僕のヒーローアカデミア〜頭平成ジェネレーションズForever〜 (パラドクスのガシャットは俺が飲み込んだ)
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緑谷出久:グローイング

細かな設定や諸々は劇中で明かしていったり、忘れたりする予定です。


 

 ことの始まりは中国の軽慶市。「発光する赤児」の報道だった!

 以来世界各地で超常は発見され、原因は判然しないまま時は流れる。

 いつしか「超常」は「日常」に…。「架空(ゆめ)」は「現実」に!!!

 世界総人口の約8割が何らかの“特異体質”である超人社会となった現在! 混乱渦巻く世の中で! かつて誰もが空想し憧れた一つの職業が脚光を浴びていた!!

 

 “超常”に伴い爆発的に増加した犯罪件数。方の抜本的改正に国がもたつく間に、勇気ある人々がコミックさながらにヒーロー活動を始めた。

 “超常”への警備! 悪意からの防衛!

 たちまち市民権を得たヒーローは世論に押される形で公的職務に定められる。彼らは、活躍に応じて与えられる……

 

 国から収入を!! 人々から名声を!!

 

 時は過ぎ、超常を扱った犯罪者。通称(ヴィラン)による個性犯罪を日々彼らは抑止し、時には制圧しているのである。

 

 そして、そんな輝かしい彼らヒーローの影に紛れて、人知れず世の平和を守ってきていた戦士たちがいた。

 

 ヒーローが自らの実力で犯罪を犯す人間を相手取るのに対して、彼らの敵はこの個性社会においても常識外の代物であった。

 

 個性に頼らないにも関わらず恐るべき異能と強靭さを誇る改造人間。古代帝国の秘術により人類の知能を備え付けられた人食いの獣人。名高い魔物の子孫たちに、宇宙から飛来した機械生命体。

 

 ゲームと称して殺人を行う現代に復活した古代の戦闘民族。既存の生命を遥かに超えた超越生命体。鏡に潜む怪物の群れに、死した人間の進化体。起源の生命に魔族や宇宙人、妖怪。ひいては異次元の存在やウイルス。アンドロイドに魔人に悪魔等と、個性として片付けられない、真の意味での“超常”が蔓延っていた。

 

 関わったヒーローや国としても、この恐るべき脅威を放ってはおけないと精を出したが、その強さから並のヒーローでは対処出来ず、上位のヒーローで対応出来ても、その特異性から充分な対応が出来ているとは決して言えなかった。

 加えて、彼らの殆どは法の裁きは意味を為さないものであり、平気で命を奪い、平気で命を落とす。

 並の犯罪者ではなく、一つの強力な思想を持った巨悪。それが複数立て続けに登場したとあれば、頭を抱える他ないだろう。

 それこそ、これらの組織の台頭を同時期に許していれば、今頃日本どころか世界が支配されていたであろう。

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 国が確認できただけでも約40もの組織。いずれも国を上げて撃滅するべき脅威の魔の手を、払い除けた戦士たちがいた。

 

 

 その名も『仮面ライダー』。

 

 

 都市伝説として語られ、時には大々的に人目についてきた彼らは、みなヒーローではないにも関わらず死力を尽くして悪を滅してきた。

 

 彼らはヒーローとは違い、命懸けで戦ったところで給料も名声も得られはしない。それでも、全てを賭して人々の笑顔を守るために戦う彼らの精神性は正しくヒーローであると言えるだろう。

 

 しかしながら、国としては許可なく危険行為を行う彼らを裁かなければいけないのだが、幾度となくこの国を救ってきた存在に対して恩を仇で返すのも憚られる。

 よって、超常を超え個性の範疇を逸脱した事件への活動に対しての特別権限を与えたのだった。

 

 

 

 

―――…

 

 

 

「よーし…今日も頑張るぞ」

 

 大量のゴミが投棄され、すっかり景観を損なってしまった公園の海岸にて、一人の少年が強く息巻いていた。

 

「よいっ…しょっ!」

 

 少年の姿はみすぼらしく、ボロボロになった草臥れたジャージを身に着けている様は、見ようによっては何処かから逃げてきたようにも感じてしまう。

 しかし、その目には確かな力強さを秘めており、ゴミだらけの海岸へと降り立つと、放棄されているゴミを纏めては荷台に入れていく。

 

 そう、ごみ掃除である。そんなボランティアじみたことではあるが、何分その量が異常だった。

 ここ、海浜公園にはどこかの工場で溢れたゴミなんかが流れ着いて、近隣の人々がそれにかこつけてゴミを捨てていったことにより肥大化した文字通りゴミの楽園であり、業者ですら手の付け所がないといった有様であった。

 そう、ほんの一年前までは…。

 

 この少年の名は緑谷出久。今年の7月で15歳になる新中学三年生。かなりのヒーローオタクであり、熱烈なヒーローファン。中でもオールマイトグッズが部屋いっぱいに広がっている。

 本棚に入っている何冊もの分析ノートには色々なヒーローの個性や戦法などの情報の他に、過去に起こった事件の顛末などを纏めてある。

 

 それほどまで込める熱が高く、ヒーローオタクと誰しもが認める様な彼は、2年前から今現在にかけて少しずつこの公園に放棄されたゴミを清掃していったのだ。

 

 その日々は決して簡単なものではなかった。何か有用な個性があればまだマシだろうが、生憎と4歳の頃に無惨にも告げられた『無個性』の烙印。すなわち一切の個性に頼らずその身一つでコツコツと清掃を続けていたのだった。

 更に、ゴミを纏めるだけでなくそれを台車に乗せ、律儀に回収出来るところまで運搬している。

 その姿は最初こそ好奇の視線を向けられたり、笑いものにされカメラを向けられることもあったが、続けていくうちに彼らもその本気度に感心して毎日挨拶を交わす程度には親睦を深めていた。

 

 この行動には、当然景観を良くしたいという意思もあった。更に、こういった奉仕活動を進んで行うヒーローが少なくなっていたということも理由の一つだ。

 これらは全て嘘ではない。奉仕活動にやり甲斐を見出しているのも事実だし、触れ合っていくうちに本気で近隣の人たちの役に立とうという意思もあった。

 しかし、その原点。清掃活動を行うに至った理由は、自らの肉体を鍛えるためだ。筋トレの活動と並行して慈善活動が可能であり、当分尽きることのないゴミ山を完璧に清掃するという目標もモチベーションを維持させるのには理想的だったのだ。

 

 おかげで二年前は少年らしい可もなく不可もない肉づきだった少年の肉体は、細身ながらも分厚く、強靭で瞬発力のあるベストな状態へと至っていた。

 ベンチプレスは120kgまで上げられるようになり、個性禁止の授業や身体測定などでは、身体構造の違う異形型を抑えてトップを飾っている。

 

 それほどまでに鍛え上げた理由とは、『国立雄英高等学校』に進学するためだ。それも今年は偏差値79、倍率300倍という桁外れの難関だ。

 最も、記念受験などという気分では断じてない。少年、緑谷出久は本気で獲りに行くつもりだ。個性がないというのは劣等の証として見られているが、その常識を塗り替えたいと意気込んでいる。

 もし試験が直接戦闘能力のみを重視しているのなら、それは補助系個性のヒーローの芽を潰すことと同義。当然それ込でも無個性という足枷があるが、試験を合格するだけならばやりようはある。そうでなければ、雄英高校出身のヒーローは全員が全員超武闘派になってしまうからだ。

 

 そして、雄英高校を目指す緑谷少年の将来の夢は当然プロヒーロー――――――

 

 

 

 ――――――ではなかった。

 

 

「“S.A.P.L”の“GENERATIONS”の合格基準ならこの調子でやっていけば…うーん、どうなんだろう。いやでもたった二年でここまでいけたし…いや自惚れるなよ僕。前までは筋肉なんて皆無だったから伸びしろがあっただけで本当に辛いのはここからだ…。オーバーワークは今の時期じゃ体を壊すし…ブツブツブツブツブツブツ」

 

 ブツブツと自分の世界に入った少年が溢した言葉。

 “S.A.P.L”正式名称を『警視庁・対特殊超常生命体対策課』。かつては対未確認生命体対策班(通称S.A.U.L)という名で発足され、時を得て規模を広げ名前を変えていった部門だ。

 

 その中でも『GENERATIONS』とは、G-3ことGENERATION-3。正式名称『第3世代型強化外骨格および強化外筋システム』を身に纏った警官隊のことだ。

 

 超常黎明期、警察は統率と規格を重要視し、“個性”を“武”に用いないこととし、それらを埋める形でヒーローが台頭してきた。

 

 しかし、23年前のとある事件が原因で警察組織としても一定の規格で幅広く対応できる力の所持が不可欠となった。

 詳細は省くが、人智を超えた“(ヴィラン)”とすらも呼べない完全な人類の敵だ。

 異形型個性の例もあり、ヒーローがただの敵だと思い捕縛を優先したせいで死傷者が増えていったことも要因の一つだろう。よって、遺伝子解析などの結果が出回るのが早い警察という組織での対応を目指し、なおかつ個性という個人差の強い能力でなく、安定した性能で市民を守ることを優先とした結果がG-3だ。

 

 ヒーローに支給するという案もあったが、その装着方法からパトロールなどを行うヒーローでは早急な対応が難しいとし、加えて一部の個性を阻害してしまう可能性もあったためにそれは叶わなかった。

 

 そして当時は試作機であったG-3は、翌年に起こった連続不審死事件において八面六臂の活躍を見せたことで正式に量産化されることとなった。

 一説によると、G-3の外見は当時4号と呼ばれていた仮面ライダークウガをモチーフにしたものだという噂があるが、組織からは明言されていない為に真偽の程はない。

 

 “無個性”でも活躍が出来る“GENERATIONS”は緑谷出久にとっては天啓であった。GENERATIONSのリーダーは、22年前の事件で仮面ライダーやオールマイトと共に大事件を解決した一人。後にその活躍が認められて“仮面ライダー”になった人物だということもやる気に拍車をかけている。

 

 しかし、本来放棄したはずの武力を扱えるからこそ、そのハードルはプロヒーローと比べても遜色ない。故にこそ、雄英高校という一流高校を卒業したという実績とそこで得られる経験が必要だった。

 

 かつてヒーローに夢見ていた自分でも、無個性ではヒーローとして相応しくないことは分かっていた。万が一なれたとして、その自分が解決できる事件や、救える人々は限りなく少ないだろうことも痛いほど理解していた。

 

 そんな時に、仮面ライダーの存在を知った。当時はまだ正式に活動が認められている存在では無かったことと、出久が生まれてからの仮面ライダーの戦う場所が普通ではなかったために子供の目に触れる機会はなかった。

 しかし、テレビで見た仮面ライダーオーズがきっかけで、その世界に興味を持つことが出来た。もとからオタク気質のあった緑谷はずるずると過去の記録も探り、見事仮面ライダーオタクにもなったのだ。

 

 そして今。海浜公園に残っていた最後のゴミ山が崩れ、チリ一つない海岸が新生した。

 かつてはゴミだらけで清潔の清の字もなかった海岸は、美しい水平線を取り戻し、沈みゆこうとする夕日の光を感謝でもするかのように反射していた。

 

「これでおしまいかぁ……」

 

 当初は先が見えないと思っていたこの活動も終わったのだと、何とも言えない感慨深さが顔を出す。

 しかし、ぶんぶんとかぶりを振って未だ道半ばということを再認識させる。

 

「よーし、折角最後のなんだしいつもよりペースを上げていこうかな…」

 

 借りてきたリヤカーの前に立ち、意気揚々と駆け出そうとして…

 

「これ、君一人でやったの?」

「へぁっ!!??」

 

 急に横合いから声をかけられたことに驚いたのか、素っ頓狂な声を上げながら飛びあがり、リヤカーにスネをぶつけては踞った。

 急に跳ね上がった緑谷に驚きながらも、声をかけた張本人は謝罪しながら手を貸した。茶色のアウターを羽織った、四十代半ば程の男性だ。

 

「ご、ごめんごめん。そんなに驚くなんて思ってなくて」

「は、はい。こっちこそ過剰に反応しちゃって……。えっと、貴方は?」

「俺? 俺は五代雄介。そうだな、ハイこれ」

 

 おもむろに胸ポケットから取り出したのは小さな紙。緑谷には馴染みが薄いそれだったが、名刺だということは知っている。

 

「“2022の技を持つ男”……?」

「うん。ジャグリングとかコーヒーのブレンドとか、折り紙にあやとり。ほら、こんな風に刺繍もできるし」

 

 アウターの下に来ていた白のシャツには何処か昆虫の顔にも見える紋様が手縫いで着けられていた。

 

「っ! これ! クウガですよね!」

「ん、知ってる?」

「それは勿論! 23年前に現れた未確認生命体の被害が続出してたころに現れた仮面ライダー! 特にあの大事件の時にはすごい姿になって、オールマイトも一度は退けた0号を倒した日には日本中が彼を讃えたという伝説中の伝説ですよ!」

「そ、そう…。詳しいんだ」

「あっ…、すいません。僕、好きなことになると周りが見えなくなっちゃうことがあって…」

 

 パァッとした輝かしい笑顔から一転。恥ずかしそうにその縮れ毛をいじるが、五代雄介と名乗った男性はその姿を茶化すでもなくこう言い放つ。

 

「いや、全然良いよ。熱中できることがあるならそれに越したことはないし、それを語ってる時の君は本当に嬉しそうだったから。結局のところ、笑顔でいることが一番なんだよ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 

 これまでにもオタクということを野次られたり茶化されたりしてきた身からすると、なんだかむず痒くなってくるが、そういえばと当初の疑問を投げかけた。

 

「えっとその、五代さんはここに住んでた方なんですか?」

「いや、前に…4年くらい前かな。そんくらいに見たことがあるだけ。その時もかなりすごかったから気になってさ」

 

 成程。確かに当初のゴミ山は否応にも目に止まってしまい、それなりに衝撃を与える。きっとこの男性もそうなのだろう。

 

「まあ、はい。2年前からコツコツと。雄英に入れるくらいの力をつけるためのいい筋トレにもなりましたし」

 

 ムンッと腕に力を込めればぎっしりと中身の詰まった筋肉が隆起し力こぶを作る。

 

「雄英高校ってあの? ってことは将来はヒーローを目指すってこと?」

「前までならそう言ってましたね……。……でも、僕は“無個性”なので、ヒーローなんて。もっと現実を見て、その、警察官になろうと思ってるんです」

 

 “警察官”とのワードを聞き、五代は破顔しその夢を応援する。

 

「いいじゃん。刑事さんって俺好きだよ。でも、警察になりたいんなら普通の高校とか、専門の高校でもいいんじゃない?」

「僕が目指してるのは“GENERATIONS”なので…。やっぱり選考基準なんかも他より頭一つ抜けて高いですし、ヒーロー以外にも就職に有利な雄英高校がいいってことと、日本最高峰の雄英で学べることが近道になると思いまして…」

 

 そう言うと、五代は腕を組んで「うーん」と悩むような仕草を見せる。

 

「……やっぱり、五代さんも“無個性”が入るのは無理だって思いますか」

 

 その声音は幾分か沈んだものであった。顔は俯き、目は不安から合わせられない。素行も優秀で、日々の努力を怠らないことで周囲とも有効な関係を築けている彼であるが、雄英を目指すといえばやんわりと諭されたり、他でも活躍できる等と他の高校を勧められる等と、反応は芳しいものではない。

 だからこそ、目の前の彼もそうなのかと恐る恐る顔を伺って…。

 

「……その“ジェネレーションズ”って、何?」

「え」

 

 ズッコケた。

 

「え、その。僕、無個性なんですよ。無謀とか思わないんですか?」

「いや別に…。俺も無個性だけど生きてけるし。頑張れば行ける行ける!」

「そ、そんな簡単に……」

 

 前向きに考えようとはしていたが、それでも茨の道だと自覚していただけに悩んでいたそれをここまで軽く流されるとは思っていなかったことに僅かな落胆を見せるが、直ぐに質問に答えるために向き直る。

 

「“GENERATIONS”っていうのは、三年前から一般の募集も受け付けてる部隊で―――――」

 

 

 

 その後も話を続け、あっという間に時間は過ぎ去った。

 彼、五代雄介は真摯に話を受け止めながらも軽い調子で応答したりと、とにかく話していて苦にならない人物であった。

 そんな楽しい時間もすぐに過ぎ去り、気がつけば日は沈みかけてカラスの群れが一直線に山へと向かっていた。

 

「あっ、も、もうこんな時間…」

「そっか。緑谷くんも帰り道は気をつけてね」

「はい! あの、話を聞いてくれてありがとうございました!」

 

 別れを告げ、早速リヤカーを牽こうと手にかけたところで、少し前のように声が投げかけられる。

 

「ゴボン・ボゾグゼ・ゲギドビンレ」

 

 何やら暗号のような言葉とともにニタニタと笑みを浮かべる革ジャンを着ている目の血走った男がこちらに向かって歩いてくる。

 

「な、なんだろう…?」

「あれは…、もしかして…!」

 

 五代さんに目を向けると、何やら信じられないという顔で硬直している。

 そして僕らが眺めている目の前で、その男性は姿を悍ましい異形に変えていく。

 

「ヴィ、(ヴィラン)…!?」

「違う、こいつは未確認…!」

「えっ…」

 

 熊のようにも見える異形は、その獰猛な口元に醜悪な笑みを携え、こちらに向き直って爪を掲げる。

 瞬間、凄まじい勢いで飛び込み熊手による攻撃が開始される。

 

「うわぁっ!?」

 

 それを五代さんに突き飛ばされる形で避けれたのはいいけど、おかけで二人の間にはその未確認が佇んでおり、距離の近い五代さんよりも、僕の方に注目している様だった。

 

「逃げ「五代さん!逃げてください!」

 

 五代が何かを言うより早く、大きな声で叫んでいた。

 

「何を…!」

「何でか知らないけどあいつは僕の方を狙ってます! それに、僕は携帯を持ってません! 僕が引き付けるので直ぐに通報をお願いします! この時間帯なら直ぐにヒーローが来てくれる!」

「でも君は…!」

「大丈夫です! これでも鍛えてますから!…っ、早く行ってください! こっちだぁーっ!」

 

 矢継ぎ早に告げると、有限実行とばかりに駆け出し、怪人はそれに追随するような姿勢を見せて、一気に飛び込んだ。その速度は、最初の一撃とは比べ物にならないほど速く、速度を見極めたと思っていた緑谷は急な加速に死を思い起こす。

 溢れ出たのは、涙。

 

「ギベ!」

 

(さっきと全然違…! 死ぬ…!)

 

「危ない!」

 

 これも先程と同じように、五代雄介が身を投げだしたことによりかすり傷程度で済んだ。

 

「五代さん!? 逃げてって言ったのに…!」

「それはこっちのセリフ。あいつは普通の敵とは全然違う相手なんだから」

 

 どうして…と倒れる緑谷より早く起き上がり、怪人相手に向き直る。

 

「ゲゲルン・ジャラボグ・スバサボソグ」

 

 今の介入で、どうやら五代も目をつけられたらしい。明確な怒りと殺意を露わにした怪物は体を奮い立たせると、爪を肥大化させ、毛皮がゾワゾワと逆だっていく。

 

「五代さん! 逃げてください! 僕はまだ大丈夫ですから!」

「………」

「五代さん!」

 

「こんなやつの為に、緑谷くんが傷つく必要なんてない! 俺は、みんなに笑顔でいてほしいんだ! ……だから、見ていてくれ!」

 

 完全に捉えられた。もはや無個性に逃げることは不可能な距離だ。

 

 獰猛に吐息を荒げる未確認を相手に、臆することなく仁王立ちする。足を肩幅に開き、両腕を腰元に合わせる。

 すると、どこからか謎のベルトの様なものが出現し、それを見た未確認が一層狼狽える。

 

「俺のっ…!」

 

 左斜め上に構えていた右腕を右に平行移動し、同様に右腕を腰だめに構える。その右腕の上に左腕を乗せ、グッと押し込む。

 

「変身!」

 

 体を開いた五代の体が、『アークル』に収められた霊石『アマダム』の力を受けて変質する。

 皮膚は黒く変わり、足、腕、胸と装甲を纏っていき、最後に頭部が変わった。赤い大きな複眼と、金色の双角が天を衝く。

 

「ハァッ!」

「バンザド!? バゼボヂサビロ・ガギス・クウガ!?」

 

邪悪なる者あらば 希望の霊石を身に付け 炎の如く邪悪を倒す戦士あり

 

 

「仮面ライダー…クウガ…!」

 

 

 そこには、一人の戦士が立っていた。




今は雄英入学の一年前なので、原作時空からすれば23年前のことになる。

◆22年前の事件

 地殻変動によって地表に出現した長野県中央アルプスの九郎ヶ岳遺跡で発掘された石棺を開けたことで目覚めた謎の存在は、仲間を蘇らせ、たちまち日本中に広がった。
 かつて現れたというショッカー怪人などの出現から時が経ち、現在活動中のヒーローは彼ら未確認生命体を通常の敵として扱っていた。
 しかし、人智を超えた怪物相手に現代社会の一犯罪者としてのスケールが合うはずもなく、被害は増えていった。
 やがて、それが個性を持った現行人類ではないと発表されるや、人々は不安の渦に囚われた。
 警察も積極的に捜査を進め、一人の刑事、一条薫が彼らの犯行のルールを突き止めてからは、ヒーロー達も精力的に活動を再開した。
 下級のグロンギならば武闘派のプロヒーローでも十分に対処可能であり、上位の個体もトップクラスのヒーロー達の連携や警察の開発した神経断裂弾で対処できるようになっていた。
 その裏には4号と呼ばれる未確認の活躍もあり、人類は未確認に対する希望を手に入れたと思われた頃…。

 『白き闇』ン・ダグバ・ゼバが動き出した。
 その存在は日本各地を駆け抜け、それまでの9ヶ月、警察、ヒーロー、4号によひ撃破の確認されてきたグロンギの数を遥かに超えるグロンギを僅か3週間で始末し、交戦したヒーロー達を虐殺。
 さらには僅か一日で老若男女、善悪立場地位を問わず3万人の人間を殺害してみせた。
 これには日本中が震撼し、敵ですらまともに活動しなくなるほどの影響を与えた。
 神出鬼没のダグバを追うために全国的なレーダー索敵が行われ、その間にも様々な場所での大量殺戮が繰り返される。
 そしてとうとう、警視庁がその居場所を探ることに成功。信頼できる実力者を派遣することによりNo.2ヒーローエンデヴァーが交戦。しかし奮戦虚しく敗北し、殺されかかった所にオールマイトが救出。
 その様子は全国中継されており、人々は祈るような心境でテレビを眺めていた。

 殴り合いではオールマイトとほぼ互角のように見えたが、ン・ダグバ・ゼバはオールマイトの体内を超自然発火能力により焼却。耐性の無かったオールマイトは重症を負ってしまい退却を余儀なくされる。
 しかし、逃げようとするオールマイトとエンデヴァーにとどめを刺すかのように手を向けて……。
 そこに、「凄まじき戦士」が現れる……。


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緑谷出久:マイティ

やっぱ(クウガ)好きなんすねぇ〜。
最後ちょっと展開が早いかもだけどゆるして。
そして前回の後書きで中学3年生だと言ったな。アレは嘘だ(あとづけ)


 

「仮面ライダー…クウガ…!」

 

 緑谷の見守る先。五代雄介が変身したクウガに驚く様子を見せた未確認生命体だったが、すぐに笑みを取り戻して独自の言語でまくしたてる。

 

「クウガ、クウガ…! ゴゼパゲンシズンズァギダダ、メ・ビグマ・ダザ!」

「行くぞ!」

 

 ファイティングポーズを構えたままのクウガと未確認生命体がぶつかる。

 

 初撃はクウガ。赤のクウガ、マイティフォームの得意技である肉弾戦をしかけ、蹴りを起点に、次々と攻撃を加えていく。ビグマもやられているばかりでなく、攻めるクウガに攻撃を当てようと肥大化した爪を超高速で振り回すが、クウガはどれも的確に躱していく。

 

「す、凄い…」

「ズザゼスバ!」

 

 痺れを切らしたビグマは体をよじり、思い切り回転する。縦横無尽に空気を切り裂く長爪は、文字通り空を切るのみで、肝心のクウガは既に範囲外まで下がっている。

 

「たぁっ!」

 

 回転の収まった瞬間、クウガは顔に打撃を叩き込むが、想定よりもダメージの通りが悪い。

 

「ルザザ、ゴセンベガ・パンラゲデ・パザゲギバ・ビバン」

「ハァッ、ヤッ、セイ! うりゃあー!」

 

 淡々と告げるビグマだが、クウガの連撃が止むことはない。一撃一撃が並の人間なら絶死に値する威力で顔、胸、腹、足と攻め立て、最後に裂帛の勢いと共に放たれた蹴りで地面を削りながら吹き飛ばされる。

 

「バゼザ…!」

 

 直ぐに体勢を立て直したビグマは、抗議らしき言葉を喚き散らしながら猛然と突き進む。

 怒りに任せた大ぶりの一撃が当たるはずもなく、伸ばした腕を掴まれて思い切り投げ飛ばされる。

 再び起き上がったビグマは近づいてくるクウガ相手に萎縮してしまっており、何事かを口元で反芻する。

 

「そこらへんの“敵”なんかより圧倒的に強いのに、それでも全く相手になってない…!」

 

 これが、新たなる伝説とも呼ばれる、仮面ライダークウガの実力。

 ごくりとつばを飲み、眼球に鞭打ちその結末を見逃さんとする。

 

「バゼボン・バビロヅ・ジョギ……!?」

 

 動揺した様子のビグマは再びグロンギ語でまくし立て、再度突撃。しかし、無謀な突貫は容易に対処される。一撃にて自慢の爪を半ばから圧し折られ、出来た隙を逃さず二撃。先程の繰り返しのように転がっていく。

 

 極めて高い再生能力を持つグロンギといえど、クウガによる打撃は堪えたのか、ふらふらと覚束ない足取りで立ち上がる。

 ようやっと彼我の実力差を思い知ったのか、悔しそうにしながらも撤退を考え始めていた。

 

 ――しかし、その思考はあまりに遅すぎた。

 

「ハアァァァァァァ――」

 

 クウガは逃げようとするビグマを前に両手を開き、腰を低く構える。

 先程までのゆったりした静の動きから一転、これまでに貯めた力を解き放つように飛び出した。駆け出す一歩一歩は確かな力強さを秘め、赤い炎が纏わりつく。

 

 クウガが跳んだ。

 跳び勢いそのままに宙返りし、その右足に炎が収束する。灼熱の輝きを帯びた蹴撃は、ビグマの胸を強かに打ち付けた。

 

「ガアッ……!!」

 

 短い呻き声と共にビグマが吹き飛ばされる。驚異的な威力を見せたキックを放ったクウガは、左の手と膝をついて着地。

 

 終わった。そう思い、賞賛と感謝の声をかけようとして、はたと気づく。

 着地したクウガの後ろ。蹴られた胸に手を当てながらも立ち上がるビグマの姿が目に入ったのだ。

 

「五代さんっ、まだ!」

 

 知らせようと声を上げ、その動きがおかしいことに気がついた。

 よろよろと立ち上がったビグマの胸にクウガの紋章が浮かび上がり、苦しそうに掠れた声を上げる。

 

「ゴボセ、ゴボセ・クウガァァ――――ッ!!」

 

 パリパリと稲妻の様なものが体を覆い尽くすと、メ・ビグマ・ダは倒れ、瞬間、爆炎を上げて破裂した。

 

「倒した…?」

 

 恐る恐ると、声を震わせた出久。爆炎が収まった後にもしばらくその場を眺めていたが、思い出したようにクウガへ向き直る。

 

 その場には、既にクウガから元の姿に戻った五代雄介が佇んでいた。

 

「…やっぱり、この感触は好きになれないなぁ…。っと、緑谷君だいじょうぶ?」

「はっ、はい! あの、ありがとうございました!」

 

 ビシッと直角に折れ曲がりながら礼の言葉をかける。それに対し、五代はうんうんと頷きを繰り返してぐっとサムズアップ。

 

 その後、爆発音を聞きつけて誰かが来るかもしれないということで海岸を離れて腰を落ち着けることにした。

 

 

 

 

「ところでさ、さっきはああ言ってたけどさ。もしかして本当はヒーローになりたいんじゃない?」

「えっ?」

 

 ドクン、と心臓が跳ねた。

 

「な、何でそう思ったんですか?」

「うーん。なんて言えばいいかな…。…そう、夢を語ってるときに笑顔じゃなかったからかな」

「笑顔…?」

 

 問われ、思わず自らの表情筋を確かめる。触れてみれど、今はガチガチに硬直してしまっているためどのような表情かは分からない。

 

「そ、笑顔。俺はこれでも色んな人と会ってるけどさ、今自分がいっっちばんなりたい夢を言うときって、不安とかもあるんだけど、やっぱり笑顔なんだよ」

「警察官になりたいっていうのも嘘じゃないんだろうけど、多分その前、ヒーローになりたいってのが元々の夢なんじゃない? …俺の勘違いなら悪いんだけどさ」

 

 どう? と聞いてくる彼に、僕は何の言葉も返せなかった。

 完全に図星だったからだ。そう、警察官になるという気持ちに嘘偽りはない。その為の努力も怠った覚えはないし、今の夢はと問われれば、恥じることなく言い返せるだろう。

 

 それでも、かつて憧れたヒーローという職業への未練があまりに大きすぎる。こうして警察官になるために時間を費やしている今でも、僕の胸の中ではその心火が燻っている。

 

「確かに、僕は前まではヒーローを目指してました。でも、無個性にはそんな無謀な夢は叶えられないって、分かったんです。それで、僕は……」

 

―――…

 

『超カッコイイヒーローさ。僕もなれるかなあ』

『……………………!!!』

『ごめんねえ出久、ごめんね…!!』

 

―――…

 

 かつて夢破れたあの日、僕が本当に言ってほしかった言葉は……

 

「うーん、確かに、そうかもしれないね」

「………!!」

 

 自分で聞いておきながら、そうなるように誘導しておきながらショックを受けた。いや、何を期待してたんだ僕は。嘘でもいいから、「ヒーローになれる」と言ってほしかっただなんて―――

 

「いいんだよ。納得いかないときはとことん悩んでいいんだよ」

「…っ!」

 

 バッと振り向く僕に、そのまま続ける。

 

「だって、そんな簡単に出たら、悩む事ないじゃない。何年かかったっていいんだよ。みんな悩んで大きくなるんだから。君の場所はなくならないんだし。君が生きてる限りずっと、そのときいるそこが、君の場所だよ。……その場所でさ、自分が本当に好きだと思える自分を目指せばいいんじゃない」

