

 

『3コーナー入って各バの動きが激しくなる。

内を突くのは6番アラビカカフェ、先頭は依然アイスナンバー!

注目のレスキューホープはまだ動かない!エイトガーランドも動かないか!』

 

 

ここで南坂トレーナーが気付く。

 

「まずい…、先頭との差が開き過ぎている!

ガーランドさん!もう追い上げなさい!

間に合いませんよ!!!」

 

 

当のエイトも分かってはいるが…

 

(…追い上げるか…?

いや、彼女(ホープ)が仕掛けるのを待つか?

でももう追い上げないと…

しかしまだ何か奥の手を忍ばせてるかも…)

 

ホープを警戒するあまり、頭の整理が出来ていなかった。

 

『さあ中山の直線に入った!

アラビカカフェが先頭に躍り出た!アイスナンバー食らいつく!』

 

ここでようやくガーランドは我に返り、仕掛けないホープには脇目も振らず猛スピードで追い上げる。

 

『外からエイトガーランド!エイトガーランドが飛んでくる!

飛んでくるが届かない!

勝ったのはアラビカカフェ!

 

アラビカカフェがホープフルの雪辱を果たしました!

2着にアイスナンバー、3着に末脚が炸裂したエイトガーランド。

勝ち時計2:02.3。上がり3F34.6。

確定までお待ちください!』

 

ああッ…とため息が出る

一つはスタンドから、もう一つはガーランドから漏れ出る。

 

(結局彼女は仕掛けなかったか…

私まで巻き添えを、

いや、ホープさんを責めるのはお門違いか…)

 

ガーランドは歯がみしながらライブの控え室へ向かった。

 

 

「なんだ、あの地方の子大したことないじゃないか」

「この前は偶然だ偶然」

「やっぱ中央の壁って高いんだなぁ…」

 

観客からも落胆の声があちらこちらから聞こえる。

 

「なんだなんだ!川崎ではホントに強かったジャン!

今回こそ偶々ジャン!」

 

観客に腹を立てるレッドを南坂トレーナーはなだめすかせる。

 

「これがレースというものです。予想通り、展開通りにはいかないのがレースです。」

「でも…」

「また次に会うホープさんは敗戦を経て強くなっているはずです。

また次に期待しましょう。

さ、ガーランドさんを労いに行きますよ!」

 

 

 

 

 

 

 

他の子が引き上げて行く中、レスキューホープはコース端のラチに手を掛け、荒い息づかいを見せる。

 

「ホープ。ここにいては次のレースの邪魔になる。

ひとまず引き上げるべ。」

 

見かねた保科トレーナーが駆け寄り、肩を抱きかかえる。

 

「熱っ!?え、ちょ、ホープ?」

 

言い終わらないうちにホープはそのまま保科トレーナーにもたれかかる様に倒れ、気を失う。

 

「お、おい!ホープ!!!なじょしたんだべ!?!?

誰か!誰か来てくれ!!!」

 

狼狽する保科トレーナーと、一部始終を見ていた観客から悲鳴が上がる。

すぐさま職員と救護スタッフが駆けつけ、一時騒然となった。



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何も見えていなかった 三人称視点

閲覧注意


船橋市内のとある病院

 

救急外来の待合室にて保科トレーナーは両手を組み、祈る様な表情でただ時間が経つのを待つ。

 

処置室の引き戸が開き、白衣を着た医者が出てくる。

 

「!先生!ウチの子は…ホープは…!」

「落ち着いて下さい」

 

憔悴しきった保科トレーナーを医師はなだめる。

 

「点滴を打ち今は寝ています。かなり疲れていたのでしょう。

血液検査の結果を鑑みるに…少し重い感冒(かぜ)とみられます。」

「か、感冒…」

 

全身から力が抜け、ベンチに座り込む。

 

「今は季節の変わり目ですからね、寒暖の差で体調を崩されたのが一つと…」

ちらりと医師が保科トレーナーをにらむ。

 

「…環境の変化についていけずメンタル面から免疫力が低下していたと見受けられます。相当精神的な疲労が溜っていたのでしょう。」

「…!そ、それ、は」

「ひとまず体温が下がるまでは絶対安静が必要です。それから―」

 

保科トレーナーは医師の話をどこか遠い世界の話の様に聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「…保科さん…」

 

ホープがいる処置室前のベンチでうなだれている保科トレーナーに声がかかる。

 

「あんたは…先日の…」

「記者の藤井です。

…すみません。病院まで押しかけるのはどうかと思ったのですが…やはり気になってしまって…」

 

そう言いながら藤井記者は保科トレーナーに缶コーヒーを手渡す。

保科トレーナーは缶を開け、一気に飲み干す。

ブラックの苦みがのどにしみこむ。

 

「…感冒、だそうです。

ひとえに熱があるのに出走させた()の責任です…」

「そうでしたか…」

 

コーヒー代の120円を藤井記者にわたす。

 

「…人間でさえ。いや、大の大人でさえ転居や転職で環境が変わればメンタルを崩す人もおるべな…」

 

ぽつりとそんな言葉が出る。

 

「…こん子は…良くも悪くも『一人で勝手に成長する』子です…

 

こっちが指示を出さずとも、自分で考え、行動し、次に繋げる…

いわば『天才』だべさ…

 

鋭い末脚と、囲まれてもひるまないメンタルの強さに恐怖すら感じるほどに…

 

地方重賞を連覇し、中央でも勝ったところで確信しました。

『ホープに地方(岩手)は狭すぎる』と…

 

そして()の役目は、こん子を少しでも良い条件で中央に移籍させることだと悟りました。

中央の関係者とむっためがして(一生懸命)交渉し、送り出すのがトレーナーとして最後の仕事だと…」

 

保科トレーナーが歯ぎしりをしてうつむく。

 

「だけんじょ…だけんじょその結果が…っ!

教え子のSOSにすら気付けないとは…っ

ホープが中央に、環境の変化に慣れず無理をさせてしまっていた…

 

何が最後の仕事か、

何も見えていなかった!

 

()は…()はトレーナー失格です…っ!」

 

「保科さん落ち着いて、血が…」

 

そう言われハッとなった保科トレーナーは自分の手を見る。

 

空になったスチール缶は両手の力で裂けており、裂けたところが手に刺さり血が出ていた。

ポケットティッシュで傷を抑える。

 

「これから、どうされるので?」

藤井記者は静かに問う。

 

「…岩手に戻ります。

今はホープの心身を休ませねば…」

「…わかりました。どうかご自分をあまり責められませぬよう…」

 

藤井記者はそう保科トレーナーを気遣い、一礼して辞去した。

 

 

 

 

 

藤井記者は病院から出て、再度病棟を見上げる。

 

(…あのときレスキューホープに、オグリキャップの幻影を求めたものは少なくない。

自分含めて…

 

13歳の子どもに、重すぎる期待を周囲の人間が押しつけてしまったのだろうか…)

 

既に日は暮れ、冷たい風が吹き付けた。



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サイアーライン

4月13日

 

皐月賞まであと1週間。

学園での練習にも力が入り、沖野トレーナーはストップウォッチを止める。

 

「た、タイムは」

「2:03.1だ。」

「…中々この3秒は大きいですね…」

「まああのホープフルでの2分台は状況が特殊だからな、そこまで意識することはないが…

ただ先日の弥生賞は2分2秒代だったからな。あと1秒は縮めたい。」

「わかりました…もう1本いきます!」

「いやその前に休憩だ。アイシングもしっかりな。」

 

トレーナーから冷却剤を渡される。

 

「焦らずとも力は付いてきている。あと少しだ。」

 

そう落ち着いた笑みを見せ、資料を取りに部室へ向かって行った。

 

(ううむ…)

腑に落ちない顔をしながらコース脇のベンチに座る。

 

「あっ!アスランお疲れー!はいドリンク!」

「ありがとうございますテイオーさん。」

 

スマホでさっきの走りを録画していたテイオーがドリンク片手に声をかける。

スポドリを飲みながら一緒に映像を見て振り返る。

 

「うーん、やっぱりコーナーでの足の抜き方がまだぎこちないかな。

スピードが出ている分スムーズに足を運ばないと…

あ、ほら、遠心力で少し外に出てる」

「確かに…」

 

さすがは皐月賞馬でもあるテイオーだ。

パッと見ただけで問題点を洗い出して明確にしてくれる。

 

「アスラン、この動画どうする?もう一回見る?」

「あー、練習後に振り返りたいので自分のスマホに送って下さい。」

 

そう言ってベンチ横のバックからスマホを取り出すと

 

「…うん?メッセージが来てる」

 

メッセージが届いていたのでロックを解除してアプリを開く。

 

「…そっか、今日だったか…」

「ん?どうしたの?」

「ああ、親からバースデーメッセージが届いていたんです。

…うれしいことです。」

「え!?アスラン…今日誕生日なの!?」

「ええ、まあ自分もすっかり忘れてましたが…」

「なんで言ってくれないのさー!そうだと知ってたらプレゼント用意したのに!」

「いやまあ…今の今まで忘れてましたし…」

「ワケワカンナイヨー!」

 

いやだって…ねえ?

前世はともかく今世は転生だもの。

しかも去年は絶賛スピカに拉致られ中でそれどころじゃなかったし。

 

すると後ろから「その話…本当か…?」と声がしたので振り向く。

 

「アスラン…今日が誕生日なのか…?どうして言ってくれなかったんだ…

私はそんなに信用がないのか…」

「い、いやルドルフさん、単に忘れていただけでその、

い、今にも泣きそうな顔しないでくださいよ、悪かったですから!」

 

2人揃って耳を前に垂らして悲しい顔されたらこっちが悪者みたいじゃないか!?

 

「ねえカイチョー、何かアスランにプレゼントしたいんだけど…何か良いアイディアないー?」

「ううむ急だからな、どうしたものか…」

 

そして2人揃ってうんうん考え始める。

ふとルドルフがあることをひらめく。

 

「テイオー。良い案を思いついたぞ。

我々2人にしか出来ないプレゼントがな。」

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

…30分後

 

「待たせたねアスラン。」

「よーし、アスランにもカイチョーにも負けないもんニ!」

 

練習コースの上には体操服に着替えたルドルフとテイオーの姿があった…

 

「君は来週皐月賞に出走する身…そして私とテイオーは皐月賞バだ。

とすれば、先輩として皐月の走りを君に走りながら見せるのがこの上ない贈り物だと考えてな。」

「大丈夫だよアスラン。ボクもカイチョーも当時のタイムで走るようにするからさ!」

 

つまるところプレゼントとは、

『皇帝と帝王による模擬レース』というわけだ。

どうしてこうなった。

 

「では早速行おう。

シリウス。スターターを頼む。」

「…来るんじゃなかった…」

 

ちなみにスターター兼タイム計測はルドルフ同様俺の様子を見に来たシリウスが巻き込まれた。

心底面倒な顔をしながら旗を持つ。

 

「用意…はじめ!」

 

合図と共にサクラアスラン・トウカイテイオー・シンボリルドルフが駆け出す。

同時にシリウスはストップウォッチをスタートさせる。

 

 

「ふぅん…」

3人の走りを見ながら声が漏れる。

 

(ルドルフのやつあえてアスランの前に行ったな。

自分の走りをアスランの目に焼き付けさせるのが狙いか…

…まったく、皇帝サマらしい。)

 

2コーナーを過ぎて向こう正面に入り、テイオー・ルドルフ・アスランの順でレースは進む。

 

(…確かに速いが追いつけないってわけではない…

ラップも12秒ぐらいか…?)

 

走りながらそんなことを思う。

自分の前を行く2人の優駿を見る。

 

(体重移動の仕方、姿勢、足の運び。

その全てが参考になる。

ルドルフに至っては教科書の様な走りだ。

滅多にない機会、十二分に学ばせてもらう…!)

 

そして4コーナーに入り直線に向かう。

ルドルフの走りをできる限りトレースしながらカーブを曲がる。

 

(…!この感じか…!

さっきよりも楽に曲がれている!

 

あとは…

お2人に感謝をこめて、

胸を借りるのみ!)

 

直線に入り、タイミングを合わせてギアを変える。

先頭のテイオーとは3馬身ほど、

追いついてみせ

 

(…フッ)

 

一瞬、ルドルフがこちらを見て少し笑った。

その途端、ルドルフからオーラのような何かが見えた気がした。

 

(…!カイチョーの空気が変わった!凄い勢いで追いついてくる!

 

…負けない。

模擬レースでも、

カイチョーには負けない!)

 

ルドルフの気配を感じ取ったテイオーもギアを上げる。

 

「負けるもんかぁぁぁぁ!!!」

「見事だテイオー!

だが、私も負けん!!!」

 

そして、わずかにルドルフが差しきり、ゴール板(代わりのシリウスの)前を駆け抜けた。

 

 

「良い走りだったぞテイオー。

君の成長を肌で感じる事が出来嬉しい限りだ。」

「やっぱカイチョーは速いなぁ…

よーし、もう一回勝負だ!」

「相碁井目。いいだろう、受けて立つ!」

 

「そこまでだ。いい加減にしろバカ共」

 

アツく盛り上がっていた2人にシリウスがデコピンをかます。

 

「なにが『当時のタイムで走る』だ。残り1ハロンなんて本気(ガチ)だったじゃねぇか。

そんなもんにつきあわされるアスランの身にもなれ。」

 

シリウスが親指でクイッと指さす。

指した先には両手両足を地面に着いて息も絶え絶えなアスランの姿が…

 

「!す、すまないアスラン!

少し熱くなりすぎた!」

「アスラン大丈夫!?怪我してない!?」

「だ、大丈夫、です」

 

深呼吸して呼吸を整える。

「さ、さすがにお2人に付いていくのは大変でした…」

「…あれに付いていけるだけでも大したもんだ。」

 

そう言いながらシリウスがストップウォッチを見せる。

 

「お望みの結果かな?」

 

タイムを凝視する。

 

「…はい!

先輩方ありがとうございました!勉強になりました!」

 

頭を下げ感謝を伝える。

 

「誕生日で思い出しましたが…テイオーさんは来週が誕生日ですよね。」

「う、うん」

「テイオーさんへのプレゼントは…

今日の模擬レースの成果、でどうでしょう。」

少しにやりと笑う。

 

「へえ、中々粋なプレゼントだな。」

「大胆不敵。さすがはアスランだ。」

シンボリコンビが腕組みをして満足そうな顔をする。

 

「…分かった!今年の誕生日は過去最高の誕生日になりそうだよ!

皐月賞一緒に頑張ろうね!」

「はいっ!!」

 

師弟は満面の笑みを交わす。

 

さあ、クラシックの開幕だ!!!




的中はしたが…

大事なければいいが。


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思い出はいらない

4月20日 中山レース場

G1皐月賞当日。

 

クラシック3戦の初戦である皐月賞。

最も『速い』者が勝つ、王道の中距離戦だ。

 

ようやく慣れた勝負服を着込み、パドックへ進む。

 

『8枠18番2番人気 サクラアスラン』

『休養明け初戦がこの皐月賞となります。通い慣れたこの中山2000mで1冠目を獲得することができるか、注目です。』

 

ジャージを脱ぎ捨て、右手を肩の辺りまで水平に上げ、片マントをなびかせる。

 

「アスランー!」

「若獅子!」

「1冠目頼むでー!」

 

ホープフルステークスでの激闘やジュニア期の最優秀選手に選出されたことも相まって、多くの観客が声援を送ってくれる。

ありがたいことだ。

 

(…3冠を目指すのはテイオーの夢のため、自分のロマンのためでもあるが…)

 

パドックから去る際に拳を空へ突き上げる。

一際大きい歓声が上がる。

 

(…俺に夢を見ているファンの為にも、必ず!)

 

決意を新たにし、地下馬道へ向かう。

 

今回自分は8枠18番のため、パドックも最後であり、待つこと無く通路を進む。

 

「おう、ようやく来よったか、お笑いおん。」

 

出口付近に芦毛のウマ娘が立っていた。

 

「…ハーン。今日勝ったらその呼び名禁止、でどう?」

「いーや、これはウチとあんたのアイデンティティみたいなもんや。」

「…さいですか」

 

4枠8番1番人気。

朝日杯を制覇した『草原の王』

オーケーハーンが声をかける。

 

ハーンの勝負服は、モンゴル帝国や中華王朝の武官が身につけていたとされる綿襖甲をモデルとしており、赤と黄色を基調とした華やかな衣装に身を包んでいる。

 

「それ重くないの?」

「あほう、マジもんの鎧使うかいなw」

「それもそうかw」

 

お互いに軽口を言い合う。

 

「ハーンとは東スポ杯以来か、朝日杯王者にも勝ってみせる!」

「あ、ああ、そうやな…」

「…ハーン?」

 

…どうもハーンの調子がおかしい。

空元気というか、顔が曇っていると言うか。

そもそもここで俺を待っていたのも少し気になる。

 

「…何かあったか?」

「…やっぱあんたには、伝えとこう思ってな…」

 

ハーンは真剣な顔つきでこちらを見る。

 

「…アスラン、あんたとウチが戦うのは…これで最後や。」

「…えっ…?」

 

ハーンの口から思ってもいなかった言葉が出る。

 

「…朝日杯からこの皐月を目標に調整してたんやけどな、調整中に分かったんや。

ウチは…ウチの足は、中距離向きじゃないって。」

「…それは」

「何度練習しても2000m走る前に息が途切れてまうからな、この3ヶ月トレーナーと練習しつつ脚質を調べてもらったんや。

そしたら…ウチはどうやら1800mが限界のマイラー。

いや、それどころか、脚質的には短距離(スプリンター)向きなんだそうや。」

 

ハーンが拳をギュッと握る。

 

「…アホみたいな話や。あんたを追っかけて中央に来たのに、笑いの次はレースでしのぎを削りあえると思ったのに…

 

中長距離へ、ダービーへ行けないなんて…

あんたと戦える土俵が違うだなんて…

 

三女神様は意地悪や…

 

この2000mは正直ぎりぎりや。

トレーナーからは回避も提案された。

 

せやけど…この皐月を逃したら、

ダービー・菊花を目指すあんたと同じレースで戦えない。

 

この皐月賞が!あんたと戦える最後の機会なんや!」

 

 

いつもの勝ち気で陽気な関西弁が似合うハーンの姿は無く、

ただ、涙目でこちらを見る気弱な少女がいた。

 

『ライバルと同じフィールドで戦えない。』

その悔しさや心境は、痛いほど伝わってくる。

この一戦に色々な思いを持ってきたのだろう。

 

 

「…分かった。ハーンの思いはよく分かった。」

そうであるならまとめて受け止めるしかできない。

 

ただし、

 

「その代わりハーン。一つ約束してほしい。」

「…なんや」

 

彼女は一つ大きな間違いを犯している。

 

 

…本気で勝ちに来てくれ。

思った以上のドスの利いた低い声が出る。

ハーンがビクッと身体を震わせる。

 

「今の話を聞いていると…ハーンはこの皐月賞に『アスランと戦った思い出』を作りに来たように聞こえたのだけど…違うかい?」

「そ、れは」

「思い出が欲しいのなら学園で模擬レースでもやって作ってあげるよ。

でも…ここは中山、皐月賞だ。

ダメ元ではなく、勝ちたいからここに来た…

そうでしょ?

 

()()()()()()であるのなら!」

 

ハーンの目をじっと見つめる。

 

ハーンは唇を震わせ、涙を拭ったかと思うと、

自分で自分の頬を思いっきりひっぱたいた。

 

「…当然や!

ウチはあんたに、サクラアスランに勝つためにここに来た!

 

無敗の3冠がなんや!

1冠目から阻止したるからな!

 

覚悟しとき!!!」

 

決意のこもった目を見せる。

もうそこには気弱な少女はいなかった。

 

「…そうこなくっちゃ。」

 

フッと笑い、2人揃ってターフへ駆け出す。

 

…さあ

 

皐月賞の時間だ!



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皐月賞 中山 芝 2000m 前編

1枠 1番 3番人気 アラビカカフェ
1枠 2番 7番人気 リトルウィング
2枠 3番 6番人気 エイトガーランド
2枠 4番 12番人気 リバティプラム
3枠 5番 13番人気 スコッチシスル
3枠 6番 8番人気 カモミールバル
4枠 7番 9番人気 パームポート
4枠 8番 1番人気 オーケーハーン
5枠 9番 14番人気 キクイチモンジ
5枠 10番 10番人気 ナミノネイビー
6枠 11番 11番人気 リブラソニック
6枠 12番 15番人気 シルバーライス
7枠 13番 18番人気 ブシンレンザン
7枠 14番 4番人気 アイスナンバー
7枠 15番 17番人気 ストライプロック
8枠 16番 5番人気 イーストランド
8枠 17番 16番人気 リールグレイド
8枠 18番 2番人気 サクラアスラン


アスランとハーンが同時に返し馬に入ると歓声がとどろく。

スタンドを埋め尽くす観客の熱気が押し寄せる。

 

最前列にいるテイオー達スピカメンバーや、上階の指定席にいるルドルフと目が合う。

 

(…これが…G1の、クラシックレースの景色…!)

G1はいわばお祭りだ。

そして自分はこのお祭りを盛り上げる演者だ。

 

このお祭りを盛り上げたい。

そう改めて思った。

 

 

ゲート入りを待機していると一瞬歓声が止み、ざわめきに変わる。

どうやら煽りVが始まった様だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日 私はそこにいた。

 

『外からテイエム!外からテイエムーッ!』

 

あのとき 私はそこにいた。

 

『ナリタタイシンが突き抜けた!ナリタタイシン差し切ってゴールイン!』

 

そして今 私たちはここにいる。

 

さあ 次の伝説は、何だ。

 

G1 皐月賞 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『新緑香る中山の地に若き優駿が勢揃いしました。

中山第11R 皐月賞G1 間もなく出走の時刻となります。

 

人気バを紹介しましょう。

3番人気は先日の弥生賞を制した1番アラビカカフェ。

2番人気は休養から返ってきた『若獅子』18番サクラアスラン。

そして1番人気は朝日杯王者の『草原の王』8番オーケーハーン。

 

ジュニア期を牽引した実力者が中山にて激突!

サクラアスランの勝ち越しか、オーケーハーンのリベンジか!

はたまた他バが待ったを掛けるのか!

 

クラシックレースの1冠目となる伝統ある一戦。

最も『速い』者は誰か。2分間のドラマが始まります!』

 

ファンファーレが鳴り終わり、ゲート入りが進む。

大外枠のため芝生コーナーの観客が目に入る。

 

『係員が離れ…体勢完了!

スタートしました!』

 

積極的に前には行かず後方につく。

焦ったところで大外だ、体力は温存したい。

それに…

 

『先頭勢いよく飛び出したのは2番リトルウィング。11番リブラソニックがそれに追走。

先行早くも混戦状態、6番カモミールバルが少し抜けたか。

そして18番サクラアスランはなんと後方、8番オーケーハーンはその後ろと人気バが軒並み後ろからのレースとなりました。

ホームストレッチスタンド前を通過、大きな歓声が上がります!』

 

歓声に混じって困惑の声も聞こえる。

先行する子達もしきりに後方をちらちらと確認する。

 

「…逃げ・先行勢が混乱しているな。」

「てことは作戦成功ってわけね!」

 

ウオッカとスカーレットが声を上げ、テイオーがふふんと胸を張る。

 

「そりゃボクのアスランだもの!これぐらいは出来てとーぜん!」

「いいぞアスラン!ペースを見失うな!」

 

沖野トレーナーも声を出して鼓舞する。

 

 

 

 

 

年末 部室

 

「秘策?」

「怪我した後で言うのもなんだが。

アスラン、脚質を『差し』に持って行こうと思うんだ。」

 

沖野トレーナーから出てきたのは脚質変更の提案だった。

 

「今回のホープフルステークスにてお前の最大の弱点が分かった。

一人旅(逃げ)ができないってことだ。

 

今までのレースでは逃げがいたからペースメーカーにして早めに仕掛ける『先行』が出来ていたが…

今回の様に逃げがいない、あるいは自分が逃げにさせられる展開では、比較対象がいないからペースが乱れる。

 

今回の件で弱点が露わになった以上、対策してくるところも出てくるだろう。

その前にこっちから手を打つ!」

 

「なるほどなあ…」

ウオッカがうなずきスカーレットが首を傾げる。

「?つまりどう言うことよ?」

「スカーレットお前トレーナーの話聞いてたのかよ。

脚質を差しにすれば、逃げ勢がいなくても先行勢をペースメーカーにすればいいだけの話だし、

アスランを先に行かせて混乱させる戦術も、こっちから差しにしちまえば出来なくなるし、むしろ()()狙いの逃げ・先行勢を混乱させられるってわけだ。

これで合ってるよな、トレーナー。」

「ああ、分かってるじゃないかウオッカ。」

「へっへーん。頭1番なスカーレットには分かるまい!」

「なんですって!?」

 

いがみ合う毎度お馴染みウオスカコンビを尻目にトレーナーが説明を続ける。

 

「ただし、アスランの場合足のリスクがある。だからこそ時間を掛けて走法の切り替えを確実にし、()()()走りにならないようにする必要がある。」

「…3つのMというやつですね。」

 

3つのMとは

『ムリ・ムダ・ムラ』の頭文字からとられた言葉である。

このMが起こると怪我や事故の確率が大幅に高くなるというものだ。

学生時代のアルバイトや職場で口酸っぱく言われたもんだ。

 

言い換えれば、この3つのMを潰せば怪我のリスクを抑えられるということでもある。

 

ムリに力まず、ムダな動きをせず、ムラのない洗練させた走りをする。

これが今後の目標だろう。

 

「…どうだ。やれそうか?」

トレーナーがジッと目を見て聞く。

 

「はい!ご指導よろしくお願いいたします。」

「よし!じゃあ決定だ!

というわけだ。療養中は仕方ないが、その後はレースがないからといって―」

 

 

 

 

 

秘策とは『先行から差し』への脚質変更だ。

どうやらかなり上手くいったようだ。

 

先行する子達のペースは乱れ、団子状態のまま4コーナーに差し掛かる。

横に広がっているわけでもないため易々と外に出て、開けた直線が見える。

 

(…よし、今!)

 

そう足に力を入れ、走法を切り替えた瞬間、

不思議な感覚に陥った。

 

(…?)

 

あれだけ騒がしかった歓声が消え、風切り音も消え、

自分の呼吸と、大地を蹴る音だけが響く。

 

(これは…まさか…!?)

 

 

 

「と、トレーナー、アスランが、あ、あれって」

「…逸材だと思っていたがまさかこれほどとは…!」

テイオーが驚きの声を上げ、沖野トレーナーは息を呑む。

 

そしてルドルフもまた、すっ飛ぶ勢いで立ち上がり、アスランを見る。

(そうか…やはり君は、英俊豪傑たる後輩だ。)

そして感慨深そうに呟く。

 

「歓迎しようアスラン、()()()()へ。」

 

 

 

(これは…この感覚は間違いない!

シングレにおいて『領域(ゾーン)』と称されたもの、

 

 

『固有スキル』か!)

 

 




スキルはいるかどうか迷いましたが…
スキル演出がないとウマ娘やないと思い


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皐月賞 中山 芝 2000m 後編

気付けば俺は荒野の真ん中にいる。

なぜ、と思う間も無く煌びやかな装飾に身を包んだ軍楽隊が行進する。

 

トルコが誇る『メフテルハーネ』のけたたましい勇猛な音楽が心に火を付ける。

 

かつて、このメフテルの笛の音色は『文明の十字路』たるオスマン帝国の権威と武威の象徴であり、

敵国や征服地にとっては恐怖そのものだった。

 

『鬼より恐ろしいオスマンが来た』と。

 

そして目の前には重厚な鎧を身につけたウマ娘の騎士たち。

所謂『重装騎兵(カタフラクト)』が隊列を組み、一斉に剣を引き抜く。

 

そして俺もまた、

帯刀していたサーベルを、ゆっくりと引き抜く。

 

前方を邪魔するものは、なにもない。

 

 

「―偉大なる先達よ

 

誉れ高き英霊達よ

 

願わくば

 

 

 

 

我らを導き給え!!!

 

剣を振り下ろし、号令を下す。

 

2つの海と大地を征服した三日月の軍団が、喊声と共にターフを揺らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

息がつらい。

 

ウチなんかじゃもう手も足も出ない。

 

…視界を遮んなや!

泣いてる場合やない!

 

見届けるんや!

 

アスランの駆ける姿を!

 

確実に歴史に名を残すであろう

 

ウチの『ライバル』の勇姿を!

 

 

 

『サクラアスラン先頭!若獅子に翼が生えた!

 

中山の桜は二度咲き誇る!

 

 

サクラアスランゴールイン!!!

 

 

ルドルフが、テイオーが成し遂げたあの無敗の皐月賞制覇!

サクラアスランもその軌跡を辿ってみせました!』

 

地鳴りのような歓声が上がる。

 

感動・興奮・戦慄・熱狂。

様々な感情がこの祭りのフィナーレを飾った。

 

『そして勝ち時計は…

1:58.0!レコードタイムにコンマ差まで迫る好走!

そして今』

 

右手を高々と掲げた。

 

『天に向かって人差し指を掲げた!

 

サクラアスランまず1冠!』

 

スタンドのスピカメンバーも一緒に人差し指を掲げる。

 

「アスランありがとう!さいっこーの誕生日プレゼントだよ!」

 

テイオーの無邪気な歓喜の声が響いた。

 

 

 

 

 

ライブの控室へ向かう途中、腕組みをして待つウマ娘がいた。

 

「…おめでとさん、アスラン。」

「ハーン…」

 

俺とハーンの勝負服は芝や泥が飛び散り妙なアクセントとなっていた。

 

「あんときウチに発破をかけてくれたことの礼を言いたくてな。

もし中途半端に戦っていたら…今頃完全に心が折れていたと思うわ。」

 

ハーンが苦笑いしながら肩を叩く。

 

「あんたと最後に戦えたことを誇りに思う。

あんたは間違いなく歴史に名を残す存在になる。」

「そこまで評価してもらえるのは…嬉しいな。」

 

こっちも肩を少し叩く。

 

「中・長距離路線はアスランに譲ったるわ。

ウチはマイルと短距離を極める!」

 

拳を突き出してきたのでこっちも拳を突き出す。

 

「言われずとも。必ず3冠を、ダービーを獲ってみせる!」

「それでこそお笑いおんや!

なんならダービーの前にNHKカップでもう一戦洒落込むか!?」

「…結局未練たらたらやないかい!」

 

『若獅子』が『草原の王』にツッコむ。

 

騎馬民族(トルコとモンゴル)の長をモチーフとした両雄は、

そのまま軽口を叩き続けた。

 

 




目標達成!

皐月賞にて1着

次の目標

日本ダービーにて2着以内



サクラアスラン 固有スキル
『Ceddin Deden』
一度も掛かること無く最終直線に差し掛かり、好位置にいる場合、
先陣にて号令すべく速度が上がる。


(アスランの口上は名前の元ネタでもある『アルスラーン戦記』の『全軍突撃(ヤシャスィーン)』を参考に)


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【クラシック】皐月賞を観戦するスレ【開幕!】

1:名無しのレースファン

このスレは皐月賞を観戦するスレでござい

 

2:名無しのレースファン

さあ祭りだ祭りだ!

 

3:名無しのレースファン

有給使ってやって来もした

 

4:名無しのレースファン

すでに地下通路すげぇ人やな

 

5:名無しのレースファン

>>4そら今年は注目のG1バが2人もおるからな

 

6:名無しのレースファン

オーケーハーンVSサクラアスラン!(ラウンド2)

 

7:名無しのレースファン

東スポ杯以来の対決か

 

8:名無しのレースファン

『草原の王』対『若獅子』

一晩中予想してたわ

 

9:名無しのレースファン

>>8分かる

現状アスランが勝ち越してるけど大外枠。

弥生上位組も侮れん

 

10:名無しのレースファン

しかもグレードレース勝利バが複数いるから荒れるぞこれ

 

11:名無しのレースファン

はえー熱気が凄いなぁ

初心者だから話半分も分からん

 

12:名無しのレースファン

>>11うん?初心者?

 

13:名無しのレースファン

>>12せやねん、

今までレース興味なかったけど年末のホープフルステークスで初めて見て、

その、心奪われまして

一念発起して初めてレース場に来た次第で

 

14:名無しのレースファン

>>13初心者だ!囲め!

 

15:名無しのレースファン

>>13確実に沼に引き摺り込むんだ!

 

16:名無しのレースファン

>>13ようこそ、アウターヘブンへ

 

17:名無しのレースファン

>>13ヒャッハー!新鮮なご新規様じゃー!

 

18:名無しのレースファン

>>13一名様ご案内!どうぞ!

 

19:名無しのレースファン

>>18はい喜んでー!

 

20:名無しのレースファン

>>19居酒屋かwww

 

21:名無しのレースファン

>>12初心者、ニキ?かな?

出来ればコテハンよろしく

 

22:イェニチェリ

>>21ではこれで

…どうそお手柔らかに…

 

23:名無しのレースファン

>>22大丈夫大丈夫!

レース終わる頃にはドッッッッップリハマってるから♪

 

24:名無しのレースファン

>>23怖がらせるんじゃないw

 

と、言いたいがその通りなのが困る

 

25:名無しのレースファン

>>22これさっきの初心者ニキ?

この名前なんかネタあったりする?

 

26:イェニチェリ

>>25いや、サクラアスランのファンってなったらこの名前が適当かなと

 

27:名無しのレースファン

>>26???

だ、誰か解説を…

 

28:名無しのレースファン

>>27『イェニチェリ』ってのはオスマン帝国の兵種の一つやな。

主にバルカン半島出身のヨーロッパ系で編成され、最盛期のオスマン軍の中核を担った超エリート軍団のことだ。

 

29:名無しのレースファン

>>28はえーサンクス

世界史全然だから助かったわ

 

30:イェニチェリ2号

『アスランファンだからイェニチェリ』か

いいなそれ、わいも使おう

 

31:イェニチェリ3号

わいも

 

32:イェニチェリ4号

わいも

 

33:イェニチェリ5号

我らイェニチェリはアスラン殿下に忠誠を誓う!

 

34:名無しのレースファン

>>33まーた悪のりを

 

35:名無しのレースファン

アスランファンの結束強えw

 

36:名無しのレースファン

おいおいそれなら我らハーンファンも何か愛称付けるか??

 

37:名無しのレースファン

うーむなんだ?

『八旗』とか?

 

38:名無しのレースファン

>>37清の軍制やな

 

39:名無しのレースファン

…あのう、清は女真族(満州族)系統でモンゴルチックなハーンとは畑違いなのですがそれは

 

40:名無しのレースファン

『クリルタイ』は?

 

41:名無しのレースファン

>>40モンゴルの族長会議のことやな

 

42:クリルタイ

いいじゃないかクリルタイ

わいそれ使うわ

 

43:クリルタイ2号

じゃあわいも

 

44:クリルタイ3号

拙者も

 

45:クリルタイ4号

蒼き狼の魂を見よ!

 

46:名無しのレースファン

ええい悪のりが過ぎるぞおまいら!

 

47:名無しのレースファン

ファンの愛称決めは他でやっとくれ

 

48:初心者

え、ええと…

と、ともかくよろしくお願いします。

 

49:名無しのレースファン

>>48これさっきのイェニチェリこと初心者ニキ?

 

50:初心者

>>49はいそうです。

みんなイェニチェリって言い出すから変えた

 

51:名無しのレースファン

>>50すまぬ

 

52:初心者

…で最初は何やったらええんや?

とりあえず人の流れに乗って駅出たけど

 

53:名無しのレースファン

まずはレーシングプログラムをもらうんや!

 

54:名無しのレースファン

プログラムにはレースの時間や出走者情報、ウイニングライブの詳細が書いてあるから初心者勢はよく読むんや

 

55:名無しのレースファン

入り口やインフォメーションに置いてあるで

 

56:初心者

なるほどこれか

無料なのは嬉しい

 

…ってうぉっ!

 

57:名無しのレースファン

>>56どうした!

 

58:初心者

>>57い、いや。

地下通路から坂を上って地上に出たんやけど、

 

め、めっちゃ広い!芝生キレイ!スタンドでかい!

 

59:名無しのレースファン

>>58なんて新鮮な反応なんだ

 

60:名無しのレースファン

>>59わいらも最初はそうだったやろ?

 

61:名無しのレースファン

>>58中山で驚いているようなら府中に行ったらどんな反応するのだろうか

 

62:名無しのレースファン

>>58ようこそ、中山レース場へ

 

63:初心者

と、とりあえずどこに行ったら良いんですか???

サクラアスランのバ券?なるものを買いたいんだが…

 

64:名無しのレースファン

>>63とりあえずスタンドの中へ

 

65:名無しのレースファン

建物内に券売機がずらっと並んでるやろ?そこや

 

66:名無しのレースファン

>>65待て、先にマークシートの説明が先だ

 

67:名無しのレースファン

>>66いや、初心者に情報詰め込み過ぎても分からんやろ

 

>>63とりあえず初心者ニキは緑色のマークシートを1枚取って

 

会場 中山

レースNo. 11

区分 単勝

ウマ番 18

 

をマークして投票代金100円と一緒に券売機に入れればOK

 

68:初心者

買えました!みなさんありがとう!

 

69:名無しのレースファン

よかったよかった

 

70:名無しのレースファン

初めて買った(勝った)子のバ券ってなんか捨てられないよな

 

71:名無しのレースファン

>>70わいは初めてに限らず全部保存してるわ

 

72:名無しのレースファン

>>71わいも、ちなみにその初めてはスペちゃんだった

 

73:初心者

ならわいもとっておこう。

 

そういえば外からお客さんが中にみんな入ってきたけどなんかあったの?

 

74:名無しのレースファン

>>73いま第4Rが終わってお昼休みになったからね

 

75:初心者

そういうことか、

じゃあこっちもおなか空いたしランチにしよう

 

なにかおすすめってありますか?

 

76:名無しのレースファン

>>75あっ…

 

77:名無しのレースファン

>>75あっ…

 

78:初心者

え?

 

79:名無しのレースファン

>>78ニキよ…よくお聞きなさい

 

中山に集まった万を超える観客が限られた飲食店に殺到するとどうなるか…

 

80:初心者

あっ…

 

81:名無しのレースファン

こちらピザ屋前!物凄い行列でございます!

 

82:名無しのレースファン

その隣のパスタ屋は凄い勢いでパスタが茹ださってますが列が途切れません!

 

83:名無しのレースファン

>>82貴様北海道民だな?

 

84:名無しのレースファン

あーあーラーメン屋の行列がパドックにまで

 

85:名無しのレースファン

おまいら地下の牛丼屋とハンバーガー屋は回転早いぞ!

 

86:名無しのレースファン

>>85買っても食う場所がねぇだよ!

 

87:名無しのレースファン

>>86立ち見勢の宿命だ、諦めろ

 

88:名無しのレースファン

こちらそば屋前!売り切れです!

 

89:名無しのレースファン

>>88そば売り切れなんてあるのか???

