ようこそクズヒモ男の教室へ (妄想癖のメアリー)
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第一章
冷たい男と天才少女


 

 

 

 突然だが、この話を聞いている皆さんは『鉄は熱いうちに打て』ということわざを聞いたことがあるだろうか? 聞いたことがないって人はあまりいないだろう。

 元々は西洋で使われていたものが、江戸後期頃にオランダから入って広まったという珍しいことわざなのだが、そこは置いておくとしよう。

 

 意味をざっくり説明すると、「すべての物事にはチャンスがあるから、それを見逃しちゃだめだよ」とか「勉強や鍛錬は若いうちにやっとけよー」みたいな意味になる。

 もう少し詳しく知りたいと言う人が居たら、wikiかなんかがあるだろうからググってくれ。

 

 さて、こんな誰でも知っていることわざの話をして、一体コイツは何が言いたいんだと思われてそうなので本題に入る。

 

 まずは俺の自己紹介から始めよう。俺の名前は斎藤(つむぎ)()()年は15歳だ。ここに含みを持たせた理由は後にテストに出るから覚えておいてくれ。

 そう、15歳。紆余曲折あったが無事中学校を卒業し、これから高校生になるというピチピチボーイだ。さっきのことわざで言うなら真っ赤っかな鉄だろう。

 しかし、俺には生まれた時から()()()()()()()()()()()()。ただあるのは『いかに楽して人生を充実させるか』これだけなのだ。

 

 サッカー選手? 医者? 宇宙飛行士? ノンノンノン。確かに良い夢だ、だが勝手にやっててくれ。

 一度完全に冷めてしまった鉄は、もうその形を変えることは無いのだ。今まで一切希望などない環境で、泥水を啜りながら生き長らえてきた。今更そんなにピュアな人間には成れっこない。

 

 

 

 だったらお前の夢は何だって? そりゃあ────可愛い女の子のヒモになること以外ないだろ。

 

 

 

 自らは社会の歯車として身を粉にして働かず。帰ってきた美人の嫁さんの足と肩を揉んだ後抱き合いながら寝る……何と夢のある生活だろう。これ以上の幸福はあるだろうか? いやない。

 

 そしてその為に俺は、生まれた時から自分磨きを欠かさなかった。運動をやればモテるという旧時代的偏見を前面に押し出し、地域の様々なスポーツクラブ等に通った。

 サッカー、野球、バスケ、水泳etc……幸い前世から他人に寄生して飯を食らっていたため、コミュニケーション能力に関してもさして問題なかった。

 

 そして小学校に入学して少しが過ぎたころ、俺は唐突に気が付いてしまったのだ。()()()()()と。

 何という由々しき事態だ。ヒモになるために自分磨きをしてきたばっかりに、いつしか俺の周りには男ばかりが集まっていたのだ。

 

 これでは可愛い幼馴染を自分色に染め上げて、そのままの流れでゴールインするという夢が達成できなくなってしまう! 

 

 

 

 こうなればヤケだ。周りから孤立している女の子を片っ端から落としていこう。現代の光源氏に、俺はなるっ!! 

 

 

 

 ……と思って行動したのが運の尽きだったってわけで────

 

 

 

「何ですか紡君。死んだ魚のような目をこちらに向けないでください」

 

 ……ちょっと理想の嫁さんには遠いかなぁ。おっぱい小っちゃいし……って痛!? 

 

「ちょ!? 俺なんもしてないんだけど!?」

 

「失礼なことを考えていましたよね。一体何年の付き合いだと思っているのでしょうか? そのくらい手に取るように分かります」

 

 

 

 ────俺の光源氏計画は、最終的に天才幼女1人を釣り上げるという結果に終わることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────朝。斎藤紡は、バスの心地よい振動に身を任せていた。

 窓の外で流れるのは、今ではすっかりなじみとなってしまった第二の故郷。

 歩道に等間隔に植えられていた街路樹には、美しい桜の花が咲いている。

 そんな春を思わせる窓の外を見て、斎藤は言い知れぬノスタルジーを感じていた。

 

(あの時からもう13年か……早いもんだよなぁ)

 

 窓際に肘を置き、外をぼんやりと眺める斎藤。

 そんな彼の隣に座っていた銀髪の少女が、ため息を吐きながら声を上げた。

 

「これから入学するって時に、一体何ですか? その辛気臭い顔は」

 

 少女・坂柳有栖は、呆れているという心の内を隠そうともしない。

 そんな見慣れた彼女の表情に、斎藤はそのまま動かずに返答する。

 

「いや、なんか……この景色とも3年間お別れかーって思って」

 

「そんなこと思う質じゃないでしょうに」

 

「まあ、確かに」

 

 その言葉を最後に、バスの中には沈黙が流れる。

 2人とも積極的に会話を進めるようなタイプではない為、仕方のないことだろう。

 

 混雑を避けて早い時間の便に乗ったため、彼ら以外の乗客は1人もいなかった。

 

「それにしても、こんなに早い時間帯に乗らなくても良かったのでは?」

 

「もしギリギリの時間帯に乗って座れなかったら大事でしょ?」

 

 そんな坂柳の言葉に、斎藤は目線を左下に向けて答える。

 彼の目線の先には、坂柳が右手に持っている杖があった。

 

「あら、紡君がそんな気遣いを見せてくれるだなんて。成長を感じますね」

 

 口に手を当てながら、わざとらしく語る坂柳。

 

「有栖ちゃん、テンション高くない?」

 

「昔のあなたほどではありませんよ」

 

「……頼むからそこは蒸し返さないで」

 

 頭をポリポリと掻きながら目線をそらす斎藤。

 そう。今でこそ静かな彼だったが、昔からそうではなかったのだ。

 黒歴史を思い出した為か、それをかき消すようにため息を吐いて上を向く斎藤。

 

「ジタバタと動かないでください。狭いんですから」

 

「えぇ……他の席に座ればいい所を、隣が良いって言ったのは有栖ちゃんでしょ?」

 

「私と隣は嫌でしたか? ……残念です」

 

「別にそうとは言ってないって」

 

 一見すると、本当に悲しそうな表情を浮かべている坂柳だったが、斎藤にその手は通用しない。

 彼が否定した途端に、その暗い表情は一転して挑戦的な笑みへと変わる。

 

「そうですか。安心しました。まさか、釣った魚をそのまま放置するのかと心配しました」

 

「釣られたのは俺の方な気がするけど……」

 

 そうボヤく斎藤に対して、痺れを切らしたように告げる坂柳。

 先ほどまでのからかうような表情は鳴りを潜めて、真面目な口調で言い放った。

 

「ほら、あなたがそのままだと私まで調子が狂います。これから生活の門出を迎えるんですから、いつもの調子に戻ってください」

 

「…分かったよ。そんなに楽しみ? 『高度育成高等学校』に行くの」

 

 斎藤のテンションが異様に低いのと同時に、坂柳はいつもに比べてかなり饒舌になっている。

 その理由の当たりをつけた彼は、心底理解出来ないと言った様子で坂柳に問いかける。

 

「ええ。なにせ日本の未来を支える優秀な人材が揃うところですから。一体どんな方たちが居るのか、凄く楽しみです」

 

「……ま、そういう事なら俺も切り替えてくか。何時までも後ろ向いてたら始まらないからね。有栖ちゃんもその小っちゃい胸を弾ませてるs……痛ァ!?」

 

「私、紡君のそういう所はホントに嫌いです」

 

「ごめんなさい」

 

 

 

 ────この物語は、最低のヒモ男と、それに釣られた天才少女が、紆余曲折ありながらも幸せに結ばれるお話である。

 

 

 



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新たなる出会い

 

 

 

 前回の独白で何となくわかったと思うが、俺は転生者だ。と言ってもアニメでよくあるようなトラックにひかれたわけでも、召喚されたわけでも、神に会ったわけでもない。自らを自覚したのは3歳の時。

 とある調査によると、人間の記憶で最も古いのは、大体3歳前後の記憶らしい。その点で言えば俺はいたって普通の子供だ。前世の記憶が無ければ、だけども。

 

 思い出した当時はかなり錯乱した。体が思うように動かず、なおかつ死んだと思ったら別の子供の記憶が混じっているのだ。誰だって泣きたくもなるだろう。階段でうずくまって泣いていた俺を見た親が、階段から落っこちたのかと勘違いしたのは幸いだった。

 輪廻転生……本当にあるとは思わなかった。しかし、そんなスピリチュアルな現象を到底信じられなかった俺は、親のパソコンを借りてこの世界について調べた。その結果として分かったのは、俺が死んだであろう時間と、今の俺が生まれたであろう時間が被っていたのだ。

 

 その時は正直ゾッとした。だって時を遡ったんだぜ? 輪廻転生なんかよりもよっぽど気味が悪い。そして同時に判明した事実として、『俺の元居た世界とこの世界は違う世界』だったという事。大まかな歴史の流れとかは同じだが、戦後の総理大臣や、歴史に名を残す大災害なんかも微妙に変わっている。

 そこで俺が考えたのが、よくあるテンプレ通りで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。そうなるとかなりめんどくさいことになる。大体転生した人間はロクなことにならないからだ。戦わされたり、最近は主人公がひどい目にあう系の作品が増えてきたと前世の友人から聞いたが、そんなのごめんだね。

 

 ……とは言ってもどうしようもないため、俺はちょっと要領の良い子供として生活することに決めた。昔から諦めるのは得意だったからね。

 幸い今世の家庭環境はかなり良い。公務員の父に、専業主婦の母。一人息子という事もあって、かなり大事に育てられた。というか温かい飯が出るだけでもう100点だ。

 そんな両親に報いたいと言う気持ちがないわけでもないが、今の俺は俗にいう燃え尽き症候群に陥っていた。まあ一回死んでるからね。燃え尽きるきっかけには十分でしょ。

 

 とまあ、そんな幼少期を過ごした俺は、前述の通りスポーツを趣味としている。前世では全く触れてこなかったが、意外と楽しいんだなこれが。勿論、ただ楽しむためにやっていたのではない。運動神経というのは幼いころにどれだけ体を動かしたかで決まるのだ。俺の夢はヒモになる事なので、そのためにはまずモテなくてはいけない。

 都合よく中々のイケメンに産んでもらえた為、顔は大丈夫。勉強も別に苦手じゃなかったし、残るは運動というわけだ。

 

 しかし地域のスポーツクラブに入り浸っていると、当然女の子との接点は無くなってくる。そこで、なけなしの恋愛小説の知識で、孤立している女の子に話しかければ惚れてもらえると確信した俺は、いつも1人教室で難しそうな本を読んでいた女の子に声を掛けた。小1の時点で滅茶苦茶可愛かったし、これでも頭脳は大人なので本の話もできるだろうと思ったからだ。

 

「────それ、ダーウィンの『種の起源』でしょ? 随分難しい本読んでるんだね?」

 

「……はい。あなたもよく知ってらっしゃいますね」

 

 そんな丁寧な言葉で返されたが、表情を見れば滅茶苦茶驚いていたのは一目瞭然だった。今だからこそ分かるが、たった今話しかけた少女・有栖ちゃんはまちがいなくギフテッド(平均より著しく高いIQを持つ子供)だ。これを持つ子供は、周りとの知能の差に苦悩すると聞いたことがある。そもそも小1に『種の起源』って漢字読めないしな。

 

 それから定期的に話しかけた。しかし態度がそっけなく、打てど響かずといった感じだったためターゲットを別の子に変えた。その辺りだろうか? 彼女の様子がおかしくなったのは。

 話しかけなくなってから1週間ほどたったあたりで、俺は有栖ちゃんに呼び出された。

 

「何故最近私を避けているのでしょうか?」

 

「え、いや、避けてるつもりはないんだけど……」

 

 体育館裏に向かった俺を待っていたのは告白の言葉などではなく、誤魔化しは許さないという様な強い視線だった。

 呆気にとられる俺を尻目に、有栖ちゃんは続けて話す。

 

「私の記憶が正しければですが、あなたの機嫌を損ねるような事をしたつもりはありません。ですが、もし知らず知らずのうちにやってしまったのなら謝ります」

 

「いや、別にムカついたから避けてるとかじゃないよ?」

 

「では何故?」

 

「いや……その、あんまり俺と話してても楽しそうじゃなかったから、嫌いなのかなって」

 

 突然だが、嘘を吐くときのコツを知っているだろうか? 相手にばれずに嘘を吐くときは、100%嘘で塗り固めるのではなく、そこに少しの真実をブレンドすると効果的なのだ。

 この場合は『別のヒモ候補を探すため』という嘘の中に『俺のことが嫌いだと思った』という真実を1滴たらす。

 どうせそんなに好かれてないだろうし、ここで自然消滅すればいいかななんて……そんな甘い考えが良くなかったのだろう。

 

「私がいつあなたのことを嫌いだと言いましたか? 憶測で判断するのは愚か者のすることですよ」

 

「……ごめん」

 

 そう強い言葉で怒られてしまったが、小学一年生の美幼女に言われても全く怖くない。だが、その言葉の裏にある感情が俺の胸を強く締め付けた。

 多分だが、この子は寂しかったんだと思う。他に誰も話す人が居ない状況で突然避けられたのだ。いくら賢いとはいえ、まだ幼稚園を卒園したばかりの子供。大人の尺度で勝手に近づいて、勝手に離れていったのだ。最低と罵られても文句は言えない。

 しかし、俺の謝罪に対しての彼女の言葉は、なんとも予想外の物であった。

 

「今度私の家に遊びに来てください。それで許して差し上げます」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「私はAクラスで、紡君は……Dクラスですか」

 

 バスに揺られる事数十分。予定よりも大分早く到着した2人は、エントランスに張り出されている紙から自分たちの名前を探していた。

 

「あーあ。有栖ちゃん俺とクラス違くて寂しがんないでよ?」

 

「紡君こそ、飼い主が居なくなったら散歩もできないんじゃないですか?」

 

「誰がペットだ」

 

 目が覚めたのか学校に来たからなのかは分からないが、スイッチを切り替えたかのようにテンションを上げる斎藤。そんな彼の様子に呆れながらも、売られた喧嘩は必ず買うのが坂柳有栖という少女である。

 斎藤が噛みついて、坂柳がカウンターで沈めるというこのやり取りは、親しい者からしたらもはや様式美になっていた。

 

 

 

 それから十数分ほど校内を散策した彼らは、教室の前へと戻る。もうすでに新入生と思われる人混みが、エントランス前に立ち込めていた。

 

「では、もう人も来ている事ですし戻りますね」

 

「おっけー。入学式終わったら教室寄るから待ってて」

 

「分かりました」

 

 坂柳と別れた後、斎藤はそのままDクラスの教室へと向かった。横開きの扉を開けると席は半分ほど人で埋まっており、それぞれが話に花を咲かせていた。

 

(もうちょっと早めに来ればよかったな。有栖ちゃんが気になるって言うから付き合ったけど……まあいいや。俺の席は……お、窓際後ろか。いいじゃん)

 

 黒板に張り出されていた座席表で机を確認する斎藤。一般的に当たりと言われる席に座れてご機嫌のようだ。

 席についた斎藤は、周りを見渡して1つ前の席に座る男子生徒の肩をちょんちょんと叩いた。

 

「な、なんだ」

 

 話しかけられて驚いたのか、おどおどしながら振り返った男子生徒。

 

「いや、席近いから挨拶しとこうと思ってね。俺の名前は斎藤紡。趣味はスポーツ全般とボードゲーム。よろしく!」

 

 そう言って右手を差し出す斎藤。多少強引ともとれる距離の詰め方に驚く男子生徒だが、特に不快感を感じてはいない。それも当然だろう。斎藤はヒモに一番大事な能力であるコミュ力がカンストしているのだ。その人好きの良い笑みを真っ向から否定するのは難しい。

 彼も例に漏れなかったのか、その手を握り返して自己紹介をした。

 

「────オレの名前は綾小路清隆。特に趣味は無いけど、何にでも興味はある。長い付き合いになるだろうから、仲良くしてくれると嬉しい」

 

 

 

 ────後に親しい間柄になる2人だが、今の当人たちには知る由もないだろう。

 

 

 




主人公はちぐはぐな男です


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歪み(斎藤データベース記載)

ヒモは人間観察とキャラ作りが得意らしいですよ。
地の文多かったら言ってください。流石に張り切りすぎた自覚はあります。


 

 

 

 さて、周りの人間が自己紹介に躍起になっているところだが、俺の持論を聞いてくれ。

 俺が無駄に長く生きてきた中で学んだ教訓を教えたいと思う。ヒモの処世術だ。と言ってもそこまで難解な事を言うつもりもない。俺が言いたいのはただ1つ。『つるむ奴はしっかりと考えた方が良い』という事。

 これだけ言われても意味わかんない思うので、実際に薬物依存という具体例を出してみよう。

 

 実際に薬に手を出す人間というのは、大体が友人や知人からの誘われたのがきっかけだ。心が弱っている時に「みんなやってるから」みたいに誘われて、きっぱりと断れる人間なんてそこまで多くない。特に周りに合わせることを美徳と考える日本人なら猶更だ。

 これは極端な例かもしれないが、受験期なのに勉強をやらずに遊ぼうと言ってくる同級生や、異性にモテたいがために努力する友人を茶化す奴だとか、この類の人間もあまり関わりを深く持たない方が良い。

 

 そして関わりを持たない方が良い人間というのは、もう一種類存在する。『何考えてるか分からない奴』だ。

 勿論マイペースで言動が抜けているとか、感性が少し他人と違ったりだとか、そんな程度で関わるなとは言っていない。俺が言いたいのは、()()()()()()()()のことを指す。

 どうしてこんな事をわざわざ話しているかって? それは────

 

「こんな事を聞くのもあれだが、どうして斎藤はオレに話しかけてくれたんだ?」

 

「紡で良いよ。斎藤って数多いし呼びづらいでしょ? 話しかけた理由なんて、席が近いからに決まってんじゃん。こういう場面で一番最初に仲良くなる人って、席が近い人なんだぜ?」

 

 ────そう。この綾小路清隆君が、俺の言う『底が知れないヤツ』に該当するからだ。

 人好きのする笑みと、ワンテンポ上のトーンの声を忘れずに会話をする。

 

「そうなのか……」

 

 一見すると何の変哲もない平凡な男子高校生。しかしどこか違和感を感じる。一番近いイメージとしては()()()()()()()()()()()()()()だが……

 世間話を装って、俺は綾小路君に探りを入れる。やってることはキモい奴だが、頭の中の警笛が鳴り続けているのだ。それをシカトするわけにもいかない。

 

「特に趣味は無いって言ってたけど、綾小路君はなんかスポーツとかやってなかったの?」

 

「あー。習い事はピアノと書道をやっていた。スポーツは可もなく不可もなく、だ」

 

「ピアノと書道か。全く関わりない世界だから、ちょっと羨ましいかも」

 

『可もなく不可もなく』か……なるほどね。俺がその発言に返すと、今度は綾小路君から話題を振ってきた。奥手なタイプかと思えば、意外と積極性もあるらしい。

 

「ボードゲームが趣味と言っていたが、チェスとか得意なのか?」

 

「おう! プロ程……だなんて口が裂けても言えないけど、小さい頃から一緒に指す友達いたから結構得意だぞ。綾小路君はチェス得意なの?」

 

 これは完全に有栖ちゃんの影響。小学校2年生の時急に始めようと誘われてから趣味になった。そして綾小路君についてだが、ここで敢えてチェスの名前を出してくるって事はやったことあるだろうな。

 

「少しだけだ。そんなに得意ってわけでもない」

 

「そうなんだ。じゃあ後で1局やんない? 今はスマホのアプリでも出来るしさ」

 

「いいぞ。是非やろう」

 

 即答……ちょっとテンション上がったな。あまり友達とかに関心が無いタイプと思っていたが、どうやら違うようだ。

 うーむ……分からん。とりあえず俺と友達になりたいのは本心っぽいし、墓穴を掘らなければ良い友達としてやっていけるだろう。

 こんなこと考えといて取り越し苦労だったとなればお笑いだが、何もなければそれで良い。面倒ごとは好きじゃないし。

 

「────あら。あなたと話してくれる物好きな人間もいるものね」

 

「……お前、同じクラスかよ」

 

 そんなやり取りを続けてると、綾小路君の隣の席、俺の斜め前に一人の女子生徒が座った。街中ですれ違ったら記憶に残るぐらいの美人さんだが、たった今綾小路君とのやり取りを見た感じ、仲良くなるには結構時間がかかりそうだ。

 

「綾小路君の友達かな? 俺の名前は斎藤紡。よろしくね」

 

「友達? 冗談も程々にして頂戴。それによろしくするつもりはないわ。生憎、そこの彼みたいに友達作りに躍起になるタイプじゃないの」

 

「その言い方は無いだろ……それに、1年間名前も知らずに席が近いのは不便だと思わないか?」

 

「私はそうは思わないわ」

 

 そんな綾小路君のナイスアシストが飛んでくる。多分俺を思っての行動だと思うが、この返事が返ってくることは予想がついていたからそこまで心配しなくても大丈夫だぞ。

 しかし彼女の硬い心の壁は、その程度では揺るがないらしい。

 

「一応オレの名前を先に教えておく。オレは綾小路清隆。元居た中学から1人で来たから誰も知り合いが居ない。だから友達作りに躍起になってたことは認める」

 

「へぇー。1人だとやっぱ大変だったっしょ? 君はどうなの? ほかのクラスに知り合いとか」

 

 しかし俺も綾小路君も引くつもりは全くない。俺は可愛い女の子、綾小路君は次の友達候補と仲良くなるために言葉を紡ぐ。

 

「……物好きねあなた達。私に話しかけても何も面白くないわよ」

 

「これ以上は迷惑だってならやめておく」

 

 意外と引き際を分かってる様子の綾小路君。この調子なら一歩踏み出せば友達なんていくらでも作れると思う。顔イケメンだし。

 ここで彼女との会話は終わりと思っていたが、呆れたようにため息を吐いた後、真っ直ぐな瞳をこちらへ向けてきた。

 

「私は堀北鈴音よ」

 

 鈴音、いい名前だ。『名は体を表す』ということわざがある通り、凛とした彼女の性格にぴったりだろう。

 因みに俺の名前である(つむぎ)は、多くの人と良好な仲を織りなし、丈夫に育って欲しいと言うクッソ良い意味が込められてる。紡ぐのはヒモなんですけどね。お母さん。

 

「紡には言ったが、一応オレがどんな人間か教えておく。特に趣味は無いけど、何にでも興味はある。友人はたくさん要らないが、ある程度いればいいと思っている。まあ、そんな感じだ」

 

「事なかれ主義らしい答えね。私は好きになれそうにもない考え方だわ」

 

「へぇー、綾小路君事なかれ主義なんだ。まあ堀北さんの意見も分からなくもないけど、別にいいんじゃない?」

 

 この年でその境地に至っているのか、中々の才能だな。本当は肩でも組みたい気分だが、生憎とキャラに合わない為やめておく……と言っても、残念だけど事なかれ主義はモテないよ綾小路君。

 

「……フォローが上手いんだな。紡は」

 

「ため息つくと幸せが逃げてくぞー」

 

「そうね。これ以上不幸が重ならない事を祈りたいものね」

 

 あら、そっちにとらえちゃったか。ため息を吐いた綾小路君に対して、堀北さんは冷たい視線を向けて言い放つ。不幸って綾小路君のことか? ひっでえ奴だな。話してみると意外と楽しいのに。

 

「心中察するが、それは叶わないようだぞ」

 

 そんなやり取りをしていた俺達だが、唐突に綾小路君が教室のドアに指をさした。そこに立って居たのは、金髪のロングの髪を持った少年だった。

 

「……なるほど。確かに不運ね」

 

「知り合い?」

 

 そう聞いたはいいが、この2人に限って知り合いって事は無いだろう。というより、俺が気になったのはその体つき。勿論いやらしい意味ではない。俺にそっちの気は無いからな。立ち姿と歩いている姿勢しか見てない為断言はできないが、相当なやり手だ。

 格闘漫画みたいなこと言うなと突っ込まれそうだが、俺もそんな一目見て相手の流派を予測するだなんて人間離れしたことはできない。ただあまりにも規格外すぎて一発で分かった。あれは何かしらのスポーツで名を残せるくらいのレベルだ。

 

「いいや。ここに来るまでのバスで──────って事があったんだ」

 

「うわ、凄いな」

 

 綾小路君が事の顛末を話してくれたが、正直な感想が口から出てくるくらいにはドン引きだ。今も机の上に足をおいて爪を磨いている……あそこまで自分を貫けるのは、少しだけ羨ましいな。

 人が自らを取り繕うのは、本性を表したら集団から疎外されるからだ。それを恐れるから、皆キャラを作る。別にこれが社会と言うものだから、文句は無いけどね。人間観察と並んで、俺の得意分野だし。

 

 そんなことを考えていると、堀北さんがいつの間にやら本を読んでいた。普通ならここで話しかけるのを辞める。だがコミュ力だけで生きてきた人間を舐めないでほしい。

 

「ああはなりたくないねー……おっ! それ、ドストエフスキーの『罪と罰』じゃん。いいセンスしてんね堀北さん」

 

『罪と罰』フョードル・ドストエフスキーの代表作でもある長編小説だ。ドストエフスキーがこの小説を執筆した時の背景などを絡めて考えると面白いんだよな。

 因みに何でこんな頭良さそうな本を読んでいるかというと、これもまた完全に有栖ちゃんの影響だ。毎回読んでいる本の内容を得意げに語ってくる彼女だが、俺が? マークを頭に浮かべてると「そんなんでは私の隣に立てる人間にはなれませんよ」てな感じで、無理やり読ませてくるのだ。いや、俺は隣に立ちたいんじゃなくてヒモとしてぶら下がっていたいだけなんだけど……

 

「……意外だわ。人は見かけによらないものね」

 

 少しだけ彼女の中での俺のポイントが上がった気がする。確かに俺のムーブって、頭悪めの陽キャって感じだからな。こう思われてるって事は、キャラ作りが成功してる証明にもなる。

 

「やかましいわい」

 

「私はこの手の本をよく読むけど、学校の図書館にあなたのような人は居なかったわ」

 

 本の趣味も同じと。こりゃ頑張ればお近づきになれるかもな。顔も可愛いし、この雰囲気で頭が悪いって事もないだろう。幸先良いね。

 

 

 

 それから数分ほど経って、始業を告げるチャイムが鳴った。それと同時に、スーツを着た1人の女性が教室へと入ってくる。

 うへぇ、ちょっと苦手なタイプかも。見た目の印象だが、規律を重んじる堅い女感がひしひしと伝わってくる。

 そんな失礼な事を考えている中、彼女は教壇の前に立って俺たちに呼びかけた。

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当することになった茶柱佐枝だ。普段は日本史を担当している。この学校には学年ごとのクラス替えは存在しない。卒業までの3年間、私が担任としてお前たち全員と学ぶことになると思う。よろしく。今から1時間後に入学式が体育館で行われるが、その前にこの学校の特殊なルールについて書かれた資料を配らせてもらう。以前入学案内と一緒に配布はしてあるがな」

 

 前の席から見覚えのある資料が回って来る。合格発表を受けてから貰ったものだ。入学式までに再度確認をという事だろう。

 

 ────この学校には、全国に存在するあまたの高等学校とは異なる特殊な部分がある。それは学校に通う生徒全員に敷地内にある寮での学校生活を義務付けると共に、在学中は特例を除き外部との連絡を一切禁じていることだ。 

 たとえ肉親であったとしても、学校側の許可なく連絡を取ることは許されない。凄いよな、俺のお母さんなんて初めて説明した時は泣いてたぞ。

 

 ただしその反面、生徒たちが苦労しないよう数多くの施設も存在する。カラオケやシアタールーム、カフェ、ブティックなど、小さな街が形成されていると言ってもいい。田舎の県庁所在地なんかより何倍も学生に優しい。これはマジでありがたい。女の子とデートする場所が一杯だ。

 そしてもう1つの大きな特徴。それがSシステムの導入だ。

 

「今から配る学生証カード。それを使い、敷地内にあるすべての施設を利用したり、売店などで商品を購入することが出来るようになっている。クレジットカードのようなものだな。ただし、ポイントを消費することになるので注意が必要だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。学校の敷地内にあるものなら、何でも購入可能だ」

 

 ────ん? 何だ、含みを持たせたな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……か。施設内の物を何でも購入できるという意味なら、その後口述した内容と被るんだよな。だとすると……

 

「施設では機械にこの学生証を通すか、提示することで使用可能だ。使い方はシンプルだから迷うことはないだろう。それからポイントは毎月1日に自動的に振り込まれることになっている。お前たち全員、平等に10万ポイントが既に支給されているはずだ。なお、1ポイントにつき1円の価値がある。それ以上の説明は不要だろう」

 

 ちょっと待て。10万? ……ヤバい。考えてたこと全部飛んだわ。

 1クラス40人、学年で160人、全校生徒で480人とした場合、1月当たりの予算で4800万円。1年で5億7600万円の予算になるんだが、それを毎年支出してるのか? いくら優秀とはいえ、ただの学生の小遣いに? 

 

「ポイントの支給額が多いことに驚いたか? この学校は実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちには、それだけの価値と可能性がある。そのことに対する評価みたいなものだ。遠慮することなく使え。ただし、このポイントは卒業後には全て学校側が回収することになっている。現金化したりなんてことは出来ないから、ポイントを貯めても得は無いぞ。振り込まれた後、ポイントをどう使おうがお前たちの自由だ。好きに使ってくれ。仮にポイントを使う必要が無いと思った者は誰かに譲渡しても構わない。だが、無理やりカツアゲするような真似だけはするなよ? 学校はいじめ問題にだけは敏感だからな」

 

 あー……流石にそうだよな。今の茶柱先生の言葉で確信したことがある。絶対に確認しておきたいことだから、ちゃんと質問しないとな。

 

「何か質問はあるか? 今のうちに聞いておいた方が楽だろう?」

 

 お、来た来た。こうやって言ってくれると手を挙げやすくて良い。

 ざわつくクラスメイト達を尻目に、はっきりと挙手し声を上げる。

 

「すみません! 2つほど質問があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「斎藤か、いいだろう。答えられる範囲でなら何でも答えるぞ」

 

 答えられる範囲で……か。茶柱先生の了承を得た為、クラス中の視線が注がれる中、にこやかな笑みと少しだけ高いトーンを意識して話す。

 

「先ほど先生は『学校内においてこのポイントで買えないものはない』とおっしゃっていましたが、例えばテストの点数を購入することなどはできるでしょうか?」

 

「何だよお前! そんなに成績が心配なのか?」

 

 振り返った男子生徒の声で、クラス中に笑いが起きる。こういうお調子者って、一人いてくれると全然違うよな。俺は君のこと好きだよ。

 しかしそんなクラスの雰囲気に反して、茶柱先生は好戦的な笑みを浮かべている。

 俺知ってるぞ。少女漫画に出て来る「へぇー……面白れぇ女」的なノリだ。

 

「もう1つの質問は? まとめて答えるぞ」

 

 もう1つの質問を促さされたため、一度呼吸を整えて再度声を上げる。彼女の一挙手一投足を見逃さないように。

 

「分かりました。では次の質問です────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先ほどまで興味なさげに前を向いていた堀北さんが、ハッとしたようにこちらを振り返った。

 

 そう、俺が確信したこと。それは、()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 さっきの話のキーワードは、『この学校は実力で生徒を測る』『入学を果たしたお前たちには、それだけの価値と可能性がある』の2つ。一見すると10万ポイントが永続的にもらえると言う意味だろうが、これは恐らくミスリード。

 考えてもみてほしい。入学段階の評価で10万ポイントと言っているが、その評価は面接や試験で取ったものだ。そこから安心して成績がダダ下がりしたり、素行が悪くなったりなんてざらにあるだろう。というか、そっちの方が絶対多い。

 勿論真面目に勉強をして、学生の本分を果たす者もいるだろう。しかし、実力で生徒を測ると謳っているこの学校が、前者と後者を同じ待遇にするだろうか? いや、あり得ないだろう。だってそんなことしたらみんなサボりだすに決まってる。

 

 ────その場には一瞬だが、確かに沈黙が流れた。まるでこの質問を想定していなかったかのような茶柱先生の態度に違和感を覚えるが……いや、これは()()()だろうな。

 

 先ほどまでの彼女の様子からして、教員としてのレベルは高いように見受けられた。先ほど、発言に含みを持たせたのも合わせて推測するに、彼女は俺達にポイントが変動する事を伝えたがっている。

 

「何故ポイントが変動すると思った?」

 

「え……何? マジで変わる感じなの?」

 

 上から茶柱先生、先ほどの男子生徒と続く。クラスの雰囲気も、少しだけ落ち着きを取り戻している。

 

「親に小遣いは大事に使えよーってきつく教えられていたので……ちょっと怖くなっちゃって……すみません、変な質問して」

 

 苦笑いを浮かべながら、あくまで一般人の範囲内であろう受け答えをする。実際100%嘘はついていない。いくら金にがめつい俺でも、出会って間もない女の子に10万円ポッと渡されたら逃げる。寝てるとき刺されそうで怖いもん。

 話が逸れたが、俺のこの質問に対する茶柱先生の答えを予想する。さて、どう出るかな? 

 

「ふっ、なるほどな。いい親じゃないか? そして答えだが……すまないな。()()()()()()()()()()()()。2つともだ」

 

 ビンゴ。こりゃ100点だな。帰って有栖ちゃんと情報交換しよう。

 

「何だよ! 貰えなくなるわけじゃねえのかよ! 心配して損したわ!」

 

 ……いや、なんで今の受け答えでそう判断したんだ? 

 まあいいや。とりあえず必要な情報は手に入ったし、一旦引くとしよう。

 

「そうですか……分かりました! ありがとうございます!」

 

「ああ、いい質問だったぞ。他に質問のあるやつはいないか?」

 

 ざわめきを取り戻したクラスに呼びかける茶柱先生。返事がないと判断するや否や、そのまま教室を後にした。

 

「……驚いたわ。意外と頭回るのね? あなた」

 

「意外は余計だよ意外は。でもどう? 少しは見直した?」

 

 辛口で突っ込まれると想定した発言だったが、その返事は意外なものだった。

 

「ええ。ほんの少しだけど見直したわ。頭の悪そうな男から、金にがめつい頭の悪い男にね」

 

「……余計悪化してない?」

 

 悪口の鋭さが高1レベルじゃないんだが……アラサーのOLと喋ってる気分だわ。

 

「諦めろ紡。堀北はこういうやつだ」

 

「あら綾小路君、あなたに彼の発言の意図が伝わったなんて……驚いたわ」

 

「その発言で行くと、俺は紡以下って事になるな……間違ってはいないんだろうけど」

 

 なんと言うか……相性が良いな。俺を含めたこの3人。テンポよく会話が進むから楽しいわ。ヒモとか関係なしに普通に仲良くなりたい。

 

「皆、少し話を聞いて貰ってもいいかな?」

 

 そんな会話をしていたら、唐突に男子生徒が手を挙げた。

 

「僕らは今日から同じクラスで過ごすことになる。だから今から自発的に自己紹介を行って、一日も早く皆が友達になれたらと思うんだ。入学式まで時間もあるし、どうかな?」

 

 ありがて~マジで。彼が言わなかったら俺がやっていたが、こういう優等生ムーブは後の女遊びに響くからな。

 ただこう言う場で賛成しておくと、ノリの良い奴と思われるから積極的に行う。俺は男相手でも余裕でぶら下がれる人間なんだ。

 

「いいねー自己紹介。俺賛成!」

 

「私も賛成ー! 私たち、まだみんなの名前とか、全然わからないしー」

 

 俺に続いて賛成の声が多数上がってくる。いい流れだ。このままグループ作ってline交換して遊びに誘っちゃおう。

 

「僕の名前は平田洋介。中学では普通に洋介って呼ばれることが多かったから、気軽に下の名前で呼んで欲しい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーが好きで、この学校でも、サッカーをするつもりなんだ。よろしく」

 

 提案者である彼はスラスラと、非の打ちどころがない自己紹介をする。

 そこから席順に自己紹介をする流れになり、俺の番が回ってきた。慣れっこだから特に準備などはしていない。

 

「さっき茶柱先生が言ってたと思うけど、俺の名前は斎藤紡! 趣味は洋介君と同じくスポーツ全般とボードゲーム。部活はまだ決めてないから、もし一緒にやりたいって人いたら見学しに行こう! あ、あとみんなお金は大事に使うんだぞ?」

 

 最後の発言でクラスに笑いが起こる。倹約キャラを逆手にとったギャグだ。陽キャになるにはこういう機転を凝らさないといけない。これを見ている皆はぜひ参考にしていてくれ。特に綾小路君。お前絶対自己紹介とか苦手なタイプやん? 

 

「自己紹介ありがとう。良ければ今度サッカー部に見学しに行かないかい? 紡君」

 

「全然オッケー! むしろ俺から誘おうと思ってた!」

 

 ここでサラッと平田君を名前呼びで行くんだよね。こーれポイントです。

 ほら、イケメン同士の名前呼びに一部の女子が黄色い声を上げている。恐らくこのクラスは俺と洋介が女子の人気を二分するだろう……自分で言っててあれだけど、キモいな。

 

「────じゃあ、次はそこの君、お願いできるかな?」

 

 そして順番は綾小路君に回ってくる。なんか考え事してたな? 上の空になってるし。

 

「えー……えっと、綾小路清隆です。その、えー……得意なことは特にありませんが、皆と仲良くなれるよう頑張りますので、えー、よろしくお願いします」

 

 ……終わってんな。しょうがない、アシストしてやるかー

 立ったまま硬直している綾小路君の背中を叩き、笑いながら皆に顔を向ける。

 

「こんな下手くそな自己紹介だけど、結構面白い奴だからみんな仲良くしてやってくれ。俺の第一友達なんだ」

 

「そーなのー? じゃあ今度皆でカラオケ行こうよ! 綾小路君も誘って!」

 

 まずは根暗な印象を取り除く。そうすると結構顔が良いからこの通り。良かったね、誘ってもらえて。

 無事自己紹介を終えた綾小路君は、涙を流す勢いでこちらに振り返ってきた。

 

「ありがとう紡。お前は俺の親友だ……!」

 

「ふふーん。これくらい楽勝よ」

 

 何か守ってやりたくなるんだよなーこいつ。第一友達だからなのか、それとも()()()に似てるから……なのかな? 

 まあ、最初に感じていた得体の知れなさは勘違いだろう。ごめんね、綾小路君。

 

 

 

 

 

 

 

「────どうだった? 有栖ちゃん。今月振り込まれたポイントは?」

 

 5月1日。スマホで所持ポイントを確認した俺は、隣を歩く有栖ちゃんに質問をする。

 俺の手元に表示されているのは7万5千程、新生活のための準備を含めたら、節約できた方だろう。

 

「9万4千ポイントでした。紡君の方はどうですか?」

 

()()()。さて、俺らの読み通りだけど……随分楽しそうだね? 有栖ちゃん」

 

 嘘。ここまで差が出るとは思わなかった。何だよ0って、遊びに行けねえじゃん……何で? 何でなん? ……どうして有栖ちゃんのお父さんは俺をDにしたん? 

 

 死んだ魚のような目をする俺と対照的に、有栖ちゃんは楽しそうな笑みを浮かべている。

 

 

 

「────ええ。この()()()()()()()()()が、私に一体何をもたらしてくれるのか……とても、とても楽しみです」

 

 

 

 楽して暮らしたいだけなのに……どうしてこうなった……

 

 

 

 

 

 

 

 ────高度育成高等学校データベース 7/1時点────

 

 氏名:斎藤紡(さいとうつむぎ)

 部活動:無所属

 誕生日:4月29日

 身長:180㎝

 体重:70kg

 

 ──評価──

 学力:A

 知性:C+

 判断力:A

 身体能力:A

 協調性:B+

 

 ──面接官からのコメント──

 

 小、中学と非常に高い成績を収めており、身体能力も中学校では部活動にこそ所属していなかったが、地域のスポーツクラブに所属し、複数の団体競技でチームをリーダーとして全国へと導いた。積極性こそないが、教師や同級生からの評価は高く、クラスメイトとの交流で積極性を身につける事が期待される。

 この点だけで言えば、卒業生と比較しても抜きん出る実力者であることは確実。しかし、過度な欠席回数や、別途資料記載の問題行動を考慮しDクラスへと配属する。

 

 ──担任メモ──

 クラスの中心人物として広い交友関係を築けています。しかし、問題行動の予兆を感じられるため、注意深く観察していく所存です。

 

 

 

 

 




因みにサブタイトルには3つの意味が込められています。


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日常

三人称→紡視点→綾小路視点です。書いてて思ったけど結構失敗でした。難しいです。
綾小路が『俺』って言ってたら間違いです。確認漏れあるかも。



 

 

 

「それで、どうでした? 紡君のクラスは」

 

「正直言うけど、一部を除いて何で入学させたのーってヤツばっかりだった」

 

 入学式を終え、坂柳と斎藤は、坂柳の自室にて昼食を取っていた。

 

「あら、意外ですね。私のクラスは、程度の差こそあれ面白い方が沢山いらっしゃいましたよ?」

 

「俺んとこはもう酷いもんだよ。なんかの手違いで頭悪い高校来ちゃったかと錯覚したもん」

 

 折り畳み式の小さなテーブルに皿を置き、クッションに座る斎藤と、部屋に備え付けられている勉強机に座る坂柳。

 

「というより、なんでわざわざ俺に飯作らせたんだよ。ファミレスとかでよくない? お金いっぱい入ったんだし」

 

 キッチンには、濡れた状態で水切りに置かれた包丁とフライパンが置かれている。どれも斎藤が選んだそこそこ値が張る商品だ。

 

「外食するよりも、私は紡君の手料理の方が好みです。それと、この楽しい時間にノイズが入ってはいけませんからね」

 

「……さいですか。で、有栖ちゃんはここに()()()()の?」

 

 抽象的な質問だったが、坂柳にはそれが何を指しているかを理解することは簡単だった。

 

「私はここにきて正解だったと思っていますよ」

 

 これもまた掴みどころのない返答だったが、それを聞いた斎藤はその意味を理解したのか、げんなりとしながら床に寝転んだ。

 

「一切の煩いもなく、俺が平穏に女遊びするルートは?」

 

「あり得ませんね。第一、私という飼い主が居るのに、他の人に尻尾を振るような犬は要りません」

 

「誰がペットだ。そもそも何でお前が主導権握った側になってるんだよ」

 

 床に手をついて、呆れたように坂柳を見つめる斎藤。そんな中、食事を終えた坂柳が突然椅子から立ち上がった。

 反射的に手を差し出そうとする斎藤だったが、それを左手で制した坂柳は、上機嫌に小さく笑っている。

 

「なんだよ」

 

「いえ、無意識に私を支えようとしたあなたが、少し面白かったので」

 

「うざ」

 

 そう呟きながら横を向き足を伸ばす斎藤だったが、次の瞬間彼の頬が両手で包まれる。その冷たい感触に驚いて前を向くと、足を伸ばした斎藤の上に跨って立つ坂柳が居た。

 身長差からか、斎藤の頭は丁度坂柳のへその辺りにある。そして頬を撫でながら、小さく語り掛ける坂柳。

 

「嘘です。嬉しかったですよ。あなたと過ごしてきた月日を感じることができて」

 

「……杖持てよ。危ねぇだろ」

 

 いつも手に持っている杖は、彼女の右手首に掛けられている。

 

「その時はあなたが支えてください。まあでも、そうですね……じゃあこうしましょうか」

 

「ちょ、おま……」

 

 そのままストンと股関節の辺りに腰を下ろした坂柳、自然と形の良い臀部の柔らかい感触が伝わってくる。抗議の声を上げようとした斎藤だったが、もう一度頬を手で包まれたことでその声は尻すぼみになっていく。

 そして、息の温かさを感じられるほどの至近距離で、まじまじと斎藤の顔を見る坂柳。そして数秒の沈黙が流れた後に口を開いた。

 

「綺麗な肌ですね。一体どんなスキンケアをしてるのでしょうか?」

 

「……いい加減離してくんない?」

 

「あら、失礼しました。では少し目を瞑っててください」

 

 そう言って斎藤の顔をくいっと横にずらした坂柳。訝し気な顔をしながら目をつむった斎藤が、口を開こうとしたその瞬間

 ────彼の左頬に小さく、柔らかい感触が走った。

 

「マジか」

 

 斎藤の左耳に顔を寄せた坂柳は、そのまま唇に指をおいて小さく囁いた。

 

「ここはお預けです。あなたが、生涯を私と共にするという覚悟が出来た時に返してください。一応言っておきますが、浮気なんていう舐めた真似をしたら、許しませんからね?」

 

「……分かりました。でも、何で今?」

 

「餌付けです。この学校には魅力的な女性が沢山いるようなので」

 

「別にそんなことしなくても良いのに……」

 

 そんな斎藤の様子を見て満足げに笑った坂柳が離れようとするが、その背中を包み込むように、がっしりとした腕が回される。完全に密着しているためか、互いの心音もはっきり聞こえる。

 そんな力強くも優しい抱擁に、一瞬目を見開いた坂柳。しかし、自身の首元に顔をうずめた斎藤を見て、呆れたような表情を浮かべる。

 

「……何をしてるんですか?」

 

「いや、いい匂いだなって」

 

 そう言った彼はスンスンと大げさに鼻を鳴らし、さらに耳裏や首元を指先でさわさわと撫で始めた。

 

「……」

 

「嗅ぎ慣れた柔軟剤やシャンプーの匂いに、薄っすらと汗の匂いが混じって余計えr「いい加減にしてください」痛ったぁ!?」

 

 坂柳は斎藤の耳を両手で思いっきり引っ張り、そのまま急いで立ち上がった。自身の心音が大きくなったと自覚しつつも、それをかき消すように強い口調で言い放った。

 

「危うく流されるところでした。本当に油断も隙も無い男です」

 

「いや、でも人生思い切りが大事だって言うじゃん? キスは取っておくからさ」

 

「駄目です。私の覚悟を溝にでも流すおつもりでしょうか?」

 

「くっ……」

 

 そんな締まらない空気の中、二人は食事を終えた。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「それで、結局の所どういう方針で行くの?」

 

 どうも、ビックウェーブに乗ろうとしたら耳を破壊された斎藤紡です。いや、あんなんされて手出さない男居ないと思うんですけど。

 そんなことはさておき、本題に入ろう。朝約束した時は、ただ生活用品を備えるためだけに集まったが、こればっかりはしょうがない。

 

「とりあえずは情報を集めましょう。毎月10万ポイント貰えるだなんて絵空事があり得ないことは、さっきの買い物でも証明されましたから」

 

「まぁね」

 

 俺達が出先で見つけたもの、それは数量限定の無料商品だった。

 

「覚えている限りだと歯ブラシや絆創膏、使い捨てのカミソリ等、どれも必需品と言える商品ばかりでしたね」

 

「浪費癖のある生徒への救済措置にしては甘すぎるな」

 

「私の予想が正しければ、恐らく学食なども無料の商品があると思われます」

 

「うわ嫌だなそれ。劣等感エグそう」

 

 自分だけ成績悪くて飯もロクなの食えないとか、周りの視線が痛いだろうな。そんな劣等生と付き合ってくれる可愛い子なんかも居ないだろうし。

 

「現状支給されるポイントが減るという情報しかないからな。まずは上級生に聞き込みでもしてみるか」

 

「緘口令が敷かれているとは思いますが、口で教えてもらう必要はありませんからね。この学校にはボードゲーム部があるそうです。今度先輩方にご挨拶に行きましょう」

 

 チェスでボコして動揺させて、その後情報を盗むってか……ドンマイ。名前も知らないボードゲーム部の先輩方。

 

 

 

 ──────────────────

 

 

 

 学校2日目、その昼休み。オレこと綾小路清隆は、今大きな一歩を踏み出そうとしていた。

 

「えーっと、これから食堂に行こうと思うんだけど、誰か一緒に行かない?」 

 

 平田は立ち上がると、そんなことを言った。こいつの思考回路というか、リア充っぷりには頭が下がる。昨日までのオレだったら、救世主が現れたと喜んで付いて行くだろうが、今のオレには斎藤紡という親友が居るのだ。

 何やらバックをガサゴソと漁っている紡。彼が平田の声に気が付いていないのは幸運だった。オレと平田だったら、流石にあっちに行くだろうからな。女子もいっぱい居るし。

 

「────な、なあ紡「斎藤君! 平田君と一緒に学食行くけど来る?」……」

 

 オレは舐めていたのかもしれない。自己紹介を派手に失敗したオレをフォローできるほどのコミュ力を持ったイケメンの人気を。……どういうことだよ! 何で他の奴らに見向きもしないで紡だけ誘うんだよ! 

 ……これは無理だろうな。流石にあの集団に誘われて断る男子は居ないだろう。

 

「あ! ごめん軽井沢さん。俺、弁当作っちゃってるんだよね……」

 

 弁当、しかも手作りだと!? オレの中で紡の人間としての格がどんどん上がっている。

 男子、それもクラスの人気者が弁当を自作してるなんて、気にならない女子は居ないだろう。現に彼の周りには大勢の女子が集まって輪を形成していた。

 

「え! すごい斎藤君、それ自分で作ったの!」

 

「うん。昨日モール行って食材買ってきたんだよね。ほら、凄いっしょ」

 

 弁当が開く音と、女子たちの感嘆の声が聞こえて来る。因みにオレは人だかりのせいで見ることができない。

 

「って事でごめんね。明日一緒に行こう?」

 

「うん! 分かったー」

 

 そんなやり取りの後、彼女たちは教室を後にした。なんと言うか、しっかり後日行こうと約束を取り付ける辺り、レベルの違いを感じる。

 

「あれ、綾小路君一緒行けばよかったのに」

 

「そこの彼は、あなたと一緒に食べたかったらしいわよ。見ていてこっちが恥ずかしくなったわ」

 

 そんな声が隣から聞こえてきた。凄い恥ずかしいからやめて欲しいんだが。

 堀北の話を聞いた紡は、納得がいったという様子で謝罪をしてきた。

 

「あ、なるほど。ごめんね綾小路君、気が付かなくて」

 

「いや、紡は悪くない。大丈夫だ」

 

 しょうがない。一人で学食行くか……

 

「良かったらコンビニ行ってなんか買って教室で食わない? 俺飲み物用意してくるの忘れちゃってさ。学食の方が良いならアレだけど」

 

「……! 行こう、いや、行ってください!」

 

 紡の後ろに後光が差しているように感じた。それほどまでオレは、友達との食事というものに飢えていたのだろうか。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

 教室を出ていく紡に付いていく。今オレの表情は、緩み切っててそりゃ酷いものになっているだろう。高校で友達と買い物に行くというのは、普通の人にとってはありきたりな事なんだろうが憧れだったのだ。これくらいは許してほしい。

 

「あ! 紡くんと綾小路くん!」 

 

 突然美少女に声を掛けられた。クラスメイトの櫛田だ。こうして正面から見るのは初めてなので、物凄くドキドキする。

 

「あれ、櫛田さん。皆と学食行ったんじゃなかったの?」

 

「後で合流するよー。二人に話かけたのは、少し聞きたいことがあって……」

 

 二人ということは、オレにも用があるんだろうか。紡は既に知り合いの様な話し方をしているが、オレは櫛田と話したことは無い。というか、こんな美少女と話したら絶対記憶に残る。

 

「オレにもか?」

 

「うん。二人って、堀北さんと仲が良いのかなって思って」

 

 どうやらオレに用件と言うより、堀北が目的だったらしい。ちょっと悲しい。

 

「あ、うん。その、一日でも早くクラスの子とは仲良くなりたいじゃない? だから一人一人に連絡先を聞いて回ってるところなの。でも……堀北さんには断られちゃった」 

 

 あいつ、勿体ないことを。こんな積極的な子がいるなら、便乗して連絡先くらい教えたら良かったんだ。そしたら意外とすんなりクラスに馴染めたかも知れないのに。

 

「綾小路君は、入学式の日も、学校の前で二人で話してたよね?」 

 

 バスが一緒だったことを考えれば、オレと堀北の出会いを見ていても不思議じゃない。

 

「堀北さんってどういう性格の人なのかな。友達の前だと色んなこと喋ったりする人?」 

 

 彼女は堀北のことを知りたいのか、色々と聞いてくるが答えられそうなことは何もない。

 

「堀北さんは人付き合いが苦手なタイプだよ。積極的に関わりに行くのはちょっとお勧めしないかなー」

 

 オレも同意見だ。あいつは同性の櫛田だからといって優しくするような人間じゃない……もしかしたら、オレが昨日下の毛の話とかをしたせいかもしれないが。

 

「どうして堀北のことを?」

 

「ほら、自己紹介の時、堀北さん教室出て行っちゃったでしょ? まだ誰ともお話ししてないみたいだし、ちょっと心配になっちゃって」 

 

「凄いよな。自己紹介の時に出ていく度胸。確かにらしいっちゃらしいと思うけど」

 

 その状況を思い出したのか、感心したように頷く紡…いや、いくら自分を貫いているからと言って、そこを褒めるのは良くないと思うのだが。

 そんな少しずれている紡に心の中でツッコミつつ、目の前の美少女について思案する。たしか、この子はクラス全員と仲良くなりたいと、自己紹介の時言っていた気がする。

 

「話は分かったけど、オレも昨日出会ったばっかりだからな、助けにはなれない」

 

「綾小路君が知らないなら、俺はもっと知らないかなー。話すきっかけも綾小路君だし」

 

「ふぅん……そうだったんだ。てっきり同じ学校の出身か昔からのお友達だと思っちゃった。ごめんね二人とも、いきなり変なことを聞いて」

 

「全然大丈夫よ。綾小路君も櫛田ちゃんみたいな可愛い子と話せて嬉しかったんじゃない?」

 

 ここでそのパスをしてくるか! オレには難易度が高いぞ紡! 

 

「あ、ああ。櫛田と話せて嫌な奴なんて、居ないんじゃないか?」

 

「そ、そんなことないよ! でもありがとう二人とも! 綾小路君とは初めてだったよね? 改めてよろしくね」

 

 手を差し出され、ちょっと戸惑ったが、オレはズボンで手を拭いてから手を握った。

 

「よろしく……」 

 

 今日はラッキーなことがあるかもしれない。というか連続で幸運が訪れすぎて逆に怖いくらいだ。

 

 それからコンビニに立ち寄りパンを買ったオレは、紡と一緒に教室に戻った。そのまま席に着くと、オレの席を後ろに返してくっ付ける。おお! 実際にやってみると色々と感慨深いものがあるな。

 そのまま食事を始めたオレ達は、取り留めのない会話をする。何と言うか、オレの憧れだった行動全部紡のおかげで出来てる気がする。感謝してもしきれないな。後は彼女さえいれば完璧なんだが……

 

「……なぁ、紡って彼女居た事あるか?」

 

「どしたの突然。まあ……ないことは無いけど、そんな聞いてて面白い話でもないぞ?」

 

 まあそうだよな。紡がモテない世界線を想像できないし。そんな話をしていると、先ほどまでだんまりを決め込んでいた堀北が急に口を開いた。

 

「綾小路君に話の整合性を求めるのは酷よ。今も必死で話題を探してるに違いないわ」

 

「こいつ……こういう時だけ饒舌になりやがって……!」

 

 何分当たってるのが余計に腹立つ。

 

「なに? 俺の恋バナ聞きたいの、綾小路君?」

 

「ああ。参考にしたい」

 

「綾小路君はその無気力さと、たまに出るデリカシーのない発言を改めないと、彼女なんていつまで経ってもできないわよ」

 

「お前は黙っててくれないか……」

 

 さっきも言ったが、堀北のいう毒舌は基本正論を突き付けて来るタイプの毒舌だ。職場の上司に居て欲しくないランキングなんてものがあったら一位を取れるだろう。

確かこういうのをロジハラと言ったはずだ。どこぞの海軍大将じゃあるまいし、正義を押し付けるのはやめて欲しい。言い返せないから。

 

「あんま参考になんないよ?」

 

「……参考にならないなんて事あるか?」

 

 んーと唸りながら、彼らしくもない歯切れの悪さを見せている。5秒ほど迷った後、紡は口を開いてその恋愛遍歴を教えてくれた。

 

「初めて彼女が出来たのは小1の時、思い出深いのは相手のお母さんに、『そんなガリガリな体じゃダメよ!』って言われて飯めっちゃ食わされたことかな。めちゃくちゃ懐かしいわ」

 

「昔は痩せてたのか? 意外だな。小さい頃から運動してたって言ってたから、ちゃんと食ってるものかと思ってた」

 

「あははは……まあそっから小学校6年間で20人くらいと付き合って……」

 

 ん? なんかおかしな言葉が聞こえてきた気がするぞ。

 

「……20人?」

 

「うん。付き合って別れてすぐ付き合ってって感じで。小学生はすぐ自然消滅するからさー」

 

「そ、そうなのか。中学校ではどうだったんだ?」

 

 その軽薄な口調とは裏腹に、どこか遠い目をする紡。

 

「中学校でも同じ感じだよ。この頃になると、先輩とか、高校生と付き合ったりしてたかなー」

 

「想像もつかない世界だ……」

 

「綾小路君顔良いんだから、その奥手な性格直せば余裕だって」

 

 紡はそう言ってくれているが、オレは騙されないぞ。イケメンの言うこの手の誉め言葉は大体嘘だ。まず性格を直すところがもうすでに難しいし、何より急にオレが紡みたいにチャラくなったとて、ドン引きされるのがオチだ。

 でも紡に限ってそんなこと言うだろうか? いや、オレは親友を疑ったりしない! 

 

「そ、そうか? 参考程度にどこをどう直せばい「綾小路君には無理じゃないかしら」……お前には聞いてないぞ、堀北」

 

 ここぞとばかりに食いついてきやがって。

 苦笑いを浮かべる紡になんて返そうか迷っていると、スピーカーから音楽が流れてきた。

 

「本日、午後5時より、第一体育館の方にて、部活動の説明会を開催いたします。部活動に興味のある生徒は、第一体育館の方に集合してください。繰り返します、本日──」

 

部活動か。そう言えば、オレ部活なんてやったことないんだよな。

 

「お、丁度いいや。一緒に行こうぜ、綾小路君」

 

 ……やっぱり紡はオレの親友だ!

 

 

 




因みに主人公は、坂柳と出会ってから一度も彼女を作った事ありません。ですが嘘もついてないです。

アニメ版の綾小路は最初から物静かですよね。後から原作を読んでビックリしました。


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友人

短めです。



 

 

 

『────以上で弓道部の説明を終わります。続いては……』

 

 どうも。着実に綾小路君との仲を深めてる斎藤紡です。まだ出会って2日しか経ってないけど、些細な出来事で目を輝かせるこの子が、ちょっと面白いから色々教えてやりたくなる。飯食う時に席合わせただけでもテンション上がってたけど……小、中学校不登校だったのか? 

 

「で、どうなの? 途中だけどさ、入りたい部活は決まった?」

 

 そんな冗談はさておき、隣でボーっと演説を聞いていた綾小路君に質問してみる。性格的に部活とか入りたがらない感じするけど。

 

「……いや、正直言って敷居が高い。運動部は特にな」

 

「さっきの堀北さんの発言気にしてる感じ?」

 

 二つの意味で可哀そうだ。『部員が多ければたくさん部費がもらえるから、初心者は歓迎されるでしょうね。その後は幽霊部員になって貰うのが、彼らの理想だと思うわ』だなんて言われた綾小路君も、そんなことを本気で思ってるほど捻くれている堀北さんも。

 

「何かしら? 私は間違ったことは何一つ言ったつもりはないのだけど」

 

 そんな俺の視線に気が付いたのか、堀北さんは鋭い目をこちらに向けて来る。

 

「間違いじゃないとは思うけど、部活に入りたいって思ってる奴の隣で言う事じゃないと思うよ?」

 

「何故私が綾小路君に気を使わなければいけないのかしら? 第一そんな生半可な気持ちで……!」

 

 そんなこと言っていた堀北さんの体が、突然大きく跳ねた。口から出ていた言葉も途切れ、顔を青くして舞台の方を見つめている。

 

「どうした?」

 

 綾小路君が声を掛けたが、一切気づいた様子はない。珍しいな、ここまで動揺を見せるだなんて。今は野球部の代表だ。特段おかしなことは無い。

 彼女に限って、一目惚れだなんてもあり得ないし、その様子から感じ取れるのはもっと根深い何かだ。

 驚き、畏怖、喜びがごちゃ混ぜになっているように感じる。

 

「大丈夫? 堀北さん」

 

 再度声をかけても全く反応を見せない。綾小路君と目が合い肩をすくめた。仕方ないからもう少し待ってみるか。

 舞台から説明を終えた代表が一人去り、二人去り、いよいよ最後の一人となった。全員の視線が集中する。 そこで初めて、俺は堀北さんの視線の先にある人物に気が付いた。

 

「こんなに騒いでんのに、誰も注意しないんだね」

 

「ああ、やっぱりイメージと違って緩い学校だよな」

 

 件の生徒が前に立つ。さて、堀北さんがあの反応を見せる人物だ。一体どんなことを話してくれるのやら。

 そんな俺の思いはすぐに裏切られることになった。その生徒が一言も発しなかったからだ。呆けているわけではなさそうだな。となると……

 

「がんばってくださ~い」

「カンペ、持ってないんですか~?」

「あははははは!」

 

 一年生であろう生徒から、そんなヤジが飛ばされる。しかし、それでも彼は一切動揺を見せることなく立ち尽くしていた。凄いな、高校生でここまでやるとは。

 恐らく、彼は頭から内容が抜けたのではなく、『待っている』のだ。周りの生徒が静かになるのを。

 そして一分ほど時間が経っただろうか? 辺りは先ほどの喧騒が嘘のようにシーンとした静寂が広がっている。そんな中、ゆっくりと全体を見回しながら演説を始めた。

 

『私は、生徒会会長を務めている、堀北学と言います』

 

 わーお。堀北か……こりゃ凄い。

 偶然名字が同じ、だなんてことはありえないだろうな。堀北さんのあの反応も、壇上の先輩が彼女の兄だと考えるとしっくり来る。この子も家庭環境に問題抱えてるタイプか。

 体育館に彼の声が響き渡る。一切の喧騒が無いこの空間に、彼のはきはきとした声は良く通る。

 

「あの生徒会長、凄いね」

 

「?」

 

 小さく呟いたつもりだったが、隣に居た綾小路君には聞こえていたらしく、疑問符を浮かべている。

 俺はそれを笑って誤魔化し、目の前で演説をしている彼と、堀北さんの関係について思案していた。

 

 兄は間違いなく優秀だ。()()()は生半可な実力では使えないからな。彼が使用した技、それはスピーチ術の一種だ。

 辺りに緊張を走らせ、自身の演説に耳を傾けやすくするこの技は、かの有名なアドルフ・ヒトラーも使用したとされている。言うのは簡単だが、実際にそれを実行に移せる人間がどれほどいるだろうか。それを高校生、なおかつこの場で行う胆力は、凡人には決してないだろう。

 そうなってくると堀北さんの感情にも当たりが付いた。あれは『憧れ』だ。他人に当たりが強いのは、劣等感の裏返しだろうな。外れてたらごめん。

 

『それから───私たち生徒会は、甘い考えによる立候補を望まない。そのような人間は当選することはおろか、学校に汚点を残すことになるだろう。我が校の生徒会には、規律を変えるだけの権利と使命が、学校側に認められ、期待されている。そのことを理解できる者のみ、歓迎しよう』

 

 そう最後に締めくくり、彼は舞台を降りて行った。

 

『皆さまお疲れさまでした。説明会は以上となります。これより入部の受付を────』

 

「堀北さん? おーい」

 

 目の前で手を振ってみても一向に反応しない。このままいたずらしてみたい気持ちは大いにあるが、綾小路君みたいに変態扱いされたらたまったもんじゃない為やめておく。

 そんな堀北さんを尻目に、綾小路君は何やら誰かと話しているようだった。

 

「あれ? 知り合い?」

 

「ああ。昨日少しな」

 

「へぇー。クラスメイトだよね? 自己紹介の時居なかったっぽいけど。俺は斎藤紡、よろしく!」

 

 綾小路君と話していたのは、ガタイの良いヤンキー感満載の生徒だった。

 

「須藤だ」

 

「よろしくねー須藤君。って後ろ池君と山内君じゃん。2人も部活なんかやるの?」

 

 須藤君の後ろにいるのは、昨日クラスを盛り上げてくれた池君と、中学生でインターハイに行ったことがあるらしい山内君だった。流石にもう少しマシな嘘つくけどな。

 

「まあ、俺達は賑やかしっていうか、楽しそうだから来た感じだ。そして運命的な出会いがあることを期待してるってのもある」

 

「運命的な出会い?」

 

 そんな池君の言葉に、綾小路君が聞き返す。まあ、この手のヤツが言う運命的な出会いってのは、1つしかないもんだ。

 

「Dクラスで一番に彼女を作る。それが俺の目標だ。だから出会いを求めているのさ」

 

 ほら来た。まぁ高校生らしくて良いと思うけど、あんまり公言するのも逆効果だぞ。

 俺がそんなことを思っていると、綾小路君は三人と連絡先を交換していた。池君に関しては陽キャだしガッツかなきゃ案外すぐできそうなもんだけどな……まあ、何にせよ新しい友達が増えてよかったね、綾小路君。

 

 

 

 

 

「にしてもこの時期に水泳の授業なんて珍しいよね」

 

 入学してから一週間ほどたった午後、いつものごとく綾小路君と弁当を食べ、授業の準備に取り掛かっていた。

 

「そうだな。もう少し暖かくなってからやるもんだと思っていたが」

 

「ま、嫌いじゃないから良いんだけどねー」

 

 水泳って得意苦手ハッキリ別れるよな。俺は少しかじってたから良かったけど。

 

「おーいお前らー早く来いよ。早く見たくてうずうずしてきた!」

 

 そんな池君の声が聞こえてきたため、駆け足で更衣室へ向かう。彼とはこの一週間で、そこそこの間柄になった。

 イケメンを目の敵にしているらしい池君だったが、どうやら俺はそこまでヘイトを買っていないらしい。因みに洋介君はずば抜けて嫌われている。まあ、入学式の時の挨拶だったり、昼食を女子とばっかり食べている所が気に食わないんだろうな。俺も放課後用事ない時は、洋介君たちとカラオケ行ったりしてるけど、それは言わない方が良いだろう。

 彼が何を見たいかは、後々分かるのであえて説明しないでおく。

 

「ひゃー、やっぱこの学校すげえな! 町のプールより凄いんじゃね?」

 

「ね。50mで屋内って。俺水泳ちょっとやってたけど、ここまでちゃんとしてるとこも珍しいよ」

 

 正直金かけすぎじゃないかとは思うけどな。ま、特権はありがたく享受しよう。

 

「うわ~。凄い広さ、中学の時より全然大きい~」

 

「き、来たぞ!?」

 

 それから少し後に、女子グループの感嘆の声と、池君の声が聞こえて来る。ここまで聞けばもう分かるだろう。彼が見たかったのは女子の水着姿だ。

 さっきも綾小路君と何やら話していたようだけど、俺はお仲間だと思われたくないから少し距離を取っている。

 

「あの集団に混ざらないのかしら?」

 

 軽く体を伸ばしていると、堀北さんが話しかけてきた。そんな言葉と共に、彼らをゴミを見るような目で見ている。こっわ、行かなくてよかったホント。

 

「俺も興味がないわけじゃないけどさ、流石にあんな露骨にやるのはね……」

 

「そう。あなたがあんなくだらない事をやる人間じゃなくて良かったわ」

 

 彼女が言った『くだらない事』というのは、十中八九朝の賭け事だろう。女子の胸の大きさにオッズを掛け、誰が一番大きいかで勝負していたのだ。

 正直ドン引きである。彼女欲しい奴の行動とは思えない。因みに綾小路君はちゃんと混ざったらしい。

 

「やっと抜けてこれた……」

 

「あら綾小路君。下品な賭け事はもういいのかしら?」

 

「いや、あれはその場のノリというか流れというか……」

 

 そんな会話をしていると、少しげんなりとした綾小路君がゆっくりこちらへ向かってきた。勿論堀北さんの鋭い言葉も投げかけられるが、流石に慣れてきたのだろう。

 普通ならそこでもう一撃くらい食らわせるのが堀北さんクオリティなのだが、意外なことに彼女は口をつむいで綾小路君の体を見ていた。

 

「……綾小路君、あなた何か運動してた?」

 

「え? いや、別に。自慢じゃないが中学の時は帰宅部だったぞ。それに紡だって同じようなものじゃないか」

 

「彼は運動してたって言ってたじゃない、それに並ぶあなたがおかしいのよ」

 

「両親から恵まれた体を貰っただけじゃないか?」

 

 覚えててくれたんだ、ちょっと嬉しい。

 それはさておき、俺も同意である。遺伝的な要素は間違いなくあるだろうが、この体つきは運動、しかもかなりしっかりとしたものをしていないと身につかない。堀北さんも言っていたが、幼少期からアホみたいにスポーツやってきた俺と並ぶ時点でおかしいのだ。

 

「とてもそれだけが理由とは思えない」

 

「ま、実際にやってないって本人が言ってるんだし、そこは信じようぜ」

 

 それでも食い下がる堀北さん。流石に隠し事に首を突っ込むのは無粋だからやめておく……というのは嘘だ。何と言うか、入学初日に感じていた違和感を、もう一度感じることができた。そして一つ分かったことがある。

 綾小路君は恐らく過去に何かを抱えている。そんなの、大なり小なり誰でもあるだろうが、彼の場合はもっと得体の知れないものだ。藪蛇は嫌だから俺はここで手を引いておく。仲が良いという自覚はあるが、まだ入学して一週間なのだ。本人から言ってくれることを祈るしかない。

 

「……そうね。分かったわ」

 

 それが賢いと思うよ。

 お、もうすぐ授業始まりそうだな。よーし、いっちょカッコイイとこ見せちゃおっかな。

 

 

 




ヒモは人の地雷を避ける能力に長けてるらしいですよ。


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本気

紡君は運動に関しては真剣に向き合ってます。


 

 

 

「よーし始めるぞ、お前ら集合しろー」

 

 The・体育会系。と言ったような雰囲気のマッチョのおっさんが声を上げる。その大きな体から出る声はよく通るらしく、バラバラに別れて話していたクラスメイト達が集合した。

 

「見学者は16人か……随分多いようだが、まあいいだろう」

 

 さすがに、半数近くの生徒が休んだらサボりだと疑うと思うが、それでも先生は咎めることはしなかった。この放任主義というか、冷たいともいえる教育形態は、どの科目の先生も同じらしい。

 オレが知らないだけで、義務教育を終えた後に通う高校全てがこんな感じなのかもしれないが。

 

「綾小路君はどんなもんよ? 水泳」

 

 隣に立つ紡に話しかけられた。その表情は楽しげで、今にも始まる水泳の授業を楽しみにしているようだ。

 

「そこそこだ。人並みって感じ。紡は得意なのか?」

 

 紡と知り合って1週間。コミュニケーションを苦手とする俺でも、紡と話す時はスラスラと言葉が出てくる。沈黙も気にならないし、順当に親友への道を歩んでいると言っても過言じゃない。

 

「まぁねー。俺、これでも全国経験者だから」

 

 ニカッと笑いながら、紡は自分を指す……申し訳ないんだが、山内が似たような嘘を吐くせいで、すぐには信用出来なかった。

 

「あ、信じてないな? ちょっとショック」

 

「だってあなた、平田君とサッカー部の見学しに行ってたじゃない。全国に出てるくらいなら、水泳部に入るのが普通だと思うわよ」

 

 そう語るのは毎度おなじみの堀北だ。なんやかんや言って、こいつも俺たちとの会話を楽しんでいる節がある。

 

「サッカーも全国出てるよ? 嘘だと思うなら今度俺の名前で検索してみて、多分両方とも新聞出てくるから。まぁ、結局どの部活にも入るつもりは無いんだけどね」

 

「入らないのか?」

 

「最初は入ろうと思ってたんだけど、俺幼なじみとこの学校来ててさ、その子が体弱いから面倒見てんのね? だから部活やってる暇ないなーって」

 

 何十倍もの倍率を誇るこの学校に、幼なじみと2人で入学か。さぞかしその相手も優秀なんだろうな。

 そんなことを思ってると、先生がパンと手を叩いて話し始めた。

 

「お前らの実力を見たいから、準備体操が出来たら早速泳いでもらうぞ」

 

「先生、俺あんまり泳げないんすけど……」

 

 1人の生徒が不安げに手を挙げる。

 

「大丈夫だ、俺が教える限り必ず泳げるようさせてやる」

 

「いや、別にいいですよ。無理して泳げるようにしてもらわなくても」

 

 補習までして泳げるようになりたいという生徒は居ないだろう。

 

「そうはいかん。今は泳げなくてもいいが、克服はさせる。泳げるようにしとけば必ず役に立つぞ? 必ず、だ」

 

『必ず』か……そりゃ確かに泳げて損は無いと思うが、何か含みを感じる言い方だな。

 ま、教師として泳げるようにしてやりたいって気持ちが強いのだろう。

 それから準備体操を終え、50mを流しで泳いだ。泳ぎ切れない生徒は底に足をつけても構わないらしい。

 

「とりあえず殆どの者が泳げるようだな」

 

「余裕ッスよ先生。俺、中学の時は機敏なトビウオって呼ばれてたんで」

 

「そうか。では早速競争を行う。男女別50m自由形だ」

 

 初授業でいきなりか。こういうのは数回ほど授業を行った後にやるものだと思っていたが。

 そう思っていたのは俺だけでは無いらしく、周りの生徒がザワついている。

 

「1位になった生徒には、俺から特別ボーナスで5000ポイントを支給しよう。逆に一番遅かった奴は補習だから覚悟しとけよ」

 

 その言葉に歓声と悲鳴の両方が上がる。

 

「ちょうどいいじゃん。一番取って証明してあげるよ」

 

「お、おう。分かった」

 

 隣で紡が嬉々として語る。いつも掴みどころがなく、飄々とした余裕を見せている彼らしくない様子に困惑するが、意外と子供っぽい所もあるようだ。

 そんなギャップも女子にモテる理由なのかもしれない……参考にしなくては。

 

「女子は人数が少ないから、5人を2組に分けて、一番タイムの早かった生徒の優勝にする。男子はタイムの早かった上位5人で決勝をやる」

 

 学校側がポイントを景品にしてくることがあるなんて思ってもみなかった。もしかしたら今回欠席した生徒たちに発破をかけるためなのかもしれない。よく考えられている。 

 競争に参加するのは見学者と泳げない一人を除いた、男子が16人、女子が10人。まずは女子からスタートということで、男子たちはウキウキ気分でプールサイドに座り込み、女子を応援……品定めする。

 準備をする女子たちをボーっと見つめていると、隣に座った紡がオレの肩をちょんちょんと叩いてきた。

 

「綾小路君は誰推し? 好きとかじゃなくて、タイプ的な」

 

 にやにやと笑いながら耳打ちをしてくる。推しというのは言わずもがな女子についてだろう。朝の胸の大きさ賭博の時に、全く興味を示していなかったから、彼からこの手の話題が出るのは意外に感じた。

 

「意外だな。この手の話題に興味がないのかと思ったぞ」

 

「朝のアレに参加しなかったから? 冗談はよせよ。あれに参加してるだけで、女子からのポイントはダダ下がりだぜ?」

 

 そうだったのか。あれが健全な男子高校生だと思っていたが、どうやらちょっとずれていたようだ。確かに紡と平田という、Dクラス筆頭イケメンは両方とも参加してなかった……欲をオープンにするのはやめておいた方が良いな。

 

「で、誰なの?」

 

「……そんなに気になるか?」

 

 なんか酔っぱらった親戚のおじさんの相手をしている気分だ。そんな経験ないけど。

 俺の沈黙をどう捉えたのか、紡は心底申し訳なさそうに、頭を下げて語り出した。

 

「ごめん。俺から言うべきだったね。えっと……まず堀北さんでしょ? 後は……軽井沢さん、佐倉さん、佐藤さんかなぁ」

 

 何と言うか、意外なチョイスだ。堀北、軽井沢、佐藤の三人は、お世辞にもそこまで良いプロポーションとは言えない……自分で言ってて最低だな。

 かと思えば、佐倉は相当良い体をしている。雰囲気や性格も全く違うが、一体どのような共通点があるのだろうか? 

 

「意外だな。その人数なら、櫛田がチョイスに入ると思っていたが」

 

「櫛田さんはね……ちょっと()()()()()気がするんだよね。何となくだけど」

 

 一体何に向いてないんだろうか? そう質問しようとしたとき、ゴールし終えたであろう堀北がこちらへ向かってきた。

 

「一体何をコソコソ話しているのかしら?」

 

「何でもないよ。それより凄いね! 現役水泳部に次いで二位だよ?」

 

 コイツ思いっきり話題を逸らしたな。助かるけどさ。

 

「……まあ、別に勝ち負けは気にしてないから。それより、二人とも自信はあるの?」

 

「俺はバッチリよ。何なら一位取れなかったら、明日弁当作ってきてあげるよ」

 

 紡の弁当か。ちょっと……いや、かなり気になるな。友達の手作り弁当なんて、早々食べる機会無いだろうし。

 そんな俺とは逆に、堀北は興味なさげに吐き捨てた。

 

「別にいらないわよ」

 

「そう言わずにさ、そこまで自信があるって事で。綾小路君はどう? 人並みって言ってたけど、補習は嫌っしょ?」

 

「当たり前だろ。ビリにはならん」

 

「……それ、自慢する事じゃないわよ。男子は勝ち負けに煩いと思っていたけれど」

 

「オレは競い合うのが嫌いなんだ。事なかれ主義だからな」

 

 1位なんて最初から諦めてる。オレは補習さえ避けられればそれで十分だ。

 最初の組に配属されたオレは2コースで、隣の1コースには須藤がいた。運動部の須藤にペースを合わせるのは不可能だ、すぐ眼中から外す。とりあえずこの中でビリを避ければ、最下位は避けられる。

 それだけを考えながら、スタート台から飛び出した。 50mを物凄い勢いで泳ぎきり、須藤は水面に顔を出した。男女から驚嘆の声が上がる。

 

「やるじゃないか須藤。25秒切ってるぞ」

 

 一方オレは36秒少し。どうやら10位だったようだ。よし、これで補習はなくなった。

 

「須藤、水泳部に入らないか? 練習すれば大会も十分に狙えるぞ」

 

「俺はバスケ一筋なんで。水泳なんて遊びっすよ」

 

 この程度の水泳は運動のうちにも入らないのか、須藤は余裕な様子で上にあがって来た。

 

「お疲れ、綾小路君」

 

「ありがとう。須藤の記録ってどのくらい凄いんだ?」

 

 労いの言葉をくれた紡に質問する。

 

「んー。あと1秒くらい縮めれば全国でもいい感じに戦えるって感じかな? 未経験であれは凄いと思うよ」

 

「なるほどな。次だろ? あれだけ啖呵切ったんだから頑張れよ」

 

「おう! 1位になったら話の続き教えてよ?」

 

 そんなに俺の性癖を知りたいのか……まあ、それくらいなら構わないが。その言葉に頷くと、紡は満足そうにスタート台に向かっていった。

 

「きゃー! 平田君頑張ってー!」

 

 女子から悲鳴(喜びの)があがる。見ればスタート台には平田が立っていた。細マッチョでThe・女子にモテるといった体形だ。女子が湧くのも無理はないだろう。

 池が唾を吐く仕草を見せ、須藤もちょっと気に入らない様子で平田を睨む。

 

「勝ち上がってきたら全力でたたき潰してやるぜ。この俺の全力をもってな」

 

 水泳は遊びじゃなかったのか……

 

「紡君頑張ってね。応援してるよ」

 

「おう! ぶっちぎりで1位取ってカラオケ奢ってあげるよ」

 

 一方端のコースに立って居る紡は、女子6、7人に囲まれている。平田を応援するキラキラした女子とは対照的に、こちらは少し大人しめの雰囲気の女子が多いように思える。

 というより、彼女たちは紡と呼んでいるんだな……いや、決して自分だけが下の名前で呼んで優越感を感じていたわけではない。決して。

 アイドル的な立ち位置の平田と、親しみやすい雰囲気の紡という、タイプの違いが出ているのだろう。同じくモテているのには違いない。因みに櫛田は紡派だ。

 

「っくー! なんだかんだ言って斎藤のヤツもモテんじゃねえかよ!?」

 

 そんな池の悲鳴を尻目に、レースはスタートした。

 ガヤガヤとヤジを飛ばす池たちだったが、その声も尻すぼみとなっていく。ちゃっかり隣で見ていた堀北も、驚きの表情を隠せないようだ。

 

「23秒70……」

 

「お、久しぶりにしてはまあまあじゃん」

 

 確か紡は24秒切れれば全国でもいい線行けると言っていたが、専門じゃない競技でこのレベルの人間が居たらやる気なくすだろうな。

 

「……ごめんなさい。正直想像以上だったわ」

 

「ああ、これはお前が優勝で決まりだろうな」

 

 あの堀北でさえ謝罪をするほどだ。

 

「へっへーん。どうよ、凄いっしょ?」

 

 鼻の下を人差し指で撫でて得意げに語る紡だが、残念なことに、それも長くは続かなかった。

 

「第三レース、記録……2()3()()2()2()

 

「いつも通り私の腹筋、背筋、大腰筋は好調のようだ。悪くないねぇ」

 

 ざばりと上にあがって来た高円寺は余裕の笑みを見せ、髪をかきあげた。息が切れている様子もなく、本気を出して泳いだとは思えない。

 

「マジ……?」

 

 紡も口をあんぐりと開けてそのまま動けないようだ。そんな様子の彼の下へ向かうのは、先ほど驚異的な記録を見せた高円寺だった。

 あくまで尊大な態度は崩さず、すれ違いざまに語る高円寺。

 

「次は()()()やるんだ。決勝で待っているよ。紡ボーイ」

 

「……こりゃ負けてらんねぇな」

 

 そう語った紡は、覚悟を決めた男の顔をしていた。

 

「燃えて来たぜ……!」

 

 須藤は負けたくないのかメラメラと闘志を燃やし始めた。いや、お前でもこの2人はキツイと思うぞ。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「ではこれより、男子決勝を行う」

 

 ヤバい。超緊張してきた。普通に大会出た時より緊張するわ。

 あんだけ啖呵切っといて高円寺君に負けるとか、恥ずかしくて死ねるレベルだ。しかも手抜いたのバレてるし。

 いや、確かにちょっと抑えたけどさ。去年に比べて5センチ以上背伸びたし、筋力もついてるし、ガチでやったらエグイ記録出て勧誘めんどいから抑えたけどさ! 

 

「まさか君の様な面白い人間がいるとは思わなかったよ。それほどの実力を持ちながら、何故手を抜いているんだい?」

 

「何言ってんのよ……そもそも、さっき初めて喋った相手に、そんなこと分かるわけないじゃん」

 

「私を誰だと思っている? 相手がどのような人間かなんて、見ただけで手に取るようにわかるさ」

 

 なんか絡まれてるんだけど、助けて綾小路君。

 と、それはさておき。23秒22か……確か中学生の日本記録って23秒50くらいだよな。化け物かよ。

 体温まってなかった、久しぶりに泳いだ、手抜いた、っていう言い訳が通じるか分からないが、今の俺だったら、この記録を越せるポテンシャルはあるはずだ。

 

「大会を思い出せ……俺ならやれるはずだ」

 

 そんなことをブツブツと呟いていると、後ろから肩を指で叩かれた。そこにいたのは綾小路君と堀北さん。

 

「頑張れよ」

 

「あれだけ言い切って負けたら恥ずかしいわよ。斎藤君」

 

「要するに、頑張れって事だ」

 

「何を言っているのかしら綾小路君。元はと言えばあなたが────」

 

 マジか。あの堀北さんが俺に発破の言葉を掛けるだなんて。

 俄然やる気が出てきた。この勝負、絶対俺が勝つ。

 

「それでは、男子50m自由形の決勝を始める」

 

 合図とともにスタート台の上に立つ。先生もやけに真剣だし、周りも固唾をのんでこちらを見ている。それだけ俺と高円寺君の勝負が気になるのだろう。

 そしてブザーの音が鳴った瞬間、俺は弾丸の様に飛び出した。

 

「うお! 早え!」

 

 隣から池の声が聞こえて来る。隣のレーンの高円寺君は俺より頭一つ分前を泳いでいる……マズイな、流石に技術は俺の方が上だろうが、基礎体力だったら彼の方が上。初動ですでに負けているとなると、ここから逆転するのは厳しいだろう。

 

「紡君頑張ってー!」

 

「おい斎藤! どうせなら1位取って俺に飯奢れよ!」

 

 クラスの奴らが俺に並走しながら応援してくる……最初から気持ちで負けてどうすんだ。俺は全力を尽くしてこいつに勝つ。それ以外は考えなくていい。

 

「高円寺との差が縮まってきたぞ!」

 

 残り半分を切った辺りで、俺と高円寺君が並ぶ。さて、ここからは根性勝負だ。

 そしてほぼ同時に向こうの壁に手を付ける。そして全員がゴールした。

 

「どっちだ! どっちが勝った!?」

 

 そんな池の声がプールサイドから聞こえてくる。横を見ると、クラスの半数ほどがこちらまで来て先生を見つめていた。

 ストップウォッチを手に取った先生が、一呼吸おいてゆっくりと告げた。

 

「第一位。記録……23秒08──────斎藤紡」

 

「────よっしゃあ!」

 

その言葉を聞いた瞬間、俺は無意識に叫んでいた。

基本的に冷めている俺だが、運動…それも得意な競技で負けたくなかったから、これで一安心だ。

 

「斎藤が勝ったぞおおお!」

 

 プールサイドに上がると、歓喜の声を上げたクラスメイトに囲まれる。皆俺と高円寺君の熱い戦いに浮かされたのか、異様なテンションの高さを見せていた。

 

「お前すげぇよ! あの高円寺に一泡吹かせるなんてよ!」

 

「俺もビックリだよ。自己ベスト大幅に超してたし」

 

 彼らの称賛を受けていると、遅れてプールサイドへと上がってきた高円寺君が、笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「負けたよ、完敗だ。まさか本気の勝負で私が敗北を喫するとは」

 

 高円寺君は23秒11だったらしい。本当に僅差だ。というか、割とさじ加減で変わるレベルではある。

 しかし、彼は言い訳等を一切することなく、俺を讃えてくれた。

 

「だが私も敗北を黙って受け入れるほど大人ではないのでね。次はリベンジさせてもらうよ」

 

 そう言うと、こちらの返事を待たずして去って行く高円寺君。

 

「……なんか、ヤバいのに目付けられてないか?」

 

「……言わないでくれ」

 

 そんな綾小路君の言葉が、俺の胸に深く突き刺さった。

 

 

 




友情努力勝利は王道ですよね。主人公がヒモの漫画がジャンプにあるかは分かりませんが…


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ようこそ、実力至上主義の世界へ

さあ、ここから面白くなりますよ。


 

 

 

「zzz……」

 

 朝。高度育成高等学校、その学生寮の一室で、斎藤紡は睡眠をとっていた。締め切ったカーテンの隙間から漏れた淡い光が、フローリングの床を照らしている。

 そんな中、ベット横のテーブルに置かれたスマホが振動し始めた。

 

「ん……あー。寝みぃ……」

 

 けたたましく鳴り続けるスマホの画面には『AM6:30』と表示されている。

 備え付けられた寮から校舎まで、そう時間の掛からないこの学校では、彼ほど早起きする生徒は珍しい。

 

「んー……っはぁ」

 

 眠気を覚ますかのように伸びをした斎藤は、そのまま浴槽へと向かいシャワーを浴びる。これが、彼が起きてからのルーティンだった。

 上裸のまま、まだ水気が残る髪の毛を拭き、そのタオルを首にかける。そして歯を磨いた後、斎藤は備え付けられている冷蔵庫の扉を開けた。1人暮らしにしては贅沢な150Lの冷蔵庫を、フルに活用しているのは彼を含めてもそう多くは無いだろう。

 

「マジか。卵切らしてんじゃん……」

 

 そうボヤキながらも、頭の中で朝食と献立を考えている紡。()1()()()()適当に済ませることもできたのだが、生憎とそうもいかない。

 その時、ピンポンと呼び鈴が鳴る。斎藤が時計を確認すると、時刻は7時ピッタリ。相変わらずきっちりしていると苦笑いを浮かべながら、ドアを開ける斎藤。

 

「……前にも言いましたよね? 部屋で上を脱いだまま生活するのはやめた方が良いと。私以外の人がみたら驚きますよ」

 

「いや、この時間に俺の部屋来る奴なんて有栖ちゃんしかいないでしょ。ほら、とりあえず入って」

 

「……まあいいでしょう」

 

 呆れたようにため息を吐きながら、来客────坂柳有栖は部屋に入る。まず最初に目に入るのは、玄関にきれいに並べられた二足の靴。片方はラフなサンダルで、もう片方はそこそこ値の張る小奇麗なスニーカーだった。その隣のロッカーには何も入っていない。

 

「相変わらず生活感のない部屋ですね」

 

「だって有栖ちゃん、散らかってるの嫌いでしょ?」

 

 自分を優先してくれたと言わんばかりの言葉に、一瞬胸の高鳴りを感じた坂柳。しかし、それとこれとはまた別の話である。

 

「……そうですが、流石にこれは限度がありますよ」

 

 そう呟いた後、坂柳は臆することなく部屋の奥へと入っていく。

 そこにあったのはクッションを置いてソファ代わりにしたベッドと、そこそこ大きなダイニングテーブル。そして学校から配られた教科書等が置いてある小さな本棚だけだった。

 因みに、備え付けの学習机と椅子は分解されてクローゼットの中に入っている。

 

「別にテレビも見ないし、本は最近専ら電子書籍だから不便はしてないんだけどね。ほら、卵切らしちゃったから今日は和食だよ」

 

 いつの間にかシャツを着た斎藤が不貞腐れたように呟き、料理の乗った皿を運んできた。白い米にみそ汁、味付き海苔と焼シャケという、質素であるがThe・朝食といったメニューだ。

 2人分を横に並べた後、隣に座る斎藤。これがいつも通りなのか、特に坂柳が声を上げることはない。

 

「「いただきます」」

 

 しっかりと両手を合わせ、食事を始める2人。入学して一か月ほど、これも斎藤のルーティンだった。

 

 

 

『これから毎日、朝七時に紡君の部屋に行くので、朝食の準備をお願いします。材料費は私が持ちますので』

 

『……いや、別に半分でいいけどさ。面倒くさくないの?』

 

『紡君の料理は逸品ですから。これくらいの手間は惜しみませんよ』

 

『……まぁ、そういう事なら』

 

 

 

(なんだかんだ懐いてくれてるよなぁ……)

 

 目の前で行儀よく食事を勧めている坂柳を見て、微笑ましそうにその小さな頭を撫でる斎藤。

 

「……食事中ですよ」

 

「ああ、ごめんごめん」

 

 前世を含めると、半分以下の年の子供に叱られる彼の気持ちは一体如何なるものなのか。それを理解するすべはここには無かった。

 食事を終え、いつもより少し早い時間帯に登校する2人。決まった時間に登校してる彼らだが、今日登校を早めたのには理由がある。

 

「そう言えばもう5月に入ったけど、どうだった? 有栖ちゃん。今月振り込まれたポイントは?」

 

 そう、今日の日付は5月1日。学校の説明が正しければ、今日は10万ポイントが振り込まれる日だ。最も、この一か月の間で様々な調査を行った2人は、そうならないことを知っているのだが。

 

「9万4千ポイントでした。紡君の方はどうですか?」

 

()()()。さて、俺らの読み通りだけど……随分楽しそうだね? 有栖ちゃん」

 

 斎藤の言葉を聞いて、上機嫌に笑う坂柳。

 

「ええ。この()()()()()()()()()が、私に一体何をもたらしてくれるのか……とても、とても楽しみです」

 

「学費かからず楽して暮らせるから来たのに……何でこうなったんだよ」

 

 そんな斎藤の不満に答えをくれる人物はいなかった。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 5月最初の学校開始を告げる始業チャイムが鳴った。程なくして、手にポスターの筒を持った茶柱先生がやって来る。いつも険しい顔をしているが、今回はそれ以上だな。

 

「せんせー、ひょっとして生理でも止まりましたー?」

 

 相変わらず終わってるな、池君は。

 

「これより朝のホームルームを始める。が、その前に何か質問はあるか? 気になることがあるなら今聞いておいた方がいいぞ?」 

 

 茶柱先生は池君のセクハラに一切構わず、そんなことを言った。生徒たちからの質問があることを確信しているかのような口ぶりだ。実際、数人の生徒がすぐさま挙手した。

 何と言うか、ここまで出来レースだとつい笑ってしまいそうになる。

 

「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれてないんですけど、毎月1日に支給されるんじゃなかったんですか? 今朝ジュース買えなくて焦りましたよ」

 

「本堂、前に説明しただろ、その通りだ。ポイントは毎月1日に振り込まれる。今月も問題なく振り込まれたことは確認されている」

 

「え、でも……。振り込まれてなかったよな?」

 

 まあ、勘の良い生徒ならこの辺りで俺が初日に言っていた事を思い出しただろうな。ただ、0ポイントという現実を受け入れられるかどうかの話にはなるが。

 

「……お前らは本当に愚かな生徒たちだな」

 

「愚か? っすか?」

 

 呆けたように聞き返す本堂君に、茶柱先生は鋭い眼光を向ける。

 

「座れ、本堂。二度は言わん」

 

 突然の豹変に本堂君は腰が引け、そのままズルっと椅子に収まった。

 

「ポイントは振り込まれた。これは間違いない。このクラスだけ忘れられた、などという幻想、可能性もない。わかったか? 一か月前に私に質問した生徒が居たはずだが、まさか忘れただなんて言うまいな?」

 

 ここで俺の話になるのかよ。面倒くさいな。

 

「お前ならポイントが支給されなかった原因に当たりが付いているんじゃないか? 斎藤」

 

 そこでクラス中の視線が俺に向けられる。さて、なんて答えようか。

 一番あり得ないのは、もともと知っていたという話。これは論外だ。理由としては何故教えてくれなかったと騒ぎ立てるやつが居るからだ。

 となると今考えて知ったという様な体にしないといけない。

 

「……支給されたポイントが0になった……とか?」

 

「何だ、今気が付いたのか? ……まあいい、これだけヒントを与えて気が付いたのが数人とは、嘆かわしいことだ」

 

「……先生、質問いいですか? 腑に落ちないことがあります」

 

 洋介君が手を上げる。彼のことだ、自分のポイント欲しさではなく、クラスの不安を解消するための挙手だろう。実際無駄使いしてる印象無かったからな。

 

「振り込まれなかった理由を教えてください。でなければ僕たちは納得出来ません」

 

 確かに、何故ポイントが振り込まれなかったのか、その詳細が一切不明だ。

 

「遅刻欠席、合わせて80回。授業中の私語や携帯を触った回数380回。ひと月で随分とやらかしたもんだ。この学校では、クラスの成績がポイントに反映される。その結果お前たちは振り込まれるはずだった10万ポイント全てを吐き出した。それだけのことだ。 入学式の日に直接説明したはずだ。この学校は実力で生徒を測ると。そして今回、お前たちは0という評価を受けた。それだけに過ぎない」

 

 派手にやったな。俺が質問をした分、少しは減ったのかもしれないが、下がるって確信が付かない限りはそう変わらないよな。

 

「はぁ!? ポイント減るのっていじめ問題とか、暴力行為とかしたヤツだけじゃねえのかよ!?」

 

 ほら来た。一応分かってはいたのだろうが、遅刻欠席や私語スマホ等で減らされるとは思わなかったらしい。

 

「茶柱先生。僕らはそんな話、説明を受けた覚えはありません……」

 

「なんだ。お前らは説明されなければ理解出来ないのか」

 

「当たり前です。振り込まれるポイントが減るなんて話は聞かされてなんていませんでした。説明さえして貰えていたら、皆遅刻や私語なんかしなかったはずです」

 

「それは不思議な話だな平田。確かに私は振り込まれるポイントがどのようなルールで決められているかを説明した覚えはない。しかし、お前らは学校に遅刻するな、授業中に私語をするなと、小学校、中学校で教わってこなかったのか?」

 

「それは……」

 

「身に覚えがあるだろう。そう、義務教育の9年間、嫌と言うほど聞かされてきたはずだ。遅刻や私語は悪だと。そのお前らが、言うにことかいて説明されてなかったから納得できない? 通らないな、その理屈は。当たり前のことを当たり前にこなしていたなら、少なくともポイントが0になることはなかった。全部お前らの自己責任だ。わざわざ違和感に気が付いて質問をした生徒もいたようだが、クラス全体がこのざまなら世話ないだろうな」

 

 ちょくちょく俺を引き合いに出してくるのは一体何故なんだ? 正直胃痛がしてくるからやめて欲しいんだが。嫌だぞ、阿鼻地獄と化したクラスをなだめるのは。

 

「高校一年に上がったばかりのお前らが、何の制約もなく毎月10万も使わせてもらえると本気で思っていたのか? 日本政府が作った優秀な人材教育を目的とするこの学校で? ありえないだろ、常識で考えて。なぜ疑問を疑問のまま放置しておく?」

 

「では、せめてポイント増減の詳細を教えて下さい……。今後の参考にします」

 

「それはできない相談だな。人事考課、つまり詳細な査定の内容は、この学校の決まりで教えられないことになっている。社会も同じだ。お前が社会に出て、企業に入ったとして詳しい人事の査定内容を教えるか否かは、企業が決めることだ。しかし、そうだな……。私も憎くてお前たちに冷たく接しているわけじゃない。あまりに悲惨な状況だ、一つだけいい事を教えてやろう」

 

 今日初めての薄ら笑いを見せた茶柱先生……いや、絶対いい事ではないだろ。

 

「遅刻や私語を改め……仮に今月マイナスを0に抑えたとしても、ポイントは減らないが増えることはない。つまり来月も振り込まれるポイントは0ということだ。裏を返せば、どれだけ遅刻や欠席をしても関係ない、という話。どうだ、覚えておいて損はないぞ?」

 

 うわ、分かってたけどエグいな。失意の中、生徒にそれを投げかけるだなんて。

 話の途中だがチャイムが鳴り、ホームルームの時間が終わりを告げる。

 

「どうやら無駄話が過ぎたようだ。大体理解出来ただろ。そろそろ本題に移ろう」

 

 手にしていた筒から白い厚手の紙を取り出し、広げた。それを黒板に貼りつけ、磁石で止める。生徒たちは理解も及ばないまま、戸惑いながら茫然とその紙を眺める。

 

「これは……各クラスの成績、ということ?」

 

 半信半疑ながらも、そう解釈した堀北さん。正解だ。

 そこにはAクラスからDクラスの名前とその横に、最大4桁の数字が表示されていた。

 俺たちDクラスは0。Cクラスが490。そして一番高い数字がAクラスの940。これがポイントのことだとすると、先輩に教えてもらった通り、1000ポイントが10万円に値するのか。流石Aクラスだな。羨ましい。

 

「ねえ、おかしいと思わない?」

 

「ああ……ちょっと綺麗すぎるよな」

 

 目の前では堀北さんと綾小路君が困惑の顔を浮かべている。どうやらこの奇妙な点数に気が付いたようだ。

 

「お前たちはこの1か月、学校で好き勝手な生活をしてきた。学校側はそれを否定するつもりはない。遅刻も私語も、全て最後は自分たちにツケが回って来るだけのこと。ポイントの使用に関してもそうだ。得たものをどう使おうとそれは所有者の自由。その点に関しても制限をかけていなかっただろう」

 

「こんなのあんまりっすよ! これじゃ生活できませんって!」

 

 そんな池の叫び声が聞こえて来る。

 

「よく見ろバカ共。Dクラス以外は、全クラスがポイントを振り込まれている。それも一か月生活するには十分すぎるほどのポイントがな」

 

「何故……ここまでクラスのポイントに差があるんですか」 

 

 洋介君も貼り出された紙の謎に気が付いた。あまりに綺麗にポイント差が開いているのだ。つまりこれが意味するのは……

 

「段々理解してきたか? お前たちが、何故Dクラスに選ばれたのか」

「俺たちがDクラスに選ばれた理由? そんなの適当なんじゃねえの?」

「え? 普通、クラス分けってそんなもんだよね?」

 

 生徒達はそれぞれ顔を見合わせている。それだったらどれだけ良かったことか……

 

「この学校では、優秀な生徒たちの順にクラス分けされるようになっている。最も優秀な生徒はAクラスへ。ダメな生徒はDクラスへ、と。ま、大手集団塾でもよくある制度だな。つまりここDクラスは落ちこぼれが集まる最後の砦というわけだ。つまりお前たちは、最悪の不良品ということだ。実に不良品らしい結果だな」

 

 うーん。入試でもかなり良い点数とれたと思うんだけど……何が理由で落とされたんだ? ママ活か? ……いや、多分それ以外ないだろうな。

 

「しかし1か月ですべてのポイントを吐き出したのは過去のDクラスでもお前たちが初めてだ。よくここまで盛大にやったもんだと、逆に感心した。立派立派」

 

 そして同時に、今まで一つ疑問だったことが解消された。それは、何故()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。実際この学校の倍率を考えると、Aクラスほどではないにせよそこそこのポテンシャルを持った生徒はいくらでもいるだろう。なのに、何故このように圧倒的な実力差をつけたのか。

 答えは簡単だ。たった今彼女が言った『不良品』というところに全てが詰まっている。

 不良品という事は、欠点を除けば良品になる可能性を秘めていると言う事だ。恐らく違うタイプの強みを持った生徒同士を争わせ、その刺激で成長を促すのが目的なのだろう……って事は、俺は女癖が悪いからDクラスに落とされたって事か? 滅茶苦茶嫌なんだけど。

 

「このポイントが0である限り、僕たちはずっと0のままということですね?」

 

「ああ。このポイントは卒業までずっと継続する。だが安心しろ、寮の部屋はタダで使用できるし、食事にも無料のモノがある。死にはしない」

 

 良かった、貯金しといて。飯代は有栖ちゃんに集ろう。やっとヒモの技術をお披露目する機会が来たと言う事だ。

 ただなー……収入ゼロはキツイんよな。本とか買えないし、流石に季節が変わる頃にはポイントがプラスになると信じたいが、服も買わないといけないし……よし、先輩からお小遣い貰おう。Aクラスだったら毎月莫大な収入あるだろうし、ちょっとだけそれを拝借しよう。

 

「────むぎ、紡?」

 

 どう先輩から集ろうか考えていたら、どうやら話がかなり進んでいたらしい。ハッとして顔を上げると、目の前には綾小路君が居た。

 

「ああ、ごめん。どうしたの? 綾小路君」

 

「いや、この前やった小テストの結果が張り出されてるぞ。凄いな。お前が一位だぞ」

 

「マジ? わお、ホントじゃん」

 

 95点で一位だった。普通に高校生が習う範囲じゃない問題もあったが、前世で大学受験した時の知識がまだ残っていたらしい。というより、有栖ちゃんに無理やり一緒に勉強させられたからかもしれない。そんな暇があるなら体動かしたかったけど、こういうところは感謝しないとな。

 

「それからもう一つ付け加えておこう。国の管理下にあるこの学校は高い進学率と就職率を誇っている。それは周知の事実だ。恐らくこのクラスの殆どの者も、目標とする進学先、就職先を持っていることだろう」

 

 それ目的で入学した生徒も多いだろうからな。

 

「が……世の中そんな上手い話はない。お前らのような低レベルな人間がどこにでも進学、就職できるほど世の中は甘くできているわけがないだろう」

 

「つまり希望の就職、進学先が叶う恩恵を受けるためには、Cクラス以上に上がる必要がある……と言うことですね?」

 

「それも違うな平田。この学校に将来の望みを叶えて貰いたければ、Aクラスに上がるしか方法は無い。それ以外の生徒には、この学校は何一つ保証することはないだろう」

 

「そ、そんな……聞いてないですよそんな話! 滅茶苦茶だ!」

 

 立ち上がったのは、幸村君と言うメガネをかけた生徒。普段から知的な印象を醸しており、テストでは高円寺君と並んで同率二位の秀才だ。

 あまり話したことは無いが、多分いい進学先に行きたかったのだろう。良かった、俺の志が低くて。これに関しては何の不満もないわ……将来の夢ヒモだし。

 

「何と言うか……大変なことになってきたな」

 

 隣にいた綾小路君がそう呟いた。その言葉とは裏腹に、特に焦った様子は感じられない。

 

「綾小路君は良いの? 希望の進路とかない感じ?」

 

「まあ……オレは特にこだわりは無いな。ポイントが減るのは嫌だが。というより、大丈夫なのか?」

 

「何の話?」

 

 そんな心配の声を上げる綾小路君。言いたいことは何となくわかるが、一応何のことかと聞いておく。

 

「今絶賛言い争っている幸村だよ。後は池とか、山内とか。何で注意してくれなかったんだって言われるぞ、多分」

 

「いや、俺だってさっき初めて知ったし。普段真面目に過ごしてたし、そんな言われる筋合いないよ」

 

 ごめん、超嘘。ホントはクラス間闘争があることも知ってます。ただ後半に関しては100%の本音である。4月中に俺がいくら注意しても聞かないぞ、こいつらは。

 

「浮かれていた気分は払拭されたようだな。お前らの置かれた状況の過酷さを理解できたのなら、この長ったるいHRにも意味はあったかもな。中間テストまでは後3週間、まぁじっくりと熟考し、退学を回避してくれ。お前らが赤点を取らずに乗り切れる方法はあると確信している。出来ることなら、実力者に相応しい振る舞いをもって挑んでくれ」

 

 ちょっと強めに扉を閉めると、茶柱先生は今度こそ教室を後にした。

 

 

 

 




何となく分かって来たとは思いますが、紡君は能力値が低いからヒモになったわけではありません。前世では医学部を卒業した後、医師免許を獲得していました。どの科の医者になったかは後に分かります。

ハーメルンでは、小説の表現に関する疑問点や、指摘をする感想が来た場合、マイナス評価が付くことが多いです。しかし、私個人的には認識のずれを把握することができて助かっているので、ここは変じゃないかと思ったら遠慮せず言ってください。


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地雷

確認する時間なかったため、誤字が多いかもしれません


 

 

 

「ポイントが入らないって、これからどうするんだよ」

 

「私昨日、残りのポイント全部使っちゃったよぉ……」

 

 茶柱先生が居なくなってからの休み時間、教室の中は騒然、いや、酷く荒れていた。

 

「ポイントよりもクラスの問題だ……ふざけんなよ。なんで俺がDクラスなんだよ……!」 

 

 幸村君が憤怒したように声を荒げた。そりゃそうだ、俺だって不服だよ。

 理由だってパチンコとか競馬含むギャンブルとか、ママ活バレて大事になった位だろ……そう言えばこの学校の理事長って有栖ちゃんパパだったよな……娘を誑かしてる(様に見える)中学生がママ活、ギャンブルか……全然Dクラスでも文句は言えないわ。あの人がどの程度口出しできるかは知らんけど。

 

「混乱する気持ちは分かるけど、いったん落ち着こう」

 

 教室の不穏な流れをいち早く察知した洋介君が、周りを制そうと立ち上がる。しかし、その程度で収まるようなら不良品だなんて言われないんだよなこれが。

 

「落ち着くってなんだよ。お前も悔しくないのかよ、落ちこぼれだって言われて!」

 

「今はそう言われても、力を合わせて見返してやればいいじゃないか」

 

「力を合わせるって、そんなのできっこないだろ……って言うか! 何でポイント減るって注意してくれなかったんだよ! 斎藤」

 

 洋介君の言葉に、諦めた様子で呟く山内君。しかし、次の瞬間俺に矛先が飛んできた。

 絶対こうなるの分かってたよな、茶柱先生。

 

「そうだぞ! お前頭良いんだから、職員室とかに聞きに行ってくれれば良かったんだよ! もしかしたら教えてもらえたかもしれないだろ!?」

 

 それに続いて池君も声を荒げる。不良品と言われた現実を受け入れられず、俺に矛先を向けることで心の平穏を保とうとしているのだろう。

 一応年長者として甘んじて受け入れてやりたいが、この学校の性質を考えると、俺の立場が悪くなるような発言を見過ごすことはできない。それだけクラスから孤立することは危険だからな。

 

「その発言は見過ごせないわね。池君、山内君」

 

「はぁ!? お前には言ってねえだろ、堀北!」

 

 反論しようと口を開いた瞬間、黙ってメモを取っていた堀北さんから思わぬ援護射撃が来た。狼狽える池君達を尻目に、堀北さんは淡々と語る。

 

「そもそも、あなた達が彼を責める権利なんて一切無いはずよ。このクラスのポイントが減らされていた要因の私語、無断欠席等の行為を積極的に行っていたのは、一体どこの誰なのかしら?」

 

「で、でも、注意されたら俺だってやんねえよそんなこと!」

 

 自覚はあるのだろう。口ごもりながら答える池君。

 

「そう。でも私の知る限り、斎藤君は問題になるような行為はしてなかったはずよ。あなたの憂さ晴らしに、私の知人を巻き込まないでくれないかしら」

 

 かっけぇ……知人じゃなくて友達って言ってくれてたら100点だったわ。

 しかし、余りにもクラスの雰囲気が暗くなってしまった為、発破をかける目的で2人をフォローする。

 

「ありがとう、堀北さん。ただ池君達の言いたいことも痛いほどわかるんだ。俺は」

 

「……あなたは認めるのかしら? 彼の言い分を」

 

「いいや。そこに関して俺に言うのはお門違いだ。ただ、俺が最善を尽くせたかどうかと言われたら頷けはしないかなって」

 

 クラス中の視線を集めながらも、臆せずに答える。堀北さんの不満げな視線が可愛くて笑いそうになるが、真剣な表情を意識して呼びかける。

 

「ほかのクラスのポイントを見た感じ、途中誰かが気が付いたと思うんだよね。ポイントが減るっていう可能性に。だからそれに気が付けなかったのは俺の責任だよ」

 

「そ、そんなことないよ。私達だって全く気が付かなかったし」

 

「櫛田さんの言う通りだ。でも、今僕らがやるべきことは、愚痴を吐くことでも、誰かを責め立てることでもない」

 

 よし、予想通り櫛田さんと洋介君が食いついてくれた。ここで仲裁を計ろうとしないわけないからな。

 そのまま櫛田さんは俺の前に立ち、対峙していた池君や幸村君を見つめた。

 

「それにさ、まだ入学して1か月だよ? 平田くんの言うようにこれからみんなで頑張ればいいじゃない。私、間違ってること言ってるかな?」

 

「い、いや、それは……。確かに、櫛田の言うことも間違いではないが……」 

 

 幸村君の怒りは、既に半分近く無くなっていた。そこまで言われたら突き返すのは難しいだろう。

 

「そ、そうだよな。焦ることないよな? ……悪い斎藤。勝手なこと言って」

 

「俺は全然大丈夫だよ。これから皆で何とかしようぜ?」

 

 櫛田さんと洋介君のファインプレーで、どうにかこの場を切り抜けることに成功した。これから先どんな試験があるか見当もつかないが、この2人の存在は欠かせなくなるだろうな。俺はめんどいからやりたくないし。

 

 

 

 

 

「────集まってくれてありがとう。みんなの協力があれば、上手くいくと僕は思ってる」

 

 放課後。洋介君は対策会議をすると言ってクラスの人たちを集めていた。その求心力は伊達じゃなく、堀北さんや須藤君を除いたほとんどの生徒が参加していた。どうやら一人ずつ話しかけたらしい。流石の熱量である。

 因みに俺もちゃんと参加している。いくら面倒くさいからと言って、こういう場で参加しないのはただの悪手だ。現に端の方にまとまってる女子達が、参加していない須藤君の悪口を言っている。まぁ、彼に関しては自業自得か。

 

「意外だな。もっと積極的に参加すると思っていたんだが」

 

 そんな俺に話しかけてきたのは、毎度おなじみ綾小路君だ。休日一緒に遊びに行ったりして、順調に仲良くなっている。

 

「んー。正直に言うと、そこまで熱量をもってAクラスに行きたいと思ってないんだよね。進学だって、そのまま勉強すればいい大学行けるしさ」

 

 もうすでに高校生の範囲の履修は終えているからね。

 前世は医学部、つまり理系の大学に進学したため、今世は文系に進学しようと思っている。何とも贅沢な人生だ。

 

「まあ、オレもポイントが欲しいくらいだからな。今回は堀北もアレだしパスだ」

 

 そっか。俺らの中で堀北さんだけ不在だとマズいもんな。

 

「なるほどね。じゃ、また明日」

 

「ああ。また明日」

 

 そう言って綾小路君は鞄を持ち、帰宅しようと席を立つ。その時校内放送の効果音が鳴り、案内が教室に響き渡った。

 

「一年Dクラスの綾小路君、斎藤君。担任の茶柱先生がお呼びです。職員室まで来てください」

 

「……何やらかしたの? 綾小路君」

 

「オレじゃないぞ……全く。面倒だな」

 

 少しからかったが、俺も特に問題行動をした覚えはない。綾小路君もそんなことする性格じゃないのは分かっているので、この呼び出しにはまた別の理由があるのだろう。

 洋介たちに一言告げ、綾小路君と教室を抜け出した。

 

「すみませーん。一年Dクラスの斎藤です。茶柱先生はいらっしゃいますでしょうか」

 

 職員室の前でチキっている綾小路君を抜かし、3回ノックした後扉を開ける。入室するとBクラスの担任の星之宮先生と目が合った。

 

「あら、斎藤君じゃない。サエちゃん? えーっと、さっきまでいたんだけど」

 

「……知っている先生か?」

 

 俺の一歩後ろで綾小路君がボソッと呟いた。

 

「後ろの子もサエちゃんに?」

 

「はい。さっき放送で呼び出されたんですけど……」

 

「ちょっと席を外しているみたい。中に入って待ってたら?」

 

「あー、いや。廊下で待ってます」

 

 正直俺は別に良かったが、綾小路君が明らかに嫌そうにしていたため、廊下で待つことにした。一度礼をして退室したが、何故か星之宮先生もついてきた。

 

「君と話すのは初めてよね? 私はBクラス担任の星之宮知恵って言うの。佐枝とは、高校の時からの親友でね。サエちゃんチエちゃんって呼び合う仲なのよ~」

 

「そうなんですか……」

 

 滅茶苦茶困惑してる、おもろい。俺もBクラスに顔を出しに行った時、余りに距離感が近いため驚いた記憶がある。この手のタイプはあまり得意じゃないだろうな。綾小路君は。

 

「ねえ、サエちゃんにはどういう理由で呼び出されたの? ねえねえ、どうして?」

 

「さあ。それはオレにもさっぱり……」

 

「分かってないんだ。理由も告げずに呼び出したの? ふーん? 君の名前は?」

 

 綾小路君が困った顔をして助けを求めて来る……頑張れ、こういうのも経験だよ。一応言っておくけど、相手をするのが面倒くさい訳じゃない、決して。

 

「……綾小路、ですけど」

 

「綾小路くんかぁ。斎藤君もそうだけど、かなり格好いいじゃない~。モテるでしょ~? 二人とも彼女とか出来た?」

 

「そういう話は紡にしてください。オレ、そんなモテないですから」

 

 げっ……こいつ俺を売りやがった。

 

「ふーん? 意外ね、二人とも私が同じクラスに居たら絶対放っておかないのに~。ウブってわけでもないでしょ? つんつんっと」

 

「……」

 

 残念ながら矛先は綾小路君のままらしい。綾小路君の頬を人差し指でつついている。流石に可哀そうだな……ちょっといたずらしてみよ。

 彼女のウェーブがかったセミロングの髪を優しく持ち上げ、その白い耳を露出させる。

 

「え、斎藤君? ……ひゃぁ!? な、何するの!?」

 

 そして、その耳に向けてフーっと息を吹きかける。耳元で囁くように吹きかけるのがコツだ。

 

「コイツ人見知りなんで、あんまからかわないでくださいよ」

 

「あ、あなたこそ大人をからかうんじゃありません!」

 

 耳を指でさすりながら、顔を赤らめて涙目でこちらを睨む星之宮先生……中々いい表情をしている。学生と教師という立場が無ければそのままレッツゴーしてたかもしれない。

 

「先生照れてるのー? かわいい~……痛ぁ!?」

 

「……見てたぞ。調子に乗りすぎだ、斎藤」

 

「サエちゃん! ちょっと聞いてよ! この子ったら……あぅ」

 

「お前もだ星之宮。元はと言えばうちの生徒に絡んだからだろ」

 

 明らかに俺の方を強い力で叩いたよな……? 調子に乗ると痛い目見ると教えてあげようと思ったのに……なあ、綾小路君? 

 

「正直、尊敬とドン引きで半々だ」

 

 マジかぁ……

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 紡の奇行が茶柱先生に折檻された後、オレ達は指導室に入室した。茶柱先生は壁に掛けられた丸時計をチラチラと確認していたかと思うと、唐突に指導室の中にあるドアを開いた。

 

「お茶でも沸かせばいいですかね。ほうじ茶でいいすか?」

 

 オレは粉末のほうじ茶が入った容器を手に取る。

 

「俺もほうじ茶飲むー」

 

「余計なことはしなくていい。黙ってここに入ってろ。いいか、私が出てきて良いと言うまでここで物音を立てずに静かにしてるんだ。破ったら退学にする」

 

「は? 言ってる意味が全く───」 

 

 説明を受けることもできず、給湯室のドアが閉められた。一体何を企んでいるんだか。

 

「……どういう事?」

 

 紡も意味不明と言った様子だ。

 一応言われた通り静かに待っていると、程なくして指導室のドアが開く音がした。

 

「まあ入ってくれ。それで、私に話とは何だ? 堀北」

 

 どうやら指導室を訪ねて来たのは堀北のようだ。扉の奥のくぐもった声が聞こえて来る。

 

「率直にお聞きします。何故私が、Dクラスに配属されたのでしょうか」

 

「本当に率直だな」

 

「先生は本日、クラスは優秀な人間から順にAクラスに選ばれたと仰いました。そしてDクラスは学校の落ちこぼれが集まる最後の砦だと」

 

「私が言ったことは事実だ。どうやらお前は自分が優秀な人間だと思っているようだな」

 

 中々バチバチにやりあっている。さて、指摘を受けた堀北は一体どう返すのか。

 

「絶対強気に返すっしょ。こんなの」

 

 紡がコソコソと話しかけてきた。どうやら、堀北に対して同じ印象を抱いているようだ。

 

「入学試験の問題は殆ど解けたと自負していますし、面接でも大きなミスをした記憶はありません。少なくともDクラスになるとは思えないんです」

 

 ほら当たった。堀北は自分が優秀な人間だと思っているタイプだ。そしてそれは自意識過剰ではなく、実際に優秀だと思う。先日のテストも、堀北は同率2位に名を連ねていた。

 

「入試問題は殆ど解けた、か。本来なら入試問題の結果など個人に見せないが、お前には特別に見せてやろう。そう、偶然ここにお前の答案用紙がある」

 

「うわ……やってんなぁマジで」

 

 隣では小さく呟いた紡が、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。確かに、ここでこのやり取りを聞かせるためにオレ達を呼んだとなると、中々に良い性格をしている。

 堀北も抗議しに来ることを予測されたと理解したのか、一瞬の間をおいて語り出した。

 

「随分と用意周到ですね。……まるで私が抗議のために来る、と分かっていたようです」

 

「これでも教師だ。生徒の性格はある程度理解しているつもりなんでな。堀北鈴音。お前の入試結果は自分の見立て通り、今年の一年の中では同率で4位の成績を収めている。上の順位とも僅差。十分過ぎる出来だな。面接でも、確かに特別注視される問題点は見つかっていない。むしろ高評価だったと思われる」

 

「ありがとうございます。では───何故?」

 

「その前に、お前はどうしてDクラスであることが不服なんだ?」

 

 何ともいやらしい質問だ。答えは分かり切っているだろうに。

 

「正当に評価されていない状況を喜ぶ者などいません。ましてこの学校はクラスの差によって将来が大きく左右されます。当然のことです」

 

「正当な評価? おいおい、お前は随分と自己評価が高いんだな? ────」

 

 教師相手に、堀北は一切引かずに答えている。その執着は流石だ。

 

「……これ、俺たちどこまで聞いてればいいんだ?」

 

「……さあな」

 

 そんな会話をしているうちに、堀北は諦めたように呟いた。

 

「……今日のところは、これで失礼します。ですが私が納得していないことだけは覚えておいてください」

 

「分かった、覚えておこう」

 

 ギッと椅子を引く音が聞こえた。話し合いは終わったらしい。一応内容は頭に入ってはいるが、正直聞かなかったことにしたい気持ちがかなり大きい。このまま何も無く終わる可能性は……

 

「あぁそうだった。もう二人指導室に呼んでいたんだった。お前にも関係のある人物だぞ」「関係のある人物……? まさか……兄さ───」

 

「出て来い斎藤、綾小路。出てこないと退学にするぞ」

 

 ですよねー。紡を見ると、ため息を吐きながら立ち上がった。どうやら腹をくくり終えたらしい……オレも行くか。

 

「……ごめんね? 堀北さん」

 

「いつまで待たせれば気が済むんスかね」

 

「私の話を……聞いていたの?」

 

 紡はバツの悪い顔を浮かべている。持ち前の明るい性格はどこへやら、だ。

 思えばオレが堀北に体つきのことを追及された時も、紡は誤魔化してくれた記憶がある。他人の過去や、隠したいことを尊重してくれるのだろう。茶柱先生も見習ってほしい。

 

「聞いてたよ。最初から最後までね」

 

「……先生、何故このようなことを?」

 

 これが仕組まれた流れだったことに、すぐに気が付く堀北。明らかにご立腹だ。

 

「必要なことと判断したからだ。さて、お前達を指導室に呼んだワケを話そう」 

 

 茶柱先生は堀北の疑問を適当に流し、オレ達へと話題をシフトする。

 

「私はこれで失礼します……」

 

「待て堀北。最後まで聞いておいた方がお前のためにもなる。それがAクラスに上がるためのヒントになるかもしれないぞ」 

 

 背を向けかけた堀北の動きが止まり、そして椅子に座りなおした。

 

「まずは斎藤、お前から話そうか」

 

 茶柱先生はクリップボードを手に取り、ニヤニヤしながら語り出した。

 

「堀北にはああ言ったが、お前はホントに優秀な生徒だな?」

 

「まあ、昔から勉強は得意だったので」

 

「そうか、では最初に学力について話そうか。斎藤、今回の入試の手ごたえはどうだったか覚えているか?」

 

「ボチボチですかね?」

 

 頭を掻きながら答える紡。心なしか機嫌が悪そうに見えるが、気のせいだろうか? 