「自分が…本当に好きだと思える自分…?」

 

 それはずっと前。みんなが等しく無個性で、ある意味平等だった幼少期のこと。その時の僕は、なんの悩みも持たないで、ヒーローになった自分の姿を夢想していた気がする。

 

「そそ。結局、今はやりたいことをやれるだけやっておいたほうがいいんだよ。まだまだ出来ることはあるんだからさ。目指して諦める夢はあっても、目指さなきゃ夢なんて叶わない。目指しなよ。ヒーロー」

「僕が、ヒーローを…?」

 

 無個性だと診断されてから、誰もがヒーローになれないと言ってきた。親しい人も、僕がその言葉を出すたびに優しく諭すような言葉を送ってくる中で、目指せと言う。

 きっと、それは辛いことだと思う。現状よりずっと辛くて、苦しくて、現実に打ちのめされる可能性のほうが高い。死ぬほど努力して、死ぬほど工夫して、やっとスタートラインを目指すことが許される。そんな世界の話だ。

 もしなれたとしても、厳しい社会に呑まれるだろうことは明らかだ。それでも、それでも――

 

 

 

「僕は…! 僕はっ…! 『ヒーロー』になれますか!?」

 

 

 

「…さあ、どうだろう?」

 

 

 

 刹那。時が停まった。

 

 

「えっ…ええええぇぇぇぇぇぇっ!!? そ、そこは普通なれるって言うところじゃ…!?」

「いやあ、無責任なこと言えないし」

「それは、そうですけど…」

 

 ガックリと、気の抜けた息を吐く。今までガチガチになっていた自分が馬鹿らしい。案外、この人みたいな方がうまく生きられるんだろうか。

 

「それでもこう…何か、こう…!」

 

 肩を落とした僕に、笑いながら告げた。

 

「まあまあ、雄英高校はヒーロー科も普通科もどっちも受けれるんでしょ? なら挑戦だよ挑戦。ヒーロー科に合格する勢いでやって、駄目だったら普通科を受ければいい。さっきも言ったけど、悩むときはとことん悩んでいい。入ってからも悩んで、悩んで悩み抜いて、その時の自分が一番いいと思った道に進むんだ」

「五代さんも…五代さんも、そうだったんですか?」

 

 聞き返されたことに驚いたのか、きょとんとした顔で固まって、直ぐに笑顔を取り戻す。

 

「…ああ。色々と思うところはあるけど、今の俺がここにいるのも『やりたいからやる!!』を続けてきただけだしね」

 

 そうやって、ぐっと親指を立ててサムズアップ。

 その何気ない仕草に、とうとう踏ん切りがついた。

 

「はは…、やっぱり僕、ヒーローになりたいです。自分が本当に好きでいられる自分になるために、ヒーロー科を目指します! 駄目で元々、受からなくっても、全力で生き方に胸を張れるように頑張ります!」

 

 僕は拳を天に向け、高々と宣言する。これは誓いだ。今まで目を逸らしていた現実と向き合って、打ち克つための誓い。

 とてつもない茨の道。でも前よりも意気揚々と気力は勝っていた。

 

「ほら、やっぱり笑顔が一番でしょ!」

 

 

 

―――…

 

 

 

 全力でヒーローを目指すと誓ったはいいものの、それにはやれることを人以上にやらなければいけない。筆記は当然難問だし、ヒーロー科である以上それなり以上の戦闘能力も試されるだろう。

 攻撃に向く個性と向かない個性とがあるが、それでも無個性では出来ることが少ない。今は純粋な身体能力で勝っていても、プロとして活動するための体作りと共に埋もれていく程度のものだ。

 

 だからこそ、どうすればといくつものプランを考え抜いていたその時、五代さんがある提案をしてくれた。

 

「じゃあ、何か鍛えてくれる人とかも必要じゃない? やっぱり一人で独学だとアレだからさ」

「でも僕にそんな人は…」

 

 確かにその通りなんだけど、そんな伝手までは持ってない。ネットで調べたりするのも限度があるし、プロヒーローは余程の事情でもない限りは僕なんかに時間を割く暇はない。

 

「緑谷くんってさ、今春休み?」

「は、はい。4月7日から3年生なので」

「そっか。…もし鍛えてくれるかもしれない人がいたらどうする?」

「それは、頼みたいですけど…」

「春休み全部使ってでもいい?」

「え!? もしかして、五代さんが…!?」

 

「俺が? 違う違う。俺そういうの向いてないし…。で、どうなの?」

「是非、お願いします!」

 

 完全に頼るようで申し訳ないけど、今の僕は貪欲にならなければいけない。

 

 その返事を受け取ると、五代さんは慣れた手付きでスマホを操作すると、誰かと通話を始めた。

 

「あ、急にごめん小野寺くん。士くんって今いる? …うん。うん。…あ、そうなんだ。ありがとう」

「誰だったんですか…?」

「うーん…友達? 仲間? まあ、そんな所なんだけど…ちょっと忙しかったみたい。もう一人の方にかけあってみる」

 

 ちょっと待ってて。と前置きし、再びスマホで通話を開始する。

 

「もしもしソウゴ君? 五代雄介です。ちょっと相談なんだけどさ。……さんの今いる場所って分かる? ああ、ウォズくんが知ってるんだ。え、本当!? うん、うん。ありがとう!」

 

 通話を終えると、僕の方に顔を向けて、サムズアップ。

 

「今言ってた人なんだけど、今ここ静岡にいるんだって」

「この県に? その人って…」

 

 疑問を抱いた僕に対して、五代さんは力強く頷いた。

 

 

 

 

「日高仁志さん。―――仮面ライダー響鬼って言えば分かるかな?」

 

 

 

 

 なんてことないように告げる五代さんに、僕は今日何度目か分からない絶叫を上げた。




グロンギ語はちゃんと意味を持たせてありますので気になったら翻訳してみて下さい。


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緑谷出久:アメイジング

(アメイジング要素は)ないです


『じゃあ、明日から出発ね。はいこれ俺の携帯番号。行けそうな時間が決まったら連絡して』

『はい。送ってくれてありがとうございました』

『大丈夫大丈夫。俺のせいで時間取ったみたいなものだし。じゃ、また明日!』

『は、はい、さようなら…!』 

 

 ヘルメットをかぶり直した彼のサムズアップが遠ざかる。何とか、伝えておいた時間には間に合った。それでもなんとなくそっと、ドアを開けて見る。

 

『ただいまー…』

『お帰り、出久』

 

 すぐに迎えるのはお母さんだ。僕の行動をこうして見守ってくれている。正直頭が上がらない。昔は僕が原因で傷つけてしまったこともあって、出来るだけ心配はさせたくない。

 

 それでも、僕は言わなければならない。他ならない、僕が僕を好きである為に。

 

『お母さん。話が、あるんだ―――』

 

 

 

――――…

 

 

 

 翌日、僕は荷物を纏めて町外れにある山に来ていた。

 なんでも、この山に今響鬼が来ているのだという。

 昨日から憧れのライダーに出会ってちょっと感覚が麻痺しているかもしれないけど、仮面ライダー響鬼といえば知る人ぞ知るといった仮面ライダーで、あまり人前に出てくることはない。

 それは彼らの活動からすれば当然であり、もし人の目に触れるような場所で彼らがいる場合、その時点で複数の死者が出ているのが確定しているため、そう頻繁に見かけても困るのだけど。

 

 山の麓にトライチェイサー2000を停車させ、そこからは歩きだ。この山にも道路は整備されているんだけど、生憎と目指す場所には繋がってないらしく、道なき道を突き進んでいく。

 負荷をかけて走り込みなんかもしているけど、やっぱり手つかずの山道を行くのはまた違った辛さがある。その点、冒険家をしているといった五代さんはこういった場所にも慣れているんだろう。先導しては時折振り返って声掛けをしてくれた。

 

「そういえばさ」

 

 五代さんが少し手前で止まり、杖をついて口を開く。

 

「ここの山は最近落石事故が数件発生してるんだよね。全員運転中の事故だったんだけど、運が悪いのか、結構大きな岩がぶつかって即死したってさ」

 

 サーッと血の気が引く。

 

「何で今そんなこと言うんですか!?」

「いやぁ、流石に大丈夫だとは思うけどね。地盤が緩くなってる可能性もあるから気をつけてねってこと」

 

 確かに足を取られやすいのが崩れでもしたら祈るしかないけど、だとしてもこの斜面で言われたところで対策も何も取れない。

 結局、あれからしばらくは恐々としながら斜面を登っていくことになった。

 

 

――――…

 

 

「ふう、とりあえずは大丈夫かな」

 

 五代さんが薄く滲んだ汗を拭いながら言う。

 何とか斜面になっている部分を抜け出し、木々の乱立する平地が増えてきてからの言葉だ。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 何とか息を整え、軽く水分を補給する。走り込みなんかも行ってきたけれど、それよりずっと辛い。傾斜がキツイのもあるけど、それ以上に足を取られていく。

 込めた力が空回りして、焦りと一緒に下に降ろされる。その緊張も合わせて慣れない山道での消耗も激しい。

 あれだけ鍛えたと思っていても、この程度で息を切らすなんて、自分の目指す先はまだまだはるか先だと思い知らされる。

 

「スゥー……ハァ……」

 

 休憩ついでに瞑想の構えを取る。自然に意識を溶け込ませ、そのまま自分の内面と向き合うようにしている。

 これはオールマイトらトップヒーロー達の言葉から、個性がないのならせめて精神を鍛えようと思って去年から続けている。

 目に見えるほどの効果はないけど、これをやるようになってから集注力が上がって、体力が回復するのも早くなった気がする。……これも本当に、気がするだけだけど…。

 

「…もう大丈夫です。行きましょう」

「いや、中々体力あるね。俺が君くらいの頃はこんな山登りなんかしたらもう息もゼエゼエでもっと休んでたのに」

 

 一瞬お世辞かとも思ったけど、多分本心で言ってるんだろう。短い付き合いだけど、この人がこういう感じで言うときは大抵思わず口から溢してしまったような感じだから。

 その事実に、自分の細々とした努力の積み重ねも、形になってはいるのだと少しだけ誇らしい気持ちになった。

 

 そんなとき、感覚を研ぎ澄ませていた名残か、遠くの方から何か大きなものが音を上げて迫ってくるような気がした。

 五代さんはどうなのかと伺うが、本人は手帳やスマホの画面とにらめっこしているようで気づいた様子はない。

 

「あの、五代さん…」

「ん?」

 

 何か音がします。そう言おうとした瞬間、僕達を巨大な影が覆い尽くした。

 

「超変身!!」

 

「うわぁっ!?」

 

 今の今まで僕たちがいたところを轢き潰すように現れたそれに驚き、そして自分が地面から遥か高い空に飛び上がっていることに声にならない言葉を吐き出す。

 

 見た目は巨大な岩のよう。けどこんな木々の生い茂る平地でこんな大岩が転がってくるのは明らかに不自然だ。

 急な上空からの俯瞰視点にも関わらず、高速で頭を回転させる。個性か、自然災害か、それとも超常生命体に近しいものか。

 

 そう考えを巡らせた瞬間、僕と僕を抱えていた五代さんの体は重力に従って落ちていく。

 

「何だこれ、岩?」

 

 その大岩らしきものから離れた所に着地し、クウガに変身した五代さんはそっと僕を下ろす。その姿は先日の赤い姿ではなく、複眼と装甲は青く染まり、何より無手だった赤の姿と違い棒状の武器を手にしている。

 

「わ、分かりません。でも、ただの自然現象じゃなさそうです」

 

 注意深くその大岩を眺めていると、岩のように見えていたそいつは、格納されていた四肢を露わにし、巨体が動く。

 

「……サイ?」

「いや、カメ…?」

 

 のっそりと正体を表したそれは、約11mほどもあり、サイの様な頭部と亀のような体が混ざりあった不思議な容姿をしていた。

 

「異形型個性、それとも未確認みたいな存在か…? 少なくとも、友好的な相手じゃなさそうだ」

 

 振り向き直ったそれは、こちらに対して敵対的な視線を向けており、明らかに理性と呼べるものが残っているとは思えない。

 

「ゴォオオオオォォッ」

「来る! 緑谷君離れて!」

 

 莫大な質量がその見た目とは裏腹にかなりの素早さで迫る。僕は言われたとおりに脇道に逃げ込むが、相手は目の前のクウガしか見ていないのかこちらの存在を気にする様子もない。

 

「はあッ…! …ッとりゃあ!」

 

 クウガは先に見せたように素早く躱し、通り過ぎざまにドラゴンロッドの一撃を食らわせた。

 

「硬っ!?」

 

 しかし、打ち下ろされた攻撃は見た目通りの硬い甲羅に阻まれ効果があるようには見えない。

 

「この姿じゃっ…駄目かっ…?」

 

 続けざまに足や首など甲羅に覆われていない部位にドラゴンロッドで打突を与えていくもダメージはそう通っていない様だ。

 備考として青いクウガ。即ち“ドラゴンフォーム”はスピードとジャンプ力はマイティフォームに勝っているが、純粋なパワーは大きく落ちている。

 ドラゴンロッドでの攻撃が通用しないとなれば、この形態での対処は困難となる。

 

(でも、紫の姿じゃこいつのスピードに追いつけない…)

 

 自身の持つ圧倒的な力を持つ姿に変身することを考えるが、それでは今までの素早い動きが不可能となる。青の姿でさえ予測をつけてから躱してやっとの状況なのだから、万が一にも己以外に注意が向けば大変なことになる。と思い迂闊な変身は出来なかった。

 実のところ、目の前の相手は四肢を出した状態では見た通りのスピードしか出せない。とてつもない速さで移動するには四肢を収納するというプロセスが必要なのだが、初めて戦う相手にそれを期待するのは酷だろう。

 

「うわっ!」

「五代さん!」

 

 考え事に気を取られていると、角での一撃を咄嗟に受け止めてしまった。筋力の低い青の姿では抵抗できず、跳ねるように飛ばされてしまう。

 

 絶体絶命。正しくその言葉が似合う状況であった。

 相手はダメージを与えた優越感など欠片も滲ませず、先程と変わらず攻め立てようと距離を詰める。

 その歩みは遅々としているが、却ってそれが死へのカウントダウンと成り果てる。

 

「何か弱点でもあれば…」

 

 そう独りごちるが、状況は変わらない。突進を横っ飛びに躱し、ごろごろと地面を転がる。背後にあった木は圧し折れるという勢いを越え、一瞬の均衡もなく吹き飛ばされる。当たっていたらクウガと言えど大ダメージは避けられなかったことだろう。

 

「弱点…? そうか、弱点だ!」

 

 そんなとき、緑谷が何かを思いついて声を上げる。

 

「五代さん! あなたに抱えられて上に跳んだとき、見えたんです! 背中付近の目みたいな場所! その部分だけ甲羅がなく、柔そうな見た目でした!」

 

 全力の声。これは確かに耳に入り、クウガは立ち上がる。

 拾った枝をモーフィングパワーで再びドラゴンロッドに変え、クウガは高く跳んだ。

 

「…あれか!」

 

 視界の悪く、木々も多い山中では見えなかったが、確かに前面付近に目のような器官がついている。

 クウガはそこに狙いを澄ませ、右肩を後ろに引き投擲の構えを取った。そして腕から伝わる燃えるような橙色のエネルギーがロッドの石突きを覆い尽くすと、勢いよく投擲した。

 封印エネルギーを纏ったそれは、寸分違わず弱点である背中の目に的中し、少しして封印エネルギーが浸透し刻印が浮き上がる。

 

「―――ッ!?」

 

 刻印が浮き上がった場所が稲妻を撒き散らして爆散。声にならない声を上げるそれの甲羅はひび割れ、柔らかい中身が隙間から見えている。

 

「あっ!?」

 

 緑谷が声を上げる。投擲されたドラゴンロッドがクウガの手を離れたことによりモーフィングパワーの影響を離れ、元の姿である木の枝に戻ってしまったのだ。

 こうなると先に込めていた封印エネルギーも期待できない。そして、こうまで大きな存在が甲羅を割られた程度で止まるはずもない。むしろ、更に激昂して目の前の存在を撃滅せんと鼻を鳴らす。

 

「ま、まだ倒れない…」

 

 そのことを認識したクウガは再び枝を拾うことで戦闘態勢を整えようとして……その手を納めた。

 

「いや、もう大丈夫みたい」

 

 戦闘態勢を解いた五代にギョッとした目を向けるが、「ほら」と指された場所へ視線を向ける。

 

「悪い! そっちまで逃げられた!」

「よし、ここで決めるぞ!」

 

 声をかけながら駆け寄る二つの影。

 何でこんなところに人が!? と自らを棚に上げて驚愕。そしてこの怪物に向かって走っていることに、注意の言葉をかけようとしたその瞬間。

 

 音叉の音が鳴り渡る。

 

 迫る人影は紫炎に包まれ、轟々と勢いよく燃え盛る。それを振り払って現れたのは大柄な人影。

 筋骨隆々で角を持つ。その姿は正しく“”であった。

 

「ハアッ!」

「あああああっ!」

 

 赤と紫、白と金の二人の鬼は雄叫びを上げ、猛然と突き進む。

 

「やあぁぁっ!!」

 

 白の鬼が二本のバチから強力な火炎弾を絶えず打ち込み、相手の注意を完全に引き付ける。

 

「今です!」

「おう!」

 

 その隙に跳び上がった紫の鬼は腰のベルトから取り出した何かを露出した部位に貼り付ける。

 すると、みるみるうちに大きくなったそれは紋様の描かれた鼓に変わり、そこに着地したままの鬼は勢いよくバチを振りかぶる。

 

「豪火連舞の型!!」

 

 叫び、怒涛の勢いで叩き込まれる音撃の連打。鼓に打ち下ろされる清めの音は、激しい打撃音を響かせながらも規則的な型をいくつもなぞるようにしていることが分かる。

 

 ―――そして…。

 

「ハアッ!」

 

 フィニッシュ。力強く最後の一撃を終えた鬼が動きを止めると、ほんの僅かな余韻の後、サイのようなそれは爆散した。

 パラパラと散らばる破片には生物らしき器官は見えず、粉砕されたそれらは土へと還っていく。

 

「やりましたね響鬼さん!」

「京介の援護もナイスだったぜ。それに、オトロシの甲羅が割れてたのも大きい。だろ? クウガ?」

 

 二人は健闘を称え合い、そしてこちらに向き直る。今までの装甲から顔だけを露出させてしっかりと顔を見ることが出来た。

 

「響鬼…ってことは!」

「うん、そうだよ。緑谷くん、あの人が“響鬼”だ」

 

「よろしくぅ!」

 

 肘を曲げ、顔の前でびっと立てられた指が、ベテランならではの余裕を醸し出しているかのように、緑谷出久は感じたのだった。





というわけで登場した魔化魍は「オトロシ」でしたー。100年に一度しか現れないとか言われてるやつは本編終盤と本編終了後は嘘みたいな頻度で現れるのはあるある。
 もしよければ感想、評価などをしていってくれると幸いです。これがモチベアップに関わります。


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少年よ

口調が…!口調がわからん…!


 

「それで、わざわざここまで来たってことは何か用事でもあるのかい」

 

 場所を変え、問われたその言葉に僕は一層の決意を込めて告げる。

 

「…僕がヒーローになれるように…、いえ、僕がヒーローを目指すための力を手に入れるために! 僕に修行をつけてください!」

 

 そう言って、腰を直角に折り曲げる。

 言った。ああ、言ってしまったぞ。こんな言い方じゃあまるで踏み台にするようだけど、ここだけは譲れない。譲っちゃいけない。理由を誤魔化すのはより不誠実で、何より自分が許せない行為だったから。

 

「ヒーローに、なれるように…?」

 

 ピクリと、茶髪の男性が反応する。彼はヒビキさんと同じ“鬼”で、響鬼さんの弟子でもある桐矢京介さん。

 京介さんが明らかな動揺を示すのに対して、ヒビキさんは黙して何かを考えるような仕草を見せる。

 

「ま、とにかく顔上げな。少年、名前は?」

「み、緑谷出久です!」

 

 急に話しかけられたのでどもってしまったけど、言われたとおりに、体ごと起こしてピンと直立。僕より大柄なヒビキさんは真摯に僕の目を見て言った。

 

「そうか。じゃあ出久、お前は何のためにヒーローを目指す? 何もヒーローにならなきゃいけない理由でもないんだろう。そして俺達“鬼”には相応の役割がある」

「犯罪者を捉えたり、慈善事業をしたりするヒーローとは違って、俺達は“魔化魍”……さっきの化け物を専門に鎮めるための力を厳しい修練で身につける。似ているかもしれないが全くの別物というワケだ」

 

 分かっている。力を乞うのに、彼らの理念と反することをしているというのは。

 歯を食いしばる僕に、京介さんが続けて放つ。

 

「“鬼”の力を望むなら、同じように“鬼”として活動すればいい。“猛士”でも人助けのために動ける。脅威から人を守るのは何もヒーローに限った話じゃない」

「それはっ…、その通りです…!」

 

 おや、といった顔でヒビキさんが見る。僕の返答が何かに触ったのだろう。

 

「あなた達の力を学ぶだけ学んで、別分野で使うのは虫のいい話だってことも理解してます! でも、それでも、僕は過去の自分と決別したいんです! 無個性だからと無理だって決めつけて、自分の努力も『ヒーローにはなれない』と、諦めて見ないふりをしていた自分を!」

 

「へぇ」

「緑谷君…」

 

「幼い頃に憧れた、誰もを笑顔に出来る“ヒーロー”に、僕はなりたい! それがっ、僕自身が誇ることのできる夢なんです!」

 

 言い切った。喉が枯れるくらいの声量で叫ぶように発せられて言葉は、僕たち以外に人気のない山の中に木霊した。

 そして、必死に次の言葉を待ち構える僕に対して、あっけらかんとヒビキさんは言う。

 

「よし、オーケーオーケー! 気合の入ったいい声出せるじゃん! 鬼の才能あるかもね」

「へっ?」

 

 途端に破顔し、バシバシと肩に手を当てる。

 

「いやぁー、それにしてもこんなに夢に向かって行動できる子は久しぶりに見たなー。うんうん、やっぱこういうひたむきな子がなんだかんだいって大成していくんだよ」

「あの、弟子入りの件は…」

「あ、うんいいよいいよ」

「あ、はい。ありがとうございます……」

 

 

「って、へぁっ!?」

 

 

 冗談のように軽く告げられたその言葉に、僕は声にならない声を上げる。…何だか昨日今日でひたすら驚きの天井を塗り替えている気がするけど、それも仕方がないだろう。

 なにせ、結構なことを言ったつもりなのに、こうまで気にされてないと、却って伝わってなかったのか不安になる。

 

「あ、あの。い、いいんですか? こう、この力を身につけるのに相応しいか試す…とか、嘘じゃないことを証明してみせろ…、とか。てっきりそういうのを想像してたんですけど……」

「え、そういうのがあった方がいいの?」

「いっ、いえいえいえ! な、ないならいいんですけどっ。こう、資格とかそういうのはいいのかなって思いまして……」

 

 そう、資格だ。早口で語る僕だけど、いわば仮面ライダーはヒーローとは別種の特別な力という感覚が強い。それも、試験で受かりさえすれば誰もが手に入れられるヒーローという立場とは一線を画していると、そう無意識に線を引いてしまっていた。

 

「いやー、よっぽど悪いことに使おうって企んでるとかならそりゃ断るけどさ、わざわざここまで来て弟子入りしようって少年がそんな回りくどいことするかね?」

「それは…」

 

 やや返答に困る。ないとは言えないけど、そんなことをするのはかなり屈折した性格なのだろうとは思う。

 

「あと、最初からそんな資格を持ってる人なんていない。普通に弟子いりして教わるんだからさ、その間に色々と学んでけばいいのよ」

「でも、いいんですか? こんな、中学生で」

「あんまりそういうところは気にしてないかな。警察から鬼になったヤツも知ってるし、何よりそこに中学生で弟子入りした張本人がいるんだから」

 

 そう言って、指されるのは京介さんの方。指をさされた本人はバツの悪そうにそっぽを向くけど、僕は驚愕の視線を向ける。

 曰く、響鬼さんと肩を並べて戦っていたあの京介さんも僕と同じような位に弟子入りして、着々と成長して今や立派な鬼の一人なのだとか。

 

 そのことに、やっぱり自分が外に目を向けていなかったと思い知らされた。僕が勝手に夢を諦めてる間にも、自分で道を決めて一直線に突き進む先達がいたことを目にしているのだから。

 

「ま、そういうわけだ。これからよろしく頼むぜ」

「はっ、はい! よろしくお願いします!」

 

 その日から、僕が最高のヒーローになるための修行が始まったのだった。

 

 

 

―――…

 

 

「いいか、兎にも角にもまず大切なのは己の肉体の修練だ。出久も分かってるとは思うが基本的に体を鍛えていて困ることはない」

「はいっ!」

「というわけで基本的な筋トレと体力を管理するための持久走もやってもらう。ほら、メニュー」

 

「……タクシーを使ったりはするなよ」

 

 

―――…

 

 

「“鬼”といえば清めの音を扱う“音撃”が特徴だ。だがそれには元の楽器の知識も相応に必要だ。楽器の奏で方とリズムの取り方を全力で学んでもらう。今回は音撃戦士なら必修の太鼓だ」

「はいっ!」

 

「なんだ…? 見覚えがあるような…。ウォズ…? いや、誰だ?」

 

 

―――…

 

 

「“鬼”は自然界に満ちる力を上手く使って変身するんだ。まずはその力を自覚するところから始めるか!」

「はいっ!」

 

「……………」

 

「ぷはぁっ…! だ、駄目だ…! 全然わからない…!」

 

「まあ最初はそんなもんだ。あんまし気にすんな」

 

「…そう簡単に習得されたらこっちの立つ瀬がないからな」

 

 

―――…

 

 

「鍛えて体力を消耗したらとにかく食え! 修行に関わらずともエネルギーを使ったときはこいつが一番だ」

「ふぁいっ!」

 

「喉に詰まらせるなよ?」

 

「ひょうふへひゃん。んぐんぐ、京介さん、その椎茸食べないんですか?」

「……どうした。食いたいのか?」

 

 

―――…

 

 

「何ですか? それ」

「ディスクアニマル。動物の魂を使った式神の一種だ。普段はこんなディスクの形状だけど、こうやって変身音叉なんかの音で起動する」

「わっ、ディスクが動物の姿に…」

「録画、録音機能があり、偵察や探索、武器にまでなる頼れる味方さ」

「すごい技術力ですね猛士って…」

 

 

―――…

 

 

「俺達鬼が相手取るのは“魔化魍”といって、ただの土塊なんかが悪気に当てられて自然的な力を得てしまった存在だ。今世に広まってる妖怪はかつて魔化魍を見かけた当時の人々が広めていったものだ」

「それを“鬼”として祓って人を助けるんですよね!」

「そうだ。でも、鬼も魔化魍も自然界の力をまとって変化するという点じゃ同じだ。つまり、根本的には鬼と魔化魍は同一の存在と言ってもいい。実際、過去に道を違えて魔化魍と化した鬼もいる」

「っ…」

「まあまあ、そう身構えなくてもいいって。力は使いようって話だよ。ほら、“個性”だって無闇に使えば“敵”になるけど、正しく使うことのできる人は“ヒーロー”と呼ばれる。だから、この力を正しく扱うためにも精神の鍛錬も怠らないようにってこと。最初のうちは瞑想なんかでもいいかもしれないな」

「…っ、分かりました!」

 

 

―――…

 

 

 

 山に籠もってから、あっという間に一週間が経った。

 その修行はどれも基礎的なものだったらしいけど、今までの僕の修行よりもずっと辛かったし、大変だった。でも、これも正式に弟子になったからと思えばへっちゃらだ。

 何より、響鬼さんや京介さんは厳しいだけじゃなくて優しくもあって、何ていうか、人の心を掴むっていうのかな。そんな感じの人柄もあって、僕は時間も気にせず続けられたんだと思う。

 

 でも、そんなつきっきりで修行を見てもらえるのも今日までだ。

 

「明日から3年生か…」

 

 欲を言うなら、このまま修行をつけてもらいたいのだけど「学校ならちゃんと通ったほうがいいよ。このまま猛士になるならそれでもいいかもだけど、雄英高校に受かりたいならそっちを疎かにしちゃ駄目でしょ」と言われてしまった。

 それを言われてしまっては弱いので、渋々家に帰ることになったのだった。

 

「基本的なことは教えたから、あとは同じことを家でも続けてればとりあえずは大丈夫。うん、ちゃんと連絡くれれば任務でもない限り休日には会えるからさ」

「いいか、鍛錬は当然として、何のために力を手に入れるのかを見失うなよ。正しく修行の意味を理解して行わなければ意味はないからな」

 

「はい! お二人共ありがとうございました!」

 

 わざわざ見送りに山を降りてくれた二人に感謝の言葉を告げる。言われたとおり、修行は続けるし、その意味も考えるようにする。いくら休日に行ける距離とはいえ、勉強もあるからそう簡単に行くことは出来ないだろう。

 だから、もし次本格的な修行を行えるとすれば、受験に忙しくなる後半ではなく、夏休みということになるだろう。

 

「修行尽くしで緑谷くんも疲れてるでしょ、乗ってきなよ」

「五代さんも、わざわざ付き合ってくれてありがとうございました」

 

 ビシッとこちらにも頭を下げる。

 本来ならそのまま帰ってもいいところを、何だか心配だからと一緒に修行までしてくれた。本当に、頭が上がらない人だ。

 

「いやいや、俺も修行には興味あったしね。来年までに身につける技の目安にもなったからそんなに気にしなくていいって」

 

「それでも、です。あなたがいなければ、僕は夢を諦めて努力を妥協で誤魔化す日々になっていたと思います。今まで、僕は甘えていたんでしょう。誰かに認められたい、誰かになれると言ってほしい。そんな風に他人任せの願望を盾にして現実から逃げてたんです」

 

 思い起こすのは、“個性”がないと言われ、絶望と母の落涙。あのときの僕は、誰かに認められることでしか夢を描くことのできなかった。でも違う。そうじゃないんだ。

 誰に認められなくても、自分の胸を張って誇れる姿を目指すんだ。第一、黎明期のヒーローだって、五代さんだってそうだったんだ。

 黎明期のヒーロー達は、やっていることは今のヒーローと同じだけど、当時の法で見れば犯罪者だ。そして五代さんも、最初は人類の敵である未確認生物として追われていた。

 

 そうなんだ。ヒーローは誰かに示された道を歩む存在なんじゃない。このヒーロー飽和社会、忘れかけていたヒーローの大原則。『弱きを助け強きを挫く』。たとえどんな強大な悪であっても、罪なき市民を守るために立ち上がる勇気。その心そのものが“ヒーロー”なんだ。

 五代さんが言っていたとおりに、誰かの笑顔を守れたのなら、その人にとっては正しくヒーローなんだろう。

 そんな簡単で当たり前のことを、僕は打ちのめされたと思いこんで忘れていた。

 だからこそ、次は折れない。もう、折れてはいられない。

 

 そう心に誓って、僕は帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「……行きましたね」

「行ったな」

 

 出久と雄介の去った山に、二人の鬼が残される。

 よっこらしょっ、と声を上げて座り込んだヒビキは、京介に問いかける。

 

「それにしても、意外だったな」

「…何がです?」

 

 問いかけられたものに心当たりがないのか、京介は首を傾げる。

 

「アレだよ、鬼の力をヒーロー活動に使いたいって言ったとき。俺はてっきり反対するのかと思ってたんだけどねぇ」

「ああ…そのことですか」

 

 意表を突かれたとばかりに苦笑する。その顔は何か懐かしいものを不意に見つけてしまった時のような感情に彩られていた。

 

「何、前にも似たようなやつがいたなと思い出しまして」

 

 脳裏に浮かぶは、己と同じ弟子でありながら、自分と異なる道へ進んでいった少年のこと。

 

「道は違っても、その心意気は買ってやるべきだと思っただけですよ。…あの時の俺は、そんなことも分からずに軽蔑してしまっていたが……。いや、響鬼さんの方こそ、何で弟子にしたんですか? 次の世代に任せるって、弟子は取らないようにしていたでしょう」

 

 質問を返された響鬼はこれまた一本取られたとでも言うかのように顔を笑みで歪めると、「同じだよ」と話を始めた。

 

「同じ?」

「ああ。確か明日夢と初めてあった日に聞かれたんだよ。『自分が自分らしくいれる為にはどうすればいいですか』ってね。その時は『自分を信じること』って答えたんだけどさ、それがまた、出久は実践しようとしていてね。俺も歳をとったかなー…なんてね」

 

 茶化すような仕草で誤魔化すが、その顔は確かに喜色の相にまみれていた。

 

「よし、いっちょ歌でも歌うか」

「はい?」

 

 突然の申し出に困惑の声を上げる京介を尻目に、ヒビキは躊躇うことなくその歌声を山に響かせていく。

 

「出会いがあれば、別れもあるさ。さ、さ、さ、さ、さささささささささようならっ、と」

 

 いつの日か、かつての誰かと別れたときに歌った懐かしい歌は、浄化されたこの山に染み渡っていくのだった。

 

 

 

 

「あいつ、夏休みにはまたこっちで籠もるつもりらしいんだがな…」

 

 呆れたように、その声に合わせて口笛を吹く元弟子の姿があったそうななかったそうな…





申し訳ないが修行とか書き方わからないのでカット
感想とか評価とかよろしくおねがいします。
因みに、デクがやっていたのは初期の明日夢や京介よりもキツイメニューです。そりゃ明確な意志を持っていて、更にタイムリミットが来年までであり、体も既に鍛えてあるとなればそらそうよ。
修行編はもうちょっとだけ続くんじゃ


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久しき憧れとの出会い

遅れた!!(開き直り)


 

 

「うわー…でっかい“(ヴィラン)”」

 

 新学年になってから少しして、登校途中に見かけた巨大な“敵”に対して思わず口をつく。

 暴れまわる巨大な人に、周囲を取り巻く色とりどりのコスチュームを纏ったヒーロー達が対応している。

 警察やヒーローも市民に被害が及ばないように注力しているけど、やっぱり、危機意識が薄すぎる気がする。

 

 僕が見ているだけでも、危ういところがいくつかあった。その度にヒーロー達が注意を引き付けて事なきを得ているけど、その分の労力がかかってしまっている。

 そうして眺めていると、シンリンカムイが現れて必殺技を放とうと構える。

 

「先制必縛…!ウルシ破牢!!