 

90:名無しのレースファン

>>89いや、正確には売り切れてないけど売り切れたというか…

 

【写真

そば屋の列に並ぶスペシャルウィーク】

 

91:名無しのレースファン

>>90スペちゃん少しは自重して

 

 

 

 

 

 

 

 

 

200:名無しのレースファン

さあいよいよ皐月のお時間や!

 

201:名無しのレースファン

初心者ニキ、パドックでの写真が終わったら早めにスタンドへ移動するんや。

出走時間前には通行規制がかかって出られなくなるから

 

202:初心者

>>201分かった、ありがとう

 

203:名無しのレースファン

しかし今回凄い人やな

 

204:名無しのレースファン

背が低いから何も見えない…

 

205:名無しのレースファン

さあイェニチェリの皆様応援の準備はヨイカ?

 

206:名無しのレースファン

>>205ヨシ!

 

207:名無しのレースファン

>>205抜刀せよ!

 

208:名無しのレースファン

クリルタイも負けてらんねぇ!

いくぞ!

 

209:名無しのレースファン

>>208おおよ!

 

210:名無しのレースファン

>>208突撃!

 

211:名無しのレースファン

これがレグニツァの戦いですか

 

212:名無しのレースファン

>>211どちらかといえばタラス河畔の戦いでは

 

213:名無しのレースファン

ぐはっ!

 

214:名無しのレースファン

>>213どうした!?

 

215:名無しのレースファン

>>213スネーク!応答してくれ!

 

216:名無しのレースファン

こちら芝生勢!連れが大外枠のアスランちゃんと目が合い果てた模様!

 

217:名無しのレースファン

>>216早く起こせもう始まるぞ!

 

218:名無しのレースファン

緊張の一瞬…

 

219:名無しのレースファン

スタート!

 

220:初心者

おおっ!始まった!

 

221:名無しのレースファン

リトルウィングとリブラソニックええな!

 

222:名無しのレースファン

でもなんか変だ

 

223:名無しのレースファン

逃げ勢と先行勢あんま勢いないな

 

224:名無しのレースファン

アスランとハーンを警戒してるな

 

225:名無しのレースファン

アスラン後方からか、厳しいか

 

226:名無しのレースファン

>>225大外じゃしゃーない。

むしろ無理に競り合いに行かなかったのは好判断

 

227:名無しのレースファン

脚質差しっぽいな

 

228:名無しのレースファン

中山2000はお前の庭だ

行けっ!

 

229:名無しのレースファン

さあ動きが激しい3コーナー

 

230:名無しのレースファン

アスランが外側に!

 

231:名無しのレースファン

あかん先行が団子だからアスランの進路ががら空きだ

 

232:名無しのレースファン

おいアスランをマークしろよ!

あんな好位置じゃ『どうぞ差して下さい』って言ってるようなもんだ!

 

233:名無しのレースファン

おおおっ!?

 

234:名無しのレースファン

アスランのギアが入った!

 

235:名無しのレースファン

なんかオーラ的なのが見えた…?

 

236:名無しのレースファン

この末脚を見たかった!

 

237:名無しのレースファン

獅子に翼が生えた!ぶち抜け!

 

238:名無しのレースファン

ハーンは!ハーンちゃんは!?

 

239:名無しのレースファン

だめだバ群に沈んだ

 

240:初心者

すげぇ…すげぇ…!

 

241:名無しのレースファン

若獅子1着!!!

 

242:初心者

すげええええええええええええ!!!!!!

 

243:名無しのレースファン

なんだあの強さ

 

244:名無しのレースファン

おう、まじか

言葉がでねぇ

 

245:名無しのレースファン

勝ち時計1:58.0!?

レコードまであとコンマ2じゃねえか!

 

246:名無しのレースファン

そしてアスランが…

 

247:名無しのレースファン

人差し指を掲げた!

 

248:名無しのレースファン

1着のポーズ!かっこいい!

 

249:名無しのレースファン

>>248いや違う、ルドルフやテイオーもやった『1冠目のポーズ』や!

 

250:名無しのレースファン

『無敗の3冠』を堂々と宣誓しやがった!

 

251:名無しのレースファン

やべえあの強さならマジであり得るぞ

 

252:名無しのレースファン

歴史が大きく変わるとき、サクラアスランは姿を現す―

 

253:名無しのレースファン

>>252ラーズグリーズ定期

 

254:名無しのレースファン

ハーンは最後苦しかったな

 

255:名無しのレースファン

もしかしたら距離が合わなかったかもしれん

 

256:名無しのレースファン

明らかな失速だったしな…

 

257:名無しのレースファン

こりゃダービーじゃなくてNHK行きだな

 

258:名無しのレースファン

よく頑張ったハーン!

クリルタイは応援し続けるからな!

 

259:名無しのレースファン

アスランおめでとう!

ダービー期待しとるで!

 

260:名無しのレースファン

4月20日 中山第11R

皐月賞(G1)

芝 2000m

 

 

1着 サクラアスラン 1:58.0

2着 エイトガーランド 5

3着 アイスナンバー 2.1/2

4着 リバティプラム クビ

5着 アラビカカフェ 3

 

取り急ぎ

 

261:名無しのレースファン

>>260有能

 

262:名無しのレースファン

どうや初心者ニキ。

これがレースや

 

263:初心者

いや、もう、なんか、その、

 

ああ語彙力がないのが恨めしい。

もっと早くこの世界を知りたかった。

 

264:名無しのレースファン

改めてようこそ、熱気と興奮の世界へ

 

 




アニメを見て初めて東京競馬場に行ったときの感動と興奮は一生忘れないと思う


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新月の夜 三人称視点

今日はオークスめでたいな!


話は4月初旬にさかのぼる。

 

 

感冒から回復し、保科トレーナーの計らいで盛岡トレセン学園へと帰還したレスキューホープは

 

「「「おかえりホープ!!!」」」

 

1階の教室でクラスメイトから歓迎を受けていた。

 

「共同通信杯見たよ!もう凄くってさー!」

「弥生は残念だったけどまたチャンスあるって」

「中央どうだった?走りやすいってホント!?」

 

「あはは…みんなありがとう。」

ホープは頭を掻きながら礼を言う。

 

「流石は『岩手のオグリキャップ』だね!」

「最近じゃ『メイセイオペラの再来』だなんて言われてるし」

「いやいや、『ユキノビジン2世』だべ?」

「ちょっと休んだらまた中央行くの?」

 

「それは…その…」

 

どことなく複雑な顔をしながら苦笑いをする。

 

「おう、大盛況だべな。」

 

そこへ窓の外から声をかける鹿毛のウマ娘が現れる。

 

「ぐ、グレートホープ会長!」

「おらは嬉しいぞレスの字、直属の後輩が中央で大活躍!

スイフトのやつも「敵を取ってくれた!」って泣いて喜んでたべさ。」

 

グレートホープは感慨深そうな顔で後輩の偉業を労う。

 

「中央での経験は必ず糧になる。大事にするんだよ。」

「は、はい!」

「会長、そろそろ」

「おっと」

 

リヤカーを引いた生徒会の面々に呼び止められたグレートホープは窓から離れ、自分もリヤカーを引く。

 

「実はおめの凱旋パーティーの準備の途中だったのだ。では!」

 

そう言って会長達リヤカー軍団は軽快な音を立てながら買い出しに行った。

 

「そうそうホープちゃん今日寮でパーティーやるから!」

「寮長のスイフトセイダイ先輩が気合い入れて準備してるよ」

「おーい2年ー、そのスイフト先輩がパーティーの飾り付け手伝ってほしいってー」

「あっ!今行きまーす」

「じゃあホープまたあとで!」

「パーティーだパーティーだ!」

 

クラスメイト達はドドドと教室から出て行った。

 

「…」

「…」

 

しかし、教室にはまだ一部のクラスメイトが残っている。

彼女たちはホープを迎える輪には入らず、遠巻きに見ていた子達だ。

 

そしてその全員が、苦虫を噛み潰したような顔や、敵意むき出しの表情をしている。

 

全てのクラスメイトが、漏れなくレスキューホープを好ましく思っていた訳ではない。

 

「…」

残っていたクラスメイトも教室から出て行く。

 

「…そのまま中央に行っちまえば良かったのに」

 

ポツリとそんな言葉が漏れた。

 

「…っ!」

 

その言葉はホープの耳と心にダイレクトに突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レスキューホープはそのまま教室で一人黄昏れていた。

 

昼間の賑やかな空気は失せ、夕日が山並に隠れた薄暮の空にはうっすらと星が見える。

 

「…主役さんはこちらかな?」

「…ヴィノロッソ先輩…」

 

教室にもう一人の鹿毛のウマ娘が入ってくる。

 

「パーティーの準備は出来ているよ、みんな今か今かと待ちわびて」

「…」

「…ホープ?」

 

レスキューホープの様子に陰りを感じ取ったヴィノロッソは相対するように机の上に腰掛ける。

 

「何かあった?」

「…」

 

何かを話したい表情を見せるが、押し黙ってしまう。

ヴィノロッソが口を開く。

 

「…3人」

「…え?」

「君が岩手に帰ってくると聞いて、盛岡トレセンを辞めた君の同期の人数だ。」

「どう、して」

「『中央レベルの実力者が岩手(地方)にとどまる』

これが何をもたらすか、分からない鈍感ちゃんじゃないでしょ?」

 

レース(競馬)の世界は熾烈な階級社会だ。

実力に応じて区分され、勝てば昇級、負けが続けば降格という現実がある。

そこに明らかにレベルの違う者が最上位に居座り続けるとなったら、なにが起るか。

 

「君は岩手の同期からすれば諸刃の剣なの。

誇りや栄誉の象徴であり、恨みや嫉妬の対象となる。

良くも悪くも、あなたは強すぎるの。」

 

諭すように、優しくも直球で今の岩手やホープの現状を語る。

 

「…僕は岩手にいてはいけないのでしょうか…」

「いちゃいけないとは言わない。

けれども、このまま岩手のレースに出続けるようなら、風当たりはさらに強くなる。」

 

ヴィノロッソはホープの目を見る。

ホープはうつむき、下を見る。

 

「…それとも…中央で何かひどい目にあったの?

まさかいじめ…」

「い、いえ!そんなことはありません!

むしろ中央の生徒さんや職員さんには良くしてもらって。

…でも…」

「でも?」

「…なんだか、慣れなかったんです。馴染まなきゃって思うと、ずっと気を張って、お話して。

…でも、気を張りすぎて空回りしてしまって。トレーナーも忙しそうだったから相談出来なくて。

体調を崩しても、心配掛けさせまいと思って、それで…」

「…弥生賞で13着の惨敗ってわけか…」

 

ぽつりぽつりと話すホープにヴィノロッソは相槌を打ち、得心のいったような顔を見せる。

 

「…あたしもそうだったなぁ…」

「え?」

「転校ってさ、元からあるコミュニティに入って行かなきゃならないから、友達や信用をつくるのって大変なんだよね。

しかもいくら馴染んでも生え抜きの子とはどことなく隔たりや壁を感じるし…」

「先輩も…?」

 

くたびれた顔でやれやれといった顔をするヴィノロッソを見て、ホープは少し笑う。

 

そしてヴィノロッソは再度真剣な顔つきでホープを正面から見る。

 

「でも…なればこそ。

酷なことを言うようだけれども。

 

()()()()()()()で中央行きを諦めてはならない。

 

岩手に居座って同期から嫉みの視線を受けるよりも、

中央に挑戦して、憧憬の視線を受ける方が全然良い。

 

ホープは間違いなく中央で活躍できる。

 

()()()()()のあたしが保証する!

 

何が『岩手のオグリキャップ』か。

向こうを『笠松のレスキューホープ』って呼ばせるぐらい、

 

地方生え抜きの力を見せてきなさい!」

「…はいっ!!!」

 

ホープはヴィノロッソに身体を預け、涙を流す。

ヴィノロッソはそんなホープを優しく撫でる。

 

 

新月のため月明かりはない。

その分、澄んだ夜空に無数の星々が一層光り輝いていた。




盛岡トレセン学園

生徒会長 グレートホープ
寮長 スイフトセイダイ
(『SG対決』として黄金期の岩手競馬を支えた両雄)

ホープの同室 ヴィノロッソ
(スペシャルウィークと同じ新馬戦にてデビュー。
中央→上山→盛岡と転籍。
アニメ1期では『カルベネ』の名で登場)


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シブヤトレーニング 三人称視点

リギルの東条トレーナーはその日、トレーナー室にてレース映像を見ていた。

 

『―クランベリーレイ!今ゴールイン!

ティアラ初戦の桜花賞を制したのはクランベリーレイです!

 

2着にネイビーポイント3着はナナイロタマゴ。

阪神女王のタイキスチームは5着に終わりました―』

 

先日の桜花賞にて有力視されていたタイキスチームの敗北の原因を探るため、東条トレーナーは何度も映像を見返す。

 

「…」

 

タブレットに図やメモを書き込み、タイムも付け加える。

 

「…やはり、か」

 

得心のいった顔をしたタイミングでスピカの沖野トレーナーが無遠慮にトレーナー室に入ってくる。

 

「おハナさーん。コーヒーメーカー使わせてくれー」

「…あなたね、ノックぐらいしたらどうなの」

「一応したぜ?」

「…まったく…」

 

そう言いながら沖野トレーナーはコーヒーの入ったポットを手にし、紙コップに注ぐ。

 

「テイオーのやつがコーヒーメーカー処分しちまったんだよ。

『アスランに悪影響でしょ!』って。

悪影響ってなんだよ悪影響って」

 

くたびれた顔しながらドリップコーヒーの香りを楽しむ。

 

「…ところで覚えているかしら」

「うん?」

 

東条トレーナーが口を開く。

 

「以前スペシャルウィークとウチのタイキシャトルの模擬レースをしたときに言ったこと。『次はウチが得するように』って。」

「えっ、こ、コーヒー代は払うから」

「それじゃないわよ!

 

あんたのとこのウマ娘、1人借りるわよ。」

「???」

 

 

 

 

 

 

翌日

 

「と、言うわけで臨時コーチになったウオッカだ。よろしくな!」

「よ、よろしくお願いします!」

 

ウオッカとタイキスチームはトレーナーに許可を得て、2人でとある場所に来ていた。

 

「いやー後輩の指導役にオレを選ぶとは。

リギルのトレーナー見る目あるぜ!」

 

鼻高々といった感じに得意げな顔をするウオッカ。

 

「あの…指導は嬉しいのですが…どうして()()へ?」

「おまえの弱点克服には学園よりもこういったところでの荒療治が一番だからな」

 

ウオッカがスチームを正面から見る。

 

「トレーナーから聞いてるぜ、桜花賞でのこと。」

スチームの耳がピンと張る。

 

 

タイキスチームは主に逃げウマだが、逃げにも種類がある。

 

1つはサイレンススズカのように、ひたすら自分のペースを刻み続ける

『タイムトライアル』型。

 

または、ダイワスカーレットのようにひたすらハナを取りに行く

『先頭バクシン』型。

 

そしてもうひとつが

 

「桜花賞で逃げていたら馬群にのまれて混乱、ペースを乱して5着…だったな。」

「はい…」

 

カブラヤオーやツインターボのように、馬群が苦手だから逃げる

『文字通りの逃げ』型だ。

 

馬群や人混みが苦手なスチームはここに分類される。

 

 

「人混みが苦手なら慣れるしかない

ってことでやって来たのがここだ!」

 

ウオッカが手を開いて目の前の景色をスチームに見せる。

 

「…ひゃぁ…」

 

 

 

『渋谷スクランブル交差点』こと渋谷駅前交差点。

 

旧大山街道・神宮通り・渋谷センター街がクロスする五叉路であり、

1度の青信号で1000人以上が横断する、

世界屈指の混雑を誇る交差点。

 

そんな混みすぎて観光名所にすらなっている場所に来ていた。

 

「や、やっぱり無理ですって!」

「大丈夫だよ、とりあえず最初はオレの後ろ付いてくるだけでいいから。

ほら、信号変わったからいくぞ」

「ひぃぃぃ」

 

スチームはウオッカのジャケットの裾をつかみながら後を付いていく。

 

(ま、前からも後ろからも横からも人が向かってくる!

こ、こんなの無理無理!)

 

大パニックになっているスチームをよそに、ウオッカは慣れたように人混みをすり抜け、ハチ公口からセンター街入り口まで渡ってみせた。

 

「し、死ぬかと思った…」

「大げさだなあ」

 

息も絶え絶えなスチームを見てウオッカはクスリと笑う。

 

「で、でも先輩凄いですね…誰にもぶつからないでスルスルって…」

「なーに、ちょっとしたコツがあるんだ。

そうだなぁ…」

 

ウオッカは信号待ちしている人達をじっと見る。

 

「…あの眼鏡のおっさんはハチ公口だな。」

「え?」

「あっちの学生は宮益坂、こっちのサラリーマンは道玄坂、ヘッドホン付けてるやつは銀座線方面だな。」

「え?え?え?」

「まあ見てな…」

 

信号が青に変わり、一斉に渡り出す。

 

「…な?言った通りになったろ?」

「…凄い」

 

スチームが驚愕の視線をウオッカにぶつける。

 

「オレ達ウマや人は歩いたり走ったりするとき必ず行きたい方向を見るだろ?

相手の進む方向を理解して、自分のスピードを遅くしたり早くしたりすれば、人混みなんて怖くないさ。

 

それはレースの馬群も同じ。

 

他の奴がどこを突こうとしているのか、早めるか緩めるか。

相手がどうしたいかが分かれば、あとはこっちのもんだ。

 

わずかな隙間でも、オレからすれば形勢逆転の糸口になる。

 

それがレースの、馬群をさばく醍醐味ってやつさ。」

 

少し照れながら笑うウオッカを、スチームは光悦とした表情で見る。

 

(今、私に指導してくれているのは、間違いなく『常識破りの女帝』

ダービーウマ娘のウオッカ先輩なんだ…!)

 

かつてテレビで見た先輩から型破りなトレーニングを受けているという事実に、心躍らせた。

 

「さ!次はスチームの番だな。

もう一回ハチ公口へ渡るぞ!」

「い、いきなりですか!?」

「大丈夫だって。オレが後ろについているから。

よし、青になったな。行くぞ!」

「は、はい!」

 

スチームはおっかなびっくりしながらも交差点中心部へ歩く。

 

「落ち着け!目線と相手のつま先に集中するんだ!」

(あの人は右…こっちは左…あの学生は急いでるからこっちが緩めて…)

 

思考と観察力をフル回転させながら人混みをさばき、渡りきることができた。

 

「で、出来ました!ウオッカ先輩!」

「おおー!やったな!」

 

2人で飛び跳ねながら喜ぶ。

 

「意外に頭使うだろ?怖がっている暇なんてなかったと思うぜ?」

「確かに…!先輩のおかげです!」

「へへっ、そうか?やっぱそうだよな!」

 

ウオッカはスカーレットがいたなら全力でいじりそうなほどのどや顔を見せる。

 

「じゃー後何回かやったら終わりにしよう。

折角渋谷に来たんだから楽しみたいだろ?つきあうぜ」

「ホントですか!?ありがとうございます!

行ってみたいところが沢山―」

「…あのーすみません。」

 

「「?」」

 

はしゃぐ2人のところへとある人物が声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

後日 とあるお昼のワイドショーにて

 

ナレーター『大好評企画 EKKOの渋谷女子ファッションチェック!

取材を進めているとリポーターがとある人物を発見!』

 

リポーター「あのーすみません。」

ウオッカ「?はい?」

リポーター「もしかしてウオッカさん…ですか?」

ウオッカ「あっ、はい」

EKKO「あらやだウオッカちゃんじゃない!ワタシ大ファンなのよ!」

ウオッカ「ホントか!?サンキューな!」

 

ナレーター『なんと取材中、あのダービーウマ娘ウオッカさんに遭遇!

これにはEKKOもテンション爆アゲ~!』

 

リポーター「突然すみません。Nテレビの『EKKOの渋谷女子ファッションチェック!』なのですが、今お時間よろしいですか?」

ウオッカ「オレはいいけど…スチームは?」

スチーム「え!?テレビ!?」

スタッフ「おお!阪神JFを制したG1バのタイキスチームさん!桜花賞入着おめでとうございます」

スチーム「あ、ありがとうございます!」

 

ナレーター『さらにクラシック戦線にて活躍するタイキスチームさんにも遭遇!

するとEKKOの目が光る!』

 

EKKO「あらあなた…今日の服装は自分でコーディネートしたの?」

スチーム「は、はい」

EKKO「色味は悪くないのだけれども…全体的に野暮ったい印象を受けてしまうわ」

スチーム「うぅ、実は田舎出身で流行りのファッションとかには疎くて…興味はあるんですけど…」

EKKO「なるほどなるほど。気持ちはよく分かるわ。

…もしお時間よろしければワタシ好みにコーディネートしてもいいかしら?

ファッションは難しいものではないわ、一緒に楽しみましょう!」

 

 

 

…その後スチームはEKKOとウオッカの着せ替え人形と化すも、とても楽しい時間を過ごし、

番組自体は瞬間最高視聴率を記録。

 

そしてしばらくの間、放送を見たトレセン生の間でEKKOの人気がうなぎ登りとなり、

トレセン学園でプチファッションブームが起きた。




シチー「もしもしマネジ?しばらくファッション関係の仕事増やして欲しいんだけど…
はぁ?なんでかって?決まってるでしょ!EKKOさんにファッションリーダーの座を奪われかけているのよ!私はレースもファッションも手を抜きたくないの!」

ユキノ(シチーさんEKKOさんに対抗意識◎だべ…)


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『スペシャルウィーク』

競馬界においてスペシャルウィークとは、オークスからダービーまでの1週間を示す通称である。

全てのホースマンが目指す檜舞台であり、この1週間でダービー一色に染まっていく。

 

それはウマ娘の世界でも同様であり、学園や生徒達、そして社会全体が色めき立ち始める。

 

そんなアスラン達のスペシャルウィークの様子を見てみる。

 

 

 

 

日曜日

 

『―内を突いてタイキスチームだ!タイキスチームが桜花賞の雪辱を果たした!

優勝はタイキスチームです!』

 

同室の同期であるタイキスチームはオークスにて1着に輝き、樫の木の女王の座に就いた。

 

ウオッカとのトレーニングが功を奏したのか、脚質を逃げから先行に変えたスチームは早め仕掛けで一気に抜け出し快勝。

満面の笑みでスタンドに一礼した。

 

大はしゃぎするウオッカとタイキシャトルの隣でアスランは静かに拍手を送る。

 

(次は自分の番、か)

 

1週間後のダービーに、改めて心をはせた。

 

 

月曜日

 

「ダービーの秘訣…ですか?」

 

芝のコースで併せ馬のトレーニングを終えた後、ウマ娘のスペシャルウィークにそう質問した。

 

「あまり私が言えることは無いかもしれませんが…」と前置きし、少し悩んだ後に話し出す。

 

「『諦めないこと』だと思います。」

「諦めないこと」

 

言葉を繰り返し、スペの目を見る。

 

「私はお母ちゃん達に約束したんです、

『日本一のウマ娘になる』って。

 

その一番の早道が日本ダービーでした。

 

キングちゃんにスカイちゃん、そしてエルちゃん。

みんなとても強くて大変だったけど、

諦めないでゴールだけを見続けたからこそ、ダービーウマ娘になれたのかなって私は思います。」

 

スペもまたアスランの目を見て手を両手で包み込む。

 

「だからアスランさんも、諦めないでゴールを目指してください!」

「はい!」

 

 

火曜日

 

「ダービーの秘訣?」

 

坂路で併せ馬のトレーニングを終えた後、ウオッカにスペと同じ質問をした。

 

「そうだなぁ…

オレなら『後悔のない走りをする』ってところかな。」

 

へへっと少し照れた後、言葉を続ける。

 

「オレは昔からダービーは夢だった。

だから路線変更してでも、スカーレット(ライバル)と走れなくても、自分の夢に嘘はつきたくなかった。

 

不利なのは分かってるけど、悔いの残るダセぇ走りだけはしたくなかった。

 

折角の大舞台なんだ、どーんと挑戦して全てを出し切ってこい!」

 

ウオッカが背中を叩き、気合いを入れる。

 

「分かりました!坂路もう1本お願いします!」

「おう!」

 

 

水曜日

 

「ダービーかぁ…なんだか懐かしいな」

 

チームでのトレーニングが終わった後、すっかりルーティンと化したライスシャワーとの河川敷のランニング中、ライスからそんな言葉が漏れた。

 

「アスランちゃんは2冠が掛かってるね、ライスも応援するよ」

「ありがとうございます」

「でも…気をつけてね」

 

ライスは凛とした目でアスランの目を見つめる。

 

「それだけ注目されるってことは、マークされるってことでもあるよ。

 

ダービーを、ううん、むしろ()()()()()()()()()()アスランちゃんに勝とうとする子は必ずいる。

私が対戦相手なら、必ずそうする。」

「…ブルボンさんの時のように、ですか?」

「うん」

 

是政橋の所まで来て、信号待ちのタイミングでそう伝える。

 

「だから…ゴール板を過ぎるまで、そして、ゴールした後(次のレース)も油断しないでね。」

「その金言胸に刻みます。」

 

 

木曜日

 

「いよいよか…」

「ドキドキするね…」

 

ダービーの枠順が決まるこの日。

スピカの面々は部室で抽選会に行っている沖野トレーナーからの連絡を待っていた。

 

「大丈夫ですよ!トレーナーさんにフクキタルさん特製のお守り持たせましたから!」

「それ逆に大丈夫なんです?」

 

バイブレーションと共にスマートフォンに通知が表示される。

 

「来た!」

「何枠!?何番!?」

「ま、待って下さい今開きます…」

 

通知をタップしてトレーナーからのDMに添付された出馬表を凝視する。

 

「良い枠引いたじゃない!」

「お守りの効果ありましたね!」

「でもこれ差しだと包み込まれるかもしんねーな」

「では…一旦先行に戻すのもありですわね」

 

あーだこーだと言い合うスピカメンバー。

 

もう一度出馬表を見てつばをのむと、後ろからポンと叩かれる。

 

「心配しないでアスラン。

ボクたちがついてるから!」

 

顔を上げてみんなを見る。

 

ダービー馬・有馬記念馬・天皇賞馬。

スペのスマホの画面に映る宝塚記念馬。

 

そしてトウカイテイオー。

 

そうそうたる優駿達が朗らかに笑みを浮かべる。

 

「ありがとうございます。

この枠順で練習してもいいですか?」

「もちろん!

野郎共!練習だ-!」

「「「おー!!!」」」

 

 

金曜日

 

「忙しい時分にすまないね、アスラン。

ダービーの前にどうしても君とは話しをしておきたくてね」

 

放課後、シンボリルドルフに呼ばれて生徒会室におじゃました。

 

「ダービーは生涯一度きりの最高峰のレースだ。

…緊張するか?」

「そうですね…緊張半分、期待が半分といったところです。

あのダービーを、見る側ではなく走る側として参加できるのですから。」

「ほう…『期待』と形容したか。一身是胆とは正にこのことだな」

 

ルドルフがクスリと笑う。

 

「時にアスラン、この言葉の意味は分かるか?」

そう言って壁に掛けられている標語を示す。

 

「『唯一抜きん出て並ぶ者なし(Eclipse first, the rest nowhere)』…ですね。」

「その通り。歴史に名を刻む者には、比類無き力がある。

そして君は皐月賞にていち早く『領域』を発露した。

 

故に、私は君にこの言葉を使う。」

 

ルドルフが鋭く、そして強者の視線にて目を見る。

 

「サクラアスラン。『絶対』を示せ。

3冠を目指す君にとってダービーは目標ではない、()()()だ。

その意味を忘れるな。」

「はい!」

 

威勢の良い返事を聞いたルドルフは一転して優しげな笑みを見せる。

 

「コーヒーが冷めてしまったな、煎れ直すとしよう。」

「ご相伴預かります。」

 

 

土曜日

 

「ダービーの秘訣か…」

 

ダービーを控えた前日。

軽めの調整を終え、芝生の上で黄昏れているとシリウスシンボリがやって来たため、スペ達同様の質問を投げかける。

 

「お前の事だ、スピカの面々や皇帝サマにも似た質問してるんじゃないか?」

「ええ、先輩方の声を聞きたくて。」

「なるほど、そうであるならアタシから言えるのはただ一つ。

 

一旦全部忘れろ」

「え」

 

意外な言葉が出てくる。

 

「お前が聞いてきた奴らの中で、一人でも同じことを言った奴はいたか?」

「いえ…いませんでした。」

「だろうな。」

 

そう言ってシリウスは空を見上げる。

 

「ダービーってのは不思議なレースだ。

 

ダービーに勝つことを夢だと言う奴もいれば、理想を実現するための手段として。

または、他のレースと同じように振る舞う奴もいれば、単なる通過点として見る奴もいる。

 

ダービーほど走る目的が人によって異なるレースってのはないだろう。」

 

そして視線をこちらに向ける。

 

「それはお前も同じだ。テイオーから引き継いだ夢の為ってのもあるだろうが、お前自身の『走る理由』ってのがあるはずだ。」

 

そう言われ、胸に手を当てて少し息を吸う。

 

「…頂の景色を、自分で見てみたい」

「そうだ、その自分の軸さえぶれなければ心配ない。」

 

ふとシリウスがスマホで時間を確認する。

 

「明日の今頃はゲートの中か。

じゃ、アタシは失礼するか。

今日は早めに休めよ」

 

そう言い残し、シリウスは颯爽と立ち去った。

 

快い初夏の風が身を包む。

 

 

最も『運のある』者が勝つ日本ダービー

 

その意味が分かるまで

 

あと24時間




人生初のダービーは色々と忘れられないものになりました


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今日はダービーめでたいな

ほぼ新聞回


5月27日 日曜日

東京レース場

 

G1東京優駿『日本ダービー』当日

 

10万を超える観客が詰めかけ、開門時には良い場所をねらう人達による第0Rが起ったり、ウェルカムキャンペーンの景品が一瞬で消え失せるなど、凄まじい熱気に包まれていた。

 

天候は晴天に恵まれ、馬場も良。

絶好のダービー日和だ。

 

 

『一生に一度のレースの祭典 日本ダービー。

狭き門をくぐり抜け、栄誉ある頂点を目指し18人のウマ娘がここ東京レース場に集結しました。

 

ここからは、各出走ウマ娘達を順に見ていきます。

 

実況は私赤坂。

解説は細江さんでお送りいたします。

よろしくお願いします。』

『よろしくお願いします。』

 

 

『まず最初に姿を現すのは…早速の登場!

 

無敗の3冠、そして史上初の師弟3代無敗のダービー制覇がかかる皐月賞バ!

 

サクラアスラン!

 

1枠1番 サクラアスラン

前3走

G1 皐月賞 1着

G1 ホープフルステークス 1着

G3 東京スポーツ杯ジュニアステークス 1着

 

 

『その手につかむは世代最高の栄誉か!

 

パームポート!

 

1枠2番 パームポート

前3走

G1 皐月賞 7着

G2 弥生賞 5着

G1 ホープフルステークス 5着

 

 

『伏兵は聞き飽きた!初の頂点をダービーで!

 

エイトガーランド!

 

2枠3番 エイトガーランド

前3走

G1 皐月賞 2着

G2 弥生賞 3着

G3 きさらぎ賞 2着

 

『その小さな羽は大空を羽ばたく!

 

リトルウィング!

 

2枠4番 リトルウィング

前3走

G1 皐月賞 8着

G2 弥生賞 4着

G3 共同通信杯 2着

 

 

『初夏の府中にカミツレが咲き誇る!

 

カモミールバル!

 

3枠5番 カモミールバル

前3走

G1 皐月賞 9着

G2 スプリングステークス 1着

G1 ホープフルステークス 4着

 

 

『青葉賞を制した足で2400を駆け抜けろ!

 

グランダリア!

 

3枠6番 グランダリア

前3走

G2 青葉賞 1着

OP 若駒ステークス 1着

G1 ホープフルステークス 7着

 

 

『鋼の翼で駆け上がる天馬!

 

メタルペガシス!

 

4枠7番 メタルペガシス

前3走

G2 青葉賞 2着

G3 きさらぎ賞 1着

G1 全日本ジュニア優駿 5着

 

 

『その音速にて天秤を勝利へ導く時!

 

リブラソニック!

 

4枠8番 リブラソニック

前3走

G1 皐月賞 10着

G2 スプリングステークス 2着

G1 朝日杯フューチュリティステークス 4着

 

 

『大ケヤキの様に黄金樹がそびえるか!

 

ゴールデンバウム!

 

5枠9番 ゴールデンバウム

前3走

G2 京都新聞杯 1着

G3 毎日杯 4着

OP すみれステークス 1着

 

 

『弥生の足は今だ健在!

 

アラビカカフェ!

 

5枠10番 アラビカカフェ

前3走

G1 皐月賞 5着

G2 弥生賞 1着

G1 ホープフルステークス  6着

 

 

『真一文字に貫く勝利の刃!

 

キクイチモンジ!

 

6枠11番 キクイチモンジ

前3走

G2 京都新聞杯 2着

G1 皐月賞 13着

OP 若葉ステークス 2着

 

 

『強者を退かせる鋭い一撃!

 

スコッチシスル!

 

6枠12番 スコッチシスル

前3走 

G1 皐月賞 11着

G2 スプリングステークス 3着

G1 ホープフルステークス 4着

 

 

『府中に響け歓喜の四行詩!

 

ルバイヤート!

 

7枠13番 ルバイヤート

前3走

G3 毎日杯 1着

G3 きさらぎ賞 3着

G3 シンザン記念 1着

 

 

『氷の如き視線でにらむは頂点の栄冠!

 

アイスナンバー!

 

7枠14番 アイスナンバー

前3走

G1 皐月賞 3着

G2 弥生賞 2着

G1 朝日杯フューチュリティステークス 5着

 

 

『スタンドを揺るがす猛烈な東風となれ!

 

リバティプラム!

 

7枠15番 リバティプラム

前3走

G1 皐月賞 4着

G3 アーリントンカップ 1着

G1 ホープフルステークス 8着

 

 

『今日、鯉が龍に化けるとき!

 

シルクカープ!

 

8枠16番 シルクカープ

前3走

G2 京都新聞杯 3着

G3 京成杯 1着

G3 東京スポーツ杯ジュニアステークス 5着

 

 

『今回唯一となるMCローテ挑戦者!

 

イゼルローン!

 

8枠17番 イゼルローン

前3走

G1 NHKマイルカップ 2着

G3 ファルコンステークス 1着

G1 朝日杯フューチュリティステークス 2着

 

 

『そして最後に登場するのは…地方からの刺客!

 

レスキューホープ!

 

8枠18番 レスキューホープ [地]

前3走

OP プリンシパルステークス 1着

G2 弥生賞 13着

G3 共同通信杯 1着

 

 

『細江さん。出走ウマ娘達をご覧になっていかがですか?』

『今年は粒ぞろいといっていいですが、やはり1番のサクラアスランが頭一つ抜けていますね。

エイトガーランドやグランダリアも良枠ですので可能性は十分あります。

外枠なので苦しいとは思いますが、挑戦者であるイゼルローンやレスキューホープにも注目したいですね。』

『ありがとうございます。

世代の頂点を決める日本ダービー!発走は15:40です!』




1枠 1番 1番人気 サクラアスラン
1枠 2番 14番人気 パームポート
2枠 3番 2番人気 エイトガーランド
2枠 4番 13番人気 リトルウィング
3枠 5番 10番人気 カモミールバル
3枠 6番 5番人気 グランダリア
4枠 7番 9番人気 メタルペガシス
4枠 8番 8番人気 リブラソニック
5枠 9番 3番人気 ゴールデンバウム
5枠 10番 7番人気 アラビカカフェ
6枠 11番 12番人気 キクイチモンジ
6枠 12番 18番人気 スコッチシスル
7枠 13番 6番人気 ルバイヤート
7枠 14番 4番人気 アイスナンバー
7枠 15番 15番人気 リバティプラム
8枠 16番 11番人気 シルクカープ
8枠 17番 17番人気 イゼルローン
8枠 18番 16番人気 レスキューホープ


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日本ダービー 東京 芝 2400m 前編

地下通路の出口にて少し深呼吸する。

1枠1番である俺から順に出るため、自分の後ろにはこれからダービーにてしのぎを削り合う17人の同期達が枠順に並ぶ。

 

「…」

 

背中越しでも分かる、刺すような視線だ。

恐らくほとんどの子が多かれ少なかれ俺を意識しているのだろう。

 

後ろを向いて一瞥し、2番のパームポートが少し頷く。

 

「…よし」

 

地下通路から一歩踏み出す。

 

青空と歓声に、導かれるように。

 

 

 

 

全てのウマ娘が目指す

生涯一度の頂点

 

 

一瞬なれど

一生の輝きを

 

『アドマイヤベガ!輝く一等星に!』

 

 

焦がれ続けた夢を

現実にするとき

 

『ウイニングチケット!これが念願のダービー制覇!』

 

 

夢に魅せられ

夢を想い続けた

 

 

そしてまた 新たな誇りが刻まれる

 

 

G1 東京優駿 日本ダービー

 

 

 

『ようこそ。レースの祭典日本ダービーへ。

 

東京第11R 東京優駿 日本ダービーG1 

いよいよ決戦の時を迎えます!

 

ここに集いし18人は紛れもなく世代を代表する精鋭達。

その精鋭達が夢の頂点、ダービーの冠をかけて走ります!』

 

煽りVとファンファーレが終わり、場内の熱気は最高潮に達する。

 

今までスタンドから見るだけだったあの舞台に、自分がいる。

しかも、その多くの歓声を受けているのは他ならない自分だ。

 

胸にこみ上げてくるものがある。

 

(…感慨にふけるのは後だな。)

 

息を吸って気持ちを入れ直し、ゲートに向かう。

 

『枠入りは順調に進んでおります。

最後にゲートに向かうは18番レスキューホープ。

地方勢初のダービー奪取に夢を見るところ!

 

間もなく出走となります。ゲートが開くその瞬間まではどうかお静かに!』

 

ザッと遠くの木立が風に揺れる音すら聞こえる程に静まり返る。

 

『さあ、君だけのヒーローを見つけ出せ!

東京優駿日本ダービー!