 

「ここに私が用意したお前の成績表がある……今回の入試では、国語、数学、理科、英語に関しては文句なしの満点だったぞ? 歴史で少し点を落としたようだが、それを踏まえても、総合点で言うと同率一位。これをボチボチとは、中々嫌味じゃないか?」

 

 ……凄いな。あのテストで4科目も満点を取ったのか。小テストの点数でただものではないとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかったぞ。

 

「それに踏まえてスポーツでも優れた成績を残しているな? 陸上、サッカー、水泳、野球等々。団体競技ではリーダーとして新聞にも載っているそうだな? 歴代でも稀な生徒だと私は思うぞ?」

 

「……ありがとうございます」

 

 つくづく紡がDクラスの理由が分からないな。堀北と違って協調性もかなりあるだろうし、何よりボッチだったオレに優しくしてくれた人格者だ。

 そして彼に対する話題は終わったのか、茶柱先生はオレの方を向いてきた。

 

「そして綾小路、お前は本当に面白い生徒だな。入試の結果を元に、個別の指導方法を思案していたんだが、お前のテスト結果を見て興味深いことに気が付いたんだ。最初は心底驚いたぞ」

 

 クリップボードから見覚えのある入試問題の解答用紙がゆっくりと並べられていく。「国語50点、数学50点、英語50点、社会50点、理科50点……おまけに今回の小テストの結果も50点。これが意味するものが何か分かるか?」

 

 堀北は驚いた様子でテスト用紙を食い入るように見て、オレへと視線を移した。

 

「偶然って怖いっスね」

 

「それは無理あると思うよ……?」

 

 うるさいぞ、紡。ここまで来たらもう意地だ。

 

「あなたは……どうしてこんな訳の分からないことをしたの?」

 

「いや、だから偶然だっての。隠れた天才的な設定は無いぞ」

 

「どうだかなぁ。ひょっとしたらお前よりも頭脳明晰かも知れないぞ堀北」

 

 ピクリと堀北が反応する。先生、その余計な口出しそろそろやめて貰えないでしょうか。

 そんなオレの気持ちが通じたのか分からないが、茶柱先生は手元の資料をそろえた後立ち上がった。

 

「私はもう行く。そろそろ職員会議の始まる時間だ。ここは閉めるから三人とも出ろ」

 

 此方の意見も聞かず、茶柱先生はオレたちを放り出した。

 本当に面倒ごとだったと、一緒に呼び出された紡と愚痴でも吐こうと隣を見たが、その表情を見たとたん、その気もうせてしまった。

 

「紡? おーい」

 

 オレが肩をちょんちょんと叩くと、紡は呆けたようにこちらを向いた。

 

「ん、ああごめんごめん。どうしたの? 綾小路君」

 

「いや、災難だったなって」

 

「……ああ。そうだね」

 

 ……なんだその表情は? この一か月間でお互いのことをかなり知ったつもりだったが、紡の『ソレ』は一度も見たことが無かった。普段滅多に負の感情を露わさない彼らしくもない、呆れ、憐憫、そして怒りが混ざったような感情が読み取れた。

 

「……大丈夫か?」

 

「まあ……俺は大丈夫。その言葉は、お前ら2人にそっくりそのまま返すよ」

 

 紡の目線が、オレたちの一歩前を歩く堀北へと向かう。

 

「はぁー。一体何をそんなに執着してるんだか……」

 

 それが誰に向けられた言葉だったのか、理解することは出来なかった。

 

 

 

 




茶柱先生は、紡君の地雷を見事に踏んだらしいですよ。


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執着

確認できてないから後で直すかも

追記:
第十話を公開したのですが、性的描写が不味いとの意見を頂いたので削除させていただきました。後日修正して出します…
通知を見て来てくれた方、申し訳ございません。


 

 

 

「大丈夫か?」

 

 扉の前で立ち尽くしていると、心配に思ったのか綾小路がこちらを覗いてくる。

 

「まあ、俺は大丈夫。その言葉は、お前ら2人にそっくりそのまま返すよ……一体、何をそんなに執着してるんだか……」

 

 思わず心の中にため込んでいた言葉を吐き出してしまったが、どうやら茶柱先生に向けての発言だと思われたのか、二人から突っ込まれることはなかった。

 

「……とりあえず……帰るか」

 

 それから数秒の沈黙の後、綾小路君がそう言って速足で歩き出した。まるで逃げるような足取りだが、当然それを見逃すような堀北さんではない。

 

「待って」

 

 そう声を掛け追いかける堀北さんだったが、綾小路君の足が止まることはない。このまま逃げ切ろうという算段だろう。仕方なく俺も2人についていく。

 

「さっきの点数……本当に偶然なの?」

 

「当事者がそう言ってるだろ。それとも意図的だって根拠でもあるのか?」

 

 そう語る綾小路君だったが、まず間違いなく偶然ではないだろう。答案を見せてもらったが、正答率が低かった数学の問題を完璧に答えてた。そして、その問題は基礎ができていないと解けない問題だったが、何故かその基礎で点を落としていたりと、明らかに本気を出していない証拠がある。

 

「根拠はないけれど……。綾小路くん、少し分からないところがあるし。事なかれ主義って言ってるから、Aクラスにも興味なさそうだし」

 

「お前こそAクラスには並々ならない思いがあるようだな」

 

「……いけない? 進学や就職を有利にするために頑張ろうとすることが」

 

 少し間をおいて答える堀北さん。嘘は言っていないんだろうが、恐らく目的はそれだけではないはずだ。思い出すのは一か月前の部活動紹介。その時の彼女の様子だった。

 

「別にいけなくはない。自然なことだ」

 

「私はこの学校に入学して、ただ卒業すれば、それがゴールだと思っていた。でも、実際は違った。まだスタートラインにも立っていなかったのよ」

 

 気が付けば綾小路君の隣に追いつき、強い意志を持った瞳を向けていた。恐らく彼を説得し終えたら、次に向けられるのは俺なんだろう。

 その事実にげんなりしながらも、目の前のやり取りを見逃すことはしない。

 

「じゃあお前は、本気でAクラスを目指すつもりなんだな」

 

「まずは学校側に真意を確かめる。私が何故Dクラスに配属されたのか。もし、茶柱先生の言うように私がDだと判断されたのだとしたら……。その時はAを目指す。いいえ、必ずAクラスに上がって見せる」

 

「相当大変だぞ、それは。問題児たちを更生させなきゃならない。須藤の遅刻やサボり癖、授業中の私語、テストの点数。それだけやって、やっと±0だ」

 

「……分かってるわよ。出来れば学校側のミスであることを期待するわ」

 

 先ほどの発言についてだが、何も俺は茶柱先生にだけそれを言ったわけではない。

 自らがAクラスだと妄執に囚われている堀北さんや、頑なに自身の能力をひた隠しにする綾小路君もそうだ。

 

「もしミスじゃないと仮定した場合、どうやってAクラスに上がるつもりなの?」

 

「学校側がこのまま静観を続けるとは思えないわ。恐らく、ポイントが一気に増減する機会が訪れるはずよ」

 

 流石に頭の回転が速い。今日一日でクラス間闘争の存在を確信している。

 

「今綾小路君に話しかけているのは、その時に協力してもらいたいから?」

 

「そうよ。まずは断ってきそうな方から、次はあなたよ」

 

 まあそうだろうな。俺の日常からの態度からして、協力を仰ぐことは簡単と思ったのだろう。実際俺は、()()()()()()()を満たすのなら協力しても良いと思っている。

 再び視線を綾小路君へと戻す堀北さん。しかし、綾小路君が素直に頷くとは到底思えなかった。

 

「今朝平田に断りを入れるお前を見たし、同じような理由で断ってもいいんだよな?」

 

「断りたいの?」

 

「あのな、オレが喜んで協力するとでも?」

 

「喜んで協力する、とまでは思っていなかったけれど、断られるとは思ってなかったわ。もしも本気で断ると言うのなら、その時は……いえよしましょう。今その先を考えても仕方のないこと。それで、協力して貰えるのか貰えないのか、どっちなの?」

 

 こっわ。堀北さんなら平気でぶん殴ってきそうだ。同じことを思ったのか、綾小路君がすがるような瞳でこちらを見つめてくる。

 

「申し訳ないけど、これに関して俺がどうこう言えないよ。自分の意志で決めるんだ」

 

 これ以上言えることはない。是とするか非とするかで、大きく学生生活に影響を与えるのだ。責任は持てない。

 暗に込めた意思が伝わったのか、数秒の沈黙の後、綾小路君はため息を吐いて答えた。

 

「……1つ、条件を飲んでくれるなら」

 

「内容によるわね」

 

「紡がお前に協力するなら、考えてもいい」

 

 ……俺、自分の意志で決めろって言ったよな……? 

 そんな思考が顔に出てしまっていたのか、綾小路君は弁明するように両手を振って答えた。

 

「いや、これはオレなりに考えた結果だ。まず、堀北一人に協力するとなると何をさせられるか分からない。その点、お前が間に入ってくれれば無茶な要望をされずに済むと考えた。次にリーダー格の紡が居れば、クラスメイト達の協力が仰ぎやすい。そうすればオレ一人にしわ寄せが来ることなく、効率的にポイントを稼ぐことができる」

 

「……あなたは人を何だと思っているのかしら?」

 

 キレ気味に呟く堀北さんだったが、俺は中々いい落としどころを見つけたと感心していた。

 このまま断り続けても堀北さんは聞かないだろうし、それだったら協力する姿勢を見せつつ、自分に有利な条件を付ける。これをたった数秒で考えただけでも、頭の良さを隠せていない。

 

「という事で、オレは帰るぞ。後は二人でじっくり話してくれ」

 

 ……面倒事を押し付けられたという可能性も、無くはないだろうが。

 そう言って歩き出した綾小路君を見届けたら、次のターゲットは俺だ。

 先ほど言われた言葉が気に食わなかったのか、堀北さんはムッとした顔でこちらを見つめている。いつ噛みつかれるか分からないため、俺は先手を打つことにした。

 

「とりあえず、飯食わない? 金は俺持ちで」

 

 隣で不機嫌そうに手を組んでいる堀北さんの頭に手を乗せ、ポンポンと撫でる。まだ飯の時間には早いが、腰を据えて話す場所が欲しかったため、丁度いいだろう。

 ……にしても癖になるな。美容とか気にしてる様な質じゃないと思ってたが、このサラサラの黒髪は撫でごたえが……痛ぁ!? 

 

「……あまり調子に乗らないで頂戴」

 

「ごめんなさい……」

 

 おっかねぇ女だよホントに……

 

 

 

 

 

 

 

「────場所を変えることには賛成だけど、なぜあなたの部屋に来ないといけないのかしら?」

 

 リビングから堀北さんの不満げな声が聞こえて来る。

 そう、何を隠そう堀北さんは、今俺の部屋でくつろいでるのだ。返事をしてやりたいのも山々だが、目の前の料理を焦がすわけにもいかないため、一言で返すことにする。

 

「別に襲ったりしないから安心しろー」

 

 堀北さん重そうだし。

 

「……そういう話をしてるわけじゃないのだけど」

 

 反論するように呟いたが、これ以上言っても無駄だと理解したのか、以降口を開くことはなかった。

 何だかんだ言って押しに弱いよな、この子。今も戸惑いながらちゃんと来てくれるし。信頼してくれてるってのもあるだろうけどさ。

 

「ほい、オムライス。卵大丈夫だったよね? 待たせるのもアレだったから手軽なの作っちゃったけど、味は保証するよ?」

 

 炊く時間が無かったため、レンチンで食べられる米に、炒めたウィンナー、ケチャップ、塩コショウを混ぜる。そしてできたケチャップライスを、少量のコンソメで味付けした卵で包めば完成。手軽でクッソ上手いからぜひ試してみてくれ。ケチャップでハート形でも書こうと思ったが、制服に付くとマズいので自重した。

 

「……まあいいわ。いただきます」

 

 出されたものを拒むような性格ではないのか、納得がいかない表情をしつつも、行儀よく食べる堀北さん。

 ケチャップライスをふわふわの卵で包み、それを口に入れる。うん、可愛い子は食べるだけでも様になるね。

 

「どう、美味しい?」

 

「……あまりジロジロ見ないで頂戴」

 

「ごめんごめん」

 

 味の感想は聞けなかったが、俺が席を離れた瞬間、黙々と食べ始めた為悪くない出来だったのだろう。

 

「ごちそうさまでした……上手なのね、料理」

 

「お粗末様でした。まぁね、特技の一個だよ」

 

 前世では小3位から俺が飯作ってたからな。それより前はビニ弁とか菓子パンばっかだったし。流石に上手くならなかったら才能が無さすぎる。

 

「それで、結局斎藤君は協力してくれるのかしら?」

 

「いいよ。ただ一つ条件がある」

 

「あなたもなのね……まあいいわ。その条件は何?」

 

 確かに綾小路君と同じ文言になっちゃったな。ただこれだけは確約してほしかった。

 

「今じゃなくてもいい。ただ、必ずクラスの皆と協力すること。これが条件だ」

 

「……協力しない方が上手く進む場合は?」

 

「それだったら大丈夫。ただ、クラスメイトを『使えない』とか言って見捨てたりしない。これは絶対だ。今回のテストでも同様、テストの点数をポイントで買ってでも、救わないといけない」

 

 俺の言葉に視線を逸らす堀北さん。やっぱり思ってた通りだ。

 

「それがクラスにとってマイナスな生徒でも、見捨ててはいけないのかしら? 例えば須藤君。あなたは知らないかもしれないけど、彼は直ぐ暴力に出ようとする気質よ。もし喧嘩でもして訴えられたら、どんなペナルティを食らうか分からない。わざと退学させるだなんてことはしなくても、大きな代償を払ってまで救うべきとは思えないわ」

 

「それでもだよ、堀北さん。第一、劣っている人を切り捨てていいなんてありえない。そんな考えは間違っている」

 

「間違ってる? 私のどこが間違っているのかしら? まさかクラスメイトを切り捨てる人に未来はない、だなんて説教をするために呼び出したんじゃないでしょうね?」

 

 俺の言葉が気に食わなかったのか、語気を強めてこちらを睨んでくる堀北さん。

 しかし、その優生思想的な考えは見過ごすわけにはいかない。それは多くの人を不幸にする。今は若さゆえ大丈夫かもしれないが、いずれ大きな問題が発生する。

 

「君の考えを否定するわけじゃない。それは俺がやっていい事じゃないからね。ただ、素行の良さや、日ごろの態度だけでこの学校が判断していると思うかい?」

 

「それは……」

 

「君も分かっているはずだ。須藤君は運動神経、池君には周りを盛り上げるコミュ力がある。今はまだ良くない点が目立つだろうが、成長すれば彼らは大きな戦力になる。だから茶柱先生は俺達を『不良品』と呼んだんだ。違うかい?」

 

「……」

 

 先ほどの様子はどこへやら、堀北さんはすっかり黙り込んでしまった。つまり、反論を詰まらせる程、俺の言葉に納得しかけていると言うことだ。

 ……賢い子だよ。自らの価値観にヒビが入って尚、客観的な視点で物事をとらえようとしてる。

 

「納得できないならそれでもいい。さっきも言ったけど、君の考えを否定するわけじゃない。ただ、純粋な損得で考えても、彼らを残すメリット……いや、退学した時のデメリットだってあるはずだ」

 

「……退学時、クラスに与えられるマイナスポイントを、減らすことができる」

 

「そう考えれば気持ち的にも良いんじゃないか? 君が彼らを気に食わないという気持ちだって理解してる。ただ、君が本気でAクラスに行きたいのであれば、損得の面から考えても、彼らを見捨てるべきじゃない」

 

 本当は損得以外で判断してもらいたいが、今彼女にこれを言っても拒否反応を起こすだけだ。それだったら、一度こっちから譲歩した方が受け入れやすいだろう。

 その見立ては正しかったのか、数秒ほど悩んだ後、彼女は首を縦に振った。

 

「分かった。ただ彼らを赤点から引っ張り上げるのは容易ではない。そこまで言ったんだから協力してくれるのよね?」

 

「もちろん。俺のテストの点数、忘れたわけじゃないっしょ?」

 

 俺が笑顔で答えると、堀北さんは苦い顔をしてこちらを見つめてきた。

 

「……つくづく疑問だわ。悔しいけど、運動も勉強もあなたの方が私より優れてる。そんなあなたが、何故Dクラスに?」

 

「んー。内緒で」

 

 流石にママ活とかパチンコのせいって言ったらマジで引かれそうだ。この話は頑張って墓場まで持っていきたい。

 

「そう。じゃ、私は失礼するわ。いつセクハラされるか分かったものじゃないし」

 

 だから襲わないって。

 

「それじゃ、おやすみなさい斎藤君。明日からよろしく頼むわ」

 

 そんな俺の反応が面白かったのか、堀北さんは小さく笑みを浮かべて部屋を後にした。

 

「……疲れたな」

 

 ベッドの上に寝転がって呟く。柄にもなく熱くなってしまったが、こればっかりはしょうがない。

 堀北さんは赤点以外で退学になる可能性なんて考えていなかっただろうが、上級生の教室に行けば、()()()()()()()()()()()()()()のが見て取れる。その原因が学校の試験かどうかは分からないが、最初から見捨てるつもりで事を進めたら取り返しのつかないことになる……

 

「……いや、そうじゃねぇだろ」

 

 慣れないことをした反動か、独り言が漏れてしまった。実力のない生徒は退学か……

 

「マジでクソみたいな学校だな」

 

 

 




主人公は子供が大好きです。……勿論ロリコン的な意味ではありません

私事にはなりますが、明日から人生初のバイトに行ってきます。その為投稿が遅れるかもしれません……

追記:
第十話を公開したのですが、性的描写が不味いとの意見を頂いたので削除させていただきました。後日修正して出します…
通知を見て来てくれた方、申し訳ございません。


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優柔不断

バイト明けの投稿です。今日の24:00にもう1話投稿する予定です!お楽しみに!


 

 

 

「……んぁ?」

 

 昨日堀北さんと話した後すぐ寝落ちしてしまったらしい。慌ててスマホの時計を確認したが、時刻は4時に差し掛かろうとしていた。完全に寝落ちしてしまった。

 

「あー、だる」

 

 えっと、昨日堀北さんと別れたのは……大体7時前くらいか。うわ、めちゃくちゃ寝てるじゃん。飯も食ってないし、風呂も入っていない。

 心なしか、ベッドも狭く感じてしまう……? ちょっと待て。

 

「ん……騒がしいですね。朝くらい静かにしたらどうでしょう?」

 

 ただでさえ手狭に感じるシングルのベッド、俺の背に沿うように寝ていたのは、パジャマ姿の有栖ちゃん。いや、何冷静に解説してんだ。まずやるべきことがあるだろ。

 

「えーっと」

 

 一旦ベッドから出て、自身の服装を確認する。下は……履いてるな。

 

「逆に履いてなかったら、どうするつもりだったんですか?」

 

「いや、とりあえずアフターピルを」

 

「清々しい程のクズですね」

 

 いや、高校一年生で妊娠はマズいだろ。大学卒業するまで作らないって決めてんだから。

 というより、なんで有栖ちゃんが居るんだ? 百歩譲って堀北さんならわかる。前世では仲のいい女友達を家に呼んで、そのまま抱いちゃったーなんてまあまああったからな。

 

「随分と混乱しているようですね? 私、昨日ここにあったカップ麺で夕食を済ませたのですが」

 

「あっ」

 

 そうじゃん。俺ら毎日一緒に飯食ってんじゃん。ヤバい、連絡入れるの忘れてた……

 マズい、連絡をすっぽかして女の子家に連れ込んだことがバレたら殺される。考えろ……前世で潜り抜けた修羅場が、俺に力を与えてくれる! 

 

「時間になっても連絡がこないから心配して来てみたら、制服姿のままベッドに横たわる間抜けを見た私の心境を想像できますか?」

 

「あー……ごめんなさい」

 

 これに関してはどうあがいても俺が悪いので素直に謝る。よし、とりあえず堀北さんを家に連れ込んだことはバレてないみたいだ。

 

「何故連絡を忘れたんですか? 学校の授業で疲れたわけでもないですよね」

 

「昨日クラスでポイントの話されたじゃん? それで帰るのが遅れて、疲れて寝ちゃったんだよね」

 

 うん、嘘は言ってない。完璧な供述だ。

 

「そうですか。じゃあ、部屋に女性のものと思われる髪の毛が落ちていたのですが、これも色々の中に入るのでしょうか?」

 

「え゛」

 

 そんなテンプレ通りのバレ方ある? ……いや、そもそも付き合ってないんだし、すっぽかしたことだけ謝ればいんじゃね? 

 

「えーっと……はい、家に入れました。ただホントに、邪な気持ちは一切ありません」

 

「あら、そうだったんですね。因みに髪の毛の話は嘘ですよ。机に食器が置かれていたので、かまをかけさせて頂きました」

 

「嘘じゃん……」

 

 そうだ、この子俺が付き合ってきた子の中で群を抜いて頭いいんだわ。完全に忘れてた。

 そんなことを思っていると、有栖ちゃんは少し間をおいて小さく呟いた。いつもとほぼ変わらない口調だったが、付き合いの長い俺は拗ねてるんだろうなーってのは何となくわかった。

 

「……別に、付き合ってないのでどうこう言えないですけど、それでも連絡くらいは入れてください。心配したんですよ?」

 

 か、かわいいー。俺を独占したいと言う気持ちと、プライドの高さがぶつかり合っている。いつも気高い様子の彼女だが、そのギャップが良い、凄く良い。

 立ち尽くしたまま黙っている俺をどう思ったのか、有栖ちゃんはそのままベッドへ潜ってしまった。

 

「あまり大きな音を立てないでください。私はもう一度寝ます」

 

 もぞもぞと小さな山が動いている。余りの無警戒さに笑ってしまいそうになるが……まぁ、人生の大半を一緒に過ごして来たらこうもなるだろうな。そんな彼女を尻目に、俺はシャワーと朝食の用意を済ませた。昨日一緒に食べれなかった分、今日は少し豪華に行こう。

 そう思いながら支度を済ませると、俺のベッドには穏やかに寝息を立てる有栖ちゃんが居た。

 

「ごめんな」

 

 そんな彼女の頭をさわさわと撫でながら呟く。口から出た言葉は、無意識にこぼれ出たものだった。

 俺にとって坂柳有栖とは、友達で、幼馴染で、妹のようで、不安定だった俺の心の隙間を満たしてくれる存在だった。まあ、小1からの幼馴染なんて、成長していくにつれて自然消滅するものだと思っていたし、まさかここまで続くとは思っていなかった。

 

『────アンタが……アンタが私を置いていったから! ……どうして一緒に落ちてくれなかったの!?』

 

 その時思い出したのは、俺の上に跨って涙を流す女性の姿。正直思い出したくもない記憶だ。

 

「っつ……」

 

 脇腹にジンとした痛みが走る。不思議なことに体が変わったとしても、記憶が痛みを覚えているものらしい。

 きっとこの痛みは、俺が『答え』を見つけるまで一生付き纏うんだろう。しかし、俺にはその覚悟がない。『答え』を見つける覚悟が。

 

「……こんなクズのどこが良いんだい? 有栖ちゃん」

 

 そう呟きながら、有栖ちゃんの背中を横抱きにしてベッドに入る。そして、それに顔をうずめるようにして、俺は再び眠りについた。

 

「……人の気持ちも知らないで、好き勝手言わないでください」

 

 

 




余談なのですが、私が小説を書く時は、キャラクターを形作る根幹を把握して、頭の中で「このキャラならこうするだろうな」というのを書き出して執筆させていただいてます。まぁ、皆さんそうだとは思いますが。
その為、当初の想定よりも、展開が思わぬ方向に向かうことが多いです。事情により前回投稿させていただいた旧第10話と違う展開になりましたが、どうかご了承いただけると幸いです。


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譲れないもの

希望が多かったので、前回第10話をR18の方に書かせていただきます。R18ルートの続きは書かないかな。

その代わり、こちらでは紡君が誰彼構わず手を出すガチクズルートを書く予定です。もし興味があればどうぞ。今想定しているのは、小5くらいの時にガチクズ紡君にありとあらゆる手でいたずらされる坂柳です。

『ようこそガチクズヒモ男の教室へ』https://syosetu.org/novel/298749/




 

 

 

 人間という生き物は、皆必ず心の中に1本の芯が入っている。もちろん物理的な意味ではなく、心を形成する精神的な支柱という意味だ。

 その芯が発達する過程において、幼少期の家庭環境、友人関係は大きな影響を及ぼす。例を挙げるなら、親から否定されまくって成長した子供は、自己肯定感が低く、自分より他人を優先するようになる。常に怒られないように他人のことを考え、周りの顔色を伺う子供になるのだ。かく言う俺もそのタイプだった。まあ、死んだことが気つけになったから良かったけど。

 

 話を戻そう。別に、その性格が悪いとは言ってない。時には周りの目を気にすることで、円滑に進む場面が多いだろう。なんなら日本ではその方が上手く行く傾向にある。ただ、その形成過程に問題があると言っているのだ。

 長々と語ったが、俺の言ったことに、特に深い意味は無い。この独白の目的はただの現実逃避だ。

 

「────あなた達を否定するつもりは無いけれど、余りに無知、無能すぎるわ」

 

 そう吐き捨てる堀北さんは、間違いなく鋼鉄の芯を持っていた。

 

 

 

 

 

 堀北さんと協力を結んでから、早一週間が過ぎた。

 その後色々あって後ろ向きな気持ちになってしまったが、一週間も過ぎれば大体元通りになるもので、俺は授業を真面目に受けるふりをしながら、この学校について思案していた。

 

「たうわ!?」

 

 前方から叫び声が聞こえてきた。声の主である綾小路君は、右腕を痛そうにさすっている。先ほどまでの舟をこいでいた様子とは大違いだ。

 クラス中から冷たい目で見られた後、綾小路君は涙目で堀北さんの方を向いていた。彼女の手に握られていたのはコンパス。誰がどう見ても堀北さんが犯人だ。大方眠りそうになっていた綾小路君に喝を入れたんだろう。

 

 話を本題に戻そう。この一週間で、俺はこの学校ひいては()()に対して一つだけ仮説を立てた。

 それは『この世界は何かしらの創作物の中である可能性』だ。何を頭のおかしいことを言っているんだと思うだろうが、これから提示する根拠を聞けば、簡単に吐き捨てていい仮設ではなくなる。

 

 根拠1────有栖ちゃんや俺、堀北さんや幸村君みたいに、学校についてしっかり調べたであろう人たちが、クラス間闘争について誰も知らなかったこと。

 いくら卒業生や退学した生徒に緘口令が敷かれていたとしても、インターネットが広く普及したこの世の中で、一切のヒントすら出てこなかったのはおかしい。こんな詐欺まがいな手法が十何年もまかり通っている時点で、ひとえに()()()()()()()()()()()()()()という可能性が高いだろう。

 そして、このシステムについて外部に漏れた場合、一体設立にいくらかけたのか分からないこの学校の設備も、全て無駄になるということだ。普通に考えて国が認可するかそんなこと? あり得ないだろう。

 

 根拠2────前世に比べて、髪色が特徴的すぎる人が多いこと。

 例えば有栖ちゃんは、紫がかった綺麗な銀髪をしている。因みに染めているわけではなく、ちゃんと地毛。中々珍しいが、物語のキャラクターだと考えると納得がいく。そして、こんな特徴的な髪の生徒がこの学校には大勢いる。須藤の真っ赤な髪だったりね。

 

 これらは転生+時間逆行という、この世界の一般人では想像もできないような体験をし、何処か俯瞰的な視点で過ごしてきた俺だから気が付けた違和感だ。そして前世についてや、この話を他の人にするつもりも一切ない。頭おかしい奴だと思われて終わりだからな……有栖ちゃん辺りは信じてくれそうだけど。

 

 まぁそうなると主人公は堀北さん辺りになりそうだ。兄に対してのコンプレックスを抱いた高校生の女の子が、実力至上主義の世界で、周りと協力することを覚えて成長していく。Aクラスに行くのが目的だとすると、ラスボスは有栖ちゃん辺りになるだろうか? 

 ラスボスの有栖ちゃんか……自分で言っておいて何だが、すげぇしっくり来る。

 

「やって良いことと悪いことがあるだろ! コンパスはやばいぞコンパスは!」

「ひょっとして怒られているの? 私」

「腕に穴が開いたんだぞ穴が!」

「何のこと? 私がいつ綾小路くんにコンパスの針を刺したの?」

「いや、だって手に持ってるだろ、凶器を」

「まさか手に持ってるだけで刺したと決めつけたの?」

 

 ……この調子だと成長するのは大分先の話になるだろうけどな。

 

 

 

 

 

 そんなオカルトチックな仮説を立てたが、俺のやることは変わらない。いくらアニメの世界だろうと、俺にとってはただの現実で、宝物であることには変わりない。有栖ちゃんは大好きだし、Dクラスのみんなもそこそこ好きだ。人生初の高校生活も充実している。

 今俺がやるべきことは、目の前でごねる篠原さんや佐藤さんに頭を下げることだ。

 

「えー。紡君勉強教えてくれないのー?」

 

「ごめんごめん。ヤバい奴らの勉強見ないと行けなくなっちゃってさ」

 

 どうしてこんな状況になっているかというと、洋介君が主導で開催している、放課後皆で勉強頑張ろうの会に参加できなかったからだ。

 クラスで一番成績の良かった俺は教師役として誘われたのだが、残念なことに先約が入っているため叶わない。

 

「私もそっち行こうかなー」

 

「須藤君、池君、山内君達と一緒にちゃんと勉強できるならいいけど」

 

「……やっぱやめとく。今度土日一緒に勉強しよ?」

 

 非モテ男子が聞いたら血の涙を流すような提案だったが、俺はなあなあな返事を返した。休日を約束で縛られるのはあんまり好きじゃないんだよ。暇だったらこっちから誘うからさ。

 そんなクズさながらの思考を巡らせながら、俺は約束の場所である図書館へと向かった。

 中に入ると、端の方の長テーブルのところには綾小路君、堀北さん、須藤君、池君、山内君、櫛田さん、沖谷君が座っていた。後半二人に関しては予定外だが、まあ何とかなるだろう……堀北さんが我慢してくれればだけど。

 

「お! 斎藤じゃん。お前も平田のとこ嫌だからこっち来たのか?」

 

「……遅いわよ。早く座って頂戴」

 

 上から池君、堀北さんと続いて声がかかる。そう、何を隠そうこの勉強会を主催したのは堀北さんなのだ。

 この前の話し合いが良い方向に向かっている事を喜びながら、俺は不機嫌そうに無表情を貫いている堀北さんの肩を、後ろから両手で軽く叩いた。

 

「……何かしら?」

 

「勉強教える人がそんな堅苦しい顔してちゃダメでしょ? ほらもっと笑顔で」

 

 その白くきめ細かい頬をムニムニと指の腹で揉む……癖になるなこれ。フニフニと柔らかい有栖ちゃんとは違って、少し硬めの引き締まった感触が手に伝わる。

 しかし、いつまでも調子に乗らせてくれるような堀北さんではない。感触を楽しんでいた俺の鳩尾に鋭いエルボーが入った。その余りの衝撃に膝をついてしまう。痛ってぇ……格闘技経験者か? 死ぬほど良い一発を貰っちまった。

 そんな俺に対して、綾小路君と堀北さんの冷ややかな目が向けられる。

 

「紡……お前って、時々ホントにアホになるよな」

 

「調子に乗ってるだけよ。さて、時間もないしさっさと始めましょう。起きなさい、斎藤君」

 

「はい……」

 

 そんなアホな俺の様子を見たおかげか、張り詰めていた場の雰囲気が緩む。よし、勉強会するんだったらこれくらいの空気感が一番いいだろう。

 

「今度のテストで出る範囲はある程度こちらでまとめてみたわ。テストまで残り2週間ほど、徹底して取り組むつもりよ。まず最初に解いてみて、分からなかったら都度私と斎藤君が教えるから」

 

「……おい、最初の問題から分からないんだが」

 

 須藤君は半ば睨みつけるように堀北さんを見た。堀北さんが解けないような難しい問題持ってくるわけないだろうし、これは思ってたよりも重症かもな。

 ……ふむふむ、『A,B,Cの3人の持っているお金の合計は2150円で、AはBよりも120円多く持っています。また、Cの持っているお金の5分の2をBに渡すと、BはAよりも220円多く持つことになります。Aは始め何円持っていましたか』 

 連立方程式の問題か。何となーく数学やってきた人は嫌いだろうな、こういう問題。

 

「少しは頭を使って考えろ。最初から考えることを放棄していたら前に進めないぞ」

 

「んなこと言ってもよ……俺は勉強の方はからっきしなんだ」

 

 そう語る須藤君だったが、池君、山内君も同様に頭を抱えている。あのテストで赤点を取る辺り流石と言っていいだろう。

 

「正直言って、この問題は中学1、2年生でも、やり方次第で十分に解ける問題よ。ここで躓いていたら先には進めないわ」

 

「俺たちって小学生以下……?」

 

「でも堀北さんの言うように、ここで躓くのはやばいかも。小テストに出た数学の最初の問題はこれくらいの難度だったけど、最後の方の問題は難しくて私わからなかったもん」

 

「いい? これは連立方程式を用いて簡単に答えを求めることが出来るの」

 

 堀北さんは迷うことなくペンを走らせていく。気持ちは分からなくもないが、相手が理解している事を前提としたこの教え方では、彼らが理解する日は一生来ないだろう。

 

「そもそも連立方程式って何だよ……」

 

「……本気で言っているのか?」

 

 引いてやるなよ綾小路君。流石にこのレベルはヤバいと思うけど。

 

「ダメだ、やめる。こんなことやってられるか」 

 

 勉強を始めて間もないのに、リタイアを宣言する須藤君たち。ここまで嚙み合わないのは逆にすごいぞ。

 

「ま、待ってよ皆。もうちょっと頑張ってみようよ。解き方を理解すれば、後は応用だからテストでも生かせるはずだし。ね? ね?」

 

「……まぁ、櫛田ちゃんが言うなら、頑張ってみてもいいけどさ……と言うか、櫛田ちゃんが教えてくれたら、俺もうちょっと頑張れるかも」

 

 堀北さんじゃダメなのかよ。俺は堀北さんに教えてもらった方が良いけどな。

 そんな池君の言葉に動揺する櫛田さんだったが、ここで勉強を放棄させるわけにはいかないと意を決してペンを手に取った。

 

「ここはね、堀北さんの言うように、連立方程式を使った問題なの。だから、私がさっき口にしたのを一度式として書いてみるね」

 

 途中式をしっかり解説していて分かりやすいと思うが、これで理解できるようなら彼らは苦労していないだろう。

 

「で、答えが710円になるの。どうかな?」 

 

「……え、これで答え出せるのか? なんでだ?」

 

「う……」

 

 しょうがない。助け舟を出してやるか。

 

「よし、じゃあ俺が説明しよっか。とりあえず、櫛田さんの説明で分からなかったのはどこ?」

 

「……全部だ」

 

 少し間をおいて、須藤君は目を逸らして答えた。正直でよろしい。

 

「まず最初に確認なんだけど、100+X=150だった時、Xの答えは何になるかは分かるかな?」

 

「100にある数を足して150になるんだから、50じゃねぇのか?」

 

「そう、答えは50。それさえできれば後は簡単だ」

 

「……ホントかよ?」

 

「まずA、B、Cそれぞれが持ってるお金をA円、B円、C円とするよ。これはXとかと同じ意味だ」

 

 訝し気に首をかしげる須藤君達を尻目に、俺は堀北さんの問題に線を引いた。

 

 

「そしてこの問題を箇条書きにして出してみると

 ・A,B,Cの3人の持っているお金の合計は2150円、

 ・AはBよりも120円多く持っている

 ・Cの持っているお金の5分の2をBに渡すと、BはAよりも220円多く持つことになる

 ・Aは始め何円持っていたか って感じになると思うんだ。ここまでは良いかな?」

 

「……おう」

 

「まあ、何となくわかるぜ」

 

 既に怪しくなってきているが、段階を踏めば大丈夫。

 

「じゃあまず1行目から式を立ててみよう。3人の合計が2150円だとするとこれで一つの式を立てられる。どうかな、分かる人いる?」

 

「……A+B+C=2150円?」

 

 池君が不安そうに呟いた。よし、反応的に須藤君と山内君も大丈夫っぽいな。

 

「そう、それで一つの式が立てられる。じゃ後は同じように式を立ててみると────」

 

 1行ずつ式の導き方を教える。なるべくゆっくり、焦らせないようにするのが大事だ。

 

「────って感じで、一個一個地道に求めていくと解けるようになるんだけど。分かった?」

 

「……凄ぇな。俺でも行けそうだ」

 

 もはや関心を通り越して感動すらしている須藤君。どんだけ勉強苦手だったんだよ。

 まあ、やってることはパズルみたいなもんだからね。こういうのはゆっくり対面で教えるのに尽きる。

 

「よし、じゃあ同じような連立方程式の問題解こっか」

 

 数値と条件を少し変えた問題を再度書き写す。習った瞬間は大概何でも解けると思い込むからな。ここで調子に乗らせると後で痛い目見るから、ちゃんと定着させとかないと。

 

「何で解けねぇんだよ……おんなじ問題じゃねえのかよ斎藤」

 

 ほらね。少し変えただけでこの有様だ。勉強が得意な奴だって何回か繰り返して定着させてんのに、たったの一回で覚えられるわけがない。

 

「あなたたちを否定するつもりはないけれど、あまりに無知、無能すぎるわ」

 

 イライラした様子で貧乏ゆすりをしている須藤君に対して、堀北さんは冷たい眼差しを向けた。

 

「こんな問題も解けなくて将来どうしていくのか、私は想像するだけでゾッとするわね」

 

「っせえな。お前には関係ないだろ」

 

 さすがに堀北さんの言い方が癪に障ったのか、須藤君が机をたたいた。静かな図書館に、バンという音が響き渡る。

 

「確かに私には関係ないことよ。あなたたちがどれだけ苦しもうと、影響はないから。ただ憐みを覚えるだけ。今までの人生、辛いことからずっと逃げて来たんでしょうね」

 

「堀北さん、須藤君達は今必死に問題解いてるんだから、それは言いすぎじゃない?」

 

 流石に黙って見ているわけにはいかないので、二人の間に入って仲裁をはかる。

 

「それは違うわ。彼らは真剣に取り組んでない。分からないところがあれば都度聞けばいいのに、その安っぽいプライドのせいでそれもしない」

 

「言いたいこと言いやがって。勉強なんざ、将来なんの役にも立たないんだよ」

 

「勉強が将来の役に立たない? それは興味深い話だわ。根拠を知りたいわね」

 

 ……ダメだな。両者ともに聞く耳を持たない。どうすっかな……一旦解散して頭冷やさせるか。

 そんなことを考えている最中でも、二人の口論は続いている。そして、決定的な一言が堀北さんから投下された。

 

「今すぐ勉強を、いいえ、学校をやめて貰えないかしら? 斎藤君に説得されて一時は納得したけど、やっぱりあなたはDクラスにとってマイナス、()()()()()()()()()()()。 バスケットのプロなんてくだらない夢は捨てて、バイトでもしながら惨めに暮らすことね」

 

「堀北さん!」

 

 その言葉だけは言っちゃいけない。()()()()()()()()()は、容易に人を殺す刃となる。

 

「はっ……上等だよ。やめてやるこんなもん。ただ苦労するばっかりじゃねえか。わざわざ部活を休んで来てやったのに、完全に時間の無駄だ。あばよ!」

 

「あ、待って……!」

 

 須藤君がそう吐き捨て、速足で図書館を出ていく。その場に残った生徒達の間にも、地獄のような空気が流れていた。

 

「おい、いいのか?」

 

「構わないわ。やる気のない……ここまで勉強の出来ない人間に構うだけ無駄よ。退学がかかっているというのに。学校に対する執着心なんて、欠片もないんでしょう」

 

「お前さ……「一度頭を冷やしたらどうかな? 堀北さん」さ、斎藤?」

 

 綾小路君と堀北さんの会話に入り込む、その際池君の言葉を遮ってしまったが、今はそれどころではない。

 これは俺自身の感情だ。決して誰か他人のために怒っているわけではない。それを自覚して、俺は溢れ出る激情を押さえつけながら、あくまで冷静に言葉を発した。

 

「気持ちは分かる。だが超えてはならない一線を、君は越えてしまったんだ」

 

「居ない方がマシという発言かしら? あなたにあれだけ丁寧に教えてもらって、その後すぐ投げ出すような人を、私はどう活用すればいいのかしら?」

 

「それが分からないなら。未来永劫、君の夢がかなう事はない。今の君に、人の上に立つ器なんて一ミリもない」

 

 そんな言葉を残しながら、俺は図書室を後にした。

 ……またやっちまった。最近どうも余裕が無くなって来てるな。

 

「あー……胸糞悪ぃマジで」

 

 帰ったら有栖ちゃんに癒してもらお。

 

 

 




前世で主人公は高校に行ってません。高卒認定試験を受けて独学で勉強して大学に行きました。



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幼子

堀北への個人的解釈が入っています。

改行が読みづらいと感じたら教えてください。初心者なので、書き方を模索している最中です。よろしくお願いします。


 

 

 

「明日どうすっかな」

 

 有栖ちゃんとの夜食を終え、俺はベッドの上に寝転がってスマホをイジっていた。口から出てきた言葉は堀北さんへどう謝罪するかについて。

 精神が不安定になっている自覚はある。恐らくこの一週間での出来事に記憶をほじくり返されているのが原因だろう。

 

「はぁー……」

 

 落ち着いて考えると、あの場で堀北さんを落ち着かせられるのは多分俺しかいなかった。彼女は櫛田さんのことを嫌ってるし、綾小路君もそこまで面倒ごとに首を突っ込んで来ないからな。

 

 そんなことを考えていると、自ずと眠れなくなってくるもので。気分転換に飲み物でも買いに行こうと思った俺は、体を起こして部屋を出た。

 

「まだこの時期は冷えるな」

 

 羽織ったパーカーに手を突っ込みながら、ロビーに置かれた自販機でお茶を購入した俺は、先ほどまで乗ってきたエレベーターが7階に止まっている事に気が付いた。

 

 割と有名人である自覚があるため、この時間帯に誰かと会ったらあらぬ噂が立ちそうだ。特に意味は無いが、俺はエレベーター内の映像を映したモニターを見る。そこに映っていたのは制服姿の堀北さん。

 

「マジかよ」

 

 今一番会いたくない人だ、流石に気まずすぎるため、俺は自販機の影に身を潜める。

 そのまま一階に降りてきた堀北さんは、やけに周りを警戒しながら寮の外へと出て行った。その様子に違和感を覚えた俺は、後を追うことに決めた。

 

 そして寮の裏手の角を曲がった辺りで、堀北さんは突如足を止めた。

 

「鈴音。ここまで追って来るとはな」

 

 辺りは暗く、相手の顔は見えないが、俺はその声に聞き覚えがあった。

 

「もう、兄さんの知っている頃のダメな私とは違います。追いつくために来ました」

 

 話し相手は生徒会長の堀北学。やはり俺の見立て通り、兄妹の関係だったようだ。これは……あまり首を突っ込むべきじゃないな。引き返すか。

 

「Dクラスになったと聞いたが、3年前と何も変わらないな。ただ俺の背中を見ているだけで、お前は今もまだ自分の欠点に気づいていない。この学校を選んだのは失敗だったな」

 

「それは……何かの間違いです。すぐにAクラスに上がって見せます。そしたら────」

 

「無理だな。お前はAクラスにはたどり着けない。それどころか、クラスも崩壊するだろう。この学校はお前が考えているほど甘いところではない」

 

「絶対に、絶対にたどり着きます……」

 

 2人に背を向けて歩き出したが、余りにも悪辣な生徒会長の言葉に、ただ事ではないと足が止まる。

 

「無理だと言っただろう。本当に聞き分けのない妹だ」

 

 そう言って、生徒会長がゆっくりと距離を詰め、その姿が電灯に照らされる。彼は冷酷な瞳を堀北さんに向け、そのまま彼女の手首を掴んで壁に押し付けた。

 

「どんなにお前を避けたところで、俺の妹であることに変わりはない。お前のことが周囲に知られれば、恥をかくことになるのはこの俺だ。今すぐこの学校を去れ」

 

「で、出来ません……っ。私は、絶対にAクラスに上がって見せます……!」

 

「愚かだな、本当に。昔のように痛い目を見ておくか?」

 

「兄さん────私は」

 

「お前には上を目指す力も資格もない。それを知れ」

 

 堀北さんの体がぐっと前に引かれ、宙に浮いた。危険だと判断した俺は、後で堀北さんに謝ろうと思いながら駆けだす。

 一瞬で2人の後ろに到着した俺は、生徒会長に気づかれる前に彼の右手を掴み、動きを制限した。

 

「何だ? お前は」

 

 突然の来客に驚くことなく、ゆっくりと俺に鋭い眼光を向ける生徒会長。説明会の時にも思ったが、やはり只者ではない。

 

「さ、斎藤君!?」

 

「盗み聞きしたことは謝ります。ですが、今本気で投げようとしてましたよね? 怪我したらどうするつもりですか」

 

「これは俺たち2人の話だ。部外者が口を突っ込まないでもらおうか」

 

「ざけんな。目の前で友達が暴行を受けてんのに、見過ごすわけ無ぇだろ。いいからその手離せよ」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

 どんな理由があろうと、無抵抗の子供、それも妹を殴るのは間違っている。それは虐待と同じだ。

 口調が荒くなっているのを自覚しながらも、俺は一切引くことはせず、互いに睨み合う。

 

「やめて、斎藤君……」

 

 そんな俺達の沈黙を破ったのは、何と堀北さんだった。いつもの凛とした様子の彼女からは想像もつかない絞り出した声に、俺は反射的に手を緩めてしまう。

 

 その瞬間、とてつもない速度の裏拳が、俺の顎に向かって飛んできた。何とか反射的に避けたが、あと少し遅れたら脳震盪で立てなくなっていただろう。息つく暇もなく、小振りの前蹴りが急所に向かって飛んでくる……戦い慣れてるな。

 

「危ねぇな」

 

 下手に距離を取るのはマズいと思った俺は、飛んできた右足を弾き、距離を詰め肘の内側で顎を巻き込むように殴打する。通称ラリアットと呼ばれるプロレス技だが、体格で優っている俺の攻撃はかなり有効なはずだ。

 

「……!」

 

 俺が詰めて来るとは思わなかったのか、生徒会長は驚きの表情を浮かべる。しかし、その上できちんと両腕でガードする辺り流石の反応だ。

 しかし片足を上げていたせいか、防ぎきれずにバランスを崩して後ろ向きに倒れ込む。体勢を立て直すのは無理と判断したのか、後ろに両手をついて倒れながら横蹴りを入れてきた。

 

「痛った……よくその体勢からその蹴り打てますね」

 

 辛うじてガードしたが、当たった腕からはジンジンとした熱さを感じる。

 

「まさか三度も防がれるとはな。とっさの判断も目を見張るものがある。何か習っていたのか?」

 

「……昔付き合ってた子の親に習いました。流派は知りません」

 

 顔出すたびにブン殴られてたこと思い出した。正直あまりいい記憶ではない。

 油断せずに構える俺に対し、生徒会長は殺気を抑えて堀北さんに話しかけた。

 

「鈴音、お前に友達が居たとはな。正直驚いた」

 

「……彼とは、そんな関係じゃありません。ただのクラスメイトです」

 

「相変わらず、孤高と孤独を履き違えているようだな。それからお前。斎藤といったか? 情報通り、なかなか面白い生徒だな」

 

 先ほどの攻撃的な様子から一転、何故か友好的な態度で接してくる生徒会長……機嫌がコロコロ変わるのは、兄妹でよく似ているのかもしれないな。

 と言うより、俺としてはその『情報』というのが気になるんだけど、まさかバレてないよな? 俺の経歴とか。

 

「上のクラスに上がりたかったら、死にもの狂いで足掻け。それしか方法は無い」

 

 そう語った生徒会長は、そのまま俺の横を通り過ぎ、闇の中へと消えていった。はぁ……何というか、最近疲れる事しかしてない気がする。

 今すぐにでもベッドに飛び込みたいが、まずは堀北さんを何とかしないとな。さっきからずっとジト目で睨んできてるし。

 

「とりあえず、ちょっと話そっか。冷えただろうしコレ着なよ」

 

「……ちゃんと説明してもらうわよ」

 

 背負っていたパーカーを堀北さんにそっとかける。有栖ちゃん曰く、俺の服とか部屋は落ち着く匂いがするらしいので、これで怒りを収めてもらえればラッキーだ。

 

 

 

 後ろをちょこちょこっとついて来る堀北さんに萌えを感じつつ、数分ほど歩いた後部屋に到着した。

 

「まさか一週間で二回も部屋に上げるなんてね。奥行ってていいよ」

 

 いつもより覚束ない足取りで部屋に上がる堀北さん。話を聞いた感じだと、恐らく入学して初めて会ったはずだ。二年ぶりに話した相手にあれだけボロクソに言われれば流石の堀北さんでも凹むか。今日の勉強会のこともあったからなぁ……つくづくタイミングが悪い。

 

「大丈夫? 堀北さん」

 

「ええ、問題な……きゃっ!」

 

 言った傍から何もない所で転ぶというフラグを回収した堀北さん。転びそうになる彼女を正面から抱き止める。いつもなら言葉か手が飛んでくると思うが、彼女は特に抵抗しようともしない。

 

「あはは、駄目そうだね。今温かいスープ出すから、ゆっくりしていって」

 

「……ごめんなさい」

 

 謝罪の言葉が出る位、超が付くほど気弱になっている。うーん、逆にやりづらい。

 どう慰めるか考える時間が欲しかったため、インスタントのコーンポタージュにお湯を入れる。

 

「はい、これ飲んで元気出してよ。インスタントだけど」

 

 2人分のスープを机に置き隣に座る。それを無言で一口飲んだ後、堀北さんはぽつぽつと語り出した。

 

「……最初に謝らせて。須藤君の一件は、私にも非があったわ。ごめんなさい」

 

「意外だね。何か心変わりでもあったの?」

 

「茶化さないで。元々私はあなたとここで話した時から、須藤君達の有用性を理解した。ただ納得することが出来なかった、それだけよ」

 

「あれは俺のために怒ってくれたんでしょ? 俺に教えてもらって投げ出すなって言ってくれてたし」

 

 そんな俺の言葉に、どこかばつが悪そうに視線を下に向けた堀北さん。クラスポイントのシステムが明かされた時も庇ってくれてたし、彼女はなんだかんだ言って俺を認めてくれているのかもしれない。

 

「……兄さんにはああいったけど、この一か月、あなた達と話した時間は悪いものではなかった。そんな相手がコケにされたら誰だってそうなるわよ」

 

 いつもだったら聞けないであろう発言。心が弱っている中付け込むようで申し訳なく感じるが、こればっかりはしょうがない。

 その言葉を最後に、辺りには沈黙が走る。そして意を決したように喉を鳴らし、堀北さんは小さく呟いた。

 

「────私がAクラスに行きたい理由。分かったんじゃないかしら」

 

「えっと、お兄さんのことだよね?」

 

 堀北学は三年Aクラス。そして追いつくと言う発言からも、何となく予想が付く。

 

「ええ。私がAクラスに行きたかったのは、兄さんに認めて貰うためだったの。もちろん進路のこともあるけれど……そして、私一人の力では無理だって事も、さっきうんと教えられた」

 

「堀北さん……」

 

 そんな彼女の様子を見て、俺は名前を呼ぶことしかできなかった。言いたいことが全て飛んでしまったためだ。

 

「……少し、疲れたわ」

 

 そして、堀北さんは肩を震わせ、懺悔するように呟いた。彼女が今まで溜めていたものが、涙として出てきている。

 たった1人の肉親に認めて貰いたくて、ただひたむきに努力し、それが叶わないと知った時の絶望を、今彼女は理解してしまったのだ。

 

「……ごめん、なさい。私はあなたに嘘をついて、協力してもらった上で全てを無駄にさせてしまった。友達として接してきてくれたあなたに、私は酷いことをしてしまった、最低な人間よ……」

 

 

 

 

 ────嫌になるくらいそっくりだった。やることなすこと全部空回りして、絶望の中で人生を終えた俺と。

 

 

 

「え……」

 

 それを自覚した瞬間、俺は反射的に彼女の頭を抱きしめていた。後でいくら怒られてもいい。殴られたって甘んじて受け入れる。

 ただ、俺はこのどうしようもなく不器用なこの女の子を、放っておくことはできなかった。

 

「君は最低なんかじゃない。そんなのは俺が絶対に認めない」

 

「斎藤君……?」

 

 困惑の声が俺の胸元で聞こえて来るが、それに構うことなく彼女の頭を撫で続ける。

 

「もし君を最低と罵る人が居たら、俺がやり返してやる。もし他の人が君を認めなかったとしても、俺だけは堀北さんの味方だ。だからもっと頼ってよ、寂しいじゃん?」

 

「何で……どうしてそこまで」

 

 震える声を隠そうともせず、しゃくり上げながら語る堀北さん。きっとこの子は、俺のことを()()()()()()()んだろう。学業、運動共に自身より優秀だった俺を。

 

 もちろんそこで驕るつもりは一切ない。何なら前世というアドバンテージを持った俺に、この年で追いつける人の方が異常なのだ。堀北さんもそこに追随している秀才である。一体どれほどの努力を重ねたらここまで来れるのか、俺には想像もつかない。

 

「君は凄い人だ。Aクラスに上がるのだって余裕だよ」

 

「私は……! そんな「いいから、そのまま深呼吸して」」

 

 言い返そうと顔を上げた彼女をもう一度抱きしめ、顔の真横に収まった頭に手を置いた。まるで母親が泣いている子供を慰めるように……俺が20年近く切望したモノを再現するように。

 

 血のにじむような努力も、きっと兄に認めて貰いたかったから頑張れたんだろう。一年待てば再会できるのに、わざわざこの学校まで追ってきたことからもよく分かる。

 

 そして、彼女は学力や運動以外に価値を見いだすことが出来なかった。そこで俺の話を聞き、兄の話を聞き、理解してしまった。自分が今まで見下し、磨いてこなかった要素が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だということが。

 

「これを乗り越えた時、君は本当の意味で成長することができるんだ。助けだったらいくらでもするからさ。もう一度、君の夢の手伝いをさせてくれないか?」

 

 堀北さんの肩を掴んで起こし、彼女の目を真っ直ぐに見つめて問いかける。

 綺麗な顔が涙でぐちゃぐちゃになっている。そこにはいつもの堀北さんの面影は一切なく、まるで幼い子供のような姿を見せていた。

 

「ほら、明日からまた頑張らなきゃいけないし、一度すっきりしても誰も怒らないよ? ここは防音だし、思いっきり泣いたって受け止めてあげるから────今までよく頑張ったね。堀北さん」

 

「────っ……うぅ……!」

 

 一度俯いた後、溜まっていたモノ全てが決壊したように、堀北さんは大きな泣き声を上げる。

 大粒の涙を流す彼女を、俺はもう一度無目に抱き止め、その声が聞こえなくなるまでひたすら頭を撫で続けた。

 

 

 

「落ち着いた? 堀北さん」

 

 そして数分の時が経ち、静かに俺の胸に顔をうずめる堀北さんに声を掛けた。

 しかしいくら待てど、彼女から反応が返ってくることは無かった。

 

「……堀北さん? って、マジか」

 

 一度離れようと体をスッとずらすと、俺の膝に堀北さんの頭が乗った。

 口元に耳を近づけると、規則正しい呼吸音が聞こえて来る。恐らく泣き疲れて寝てしまったのだろう。

 

「ふふっ。ホントに子供みたい」

 

 仕方がないので、制服だけ脱がせ、ワイシャツ姿のまま寝かせて毛布を掛ける。しょうがない、今日は床で寝よう。ベッドに座り、彼女の乱れた前髪をサッと指先で撫でる。

 ……子供かー。前世で死んだのが27くらいだったはずだから、合わせると43くらい。年齢的には堀北さんくらいの子供が居てもおかしくないだろう。

 

「作るなら元気な女の子が良いなー……ん?」

 

 その様子を思い浮かべ、無意識のうちに呟いてしまう。

 掛けた毛布がピクリと動いた気がしたが、堀北さんは目を閉じている。気のせいか。

 

「おやすみ堀北さん。ゆっくり休んでね」

 

 何時かの様にポンポンと頭を撫で、俺は部屋の電気を消した。

 

 

 




何となく彼のトラウマが分かった人いるんじゃないでしょうか?
皆さんの考察を聞かせてくれると嬉しいです!


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問題

諸事情によりパソコンが使えないので、スマホで執筆&投稿しています。
多分パソコン使えるようになったら修正します。それもあって短いですがご理解頂けると幸いです。


 

 

 

 コントラプンクトという言葉を知っているだろうか? 

 別名対位法とも呼ばれる音楽理論の1つだが、近年は転じて映画の表現技法として使われることが多い。そして俺が話すのは後者についてだ。

 一体どう言うものか簡単に説明すると、サイコパスとか、シリアルキラーとかが殺人を行っている様子などの残酷なシーンに、クラシック等のリラックスするような曲が流れてるのを見たことあるだろう? アレだ。

 緊張した場面に、あえて緩和を差し込むことで、より緊張が増すという効果がある。有名な例だとエヴァとかでも使われていたな。

 

 話は変わるが、今俺の中にはバッハのカンタータが流れている。1度YouTubeか何かで調べて見てくれ、誰もが1度は聞いたことがあるはずだ。一昔前にCMでも使われていたからな。

 さて、聡明な諸君なら、ここまでの流れから一体俺がどういう状況にあるか、想像がつくんじゃないだろうか? 

 

 長々とした現実逃避から戻ると、目の前には有栖ちゃんが冷たい瞳でこちらを見つめていた。

 

「────最期に何か言い残すことはありますか? 紡君?」

 

 

 

 これは持論だが、どんなシリアルキラーよりも女の修羅場の方が何倍も怖いぞ。

 

 

 

 

 

「ええっと……有栖ちゃん?」

 

「何でしょうか? まだ部屋を出る時間ではありませんよ?」

 

「いや……そうじゃなくて」

 

 朝食を終え、いつもなら談笑しているはずの俺たちだったが、ここ数分でかれこれ3回ほど同じ様な会話を繰り返している。

 

「何かあるならはっきり仰ってはいかがでしょう? 私から話すことは特にありませんよ」

 

 そして再び流れる沈黙……さて、どうしたものか。

 実際誰が原因なのかと言われたら100:0で俺が悪いんだけどね。

 

 あの後普通に床で寝てたんだが、色々ありすぎて、朝有栖ちゃんが来ることを完全に忘れていた。

 そして合鍵で部屋に入ってきた有栖ちゃんだが、そりゃもう荒れに荒れてた。まず俺の覚醒が杖による殴打だったからな。喉と股間の2点セットだ。

 そしてその騒ぎで堀北さんが起きて、問題はここからだった。

 

『……朝から騒々しいわね』

 

『堀北さん! ごめん、俺の幼馴染が勘違いしてるっぽくてさ、何もしてないって証言してくれない?』

 

『勘違い? 男女が同じ部屋で寝泊まりするのに一体どんな勘違いがあるのでしょうか? それとも彼女には襲うような魅力もないと?』

 

 とまぁ、こんなやり取りがありまして。解決に向かうかと思いきや、その言葉にムッとした堀北さんがこう言い返した。

 

『……確かに襲われはしなかったけど、斎藤くんは私と子供を作りたいと呟いていたわよ』

 

 そんな消火するどころか、ガソリンをぶちまけるような堀北さんの発言に、更に修羅場はヒートアップ。どちらとも口汚く相手を罵るタイプならまだマシだったが、実際はその反対で、逆に気まずすぎて酷かった。

 

『もし俺が堀北さんを抱いたとして、床で寝てるのはおかしいし、制服だって普通着ないでしょ? そうだったら俺のパジャマ貸してるよ』

 

 最後に正論をかましたことにより、事態は収束した。

 しかし、朝からそんな激重のやり取りをした堀北さんは、俺の静止も一切聞かず部屋を出ていってしまった。

 そして残ったのがブチ切れ有栖ちゃんと。どうしよう、口聞いて貰えなくなったら死ねる自信がある。

 そんなことを思っていると、さっきからずっとだんまりを決め込んでいた有栖ちゃんが、ポツポツと語り出した。

 

「……正直、私は紡くんが彼女を襲っただなんて思っていませんでしたよ。部屋に入った時は驚きましたが」

 

「ごめん……」

 

 襲うっていう表現に物申したい気持ちはあるが、完全に俺が悪いので口を塞いでおく。

 

「ただあの発言は見過ごせません。一体何を言ったらあんな勘違いするんでしょうか?」

 

 あー……多分最後の方に似たこと言った記憶がある。しかし、あれは幼い子供のようだった堀北さんが微笑ましかったためであり、他に意図は無い。

 その旨を伝えると、目線を目の前のテーブルに戻してため息をつく有栖ちゃん。

 

「呆れました。本当に女の敵なんですね。紡君って」

 

「すみません……」

 

 もう謝罪の言葉しか出ない。

 

「……この学校の性質上、今すぐ潰すのは不可能でしょうね」

 

「ん? なんか言った?」

 

「いいえ、何でもありません」

 

 とりあえず堀北さんにも謝んないとなぁ……憂鬱だ。

 

 

 

 

 

「……紡、少しいいか?」

 

「ん、どしたの? 綾小路君」

 

 朝の気まずさもあってか、少し早めに教室に着いた俺に話しかけてきたのは、勉強会でお世話になった綾小路君だった。昨日の勉強会の面子は、まだ誰一人として来ていない。

 こいつも中々大変だよな。何せ櫛田さんを含めメンバー全員を集めたのに、一日でバラバラになったんだから。

 

「櫛田についてなんだが────」

 

「……マジ?」

 

 綾小路君が語ってくれたのは以下の通りだ。俺が帰った後、残った堀北さんと櫛田さんで口論になったそうだ。その時の状況なんてだいたい想像がつく。どうせ態度を指摘された堀北さんが怒ったんだろう。

 怒って帰ってしまった櫛田さんに、謝りに行った綾小路くんが見たものは、痛烈に堀北さんの悪口を言っていた櫛田さんだった。

 皆の前で見せる博愛主義者の櫛田桔梗はただの仮面で、その裏側は口汚く他者を罵る性悪女だったってことか。

 

「────そしてそれを見ていたのがバレて、そのまま口外するなって脅されたと」

 

「ああ、そんな感じだ」

 

 意外だな。綾小路君なら誰にも話さないと思っていたんだが。

 

「……早速バラしてるけど大丈夫そ?」

 

「……ああ。お前に話すデメリットよりも、櫛田と同等の影響力を持つお前を仲間にした方が、メリットが大きいと判断した」

 

 いや、これは綾小路君本人もよくわかっていないタイプだな。一見合理的な判断に思えるが、リスクを考えると黙っていた方が良いにきまっている。となると……

 

「信用してくれたの? ありがとう綾小路君」

 

「ああ。くれぐれもバレないように頼むぞ」

 

 ()()()()()()()ということだろう。俺を信頼したいという気持ちはあるが、それに値する人物かどうか分からないから試す。そして俺が裏切った時の保険もあると仮定した方が自然だ。

 ……そう言えばそんな話をこの前した気がする。

 

『綾小路君。もしもう一度茶柱先生に脅されたり、女の子と揉めることがあったらすぐに録画、最低録音するんだよ? 痴漢冤罪とかもそうだけど、基本的に証拠がない限り男が負けるから』

 

『そ、そうなのか……分かった。肝に銘じておく』

 

 ……ちゃんと録音できたんだね、綾小路君。

 

 

 



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心機一転

明日にはパソコン復活するかな……


 

 

 

 その後、何事も無かったかのように教室へ戻ってきた俺を待っていたのは、今日の朝に喧嘩別れをしてしまった堀北さんだった。

 いつも通り、俺の斜め前の席で試験勉強をしていた彼女だったが、扉を開けると盛大に目が合った。ガッツリ見つめあってしまった。

 

「紡、後ろがつかえているぞ」

 

「う、うん」

 

 扉の前で立ち尽くしてしまったのか、綾小路くんが小さく抗議をしてきた。仕方なく教室に足を入れたが、上手く歩みを進めれている自信が無い。

 その間にも堀北さんはこちらを見つめては目を逸らし、見つめては逸らしを繰り返している。何とも可愛らしい姿だが、原因が原因のためそんなことを言っている余裕はない。

 

「……おはよう、堀北さん」

 

「……」

 

 席に付き、いつも通り挨拶をするが一切返事が返ってこない。いつもなら面倒くさそうにだが必ず返してくれたのに……。

 苦笑いを浮かべながら席に着くと、ポケットに入れたスマホが振動する。

 

『まだ喧嘩してるのか?』

 

 通知に書かれていたのは綾小路清隆の文字。そっか、昨日の喧嘩が続いていると思っているのか。これは好都合だ。

 

『堀北さんチャットあんま読まないから、面と向かって謝ろうと思って』

 

 とりあえず内容をはぐらかして伝えておく。本当の話を説明するには、堀北さん個人の話をしないといけないし、それは俺の本意ではない。

 

「お前ら席に着け。ホームルームを始めるぞ」

 

 タイミングのいい事に、茶柱先生が出席簿片手に教室に入って来た……しょうがない。話はホームルームを終わった後にしよう。

 

 

 

「ごめん綾小路君。今日は堀北さんと食べるから他の人と食べてくれる?」

 

「……他に食べる相手が居ないんだが」

 

 午前の授業が終わって昼休み。俺は堀北さんと一緒に昼食を済ませるため、心を鬼にして綾小路くんを突き放した。

 露骨に肩を落として、1人席に向かおうとする綾小路君を呼び止めたのは、意外にも堀北さん当人だった。

 

「別にいいわよ。綾小路君が一緒でも」

 

「本当か! ありがとう堀北!」

 

 そんな堀北さんの言葉に、嬉しそうに彼女の手を取ってブンブンと上下に振る綾小路くん。入学初日に比べて、随分と感情豊かになった彼を見ると、こちらも友達やってて嬉しくなるもんだ。

 

 そうして集まった俺達3人は、各々準備してきた昼食を机の上に乗せる。なんだかんだ言ってこの3人で机を合わせて食べるのは初めてではないだろうか? 

 

「堀北さん、昨日のことなんだけ「昨日のことは忘れてちょうだい。もちろん今日のこともね」……ど」

 

 俺の発言に食い気味に答えたのは、目を閉じてフッと息をついた堀北さんだった。このように相手の発言を遮って話す時は機嫌が悪い時だが、ほのかに朱が差した頬を見れば、それが別の意味であることは一目瞭然だ。

 

「そっか、分かったよ堀北さん。改めてよろしくね?」

 

「……ええ、早速だけど綾小路君。一つ頼まれてくれないかしら?」

 

『改めて』の意味をどう取ったのかは分からないが、恐らく俺の意図は伝わったとみていいだろう。

 そして話題は問題ごとに首を突っ込まないようにと黙々食事を進めている綾小路君へ。事なかれ主義をモットーとしている彼だが、友情を優先して面倒事に巻き込まれるという中々面白い男だ。

 今も堀北さんに話しかけられビクッと肩を震わせている。俺がいるから余程のことは起きないから安心していいのに。

 

「……何だ?」

 

「昨日バラバラになってしまった彼らを、もう一度集めて欲しいの。期限は放課後までに頼むわ」

 

「流石にキツくない?」

 

 余程のことが起きてしまった。あんなことがあった昨日今日でもう一度集めるだなんて、無理難題にも程がある。流石に紡君ストップを掛けさせてもらう。

 

「だそうだ。紡の判断に従ってオレは辞退させてもらう」

 

「女好きという噂が立っている紡くんが、『女の子を二人も部屋に連れ込んでいる』と知られたらどうなるでしょうね?」

 

「綾小路君なら余裕だよ。俺は君を信じてる」

 

「……おい」

 

 チョーっと勘弁して欲しい。もし美人の堀北さんが無理やり連れ込まれたとか言いふらしたら俺は死ねる自信がある。先輩達にも愛想を尽かされてお小遣いだって0になるだろうし。そんなのは嫌だ。ごめんね、綾小路くん。

 

「恨むぞ紡……」

 

「あら、綾小路君は友達の頼みも聞けないのかしら? 事なかれ主義に薄情も追加した方がいいんじゃない?」

 

 そうそう友達の頼みも……って。

 

「「友達?」」

 

 綾小路くんも同じことを思ったのだろう。2人の声が重なって響いた。

 

「……何よ。あれだけ友達がどうのこうの言ってた綾小路君が可哀想だから合わせてあげたんじゃない。別に深い意味は無いわ」

 

 否定はしないと……なるほどね。

 

「そうだな。友達なら仕方ないな」

 

 うんうんと頷きながら、納得したように語る綾小路だったが、吊り上がった口元を見ればその心内は手に取るように分かる。

 

「……文句があるなら言いなさい。その口二度と開けなくしてあげるから」

 

「何も無いぞ。ご馳走様でした」

 

 そんな俺たちの態度が気に食わなかったのか、どこからかコンパスを取り出してこちらを睨みつける堀北さん。

 常日頃彼女からの暴力を受けている綾小路君は、危機を察知したのか目にも止まらぬ早さで食事を終えた。向かった先は同じく食事を終え、教室に戻ってきたであろう櫛田さんの席。

 

「はぁ……すぐ調子に乗るんだから」

 

「いいの? 止めなくて。あいつ櫛田さんの手借りようとしてるけど」

 

 堀北さんの態度。そして今日聞いた櫛田さんの本性を踏まえ考えると、間違いなくこの2人は相性が悪い。犬猿の仲と言っても過言じゃないだろう。

 今まで櫛田さんの協力を拒んできた堀北さんからすると、綾小路君の櫛田さんありきの作戦は気に食わないはずだ。

 

「忘れてとは言ったけど、2人きりの時までとぼけなくていいわ。あなたは確かに言ったわよね、『Aクラスに上がるための手伝いならいくらでもする』って」

 

「言ったね」

 

「貴方だけに手伝わせて、私が全力を尽くさないのは不義理よ。Aクラスに行くのに、櫛田さんの協力は欠かせない。それを私個人の感情で拒むのはただの我儘、そう思っただけ」

 

 当たり前の話だが、この結論を出すのに一体どれだけの葛藤があっただろうか。堀北さんは、確かにあの夜から大きな成長を見せている。

 

「じゃあ、私は櫛田さんのところに向かうわ。あなたにやってもらうことはもう決めてあるから、後に連絡するわね」

 

 そう言って俺に背を向け、櫛田さんの元へ向かう堀北さん。慣れないことをするからか、その顔には緊張が浮かんでいる。

 

「堀北さん」

 

「……何かしら?」

 

 出鼻をくじかれた堀北さんが、不機嫌そうにこちらを振り返る。

 おれはその強ばった頬をつまみ、何時かのようにムニムニと動かした。跡が残らないように、優しくだ。

 

「緊張しすぎ。堀北さんなら絶対上手くいくから、肩の力抜いて、リラックスして行かないと」

 

「……」

 

 摘むだけではなく、手のひらで優しくサラサラの肌を円を書くように撫でる。

 それを無言で受ける堀北さん。そろそろ反撃が来そうなので手を離した時、彼女がとったのは予想の斜め上の行動だった。

 

「……えっ」

 

「意外とゴツゴツしてるのね、斎藤君の手って」

 

 なんと俺の手首を掴み、もう片方の手で指を絡めて来たのだ。俗に言う恋人繋ぎである。人生で何百回やったか分からない繋ぎ方だが、こうも唐突にやられると流石にドキッとする。

 そのままニギニギと俺の手のひらを揉む堀北さん。教室の端の方なのでまだ大丈夫だが、このまま続けているといつ他の人に見られるかわかったもんじゃない。

 

「……堀北さん?」

 

「あら、ごめんなさい。何せ『初めて』だったから」

 

 ……なんだその含みのある言い方。いっつもイタズラしてからかっていたが、逆の立場に立たされた気分だ。

 

「じゃあ、今度こそ行ってくるから、ありがとう斎藤くん」

 

 ……なるほどね。今まではプライドの皮に包まれた天性の人たらしが、少しずつ表に出てきていると……もしかして堀北さんは、魔性の女適性があるかもしれないな。

 

「これは……お兄さんも予想外だろうなぁ」

 

 ────ちなみに、無事メンバー集めは終わったらしい。

ぎこちなさこそあるものの、櫛田さんと須藤君にも謝罪したらしいし、本当に抜け目のない子に育っていて嬉しいよ俺は。

 

 

 




堀北って以外と積極的な事しますよね。入学して1ヶ月ちょっとの綾小路の額に手当てて熱測ったりしてましたし


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新たなる問題

 

 昼休み。昼食を終えた俺、綾小路君、堀北さんの3人は、それぞれのやるべき事のために準備を始めていた。

 

「斎藤君、続けて申し訳ないのだけど、次はここからここまでの範囲のプリントを1枚のプリントにまとめて頂戴」

 

「ん、おっけー」

 

 堀北さんから渡されたプリントには、科目と教科書のページが書かれていた。

 つまりこの範囲の内容を1枚のプリントに、須藤君達にも分かりやすく纏めなければいけないということだ。

 

「……お前も大変だな」

 

 一言感謝を述べ、図書室へ向かった堀北さん。そんなやり取りを見た綾小路君は、同情の目を向けてくる。

 

「いいや、楽しいよ。堀北さんがあんなに頑張ってんだから、俺もやるべき事はやんないとね」

 

「そうか」

 

 俺の仕事、それは放課後、家で須藤君達が復習するための問題、解説を作ることだ。堀北さんは今習っている授業の内容の解説を作っている。

 

『不安定ではあるものの、基礎が出来つつある須藤君達の解説に、あなたを当てるのは非効率だわ。教えるのは私達に任せて、あなたは問題作りに専念して』

 

 なんて一丁前に語ってた堀北さんを思い出し笑みがこぼれる。実際にこれで上手く回っているのだから凄いもんだ。

 そんな俺を見た綾小路君は、フッと笑って俺の肩を叩いた。

 

「まぁ、お前が焚き付けたんだから頼んだぞ。あと、この前の恨みも少しあるし」

 

 この前の恨みというのは、堀北さんに脅されて綾小路君が櫛田さんの元へ行かされたことだろう。

 

「あはは……今度俺の奢りで、死ぬほどおもろい場所連れてってあげるよ。ほら、さっさと行った。堀北さんに怒られるぞ?」

 

「? 分かった」

 

 不思議そうに顔を傾け、図書室へ向かった綾小路。まぁ箱庭タウンのこの学校に、そんな娯楽施設があるのかって話だよな。まぁ、それは行ってからのお楽しみだ。

 

「よし、じゃあやるか」

 

 期限は明日の放課後まで、それまでに5問程度の問題と回答を作成すればいいため、余裕はかなりある。

 とりあえずスマホに入れてあるファイルを開き、そこに記載されている問題を参考に同系統の問題を作る。解説はその後だ。

 

「紡君。勉強中にごめんね、ちょっといいかな?」

 

「全然大丈夫よ、どしたの? 洋介君」

 

 昼休みも終盤に差し掛かったところで、最近あまり話せていなかった洋介君が声を掛けてきた。

 

「もし良ければなんだけど、放課後の勉強会にもう一度参加できないかな? 君が来れば皆もっとやる気が出ると思うんだ」

 

「良いよー。どうする? 今日からでも行けるけど」

 

 問題作りは家で1時間ちょいやれば完成するため、協力を惜しまない手はない。

 

「助かるよ……君には助けて貰ってばっかりだね。過去問の件も、皆すごい喜んでたし」

 

「気にしない気にしない。先輩が親切で助かったよマジで」

 

 一緒に飯食ってて、クラスの成績がヤバいみたいな話をしたら貰ったんだよね。マジ感謝。

 因みにこの過去問にはとある()()があるのだが、それはまだ伝えていない。テスト直前に伝えるつもりだ。

 

 

 

 

 

「────欠席者はなし、ちゃんと全員揃っているみたいだな」

 

 特に問題もなく……いや、テスト範囲が変更されるというトラブルもあったが、偶然有栖ちゃんとテストの話をしたことにより何とかなった。

 そしてやってきたテスト当日。できる対策は全て行ってきた。これでダメなら端から無理、そう言い切れるほど全力を尽くした。

 

「お前ら落ちこぼれにとって、最初の関門がやって来たわけだが、何か質問は?」

 

「僕達はこの数週間、真剣に勉強に取り組んできました。このクラスで赤点を取る生徒は居ないと思いますよ?」

 

「随分な自信だな平田」

 

 そう語る茶柱先生だが、Dクラス全体に広がるやる気を感じ取ったのか、一言笑うとそれ以上語ることはしなかった。

 

「茶柱先生。あなたの言ってた秘策、ちゃんと理解出来ましたよ」

 

「……なんの事だか分からないな。まぁ自信があるのはいい事だ。そんなお前らに、更にひとついい知らせをしてやろう」

 

 ……そう言っていい知らせだった思い出なんか無いんだが、その口から語られたのは確かに素晴らしいニュースだった。

 

「もし、今回の中間テストと7月に実施される期末テスト。この二つで誰一人赤点を取らなかったら、お前ら全員夏休みにバカンスに連れてってやる」

 

「バカンス、ですか」

 

「そうだ。そうだなぁ……青い海に囲まれた島で夢のような生活を送らせてやろう」

 

 そりゃ良い。浜辺でパラソルを立て、有栖ちゃんと本でも読もう。

 そんなことを想像する俺だったが、クラスの男子達は違うようで、皆目をギラギラに輝かせて雄叫びを上げていた。

 ……水着が見たいならプールとかに誘えばいいのに。

 

「変態」

 

 そんな堀北さんの呟きに、隣で同じく叫んでいた綾小路君が挙動不審になる。おもろいなコイツ。

 そして英語以外の科目が終わり、休み時間となった俺達は、1番の不安材料である須藤君の席へと向かった。

 

「おっす、どうよ須藤君。あの後寝落ちせずに勉強出来た?」

 

「ああ……マジで助かったぜ、お前が電話掛けてくれなかったら、俺は今頃必死こいて過去問を見てたかもしれねぇ」

 

「お前、まさか寝落ちしそうになってたのかよ!? せっかく斎藤のやつが過去問持ってきてくれたのによ……」

 

 そんな俺達の間に割って入ってきたのは、同じく勉強会を行った池君だった。信じられないといった様子で糾弾する池君に対し、須藤君は不貞腐れたように呟く。

 

「うるせぇ、眠いのは眠いんだ。結局起きてちゃんとやったんだからいいだろ」

 

「そういう問題じゃないでしょ」

 

 いつの間にか、勉強会を開いていた面子が全員集合している。ここまで心配されるのも才能だな? 須藤君。

 

「いやー、にしてもお前凄ぇよやっぱ! 俺じゃ過去問使うだなんて考えも浮かばねぇし!」

 

「たまたまだよ。たまたま」

 

 池の声に反応した他のクラスメイトも、同じように感謝を告げてくる。

 ただの過去問なら、ここまで英雄扱いされないだろう。そして、ここまで感謝されているのは、前述した『秘密』が関係してくる。

 

「いや、たまたまでも凄いと思うけどな。オレも点数が心配だったから助かった」

 

 なんとこの過去問、今回のテストと全く同じ問題が出題されるのだ。先輩に『絶対に役に立つ』と言われて渡された為何かあるとは思っていたが、まさか一字一句同じだとは思わなかった。

 

「ま、感謝はテストを乗り越えてからって事で。最後に確認だけしちゃおうぜ」

 

 流石にむず痒くなって来たため話を逸らす。

 そして迎えた英語のテストは、特に問題もなく最後まで解き切ることが出来た。

 

 

 

 

 

 教室に足を踏み入れた瞬間、茶柱先生は驚いたように俺達を見回した。生徒達が、中間テストの結果発表を固唾を呑んで待っていたため、そこには只ならぬ気配が蔓延していた。

 

「先生。本日採点結果が発表されると伺っていますが、それはいつですか?」

 

「お前はそこまで気負う必要もないだろう平田。あれくらいのテストは余裕のはずだ」

 

「……いつなんですか」

 

 そんな冗談も、退学がかかった生徒の前では通用しないようだ。

 茶柱先生は肩を竦めて大きな紙を取り出す。小テストと同じ様に、一斉に張り出す形式だろう。

 

「正直、感心している。お前達がこんな高得点を取れるとは思わなかったぞ。数学と国語、それに社会は同率の1位、つまり満点が10人以上もいた」

 

 100と言う数字が並び、生徒達からは喜び、歓喜の声が上がる。心配だった須藤君ら三バカの点数も、平均70点台後半と中々健闘した方だろう。

 

「最低点数は須藤の英語で60点だな。喜べお前ら。この時点で退学の可能性は無くなった。どんなに赤点が変動してもな」

 

「あ、やっぱり変わるんですね」

 

「ど、どういう事だよ。赤点は31点じゃなかったのか?」

 

 俺と茶柱先生の会話を聞いて、困惑した様子の池君が呟く。

 

「お前にこの学校の赤点の判断基準を教えてやろう」

 

 茶柱先生は黒板に簡単な数式を書いていく。 そこに書かれたのは、84.2÷2=42.1という数字。

 

「前回、そして今回の赤点基準は、各クラス毎に設定されている。そしてその求め方は平均点割る2。その答え以上の点数を取ること」

 

「じゃあ、32点以上を取れば大丈夫って訳じゃなかったのかよ……」

 

 下手をこいたら退学だったという事実に、震えながら声を上げる池君。やっぱこの人説明足りてないよな、マジで。テスト範囲の話も、俺が伝えてなかったら多分詰んでただろうし。

 

「まぁ過去問なくても大丈夫だったとは思うけどね。俺の予想だけど50位は取れたんじゃない? 最低でも」

 

「そっかなぁ……」

 

 そんな池くんの声がこだましたが、俺たちDクラスは、無事に最初の定期テストを乗り切ることに成功したのだった。

 

 

 

 

 

「待ってください。茶柱先生」

 

 皆が喜びを分かち合う中、俺は1人教室を後にし茶柱先生を追い、声を掛けた。教室から離れた場所のため、他に生徒は見えない。

 

「どうした? 何か聞きそびれたことでもあったか。まぁ、最も全教科満点の男なら、そんなことする必要もないと思うがな」

 

 ニヤニヤと揶揄うようにこちらを見つめる茶柱先生。いつもなら冗談の一つや二つ返すつもりだが、生憎今回は真面目な話だ。

 

「ええ、一つだけ。()()()()()()()()()です」

 

「突然どうした。目的も何も、私は教師としての仕事をしているだけだが」

 

 嘘だ。一見すると、無気力で生徒に関心が少ない先生という印象だが、その裏側には大きな野望を抱いている。さて、俺の予想が当たるといいんだが。

 

「これは先輩に聞いた話なんですが、卒業時のクラス評価は、そのまま担任にも反映されるそうですね?」

 

「そうだな。それが何だ、その為に私がわざわざお前ら不良品を、必死こいてAクラスに連れていくとでも?」

 

「ええ。そして不思議に思ったんです。どうしてそこまで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺の言葉に、一瞬だが目を見開いた茶柱先生。

 ビンゴだ。彼女はAクラスに並々ならぬ執着を抱いている。それも評価の為という俗物的な理由ではなく、もっと奥深くの『ナニカ』だ。

 

「……テスト終わりで気が大きくなっているようだな。今だから許すが、次教員を侮辱するような態度をとった場合、然るべき対応を「俺は────」……」

 

 煙にまこうとする茶柱先生の言葉を、俺は意図的に遮る。

 自分でも驚く程の底冷えした声が、誰もいない廊下に響き渡った。

 今までのひょうきんな態度とは正反対の俺の様子に、驚きと畏怖を交えた視線が突き刺さる。1度呼吸を整え、俺はもう一度ここに来た目的を果たす。

 

「俺はあなたのやり方が、心の底から気に食わない。庇護すべき生徒の地雷を踏み抜き、あまつさえ退学という剣を振りかざすあなたのやり方が」

 

 大人は子供を慈しみ、守るべきだ。クズでどうしようも無い俺だって、その芯は変わらない。絶対に揺らいでは行けない。

 

「あなたが本当にAクラスに行きたいのであれば、そのやり方はやめた方がいい。そうしないと、取り返しのつかないことになる」

 

「それは脅しか? 随分と大きく出たようだが、今のお前が要注意人物としてマークされていることくらい自覚してるだろう? そしてその評価、報告は私に任されている。この意味がわかるか?」

 

「そういう所だと言っているんだ茶柱佐枝。今は掌握できているだろうが、牙を剥くのが俺だけだと思っているなら、その認識は改めた方がいい」

 

 俺の脳裏に浮かぶのは、Dクラスで最も仲がいいと言っても過言では無い1人の男子生徒。この2ヶ月弱関わってみて分かったが、あれは化け物だ。そして同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なぜ茶柱先生がそこまで執着するか、俺は知る由もないし知りたくもない。ただ、無理やり堀北さんとの話を聞かせた茶柱先生なら、退学を振りかざして彼に協力させるのは容易に想像がつく。

 

「貴方は知っているんでしょう? 彼──『綾小路清隆』の過去を。教員には生徒の過去情報が開示されますからね」

 

 そして俺は、綾小路君の過去にひとつの仮説を立てた。それは、『綾小路清隆は親から虐待を受けていて、それから逃げるためにこの高度育成高等学校に来た』というものだ。

 

「……以前、お前は私に言ったよな? 『一体何に執着しているのか』と」

 

「聞いてたんですね」

 

 結構大きな声だったしなぁ…… 。

 そうげんなりする俺に構わず、茶柱先生は吐き捨てるように言い放った。

 

「確かにお前の言う通り、私はAクラスに上がることを強く切望している。だが、お前は何だ?」

 

「……何が言いたいんですか?」

 

 なるほど、確かにムカつくわこの言い方。茶柱先生が不機嫌なのもよく分かる。

 

「これは私の勘だが、お前はまだ本気を見せていないな? 少なくとも他者とのコミュニケーションにおいては」

 

「別に友達は沢山居ますけど」

 

「クク、そうか。だが1つ言っておくぞ」

 

 先程と違い、強い意志を込めた瞳でこちらを見つめる茶柱先生。形勢が逆転したことを感じ取りながも、俺はその言葉を甘んじて聞くことにした。

 

「────手を抜いて……いや、お前の場合は隠し事か? どちらでもいいが、そんな状態で綾小路の手網を握れると思わない方がいいぞ。あいつは他人なんか根本的に信用してないからな」

 

「……それはあなたが決めることではない」

 

 何か勘違いしているようだが、俺は別に綾小路君を奴隷にしたいだなんて1ミリも思っていない。

 ……ただ、高校生になって初めて出来た友達が、周りの大人の都合で振り回されるのを見ていれなかったという、それだけの話だ。

 

「話は終わりか? では失礼するぞ。私は忙しいんだ」

 

 そう言って踵を返す茶柱先生。

 彼女が去った後の廊下は、まるで先の暗雲を示すかのように昏く、淀んだ空気が立ち込めていた。

 

 

 

 

 




 そのまま出るという情報を隠して過去問をやらせていたため、Dクラスは原作に比べてグンと成績を伸ばしています。

 クラス間闘争の件もあり、あまり自らのクラスメイトの話をしなかったのが仇になりましたね。紡くんはまだ綾小路清隆とホワイトルームの関連性に気がついていません。
 しかし出会った時の印象もあってか、紡くんは綾小路くんに勝手にシンパシーを抱いています。過保護なのはそれが理由です。

次はキャラクター設定でも書こうかな。主人公の紡君はもちろん、原作と変更点の多いキャラも解説する予定です。


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第二章 
大切なもの


紡視点→綾小路視点です。

原作から少しづつズレが生じてきましたね。ある程度先の展開は想定できていますが、完走できるように頑張ります!


 

 

 

 他者とのコミュニケーションを取る事を苦手としている生徒は多いだろう。

 そりゃそうだ。俺みたいに幼少期から他人と接してきた人はともかく、小中とあまり話す人がいなくて、そこから全く知らない人だらけの高校に入学するとなると、何を話していいか分からないなんてことはざらにある。

 現に綾小路君なんかは、俺にめちゃくちゃ感謝してるらしいしな。

 

 そんな皆にヒモ男から1つアドバイスを送ろう。他者とコミュニケーションを取る上で、最も大切なのは『共感』だ。

 教師の愚痴、バイト先にいる横暴な社員の愚痴、嫌いな奴の悪口でもいい。とにかく同じく辛い状況にいて、私はあなたの味方ですよ〜っていうアピールが出来れば満点だ。

 否定から入る人間が、嫌われやすいと言われる理由はここにある。愚痴を聞いて欲しいだけなのに、正論をかましてくる様な人もこれに含まれる。

 だから、もし友人が助けを求めて来たのなら、これを見ている皆は是非協力してあげて欲しい。

 

 

 

「────ねぇー、有栖ちゃんー。いいじゃん、どうせこの事件が終わったら沢山お小遣い入るんでしょ?」

 

「ダメです。食費と作ってもらうお礼としてお小遣いも渡してるんですから、それでやりくりしてください」

 

「うわ。有栖ちゃんのケチ」

 

 開いた足の間に、ちょこんと座っている有栖ちゃんに抱きつく。体が小さいからなのかは分からないが、程々に高い体温は、中々に抱き心地がいい。

 彼女の丸々とした柔らかい頬に頬擦りをかますと、有栖ちゃんは鬱陶しそうに唸りながら、呆れたようにため息をついた。

 

「どうしたんですか? そんならしくも無い駄々を捏ねて。そんなにDクラスの問題は深刻化してるんでしょうか?」

 

「そうだよ。マジでさー、須藤君何してんのよ……」

 

 バグったテンションを指摘されてしまった。いや、これはしょうがないんだよ。

 ────6月に入って、俺たちDクラスには95クラスポイントが支給された。本当なら9500円の小遣いが支給されるはずだが、『とある問題』が発生したため、現状その支払いはストップされている状態だ。

 

「それにしても面倒な相手に目をつけられましたね。わざと()()()()()()()()()()()()()()()()だなんて」

 

「須藤くんの証言を信じるならね」

 

 そう。その問題とは、須藤君とCクラスの生徒3人による喧嘩だ。高校生にもなって殴り合いの喧嘩かよとも思うが、どうやらただの喧嘩として済ませていい問題では無いらしいのだ。

 

「監視カメラのない特別棟に呼び出すあたり、相手も中々頭が回るようですね」

 

「この騒動の中心である石崎君たちには無理な芸当だよ。多分裏で指示を出している奴がいるはずだ。今もDクラスの皆は、無実を証明するために聞き込みを行ってる最中だよ」

 

 一足先に事件現場の特別棟へ行ったが、特に成果らしいものもなかったからな。あとは地道にやってくしかないが、どうも気が乗らない。

 

「酷いお方ですね。今頃その生徒の無実を証明するために奔走しているというのに、紡くんは涼しい部屋で私と語り合うだけですか?」

 

 だらーんと伸ばした俺の手を取り、ふにふにと楽しそうに握る有栖ちゃん。……なんというか、随分とご機嫌だな。テストとかのバタバタで、最近ちゃんと話せてなかったからだろうか? 

 

「『ほぼ』と言う辺り、不可能という訳では無いのでしょう?」

 

「まぁね。パッと思いついたのは騒動が起きた部屋にダミーカメラを置いて、最初から録画されてたぞーって言って、相手の訴えを取り下げる方法なんだけど……これも難しいよなぁ」

 

 出来ないことは無いだろう。ただ、相手が引くに引けなくなる所まで追い詰める必要がある。そう事が上手く運ぶとも限らないし、リスクだって大きい。

 

「一番の問題はお金だよ。電気屋に行ったら高いんだなぁこれが」

 

 皆で出せば何とかなるだろうが、それでパッと解決するのもまた違うと思うんだよね。

 

「……なるほど。だから私にお金を集ろうとしてきたんですね」

 

「いや言い方」

 

 間違ってないけど。

 

「別に、そういう事情があるなら言ってくれれば貸しますよ? あなたが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですけど」

 

「あ、バレてた?」

 

 俺の返答に、上品に笑いながら胸を張る有栖ちゃん。

 心の奥底を見透かされたという事実が小っ恥ずかしいので、とりあえず彼女のちっぱいを揉むことでお茶を濁しておく。

 

「ひゃっ!? きゅ、急に何するんですか!」

 

「ん? 照れ隠し」

 

 顔真っ赤じゃん、かわいいー。

 

「……変態」

 

 俺の膝の上で、拗ねたように呟く有栖ちゃん。そんな可愛いお嬢様の機嫌を頭を撫でることで取りながら、俺はこの事件に対するスタンスを説明する。

 

「この件に関しては、俺は積極的に須藤くんを無実にする気は無いよ。嵌められたとはいえ、そんな簡単に手を出した須藤君にも問題があるし、何より本人が全く反省していない。それに、これは俺が勝手に解決していい話じゃないからね」

 

「あくまで他の生徒が解決するか、罰を受けて反省するべきだと?」

 

「そゆこと」

 

 俺はこの世界にとってただの『異物』だ。現在リーダーとして大きく成長しつつある堀北さんや、心に空いた穴を埋めようと努力している綾小路くん。その他にもDクラスの皆は、Cクラスを目の敵にすることで一致団結している。

 皮肉な事だが、彼らDクラスは問題を目の前にして成長を続けているのだ。

 

「そこに俺が入り込む余地は無いんだよ」

 

「……そう、ですか」

 

 本当はこの中途半端な関係も良くないんだけどね。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「あっついな……」

 

 紡はこんな所に一人で来てたのか。よくやるなぁほんとに。

 

「悪いな堀北。こんな所に付き合わせて」

 

 隣に立つ堀北は汗をかいているような様子もなく静かに廊下を見渡していた。

 

「あなたも変わってるわね、綾小路君。自分からこの件に首を突っ込むなんて。目撃者は見つかったし、もう打つ手がないことも判明した。これ以上何をしようというの?」

 

 そう、オレこと綾小路清隆は、須藤とCクラスのいざこざを解決しようと奔走していた。その一環として、事件現場である特別棟へと赴いたという訳だ。

 

「須藤は最初に出来た友達だからな。多少の協力はするさ」

 

「ならあなたには、彼を無罪にする方法があると思ってる?」

 

「まだ何とも言えないな。それにオレが一人で動くのは、平田や櫛田たちと大勢で行動するのはちょっと苦手というか、得意じゃないからだ。紡みたいに上級生との関わりがある訳でもないし、今日も皆で校舎や教室を色々回るかもと思ったから、逃げただけとも言う。事なかれ主義らしいだろう?」

 

「本当にね。それで友達だから協力するって、相変わらずの矛盾ね」

 

「友達は要らないって言ってたのに、オレや紡のことを友達と言って照れてるお前と同じだ「うるさいわよ」……イテッ!」

 

 ここぞとばかりに弄るオレに対して、堀北は怒りのチョップをかましてくる。

 

「今どき暴力系ヒロインは流行らないぞ……」

 

「あら、暑さで頭がやられたから直してあげただけよ」

 

「オレは昭和のテレビか!」

 

 そんなやり取りをしながら廊下を歩くと、堀北はなにかに気がついたように立ち止まって考え込む。

 

「……やはり斎藤くんが言ってた通り、ここには無かったのね。残念だわ」

 

「え? なにが」

 

「教室にあるような監視カメラよ。もしカメラがあれば確実な証拠が手に入ったのに。この特別棟の廊下には見当たらない」

 

「ああそうか。監視カメラか。確かにそんなのがあれば一発解決だったな」

 

 

 天井付近にコンセントは設置されていたが、それが使われている形跡はなかった。 廊下は遮蔽物が何もないから、もしその位置にカメラがあれば、一部始終記録が残っていた可能性は高い。

 初日にその可能性にたどり着いた紡は、流石オレの親友と言ったところだろう。

 

「そもそも、学校の廊下にはカメラは設置されてなかったよな?」

 

 特別棟じゃなくても、教室前の廊下なんかにはカメラは無かったはずだ。

 一瞬でも期待した自分を恥じるように首を振る。

 それから暫くの間うろうろしていたが、得るものなく時間だけが無駄に過ぎていく。

 

「それで、須藤君を救う策でも浮かんだ?」

 

「浮かぶわけないだろ。策を講じるのは堀北や紡の役目だ。須藤を救ってくれとは言わないが、Dクラスにとって良い方向に転ぶ手助けをしてほしい」

 

 呆れたように肩を竦める堀北。物も言い様だと思われているだろうな。

 そして数秒ほど何かを考えた後、彼女はポツポツと語り始めた。

 

「……この件に関して、多分斎藤くんはあまり積極的じゃないわね」

 

抽象的な話だったが、話の流れからして何が言いたいのかは分かる。

 

「須藤を救うことに関してか?」

 

「正確には、『須藤くんを無罪にすること』でしょうね」

 

 恐らく堀北の想像は合っているだろう。

 テスト対策をした際の、紡の先手を読んだ行動には驚かされたものだ。しかし今の彼には、その積極性が見られない。池や山内、須藤は気がついていないだろうが。

 

「まぁ、ともかくこれ以上ここにいても意味ないだろうな。堀北も暑いだろ? とっとと帰ろう」

 

「……斎藤くんの物真似かしら? 似合わないわよ」

 

 ……どうやらオレが早く帰りたいのはお見通しの様だ。慣れないことはするもんじゃない。

 

「悪かったな。愛しの紡の真似事なんかして」

 

 拳が飛んでくることを予想しながら揶揄ったが、堀北の反応は意外なものだった。

 

「……別に、そんなんじゃないわよ」

 

 伏し目がちになり、指をモジモジと動かす堀北。正直言ってかなり可愛い。一体何時コイツをオトしたのか聞きたい所だが、余計な事に首を突っ込む気はない。

 

「そうか。だが行動に出るなら早めの方がいい。お前が想像しているより、何倍も紡はモテるぞ」

 

 先輩と思われる女子生徒数人と、そこそこ値が張る飲食店に入っていった所を見てしまったからな。末恐ろしい光景だった。

 

「余計なお世話……分かってるわよ。そんなこと

 

 紡の幼なじみらしいAクラスの生徒も、彼の口ぶりからして恐らくは女子生徒なんだろうな。

 全く、まるでハーレムアニメの中から出てきたような男だ。これじゃいつ刺されてもおかしくない。

 

 それから佐倉や、Bクラスの一之瀬という生徒と出会うというハプニングがあったが、問題なくオレは寮に帰宅した。

 

 

 

 

「はぁー」

 

 制服のまま、備え付けられたベッドにダイブする。外に出る時もエアコンをガンガンつけているため、冷たいシーツの感触が気持ちいい。電気代を気にしなくていい寮様々だな。

 そんな科学の恩恵を受けていると、ポケットにしまったスマホがふと振動した。通知を見るとチャットアプリの名が表示されている。

 

『こっちで先輩に聞き込みしてみたけど、特にめぼしい情報は無かったかな。ただ、こういう問題が発生した場合、やっぱり結構重いペナルティが課せられるみたいだね』

 

 どうやらグループチャットで紡がメッセージを送ってきたらしい。メンバーは勉強会を行ったオレ、紡、堀北、池、山内、須藤、櫛田の7人だ。

「ありがとう」と、メッセージを送ろうと思ったが、寸前で取り消す。毎回疑問に思うのだが、こういう時って返事した方が良いのだろうか? 

 

『そっか……じゃあ、私たちがもっと頑張んないとね! ( •̀ᄇ• ́)ﻭ』

 

『おう! これが解決してポイントが入ってきたら、須藤に飯おごってもらおうぜw』

 

『いいけど、安いとこで頼むぜ。この人数は流石にキチィ』

 

 上から櫛田、池、須藤と返信が続く。

 皆でご飯を食べに行く妄想をし、自然と口角が上がってしまう。こんな些細なやり取りでも、俺にとっては憧れだったのだ。

 トーク画面を閉じると、履歴の1番上にはグループのアイコンが表示された。

 

「……まだ変えてなかったのかよ」

 

 そのアイコンに写るのは、肩を組んだ俺と紡のツーショット。入学して1ヶ月経たないくらいに撮った写真だ。

 満面の笑みを浮かべる紡とは対照的に、オレはぎこちない笑顔で小さくピースしている……恥ずかしいから変えて欲しいと言ったはずだが、どうやら紡はこの写真を変える気は無いみたいだ。

 

「友達か……」

 

 オレが高度育成高等学校へ入学してから早2ヶ月。今まで『あの場所』で過ごしてきた15年間に比べたら、塵のように短い時間だ。

 しかし、この短くも濃密な2ヶ月は、それまでの俺の価値観に少しだけヒビを入れた。

 

「オレはどちらを取るんだろうな」

 

 無意識にそう呟いてしまったが、答えなんて最初から決まっている。三つ子の魂百までという言葉がある通り、人間の本質なんて、そう直ぐに変わるものでもない。

 

 

 

 ────だが、確かにあの場所では得られなかったものが、オレの手の中にある。

 それを手離したくないと思える位、オレにもまだ人間らしさが残っている。そう思いたかった。

 

 

 




 感想、高評価いただけると励みになります!

 あまり催促はしたくないのですが、モチベーション自体は自分ではどうにもならないので……もし面白いと思って頂いたなら是非よろしくお願いします!



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成長(綾小路データベース記載)

なんか寝ちゃたのでこの時間です

50ほどの評価と、たくさんの感想貰って感動しちゃいました。返せてないですが、しっかりと読ませて頂いてます!ありがとうございます!


 

 

 

 少し前、俺は『友人が助けを求めてきたら、ぜひ手を差し伸べてあげて欲しい』との旨の発言をした記憶がある。

 たしかにあの言葉に嘘偽りは無い。人間助け合って生きていく生き物だし、それが親しい友達なら尚更だ。

 

 ただ1つ勘違いして欲しくないのは、助けを求める側にもキチンとした礼儀や手順を踏んで欲しいという事だ。そんなアニメや漫画みたいな急展開、心臓に悪いのでやめて欲しい。

 目の前で事情を説明している綾小路君だったが、そういう問題じゃないんだよ。

 

「────という訳で、一之瀬を助けてやってはくれないか?」

 

「いや、別にいいけど……急じゃない?」

 

 昼休み。いつもの通り教室で昼食を済ませようとした俺だったが、綾小路君から別の場所で食べようと誘われたため屋上へと足を運んだ。

 そこで待っていたのは……何と櫛田さんと並んで学年の人気者、一之瀬さんだった。正直死ぬほどビビったぞ、マジで。

 

「ごめんね……綾小路君に話したのも今日の朝なんだ」

 

 綾小路君の隣に座った一之瀬さんが申し訳なさそうに手を合わせてくる。俺たちは、左から俺、綾小路君、一之瀬さんという並びで横並びになって食事をしていた。

 

「全然大丈夫。でもちょっと驚いたよ。まさかあの綾小路君が女の子、それも人気者の一之瀬さんを引っ掛けてくるなんて」

 

 予想外すぎるコンビのため、俺の悪い所が出てきてしまう。これは弄りたくなっちゃうだろ、流石に。

 ニヤニヤと語る俺に対して、呆れたようにこちらを見つめる綾小路君と、対照的にあたふたと手を振る一之瀬さん。

 

「言い方」

 

「も、もうからかわないでよ! 別にそんなんじゃないよね? 綾小路君」

 

「……ああ、そうだな」

 

 少し間を置いて同意する綾小路君。ちょっと残念そうにしてるのが余計面白い。

 

「で、一之瀬さんが告白されるんだっけ? 相手が誰か聞くつもりは無いけど、普通に断るんじゃダメなの?」

 

 一之瀬さん位可愛かったら、中学時代いくらでも告白されたろうに。

 そう思って聞き返したが、彼女の答えは予想の斜め上を行くものだった。

 

「私告白された事ないんだよね……だから断るにしてもどうすれば傷つかないかなって」

 

 え、嘘だよね? 高校デビューで超可愛くなった感じなの? ……居るもんだなぁこんなに化ける女の子。

 

 

「マジか……チャンスだよ、綾小路君」

 

「────オレと付き合ってください。一之瀬さん」

 

「うぇ!? え、えっと……ごめんなさい!」

 

 俺のノリに即座に対応した綾小路君だったが、それはそれは見事な振られ様を見せてくれる。この辺のノリの良さは長い付き合い様々だな。

 

「っははは! ……いでっ」

 

「笑いすぎだ……ったく。人生最初の告白がこんな形になるとは思わなかったぞ」

 

 あまりにも即答されたため笑いを抑えられない。

 綾小路君はそんな俺にチョップをかまし、呆れたように呟いた。

 

「ま、またからかったの!? もう、斎藤君とちゃんと話したの初めてだけど、こういう人だとは思わなかったな!」

 

 ぷんぷんと可愛らしく怒る一之瀬さん。見た目だけじゃなくて性格も良いからなぁ……マジで何で告白されなかったんだ? 優しくされて勘違いする奴とか無限に居そうだけど。

 そんなことを思う俺だったが、一之瀬さんが100点の回答をしてくれたため、ニヤリと笑いながら告げた。

 

「でもちゃんと断れたじゃん」

 

「えっ……あ! 確かに!」

 

「オレの犠牲の上でな」

 

 ハッとした様子の一之瀬さんとは対象に、綾小路君は未だに不貞腐れたままだ。いやごめんって。ポイント入ったら後で飯奢るから。

 その言葉に機嫌を取り戻した綾小路君だが、一之瀬さんはまだお気に召さないようだ。

 

「んー……ホントにこういう形で断っちゃってもいいのかなぁ」

 

「因みにどうやって断るつもりだったの?」

 

 俺がそう質問すると、一之瀬さんはもじもじと膝に手を起きながら、伏し目がちにこちらを見つめて来る。

 すげぇ可愛いな。有栖ちゃん居なかったら全力で落としに行ってるわ。

 

「えっと……その、2人のどっちかに彼氏役をやってもらって、断ろうかなって……」

 

 ────俺が、一之瀬さんの彼氏になる……?

 聞きつけた有栖ちゃんが泣きながら俺の玉をもぐシーンが浮かび上がってしまった。ひぇぇおっかない。

 と言うか、余りにも悪手すぎて笑ってしまう。隣を見ると、綾小路君も呆れたようにため息をついている。

 

「……はぁ。紡のところに連れてきてよかったな」

 

「いや、マジで超ナイスだよ綾小路君」

 

「……ダメだった?」

 

 俺と綾小路君の呆れたような視線を受け、恥ずかしそうにこちらを見つめる一之瀬さん。そんな可愛い仕草してもダメなものはダメだ。

 

「駄目駄目。なんなら1番ダメだよ」

 

「恋愛経験ないオレだってそう思うぞ」

 

「……そう、なんだ」

 

 露骨に落ち込む一之瀬さん。良かった、相談しに来てくれて。危うく取り返しのつかない事になる所だった。

 俺は指をピンと立て説明を行う。

 

「良いかい?  告白なんて一大イベント。ちゃんと相手に付き合ってる人が居ないか下調べするに決まってるじゃん。そして覚悟を決めて、どう告白するか考えて、前日の夜は眠れず……そして迎えた当日、呼び出した人の隣に彼氏がいたらどう思う?」

 

「あっ……」

 

「……想像もしたくないな」

 

 ……嫌なこと思い出した。NTRとかBSSはマジ勘弁よ、ホント。

 

「ね、そういう事よ。ちゃんと諦めさせてあげな」

 

 そう語ると、一之瀬さんは膝の上に置いた拳を強く握り、下唇を噛んでフルフルと震えだした……マジか、純粋すぎやしないかい? 

 

「ちょちょ、別に初めてなんだからそんな思い詰める必要ないって」

 

「で、でも……私最低なこと……」

 

「いや、大丈夫だって。なんならまだ振ってすらいないんだから」

 

「そうだぞ、紡の言う通りだ。間違いを犯す前に正せたんだから良い方だと思うぞ」

 

 2人で落ち込んでいる一之瀬さんを励ます。何と言うか、ここまで純粋だと逆にやりづらいな。何せ普段話してる女の子は有栖ちゃんと堀北さんだし。

 

「……そっか。ありがとう、2人とも」

 

 そんな必死の説得が功を奏したのか、強い意志を瞳に浮かべる一之瀬さん……いや、そこまで気を張らない方がいいと思うんだけどな。これから沢山告白されるだろうし。

 それから俺たち3人は連絡先を交換し、授業5分前のチャイムが鳴るまで語り明かした。

 

「あっ! もうこんな時間。ごめん、わたしもう行くね!」

 

 焦ったように弁当箱をしまい、早足で教室へ向かう一之瀬さん。残った俺たち2人もぼちぼち屋上を後にする。

 

「……なんというか、入学して初めて普通の女子と話した気がするぞ」

 

「あれが普通になったら今後の人生苦労するぞ?」

 

 堀北さん、櫛田さん(裏)と癖の強い女の子ばっかりなので気持ちは分かるけど。あんなに良い女を普通に置いちゃうと理想爆上がりになって詰むよ。綾小路君。

 

 

 

『無事円満に振れたよ! ありがとう斎藤君!』

 

「……何か言い方悪いな」

 

 夜、一之瀬さんから届いた感謝のメッセージを読んでいると、スマホに1本の電話が届いた。画面には俺が設定した『きよぽん』の文字が。ちなみに綾小路君である。

 

「もしもし? 珍しいね、きよぽ……いや、綾小路君から電話だなんて」

 

「……今何を言いかけたか気になる所だが、相談に乗って欲しい」

 

「あはは、今日はやけに相談受けるね。駆け込み寺じゃないんだよ?」

 

 そんな冗談を混じえながら、綾小路君の話を聞く。その内容は以下の通りだ。

 目撃者探しの一環で、佐倉さんのデジカメが故障してしまい、そのお詫びとして櫛田さん、佐倉さん、綾小路君の3人でモールに行くという話だ。

 

「良いじゃん良いじゃん。可愛い子2人も侍らせてショッピングだなんて、綾小路君も隅に置けないねぇ」

 

「それが問題なんだ。オレは一対多はおろか、女子とデートしたことすら無いんだぞ」

 

「大方、佐倉さんから事件について何か聞こうって魂胆なんでしょ? そんなに気負わなくていいって」

 

「そうかもしれんが……」

 

 ウンウンと唸る綾小路君。彼の気持ちもよーく分かる。

 いくら櫛田さんが一緒とはいえ、今までほとんど話したことない女の子と3人で出掛けるんだ。緊張しない方がおかしい。

 

「なぁ、紡も一緒に行かないか? そうすれば男女2:2でバランス良くなると思うんだが」

 

「相手が佐倉さんじゃなかったら行けたんだけどねー。綾小路君はなんで俺じゃなくて君が呼ばれたか。考えれば分かるっしょ?」

 

「……まぁ、何となくは」

 

 仮に櫛田さん、俺、佐倉さんで行ったとしよう。クラスどころか、学年でも交友関係の広い2人の間に挟まれた佐倉さんは気が気じゃないはずだ。須藤君の話もあるからね。

 

「だから頑張って行ってきなよ。気立てのいい櫛田さんもいるんだし、緊張しすぎなければ楽しい思い出になると思うよ?」

 

「……そっか。分かった、あまり期待はするなよ」

 

 そーそー、その意気で行かなきゃね。ガチガチに緊張した状態で行っても気まずいだけなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ────高度育成高等学校データベース 7/1時点────

 

 氏名:綾小路 清隆(あやのこうじ きよたか)

 クラス:1年D組

 学籍番号:S01T004651

 部活動:無所属

 誕生日:10月20日

 

 ──評価──

 学力:C+

 知性:C

 判断力:C+

 身体能力:C

 協調性:C-

 

 ──面接官からのコメント──

 

 積極性に欠け将来への展望なども持ち合わせておらず、現段階では期待の薄い生徒だと言わざるを得ない。 協調性や個性と呼べるものも感じられない。 受け答えそのものは高校生として許容範囲内ではあるものの、現段階での学力と身体能力は平均をやや下回る。特別な資格もないこと、別途資料による事情等からDクラスへの配属が適正であると判断。 友人関係の構築、 教師との関係に注意しつつ生徒個人の成長を望む。

 

 ──担任メモ──

 堀北鈴音、斎藤紡との交友によって成長の兆しを見せています。特に協調性の成長は著しく、このまま経過を見守る次第です。

 

 

 




彼の原作での協調性はDなので、2段階ほど上がった計算になります


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地獄の沙汰も?

貴重なヒモ要素です

有栖ちゃんの脳を破壊したかっただけなので、設定に無理がある場合は修正します笑


 

 

 

 日曜日のお昼前、オレは櫛田との約束を果たすためショッピングモールへとやって来ていた。土日は基本的に自室で過ごしがちなオレにとってちょっと緊張してしまう場所だ。

 いくら腹を括ったからといって、早々適応できるものでもない。

 同じ寮に住んでいるんだから一緒に行けばいいと思うだろうが、櫛田にはちょっとしたこだわりがあるのか、現地で待ち合わせることに意味があるらしい。

 

『うーん……待ち合わせっていうロマンはあると思うけど、それ以上にモールまでの道会話途切れずに進める?』

 

『……難しいな。話題が無くなりそうだ』

 

 そんなやり取りを思い出した。確かにこのドキドキ感は現地集合じゃないと味わえなさそうだ。

 

「おはよー!」

 

 周囲の喧騒を裂く、満面の笑みを見せる櫛田が近づいて来た。

 

「お、おう……おはよう」 

 

 思わずドキッとしたオレは、ちょっと言葉に詰まりながらも軽く手を上げる。

 

「ごめんね、待たせちゃったかな?」

 

「いや、オレも着いたばかりだから」 

 

 デートのテンプレのようなやり取りをしつつ、オレは思わず 櫛田の上から下まで全身を見てしまう。可愛い。可愛いぞ櫛田。初めて見る彼女の私服姿に感動を抑えきれない。

 

「えへへ、どう? 似合ってる?」

 

 ニンマリと笑いながら、上目遣いでこちらを覗いてくる櫛田。あまりの破壊力に動揺しながらも、俺は紡に言われたことを忘れずに実行する。

 

「ああ、似合ってるぞ。櫛田の明るいイメージにピッタリだ」

 

「えっ、凄い綾小路くん! いつもの綾小路くんじゃないみたい!」

 

 ……少し引っかかる言い方だが、良いスタートを決めたと言えるだろう。逆にあっちから聞いてくれて助かった。

 

『今来たところだーとか、その服似合ってるぞ、とかはテンプレートだけど絶対言った方が良いよ! そして服は相手の好印象の部分と関連付けて褒めるとなおよし!』

 

 ありがとう我が親友。お前のおかげでオレは上手く乗り切れそうだ。

 

「んー……」

 

 どう会話を展開するか悩んでいたオレの頭からつま先までを、驚いたように見つめる櫛田。特に変な服装じゃないと思うんだけど……

 

「ど、どうした? そんなに似合わないか?」

 

 不安が口から漏れてしまうオレだったが、櫛田は予想外にも、オレの服装に対して好印象を抱いているようだ。

 

「ううん! ただ意外だなーって、綾小路くんこういう服着ないと思ってた!」

 

 勘が鋭いな、櫛田は。

 そう、何を隠そうこの服は昨日紡と一緒に買いに行ったものだ。

 

『そんな休日のお父さんみたいな服じゃダメだよ! 金は俺が持つから、最近入り良いし……とりあえずコレとコレとコレね』

 

 半袖ベージュのTシャツの上に、絶妙に違う色の五分丈のシャツを羽織ったもの。さらに下は黒のジーパンとスニーカーで、オマケとしてネックレスと腕時計を付けている。

 

『やっぱ身長高くてスタイルいいからオーバーサイズ似合うね。これにシンプルなネックレスと腕時計を……うわ、何か女殴ってそうな見た目になっちゃった』

 

 自分で着せ替え人形にさせといて何言ってんだと思いながらも、今まで手を出しづらいと思っていたスタイルにテンションが上がったのは記憶に新しい。

 

「実は紡に選んでもらったんだ。前の服は地味だと散々言われたよ」

 

「あ! 斎藤くんか〜。やっぱ噂通りいいセンスしてるね」

 

 合点がいったと言うように手をポンと叩いた櫛田。

 

「噂?」

 

「斎藤くんって先輩同学年問わず、洋服とか化粧品とか選ぶの手伝ってあげてるみたいだよ? その代わりご飯とか奢ってもらったり、ポイント貰ってるんだってー」

 

「知らなかった……」

 

 あいつそんな事してたのか……まぁ、親友の知られざる一面を知ることができて嬉しいぞオレは。決して教えて貰えなかったことに拗ねている訳では無い、決して。

 

「でも綾小路くんお金払うどころか、服買って貰ってるなんて、やっぱ好かれてるね~」

 

「そうか? まぁ、そうだと嬉しいんだが」

 

「そうだよ! ほらこれ、掲示板に貼られてる値段の目安だって!」

 

 櫛田が見せてくれたのは、以前イケメンランキングがどうたら書かれていた女子専用の掲示板だった。

 利用した人の書き込みが表示されている。

 

 

 

『みんなから聞いたの集めたらこんな感じだったー。ご飯代とかもあるから参考程度にね。値段設定はここの中だけで、他言はダメだよ! 

 

 アドバイスデート3時間:1万ppt

 アドバイスデート1日:2万ppt(夜ご飯奢り)

 愚痴、相談いろいろ:3000ppt位(夜ご飯奢り)

 写真アドバイス(LINEで洋服とか):500ppt

 

 最初は公式チャットから写真がいいかも! 超イケメンで話も面白いけど、絶対告白OKしてくれないらしいからガチ恋は厳禁!』

 

『愚痴、相談いろいろでガチ恋しちゃった……辛い』

 

『レンタル彼氏みたいだよね。でも服とかコスメとかのアドバイスが本職かってくらいいいから、コスパはいいのかも……?』

 

『私の友達、アドバイスデートの後片思いしてた人と付き合えたんだって! 凄くない?』

 

『デートしたって事でしょ? ……なんか色々と本末転倒じゃない?』

 

『……なんですかこれ。すみません、この方はいつ頃からこの活動を?』

 

『えー? ……5月ちょっと過ぎ位だったかなぁ』

 

『分かりました。ありがとうございます』

 

 

 

 昨日を最後に書き込みは終わっている。

 

「……なんだこれ」

 

「AクラスとかBクラスの先輩で、お金余ってるけど彼氏いないーとかって人が使うみたいだよ。2年の先輩に聞いたんだけど、急に服とか髪型とかオシャレになった人に『紡った?』とかって言うのもあるみたい。面白いよねー」

 

 ……まぁ、オレの服装見た感じ効果は保証されてるっぽいし、行っても3000pptのご飯だけだろう。Aクラスともなると毎月10万近く貰っているだろうし、自己投資としてはありかもしれない。

 

「よく知ってるな、オレなんて噂すら聞いたこと無かったのに」

 

「Dクラスって言ったら斎藤君のことすごい聞いてくる先輩がいて、それで教えて貰ったんだ! 多分1年の子は誰も知らないと思うな」

 

 ……多分聞き出したんだろうな、櫛田のコミュ力で。

 

「斎藤くんって誰かと付き合ってるのかな? もしかして堀北さんだったりして」

 

「うーん、それは無いと思うけどなぁ」

 

 流石にあの反応で付き合ってたら演技派すぎる。

 

「そっか……あ! 話しすぎちゃったね。佐倉さん来てるかな?」

 

「けどオレで良かったのか? 誘う相手」

 

「綾小路くんも誘うようにお願いされたんだよね。佐倉さんと接点あったんだ?」

 

「佐倉から? いや……殆ど話もしたことないぞ」

 

 佐倉と特別棟で鉢合わせした時のことを思い返す。接点と言えばあれくらいだ。

 

「一目惚れされてたりして?」

 

 にやにやと笑う櫛田。残念ながらそんなドラマチックな展開は期待できないだろう。

 

「とりあえず座って待つか」

 

「そうだね。って……ねえ、隣のベンチに座ってるの佐倉さんじゃない?」 

 

 慌てて振り返ると、隣のベンチに座ったその人物は、申し訳なさそうに少し会釈した。 

 まさかずっと隣のベンチに座っていたのが佐倉だったとは……。 

 気配というか、雰囲気というか、他人オーラが凄すぎて全く気が付かなかった。

 

「ごめんね、影薄くて……おはよう……」

 

「いや、別に影が薄いとは思っていないぞ。存在は感じてたからな」

 

「それフォローになってないよ綾小路くん」

 

 申し訳なさそうに頭を下げると、佐倉がゆっくりと立ち上がる。 

 けどオレが気づけなかったことも許してほしい。佐倉は帽子を被って、マスクまでしているのだ。親しい人間なら兎も角、これで佐倉と認識するのは困難だ。風邪でも引いたのだろうか。

 

「ちょっと、不審者っぽいですよね……」

 

「不審者っていうか、逆に目立つと思うぞ」

 

「そうですよね……ここじゃ特に、目立ちますよね」

 

 そう言い申し訳なさそうにマスクだけ外す。どうやら風邪ではなく、マスク女子だったらしい。どれだけ目立つのが嫌いなんだ。

 

「デジカメの修理って、ショッピングモールの電気屋さんでいいんだよね?」

 

「確か修理の受け付けもやってたはずだ」

 

「すみません……こんなことに付き合わせてしまって」

 

 佐倉は心底申し訳なさそうに頭を下げ謝る。なんだかこっちまで申し訳なくなってきた。

 

「じゃあ、行くか」

 

「うん! 善は急げって言うしね!」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 そんなこんなで歩き出すオレたち。櫛田がいるからかもしれんが、女子と出掛けるのは思ってたよりも何とかなりそうだ。

 ────そしてデジカメを届けたオレは、佐倉と連絡先を交換した後別れた。1つ気になることがあったが、佐倉と櫛田とのお出かけは無事に終えれたと言ってもいいだろう。

 

 

 

 ────時は1日前に戻る────

 

 

 

「明日上手くやれるかなぁ……綾小路くん」

 

 夜、綾小路くんとの買い物を済ませた俺は、ベッドの上で不安を口にした。

 チャットにて様々なアドバイスを送らせてもらったが、それを全部綾小路君が遂行できるとは微塵も思っていない。

 

「不安だ……ん? 珍しいな、この時間に」

 

 チャットアプリに設定した公式アカウントの方に連絡が来る。7時以降の写真相談は受け付けていないし、デートのお誘いだったらもっと早めに送る人が多い。新規さんかな? 

 

『アドバイスデート1日 明日お願いします。予定空いてますよね?』

 

「えっ、怖」

 

 いや、空いてるけど。空いてるけどさ……そんないきなりって事ある? 

 

 ────主に上級生の女性をターゲットにしたこのビジネスは、ポイントだけ無駄に余ってて使う機会のない人のために用意したものだ。現在の利用者は10人程度だが、現在口コミでその範囲を拡大している。これからが非常に楽しみだ。

 学生という立場からすると高く感じるかもしれないが、恋愛経験が一切ない人とかに服、化粧、スキンケア、はたまた異性との話し方までアドバイスさせて貰う。一般のレンタル彼女が最低3時間2万円程の値段と考えると、割と破格と言っても過言じゃない。

 

 因みにガチ恋されたらキッパリと断ることにしてる。じゃあ恋させんなってツッコミもあるだろうが、女の子は恋をすればするだけ可愛くなるからな、それに学生時代に失恋を経験していた方が後々困らないだろ? (クズの言い訳)

 

『……突然の連絡で申し訳ございません。報酬を倍にするため明日で検討いただけないでしょうか?』

 

 既読した状態で返事をしなかったためか、催促する文面が飛んでくる……いや怖いんだけど。

 そもそも初回で一日デートプランはヤバすぎだろ。一応チャット→夜ご飯→デートと段階を踏むための値段設定なのだが、初手2万で倍プッシュかよ……いや、多分2万っていう価格設定知ってるから人伝だろうな。それなら納得。

 

()()()()が写真を送信しました)

 

 ん、写真? ……わーお、超美人やん。

 今撮ったのだろうか、何故か他撮りの写真で顔を赤くしてそっぽを向く美人がそこには写っていた。

 

『2万pptで大丈夫です! それと、知らない人にすぐ写真を送るのは止めた方がいいですよ笑』

 

 ほぼ無意識に返事を返してしまった。よーし、明日はいつも以上に気合い入れてくぞ☆

 

 

 

 次の日、昼食を終えた俺はケヤキモールへと足を運んでいた。すれ違う先輩方に手を振りながら、俺は集合時間10分前に指定された場所に到着した。

 

「予約して頂いた神室さんですね? 電子契約書のサイン、ありがとうございます」

 

「……よろしく。はぁ、なんで私が……自分で直接行けばいいのに

 

 当時着ていく服装を伝えあっていたため、スムーズに合流することに成功した俺は、早速受け取ったポイント分の働きを遂行する。

 視線を左右へと動かす神室さんの手を取り、そのきめ細やかな指を絡める。通称恋人繋ぎと呼ばれる繋ぎ方だ。

 

「あっ……」

 

「1年Aクラスって聞いたから、敬語はなしで行くけどいい?」

 

「……うん」

 

 もう片方の手で神室さんの頭をポンポンと撫でると、その白い肌に朱が差した。チョッロ……普通にガチ恋候補だな、注意しないと。

 

「じゃあ行こっか? どっか行きたい場所ある? ないなら俺が決めてきたプランで行くけど」

 

 懐からスマホを取りだす神室さん。恐らく今日のプランのメモでも取ってきたんだろう、実に健気で可愛いらしいことだ。

 

「……服見に行きたい」

 

「おっけー。とりあえず服のフロア行こっか」

 

 そう言って手を繋ぎ歩き出す。さて、今日も一稼ぎ頑張るかー。

 休日のケヤキモールは人が多い。そのため制服でイメージ着いてたり、普段と違う私服を着られたりすると判別がつかなくなるのだ。

 

 

 

 

 

「……最近外出が増えたのは、これが原因ですか」

 

 

 

 

 ────だから男装して伊達眼鏡をかけた有栖ちゃんに気が付けなかったのも、仕方がない事なのだろう。

 

 

 





学校に怒られる前に辞めれたから良かったのかも……?
神室ちゃんはチョロくあって欲しい、ただの願望です。

高評価、感想いただけると作者の励みになります!全てに返信することは出来ないですが、きちんと読ませていただいているので、もし良ければ気軽にどうぞ!