 

 伸ばされた木々が枝分かれし、“敵”の体に纏わりつこうとしたその瞬間。

 

「あ」

 

キャニオンカノン!!

 

 突如現れたのは巨体が勢いそのままに“敵”を吹き飛ばした。

 

 これで、この事件は終息した。犯行を働いた“敵”は警察に連行され、後は場に残ったヒーローが称賛を受けている。

 

「今のは任せておけば市街地の被害は防げていた…。デビューの花のためとはいえ、なんだかなぁ…」

 

 Mt.レディは、巨大な“敵”を吹き飛ばすという華々しいデビューを迎えた。その見目の良さも相まって、インパクトや印象はすごいだろう。それに、巨大な相手こそが最も輝くというのは分かる。分かるんだけど…。

 ちょっと欲が透けすぎいて生々しいな…。

 

 そんな微かな落胆とも呼べぬ呆れを抱きながら、僕は全力で学校まで走った。

 

 

―――…

 

 

「くそう…かっちゃんめ」

 

 僕は拾い直した鍛錬ノートを見つめながら、幼馴染の横暴さにため息をつく。

 今日は進路の発表があり、みんなそれぞれヒーローを目指していた。爆豪勝己…かっちゃんが雄英高校を受けると知って一騒動が起こったのが印象的だった。…そこまでは問題なかったんだけど、あろうことか先生が僕の進路までバラしやがった。

 “無個性”でヒーロー科を目指す僕はクラス中から嘲笑の視線を向けられた。更にこの学校唯一の合格者を目指すかっちゃんにとっては相当気に入らなかったようで、トレーニングメニューをまとめたノートまで爆破されてしまった。……まあ、写しだからいいんだけど。

 

「先生も先生だよなぁ…。言いにくい進路をわざわざみんなの前でバラしちゃって…」

 

 個人情報の秘匿はどうなっているんだよ。教職員ならもうちょっと寄り添ってもらいたいものだ。

 僕がかっちゃんに対して反論しなかったのは、もし余計な怪我でも負ってしまえば、修行にも影響が出ることを考慮してだ。

 それに、もう一度ヒーローを目指すと決めたんだ。こんなことで暴力なんて振るっていては僕の思うヒーロー像とはかけ離れてしまう。

 だから、僕にできる精一杯の仕返しはこの一年で力を身に着けて雄英高校に受かることだ。そうすれば、流石に文句は出ないだろう。

 

 そう決意を新たにし、人通りの少ない高架下に差し掛かったその瞬間。

 

「…?」

 

 何か、違和感を覚えて足を止める。日の照ってるこの時間帯の小さな影にビビっているわけでもあるまいし――。

 

「Mサイズの隠れ蓑ォ…!」

「“(ヴィラン)”!?」

 

 マンホールの内から、ドロリと粘性のヘドロのような異形が現れる。

 持ち上がった体は自然と握り拳を作るが、見た目からしてただの拳じゃ効果はなさそうだ。それに、こういう場合はすぐにヒーローに連絡をして…

 

「うわっ!?」

「チッ…、意外と動けるなガキ…。ヒーロー志望か…?」

 

 触手状に伸ばされたヘドロを咄嗟に躱し、苛立ちを募らせる“敵”も次々と攻撃を繰り出すけど、その全てを何とか交わしていく。

 

「クソがぁ…、ちょこまかと逃げ回りやがって……!! 早くしないとアイツが…!」

「!」

 

 いいことを聞いた。この“敵”は明らかに何かから逃げている。その焦りようから振り切れてはいないと推測。なら、僕がやるべきことは一目散の逃走。

 でも、まだ筋肉痛とかも残ってる体じゃあ、こいつから逃げるのは難しい。左右を壁に挟まれているから、逃げながら避けるのにも限度がある。

 

「なら、隙をつくる…!」

 

 軽く観察した感じだと、相手は全身が流動するヘドロで出来ている。内臓や骨なんかの器官は伺えないけど、今話している口には歯が並びたち、目は僕を捉えている。

 

 多分だけど、目や口なんかの一部の部位は流動するヘドロじゃない?

 

 なら――!

 

「おぉぉりゃあっっ!!」

「ぅがっ!?」

 

 全身の力を込めて、カバンの中身を撒き散らせながら顔に向けて投げつける。ボチャボチャと体に沈む音が聞こえ、同時に目の前に張り付いたノートなんかのせいでこちらを視認できていない。

 

(どうせ消耗品! 命に比べれば安いもんだ!)

 

 そう考え、一気に駆け出した。不格好でも走る。とりあえず、人の目の当たる場所まで逃げたらあいつも隠れることを選択すると思う。

 だからこそ、ベチャベチャと地面を蹴りつけて………ベチャベチャ?

 

「うわぁっ!??」

「やってくれたな、クソガキ…」

 

 しまった。敵は流動する液体だったんだぞ。なら地面に広がったこれですら体の一部と思うべきだった。僕は足を取られて、そのままヘドロの中へと沈んでいく。

 

「モガッ!?」

「いい着眼点だったよ。俺の目に実態があってもなくても目隠し出来るからなぁ…!」

 

 これまで捕まえられなかった苛立ちからか、怒り心頭といった様子で、されど愉快そうに顔を歪める。

 

「っ、ぷぉはっ…!」

「だから、おまえも分かってんだろう? 俺の体は掴めないって。……ってそうだ。オマエ、逃げるときもひたすら個性使わなかったよなぁ? こぉ〜んな誰もいないところなのに」

 

 もごもごと、藻掻いても藻掻いても口内を満たしていくヘドロに不快感と窒息感に苛まれる。その姿に優越感でも見出したのか、続けて放つ。

 

「もしかしてお前“無個性”なのか…? ハハハッ、こりゃいい。最高の人質だ…! ありがとう、君は俺のヒーローだ…。良かったなぁ…無個性でもヒーローになれたなぁ…! ギャハハハハハハ!」

「……! ンーッ、ンーッッ…!」

 

 人の夢を笑うな! そう声を荒らげても、ヘドロのせいで敵には届かない。

 ゴボゴボと声にならない抵抗を続けるが、すぐに頭は白んで意識が遠のいていく。藻掻きで体力も消耗し、ヘドロは呼気を妨げる。

 肺に酸素が行き渡らない。肺活量を鍛えていようと、自ら意思を持ち入り込んでくるヘドロには無力だ。

 

(やば…これ…! 死…!)

 

 呼吸を封じられ、死の迫る感覚と共に今までの光景がコマ送りになって浮かび上がる。これが走馬燈ってやつだろうか。

 嫌に冷静な気持ちになって、諦観と無念さでいっぱいのまま、僕の意識は失われた。

 

(光を放つ、ベルト……?)

 

 最後に、見覚えのない景色に頭を捻らせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――Hey! Hey!!」

「ん……ぁ?」

 

 ペチペチと頬を叩かれる。その勢いとかけられる声によって意識を取り戻し、薄っすらと目を開ける。

 

「ヘッ…あ。良かった――――――!!」

「お、オールマイトオォォぉぁぁぁっッッ!!?」

 

 視界に広がる筋骨隆々のNo.1ヒーローの姿に、僕は絶叫を上げながら飛び起きた。

 そんな僕にも構わず私服姿のオールマイトは告げる。

 

「いやあ悪かった!! “敵”退治に巻き込んでしまった!! いつもはこんなことしないのだが、オフだったのと慣れない土地でウカれちゃったかな!?」

「しかし君のお陰さありがとう!! 無事詰められた!!!」

 

 そう言って掲げたペットボトルには先程のヘドロヴィランが詰め込まれており、無事解決したのだと確信した。

 

(本物だ。間違いない。 生だとやっぱり…画風が全然違う!!!)

 

 僕の原典。僕がヒーローを目指す最初の憧れになった人。一度は折れかけたけど、再び目指すと決めた道の頂点が今、僕の目の前にいるんだ。

 

「ああ、それと」

 

 そこで、オールマイトがくるっと向き直る。

 

「“個性”の発動は原則禁止されている。いかに正当防衛であっても、相手を倒してしまうのは過剰防衛だ!! 今回は私の落ち度もあまり偉そうな口を叩けたものではないが、以後、慎むように!!」

「へ…? ど、どういうことですか…?」

 

 自分にはあまりにも覚えのないことを注意されて困惑の声が出る。僕はてっきり、オールマイトが助けてくれたものだと思っていたんだけど…。

 

「Why? 自分でやっといて覚えてないのかい? 無意識にやってしまったってことかな? 私が駆けつけたときには地に伏せたこの“敵”と、君が今の姿に戻って倒れるところだったんだけど…。変身型の個性かな?」

 

 今の姿に戻って? 変身型の個性? いや、そんなのありえない…。だって、僕は無個性で…。でも、周りに人の気配もないし、オールマイトが倒れる姿を見ているのだからそれは事実なのだろう。

 なら、可能性は一つ。本当に信じられないことだけど…“鬼”に成ったのかもしれない。たった一週間そこらで成れるような代物ではないのは知っているけど、こう、生命の危機に陥ったことで何かしらのリミッターが外れて力を宿すことができた…。そんな可能性もないとは言い切れない。

 

「…まあいいさ! じゃあ私はこいつを警察に届けてくるので! 液晶越しにまた会おう!!」

「え! そんな…もう…? まだ…」

「プロは常に敵か時間との戦いさ」

 

 考え事をしていた僕を他所に、オールマイトは足早に去ろうとする。

 でも、待って…!! まだ、聞きたいことが……!!

 

 そんな思いで跳び立とう力を溜めているオールマイトの足に、僕は全身全霊でしがみつくのだった。

 

 

 

 

 あるマンションの屋上に降ろされて、僕はようやくまともに息を吸った。

 

「はぁ、はぁ…。危なかった」

「それはこっちのセリフだ少年! 全く!! 階下の方に話せば降ろしてもらえるだろう。私はマジで時間ないので本当これで!!」

「待って! あの…、聞きたいことがあるんです!」

「No!! 待たない」

 

 流石に僕の行動に危うさを覚えたのか、聞き分けのない子供に言うように叫ぶ。

 

「“個性”がなくても、ヒーローは出来ますか!?」

 

 オールマイトの動きが止まる。

 

「“個性”のない人間でも、あなたみたいになれますか?」

 

 これは決別だ。かつての僕が、掲げていた理想への最後の一撃。僕の最後の未練を断ち切るための問いかけ。きっとオールマイトは情けではなく、真に思って否定してくるだろう。でも、それでいいんだ。

 それでこそ、僕はただ“個性”がない“無個性”のデクじゃなく、“無個性”でも“鬼”の力を研鑽する緑谷出久としての道を駆け抜けることが出来る。

 

 返す言葉を待ち構えようと顔を上げた僕の目の前には、ムキムキマッチョマンのオールマイトではなく、ガリガリのゾンビみたいな姿の男性が立っていた。

 

「ぇぇええええええ――――!!?」

 

 萎んでるうー!!! え!? さっきまで居たオールマイトは!? まさかニセ!? ニセモノ!? 細ー!!」

 

 急な出来事に頭の中が真っ白になり、てんやわんやとしていると、目の前の彼が血を噴きながら答えた。

 

「私はオールマイトさ」

「わー!!! って、もしかして声に出てました?」

「うん、『さっきまで居たオールマイトは!?』の辺りからガッツリと」

 

 嘘だ! と言いかけるも、その声から本人だと認識し直す。

 

「な、なんでそんな姿に…? それとも、そっちが本当であっちは“個性”の力に拠るもの……?」

「当たらずとも遠からずだ少年。元々は切り替えなんかも無かったんだがね…。まあいい。見られたついでだ。間違ってもネットに書き込むな?」

「何を…」

 

 ダボダボの服を捲るオールマイトに、何をするのかと尋ねようとしたが、その先の言葉が繋がらない。

 

「うっ…!?」

「これまで、敵の襲撃や怪人たちによって私が負ってきた傷だ」

 

 そこには歪に抉られ、縫われた脇腹の巨大な傷跡に、右腹部を矢で貫かれたような傷跡、左胸には重なるように大きな火傷痕が痛々しく残っており、その他、大小様々な傷がこれでもかと刻まれていた。

 

「呼吸器官半壊、胃袋全摘、度重なる手術と後遺症。それに続けざまに重症を負ったことで憔悴してしまってね。私のヒーローとしての活動限界は今や一日2時間もないのさ」

 

 そのセリフに僕は言葉を失った。何せ平和の象徴で、僕の憧れのヒーローで、いつでも笑顔を絶やさない絶対的なヒーローが、ここまでの壮絶な傷跡を携えているなんて…。

 それに、活動限界というのも恐ろしく短い。本当に、必要な時にしか個性を使用できないということだ。

 

「その火傷…! もしかして22年前の…!」

「くわしいな。そうさ、この火傷はかつて現れた未確認生命体第0号によってつけられたものだ。流石の私も原子単位まで干渉されちゃあ溜まったものではなかった、ということさ」

 

 力無く項垂れるオールマイト。無念そうに見えるのはその姿のせいだけではないだろう。

 

「人々を笑顔で救い出す“平和の象徴”は、決して悪に屈してはいけないんだ」

 

 その今にも折れてしまいそうな腕をぐっと掲げて、力強く言い放つ。その言葉にはこれまで平和の象徴たらんとしてきた経験が籠もっている。

 

「私が笑うのはヒーローの重圧、そして内に湧く恐怖から己を欺くためさ」 

 

 僕がその勢いに圧倒されていると、オールマイトは続けた。

 

「プロはいつだって命がけだよ。「“個性”を使わずとも成り立つ」とはとてもじゃないがあ…。口に出来ないね」

 

 この言葉だ。他のみんなのような憐憫や下に見ているのとは違って、誰よりも現場を知って、オールマイトほどの力の持ち主であっても、あれ程の傷を負っているからこその言葉。

 

「というか君、そんなことを聞くってことは何か個性を使うことにデメリットでもあるのかい」

「あ…? え、あいや、僕、無個性なんです」

 

 もう一度自分を指し、「無個性?」と尋ねるオールマイトに首肯する。

 

「色々とひっかかる部分はあるが、それなら余計にそうさ。引き出しを開けられないのと、そもそも引き出しがないのじゃあ意味が違う。……夢見るのは悪いことじゃないが、相応に現実を見なくてはな」

「…はい。ありがとうございました。―――僕、諦めません!」

 

 去ろうとしていたオールマイトがズッコケた。

 

「ちょっ…!? 君話聞いてた?」

「はい。“無個性”には厳しいどころじゃないのは判ってます。僕は前まで何の努力もしないで、“無個性”だから弱いんだって信じ込んでました」

 

 語り始めた僕に何かを察したのか、オールマイトの歩みが止まる。

 

「“無個性”だから仕方ないって、“無個性”だから僕はヒーローになれないって、そう思ってたんです。どれだけ努力したところで“無個性”は“無個性”なんだって、自分で否定していた癖に一番分かってたんです」

「でも、そんな僕の夢を応援してくれる人がいた。その人は僕なんかよりずっとすごくて、ずっと辛い経験をしてきた人でした。その人は、誰かの笑顔を守るために戦ってたんです。それまで、僕は強くてかっこいいヒーローになりたいって思ってたんですが、でも、今は違うんです。強いからとかじゃなくて、誰かの笑顔を守れるヒーロー。かっこ悪くても、自分に恥じないヒーローでありたいんです!」

 

 何だか最近、啖呵を切ってばかりだな…。

 そう胸の内で零すが、吐いた唾は飲めない。現場のプロに打ち明けるにはまだまだ未熟で、到底敵わないことかもしれない。

 でも、やっぱり胸の内がスッキリした気分だ。これまでの悶々とした何かをやっとすべて吐き出したらしい。

 オールマイトの沈黙にも不思議と緊張はない。

 

「…そうかい。そこまで堅固な意思なら私にも止められないな。だがそれは茨の道だぞ?」

「承知の上です」

 

「即答か…全く、最近の子供ってのは―――」

 

 BOOOOOOOOM!!

 

 オールマイトが何かを言いかけたその瞬間、ここから見渡せるある位置、田等院商店街の方から爆炎があがる。

 

「爆発系の個性……!?」

 

 そのド派手な個性に目を奪われていると、オールマイトは「まさか…」と腰に手を伸ばしたが、そこに存在していたはずのものはさっぱり消え失せていた。

 

「ホーリーシット…ッ!」

「あ…!? も、もしかして僕がぶら下がったから…!」

 

 その考えが脳裏を過ぎ去った瞬間、ほぼ同時に僕とオールマイトは駆け出した。

 

「おいおい少年! 君まで来なくていい!」

「でもっ…、僕のせいで誰かが…!」

 

 この返答にはオールマイトは疑問符を浮かべる。そうか、オールマイトはあの“敵”が人を取り込むことを知らないんだ。

 

「あの“敵”、僕にあった時にも体に取り込んで来たんです! 息もできなくてすっごい苦しくて…! 僕のせいでそんな思いをしてるのを静観なんて出来ません!」

「その志は素晴らしいものだが……! ええい! 分かった! 着いてきてもいいけど対処はプロに任せる。これでいいね!」

「はい! ありがとうございます!」

 

 そう言って、再び僕たち二人は爆心地目掛けて全力の疾走を続けたのだった。

 

 

 

「ゼェ…ゼェ…! 随分と、スタミナがあるね…!」

「鍛えてますから!」

 




鰓呼吸出来たらあのヘドロでも息できるんかな?
それはそうと返せよぉ!俺の赤評価(ザビーぜクター)返してくれよぉ!


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引き継がれぬ意志

仮面ライダーのオープニングは盛り上がれる明るいやつが好き。


 

「あっちだ!」

「やっぱり…! あいつだ!」

 

 田等院商店街に集まる人集り。人々の間を縫い、ようやく見つけたそのヘドロ敵はその流体を遺憾なく発揮させ並み居るヒーローへ大立ち回りを演じている。

 

「ヒーローなんで棒立ち?」

「中学生が捕まってんだと」

 

 遅かった…! もう既に誰かが犠牲になっていた!

 

「オールマ…! えっと、その、どうにかなりませんか!?」

「……少し厳しいな」

「そんな!?」

 

 オールマイトへ助けを求めると、深刻そうな顔のまま僕にだけ聞こえるように答える。

 

「さっき私の姿が変わったのを見ただろう。つまりほぼ活動時間は過ぎているんだ。何とか力めばほんの僅かに力を発揮することも出来ないでもないが…。あの様子では残された時間で人質まで助けることは敵わない…」

 

 オールマイトから告げられた情報に歯噛みする。

 つまり、今のオールマイトではあの敵を倒すだけの力は残っているが、人質の中学生も無事に済む保証がないということだ。

 だからこそ、誰か他のヒーローが人質さえ何とかすれば片付くのだけど…。その人質が抵抗することでプロですら手が回らなくなってきている。

 オールマイトも無理、今いるヒーローだけではジリ貧。誰か、有利な“個性”を持ったヒーローが駆けつけてくれたら―――!

 

「いや…違う。そうじゃない。僕が憧れたヒーローは、僕の目指す英雄は、そんな悠長なことはしない」

 

 たとえ相性が悪くても、最善を尽くすよう努力するんだ。現に、響鬼さんは音撃棒では相性の悪い魔化魍だって倒してきたんだ。

 

(考えろ。考えろ緑谷出久。僕が出来るのは何だ? 戦う? 無理だ。掴めない相手に力ない僕じゃあまりに無謀。まずは個性の確認と意識を逸らすことが先決で、そのためにも―――)

 

 高速で思考を働かせる最中、そのヘドロが蠢き人質の顔が顕になる。

 

「馬鹿ヤロー!! 止まれ!!止まれ!!!」

 

 気がつけば、僕の体は人集りを超えて走り出していた。

 

 ああクソ! 何で出た、何してんだよ。まだ最善の行動も見出だせてないのに!

 

「でも、そんな顔されちゃあ無理じゃないか……!」

 

 今にも泣きそうな強かった幼馴染の歪んだ顔。あのかっちゃんが、口が悪くて天才肌で自信家なあのかっちゃんが、あんな顔をしていたんだ。

 

「ハァ…、そこのガキ! また目潰ししようったって無駄だぞ!? 今ならこの“強個性”の隠れ蓑のお陰で最強なんだよぉ!」

「ふざけるな! かっちゃんはお前の道具なんかじゃない!」

 

 そうして爆破する腕を突き出してくるヘドロ敵。だけど、僕の狙いはこいつの顔面なんかじゃない。第一、無個性だとバレていて目潰しを一度行ったんだからそこは警戒されて叱るべきだ。

 

「かっちゃん!!」

「何で!! てめぇが!!」

 

 上に投げたリュックに気を取られた相手の下を潜り、かっちゃんの元まで辿り着く。

 

「足が勝手に! 何でって、そんなの今はどうでもいい! 気づいたら体が動いてたんだ…!! とにかく全力で小規模な爆破をして!」

「うるっ…せぇ…! 俺に命令すんじゃ…!」

「君の方こそうるせえ! いいからさっさとしろ! 君なら出来るだろ!」

「あ゛…!?」

 

 普段反抗してこない緑谷のあまりの気迫に押され、取り込まれかけの鈍った脳みそが自らの個性を制御する。

 

「…何やってんだ〜? こいつが個性を使えば使うほど…! 俺の力も増すんだぜ〜?」

 

 へらへらと得意気に笑う“敵”は無視。連続小爆発が周囲の音と混ざってちょっとした声なんかは掻き消してしまう。

 これが狙いだ。あのヘドロ敵の耳が何処にあるかは分らない。でも、会話が聞き取れる以上は耳、あるいは類似した器官は持っているはず。じゃなけりゃ、あんなに周囲の声に反応するはずもない。

 そうやって耳を誤魔化しているうちに、かっちゃんの顔近くでこっそりと作戦を述べる。かっちゃんはそれでも反対したけど、最早議論の余地はない。

 

「いいから!! 信じろ!!!」

「っ…!」

 

 力強い返答、その気配に思わず尻込みをする。けれど、当の彼こそがその事実を認めたくない。故に、爆豪はその提案に乗ることにした。あくまで、いいなりになっているわけではないと自身に言い聞かせて。

 

「あぁ…!?」

 

 そう言ったのは誰だろうか。プロだったか、民衆だったか、それともこのヘドロ敵だったか。

 何故そのような声を上げたのか。それは当然、今の今まで抵抗していた人質がだらんとその腕を下ろして目をつぶったからに他ならない。

 周囲に悲哀と切羽詰まったような空気が流れ、言葉を失うヒーローと民衆に向かって“敵”は嘲笑う。

 

「乗っ取り完了だぁ…! 見てろよヒーロー共、手始めにこの力でお前らをブッ殺してやる…!」

「おいおい不味いぞ…!? 人質の少年は無事なのか…!?」

 

 緊迫した状況において、その敵が目をつけたのは当然目の前にいる無力な少年だ。

 

「おいっ! 早く逃げろ!」

「何でまだ棒立ちしてんだよっ!?」

「やめろー!!」 

 

 嗜虐的な笑みを浮かべたまま、その手を向けようとするが…。

 

「んん…?」

 

 その顔に望む表情は見当たらず、ただ何かを耐え忍ぶような顔でヘドロを躱す。

 そして視線がこちらに向いているその間際、少年は真っ直ぐに突き進んだ。

 

 その体はそのままヘドロの元に飛びつき、必死に掻き出している。それは見ようによっては、人質の少年を助けるために無謀な特攻をしているようにも見えたかもしれない。

 そして彼の体まで手を伸ばすと、体を引っ張るでもなく、その両腕を掴む。

 

「何考えてるかしらねぇが…、お前は爆死だ…!」

 

「――今だかっちゃん!」

 

「指図すんなやクソデクがあぁぁぁぁっっっ―――!!!!」

 

BOOOOOOOOOOOOOOM!!!!!

 

「!?」

「ギャアアアアアアアアアアアアアアア―――ッ!?」

 

 一際大きい爆発。その閃光と爆音はその場にいる人々の行動を止めるには十分すぎるほどの効力を発揮し、それはヘドロ敵ですら例外ではない。

 

(やっぱりだ…! 耳がないのに聞こえる、そして目潰しも通用する。なら、当然コレにも弱い!)

 

 それは経験から学んだこと。いかに流動する体であっても、視覚と聴覚は存在する。全くの無警戒状態で感覚器官に攻撃されては溜まったものではない。

 

(いけたっ…! すぐにペットボトルに詰めれることと、触った感じから、体積はあっても粘度はそこまでじゃない! 厄介だったのは本人が上手く扱ってたから…! 閃光と音響で怯んだならその隙を突けば……!)

 

 驚いたことで拘束が緩み、爆豪を抱えたまま真反対へと突き抜けた――!

 

「人質がはなれたぞ!」

「何だあの学生ズ! クソ度胸だな!?」

 

 そのまま走り去る背中に爆破の勢いが加わってあっというまにヒーローの待ち構えるボーダーにまで辿り着く。

 

「はやく後ろに!」

「ケガないか二人共!」

 

 ヒーローに保護され、尚も暴れようとする“敵”の前に、No.1が舞い降りた。

 

「そこまでの覚悟を見せられちゃあ…! 私も応えなければねっ…!!」

「お前っ!?」

 

DETROIT(デトロイト) SMASH(スマッシュ)!!」

 

 

 

―――…

 

 

 

 ヘドロ敵の一件はオールマイトによって無事解決された。人質を失った敵に対して振るわれた拳は天候すらも変え、散らばったベトベトはヒーローらに回収され、警察に引き取られた。

 

「君が危険を冒す必要は全く無かったんだ!!」

「危険を顧みない行動は君だけじゃなく他の人まで巻き込む可能性があるんだぞ」

「はい…」

 

「…だが、個人的に言わせてもらうならナイスガッツだ! だからといって、許すわけではないけど、その気持ち自体は素晴らしかったぞ!」

 

 僕は怒られながらも人質救出の件を褒められ――

 

「すごいタフネスだ! それにその“個性”!! プロになったら是非事務所(ウチ)相棒(サイドキック)に!!」

 

 かっちゃんは称賛されていた。

 僕たちが話を聞いている間に、いつの間にかオールマイトの姿は消えていた。活動限界がギリギリだと言っていたからだろう。約束を破ったことを謝りたかったけど、そういうことなら仕方がなかった。無理に引き止めて、あの姿を衆目に晒してしまうわけにはいかないからだ。

 

「デク!!!」

 

 陽も傾き、とぼとぼと帰路を歩く僕に、背後から声が投げかけられる。かっちゃんだ。

 

「俺は…てめぇに助けを求めてなんかねぇぞ……! あれは全部俺の“個性”ありきだ…! てめぇがやったことなんてなにもねぇ! なあ!? 全部一人でやれたんだ。無個性のてめぇが見下すんじゃねぇぞ!」

 

 クソナードが!! と吐き捨てて元来た道を引き返す姿には褒められた通りのタフネスさが現れていた。

 

「まぁ、あっちの方がかっちゃんらしいかな」

 

 これでも、昔と比べればマシになったもんだ。正確には、僕が鍛えてその成果が出始めたくらいからかな。あれでも結果を出してる人には優しい……のか? 改めて思うとなんか違う気がするな…。かっちゃんのせいで僕の価値観が変わってしまったかもしれない。

 

「私が来た!」

「わ!?」

 

 角から現れたのはオールマイト。…真の姿の方だ。

 

「オールマイト!? 何でここに…てっきりあのまま帰ったのかと…」

「この姿がバレるわけにはいかないからね。少しだけ撒かせてもらったよ。まあ、そんなことは大したことじゃない。礼と訂正……そして提案をしにきたんだ」

 

 礼と訂正は…心当たりがなくはないけど…。提案? No.1ヒーローがこんな学生相手に?