 

スタートしました!』

 

ゲートが開いた瞬間、雷雨のような歓声が響き渡る。

 

(ああ、これこそダービーだ)

 

『全バ横一線キレイなスタートを切りました。

注目のポジション争いで誰が抜け出すか。

 

積極策をとったのは5番カモミールバル。4番リトルウィングが追従し8番リブラソニックはその後ろ。

外から14番アイスナンバーが先頭争いに加わり10番アラビカカフェも先行集団へ。

1番サクラアスランは先行集団後方、前から5・6番目といったところか。』

 

今回の作戦は『先行』だ。

最内枠のため差しで行くと外枠勢から覆い被され、馬群のなかで何も出来なくなる可能性がある。

 

また、ダービーはCコース…荒れた内側を避けるように内ラチが少し外に設置されている。

内側でも馬場が大して荒れていないため、これなら先行で行っても消耗は少ない。

 

それに…メインとなる脚質が2つあるというのは、それだけで攪乱になる。

 

〈サクラアスランが前に行くか後ろで控えるか〉

 

ここに山を張って作戦を組み立てた子も少なくないだろう。

『先行』で行くなら控えてマークの対象にし、

『差し』なら前に行って進路とチャンスを塞ぐ、

といった具合だ。

 

先行する子達が全員『差しのアスラン』を実感した皐月賞組なのも偶然じゃないだろう。

 

 

『さあ大ケヤキを通過し4コーナーを回ってくる18人の精鋭達!

大歓声の中最後の直線!

府中がほこる525mの直線へ向いてきた!』

 

先行勢を避けるように外へ持ち出し、誰もいない芝の進路が開ける。

 

(…今こそ先陣に立つ時!)

 

足に力を入れ、ギアを変える。

そして…皐月同様、メフテルの笛の音が聞こえてくる。

 

「―親子3代の夢を、叶える時!」

 

もはや追いつくものはいない

 

『満を持してサクラアスラン!サクラアスランが先頭に躍り出た!

世代を導く若獅子が、2冠目を取りに行く!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…はずだった。

 

『そして内側から!内側から凄い勢いで上がるウマ娘がいるぞ!』

 

強烈な殺気を感じ、後ろを振り返る。

 

緑のターフに映える、朱色の羽織。

 

 

 

 

『―レスキューホープだ!18番レスキューホープがやって来た!!!』

 

恐怖の200mが始まった。



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日本ダービー 東京 芝 2400m 後編

油断してたわけではない…と思う。

 

ダービーは確かに選りすぐりの精鋭揃いが集うレースだ。

 

しかし、その全てが上位争い、

所謂『勝ち負け』に入れるわけではない。

 

個人の予想としては、ガーランドをはじめとした皐月上位組と、良枠に入った青葉賞組が勝ち負けに食い込むと読んでいた。

 

そのほかの子…とりわけ18番の子に関しては、出馬表に地方所属を示す[地](カク地)を見て、強い興味を持った。

 

(おお…カク地か!珍しい。コスモバルクみたいなやつだな…!)

これぐらいにしか思っていなかった。

レースが終わったら少し話をしてみたいな。とはなんとなく考えていた。

 

ただ競馬民の予想目線で言えば、不利な大外8枠、いまだ勝ち馬がいないプリンシパルからの勝ち上がり勢、そして前々走が13着。

 

これらの点から『勝ち負けには加わらない。1桁着ならあるいは』と判断し、印は付けなかった。

 

 

 

…それがなんだこの状況は

 

『さあレスキューホープが!東北が生んだ『岩手のオグリキャップ』が弾丸のごとく駆け上がる!』

 

なぜその地方の子が

大外の子が

 

 

内を突いて上がって来るんだ!?

 

 

 

「まずい!アスランが!」

「頑張れ!諦めんな!」

「あとちょっとです!けっぱれっ!」

 

スタンド最前列で応援するスピカメンバーは全員手に汗握りながら声援を送る。

 

「踏ん張れ!ゴールだけ見ろ!」

沖野トレーナーも声を上げる。

 

そしてテイオーと、上階のルドルフは

 

((最悪のタイミングだ…!))

 

真っ青な顔をして事の行く末を見守るほか無かった。

 

『最悪のタイミング』とは、ホープがスパートを掛けたときの状況。

すなわち、『アスランの『領域』が終わった瞬間に追い上げてきた』ということ。

 

領域を終え、加速し切った惰性走行のタイミングという最も無防備な瞬間にアスランは狙われた。

 

もっとも、ホープがそれを狙ってやったのかは不明だが、

大事なのは、アスラン()が残るかホープ(後ろ)が差すか。

 

勝負の行方はそれのみだ。

 

 

 

『サクラアスラン粘る!アスランが粘る!ホープフルステークスとは逆の展開となった!

レスキューホープ猛追!凄まじい末脚で食らいつく!

残り200を切った!栄光まで残り200!』

 

(…引き離せない!それどころか距離が狭まって…!)

 

思わず歯ぎしりをする。

 

左斜め後ろからの気配が1秒ごとに大きくなる。

 

脳裏をよぎるのは2021年のダービー。

エフフォーリアがシャフリヤールに差されたあのダービーだ。

 

枠順やら状況やらが恐ろしいまでに類似している。

 

坂はとうに上り終えた。

最後のハロン棒も通り過ぎた。

もう100は切っている。

 

なのに

 

なのに

 

目の前の

 

手が届きそうな近さのゴール板が

 

異様に遠く感じる。

 

あれだけ軽やかだった足が、

 

今となっては鉛の様に重く感じる。

 

 

(っぎ…!)

 

そしてついに視界の端に

 

俺の真横に

 

あの朱色が見える。

 

 

…ゴールは

 

ゴールはまだか

 

まだなのか!?

 

 

早く来てくれゴールっ!!!

 

 

 

 

『ついに横一線並んだ!併せウマで上がっていく!

 

譲らない譲らない譲れない!

両者全く譲らない!

 

無敗の2冠か!地方バ初の快挙か!

 

内レスキューホープ外サクラアスラン!

 

内か外か内か外か!

 

 

 

 

中央の獅子』か!?

 

 

 

地方の侍』か!?

 

 

 

 

どっちだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 



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最も『運のある』者

「どっちだ!?どっちが勝った!?」

「わ、分からん…」

「おい頭下げてくれ!映像が見えん!」

 

スタンドでは観客達がざわめき、ターフビジョンを凝視する。

 

 

『大混戦となりました日本ダービー!1番サクラアスランと18番レスキューホープがもつれるようにゴールを切りました!

1・2着は写真判定、写真判定です!

 

片や史上初の師弟3代無敗のダービー制覇!

片や史上初の地方バによる日本ダービー制覇!

 

どちらが勝っても歴史的快挙です!』

 

場内掲示板では「写真」の文字が点灯し、ターフビジョンではゴールの瞬間が繰り返し流される。

 

3着以下のガーランド達も自分達の結果そっちのけでリプレイを見つめ、「アスランか?」「いやレスキューホープじゃ…」と話し合う。

 

 

「アスラン、アスラン…だ、よな」

「…正直微妙じゃない…?」

「アスランさん…」

 

スピカメンバーも柵から身を乗り出して映像を凝視し、固唾をのんで見守る。

 

「…体勢はアスランが有利か…?いや、しかし…」

沖野トレーナーもぶつぶつ言いながら顎に手を当て思考する。

 

「…もう!私たちが不安になっていかがしますの!?」

ここでマックイーンが声を上げる。

 

「今一番不安を抱いているのは他でもないアスランさんです!

私たちは後輩を労い、勝利を信じるのが先決です。」

「マックちゃんの言う通りだ!」

 

マックイーンの檄とゴルシの賛同の言葉ではっとなり、不安感を払拭する。

 

(…大丈夫。

アスランなら、大丈夫。)

 

そしてテイオーはただ黙って、ターフ上のアスランを見続けた。

 

 

(…まさか、ここまでの接戦となるとは…)

一方、スタンド上階のルドルフは席に座り、事の成り行きを見守る。

 

ドリンクに口を付け、渇いたのどを潤す。

 

「なかなかアツい展開になったじゃないか」

「シリウス…」

 

シリウスはルドルフの座る席の背もたれに腕を乗せ、同じように景色を見る。

 

「…君は、このダービーをどう見る」

「ハッ、そんなのアタシが知るかよ。

『勝利の女神』とやらがどっちを贔屓するかじゃないか?」

「それはそうだが…」

「まあどっちが勝とうと…

 

アスランからすれば茨の道だがな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼーヒュー…ゼーヒュー…」

 

荒い呼吸を少しずつ落ち着かせる。

 

…無我夢中だった。

 

ここまで苦しい走りを感じたのは初めてだ。

 

内ラチに手を置いて身体を預け、額の汗を拭う。

 

ダービーの接戦は色々ある。

 

エアシャカールとアグネスフライト、マカヒキとサトノダイヤモンド。

記憶に新しいエフフォーリアとシャフリヤールなどだ。

 

たとえどんなに接戦だったとしても、ダービーを勝つのと逃すのは天と地の差がある。

 

レースに主役は複数いても、勝者は1人なのだ。

 

少し離れた所で同じように息を整え、汗を拭うレスキューホープを見る。

 

(…前世だったら、競争相手じゃなかったら、こういう子は一番好きなんだがな…)

 

地方所属という物語のある子が、穴馬として台頭する。

競馬のロマンや物語に魅せられた者からすれば、絶好のシチュエーションだ。

 

仮に馬券が外れたとしても、また新たな推し馬との出会いになったと考えるだけだ。

 

だが今世(ここ)はウマ娘の世界。

 

俺と彼女は同期で、

 

競走相手で、

 

自分とテイオーの夢に立ちはだかる、

 

宿敵(ライバル)だ。

 

 

写真判定がまだ明らかにならない中、レスキューホープがアスランに近寄る。

 

「…君と競えて楽しかった。

えっと…アスラン、さん?でいいのかな」

「アスランでいいよ。同期なんだし。

こっちも…ホープと呼んでいいかな?」

「うん。喜んで」

 

軽く握手を交わす。

 

「気を悪くしないでほしいけど…まさか地方にこんな強い奴がいるとは。

しかも移籍ではなく地方所属のままで。

それだけ今回のダービーにかけていたのか…本当にオグリキャップみたいだね。」

「?というと?」

「いやいや、地方所属でダービーに挑戦したのだから、何か夢や目標があるのでしょう?

ここまで這い上がってきた君の強さの源を知りたいなって。

 

どうしてダービーへ挑戦したの?」

 

単純な興味でそうホープに質問した。

 

するとホープは真っ直ぐな目でこちらを見つめる。

 

「君がいるから。」

「え?」

「中央で、いや、同期で最も強い君と戦いたかったから。」

 

ホープはにこやかな笑みを浮かべてそう言った。

 

 

時が止まった気がした。

 

 

『お知らせします。

東京レース場 第11R 東京優駿 写真判定の結果を、場内掲示板にて表示します。』

 

チャイムと共にアナウンスが流れ、『写真』の表示が消えて着順が表示される。

 

 

 

 

 

 

 

確定
18ハナ
141/3

 

 

『勝ったのは…勝ったのは!

 

中央の獅子サクラアスラン!!!

 

師弟3代無敗のダービー制覇達成です!!!』

 

雷鳴の如き歓声と拍手がスタンドに響く。

 

 

(勝った気が、しない。)

 

勝利を喜ぶ気がなかった。

 

「アスラン」

 

目の前の子が再度声を掛ける。

 

「今回は負けてしまったが…次は君に勝ちたい!」

 

純粋で、真っ直ぐな視線でもって、ホープが俺を見る。

 

もし、彼女の夢や目標が

『地方の意地を示す』や『故郷に錦を飾る』とかだったなら、

 

まだ勝利を喜ぶ余裕があっただろう。

 

だが、違う。

 

この子の目標は

 

〈サクラアスランと競う〉こと。

 

菊花賞はもちろん、その後のレースでも、

 

この子はほぼ確実に戦いを挑んでくるということ。

 

『領域』を使ったのにも関わらず接戦にまでもつれ込んだ子と、

 

()()『領域』を出していない、伸びしろが十二分にある子と、

 

戦い続けなければならない。

 

(ッ…!)

 

それを理解した瞬間、全身に悪寒が走った。

 

今回は運が良かったからギリギリ勝てたようなもの。

 

もし俺が1枠1番じゃなかったら

もしホープが大外じゃなかったら

もし俺がまだ『領域』を会得していなかったら

もし1つでも歯車が違っていたら

 

「…恨むぜ神様…」

 

どうやら神様はとんでもない魔境に放りだしてくれたようだ。

 

「あ、アスラン…?」

 

次はこの子に、

 

『実力』にて勝たなければならない。

 

 

「ああ…ごめん。

良いレースだった。

 

…次は、勝つ。

 

少なくとも勝った方の台詞ではないが、自然とそう言葉が出てきた。

 

「俺は菊花賞に出る。

引き継いだ夢を、自分の夢を叶えるために。

 

もし俺に勝つ気があるのなら、京都にて迎え撃つ。」

 

ホープは少し驚いていたが、襟を正して手を差し出す。

 

「分かった。菊花賞で今日の続きをしよう!」

「ああ、そうしよう。

 

…再戦の日まで壮健なれ。」

 

とある小説の一節を引用して再度握手を交わし、アスランはスタンドへ、ホープは地下通路へ歩を進める。

 

 

『中央の獅子』サクラアスランと

『地方の侍』レスキューホープ。

 

世代を代表する2人の短くとも長いライバル関係は

 

こうして幕を開けた。





目標達成!

日本ダービーにて2着以内

次の目標

菊花賞にて3着以内


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今年の日本ダービーを振り返るスレ その99

今日は宝塚記念めでたいな!


1:名無しのダービーファン

このスレは今年の日本ダービーを振り返るスレ その99でござい

 

2:名無しのダービーファン

5月27日 東京第11R

東京優駿 日本ダービー(G1)

芝 2400m

 

1着 サクラアスラン 2:22.1

2着 レスキューホープ ハナ

3着 エイトガーランド 4

4着 アイスナンバー 1/3

5着 グランダリア 1

 

振り返り用

 

 

3:名無しのダービーファン

>>2有能

 

4:名無しのダービーファン

よしスレ立ったな

 

5:名無しのダービーファン

続きと行こう

 

6:名無しのダービーファン

…だから…

 

7:名無しのダービーファン

…強いのはレスキューホープ一択だっ!!!

 

8:名無しのダービーファン

ああん!?サクラアスランに決まってるやろ!!!

 

9:名無しのダービーファン

レース内容もう一度見てこい!

どう見てもホープちゃんが上やろがい!

 

10:名無しのダービーファン

そのホープの猛攻をしのぎきったアスランが上だっての

 

11:名無しのダービーファン

アスランは枠に恵まれただけやろ

 

12:名無しのダービーファン

枠順だけでレースが決まるなら苦労せんわ!

 

13:名無しのダービーファン

ああん!?

 

14:名無しのダービーファン

なんだぁ…てめぇ…

 

15:名無しのダービーファン

おおう、まだやってたのか

 

16:名無しのダービーファン

もう夜が明けますよおまいら

 

17:名無しのダービーファン

おかしいなあ、もうスレが99までいってる

 

18:名無しのダービーファン

1晩でスレを100近く消費すんじゃないw

 

19:名無しのダービーファン

まあ今年のダービーは語りたいことだらけやから

 

20:名無しのダービーファン

>>19それ。後世まで語り継がれるだろあれ

 

21:名無しのダービーファン

昨日のテレビや深夜ラジオなんてどこもダービーの話題で盛り上がってたし

 

22:名無しのダービーファン

『中央の獅子』サクラアスラン

『地方の侍』レスキューホープ

 

23:名無しのダービーファン

この対比よ

 

24:名無しのダービーファン

まさかこんなカードが現実になるとは…

 

25:名無しのダービーファン

中央最強の若獅子に肉薄するのが地方所属バなんてだれが予想できるよ

 

26:名無しのダービーファン

ホントよくホープは大外から持ってきた

 

27:名無しのダービーファン

現地勢みんな「どっちだどっちだ!?」しか言ってなかったw

 

28:名無しのダービーファン

>>27テレビ勢ですが全く同じことを職場の休憩室でやってましたが?

 

29:名無しのダービーファン

>>28何してるしwww

 

30:名無しのダービーファン

アスランの無敗2冠はもちろん素晴らしい

 

でもレスキューホープに夢をみた

 

31:名無しのダービーファン

岩手の方々みんな脳焼かれてそう

 

32:名無しのダービーファン

>>31岩手どころか地方の子やファン全員焼けてそう

 

33:みちのくのダービーファン

わいその岩手民ですが現地はお祭り騒ぎです

 

34:名無しのダービーファン

>>33知ってた

 

35:名無しのダービーファン

最近災害やなんやらで暗い話題が多かったからなぁ…

こういう明るい話題を求めてた

 

36:名無しのダービーファン

メイセイオペラといいユキノビジンといい

 

岩手は名ウマ娘しか輩出できないんか?

 

37:名無しのダービーファン

誇らしくないの?

 

38:みちのくのダービーファン

声を大にして言いたい

 

『ホープはウチの子や!!!』

 

39:名無しのダービーファン

>>38うーんこれは正論

 

40:名無しのダービーファン

盛岡『出身』じゃなくて

盛岡『所属』だからなあ

 

41:名無しのダービーファン

なんでこの子地方所属のままなん?

 

42:名無しのダービーファン

それだけ岩手を大事にしてるってことやろ?

涙が出るわ

 

43:名無しのダービーファン

確かにオグリキャップの一件以来地方バにも門戸が開けたが…

 

44:名無しのダービーファン

だからってそのまま地方所属で来るとは思わんやろ

 

45:名無しのダービーファン

それだけならまだしも接戦の末ハナ差2着…

 

あれこれは夢???

 

46:名無しのダービーファン

>>45現実やぞ

 

47:名無しのダービーファン

>>45夢と現実がごっちゃになってるニキははよ寝ろ

 

48:みちのくのダービーファン

>>41地元の噂だと、ホープちゃんが盛岡に留まりたい的なことを言ったみたいな?

 

49:名無しのダービーファン

>>48いや、わいも水沢民やけど、

こっちが聞いた噂だと、トレーナーの保科さんが移籍のオファーを断ってるみたいやで?

 

50:名無しのダービーファン

うーむわからん

 

51:名無しのダービーファン

とりあえずホープは地方所属のままか?

 

52:名無しのダービーファン

移籍してほしいなあ…

 

53:名無しのダービーファン

>>52いや、ここまできたらいっそ地方所属のままで大暴れしてほしい

 

54:名無しのダービーファン

>>53中央の面子だだつぶれで草

 

55:名無しのダービーファン

オグリの時でさえ中央勢もっとしっかりしろって言われてたのに…

 

56:名無しのダービーファン

見える!ホープが盛岡所属のまま菊花賞に出て史上初の地方バによるクラシックG1制覇の偉業が!

 

57:名無しのダービーファン

>>56日本国民すべての脳を焼き尽くす気か???

 

58:名無しのダービーファン

>>56これにはメイセイオペラもニッコリ

 

59:名無しのダービーファン

>>56いや流石にアスランが中央の意地見せるやろ

 

60:名無しのダービーファン

>>59そう、アスランがいる

ルドルフ以来2例目となる無敗の3冠に王手がかかった若獅子が

 

61:名無しのダービーファン

アスランはアスランで夢があるんだよなあ

 

62:名無しのダービーファン

テイオーの夢を引き継いで偉業へと挑戦するダービーウマ娘…

 

63:名無しのダービーファン

見てぇ…あのアスランが3本指を掲げる姿見てぇ…!

 

64:名無しのダービーファン

え?なに?菊花賞ヤバいことになるのでは???

 

65:名無しのダービーファン

片や地方バによる初のクラシックG1制覇

片や史上2例目となる無敗の3冠ウマ娘

 

66:名無しのダービーファン

>>65とんでもないなこれ

 

67:名無しのダービーファン

どっちを…

どっちを応援すれば良いんだぁぁぁ!!!

 

68:名無しのダービーファン

>>67アスランやぞ

 

69:名無しのダービーファン

>>67ホープやぞ

 

70:名無しのダービーファン

>>68>>69イェニチェリとホープファン自重せいwww

 

71:名無しのダービーファン

思ったんやがアスランファンには『イェニチェリ』って愛称が付いてるんやから

ホープファンにも何か名称付けるべきでは

 

72:名無しのダービーファン

岩手民さん現地でなんかホープファンの愛称的なのってある?

 

73:みちのくのダービーファン

>>72いや、特にないからここで決めて良いと思う

 

74:名無しのダービーファン

>>73サンクス

 

75:名無しのダービーファン

うーんなんだ?

勝負服がだんだら羽織で新選組ッぽいから…

 

76:名無しのダービーファン

よし!『新選組』結成や!

 

77:名無しのダービーファン

>>76それだと安直が過ぎるから『浪士組』はどうや?

新選組の前身の精忠浪士組と、だんだら羽織の元ネタの赤穂浪士にかけて

 

78:名無しのダービーファン

>>77ええなそれ

 

79:名無しのダービーファン

よし!浪士組集合!

 

80:名無しのダービーファン

どうも、芹沢です

 

81:名無しのダービーファン

伊東です

 

82:名無しのダービーファン

山南です

 

83:名無しのダービーファン

>>80>>81>>82

帰れ!

 

84:名無しのダービーファン

粛正不可避www

 

85:名無しのダービーファン

まーた内部分裂してる…

 

86:名無しのダービーファン

日本史選択勢が生き生きとしておられるぞ

 

87:名無しのダービーファン

おやおや…浪士組の皆様は仲間割れなんて…

 

仲がよろしおすなぁwww

 

88:名無しのダービーファン

その点、イェニチェリはそういったもんはないしな

 

89:名無しのダービーファン

我らの鉄の結束を見よ!

 

90:名無しのダービーファン

お前らイェニチェリだって末期には利権腐敗の温床となってたくせに!

 

91:名無しのダービーファン

ニザーム・ジェディード…幸運な事件…ムハンマド常勝軍…

 

92:名無しのダービーファン

>>91やめろぉ!

 

93:名無しのダービーファン

民衆やスルタンからも見捨てられたイェニチェリさんおっすおっす

 

94:名無しのダービーファン

世界史選択勢が生き生きとしておられるぞ

 

95:名無しのダービーファン

まーた話が脱線しとる

 

96:名無しのダービーファン

ファンの愛称決めは他でやっとくれ

 

97:名無しのダービーファン

とりあえず今年のクラシック世代は

 

アスラン対ホープの頂上決戦でおk?

 

98:名無しのダービーファン

>>97大体あってる

 

99:名無しのダービーファン

いやもうどっちを応援すればええんや

 

100:名無しのダービーファン

>>99『どっちの夢を見たいか』

これが全てよ

 

100:名無しのダービーファン

>>100…決めた、やっぱ推しは裏切れん

 

頑張れガーランド!

2人の英傑に負けんな!!!

 

101:名無しのダービーファン

>>100えらい

 

102:名無しのダービーファン

>>100ファンの鏡やな

 

103:名無しのダービーファン

どんな子にもファンはいる

一度推すと決めたならその子を信じ続けるのがレースファンの信念や

 

104:名無しのダービーファン

その2人の英傑やけど、各種メディアとかだと愛称的なの付けられてなかった?

 

105:名無しのダービーファン

>>104『双璧』やろ?言い見えて妙やと思う

 

106:名無しのダービーファン

さしずめ今年のクラシックレース世代は『双璧世代』ってところか

 

107:名無しのダービーファン

双璧と聞くと某スペースオペラが思い浮かぶ

 

108:名無しのダービーファン

「遅かったじゃないか…」

 

109:名無しのダービーファン

「大馬鹿野郎!」

 

110:名無しのダービーファン

…なんか、あれよな…

 

111:名無しのダービーファン

>>110どした?

 

112:名無しのダービーファン

なんか今の状況ってさ

 

『もしもシンボリルドルフとオグリキャップが同期で、

かつオグリがクラシックレースに出れていたら』

 

って感じしない?

 

113:名無しのダービーファン

片や中央のハイパーエリート

片や地方の成り上がり者

 

なるほど

 

114:名無しのダービーファン

サクラアスラン…シンボリルドルフの孫弟子

レスキューホープ…2つ名が『岩手のオグリキャップ』

 

…偶然か?

 

115:名無しのダービーファン

>>114偶然だぞ

 

116:名無しのダービーファン

>>114偶然だぞ

 

117:名無しのダービーファン

>>114偶然だぞ

 

118:名無しのダービーファン

偶然ならしゃーないな!

 

119:名無しのダービーファン

>>118それでいいのかwww

 

120:名無しのダービーファン

しかしそうなると神様も意地悪よな

 

せめて1つ違いだったらわいらはダービーで歴史的快挙を2年連続で見れたのに

 

121:名無しのダービーファン

『誰かの夢が叶う』ということは

『誰かの夢を潰す』ということや

 

122:名無しのダービーファン

>>120気持ちは分かるがその発言は去年と来年のダービーウマ娘に失礼だからやめれ

 

123:名無しのダービーファン

>>122すまぬ

 

124:名無しのダービーファン

夢は菊花賞へ続く…か

 

125:名無しのダービーファン

何が何でも有給とらな

 

126:名無しのダービーファン

今からもう楽しみや!

 

127:名無しのダービーファン

この時代に生まれたことを感謝せな

 

128:名無しのダービーファン

じゃあここいらでお開きということで

 

129:名無しのダービーファン

せやな

 

130:名無しのダービーファン

うわあ…もう外が明るい

 

131:名無しのダービーファン

結局1晩中書き込んでた…

 

132:名無しのダービーファン

あーたーらしーいあーさが来た

 

133:名無しのダービーファン

>>132おばちゃんからハンコもらわな

 

134:名無しのダービーファン

あかん…今日提出のレポート手つかずや…

 

135:名無しのダービーファン

プレゼン資料未完成…おわた

 

136:名無しのダービーファン

社畜と学畜のみなさまは強く生きて

 

137:名無しのダービーファン

今日早番だからもう出ないと…

 

138:名無しのダービーファン

30分だけ寝るかぁ…

 

139:名無しのダービーファン

今日休講日で良かった…

 

140:名無しのダービーファン

じゃ皆様お疲れー

 

141:名無しのダービーファン

お疲れー

 

142:名無しのダービーファン

お疲れー

 

143:名無しのダービーファン

お疲れー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で?あの2人どっちが強いんや?

 

144:名無しのダービーファン

アスラン一択!!!

 

145:名無しのダービーファン

ホープだっての!!!

 

146:名無しのダービーファン

勝ったのに未練がましいぞ!

 

147:名無しのダービーファン

『強いのは』っていってんだろ!

 

148:名無しのダービーファン

だからアスランが強いやろがい!

 

149:名無しのダービーファン

ホープだろJK!

 

150:名無しのダービーファン

ああん!?

 

151:名無しのダービーファン

おおう!?

 

152:名無しのダービーファン

…イェニチェリ集合!!!

 

153:名無しのダービーファン

浪士組集合!!!

 

154:名無しのダービーファン

よし、1限は代返頼もう

 

155:名無しのダービーファン

出勤時間までつきあってやんよ

 

156:名無しのダービーファン

>>155始発の車内から書き込んでますがなにか?

 

157:名無しのダービーファン

キレちまったぜぇ…

 

158:名無しのダービーファン

>>143どうして鎮火したのに燃料を投下したのか

 

159:名無しのダービーファン

>>158まだ朝は冷えるからね

 

160:名無しのダービーファン

>>159オマワリサンこの放火魔です

 

161:名無しのダービーファン

こら当分終わりそうにないな

 

 

 



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もう一つのダービー 三人称視点

一旦話は飛んで7月上旬

 

大井レース場

G1ジャパンダートダービー(JDD)当日

 

芝の日本ダービーと並ぶ砂のダービーであり、ダート街道を進むクラシック期の選手達が中央・地方問わず集結する。

 

特に今年は日本ダービーにて地方所属のレスキューホープがハナ差2着の大活躍をした事もあり、地方全体にてモチベーションの向上が見られ、『#ホープに続け!』が夢見る地方勢の合言葉になるほどだった。

 

 

…一方でその影響の揺り戻しも大きく…

 

「…今回はホープちゃんいないのか…」

「こっちのダービー獲って欲しかったなあ…」

「レスキューホープがいれば…」

「しょうがないだろいないんだから」

「いたら確実に本命バだったのに…」

 

有力視されていたそのレスキューホープが出ないことを惜しむ観客の声であふれていた。

 

そしてそれは出走者側からすればたまったものではなかった。

 

「なんだなんだ!みんなしてホープホープって!

あんだけ弥生賞のときはため息ついてたくせに!

いない奴の話ばっかしてむかつくジャン!!!」

 

控え室にレッドビーチボーイの声が響く。

 

「レッドさん落ち着いて。落ち着いて下さい…」

 

必死にカノープスの南坂トレーナーがレッドをなだめすかすも怒りは収まりそうにない。

 

「…いや、トレーナーさん。ネイチャさんも同じ思いって言うか…」

「そうですね…私たちも…」

「おこ!だよ!ムンッ!!!」

「そーだそーだ!シンジンが注目されないのはむかつくぞ!!!」

 

カノープスのメンバーまで目が据わり、耳を後ろに倒す。

 

「あぁ…もう…

ガーランドさんも皆さんを落ち着かせて下さい」

「そうですねぇ…宝塚ではアスラン、JDDではホープ…

ファンの皆様は空想がお好きなようで」

「ガーランドさん!?」

 

個性の集合体であるカノープスでは比較的常識人枠のエイトガーランドまでアハハと全く目が笑っていない空虚な笑みを浮かべる。

 

南坂トレーナーは頭を抱えながらも再度レッドに向き合う。

 

「いいですかレッドさん。確かに思うところはあるかも知れませんが…

むしろこれはチャンスです。

 

ホープさんの名前が多く挙がるということは、今日のレースに飛び抜けて強い子はいないということ。

いわば全員の実力が拮抗し、誰が勝ってもおかしくありません。

 

…ここまで言えば、分かりますね?」

 

トレーナーの真剣な目に呼応するようにレッドも静かに話を聞き、コクリと頷く。

 

「怒りや劣等感はパワーに変えるもの。

 

今日の思いの全てをレースにぶつけるのです!」

「…分かった!

いない奴がなんぼのもんジャン!

 

行ってきます!!!」

 

「「「頑張って!!!」」」

 

 

一方隣の控え室

 

「あわわ…今まで走ったどのレース場よりも立派で気後れするぜよ…」

「ステップちゃん大丈夫?」

 

高知からはるばるやって来たハルカゼステップと先輩のハルウララは出走の準備を進める。

 

地方最大の規模を誇る大井レース場の迫力と都心故の観客の多さに、ステップは呑まれかけていた。

 

「ええと、ふたふたしゆう(緊張する)ときは…

人という字を書いて飲む…書いて飲む…」

「ステップちゃん!私がとーっておきのおまじないを教えてあげる!」

「おまじない?」

「うん!あのね、みんなをニンジンさんだと思うの!」

「…あれですか、観客をジャガイモやタマネギといった野菜に例えるというあれ…」

「そうそう!

…あっ!なんだかカレー食べたくなっちゃった!」

「ニンジン、ジャガイモ、タマネギ…

…プッ、ホントだ。全部カレーの具材…w」

 

そうやりとりしているうちにステップから余計な力が抜け、緊張が解ける。

 

「ありがとうございます、ウララ先輩。

 

…行ってきます!!!」

「行ってらっしゃい!」

 

 

 

 

 

『いよいよ始まります

TCR第11R ジャパンダートダービー

外回りのチャンピオンディスタンス2000mです。

 

ダート界のクラシック王者を決めるべく、各地から精鋭16人が集まりました。』

 

ファンファーレが鳴り終わり、ゲート入りが進む。

海風と都心部の熱風が合わさり、ジメジメと蒸し暑い空気が流れる。

 

『枠入り完了!

 

スタートです!』

 

そんな空気を切り裂くように、16人のダービー候補生がホームストレッチを駆け抜けていく。

 

『先頭は9番レッドビーチボーイ、後続を大きく突き放していきます。

2番手に1番コトブキガエシ、3番手集団は14番ナイスデスナ、3番フリューゲルライン、16番ベニノダイヤモンド。

後方集団は4番カシワラムセス、10番ウィンベッセル、2番ハルカゼステップ、11番メタルペガシスが固まって2コーナーを過ぎていきます。』

 

大井レース場は1周1600mと中央に匹敵する規模を有している。

最大の特徴は長さ386mの最終直線。

 

普段小回りな他地方のレース場に慣れている子からすると未知の領域であり、

後方から豪快に捲ってくる差し・追込み勢の末脚が爆裂する光景がしばしば見られる。

 

『さあ4コーナー過ぎて先頭は依然レッドビーチボーイ!

南関東随一の直線区間を逃げていく!

 

そして後方から、大外まくってハルカゼステップがやってくる!

土佐が誇る高知優駿バが前を捉えにかかる!』

 

凄まじい加速力で駆け上がるステップとトップスピードを維持するレッド。

 

砂塵舞う熱戦を制したのは―

 

 

『―逃げ切った!レッドビーチボーイ優勝ゴールイン!

地方勢には負けられない中央勢の意地!

 

勝ったのは『浜の赤い超特急』レッドビーチボーイです!

 

ハルカゼステップは力及ばず2着ですが素晴らしい末脚。

3着はダービー経験者のメタルペガシスといったところ。

 

勝ち時計2:04.1。上がり3F35.4。

確定までお待ち下さい。』

 

 

 

 

「勝った!シンジンが勝った!」

「やったやったった~!」

「レッドおめでとう!…次は私だって…!」

「と、いうことはついに…!」

「トレーナーさん!ついにカノープスからG1バが出たよ!」

「…ええ、そうですね。」

 

最前列のカノープスメンバーは狂喜乱舞し、南坂トレーナーは感慨深い顔をする。

 

「…ここまで、長かった…」

「はい、トレーナー」

 

ナイスネイチャがハンカチを差し出す。

 

「おめでと、トレーナー。」

 

 

 

 

 

 

 

「…すみません、ウララ先輩。

負けました…」

「ステップちゃん…」

 

カノープスとレッドで大騒ぎのウィナーズサークルから離れたスタンド沿いにて、柵越しにステップがウララに話しかける。

 

「そんなに落ち込まないでステップちゃん!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ね!」

 

その言葉を聞いたステップは反射的に頭に血が上る。

 

「っ!なんでそんなひどいこと―」

 

と、言いかけたところでぴたりと止まる。

ウララがあまりにもキョトンとしていたからだ。

 

ハルウララは良くも悪くも『嘘のつけない』子である。

出てくる言葉は飾らない本心そのものであることは、ここ数カ月一緒に過ごしたステップは理解している。

 

同時に言葉足らずな面もあり、正確に理解するまで色々誤解したのも1度や2度ではない。

 

それを踏まえてステップはもう一度言葉の真意をかみ砕く。

 

序盤は後方に控え、足を溜め、

あの長い直線に備えた。

そして溜めた足を直線で解放し、逃げのレッドを捉える…

 

誤算だったのは、レッドが思った以上に根性をみせて逆噴射しなかったこと。

強いて言えば敗因はそれだけであり、途中の展開は理想的で、タイムも自己ベストだった。

 

つまり『負けたけど良いレース』とは

『内容が良いレースだった』と同義であり

ウララからすれば最大級の褒め言葉(のつもり)なのだ。

 

ぶち切れる寸前にそれに気づけたステップは深呼吸して血を冷ます。

 

(…やっぱ私まだまだだなあ…)

 

そして再度ウララの顔を見る。

 

「…ありがとうございます。ウララ先輩。

 

次は()()()()()()()()()()()にしてみせます!」

 

その言葉を聞いたウララはパァと花が咲いた様な笑顔をみせる。

 

「うん!次も頑張ろうね!」

「はい!」

 

そのまま土佐の師弟はハイタッチを交わした。

 

 

 

主役(ホープ)不在と言われたJDDは

終わってみれば2人の主役を生み出していた。



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第2章終了時点での『双璧世代』

サクラアスラン

英 Sakura-Aslan

耳飾り 右

所属 中央・チームスピカ

脚質 先行・差し

尊敬する先輩 トウカイテイオー

二つ名 『若獅子』『中央の獅子』『シンボリルドルフの孫弟子』

出走成績(今期)

G1 皐月賞 中山 芝 2000m 1着

G1 日本ダービー 東京 芝 2400m 1着

今期戦績 2戦2勝

総合戦績 6戦6勝

 

概要

本作主人公。

兼 ホープ視点でのラスボス。

アスラン達『双璧世代』中央勢の片翼。

著名な先輩方やベテラントレーナーに支えられ、気付けばエリート街道を突っ走っていた。

トウカイテイオーやシンボリルドルフ、シリウスシンボリといった英傑から薫陶を受け、名実共に世代の頂点に立つ。

…が、台頭したレスキューホープに驚愕し、戦々恐々としている。

アスラン「やべぇよ…やべぇよ…」

曲がりなりにも世代を率いる代表格である以上、無様な姿は見せられないとダービー翌日から練習に励む。

また、気分が高ぶると自然と素の闘志むき出しの発言や行動をみせる。

その結果同期の一部やファンからはカリスマ的な人気を持ち、今となっては本人もノリノリ。

目標はテイオーから受け継いだ夢である『無敗の3冠』

ルドルフ以来の快挙達成が成るかどうかはまだわからない。

 

なおテイオーにコーヒー派であることがばれた模様。

テイオー「アスランのあんぽんたんはどこだーっ!」

スペ「静岡へお茶摘みに行きましたっ!」

 

 

レスキューホープ

英 Rescue-Hope

耳飾り 右

所属 地方・盛岡

脚質 先行・差し

尊敬する先輩 グレートホープ

二つ名 『岩手のオグリキャップ』『地方の侍』

出走成績(今期)

重賞 金杯 水沢 ダート 1600m 1着

G3 共同通信杯 東京 芝 1800m 1着

G2 弥生賞 中山 芝 2000m 13着

OP プリンシパルステークス 東京 芝 2000m 1着

G1 日本ダービー 東京 芝 2400m 2着

重賞 東北優駿 水沢 ダート 2000m 1着

今期戦績 6戦4勝(2着1回)

総合戦績 12戦9勝(2着1回)

 

概要

本作最大のライバル。

兼 もう一人の主人公。

アスラン達『双璧世代』地方勢の片翼。

アスランがエリートなら、こちらはたたき上げの雑草侍。

実家は青森県むつ市大湊。

父方が旧斗南藩士(会津藩士)の家柄で、什の掟をそらんずることができる。

ホープ「ならぬものはならぬものです!」

幼い頃から野山を駆けまわって育ち、もっと走りたいとの思いから盛岡トレセン学園へ進学。

デビュー戦こそぬかるみにつまずき掲示板外になるもその後はめきめきと頭角をみせる。

結果、岩手じゃ収まりきらないほどに成長し、本人もより強い子と戦いたい…

と思っていたところでサクラアスランの噂を聞き、中央へ単身やってきた。

地方所属のままなのは、本人にあまり中央へのこだわりがないのと、弥生賞の一件から保科トレーナーが移籍の話を避けているため。

本人のあずかり知らぬところで地方全体の期待がかけられており、まだまだ大きくなる模様。

 

因みに保科トレーナーはホープがな○うムーブする度に頭と胃を痛めている。

保科トレーナー「すんません。胃薬と育毛剤下さい」

 

 

タイキスチーム

英 Taiki-Steam

耳飾り 左

所属 中央・チームリギル

脚質 逃げ・先行

尊敬する先輩 タイキシャトル

出走成績(今期)

G2 チューリップ賞 阪神 芝 1600m 1着

G1 桜花賞 阪神 芝 1600m 5着

G1 オークス 東京 芝 2400m 1着

今期戦績 3戦2勝

総合戦績 7戦5勝(2着1回)

 

概要 省略

 

 

エイトガーランド

英 Eight-Garand

耳飾り 右

所属 中央・チームカノープス

脚質 差し

尊敬する先輩 ?