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釣った者、釣られた者


あらすじの意図に気が付いた方が居て驚きました。



 

 

 

 アドバイスデートなんて大層なことを言っているが、実際はただのデートと何ら変わりない。

 相手が見た目に関する相談やアドバイスを求めてきたらそれに応え、ただの愚痴などが目的だったなら相手の望んだ答えを言うだけ。簡単な仕事だ。

 

「あんたはどう思う? この学校のシステム。Dクラスなんだから不満とかあるでしょ」

 

 ……と言ってもこのタイプの子は今まで一人もいなかったけどね。

 クラス間闘争のストレスを発散させるために利用してくれる人が多いため、わざわざこの話をしてくる辺り何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。

 

「最初に聞いた時はびっくりしたよ? でもしょうがないって割り切ってるよ。学校生活も楽しいしね」

 

「……そう。私はまだ納得できてないけどね。こんなシステム。急にクラス同士で戦えなんて」

 

 どこか探りを入れる様に呟く神室さん。うーん、安請け合いすんじゃなかったな、これがもし他クラスの偵察とかだったら面倒だ、Aクラスの子だし。

 人伝のお客さんだと安心してた……ってのは表の理由。実際は可愛かったから、以上。

 

「それでも良いんじゃない? とりあえず退学さえしなければ何とかなるって」

 

 そんな楽観的な俺の言葉に、呆れたようにため息を着く神室さん。

 

「はぁ、こんな事やってるだけあって図太いのね、あなた」

 

 自覚はある。でも面と向かって言われると少々ムカつくので、ここでひとつアドバイスをしてあげよう。

 恥ずかしそうに手を離してくれと言われたため離れていたが、隣を歩く神室さんにスっと近づきその手を取る。

 

「ちょ、何してんの!」

 

「アドバイス1、デートで図太いとか言わない。それにもうちょっと楽しそうな表情しないと」

 

 あたふたする神室さんだが、俺は容赦なく指を絡める。緊張からか指がピンと伸びていたため、簡単に恋人繋ぎをする事ができた。

 

「デートって……私たち、ホントのカップルじゃないで「だめだよ? 冷めること言わない」んっ……」

 

 余計な事を言おうとした神室さんの唇に、人差し指をスっと当てる。驚いたように目を見開いた神室さんだが、次の瞬間には顔を赤くし目線を逸らしていた。

 こんなウブ反応を見せる彼女を微笑ましく思いながら、俺は手を握り語りかける。

 

「ほら、洋服見に行くんでしょ? 今日は一緒に楽しもう」

 

「……うん、分かった」

 

 そうして再び歩き出す俺たち。繋いだ手は相変わらず強ばったままだが、それ自体を拒否されることは無かった。

 そして同時に1つ、確信したことがある。

 

「あ! これとか凄い似合うと思うよ!」

 

「そ、そう?」

 

 ────彼女の目的は俺とのデートではなく、全く別の所にあるということだ。

 

 

 

 その後順調にデートを終えた俺たちは、ケヤキモール上層階にて夜食をとっていた。

 窓の外からは東京の街の灯りが遠く見える。可愛い女の子と夜景を見ながらディナーという、中々に乙な体験だ。

 目の前に広がる美女+夜景の福眼を堪能していると、神室さんが気だるげに語りだした。

 

「……あと3年もここに居なきゃ行けないのね、私たち」

 

「高校の3年なんてあっという間だと思うよ? それに悪い場所でもないし……お小遣いがあればだけど」

 

 審議明後日だよな。早くポイント戻ってくれ~。

 

「ふふっ、何それ。私のポイントで食べてるくせに」

 

 口元に手を当て上品に笑う神室さん。初めて会った時のぎこちない雰囲気もどこかに行ってしまったようで、非常に楽しげな様子だ。

 

「ゴチになりまーす」

 

「全く……調子いいんだから」

 

 刺々しい言葉だが、その裏側にある好意が手に取るようにわかる。楽しんで貰えて何よりだ。

 それを最後に俺たちの間には数秒の沈黙が流れる。何か言いたげな神室さんだったが、喉を鳴らし意を決して口を開いた。

 

「……ねぇ、あんたのこのサービスって他何人くらいにやってるの?」

 

 来た、大体デートコース終わりの子達はみんなこれ聞いてくるんだよな。いくらレンタルとは分かっていても、本当に付き合えるかもしれないと思ってしまっているんだろう。

 こういう時はキッパリ可能性がないことを伝えておく。拗らせると厄介な事になるからな。そうなる前に手を引くのが正解だ。

 

「うーん……10人とちょっとかなー。君含め、皆大事な『お客さん』だよ」

 

「……そう」

 

 あ、ちょっと寂しそうな顔した。まぁしょうがない。本当に付き合いたいならこういう形じゃなくプライベートで仲良くなってくれ。

 俺はレンタル彼氏と違ってワンチャンあるぞ、まずは有栖ちゃんの壁を突破してからだな……多分無理だけど。

 

「じゃあ大変なんじゃない? あんたに本当に好きな子ができた時とか、付き合う事になった時とかさ」

 

 ぶっきらぼうに聞いてくる神室さん……痛い所突いてくるなぁ。

 そこを追求されると困るため、お茶を濁しておく。

 

「その時はその時だよ。俺はこのサービスを受けた人が他の形で幸せになれることを祈ってる。神室さんだって、今日一日で色々分かったこと、あるんじゃないかな?」

 

 荷物を入れるためのカゴに入っている複数の紙袋に目を通す。Aクラスなだけあってお金は余ってるみたいだ。似合う服を紹介されてテンション上がった神室さんは可愛かったぞ。

 

「それは……感謝してる。でもその話はまた別でしょ?」

 

 鋭いなぁ、さすがAクラスなだけある……Aクラスか、マジで安請け合いするんじゃなかったわ。多分クラスの人に言ったりはしないだろうが、もしも有栖ちゃんがこれを知ったらちょっと面倒だ。

 いくら付き合ってないとはいえ、中学でママ活してたってバレた時はおっかなかったし……

 

 納得してないといった表情をする神室さん。そこから誤魔化しきれないことはよく分かった。

 仕方が無いので、俺は本心を彼女に打ち明けることにした。嘘偽りのない言葉だ。

 

「好きな子は居るよ、もちろんお客さん以外でね。昔からの幼馴染なんだ。俺はその子の幸せの為なら、本当に死んでもいいと思ってる」

 

 冗談みたいな話を本気で語る俺に対して、驚いたように目を丸くする神室さん。……やっちまったな。こりゃ引かれたか? 

 

「そう、なんだ……馬鹿みたい、私

 

 辛辣な言葉が帰って来るかと思ったが、彼女は自嘲的に笑い語った。

 

「そんなに好きなら付き合っちゃえばいいのに。どうせあんたなら出来るんでしょ?」

 

 何故か確信を持ったように語ってくる神室さん。そんなに今回のデートは良かったのかーなんてふざけてみるが……どうにも上手く思考が回らない。

 何とか言葉を紡いで誤魔化そうと試みる。

 

「あはは、どうだろうね?」

 

 笑って誤魔化したが、自分の頭はそう簡単に誤魔化せるわけではないらしく、余計なノイズが頭に響き渡る。

 

 ────俺みたいなゴミクズが付き合っていい相手じゃないんだよ、有栖ちゃんは。……今も尚、心に空いた穴を埋めるために女の子を侍らせてるクズ男がね。

 そうさ、間違いなく有栖ちゃんは俺と付き合ったら後悔する。周りの人間をことごとく不幸にしてきたこんな男よりも、良いパートナーを見つけられるはずだ。

 

「ちょっと、顔色悪いけど大丈夫?」

 

「……ああ、大丈夫」

 

 何してんだ、金貰ったならちゃんと役割果たせよ。そんなことも出来ないのか、俺は。

 

 

 

 ────思考がうまく回らない。

 

 

 

「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくるね」

 

「あ! ちょっと……!」

 

 心配そうに手を伸ばす神室さんを尻目に、俺は早足でトイレへと向かう。

 

「う゛っ……おぇ」

 

 そして多目的トイレに入り鍵を閉めた後、俺は便器の中に今日食べたものを全て吐き出してしまった。

 

「……はは、ディナーが台無しだな」

 

 洗面台の水で口の中を洗い流し、気付けに顔を2回ほど洗う。

 そしてそのまま鏡に映る自分の顔を見て、俺は自身に暗示をかけるように呟いた。

 

「頑張れクソ野郎。水も滴るいい男じゃねぇか(なんて醜い面してやがる)

 

 そのまま顔に付いた水滴をペーパーで拭った後、俺は落ち着いた足取りを意識し神室さんの元へと戻った。

 

「あっ……」

 

「ごめんごめん。時間もいい感じだし帰ろっか?」

 

「……うん」

 

 気まずそうにこちらを見つめる神室さんに言葉をかける。よし、上手く笑えてるな俺。その調子で頑張れ。 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「じゃあ今日はここまで。ポイントはもう貰ってるから気にしなくて大丈夫! 楽しかったよ、神室さん」

 

 寮近くの公園のベンチに座った私達、今日はここで解散らしい。

 斎藤は先程と同じく、人好きのする笑顔で語りかけて来る。何と言うか、さっきのあの表情は幻だったんじゃないかと思うほど、その笑顔は自然なものだった。

 

「ごめん、さっきは変なこと聞いて」

 

 この一言こそ余計かもしれないが、謝らずには居られない。それほどまでに、アレは見る人の心を痛めるものだった。

 

「ん、何の話?」

 

「何でもない。私も……結構楽しかった」

 

 全く覚えていないと言った雰囲気の彼に、思わず言葉が詰まってしまう。そこまでして誤魔化したいものなのだろうか? 

 

「そっか、じゃあ良かった! 俺はちょっと寄ってくとこあるから。じゃあね神室さん」

 

「うん、おやすみ」

 

 笑顔で小さく手を振り、背を向けて歩き出す斎藤。

 その背に名残惜しさを感じた自分に呆れながらも、カバンに入れたスマートフォンを取り出し、『坂柳有栖』と書かれた通話画面を開く。時間にして6時間、バッテリーもギリギリだ。

 

「聞こえてた? あいつが言ってた幼馴染。あんたのことでしょ?」

 

「ふふ、そうみたいです。全く罪な男ですね紡くんは」

 

 電話越しに上機嫌な声が聞こえてくる。やっていたことは単純。盗聴だ。

 本当は尾行が良かったらしいが、さすがに1人で歩き回るのは体力的にきつい。そのため坂柳は、部屋の中で私たちの会話を電話越しに聞いていたということだ。

 

「それにしても、Aクラスの女子というのに無警戒とは、紡くんにしては珍しいミスですね」

 

「あんたなら、知った瞬間問い詰めてくると思ってんじゃない? こんな回りくどい事せずに」

 

 おかげで大変な目にあった……まぁ、お金はこいつが持ってくれたし、楽しかったからいいけど。

 

「それにしても女々しい方ですね。何をそんなに躊躇っているのでしょう?」

 

 そして話題は斎藤へと移る。

 

「あんたも面倒くさい男に惚れたわね。7歳からの付き合いなんでしょ、何があったわけ? あれは筋金入りっぽいけど」

 

 あの一瞬だけ見せた絶望の表情からして、相当根深いトラウマがあるはずだ。

 興味半分に聞いてみたが、坂柳の返答は私の予想の斜め上を行くものだった

 

「さぁ、なんでしょうね?」

 

「……何、全く知らないの?」

 

 なんと、彼女は彼の過去について何も知らなかったのだ。

 言葉とは裏腹に自信満々な坂柳。なんともチグハグな様相だったが、そのまま坂柳は意気揚々と語る。

 

「ええ、バカな紡くんがたった1人で何を抱えているか……そんなこと、私の知ったことじゃありません」

 

 その声色には喜びや興奮、そして少しの怒りが込められていたように感じる。

 

「私があの時どんなに救われたか……紡くんは全く理解してない様です。それならば、分かるまで教え続けて差し上げましょう。だって────」

 

 

 

 

 

 

 

「────釣った魚にエサをあげないなんて、許されるはずがないんですから」

 

 

 





さて、どちらが攻略される立場なのでしょうか?



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微笑み


主人公兼ヒロインが多すぎるんですよね、この作品

更新される時間じゃないのにランキングから消えてるのは何でなんだろう?




 

 

 

 いよいよ、須藤とCクラスの話し合いまであと1日。堀北の協力で佐倉という目撃者を見つけることができ、紡や平田、櫛田の3人を中心として多少クラスとしてまとまりを得たと言えそうだ。

 しかし、それらが決定打に欠けることは明白で、須藤を無実にするのはまだ難しい。 この審議のどこにラインを引くかで大きく戦い方が変わってくる。

 

「それにしても今日もまた暑いな……」

 

 地球温暖化問題を一番考えるのは、空調の効いた建物を出た瞬間だ。

 これから8月にかけて毎日苦しめられるかと思うと、自然とテンションが下がる。学校までの数分間肌を焼く痛みに耐えていると、軽い衝撃と共に後ろから声が聞こえてきた。

 

「なーに辛気臭い顔してんの? 綾小路君」

 

「紡か……こんな遅くに珍しいな」

 

 オレの肩に手を置き笑顔を浮かべるのは、つい先日衝撃の事実が発覚した我が親友。斎藤紡であった。

 

「ちょっと夜更かししちゃってねー。有栖ちゃんとの朝食もお預けなんだ」

 

 ポリポリと頬を掻きながら、苦笑いをうかべる紡。いつもホームルームギリギリに家を出るオレとは違い、紬はかなり余裕を持って登校してるため、こうして隣並んで通学するのは初めてだ。

 

「昨日はどうだった? 上手くやれた?」

 

「ああ、おかげさまでな。櫛田の恩恵は凄く大きかったが」

 

「なら良かった」

 

 心底安心したように、うんうんと頷く紡。

 ……そこまで心配されてたとなると嬉しいやら悲しいやら、複雑な感情が湧いてくるものだ。

 そこから数分ほど歩き校内に入る。いつもと違うことに気が付いたのは、下駄箱から少し先にある階段の踊り場の掲示板だ。

 そこに、須藤とCクラスに関係する情報を持つ生徒を募集する貼り紙がしてあったのだ。

 

「これは……」

 

「凄いな。ホントにありがたい話だよ」

 

 隣で紡が驚いたように目を見開いている。

 どうやら助っ人が動き出してくれたらしい。このような形の策を検討していなかっただけに、紡の言う通り非常にありがたい。

 

「これは、ちゃんと勝たなきゃダメだね。綾小路くん」

 

「……ああ、そうだな」

 

 しみじみと語る紡に同意する。誰かが自分たちのために何かしてくれたという事実は、心を温かくするものなのだろう。

 一通り貼り紙の内容に目を通し感心していると……。

 

「おはよー綾小路くん、斎藤くん」

 

 後ろから、通学してきた一之瀬に声をかけられた。

 

「おはよう、一之瀬さん」

 

「今貼り紙を見てた。もしかしてこれは一之瀬が?」

 

 貼り紙に視線を送ると、一之瀬は興味深そうにその貼り紙に目をやった。

 

「へえ。なるほどなるほど。こういう手もありだね」

 

「え? 一之瀬じゃなかったのか」

 

「これは多分───あ、いたいた。おはよう神崎くん」

 

 一之瀬は手を挙げ、一人の男子生徒を呼び止めた。

 一之瀬に気づいた男子生徒は、静かな足取りで近づいてくる。

 

「この貼り紙、神崎くんだよね?」

 

「ああ。金曜日のうちに用意して貼っておいた。それがどうかしたのか?」

 

「ううん、彼が誰がやったのか知りたがってたから。あ、紹介するね。Bクラスの神崎くん。こっちはDクラスの綾小路くん、斎藤くんの紹介はいいでしょ?」

 

「久しぶり神崎くん。コイツ友達少ないから仲良くしてやってくれ」

 

 一言余計だぞ。

 

「ああ。神崎だ、よろしく」

 

 オレは差し出された手を取る。

 

「どう神崎くん。有力な情報はあった?」

 

「残念ながら使い物になりそうな情報は無かった」

 

「そっか。じゃあこっちも例の掲示板見てみるね」

 

 そう言って携帯を取り出す一之瀬。昨日その話をしたばかりなので、その言葉が何を意味するのか把握するのは容易だった。

 学校のホームページから掲示板に飛ぶと、そこには確かに目撃者を募る書き込みがあり、閲覧者数まで見られるようになっていた。

 

「こっちでも報酬にポイントって、さすがに悪いから払うよ」

 

 申し訳なさそうに眉を八の字にする紡。俺も同意見だ、情報提供も呼びかけてもらって、その上ポイントまで払わせるという現状は、あまり居心地のいいものではない。

 

「ううん、ポイントのことなら気にしないで。私たちが勝手にやってることだから。それに今の手ごたえだとちょっと新しい情報は難しいかもね。……あ」

 

「どうした?」

 

「書き込み、2件ほどメール来てるみたい。少し情報があるって」 

 

 一之瀬は携帯画面を確認する。 

 暫くメールを読んでいた一之瀬だったが、読み終えたのか少し笑みをこぼす。

 

「こんな感じなんだけど」 

 

 文章をこちらにも見えるよう携帯を傾ける。

 

「例のCクラスの一人、石崎くんは中学時代相当な悪だったみたい。喧嘩の腕も結構立つらしくて地元じゃ恐れられてたんだって。同郷の子からのリークかな」

 

「わーお、こりゃすごい情報だ」

 

「確かに興味深いな」

 

 オレも2人と同様、非常に興味深く面白い情報だと思った。須藤にやられた3人組は、全員ごく普通の生徒だとイメージしていた。

 けど喧嘩慣れしている人物がいるなら話は別だ。残りの二人も運動神経はバスケ部だから悪いってことはないだろうし。その3人が一発も殴れず返り討ちに遭う。明らかな不自然さを感じずにはいられない。

 

「と言ってもこれだけで無実に持ってくのはキツイだろうね。さて、どうしようか? 綾小路くん」

 

 隣でうんうんと紡が唸っているが、期待に応えれるような返事は思いつかない。

 

「それは今日皆で集まって話そう。生憎だが、具体的な解決策は思いつかない」

 

 実際は手がないこともないんだが、今それを言うのは宜しくないため口を塞いでおく。

 

「とりあえず、情報くれた子にはポイント振り込んであげないとね。あ、でも相手は匿名希望か……どうやってポイント譲渡すればいいんだろ?」

 

「あ、俺教えるよ。左上にID番号があるから────」

 

 教えようと思ったが、その役目は紡が果たしてくれるらしい。

 

「出来た! ありがとう紡くん!」

 

「礼を言うのはこちらの方だよ。この件が落ち着いたらなにかお礼させて欲しいな」

 

「ああ、期待してるぞ」

 

 穏やかに語り合う3人だったが、今一瞬見えた一之瀬の携帯に出ていた画面のある部分が脳裏に焼き付いて離れない。

 

 ────何をどうすればあんなことが現実的に可能なのか……堀北の目指すAクラス、一之瀬たちはそれを阻む大きな障害になるのかも知れないな。

 

 

 

 

 

「おはよ! 綾小路くんっ!」

 

「お、おう。おはよう」 

 

 今日はいつにも増して明るく元気な櫛田がオレに挨拶をしてきた。その勢いと眩しさに反射的にのけ反ってしまった。

 

「斎藤くんもおはよう!」

 

「おはよう櫛田さん。どうだい? 綾小路くんは上手くやれていたかな?」

 

 会って早々その話とか、どれだけオレは心配されてるんだ……? 

 

「うん! 昨日はすっごく助かったよ! 斎藤くんが選んだ服も似合ってたし!」

 

「お、でしょ? 元がいいからね、綾小路くんは」

 

 ホッ……良かった。その言葉が本心かは分からないが、現時点で悪印象は抱かれていなかったらしい。

 

「また、今度一緒に遊ぼうね」

 

「お、おう」 

 

 なんて社交辞令と分かりきった言葉にもちょっとドキッとしたり。一昨日の服選びといい、充実した週末を送れたな。

 

「休日は櫛田さんと一緒だったの?」

 

「そうなんだよ。その前日には紡と服を買いに行ったぞ! 2人でな」

 

 何時になくハイテンションで堀北へ返す。ああそうさ、ちょっと自慢したかったのは否定しない。

 散々オレをコミュ障だ何だ馬鹿にしてきた仕返しだ。紡に惹かれている堀北は、そんな彼が俺と2人でお出かけをしたという事実に打ちひしがれるだろう。

 

「そう」

 

 ふふふ……悪いな堀北。お前は捕食者側から被捕食者側に回ったんだよ。ちょっと面白いので、このまま惚け続けてからかってみよう。いい反応が見られるかもしれないし。

 ……女子をイジって反応を楽しむ紡を悪趣味だと思ったことがあったが、これは案外ハマるものかもしれない。

 

「それがどうかした……か……」

 

「……」

 

 拳の1発でも飛んできそうだったので堀北の方を一瞥したが、そこには今まで1度も見た事がない表情の堀北が居た。

 

「……ちょっとちょっと

 

 今まで静かにことの成り行きを見守っていた紡が、オレの肩をちょんちょんと叩く。

 そしてそのまま堀北に背を向け、顔を寄せてきた紡が小さく語りだす。

 

「やりすぎ。あとは俺に任せて」

 

「? ……おう」

 

 特に怒ってはいないようだが、何がやりすぎなのだろうか? 

 振り返って堀北の前の席に座った紡は、そのまま机に肘を置いて小さく語り出した。まるで小さな子供をあやすような仕草が板についていて面白い。

 

「堀北さん? ────」

 

 どんな事を話すのか後学のために聞いておきたかったが、櫛田がちょんちょんと肩を叩いてきたためそれも叶わない。

 

「ちょっと来て」

 

 廊下まで連れて行かれると、櫛田はちらちらと教室の中を窺いつつ言った。

 

「なんかものすごく新鮮なものを見た気がするね。あんな顔もするんだ堀北さんって」 

 

 櫛田には堀北の表情の意味が分かったのか、驚きと喜びを見せる。

 

「新鮮? 不気味……やや怒ったような堀北だったと思うが……」

 

「違うよ。あれは私を誘ってくれなくて寂しい、疎外感を感じる、って奴だね。多分2人で服を見る時に誘われなかったのが原因だと思うなっ」

 

 あの堀北が、何故わざわざオレの服を見るのに付いてくるんだ? 紡と一緒に出掛けたかったなら分かるが、別の日に誘えばいいだろうに。

 そんなオレの疑問を感じ取ったのか、櫛田は楽しそうに笑顔で語り出した。

 

「3人で出掛けたかったんだよ、きっと」

 

「……そんな事あるか? あの堀北だぞ」

 

「うん! だって綾小路くんと斎藤くんと3人で話してる堀北さんって、周りから見たら楽しそうなんだよ?」

 

 それ以上語ることは無いといったように教室に戻る櫛田。オレも続けて入ると、何処か拗ねたように窓の外を見る堀北がいた。心無しか顔が赤くなってるように感じる。

 

「あ、やっと戻ってきた!」

 

 その前には満面の笑みを浮かべる紡。……なるほど、またどうせ堀北をイジり倒したとか、そんな所だろう。

 そう思いながら自分の机に戻る。何時もなら皮肉の一つでも飛んで来るものだが、肝心の堀北はノックダウンしている。

 

「今度の休日、空けといてね綾小路くん」

 

「ん、また何処か行くのか? 心配いらなくとも、俺はいつでも暇だぞ」

 

 ……自分で言ってて悲しくなった。だってしょうがないじゃん、誘ってくれる人が紡しか居ないんだもん。

 それを聞いた紡がニッコニコでサムズアップをする。月曜の朝からテンション高いな……

 

「なら安心だ。今度俺と堀北さんと3人でどっか出掛けようぜ? 堀北さんが行きたかったらしいよ?」

 

「……別に、そうとは言ってないでしょ」

 

 どうやら櫛田が言っていたことは正しかったらしい。それを自覚した途端、先程の自分の行いがいかに罪深いものかを悟ってしまった。

 ……ごめんな堀北、須藤の件が落ち着いたら目一杯遊ぼう。

 

「……今すぐそのニヤケ面を止めなさい。ぶつわよ」

 

「おおー珍しいね、綾小路くんが笑うの」

 

 ハッとなったオレは、自らの口元に手を当てる。

 

 

 

 そこには確かに、ほんの少しではあるが吊り上がった口元の感触があった。

 

 

 

「……オレだって、笑う時は笑うぞ」

 

 

 

 どうやらオレは、たった2ヶ月で自然と笑えるようになるほど、こいつらに惹かれているらしい。

 

 

 

 

 

 ────その事実はオレにとって、たまらなくむず痒くて……そして心地良いものであった。

 

 

 





綾小路「心地良さを覚えた自分に驚いたんだよね」



高評価、感想いただけると作者の励みになります!全てに返信することは出来ないですが、きちんと読ませていただいているので、もし良ければ気軽にどうぞ!
この3連休までに無人島編まで行って、R18も書きたいなぁ……


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予期せぬ事態


次で二巻は終了かな。


 

 

 

 放課後、敷地内の公園にてダン、ダンとボールが弾む音が聞こえてくる。目の前には腰を落としボールを突く須藤君、実際にバスケをするのは久しぶりだが、ここまで迫力のある相手と対峙したのは初めてだ。

 

「シッ!」

 

 そんな一瞬の気の緩みがバレたのか、トップスピードで俺の左側へ一歩踏み出す須藤君。そしてそのまま華麗なフォームでボールを持った右手を上げる。通称レイアップと呼ばれる

 そしてそのまま吸い込まれるようにして、ボールはリングへと吸い込まれて行った。

 

「つっよ」

 

「コレで3-2、俺の勝ちだな……ったく、まさかバスケ部でもねぇやつに2本取られるとは思わなかったぞ」

 

「油断してるから~」

 

「うっせえ」と言ってボールを投げる須藤君。

 さっと投げただけだが、いとも簡単にゴールへと入っていく。中学卒業したばっかでこれは凄まじい才能といえるだろう、

 

「急に1on1やろうって言われた時はアタマおかしくなったのかと思ったぞ」

 

「まあまあ、こういう時じゃないと話せないこともあるだろ?」

 

 肩を竦めた俺に対し、須藤君は頭をポリポリと搔いている。そのまま備え付けられたベンチへ腰を降ろした俺は、沈みかけの夕日を見ながら須藤君へと話しかけた。

 

「いよいよ明日審議だけど、心の準備は出来てるか?」

 

「準備も何も、俺は自分の無実を証明する。たったそれだけの話だろ」

 

「本当にそう思ってるの?」

 

 シュートを打とうと構えた手がピクっと止まる。そのまま気にせずボールを投げた須藤君だったが、そのボールがリングに入ることは無かった。

 苛立ちを隠そうともせずチッと舌を鳴らす須藤君。

 

「……何が言いてぇんだよ。説教ならごめんだぜ」

 

「いいから、とりあえず座りなよ」

 

 コートを囲うように設置されている金網、その外側に置いてある自販機でスポーツドリンクを2本購入し、片方を須藤君に投げる。

 

「悪ぃな」

 

 2人並んでベンチに腰掛ける。

 

「今買った飲み物は、150pptのスポーツドリンクだ。5月までは何不自由なく買うことが出来たが、今やそれ1本買う事すらままならない」

 

「?」

 

 唐突に語り出した俺に、須藤君は疑問符を浮かべている。そんな彼を尻目に、俺は続きをポツポツと話し続けた。

 

「そして先々週の中間テスト、その過去問は俺が先輩から2万pptで買い取ったものだ」

 

「……そんな高かったのかよ」

 

 ごめん嘘、本当は先輩誑かして貰ったやつなんだ。まぁ大体買い取るならそれくらいが相場だって聞いたし。

 

「そして俺がそんな大金はたいて過去問を買い取ったのは、ひとえに堀北さんのためなんだ」

 

「堀北?」

 

「ああ。彼女はAクラスに行くという夢のために努力している。それは君も知ってるだろう?」

 

「まぁな」

 

 いまいち要領を得ないと言った様子の須藤君。少し待ってくれ、後ちょっとで本題にはいるから。

 

「最初、堀北さんは君や池君、山内君を見捨てようとしてたんだ。日頃の行いや素行、成績がモロにCPに影響するこの学校で、それが劣る生徒は足手纏いになるってね」

 

「ムカつく話だな」

 

 勉強会初日にこっぴどく貶されたことを思い出したのか、苦い顔をする須藤君。

 

「だが俺は堀北さんを説得し、彼女はそれに納得した。勉強以外でも、必ず輝く何かがあるはずだという俺の説得にね。須藤君、勉強が苦手な君がどうしてこの高度育成高等学校に入学できたと思う? そしてなんでDクラスに配属されたと思う?」

 

「……知らねぇよ。俺だって不良品って言われんのはムカつくぜ」

 

 答えになってない返事だったが、言いたいことはよく分かる。

 俺は一呼吸置いた後、今までより強く言い放った

 

「さっき1on1やってわかったよ。君には飛び抜けたバスケの才能がある。それを見出されて入学を許されたんだ」

 

「ンなこと、お前に言われなくても分かってる」

 

 うんうん、自分の優れた点を認識しているのはいい事だ。だかそれ以上に、自分の欠点を理解出来ないのは悪いことなんだよ? 須藤君。

 

「じゃあDクラスに配属された理由を教えてあげるよ。それは須藤君、君自身の『甘さ』だ」

 

「結局説教かよ。そんな話聞きに来た訳じゃねぇぞ」

 

 頭をガシガシと掻きながら立ち上がる須藤君。きっとこのまま帰るつもりなんだろう。

 

「誰のおかげで退学せずに済んだと思う? 別に説教するつもりで来たんじゃないし、話くらい聞いてってよ」

 

「……チッ。ウザかったら帰るからな」

 

 それを言われたら弱いんだろう。須藤君は渋々といった様子で再度座った。

 

「甘さとか大層な事言っちゃったけど、実際その欠点なんて簡単に直せる。そうすれば君は晴れて不良品と呼ばれた生徒から良品へと変わるんだ。今の状態は、少し勿体無いと思わないかい?」

 

「じゃあ具体的に何をすればいいか教えろよ」

 

 そんな当たり前の質問が飛んでくる。これだけ上から物を申しておいて、解決策が何もないと言ったら恥ずかしいだけだ。

 

「まず最初は目先のことから。この暴力事件、君にも非があったと認めるところからだね」

 

「は? なんで俺が悪いんだよ。正当防衛じゃねえのかよ!」

 

 その言葉が決定的となったのか、つもりに積もっていたイライラが爆発する須藤君。

 俺の胸倉をつかみながら、閑散とした公園に響き渡るほどの声量で怒鳴り散らす。

 

「勿論君が全部悪いとは言ってない。この事件においての一番の悪は間違いなくCクラスの生徒達だ」

 

「だったら……「だから」」

 

 須藤君の言葉を遮るようにして続ける。この事件の解決を手伝う上で、俺はどうしても見過ごせないことがあるのだ。

 

「この事件が解決したら、まずはDクラスのみんなに『迷惑かけてごめん、助けてくれてありがとう』って一言言って欲しいんだ」

 

「……それだけかよ」

 

「ああ、それだけさ」

 

 拍子抜けしたように手を離す須藤君。それだけとは言っているが、実際にやるとやらないとでは大違いだ。

 俺は須藤君に右手を差し出し、自らの意思を表明するように強く語る。

 

「皆君のためを思って行動してるんだ。この事件が解決したら大会だって出られるんだからさ、もう少しだけ優しくしてあげようぜ?」

 

「……分かった。ちゃんと解決したらだからな!」

 

 大丈夫だよ須藤君。もう既に手は打ってあるからね。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 オレの親友、斎藤紡は頭が良い。

 勿論勉強ができると言うのもあるが、それ以上に頭の回転が速いと言うか、まさかオレと同じ発想に至っているとは思わなかった。

 同じことを考え付いたという事実に少し浮ついていると、隣を歩く堀北が小さく呟いた。

 

「今日ですべてが決まるわ」

 

「そうだな」

 

「あなたの作戦ありきで進めるのは不愉快だけど、こればっかりはしょうがないわね」

 

「オレじゃなくて紡の作戦だ」 

 

「……まあいいわ。第一段階はクリア、そっちは大丈夫?」

 

「昨日説明した作戦どおりだ。一之瀬もいるし何とかなるだろう」

 

 ポンと軽く堀北の肩を叩いて歩き出した。

 紡がこの発想に至ると知っていたら、こんな回りくどいことはせずに済んだのにな。

 

「無事に終わらせて、3人で出かけるぞ」

 

「うるさいわよ」

 

 頭を叩かれた。そんな怒らなくても良いのに。

 

 

 

 時刻は3時40分過ぎ。放課後を迎えた特別棟はいつにも増して蒸し暑い。手筈通りに事が進んでいれば、もうすぐ待ち人がやってくるはずだ。

 そして、程なくして3人組の男子が暑い暑いと不満を漏らしながらやって来た。各々の表情にはどこか楽観、嬉しそうな様子が窺える。

 それも無理のない話だ。何故ならその3人がやってきたのは、我がクラスのアイドル的存在櫛田からのお誘いメールを受け取ったからだ。デートの誘いか、あるいはまさかの告白か。そんなことを夢見ていたのかも知れない。

 しかしそんな彼らの幻想は、オレの存在を見つけたことによって打ち砕かれることになる。……というより、3人で呼び出された時点で疑うべきだろう。

 

「……どういうことだ。なんでお前がここにいる」

 

 昨日生徒会室で顔を合わせた為、流石に覚えているようだった。3人のリーダー的存在である石崎が威圧するようにこちらに近づいて来る。

 

「櫛田なら来ないぞ。お前らを呼び出すために無理言ってメールを送ってもらった。一つ話し合いをしたくてな」

 

「話し合いだぁ? 一体何を話すってんだ。どうあがいたって俺らが須藤に呼び出され、殴られたって事実は変わんねぇよ」

 

 苛立ちを隠さず吐き捨て、その場を後にしようと踵を返す石崎達。

 しかし、その足取りは思わぬ客人の存在により止まってしまう。

 

「観念した方が良いと思うよ、君たち」

 

「い、一之瀬!? どうしておまえがここに!?」

 

 驚くのは当然Cクラスの連中だ。関係のないBクラスの人間が現れれば無理もない。

 

「どうしてって? 私もこの件に一枚噛んでるから、とでも言っておこうかな?」

 

「有名人だな一之瀬」

 

「あははは。Cクラスとは何度か色々あってね」

 

 思わぬ人物の登場により、明らかにCクラスの連中は取り乱している。

 

「今回Bクラスは何の関係もないだろうが。引っ込んでろよ……」 

 

 オレの時とは違い、明らかに弱々しかったが、必死に退けようとする。

 

「確かに関係はないけどさ。嘘で大勢を巻き込むのはどうかと思わない?」

 

「……俺たちは嘘を言ってない。被害者なんだよ俺たちは! さっきも言ったが、ここに呼び出されて須藤に殴られた。それが事実だ」

 

「えーい、悪党は最後までしぶとい。そろそろ年貢の納め時だよ!」 

 

 ……ここは一之瀬に任せようか。

 そう思ったオレは、一昨日紡に言われた作戦を思い出す。

 

『まず大前提として、この作戦を行うためには一度石崎君達に証言させる必要がある』

『……つまり火曜日の審議で結論を出されたらおしまいって事だな?』

『ビンゴだよ綾小路君。だから須藤君には落ち着いて証言するように頼んでおいたから』

 

 実際に昨日の須藤は偽物なんじゃないかと疑うほど冷静に証言していた。どうせまた裏で紡が説得したんだろう。

 

「今回の事件を知った学校側の対応、随分とおかしいと感じなかった?」

 

「あ?」

 

「君たちが学校側に訴えた時、どうして須藤君がすぐに処罰されなかったのか────」

 

「んだよ、勿体ぶらず早く言えっての」

 

 ざっくりとした概要を説明しただけだが、一之瀬は上手く説明してくれているようだ。Bクラスのリーダーをやっているだけあるな。

 石崎達は暑さにやられているのか、気だるさを隠そうともしていない。

 

「────この学校の至るところに監視カメラがあるのは知ってるよね? 教室や食堂、コンビニなんかにも設置されてあるの、何となく見たことあるでしょ? 私たちの普段の行いをチェックすることで不正を見逃さないようにしてるんだよ」

 

 数回ほど会話のやり取りを済ませ、一之瀬は石崎達に問いかける。

 

「それがどうしたんだよ」

 

「だったらさ。アレ、見えないかな?」

 

 一之瀬は、廊下の少し先、その天井付近を指さした。

 

「え?」

 

 

 

『すでに準備は済ませてある。石崎君達を騙すカメラをね。後は君たち次第だ、さぞ驚くと思うよ? 何せ証拠を残さないためにわざわざ特別棟の監視カメラのない所に呼び出したのに、その一部始終がバッチリ撮られているんだからね』

 

 

 

 ────そこにあったのは、特別棟の廊下を隅々まで監視するように、首を左右に振るカメラだった。

 

 

 

「全く。監視カメラが無かったらどうなってたことやら。なあ? 一之瀬」

 

「ほんとほんと。ここまで用意周到だったのに、何で最後一番大事なところでミスっちゃうかなー」

 

 オレと一之瀬はわざとらしくため息を吐く。さて、ここからが本番だ。

 

「な、何でカメラなんか!? 嘘だろ!? だってしっかり()()()()()()だろ!?」

 

「へぇ~。『確認したはず』だって?」

 

「不思議な話だな。どうして須藤を呼び出すのにカメラがないことを確認する必要があるんだ?」

 

 まるで狙っていたかのようにこちらの望む言葉を出してくれる石崎。尋常じゃないほどの汗をかきながら、3人とも頭を抱えている。

 

「なっ!? 石崎! 何してんだよ!」

 

「うるせぇ! ……クソ! 俺達をハメようったってそうはいかないぜ。アレはお前らが取り付けたんだろ!」

 

 とうとう仲間割れまでしだしたCクラス3人……終わりだな。冷静な思考を一切持ち合わせていない。その追及すら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に気が付いていない。

 

「だから何だ。もし仮にオレ達が取り付けたとして、それで何かマズい事でもあるのか?」

 

「何だろうね? 例えば……()()()()()()()()()

 

「うっ! そ、それは……」

 

 一之瀬の確信に迫る一言で、一気に言葉を詰まらせる小宮。さて、予備のプランはこれで十分だろう。後は順調に訴えを取り下げてくれればよいのだが……

 

「ま、待てよ。やっぱおかしいだろ! もし監視カメラに映像が残ってたとしたら、どうしてお前らは俺達に教えてんだよ!? そんなことしなくても須藤の無実は証明できるだろ。やっぱりお前らが仕掛けたんじゃねえのかっ」

 

 中々鋭いな。体格だけの脳筋だと思っていたが、この状況でこの結論に至るとは意外とキレ者なのかもしれない。

 

「無実? それは無理な話だぞ石崎。この事件は起こった時点で無傷で解決することは不可能だ。事情がどうであれ須藤はお前たち3人を殴った。そこを現時点で認めている限り、須藤の無実の証明は不可能。悪いうわさが残ればレギュラーの座は危うい。大会にだって参加できなくなるだろう」

 

「勘違いしてほしくないから補足するけど、このままこの映像が出れば君たちは退学だよ? 虚偽の訴えを起こして、1人の生徒を陥れようとしたんだから当然だよね。でも、お互いが幸せに終われる方法が一つだけある。聞く価値はあると思うけど」

 

「……何だよ」

 

 一度絶望の底に落としてから、救いの糸を垂らすように呟く。温和な性格の割にえげつないことをするな。オレの中で一之瀬の評価がぐんぐん上がっている。

 

「今回の事件、それを穏便に解決する方法は1つだけだ。それは訴えそのものを取り下げると言うこと。撮られた映像を持ち出されそうになった場合、Dクラスも全力でお前らを支援する。さっきも言ったが、映像を論点とされたら須藤も罰を受けるからな」

 

「……クソッ!」

 

 石崎が悔しそうに地団駄を踏んだその時、特別棟の廊下に聞きなれない言葉が響き渡った。

 

「────おいおい。何時までたっても顔を出さねえ馬鹿どもの様子を見に来たら……随分と愉快なことになってるじゃねえか」

 

「龍園君!? どうしてここに……」

 

「久しぶりだなぁ? 一之瀬」

 

 ……今度はそっちの来客かよ。暑いから早く帰りたいのに……

 

 

 





中間試験全教科満点の男がいると聞いて、警戒した結果ですね。
原作以上に龍園君がDクラスに執着するようになります。

高評価、感想いただけると作者の励みになります!全てに返信することは出来ないですが、きちんと読ませていただいているので、もし良ければ気軽にどうぞ!


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理由

これで第二章は完結です!


 

 

 

 龍園と呼ばれた男は、ポケットに手を突っ込みながら不敵な笑みをこちらに向けていた。

 オレがその男に懐疑的な視線を向けていると、隣で頬に汗を浮かべた一之瀬が語り出した。

 

「今回の騒動の黒幕……Cクラスのリーダー的生徒だよ」

 

「黒幕? 一体なんのことだろうな?」

 

「龍園さん! ど、どうしましょう……カメラがあるなんて知らなかった! 俺退学は嫌っすよ!」

 

 石崎は懇願するように声を荒らげた。本人は惚けているが、この騒動の黒幕だという一之瀬の言葉は正しいのだろう。

 

「それ以上喋んじゃねぇ。ここからは俺がコイツらと話す」

 

「は、はい……」

 

 あの石崎がここまで従順になる相手……警戒が必要だな。

 龍園はもう一度振り返った後、こちらに距離を詰めてきた。身長は同じかオレよりやや上、少し特徴的な長めのヘアースタイルは実に暑そうだ。

 

「まだお前の名前を聞いてなかったな」

 

「綾小路だ」

 

「では1つ聞かせてもらおう綾小路。この計画を立てたのはお前か?」

 

「……計画? 何の話だ」

 

 素直に答える必要は無いため惚けるが、龍園は確信したように笑みを浮かべていた。

 

「あくまでもシラを切るか……まぁいい。このカメラが取り付けられたものだとしても、俺達の負けは確定だ」

 

「や、やっぱりそうだったんですか!? だったら俺らの勝ちじゃないすか!」

 

「ああ。お前が余計なこと喋んなければな」

 

 龍園はオレのポケットを一瞥し、そう語る……しくじったな。もう少し焦る演技をすればよかった。

 ……これがCクラスのリーダーか。日本有数の進学校というのは伊達じゃないみたいだな。Aクラスはまだ分からないが、各クラス警戒せざるを得ない人物はいる様だ。

 しかし3人はその意味が分かっていないのか、ポカンとした表情を浮かべている。

 

「おいお前ら、退学になりたくなかったら訴えを取り下げろ。こんな暑いとこ居てられっか」

 

「そ、そんな! 説明してくださいよ、龍園さん!」

 

 後ろで声を上げる石崎を尻目に、龍園は一歩一歩こちらに近づいて来る。そしてオレの真横で止まった後、小さく呟いた。

 

「この計画を練ったクソ野郎に伝えておけ。お前は俺が必ず潰す、とな」

 

「……」

 

 オレの返事を待たずに龍園は特別棟を後にする。

 

「あ! 待ってください!」

 

 取り残された石崎達も、慌てて後を追っていく。あっという間に、廊下には俺と一之瀬の2人だけが残り、閑散とした雰囲気が戻ってきた。

 

「これは……成功って事でいいのかな?」

 

「ああ。龍園の登場は予想外だったがな。紡が保険を掛けてくれて助かった」

 

 オレのポケットの中には、録音状態になっている端末が入っている。このままCクラスは訴えを取り消すと思うが、一応データを堀北へ送っておく。

 

「斎藤君って、なんて言うか凄いよね。この前のこともそうだし、今回の作戦だって私には考え付かなかったもん」

 

「ああ。オレの自慢の親友だ」

 

 そう鼻が高く言い放ったオレだったが、実際の所紡の能力は不可解なほどに高い。

 水泳や他の体育で見せた身体能力も高円寺と同等以上だし、学力においてもクラストップだ。性格も入学当初の堀北みたいに協調性がない訳でもないし、一見カタログスペックだけ見ればAクラス相当の人物なのは間違いないだろう。

 

 ────となると、紡がDクラスに配属された理由は何だ? 

 

「ポイントもどうやって用意したんだろうね? このカメラ、一台買うだけでも相当な値段なのに」

 

「……さあ、貯金でもしてたんじゃないか?」

 

 流石にレンタル彼氏のことは言えない。

 

「どうする? 生徒会室の前で待つ?」

 

「そうだな……」

 

 ふと、オレはさっきの佐倉の姿を思い出した。今日はこれから用事があると言っていたが、一体なんの用事だ? 

 以前電話を受けた時、そして放課後の玄関先で彼女はオレになんて言おうとしていいた? 覚悟を決めたような、そんな表情じゃなかったか? 

 勇気を出すこと。その意味。それはなんだ? 

 頭の奥が痺れるような感覚に襲われ、思考を張り巡らせる。

 

「今度この前のお礼とお祝いを兼ねて、神崎君と4人でご飯食べに行こうよ! 私の奢りで!」

 

 1つの結論に至る前に、オレは駆けだしていた。一之瀬の提案は魅力的なものだったが、今は後回しにさせてもらおう。

 

「えっ!? ちょ、ちょっと待って!」 

 

 何事か分からないまま、一之瀬も何故か追いかけて来た。

 オレは走りながら携帯を取り出す。位置情報サービスの閲覧が許可されていれば、友達の位置を調べることが出来る。こんな場面で池の悪知恵が役立つとは皮肉なものだ。

 すぐに携帯の現在地を調べ佐倉がどこにいるのかを検索した。その後とある人物に電話を掛ける。

 

『お! 綾小路君~上手くいった?』

 

「佐倉が危ない! ケヤキモール搬入口に至急向かってくれ!」

 

 都合よくワンコールで出てくれた親友に感謝しつつ、オレは最小限の説明だけをする。ストーカーの件は確信が取れなかったから相談しなかったが、今はそれを後悔している暇はない。

 

『分かった。すぐに向かう』

 

「頼んだ」

 

 学校からよりも寮から向かう方が近いため、準備をする時間を含めても紡の方が早く着くだろう。

 

「中学生の時陸上部だったから。足と持久力にはそこそこ自信あるんだよね」

 

 そう言って楽しそうに笑う。

 

「悪いけど、途中で待つつもりはないぞ。急いでる」

 

「あははは、大丈夫だよ」 

 

 佐倉の位置がさっきから動かない。それが不安で仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 ────オレは、その選択が間違っていたとは微塵も思っていない。

 

 実際に紡を呼ばなかったら、もしかしたら手遅れになっていたかもしれないからだ。

 

 だが……それを手放しで喜べないほど、目の前の光景は、オレにとって衝撃的なモノだった。

 

 

 

 

 

「何が愛だ? 彼女が苦しんでいる事を理解せず、ゴミ以下の独りよがりを、お前は愛だと思っているのか?」

 

 遅れて到着したオレ達が見たものは、今まで見たことがないほど怒りを露わにする紡の姿だった。

 茶柱先生の時も静かに怒っていたが、ソレの比にならない程だった。

 

「独りよがりなんかじゃないっ! 僕は佐倉を愛して、佐倉は僕を愛してるんだ!」

 

「彼女の怯えた表情が見えないのか? お前の愛は一生届かない。大人しく警備員が来るまで待ってろ」

 

 紡は、男と佐倉の間に立って対話を試みている。一之瀬は早く助けに行きたいと言った様子だったが、オレは息を殺すように指示をする。

 どうしても、紡の取る行動が気になったのだ。

 

「こ、来ないで……!」

 

 しかし、佐倉が浮かべていた嫌悪と恐怖が男に向けられた途端、男は気が狂ったように叫び出した。

 

「お前が……! お前が、佐倉を! お前があ゛あ゛あ゛あ゛」

 

「危ない!」

 

 男はそのまま腰に下げたポーチからカッターナイフを取り出し、紡に向かって駆けだした。

 隣で息をひそめていた一之瀬が声を荒げる。クソッ、間に合うか!? 

 

……救えないな

 

「いぎっ、ぎゃああぁあぁぁ!」

 

 紡は向けられたカッターナイフを的確に躱し、それを握っている男の手を壁に押し付ける。

バキッ!  という音が男の拳から流れ、その衝撃からか、カッターナイフが零れ落ちる。

 

「あ、やべ」

 

 口ではそう言っているが、紡は落ちたカッターナイフを足で的確に遠くへ蹴り飛ばす。

 先ほどのやり取りもそうだが、明らかに手慣れている様子だった。……オレの様な特殊な生い立ちの人間ならともかく、普通の格闘技を習っていただけの高校生が出来る芸当ではない。

 

「大丈夫!? 斎藤君!」

 

「一之瀬さん……俺は大丈夫。佐倉さんを見てあげて」

 

 紡は制服のベルトで男の足をぐるぐる巻きにしながら、駆け寄ってきた一之瀬に返答する。

 

「ダメだよ!? どこかケガとかしてたら大変だよ!」

 

 ……聞く気は無いようだな。オレは佐倉の方を見てやるか。

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん。斎藤君が助けてくれたから」

 

 もし紡を呼ばなかったら大変なことになってたかもしれないな。本当にギリギリだった。

 

「あ、あれ……立てない」

 

「大丈夫か?」

 

 腰が抜けてしまったのか、へたり込む佐倉に手を差し伸べる。

 

「あ、ありがとう……きゃ!」

 

「おっと」

 

 急に立ち上がった為か、バランスを崩した佐倉がオレに倒れ込んできた。

 抱き着くように受け止めると、そのふくよかな感触が伝わってくる。何というラッキースケベ、アニメの中だけだと思っていたが、現実でもあるようだ。

 

「ご、ごめん! すぐに退くから」

 

「ああ。大丈夫だ」

 

 ある程度落ち着いてきたため、オレは先ほどの紡の様子について思案する。

 

「ホントに大丈夫なの?」

 

「大丈夫だって、心配しすぎ。お姉ちゃんかよ」

 

 近くでは一之瀬が紡にしつこく話しかけている。……そこはお母さんじゃないんだな。

 そんなことを思っていると、紡が言っていた警備員らしき人が駆けつけてきた。

 

「皆さん、大丈夫ですか!」

 

「あ、来たみたいだね。三人とも解散して大丈夫だよ。俺はちょっと話があるから」

 

「わかった」

 

 佐倉と一之瀬を連れ、オレはその場を後にする。

 中々壮絶な一日だったが、その報酬にオレは()()()()()()()()()()()()()()

 

「今週末、楽しみにしてるぞ」

 

「お! いいねー綾小路君!」

 

 ……その事実は、オレにとってあまり良いモノとは言えなかったが。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「退室してもよろしいでしょうか? 茶柱先生」

 

 作戦は上手くいったようで、Cクラスの生徒達は訴えを取り消した。……これで一安心ね。

 

「まあ待て。少し堀北に話がある。お前達は先に出ていろ」

 

 茶柱先生は兄さんと橘さん……今回の審議を行った生徒会の人達を追い出し、興味深そうにテーブルで腕を組んで問いかけてきた。

 

「それで、どんな手を使ったんだ? 堀北」

 

 茶柱先生は興味深そうに、テーブルで腕を組んで問いかけて来た。

 

「何のことでしょうか」

 

「誤魔化すな。理由なくあいつらが訴えを取り下げるわけないだろう」

 

「ではご想像にお任せします」

 

 私達がやったことは嘘のでっち上げ。追及されると困るのはこちら側だ。

 

「秘密というわけか。では質問を変えよう。Cクラスを退けた作戦、誰が考えた?」

 

「……どうしてそんなことが気になるんですか?」

 

「この場に居ない2人の生徒が少々気がかりでな」

 

 十中八九その2人とは綾小路君と斎藤君だろう。茶柱先生は入学直後から、この2人のことを気にかけていた。

 斎藤君は元から優秀だったけど、分からないのは綾小路君。

 

「……まだはっきりとは分かりませんが、綾小路君……彼は優秀かもしれません」

 

 正直言ってそう疑問に思った理由は今回の作戦だけ。しかし、あの作戦を()()()()()思いついてたとすると、ただの凡愚な生徒とは到底思えない。

 

『この作戦は紡が考えたものだ。オレはその伝達を任されただけ』

 

 そう語る綾小路君の姿が脳裏に浮かぶ。不可解なのはその配役について。

 作戦の内容的に、斎藤君が審議の場に出て、私がCクラスの生徒を騙す方が良いと思っていた。しかし綾小路君が言うには、この配役は斎藤君が指定したものらしい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ────その事実が、たまらなく悔しかった。

 

 

 

「そうか、おまえが認めたか」

 

「……驚くことではないのでは? 茶柱先生は最初に彼と私を引き合わせた。綾小路君の持つポテンシャルの高さを見抜いていての行動だったんですよね?」

 

「ポテンシャルの高さか……」

 

「自分の力を隠してバカなフリをするなんて、謎の行動を取っていますが」 

 

 そう、本当に理解不能だ。そんなものに意味があるとは思えない。ただ、綾小路君が私以上に信頼されているという事実がある以上、否定することはできない。

 

「色々と思うところはあるだろうが、お前がAクラスに上がることを目標としているのならば、一つアドバイスを送ってやろう」

 

 怪訝そうに聞き返した私に対し、茶柱先生は続けて語る。

 

「Dクラスは、大なり小なり欠点、不良品の要素を持った人間達が集まりし場所だ」

 

「……認めています。私の欠点も」

 

 今までの私だったら、自分の欠点を認めるなんてことはしなかっただろう……あの夜、斎藤君の前でみっともなく泣いてから、私はスッと肩の荷が下りた。もう、妥協する気も甘える気も一切ない。

 

「なら、綾小路と斎藤の欠点は何だと思う?」

 

 綾小路君の欠点……。そう聞いて、脳裏にすぐ浮かぶものがあった。

 

「それは既に判明しています。彼は自分で欠点を理解しているようでしたし」

 

「ほう? つまり?」

 

「事なかれ主義です、彼は」

 

 今回の件で思わぬ実力があることが判明したが、それを表に出そうとしないのは不良品と言って差し支えないだろう。

 

「事なかれ主義か。普段の綾小路を見てそう感じたのか?」

 

「いえ……。彼が自分自身で、そう言っていましたから」

 

「そうか。では話を変えよう。お前が懇意にしている生徒、斎藤の欠点は何だと思う?」

 

 正直女癖が悪い以外思い浮かばない。

 

「……分かりません。正直言って、全ての点においてAクラス相当の人物だと確信しています」

 

「お前の見立ては当たっている。斎藤は元々Aクラスへ配属される予定の生徒だった。それも他生徒の総合評価に大きく差をつけてな」

 

「ではなぜ?」

 

 私と違って、本当に不当な評価を与えられているらしい。

 茶柱先生は、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ呟いた。

 

()()()()()

 

「え?」

 

 聞き間違えだろうと思った私だったが、どうやらそうではないらしい。茶柱先生は手に持ったタブレットを操作し、とある画面を私に見せた。

 

「これは?」

 

「今までの斎藤の経歴だ。2回だけ受けた全国模試は全て1位。この学校の入学試験も、歴史の並べ替えを一問間違えたのみで498点を取っている。運動も言わずもがな、数多の競技で全国大会上位に入っている。このレベルの生徒が何故Dクラスに落とされたと思う?」

 

「……素行が悪かったとか?」

 

 小学校中学校と遊び惚けてきたと本人は語っていたし、それ以外ないと思うのだけど。

 

「そうだ。()()()()()深夜徘徊に金銭を交えた不純異性交遊、パチンコや競馬等のギャンブルが要因となっている」

 

「……それはDクラスに配属されてしかるべきでは?」

 

 予想以上だった。そんなに遊んでたのね、斎藤君。

 

「そう思うだろうが、これらの行為は一度注意を受けた後確認されていない。これだけの能力があり、周りの生徒教師からの評判も良かったと考えるならば、悪くてCクラスが妥当。この判断を下したのは()()()()()()()()()()()()

 

「坂柳……」

 

 よく斎藤君の話に出て来る幼馴染だ。あの子も斎藤君に誑かされた被害者の一人なのだろう。

 

「そしてその娘、坂柳有栖と斎藤紡は幼少期から深い関係にある。これを偶然と捉えるかはお前次第だ」

 

「……何故それを私に話したのでしょうか? 私に彼らをどう扱えと?」

 

 そんな疑問が浮かんでくる。担任としての自覚が薄く、クラスがどうなろうと関係ない。そういうスタンスの茶柱先生が、わざわざ私に話した理由を知りたかった。

 

「今お前がそれを知る必要は無い。現状は掌握できているからな。今は……だが」

 

 そんな意味深な言葉を残し、茶柱先生は部屋を後にした。

 

 

 





皆さまの応援のおかげで、無事第二巻まで完結させることが出来ました!
これからも頑張って更新するので、応援よろしくお願いします!

現時点で公開している原作との乖離点。描写していないところでも細かな変更点があるため箇条書きで。
・堀北が他人と協力を惜しまない程成長している
・綾小路が一巻最初のテンションのまま
・龍園がDクラス、ひいては斎藤に対して好戦的になっている
・須藤、池、山内の成績が上がっている
・Dクラスの結束が上がっている
・DクラスのCPが95(原作では87)

・『Aクラスの派閥争いが終了している(発生していないが正しい)』
・『坂柳有栖の能力値が大幅に強化されている』



紡君がDクラスになった理由を勘ぐる綾小路君でした。


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キャラクター設定 1+オマケ


キャラクター設定と斎藤、綾小路、堀北のお話です。

オマケとか言いつつ、一番最後はかなり力を入れました。その為時間が足りず、途中手抜きになってしまいましたが、オマケなので許してください笑


 

 

 ────キャラクター設定(一年生編 第二巻終了時点)────

 

 

 

 ──斎藤 紡(さいとう つむぎ)──

 クラス:1年Ⅾ組

 部活動:無所属

 誕生日:4月29日

 身長:180㎝

 体重:75kg

 

 ──評価──

 学力:A

 知性:C+

 判断力:A

 身体能力:A

 協調性:B+

 

「大人は子供を慈しみ、守るべきだ。クズでどうしようも無い俺だって、その芯は変わらない。絶対に揺らいではいけない」

 

 今作主人公兼ヒロイン。転生者で死亡した後よう実の世界に転生してきた。彼の前世によう実の原作は無い。周りの状況から、物語の世界に転生して来たと思っている。因みに前世の死因は女に刺されたことによる出血死。

 前世は中卒でフラフラしていたが、とある事がキッカケで猛勉強、高卒認定試験を取る。その後は大学の医学部に入学している。仮に前世のステータスのまま学校に入学したらこんな感じ。

 

 ──前世を完全に俯瞰で見た場合のステータス──

 学力:A

 知性:C

 判断力:C+

 身体能力:E+

 協調性:A-

 

 学力は元々良かった。身体能力が極端に低いが、これは先天性のものではない。

 前世からのアドバンテージを惜しみなく引き継いでおり、死亡したことで吹っ切れた為ステータスが上がっている(特に判断力)。その実力は幼少期の坂柳をチェスで圧倒するほどだが、最近勝てなくなって来ているためかなり焦っている。

 

 子供が大好きで、大人の都合で子供を振り回す人間が大嫌い。よって原作の茶柱先生の行動は、彼にとっては大きな地雷。八歳の頃、坂柳からホワイトルームの話をされた際は胸糞悪そうにしていたため、それ以降坂柳の中で斎藤にその話を出すのはタブーになっている。

 

 坂柳とは小学校一年生位からの付き合い。一際浮いている美幼女に話しかけ、そこから仲良くなった。そこから現在に至るまで斎藤の心の支えになっている。

 一見坂柳が一方的に想いを寄せているように思えるが、実の所それ以上の特大の感情を坂柳に向けている。現在堀北や他のヒロインの様々な√を考えているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その理由は入学までに縺ゥ縺? ≠縺後>縺ヲ繧り? 谿コ縺吶k縺九i

 

 イケメンランキングでは堂々の一位。平田と女子の人気を二分したのは、入学初日から堀北と話していたためである。その気立ての良さ、顔面の良さから滅茶苦茶モテるが、本気で誰かと付き合う気は毛頭ないクズ野郎。

 ヒモになりたいと豪語しているが、実際の所本気でそうなりたいのかは不明。

 

 

 

 ──坂柳 有栖(さかやなぎ ありす)──

 クラス:1年A組

 学籍番号:S01T004737

 部活動:無所属

 誕生日:3月12日

 

 ──評価──

 学力:A

 知性:A

 判断力:A

 身体能力:E-

 協調性:B+

 

「────釣った魚にエサをあげないなんて、許されるはずがないんですから」

 

 今作ヒロイン兼主人公。第一話最後に書かれた通り、約束された勝利のヒロイン。本編書き終わったらバッドエンド√も書きたいな。斎藤との関係はテンプレ通りの幼馴染。斎藤に話しかけられた時の状況を一字一句覚えており、それでことあるごとに斎藤をイジっている。

 本来はAクラスで卒業した時に斎藤に告白する予定だったが、予想外に斎藤がメンヘラだったため鹵獲を急いでいる。斎藤は他の男と幸せになって欲しいと言っていたが、そんなつもりは毛頭ない。

 

 感想にて坂柳父と斎藤の軋轢を予想する声が多かったが、坂柳父は斎藤の本質を見極めていた上で2人の恋路を応援している。そもそも小1で友達の居なかった坂柳の唯一対等の友達だからね。もう一人の息子の様に大事にされてるよ。よってⅮクラスに所属させたのは別の理由から。

 ママ活して当時中学生の娘を泣かせたと知ったときは静かにキレていたが、その裏側にある斎藤の根深い()()を感じ取り、それを解決できるのは自分の娘しかいないと思っている。

 

 身近に自身を上回る天才(転生者)が居て、それをずっと追いかけていたため原作に比べてステータスが格段に上昇している。特に協調性は原作と比べ3段階上がっており、チェスの腕も相当上がっている。

 その為Aクラスの派閥争いも、坂柳が譲歩する形で終わっている。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、虎視眈々とその座を狙い続けている。

 

 朝と夜毎日斎藤の手作り料理を食べていて、何なら平日は昼も斎藤が作った弁当を食べている。

 最近何故か同じ弁当を二つ要求するようになっていて、斎藤は「食べ盛りなのかなぁ……」とか思いながら作っている。

 

 

 

 ──綾小路 清隆(あやのこうじ きよたか)──

 クラス:1年D組

 学籍番号:S01T004651

 部活動:無所属

 誕生日:10月20日

 

 ──評価──

 学力:C+

 知性:C

 判断力:C+

 身体能力:C

 協調性:C-

 

「どうやらオレは、たった2ヶ月で自然と笑えるようになるほど、こいつらに惹かれているらしい。────その事実はオレにとって、たまらなくむず痒くて……そして心地良いものであった」

 

 言わずと知れた原作主人公。原作に比べて感情が豊かで、何と微笑みではあるが、本心で笑うという成長っぷりを見せた。

 斎藤のことは自己紹介の時に助けてもらった為親友だと思っている。それから何度も遊びに誘ってくれたり、体育のペア等を組んでもらっているため頭が上がらない。最近はペアを組むと、堀北が羨ましそうな目で見て来るので微笑ましく思っている。

 

 事あるごとに斎藤からコミュニケーションの取り方を教えてもらっている。その為原作では三バカに対して上手く話せず疎外感を感じていたが、今作に関しては上手く話せているようだ。

 原作と違い過去問、須藤のポイント買い取り、堀北兄とのやり取りをしていないため、堀北から懐疑心を抱かれていない。その代わり偽監視カメラ作戦で、自分以上に斎藤から期待されていると知って滅茶苦茶嫉妬されている。

 

 斎藤がDクラスに配属された理由を知りたがっている。そして佐倉のストーカーの件で、思わぬ本性を見てしまった為若干ショックを受けた。でも自らの過去を詮索しないでくれている為「誰にでも隠し事くらいあるか」と、一応納得しているはいるらしい。ただこの亀裂が後に物語を大きく動かすことになる。

 

 

 

 ──堀北 鈴音(ほりきた すずね)──

 クラス:1年Ⅾ組

 学籍番号:S01T004752

 部活動:無所属

 誕生日:2月15日

 

 ──評価──

 学力:A

 知性:A-

 判断力:B

 身体能力:B+

 協調性:C-

 

「貴方だけに手伝わせて、私が全力を尽くさないのは不義理よ。Aクラスに行くのに、櫛田さんの協力は欠かせない。それを私個人の感情で拒むのはただの我儘、そう思っただけ」

 

 入学してから一番成長した人。そして原作から二番目に成長した人、一番は坂柳。原作に比べて判断力が1段階、協調性については5段階もアップしている。

 学力や教養が無い人間を見下さず、相手の長所を素直に認めるようになった。その為三バカに対しても原作程当たりが強くなく、そこそこ良好な関係を築けている。

 

 綾小路と同じく、コミュ強の斎藤に絆された。堀北兄とのやり取りを斎藤に見られ、自分の過ちを指摘されて絶望したところを慰められている。本作では描写していないが、惚れた男の匂いがするベッドのせいでなかなか眠れなかった。

 しかし恋愛感情というのを今まで抱いたことが無く、それに近しい感情は兄への憧れのみだったため、自身の感情に対して戸惑っている。それが恋だと気が付いたときの反応が実に楽しみだ。

 

 

 

 ──────オマケ──────

 

 

 

「────おー! 堀北さんの私服だ!」

 

 日曜の昼。俺達3人は堀北さんとの約束を果たすため、ケヤキモールに来ていた。中々見ることのできない堀北さんの私服を見てテンションが上がる。

 

「……別に珍しいものでもないでしょう。これから見る機会なんていくらでもあるんだし」

 

「それってオレ達ともっと出かけたいってこ……「うるさい」いだっ!」

 

 綾小路君が真顔でボケるが、彼女のツッコミは少しだけ痛そうだ。

 

「いやーこの前泊めた時も制服だったからね。この前の打ち上げの時も学校終わって速攻綾小路君の部屋に集まったし」

 

「ったく。オレの部屋をたまり場にするんじゃない……って泊まり?」

 

 あ、やべ。そう言えば内緒だったわ。

 堀北さんから飛んでくるであろう拳に怯えていると、やけにウキウキした様子の綾小路君が話し出した。

 

「泊まったって事はつまり……! そういう事だよな!」

 

「何がそういう事なのかしら?」

 

 休日の真っ昼間から下世話なことを話し出した綾小路君に、堀北さんが鋭い眼光を向ける。気持ちは分かるけど、口に出したらおしまいだよ。

 

「すみませんでした……」

 

「よかったー。綾小路君がヘイト買ってくれて「あなたもよ斎藤君」ぎゃああ!」

 

 えげつないピンチ力(指の力)で脇腹を抓られる。ったく、そのほっそい体のどこにそんな力があるんだ? 

 

「痛ぃ……絶対痕残った! お婿に行けない……」

 

「バカなこと言ってないで早く行くわよ。で、最初はどうするの?」

 

 自らの体を抱くようにして抗議するが、早く遊びたいのかはやる気持ちを抑えられない堀北さん。

 

「じゃあ……まずはここっしょ!」

 

 

 

 ────ゲームセンターにて────

 

「くっ……! 難しいわね。もう一回!」

「下手すぎないか? 堀北。オレがとってやる……って、あれ」

「あなたも全然持ち上がってないじゃない! いいから貸しなさい!」

「あ、それ確率機*1だからやらない方が良いよ」

「そんなのってアリかよ……」

 

「行けえぇぇぇ! 差せぇぇそこだ!」

「……ガチすぎないか? 紡」

「何言ってんだよ綾小路君! みん〇でダービーは俺達が唯一合法にできる競馬なんだぞ!」

「……何か言ってやれ、堀北」

「恐らく期待値的にはこちらに賭けるのが正解……いやでもこの子はこの試合調子悪いから

「駄目だコイツら。早く何とかしないと」

 

「パンチングマシーンだって。綾小路君やってみてよ」

「いいけど、普通どれくらいなんだ?」

「平均が500位で、凄い人は900超位かなー」

「そうか……ふっ!」

『814㎏! 歴代1位だぜー!』

「……おい、2位でも300㎏行かないんだが。どういうことだ?」

「知らなーい」

「おい待て!」

 

「お! このゲーム懐かし!」

「……それにしては随分きれいな台じゃないか?」

「これ、調べたら先月発売されたばかりの台らしいわよ」

「い、いや……旧型をやったことあるって事だよ。旧型を」

「ふーん」

「よ、よし! 次行こうか!」

 

 

 

 ────ボウリングにて────

 

「一番スコア低かった人、ジュース奢りね」

「こっちは1円でも惜しいんだ。オレが勝たせてもらう」

「……どうして男の子ってこういう低俗な争いを好むのかしら」

 

『紡:252点 きよぽん:240点 ツンデレヒロイン:163点』

「よし。これでオレの財布は救われたな」

「良いと思うけど、綾小路君墓穴掘ってない? 周りの人めっちゃこっち見てるけど」

「……騙したな? 紡」

「いや俺何もしてないからね!?」

「……名前、ツンデレって。ヒロインもおかしいし……

 

 

 

 ────カラオケにて────

 

「~♪ ~~♪」

『96.567点!』

「へっへーん。凄いっしょ?」

「凄いけど……女ウケいい曲ばっか歌うんだな」

「そうね」

「はぁ!? じゃあ綾小路君なんか歌ってよ!」

「いいぞ……お、来た来た、これに合わせて歌えばいいんだよな────」

『────100.000点!』

「……」

「ピアノと書道を習っていたからな。これくらい楽勝だ」

「……関係ないだろ」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 その後ケヤキモール内のフードコートで夕食を済ませたオレ達は、3人で仲良く肩を並べて帰路についていた。

 

「いやー楽しかった! 7時間も遊んじゃったよー」

 

「あっという間だったな。堀北はどうだ? 楽しかったか?」

 

 珍しくオレが会話を回す立場となる。紡と堀北という、一緒に居ても気を使わなくてよい友人だからかもしれないが。それでも入学当初のオレからは考えられない程成長している。

 

……しかった

 

「ん?」

 

 上手く聞き取れなかったため聞き返す。そんな俺の態度が癪に障ったのか、堀北は拗ねたように口をとがらせて繰り返した。

 

「楽しかったって言ってるの。耳付いてるのかしら?」

 

「そうか、なら良かった」

 

 オレの声を最後に、辺りには沈黙が流れる。紡に助けを求めたが、彼は唇に指を当て黙るようにオレに示した。

 そしてオレが耐えられなくなる直前、堀北がポツポツと語り出した。

 

「本当に……楽しかったわ。何というか、その……上手くは言えないけど、ありがとう」

 

「お礼なら紡に言ってやってくれ。行く場所のチョイスは全部紡なんだから」

 

「それは寂しくない? 多分堀北さんのありがとうは、今日の話だけじゃないと思うよ?」

 

 何とも要領の得ない言葉だったが、その疑問もすぐに解消されることとなる。

 

「……正直、私の力だけではここまで上手くは行かなかったわ。テストもそうだし、今回の件だってそう」

 

「それこそオレは何もしてないぞ。過去問を配ったのも紡、偽カメラ作戦を考案したのも紡だ」

 

「それでも……まだあなたには感謝を伝えてないと思ったの。今だから分かるけど、最初の私は本当にひどかった」

 

 確かに、堀北は入学当初に比べたら見違えるほど成長した。……すぐ手が出るのだけは本当にやめて欲しいが。

 そんなことを思っていると、堀北は立ち止まってオレの方を見た。

 

「改めてお礼を言わせて頂戴。綾小路君、私に付いて来てくれてありがとう」

 

「何だよいきなり改まって」

 

 いつになく真剣な堀北の表情に、オレは今まで感じた事のない何かがこみあげてくる。本当はちゃんと返してやりたかったが、何故か言おうと思ったものと別の言葉が出て来てしまう。

 そんな俺の言葉に気を悪くするかと思ったが、堀北は右手を差し出してきた。

 

「そして、Aクラスに行くのに、あなたは必要不可欠な存在。だから……その、今までと同じく協力してくれると、凄く嬉しいわ」

 

「俺からもよろしく! 綾小路君がいれば百人力だよ」

 

 紡が無遠慮に肩をバシバシ叩いて来る。何時もなら抵抗の言葉の1つや2つ出て来るのだが、オレの『最高傑作』と評された頭は働いてくれないらしい。

 

「……ああ、もちろんだ。よろしくな」

 

 ────何だこの感情は。堀北と紡に、オレの能力を認められたからか? それとも、遊び終わった後だからテンションがおかしくなっているのか? 

 

 

 

『この世は勝つことが全てだ。過程は関係ない』

 

 

 

 うるさい。そんなことは分かっている……オレが、どうしようもない不良品だって事も。

 

 

 

「1つ、年長者からアドバイスだよ綾小路君」

 

 様々な感情が入り混じり、頭痛を起こしていたオレに、紡が今までにないほど優しく語り掛けて来る。

 まるでそれは子に慈愛を掛ける親の様なもので…オレの全く知らない感情だった。

 

「君の過去を俺は知らないし、知りたいとも思わない。大事なのは今なんだ。人から差し出された手を振り払い続けていると、いずれどうしようもないクズ人間になっちゃうんだよ? ……俺みたいな、クズ人間にね

 

 最後の言葉は聞き取れなかったが、その言葉はどうしようもなく、オレにとって甘美な毒のようなものだ。

 真っ白に塗られたオレの心を、鮮やかに塗りなおすような、そんな毒だった。

 

「────だから、今くらいは楽になっても良いんじゃない? もし君を苦しめる何かが残っているのなら、俺も堀北さんも、それから全力で君を守るよ」

 

 

 

 

 

『どんな犠牲を払おうと構わない。最後にオレが勝ってさえいればそれでいい』

 

 

 

 

 

 ────嗚呼……ダメだな。こんな気持ちになる位なら、あのまま腐るまで『あの場所』に居続ければよかった……どうせ卒業したら、もう2度と会うことはできなくなるのに。

 

 

 

 

 

「……悪い。先に帰らせてもらう。やり忘れた課題があったんだ」

 

「綾小路君……?」

 

「良いよ堀北さん。好きにさせてあげな」

 

 後ろで2人が何は話しているが、それを聞き取るほどの余裕は、今の俺にはなかった。

 今まで形成されてきたオレの全てに、ヒビが入っていくように感じる。だが、不思議なことに悪い気はしない。

 

後3年か

 

 どうせ卒業したら戻ることになるんだ。3年くらい我儘言わせてくれよ? 

 オレは今まで嫌になるほど見てきた『あの男』の顔を思い浮かべる。これが、反抗期というモノなのだろうか? 

 

「明日が楽しみだ」

 

「じゃあ早く帰って課題終わらせないとね? 綾小路君」

 

「……そうだな」

 

 

 

*1
一定回数やらないと絶対取れないクレームゲームのこと





現時点で公開している原作との乖離点
・『綾小路が日常を守ろうと全力を出してくる(new!!)』

高評価、感想いただけると作者の励みになります!全てに返信することは出来ないですが、きちんと読ませていただいているので、もし良ければ気軽にどうぞ!
さあ! 到頭無人島編到達です! 完結するまで頑張るぞおおおお!


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第三章
始まり


導入なので短いです!


 

 

 

 実際の所、その選択が正しかったかどうかなんてオレには分からない。

 

 人生なんてそんなものだろう。熱に浮かされ、その場のノリや勢いで間違いを犯すことなんてありふれた話だ。そして最高傑作と呼ばれたオレも例外ではなく、そんなどうしようもない熱に浮かされてしまっている。

 

 

 

『だから、今くらいは楽になっても良いんじゃない? もし君を苦しめる何かが残っているのなら、俺も堀北さんも、それから全力で君を守るよ』

 

 

 

 ただ、もし後になってやっておけば良かったと思うなら……その後悔を背負い続けるくらいだったら────

 

 

 

「もしもし、どうしたの綾小路君?」

 

「少し話したいことがあってな、明日オレの部屋に来てくれないか?」

 

 

 

 ────オレは、その一時の浅はかな感情に身を任せてみようと思う。

 

 

 

 

 

「うおおお! 最高だあああああああ!」

 

 常夏の海。広がる青空。そして澄み切った空気。真夏の猛暑を吹き飛ばすほどの解放感。そんな楽園ともいえる空間に、クラスメイトである池の声が響き渡る。

 

「凄い眺め! マジ超感動なんだけど!」

 

 船内から姿を見せた軽井沢率いる女子グループが、満面の笑みを浮かべ大海を指さしていた。

 いつもならどこからか煩いと文句が飛んできそうなものだが、今日に限ってはそんな意見が出ることもなく、各々が至福のひと時を堪能していた。特等席とも言えるデッキのベストポジションからの眺めは特別なものがあった。

 

「いやー……無事来れてよかったよ。楽しんでる? 有栖ちゃん」

 

「ええ。でも良かったのですか? あれだけ貯めていたのに、もう1ポイントも残ってませんよね?」

 

「いいのいいの。有栖ちゃんとこうして旅行来れただけでも、俺は嬉しいよ」

 

 視界の端では我が大親友の斎藤紡と、協力者である坂柳有栖が乳繰り合っている。全く、この場に堀北がいなくて良かった。へそを曲げたあいつの相手程面倒なものは無い。

 そんなことを思っていると、紡は誰かを探すように視線を動かす。誰かを探しているようだ。

 

「おーい綾小路君! そんなとこ居ないでこっち来いよ!」

 

 どうやらその探し人というのはオレだったらしい。いや、嬉しいけど……あの場に突っ込んで行くのは中々勇気がいる。

 

「人生初めての旅行なのに、そんな辛気臭い顔してて良いんですか?」

 

 だがそれは杞憂だったらしく、坂柳も歓迎してくれるようだ。これが以前語ってくれた正妻の余裕なのだろう。その後何気なく「他に妻がいるのか?」と聞いたらちょっと怒られた。流石に理不尽だと思う。

 苦い思い出を頭の端に追いやり、オレは紡の隣に並ぶ。そこから見える景色に、思わず感嘆の声が漏れてしまう。

 

「おー」

 

 デッキの真ん中から見る景色もすごかったが、柵まで行くと別格だな。視界一面を青い海が覆っている。

 きっとこの景色を心の底から堪能できるのも、あの時勇気を出したおかげだろう。よく頑張った、オレ。

 

「高校生でこんな体験、早々できたもんじゃないからね。それに、ちょっとした夢だったんだ。こんな感じで友達と旅行行くの」

 

「私の家族と旅行に行った数多くの思い出、もう忘れてしまったのですか?」

 

「あれ殆どは俺の大会の応援でしょ? 残り少しは有栖ちゃんが一緒に行きたいってダダこ……「余計なことを言うのはこの足でしょうか?」痛だだだ!」

 

 ニヤニヤとからかうように語る紡だったが、坂柳が杖で小指をグリグリと押し付けたため止まってしまう。口は災いの元とはこの事だろう。

 

「いっつ……足は喋らないよ? 有栖ちゃん」

 

「さも私だけ楽しんでた様な言い方は心外です」

 

 ……何というか、二人の仲が良すぎて疎外感を感じる。今まではクラスの中か、プライベートで遊ぶくらいだったからな。決して羨ましいとか、もっと小さい頃に出会いたかったなんて思ってな……いや、正直ちょっと羨ましい。

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「意義ある景色ねぇ……綾小路君」

 

「ああ。間違いなく何かしらの意図があるだろうな」

 

 他の生徒達は気にした様子もなく楽しみにしている様だ。続々と生徒達が集まり出すと、数分後にその島は姿を現した。

 

「すげえ! 俺たち今からあれに行くんだよな!?」

 

 池が歓喜の声をあげる。地平線の彼方、視界に小さく島のようなものが視認できた。

 生徒たちがそれに気づき、一斉にデッキへと集まり始める。群集が押し寄せると、それまでベストポジションを取っていたオレ達を押しのける横暴な男子生徒たちが現れた。

 

「おい邪魔だ、どけよ不良品ども」

 

「きゃっ!」

 

 威圧しながら男子の一人が見せしめの如くオレの肩を突き飛ばした。何とか手すりを掴んで転倒を避けたが、隣で立って居た坂柳も巻き込まれる形となってしまう。

 

「……大丈夫かい? 2人とも」

 

「オレは大丈夫だ。坂柳は?」

 

「ええ、紡君が支えてくれたので」

 

 その様子を見て男子生徒達が蔑むように笑った。

 

「テメェ何しやがる!」 

 

 須藤が即座に威圧し返し、櫛田は心配した様子でオレの傍に寄ってきた。女の子にフォローされる男子というのは実に情けない格好だろう。

 

「お前らもこの学校の仕組みは理解してるだろ。ここは実力主義の学校だ。Dクラスに人権なんてない。不良品は不良品らしく大人しくしてろ。こっちはAクラス様なんだよ」

 

「何もこの場にいるのは、Dクラスの生徒だけではないのですが? 戸塚君」

 

「あ……?」

 

 そんなAクラス様の言葉に言い返したのは、先ほど巻き込まれた坂柳。特に感情を表すことなく淡々と告げる。

 

「さ、坂柳!」

 

 その声に大きく反応したのは、先ほどご高説宣った戸塚と呼ばれた男子生徒ではなく、その後ろにいた金髪の生徒。何故か顔を青ざめているが、そこまで恐ろしい女だと思われているのだろうか。

 

「チッ、お前ら何ビビってんだよ……それで、葛城さんに負けた女が、どうしてDクラスの生徒と一緒にいるんだ。腹いせに裏切るにしても、こんな不良品どもの集まりじゃ意味ないだろうにな?」

 

「バ、バカ止めろって! ……悪いな坂柳。そういえば俺たち葛城さんに呼ばれてたんだ。ほら、行くぞ

 

 他の生徒達に引っ張られる戸塚。意味が分からないが、どうやら俺達の居場所は守られたらしい。

 

「全く。しっかりと目を付けておけと言ったはずですが……」

 

「スーッ……助かったよ、有栖ちゃん」

 

 紡が深呼吸をしながら坂柳の頭を撫でている。全く、うっかり手を出さないか心配だったぞ。

 

「危なかったな」

 

「流石にあの場で手出すほど子供じゃないよ。須藤君のこと言えなくなっちゃうし」

 

 気が付いていたのはオレと坂柳だけだっただろうが、坂柳を突き飛ばされた上、謝罪もなしにDクラスを不良品呼ばわりしたのだ。表面上は冷静を装っていたが、内心相当キレてただろうな。

 

「まあ、怪我がなくてよかったよ。2人とも」

 

 ────四か月の付き合いで分かったが紡はオレや堀北、そして坂柳等の親しい人間を異常なまでに守ろうとしてくる。それだけ聞くとただの良い奴だと思うんだが、何事にも限度がある。

 複雑な感情の為上手く表現することができないが、紡のソレを一言で表すなら『依存』だろう。

 

 

 

『凄い聞きづらいんだが、紡は……どうしてあそこまで親身にしてくれるんだ? 正直かなりの面倒事を持ち込んでいる自覚はあるんだが』

 

『さあ? 元々子供好きでお節介な方でしたが、綾小路君は随分と入れ込まれているようです。私には及びませんがね』

 

『……別に張り合うつもりもないが、少し度が過ぎてるとは思わないのか?』

 

『……元々あそこまで酷くはありませんでした。しかし────』

 

 

 

 少し前に坂柳と話した時の会話を思い出す。依存されている理由は分からないと言っていたが、小学一年生からの幼馴染、それも互いに家同士の付き合いだった坂柳が見当もつかないのは少々違和感がある。

 ただ助けを求めるだけならそれでも良かった。しかしオレの素性がばれてしまった以上、行動原理が不明な相手を懐に入れるというのは、少しばかり不安が残る。

 

「ほら! はっきり見えてきたよ2人とも!」

 

 柵に思いっきり体重をかけ、まるで小さな子供の様にはしゃぐ紡。小さなころからの夢と言っていたが、そこまでのものだろうか? 

 そんなことを思っていると隣に立つ坂柳と目が合った。そしてお互い苦笑いを浮かべ歩き出す。

 

「はしゃぎすぎですよ、紡君」

 

「ああ。落ちても助けないぞ」

 

「え~? 2人ともなんかドライじゃない?」

 

 だが、オレは紡に救いを求め、紡はオレに手を差し伸べてくれた。自分のことを全く教えてくれないのは不公平だと思うが、今はそれでも構わない。

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合してください。それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようお願いします』

 

「お別れですね。頑張ってください、二人とも」

 

「ああ。一仕事してくるよ」

 

 ────そう思えるほど、オレにも人間らしさが戻ってきている。今度はそう確信しながら、無人島へ降り立った。

 

 

 

「ではこれより────本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

 

 

「やるか、相棒」

 

「ああ。あの女に目に物見せてやろうぜ?」

 

 





現時点で公開している原作との乖離点
・綾小路と坂柳が既に出会っている

レンタル彼氏で稼いだポイントを万一の為の設備代で全部飛ばしたらしいですよ。これには坂柳親子もニッコリ。


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計画

マジで時間なかったんでキリの良い所で切ります!

ここ一か月文化祭の準備で忙しくなるので、1日2日更新が途絶えるかもしれませんが、気長に待っててください!


 

 

 

「ではこれより────本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

 どうも。二か月貯めたお小遣いを全部有栖ちゃんの旅行のために溶かしたヒモです。因みに全く後悔していない。

 自己紹介は置いておいて、予想通り特別試験が開催されようとしている。

 

「え? 特別試験って? どういうこと?」

 

 そんな言葉を発したのは我がDクラスの誇る三バカの一角、池君である。

 しかしその疑問を持ったのは彼だけではなかったようで、ほぼすべてのクラスがざわめきだっている。

 

「期間は今から1週間。8月7日の正午に終了となる。君達はこれからの1週間、この無人島で集団生活を行い過ごすことが試験となる。なお、この特別試験は実在する企業研修を参考にして作られた実践的、かつ現実的なものであることを最初に言っておく」

 

 真嶋先生は生徒達が落ち着くのを待つ気は無いようで、試験内容をさらさらと告げている。恐らくこの状況にも慣れているのだろう。

 

「無人島で生活って……船じゃなくて、この島で寝泊まりするってことですか?」 

 

「そうだ。試験中の乗船は正当な理由無く認められていない。スタート時点で、クラス毎にテントを2つ。懐中電灯を2つ。マッチを1箱支給する。それから日焼け止めは制限なく、歯ブラシに関しては各自1つずつ配布することとする。特例として女子の場合に限り生理用品は無制限で許可している。以上だ」

 

 以上ということは、それ以外の物は一切配布されないと言うことだ。そんな物資ともいえない貧相な配給で一週間無人島で過ごせと言われたら、そりゃ苦情の一つや二つ出て来るだろう。

 

「はああ!? もしかしてガチの無人島サバイバルとか、そんな感じ!? そんな滅茶苦茶な話聞いたことないっすよ! アニメや漫画じゃないんすから! テント2つじゃ全員寝れないし! そもそも飯とかどうするんですか! あり得ないっす!」

 

 一体に響き渡るほどの大きな声で、池君が騒ぎ立てる。まあ、最初にこの説明だけされたらそうなるのも無理はない。

 

「一週間だって、有栖ちゃん寂しくて死んじゃったりしないかな」

 

「ウサギじゃないんだぞ。それより話に集中させてくれ、紡はオレが退学してもいいのか?」

 

「退学する気なんてさらさらないくせに」

 

 そんな阿鼻叫喚の中でも、俺と綾小路君はいたって冷静だ。なぜなら特別試験の存在を予見していたからだ。

 普通に考えて、あの茶柱先生が()()()()()()()()()()()()()()()()とは思えないしな。そして狙ったかのように無人島でのバカンスに、水泳の授業で言われた『泳げるようになれば必ず役に立つ』という文言。関連性を疑わない方がおかしい。

 

「しかし先生。今は夏休みのはずです。そして我々は旅行という名目で連れて来られました。企業研修ではこのような騙し討ちのような真似はしないと思いますが」

 

 不服を覚えたらしいどこかのクラスの生徒が、そんな風にたてついた。

 

「なるほど。その点に関しては間違った認識ではない。不平不満が出るのも納得だ。だが安心していい。特別試験と言ってもそれほど深く考える必要はない。今からの1週間、君達は海で泳ぐのもバーベキューをするのもいいだろう。時にはキャンプファイヤーでもして友人同士語り合うのも悪くない。この特別試験のテーマは『自由だ』」

 

 ……へえ、『自由』ね。中々粋な事してくれるもんだな。ここの先生方は。

 試験と銘打っておきつつも、その実態は自由という一見矛盾した先生の発言に、生徒達は疑問のみが積み重なっていく。

 

「この無人島における特別試験では大前提として、まず各クラスに試験専用のポイントを300支給することが決まっている。そして────」

 

 

 

 ────先生が語った内容をまとめると以下の通りだ。

 

 ・各クラスに試験専用のポイントが300支給される

 ・このポイントを使い、水や食料、テントを含む様々な物資を購入することができる。そしてその時使用するポイントは、配布されるマニュアルに記されている

 ・『試験終了後に残ったポイントは、そのすべてがクラスポイントとして夏休み明けに反映される』

 

 二つ目までだったら、ただ娯楽のためにポイントを使用して終わっただろう。しかしこの学校の試験はそこまで甘くない。

 

 

 

「1週間我慢したら……来月から俺達の小遣いも大幅に増えるってことだよな!?」 

 

 そう、これは学力ではなく『我慢』を競う戦い。身近にある欲求を拒絶しながら耐え忍べば、上位クラスに近づけるかも知れないということだ。池君の発言も夢じゃないだろう。

 

「面白い試験だね。綾小路君」

 

「ああ。筆記試験のような学力を基に算出されるものとは違い、これはオレ達にもチャンスはある」

 

 テストだと、いくら頑張ってもAクラスには勝てないからね。

 

「マニュアルは1冊ずつクラスに配布する。紛失などの際には再発行も可能だが、ポイントを消費するので大切に保管するように。また、今回の旅行を欠席した者はAクラスの生徒だ。特別試験のルールでは、体調不良などでリタイアした者がいるクラスにはマイナス30ポイントのペナルティを与える決まりになっている。そのためAクラスは270ポイントからのスタートとする」

 

 わーお。ドンマイ有栖ちゃん。

 

 

 

 ────その言葉を最後に解散宣言がなされ、俺達はDクラス担任である茶柱先生の下へと集合した。

 

「来月から3万、来月から3万、来月から3万……やるぞお!」

 

 池達男子がガッツポーズを作る。女子も嬉しそうに何を買おうかと相談し始めた。 

 気持ちはよく分かるよ。俺もレンタル彼氏してなかったら素寒貧だったし。いやー顔が良くて助かったぜ。

 

「茶柱先生。僕達は今からこの島で1週間生活するとのことですが、ポイントを使わない限り全て僕達で何とかしなければならないということでしょうか」

 

「そうだ。学校は一切関与しない。食料も水も、お前達で用意してもらう。足りないテントにしてもそうだ、解決方法を考えるのも試験。私の知ったことじゃない」

 

 平田君の質問に、茶柱先生は淡々と答える。女の子は可哀想だな。反対側で池君が鼻息荒くして節約しようって意気込んでるし、これはひと悶着ありそうだな。

 

「残念だが池、おまえの目論み通りにいくとは限らんぞ。配布されたマニュアルを開け……最後のページにマイナス査定の項目が載っている、まずそこを読んでみろ。それはこの特別試験を象徴する非常に重要な情報になる。生かすも殺すもお前達次第だ」

 

 

 

 そこには『以下に該当するものは、定められたペナルティを科す』という文言と共に箇条書きで以下の様に記されていた。

 

 ・著しく体調を崩したり、大怪我をし続行が難しいと判断された者はマイナス30ポイント。及びその者はリタイアとなる

 ・環境を汚染する行為を発見した場合。マイナス20ポイント

 ・毎日午前8時、午後8時に行う点呼に不在の場合。一人につきマイナス5ポイント

 ・他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、生徒の所属するクラスは即失格とし、対象者のプライベートポイントの全没収

 

 

 

「お前が無茶をするのは勝手だが、もし10人の生徒が体調不良に陥ったなら、それで我慢と努力は全て泡と消える。一度リタイアと判断されれば試験中に復帰することも出来ない。強行するときはそれを覚悟しておくんだな池」

 

 まあ、妥当なルール設定だろう。あくまでこれは学校の試験なのだ。生徒同士で殴り合いとかされたら堪らんだろうし。だが、それを踏まえてもこれは『使える』かもしれない。

 

「綾小路君。現時点でこの試験、どう思う?」

 

「7日もあるんだ。一日1人のペースで闇討ちでもすれば、そのクラスのポイントを0にすることも可能だろうな」

 

「ちゃんと読んでた? 暴力行為が見つかった場合は即失格なんだけど」

 

「バレなきゃいいだろ」

 

 そういう問題じゃねえ! ったく、実際できそうなのが余計怖いわ。

 

「それは()()()()ね。とりあえず今は穏便にやろう」

 

「……そうだな」

 

 何か言いたげな様子の綾小路君。お前が言い出したんだろ、「え? ガチで考えてんの?」みたいな顔すんな。俺的にはもっと惹かれるものがあったけど、これもそんなに上手くいく話ではないだろうな。

 そんなやり取りをしてる間にも、懸念していた池君と女子達の言い争いが始まっている。

 

「トイレくらいその段ボールで我慢しようぜ。揉めるようなことじゃないだろ篠原」

 

「ふざけないで。男子には関係ないでしょ。段ボールのトイレなんて絶対無理」

 

「決めるのはお前達だ。私が話すことはなにもない。だが海や川はもちろん、森の中で適当に用を足すことは認められていない。それは忘れないようにな」

 

 それだけ忠告すると、先生は淡々と次に話を進めようとする。

 

「だ、段ボールとか絶対無理だし! それに男子も近くにいるんでしょ? きもいし!」

 

 納得がいかない篠原さんは男子、特に池君に向かって言い放った。

 

「まあまあ、ここは一旦落ち着いて最後まで聞こうぜ? こんなクソ暑い中立って話さなくても良いと思わない?」

 

 いい加減話を終わらせたかったので、二人の間に入って仲裁を行う。

 

「でも……いいの斎藤君!? 愛しの堀北さんにこんな事させても」

 

「……どうして私の名前が出て来るのかしら?」

 

 それを言われちゃ弱いなあ。

 

「ちゃんと話はするからさ。お願い、篠原さん」

 

 ムッと膨れる篠原さんの両手を取り、顔を近づけてお願いする。ちょっと前綾小路君に男版櫛田とか言われて腹が立ったことあったけど、あながち間違ってないかもしれないな。

 

「わ、分かった! 分かったから離して!」

 

「良かった。ありがとう篠原さん!」

 

 ただの友達でこれやったらキモいけど、嬉しいことに篠原さんって俺のことめっちゃカッコいいって言ってくれてるんだよね。元は洋介君の方だったと思うんだけど、多分軽井沢さんと付き合ったからフリーの俺派になったんだろうな。

 

「やば! 手繋いじゃった……! 手汗とか大丈夫だったかな……」

 

「……何故手をつなぐ必要があったのかしら?」

「紡のアレはもう病気みたいなもんだ、一々気にしてたら胃が持たないぞ」

 

 まあ残念だけど、俺と付き合いたかったら必要なのは金だよ金。顔は悪くないんだから、頑張ってお金稼いでね。

 

「……話は終わったか? ではこれより、追加ルールを説明する」

 

「つ、追加ルール? まだ何かあるのかよぉ……」

 

「まもなくお前達にはこの島を自由に移動する許可が与えられられるが、島の各所にはスポットとされる箇所が幾つか設けられている────」

 

 

 

 ────話がクソ長いので要約させてもらう。茶柱先生が語ったのは以下の通りだ。

 

 ・島の各所にはスポットが存在し、それを占有したクラスのみが使用することができる

 ・スポットをどう活用するかはクラスの自由だが、占有権は8時間しか効力を持たず、それを過ぎた場合は再度占有する必要がある

 ・スポットを一度占有するごとに1ポイントのボーナスを得ることが出来る

 ・スポットを占有するには専用のキーカードが必要である

 ・1度の占有につき1ポイントを得る。占有したスポットは自由に使用できる

 ・他が占有しているスポットを許可無く使用した場合50ポイントのペナルティを受ける

 ・キーカードを使用することが出来るのはリーダーとなった人物に限定される

 ・正当な理由無くリーダーを変更することは出来ない

 

 一見これだけだとリーダーが走り回ってスポットを占有すればいいと思うだろうが、厄介なのはその次に語られたルールだ。

 

 ・7日目の最終日、他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられ、的中させられたら+50ポイントを得ることができ、その際的中されたクラスは-50ポイントのペナルティが与えられる。尚この際的中させられたクラスのボーナスポイントは0になる。外した場合は自分のクラスにー50ポイントのペナルティが与えられる

 

 

 

「例外なくリーダーは必ず一人決めて貰う。だが参加するしないは自由だ。欲を出さなければリーダーだと知られることもなく済むだろう。リーダーが決まったら私に報告しろ。その際にリーダーの名前を刻印したキーカードを支給する。制限時間は今日の点呼まで。それまでに決まらない場合はこちらで勝手に決めることになる。以上だ」

 

 この追加ルールを聞いて確信した。この試験、鍵になるのは他クラスのリーダー情報だ。もし有栖ちゃんがこの試験に出れたなら強敵だっただろう。

 

「リーダーを誰にするかは時間もあるし後で考えよう。まずはベースキャンプをどこにするかだね。このまま浜辺に陣取るのか、森の中に入って行くのか……スポットのことはその後で考えるべきじゃないかな?」

 

 ナイス洋介。絶妙なタイミングだ。篠原さん達が騒ぎ出す前に移動しちゃおう。

 

「あ! 俺滅茶苦茶良さげな場所心当たりあるから付いて来てよ。このテントは俺が持つからさ」

 

 15㎏近くあるテントを二つ軽々と持ち上げると、皆からおーという感嘆の声が上がる。こういう時丈夫な体で産んでくれた両親に感謝したくなるな。

 

「よし、行こうか!」

 

 そうして振り返るタイミングで、俺は綾小路君に目配りをした。深く茂った森の中へ入りクラスメイトの注意がこちらに向かった瞬間、サッとその姿が消える。

 よし……予定通りだな。頼んだよ、綾小路君。

 

 

 

 ────俺達の目標はDクラスの圧勝以外に、もう一つあるんだからね。

 

 

 





試験内容まとめ

・各クラスに試験専用のポイントが300支給される
・このポイントを使い、水や食料、テントを含む様々な物資を購入することができる。そしてその時使用するポイントは、配布されるマニュアルに記されている
・『試験終了後に残ったポイントは、そのすべてがクラスポイントとして夏休み明けに反映される』

・著しく体調を崩したり、大怪我をし続行が難しいと判断された者はマイナス30ポイント。及びその者はリタイアとなる
・環境を汚染する行為を発見した場合。マイナス20ポイント
・毎日午前8時、午後8時に行う点呼に不在の場合。一人につきマイナス5ポイント
・他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、生徒の所属するクラスは即失格とし、対象者のプライベートポイントの全没収

・島の各所にはスポットが存在し、それを占有したクラスのみが使用することができる
・スポットをどう活用するかはクラスの自由だが、占有権は8時間しか効力を持たず、それを過ぎた場合は再度占有する必要がある
・スポットを一度占有するごとに1ポイントのボーナスを得ることが出来る
・スポットを占有するには専用のキーカードが必要である
・1度の占有につき1ポイントを得る。占有したスポットは自由に使用できる
・他が占有しているスポットを許可無く使用した場合50ポイントのペナルティを受ける
・キーカードを使用することが出来るのはリーダーとなった人物に限定される
・正当な理由無くリーダーを変更することは出来ない

・7日目の最終日、他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられ、的中させられたら+50ポイントを得ることができ、その際的中されたクラスは-50ポイントのペナルティが与えられる。尚この際的中刺せられたクラスのボーナスポイントは0になる。外した場合は自分のクラスにー50ポイントのペナルティが与えられる




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決意


面白いと思ったり、良いと思った文にはここすき機能を使ってみてください!
僕はそれを見てニヤニヤします笑


 

 

 

「おい斎藤ーどこまで歩くんだよ?」

 

 ざくざくと葉を踏んで歩く音が聞こえてくる中、そう問いかけてきたのは池君だった。

 

「大体二分くらいで着くかな。もうちょっと辛抱して」

 

 行先告げずに歩いてるから不安なのはわかるけど、俺15㎏のテント持って歩いてんだから少し我慢してほしい。

 

「そうよ! アンタ何にも持ってないんだから黙ってなさいよ!」

 

 そう思ったのは俺だけじゃないらしく、篠原さん含む女子からブーイングが飛んでくる。まあ、二つしかないテントのうち一個は俺で、もう一個は洋介君が持ってるから仕方ないんだけど。

 

「うっせえな……一々噛みついてくんじゃねえよ」

 

「は? アンタがトイレ要らないとか変な事言ってるからでしょ?」

 

 その間にもまた男子と女子で喧嘩が始まろうとしている。ったく、このやり取りもう3回目だぞ。

 

「お! 見えてきたよ。ほら、喧嘩してないで早くいってきな」

 

「見えてきたって何が────おおぉぉぉ!」

 

 茂みを抜けた先にあったのは、澄んだ水が流れる幅10メートルほどの川と、意図的に作られたであろう整備された川沿いの土地だ。

 

「これは……凄いね。ここならベースキャンプにするのに理想的かもしれない。凄いよ紡君!」

 

「でしょ? 多分あそこの岩に埋められている機械が占有する装置だから、早めにリーダー決めてポイント貰っちゃおうぜ」

 

「俺! 下の方まで見てくる!」

 

 そんな言葉と共に走って行った池君。こちらの許可も取らずに行ってしまったため、また女子が文句言うと思ったがそうでもないらしい。

 

「凄い……どうやって見つけたの?」

 

 この場所を手に入れることができた喜びでかき消して余るだろうな。

 

「さっき島を旋回するときのアナウンスがちょっと引っかかってね。一応この島のある程度の構造は頭に入ってるよ」

 

「流石ね。気づきもしなかったわ」

 

 これにはツンデレヒロインもニッコリだろう。

 

「おーい! この川、占有したら下の方まで俺達しか使えないっぽいぞ!」

 

 丁度下流の方から帰ってきた池君がハイテンションで話した。彼が戻ってきた場所を少し見に行ってみると、他に利用できそうな場所には木の立て看板が刺さっていた。

 

「なになに……『スポットに指定されたものであり、許可のない利用を禁ずる』なるほどね。池君の言う通りだ。よし、占有しちゃおっか。もし他のクラスが夜中とかこっそり占有しちゃったら追い出されちゃうし」

 

「お前……意外と怖いこと考えるんだな」

 

 いや、決してやろうとなんて思ってないよ? いやマジで。だからそんな引かないでよ。

 

「確かに、開けた場所にあるから出来ない話でもないね……僕も賛成だよ。肝心なのは、誰をリーダーにするかだね」

 

 そう洋介君と相談し合いながら、俺達は機械が埋め込まれている岩の所まで戻ってきた。

 占有することは確定として、リーダーを誰に据えるかが大きな鍵となる。ここでのミスは命取りになりかねない。誰もがその重役を避けたいと思う中、櫛田さんは皆に集まるように言い、円を作らせると小声で話し出した。

 

「私も色々考えてみたんだけど、平田くんや斎藤くんは嫌でも目立っちゃう。でも、リーダーを任せるなら責任感のある人じゃなきゃダメでしょ? その両方を満たしているのは堀北さんだと思ったんだけど……どうかな?」

 

 お、いいねそれ。どう転んでも堀北さん自身の成長につながるだろうし、周りと合わせる事を覚えてから意外と可愛がられてるから、反発する人もいないだろう。

 ただ一つの懸念事項がある。これはしっかり確認しておかないとな。

 

「俺も賛成だけど。堀北さん、体調大丈夫?」

 

 そう。この子こんな肝心な時に風邪ひいてたんだよね。薬とかしっかり飲ませて看病してたから大丈夫だとは思うけど。

 

「……おかげさまでね。全く、大丈夫って言ってるのに世話焼きなんだから」

 

「堀北さん超可愛かったんだよ! 斎藤君に看病されてるとき顔真っ赤だった「何か言ったかしら?」……いいえ! 何でもありません!」

 

 とまあこんな感じで可愛がられてる。

 須藤君達のためにどれだけ努力したのかを、ツンデレヒロインのあだ名と共に広めまくったらこうなってしまった。でも全然後悔していない。

 

「全く。第一あれは熱があったからであって「はいそこまでー」……」

 

 話がこじれそうだったため、最早お馴染みとなってしまった頬ムニムニで黙らせておく。

 

「じゃあ体調は大丈夫なのね?」

 

「ええ。状況的にも櫛田さんの意見が正しそうだし……なにか意見はあるかしら? 些細な事でも構わないわよ」

 

 昔の彼女だったらクラスメイトからの意見なんて聞きもしなかっただろうに。成長を感じられて本当に喜ばしい。このリーダーの経験を活かしてもっと成長してほしいものだ。

 

「……なさそうね。じゃあ私が務めさせてもらうわ。よろしく」

 

「うん、ありがとう堀北さん! 早速茶柱先生呼んでくるね!」

 

 よし、何とか纏まったな。櫛田さんともそこそこ良好な関係を築けてるようだ。内心どうかは分からんけど。

 そんなことを思っていると、話を終えた堀北さんがちょんちょんと俺の肩を叩いてきた。

 

「ん? どうしたの、堀北さん」

 

「……あなたの幼馴染、Aクラスの坂柳さんで合ってるかしら?」

 

 振り返ると真剣な表情を浮かべていたため心配だったが、どうやらその心配は杞憂だったようだ。

 

「うん。有栖ちゃんでしょ? それがどうしたの?」

 

やっぱり名前呼び……その、別に嫌だったら構わないのだけど……今回の試験が上手くいったら、私のことも名前で『鈴音』って、呼んでくれないかしら」

 

 俺のジャージを摘みながら、不安げな瞳でこちらを見上げる堀北さん。え? 何この可愛い生き物。破壊力抜群すぎて尊いんだけど。

 脳内が萌えで浸食され思考停止していた俺を見てどう思ったのか、堀北さんは摘まんでいたジャージをスッと離し、俯いて弱々しく呟いた。

 

「……ごめんなさい。突然こんな事を言ってしまって。少し暑さでおかしくなってるのかも知れないわね」

 

 そう言って逃げるように背を向けた堀北さんの手を掴む。……やっちまったな。でもこんな悲しそうな表情見せられたら放っておけんって。

 

「いいよ。頑張ったご褒美がそれでいいなら喜んで。その代わり俺のことも紡くんって呼んでね?」

 

「……分かったわ。く、櫛田さんが呼んでるみたいだし……その、手を離して頂戴」

 

 因みに櫛田さんはさっき茶柱先生を呼びに行ったぞ。耳まで真っ赤になってる彼女にこれを言うのは無粋だろうけど。

 

「ん、おっけー。頑張ってね、堀北さん」

 

「勿論よ」

 

 手を離した途端、逃げるように速足でクラスメイト達の輪の中へ戻って行った。

 俺は、堀北さんを無意識に掴んでしまった右手を広げて、その手のひらをボーっと見つめる。

 

「はぁ。こりゃ……また刺されても文句言えねえな」

 

 マジでクッソ痛かったから刺されるのは勘弁。流石に死に方くらい選ばせてくれ。そのせいで()()()()()()()も残ったままだし。

 

「────オレもこの試験が終わったら清隆って呼んでくれないか?」

 

「ひゃあ!?」

 

 えっ? 何……って綾小路君かよ。

 

「……そんなに驚かなくても良くないか?」

 

「いや、クソビビったわ。忍者モードもういいってホント」

 

 いつもだったら気が付いてたと思うけど、ヘラってるときに来るのはちょっと心臓に悪すぎる。

 

「それで、呼んでくれるのか?」

 

「まだその話する!? いや、全然かまわないけど。とりあえず報告だけよろしくね」

 

「ああ。分かった」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「マジ? Aクラスのリーダー分かったの?」

 

「ああ。恐らくリーダーは戸塚、俺と坂柳を突き飛ばした生徒だな」

 

 オレは今、猛烈にテンションが上がっている。何故なら、オレの大親友である紡が、オレのことを清隆と呼んでくれることが確定したからだ。こちらが名前で呼んで、紡はオレのことを名字で呼ぶという現状にもどかしさを感じていたからな。グッジョブ堀北。オレからも親愛を込めて鈴音と呼ばせてもらう。

 

「へぇ……彼がね」

 

 そんな冗談は置いておいて、今目の前でおっかない顔をしている紡が、オレを1人で動かしてくれたおかげで様々な情報を得ることができた。

 

「ああ。葛城と弥彦が洞窟を占有するところを目撃した。と言っても、直接その瞬間を見たわけじゃなくて、二人が洞窟を立ち去った後に占有の有無を確認したんだけどな」

 

 その時の状況を改めて説明する。目撃の瞬間、入り口に立つ葛城がカードを持っていたこと、奥から出てきた弥彦が合流して立ち去ったことも。

 

「あー、なるほどね。おっけ、一応裏は取るけど、リーダーは戸塚君で確定だろうね」

 

 そう。予め坂柳から得た情報を基に考えると、カードを持っていた葛城がリーダーであるというのはありえない。

 洞窟を見つけたとき、葛城は当然占有などするつもりはなかったはずだ。にも拘らず押さえていたのは、迂闊にも弥彦が占有してしまったことが原因だろう。まだ誰にも見られていないとは思いつつも、ヤツは保険を打った。自らがカードを持って周辺に姿を見せることで、万が一目撃者が居てもリーダーを誤認させられると踏んだのだ。

 

「占有はリーダーカードがあったとしても、()()()()()()()()()()()()()()。指紋や虹彩等の生体情報で判別するのかは分からないけど……大手柄だよ綾小路君。これは面白くなりそうだ」

 

 紡はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。全く、戸塚も運が無いな。ただ突き飛ばしただけじゃなく、()()()()()()()()()()

 

「後は他のクラスの動向を確認してからだね。どうだった? それも見れた?」

 

「ああ。Aクラスはさっきも言ったが、かなり保守的な動きをするはずだ。実際にその判断は間違っていない」

 

 これが仮に坂柳の派閥と葛城の派閥に別れていたのであれば、また話は変わってくるのだろう。

 だが一つ下のBクラスでさえも300近いポイントの差が開いている現状、博打を打ってリーダーを的中させられたら目も当てられない。それにAクラスが占領した()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、ここら一帯を一週間占領するだけでも60近くの占領ポイントが貰えるということ。

 

「間違いなくAクラスがリーダー当てをすることはないだろうね。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「オレも同じ結論だ。そしてきな臭いのはCクラスだな。葛城は分かりやすいタイプだったが、龍園に関しては全くの未知数。あいつがお利口に一週間を過ごすビジョンが浮かばない」

 

「彼がやりそうな暴力行為、略奪行為はバレたら大きなペナルティを受ける。だがそれで止まるようなタマじゃないだろうね。なんせ須藤君の件もあるし、こちらの監視カメラ+ボイスレコーダーの作戦にも感づいてた。こういう土俵なら有栖ちゃんレベルのポテンシャルがあってもおかしくない」

 

 ボイスレコーダーというと、監視カメラの存在を教えた時の石崎達の反応を撮ったものだろうな。

 あのままカメラが偽物だとバレても、その音声を提出することでこちらの勝ちは確定となるという作戦だった。恐らくオレの落ち着きようを見て、撮られていると気が付いたのだろうが、あの状況でそこまで頭が回る相手は厄介だ。

 

 ……あの女の機嫌を損ねれば、最悪退学だ。負けるなんてことはありえないだろうが、万一の時もある。

 そんな不安を抱いていたオレだったが、その不安も紡の表情を見たことで吹き飛んでしまった。好戦的な笑みを浮かべた紡は、オレに発破をかけるように力強く語った。

 

「どんなに相手が強かったとしても、俺達のやるべきことは変わらないよ綾小路くん。逆に考えてみてよ。俺達が負けるなんてあり得ると思う?

 

「……はっ。そうだな」

 

 何をネガティブになっているんだ、オレは?

 今の俺は1人じゃない。紡や坂柳がいるし、今でこそ実力不足だが成長を続けている堀北だっているんだ。そんなオレ達が負ける? あり得ない。

 

「俺に名前で呼んで欲しいんだろ綾小路君。だったら余計な雑念は捨てて、目の前の障害を排除する事だけを考えるんだ」

 

 恐らく来年にもなれば、オレの『後輩』がオレを退学させようとやって来るだろう。その時は一個上の先輩として『友達は良いものだ』と言ってやろうじゃないか。

 

 

 

「────斎藤ー! 大変だ! 龍園が、龍園の奴がお前を出せって!」

 

 遠くから紡を呼ぶ誰かの声が聞こえてきた。

 

「早速行動に出たみたいだね。さて、お呼びのようだから先行くよ綾小路君」

 

「ああ。頼んだぞ」

 

 

 

 ────俺は人生初めてのグータッチに少しだけ高揚感を感じながら、顔も知らぬ後輩達に向けてそう決意した。

 





同じ境遇の後輩を心配するほど、心に余裕ができている綾小路君でした。



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取引


初めての堀北パートです。原作を参考に地の文書きましたが、違和感があったら直します!



 

 

 

『────いいよ。頑張ったご褒美がそれでいいなら喜んで。その代わり俺のことも紡君って呼んでね?』

 

つ、紡くん……

 

 斎藤君に握られた左手の感触が、今もなおずっと残っている。私は、それをかき消すように呟いたが、どうやら逆効果だったようだ。

 

「はぁ……慣れないわね」

 

 ただ名前を呼んだだけなのに、なぜこうも高揚してしまうのか、自分でも分からなかった。

 今わからないことは後で考えればいい。それよりも、私は目先の事思考を集中させることにした。

 

『そうかあ? 水は凄く透き通ってるし、天然水のようなもんだろー』

 

 遠くから不満げな池君の声が聞こえて来る。早速問題発生のようね。

 

「……しっかりしなさい。皆の期待に応えるのよ」

 

 そう自分に発破をかけ、私は何回見たか分からない池君と篠原さんを筆頭とする、男女の争いが行われている場所へと向かった。

 

「どうかしたのかしら?」

 

「あ、堀北さん! ちょっと堀北さんからも言っちゃって! 池ったら川の水飲もうとしてるんだよ!」

 

 篠原さんに話しかけると、彼女は私を救世主か何かと思っているかのような瞳を向けて来る。

 

「何だよ皆。何が不満なんだよ。折角見つけた川を有効活用しない手はないだろ!」

 

 池君もその発言でヒートアップしたのか、先ほどよりも語気を強めて言い放った。

 

「じゃああんたが試しに飲んでみてよ」

 

「は? ……別にいいけどさ」

 

 そんな売り言葉に買い言葉で、池君は手ですくって川の水を飲んだ。

 

「かー! キンキンに冷えて気持ちいぜ! うめぇ!」

 

「うわマジドン引き。無理無理、そんなの飲むなんて。気持ち悪い」

 

「はあ!? お前が飲めって言ったんだろ篠原!」

 

 その行動が事態の解決に役立つことは無く、逆に状況は悪化していくばかり。……少しは理性的に話を進められないのかしら。

 

「池君。あなたは何故川の水が飲めると思ったのかしら?」

 

 ただ見た目が透き通ってて綺麗だからという理由だけでは、あそこまでスムーズに川の水を飲むことはできないだろう。私は池君が水を飲めると確信した理由を知りたかった。

 そんな私の質問に対して、池君は拍子抜けしたように答えてくれた。恐らく批判の言葉が飛んでくると思っていたのだろうけど、そのつもりは一切ない。

 

「え? あー……小さい頃よく家族と一緒にキャンプしてたからさ。川の水飲んだりするのに抵抗ないんだよな。水源が綺麗で衛生的なことくらい見ればわかるし、飲んじゃダメなら注意書きとかあるかなって」

 

「なるほどね」

 

 その言葉に納得が言った私は、これ見よがしに川へと近づいた。

 

「え……おい!? 何してんだよ!」

 

 次の瞬間、私がとった行動に驚いたように池君が声を上げた。

 

「あなたの言う通り、()()()()()()()()()よ」

 

「いや、そういう事じゃねえだろ!? 飲もうって言ったけどさ……そんなサラッと飲むか普通!」

 

 篠原さんたちも、まさか私が飲むとは思わなかったのか、驚いたようにポカンとした表情を浮かべている。

 

「私は池君の話で、キャンプ場に流れている川の水は飲める場合があると認識した。そうしたら問題は、ここがそれに該当するかどうかね。ここは学校が指定したスポット、もちろんここを占有した場合、川の水を飲もうとする生徒は居ることは想定済みのはず。注意書きもせずに、汚れた水を放置するのは考えづらいと私は考えた。それだけよ」

 

「お、おぉー」

 

 感嘆の声が池君だけではなく、クラス全体から聞こえて来る。……恥ずかしいわね、これ。斎藤君も平田君もよく顔色変えずにできるわ。

 

「で、でも川の水だよ? 学校だってそこまで考えてないかもじゃん!」

 

 しかしいくら水が綺麗と言っても、川の水だという事実には変わらない。篠原さんはそこに抵抗を感じているらしい。

 

「篠原さんがそう思うのも分かる。私も彼の話を聞くまでは抵抗があったもの……だから無理強いをするつもりはない。飲料水として使う以外にも、水の使い方は無限にあるしね」

 

 実際に理論を押し付けて、すぐに割り切れというのも難しい話だろう。でもこれだけは言っておかなければならない。

 不安げにこちらを見つめる篠原さんに向かって、私はもう一度力強く言い放った。

 

「私にはAクラスに行くと言う夢がある。だからそのための努力を惜しむつもりはない。でもその努力を押し付ける気もないわ。だから池君も、まずは抵抗が無い人だけで飲んでみるのはどうかしら? 無駄に争うより、そちらの方が良いと思うんだけど」

 

「……分かったよ」

 

 自分の行いを振り返り気落ちする池君。どう声を掛けようか悩んでいた私だったが、その必要は無くなった様だ。

 

「俺も飲むぜ。お前らには散々迷惑かけたしな」

 

「僕も飲むよ。皆! 僕達と一緒に飲んでくれる人は居ないかい?」

 

「お前ら……」

 

 須藤君、平田君と続いて男子を中心に手が上がっていく。

 

「私も飲んでみる!」

 

「いいんじゃない? あたしも飲むよ。堀北さんなんかかっこよかったし」

 

 ……川の水を飲むのと、私がかっこよかったことに何の関連性があるのかしら。

 まあいいわ。櫛田さんと軽井沢さんという、Dクラス女子の中心でもある2人が名乗り出れば、他の人たちも影響されるだろうし。

 

「く、櫛田さんも軽井沢さんも本気なの!? ……じゃあ、私も飲もうかな」

 

 篠原さんもそれに続く形で、結局Dクラスの生徒は全員川の水を飲むという選択を取った。……結果としては良かったし、話を持ち掛けた私が何を言うんだとなるかもしれないけど、すこしだけ複雑ね。

 ────平田君が呼びかけてから男子のほとんどが、女子でさえ櫛田さんと軽井沢さんの2人に続く形で全員が飲むことになった。今ここに居ない斎藤君もそうだけど、D()()()()()()()()()()()()()()()()()()節がある。もしその支柱が外れれば、たちまち統率が取れなくなる可能性が高い。

 

「……そんなこと、まずあり得ないと思うけど」

 

 

 

 そんな最悪の想像が現実になるだなんて、私は思ってもみなかった。

 

 

 

「────随分と早く動き出したと思ったら、何下らねえことで言い争ってんだ? 不良品ども」

 

「君は……Cクラスの子が何の用かな? 龍園君」

 

「テメェら雑魚に用はない。斎藤の野郎を呼んで来い。『取引』だ」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「斎藤ー! 大変だ! 龍園が、龍園の奴がお前を出せって!」

 

 どうも。何故かあった事もないCクラスのリーダーにお呼ばれされてるヒモです。もしかしてモテモテな俺の噂を聞いて、口説きに来たのかな? 生憎俺にそっちの気は無いぞー。

 

「馬鹿なこと言ってないで早く行ってこい」

 

「はーい」

 

 怒られちゃった、ぴえん……と、そんな馬鹿な思考は隅に追いやって。俺は呼びに来てくれた池君についていく。

 やけに焦った様子だったが、一体どんな問題ごとを持ち込んでくれたのか。そして少し歩いた先に見えたのは、たった一人でDクラスの皆と睨み合う龍園君の姿。肝っ玉座ってんなー。高校生とは思えんわ。

 

「初めましてかな? 龍園君。須藤君の件は世話になったね」

 

 挨拶は大事だからしっかりと行っておく。嫌味? 知らんよそんなもの。

 

「さあ? 何のことだろうな。お前の事はよく聞くぜ斎藤。良い噂が立ってるからな」

 

「へぇー。何? どんな噂」

 

 まぁまぁまぁまぁ……言わなくてもわかるよ。イケメンランキング一位の俺に抜け目は無い。

 そんな風に心の中でドヤ顔をかましていると、龍園君は意地の悪い笑みを浮かべて言い放った。

 

「『Dクラス最低のスケコマシ野郎』だってな」

 

「は?」

 

 何やねんその噂……でも間違ってないからなんも言い返せない。

 

「ククク、まあそんな話はどうでもいい。お前らにいい話を持ってきてやったんだ。感謝しろよ?」

 

 自分から振っといて何がどうでもいいだよ。ったく、これから取引する相手に挑発するとは、用意周到なんだから大胆なんだかわからんな。

 

「取引する相手に挑発はしない方が良いんじゃない? ()()()()()()()()()()()って言ってる様なもんだと思うんだけど」

 

「……ふっ、流石あのカメラ作戦を立てただけはあるな。後ろに立って虎の威を借りる狐共とは違うようだ」

 

「何だと! なんか言ってやれ! 斎藤」

 

「……恥ずかしいから口を閉じててくれ、池君」

 

「はい、すいません……」と言って口を閉じる池君。龍園君の言ったことそのまんまじゃん、何してんだ全く。

 そんなアホみたいな漫才で緩和してきた空気を、もう一度引き締めるように俺は龍園君に向かって言い放つ。

 

「で、何? 取引って」

 

「簡単な話だ。『俺達Cクラスが購入した物資を、200ポイントで買い取れ』」

 

 確かに簡単な話だが、余りに衝撃的な内容にクラス全体がざわめきだした。……物資の買い取りか、一体何が目的だ? 