 

「君がいなければ………君の身の上を聞いてなければ、口先だけのニセ筋となるところだった!! ありがとう!!」

 

「ありがとうってそんな…。僕はプロに任せるって約束したのに突っ込んで…。今回は上手くハマってくれたからよかったけど、それもかっちゃんのおかげだし……」

 

 そうだ。あの顔を見て居ても立ってもいられなくなり、行き当たりばったりに出て行ってしまった。あの時はたまたま手の内や特性なんかを知っていたから何とかなったけど、もし初見だったら大怪我を負っていても可笑しくはなかった。

 そうなった場合どうなる? 当然、仕事として来ている現場のヒーロー達の責任になる。マスコミとはきまぐれなもので、ある人物を褒め称えたその口で今度は別の人物の失敗を責め立てる。

 

 文字通り、僕だけの問題じゃない。

 

「そうだ。反省はいいことだね。こってり絞られたようだしそこに関しては言わないでおこう。だがね、あの場の誰でもない! 無個性で、そのくせ覚悟の決まった君だったからこそ! 私は動かされた!」

 

「トップヒーローは学生時から逸話を残している………彼らの多くが話をこう結ぶ!!「考えるより体が先に動いていた」と!!」

 

「あそこまで自分を貫けて、冷静に場を見ていた君が途端に駆け出した。……君もそうだったんだろ!?」

「…っ!」

 

 あの時は確かに、がむしゃらにかっちゃんに…。

 その時の心境がフラッシュバックする。無謀で、愚かな行為だった。作戦なんていくらでも立てようがあったし、あの“敵”の特性を伝えるだけでも役立てた筈だ。それなのに、あの時駆け出した僕に後悔はあったか? 疑問と困惑は確かにあった。それでも、それでも――――。

 

「―――君はヒーローになれる! …なんて、今更な話か。目を見れば分かる! 私に言われずとも、君はきっと素晴らしいヒーローになれるだろう!」

「…………はいっ!! 頑張ります! 僕、僕は、あなたすら助けられるような、無個性でもやれるって、道を示せるような。誰かの笑顔を守れるようなヒーローに! 僕はっ「ちょ、ちょ、ちょ! タンマタンマ!」……えぇ…?」

 

 今の、止めるところじゃなかった気がする。そんな微妙な表情になっているところに、オールマイトは弁解する。

 

「あ、ゴメンね。君にとっては重要なことなんだろうけど、それを言ったら終わってしまいそうだったから…、つい…。……んんっ! まだ「提案」を言っていないだろう?」

「あ…」

 

 そういえば、それまでの言葉はどちらも礼と訂正だ。肝心の提案がまだだったことを思い出す。

 

「では気を取り直して…。君なら私の“力”、受け継ぐに値する!!」

 

 “力”…? それって、一体…?

 

「HAHAHA、なんて顔してるんだい少年!?」

 

 いや、だって、急にそんなこと言われても…。

 

「私の“力”を――君が受け取ってみないかという話さ!!」

 

 コフッ、と吐血しながらテンション高く続けられた言葉の情報量に圧倒される。「ワン・フォー・オール」…聖火の如く引き継がれてきた個性だって…?

 

「そんな大層なもの何で………」 

「無個性でありながらも諦めることなく進んだ君はあの場で誰よりもヒーローだった! ………元々後継は探していたのだ。そして君になら渡して良いと思ったのさ!! ………まァしかし君次第だけどさ! どうする?」

 

 すごい話だ。少し前までの僕に言ったら、とうとう夢の中の話を現実に持ち出したのかとでも自虐しそうな程に、ありえない提案だ。あのオールマイトの力が、僕に差し出されるなんて。

 それはとても光栄な話で、普通の一般人なら断るなんて選択肢はない。…筈なんだけど――。

 

 意を決して、僕に視線を向けたままのオールマイトに向き直る。そしてハッキリと、こう口にした。

 

 

「―――ごめんなさい。その力、僕には引き継げません。もっと必要としている人に上げてやってください」

 

 

 




話長くね?

そしてこの前ちらっと日刊載ってたの嬉しかったです(意訳:もっと見ろ)


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目覚めろその魂

先に言っておくと例のベルトはアギトじゃありません
そして俺の鳥系コアメダル(赤評価)爬虫類系コアメダル(オレンジ評価)になってたんだけどもしかしてガラいる?


 

「―――ごめんなさい。その力、僕には引き継げません。もっと必要としている人に上げてやってください」

 

 

 時が、停まった。

 

 

「――マジで? いや、責めるわけじゃあないが…。その、理由を聞いても?」

 

 あまりの静寂からようやく復帰したオールマイトが、まさかとばかりに声を上げる。

 

「…その、僕。もう師匠がいて…。それに、無個性で目指すって、もう決めちゃったので…。だから、ごめんなさい」

「お、おうぅ…。そういえば無個性でもやれるってずっと言っていたね…。ってことは私のこの提案は水を差したことになってしまうね」

「あ、いやその、迷惑とかじゃなくて、確かに光栄なことなんですけど…。それを受け取るのは何だかずっこいなって…。オールマイトの言葉は嬉しかったです。それでも、“無個性”の僕を信じてくれた人達に真摯に向き合いたいんです」

 

 そう頭を下げると、オールマイトは頭を抱えて「oh…」と言っていた。

 

「あの、やっぱり気分を害したり…」

「いやなに、尚更惜しいなと思ってね。君のような年頃の子でここまでまっすぐいられるとは…。余程出会った人が良かったのか…。差し支えなければ、そのヒーローの名を聞かせても?」

 

 オールマイトとしても、その様に育てることの出来る師は気になる。ひょっとすれば自分も知っているヒーローかもしれないと近い気っ風の人物を脳内でリストアップすると、紡がれる言葉を待った。

 

「その…実はヒーローじゃないんですけど…。いや、ある意味ではヒーローなのかな…?」

「ヒーローじゃない? それはどういう…」

 

 すわヴィジランテかと思い、それ以外にも候補はあることに気づく。“無個性”なのだから、技術を扱う者として、格闘家や武術家なども視野に入るのだろう。

 

「仮面ライダー響鬼って、知ってますか…?」

「それはもちろん! 魔化魍は彼らにしか対処できないし、16年前の大量発生時は猛士の方々がいなければどうなっていたことか…。って、君それはまさか…」

 

 僕が取り出した一枚のディスク…いや、ディスクアニマルにオールマイトの目が奪われる。

 これは僕が鬼の修行のために練習用音叉と一緒に借り受けたものだ。これを通じてディスクアニマルの扱いや鬼としての感覚の発達なんかが主な理由だった。

 

「驚いた…。まさか君は…」

「はい。響鬼さんの元で“鬼”の修行を積んでいます。…まあ、まだ弟子入りしたばかりなんですけどね…」

 

 対するオールマイトはというと、開いた口が塞がらないといった様子だ。それはそうだろう。仮面ライダーなんて、本当にごく一部の人間や、個性とは別種の特殊な力として広く伝わっているのだから。…それが、いち中学生の僕が身につけるために弟子入りしているのだから。

 

「そうか…」

 

 オールマイトは何かに納得したような素振りを見せると、「修行、頑張れよ」と言って去ってしまう。

 

「あの…絶対! 絶対ヒーローになってみせます! 貴方の母校である雄英高校に入学して! その時までには力を扱って見せます! だから…だから! 厚かましい願いだとは分かってますけど、その時は見せますから! 僕の“変身”を!!」

 

「…ああ、楽しみにしておこう」

 

 背中に向けて放った言葉にオールマイトはひらひらと手を振ると、直に見えなくなってしまった。

 

「…もっと、頑張ろう」

 

 これが、僕とNo.1ヒーローの初めての邂逅だった。

 

 

 

 それからというもの、僕は寝る間も惜しんで修行…なんてことはしていない。今の修行ペースでそんなことをしてしまえば直ぐに体を壊して逆効果な上、目指すは雄英。修行に時間を大幅に使っているから、コツコツとやらなければ学力が足りなくなってしまう。

 

 少なくとも、現状学力面での心配はない。けれども、これからの修行の成果によってもスケジュールなんかは変わってくるため、油断は出来ないといったところ。

 その通りに、修行自体は実のところあまり芳しくない。そりゃあ基礎的な体力や筋力なんかは当然上がったけど、力の源である自然的な力を察知する感覚がどうにも掴めない。

 

 その実在を知っている僕でも一切分からない。鬼が一般の人から出ないのも納得だ。

 

 でもそこで立ち止まっちゃいけない。それを察知するのは前提条件、上手く扱ってからがスタートラインなんだ。

 

 だからこそ一刻も早くそれを手中に収めたいんだけど…。それもうまくいってない。

 漠然とでも、その一端に触れることが出来ればそこから発展させられるかもしれないけど…。一人じゃそれも不可能だ。

 

 そう思った僕が夏休みの宿題を3日で終わらせ、ヒビキさんの元に駆けつけるのは当然だったのだろう。

 

「久しぶりだなぁ出久。修行はちゃんと続けてるか?」

「はい! それはもう毎日!」

 

 グッ、と更についた筋肉で力こぶを作る。服を着ていると分からないけど、これでもバッキバキだ。オールマイトのような大きく逞しい筋肉とは違って、スマートで靭やかさを維持できるようにしている。

 

「こんな早くに来るとは思ってなかったが、どうした? なんかあった?」

「それが…」

 

 僕が鬼の力やその源をうまく感じ取れないことを相談すると、響鬼さんはうーんと頭を悩ませる。

 

「そればっかりはただ鍛えるだけじゃ難しいかな。感覚的なことだしねぇ…。瞑想なんかでも無理そうかな」

「それは……はい。毎日やってるんですけど、どうにも糸口が掴めなくて…」

 

 悩んだ末、ヒビキさんからはそっち方面を重視した修行をメインで進めることになった。実際に扱う側の人間が側にいたほうが習熟度も安全性も段違いとのこと。

 

 そこからは、響鬼さんと京介さんの二人監修で手取り足取りその感覚を掴むための修行を行った。

 こういった自然に囲まれた場所には自然的な力が溜まりやすく、認識しやすいのだと。

 同様に、似たような環境では魔化魍が生まれる可能性も高いからということで、その注意なんかも含めて色々な所に連れられた。

 

 最初に会った山の奥地を基本として、ある時は湖沼に、ある時は森の中、またある時は廃れた廃村などなどと、県を超えて移動することもあった。

 

 最初はひたすら座禅と瞑想を行い、徐々に周囲の気配に身を任せるようになっていった。更に、一日中目隠ししたまま森の中で過ごしたり、そのまま響鬼さん達の科すメニューを達成したりなど、昔までの僕なら途中で折れていたことだろう。

 

 その甲斐あってか、この修行法を始めてから3週間。夏休みも折り返しに入ったその日、僕は初めてその力の存在を知覚することが出来た。

 それ以降はコツを掴めたのか、集中すれば自然界に満ちる霊力をいつでも感じることが出来るようになった。より濃い場所では人にも影響を与えることがあるとも聞いた。

 

 

 

「準備はいいな出久」

「はい。出来ています」

 

 ――そして、自分の中に満ちる霊力を探り当てた僕は、“鬼”の体と扱いに慣れるための課程に入っていた。

 

 己の中にある霊的エネルギーを意識し、強く気を張った状態で音叉の音波を浴びることで肉体は変質し、“鬼”と化す。

 いずれはそれも自然に出来るようになるらしいけど、それも僕の感覚次第らしい。

 

 何かあったときの為に、京介さんが今日は付いている。響鬼さんも見守る予定だったけど、急に猛士から要請が来ており断念していた。

 

「ふぅ…」

 

 息を整え、バクバクと興奮に高鳴る心臓を鎮める。そうして集中すれば体の内側に存在する淡い力の奔流に触れる。今まではうすぼんやりと捉えるだけだったそれを、明確な意志を持って扱おうと意識する。

 鬼の力は魔化魍とほぼ同質だ。同じ妖怪変化である以上は悪い気も溜め込んでいるわけで。表裏一体のそれを万が一にも暴走させないためにも、慎重に、慎重に…。

 

 そうして、言いようのない力を表面化させるための最後の工程、音叉による音波を――。

 

(何だ、これ…!?)

 

 自らの握る音叉を掲げようとして、ふと異変に気づく。

 どう、とは表せないものの、内にある自然的な霊力とは別に、何か大きな力を感じる。

 それは善悪両方に染まる霊力と異なり、眩いほどの輝きを放っている。悪い気ではない。その逆、清浄な気配すら感じるが、しかし、その光は力を手繰る僕の方へやってきて―――

 

 そのまま、荒々しい光の奔流に僕の意識は呑み込まれた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

「うっ…!?」

 

 これまでの修行も実り、鬼になる最低限度の力量は備えた弟弟子の初の変身に立ち会わせることになった。響鬼さんはいないが、こう見えて俺も弟子を育てた経験はある。だからこそ響鬼さんも俺にわざわざ頼んだんだと思うが…。

 

 どうにも様子がおかしい。

 緑谷は音叉を頭に近づけた直後、蹲って脂汗を流し始め、苦悶の声を上げ始める。

 

「っ…! 今すぐ止めろ!」

 

 近づいて音叉を取り上げるが、よたよたとふらつきながら歩くと、雄叫びを上げた。

 

「ぁ、ァア……ァァ……アァアあッッ」

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ‼︎」

「何っ!?」

 

 突如――変貌。

 カミキリムシを思わせる緑色の装甲を纏ったそれは声にならない絶叫を静謐の中に轟かせる。その悍しさゆえか、周囲の動物たちが一目散にその場から逃げ出した。

 

 その姿は何とも生々しく、生物感溢れる風貌で、赤い複眼はこちらをじっと見つめ……クラッシャーを大きく開いて飛びかかる。

 

「■■■■■■――――ッ!」

「クソ!」

 

 初撃、伸ばされた鉤爪の斬撃を躱し、咄嗟に変身。

 白、金、紫の“鬼”が立ちはだかる。振り返りながら放たれた弧を描く脚撃。頭を下げ接近すると突き出された腕をホールドし山林を駆け抜ける。

 

「おおおおおおぉぉぉっっ!!」

「■■■■■■■■■■―――ッ!?」

 

 足を踏ん張って抵抗するものの、力に秀でる「鼓」の鬼である京介が勝っている。

 二人はもたれこみながら身を投げ出すが、立ち上がるのも同時。距離を取った二人はじりじりと円を描きながら相対。

 

「失敗したのか…? ……いや、この気配…。鬼じゃないが、魔化魍でもない。何なんだ、コイツは…?」

 

 眼の前で野獣の様に唸る存在に、困惑しながらも音撃棒を構える。

 対して、出久が変貌したソレも腕から金色の鉤爪を露出させる。

 

「ハァッ――!」

「■■■■ッッ!」

 

 交差した二人の獲物が火花を散らせる。野獣を思わせる暴力的な連撃は規則性が見られず、加えて高い身体能力が無理矢理に弱みを握りつぶしているらしい。これに相対するには身体、技術、そのどちらもが備わっていなければならないだろう。

 

 ―――だが、ここにいるのは紛れもなく戦闘のプロの一人。加えて“犯罪者”でなく怪物退治という面で見れば、トップヒーロー以上に精通している。

 

「■■■オォァッ!!?」

 

 鉤爪を払いのけ、すれ違いざまに鬼火を纏った一撃。まともに受けた強打は堪えたようで、ゴロゴロと山肌を転がっていく。

 

「よく分からないが、眠ってもらうぞ!」

 

 その後を追い、なんとか構えを取る出久に対して鬼棒術・烈火弾による追撃。激しい火炎は防御の上からその身を焼き焦がし………その腕を吹き飛ばした。

 

「■■■■■■―――!!!!」

「しまっ…!」

 

 失った左腕を手で抑えた慟哭の前に、その予想以上の成果に動きを止めてしまう。彼の想定では、あれほどの攻撃性能と運動能力を持っていたことから、最低限の防御力は備えているだろうと踏んで、烈火弾を放ったのだが、残念ながらその読みは外れてしまった。

 曲がりなりにも弟弟子の腕を吹き飛ばした京介は動揺を隠しきれず、頭が回らず接近してしまう。

 

「■■■■■ゥゥォォオオオオッッ!!」

「おいっ、出久! その傷で動くんじゃない!!」

 

 立ち上がった出久を諌めるように手を伸ばすが、叫んだ出久の腕の断面からぞぶり、と新たな腕が姿を表した。

 そして、近づいてきた京介へ向けて襲いかかる。咄嗟に迎撃しようと渾身の力で振るおうとしたが、先ほどの脆さに躊躇してしまう。当然、荒々しい光の化身は見逃さない。

 

「ヴォアァァァァ――――■■■■ッッ!!!」

 

 大気が震える程の声量を伴った咆哮。次の瞬間には高く跳び上がり脚部から突き出した刃を叩き下ろした。

 

「ぐあぁぁあああ―――っっ!!」

 

 反射的にで刃の軌道を反らしたものの、莫大なエネルギーを秘めた一撃が肩口にとてつもない衝撃を与えた。

 

「ぐはっ…出久…!」

 

 吹き飛ばされた京介は既に変身が解け、口元を朱く染め上げながら立ち上がる。

 痛々しい兄弟子の姿も気にしていないのか、無慈悲にもとどめを刺すべく歩み寄り……。

 

「■■…!」

「何だ…?」

 

 しかし、ピクリと何かに反応する出久の姿に京介は疑問を覚える。それは周囲を確かめるように見回すと、突如として真後ろを向いて駆けてゆく。

 

 ―――その方向には、人気の多い街があった。

 

「待てっ、いかせるか…!」

 

 京介の怒声も虚しく、木々に紛れてあっと言う間に姿を消してしまう。

 その場に残ったのは、木に背を預けながら回復を待つことしか出来ない京介と、その戦闘痕のみであった。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 時は僅かに進み、何かを察したそれは山林を駆け巡り、とうとうその山道の入り口まで辿り着いていた。

 

「■■ゥゥ…!」

 

 今すぐ街に駆り出せば、人々を阿鼻叫喚の渦に陥れるであろうそれは、先の戦闘の疲れからかゆったりとした足取りで街へと続く道へ踏み出し……

 

 ブオォォ―――――ン…!

 

「■■■■■ガ…ッッ!?」

 

 変身した出久は一台のバイクに跳ね飛ばされる。とはいってもダメージはほぼない。しかし、注意を引きつけることは出来た。

 

「■■■■■……!!」

 

 下手人は戦闘態勢で相対する出久を前にバイクを止め、ヘルメットを着脱する。

 顕になった頭部から、茶髪の壮年男性だと分かる。しかし、変身した姿を前にして尚、動揺も恐怖も抱いてはいなかった。

 

「変な予感がしてみれば…。俺以外にもいたのか…!」

 

 ただ、その目に浮かぶのは驚愕。予想外のことながらも何処か納得を孕んだものであった。

 

「■■■■■ゥァ…?」

「理性はないみたいだな…」

 

 「なら遠慮なくいくぞ…」そう言い放つと同時に男は駆け出した。強力な個性でもなく、ただ自らの足で。

 出久もまた鏡合わせの様に駆け出していた。その拳を固く握りしめて。

 そして、二つの影が交わり、お互いに拳を突き出した――!

 

「変身!!」

「■■■■―ッッ!?」

 

 次の瞬間には出久が後方へ飛ばされ、その赤い複眼を瞠目させる。

 只人には到底耐えられぬ一撃。しかし、視線の先には茶髪の男性の姿などない。

 

 そこには、今の出久そっくりの姿(こちらは出久のものより中央の角が長く、魚のヒレの様なものが生えている)へと“変身”した男が確かな理性を感じさせる静けさで佇んでいた。

 

 かつて、それと対峙したある存在は、()()のことをこう呼んだ。

 

 ―――「ギルス」と。




みなさんはアギトのどの形態が好きですか?
シャイニングもいいですけど、やっぱり全部()()()()バーニングが一番好きですねぇ(雑な催促)

葦原涼は水泳部でバイク事故を起こして死にかけた結果ギルスに覚醒して。出久はバイクに乗れないがヘドロで溺れて死にかけた結果ギルスの片鱗が目覚めた、
そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!

あと、当然ですがこの出久ギルスはギルスとしても不完全(鬼の力を探ってたら見つけてしまっただけ)なので、京介が負ける道理はありません。ただ、ジオウの時のツトムみたいに気の迷いと手加減があったため不意を突かれてしまいました…。


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思わぬ出会い

今回いつもより短め


 

「―――ッ!」

 

 先に動いたのは出久のギルスだった。持ち前の超越した勘と感覚器官が訴えるのは、己と同質でありながら違う方向へと進化した到達点。

 何においても、目の前の相手には敵わない。そう、本能が警鐘を鳴らしていた。だが、その程度の障害は止まる理由にならない。自身の上位互換だというのなら、何もさせぬままに攻撃を当ててしまえばいい。実際には思考というよりも動物的な直感に頼るものではあるが、腕の寄生装甲から伸ばした爪――ギルスクロウを剥き出しにして殴りかかる。

 

「ふぅっ…! はぁッ!」

 

 けれど、猛獣の如き一撃は逆に捉えれば素直な動きだ。驚異的な身体能力で誤魔化してはいるが、それが真の強者には通用しない。

 同じギルスでありながら、茶髪の男が変身したギルス…「エクシードギルス」は左腕で引き伸ばされたギルスの右腕を受け流し、同時に背を手刀で打ち抜き出久のギルスを地へ転がす。

 

 その無駄のない動きは、かつて彼と共に闘った一人の戦士を連想させる。起き上がった出久は本能のまま、自身が出せる最大速度で接近。アスファルトが粉砕するほどの力で駆け出し、迎撃に移ったエクシードギルスの拳を身を縮めて躱す。四足獣かと見紛うほどに姿勢を低くしたギルスは勢いを緩めることなくギルスクロウを喉元に突き立て―――視界が青く染まる。

 

「……!?」

 

 違う。若干の浮遊感を知覚し、たたらを踏んで持ちこたえる。高く上げられた脚。それが出久の顎を激烈に打ち上げ、空を見上げさせられたというのが正体。

 

「■■■■ッッ」

 

 殴る――防がれる。殴る――弾かれる。殴る――とうとう、体一つで受け止められた。

 

「ハアッ!」

 

 万力の如き力で掴んだ拳を握りしめ、悶絶するギルスに横蹴りが突き刺さった。

 道路に投げ出されたギルスは脇腹を庇いながらも復帰し、迫るエクシードギルスへ腕から触手状の器官であるギルスフィーラーを鞭のようにしならせ、叩きつける。

 その身体能力から放たれた強烈無比の鞭打は、超人ですら悶絶させ、並の人間ならばそれだけで絶死に値する威力。

 されど、相手もまた人類を超越した存在。高速で薙ぎ払われた鞭を片腕で防ぎ、逆にこれを巻き取るとギルスを綱引きの要領で引き寄せた。

 

「でぇあっっ!!」

「ガッ!??」

 

 そして、無防備な腹に膝を叩き込む。まるで最初の焼き直しかのように再び地面に転がり込むギルス。京介との連戦もあり、既にかなりの体力を消耗している筈だが、立ち上がろうと藻掻いている。

 

「ここまでしぶとかったか…?」

 

 自らの体験を思い出し、疑問を呈するも、目の前の実例を見せられれば受け入れる他ない。

 とはいえ、相手もダメージは蓄積されている。派手に転んだ衝撃から抜け出せていないのがその証拠だ。

 よろよろと立ち上がるギルスに目を向けて、エクシードギルスは意趣返しか否か、背から伸びたギルススティンガーでギルスの身体を縛り付けていく。

 

「■■■ォッッ!!」

「無駄だ…!」

 

 次第に強くなる力にギルスも雄叫びを上げながら抵抗するが、それが千切れるどころか緩む気配すらない。

 当然だ。それはかつて彼の変身したギルスの敵わなかった相手すらをも完全に拘束した代物。破れるわけがなかった。

 

 必死で力を振り絞るが、締め付けは止まらない。

 

「本当に理性がないのか? なら、仕方ない」

 

 苦しみながらも絶叫を上げ、かつての自分には見られた理性の欠片すら見受けられないことから、「危険」だと判断した。

 故に、その力を強め、ミシミシと嫌な音を立て始めたギルスの息の根を止めようと露出したギルスクロウを突き立て―――

 

「待った! そいつを殺さないでくれ!」

 

 そこに、静止の声がかかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「………」

 

 未だ完全な回復にな至らないまま、鬼としてのタフネスで追いついた京介が見た光景は、変貌した弟弟子を拘束し、これまたそれに酷似した存在が止めを刺そうとする瞬間だった。

 

 声を投げかけると、ピタリと動きが止まる。こちらを見ると、やや訝しむような視線を感じたが、拘束はされたままだ。

 やはり、今の出久の状態と違って、こちらのほうは理性を保ったまま変身している。京介はそう確信した。

 

「すまない。感謝する」

「…お前の知り合いか」

 

 静かに告げられた声に、僅かに驚いたものの落ち着いた声音で返事をする。

 

「ああ、弟弟子だ」

「お前も、()()なのか?」

 

 ()()とは、この変貌した姿のことを指すのだと分かった。それには首を横に振り、けれど鬼であることを告げた。

 

「そうか。鬼、仮面ライダー…。だが、理性がないんじゃ危険過ぎる」

 

 相手は納得したように頷くが、未だ警戒を続けるその理由も真っ当なものであり、そこは京介も承知していた。

 だからこそ、拘束されたまま呻く出久の前に立ち喝をいれる。

 

「…おい出久! お前は何をしている! “鬼”となるまで心身を鍛え上げ、ヒーローになるんじゃなかったのか!! 人を笑顔にしたいと言ったのは嘘だったのか!」

 

 ピクリと、ギルスが反応する。それは拘束を解こうと力を溜めるのではなく、何か葛藤するかのような微弱な震えだ。 

 

「いいか! お前は響鬼さんに認められたんだ! にも関わらずそんな力で理性を失ってどうする!? 目の前のコイツを見ろ! 扱えない力という訳では無い筈だ!!」

「ゥ…ウゥッ…!」

 

 足元がふらつく。

 

「呻くな!! 俺はお前に、緑谷出久に聞いているんだ! お前は力に振り回される木偶か! それともヒーローか!! 答えろ!!!」

 

 熱い叱責。戦闘時など以外ではあまり声を荒らげない彼が、必死の形相で問うていた。

 わなわなと、ギルスの瞳が揺れる。そして、高らかな声で叫んだ。

 

「違います…。違います! 僕は緑谷出久!! “無個性”で! 響鬼さんの弟子で! いずれヒーローになる、“やるぞ”って感じのデクだ!!」

 

 拘束は解かれ、ギルスの姿のまま自由になる出久だが、暴れ出しはしない。荒々しい力の奔流は変わらないが、しっかりと理性を保ったままそこに立っていた。

 

「はぁ…はぁっ…! 京介さん…」

 

 自身の体を再び見つめ直し、次の瞬間、角が縮小し変身が解ける。気を失った出久の体を受け止め、僅かに苦笑する。

 

「ふっ、限界を迎えたか。 全く、手のかかる弟弟子だ」

 

 己の体もいいわけではないだろうに、京介は出久を抱えると、再び山へ向かって歩こうとする。…が、無理をおして山を下ってきたのだ。変身もしていない状態ではふらつくのも無理はない。

 

 そこに、伸びた手が一つ。

 

「手伝おうか」

「…悪い。助かる」

 

 変身を解いた男が、その逆側の体を支えていた。

 

「強いな」

「何?」

 

 二人がかりで運ぶその足取りは緩やかで、ぽつりと呟いた言葉が耳に残る。

 

「お前も、この子も、強いな」

「それを言うなら、中学生一人止められなかった俺よりもあんたに向けられる言葉だろう」

 

 ふるふると静かに首を振る。

 

「俺がこの力を手にした時は、そんな決意はなかった。これだけの力を手にしておいて、恐れよりも覚悟が勝っていた。そう簡単に出来るものじゃない」

「……」

「俺は普通に生きたかった。夢も、大層なものはない。現実は甘いだけじゃないし、上手く行かないことばかりだ。でも、それでもああまで愚直な奴らが、何かを為すんだと俺は知っている。…こいつも幸せだな。こんなに、思ってくれる人がいる」

 

 しみじみと呟かれた言葉は実体験とその辛さが垣間見え。けれど確かにどこか誇りのような何かが感じられた。きっと、その愚直な奴らとは、彼の中の大切な思い出を締める人物だったのだろう。

 

「俺は桐矢京介。あんたの名は?」

「俺か。俺は、葦原涼。仮面ライダーギルス…と呼ばれているらしい」

 

 この瞬間、二人のライダーの道が交わり、新しい歴史を開くきっかけになるとは、神ですら、魔王ですら分からなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 少しばかり時は過ぎ、都内某所。

 そこに、平和の象徴、オールマイトはいた。

 何という訳では無い。平和の象徴として、街のパトロール中だ。勿論、貴重な時間を出来る限り節約するためにマッスルフォームとは正反対のガイコツのような姿(トゥルーフォーム)だが。

 

 彼が突き当たりの角を曲がった途端、違和感を覚える。

 普段ならば、人々で賑わっている筈の通りには、人っ子一人いない。それどころか、周囲からも人の気配というものが無かった。

 そのことに勘付いたオールマイトは直ぐ様警戒態勢に入り、状態を探ろうとするが、そこに背後から声をかけられた。

 

「やあ、久しぶりだな。オールマイト」

 

 当然、この状態の彼をオールマイトだと気づくことの出来る人間は一部の関係者を除いていない。

 しかし、この声は自身がその秘密を伝えた人物のものではない。ならば、かつてその身を呈して倒した巨悪か?

 それも違う。声からは邪気も感じない。それよりも、オールマイトはその声に魂を鷲掴みにされたようにも感じていた。

 何故ならば、その声の持ち主は、とうの昔に死んでいる筈なのだから。

 

 

 

 

「―――いや、()()

 

 

「……お師、匠…?」

 

 信じられないと震える瞳で振り返る。そこには、かつてと変わらない姿で、彼の師である先代OFA継承者。志村菜奈が優しげな笑みを携えて立っていた。





さぁて、多分皆さんにとっても意外な展開だと思いますが……。さてどうなる!