出走成績(今期)

G3 きさらぎ賞 京都 芝 1800m 2着

G2 弥生賞 中山 芝 2000m 3着

G1 皐月賞 中山 芝 2000m 2着

G1 日本ダービー 東京 芝 2400m 3着

G1 宝塚記念 阪神 芝 2200m 5着

今期戦績 5戦0勝(2着2回)

総合戦績 11戦2勝(2着3回)

 

概要 省略

 

 

レッドビーチボーイ

英 Red-Beach-Boy

耳飾り 右

所属 中央・チームカノープス

脚質 大逃げ

尊敬する先輩 ツインターボ

二つ名 『浜の赤い超特急』

出走成績(今期)

OP ヒヤシンスステークス 東京 ダート 1600m 1着

OP 伏竜ステークス 中山 ダート 1800m 2着

OP 鳳雛ステークス 京都 ダート 1800m 1着

G3 ユニコーンステークス 東京 ダート 1600m 1着

G1 ジャパンダートダービー 大井 ダート 2000m 1着

今期戦績 5戦4勝(2着1回)

総合戦績 11戦7勝(2着2回)

 

概要 省略

 

 

オーケーハーン

英 OK-khaan

耳飾り 右

所属 中央

脚質 差し

尊敬する先輩 タマモクロス

二つ名 『草原の王』

出走成績(今期)

G1 皐月賞 中山 芝 2000m 8着

G1 NHKマイルカップ 東京 芝 1600m 1着

今期戦績 2戦1勝

総合戦績 7戦5勝(2着1回)

 

概要 省略

 

 

ハルカゼステップ

英 Harukaze-Step

耳飾り 左

所属 地方・高知

脚質 差し・追込み

尊敬する先輩 ハルウララ

出走成績(今期)

重賞 土佐春花賞 高知 ダート 1300m 3着

重賞 黒潮皐月賞 高知 ダート 1400m 1着

重賞 高知優駿 高知 ダート 1900m 1着

G1 ジャパンダートダービー 大井 ダート 2000m 2着

今期戦績 4戦2勝(2着1回)

総合戦績 11戦4勝(2着3回)

 

概要 省略

 

 



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第3章 クラシック期~菊花賞
#ホープに続け! 三人称視点


『サクラアスラン無敗2冠達成!』

『地方所属レスキューホープ ハナ差2着の快挙!』

『双璧の優駿』

『中央・地方戦国時代!』

 

日本ダービー終了直後から、この衝撃的な結果はメディアやSNS、口コミ等によって瞬く間に全国に伝わった。

 

新聞やニュースではアスラン・ホープ関連の見出しが連日のように掲載され、気の早い人達の間では、既に菊花賞の予想合戦が繰り広げられていた。

 

特に、地方盛岡所属であるレスキューホープが、無敗の皐月賞バサクラアスランに肉薄し2着という決着が地方シリーズに与えた影響は計り知れなかった。

 

 

門別

「ねえねえ!昨日のダービー見た!?」

「もちろん!ヤバいっしょあれ!?」

 

 

川崎

「私現地で見てたけど…鳥肌が止まらなかったじゃんねー」

「「「詳しく!!!」」」

 

 

カサマツ

「あの地方の子2つ名が『岩手のオグリキャップ』だって」

「確かにオグリみたいな走りだった」

「オグリはあーしらが育てた」

 

 

園田

「あのサクラアスランがここまで追い込まれるとは…」

「中央勢も絶対やないってこと…やな!」

「明石焼き食ってる場合やない!」

 

 

金沢

「…(うら)さ、レース見て泣いたの初めてかも」

「うちも。心の底が燃え上がるような気持ちになった…」

 

 

佐賀

「今までは交流戦とかで中央勢にいいようにやられてきたけど」

「これからは地方の時代だ!」

 

 

 

 

「「「レスキューホープに続け!!!」」」

 

 

 

レスキューホープがもたらした熱は全国の地方トレセン学園に広がり、

いつしか、地方から中央入りを目指す子、

あるいは「中央がなんぼのもんじゃい!」と息巻く子達の間で、

『ホープに続け!』は合言葉の様に浸透していった。

 

 

高知

 

「『先日の日本ダービーはものすごいレースでした

中央勢としのぎを削ったホープさんの様に、私も中央入り目指して今日も頑張ります!

 

応援よろしくお願いします!

 

#ハルカゼステップ

#ハルウララ先輩

#高知トレセン学園

#ホープに続け!』

 

…これでよしっと。」

 

スマホをタップしSNSに投稿を乗っける。

 

(あのとき川崎で競ったレスキューホープがダービー2着か…

凄い奴と戦ったんだなあ…)

 

ハルカゼステップは年末の全日本ジュニア優駿を思い出す。

当時でさえ圧倒的な末脚の鋭さについて行けず、悔しい思いをした。

 

「そら敵わないはずぜよ」とつぶやき、再度SNSを見る。

 

「…あ、もうコメントがついてる」

 

『ハルウララの弟子』を公言するステップは、学園側の許可を得てSNSを活用している。

 

ハルウララからそのまま流れてきたファン層や、新規のファンの開拓・発信が主だ。

これは、圧倒的な人気で有馬出走までこぎつけたウララから見習った点であり、今やフォロワーは5000を超す。

 

投稿に目を通す中で、あるコメントに目がとまる。

 

『練習お疲れ様です、中央進出応援してます。

…でもこのまま行ってもレスキューホープの2番煎じにしか成りかねないですね…』

 

コメントを見て少しため息が出る。

 

…正直その通りなのだ。

 

今から中央に行ったところで、ダービー2着のホープを上回るインパクトを与えられるか…?

と聞かれれば言葉に窮する。

 

『ハルウララの弟子として活躍し、師弟の力を示す』のが目的のステップにおいて、

同じ地方バのホープが話題をかっさらうこの状況では、活躍しても注目されないかもしれない。

 

『#ホープに続け!』という言葉は、

ある種諸刃の剣なのだ。

 

(…ならこっちも高知優駿で優勝して高知ダービーウマ娘の名を…!

…だめだ、地方重賞と国際G1じゃ勝負にならんき…

 

いっそもう一回ダービーがあれば…)

 

そう思ったところでフッと思考が止まる。

 

「もう一回ダービー…?」

 

そしてガタッと立ち上がり、猛スピードで部室に向かう。

 

「ウララ先輩!!!」

「うわあ!

ステップちゃん!?どうしたの?」

「私、G1を!ジャパンダートダービーを目指します!」

「ふえ?」



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まだ英雄ではない英雄 三人称視点

6月17日 水沢レース場

 

岩手レースにおけるクラシック世代の頂上決戦『東北優駿』

岩手ダービーとも呼ばれ、全ての岩手所属バが目指す頂点である。

 

 

『放送席ー放送席ー!

こちらウィナーズサークルです!

 

先ほど東北優駿にて見事1着に輝いたレスキューホープさんにお越し頂きました!

 

優勝おめでとうございます!』

「ありがとうございます。」

 

その東北優駿を圧勝したレスキューホープはウィナーズサークルにてインタビューを受けていた。

 

 

「ホープ!!!」

「おめでとー!!!」

「岩手の英雄だ!」

「メイセイオペラの再来だ!!」

 

スタンドの観客から大歓声が上がる。

ホープは気恥ずかしく思いながらも頭を下げる。

 

『まず率直な感想をお聞かせ下さい!』

「そうですね、まずは勝ってよかったと思っています。

それから―」

 

若干たどたどしいところもありつつもインタビューは続く。

 

元々取材に慣れていないホープだったが、いつまでも書面で解答しているわけにはいかないと、保科トレーナーと想定問答集を作って練習していた。

その保科トレーナーは、カメラマンの後ろで冷や汗をかきながら

 

(…落ち着けー、落ち着くんだべー、ホープ!)

 

…ある意味レース本番よりも緊張していた。

 

 

 

「…いやぁ、さっすがはレスの字だべ!

おらの見立てに狂いはなかった!」

「…そだなぁ…デビュー戦で掲示板外になってべそかいてたのが遠い昔のように思えるべさ…」

 

スタンド上階のバルコニーでは、

後輩の活躍に満足げな盛岡トレセン学園生徒会長のグレートホープと、

同じく後方先輩面する盛岡トレセン学園寮長のスイフトセイダイのコンビが

お互いうんうんと頷き合ってた。

 

「なんにせよこれで次期会長はもう決まったようなもんだべ!

これで盛岡も安泰だべさ!」

「…いや、それは気が早すぎるべ。

第一ホープが岩手にとどまると決まったわけでは」

「こうしちゃおれん!早速祝勝会の準備だ!」

 

とグレートホープはスキップしながら階段を降りていった。

 

「…またリヤカー引いて買い出しだべか?

まったく…いつからウチの会長はばんえいの子になったんだが…」

 

スイフトはため息をつく。

 

「噂に名高い中央のルドルフ会長みたいにちょっとは落ち着いてく―

 

…ん?」

 

スイフトの視界の端にある光景が入る。

先ほどの東北優駿で2着だった子が会場の外へと出て行ったのだ。

 

(…?)

 

気になったスイフトはその子の後を追うべくスタンドを後にした。

 

 

水沢レース場の裏手には北上川が流れている。

 

芝が広がる河川敷の一角に、その2着の子はいた。

吐息は荒く、まだ熱を帯びた足を叩き、

ざりと地面を踏みつけて、走ろうとしていた。

 

「ストップ!ストップ!

何してんだべ!?」

 

走り出す寸前でスイフトが止めに入る。

 

「スイフト寮長…

…すみません、練習したいので、失礼します」

「練習!?とぼげた(バカな)こと言うんでねぇ!

レース終わってすぐに練習なんて出来るわけねえべ!」

「でも、練習しないと」

「無茶して足壊したらどうするつもり!?

おめのトレーナーから許可出てないっしょ!?

んな無茶やってたら勝てるレースも勝てないべさ!」

「…無茶しなきゃアイツ(ホープ)に追いつけないんだっ!!!」

 

河川敷に怒号が響く。

 

「ああそうですよ!アイツは凄い奴ですよ!

地方の重賞連勝して、全日本も勝って、共同通信杯も勝って!

あげく日本ダービーで2着になって!

『岩手のオグリキャップ』!?『メイセイオペラの再来』!?

みんながみんな『岩手の英傑』だって褒め称える!

今日だってみんなホープが勝つところを見に来たようなもんだ!

 

でも…でも!アイツは雲の上の存在じゃない!

中央のサクラアスランみたいな、『無敗の天才』なんかじゃない!

アイツだって普通に負けているんだ!

私が勝てる時だってあるはずなんだ!

 

私は…私は!

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

1度はあいつに勝っているんだ!

 

手が届かない存在じゃないなら!努力すれば追いつけるはずなんだ!

私はっ!…アイツの『経験値』なんかじゃ終われない!!!」

 

今までため込んでいた本音をすべてさらけ出す。

 

和光同塵の天才を知ってしまった、普通の者の苦心でもあった。

 

「…気持ちは分かった。

だが、練習はダメだ。」

「でも…でもっ…!」

「いい加減に―!」

 

 

「…いいんじゃないですか?」

 

横から声がしたため顔を向けると、鹿毛のウマ娘がいた。

 

「…ヴィノロッソ…おめいつからいた。」

「割と最初から…かな」

「いや、いたんなら一緒に止めてくんろ…」

「すみません。

でも…こういうのは止めても無駄だと思いますよ?」

 

そしてヴィノロッソは「ホントにヤバそうだったら止めるんだよ」と2着の子に話す。

 

「…ありがとうございます。ヴィノロッソ先輩。」

 

2着の子は頭を下げると、そのまま泣き叫びながら河川敷を走っていった。

 

「時には感情むき出しで発散させたほうがいい時もありますから」

「…まあ、おめに免じて何も見なかったことにするべ」

 

スイフトは頭を掻き、ヴィノロッソは少し微笑む。

 

「まだ英雄ではない英雄に出会ってしまった苦しみは、分かってるつもりですから」

「それは…おめのことだべか?」

「そう聞こえました?」

 

 

 

 

一方その頃 水沢レース場の控え室

 

「改めてホープ、優勝おめでとう。」

「ありがとうございます!トレーナーさん!」

 

賛辞を送る保科トレーナーに、レスキューホープは頬を赤らめながら頭を下げる。

 

「インタビューも無事に終わって何よりだべ。

これからは少しずつ取材も受けていく方針にするべさ。」

「あの、トレーナーさん。そのインタビューで、色んな記者さんから今後の予定や次走を聞かれたんですが…

もちろん、練習通り『今後はトレーナーと相談して決める』って言いましたが…」

「ううむ、それなんだがな…

 

 

 

 

 

 

ホープ、北海道へ遠征しにいくべ。」

「ふぇ?」

 



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同期との日常

作者「お待たせしました。最近影が薄くなっていたアスラン側の話です」
アスラン「あんたのせいじゃい!!!」


朝日が昇り始めた早朝の府中。

栗東寮の部屋にも日差しが入り始める。

 

(…ちょっと早いけど…まあいいか)

 

アラームが鳴る前に目が覚め、枕元のスマホを起動し目覚ましを解除する。

 

「くっ…と」

 

少し背伸びをしてからベットから出て、布団をたたむ。

 

「むにゃ…EKKOさんもう食べられないですよ…えへへ…」

(まーた布団はいで寝てる…)

 

反対側のベットではタイキスチームが布団をはいで爆睡している。

 

渋谷でテレビ出演して以降、どうやらEKKOさんに気に入られたようで、

昨日もテレビの企画で『オークス祝勝会』をしてもらい、たらふく食べてきたようだ。

 

スチームの布団を直した後、さっとジャージに着替えて起こさないよう静かに部屋を出た。

 

「めにゃ…行ってらっさい…」

 

 

 

 

澄んだ朝の空気を取り込みながらランニングする。

まだ眠りに就いた街は涼しく、自分の足音や新聞配達のバイクの音だけが響く。

 

分倍河原駅に着いたところで、駅員と遭遇する。

駅のシャッターを開け、始業作業中のようだ。

 

「おはようございます。」

「おお、アスランさん。おはようございます。

今日も朝から早いですね。」

「いえいえ、駅員さんの方が早いじゃないですか。」

「まーこっちは仕事だからね。

車に気をつけるんだよ。」

「はい!ありがとうございます。

どうぞご安全に!」

「ご安全に!」

 

そう言って挨拶した後ランニングを再開した。

 

「毎朝早くから頑張るなぁ…

さすがはダービーウマ娘。」

 

 

 

 

大国魂神社の鳥居に一礼して境内に入る。

社の中からは朝の神事を行う声がする。

 

(今日も無事に終わりますように…)

 

社に向かって祈りを捧げる。

 

神社まで来たら折り返し地点だ。

休憩ついでに軽くストレッチをする。

 

(…うん?)

 

参道を見ると、見覚えのあるウマ娘がランニングしてくる。

 

「あっ、ガーランドか。

おはよう。」

「アスラン!?

お、おはよう。」

 

カノープス所属のエイトガーランドがジャージ姿で現れる。

どうやら俺と同じく朝練中のようだ。

 

「そっちも練習か。こりゃうかうかしてられないな。

あ、塩飴食べる?」

「い、いや…まだ始めたばかりでそんな汗かいてないから…

…というかなんで君そんな汗かいてるの」

「いやぁ、結構走ったからね」

「…」

 

タオルで汗を拭いつつ、ガーランドと少し会話する。

 

「そういえば聞いたよ。今度宝塚記念に出るんだって?

クラシック期で宝塚か…ロマンあるなあ…」

 

今だ誰も成しえていない『クラシック期による宝塚記念制覇』の偉業。

やはりこういった偉大な記録への挑戦に心躍るものがある。

 

「…なんなら君も出たら?」

「おうそれも悪くない…けど、止めておくよ。

自分の目標はあくまで『無敗の3冠』だからね。」

「…そっか。変なこと言ってごめん。」

「いやいや謝んないでよ。

宝塚全力で応援してるからね!

そんじゃまた!」

 

汗が大分乾いたのと、ガーランドの練習の邪魔になってはいけないと思い、神社を後にした。

 

「…明日からアスランより早く練習しよう。」

 

 

 

 

 

時間は飛んでランチの時間。

 

「ハーン、歴史のノート返すよ。助かった。」

「おう!かまへんで。

でも成績優秀なあんたも歴史だけは苦手なんやな!」

「ま、まあね」

 

カフェテリアにてオーケーハーンと仲良く昼食をとる。

 

皐月賞にて最後の直接対決を経て、お互い別々の路線へと進んだ。

路線が違うので疎遠になる…と思ったが、

むしろ主戦場が被らなくなったことで、お互い気兼ねなく話せるようになり、

今となっては気の置けない親しい仲となった。

 

「そういえば安田記念には挑戦しなかったんだな」

「ああ、今の目標はスプリンターズステークスやからな。

短距離に身体を慣らすのが今後の課題や」

「短距離は瞬発力勝負だからなあ…大変そう」

「ま、大変じゃない練習なんてそうそう無いやろ」

「それもそうか」

「今はバクシンオー先輩やキングヘイロー先輩のレース映像を見て自分に落とし込むって感じやな」

「なるほど。スプリントだけに走りを自分に刷り込むってとこか?」

「ほほう?短距離(スプリント)印刷(プリント)を掛けたってとこやな?」

「ばれるの早ない?」

「あほう、あんたの考えてることなんてお見通しやでお笑いおん。

第一今のギャグは会長並やで」

「やっぱり?まあこんな回りくどくて笑う前に納得が先にくるかしょーもなさすぎて笑えないルドルフさんのギャグで笑う奴なんてそうそうおらんけどなw」

「違いないw」

「「wwwww」」

 

 

 

 

 

そして放課後。

 

スピカの部室にて沖野トレーナーがメンバーにプリントを配る。

 

「今回の合宿のテーマは…

ズバリ山ごもりだ!」

「…えっ、山伏に弟子入りでもするんですか?」

「いやいや、まあ端的に言えばキャンプだ。」

「「「キャンプ!」」」

 

全員の目が輝く。

 

「険しい山でのトレッキングや高地トレーニングで長距離(ステイヤー)向けのスタミナと強靱な足腰の獲得が目的だ。

 

最後の1冠菊花賞!

 

全員で取りに行くぞ!」

 

「「「はい!!!」」」

 

最後の総仕上げにして最大の難所である菊花賞。

 

その菊花賞に向けた大事な夏が

 

始まる!




アスランから見た同期達の印象

タイキスチーム 賑やかな快活同期
エイトガーランド ロマンに挑む同期
オーケーハーン 親友
レッドビーチボーイ 赤毛のダート勢
ハルカゼステップ 未遭遇

レスキューホープ 絶対倒すべき同期




おまけ
カフェテリアにてアスランとハーン(お笑いコンビ)の酷評を聞いてしまったルドルフ

生徒会室

ルドルフ「離してくれエアグルーヴ!今の私にはこれが必要なんだ!」
エアグル「お気持ちは分かりましたが生徒会室で笑点のDVDを見ようとしないで下さい!」
ルドルフ「かの林家木久○師匠のギャグを学びたいんだ!」
エアグル「そこはせめて6代目円○師匠にしてください!」

ブライアン「もしもし、テイオーか
今すぐナイスネイチャを連れてきてくれ」




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チームスピカ全員集合!

作者「暑くてモチベ上がらん…
あとシリウスが来ない…」
シリウス「宝塚で運使い切ったからだろ」


7月初め

 

羽田空港第三ターミナル 到着ロビー

 

「そろそろ来るはずだが…」

沖野トレーナーが時計を確認する。

 

「あっ!来ましたよ!

スズカさーん!!!」

「スペちゃん!それにみんな。

お迎えありがとう。」

 

「「「スズカ(さん)おかえり(なさい)!!!」」」

 

アメリカでの長期遠征を終えて、サイレンススズカが帰国した。

久しぶりにメンバー達と再会し、顔がほころぶ。

 

「改めまして、サクラアスランです。

お会いできて光栄です。」

「サイレンススズカです。よろしくね、アスラン。」

 

挨拶をして握手を交わす。

あのサイレンススズカが目の前にいるという事実に胸が躍る。

 

「おうスズカ。遠征お疲れ様。」

「トレーナーさん。お久しぶりです。」

「悪いな、帰国直後に夏合宿だなんて」

「いえ、私の方から参加したいって希望したのですから謝らないで下さい。

早くみんなに会って、一緒に過ごしたいって思ってましたから。」

 

疲れた顔を一切せず、涼やかな笑顔を見せる。

疲れ云々よりも、みんなと会えた喜びが勝っているようだ。

沖野トレーナーも「そうか」と言って頭を撫でる。

 

「よし、これでチームスピカ全員集合だ!

フルメンバーで合宿に行くぞ!」

「「「おう!!!」」」

 

 

 

 

 

 

今回、スズカの搭乗していた飛行機が午後着だったため、去年同様夕方からの出発となった。

まだまだ日が長い夏の空の下、ワゴン車は高速をひた走る。

 

車内ではスズカのアメリカでの思い出話や、自分のダービーの話が主となり、賑やかに時が過ぎていた。

 

…ただまあ、どんなに話が弾んだとしても、それは行程が順調にいっていればの話であり…

 

 

『中央道下り線はトラック2台が絡む事故の影響で、大月IC付近を先頭に30km渋滞しています。ご利用の方はお気をつけ下さい。

続いて首都高速道路の状況です、』

 

カーラジオから無慈悲な現実が流れてくる。

 

「全然動かねえ…」

 

山梨方面へ向かう途中で事故渋滞に巻き込まれ、カメ並の遅さで進む。

既に日は暮れ、車内には気怠げな空気が流れる。

 

「トレーナーさん…おなか空きました…」

「ウエジニシチャウヨー」

「スペ、テイオー。もうちょい我慢してくれ。」

「その言葉はさっきも聞きました!」

「そーだそーだ!」

「このままゴルシちゃんたちを干からびさせるつもりかー!?」

「サービスエリアでご飯ぐらい食わせろよ!」

「そーよそーよ!」

 

もはや暴動寸前の車内。

 

「いや…こういう時って大体他の車も同じこと考えてるのでこのまま高速走ったほうがいいですって…」

「アスランさんの言う通りですわ。下道におりてからでも遅くはありません。」

「ヤダヤダオナカスイター!!!」

「「「メーシ!メーシ!メーシ!メーシ!」」」

「ええいお前らは麦わら海賊団か!?」

「トレーナーさん…その、私も…機内食を食べてからずいぶん経つので…」

「分かった分かった!せめて談合坂まで我慢してくれ!」

 

そんなこんなで中央道を抜けるだけでも数時間かかり、インターを下りた時点でもう22時を回っていた。

 

「悪いスズカ、地図見てくれ。

山奥過ぎてスマホのナビが機能してない。」

「わかりました。お任せ下さい。」

 

助手席に座ったスズカが地図を手に取る。

 

「おっと分かれ道か…どっちだ?」

「左です」

「…本当か?青看は右になってるが」

「左で合ってます」

「ならまあ…」

 

ハンドルを左に切って進む。

 

(…なんかうまよんでこんな感じの回なかったっけ…)

若干背筋が凍り、少し身構える。

 

 

 

 

 

10分後

 

「おいスズカ!

行き止まりじゃないか!」

「…おかしいですね。」

「本当にさっきの左だったのか?」

「ちゃんと確認しました!」

 

ゴルシがオーライオーライ言いながら沖野トレーナーはハンドルを切り返す。

 

ここでテイオーがあることに気付く。

 

「…ねえスズカ。その地図逆さまじゃない?」

「………あ」

 

凡ミスだった。

 

「おいおいスズカ勘弁してくれよwww

アメリカ行って地図の見方も忘れちまったのか?」

「そういえばアメリカ人って地図読めない方が多いって聞きますよ?

そんなとこまでアメリカナイズされなくてもwww」

「えー?スズカ逆さまの地図みて案内してたのー?

おっちょこちょいだねーwww」

「す、スズカさん…」

 

ここぞとばかりにいじりたおすテイオー・アスランコンビと、

暗闇でも分かるぐらい顔を真っ赤にしたスズカ。

 

「さあどうなんだ?ごめんなさいの一言ぐらいは欲しいところだな。

もしくは

 

『サイレンススズカがバカ』なのか

『トレーナーが合ってました』か

 

どっちだwww?」

 

カチッ(スズカの羞恥心が振り切れた音)

 

トレーナーさんがおバカです!!!

「「「wwwww」」」

 

 

 

 

23:50

「おーし、ようやく目的地の看板が見えてきた!」

「な、長かった…」

 

窓の外に目的地のキャンプ場の看板が見える。

車内に安堵のため息が出る。

 

「…あっ、待って下さいトレーナーさん。」

「どうしたスズカ」

「入り口に立て札が…」

 

キャンプ場へ向かう山道の入り口にはチェーンが張られ、立て札があった。

 

〈本日の受付は終了しました〉

 

「あっ…」

 

 

24:00

-Time Up-




沖野「…おーし、お前ら。いいかー?

…えー

ここを
キャンプ地と
する

アスラン「ただのwww
ただの冬期チェーン着脱場じゃないですかwww」
スズカ「うそでしょ…」


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元ネタあり

道ばたでの野宿が確定した夜。

 

広いスペースに大型テントを張り、寝袋を持って中に入った。

ちなみに沖野トレーナーは車中泊だ。

 

大型テントとはいえ、8人入ると少し狭さを感じる。

 

ランタンを中心に輪の様に各自寝床を確保して寝袋に入る。

 

「なんだかこういったのも新鮮で楽しいものですわね」

「ええ、みんなと過ごせて楽しいわ」

 

マックイーンとスズカが楽しげに話す。

 

「こんな夜はなんか語ろうぜ」

「いや…語らないで寝ましょうよゴルシさん」

「なんだよアスラン、ノリがわりーぞ!」

「じゃあ言い出しっぺからやるもんじゃないんですか?」

「おっ!じゃーあたしのとっておきの話を披露してやるか!」

 

 

エピソード1 ゴールドシップ

 

 

その日、ゴールドシップは北海道にいた。

メジロの療養所にいるマックイーンに会いに行くためである。

 

マックイーンはアスランのホープフルステークスを観戦した後、再度療養所に戻り、3月の復帰に向け詰めの調整をしていた。

じいやから復帰間近だと聞いたゴルシは、サプライズで陣中見舞いに(というより遊びに)来たわけであった。

 

(メジロの療養所って遠いんだよなーいっそグアムあたりに作ってもらうか!)

 

と考えながら街中のバス停に並ぶ。

するとそこへメジロのじいやから電話がかかってくる。

 

「はいはいもしもしみんなのゴルシちゃんでーす」

『ああ!ゴールドシップ様!マックイーンお嬢様から何か連絡は来ておりますでしょうか!?』

「…何かあったのか?」

『申し訳ありません!マックイーンお嬢様が療養所から急にいなくなってしまわれたのです!』

「なんだって!?マックちゃんが!?」

『朝お部屋を確認しましたら『スパイスが待っていますわ!』との書き置きだけ残して忽然と…

一緒に滞在されていたライアンお嬢様も見当たらず、途方に暮れておりまして…』

「そりゃ大変だ!アタシも探しに―」

 

バッと探しに行く体勢に入ったところで、

目線の先の、とあるお店の、見覚えのある2人組が目に入る。

 

「あー…いや、大丈夫だぜじいや。今見つけた」

『はい?』

 

 

「―まさかマックちゃんが療養所の薄味料理に飽きたからって、ライアンと抜け出して街中のスープカレー屋にいるとはビックリだったなー」

「ちょっとゴールドシップ!なんでその話をここで暴露しますの!?」

「まあ2人ともその後メジロのばあちゃんにこってり絞られてたけどな!」

「追い討ちをかけないでくださいまし!」

 

ケタケタと笑うゴルシと顔真っ赤にして怒るマックイーン。

 

「食べ物がらみの話かーじゃあ俺も…」

 

 

エピソード2 ウオッカ

 

 

「ここが新しく出来た健康ランドかー

ワクワクするな!」

 

都内某所の健康ランドの前にウオッカはいた。

 

キッカケは、昨日タニノギムレットと話していた際、気分転換の話になり、

 

ヘパイストスの息吹(サウナのロウリュ)を受けた後のマッド・スライド(コーヒーミルク)こそ至高」

 

という話を聞き、早速影響されて体感しにきたわけである。

 

サウナに入り、軽く汗を流し整ったあと、更衣室兼休憩室にてコーヒーミルクを飲む。

 

(おっ、アイスの自販機もあるじゃん。ラッキー)

 

そのままアイスを購入し、ソファでしばらくくつろいでいると、

別のサウナ室から汗ビッショリの見覚えのある人影が出てくる。

 

「あん?なんだスカーレットか。お前も整いに来てたのか。

ここのアイス美味いぞ、食うか?」

「…

 

 

…アタシの目の前でアイスパクついてんじゃないわよ!!!

 

 

「…こいつとはつきあい長いけどあんな理不尽に怒られたのは初めてだったぜ…」

「しょうがないでしょ!?人が必死こいて汗流して太り気味解消しようとしてるのに、のんきにアイス食ってたらそりゃ怒るわよ!」

「第一太った原因はタキオン先輩に作った弁当の料理の残りを毎回食べてるからだろ?自業自得だ」

「なんですって!!!」

 

毎度おなじみウオスカコンビの取っ組み合いが始まる。

 

「おいおいこんな狭いところでケンカすんなよー」

「そうですよ!それにスカーレットさんはどうしてその余った料理を私にくれないんですかー!」

「…いや、スペさんはいい加減自重って言葉を覚えて下さいね?」

「へ?」

「へ?じゃないですよ。この前の事件を忘れたとは言わせませんよ?」

 

 

エピソード3 サクラアスラン

 

 

皐月賞が終わってしばらく経ったある日。

 

「お疲れ様でーす」

「おお、アスラン。ちょうどいい、お前に届け物だ。」

 

部室に入って早々、沖野トレーナーから紙袋を渡される。

 

「念のため中身は見させてもらったが、特に危険は無かったから渡しておくぞ。」

「これは…お菓子と…手紙?」

 

中に入っていたのは、よいとまけが3本入った詰め合わせセットと、ファンレターだった。

どうやら入院時にお世話になった理学療法士さんが贈ってくれたようだ。

胸が少し熱くなる。

 

「…ダービーも勝とうな、アスラン。」

「はい!」

「あー、ところでこのロールケーキ?はどうする?」

「折角3本味違いで入ってますからみんなで分けましょう」

 

と、机の上によいとまけの箱を置いて、紙皿を探す。

 

「失礼しまーす、アスランちゃんいますか?」

「あれ、スチーム?どうしたの?」

「あ、練習前にごめんねアスランちゃん。先生が呼んでるよ。」

「分かった、今行く」

「そうだ、俺も職員室に用が…」

 

と、2人揃って出たため、一時部室は無人となった。

 

10分後

 

職員室での用を終え、部室に向かう。

手にはカフェテリアで貰ってきたアイスコーヒー(ブラック)がある。

 

(よいとまけは甘いって話だからな、ブラック片手にコーヒーブレイクとしゃれ込むかー)

 

と、いそいそしながら部室のドアを開ける。

机の前にはとある人影が立っていた。

 

「ああ、スペさん、お疲れさ」

「あっ!アスランさんお疲れ様です!

机の上のお菓子先に頂いてます!

アスランさんもひとついかがですか?」(むっしゃむっしゃ)

 

「」

 

 

「…正直見損ないましたよスペさん!いくら卑しんぼ総大将でも人のお菓子には手を付けないと思っていたのに!」

「だ、だって机の上に置いてあったらみんなのものだって思うじゃないですかー!」

「だとしても3本中2本も独り占めしないで下さいよ!しかも期間限定のレモン味とイチゴ味から先に食べて!楽しみにしてたのに!」

「スペちゃん…うそでしょ…」

 

あまりの同室の卑しんぼうぶりに頭を抱えるスズカ。

 

「ごめんなさいねアスラン。スペちゃんにはしっかり言っておくから…」

「なしてー!」

 

スピカの賑やかな夜はまだまだ終わらない…




さあ3つ全部誰の話が元でしょうか?


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山を越えた先

「ふーっ…ふーっ…」

 

ひたすら続く険しい登山道を息を切らしながら進む。

タオルで汗を拭い、再度前を見る。

 

「後…少し…!」

 

 

今回の夏合宿は一言で言えば『高地トレーニング』だ。

空気の薄い山中にて有酸素運動を行うことで、酸素の取り込みに負荷を掛け、持久力の向上を目指す。

 

山梨県のキャンプ場を拠点に、トレッキングやマラソン、雨天時は近隣のジムにある低酸素室で筋トレなど、ひたすら泳ぎまくった去年とは異なり、地に足を付けてトレーニングを続けた。

 

そして今回、トレーニングの集大成として登山に挑んでいる。

 

最初の内は川のせせらぎやセミの声を楽しむ余裕があったが、

今となっては目の前の道を見るのでいっぱいである。

 

(足にくるなぁ…)

 

左足に負荷が集中しないよう注意しながら大きな段差を乗り越える。

 

水分やらタオルやらが入ったリュックを背負っての登山は、筋トレしながらウォーキングしているのと同義だ。

 

足をいたわりながら少しずつ前へ進む。

 

 

 

 

 

木立の間を抜けると、開けた場所に着く。

 

「おっ、着いたかアスラン。」

「アスランお疲れ!」

「お疲れ様ですアスランさん!」

 

山小屋の前で先行していたスピカメンバーが出迎える。

 

どうやら頂上に着いたようだ。

 

「お疲れーアスラン!そこに座ってー!」

 

テイオーが駆け寄ってきて俺をベンチに座らせる。

 

「足は大丈夫?怪我とかしてない?」

「怪我は大丈夫です。足が棒のように疲れましたが…」

 

そのままベンチで談笑ながら休憩する。

 

「あっ!皆さん見て下さい!」

「どうしたスペ」

「雲がとれて目の前に富士山が!」

 

先ほどまで曇っていた景色が晴れ、雄大な富士山の姿が現れる。

 

「でけぇな!かっけぇな!」

「写真撮りましょ写真!」

「やっほー!」

 

大盛り上がりのメンバー達。

 

(富士山かぁ…5合目までしか行ったことないんだよな…

…いつか頂上へ挑戦してみたいな…!)

 

つられて自分も思わず富士山に思いをはせる。

 

日本一高い独立峰の頂上から見る景色は格別だろう。

何せ遮るものが一切ないのだから。

 

(…一番上からの景色か…)

 

富士山を見ている内にふと思う。

 

『三冠』という頂点にはどんな景色が待っているのか、と。

 

遮るものがない景色を見て何を思うのだろうか。

 

頂を極めた後に目指すべき先はあるのか…

 

「…皮算用も甚だしいか。」

 

そう呟いて少し笑う。

こういったことはたどり着いてから考えればいい話だ。

 

そんな自分の心中を知ってか知らずか、テイオーが富士山を見ながら話す。

 

「富士山ってさ、カイチョーみたいだよね」

「ルドルフさん…ですか?」

「一番高くて、カッコよくって、大きくて!

アスランもそう思わない?」

「なるほど…

まあ自分からすればテイオーさんもそうですけどね」

「えー違うよーアスラン。

ボクはカイチョーを超えるウマ娘になるんだから…そこはエベレストみたいって言ってもらわなきゃ!」

「またずいぶんと大きく出て…」

 

そう話している内に気付く。

 

富士山だけが、三冠だけが全ての頂点ではない。

恐らく山を越えた先には、また新たな山が見えているのだろう。

 

『1つの山を登り終えたらまた新たな山を目指せばいい』

とはシングレのフジマサマーチの台詞だったか。

 

俺も、そうでありたい。

 

 

「おーし、そろそろ下山するとすっか!」

「「「おう!!!」」」

 

ゴルシの号令と共に返事が飛ぶ。

 

「アスラン、下りの方が足への負担が大きいから気をつけてね」

「わかりました、テイオーさん」

 

自分もまた、テイオーと共に登山道を下っていく。

 

 

 

三冠と、その先を見据えるキッカケとなった夏合宿は、充実したものとなった。

 

 

 

 

その裏で、最大のライバルが苦境に立たされているとも知らずに。




すみません!遅れました。

…高頻度で更新する方ってホント尊敬します。


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選択肢 三人称視点

作者「流石やジャックドール!まさに黄金の逃げ!」
アスラン「作者よ…いくら去年の映像を見ても、今年の勝者はプログノーシスなんだ…」
作者「なんでや宝塚の儲け消し飛んだやないかい!!!」

*馬券はほどほどに


「すげぇ!すげぇぜホープ!」

「まさに地方の希望だ!」

「大湊から来たかいあったな!」

「いやまじか…」

「化け物かよ…」

 

その日、札幌レース場は熱気と戦慄に包まれた。

 

『精鋭ぞろいのG2札幌記念!

制したのは盛岡所属レスキューホープ!

4馬身差の圧勝です!』

 

東北優駿を優勝したレスキューホープ陣営はジャパンダートダービーではなく、夏の北海道レースへの遠征を決めた。

 

これは、菊花賞への挑戦を視野に、中央レースでの経験値(獲得賞金)稼ぎを目的とした保科トレーナーの作戦であった。

 

夏は多くの有力バが合宿に重きを置くため、その隙を狙う中堅の子が主に出走する。

ホープも対抗であるサクラアスランがいない内に場数を踏む絶好の機会でもあった。

 

その結果

G3 函館記念 2着

OP 札幌日経オープン 5着

 

そして、夏屈指の名レースが展開されるスーパーG2札幌記念では、

並み居るシニア勢を差し切り、まさかの1着という大戦果をあげ、

北海道遠征は大成功に終わった。

 

 

 

『―荒れた内馬場を突っ切ってのレース運びでしたが自信はありましたか?』

「確信はなかったですが、ダートよりは走りやすかったので、いけると思いました。」

 

ウィナーズサークルではホープへのインタビューが続く。

半年前(共同通信杯)では迫り来る記者達に目を回していたホープも、回数を重ねて若干怪しいところもありつつも、冷静に応対できるまでに成長した。

 

『それでは、以上をもちまして優勝バレスキューホープ選手へのインタビューを―』

「すみません、最後に!

秋の大目標は菊花賞ですか?」

 

終了間際に藤井記者が質問する。

ざわついていた場内がシンと静まり返る。

 

「そうですね…

アスランが菊花賞に出るのなら、僕も菊花賞を目指します。」

 

凜とした目でそう言い切った。

 

「こ、これは…」

「事実上の宣戦布告…!」

「ダービー以来の頂上決戦か!?」

 

記者だけでなく聴衆からもざわめきが起る。

 

(これは菊花賞とんでもないことになるで…!)