 

「……クラス間のポイントのやり取りは出来ないと思うんだけど」

 

「ああ。だから俺は代案を考えた。来月から卒業するまで、Dクラス全員200cpt分のプライベートポイントを俺達Cクラスに支払う。これで妥協してやる。お前らは物資を購入するポイントを温存でき、俺達は多量のプライベートポイントを手に入れることができる。悪くない話だろ?」

 

 確かに悪くない話だ。200ポイントという条件設定も、よく考えられている。

 しかし、この案をすんなり受け入れられない理由が一つある。

 

「話にならないな。この条件を呑んだ場合、俺達Dクラスは無条件で200ポイント分の物資を使用することになる。もっと切り詰められる可能性を、みすみす捨てるわけにはいかない。第一お前らCクラスの物資はどうするつもりだ。まさか残りの100ポイントで賄うつもりじゃないだろうな?」

 

 声を上げたのは幸村君。後半に関しては、俺の言いたいことを全部言ってくれた。

 そんな反論にも、龍園君はいたって冷静な様子だ。まあ、こんな取引を仕掛ける位だ。このぐらいの反論、一つや二つ位は想定しているだろう。

 

「誰が一週間こんなクソ暑い中サバイバルするって言ったんだ? ()()C()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「────は?」

 

 その言葉と同時に、後ろから誰かの呆けた声が聞こえて来た。

 

「試験を放棄するって事? 甚だ理解できないわね。100ポイント近く差がつけられても構わないのかしら?」

 

「放棄? 何を言ってるんだこの特別試験のテーマは自由だ。100だか200だかのポイントのために、お前らみたいに惨めな思いはしたくないんでね」

 

 全員リタイアねぇ……。よし、ここは1つ探りを入れてみるか。

 

「確かに悪くない話だし、君の発想も面白いと思うよ? 君にクラスをまとめる自信が無いことは分かっちゃったけどね」

 

「……あ?」

 

「こんな面倒な試験を行う理由がさっき分かったんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。男女それぞれ価値観が違うことが原因で争う中、堀北さんはそれをまとめ上げた。君はこの一週間、素行が悪いCクラスの生徒をまとめ上げる自信が無かったんだろう?」

 

 先ほどまでいがみ合っていた池君と篠原さんが苦い表情をする。別に責めてるわけじゃないから安心して。堀北さんのかっこいいとこ見せてもらったし。

 

「随分とデカい態度を取るじゃねえか? この話を別のクラスに持ち込んでも良いんだぜ?」

 

 あくまで挑発には乗らず、尊大な態度でこちらを見つめる龍園君。生殺与奪の権があちらにあると認識させるための演技だろうが、生憎その手は通用しない。

 

「別のクラスに? 笑わせないでくれよ龍園君。君は既に()()()()()()()んだろう? AクラスとBクラスのどちらか、またその両方にね」

 

「……」

 

 ビンゴ。まあ、考えてみればすぐにわかる話だ。俺は後ろで疑問符を浮かべている皆に向けて、淡々と説明する。

 

「今俺達Dクラスのポイントは95。仮にこの試験で300cpt獲得したとしても、今後の試験次第で支払いが出来なくなる可能性は十分ある。何せ俺達は1000から0ポイントまで減らしたDクラスなんだからね」

 

 そう。何故この取引をAクラスやBクラスではなく俺達に持ち込んだのか。そこが気になって仕方がなかった。

 

「葛城君は慎重な男だ。問題行動が多いCクラスが持ち掛けてきた取引なんて受けないだろう。クラス内で派閥争いでもしていれば、話は別だろうけどね」

 

 有栖ちゃんとバチバチにやりあってたら受けてたのかな? どうなんだろう? 

 

「そしてBクラス。これは言わなくてもわかるだろうね。今まで散々嫌がらせされてきた一之瀬さんがこの取引に応じるとは思えないし、何より彼らのポイントを上げるのは、君にとってもあまり嬉しくないだろう?」

 

 反応的にBクラスにはこの話を持ち込んでいない感じかな? 優先順位はA→D→Bの順番っぽいね。

 圧倒的差が付いているDクラス、そして確固たる支払い能力を持っているAクラス。どちらもメリットデメリットがある。

 

「……ッチ。どうやら噂通り、ただのスケコマシ野郎ではないみたいだな」

 

 不機嫌に舌打ちをする龍園君。その瞬間後ろのクラスメイト達からも安堵の声が聞こえてきた。まあ、直前にバチバチにやりあったクラスとの取引なんてしたくないか。

 しかしそんな彼らの安堵は、俺が発した言葉に掻き消されることとなる。

 

「もし俺に裁量権があるのであれば、この取引喜んで受けたいんだけど……どうかな皆?」

 

「正気か!? 相手はあのCクラスだぞ! それに、いくら200ポイント分の物資を譲渡されるとはいえ、この取引は余りにリスクが大きすぎる!」

 

 俺の言葉に声を荒げるのは幸村君。確かに卒業まで200cpt分、毎月80万pptの負債は流石に嫌だろう。

 

「だけどこのまま上手くいけば300ポイント+ボーナスで20ポイントが入り、俺達のクラスポイントは400を突破する。なかなか魅力的だと思わないかい?」

 

「……確かに魅力的な話だ。それにリスクもない。もちろん物資はこちらが選んでも良いんだよね?」

 

「ああ。どちらにせよ、使うことのない物だからな。で、どうするんだ? 受けるのか、受けないのか。相談する時間くらいは与えてやる」

 

 平田君の質問に答える龍園君。流石に当たり前だね。これで200ポイント分のバーベキューセットとか届いたら憤死案件だ。

 

「よし、じゃあ皆ちょっと集まってー」

 

 リーダーを決めた時の様に集まる。

 そして俺達は、数分の話し合いで出した結論を龍園君に伝えた。

 

 

 

「────この取引を受けよう。だが、いくつか条件がある。」

 

 

 

 





ある程度の構成はできてるので、原作と矛盾しないように頑張ります!もしおかしいと思ったら早めにご指摘ください。助かります。


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考察

物資のポイントは原作からの引用です。


 

 

 

 龍園君の取引を聞いた俺達は、彼に声が聞こえないように離れた場所で議論を進めていた。

 と言ってもクラス全員が集まったわけではなく、話し合いに参加したい人間が挙手をする形で人数を絞った。あんまり多すぎると話が進まないからね。先ほどの俺と龍園君のやり取りについて来れた人だけがここに集まっている。

 

「それで、あの取引を受けたいと言ったが、納得できる理由はあるんだろうな?」

 

 最初に切り出したのは幸村君。因みにメンバーは俺、堀北さん、洋介君、幸村君の四人だ。

 見た感じこの中だと反対派が幸村君、賛成派が俺、堀北さんと洋介君はどちらとも言えないと言った様子だ。いいね、反対意見があると見落としが少なくて済む。

 

「俺が受けたいと言った理由はさっきも言った通りだよ。歩いてるときにざっくりとこの試験を乗り切るのに必要なポイントをまとめてみたんだけど……龍園君はちゃんとそこらへん分かってるみたいだね。絶妙な値段設定だ」

 

 俺はメモ用紙に箇条書きで書いた概算を見せる。

 

 食糧、飲料水……それぞれ1食6ポイント(セットで10ポイント)

 仮設トイレ ……20ポイント

 シャワー室 ……20ポイント

 男子用テント……2つで10ポイント

 その他雑費 ……30ポイント

 

「日に2食で済ませるのならば、飲料水を除いて152ポイント。飲料水を買った場合は200ポイントピッタリだ。あの短時間でこの作戦を思いついて、尚且つ一週間を問題なく過ごすのに必要なポイントを計算した龍園君は、間違いなく切れ者だね」

 

「そもそも200ポイントも使うという想定が甘えじゃないのか? トイレとシャワー室を我慢して、水も川の水を飲めば112ポイントで済ませられるはずだ」

 

 節約派代表である幸村君がそう語る。少量のポイントで済ませられるはずなのに、わざわざそれを諦めて多量のプライベートポイントを支払うというのに納得がいかないのだろう。

 

「その計画は間違いなく破綻するわよ幸村君。篠原さん達は我慢して川の水を飲むことを認めたのに、彼女たちが望んでいたトイレもシャワー室も与えないのは、さっき斎藤君も言っていた通り彼女たちの中で不満が貯まるわ。そのストレスや冷たい川の水のせいで体調を崩したら、それこそ40ポイントの差額なんて水の泡と化すわよ」

 

 それに対して返したのは堀北さん。その理論は完璧だったし、実際に争いを止めた彼女が言う説得力は中々の物だ。これを言われたら幸村君も強く否定することはできないだろう。

 

「……分かった。使用するポイントに関してはもう何も言わない。だが、あの悪名高い龍園との取引というところも問題だろう。一体何が目的なんだ? ……自らクラス間闘争を放棄するだなんて」

 

「放棄したとは言えないよ幸村君。さっきも言ったけど、このまま順当に試験を進めていった場合、どんなに頑張ってもせいぜい150ポイントが関の山だ。クラスの中で対立が起こる可能性を孕んだ上でね。そんな中ノーリスクで200ポイント相当のポイントを得られるこれは、あながち悪い判断でもないと思うよ?」

 

 何故俺がここまで取引に対して前向きなのか。そこには大きな理由が二つあった。

 最初に、節約できるポイントの恩恵がデカいこと。これは先ほど幸村君に説明した通り。

 そしてもう一つ、()()()にとって大きなメリットがある。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 一番動きが読めなくて警戒すべき人間がこちらに来てくれたのだ。この契約を受けて、後は俺の予想があっているかを確かめるだけでいい。

 そう思っていると、先ほどまでずっと静かに考え込んでいた、洋介君が呟いた。

 

「僕は龍園君との取引に賛成だ。ただ僕らの想定通りに話が進むとは考えられないかな。その対策を立てないと」

 

「それならもう考えてあるよ。時間が無かったからメモに書きながら説明するけど……まずこの契約をするにあたって、俺達は条件を設定する必要がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()をね」

 

 そう前置きをした俺は、手元のペンを走らせながら説明をする。結構難しいんだよな、これ。

 

「まず最初に譲渡される予定の200ポイントで買う物資は、俺達が全て決めることができる。前提条件だね。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()C()()()()()()()()()()()()。例えば、龍園君が支給されたテントをボロボロに破いた状態で渡してきてそのままリタイア。後になって『物資がボロボロ? 知らねえよ、お前らが運んでるうちに壊したんだろ』とか言われたら堪ったもんじゃないでしょ?」

 

「……よく思いつくな、正直お前にゾッとしたぞ」

 

 そんな失礼な幸村君の発言だが、何故か平田君や堀北さんもうんうんと頷いている。え、酷くね? 

 例えが悪かったかな……龍園君なら俺らが指定した物資ぶっ壊すとか全然しそうだけど。一応ちゃんとした物資を頂戴ねって言う保険だよ保険。そんなに引かないでくれよ、拗ねるぞ? 

 

「物の例えだよ。次は、この契約で支払うポイントを100cpt分にすること。平たく言えば値切りだね。あっちは使い切れない物資を渡してくるだけなんだから、何も満額払う必要なんてどこにもないんだよ」

 

「……流石に足元を見すぎじゃないかしら?」

 

「まぁまぁ、交渉は俺がやるから見ててよ」

 

 龍園君の狙いが俺の思った通りなら、金額面に強くこだわることは無いだろうからね。

 

 

 

 

 

「────というわけで、俺達が求める条件は以上だ」

 

 そして時は戻り、俺は再度龍園君と対峙する。その条件を聞いた龍園君からスッと笑みが消えた。余裕をもって対峙できる相手じゃないと判断したのだろう。

 

「……話にならねえな。本当にこの取引を別のクラスに持ち掛けても良いんだぜ?」

 

「そうなった場合はAクラス、Bクラス共に俺達が考えた条件を伝えに行くよ。そもそも、上二つに関しては保険。最後のポイントに関しては、君がリタイアすることで余るポイントを僕らが買い取るんだ。そこに満額払う必要なんてどこにあるんだい?」

 

 さて、どう出る? もしこの取引だけが彼の計画なのであれば、俺の値切りに応じないだろう。だが、彼の()()()()()()()()()()()()()()、ある程度の妥協はしてくれるはずだ。

 

「ッチ。物資が破損した際のペナルティはCとDの折半にしろ。ポイントに関しては150で手を打ってやる。それ以下は認めない」

 

「へぇー……随分とあっさりだね? もっと刻んでくると思ったんだけど」

 

「フン。そんなしょうもない事するか」

 

 ……確かに大阪のおばちゃんみたいに値切る龍園君は見たくないな。

 冗談は置いといて、これでお互いの妥協点が見つかったな。これなら問題なく進めることができるだろう。

 

「よし、じゃあ契約書作ろっか! 良い取引を期待してるよ、龍園君」

 

 その後、俺と龍園君はそれぞれの担任の先生の許可を得て取引を完了させた。

 

 

 

「購入が確定している物は既に申請済みだ。明日の朝までに、残り何を購入するかしっかり考えておくんだな」

 

「ああ。ありがとう龍園君」

 

 先ほどと同じような不敵な笑みを浮かべ、龍園君は森の中へと姿を消した。辺りに張り詰めていた緊張がスッと拡散していくのを、俺は肌で感じた。

 

「いやぁー。須藤をハメた奴って聞いたときはヤバいと思ったけど、意外と良い奴なんじゃねえか?」

 

「かもね! 食べ物もいろんな道具も買えるっぽいし、夜は皆でキャンプファイヤーとかやりたいかも!」

 

 思わぬ収穫にDクラスのみんなは喜んでいる。実際、懸念事項だったトイレやシャワー。その他釣りの道具や調理器具等を余裕をもって購入できるため、一気にこのサバイバルが楽になった。

 

「はぁ……一時はどうなるかと思ったけど、今回ばかりは彼のおかげで上手くいきそうね」

 

 隣で汗をぬぐいながら語った堀北さん。彼というのは龍園君の事だろう。

 

「ボーナスポイントを入れて大体320ポイントかな? Cクラスに払うポイントを換算しても大体17000円のお小遣いが確定してるし、皆のモチベーションも高くなってる。良い傾向だよ」

 

「これでDクラスのポイントは400。他のクラスが100ポイントちょっとと考えると……やっと見えてきたわね」

 

 口調は相変わらずだが、その心の中には大きな喜びが見て取れる。俺はそんな堀北さんの肩を両手で揉みながら、彼女の緊張をほぐすように話した。

 

「肩の力張りすぎだよ。下手なことしなければ勝ちは確実なんだし、もっとリラックスして」

 

「そうはいかないわ。私は、皆の期待に応えないといけないし」

 

 強情だな……よし、ちょっとイタズラしちゃおう。

 今もなお眉をひそめて、何かを考えこんでいる堀北さん。俺は肩をもんでいた両手をスッと脇の下へと持っていく。

 

「ひゃっ!」

 

「堀北さんが頷くまでくすぐっちゃうよ?」

 

 本当はジャージ越しに胸でも揉みたかったが、流石にブッ飛ばされそうなのでやめておく。

 

「や、やめなさい……んっ、まって」

 

 ……なんか色っぽくね。もしかしてそういう癖なのかな堀北さん……ちょっと興奮してきた。どうしよう、一週間我慢できるかな。

 

「ほれほれ~早く言わないと、もっと酷いことになるぞ~? 「何馬鹿な事してるんだ」いてっ!」

 

 調子に乗ってたら堀北さんではなく他の人に殴られてしまった。誰だと思って振り返ったが、こんなことする奴を、俺は1人しか知らない。

 

「痛てぇ……ちょっと叩く力強くない? 綾小路君」

 

「強くない。取引が終わったら作戦を練る約束をしただろ? 忘れたのか」

 

 そう言えばそうだったわ。

 

「ごめんごめん。じゃあ、何かあったら相談してね。堀北さん」

 

「ま、待ちなさい!」

 

 顔を真っ赤にしてこちらを睨んでくる堀北さん。いつもなら怖いけど、地面にへたり込んで耳まで赤く染めてる今の彼女にそんな迫力は無い。

 

「良かったのか? あのまま放置して」

 

「まあいいんじゃない? 緊張もほどけたっしょ」

 

「……そうか」

 

 何か言いたげだった綾小路君だが、それ以上何かを口にすることは無かった。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 紡との話し合いが終わった後、オレは平田に頼まれて焚き火用の枝を集めていた。 ベースキャンプから遠く離れないよう、あくまでも周辺でだ。

 本当は紡と堀北を誘う予定だったが、二人ともクラスメイトに引っ張りだこだったため泣く泣く辞退した……オレも頑張ってると思うのだが、一体この差は何なんだろうな……

 

「な、なあ綾小路。ここだけの秘密にしておいてほしいんだけどさ」

 

 勿論、1人でやったら集め終わるまでに日が暮れてしまうため、何人か協力してくれそうな人とだ。その一人が、今話しかけてきた山内。首に手を回してきた山内は、は少し離れたところで枝を集めている佐倉を指さして耳打ちしてきた。

 

「俺……佐倉狙おうと思うんだ」

 

「え?」

 

「いや、櫛田ちゃんってレベル高すぎるじゃん? コミュ力も高いし。だからこの際その高い目標は捨てようと思う。それに比べて佐倉って人を苦手にしてるってか、その、男慣れ全くしてないしさ」

 

 聞いてもいないことを長々と語る山内。オレの呆れを交えた視線も気にすることなく、己の欲望を大っぴらに語る。

 

「ぶっちゃけ、この旅行で行けるとこまで行こうと思ってんだよ。多分あの手の女の子は、優しく気配りできる男を演出できれば落ちると思うんだよな。何ならキスくらいまでするぜ。いやマジで。この際佐倉でオッケー。いや、佐倉でいい!」

 

 ……なるほど。最初に誘った時は断ったのに、佐倉が一緒に来てくれると知った瞬間協力を申し出たのは、これが理由だったか。

 

「この際って、今まで何一つ佐倉に絡んでなかっただろ。随分急だな」

 

「いやさ、見る目がなかったって反省してんだよ、それはさ。地味だから目に留まってなかったけど、すげぇ可愛いしアイドルだし? 胸はもう、最高だし。俺も斎藤みたいに女囲ってるって評判になりたいんだよ。それでアイドルを侍らせてるって、すげぇイケてないか!?」

 

 後半に連れて鼻息が荒くなっていく山内。最初は彼女が欲しいだけだったと思うのだが、何故か紡を見て目標が変わってしまったらしい。

 

「だから応援してくれよ。例えば今から俺と佐倉を二人きりにするとかさ」

 

「それは応援とは言わないだろ……」

 

「何だよ。おまえ、もしかして佐倉狙ってんのか? あのおっぱいか!」

 

 何故だろう。少しだけ腹が立ってきた。

 

「そもそも紡は女子を囲っているわけじゃないだろ。それにあいつを目標に設定するのは、少し無茶じゃないか?」

 

 アイツの行動に100%同意できるかと言ったら怪しいが、それでも山内みたいに下品な欲をオープンにしたりはしてないだろう。そこに気が付いていない限り、あのレベルに達するのは不可能だと思うのだが。

 

「いや囲ってるだろ! 幼馴染だっていうすげぇ可愛い子と毎朝登校してたし、堀北だって完全に惚れてるだろ? それに最近ではBクラスの一之瀬も、斎藤の事凄い奴だって皆に言ってるらしいし、ムカつくぜ全くよぉおお!」

 

 坂柳、堀北、一之瀬か。最後に関しては別に惚れてるわけじゃないと思うけどな。恋愛相談に乗って、偽カメラ作戦の発案者だって事を知ってるくらいだろう。

 しかし、どうやら山内にとっては同じ括りのようだ。

 

「今は諦めてくれ。もう少し佐倉と仲良くなったら協力するから。それに、早いうちに戻ってちゃんと焚火ができるか試しておきたいし。だろ?」 

 

 がっくりと山内は肩を落としたが、すぐに気を持ち直した。

 

「ったく固いよな。まあ、そう焦らなくてもいっか。綾小路も俺達の仲間だしな!」

 

 同じにしないで欲しい。オレは心の底からそう思った。

 

「ほら枝しっかり集めろよ。俺も向こうでちゃんと拾うからさ」

 

 そう言って自分が集めていた枝をオレに押し付けてきた。しかし、佐倉には悪いことをしたかもしれない。恐らく1人で枝を集めなければならないオレを憐れんで一緒に行ってくれたと思うのだが、まさか佐倉が苦手そうな男子筆頭の山内が付いて来るとは。

 結局佐倉はオレや山内を警戒してか、殆ど無言で枝を集めていた。

 

「もうこれくらいでいいんじゃね? 今日の分は十分っしょ」

 

 確かに、今日一日で言えば十分すぎる量が集まった。山内の一言で枝集めの作業を終え、3人でキャンプ地へ戻りはじめる。

 

「なあなあ佐倉。持つの手伝ってやろうか? 女の子だと大変だろ。怪我するかもだし」

 

 最初からそう切り出すつもりだったのか、手にはオレの半分ほどしか枝がなかった。優しく気配りの出来る男を演出するつもりらしい。

 

「だ、大丈夫です……綾小路くん、いっぱい持ってるし。手伝ってあげてください」

 

「くぅ! 佐倉は優しいなあ! ったく、一人でいっぱい持つなんて欲張りすぎだぜ綾小路。ほら、半分持ってやるから貸せよ」

 

 そう言って最初に押し付けた量の半分くらいを掴んで回収する。佐倉に断られた場合でも優しさをアピールできる二段構えの作戦だったようだ。こういう時だけ機転が利くのは、山内らしいと言うか何と言うか────そんな帰り道の出来事だった。

 

 ふと横を見ると、大木に背中を預けるようにして座り込んだ一人の少女が居た。Dクラスの生徒じゃない 他クラスなのだから放っておけばいいのだが、少女の様子が只事じゃないことはすぐに分かる。

 その子の頬には赤く腫れた痕。一目で誰かに叩かれたのだと分かった。それもかなり強い力で。

 

「なあ。どうしたんだよ、大丈夫か?」 

 

 山内は傷ついた女の子を放っておくことが出来ず、率先して声をかける。

 

「……ほっといてよ。何でもないから」

 

「何でもないって……全然そうは見えないし。誰にやられたんだ? 先生呼ぼうか?」 

 

 腫れの状態から察するに、相当な痛みを伴っていることが容易に見て取れる。

 

「クラスの中で揉めただけ。気にしないで」 

 

 自嘲気味に笑い、少女はそう言って山内の言葉を拒絶した。口調こそ男勝りな感じだったが、元気が無いのは明らかだ。

 

「揉めたとなると……Cクラスの生徒か?」

 

「……何で知ってんの」

 

「龍園が言ってたからな『俺の計画に反対したバカを追い出したから、もし見かけたらリタイアするように言え』って」

 

「それは嫌。こんなすぐに戻ったら、何されるか分かんないし」

 

 あの計画にクラス全員が頷くとは到底思えない。恐らく反対意見は無理やり抑えて、それでも反発した生徒が彼女なのだろう。

 

「俺たちDクラスの生徒なんだけどさ。良かったらベースキャンプに来なよ」 

 

 山内に軽く同意を求められたので、オレと佐倉は少しだけ頷いて話を合わせた。

 

「は? 何言ってんの。そんなことできるわけないでしょ」

 

「困ったときは助け合いって言うか、当然っていうか。な?」

 

 そんな言葉にも耳を貸すつもりはないのか、そっぽを向いて黙り込んだ。放っておけば楽なのは間違いないが、よっぽどの事情がなければ女子一人でこんな場所にはいない。

 

「私はCクラスだ。つまりおまえらの敵ってこと、それくらいわかるでしょ?」

 

 助けてもらう筋合いは無いということだろう。

 

「けどさ……こんなところに一人で置いてけないって。そもそもCクラスは俺達に物資をくれた良い奴らなんだぜ! 敵だなんて思わねえよ」

 

「ああ。どちらにせよCクラスは全員リタイアするんだ。リーダー当てなんてできるわけないしな」

 

「……バカだなお前ら。相当なお人好し。うちのクラスじゃ考えられない」

 

 助けることが当然と言った様子の俺達に対して、彼女は諦めたようにため息を吐いた。

 

「大丈夫だ。別に何も問題ないと思うぞ」

 

「だよな? 問題なしってことで。俺は山内春樹。よろしくな!」

 

「まぁ良い奴らってことなんだろうけど……やっぱりバカだ」

 

 呆れつつも自己紹介を受けた少女は、こちらに見向きもせず短くこう答えた。

 

「私は……伊吹」

 

 

 

 

 

「────って感じだ。俺達で匿ってやれないか?」

 

「なるほどねぇ……ちょっと傷見せてくれる? 伊吹さん」

 

 オレはベースキャンプに帰還した後、紡に声を掛けた。事の経緯を説明すると、紡は痛々しそうに眉を八の字にした。

 

「ん……」

 

「痛かったろうに……酷いことするなぁ龍園君は。気休めかもしれないけど、これ使って」

 

 紡はアメニティとして配られたハンドタオルを持ってきた。それを川で冷やし適度に絞ると、伊吹の頬にピタッと当てた。紡がたまに出す父性というか、母性的なものが遺憾なく発揮されている。

 

「これあんたのタオルでしょ?」

 

「ん? ああ、新品未使用だから心配しないで」

 

「……そういう問題じゃないと思うんだけど」

 

 紡が残っててくれて助かった。これなら伊吹をDクラスで匿う話もうまく通りそうだな。そう思っていた最中だが、早速紡は伊吹を連れて皆の所へ向かっている。オレが願わなくとも話を通してくれるらしい。

 取引を結んだCクラスの生徒で、尚且つ龍園に殴られたという経緯もあった為か、意外にも伊吹はクラスに馴染めているようだ。

 

「どう? 斎藤君カッコいいでしょ?」

「……まぁ、噂がCクラスまで来てる理由はよく分かった。ちょっと抜けてる所あるけど」

「そこが良いのよ!」

 

「よし。伊吹さんの方は何とかなりそうだね」

 

「……紡。彼女は()()()だと思う?」

 

 一切疑う様子が無かったため、一仕事終えたといった様子で戻ってきた紡に確認を取る。

 

「ん? 流石にスパイだと思うよ? いやー中々悪だね龍園君も。取引で仲間だと思わせて安心させた後に、スパイとして潜り込ませた伊吹さんが、リーダー情報を盗み取るって感じかな? まだ確定はしてないけど、そう思って動いて損はないね」

 

「だろうな。全く、大人しくリタイアしてくれればいいのに」

 

「そう甘い相手じゃないね、龍園君は」

 

 

 

 ────この時のオレは想像もしていなかった。いかに龍園が悪辣で、ずる賢い人間なのかを。

 

 

 

『馬鹿は死んでも治らないって言うけど、一度試してみるかい? 一度死んで見えてくる景色もあると思うんだ』

 

 

 

 もしここで伊吹を追い出していたら、オレと紡の関係性は、また違ったものになっただろうか? 

 

 

 

 ────そんな無意味な仮定をしてしまうほど、オレは彼のことが分からなくなっていた。

 

 

 





特別試験一日目終了。
Dクラスが保有するポイント:272ポイント(高円寺リタイア、ボーナスポイント)

高評価、感想いただけると作者の励みになります!全てに返信することは出来ないですが、きちんと読ませていただいているので、もし良ければ気軽にどうぞ!



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胎動

ここすき、誤字報告等していただけると嬉しいです!


 

 

 

「おはよう。紡」

 

「おっ、早いね綾小路君。昨日はよく眠れたかい?」

 

 2日目の朝。川沿いでボーっとしていると、綾小路君が眠そうに目をこすりながら話しかけてきた。

 

「全くだ。都会っ子のオレには厳しい環境だ」

 

「……それ、都会って言えるのか?」

 

 何とも弄りづらいジョークだ。フッと笑った綾小路君は、そのまま俺の隣に腰掛ける。

 

「そういう紡は寝れたのか?」

 

「余裕余裕。熊とかイノシシとか出ないだろうし、テントもあるなんて俺にとっては天国よ」

 

「どんな環境で暮らしたらそうなるんだ?」

 

 付き合ってた子のクソ親父に、着の身着のまま森に投げ込まれたりしてたからな。当時ガリガリだった俺にはかなりキツかった。

 

「そう言えばさ、佐倉さんとはどうなの?」

 

「どう……というと?」

 

 お? しらばっくれるか? このむっつりめ。

 

「惚けても無駄だよ。佐倉さんといい感じなのは良く知ってるんだぜ? 池君じゃないけど、この試験中に進展したいとかは思わないの?」

 

『最高傑作』と呼ばれた綾小路君だが、恋愛に関しては一般人以下だ。口角が吊り上がるのを自覚しながらも、俺は追及することを止めない。

 

「正直、佐倉に関しては今すぐどうこうするつもりはない。あの件で男にトラウマを持ってるだろうし、何より付き合ったとして、彼女を不幸にさせない自信が無い。仮に卒業まで続いたとしても、その後のことは保証できないしな」

 

「……そっか」

 

 真面目だね。なるべくそのままで居てくれよ? 綾小路君。

 俺は無意識に浮かべていた自嘲の笑みを誤魔化すように綾小路君をからかった。

 

「付き合ってそのまま結婚すると思ってるの? 綾小路君ピュアで可愛いね」

 

「……紡だってオレと大して変わらないだろ。20人以上付き合ったくせして童貞なんだろ? 坂柳が言ってたぞ」

 

 えぇ……何で知ってるの? 

 

「どうやら坂柳はお前が言った言葉を信じてるらしいな。『紡君が私に嘘を吐くわけありません。吐くとしてもサプライズだけです』とか言ってたぞ」

 

 って事は、俺がママ活してたのバレた時に「童貞も初キスも捨ててない」って言った言葉を、有栖ちゃんは未だに信じてるんだな。確かに嘘はついてないけど……俺が有栖ちゃんに嘘をつくわけない、か……

 

「俺の居ないところで下の話するのやめてくれよ……まあ、正直言うと俺も童貞で、キスすらしてないよ」

 

「……本当か? お前の女慣れした様子からだと、正直想像もつかないんだが。というか可哀そうだな。小、中時代に居たお前の彼女は」

 

 あっ、そう言えば彼女遍歴聞かれた時、前世の話したんだ。やっべぇ……綾小路君と有栖ちゃんがここまで仲良くなると思ってなかったわ。迂闊だった……まあ、バレたら最悪見栄張ってたって事にすればいっか。

 

「色々あったんだよ」

 

「……なぁ紡、俺に何か「おはよう二人とも。今日も頑張ろうね」……」

 

 何か言いかけていた綾小路君だったが、後ろから話しかけてきた洋介君の声でかき消されてしまう。小さな声だったため聞き取ることが出来なかった。

 

「あ、ごめん。お邪魔だったかな?」

 

 そう言って苦笑いを浮かべる洋介君。少しだけ疲れている様子だった。

 

「いや、大丈夫だ。おはよう平田」

 

「昨日はありがとね。探索行ってくれて助かったよ」

 

 上から洋介君、綾小路君、俺の順番で会話が進んでいく。探索というのは、俺がテントや調理器具の説明をしている間に、食料や魚などの物資を調達する班をまとめてくれたことだ。

 

「礼を言うのは僕の方だよ。紡君のおかげで契約を有利に進められたからね。今の所物資に問題もないし、皆頑張ってくれてる。高円寺君のリタイアで、夜はちょっと荒れちゃったけどね」

 

 そう。洋介君が少し疲れている理由は、昨日リタイアした高円寺君に対するクラスのヘイトを消そうと奮闘していたためだ。勿論俺も協力したが、俺と違って彼はどうも真面目過ぎる節がある。

 

「大変だな。2人とも」

 

 そんなねぎらいの言葉を掛けてくれたのは綾小路君。

 

「僕は好きでやってるだけだから。出来る限りクラスの皆が幸せでいてくれれば、それで満足なんだ。龍園君とのやり取りはほとんど紡君に任せっきりだったし、僕も頑張らないとね」

 

 

「Aクラスを目指したい生徒とDクラスのままでいたい生徒がいたら、どうするんだ?」

 

「ちょっと意地悪な質問なんじゃない? 綾小路君」

 

 冗談めかして咎めると、綾小路君は悪いと言って発言を取り消した。気になるとは思うけど、今聞くことじゃないだろう。

 しかし、洋介君は怒ることもなく答えてくれた。

 

「難しい問題だね。上のクラスを目指すということは、それだけ全員に無理を強いるってことだから……ごめん、答えはすぐに出ないよ。2人はAクラスを目指したい人? それとも学校生活が楽しめればいい人?」

 

「俺は堀北さんがAクラスに上がりたいって言ってるから、それに協力する感じかな」

 

「紡に同じくだ」

 

 俺も綾小路君も即答する。その裏に抱えているものはそれぞれ違くても、友達の夢を叶えたいという終着点は同じなのだ。

 

「そっか。上手く言えないんだけど、カッコイイな。三人とも」

 

「オレは何もしてないけどな」

 

「そんなことないよ。綾小路君がちゃんと協力してくれてること、僕も皆もちゃんと分かってるから」

 

 流石洋介君、フォローが上手いね。綾小路君もちょっと感動してておもろいな。ちょっと気にしてたもんね。クラスでの立ち位置というか何というか。

 

 

 

 それから点呼を終えた俺達は自由行動へと移った。うーん、昨日の時点で皆に指示を出し終えていたから、俺も今日は暇になるんだよな。Cクラスとの取引は既に完了したし。

 

「何しようかなぁ」

 

 伊吹さんにちょっかいをかけるか、他クラスの偵察をするか二択になるんだけど……まあ、無難な方でいっか。

 俺は同じく暇そうにしている綾小路君と、三回目のスポット占領を終えた堀北さんの下へと向かった。

 

「これから他のクラスの偵察しに行くけど、二人とも一緒行かない?」

 

 二人が頷いたのを確認すると、今朝教えてもらったBクラスのベースキャンプ地を目指して歩く。

 

「女子の方はどう、何か不満とか出てない?」

 

「そうね。現状は虫刺されとか、地面が固い位かしら。想像より少ない方よ」

 

「余ったポイントで対策立てといて正解だったな」

 

 上から俺、堀北さん、綾小路君と会話が続いていく。龍園君と交わした取引の余りで、虫よけスプレーや蚊取り線香等のグッズを買っておいたのだが、やっぱり正解だったね。

 他でも同じ不満を抱えているなら問題ない。これが男女で別れて来ると昨日のトイレの話みたいに拗れるし。

 

「今日の夜には下に敷くマットとかも使えると思うから、飲料水を妥協できたのは大きいね」

 

 それだけで50ポイント近く節約できたし。

 

「もう既にリタイアしたのかしら?」

 

「さあね。たった残り100ポイントで何ができるんだって考えると、昨日でバカンスを満喫して終わったんじゃない?」

 

「……理解できないわね」

 

 やっぱりAクラスに上がりたい堀北さんにとって、プライベートポイントを優先する龍園君の思考は理解できないのだろう。

 

「案外、Aクラスに行きたいとすら思ってないかもしれないな」

 

 そんなやり取りをしていると、程なくしてBクラスのベースキャンプ地へと辿り着いた。

 

「流石はBクラスと言ったところかしら……」

 

 Bクラスのベースキャンプに着くと、Dクラスとはまるで違う生活観がそこにあった。恐らく中心にある井戸がスポットなのだろう。その周りは木に囲まれていて狭かったが、そこにハンモックをかけて補っているようだ。

 

「やっぱり学校側はスポットを中心とした生活を想定してるみたいだね。使ってるアイテムは全く違うし」

 

「あ! おはよう三人とも!」

 

 三人で行動していれば嫌でも目立つ。ジャージ姿で木にハンモックを掛けていた一之瀬さんが挨拶をしてきた。

 

「上手くやれているみたいだな」

 

「あはは。最初は苦労したよー。でも何とかね、色々工夫して作ってみたの。そしたら逆にやることも増えちゃって。まだまだ作業が山積みだよ」

 

「時間余ってるし設営位なら手伝うよ? お互い協力関係だと思ってるし、相談しながらでもどうかな?」

 

 俺達の目標的に、Bクラスに2位を取ってもらうのが理想なんだよね。だから協力を惜しむつもりはない。Cクラスの話もしておきたかったし、丁度いい機会だろう。

 

「ホント! 助かるよ、ありがと~。じゃあ結び方教えるね!」

 

 そう言ってハンモックを渡してくる一之瀬さん。

 

「まあ見ててよ」

 

 前世ぶりだと思うのだが、意外と体が覚えているようだ。するすると結び目を作ってきつく縛ると、一瞬でハンモックが完成する。

 

「……驚いたわね。池君がアウトドア経験あるのは知ってたけど」

 

「昔ちょっとね。一之瀬さんは2人に教えてあげて」

 

「うん! じゃあ────」

 

 二人とも呑み込みが早いのか、人数分の設営は直ぐに終わった。

 

「皆手伝ってくれてありがと! 一瞬で終わっちゃったよー」

 

 それぞれのクラスの状況を教え合っていたため、お互い有意義な時間を過ごせただろう。

 完成した寝床を、遠くからうんうんと嬉しそうに眺める一之瀬さん。

 

「それにしても、龍園君の発想は凄いよね。初日に全員リタイアしちゃうだなんて。道理で偵察に行っても見当たらないわけだ」

 

「オレ達はそのおかげで完了までの目途が立ってる。昨日の敵は今日の友じゃないが、正直かなり助かった」

 

「でも羨ましいなー。だって1人リタイアしちゃった子がいても、270ポイントそのままでしょ?」

 

 ハンモックに腰掛け、だらーっと体を倒す一之瀬さん。確かに、200ポイントの物資提供何て、いくらプライベートポイントの支払いがあったとしても魅力的だろう。

 

「Bクラスに話が来てたら取引受けた? 一之瀬さん」

 

「えー……どうだろう。正直取引の条件とか言われるまで全く気が付かなかったし、龍園君ならやりそうだよね。わざと壊れた物資渡してくるのとか」

 

「お前らの龍園に対するイメージ悪すぎないか……?」

 

 そんな綾小路君の呟きで笑いが起こる。BクラスとDクラス。互いに違うクラス同士だが、協力することも不可能ではないのだ。それはひとえに一之瀬さんの人柄がなすものなのだろう。

 ほっこりした空気の中、堀北さんはふと思い出したように切り出した。

 

「そうだ一之瀬さん。さっき斎藤君も協力関係って言ってたけど、リーダーの正体を見破るっていう追加ルール。お互い除外し合う事を提案したいのだけど」

 

「私も同じこと考えてた。一クラスでも警戒対象から外れてくれると凄いありがたいかも。と言ってもCクラスはリタイアしちゃったっぽいし、警戒すべきなのはAクラスだけだね」

 

 互いに情報交換と協力関係の再確認を終え一段落したが、堀北は辺りを見渡して感嘆の息を漏らす。それぞれの生徒が自分の役割を持って行動しているのか、一糸乱れぬ連帯感がある。

 圧倒的に有利だという状況でモチベーションが上がってるDクラスに比べても遜色ない辺り、クラス全体の纏まりにおいては負けてるね。

 

「このクラス……想像以上に統率が取れているわね。やはりあなたが率いてるの?」

 

「うん。一応私がやってるよ Dクラスは誰か纏めてくれる人は居るの? やっぱり斎藤君と堀北さんの2人?」

 

「……そう「見栄を張るな。主に紡と平田の2人だ」……別に、嘘はついてないわよ」

 

 ここで見栄張る辺り、俺のツボを押すの得意だよね堀北さん。

 

「こうしてみるとDクラスって女子に人気の男の子多いよね。イケメンランキング1位の斎藤君に、3位の平田君、綾小路君も6位でしょ? この前クラスの子が言ってたもん」

 

 有栖ちゃんも投票してたんだよね。聞いたときは笑っちゃったわ。

 

「……そんなランキングがあったのね。知らなかったわ」

 

 話が逸れてしまったが、最終的に俺達はAクラスのベースキャンプ地を教えてもらった。

 

 

 

 一之瀬さんにお礼を言った後、俺達三人は深い山を目印通り進んでいく。

 

「Bクラスにも居たな。龍園に逆らって追い出された生徒が」

 

「やはり伊吹さんだけではなかったみたいね。自分たちは一日バカンスを楽しんだ後船で自由に過ごし、反対した生徒には暴力と追放という制裁。一体いつの時代にいるつもりなのかしら」

 

「俺的には女の子を殴るのが理解できないかな。未だに腫れ引いてないらしいし、しかも顔とか」

 

 効率的とはいえ、それを躊躇なくできる辺り大物だよ。

 そして森を切り抜けると、拠点にできそうな大きな洞窟があった。それを示すかの如く入り口の傍には仮設トイレが二つ、シャワー室が一つ置かれている。

 

「よし。行ってみるか」

 

「ああ」

 

「ちょっと2人とも……!」

 

 何のためらいもなく茂みから飛び出した俺と綾小路君。ここでジッとしてても何にもならないからね。()()()()()()()()()()()()()()()()し、一石二鳥だ。

 近くまで言って分かったが、洞窟にはブルーシートで作ったであろう巨大な目隠しが広げられていた。これでは中が全く見えない。

 

「なんだお前ら。どこのクラス……ってお前は!」

 

「昨日はどうも。戸塚君だったかな?」

 

 入り口の傍には、有栖ちゃんを突き飛ばした挙句、謝罪もなしにDクラスの皆を馬鹿にした戸塚君が見張りをしていた。有栖ちゃんと仲良くしていたためか、何故か顔を覚えられている。

 

「偵察に来たのよ。何か問題ある? ……Aクラスを名乗るからにはさぞ賢い生活をしていると思ったけれど……」

 

 ビニールで覆われた洞窟の入り口を見て、わざとらしくため息をついて見せた。

 

「賢いというよりは、姑息。臆病なやり口ね」

 

「なに? ……頭の悪いDクラスのクズ共に言われる筋合いはねぇぞ!」

 

「頭の悪い、ね。それなら私たちにこの中を見せても特に影響はないでしょう? それとも中を見られるだけで窮地に立つのかしら?」

 

 良いぞ堀北さん。もっと言ってやれ。

 

「そんなわけあるか!」

 

「だったら中を見せても問題ないでしょう? お邪魔するわね」

 

「ま、待て! おい! 待てって! 勝手なことすんな!」

 

 戸塚君は焦ったように回り込むが、それで止まるような堀北さんではない。

 

「────何をしている。客人を呼んでいいと許可した覚えは無いぞ」

 

 このまま押し切れると思ったその時、有栖ちゃんから説明を受けていた例の生徒が洞窟から出てきた。

 

()()()()! こいつら、俺たちの寝床を偵察に来たんですよ! 汚い連中です!」

 

「ビニール如きで大げさなことを言うわね。中を少し見せて貰うだけよ」

 

 振り返り、その男たちと対峙する堀北は怖気づく様子が微塵も無い。

 

「だったら遠慮せず中を見てみればいい。その代わり覚悟はしておくことだ。指一本でも触れた瞬間、俺は他クラスへの妨害行為として学校に通達する。その結果Dクラスがどうなるかは保証しない」

 

 ……ふむ。彼が葛城君か。実際に対面したのは初めてだが、確かに今までのリーダー的生徒とは違うタイプだね。洞窟をいち早く占有した判断力、他クラスに偵察を許さない慎重性、どれを取っても優秀だ。これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な。

 今もなお、堀北さんの強い口調に対しても冷静に返している。

 

「……まぁいいわ。Aクラスの実力がどの程度のものか、結果を楽しみにしておくから」

 

「随分と威勢がいいな。こちらこそ期待しておくとしよう。Dクラスの悪あがきに」

 

 流石に下がるしかないか。さて、()()()()()()()()だが……

 

「そうだ。Dクラスに斎藤という男がいたはずだろう」

 

 踵を返す俺達に対して、思い出したかのように葛城君は語り出した……なるほどね。こういう感じか。

 

「ん? 斎藤だったら俺の事だけど」

 

「坂柳から伝言を頼まれている。『体調を崩さないようにしてください』とな。知り合いなのか?」

 

「平たく言えば幼馴染だよ。だから個人的にはAクラスとは戦いたくないんだよね」

 

 苦笑いを浮かべながら語ると。葛城君は心底同情した様子を見せてくれた。

 

「……そうか。災難だったな。坂柳と懇意にしているのであれば、こちらも邪険に扱うつもりはない。今は試験中だから出来ないが、何もない時にAクラスに顔を出すこと位誰も文句は言わないだろう」

 

「あはは。ありがとう葛城君」

 

 随分と良い関係を築けているみたいだ。葛城君も性格いい子だし……全く、さぞ心が痛む。

 

「何でわざわざDクラスの奴に伝えたんですか! それも坂柳の伝言だなんて」

「坂柳はクラス間闘争で必ず必要な人材だ。お前はどうしてそこまで彼女を目の敵にしているんだ?」

「うっ……いや、それは」

 

 後ろでは葛城君達の会話が聞こえて来る。苦い顔をして歩く堀北さんに向かって俺は一言用事があると告げた。

 

「あ、そうだ。俺ちょっと寄る場所あるから先帰ってて」

 

「? 分かったわ。行きましょう綾小路君」

 

「ああ。よろしくな、紡」

 

 

 

 ────だが、物事には優先順位というものが存在する。残念だけど、その点において俺は妥協をするつもりはないんだ。

 

 後ろからチラチラと視線を感じながらも、俺は数分程深い森の中へと歩みを進める。そして辺りに誰もいないことを確認した後、俺は小さく呟いた。

 

「もう出てきて大丈夫だよ。久しぶりだね、神室さん。そして初めまして────坂柳派の皆」

 

 その言葉を皮切りに、俺を囲むようにして4人の生徒が顔を出した。恐らくもっと人数は居るだろうが、有栖ちゃんが信頼を寄せる選りすぐりの子供たちなんだろう。

 集団から一歩踏み出したのは神室さん。

 

「一応言っておくけど、私以外はまだあんたの事信用してないからね」

 

「じゃあ神室さんは俺の事信用してくれてるんだ? 嬉しいな」

 

「……うっさい。早くして、誰が来るか分からないでしょ」

 

 俺の弁当を喜んで食べてる癖して、可愛い反応をするものだ。

 未だに警戒を続けている坂柳派の生徒達。確か有栖ちゃんの紹介の仕方が悪かったんだよなぁ……

 

『彼らには、私が心から尊敬している人だと紹介しました。少しハードルを上げすぎたかもしれませんが、紡君ならこのくらい余裕でしょう?』

 

 ……絶対帰ったらエッチな悪戯してやる。そう胸に決意した俺は皆に語りかけた。

 

「初めて会った俺の事を信用できない気持ちはよく分かる。だが、俺達の行動原理は同じだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その為に、葛城君主導となっている現体制は、跡形もなく破壊しなければならない」

 

「……私たちは何をすればいいの? リーダー情報を教えて欲しいってんなら今すぐにでも教えるけど」

 

「それには及ばないよ神室さん。俺が君達坂柳派の生徒にしてほしいのは────」

 

 計画の内容を伝えると、彼らの顔は驚愕一式に染まる。俺だってこんなことしたくなかったんだ。だが、やった事の代償は払ってもらわないとね

 

「……それ、本気で言ってんの?」

 

「ああ。戸塚君がリーダーで、尚且つAクラスの空気感を感じとった限り、難しい事ではないはずだ。詳しいことは後で伝えに来るから、まず君達には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あくまでも偶然を装ってだ」

 

 そして、俺はあらかじめ場所の目星をつけておいたメモを彼らに渡す。

 

「分かった」

 

 そして俺が解散宣言をすると、彼らは蜘蛛の子を散らすように姿を消した。

 

 

 

「さて、()()()()()()()()。頑張るぞ、俺」

 

 

 

 ────そんな俺の呟きが、誰もいない森の中へとこだました。

 

 

 

「……」

 

 

 





無人島試験二日目終了
Dクラスが保有するポイント:274ポイント(ボーナスポイント)

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相棒


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「よしお前ら! 三日目を無事乗り切ったって事で、かんぱーい!」

 

 3日目の夜。Dクラスの生徒達は火を囲んで夕食を取っていた。池君の言葉を皮切りに、各々が喜びの声を上げる。

 

「コップは無いけどね」

 

「おいおい! しけた事言うなよ~斎藤」

 

 そんな池君にツッコミを入れると、困ったような声で軽く突かれ、また一層笑いが起こる。

 

「高円寺のヤツもバカだよなー。こんな楽しいキャンプファイアーに参加できないなんてよ」

 

 今日取ってきたばかりの焼きとうもろこしをかじり、心底呆れたように声を上げている。

 

「ね! 綾小路君と佐倉さんが見つけてくれたトウモロコシも美味しいし! アウトドアって結構楽しいかもっ」

 

「分かってるじゃねえか篠原! それにしても、こんだけ食料手に入れられるんだったら、もっと他の事にポイント使えばよかったよなー」

 

 実際に池君が言ったことは正しい。初日に果物や魚を見つけることができたが、不安だっため数日分の食料を購入してしまったのだ。

 しかし安定した食事が有ると無いとでは、安心感に大きな差が出るものだろう。それを池君に伝えると、彼は唇を尖らせて拗ねたように呟いた。

 

「ちぇ~そんなもんか」

 

「まあまあ。僕らは270ポイント以上も残せてるんだから、そこまで切り詰めなくても大丈夫だと思うよ? 先ずはこの試験を乗り切ることを考えよう」

 

「そうだな! 頼りにしてるぜー平田」

 

 確か洋介君のことが気に食わないと言っていたと思うが、この団らんは池君のそんな気持ちをも吹き飛ばすらしい。

 紆余曲折ありながらも、Dクラスは皆が一丸となって試験を進めることが出来ている。

 

「ちょっと席外すね」

 

「ん、わかった」

 

 俺は隣にいた綾小路君に断りを入れると、余分に焼いておいたトウモロコシと果物を紙皿に乗せると、皆の輪に背を向けて歩き出す。

 

「1人で寂しくない? 伊吹さん」

 

「ん……あんたは」

 

 俺が向かったのは、一人離れて寂しく体育座りをしていた伊吹さんの所だった。そのまま話しかけた後、手に持った紙皿を彼女の隣にそっと置いた。

 

「はい! 俺特製焼きとうもろこし。熱いからやけどしないようにね?」

 

「……これに特製とかないでしょ」

 

「何言ってるんだ。焼き加減とかで味が大きく変わるんだよ? いいから食べて、ほら」

 

 俺が引かないことを理解したのか、伊吹さんはため息を吐いた後、恐る恐るトウモロコシにかじりついた。

 そのまま2、3回ほどもぐもぐと口を動かした後、少しだけ目を見開いてもう一度かじりついた。

 

「あははは、美味しいでしょ? 炎天下の中頑張ってくれてたし、塩気のあるものが良いと思ってね」

 

「これ、ポイントで買ったの?」

 

 伊吹さんが指差したのは、トウモロコシに薄っすらかかっている塩の結晶だった。

 

「本当はバターとかあれば最強だったんだけど、生憎腐るものはダメみたいでね。早く味の感想聞かせてよ」

 

「……美味しい」

 

 そう一言呟いた後、伊吹さんは黙々と食べ続ける。どこか小動物的な愛らしさがあって、実に絵になる光景だ。

 

「何ニヤニヤしてんのよ」

 

 二日間栄養ブロックだけの食事は堪えたのだろうか、ちゃんと全部食べ切った後に文句を言われてしまった。

 

「ごめんごめん。お代わりいる? まだたくさんあるけど」

 

「……いらない。そんな食べないし」

 

 ちょっと迷った? ……ま、これ以上追及したら怒られそうだから、ここに来たもう一つの目的を済ませることにする。

 

「そうだ、ちょっと叩かれたほっぺ見せてよ。どんな感じになってるか見たいし」

 

「ん? いいけど……ちょ!? どこ触って「はーい、落ち着いて。冷たいの来るよ」ひゃっ!」

 

 反対側の頬に手を添え、声を荒げる伊吹さんの頬にタオルでくるんだ保冷剤を当てる。

 

「え、これ……」

 

「余ったポイントで、保冷剤とソーラーパネル付きの小型冷凍庫をレンタルしたんだ。昨日冷やして、やっと使えるようになった感じ」

 

 日中は電源無しで動かせて、夜も10時間近く持つ優れモノだ。10ポイントと破格だったが、仮設トイレやシャワーに比べると買った時の値段も安いし、割と妥当だろう。

 熱中症予防+働き終わった後のご褒美として大人気だったが、どうやら伊吹さんは存在すら知らなかったらしい。

 

「早く治るといいね。20分くらい付けたら、また5分くらい休んでつけるのを繰り返してく感じでやってみて」

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして……えっと、そろそろ手離しても大丈夫かな?」

 

 因みにさっきからずっと両頬を手のひらで支えたままである。さっきは小動物みたいと言ったが、今回に関しては猫みたいだな。

 

「あ……わ、分かったから早くあっち行って!」

 

「あはは、仰せのままに……俺達は何時でも歓迎だよ? 伊吹さん」

 

う……ホント、お人好しなんだから

 

 そう言って皆の所へと戻って行く。少し寂しそうな様子の伊吹さんだったが、あっちから来てもらうのを待つのが一番いいからね。

 

 見えてきたのは綾小路君の無防備な背中。特に話す人もいないのか、ボーっと火を見つめている……よし、この前の仕返しをしてやろう。

 俺は隣においてある小型冷蔵庫から保冷剤を取り出すと、綾小路君の首元にピタッと当てた

 

たうわ!? 

 

「ぶっ……っはははは! 『たうわ!?』だって、ははは!」

 

 だめだ。流石に面白すぎる。ホワイトルーム最高傑作が『たうわ!?』って。腹痛てぇマジで。

 

「……紡?」

 

「ちょ、だめ。ごめん綾小路君。流石に笑うわ……ってええっ!?」

 

 俺が笑い転げていると、綾小路君はいつの間にか俺を横抱きに抱え、そのまま隣の川に放り投げる。

『ザバッ!』っと大きな音が鳴り、俺のケツとジャージは尊い犠牲となった。

 

「痛ってぇ!? やりすぎだろ! 風邪ひいたらどうすんだよ!」

 

「馬鹿は風邪ひかないって俗説を知らないのか?」

 

「俗説の意味調べてこいバーカ!」

 

 自然に笑えるようになって嬉しいとか言っておきながら、クソウゼェ薄ら笑いを浮かべている綾小路君。

 

「どうせシャワー浴びるんだから気にするな。その間火に当ててれば乾くだろ……っ!?」

 

 俺は得意げに語る綾小路君に、己の身体能力の全てを駆使して水をぶっかける。波の様に押し付ける水の塊に、綾小路君はたちまちびしょ濡れになる。

 

「だったら上がって来いよ綾小路君。世間知らずの都会っ子に、俺の恐ろしさを見せてやる」

 

「……後悔するなよ」

 

 そう言って身の丈のまま飛び込んでくる綾小路君。────上等だ、ぶっ潰してやるよ。

 

 

 

 

 

「……」「……」

 

 1時間後。俺達は上裸で仲良く、バチバチと音を立てる焚火に手をかざしていた。その隣には、びしょ濡れになったジャージと下着の一式が並んでいる。

 

「────バカなの? あんた達」

 

 ────そんな伊吹さんの視線が、燃え盛る炎よりも冷たく突き刺さった。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 試験4日目の深夜。オレは紡と深い森の中を歩いていた。月明りしか道を照らす術がない中、紡は迷うことなく歩みを進めている。

 

「……よく迷わないな」

 

「まあね~。にしても、昨日のアレで体調崩してたらお笑いだよホント」

 

 どうやらお互いに馬鹿だったらしく、昨日のじゃれ合いで風邪をひくなんてこともなかった。全く……こんな形で、丈夫な体に感謝したくなかったぞ。

 そんなことをボヤキながら、今日得た情報を紡と共有する。

 

「へぇー……葛城君は現在2つのスポットを占領してるんだ。そして、3つ目の塔に関しては占領してないと」

 

 昨日のブチ切れた様子はどこへやら、紡は顎に手を当てて考え込んでいる。

 

「ま、Aクラスについては余裕だね。これから天候も悪くなりそうだし、運は俺達の味方みたいだ」

 

「最初に聞いたときは耳を疑ったが、これ以上コスパのいい作戦は浮かばないな」

 

「因みに綾小路君が言ったことを参考にしたんだけど」

 

 ……そんなこと言ったか? そうオレが疑問を浮かべていると、紡は咳払いをして話を変えた。

 

「まぁいいや。後は()()()()()だね……さて、どうする? 伊吹さんだけど」

 

「罪悪感で犯行を止めさせる作戦だったか? 正直上手くいきそうにもないが」

 

「言い方良くないぞー。というか、俺的には躊躇するくらいで止めておきたいんだよね。そうしないと龍園君にまた制裁されちゃうし」

 

 あくまで伊吹を案じているところは変わらないらしい。

 そのまま数分ほど歩き続けると、前を歩いていた紡が横に手を伸ばしてきた。止まれのハンドサインだろう。紡が見ている方向を凝視すると、薄っすらとした光が見えてきた。

 

「この類は綾小路君の得意分野でしょ? 偵察、頼んだよ」

 

「……分かった」

 

 いくらホワイトルームでも、忍者の育成はやってないんだがな……しかし、こういう特殊部隊的なやり取りは、男として心躍るものがあるな。

 そんな余計な思考をしていると、少しだけ開けた場所に出た。ゆっくりと茂みから顔を出すと、パチパチとした音が聞こえる。どうやら光源の正体は、誰かが焚いた炎だったらしい。

 

「龍園さん……俺たちゃ何時までこんな事しなくちゃいけないんすか?」

 

「うるせぇ。もう少しで良いものが見れるんだ。だから黙ってとっとと寝ろ。アルベルトもだ」

 

 そこにいたのは、須藤事件の主犯である石崎と、リタイアしたはずの龍園だった。隣には、大柄な黒人の生徒もいる。

 ……なるほどな。やはりオレ達の見立ては当たっていたようだ。

 

「……あ?」

 

 このまま聞いて居たいのは山々だが、これ以上はマズイな。

 そう思ったオレは、龍園にバレる前に紡の下へと引き返した。

 

「ナイス偵察だ綾小路君。これで伊吹さんと、Bクラスに居た男子生徒はスパイで確定だね。そして彼の目的も、何となく想像がついた」

 

 恐らく紡も同じ結論へと至ったのだろう。

 ────龍園の目的、それは最初から変わっていなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()という目標から。

 

「恐らく最初Aクラスに取引を持ち掛けたのも、葛城君の性格からしてスパイ行為を成功させるのが、他クラスに比べて難しかったからだろうね。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()か……」

 

「想像していたよりも警戒すべき男だな。龍園は」

 

 わざわざ残りの100ポイントでデジカメを用意する必要は無い。伊吹が龍園に直接教えれば良いからだ。

 ーーーーとなると、自ずと可能性は1つに絞られてくる。

 

「……『アレ』は最終手段だ。この無人島試験を、堀北さんの成功体験の一つにしたいからね。裏で俺達が全て操ってたとなると、また彼女の成長を妨げる事になってしまう」

 

 紡の言葉に小さくうなずいて同意する。

 

「同意見だ。Aクラスの方は任せたぞ。オレは伊吹に集中したいからな」

 

「────了解。気張って行こうぜ? 相棒」

 

 

 





無人島試験四日目終了
Dクラスが保有するポイント:278ポイント(ボーナスポイント)

 「たうわ!?」は、原作一巻で綾小路君が、堀北さんにコンパスで刺された時の反応のオマージュです笑
 上裸で火にあたるシーン。あまりに2人の体つきが良すぎた為、それを見ていた女子たちの話題はそれ一色に染まってしまいました。その中で何人かは、腐の道を歩みかけた生徒もいます。イケメンランキング1位と6位だからね、しょうがないね。

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Twitter始めました。ほとんど初めてなので不備があったら教えてください。


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軋轢


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「ちょっと男子。集まってもらえる?」

 

 5日目の早朝。深い眠りについていると、テントの外から不機嫌な様子の女子達の声が聞こえて来た。

 その一言で終わることなく、早く起きろだの出てこいなど、さながら立てこもり犯の様な扱いをされている。ただ事ではないと思った俺は、眠い目をこすりながらテントの外に出た。

 

「どうした? 何かあったの?」

 

 隣のテントからは洋介も出てきている。俺達の顔を見て、それまで般若のごとく眉に皺を寄せていた篠原さんが、幾分かマシな表情へと戻る。

 

「2人とも……悪いけど、男子全員起こして貰っていい? 大変なの」

 

 しかし、彼女がその強い口調を改めることは無かった。

 

「ん、じゃ洋介君そっちお願いね」

 

「分かった。今声をかけるから、少し待ってて」

 

 俺達が声をかけてから1、2分ほどして、男子たちが眠そうな目を擦りながらテントを出て来た。 

 寝ぼけていた男子達だったが、テントの外で集まる女子を見て初めて只ならぬ状況を察知する。

 

「こんな朝早くからどうしたんだい?」

 

「モーニングコールにしては、ちょっとばかし過激だと思うな」

 

 そんな俺の冗談にも、女子達の表情が和らぐことは無い。

 

「ごめんね二人とも。平田君と斎藤君には関係のない話なの……でも、どうしても確認しなきゃならないことがあるから集めたの」

 

 篠原さんは俺と洋介君を除く全員に対し、侮辱を込めた目でこう言葉を浴びせた。

 

「今朝、その……軽井沢さんの下着がなくなってたの。それがどういう意味か分かる?」

 

 うわ、マジかよ。

 

「え……下着が……?」

 

 流石にインパクトが大きかったのか、いつも冷静な洋介君も言葉を失っている。

 

 そう言えば軽井沢さんと一部の女子の姿が見えない。

 

「今、軽井沢さん、テントの中で泣いてる。櫛田さんたちが慰めてるけど……」

 

 そう言って、女子のテントを見る篠原さん。

 

「え? え? なに、なんで下着がなくなったことで俺たち睨まれてんの?」

 

「そんなの決まってるでしょ。夜中にこの中の誰かが鞄を漁って盗んだんでしょ。荷物は外に置いてあったんだから盗ろうと思えば盗れたわけだしね!」

 

 その言葉に、緩和していた男子の間に緊張が走る。一斉に顔を見合わせた後、抗議するようにざわめき出した。

 

 

「いやいやいやいや!? え!? え!?」

 

 池君は大慌てで男子と女子を交互に見やる。その様子を見た男子が、冷静な声で呟いた。

 

「そういや池、おまえ昨日……遅くにトイレに行ったよな。結構時間かかってたし」

 

「いやいやいや! あれは、その、暗かったから苦労したんだよ!」

 

「ほんとかよ。軽井沢の下着盗んだのおまえじゃないの」

 

「ば、違うって! そんなことしねえよ!」

 

 日ごろの行いが出ているのか、真っ先に疑われる池君だった。

 ……さて、面倒なことをしてくれたな。どうやって収めようか。

 

「とにかく。これ、凄く大問題だと思うんだけど? 下着泥棒がいる人たちと同じ場所でキャンプ生活するなんて不可能でしょ」

 

 篠原さんの話は最もである。

 

「因みに無くしたとかっていう可能性は……まあ無いだろうね。ちゃんと探したんでしょ?」

 

「うん。だから、何とかして犯人を見つけてもらえないかな? ……私は男子の中の誰かが盗んだと思ってる。でも男子全員が悪い訳じゃないし、あと二日残りの人で頑張りたいの」

 

 その感情の大半は怒りだったが、その中には悲しみやショックが見て取れる。

 一丸となって試験に取り組んでいた中、あと二日というところで裏切られたのだ。盗まれた軽井沢さんはもちろん、他の女子達の精神的ショックは計り知れないだろう。

 

「それは───でも、男子が盗ったって証拠はないんじゃ……僕はこの中に犯人がいるとは思いたくないよ」

 

「そうだそうだ! 俺たちは無関係だ!」

 

 やってない人からしたらとばっちりだと思うだろう。しかし、その反応をしても女子達の不信感が増すばかりだ。

 

「だったら手荷物検査させてよ。盗んでないなら問題ないでしょ?」

 

「よし。じゃあ俺がまず持ってくるよ」

 

 その言葉と同時に俺は潔白を証明するため、自身の荷物がある場所へと足を運んだ。

 荷物はテントの外側に置いてあるため、もし俺が盗んで入れてたとしても隠すことはできない、そんな狙いもあった。そして何より、信頼されているならそれに答えなくてはならないだろう。

 

「おい! 断れって斎藤!」

 

「この状況で俺らが疑われるのはしょうがないよ。盗んでないって胸を張って言えるなら、コソコソしないで応じるのが得策だと思うよ」

 

 池君の怒号にも屈せず言い返す。そして俺は自身の荷物が置かれている場所に到達すると、皆の視線を背中に感じながら、埋もれていた荷物を取り出す……ッチ、なるほどな。嫌な事してくれるぜ、ホント。

 

「あったよ。はい、篠原さん。皆が見てる前だから、隠したりできないし。ちゃっちゃと俺の潔白を証明しちゃおっか」

 

「うん! 別に、そんなことしなくても元々疑ってないけど」

 

 俺は、()()()()()()()()()()()()()()を想像し、次にする演技の予行練習を頭の中でしておく。

 

「じゃあ開けるね! 全く、アンタ達のせいで斎藤君がこんなこと……──────えっ?」

 

 ……はぁ、やっぱりな。

 ブツブツと文句を言いながら俺のバックを開けた篠原さん。しかし、彼女の予想とは全く違うことが起きたんだろう。覗き込んだ状態で立ち尽くしてしまっている。

 

「ん? どうしたの篠原さ……「ど、どういう事? 斎藤君」え?」

 

 よし……落ち着け。今後の展開は確定したんだ。まずは()()()()だ。前世で浮気した時の事を思い出せ……部屋に知らない女の子の髪の毛があった時、ストーカーのせいにして難を逃れただろ、それに比べりゃ簡単だ。

 篠原さんが震える手で俺のバックから取り出したのは、明らかに女性用と思われるかわいい下着だった。ピンクか、いい趣味してるね。

 

「は……?」

 

「────何で、軽井沢さんの下着が、斎藤君のバックから出てくんのよ!」

 

 絶対龍園君の指示だろ。裏でニヤニヤしてんのが容易に想像つくわ……マジで一発ぶん殴ってやろうかな。

 篠原さんは、何故か俺じゃなく後ろで絶句している男子達に向かって言い放った。

 

「ちょ、ちょっと待てよ! 絶対おかしいだろ! 斎藤が盗んだとして、何で隠そうともせず手荷物検査受けたんだ!?」

 

「だな。馬鹿な俺でも開けてすぐのとこになんて入れないぜ」

 

 池君が手を振りながら大声で訴え、須藤君も援護してくれた。やっべぇ……ここで俺を犯人って事にした方が楽なのに、庇ってくれる信頼が暖かすぎる。

 

「え? 斎藤のバックから出てきたんだったら、斎藤が犯人なんじゃねえの? コイツ女好きだし別に変じゃねえだろ」

 

 そんな彼らと対照的なのは山内君。コイツ……後で覚えとけよマジで。

 

「アンタは黙ってて! ねぇ、こんなの絶対おかしいって。アンタが斎藤君に罪を着せたんじゃないの!?」

 

「はぁ!? んで俺が犯人になってんだよ! 斎藤のバックから出てきたんだから、斎藤が犯人でいいじゃねえかよ」

 

 ほら言わんこっちゃない。思考が短絡的すぎるんだよ。

 そこから男女での言い争いに発展する中、その喧騒を止めたのは堀北さんだった。

 

「少しいいかしら。この下着泥棒の件、私は斎藤君ではないと思うのだけど」

 

「だから、今その話し合いをしてるんじゃねえかよ」

 

「話し合い? お互い感情的になって互いに罵り合う行動の、どこが話し合いと言えるのかしら」

 

 ……口調が入学当初に戻っている。これ……怒ってるな。確実に。

 

「まず、何故山内君は斎藤君が犯人だと思うのかしら。その根拠を教えてほしいわ」

 

「根拠って……犯人の鞄から出てくるのが普通なんじゃねえのか?」

 

 その矛先は、俺が犯人だと高々に言い放つ山内君へ。さも当然と言った様子で語る山内君だったが、堀北さんはそうは思わないようだ。

 

「女子の下着が盗まれたとなると、発覚後に男子の手荷物検査が行われるのは容易に想像がつく。仮に斎藤君が盗んだとして、バッグに入れっぱなしだなんて、そんな頭の悪い行動するわけないでしょ」

 

「そ、そんなこと分かんねえじゃねえかよ! 斎藤が欲を抑えきれなくてバカになってた可能性もあるだろっ」

 

 ……何でこいつがこんなに俺の事疑うか分かったわ。絶対モテてる俺に嫉妬して、俺の地位を落とそうとしてんだな? この前綾小路君に似たようなこと言ってたって聞いたし。

 でもそれ絶対悪手だと思うんだよね。ほら、堀北さんガチギレしてるって。

 

「……話にならないわね。私的には、篠原さんの言う通り他に盗んだ人が斎藤君に濡れ衣を着せたと思っているのだけど」

 

「だよね! 絶対他の男子がやったよね!」

 

「そうとも限らないわよ篠原さん。Dクラスのかく乱を目的に、他のクラスがこっそり夜中に仕掛けた可能性も否定できないわ」

 

 そうなってくると議論は振り出しに戻る。これ以上話してても悪化するだけだろうし、ひとまずここは俺が人柱になろう。

 先ほどからずっと黙っていたためか、何人か心配そうにこちらを見ている。俺はそんな彼らに苦笑いを向けた後、言い争っている皆の前に立ち切り出す。

 

「皆、一つ提案があるんだ」

 

「……何かしら。斎藤君」

 

 堀北さんが、不安そうに瞳を揺らしてこちらを見つめてきた。俺はそんな彼女の頭をポンポンと撫でると、弱々しい演技を心掛けつつ続けて語る。

 

「まず最初に、俺は誓ってやってない。でも、証拠となりうる下着も俺のバックから出てきてしまったし、話し合っても真犯人を特定することは不可能だろう」

 

「じゃあ……どうするの?」

 

 そう問いかけてきたのは篠原さん。

 

「ひとまずあと2日。酷な話だとは思うけど、皆にはそのまま試験を続けてほしい。────その代わりとして、俺は今日と明日、点呼以外でこのキャンプ地に一切立ち寄らないことを約束する」

 

「……絶対おかしいわ。そもそも犯人じゃない人間を追い出して、一体何が解決するのかしら」

 

「だからとりあえずなんだ。試験が終わればいくらでも調べられるだろうし、俺が犯人だって思ってる人も、それで納得するでしょ?」

 

 堀北さんの言う通り、実際は何の解決にもならない。

 しかし、『犯人ではない人間を追い出した』という罪悪感が残ることにより、ひとまず彼らが争うことは無くなるだろう。……最低な作戦だが、あと二日の辛抱だ。ここまでの努力を水の泡にはしたくない。

 ────それに、最も警戒されているであろう俺が居なくなれば、油断した龍園君の相手を綾小路君に任せられる。

 

「でも……」

 

「大丈夫だって。俺サバイバル得意だし、リタイアすることは無いから。じゃ、早速準備しないとね。食べ物だけちょっと分けて貰えると凄い助かるんだけど……ダメかな?」

 

 反対する声を押し切って、俺はその場を後にした。

 

 

 

 

 

「────後は頼んだよ。洋介君」

 

 俺がやっていた事の引継ぎを終え、俯いている洋介君の肩に手をポンと乗せ語る。彼には負担を掛けることになるが、こればっかりはどうしようもない。

 

「……やっぱり駄目だよこんな事。僕から言って、もう一度許してもらえるか話して「洋介君」……」

 

 未練がましく止めて来る洋介君に少しだけイラっと来た俺は、彼の言葉を途中で遮る。

 

「甘ったれた事を言うな。下着泥棒の疑いが掛かってる俺と、被害者である君の彼女を同じ場所で過ごさせるのかい?」

 

 状況的にありえないだけであって、それを今の軽井沢さんに納得させるのは酷な話だろう。公平性を謳う彼の方針は嫌いじゃないが、優先すべきものが何なのかを考えて欲しいものだ。

 

「それは……」

 

 それでも納得しない洋介君……しょうがないな。これはあまり言いたくなかったんだが。

 背に腹は代えられないと思った俺は、周りに聞こえないように洋介君に耳打ちをした。

 

()()()()()C()()()()()()()()()。そして、Dクラスのリーダー情報を持ち去ろうとしている」

 

「えっ……」

 

 驚いて声を上げようとした為、彼の口を手で押さえつける。

 

「下着泥棒の犯人はほぼ彼女で確定だ。大方警戒すべき俺の影響力を落とすのが目的だろう」

 

「だったら猶更! 「大丈夫。俺を信じろ」……信じていいんだね?」

 

「ああ。くれぐれも他の人には悟られないように頼むよ」

 

 数秒ほど悩んだ後、洋介君は小さくうなずいた。

 

「良い返事だ。じゃ、後は頼んだよ」

 

 少しだけ恰好付けながら、俺はDクラスのベースキャンプ地を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「────って事で、ご飯分けてくれない? 神室さん」

 

「……」

 

 ────まぁ。女の子に集るのはやめないけどね。ヒモだし、俺。

 

 

 





因みに彼の計画的に、1人で動く方が都合が良かったりします。綾小路君にDクラスを任せられると判断しての行動ですね。
バックを開く前から仕掛けられた事に気が付けた理由は、後々明らかにする予定です。

次の更新は明後日です!気長にお待ちください!


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始動


高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!全てに返信することはできませんが、ニヤニヤしながら読ませていただいております!



 

 

 

「……それで? あんたは誰かに着せられた下着泥棒の罪を償うため、わざわざ1人でサバイバルをするって事なの?」

 

 時刻は朝の9時ごろ。皆が朝食と点呼を済ませた頃合いだろう。そんな中各クラスのベースキャンプ地から離れた森の中で、神室さんの呆れたような声が聞こえてくる。

 俺は切り株の上に腰掛けながら、目の前で不機嫌そうに腕を組んでいる神室さんに弁明を行った。

 

「んー……厳密には違うかな。一つは軽井沢さんの心理的負担を減らすためだね。いくら冤罪の可能性が高いとはいえ、流石に気まずいだろうし」

 

「だったらBクラスとかに行けばいいんじゃない。同盟関係なんだし」

 

 そんな正論を言われてしまったが、実際一人の方がやりやすいことだってあるのだ。

 

「まあ……それは後にわかるよ。どう? 坂柳派の皆は上手くやれてる?」

 

 ここで説明する意味はないため、2日目に指示しておいたことについての確認を取る。

 あの閉鎖空間で3日。複数人から()()()()()を言われ続けているのだ。流石に我慢の限界が来るだろう。

 

「ええ。今の所はね。でもどうしてわざわざ戸塚の奴に『お前は威張ってる割に何もしていない葛城の腰巾着だ』って言わなきゃいけないの? 正直に言って雰囲気悪いから嫌なんだけど」

 

 そう。俺が指示したのは、戸塚君の有り余るプライドを刺激する事。神室さんの口調からするに、上手い具合に荒れてくれているらしい。

 

「そうだね……じゃあそれも今日で終わりにしよっか。最後に大仕事受けてもらう予定なんだけど、大丈夫かな?」

 

「……はぁ。ここまで来て辞めますなんて言えるわけないじゃない。そういう所なんじゃない? 良くない噂が立ってる理由」

 

 失礼な。アレは龍園君の嫌がらせだって認められたじゃないか! 

 

「誰が認めたのよ……で、私は何をすればいいわけ?」

 

 そう言って渋々と言った感じで右手を差し出してくる神室さん。しかし、その表情を見れば頼られて喜んでいるのは目に見えて分かる。どんな形であれ、他人から求められることが癖になってるのだろう。

 俺はそんな可愛い神室さんの右手に、初デートの時と同じように指を絡める。おお、見る見るうちに顔が赤くなった。ウブだねぇ~。

 

「もし上手くいったら、この前の時みたいにデートしてあげる。もちろん俺の奢りだし、忘れられない思い出も作ってあげるよ?」

 

 因みにこの金は有栖ちゃんの財布から出るものとする。

 左腕で抱き寄せながら、耳元で囁いてあげたらウブな神室さんはイチコロだ。

 

「わ、分かったから……! 早く何するか教えなさい!」

 

「その意気だよ神室さん。じゃあまずはこのメモを見て欲しいんだけど」

 

 そう言うと、予め必要な情報を記入しておいたメモを彼女に渡す。

 

「これは……島全体の地図?」

 

「そう。その地図には、俺と綾小路君が一日かけて作った島の外形と、その中にある十か所近くのスポットの位置。そして大きく丸付けた所は、各クラスのベースキャンプとそこから予想される活動範囲だね」

 

「……よくやるわね。こんな事」

 

 感心したように呟く神室さん。どのクラスも喉から手が出るほど欲しい情報のはずだ。

 

「そして今回神室さんにやってもらうのは────」

 

 一通り説明を終え顔を上げると、神室さんの表情には驚きと畏怖が混じった感情が浮かんでいた。

 

「本気なの? バレた時のペナルティだって大きいし、何より私が上手くやれる保証だってないじゃない」

 

「大丈夫。俺は神室さんを信じてるからね」

 

 もう一度神室さんの手を取りその瞳を見つめる。

 

「……分かった。でも、あんまり期待しすぎないで」

 

 顔赤くしながら言っても説得力ないよ? 神室さん。

 

「ありがとう! さて、女の子を傷つける悪い奴には、それ相応の罰を下さないとね♪」

 

……絶対あんたが言っちゃいけないセリフだと思う

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「ちょっと集まってもらえるかな」 

 

 テントから出ると、平田から集合がかかる。程なくしてクラス全員が集まった。 

 そしてそこには目を真っ赤に腫らしながらも、怒りに震える軽井沢の姿があった。

 

「男子は信用できない。このまま同じ空間で過ごすなんて絶対無理……!」

 

「でも、男女で離れて生活するのはちょっと問題じゃないかな……。斎藤君も言ってたし、試験はもう少しで終わる。だからこそ、僕たちは仲間なんだから信じ合い、協力し合わないと」

 

「……それは、そうだけど。でも下着泥棒と一緒の場所なんて耐えられない! そもそも何で平田君は斎藤君の話を聞こうとしてるの……?」

 

 意外だったのが軽井沢の反応だ。紡のバックから彼女の下着が出てきた時、本当に紡を疑っていたのは、山内含む紡と関係性の薄い男女数人のみだった。その為軽井沢も紡を犯人だと断定するはずないと思っていたのだが……

 

 

 

『嘘でしょ……? 斎藤君が犯人なの?』

 

『いや、だから冤罪の可能性が『信じらんない!? やっぱ噂通りだったじゃん!』軽井沢さん……』

 

『斎藤君ならやらないって信じてたのに……ここから離れるって言ったのも、どうせ逃げるためなんでしょ!?』

 

 

 

 そんなやり取りがつい数十分前に行われていた。紡は荷物を纏めていなかった為その場にはいなかったが、恐らく彼は軽井沢の反応をある程度予想していたのだろう。

 何故かは分からないが、紡は軽井沢に大層嫌われているらしい。紡から直接そう聞くまで、そんな雰囲気は微塵も感じなかったが。

 

「だから斎藤が犯人な訳ないって、何回言えば分かるんだよ! この話はひとまず置いといて、あと二日頑張ろうっていう話だろ!?」

 

「意味わかんない……何で盗んだ奴を庇うのよ! ホントに盗んでなかったらもっと違うって言うはずでしょ!?」

 

 そんな軽井沢の発言に言い返したのは、紡が疑われた時に真っ先に庇った池だった。

 ……今の軽井沢に何を言っても無駄だろうな。恐らくだが、彼女は『加害者である紡が庇われて、被害者である軽井沢が我慢するように言われている』この現状に不満を抱いているのだろう。

 

「いい加減にしろ軽井沢。下着を盗まれたことには心底同情するが、証拠となる現物が斎藤のバックから出てきた時点で、現段階で犯人を見つけることは不可能と言ったはずだぞ。()()()()()()()()()()()()()()()()()お前のために、俺達が迷惑被るのはごめんだぞ」

 

 そう。ここまで話がこじれているのは、この試験……いや、それ以前からの軽井沢へのヘイトが高かったことにあるだろう。

 たった今幸村が言った通り、軽井沢は篠原たちと比べてクラスに貢献するような行動をしてこなかった。

 

 ────しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は? 何被害者ぶってるの? そもそもアンタ達の誰かが軽井沢さんの下着を盗んで、斎藤君に罪を着せたのは変わらないじゃない!」

 

 幸村の言い方が悪かったのか、今度は篠原が声を荒げる。

『紡の意向を汲み取ろうとする池や、幸村含む男子』

『プライドから紡を犯人だと決めつけている軽井沢』

『あくまで他の男子が犯人だと信じている篠原含む女子』と、三つ巴の争いが発展している。

 

「私たちは犯人が男子だと思ってる。だからここに線引きして男子と女子でエリアを分けてよ。男子はこっち側には絶対立ち入り禁止にするの」 

 

 篠原はそう言って生活スペースを区画で分ける提案をする。

 

「……斎藤の犠牲は無駄って事かよ」

 

「うっさい。下着泥棒の罪を斎藤君に擦り付けた最低野郎と、一緒に住めるわけないでしょ」

 

 あれだけ一致団結していたDクラスは、顔の見えない一人の生徒によって、バラバラに崩されてしまった。

 

 

 

 

 

 あの後結局男女のテントを分けることになり、運ぶ依頼をされたのはオレと平田。「親友の斎藤君にあんな事されたらムカつくよね……私達も仲間だよ」とか女子に言われてしまった。クラス共通の親友判定は嬉しいが、男子の視線がすごく気まずいことになっている。

 

「……災難だったな。アンタも」

 

「伊吹か。まあ、一番辛いのは紡だと思うぞ」

 

「……そっか」

 

 炎天下の中作業を行っていると、伊吹が話しかけてきた。二日前あれだけバカ騒ぎをした後でこれだと、彼女も思うところがあるのだろう。

 

「今朝の下着泥棒の件、何て言うか大変そうだな。斎藤のバックに入れた奴がバカなんじゃないのかって、正直思った」

 

「まあ、な。濡れ衣を着せるなら池辺りが最適だろうに。理解が出来ない」

 

 ……別に池が嫌いってわけではない事を補足しておく。

 純粋な疑問を口にしただけだが、伊吹にはオレが怒っているように見えたのだろう。気まずそう……いや、これはまた『別の感情』を浮かべている。

 

「犯人に心当たりはないのか」

 

「今のところは全く。オレとしては、極力男子は疑いたくない」

 

「じゃあ誰が犯人だと思うんだ?」

 

 試しているかのような、そんな問いかけだった。オレは真横に立つ伊吹の様子を横目で窺うが、こちらを向くことなく回答を待っていた。それでも答えずにいると、伊吹は言う。

 

「おまえの言うように男子が犯人じゃなかったとしたら、次に疑われるのはよそ者の私。疑う声だって絶対に出たはずだ。斎藤が下着を盗んだように見せかけたのかもって。違う?」

 

「少なくともオレは信用するかな。おまえが犯人とは思えない」 

 

 そう迷わず伊吹に対して答えていた。少し驚きオレの目を見てくる。それが真実かを確かめているかのようだった。オレが視線を合わせると、伊吹は()()()()()()小さく呟いた。

 

「……ありがと。そんな風に言ってくれて」

 

「お前も紡と話してみてわかっただろ。あいつは天性の女たらしだ。しかもそれを嫌味に感じさせない爽やかさがある。そんなアイツのバックから出てきても、だれも犯人だとは思わないだろ? 大方Aクラスで紡の事を知らない誰かが、夜中にコッソリやったんじゃないかと思ってる」

 

「確かにあり得るな。それとちょっと早口になるのやめろ、キモイから」

 

 ……女子にキモイと言われると、ここまでショックを受けるものなのか。

 

「……まあ。俺の予想が合ってたなら、結果として最悪だな。『真犯人が他クラスの生徒だと教える代わりに、Dクラスのリーダー情報を教えろ』とか言われたら、俺は喜んで教えるだろうな。今後クラス間闘争をする上で、紡は欠かせない戦力だ」

 

「……そんなに大事にされてるんだ」

 

「ああ。オレだけじゃなく堀北や平田も、紡が潔白だと証明できるなら50ポイントくらい喜んで差し出すと思うぞ」

 

 そう言うと、伊吹は驚いたように目を見開いた。さて、食いついて来るかどうか……

 

「そう、なのか。ありがとう。私はもう行くよ」

 

 伊吹はさぞ驚いているだろう。

 

 

 

 ────池のバッグに入れた下着が、紡のバックから出てきたんだからな。

 

 

 

「ハッ……最低なのは変わらずか……これで嫌われたら世話ないな」

 

 

 




 軽井沢が斎藤を嫌う理由は、同族嫌悪と嫉妬です。それにプラスして何故か皆が斎藤を守ろうとする流れだったため怒ってます。
 そして斎藤に罪を着せた男子にキレてる篠原筆頭とした女子。
 最後に斎藤の犠牲を無駄にした女子にキレてる男子。
 書いてて思いましたが、想像以上に地獄ですね笑

 
https://twitter.com/Tokumeikiboussh
Twitter始めました。ほとんど初めてなので不備があったら教えてください。



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異変


無人島試験も終わりを迎えます!ここまでこれたのは皆さんの応援のおかげです!感謝!

高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!全てに返信することはできませんが、ニヤニヤしながら読ませていただいております!



 

 

 

 時は試験開始5日目の夜。俺がDクラスのベースキャンプ地から離れた14時間後の話である。俺は、今朝神室さんに指示した後計画の準備を進めていた。

 と言っても難しい話ではなく、これから来るであろう一人の生徒を待ち構えるだけである。

 

「さて、そろそろだと思うんだけど」

 

 どのクラスのベースキャンプ地からも離れた、山の中央にポツンと立つ、小屋を模したスポットの近くで時間を確認する。

 このスポットには学校が用意したであろう食料一式、焚火をするための木材や着火剤、大きな鍋などが置かれている。そのため初日こそともかく、試験終了まであと二日の今、ここを占有するメリットはない。

 

「……雨か。都合が良いな」

 

 ポツポツと振り始めた雨が、俺の頬と髪を濡らす。あまりにも都合の良い状況に笑ってしまいそうになるが、ここでバレたら全てが無駄になる。

 そう自分に言い聞かせてながら数分ほど待っていると────北東、Aクラスのベースキャンプ地がある方角から、ぴちゃぴちゃと地面を踏み鳴らす音が聞こえてきた。

 

「はぁ……はぁ。……クソッ! あいつら、人を腰巾着とかバカにしやがって……!」

 

 乱れた呼吸を整えるように深呼吸を行った生徒────戸塚君は、雨でずぶ濡れになった頬をジャージで擦り、小屋の中へと入って行った。

 周りに誰もいないか確認しない辺り、彼の程度の低さがうかがえる。最も、確認されたところでバレるつもりもないんだが。

 そう思いながら、乗っていた木の幹から音を立てないようにスッと地面に降り、小屋の扉の反対方向に回り込む。

 

『よしっ! これで文句は言えねぇだろ!』

 

 一枚の薄い壁越しに、興奮した様子の戸塚君の声が聞こえて来る。どうやらスポットの占領も終えたようだ。

 

「……見られてないよな」

 

 外に出て思い出したように呟いた戸塚君は、ゆっくりとした足取りで俺が隠れている小屋の裏側へと回り込んでくる。

 

 ────そして姿が見えると思った瞬間、俺は姿勢を低くした状態で飛び出し、彼の頭と顎の下を某ステルスゲームの主人公の様に抑え込んだ。

 

「んぐっ!? ……カッ……!」

 

 気道ではなく、首側面の頸動脈を絞めるように左腕の位置を調節する。

 先ほどまで走ってきた影響もあってか、戸塚君の抵抗が長く続くことは無かった。

 

「駄目じゃないか。こんな夜中に1人で飛び出しちゃ……よし」

 

 意識が無いことを確認した俺は、彼のジャージのポケットに入っているキーカードを取り出した。

 そのタイミングで、戸塚君が来た方向から三回光が差してくる。俺も同じように『合図』を送り返すと、深い森の中から三名の男女。坂柳派の子たちが姿を現した。

 

「……生きてんの? そいつ」

 

「ん、ただ気絶してるだけだよ。本人は何が起こったかも理解できないと思うから、打ち合わせ通りよろしくね」

 

 三人の生徒の一人、神室さんが戸惑いを隠さずに聞いてきた。あまりに静かに眠っているため、そう思うのも無理はない。

 

「はいはい……ったくエグいことするねホント。流石あの人が言うだけある。じゃ、任せたよ鬼頭」

 

「ああ」

 

 流石Aクラス。それも有栖ちゃんが信頼する生徒なだけあって、完璧な仕事をこなしてくれた。

 

 

 

 ────時は五日目の朝、神室が斎藤に呼び出された時に戻る────

 

 

 

「今回神室さんにやってもらうのは、『戸塚君をここに記したスポットまで誘導すること』だ」

 

「誘導って……一体何をするつもり?」

 

 そんな最もな疑問が飛んでくる。訝し気に眉をひそめる神室さんだったが、これから説明するから我慢してほしい。

 

「まず最初に、俺が有栖ちゃんに頼まれたことが何か分かるかな?」

 

「葛城派を失墜させて、坂柳がAクラスの実権を握るための手伝いでしょ?」

 

 意外にもしっかりと聞いているらしい。彼女の事だから何も説明されていないなんて展開も想像したが、どうやら杞憂に終わったようだ。

 

「正解。でも厳密にはちょっと違う。俺が有栖ちゃんから頼まれたことは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

「……そんなことできるわけ?」

 

 確かに難しいと思うだろう。有栖ちゃんが無条件で実権を握れていない辺り、葛城君も間違いなく優秀な人材だ。有栖ちゃんも「参謀として使いたい」とか言ってたし。

 そしてそれを本人に関連させない失態となると、その難易度は跳ね上がる。

 

「わざわざ本人を攻撃する必要は無いんだよ。俺も葛城君は良い子だと認識してるからね」

 

「なるほどね。だから戸塚を狙うんだ」

 

 理解が早くてよろしい。そしてその点において、スポットを生き急いで占有しに行くような戸塚君は格好のエサだ。

 プライドが高く、愚鈍な頭の彼が何故Aクラスに入れたのか理解不能だ。俺と交換してくれ。

 

「そう。結論を言うと俺は()()()()()()()()()()()()()。それも、戸塚君本人の責任だと皆に思わせるようにね」

 

「本気なの? バレた時のペナルティだって大きいし、何より私が上手くやれる保証だってないじゃない」

 

 予想外の計画だったためか、神室さんは目を見開いて絶句している。そんな彼女を尻目に、俺は話を続けた。

 

「そうすると責任感の強い葛城君はこう思うだろう『戸塚君を止められなかった俺の責任だ』ってね。だがAクラスの生徒は違う。『戸塚君が先走ったせいでAクラスは負けた』と思うだろうね。そして阿鼻地獄となるAクラス。葛城君のトラウマになってもおかしくない」

 

「……えげつないわね」

 

「そもそも有栖ちゃんに全部任せとけば良かったのに、どうして下らない意地を張っちゃうかなー。長い物には巻かれろって言葉知らないのかな?」

 

 俺だったら喜んで巻かれるけどね。ヒモが巻かれるという何とも不可解な状況だが、それは置いておくとしよう。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 紡が居なくなってから一日が経ち、現在は試験6日目のお昼前、食料を取ろうと森へ探索に向かったオレたちだったが、収穫なくベースキャンプへと戻ってきた。太陽が出ていないとはいっても真夏の森の中は想像以上に暑い。

 

「早く洗った方がいいよ、堀北さん。相当ドロドロだよ……」

 

「そうね……流石にこの状態は辛いわ」

 

 何故か髪も服も泥だらけの堀北が不快そうに呟いた。可哀想だが、これも仕方のないことだ。後で人生初の土下座でもして許してもらおう。

 

 ────そう。何を隠そう、堀北が泥だらけなのはオレのせいなのだ。この特別試験の中で、オレが先ほど行ったことは。『池の鞄に入れられた下着を紡の鞄に移したこと』『キーカードの存在を伊吹にそれとなく教えたこと』『堀北に泥を掛けるように山内に頼んだこと』だ。

 そして一つ目に関しては、紡は今もなお伊吹が下着を入れたと思い込んでいる。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「あなたのことは一生恨むから。覚悟しておいて」

 

 案の定ボコボコにされた山内は、怯えたように体を震わせてオレの背後に隠れた。 

 

「おお、おれ、俺は、や、やったぞ。約束、約束は守れよなぁっ!」

 

「大丈夫だ。試験が終わったら必ず教える」

 

 残念だが教えるつもりは毛頭ない。紡を最後まで疑い続けた罰だ、甘んじて受け入れて欲しい。

 

「あちゃ、でもシャワー室は無理みたい……」

 

 既に探索から帰ってきた女子たちがシャワー室前に集まって順番待ちしている。皮肉なことに軽井沢グループで全部で3人並んでいる。

 篠原達だけなら問題ないだろうが、軽井沢が居るとなると話は別だ。

 

「川を使ったらどうだ? それなら手っ取り早いだろ」

 

「……そうね。それ以外に方法はなさそう」

 

 そして二つ目の行動の意味がここで出てくる。さりげなく堀北を人目のつかない場所に誘導しながら、横目で伊吹の様子を確認する。

 

「私も泳ごうかな。伊吹さんも一緒に泳がない? 結構汗かいたと思うし。私たちが許可すればCクラスが川を使ってもいいよね?」

 

「私はパス。泳ぐのが好きじゃないから、大人しくシャワー室を待つ」

 

 よし。ここまでは予定通りだ。次にオレは、1人で名残惜しそうにシャワー室から背を向けた堀北にこっそり付いていき、周りに聞こえないように小さく呟いた。

 

「泳ぎに行くならキーカードを渡してくれ。もし盗まれたら大事だ」

 

「ええ。助かるわ綾小路君」

 

 二つ返事でキーカードを渡してくる堀北。ここ数か月で築き上げた信頼もあるだろうが、何より堀北の成長が著しいと、改めてオレは実感した。

 それから一人になったオレは男子の鞄が積み上げられた荷物置き場に行き、自分の荷物をガサゴソと漁る。

 

「……よし、ちゃんと動くな」

 

 オレはその中に入っていた『とある物』を手に取り、キチンと動作するかを確認した後、ポケットにしまう。クラスの皆には無断でレンタルしたため、バレたら大事だ。

 

「さて、そろそろオレも動かせてもらおうか」

 

 

 

 10分ほどして着替えを終え戻ってきた堀北は、キャンプ場の不穏な空気を感じ取った。 

 それは仮設トイレの裏手から見える、薄暗い煙が原因だ。 焚火をするには早すぎるし、場所もおかしいことに気づく。

 

「あの煙は? 一体何があったの?」 

 

 オレは堀北と合流し、近くで騒いでいた池を捕まえて事情を聞く。

 

「それが大変なんだって。火事だよ火事! トイレの裏で何か燃えてんだよ!」

 

 シャワー室の前に並んでいた女子は全員いなくなっている。火事の騒ぎを聞きつけて移動したのだろう。

 

 「伊吹さんの姿も見えない。この火事も彼女の仕業かも。彼女はどこに?」

 

「火事に気づいて、今しがたあっちに歩いていったところだ」 

 

 急ぎ仮設トイレの裏手に行くと、そこには平田たちの姿があった。そして伊吹の姿も。

 

 

 

 ────生徒達の視線はもれなく火に注がれている。ここまでお膳立てしてやったんだ、ここで動かないならもう諦めるしかない。

 

 

 

 そう思っていた間に、伊吹は堀北に話しかけ、二人で集団から離れていった。この距離にクラスメイト達の喧騒も重なって、何を話しているかの検討もつかない。しかし口の動きからある程度の内容は読み取れる。

 

『斎藤の無実を証明したかったら、何も言わず今すぐ私について来い』

 

 そう言って歩き出した伊吹。堀北は……数秒の葛藤の後、彼女の後をついていくことに決めたようだ。

 

「これは……マニュアル?」

 

「うん。どうやらそうみたいだ。誰がこんなことを……」

 

 どうやらこちらでは火を消し終えたみたいだ。クラスの女子の誰かと、平田が困惑を露わにしている。

 

「僕の責任だよ。マニュアルは鞄の中に保管していたんだ。テントの前に積んであったし、昼間だから誰かに盗られたりするなんて思いもしなかったんだ。でもまずはきちんと消火しないと……」

 

 犯人探しよりも、平田は火元を確実に絶っておくことを優先し川へ向かう。 空のペットボトルに水を汲みながら、平田は暗い表情で呟いた。

 

「なんで……誰がこんなことするんだ……どうして、皆仲良く出来ないんだ……これじゃ、紡君に何て言えば……」

 

 自然と手に力が籠っていたのか、ペットボトルをぐしゃりと握りつぶしてしまう。いつもの爽やかな表情はどこへ行ったのか、どこか恐ろしい雰囲気さえ漂っていた。

 紡と2人でリーダーをしていた時と比べて余りにも雰囲気が悪すぎることもあってか、平田の心身には大きな負荷がかかり続けている。

 

「一人で背負いすぎる必要は無いと思うぞ」

 

 慰めにもならない言葉を平田にかけると、小さくありがとうと言って立ち上がった。

 

「この件は……ちゃんと話し合わなきゃいけないだろうね。このままじゃ、紡君に顔向けできないし」

 

「そうだな。火事はDクラスの殆どが目撃してる。真相を知りたがってるはずだ」 

 

 気落ちした表情で、平田は汲み上がった水を手に火元へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 オレはその隙に、堀北と伊吹が移動した方向へと足を運ぶ。────数分程向かった先に見えたのは、伊吹が堀北に蹴りかかろうとする瞬間だった。

 

「……すまないな。堀北」

 

 

 

 ────だが、オレは一切の妥協を許すつもりはない。

 

 

 

相反する2つの想いを押しのけながら、オレはポケットから取り出したデジカメを2人に向けた。

 

 

 





状況の整理
・伊吹は池のバックに下着を入れた
・それを斎藤のバックに移したのは綾小路
・斎藤はそれを知らない
・Aクラスは地獄みたいな雰囲気

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斎藤:坂柳、堀北、神室
綾小路:佐倉
他未定


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怒り



高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!全てに返信することはできませんが、ニヤニヤしながら読ませていただいております!


 

 

 

「……どこまで行くつもりかしら?」

 

 私ははやる気持ちを目の前を歩く伊吹さんにぶつけるようにして問いかけた。

 

「うるさい。少しは余裕をもったらどうなの?」

 

 しかし、帰ってきたのは呆れを含んだ視線と言葉。確かにこのやり取りも三回目だが、それも仕方のないことだと思う。

 強くなってきた雨や、雨雲によって辺りが暗くなってきていることも焦りを生む理由だったが、何より私は彼女に言われたことが気になって仕方がなかった。

 

『斎藤の無実を証明したかったら、何も言わず今すぐ私について来い』

 

 斎藤君の無実というと、間違いなく下着泥棒の件だろう。伊吹さんが怪しいとは思っていたが、一体なぜこのタイミングで接触をしてきたのか、それが分からなかった。

 

「……そうね」

 

 辺りにはザーザーとした雨音だけが鳴り響いている。失敗ね……ここまで雨が強くなるなら、何か上に着るものを持ってくればよかったわ。

 

 

 

 それから数分ほど歩いた後、伊吹さんはおもむろに辺りを見渡して立ち止まった。

 

「ここなら誰にも見られることは無いな」

 

「本題に入りましょう。伊吹さん、あなたの狙いは何?」

 

 Dクラスのベースキャンプ地から遠く離れた場所で、他クラスの生徒と2人きりの状況は余りよろしくないだろう。

 

「はっ、そんなに斎藤の事が大事かよ……まあいいや」

 

 そう言って伊吹さんは、真剣な表情でこちらを見つめてきた。

 

「私からの要求は1つ。アンタが今持っているリーダーカードを私に渡すこと。その代わりに下着泥棒の件は私がやったとDの奴らに伝える」

 

「……呆れたわ。そんな要求を飲むとでも?」

 

「斎藤の奴が居なくなって2日。あんたも気が付いてるだろ? D()()()()()()()()()()()()()()()()()……もし盗まれたのが別の奴だったとしたら、アイツは上手くクラスを纏められたと思うぞ」

 

 半ば確信したように問いかけて来る伊吹さん。一瞬訝し気な表情を見せたが、すぐに元通りの勝気な表情へと戻った。

 

「そうね。でもその話と私が取引に応じることに、一体何の関係があるのかしら?」

 

「まだ分からないのか? このまま斎藤の身の潔白を証明できなかった場合、間違いなく軽井沢の不満が爆発する。女子に大きな影響力を持つアイツがそんな状態で、Aクラスを目指すことなんてできるのか?」

 

 イライラした様子で語る伊吹さん。

 

「随分と饒舌ね伊吹さん。あなたも薄々気が付いてるんじゃないかしら。この状況が長引けば不利になるのはあなただって」

 

 今でこそ火事で皆の注意が逸らされているが、消火を終えたら私と伊吹さんが居なくなってることに気が付くはずだ。

 

「意外と冷静だな? 斎藤の無実を証明できるいい機会だってのに。たかが50ポイントだろ?」

 

「初日で全員がリタイアするようなクラスの生徒には分からないでしょうけど、この50ポイントを貯めるために皆がどれだけ努力をしたと思っているのかしら? 皆不満はあれど、同じ目標に向かって努力をしているの。それを私個人の感情で無に帰すのは許されない」

 

 私が取引に応じる可能性が無いと確信したのか。その瞬間伊吹さんは手に持った鞄を地面へ置いた。

 

「……どういうつもりかしら?」

 

「やめだやめ。万全のお前に舌戦で敵うはずもないし」

 

「そう。なら大人しく……ッ!?」

 

 私が引き返そうとした瞬間、伊吹さんの細い足が私の顔に向け放たれた。

 ……危なかったわ。警戒しておいて正解だったわね。

 私ギリギリで後方に逸らして躱すと、跳ねた泥が私の両腕と手に付着した。

 

「へえ。やるじゃん」

 

「暴力行為は即失格よ」

 

「こんな場所で誰が見てるって言うんだか。それにおまえもムカついてるだろ? 愛しの斎藤に濡れ衣を着せた女が目の前にいるんだから……なっ!」

 

 その言葉と同時に、伊吹さんは上体を低くしてタックルを仕掛けて来る。踏ん張りのきかないこの場所では最適の攻撃方法だろう。だが、本気でかかってくるのなら私も容赦はしない。

 私は彼女の顔面に蹴りを放つ。まさか急所を狙って来るとは思わなかったのか、伊吹さんは軌道を横に逸らして受け身を取った。

 看病をしてくれた斎藤君に感謝しないといけないわね。風邪をこじらせた状態で勝てる相手ではない。

 

「チッ……意外と動けるじゃない。何か習ってた?」

 

「ピアノと書道なら」

 

 何処かの事なかれ主義者の言葉を引用させてもらう。

 本当は……彼と斎藤君が裏で何かをしていた事なんて分かっている。私がそこに入れてもらえないのは、単に実力が不足していると言うことも重々承知だ。

 ────だから、リーダーを任された時は本当に嬉しかった。自分に出来ることを精一杯やろうと固く誓った。

 

「いい加減……持っているキーカードを渡せ!」

 

 段々とぬかるんできた地面ではお得意の蹴り技が難しいと判断したのか、伊吹さんは拳を顔の横に構え距離を詰めてくる。

 顔面や腹部を狙った連撃を手で払いながら、バランスを崩した彼女の腹部に膝蹴りを入れる。

 

「はっ……! っぐ」

 

「私が攻撃を躊躇うかと思ったかしら? 残念だけど、今の私は1人で戦ってるわけじゃないの」

 

 油断していた中での一撃。呼吸が出来なくなったのか、伊吹さんはその場で膝をつき涙目でこちらを睨んでくる。

 

「……はぁ、はぁ……全く。どうしてCクラスはこうも気性が荒い生徒ばかりなのかしら」

 

「ぐっ……っクソ。まさか、ここまでとは……」

 

 荒くなった呼吸を整えていると、伊吹さんは生まれたての小鹿の様に足を震わせながらもなんとか立ち上がる。

 

「あなた、ここ一週間ロクに食べてないでしょう? 律儀なのか横暴なのか分からないけど、その状態で私に勝つのは不可能よ」

 

 そんな彼女の姿が哀れに見え指摘すると、予想に反して彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら言い返してきた。

 

「ふっ……そうだな。確かに、この勝負は私の負けみたいだ。だが、あんたは決定的なミスを犯した」

 

「? ……何を言って」

 

 その瞬間、全く警戒していなかった方向から後頭部へと鈍い衝撃が走る。

 

「ガッ……!?」

 

 脳が揺れたのか、吹き飛ぶ体を抑える事すらできず、私は地面へと倒れた。上手く動かない顔を必死に動かし、横目でその姿を確認する。

 

「あれだけ啖呵をきっておいて、なにサラッと負けてんだ伊吹」

 

「……別に、負けてないんだけど」

 

 ────そこには、泥だらけのジャージに身を包んだ龍園君の姿があった。

 

「龍、園くん……?」

 

 どうして彼が居るのか、今までどうやって生活していたのか、目的は何なのか等を考える間もなく、私の意識は深く沈んでいった。

 

 

 

 

 

「────い、おい……起きろ。ッチ」

 

 何処からか私を呼ぶ声が聞こえてくる……私は、一体何をしていたのかしら? 

 少し前の記憶が抜けている。確か私は、伊吹さんに呼び出されて……それで────

 

「ガッ……!? ごぼっ……ゲホッ、ゲホッ……」

 

 そんな朦朧としていた私の意識は、冷たい水の感触で不快な覚醒を促された。

 

「やっと起きたか。ったく、手間とらせてんじゃねぇ」

 

「ここは……うっ」

 

 眼前に見えるのは、雨が降った事によってできた水溜まり。うつ伏せの状態で手足を縛られてるようだ。

 

「……やりすぎじゃないの」

 

「うるせぇ。元はと言えばテメェがしくじったせいだろうが」

 

 頭上からは伊吹さんと龍園君の声が聞こえてくる。……予定通り? この状況が? 

 

「おい、座らせろ伊吹」

 

「……分かった」

 

 そのまま伊吹さんに抱えられ、私は近くにあった太い木の幹に座らされた。記憶より強くなっている雨や、地面の水がジャージ越しに染み込んで私の体温を奪っていく。

 無意識に震え出した体から意識を逸らすように、私は不機嫌そうに眉を顰めている龍園君に言い放った。

 

「はぁ、はぁ……キーカード目当てかしら? だとしたら残念ね。何を勘違いしたかは分からないけど、私はキーカードを持ってない」

 

「ああ。すでに確認済みだ」

 

「一応言っておくけど、確認したのは私だから」

 

 舌打ちをしながら語る龍園君と、何の気休めにもならない補足をする伊吹さん。

 

「そう。じゃあ私に一体何の用かしら? 目的が上手くいかなかった憂さ晴らしでもするつもりかしら」

 

「それも悪くねぇが……いつ俺が失敗したと言った?」

 

 ……意味が分からないわね。龍園君が残っている事から推測するに、彼の目的は物資をプライベートポイントで売って、紛れ込ませたスパイの情報によってリーダー当てを行うことのはず。キーカードを持っていないと判明した今、私を拘束する理由はない。

 

「お前の言いたいことはよく分かるぜ? ────だから聞き出すんだよ」

 

「何を……ぐっ!?」

 

 答えになってるようでなっていない返答をした後、龍園君は私の髪の毛を掴んで地面へと押し付ける。

 そして掴んだ手を持ちあげ、至近距離で私を睨みつけた。

 

「Dクラスのリーダーは誰だ。そして誰にキーカードを渡した。教えればここで開放する」

 

「言うわけ……ないでしょ」

 

 そう言い返したが、口から出たのは弱々しい声のみ。私が思っていた以上に、この数分間で体調が悪化していると気が付いた。

 それを聞いた龍園君は、先ほどとは打って変わって上機嫌に笑っている。

 

「ククク。だよな、言うわけねえよな?」

 

「……当たり前でしょ。はぁ、はぁ……こんな事、許されていいはずがない「誰が口答えしていいと言った」……!」

 

 先ほどよりも強い力で、今度は近くの水たまりに顔を押し付けられる。

 顔面を泥や涙でぐしゃぐしゃにした私を見ながら、龍園君はニヤニヤと笑みを浮かべ言い放った。

 

「その威勢が何処まで続くか見ものだな?」

 

「ごぼっ……ゲホッ、ゲホッ……。随分と、ご立腹なのね龍園君。斎藤君のことが、そんなに気に入らないのかしら?」

 

 正直言って、今すぐにでもリーダーを言って解放されたい。しかし、これは私のミスのせいで起きている事だ。斎藤君の話を出されて、冷静になれないまま遠くまで来てしまった私のミス。

 それでクラスのポイントを下げるような真似は絶対嫌だった。

 

「噂には聞いていたが、よほど斎藤の奴に入れ込んでいるようだな? ……おい! 出てこい石崎、アルベルト」

 

 徐に時計の時刻を確認した後、合図を出す龍園君。その合図とともに、須藤君の事件で対峙した石崎君と、体格のいい黒人の生徒が闇の中から姿を現した。

 

「点呼の時間だ、斎藤の野郎を呼んで来い。ククク……この光景を見たら、あのクソ野郎はどう思うだろうなぁ?」

 

「っ!? 彼は、斎藤君は関係ないでしょ!」

 

「大有りだ。おい鈴音、テメェか? 斎藤の鞄に下着を移したのは」

 

 どういうこと……? 伊吹さんが入れた訳じゃないの? 

 そんな困惑が顔に表れていたのか、龍園君はフンと鼻を鳴らして再度語った。

 

「成程な……だとすると斎藤本人か? それとも……まあいい。本人に直接聞けば済む話だ。おい! いつまで突っ立ってる。早く行け」

 

「は、はい!」

 

 そう言って走り出した二人。その場に残ったのは、先ほどから黙って成り行きを見ている伊吹さんと、近くの切株に腰掛ける龍園君だけとなった。

 

「……斎藤君が、1人で来るわけない」

 

「本当にそう言えるか? あの野郎が、お前を見捨てるとでも?」

 

 もう一度私の前にしゃがみ込む龍園君。恐怖で反射的に体が震え出してしまうが、心まで屈するつもりはない。

 言い返そうと口を開いた瞬間、私の声はその場にいた誰でもない声にかき消された。

 

 

 

「完璧だよ龍園君。よくもまあ、たったの2日でこんな計画を思いつくもんだ」

 

 

 

「なっ!? どうして……」

 

 あり得ない。石崎君達が探しに行ったのはたった数十秒前、ここからDクラスのベースキャンプ地まで、歩いて五分はかかるはず。────でも、この安心する声の持ち主を、私は1人しか知らない。

 既に月明りだけが光源となってしまった中、彼……斎藤君はゆっくりと姿を現した。

 

「ク、ククク。何だ? 全部気が付いてんじゃねぇかよ。随分と冷徹な奴だったんだな?」

 

「冷徹? 気が付いてた? 御託抜かしてんじゃねえよカス。()()()()()()()()()()()()

 

「じゃあお姫様を助けに来たって事か。だが、ちょっとばかし無謀じゃねえか?」

 

 その言葉と共に、案内をしてきたであろう2人の生徒も、彼を囲う様な位置を取った。

それに狼狽えることなく、斎藤君はこぶしを握り締めて言い放った。

 

 

 

 

 

「────()()()()()()()()()。俺の友達に手出した事、後悔させてやる」

 

 

 

 

 





次回:斎藤VS龍園、伊吹、石崎、アルベルト ファイ!

綾小路君が助けられなかった理由は次回明らかになります。


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死して尚


戦闘描写がムズすぎる…後で書き直すかも。

高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!全てに返信することはできませんが、ニヤニヤしながら読ませていただいております!


 

 

 

 時刻は8時過ぎ、いくら日が長い真夏と言えども、完全に陽が沈んでしまっている。さらい追い込む様に顔に当たるのは土砂降りの雨と、吹き荒れる風。明かりが無ければ数メートル先も良く見えない。

 そんな中、俺を囲う様にして構える4人の生徒を相手に、堀北さんを取り返さなくてはならない。

 

「後悔だ? まさか、この状況でそんな大層なことが言えるとはな。石崎」

 

 先ずは小手調べといったところだろうか。龍園君は顎で俺の事を指した。

 

「スカした顔しやがって!」

 

 先日の須藤事件の恨みを晴らすように、左後方から拳を振ってくる石崎君。……喧嘩慣れしてるとは聞いたが、こんなもんか。

 瞬時に石崎君へ向かって立つと、俺は大降りに振られた右腕を躱し、片方の手を顎に当て足を払った。

 

「がっ……! 痛っ!?」

 

 いくらぬかるんで柔らかくなってるとはいえ、受け身も取らずに背中から落ちたらさぞ痛いだろう。苦悶の声を上げながらうずくまっている。

 そんな石崎君を気に掛けることなく、龍園君は楽しそうに喉を鳴らしている。

 

「スポーツだけの真面目ちゃんと思っていたら、意外と動けるじゃねえか。まさか片手で石崎を軽くあしらうとはな」

 

 ……成程な。俺1人の為にここまで武闘派の生徒を集めたのは、俺の体育での評価だったり、大会で残した成績とかを調べたからか。となると……

 

「お前。どこまで想定していた」

 

 抽象的な質問だったが、龍園君にはその意図が伝わったようだ。先ほどの上機嫌な態度から一転、舌打ちをした後語り出した。

 

「5日目の朝からは全て想定外だ。お前の鞄に下着を移し替えた野郎のせいでな」

 

「……はぁ。やっぱり伊吹さんじゃなかったのか」

 

 頭をポリポリと掻きながら納得したように呟くと、龍園くんは驚いたように目を見開いた。粗方俺か堀北さんのどちらか、または両方が共謀して行ったと思っていたのだろう。

 

「ほう? じゃあお前と鈴音以外に、単独で動いている奴がいるという事か。お前に恨みのあるやつが偶然やったのか、それとも……」

 

 考えるように顎に手を置く龍園君。俺の鞄に軽井沢さんの下着を移し替えるという、言うだけなら簡単そうなことだが、伊吹さんを最初からスパイだと判断し、その動きを想定していないとできない芸当だ。

 その上、現場を押さえてその場で突き出せばいいものを、それをしないという不自然さ。

 

 ────そんな事するやつを俺は1人しか知らない。

 

「……さぁ。見当もつかねぇよ」

 

 その言葉を最後に、持ってきた鞄を地面へ落として拳を握る。龍園くんもこれ以上言うことは無いのか、指をボキボキと鳴らした。

 先程のやり取りで実力はバレている。他3人も油断することは無いだろう。さて……どうしようか。

 

「ククク。まず真っ先に人質の救出だよなぁ!」

 

 俺が初めに向かったのは龍園くん、正確にはその隣で意識を失っている堀北さんの元。

 しかしそう簡単には向かわせてくれないのか、体格の良い黒人の生徒が間に入ってくる。

 

「邪魔すんな」

 

 先程の石崎君の油断しまくった打撃とは違い、ボクシングの構えから捻りを加えた右ストレートが放たれる。

 食らったら間違いなく意識を持ってかれるため、懐に入り込むように右下に移動した俺は、1秒にも満たない時間で鳩尾、喉、顎に打撃を入れた。

 的確に急所を狙うなんてかなり難しいのだが、久しぶりにしては上出来だな。

 

「なっ! アルベルトが一瞬で……」

 

「気をつけろ伊吹! あいつ、相当喧嘩慣れしてやがる!」

 

 急所への同時攻撃、更には脳震盪も相まって、アルベルトと呼ばれた生徒はしばらくは立てないだろう。先程まで楽しそうな笑みを浮かべていた龍園くんも、その攻防を見て表情を引き締めている。

 

「俺の経歴を調べたことはもう分かってる。ネットで検索すればすぐ出て来るからな……だが、お前らは1つ勘違いしている」

 

「あ?」

 

 その言葉の意味が理解できなかったのか、訝しげにこちらを睨んでくる龍園君。

 

「たった4人で俺を倒せると思い込んでる辺り、俺の実力を見誤ってるってことだよ。────数多のスポーツをやってきたが……結局俺は、ムカつく奴をぶん殴るのが1番得意だ

 

 唯一の運動として前世からやってたやってたしな……決してDV的なものではないと一応補足しておく。

 そんな事を思いながら、俺はもう一度龍園君に向かって駆けだした。

 

「テメェら! ボサっとしてんじゃねぇ!」

 

「は、はい!」

 

 前方には龍園くん、そして後ろからは伊吹さんと石崎君、潰すなら1人の方に決まってる。

 左足での中段蹴りを躱し、その足を取って後ろの2人へ投げ飛ばす。

 

「チッ。何で馬鹿力だ」

 

 伊吹さん達にぶつかる前に受身を取った龍園くん。流石喧嘩慣れしているだけあって、身体能力も高いようだ。

 警戒を怠らずに、地面に横たわっている堀北さんに手を当てる……不味いな。熱がまた出てきてる。

 

「ここで引くなら俺は追わないが……まぁそんな事するなら最初からやらないか」

 

「よく分かってるじゃねえか。おいテメェら、1人で行くんじゃねえ」

 

 一対一では敵わないと悟ったのだろう。先ほどの囲う様な配置ではなく、堀北さんを置いて逃げないと判断したのか、互いにカバーしやすい配置につくようだ。

 先ほどのアルベルト君との攻防で警戒しているのか、ジッとこちらの動きをうかがっている。

 

「どうした。3対1だぞ?」

 

「舐めやがって……!」

 

 そんな安い挑発に乗ってくれた石崎君と龍園君が左右から距離を詰めて来る。二人同時なら勝てると思ったのだろうが……舐めているのはそっちの方だろう。

 先ほどと同じようにパンチを放ってくる石崎君だが、恐らくこれは陽動。

 

「っらぁ!」

 

 注意を左に向かせた状態で、死角から龍園君が上体を低くしてタックルを仕掛けてくる。泥臭い戦法だが、一対多数での最適解だな。

 

「なっ!?」

 

 このまま俺を地面に倒してリンチする予定だったのだろうが、生憎そんなやわな鍛え方はしていないんでね。

 勢いの止まった龍園君に数発膝蹴りを入れ、顔面を蹴り飛ばす。

 

「龍園さ────「よそ見してんじゃねえよ」……っ!?」

 

 まさかあの防御状態を一瞬で崩すとは思わなかったのだろう、狼狽えている石崎君の胸倉をつかみ、鼻頭に頭突きを入れ片手で投げ飛ばす。

 

「ぎっ、ああぁぁああ!?」

 

 一応折れないように調整したんだが……流石に喧嘩慣れしている石崎君でも堪えただろう。

 

「斎藤……!」

 

 鼻血と雨で顔面をぐちゃぐちゃにしながら、どこからか持ってきた太い木の枝を振るってくる龍園君。

 視界や意識も朦朧としているだろうに、全く恐ろしいタフネスさだ。

 

「そのタフネスさを他の所に向ければいいものを」

 

 そんなフラフラの状態の攻撃なんて食らうわけもなく、すれ違いざまにボディーブローをいれ、近くに生えている大きな木に叩きつけた。

 

「がっ────!」

 

 ガンッ、と大きな音が鳴り葉が揺れる。そんな勢いで叩きつけられた龍園君は、肺の中の空気をすべて吐き出し、そのまま座った状態で俯いている。

 

「……はぁ」

 

 頭をガシガシと掻きながら、こちらを睨んだまま動かない伊吹さんに視線を向ける。

 そのまま一歩足を踏み出すと、伊吹さんは腰が抜けてしまったのか、その場で倒れ込んでしまった。

 

「ひっ!」

 

 ……そんな怖いか? ちょっとショックだわ。

 地面に置いた鞄を手に取ると、完全に戦意を喪失させてしまった伊吹さんを尻目に、堀北さんの下へと向かい、ゆっくりと抱き起こす。

 

「ん……っ」

 

 抱えられている違和感で目が覚めてしまったのか、微かに声を漏らす堀北さん。

 顔や髪についた泥を鞄から取り出したタオルで優しく拭うと、堀北さんはゆっくりと目を開いた。

 

「さい、とうくん……?」

 

 前後の記憶が抜け落ちているのだろう、虚ろな目でボーっと呟く堀北さん。

 

「っ……頭、痛い……」

 

「また熱が出てきてる。無理しないで寝てて」

 

「あなたは……斎藤君は大丈夫、だったの?」

 

 こんな状況でも、呼び出された俺の心配をする堀北さん。余りにも痛々しい様子だったため、無意識に抱きしめてしまった。

 

「うっ……苦しいわ斎藤君。でも、あったかい……」

 

 それを皮切りに、堀北さんはしゃくり上げるような声を上げ始めた。

 

「うっ……ひく、こわかった……怖かったぁ……!」

 

「もう、大丈夫だよ。悪い奴らは俺が全員やっつけたから」

 

 少しの間背中をさすっていると、彼女の泣き声が段々と小さくなってきた。もう一度顔を覗いてみると、堀北さんは先ほどと違って安心したように寝息を立てていた。

 

「……ごめん。もうちょっとだけ待ってて」

 

 雨の当たらない木の下に堀北さんを寄りかからせると、鞄から取り出した上着をそっとかける。

 

「クソみてぇな学校だな、ホント」

 

 ────そんな俺の呟きは、強まった雨の音によってかき消された。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「出て来いよクソ野郎」

 

 雨の音がこだまする森の中で、紡の声が響き渡る……分かってはいたが、こればかりは仕方がないな。

 オレに向けられたであろう言葉に答えるため、茂みからゆっくりと飛び出す。

 

「さっさと済ませるぞ」

 

 姿を現したオレに驚くことなく、紡は龍園の下へと向かい、気絶している龍園の髪の毛を掴んで左右に振った。

 

「起きろ龍園。取引はまだ終わってねぇぞ」

 

「……あ? テメェは……」

 

 覚醒したばかりだが、冷静に辺りを見渡した龍園。オレがいることに気が付いたようだ。

 ポケットからデジカメを取り出すと、全てを察したのか、途切れ途切れになりつつも笑う龍園。

 

「はっ……なるほどな。そりゃ1人でのこのこと来るような馬鹿じゃねえよな?」

 

「そういう事だ。俺の要件はたった1つ。6日前に結んだ契約、『毎月150CP相当のプライベートポイントの支払いを無くし、Cクラスのリーダーが誰か教える』ことだ」

 

 紡の指示で行ったということにしたいのだろう。楽し気に笑い続ける龍園に、紡は不機嫌そうに続けて言い放つ。

 

「『他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、生徒の所属するクラスは即失格とし、対象者のプライベートポイントの全没収』お前も分かっているだろうが、計画的に大人数で一人の生徒をハメようとした事実が知れ渡れば、罰則がこれだけになるとは思わない方が良い」

 

「ク、ククク……もしその取引を飲んだらどうなるんだ?」

 

「どうもしない。ここでの出来事は全てなかったことにする」

 

 紡は俺のやりたかったことを全て理解しているのか、完璧に龍園に伝えてくれている。オレは初めて、その察しの良さを恨むことになっているが。

 

「いいぜ。その取引を飲む。Cクラスのリーダーは俺だ。キーカードもここにある」

 

 今までやってきたことが無駄になるため、少しは躊躇するかと思った龍園だったが、意外にも二つ返事で承諾する龍園。

 それを確認した紡は、隣にキーカードを放り投げ、軽蔑の眼差しを龍園へと向けた。

 

「せいぜい自クラスの生徒に責められるこ「勘違いすんじゃねえぞ斎藤」……あ?」

 

 紡の言葉を遮って、ボロボロの体で立ち上がる龍園。

 

「今回は俺の負けだ。完敗だよ。まさかここまで頭が回る奴だとは思わなかったさ」

 

「……」

 

 押し黙る紡を尻目に、龍園は続けて高々と語る

 

「だが次はどうだ? 寝てるときは? 小便してるときは? 女とイチャ付いてるときは? テメェの弱点は既に把握した」

 

「……意味わかんねえよ。勿体ぶってんじゃねえ」

 

 苛立ちを隠そうともしない紡。次の言葉でオレは龍園の語る紡の弱点という物を理解した……してしまったと言う方が正しいだろうか。

 

「お前が今後、学生生活を穏便に過ごせると思ったら大間違いだぜ? そうだな……お前と親しい女だと────Aクラスの坂柳を狙うってのもありだな? アレはきっといい悲鳴を聞かせてくれ……っ!?」

 

「紡っ!?」

 

 龍園の胸倉をつかみ、右の拳を振るう紡。────その瞬間、オレは己の感じ取った寒気を信じ、全力で横へと逸らす。

 間一髪、龍園の耳を掠って背後の木に拳が当たる。バキバキと木の幹を抉り取ったその打撃は、到底普通の人間が出せるものだとは思えなかった。右の拳から血を流して、紡はなぜ止めたと言わんばかりにこちらを睨みつけている。

 

「直撃していたら骨折で済んだか分からないぞ。安い挑発に乗るな」

 

「……ッチ」

 

 舌打ちをして、そのまま龍園に背を向けた紡は、堀北をゆっくりと抱き上げ抱え込んだ。

 

「帰るぞ」

 

「……ああ」

 

 今度こそ体力が尽きたのか、木を背もたれにして座り込む龍園。比較的小さい怪我で済んだ伊吹とアルベルトがこちらを見つめているが、証拠もあるためかこれ以上戦うつもりはないようだ。

 

 

 

 脅威は無いと判断したオレは、無言で歩きだした紡の後を追う。何故か利き腕の右ではなく、左腕で堀北を抱えている。

 

「済まなかった」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、到底許されるはずもないと思いながらも謝罪を口にする。

 

「言う相手が違うんじゃねえの? ()()

 

「……そうだな」

 

 

 

 ────初めて『清隆』と呼んで貰ったが、何故か心に残ったのは虚しさだけだった

 

「────はっ、最低だな……少しは変われたと、信じたかったんだが」

 

 雨が降っていてよかった。おかげで、目の前を歩く紡に聞かれずに済んだんだからな。

 

 

 

 

 

「……お前はマシな方だよ」

 

 

 





大切な人を守れなかった、何も変われなかった燃えカスが紡君です。

少し補足です。
 綾小路君の目的は、実は初日から決まっていました。
 それは、『Cクラスに毎月払う負債を無くすこと』です。その為に暴力を振るわせ、その証拠と引き換えにって感じですね。






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ご褒美


連日九時電帰りが続いております。少し短いですがご了承ください!