じかーい次回!

止まる事のない出久の修行
無意味な戦いが果てしなく続く戦場に、悲しみを募らせる男がいた
そしてその悲しみは勇気という名の大きな力を生み、世界の運命をも動かした
次回、頭平成アカデミア 必死の叫び 運命を変える勇気ある数秒

赤評価のシャンクス「俺が感想乞食であることをお前に教える」

平成王に俺はなる!


大嘘


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『2001/0304』死に損ない『2006/0910』

一話にまとめるつもりが……。
次の話書いたら時間を飛ばして試験やるつもり。
修行で実力全バラししたら面白くないでしょ(さっさと入りたい言い訳)


「う……ん…?」

「起きたか」

 

 呻き、目を覚ますと、そこはいつも修行を行っている山の中。いつもと同じ空間だが、普段と違う要素が二つ。

 それは血痕の残る服を着た京介と、石の上に座り込む見慣れぬ人物。

 

「僕は…って、そうか、あの姿になって………。す、すみません!」

 

 頭が冴えると同時、これまで行ってきたことを思い出し顔を青くする出久。

 

「いや、謝罪はいい。それより、覚えているのか?」

「はい…。暴れていた記憶も、あります。あの時は、訳も分からず滅茶苦茶で…」

 

 そうか。と一言言うと、そのまま黙り込んでしまい沈鬱な空気が広がりかけるが、その前に葦原が話を繋げる。

 

「俺からもいいか」

「は、はい。あなたは…」

「葦原涼だ。お前がさっきまでなっていたものと同じ力を持つ者だ。誰が言い始めたかは知らんが、ギルスと呼ばれている。俺は鬼とやらに俺は詳しくないが、きっかけはあるはずだ。最近、死にかけるようなことは有ったか?」

 

 ギルス。それが自身を蝕み、けれど決して悪性の力ではない何か。

 そして死にかけたことは…ある。4月に起こった、今やヘドロ事件。あの時、ヘドロに捕らわれた僕は気道を塞がれて気を失っていた。

 そして、今更になって腑に落ちた。あの時、オールマイトが見たと言ったのは、ついさっきのようにギルスに変身していた僕のことだったんだ。

 思い返せば、鬼の力を扱うにはかなりの集中力が必要で、気絶していた僕が変身できる訳もないし、もしなっていたら服が燃え尽きていたはずなのだから。あの時はすっかり勘違いをしていたけど、今となってみれば思い違いも甚だしい。

 

「きっかけは…あります。多分、その時に一回成ってる…と思います。あの、この力…ギルスって何なんですか?」

「さあな。それを知ってる奴は、とうにこの世にいないさ。仲間内の推測じゃあ、アギトの不完全体らしいがな」

「アギトの…!?」

 

 仮面ライダーアギト。よく知っている。僕が目指していたGENERATIONSに配備されているG-3は、当時仮面ライダーアギトと共にアンノウンと戦っていたのだから。

 そして、偶に目撃された、二人とともに戦っていた緑の影。きっとそれはギルスだったんだ。

 

「そう、だったんですか…」

「怖いか?」

「それは…はい。またああなってしまうと思うと…!」

 

 ぎゅっと、両拳を握りしめる。あれほど強力な力。人なんて簡単に殺せる力が制御できず、本能のままに暴れまわる。かつて人々を守った力で、危うく兄弟子すら殺しかけた。

 突然得た、暴走する力。恐怖心を抱かない方がおかしい。でも、ただ怯えるだけじゃだめだ。勝手になってしまうのなら、制御する努力を今すぐに始めなきゃいけない。幸いにも、それを制御してのける人が目の前にいる。

 

「あの、葦原さんはどうやってギルスの力を制御したんですか?」

「いや、確かにその力は消耗も大きいが……。意識を失って暴走したことはないな」

 

「えっ」

 

 一瞬で、その期待は裏切られた。そもそも最初から扱えていた人間に、暴走時の対処など聞けるはずもない。

 

「何で僕は暴走した…? 何か葦原さんと違うのが原因か…? 年齢、筋肉量。いや、鬼の力を認識できるということ…? 駄目だ、比較できるものがないからどの可能性もあり得てしまう…」

「声に出てるぞ」

「あっハイスイマセン…」

 

 …こういうところは、良くも悪くも変わってない。前々から知ってる京介さんはともかく、葦原さんの僕を見る目が奇異なものに変わっていく…!

 

「そういえば、聞いてなかったな」

「何をですか?」

「お前がギルスに変わる前。急に苦しみ始めたが、何があった。俺はそこがきっかけだと思っているが」

 

 京介から齎された言葉にはっとする。そうだ、僕は今回“鬼”になるために集中して…途中で何があったかギルスになった。その時のことを

 

 

「確か、鬼の力を探ってたら、近くに…ええと、強い光みたいなのがあって、それに目を…? 心を奪われてたら…いつの間にか成ってました」

 

 僕の要領を得ない説明でもお二人は真剣に聞き入れてくれ、互いの持つ経験から原因を炙り出していく。

 そうして出された結論は、本来ならば来るべき時に覚醒する力に、内側の力を探ることの出来る僕が先に触れてしまった事による影響で、ギルスの力に適応していない体が暴走してしまった。……という推測だ。

 

「一度自覚し、自分で意識を取り戻せたのなら、今後余程のことでもない限り自制出来る筈だ。……あとは、その力に振り回されるな。振るうべき相手を見定めろ。ヒーローを目指すのなら尚更な。俺から言えることは、それだけだ」

 

 それは、当たり前のことで、それでいて当たり前にはいかないこと。きっと、葦原さん自身そんな経験があるのだろう。

 

「はい。重々承知しています」

 

 誰でも言える言葉が、この人の口からは何より重く伸し掛かる。でも、折れない、曲がらない。この道を進むときにそんな決意は過ぎている。

 完全に暴走が無くなったという確信はないけど、それでも、きっと。

 

「そう言えば、体は大丈夫か? あのやられっぷりに加えて、再生したとはいえ腕も一度吹き飛んでる。どこかしら異常はあるんじゃないのか?」

「あ、そういえばっ…!? 痛っ!? アイタタタタタタタタ!!? か、体がっ…! ギシギシ、ギシギシ言ってる……!!!」

 

 やっぱり相当の負荷がかかっていて、これまでに感じたこともないほどの痛みに襲われる。いや、本当に痛い。腕が飛んだ時も痛かったけど、それも含めて自覚した今、一気にそれらが来てる様な感じだ。クソぅ、暴走してる時の無茶のせいだ。

 

 京介さんは気遣うような視線を向けるけど、その口元は笑っている。そして葦原さんはというと…。

 

「そういえば、鬼はその力で強靭な肉体を保ったり、軽い傷程度なら治癒できると言ったよな」

「ん? ああ。鬼は鍛錬によってそもそものスペックも変わる。当然、優秀な人ならそれだけ強く、鬼としての力を扱える。響鬼さんは変身せずとも軽い傷程度なら完治させていたな」

 

 僕も、実際目にした訳では無いがそう伝え聞いている。確か、江戸時代には念力みたいなことが出来る鬼も居たらしいし…。

 それを聞いた葦原さんは、少し考え込むような素振りを見せ、僕に視線を向ける。

 

「経験者として言っておく。その力…ギルスは何度も変身を繰り返すとその不完全さからか、肉体が急速に老化していく」

「えっ、じゃあ、葦原さんは…?」

「俺はある人達の協力で克服することができたが、参考にはならないと思う。だが、鬼なら…効果の程は知らないがマシにはなるはずだ。鍛えておいて損はない筈だ」

「わ、わかりました…。精進します…!」

 

 最後に、握手をして山を下っていく。本来なら僕を運んでそのまま去るつもりだったけど、京介さんの引き留めでわざわざ待っていてくれたらしい。

 

 これは見送る際の言葉だ。

 

「勘だが…お前はこれから夢を目指すに当たっていくつもの困難、ひいては理不尽にも遭遇するかもな。それが仮面ライダーというやつらしい。でも、その時は自分を哀れんだりはしないほうがいい。そうすれば、自分の中の大切な何かが折れてしまう。自分で選んだ道だ。相応の責任はかかるさ。それで、失うものもきっとある」

「っ…!」

「だが、自分を不幸なヤツなんて言うな。自分は自分として生きていけ。…それだけだ」

 

 自分らしく。五代さんも言っていたそれを、この人はまた別の覚悟で為そうとしている。僕には推し量れない何かが、この人の強さそのものなんだろう。ヒーローとは違う、一人の人間として強くあろうとするその志には、僕は心を奪われていたのだった。

 

 そしていつの間にか、僕は修行場まで戻っていた。どうやら今の言葉に集中しすぎていたらしい。

 

「そうだ、出久。これを渡しておく」

「これって、名刺ですか? 一体誰の…」

 

 それは、葦原さんのものだった。ただの名刺と違うのは、彼の務めているであろう店の電話番号が書かれていることだろうか。

 

「バイク屋? なんで僕に…?」

「仮面ライダーを目指すのなら、バイクがあって損はないらしい。なにせ、“ライダー”だからな。いつか機会があれば訪れてみればいい」

「はい! そのためにも…」

「修行だな。今日明日では体力の消耗も激しいだろう、明後日に今日の予定をずらすぞ。響鬼さんも同伴でな。…励めよ?」

「当然!」

 

 新たな道。新たな覚悟。各々の歴史の『乗り人(ライダー)』が紡いだそれは、きっとこれからも色褪せることなく誰かの心に残っているのだろう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……お師、匠…?」

「久しぶりだな。最後に会ったのはもう四十年以上前になるのか…。それにしても……随分と見違えたな。立派に育ってくれて、嬉しいよ」

 

 親しげに手を振り近寄ってくる姿は、仕草は、僅かな癖まで、正しくかつて共にあった師匠そのままで…。

 

「あのきかん坊が有言実行するなんて、昔の空彦に言っても信じ…」

「止まれ!」

 

 ありえないと揺れる心と、目の前の出来事を信じたい気持ちがせめぎ合う。混濁した思考のまま咄嗟に口に出した静止の声。

 その勢いにピクリと反応した志村菜奈は動きを止めじっとオールマイトの顔へ視線を向けていた。

 

「お前は…! 何者だ…!」

「何者って、見りゃ分かるだろ?」

 

 手を広げ、何もおかしなところはないとばかりに体を見せる。どこからどう見ても、志村菜奈以外のなにものでもない。

 

「そんなはずはない!! お師匠はあの時間違いなく死んだ! ()ならばいざ知らず、お師匠がその姿のまま生きている訳がないだろう! お前は、何者だと聞いているんだ! 」

 

 マッスルフォームに変化。全盛期と比べれば衰えたその体でも、異様なほどの怒気を発して睨みつける。

 烈火の如く猛り問う気迫に押されたのか、弧を描いた口は引き結ばれ、差し出した手は力なく垂れる。

 

「そう、か…。そうだよな。お前はそんなやつじゃない。あわよくば騙されてくれないかと、そう期待した私が甘かったな」

「その口ぶり、やはり…っ?」

 

 オールマイトの怒気に晒され、目論見も失敗している。そのはずなのに、目の前の存在は悲しげな苦笑を零していた。

 なんだ、どうにも目の前の相手の行動原理が分からない。知己の姿を真似、失敗しても逃げも襲いもしない。

 

「一体、何が目的なんだ…?」

「そう警戒するな。危害を加えるつもりはないよ。いくら今の体でも私に勝ち目はないし、お前も無駄遣いは避けたいだろうしな」

 

 何度目かの衝撃。体の衰え、制限時間。どちらもが露呈している。

 だが、それが余計に混乱を与える。その事実を知っているのは自ら話した者を除くと()()関係しかあり得ない。

 しかし、信頼して話した人物だけに彼らから齎された線は低い。それに、ヤツと私の因縁を知っていたとして、お師匠の事まで知っている人は少ない。

 では逆に、目の前の存在がヤツ関係だとしたら―――。

 なくはないが、これもまた低い。ヤツならもっと悪趣味で、露見させるタイミングも計っているはずだ。5年前のあの時に出さず、何でもない今になって……。

 

「慎重なのはいいんだが…、そこまで疑られると流石に悲しくなるな…」

「あっ、す、すいません…。…って違う! んんっ、まあ、敵意がないというのなら、一体どういう要件で私に接触を…?」

 

 緩みかけた空気を立て直し、妥協して問うと、志村菜奈の瞳が鋭く細められた。

 

「ああ、本題に移るとしようか。……オールフォーワン、憎きヤツが生きているというのは、知っているか?」

「なっ!? いや、だが…。クソッ、やはりか…!!」

 

 ゾワリと体中の毛穴が開き、言いようのない不安感が襲い来る。だが、驚愕と同時に納得がいったようにギリギリと歯を食いしばる。

 

「やはりってことは、薄々勘づいてはいたんだな」

「ええ…あの時、確かにヤツを捉えた拳は全力だった……。しかし、あの感触…ヤツのしぶとさを考えれば不安を覚えるには充分だ」

「そう、未だヤツは健在だ。それも最悪なことに、財団Xを始めとした各団体と手を組み力を増して、な」

 

 ――財団X。表の社会どころか、ヒーロー社会ですら名を知られていない組織。けれどこの名を知っている一握りの人間からすれば「最悪」の二文字が脳を過ぎる。

 

 個性犯罪者ではなく、超科学や未知のエネルギーなどで怪人を生み出す強大な組織。

 “ガイアメモリ”、“オーメダル”、“アストロスイッチ”等など、未だ個性とは一線を画す物体を研究しており、その成果が世に放たれれば甚大な被害が出る。その都度駆けつけた仮面ライダーやヒーロー達に阻まれているが、その全容は未だ不明だ。

 特に、仮面ライダーでしか対処出来ないものも多くあり、関わったヒーローは歯痒い思いをしている。

 

「財団X…」

「ああ、それに政府官邸を襲撃した“ダウンフォール”が用いていた“ファントムリキッド”を介した“ネビュラガス”や、数年前仮面ライダークローズにより撃破された“ブラッド星人”キルバスの細胞が回収されていることも確認した。どれも一都市程度は容易に壊滅できる脅威だ」

 

 そう言って、ポケットからメモ用紙を渡される。開けば、これまでの情報や活動地域からの推測などが纏められていた。……お師匠の筆跡そのままで。

 

「これは…?」

「信頼出来る者にだけ見せろ。誰かに渡す場合は手書きで書き写してくれ。相手が相手、用心するに越したことはない」

 

 未だ世に現れぬ、それでいて恐ろしい脅威の情報。それは何とも頼りがいのあることだが、解せない。

 オールマイトという1個人ではなく、公安や、それこそヒーロー上層部に駆込めばいいだろうに。

 

「何故かって不思議そうな顔をしているな? そりゃ当然。私がお前を信頼してるからだよ。…相変わらず実直過ぎるのは玉に瑕だけどな」

 

 そう言って、にっと口を歪めて笑う姿は、昔夢を語ってくれた笑顔と重なる。分かっていても、想起せずにはいられなかった。

 

「一体、あなたは……!?」

「しまった…。時間をかけ過ぎたか…!」

 

 何かの気配を感じて言葉を中断するオールマイトと、その存在を予期していたかの様な志村。

 振り向くと、そこには今まで一人すら居なかった道から歩いてくる複数の市民達。

 それは何ら不思議な事ではないのだが、その全ての視線がこちらを凝視していることに疑問を覚える。奇異の目を向けられても気にした様子もなく歩いてきた人々は少しの距離を開けて立ち止まった。

 

「?」

 

 ―――そして、一人が変貌。

 

「ワームだと!?」

「ジュルルルルォ…」

 

 変貌したそれにオールマイトがマッスルフォームへと以降したと同時、周囲の人間まで全く同じ姿に変わる。それは鼻を啜るような、液体をかき混ぜるような鳴き声を上げ、右腕の巨大な爪を構えながら迫ってきていた。

 両手を頬に添えた骸骨のような顔を包むフードの様な頭部、昆虫を思わせる節だった手足、その体色は緑。

 

 その通称は“ワーム”。15年程前から確認され、仮面ライダーによって斃された地球外生命体。その最大の特徴は二つ。まず一つは、完璧な擬態。人間の姿、声、記憶、ひいては持ち物までを完璧に“擬態”するという恐ろしい生物だ。

 それらの事件に関連して、日本人が全滅しかねない大事件が起こったが、ここでは割愛しよう。

 

「悪い、俊典。こいつは私の厄介事だ。手は出さなくていいぞ」

「それは出来ない相談ですね。余計なお節介がヒーローの本質なものでね!」

「……言うようになったじゃないか。誰に習った?」

「本物の貴女にですよ!」

「だろうな!」

 

 ならばと、二人並び立つ。靡くマントをはためかせ、拳を握り背を任せ。

 今ここに、新たな歴史の一部が生まれようとしていた。





結局何者なんだこのお師匠(偽)は…


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虫の行進

とうとう志村の正体判明…?


「俊典、お前は擬態されるなよ。お前クラスの擬態だと私も勝てん」

「実のところ、あまり詳しくなくてね! 対処法はっ」

 

 No.1ヒーロー、最高戦力として、並のヒーローには伝えられない情報なども耳に届くのだが、ことワームに関してはその概要を伝え聞いているだけに留まる。

 それはワームとそれに対応したマスクドライダー固有能力故の事件解決の速度というのも理由の一つに挙げられるが、最も大きな理由としては、オールマイトを疎ましく思った当時のZECTらによって渡される情報が意図的に制限されていたからだろう。

 

「成体ならいざ知らず、幼体なら擬態する間もなくぶっ倒せばいい! 短期決戦だな!」

「それなら得意分野さ!」

 

 言うが早いか、同時に駆け出した二人は正面のワームを殴りつけた。轟ッ!と突風が吹き荒れ、直撃した二体が吹き飛ばされ力を失い斃れる。崩れ落ちた体は緑の炎と化して空気に溶けるように消え去った。

 

「今のは…」

「あれがワームの死だ。気にしなくていい。それより目の前の奴に集中しろ!」

 

 仲間がやられたというのに怯えるでも怒るでもなく、ただ愚鈍な動きで距離を詰めるそれは、正しく知性のない虫けら(ワーム)の様でもあった。

 

 ぎちぎちと歪な爪を振りかぶるワームを迎撃し、殴りつけ、蹴り飛ばし、時には拳を振り抜いた拳圧でもって近寄らせない。

 

「数が多すぎるな…。普通ここまで群れるとなると統率者がいるはずなんだが…」

「フム…。それは統制が取れていることと何か関係が?」

 

 オールマイトから寄せられた疑問に、いやと首を横に振る。

 

「いや、あいつらはこう見えて知能も人並みにある。それらしい理由の一つとして上げただけさ」

「心当たりは?」

「お前か私狙いだな」

「Why? なんだって?」

 

 再び一蹴。撃ち込まれた拳が外皮を突き破り一匹、また一匹と姿を減らしていく。…のだが、ぞろぞろと建物内部から増援が現れ、その数は50にも達しようとしていた。

 そんなにもいるのなら、どれか一体くらいは別の行動を起こそうものなのだが、ただ愚直に二人を付け狙う。仲間をやられた仇、というわけではないだろう。

 

「言っただろ? あれでもワームは賢いんだ。それなりの知識を持っとけばお前という隠れ蓑の重要性が分かるんだよ。お前ほど強く社会的立場もある人間なら怪しまれずに行動できるからな」

「っ…ならあなたが狙いだという方は!?」

「簡単さ。私は奴らに命を狙われてるんだよ。…全く、14年前の死に損ない相手にどれだけ注ぎ込むんだ、っと!」

「14年前…?」

 

 14年前の死に損ない。14年前で、ワームに関連した何か。それは、それは…。

 

「『人類ネイティブ化計画』…。当時のZECT幹部三島正人とネイティブである根岸ら主導の計画で、人類をネイティブ化するネックレスをワーム感知能力を有するネックレスとして一般に配布させた世紀の事件だ。お前も知ってるだろ。何せ日本全土、いや、世界そのものを巻き込んだんだからな」

「ええ、私は身につけていませんでしたが、街往く人々がこぞって買い漁っていた…。その生き残りというのは、まさか…」

 

 答えを察したオールマイトは愕然とした顔を向け、志村は頷いた。

 

「そうさ。私もあの事件当時ZECTについていたネイティブの生き残りだ。故あって彼女()に擬態しているが、40年前の死人、それもAFO絡みだと厄介でね!」

「そういう、コトかっ!」

 

 吹き飛ばし、撲滅し。通常の敵と違い、相手は殺さなければ止まらない。これまでの怪人との戦いでそれを承知しているオールマイトだが、如何せん加減が難しい。

 何も気にせずブッパなしたらそれは他の住民を巻き込みかねない。しかし、いつもと同じ力加減なら相手は斃れない。故に、ほどほどの一撃でもって少数を確実に処理している。

 近寄るワームをかち上げ、空白が出来る。これまでにやられたことからか攻めあぐねているらしい。

 

「聞きたいことは山程あるが…。これだけは聞かせてほしい。あなたは、何のために今ここにいる」

 

 その合間に、オールマイトは擬態志村に問うた。情報を渡すためだとか、そういった直接的な理由を求めている訳ではないだろう。それに気づいている擬態志村は細い声で、けれどはっきり通る口調で返した。

 

彼女()の責任を果たすため。(彼女)の心残りが、最悪の形で育っていた。それを終えるまで、私は死ぬわけにはいかない。…幻滅したか?」

「…いいえ。貴女に悪意がなくてよかった。記憶や人格まで一緒なんだろう…。でも、お師匠の魂は()()にある。なら、私は貴女に幻滅しようがないさ」

 

 トントン、と自らの胸を親指で小突く。

 

「そうか、ワンフォーオール…」

「貴女がお師匠の擬態を悪用していたのならいざ知らず、こうして私を助けてくれている。心残りというのが何かは分からないし…今聞くことじゃあないんだろう。だが、私は信じるさ。お人好しなどとよく言われるが、それが私の性分なものでね!」

 

 HAHAHAとアメリカンな笑みを絶やさない姿に、擬態志村は安心したように口角を上げる。

 

 そして、抜群のコンビネーションを見せた二人は次々とワームを倒していく。石畳を破壊し、暴風が吹き荒れ、しかし、主だった被害といえばそれくらいで、いかに力のコントロールが出来ているかが伺える。

 

 そして、残りが僅か4体にまで減らされたその時、戦況に変化が訪れる。

 緑色の外殻が溶け落ち、まるで脱皮のような工程を経て、ワームは新たな姿を手に入れる。

 

「成虫体か…!」

「Ahhhhhhhh…」

 

 4体中3体がそれぞれ色の違う蜘蛛に酷似した姿(アラクネアワーム)となり、1体はダニの様な姿(アキャリナワーム)に変わる。

 成虫体となった4体は先程の蹂躙撃に警戒しているのか、直ぐには仕掛けない。だが、己等が持つアドバンテージを思い出す。その動きを察した擬態志村は警鐘を鳴らす。

 

「俊典ぃ! クロックアップに対応したことは!?」

「ありません! 超高速で移動する能力だとは聞いてます!」

「そいつはちょっと違うな! クロックアップは文字通り時間の流れが違うんだ!」

 

 ワームが、ゆっくりと腰だめに構える。

 

「時間の流れ…?」

「ドラゴンボール知ってるだろ!? それの精神と時の部屋だ! その中だとどれだけゆっくり寝ようが戦おうが、外じゃほぼ時間が経ってないだろ。それと似たようなことがクロックアップだ。当然、速いのは奴らだ」

「倒すためには?」

「奴らが絶対に避けられない状況下で攻撃するか、奴らが気づかない様攻撃を置くかだが…。前者はここら一帯を吹き飛ばしかねんし、閉鎖空間じゃなきゃ察知されて避けられる。置き攻撃は余程の技巧派じゃなきゃ天文学的な話だ。お前はカタツムリ並の速度の攻撃にわざわざ当たりにいかんだろう」

 

 それは確かに。と納得し、けれど疑問が芽生える。

 

「なら、当時の仮面ライダーはどうやって対抗を…?」

「そりゃもっと単純な話だ。こちらもクロックアップすることだ。…そして、その方法が―――――」

 

 ブゥゥゥゥゥン

 

「Gaaaaaaaa!?」

「ッッ!?」

 

 ―――――ここにある」

 

 伸ばした右手首に、甲虫型のロボットが収まる。飛来したそれはワームの体に追突し、激しい火花を散らしながら仰け反らせる。

 

「それは…!?」

「マスクドライダーシステム。我々(彼ら)ネイティブが技術提供し、人間とともに創り上げたワームへ対抗するための手段。……そして、滅びたはずのワームが再び現れたと知り創り上げた新たなゼクターだ」

 

 そう言って、右手首のブレスレット――ライダーブレス――に収まったケンタウルスオオカブト型のカブティックゼクターを90度、角が指先を向くように撚る。

 

「変身」

 

「HENSHIN」

「CHANGE BEETLE」

 

「カブト…?」

 

 その姿はネットに画像が残されている仮面ライダーカブトによく似ていたが、緑眼で銅色の体色であり、何より右肩から突き出るカブトムシの角のような装甲と頭部の形状が違っていた。

 その角は雄々しく、ケンタウルスオオカブトの特徴的な角を模したものであった。

 

「違うな。こいつは、ケタロスだ!」

 

 改めて腰だめに構えたワーム達の目の前で擬態志村、改めケタロスは腰部にあるZECTバックルに撫でるように触れる。

 

 

「CLOCK UP」

 

 

 ―――瞬間、彼らの世界が切り替わる。

 

 彼らの体に巡る“タキオン粒子”によって銃弾ですら止まって見える理外の時間流に身を置き、3体のアラクネアワームと戦闘を開始する。

 

 そして残されたオールマイトはというと、アキャリナワームのクロックアップに翻弄されていた。

 

「くぉっ、のぁっ!? 痛っ! ええい! まるで見えないぞ!?」

 

 ただの超スピード、超加速であったのなら、オールマイトが捉えられないほどではなかったのかもしれないが、クロックアップは原理からして対応できない存在が太刀打ち出来るものではない。

 常に全力で気張っているからか、いつの間にか攻撃されても重大なダメージは受けないが、それでも瞬間的に襲い来る重い衝撃は並の増強系個性などよりも強く、時間の問題だろう。

 

(痛ったいなぁもう!)

 

 表情にこそ出していないが、偶然にもオールマイトの弱点、これまでの古傷を攻撃されて焦っていた。

 

「DETROIT……SMASH!!!」

 

 先の忠告から、範囲攻撃の為にと風圧を起こすが、それすら知覚しているワームはくぐり抜け、またも連撃を食らわせる。

 

「ガッファッ!?」

 

 そして、運の悪いことにそれは古傷を執拗に狙い始めた。攻撃の効果を見て弱点を見抜いたのだ。

 

「ヌゥ…。不味いぞこりゃ…」

 

 元々の活動時間の低下に加えてこのダメージ。朝にも何件かの事件を解決したからか、体力の消耗もあって厳しい。

 何より初めて見たクロックアップ。自身の攻撃は完全に躱され、広範囲の攻撃ですらそれ以上の速度で逃げられる。

 これがエンデヴァーなどのように、周囲を炎で囲んでからも攻撃が可能なヒーローならば戦いにはなるのだろうが…。それをオールマイトに望むのは酷というものだ。

 

「GAaaaaaa!?」

 

 悲鳴が聞こえ、視界には二体の蜘蛛型ワームが宙を舞って爆散する。ケタロスが仕留めたらしい。

 この間僅か数秒。少なくとも、オールマイトにとってはそう感じられた程の少ない時間で、自身が苦戦する存在が打倒されたことに、不甲斐ない気持ちと同時に、師の全てを借りている存在の頼もしさにどこか誇らしさを覚える。

 

「ならば私も、更に向こうへ(プルスウルトラ)だ!!」

 

 そう渾身の意気込みで叫んだ。

 先の話から、遮蔽物で覆われていたり、視界が遮られていれば、ワームも惑わされるらしい。ならば、使う手段はただ一つだ。

 

「お借りします6()()()!」

 

 瞬間、オールマイトを中心に濃い煙が溢れ出る。数m先を見渡すことも困難な煙幕はもくもくと立ち昇り、しかしてそれ以上の効果を発揮しない。

 

 その間も、ワームの猛攻は続く。ただの高速移動とは違い、その勢いで煙が晴れることもない。

 

()()()()()、だろう!」

 

 この際、足元にだけはより濃い煙幕を張っていたのだが…当然、オールマイト自身の動きに注力していたワームは気が付かない。

 己の速さが煙が晴れる速度を上回っているせいで、その奥に隠されたものに気づけなかった。―――それが、敗因だ。

 

「フンッッッ!!」

「!!」

 

 強烈な四股踏み。タイミングがズレていようが関係ない。どの道相手から突っ込んでくる。

 その衝撃でワームの体は持ち上がり、宙に身を投げることとなったアキャリナワームには、移動手段がない。

 並の相手ならば、隙とも呼べぬ時間の滞空。加速した時間の中でのそれは、一瞬にも満たない筈だった。

 

「そりゃァッッ!!」

 

 続いて放たれたハイキックは、そのままワームを空中に打ち上げた。四股踏みのインパクトと同時に蹴り上げたことで、タイムラグなく吹き飛ばすことに成功する。

 飛べる昆虫がモチーフならいざ知らず。アキャリナとはダニのこと。足場なき空中では機動力は皆無に等しい。

 

 吹き荒れる暴風と、晴天に浮かぶアキャリナワーム。最早その運命は確定されたものであった。

 

「空中なら遠慮はいらないなッ!」

 

 

―――…

 

 

 オールマイトが叫ぶ一瞬前、アラクネアワーム・ニグリティアとケタロスの埒外の高速立体戦闘が行われていた。

 商店街の壁、窓枠、鉄骨など全てを用い、三次元的な動きで商店街中を何周も動き回っていた。

 蜘蛛型というのは伊達ではなく、這い回り、飛びかかり、更には糸を駆使した絡め手や不規則な軌道の襲撃はクロックアップ状態でなくとも並のヒーローには難しい案件だろう。

 

 しかし、ケタロスは違う。

 無機質な動きに突発的な攻撃。それらすべてを先読みし、パンチをいなし、がら空きの腹にキックを二発。糸を吐き掛けられれば躱して手繰り寄せて派手に蹴り飛ばした。

 クロックアップに適応しているだけではこうはいかない。変身者である擬態志村の戦闘能力がここで活かされているのだ。

 

 取っ組み合いも体術も、全てで勝るケタロスの攻撃に晒されアラクネアワームは防戦一方だ。

 

 顎をかち上げ、仰け反らせたら後は独壇場。目まぐるしく立場の入れ替わる殴り合いを制し、同時に時間が訪れた。

 

「CLOCK OVER」

 

 彼らの加速していた時間は通常通りに運行し、同時、今まで駆け巡ってきた場に衝撃と音がようやく追いついた。

 

「Haaaaaaa!!」

 

 転がりながらも立ち上がり、アラクネアワームは直接的に糸を吐きかけた。元々質量さえ同等なら鉄にも匹敵するとされている蜘蛛の糸は、人並みのサイズ、それもワームのものとなれば更に強靭さを増す。

 それが左腕に絡みつき、また強力な力で引っ張られてゆく。これに抵抗するだけでもかなりの力が必要だ。そしてじりじり、じりじりとケタロスはアラクネアワームとの距離を縮めていく。

 

 ニヤリと勝ちを確信したようなワームに、ケタロスは呟いた。

 

「ライダービート」

 

 そして、ケタロスゼクターを180度回転させる。

 

「RIDER BEAT」

 

 バチバチと音を立ててゼクター内のタキオン粒子がチャージアップ、腕の部位へ流れ込み、その腕力を大幅に増していく。

 

「オオォオオオォォォォォオオッ!!」

「はああああぁぁっ…!」

 

 落下してくるアキャリナワームを待ち構え……全身全霊渾身の一撃を放つ。

 ケタロスは糸を逆に手繰り寄せ、終いには巡ったタキオン粒子のブーストにより、まるで一本釣りをするかのようにアラクネアワームが空を舞う。

 

 

「ライダーパンチ!」

「DETROIT SMASH!!」

 

 

 突き出された腕と腕。落ちる勢いも威力に変えて、マトモに腹へと突き刺さり……空中で衝突した二体は爆炎を上げて倒されたのだった。

 

 

―――…

 

 

「来年…?」

「そう、奴らが動き出すのは早くとも来年からだ。どこまでやるつもりかまでは分からないが、ろくなことにならなそうだ。……さて、伝えることは伝えた。こんな立場じゃなければ飯でも行きたいところなんだけど、止めとくよ。…そんな顔をするな、時が来ればまた私は現れるさ」

 

 積もる話は山程あるし、何より個人的に話がしたかったオールマイト…八木俊典は名残惜しそうにするが、目聡く見つけた擬態志村に言われ、表情筋を隠す。

 

 そしていよいよ、別れの時間だ。

 “浮遊”で高度を上げ、空へと飛び上がる刹那、「あっ!」と言ったかと思うと、こちらに振り返る。

 

「俊典、教師生活がんばれよ!」

 

 そう告げて、擬態志村は飛び去っていった。

 みるみる遠ざかる背中に、残されたのは無人の商店街に唖然と立ち尽くすオールマイト。

 

「……はい、お師匠」

 

 見えなくなってから、終ぞ本人には言えなかった呼び名を呟いて、彼はいつも通りの日常に戻った。

 

 これが吉と出るか凶と出るかは未だ誰にも分からない。

 だが、青空のよく似合うかつてのヒーローの思いは、絶やさず継がれていくのだろう――。

 

 





ワーム
カブト本編で訪れたものとは別。何故、今になって現れたのか。それは未だに分かっていない。

擬態志村
40年近く前に訪れたネイティブの中の一人。元々人類側だったが、擬態先が擬態先のためより顕著に。
あの時ダークカブトゼクターを回収しており、それを元にカブティックゼクターを創り出した。

6代目の個性
前々から先代の面影は見えていたみたいだし、いいかなって。
毎年のように現れる世界破滅レベルの怪人たちとの戦いのおかげでいつもより死地に赴くので覚醒。
尚、目覚めたのは二年前なのでオールフォーワンとの決戦の後。あんまり使いすぎるとただでさえ短い活動時間が更に短くなる。
実は練度自体は原作出久の方が上。必要に迫られてないから。


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入試――出ずる鬼――

とうとう入試です。色々書きたい修行編とかはありましたが、自分の文章力じゃ上手く纏めきれないと思い、いっそのこと飛ばしました。成果とかは追々明かされる…?