藤井記者は息を呑んだ。

 

 

 

 

 

ウィニングライブを終えたホープは保科トレーナーの待つ控室へ向かう。

 

(菊花賞はこの前の札幌日経よりも長いのか…頑張らないと)

 

そう思いながら控室のドアノブに手を掛ける。

 

 

―待って下さい!ホープを潰す気ですか!?

 

 

部屋から保科トレーナーの怒号が漏れる。

音を立てないよう静かにドアを開ける。

 

「はい…はい…

ええ、それはもちろんですが…

…なんとかしろ!?そう言われましても!

 

あっ、ちょ、もしもし?もしもし!?

 

…切れちまったべ…」

 

乱雑にスマホを机の上に置く。

 

「…あのートレーナーさん?」

「うおっ!?

…な、なんだホープか、お疲れ。

汗かいたべ、今ドリンクを」

「あの、トレーナーさん、さっきの電話は…」

「あー、いや、その」

「僕の名前が出ていたので気になって…」

「…聞かれてたべか…」

 

大きくため息をついた後、ホープを見る。

 

「…実はな、おめに…

…南部杯への出走要請がかかっているんだべ。」

 

マイルチャンピオンシップ南部杯

岩手シリーズで行われる唯一のG1であり、

ダートマイル王者を決める、岩手で最も格式高いレースである。

 

「去年の全日本以来のダートG1ですね。

分かりました、それに向けての練習を…」

「…」

「…トレーナーさん?」

 

今まで見たことないような苦い顔をする保科トレーナー。

 

「…おめ…意味分かって言ってるべさ?」

「え?」

「南部杯に出るなら…菊花賞は諦めてもらうぞ。」

「どうして、ですか」

 

 

ウマ娘レース界にはある不文律がある。

 

それは

『連闘は2回まで』というものである。

 

半月を1シーズンと換算し、連続出走は2シーズンまで。

すなわち『3シーズン以上の連続出走は避けるべき』というものだ。

 

これは、3連闘以上となると怪我や故障、不調のリスクが大幅に高まるというスポーツ医学に基づいた提言であり、

中央はもちろん、昔かたぎな地方シリーズでも定着しつつある。

 

「地方所属のホープが10月後半の菊花賞に出るには、9月後半に行われる神戸新聞杯かセントライト記念のトライアルレースに出る必要がある。

そして南部杯は10月前半…

確実に3連闘になる。」

「で、でもそれぐらい…」

「いやダメだ。菊花賞は今までで一番長い3000mだ。

レースの疲労が残った状態で出す訳にはいかんべさ。」

「それは…」

 

そして、保科トレーナーにはもう一つ懸念があった。

 

(…もし南部杯で1着なぞ獲ろうものなら、確実にJBCへの出走を要請される。)

 

南部杯は『Road to JBC』の副題からも分かるように、JBC競走へのトライアルレースに指定されており、1着バにはJBCスプリントまたはJBCクラシックへの優先出走権が与えられる。

今年のJBCは11月前半に盛岡で開催だ。

 

もし全部出るとなると、4シーズン連続出走となり、影響は計り知れない。

 

誤解のないよう明記しておくと、

盛岡トレセン学園をはじめ、大半の人達は

 

「レスキューホープを菊花賞へ!」

と考えている。

 

 

その一方で

 

「地方バに長距離は無理だ」

「無謀な挑戦を続けて故障したらどうするのか」

「これ以上中央を刺激しないでほしい」

「いつまでオグリキャップの幻影を追い続ける気なのか」

「地方の子なのだから地方で大成させるべき」

 

といった『保守派』の声も決して小さくはない。

 

海外に行ったプロ選手を日本でも見たいとファンが思うように、

地元の英雄を地元で見たいと思う層が出るのは当然の理でもあった。

 

「で、でも。あくまで『要請』なんですよね。

断ることだってできますよね。」

 

これはホープの言う通りである。

しかし…

 

「…大人の世界はそう単純じゃないんだべ…」

 

保科トレーナーの気怠げな声が全てを物語っていた。

実際、先ほどの電話の主は『保守派』の重鎮とも言える岩手シリーズのある幹部からの電話だった。

 

「すまんホープ…私に力がないばかりに…」

力なく保科トレーナーは頭を下げた。

 

現状、レスキューホープに突きつけられた選択肢は主に2つ。

 

当初の予定通り菊花賞を目指す『中央ローテ』か

要請に応え、南部杯とJBCを狙う『地方ローテ』か

 

…または…

 

「なあホープ。

おめは…どうしたい?」

 

 

『地方の希望』レスキューホープ

 

膨らみすぎた期待と、大人の思惑が複雑に絡み合った選択肢が、

彼女に襲いかかった。




ここまで現実(ファンの声)に気付いていない保守派はいないとは思いますが…そこはフィクションということで。

ただまあシングレを読んでると大人の事情とかダイレクトに出てきたりしているので、実際にホープみたいな逸材が出てきたらこうなるかなと。
(なお見切り発車の模様)


*この話はフィクションであり、実際の岩手競馬や関係者を貶める意図は一切ありません。


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義理か本音か 三人称視点

『なるほど、それでおらに相談に…』

「はい…」

 

保科トレーナーから二者択一の選択肢を提示されたその夜、レスキューホープは盛岡のグレートホープ会長に電話で相談していた。

 

同じ『ホープ』の名を持つ2人は気の合う先輩・後輩として仲が良く、気兼ねなく話せる間柄だった。

 

『そうだべな…おらからしたら答えは一つしかないようなもんだが…』

「ほ、本当ですか?」

『ああ、レスの字よ。

おめは…どこのウマ娘だ?』

「?…むつ市大湊…」

『ああすまん、言い方が悪かった。

 

おめは、どこ所属のウマ娘だ?』

 

静かに、諭すような声がスマホから聞こえる。

 

「………岩手盛岡です。」

『そうだ。おめは中央ではなく地方の子だ。

であるなら、自ずと答えは決まるはずだべ。』

「それは…」

 

レスキューホープが言葉に窮する間、グレートホープは自分の考えを伝える。

 

『資金や設備が潤沢な中央に比べ、地方はどこもギリギリだ。

それでも、おら達地方のウマ娘がのびのびと走ることが出来るのは、一重にその地方を支える地元のファンがいてこそなんだ。

だからこそ、地方のウマ娘は、あくまで地元のファンのためにレースをするのが、道理というもんだべ。』

「道理…」

『んだ。確かにおめの中央レースでの活躍は素晴らしい、そこは認める。

だけんじょ、だからといって地方のレースを疎かにしていいわけはない。

ましてやそれが南部杯ともなれば…な。』

 

グレートホープの正論がレスキューホープに突き刺さる。

それでも、自分の気持ちとの折り合いがつかない。

 

「でも…でも、約束したんです。

菊花賞でアスランと再戦を―」

『ならぬものはならぬ!』

「っ!」

『…それが「義理を果たす」ということだべ。』

「…」

『とにかく札幌記念はお疲れ様。

また凱旋パーティーの準備をして待ってるから、気をつけて帰ってくるんだべ。

では!』

 

通話はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

翌日

 

昨晩、ろくに眠れなかったホープは札幌の街を当てもなくさまよっていた。

 

(…南部杯か、菊花賞か…)

 

頭が混乱し、いまだ整理がつかない。

本音は当初の予定通り、アスランのいる菊花賞だ。

だが、昨日いわれた正論が残る。

 

 

悩み歩き続けている内に腹の虫が鳴く。

 

時計台の時刻は既に12時を過ぎていた。

 

(とりあえず食べてから考えよう…)

 

そう考え、札幌市内にあるさっぽろラーメン横丁へと足を向ける。

 

横丁に入ったところで、とある店の前に人だかりが出来、おのおの店内の写真や動画を撮っていた。

 

興味を持ったホープが店を覗く。

 

「…ふう…

…おかわり。」

「ぐぁーっ!もう勘弁してくれ!

スープも麺も底をついちまった!」

「む、そうか…大将の作るラーメンはとても美味しいからついつい食べ過ぎてしまった…

…また来てもいいだろうか?」

「かーっ!そう言われちゃあ料理人冥利につくってもんよ!

次来るときはありったけの量用意して待ってるからいつでも来てくんな!

 

オグリキャップさん!」

 

でっぷりとお腹を出して店の外に出ると

 

「…!」

「…君は…」

 

オグリキャップとレスキューホープの目が合い、そして

 

「「ぐぅ~」」

 

二人同時にお腹が鳴った。

 

 

 

 

 

大通公園

 

「君もあのラーメンを食べに来ていたのか。

全部食べてしまってすまない。

そこの屋台で焼きトウモロコシを買ってきたから一緒に食べよう。」

「は、はあ…」

 

オグリキャップとレスキューホープは、公園内にあるベンチに並んで腰掛け、袋いっぱいに入った焼きトウモロコシを頬ばる。

 

「…」

「え、えと…オグリキャップさん、ですよね。」

「私のことを知っているのか?」

「そりゃ流石に…

あ、僕はレスキューホープといいます。」

「ホープか、良い名前だ。

オグリキャップだ、よろしく頼む。」

 

二人の芦毛のウマ娘はここで初めて名前を交わした。

 

「なんだか不思議な気持ちだ。

心が温かくなるような…()()()()()()()を、君からは感じる。」

「僕も…同じ気持ちです。」

 

レスキューホープにしてみれば、グレートホープに初めて会った時と同じような感触を覚える。

 

(この方が、『芦毛の怪物』オグリキャップ…)

 

『岩手のオグリキャップ』という2つ名で呼ばれるホープから見て、オグリキャップは雲の上の存在、歴史上の偉人のようなイメージを持っていたが、

 

(…意外と普通…かな…?)

 

実際に会ってみるとどこにでもいそうな、親しみやすさすら覚える程だった。(腹以外)

 

「…何か私の顔に付いているだろうか?」

 

まじまじと見つめていたため、オグリが問いかける。

 

「い、いえ!その、

…噂には聞いてましたが本当によく食べるんですね。」

「む…まだ8分目ぐらいなのだが…」

「やはりそれだけ食べるのが強さの秘訣なんですか?」

 

急に話を振られたホープは慌てて食欲と強さのことを聞く。

 

「そうだな…沢山食べて力に変えるのも大事だが…

一番は『みんなのため』という思いが、私を強くさせてくれた。」

「みんなのため…ですか?」

「私は中央ではなく、カサマツ…地方出身なんだ。

カサマツを離れるときは、トレーナーや友達、地元のみんなと離れてしまうのがさみしかった。

それでもカサマツのみんなは、遠くはなれた故郷から、私を応援し続けてくれた。

たとえカサマツで走れなくても、変わらず応援し続けてくれるみんながいた。

 

みんなの声に応えるために、『どう』走ればいいか。

そう考えたら、不思議と力がわいてくるんだ。」

「『どこ』ではなく…『どう』走るか…」

 

ほぼ同じ境遇の先輩からの話は、

ホープの心に、

正論よりも深く突き刺さった。

 

「…オグリキャップ先輩」

「ん?」

「ありがとうございます。

先輩のおかげで、決心がつきました。」

 

ホープはオグリを見て、深々を頭を下げた。

 

「なんのことか分からないが…

君の力になれたのなら、うれしい。」

 

オグリは少し戸惑ったが、ホープに微笑んだ。

 

「さあいっぱい食べてくれ。

まだまだたくさんあるからな。」

「頂きます!」

 

 

 

その日の夕方、

レスキューホープ陣営は、正式にG2セントライト記念への出走を表明した。




・レスキューホープ

父 グレートホープ
母 アネスト(母父 オグリキャップ)

クロス

トピオ(FR) S3×M5 
Native Dancer(USA) M4×S5 
Nearco(ITY) S5×S5 



クロスは知識皆無に等しいので深くツッコまんといて…
調べれば調べるほど訳分からん


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ヴィクトリー!

アスラン「なぜ1ヶ月近く開いた!言え!」
作者「ここ最近残業祭りでアプリすら禄に出来ませんでした!」
アスラン「何か言い残すことは?」
作者「連載開始から1年、読者の皆様ありがとうございます!」
アスラン「ありがとうございます!」



夏合宿が終わり、2学期が始まる。

 

9月は秋レースの始まりであると同時に、トレセン生にとっては感謝祭の時期でもある。

 

今年のスピカの出し物は「自由研究」をテーマに、各メンバーが自分で記事を考え、それぞれ本にして販売するというもので、スズカの『アメリカ体験記』や、スペ&マックの『府中の飲食店100選!』、ゴルシの『全米が震撼!黄金船VS巨大イカ!』など、個性豊かな本が飛び交っていた。

 

ちなみに俺は『現役バが教える 必勝!レース予想』を売ろうとしたら、

「えー?アスラン宝塚記念と札幌記念の予想思いっきり外してるじゃーん」

とテイオーから無慈悲な現実を突きつけられたのでやめた。

 

本を売らない代わりに、空いた時間は会いに来たファンとの交流に努める。

 

まだデビュー戦しか走っていない去年と違い、今年はダービー含めて2冠を獲っているため、ひっきりなしにお客さんが来る。

 

「ホープフルから応援しています!」

「ダービーは手に汗握りました!」

「3冠期待しています!」

 

ファンから応援の言葉を頂く度に、胸の奥がアツくなる。

 

テイオーから引き継いだ俺の夢が、多くの人に夢と希望を与えているという事実が誇らしく、熱意に変わるのを感じた。

 

 

「アスランー!まだお昼食べてないでしょ?

休憩していいよ!」

「わかりました、なるべく早く戻ってきます。」

 

昼休憩の時間になり、チュロスを食べながら学園内をうろつく。

 

グラウンドから一際大きな歓声が上がり、気になって足を向ける。

 

 

 

『さあチーム対抗障害物リレー!先頭はチームナリタのナリタトップロード!そのすぐ後ろにサクラチヨノオー!チームサクラも追いすがる!』

 

グラウンドでは感謝祭恒例のイベントレースが行われていた。

どこぞの金船障害を思い出す光景だが…

 

『両チーム共にアンカーへバトンが渡った!チームナリタはナリタブライアン!後続を突き放す!チームサクラはサクラローレル!追いつくことが出来るのか!』

 

「逃がさないよ、ブライアンちゃん!」

「ローレルか…来い!」

 

目の前で模擬レースにしておくには惜しいカードが実現している。

 

『最後の障害は…借り物競走!

…え?借り物競走?

誰ですか!この障害考えたのは!?』

 

ブライアンとローレルがターフに置かれた封筒を拾い上げ、中身を確認する。

 

「「…!?」」

 

2人同時に困惑の表情をした後、キョロキョロしながら観客席へむかう。

お題はなんだったのだろうか?

 

「…おい、手伝え。」

「あっ!ブライアンさん!マヤでいいの?」

「お前でいい。行くぞ」

「アイ・コピー!」

 

ブライアンは観客席にいたマヤノトップガンを選んだようだ。

とするとローレルは誰を選ぶのk「ねえ!君!」

 

…ん?

 

「君だよ君!葉桜の耳飾りの君!」

「は、え、自分ですか!?」

「君しかいないの!ほら付いてきて!」

 

有無を言わさずローレルに引きずられながらグラウンドに出る。

 

いや、その、急展開が過ぎるんだが。第一、

 

『さあそれぞれペアが決まった模様です!ナリタブライアンはマヤノトップガンを!

そしてサクラローレルは…今年のダービーウマ娘サクラアスラン!

一体どんな勝負となるのかっ!』

 

…いくらローレルがいるとしても、あのマヤブラコンビに挑むの!?

これから!?

 

『最後の借り物競走はペアと二人三脚でゴールするのがルール!

各ペア足を結びます!』

 

「あ、あの、ローレルさん?」

「大丈夫!私に合わせて」

「は、はい!」

 

鼓動が跳ね上がる。

 

ローレルと肩を組んで、息を合わせながら前へ進む。

 

「お前が私に合わせろ、いいな」

「えー?ブライアンさんがマヤに合わせてよー」

「お前な…」

 

なんかもたついているマヤブラコンビを尻目にサクラコンビが一気に追い抜く。

 

「「1!2!(アン!デュ!)1!2!1!2!」」

 

『先頭サクラローレルとサクラアスラン!

息ぴったりでゴールイン!

 

優勝はチームサクラです!』

 

観客席から歓声と拍手が湧く。

 

「『桜と団子は竹馬の友』!コンビネーションバッチリでした!」

「お二人とも素晴らしい!バクシン的勝利です!」

 

同じチームのサクラチヨノオーとサクラバクシンオーが祝福しにやってくる。

 

「2人ともありがとう!2人の活躍があったから私も頑張れたんだよ。

それに…」

 

ローレルがこちらを向く。

 

「もう一人のサクラ君のおかげでね♪」

「き、恐縮です」

 

 

さっきからドキドキが止まらない。

 

 

「そう言えばお題はなんだったんですか?」

「あ、チヨちゃん見たい?これ!」

 

ローレルがお題の紙を見せる。

 

『自分と共通点のある後輩』

 

「ブライアンちゃんは一緒にレースを走ったマヤちゃんを選んだみたいだね。

で、この子は私達と同じ『サクラ』の子!

共通点ぴったりでしょ?」

「なるほど!流石はローレルさん!」

 

盛り上がるチームサクラ改めヴィクトリー倶楽部の皆様。

 

「君が観客席にいて良かった!私達相性バッチリだね。」

「ありがとう、ございます…」

 

 

この動悸は単に走った後とか、美人な先輩に見つめられたからとかではない。

 

 

「君一時期倶楽部に来ていた子でしょ?髪型や雰囲気が違っていたから今まで声掛けづらかったんだけど…」

「…え!?」

「前々から君とは話してみたいって思っていたの。

同じサクラの子だし、なにかこう、()()()()()()()()()()()から!」

 

 

鼓動がさらに早くなる。

 

今、一つの謎が解けた。

 

なぜテイオー産駒の俺の冠名が

『トウカイ』でも

『シンボリ』でもなく

『サクラ』なのか。

 

 

「確か菊花賞に挑戦するんだよね。私達も応援するよ!

 

君の夢を、一緒に見たいな!」

 

 

俺は

『不屈の挑戦者』サクラローレルの、

後継者なんだ。




・サクラアスラン

父 トウカイテイオー
母 シンコールビー(母父 サクラローレル)

クロス

Northern Dancer(CAN) S4×M5 


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今も昔も

あらすじ

片方がスターなブロッサムだった
(新刊買いました)


模擬レースが終わった後、ローレルから

「一緒にお話しよ!」

と誘われたため、校内のベンチに腰掛ける。

 

近くの屋台で売ってた今川や…まんまる焼きを片手に一緒に頬張りながら、ローレルから過去のことを聞く。

 

とりあえず分かったことをまとめると…

 

・サクラアスランは小学5年生の夏休みにヴィクトリー倶楽部に入った

・今学園にいるメンバーとは練習メニューが違っていたため、特に交流はなかった

・ローレルとも数回話した程度だった

・在籍時はそこまで速くなかった

・冬休み前に親の転勤で倶楽部を辞めた

 

…とのことらしい。

 

「そっか…事故で記憶がないんだね。」

「ええ…思い出せず申し訳ないです。」

「謝らなくていいよ!」

 

いつぞやのハーンの時と同じように、(表向きは)事故で記憶がないことを伝える。

 

「倶楽部でもあまり話せなかったし、急な転校でお別れも出来なかったから、またいつか会えたらなって思ってたの。

そしたら今年のダービーで見覚えのある子がいたからもしかしてって思ったんだけど、髪型や雰囲気が前と全然違ってたから、中々声を掛けられなくて…

 

でもさっき一緒に走ってみて『やっぱりそうだ!』って思ったの!

 

あの時声を掛けて大正解!

私はまたこうして会えてうれしいもの!」

 

 

ローレルが目をキラキラ輝かせながら俺の手を取る。

 

テイオーやシンボリ勢とはまた違った感じで顔が良い。

 

「あの、自分ってそんなに以前とキャラが違うのですか?」

「うーん、なんて言ったらいいかな…」

 

ローレルが口に手を当てて考える。

 

「今のアスランちゃんはすごく落ち着いてて、大人びているんだけど…

 

倶楽部にいたときは、とても賑やかで気が強くて、よくみんなを笑わせていた印象が強いかな。」

「もしかして『お笑いおん』って名乗ってました?」

「そうそう!『調布のお笑いおん』って言ってた!もしかして記憶が戻ってきたの!?」

「い、いや…でもなんとなくそうじゃないかと…」

 

案の定だよまったく!

この子ハーンと出会う前から大阪因子濃すぎやろ!?

 

(そらローレルもハーンもここまでキャラが違ったら困惑するわな)

 

 

そう思ったところでふと考える。

 

(…もとの『サクラアスラン』はどうなってしまったのか…)

 

前世からこのウマ娘の世界にやって来たわけだが、俺の場合は『転生』と言うより『憑依』に近い。

 

もとの魂はやはりあの事故で亡くなってしまっているのか、あるいは心のどこかで眠っているのか。

 

ここ最近考えていなかったが、あくまで自分は『この身体を借り受けている』という事実は忘れないようにしたい。

 

「…」

 

そう自分が物思いにふけていると、ローレルは自分の目を見て、少し口角が上がる。

 

「…Une hirondelle ne fait pas le printemps.」

「…それは?」

「フランスのことわざでね、1羽のツバメで春は来ないって意味なの。

どんな物事も1つの事象だけで判断するのは良くないって教訓かな。」

 

フフッとローレルが微笑む。

 

「昔のアスランちゃんも、今のアスランちゃんも、私からすればどっちも同じアスランちゃん。大切な後輩に違いはないよ!」

 

朗らかな笑みをみせながらそう自分に伝えた。

 

『今も昔も同じ人物の一面として受け入れる』

これが出来る人物はめったにいない。

 

(これが…サクラローレル…!)

 

テイオーやルドルフとは別ベクトルで尊敬出来る御仁だ。

 

そんな方の後輩であることに誇りと気恥ずかしさを感じた。

 

「だから今のアスランちゃんのことをもーっと知りたいな!」

「分かりました!そういうことなら喜んで―」

 

そのままローレルと2人で色々なことを話した。

 

 

 

なおその後俺を探しに来たテイオーが、サクラコンビの語らいを見て

 

「ヤダヤダボクガアスランノセンパイナンダー!!!」

 

と地面に寝っ転がって駄々をこね始めたのであきれ顔でいさめたのはここだけの話である。

 



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ステイヤー教室

今日はスプリンターズステークスめでたいな!


9月後半の夜

 

「アスランちゃんまだ起きてる?電気消していい?」

「ああごめんスチーム。このレースだけ見たら終えるから」

 

アスラン・スチーム部屋にて、アスランは机の上のタブレットでひたすらレース映像を見ている。

アスランの後ろからスチームが眠い目をこすりながら映像を見る。

 

「これって今日の神戸新聞杯の映像じゃん。どうしたの?」

「どうした…って、ライバルたちの走りを見るのは当然じゃん?ただでさえ自分今回出走してないんだし。」

「そういえば、アスランちゃんはセントライト記念にも出てなかったよね?ステップレースはいいの?」

 

今回、俺は菊花賞のトライアルレースであるセントライト記念や神戸新聞杯には出なかった。

三冠バを含む歴代の菊花賞バはほぼ全員トライアルを経験してから勝っているため、スチームのような疑問は、記者たちやファンからも聞かれた。

 

「まあダービー勝っているから菊花賞への優先出走権は確保しているし絶対でなきゃいけないってわけじゃないのと…あとは足だね」

 

菊花賞は初の長距離かつ高低差が激しいコースのため、脚部への負担が大きい。

左足に不安を抱えている以上、あまり消耗するわけにもいかない。

 

とはいえ、基本的にトライアルレースに出るのはメリットが大きいからでもある。

菊花賞前に実戦で身体を慣らす、ライバルを観察する、自身の状態を見極めるなど…

 

(だがそれは相手も同じこと)

 

ガーランドをはじめとした同期達からマークされ、かつ()()レスキューホープと再戦することを考えると、実戦よりも準備に時間を掛けたほうがいい。

差が出るとすればここだろう。

 

「それにトレーナーも元々トライアルレースは考えてなかったっぽいよ。

『中距離の経験は十分だから、それを下地に身体を長距離に慣らす時だ』って」

「なるほど…長距離ってそんなに大変なんだ…」

 

ティアラ路線のスチームが驚いた顔で頷く。

 

「それで明日からの練習に備えようってこと?」

「そ、明日からステイヤーの先輩方と練習するからね。」

 

 

 

 

 

 

 

次の日 スピカの部室

 

「―というわけでよろしくお願いします!

マックイーンさん!ゴルシさん!」

 

早速スピカのステイヤーコンビに頭を下げて教えを請う。

 

「そうかしこまらなくて結構ですわ。最後の1冠かつステイヤーへの入り口…必ずや勝利を掴みましょう!」

「おっ!このゴルシさまを選ぶとは…見る目あるな!」

 

芦毛コンビも快諾する。

 

正直長距離はリギルよりもスピカのほうが分があると思う。

 

最強ステイヤーの1角であるメジロマックイーンと、(こんなんでも)2冠バのゴールドシップ。

おまけでスペシャルウィークがくるぐらいには豪華な面子である。

 

「うっし!じゃあ早速()()やるか!」

「ええ。()()ですわね。」

 

ゴルマクコンビがお互いににやりと笑い、練習場所へと連れて行く。

 

 

 

 

 

 

 

室内プール

 

「なるほど、プールで遠泳ですか」

「ええ、去年の夏合宿でも行いましたが、やはり足への負担軽減を加味してスイミングが最適ですわ」

「スタミナがないとまず勝負にならないからな!」

 

水着に着替えてプールサイドに立つ。

 

「長距離は総合戦とよく言われます。スピードやパワー、ポジショニング…正に『強い』ウマ娘にしかできないレースです。

中でも、スタミナは根幹とも言うべきものですわ。

スタミナが無ければ付いていくのも精一杯ですし、逆にスタミナが多ければとれる戦術の幅も広がるというものです。」

 

マックイーンの話を聞きながらプールに入り、身体を慣らす。

 

「準備終わりました。」

「分かりました。では早速始めましょう。

 

では…最初はとりあえず1()6()フリー(クロール)から」

「了解で…」

 

自分の耳を疑う。

 

「…あの、一つ確認なんですが。

『16』って160mのことですよね?」

「このプールは50mプールなのですからそんな中途半端な距離泳げませんわよ?」

安田記念(1600m)を泳げと!?」

 

(*水泳では1=100mで換算します)

(*プロ選手でも20分近くかかります)

 

「あ、アタシが後ろから追いかけるから追いついたら最初からな!」

「あと折角ですからバタフライにして腕の力も一緒に鍛えてしまいましょう。」

 

「お、鬼!悪魔!!芦毛!!!」

 

 

 

 

 

「なるほど…それでこんなにふやけちゃって…」

「まあ泳ぐのは好きですから」

 

芦毛コンビによる地獄のスイミング教室から解放された後、練習コース横で水分を摂っているとローレルが現れ、そのまま会話が弾む。

 

「私は菊花賞含めてクラシックレースには届かなかったけど…アスランちゃんが真正面から挑む姿を見るとワクワクするの!」

「恐縮です」

「皐月賞から咲き続けているアスランちゃんの桜、菊花賞で満開になるといいね!」

 

ローレルが屈託のない笑顔を見せる。

 

ふとローレルの言葉で、ある競走馬を思い出した。

 

(菊の季節に桜か…)

 

サクラ冠名で唯一の菊花賞馬『サクラスターオー』

その最期は悲劇として知られているが、そのスターオーの意思を引き継いだのがローレルでもある。

淀の桜は2度にわたり咲き誇った。

 

「分かりました!淀に3冠の桜を咲かせて見せましょう!」

「うんうん!アスランちゃんなら出来るよ。」

「ローレルさん、お時間よろしければ併走お願いしても?」

「もちろん!」

 

 

 

 

 

 

「―てな感じで過ごしたので一日が長いというか、盛りだくさんというか」

「は、ハードな一日だね…」

 

そして夕方、日課と化したライスシャワーとのランニングにつきあう。

 

「レースに出てない分身体や脳みそを動かさないとじっとしてられなくて…ライスお姉様もいつもすみません」

「ううん、ライスはいいのだけど…」

 

赤信号で止まったタイミングでライスがこちらを見る。

 

「…むしろアスランちゃんは自分よりも、まわりの子に注意した方がいいかも…」

「と、いうと」

「その、今のアスランちゃんは、その…」

 

言いよどむ姿を見て、なんとなく言いたいことが伝わってきた。

 

「…今の自分はミホノブルボンだから、ですか?」

 

ライスがこくりと頷いた。

 

無敗2冠バの菊花賞挑戦。

今までの比じゃないマークに襲われるだろう。

 

そして真に警戒すべきは

 

「だからアスランちゃん。()()()()()()に気をつけてね。」

 

狙いをしぼってやってくる『伏兵』の存在だ。

一応トライアルレースの結果から目星は付けているが…

 

「…ありがとうございます。

必ず、勝ってみせます。」

 

伏兵すら跳ね返せねば、あの『朱色の侍』には勝てない。

 

 

淀の舞台は刻一刻と迫っている。




水泳の長距離種目では泳者が距離を誤認しないよう、ラスト1往復で鐘が鳴ります

カランカランカランカラン!
マックイーン「ラストー!そーれーっ!」


カンカンカンカン!
ミラクル(お、同じ金属音なのに意味が全然ちがう…)


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前哨戦 三人称視点

10月10日

京都レース場

 

G1 秋華賞当日

 

ティアラ路線の最終戦となる秋華賞。

注目を集めている出走者は約2名。

 

一人は桜花賞を制したクランベリーレイ。

そしてもう一人は…

 

「―秋華賞は内側コースだから最後の直線が…

 

おい!スチーム!聞いているのか!?」

「は、はいっ!すみません!」

 

控室にてタイキスチームはリギルの東条トレーナーから最後のレクを受けていた。

 

「アップとコースのイメージを再度確認するように。

以上だ。」

 

東条トレーナーは話を終えると席を立ち、スタンドへ向かう。

そして入れ代わるようにエアグルーヴとヒシアマゾンがやってくる。

 

「おいおいどうしたってんだい?ボーっとしちまってさ。

エアグルーヴじゃあるまいし」

「わざわざ私を引き合いに出すな!

…まあ私も秋華賞は人の事は言えないが。」

「先輩方…」

 

スチームはもじもじとしながら目を伏せる。

 

「どうした。走る前から覇気を失っていては勝てるレースも勝てんぞ。」

「…」

 

スチームは黙ってカバンから何かを取り出す。

 

「おっ!今日のスポーツ紙やレース新聞じゃないか。

どの新聞もスチームが注目の的だな!」

「まてヒシアマ、これは…」

エアグルーヴが何かに気づく。

 

『菊花賞の前哨戦!』

『双璧世代クラシック戦の試金石』

『秋華も二強 菊花も二強』

『秋華賞から見る菊花賞の予想!』

 

「表面上は秋華賞がメインですが、見出しや紙面をよく読むと真のメインは来週の菊花賞だって分かります。

確かにアスランちゃん達クラウン路線が注目されるのは分かりますが…

私達ティアラの子達は菊花賞の前座でしかないのでしょうか…

そう思ったら、なんか集中出来なくて…」

 

消え入りそうな声と共にスチームの耳は曲がり、しょんぼりとした顔となる。

「…まーそもそも『双璧世代』って称されてる時点でどこが注目されてるか明らかだもんなー」

ヒシアマゾンが頭を掻く。

 

そしてエアグルーヴは「そうか」と呟くと、

持っていた新聞を綺麗に折りたたんでゴミ箱に投げ捨てた。

 

「!?お、おい」

「エアグルーヴ先輩…?」

「あんなものお前には必要ない。」

 

エアグルーヴはスチームの目を正面から見る。

 

「『ティアラはクラウンには敵わない』

毎年の様に出てくる妄言だ。

確かに今年は少々盛り上がりが異常だが…

 

ティアラ路線の者がクラウン出身の者に格が劣るなんてことはない。

それは、私を含めた歴代の者達が証明している。

 

今は前哨戦扱いかもしれんが、お前ならばその評価も覆せると私は思う。トレーナーも同じ事を期待していると思うぞ。」

「…!」

「おうその通り!クラウンだろうがなんだろうがタイマンかまして勝った方が正義だ!」

 

エアグルーヴの言にヒシアマゾンが同意する。

『女帝』と『女傑』

二人の檄に勝るものはない。

 

「最後に評価を覆せばいい…」

 

スチームは言われた言葉を復唱する。

沸々と、闘志が全身に流れていく。

 

『お知らせします。京都レース場第11R出走者は、パドックへお集まり下さい』

 

(勝って、アスランちゃんに挑戦する!)

 

I can do it!(私なら出来る!)

 

 

 

 

『さあ4コーナー回って直線コースに向いた!

先頭逃げる10番ペルニカアイリス、その内2番ネイビーポイント。

そしてその外やって来た!

7番のタイキスチームだ!

先頭2名かわして前に出る!

1番クランベリーレイ届かないか!

 

タイキスチーム!

2冠達成っ!!!』

 

タイキスチームは人気に応え淀にその力を示した。

ガッツポーズと共に「やった!」と歓喜の声を上げる。

 

スタンド上階では感極まってエアグルーヴに抱きつくタイキシャトルと、迷惑そうにしつつもどこか満足げな顔を見せるエアグルーヴ。

 

そして東条トレーナーの口角も少し上がる。

 

「…さ、みんないくわよ」

「エー!?トレーナーサン!もう行くんですカー!?」

「まだ喜ぶのは早いわ。

いわばこれは来月への前哨戦…

この分ならエリザベス女王杯を狙えるわ。

 

最強のクラシック女王になったところで、盛大にお祝いしましょう。」

「イエス・マム!!!」

 

 

ターフ上のスチームは正面スタンドを向き、深々と頭を下げる。

 

『優勝はタイキスチーム!

『霧の尼将軍』堂々2冠達成です!』

 

大きな歓声が京都の湖面を揺らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

(…盛り上がりのお膳立てはしてあげたんだから

 

来週絶対勝ってよね

 

アスランちゃん!)




さあどうなるリアル秋華賞!


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神頼み

祝 リバティアイランド3冠達成!


10月16日

 

京都府伏見

 

菊花賞前夜

 

アスラン達スピカは明日の菊花賞に備え、京都レース場が近い伏見に前乗りした。

いつぞやの合宿とは違い、今回は全員にホテルの個室が与えられている。

 

「…」

 

明日の菊花賞に向け気持ちを高める。

 

「アスラン。緊張する?」

「どうでしょう、正直実感はまだ…」

 

寝る前にテイオーが部屋にやって来たので軽く歓談する。

こうして話すと自然と心が安らぐ思いだ。

 

「今日は早く寝て明日に備えよう。

夜更かししちゃダメだよ!」

 

そう言ってテイオーは自室に戻った。

 

(寝るか…)

 

電気を消してベットに入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分後

 

(寝れねぇ…!)

 

目を閉じたまでは良かったが、コースやらメンバーやら、

そしてホープのことを考え出したらすっかり目がさえてしまった。

 

ダービーのときでさえこうはならなかったというのに。

 

これが3冠の重圧だというのか…

 

(…しょうがない、頭冷やしてくるか。)

 

パジャマからジャージに着替え、ホテルから出た。

 

 

すっかり寝静まった伏見の街を走る。

戦国期から続く酒蔵の町並みと堀のせせらぎが、京都中心部とは違った空気を醸しだし、それを感じながら北へ進む。

 

 

「やっぱ()()()夜来ないとな。」

 

 

伏見稲荷大社

 

全国にある『稲荷神社』の総本宮であり、

古くは五穀豊穣、

そこから派生し商売繁盛・諸願成就の御利益がある。

 

特に夜は観光客が少ない上、千本鳥居がライトアップされるため、静かかつ荘厳な雰囲気を感じられる。

 

千本鳥居が建ち並ぶ参道を上り、奥の院へ着く。

 

小銭を入れて2礼2拍し祈りを捧げる。

 

(明日の菊花賞、何卒お見守り下さい…)

 

 

 

 

 

 

 

…カシャーン

 

 

カシャーン…

 

 

 

 

 

 

(……?)

 

祈りを捧げていると、社殿の奥からかすかではあるが、

金属をすり合わせるような音が聞こえる。

 

夜中だから宮司さんとかはいないし、観光客もいない。

 

 

(…よく分からんが、ポジティブに考えよう。

シチュエーション的には熱田神宮の逸話そっくりじゃないか!)

 

 

戦国の時代、

今川軍の侵攻を受けた織田信長公は、軍勢を熱田神宮に集め、戦勝を祈願した。

すると社殿の奥から、轡(鎧)をこすり合わせる音が鳴り響いた。

これを信長公は「吉兆の現れ」と兵達を鼓舞し、軍勢の士気は上昇。

そして田楽狭間(桶狭間)にて今川軍を破り、天下にその名をとどろかせた…

 

俺もまた、天下に名を知らしめよと神の思し召しだろうか。

 

 

「…人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり…」

 

不意に信長公が好んだとされる『敦盛』の一節が口に出る。

 

人の一生など天界の神々から見れば、夢や幻のように短く、儚い。

 

それがアスリートともなれば、現役として前線に立っていられる時間など、

その短い人生の、ほんの一瞬でしかない。

 

現世の競走馬だって引退してからの余生のほうが長いのだ。

 

生まれながらのアスリートたるウマ娘も、同じだろう。

 

一度(ひとたび)この世に生をうけ、滅せぬもののあるべきか…!」

 

生きとし生けるものはいつか滅ぶ。

 

終わりが定められている短い人生の間に、

恐れおののいている時間などない!

 

 

必ず、勝つ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻

 

京都府八幡

 

 

(…ここが関西の八幡様…)

 

アスラン達同様、

菊花賞へ出走すべく京都レース場に近い八幡市に前乗りしていたレスキューホープは、

やはりアスランと同じく妙に寝られず、近所の石清水八幡宮に来ていた。

 

源氏の氏神にして武の神である八幡大神を祀る石清水八幡宮は、

その経緯から心願成就・武運長久の御利益がある。

 

ホープは静まり返った社殿に頭を下げ、眉間にしわを寄せ祈りを捧げる。

 

「南無八幡大菩薩…明日の菊花賞、どうか勝たせて下さい…

お願いします…

 

…お願いします…っ!」

 

 

 

八百万の神々といえど、相反する願いは叶えられない。

 

 

獅子か侍か

 

決戦の菊の舞台は

 

秋晴れと共にやってくる。

 




各寺社は夜遅いと閉まってたりするんで参拝時はお気をつけを。

私の夢はソールオリエンスです。

アスラン「なお作者は日曜日急な出張でお空の上だよ!」
作者「なんでやーっ!?」


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菊花賞 京都 芝 3000m 前編

1枠 1番 4番人気 グランダリア
1枠 2番 7番人気 リブラソニック
2枠 3番 2番人気 レスキューホープ
2枠 4番 5番人気 ゴールデンバウム
3枠 5番 10番人気 ローゼンリッター
3枠 6番 6番人気 アイスナンバー
4枠 7番 15番人気 コラプシング
4枠 8番 11番人気 ノックオン
5枠 9番 1番人気 サクラアスラン
5枠 10番 17番人気 オフロードパス
6枠 11番 3番人気 エイトガーランド
6枠 12番 18番人気 ブライトンミラクル
7枠 13番 14番人気 リトルウィング
7枠 14番 16番人気 アライメントセーブ
7枠 15番 9番人気 カモミールバル
8枠 16番 12番人気 アローマガジン
8枠 17番 8番人気 リバティプラム
8枠 18番 13番人気 キクイチモンジ


10月17日

京都レース場

 

G1菊花賞当日

 

雲一つない秋晴れに恵まれた日曜日。

 

日本中に秋の涼やかな風が吹き抜ける中、この淀の地だけは真夏を思わせる熱気に包まれていた。

 

 

淀駅

 

「ご乗車ありがとうございました!前の方に続いてゆっくりお降りください!」

「帰りの切符とチャージは今のうちに準備して下さい!