 

 

 

「あ゛あ゛ぁぁぁ……疲れたマジで」

 

 時は特別試験が終わったすぐ後、有栖ちゃんに結果報告をするために彼女の部屋へと足を運んでいた。堀北さんが心配でしょうがなかったが、まだ辛そうだったため我慢しておく。

 だらーっとベッドに倒れ、久しぶりの柔らかい感触に酔いしれる。ある程度慣れているとはいえ、一週間硬い地面で寝泊まりをしていたのだ。今は女の子よりも布団を抱きたい。

 

「珍しいですね。紡君がそんなに疲れているだなんて。一度睡眠をとってはいかがでしょう?」

 

 普段疲れることがそうそうない俺がこの様子の為か、隣に座った有栖ちゃんが気を使ってくれた。

 

「いや、いいよ。どうせ夜にはDクラスの皆に説明しないといけないし」

 

 有栖ちゃんは鞄から一枚の紙を取り出し広げると、口に手を当て上機嫌に笑った。

 

「ふふっ……それにしても、随分頑張って頂いたようですね?」

 

「お気に召しましたか? お嬢様」

 

「ええ。頑張った紡君にはご褒美を上げないといけませんね」

 

 そりゃいい。後で胸でも揉ませてくれ。

 

「試験結果を簡単にまとめてみましたが……『第4位がAクラスで15ポイント。第3位がCクラスの50ポイント。第2位がBクラスの140ポイント。そして、第1位がDクラスで355ポイント』と部屋で聞いたときは、背中に冷たいものを感じましたよ?」

 

「濡れたってこ「セクハラです」ぐぇっ……」

 

 ほっぺ引っ張るのやめて、それは俺の特権だから。

 

「全く……それで。どんな手品を使ったんですか?」

 

 俺は初日に龍園君と結んだ契約や、その後に起こったいざこざについて説明した。

 

 

 

「なるほど。綾小路君も中々酷なことをしますね。それで戻ってきた時気まずそうにしていたのですか?」

 

「まあね……正直、卒業まで毎月あの額の負債を抱えるのは良くないっていうのは、俺も分かってたよ。でも、だからと言ってあんな事……」

 

 因みに堀北さんは、俺が無理やり言って六日目の時点でリタイアさせた。30ポイントのマイナスになってしまうが、綾小路君も流石に文句を言ってくることは無かった。

 一度治りかけでまた発症したとなると、試験中に溜まったストレスも相まって中々大変だろう。

 

「……綾小路君が下着を紡君の鞄に入れたのは、ベースキャンプ地から追い出すためで間違いないでしょう。彼の計画を進める上で、近くに居たら感づかれるのは必然でしょうし」

 

 ……まぁ、昨日の俺は冷静じゃなかった。退学がかかっている綾小路君と、そうではない俺との間で、試験に対する温度差があるのは間違いない。そこに気が付いてやれなかった時点で、大人として失格だ。

 そう。理解はしている。だが俺は自らの感情を抑制することが出来なかった。恐らく、もう一度似たような状況になっても俺は同じ行動をとるだろう。

 

「……有栖ちゃん」

 

「ん……あら? 随分と甘えん坊さんですね」

 

 らしくない事をしている自覚はある。俺は隣に腰掛ける有栖ちゃんの膝へと頭を乗せ、細い腰に手を回しお腹に顔をうずめた。

 瞼の裏に映るのは、土砂降りの中堀北さんを抱えた時の光景。

 

 

 

 ────気絶するほどのキツイ尋問を受け、さぞ苦しかったであろう堀北さんが……最初に口にした言葉は、『大丈夫?』という、俺を心配する言葉だった。

 

 

 

「ありえないだろ……絶対おかしいよ、この学校」

 

 前世を含めると年の半分にも満たない女の子、それも理事長の娘にこんな事を言ってしまう弱い自分が、心底憎かった。

 

「くすぐったいですよ。上を向いてください」

 

 太ももに顔を埋める俺の頭を、丁寧に抱えて仰向けにする有栖ちゃん。正直顔を見せたくなかったため少しだけ抵抗したが、ちょっとだけ怖い雰囲気を感じ取った為大人しくしておく。

 

「ふふっ。泣いてるんですか?」

 

「……泣いてない」

 

 嘘。ホントはちょっと、ちょっとだけ泣いてる。

 

「紡君が泣いているところを見るのは、これで三回目ですかね? 一回目は小学校二年生の年の夏。二回目は中学校二年生の年の冬でしたね」

 

「何で覚えてるんだよ……」

 

 この口ぶりだと状況も事細かに覚えているだろう。恥ずかしすぎるから勘弁してほしい。

 

「一回目は、ちょっとだけ恥ずかしい思い出です。紡君と一緒に運動することができないのが悔しくて、無理に体を動かして発作が出てしまって、泣きながら怒られたのを鮮明に覚えています」

 

 ……小学二年生なんて涙腺が緩いんだから、勘弁してくれよ。

 

「二回目は……結局教えていただけませんでしたよね? 何だったんですか? 私の家族も、皆心配していましたよ」

 

「あー……秘密で」

 

 もう時効だからいいだろうと、興味津々に聞いて来る有栖ちゃん。

 俺は目を逸らして言葉に詰まりながら答える。余り追及してほしくないという想いを汲み取ってくれたのか、それ以上有栖ちゃんがこの話題を出すことは無かった。

 

「……そうですか。まあいいでしょう」

 

 ……失敗したな。適当な嘘でもつけばよかった。

 そんなことを思っていると、突然有栖ちゃんは手をポンと叩いた。何か良からぬことでも思いついたのだろうか? 

 

「では紡君、ちょっと頭を上げていただけますか……そうです。ありがとうございます」

 

 言われた通り左太ももの方へと頭をズラすと、有栖ちゃんは左手を俺の頭、右手を俺の首にそっと添えた。

 

「頑張った紡君にご褒美です。私大好きなんですよ? 紡君に撫でられるの」

 

 懐かしいな。昔から事あるごとに撫でまわしてたし、俺も大好きだ。

 

「紡君とこの学校の相性は、間違いなく最悪でしょうね。他人のために、本気で怒ったり泣いたりできる人がやっていけるとは思えません」

 

「あー……痛いとこ突くね。マジで」

 

 何一つ反論できないわ。精神が弱いのは自覚してるし。

 

「ですが……私はあなたのそういう所に。どうしようもなく惹かれてしまっています。お節介で女たらし、挙句に中学生でギャンブルをやったと聞いたときは心底呆れました。でも、それが霞んで見えるほど、私は紡君が大好きです」

 

 有栖ちゃんの白い指が、さらさらと俺の髪の毛を梳かすように流れていく。……なんと言うか、凄い安心感を覚える。本当に高校生か? 

 ヤバい、別の意味で泣きそうなんだけど。

 

「あら? どうやら満足頂けなかったようですね」

 

 凄く残念そうに語る有栖ちゃん。やばいやばい。涙を堪えていただけなのに勘違いされてしまう。

 

「い、いや超嬉しいよ? ただボーっとして────「では、こういうのはいかがでしょう?」……えっ」

 

 目隠しをするように左手を瞼の上へ、俺の顎をそっと右手で摘まむように置いた有栖ちゃん。

 

「失礼します。紡君」

 

 

 

 ────視界が暗転した次の瞬間。感じたのは唇への暖かい感触だった。

 

 

 

「えっ」

 

 ふわりと柑橘系の香りが漂う。間違いなく彼女のシャンプーの香りだろう。最近まで俺が勧めたものをずっと使っていたため、最初そうだと知ったときは凹んだ記憶がある。

 ────そんなどうでもいい事を考えてしまうほど、俺は滅茶苦茶混乱していた。

 

「……初めてですが、中々癖になりますね」

 

 えっ、キスされた? 俺。マジ? 

 

「『生涯を共にする覚悟ができた時に返してください』そう言った記憶がありますが。紡君が余りにもヘタレなので罰を与えました」

 

「……ご褒美って言ったじゃん」

 

 ちょ、駄目だ。頭ぐちゃぐちゃになってる。拗ねた子供みたいな返事しかできない。

 そんな俺とは対照的に、有栖ちゃんは艶っぽく唇を指で撫でた後、俺の耳元でふわりと囁いた。

 

「紡君も初めてでしたよね? どうですか? 女の子から初めてを奪われた気持ちは」

 

 ここぞとばかりに煽ってくる有栖ちゃん。ウザいけど様になってるからやめて欲しい。

 

「……じゃあ俺からやってやるよ」

 

「ふふっ。大丈夫ですか? 勢い余ってぶつかったりしないでくださいね」

 

 ここまでコケにされて黙ってられるほど、俺は大人じゃないんでね。

 起き上がって有栖ちゃんを正面に見た俺は、震える手を抑えながらそっと彼女の頬に手を添える。

 

「い、行くよ。有栖ちゃん」

 

「はい。優しくしてくださいね?」

 

「う、うん……いや、ちょっと待って……」

 

 何時まで経っても吹っ切れない俺にしびれを切らしたのか、次の瞬間俺は有栖ちゃんに押し倒される形で唇を奪われていた。

 

「んっ、はむっ……んんっ」

 

 先ほどの優しいキスが嘘のような熱い口づけだ。舌こそ入れてこないが、有栖ちゃんは俺の腹の上に跨り、両手でオレの頭をホールドしながら貪るようにキスを続けている。

 

 ────引っかかったな? 

 

「────んんっ!?」

 

 残念ながら、高一の処女がオレに性技で勝てると思わない方がいい。十数年のブランクはあるが、こんな小娘に負けるつもりは毛頭ない。

 手始めに彼女の熱い口の中に舌をぶち込む。この時ビックリして舌を噛まれる可能性があるので、一瞬だけ顎を押さえておくのがポイントだ。

 

「ひゃっ♡ んんっ……ま、待っ♡」

 

 はーい形勢逆転です。相手のペースを乱したらあとはこっちのものだ。調子に乗った子には罰を与えないとね。

 

 

 

「はっ、はっ……こ、こんなの、おかしいです♡」

 

 それから数分ほど口の中を荒らしまわると、有栖ちゃんはベッドの上でぐったりと動かなくなってしまった。部屋に響くのは彼女の荒い呼吸音のみである。

 うわ……凄い光景だ。その見た目と相まって、酷く背徳感をそそられる

 

「はい! 俺の勝ち! ばーか!」

 

 そんな彼女を尻目に、俺は逃げるように部屋から退出した。もし襲われたりでもすると大変なため、部屋に鍵を掛けるのも忘れずに行っておく。

 辺りを見渡してみるが、皆疲れているのか外には誰もいない。荒ぶった感情を整えるため深呼吸をした俺は、無意識で唇に指を当てている事に気が付いた。

 

「……魔性の女過ぎるだろ。いったい誰に似たんだか……」

 

 そう呟いている間にも、俺の心臓はドクドクと大きな音を立てている。

 どうやらこの感情を抑えるには、もう少しだけ時間が必要みたいだ。

 

 





感想、高評価いただけると励みになります!

 あまり催促はしたくないのですが、下がりかけているモチベーション自体はどうにもならないので……もし面白いと思って頂いたなら是非よろしくお願いします!


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仲直り

高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!全てに返信することはできませんが、ニヤニヤしながら読ませていただいております!


 

 

 

 有栖ちゃんに初キスを奪われてから1時間後。久しぶりに昼食を一人ぼっちで取った俺は、堀北さん……もとい鈴音ちゃんの容態が安定したと茶柱のカs……先生から連絡を受けた。

 

「はい。鈴音ちゃんあーんしてー」

 

 風邪を移さないように別の部屋に移動させられた鈴音ちゃんだが、今更俺がそんなものを恐れるわけもない。にっこにこでレンゲを構えると、鈴音ちゃんは熱が引いたのにも関わらず、顔を赤くしてそっぽを向いた。

 

「……別に1人で食べれるわ。それより、その口べn「いいからいいから」」

 

 だがそんな緩い否定で、俺のレンゲ攻撃を躱せると思わない方がいい。頑張った子にはその分だけご褒美を与えなければいけないのだ。何か言っていた気がするが、どうせ誤魔化しの言葉だろう。

 

「……あーん」

 

 観念したのか、恥ずかしそうにモグモグと口を動かす鈴音ちゃん。教室で見る姿より子供っぽさが出ていて可愛いな。

 

「よろしい。どう? 何の変哲もないお粥でも、久しぶりに食べれば美味しいでしょ?」

 

「別に……いえ、確かに悪い気分じゃないわね。あれだけ圧倒的な差をつけて勝利したんだもの」

 

 その言葉と同時に、こちらをジロリと見つめてくる鈴音ちゃん。いやー……それを言われると少し弱いなぁ。

 

「今黒幕の綾小路君に連絡いれたから、少し待ってて。そいつが着いたら説明するから」

 

「……そうね。しっかり聞かせてもらうから、覚悟はいいかしら?」

 

 先ほどまでの不機嫌そうな様子は演技だったのか、鈴音ちゃんはこちらを揶揄うようにフッと笑った。この子も入学当初に比べて随分と表情豊かになったな。嬉しい限りだ。

 そんな会話をしている最中、部屋の扉がコンコンと叩かれた。え……早ない? 

 

「はーい!」

 

「……入るぞ」

 

 そう言って気まずそうに扉を開けたのは、我らが事なかれ主義者の綾小路くんである。

 鈴音ちゃんをリタイアさせた後そのまま話すことなく今に至っているため、俺も正直ちょっと気まずい。……というより、こいつ絶対扉の前でスタンバってただろ。分娩室の前で出産を待つ夫じゃあるまいし。

 

「ぷっ……あははは! 緊張しすぎじゃない? ほら、鈴音ちゃんもビックリしてるよ?」

 

「はぁ……これは驚愕じゃなくて軽蔑よ。あれだけの事をした人間と同一人物とは思えないわ」

 

 今度こそジトーっとした目を綾小路君に向ける鈴音ちゃん。綾小路君はバツの悪そうな顔をして頬をポリポリと掻いている。

 

「堀北。今回の事は本当に済まなか「謝罪は後。今私が欲しいのは説明よ」……そうだな」

 

「許すか許さないかは、それを聞いて決めることにするわ」

 

 わーおカッコいい鈴音ちゃん。さっきまで照れながらあーんしてた子と同一人物とは思えないわ。

 その言葉を聞いた綾小路君は来客用の椅子に腰掛けると、試験中の俺達の動きについて説明し始めた。予め説明することを決めていたのか、その語り出しは非常にスムーズだ。

 

「まず特別試験の結果については把握しているな?」

 

「……ええ。第4位がAクラスで15ポイント。第3位がCクラスの50ポイント。第2位がBクラスの140ポイント。第1位がDクラスで355ポイント……正直言って信じられないわね。2クラスのリーダーを当てないと計算が合わない。あなた達は一体何をしていたの?」

 

 体調が悪くとも、しっかりメモを取る辺り流石鈴音ちゃんだな。

 しかし、彼女なりに考えてみたのだろうが、見当もつかないと言った様子でこちらを見つめている。

 

「オレ達が当てたクラスはAとCだ。大体の内訳は────」

 

 綾小路君が語った内容は以下の通り。

 

 Aクラス……『全てのクラスからリーダーを当てられた』

 Bクラス……『Aクラスのリーダーを当て、Cクラスに当てられた』

 Cクラス……『AクラスとBクラスのリーダーを当て、Dクラスに当てられた』

 Dクラス……『AクラスとCクラスのリーダーを当てた』

 

「ちょ、ちょっと待って。どうして他のクラスのリーダー当ての結果を知っているの? 協力していたBクラスはともかく、AとCに関しては……」

 

 完全に他クラスとのかかわりを断っていたAクラスと、そもそも敵対していたCクラス。確かに、ここまで詳しい情報を持っているのは違和感を感じるだろう。

 

「順を追って説明するぞ。まず、この特別試験が始まる前に、オレと紡はAクラスと取引をした」

 

 そう。俺達の動きを説明するためには、まずはAクラス……有栖ちゃんとの協力体制について説明する必要がある。

 

「Aクラスと?」

 

「正確に言えば『その一部』だがな」

 

 これは流石に予想できなかっただろうね。完全に団結していたと思われていたAクラスの生徒が、まさか敵である俺達と取引をするだなんて。

 恐らくだけど、これは先生も知らなかったことのはずだ。争いを起こさず、懐に潜り込んで寝首を掻く有栖ちゃんの手腕は、味方ながらにゾッとするものがある。

 

「紡と親しい坂柳というAクラスの生徒を知っているか?」

 

「……ええ。よく知っているわ」

 

 ……なんか含みのある言い方だな。何時ぞやの修羅場を思い出してしまった。

 

「……そうか。なら話は早い。紡が坂柳と結んだ取引は『Aクラスにおける葛城のリーダー体制を崩すこと』だ。今回の試験結果を経て、これからAクラスは坂柳がクラスをまとめ上げることになる」

 

 鈴音ちゃんはAクラスが水面下で分裂していたことに驚いているようだ。顎に手を当てた鈴音ちゃんは、少し考えた後納得したように呟いた。

 

「Aクラスのリーダーを知っていたのは、彼女を支持する生徒から教えてもらったのね?」

 

「ああ。その通りだ」

 

「……でも。やっぱりおかしいわ。そうだとしたらBCD全てのクラスに情報を漏らしたと言うの? それだったら、クラスの中に裏切者が居たと思うのが自然じゃないかしら?」

 

 鈴音ちゃんが言う通りだ。それでは内密に失脚を依頼した意味が無くなってしまう。裏切者のせいでポイントを落としたとなったら、それこそ有栖ちゃんのクラスでの立場が危ぶまれる。

 

「幸か不幸か、それを隠すようにAクラスのリーダーが、キーカードを無くしたらしい。そして()()紡がそれを手に入れ、夜中にBクラスのベースキャンプ地に置いたって感じだな」

 

「……あなた達が何をしたのかは聞かないでおくわ」

 

 そんな綾小路君の含みのある言い方に、俺の行動に当たりを付けた鈴音ちゃんは、呆れたようにため息をついた。

 

「あはは……何があったかはAクラスの子に聞いて。もちろん俺が関わっている事はナイショで」

 

「分かった。で、そこからどうやって6日目の話に繋がるのかしら? あなた達が秘密裏に動いていたのはよく分かったわ。私がリーダーをしている中でね」

 

 あ、これ鈴音ちゃん拗ねてるな。仲間外れにされたという事実が寂しいのだろうが……うーん。正直綾小路君の過去を知らないと、()()()()()()()()()にはなれないんだよなぁ……。

 そんな鈴音ちゃんの言葉に、綾小路君はこちらを一瞥した後、ぽつぽつと語り出した。

 

「龍園と交わした契約を覚えているな?」

 

「ええ。もちろん。過程はどうであれ、彼のおかげでポイントを残せたのは間違いないわ」

 

 Dクラスに物資を届ける代わりに、その分のプライベートポイントを永続的に支払う契約だね。

 

「初日にあの契約を結んでから、この試験において、オレの目標は一つに絞られた。『毎月150cpt分のプライベートポイントの支払いを、何とかして無くす』という目標にな」

 

「……そんなこと、本気で出来るって考えてたの?」

 

「正直、かなり望み薄だった。だから最初、紡にこのことを話さなかった。Aクラスとの取引と、紡の能力があれば試験自体に勝利すること自体は確実と言えるしな」

 

 無条件の信頼を感じる……本当は俺が主体となって動くことに不安もあっただろうに。

 

「そしてオレが目を付けたのは伊吹だ。盗みの証拠で龍園をゆすれば交渉することができる。元々は彼女が鞄に入れていたデジカメで、堀北がリーダーだという証拠を残すつもりだったのだろうが、それはオレが壊した。これで伊吹は強引にキーカードを盗むしかなくなるだろ?」

 

「デジカメ、証拠というと……なるほどね。()()()()A()()()()()()()()()()()()()。これで合ってるかしら?」

 

 伊吹さんの発言では信用できない人がいた。となると、残る可能性はAクラスだけだ。

 あの龍園君が、1人で使うためだけに証拠を手に入れるとは到底思えない。

 

「そうだ。キーカードを奪われていたら、間違いなく二クラスにリーダーを当てられて、結果としては220ポイント。試験では一位だろうが、Dクラスの士気は底まで落ちる」

 

 そうなったときの状況を想像したのか、鈴音ちゃんはゾッとした様子で顔をこわばらせた。あのまま行けば負けていた可能性が高いと言う事実は、彼女にとって気持ちの良いものではないだろうね。

 

「でも……どうしてあなたは龍園君が闇討ちしてくるのを予想していたの? あのまま諦める可能性だって大いにあるでしょ?」

 

「オレも最初はそう思っていた。だが、4日目の夜中。残っていたCクラスの生徒を見て、その考えを改めた」

 

 ……俺が綾小路君に確認に行かせたタイミングか。

 綾小路君は、黙って続きを催促する俺達を尻目に、淡々と話しを続ける。

 

「残っていた生徒は、石崎、アルベルト、龍園の3人。そこで使われていた物資のポイントを考えるに、その3人+BとDのキャンプ地に匿われている生徒しか残っていない計算になる」

 

「そこで腕っぷしの良い生徒だけを残すメリットは、一つしかないってわけだ」

 

 俺の言葉に、綾小路君は首を縦に振る。決してあり得ない話ではないし、何なら彼の噂的に可笑しくない作戦だが、無意識に頭から除外していた。

 

「恐らく龍園の目的は、紡か堀北のどちらか。またはその両方を暴力で服従させることだ。須藤事件の時も執心だったからな。偽のカメラを仕掛けた黒幕に」

 

 須藤君の件があった後で、監視カメラのない特別棟への呼び出しに応じるバカは居ない。

 そんな中やってきたのは、教師や周りの目が届かない場所でのサバイバル試験。『絶好の機会』と言っても過言ではないだろう。

 

「そして綾小路君も『絶好の機会』と思ったわけだ。龍園君をゆすって契約を有利に進める絶好の機会だって」

 

 ちょっと意地悪な言い方をすると、綾小路君はバツの悪そうな顔をして返した。

 

「……ああ。そして次の日。伊吹が池の鞄に入れた下着を紡のに移し替えた。最悪伊吹がやらなかったらオレが似たような事をしていただろうな」

 

 うわっ。結局どんな世界線でも俺は下着泥棒かよ。

 

「そして伊吹を誘導し、平田に伝言を頼んであそこに至るというわけだ」

 

 口調こそいつも通りだが、どこかその声色には緊張が見て取れる。あんなことをしておきながら、綾小路君は鈴音ちゃんをちゃんと友達として見ているわけだしな。

 勝ちにこだわる彼女なら受け入れてくれるという()()()()()と、嫌われることを恐れる()()()()()()()がせめぎ合っているのだろう。

 

 ────辺りには嫌な沈黙が漂っている。この三人で居る時の無言が嫌になったのは、これが初めてだ。

 

「……はぁ。あなたって本当にバカなのね。綾小路君」

 

 その沈黙を破ったのは、鈴音ちゃんのため息だった。

 目の前の不器用な男に対し、心底呆れたといった様子を隠そうともしていない。

 

「馬鹿……オレがか?」

 

「そりゃもう大馬鹿だよ。ね? 鈴音ちゃん」

 

「ええ。あれだけの事をしておきながら、今のあなたから感じるのは申し訳ないという気持ちだけ。どんなプロセスを踏んだらそんなチグハグな感情に行きつくのか、是非とも教えて欲しいわね」

 

 鈴音ちゃんも俺と同じ結論に至ったようだ。

 

 

 

 ────バカみたいに賢くて、どうしようもなく不器用な綾小路君に対して。

 

 

 

「あのまま行けば、男女に亀裂が入ったままキーカードを取られて、龍園君の思い通りになっていたかもしれないわ。その後Dクラスが立ち直れるかもわからない。そんな可能性もあったのに、あなたのおかげで特別試験は圧勝。龍園君に支払うポイントも0になった。何も悪いことは起きてないじゃない」

 

「鈴音ちゃんの風邪がぶり返した位かな?」

 

 睨まれちゃった。怖い。

 俺がふざけている間にも、鈴音ちゃんは強い意志を宿した瞳を、綾小路君へ真っ直ぐ向けた。

 

「────ありがとう綾小路君。私は感謝しているわ……まあ、今回の事に関しては私の実力不足よ。最初からあなた達と並べる位の実力があれば、もっとスムーズに行けたかもしれないし……」

 

「堀北……」

 

 呆気にとられた様子で呟く綾小路君だが、鈴音ちゃんが言葉を止めることはない。

 

「勘違いしないで頂戴。私は諦めたわけじゃない。いつか、どんなに時間がかかっても、あなた達の所に並べるようになるわ……あなたもよ。斎藤君」

 

「あれ、紡君って呼んでくれるんじゃなかったの?」

 

「……うるさい。……それは、ちょっと恥ずかしいわ

 

 ごめんね。ちょっと照れ隠ししちゃった。

 でも俺なんかマシな方よ? 綾小路君の顔見てみなよ。

 

「……すまない。少し外させてもらう。すぐ戻る……と思う」

 

 逃げるように背中を向け、部屋から出ていこうとする綾小路君。

 

「綾小路君……? まだ話は「鈴音ちゃん」……」

 

 鈍感な鈴音ちゃんが呼び留めようとするが、流石に綾小路君が可哀そうだ。

 そして俺は、扉を開け廊下に出ようとする綾小路君に声を掛けた。

 

 

 

()()君!」

 

 

 

「! ……何だ」

 

 一瞬肩をビクッと震わせた綾小路くん……もとい清隆君は、振り返ることなく返してきた。

 俺はそんな可愛い清隆君に元気よく、それでいてねぎらう様に優しく言い放った。

 

 

 

「────お疲れ様! よく頑張ったね!」

 

 

 

「……ズルいだろ……それは」

 

 

 

 何か小さく呟いた後、そのまま部屋を後にした清隆君。……ほらね。君は、立派な人間だよ。

 そんな感傷に浸っていると、部屋に残った鈴音ちゃんがジト目でこちらを見つめている事に気が付いた。

 

 

 

「……私には何かないのかしら?」

 

「えっ……どうしよう……ご褒美のキスとか?」

 

 きっしょ。自分で言った癖に言うのもアレだがキモすぎだろ。鈴音ちゃんもビクッと肩を跳ねさせてフリーズしちゃってるし。

 絶対有栖ちゃんとやったせいでおかしくなってるわ。反省しないと。

 

「ご、ごめん。なんでも「良いわね。そうしましょう」えっ」

 

 鈴音ちゃんはおもむろにティッシュを取り出し、何故かオレの唇を数回拭った。えっ……マジでやる感じ? 

 

「一体何を()()()()こんなに口紅が付くのかしら?」

 

「ん? 食べる? 口紅……あ゛」

 

 やっちまった……。鈴音ちゃんが手に持ったティッシュの一部が淡いピンク色に染まっている。

 どう言い訳しようかな。他の女の子とキスした1時間後、しかもバレちゃうのはマジで詰んでる。てか俺唇ピンク色にしながら飯食ってたの? クッソ恥ずいんだけど。

 

「あ、いや……これは」

 

「いいわ。斎藤君にとって、私は他の子とキスした直後でも構わない安い女みたいだし」

 

「それは違うよ鈴音ちゃん。自分を卑下しないって約束したでしょ?」

 

 状況的にはその通り過ぎるのだが、その発言を見過ごすことは出来ない。少し強めに言い返すと、鈴音ちゃんは一瞬押し黙った後、伏し目がちに小さく呟いた。

 

「だったら、その子を捨てて私の所へ来てって言った時、あなたは来てくれるのかしら?」

 

「うっ……それは」

 

 痛い所を突くなぁ。そう言われるとちょっと困る。

 言葉に詰まっていると、堀北さんはおもむろに起き上がって俺と彼女のおでこをくっつけた。熱が引いていたと聞いたんだが、その額はやけに熱を帯びている。

 

「……まあいいわ。()()()()()も出来た事だし。これとはまた別のご褒美、期待してるわよ」

 

「えっと鈴音ちゃ「────入るぞ堀北。オレの過去について少し話があるんだが……」あっ」

 

 最悪のタイミングで戻ってきたのは、心なしかテンションが高く見える綾小路君。おでこをくっつけている状態で目が合ってしまった。

 俺と堀北さんの目をチラチラと2往復ほどした後、心底申し訳なさそうな表情で頭を下げた。

 

「……すまん。失礼したみたいだな」

 

「あっ……」

 

 そんな俺の声も虚しく。バタンと扉を閉めた音が辺りに響き渡った。

 その直後、何故か走って逃げるつもりなのか、廊下でドタドタという足音が

 

「追いかけなさい」

 

 絶対零度の瞳で語る鈴音ちゃん。今ならどんなことでも従ってしまう様な気がした。

 

 

 

「……清隆ああぁぁあ!」

 

 

 

 エモい感じで終わるかと思ったらこれかよ! 絶対逃がさねえからな! 

 

「はぁ……上手くいかないものね」

 

 

 




皆さん沢山の評価、応援コメントありがとうございます!
11月のテスト終わったら更新頻度上げられるはずなので、もう少し待っててください!


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第四章
戻りし日常


ちょっと忙しさに怠けてました!
テスト期間中なので、12月入ったらもっと更新できると思います!

時間開いちゃってるので、前話と矛盾があったらご指摘いただけると幸いです!


 

 

 

「────以上が特別試験の結果です。140ポイントで2位だったBクラスと比べてもその差は圧倒的です。満足いただけましたか?」

 

 試験を終えた日の夜。俺は茶柱先生に呼び出され劇場へと足運んでいた。今日の公演は既に終わったらしく、俺たち以外場内には人っ子一人見当たらない。

 

「ああ。……現在のDクラスの95ポイントと合わせると450CP。542CPのCクラスには及ばないが、十分射程圏内に収めたと言えるだろう。懸念だったCクラスとの取り引きも、一体どんな手品を使ったのか知りたいくらいだよ」

 

 契約の保証をして貰ったため、龍園君と結んだ内容も筒抜けだ。

 

「伝える相手が違いますよ茶柱先生。こと今回の試験では、俺は何もしてません」

 

 戸塚君のキーカード盗んだ以外、俺がやったのは神室さんに飯集ったぐらいだ。

 

「そうか。まぁいい。綾小路も上手く動いたようだからな」

 

 一瞬だけ何かを思案した後、茶柱先生は足を組みなおして満足げに語った。

 清隆君の名前は1度も出てないのに、わざわざ言い直す当たりこの先生の性格の良さが伺える。

 

「……では、俺はこれで失礼します。こっちはあれだけ苦労したんだ。約束は守ってくださいね」

 

 腹立たしいが、ここで反抗するメリットは無いため大人しく引き下がることにする。

 

「ああ。ご苦労だったな。斎藤」

 

 そんな心にもない労いの言葉を受けながら、オレはその場を後にした。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 無人島での特別試験が終わってから3日。オレたち高度育成高等学校の生徒を乗せた豪華客船では、何事も起きることなく、平穏な時間が保たれていた。

 無人島でのサバイバルなど、青春を謳歌する学生にとっては、冷静な判断を失いがちな場であったことは今更言うまでもないことだろう。かく言うオレもその例外ではなかったようで、昔の自分からは考えられない様な行動をとってしまった。

 

 

 

 

 

「……そんな物語の中に出てくるような施設が、本当に存在するなんてね」

 

 ────思い起こされるのは3日前の記憶。

 オレは()()()()()()()()()()()()()()()()。もちろんオレの生まれ育った場所である『白い部屋』についてもだ。

 紡が驚いたようにこちらを見ていたが、オレだって驚いている。自分の弱みをみすみす明かすような真似をしたんだからな。というより、言って信じてもらえるかも怪しい話だ。『自分は人工的に天才を作る施設の実験体で、物心つく前から施設から一切出ずに生活してきた』だなんて。

 

「ああ。信じられないか?」

 

「ええ。そんな人権を無視した実験が、本当に日本で行われていただなんて……そう簡単に信じられないわ。でもどこか納得がいったわ。そのちぐはぐな人間性が出来た経緯がね」

 

 堀北はそこまで驚いた様子ではなく、納得すらしていた。「そこまでオレは世間一般から外れた学生ではない」と抗議したかったが、紡も同じような意見だったため、堀北の言っている事が正しいのだろう。

 

「それで、一体なぜこのタイミングでそれを明かしたのかしら? 正直、黙っていた方が得策だと思うのだけど」

 

「……オレは今後似たような状況になったとしても、同じことをするという確信がある。だが、お前がオレの目的を知って動いてくれれば、そういう状況を減らすことが出来ると考えた。ただそれだけだぞ」

 

「要は、なるべく鈴音ちゃんを傷つけたくないって事だよ。だよね? 清隆君」

 

 まるでオレがツンデレかのような言い方をされて不服だが、実際間違いはないため黙ってうなずいておく。

 こちらが傷つけておいて都合の良い事を言うもんだと自分でも思ったし、その身勝手さも重々承知している。ビンタ位なら甘んじて受け入れるつもりだったが、またもや堀北の反応はオレの予想の斜め上を行くものだった。

 

「……呆れた。やっぱりあなたは大馬鹿者よ。綾小路君」

 

「……は?」

 

 しかし、ここでも堀北から帰ってきた反応はオレの予想外のものだった。唖然とする俺を尻目に堀北は続ける。

 

「先ほどの話を聞いたら、あなたがただいたずらに試験を裏で操ってたなんて思えない。これはただの予想だけど、そうせざるを得ない状況だったのでしょう?」

 

「……そういう問題じゃないだろう。オレは、自分のためにお前を傷つけた。友達であるお前を……」

 

 完全に言い当てられてしまった。試験の疲労が抜けていないのか、はたまた()()()()かは分からないが、何時もスラスラ出るはずの繕った言葉が出ることは無かった。

 

「もういいんじゃないかな。清隆君。鈴音ちゃんも病み上がりなんだしさ、素直に認めちゃいなよ」

 

 隣から紡の軽薄な言葉が聞こえて来る。動揺しているオレを面白がっていることは、表情を見ずともよく分かった。

 

「言うなら最後まではっきり言って欲しいものね。『助けてください堀北様』って。そうしたら考えてあげても良いわよ」

 

「……もしかして鈴音ちゃんってそういう趣味の……ちょ、ごめん叩かないで」

 

「口は災いの元。よく覚えておきなさい」

 

 何処か入学したてを彷彿とさせる棘のある言葉だったが、その内に込められた暖かさに気が付かない程、オレは鈍感ではなかった。

 すぐそっちの方面に持っていこうとする紡の悪い癖が働いているが、今に限ってはありがたい事だった。

 

「2人とも」

 

 目の前で漫才のようなやり取りを繰り広げる2人に、オレは小さく呟いた。

 

「ん?」「何かしら」

 

「……ありがとう」

 

 もう少し気の利いた言葉を言いたかったのだが、どうやらオレの頭は思うように動いてくれないらしい。

 ────そしてその理由も、今になってようやく確信が付いた。

 

「あはは。今更だと思わない? 鈴音ちゃん」

 

「そうね。友人同士がこんな事でわざわざありがとうなんて、普通は言わないと思うのだけど」

 

「……お前も今まで友達いなかったくせn「随分と元気になったみたいね? 綾小路君」……ごめんなさい」

 

 そんな俺のぼやきも、堀北の手刀によって無に帰すことになる。そしてそんなオレ達のやり取りを見て笑う紡。

 またいつもの日常が戻ってきたと、ほっと胸をなでおろすオレがいた。

 

「泣いたり笑ったりして忙しいね? 清隆君」

 

「うるさいぞ。オレは泣いてなんかない」

 

「はいはい」

 

 ────どうやら、オレはこの2人の事になると上手く頭が回らなくなってしまうらしい。

 

「……用が済んだなら帰って貰えるかしら? 風邪移っても知らないわよ」

 

「やっぱり堀北さんも大概だよね「何か言ったかしら?」ひぃ……ほら、帰るよ清隆君!」

 

 紡と2人で逃げるように部屋から出る。何ともバカみたいなやり取りだが、そんな些細なことでさえオレは楽しく感じる。

 

「よし! じゃあ俺は疲れたから寝るっ! 夜ご飯一緒に食べよう清隆君。また後で連絡するね」

 

「ああ」

 

 ────だが、それが特段悪いことだと、オレは微塵も思わなかった。

 

 

 

 

 

「恵まれてるな。オレ」

 

 そんなことを思い返しながら、オレは上機嫌に自室で読書を再開する。

 オレがわざわざ船内に持ち込むことに違和感を抱いている人が居たら、その違和感は正しい。この本は堀北から「どうせ遊ぶ相手もいないだろうし」とのことで貸してもらったものだ。体調が悪い堀北はともかく、オレは紡と一緒に過ごすつもりでいた為、この本を読み切ることは無いだろうと思っていた。思っていたのだが……

 

「……もう最終章か」

 

 文庫本一冊の小説だが、ページはもうほとんど残っていない。因みにこれで読み返すのは二回目である。

 

「あれ? もしかしてずっと部屋にいるの?」

 

 ため息を吐きながらすでに知っている結末を見届けていると、同じ船室でのルームメイトである平田が話しかけてきた。

 

「特に出歩く理由もないし、遊ぶ相手も……居ないことは無いんだが」

 

「だよね。堀北さんとか、紡君とか」

 

 そう。今のオレには気軽に誘える友達がいる……居るはずなんだが。

 

「堀北は他の女子達にずっと連れまわされてるし、紡はずっと坂柳と一緒にいる」

 

「あっ……」

 

 何かに気が付いてしまったという表情を浮かべる平田。頼むからそんな顔で見ないでくれ。心が痛むから。

 先の無人島試験での結果は、紡と堀北の功績だとクラスメイトには伝えている。目の前の平田も例外では無い。棘が取れてツンデレキャラが固定化されている堀北が、試験では機転を利かせてクラスを救ったとなれば、人気者になるのは当たり前と言える。堀北自身もクラスメイトとのコミュニケーションが大事だと自覚している為、断ることなく積極的だ。同性の友達が増えるのも時間の問題だろう。

 

「凄かったもんね、堀北さん。紡君が抜けた後も頑張ってたし」

 

 本人のストイックな性格が功を奏したのだろう。今堀北の株はうなぎ上りだ。櫛田が発狂しないか気がかりだが、そうなったとて問題はないだろう。

 

「……まあな。流石だよ」

 

「でも試験で頑張ってたのは、綾小路君も同じだと僕は思うよ? 色々な仕事を率先してやってくれたしね」

 

「地味な仕事だけどな」

 

「それでもだよ」

 

 気を使われてしまったな。別に労いの言葉が貰えないことに不満をもってはいないのだが……

 

「今だから2人とも忙しいだろうけど、綾小路君から誘えば来てくれると思うよ? 余計なお世話だけどね」

 

 ……こちらもお見通しか。あちらからお誘いが無いことに不満を感じているわけではない……いや、正直少しだけ不満を感じている。

 

「まあ、その時までオレは本でも読んでるよ」

 

 そう言って三度目のエピローグを読み終えてしまった。堀北の下へ別の本を借りに行こうとしたが、友達がいないから時間が余っている奴だと思われるのはオレの精神衛生上よろしくないから辞めた。

 

「そうだ。じゃあ僕とお昼ご飯でもどうかな?」

 

 二人きりの室内。ベッドで隣り合わせに座り、オレに真剣な眼差しを向ける平田。紡もそうだが、Dクラスの二大イケメンと言われるだけあって相当顔が良い。

 

「……意外だな。てっきり他の誰かと約束しているものだと思っていたが」

 

 変な方向へと向く思考を戻しながら、オレは平田に問いかける。

 

「あー……元々軽井沢さん達から誘われてたんだけど、彼女たちとならいつでも食べられるよ。でも、綾小路くんとはこうして同じ部屋にもなったわけだし、一緒に食べられる機会は今までほとんどなかったから」

 

 あくまで聞かれたから答えただけで、誘われている事を隠してまでオレと食事を共にしたいと……なるほどな。

 

「分かった。俺でよければ一緒に頼む」

 

「ほんと! ありがとう綾小路君! 時間もちょうどいいし一緒に行こう」

 

 オレの理性が裏があるぞと囁いて来るが、三日間紡と堀北が楽し気に遊ぶ傍ら、1人寂しく引きこもっていたオレにその言葉が通ることは無かった。

 善は急げと言わんばかりに部屋を出る平田にルンルンで着いていく。もしかしたらこの食事がキッカケで新たな友人が出来るかもしれない。そんな楽観的な思考を巡らせながら目的の店へと向かう。

 

「やっぱり混んでるね……早めに座っちゃおう」

 

 目的のお店に辿り着くと半数以上の席が埋まっていた。人ごみに紛れ込むように、まだ空きが残っている席を二人で確保する。

 席につきメニュー表に視線を落とすなり、平田は少し申し訳なさそうに話を切り出した。

 

「実は……少し相談があるんだ」

 

 

 

 ……やっぱり裏があったか……

 

 





ウキウキで着いていったら、やっぱり裏があってがっかりする綾小路君でした。
平田君は原作より少しだけ焦っています。その原因は次回明らかになるのでお楽しみに!


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それぞれの意志

お久しぶりですー
どれだけ忙しくても週一なら安定して投稿できるかな……?

高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!全てに返信することはできませんが、ニヤニヤしながら読ませていただいております!


 

 

 

「相談?」

 

 やっぱり裏があった。予想していたとはいえ、落胆の感情が無かったとは言えない。

 しかしよくよく考えればオレも紡や堀北、そして目の前の平田にはかなり助けられているため、相談に乗るくらいなら拒否するほどのことじゃないだろう。

 

「こんな形になってごめんね。でも、どうしても綾小路君じゃなきゃいけなくて」

 

「そ、そうか」

 

 そんな言い方をされたら断るなんて選択肢はなくなる。流石紡と双璧をなすDクラスの人気者。人たらしの才は目を見張るものがあるな。

 

「相談者として適さないオレに声をかけるってことは、ピンポイントな内容か?」

 

 オレは伏し目がちに謝る平田に問いかけた。

 

「……軽井沢さんのことで」

 

 平田は一度左右に目を配った後小さく語った。よほど他クラスの生徒に聞かれたくない話なんだろう。

 

「軽井沢さんの下着が盗まれた話になるんだけど、結果的に伊吹さんが犯人だったってことで落ち着いたよね?」

 

「ああ。Cクラスが裏で暗躍していたことが一之瀬によって証明されたからな。また何か問題か?」

 

 同じくBクラスに紛れ込んだ生徒がスパイだったことが判明し、『伊吹がDクラスを混乱させることを目的に、軽井沢の下着を盗んだ』という結論に落ち着いたのだ。

 

「いや、事件の方はもう大丈夫なんだけど……その時の軽井沢さんの態度に反感を持っている人たちが結構多いみたいで」

 

「あー……」

 

 なるほど、事件の方ではなくそっちで来たか。

 確かに当時の軽井沢の態度に問題が無かったかと聞かれたら、オレも首を横に振るだろう。それも普段からヘイトを貯めやすい立ち振る舞いをしていた軽井沢だ。文句の一つぐらいは出て当然といえる。

 

「確かに不満は出るだろうが、何で平田はオレに相談を? こういうのはクラスに影響力を持つ紡や櫛田、最近だったら堀北とかの方が適していると思うぞ」

 

「……でも櫛田さんはともかく、紡君や堀北さんに直接頼むのは良くないと思って。だから、こういう状況だってサラッとでいいから伝えて欲しいんだ」

 

 下着泥棒の犯人として疑われた紡と、それを擁護して軽井沢と口論になった堀北。そりゃ本人に直接言うのは気が引けるか。

 

「なるほどな。オレから伝えてもいいが、それが直接的な解決法になるとはいえないと思うぞ。まずは軽井沢本人に、日ごろの態度を改めるよう伝えるのが先じゃないか?」

 

 もし話を聞いた堀北や紡が騒ぎを収めたとして、それは臭い物に蓋をすることと何ら変わりない。根本的な原因が軽井沢にある以上、それを直させるのが先だろう。

 

「そう、だね。綾小路くんの言う通りだ。少し焦りすぎていたのかもしれないね」 

 

 自分の判断ミスをすぐに認める素直で柔軟な対応。これもまた平田の魅力だろう。

 しかし、今の反応的にまだ軽井沢に現状を伝えていないのだろうか? 付き合っている間柄にしては、平田からは積極性が感じられない。それとも、付き合っているからこそのデリケートな問題なのだろうか。

 

「慣れない環境でのストレスが尾を引いているだけかもしれないぞ。試験が終わってまだ3日しか経っていないからな」

 

「そっか……ありがとう綾小路君。相談乗ってもらって。さ、食べようか」

 

 気持ちを切り替えたのか、少しして到着した食事を二人で食べ始めた。だがすぐ、平田は誰かが近づいてくるのに気づいたようで、戸惑ったような様子でオレに目配せしてきた。

 

「あー、やっぱりここにいたんだ、平田くんっ。一緒にご飯食べよっ」

 

 嬉しそうな声をデッキに響かせながら、軽井沢がやって来た。いつも数名の女子生徒と一緒に居るはずだが、その姿は見当たらない。

 

「えーっと……軽井沢さん、さっき電話で断りを入れたと思うんだけど……?」

 

 困った様子の平田を余所に、軽井沢は平田の隣の席に座ろうとする。

 

「えー。いいじゃん()()()()()()()()()()()()ご飯くらい一緒に食べて当然でしょ?」

 

 そう言って平田の腕に寄りかかる軽井沢。これは空気を読んで退出すべきだろう。

 

「オレは失礼するぞ平田。また機会があったら一緒に食べよう」

 

 昔のオレなら無言で退散していただろうが、平田と2人で話す時間は中々新鮮だったため、勇気を振り絞って声を上げた。

 

「あっ……ごめんね綾小路君。また今度」

 

 平田は心底申し訳なさそうな顔を浮かべながら言った。名残惜しそうな様子がオレの勘違いでないことを祈りながら、自分の食べ物を手に取って立ち上がる。

 仲良くなることに重点を置いたことで生じる数少ない欠点だな。自分の時間が他人のために割かれて一人で過ごす時間を満足に取れない。個人的な悩みを持ったとしても、その元である軽井沢には相談できないから胸の内で抱えることになる。

 

 

 

 昼食を終えた後、オレは船内を散策していた。部屋に戻って4週目の本を読んでもいいが、先ほど廊下で高円寺とすれ違った為、今部屋に戻ったら彼と2人きり。気まずいったらありゃしない。

 

「ん?」

 

 どうやって平田達が戻るまで時間を潰そうか考えていると、ポケットの携帯が振動した。

 取り出して確認すると、数少ないチャットの友達である少女からの呼び出しだった。好都合と言うべきか、時間つぶしの予定が入ったってことだ。拒否する事情はひとつもないので快く承諾した。

 

 

 

 

 

「はあっ……はぁ───っ……はあああ───っ……」 

 

 メール差出人である佐倉の下に近づいていくと悩み深そうなため息が繰り返されていた。

 

「どうしたんだ?」

 

「わあ! あ、綾小路くんっ!」 

 

 そんなに驚かれるような声のかけかたをした覚えはなかったが、佐倉には不意打ちだったようでいつも丸めている背筋をピンと張って慌てふためいた。

 

「驚かせて悪いな」

 

「う、ううんっ。私がちょっと、変に緊張してただけだから」 

 

 友達との待ち合わせくらいで緊張しているようだと、まだまだ私生活は大変そうだな。

 

「綾小路くんって、同室の人は平田くんと高円寺くん、幸村くん……なんだよね?」

 

「オレか? ああそうだけど、それがどうかしたのか?」 

 

 そんなことを聞いてくるとは意外だった。

 

「実は、その……私、同じ部屋の人とのことで、ちょっと悩んでて」 

 

 ルームメイトとの関係が良好ではないってことだろう。人付き合いの苦手な佐倉らしい。それが深刻な悩みなのは表情を見ていればよくわかる。

 

「人間関係で相談するのか? 自慢じゃないが、オレが友達と言えるのは紡や堀北、池たち3バカに佐倉……意外と多いかもな」

 

 知らぬ間にオレは陽キャの第一歩を踏み出しているのかもしれない。

 

「いいなぁ……友達だって自信持って言える人多くて羨ましいかも」

 

「これも紡の受け売りだけどな」

 

 オレは何時ぞやか紡に言われたことを思い出す。

 

『一緒に居て楽しいと思えるなら、それはもう友達だと思うよ?』

 

 ……このレベルに達してようやく陽キャと言えるのだろうか? だとしたら百年たっても無理な気がしてきたぞ。

 というより、どうやら佐倉もオレの事をしっかり友達だと思ってくれていたらしい。これで『えっ……友達? 綾小路君が?』とか言われたら、デッキに走って行って飛び降りる所だっただろう。

 

「人と話すの得意じゃないってこの前言ってたから、どうやってるのかなって……綾小路君なら、何かアドバイスくれるかもと思って」

 

「か、勝手に頼ろうとしてごめんね。綾小路くんも忙しいのにね」

 

「別にいいさ。相談されたからって困ることはないし。ただ、助けになってやれるかって話はまた別だけどな」

 

 思い返してみれば、俺自身同室の高円寺や平田、幸村と仲がいいかと聞かれたら首を横に振る……さっきまでの発言が急に恥ずかしくなってきた。

 そんな恥ずかしさをかき消そうと考え込んでいたら、客室の扉が開いた。

 

「あれ? 綾小路くんと佐倉さん。こんなところで何してるの?」

 

 客室からひょっこりと姿を現したのは、櫛田だった。 佐倉の明るかった表情は途端に雲間に消え、居心地悪そうな雰囲気に変わる。自分の感情をコントロールするのが苦手なのだろうが……。流石にここまで露骨なのは良くないだろう。

 しかし、櫛田はまったく気にした様子もなく話を続けた。

 

「あ、邪魔するつもりはないよ? 友達と合流することになってるだけだから」

 

「……私、部屋に戻るね」

 

 櫛田が慌てて引きとめようとするも、佐倉は船内へと駆け足で戻っていった。

 

「うー……ごめんね。バッドタイミングだったね。声かけないほうがよかったかな」

 

 手を合わせて謝る櫛田。別に謝るようなことは何もしていない。そう言おうとした時、俺と櫛田の携帯が同時に鳴った。

 

「この音って……」

 

 キーンと言う高い音。それは学校からの指示であったり、行事の変更などがあった際に送られてくるメールの受信音だった。マナーモード中であっても音が強制的に出ることから、重要性の高さが窺える。

 話の途中であったが、オレと櫛田は一度目を合わせた後、携帯を開く。

 

 

 

「────特別試験?」

 

 

 

 ……これは、また面倒なことになりそうだな。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 特別試験で居られなかった時間を取り戻すかのように、俺と有栖ちゃんは2人で船内のあらゆる場所を巡っていた。お互い注目を浴びる立場だと言う自覚はあるが、正直いって関係を隠す方が面倒なため、堂々と彼女の隣を歩く。

 時刻は5時過ぎ。夕食をどの店で済ませようか考えている中、突如として携帯にメールが届いた。

 

『生徒の皆さんにご連絡いたします。先ほど全ての生徒宛に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認し、その指示に従ってください。また、メールが届いていない場合には、お手数ですがお近くの教員まで申し出てください。非常に重要な内容となっておりますので、確認漏れの無いようお願いいたします』

 

「だってさ有栖ちゃん。どこか座って確認しよう」

 

「そうですね。重要度の高い通知に、船内アナウンスですか。一体どんな内容なのでしょう」

 

 デート中に興ざめする内容のアナウンスだったが、有栖ちゃんの認識は真逆と言っていいだろう。

 携帯を操作してメールを開くと、そこには何とも不吉な『特別試験』の文字があった。

 

「20時40分に201号室に集合……ですか」

 

「お? 同じ時間だね有栖ちゃん。ほら」

 

 小さく呟いた有栖ちゃん。その内容が引っかかった俺は、自分の携帯の画面を有栖ちゃんに見せた。

 

「20時40分に204号室……違うのは部屋だけですか」

 

「とりあえず行ってみないと分からないなー。そっちも忙しいだろうし、今日はここで解散しようか」

 

「……先の試験の様に、行動を制限されないものだと良いのですが」

 

 不機嫌そうに呟く有栖ちゃん。どうやらデートの時間に水を差されたことにご立腹のようだ。

 

「まぁまぁ。まだまだ時間はあるんだし、大丈夫だよ」

 

「……そうですね。楽しいイベントもこれから行われるようですし」

 

 立ち直るのはや~。

 そんなことを思っていると、端末にはチャットが届いたことを知らせる通知が来ていた。危ない危ない。音が鳴らないように設定してたから見逃すとこだった。

 

『今学校からメール届いたか?』

 

『届いたわ』

 

『届いたよー』

 

 届いたのは俺、鈴音ちゃん、清隆君の3人のグループだ。アイコンは俺を真ん中に皆で撮った自撮りの写真である。満面の笑みを浮かべている俺の隣で、慣れていないのか、2人とも恥ずかしそうにしているのがポイント高いお気に入りの写真である。

 と、話が逸れたが清隆君のチャットに返事をする。

 

『オレは18時からに指定されていたんだが、そっちは?』

 

『こっちは20時40分からよ。随分時間が違うみたいね』

 

『おー。俺も20時40分に204号室だよ。男女違う時間に分けられているってわけじゃなさそうだね』

 

 呼び出された時間に着目したあたり、もしかして清隆君は俺と堀北さん以外の誰かと過ごしてたのかな? 

 

『時間帯が異なるのは気になるわね。試験開始時刻が異なるのであれば、先に問題を知る者とそうでない者とで不公平が生まれそうだけれど』

 

『今はまだなんとも言えないな』

 

『俺と鈴音ちゃんは同じ時間だし、とりあえず先に説明受けたら報告よろしくねー』

 

『わかった』

 

 一区切りついたので、携帯を閉じて隣に座る有栖ちゃんに問いかける。

 

「今回の試験は、どういうスタンスで行くつもり?」

 

 抽象的な質問だったが、その意を汲み取れない程俺達の付き合いは短くない。

 数秒顎に手を置いて考え込んだ有栖ちゃんは、クラスポイントやその推移を表示できるアプリを開いて見せてきた。

 

「今回は私も参加できるようですし、本気で行こうと思います。まあ、試験の内容が把握できない以上何とも言えませんが」

 

 ──第1学年 各クラスポイント──

 Aクラス  1004(1019)Pt

 Bクラス   663(803)Pt

 Cクラス   492(542)Pt

 Dクラス    95(450)Pt

 

 と、端末には表示されている。()の中は先の無人島試験での結果を加えた表示。クラスポイントが支給されるのは夏休みが終わってからのため、それを考慮したものだろう。

 こうしてみると、初期の絶望的ともいえる差はなくなったように感じるな。特別試験で数百のポイントが動くことが証明されたため、Aクラスの生徒は気が気じゃないだろうね。

 

「もしかして、結構燃えてる有栖ちゃん?」

 

「当たり前じゃないですか。私が参加を許された以上、この試験は運動を中心としたものではないはずです。一週間お預けを食らった私に、これ以上何を我慢しろと?」

 

 そりゃそっか。ま、清隆君の在学がひとまず保証されたし、『約束通り』俺もぼちぼち働かないとね。

 

 

 





──第1学年 各クラスポイント──
 Aクラス  1004(1019)Pt
 Bクラス   663(803)Pt
 Cクラス   492(542)Pt
 Dクラス    95(450)Pt

 ()内が正式なポイントですね。原作では夏休みまで87?位だったDクラスのポイントは、紡君の影響で95まで上がっています(本当はキリの良い数字にしたかっただけなんですけど笑)

 それにしても今後の展開どうしよう……とりあえず辰グループに紡君と有栖ちゃん入れたかっただけなんだけど、原作でⅮクラスは3人だったから追加すればいいとして、有栖ちゃんは誰と交換しようかな。
 原作をなぞっているだけだという自覚はあるんですが、大きく原作から乖離させ、その上で辻褄が合うような展開を考えれるかと言われたら結構疑問でして……

 ま、それは後の自分に任せるとして、とりあえず優待者編の流れを考えます!
 この後どういう流れになるか妄想してくれてもいいんですよ?笑 



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真実

無人島試験でのBクラスの結果を190ポイントに変えます。そう言えばこっちではAクラスのリーダーを当てているので。完全に忘れてました…
過去の分を探して訂正するのは気が向いたらやります…

高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!全てに返信することはできませんが、ニヤニヤしながら読ませていただいております!


 

 

 

 ────慣れない環境というのは、時として予想外の生理的現象を引き起こす。ここに入学して1か月。表面上は繕っていたが、自分でも知らぬ間にストレスを抱え込んでいたらしい。

 

「うっ……久しぶりだな」

 

 ベッドから転げ落ちるように飛び出し、早い足取りでトイレへと向かう。ここ2年ほど何もない状態で、一気に襲って来たため余計質が悪い。

 

「はぁ、はぁ……おぇ」

 

 床に座り込み、胃の中のモノをすべて吐き出そうと試みる。それから5分ほどえづいていると、靄がかかっていた思考が段々とクリアになってきた。

 トイレの水を流した後洗面台の前に立った俺は、パジャマを脱いで鏡の前で上裸になる。

 

「……よし、大丈夫だな」

 

 自分の体をざっと確認し、どこにも傷がないことを確かめる。明らかに意味のない行為だが、さっき見た夢は余りにも()()()()()

 そして服を着なおしベッドへと戻る。隣に置いたスマホで時間を確認すると、画面には六時過ぎと表示されている。二度寝するかどうか迷う時間帯だ。

 

 ────夢というものは、脳内に溜まった過去の記憶や、直近の記憶を処理するときに表れる現象である。一見して非科学的な現象だと思われがちだが、これも側頭葉とニューロンの働きで説明できる物理現象だ。

 

 しかし、一つだけ説明できないことがある。それは『俺という人間が形成された経緯』だ。前世の記憶なんていう俗説に収めるには、余りにも世の理から外れすぎている。

 

『俺さ、来年から臨床研修医として働くことになったんだ。将来は小児科の先生になりたくて』

 

『何でって……子供が好きだから? いや、変な意味じゃねぇつーの。そんな理由で6年間クソムズイ勉強できねぇよ。奨学金だって条件厳しいし』

 

『びっくりしたっしょ? そしてもう一個サプライズ! 俺、働いたら結婚するんだー。今の彼女とはもう10年も付き合ってるんだぜ?』

 

『元気そうでよかったよ。今度初任給で美味いレストラン連れてってあげるからさ、楽しみにしてて!』

 

 懐かしいな。あの時は文句を言いつつも、なんだかんだ言って幸せだった。将来の希望もあって、これから幸せになっていくことに疑問なんて一切抱いてなかった。

 

 

 

 俺は……自分が他人の幸せを奪っていた事実から、目を背けていた卑怯者だ。

 

 

 

 ────そして、それは今も変わらない。

 

 

 

 

 

 時刻は朝7時55分。俺は船の甲板へと足を運んでいた。流石の有栖ちゃんも朝食に誘ってくることはなかった。きっと今頃は同じように試験についての話し合いを行っていることだろう。

 集合場所であるカフェのテーブル席には、既に1人の生徒が座っていた。

 

「お。早いね清隆君」

 

 そのガッチリとした背中を叩き、俺は座っていた生徒。清隆君の隣に腰掛ける。集合の5分ほど前に来たつもりだったのだが、どうやら清隆君はそれ以上早く着いていたようだ。

 

「紡か。1時間待ったぞ」

 

 綾小路君はいつも通り、淡々とした様子で返してきた……って。えっ……

 

「マジ?」

 

「冗談だ」

 

 俺の驚いた様子を見て満足げに鼻を鳴らす清隆君。何やねんこいつ、真顔で冗談言うなし。

 

「もしかして、試験終わってからずっと一人だったこと根に持ってる?」

 

 意趣返しのつもりでからかうように言い返すと、綾小路君は一瞬苦い顔をしてため息を吐いた。

 

「……自覚あったのか」

 

「ごめんって。有栖ちゃんが離してくれなくてさ~」

 

 わざとヘラヘラとした様子で頭をかく。くっくっく……この返し、童貞には厳しかろう? まぁ俺も童貞だけど。

 

「大変そうだな。あの女の相手をするのは」

 

 羨ましがるどころか、辟易したような様子でこちらを見つめて来る清隆君。そうじゃん。こいつ有栖ちゃんの本性知ってるんだった。

 

「まあね。ちょっと棘もあるけど、それも魅力の一つだよ」

 

 こんな事本人に聞かれたら殺されるよ? 清隆君。

 そんな取り留めのない会話を続けて時間を潰す。一度ブチ切れた所を見せたせいなのか、それとも清隆君のデレを見たからかは分からないが、以前に増して会話が楽しい。

 

「そうか。ふっ……棘のある女なら一杯いるな? 坂柳に伊吹に堀北。まあ最後は大分丸くなったが」

 

「何時かみたいにコンパスの針を刺してもいいのよ?」

 

 そんな物騒な言葉とともに登場したのは、我らがDクラスのツンデレ娘の鈴音ちゃん。今日もそのツンツン具合に曇りは無い。

 

「認めやがったコイツ……」

 

 きっとこの4か月の間にひと悶着あったんだろう。知りたくもないためここは華麗にスルーを決め込んでおく。

 

「そうだ。この前借りた本返すぞ。4日間暇だったから助かった」

 

 思い出したかのように懐から本を取り出した清隆君。その際こもっていた小さな悲しみの言葉にも、鈴音ちゃんはどこ吹く風だ。

 

「そう。良かったわね。それじゃあ昨日の話をしましょうか」

 

「あ、すみません。コーヒー3つお願いします」

 

 とりあえず人数分の飲み物頼んでおく。朝食はこれが終わってからでも大丈夫だろう。

 

「ありがとう紡。それで、学校からの呼び出しや詳細は一緒だったのか?」

 

「ええ。あなたの言っていたことと全く同じね。12のグループ、4つの結果。そして朝8時に来るらしい学校からのメールで優待者を発表する話。違いを上げるなら説明担当の先生が違ったことくらいでしょうね」

 

「昨日話してた事と大して変わらないと思うよ。恐らくはみんな同じ説明を受けてる」

 

 3人のチャット他にも、12グループ全員同じような説明を受けたと話は聞いている。ここで試験に差が出ることはなさそうだね。

 そう返すと、清隆君はスマホを取り出して机に置いた。画面に表示されているのは、俺が昨日チャットに張った画像。最初に説明を受けた生徒から、各クラスバラバラにグループ分けしてあると聞いたので皆に写真を取って来てもらったのだ。

 

「行動が早くて助かったぞ。各グループの生徒を把握できるのは大きなアドバンテージだ」

 

「そうね。メモを取っている生徒なんてほとんどいないだろうし」

 

 2人からお褒めの言葉を頂いた。嬉しい。

 

「それにしても、やっぱり目を引くのはこの『辰グループ』だな。偶然にしては出来すぎている偏りだ」

 

 そう言って綾小路君が表示したのは、俺と鈴音ちゃんが所属している『辰グループ』のメンバー表。

 

 Aクラス・葛城康平 坂柳有栖 的場信二 矢野小春 

 Bクラス・安藤紗代 神崎隆二 津辺仁美 

 Cクラス・小田拓海 鈴木英俊 園田正志 龍園翔 

 Dクラス・櫛田桔梗 斎藤紡 平田洋介 堀北鈴音 

 

「ドリームチームだな。どの結果になるか賭けたい位だ」

 

「いいねーそれ。胴元は俺がやるよ」

 

 本当は賭ける側に回りたいけど、演者である俺が賭けたら成立しない……というか、不正し放題だなコレ。『ポイントあげるから適当に裏切って』って言えちゃうし。

 

「……2人ともふざけないで頂戴。やはり、これは意図的に組まれたグループでしょうね」

 

「そだね。ドリームチームって言うのも間違いじゃなさそうだ」

 

 鈴音ちゃんの発言に同意し、もう一度メンバーを確認する。

 Dクラスは言わずもがな、他クラスとも交流の深い櫛田さん、洋介君。まだ協調性に難ありだけど、目まぐるしい成長を遂げている堀北さん。俺が各クラスから10人ずつ選んで最強のクラスを作れと言われたら、この3人は必ず選ぶだろう。まずは綾小路君だけど。

 

「Cクラスは龍園君、Bクラスは神崎君、Aクラスは……葛城君と有栖ちゃんか」

 

 こうして見るとリーダー格の生徒というのは、多くてもクラス辺り2人とかだね。だがDクラスは4人全員が能力の差こそあれ優秀と言えるだろう。

 俺の総合評価的には洋介君≧鈴音ちゃん>櫛田さんって感じかな。

 

「そうなると一之瀬がここに居ないのは不思議だな」

 

「案外清隆君の牽制目的かもよ? 5月の始め、職員室に呼び出された俺と鈴音ちゃんは両方成果出してるし、怪しんでても不思議じゃない」

 

「あり得るわね……ここから察するに、12のグループにはある程度法則があると見るべきかしら? 綾小路くんと軽井沢さんとは似通った成績だったものね。点数順にグループを分けているとか……いや、無いわね。斎藤君と私ならともかく、平田君と櫛田さんは中の上ほどの成績だし」

 

 上から清隆君、俺、鈴音ちゃんの順で話が進んでいく。ちょっと嬉しそうに語る鈴音ちゃんはかわいいね。

 

「得意げになるな……いてっ」

 

 無粋なことを言った清隆君が、テーブルの下で脛を蹴られている。そんなんだから面が良いのにモテないんだよ? 

 

「蹴るわよ」

 

「それは蹴る前に言う言葉だ」

 

「緩いなぁ……」

 

 まぁ楽しそうだからいっか。

 

「ったく……ま、なんにせよ大変だな。このグループを統率して出し抜くってのは。紡が居るから心配はしていないが、お前と龍園の相性は最悪と言ってもいい。オレも一之瀬がいる以上、そちらまで気を回せる保証は無いぞ」

 

「分かってるわ……そろそろ8時ね。本当にメールは来るのかしら」

 

 清隆君の忠告にも素直に耳を傾ける鈴音ちゃん。清隆君の実力を知っている事もあるだろうが、入学当初からは考えられない。

 そして時刻は8時、一秒の誤差もなく3人のスマホが鳴った。

 

「お、来たみたいだね」

 

 俺は送られてきた文章を2人に見せる。

 

『厳正なる調整の結果、あなたは優待者に選ばれませんでした。グループの一人として自覚を持って行動し試験に挑んで下さい。本日午後1時より試験を開始いたします。本試験は本日より3日間行われます。竜グループの方は2階竜部屋に集合して下さい』

 

「どうやら3人とも優待者には選ばれなかったようね。喜ぶべきか悲しむべきか」

 

「そうだな。優待者ならやり方次第で全ての選択が許されたからな」

 

 2人の画面を見る限り、内容はほとんど同じと言っていいだろう。

 

「さて。まずは戦略を立てるためにクラスの優待者を把握しないとね。ふむ『厳正な調査の結果』か。これは「斎藤君」おっと……」

 

 話し合いを次の段階に移そうとした時、人気のないテラスに人影が差し込む。

 

「────ようヒモ野郎。今日も足手まとい2人と朝飯か?」

 

「やだな()()()。俺には斎藤紡っていう素敵な名前があるんだよ?」

 

 タイミングを計ったかのように現れたのは、因縁が深い龍園君と……

 

「やっほー伊吹さん。元気そうで何よりだよ」

 

「……」

 

 何時もの強気な表情はどこか、鬱屈とした雰囲気を醸し出している伊吹さんだった。

 

「メールが届いたと思うが結果はどうだったんだ? 優待者にはなれたのか?」

 

「教えてほしかったらそっちも情報を差し出さないと。また()()でもするかい?」

 

「お望みとあればな」

 

 空いている一つの椅子に座り込む龍園君。前回あれだけボコボコにされたのに、随分と強気なもんだね全く。

 

「で、何しに来たのかな龍園君? 生憎俺は君の顔も見たくないんだけど」

 

「ククク……随分と嫌われちまったな? まぁてめぇに用はねえから安心しろ」

 

 龍園君は楽しげに喉を鳴らしながら、体面に座る鈴音ちゃんの方を見て語った。

 

「用があるのは鈴音。お前だ」

 

「……何かしら」

 

 試験の件もあるのか、いつもと違い鈴音ちゃんの態度は弱々しかった。あれだけの事をしておいて、よくもまぁ気軽に話しかけれるものだ。その図太さは見習わなければいけないかもしれない。

 

「そこのヒモ野郎に掛けられてる洗脳を解いてやろうと思ってな。お前は俺の事をクソ野郎と言ったが、本当のクソはどっちだろうな?」

 

「言いたいことがあるならはっきり言って頂戴」

 

 龍園君の言葉に語気を強める鈴音ちゃん。どう介入しようか悩みどころだが、下手な行動をとると逆効果なため大人しくしておく。清隆君もそのつもりらしい。

 

「そこのヒモ野郎は、お前の事を大事になんて思ってねぇって事だよ」

 

「聞き捨てならないな龍園君。寝言も程々にした方が良いんじゃないか」

 

 鈴音ちゃんが言いくるめられるとは思わないが、流石にその発言は見過ごせない。そんな俺の割り込みにも、龍園君はどこ吹く風といった様子で続ける。

 

「最後まで聞こうぜ? 先の無人島試験の結果。それを踏まえて、俺は二つの可能性を考えた。一つはそこのヒモ野郎が、すべてを操っていた可能性。もう一つは、鈴音もヒモ野郎も知らない『黒幕』がいた可能性だ」

 

「一体あなたは何を言っているのかしら? あなた達の行動を、予見して掌で転がした人がいると、本気で思っているの?」

 

 鈴音ちゃんは表情を変えることなく問いただす。危ない危ない。ここでボロが出たら全てが台無しになるところだった。

 

「まあ聞けよ。俺がお前らに与えた物資の中にデジカメは無かったな? となると入手方法は2日目以降に()()()()()()()()()()()()()。お前があの時使ったデジカメは一体いつ手に入れたんだ?」

 

 そう言って龍園君は、清隆君の方を睨みつけながら質問した。困ったようにこちらを向く清隆君に、『話してもいい』という意味を込めた視線を送る。

 

「デジカメをレンタルしたのは5日目の昼頃だ。下着泥棒の件で出ていくことになった紡から『伊吹がスパイの可能性があるから、何か行動を起こした際は証拠として残しておけ』ってな。正直疑ってもいなかったから驚いたぞ。何せDクラスとCクラスは協力関係だと思っていたからな」

 

「ふんっ……」

 

 いつの間にか隣のテーブルに座っていた伊吹さんが、面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

「ほう? まあ理屈は通ってるな。だが今の会話で一つ確信したことがあるぜ?」

 

「な、なんだよ」

 

 今度は清隆君に獰猛な笑みを浮かべる龍園君。それにしても清隆君の小物っぽい演技に目を見張るものがある。

 

「お前をただの金魚の糞だと思っていたが、どうやらその認識は間違いだったらしい。思えば不自然だった。特別棟でのカメラ件や特別試験の件で、お前は必ずと言っていいほど首を突っ込んできてたしな。 良かったな()()()。お前は随分信頼されているみたいだぜ?」

 

『金魚の糞』から『綾小路』へと、龍園君の頭の中に綾小路清隆という男が刻まれた瞬間だった。

 いつもだったら眼中にもなかっただろうが、決定的な敗北が龍園君の牙を鋭くしたのだろう。……さて、どうしたものか。

 

「オレ褒められてるのか? まあ言われるほどでもない……痛っ……」

 

「調子に乗らない」

 

「すいません……」

 

 そんな漫才みたいなやり取りが繰り広げられた。これには流石の龍園君でも笑みを落として呆れたように語る。

 

「ま、こいつが黒幕って事はなさそうだけどな」

 

 見抜かれそうで結構焦ったけど、二人のファインプレーで何とかやり過ごせたようだ。

 そして逸れた話を戻すように、龍園君は喉を鳴らした。

 

「クックック。どちらに転んでも愉快なことになりそうだ。だが俺はヒモ野郎が裏で動いていた方を有力だと思うぜ? なんせお前が泥だらけで倒れてた時より、坂柳の名前を出した時の方がキレてたからな」

 

 そして矛先は鈴音ちゃんの方へと戻る。……痛い所をついて来るな。恐らく彼の目的は、俺達の間に不和を生む事だろう。実際綾小路君がカミングアウトしなかったらマズかった。

 

「……それと何が関係あるのかしら?」

 

「おいおい。あからさまに不機嫌になるんじゃねえよ。どれだけ惚れ込んでんだ?」

 

 ひえ~。鈴音ちゃんの演技も凄いし、それに臆することなくおちょくる龍園君もレベル高いな。

 

「鈴音ちゃん、その……」

 

「大丈夫よ斎藤君。でも、龍園君がずっと居座っている以上、話しても何も得るものは無いから。後でまた連絡するわ」

 

 そう言ってスタスタと歩いて行ってしまった鈴音ちゃん。女は皆女優というが、彼女の演技の才能はトップレベルだね。

 

「フられちまったなぁ? 鈴音に伝えとけ。『次はお前を潰す番』だってな」

 

「俺に負けたからって次は鈴音ちゃんかい? 随分と小物だね龍園君」

 

「お前は最後の最後に取っといてやるよ。そん時は坂柳と一緒だ。行くぞ伊吹」

 

 そう言って龍園君は伊吹さんを連れてその場を去って行った。全く、面倒な奴に目を付けられたもんだよ。

 

「……とりあえず解散か。後の話はチャットで」

 

「うん。鈴音ちゃんに連絡しとくね」

 

 龍園君の目的であろう『俺達の間に不和を生じさせる』ことは失敗に終わったが、次のディスカッションでは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだ。最終的には龍園君の利になっちゃったね。

 

 

 

 

 

 そして数時間が過ぎ時刻は12時55分。試験開始まであと5分あるが、早めについて損はないため、俺は洋介君がいる部屋の扉をノックした。

 

「やっほー洋介君。迎えに来たよ」

 

「紡君。じゃあ一緒行こうか。堀北さんと櫛田さんも迎えに行くのかい?」

 

 扉を開けたのは、外に出る準備を済ませていたであろう洋介君だ。部屋の奥には清隆君の姿も見える。

 

「あー……いや、そのまま行きたいな俺。櫛田さんはともかく、ちょっと鈴音ちゃんとトラブっちゃって」

 

 洋介君を騙すのは心が痛いが、敵を騙すにはまず味方からというわけで仕方がない。

 歯切れの悪い俺に洋介君は心配したような様子を見せている。

 

「大丈夫? あれだけ仲良かったのに……」

 

「んー……まぁ、時間が経てば大丈夫だと思うんだけど」

 

 これから行う試験ではなく、純粋に俺達の事を心配しているあたり本当に優しい性格なんだろう。洋介君がこれ以上この話を追及することは無かった。

 

「お、俺達が一番最後みたいだね」

 

 指定された部屋に入ると、部屋に居た全員の視線が注がれる。リーダー格の生徒からの視線は中々刺激的だが、これで緊張しているようでは話にならないだろう。

 

「待ってましたよ紡君。席は自由らしいので、こちらにどうぞ」

 

 自由と言っても、やはり円卓を各クラスで固まるように座っている。

 そんな中有栖ちゃんが杖で指したのは彼女の左隣の席。わざわざ指定してくるあたりちょっと面白いが、彼女は最近見た中で一番と言っていいほど楽しげな様子だ。

 

「はいはい……さて、試験開始まであと5分か。それまで何してよっか?」

 

「なれ合う気は無いわよ斎藤君。話し合いならこれからいくらでも出来るだろうし」

 

 流石に5分間何もしないのは気まずすぎるため提案したのだが、未だ怒った演技を続けている鈴音ちゃんに一刀両断されてしまう。ちょっと本音入れてない? 

 

「ククク……随分ご機嫌斜めじゃねえか。朝の話がそんなに嫌だったのか?」

 

「あなたには関係ないわ龍園君。憶測で話を進めないでもらえるかしら」

 

「まぁまぁ……これから皆で頑張るんだから、もっと仲良くしようよ堀北さん」

 

 上から龍園君、鈴音ちゃん、櫛田さんの順で会話が繰り広げられる。

 

「……そうね」

 

 その言葉を最後に、部屋にはまた気まずい沈黙が流れる。さて、空気は最悪だが一体どうしたものか……って痛!? 

 突然右足に衝撃が走った。見ると銀色の杖が、俺の弁慶の泣き所にバシバシと当たっている。

 

「……」

 

 隣を見ると有栖ちゃんがジトーっとした目でこちらを見つめている。言いたいことが手に取るように分かってしまった自分が憎い。『また何かやらかしたのか』という非難の意味が込められているのだろう。

 いや、冤罪や冤罪。勘弁してくれ。

 

『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』

 

 簡潔で短いアナウンス。それ以外は本当に好きにしろってことなんだろう。

 

「このままだんまりしててもいい事無いだろし、まずは指示があった通りに自己紹介から始めよっか」

 

「そうですね。もしこの話し合いが監視されていた場合、指示に違反する行為はペナルティを受ける可能性があります」

 

「チッ、面倒くせぇ」

 

 俺の言葉に有栖ちゃんが同意、龍園君も自己紹介自体はするつもりのようだ。神崎君、葛城君も頷いているため、言い出しっぺの俺から順々に自己紹介を進めていく。

 そして全員の自己紹介が終えると、有栖ちゃんが全員に呼びかけた。

 

「全員の自己紹介も終えた所ですし、進行を誰にするか決めましょうか。このまま私がやっても構いませんが、能力的に最適解は紡君でしょう」

 

 俺かよ。

 

「ククク……良いんじゃねえか? 俺も推薦するぜ」

 

「俺も坂柳に同意する。この中で一番スムーズに進められるのは斎藤だろう」

 

 龍園君、神崎君とそれぞれC、Bのリーダー格の生徒も同意したとなれば、全体の流れはこちらに傾いて来るだろう。神崎君はともかく、龍園君は絶対面白がってるだけな気がするが。

 念のためDクラスの方を見ると、洋介君と櫛田さんが苦笑いしながらこちらを見ている……これはやるしかないな。

 

「良いよ。じゃあ俺が進めさせてもらう。念のため聞くけど、反対の人いる?」

 

 ざっと見た感じいなさそうだね。まったく、有栖ちゃんも随分本気みたいだ。

 ────司会進行をするとなると、自ずと脳のリソースをそちらに使わなければならない。実力が拮抗したもの同士の戦いでは、その差は結果に大きく影響するだろう。特にこの試験においてはそれが顕著に表れる。

 

 そもそも俺か有栖ちゃんのどちらかが優待者だった場合、まず2日もすればお互いの様子で優待者だと当てられてしまう。それだけ10年の付き合いというのは長いのだ。

 有栖ちゃんの望む結果は間違いなく『他クラスの優待者を当てる結果』だろうし、その()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というわけだ。

 

「居ないみたいだね。恨むよ、有栖ちゃん」

 

「あら怖い。乱暴されないか心配です」

 

 ……ホントに乱暴してやろうか? 

 

「……まあいいや。じゃあ最初に皆に聞いておきたいことがある。『この試験をどの結果で終わらせたいか』だ」

 

「まずは自分から言うのが筋なんじゃねえのか?」

 

 俺が司会進行をやらされたのがそんなに嬉しいのか、ニヤニヤとした笑みを顔面に張り付ける龍園君。

 うざこいつ。今言おうとしてたのに。

 

「そうだね。じゃあ俺から時計回りで行こうか。────俺はこの試験、他クラスの優待者を当てたいと思っている」

 

 敢えてタメを作って強く言い放つ。皆の反応はそれぞれ異なるものだった。

 

「それは……結果3を目指すということで良いんだよね?」

 

「そうだよ。だがこれはあくまで俺の考え、皆に強制するつもりは一切ないから安心して」

 

 洋介君の質問に簡潔に答える。

 

「面白れぇじゃねえか。まさかいきなり宣戦布告してくるとはな? 金が無いDの奴らは結果1を望んでいるもんだと思っていたが」

 

「仮にこの試験で全グループを当てることが出来たなら、その時は4()5()0()()()()()()()()()()()()()()()。そうなれば長期的にもらえるポイントの総数はそっちの方が多くなるからね。クラス移動の面でもポイントの面でもこちらに利があるのは間違いないさ」

 

 続いて突っかかってきた龍園君に450の所を強調して説明する。さて、食いついてくれるかな? 

 

「ちょっと待って、450ポイント? どのクラスに何人優待者が居るかって分からないよね?」

 

「……俺の予想だが、この試験の優待者は各クラス3人ずつ割り当てられているはずだ。公平性を重視する学校が、特定のクラスに優待者を集めるとは到底思えない」

 

 櫛田さんの質問に答えたのは葛城君。俺の言いたいことをすべて言ってくれた。

 

「そういう事だよ。質問無かったら次に回すけどいい?」

 

 そして全員が意見を表明し終わり、各クラスのリーダー格の考えは以下の通りとなった。

 

 結果1:洋介君、櫛田さん

 結果2:葛城君

 結果3:俺、鈴音ちゃん、龍園君、神崎君、有栖ちゃん

 

 まあ何とも予想通りの結果だ。Aクラスである有栖ちゃんがリスクを取って結果3を望んだことに驚いている生徒もいたが、彼女の性格上結果1はともかく2を選ぶことはまずない。

 

「ここでも日和見主義か? そんなんだからお前はキーカードの管理もロクに出来ないんだよ」

 

「……何故それを知っている」

 

 ここぞとばかりに龍園君が葛城君に喧嘩を売り始める。葛城君はポーカーフェイスが下手なのか、眉間に皺を寄せたまま低い声で問いかけた。

 

「人の口には戸が立てられないからな。あちこちで話が聞こえて来るぜ? お前の手下がキーカードを無くしたってな? そして無くしたヤツは『誰かに盗まれた』っていう意味分かんねえ言い訳してるのも」

 

「弥彦の話は既に済んでいる。他クラスのお前につべこべ言われる筋合いはない」

 

 取り付く島もないと言った様子の葛城君だが、次に龍園君が発した言葉が彼の表情を強張らせた。

 

 

 

 

 

「────その弥彦とやらが言ってた『意味わかんねえ言い訳』が事実だったとしたら?」

 

 

 

 

 





有栖ちゃん(バレそうになってて面白いですね。どうやって切り抜けるつもりなのでしょうか?)

初めて一緒に試験をやれて上機嫌になってる有栖ちゃん。
別の女と痴話喧嘩してるのを見て、一気に不機嫌になり脛をべしべし叩く有栖ちゃん……可愛くない?

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確認


コロナで学級閉鎖になったので投稿頻度爆上がりします。

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 明らかに表情を変えて食いついた葛城君を笑い、龍園君は俺の顔を一瞥し、Dクラスの方を向いて言い放った。

 

「ククク……そりゃ気になるよな? じゃあ教えてやるよ。結論から言うが、俺はその犯人をD()()()()()()()()()()()()()()

 

 マジか。何で気づいたんだ? 

 

「どうして今私たちの名前がそこで出てくるのかしら?」

 

「そうだね。君の話は余りにも荒唐無稽じゃないかな龍園君」

 

 急に犯人だと疑われて黙る生徒はここにはいないだろう。鈴音ちゃんに続き洋介君も抗議する。

 

「各クラスのポイントを踏まえて計算したが、どうも辻褄が合わねぇんだよ。この試験を全員で乗り切るのに必要となるポイントはおおよそ120前後。多少の誤差はあれど、Bクラスが140ポイントになるには、AかDのどちらかのリーダーを当てなきゃならねぇ」

 

 龍園君は事態を静観していたBクラスの方へと視線を向けた。さらっとCクラスがBクラスのリーダーを当てた事実をぶっちゃける辺り本気度が伺える。

 

「金田から聞いたぜ? Aクラスのキーカードがお前らのベースキャンプに落ちていたと。だが本気で夜の間に飛んで行ったと思ってんのか?」

 

「それ以外ないだろ。第一、戸塚がリーダーだと分かるはずもないのにどうやって盗むんだ」

 

 そう。龍園君が言っている『キーカードが盗まれた』という話が本当だとしたら誰が、どうやって盗んだという疑問が出てくる。

 略奪行為は判明次第即失格となるのだ。そんな博打に出る生徒なんてほとんどいないだろう。俺や綾小路君、そして龍園君の他には。

 

「あり得ねえな。俺の記憶が正しければ、あの日は雨こそ降っていたが風はそこまで強くなかった。キーカードが森の中に落ちたとして、それがBクラスのベースキャンプまで飛んでいくはずがない」

 

「だから盗まれたと?」

 

 ずっとだんまりしているのも逆に変なため、龍園君の説明に割り込むように話す。

 

「ああそうさ。そして盗んだ奴がBクラスのベースキャンプに置いておけば完成ってわけだ。そして『何故かDクラスはAクラスのリーダーを知っていた』」

 

 ……なるほど、いい所を突いて来るもんだ。

 判明している分で考えると、各クラスの素点(リーダー当て、スポットボーナス無しのポイント)は以下の通り。

 

 Aクラス:165ポイント

 Bクラス:190ポイント

 Cクラス:0ポイント

 Dクラス:240ポイント以下

 

 そして最終的なポイントは。

 

 Aクラス:15ポイント(ー150)

 Bクラス:190ポイント(±0)

 Cクラス:50ポイント(+50)

 Dクラス:355ポイント(+125)

 

 Aクラスは3クラスから当てられる。

 BクラスはAリーダー当てとCから当てられることで相殺。

 CはA、Bのリーダーを当てDから当てられる。

 Dクラスは2クラスのリーダー当てとスポットボーナス。

 

 俺たちがこのポイントになるためには、Cクラスの他にもう1クラス当てなければならない。

 そしてBクラスのポイントから、Dクラスが当てたのはAクラスのリーダーだと、龍園君は確定させたというわけだ。

 

「俺はAクラスのリーダーを当てたぜ? スパイの金田にキーカードを確認させたからな。だがDクラスがそれを知る機会は無いはずだ。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よな? 下着泥棒の冤罪を掛けられ、一人寂しくサバイバルをしていたそこのヒモ野郎だよ」

 

「それは……」

 

 ……参ったな。普通なら戸塚君が苦し紛れに嘘をついたと思うのだろうが、状況や結果から俺が盗んだという可能性を導き出した。

 周りからの注目が集まる。冷静に考えれば完全に言いがかりだが、今の龍園君にはそれを押し通すだけの自信と説得力があった。

 しかしそんな嫌な空気を壊すように、一人の生徒が声を上げた。

 

「話になりませんね。どんな推理を披露していただけると思ったら龍園君。あなたが今話したのはただの言いがかりです」

 

 そう語ったのは有栖ちゃん。俺の方を一瞥した後、呆れたようにため息を吐いて続けた。

 

「そもそも戸塚君の話自体、信じている人はAクラスの中でも誰もいません。本当に盗まれた、または強奪されたのならば犯人の特徴位覚えているはずなのに、彼は錯乱するばかりで一切話そうとしませんでした。そんな話のどこを信じろと?」

 

「庇いたくなる気持ちは分かるが、お前が言ったらますます怪しく感じるぜ?」

 

 そんな煽りマシマシの龍園君の言葉にも、有栖ちゃんはひるむことなく突き返した。

 

「庇う? 私はこの下らない話を早く終わらせたいだけです。先ほど自由に行動できる紡君が犯人だと言っていましたが、それはあなたにも言える事じゃないでしょうか?」

 

 龍園君が一週間ずっと潜伏していたのは生徒全員に知れ渡っている事実だ。今までの行動的にも、同じ条件なら疑われるのは龍園君となる。

 

「クックック……そうだな。それを言われたら何も言い返せねぇ」

 

 最終的に言い負けた龍園君だったが、その表情に曇りはない。心底愉快だと言う雰囲気を醸し出している。

 龍園君が意外と素直に引き下がったため、話を補足するために俺は葛城君の方を向いて話す。

 

「あー……一応言っておくけど。俺がAクラスのリーダーを知ってたのは、初日に君たちがスポットである洞窟から出てきたのを見てた人が居たからだよ。その時の君たち二人の様子から、まあ戸塚君がリーダーかなって思ってね」

 

「……そうか。疑って済まなかった」

 

 どんな様子だったかは濁していったが、葛城君には伝わってくれたらしい。

 

「いいや。俺も最初に言っておけばよかったね……おっと、もう一時間経っちゃった。今日の所はこれで解散かな」

 

 時間を見ると2時5分。指定された時間を5分ほど超えてしまっている。本当はもっと話したいことがあったのだが、こればっかりはしょうがない。有栖ちゃんに感謝しないとね。

 そんな俺の言葉を皮切りに、全員が解散となった。

 

 

 

 

 

「────という感じで。ちょっとイレギュラーはあったけど何とか切り抜けたよ」

 

 時刻は午後3時。話し合いが終了して一時間ほどが経ち、俺と清隆君、鈴音ちゃんのいつもの面子が揃っている。

 その場にいなかった清隆君に状況を説明すると、彼は苦い顔をしながら顎に手を当てていた。

 

「……やはり厄介だな。龍園は」

 

「そうね。内容は言いがかり同然でも、あそこまで説得力を持たせられるのは今回の試験で脅威になるでしょうね」

 

 そう話した鈴音ちゃんだが、恐らく清隆君が苦い顔をしている理由はそこではないはずだ。

 

「それももちろんある。だが、オレが言いたいのはそこじゃない」

 

「……? どういう事かしら」

 

 いまいち要領を得ないと言った様子の鈴音ちゃんに、清隆君は説明を続ける。

 

()()()()()()()()()()()()。普通の人間なら、戸塚が苦し紛れの言い訳をしているとしか思わないだろうが、龍園はそうじゃない。もし仮に戸塚の言うことが真実だった場合を想定して、犯人をDクラスの誰か。そして紡にまで絞り込んだ」

 

「それは……既に分かっている事でしょ? 正直言って彼は異常よ」

 

「ああ。でも龍園はその『異常な発想』を自分だけのものだと思っていないんだ。勿論紡にこっぴどくやられたことも要因だろうが、他人が自らと同じ土俵に上がれることを疑っていない。そのタイプの暴君は攻めだけじゃなく守りも上手いんだ」

 

 そう。戸塚君を襲ってキーカードを盗むだなんて、普通は思っても実行なんてしないだろう。

 しかし、その普通を疑って相手を見くびらない彼の警戒心を、俺は前回の試験で育ててしまった。

 

「……確かにその通りだわ。今回の試験で一番の脅威になるのは、やはり龍園君かしら?」

 

「だろうな。龍園ならクラス全員のスマホを強制的に確認するなんてこともやりかねない」

 

 この試験において自クラスの優待者を完璧に把握できれば、それは大きなアドバンテージとなる。そこから法則性を見つけることもできるし、他クラスと交渉することだってできる。

 

「清隆君のグループはどうだった? やっぱり一之瀬さんがまとめてる感じ?」

 

「そうだ。オレ的に気になるのはAクラスの体制だな。前回と同様リスクを取らない選択をすると思ったが、どうやら坂柳の攻勢を支持する生徒ばかりだった」

 

「もう塗り替えて来てるのか。流石だねホント」

 

 やはり無人島試験での戸塚君の失敗やその後の雰囲気、試験結果等から葛城君を支持する声はほとんどなくなったらしい。というか、さっきの話し合いで戸塚君が先走ったからリーダー当てられたってバラしちゃったんだよな。まあ事実だししょうがないけど。

 というか、俺と2人きりだと小学生の時から変わんないのにな有栖ちゃん……何時からそんなおっかない女になったんだ? 

 

「となると、まとまりがないのはDクラスだけかしら……」

 

「そうでもないと思うぞ。伊吹という要素がありながら、龍園との勝負に勝ったお前ら2人の支持は圧倒的だ。結局Cクラスに払う150ポイントも無くなったしな」

 

「……能天気よね。誰も払わなくていい事に疑問を抱いていないんだもの」

 

「それだから操りやすいんだ。一部の懸念事項と言えば……やはり櫛田と軽井沢だろうか」

 

 ん? 櫛田さんは良いとして、どうして軽井沢さんなんだろうか? 

 そう思っていたのは俺だけじゃなかったらしく、鈴音ちゃんも不思議そうにしている。

 

「……そうか。紡も平田の様にクラス全体に関心を持っている訳じゃないんだったな。軽井沢が今どんな状態にあるか分かるか?」

 

「どんな状態って……今まで通り普通にしてるんじゃないの? って、そんな状態なら話に出さないか」

 

 ため息を吐いた綾小路君は、「これは平田から聞いた話なんだが」と前置きして話し出す。

 

「どうやら今まで軽井沢へと溜まっていたヘイトが、無人島試験でお前らと対立したことにより表に出てきているらしい。そのストレスが原因かは分からないが、さっきもCクラスの生徒と問題を起こしそうになった」

 

「うわぁ……」

 

 いつかはそうなると思っていたが、まさかこのタイミングで来るとは。

 下着泥棒の件は女子からの同情があるだろし、まず遺恨を残すことは無いと思ってたけど……思いのほか俺と鈴音ちゃんは人気者だったらしい。

 まぁ……鈴音ちゃん可愛いからね。撫でるとムッとするけど手を離すと寂しそうにする所とか、遊びに行くときはちゃんとおめかしする癖に指摘すると恥ずかしそうにする所とか。

 

「……それは問題ね。今でこそストレスない環境だからいいけど、それが無くなったらいつ爆発してもおかしくないわ」

 

 うんうん。しっかりクラス全体の事を見れているね。成長を感じるよ鈴音ちゃん。

 

「正直軽井沢の件に関しては、オレより紡の方が適性だろう。状況は逐一報告するから、何とかしてくれ」

 

「そんな投げやりな……」

 

 けど肩の力が抜けたようで安心したよ。無人島試験での清隆君は少しピリピリしてたからね。

 

「まあいいや。……よし! じゃあ俺は俺でやることがあるから。2人とも頑張って!」

 

 そう言って2人の肩を叩いてその場を後にする。さて……まずは一度会ってみないといけないね。

 

 

 

「兄貴……」

「馬鹿言わないで綾小路君。彼はどちらかと言えば父親の質よ」

「……お前までボケに回らないでくれ」

 

 

 

 





紡君に父性を感じる堀北ちゃんでした。かわいいね~

前書きでも言いましたが、コロナで学級閉鎖になったので投稿頻度爆上がりします。
モチベ=投稿頻度なので、もし続きが見たいって思って頂けたなら高評価や乾燥してくれると超嬉しいです!


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夜明け(坂柳データベース記載)

──第1学年 各クラスポイント──
 Aクラス  1004(1019)Pt
 Bクラス   663(853)Pt
 Cクラス   492(542)Pt
 Dクラス    95(450)Pt

原作での優待者試験の結果
Aクラス -200
Bクラス 変動なし 
Cクラス +150 
Dクラス +50

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 2日目の朝。オレと堀北は()()()()()を達成するために昨日と同じカフェに足を運んでいた。

 

「……はぁ。ままならないものね」

 

 開口一番、堀北は頭を抱えながらため息を吐いている。ここで責めるような口調をしない辺り、もう昔の刺々しさはどこへやらといった様子だ。

 

「悪いな。高円寺の暴走を止められれば良かったんだが」

 

「仕方ないわ。ある程度関わりのある斎藤君ですらノータッチだもの、私達にはどうしようもないわ」

 

 ここまで意気消沈している理由を説明するには、昨日の夜までさかのぼる必要がある。

 

「せめて高円寺君の回答が当たっていると良いのだけれど」

 

 そう。高円寺は昨日の夜、試験初日に優待者を告げるメールを学校に送ったのだ。これで彼の所属する猿グループの試験は終了。自ずと結果は3か4のどちらかになる。

 

「そっちのグループはどんな感じだ? 1回目のディスカッションでは大分かき回されたが」

 

「あれで満足したのか、龍園君が追及してくることは無かったわ。取り留めのない会話を続けて終わりよ」

 

「そうか……坂柳の様子はどうだった?」

 

 何かしらのアクションを起こして来ると思ったが、流石にまだ動く様子は無さそうだ。

 

「……特に何も。いつも通り斎藤君と談笑していたわ」

 

 ……ちょっと機嫌悪くなったな。そういう意味で聞いたわけじゃないんだが。

 能力値が最も高いのは坂柳だ。ある程度行動の予測がつく分脅威度は龍園の方が勝るが、今の堀北が真っ向勝負で勝てる相手じゃない。昨日の龍園に続き、かなり厄介な相手になりそうだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()分出遅れては居ないはずだ。焦らずやって行こう」

 

「そうね」

 

 現状把握できている優待者は3人だが、試験の公平性を考えるとこれで全員なのは間違いない。紡や堀北が積み上げた信頼は、Dクラスをいい方向に導いてる。

 ……()()()()()()()()()()()()()も、居ないとは言い切れないが。

 

「軽井沢さんに関してはどうなの? 進展はあったかしら」

 

「あまり芳しくないな。紡が一度接触したらしいが、結果を聞いたら泣いているスタンプが返ってきたよ」

 

 オレが介入するとなるとろくでもない方法しか取れなくなるから、そこは紡に何とか頑張ってもらいたいものだ。

 ……さて、そろそろ頃合いだと思うが。

 

「ようお二人さん。ヒモ野郎はハブられてんのか? 可哀そうに」

 

 そんなことを思っていると、完璧なタイミングで一人の男が近づいてきた。

 龍園だ。今日は伊吹と一緒じゃないのか、1人不敵な笑みを浮かべている。

 

「はぁ……。一体何の用かしら龍園君。私に構っても得るものは何もないと思うのだけど」

 

「それを決めるのはオレだ。それで、優待者を見つけ出す算段はついたか?」

 

 またも許可なく傍の椅子を掴み座り込んだ。

 

「どんな考えを私がしているにせよ、あなたに聞かせるつもりはないわ」

 

「それは残念だな。ご高説願いたかったもんだ。しかしその様子じゃ優待者の絞り込みは進んでいないように見えるけどな」

 

「随分と面白い言い方ね。まるで優待者を把握できている様子だけど」

 

 あくまでこちらは後手に回っていると思わせる。良い作戦だろう。

 

「そうさ。生憎と俺は、この試験の根幹に手を突っ込んでるんだよ。場合によっちゃ、圧勝でCクラスが勝ちあがることもありうる」

 

「まさか……!」

 

 あり得ないと続けようとした堀北の口が止まる。龍園の言っている事は真実なのかもしれない。

 学校は基本的に何らかの法則性、ルールをもとに試験を作っている。それは中間、期末テスト、そして無人島での試験も同じだった。そしてこの試験に必要なのはシンキング能力。それがただ話し合いの為だけに必要とされているかと言えば疑問が残る。

 

「どうやって優待者を把握しきったのかしら? まあ、大方全員の携帯を強制的に提出させたとか言われても驚かないけど」

 

「俺の事をよく分かってるじゃねえか? 嬉しいぜ鈴音」

 

「……理にはかなってる。だけど、その体制もいつまで続くかしら? あなたのやり方がまかり通るのは勝ち続けている間だけよ。前回の試験に続き、そう簡単に行くとは思わないことね」

 

 口ではそう言っているが、優待者を把握できている時点では互角。そして優待者にこちらの望む動きを強制できるという点ではあちらが有利だ。

 唯一の救いとして、紡と堀北が足並みを揃えられていないと思わせることに成功した位だろうか? 

 

「ほう? お前らがどんな手を使うか楽しみにしてるぜ。俺は今から詰めの段階に入らせてもらう。またな鈴音」

 

 そう言って立ち去る龍園。……定期的に報告にでも来るつもりなのだろうか。

 

「どこまで本当か分かったものじゃないわね。仮に優待者を把握できたとしても、そこから法則性を見つけるのは至難の業よ」

 

 そう語る堀北だったが、オレはシッと指を立てた。訝し気にこちらを見つめる堀北に目配せをし、オレは黙ったまま龍園の残した椅子の裏をのぞき込んだ。

 そして確信を持つと、静かに堀北を誘導し、椅子の下を覗き込ませる。 そこには一台の携帯電話が録音状態にされ放置されていた。これでオレ達の会話を聞いて、あわよくば優待者を見つけるつもりだったのだろう。抜け目のない男だ。

 ────しかしこれは好都合でもある。利用しない手立てはない。

 

「そうだな。それに比べてオレたちは自クラスの優待者すら把握しきれていない。……なあ、いい加減紡と仲直りしてくれないか?」

 

「……! 別に喧嘩なんてしてないわよ。私も怒ってなんかいない」

 

 直ぐにしゃべり出したオレに一瞬堀北は困惑した。しかし意図は伝わったようでぶっきらぼうな返事が返ってきた。

 

「龍園の言葉に惑わされるな。この試験、まず紡の協力がないと同じ土俵にすら立てないぞ。オレも気まずいし、紡も謝っただろう?」

 

「……本当に反省してるのかしらね? グループの話し合いの時もずっと坂柳さんと話してるし」

 

 ……ちょっと本心混じってるな。仕方ないだろう。龍園の前では不仲を演じなくてはならないんだから。

 

「まぁ、これ以上オレからは何も言わない。今まで通り2人の雑用を黙々とこなすつもりだ」

 

「そうね。せめて自分のグループの優待者を見つけてくれればありがたいのだけど」

 

「やるだけやってみる。あまり期待はするなよ」

 

 完全に無能として扱うより、多少期待されていると言った方が信ぴょう性が増すか。無能な金魚の糞からそこそこやる奴位の変化にはなるだろうが、そこで固めてくれると逆にやりやすいかもな。良い采配だ。

 その言葉を最後に解散したオレは、自室へと戻り試験のため睡眠をとることにした。

 

 

 

 

 

「いやー、やっぱり難しいねこの試験。意外とAクラスの子も参加してくれてるけど、いまいち取っ掛かりが無いと言うか……」

 

 3度目の話し合いを終え、オレは試験用に用意された部屋の前で待機していた。話しかけてきたのは同じグループの一之瀬だ。

 

「そうだな。と言っても仕方がないとこだと思うぞ。『優待者を会話で見つけろ』なんて言うのは簡単だが、数時間で出来るわけがない」

 

 オレは今回の話し合いを、()()()()()()を目的として絞って行った。

 結果としてはぼちぼちと言った所だろうか。明らかに今までの彼女と様子が違うことは分かったが、それが上手い方向に傾くとは思えない。

 

「まあねー。そう言えば、綾小路君は誰待ちなの?」

 

「ああ、堀北だ。試験が終わったら来いと呼び出されててな。そっちは?」

 

「私は葛城君……かな。あ! 終わったみたい」

 

 そう言って竜グループの部屋へと向かう一之瀬。何人か知らない顔の生徒が出てきた後に紡と堀北、葛城や坂柳といった面子が出て来るのが見えた。平田と櫛田、龍園と神崎の姿はまだ見えない。

 

「あれ、清隆君じゃん。どしたの?」

 

「堀北に呼び出されてな」

 

 そう言うと、紡の人好きのする笑みに影が差した。今日の朝の様に裏でも行動が制限されるのは中々キツイな。かと言って何事もなかったかのように過ごすのは、黒幕の存在を証明することになりかねない。何ともままならないものだ。

 

「……なるほどね。おっけー。俺は先帰るから、じゃあね鈴音ちゃん、清隆君」

 

「……ええ」

 

「ああ。またな」

 

 そう言って立ち去る紡。何とも気まずそうな後ろ姿に、隣で一之瀬が苦笑いをしている。

 

「あ、待ってください紡君」

 

 その背中を追うように、坂柳が声をかけて歩き出す。

 

「ちょ、危ないって」

「大丈夫です。それより、この後ディナーでもどうでしょう」

「マジ? 試験中なのに大丈夫?」

「大丈夫です。そもそも────」

 

 まだちらほら生徒が居る中で堂々と紡の腕に抱き着く坂柳。その姿が遠く見えなくなるまで、辺りには生ぬるい空気が立ち込めていた。

 

「……戻るわ。用が済んだら中に入ってきて」

 

 ……やっぱ訂正。堀北がバチクソキレている。

 自分は龍園のせいで不仲の演技をしなきゃいけなくなったのに、あっちはそれをいいことにイチャついてるとなるとなったら腹も立つか。

 

「あはは……仲いいんだね。あの2人」

 

「……試験に影響がないなら問題ないだろう。それよりどうした一之瀬。こんなところで何をしている」

 

 一之瀬の言葉に返したのは葛城。坂柳と並んでAクラスを取りまとめている生徒だ。

 

「少しだけ葛城くんに話があってね。時間いい?」

 

「この試験はインターバルが長い。十分に時間を持て余しているから問題ない」 

 

 さすがにBクラスのリーダーである一之瀬を無視するようなことはなく、対話に応じるようだ。

 何となく話の輪に加わりつつオレは一之瀬の傍に立つ。葛城からしてみれば見物人の一人程度にしか見られていないようで特に何かを突っ込まれることはなかった。

 

「今回の試験、葛城君……Aクラスはどういう方針を取りたいと思ってるの?」

 

 何とも単刀直入にいうもんだ。これが作戦であれ無意識であれ、一之瀬は最も効果的な聞き方をしたと言える。

 

「……それは話せないな。()()()()()()で良いのなら話せるが」

 

「それでも構わないよ。ただ、私はAクラスの子たちの試験の向き合い方が少し気になっただけだから」

 

「兎グループとなると……竹本と森重、町田だな。……お前の言いたいことはよく分かったが、その上で言っておこう。『俺にそれを聞いても無駄だ』とな」

 

 瞬時にグループのメンバーを思い出せる辺り、葛城の能力値の高さが伺えるな。坂柳が使える状態で手元に置きたいと言うのも納得だ。

 

「そう……分かった。時間を取らせてごめんね。でも話せてよかったよ」

 

「それは良かった。では失礼する」

 

 一之瀬はその場から動かず葛城を見送る。

 

「トラブルがあったって話は聞いたけど、大変そうだね葛城君も。あまり眠れて無さそうだったよ」

 

 実際は部下が起こしたものだが、見るからに責任感が強そうな葛城はそれで済ませたりしないだろう。むしろ自ら責任を負おうとするタイプの人間だ。

 

「それにしても、神崎君たち出てこないね。堀北さんも戻って行っちゃったし」

 

「来いと言われたからな。オレはこれから向かうつもりだが、一之瀬はどうする?」

 

「行こうかな。どんな話をしているか気になるし」

 

 そう言うと、一之瀬は扉を開けて中へと入って行った。

 室内では三者が、やや距離を置きつつ座っていた。まるで三すくみの状態だ。 

 緊迫してはないものの弛緩した空気でもない。その異質な空間に部外者が立ち入ったことで、それぞれの視線がこちらに向けられる。

 

「よう。わざわざ偵察に来たのか? 遠慮せず座れよ」

 

「随分と面白い組み合わせだね。時間外で何を話し合ってたのか興味あるな」

 

 その言葉を待っていたかのように、龍園は機嫌良さそうに両手を広げて語った。

 

「ちょうどいい所だったぞ一之瀬。俺はお前に面白い提案がある」

 

「提案? 一応話だけは聞かせてもらうけど何かな」

 

「くだらない話よ。耳を貸すだけ時間の無駄ね」

 

 堀北は既にその提案に覚えがあるのか、切り捨てるように否定した。

 

「Aクラスを潰すための提案だ。悪い話とは思わないんだがな。鈴音と神崎は反対らしい」

 

「どういう話?」

 

「鈴音には少し前に話したが、俺は既にCクラスの優待者を全て把握している」

 

 そう切り出す。地道に優待者を探していくしかないと思われていた中で、その提案は実に龍園らしいものだった。

 

「────3クラスで情報を共有する、全優待者の情報をな。そして学校側のルールを看破する」

 

 

 

 ────時は一之瀬と葛城が話し出した少し後に戻る────

 

 

 

「ちょ、有栖ちゃんマズいって。鈴音ちゃんキレてたから絶対!」

 

 どうも。鈴音ちゃんに嫌われたという演技がガチになりそうでビビってる斎藤紡です。

 

「今更気にすること無いですよ紡君。演技なのは分かっていますから」

 

 ヒェッ、怖この子。サラッと言う事じゃないって。……この話題を続けたら面倒なことになるのは目に見えてるので、何となーく流しておこう。

 

「ご飯食べるって言ったけどどこで食べる? 正直この時期に他クラスの生徒と一緒にいるのはマズい気がするんだけど」

 

()()()()()()()()()。そうですね……じゃあ7時に今からチャットで送ったお店に来てください。ここのパスタが絶品だとクラスの方から聞いたので」

 

 ちゃんとJKしてるなー有栖ちゃん。ちょっと感動……十中八九裏があるだろうけど。

 まあいいや。どんな思惑があるにせよ、俺が有栖ちゃんのお誘いを意味なく断るなんてあり得ないからね。

 

 

 

 

 

 ────高度育成高等学校データベース 7/1時点────

 

 ──坂柳 有栖(さかやなぎ ありす)──

 

 クラス:1年A組

 学籍番号:S01T004737

 部活動:無所属

 誕生日:3月12日

 

 ──評価──

 

 学力:A

 知性:A

 判断力:A

 身体能力:E-

 協調性:B+

 

 ──面接官からのコメント──

 

 中学では同級生だったDクラスの斎藤と並んで全国トップの成績を収めており、入試においても飛び抜けた成績を遺憾なく発揮している。

 先天性心疾患のため身体は非常に弱く運動の一切を禁じられている。また歩行の問題から常時杖を携帯することを許可しているため、くれぐれも無理させないよう各自注意をするように。

 

 ──担任メモ──

 学校のプロファイルでは計り知れない高水準な思考能力を持っていると推察される。落ち着きがありクラスメイトからの信頼も厚い。一時はクラスメイトである葛城を慕う生徒と、坂柳を慕う生徒が衝突することがあったが、現時点では沈静化。経過観察を続ける所存。しかし、Aクラスを率いていく人材であるのは間違いないだろう。

 

 





ちょっと状況の整理

優待者試験の説明が始まる。龍園が堀北に初めて接触
1回目:軽井沢真鍋たちとのいざこざ始まる。軽井沢を町田が助ける。
2回目:特に描写無し。高円寺が猿グループの試験を終わらせる

2日目 龍園が堀北に接触。
3回目:特になし。その後一之瀬が葛城に接触。←今ここ!
4回目:軽井沢が真鍋達に呼び止められ、幸村と綾小路が助ける。
夜中平田と綾小路が軽井沢と話をする。2人の偽恋人関係が終わる。

マジでややこしすぎてキツくなってきた……基本的に描写していないところは原作と大して変わってません。もしここはどうなってるの?とか気になるところがあったら指摘してくれると説明、修正します!



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恋する女王

熱風熱風ってなんだ?と思ってたら乾燥(感想)と誤字ってたんですねw
Windowsの変換何とかならないかなぁ…

高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!
多分これからは返事ちゃんとします!

前半が綾小路視点
後半は紡視点です


 

 

 

「中々大胆なアイデアだけど、それって現実的な話とは思えないな。そもそも、龍園君がCクラスの優待者を把握したって言うのは本当なの?」

 

「信用できないのは当然だ。だったら今回に限り誓約書でも作ればいい。Aクラスに3人いる優待者を分け合うって話でな。これでAを除く3つのクラスが上に迫れる」

 

 ここにいる生徒達は、協力する三者の集まりと言うことだろうか。

 

「誓約書を書いたとしても、誰がどう裏切ったか分からない以上無意味よ。Cクラスが裏切って終わりね」

 

 堀北がそう一蹴するのは自然の流れだった。前回の試験で、協力したクラスにも躊躇なく牙をむいてくることが分かったからだ。契約の穴を突いて何をされるか分かったものじゃない。

 

「堀北さんの言うことも正論だけど、龍園くんのように優待者の把握が出来てないと無理な提案だよ」

 

「白を切ったって意味がないだろ。おまえがクラスの実態を把握してないわけがない」

 

 二人の表情こそ笑顔だったが、空気がピリッと変わる。肌を小さく刺す気配だ。

 

「買いかぶり過ぎだよ。思いつきもしないことだったし、私にはそんな信頼もないよ。それに、ハイリスクローリターンだよ。とても承諾できないかな」

 

「秘密主義もいいが、手を打てる時に打っておくべきだぜ」

 

「あなたにしてみればそうでしょうね。強引に情報を収集している今、投網でかっさらえばBクラスに上がることも夢じゃないもの」

 

「無理もねえさ。鈴音には賛成したくても出来ない理由があるんだからな」

 

「……どういう意味かしら」

 

「おまえも分かってるだろ? この作戦は自分のクラスの詳細を完璧に把握していなきゃならないんだ。ヒモ野郎なら喜んで飲むと思うぜ? あいつは利益を得るなら手段を選ばないからな」

 

 またも空気の流れが変わる。今度は濁ったような重い空間だ。

 

「だがクラスを支配する俺と絶大なる人気を持った一之瀬になら出来る案だ。今俺は3クラスでの共闘案を出したが、これは()()()()()()()()()()()()()()。ルールを見抜く確率は下がるかも知れないが、俺ならどうにかできる。そうすればAもDも丸裸同然だ」

 

 DクラスとAクラスの優待者を仲良く2つのクラスで分け合う。そんな提案だった。

 

「買いかぶりなんだけどなあ」

 

「買いかぶり? 随分と自己評価が低いんだな一之瀬。隣を見てみろよ。Dの連中も、はたまたAの連中も、トップ張ってる生徒ですらロクに足並み合わせてねぇんだよ。葛城と坂柳。鈴音と斎藤もな」

 

 だからこそ統率が完璧にとれているCとBで組もうと言う話か。これは最初から一之瀬を狙った提案だったのかもしれない。

 Dクラスのリーダー格3名が居る中で、堂々とBクラスに協力を申し出る龍園の姿は、最早不気味とも言える。

 

「……呆れた。本当にその話が成立すると信じてるなら能天気で羨ましいわね」

 

 堀北の姿勢が気になるところだったが、どうやらオレと同じ考えに帰着してくれたらしい。

 

「もしBクラスとCクラスが手を組むなんてことになったら、今度はAクラスとDクラスが手を組むわよ。 今はDクラスもまとまりを欠いてるけど、負けることが確定したら結束すると思わないのかしら?」

 

「紡とAクラスの坂柳は幼少からの関係だ。お前らが組むことが確定した後、クラスのリーダー格である2人が手を組むのにそう時間はかからないぞ」

 

 一応そう補足しておく。正直あの2人の信頼関係を崩すのは無理がある。紡に関しては他の何よりも坂柳を優先している節があるし、程度の差があれど坂柳も同じようなものだ。

 

「この話し合いには未来がないわね。最終的に相手を潰しあうしかなくなるわ」

 

「どういう意味だ鈴音」

 

「もしこれ以上、ここで談合のような話し合いをするつもりならこちらも『そうである』ことを前提に動くしかなくなる。それだけのことよ」

 

 現状協力関係とは言わずとも、無理して敵対関係になる必要は無い。堀北はそう伝えたかったのだろう。

 

「ごめんね龍園くん。Bクラスの中には君の行動で傷つけられた人がいる。ポイントを貰えるかもって理由だけでは簡単には手を組めないよ」

 

「そうか。そりゃ残念だな」

 

 少しも残念そうではない。最初から成立などしない前提で動いているからだ。 

 龍園は立ち上がると部屋を出ようとオレたちとすれ違う。 去り際、龍園がもう一度だけオレを見た。

 

「……まさかな」

 

 ギリギリ、耳を澄ませていて聞き取れた言葉に当然オレは反応を示さない。

 龍園は軽く首を左右に振り立ち去っていった。

 

「それじゃあ、私は部屋に戻るから」

 

 全員で竜部屋を出た後、すぐに解散となり堀北は自室に戻って行く。 

 その途中、待っていたと思われる浜口が合流してきた。

 一之瀬は堀北の後ろ姿を見送った後、こちらを向いてこう切り出した。

 

「もしよかったら、少しだけ付き合ってくれないかな」

 

「ああ、それは構わないが」

 

 オレの周りには一之瀬含むBクラスの生徒が3人。少し肩身が狭い。

 それから神崎と別れ、兎グループのみがその場に残った。

 

「堀北さんはああいってたけど、私は協力できる余地はあると思っているの」

 

「協力できる余地?」

 

「うん。Aクラスが私たちから距離を取ったことには驚いたけど、チャンスはあると思う。そのためには全てをさらけ出すことが必要なんじゃないかなって」

 

「全てを……?」

 

 いまいち要領を得ないオレに対して、一之瀬は指を立てながら説明を続ける。

 

「この試験はつまるところ、優待者を見つけ出すって課題でしょ。だったら、そうじゃない人物を一人でも多く作って確率を高めていくのが定石だと思う。だから言うけど……私は優待者じゃない。そして、優待者を見つけ出してグループの勝ちに持ち込むつもり」

 

 ハッキリと、こちらの目を見て一之瀬は言った。更にこう付け加える。

 

「もし私が優待者だったなら、存在を隠し通していたと思う。綾小路くんに聞かれていたとしても……。理由は単純、私はBクラスのために全力を尽くしているから」 

 

「……そうか」

 

 その言葉が予想外だった。自らのスタンスをここで表明するメリットはあまりないと思ったんだが……どうやら一之瀬には一之瀬なりの考えがあるらしい。

 

「……おかしい、かな?」

 

「いいや、余りに素直に話すから驚いただけだ。……その意見自体は尊重するが、周りの状況を見る限りそう上手くいくとは思えないぞ」

 

「そっ……か。ちなみに、理由を教えてもらうことってできる?」

 

 あからさまに気落ちした一之瀬の様子に罪悪感を覚えながら、オレは他の誰でもない一之瀬の為に心を鬼にして説明する。

 

「例えばオレ達のグループのみで協力関係を維持する。これに関しては賛成だし、現実的でもあると思う。だが無人島試験の様にクラス全体で協力するのは難しいと思うぞ。さっき龍園が言った通りの方法にしてもそうじゃないにしてもだ」

 

「それは……クラス同士のポイントも関係してくるのかな?」

 

「ああ。無人島試験の前と後では大分状況が変わってくるはずだ。今回の特別試験でDクラスは450ものクラスポイントを入手した。依然として上のクラスとは差がついているが、CクラスはもちろんAクラスも目を光らせてるだろう」

 

 事実、Cクラスには特別試験で紡の実力を知った龍園。Aクラスには坂柳が居る。その点において一之瀬たちBクラスは、紡の事を少し頭の切れるお人好しぐらいにしか思っていないだろう。

 しかし実際の所、紡の実力があればホワイトルームでも問題なく過ごすことが可能だ。唯一の懸念点としては、お人好しゆえの精神の脆弱さといったところか。

 

「……」

 

 そんな思考を続けていると、一之瀬達がこちらを呆気にとられた様子で見つめている事に気が付いた。

 

「どうかしたか?」

 

「え、いや。なんていうか……凄いね綾小路君。いつもと全然雰囲気違く見えるよ?」

 

 ……しくじった。他人のためにアドバイスするなんて、オレらしくもないのにな。

 

「過ぎた事を言ったな。忘れてくれ」

 

「ううん! 凄いありがたかった! こうして他クラスの人の考え聞く機会ってなかなか無いし」

 

 いつも通り金魚の糞モードに戻ろうとしたが、一之瀬から向けられる尊敬のまなざしが逸れることは無かった。

 

「そ、そうか。ならよかった」

 

 ……そこまで直球で感謝されると恥ずかしいな。

 こうしてみると、一之瀬と紡はどこか似ているのかもしれないな。ただ紡の場合、価値観の中最上位として坂柳がいて、一之瀬はそれがB()()()()()()という違いはあれど。

 

「……じゃあ、オレはこの辺で」

 

「うん! またね、綾小路君」

 

 ────だが、その心の在り方は余りにも不安定だ。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 時刻は7時過ぎ。約束通り、俺と有栖ちゃんは船内にある店で夜ご飯を食べていた。

 

「ん、美味しいですねこれ。神室さんは私の好みをよく分かっているみたいです」

 

「そう。ならよかった」

 

 そう言って上品にパスタを口に運ぶ有栖ちゃん。うん、やっぱり美少女は食べてる姿も様になるね。

 

「そっちも一口頂いてよろしいでしょうか?」

 

「ん? いいよ」

 

「ありがとうございます」

 

 お互いの料理が入った皿を交換し、一口ずつ食べる。お、こっちも美味しいな。

 

「それにしても、試験中なのに大丈夫なの?」

 

「ええ。自由行動が許されている時間まで拘束される理由はないですよ?」

 

「そりゃそうだけどさ……」

 

 ほんと余裕だなこの子。

 それから取り留めのない会話を何度か繰り返す。小さな体に料理を詰め込んだ有栖ちゃんは、デザートまで食べるようだ。

 

「紡くん、これ二人で食べませんか?」

 

「ん? どれどれ……って、マジで言ってる?」

 

 有栖ちゃんご指名のメニューを見ると、そこにはあり得ない程デカいパフェがあった。

 そもそもとして有栖ちゃんはかなりの小食である。恐らく1割食べられたら御の字といったところだろう。

 

「……ダメ、ですか?」

 

「いいよ。残しても全部俺が食べるから」

 

「ふふっ。ありがとうございます」

 

 気が付いたら承諾していた。上目遣いは反則だろ上目遣いはっ。

 

「いつからそんなあざとい女になったんだ……」

 

「紡君こそ、どうしてあんなに()()だったんでしょうね」

 

 色素の薄いピンク唇に人差し指を当てながら笑う有栖ちゃん。何とも色っぽい雰囲気だ。

 

「……ノーコメントで」

 

「あら、秘密主義も魅力的ですが、過ぎると浮気してると思われちゃいますよ?」

 

 にこやかに語っているが、先ほどから何故か足の小指が悲鳴を上げている。見るとまたもや銀色の杖が俺のスニーカーにめり込んでいた。『そもそも付き合ってないじゃん』とか言おうものなら、こいつがどうなるか分からない。

 因みにテーブルに座る有栖ちゃんだが、床に足が付いておらずプラプラしている。幼女じゃん。

 

「ミ゛ッ゛」

 

「今失礼な事考えましたね?」

 

 杖先端の少ない面積で小指を的確にぐりぐりされている。いや、幼女体形でも魅力的だから勘弁して……

 

「昔は大して差は無かったはずなのに……背丈だけ成長しては世話がないと思いませんか?」

 

 懐かしいな。昔はよくおんぶしてあげてたっけ。今だったら2人くらいは余裕で抱えられると思う……っていうか。

 

「まるで中身が成長してないみたいな言い方しないでよ」

 

「……昔から、ずっと変わらないじゃないですか。大体「お待たせいたしました。ジャンボパフェになります」っ……」

 

 何か言いたげだった有栖ちゃんだが、丁度いいタイミングでパフェが届けられる。有栖ちゃんの顔2つ分ほどの高さがあるそれを食べ切るのは大変そうだ。

 

「でっかぁ……写真撮って清隆君に自慢しよ。ほら、有栖ちゃん取るよー」

 

「……珍しいですね。あまり写真とかSNSとかしないタイプでしたよね?」

 

 前世で学生やってた頃はTwitterとかが出始めたぐらいだししょうがないじゃん。

 最近は清隆君と鈴音ちゃんの為に、写真とかを残そうと頑張っているんだぜ。偉くない俺? 