 

 ――雄英高校ヒーロー科。

 そこはプロに必須の資格取得を目的とする養成、全国同科中で最も人気で最も難しく、倍率は例年300を超えている。

 No.1ヒーローにして平和の象徴「オールマイト」、事件解決数史上最多、長年No.2ヒーローを努めている「エンデヴァー」、ベストジーニスト8年連続受賞、「ベストジーニスト」。

 彼ら偉大な先達であり、超有力なヒーローである彼らはみな雄英高校ヒーロー科出身であり、世間から最も注目されている高校とも言えよう。

 

 2月26日、ギリギリまで勉強や鍛錬を積んでいた僕は、京介さんに駅まで送ってもらい(ヒビキさんはペーパードライバーだった)、その後地下鉄を乗り継ぎ何とか間に合った。

 

 そして、目の前に聳えるH型の巨大な建物が、僕が受ける雄英高校ヒーロー科の試験会場だ。既に多くの人が一直線に向かっており、あまりの多さに倍率300倍は伊達ではないなと変な感嘆を覚えた所で、背後から聞き馴染みのある罵声が届く。

 

「どけデク!!」

「かっちゃん!!」

 

 ここのところ色々と詰め込んだり、慌ててたこともあってか久しぶりに見たような気もする。

 

「俺の前に立つな、殺すぞ」

「お早う、お互い頑張ろう」

 

 口はいつも通り悪いけど、もう慣れた。気にもせず挨拶を告げるとかっちゃんは大きく舌打ちをしてズンズンと歩きだしてしまった。

 

「暴言言わないと死ぬ呪いでもかけられてるのかな…」

 

 そんな失礼で益体のないことを考えていると、ぼーっとしていたツケか、石畳に躓いてしまう。

 

「おっとと…、危ない危ない…」

 

 投げ出された体をそのままの勢いで片手をついて一回転、そのままロンダートして元の体勢に戻る。

 …なんかみんながこっち見て拍手してる。あの、そういう演出とかじゃなくて、ただ転けただけなんです…。

 

「わー、アクロバット?」

「へぁっ!?」

 

 急に慣れない女子の声に驚くと、そこにはなんだかほんわかとした顔立ちの人が立っていて、近くで手を叩いていた。

 

「あ、ごめんね。最初転んだように見えたから、手貸そうかなって思ったんやけど、余計なお世話やったね」

 

 いや、それは本当に転けただけといいますか…、善意自体はありがたいですはい。

 

「緊張するよねぇ。やっぱ今みたいなパフォーマンスも出来た方がいいんかな」

「いや、それはホントに違くて…」

「お互い頑張ろう」

 

 弁明する暇もなく、その女子は行ってしまった。

 流石に追いかけて訂正までする気にもなれず、若干の気恥ずかしさを抱えながら受験会場へと向かうのだった。

 

 

 

―――…

 

 

 

 午前中の筆記試験は…、まあ、多分、まずまずいけたと思う。

 というのも、普段からの修行や、ギルスの力関係もあって、あまり勉学ばかりに集中出来なかったから、不安だったのだ。

 

 そして、続いて訪れた実技試験。その説明のために多くの受験生が円形に並んでいる中央では、雄英高校教師にしてプローヒーローである「プレゼントマイク」が声を張り上げていた。

 

「今日は俺のライヴにようこそー!!! エヴィバディヘイセイ!!!」

「「「「……」」」」

 

 耳を澄ませるマイクに反して、レスポンスはなく痛々しいほどの静寂が広がっていく。

 

「こいつぁシヴィー―――!!! 受験生のリスナー! 模擬試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!! アーユーレディ!?―――YEAHHHHHHH」

 

 ボイスヒーロー「プレゼントマイク」だ。最近は忙しくて聞けていなかったけど、今までずっとラジオを聞いてたんだ。本当に雄英の講師は皆プロのヒーローなんだなぁ。

 

「うるせぇ」

「あ、ごめん。声に出てたか」

 

 レスポンスが返されない以外はマイクの予想通りつつがなく進行し、10分間の「模擬市街地演習」の説明が一段落しようとしたところで、一人の学生さんが挙手をする。

 

 それはいかにも真面目そうなメガネをかけた人で、説明とプリントの乖離である四種目の敵について指摘する。

 こんな場ではきはきと意見が言えるなんて、流石だなぁ…。なんて思いながら見てると、「ついでにそこの縮れ毛の君!」と指差しで注意される。

 

「先程からボソボソと…気が散る!! 物見遊山のつもりなら即刻雄英(ここ)から去り給え!」

「すみません…」

 

 クスクスと周囲から嘲笑が巻き起こり、僕は口を塞ぐ。流石にこればっかりは全面的に僕が悪い。こんな大勢の前で言うことないじゃないかと思わなくもないけど、あの人的には僕をこきおろそうという感じはしないので、ちょっと怖いけど本当に真面目な人みたいだ。

 

 そしてその眼鏡男子の疑問にプレゼントマイクは答える。

 

「オーケーオーケー。受験番号7111くんナイスなお便りサンキューな! 四種目の“敵”は0ポイント! 言わばお邪魔虫! スーパーマリオブラザーズやったことあるか!? …今の子どもたちはマイティアクションXの方が馴染み深いか!? クソゥ、ジェネレーションギャップーーー!!」

 

 スーパーマリオブラザーズもマイティアクションXも勿論知っている。特に、マイティアクションXはそれがモチーフの仮面ライダーがいるからだ。

 

「ま、俺はそっちはやったことないからマリオで進めさせてもらうぜ! あれのドッスンみたいなもんさ! 各会場に一体! 所狭しと大暴れしている“ギミック”よ!」

 

 ギミック、お邪魔虫。なるほど、確かに他の受験生が言う通りにゲームみたいだ。

 …でも、それでいいんだろうか。勝てない敵や、自分の手に余る敵がいたとして、ただ逃げるだけなのは。これは試験だと分かっているけど、本来ならやれることを探すべきで…。一目散に逃げる人をヒーローの資格アリと認めるのだろうか?

 響鬼さんや京介さんの任務に着いて周ることもあったからこそ余計にそう思う。

 

 僕が考えていると、眼鏡の人は謝礼を言って着席しており、最後にプレゼントマイクが締める。

 

「俺からは以上だ!! 最後にリスナーへ我が校“校訓”をプレゼントしよう! 彼の英雄ナポレオン・ボナパルトは言った!!『真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者』と!!」

 

  

「―――“Plus Ultra(更に向こうへ!!)”!!」

 

 

 マイクが放ったその一言に、知らず体が興奮によって打ち震える。ブルリと鳥肌が立ち、高揚。おそらくそれは僕以外の殆どの受験生も同様だったことだろう。

 

「それでは皆良い受難を!!」

 

 

 

 あの後分けられたブロックごとにバスで移動し、着いた先、目の前には街としか思えない試験会場が広がっていた。

 

「広っ」

「街じゃん!! 敷地内にこんなんがいくつもあんのか!」

 

 この広大な模擬市街地を前にして、他の受験生も僕と同じく感嘆の声を漏らしている。

 それに、“個性”に合った装備なんかも着けていてその本気度が伺える。

 

 そう、説明にもあったように持ち込みは自由なのだ。それには当然道具を発端とする個性の持ち主や、個性による負担を抑えるためのものなど様々。当然、僕も変身音叉を持ってきている。

 

 あれからの修練によって、僕は“それなり”レベルではあるものの鬼の力を会得することが出来たのだ。

 そこにはギルスの副作用を抑える特訓だとか、ヒーローとして魔化魍に対抗するならば、全ての相手に幅広く対応する必要性があると言われ、新たに轟鬼さんや伊吹鬼さんらのご指導で“弦”と“管”も習得したりと、色々とあるけどそこは割愛する。

 

 朝に声をかけてきたあの人が精神統一を図るのを見て、僕も瞑想しようかと気を落ち着かせたところで―――。

 

『はいスタートー!』

 

 ――真っ先に、僕が駆け出した。

 

『どうしたぁ!? 実戦じゃカウントダウンなんざねえんだよ!! 走れ走れ!! 賽は投げられてんぞ!!?』

 

 その叱責を受け、少し遅れて他の受験生がドドドドと背後から押し寄せる。

 やった…! 取りあえずのスタートダッシュには成功した…! これも響鬼さん達に教えられた通りだ。実際、響鬼さんが変身する隙を狙って不意打ちし、音叉を奪いにかかる魔化魍も居たらしいし。

 

 とにかく、奥へ行け! 今目の前に並み居る仮想敵は数いるけど、こんな場所他の受験生も沢山来る。絶対に混戦になると想定して、もっと奥で戦った方がいい。

 

『標的捕捉!!』

『カカレー!!』

 

 僕を筆頭に押し寄せるロボに対して、その隙間を縫うようにすり抜けていき、僅かな間の後粉砕音や打撃音など、後続の人たちとの激しい戦闘音が響き渡っていった。

 

 資料にあった説明と外側から見た感じを照らし合わせて、今自分が丁度市街地の中心にいると推測する。

 このくらいがいい。こっちに続々とやってくるロボも、背後の戦闘の両方が見える。

 

『人間発見、ブッ殺ス!!』

「口悪いなこれ!?」

 

 曲がりなりにもヒーローを教育する機関がこのような言葉選びをしていいものだろうか。と若干雄英の教師陣に幾らかの不安を覚える。

 

 猛然と突進してくる1P敵に対して、僕は拳を構える。まだ変身はしない。

 何も余裕の態度という訳では無い。自分が素の力でどの程度やれるか、というのも無くはないんだけど…。一番の原因は鬼の力を使うと、今着ている衣服は消失するんだ。

 

 超時間活動する特訓も受けているし、10分程度、なんなら5時間ぶっ続けで戦えと言われても何とかなるだろう。

 

 でも、お邪魔虫と称された0P敵。万が一にも変身解除の可能性がある。その場合、僕は全裸で倒れることになる。そして迂闊なことに、僕は変えの服を持っていない。

 これはギリギリまで響鬼さん達のところにいたから、予備の服を家に忘れているのに気づかなかった僕の失態。

 なんとかそこらの物陰か建物に隠れて服を脱がなきゃいけない。そうしなければ、僕は下手すれば衆目のもと全裸を晒してしまうことになりかねないからだ。流石に、そんなことにはなりたくない。

 

『標テ…ガガガ』

「やっぱり…。別に戦闘系の個性じゃなくても破壊できる程度の装甲だ…」

 

 力なくうなだれるモノアイに対して僕は自分の推測があっていたことを確信する。

 それも当然だと言えよう。世間には直接戦闘には関与しないながらも活躍しているヒーロー達がいる。何より、生まれが一方的に有利になるような審査を雄英高校がしているとは思えない。

 もしそうなら、力が全ての蛮族みたいな高校になってしまう。

 

(でも、戦闘力が高い方が有利なのには変わらない。多分、他にも評価する基準がある!)

 

 それが何かは分からないけど、今はいそいそと高層ビルを模した創りの建物に入り込む。

 

『『『『標的捕捉! ブッ殺ス!!』』』』

 

 そりゃそうか。壁を突き破って現れるくらいだから、建物内にも配置してあるか…。

 

 比較的大型の3Pはいないみたいだけど、2Pも幾らかいる。一気呵成と襲い来るが、僕は服を脱ぎ散らかす。コイツラの相手したらすぐ纏めるから! どうかズボラな人だと思われませんように!

 

 全裸になるとまるで変態…というより行動自体は変質者のそれであり、相手がロボットで良かったと心底安心する。人相手にやったらアンチヒーローそのものだからね。

 

 思考も程々に、音叉を取り出して僕は額に翳して清めの音を発する。

 

「…変身」

 

 猛士の人達は言わないけれど、僕はこれを心を切り替えるスイッチとしても使っている。ルーティーンって奴だ。

 

 顔を中心に歪むように波紋が生じ、僕の体は緑色の炎に包まれる。

 

 そして――。

 

「はぁっ!!」

 

 気合の一声と共に纏う炎を薙ぎ払うと、そこには緑谷出久の姿はない。

 

 

 ――――鬼。

 

 

 未だ名を持たないながら、変質した体は逞しく、見た目以上の気迫を携えていた。

 

『姿ガ変ワッタ!!』

『怯ムナ、カカレ!!』

 

 ……あのAI、使い捨てるにしてはパターン多くないかな…? 流石は天下の雄英高校…。

 

 そんな気持ちを抱きながらも、僕と仮想敵の戦いの火蓋は落とされた―――!




また長引いてしまう……


響鬼風スペック

出久変身体
筋力 常人の400倍
パンチ力 12t 
キック力 22t
ジャンプ力 57m(ひと跳び)
走力 3.5秒(100m)

22t→出久の誕生日7月15日を足して
ジャンプ力→原作デクが覚醒させた歴代達の個性の順番

見た目
顔の形状は裁鬼。額の角は京介変身体と同形状。
体は響鬼の色違い。やや緑っぽい。

鼓、管、弦全ての音撃を習得している。これもヒーローとして活動するならば、対応できる範囲は広いほうがいいとの事で学んだ。今は引退した裁鬼さんスタイル。
鼓が最も熟練度が高い。


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ここが僕のヒーローアカデミア(スタートライン)

めっちゃ開けてしまったのは私の責任だ。だが私は謝らない。
その読書欲をもってして、必ず拙作を読みに戻ってくると信じているからな


 

「はあっ!!」

 

 出久の腕の一振りで、2P敵が装甲など存在しないかの様に歪められ沈黙。それを難なく引き抜くと殴打、キック、叩きつけ、投げ飛ばしと次々と相手取っていく。

 

『死ネェェ!!』

「物騒だなもう!」

 

 前方から轟音を立てて直進する2P敵を受け止め、そのまま体を貫き、死角から飛び込んできた1P敵を振り返りもせず蹴り潰す。

 

 これにて、襲いかかってきたビル内の仮想敵は全て沈黙。曲りなりにも金属で覆われた装甲はベキベキに砕かれ、それぞれが一撃のみで破壊されている。

 

 いくらわざと脆く作られているとはいえ、まるで菓子かのように容易く捻り潰していく。”無個性“にはとても出せないその威力。

 

「人相手じゃないから、10分なのかな」

 

 “鬼”に見え過ぎるのを隠すため、頭部のみ本来の姿。所謂マスクオフの状態に切り替え、そう独り言ちながら外へ飛び出す。

 既に受験生達は散り散りになっており、一人冷静に戦う者、混戦状態にありながらも奮闘する者。それを避けるためか、状況を俯瞰しまだ手のつけられていない敵を狙う者等など。それぞれの個性が見える戦況になっていた。

 

 個々の差はあれど、殆どの人は問題ないのだが…。中には危うい人や巻き込み事故を起こしかけている人もいる。

 

「余計なお世話は、ヒーローの本質だ。ってね」

 

 元々は中央に立って敵の発生場所に対応できるように構えていたけど、これが役立った。四方の距離関係が掴みやすく、また、状況の把握もしやすい。鬼の力で強化された五感が、その機敏を脳に叩き込んでいた。

 

「…っとと…、修行不足だ…」

 

 集中すればするほど、より明白に、広範囲を知ることは出来るが、それを処理することに慣れていない脳が僅かに痛む。

 今の出久は無意識的に入手できる情報すら、広がった知覚で拾っているため普段とのギャップが生まれてしまっている状態だ。それ故かあまり長時間の戦闘に耐えられないこともあり、猛士として見る分には殻の取れていないヒナのようなものだ。

 しかし継戦能力に難ありといえど、その力は紛れもなく鬼そのもの。

 

 優れた五感と身体能力の掛け合わせは遺憾なく発揮され、仮想敵を打倒しながらも冷静に周囲を見渡すことができていた。

 

「やべっ…囲まれっ」

「だりゃあっ! こっち! 抜け出すなら早くして! せい!」

「わ、悪い助かった!」

 

 囲まれた学生の元に赴き突破口を生み出し…。

 

「ちょっ、そこ危ない!」

「へ? きゃあぁぁっ!……?」

「大丈夫? そこの人ー! もっと周りを見るように気をつけて! あくまでヒーローらしく、ね!」

「あ、ああ、ごめん。って速っ」

 

 狭くなった視野ゆえの巻き込み事故に先んじて対応してみせたりと。その殲滅速度は早いとは言えなかったが、その分各方面に現れては危険な状況にある受験生たちの助けになっていく。

 

「20は越えたはず…」

 

 敵を倒すため動き回る学生と比べればそう多くはない。だが四方へ足を伸ばしている割には多めのポイントだ。とはいえ、安心出来るものではない。

 暫し前に聞いた残り時間は6分ほど。変身までかかった時間から逆算してもこのペースなら余裕を持って合格圏内となるだろう。だけど、それでは意味がない。ギリギリで仕上げた筆記問題の不安もあるが、他に評価項目があれば覆されかねないのだ。

 史上初の無個性入学者を目指すからには、有無を言わせぬ結果を残さねば世間からの目も厳しいだろう。

 故に、求めるのは圧倒的な戦績。ここで無個性というマイナスイメージを払拭させるほどの活躍を見せなければいけない。

 

「よし、周囲の安全も確認したし、やるぞ…!」

 

 既に多くのロボットが破壊され、その数も減ってきたことで

 いざ殲滅と意気込んだその瞬間、優れた鬼の聴覚は人より先にその音を聞き取った。この試験会場のすべての音を集めて尚届かないほどの重圧を感じさせる低音。ゴゴゴゴゴと巨体が足を踏み出す音。そして、それが市街地を蹂躙する破壊音。

 

「――っ、とにかくデカイのが来る!! そっちの人達は瓦礫に注意して!!」

 

 その警鐘が齎されると同時、ビルを粉砕しながら、その巨体が受験生達の目に曝される。

 

「デカすぎんだろ…!?」

「無理だって、あれはマジでムリ!!」

「シャレにならん!」

 

 住居さえ握りつぶすほどのデカさとパワーが合わさったそれが迫るのは、実際の脅威以上の恐怖を抱かせる。否、実際の脅威も限りなく高い。デカイというだけで重い。それを自在に動かすに足る力はもっと強い。単純な物理の問題だ。

 迫る鉄の巨躯には、生半可な攻撃は通用せず、無謀な攻撃は怪我の危険性が高まる。

 実戦経験など皆無の学生諸君にとっては、覆しようのない怪物。プロに任せるべき案件なのだろう。何より、調子に乗って無謀な突貫を行う者がいないだけマシではある。

 

「散らばりすぎないで! 何人かのかたまりになって移動しよう! 纏まれば瓦礫や仮想敵にも対応できる! ついでに、余裕のある人は他の人を手助けしてあげて!」

 

 混乱と恐怖、そして驚愕の渦巻く只中にいて尚、出久は誰より冷静であったと言えよう。

 この程度の奇襲など、“鬼”としてはままあることだ。自然に紛れて人を襲う魔化魍に比べれば、予め試験会場に現れると予想されていた物がサイズはどうあれ、予測は可能だった。

 

 そして、人々が0P敵から背中を向けて逃げ去る中において、出久は0P敵から視線を外すことなく逃げる受験生の誘導に取り掛かっていた。

 あまりの振動と重圧に歩けなくなる学生を見つけては立ち上がらせて周囲の受験生に託し、瓦礫に気づかぬ者がいれば、先回りしてそれを蹴り飛ばす。

 

 受験生達を見送り、いざ自分も殿を努めつつ回避しようと集団の後を追おうとし……。

 

「いったぁ…」

 

 そんな声を拾った。

 

 振り返ってみると、目の前、0P敵の足元で。転倒してしまった女子の姿が。それは朝話しかけてきてくれた女子であり、0P敵との距離は数mとあるものではない。

 その時、気づけば出久の足は走り出していた。車内で、己の兄弟子に忠告されたことを反芻しながら。

 

 

 

―――…

 

 

『お、“音撃”使っちゃだめなんですか!?』

『そうだ。お前は音撃を使わずに受かってみせろ』

『え、でも、それじゃ…』

『ふん、何も意地悪で言ってるんじゃない。これはお前の為でもある』

『僕のため、ですか?』

 

 京介の言葉からは嘘や悪意などは感じとれず、ならばと次の言葉を待つ。

 

『ああ。音撃は魔化魍を倒すために造られた技の数々にして清めの音なのは知っているだろう』

『はい。何百年も前から伝わってると…。僕もオロチ現象当時の動画は見ました。そこで皆さんは仮面ライダーとして知られたんですよね。思えば、あの時見ていたのが音撃だったんですね…』

『ああ、そうだ。お前が言ったとおり、動画が残っているんだ。猛士は愚か、仮面ライダーにすら円も縁もない一学生が見れる程度にはな』

『あ…』

 

 そこで初めて、何を言いたいのかを理解した。

 

()()()()()()、ですか?』

『ああ。姿形は似通っていてもお前のそれはオリジナルだ。“個性”の範疇で何とか片付くだろう。何より、まさか鬼が混ざっているとは思わないだろ。だが音撃までも持ち出したらその関係性は確実なものになる』

『入学出来たとしても、下衆の勘ぐりは避けられない…。と』

『あくまで俺個人の予想だがな。案外受け入れられるかもしれないが、試験に落ちて悲観的になった人間が気の迷いで批判しないとも限らない。こんな場面での余計なリスクは負うべきじゃない』

『入学してからはその実力を疑うものはいないだろうがな。……それに、音撃を使わずともお前なら受かると信じている』

『……はいっ!』

 

 

 

―――…

 

 

 

 

「そこの君、私はいいからはよ…」

 

 そんなことを言ってるけど、とても今から逃げ出せる状態にはない。まして相手は人でなくロボット。手心の加えようがない。

 ここで放っておいたら、きっと…死ぬ程後悔する。

 

「……大丈夫っ。僕が来た!」

 

 だから僕は被るんだ。その仮面を。普段の僕はモジャモジャ頭のクソナードで、ひ弱そうに見えるけど、今だけは、仮面ライダーとして安心させよう。

 

 

(ごめんなさい京介さん。約束破ります。でも、ここで動かない奴は“ヒーロー”としてはもっとダメだ!!)

 

 

「ハァッ!」

 

 出久は飛んでいた。否、跳躍だ。ただ一度の跳躍で0P敵の頭上を越えその上に着地する。

 そして直ぐ様腰のバックルから未だ名無しの音撃鼓を取り出し取り付ける。するとどういう原理か、掌サイズだった音撃鼓は巨大化し、0P敵の動きを拘束する。

 

「フッ」

 

 翡翠色の鬼石が先端に装着された一対の音撃棒を高く掲げ叫ぶ。

 

「火炎連打の型!」

 

 火炎連打

 

「でゃぁっ、はぁっ! ふっ、だあぁっ!」

 

 巨大化した音撃鼓に向けて、リズムよく叩き続ける。本来は清めの音を全身に行き渡らせ、魔化魍を浄化させるための技ではあるが、物理的な威力が無いわけではない。

 

「ぜぇっ、たぁっ、やああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 火炎連打

 

「ハッ!」

 

 最後の一打。疾風怒濤の猛連打は音撃鼓を通して敵の体に浸透し………。

 

 ビキッ、ピキピキピキピキ……。

 

 最後の一撃を受けた装甲。その中心から亀裂が走り、やがて全身まで行き届くと0P敵は部品を撒き散らしながら爆散した。

 魔化魍ではないため消滅とはいかないが、それでもこれ以上動けるような状況にはない。

 

「仮面、ライダー…?」

 

 呆然と、されど確かな確信と齎した成果に、その瞬間を見ていた誰かが呟いた。

 

「ふうぅぅぅぅぅぅっ……! 解除!」

 

 散らばった0P敵の破片を、助けた女子が浮かせていたそれを地に落としたその瞬間。

 

 

『終〜了〜!!!!』

 

 

 試験会場に、プレゼントマイクの号令が響き渡った。

 

 

 

 0Pを破壊したことで注目を浴びた僕は、さっきの呟きも聞こえていたから直ぐに退散した。

 そのまま倒壊した瓦礫の中なら引っ張り出した服に着替え直して戻ってきた僕は直接見てはいないが、あれから雄英の養護教諭であるリカバリーガールが怪我や健康状態のチェックに来てくれたらしい。

 多少の怪我人こそいたものの、リカバリーガールが個性を使うほどの重傷者はいなかったようだ。

 

 結果は後日郵送されると説明を受け、僕たち受験生は帰路につくことになった。結局、僕が稼げたポイントの総計は25やそこら。あの女子のカウントを信じるなら、僕はそれ以下ということになる。

 流石に0Pがあれほど大きなものだとは思ってなくて、残っていた仮想敵の多くは巻き込まれて粉砕されてそれ以上ポイントを取ることが出来なかった。……なんてのは公平な立場である試験官には通用しないよな…。どうしよ…。

 

 

―――…

 

 

「出久……出久?」

「おーい、出久、出久?」

 

「出久!? ちょっと大丈夫!? 何魚と微笑みあってんの!!?」

「…えっ、あ! ごめん、大丈夫」

「おいおい、大丈夫か? 朝っぱらからぼうっとして、ちゃんと寝てるか? あ、お母さんご馳走様でした。美味しかったです」

 

 そう言って、ヒビキさんは綺麗に平らげた食器群をガチャガチャと洗面台に運び込んでいく。

 

「いやー、すみませんね。俺まで朝食を頂いちゃって」

「いえいえいいんですよ。出久を鍛えてくださったんですから、このくらいは当たり前です」

 

 そう、ヒビキさんが、今僕の家にいる。色々と理由はあるんだけど、一番の理由は結果がどうあれ、僕が雄英を本気で受験したということと、恩師であるヒビキさんのことを母さんに紹介したかったということだ。

 春休みや夏休みなど、山に行って鍛えていたことは伝えていたけど、個性がないままに受験することは難しいと思われていた。だからヒビキさんの紹介も含めて決して無謀な挑戦ではないと示したかった。…勿論、鬼のことは隠して、だけど。

 その際、僕は分からなかったけど、生き生きとした目でヒーローを目指す僕に、母さんは嬉しかったとヒビキさんに言っていていた。それで感謝したいって引き留めて、明日も猛士の仕事がある京介さんを返して泊まることになったんだ。

 

「そういえば、通知って今日明日だっけ?」

「え? あっ、あー、そういえば」

「おっ、じゃあ俺がいる間に合否が分かるかもしれないのか」

 

 ヒビキさんはニヤリとそう言うけど、正直かなりプレッシャーだ。筆記は自己採点では本当にギリギリって所だし、実技に関しても好成績じゃない。もし落ちていたらと思うと気が重い。

 

 そんな風に、軽く筋トレしながらいつもどおり過ごしている時だった。

 

「いず、いいい出久出久! 来てたっ、来てたよ!―――雄英から!」

 

 母さんがドタドタと玄関の方から駆けてくる。ヒビキさんを見て何とか落ち着くも、興奮は隠せていない。

 その手には、一通の封筒が握りしめられていた。宛先は雄英からだ。

 

 母さんとヒビキさんに言って、まず一人で見ることにした。自室のドアを開けば、壁一面に貼られたオールマイトのポスターに、仮面ライダーの写った写真や記事などが出迎える。

 

「よ、よし…開けるぞ…」

 

 中を開くと、そこには通知書のような紙と、何やら小さめの円盤のようなものが入っていた。紙は当たり前として……円盤? そう思って掴んでみると、機械的な起動音を鳴らして……

 

『私が投影された!!!』

「オ、オオ、オールマイト!!?」

 

 投影された立体映像には、昨年出会ったNo.1ヒーローの姿が。これ雄英からのビデオレターだよな!? いくらOBとはいえなんでオールマイトが!?