メインレース終了後は混雑が予想されま

はいそこ走らない!!!」

 

 

ステーションゲート

 

「入場用QRコードはすぐ出せるようにして下さい!本日現金での入場券は販売しておりません!」

「もしもし?倉庫にあるレーシングプログラム運んできてくれへん?

あぁ!?何部とか言ってるレベルやない!

全部だ!全部だ!全部持ってこーい!!!」

 

 

ターフィーショップ

 

「ただいま入店制限しておりまーす!列に並んでお待ち下さい!」

「菊花賞のマフラータオルまだ在庫あります!」

「サクラアスランの写真集完売でーす」

「レスキューホープのぱかぷち完売でーす」

 

 

指定席エリア

 

「済みません。席隣なので通路空けてもらっても」

「ああ、済みません。どうぞどうぞ。」

「ありがとうございます。しかしすごい人ですね。」

「ええ、まだ1R前なのにかなりの混雑で。」

「やはりアスランの3冠達成の瞬間は生で見たいですからね!」

「いやはや、ホープのクラシックG1制覇こそこの目に焼き付けねば。」

「…」

「…」

「…貴様浪士組か!?」

「そう言うあんたはイェニチェリ!?」

 

 

 

 

スタンドの熱気が裏手の控え室にまで伝わってくる。

 

自身の気持ちは高揚するのに比例して、不思議と思考は冷静だ。

 

(…ディープの時を思い出すな…)

 

かつて前世で見届けた3冠達成の瞬間に思いを馳せていると、ドアをノックする音が聞こえる。

 

「アスラン、入っていい?」

「どうぞ、テイオーさん」

 

テイオーに続いてスピカのみんなも入ってくる。

 

「いよいよだな…!」

「あれだけ練習したのですから準備は万全ですわ!」

 

ステイヤーの練習につきあってくれたゴルマクコンビ。

 

「臆することはねぇ!カッケー姿をオレ達に見せてくれ!」

「そうよ。今までで一番良いレースをしてきなさい!」

 

得意げな顔で背中を押すウオダスコンビ。

 

「アスランさんなら大丈夫!」

「期待しているわ、アスラン。」

 

笑顔で励ますスペスズコンビ。

 

「初めての長距離戦だが、補ってあまりある力がお前にはある。

何よりも楽しんでこい!それが全てだ!」

 

親指を立ててウインクする沖野トレーナー。

 

そして

 

「アスラン…」

 

テイオーが口を開く。

 

「…」

「…テイオーさん。そんな不安そうな顔をしないでください。」

「…怖いんだ」

「?」

「いざアスランがボクの代わりに菊花賞を走るってなると、胸がぎゅうってなって…」

 

テイオーの口から不安がこぼれる。

ふうと息をついてテイオーの前に出る。

 

「テイオーさん。自分は確かにあなたの夢を引き継いでここまでやってきました。

今日がその集大成と言えるでしょう。

 

でも、自分はトウカイテイオーの代わりとしてではなく、テイオーの弟子たるサクラアスランとして、ここまでやって来たつもりです。

 

今日の菊花賞もその心積もりです。

だから見守ってください。

 

()()菊花賞を!」

 

テイオーが顔を上げて、俺の目を見る。

 

『お知らせします。京都レース場第11R出走者はパドックへお集まり下さい。』

 

(いよいよか!)

 

最後に机の上のフェズをサイドテールに付けて扉に向かう。

 

「―行ってきます!!!」

「「「行ってらっしゃい!!!」」」

 

威勢の良い声が部屋に響く。

 

「無茶しないでね、アスラン…」

 

祈るような声で、テイオーはアスランの背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後にして最大の難関

 

全ての力を携えたものだけが

頂点を見ることが出来る

 

『トップロードだトップロードだ!ついにやったトップロードだ!』

 

世代最強の地位を

証明する時

 

『菊の舞台で無念を晴らす!ビワハヤヒデ1着!』

 

獅子の戴冠か

侍の悲願か

 

あるいは、新たな英雄か

 

今日 我々は

歴史の証人となる

 

G1 菊花賞

 

 

 

『秋とは思えない凄まじい熱気に包まれました京都レース場。

 

本日のメインレース

京都第11R 菊花賞G1 出走時刻となります!

 

世代を牽引し続けた『若獅子』サクラアスラン。

シンボリルドルフ以来2例目となる無敗の3冠がかかった最終戦に、なんと直行ローテで挑んで来ました。

 

そんな若獅子の前に立ちふさがったのが、ダービーにて夢の片鱗を見せてくれた『朱色の侍』レスキューホープ。

セントライト記念を制し、地方バ初のクラシックG1制覇の悲願に向け、多くの期待が寄せられています。

 

獅子か、侍か!

はたまた新たな優駿か!

 

さあ!共に歴史を目撃しよう!

 

クラシック最終戦菊花賞!

 

今ゲートが開きました!』




ちょっとしたお知らせ

急な人事異動で土日出勤の部署になるので、今まで以上に投稿が不定期になるかもしれないです。
なんとか週1投稿は維持したいですが、身の回りがバタバタしているので、何とぞ察して頂ければ幸いです。


ソールは頑張った!
ドゥレッツァおめでとう!


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菊花賞 京都 芝 3000m 中編

今日は天皇賞めでたいな!(現地観戦!)


向こう正面のスタートまで歓声が響くなか、ゲートが開く。

 

ゲートが開いて真っ先に目の前に飛び込んでくるのが、

高低差4.3m『淀の坂』だ。

 

『先頭ハナを取ったのは2番リブラソニック、13番リトルウィングはすぐ後ろ。

2馬身離れて先行グループ、4番ゴールデンバウム、12番ブライトンミラクル、6番アイスナンバー、1番グランダリア。

1馬身離れた中団グループ、9番サクラアスランはこの位置、虎視眈々と前を見つめます―』

 

 

最初の坂を下ったあたりで観客の誰かが気付く。

 

「…遅くねぇか…?」

 

菊花賞はクラシック最終戦かつ、最初の長距離戦。

 

長距離適性を見極めるためのレースでもあり、最初は全員探り探りで走る。

結果、レースを通して派手な展開やデッドヒートは起りにくく、勝負は3コーナーから4コーナーの下り坂、及び最終直線。

 

ライスシャワー曰く「直線入ってよーいドン」の状態が起りやすい。

 

『さあ各ウマ娘最初のホームストレッチを通過、大きな歓声が選手達を後押しします!

最初の1000m通過タイムは63.9。かなりのスローペースとなりました。』

『各ウマ娘が互いを牽制しあっている様子ですね。どこかで勝負を仕掛けたいところですが。』

 

1コーナーを通過し、2コーナーに入った残り1600mのタイミングで、

軽いざわめきが起った。

 

『さあ2コーナーの地点で後方集団にいた11番エイトガーランドが動きました。

内側からスルスルと位置を押し上げていきます。

最後尾地方の夢を背負う3番レスキューホープは動きません。』

 

後方のガーランドがこのタイミングでスパートをかけ出したのだ。

 

(…以前の弥生賞では動かないレスキューホープに気を取られて大幅にロスした…

同じ轍は踏まない。

マークをホープからアスランに切り替える…!)

 

ガーランドの作戦変更による捲り。

 

この行動に誰よりも驚いたのが、アスランだった。

 

(…!?もう動くのか!?)

 

 

常よりライスシャワーから指摘されていた『伏兵』の存在。

もしそれを上げるとすればただ一人。

 

ジュニア期を含め、全ての重賞戦で掲示板入りを果たし、

俺とホープを除くと最も出走成績が良く、

そして、先日の神戸新聞杯で圧勝した善戦マン。

 

エイトガーランドしかいなかったからだ。

 

(ただの掛かりか…?

いや、外ではなく内を突いている以上考えなしの捲りではない。

 

…俺が内に入るのを阻止するのが目的か…)

 

ちらりと周囲を観察する。

 

向こう正面で残り1200mになろうかという地点だ。

 

(想定より早いが…やむを得ん。

 

出る!)

 

 

 

『アスランです!残り1200mを切ったところでサクラアスランが動きました!

先頭めがけて速度を上げています!』

 

今度は大きなざわめきが起った。

 

この行動に驚いたのは観客だけではない。

 

(アスランが動いた!?)

(早すぎる!)

(何か考えが…!?)

(どうする…私も続くか…?)

(直線一気は嫌だ!前に出る!)

 

他の選手達もアスランの行動に苦慮する。

付いていくもの、控えるもの、先へ行くもの。

 

スローペースだった前半とは打って変わり、馬群が慌ただしく展開する。

 

 

均衡は破られた。

 

 

『そして各ウマ娘京都外周コース、4.3mの淀の坂に挑みます!』

 

坂において注意すべきは上りではない、

()()だ。

 

府中のような直線の坂ではなく、右に大きくカーブしながら駆け下りるコースでは、軸足への負担が段違いとなる。

 

…テンポイントを始め、決して少なくない名馬達が、この下り坂に呑まれている。

 

「ゆっくり上り、ゆっくり下る」というかつての鉄則は、こうした背景から生まれた。

 

(向こう正面で仕掛けた以上下りでスパートかけるわけにはいかない!

ゆっくり、かつ確実に速度を上げる!)

 

 

『さあ4コーナーから直線コースに向いてきた!

無敗の3冠の夢を背負い!サクラアスランが前に出る!』

 

(あと400m!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―僕とアスランの距離が離れていく。

 

 

 

 

このまま最後尾(ここ)にいていいのか?

 

 

 

 

―いやだ

 

 

 

 

何のために僕は、

南部杯ではなく、菊花賞を、

アスランと戦うことを選んだのか。

 

 

 

 

 

 

『―あくまで菊花賞を選ぶ、か…

…分かった!()も腹くくるべ!』

 

 

保科トレーナーは、僕のわがままを受け入れてくれた。

 

 

 

『―そっか、菊花賞へ…

…やっぱりホープは私が見込んだ主役さんだね!』

 

 

ヴィノロッソ先輩は、寂しげに笑いつつも背中を押してくれた。

 

 

 

『―南部杯ではなく菊花賞にでる!?おめは何を言っているべさ!

オラを…岩手を裏切る気か!!!』

 

 

グレートホープ会長とは、初めてケンカした。

 

 

 

 

 

会長…僕は証明してみせます。

 

菊花賞を、中央を選んだ意義を。

 

 

負けるわけにはいかない。

 

誰にも文句は言わせない。

 

僕がこの世代で

 

いや

 

 

 

 

この世で一番強いウマ娘だってことを!!!

 

 

 

 

 

 

その瞬間

 

 

レスキューホープの視界が白黒に反転した。



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菊花賞 京都 芝 3000m 後編

夜の京の街中を、だんだら羽織の剣士達が駆け抜ける。

 

幕末の時代剣豪達から成る新選組は、敵味方双方から恐れられた。

 

『死を恐れることなく立ち向かう』と。

 

言ったことを成すと書いて『誠』

彼らはそんな『誠』の侍達であった。

 

そして剣士達の前に、闇が立ち塞がる。

一歩前に進み出たレスキューホープは、剣の柄にゆっくりと手をかける。

 

「行く手を阻むものは

 

鬼だろうと仏だろうと

 

 

 

 

―斬る!

 

目にもとまらぬ居合い切りにて、眼前の闇を切り捨てる。

 

道がないなら、切り開く。

 

 

 

 

 

 

 

『レスキューホープだ!レスキューホープがやって来た!

 

最内突いて、いや馬群をぶち破って地方の希望がやって来た!』

 

 

最内突きと言ってもスーパークリークのような見事なすり抜けではない。

 

(ひぃっ!?)

 

領域を展開するホープの殺気に、目の前の馬群の子達が本能的な恐怖を覚え、歩様が乱れ僅かに空いた隙を突破してきた。

 

抜き身の刀の様な末脚が、淀の芝を切り裂く。

 

 

(負けられない負けたくない!

 

絶対に、決して負けるわけにはいかない!)

 

雄叫びを上げながら凄まじい勢いで追い上げる。

 

 

(後はアスラン一人!

 

絶対に!

 

絶対…に…?)

 

 

 

 

ホープがアスランを追い抜こうとしたその瞬間、

 

(…)

 

アスランがちらりとホープを見たかと思うと前方を向き直し、

 

ズドン!

 

大きな地響きと共に、オーラをまとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―『自分がされて嫌なことは、相手にもしない。』

 

そう親や教師から言われて育ってきた者も多いだろう。

 

 

 

 

では、

勝負事の世界ではどうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その()だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『レスキューホープがサクラアスランに食らいつく!

食らいつくも距離が縮まらない!

 

むしろアスランが、後続を突き放しにかかった!!!』

 

 

 

 

 

ホープの領域が終わったその瞬間、

 

走法を切り替えて、()()()()()を呼び起こす。

 

 

 

 

「ダービーのお返しだっ!」

 

全身を駆け巡る沸騰した血液が、受け継がれた力を呼び起こす。

 

 

 

 

 

(…どうして、どうして差が縮まらないんだ!?

 

僕は…僕は負けるわけにはいかないのに!)

 

後ろを振り向くと、焦燥感に満ちたホープの顔が見える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―見てみたいさ

 

 

 

地方馬による、クラシックG1制覇の夢を。

 

 

 

 

 

 

 

 

もし観客だったなら、

今頃声を枯らして、君の名前を叫んでいただろう。

 

ロマンと判官びいきは今に始まったことではないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、

 

 

 

俺は()()()()に転生した。

 

 

 

 

『サクラアスラン先頭!アスランが先頭!

レスキューホープは単独2番手!しかしながら伸びが苦しいか!』

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はサクラアスラン。

 

 

シンボリルドルフの『絶対の矜持』と

 

 

サクラローレルの『不屈の精神』

 

 

 

 

そして、

 

 

トウカイテイオーの『夢』を、引き継ぐ者。

 

 

 

 

偉大なる先達や神々が、この時代の強者を求めるというのなら、

 

魂が熱く燃え上がるこのロマンの世界にて、

 

必ずや、その地位を勝ち取ってみせる。

 

 

それが、

 

俺の『覚悟』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『桜だ!桜だ!桜だ!

 

京の都に桜が満開!

 

淀の舞台に獅子が舞う!

 

 

 

 

 

 

 

 

サクラアスラン!!!

 

三 冠 達 成!!!!!

 

 

 

 




レスキューホープ 固有スキル
壬生狼(みぶろ)
4コーナーの地点で後方集団にいる場合、
侍の如き精神力で進路を切り開き、周囲のウマ娘を大きく萎縮させる。


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「勝ちたい」と「負けたくない」

「アスランだ…

アスランがやりおったぁぁぁ!!!」

 

アスランファン達イェニチェリを中心に、特大の歓声が淀にとどろく。

 

雄叫びを上げるもの、涙を流すもの、思わず隣の人と抱き合うもの。

 

そんな光景がレース場のあちらこちらで見られた。

 

 

「負けた…か」

「胸張れホープ!」

「よく頑張った!恥じ入ることはない!」

 

一方ホープファン達浪士組は、悔しい顔をしつつもアスランに拍手を送り、

レスキューホープに感謝と賞賛の声を上げる。

 

 

ホープは、顔を上げられなかった。

 

 

 

「アスランの優勝だ!」

「ついにスピカから3冠ウマ娘が…!」

「ただの3冠じゃないわ!無敗の3冠よ!」

「すげぇぜ…!」

「おめでとうございまーす!アスランさーん!」

 

スタンド最前列で応援していたスピカメンバー達も歓喜に満ちあふれる。

 

「…ふーっ…」

 

沖野トレーナーは大きく息を吐く。

 

(こちらとしても、肩の荷が下りる思いだ。)

 

テイオーの時とはまた違う、3冠バ候補生を指導するという重圧から解放された瞬間だった。

 

「おめでとう、アスラン。」

 

そして、すぐ隣にいるテイオーの頭をポンポンとなでる。

 

「どうだテイオー。直属の後輩が夢を継いだ感想は。」

「うん…。うん…!」

 

涙と鼻水でべショベショになった顔を拭い、前を見る。

 

「今…今、あそこで笑顔で手を振っているのが、

ボクの自慢の後輩なんだ…!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスランはスタンドに手を振り続ける。

 

180°広がる全ての視界が、ダイレクトに脳に伝わる。

 

 

(これが…3冠の景色…!)

 

惜しみない拍手と歓声に、胸の奥がこみ上げて来る。

 

 

ふと、視界を外にそらす。

 

そこには、両手両膝を地面に付けたライバルの姿があった。

 

「ホープ」

 

ホープの近くに寄り、手を差し出す。

 

「…た」

「うん?」

 

「…負けたく、なかった…

僕は…僕は、負けるわけ、に、は、いかな、かった、のに…!」

 

大粒の汗と涙が、淀の芝生にしみこんでいく。

 

それを見た俺は、思わず手を引っ込めた。

 

(…重い…)

 

勝ち続けるとは、誰かの勝利を奪うということ。

その意味を痛感する。

 

しかも、ホープは中央ではなく地方所属だ。

 

今日までの苦労や、背負ってきた期待を考えれば、

無敗の3冠がかかっていた俺とはベクトルの違う重圧があったことは、

この姿から伝わってくる。

 

「…なあホープ。」

 

しかしながら、

いや、

 

だからこそ、

 

「一つ聞いていいか」

 

違和感を持たずにはいられない。

 

 

「君はこのレース、

 

『勝ちたかった』のか?

それとも

『負けたくなかった』のか?」

 

真っ直ぐに、ホープを見つめる。

 

「…?」

 

ホープは顔を上げるも、ハテナマークを浮かべる。

 

 

―もったいない。

 

 

のどの先まで出てきた言葉を飲み込む。

 

 

「…また戦える日を、楽しみにしている。」

 

そう言い残し、踵を返してスタンドに向かう。

 

 

そして、

 

 

天高く、3本の指を掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―見事だ、アスラン。」

 

スタンド上階の指定席から観戦していたルドルフは、純粋にアスランの栄誉をたたえた。

 

「…ダービーでは接戦だったにも関わらず、菊花賞にて覚醒か…

…ドリームトロフィーにて戦う日が楽しみだ。」

 

一緒に付いてきたナリタブライアンは猛禽の如き鋭い視線をアスランに送る。

 

「すごいねルドルフ。

君に追いつく子が生まれたね。」

 

いつの間にか来ていたミスターシービーは、そうルドルフに声を掛ける。

 

シービーの言葉を聞いたルドルフは少し笑う。

 

「それはどうだか。」

 

「会長。感傷に浸っているところすみません。」

「どうした、エアグルーヴ。」

「記者達が今回の菊花賞の結果を受け、会長にコメントを伺いたいと。」

「分かった、すぐに向かう。」

 

シンボリルドルフ以来2例目となる無敗の3冠ウマ娘の誕生。

 

ともなれば、初代無敗の3冠ウマ娘たるルドルフに注目が集まるのは自明の理であった。

 

(私と肩を並べるには、まだまだだ)

 

そう思いつつも、自然と口角は上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…あーあー、

柄にもないほど頬が緩みきっちゃってまぁ)

 

取材を受けるルドルフを遠くから見ているシリウスシンボリは、くくっとほくそ笑んだ。

 

そして人気のいない階段に移動すると、スマホを操作しどこかへ電話する。

 

「―おう、アタシだ。菊花賞見ていたか?

 

…ハッ!関係ない、か。お前らしいな。

 

もうすぐ皇帝サマ肝いりの3冠バが挑んでくる。

 

…ああ、そうだ。

 

遠慮はいらない、

 

ねじ伏せてやれ。」

 

通話を切り、階段の物陰から再度ルドルフを見る。

 

(悪いなアスラン。

アタシはテイオーやルドルフほど甘くはないぜ?)

 

「勝負しようぜルドルフ。

 

お前の孫弟子と、アタシの弟子。

 

どっちが上か。」

 

シリウスのつぶやきは、指定席エリアの雑踏にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

テイオーの夢を叶え、名実ともに王者になったサクラアスラン。

 

 

激闘が続いた『双璧世代』のクラシックレースは終わりを迎え、

 

様々な思いが交錯する、シニア戦線へと駒を進める。




目標達成!

菊花賞にて3着以内

次の目標

ジャパンカップに出走する


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【伝説】今年の菊花賞を振り返るスレ【誕生!】

1:名無しの双璧ファン

このスレは今年の菊花賞を振り返るスレでござい

 

2:名無しの双璧ファン

10月17日 京都第11R

菊花賞(G1)

芝 3000m

 

1着 サクラアスラン 3:04.1

2着 レスキューホープ 3

3着 カモミールバル 2.1/2

4着 エイトガーランド 1

5着 ゴールデンバウム アタマ

 

取り急ぎ

 

 

3:名無しの双璧ファン

>>2有能

 

4:名無しの双璧ファン

えーそれでは皆様

サクラアスランの無敗3冠を祝して

 

乾杯!

 

5:名無しの双璧ファン

乾杯!

 

6:名無しの双璧ファン

かんぱーい!!!

 

7:名無しの双璧ファン

こんなにうまいビールは久々や!

 

8:名無しの双璧ファン

とっておきのワインを空ける日が来たようだ

 

9:名無しの双璧ファン

未成年なんでコーラで

 

10:名無しの双璧ファン

>>9許す!

 

11:名無しの双璧ファン

いやぁ生で3冠

それもクラシック無敗の伝説を直で見る日が来ようとは

 

12:名無しの双璧ファン

そういや京都レース場って3冠バメモリアルロードってあったよな

アスランも銅像建つんかな?

 

13:名無しの双璧ファン

>>12建つもなにもルドルフ像の隣に

「coming soon!」

って立て札があったんやぞ?

 

14:名無しの双璧ファン

こりゃ確定やな

 

15:名無しの双璧ファン

すげぇトルコ大使館まで祝福コメントツイートしてる

 

16:名無しの双璧ファン

>>15そらアスランはトルコ語で『獅子』だし

 

17:名無しの双璧ファン

正しくイェニチェリの勝利!

 

18:名無しの双璧ファン

勝ち鬨をあげよ!

 

19:名無しの双璧ファン

我ら浪士組はイェニチェリに敬意を示す!

 

20:名無しの双璧ファン

ホープ!!!マジでありがとう!!!

 

21:名無しの双璧ファン

ホープも凄かった…

 

22:名無しの双璧ファン

4角から最内突いて上がったときは鳥肌立った

 

23:名無しの双璧ファン

イェニチェリだけどホープに一瞬夢を見た

 

24:名無しの双璧ファン

ダービーと同じ接戦かっ!?

と思ったらアスランが突き放しに掛かった

 

25:名無しの双璧ファン

>>24浪士組だけどあのアスランの二の脚に惚れた

 

26:名無しの双璧ファン

アスランはホープの展開を読んでたっぽいな

 

27:名無しの双璧ファン

終わってみれば3馬身差

正直着差以上の強さを示したと思う

 

28:名無しの双璧ファン

歴代3冠バってダービーは余裕で、菊花賞は比較的苦戦するってイメージだったからアスランのあの勝ち方は意外だった

 

29:名無しの双璧ファン

>>28多分ダービーで接戦にもつれ込んだのがアスランを本気にさせたんじゃなかろうか

 

30:名無しの双璧ファン

>>29今までが本気ではなかったとおっしゃる?

 

31:名無しの双璧ファン

>>30そこまでは言わないけど、

前2走とは明らかにベクトルの違う強さを感じた

お前(ホープ)にだけは負けない!」みたいな

 

32:名無しの双璧ファン

>>31理解

 

33:名無しの双璧ファン

あの双璧対決また見られるのかな…

 

34:名無しの双璧ファン

シニア戦線に期待!

 

35:名無しの双璧ファン

対決があるとすれば…どこだ?

 

36:名無しの双璧ファン

>>35そら君たち…

 

ジャパンカップ』か

有馬記念』やろ

 

37:名無しの双璧ファン

若獅子ついに世界へ!

 

38:名無しの双璧ファン

ホープが地方から世界の強豪に大立ち回り!

 

39:名無しの双璧ファン

気が早いってw

 

40:名無しの双璧ファン

大丈夫?3冠レース後のJCとかフラグでしかない気がするんやけど

 

41:名無しの双璧ファン

>>40ああ…ルドルフの初黒星…

 

42:名無しの双璧ファン

>>40でぇじょぶだ!んなジンクスアスランがあのサーベルで切り裂いてくれるわ!

 

43:名無しの金剛石

>>42今ジンクスと仰いましたか?

 

44:名無しの双璧ファン

>>43誰だ今の

 

45:名無しの双璧ファン

JCアスランは出るんじゃないか?

現役最強クラスが世界代表と戦わないってのは格好がつかないだろうし

 

46:名無しの双璧ファン

>>45でもアスランは脚部不安持ちやぞ?

流石に休ませるんじゃ?

 

47:名無しの双璧ファン

正直アスランは夏レースやトライアルレースに出てないからもっと走る姿を見たい!

 

48:名無しの双璧ファン

>>47

それは

そう

 

49:名無しの双璧ファン

>>46このコメント見るまでアスランが脚部不安持ちなのすっかり忘れてた

 

50:名無しの双璧ファン

多分イェニチェリも大半が忘れてるだろこれ

 

51:名無しの双璧ファン

まあその辺はスピカの沖野さんがどう判断するかだな

 

52:名無しの双璧ファン

>>51せやな、

ファンがどうのこうの言ったって憶測に過ぎないし

 

53:名無しの双璧ファン

さて、

問題はホープやな

 

54:名無しの双璧ファン

>>53え?ホープちゃんもJCじゃないの?

 

55:名無しの双璧ファン

まあ確かに有馬って選択肢もあるが…

 

56:名無しの双璧ファン

いや、あくまで予想なんだけど

 

チャンピオンズカップ狙うんじゃないかと

 

57:名無しの双璧ファン

チャンピオンって中京の?

 

58:名無しの双璧ファン

チャンピオンズカップはダートやぞ

なにを言って…

 

はっ!?

 

59:名無しの双璧ファン

そうだホープは地方バだから元々ダートバだ!?!?

 

60:名無しの双璧ファン

ダービー菊花2着のやつがダート勢なわけないやろ

 

61:名無しの双璧ファン

>>60ホープのダート戦績(重賞クラス)

 

重賞 若駒賞 1着

G3 JBCジュニア優駿 1着

G1 全日本ジュニア優駿 1着

重賞 金杯 1着

重賞 東北優駿 1着

 

 

62:名無しの双璧ファン

>>61私が間違ってました

 

63:名無しの双璧ファン

おいおい

ってことは有馬じゃなくて『東京大賞典』の可能性もあるのか???

 

64:名無しの双璧ファン

双璧対決どこ…?ここ…?

 

65:名無しの双璧ファン

ホープちゃんがどこでも走れるのが悪い

 

66:名無しの双璧ファン

なんならJBCって手も…

 

67:名無しの双璧ファン

>>66いや長距離戦直後に走らせないやろ普通

 

68:名無しの双璧ファン

今年は盛岡開催だから来たら来たで盛り上がる

 

69:名無しの双璧ファン

流石に無茶しないで欲しい…

 

70:名無しの双璧ファン

こうなったらアスランもダート走らせようぜ!

 

71:名無しの双璧ファン

>>70無茶言うなやwww

 

72:名無しの双璧ファン

>>70おう46から先のコメントもう一度見てこい

 

73:名無しの双璧ファン

【レスキューホープの特徴】

 

・ダート走れます

・芝もいけます

・マイルいけます

・中距離もいけます

・長距離も問題ないです

 

 

74:名無しの双璧ファン

>>73加減しろ

 

75:名無しの双璧ファン

>>73お前はどこのアグネスデジタルだ

 

76:名無しの双璧ファン

>>75いやデジたんは長距離はいけないから

言っちゃ悪いがデジタルの上位互換

 

77:名無しの双璧ファン

>>73これもうオグリでは?

 

78:名無しの双璧ファン

>>77流石『岩手のオグリキャップ』の二つ名は過言じゃない

 

79:名無しの双璧ファン

なんか岩手勢の気持ちが分かった気がする

 

80:名無しの双璧ファン

>>73無事なの短距離しかねぇじゃねーか!

 

81:名無しの双璧ファン

>>80分からんぞ?しれっとホープが短距離に来ても

 

82:名無しの双璧ファン

>>81もうホープが来年高松宮記念とかに来ても何も驚かんよ

 

83:名無しの双璧ファン

こうしてみるとアスランの王道路線と対照的やな

 

84:名無しの双璧ファン

多分双璧対決が実現するとすれば、

アスランの王道路線にホープがどれだけ関わってくるかにかかってる

 

85:名無しの双璧ファン

>>84なるほど…

 

86:名無しの双璧ファン

JCや有馬で双璧のライバルになりそうな子って誰だ?

 

87:名無しの双璧ファン

そういや今年はクラシックレースばかり追いかけててシニア戦線見れてないや

 

88:名無しの双璧ファン

わいアスランのレースからレース民になった新参者

シニアの子全く分からないで候

 

89:名無しの双璧ファン

>>88よう同士

 

90:レースはロマン

しゃーねーなぁー

 

レース予想歴20年のわいが最低限抑えておくべき子を紹介するぜ!

 

91:名無しの双璧ファン

>>90自信ニキ現る

 

92:名無しの双璧ファン

>>90これは期待

 

93:レースはロマン

まず最初は…

『大王』カジミェーシュ!(シニア期1年)

主な勝鞍

G1 NHKマイル

G1 日本ダービー

G2 神戸新聞杯

 

 

94:名無しの双璧ファン

MCローテを達成した変則2冠バ!

 

95:名無しの双璧ファン

春はいいとこナシやったけど実力は申し分なし

 

96:レースはロマン

続きまして…

『高鳴る鼓動』クライムビート!(シニア期2年)

主な勝鞍

G2 弥生賞

G1 日本ダービー

G1 天皇賞(春)

 

 

97:名無しの双璧ファン

でたな「罪な鼓動」!

 

98:名無しの双璧ファン

「高鳴り」やゆーとるやろがい!!!

 

99:レースはロマン

君たち意外と詳しいね?

とりあえず流れで…

『高揚心』クライムハーツ!(シニア期1年)

主な勝鞍

G2 京都新聞杯

G1 有馬記念

G1 大阪杯

 

 

100:名無しの双璧ファン

クライムビートの妹や!

 

101:名無しの双璧ファン

この子有馬勝ったのにいまいち印象が薄いんだよな

 

102:名無しの双璧ファン

>>101ウララちゃんが話題全部かっさらっちゃったから…

 

103:レースはロマン

お次は…

『芝の特殊兵』デルタフォース!(シニア期1年)

主な勝鞍

G1 菊花賞

G2 ステイヤーズステークス

G2 阪神大賞典

 

104:名無しの双璧ファン

去年の菊花賞バ!

 

105:名無しの双璧ファン

今年の春天は惜しかった

 

106:名無しの双璧ファン

だからって勝ったクライムビートに『罪』ってつけんでも

 

107:レースはロマン

だいたいこんなところかな

 

ちなみにわいの推しはスイートソティスちゃん!(シニア期2年)

長らく苦戦続きだったけどこの前ようやくグレードレース(G2 毎日王冠)に手が届いた不屈の子!

是非こちらも注目していただければ!

 

108:名無しの双璧ファン

>>107隙あらば推し語り

 

109:名無しの双璧ファン

>>107この子シンボリ家の分家のスイート家の子じゃん

 

110:名無しの双璧ファン

クラシック最後の未勝利戦で初勝利を飾った苦労人やで

 

111:名無しの双璧ファン

確かシリウスシンボリと仲が良いんだっけか?

 

112:名無しの双璧ファン

次走天皇賞(秋)か

ニキがそこまで言うなら注目してみよう

 

113:名無しの双璧ファン

やべぇなシニア戦線も強豪ぞろいだ

 

114:名無しの双璧ファン

アスランなら大丈夫!推しを信じるんだ!

 

115:名無しの双璧ファン

イェニチェリよ、剣を構えよ!

 

116:名無しの双璧ファン

ホープもリベンジに期待や!

 

117:名無しの双璧ファン

この中にホープが負けたからって浪士組やめる士道不覚悟なやついる?

 

118:名無しの双璧ファン

>>117いねぇよなぁ!!!

 

119:名無しの双璧ファン

おおよ!!!

 

120:名無しの双璧ファン

いとしきーともはいずこにー

 

121:名無しの双璧ファン

どうして双璧のファンってこうも結束が固いのか

 

122:名無しの双璧ファン

>>121素晴らしい提案をしよう

君もイェニチェリか浪士組に入らないか?

 

123:名無しの双璧ファン

>>122すんません自分クリルタイ(ハーンファン)なんで

 

124:レースはロマン

双璧ファンは愛すべきバカ共や

 

 




アスラン達の先輩世代どうするか悩みましたが、やはり架空でいきます
(名前や戦績の元ネタは一部あります)


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第4章 クラシック期~有馬記念
王者はつらいよ


オマタセシマシタ
(船橋転籍初戦現地観戦記念)


『ルドルフの後継者現る!』

『サクラアスラン歴史に名を刻む』

『獅子VS侍 アスランに軍配』

 

熱気迸る菊花賞から数日。

 

いまだ興奮冷めやらぬ世間では、アスランを特集した記事が連日掲載され、一挙手一投足が報道されるなど、正に『アスランフィーバー』が巻き起こっていた。

 

 

 

 

早朝 大国魂神社境内

 

「…ハッ…ハッ…ふう…」

 

朝練中のエイトガーランドは汗をぬぐいながら境内の端で一休みする。

 

(…こんなんじゃだめだ…

もっと、もっと頑張らないと、双璧には勝てない…!)

 

前哨戦である神戸新聞杯を制し、ホープとアスラン両名を的確にマークするも、結果的にアスランの引き金を引き、最終的に4着で終わった。

 

好走を度々期待されつつもあと一歩及ばない現状に焦燥感を抱く。

 

(次の目標は有馬記念…しっかり準備して必ずや…!

 

…ん?)

 

けやき並木の方から黒いパーカーを着たウマ娘が走って来る。

フードを深く被った中から目線が少し合った。

 

「ああ、おはようアスラ―」

「!!!シーっ!すまん外で名前呼びは遠慮してくれ」

 

声をかけた瞬間アスランが即座に駆け付け人差し指を立てる。

 

「え、えっと。どうしたの?」

「どうしたもこうしたも…

菊花賞が終わってからというものファンや記者さんが隙あらば寄ってくるんだ。

()()でもしなきゃ外出はおろか朝練も落ち着いてできやしない。」

「…なんか、その。

他人事だけど…大変だね…」

 

ガーランドは率直にアスランを気遣った。

 

「嬉しい悲鳴…って言ったらそれまでなんだけど、正直ここまでとは想像もしてなくて…」

ふぅと青息吐息を放つ。

 

 

これはアスランの今までの戦績が関係している。

 

ホープフルではムグンファ、皐月賞はハーン。

そしてダービーではホープと、

これまでのG1ではアスランと対になるライバルがクローズアップされ、人気や注目が二分されていた。

 

それが今回の菊花賞にて頭一つ飛び出し、しかも無敗3冠という大記録を樹立したことで人気が集中。

 

結果、芸能人顔負けの状態となっていた。

 

 

「まあ天皇賞とかエリザベス女王杯が近づけば話題が分散されるだろうし…ちょっとの辛抱だと思うよ?」

「ありがとうガーランド…

じゃまた学園で!」

 

アスランが走り去るタイミングでガーランドが足元の何かに気づく。

 

「おーいアスラン!!!水筒忘れ…

 

…あ」

 

 

 

 

「…えっ!?アスラン!?」

「うっそあの子サクラアスランじゃない!?」

「ありがたやありがたや、三女神様のご利益じゃ」

 

参拝客が色めき立つ。

 

「あ、後で教室持ってきて!?そんじゃっ!」

 

猛スピードで正門前駅方面へ逃げるように走っていった。

 

 

「…ごめんアスラン…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後 スピカの部室

 

「…本当にいいんだな、アスラン。」

「はい、覚悟は揺らぎません。」

 

神妙な面持ちで沖野トレーナーが問いかける。

俺はまっすぐ目を見て言い切る。

 

「次のレース…自分はジャパンカップを選びます。」

 

前世ではコントレイルが、この世界ではシンボリルドルフが挑戦したクラシック期のJC挑戦。

 

いまだ成し得た者はいない未知への挑戦となる。

 

…正直不安はある。

だが、3冠ウマ娘という使命において、

ロマンあふれる世界に生きる者として、

 

世界に挑まない理由はない!

 

「見ててくださいテイオーさん。あなたも制したJCのタイトルを掴み取ってみせます!」

横にいるテイオーにも決意を伝える。

 

「それでこそアスランだ!