 

「いいからいいから。はいチーズ……お! 良い感じじゃない?」

 

 そんなことを言ったが、俺が開いたのは()()()()()()ではない。

 撮った写真を見せるようフリをして、スマホの画面を見せる。

 

「見せてください……! いいですね。後で私にも送ってください」

 

 俺が立ち上げていたのはメモアプリ。白一色の画面に『右斜め後ろの席、盗聴されてるよ』という文字を黒く表示させた。

 

「よし。写真も撮ったし、早速食べよう……「待ってください」ん?」

 

 俺の意図が伝わったとは思うが、何故か有栖ちゃんはスプーンを取ろうとする俺の手を止めた。

 そしてスマホをもう一度立ち上げると、画面の端の方を指さしてこう語った。

 

「ここ、見切れてますよ。もう一度撮りましょう」

 

「……いいよ」

 

 ……写真撮りたかったんかい。

 

 

 

 ────────────────

 

 

「紡くん。あーんしてください」

「あーん」

「あら、少しくらい動揺してくれた方が可愛げありますよ?」

「え、ディープキスした仲なのに?」

「……あんまり大きな声で言わないでください」

「えっ……マジで言ってんの?」「私に聞かないでよ!」

 

 

「有栖ちゃん、口にホイップついてるよ」

「取ってください」

「おっけー。んっ、甘すぎなくて美味しいね」

「……そんなベタな事やります? 普通」

「照れてるー? 可愛い有栖ちゃん……ミ゛ッ゛」

「この高さは狙いやすくて良いですね」

「ヒェ……」

「……なぁ。龍園さんが見たかったのって本当にこれなのか?」「絶対違う」

 

 

「お腹いっぱいです。紡君、後は頑張ってください」

「もっと食べた方が成長……ミ゛ッ゛……まだ何も言ってないじゃん!」

()()()()()()ですよ紡君。事前に対策してますので」

「上手いこと言わんといて」

「……すんません。ブラックコーヒー1つ「私もほしい」……2つお願いします」

 

 

「いやー。それにしても全部無料で食べられるの凄くありがたいよ。有栖ちゃん呼ぶためにポイント使いきっちゃったからさ」

「そう言えばそうでしたね。……そんなに私と離れるのが嫌だったんですか?」

「うん? 当たり前じゃん。有栖ちゃんと2週間会えなかったら俺死んじゃうよ?」

「そうですか……ふふっ、仕方のない人ですね」

「あ、そう言えば夏休み中遊ぶお金ないんだよね。後でポイント貸してくれない? 月初めになったら返すから」

「……分かりました」

「ちゃんとクズじゃねえか……」「……もう帰りたいんだけど」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「……はぁ。ちゃんと計画的に使ってくださいね?」

 

「もちろん。ありがとう有栖ちゃん!」

 

 ありがてぇー。清隆君から金借りるところだったから助かった。

 まぁちゃんと借りた金は返すし、貰うにしてもそれ相応の代価は払ってるから許してほしいな。

 

「それにしても、わざわざ尾行した先での会話があれでは可哀想ですね」

 

「石崎君と伊吹さんかな? 会計するときにコッソリ見たけどすっごいぐったりしてたよ。健気だねあの2人は」

 

 クラスの代表格2人の密談について行ったら、その実やってることはただのカップルだもんね。そりゃ意気消沈するだろう。

 

「今頃私たちの愚痴が龍園君に飛んできているでしょうね……さて────やっと話せますね紡君」

 

 その言葉と共に有栖ちゃんの纏う空気が一変する。尾行もされてないみたいだし、周りに人もいない。切り出すにはベストタイミングといえるだろう。

 

「どんなお話が聞けるのかな?」

 

 ヒリヒリと肌を刺すような空気を感じながらも、『幼馴染』ではなく『Dクラスの斎藤紡』として対話に応じる。

 

「────、──。──────」

 

「……へぇ。面白いじゃん。じゃあ俺は準備のために部屋に戻ろうかな。またね有栖ちゃん」

 

 有栖ちゃんの口から出た言葉は、俺の想定しているものと異なるものであった。

 しかし、その意図を把握した俺は準備に向けて動き出す。

 

 

 

 ────時刻は夜の8時半。4回目のディスカッションが、もうすぐ始まろうとしていた。

 

 

 

 





 堂々とディープキスしたとバラされて焦る有栖ちゃんでした。
 どうにか紡君をデレさせようと頑張っています。多分もう1回ディープキスするのが正解。

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本領発揮

高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!
多分これからは返事ちゃんとします!

このネタは一度やってみたかった。


 

 

 

「それでは、第4回秘密作戦会議を進めたいと思います!」

 

「ぱちぱちぱちー」と、やけにテンションが高い紡の声が甲板に広がる。

 時刻は午後11時。2日目最後の話し合いを終え、オレと堀北、そして紡の三人は作戦会議をするために集まっていた。

 

「……付けられてないんでしょうね?」

 

「うん。ちゃんと確認したよ」

 

 まさかCクラスも四六時中目を光らせてるわけじゃないだろうし、集まるタイミングずらしたからな。この集まりが龍園にばれることは無いだろう。もしも人が来てもこの見晴らしいいデッキの上。盗み聞きされることはまずないだろう。

 それと同時に、警戒したように佇んでいた堀北がほっと息をついて、手すりに寄りかかる紡の隣に移動した。

 

「それじゃあさっさと済ませちゃいましょう。綾小路君、さっきの話を詳しく聞かせて頂戴」

 

 ……いや、近くないか? 肩先どころか、腕までしっかりくっついてるぞ。何なら少し寄りかかってるし、紡も苦笑いしている。

 しかしそれを指摘するのは野暮だと思い本題に入る。

 

「……ああ。軽井沢に関しては────」

 

 オレが語ったのは以下の内容だ。

 以前からCクラスの女子とトラブルになっていて、今回暴力事件へと発展しそうになったこと。

 オレと幸村が助けに入り事なきを得たということ。

 

 ────そして、その際の軽井沢の反応について。

 

「うーん……結構根深いとこまで来てるんだね。さて、どうしたものか」

 

 話を聞いた紡は、腕を組みながらため息をついていた。

 

「軽井沢さんに謝らせればいい話じゃないの?」

 

「そう簡単な話でもないんだよ」

 

 いまいち事態を把握しきれていない堀北に、紡はそう前置きをして続けた。

 

「まず第一に、俺たち3人とも軽井沢さんと接点が無いんだよ。俺たちが何か言っても、彼女の性格上聞く耳なんて持たないと思う」

 

「だったら平田君に……とはならないわね」

 

「そう。それが無理だから洋介君は清隆君に相談したんだよ」

 

 実際のところ、平田は軽井沢に何度か態度を改めるように言ったはずだ。だが無人島試験の事もあってか、それを軽井沢が素直に受け止めることはなかった。

 そこで助けを求めたのがオレの所。紡や堀北に直接言わなかったのは、下着泥棒の件の後クラスをまとめられなかったことや、軽井沢の暴走を止められなかった引け目を感じてだろう。

 

「ままならないわね……今回の件で、軽井沢さんはどう動くのかしら」

 

「恐らくはまず平田に相談しに行くだろうな。その時どんな方法で真鍋達を大人しくさせるかは正直分からない」

 

「あの感じで意外と謝りに行くから付いて来てほしいとか言うんじゃ……いや、無いか流石に」

 

 紡がそんなことを言ったが、正直言って想像もつかない。それが出来るならここまで問題は大きくなっていないし、平田も苦労していないだろう。

 

「……こればかりは彼女たちの動きを見てから動くしかなさそうね。もし軽井沢さんが強引な手段を望んでいた場合、どうするつもりなのかしら?」

 

 そう堀北が問いかけると、紡は数秒ほど唸った後に苦笑いを浮かべながらこう語った。

 

「こっちも()()()()()()()で解決するしかないね」

 

「……紡?」

 

「ん……ああいや、暴力で解決するとかそういう話じゃないから安心して。俺が女の子に手出すわけないじゃん」

 

 もし被害者が坂柳だとしてもそのポリシーを守るかは疑問だけどな。オレは雨の中龍園を殺しかけた拳を思い出して辟易した感情が溢れてきた。

 慌てて否定する紡だったが、怒らせたら滅茶苦茶怖い男というのは先の試験で身をもって知っている。渦中の女子達はなるべく地雷を踏まないように立ち回って欲しいものだ。

 

「ま、見ててよ。今まで問題が顕在化してこなかったのには、それ相応の理由があるんだから。とりあえず、これからやることを考えよう」

 

 それから10分ほど相談をし、オレ達は部屋へと戻った。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 時刻は夜中の2時過ぎ。清隆君から連絡があったため、俺は地下2階の休憩コーナーへと向かっていた。

 廊下は明るいが、それに不釣り合いなほど辺りは静かだ。自らの解決方法があまりよろしくないということは百も承知だが、軽井沢さんの今後の事を考えると仕方が無いだろう。

 そんな誰に対してか分からない言い訳を心の中で呟きながら、足音を立てないようにゆっくりと歩く。

 

「お願いだから助けてよ……平田くんは私を守ってくれるんでしょ?」

 

 構造上廊下と直で繋がっているためか、軽井沢さんの悲痛な声が聞こえてきた。

 こっそりと顔を出すと、清隆君や洋介君、そして軽井沢さんが数メートル先に立っていた。

 

「もちろん守るよ。だけど理不尽な理由で真鍋さんたちを傷つけることは出来ない。()()()()()()()()()()()()()。話し合うことでお互いが納得のいく結論を出すように誘導してみる」

 

 洋介君が居るから大丈夫だと思ったが、話は大分拗れてしまっているようだ。

 いつもなら相手に合わせて譲歩する洋介君だが、暴力による解決には嫌悪感を抱いているらしく、かなり強い口調で軽井沢さんを咎めている。

 

「だから無理なんだってば! そんなことが出来るなら助けてなんて言わない!」

 

 滅茶苦茶な言い分だが軽井沢さんの言うこともよく分かる。

 彼女が他の女子生徒に集団リンチを食らいかけたにしては、余りにも洋介君の対応は穏便すぎる。もし有栖ちゃんにそんな事しようものなら、明日の朝日を拝めると思わない方が良いだろう……別に付き合ってないけどさ。

 

「理由がなんであれその期待には答えられないよ。僕にとって、軽井沢さんは大切なクラスメイトの1人だ。困っていれば助けるし、守るよ。だけどそのために他の誰かを傷つけることは出来ない。それがCクラスの生徒だとしてもね」

 

 そんな軽井沢さんの悲痛な叫びにも、洋介君は態度を変えることなく言い切った。……凄いな。最近の高校生はここまで覚悟ガンギマリなのか。

 

「嘘つき! 守ってくれるって言ったのに!」

 

「嘘? 僕は最初から一貫して同じ態度でいるつもりだよ」

 

 洋介君は立て続けに、衝撃的な言葉を口にした。

 

「最初に言ったよね? ()()()()()()()()()()()()()()。付き合うフリをするのは構わないけれど、君一人に肩入れすることは絶対にしないって」 

 

 ……嘘やん。ちょっと奥手なカップルだと思って応援してたのに……というか言っちゃうんだねそれ。清隆君も流石にびっくりしてるんじゃない? 

 

「……」

 

 全然驚いてねぇわ。何やねんコイツ。お前が佐倉さんと良い感じなの知ってるんだからこっちは! 

 

「あたしが……暴力を振るわれてもいいってこと?」

 

 ……やべ、ビックリしすぎて話全然聞いてなかったわ。助けられる確信があるからって気抜きすぎだな。反省しないと。

 

「だからそうは言っていないよ。僕は全力で君を助ける。朝になったら真鍋さんたちに話をするつもりだ。これ以上軽井沢さんを困らせないで欲しいって。不本意かも知れないけれど、軽井沢さんは謝ろうとしていたって伝えても構わないよ」

 

「それは嫌!」

 

 今日一番の大声で叫ぶ軽井沢さん。聞かれたくない話のはずなのに、往来の場で叫んでしまったのはそれだけ余裕がないからだろう。

 

「だとしたら僕に出来る手助けはないよ。残念だけどね。綾小路君、君になら何か解決策は「もういい! あたしの願いを聞いてくれないんなら、あんたなんか必要ない!」」

 

 洋介君の言葉を遮り、軽井沢さんは持っていた缶ジュースを廊下に叩き落とした。

 

「今日で関係は終わり。終わりよ!」

 

 そう言って走り去っていく軽井沢さんを、最後まで平田君が追うことは無かった。……さて、後は任せたよ清隆君。

 そんなことを思っていると、清隆君は真顔でこっそりサムズアップしてきた。ちょっとおもろい。

 

「……さて、こっちの方向だったな」

 

 姿が見えなくなってしまったのに追いかけられるのかと思うだろう。しかし、女子の前で強気なリーダーとして振る舞っている彼女が、泣いている状態で部屋に戻ることはまずないだろう。船内の構造的に、彼女が向かうであろう場所は大体絞られてくる。

 ────そんなことを考えながら歩いていると、視界の端に一人のうずくまる生徒が見えた。

 

「あれ? 軽井沢さんじゃん」

 

 右手に自販機で買った温かいココアを持ちながら、あくまで偶然を装って接触する。彼女が居たのは同じフロアにある反対側の休憩室。人通りがほとんどない端の席だった。

 

「……放っといて」

 

 普通に考えれば、わざわざ地下のフロアに飲み物を買いに来るわけがない。しかし、そんなことを考える余裕が軽井沢さんにあるわけがない。

 しゃくり上げながら、潤んだ瞳でこちらを睨みつける。

 

「何があったかは知らないけどさ、放っておける訳無いっしょ? あ、ココア飲む?」

 

 激情を露わにした後に走って汗をかいているであろう軽井沢さん。真夏の休憩室は嫌になるほど冷房ガンガンだ。

 

「……うん」

 

 冷えた体が無意識に求めていたのだろう。軽井沢さんの白い手が、温かいココアの缶を包んだ。

 そんな彼女の隣に腰掛ける。いつもなら鋭い言葉が飛んでくるであろうが、今回に限っては何もなかった。

 

「洋介君と喧嘩でもした?」

 

「……!」

 

 冗談めかして言ったのだが、余りにも素直な反応の為か笑いがこぼれる。

 

「マジ? あの洋介君と?」

 

「……あんたには関係ないでしょ」

 

「まぁね」

 

 その言葉を最後に、辺りには沈黙が流れる。気まずさからかココアを一口飲んだ軽井沢さんだが、帰って欲しいという言葉が飛んでくることもなかった。

 無料で買える飲み物だが、施しを受けた手前追い返すのに罪悪感が働いているのだろう。作戦通りである。

 

「……気まずくないの。この前、アンタに色々言っちゃったのに」

 

「下着泥棒の件? だって軽井沢さん被害者でしょ? 謝ることはあれど、俺が怒るわけないじゃん」

 

「……そう。ありがと」

 

 感謝されることは何も言っていないのだが、引け目を感じていた彼女から返ってきたのは感謝だった。

 

「それにしてもさ、学校も性格悪い試験すると思わない? 無人島でサバイバルした後は他クラスと混合の試験だよ」

 

「まぁ……確かに」

 

「軽井沢さんも大変でしょ? だってメンツの癖強すぎじゃない? ござるござるばっか言ってる外村君にバカ真面目な幸村君、あとはコミュ障の清隆君だよ?」

 

 ごめん清隆君。軽井沢さんのために犠牲になってくれ。間違ったことは言ってないから。

 

「ぷっ、酷くない? 綾小路君と、仲いいんでしょ?」

 

「でも事実だよ? 軽井沢さんみたいな可愛い子とは絶対目合わせて喋れないっしょ? 絶対そうだって」

 

 ごめん清隆君。ちょっとだけ話盛るね。君は顔も良いんだし、そろそろ彼女の1人くらい作った方が良いと思うよ。

 

「ふーん。堀北さんとか、Aクラスの子とかと仲いいのに、私にもそんな事言っちゃうんだ?」

 

「えっ、いや……別に付き合ってるとかそういうのじゃないからね」

 

「……! そう、なんだ……」

 

 さっきはびっくりしたけど、軽井沢さんが『クラス内での地位』を目的として洋介君と付き合ってたなら、この発言は中々クリティカルのはずだ。

 俺は洋介君と同じくらいモテてたからね。わざわざ敵を作りやすい方と付き合った理由は、俺が鈴音ちゃんや有栖ちゃんと仲良いって噂になってたからだろう。

 その俺がフリーと知って、尚且つ洋介君と復縁は厳しいとなると……

 

「……斎藤君、これから寝る?」

 

「んー。昼寝したからまだ全然かな。明日は1日中休みだからね。ちょっと夜更かししたい気分だし」

 

「そっか。じゃあ……その、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」

 

 

 

 ────ほら食いついた。俺の『どしたん? 話聞こか?』作戦は順調に進んでるね。

 

 




何となく想像ついていると思いますが、紡君は身内と判定した人間には超甘くなりますが、それ以外の人間には割とドライです。
綾小路が偽カップル関係に薄々気づいている中、本気で気が付いていませんでした。

そしてその身内の人間が1人増えます。軽井沢の過去は紡君には大特攻です。
なお身内判定を食らった女性はことごとく紡君に惚れてる模様。

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諦めた男

人は自分が持っていないものを渇望する生き物です。
諦めなかった軽井沢さんの精神性は、紡君にはどんな風に映ったのでしょうか?


 

 

 

「じゃあ……その、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」

 

「うん。吐き出してすっきりする事も多いだろうからね」

 

 ────その言葉がキッカケとなり、せき止めていた感情がダムが決壊するかの如く溢れてきたのだろう。

 そこから軽井沢さんの言葉が止まることはなく、Cクラスの生徒とのいざこざや、その解決方法で洋介君と揉めた話も聞かせてもらった。

 

「真鍋さん達と揉めたって……最初に軽井沢さんが他の子とぶつかったって言う話は本当なの?」

 

「うん……多分あっちが言ってるのは本当の話」

 

 1つ想定外だったのは、軽井沢さんの口から自分に非があったという言葉が出てきたと言うことだ。意地でも認めないと思っていたため、どうやって説得するか迷っていたんだが……

 

「謝らなかったのはクラスの立場を考えて?」

 

「……きも。何で分かるのよ」

 

 いたずらがバレた子供の様に、ばつの悪い顔でそっぽを向く軽井沢さん。

 今の態度を見るに、クラス内での立ち振る舞いは本来の軽井沢さんの性格によるものではないだろう。今一度彼女について考え、俺はそう結論付けた。

 

「まぁ意地を張っちゃうのは、大なり小なりみんなあると思うよ? でもずっとそのままで居るのは辛くない?」

 

 ここはあえてデリカシーのない発言を投げかける。軽井沢さんの本質に迫るためには仕方のないことだ。

 

「……あんたには分かんないでしょ。私みたいな何の取柄もない人間は、ああやって取り繕わなきゃいけないの。そうしないと、また『あの時』みたいに……!」

 

 そんなくぐもった声で語る軽井沢さん。その肩が震えているのは、寒さとは別の理由からだろう。

 

()()()?」

 

 そう聞き返す。軽井沢さんは目を逸らして数秒ほど迷う素振りを見せた後、ポツポツと語り出した。

 

「……いじめられてたの。小中って、9年間」

 

「いじめって、そんな……」

 

 他人に嫌われてまで、自身の優位性をアピールしなければならない強迫観念。無人島試験での態度。そして真鍋さん達に対する過剰なまでの対応。ここまでヒントが揃えば何となく予想はついていたが……実際に本人の口からそう聞くと、中々クルものがあるな。

 

「……だから、クラスでもあんな風に?」

 

「そうよ……平田君と付き合ってたのもそれが理由。私が最初にお願いしたの。『いじめられたくないから、私と付き合って』って。……結局、さっき私が振っちゃったんだけどね」

 

 自暴自棄になったように自嘲する軽井沢さん。先ほどまでの強気な態度は、もうどこにも残っていなかった。

 

「……凄いよ軽井沢さんは。よく立ち直ったと思う」

 

「立ち直った? 諦めたのよ。どうしようもない現状に、私はただただ捕食されるのを待ってただけ。そんな気休めみたいなこと言わないでよ……!」

 

 ……どうしてこうも俺の周りには、自己評価が低い人ばっかなんだろうな。

 鈴音ちゃんも清隆君も、羨ましくなる位気高い精神をもってなお前に進もうとしている。そしてそれは軽井沢さんも同じだ。トラウマに精神を苛まれながらも、それを払しょくしようと努力している。

 

 ────その姿を見ると、どうしても己の醜さが浮き彫りになるから嫌だった。

 

「……ごめん。別に、あんたにそんな気が無いってのは分かってるけど」

 

「いや、俺も軽率だった。ごめん」

 

 その言葉を最後に、辺りは静けさを取り戻す。……参ったな。ちょっと相談に乗るだけだったのに、俺がこんなじゃ意味ないじゃん。

 

「……ねぇ」

 

 しかし、そんな沈黙を破ったのは意外にも軽井沢さんの方だった。

 

「違ってたらごめんなんだけど……その、なんて言うか────あんたも何か()()()()()()してたりする?」

 

「……無いか。変な事言っちゃった」と続ける彼女だったが、割と図星を突かれて驚いてしまった。

 顔がこわばるのを感じながら、軽井沢さんに問いかける。

 

「ちなみにどうしてそう思ったの?」

 

「えっ……なんだろ。勘?」

 

 勘かよ。最近の女子高生は凄いなホント。

 

「んー。まぁ、俺の話は良いでしょ? 別に聞いても面白い話じゃないし」

 

「……そっか。まぁそうだよね」

 

 一瞬だけ嬉しそうに目を合わせてきた軽井沢さんだったが、俺がやんわりと誤魔化すと明らかに気落ちした様子だった。

 あまり健全な感情とは言えないが、それでも仲間を見つけたと思ったのだろう。今まで数か月見てきた仲からは想像もつかない姿だ。

 ……ま、いっか別に。どうせ後半年くらいの付き合いだし。俺の年齢との整合性を取れるように話を混ぜる。

 

「クラスメイトとかは……無かったけど。親かな、俺は」

 

「親? 虐待ってこと?」

 

 ……説明が難しいな。そんな仰々しいものでもないんだけど。

 

「両親が4歳くらいの頃に離婚してね。母親の方に預けられたんだけど、聞き分けの悪い子供だったからよく鞄で殴られたり、冬に追い出されて野宿したりしてたんだよね。飯もロクに食わせてもらえなかったから友達から集ってたよ」

 

 懐かしい記憶だ。恐らく今の俺の生命力はその頃に培われたものだろう。流石に東京の冬は寒かった。

 

「……よくそれでそんな性格に育ったわね」

 

「今の両親……育ての親が良い人だったからね。包丁でブッ刺されてヤバいってなって引き取られたけど、なんやかんやあって元気でやってるよ」

 

 これ以上説明したら矛盾が発生してくるため言葉を濁しておく。

 

()()()()()?」

 

 身を乗り出しながら、食い気味で聞いて来る軽井沢さん。そこを突っ込まれるとは思わなかったんだけど……

 

「えっ、そこ聞く? うーん……まぁ痛かったよ結構。自分で救急車呼んだから何とかなったけど、母親は虐待がバレて逮捕されちゃった」

 

 最期の一文は嘘である。というか、あの後すぐ死んだから生きてるかどうかも分かっていない。

 

「……プールの授業とか、どこにも傷跡無かった気がするんだけど」

 

「見えないところだから」

 

 やけに食いついて来るなこの子。流石に十数か所滅多刺しとかって言ったら何で生きてるねんとかツッコまれそうだし誤魔化すけど、流石に整合性取れなくなりそうだからそろそろ勘弁してくれ。

 

「ふーん」

 

 明らかに暗い話題のはずなのに、軽井沢さんの反応は上々だ。一体どういうことだろう。

 

「これは平田君にも言ってなかったんだけどさ」

 

 そう言うと、軽井沢さんはジャージとその下に着ていたキャミソールの裾をたくし上げ、お腹を露出させる……ってちょ

 

「えっ、ちょちょ……」

 

「誰も来ないわよこんなとこ」

 

「そういう問題じゃないよ!? って言うか何で脱ぐの……って────え?」

 

 ────そこにあったのは、綺麗な肌には似つかわしくない生々しい傷跡。鋭利な刃物で裂かれたような、そんな痛々しいものだ。

 

「まじウケるよね。あたしたちお揃いじゃん」

 

「そんな……これって」

 

 その傷は子供の虐めで済まされるようなものじゃない。この深さの傷跡は、手当てが遅かったら命にかかわるほどのものだ。

 

「そうよ。あたしが受けたのは、アンタみたいなお人好しが想像するような生ぬるいのじゃない。上履きに画鋲、机の引き出しに動物の死骸。トイレに入れば汚水をぶっかけられて、制服には淫乱だの売女だの書かれる。髪を引っ張られる、殴る蹴るは当たり前」

 

 その口から語られたのは、俺の想像をはるかに超えた内容だった。返す言葉が見つからず唖然としていると、軽井沢さんは自嘲気味に笑って続ける。

 

「今言ったのだってほんの一部。笑ってしまうくらい優しいものよ。他にも、数えられるいじめは全部受けてきた」

 

 ────甘かった。何もかも、全ての認識が。

 

「笑えば? 虐められっぱなしで格好悪いヤツだって笑ってみてよ。今だって、似たような境遇のあんたをみて嬉しくなっただけ。普通はこんなこと絶対しない。……あんたは私の事凄いと思ってくれてるかもだけど、こんな弱い人間だからイジメられるの」

 

 感情を露わにするように立ち上がり、軽井沢さんは悲痛な叫びをあげる。

 

「は、ははは……最低ね私。あんたにこんなこと言ったって、何も変わるわけじゃないのに」

 

「軽井沢さん「ごめん」……」

 

 背を向けて歩き出した軽井沢さんに声を掛けるが、それを遮るように帰ってきたのは謝罪の言葉。

 

「私は、あんたに嫉妬してたんだと思う。何となくだけど同じような雰囲気感じながら、それでも皆の人気者だった斎藤君に。……あんたは良い奴ね、────私なんかと一緒にしちゃいけない位に」

 

「軽井沢さん!」

 

「もういいの。あんたに聞いてもらって凄い楽になった。ホント、一年で一番モテてるのも納得よ。だから……ありがとう」

 

 そう言って逃げるように走りだした軽井沢さん。後から思えば、これ以上甘えていてはダメだという彼女なりの意志だったのだろう。

 

 

 

 ────そんな姿を見せられて、放っておける訳が無かった。

 

 

 

「えっ……」

 

 気が付いたら、俺は走り去る彼女の左腕を掴んでいた。

 振り向いた彼女の端正な顔は、涙でぐしゃぐしゃになっている。

 

「もういいって……! もう十分だから!」

 

「駄目だ」

 

「放してよ! あたしたち友達でも何でもないじゃない! ……あんたと、あんたと喋ってると甘えたくなっちゃうの! それじゃダメなの!」

 

 しゃくり上げながら、捕まれた左腕を振り払おうとする軽井沢さん。……はぁ、どうして俺の()()は、こうも意地っ張りな奴ばっかなんだよ。

 そんな愚痴を心の中で吐きながら、俺は正面から軽井沢さんを抱きしめた。

 何故洋介君に言ったみたいに俺に助けを求めなかったのか。どうせ下着泥棒の時に冤罪を掛けてしまったことを気にしているんだろう。

 

「! ……なんでっ」

 

「暖かいっしょ? とっくの昔の記憶だけど、よくお母さんにやってもらってたんだ」

 

 前世で俺が渇望してやまなかったもの。似たような経験をした軽井沢さんも、心のどこかでは人の暖かさを求めているはずだ。20cm以上の身長差があるためか、腕の中に小さい体がすっぽり収まっている。

 周りの友達とも心から打ち解けられず、1人孤独で戦ってきた軽井沢さんの心の負担は、俺には計り知れない。

 

「……」

 

「よく打ち明けてくれたね。信頼してくれてありがとう」

 

「べ、別にそんなんじゃ……んっ」

 

 そんな軽井沢さんの反論を、抱擁を強めることで飲み込ませる。

 胸元に収まった頭を撫でながら、たった一人で戦ってきた彼女を労う様に声を掛ける。

 

「ちょっと妬いちゃうよ? 洋介君にはあんなに頼ってたのに、俺には何もないの?」

 

「だって……あたしっ、あんなひどいこと……」

 

 ほらやっぱり。気にしてないって言ったのに、仕方のない子だなぁほんと。

 

「だから気にしてないって。俺は軽井沢さんの事大事な友達だと思ってるよ? 軽井沢さんはどう?」

 

「うん……」

 

 泣きながら胸に顔をうずめる軽井沢さんに既視感を感じながらも、頭を撫でる手を止めずに語り掛ける。

 

「じゃあもう安心だ。これからは俺が軽井沢さんを守るよ。俺の友達はみんな良い奴だし、何も心配する事無いよ。────お疲れ様。もう大丈夫だよ」

 

「……ばかっ、お人好し」

 

 ぽんぽんと腹に衝撃が走るが、これが軽井沢さんにできる唯一の抵抗と考えると可愛いものだ。

 

 

 

「……あたし、寄生虫だよ? 一人じゃ何もできないもん」

「こんな可愛い寄生虫なら本望だよ」

 

「クラス皆から嫌われてるし」

「これからどうとでもなるよ。俺が会話の仕方教えてあげる。清隆君みたいに」

「でもあいつコミュ障じゃん」

「……あれは天性の才能だよ。多分」

 

「────好きって言ったら付き合ってくれる?」

「……それは、えーっと……」

「最低」

「うっ……」

 

 

 

「まあいっか。────」

 

「ん? なんか言った?」

 

「何でもない……えへへ、これからよろしくね! 斎藤くんっ」

 

 

 

 ────憑き物がスッと落ちた軽井沢さんの表情が見える。それはそれは、とても可愛らしい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 翌日。4回目の試験が終わり、インターバルとして与えられた試験三日目の朝。俺は1人カフェで朝食を取る傍ら電話をしていた。ここは人通りが少ないため静かに過ごせる。今日みたいな日にはピッタリだ。

 

「おはよう。昨日……って今日だけど、よく眠れた?」

 

「んー、微妙? なんか色々ありすぎて疲れちゃった。でも平田君にもちゃんと謝ったし、『穏便な方法で解決する』って伝えたよ」

 

 電話の相手は軽井沢さん。なんだかんだ話し込んでしまい、彼女を部屋へ送り届けたのは4時を回ったころだった。

 刺々しかった言葉も抜けて、気の強いギャルから普通のギャル位にはなれたようだ。

 

「そっか。なら良かった」

 

「それで、結局真鍋さん達の件ってどうするの? 何もしなくていいってどういう意味?」

 

 昨日別れ際に言った言葉が気になっていたのだろう。万が一のリスクを減らすために一応言わなかったが、もうあと数分だし問題ないか。

 

「ん、後ちょっとで分かるよ」

 

「あとちょっと?」

 

 ちゃんと打ち間違えずに送信できたかな? 一応清隆君に見てもらってるけど……お、来た来た。

 一度に大量の通知がスマホに届く。それと同時に、遠くで朝食を取っている生徒達のざわめきがこちらまで聞こえてきた。

 

「えっ……これどういうこと!?」

 

「良いリアクションするねー。良かったね軽井沢さん。これから真鍋さん達と顔合わせずに済むよ」

 

 そもそもこんな試験で顔合わせるからトラブるんだよ。『証拠』と『脅し』も完ぺきだし、今後真鍋さん達が彼女に接触する可能性はほとんどなくなるはずだ。

 

「えっ、え?」

 

「じゃ、俺これからやんなきゃいけないことあるから、また今度ね軽井沢さん」

 

 何か言いたげな軽井沢さんだったが、その言葉を遮って通話を終了する。

 それと同時に俺の使っていたテーブルに影が差す。よし、ちゃんと時間通りだね。

 

 

 

 

 

「────お疲れ様。良い取引だったよ」

 

 

 

 

 

 画面に届いた5つの通知を全て確認する。一覧で表示させたスマホの画面には、以下の文字が羅列されていた。

 

 

 

『虎グループの試験が終了いたしました』

『兎グループの試験が終了いたしました』

『竜グループの試験が終了いたしました』

『蛇グループの試験が終了いたしました』

『馬グループの試験が終了いたしました』

 

 

 




オチは二段階。
下着泥棒の冤罪なんて、下手をこかなくても虐めの対象になりかねませんから。軽井沢の中には、罪悪感が積もっていたんじゃないかと想像しての内容でした。


現在終了しているグループ
・猿グループ『優待者:Cクラス』
・虎グループ『優待者:Cクラス』
・兎グループ『優待者:Dクラス』
・竜グループ『優待者:Dクラス』
・蛇グループ『優待者:Cクラス』
・馬グループ『優待者:Dクラス』
計6グループ

現在未終了のグループ:6グループ


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暗躍

前半綾小路視点
後半はほぼ初の試みで三人称です。お試しで書いてみてどんなもんか試します。


 

 

 

 優待者試験3日目。途中に挟まれる1日のインターバルに、オレと平田は紡から指示された通り行動していた。

 

「それにしても、紡君はやっぱり凄いよね」

 

「オレも驚いた。確かに一番のリスクを減らせるという点では良いと思うが、まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()とはな」

 

 虎、蛇グループの生徒をそれぞれ一人ずつ呼び出し、()()()()()()()()()()の名前を指名させた。大分混乱していたが、それでも特に文句を言わずに行う辺り紡と平田の信用が伺える。

 今は解散となり、部屋には平田と2人きりだ。

 

「堀北さんと喧嘩してたんだよね? だから1人裏で行動してたのかな?」

 

「あの喧嘩は嘘だ。龍園を油断させるためのブラフだな」

 

 これ以上隠す必要は無いため真実を打ち明ける。平田なら周りに言いふらしたりはしないだろう。

 

「! ……なるほどね。やっぱり凄いよあの2人は。前の試験でも、僕は世話になりっぱなしだね」

 

「あの2人は秘密主義だからな。クラスメイトとの間に立ってくれている平田は凄くありがたい存在だと思うぞ」

 

「そっか……ありがとう綾小路君」

 

 平田は苦笑いをしていたが、実際の所慰めでも何でもないんだがな。

 本人が気が付いているかは分からないが、紡はあまり他人を信用しない人間だ。作戦が破綻するリスクを抑えるために、多少反感を買っても皆には言わずに一人でこなす。印象や性格に似つかず、龍園のような成果で黙らせるタイプだ。

 

「綾小路君はいつその話を聞いていたんだい?」

 

「二日目……正確には三回目の試験の後からだ。龍園が優待者の法則を見つけ出すために、一之瀬や堀北に交渉した時があっただろ? その話のすぐ後だ」

 

「信頼されてるんだね。少し羨ましいかも」

 

 取引が上手くいったにも関わらず、平田の様子はあまり芳しくない。

 

「軽井沢が心配なのか?」

 

「何でもお見通しだね。それもあの2人の助言?」

 

「ま、そんな感じだ。本人から連絡はあったのか?」

 

「うん。『もう大丈夫。暴力的な方法も取らないから心配しないで』って気まで使われちゃった」

 

 それだけ心の余裕が出来たということだろう……全く、味方ながら末恐ろしい男だ。一体どうすればあそこまで懐柔できるのか。

 夜中の4時頃に『またやっちまった』というチャットが来たときは心底呆れたがな。軽井沢の過去を聞いて放っておけなかったらしい。お前それ何回やるんだよ……ライバルが増えて、堀北にピリつかれるのは勘弁してほしいんだが。

 

「それにしても、よくあの作戦に協力してくれたな。オレが言うのも何だが、平田はそういう事は嫌がると思っていたが」

 

「……ちゃんと条件も飲んでもらえたし、感謝こそすれ嫌がるなんてありえないよ」

 

 そう。軽井沢が平田と喧嘩し、それを紡が慰めると言うのは仕組まれた流れだ。

 平田が提示した条件は1つ。『軽井沢が暴力的な手段でトラブルを解決させようとしていること』これが確定した時点で、平田にはあえて突き放すような発言をしてもらったのだ。

 

「まぁ、軽井沢に関しては心配しなくても大丈夫だ。何せあの紡が相手してるんだからな。あれほど対人関係が上手い人間を俺は知らない」

 

「あはは、そうだね。僕は自分でやれることを頑張るよ。クラスの皆にはどう説明すればいいのかな?」

 

「この作戦は紡が考案したものだと伝えてくれ。Dクラスの脅威は紡だけと思わせておきたい」

 

 紡と堀北の喧嘩が演技だとバレるのにそう時間はかからないと思うが、やるだけやって損はないだろう。

 

「分かった。綾小路君はこれからどうするの?」

 

「特に何も。オレがやれることはこれ以上ないからな」

 

()()()やれることは……だがな。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「一体何の用かな? 龍園君。わざわざ呼び出すなんて君らしくもないんじゃない?」

 

 5つのグループが同時に試験終了となった事を告げたメールが来てから1時間ほど。一之瀬は龍園に呼び出されて会議室へと赴いていた。

 昨日一昨日とディスカッションで使われた部屋だが、今日の試験は行われない為フリーとなっている。扉も分厚く盗聴を許さないため、秘密の協定には打ってつけだ。

 

「ククク……良いから座れよ一之瀬。まだ役者はそろってないぜ?」

 

 上機嫌に笑う龍園の言葉に渋々従う一之瀬。

 それから程なくして、もう一度部屋の扉が開いた。

 

「……!」

 

「おい、早く座れ」

 

 その姿を見て、一之瀬驚が驚いたように目を見開いた。

 

「おはよう一之瀬さん。突然ごめんね」

 

 部屋へと入ってきたのは斎藤紡。この場に居ることにショックを隠せない一之瀬だったが、龍園の反応を見て手違いが無いことを把握する。この切り替えの早さは、一之瀬の優秀さを物語っていた。

 そんな一之瀬の向かい側、つまり龍園の隣に斎藤が腰掛ける。

 

「おいおい、顔が青くなってるぜ一之瀬。そんなにこのヒモ野郎が裏切ったのがショックだったのか?」

 

 ここぞとばかりに煽る龍園。そんな悪意に満ちた彼の文言にも、斎藤が口を挟むことは無かった。

 そんなやり取りをして満足したのか、龍園は一之瀬達にこう問いかけた。

 

「────俺と取引しろ一之瀬。でなければお前らは無残な試験結果で終わることになるぜ?」

 

「……どういうことかな龍園君。てっきり私は斎藤君と取引したと思ってたんだけど」

 

 一之瀬も馬鹿ではない。日和見主義なところがあるため勘違いされやすいが、彼女の勘の良さや頭の回転の速さは、それこそ目の前で不敵な笑みを浮かべている男にも並ぶレベルのものだ。

 

「ああそうだ。俺は斎藤と互いの優待者を開示し、お互いに結果3に持ち込むと言う取引をした」

 

 一之瀬の予想に反して、龍園はあっさりと取引内容を教えた。

 

「……なるほどね。それで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってこと?」

 

「よく分かってんじゃねえか。単刀直入に俺が求める条件は二つだ。一つが『Bクラスの優待者を全て教えること』。もう一つが『Dクラスに40万、Cクラスに20万pptを卒業まで毎月譲渡すること』。その条件を満たすなら、お前に優待者の法則を教えてやる。それでAクラスの優待者を当ててポイントを相殺すればいい」

 

 数秒ほど沈黙が辺りを占めると、一之瀬は真剣な表情で聞き返した。

 

「優待者の法則性はどうやって教えてくれるのかな?」

 

「DクラスとCクラスの優待者を教えてやる。勿論証拠が欲しいならそれもくれてやるよ。後はテメェらが9グループ分の優待者情報を使って法則性を見つければいい」

 

 短い説明だが、一之瀬が理解するのにそう時間はかからなかった。

 

「……なるほどね。私たちは同価値のプライベートポイントを支払う代わりに、クラスポイントのマイナスを防ぐことが出来るって事だよね」

 

「そうだよ、一之瀬さん」

 

 斎藤が正解だと告げると、一之瀬は納得するそぶりを見せながらも、強い意志を持った目で次のように語った。

 

「でもそれって私にメリットあるのかな? 仮に君たちの情報でAクラスの優待者を当てたとしても、その後に君たちに当てられちゃったら、ただの払い損だと思うんだけど?」

 

「はっ、分かってねぇな一之瀬。俺と取引をしなかった時点でテメェは詰んでるんだよ。半分の優待者情報さえあれば、今日中にでも法則を見つけて全員潰すことだってできるんだぜ?」

 

「ってことは、まだ()()()()()()()()ってことで良いんだよね?」

 

 龍園と一之瀬の間にピリッとした空気が蔓延する。

 そう。もしも龍園が優待者の法則を暴いたとすれば、こんな取引を持ち込む必要は無いのだ。

 黙り込む龍園を追い詰めるように、一之瀬は続けて推理を続ける。

 

「でもおかしいよね。流石に6グループ分の優待者が分かれば流石に法則の一つや二つ位掴めるもん。これは私の予想なんだけど……

 

 

 

 

 

 ────今日の試験終わった5つのグループって、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────契約書──────

 

斎藤紡(以下「甲」とする)と龍園翔(以下「乙」とする)は以下の通り契約を締結する。

 

1.甲、乙はそれぞれ虎、兎、竜、蛇、馬グループを結果4で終了させる。

 

2.1の条件が達成でき、なおかつ猿グループの試験結果が3の場合、甲は乙に対し毎月20万プライベートポイントを卒業まで譲渡する。

 

3.一之瀬帆波が別紙条件を承諾した場合、甲と乙は協議の上時刻を指定する。その時刻同時に甲はBクラスの優待者を1グループ、乙は2グループ的中させる。そして最終的な試験結果が「猿グループ結果3、Dクラス100cpt、Cクラス50cpt」。または「猿グループ結果4、Dクラス50cpt、Cクラス100cpt」でなかった場合、違反した生徒のクラスは毎月60万pptを卒業まで相手に譲渡する。

 

4.3の契約が遂行されているとき、甲と乙が指定した時刻までに残りグループの試験が1つでも終了した場合3の契約は無効となる。

 




分かりずら過ぎるやろ。そう書いてて思いました。一応解説を挟みます。

まず第一に、斎藤と龍園はお互いのクラスの優待者が分かってないです。
「〇と×と△のグループに優待者居るから適当に他のクラス指名しといてー」って言ってるだけで、その場合以下の結果になります。

・猿グループ『優待者Cクラス、結果3』
・虎グループ『優待者Cクラス、結果4』
・兎グループ『優待者Dクラス、結果4』
・竜グループ『優待者Dクラス、結果4』
・蛇グループ『優待者Cクラス、結果4』
・馬グループ『優待者Dクラス、結果4』

現在Cクラスー50cpt、Dクラス50cptです。

契約書2は「猿グループで高円寺が当ててる可能性がある分はppt払うから勘弁してや」っていう感じ。
3は「お前抜け駆けしたらシバク、猿グループと総合結果で抜け駆けしたら分かるからな?」って感じ
4はアクシデントのための保険。

一応計算したけど、ミスってる可能性高いから修正するかも。


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終幕

後半三人称視点です
急いで書いたのに投稿時間ミスった…

高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!
多分これからは返事ちゃんとします!


 

 

 

「……ほう? 随分と突飛な事を言うじゃねえか。優待者を共有して法則を見つける時間を減らしてまで、結果4にするメリットがあるのか?」

 

「メリットならあるよ龍園君。それは、()()()()()()()()()()()()()互いのマイナスポイントを0にできる事。この前の無人島試験で君に裏切られた斎藤君が、そんな無防備に優待者を教えるわけがないと思うんだけど」

 

 流石の洞察力だね。こちらの意図を完全に読んでいる。図星を突かれたにも関わらず余裕そうな雰囲気を変えない龍園君も流石だ。

 そう、一之瀬さんが言ったことは全て正解だ。俺が龍園君と協力する上で提示した条件は『Bクラスに協力を申し出て、その返事を待った後に優待者を公開する』というものだ。

 何枚もの契約書でガチガチに縛っているとはいえ、あの龍園君が大人しくそれに従う保証は無いからね。

 

「おいおい……俺は信用されてねぇみてぇだな?」

 

「日ごろの行いだと思うよ」

 

 俺が苦笑いで答えると、一之瀬さんもうんうんと頷いている。

 

「正解だよ一之瀬。俺と斎藤は互いのクラスの優待者を知らない」

 

「随分とあっさり白状するんだね。未だ優待者を把握できてないというのは、交渉を不利にさせるんじゃないかな?」

 

「勘違いすんじゃねえ。お前がこの交渉を断った場合、俺と斎藤は即座に情報を交換して法則を突き止める。結果が3だろうが4だろうが、お前が後手に回っている事に変わりは無ぇんだよ」

 

 そう語る龍園君だったが、実際の所全く対処法が無いと言うわけではない。一之瀬さんがそれに気が付いているかは怪しい所だが。

()()()()()()()()()()()()()()を考えながら、目の前で繰り広げられている攻防を眺める。

 

「でも君たちが獲得しているポイントが0だってことも変わらないよね? だとしたらBクラスにも挽回の余地があるのに、毎月60万ppt払えって言うのはおかしいんじゃない?」

 

「ならいくらだったら飲むんだよ。値切り交渉でもやるか?」

 

「『ポイントの支払いは無し、そしてAクラスの優待者を1グループずつ当てる』。これ以外の条件は認めないよ」

 

 そうなれば、最終的な結果がD、C、Bクラス50ポイント。Aクラスがー150ポイントになる。

 Aクラスに離されたポイントを無くすことはできるだろうが、ppt合わせて200ほどのポイントを得られる最初の契約に比べたら収入は大分減るだろう。

 

「はっ、じゃあ交渉は決裂だな。おい斎藤、さっさとこのつまんねぇ試験を終わらせるぞ」

 

「はいはい……本当に良いのかい? 一之瀬さん」

 

 ここだけ切り取って見ると、一之瀬さんが欲をかいて交渉に失敗したと思うだろう。

 しかし、絶望的な状況にもかかわらず、彼女の表情に影が差すことは無かった。

 

「はぁ……やっぱりそんなに甘くないよね」

 

「今更後悔してんのか? テメェが頭下げるってんならもう一度話をしてやってもいいんだぜ?」

 

「後悔? 何か勘違いしてるみたいだね龍園君。私はそんな話をするために来たんじゃないの」

 

「あ?」

 

 一之瀬さんはおもむろに、目の前のテーブルにスマホを置いた。

 

「ま、元々裏切る気なんて無かったんだけどね。()()()()

 

『────あまり驚かせないでください一之瀬さん。心臓に悪いですので』

 

 彼女のスマホに表示されていたのは電話の画面。スピーカー越しに聞こえてくるのは、10年来の馴染みの声だった。

 

「……面白ぇじゃねえか。おい一之瀬。この話を持ち掛けたのはお前か?」

 

「ううん。坂柳さんからだよ」

 

『一昨日ぶりですね龍園君。電話越しで話すのは中々新鮮な気分です。そして……居るのでしょう? 紡君』

 

「あはは……おはよう有栖ちゃん。ごめんね今朝のお誘い断って」

 

 お嬢様からのご指名だ。粗相のないように答えないと銀色の杖で叩かれてしまう。

 

『一昨日はあれだけ熱烈な時間を過ごしたと言うのに、もう私の事は嫌いになってしまったんですか?』

 

「えっ……」

 

「いや違うからね一之瀬さん。この子こういう所あるから気にしちゃダメよ」

 

 顔赤くしてこっち見ないで一之瀬さん。いくら何でもピュアすぎるよ……さっきの勘の良さはどこに行ったの? 

 

『まあ、冗談は置いておきましょう。良いですね一之瀬さん?』

 

「うん! パーッとやっちゃって」

 

『分かりました。……紡君?』

 

「……はい」

 

『────今日の夜、ちゃんとお話し聞かせてくださいね?』

 

 

 

『鼠グループの試験が終了いたしました』

『牛グループの試験が終了いたしました』

『猿グループの試験が終了いたしました』

『鶏グループの試験が終了いたしました』

『犬グループの試験が終了いたしました』

『猪グループの試験が終了いたしました』

 

 

 

『────すべての試験が終了いたしました。試験結果は午後11時に発表となります。お疲れさまでした』

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 時刻は夜の11時前。後10分ほどで試験結果が公表されるというタイミングで、斎藤は坂柳に呼び出された場所へと向かっていた。

 彼女が指定した場所は船前方にあるラウンジ。今は暗闇に覆われているが、昼間は水平線へと向かってゆく景色が見れる人気スポットだ。

 斎藤がラウンジ内に入ると、ちらほら結果待ちと思われる生徒が見える。基本密会するときは2人きりの状況を好む坂柳が、この場所を指定するのは珍しく思えた。

 

「お待ちしておりました。紡君」

 

「こんばんは。一体何の話かな?」

 

 坂柳が座っていたのは鈍角に張られたフロントガラスの前面。最も注目が集まる場所だった。

 いつもなら隣に座ろうとする斎藤だったが、有無を言わせない彼女の様子から悪手だと判断し、四人席の対面に腰掛ける。その様子を横から見ていた生徒達から、決して少なくないざわめきが聞こえて来た。

 

「今回の試験についてです。あなたもわかっているでしょう?」

 

「まぁね。俺が龍園君と組んだことがそんなに不思議だった?」

 

「そうですね。あなたが彼に苦汁を飲まされたことは、もう既に周知の事実ですから」

 

「そりゃどーも」

 

 げんなりとした様子で返す斎藤。やはり冤罪とはいえ下着泥棒の名が広まるのは勘弁してほしいのだろう。

 何かもの言いたげな坂柳に対し、斎藤は足を組んで背もたれに寄りかかりって語る。

 

「確かに有栖ちゃんにはショックだったかもしれないね。だが俺だって真剣にAクラスを目指してるんだ。前回の無人島試験だって、皆の協力があってこそだよ」

 

「……それは、分かってますが……」

 

「だったら甘えてる暇じゃないんじゃないかな? 俺は試験に勝つためなら、嫌いな龍園君とだって手を組むよ。それが勝ちにつながる一手だったらね」

 

 いつも強気の坂柳が何処へやら、今は親に怒られる子供……いや、最も適切なのは身勝手な理由で男に振られる女だろうか? 少なくとも、野次馬としてその様子を見ていた人間からはそう感じられた。

 そこに、タイミングを見計らったかのように一人の男が入ってくる。

 

「おいおい、鈴音と揉めた後は坂柳か? 大層モテてるんだな? 羨ましいぜ」

 

「龍園君……」

 

 斎藤の隣に腰掛けたのは、今回の試験で彼と手を組んだ龍園だった。

 

「そろそろ時間だ。結果は分かり切っちゃいるが、確認しなくていいのか?」

 

 そして午後11時を迎え、一斉に携帯に届くメール。彼ら以外にも、大勢のスマホの音が鳴る。既に騒ぎを聞きつけて、ラウンジに集まった生徒は30人を超えていた。

 龍園と斎藤の結託や、それに対する坂柳と一之瀬の呉越同舟。この2つは一部の生徒を除いて、ほとんどの()()()()()()()()()()()()()()()()事なのだ。その上お互い仲が良くクラスの代表者である坂柳と斎藤が、険悪な雰囲気で向かい合ってたら注目も集まるだろう。

 

「さて、高円寺君は優待者を当てられたのかな?」

 

 

 

 子(鼠)───裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 丑(牛)───裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 寅(虎)───裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 卯(兎)───裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 辰(竜)───裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 巳(蛇)───裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 午(馬)───裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 未(羊)───裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 申(猿)───裏切り者の正解により結果3とする

 酉(鳥)───裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 戌(犬)───裏切り者の回答ミスにより結果4とする

 

 ───以上の結果から本試験におけるクラス及びプライベートポイントの増減は以下とする。

 

 Aクラス……変動なし +150万ppt

 Bクラス……変動なし +150万ppt

 Cクラス……-50cpt +100万ppt

 Dクラス……+50cpt +200万ppt

 

 

 

「ッチ、まあいい……おい斎藤。しっかり取り立てろよ」

 

「もちろん。今回は残念だったけど仕方ないね。また機会があったら頼むよ」

 

「その時が来ると良いけどな?」

 

 捨て台詞を残して。龍園は帰り道の階段を上って行く。

 そんな彼に対し、ラウンジの上の段からその様子を見ていた生徒が声を荒げた。

 

「お、おい! これどういう事だよ!? 何でいきなり試験終わったと思ったら、ほとんど結果4なんだよ!」

 

「はっ。何も知らされてねぇ雑魚が騒ぐんじゃねえよ」

 

 ポケットに手を突っ込みながらそう返す龍園。鼻で笑われた生徒が悔しそうに歯ぎしりするも、事情を知らないのは事実の為何も言い返せない。

 

「……全く。ずっとあの態度で疲れないのかな……さて。オレもそろそろお暇するよ有栖ちゃん」

 

「……今回は」

 

「ん?」

 

 悔しそうに俯いて呟く坂柳。そんな彼女に珍しく淡白な反応を見せた斎藤だが、坂柳は気にすることなく続ける。

 

「クラスの方を信用しきれなかった私の負けです。ですが、()()同じように行くとは思わないでください」

 

「……そっか。頑張ってね」

 

 そんな坂柳の頭を、ポンポンと二度優しく撫で、斎藤もその場を後にした。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「ごめんねみんな。何も伝えずにいきなりこんな事して」

 

 場所は打って変わってBクラス専用のラウンジ。午後11時という遅い時間でありながら、欠員1人いない状況はもはや異常ともいえるだろう。

 その集団の前で頭を下げるのは一之瀬。今回の試験に大きく関わった一人だ。

 

「一之瀬が頭を下げる必要は無い。実際この試験結果は、相対的に見たら悪いものではないからな」

 

「そうだよ! DクラスとCクラスに一矢報いたんだから凄いよ!」

 

 そんな一之瀬に声を掛けるクラスメイト達。彼女の取った行動に感謝こそすれ、文句を言うような生徒は1人もいなかった。

 

「でも……貴重なポイントをゲットできるチャンスを逃しちゃって……」

 

「そんなの、後二年と半年あるんだし余裕っしょ?」

「それなー」

「無人島でもうちら良い感じだったし。Dには負けたけど」

「いや、あれは反則っしょ」

 

 三者三様の反応を見せるが、一之瀬を責めるような反応は1つもなかった。

 

「皆……ありがとう! これからも一緒にがんばろ!」

 

「「「おー!」」」

 

 

 

 その後全体で解散となり、扉の横でクラスメイトを見送っていた一之瀬。一番最後に出ていこうとした生徒が彼女を呼び止めた。

 

「一之瀬。少しいいか」

 

「うん? どうしたの神崎君」

 

 その生徒の名は神崎。前回、今回の試験共に一之瀬の参謀として立ち回って、Dクラスや斎藤個人ともかかわりが深い人物だった。

 

「Dクラスとの協力関係についてだ」

 

「……うん」

 

 あまり聞きたくなかった話題なのか、目に見えて表情を暗くする一之瀬。そんな姿に罪悪感を覚える神崎だったが、一之瀬本人の為にも心を鬼にして突き返す。

 

「今回の試験で、斎藤が俺たちを裏切ったのは明白な事実だ。元より協力関係を結んでいたわけではないが、これから無条件で協力とはいかないだろう」

 

「そうだね。私もそう思う」

 

「ならどうするつもりだ? 俺個人としては、斎藤の行ったことに怒りは覚えていない。実際龍園と組むことは、一番の策だったと言っても過言じゃないからな」

 

 だが、と一度大きく前置きして続ける神崎。

 

「Bクラス全体……斎藤本人と関わりが無い人間はそうもいかないだろう。今まで友好的に過ごしてきた人間が、そんな素振りを見せずに牙をむいてきたんだ。もし今後ともDクラスと協力するのなら、その()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうだね……でも、私はDクラスとの協力を惜しむつもりはないよ」

 

 そんな神崎の正論に対しても、一之瀬は前向きなスタンスを崩すつもりは無いらしい。

 その言葉を聞いて眉を顰める神崎に一之瀬は付け加えるようにして説明を続けた。

 

「もちろん。何も無しでって訳じゃないよ? でも今回確信したことが一つあるの。斎藤君のことについて」

 

「確信したこと?」

 

「うん。斎藤君は、()()()()()()()()()()()()()()()なんだと思う。それって当たり前かもしれないけど、小さい頃から仲良しの坂柳さんに対してもあんな感じだったし」

 

 龍園に呼び出される前、動揺していた坂柳に取引を持ち掛けられた時のことを、一之瀬は思い出していた。

 

「……なるほどな。お互いが利益を出せるように協力すれば、心強い味方が出来るというわけか」

 

「そう! 逆に安心じゃない? 今までの斎藤君達優しすぎだもん。この前の無人島試験でも、要らなくなった道具とか余った食料とかわざわざ持ってきてくれたしさ」

 

「そうか……なら俺から言うことは無い。ただ、斎藤には今度何か奢ってもらおうか。ポイントも入るだろうしな」

 

 神崎自身も個人的な恨みはないようで、冗談めかしてそう笑った。

 

「あ! それいいね! この前お祝いで行ったら楽しかったもんね!」

 

 この2人は斎藤、綾小路、堀北たちと5人で一度食事に行ったことがある。須藤事件に協力してくれたことに感謝するという理由でだ。

 綾小路と堀北を斎藤が、神崎を一之瀬が無理やり連れてきたという話は当人たちの間では笑い話となっている。

 

「……これから忙しくなるだろうな」

 

「そうだね……でも、皆なら絶対乗り越えられるって信じてるから」

 

 ────この試験をきっかけに、Bクラスはより一層結束力に磨きをかけることとなった。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「今回の試験、前回の試験と失敗続きね。アンタに不満抱えてる生徒もいるんじゃない?」

 

 そして同時刻のCクラス。龍園は信頼のおける生徒を部屋に集めていた。

 伊吹からの鋭い言葉も、龍園は気にかけていないのか楽しげに指を組んでいる。

 

「ほっとけ。多少積極的な輩はむしろ都合がいい」

 

 以前までなら、自身に反抗する人間には容赦しなかった龍園。しかし、その龍園が反逆者を認めるような発言をした。この敗北が彼にどのような影響を及ぼしたのだろうか。

 

「……あっそ。私は何も言わないけど、いい加減ポイント増やしてくんない?」

 

「おい伊吹……!」

 

 そんな伊吹の態度に石崎は異議を唱えるが、龍園がそれを遮り2人へ問いかけた。

 

「お前ら。一昨日の坂柳と斎藤だが、本当に何も話してなかったのか?」

 

「だからそう言ってんじゃん。あんま思い出させないでよ」

 

 伊吹はどこかげんなりとした様子だ。あの時の斎藤たちの雰囲気がトラウマになっているのだろう。

 その言葉を聞いた龍園は、顎に手を当て数秒ほど何かを考え込んだ。そして一つの結論を導き出す。

 

「……()()()()()な」

 

「ハメられた? ……どういうことっすか?」

 

 意味ありげに語る龍園に、石崎が真意を聞きだす。

 

「恐らくだが……あの流れは斎藤と坂柳が仕組んだ流れだろうな」

 

「は……? え、それって」

 

「ああ。よくよく考えれば分かることだ。まず第一に、()()()()()()()()()()()()。斎藤が俺に接触してきたのは2日目の夜。協力と引き換えに『真鍋達のいじめを止めさせろ』と要求してきた。最初はあのバカ共のいじめが協力のきっかけだと思ったが、いじめの証拠があっちにある以上、わざわざリスクを冒す必要は無い」

 

 そのまま説明を続ける龍園。彼の勘は、無意識のうちに最大以上に研ぎ澄まされていた。

 

()()()()()()。試験が同時に終了してから1時間経ってない中、各クラスの動きを完璧に把握して一之瀬に接触し、こちらの出方次第ですぐに優待者を外す準備までしてやがった。元から想定して動いていたとしか言いようがない」

 

「だから何なんだよ。最初の段階だったらリスク0じゃん。Bがどうであれまた考えられる時間はあっただろ?」

 

 いまいち要領が得ないと抗議する伊吹だが。意味とは裏腹に言葉自体は正しいものであった。

 

「ああ。だから()()()()()()()()()()()()。あのヒモ野郎は、ハナからBクラスと協力する気も、Bクラスを潰す気もなかった」

 

「……それって何のメリットがあるの? まるで坂柳と斎藤が協力したみたいな言い方だけど、ギリギリで引き分けだったら何の得にもならなくない?」

 

「お前は今Aクラスで、坂柳がどんな状況か想像つくか?」

 

『どんな状況』という曖昧な質問だったが、その意味を理解できたことに苛立ちを覚える伊吹。腕を組みながら、ぶっきらぼうに答える。

 

「別に普通なんじゃないの。むしろあの状況から0まで持って行ったことが凄いって言われてるかもね」

 

()()()。そしてピンチに陥った理由が『プライベートで仲のいい生徒の裏切り』だとしたら、お前はどんな反応をする?」

 

「どうって……可哀そうだなとは思うけど……! まさか!」

 

 あのゲロ甘い2人の食事を見続けるという拷問を受けた伊吹。もし仮に坂柳が斎藤と仲がいい事を周囲に惚気ているのなら、周りの生徒の反応は容易に想像できるだろう。

 

「葛城の体制は前回でボロボロ。新たな体制も不安定な状況で、坂柳が取った行動は『クラスの基盤を固めること』だった……そんな想像だが、あながち間違ってるとも思えねぇ」

 

「……そのために、試験の一つを無駄にするなんて……」

 

 確かにこの流れが仕組まれていたものだったら、朝一之瀬を呼び出した時点で連絡をすでに入れているという早業にも納得がいく。

 そう思った伊吹だが、あまりにも自身が持つ価値観との違いに戦慄を隠せないようだ。

 

「だが結束した場合の厄介さは断トツだろうな。……そうなってくると、()()()()()()()()()()()()()()もつじつまが合うと思わねぇか?」

 

「……全部あいつらが仕組んだ通りだってこと?」

 

 思い出されるのは、鬼神の如く龍園たちをなぎ倒した斎藤の姿。格闘技をやっている伊吹から見ても、あれは高校生がやれるような動きではなかった。

 

「顔も見せずに気絶させるなんて、普通の高校生が出来る芸当じゃねえ。運動能力、技術、そしてバカみてぇな胆力と自信が無いと出来ない。その点、俺が知る中でそれが出来るのは斎藤だけだ」

 

「斎藤……次はリベンジしてやる」

 

 やっと話に入るタイミングを見つけたのか、ここぞとばかりに決意を固める石崎であった。

 

「あ、居たんだ石崎」

 

「……難しい話は勘弁っす」

 

 石崎が入ることによって、二人の間に張り詰めていた空気が一瞬で弛緩した。話している内容はかなり物騒だが、この学校には珍しいタイプの、真っ直ぐなバカなため仕方がないのだろう。

 

「馬鹿みてぇな話してんじゃねえよ。これから面白くなるんだからよ」

 

「またDクラス潰すつもり?」

 

「いいや、潰すんじゃなくて()()んだよ。一見完璧に見えても、中身が腐っているなんてよくある話だからな」

 

 そうして龍園はスマホを取り出し、とある生徒とのやり取りの履歴を見直した。

 

「……()()()、信用できるわけ?」

 

「さぁな。ムカつく話だが、さっき言った話が全て真実だった場合、斎藤と坂柳に真っ向から挑むのは無理筋だ」

 

 学力、運動神経、統率力、思考力、暴力において抜け目がない斎藤や、運動こそできないがその他で追随する勢いを持つ坂柳。

 龍園はこの2者をラスボスと想定し、次の構想を練る。

 

「俺は俺らしく、今後ともあいつらが嫌がるような手段を取っていく。……そうだな、まずはもう1人に接触する。Aクラスでも大層肩身が狭いだろうからな? 親玉にも見捨てられたとなったら、もう早々居場所なんてねぇだろ」

 

「……やっぱそっちの方がアンタらしいよ。ま、そのレベルの争いについていけるのはアンタしか居ないだろうし。今度は負けないでよ」

 

「テメェに言われなくてもやってやるよ」

 

 

 

 ────薄暗い部屋に、そんな龍園の笑い声が小さく響いた。

 

 

 




次はAとDの反応書こうかな。それで干支試験は終わりです!

モチベ=投稿頻度なので、もし続きが見たいって思って頂けたなら高評価や感想してくれると超嬉しいです!


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これから

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多分これからは返事ちゃんとします!


 

 

「……そっか。頑張ってね」

 

 そう語りながら、俯く坂柳の頭を二度ポンポンと撫でた斎藤。それから坂柳の返答を待たずしてその場を後にした。

 それからぽつぽつと野次馬によってできた人の壁が捌けてゆく。最後の集団が居なくなったとほぼ同時に、1人席で俯いていた坂柳に話しかける生徒が居た。

 

「坂柳」

 

「……神室さんですか。どうなさいました?」

 

 その生徒の名は神室。入学して今まで坂柳の補佐を行っていた生徒だった。

 

「皆が説明を受けたがってる。私からでも良いと思うけど、アンタの口から言った方が良いんじゃない?」

 

「……そうですね。分かりました……おっと」

 

 何時もの様に杖を使って立とうとする坂柳だったが、バランスを崩したのかふらついてしまう。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「問題ありません。あまり待たせても良くないでしょうし、さっさと済ませてしまいましょう」

 

 咄嗟に体を支えて声を掛ける神室。心配ないと返す坂柳だったが、神室にはどうしても万全の状態には思えなかった。

 

「……そう。ならいいんだけど」

 

 ここで追及しても良い方向には転ばないだろうと判断した神室。そんな彼女の気遣いを微笑ましく思いながら、坂柳はAクラス専用のラウンジへと足を運ぶ。

 そして数分程船内を歩き、目的の場所へと到着する。既にラウンジ内では30人近くの生徒が待機しており、騒々しい様子が扉越しでも伝わってきた。

 

「別に、皆あんたを責めようとかは思ってないから。私からはそれだけ言っとく」

 

「ええ。ありがとうございます。神室さん」

 

 そして神室が扉を開け、坂柳が一歩部屋へと足を踏み込む。

 ざわざわとしていた様子は一気に鳴りを潜め、今回の試験を裏で進行していたであろう坂柳に視線が向けられた。

 

「……済まないな、突然呼び出して。だが皆どういう状況かを聞きたがっている」

 

「はい。元々試験結果が出されたら説明するつもりでしたし、手間が省けてありがたいです」

 

 今まで場を沈めてきた葛城とその話題の中心である坂柳の会話に、クラス全体の注目が一気に集まる。

 そして部屋の中心へと足を運んだ坂柳。息を整え、1人1人に目配せをしながら語り出す。

 

「今回の試験、Aクラスを勝利に導けなかったのは私の責任です。────申し訳ございませんでした」

 

 その重苦しい様子から、一体どんな話をするのかと想像していたAクラスの生徒だが、彼らの予想に反して坂柳の語り始めは謝罪だった。

 入学して4か月。この短い間でも、坂柳がクラスメイトに与えた印象は確固たるものだった。常に先を見越し、高校一年生とは思えないほどの落ち着きと頭脳を遺憾なく発揮していた坂柳に、心酔する生徒も少なくは無かった。

 時にはその信頼の厚さが、他者とのトラブルの発端につながることもあったが、それすら坂柳が譲歩し、穏便に解決させたほどだった。

 

「皆静かにしろ。説明の途中だ」

 

 そんな坂柳が、開口一番に深く頭を下げたことにより混乱するAクラスだったが、葛城が制したことで落ち着きを取り戻した。

 坂柳が葛城に小さく一礼し感謝を伝えると、毅然とした口調はそのままに、しかしどこか不安定な様相で続ける。

 

「今回の試験の敗因。それは、私がクラスの皆を信用できなかった事です」

 

「信用って……それがこの試験と関係あるの?」

 

 1人の生徒がそう質問する。信用と言えば聞こえがいいが、その生徒にとって試験に信用が必要だとは思えなかった様子だ。

 

「……すみません。私もうまく説明できていないですね。まずは事の経緯から説明します」

 

「事の発端は朝の8時。皆さんも朝食を取っていた時間帯だと思います」

 

「……5つの試験が同時に終わったっていう通知が来た時よね」

 

「はい。その時点で終了していたのは猿、虎、兎、竜、蛇、馬グループの6つです。そしてこの6つのグループの優待者は全てDクラスとCクラスで占められています」

 

 端的に説明する坂柳だったが、その意味を理解できない生徒はここにはいなかった。

 

「……なるほどな。CクラスとDクラスが結託してお互いの優待者を外したと言うことか」

 

「何でそんなことする必要があるんだ。ポイントを得られるチャンスをわざわざ無に帰すのか?」

 

「互いの優待者を当て合うことで、優待者の当て間違え以外にポイントを減らされる可能性を0にできます。同時に獲得できるポイントも減りますが、どちらにせよポイントは山分けになるので問題ありません」

 

 ルールの細かいところまで把握していないと思いつかない発想だと付け加える坂柳。

 

「そして通知が来た時点で、私は大急ぎで信頼できる方たちに連絡を取り、Bクラスの一之瀬さんのもとへ向かいました。後手に回ったこの試験を、引き分けで終わる唯一の取引をするために」

 

「でも、どうして手を組んだクラスがDとCだって分かったの? その時点でどこのクラスが結託したかって分からなくない?」

 

 もっともな質問が飛んでくる。プライベートでも親しいDクラスの斎藤ではなく、一之瀬の方へと向かった理由が分からないと言った様子だった。

 

「Cクラスが絡んでいたことは確信していました。何故なら、彼自身が竜グループの試験の際にこのような提案をしていたからです。そしてもう片方のクラスですが、これは正直賭けでした。取引を持ち込んだ時の反応で一之瀬さんだと確信しましたが、もし私がこれを持ち込んだのがDクラスの所だったら……今頃Aクラスは敗北を期していたかもしれません」

 

「そして、DとCがとった作戦と全く同じものを、Bクラスと行ったと言う事か」

 

「はい、その通りです……急を要する事態だったため、クラスの方たちには何も伝えずに行動してしまいました」

 

 その点についての謝罪だと気が付いたクラスメイト達だが、彼らの想像していた内容とは異なるものであった。

 

「でもさ、それって坂柳さん何も悪くなくない?」

 

「そうだな。確かに単独で動いたことは褒められた事じゃないだろうが、それ相応の理由があってのことだ。いちいち確認を取って、結局対応が遅れたとなったら元も子もない」

 

 そんな意見がクラスでも上がってくる。説明を聞く限り、坂柳に非は無いと判断したものが大勢を占めていた。

 

「……ですがこの試験は元々、私があなた方にどのようにして動くかをしっかり伝えておけば、また違った結果になったかもしれません」

 

「それは仮定の話だろう? 実際の所、結果としては2位タイだ。裏を返せば、今後ポイントが変動する機会を1つ減らすことが出来たと考えられる」

 

 落ち込んだ様子の坂柳に、葛城がねぎらいの言葉をかける。仮に葛城が試験のリーダーをするとなった場合の、理想的な結果だったともいえるだろう。

 そのように議論は落ち着きを見せようとしていたが、1人の生徒が小さく呟いた。

 

「────結局、お前が散々仲いいって豪語してた斎藤に裏切られてんじゃねえかよ」

 

「……弥彦、やめろ」

 

 葛城が弥彦と呼んだ生徒……戸塚は、坂柳を擁護する声が大きくなってきたクラスに、不満を打ち明けるかのように続けた。

 

「皆言わねえけどそう思ってるよ葛城さん。坂柳、お前4回目の話し合いが終わった後斎藤と仲良く飯食ってたんだろ? 試験期間中によ」

 

「……言いたいことがあるならはっきり言ったらどうでしょうか?」

 

 空気が和やかさを取り戻したが、二人の発言によって一気に緊張が走った。

 誰もが気付いていたが、あえて指摘しなかったことを戸塚は言い放つ。

 

「葛城さんの結果が振るわなかった時は直ぐに捨てる癖に、あいつの作戦に気が付けなかったお前が許されてんのは何でなんだよ。幼馴染とか言ってるけど、お前が仲いいって勝手に思ってるだけなんじゃねえのか!?」

 

「っ……!」

 

「弥彦!」

 

 確かに戸塚の言っている事は間違いではないだろう。試験期間中なのにも関わらず、敵の立場である斎藤と仲睦まじく食事をした坂柳に非が無かったかと言えば、完全に頷ける人間は居ない。

 しかし、それをこの場で指摘する行為は、あまりにも残酷なものであった。

 

「坂柳も、あんたにだけは言われたくないと思うんだけど。そもそも無人島試験だって、あんたが先走ったからこんなことになってんじゃん」

 

「はぁ!? その話は関係ねぇだろ! そもそもキーカードの件だって盗まれたって何回言えば分かるんだよ!」

 

「呆れた。まだそんなしょうもない嘘ついてるわけ?」

 

 軽蔑の眼差しを向けながら、冷たく言い返す神室。

 戸塚の言い分を信じる人間は、もはやAクラスに一人もいなかった。

 

「……俺は認めないからな。Aクラスのリーダーは葛城さんだけだ」

 

 捨て台詞の様にそう言い放つと、戸塚は走り去っていった。

 

「俺は弥彦を追う……済まなかった坂柳。あいつも本心でああいってるわけじゃ無いはずだ……気にするなとは言わないが、今は休んだ方が良い」

 

「……そう、ですね。ありがとうございます……」

 

 ベンチに座り、震えながら俯く坂柳。戸塚に言われたことがよほど堪えたのだろうか? 居たたまれなくなった葛城が声を掛けるも、彼女の反応は乏しいものだった。

 そんな坂柳を尻目に葛城が後を追うために部屋を出ると、ざわざわとした喧騒がもう一度場を支配した。

 

「サイッテー。信じらんないんだけど」

「それな。普段葛城君の威を借りて威張ってただけの癖に」

「あんま言ってやるなってw また飛び出されたらめんどくさいぜ」

「ウケる。無人島試験も葛城君がリーダーやればよかったのにね」

「葛城も可哀そうだよな。あんな奴の面倒見るとかさ」

 

「ちょ……あんた達「神室さん」……坂柳」

 

 溜まっていた不満を止める者と、その不満の矛先が居なくなったことであふれ出る悪口に、神室がたまらず止めようと声を掛ける。

 しかし、それを遮ったのは他でもない坂柳だった。()()()()()()()()()()()()()()が、その感情は戸塚に指摘されたことでの悲しみではなかった。

 

「止めなくていいわけ?」

 

「ええ。あんな酷いことを言う人は、このくらいの評価が妥当でしょう」

 

「! ……そう」

 

 ────その時神室が見たものは、()()()()()()()()()()()()()()()()()坂柳だった。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「お、上手くいったみたいだね」

 

 どうも、表向きには『自分に惚れた女の子を騙してポイントを得ようとしていた』という最低な称号が付いてしまったヒモです。

 流石にエグくないかと思ったけど、『小学4年生の時から性的ないたずらをされていた*1』とか。『猫耳メイド服で奉仕させられた』みたいな嘘を吹き込むと脅されたので仕方なくだ。

 

『お疲れ様。どうだった?』

『計画通りです』

 

 そしてたった今ウキウキでチャットが送られてきた。全く、よくやるねホント。抜け目が無いと言うか何と言うか。

 それにしても、『ギリギリで負けるか引き分けにして欲しい』と頼まれた時はついにおかしくなったかと思ったけど……クラスを完全に掌握するためだったとは流石だよマジで。

 因みにDクラスの説明は明日へ延期になった。夜遅いからしょうがないけど、やる気を感じられないって鈴音ちゃん怒ってたぞ。

 

 

 

 そして翌日朝食を取ったDクラス一行は、専用のラウンジで集まって話をすることとなった。

 

「……はぁ。AクラスとBクラスは既に話したと言うのに……」

 

「仕方ないだろ。前回の無人島試験と合わせて400以上のポイントを手に入れたんだ。楽観的になるのも無理はないだろ」

 

「それはそうだけど……」

 

 隣では鈴音ちゃんと清隆君が話している。周りの目が気になるところだが、一応対外的にはもう仲直りしたと伝えているから大丈夫だ。

 因みにやっと普通に会話できると喜んでいた。可愛いね。

 

「皆試験終わって遊びたいだろうし、さっさと済ませちゃおっか」

 

 ガヤガヤとした様子のクラスメイト達に、少し声を張って呼びかける。

 

「おうおう! あと少ししかこのパラダイスに居れないんだし、手短に頼むぜ!」

 

「調子良い奴……」

 

 そんな池君に対するボヤキが聞こえて来るが、彼の発言を皮切りに皆話を聞く体制になったようだ。

 

「滅茶苦茶簡単に説明すると、『龍園君と手を組んでAとBを倒そうと思ってたけど、同じように対策を打たれて引き分けになった』って感じかな」

 

「……端折りすぎだ斎藤。せめてどんな内容で倒そうとしたか位は教えてくれ」

 

 呆れた様子で語る幸村君。流石に突っ込まれてしまった。

 

「ごめんごめん。えっとね──────」

 

 不必要な所は省略しつつも、内容がしっかり伝わるように説明する。

 

「────なるほどな……1ついいか?」

 

 そして手を挙げたのはまたもや幸村君。須藤君達三バカは、話を聞く気すらないのか端の方でスマホゲームをしている。

 質問を続けるように促すと、幸村君は顎に手を当てながらこう質問した。

 

「この作戦を知っていたのが平田だけだったらしいが、俺たちに説明をしなかった事に理由はあるのか?」

 

 あくまで気になるから聞いたと言うだけであって、聞かされていなかったことに怒っているわけではないようだ。信頼を感じて嬉しいけど、あまり健全ではないように思えてしまう。

 

「まず大事な理由が一個あって、Dクラスの子たちの反応で、Cクラスと取引をしたことをバレたくなかったんだよね。突然の試験終了で皆驚いている中、Dクラスだけ余裕そうだったら不自然でしょ? 洋介君はグループの子たちの伝達係に最適だし、口も硬いからね」

 

「そうか。そういう事なら俺から言うことは何もない。……それにしても、まさか高円寺が優待者を当てているとはな」

 

 話題はこの場に居ない高円寺君へと移っていく。一応一言チャット入れたけど『私はそんな小細工に興味は無いんだよヒモボーイ』という優雅な返事が返ってきた。……っていうか何だよヒモボーイって。

 

「そのおかげで50ポイントだけ貰って1位になれたけどね」

 

「って事は、俺たち夏休みの試験両方とも1位じゃね? すげぇなマジで!」

 

 苦笑いで答えると、スマホゲームを終えた池君が嬉しそうに肩を組んできた。

 

「無人島試験では池君にも世話になったからね。月並みな言葉だけど、これは皆で勝ち取った勝利だと思ってるよ」

 

「くぅ~! いい事言うなお前!」

 

 そんな池君の言葉に皆が笑顔を浮かべている。

 色々心配なことはあったけど、概ねまとまりも出始めてるし、これからいいクラスになりそうだ。

 

 ────そんなこんなで解散となり、この場には清隆君と鈴音ちゃんの2人だけが残った。

 

「いやー……疲れたマジで」

 

 この2人の前で繕う必要は無いため、備え付けられているソファにドカッと腰掛ける。

 

「お疲れさまだな紡。学年で一番働いたんじゃないか?」

 

「そうね。無人島試験ではクラスをまとめ、下着泥棒の冤罪を掛けられ、龍園君との争いの後には軽井沢さんの件……本当に重労働ね」

 

 ホントだよ全く。全然休んだ気がしない。

 

「ま、そのおかげで皆良い感じにまとまってくれてるし良い傾向だよ」

 

「……そうね。私もあなた達に頼りっぱなしじゃなくて、もっと頑張らないといけないわ」

 

 改めて気合を入れなおす鈴音ちゃん。今回の試験で何もできなかったことが悔しいのだろうか。

 

「随分と気合が入ってるな。もう次の試験の想定か?」

 

「早すぎて損は無いでしょう? ……どうせ切り詰めすぎたら無理やり遊びに連れていかれるし」

 

「一番楽しんでる奴が何を「何か言ったかしら?」……すいません」

 

 丸くなってなお清隆君との漫才は続いているようだ。俺はこの2人のシュールなやり取り好きだから嬉しいけどね。

 

「さて、俺もそろそろ帰るよ。有栖ちゃんのご機嫌取りしないといけないからね」

 

「やっぱりあの流れは坂柳と仕組んだものか?」

 

 ……相変わらず勘が鋭いね。

 

「正解。これから大変だよ? 内側の統治を葛城君に任せて、有栖ちゃんの能力は全部外に向けられる様になるから。今までと同じAクラスだと思わない方が身のためだね」

 

「呆れた。昨日のやり取りの後、あなたが女子の間でなんて言われてるか知ってるの?」

 

「……なにそれ。何も知らないんだけど」

 

 腕を組んでため息を吐いた鈴音ちゃん。嫌な予感しかしない。

 

「『血も涙もないクズのヒモ男』よ。最も、半分冗談みたいなものだけど」

 

「こればっかりは人望に感謝だな。オレが同じことをやったらサイコパス扱いされそうだ」

 

 そんなフォローになっていないフォローをする清隆君。

 

「貴方はサイコパスでしょ?」「それな」

 

「……泣くぞ」

 

 そう言ってソファーにしくしくと顔を埋める清隆君。あーあ、拗ねちゃったじゃん。

 

「冗談は置いといて、これからどうするつもりだ? オレはそろそろ堀北にDクラスをまとめさせたいと思っているのだが」

 

 直ぐ復帰すんなよ。そういうとこだぞお前。

 

「……私にはまだ早いわ」

 

「オレはそうは思わないけどな。入学直後ならともかく、今の堀北は上手くやってると思うぞ」

 

「うんうん。俺もそう思う! じゃあ、夏休み終わってからちょっとやってみよっか」

 

 清隆君に続いて俺も推薦する。実際の所、流石に有栖ちゃんにぶつけるにはまだ早いだろうけど、それに追随するポテンシャルは十分あるからね。

 

「そんなアルバイトの研修みたいなノリで言わないで頂戴……まぁ、あなた達がそういうならやるけど」

 

 そう言った後、そっぽを向いて髪をくるくるする鈴音ちゃん。そんな彼女を見た俺は、清隆君と目を合わせて肩をすくめた。

 

「……デレたな」「デレたね」

 

「……うるさい」

 

 顔を赤くした鈴音ちゃんが、清隆君の足をぐりぐりと踏みつける。

 

「ちょちょちょ……なんでオレだけ!?」

 

「あはは!」

 

 もう何度目か分からないやり取りに笑いがこみあげて来る。いいね、やっぱり俺たちはこうでないと。

 

「じゃ、俺は戻るね。お疲れ二人とも」

 

「ああ……堀北

 

……分かってるわよ

 

 何やら2人がコソコソと後ろで話している。

 内容が気になったため振り返ると、そこには手をソワソワと体の後ろで組んで、上目遣いでこちらを見つめる鈴音ちゃんが居た。

 

「つ、()()

 

 鈴音ちゃんはしどろもどろになりながらも、はっきりと俺の名前を呼んだ。

 驚いて一瞬後ろを向くと、(゜▽゜) ←こんな表情をした清隆君がこちらを見つめていた。

 

「……どうした? 鈴音ちゃん」

 

 そう聞くと、覚悟を決めたのかハッキリとした眼差しでこちらを見つめてこう語った。

 

「まだ()()()()()()()()貰ってないと思って。もう少し、下を向いてくれないかしら?」

 

「? いいけど……」

 

 素直に従って、一歩近づいてきた鈴音ちゃんと目を合わせるように下を向く。

 

「……覚えてないのね。ばかっ」

 

「ん? なんか言っ────!?」

 

 その瞬間、両手を俺の首の上に回してつま先立ちになる鈴音ちゃん。

 

 

 

 ────その時唇に感じた柔らかい感触は、決して幻ではないだろう。

 

 

 

「……マジか」

 

 一瞬の出来事だったが、俺の頭を真っ白にするには十分だった。

 

「……じゃ、じゃあ。そういう事、だから……紡君」

 

 そう言って走り去っていく鈴音ちゃん……いや、一体どういう事なんだ。

 

「良いものを見せてもらった。堀北も大概毒されてきてるな」

 

「え、どういう事」

 

()()()()()らしいぞ。じゃあな紡。頑張れよ」

 

( ̄∀ ̄)←こんな感じのしたり顔をしながら語る清隆君。出ていくまで何度も声を掛けたが、ついにそういう事の意味を彼が教えてくれることは無かった。

 

 

 

「……可愛いかったな」

 

 

 

 ────1週間前に別の女にキスをされてこんな感想が浮かんでくるあたり、本当に『血も涙もないクズのヒモ男』なのかもしれないな。

 

 

 

*1
R18版もあるよ!




っぱこの三人よマジで。
次はキャラクター設定2+オマケ(夏休み編)です!

高評価感想頂けると励みになります!


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キャラクター設定2

ごめんなさい! おまけや4,5巻に相当するところは次回書きます!
紹介したい内容増えすぎた……

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 ────キャラクター設定(一年生編 第4巻終了時点)────

 

 

 

 ──斎藤 紡(さいとう つむぎ)──

 クラス:1年Ⅾ組

 部活動:無所属

 誕生日:4月29日

 身長:181㎝

 体重:73kg

 

 ──評価(括弧内は前回の評価)──

 学力:A

 知性:B+(C+)

 判断力:A

 身体能力:A

 協調性:A-(B+)

 

「はい! 俺の勝ち ばーか!」

「暖かいっしょ? とっくの昔の記憶だけど、よくお母さんにやってもらってたんだ」

 

 今作主人公兼ヒロイン。セリフ上記は坂柳とキスバトルをした時で、下は軽井沢を抱きしめた時のセリフ。到底同じ人間とは思えない。転生者で死亡した後よう実の世界に転生してきた。彼の前世によう実の原作は無い。

 龍園との対決で見せた異常なほどの喧嘩の強さは、前世で教えられていた格闘技によるもの。幼少期の栄養失調が原因で、虚弱だった前世の感覚で慣れているため、転生してからクッソ強くなった。最後の右ストレートに関しては食らったら普通に顎が粉砕されていたため、龍園は綾小路に感謝した方が良い。

 

 多分原作3、4巻の範囲で最も働いた人。

 無人島試験ではクラスをまとめ上げ、龍園と交渉。その後龍園と綾小路の策略に巻き込まれながらも、坂柳に頼まれた通りAクラスを大敗させることに成功。ちなみに報酬は月の小遣い(毎月2万)を5,000ポイント上げること。明らかに働きに見合っていない。

 ちなみに、坂柳は『まるで夫婦のやり取りみたいだ』と喜んでいた。

 

 優待者試験では最も注目されていた生徒として竜グループに配属。初っ端堀北、坂柳と痴話喧嘩をし始め、その様子を監視していた茶柱先生は頭を抱え、星之宮先生は爆笑していた。

 元々計画として龍園と手を組むことは考えていたが、坂柳から2度目のお願いをされたため断念。この裏の計画を進めたのは斎藤と坂柳の2人。他は龍園と綾小路と堀北は何となくで知っているだけ。

 

 成績に関しては試験後のものをイメージして作成。7月1日と比べて協調性が1段階、知性に関しては3段階も上がっている。知性に関しては優待者試験のグループディスカッションにて判定。そりゃママ活、パチンコ、ギャンブルをやってた奴がこんな知性的だとは思わないよね。

 しかし社会貢献性は未だ低い模様。

 

 イケメンランキングでは堂々の1位を博しているが、坂柳との一件があった後『ハマっちゃダメなタイプの男』ランキングが作られ堂々の1位。2位に5倍近い票差を付けてトップに躍り出た。因みに2位は龍園で、3位は橋本。

 堀北とキスをして、軽井沢も落とした癖に、未だ誰にも手を出していないクズのため仕方がないだろう。

 

 

 

 ──坂柳 有栖(さかやなぎ ありす)──

 クラス:1年A組

 学籍番号:S01T004737

 部活動:無所属

 誕生日:3月12日

 

 ──評価──

 学力:A

 知性:A

 判断力:A

 身体能力:E-

 協調性:B+

 

「ひゃっ♡ んんっ……ま、待っ♡」「はっ、はっ……こ、こんなの、おかしいです♡」

「────ええ。あんな酷いことを言う人は、このくらいの評価が妥当でしょう?」

 

 今作ヒロイン兼主人公。第一話最後に書かれた通り、約束された勝利のヒロインである。

 上が斎藤にキスバトルで分からせられた時のセリフ(性癖に刺さりそうだったらこっちも見てみよう! https://syosetu.org/novel/298749/)で、下が戸塚をクラスから孤立させた時に笑うのを堪えながら語ったセリフ。こちらも同一人物とは思えない。

 

 3巻では出番がなく、影が薄くなっていると思いきや最後に全てを持って行った。最終的にキスバトルには負けたものの、滅多に照れる事のない斎藤の顔を真っ赤にさせ、心臓をバクバクさせることに成功した唯一の女である。

 

 4巻では会えなかった一週間を取り戻すように、試験が始まるまでは毎日一緒に過ごしていた。今回でAクラスを完璧に掌握することに成功したが、この辺りから『軽井沢が斎藤に惚れている』という噂が流れるようになって憤慨していた。

 なお坂柳本人は、自身の取った作戦のせいでその後しばらく会うことが出来ずに悶々とすることになるのだが……

 

 原作よりも全ての能力が極めて高いため、現状Aクラスを掌握した坂柳がクラス全体としては最強。

 正直盛りすぎた自覚はある。堀北、龍園、一之瀬が勝てるのかと聞かれたら……本人たちの成長に期待するしかない。

 

 実は戸塚にちょっと惚れられていた。しかし、戸塚自身が好きな女をイジメるタイプの人間だったことと、坂柳が斎藤にぞっこんの為致命的に嚙み合わずこんな事になっている。南無三。

 

 

 

 ──綾小路 清隆(あやのこうじ きよたか)──

 クラス:1年D組

 学籍番号:S01T004651

 部活動:無所属

 誕生日:10月20日

 

 ──評価──

 学力:C+

 知性:C

 判断力:C+

 身体能力:C

 協調性:C(C-)

 

「……ズルいだろ……それは」

「そういう事らしいぞ。じゃあな紡。頑張れよ」

 

 言わずと知れた原作主人公。もはや原作の機械人間の姿は見る影もない。上のセリフが裏切った斎藤に許され、労いの言葉と共に名前で呼ばれた時のセリフ。下は堀北が斎藤にキスをした時のセリフ。

 斎藤が言うには( ̄∀ ̄)←こんな感じのしたり顔をしていたらしい。随分表情豊かになったね君。上のセリフの時はちょっと泣きそうになってたのに。

 

 斎藤、堀北の事は『白い部屋』の事を打ち明ける位の親友だと思っている。『この人になら騙されてもいいと思える人間を信頼する』という信条の下打ち明けているが、まずこの男の事を騙せる人間がどれだけいるのかは疑問である。

 最初は打ち明けたことが正しかったのかと悩んでいたが、自身の胸にかかった重圧が消えている事に気が付いたため後悔していない。

 

 無人島試験終盤で斎藤にキレられた時のことが軽くトラウマになっている。そもそも嫌われたくないと思う人間が居なかった為、人間らしい感情が芽生えたと言うべきか、()()()()()()と言うべきかは悩ましい所である。その弱点はぜひ原作にはない彼の武器で補って欲しい所だ。

 

 4巻はほとんど見せ場無しとなってしまった……ごめんね。

 

 

 

 ──堀北 鈴音(ほりきた すずね)──

 クラス:1年Ⅾ組

 学籍番号:S01T004752

 部活動:無所属

 誕生日:2月15日

 

 ──評価──

 学力:A

 知性:A-

 判断力:B+(B)

 身体能力:B+

 協調性:C+(C-)

 

「……じゃ、じゃあ。そういう事、だから……紡君」

「そんなアルバイトの研修みたいなノリで言わないで頂戴……まぁ、あなた達がそういうならやるけど」

 

 3巻の最後を坂柳が持って行ったなら、4巻はこの女である。上のセリフは斎藤にキスをした後の捨て台詞。下はその前に斎藤と綾小路に実力を認められた時のセリフ。妹属性は友達関係でも現れる様で、綾小路と斎藤からは手のかかる妹の様に思われている。

 

 入学してから最も成長しているキャラだが、その勢いは未だ止まることを知らない。判断力は一段階、協調性に至っては二段階ほど上昇しており、その評価に恥じない行動をとっている。

 例を挙げるなら、Dクラス女子との交流が挙げられるだろう。原作では全て断ったようだが、今作では慣れないながらもコミュニケーションを図っている。相手からすれば『しどろもどろになりながら、自分と仲良くしようと頑張っている美少女』である。そりゃ人気者になるに違いない。

 因みにだが、櫛田はこの状況にブチギレている。

 

 斎藤へ抱いている感情が、尊敬よりも恋慕が多い事に気が付いたのは、3巻最後の泥まみれの中斎藤に抱きかかえられた時。

 最初は熱を出していたことによる勘違いかと思っていた。しかし不仲の演技をしている際、坂柳とのやり取りを見て嫉妬する自分に気が付いた。

 

 最後のキスは綾小路が面白がって囃し立てたもの。『軽井沢も紡に惚れたらしいが、お前はずっと日和ったままで良いのか?』的なことを言われて焦ったため。

 綾小路は次第に泥沼化していく親友の女事情を見て楽しんでいる。

 

 

 

 ──軽井沢 恵(かるいざわ けい)──

 

 弱っているところをイケメンから的確に救われた女の子。原作と違って包容力で一気に救われたため精神が一気に安定した。しかし、その柱のほとんどは斎藤が建てたもののため、もし斎藤が居なくなった場合は問題が生じる。

 無人島試験で感情的になり、斎藤に下着泥棒の冤罪を掛けてしまったことを酷く後悔していた。下着を盗まれた自分ではなく、斎藤が擁護される流れに対して過去のトラウマがよぎってしまった為仕方無くはあるのだが。

 

 一応堀北や神室と違って、斎藤が女を引っ掛けまくっている事を知っている状態で惚れたため、意外とその辺に関しては冷静に受け止めている……が、原作でも綾小路と親しくする佐藤に嫉妬していたため、いざ目の前でとなると冷静でいられるかは疑問が残る。

 

 一応平田とはまだ付き合っている。クラスで不満が残っている状態で別れたらどうしようもないからね、しょうがないね。流石の斎藤も彼氏持ちの女とデートはできないため、ここしばらくは2人きりではなく大人数で遊ぶこととなるだろう。

 

 

 

 ────現状、斎藤の前世を知っている唯一の人物。その内容は断片的ではあるが、坂柳、綾小路、堀北の知る内容とは()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ──神室 真澄(かむろ ますみ)──

 

 無人島試験での影のMVP。5日目に斎藤が追い出されてから、食事や飲料水をこっそりクラスから持って来たり、衣類の洗濯等をしていた。流石に下着は自分で洗っていたが、ちょっと名残惜しそうにしていたのは内緒である。

 

 斎藤、坂柳の恐ろしさを目の当たりにした唯一のキャラクターでもある。平気で戸塚の首を締め落としたり、戸塚をクラスから孤立させて笑っていたりと、普通の感性を持つ神室からすれば『このカップルやべぇ』と思っただろう。

 斎藤と付き合う事は不可能だと思ってはいるが、それでも諦められない可哀想な子。でも2番目の女になれないかなと考える強かさもある。

 

 ……実は深夜テンションで書いていた時、ふと『洞窟の奥でシ〇っていた斎藤を神室が目撃してしまう』という展開を思いついたが、流石にヤバすぎるだろという事で没になった。

 ただ、顔を真っ赤にしてその場から離れようとするが、その後気になってこっそり戻ってくる神室は可愛いと思う。

 

 

 

 ──伊吹 澪(いぶき みお)──

 

 原作よりこっぴどく敗北しているため、龍園との絆が少しだけ強まっている。無人島試験では斎藤と良い感じだったが、その後坂柳とのバカップルを見せられてちょっと凹んでいた。

 イメージで言うとクラスでいい感じだった(相手からすればただの仲のいい友達)女子が、放課後別のクラスの男子と2人で遊んでいる時を見せられた感じ。

 それでいて堀北と斎藤に対する罪悪感もあるため、凹んでいる自分に対して更に自己嫌悪に陥っている。

 

 無人島試験終盤で、斎藤が見せた格闘技術に戦慄している。石崎を片手で投げ飛ばしたり、アルベルトを急所を狙ってダウンさせる等、高校生が出来る芸当ではないと思っている。何の格闘技をやっているのか気になるようだが、あの出来事の後に話しかける勇気はない模様。

 

 

 

 ──一之瀬 帆波(いちのせ ほなみ)──

 

 原作と比べて精神的なデバフが少しだけ外れているため強化されている。だがこのまま行けば成長を続ける他クラスのリーダーに置いていかれることは必須の為、至急解決が望まれる……どうしよう……

 

 斎藤、綾小路、堀北とは須藤事件の時からの友達で、今まで3、4回ほど一緒に食事をしている。大体斎藤が綾小路と堀北を、一之瀬が神崎を引っ張ってくる。

 優待者試験で関係性にヒビが入るかと思いきや、一之瀬はほとんど気にしていない。このような器の広さも人気の秘訣だと言える。

 

 

 

 ──龍園 翔(りゅうえん かける)──

 

 ここ数話で指数関数的に成長している男。

 原作で綾小路にボコられた時は心が折れていたが、今回の斎藤の件に関しては折れるどころかやる気がみなぎっている。斎藤は仲のいい友人を傷つけられたことによる怒りの為、綾小路と違って恐怖は沸かなかった。

 

 今回の試験結果で、龍園の中での()()()()()()()()()()()()()()()。堀北と喧嘩していた演技が功を奏したのだろう。

 それを踏まえて斎藤にリベンジをする機会を虎視眈々と狙っているが、その実力差は龍園自身も自覚しているため、彼の中で斎藤と坂柳はラスボス的なイメージとなっている。

 

 

 

 ────次の試験に向けて()()()()()と接触しているが……優待者試験が原作と違った結果の為、現状それに気づいている生徒は居ない。

 

 

 

 





急ピッチで書いたから抜けてるところあると思う。
書いてないけどここどうなってるの?とかあったら遠慮せず質問して下さい!

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オマケ2-1

バイトでクッソ疲れたので小分けにします。
明日は第2弾かな?

高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!
多分これからは返事ちゃんとします!


 

 

 

 事実は小説より奇なりという言葉を知っているだろうか? 

 現実に起こる出来事は、空想で書かれた小説で起こる出来事よりもかえって不思議であると言う意味である。イギリスの詩人、バイロンの「ドン・ジュアン」に由来した有名なことわざであり、聞いたことがあると言う人も多いだろう。

 

 俺の人生なんかまさにその通りだ。前世では中卒で日銭を稼ぎ、熱に浮かされて医者になった。それから間もなく27歳で死んだと思ったら、次の瞬間時を逆行して知らない家庭の子供になってるんだ。アン〇リバボーのオファーが来ても不思議じゃない。

 

 しかし裏を返せば、この学校で唯一()()()()()()()()()()()()()()()()()という事になる。

 ────今回の物語は、周りに振り回されながらも、高校生の夏休みを満喫する元大人の物語だ。

 

 

 

 

 

 ────占いの信ぴょう性や如何に? (坂柳有栖) ────

 

「もう我慢の限界です」

 

 豪華客船の旅から帰ってきて一週間。残り2週間ほどの夏休みを満喫していた中、俺の部屋に入り浸っていた有栖ちゃんが唐突に声を上げた。

 二人用のソファに腰掛け居る彼女は、読んでいた本を膝に置きこちらをジト目で睨みつけている。

 

「……何が?」

 

「分からないんですか? 今の、この状況に」

 

 何がご不満かは分からないが、少なくとも人の部屋で言う言葉じゃないだろう。

 電気代無料の恩恵をふんだん使い、適切な温度に設定された部屋。殺風景だと文句を言われたため揃えたソファにローテーブル。夜にはプロジェクターで映画を見ることが出来るし、体の弱い有栖ちゃんの為にクッソ高い空気清浄機まで完備されている(なお全て有栖ちゃんのお金)のだ。

 

「こういう事?」

 

 時刻は11時30分。昼ごはんの支度をしていた俺は、エプロンを付けたまま有栖ちゃんの隣へ腰掛けた。

 そしてそのまま彼女の頭を自身の膝の上に乗せ、サラサラとした髪を指先で優しく撫でながら問いかける。

 

「違います……そのままで居てください」

 

 辞めようとしたら怒られてしまった。……ともかく、俺は今目の前の不機嫌なお嬢様の機嫌を取らなければならない。

 ……とりあえず撫でて誤魔化しておこう。

 

「私、一週間外出てないんですけど」

 

 誤魔化せなかったか……

 

「────最近ケヤキモールによく当たる占い師が来ているみたいです。一緒に行きましょう」

 

 妙にハッキリ言い放った有栖ちゃんだが、膝枕をされながらでは格好もつかないだろう。

 

「お昼ご飯食べたらね?」

 

「……はい」

 

 ちゃんと三食食べないとダメだよ? 

 

 

 

 そして、ケヤキモールで長蛇の列を並び終えた俺たちは、占い師さんの下へと案内される。

 

「学業、仕事、恋愛、好きなのを選びな」

 

「学g「恋愛でお願いします」……」

 

「ではまず、そちらのお嬢さんから。名前は?」

 

「坂柳有栖です」

 

 占い師さんは有栖ちゃんの手を取り、手相占いを始めた。

 

「ふむ……お主の恋路は中々厄介な事になるだろう。しかし、諦めずに行動し続ければ願いは必ず叶うぞ。それから────」

 

 恋愛プランとは言ったが、それからも学業や金運等の様々な事を占ってもらえるようだ。ちなみに例に挙げた学業や金運は最高だったらしい。けっこう信ぴょう性あるかもしれないね。

 

「次はお主。名前と手相を」

 

「斎藤紡です」

 

そう言って手を出すと、占い師さんは先ほどと同様に手相を確認してくる。

 

「ふむふむ。……ほう? お主、ちとこちらの水晶玉を使わせてはくれんか? もちろん値段は据え置きで」

 

「はぁ……良いですけど」

 

 そう言って、占い師さんはハンドボール程の大きさの水晶玉に手をかざす。…値段4000ポイント位違うけど良いのかな? 

 

「く、くっくっく……お主は中々数奇な人生を送っているようだな。斎藤といったかの?」

 

その様相にその笑い方だと本当に魔女にしか見えないんだけど。

 

「あ、はい」

 

「お主ほど面白い人間を占ったのは久しぶりじゃ。感謝するぞ……そうだな、結果としては上々と言える。ただ女難の相がちと強すぎる。節度ある行動を心がけるように」

 

「……はい」

 

 感謝された後に叱られたんだけど……しかも当たってるのがなお質悪い。

 

「人間関係に恵まれておるな。隣の小娘とも、一生に一度会えるかの縁じゃ。くれぐれも裏切ることの無いように」

 

小娘…まあいいでしょう。そうみたいですよ紡君。節度ある行動をよろしくお願いします」

 

小娘と言われて不機嫌になり、その後の言葉でコロッと元通り。ホントこの子は昔から機嫌が変わりやすい。

それから有栖ちゃんと同じような流れで結果を教えてもらい、占いは終了した。

 

「ありがとうございました」

 

「うむ……そうじゃ、一つ言い忘れていたぞ小僧」

 

 それから部屋を出ようとすると占い師さんが俺を呼び止めた。垂れ幕の奥では有栖ちゃんが不思議そうにこちらを見ている。

 

「────前世の罪を清算する必要は無いぞ。お主の人生は贖罪の為にあるわけではない。幸福を自ら捨てるのは、愚か者のすることじゃ」

 

先ほどまでの飄々とした様子はどこへやら、ハッキリと意志の籠った双眼で見つめて来る占い師さん。

 

「……ははっ、占いって凄いんすね」

 

「儂は別格だぞ? この道40年以上のベテランだからのう」

 

 もう一度感謝を告げ、俺は有栖ちゃんの下へと戻る。

 

「何て言われたんですか?」

 

「ん? 何でもないよ。それより今日の晩御飯どうする? ついでに買ってこうよ」

 

「ふーん……まぁいいでしょう。そうですね、私は肉じゃがが食べたいです」

 

「いいね。じゃお肉とジャガイモと……あとはにんじんはあるから玉ねぎかな」

 

「……玉ねぎ嫌いです「だめ、栄養あるんだからちゃんと食べて」……分かりました」

 

 有栖ちゃんにとっては何気ないやり取りなのだろう。でも、俺はこの時間が世界で一番幸せを感じられるんだ。

 

「幸せ者だよホント」

 

「…何か言いましたか?」

 

「ううん。なんでも」

 

 

 

 

 

 ────刺激的な一日を────

 

「んー……更にピアスしてきてほしい? 余計風評が悪化する気がするけど……」

 

 これから2人で遊ぶ人からそんなチャットが送られてきた。お礼を伝えるために約束をしたはいいが、俺がピアスを持っていない可能性を考慮してほしいものだ。

 

「いやあるけどさ」

 

 ピアスOKって知ってから穴開けたけど、有栖ちゃんや鈴音ちゃんに不評だったため外では付けていない。

 因みに清隆君にも無理言って開けてもらった。ルンルンで池君達に見せびらかしてたけど、『女殴ってそう』と言われた次の日には元通り。無表情が悪いんよ無表情が。

 それから集合場所のケヤキモールへと到着する。……最近ここでしか遊んでないな俺。

 

「あ、斎藤」

 

 そんなことを思っていると、聞き覚えのある落ち着いた声が後ろから聞こえてきた。

 

「おはよう神室さん。無人島試験から会ってないから2週間振り位かな?」

 

「そうね。……あんた達が勝手に終わらせるから出る幕無くなっただけだけど」

 

「あはは……ま、そこは許して」

 

 今日遊ぶ相手は神室さん。無人島試験で俺が一番お世話になった子だ。

 

「それにしても良かったの? この前みたいにお金取らなくて」

 

「いや、俺がお礼言いたいのに金取るわけないじゃん。そもそもアドバイスデート自体有栖ちゃんに止めさせられたし」

 

「……そう。ならいいけど」

 

 どんだけがめついと思われてるんだ俺。ちょっとショックだぞ。

 

「あ、そう言えばどう? 俺のピアス。有栖ちゃんには不評なんだけど」

 

「……似合ってる。イメージ通りって感じ」

 

 どういう事やねん。……それにしても……

 

「神室さん、そういうタイプの服も着るんだね」

 

「……悪い?」

 

「ううん。凄い似合ってて可愛いよ」

 

 白のニットベストに、膝下まである水色のフレアスカートを着た神室さんはまるで女子アナのような服装だ。右手に持ったポーチも中々ポイントが高い。一途な清楚系の女の子って感じだね。

 ……ただ隣にいるのが黒髪マッシュピアスの男となると……

 

「……何? DVされてる女みたいってこと?」

 

「なら何でピアス付けさせたの……」

 

 因みに俺は白色で7分丈のオーバーシャツに、下は黒のスキニージーンズ。首の上も下も女殴ってそうな見た目なのだ。

 一応言っておくが、これは神室さんからのお願いである。前日位に写真付きで『こんな感じで来て』と言われた時は、デート慣れしていないのが浮き出てきて面白かった。

 

「ねぇ、もしかして神室さんてこういうフェチなの?」

 

「! べ、別にそんなんじゃないし。良いなって思ったのがこれだっただけ」

 

 それを人はフェチと呼ぶんだよ。

 アドバイスデートも結構楽しんでたし、もしかしたら日常に刺激が欲しい事の裏返しなのかもしれない。

 

「ちょ、いきなり何!?」

 

「え、こういうのが好きなんでしょ?」

 

「……最低」

 

「この状況じゃ褒め言葉にしかならないよ。ほら、今日は一日楽しも?」

 

 何時ぞやの様に、神室さんの手を取って恋人つなぎをする。

 ま、髪型もいつもと違ってマッシュにしてるし、まさかオレとはバレないだろう。突然知らないイケメンがケヤキモールに出現したと話題になるかもしれないけど。

 

 

 

 ──プリクラって初めて来ると訳分かんないよね──

『はい! 小顔ポーズでキュートにアヒル口! きゅっと顔を挟んでみて!』

「……恥ずかしいんだけど」

「良いからいいから。ほら、カメラ見て」

「うっ、まぶしっ」

「あはは! 目瞑っちゃダメだよ? ほら、もう一回」

 

「うーん。やっぱ元が良いから加工弱めでもいいかもね」

「……なんでこんな手慣れてるの?」

「んー? 何回か行けば慣れるもんだよ。スタンプに文字書いてと……お、このラメ良いね」

「……私には無理ね」

 

 

 

 ──デートでやるクレーンゲームって悪質だよね──

「ねぇ、これ取ってよ」

「どれどれ……へぇ、リラッ〇マ好きなんだ」

「別にいいでしょ。お金渡すから」

「すぐ取ってあげるよ。お金もこの前の試験で余裕あるからね」

「ありがと」

 

「……ねぇ、もういいよ。もう20回位やったでしょ?」

「いいや、ここで諦めるなんてあり得ないっしょ……いよっし! 取れた! ……はい、ごめんね何回も」

「……ありがと」

「あはは、クールな神室さんがぬいぐるみ抱いてるの可愛いね。大事にしてあげて」

「そんなに? まぁ……良いけど*1

 

 

 

 ──悪い遊び──

 

「刺激と言ったら……やっぱギャンブルっしょ!」

「……やけにテンション高いのね。でもここでギャンブルなんて出来ないでしょ」

「甘いよ神室さん。ここのゲーセンにはみ〇なでダービーという神ゲーがあるんだ」

「……なにそれ。まぁ、別にやるだけならいいけど」

 

「……! んっー! もう一回……もう一回やるわよ!」

「台叩いちゃダメだって……ちょちょ! 俺のコイン全賭けしないでよ!」

「勝てばいいんでしょ勝てば!」

「そう言って勝ったヤツ見た事ねぇよ!? あ゛あ゛っ! 俺の貯めた1000枚が0に……」

「買うから! 私もう1000枚買って来る!」

 

 

 

「……もうメダルゲームやらない」

 

 午後7時。俺と神室さんは夕陽をバックに寮への帰路を歩んでいた。

 地面に映る黒い影ですら、心なしかどんよりとした様に見える。

 

「因みになんだけど、み〇なでダービーは台の設定良くないと大量賭けは基本外れるよ」

 

「はぁ!? 何で教えてくれなかったわけ!」

 

 トボトボと歩きながら小さく呟くと、神室さんは俺の襟首を掴んで左右に揺らしてきた。

 

「……その方がギャンブルっぽいでしょ?」

 

「本音は?」

 

「俺の1000枚のコイン溶かされてムカついた」

 

 そう語ると、神室さんはジトーっとした嫌な目線をこちらに向けてきた。……何だよ。なんか文句あるのか? 

 

「子供じゃん。そんなに高くないくせに」

 

「うわ。一番言っちゃいけない事いったこの人。俺来月までほぼ収入0だったんだよ? メダルゲームやりたいからポイント頂戴って言っても、有栖ちゃんくれないし」

 

『そんなことしないで私と遊びましょう』的な意味合いを込めたジト目が飛んでくるのだ。結局有栖ちゃんはメダルゲームハマんなかったからなー。

 

「当たり前でしょ……」

 

 今度こそ呆れた様子を隠そうともしない神室さん。それから俺たちの間に沈黙が流れる。

 

「……ねぇ」

 

「ん?」

 

 夕陽もほとんど沈み、あたりが暗くなってきた時、唐突に神室さんが口を開いた。

 神室さんが自分から話始めるのは中々ないため、少し珍しく感じてしまう。

 

「……今日は楽しかった」

 

「こちらこそ。ありがとね神室さん」

 

 俺も楽しかったのは間違いない。いつもの面子で遊ぶのとは違う新鮮な気持ちになれた。

 

「また誘っても良い? その、他にも色々やりたいことあったし」

 

「もちろん。最後はずっとあればっかやってたからね。他にもおすすめのゲームとか教えてあげるよ」

 

「うん。ありがと」

 

 何処か憑き物が取れたような、穏やかな表情を浮かべる神室さん。

 普段は大人しいのに、遊ぶとなったら刺激を欲するあたり、この子も中々()()()()()()を感じる。

 

「それじゃ、また今度」

 

「バイバイ、神室さん。またデートしよ?」

 

「……うっさい」

 

 それが少しでも軽くなったのであれば、今回のデートも良い結果だったのだろう。

 

 

 

 ────それから、俺と神室さんは定期的に遊びに行く仲となったのだった。ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

「……紡君。ちょっと来てください」

「んー?」

「何ですかこの格好。これ紡君ですよね」

『【朗報】ケヤキモールに謎のイケメン現る!』

「あっ……」

「……」

「盗撮は良くないと思うn「また悪い噂広まるじゃないですか!」……すみません」

 

 

 

*1
クールぶっているが、これから卒業まで寮の枕元に置いて、毎日抱きながら寝るようになる。





斎藤コソコソ噂話
紡君がメダルゲームを好きになったのは前世の小学生くらい。夜まで時間を潰せて近くでご飯を食べられるゲーセンで遊んでいたため。

次は堀北、綾小路、軽井沢辺りかな。余裕あったら他の人たちも書く予定。

モチベ=投稿頻度なので、もし続きが見たいって思って頂けたなら高評価や感想してくれると超嬉しいです!


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オマケ2-2

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 ────Dクラスのギャルはインドア派? (軽井沢恵)────

 

 夏休みも佳境を迎えたある昼の1時。基本的にこの時間は誰かと遊ぶために家を空けている俺だが、今日は『とある人』を待つために家でゆっくり過ごしていた。

 それから程なくして部屋のチャイムが鳴る。

 

「はーい」

 

 そう返答して寮の扉を開くと、扉の前に居たのは軽井沢さん。今日俺が待っていたのは彼女である。

 

「あ、おはよー斎藤君」

 

「わざわざ良いのに。ま、とりあえず入ってよ」

 

 夏休みのお昼時だ。いつ両隣の人が出てきて見られるか分かったものじゃない。見られたらどちらにとっても不都合なため玄関へ招き入れる。

 

「お邪魔しまーす」

 

「どうぞー」

 

「ふーん。結構片付いてんじゃん」

 

 そもそも俺がミニマリストっぽいとこあるからね。有栖ちゃんにご指導貰って大分物増えたけど。

 

「意外?」

 

「ううん全然。逆に散らかってる方が意外かも」

 

「そう? 確かに池君とか須藤君よりは綺麗だけどさ」

 

 というか、あの2人の部屋は散らかりすぎだよ。絶対女の子家に呼べないでしょ。

 

「比較対象おかしいでしょ……あと。はいこれ」

 

 軽井沢さんが俺に手渡してきたのは、おしゃれな紙袋だった。

 

「これ、最近できたカフェのチーズケーキ。この前のお礼」

 

「あー! まだ行ったこと無かったんだよね。ありがとう!」

 

 いつも遊ぶ人たちはあんまりカフェとか行かないからね。唯一そういうのに敏感な有栖ちゃんも、基本的に外食することはあんま無いし。

 

「ご飯食べた? 軽井沢さん」

 

「ん、まだだけど」

 

 いいね。腕の鳴りどころだ。

 

「じゃあ食べていきなよ。そのケーキはデザートって事で。コーヒーと紅茶どっちが良い?」

 

「えっ……じゃあ、コーヒー」

 

「おっけー」

 

 

 

 ──料理上手はモテると聞いて──

 

「トマト大丈夫?」

「うん……別に良いのに。私がお礼したいって来たのに」

「良いからいいから。せっかくだしゆっくりして行きなよ。これコーヒーね。砂糖とミルクは?」

「一個づついれるー」

「はーい。もうちょっと待っててね」

 

 

「はい! 旬のフレッシュトマトとベーコンのペペロンチーノ」

「すご、お店じゃん」

「見た目だけじゃなくて味も保証するよ。ほら、食べよう」

「うん。いただきます……ん! 美味しい!」

「デザートにはさっきのチーズケーキだよ」

「……こんな料理上手かったんだ」

「料理上手だとモテるって聞いてさ」

「うわーあざとー」

 

 

 

 ──映画で泣くタイプの男──

 

「これから何しよっか? 外は出れないもんね」

「えっ、これから帰るつもりだったんだけど」

「良いじゃん良いじゃん。この後予定無いんでしょ?」

「まあそうだけど……2人じゃする事無くない?」

「甘いよ軽井沢さん。こういう時は映画が定番っしょ」

 

 

「ちょ、見るのは良いけどさ……近くない?」

「部屋に入るように2人にしたからしょうがないよ。嫌だった?」

「……別に、嫌じゃないけどさ。あたし一応彼氏いるし」

「バレなきゃ大丈夫だって」

「……浮気するときのセリフじゃんそれ」

 

 

「サブスクで映画見れるの凄いよねー。ちょっと前まではこんなの無かったのにさ」

「なんかジジ臭いんだけどそれ」

「えっ」

「……冗談。そんなショックされるとこっちが困るよ」

「だよね。焦ったー」

 

 

「……あ゛ー。いい映画だった」

「映画で泣くタイプの男なんだ」

「どうしてもこの手の映画は感情移入しちゃってさ。……ちょっと恥ずかしいけど」

「ま、あたしはそれに助けられたのかもしんないけど」

「カッコいい事言うね軽井沢さん」

「へへ、でしょ」

 

 

 

 ──次があるってこんなに良い──

 

「結局3本も見ちゃったね」

 

 最後の映画を見終わると同時に、軽井沢さんが伸びをしながら話す。ずっと同じ体勢だと疲れるよね。分かるわ。

 

「それなー。もう外も暗くなっちゃったし」

 

 時刻は夜の八時。丸一日家で過ごしたことになるが、これはこれで楽しい一日だった。

 

「あたし帰るね」

 

「うん。気を付けて帰って」

 

「エレベーター乗るだけなのに?」

 

 そんなやり取りが面白かったのか、軽井沢さんは笑いながら靴を履いた。

 そして、ドアノブに手を掛けようとしたタイミングで、軽井沢さんはポツリと何かを呟いた。

 

「……ありがとね」

 

「ん?」

 

 聞こえなかったため聞き返すと、軽井沢さんは恥ずかしそうに声を荒げてこちらを振り向いた。

 

「だから! ……ありがとうって言ってるの。この前の事もそうだし、今日も凄い楽しかった。何か、心の底から笑えたって感じ?」

 

「あはは。何それ」

 

「わ、笑わないでよ!」

 

 顔を赤くしながら、プンプンと可愛らしく怒る軽井沢さん。彼女の周りを取り巻く問題は、まだ完全に解決したと言うわけではないだろう。俺と軽井沢さんの関係も、はたまた彼女と洋介君との関係も、人には言えない嘘が混じったものだ。

 

「じゃあ、()()()。軽井沢さん」

 

「! ……うん! 今日はありがと!」

 

 ────しかし、『心の底から笑えた』という発言には、何一つ偽りなど無いように思えた。

 

 

 

 

 

 ────新しい趣味を見つけよう! (綾小路清隆)────

 

「……暇だ」

 

 エアコンの駆動音だけが鳴り響く夏の部屋で、唐突に清隆君が沈黙を破るように呟いた。

 ……確かに清隆君は時間を潰せる趣味を持っているわけではないだろう。金欠からか新しい本を買ったりもしないし、スマホゲームをやるわけでもない。……というか。

 

「人の部屋に来て言う事じゃないと思うんだけど」

 

「……そうだな。どうする? またチェスでもやるか?」

 

「やだよ。この前みたいに丸一日潰れるじゃん」

 

 4時間くらいぶっ通しでやったせいで、次の日体のあちこち痛かったし。

 

「あれは紡がもう一戦やろうって言うからだろ」

 

「いや、あれは『ちょっと出来る』ってレベルじゃねえから。普通にその道で生きていけるからなマジで」

 

 手心加えてやろうかと思って、先手譲って優しくやってたらボコボコにされたわ。

 

「……結局勝負はつかないままだったか。次は持ち時間決めてやらないとな」

 

「そうだね」

 

 うーん……あんな環境で生活してたら趣味なんてできるわけないよな……よし、高校生男子と言ったらコレっしょ。

 リモコンを手に取り、プロジェクターのスクリーンを下ろす。

 

「映画でも見るのか?」

 

「それも良いけど……お、あった」

 

 ソファ横の収納ボックスから『とあるモノ』を取り出すと、不思議そうにこちらを見つめる清隆君に投げ渡す。

 

「っと。これは……コントローラーか」

 

「ゲームの経験は?」

 

「ほとんどないな。池に誘われてスマホゲームを入れたが、結局すぐ飽きた」

 

 いいね。ゲームの醍醐味を知らないとは、教えがいがありそうだ。

 コントローラーの電源を入れると、自動的にゲーム機が起動し、音と共にスクリーンに出力される。

 

「良いっしょ? プロジェクターもスクリーンも高い奴買ったんだよね」

 

「……これ、合計10万近くするだろ。どうやって買ったんだ」

 

「そんな分かりきってること聞くなよ~」

 

 ありがとう有栖ちゃん。

 

「……そうか。で、何をやるんだ?」

 

「2人で出来るやつだとホラー……はいいや」

 

 こいつホラゲやっても絶対ビビんないだろうし。となると……

 

「地球防〇軍しかないっしょ。それ真ん中のボタン押したら自動で繋がるから、繋がったら2pってとこ選択して」

 

「これはどういうゲームなんだ?」

 

「んとね、名前の通り地球を襲うデカいモンスターを、ハイテクな武器でなぎ倒していくゲームだね。ガン〇ムみたいなのを操作したり、空飛んだりもできるよ」

 

「なるほどな」

 

 お、ちょっとテンション上がってそう。そりゃ空飛ぶのとデカいロボットは男の共通の夢だからね。

 

「じゃ、早速やるか。お菓子とジュース用意してくるから、チュートリアルやってて」

 

「わかった」

 

 

 

 ──難易度調整はほどほどに──

 

「……簡単だな」

「言うねー。難易度HARDでもへっちゃらか。お、いい武器ゲットじゃん。それ強いよ」

「これか?」

「そうそう。じゃあ、一番ムズイのでやってみる?」

「やるか」

 

 

「ちょ! 死ぬ死ぬ清隆君! 味方撃つとダメージ入るから!」

「そうなのか? あっ……」

「ぎゃあぁあ! ロケラン撃ってくんじゃねえよバカ!」

「……ゲームする時性格変わるタイプなのか?」

「男とゲームする時なんてこれ位で良いんだよ! ほら、そっち行ったよ清隆君!」

 

 

 

 ──意外な一面? ──

 

「……? 何かHP少ないな……って、お前さっきからコソコソオレの事撃ってるだろ!」

「さっきのお返しだよー。ほれほれ……アイエェェェェ! C4*1!? C4ナンデ!?」

「こういう時の為に装備してたんだよ」

「ゲームするときも用意周到になってんじゃねぇよ!?」

「そういうお前はうるさ過ぎだ」

「……そうなんだよね。だから『ゲームやるな』って言われるのかな……」

「急に冷静になるなよ」

 

 

 

 ──ブレない男──

 

「……面白かったな」

「オンラインでも出来るし買ったら? 来月入った分と、試験の分合わせるとギリ買える位だと思うけど」

「飯代はどうするんだよ。山菜定食は嫌だぞ」

「そこは……あ! ほら、佐倉さんとかn「坂柳に堀北の事チクるぞ」……すいません」

「全く……」

 

 

 

 ──負けず嫌い×FPS=ヤバい──

 

「次は鈴音ちゃんも誘ってAP〇Xでもやろっか。丁度3人だし」

 

 ゲームがひと段落したところで、そんなことを清隆君に提案してみる。

 伝わるかどうか不安だったが、一応池君達がやっているだけあってかその名前自体は知っている様だ。

 

「堀北がハマるとは思えないけどな」

 

「やってみれば案外ハマるんじゃない? 負けず嫌いだし。それに……ヘッドホン付けてコントローラーでゲームする鈴音ちゃんちょっと面白くない?」

 

 負けて煽られても、台パンとかはしないけど手とかプルプルさせそう。想像したら萌える。

 

「……確かにな。今度誘ってみるか」

 

 何の気なしの提案だったが、俺たちは甘く見ていたのだ。彼女の負けることを許さないストイックさを。

 

 ────そして数か月後、バチバチにハマった鈴音ちゃんに毎日遅くまで付き合わされることになるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 ────初心な美少女って良いよね(堀北鈴音)────

 

「お化け屋敷に行こう!」

 

『……いきなりね』

 

「いやね、どうにもケヤキモールにイベントで来てるみたいなんだよ。夏休みも半分過ぎたけど、鈴音ちゃんとは遊んでないと思ってさ」

 

 スマホ越しに呆れたようなため息が聞こえて来る。

 

『いつ行く予定なのかしら?』

 

 そんなことを言いつつも、すぐ承諾するあたりツンデレが過ぎると思うんだよね。可愛いからいいけどさ。

 

「夏休みでも土日入ると部活とかで混むだろうから……3日後とかどう?」

 

『3日後……金曜日ね。詳しい時間とかは後で送って頂戴』

 

「おっけー。じゃあまた連絡するね! おやすみ鈴音ちゃん」

 

『ええ。おやすみなさい……紡君』

 

 そんなやり取りの後電話を切る。

 それにしても……うん。最後の名前呼びは中々インパクトがあるわ。あの慣れてない感じが素の辺り才能あるよマジで。

 

 

 

 それから3日が経った昼過ぎ、俺は待ち合わせ場所へと向かっていた。……っと、何時もと髪型違うけど……あれ鈴音ちゃんだよね。

 

「お! おはよ鈴音ちゃん。早いね」

 

 集合時間より10分ほど前に付いたのだが、それ以上前に着いていたようだ。声を掛けると、鈴音ちゃんは一度ビクッと体を震わせてこちらを振り返る。

 

「おはよう紡君。それじゃあ……行きましょうか」

 

「おお……」

 

 その姿が良い意味で衝撃的だったため、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 そんな俺を見て、鈴音ちゃんは不安そうにこちらを見つめて来る。

 

「……変だったかしら。色々勉強したのだけど……」

 

「いや逆。めっちゃいい感じ」

 

 語彙力が無くなってしまったが、それだけ今の鈴音ちゃんはこの人混みの中でも目立つ存在だった。

 まず先ほども言ったが髪型である。ロングヘアを少しだけサイドで編みこんでいるいつもの髪型は、お団子ハーフアップにとなっていて、これにより何時もの真面目な印象が一転、ふんわりと垢抜けた印象を与えている。

 

「……その、ずっと見られると恥ずかしいのだけど……」

 

 そしてその印象を後押ししているのは、白のワイドパンツにベージュのTシャツ。着飾りすぎないのも学生らしくてポイント高い。

 服の状態から察するに、この3日間で急いで揃えたものなのだろう。やっぱり長めに期間設けたのは正解だったね。

 

「めっちゃいい。天才、マジで」

 

「そ、そうかしら。なら良かったわ……」

 

 もじもじとショルダーバッグを触りながら話す堀北さん。あざとい、あざといぞこの女。

 

「ねね、俺は? 似合ってる?」

 

 鈴音ちゃんはカジュアルすぎる服装は好きじゃないと思って、オーバーサイズは抑えめでネックレスとかも付けてこなかったけど……案外この素朴さが良い感じかもしれないね。

 

「……似合ってるわ。普段とはまた違った印象ね」

 

 普段のチャラい印象とという意味だろうけど、今の2人の場合傍から見たら俺の方が真面目そうだけどね。

 

「それはこっちのセリフだよ。こういう服着るんだね鈴音ちゃん」

 

「こういう時くらい、普段とは違う感じにしたかっただけよ」

 

 デートとかしたこと無いだろうし、今日一日楽しみだ。

 

「よし! じゃあ行こっか」

 

「ええ」

 

 そう言って2人で歩き出す。ここで手を繋がなかったのは後の為だから覚えておいて欲しい。

 

「お化け屋敷とか行ったことある?」

 

「無いわね。今までそういうのとは無縁だったし。行く相手もいなかったわ」

 

「そっかー。怖いのとかは大丈夫? 俺は結構いける口何だけど」

 

「余裕よ。そもそも、幽霊なんて非科学的なもの怖がる方がおかしいわ」

 

 どこかムッとした様子で言い切る鈴音ちゃん。子ども扱いされたと思っているかもしれない。

 

「そっか。じゃあ余裕だね」

 

「もちろんよ」

 

 でも今回のお化け屋敷は、ここに来てるだけあって()()()()()()()()()んだよね。一体どんな反応をしてくれるか楽しみだ。

 

 

 

 ──難易度調整はほどほどに(2回目)──

 

「優しい、普通、激コワの3つがあるけどどうする?」

「……とりあえず普通でいいじゃないかしら」

「あれ、あれだけ啖呵切ったのに日和るの? 俺は激コワでも余裕だけど」

「言ったわね。腰を抜かしても助けてあげないから」

「そりゃ参った。じゃあ頑張って付いていくよ」

 

 

『ぎゃあ゛あ゛ぁぁあ゛!!』

「きゃっ!? つ、紡君……待って!?」

「おっと、大丈夫? 暗いから転ばないようにね」

「何でそんな平気なのよ! 『アあ゛ぁァあ嗚呼』ひっ!?」

「あははは。ビビりすぎだって鈴音ちゃん。手繋ぐ?」

「……うん」

「おっ、後4分の3だって! がんばろー」

「えっ……」

 

 

「あ、あとどれ位かしら」

「半分! ほら、行くよ鈴音ちゃん」

「あと半分!? ……うぅ」

「怖いの?」

「怖くない!」

 

 

「このエリアで最後だって……あれ、鈴音ちゃん?」

「少し、少しだけ待って頂戴」

「もしかして腰抜けちゃった?」

「……」

「しょうがないなぁー。ほら、おぶってあげる」

「……ありがとう」

 

 

 

 ──あざとい美少女もまた良い──

 

「ほら、終わりだよ鈴音ちゃん。って大丈夫?」

 

 結局最後のエリアは全部おんぶした状態で進むことになってしまった。心なしかお化けたちも生暖かい視線を送っていたような気がする。

 

「……泣いてないわよ」

 

「いや聞いてないけど……丁度休めるところあるから、そこで落ち着くまでゆっくりしよっか」

 

 余りにも反応が良いものだからいじめすぎてしまった。反省反省。

 おあつらえ向きに置かれたベンチにゆっくりと座らせると、鈴音ちゃんは涙こそ流していないが目が赤くなっていた。

 

「あらら。ハンカチ使う?」

 

「……知ってたのかしら」

 

「ん? 何が」

 

 無言でハンカチを受け取ると、鈴音ちゃんはしゃくり上げながらこちらを睨みつけてきた。

 

「私がこうなると知ってたってこと!」

 

「いや、まさかここまで怖いとは思ってなかったよ。ホントホント」

 

「ふん。全然平気だった癖に、よく言えたわね全く」

 

 ある程度落ち着いてきたのか、鋭い言葉尻が戻ってくるが、いかんせん涙目で睨まれても可愛いとしか思えない。

 

「ごめんごめん。悪気は無かったんだよ?」

 

「どうだか……」

 

 そう言うと、鈴音ちゃんは立ち上がって右手を差し出してきた。

 

「許してあげるから、今日一日エスコートしなさい。……楽しみにしてたんだから」

 

「ははっ……おっけー。仰せのままに」

 

 暗に手を繋げと言う意味も込めてあるだろう。さっきまであれだけソワソワしてたのに……こうやって人は成長していくんだね。

 

 ────そんなしみじみした思いを抱きながら、俺と鈴音ちゃんのデートは無事幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

*1
貼り付けて好きなタイミングで爆破できる爆弾





『またね』と言われて喜ぶ軽井沢
年頃らしい趣味を見つけた綾小路
斎藤に更なる父性を見つける堀北 の三点でお送りしました。
ちなみに、僕の中で紡くんの容姿がハッキリと浮かんでないんですよね。もし良ければどんなイメージか感想に書いてみてください!