 その疑問は予想されていたものなのか、先んじて映像のオールマイトは言葉を続けた。

 

『HAHAHA驚いたかな緑谷少年。実は来年度から私は雄英の教師として赴任することになっていてね!!』

 

 何だって!? オールマイトが先生として!? まだ何処にも出てない情報だぞ!?

 

『いや、それにしても驚かされた。一度会っただけだったが君のことはよく覚えている。あの宣言。よく実行し―――え、何? 巻きで? いやしかし彼は…あー、分かった分かったオーケー。それでは早速発表に行こう』

 

 ドキリ、と胸が強く脈打った。そうだ。浮かれている場合ではない。それも全て僕が合格しなければ水の泡。一言一句だって聞き逃すつもりはない。

 

『筆記は辛うじて合格点。敵P(ヴィランポイント)は23点。四方八方を手助けに行ったのにも関わらずこれだけのポイントを取れているのは素晴らしいといえる。……だがしかし、受験生の中で特別高いわけでもない。筆記も含めれば、君より総計の高い学生はそれなりにいる』

 

「………っ!」

 

 分かっていた。それほど甘い門じゃないってのは。でも実際言葉として出されると来るものがある。

 

『このままなら君は不合格なんだが……。この試験! 見ていたのは敵Pだけにあらず! ヒーローとはただ敵を倒すだけの存在ではない。命を賭してきれい事を実践する仕事さ!! “救助P(レスキューポイント)”! しかも審査制!! 人救けした人間を排斥するヒーロー科なんてあってたまるかよ!!』

 

『緑谷出久、敵P23、救助P60! よって合計83ポイント!! 惜しむらくは救助Pの上限値だったためそれ以上は伸びなかったことだが……それでも実技試験においてはトップ! 総合ではやや下がるものの、文句なしの合格!! それも次席! おめでとう! 君は雄英高校ヒーロー科史上初の、“無個性”の合格者だ!』

『来いよ緑谷少年、此処が君の―――ヒーローアカデミアだ!!』

 

「合、格……」

 

 じんわりと、その言葉を噛み締める。最初はふわふわと実感の沸かない言葉だったが、絵空事だったそれに肉がついた。だけどまだだ。これは僕のスタートライン。無個性のヒーローとなり、個性に悩む人に希望を示すのが僕の目指す道。だけど、今くらいは素直に喜んでもいいだろう。

 

「ヤッタアアアアァァァァァァァァー!!!!」

 

『あ、そうそう。これはオフレコで頼むんだけど、主席は君と同じ学校の爆豪少年さ。おめでとう、ワンツートップが同中から出るなんて滅多なことじゃないぜ!』

 

 さ、流石かっちゃん。でもこれ聞いたら本人は凄いキレそうだな…。

 そんなことを考えてしまい、次の登校日がちょっとだけ憂鬱になったのはナイショだ。




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(^U^)(^U^)(^U^)(^U^)(^U^)
(^U^)  いい話だ。感動的だな  (^U^)
(^U^)  だ が 無 意 味 だ (^U^)
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飛んで沢芽市

この速さならバリアは貼れないな!


 

 あの雄英、それもヒーロー科に合格した。それは僕がかつて諦めていた夢そのものだった。でも、諦めず、己にできる最大限のことをやって叶えることが出来たんだ。

 僕は真っ先にこれまで育ててくれた母さんと、鍛えてくれたヒビキさんに報告した。

 生んでくれたこと、ここまで育て、鍛えてくれたこと。あの日、泣かせてしまったこと。

 それらの感謝と謝罪を行って……母さんには“鬼”になった僕の姿を見せることにした。色々と理由はあるけど、母さんに心配をさせないために。

 

「……それが、出久の選んだ道なの?」

「うん。ヒビキさん…仮面ライダー響鬼の弟子になって、この力を身に着けたんだ。あのときは困らせちゃったけど、個性がなくても人を助けるヒーローになれるって。ごめん、今まで秘密にしてて」

「…ううん。確かに心配だけど、もうここまで来ちゃったらお母さんは口出せないわよ。…それに、超カッコいいお師匠様がいるんですから」

「かっ、母さんそれは…!」

 

 ヒビキさんのいる前で…! 案の定というか、ヒビキさんは照れるなとか言いながら背中を叩いてくるけど、チクショウ…!

 

「…すごい努力したんだよね。無個性だって言われても」

「うん…」

「そっか……、超カッコいいよ!」

「……うん!」

 

 兎に角、母さんとの蟠りはいくらか解けた気がする。完全に、とはいかなくても、今は僕の夢を応援してくれる。それで十分だ。あとは、母さんの息子はこんなにも立派に育っているんだぞと、これからの活躍を見てもらうだけだ。

 

 それよりも厄介だったのは予想していた通りにかっちゃんだった。かっちゃんの方には知らされていなかったらしいけど、僕も受かったという話で学校が湧いている最中、詰め寄られたときに先生がぽろっと漏らしちゃったんだ。

 当然クラス内では「雄英のワンツートップがウチの学校から!?」とか「緑谷もすげーよ!」「すっげえ鍛えてたもんなぁ!」やら色んな言葉…というより言葉が投げかけられた。しかも、かっちゃんは元々が優秀だから予想外の結果を出した僕への反応が大きくて、余計に火に油を注いでしまっていた。

 

 あの後もやっぱり絡まれたけど、そこはガツンと道端の石ころじゃないと宣言してやったさ。……ううん、勢いに任せて恥ずかしいことも言ってしまった気がしなくもない。まあ、多分、多分大丈夫だろう。かっちゃんだし、何を言ったって似たような反応だと思うし……。大丈夫だよな…?

 

 さて、雄英合格でのゴタゴタなんかはあったものの、それからの日々は変わらず、僕は僕で予習や復習、修行に大忙しだった。

 

 3学期は時間が立つのが早く感じるけど、今の習慣をしてたら本当にあっという間だった。ホントに。

 そんなわけで、僕達は中学校を卒業した。雄英に入学するまでの約二週間の休み。ばっちり備えることにしていたけど…。

 

「出久、今回のはお前も着いてこい。丁度休みのようだし、経験も積める」

「は、はい京介さん。何が出たんですか?」

 

 今までも似たようなことはあった。実際に現場に出て、サポートをしながら魔化魍との戦い方や猛士としての活動を学ぶのだ。一般的なことに当てはめると職場体験やインターンということになるのだろう。

 今回も基本的に補助なのは変わりないけど、“鬼”の力を安定して使えるようになって初めての任務だ。自然と心構えも相応のものになる。……前に、不完全なまま挑んだときは足を引っ張ってしまったから、今回はそうならないようにがんばろう。

 何がと聞いたのは、魔化魍の種類によっては対処が全くことなるため、そこは真っ先に確認するべきことだった。けれど、京介さんは眉をしかめながら「厄介なことになった」と続けた。

 

「厄介なことって…?」

「ああ。現れた魔化魍は特徴を聞く限りならドロタボウだ」

 

 ドロタボウ。妖怪として作品とかにも度々登場するそこそこメジャーな存在だ。

 

「あれ、でもドロタボウって…夏の魔化魍ですよね?」

「ああ、その通りだ。猛士の方でも何度か問いただしたようだが、それを覆す報告は出ていない。……大昔、同じ夏の魔化魍であるバケネコが自然発生したという事例もあるらしいが、今回は出現場所も相当におかしなことになってる」

「おかしな…?」

「本来田んぼに隠れ潜み、動きも緩慢なためにそう遠くへ移動しない筈のドロタボウだが、今回は田んぼなど影も見ない都市部に出現し、挙げ句、見失ったようだ」

 

 そのことに、驚きを覚える。今言ったように、ドロタボウは動きの遅い魔化魍だ。しかも、その特性上増殖しやすく、身を隠す田んぼもなければその分発見が早まる。未だに見つかっていないとなると、増殖はされておらず、ただ仕留め損なったとは考え辛い。

 

「そいつは、何処に出たんですか…?」

 

 お前も知っているはずだ。と京介さん。

 

「ある一企業により掌握され、大幅な経済発展を遂げた地方都市。そして、8年前新たな仮面ライダーが現れた街――――

 

――――沢芽市だ」

 

 

 

 

 

 

 何事もなく沢芽市に到着することは出来た。そこで京介さんはまずここでの協力者に話を聞きに行くことになり、対して僕はそれらしい影を見ていないか足で聞くことになった―――のだけど。

 

「何でかっちゃんがいるんだよぉ…」

「あ゛!? こっちの台詞だわクソデクが!!」

 

 そう、何故かここ沢芽市にかっちゃんがいたのである。元々は色んな人に聞き込みをしていて、得られた成果は行方不明者の増加や、見慣れない植物が生えてきて困ってる…とか。それも十分気になる情報だったけど、より詳しく聞くために、人の集まる場所ならば噂も聞きやすいと考え、この街で有名な『シャルモン洋菓子店』へ足を向けたのだが……。その表にかっちゃんがいたのだ。

 

「ま、それなら肌の保湿もばっちりってことかしら!?」

「ええ、おかげ様でピチピチですよ」

「羨ましいことだわ〜。乾燥は美容の天敵ですもの」

「私は個性柄そういう悩みはあまり……あら、出久くんじゃない。奇遇ねえ。ちょっと勝己、アンタ出久くんにちょっかい出してるんじゃないでしょうね」

「出してねぇわ!!」

 

 店内から、何やら黒バンダナのキャラが濃いオカマと共にかっちゃんのお母さんが現れたのだった。

 話を聞くと、おばさんがシャルモンの割引券を当てて、折角だからと今の時期に訪れたとのこと。かっちゃんは辛党だから来る気は無かったそうだけど、無理矢理連れてこられたのだとか。

 

「出久くんは一人で来てるの?」

「あ、いえ。お世話になった人の手伝いというか…」

 

 流石に魔化魍のことや鬼のことは伏せられる。そして、たまたまこの街に来ただけのかっちゃんたちには聞くこともできないだろう。

 

「あら偉いわね。それに比べてうちの勝己と来たら…」

「うっせえババア!! 無理矢理連れて来られた俺と比較すんなや!!」

 

 かっちゃんのキレ節は他所の街でも健在みたいだ。ほら、その怒声に通行人の人が避けてるじゃないか。

 

「ちょっとそこの坊や。それは母君にかける言葉ではなくてよ」

「ヒトの家庭事情に口出すんじゃねぇよ誰だテメェは!?」

「そもそもね。坊やがウチの店の前でそんな目つきをしているだけで客足は遠のくのよ。ワテクシの店に訪れる多くは繊細な女性ばかり。そのような狂犬さながらの行動をしていては営業妨害なのよ。お分かり?」

「チッ……」

 

 流石のかっちゃんもこれには逆らえないのか、やけに素直に引き下がる。おばさんはその人に謝って、まだ観光すると地図を見ながら行ってしまった。

 

 かっちゃんを残して。……いや何で?

 

 二人きりになってしまい、痺れを切らしたのかかっちゃんが有無を言わせぬといった様相で僕に問いかける。

 

「テメェ、いつから隠してやがった」

「へ、何のこ「惚けんじゃねぇっ!! テメェの個性の事だよっ!!」…個性?」

 

 胸ぐらを掴まれて凄まれるけど、個性と言われても本当に分からない。何のことやらと混乱していると、かっちゃんの剣幕は更に増していく。

 

「俺ァ知ってんだよ…! テメェがあの緑の姿に変わって、あの0P敵ぶっ飛ばしたことをよぉ…!」

「何でそれを知って…、それに、受験会場は別じゃ…?」

「コソコソしてるテメェを尾けてみりゃ、姿を変えるじゃねぇか。試験ん時はテメェんとこから出てきた奴が言ってたんだよ。緑色のもじゃもじゃ頭が0P粉砕したってなぁ……!」

 

 …! 普段の変身の練習を見られてたのか! しまった。注意不足だった…!

 

「その顔は図星みてぇだな…! 言い逃れは出来ねぇぞ…!!」

「待っ、待ってかっちゃん…! 本当に個性じゃなくて…!」

「個性じゃないわけねぇだろ!! あの0Pぶっ飛ばすなんてよぉっ!!」

「ぐっ…。だから、話を聞けって…!」

 

 その手を逆に掴みあげて、捻ることで手を外す。

 

「ッてェ…、てめぇ…!」

「はあ…っ、今のは君が悪いんだからな。どうしたんだよ。こんなとこで、君らしくない」

「あくまでシラ切る気か」

「だからそういうんじゃないって言ってるだろ!」

「じゃあ何だよ!!? 個性じゃねぇテメェの自力だけであんなモン破壊できるわけねぇだろ!!」

「ッ、それを説明しようとしてるんだろうが…!」

 

 互いに一色触発。爆豪の言葉に出久が食ってかかる。今まではこれほど言い争ったことはない。爆豪がこれほど食ってかかり、かつむしゃくしゃしているのは、一年前から変わっていった弱っちい幼馴染の変化に■■を抱いているからだ。それは、爆豪の深層心理ですら否定される程度のものだが、彼が自覚していなくとも、プライドがそれを許さない。

 最早、彼らは殴り合う一瞬前。どちらともなく構えようとして……横合いから手が伸びる。

 

pardon(ちょっとあなた達)、営業妨害って言ったわよね」

 

「んあ?」

「え?」

 

 いつの間にか、二人の頭に手が添えられている。

 

「恥を知りなさい!」

「ガッ…!?」

「…っァ…!?」

 

 互いの頭を盛大にぶつけられ、二人は気絶させられるのであった。

 

 

 

 

 人知れず、誰もいない路地裏に光が指す。日が指した、というにはあまりに局所的で、不自然な光だ。

 何より、その場に居た者は異様な光景に目を疑うことだろう。

 

 何せ、何もない空間。そこにジッパーのようなものが現れ、異なる場所と繋げているからだ。明らかに異様。けれど、この個性社会。非常に稀なものの似たような個性の持ち主はいる。だが、その前提を持っていて尚、これは異常なのだ。

 

 クラックの先にあるのは、日本に、いや、世界中どこを探しても見当たらないであろう不思議な森の広がる空間だからだ。現行の地球の植生と一線を画すその空間には、遠くに灰色のずんぐりむっくりとした化け物が徘徊し、これまた異様なほど惹きつけられる奇妙な実が分布している。正に、人間の想像する異界と言っていいだろう。

 

 そしてチャプチャプ、ビチャビチャと、水音を溜らせながらナニカがクラックの目の前の湖沼から現れる。それは泥人形の様な体に米の苗のようなものが生えたかのような姿をしていた。

 

 そのヒトガタは、本来ならばドロタボウと呼ばれる類の魔化魍であったが、どうやら様子が可笑しい。

 否、そもそもからしてあのような異界に魔化魍が住み着いていること自体が可笑しいのだが、このドロタボウ、土塊の体の隙間から異界の先で見かけた植物を所々生やしており、背中のコブに至っては毒々しい紫の果実のような姿へと変質してしまっている。

 

「ァ…アァ…」

 

 声にならない慟哭か、その怪物はズチャリ、とクラックを越えこちらの世界に侵入する。

 コンクリートの道が濡れ緩慢な動きながらもそれは人のいる場所を目指し続ける。

 己の腹を満たすために。

 人間を食らうために。

 

「おいおい何だコイツ?」

 

 しかし、その路地の反対側。自転車に乗った男性がそれに声をかける。人の気配に、変質したドロタボウは体を傾け、そちらに狙い済ます。

 

「おーい、異形型の個性の人ですかー?」

 

 どうやら男性は異形型個性の人間だと思いこんでいるらしく、近寄ってくるドロタボウに脅威を覚えていない。このままでは、哀れな犠牲者となってしまうであろうことは間違いない。しかし―――

 

『――――』

「やっぱりか。っていうか、確かに背中のヤツとかアレっぽいな!」

 

  ライオンの顔がプリントされた黄色いシャツに、モフモフのファーのついたジャケット。ジーンズを履きこなした男性は、左手中指に顔のようなものが装飾された指輪をはめる。

 そして、今指輪をはめた左手を高く掲げ、深く構えた。

 

「変〜〜身っ!」

 

 そのまま、左中指の指輪をベルトのスロットに挿し込んだ。

 

『SET! OPEN!』

 

『L.I.O.N…ライオーン!』

 

 

「さあ、食事の時間(ランチタイム)だ!」

 

 

 ――――獅子が轟いた。

 

 

 

 




俺と読者はコマンドレイズバックルのような関係性だ。
まず俺を使い、作品という名の剣を得る。そしてその剣をちゃんと扱う…つまり感想を書いたり評価をつけたりすることで作者のやる気がチャージされ、その結果を受けた作者が新たな形態()を読者に提供することができるんだ


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蠢く邪悪

久しぶり


 

「さあ、食事の時間(ランチタイム)だ!」

 

 鬣を意識させる金色のマスクに、左肩のライオンが特徴的な姿。全体的に金と黒のカラーリングが目立つそれの名は、仮面ライダービースト。

 絶望から生まれる魔物、ファントムの内一体、ビーストキマイラを封印したドライバーを経由して魔法を扱い戦う戦士であり、ウィザードやメイジなどの、魔法使いのアーキタイプ。古の魔法使いの名を持つ仮面ライダー。

 

「おらぁぁぁぁっ!」

 

 ドロタボウに接近し殴りかかるが、ドロタボウは軽く仰け反る。が、あまりダメージを受けた様子は無く、逆に腕を振り上げてビーストに攻撃を仕掛ける。

 

「おわっ!? とりゃっ、そいっ!」

 

 呑気な声を上げながらその尽くを躱し、反撃として伸ばした腕を掴みあげて投げ飛ばす。 

 

「結構硬えな…。でもその分遅いぜ!」

 

 ドロタボウとてされるがままではない。直ぐに起き上がって接近戦に持ち込むが、それでもいなされる。そして冗談から振り下ろした左腕がビーストの肩口を捉えるが、ビーストはこれを読んでいた。

 

「どうだぁ!」

 

 右腕で防ぎ、動きを止めたドロタボウに獅子を模したベルトのバックルから取り出した剣――ダイスサーベル――でもって袈裟斬りにする。

 これには堪らずドロタボウもたたらを踏む。…………しかし、様子がおかしい。

 

「何だ?」 

 

 ヨロヨロととよろめき、どこか苦しそうな挙動を見せた。それのは思わずビーストも怪訝そうな目を向けて、その異変の正体に気がついた。

 

「あれは…!」

 

 草だ。ドロタボウの体から歪に生えていた植物が更にその体を覆っていき、その一部から異界の果実――ヘルヘイムの実――が実っていた。

 そして毒々しい瘤が震えたかと思うと、その中から灰色のずんぐりむっくりとした怪物。低級インベスが出現する。それも5体。突然現れたインベス達はうろたえるビーストの姿を見るや、その強靭な爪を構えて襲いかかる。

 

「増えんのかよ!? そういうことなら――――」

 

 迫りくるインベスを身を翻して躱し、連続キックで弾き飛ばす。そして距離が出来たその隙に、変身に用いたのとは反対側。右手の薬指に、緑色のリングを装着した。

 

「――――こいつでいくか!」

 

『カメレオ!ゴーッ!カカッ カッ カカッ カメレオ!』

 

 右から緑色の魔法陣がビーストの体を通り抜け、その右肩にはカメレオンの頭部がついた緑色のマントが身に着けられていた。

 

「おらっ!」

 

 マントを翻すとそれに応じてカメレオンの舌が伸び、インベス達に強烈な鞭打を与えていく。そのまま5体絡め取ると、空中に拘束して一気に握り潰した。

 

「ごっつぁん!」

 

 倒したインベスの肉体に宿っていたヘルヘイムの実の力をビーストドライバーに取り込むと、次はお前だとドロタボウへと視線を向けると………。

 

「あれ? に、逃げられたぁっ!?」

 

 そこにドロタボウの姿など影も形も見えず、濡れていた痕跡すら途絶えている。こちらに来た時同様クラックを通って逃げていったのだ。

 

「ん、こりゃあ……」

 

 慌てた様子で消えた場を探し回り、ゴミ箱の蓋すら開ける謎の徹底ぶりを見せたが、通路にあるものを発見する。

 

 それは毒々しい極彩色の果実。先程ドロタボウの体に生えていたヘルヘイムの果実がぽつんと落ちていた。

 

「ちょっと、不味いかもな」

 

 何かにそれを摂取される前に、その果実を回収し、この街にいるであろう人物を訪ねようと、来た道を引き返すのだった。

 

 

 

 

 そんなこととは露知らず、出久と爆豪はシャルモン洋菓子店にて皿洗いの手伝いをさせられていた。

 

『全てにおいて一流を揃えるワテクシの店にあなた達のような未熟者はハッキリ言って相応しくないわ! …そ・れ・で・も、スタッフが足りないのは事実。皿洗いなら任せられるかしら?』

 

 とのこと。因みにスタッフがいないのは産休で来れないかららしい。

 

「…何で俺がこんなこと……!!」

「仕方ないよ、諦めなよかっちゃん…」

「こぅら坊やたち! まだまだお客様は途絶えてないわよ! 無駄話をしていて皿をキレイに洗えるのかしら?」

「っ洗い殺すわクソが!!!!」

 

((((洗い殺す…?))))

 

 その鬼気迫る迫力のまま行われる皿洗いに、客は一層不思議なものを見るような目を向けるが、これでも皿一枚傷つけることなく洗えているのである。

 未成年労働では? という疑問もなくはないが、かっちゃんはおばさんが「あ、全然いいです。むしろコキ使ってやってくださいな」と送り出され、僕は猛士の任務に着いてきてる身なので何も言えない。いや、言えたとしても大人しくやるんだけどさ。

 

 それにしても、一流というだけあってこのお店は凄い。店内の景観はよくて、清潔感もある。店長さんが作っていく品々はどれも思わず唾が出そうなほど美味しそうで、訪れた人はみんな笑顔で食べている。

 最初はインパクトがあったけど、この人がこの仕事に誇りを持って取り組んでいるのは疑いようもないことだ。

 

「ちょっと、手が止まってるわよ!」

「すみませんっ!」

 

 そのまま小一時間ほど、客足が遠のくまで僕たちの皿洗いは続いた。

 

「ピークは過ぎた頃合いかしら? ま、この当たりで許して差し上げましょう。二度とあんな真似するんじゃないわよっ!」

「は、はい。申し訳ありませんでした…」

「チッ……サーセンした」

 

 そんなこんなで、僕たちは解放して貰えた。その間の情報収集が出来なかったのは痛いけど……。

 既に復興作業の終了した、クリーンな印象を思わせる街並みを戻りながら……ってああ!? そうだった! 情報を集めるためにシャルモンに寄ったのに、何も聞けないところだった…!

 

「ごめんかっちゃん! 僕シャルモンに忘れ物してきたかも!」

「あ゛!? んなもんいちいち俺に言うなや!! さっさと行け!!」

「じゃ、じゃあね! おばさんによろしく!」

 

 慌てて道を引き返す。かっちゃんが、怪訝な顔でこっちを見ていることに気づかないまま。

 

 

――――…

 

 

「すいません凰蓮さん! 聞きたいことがあるんですけど…」

 

 チリンチリンと鳴るベルと同時、駆け込みながら問いかける。…けど、突然戻ってきた僕に不思議そうな顔を向ける店員さんがいるだけで、肝心の凰蓮さんの姿は見えない。

 

「あれ、出久くん? 凰蓮さんならついさっき呉島さんと『ドルーパーズ』に行ったけど…」

「ホントですか!?」

 

 しまった。あのとき一緒に聞いていれば二度手間にならなかったのに…。いや、まだいい。別に凰蓮さんだけが情報を持ってるわけじゃないし……。

 

「あのっ、なら何かこう、最近街の中で怪物を見たっていう話はないですか?」

「怪物? さあ…? 異形型個性…じゃなさそうね。私は知らないかな…。でも、そういう情報が知りたいなら尚更ドルーパーズに行ったほうがいいかもね。あそこはビートライダーズの溜まり場だから、噂話なんかも手に入りやすいかもよ」

「あ、ありがとうございました!」

 

 店員さんに一礼して、言われた通りの道を走る。案内された道通りなら、あそこの角を右に行って……!

 

「っ、何だ!?」

 

 急ぐ足に対して、その反対の曲がり角からずちゃ、ずちゃ、と濡れたブーツのような音がする。

 

 足を止め、そちらをキッと睨みつけると、現れたのは正しく異形。田んぼが人の形を無理矢理にとったような姿で、こちらに明確な敵意をを向けていることを感じ取れた。

 

 これでも“鬼”の末席だ。だから分かる。こいつが持つ邪悪な妖気。ほぼ間違いなく、魔化魍だ。

 

「こいつがドロタボウ……!? 特徴は一致してるけど、少し違うぞ!?」

 

 瞠目しながら、迫るドロタボウに距離を置く。その異様な気配に、少なかった通行人も嫌な感覚を覚えており、既に避難している所だ。

 

「ドロタボウの特性は、猛毒の泥と、音撃鼓以外の攻撃では子供を生み出すこと…! アカネタカ、京介さんに!」

 

『ピィイ――!』

 

 まず最初にやるべきことは、連絡だ。懐から取り出した音叉でディスクへ特殊な音波を当てると、それは鳥型に変形し、緑谷の命令に従って飛び去っていく。

 これこそがディスクアニマル。“猛士”から支給されるサポートアイテムであり、捜索連絡録画に録音など、様々な機能を備えている心強い味方だ。

 

 それを見送るや、再び出久は音叉を腕の前で鳴らす。変身音叉の音波を浴びた出久の体は変化を迎える。

 

 深緑の炎に包まれ、逞しい筋肉の鎧と金縁の顔が顕になる。

 

「―――ハッ!」

 

 腕で炎を振り払い、そこに立っていたのは、ただ一人の“鬼”であった。

 

「とりあえずっ、やるしかない!」

 

 体色と同じ緑色の鬼石が備わった音撃棒を抜き放ち、ドロタボウへと打ち込んでゆく。

 ドロタボウは鈍重だが、強力な魔化魍だ。それこそ、かつて確認されたドロタボウは、生半可な魔化魍ならば一撃で倒してしまうほどの威力を誇る響鬼の鬼棒術『烈火弾』の直撃にも耐えるほどだ。

 

 京介によって知識を脳に詰められたが、それが今まさに役に立っている。この場で倒すに越したことはないが、出久はそれを選ばなかった。

 未熟な自分が対処するよりも、ここでドロタボウを抑えて京介の到着を待つ。それが最も賢い選択だ。

 これが他の魔化魍であれば違った選択肢もあり得ただろうが、こと相手がドロタボウであるなら最善だ。付かず、離れず。ドロタボウの敵意を一心に受け、鼓の音撃であるため子供も増えない。

 

「このまま耐えれば…!」

 

 何とか攻撃を回避しながら、注意を惹き付ける。するとドロタボウはわなわなと身動ぎし、猛毒の泥を飛ばしてくる。

 

「危なっ!?」

 

 横転し、避ける。泥の当たった箇所を見てみると、舗装された道路だというのに見事に溶けてしまっている。人を簡単に溶かす猛毒だ。流石に鬼の体なら大丈夫だとは思うけど、それでもダメージにはなる。

 

 そのことに恐々としながらも、相手を見やるが、様子が可笑しい。

 

 ドロタボウに生えた草や蔦が急速に成長し、紫の毒々しい実を幾つもつけ始める。その様子に並々ならぬ不気味さを感じていると、後方から複数人の足音がする。

 

「通報を受けて来た!」

「お前が(ヴィラン)だな!」

「そこの彼! 相手の情報は?」

 

 顔を向ければ、何人ものヒーローがこちらへ向かってきている。その中には、当然遠距離攻撃を持つヒーローもいて……

 

「駄目です! 攻撃しちゃ――!!」

 

 時既に遅し。ドロタボウに襲いかかる岩石やエネルギー。直撃したそれを、ドロタボウは体でしかと受け止めた。けれど、全く応えた様子はない。

 

「…っ、タフなやつだ。ならもう一度――」

「だからっ、今すぐ攻撃をやめてください!」

 

 再び攻撃を開始しようとしたヒーローの腕に掴みかかり、その照準をずらす。その妨害に驚きこちらを見るヒーローだが、文句を言う前に変化が訪れる。

 

「おい、何か出てきたぞ!?」

「あれは……10年前の…」

「インベスだ!」

 

 他のヒーローの呼びかけに咄嗟に前を向くと、ドロタボウの背中の瘤が膨れ上がり、攻撃された分だけの初級インベスが出現する。

 

 この街で活動するだけあり、存在を知っている者もいるらしい。そこで、流石にヒーロー達も異変に気づいたらしい。

 けれど、当の出久とて困惑していた。

 

「ドロタボウの子じゃない…!??」

 

 明らかに異常事態だ。魔化魍であるドロタボウからインベスが生まれるとは何の冗談だ。

 

「おいアンタ、あいつについて何か知ってるのか? 普通の(ヴィラン)じゃ、ないんだろう?」

「…はい。詳しくは省きますが、あいつは魔化魍の一種です」

「魔化魍…!? あの、オロチ事件のか!?」

「そうです。相手の名前はドロタボウ。本来なら僕たちの持つある攻撃手段以外では際限なく新たなドロタボウの子供を生み出す能力を持っています」

「…そう、か。俺たちが余計な手出しをしたから…。すまねえ」

「いえ、大丈夫です。お陰で、相手の異常性も分かりました。どういうわけか、あいつは子供の代わりにインベスを生み出す能力を得ている。……すみませんが、インベスの相手は頼みます。この中で安全にドロタボウを抑えられるのは僕だけなので」

「了解した。尻拭いくらい自分たちでやるさ」

 

 出久の言葉に耳を傾けていた彼らは、真剣にそれを聞き取り増えたインベスに向かっていく。だがしかし、その意気に反して、インベスたちはドロタボウへと向かっていく。

 

「何?」

「仲間じゃないのか?」

 

 彼らもその姿に困惑し、動きを止めてしまう。やがて最初の初級インベスがドロタボウにたどり着くと、()()()()()()()()()()()()()()

 

「…マズイ! あれを妨害してください!」

 

 言うが早いか、出久も音撃管でインベスの体を撃ち抜いていく。だが、それでも何匹かのインベス達はその果実を口に含む。

 

『グァァアアア!!』『オオォォォォ!!』『シャァアア!!』

 

「嘘だろ…」

 

 ドロタボウの果実を口にした初級インベスたちはみるみるうちにその体が変化していき、最終的にずんぐりむっくりとした灰色の体から、ヤギ、シカ、ライオン、カミキリムシの姿をした姿へと変えていく。

 

 彼らこそが、初級インベスが新たな姿に至った『上級インベス』。その力は、仮面ライダーとて侮っていいものではない。




正直言いますと、今の出久では上級インベスと一対一でも厳しいです


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一気呵成の如く

 

 現れた4体の上級インベスが、呆然と立ちすくむ彼らへと襲いかかる。

 

「ぐわぁっ!?」

「こいつら、一体一体が強い!?」

 

 本能のままに襲いかかるインベスへと攻撃を仕掛けるが、いずれも大きな効果は得られない。初級インベスであったとしても常人を遥かに上回る肉体性能をしていたのだ。それが発展した姿であるならば、初級インベスなど比較にならない性能を誇っている。

 

 銃弾程度は外皮に阻まれ足を止めることすら出来ない。時にはアーマードライダーの攻撃すら容易く耐えるそれに、ヒーロー達は有効打を叩き出せない。

 

 インベスの驚異的な肉体性能と、それぞれに対応した動物の特性にヒーロー達は翻弄されていく。

 加えて、更に厄介なことが一つ。

 

「絶対に攻撃は受けるなよ!」

「は!? この中でか!?」

「そいつらに直接傷つけられるとそこから何かが入り込んでインベスになるぞ! 被害者も知ってる!」

「はぁ!? ふざけろ!!」

 

 そう。インベスに傷をつけられるとそこからヘルヘイムの種子が入り込み肉体の養分を吸い取って発芽する。そしてその状態が続いてしまうと媒介者すらもインベスと化してしまう。

 

 こちらの攻撃力は意に介さず、そのくせ一撃でも貰うとアウト。倍々ゲームでインベスが増えていくという恐ろしい事態になってしまう。

 

 更にヒーロー達に混乱を齎すのは、インベスは(ヴィラン)ではないということだ。(ヴィラン)は個性を持て余した人間。悪意をもって活動する犯罪者。しかし、インベスはただそういった生態を持つだけの生物なのだ。

 

 故に、全ての攻撃が殺意を持っており、また人間の心理など通用しない。正しく怪物だ。

 

「このっ…!」

『Guruaaaaaa……!』

 

 襲いかかるライオンインベス相手に応戦するも、相手も相応に強い。今は何とか攻撃をしのいでいるが、パワーとスピードもあるライオンインベスは強敵だった。

 振り回される爪を何とか受け止め、音撃棒で腹に強烈な一撃を加えるも、大した効果もなくすぐに向かってくる。

 

「まずいぞ…! ドロタボウを相手するどころじゃない…!」

 

 ライオンインベスははっきり言って今の出久より強い。最早他のヒーロー達の援護すらままならない。

 

「鬼棒術『烈火弾』!」

 

 距離を取り、音撃棒を交差させる。高まった妖気を鬼石に宿し、緑の焔弾を叩き込む。出久の有する攻撃手段の中でも強力な技。これの直撃を受けたライオンインベスは流石に応えたのか外皮から火花を散らして数メートル転がっていく。

 

『Gaaaaaaaaa……!』

 

 しかし、それでも致命打には届かない。怒り狂う爪の連撃は、いかに鬼の肉体であっても完全に防げる威力ではない。

 

「うぐぁっ……!?」

 

 今と逆。出久は弾き飛ばされ地を転がる。倒れた出久に対して、一気呵成とライオンインベスは飛びかかる。ネコ科動物特有の跳躍力で、迫る次撃に、最早成すすべはない。

 

『GRuaaaa!!』

「ぐぅッ…!」

 

 間一髪。音撃棒を割り込ませ爪の一撃を防ぐ。追撃は逃れたが、鍔迫り合いに持ち込まれた。いくら鬼が強靭な肉体を誇っていようと、それは相手も同じこと。加えて、出久は未熟な上に姿勢も悪い。

 このままでは、変身解除にまで陥ってしまうことだろう。

 

(どうすればいい…!? 助けを…無理だ。インベスの相手で精一杯だ。自力で切り抜けるしか…!)