ボクもジャパンカップ勝ったのに、なーんか印象が薄い気がするんだよねー」

「弟子の自分が勝って世間に思い出させてみせますよ」

「よーし!『無敵のテイオー伝説第二弾第四章』

シニア戦の幕開けだー!!!」

 

「「「おーっ!!!」」」

 

スピカ全員が拳を上げる。

 

 

こうして新たな目標と共に古馬戦線…

もといシニア戦線が始まった。

 



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優柔不断

「―では最後にファンの皆様へコメントをお願いします。」

「いつも応援ありがとうございます。みなさんの声援が自分を後押ししてくれます。

これからもよろしくお願い致します!」

「以上でインタビューは終了です。本日はありがとうございました。」

「こちらこそありがとうございました。記事楽しみにしています。」

 

 

 

菊花賞から1週間たち、秋の天皇賞へ注目が集まるなか、相変わらず3冠ウマ娘への注目は衰えず、その日も学園で取材を受けていた。

 

「アスラーン!取材お疲れ様!」

「テイオーさん!わざわざ迎えに来て下さったんですか?」

「とーぜんでしょー?君はボクの弟子なんだから。」

 

テイオーとはちみー片手に談笑しながら三女神像の前を通る。

 

「アスラン取材続きで疲れてない?大丈夫?」

「さすがにくたびれましたが…天皇賞が終われば大分落ち着くでしょう。」

「良かった良かった。じゃあご褒美が必要だね!」

「ご褒美?」

「うん!前一緒に行ったお茶屋さんがね、アスランの優勝祝いがしたいって。

だからアフタヌーンティーしに行かない?ケーキやスコーンが待ってるよ!」

「へぇ本場イギリスのアフタヌーンティーですか…魅力的ですね」

 

以前行った松濤の紅茶専門店のスコーン、確かに美味かったんだよな。

たまには自分へのご褒美ってのもいいかも。

 

「わかりました、ぜひ―」

「あっ!アスランちゃん、こんにちは!」

 

声がした方を振り向くと、綺麗な栃栗毛のウマ娘が駆け寄ってきた。

 

「これはローレルさん、こんにちは!」

「ローレル久しぶり!」

「久しぶりだねテイオーちゃん!」

「あれ?お二人とも面識があるんですか?」

 

仲良くハイタッチするテイオーとローレルに疑問をぶつける。

 

「うん!シリウスがね、よくローレルの話をしてくれるんだ!」

「私も!『お前もあのお子ちゃまの面倒みてやってくれ』だって。」

「ンモー!子供扱いしないでよー!」

 

ぷんすこするテイオーの頭をローレルが撫でる。

こうしてみると姉妹みたいだな。

 

「それでねアスランちゃん、この後時間ある?」

「なんですか?」

「えっとね、今日ヴィクトリー倶楽部出身のみんなと焼肉しに行くんだけど…アスランちゃんもどうかなって!」

「クラブの皆さんとですか」

「うん。バクちゃんやチヨちゃんはもちろん、OGや現役のクラブの子も参加する予定で、記憶が戻るきっかけになったらって。

クラブ初の3冠ウマ娘の話を聞きたい子はたくさんいるから…どう?」

「なるほど…いろんな方が来る予定なんですね…

そういうことなら喜んで―」

「ちょーっと待ったー!!!」

 

ローレルと会話していたらいきなりテイオーが割り込んできた。

 

「だめだよローレル!アスランはボクとこの後アフタヌーンティーしに行くところなんだから!」

「そこを曲げてお願い!」

「ぐぬぬ…」

「むむむ…」

 

「あ、あのーケンカは…」

 

さっきまでの和やかな空気から一転し、一触即発状態の2人をなだめようとすると、2人同時にバッとこっちを向く。

 

「アスランはボクと過ごしたいよね!?」

「アスランちゃん、正直に言って?『焼肉食べたい』って」

「え、えーとその」

 

 

 

「おや、ここにいたかアスラン。」

 

さらに後ろから声がしたので振り向くと…

 

「ル、ルドルフさん…!」

「あっカイチョーだ!」

「こんにちは会長さん!」

「やあテイオーにローレル、息災で何よりだ。」

 

毎度おなじみシンボリルドルフがいた。

 

「時にアスラン。この後時間はあるかな?」

「な、なんでしょう」

「いやなに、お互い忙しくてひざを突き合わせて話す時間がなかったのでな。

遅くなったが祝勝会も兼ねてコーヒーブレイクはいかがかな?」

「あーいや、えーっと。お誘いはうれしいのですが先約が…」

「む、そうなのか?」

 

ルドルフがテイオーとローレルを見る。

 

「そうだよカイチョー!割り込みはダメだよ!」

「いくら会長さんでもここは譲れません!」

「ふむ、なるほど…

 

…だが、私もいつでも時間を割けるわけではない故な…

ここは折れてくれないだろうか?」

「「や!」」

 

「…ほう…」

「ぐぬぬ…」

「むむむ…」

 

三つ巴の戦いと化した3人の視線が火花を散らす。

 

「…こうなったらアスランに決めてもらおうよ」

「賛成!」

「単純明快。いいだろう…!」

 

「さ、アスランちゃん!誰を選…

あれ?アスランちゃんは?」

「うん?ついさっきまでそこに…?」

「おーい、アスラーン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…シリウスパイセーン!!!何でもしますから匿ってくださーい!!!」

「ええい、厄介事と一緒に来るんじゃねぇぇぇ!!!」




ソティス「あれ?誰か来てました?」
シリウス「なに…迷子の仔猫を飼い主達の下へ送り返してやったところだ」
ソティス「???」


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師の心弟子知らず 三人称視点

初めて有馬記念を現地観戦しました。

めちゃくちゃ興奮しました!
ドウデュースと武騎手おめでとうございます!
(なお馬券)



アスランがルドルフ・テイオー・ローレル(親バカ3人衆)の下へ着払いで送り返されていた頃。

 

 

 

盛岡トレセン学園 生徒会室

 

 

「思い知ったべレスの字。地方バが中央に正面切って挑むことがどんなに難しいか。」

「…」

 

 

日本ダービー・菊花賞にて連続2着という抜群の成績を引っさげて凱旋したはずのレスキューホープは、

生徒会長のグレートホープから開口一番冷ややかな言葉を受けた。

 

「南部杯に出ないとおらに啖呵切っておいて勝てないとは…

おめはおらだけでなく、おめの走りを期待していた岩手のファンをも裏切ったんだ。

その重みがわかるな?」

「そ、それは…」

「…待って下さい会長!」

 

心配でホープと一緒にやってきた同室のヴィノロッソが声を上げる。

 

「勝てなかったとは言え菊花賞で2着、セントライト記念は1着ですよ!?

元中央バならわかります、これがどんなに偉大なことか!」

 

会長が視線だけでヴィノロッソを制す。

 

「…っ!」

「…勘違いしないでほしいが」

 

そう前置きした上でホープへ視線を向ける。

 

「中央を走ることが悪い訳ではない。

大事なのは、自分が地方バであるということ。

 

地方のファンあっての競技ウマ娘であるということ。

 

地方より中央を優先する理由などあってはならないということだべ…!」

 

歴戦の岩手の優駿であるグレートホープの視線がレスキューホープを貫く。

 

「…これであのダービーバ(サクラアスラン)にリベンジかませたってんならここまできつく言ってないべさ…」

 

ホープに聞こえない声でボソッとつぶやいた。

 

「…失礼します。」

「え?あっ、ちょっと、ホープ!?」

 

レスキューホープは頭を下げて退出し、ヴィノロッソも慌てて後を追った。

 

 

 

 

 

 

ふぅとグレートホープが息を吐き、肩の力を抜く。

 

「…いくらなんでも厳しすぎやしないか?」

 

ここで生徒会室のソファーに座って、やり取りを黙ってすべて見ていた寮長のスイフトセイダイが口を開く。

 

「おめら2人とも何があったんだべ。ここ最近仲が悪すぎるぞ。

ちょっと前の会長なら

『レスの字の慰労会だ!』

ってリヤカー引いてパーティーの準備してる頃だべ。」

「…おらも色々と思うことがあるんだべ」

「思うことってなんだべさ、やっぱり戦績か?

いいことでねぇべか。中央G1で2着、大したもんだべ。」

 

スイフトがおもむろにスマホを取り出し画面を見せる。

 

「SNS見てみろ。『#ホープに続け!』のハッシュタグで多くの地方バが中央目指して―」

「それだ」

「え?」

 

ペンを置いてスイフトを見る。

 

「あいつはまるで理解していないが…レスの字は影響力が強すぎる。

いまや3冠バのサクラアスランと並ぶ地方の顔だべ。

 

そんな『地方の代表』みたいなウマ娘が中央ばかり出てみろ。

みんな中央ばかり目指して、ただでさえ規模の小さい地方レースが益々衰退する…

 

あくまで地方バは地方のために走るべきだ。

 

中央や中央の観客のために地方があるわけでねぇ…

レスの字にも分かってもらいたかったが…」

 

苦い顔をしつつどことなく寂し気な表情をする。

 

「…『地方は中央の2軍ではない』か?」

「…おめも好きだなその漫画。」

 

ようやく少し笑った会長を見てスイフトも笑い返す。

 

「強いウマなら中央に行くという慣習が広がれば、いつまで経っても地方は中央に並び立てない。

地方には地方の意地と誇りがある。

 

…ライバルと戦いたいのなら結構。

だけんじょ、そのライバルが中央最強の3冠ウマ娘だというなら、

レスの字は『地方の総大将』として強くあらねばならんべ。」

「…茨の道だべな。」

「おら達でレスの字を強くするべ。

あいつはオペの字(メイセイオペラ)ユキの字(ユキノビジン)以上に強くなれる…!

協力してくれ、スイフト!」

 

熱く語る会長とは対照的に冷静なスイフトは、少しだけため息をつく。

 

「…それを決めるのはホープ自身だべ。」

 

 

 

北上山地から吹き降ろす冷たい風が、

生徒会室の建付けの悪い窓を揺らした。




みどりのマキバオー

サトミアマゾン(船橋)


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おもてなし

11月中旬

 

次走のジャパンカップに向け、練習コースで調整が続く。

 

「はっ…はっ…ふっ!」

 

府中の直線を意識し、末脚と踏ん張りに力を入れる。

 

風を切る音を感じながらゴール版前を駆け抜ける。

 

「タイムは!」

「…2:25.9だ。流石に脚に疲労が溜まっている。

今日はここまでにしよう。」

「ですが」

「走れなくなってからでは遅い。ストレッチは入念にな。」

 

沖野トレーナーに食い下がるも甲斐なく。

気落ちしているところへテイオーがやって来る。

 

「そうだよアスラン。焦る必要なんてないんだから」

「焦ってはいませんよ。

ただ…この前のダービーのタイムに近づけないのが不安で…」

「そーゆーのを焦りって言うの!

いいからストレッチするよ!」

 

そのままテイオー主導でストレッチが始まる。

 

「なんだーアスラン。世界相手にビビッてんのか?

ゴルシちゃんぐらいのヨユウがねぇとダメだぞ!」

「あなたは余裕をかましすぎなのです!まったく…」

 

ゴルマクコンビの漫才で全員が笑う。

本当、居心地が良いチームだ。

 

「わかってますよゴルシさん。不安を払拭するには自信しかない…ってね。

今日は過去レースの分析に当てますよ。

テイオーさん当時の様子聞かせてください。」

「おっけー!」

「あとスぺさんも…

 

…そういえば今日スぺさん見てない気がするんですが…」

「スぺ先輩なら今日は休みよ」

「『知り合い』が来るって今空港に行ってるはずだぜ?」

 

スカーレットとウオッカが答える。

 

「うーん…そうですか。

ジャパンカップのこと聞きたかったんですが…」

「ちょっとアスラン!ボクじゃ不満だって言うの!?」

「一言もそんなこと言ってな

あたたたたっ!?

足これ以上開かないですって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻

成田空港

 

 

「エルちゃん!さっきプライベートジェットが着陸したって。」

「じゃあソロソロ来ますネ、スぺちゃん!」

 

スペシャルウィークとエルコンドルパサーは到着ゲートの前である人物を待っていた。

2人の後ろにいるカメラマンや記者たちもその時を待ち構えている。

 

 

 

「あっ!見えました!」

「ヘーイ!モンジュー!こっちデース!」

 

エルとスぺに声をかけられたスラっとした脚の持ち主。

モンジューが呼びかけに気づき、歩いてくる。

 

「お久しぶりデス。長旅お疲れ様デシタ!」

「メルシーエル。わざわざ出迎えありがとう。」

 

エルとモンジューが固い握手を交わす。

カメラのシャッターが一斉に切られる。

 

「おや…ジャポンの君もいたのか。」

「お、お久しぶりですモンジューさん!」

「今日はあの言葉(La victoire est à moi)は言わないのかい?」

「ごめんなさい!あの言葉がそんな意味とは知らずとんでもないことを!」

「いやいいのさ、個人的にはサムライみたいで気に入っているのでね。」

「あうう…」

 

スぺの反応を見てモンジューが笑っていると、くるりと到着ゲートを見る。

 

「Vénus!venez ici(こっちだ).」

 

そうモンジューが呼びかけた先から、青い目のウマ娘がやって来る。

 

「エル。この子が私の弟子、ヴェニュスパークだ。」

「あー。ハジメ、まして。ワタシの、名まえは、ヴェニュスパーク、デス。」

「わぁ…!日本語上手です!」

「ブエノ!初めまして、エルコンドルパサーデース!」

 

スぺが感嘆の声を上げ、エルはヴェニュスパークとお互い笑顔で握手を交わす。

 

「しかし助かったよ」とモンジューが安堵の表情を見せる。

 

「まさか君が訪日中のヴェニュスのサポートに名乗りを上げてくれるとは…」

「これぐらいお安いごようデース!」

 

エルが快活に笑って胸を張る。

 

「あなたがエルをどう思っているかは分かりまセンが…エルはあなたを超えるべきライバルだと今でも思ってます。

そしてそのライバルの弟子が、日本で()()()()()をしにはるばるやってきました。

 

慣れない外国で走ることの苦労はエルがよく知っています。

 

悔いなく正々堂々と戦ってもらうために!

このエルコンドルパサー、一肌でも二肌でも脱いでみせましょう!」

「頑張ってくださいヴェニュスさん。

私はチームメイトもジャパンカップに出るので大きな声で応援できませんが…

凱旋門賞バの走り、是非見せてください!」

 

「感謝する、2人とも…!」

「メルシー!」

 

モンジューとヴェニュスパークの子弟が頭を下げる。

 

「ブエノ!気にしないでくださーい!」

「2人ともお腹空いてませんか?ごはん食べに行きませんか?」

「スぺちゃんはお寿司食べたいだけでは?」

「いいじゃないか、ジャポンのスシ、ぜひ食べたいものだ」

 

エルとスぺとモンジューの3人は歓談しながら歩き始める。

 

「ヴェニュス、行くよ」

「Oui,maître.」

 

遅れてヴェニュスパークが後に続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…La victoire est à nous.」

(…今のは…!)

 

 

ヴェニュスパークの静かな宣戦布告を聞き取ることができたのは、取材に来ていた藤井記者だけだった。

 



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英語の数だけ世界がある

下線は英語とお思いください


永禄3年(1560)年

2万5千の大軍勢を率いて尾張に侵攻した今川義元公は田楽狭間にて休息をとった。

 

それを早ウマ娘にて知った織田信長公は清洲城より出陣。

田楽狭間にて両軍は対峙する。

 

今川方・織田方双方にパイプを持つ松平元康(後の徳川家康公)は両軍を仲裁。

競馬(くらべウマ)にて決着をつけることを提案し、多くの騎バ隊の命を救った。

 

これにより後の江戸の時代、家康公は東照大権現として多くの武家ウマ娘から信仰を集め、

桶狭間の地にはそれを記念し中京レース場の前身となる『名古屋競バ倶楽部』が…

 

 

…ちゃん。

 

アスランちゃん!」

「ふぇい!?」

 

気が付くとスチームが目の前で教科書持って立っていた。

 

「ちょっと寝ないでよアスランちゃん。

歴史が赤点ギリギリだって言うからこうやって教えているのに。」

「え?あ、うん。ごめん。

長篠の戦いで鉄砲隊が活躍した話だっけ?」

「まだ桶狭間の戦いだよ!

それに長篠の戦いは鉄砲の音に驚いた武田の騎バ隊が一目散に逃げただけでそんなに重要な戦いじゃないよ。」

「…もーわけわかんねー」

 

『人の歴史は馬と共にあり』と某農業高校漫画にもある様に、歴史と馬は切っても切り離せない関係だ。

それがウマ娘ともなると、その歴史が根底から覆るわけであり、

なまじ前世の知識があるため歴史の違いに四苦八苦し、こうしてカフェテリアでタイキスチームから勉強を教えてもらう始末である。

 

(元寇…てかモンゴル帝国のところなんて勉強してて頭爆発しそうだったからな…

そこに比べればまだマシだが…)

 

前世では世界史を選択したが、今世では絶対日本史にしようと心に誓った。

 

「てかアスランちゃん、ちゃんと寝てるの?

いつも夜遅くまで起きてレース映像見てるし、授業中もアクビばっかりだし。」

「ちゃんと小テストとかで点数取ってるから大丈夫だよ(歴史以外)」

「そういう事じゃなくって!」

 

「…おや。ランチタイムも勉強とは、マジメですね。」

 

後ろから声をかけられたので振り向くと

 

「あっ、ケーン先生!」

「ハローケーン先生。」

「Good afternoon.勉強熱心で先生ウレシイです。」

 

トレセン学園のALT

イギリス出身のケーン先生がいた。

 

混んでいたのでスペースを空け、3人でテーブルを囲む。

 

「歴史の勉強ですか。歴史は私たちヒトとあなたたちウマ娘を結び付ける大事なstoryです。」

「そうだよアスランちゃん!苦手だなんだって言ってられないよ!」

「勘弁して…」

 

情けない声を聴いてドッと笑う2人。

 

ケーン先生はアスランの姿を見て、「ふむ」と髭を触る。

 

「アスランさんがショートしてますし、ここは違う教科でrefreshといきましょう。

 

…時にアスランさん

来週はいよいよジャパンカップですが英語は話せますか?

「え?」

「英語です英語。ジャパンカップは色々な国からトップウマ娘が集まるのですから。

英語でコミュニケーション出来なければ折角の学びの機会を失いますよ!」

「あ、確かに。

えっと…

 

一応少しなら英語は話せます。

「Great!」

「え?2人とも何話してるの???」

 

拙い中学英語ならなんとかできるので頭を回転して言葉をつなぐ。

 

「OK!英会話としては上出来です!」

 

ホッと胸をなでおろす。

 

「But…アスランさんは発音がよくないですね。」

「そうですか?とりあえず意味さえ分かればいいかなって。」

「No…それではいけません。」

 

首を振って息を吐き、単語帳とにらめっこしているスチームをよそに俺を見る。

 

「お二人は『My Fair Lady』という映画を知ってますか?」

「ああ、ミュージカル映画の」

「あれは単なるミュージカル映画ではありません。

出身地や階級によって同じ英語でも発音が違うというところにフォーカスした、言語学的にも意味のある映画です。

 

発音一つで育ちがわかってしまうことから、私たちネイティブにとってどれほど発音が重要かわかると思います。」

「い、いや自分日本人ですし…」

「作中にアスコットレース場が出てきますが、そこにいるウマ娘や貴族たちの上品なクイーンズ・イングリッシュ(Received Pronunciation)を聞きましたか?

あれこそが英語の本来あるべき姿です!」

「あ、あの先生」

「私の目の黒いうちは、ヒギンズ教授の様にトレセン学園の子たちに完璧なブリティッシュ・イングリッシュを叩き込まねば!

 

間違っても、RとLの区別すらできないサムライ・イングリッシュ(Engrish)や自分たちこそスタンダードだと驕っている田舎者丸出しのジャイアン・イングリッシュ(アメリカン・イングリッシュ)が学園に蔓延ることだけは何としてでも…!」

「せ、先生?」

「アスランさんはもちろん、スチームさんも同じですよ!?」

「ふぇい!?」

「エリザベス女王杯で英語でのコメントを求められたときのあの情けない姿はなんですか!?

恐れ多くも女王陛下の名を冠したレースで勝利しておきながら何一つ話せないとは…」

「だ、だってレースに集中してましたし…」

「2人ともそこに直りなさい!

JCまでに英語を徹底的に矯正します!」

「これのどこがリフレッシュなんすか!?」

「私JC出ないのに巻き込まれた!?」

 

 

 

 

 

 

その後

様子を見に来たタイキシャトルが、ケーン先生の目の前でバリバリの南部アメリカ英語を話してしまったため、

およそここには書けないスラングが飛び交う地獄絵図になったとかならなかったとか。




おまけ
もしもこの場にサトノクラウンがいたら

クラウン「レースでもビジネスでも、英語が使えないと世界に置いて行かれるわ!
ダイヤ「クラちゃん!四声混じりの香港イングリッシュで話すのはやめて!」


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没頭

11月25日

JC(ジャパンカップ)前日

 

秋レースの中間戦として行われる王道のクラシックディスタンス。

その設立経緯から旧八大競争と同等の格を有し、国際的な評価の上昇も相まって国内外から第一戦級の実力者が集まる、アジア随一の国際レースである。

 

特に今年は3冠ウマ娘サクラアスランをはじめ、ダービーウマ娘や天皇賞ウマ娘。

諸外国のG1を制した海外ウマ娘達の参戦など、世間の注目はうなぎ登りに上昇していた。

 

その海外勢の中でも、特に注目を集めていたのが…

 

 

 

 

「―このヴェニュスパークですか。」

「そうだアスラン。」

 

スピカの部室にて俺とトレーナーは詰めの確認を行う。

 

「…あの凱旋門賞を2連覇か…」

「『女傑』って言葉が似合うわね…」

 

ウオッカとスカーレットが息を吞む。

 

「すげぇな…アタシもお手合わせ願いたいもんだぜ…!」

「まったく…。まあ、私も同意見ですが。」

 

自制しつつも不敵な笑みがだだ漏れのゴルシとマックイーン。

 

そんな光景を見てフフッとほほ笑むスズカ。

 

「私は向こうにも出入りしているので詳しいことは言えませんが…

…強いと思います。」

「ねえスぺちゃん。スぺちゃんが戦ったモンジューとだとどっちが強い?」

「う、うーん?」

 

テイオーがスぺに質問し顎に手を当てて考える。

 

「あのースぺさん。向こうの陣営のことって…」

「だ、だめですよ!私もヴェニュスさんにアスランさんのこと何も話してないんですから!」

「そ、そうですよね、すみません。」

 

スぺはとても素直な先輩だ。

この様子だと何も話してないし、何も聞き出せないだろう。

 

「ごほん」とトレーナーが咳払いをする。

 

「とにかく勝負は明日だ。

スぺ、お前は当日向こうの陣営のサポートにあたってくれ。

友達(エルコンドルパサー)の言うことをよく聞いてな。

 

アスランはアスランで堂々と勝ちに行くぞ!

みんなもサポートを頼む、いいな!」

 

「「「はい!」」」

 

威勢のいい返事が部室に響く。

 

(いよいよシニア戦線か…!)

手を握り、アツいものが湧き上がる思いだ。

 

「アスラン、今日は早く寝るんだよ?」

テイオーが顔を覗き込んできた。

 

「もちろんですよ」

「ホント?最近眠そうにしているから夜更かししてゲームしてるんじゃないのー?」

「そんなんじゃないですってー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜

アスラン・スチーム部屋

 

「アスランちゃん私もう寝るね、おやすみ」

「おやすみ」

 

部屋の電気を消した後、デスクライトをつける。

そして机の上のタブレットを再度タップし、レース映像を見る。

 

『―ヴェニュスパーク最内を突く!そのまま押し切ってゴールイン!

ヴェニュスパーク凱旋門賞2連覇!これが欧州最強バの走り!』

 

「…つっよ…」

 

思わず声が漏れる。

 

足取りは軽快そのものなのに一歩一歩に重みがある。

ダンプカーとスポーツカーを足したかのような走りだ。

 

(凱旋門2連覇となると前世ではエネイブルみたいなもんか…いやトレヴやアレッジドの線も…

凱旋門後にJCってなるとモンジューやアルピニスタが近いか…?後者は結局来なかったけど。)

 

腕を組んで少し思案する。

 

今回のレースは、今まで走ってきたどのレースよりも過酷になるだろう。

ダービーバが自分を除いて2人。

加えて天皇賞バに有馬記念バ。

海外勢も6人全員がG1経験者。

 

そしてなにより、

『自分以外の同期(クラシック勢)がいない』こと。

 

(…大勢が定まらない中でいち早くJC参戦を表明したが…時期尚早だったか…?)

 

一瞬弱気なことが頭に浮かび、ブンブンと振るう。

 

(こんな弱気でどうする!テイオーも挑戦を喜んでくれたじゃないか!?

これがテイオーに追いつく早道だ。

 

弱気や不安は、綿密な準備と知識が振り払ってくれる!)

 

ヴェニュスパークの動画を閉じ、タブレットを手に取る。

『レース動画 ジャパンカップ選手』と記されたフォルダをタップし、画面に展開した。

 

そこにはヴェニュスパークをはじめ出走するウマ娘たちの、一か月かけて集めた過去レース動画がびっしり入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん…おはよーアスランちゃん。」

「おはようスチー…ム?」

「朝早くからレース研究?えらいねー。

二度寝したら応援しにいくから…zzz」

 

バッと机の上の時計を見る。

 

Am 6:30

 

サーっと血の気が引いていく。

 

(か、完徹しちまった…!?)



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ジャパンカップ 東京 芝 2400m 前編

1枠 1番 8番人気 クライムビート 日
1枠 2番 4番人気 サラマンドル 独
2枠 3番 1番人気 カジミェーシュ 日
2枠 4番 9番人気 サイラ 仏
3枠 5番 16番人気 メイショウホルス 日
3枠 6番 14番人気 コスモシパクトリ 日
4枠 7番 5番人気 ハーツオブオーク 英
4枠 8番 3番人気 サクラアスラン 日
5枠 9番 6番人気 クライムハーツ 日
5枠 10番 7番人気 ダルシン 愛
6枠 11番 13番人気 バトルフィッシュ 日
6枠 12番 11番人気 センパーパーパス 米
7枠 13番 15番人気 スゲーナスゴイデス 日
7枠 14番 12番人気 スイートソティス 日
8枠 15番 2番人気 ヴェニュスパーク 仏
8枠 16番 10番人気 デルタフォース 日


11月26日

東京レース場

 

JC(ジャパンカップ)当日

 

ダービーバに有馬記念バに凱旋門賞バと豪華なメンツが勢揃いした木枯らし吹きすさぶ府中。

 

日本のみならず世界各国からも観客が駆け付け、世紀の大決戦を心待ちにしていた。

 

指定席エリア

 

「…しかしあのアスランが3番人気か。もうちょい上いくかと思ったが…」

「あ、あんたは菊花賞のときの浪士組!」

「おや、いつぞやのイェニチェリさん。やはりアスランの応援ですか」

「え、ええ…ってなんであんたもおるんや!?今日ホープ居らへんのに」

「何を言って。そのホープを負かしたアスランがシニア勢・海外勢相手に立ち向かうってんだから応援するってのが粋ってやつですよ!」

「いいやつやなあんた…一緒に応援しましょ!」

「もちろん!せーの!」

「こーんぺーきのーそらー」

「わーかきちーにもゆーるもの」

「…」

「…」

「貴様慶応だな!?」

「さては早大だなおめー」

 

ローズガーデン

 

「今日のジャパンカップ、勝つのはカジミェーシュで決まりだ。」

「どうした急に」

「先日の天皇賞秋を勝ったことで出走メンバー中、府中の成績は頭一つ抜け出している。

3冠ウマ娘のサクラアスランも油断できないが…唯一のクラシック級となると正直読めない。」

「凱旋門2連覇のヴェニュスパークは?」

「それ聞いちゃう?外枠8枠の勝率は…」

「…まあラストランだって言うし無事に完走してくれれば御の字か。」

「まもなくボジョレーヌーボー試飲会を始めまーす」

「おっ始まるぞ」

「やっぱJCにはワインだな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パドック

 

『4枠8番3番人気 サクラアスラン』

『菊花賞から直接挑んできた新時代の3冠ウマ娘です。

格上挑戦に不安がささやかれていますが、『日本の若頭』としての実力・実績は折り紙つきです。』

 

 

「アスランさん仕上がってますね!」

「ええ。先輩たち相手でも全然ひるんでないわ」

 

スぺとスズカが和気あいあいとアスランを評する。

 

「ほう…」とトレーナーが感嘆する。

「普段アスランはパドックで落ち着いているが…今日みたいに気合がみなぎっているのは珍しいな。」

 

「大丈夫でしょうか…先輩方相手に気を張っているようにも見えますが…」

「大丈夫だってマックちゃん。正しく『めんたまギラギラ出走でーす』だろ!」

「…」

 

マックイーンとゴルシが話している横で、テイオーはただ黙ってパドックを見つめていた。

 

(…なんだろう。このモヤモヤした感じ…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋と冬が交錯する霜月

 

織りなすは、2400の旋律

 

『トウカイテイオーだ!外国の強力バをねじ伏せ復活を遂げました!』

 

世界に追いつき

 

『タップダンスシチー!2400!逃げ切るとはこういう事だ!』

 

世界を置き去りにせよ

 

今日 世界に挑み

 

世界が挑んでくる

 

G1 JAPAN CUP

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『寒風をも吹き飛ばす熱気に包まれた府中よりお届けします。

本日の最終メインレース。

 

東京第12R 国際招待競走 ジャパンカップG1

まもなく出走時刻となります!

 

今年は例年に負けず劣らず超豪華メンバーが勢ぞろいしました。

 

人気バを紹介しましょう。

3番人気は菊花賞を制し無敗の3冠ウマ娘となった『若獅子』8番サクラアスラン。

2番人気は凱旋門賞2連覇を成し遂げた『欧州最強バ』15番ヴェニュスパーク。

1番人気は天皇賞秋を制した『大王』3番カジミェーシュ!

 

出走バ全員がG1入着経験者という正しく頂上決戦と化した今年のジャパンカップ。

木枯らしを切り裂いて栄冠を掴み取るのは果たしてどのウマ娘か。

瞬き禁止の一戦です!』

 

 

(完徹したときはどうなるかと思ったが…案外なんとかなるもんだな)

 

大きく息を吸って冷たい風を胸いっぱいに感じる。

 

(試合直前に中途半端に寝るのはダメだから眠気覚ましでなんとか…)

 

そこなお嬢さん。

「ん?」

 

声がしたので振り向くと、隣枠のウマ娘

4枠7番ハーツオブオークがいた。

 

とても涼しげな香りがするが…香水でもつけているのかい?

いえ、ついさっきまでハッカ飴をなめて…気に障ったのなら申し訳ない。

いやいいのさ、ミントの本場は我がイギリスだからな。私も()()()()()()()よくそうするよ。

 

ピタリと愛想笑いが凍りつく。

オークは指を鳴らして不敵な笑みを見せる。

 

「Good luck. Brave Blossom!」

 

手をひらひらさせて枠に入っていった。

 

(…付け焼き刃がばれたか…!?)

 

全てを見透かされたかのようなオークの言動に冷や汗が垂れる。

 

(今更後戻りはできない。

ここまで来たら腹くくって挑む他ない。

 

…『Brave Blossom(勇敢なる桜)』とは上等だ。

 

番狂わせは大好物だからな!!)

 

ハッカ効果と完徹の謎テンションで爛爛とした目をコースに向けた。

 

 

『さあゲート入り完了!

 

スタートしました!!!』



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ジャパンカップ 東京 芝 2400m 後編

『各バ揃って良いスタートを切りました!

注目の先頭争いですが…

 

4番サイラと12番センパーパーパスがハナを主張、そのすぐ後ろに14番スイートソティスが続きます―』

 

やあやあマドモアゼルハンバーガー。調子はいかが?

英語で話せカエルやろう!

 

サイラとセンパーパーパスがどつきあい漫才みたいな鎬を削りつつ先頭を譲ろうとしない。

当然の如くペースはどんどん上がり、後方との差が広がり始める。

 

2馬身離れた位置にいるスイートソティスはしきりに前後の間隔を確認し首を振る。

 

(どうする…ついていくか?いや、あんなハイスピードの削り合いに絡んだらあっという間にスタミナがなくなる。

とはいえ…)

 

スイートソティスが再度後ろを見る。

 

『向こう正面に入って中段グループが形成されます。

内に入ったのは3番カジミェーシュ、その隣にアイルランドのダルシン。

9番クライムハーツは外に出て先頭から5、6番手といったところ。

 

アスコットのレコードホルダーハーツオブオークは後方集団、3冠ウマ娘サクラアスランもこの位置。

フランスの至宝15番ヴェニュスパークはさらに後ろからのレースとなっております。』

 

有力バ達が軒並み後方からのレースを選んでいる。

 

スタミナ無視の逃げを敢行する2人の代わりに、3番手につくスイートソティスが『真の』ペースメーカー扱いとなっていた。

心の中で舌打ちする。

 

(カジミェーシュやサクラアスラン、ヴェニュスパークといった直線自慢が後方にいる…

末脚を温存しないと確実に差されて終わりね。

あの先頭に引っ張られないようにしないと…!)

 

3コーナーにかかり次第に歓声が耳に入り始める。

縦長だった隊列は次第に短くなっていく。

 

末脚自慢達が前をとらえにかかった。

 

 

『4コーナーを通過!先頭2人の足色はいまだ衰えない!

後方集団怒涛の追い上げ!ヴェニュスパークは外に持ち出した!

 

さあ最後の府中の直線にさしかかった!栄光まで500m!』

 

(あのハイペースで垂れない!?ペース配分を意識しすぎたか!)

 

スイートソティスが歯嚙みし、温存した脚を使おうと片足に力を入れたそのすぐ隣を

 

『さあハーツオブオークが先頭をとらえにかかった!サクラアスランも後に続く!』

 

樫と桜の優駿が駆け抜けていった。

 

(サイラとセンパーパーパスはスタミナですりつぶすタイプの逃げウマ娘…)

(欧州の重馬場で鍛えられた2人は、日本の高速馬場じゃ垂れない!)

 

「「その走り見切った!」」

 

オークとアスランは2人同時に同じことを考え、同じタイミングでスパートをかけた。

オークは過去のレースでの対戦経験から、アスランはその過去レース映像の研究から、

それぞれ先頭の逃げ勢への対応をイメージ済みだった。

 

『真ん中からハーツオブオーク!サクラアスランも並ぶ!スイートソティスも懸命に粘る!』

 

だが

 

『そして外から鹿毛のウマ娘がやってきたぞ!』

 

真の実力者は、経験も知識も自力も、すべて飲み込んでいく。

 

『フランスのヴェニュスパークだーっ!』

 

(La tactique est de donner toute la puissance à un point.)

 

大外の不利をものともせず、豪快になで斬りにかかった。

 

前へ!( Marchons!)

 

『先頭ヴェニュスパークに変わった!すぐ後ろにハーツオブオークが食らいつく!』

 

来たかヴェニュスパーク!凱旋門の借りを返してもらう!

 

オークが含み笑いを見せ再度加速する。

 

(こんな豪胆に大外一気でくるとは…これが凱旋門賞バか!)

 

背中に汗が垂れるも自然と笑みが出てくる。

 

数段上の実力者との鍔迫り合い。

心が高揚し、闘争心は頂点に達していた。

 

(こっちだって無策じゃない。

まだ眠らせている領域を使えば俺も…!)

 

そして足に目いっぱい力を加える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カクン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…あれ…?)

 

 

 

 

『ヴェニュスパーク完全に先頭だ!2番手ハーツオブオーク猛追!

サクラアスラン伸びが苦しいか!』

 

 

 

 

おかしい

 

 

 

 

普段なら、力がこみあげてくるのに

 

 

まったく視界が変わらない。

 

 

 

(なんで?なぜ追いつけない!?

 

なんで領域が出てこない!?)

 

 

領域が出ない現実を理解した瞬間、

アドレナリンが一気に失せ、水の中を走っているかのような抵抗と息苦しさを自覚する。

 

疲労以外の汗がとめどなくあふれてくる。

 

 

 

 

待ってくれ

 

 

待ってくれ!

 

 

 

 

 

こんな

 

 

 

 

こんなはずでは

 

 

 

 

いくらなんでも…!

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヴェニュスパーク単騎先頭!

 

これが!

欧州最強バの走り!

 

ヴェニュスパークッ!!!』




「La tactique est de donner toute la puissance à un point.」
『戦術とは、一点に全ての力をふるうことである。』

ナポレオン・ボナパルト


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うさぎとかめ

参考 2014 有馬記念実況


『1着はヴェニュスパーク、ヴェニュスパークです!

 

これぞ有終の美!

こんにちはとさようならを、同時にやってのけました!』

 

大歓声に包まれる東京レース場。

 

ヴェニュスパークはホームストレッチへ進むと、日本を意識してか一礼をし、朗らかな顔で声援に手を振って答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京レース場 上階 VIPルーム

 

(…アスランさん…)

 

VIPルームにてエルやモンジュー達と観戦していたスペシャルウィークは、心配そうな表情でターフに立っているアスランを見ていた。

 

「…おめでとうモンジュー。素晴らしい走りデシタ。」

 

エルの労いの言葉にハッとし、スぺも続けて言葉を贈る。

 

「お、おめでとうございますモンジューさん!

ヴェニュスさん良い走りでしたね!」

「メルシー2人とも。君たちのサポートあってこその結果だ。

ぜひ後で本人にも言ってあげてくれ。」

 

モンジューが穏やかな笑みを浮かべる。

 

「…悔しいデス」

「エルちゃん?」

 

エルがポツリとつぶやく。

 

「…エル達は、日本のみんなは、ようやくヨーロッパに追いつけたと思った…いや、追いついていマシタ。

でも、今日の結果で、また突き放された気がしマス…」

 

エルが苦笑いしながら頬を少し掻く。

 

モンジューはふむと顎に手を当て、窓の外からターフを見る。

 

「『うさぎとかめ』という童話は知ってるかい?