次は体育祭編となります。お楽しみに!

モチベ=投稿頻度なので、もし続きが見たいって思って頂けたなら高評価や感想してくれると超嬉しいです!


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第五章
待ちに待った…


体育祭編です!

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多分これからは返事ちゃんとします!


 

 

 

 あれだけ長かった夏休みも終わりを迎え、俺と有栖ちゃんは一か月ぶりの通学路を歩いていた。

 

「夏休みも終わりかー。今年は遊びまくっちゃったね」

 

「去年までがおかしいだけだと思いますよ。ほぼ毎週大会だったじゃないですか。その度に予定を合わせないといけないこっちの気持ちにもなってください」

 

 文句を言うなら来なければ良いと思うのだが、週一ペースの大会ほぼ全て来てくれた有栖ちゃんと両親には感謝しないとね。

 最前列で優雅に日傘をさして応援する有栖ちゃんを思い出してほっこりしながら、俺は更新された学校のHPを見る。でかでかと表示された

 

「体育祭かー。また暇になっちゃうけど大丈夫?」

 

 いくら頭が良くても、運動が全くできないと言うのは中々のハンデだ。それを物ともせずAクラスのトップを張っている辺り、この子は本当に天才だと改めて認識する。

 

「ええ。私としては一年ぶりに紡君の勇姿を見る機会ですから」

 

「……あんま期待しないでね。トレーニングサボってるから」

 

 もう半年くらいはロクに体動かしてないんだよな……というか。

 

「AクラスとDクラスが赤組として、CクラスとBクラスの白組と戦う感じなんだね」

 

「そうみたいですね。でも良かったです。紡君が優勝した時、周りを気にしないで喜べるので」

 

 真っ直ぐな笑みをこちらに向けて来る有栖ちゃん。新学期初日だと言うのに、とても機嫌が良さそうだ。

 

「……ま、そこまで期待されたなら頑張ろっかな」

 

 ボロ負けして『もうあの頃の紡君は居ないんですね』とか言われたら死ねる自信がある。

 

「朝ランニングするから、これから体育祭終わるまではお弁当作れないかも」

 

「それは嫌です。早起きしてください」

 

「まじかぁ……」

 

 6時起き確定じゃん。

 

 

 

 それから午前の授業が終了し、後の授業は2時間丸々ホームルームを行うことになった。何となく予想はついていたが、この時間で体育祭の説明と話し合いを行うらしい。

 

「今日から改めて授業が始まったわけだが、2学期は9月から10月初めまでの1ヶ月間、体育祭に向け体育の授業が増えることになる。新たな時間割を配るためしっかり保管しておけ。それから時間割表と共に体育祭に関する資料も配っていく。先頭の生徒はプリントを後ろに回していくように」

 

 教壇に立った茶柱先生から受けた説明は今朝話したものと全く同じ。配られたプリントには以下の内容が書かれている。

 

 ・体育祭におけるルール及び組分け

 全学年を赤組と白組の2組に分け行われる対戦方式の体育祭。 

 内訳は赤組がAクラスとDクラス。白組がBクラスとCクラスで構成される。 

 

 ・全員参加競技の点数配分(個人競技)

 結果に応じて1位15点、2位12点、3位10点、4位8点が組に与えられる。 5位以下は1点ずつ下がって行く。団体戦の場合は勝利した組に500点が与えられる。 

 

 ・推薦参加競技の点数配分

 結果に応じて1位50点、2位30点、3位15点、4位10点が組に与えられる。

 5位以下は2点ずつ下がって行く(最終競技のリレーは3倍の点数が与えられる) 

 

 ・赤組対白組の結果が与える影響

 全学年の総合点で負けた組は全学年等しくクラスポイントが100引かれる。

 

 ・学年別順位が与える影響

 各学年、総合点で1位を取ったクラスにはクラスポイントが50与えられる。

 総合点で2位を取ったクラスのクラスポイントは変動しない。

 総合点で3位を取ったクラスはクラスポイントが50引かれる。 

 総合点で4位を取ったクラスはクラスポイントが100引かれる。

 

「勝った場合でもクラスポイントが減らないだけなんだ」

 

「そうだ。クラス別のポイントもしっかりと計算されることになっているから注意するように。仮にAクラスが飛び抜けて活躍しておまえたちの属する赤組が勝ったとしても、Dクラスの総合点が最下位だった場合には100ポイントのペナルティを受けることになるからな」

 

 中々厳しい試験のように思えるが、無人島試験の差し引きと考えると納得がいく。あちらはポイントがマイナスになることは全くない試験だからね。恐らく学校が想定するクラスポイントの範囲があって、そこから外れないように調節しているのだろう。

 それでも茶柱先生が言った言葉は受け入れがたいようで、クラスには批判ムードが立ち込めている。

 しかし俺が注目したのはプリントの次のページに書いてある内容だった。

 

 ・個人競技報酬(次回中間試験にて使用可能)

 各個人競技で1位を取った生徒には5000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で3点に相当する点数を与える(点数を選んだ場合他人への付与は出来ない)

 

 各個人競技で2位を取った生徒には3000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で2点に相当する点数を与える(点数を選んだ場合他人への付与は出来ない)

 

 各個人競技で3位を取った生徒には1000プライベートポイントの贈与もしくは筆記試験で1点に相当する点数を与える(点数を選んだ場合他人への付与は出来ない) 

 

 各個人競技で最下位を取った生徒にはマイナス1000プライベートポイント。(所持するポイントが1000未満になった場合には筆記試験でマイナス1点を受ける)

 

 ・最優秀生徒報酬

 全競技でもっとも高得点を得た生徒には10万プライベートポイントを贈与。 

 

 ・学年別最優秀生徒報酬 

 全競技でもっとも高得点を得た学年別生徒3名には各1万プライベートポイントを贈与。

 

「……清隆君、俺らで総ナメにして小遣い稼ごうぜ」

 

 全員参加の100m走、ハードル走、棒倒し、綱引き、障害物競走、二人三脚、騎馬戦、200m走だけでも8種目。推薦種目である借り物競走、四方綱引き、男女二人三脚、学年合同1200mリレーを合わせると12種目だ。

 これを全種目1位を取るだけで6万ポイント。最優秀成績も俺と清隆君なら余裕だろうし、ボロイ商売になりそうだ。

 

「あのなぁ……」

 

「別に運動できるってバレても問題ないって。ゲーム機も買えるよ? あと間違いなくモテる。絶対に」

 

 呆れる清隆君を必死に説得する。実際Dクラスでも隠れたイケメンとして扱われているんだ。こいつが体育祭で噂になるくらいの成績残せばモテるのは間違いなしだろう。

 

「……悪くないな」

 

 モテるの方に食いついた辺り、清隆君も健全な男子高校生の道を歩んでいるようだ。

 

「よし決定。どうせ他クラスの生徒も俺しか警戒してないだろうし、余裕余裕。どっちが女子の連絡先増やせるか勝負しようぜ。そっちが勝ったら体育祭でゲットしたポイント全部あげるよ?」

 

「……オレが負けても何も出さない条件なら受けてやってもいいぞ」

 

「いいね。俺はそれで全然OKよ」

 

 遂に本気の清隆君が見れるのか……これは楽しくなりそうだ! 

 

 

 

 2時間目のホームルームは全学年で顔合わせの予定だ。

 といっても最後のリレー以外は全て学年ごとの競技となるため、学年を交えての交流は、赤組の代表である3年Aクラスの先輩の挨拶のみで終わった。

 

「奇妙な形で共闘することになったがよろしく頼む。出来れば仲間同士で揉め事を起こすことなく力を合わせられればと思っている」

 

「僕も同じ気持ちだよ葛城くん。こちらこそよろしく」

 

 少し離れた所では、今回有栖ちゃんに変わってAクラスの代表者をしている葛城君と平田君が話している。

 

「いいのか? お前が出なくて」

 

「まぁ大して変わらないでしょ。無人島試験とは違うし」

 

 隣でその様子を見ていた清隆君が耳打ちをしてくる。

 本来俺が行くべきなのかもしれないが、前回盛大な暗躍をしたため、ほとぼりが冷めるまで大人しくしとこうという合意に至った。

 

「────話し合いするつもりはないってことかな?」

 

 その時、少し離れた所から声が響いてきた。ざわめいていた体育館に一瞬の静寂が訪れる。

 その声の主はBクラスの一之瀬さん。組み分けを見た瞬間に何となく予想していたが、どうやら同じ白組の龍園君と揉めているようだ。

 

「こっちは善意で去ろうとしてんだぜ? 俺が協力を申し出たところでお前らが信じるとは思えない。結局端から腹の探り合いになるだけだろ? だったら時間の無駄だ」

 

「なるほどー。私たちのことを考えて手間を省こうとしてくれてるんだねー。なるほどー」

 

「そういうことだ。感謝するんだな」 

 

 明らかに納得していない様子の一之瀬さんだが、龍園君はそんな彼女を笑い飛ばし、Cクラスの生徒全員を率いて歩き出す。

 

「はぇー。凄い統率力」

 

「感心してる場合じゃないと思うけどな」

 

 清隆君に小突かれる。いや、でもアレは凄くない? 誰も何も言わないで付いていくんだよ? 

 そして体育館が騒々しさを取り戻したタイミングで、近くに居た池君が唐突に呟いた。

 

「なぁあの子……」

 

 その先には……なるほど。彼が指差した先に居たのは有栖ちゃん。1人物静かな様子で、杖を持ちながら椅子に座っている。

 

「彼女は坂柳有栖。体が不自由なために椅子を使用しているが理解してもらいたい……それと────」

 

 葛城君が改めて俺たちに紹介してくれている。やっぱり気が利く子だよね。ひねくれ者ばかりのこの学校において、一之瀬さんと並ぶまともな生徒筆頭候補だろう。

 夏休みの間に清隆君とも少し仲良くなったらしいが、一体どういうやり取りの末そうなったのかが非常に気になる。

 

「坂柳……ん? どっかで聞いたことあるような」

 

 池君がそんな感想を呟く。というか、ちょくちょく話に出しているんだけど覚えてないのかな。

 そんなことを思っていると、注目を浴びている事に気が付いたのか、有栖ちゃんは柔らかく微笑んで呟いた。

 

「私に関しては残念ながら戦力としてお役に立てません。全ての競技で不戦敗となります……自分のクラスにもDクラスにもご迷惑をおかけするでしょう。そのことについてはまず最初に謝らせて下さい」

 

 絶対心苦しくなんて思ってないくせに、一体どんな気持ちで謝っているんだろう? 

 そんな失礼なことを考えていたら、ふと有栖ちゃんと目が合ってしまう……げっ。

 

「やっぱりさ……この学校可愛い子多いよな!」

 

「な! 益々彼女欲しくなっちゃうぜ……って、どこ行くんだよ斎藤」

 

 山内君と池君が話す中歩き出すと、池君が不思議そうに声をかけてきた。

 

「呼ばれたからちょっとだけ外すね。気にしないで」

 

 そう言ってAクラス……正しくは有栖ちゃんが座っている場所へと向かうと、そこには先ほどまでの浮世離れした美少女感はどこへやら、こちらをジト目で見上げる俺の可愛い幼馴染が居た。

 第一印象とのギャップがある生徒ランキングだったらかなり上位に入っていると思う。クラスの生徒とは必要以上に馴れ合わない的な事を言ってた癖に、ちゃんとオシャレなカフェとかに行ってるのを俺は知っている。

 

「どしたの有栖ちゃん」

 

「いえ。何か言いたげな様子でしたので」

 

 げっ、バレてるじゃん。コワー

 

「すぐ表情に出す癖直した方が良いですよ。……それともわざとやってるのでしょうか?」

 

「いやわざとじゃないし、そもそもそんなこと思ってないよ。それより有栖ちゃん。今日の晩御飯どうす……いっ!」

 

 後頭部に鈍いダメージが走ったため振り返ると、そこには呆れたように腕を組んだ神室さんが立っていた。周りに聞こえないように耳元に顔を寄せてひそひそと話しかけてくる。

 

「……何普通に話してんのよ。周りが見えてないわけ?」

 

「えっ、別に良いよね?」

 

 そう有栖ちゃんに聞き返す。

 

「ええ。今回AクラスとDクラスは協力関係ですから。何も問題ないでしょう」

 

「……バカップルが。この前こっぴどく騙されたくせに「何か言いました?」……」

 

 座ったままビシビシと杖を神室さんの脛に当てる有栖ちゃん。

 最近耐久性を上げた杖を新調したらしい。他人を引っ叩く為のカスタムじゃないことを祈りたいところだ。

 

「ちょ、俺にも当たってるんだけど」

 

「紡君も紡君です。私の知らぬ間に、二人とも随分仲良くなってるんですね?」

 

 不機嫌そうに足を組みながら聞いて来る有栖ちゃん。……さっきまでの頭いい感が台無しになっているけど大丈夫なのだろうか。

 

「畜生! あいつが言ってた有栖ちゃんってあの子の事かよ!? 隣の子もめっちゃ可愛いし!」

 

「俺やっぱアイツ嫌いだわ」

 

 遠くで池君と山内君が何か言っている気がするが気にしないことにしよう。

 それから有栖ちゃんの友達に挨拶をしながら、平田君たちの話が終わるのを待つと、ずんずんと歩いてきた鈴音ちゃんに引っ張られる形で退場することになった。

 

「気を抜きすぎ! いくらAクラスでも、競い合う相手には変わらないのよ!」

 

誰もいない教室で、怒り心頭といった様子の鈴音ちゃんに怒られる。

開いた窓の外から聞こえて来る部活動の掛け声が、やけに耳に残って仕方がなかった。

 

「はい……」

 

「紡は意外と尻に敷かれるタイプなのか?」

 

 やかましいわい。お前も鈴音ちゃん相手だと強く出れないだろ! 

 

「でも良いのかい清隆くん。そんなのほほんとして」

 

「?」

 

 疑問符を浮かべる清隆君に、チャットの友達画面を見せつけて言い放つ。

 

「俺はあの時間で、有栖ちゃんの友達4人と連絡先交換したよ?」

 

「……丁度今言おうと思ってたんだが、坂柳キレてたぞ。杖を持つ手が震えてた」

 

「は? マジ?」

 

 絶対今日の夜ご飯気まずくなる奴やん。

 

「当たり前でしょ……」

 

 放課後の薄暗くなった教室に、そんな鈴音ちゃんの呆れた呟きがこだました。

 

 

 




 清隆君のモチベがゲームとモテる事になってます。経過は順調です。
 因みに紡君はその後夕食時にしっかり怒られました。自分そっちのけで他の子と話してたし、しょうがないね。


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団結

『Cクラス542ポイントで、Dクラス450ポイントだったら、船上試験の結果でDクラスとCクラス入れ替わるんじゃないか』
というご指摘を受けました。全く持ってその通りです!

てことで、何度目か分からない辻褄合わせを行います。無人島試験でDクラスが獲得したポイントを10ポイント減らします!もしクラス移動を楽しみにしていただいた方が居たらすみません…

てことで、現在のクラスポイントは
 Aクラス  1019CPt
 Bクラス   853CPt
 Cクラス   492CPt
 Dクラス   490CPt
で進めさせていただきます!ご指摘ありがとうございました!

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 前回のホームルームから一週間。毎週時間割で定められているこの時間は体育祭の為に自由に使って良いとのことらしいため、現在本番に向けての話し合いを行っているところだ。

 教壇を明け渡すように後ろのロッカーに寄りかかる茶柱先生だが、言葉を発しないにせよ()()()()()()()を見せている。

 それもそうだろう。基本的にこのようなクラス全体の話し合いがあった場合、前に立つのは俺か洋介君の二択。

 しかし皆の視線を集めているのは俺でも、はたまた洋介君でもなかった。

 

「司会は私が務めさせていただくわ。皆それで大丈夫かしら?」

 

 40人が余裕で収まる広い教室に、鈴音ちゃんの声が響く。口調こそいつも通りだが、微かな挙動から緊張が透けて見える。

 

「固すぎだよ鈴音ちゃん。楽しい体育祭なんだからもっとリラックスリラックス」

 

「……そうね。じゃあ本題に入るわ」

 

 彼女の緊張をほぐすためヤジを飛ばす。一瞬肩を震わせた鈴音ちゃんだったが、どうやら緊張は解けた様子だ。

 それから鈴音ちゃんは落ち着いたトーンで説明を続ける。

 

「これから体育祭本番に向けて話し合いを行うのだけど、最初に決めなきゃいけないことが幾つかあるわ。競技の参加順と推薦競技の参加者について。ここで方針を固めてから練習に臨むつもりでいるわ」

 

「堀北さんは何か考えてるの?」

 

 明確な意見を持っていると思ったのか、櫛田さんが鈴音ちゃんに問いかける。

 

「私個人の考えで行くならば、競技の順番は各々の能力で決めるべきだと思ってるわ。具体的には能力の高い人が勝つために最善の配置をするということね。メリットは今言った通り勝率が上がること。デメリットは運動できる人できない人問わず、それぞれの意志が無視される可能性があることかしら」

 

 想定通りの質問だったのか、鈴音ちゃんはスラスラと黒板に『能力制』という文字とメリットデメリットを書き連ねていく。

 

「勝率を上げる配置といったけど、具体的にはどういう配置をするつもり?」

 

「点数の特徴として、3位以上は1つ順位が変わるごとに2点の差がつくことが挙げられるわ。つまり、他クラスと点差をつけるために平均以上の人……特に須藤君や斎藤君みたいな、運動の得意な生徒は確実に1位を取らせるつもり。それ以外の平均以上に運動が出来る生徒は、組に一人だけ配置して3位以上を取ってもらおうと思っているわ」

 

「よく分かってるじゃねえか堀北! それで行くべきだぜ」

 

 名前を挙げられたことが嬉しかったのか、須藤君は嬉しそうに声を上げる。

 しかし、この配置の仕方を考えると一つ懸念点が出てくる。

 

「でも、それで行くとクラスの人数分組に入らないよね? 1組で大体2人位は入んないといけないんじゃない? その、運動が苦手な人はどうすればいいの?」

 

 1年生全体で160人。100m走の場合、1組で大体8人くらいだろう。そうなると各クラス必ず2人ずつ出ないといけない計算になってくる。

 そんな篠原さんの指摘を受けて、鈴音ちゃんは一度深く息を吸った後言い放った。

 

「端的に言えば、遅い人は速い人と組んでもらうつもりでいるわ」

 

 基本的に3位を取れるポテンシャルのある生徒と須藤君が組んだ場合、前者は自ずと4位に落ちることが確定する。ここまで単純な話でもないと思うが、それでも全体を通した場合だとかなりの差が開いて来るだろう。堅実に勝ちを取る良い作戦だ。

 しかし、問題が無いと言ったら噓になる。現にそれを聞いたクラスの生徒の何人かは難色を示している。

 

「うーん……確かに勝てるかもだけど、それって私たちが勝つ可能性を下げてるってことだよね?」

 

 悩ましげな様子を見せる篠原さん。意外だね、もう少し強く否定するかと思ってたんだけど……篠原さん自体が鈴音ちゃんの事を悪く思っていないからかもしれないね。

 鈴音ちゃんが深めていた交流が、Dクラス全体を少しずつだが良い方向に向かわせているのが見て取れた。

 

「……そうね。確かに私の考えは運動が苦手な人に我慢を強いるものよ。でも、クラスが勝てばその分ポイントは大きく返ってくるわ」

 

「そうだけど……入賞したときのテストの点数は大きくない?」

 

 成績が乏しい篠原さんにとって、3位以上になったときに貰えるテストの点数は非常に価値の高いものだろう。

 頑張ればその順位に滑り込めるかもしれない彼女にとって、須藤君たち強い生徒と一緒にされたり、騎馬戦や二人三脚で運動音痴と組まされれば表彰台が遠のくのも事実だ。

 

「いい加減にしろよ篠原。おまえらのせいで負けたら責任とれんのかよ。あ?」

 

「それは……っ……」

 

 こと体育祭においては運動神経の高い子たちの独壇場だね。 

 学力では誰よりも不要と思われていた須藤君が強い発言力を持ち、主導権を握っている。

 最終的に篠原さんが折れる形となりそうだが、さてさて鈴音ちゃんはどう動くのかな? 

 

「もちろん、勝つ為に譲ってくれた人をないがしろにするつもりもないわ。最下位を取ってしまった生徒が失うポイントは、上位を取った生徒のポイントで相殺するつもりよ」

 

「……まぁ、それなら」

 

 勝つ可能性を減らす代わりに負けた時のリスクも減らせるプラン。反対派の意見も汲み取ったいい案だろう。

 しかし、成長した鈴音ちゃんはそこで終わるような人間ではない。

 

「テストの点数が不安なら私と斎藤君がサポートするわ。……そうね。実績はそこで楽しそうにしている彼の成績を、中の下まで持って行ったと言えば証明できるかしら?」

 

「い、今その話はいいだろっ。しかも中の下とかわざわざ言うなって!」

 

「あら? 須藤君には夢のような成績だと思っていたのだけど……次のテストで手助けが要らないなら私も助かるわ」

 

「……よろしくお願いします」

 

 須藤君の言葉でクラス中に笑いが広がる。このやり取りはまさしく鈴音ちゃんがこの学校で培ったものと言えるだろう。

 実際の所、篠原さんの意見は個人でちゃんと勉強すれば済む話だ。しかしそこを突くことなく、相手の気持ちを汲み取って冗談まで交えて返したのだ。ちゃっかり俺もそこにメンバーに入れてる強かさもポイント高い。

 退屈そうにクリップボードを持っていた茶柱先生も、思わぬやり取りに目を見開いている。

 面白かったからこっそりピースサインを送っておこう……うわ睨まれた。コワー。

 

「……ナチュラルにハブられてるんだが」

 

 草。凹むなよ清隆君。別に頭いいキャラで売ってないだろ君。

 清隆君が凹むというしょうもないアクシデントこそあったが、想定していた時間よりも大幅に短く話し合いを終わらせることが出来た。

 

「それじゃあ、今日から体育祭は私が指揮を取らせてもらうわ。誰一人として不満が生まれないなんて保証は出来ないけど、協力してくれた以上最善を尽くすつもりよ」

 

「だから固いって堀北さん! もっとドカッとしてて良いんだよ?」

 

 先ほど不満そうにしていた篠原さんもこの通りだ。やっぱり天性の人たらしなのかもしれないね。

 

「……堀北が好かれているのは喜ばしいが、何だろう……なんか複雑だな」

 

「お前まだ引きずってんのかよ」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

「借りてきたよ」 

 

 翌日の体育の時間。平田は学校に申請し握力測定器を入手してきていた。授業に至っては期間限定で自由時間に多くが割かれることになり各自が各々練習したいものに取り組む許可が出されていた。

 

 採用された堀北の案は、能力に優劣をつけ、簡易的に力自慢を集めようという作戦だ。シンプルだが目安としては十分に機能するだろう。特に男子が参加する競技には純粋な力を必要とするものも少なくはない。

 

「どのくらいの順位目安にしてる?」

 

 平田が測定器を渡して説明をしている最中、隣に立って居た紡がちょんちょんと肩を叩いてきた。

 

「そうだな……大体クラスで3位くらいが目安だな」

 

「じゃあ70位で行こうか。それなら目立ちすぎないし丁度いいよ」

 

 そんなアドバイスを受けながら、須藤が測定器を握る。

 

「俺からやるぜ平田。まず俺がやることで高い目標を知ることが出来るからな」

 

 よくわからない理屈だが、力自慢をしたいことだけは分かった。

 

「えーっと……じゃあもう1つは須藤くんの隣の外村くんからお願いしようかな」

 

 どうやら渡されたものではなく、他の生徒から奪い取ったものらしい。随分と自信を持っているみたいだが実力はどの程度なのだろうか。

 

「見てろよお前ら……っらぁ!!」

 

 測定器を右手で握り込んだ須藤は、そのまま大きな声と共に強く握り込む。デジタルの数値がグングンと上がっていく。一瞬で50を越え60、70と上昇する。

 そしてデジタルが最終的に示した数値は82・4キロ。周りが一瞬ざわつく。

 

「馬鹿力すぎんだろ!」

 

「はっ、どんなもんよ! ほら、綾小路。テメェもさっさとやれ」

 

 須藤の隣にいたせいか測定器を渡される。紡に指標を聞いといて助かったな。

 

「ああ」

 

 オレは受け取った握力測定器のモニター側を自分の目で見えるように持ち握りこんだ。今まで何百何千と握り込んできたものだが、特定の数値になるように調整するのは初めてだ。

 ゆっくりとバーに力を入れて握り、50を超えたあたりから微調整を行う。60を超えたあたりからさらにゆっくり調整し、70前後でピタリと止める。

 

「……これ以上動かないな」

 

 そう言って測定器から手を離して隣の池へと手渡した。

 それから平田の下へ報告へと向かう。

 

「70.3だ」

 

「えっ……綾小路君って何か運動してたっけ?」

 

「いや、特にこれと言ったスポーツはしてないぞ。強いて言うなら最近紡と一緒にトレーニングをしてることぐらいか」

 

 平田の驚いたような表情を見て咄嗟に言い訳をする。

 須藤の後だから印象が薄いと思って安心していたが、スポーツにのめり込んできた須藤と10㎏程度の差しかないのは驚かれるか。……そう言えば、パンチングマシーンの時も紡に騙された気がする。

 

「そっか。心強いよ! 綾小路君」

 

 平田の純真無垢な笑みに嘘をついた罪悪感が湧いて来る。この前の船上試験でもそうだが、平田はオレの事を高く評価している節がある……まぁ、悪い気分ではないのだが。

 

「平田ー。俺42.6だった。ちょっとオマケして50にしてくれよー」 

 

 池が報告に来る。ちょっとなんてオマケじゃない要求だった。平田は苦笑いしながらもきっちり42・6とノートに記入する。外村が41、その次にやった宮本が48と、確かに50を下回っている結果が多い。須藤に続いて運動が得意な平田も57.9という結果だった。

 

「……騙したな? これだったら60程度でも問題ないだろ」

 

「ごめんごめん。一応安全策を取ってって事で許して? 目立った分は俺がカバーするからさ」

 

 そう言って測定器は紡へと渡ってくる。どうやら彼以外の男子は全員測り終わったようだ。

 クラスで最も運動が出来ると評価されている紡の番とあってか、あの高円寺ですら面白そうにその様子を観察していた。

 

「1年ぶりだなー。去年よりも上がってると良いんだけど……よっと」

 

 軽い掛け声と共に、モニターを見ながら紡が測定器を握り込む。

 一瞬にして数字が70を突破し、須藤の記録を抜かした後も一定のペースで増え続ける。そして、90を超えた段階でピタリと止まった。

 

「お! 去年より上がってるじゃん。はい、洋介君」

 

「これは……」

 

 紡は数字が表示されたままの測定器を平田に渡す。驚いた様子の平田の周りに須藤や池が集まると。そのモニターに表示された数値を見て衝撃が広がった。

 

「はぁ!? 90.0って! お前インチキしてんじゃねえよ!」

 

「そんなに褒めるなって~」

 

 信じられないと言った様子の須藤に胸倉をぐわんぐわんと揺らされるが、インチキのしようなどないことは須藤もよく分かっているだろう。……本当に注目をかっさらって行ったな。ありがたい限りだ。

 

「なぁ」

 

「ん、どした?」

 

 しかし()()()()()()()()()()()があったため、隣に戻ってきた紡の肩を叩いて質問をした。

 

()()()()()()?」

 

「あ、バレた?」

 

 全力を出したいのなら、須藤の様に気合と共に息を吐いて下に握り込むのが正解だ。その点紡はモニターを見ながら緩い掛け声で一瞬握っただけ。数値の上がり方を見てもそうだ。普通ならあんなにピタッと止まらないだろう。

 しかし、オレがそう確信したのは全く持って『別の理由』だった。

 

「無人島試験の『アレ』を見てたからな。そもそもあの握り方で全力が出せるわけないだろ」

 

「あー……なるほどね」

 

 そう。無人島試験にて紡が龍園に放った一撃をオレは思い出していた。

 紡の体格はかなり恵まれている方だろうが、それでもあの一撃は体格を考えると到底出せるものとは思えなかったのだ。

 そして、あれを繰り出せる人間の握力が、()()()9()0()()で収まっていいはずはない。

 

「オレも本番になったら本気でやるんだ。ずっと隠し続けるのは不公平じゃないか?」

 

 別に紡を疑っているわけじゃ無い。そんな段階はとうの昔に通り過ぎている。

 だが、あの『白い部屋』最高傑作と呼ばれたオレと、幼少期から天性のセンスを磨き続けてきた紡。そのどちらが強いのかという好奇心によるものだ。

 

「ま、確かにそうだね……ごめん洋介君。ちょっとそれもう一回貸してくれる?」

 

「? うん。いいよ」

 

「ありがと。……これやると筋肉痛になるからあんまやりたくないんだよね。()()()()()()()()()だろうし」

 

 平田から測定器を借りると、右手をグーパーと開いて閉じてを繰り返しガッチリと握り込む。先ほどとは大違いの気合の入り方だ。

 そして、一度目を瞑った紡は小さく息を吐いて握り込む。周りの目を気にしてか、大きな声を出さずに測るつもりのようだ。

 

「いっつー……左手で握ればよかった。飯食えるかな今日」

 

 右手をプラプラとさせながら測定器を渡してくる紡。結果は自分で見ろということだろうか。

 一体どんな記録を見せてくれるんだろうと、柄にもなくワクワクしながらモニターをのぞき込むが、そこに表示されていたのは数字ではなかった。

 

E()R()R()O()R()って……お前これ」

 

「火事場の馬鹿力的なやつ? 不思議と()()()()()()()()()()んだよね。使うと筋肉痛になるからあんまりやりたくなかったんだけどさ」

 

 測定器の裏面に表示されている対応範囲は10~120㎏。それ以外の範囲の記録の場合にERRORと表示されるため。先ほど90㎏だった紡が不正な操作をせずにエラーになったということは、つまりは『そういうこと』なのだろう。

 

「ま、そういう事よ。人体って面白いよねー」

 

 人間に限らず全ての動物は、全力を出すと筋肉や神経系に大きな負担が掛かるため、筋肉痛になったり、身体を痛めたりしてしまう。紡が言っていた筋肉痛というのはそれに起因するものだろう。

 そういったことが起きないよう、普段は100%の力を発揮しないように、脳が無意識のうちに身体にリミッターを掛けている。

 だが、火事や事故など非常事態が起きた場合は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この時無意識的に『普段以上のパワーを出せる』感覚に陥り、本来出せる力が完全に解放されることがあるらしい。これが俗に言う『火事場の馬鹿力』である。

 

「済まないな。大丈夫か?」

 

「ん? 大丈夫大丈夫。今日は湿布張ってゆっくりストレッチするよ。慣れっこだからね」

 

 スポーツや武術の型などで掛け声を発する様子を見たことがあるだろう。これも火事場の馬鹿力に関係がある。

 昔は科学的に証明する手段が無かったため、何となく程度の効果を期待して声を上げていた。しかし、現在科学的にも掛け声の有用性は証明されている。

 しかし、ここまでの効果を出しておきながら、その代償が筋肉痛だけとはな。

 

「……面白くなって来たな」

 

「うわ、すっげぇ怖い顔してるよ清隆君。人に見せられない位の」

 

 一体どんな訓練を積んだらそこに至れるのだろうか? 天才というのは恐ろしいものだ。

 

「最近走り込みをしていると言ってたよな。何時頃にやってるんだ?」

 

「えっ? 大体6時半とか?」

 

「そうか。じゃあオレも交ぜてくれ。いかんせん体が鈍ってしょうがなくてな」

 

「えぇ……まあいいけど」

 

 年甲斐もなく熱くなっている自分に驚くが、こういうのもまた青春なのだろうか? 

 ────だが、オレがこの瞬間を人生で一番楽しんでいる事は変わらない事実だった。

 

 

 

 

 

 ──────その日の夜──────

 

「痛たたた……ごめん有栖ちゃん。そこのスプーンとフォーク取ってくれない?」

「みっともないですよ紡君。箸が使えなくなるってどんな運動したらそうなるんですか」

「いや、ちょっと熱くなっちゃってさ」

「……しょうがないですね。ほら、あーんしてください」

「えっ」

「食べないんですか?」

「……あーん」

「よろしい。ほら、まだまだありますよ? しっかり食べて格好いいとこ見せてくださいね?」

 

 

 

 




本格的にクラスをまとめ上げる堀北
疑われないように段々とボルテージを上げていく綾小路
クソ強い特殊能力を明かした斎藤
まるで夕食を自分で作ったかのような言い方をする坂柳の4本でした!

超高負荷な筋肉運動によって筋肉痛を起こしますが、元の体がクッソ強いのですぐ治ります。そしてその都度強化されるので悟空の界王拳みたいなもんだと思ってください。

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準備


紡視点→三人称視点です!

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多分これからは返事ちゃんとします!


 

 

 

 高度育成高等学校のグラウンドは、国立のスポーツ強豪校という事もあってか非常に整備されている。一周400mのトラックにはタータン(陸上競技場で使われている赤いゴムの床)が敷き詰められており、ゴールを設置すれば中がサッカーコートに早変わりする優れものだ。

 そんなグラウンドの端、100m走のスタート台に立つ。5月の体力測定でも一度走ったがあれは50m走。実際にちゃんとしたトラックで走るのは実に一年ぶりくらいだろうか? 

 

「お前その靴ズルいって! 陸上部でもねぇ癖によ!」

 

 隣のレーンに立つ池君が俺の足元を見て抗議の声を上げる。まぁ言いたいことは分かる。俺が今履いているのは短距離用のスパイクシューズ。値段にして3万円近くするガチの奴だ。

 10月に行われる大会に陸上部の助っ人として参戦すると言う条件で借りたものである。

 

「やるなら全力でやんないとね。ちょっと今の全力知りたいし」

 

 トレーニングを始めて早1週間ほど。やっぱり半年間体を動かしていなかったツケが回ってきているのをひしひしと感じている。

 中学時の最高記録は確か10秒後半だったけど……まぁ、11秒切れたら及第点かな。

 

「じゃあいくよー?」

 

「うおおおお! 桔梗ちゃん見ててくれよ!」

 

 池君ご指名の櫛田さんが手に持ったスターターピストルを持って合図する。100m先でストップウォッチを持った洋介君がOKのサインを送ると、櫛田さんはそれを上に構えて合図を出した。

 

「皆頑張ってね! じゃあ────位置について……よーい、ドン!」

 

 バンッ! という甲高い音と主に足を強く踏み込む。後ろから池君の驚いたような声が聞こえてきたが気にせずゴールを突っ切ると、それから数秒ほど遅れて他の生徒もゴールを迎えた。

 

「はぁ……はぁ……速すぎだろお前!」

 

「凄いね……一着の紡君が10秒88。二着の────」

 

 お、意外と良い感じだ。ロクに練習してない+走りづらいジャージというのを考えると悪くない記録だろう。

 洋介君が全員の記録を書き写しているのを聞いていると、鈴音ちゃんが水の入ったペットボトルを渡してくれた。

 

「お、ありがと」

 

「もはや言葉も出ないわ。須藤君もすごいけど、同じクラスなのが気の毒ね」

 

「器用貧乏なだけだよ。バスケじゃ流石に勝てないし。ちょっと出来ることが多いだけ」

 

 幼少期から効率重視で運動していたし、運動神経や反射神経は結構自信あるんだよね。純粋な身体能力やパワーで高円寺君や清隆君に勝てるかと聞かれたら微妙だけど。

 

「そのちょっと全てが全国上位レベルなのがおかしいと言ってるのだけど……まあいいわ。次は綾小路君ね。今回本気出すとか言ってたけど、実際の所どうなのかしら?」

 

 スタート台に立った清隆君を興味津々で見つめる鈴音ちゃん。

 

「とりあえず推薦競技に出れる位で、なおかつ他クラスに警戒されないような記録を出すつもりらしいよ。リレーは男女3:3だから……現状3位の洋介君を抜かさなきゃいけないね」

 

 因みに2位の須藤君は12秒13で、洋介君は12秒79だ。スパイク履くと大体1秒くらい早くなるから、2人ともガチれば陸上部に入ってもやってけるだけの走力は十分あると思う。

 そんなことを考えている最中、スターターのバンという音がグラウンドに響き渡った。

 

「結構上げてるね。早すぎてもまずいと思うけど……あ、落とした」

 

 タイムが見れないのにも関わらず後半で速度を少し落とした清隆君。流石の調整力だ。

 全員がゴールし終えると、洋介君は手元のストップウォッチを見て嬉しそうに清隆君に駆け寄った。

 

「おお! 綾小路君も早いね! 特訓の成果かな? 12秒48だよ」

 

「そうか。紡に感謝しないとな」

 

 よく言うよ。お前も10秒台余裕で行ける癖に。何なら調整の方が難しそうだ。

 

「じゃあリレーの男子は紡君と須藤君、綾小路君で決定かな。凄いよ! これなら3年生にも勝てるかもしれないね!」

 

 清隆君に記録を抜かれたのにも関わらず、洋介君の表情は喜び一色だった。うーんこれは聖人。洋介君の分も頑張らないとね。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 各クラスが体育祭の準備を始めてから早一週間。同じ組で協力するはずのBクラスと決別の意志を表明したCクラス。しかし、それを率いる男、龍園は1つの『秘策』を編み出していた。

 彼が向かった場所は学校の敷地内に存在するカラオケの個室。学生と待ち合わせをするならばもっと良い場所があるはずだが、どうやら教室などでは都合が悪いらしい。

 

「……遅い」

 

「遅刻はしてねぇぞ? 時間ピッタリだ」

 

 部屋の扉を開けると既に先客が居たらしく、不機嫌そうな様子を隠そうともしない声が龍園に向かう。

 それを気に留めることなくソファに座り込んだ龍園は、楽しそうな笑みを浮かべながら件の生徒と向き合った。

 

「随分と不機嫌そうじゃねえか? ()()

 

「当たり前でしょ。ホントムカつく。堀北のクソ女!」

 

 その生徒の名は櫛田桔梗。Dクラスの中心人物として必ず名が上がる生徒だった。

 そんな彼女が、敵であるはずの龍園と密室で話をしている。Dクラスの生徒からしたら理解しがたい光景だろう。

 

「急にキレんじゃねえよ。鬱陶しい奴だな」

 

「言っとくけど、アンタのせいでもあるんだから。私がせっかく()()()()()()()()()()()()()()()のに、ロクに有効活用できなかったじゃない!」

 

 口汚く罵る櫛田。きっと池が見たら卒倒することは間違いないだろう。

 そんな櫛田に対し、龍園は呆れたような様子を隠すことなく足を組んで言い放った。

 

「じゃあ俺から1つ聞くぞ櫛田。優待者試験で、お前は俺にどんな動きを期待して優待者だと暴露したんだ?」

 

 あくまでも余裕を崩さない龍園を見てか、櫛田の怒りも鳴りを潜め静かに返答した。

 

「……優待者を教えることで、Dクラス……堀北を叩きのめして、最終的に退学させる。それがあんたに協力する条件だったはずよ」

 

「そうか。じゃあ仮に俺が斎藤の提案を蹴って、そのまま優待者の法則を当てたとする。じゃあ()()()はどうなる?」

 

「その後?」

 

 いまいち要領を得ない様子の櫛田に対し、龍園は続けて説明する。

 

「まず間違いなくDクラスに裏切者が居ることがバレる。そうなりゃテメェはおしまいだ」

 

「は? 意味わかんないんだけど。たったそれだけでバレるわけないじゃん。あいつら皆バカばっかだし、()()()()()()私の本性に気づいてない」

 

 自分が裏切り者だとバレることは絶対にないと言い切る櫛田。彼女がクラスで積み上げてきた信頼はその程度で崩れるはずが無いという確信なのだろう。

 実際に龍園の言う状況になったとして、裏切者が櫛田だとたどり着ける生徒は極少数のはずだ。

 

()()()

 

「は?」

 

「お前の本性に誰も気づいていないと言ったが、本当に誰一人として気づいてないのか? だとしたらおかしい話だ。他クラスの俺から見ても、櫛田桔梗の話は良く聞こえて来るぜ? 『品行方正で、誰にでも隔てなく接する生徒』だってな」

 

「……それがどうしたのよ」

 

 毒気を抜かれた櫛田が小さく聞き返す。偶然か必然か定かではないが、一度敗北を喫した龍園には、櫛田を言いくるめられるほどのカリスマ性が生まれつつあった。

 

「そんなお前が鈴音を退学させようとしているのが不思議でならなくてな。いくら影響力を増しているとは言え、証拠もない中お前の過去の行いを断罪出来るとは思えねぇ。()()()()()()()? どこの誰だかは知らねぇが」

 

「っ……」

 

 図星を突かれた櫛田が表情を歪める。実際に龍園がそれを確信していたわけではない。しかしその反応が全てを物語っていた。

 そんな櫛田を見て、龍園は喉を鳴らしながら続けて言い放った。

 

「確かにお前が提示した条件は鈴音を退学させること。だが同時に俺はこう言ったぜ? 『嘘をつくな』とな。で、どこの誰なんだよ」

 

「それは……」

 

「教えないならこの取引もおしまいだな。目的のために身を切れない奴なんざ話にならねぇ「待って!」……あ?」

 

 立ち去ろうとした龍園を大声で呼び止める櫛田。

 内心計画通りだとほくそ笑みながら振り返ると、櫛田は小さくその生徒の名を口にした。

 

「綾小路君よ。あいつが私の本性を唯一知ってる人間」

 

「ほう? 綾小路か。そりゃ焦るわけだ」

 

 綾小路と堀北が親しい関係だと知っている龍園が納得したように呟いた。

 

「分かった? これでいいでしょ。……あんたも約束破ったらタダじゃおかないから」

 

 櫛田は鬼の形相で言い返す。自身の弱点をさらす結果となってしまった怒りが大きいのだろう。

 

「ククク……だったら猶更動かなくて正解だったな。優待者試験がCクラスの圧勝で終わった場合、まず間違いなく斎藤が裏切り者の存在を確信する。もしかしたらテメェの本性も既に伝わってるかもしれないぜ?」

 

「……あり得ない。バラしたらレイプされそうになったって言いふらすって脅したし、証拠だってある」

 

「あ? 証拠だ?」

 

 そんな耳折りな話した櫛田に、興味を持ったのか聞き返す龍園。

 ここまで来て黙る理由は無いと思ったのか、櫛田はそのまま綾小路に対して行った策略を説明した。

 

「────だから、綾小路君みたいなチキンには言いふらすなんてできない。分かった?」

 

 若干得意げになりながら説明する櫛田だったが、あまりにお粗末な作戦に龍園は呆れ返っていた。

 

「3ヶ月近く前の制服に指紋が残ってると本気で思ってるのか?」

 

 呆然とする櫛田に続けて説明する龍園。

 

「仮に指紋が残ってたとして、何故それを早く学校に報告しなかったと言われておしまいだろうが。テメェのソレは何の抑止力にもなってねぇ」

 

「……だったら、だったらどうすればいいのよ!」

 

「だから利害が一致しているもの同士で協力するんだろうが。お前はDクラスの情報を流し続けて、俺は別のアプローチで鈴音が退学するように仕向ける。だから言う通りに動いてろって言ってんだよ」

 

 絶対の自信をもって言い放つ龍園。主導権を握られる方向に向かわされているが、櫛田はそれに気づくことが出来ない。それほど龍園やその発言には『凄み』があった。

 

「……今回はどうするの」

 

「事前に言った通り参加表を流してもらう。だがすべての組をそれに合わせて編成するつもりは無い。表立った動きもな」

 

「何でよ」

 

「旨味が少ねぇんだよ。赤白どっちが勝つかは2、3年生の結果が大きく関わってくる。流石にそっちに干渉するのは無理だ」

 

 一つ一つ丁寧に説明しながら、龍園は続けて目標を語る。

 確かに、無人島試験の様に300近くのポイントが動く試験とは異なるのが体育祭だ。意図的に順位を落とすこともできなくはないだろうが、スパイという手札を温存しておこうという龍園の考えは非常に理にかなっている。

 

「だから裏切者の存在をバレない程度に編成し堅実に2()()()()()。これは俺の予想だが、よほどの事が無い限り1位はDクラスだ」

 

「それは……確かに」

 

 斎藤、須藤に続く平田や頭角を現し始めた綾小路。女子だと堀北や小野寺、今話している櫛田も体育祭で大きなポイントを稼ぐことになるだろう。

 

「まぁ今は我慢してろ。今後無人島試験のような大きな試験が来たときに全てひっくり返してやる」

 

 あまり勝ってもメリットが無い体育祭で切り札を使うより、温存しておいた方が後に良いと判断したのだろう。

 

「分かった。ひとまずあんたの言う事に従ってあげるわ」

 

「それが賢明だな。今後とも頼むぜ? 櫛田」

 

「……裏切ったらタダじゃ置かないから」

 

 話はこれで終わりだと言う様に部屋から出ていく櫛田。

 それを無言で見送った龍園は、ポケットから取り出したスマートフォンを操作し、とある画面を開いた。

 

「馬鹿な女は操りやすくて良い」

 

 表示されていた再生ボタンを押すと、そこから流れて来たのはとある音声だった。

 

『当たり前でしょ。ホントムカつく。堀北のクソ女!』

 

「ククク……面白くなって来たじゃねえか」

 

 ────静まり返った部屋の中で嗤う龍園の瞳が見据えていたのは、体育祭だけではなくその先だった。彼が他クラスの牙城をいつ崩すのか……それはまだ誰にも分からない。

 

 

 





次で体育祭本番かな?…多分

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年明けは旅行行くから流石に投稿できないかも


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開幕

なんか余裕あったから投稿します!

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多分これからは返事ちゃんとします!



 

 

 

 遂にやってきた体育祭本番。これから長い一日になるであろうことを思わせる開会式を終え、オレ達1年Dクラスの生徒は支給されたテントへ向かった。どうやら赤組と白組同士が接触できないようにトラックを挟み込んで設営されているらしい。

 

「それにしても用意周到ね。結果判定用のカメラまで設置されてる」 

 

 最初の100メートル走に備えてかゴール地点と思しき場所にカメラが見受けられた。

 

「ここまでの設備は大会でも珍しいよ。全国レベルまで行かないとそうそう見れないから楽しみだね」

 

 それを見て呟いた堀北に対し、紡も楽しげな様子を見せている。

 

「あなた達の100m走は何組目だったかしら?」

 

「俺は1組目だよ。清隆君は2組目」

 

「最初から圧倒するつもりね。悪くない作戦だわ」

 

 一番最初に行われる競技の一番最初の組だ。ここで大きな印象を残しておけば、他クラスに対するプレッシャーになる。それを理解したのか感心したように頷く堀北。

 

「そろそろ行かないと。ここ一か月のトレーニングの成果見せてあげるから楽しみにしておいて!」

 

「度肝を抜いてきなさい。綾小路君もね」

 

「ああ。全力でやってくる」

 

 紡がグータッチをして来たためそれに応じ。堀北からの激励に答える。中々青いやり取りだが、たまにはこういうのも悪くないだろう。

 それからスタート地点へと向かい、紡の後ろの組で待機する。特等席でその活躍を見れないのは辛いが、後々沢山見れるだろうと我慢する。

 

『では最初の競技、一年男子100m走を行います!』

 

 実況の声と共に歓声がグラウンド中に広がる。

 トップバッターということもあって緊張する生徒が多い中、紡はこちらに振り返ってピースサインをした後スタート台に足を掛ける。クラウチングスタートの姿勢だ。

 そして合図が鳴ると同時に強力な踏み込みを行う紡。電光掲示板には横からの様子が映っており、プロの陸上選手顔負けのフォームで圧倒的な差を見せつけてゴールした。

 

「うわ……10秒21だって。バケモン過ぎだろ!」

 

 後ろに並んだ池がドン引きしている。一年生にして10秒台前半。これは陸上部のスカウトがうるさいと愚痴ってたのも頷けるものだ。

 先ほどのものとは比にならないほど大きな歓声が広がる。因みにいま並んでいる一年男子はその限りではない。あまりの記録に呆けてしまっている。

 

「さて……やるか」

 

 ちょっと羨ましいからオレも本気を出すとしよう。

 紡に教えてもらった通りにスタート台に足を掛け、合図とともに駆け抜けた。遅れて7人が到着する。記録は……

 

「10秒19だってさ! 負けちゃったよー」

 

 ゴールで待っていた紡が満面の笑みを浮かべていた。

 

「ほとんど変わりないけどな」

 

「うわ、嫌味かよ」

 

 違和感が無いように徐々に記録を上げていったが、それでも練習で出した記録を大幅に更新してしまった。なんて言い訳すればいいかが悩みどころだ。

 そして紡が向かった先は坂柳の居るテント。遠目からでもはっきりわかるほどいちゃついていた。

 

「……羨ましくなんてないぞ」

 

 そう自分に言い聞かせながらテントへ戻ると、テントに残っていた十人近くの女子に囲まれることになった。

 

「綾小路君ヤバすぎ! 超足速いじゃん!」

「練習の時も凄かったけど、本番はもっと凄かった!」

「その調子でリレーも頑張ってね!」

 

「お、おう……ありがとう」

 

 今まで扱いこそ悪くなかったが、ここまでチヤホヤされるのは初めての為たじろいでしまう。助けを求めるように紡と坂柳の居るテントを見たが、2人微笑ましそうにこちらを見るだけで何もしてくれなかった……クソっ! あいつら嵌めやがったな! 

 ……仕方がないので、会釈しながらテントから離れると言うダサすぎる行為をしてしまった。……どうやらオレにはまだ早いみたいだ。

 

「あ、綾小路君!」

 

 テントから離れると急に後ろから呼び止められた。先ほど散々ダサい対応をしてしまった為、二の舞は踏まないようにと意を決して振り返った。

 

「なんだ……って佐倉か。安心したぞ」

 

「安心? ……そ、そう?」

 

「ああ。さっきの女子達への対応を見ただろう。もし急に話しかけられてまともな対応が出来るとは思えないからな」

 

「ううん。その……凄く恰好良かったよ! あんなに速く走れて羨ましいかも」

 

 どうやらわざわざそれを伝えに来てくれたらしい。クラスの皆の前では恥ずかしくて言えなかったのだろうが、その気づかいが心にしみる。

 

「ありがとう。佐倉も頑張れ」

 

「! うん! 私、頑張るね!」

 

 そう返すと嬉しそうに小走りで戻って行く佐倉……これから走ると言うのに疲れないのだろうか。

 

「ひゅーひゅー」

 

 そんな間抜けな声が隣から聞こえてきた。ため息をついてそちらを見ると、そこにはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべこちらを見つめる紡が居た。

 

「……お前なぁ。ああなるって分かって1人で行かせたな?」

 

「いや、元々行くつもりではいたよ? ただ戻ろうとしたら面白そうなことになってたからさ」

 

「助けてくれても良かっただろ……」

 

「やだよ面白かったし」

 

 紡の悪い所が出ている。基本的には面倒見のいい年長者ムーブをかましてる癖に、こういう時だけ質の悪いいたずらっ子になるのは一体何なんだろうか。

 

「あんなんでたじろいてたら後が持たないよ? これから俺たちは推薦競技を総なめして総合最優秀賞を取るんだから。1年で取った生徒は今まで居なかったらしいし、楽しみだね清隆君」

 

「……そうだな」

 

 それから俺と紡はテントに戻ると、そこでは競技に手を抜いて挑んだ高円寺と須藤が言い争いをしていた。

 しかし紡が見事な手腕で須藤を収め事なきを得た。常日頃堀北や坂柳といった猛獣たちを飼いならしてるだけある。

 

『まあまあ。俺と須藤君が居れば十分っしょ? 高円寺君まで参加したら誰も勝ち目無くなっちゃうって』

『そりゃそうだけどよ……』

『逆に手を抜いた生徒が居てもぶっちぎって優勝したらカッコよくない? そしたら須藤君はDクラスの英雄だよ』

『……ッチ。お前が言うならしょうがねえな。てか綾小路! テメェなんであんなに足速ぇんだよ!』

『紡と特訓した』

『そんなんで誤魔化せると思うなよ! テメェスポーツ舐めてんのか!?』

 

 その苛立ちは最終的にオレの方へと向かってきたんだが……頑張っているのに踏んだり蹴ったりな気がしてならない。

 

 

 

 続いての競技はハードル走。100m走よりも技術が求められる競技だが、陸上経験者の紡にとっては余裕だったらしい。

 その後に続いてオレもレーンに並ぶ。隣には何かと縁のある生徒、神崎の姿があった。

 

「早速当たったようだな」

 

「……お手柔らかにな」

 

「冗談を言うな。100m10秒台の男が言うセリフじゃないだろ」

 

 そんな手厳しい返事を貰ってしまった。

 結果としては1位だが、100m走よりも大きな差で紡に負けてしまった。これに関しては技術面の割合が多いため仕方のない事なのだろうが……悔しいものは悔しいな。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 どうも、現在清隆君に一勝一敗のヒモです。

 まさか100mで負けるとは思わなかった。笑顔でおめでとうと言ったけどめちゃくちゃ悔しい。でも女子に囲まれてキョドる清隆君を見れたから満足かな。

 それは置いといて、次の競技は棒倒し。DクラスとAクラスの混合チームとCクラスとBクラスのチームで分かれて戦う体育祭一スリリングな競技だ。

 

「頑張ってください紡君。応援してますよ?」

 

 別れ際に有栖ちゃんが応援してくれた。これは格好いいとこ見せないといけないね。

 

「よーし。じゃあ皆この前話し合った通りにやろう。OK?」

 

「「「おう!」」」

 

 事前に立てた作戦通りに進めると確認を取る。提案した当時は懐疑的な意見も多かったが、清隆君の本気を目の当たりにした今文句を言う生徒は1人もいなかった。

 試合のルールは2本先取した組の勝ち。葛城君と洋介君は事前の話し合いで、オフェンスとディフェンスをクラス毎に交互にすることを取り決めていた。クラスを混合させるより連携を取りやすいし分かりやすいだろう。

 

「最初ちょっと不安かもしれないけど気長に待ってて」

 

「? 分かった」

 

 そう葛城君に一言伝え、攻撃側となったDクラスの集団に交ざる。

 そして試合開始の合図が鳴り、須藤君を中心に我先と皆が敵陣へ突撃する。

 

「がああぁぁぁあああ!」

 

「来たぞ! 須藤に気を付けろ!」

 

 余りの迫力に守りの司令塔である神崎君が棒のてっぺんに乗って指示を出す。ここまでは計画通り。

 

「上手く進んでるな。タイミングは任せたぞ」

 

「はーい」

 

 俺と清隆君はそれに参加するまでもなく後ろでゆるりとしている。サボっている訳ではなく、これも作戦の内だ。円を描くように棒を囲んだDクラスがじりじりと距離を詰めもみくちゃになる。

 今頃外へ押し出そうとするBクラスと、それを押し込もうとするDクラスで棒の周りは地獄と化してるだろう。良かった外に居て。

 

「おい! あいつらまだかよ!? もう疲れてきたんだけど!」

 

 堪らんというような池君の声が聞こえて来る。もうそろそろお互い体力ヤバそうだね。よく見たらAクラスの方も結構危ないし、そろそろ行かないと。

 

「よし、行くよ清隆君」

 

「おう」

 

 そう言って一気に棒の手前5mほどまで走る清隆君。そこで初めてBクラスは、俺と清隆君がこの集団の中に居ない事に気が付いた様子だった。

 

「!? 斎藤はどこだ!」

 

 神崎君が声を荒げるが、それに耳を貸す余裕は皆なかったようだ。

 

「よーし……じゃあ行くよ!」

 

「おう。あまり痛くないように頼むぞ」

 

 神崎君に見えない位置でスタンバイした俺は、前傾姿勢で一気に駆けだす。

 

「────皆! 今だ!」

 

 その合図と共に、Dクラスの生徒達は相手の服を引っ張って後ろに倒れ込む。

 抵抗が急に無くなった為、Bクラスの生徒達はその上にのしかかるようにして倒れ込んでしまった。それにより棒を守る生徒は途端に半分以下に減り、左右に大きくぐらついた。

 

「なっ!?」

 

 そのまま素足で片膝をついた清隆君の肩を踏み、天高く飛び上がる。

 

「怪我すんなよ! ……っらぁ!」

 

 ────棒倒しに使われる棒のサイズは基本的に3~5m程。この学校のものも例に漏れず4mと少し位だ。そして棒倒しのセオリー通り、棒の頂点には神崎君がしゃがんで居るため重心が非常に高くなっている。

 さてさて問題です。棒を守る生徒は大半が転んでいる中、体重70㎏以上の俺が棒に思いっきり飛び蹴りをかますとどうなるでしょうか? 

 

「おい……おいおい! ヤバいって!」

 

 答えは簡単。てこの原理により突然かかった莫大な負荷に耐えられず棒は倒れる! 

 勢いのまま空中で体勢を立て直し、両足で思いっきり棒を蹴り飛ばす。『バキッ!』という音と共に棒が一気に傾いた。

 

「クソッ! 滅茶苦茶だ!」

 

 落ちてきそうだったら助けるつもりだったが、そこは運動神経の良い神崎君。自分からサッと降りて見事な着地をした。

 そして勢いよく倒れてくる80㎏近くある棒。下敷きになったら普通に骨折する位の勢いはついているが、ここで登場するのは我らが清隆君だ。

 

「よっと。流石にずっしり来るな」

 

 落ちてきた棒を両手で受け止める清隆君。流石に大怪我させるつもりもないし下手すると失格になるため対策もばっちりだ。

 

『そこまで! 1戦目はADクラスの勝利!』

 

「いぇい! 大勝利! ナイス清隆君!」

 

「大成功だな」

 

 ハイタッチをして喜びを分かち合う。清隆君も嬉しそうだ。

 次は2戦目を待つだけなのだが、何故か先生方が忙しなく走り回っている。どうしたんだろうか? 

 そんなことを思っていると、突然実況席からアナウンスが流れてきた。

 

『1年男子棒倒しの2戦目ですが、棒が破損してしまった為15分の準備の後に再開します』

 

「えっ」

 

 そう言えば確かに木が割れるような音が聞こえてきたような……

 恐る恐る倒れた棒を見ると、俺が蹴った箇所がピッタリ陥没し、それによって棒が縦に一筋に割れてしまっていた。

 

「っべぇ……」

 

 それからDクラスのテントに戻ると、そこには何時ものようにバインダーを持って腕を組む茶柱先生の姿があった。……心なしか怒っているような気がする。

 

「気がするじゃない。怒っているんだ」

 

「んー……事故です! 「やりすぎだ馬鹿!」痛い!?」

 

 バインダーを縦にしてストンと頭を引っ叩かれる。縦にしないでよ縦にはっ! 

 

「今回は怪我人もいないし、初犯ということでお咎めなしだ。だが……次やったら今年の最優秀賞は取れないと思え」

 

「はい……」

 

 呆れたようなため息と共にお叱りの言葉が飛んでくる。誠にごめんなさい。

 

 

 

 その後しっかり鈴音ちゃんに叱られた後、2戦目はちゃんと守り抜いて勝ちました。すれ違いざまに転ばせたり、バレないように投げ飛ばせば余裕余裕! 

 

「だから! そういう問題じゃないって言ってるでしょ! ちゃんと平和にやるの、分かった?」

「前々から若干思ってたが、紡って勝負ごとになると途端にIQ下がるよな」

「……」

「分かった!?」

「はい……」

 

 

 





本格的な体育祭は前世含めてやった事無いからね。楽しくてしょうがないみたいだから、どうか寛大な心で許してあげてください。

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よう実のブルーレイと0巻買ったけどめっちゃ良かったです!
ホワイトルーム出身オリ主の二次創作書きたくなってきた…


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躍進

旅行は明日から

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 それから玉入れ、綱引き、障害物競走、200m走と順調に勝利を勝ち取り、次に行われる紡のレースをテントで観戦中だ。

 

「順調ね。団体競技は全て勝ってるし、須藤君を含めたあなた達の個人競技は全て1位。正直ポイントのほとんどはあなた達のおかげね」

 

「個人競技はそれほど振るわなかったからな。平田や三宅含めた上位勢が振るわなかったせいだが……こればかりは運が悪かったな」

 

 オレ達ほどではないが、入賞を十分狙える生徒達がことごとくトップクラスの生徒に当てられてしまっている。組み合わせの運があまり良くなかったな。

 あるいは別の可能性を考えていると、となりに座った堀北が周りを気にしながら小さく質問した。

 

「参加表、あなたはどう思うかしら」

 

 はっきりとは告げなかったが、その質問の意図を読むことは容易なことだった。

 

「いや、まだ分からない。現状個人競技だとCクラスが圧倒的だが……組み合わせの運が良いのか、はたまたお前が()()()()()()()()なのか」

 

「現状、CクラスとDクラスの試合での勝率は3割。これが他のクラスだったら偶然で済ませられるかもしれないけど……」

 

「相手は龍園だからな。何らかの方法でこちらの参加表を獲得している可能性はある」

 

「……でも、だとしたら実力を隠していたあなたはともかく、斎藤君や須藤君にトップクラスの生徒を当てるわけ無いわよね……やはり考え過ぎかしら」

 

 そう。堀北が言う通り、参加表が筒抜けだと仮定した場合()()()()()()()()なのだ。団体競技で負ける可能性がある以上、本来ならもっと確実に勝ちを取ることが出来る組み合わせを考えるべきなのだが……

 現にプログラムを見る限り、本気で勝利を狙いに来ているとは思えない組み合わせなのだ。

 

「今考えてもどうしようもないからな。ほら、紡の競技が始まるぞ。応援しなくていいのか?」

 

「……どうせ1位でしょう? 今更応援なんてしなくても問題ないわ」

 

「恥ずかしがっても損するだけだぞ。ほら、あっちを見てみろ」

 

 オレが指差した先に居るのは、軽井沢率いる大勢の女子達。

 

「斎藤君頑張って!」

「今回もぶっちぎっちゃって!」

「応援してるよ!」

 

「お! みんなありがとう!」

 

 手を振る女子達に対してガッツポーズをする紡。ファンサービスも非常に充実している。

 

「こういう所のアピールが勝敗を分けると聞いたが……その調子なら無理そうだな」

 

「……後で覚えてなさい」

 

 安い挑発だが、堀北の闘志を燃やすことには成功したみたいだ。

 集団の中へと入って行き、レース前でストレッチをしている紡に向かって声を上げた。

 

「頑張りなさい! Dクラスの勝利はあなたに掛かってるわ!」

 

「……こりゃ負けてられねぇな。ありがとう鈴音ちゃん!」

 

 今まで応援に来なかった堀北が声を掛けたことで、紡の闘志もマックスになったようだ。

 

「……むぅ」

 

 その様子を見ていた軽井沢がむくれている。……なるほどな。軽率に煽ったはいいが、紡本人にとっては中々大変な状況そうだ。

 

 ────そんなこんなでスタートした紡。まあもちろん負けるわけもなく、圧倒的な差で1位を取った。

 

「流石ね。やっぱり応援しなくても余裕じゃない」

 

「そうだな。負けるところが想像もできない」

 

「でもあなたより少し遅いわね。一体どんなトレーニングを積んだらそこまで速くなるのかしら」

 

 呆れた顔を隠さずに語る堀北。確かに、100mや200m等の競技ではオレの方が若干上回る記録だったな。

 

「筋力等、単純な身体能力はオレの方が高いんだろうな。だがハードル走や障害物競走を記録を見る限り、運動神経や初見の動きを身に着ける能力はあっちの方が上だと思うぞ」

 

 どの競技も手本を見て7日ほど練習すれば、その集団の中で一番上手くこなせるようになるらしい。オレもどちらかと言えば後から追い上げるタイプだが、紡に関しては異常だ。

 ホワイトルームで習った格闘技やスポーツを思い出し、あの中に入っても余裕でやっていけるだろうと予想する。

 そんなことを考えていると、戻ってきた紡が悔しそうな様子で声をかけてきた。

 

「あーあ。また負けちゃったよ」

 

「ホワイトルームで死ぬほど練習してきたんだ。そう簡単に抜かされてたまるか」

 

「つっても陸上一本じゃない癖に」

 

 それはお前もだろうと心の中でツッコミながら、次の競技である二人三脚の準備を進める。

 今回はラストの組だ。目の前で行われているレースを見ながら、オレはペアである紡の左足と自分の右足を結んだ。

 

「目標は?」

 

「100m10秒台で行こう。流石に前半は無理だろうからな」

 

「うわエグ。じゃあ俺に合わせてね? そっちの方が足速いんだから」

 

「任せろ」

 

 本当は紡もオレも別の人と組むはずだったのだが、色々あってペアになった。

 

『────紡、二人三脚だが俺とペアを組まないか?』

『いいけど、分かれた方が勝てる組増えない?』

『だが体格も足の速さもほとんど同じだろうし、悪くないと思うんだが』

『うーん?』

『綾小路君はあなたと組みたいだけよ。人の事を散々ツンデレとか言っておいて……全く、恥ずかしくないのかしら』

『……』

『ウケる。いいよ、一緒に走ろう清隆君』

 

 ……嫌なことを思い出した。とりあえず周りを見て忘れよう。

 現実逃避をしていると、目に映ったのはテントから出てきた坂柳。隣には焦ったような女子生徒の姿があった。

 

「ちょ、ちょっと。なんであんた急にテントから出てきたのよ。あんまり無理するなって言われてたじゃない」

「大人しくしてられる訳無いじゃないですか真澄さん。紡君と綾小路君がペアを組むんですよ?」

「はしゃぎ過ぎ! 面倒を見る私の気持ちにもなりなさいよ」

「見たくないんですか?」

「……見たいけど」

「じゃあ良いじゃないですか」

 

 ……退屈にならないかと紡が心配してたが、思いのほかエンジョイしているみたいだな。

 そしてやってきた俺たちのレース。もう一度紐を強く結び直し、スタートを待つ。

 

「皆から期待されてるし、ぶっちぎりで駆け抜けよう」

 

「そうだな」

 

 二人三脚と言えば、転倒に気を付けながらランニングよりも少し早いペースで走るのが一般的だ。

 だが、紡と組んでそんなしょうもない走りをするつもりは無い。今回の距離は100m。それを全力で駆け抜ける。

 

「行くぞ」

 

「おう!」

 

 互いに結んだ足を後ろに、スタンディングスタートの姿勢を取る。────開始の合図とともに、オレたちは完全に同タイミングで一歩目を踏み出した。

 それから1人で走るのと変わらないスピードで足を交互に前に出す。途中バランスを崩すことさえ全く無くゴールにたどり着いた。

 

「……凄い迫力でした。あそこまで息ピッタリだなんて……少し羨ましいです」

「うだうだしてると取られちゃうんじゃない? ……痛っ」

「冗談も程々にしましょうね?」

「……怖」

 

 ……オレにそっちの気は無いからな。これからモテる予定なんだから、変な噂を流さないで欲しいものだ。

 心の中で名も知らない女子生徒に抗議をした後、次の騎馬戦に向けての準備を進めるのであった。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 二人三脚ではしゃぎまくる有栖ちゃん可愛いかったなぁ……どうも斎藤です。俺と組みたがっていた清隆君も可愛いし面白い。何だか男版の鈴音ちゃんを見ているような、そんな微笑ましい気持ちになった。

 そんなことは置いておくとして、次に行われるのは騎馬戦。個人戦最後の競技で、これが終わったらお昼ご飯だ。しっかり6人分のお弁当(俺、清隆君、鈴音ちゃん、軽井沢さん、神室さん、有栖ちゃん)を作らされたため、早くお昼を済ませたい。

 

『続いての競技は一年男子騎馬戦です。出場する選手は中央へとお集まりください』

 

 案内に従って中央へ向かい一緒に戦う清隆君、須藤君、洋介君と合流する。

 

「よし。僕達で女子の分も頑張ろう!」

 

「言われなくても分かってらぁ! ボコボコにしてやるぜ!」

 

「オレは早く紡の弁当が食べたい」

 

「お前はもうちょっと緊張感持とうぜ……」

 

 上から洋介君、須藤君、清隆君と会話が流れる。最後に関しては最早競技関係なくなってるじゃねえか。

 因みに女子はギリギリのところで負けてしまった。単純に総合力で一歩及ばずといったところだね。

 

「よし、じゃあ組むよ。練習通りやれば大丈夫だから」

 

 AD連合とBC連合、合計16の騎馬が向かい合う。中々圧巻の光景だ。

 そしてDクラスからは俺たちの騎馬、Aクラスからは葛城君の騎馬がそれぞれ中心に立ち、開始の合図を待つ。

 

『それでは! 一年男子騎馬戦……スタートです!』

 

 実況と共にスタートを知らせるピストルの音が鳴る。

 

「うおっしゃあああ! お前ら付いて来いよ!」

 

 機動力、馬力ともに圧倒的な俺たちの騎馬がガンガン突き進んでいく。

 因みに構成を説明すると、騎手が俺で前方が須藤君。左に清隆君と右に洋介君の布陣だ。化け物馬力の須藤君を左右2人が全力でサポートする布陣で、騎手には格闘技経験のある俺が抜擢された。クラスでの練習時、1対3で相手全員のハチマキを奪い返した時は中々気持ちよかった。

 

「おいテメェら! 1人で動かないで固まって動け!」

 

 両騎馬が激突すると思ったその瞬間、相手の対象である龍園君の指示で一か所に騎馬が集まった。

 

「あ!? 逃げんのかテメェ!」

 

「こっちは脳筋のお前と違ってちゃんと考えてんだよ」

 

 その言葉に今にもキレそうな須藤君をなだめ、相手の布陣を確認する。

 龍園君が騎手のセンターには何時ぞやの山田君が居た。そしてそれを護衛するようにもう一つの騎馬がこちらを睨んでいる。恐らく最も脅威と判断した俺たちをここに釘付けにするつもりだろう。

 

「どうする。無理やり突破するか?」

 

「良いけど、全力でやって怪我でもさせちゃったらマズいから……とりあえず様子見だね」

 

「そうだね。僕もそれが良いと思う」

 

「チッ、しょうがねえな」

 

 吹き飛ばした隙に怪我したと嘘でもつかれたら最悪だ。龍園君ならやりかねないし、相手の総力含めた騎馬2つを釘付けに出来る。悪くない作戦だ。

 

「クソッ! どうなってやがる!」

 

 お互い睨み合っている中、少し離れた所から声が聞こえてきた。

 声の元はDクラスの三宅君。洋介君と並んで運動神経と身体能力が高い生徒だった。今回俺を除いた騎手3人の中でも最もセンスを感じた生徒でもある。

 その三宅君達が組み合っていたのはCクラスの騎馬。何故か露骨に右手をジャージに拭っている三宅君だが、その隙をつかれたのかハチマキを奪われてしまう。

 

「……なるほどね。よし皆、合図したら全速力で横に走って」

 

 その不可解な様子を見て気が付いた。相手に聞こえないように小声で3人に呼びかけた。

 

「────よし! GO!」

 

 その瞬間トップスピードで駆けだす俺たち。Dクラスで最も運動神経が良い3人を集めたため、一気に追い抜く形となる。

 

「気づきやがったか。おい! ボサっとしてねぇで追いかけろ! 本隊に合流されたら厄介だ!」

 

 後ろから追いかけて来る龍園君の騎馬。すると突然前方にCクラスの騎馬が現れる。

 

「止まれ! ……っておいおい! 危ねぇぞ!?」

 

「もう一回合図したら1メートル左……今だ!」

 

 このまま行くと激突してしまうため、後ろ2人の肩を叩いて横に移動させる。急激なGが体に掛かったが、何とか堪えてすれ違いざまに相手のハチマキを奪う。

 

「やっぱ細工してたみたいだね。危ない危ない」

 

 手に持ったハチマキを握ると、ヌメっとした感触が伝わってくる。恐らくローションか何かを塗っていたのだろう。

 

「おい嘘だろ!? 何で取れるんだよ!」

 

 ────何回女抱いたと思ってんだ!ローションなんかで止められると思うなよ! *1

 でも男の汗が染みこんでると思うとキモいので、手に付いた液体は清隆君のジャージにぬりぬりしておく。

 

「おい!?」

 

「よーし行くぞー! この調子で後7つだ!」

 

「……後で坂柳にチクってやる」

 

 皆に合流した時点でADからそれぞれ1騎馬が脱落してしまっていたため、現状6対7で若干不利な状況。

 ────その後龍園君率いる複数の騎馬による集中攻撃と、機動力に長けた柴田君を下にした神崎君の騎馬のコンビネーションにより2騎馬脱落。

 俺が追加で3枚のハチマキを奪い何とか同点まで持ち返したが、タイムアップとなってしまい結果は引き分けで終わってしまった。

 

「クソッ! あいつらハチマキに細工しやがったな!?」

 

「それだけじゃないよ。Cクラスの騎馬がBクラスの盾になることで脱落を防いだんだ。龍園君の指示が的確だったね」

 

 悔しがる須藤君に対して補足する洋介君。こればっかりは相手の采配が上手かったと言う他ない。

 

「意外だな。龍園がBクラスの生徒に協力するとは思わなかったぞ」

 

「それだけ取る戦略の幅が広まってるってことだと思うよ……結局やってることはズルなんだけどさ」

 

 

 

*1
斎藤は気づいてないが、がっつりデカい声で叫んでいる





個人競技終わりました!現状騎馬戦以外出場種目全て1位を取ってる斎藤と綾小路、須藤です。強すぎて草生える

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熱に浮かされ

旅行帰りに投稿。パソコンが壊れたためスマホで打ってます。だから短いし誤字多いかも。

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 紡が用意してくれた弁当を食べ、英気を養ったオレが次に出場するのは借り物競走。

 1組目の池が幸運を発揮し1位を取ったため、個人競技で成績を残しているオレにもプレッシャーがかなりかかっている。

 正直運がかなり関わってくるため保証はできないが、推薦競技は稼げるポイントが何倍にもなるため気を引き締めていこう。10万ポイントはかなり魅力的だ。

 

「好きな人とか来たら終わるかもね」

 

「やかましいぞ。それにお前の方が波乱を起こすと思うけどな。何せ借り物競走で連れて来るのは1人だけだ」

 

 三組目の紡が後ろから茶化してくるが、そんな雑音に惑わされる事無くスタートした。

 全力で箱が置かれている場所まで走り、四つ折りにされた紙を開いた。

 

『友達10人連れてくること』

 

「……マジか」

 

 オレはその紙に目を通した瞬間、目の前が真っ暗になるのを感じた。友達ってだけでもそれなりにハードルが高いのに、10人? ふざけてるのか? 頭の中で考えても10人なんて浮かばない。

 

「何ボケッとしてんだよ! 早くしろよ綾小路!」

 

 1位を取って調子に乗った池からそう叫ばれるが、オレにはどうしようもない。

 

「中身何なんだよ! そんなヤベエ奴でもねえだろ?」

 

「友達10人だ! どうしようもないだろ」

 

「いや、とにかく戻って声かけて来いよ! 30秒待つよりかはマシだろ!?」

 

 思考能力を奪われたのか、特に反論することもなく真っ先に思いついた人物の元へと向かう。

 

「ん? どしたの清隆君。もう終わったの?」

 

「お題が友達を10人連れて来ることなんだ。オレにはどうしようも「オッケー、とりあえずついて来て」……えっ」

 

 紡に手を引っ張られ、Dクラスのテントまで引っ張られる。

 

「みんな聞いて!」

 

「あ? お前ら競技中じゃねえのかよ」

 

 待機中だった20人ほどの生徒の注目を浴びる中、紡が声高々に呼びかけた。

 

「清隆君のお題が友達10人連れて来ることなんだって。お前らが付いて来るだけで1位は確実だけど────日和ってる奴いる? いねえよなぁ!」

 

 そんなことしても10人も来るわけないと思っていたが、意外にも名乗り出てくれる生徒は多かった。

 

「……全く、綾小路君は紡君に感謝した方が良いわね」

「んだよ。だったらさっさと言え、付いてってやるからよ」

「わ、私も行きます!」

「ぐふふ、綾小路殿は拙者のゲーム仲間でござるからな。お供させていただくでござるよ」

「友人と呼べるかは定かじゃないが、知らない関係というわけでもないからな。俺も付いていくぞ」

「僕も綾小路君の事は友達だと思ってるし、連れてってくれると嬉しいな」

「もちろん私も行くよっ 凄い大勢になりそうだね!」

「あたしも行こうかな。クラスの為だし」

 

 上から堀北、須藤、佐倉、博士、幸村、平田、櫛田、軽井沢と交流のある生徒が迷わず挙手をした。

 その光景を見て込み上げるものがあったが、紡を合わせても9人。目標には届かない。山内が手を挙げてくれれば丁度10人になるのだが……視線を合わせたら不機嫌そうに逸らされてしまった。オレが女子にチヤホヤされているのを見て怒っているのだろうか。少しショックだ。

 

「はぁ……はぁ。ったく、お前ら足速すぎだろ! 俺様も付いてくぜ! 足速いのはムカつくけどなっ」

 

 少し遅れてやって来たのは池。これでちょうど10人ピッタリだ! 夢みたいだぞ! 

 

「よし! じゃあ行くぞお前ら!」

 

 柄にもなくテンションが上がったためか、全員の前に立ちそう宣言する。

 

「随分と嬉しそうね」

 

「そりゃ入学当初と比べたら凄い成長だもん。喜ぶでしょ。ちなみに鈴音ちゃんも似たようなもんよ」

 

「……確かに」

 

 後ろで何かごちゃごちゃ言っているが、今の俺には何も聞こえない。

 そしてゴールまでたどり着いた11人。かなり早く着いたと思ったが結果は2位。ちなみに1位の生徒のお題は『眼鏡』だそうだ。流石にそれに勝つのは無理だな。

 

「あちゃー2位だったか。ま、でも凄いよ清隆くん!」

 

「そうね。友達0人がよく頑張ったわ」

 

「後半余計だぞ。まぁ……そうだな、皆ありがとう。正直嬉しかった」

 

 照れくさい気持ちもあるが、名乗りを上げてくれた友人たちにお礼を言う。

 

「友達に言うにしてはちょっと固くない?」

 

「う、うるさいぞ」

 

 そんなやり取りを見て、Dクラスには小さな笑いが広がる。

 

「……本当に、本当に来てよかった。『オレ一人だけ』なのが心残りだが」

 

 そんな呟きが自然と漏れる。思い起こすのは、ホワイトルームで脱落して行った同胞たちの顔だった。

 昔はなんとも思わなかったが、こうして人の温かさを知ってしまうとなんとも言えない気持ちになる。

 

「ん? なんか言った?」

 

「いいや、何でも」

 

 目の前でオレをセンチメンタルにさせた元凶が聞き返してくる。気の利いた返しをしたかったが、そう上手くは行かないものだな。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 意外と清隆くんに友達が多くて感動しています。どうも斎藤です。良かったね夢が叶って。後は彼女作るだけだよ。

 そんな下衆な事を考えていると俺の番が回ってくる。

 

「ああは言ったけど、たしかに好きな人とか来たらヤバいな」

 

 お題が公表されることは無いため最悪大丈夫だろう。そもそも紙は十数枚近くあったらしいし、まぁピンポイントで来ることは無いだろう。

 スタートの合図と共に駆け出し、お題が入った箱に手を入れる。さてさて中身は────

 

「────マジか」

 

 嘘やん。好きな人とかより全然質悪いじゃねぇか! 

 ……チェンジだな。よし、そうしよう。

 

「チェンジd「よし! 体育祭のプログラムだ!」」

 

 隣の男子生徒がガッツポーズのままAクラスのテントへと戻って行く。妥協するのは違うな……行くか。

 勢い良く飛び出した俺は、男子生徒を抜き去りAクラスのテントへと向かう。本来なら自クラスの所に行くのが正解なのだが、こればかりは譲れない。

 

「どうしたんですか? 紡く「ごめん。ちょっと急ぐよ」きゃっ!」

 

 目当ての人物である有栖ちゃんがくりっとした瞳を向けてきた。そんな彼女に一言だけ謝った後、お姫様抱っこで抱き抱えゴールである運営のテントへ全速力で向かう。

 本当は米俵を担ぐようにするのが1番なのだが、そんな光景は見たくないし後が怖いためやめておく。

 そこでお題の紙を先生に渡し、有栖ちゃんをゆっくりと下ろす。

 

「お題は……あらあら」

 

「何だったんですか紡くん……これって」

 

 微笑ましそうに笑いながら、有栖ちゃんに内容を見せる先生。

 そこに書いてあった文字は『両想い同士の生徒(カップルじゃなくても可!)』という文字だった。

 

「……これって、自分と両思いの生徒じゃなくて『自分以外の両想いの2人』じゃないですか? じゃなきゃこの書き方は変ですよ」

 

「えっ」

 

「そうですね。それを想定して作ったお題です」

 

 嘘であることを祈って先生の方を見るが、にっこりと俺の希望を打ち砕かれてしまった。そうじゃん、ちゃんと読まないとダメだろ俺! 

 ……仕方ない。洋介くんと軽井沢さん連れて来るか……

 

「待ってください。この書き方では間違うのも仕方無いのでは? 事前の説明等はされてないんですよね?」

 

「なるほど。たしかに書き方が悪かったですね。お2人はお付き合いされてますか?」

 

「……いいえ。まだ付き合っては無いです」

 

 先生と有栖ちゃんの2人で話がどんどん進んでいく。……俺置いてけぼりなんだけど……

 

「そうですか。では証明して頂かないといけませんね。そうでないと不正し放題になってしまいますから」

 

「えっ」

 

「らしいですよ紡君。どうしましょう?」

 

 どうする言ったって……どうするの? 

 方法を考えていると、ふと有栖ちゃんが後ろを振り返った。その目線の先、100m程後方には紙を手にした生徒の姿があった。

 

「あれは私のクラスの町田くんですね。このまま行けばAクラスのポイントになりますが……それも悪くないでしょうか? 急に連れてこられてびっくりしましたし」

 

 どこか思わせぶりな態度で俺の右腕にしがみつく有栖ちゃん。因みに杖を置いてきてしまった為ずっとこの体勢だ。

 

「ではお題無効という事で、再度……! あら、あらあら」

 

 何も言わず連れてきて、先に俺のことが好きだと証明しろと言うのは男らしくない。有栖ちゃんが言いたいのはこういうことなのだろう。

 こうなりゃヤケだ、その小さな頭を両手でがっつりホールドして口付けを行う。

 

「んっ……ふふっ、100点ですよ紡くん。────じゃあ今度は私から」

 

 同じように両腕を首に回して背伸びをした状態でキスを返す有栖ちゃん。好きですと一言言えば良いのだか、それを指摘するのは野暮だろうか? 

 教師の前でディープな方をかます有栖ちゃん。既に到着した町田くんが気まずそうにこちらを見ている。どんな心境なんだろう? 是非とも後で教えて欲しい。

 

「これでどうでしょう。証明できましたか?」

 

「バッチリです! おめでとうございます!」

 

 受け付けの先生だけではなく、いつの間にか奥で見ていた人たちもパチパチと拍手を送ってきた。……なにやら2つの意味を感じるが気のせいだろうか? 

 

 

 

 ────結果としては無事1位を取ることが出来ました。待っててくれた町田くんにお礼を言ったら「あの場に割り込むほどの勇気は無い」と言われました。

 確かに逆の立場なら絶対やんないわ。だって有栖ちゃん怖いもん。

 

 

 




 書き忘れましたが四方綱引きは圧勝でした。
 ちなみに声を上げた生徒の順番は綾小路と交流の深い順だったり(作者主観だけど)。原作とちょっとだけ変わってますね。
 実を言うとこの後堀北との二人三脚がある模様。リレーと合わせて体育祭編はそれで最後かな?

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三つ子の魂百まで…?

 長くなったので切ります!ごめんなさい!
 堀北会長と橘書記の口調がちょっとおかしいかも、おかしいと思ったらやんわりと指摘してください……

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「よし! じゃあ二人で一緒に一位を取ろうか! これで全種目一位になったら学年総合優秀賞はほぼ確実だろうし、気合入れていこうぜ!」

 

「やけにテンションが高いわね……まあ、全力でやるのには変わりないわ。頑張りましょう紡君」

 

 どうも、運営のテントがDクラスの待機所から離れていたことで命拾いした斎藤です。

 先ほどの借り物競走の様子を見ていたのは町田君だけらしいので、その3人または先生方が漏らさない限りはバレることは無いはずだ。*1

 まあ、総合力で言ったらほぼトップだし、練習通りにやれば問題ないはずだ。そう、バレたくないのは心理的な振れ幅を無くすためだ。当たり前だろ? 

 

「注意すべきはBクラスの一之瀬さんと柴田君かしら。以前偵察に行った時も相当速かった記憶があるわ。実際に柴田君の方はあなた達と被った競技以外全てで1位を取ってるし」

 

 鈴音ちゃんが言っているあなた達というのは俺、清隆君、須藤君の3人だろう。今の所騎馬戦以外全て1位を取っているバケモノ集団だ。

 俺と須藤君はマークされていたから良いとして、清隆君の存在がイレギュラー過ぎた。なんせ100m走と200m走の記録は全学年合わせても彼がトップだからね。因みにハードル走は俺が1位だとささやかな自慢を残しておこう。

 

「じゃあ紐結ぶよ。きつかったら言ってね」

 

 スタート3分前という合図がされたため、少し早いが準備を済ませておく。

 少し離れた所では他クラスの生徒が各々準備体操だったり合わせだったりをして時間を過ごしている中、グラウンドの端で座る俺たち。

 

「……感慨深いわね。入学した当時からは考えられないわ」

 

「ん、浸るのはまだ早いと思うよ? それは勝った時に残しておかないと」

 

「それもそうだけど、私が言いたいのは今この瞬間よ。誰かと足並みをそろえて1つのゴールを目指すなんて、昔は想像すらしなかったわ」

 

 どうやら鈴音ちゃんが言っているのはDクラスを率いて体育祭に挑んだことではなく、二人三脚についてだったらしい。

 

「全部鈴音ちゃん本人の努力だと思うけどね」

 

「いいえ。私ひとりじゃ成し遂げる事なんて到底無理だったわ」

 

「そんなこと言うなんて意外かも」

 

 基本的に自分の能力には自信がある鈴音ちゃんがここまで否定するとは驚きだ。

 

「馬鹿にしないで。私だって自分がどんな人間かは理解しているつもりよ……そこまで驕る気は無いわ」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 すぐ拗ねるところはまだ変わっていないようだ。成長してなお妹属性は抜けきっていないみたいだね。

 そんな鈴音ちゃんだが、ふと顔を上げて遠くを見つめ始めた。その視線の先にあるのはDクラスの生徒たち。30人近い生徒がゴール先で応援のために座っていた。

 

「ここで一回お礼を言いたいと思ってたの。2人でゆっくり話せる機会なんて早々ないし」

 

「お礼?」

 

「ええ。私がここまで来れたのはあなたのおかげ。クラスポイントが0という絶望の中、本気でAクラスに向かおうとしてた私を笑うことなく導いてくれた。だから……ありがとう」

 

 結び終えた紐をキツく締め直し、小さく感謝の言葉を呟く鈴音ちゃん。

 体育祭も終盤を迎え前ほどの熱気が無くなって静かになったこのグラウンドで、その言葉は中々心に染みるものだ。

 

「どういたしまして」

 

 

 

 ────俺が彼女に手を差し伸べたのは、何も純粋な善意からというわけではない。

 絶対的な理想が自分の中にあり、その為なら全てを捨てて1人でがむしゃらに進んできたこの子は、昔の俺によく似ていた。だから放っておけなかったのだ。有栖ちゃんも清隆君も似たような理由である。

 だから、そんな邪な理由で手を差し伸べた俺に、純粋な瞳を向けられると何だか複雑な気持ちになってしまう。

 

 

 

「────だから、これは私からの些細なお返し。この試合も、リレーも1位を取って表彰台に上がってきなさい。きっとそこから見る景色は格別よ?」

 

「ははっ、凄ぇ女だよホント」

 

 思わず昔の口調が漏れてしまった。何というか、ここぞと言う時にクリティカルを出してくることが多い鈴音ちゃんだ。

 

「そろそろ始まるわね。じゃあ行きましょうか」

 

 そんな彼女が見据える先は、憧れの兄(過去)ではなく自分自身(未来)

 

 

 

 ────俺にとって、そのどうしようもなく澄んだ美しい瞳を直視するのは難しい事だった。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「圧勝だな。わざわざ応援する必要もなかったか」

 

 200m程の距離を走り終え、それでもなお余裕そうな様子の堀北と紡を見てそんな呟きが漏れてしまう。

 

「そんなこと無いんじゃないかな? 私も綾小路君が見に来てくれた時凄い嬉しかったもん! 最下位じゃなかったのも、もしかしたらそのおかげだったりして……なんちゃって」

 

 そんな興ざめするようなことを言った俺に対して、隣で試合を見ていた佐倉がやんわりと否定する。

 そこまで応援に力があるとは思えないが、嬉しかったのでそういう事にしておこう。

 

「次が最後の競技か……終わってみるとあっという間だったな」

 

「まだ終わってないよ!? 一番楽しみにしてるんだから頑張って!」

 

「そうだな。気が緩んでた。ありがとう佐倉」

 

「うんっ。私、今までで一番大きな声で応援するね!」

 

 ……そう言えば佐倉は意外と大きな声を出せるんだったな。

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 ここで「程々でいいぞ」なんて言わなくなったことに成長を感じつつ、最終競技であるリレーの準備を進めるのであった。

 

 

 

 ────そして迎えたリレー本番。

 ルールとしては1200mを6人で200mずつ走る全学年合同の競技だ。トラックは1周400mだから3週する運びとなる。

 

「なぁ。あの紡と生徒会長って関係あったのか?」

 

 トラックの向かい側で会話をしている紡と現生徒会長、堀北兄を指さして質問する。

 

「知らないわ。少し前に一度だけ顔を合わせた事はあったけど、それ以降は話に聞いたこともないし……というか、よく見えるわね。視力には自信あるけど、言われるまで気が付かなかったわ」

 

 質問した相手は堀北。今回のレースでは3走を飾る選手だ。

 2人とも堀北とは浅からぬ関係だと思ったが、流石に2人の関係性までは知らないらしい。というか知ってたらちょっと怖い。

 

「今はどうでもいいだろ。勝つことだけに集中しようぜ」

 

 準備体操をしながら言い放ったのは須藤。今回に限っては彼が正論の為、リレーが終わってから聞こうと思う。

 そう決意して軽く体をほぐしていると、グラウンドの周りには続々と生徒が集まってきた。どうやらもうすぐ始まるようだが、全く持って緊張していない。

 

「頼んだぞ須藤」

 

「言われなくても分かってらぁ。ブチかましてやるぜ!」

 

 トップバッターを務める須藤が気合を入れる。

 因みに走順は、須藤→小野寺→堀北→前園→オレ→紡という順番だ。

 須藤で差を付けた後に女子3人が続く形だが、ここで耐えてもらって最後に追い抜くと言う戦法だ。考案したのは紡だ。彼が言うにはこれが最も勝率が高く、そして勝った時に盛り上がるらしい。

 

『ではこれより3学年合同1200mリレーを行います! 選手の皆さんは位置についてください!』

 

「「「うおおおおおお!!!!」」」

 

 アナウンスと共に歓声が響き渡る。心なしか実況の先生のテンションも上がっている気がするが、体育祭最後の目玉競技だし無理もないだろう。

 

 

 

「────堀北」

 

 目の前で待機している堀北の肩を叩く。

 

「何かしら」

 

 敢えて聞くことでもないと思うが、どうしても聞いておきたいことがあった。

 

「楽しんでるか?」

 

「! ……ええ、とっても。あなたは?」

 

「超楽しんでる」

 

 その返事と同時に、周りの生徒達が競技開始の雰囲気を悟って静まり返る。

 

『On your mark』

 

 位置について。の意味合いの声がかけられる。

 そしてピストルの音と共に、12人の生徒が一斉に飛び出した。

 

 

 

 ────時は遡りスタート10分前────

 

 

 

 最後に行われる競技『3学年合同1200mリレー』の準備のため、スタート位置の丁度対角線に来る位置で待機する。

 前で同じように待機している集団から外れた場所にいるが、もちろん理由もなくそんな清隆君みたいなことはしない。

 

「久しいな。こうして会うのは2()()()()()くらいか」

 

「お疲れ様です堀北会長。やっぱあなたがアンカーですか」

 

 話しかけてきたのは堀北会長。鈴音ちゃんのお兄さんである。

 こうして端っこに1人で居たのは彼と話をするためだった。

 

「俺から見れば意外だったがな。鈴音がこの場所に立って居ると思ってたが」

 

「鈴音ちゃんは勝つために引いたんですよ。どうです彼女、カッコよくなったでしょ?」

 

「正直驚いた。どんな手品を使ったのか教えて欲しい位だ」

 

 意外と素直に認める堀北会長。まぁ、ずっと一緒に暮らしてきた人間からすると、半年近くでここまで変化すれば驚いて当然だろうね。

 

「無人島試験、船上試験、そしてこの体育祭とお前の活躍はよく聞いている。正直まだ()()()を引きずっている自分がいるほどにな」

 

「あの2人では不満ですか? 今は完璧じゃないにせよ、ポテンシャルは俺なんかとは比べ物になりません」

 

「確かに、話を聞くに綾小路も鈴音も荒削りだが才能はある。お前らのクラスを見て酷く実感した。だが、お前はその2人にはないものを持っている」

 

 

 

 

 ────堀北会長が言う『あの話』を説明するためには、2か月ほど話を戻す必要がある。

 

 

 

「失礼します。一年D組の斎藤です」

 

 豪華客船での旅を終えてすぐ、俺はとある人物に呼び出されていた。

『生徒会室』という札が掛けられた豪勢な扉をノックする。

 

『入れ』

 

 扉越しだがはっきりと聞こえたため入出する。

 そこには、椅子に座った状態でこちらを見つめる堀北会長と、先輩であろうタブレットを持った女子生徒がその隣に立っていた。

 

「わざわざ休み中に済まないな。夏休み後でも良かったのだが、いかんせん周りの目が鬱陶しくてな」

 

「まあどうせ暇ですし気にしないでください。それで、話って何でしょうか?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 私すっごい気まずいですっ。まずは自己紹介しましょうよ!」

 

 ……そりゃそうだ。ごめんね先輩。

 

「初めまして。私は3年Aクラスの橘茜です! 生徒会では書記をやらせて頂いてます! これから長い付き合いになると思うのでよろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします。1年Dの斎藤です……というか、長い付き合いって?」

 

「え? だって生徒会に入るって話じゃないんですか?」

 

 滅茶苦茶ネタバレするやん。これも計画の内ですか会長? 

 そう思って堀北会長の方をチラッと見るが、ため息をついて頭を抱えている……うん、計画外だね。

 

「それを今から説明するんだ」

 

「はっ! そ、そうでした……すみません……」

 

 会長と並んでいるときはあんなに凛々しい表情だったのに……面白い人だな。

 

「手間が省けて丁度いいだろう。単刀直入に言う。斎藤、生徒会に入るつもりは無いか?」

 

「……一応聞いておきますが、どうして俺に? 以前お会いした時に全生徒の経歴を見ることが出来るとおっしゃっていたと思いますが、それなら俺が過去何をやったか知ってますよね? 生徒会なんて真面目な組織に入れるとは思えないんですが……」

 

「過去はさして問題ではない。俺の判断で入会させることになるんだ。文句は言わせない」

 

「はぁ……」

 

 いくら優秀だとしても、ママ活に未成年賭博してた奴が生徒会はマズいんじゃないか? 

 

「そうですよ! 先生方からのお話はたくさん聞いてますし、過去の非行だってそんなに……何ですかこれ!?」

 

 まだ見てなかったのか、恐らく俺の情報がまとめられているであろうプリントを捲って確認する橘さん。

 うん、知ってた。そりゃそういう反応になるよ。

 

「って、思い出しました! この子先輩や同級生からお金貰ってデートしてる斎藤君ですよ! クラスの方が紹介してくれたのを覚えてます! *2

 

 ……気まずすぎるだろ。会長もちょっと面食らってるじゃん! 

 

「……生徒会に入ったらその活動は控えてもら「やりませんよ!?」……ならいいが」

 

 前回会った時より空気が余りにも緩すぎる。一体どうしてくれんの橘さん。

 

「それでどうする。お前には後に生徒会長になってこの学校を牽引してもらうつもりだが」

 

 超重要な事小出しにするねアンタ。

 ……まあ、自分の実力が認められたのは嬉しい。それも鈴音ちゃんが羨ましがるほどの天才にね。でも……

 

「提案は凄く嬉しいのですが、お断りさせていただきます」

 

「どうしてですか!? やっぱり女性からお金貰ってデートしたいんですか! この女の敵「橘、落ち着け」……すみません」

 

 咎められても尚俺に鋭い視線を向ける橘さん。君はいい加減そこから離れてくれ頼むから。

 

「理由を聞かせてもらおうか」

 

 脱線しつつある空気を必死に戻そうとする堀北会長。ここではぐらかすのは悪手だと判断し正直に答える。

 

「まず第一俺はそういう人を引っ張ってく質の人間じゃありません。せいぜいクラスをまとめるのが精一杯です。それに……会長は俺の実力を買ってくれたんでしょうけど、残念なことに俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう強く言い放つ。少し感情が出てしまった為か、橘さんの顔がこわばるのが見えた。

 

「……そうか。だが全く成長しないと言う人間はいないだろう。何故そう言い切れる」

 

()()()()()()()()()()()()()。成長する人間は全員前を向いている。あなたの妹だってそうですよ」

 

 昔は兄の背中を、今は俺や清隆君の背中を一切視線を逸らさずに見つめ続けている。有栖ちゃんだってそうだ。

 いつ追い抜かれるか分かったもんじゃないし、もしかしたら抜かれてしまっているかもしれない。

 

「お前は……」

 

 そう語る俺を見てどう思ったのか、珍しく言葉を濁す堀北会長。

 

「で、でも斎藤君って凄い成績良いじゃないですか! 運動だって体育の記録ですが日本新記録を出してますよ! この前の試験だって「それが何になりますか」えっ?」

 

 慰めてくれた橘さんの言葉を遮るように言い放つ。

 

「それが何になりますか? 今の俺は、例えるなら芯が腐った大木です。堀北会長やあなたの妹、各クラスを牽引するリーダーたちは、今は小さいかもしれませんが、これからどんどん大きくなっていきます」

 

 いくら面だけデカくても、中が腐ってたら枯れていくだけだ。

 そう言い終わると同時に、『またやってしまった』という罪悪感だけが胸の奥に残り、その場には気まずい沈黙が流れる。

 

「ご、ごめんなさい。私そんなつもりじゃ」

 

「謝らないでください。分かってますから……そうだ会長。断った立場で何を言ってるんだと思うかもしれませんが、僕と取引してくれませんか?」

 

「取引だと?」

 

 突然提案された取引に食いつく堀北会長。訝し気にこちらを見る彼に、俺は指を立てて説明した。

 

「絶賛大成長中のあなたの妹と、Dクラスの綾小路ってやつを生徒会に入れてみてはどうでしょう? あの2人のコンビは息ピッタリですよ?」

 

 死んでいる空気を戻すために、あえて少し明るめのトーンで提案する。

 

「……取引と言ったが、お前からは何を要求する」

 

「鈴音ちゃんともう1人、()()()()()()退()()()()()()()()()()()。なるべくでいいので」

 

「……橘。データベースから綾小路清隆の情報を持ってこい」

 

「は、はい! 分かりました!」

 

 手に持ったタブレットで何かを調べる橘先輩。表示した画面を堀北会長に見せると、会長は興味深そうにそれを見ていた。

 

「なるほど、こいつかお前の言っていた綾小路というのは」

 

「知ってるんですか?」

 

「ああ。入試試験ですべての教科50点の生徒が居れば記憶にも残るだろう。まさかお前と鈴音と関係があるとは思わなかったがな」

 

「じゃあ話が早い! 鈴音ちゃんを生徒会長で、清隆君を副会長にしましょう! 条件だって未来の副会長候補をみすみす退学にさせたりしないでしょう?」

 

 ちょっと見ただけだけど、この人は冷たそうに見えてその実優しい人だ。鈴音ちゃんの事を常に気にしている辺り容易に想像できる。

 しかし、俺のお墨付きということで快諾してくれると思ったが、そう上手くはいかないようだ。

 

「……仮にお前の提案を飲むとしても、まずはこの2人がどのような生徒かは見極める必要がある。特に鈴音は人の前に立つ柄の人間じゃないからな」

 

「だったら見ていてあげてください。俺の自慢の友達をね」

 

 

 

 ────という流れで今に至る。

 

 

 

「あの二人に無くて俺にはあるもの、ですか?」

 

「意外か? 自らの長所には気づきにくいタイプの人間だとは思わなかったぞ」

 

 長所は気づいてるよ? 顔が良くて運動出来て一度見たものは大体なんでも覚えられるし、コミュ力だって清隆君300人分くらいはあるつもりだ。

 ただまぁ……致命的に性格が終わってるから……

 

「じゃあこうしましょう。今回のリレー、会長が勝ったら生徒会に入ってあげます。────その代わり僕が勝ったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……良いだろう。その言葉違えるなよ」

 

 少しだけ口角を上げて話す会長……こっわ、鈴音ちゃんそっくりやんけ。

 

「体育祭など楽しむものではないと思っていたが……ふっ、俄然やる気が出てきた。()()()()()()()()()()()が一体どんな人間なのか、これで少しは分かってくるだろう」

 

そう言って同じクラスと思われる生徒の所に向かう会長。心なしかその背中からの圧力も大きく感じた。

因みに体育祭で俺がやったことを上げると以下の通りになる。

 

・100m走で1位を取って女子にチヤホヤされる

・有栖ちゃんの応援を貰った後、棒倒しではしゃぎすぎて鈴音ちゃんに怒られる

・二人三脚ではしゃぐ有栖ちゃんに癒される

・高育のマイキーになって清隆君を助ける

・勢いで有栖ちゃんとキスをする

・男女二人三脚で鈴音ちゃんの成長に感動する

・堀北会長に宣戦布告する ←今ココ!

 

「うわぁ…」

 

やっぱ性格終わってるわ。間違いない。

 

 

 

*1
尚、後にその様子を見ていた星之宮先生にガッツリバラされる模様

*2
モテるようになると聞いて少し気になっていた




 
 修羅場を期待した方ごめんなさい!正直に言います、展開が思いつかなかった……

 最後の7行だけでこの小説の体育祭編説明できるかもしれん。
 一応裏話ですが、堀北をここまで成長させてくれた人なので、会長は斎藤に滅茶苦茶感謝してます。そりゃもう次の生徒会長になって欲しいくらい。
 実際適正としては一年生全員と比べても頭一つ抜けてます。

 紡君が勝ったら何をお願いするのでしょうか?お楽しみに!

 モチベ=投稿頻度なので、まだやってないよって方は高評価や感想、お気に入り登録をしてくれると超嬉しいです!!
 総合評価14000突破しました! 皆様のおかげでここまで来れて感激です! これからもよろしくお願いします!


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想い

原作と異なる展開にすると筆が遅くなるって初めて知りました笑
1日開けてこの長さでごめんなさい…


 

 

 

 ピストルの音と共に飛び出した12人の生徒。今回は3年→1年、Aクラス→Dクラスの順で外側から内側に並ぶスタート。

 そうなると須藤は一番後ろからのスタートとなるが、圧倒的加速力で一気にすべての生徒を追い抜く。そして力強い走りでそのまま直線へと差し掛かった。

 

「凄いわね須藤君。あんなに差を付けて」

 

 堀北が感心したように呟く。確かにあのごぼう抜きは相当インパクトがあっただろう。

 

「作戦は大成功だな。須藤の我慢は無駄じゃなかった」

 

 カーブで他の生徒がもつれている間に、15m程のアドバンテージを維持して直線へと差し掛かった。恐らく最初から主力級の生徒を配置したクラスは少なかったのだろう。追い抜く時にかなりのタイムロスが生じるため、ここで1位になれたのはかなり大きい。

 須藤はアンカーか5番手が良かったと言っていたが渋々納得してもらった。後で飯でも奢ってやろう。

 

「次だな。頑張れよ」

 

「言われなくても」

 

 トラックの中に入り準備を済ませた堀北にそう話しかける。堀北らしい、非常に頼もしい返事が返ってきた。

 本当は兄と勝負したかっただろに、クラスの勝利を優先する姿勢はリーダーの鏡だな。

 

「すげぇ! 1位で渡しやがったぞあいつ!」

 

「応援しよう皆! ここからが勝負だよ」

 

 応援に来てたDクラスの集団の最前列で、興奮したように池が叫び、平田が発破をかける。それを皮切りに全員で応援するDクラスの生徒たち。

 しかし、いくら運動の得意な小野寺でも2、3年生の男子とは分が悪いようで、そのリードはどんどん狭くなっていく。

 

「堀北さん!」

 

 そしてゴール前の50mで3年Aクラス、2年Aクラスの生徒に追い抜かれ、現在3位で堀北にバトンが渡る。

 

「はぁ……はぁ……やっぱ速いなぁ先輩は。2人も追い抜かれちゃったよ」

 

「お疲れ様。むしろよく2人に抑えたと思うぞ? 後は任せろ」

 

 悔しそうに呟く小野寺にそう言い、トラックへと向かう。

 現在堀北が1年Bクラスに抜かれ4位。順位が早い生徒が内側で待機するルールの為、オレは4番目のレーンで待機する。

 

「おい綾小路! お前負けたら許さねぇからな!」

 

 池が大声で発破をかけてくる。

 オレはそれに手を上げて答えると、前後の距離をキープし直線へと差し掛かった前園を見る。現在ほぼ同率の3Aと2Aの後ろ10mに続いている。このまま順当に進めば優勝は間違いないだろう。

 

 ────しかしその時、残り50mに差し掛かった辺りで、足がもつれたのか前園が転倒してしまう。

 直ぐに立て直した前園だったが、2人、3人と抜かされ、走り直した頃には最下位となってしまった。1位の3Aとは50m以上の差がついてしまっている。

 

「あっ……」

 

 そんな声がDクラスの方から聞こえてきたが……オレは諦めるつもりなど毛頭ない。

 

「諦めるな!」

 

 自分でも驚くほどの声量が出た気がする。後に堀北と紡にからかわれることは確定してしまったが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

「ううっ……綾小路君っ!」

 

 さっきまでの綺麗なフォームはどこへやら、ひたすら前に進むことで必死な前園。今にも泣き出しそうな顔でバトンを持った手を伸ばしてくる。

 今、オレの元にバトンが渡る。

 

 

 

 ────今、オレの右手にあるバトンには、単なるリレーのための道具には留まらない想いがこもっている。

 

 

 

 情熱の大きさから、時にはクラスメイトと衝突することがあった。それでも自分を見捨てなかった紡や堀北の為に自分にできることを全力で行い、見事走り切った須藤の想い。

 

 体育祭のリーダーとして、まとまりに欠けるDクラスを牽引するのはきっと大変だっただろう。それでも夢を応援してくれた紡の為、愚痴1つ吐かずにここまでやり切った堀北の想い。

 

 そして、白い部屋での日々で人の心を失っていたオレに、諦めずに接してくれた紡や堀北、Dクラスの生徒達に対するオレからの感謝。

 

 

 

「綾小路君!」

 

 

 

 スローで流れる意識の中、オレを呼ぶ声だけが鮮明に聞こえた。

 バトンを貰い振り返る瞬間に見えたのは、既に諦めムードが出ているクラスメイトたちの中、1人身を乗り出して応援する佐倉の姿。

 

 

 

「頑張って!」

 

 

 

 その想いを、オレの恩人であり、親友である紡に今から継ぐのだ。だったら……

 

 

 

 

「任せろ」

 

 

 

 ────優勝してもらわないと、格好がつかないだろ? 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「うお、はっや清隆君」

 

 前園さんが転んだときはどうなるかと思ったけど、清隆君の化け物みたいな走りでどんどん抜かしていき、3位まで持ち直した。

 

「だが俺たちのクラスや、南雲のクラスとの差はそう簡単に埋められるものじゃない。綾小路が来るまで待ってやってもいいが」

 

「あんまり馬鹿にしないでくださいよ会長。手抜いたら承知しませんからね」

 

「そうか。なら遠慮はしない。約束は違えるなよ?」

 

「ええ。もちろん」

 

 もう勝った気でいるよこの人。まぁいくら清隆君が速いと言えど、到着時会長のクラスとの差はせいぜい10m程。実力者同士でこの差は致命的だ。そうそう覆せるものではない。

 ────しかし、この絶体絶命の状況を覆す方法が一つだけある。

 

「清隆!」

 

 清隆君が到着するまで残り30m。その前を走る2人との差は約10m程。

 そんな状態で、俺は向かって来る清隆君に大声で叫んだ。聞こえている保証なんてない。だが、清隆君なら大丈夫だという確信があった。

 

()()()()! 俺を信じろ!」

 

 それと同時に、3年生の先輩が会長にバトンを渡そうと声を上げる。2年Aクラスもほぼ同じタイミングでバトンが渡った。

 

 

 

 ────そして、彼らが走り出した瞬間。それと()()()()()()()()()で俺も1歩目を踏み込んだ。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「何してんだよあいつ!? まだバトン貰ってねぇだろ!」

 

「焦っちゃったのかな……」

 

 同時期、その様子を見ていた池が焦ったように叫び、櫛田が心配そうにその様子を見つめていた。

 確かに斎藤は、綾小路からバトンを貰う前に飛び出した。これでは一度止まって受け取り直すしかなくなってしまい、余計なロスが増えることになる。

 

「……いや。あれはわざとだよ。ほら見て」

 

 そんな不安を打ち破ったのは、スポーツに明るい平田だった。専門の競技ではないものの、その『渡し方』の存在自体は知っていたようだ。

 

「は? 何で並んでんの!」

 

 平田が指差した先にあったのは、2人の後方1mほどを追う斎藤の姿があった。何故か10m近くあった差がほとんど無くなっている。

 速力の違いで追い抜いたとしたら、既に斎藤が先頭に出ているはずだ。しかしその様子も見えない。

 

「土壇場でやったとしたら凄いよ! 池君も見たことあるでしょ? あれは陸上選手が大会とかで使うバトンパスだ!」

 

 そう。いくら学年でも随一の走力を持つ斎藤でも、10mの差を付けられ、なおかつ追い抜くときに外側から抜かないといけないという条件では勝つことは不可能。

 そこで斎藤は一か八かの賭けに出た。

 

 ────陸上の世界大会等でも使われる方法で、バトンが到着する前に走り出し、加速しきった状態でバトンを貰う技術を斎藤は使った。

 数か月にも及ぶ緻密な調整が必要であり、人生を走ることに注ぎ込んできた陸上のプロでもミスをする可能性があるこの技を、2人はセンスとお互いの信頼関係で成し遂げたのだ。

 2人の体格では失敗したら大けがを負う可能性もある。しかし、斎藤にはこれが成功するという『確信』があった。

 

「何かよくわかんねぇけど、行けるんじゃねえか!? いよっし! 応援するぞお前ら!」

 

 言葉の意味は理解できなかったが、興奮したような平田の様子から凄いことをしたのだと理解した池。見えてきた優勝の可能性にテンションを上げ声援を送る。

 そして、ほとんど同じタイミングで3人がゴールの白線を踏んだ。それから遅れて全員がゴールへと到着する。 

 備え付けられた電光掲示板に、チームの記録と順位が表示されて行く。1,2,3位に関しては順位の所に『現在判定中』との文字が表示されていた。

 

「おい! どっちが勝ったんだ!?」

 

 堪らないと言った様子で声を荒げる池。他の生徒も口にこそ出さないが同じ心情のようだ。

 

『只今ビデオ判定の結果が出ました! 1着……

 

 

 

 ────1年Dクラス! 2着────』

 

「いよっしゃあ!!!」

 

 残りの順位の発表を待たずして、池が大声で歓声を上げる。

 グラウンド全体に今日一番の大歓声が沸き、アンカーである斎藤の元に十数人の生徒が囲むようにして集まった。

 

「お前すげぇよ! 綾小路もめっちゃ速かったしさ!」

「それな! マジで私終わったかと思ったもん!」

「あのバトンパス何なんだよ!? 練習してたのか?」

 

 口々に質問や喜びを投げるクラスメイトに、斎藤は苦笑いをしながら告げた。

 

「あはは……ちょっと落ち着こ? 先生も見てるしさ。まあでも……勝ったよ! 皆!」

 

「「「うおおおおお!」」」

 

 

 

 





 原作では想いなどどうでもいいと言った綾小路君が、今作では彼らの想いを親友へと渡す。ベタな展開ですけど凄く良いですよねー
 次回後日談+です!
 
 評価人数500人突破しました!皆様の応援のおかげでここまで書くことができました!これからもこの作品と紡君をよろしくお願いします!


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夜明け

これで体育祭編は終了かな


 

 

 

 各クラスの順位を確認中とのことで、最後の競技を終えてから10分ほどの時間を空けての閉会式となるようだ。

 皆の注目を清隆君に押し付け、俺は1人グラウンドわきの日陰で体を休めていた。

 

「あ、いたいた」

 

 コンクリートの冷たい壁に背を預け物思いにふけっていると、鳴りを潜めてきた静けさの中に1つ明るい声が響いた。

 声の方向を見ると、そこには右手にスポーツドリンクを持った軽井沢さんの姿が。

 

「はい。あたしからの奢りだから感謝して飲むように」

 

「お、ありがと」

 

 ペットボトルを受け取りキャップを開ける。って……

 

「これ開いてない?」

 

「うん。私も喉乾いちゃったから一口だけ飲んじゃった。気にしないから飲んで良いよ」

 

「あ、そう」

 

 水滴のついたボトルを握り、中身を半分ほど飲む。喉を通る冷たい感触が火照った体に染み、ため息がこぼれる。

 

「あ˝ーおいし。ありがとう軽井沢さん」

 

「うん。それは良いんだけどさ……ちょっとは気にしようよ」

 

 気にしないからと許可を取って飲んだにも関わらず、こちらをジト目で見つめる軽井沢さん。今まで様々なタイプの子と付き合ってきたが、やっぱりこの年になっても女性の気持ちを完全に理解するのは不可能のようだ。

 

「気にしないって言ったから、遠慮するのも違うかなって思ったんだけど……」

 

「やっぱりちょーっとズレてるよね。斎藤君って」

 

「何だそれ」

 

 プンプンと可愛らしい怒り方をする軽井沢さんに、思わず笑みがこぼれる。夏休み前から感じていた、何処か常にピりついていた感じも無くなってる。それが今回の体育祭に良い方向に働いているのは間違いないだろう。

 

「まあ……お疲れ。その……かっこよかったよ」

 

「お、マジ? ありがと」

 

 彼氏持ちの子に言われるのは罪悪感というか背徳感がすごいな。浮気にハマっちゃう人はこういう感情が原因なんだろうか。

 

「……なんか失礼なこと考えてるでしょ」

 

「いや、全然? それにしても、軽井沢さんもお疲れ様。めっちゃ頑張ってたの見てたよ」

 

「そうやって誤魔化そうとしてる……別に、いつも通りよ」

 

 誤魔化すつもりは無かったんだけど……タイミングが悪かったか。

 

「いや、俺から見たら全然だよ? クラスがまとまるように動いてたり、運動苦手な子のフォローしてたりしたじゃん」

 

 今までの軽井沢さんならまずやらないだろう。外から見たら似ている事かもしれないが、よく見てみればその意味は真逆と言っても過言じゃない。

 イジメられないようにという負のモチベーションではなく、また別の理由から動いてくれるようになった彼女は、俺からは凄く魅力的に見えた。

 

「ふーん。女子の気持ちは分からないのに、そういう所はちゃんと見てるんだ。まあいいけど」

 

「あはは……」

 

「それ返して。あたしも喉乾いたから」

 

 返答を待つことなくペットボトルを取り返す軽井沢さん。

 そしてキャップを開けそのまま飲むかと思いきや、飲み口を見たまま喉を鳴らした。……ああ、なるほど。そういう事か。

 

「躊躇してると逆に変態っぽくなっちゃうよ。……それにしても、意外とピュアなんだね? 軽井沢さんって」

 

「うっさい!」

 

「ちょ」

 

 ちょっとからかっただけなのだが、ペットボトルを投げつけた軽井沢さんはぷんすかと怒って歩いて行ってしまった。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「なあ、紡の奴どこに行ったんだ? そろそろ結果発表されるぞ」

 

「ん、どこだろうね? さっき戻る時までは居た気がするんだけど」

 

 隣にいた平田に聞くが、どうやら見ていない様子だ。

 珍しいな。基本的にこういう賑やかしの場には必ず現れるはずなんだが。まぁ全競技ぶっ通しでやったからな。疲労がたまっていてもおかしくない。

 

「信っじられない! やっぱ最低よあいつ!」

 

 怒り心頭といった様子で歩いてきたのは軽井沢。最近はまだとっつきやすい性格になった気がしていたが、一体どうしたのだろうか? 