 

 窮地に陥った出久は何とかこの危機から脱しようと頭を働かせるが、生憎とそのような方法は出てこない。

 

 何せ、ライオンインベスだけでこの有様だ。プロヒーローも上級インベス相手によく立ち回っているが、その実逃げ回っているに等しい。

 第一、ここを抜け出しまぐれでライオンインベスを倒したところで、後がない。

 力を使い果たした自分は役立たずとなり、他のインベスは暴れまわる。そして、ドロタボウが健在な以上この事件が本当に終息することはない。

 

 ならばその下手人は一体何をしているのかと、そう睨みつけるが、ドロタボウはゆらゆらと揺れ動くのみだ。否、目の前で変化が起きた。

 先程と同じように、ドロタボウの背後にクラックが出現する。やはりあのドロタボウがクラックを開いているのかと思いきや、それにしては様子がおかしい。

 追加の増援も何もなく、ドロタボウは振り向いてようやく存在に気づいたらしい。緩慢な所作で通り抜けるドロタボウを確認した後、クラックは閉じた。

 

(ドロタボウの意志じゃない…のか?)

 

 少なくとも、出久にはドロタボウが自力で発生させているようには見えなかった。

 そのことに気を割きながらも、今は去ったドロタボウより目の前のインベスたちに注力する。

 

 この状態では、出来て一体を道連れ。このまま倒れるよりはいいはずだ。そう考え、バックルの音撃鼓に手を伸ばし―――

 

「ブドウアームズ! 龍・砲・ハッハッハッ!」

「メロンアームズ! 天下・御免!」

 

「どりゃああっ!」

「ハアッ!」

 

 葡萄を模した銃から撃ち出されるエネルギー弾は多数のインベスにダメージを与え、ライオンインベスとて例外ではない。

 突然の銃撃に怯んだ隙を逃さず腹を蹴り飛ばし離脱する。

 

「あっ、貴方達は…」

 

 何とか窮地を脱し、それを成したのは何者かと顔を向ける。

 

 方や緑のスーツに中華風のブドウ型の鎧を身に纏い銃撃を食らわせるライダー。方や白い騎士のような姿でメロンを模した盾と剣の立ち回りで4体もの上級インベスを相手取るライダー。

 

「仮面ライダー龍玄と、斬月…」

 

 彼らは双方とも、沢芽市に現れたアーマードライダーだ。龍砲による銃撃と剣盾一体の完成された剣技。分かってはいたが、なまじ力がついただけにその強さが分かる。

 

「すごい…」

 

 龍玄は射撃を行いながらプロヒーローを下がらせているけれど、その間斬月は4対1だ。だというのに、対応できている。それどころか、一方的にインベスにダメージが蓄積されていっている。

 

 盾と剣のバランスがいいのは勿論なんだろうけど、何よりすごいのは技術だ。きっと多分、この世では彼以上にあの武装を活用出来る人物なんていないだろうと思わせるほどの大立ち回り。

 その動きに見惚れていると、戻ってきた龍玄が僕に近寄ってきたインベスを撃ち抜いていく。

 

「あ、ありがとうございました! 僕は今回猛士との連携役として来た人の付き添いで……」

「っ…じゃあ、君が出久くんだね。京介さんから話は聞いてるよ」

「京介さんから…? そうだ、京介さんは…」

「さっきまで一緒にいたけど、何かを見つけたらしくて別行動中だよ。でも、インベスが出てるなら僕たちが来て正解だったみたいだ」

 

 そう言って、こちらを睨みつけるインベスに相対する龍玄。流石歴戦のアーマードライダーというべきか、これ程の上級インベス相手でも自信を崩さない。

 

 銃を構えて射撃しながらその群れに突入する姿を見ながら、再び自分を奮い立たせる。

 こうなったら、もう後の事を心配する必要はない。立ち上がり、音撃鼓を左腕で持つ。

 

「一体くらいは仕留める!」

「ハアッ」

「でぇいっ!」

 

 上級インベス相手に抜群のコンビネーションを見せ、優勢に立つ二人のライダーに安心感を覚え、衝撃から立ち直ったライオンインベスに向き直る。

 

『Gaaaaaa…!』

 

 何発もの攻撃を食らったライオンインベスは、けれど戦意を衰えることなくこちらに構える。その余裕綽々といった佇まいは、さっきの龍玄には見せなかった。

 

 侮られているんだろう。軽んじられているんだろう。当然だ。僕は彼らほど強くはないし、経験も足りない。

 

 でも、それでも僕は響鬼さんと京介さんの弟子として、“鬼”として、やり通さなければならない。

 

「ふぅ――――――……」

 

 音撃棒を手の内で回す。精神を集中させ、この世界と肉体に満ちる妖力へ意識を傾ける。熟練の鬼なら目まぐるしい戦闘中でも瞬時に引き出せるが、実戦経験の少ない僕はルーティーンとして行わざるを得ない。

 

 その姿が、隙を誘ったのだろう。サバンナの獲物を狙う狩人のように、ライオンインベスはその爪を振り上げ――――――

 

「だあっ!!」

 

 逆に飛び込むように前へ転がり込む。目測の外れたライオンインベスは、着地後すぐにこちらへと攻撃を仕掛けるがもう遅い。

 

『!!?』

 

 既に、そのタイミングで音撃鼓は打ち込まれていた。

 

 腹に着けられた鼓は巨大化し、ライオンインベスの体の自由を奪う。防御行動すら封じられた相手は弱点を曝け出すかのように停止し、ただその身に降りかかる不幸を待つのみだ。

 

「―――ハアッ」

 

 準備が整った。斜めに構えられた音撃棒に緑炎纏い、一足にライオンインベスへ走り寄る。

 

「一気火勢の型ァ!!」

 

一気火勢

 

 渾身の力を込めて、音撃棒を同時に叩き込む。これまでの何より重たい衝撃。

 この技は、試験で放った火炎連打のように連続して打ち込む音撃ではない。……だがその分、この一撃にすべてが籠もっている。その勢い、まさに一気呵成の如くだ。

 

一気火勢

 

『ガ、アァァァァ―――ッッ!!?』

 

 よろめくライオンインベス。通り過ぎざまに放たれた音撃が、体の芯を突き抜ける。やがて、己の背後にいる下手人へ目を向けたライオンインベスは、断末魔の悲鳴を残す暇もなく爆散した。

 

「はぁ…はあ…っ」

 

 しかし、出久も疲労困憊だ。変身体はまだ維持できているが、もし戦うことになれば初級インベスにすら下手をとりかねない。

 

 間違いなく、出久が一人で戦った敵としては最強の相手だった。はっきり言って雄英試験の0Pロボが所狭しと並んでいたほうがまだ勝ち目がある。……いや、それはそれで怖い。

 

 響鬼さんであれば、京介さんであればあんな無様は晒さなかったんだろうな、と少し自嘲し、けれど今の実力を正しく知る機会でもあった。そう考えれば、大事に至らなかっただけマシなものだ。

 

「そうだ、お二人はっ」

 

 意識を戻し、より多くの上級インベスと戦っていた二人に目を向ける。

 

 斬月が無双セイバーでインベスの装甲をものともせず切り裂き、攻撃は盾で完全に防がれる。加えて龍玄の射撃でどこにも安息地はない。

 業を煮やしたカミキリムシインベスが触覚を鞭のように長くしならせるが、龍玄に撃ち阻まれ、斬月に切断される。

 

「光実!」

「はい! 兄さん!」

 

「メロンスカッシュ!」

「ブドウスカッシュ!」

 

「「はあああぁぁ――――――ッ!!」」

 

 緑のエネルギーを纏った無双セイバーがインベス達を纏めて両断し、東洋龍を象ったエネルギー弾が呑み込んだ。

 

「すごい…」

 

 あれだけの上級インベスが、まるで相手になってない。やっぱり自分はいらなかったのではないかと思い始めたその時、二人が変身を解除しておもむろに僕の元へとやってくる。

 

「…さて、緑谷出久だな。今回の件とインベスの足止め、感謝する。俺の名は呉島貴虎。沢芽市(ここ)の復興作業とインベスなどについての対処をしている者だ」

「僕は呉島光実。今は兄さんの補佐とかをしてる。僕からも、ありがとう。最近現れたクラックのせいで対処できないところも増えてきてて…それでヒーローがインベスにやられてしまうこともあったんだ」

「え、あっ、いや。僕の方こそありがとうございました。あのままだったらやられていたので……」

 

 何度も頭を下げる。それに、呉島という名字には覚えがあった。沢芽市に来る前、ドロタボウに関しての話を持ちかけていた人の名前だからだ。……まさか、その人が斬月だったとは思わなかったけど。

 そう思っていると、貴虎さんは不思議そうな顔でこっちを眺めている。割と厳しめの顔つきだから、結構圧がある。

 

「あの…何か?」

「…いやすまない。やはり他の仮面ライダーはかなり造形が違うなと思ってな。変身は解かないのか?」

「あっ……、すみません。あの、普通の服のまま変身しちゃったので、服が燃えてしまって……、暫くはこれでお願いします」

 

 咄嗟のことだったので忘れていたが、このまま変身を解くと裸を晒してしまう。何とか許可をとって頭だけ解除すると、またもや驚いたような顔になる。

 

「…なるほど、アーマードライダーの様にスーツを纏っている訳ではないのか」

 

 貴虎さんの言葉に、言われてみればと思い返す。確かに猛士の鬼のように肉体を変化させるライダーもいれば、特殊な装備である場合もある。こうまでバラバラなのに『仮面ライダー』で統一されているのは何故だろうかと思っていると、ふと変な妖気を感じて目を向ける。

 

「何だろう…」

 

 そこは、ドロタボウが立ち去った場所で、ひとつだけポツンと、あの毒々しい果実が落ちていた。

 

「…っヘルヘイムの果実…!」

 

 光実さんが言い放ち、貴虎さんが回収する。毒々しい果実を手にした貴虎さんはまじまじとそれを眺め、ベルトを確認すると「変種か…」と呟いた。

 

「何でヘルヘイムの森の果実が? インベス達に紛れ込んだのか…?」

「そのことなんですけど、あれが僕たちの追っている魔化魍から沢山生えてきて、それを食べたインベスがあの姿になっていったんです。何か情報を知りませんか?」

 

 僕がそう言うと、貴虎さんたちは真剣に考え込むように眉間にしわを寄せ呟いた。

 

「事態は思ったより深刻なのかもしれないな…。よし、ついて来い。その件で会議をする必要がある」

「 はいっ、分かりました」

 

 そう言って前を行く貴虎さんの跡を追う。森の果実とか、ドロタボウの異変、そしてライオンインベスとの勝利後なため、気を抜いていたのだろう。

 

「デクの野郎……!」

 

 遠くからの影から、こちらを見る視線には、終ぞ気が付かなかった。




燃えた出久の服には『伝説のヒモ』とプリントされてました


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情報共有と煮立った思考

お ま た せ 


 

 

 貴虎さんたちに連れられ向かった場所は、例のフルーツパーラー『ドルーパーズ』だった。

 やっぱりというか、そこには凰蓮さんもいたし、何なら京介さんや知らない男の人達も一緒にいた。何も言わないあたり、彼らもきっと関係者なんだろう。

 

 ドルーパーズの店長さんに連れられて新しい服を貸してもらうと、京介さんと貴虎さん主導での話し合いが始まった。

 

「さて、全員揃ったな。では始めるか」

 

((((親しみやすさ……?))))

 

 貴虎が話し始めたが、その場の視線は緑谷に向いていた。何故なら、彼の来ているシャツはピンク地に白で『親しみやすさ』とプリントされており、謎にインパクトのある姿に目が奪われてしまっていた。

 

「 みんな何を余所見している。これは全員に関係する事柄だぞ」

 

 そんな中、貴虎だけはその理由に気づかず話を続けたが、終いには京介が咳き込むことで話を戻す。

 

「話を戻すが、この街で今異変が起こっていることに気づいている者はどれくらいいる?」

 

 問われ、手を挙げるのは僕と京介さん。そして凰蓮さんとザックさんだ。残りの二人…城乃内さんと仁藤さんは思いの外挙がったことにショックを受けたのか仲間を見るような目で互いを見やっている。

 

「ありがとう。知らない者もいるようだが、確認も含めて話させて貰う」

「ちょっと待った。普通に馴染んでたから言いそびれたけど、この三人は誰なわけ?」

 

 城乃内さんが僕達を指して尋ねる。その疑問を貴虎さんは尤もだと返しながらも、話しながら説明すると言えば城乃内さんも席につく。

 

「まず、こちらは共通の認識として語らせてもらうが数ヶ月ほど前からここ沢芽市に新たなクラックが出現した。発見当時は異常もなく、数分ほどしたら自然消滅した故に侵食もない。そんなことが暫くの間続いた。俺と光実で調査していたが、数週間前を堺にこちらに敵対的なインベスの発生を確認した。直ぐに処理したが、その先の森で採取したヘルヘイムの実が変化しなかったことから、おそらくは変種だろう」

 

 変種…。確かドロタボウの落とした実にもそう言っていたような…。

 

「その間も調査は続けていたが、分かったことと言えば、この件に葛葉は関与していないということぐらいだ。ほぼ進展はないに等しかった。原因不明であり、対処療法にしかならなかった現状に、ある存在が現れ始めた。それが―――」

 

 貴虎さんの語り口調に、みんな真剣な顔で頷き次の言葉を待つ。しかし、その言葉を拾ったのは他ならぬ京介さんだ。

 

「―――なるほど、ドロタボウという訳だ」

「そういうことだ」

「ドロタボウ? なんだそりゃ?」

「馬鹿、泥田坊ってのは日本に伝わっている妖怪で、確か子供のために田んぼを遺して死んだ爺さんが、農業を継がずに酒を飲んで遊んでばっかだったから「田を返せ〜」って感じで化けて出たって話よ」

 

 疑問の主、ザックさんが城乃内さんに説明されて、凰蓮さんがズバッと切り込む。

 

「それで。その妖怪とやらが今回のことに関わってくるのかしら?」

「ああ、奴は明らかにヘルヘイムに寄らない存在だ。しかしやっと現れた新たな進展だ。情報もない中で無闇に関わるのは避けるべきだと判断した俺は、数少ない目撃情報や身体的特徴を一致させ、専門家を呼び寄せた」

「なるほど、それがこいつらって訳か」

 

 成る程合点がいったとこちらをまじまじと見るザック。京介はその好機の視線に辟易としながらも、仕方のないと割り切っているのか然程咎めることもなく説明に入る。

 

「紹介に預かった。猛士から派遣された桐矢京介だ。こっちは弟弟子の緑谷出久。俺たちは“鬼”…今風に言えば魔化魍と戦う仮面ライダーとして活動している」

「魔化魍…。確か何年も前に話題になっていたアレか」

「ああ。詳しくは省くが、概ねそちらのインベスの様に人外の化け物だと認識してもらっていい」

 

 分かりやすい一例を出された彼らは、各々の解釈に当てはめて納得する。

 

「ちょっと待てよ。それじゃ、俺達じゃ力不足ってことか?」

 

 この場において、誰よりも熱血漢なザックが眉をしかめて問いただす。

 彼は一時こそ軽薄な態度を取っていたがユグドラシルの一件で成長し、人々を守るために戦ってきたアーマードライダーとしての自負がある。

 確かに、ザックは変なプライドに固執するような男ではないし、協力も有り難く受け入れる人当たりのいい人物ではある。

 だがしかし、ここは自分たちの戦ってきた土地だ。かつてのリーダーとある青年に託されたこの街の問題に、自分は蚊帳の外で勝手に部外者を呼び入れたことは、少なからず自負している己の力を疑われているようで、我慢ならないことでもあった。

 怒鳴らないのは、それだけ貴虎の慧眼を信頼しているということでもあったが…。

 その視線を向けられた貴虎は、しかして動じることはなく、京介とすり合わせた認識を交え、依頼した概要を端的に伝えた。

 魔化魍の特性。そして何よりドロタボウという厄介な性質を持つ敵の姿が確認されたことを。

 

「……なるほど、そいつらの攻撃じゃなきゃ倒せないどころか、同じ強さのやつが増え続けるってことか」

「確かに、もし出くわして無闇に攻撃してればと考えると……怖いねぇ」

 

 確認のために声を絞り出したザックに、城乃内が相槌を打つ。

 

「その認識で間違いない。が、一つ予想外の事態がある」

 

 京介の言葉に続き、貴虎の手から彼らの前に一つの果実が差し出される。ドロタボウから実り落ちた、ヘルヘイムの果実だ。

 

「「「!」」」

 

 この場に集うのは、みな歴戦のアーマードライダー達。これが何を意味するのか理解できない者はいなかった。

 

「…これが、ドロタボウの元から落ちたものだ。それに、異常はそれだけじゃない。緑谷」

「は、はいっ。僕が最初に出会った時は、普通のドロタボウとの違いは蔦が巻いたような見た目だけでした。でも、駆けつけたヒーローの方が攻撃すると、瘤からは子供じゃなくて、ずんぐりむっくりの…灰色のインベスを増やしたんです」

 

 分かっていたとはいえ、この人数に自分の意志を表明するのは少々勇気がいる。それでも、やや早い鼓動に従って一息に情報を伝えた。

 明らかに緊張していることが丸わかりの説明に、逆に冷静になった彼らは、大人しくその事実を受け止める。そして、今まで沈黙していた凰蓮が鋭い指摘。

 

「それは大変。雑兵とはいえ無限に増やされちゃ溜まったものじゃないわ。いつかは抑えが効かなくなるかもしれない…。でも、その程度じゃここまではしないでしょう? 何かあるのね?」

「……はい。インベスを生み出したドロタボウは、体中に生えてる蔦から、何個ものヘルヘイムの実を実らせていて、それを食べたインベスが進化しました。その後、ドロタボウはクラックの中に戻って…」

 

 出久の説明を聞いた彼らに、沈黙が訪れる。かつてのヘルヘイムの侵略に比べれば、一個体が出来ることなど高が知れている。

 その進行もかつてのものとは比べ物にならないほど緩やかで、その脅威も以前より周知されているため大事に至りにくい。

 

 では何が問題なのか。それは、自分たちではその大本を断つことが出来ない、ということだ。

 かつての侵略は、不定期にクラックが開くことによる散発的なものだった。しかし、それはこちらに現れた植物たちを焼くことで対処出来、クラックも事故のようなもので、それこそ偶発的なインベスによる被害もそう多くはない。

 しかし、ことドロタボウは別だ。本体が倒せないのに、対抗すれば種子を植えてくる侵略生物を増産し、ランダムな場所に果実を持ち込んでくる可能性があるからだ。

 それに、たちが悪いのが今回のクラックの性質だ。クラックによる侵略被害は、その維持時間により早期に発見出来ており、この街に侵略を始めたのならすぐに把握できる程度には目立つ。

 けれどもドロタボウが現れ、消えていったクラックは直ぐ側に現れ役目を果たすと消滅した。それはまるで、アーマードライダーやオーバーロードインベスのように、自由に移動できるようではないか。

 そのくせ、敵対的でどこにでも現れ、手のひら程度の果実をどこかへ落としていく。見た目から分かりやすい森の侵食ならいざ知らず、手のひらサイズの果実では場所も数も正確に把握できるものではない。

 

 纏めると、何処にでも現れ、倒せない敵が無限にインベスを増やしつつ、街中にヘルヘイムの実をばら撒いているという状態だ。

 公になっていないヘルヘイムの実の特性に気づいて届け出る者がどれだけいるだろうか。はたまた、知っていたとしても己を摂取させるように誘導する侵略の果実に抗える者がいるだろうか。

 

 下手をすれば、一般の住民が被害に合うだけでなく、変化してしまったそれらを()()することだってあり得る。

 

 そのことに気づいた彼らは険しい顔、及び何かを思い出すような様子を見せる。

 

「このことは街に?」

「ああ。核心となる部分は伝えていないが、似たような果実を見かけたら決して近づかずこちらに通報するように今手掛けている」

「でも、やっぱ早くやらねえと不味いよな」

 

 貴虎の言葉に最大の懸念は収まったが、それでも息をついていい場合ではない。ザックの言う通り、早期に対処せねばそれこそねずみ算式に被害が拡がりかねないのだから。

 

 彼らがそれを強く認識したタイミングで、貴虎は強く声を上げる。

 

「だから俺たちで片をつける。そして、ここにはその為の戦力が揃っている。……各自、区域ごとに分担して捜索網を張るぞ。遭遇者は直ちに位置情報を送信して合流するんだ。猛士以外では討伐できないとはいえ、被害を抑えることは可能だ。対処療法でしかないが、今はこれが最善だろう。仕留められるのならばそれでよし。だがここで留意しておいてほしいのが、仮に逃がしても一人では追跡するな」

「な、何で」

「ただのインベスなら俺もそうは言わない。だが、今回はイレギュラーな要素が多い。確実に根を断つためには、保険を重ねなければいけない。……異論はないな」

 

 返答は深い首肯。誰もが異論はなかった。

 

「よし、それでは今から指定した区画の担当を決める。光実はチーム鎧武の周辺をメインに、ザックは――――」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 各自解散後、出久は振り分けられた区画にて与えられた端末を弄りながら散策していた。

 どこかに異常はないか、あの妙な妖気はないかと、感覚を研ぎ澄ませる。人間態といえど、猛士の一員となれば五感も発達している。それにより確実に捜索範囲を広げていた出久たが、ふとあることに気づく。

 

(…あれ、何か妙に人が少ないや)

 

 昼間、かっちゃんと会った時は普通に出歩いていた人が減っている。ドロタボウが原因かとも思ったが、ここは遭遇した場所とは離れている。実際に目にした人達ならばともかく、話程度でここまで人はいなくなるものかと、そう考えたのだ。

 

 それも、今の価値観ならば仕方のないことかもしれない。たとえ凶悪な犯罪者が現れたとしても、己の目の届く範囲にいなければそれは対岸の火事。眼の前にその悪意が迫るまで、怖い怖いと言いながらもどこか「自分だけは大丈夫だ」と考えるのだ。

 

 だが、その想像はいい意味で裏切られている。スマホを見ればこの街の情報発信局からの勧告が出ている。

 いつ撮られたものなのか、そこにはインベスの姿が添付されている。その内容は、過去に起こった時同様にインベスが現れたことと、神出鬼没であるということが記され、重要事項としてインベスによる攻撃の感染効果などが細かく記されている。

 

 成る程、ここまで現実的に起こりうる可能性を示されては、例え巫山戯半分でも関わりたくはない。加えて、過去の教訓が役立っているのだろう。

 今の若い大人の世代の殆どが、実際にインベスたちの危険性を知っている者達。となればその情報の信頼性も高く、より注意の輪が広がり迂闊な行動をする者も少ないだろう。

 

 ……とはいえ、それでも完全にゼロに出来ている訳では無い。確かに数は減ったものの、その情報を受け取っていない住民もいる。

 

 そんな人達を犠牲にしないため、ぐっと気を引き締める。そうして、クラックの特徴的な音を聞き逃すことのないように集中して歩いていると、後方から聞き慣れた声がする。

 

「デク…!」

「っかっちゃん…!」

 

 爆豪だ。それも、その声音はすこぶる悪い。ズンズンと駆け寄ってくるのが背中越しでも伝わる中、どうしたものかと恐る恐る振り返り――――

 

「うわっ、何するんだ!」

 

 ――――思い切り突き出された右腕の大振りを、苦も無く躱して腕を掴む。

 

 そのことに、ただでさえ歪んでいた爆豪の顔は更に深い皺が刻まれる。それはそうだろう。気に食わない奴が、何らかの秘密を隠して力をつけており、歯向かった末に()()()()()()()まで見せつけられた。

 それに加えて、今の背後からの不意打ち。声を出していたとして、個性を使っていなかったとしても、振り返ったその一瞬で完全に対応してみせた。爆豪も身体能力のセンスは素晴らしいが、それでも簡単には解けない拘束。不意打ちを対処され、たやすく動きを封じられたことに、爆豪はさらなる苛立ちを募らせる。

 

「っ…離せや!」

「離すわけ無いだろ!? 後ろからいきなり殴りかかってくる人を!?」

 

 これに関しては出久が正論。力づくで振り払おうとする素振りを見せるが、力の起点を抑えられており、加えて掌も内側に向けられているせいで個性も使えない。

 ならばと、空いている左手を出久の腕に向けるも、それは出久も読んでいる。させまいと手を伸ばすが、瞬間その拳が開け放たれる。

 

「!」

 

 爆破が来る! そう思い咄嗟に腕を外へ弾くが、これが爆豪の策だった。

 弾かれた勢いそのままに地面に向けて個性を発動し、爆風で出久諸共体を持ち上げ、予想外の浮遊感に襲われる出久をそのまま地面へ投げる。

 

「うぐっ」

 

 背中を打ち付けた緑谷はくぐもった声を上げるが、対して優位に立った筈の爆豪の顔は厳しい。

 起き上がった出久は形式状のファイティングポーズは取るが、それでも爆豪に対する敵意はない。

 

「…なれよ。さっきの姿に」

「さっきの…って見てたのか!?」

「ああ…。ヒーローを押しのけて殴りかかるテメェがな。それとも何だ、俺相手にゃ使うほどもないってか、アァ!?」

 

 苛立ち、驚愕、鬱憤。あの戦いを見て、ヒーローよりも上手く立ち回っていたこいつの技量に。一年でどんだけ実力をつけたのか分からねぇこいつの成長に。そして、あれを見て敵わねぇかもしれねぇと思ってしまったこの思考に。

 その集積が、爆豪を短慮なヤケに走らせた。市街地での個性発動による他者への暴力。大事な入学式を控えたこの期間に、その行動のデメリットを考えないはずはない。

 だがそれでも、煮立った思考が脳を支配してしまったのだ。

 

 爆豪は緑谷を睨みつける。緑谷は対応するように爆豪を見据える。

 

 いつの間にそんな力つけやがったという疑念と、それを自分に使おうとしない怒り。

 

 ごちゃまぜのまま問を投げかけようとした瞬間―――。

 

「きゃああぁぁ―――っ!」

 

 ―――悲鳴が轟いた。

 

「「っ!」」

「ごめんかっちゃん! また後で!」

 

 悲鳴が聞こえるや否や、ファイティングポーズを解いた緑谷はタブレット端末を開きながら、爆豪を無視して走り去ってしまった。

 

「〜〜っの野郎…!」

 

 あまりに躊躇なく踵を返す緑谷への恨み節を呟きながら、爆豪はその後ろ姿を追うのであった。

 




すげぇ…もうすぐ1年立つのにまだ雄英にも入ってねぇ…。


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