うさぎはかめを見ていたが、かめはゴールを見ていた…と。

 

私なら、いや()()()ならこう続けるだろう。

 

『だがうさぎは、黙ってかめを見ていたわけではなかった』と。」

「…!」

「努力は決してジャポンの専売特許ではないということだ。」

 

慈しむ目で、モンジューはヴェニュスパークを見下ろす。

 

エルは「ハハッ」と乾いた笑いをすると、深々と頭を下げた。

 

「…今回は完敗デス、モンジュー。

でも、エル達は、何度でも()()()()に挑み続けマス!」

 

頭を下げ実力差を受け入れつつも、静かに燃え滾る闘志を目に浮かべるエルコンドルパサー。

隣にいるスペシャルウィークも同じ表情をしていた。

 

そんな2人と、絶え間なく聞こえる日本のファンの歓声を聞いて、モンジューは感嘆の息をもらす。

 

(有能な者はどんな足枷をはめられていようとも飛躍する、か。

かのナポレオンの言った通りだな。)

 

そして再度、ヴェニュスパークに視線を向ける。

 

(我らに休んでいる暇はなさそうだぞ、ヴェニュス。)

 

欧州最強の子弟にも、目に炎が宿っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あれが欧州最強バの実力か…手も足も出なかった…)

 

スタンドに手を振り続けるヴェニュスパークを、少し離れたところからスイートソティスが見る。

 

(欧州は欧州。私は私だ。

すぐに今日の走りを見直して、有馬記念につなげる。)

 

負けてもすぐに切り替え、次を見据えるスイートソティス。

 

そんなしっかりと前を向くスイートソティスとは対照的に、アスランはターフ上で呆然としていた。

 

 

「ハッ…ハッ…ハッ…」

 

両手足を芝につき、息も絶え絶えに掲示板を見る。

 

(いったい…いったい何着だったんだ…)

 

視界が汗でにじみ、目に刺激が走る。

 

(無敗のロマンが…テイオーとの夢が…こんな…)

 

スタンドを見る勇気がない。

 

大口叩いてJCに乗り込んだ挙句掲示板にも乗らない有様。

テイオーやファンが、どんなに失望しているか考えたくもなかった。

 

お疲れ様、お嬢さん。

 

頭の上から声がしたので顔を上げると、ハーツオブオークが立っていた。

 

ヴェニュスパークと激闘を演じたので息は荒れているが、しっかりと立ってアスランを見下ろす。

 

なめられたものだね。()()()の状態で私やヴェニュスの末脚に挑もうなどと。

ち、違…そん、な、つもり、は…

 

まだ呼吸が定まらず、うまく言葉が出てこない。

せめて立上ろうとしても、足が震えて力が出ない。

 

そしてオークは指を鳴らし、アスランの横を通り過ぎて行った。

 

「Good bye! S()l()a()v()e() Blossom!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も言い返せなかった。

 

 

 

 

Slave Blossom(惨めな葉桜)』とバカにされたというのに。

 

 

 

何一つ、言い返せなかった。

 




11月26日 東京第12R
ジャパンカップ(G1)
芝 2400m

1着 ヴェニュスパーク 2:20.9
2着 ハーツオブオーク 1/3
3着 センパーパーパス クビ
4着 サイラ アタマ
5着 スイートソティス 2

9着 サクラアスラン


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『敗北』の権利

トレセン学園 構内

 

世間ではジャパンカップの激闘冷めやらぬ夜。

 

アスランの足はある場所へ向かっていた。

 

 

 

(…これを使う日が来るとは…)

 

校舎の裏手にある木のうろ。

レースで負けたウマ娘が、悔しさを大声で発散するところだ。

 

ブブっとスマホのバイブレーションが震える。

 

…見なくてもわかる。

トレーナーやスピカのみんなからの連絡だ。

 

…とてもじゃないが、今は合わせる顔がない。

 

『寝不足で調子崩して負けました』なんて口が裂けても言えない。

 

どの面下げてトレーナーに会えばいいのか。

 

 

「特に…テイオーには…」

暗闇に声が溶ける。

 

 

「呼んだ?」

「うぉぁッ!?」

 

思いっきりのけぞって声のした方を見ると、テイオーがいた。

 

「なな、なんでここに!?」

「アスランが居なくなったって聞いてね。多分ここじゃないかなーって」

 

ニシシと屈託ない笑顔を見せる。

こっちは物凄く心臓がバクバクしている。

 

「か、勝手にいなくなってすみません。

やることやったら、すぐ戻りま―」

「悪いけど」

 

テイオーの声色が変わる。

 

「今のアスランに、この木のうろを使う権利はないよ。」

「…え?」

 

いつになく真剣なテイオーを見て、思わず背筋が伸びる。

 

「ボクも、初めて負けた時はとっても悔しくて、イガイガして、涙が出てきて。

『ああボクはカイチョーにはなれないんだ』って、本気で思った。

 

でも、後悔はなかった。

 

戦わなければよかった。とかそんなことは思わなかった。

なんでだと思う?」

「それは…」

 

「全力で戦ったから。

しっかり準備を整えて、これで負けても文句ないって、心の底から思っていたから。

今のアスランはどう?」

「…」

 

言葉が出ない。

もし万全だったなら…

 

「…君の隣にいたハーツオブオーク…だっけ。

彼女がボクたちに教えてくれたよ。

『寝不足で疲労困憊みたいだから休ませてやってくれ』って。

『今日の彼女は私のデータにある本来の若獅子の走りではなかった』だって。」

「オークさんが…」

 

口では厳しく言っていたが、かなり心配させてしまったようだ。

 

いや、

俺が期待外れの走りをしたからこそ、厳しい態度をとっていたのか。

 

 

「『敗北』っていうのは、全力を尽くして、次に活かせるよう見返せること。

 

自分で自分の首を絞めて負けたのは『敗北』じゃない。

『自滅』っていうんだ。

 

この木のうろは敗北したウマ娘のためにあるもの。

自滅したアスランが使っていいものじゃないよ。

 

ここにカイチョーがいたらこう言うだろうね

『本末転倒だ』と。」

 

テイオーの正論が体を貫く。

黙り込むことしかできない。

 

 

…自分はなにをしているのか。

 

模擬レースで負けて、シリウスに諭されたあの頃から、

何一つ変わっていないじゃないか…!

 

 

「…どうすれば、よかったのか」

「そんなの決まってるじゃん。」

 

テイオーが肩に手を置く。

 

「ボクたちを頼って。」

「えっと…」

 

テイオーの目が合う。

 

「そりゃ、ボクはカイチョーやシリウスからいつまで経っても子供扱いだし、アスランに窘められたのも一度や二度じゃないし、頼りないかもしれないけどさ、

 

ボクは、君が憧れたトウカイテイオーなんだ。

 

アスランはマジメで頭いいからさ、自分で悩んで、解決しようとするけど、

ボクをもっと頼ってほしい。

 

何を考え、何に悩んでいるのか、それをもっとボクたちに教えて欲しい。

君から言ってくれなきゃ、今日みたいにボクたちだってなにもできないからね。」

 

ニシシとまた朗らかな笑みを浮かべた。

 

 

…ある意味、天狗になっていたかもしれない。

 

3冠ウマ娘になり、テイオーの夢をかなえ、

 

まだ上を目指せるはずとロマンを口実にJCへ突っ走って。

 

挙句一人で不安を抱え、レース研究で夜更かしして…

 

…頼るべき時に、相談せず…

 

…今日の負けは必然だったし、避けられたかもしれない。

 

 

「アスラン、改めて聞いていい?」

 

テイオーの目がまっすぐに俺を見る。

 

「また君に、夢を見ていいかな。」

 

木枯らしとは違う、快い風が吹いた気がした。

 

 

「…あっ!いた!」

「トレーナー!こっちにいましたわ!」

 

 

 

トレーナーとスピカのみんなが駆け寄ってくる。

 

「おま…勝手にいなくなるなよアスラン。いったいどうし」

「…た」

「うん?」

 

 

「…申し、訳、ありませんでした…!」

 

堰を切った様に涙があふれてきた。

 

失望され、見捨てられてもおかしくない失敗をしたのに

 

手を差し伸べてくれた。

 

情けなさ、悔しさ、恥ずかしさ

 

色んな感情が入り交じり、顔を上げられない。

 

 

膝をついて泣く俺に沖野トレーナーがタオルを渡す。

 

「…まあ、お前の不調に気づけなかった俺にも責任はある。

 

今日はしっかり休んで、また明日から勝ちにいくぞ、アスラン。」

「はい…っ!」

 

 

 

 

 

スピカのメンバーに慰められながら、心の中で誓った。

 

 

こんな情けない涙は、今日で最後にしようと。

 




目標達成!

ジャパンカップに出走する

次の目標

有馬記念で5着以内


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デジタルデトックス

JCにてデビュー以来初となる着外となった日曜日から一夜明け、

寝不足と焦燥感というデバフを抱えていたアスランは、

 

 

 

 

カポーン

 

 

 

 

 

山奥の温泉宿にいた。

 

 

 

 

 

 

 

昨夜 スピカの部室

 

 

「さて、アスラン。今のお前に必要なことは分かるか?」

 

沖野トレーナーがアスランに問いかける。

涙を流し切って落ち着いてはいるが、まだ目は充血している。

 

「はい、反省会ですね。覚悟はできてま―」

「いーや、それよりも大事なことがある。」

「はい?」

 

腕組をしたトレーナーがカッと目を見開く。

 

「ゴルシ!アスランのバック調べろ!」

「おうよ!」

「あっ、ちょ何を」

「テイオーとマックイーンはアスランを抑えておけ!」

「了解!」

「観念なさい!」

「ちょっとマックイーンさんどこ触って

あひゃひゃひゃひゃ」

「トレーナーさーん。アスランさんの部屋から回収してきましたー」

「おおスぺよくやった」

「せめて説明してくだs

テイオーさん遊んでるであばばばば」

 

 

10分後

 

「というわけでこれらはしばらく没収する。」

「は、はい…?」

 

テイオーとマックイーンのくすぐり攻撃から解放され、息も絶え絶えに机の上を見る。

 

「没収…ってそれは自分のスマホとタブレット!?」

「そうだ、今のお前に必要なのはデジタル機器じゃない。これらから離れてしっかり休養することだ。」

「デジタルデトックスってやつね!」

スカーレットが答え、「よく知ってるな」とトレーナーが頷く。

 

もちろん沖野トレーナーにはその目的もあるが、もう一つ意味合いがあった。

 

(今のアスランにマスコミの記事を見せるわけにはいかない。)

続けてトレーナーが封筒を取り出す。

 

「知り合いから教えてもらった良い温泉がある。

旅程表と切符がその中に入ってるから明日の朝一番に出るように。」

 

 

 

 

と言われたのが昨夜の出来事である。

 

 

そしてその翌朝

新幹線と私鉄を乗り継ぎ、バスで山道に揺られること計6時間。

 

(結構な山奥まで来たな…)

 

青森県の山間にひっそりと佇む青荷温泉

通称〈ランプの宿〉に辿り着いた。

 

山から吹き降ろす冷たい風にせかされるように館内に入ると、石油ストーブの様な香りがした。

 

『ランプの宿』はその名の通り、館内の至る所に灯油ランプが灯されており。

コンセントはおろか、非常口以外の電灯は一切ない徹底ぶりである。

 

当然の如く携帯の電波も飛んでいない。

不便ではあるが、そういった不便さや非日常を求めてやって来る者が大半なため、穏やかな時間が漂っている。

 

無敗の3冠ウマ娘として、行く先々で注目を集める普段とは全く異なる環境だ。

 

部屋に通され、荷物を置き、

フロントで頂いたコーヒーを飲みながら景色を眺める。

 

「…こんなにボーっとした時間を過ごすのはいつ以来か…」

ポツリとそんな言葉が漏れる。

 

日々仕事に励み、休日も資料作成に資格勉強にと忙しなく動いていた前世。

日々練習に励み、休日も自主練にレース研究にと忙しなく動いていた今世。

 

何もせず、ただのんびりと過ごす機会がこんなにもなかったものかと思う。

 

『お前は真面目過ぎるんだよ、もうちっと楽して仕事しろ。』

 

ふと前世で先輩から言われた言葉がよぎる。

自分でも気づかない間に疲労が溜まり、仕事中に脳貧血で倒れた時に言われたっけ。

 

(周りに迷惑をかけないよう頑張りすぎて逆に周りに心配や迷惑をかける…か。

前と同じ失敗してたんだな俺…)

 

ため息とともに乾いた笑いが出る。

そういやこの世界に来て最初に思ったのが『会社への連絡』だったな。

 

「いい機会だし十数年分の疲れをとるとするか。」

起き上がってタオルを手に部屋を出た。

 

 

この温泉宿には露天風呂含めて4つの温泉があり、景色と共に湯巡りができる。

 

早速滝が見える露天風呂に入ろうとする。

湯気でよく見えないが先客がいた。

頭の上に耳があったからウマ娘だろう。

 

「すみません失礼しま…

あぁっ!?」

「…あ」

 

風で湯気が飛び、視界が晴れた先にいたのは

 

「ほ、ホープ!?」

 

ダービーと菊花賞で死闘を演じたレスキューホープだった。



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両雄の休息

ウマ娘3周年!
めでたい!


「…」

「…」

 

湯舟に2人揃って浸かるも、会話はない。

サラサラと温泉が流れる音と遠くの瀑声だけが浴場に響く。

 

「…ホープは、なぜこの温泉宿に?」

 

沈黙に耐え切れなくなったアスランがホープに向かって口を開いた。

 

「…ケガの療養だよ。練習中に足をケガしてしまって…

ここなら静かに休めるだろうってトレーナーさんが。」

「…ケガって…大丈夫か?」

「大したケガじゃないさ。

ただ、いろんな人が大げさに大騒ぎするもんだから滅入っちゃって…」

 

ふうとホープが溜息をこぼす。

 

「…ジャパンカップテレビで見てたよ。残念だったね。」

「え?ああ…ありがとう。」

 

今度はホープの顔がアスランに向く。

 

「どうだった?」

「何が?」

「世界と戦うって…どんな感じだった?」

「そうだね…」

 

なめられたものだね。寝不足の状態で私やヴェニュスの末脚に挑もうなどと。

 

ハーツオブオークに言われたセリフがフラッシュバックする。

 

「…強かった。

ただ強いんじゃない。心の余裕や実力へのプライドを肌で感じた。」

 

目を閉じて自然と拳を握る。

 

「そっか」とホープが相槌を打つ。

 

「僕はそれを、菊花賞でアスランから感じたんだけどな。」

「うん?」

 

ホープがそう言葉をつなげる。

 

「…僕は、だれかと競い合うのが好きなんだ。

小さかった頃は裏山でうさぎと追いかけっこしたり、漁港に集まる海鳥を追いかけたりして過ごしてた。

 

盛岡トレセンに行って、もっともっと速いウマと競いたいと思って中央に挑んだ。

 

一番強いウマ娘である君と競ってみたかったから。」

 

ただ黙ってホープの話を聞く。

 

「菊花賞で負けて、会長に怒られた時分かったんだ。君は勝つために走っていて、僕は…

 

…僕は、失望されないために走っていたんだって。」

「失望?」

 

ホープがこくりと頷く。

 

「走っているうちに、会長やみんなからの期待が大きくなっていることに気づいたんだ。

 

…いや、気づかされたんだ。

僕は、地方のウマ娘として期待に応えなければならないって。」

 

ホープが湯舟の中で足をさする。

 

「…もしかしてケガの原因って」

「うん…ちょっと無茶してしまって…ね。」

 

力なく笑うホープを見る。

 

SNSにて『#ホープに続け!』は地方ウマ娘達の間で大流行し、度々目にするが、

その台風の目ともいえるレスキューホープには、期待という名の重しが積みあがっていた。

 

「…期待に応える、って一番単純で一番難しいよな。」

「え?」

「自分も似たようなもんさ。

 

3冠を達成して、先輩方やファンの期待に応え、

『自分ならもっと期待に応えられる』と過信して、

自分を心身ともに追い込みすぎて…結果は掲示板外だ。

 

挙句海外ウマ娘から呆れられ、チームやトレーナーに心配かけて…この温泉で休養中ってわけだ。」

「君も療養中だったんだ…」

「そうでなきゃ6時間もかけて山奥までこないさ」

「…青森(地元)をバカにするなら相手になるべさ?」

「い、いやいや!そんなわけないやないですかホープ殿」

「…フフッ」

「へへっ」

 

互いにクスリと笑い合う。

 

「案外僕たちって似た者同士なのかもね」

「そうかな」

 

笑ってごまかしたが、心の中では真逆のことを思っていた。

 

(…これほど正反対な存在なかなかいないと思うが…)

 

夢と期待に応えるために競い合うサクラアスランと、

実力に対して期待が後付けされたレスキューホープ。

 

根底となる自分の軸が全く違う者同士ではあるが、だからこそ気が合うのかもしれない。

会話を重ねるうちにそう思った。

 

「休養がすんだらアスランはどうするの?」

「自分は…トレーナーと相談の上でだけど、

有馬記念を目指す。

 

…同じ轍は踏まない…!」

 

ホープの問いかけにしっかりと答える。

 

「…僕は、東京大賞典と翌年のフェブラリーステークスを目標にするよ。

 

期待に押しつぶされない、強い自分になって、君へ()()()挑む。」

 

古の侍を彷彿させる力強い目を見せる。

 

「分かった。楽しみに待ってる。

土俵は違えどもお互い頑張ろう。」

「ああ!」

 

そして湯舟から手を出して互いに拳を突き合わせてグータッチをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あのーお嬢ちゃんたち。そろそろわしらも入ってええかの?」

「「?」」

 

脱衣所からおばあちゃんが顔を覗かせてくる。

 

「…気を遣わせちゃったみたいだね。」

「上がろっか」

 

2人そろってそそくさと湯舟を出た。



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ヒルクライム 三人称視点

「―分かった、報告感謝する。すぐに対応しよう。」

「あ、ありがとうございます!ルドルフ会長!」

 

シンボリルドルフは生徒会の仕事中、生徒からの報告を受け現場に向かう。

 

その生徒曰く「どっかのウマ娘(カワカミプリンセス)が校舎の壁をぶち破った」とのことだ。

下手人はすぐにエアグルーヴによってお縄となったが、被害状況を把握するため会長自ら確認しに行く。

 

現場にはすでに野次馬ができており、ざわざわと破損個所を眺める。

 

「君たち、ここから先は生徒会が対処しよう。トレーニングに戻ってくれ。」

ルドルフがそう声をかけると生徒たちは挨拶をして戻っていく。

 

(…おや)

 

ルドルフが見覚えのある生徒に気づき、スッと近づく。

 

「やあソティス。久しいな。」

「る、ルドルフ会長…」

 

ルドルフは気さくに話しかけるも、スイートソティスは化け物でも見たかのような苦い表情を見せる。

 

「そう萎縮しないでくれ。

我がシンボリ家と君のスイート家は親戚だ。互いに遠慮することはあるまい。」

「……いえ、お心遣いは無用にございます。」

「先日のジャパンカップを見ていた。実に良い走りだ。

正に勤倹力行たるもので―」

「……私なぞ、()()()次期当主であらせられるルドルフ()とは比べようもない塵のような者でございます。

練習があります故失礼いたします。」

 

見た目はへりくだっているが、ソティスはルドルフの話を途中で切り上げ、足早に去っていった。

 

(以前は明るい子であったと記憶しているが、今では頑なに姿勢を崩そうとしない。

実家(スイート家)とも仲違いしたと聞くし…心配だ。)

 

ルドルフは一瞬ソティスの様子を見に行こうと思い立つも、校舎の破損へも対処しなければならないため立ち止まる。

 

「どうしたものか…」

 

「―何か、困っているのか?」

 

そんなルドルフへ声をかけるウマ娘がいた。

 

「ああ君か。

丁度いい、一つ頼まれてくれるか。」

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高尾山 ケーブルカー清滝駅前

 

「おう、来たかソティス。」

「お待たせしました、シリウス先輩。」

 

高尾山への登山口である駅前に、ジャージ姿のシリウスシンボリとソティスが落ち合う。

 

「じゃ、早速始めよう。準備はいいな?」

「あの先輩」

「ん?」

「…さっきから大きなウマ娘につけられている気がするんですが…」

「あん?」

 

シリウスがソティスの後ろを見ると、遠くの物陰からこちらを凝視する褐色肌のウマ娘がいた。

 

「なんだあいつか。

ソティス、心配ない。知り合いだ。」

 

そう言いながらシリウスは件のウマ娘に目配せして手招きし、呼び寄せる。

 

 

「何だクリスエス。あたしの後輩に何か用か。」

「―ルドルフから、その子を見守るよう、missionを受けた。」

「なるほど。皇帝サマからのお目付け役か。」

 

得心がいったシリウスはハッと笑う。

 

「2人とも会うのは初めてだな。

ソティス、こいつはシンボリクリスエス。あたしやルドルフと同じシンボリのもんだ。」

「シンボリ…!?」

 

名前を聞いたソティスの目がすわる。

 

「……お初にお目にかかります。クリスエス()

高貴なるご本家のお方が、私のような末席の者に何の御用でしょうか。」

「…?」

「ああ、気にしないでくれクリスエス。こいつは今色々とこじらせているんだ。」

 

棒読みでクリスエスに礼を尽くすソティスにクリスエスが疑問を浮かべる。

 

「おしゃべりはこれぐらいにして練習に戻るぞ。

ソティス。準備は?」

「万全です」

「よし、行ってこい。」

 

シリウスが指示を出すとソティスは駅横の6号登山道へと駆けていった。

 

「クリスエス。あたしらはこっちだ」

 

そう言ってシリウスはクリスエスを連れてケーブルカーの乗り場へ行った。

 

 

 

「今でこそ高尾山は手ごろな観光登山の名所になっているが、かつては修験道…自然の中で修行を行う者達の、いわば鍛錬の山でもあった。」

「―自然の中…。Ninjaか?」

「まあ当たらずとも遠からずってところだな。」

 

ケーブルカーを降り、中腹に位置する薬王院へ向かう1号登山道をのぼりながら、シリウスがクリスエスに説明する。

 

「ソティスは…まあ色々あってな。

今のあいつには、整備されたトラックや高価なトレーニングマシーンよりも、自然の中で鍛えるのが必要だと判断した。

修験者のように自分自身と向き合える環境がな。」

 

そう言いながら山道をのぼり、山頂へと到着する。

 

「―!?」

 

そしてクリスエスの目に信じられない光景が入ってきた。

 

「おう、もう着いていたか」

「シリウス先輩お疲れ様です。クリスエス様もご足労をおかけしました。」

 

汗一つかいていないソティスが、クリスエス達よりも()()山頂に到着していた。

 

 

クリスエス達が使った1号登山道は、薬王院への参道でもあるため舗装され歩きやすく整備されているのに対し、

ソティスが使った6号登山道は、急な勾配や階段に加え、途中で沢と登山道が一体となっている上級者向けの山道である。

 

しかも、クリスエス達はケーブルカーを使ってショートカットしたにもかかわらず、麓の登山口から登ったソティスの方が先に山頂に着いていた。

 

寡黙なクリスエスもこれには目を見開いて驚きの表情を見せる。

 

「ソティス、足の具合は?」

「問題ありません。」

「ならあと2往復だ」

「分かりました。」

 

そしてソティスはそのまま今来た道を引き返していった。

 

ソティスを見送ったシリウスはクリスエスの肩に手を置く。

 

「皇帝サマに伝えておけ。

Not a problem(心配ご無用)』とな。」



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枠順抽選会

年の瀬に行われるグランプリレース『有馬記念』

 

競馬は知らなくてもダービーと有馬記念は知っているという人がいるように、1年で最も注目を集める国内最高峰のレースである。

 

その注目度の高さを裏付けるように、有馬記念の枠順抽選会は全国ネットで生中継される。

ウマ娘のレースが社会に溶け込んでいるこの世界でも同様だ。

 

会場であるホテルのホールにはマスコミや関係者でごった返し、今か今かと待ち構える。

 

「…緊張してきたな…」

「始まる前から緊張してどうすんのさガーランド」

 

会場の端でエイトガーランドの顔がこわばっていたので声をかけ緊張をほぐす。

 

「しっかりしてくれよ。貴重なクラシック勢なんだから。」

「…その言葉は私じゃなくて()()()にしたら?」

 

クイッとガーランドが指さした方向には、

 

「…大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫」

 

大丈夫botと化したタイキスチームがいた。

 

「会場入る前まで元気そうだったのに…」と頭を抱えながら近づく。

 

「スチーム?大丈夫?」

「大丈夫!大丈夫!大丈夫!」

「絶対に大丈夫じゃないでしょそれ。

もう少しどっしり構えたらどう?『エリザベス女王杯』でシニア混合戦は経験してるでしょ?」

「だ、だってクラウン路線の選手と戦うの初めてで…」

「いやいや、去年芙蓉ステークスで自分やガーランドと戦ってるでしょ」

「あの時とは違うというかなんというか…

と、とにかく記者さんに何聞かれてもいいように練習してるの!」

「ダブルティアラとエリ女制したウマ娘ならもっとしゃんとしなさい!」

 

古の歌詞が思い起こさせる。

『頼れる仲間は皆目が死んでる』

 

(レースにかけた青春、でも皆目が死んでるってか???冗談じゃない)

 

『お待たせいたしました。まもなく抽選会を開始します。選手の皆様は所定の席へご着席ください。』

 

アナウンスが流れ、それぞれ座席へつく。

 

前世の枠順抽選会では、馬主・調教師・騎手が1陣営として席につくが、

今世では各ウマ娘が1人だけ座り、くじも選手自身が引くようだ。

 

後方の関係者席にいる沖野トレーナーと目が合い、お互いコクリとうなづいた。

 

「CM明けまーす5秒前ー4、3…」

『全国1億のレースファンの皆様、お待たせいたしました。

只今より、G1有馬記念、公開枠順抽選会を、ここ品川プリンセスホテルより生中継にてお送り致します。』

 

拍手とともに枠順抽選会が開幕した。

 

『枠順抽選会では、まずウマ名が入ったくじをゲストの方が引きます。

そして選択権を得た選手はウマ番が入ったくじを引いて頂き、出バ表を完成させていくといった流れとなっております。

 

今年は豪華なゲストをお呼びいたしました!

メジャーで投打大活躍の大谷一郎選手です!』

 

(((…抽選会終わったらサイン貰いにいこう…)))

会場にいる全員の思いが一致した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『では最初のくじを大谷さんお願いします。』

 

固唾をのんで見守る。

ガーランドやスチームにああ言った手前だが、やはり自然と背筋が伸びる。

 

『最初に選択権を得たのは…タイキスチームさんです!』

「ひゃい!?」

『タイキスチーム選手どうぞ壇上へ!』

 

スチームが右手右足を一緒に出しながらステージへ上がる。

同室の同期としては見てるこっちが緊張してくる。

 

『それでは引いたくじのウマ番をカメラに向かってお見せください。お願いします!』

 

スーッと丸められたくじを広げていく。

 

『1枠1番!最内枠です!』

 

おおっというざわめきが上がる。

 

元々逃げウマであるスチームにとって1枠は絶好のポジションだ。

 

『スチーム選手一言お願いします。』

『え、えっと。大丈夫です!頑張ります!』

 

良枠なのを感じたのか、スチームの声と表情に自信が戻っている。

 

(これは本番でも強敵になりそうだ。)

 

『続いてのウマ娘は…サクラアスランさんです!』

「!」

 

そう思っていると今度は自分が呼ばれた。

 

ゆっくりと登壇し、くじを選ぶ。

 

(逃げ馬のスチームが1枠に入った以上俺が狙うべき枠は…)

 

くじを広げながらそんなことを思う。

 

『2枠4番!』

(…よし!)

 

心の中でガッツポーズする。

 

『アスラン選手思わずガッツポーズをしておりましたが』

『あ』

 

心の中では収まらなかったようだ。

会場からクスクスと笑いが漏れ、顔が熱くなる。

 

『やはり狙い通りの枠といったところでしょうか。』

『え、ええ。内側の枠(2~4枠)がいいなと思っていたので。嬉しいです。』

『最後に意気込みをお願いします。』

『ファン投票でも1位に推していただきありがとうございます。

正々堂々()()()を獲りにいきます!』

 

ピリッとシニア勢の空気が変わる。

当然といえばそうだが、こちらにもプライドがある。

 

(もうジャパンカップのようなみっともない負けはできない…!)

 

敗戦以降、休息とスピカの先輩方とのトレーニングに心血を注いできた。

万全の状態で、勝利を目指す!

 

 

 

『では続いてのウマ娘は―』

 

その後も抽選会は続いていく。

 

 

『ジャパンカップでは遅れをとったが、朕もダービーウマ娘。

必ずや勝利の栄光を掴みとらん!』

4枠7番 カジミェーシュ

 

『な、何で…大外…』

8枠16番 エイトガーランド

 

『姉妹で競えるのはこれが最後なので』

『姉に最高の引導を渡します!』

3枠5番 クライムビート

1枠2番 クライムハーツ

 

『影が薄いはもう終わりだがね!』

6枠11番 デルタフォース

 

 

 

『では最後は…スイートソティスさんです!

くじをお見せください!』

 

そして最後のウマ娘であるスイートソティスが残ったくじを引き、カメラに見せる。

 

『3枠6番!

ソティス選手意気込みはいかがですか?』

『どの枠だろうと自分を信じて勝ちに行くまでです。』

『勇ましいお言葉ありがとうございます。

これにて、有馬記念公開枠順抽選会を終了します!』

 

こうして初めての枠順抽選会は幕を閉じた。

 

年の瀬の大一番

有馬記念は、もうまもなくやってくる。

 




抽選会終了後の某掲示板

有馬記念枠順抽選会同時視聴スレ part12
【悲報】エイトガーランド、エイト枠を引く
【若獅子】イェニチェリスレ 第201師団【有馬へ!】
【朱色の侍】浪士組スレ 第217番隊【大賞典確定】
ガチガチスチームちゃんを愛でるスレ
【姉妹対決】クライム姉妹応援スレ その122【最終章!】
元天才トレーナーT.世紀氏語る!『外枠は不利じゃない』



マックイーン「アスランさん、いちろー選手のサインは貰ってきましたか?」
アスラン「……あ」






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有馬記念 中山 芝 2500m 前編

1枠 1番 4番人気 タイキスチーム
1枠 2番 7番人気 クライムハーツ
2枠 3番 6番人気 マイネルアヌビス
2枠 4番 1番人気 サクラアスラン
3枠 5番 3番人気 クライムビート
3枠 6番 5番人気 スイートソティス
4枠 7番 2番人気 カジミェーシュ
4枠 8番 14番人気 コスモシパクトリ
5枠 9番 12番人気 メイショウホルス
5枠 10番 13番人気 サウマドール
6枠 11番 9番人気 デルタフォース
6枠 12番 11番人気 アドマイヤアテン
7枠 13番 15番人気 チャクモール
7枠 14番 10番人気 ウインオルメカ
8枠 15番 16番人気 チコメコアトル
8枠 16番 8番人気 エイトガーランド


12月23日

中山レース場

 

年末の総決算『有馬記念』当日。

 

しんしんと雪が降る中山の地に、日本中から白い吐息と共に観客が押し寄せる。

 

 

船橋法典駅 事務室

 

『こちらは運輸指令です。武蔵野線降雪の影響で遅延発生』

「何でよりによって有馬の日に雪降るんだぁぁぁ!」

「嘆いてねぇで立番行くぞ!」

「入場規制用のロープ持ってこい!」

「遅延証明書はこちらです!」

 

 

改札口 新聞売り場

 

「ウマゴローいかがっすかー」

「レース見るならレースブック!有馬記念特集だよ!」

「安心と信頼のレースエイト!エイトガーランド選手単独インタビュー掲載!」

「…新聞ってどれ買えばいいのやら…(ボソッ)」

「「「そこの兄ちゃんウチの買ってかない!?」」」

 

 

中央門 待機列

 

「うぅ寒い。開門はまだか…」

「いやはや…最近よく会いますな、イェニチェリさん。」

「あっ!?いつぞやの浪士組!何でここに!?」

「そりゃまあホープファンの前にレースファンなわけで…

あ、私皆本(みなもと)と申します。」

「これはご丁寧に。平良(たいら)です。」

「有馬見るまで年は越せないですからな。共に見届けましょうや」

「やっぱあんたええやつやな…これ寒さしのぎに、さっき買ったあんまんです。」

「おお、ではありがたく…あんまんはやはりこしあんが至高ですな!」

「え?普通あんまんはつぶあんでは?」

「いやいやいや」

「いやいやいや」

「…ああん!?」

「おおう!?」

 

 

 

 

中山レース場 控室

 

「アスラン、調子はどう?」

「万全です、テイオーさん。」

 

控室にて手慣れた手つきで勝負服を着こみながらテイオーに返答する。

 

「ちゃんと睡眠はとった?この前みたいなのはボク許さないよ」

「もちろんです。自分ももうあんな思いするのは御免ですし、それに…」

 

チラッと目線を移す。

 

「ローレルさんから頂いたアロマのおかげで、よく眠れるし寝起きもすっきりするんです。」

 

スピカのメンバーに混じっていたサクラローレルがぴょこんと進み出る。

 

「アスランちゃんに渡したのはメディカルアロマって言ってね、ちゃんと専門の先生が調合した医療用のアロマなの。

フランスでは一般的なんだけど、アスランちゃんにも効果があって良かった!」

「すまんなローレル。手数をかけちまって」

「気になさらないでくださいトレーナーさん。アスランちゃんの力になれたのならとっても嬉しいです。」

 

トレーナーの言葉に対しローレルが喜色満面の笑みを浮かべる。

 

「ローレルさんありがとうございました。頼りになります。」

「フフッ、いつでも頼りにしてね!」

 

サクラ同士の和やかな空気が漂う。

 

「…ねえアスラン。ボクのこともちゃんと頼りにしてるよね?」

「何を言い出すんですかテイオーさん。」

「もしかしてテイオーちゃんジェラシーとか感じちゃうタイプ?」

「ンモー!2人そろってなんなのさー!?」

 

プンスコするテイオーをサクラコンビがいじり倒す。

 

「んな心配せずとも大丈夫ですよテイオーさん。第一休養から帰った後、ほぼマンツーマンで復帰メニューに付き合って下さったじゃないですか。

不眠について相談したら、ローレルさんにも話を共有してメディカルアロマを紹介してくださったし…

自分が最も信頼しているのはテイオーさんですから。」

 

これは紛れもない本心だ。

自分よがりには限界があると学んだジャパンカップから、今まで以上にトレーナーやスピカの先輩方に頼るよう心掛けてきたが、

改めてトウカイテイオーの頼りがいに感謝しっぱなしだ。

 

「…そっか。ならボクはそんなアスランを胸を張って送り出すよ!」

 

テイオーが背中をポンと叩く。

 

『お知らせします。中山レース場第11R出走者はパドックへお集まり下さい。』

 

スッと立ち上がり、立てかけてあったサーベルを帯剣し軽く息を吐く。

 

(…偉大な優駿から受け継いだロマンを、今日こそ昇華させる!)

 

「いざ!アスラン出陣!」

「行ってきます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 別の控室

 

「―準備はいいな?」

「はい、シリウス先輩」

「なら行ってこい」

 

シリウスシンボリに促され、スイートソティスが控室から出る。

 

「…あ」

「…ソティス。」

 

部屋の外にいたソティスの両親と思しき男女が、心配そうに声をかける。

 

「…」

 

ソティスは両親に一瞥もせず真横を通り過ぎていった。

 

「待ちなさいソティス!」

「おっと、そこまでだ。」

 

シリウスが前に出てソティスの両親を制する。

 

「レース前だ、集中をかき乱すような振る舞いはなしでたのむぜ。」

「しかしシリウス様…!」

「まあレースを見ればわかるはずさ。

ソティスの決意がな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その年には、激闘があった

 

『外側から最強の2人!やっぱり最後は2人だった!』

 

その年には、偉業があった

 

『ゼンノロブロイ!ゼンノロブロイがタップダンスシチーを抑えました!』

 

 

今年はどんな言葉で

 

後世へ語り継がれるのだろうか

 

G1 有馬記念

 

 

 

 

 

 

 

『つい先ほどから大粒の牡丹雪が降り始めました中山レース場。

その雪と寒気に負けてなるものかと言わんばかりの大歓声が響き渡ります!

 

待ちに待った本日のメインレース。

中山第11R 有馬記念G1

芝の2500mに選び抜かれた16人が集います!

 

今年のレース界を振り返りますと、やはり注目の的は史上2例目となる無敗の3冠ウマ娘、サクラアスラン。

その若獅子が堂々1番人気でもって有馬の大舞台に挑みます!

迎え撃つは昨年のダービーウマ娘、変則2冠の大王カジミェーシュ!2番人気です。

3番人気に今日がラストラン、クライムビートが続きます。

 

降雪によりバ場状態は重の発表。

この特殊な状況下にて力を示すのは果たして誰か!』

 

(急に雪が強くなってきたな、さっきまで晴れ間も見えたのに。

視界が悪いから位置取りに気を付けないと…)

 

ゲートに向かいながらそんなことを思う。

思えば雪どころか雨が降った状態で走るのは初めてだ。

 

(様子見ながら慎重にいこう)

 

目を開き、白くなりつつある芝を見る。

 

『さあ最後15番チコメコアトル収まりまして…体制完了!

スタートしました!』



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有馬記念 中山 芝 2500m 後編

1か月ほど放置して申し訳ありません…


『ややばらついたスタート、16番エイトガーランド出遅れたか。

 

先頭抜けていったのは1番タイキスチーム、1馬身ほど離れて2番クライムハーツと4番サクラアスラン。

そのすぐ後ろに6番スイートソティス、11番デルタフォースはその内側。

中段に陣取ったのは7番カジミェーシュ、5番クライムビート、先輩ダービーウマ娘の誇りを示したいところ。

 

コーナー回って正面スタンド前、14万3千人の大歓声が選手たちを後押しします!』

 

吹雪と歓声が体を物理的に震わす。

 

血は溶岩のように熱く、頭は氷のように冴えていた。

 

(やはりこの位置で正解だ。スチーム(逃げ馬)の後ろなら進路の幅が広がる!)

 

今はタイキスチームを右斜め前に見る位置で、左隣にクライムハーツがいる。

少し速度を落としてクライムハーツを先に行かせ、3番手につける。

 

 

 

「アスランさんすごく良い位置につけてます!」

「あれなら先頭2人を風除け、というか()()()になるから狙って下げたっぽい」

 

スぺとテイオーがアスランの走りを分析する。

 

直線が短く、しかも不良馬場の中山で後方一気を仕掛けるのは自殺行為。

かと言って前に出すぎれば雪を全面に浴びることになり、著しく体力が下がる。

 

雪の影響を最小限に抑え、早めに仕掛けられる位置。

前残りを見越した先行の作戦で、勝利を狙う!

 

(確かにアスランちゃんは絶好のポジションをキープしてるけど…)

 

スピカのメンバーに混じって観戦しているローレルも同じ感想を持ったが、別の部分に注目する。

 

(…その『アスランちゃんの真後ろ』という更に絶好の位置に陣取った子がいる。

あの子はどう出るんだろう…)

 

 

 

『各ウマ娘3コーナーから4コーナーへ、後方勢が位置を押し上げていく!』

 

後方集団が追い上げ始め、逃げ勢が垂れ始めた頃合いを見計らい、

 

(出るなら…ここ!)

 

カーブを使って外に出し前を見る。

 

『そしてそしてやってきた!

サクラアスランが外へ持ち出し直線へ向いた!』

 

誰もいない310mの直線が出迎える。

後は残った力を足に込めるのみ。

 

「はあぁぁぁっ!!」

 

ズシンという地響きと共にターフを蹴り上げ、ギアを変える。

 

メフテルの笛の音が、師走の中山に響

 

 

 

 

かなかった。

 

 

 

 

 

 

代わりに耳に聞こえてくるのは、

轟々とうなりをあげる水の音。

 

(何だ、何が起こって―)

 

音がする自分の後ろを振り返った瞬間、

 

濁流のような速さでウマ娘が駆けていった。

 

 

『大外坂を登ってスイートソティス!スイートソティスが躍り出た!』

 

「は…!?」

 

ひたすらに脚を動かして距離を縮めようとするも、一向に差が詰まらない。

 

アスランが氷上に刃を突き立てて突き進むアイゼンのような走りなのに対し、

ソティスは氷上を滑走するスケートのような走りで突き進む。

 

スケートといってもフィギュアスケートのような優美なものではなく、

アイスホッケー選手のような、荒々しくも滑らかな走りだ。

 

(くそぉ…っ!)

 

 

『スイートソティスだ!スイートソティスだ!

 

『逆襲の女神』スイートソティス!

 

有馬記念で初G1制覇っ!!!』




スイートソティス 固有スキル
『ハピの襲来』

1度も先頭から3馬身以上離されることなく最終直線に入ったとき、
濁流のように周囲のウマ娘のスキルを無効化し、速度がわずかに上がる。
バ場状態が悪いほど効果が倍増する。

(古代エジプトにて『ナイル川の洪水』を意味する語)


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