 

「どうしたの?」

 

「……別に、なんでもない」

 

 そのまま平田の隣に立つ軽井沢。何ともうちのクラスは感情豊かな女子が多いもんだ。夏休み前と違い交流が0というわけでもないが、明らかに面倒くさそうなので平田に任せておこう。

 

『それでは、これより本年度体育祭における勝敗の結果を伝える』

 

 丁度軽井沢が戻ってきたタイミングでアナウンスが流れる。

 赤組と白組に分けられた電光掲示板の数字がカウントを始め、数値が増え始める。 

 全13種目のトータル獲得点数。勝った組は……。『勝利赤組』の文字と共に点数が発表される。

 

「意外と圧勝だな」

 

「何となく理由は察せるけれどね」

 

 いつの間にか隣にいた堀北がそう呟く。勝ったのに随分と冷静な様子だ。

 

「問題なのはこっちじゃないでしょ。……まぁ、大方結果の予想はついてるけど」

 

『続いて、クラス別総合得点を発表する』

 

 全12クラスを3つに分けた表示が一斉にされ、各クラスの得点が表示されていく。 

 オレたちにとって2年3年の内訳はどうでもいい。肝心なのはDクラスが何位であるかだ。電光掲示板に以下のような順位が発表される。

 

 1位 1年Dクラス

 2位 1年Cクラス

 3位 1年Bクラス

 4位 1年Aクラス

 

「お、勝ったな。正直あまり驚きは無いが」

 

「……そうね。どちらかというとCクラスの順位が気になるわ」

 

 近くでは須藤や女子達が歓喜の声を上げているが、オレも堀北もはしゃぐようなタイプではない為リアクションが薄くなる。

 

「まさかBクラスを抜かしてくるとはな。Aクラスに関しては坂柳が出れない分仕方がないとは思うが」

 

『それでは最後に、最優秀選手を発表する』

 

 そして目玉となる最優秀選手。と言ってもこれは確定だ。

 

 

 

 ────総合最優秀選手:1年D組・斎藤紡

 

 

 

「……借り物競走のあれが無ければな」

 

「あら? 皆に付いて来てもらえて随分嬉しそうだと感じたけど……次からは行かない方が良いかしら」

 

「それとこれとは話が違うだろ!」

 

 ……まぁ、正直10万ポイントなんかとは比べ物にならないな。

 

「なら素直に喜びなさい。私は嬉しいわよ。紡君が最優秀選手で」

 

「……そうだな」

 

 ────そして、最終的に赤組勝利によってCクラスとBクラスに-100CPt。

 順位によるポイントと合わせるとDクラスに50、Cクラスに-100、Bクラスに-150、Aクラスに-100が与えられる結果となった。

 そうなると、各クラスポイントは以下の通りになる。

 

 Aクラス   919CPt

 Bクラス   703CPt

 Cクラス   392CPt

 Dクラス   540CPt

 

「……まさかここまで早々に差が詰まるとは思わなかったわ。────これで私達は来月からCクラスへと上がる」

 

「体育祭は大成功だな。流石だ堀北」

 

 手にメモ帳とペンを持っている堀北にねぎらいの言葉をかける。

 

「これからが本番よ……と言いたい所だけど、正直少しだけ安心したわ」

 

 それを聞いて、溜まっていたものが抜けるかのようにため息をついて、堀北は芝生へと座り込む。

 

「根を詰めすぎるのは良くないって、あなたともう1人ここに居ない誰かさんに常々言われているから。体育祭で入ったポイントで買い物でもしようかしら」

 

「堀北が買い物か。何を買うんだ?」

 

 ちょっと意外だったため聞いて見る。こいつのことだから来るべき日に備えて節約するとでも言うと思ったが。

 何気ない質問だったが、堀北は驚いたように少し固まり、そして恥ずかしそうに小さく語った。

 

「……服とか、化粧品とかそういうのよ。色々調べてあるの」

 

「ふっ……そうか、そう言えばそうだったな」

 

 ちょっと意外な買い物の中身が滅茶苦茶意外だったが、その理由を理解し吹き出してしまった。

 そんなオレを何度見たか分からないジト目で見つめて来る堀北。下手な事を言ったら右手に持ったペンで刺されそうだ。

 

「……何。文句があるならはっきり言ったらどうかしら」

 

「いいや。そうだよな。だって堀北は恋する乙女だもんn……痛!?」

 

「私の手が出る前に謝罪することをお勧めするわ」

 

「だから、それは手を出す前に言う言葉だ!」

 

 結局抑えられずにからかってしまった。

 

「綾小路君が余裕で居られるのももうあと少しよ。今回の体育祭、紡君と同じくらい注目を浴びてただろうし」

 

「それの何が悪いんだ? モテることはいい事だろ?」

 

「もしあなたに言い寄る生徒が増えたとして、女性経験のないその中身を知られたら呆れられてお終いよ」

 

 真顔なのかドヤ顔なのか分からない、物凄いムカつく表情で煽ってくる堀北。一体いつお前はそんな表情が出来るようになったんだ? 

 オレの記憶には真顔とジト目と怒った顔と照れた顔しか無かったんだが……

 

「……やってみないと分からないだろ」

 

「そうね。何事も挑戦よ綾小路君。だったら私に言うことがあるんじゃないかしら?」

 

「すみませんでした」

 

 人の挑戦を笑うのはよくないことだ。ごめんな堀北。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 体育祭が終わってから1週間。その熱もだんだん引いてくる頃合いだろう。実際あの夢のような時間の話題も段々少なくなり、体育の時間も今まで通りの形態へと戻った。それを見ると、安心したような寂しいような複雑な気持ちにさせられる。

 そんな金曜日の放課後に、オレは堀北と共に『ある生徒』に呼び出されていた。

 

「なぁ。オレたちは今から怒られに行くのか?」

 

 いつもの凛々しさは鳴りを潜め、どこか緊張した様子の堀北にため息を吐きながら質問する。

 

「……そんなわけないでしょ。からかうのは私の手が出ない内に抑えておきなさい」

 

「こっわ」

 

 別にそうとは一言も言っていないのだが、付き合いの長さからか言葉の意図を読み取られてしまったらしい。

 しかし、堀北の為にもこれだけはしっかりと言っておきたかった。

 

「少しふざけたのは事実だが、お前がそんな様子でどうする。まさか今までやってきたことに自信を持てないのか」

 

「……そうね。ありがとう綾小路君」

 

 そう小言を言っただけだが、堀北は感謝の言葉と共にいつもの様子に戻った。こういう切り替えの早さは、堀北が入学してから成長した部分の一つだろう。

 そして呼び出された部屋の前へと向かい、2人並んで扉に向かう。そのまま堀北は扉を4回ノックした。

 

「失礼します。一年Dクラスの堀北と綾小路です」

 

「入れ」

 

『生徒会室』という札が張られた扉を開け中に入る堀北。

 オレも続いて入室すると、そこには遠目からのみだったが見た事のある一人の生徒・堀北学が立っていた。

 

「少し長くなる。座ってくれ」

 

「失礼します」

 

 応接用のソファに案内され、堀北の隣に座る。そしてテーブルをはさんで向こう側に座った堀北兄。

 

「まずは突然の呼び出しになった事を謝罪する。()()()早い方が良いと思ったからな」

 

「いえ……それで、一体どんなご用件で?」

 

 オレが居るからか、それとも別の理由かは分からないが、兄の前だが一学生としての立場は崩さないようだ。

 そんな堀北を見てどう思ったかは定かではないが、堀北兄は一度何かを考えるそぶりをした後、妹と似た真っ直ぐな瞳でオレ達を見つめた。

 

「結論から話す。お前ら2人には生徒会に所属してもらいたい」

 

 ここだけを聞けばただの勧誘だと思われるだろうが、この学校の生徒会となると話は変わってくる。

 何せリーダーシップの塊のような人間である一之瀬や、坂柳と並んでAクラスを導いてきた葛城。誰が見ても生徒会に適性があると言うであろうこの2人を生徒会に入れなかったのは、今目の前にいる堀北兄なのだから。

 

「生徒会……ですか?」

 

「ああ。そして、ゆくゆくはお前たちに生徒会長、副会長の座を継いでもらいたいと思っている」

 

 面食らったように聞き返す堀北に、一切の淀みなく返す兄。

 ……となると、堀北が会長になってオレが副会長になるということだろうか。

 

「それは……一体どういう理由ででしょうか?」

 

 まどろっこしい話が嫌いなのか、いきなり要件から話し始める堀北兄に、困惑しながら理由を訪ねる堀北。

 

「お前達の日々の様子を見て「御託は良いでしょう? あまり時間を掛けたくないんですが」……口の利き方がなっていないようだな」

 

「ちょっと、綾小路君」

 

 堀北が咎めるようにこちらを睨んでくる。しかし、オレが聞きたいのはそんなことではない。

 

「そっちの真意を話さない限りこの話は先に進まない。()()()()()()()()()()()

 

 本来ここに関わることの無いオレの親友の名前を出したが、堀北兄の反応は一番だった。

 

「ほう? よく分かっているじゃないか……流石斎藤が天才というだけある」

 

「どういうこと? どうして彼の名前が出てくるんですか?」

 

 兄とは対照的に混乱した様子の堀北だが、少し考えれば分かる話だ。

 

「体育祭であんたと紡が話をしているのが見えた。そしてそこからたったの1週間。成績も普通で、表立った活動もない俺が、歴代最高と名高い生徒会長に選ばれるとは到底思えない。関連を疑う方が自然じゃないか?」

 

 わざわざ他に推薦してくれるような友達は居ないしな。悲しいことに。

 

「やはり面白い生徒だな綾小路……そうだ。お前らにこの話を持ち掛けた理由は、斎藤紡がお前らに適性があると言ったからだ」

 

「推薦ということですね」

 

 そういう事だろう。紡ならやりかねない。

 しかし堀北兄の様子を見る限り、どうもここで話が終わるとは思えなかった。お互い早い方が良いという言葉の真意も聞いておきたい。

 

「ああ。先日の体育祭で、俺は斎藤と賭けをした。俺が勝ったら斎藤は生徒会に所属し、斎藤が勝ったら堀北鈴音と綾小路清隆を生徒会に勧誘する」

 

ここまではまぁ分からなくもない。

恐らくオレと堀北なら生徒会に入っても大丈夫だという信頼の下での賭けだろう。そこにオレ達の意思が介入していないのが少し不満だが。信頼されているのは悪い気分じゃない。

しかし、堀北兄はここからが本題だと言わんばかりに一呼吸置き、続けて語った。

 

「その際、綾小路清隆が()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして()()()()()1()()()()()()()()()()()。お前たちを呼び出した『本当の理由』はこの斎藤紡の願いにある。それは…」

 

 どこか含みを持たせた言い方をする堀北兄。

 思い出されるのは今までの、何処か()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()だった。

 

 

 

 Aクラスを目指すという堀北の夢を叶えるための土台を作り上げ、その際に壁となるであろう須藤や軽井沢の問題も解決した。

 

 坂柳がクラスを掌握するための手伝いをほぼ無償で行い、自身の悪評が広まることも厭わずやり遂げた。

 

 そして、たった今堀北兄が言った。恐らく父親の手からオレを守るための条件。通常の学校よりも圧倒的な権力を持つ生徒会に所属し、その後ろ盾を得ることが出来れば、あの父親でさえ迂闊に手を出して来れなくなる。

 

 

 

 確かに、明るく飄々とした姿の裏にはどこか退廃的な気質が見える時もあった。刹那的な、どこか儚さを感じさせる言動もゼロとはいえなかった…ただ、それも気のせいだと思っていた。

 自分が世間一般とは違う価値観や判断基準、そして常識を持っていた。だからそう見えただけかと思っていた。

 無意識のうちに、何となくは理解していたのかもしれない。

 ────だが、実際にその言葉を耳にした時、オレは頭が真っ白になってしまった。

 

 

 

 

 

「自身が退学する際の障害を無くすこと────()()()()()()()()退()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「えっ……」

 

 

 

 

 

 その言葉を発したのが堀北なのかオレなのか。それを自分で理解する事すらできなかった。

 

 

 

 




ヒント:紡君の父親は公務員。
ホワイトルームがどういう場所か。そして誰が運営しているかも知っています。
尚速攻でバラされる紡君。
ネタバレすると退学はしません。そろそろ楽になって貰います。

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特に理由はないのですが、皆さま曇らせは好きですか? 特に理由はありませんが、僕は超好きです。



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第六章


導入のため短いです!
遅れてすみません!


 

 

 

 体育祭も終わり、肌寒くなってきた10月中旬。次期の生徒会を担うメンバーを決める総選挙が行われ、早くも新旧生徒会の交代式がやってきた。全校生徒を体育館に集めた大々的なイベントだが、大半の一年生にとってはどうでもいい時間でもあった。眠たそうにしながらも、教師をはじめ上級生に目を付けられないよう息を殺している。

 

「それでは、堀北生徒会長より最後のお言葉を賜りたいと思います」

 

 司会の言葉と共に堀北学が、ゆっくりとステージに用意されたマイクへと歩みを進める。彼はここ最近で一気に関係性が変わった人物でもある。

 そんなステージの上に立つ堀北兄をボーっと見つめながら、オレは先月の話を思い出していた────

 

 

 

 

 

「────ど、どういうことですか……! 何で、どうして紡君が!」

 

 オレよりも少し早く思考が戻った堀北が、目の前で数枚の書類を手に持った兄に問いかける。

 今までの冷静な堀北らしくない、焦燥と混乱がごちゃ混ぜになったような様子だった。かく言うオレも、頭の中では思考が堂々巡りになっている。

 そんなオレ達に対し、堀北兄はあくまで冷静さを崩すことなく書類をこちらに向けて並べた。

 

「具体的には、退学時に必要となる資料と、こちらが把握している保護者との面談可能日を教えると言う内容だ。どちらも担任に言えば済む話だが、どうにもそう上手くは行かなさそうだ」

 

 そこは理解できる。今やDクラスの最高戦力と言っても過言じゃない紡の退学を、オレを脅してまで試験に協力させるような茶柱先生が、素直に認めるとは思えない。他の先生に言っても担任に話がいくのは目に見えている。だから生徒会長である堀北兄を頼ったのだろう。

 

「……紡は、何か理由を話してましたか。退学する理由を」

 

「いや、俺は何も聞いていない。ただ、退学したら親元に帰り別の高校に通うと言っていた」

 

 俺の問いかけに淡々と答える堀北兄。その様子からして、何も聞いていないと言うのは嘘ではないのだろう。

 

「どうして……」

 

 声を震わせながら、両手で顔を覆い俯く堀北。

 来月からCクラスへ昇級し、これから盤石になった体制でAクラスの座を狙いに行くというタイミングで、それに最も協力した紡が退学するという事実が受け入れられないのだろう。

 

「現時点で俺から言えることはこれしかない。自主退学にはお前達の前に並べているプリント、保護者と担任、そして理事長の承諾が必要となる」

 

「……無理よ。茶柱先生が退学を許可するはずがない」

 

「承諾と言っても、生徒本人がそれを望んでいる限り担任の判断で取り消すことはできない。せいぜい面談を行い説得するのが関の山だろうが……あそこまで意志が固いと、それも無意味だろうな」

 

 僅かな望みにかけた堀北の呟きも、容赦なく切り捨てる兄。

 しかし、ここでそれをわざわざ教えてきたと言うことは、彼なりの目的があるからだろう。オレはそれを知らなくてはならない。

 

「あんたは一体何の目的でオレ達に教えたんだ? 説得して退学を止めさせてほしいのか」

 

「ああ。その通りだ綾小路」

 

「何故だ? 紡と仲がいいってわけでもないだろ」

 

 個人間で交わした約束をこうも簡単にバラすなんて風潮が広まったら、それこそ堀北兄にとっては最悪の事態だろう。

 素直に書類や日程を教えてやればいいだけの話。何も難しいことは無いはずだ。

 

「お前達からすれば意外かもしれないが、俺は斎藤に感謝をしている。あの不出来だった妹をここまで成長させた張本人だからな。恐らく奴には、誰にも話すことが出来ない()()を抱えている。……そんな恩人をそんな状態でみすみす退学させる程、冷徹な人間になった覚えはない」

 

「……そうか」

 

 話を聞く限り堀北兄は妹のことを嫌っていたのかと思っていたが、その実そうでもなかったらしい。

 よくよく考えれば、生徒会長を継いでほしいと言っている時点で雰囲気は感じるな。硬派な見た目に反してシスコンなんだろう。

 

「奴は、お前たちのことを大層褒めちぎっていた。『出来れば成長した先を見て見たかった』ともな」

 

 先ほどとは違い、どこか穏やかな語り口の堀北兄。

 それを聞いて、俯いて震えたままの堀北は、今にも泣きだしそうだ。そんな彼女の様子を見て、ある感情が沸々と溢れて来るのを感じた。

 

「……ふざけんな」

 

「……あやの、こうじくん?」

 

 自分でも驚くほどの感情的な声が出たと思う。実際堀北も不安そうな瞳をこちらに向けてきた。

 だが、オレは初めて抱くこの感情を抑えられる気がしなかった。

 

「何が『成長した先が見たかった』だ。最初から退学するつもりだったなら、どうして周りに優しさを振りまくんだ……!」

 

 散々人の舌を肥えさせておいて、都合が悪くなったらすぐポイか? 

 卒業したら、最悪二度と会えないまま一生を終える可能性だってあるんだぞ。それを知っていて、何故紡はそんなことを考えるんだ。オレが悲しまないとでも思っているのか? 

 拳を握り込み、バカな親友の姿を思い出して言い放つ。

 

「こんな形で終わらせてたまるか! ……最低でも、その真意を聞きだしてやる」

 

「……私もやるわ。一発でも打ち込んでやらないと気が済まないし」

 

 オレに続くように、堀北も膝の上で拳を震わせながらハッキリと言った。

 

「そうか。なら俺からは以上だ。斎藤から連絡があったらすぐそちらに伝達する。一応言っておくが、この件は信頼できるものにのみ相談しろ。事が広まると手が付けられなくなるぞ」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 そう言って生徒会室を退出する。

 そのまま教室まで戻ると、まばらに残る生徒達の中に紡の姿があった。

 

「お、2人ともどこ行ってきたの? もしかして生徒会室?」

 

 ニヤニヤと悪戯っ子のような笑みを浮かべて話しかけて来る紡。感情がぐしゃぐしゃになっているのを自覚しつつも、表面上は平然としているように繕った。

 

「やっぱりお前が推薦したのか! ……ったく」

 

「へへっ。で、どうだった? 受けたの?」

 

「断ったよ。オレは荷が重いし、堀北はやるなら推薦じゃなく自分の力がいいって。な?」

 

「……ええ、そうね」

 

 堀北はさっきからずっと視線をうろうろとしている。しばらくはまともに動くことは無いだろう。そんな堀北に代わってオレが返答すると、そんな俺達の様子を見た紡が不思議そうに堀北を見た。

 

「鈴音ちゃんどしたの? さっきからずっとこんな感じだけど」

 

「兄と和解したんだよ。成長したと言われてからずっとこんな感じだ。逆にこれでポンコツになったら面白いな」

 

 コンコンと堀北の頭を叩くがこれといった反応はない。……流石に耐えられないのか。泣き出す前にどこか連れて行かないとダメだな。

 

「あはは! ……そっか。良かったね鈴音ちゃん」

 

 楽しげに笑った後、慈愛の籠った瞳を堀北に向ける紡。……マズイな。堀北の背中が震えてる。

 

「そう言えば、さっき廊下で坂柳とすれ違った時に呼んできてくれと頼まれたぞ。何か約束でもしてるんじゃないか?」

 

「マジ? ……えっ、ヤバ。なんかあったっけ」

 

 坂柳には話を合わせてもらおう。紡から見えないようにスマホを操作しチャットを送る。事情を説明するのは……今日の夜辺りで良いか。

 

「ごめん行ってくるわ! ありがと清隆君!」

 

 そう言って走って教室を出ていく紡。いつの間にか他の生徒も姿を消しており、夕陽が埃をキラキラと照らす教室の中、堀北と2人きりになってしまった。

 そんな状況が堀北のたがを外したのか、小刻みだった肩の震えが大きくなり、鼻をすする音が聞こえてくる。

 

「う……ひっ、何で……」

 

 すすり泣く堀北になんて声をかければよかったのか、そんなことが分かるはずもなかった。

 

「……ひとまず坂柳に連絡だな。絶対止めるぞ」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

「────……よたか君? 清隆君!」

 

「ん?」

 

 肩をグラグラと揺らされ思考の渦から現実へと引き戻される。

 目の前には、心配そうにのぞき込んでくる紡の姿があった。

 

「良かった。もう式終わって帰るころだよ? 俺らも帰らないと」

 

 周りを見れば、クラス順に続々と退場を済ませている。

 

「ああ。ありがとう紡」

 

「大丈夫? 体育祭の疲れ取れてない感じ? だったら、俺めっちゃおすすめの入浴剤あるから────」

 

 紡が心配そうに話しかけて来るが……周りが見えなくなる位考え込んでたのか。堀北だけかと思ったが、オレも随分弱っているらしい。

 あの施設での最高傑作。冷徹で無感情だと研究員にも気味悪がられたこのオレが、たった一人の生徒の退学で、ここまで心を乱されてしまっている。

 

「これは高くつくぞ……紡」

 

「ん? どうかした?」

 

「いいや、何でもない」

 

 このツケは後でしっかり払ってもらうことにしよう。

 

 

 






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説明

遅れてすみません! 冬休み明けの課題とバイトで忙しくて…


 

 

 

 体育祭が終わったとある10月の昼休み、俺はとあるイベントを目の当たりにしてテンションが上がっていた。

 

「ねえ、綾小路君」

 

 俺の目の前で話しかけられる清隆君。その相手は鈴音ちゃんや須藤君ではない。恐らく清隆君にとっては初めて話す人だろう。

 

「今暇?」

 

 その相手は佐藤さん。軽井沢さんと並ぶDクラス…現Cクラスのギャル代表である。割と男女ともに交友関係が広く、俺も割と話す仲だが清隆君と話しているところは見たことがない。

 

「何か用か?」

 

「うん、まあ。色々とね」

 

 そんな佐藤さんが清隆君に話しかけた理由は1つしかないだろう。

 きっと清隆君は歯切れの悪い佐藤さんに困惑しているだろうが、彼女の性格を考えれば清隆君に話しかける理由は1つしかない。

 

「あのさー。なんていうかちょっと顔貸してくんない? 話があってさ」

 

 うわ、清隆君ちょっと警戒してる。おもろ。

 体育祭でモテるって俺が言ったのに、完全に忘れてるのが初心でかわいい。

 

「ここじゃ何だから、いいかな」

 

 場所を変えようとする佐藤さんについていく清隆君。なんだかんだ言ってちょろいのが笑いのツボに刺さる。

 

「あ……」

 

 佐倉さんが不安そうにその様子を見つめている……お、目が合った。とりあえず頑張れの意味を込めたジェスチャーを送っておく。

 

「うう……」

 

 顔を赤くして俯いてしまった。かわいい。

 まぁ、鈍感系主人公の道を真っ直ぐ進む清隆君に惚れるのは大変だろうけど、俺はこのカップリング好きだから結構応援してるんだよね。

 それから数分ほどして戻ってくる清隆君。佐藤さんは一緒じゃないようだ。

 

「……何ニヤニヤしてるんだ?」

 

「またまた~。隅に置けない奴だな清隆君~」

 

 興味津々だと言う様子を隠そうともしない俺に、清隆君はため息をついて席に着いた。そして後ろを向いて椅子の背もたれに胸を付けるように座る。君がそれやるとシュールで面白いな。The・男子高校生って感じで良い。

 

「言っておくがお前が期待しているような内容じゃなかったぞ」

 

「あ、告られたんじゃなかったんだ」

 

「あのなぁ……」

 

 あっけらかんと言い放つ俺に呆れたように呟く清隆君。

 まぁ実際の所告られはしないだろうなとは思ってたけどね。だって佐藤さんみたいなギャルタイプの子が告るときは、周りが囃し立てがちだけどそれが無かったし。

 

「で、なんて言われたの?」

 

「友達になろうって。電話番号も交換した」

 

 ひゅー。良いね清隆君。やっとモテ期が来たみたいだ。

 

「でも随分遅かったね。5分前くらいに佐藤さん帰って来てたよ」

 

「途中で葛城と会ったんだ。そこで少し立ち話をな」

 

 え、葛城君と関わりあったんだ。意外。というか俺が知ってる範囲外で友達居たんだね清隆君。

 

「オレを何だと思ってるんだ」

 

「じゃあ友達何人いるか教えてよ。勿論Dクラス以外で」

 

「馬鹿にするな。まず一之瀬と神崎だろ? そしてさっき言った葛城に……」

 

 意気揚々と両の手を広げた清隆君だが、オレの予想だと必要な手は1つだけだろう。

 そして案の定最初の勢いのいの字も無くなってしまった。

 

「……さ、坂柳もいるし」

 

「うーんこれは重症」

 

 そこチョイスするあたり本当清隆君らしい。でも有栖ちゃんが聞いたら喜ぶかも。

 

「そ、そんなに言わなくてもいいだろ」

 

「ごめんごめん。冗談だから凹まないで。それに、友達は()()()()作ってけばいいんだから。今の清隆君なら、気の合う人だって絶対いるだろうし」

 

 露骨に落ち込んだ清隆君。それにしても、この子は本当に奇跡の子だね。あんな劣悪な環境で育ったにも関わらず、ここまで素直でいい奴になったんだから。

 だからこそ、清隆君にはもっと他の人たちと交流を深めて欲しい。()()()()()()()()()()()、もっと自分にとって良い交友関係を自分で築いてほしいな。

 

「……そうだな」

 

「喜ぶ所だと思うよ? ……何その絶妙な反応」

 

 意外と変なツボ持ってるよな、清隆君って。

 

 

 

 

 

 それから数日後、クラス内は重い空気に包まれていた。いつもはバカ騒ぎをしている池君や須藤君ですら大人しく席に座っている。

 それもそのはず、今日は中間テストの結果発表の日。緊張感があることは良いことだろう。

 

「席に着け……随分と事前準備が出来ているようだな」

 

 茶柱先生が教室にやってくるなりその見えない空気は更に重たくなり急速に冷え固まる。本来のあるべき姿。当たり前のクラス風景。その常識的な雰囲気に先生は驚きを隠さなかった。

 そして数回の問答の後、テスト結果が張り出される。

 

「今から発表する点数には体育祭での結果も反映されている。活躍した者の中には結果として点数が100点を超えた者もいるが、等しく満点扱いだ」

 

 先に行われた体育祭で結果を残せなかった下位10名には、中間テストにおける10点の減点措置が取られることが決まっていた。最近清隆君とゲームで遊んでいる外村君……通称博士は学年ワーストの一人であり、すべての教科で10点多く獲得しなければならない。

 と言っても、ペナルティを受けていない生徒も緊張を隠せない様子だ。まあ仕方ないね。赤点=退学だもん。

 

「点数が心配か?」

 

清隆君が後ろを振り返って唐突にそんなことを聞いてきた。いや、君俺の成績知ってるよね。一応学年トップだよ俺?

 

「今回も勉強してればとれる点数だよ。もし赤点とったらクラスにペナルティ入っちゃうし、流石にちゃんとやったよ」

 

張り出された紙を見ると…お、全教科満点だ。やったね。

どうせ有栖ちゃんはペナルティで10点引かれてるだろうし、今回はまごう事無き俺の勝利だ。今日の晩飯は俺が決めさせてもらう。

 

「…そんな下らない勝負をしてたのか」

 

「下らなくないよー。有栖ちゃん意外と偏食だから、こっちが献立決めないと栄養バランス悪くなっちゃうんだよ。ただでさえ体弱いのに」

 

風邪ひいたら大変だし、俺が面倒見なきゃいけなくなってしまう。

でも熱を出してよわよわになった有栖ちゃんは超かわいい。ずっとくっついて来るし、そういう日だけ一緒のベットで寝ている。

風邪が移るから止めろと言ってるのに、『無駄に頑丈な体してる癖に何言ってるんですか』という失礼な返しは恒例行事だ。因みに今世は生まれて一度も風邪をひいたことがない。言い返せねぇ…

 

「ま、どちらにせよ今回も乗り切ったな」

 

「そろそろ本気出したら? 体育祭の後だし皆気にしないと思うけど」

 

全教科100点で学年1位の俺に対して、清隆君は全教科60中盤程。平均点よりちょい上くらいだ。こいつは一体どんな気持ちでテストを受けているんだろうか。それが少し気になる。

そんなしょうもないことを考えていると、退学者が0だったことにより浮ついた様子の生徒達に、茶柱先生が穏やかに語った。

 

「まさか、史上初の0ポイントからスタートしたクラスがここまで上り詰めるとはな。無人島試験、優待者試験、体育祭と全て1位という結果を残して、400近くのポイント差を覆してCクラスとなった。正直驚いてるよ」

 

「なんかムズムズするな、褒められるとさ」

 

「正当な評価だ。この学校が設立されてからこれまでの歴史の中、この短期間で500ものポイントを獲得したクラスは初めてだ。十分誇っていい」

 

照れくさそうに頭をかく池君だが、茶柱先生がその口を閉じることはない。

そしてそのまま教壇から降り、生徒の机の間をゆっくりと抜けてゆく。

途中池君の席の横に辿りつくと、茶柱先生は足を止めてこう言った。

 

「無事に一つの試験を乗り越えたが、改めてこの学校はどうだ? 評価を聞きたい」

 

「そりゃ……良い学校ですよ。最近はお小遣いもめっちゃ貰えるし、飯だってどこもうまいし部屋も綺麗っすよ」

 

それから、と指を折りながら追加していく。

 

「ゲームとかも売ってるし。映画とかカラオケもあるし、女の子も可愛いし……」 

 

マジでそれな。有栖ちゃんパパ顔採用とかしてないだろうな。

 

「あの……俺、なんか間違ったこと言いました?」

 

「いや。生徒にしてみれば間違いなく素晴らしい環境だろう。教師の私から見ても、この学校はあまりに恵まれすぎている。常識では考えられない好待遇が与えられているからな」

 

 そしてゆっくりと教室を一周し終え、茶柱先生は壇上に戻ってくる。

 何とも芝居がかったやり取りだったが、一体何を目的として行ったのだろうか。今まで表面上は生徒に対して無関心を貫いていた彼女だったが、Aクラスに対する並々ならぬ執着は知っての通りだ。

となると、その意図は何となくだが読めてくる。

 

「おまえたちも分かっていると思うが、来週、2学期の期末テストに向けて8科目の問題が出題される小テストを実施する。既にテストに向けて勉強を始めている者もいると思うが、改めて伝えておく」

 

中間テストが終わってすぐテストか。まあ予め伝えられてはいたけど、このタイミングで行われるのは中々面倒だ。

そう思ったのは俺だけじゃなかったらしく、騒ぎこそしないが皆不満そうだ。

 

「気落ちする気持ちは分かるが安心しろ、今回のテストは全100問の100点満点だが、その内容は中学三年生レベルのものになっている。更に1学期同様成績には一切影響はない。あくまでも現状の実力を見定めるためのものだ」

 

「お、おぉっ。マジっすか! やった!」

 

「だが…もちろん小テストの結果が無意味なわけでもないことを先に伝えておく。何故なら、この小テストの結果が次の期末試験に大きく影響を及ぼすからだ」

 

うーん、知ってた。

だって凄いデジャヴを感じるもん。『成績には』一切関係ないって言った時点で察したよね。

 

「何なんだよ、その影響ってのは。もっと分かりやすく言ってくれ」

 

敢えて不満を煽るように語った茶柱先生に対して、須藤君が説明を求める。

そして茶柱先生が後に語った内容は、次に行われる期末試験に対する説明だった。まとめると以下の通りとなる。

 

・来週行われる小テストの点数を基準に、『クラス内の誰かと2人1組のペア』を作る

・そしてそのペアで8科目合計400点、各科目50点のテストに挑む

・通常の定期試験と異なり、()()()2()()()()()()()

・1つはペア2人の科目辺りの合計点が60点を切った場合。もう1つは、ペアの合計点が一定(例年では700点ほど)以下だった場合に赤点になる

 

「小テストを基準にペアを作る、か」

 

「恐らくは何かしらの法則があると考えていいわね。成績が振るわない生徒を組ませたらその時点でほぼ退学が決まるようなものだし」

 

前の席で清隆君と鈴音ちゃんが話している。俺も同意見だ。その為の小テストと言っても問題ないだろう。

そして、説明を飲み込み終えた生徒に対して、茶柱先生は追加で説明を続ける。

 

「それからもう一つ、期末試験では別の側面からも課題に挑んでもらう。まず、期末テストで出題される問題を()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてその問題は所属するクラス以外の3クラスの1つへと割り当てられる他のクラスに対して『攻撃』を仕掛けるということだ。迎え撃つクラスは『防衛』する形となる。自分たちのクラスの総合点と、相手のクラスの総合点を比べ、勝ったクラスが負けたクラスからポイントを得る。クラスポイントにして50ポイントだ」

 

ペアを組んでテストに挑むだけでも大変なのに、問題の作成も自分たちでやらなきゃいけないのか。これはまたハードな試験になりそうだ。

 

「僕たちが問題を考え、他クラスの生徒に出題する……聞いたことがない話です。ですがそれは成立するんでしょうか。生徒が答えられないような問題を作れば、相当難易度の高いテストになってしまうと思いますが……」

 

「そうだそうだ。習ってないところとか、滅茶苦茶な引っかけとか! 無理無理!」 

 

洋介君の発言を聞き、池君がお手上げだと高々に言い放つ。

 確かに、解けないような問題は調べればいくらでも作れるだろう。それでは試験として話にならない。

 

「当然、生徒たちだけに任せたらそうなるだろう。そのため、作り上げた問題は私たち教師が厳正かつ公平にチェックする。指導領域を超えていたり、出題内容から解答できない問題がある場合には都度修正してもらうことになるだろう。そのチェックを繰り返し、問題文とその解答を作成し完成させていく。今危惧しているような事態にはならないだろう」

 

とまあそこはそこそこ歴のある学校。毎年行っているらしい試験の為か抜かりなしだ。

 

「にしても合計400問か…学校ももうちょっと早く言ってくれればいいのに」

 

試験まで約1か月程。先生からのチェックを考えると今からでも作成に取り掛からなければならない。

 

「問題を作る際の手段は自由だ。学校が許容できる範囲であれば内容も問わない。攻撃を仕掛けるクラスは生徒側が教師に報告。他クラスと攻撃先が被っていたら代表者同士のくじ引きで決めることになる…以上が小テスト、期末テストの事前説明になる。後はお前達で自由に話し合うことだ」

 

そう茶柱先生は締めくくり、今日の授業は終了となった。

 

「…さて、帰るかー「作戦会議よ。平田君には声をかけたから。あなたも残りなさい」…はい」

 

早速帰ろうとしていたのがばれてしまった。鈴音ちゃんに襟首を掴まれる形で席に着席させられる。

 

「それと、毎日とは言わないけどテストが終わるまで坂柳さんと家で食事するのを止めなさい。何時テストの内容が流出するか分からないし」

 

「んな殺生な」

 

「殺生も何もないでしょ。彼女から紡君の食事は美味しいと惚気られる私の気持ちにもなりなさい」

 

嘘だろ。一体いつの間に知り合ったんだ君達。

 

「いやいいけど…一体いつの間に知り合ったn「分かった?」…はい」

 

 

 





裏で色々行われている事に気が付いていない紡君でした。
友達がモテだして嬉しそうですね()


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交差する想い

 間に合わなかったので朝投稿です。12時とどっちが良いかな? 
 個人的には寝る前に来た感想を見てニヤニヤするのも好きですが、朝起きたときに一気に見るのも乙なんですよねー
 と、そんな僕のキモい悩みは置いておくとしましょう。本編です。

 高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!
これからは感想の返事ちゃんとします!


 

 

 

「────で、こと今回の試験に関してヒモ野郎が問題を作成することは無いと。そう言ってたんだな」

 

 1年生が各クラスの担任から試験についての説明を受けた日、時刻にして夜9時頃、龍園翔はスマートフォンを耳に当てながらそう聞き返した。

 

「うん。不思議だよね? 言い出したのは堀北さんなんだけど、斎藤君本人もびっくりしてたよ。問題作る気満々だったみたい」

 

 その相手は櫛田桔梗。放課後に元Dクラス……現Cクラスの代表者同士で行われた話し合いに参加していた1人だ。メンバーは堀北、綾小路、斎藤、平田、軽井沢、櫛田の6人。

 櫛田からすればこのメンバーに綾小路が交ざっているのが疑問であったが、今までの試験を振り返りいつも通りのことだと納得する。

 

「……綾小路か」

 

「え? どうかしたの、龍園君」

 

「いや、なんでもねぇ」

 

 しかし龍園はそうは思わなかったらしく、小さく疑念の声が漏れた。櫛田には聞こえていなかったらしくそう聞き返されるが、龍園が答えることは無かった。

 しかし彼にとって、綾小路という生徒は違和感を覚える存在だった。

 最初にその違和感に気が付いたのは、無人島試験が終わった後の優待者試験が始まった日。

 

「体育祭後の鈴音周りの関係はどうなってる。特に斎藤、綾小路との関係の変化は無かったか?」

 

「うーん……特に変わりは無かったかな。いつも通りウザい位仲良しだよ」

 

 ────突然だが、ここで今までに行われた龍園とCクラスの争いを振り返ってみよう。

 

 まずは須藤事件。これは斎藤が偽の監視カメラを設営、それに動揺する石崎達の反応を録音し証拠として提出すると脅すことで訴えを取り下げることとなった。

 次に無人島試験。これも同様に、()()()()()()堀北が襲われることを黙認、結果としてその証拠をデジカメで録画することによって契約を破棄。得意とする暴力で圧倒されたこともあり、龍園にとっても苦汁を飲まされた結果だった。

 最後に優待者試験。結果からするとほぼ引き分けのようなものだが、それと引き換えに斎藤と協力した坂柳がAクラス内で盤石な地位を獲得した。

 

 これだけ見れば、斎藤の暗躍が龍園の一歩先を行っていると言っても過言じゃないだろう。龍園自身もその実力差は認めている。

 ────しかしここで彼が気になったのは、常に協力者として立ち回っていた綾小路の存在だった。

 

「気に入らねぇか?」

 

「当たり前でしょ。私の秘密を知っててなおかつ人気者になりそうな堀北さん。運動でも勉強でも何でも一番を取っててムカつく斎藤君。そして屋上の件を見られた綾小路君。この3人が仲良しだなんて、いつ秘密をバラされるか不安で仕方ない」

 

 石崎達を騙したときも、無人島試験で堀北が斎藤に陥れられたときも、綾小路は一切動揺を見せることなく役割を果たしてきた。それこそ無人島試験での作戦は、龍園すら予想が出来なかった悪辣なものだ。目の前で泥だらけになりながら嬲られる堀北を、淡々と録画し続けるなんて、ただの学生が出来ていい芸当ではない。

 ただ綾小路が他人に関心がなく、斎藤が行ったことを気にしていない凡愚という考えもあるだろう。龍園も()()()()()()()

 

「でも、やっぱり綾小路君が運動できることにびっくりした人もいっぱいいたかな。馬鹿な男子は嫉妬してるし、女子も狙いに行ってる子がいるから」

 

「はっ、そりゃそうだ。俺だって完全にノーマークだったからな。ここに来て実力を見せる論理的理由が一切見当たらない」

 

 実の所論理的理由などなくただモテたいだけなのだが……それは置いておくとしよう。

 そう。綾小路がなんの取り柄もない生徒であれば、龍園がここまで警戒する必要は無い。

 しかし、体育祭にて綾小路が見せた実力の片鱗、それも今まで運動が出来るなんて話は全く聞こえてこなかった中であの活躍だ。あれだけ動けるなら噂の1つ位は流れるはずなのに、同クラスで屈指の情報網を持つ櫛田でさえ何も知らなかった。

 

「どちらにせよ、お前は綾小路をただの金魚のフンだと思わない方が良い。恐らく斎藤ほどでは無いだろうが鈴音と同等の実力を有してる可能性もある」

 

「綾小路君が? まぁ、別に良いけど」

 

 龍園の忠告に対して懐疑的な反応を示す櫛田。

 確かにクラスでの様子を見てたら、到底頭がキレる人物とは思えないだろう。

 しかし、綾小路が自らの存在を隠し通せるだけの実力があることを龍園は半ば確信していた。

 

「櫛田。もしお前が誰かを駒にして指示を出せるとするなら、その駒には何を求める?」

 

「えー、何だろ……従順さとか?」

 

 何とも櫛田らしい答えだろう。彼女は何よりも不確定要素を嫌う。自らの地位が脅かされる要素をすべて排除しようと躍起になているのがその証拠だ。

 

「それも悪くはねぇが少し足りない。駒に求められるのは、咄嗟の事態に対して機転が利くかどうかだ。その点で俺は石崎よりも伊吹を買っている。無人島試験で反感を抱く伊吹をスパイにしたのもそれが理由だ」

 

「ふーん。じゃあ私は良い駒になるかもねっ。従順かどうかはさておきだけど」

 

「そうだな。そろそろお前も我慢の限界が近いんじゃねえか? ま、今回の試験ではしっかり働いてもらうから安心しろ」

 

「ふふっ。良かった……やっと潰せる時が来たんだね」

 

 龍園の言葉に上機嫌に笑う櫛田。

 無人島試験の前と後で、龍園が変わった所が浮き彫りになる会話だった。

 

「じゃ、詳しい話は録音したデータを送るから。おやすみ龍園君」

 

 そう言って電話を切る櫛田。前回直接話し合った時と比べて楽しげな様子だった。

 宿敵である堀北を潰せるチャンスが回ってきたという理由も大きいだろうが、それとはまた別の理由も大きかった。

 

「ククク……面白れぇじゃねえか。体育祭の分も含めて返してやるよ」

 

 龍園は良くも悪くも、他者を()()()()()()()()()()()()()()を手に入れようとしていた。

 それは彼にとっては些細な嘘。『期待している』や『お前が最適だ』等、耳ざわりの良い事を一言述べるだけで、クラスメイトの士気は格段と上がっていた。

 もちろん未だ彼に反発し続ける生徒も多いが、体育祭で圧倒的な結果を残したCクラスに続いて2位の記録を取ってからはその声も小さくなった。クラスこそ下がってしまったが、正攻法でも他クラスに勝てるという事実は、少なからずDクラスに良い影響を与えていた。尤もこの勝利自体龍園が参加表をCクラスとAクラスからスパイを通じて抜き取っていたのだが。

 奇しくも、斎藤が坂柳に与えた影響と全く同じものを龍園は受けていたのだ。何分普段の態度がアレなためその効果は抜群。リアルDV彼氏のような、絶妙な飴と鞭の使い方は天性の才能でもあった。

 

 

 

 ────その鋭く研がれた爪が、裏切者と共にCクラスに向けられようとしていた。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 特別試験の説明を受けて早1週間。6時間目のホームルームの開始後、茶柱先生は即座に教室を後にした。きっと試験の対策を話し合う時間を与えてくれたのだろう。

 そんな彼女の意思を汲み取った平田と堀北が教壇に立つ。体育祭からクラスの取りまとめを行うこととなった堀北。40人近い生徒の視線を受けてもその力強い瞳は揺らがない。

 

「今日のホームルームは明日の小テストに向けての作戦会議を行いたいと思うんだ。茶柱先生には許可を得ている。ホームルームの時間は好きに使って構わないと言って貰えた。まずは堀北さん、いいかな?」

 

 今や堀北と平田の2人体制に文句を言う生徒は居ない。昔だったらともかく、今の堀北は他人を尊重することの大切さを知っているからだ。彼女にそれを教えた紡は、俺の後ろで上機嫌にその様子を見つめてる。

 

「まず、この場を借りて皆に伝えたいことがあるわ」

 

 非常に重苦しい出だしだ。動揺こそ見せていないが、言葉の節々から感じる初々しさについ口元が緩みそうになるが、それをぐっとこらえて話を聞く。

 

「この前の体育祭。私達が勝てたのは皆のおかげよ。私が提案した案を飲んでくれた皆のおかげ。ありがとう」

 

「そ、そんなっ。よくよく考えればクラスが勝つために協力するのは当たり前じゃん! 私とか最初嫌がっちゃったし……」

 

 当時堀北の案を渋っていた篠原が堪らんと言った様子で両手を左右に振る。自分の都合でクラスが勝つ可能性を低くしていた過去を恥じているのだろう。

 

「いいえ。篠原さんの考えは至極まっとうだったわ。クラスポイントを得るための私の我がままに付き合ってもらったと言っても間違いじゃない。実際数名の生徒にペナルティを負わせてしまったわ」

 

「まあ赤点は結局出なかったし。Cクラスにも上がれたし、お小遣いも凄い貰えてるし? そのくらいは別に良いんじゃない」

 

 そう軽井沢がフォローする。

 

「だから、協力してくれたあなた達には最良の結果を返したい。それは今回の試験でも同じ」

 

「ほぼ毎年Dクラスは退学者が出てるんでしょ? 今はあたしたちCクラスだけど、ちょっと不安よねー」

 

 クラスの緊張を強めるよう敢えてハッキリと語る軽井沢。

 上手いな。今ので弛緩していた空気が程よい緊張感へと変わった。事前に打ち合わせをしていたわけではないだろうが、軽井沢は持ち前の他人の意思を汲み取る能力で堀北のサポートをこなしている。この短いやり取りの中でも、Cクラスのリーダー格は高い完成度を誇っている事を示している。

 

「そこで私から皆にやってもらいたいことがあるの。確実に退学を阻止できるであろう方法が一つだけあるわ」

 

「そ、そんなのがあるのかよ……速く教えておくれよ~堀北」

 

 池が調子よく両手を合わせている。いつも通りだな。

 

「その方法は、ペアの法則を解明することよ。学力が高い人と低い人を組み合わせれば、まず間違いなく退学は阻止できる」

 

 動揺するクラスを尻目に、堀北と平田はペアの法則を説明した。

 

「────つまり、次にやる小テストを0点にすれば、俺は斎藤と組めるって事か! 助かったぜー」

 

「極端な例だけどそういう事よ。これまでのテストの結果を踏まえて、点数に不安のある生徒たちを重点的にカバーしつつ、成績上位者と計画を立てて組ませたいと思ってるの。個人的に不安を抱えている生徒もいるでしょうけど、全員をカバーできないのが実状よ」

 

 中間テストで満点を除いて平均80点以上だった生徒は11人。90点以上となれば6人と激減する。比較的簡単だったテスト内容を思えば喜ばしいことじゃない。好成績者はクラスの半数に届かない。

 その逆に60点以下の生徒が多いことを踏まえても、全員を理想的なペア……つまり高得点保持者と組ませられないのは現実として見えている。

 そこで堀北は上下の10人ずつを強制的に組ませることで安定を図る狙いのようだ。

 黒板に成績下位の生徒の名前を記載していく。

 

「ここに書かれた成績下位の10人は、小テストでは名前を書くだけでいいの。逆に成績上位10人には必ず85点以上を取ってもらう。そして残った間の生徒20人も、同じように10人ずつに振りわける。そうすることで、期末テストに向けたバランスの良い組み合わせが自動的に出来上がるはず。ただし後できちんと詳細確認をするわ。事故が起こる可能性もあるから」

 

「そうすることで成績下位の生徒同士が組まないようにするということか」

 

 幸村の確認に頷く堀北。どうやら作戦の内容は伝わったらしい。

 異論のある生徒が居ないか確認した後、堀北は締めくくるようにこう語った。

 

「じゃあ明日のテストはこのような形で進めるわ。ペアを組んだ後の勉強会についても考えてあるから、それも追って説明するわ。ひとまず明日の小テストを乗り切りましょう」

 

「おう! やってやるぜ!」

 

 池の返事を皮切りにやる気に満ちた様子を見せるCクラス。────そこには、かつて不良品と呼ばれていたクラスの面影など欠片も残っていなかった。

 

 

 




 
DクラスとCクラスを対称となるように描写しました。クラス順変わりましたが、各クラスをどう呼称すればいいかは悩みどころですね…

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 ふと昔小説を調べていた時のように総合評価順に並べてみましたが…まさか5番目にランクインしてるとは…ビックリです笑
 思えば、小学生の時にこのサイトを発見してから訳7年が過ぎました。
 よう実にハマったのは某人間賛歌様の作品を読んでからです(名前出しちゃまずかったら消します笑)。

 飽き性の僕が四半期近くも更新を続けられたのも、ひとえに応援していただいた皆様のおかげです! 本当にありがとうございます! これからもよろしくお願いします!

 長々と語ってしまいました。もし僕のあとがきがウザかったら、設定から非表示にできるのでそれで勘弁してください笑



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出会いは唐突に?


私事になりますが、ばちこりコロナになりました。
友達とカラオケ行った後に喉の違和感がずっと残ってて、不思議に思っていたら熱が40.3度も出て死を覚悟しました。
今は大分落ち着いてますが、味覚が死んでます笑
コーラ飲んだら味がしませんでした…例えるならマックでコーラ頼んで、最後の方に氷が溶けてめっちゃ薄くなったあの感じです。

とまあそんな感じで本編です!

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 特に問題なく小テストが終わり、次の日には返却されることとなった。

 内容自体もかなり簡単だったし、ペアの法則性が分からなかったら大変なことになっていたかもしれない。

 

「ではこれより、期末テストに向けたペアの発表を行う」

 

 100点の答案を眺めてほっとしていると、例のごとく茶柱先生が全員の小テストの結果を黒板に張り出した。

 隣に並んでいる生徒同士でペアを組むのだろう。鈴音ちゃんと須藤君、櫛田さんと池君、俺と山内君といった組み合わせだ。

 成績的には問題ない組み合わせとなったが、山内君はどうも俺のことを毛嫌いしている節があるため、そこが少し心配かな。

 

「……マジか」

 

 そんなことを思っていると、清隆君が唖然とした様子で張り出された紙を見つめていた。

 確か清隆君は真ん中位の成績を出す予定だったはずだが、もしや失敗してしまったのだろうか? 

 

「ペア誰になったの……ってやばっ、すげぇ男だよほんと」

 

 なんと清隆君の隣に書かれていた名前は佐藤麻耶。先日彼と連絡先を交換した子だ。

 ここを引き当てる辺りギャルゲーの主人公の才能がある。最早あっぱれだ。

 

「良かったね清隆君! 世界が君に味方してるよ!」

 

 サムズアップをしながらニコニコで話す。

 

「……他人事だと思って」

 

 いや、他人の修羅場ほど面白いものないでしょ。

 

 

 

 

 

 ペアが確定したら次は勉強会をどう行うかについての話が行われた。

 結論として、鈴音ちゃんが監督役を務める午後4時から午後6時までの1部と、洋介君が監督する午後8時から午後10時の2部制で行うこととなった。

 部活動が無い人は1部、ある人は2部の方に参加するシステムだ。

 

「俺仕事ないけど大丈夫?」

 

「あなたにはテスト1週間前からの追い込みを担当してもらうわ。その頃には部活動も休みになるし、それまでに自分の勉強を完璧にしておいて」

 

 うへぇ……絶対キツイじゃんそれ。まあいいけどさ。

 

「ドンマイ紡。成績優秀者は大変だな」

 

「めっちゃ煽るやんお前」

 

「さっきの意趣返しだ」

 

 他人事だと思って……って、これさっきのやり取りそのまんまじゃん。

 

「ま、どちらにせよこのまま行けば何とかなりそうだな。ペアも事前に決めた通り、勉強会もお前らが指導するなら上手く行きそうだ」

 

「まぁね。最悪山内君が0点でも何とかなるようにするよ。特に今回の相手は龍園君のクラスだから、ちゃんと勉強しないと」

 

 因みに俺たちのクラスの相手は龍園クラスだ。それも攻撃と防御の両方で戦うこととなった為、負けてしまえば100ものクラスポイント差が発生してしまう。

 問題も嫌らしいものとなりそうだし、基礎からしっかり固めないと最悪全然取れないなんてこともあり得る。

 そんな予想を立てていたが、ここに来て思いがけない問題が発生してしまう。

 

「……少し相談したいんだがいいか」

 

 俺たちの元へやってきたのは、クラスメイトでもあまり話したことがない生徒だった。

 困ったような、申し訳ないような表情を浮かべている。

 

「三宅君? どうかしたの?」

 

 体育祭でも戦力として活躍した三宅明人君と、入学早々プールの授業で池君や山内君の視線の被害者になった長谷部さんの2人だった。

 割と騒がしいCクラスの面々では珍しく、2人ともクールなタイプの生徒なため意外な組み合わせと言える。

 

「あ、2人って期末試験のペアだっけ」

 

「俺たち試験でペアになったんだけどな、どっちもテストの得意不得意が被ってるんだよ。それでちょっと困ったからアドバイス貰いたくてな」

 

 三宅君から2人の中間テストの解答用紙を貰う。

 長谷部さんに見ていいか確認を取った後、折りたたまれた解答用紙を開く。

 

「あー……なるほどね」

 

「……驚くほど同傾向の解答ね。教科だけじゃなく正解、不正解の傾向まで似たり寄ったりだわ」

 

 横から解答用紙をのぞき込んだ鈴音ちゃんも同じ感想を抱いたらしく、困ったように呟いた。

 申し訳なさそうな様子の鈴音ちゃんだったが、点数である程度調整は出来ても、得意不得意でペア分けするのは流石に難しいだろう。こればっかりは仕方がない。

 

「でも参ったわね。あまり勉強の範囲ややり方を複雑にはしたくないのだけれど……」

 

 10人近くの勉強を見なきゃいけない鈴音ちゃんが、彼らの苦手科目の勉強を見るのは中々大変だろう。

 

「じゃあ俺が見よっか? 二人位なら負担もほとんどないし」

 

 流石に洋介君や櫛田さんの所へ行かせるのも酷だろう。彼らの勉強会に参加している生徒とは相性が良くなさそうだし。

 そう思って提案したのだが、長谷部さんの反応は乏しいものだった。

 

「あー……私はパスかな。他の子たちの嫉妬が怖いし」

 

「……なるほどね」

 

「……ふっ、ふふっ」

 

 そういう面も絡んでくるのか。

 完璧な提案だと思ったのだが断られてしまった。清隆君が後ろで笑いを堪えている。なぜだろう、凄く腹が立つ。

 

「けれど2人の不得意な部分は相当似ている。このまま期末テストに突入すれば総合点はクリアできても、各科目必要な最低60点を下回る可能性も出てくるわ」

 

「そうだけどね」

 

 長谷部さんはやや不服そうに、鈴音ちゃんから視線を外した。そして背を向けて歩き出す。

 

「どこに行くんだよ」

 

「みやっちー。誘ってもらったとこ悪いんだけどさ、やっぱ私には向いてないやり方かな」

 

 そう断り長谷部は一人教室を出て行ってしまった。

 

「悪いな2人とも」

 

「俺は大丈夫よ。三宅君だけでも教えようか?」

 

「……そうだな。いざ教わるとなれば長谷部も参加する気になるかもしれないし、頼んでいいか?」

 

「おっけー」

 

 うーん、あんまり乗り気じゃなさそう……純粋に気まずそうだけど大丈夫かな? 

 

「ありがとう斎藤。長谷部には俺からもう一度説得しておく」

 

 そう言って席に戻る三宅君。少し不安が残るが何とかするしかないだろう。

 

「三宅君が説得できなかった時のことを考えた方が良いかもしれないわね。私の方で時間を作れないか調整してみるわ」

 

「流石に働きすぎだよ鈴音ちゃん。1部の勉強会に問題まで作らなきゃいけないんだし」

 

「けれど他に手が無いのなら仕方のないことでしょう?」

 

「そりゃそうだけどさ……」

 

 あの様子だと櫛田さんが教える勉強会にも行きたがらないだろうし、かと言って俺はマンツーマンでも教えられないと来た。

 鈴音ちゃんが三宅君たちの面倒を見る。その流れで決まりそうな時だった。

 

「だったら俺が面倒を見る」

 

 話し合いの輪にいなかった一人の生徒が近づいてきた。 そう話に入り込んできたのは幸村君。

 

「幸村くん、あなたが協力してくれるなら歓迎するわ。勉強への取り組み方も、それに見合った学力も持っているし。でも構わないの? こういった馴れ合いは好きじゃないと思っていたから」

 

「少なくとも、協力しなきゃ今回の試験は完璧には乗り越えられそうにないからな。堀北だってそうだろ。だから自分で全て引き受けようとした」

 

 鈴音ちゃんの変化に触発されたのだろうか、幸村君は勉強会を自ら引き受けると言ってくれた。

 

「助かるー幸村君。君なら安心して任せられるし」

 

「斎藤もラスト一週間はほとんど勉強できないんだろう? だったらそれまでは自分が退学しないように勉強しておいてくれ。何せペアが山内だからな。お前でも危ないだろ?」

 

 前回の中間テストで赤点ギリギリ最下位を取った山内君。その信用は折り紙付きだ。

 

「ただ一つ別の問題がある。俺は勉強は教えられるが三宅や長谷部との繋がりはない。さっきの2人の様子を見るに一筋縄じゃいかない気もする。2人を説得して勉強会に連れ出す方法はそっちで考えてくれ」

 

「じゃあいい方法があるよ!」

 

「……? 何かしら紡君」

 

 自らが立てた完璧なプランに口角が上がるのを感じながら、鈴音ちゃんに耳打ちをする。

 

「なるほど。それは良い作戦ね。それだったら()()()()()()()()()()()務まりそうだわ」

 

 それを聞いて小さく笑った鈴音ちゃん。どうやら考えていることは全く同じらしい。

 俺たちの視線は、先ほどから黙って事の成り行きを見守っていた清隆君の方へと向かう。

 

「……えっ、オレ?」

 

 自分の顔を指さした清隆君。

 俺と鈴音ちゃんが頷いて返すと。清隆君は天を仰ぎながら額に手を当てた。

 

「マジかよ」

 

「大マジよ」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「……どうしてこんな目に」

 

「まあまあ、実際の所最適解だと思うよ? 三宅君たちとも相性良さそうだし、幸村君だって仲いいじゃん?」

 

 紡がそう言いながら背中をパンパンと叩いて来る……仕方ないな。思うところはあるが、これくらいは協力してやるか。

 放課後、早速行動を起こすべく準備を始めた。幸村に声をかけ、次に三宅に声をかけにいく。これから勉強会を開くためだ。紡から2人には事前承諾を貰っている。因みに長谷部によると幸村なら大丈夫とのことだ……何とも残酷な発言だが、退学者が出るよりはマシだろう。

 長谷部が早々に教室から出ていくハプニングこそあったが、無事全員で勉強会の予定地であるパレットへと到着した。

 

「えっと……まあ。とりあえずよろしく」

 

 オレの隣に座る幸村、正面に座る長谷部。そして長谷部の隣に座る三宅。 

 どこをどう転べばこんな集まりが出来上がるのか分からないが、とにかく違和感だらけの4人組が出来上がっていた。

 

「一応何か質問があれば先に受け付けるけど」

 

 オレがそう聞くや否や、紅一点の長谷部が軽く手を挙げてから言った。

 

「綾小路君って意外と静かなんだね」

 

「……いきなり出てきた質問がそれか」 

 

 長谷部は少し興味深そうにオレを見上げる。普段と全く変わらないテンションで喋っているのだが……

 

「だってずっと斎藤君とか堀北さんとかと一緒にいたじゃん? 体育祭もすごかったし、私達とは真逆のタイプの人だと思ってた」

 

 ……普段教室だと静かなんだがな。確かに無人島試験で紡とじゃれて川に飛び込んだり、体育祭ではしゃいだりはしていたが、まさかそんな印象を抱かれていたとは驚きだ。

 

「中学の時陸上部だったのか綾小路? それに、あの姿を見たら陸上部とかのスカウトが来ただろ」

 

「あー、まぁ多少勧誘は受けたけど。でも断った。紡は助っ人で大会に出たらしいけどな」

 

 都大会に100m走、200m走に出場してぶっちぎりで一位だったらしい。全国大会が後に控えていると嬉しそうに話していた。

 助っ人じゃなくて正式に入部すればいいんじゃないかと思ったが、あくまで好成績を残した際のポイントが欲しいだけらしい。

 

「部活も、正直したことがないから、勝手も分からないしな」

 

「そうなのか。勿体無いな」

 

 オレの話題が続く中、幸村は一言も発さずに会話を聞き続けていた。その様子を気にかけることもなく長谷部が話題を三宅へと移す。

 

「みやっちは弓道部だっけ。毎日弓飛ばして楽しいの?」

 

「楽しくなければやらない。ちなみに飛ばすのは弓じゃなくて矢な」

 

「私は部活に興味ないからなぁ。毎日楽しく過ごせればそれでいいし」

 

 今まで感じていた印象とは2人とも随分違うな。思ったよりも良く喋る。

 

『静かそうだけど意外とやかましいのは、清隆君も同じじゃない?』

 

 脳内の紡が煽ってくる。ものすごく言ってそうで、勝手に想像した自分でも恐怖を覚えた。

 そんな脱線しそうな雰囲気を戻すように、幸村が一度咳払いをして話し始めた。

 

「話の途中で悪いが始めるぞ。指示していた通り、1学期と前回の中間テストのテスト用紙は持ってきたか?」

 

「一応ね」

 

 長谷部が答え、三宅も頷いた。そして鞄からプリントを取り出し幸村に渡す。 

 オレは横目でプリントを見ながらその中身を同時に確認していく。

 

 ────結論から言うと、2人とも見事なほどの理系だった。

 数学の点数は70点ほどと平均と比べても高得点だったが、国語や世界史に関しては40点ほどと絶妙なラインだ。2人が心配になるのもうなずける。

 

「2人の傾向は分かった。勉強方法を考えるから少し時間を貰うぞ」

 

「了解。適当にお茶して待ってればいいでしょ?」

 

 早速というように携帯を取り出し寛ぐ長谷部。

 今の時代携帯さえあれば簡単に時間つぶしができるからな。オレも適当に携帯を弄ってるか、どうするか。

 オレはふと視線を感じ、何となくその方向へと視線を送った。

 すると数人の男子生徒がこちらの様子を窺いながらどこかへと電話していた。見覚えのあるCクラスの生徒3人。真ん中の石崎だけは名前が分かる。

 面倒事は勘弁してほしいのだが……流石に偶然だろうか? 

 

「なんとかなんねーのかよ!」

 

 そんなことを思っていると、唐突に石崎が叫んだ。後の話を聞く限りケーキの予約がどうこうで揉めているようだ。誰かの誕生日でも祝うのだろうか? 

 

「なにあれ」 

 

 長谷部がペンをクルクルさせながら、石崎たちを少し気持ち悪そうに見る。

 

「さぁな。俺たちには関係ないことだ」

 

 幸村は関心を示すこともなく、2人の中間テストを見て何かを書き出していた。苦手としている部分がどのあたりで、どんな対策をするべきか練っているところか。

 

「ケーキか……」

 

 石崎たちの話に興味があるわけじゃないが、そう言えば明日はオレの誕生日だったな。

 正直普通の人が抱くような誕生日の過ごし方のイメージは全く持ち合わせていない。

 ただひとつ歳を重ねた、というだけのものだった。何も知らなかったわけじゃない。誕生日が家族や恋人、友達に祝ってもらう日だということは知っている。その時の感情が分からないだけだ。

 

「どったの綾小路君」

 

 最近よく動画サイトで誕生日にサプライズをする類の動画が流れて来る。

 今までは全く関心が無かったが、今はそれが少しだけ羨ましく感じてしまう。

 

「いや、何でもない」

 

 ────そんな複雑な気持ちを抱きながら、カップに少しだけ残った温いコーヒーを飲みほした。

 

 

 





誕生日考えるのめんどくさいので紡君の4月29日は僕の誕生日でもあります。
4月生まれは色々と得することが多いのですが、唯一の不満点としては中1、高1とかは友達と仲良くなったばかりなので、基本的に誕生日を祝ってもらえないんですよ笑

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 週2投稿を目指します!


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進展+オマケ

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これからは感想の返事ちゃんとします!


 

 

 

 幸村が三宅たちの問題を採点し始めてから10分ほどが経ち、『とある生徒』との話を終えたオレは席へと戻った。

 

「そう言えばだけど、斎藤君って結局どうなったの? 教えに来る感じだっけ?」

 

 席に着くと、ふと思い出したという様子で長谷部が聞いてきた。

 

「……説明を聞いてなかったのか? お前が斎藤に教わるのが嫌だと言ったから代わりに幸村が来てくれたんだぞ」

 

「そう言えばそうだったっけ。てか、人聞き悪いこと言わないでよみやっち。もし聞かれてたらCクラスの女子に殺されちゃうって」

 

 少し大げさに手を左右に振る長谷部。

 しかし、周りを少しだけ見渡した後テーブルの真ん中に顔を寄せ小さく呟いた。

 

「ま、私斎藤君のことちょっと苦手だから、別に嘘じゃないんだけどね」

 

「おい……綾小路の前で言うなよ」

 

「ええー? 別に良いじゃん。悪口言ってるわけでもないんだしさ」

 

 呆れたような様子で咎める三宅に対し、長谷部はどこ吹く風といった様子。

 

「悪いな綾小路。長谷部も悪気は無いはずなんだが、好き嫌いがはっきりしているタイプだからな」

 

「ちょー分かってんじゃん。流石私のぼっち同盟」

 

「何だよそれ……」

 

 会話のペースは長谷部が握りっぱなしだ。それでもお互い気楽に話せているのは、ひとえに2人の相性が良いからであろう。

 

「純粋な疑問なんだが、紡のどういうとこが苦手なんだ?」

 

 ハッキリと紡のことを苦手、あるいは嫌いだと明言しているのはCクラスには山内位しかいなかっただろう。ここに来てまさかの2人目の登場に疑問が沸いてきた。

 そう質問すると、長谷部は悩むような様子を見せた。

 

「仲がいい綾小路君とか、堀北さんとかから見たら感じないかもしれないけど、斎藤君って何か皆から一歩引いて接してるように見えるんだよね」

 

「一歩引いて?」

 

「うん。今回の試験だって、多分堀北さんじゃなくて斎藤君がクラスをまとめた方が上手く行くんじゃないって。そこら辺で皆の意識と少し噛み合ってないって言う感じ? 上手く言えないんだけどさ」

 

 なるほどな。そういう考えを持つ生徒もクラスは居るのか。

 まあ長谷部が言いたいことも分からなくはない。今回は()()()()()からオレと紡は試験にノータッチの予定だ。単身で堀北が龍園に勝てるかと言われたら少々疑問が残る。Aクラスに行きたいと常日頃言っている紡が、そこで表に出てこないことに違和感を覚える生徒もいるだろう。

 

「だからちょっとよく分かんなくて。……後は女がらみの噂かな。お金取ってデートしてたり、三股ぐらいしてるとか言われてたよね? あれって結局ホントなの?」

 

 ……そりゃあほぼ初対面の女子からは敬遠されても文句は言えないな。オレも女子でそれをやってる奴が居ると知ったらヤベェ奴だとしか思わない。

 噂の内容を興味津々といった様子で聞いて来る長谷部。年頃の女子的には、このような話題はやはり気になるのだろうか。

 

「デート云々の話は知らないな。だが三股の件に関しては多分デマだぞ。そもそも紡は入学してから一度も彼女ができた事無いからな」

 

「え、マジそれ?」

 

 心底驚いたと言う様に目を丸くする長谷部。

 

「紡が嘘をついてないならな」

 

「えーヤバ。余計タチ悪いじゃん。曖昧な状態でキープしてるってことでしょ?」

 

「……さあ。そこまでは分からん」

 

 本当は込み入った事情があるのだが、それを説明せずに誤解を解く方法が思いつかなかった。

 ────ホワイトルーム最高傑作の頭が、一人の男子高校生の女癖の悪さに敗北した瞬間だった。

 

「よし」 

 

 突如、幸村が勢いよく顔を上げる。どうやら全ての確認が終わったらしい。

 

「何となく2人の苦手な部分が把握できた。でも、詳細はここから詰めていきたい」

 

 そう言って色々と書き連ねていたノートをひっくり返し三宅に向ける。

 

「文系問題をいくつか作ってみた。後で長谷部にもやってもらうから俺のノートには直接答えを書かず、自分の方に書いてくれ」

 

 幸村はこの短時間で2人の傾向を把握するどころか、自作の問題まで作ってしまったらしい。流石堀北以上の学力を有するだけある。

 2人の問題を採点し終えた幸村は、何処か呆れたようにため息をついた。

 

「全くお前らは……」

 

 互いに正解していた問題数のマルは3つ。バツが6つ。そしてサンカクがひとつだった。 

 テストなら同じ点数だが、驚くべきは正解も不正解も全て同じであるということ。

 

「得意な科目が似ていることだけじゃなくて、覚え方や傾向まで同じだ」

 

「すっご、なんか運命感じるくらいじゃない? みやっち」

 

「感じねえ」

 

「あ、っそ。なんかノリ悪ーい。でもこれってピンチってヤツ?」

 

 我に返ったように焦る長谷部だが、それは逆だ。

 

「この場合は好都合と取るべきだろうな。労力は半分で済む」

 

「そうだな。科目も文系なのが幸いしてる」

 

 教える人数を実質1人にすることが出来る。

 しかも根本からの理解が必要な理系の問題と違い、世界史等の科目は範囲外までさかのぼる必要は無くなる。

 

「楽勝な感じ?」

 

「それはこれからの努力次第だ。期末テスト当日から逆算して、7、8回は集まりの場が欲しい。短期集中よりも、間を置いて勉強するのが理想的だ。その辺3人は大丈夫なのか? 三宅は部活の問題もあるだろ」

 

「期末が近づいたら部活も休みになるだろうけど、時間の相談はさせてくれ」

 

 そんな三宅の要請に頷いた幸村が続けて説明を行う。

 

「脅すような形にはなるが、現実問題として2人の学力でこのまま試験を行うのはかなりまずい。普通のテストならいざ知らず、この試験の問題を作るのはDクラス。最悪10点台なんていう大惨事もありえる」

 

「……たしかにな。Dクラスなんて絶対捻くれた問題しか出さないだろうし」

 

「ああ。だけど全く傾向と対策が立てられないわけでもない。Dクラスが問題文を作ると考えると想像できないかも知れないが、俺の予想じゃ問題を作るのは金田だと思ってる」

 

 あまり聞きなれない名前だが、全く聞いたことが無いわけでもない名前だった。

 

「なんかあのメガネかけた気持ち悪いヤツだよね?」

 

「その言い方はどうかと思うが、多分それだ。Dクラスじゃあいつが一番勉強が出来る」

 

 幸村のもたらした情報が正しいとするなら、当然勉強のできる生徒が問題を作ると考えるのが妥当だろう。

 

「それにどの程度の難易度なら弾かれるかはもうじき分かってくるはずだ。今堀北と平田が際どいラインの問題を用意して審査してもらおうとしてる。明日にでもなれば大体の難易度も特定できると思うぞ」

 

「行動が早いな。いいアイデアだ」

 

 感心したように呟く幸村。

 

「うん。なるほどね」

 

 先ほどのやり取りで不安が取れたのか、長谷部は笑顔で頷いた。

 

「私のほうは部活もしてないし、いつでもいいよ。みやっちを基準に決めて」

 

 そう言って決定権の全てを譲った。 

 

 それを見ていた三宅が驚いた様子で長谷部を見た。

 

「長谷部はてっきり断ると思ったぜ。珍しいな。普段男子とはあまり絡もうとしたいのに」

 

「今回は結構勉強しないとやばそうだし。私が退学する分には仕方がないけど、みやっちまで巻き込むわけにはいかないじゃない?」

 

 自分のことよりも、友人である三宅のことを思って承諾したようだった。

 

「それじゃあ今日のところは解散だ。1回目の勉強会は明後日からするつもりだ」

 

 そう締めくくる幸村。今日と明日で問題の傾向を探り、対策を立ててくる予定か。

 初日にしては中々いい雰囲気だっただろう。そんな手ごたえを感じながら解散となった。

 

 

 

 

 

 それから寮に帰宅しベッドでスマホをいじっていると。ふとチャットの通知音が鳴った。

 

「っと……紡か」

 

 そこに書かれていた名前は斎藤紡。最近はテスト続きで忙しいため約一週間ぶりの連絡だ。

 

『お疲れ! 勉強会どうだった?』

 

 どうやら労いのメッセージを送ってくれたらしい。こういう細かなところが人に好かれる理由なのだろう。

 

『結構いい感じだ。4人でやる約束も取り付けたし、次の集まりは明後日だ』

 

『そっか。4人ってことは佐倉さんは結局行けなかった感じだよね?』

 

 その言葉で、今日パレットで出会った意外な生徒のことを思い出していた。

 その生徒は佐倉。席を立っているときに話していた『とある生徒』のことだ。

 勉強会に参加させてほしいと頼んできた時は驚いたが、大方紡が佐倉に発破をかけたのだろう。結局佐倉自身の口から言い出して欲しいと突き放してしまったためそれは叶わなかったが。

 

『そうだな。パレットで会って話したが、オレが紹介するより佐倉自身で頼んだ方が良いと思ったんだが……間違いだったか』

 

『いや、それでいいと思うよ? 紹介されて入ってきてもちょっと気まずくなるしね。多分今の佐倉さんなら大丈夫よ』

 

『そうか。なら良かった』

 

 そこで既読が付いて会話が途切れる。……こういう時の対処法を誰か教えてくれ。現実でもコミュ障のオレには荷が重いぞ。

 そんな神への祈りが届いたのか、少し遅れて紡の方から送られてきた。

 

『清隆君明日の予定空いてる?』

 

『明日か? 空いてるぞ』

 

『じゃあ今回の試験の対策会議するから、明日鈴音ちゃんと一緒に俺の部屋来てくんない?』

 

 ……流石にか。明日は誕生日だから少し期待してしまったが、そういえば一度も自分の誕生日を話したことは無かったな。……()()()()紡に祝ってもらおう。 

 そんな落胆と決心を胸に秘め返事を返した。

 

『分かった』

 

 

 

 

 

 そして時は流れ翌日の放課後。オレは1人で寮の紡の部屋へと向かっていた。

 別に放課後そのまま一緒に行けば良いはずなのだが、

 

『ごめん! ちょっと最近人呼んでなくて部屋凄い汚いんだよね。ちょっと片付ける時間欲しいから先帰ってるね!』

 

 そんなことを言って紡は先に走って行ってしまい、堀北はいつの間にか居なくなっていた。

 

「一体オレが何をしたって言うんだ」

 

 紡に関しては多分嘘だろう。坂柳が最近来ないからってそこまで汚くなるわけない。普段の様子を見てれば分かる。

 堀北に関しては謎だ。用事があったのなら一言声をかけてくれればよいものを。

 

「……ついてないな」

 

 そんな不満を漏らしながら、とぼとぼと寮への道を歩いてゆく。

 あれだけ暑かったこの道も、すっかりと木枯らしが身を包むようになってしまった。

 何時もは気にならない寒さだが、1人で歩くと嫌にそれが気になって仕方がない。

 

 ────そう言えば、最近は1人で居ることがほとんど無くなったな。

 

 何処に行くにしても紡や堀北が居るし、家では博士や池と通話を繋ぎながらゲームをしている。堀北も中間が終わった後にポイントでゲーム機を買ったらしい。

 4月からは考えられない。正直程々の学生生活を送れればいいと思っていたが、ここまで充実したものになるとは思わなかった。

 ……っと駄目だな。1人で居るとノスタルジーな気持ちにさせられる。これから大事な話し合いがあると言うのにこの体たらくじゃ2人にバカにされてしまう。

 

 そう心の中で自分自身に活を入れていると、気づけば紡の部屋の前に着いていた。

 親しき中にも礼儀ありということで、一応遊びに来るときはちゃんとインターホンを鳴らすようにしている。今回も例に漏れず押したが、どうも反応がない。あまり他の生徒に見られたくないんだが……

 

「紡? おーい」

 

 呼びかけても反応がないため試しにドアノブを開けると、何故か鍵が掛かっていなかった。

 紡らしくない不用心さだ。

 

「入るぞ?」

 

 そう言って扉を開け中に入るが、何故か電気はついていない。キッチンや廊下に付けられたカーテンは全て閉ざされており、妙に嫌な暗さが部屋中に蔓延していた。

 

「……紡?」

 

 おかしい。紡が帰宅してからもう15分は経っている。堀北も既に到着している筈なのに、廊下と部屋を繋ぐ扉からは物音すらしない。────まさか『あいつ』の差し金か? 

 まだオレに接触すらしていないのに、いきなり無関係の紡に刺客を送るか? いや、紡が退学しようとしている理由が()()()()()()()()()()なら、オレの心を折るために手を出している可能性は十分あり得る。

 

 脳内に浮かんだ最悪の光景に、思考が堂々巡りになっている事を自覚しながらも、体は冷静に水切り台に置かれていたフライパンを持っていた。

 そしてすり足で足音を殺しながら扉に近づき、意を決して思いっきり扉を手前に引く。

 

 

 

 ────その瞬間、暗かった部屋が急激に明るさを取り戻し、暗闇になれていたオレの目を埋め尽くした。

 そして次に感じたのは『バンッ』『バンッ』という乾いた2発の爆発音……クソッ!? 銃だと!? 

 

 

 

 遅れてやってくる火薬の匂いに自分が銃撃されたと確信したが、オレの体に降りかかってきたのは鉛玉ではなく、ふわふわとした紙のようなものだった……って、紙? 

 その時やっと自身が置かれている状況が、想像していたものと大分乖離していたことに気が付く。

 ────音の鳴った方向を見ると、そこには満面の笑みを浮かべる紡と、同じくいたずらな笑みを浮かべる堀北の姿があった。

 

 

 

 

 

「清隆君! お誕生日おめでとう!」

 

 

 

 

 

 ……は? 誕生日? 一体どういうことだ? 

 

「一体何と勘違いしたかは知らないけど、まずはその物騒なものを置いてきなさい」

 

「あ、ああ」

 

 堀北に言われるままフライパンを取った場所に戻す。

 

「ほら、鈴音ちゃんも言わないと」

 

「……さっきあなたが言ったからいいでし「鈴音ちゃん?」……わかったわ」

 

 未だ混乱し続けるオレの目を合わせては逸らしを数回繰り返した後、堀北は小さく呟いた。

 

「誕生日おめでとう、綾小路君」

 

「サプライズは大成功かな? いやー良かった準備しておいて」

 

 堀北に続いて紡が嬉しそうにオレの頭に乗ったちり紙を取る。……なるほどな。何となくどういう状況下は理解した。

 そして、同時に物凄く恥ずかしい勘違いをしていた事にも気が付いた。

 しかしどうしても疑問に残ることが一つだけある。

 

「……何でオレの誕生日を知ってたんだ?」

 

「そんなの先生に聞けば一発でしょ。絶対誕生日祝ってもらったことないかなって思ってさ」

 

「いや、確かにないが……」

 

 そういう問題じゃないと思うんだが。

 

「私としては、あなたが一体どんな勘違いをしたのかが気になるわ。急に足音を消したと思ったら、勢いよくフライパンをもって廊下から飛び出してくるなんて」

 

「いや……聞かないでくれ」

 

 何だろう。凄く恥ずかしい。

 だが、そんな羞恥心をはるかに上回る感情がオレを支配していた。

 

「ほら、ケーキもあるよ! 2週間前から用意してたんだから早く食べよ! 俺包丁取ってくるねっ」

 

 今までに見た事無い位の笑顔でキッチンへ走る紡。

 オレと一緒に部屋に残された堀北が、疲れたような呆れたような様子でため息を吐いた。

 

「……はぁ。気を張り過ぎよ」

 

「……」

 

 ぐうの音も出ない指摘だ。紡はいまいちよく分かっていなかった様子だったが、堀北はオレがこのような勘違いをした理由を知っている。

 

『飲み物冷えてるけど何がいい? カルピスとかコーラとかオレンジジュースもあるよー』

 

 扉越しに紡の声が響いてくる。

 

「オレはコーラで。堀北は?」

 

「じゃあ私はカルピスでも頂こうかしら。随分と久しぶりに飲むことになるけど」

 

『オッケー! じゃあちょっと待って』

 

 祝われる側のオレより楽しそうだ。

 

「あなたが言いたいことはよく分かるわ。私たちにできた初めての友人は、とてつもなく罪な人間よ」

 

「……そうだな」

 

 勿論嬉しいのは嬉しいのだが、このまま行けば来年も同じく祝ってもらえるかも分からないのだ。複雑な気持ちにもなる。

 そんなオレに、先ほどとは違った力強い意志の籠った瞳を向けてくる堀北。

 

「────だから、このまま逃げるなんてことは絶対にさせない。そうでしょう? 綾小路君」

 

「ああ。当たり前だ」

 

『ちょっとごめん2人とも! こっち物多すぎて運べないから手伝って!』

 

 紡の助けを求める声が聞こえてきた。

 

「じゃあ、今日の所は楽しみましょう?」

 

「そうだな…堀北」

 

席を立って歩き出した堀北に声をかける。

 

「何かしら?」

 

「ありがとう」

 

「…お礼なら、私じゃなくて紡君に言いなさい」

 

 

 




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不穏+オマケ


ふと気になってDクラスの生徒の成績を調べたのですが、これが意外と面白かったので長くなりますが書かせていただきます。
根拠が2年生辺のOAAの為正確ではないのですが、今出ている中でDクラスの生徒を『学力』の高い順番に並べてみます。

幸村輝彦  92 A
王美雨   84 A-
堀北鈴音  82 A-
平田洋介  76 B+
松下千秋  76 B+
櫛田桔梗  72 B
高円寺六助 71 B

こんな感じです。こうしてみると幸村の頭の良さがよく分かります。因みに坂柳が93で学年トップです。
平田と堀北の学力の差より、幸村と堀北の差の方が大きいのは意外でした。
現段階で大学受験の勉強を行っている幸村に対し、運動も勉強もまんべんなくこなしてこの成績なので、堀北はやはり優秀ですね。

因みにOAAの評価項目はこんな感じらしいです。

学力:主に筆記試験の点数から算出
身体能力:体育の授業評価、部活動での活躍、特別試験等の評価から算出
機転思考力:友人の多さ、コミュニケーション能力、機転応用が利くかどうかなど、社会への適応力から算出
社会貢献性:授業態度、問題行為の有無、学校への貢献度などから算出
総合力:上記4つの数値から算出される

これを踏まえて斎藤のOAAを作るとしたらこんな感じになるでしょうか

学力    96 A+
機転思考力 85 A
身体能力  98 A+
社会貢献性 37 D+
総合    88 A

うーん化け物


 

 

 

 テストまで残り1週間となったある日の夜、俺は少しだけテンションが上がっていた。

 

「ふふっ。嬉しそうですね紡君。そんなに私と会いたかったんですか?」

 

「そりゃね、だってこうして一緒に食べるのは2週間ぶりだし」

 

 そう。今はちょっと値が張るレストランで有栖ちゃんとディナー中だ。

 テスト前なのに何をやってるんだと突っ込まれるかもしれないが、現在2人とも期末テストの範囲はほとんど終わっているため問題ない。

 この時期は他に生徒もほとんどいない為ゆっくり食べられるから結構好きだ。

 

「それにしても良かったんですか? 堀北さんから止められてたのでしょう?」

 

「大丈夫よ。そもそも俺らって直接戦うこと無いし、まぁお互い赤点取らないように頑張ろ」

 

 俺たちはDクラスと、有栖ちゃん達はBクラスとそれぞれ直接対決を取る組み合わせだ。事今回に限っては警戒しすぎる必要性もないだろう。

 

「Aクラスはどう? 勉強進んでる?」

 

「ええ。特に問題なく進んでますよ。皆真面目で助かります」

 

「ちょっと羨ましいかも。うちのクラスはいつも通りだし」

 

「でも総合的な学力はCクラスの方が上ですよね、勉強会が上手く行ってるなら問題ないのでは?」

 

 既に各クラスの対策は知っていたのか、確かめるように質問する有栖ちゃん。

 

「まぁね。でも相手は龍園君だし、一体どんな手を使って来るのかが未知数だからさ」

 

「あなたと綾小路君が居る時点で、何を企んでも無駄になりそうですけどね」

 

「そう上手くは行かないよ。龍園君は龍園君で何を隠し持ってるか予想もつかないからさ」

 

 無人島試験の時みたいに暴力的な手段ばかり取るなら、逆に対策は立てやすい。

 しかし、最近はその類の噂も聞こえなくなってきたため少し不気味にも感じる。

 

「それに、事今回の試験に関しては俺と清隆君はノータッチだからね」

 

「そうなんですか?」

 

 意外だという様子で目を丸くする有栖ちゃん。

 

「うん。これからCクラスは鈴音ちゃんが牽引していくことになるし、何時までも俺らにおんぶにだっこじゃダメだからね。清隆君も同じ意見だし、鈴音ちゃんも納得してくれた」

 

「となると、中々面白いものが見れそうですね」

 

 その話を聞いて楽し気に微笑む有栖ちゃん。やはり彼女はこの学校ととことん相性が良い。

 

「そう言えば、清隆君新しく友達出来たの知ってる?」

 

「……意外ですね。一体どういう経緯で?」

 

 どういう人かじゃなくて経緯が気になるんだ……

 そんな突っ込みを心の中にとどめながら、その経緯を説明した。

 

「綾小路君らしいといえばらしいですね。高校生らしくて良かったじゃないですか」

 

「目線が親のソレになっちゃってるよ有栖ちゃん」

 

 ま、喜ばしい事には何ら変わりないけどさ。

 図書館やパレット、ケヤキモール等で一緒に勉強をしているらしい。

 しかし、そんな清隆君にも最近気がかりなことがあるみたいだ。

 

「よく勉強会してる時にDクラスの生徒と会うんだって。この前は偶然を装って龍園君が接触してきたって嘆いてたよ」

 

「とうとう目を付けられたのでしょうか? 表立った活動は体育祭しかしていないと思っていたのですが」

 

「ずっと俺と鈴音ちゃんと一緒にいたしねー。そこら辺は疑われてもおかしくないかも」

 

 むしろあれでずっと無能だと勘違いしてたらただのアホだ。それなりに優秀だという当たりはつけているのだろう。

 それに関連して、懸念点はもう一つある。

 

「その名残かは分かんないんだけどさ、俺も最近よく付けられてるんだよね。昼休み、放課後とローテーションで3人位。肩が凝って仕方ないよ」

 

「その割にここにDクラスの生徒は誰もいませんね。私との会食なんて龍園君なら飛びついてくると思ったのですが」

 

「流石にこの場に連れてこないよ。頑張って撒いたから安心して」

 

 今龍園君が乱入してきたら一発ぶん殴ってやってもいい。その位の気持ちは十分ある。

 

 

 

 ────それから他愛もない話を楽しみ、珍しく俺のポイントで会計を済ませ寮へと帰宅する。

 もうすっかり12月になって日も短くなってしまった。時刻は午後8時ほどだが、寮とケヤキモールを繋ぐ道の明かりは等間隔に設置された街頭のみ。

 外部の人間が居ない分治安はまだましだろうが、俺も有栖ちゃんも立場上いつ狙われるか分からないからね。そんな中夜道を1人で歩かせるなんてできない。

 

「あれは……」

 

 有栖ちゃんと2人で歩き寮のエントランスまで向かうと、そこには謎に人だかりができていた。

 道をふさぐように20人近くの生徒が、ポストがまとめて置かれている場所の周りを囲っていた。ラブレターでも入ってたのかな? 

 

「どうしたんでしょうか? 随分と騒がしいですが」

 

 有栖ちゃんも心当たりがないようで、不思議そうにその様子を見ていた。

 

「ね。ちょっと聞いて来る」

 

 少し駆け足でエントランスの奥のロビーまで向かうと、そこにいた一年生全員の視線が俺の方へと向く……何? どういう事? 

 そんな不気味な状況に困惑していると、突然左肩をトントンと叩かれた。

 

「あ、清隆君。丁度良かった。何この状況」

 

 隣を見ると、そこには清隆君の姿があった。部屋着姿の為急いで下に降りてきたことが伺える。

 珍しく焦ったような様子を見せる清隆君は、額に汗を浮かべながら人だかりから外れるように俺の手を引っ張って移動した。

 

「ちょ、ちょちょちょ。だからどういうこと」

 

「良いから付いて来い」

 

 俺の微弱な抵抗も虚しく、ずんずんと勢いよく連れ去られる。

 そんな有無を言わさない様子に驚いていると、ようやっと寮の裏手まで来て手を離す清隆君。

 

「何回も電話したんだぞ、電話くらい出てくれ……オレもさっき来たばっかりだから詳しいことは分からないが、どうやら1年全員のポストにこんな手紙が入っていたらしい」

 

 清隆君がポケットから取り出した4つ折りのプリントには、以下のようなことが書かれていた。

 

 

 

 

 

『1年Cクラス、斎藤紡は度重なる問題行動により、近々退学する可能性がある。龍園翔』

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 ────12月のとある寒い夜のことだった。そしてここから、俺の運命は大きく変わることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 ※オマケ

 

 ────現在から約7年前、斎藤と坂柳が出会って1年ほどが経ったある日の出来事。

 

 

 例のごとく放課後有栖ちゃんの家に遊びに行った俺は、有栖ちゃんと一緒に家にある書庫で本を読んでいた。

 流石名門校の理事長というだけあって、一年間入り浸っているがまだ半分も読破しきれていない。

 

「すみません。少し席を外します」

 

「ん、おっけー」

 

 そう言って器用に杖を使ってソファ*1から立ち上がり、書庫を退出した有栖ちゃん。

 一人取り残されてしまったが、気にせず続きを読む。

 すると、10秒ほどしてもう一度扉が開いた……やけに早いな。忘れ物かな? 

 

「紡君、ちょっと良いかい?」

 

 しかし、扉の前に居たのは有栖ちゃんではなく、彼女の父親だった。こちらに向かってちょいちょいと手招きしている。

 俺にとって彼は頭が上がらない人の1人だ。読んでいた本をパタンと閉じてソファの上に置き、速足で向かう。

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「実は少し相談があってね……」

 

 坂柳さんが俺に相談とは珍しい。というか小学2年生に何を相談するというのだろう。

 辺りを見渡して、坂柳さんは俺に耳打ちをしてきた。

 

「実は、有栖が猫を飼いたいと言い出してね」

 

「猫……ですか?」

 

 意外……ではない。ああ見えて、案外有栖ちゃんはかわいい物が好きだ。

 年相応の露骨なものは恥ずかしがって使わないが、部屋にはぬいぐるみ等が置かれている。

 

「僕としても滅多にわがままを言わない娘だし、なるべくなら叶えてあげたいんだけど……」

 

「面倒を見切れる自信が無いと?」

 

「そうなんだよ。僕も妻も家を空けている事が多いし、お手伝いの皆の負担もあまり増やしたくなくてね」

 

 確かに動物を飼うというのは、初めての人には中々ハードルが高いだろう。家にいることの方が珍しい坂柳家の両親たちにとっては猶更だ。

 

「有栖ちゃんに面倒見させるのは……厳しいか」

 

 体のこともあるしね。

 自分の出した案が成立しないことを悟ると、坂柳さんは小さなオレの両肩に手を置いた。

 

「だから、有栖の説得をしてくれないかな? どうか頼むよ!」

 

 こんなガキ相手にも相変わらず物腰の柔らかな人だ。

 まあ、俺が有栖ちゃんの初めてで唯一の友達だし、愛されているというのも少なからずあるのだろう。

 しかし、大人に頭を下げられるとちょっと焦るから勘弁してほしい。

 

「分かりました。期限は誕生日までですか?」

 

 来月、3月12日に控えた有栖ちゃんの誕生日までに、何とか説得しなければならない。

 

「良かった……! 頼んだよ紡君」

 

 そう言って急いで部屋を後にする坂柳さん。今のやり取りを有栖ちゃんに見られたくないのだろう。

 それにしても……猫かぁ。性格的に犬を欲しがると思ってたんだけど。いや、決して変な意味ではない。決して。

 

「────紡くん?」

 

「ひゃあ!? あ、有栖ちゃん」

 

 ソファにもたれながらそんなことを考えていると、突如有栖ちゃんが視界の下の方からにょきっと現れてきた。

 超ビビッて変な声を出した俺の膝の上にちょこんと座り、見慣れたジト目を向けて来る有栖ちゃん。

 

「上を向いてボーっとして、一体何を考えてたんですか?」

 

「い、いや。特に何も?」

 

「ふーん」

 

 そう言って、そのまま抱き着いて横向きに倒れる有栖ちゃん。

 俺が下敷きとなり、その上に有栖ちゃんが乗っかるという形になった。

 

「ちょ、なに」

 

「そんな見え見えの嘘をつくのはやめましょう紡くん。みっともないですよ」

 

 ムニムニとしたほっぺで頬擦りをしてくる有栖ちゃん。……うん、どっちかというとこの子が猫だね。

 

「ちょ、ふふっ、くすぐったいんだけど。やめて有栖ちゃんっ」

 

「嫌です。そのままジッとしててください」

 

 両手足で抱き着かれているため身動きが取れない。

 両親やお手伝いさん、学校の子たちが居る状況では基本クールな有栖ちゃんだが、こうして人目のない場所では甘々だ。

 今もなお引っ付き虫の有栖ちゃんにとある提案をする。

 

「そうだ、次遊ぶ時ちょっと出かけない?」

 

 その提案に目を丸くする有栖ちゃん。まあ基本家で本読んだりチェスしたりする以外やる事無いもんね。

 

「良いですけど……どこに行くんですか?」

 

「それは次のお楽しみって事で。ほら、今日はこれ読み終わりたいから」

 

 身長差が10㎝ほどしかない有栖ちゃんの両脇に手を通しひょいと持ち上げる。

 何とも馬鹿力な体だと思いながらも、持ち上げられた有栖ちゃんの不機嫌そうな表情が面白くて吹き出してしまった。

 

「……何ですか。人の顔見て失礼ですね」

 

「ごめんごめん……いてっ」

 

 ちょ、反省してるから叩かないで。

 

 

 

*1
坂柳父の特製のソファ。2人の体に合うようにちんまりとしたサイズになっている





 二次創作って、どの程度原作のやり取りを書くかが結構難しいですよね。
 一応僕の指標として、原作と変わった点がある場面や、物語に必要な説明をするときは必ず書こうとしています。省いたところは基本原作と同じです。
 ということで、申し訳ないのですが綾小路グループの描写は省かせていただきます。書いても原作の焼き直しになっちゃうので…

 しばらく毎話終わりに坂柳と斎藤の幼少期の話を書こうと思います。
 こんな幼少期を送ってそうだなーって言うのがあったらリクエストしていただければ書きますよ!

 モチベ=投稿頻度なので、まだやってないよって方は高評価や感想、お気に入り登録をしてくれると超嬉しいです!! 皆様の応援のおかげで何とかやれてます!
 



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嵐の前の静けさ+オマケ

高評価、感想、ここすきをいただけると作者のモチベーションになります!
これからは感想の返事ちゃんとします!


 

※オマケ

 

 坂柳さんとの密約を交して1か月。迎えた有栖ちゃんの誕生日。

 出会ってから初めての誕生日だが、うちの一家共々誕生パーティーにお呼ばれしてしまった。

 何とも嬉しい話だが、うちの両親が「紡の誕生パーティはどうしましょう?」とか悩んでいた。止めてくれ恥ずかしい。

 

「……こんなに大々的にやらなくても良いのですが」

 

 どうやらその気持ちを持っていたのは俺だけではなかったようだ。祝われる側からすると嬉しさと恥ずかしさが混じって変な感情になる。

 とはいえ今回は俺もプレゼントを用意させてもらった為、盛大に祝わせてもらおう。

 そう思っていると部屋の電気が消え、辺り一面が暗闇に覆われる。

 

「Happy birthday to you~♪ Happy birthday to you~♪」

 

 それと同時に、8本のロウソクが立てられた3段のデカいホールケーキが台車で運ばれてきた。

 運んでいるのはこの家の使用人さんで、両脇には有栖ちゃんのご両親が歌いながら歩いて来る。オレも歌うとしよう。

 

「Happy birthday, dear有栖ちゃん~♪ Happy birthday to you~♪」

 

「ほら、ロウソクを消して!」

 

「……仕方ありませんね。……ふー」

 

 渋々と言った様子でロウソクに息を吹きかける有栖ちゃん。

 ダメだよー。こういう場では恥ずかしくてもちゃんとやらないと。ま、皆それも織り込み済みか。

 何度か吹き返して、ようやっとすべてのロウソクの火が消える。

 

「「「お誕生日おめでとう!」」」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 わぁ、滅多にみられない有栖ちゃんのガチ照れじゃないか! 

 もじもじと両手を組んで斜め下を向く有栖ちゃん。うん、100点満点の照れだ。

 

「こうして大々的に祝うのは今年が初めてだもんね。ほんと、友達に祝ってもらってよかったね有栖」

 

「お、お父様。あんまりそう言うのは……」

 

 うわ、坂柳さんもなかなかいい性格してらっしゃる。

 抗議するように声を出す有栖ちゃんだが、うちの両親を含め、この場の皆は微笑ましそうにその様子を見ているだけだ。

 ここで、使用人の方に目配せを行う。頷いたのちに、部屋の奥から大小様々なサイズのプレゼントが運ばれてきた。

 

「────ではここで、誕生日プレゼントを渡したいと思います!」

 

「うちの両親と、有栖ちゃんの両親、俺のプレゼントの3つがあるけどどれがいい?」

 

 そう問いかけると、有栖ちゃんは迷ったような様子を見せた後、恥ずかしそうに小さく呟いた。

 

「……紡くんので」

 

 よし、勝った。

 奥で悔しそうに頭を抱える保護者ズにサムズアップをすると、俺は50×50cmくらいのプレゼントボックスを有栖ちゃんの前に置いた。

 

「開けてよろしいですか?」

 

「もちろん。ささ、どうぞ」

 

 丁寧に結ばれた赤い紐をとき、緩衝材のつぶつぶの中から出てきたものは────

 

「────これは……ぬいぐるみ、ですか?」

 

 そう。俺からのプレゼントは、デフォルメされた猫のぬいぐるみだ。

 

「有栖ちゃん猫飼いたいって言ってたでしょ? その代わりって言ったらあれだけど……まあ受け取って!」

 

 中々の『自信作』だ。受け取ってもらえなかったら泣く自信がある。

 まじまじとぬいぐるみを見つめる有栖ちゃん。ふとぬいぐるみを裏返すと、何かに気が付いたように声を上げた。

 

「あ……解れてますね。ここ」

 

「あはは……『手作り』だからさ、細かいとこは勘弁して」

 

 坂柳さんから依頼を受けて1か月。逆にその期間で未経験者がここまで形になったのだ、少し褒めて欲しい。

 

「紡ったらね、この前からずーっと練習してたの! 何回声かけても返事してくれないから、お母さん寂しくって!」

 

「余計なこと言わないで」

 

 こういうのはスカシて渡すのが正解だろうが。必死こいて練習したなんてバレたら恥ずかしくて仕方がない。

 

「ふーん……ふふっ、下手くそですね」

 

 ほら言わんこっちゃない。滅茶苦茶楽しそうにイジるやんこの子。

 

「あはは……有栖ちゃんの持ってる子たちに比べたらね」

 

 だって普通のサイズのぬいぐるみなのに数万するんだぜあいつら。職人が1人1人手作りしているものと比べんな! 

 

「……でも嬉しいです。一生大切にします」

 

 そう言って、不細工な顔のぬいぐるみに顔をうずめ、こちらを上目遣いで見て来る有栖ちゃん。

 何だよそれ! 反則じゃねぇか! 

 

「そ、そう? じゃあ……作ってよかったかも」

 

 やべぇ、ここまで純真な気持ちを向けられると流石の俺でも照れてしまう。

 そんなぶっきらぼうな返事しかできなかった。

 

「あらあら……うちの子が珍しく照れてるわ坂柳さん!」

「そっとしておいてあげましょう。大人が首を突っ込んでは野暮ですよ」

「それもそうね。ふふっ、紡ったら」

 

 うるせぇぞ保護者! さっきまで落ち込んでたくせにっ! 

 ーーーーそんなこんなで、俺たちが出会って初めての誕生日は無事幕を下ろしたのであった。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「退学って……これが入れられてたってこと?」

 

「ああ。Dクラスだけじゃなく、全てのクラスに入れられていたらしい」

 

 何だよそれ……面倒だな。

 全くの事実無根なら良いけど、これに関してはそうではない。一体どこからこの情報を仕入れてきたのだろうか? 

 堀北会長? ……いや、ないな。あの人が龍園君にわざわざバラす理由がない。

 

「騒ぎが広まる前なら対処は出来ただろうが、既に学年中で騒ぎになってるぞ。ちゃんと説明しないとマズいんじゃないか」

 

「そうだね。一体何を考えてるんだか……」

 

 テスト前のこの時期に、Cクラスを混乱させるためだろうか? だとしてもタイミングが早すぎる気もするが……

 

「とりあえず戻ろう。出ていきっぱなしだと怪しまれちゃうからね」

 

「そうだな」

 

 心配そうにこちらを見つめる清隆君にそう提案し、2人でロビーへと戻る。

 自動ドアを開け人混みへと向かうと、そこには見覚えのある二人が言い争いをしていた。

 

「この手紙はどういうことかな龍園君。こんな事を書いて、学校側が見過ごすとは到底思えないけど」

 

「お前には関係ない。関係ない奴は引っ込んでろ一之瀬」

 

 一之瀬さんと龍園君だ。

 毅然とした態度で問いかける一之瀬さんに対し、龍園君は余裕そうな笑みを絶やそうとしない。

 2人の元へ歩いてゆくと、足音に気が付いたのか龍園君がこちらを向いた。

 

「ようヒモ野郎。遅かったじゃねえか」

 

「いろいろ言いたいことは多いけどさ。何? これ」

 

 右手で清隆君からもらった紙をつまんで見せつけると、龍園君は見せつけるように肩をすくめて言い放った。

 

「書いてある通りだぜ? こっちは確かな情報を仕入れてるんだ。嘘をついても無駄だ」

 

「誰情報よそれ。こちとら試験勉強で忙しいって時に、こんなデマ流されたら迷惑なんだけど」

 

「情報の出所は問題じゃない。ただ、お前の秘密を俺が握っている。それだけだ。事実の証明なんてこの場じゃ不可能だろうしな?」

 

「チッ」

 

 残念ながら彼の言う通りだ。いくら評判の悪い龍園君でも、ここまで堂々と犯行に及ばれたら信ぴょう性が増してくる。

 ましてや対人関係でよく騒がれる俺の噂ともあって、この流れは非常に良くない。

 

「斎藤君……」

 

 よく見ると、Cクラスの子たちが集団の中にちらほら見える。

 

「大丈夫。明日先生に報告して、この手紙の内容が龍園君の勘違いだって証明するからさ」

 

「何だ? この場で証明できないのか斎藤」

 

「俺が何言っても君は信じないだろ? 無駄な事に労力割きたくないんだよ」

 

「はっ、それもそうだ。じゃあ俺は帰るぜ? ここに居ても無駄みたいだからな」

 

 そういって人の群れを割るように越えてゆく龍園君。

 

「……はぁ」

 

「大丈夫か?」

 

 思わずため息をついてしまった俺を、労う様に声をかけてくれる清隆君。

 

「ん、大丈夫。どうせ明日には収まってるよ」

 

「だな。きっと龍園なりの妨害か何かだろう。その証拠に、あいつは最後まで情報の出所を明かさなかった」

 

「だと良いんだけど」

 

 いかんせんこのタイミングというのが引っかかる。

 俺が心の中で退学することを決めたのは8月。無人島試験が終わって数日がたった頃の話だ。

 そしてそれを表に初めて出したのが10月。体育祭のリレーが終わった後。更にそこから2か月、何とも絶妙なタイミングだ。

 

「ま、とりあえず帰って返事返すよ。皆不安にしてるかもだからね」

 

「……そうだな」

 

 ────そう返す清隆君の目は、何時ものように無気力なそれではなく、どこかはっきりとした意思を含むものだった。

 そして、その些細な違いに、最後まで俺が気が付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 最終的に、この話は龍園君の勘違いということで幕を閉じた。

 と言っても俺に対する好奇の目はしばらく止むことは無く、それでも龍園君にはちょっとしたプライベートポイントのお咎めしか与えられなかったのには少し不満が残る。

 

「災難だったわね」

 

 隣を歩く鈴音ちゃんが同情の目を向けて来る

 

「ほんとだよ」

 

 もうテストまで一週間切ってるってのに、余計なことに頭は使いたくないものだ。

 

「問題の方はどう? 上手くできた?」

 

「ええ。ある程度分担したから、後は提出を済ませるだけ」

 

「なら良かった」

 

 順当に行けば勝てる試験だ。ここら辺を鈴音ちゃんがしくじるはずがない。

 

「じゃあ、あと1週間頑張って詰めないとね……忙しくなるなぁ」

 

 テスト前最後の1週間は、俺も全体の指導役として参加することになっている。この準備期間で模擬問題も作ったし、準備は万全だ。

 

 

 

 ────そして、そこから時は流れテスト当日。

 テストは2日に分けられて行われるが、この初日に全てが掛かっているといっても過言じゃないだろう。

 

「頼んだぞ斎藤! 俺の進退はお前に掛かってる!」

 

「勉強してきた分は頑張ってよ……」

 

 山内君が両手を合わせてこちらを拝んでくる。調子のいいやつだ。

 と言っても、みすみすこんなところで退学になる気は無いためしっかりと試験に臨む。最初の科目は現代文。特に苦手な科目でもない為、落ち着いて高得点を狙っていきたい。

 

 

 

 そしてテストを終え2日目。金田君が作ったであろう問題は中々難しかったが、しっかりと範囲の学習を進めておけば問題は無いはずだ。

 問題を解き終え、チャイムの音と共にテストが終了。答案の回収の後に解散となった。

 

「お疲れ山内君。どうだったテストは?」

 

「……ヤベエかも。斎藤! お前ちゃんと取ってくれたよな!?」

 

 ほら言わんこっちゃない。相方が俺だからって油断しきってるからこうなる。

 

「ま、別に大丈夫だとは思うけど。これに懲りたらちゃんと勉強してね?」

 

「は、はい……」

 

 よろしい。

 こうして、俺たちは無事試験を乗り越えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ────それから数日が立った、とある日の放課後のことだった。

 

「あれ……? 有栖ちゃん電話出ない」

 

 テストも無事終わり、鈴音ちゃん直々に接触を許された(他クラスの生徒とかかわりを持ちすぎるなと小言を貰ったけど)俺は、何時ものように有栖ちゃんと過ごす予定でいた。

 今日の献立の希望を聞きたかったのだが、どうしても電話に出ない。

 

「おかしいな……」

 

 この時間は基本暇にしてるはずなんだけど、クラスメイトにでも捕まったか? 

 今日は清隆君も体調不良でおやすみとのことで、立て続けに2人知り合いが連絡取れなくなるとなると、風邪でもうつしてしまったか心配になる。

 仕方がないのでチャットで聞いておこうと端末を開くと、先ほど電話をかけていたであろうタイミングで着信があったようだ。

 

「神室さん? 珍しいな」

 

 基本的に、俺と神室さんはチャットでしかやり取りをしない。そんな緊急で話すことなんてないからね。

 間違えてかけた可能性もあるが、一応折り返しの電話を掛ける。

 

「もしもし? どうしたの電話で、珍しいn『良かった!』……」

 

 返ってきたのは、いやに焦ったような様子の神室さんの声だった。

 心なしか息切れもしているように思える。

 

「ど、どうしたの、大丈夫?」

 

『大変なの! たった今私のアドレスにこんな写真が』

 

「写真?」

 

 チャットの通知音が鳴る。通知を確認すると、どうやら神室さんが写真を送信したらしい。

 スマホをタップしてその画像を表示する。

 

 

 

 ────すると、その瞬間俺の目に衝撃の光景が写り込んだ。

 

 

 

「なん……だよ、これ?」

 

『あいつ、昼過ぎから戻ってなくて、体調不良で早退したのかなって思ったらこんな……私、どうしたらいいか分からなくてっ』

 

「今すぐ送られてきたメールを転送してくれる? 後この敷地内の区画がまとめられている資料を、今すぐ図書室に行って借りてきてページの写真を送って欲しい」

 

 混乱した様子の神室さんに指示を飛ばす。大分説明を端折った自覚はあるが、今それを考える余裕が俺にはなかった。

 

『わ、分かった。……あんたはどうするの?』

 

 狼狽えたように答える神室さん。

 そんな彼女の質問に、恐ろしく底冷えした声で返事をしたのを自覚した。

 

「……そんなの、一つしかないだろ」

 

 スマホを持った手に自然と力がこもるのを感じる。

 

 

 

 

 

 ────そこに映っていたのは、両手を後ろに縛られ、目隠しをされた状態で床に倒れ込む有栖ちゃんの姿だった。

 

 

 

 

 

 




上げて下げます。

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 週2投稿を目指します!


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第七章
動き出す者たち


来週からテストで忙しくなるかも…


 

 

 

 その写真を見せられてから俺の行動は早かった。

 写真に保存されていたデータを解析し、その写真が撮られた時刻を特定、背景に写るものや光の角度、そして神室さんから送られてきた敷地の地図を基に場所を特定した。

 その場所は、敷地のはずれにあるとある工事現場、建設途中の建物だった。

 

「はぁ、はぁ……クソ」

 

 いくら狭い学校の敷地内と言えど、全力で走った為か息が切れている。

 不安と焦燥、その感情が俺の脳を支配していたのも大きな理由だろう。

 そして当たりを付けていた場所へと到着する。隣の立て札を見ると、今日の工事が行われる予定は無いらしい。

 建設途中ということもあり、もちろん監視カメラなどは存在しない。間違いなく計画的な犯行だろう。

 

 ────一体誰が? 

 

 そんな疑問を抱きながら階段を駆け上がる。

 そして3階に上った俺は、金属製のバリケードで仕切られた一つの部屋へと到着した。

 

「有栖ちゃん!」

 

 そこには、コンクリートの床の上で両手を縛られ、ぐったりと横たわる有栖ちゃんの姿があった。

 

「ん……つ、紡君……」

 

 急いで駆けよって肩を抱きかかえると、有栖ちゃんは一度顔をしかめた後ゆっくりと目を開けた。

 

「有栖ちゃん。もう大丈夫」

 

「私は……どうしてここに」

 

 12月のこの時期、断熱なんて全く考えられていないであろうこの場所に長い時間放置されたのだ。前後の記憶が曖昧になっていても仕方がない。

 

「誰にやられた。神室さんや鬼頭君は一緒じゃなかったのか!?」

 

「……そんな大声出さないでください。頭に響くので」

 

「ご、ごめん」

 

 縄をほどくと、有栖ちゃんは壁に寄りかかるように体育座りをした。

 そして右手を頭に当て、考えるように俯く。

 

「とりあえず帰ろう。ここは寒いからね」

 

 こんな場所にずっと置いておくわけにはいかない。体の弱い有栖ちゃんが風邪をひいてしまう。

 座っている有栖ちゃんに手を差し伸べると、俺の顔を見上げた後有栖ちゃんは焦ったような表情を浮かべた。

 

「紡君! 危ないっ!?」

 

「なっ……がっ!?」

 

 その瞬間、後ろからとてつもない衝撃が俺の頭を襲った。

 まるで鉄パイプのような鈍器で殴られた感触が広がる。

 

 ────くそっ、油断した……! 

 

 完全に安心しきっていた。この状況で、全く周りを警戒することをしなかった。

 せめて手下人の顔でも拝んでやろう。そう思った俺は、消えかける意識の中顔を後ろに動かす。

 

「はっ?」

 

自然と声が出た。

こんな事をするなんて、悪い噂がよく立っている2年の南雲先輩か龍園君しかいないと思っていたからだ。

 

 

 

 

 

ーーーーしかし、俺の目に映ったのは南雲先輩でも、はたまた龍園君でもなかった。

 

 

 

 

 

「ーーーー清…隆?」

 

「…悪いな。紡」

 

そんな声がきこえたような気がしたが、はっきりと聞き取ることは叶わなかった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…やりすぎでは? 後遺症でも残ったらどうするんですか」

 

目の前で完全に動かなくなった紡を見て、坂柳が心配そうにこちらを見つめてくる。

 

「加減はちゃんとした。もうじき目が覚めるはずだ」

 

「ならいいですが」

 

右手に持った鉄パイプをガランと地面に落とす。

そしてオレは、部屋の隅に予め置かれていた段ボールからロープを取り出し、紡の右手をむき出しになっている金属の配管に結び付けた。

さらに目隠しの為に布を巻き付ける。

こうしてみると完全に捕虜だ。これから尋問をされるといっても信じられるだろう。

 

「いよいよですか。ここまで長いような短いような。不思議な感覚でした」

 

「気を引き締めるぞ。ここが正念場だ」

 

 

 

ーーーーどうしてこんな事になってしまったのか。それは、今から約1ヶ月ほど前にさかのぼる。

 

堀北兄から紡が退学したがっている事について伝えられたオレと堀北は、まず真っ先にとある人物に相談を持ち掛けた。

 

「…そうですか。紡君は退学したがっていると…確かにそうおっしゃったんですね」

 

「…ええ。そうよ」

 

その人物というのが、幼少期から関わりがあり、紡のことを深く知っている人物である坂柳だった。

坂柳の確認に対し、堀北が緊張した様子で返答する。

何というか、正直言って坂柳の反応は意外だった。もっと取り乱すと思っていたからな。

 

「そうですか。なるほど…ふふっ、退学ですか」

 

「…坂柳?」

 

俺が気付いていなかっただけで、かなり動揺していたのかもしれない。

しかし坂柳は不気味に笑うだけで、何も言葉を続けようとしなかった。

 

「それで、あなた達は私に何をしてもらいたいのですか?」

 

「何って…紡君が退学になってもいいの!?」

 

「嫌に決まってるじゃないですか。当たり前のことを一々聞かないでください」

 

「だったら…それを阻止しようって話で「どうやって?」…それは」

 

声を荒げた堀北に対し、坂柳はずっと冷静なままだ。

呆気にとられた堀北を尻目に、説明を続ける坂柳。

 

「紡君本人が退学したいと言ってるんですよね? それを彼の意志を無視して阻止したところで、そこから2年間ずっと気を張ったまま生活を続けるんですか?」

 

「だから…その理由を聞きに来たのよ。あなたなら何か知っているかと思って」

 

そう堀北が言い放つと、坂柳は少しの間をおいてため息を吐いた。

 

「なるほど…分かりました。ただしあなた方に協力するにあたって、()()()()()()()()()

 

「条件?」

 

「この件に関しては、あなた達は私の指示に従ってもらう。この条件を飲めないのであれば私は1人で行動します」

 

「…わかったわ」

 

坂柳の提案に対して、堀北は渋々と言った様子で承諾した。

紡から話は聞いていたが、そう簡単に信頼できるかは別の話だ。いくら紡のことを最もよく知る生徒だからといって、全てを任せるというのは不安も残るだろう。

しかし堀北は譲った。自分ひとりじゃ解決できないことに悔しさを覚えているだろうが、最善を尽くすために譲ったのだ。

ならば、オレもただ見ているだけという訳にはいかないだろう。

 

「具体的には何をするつもりだ?」

 

「そうですね…では、信頼できる人を連れてきてください」

 

「信頼できる人?」

 

オレがそう聞き返すと、坂柳はいたずらな笑みを浮かべて続けた。

 

「ええ。具体的には紡君に惚れている人ですかね。そこにいる彼女と同じような」

 

坂柳が堀北に指をさす。

堀北は気まずそうに視線を逸らすも、その言葉自体を否定することは無かった。

 

「…分かった。明日再度集合しよう」

 

「分かった」

 

ーーーーそして翌日、オレと堀北は紡に惚れている人物…信頼できる人物である軽井沢を連れて坂柳の部屋へと訪れていた。

 

「ねえ、これってどういう集まりなの? 理由くらい教えてくれても良いと思うんだけど」

 

理由を教えられず連れ出された軽井沢はどこか不満げだ。

 

「それを今から説明するんです」

 

それを返すのは坂柳。能天気な軽井沢に対してどこか不機嫌そうだ。

 

「…あっそ」

 

何処かピりついた雰囲気を漂わせながら待っていると、部屋の扉が開いた。

 

「…何このメンツ」

 

入ってきた生徒に対して、坂柳は端的に指示を出す。

 

「遅いですよ真澄さん。時間が惜しいので早く座ってください」

 

「…そうね」

 

そんな有無を言わさない坂柳の態度に何かを感じ取ったのか、神室はそのまま空いた場所へと座った。

女4人に男1人。計5人が1つの部屋に集まっていて中々気まずいが、ここにいる女子全員が紡に惚れているという事実は何とも不思議だ。

 

「で、あたしは何でここにいるのよ。それにAクラスの女子って」

 

「綾小路君。説明は任せました」

 

丸投げかよ…まぁ、坂柳なりの考えがあってのものだろう。

しかし…

 

「?」

 

不思議そうにこちらを見つめる軽井沢。

彼女に今から紡が退学しようとしていると伝えるのは中々気が重い事だった。…仕方ない。腹をくくるか。

 

 

 

ーーーーそして、オレの予想通り説明を受けた軽井沢の反応は散々なモノだった。

 

「ど、どういうことよ! 何で斎藤君が退学するの!?」

 

「軽井沢。落ち着「落ち着けるわけないじゃない! 斎藤君が居なくなったら、私…」…」

 

瞳を潤わせながら、軽井沢は声を震わせる。

…最近クラスでの様子から、過去に受けたトラウマは紡のおかげで乗り切ったと思っていたが…どうやらそれは表面上だけのものだったらしい。

 

「…はぁ。綾小路君が信用できると言って期待しましたが、話を聞いただけでこのざまですか」

 

「は?」

 

それを見て失望したように言い放つ坂柳。

そんなことを言われて大人しくするような軽井沢ではなく、次の瞬間には坂柳の胸倉を両手で掴んでいた。

 

「あんたが…あんたがそれを言うんじゃないわよ!」

 

「ちょっと軽井沢さん「うるさい!」…」

 

胸倉をつかまれても何も言わずに睨み続ける坂柳、堀北が見てられないと声をかけるが、軽井沢は聞く耳を持たなかった。

…一体どういうことだろうか? いくら軽井沢が感情的になりやすいとはいえ、この行動は少し不自然だ。まるで、()()()()()()()()()()かのような様子さえ感じ取れる。

その疑問は、軽井沢の発した言葉によって解決されることとなる。

 

 

 

「ーーーー()()()()()()()()()()斎藤君に何もしなかったアンタが、よくそんなこと言えるわね!」

 

「…は? 虐待?」

 

「そうよ。まさか今知ったわけ? 斎藤君が幼少期に虐待されてたってこと」

 

軽井沢が語った内容は以下の通りだった。

紡の両親は彼が幼いころに離婚していて、母親の元で暮らしていた紡は虐待を受けていたということ。

物で殴られたり、食事を与えられなかったり、真冬に外で放置されたりしていたということ。

最終的に母親から包丁で刺され、それを期に今の育ての親の元へ預けられたこと。

 

そのどれも、オレや堀北にとっては初めて聞く話だった。

 

「何…ですか。それ」

 

そして、意外なことに坂柳も知らなかった様子だ。

彼女が驚いている様子など見たことがない。それほど坂柳にとっては衝撃的な話だったのだろう。

 

「はっ、あれだけ自慢げに語っておいて何も知らないんじゃない」

 

「何を言うかと思えば、紡君の両親は私も知っています。彼らは虐待なんてする人じゃないし、離婚もしてません。それに紡君の体に刃物で刺された傷跡なんてありません。あなたが今語った内容は真っ赤な嘘です」

 

そう返す坂柳だったが、オレは今まで紡から聞いていた話を照らし合わせて違和感に気が付いた。

 

「…その話、全てが嘘だと決めつけるのは早計じゃないか?」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「オレは少し前に紡の過去について聞いたんだが、小学生の時は大層やせ細っていたそうだぞ。それも付き合っていた彼女の親が心配するほどにな。それから十数人と付き合っては分かれてを繰り返していたらしいが…今思うとおかしな発言だな」

 

この話を聞いたのは4月の頃だが、どうも紡が嘘をついているようには思えなかった。

虐待をされていた時期が小学校低学年の頃なら話のつじつまが合う気もするが…その場合不可解なのが坂柳の話だ。

 

「いいえあり得ません。紡君と私が出会ったのは小学校1年生の時ですが、やせ細ってなんていませんでした。それに特定の方とお付き合いをしていたという事実もありません」

 

「じゃあ…斎藤君が私に嘘をついたってこと…?」

 

「それ以外考えられないでしょう」

 

動揺する軽井沢に対し、冷たく突き放す坂柳。

そんなように議論が逸れようとしていたのを止めたのは、やり取りを静かに見守っていた神室だった。

 

「…今考えるのはそんなことじゃなくない? 坂柳もやりすぎ。軽井沢を責め立てるために呼んだわけじゃ無いでしょ」

 

軽井沢と一緒で今この話を聞いたはずだが、神室はやけに冷静だった。

 

「あいつは…なんて言ったらいいか分からないけど、どこか急にふらっと居なくなりそうな雰囲気あったし…だからショックが少なかっただけ」

 

「でも」と付け足して神室は続ける。

 

「ショックが少なくても、退学されるのは嫌。それを何とか考え直させるためにこの集まりがあるんじゃないの? …だったら、一番斎藤のことを知ってる坂柳がしっかりしないとダメでしょ」

 

意外にも神室は坂柳に物申した。

2人の間には、ただのクラスのリーダーとその手下という言葉では済ますことが出来ない絆を感じられる。

自らと同じ異性を想う神室を受け入れている坂柳の懐の大きさもあるのだろうが、ここは神室が大人だったといえるだろう。

 

「…そうですね。すみませんでした。軽井沢さん、真澄さん」

 

「…あたしも、ごめん急に」

 

こうして、対策会議の第一回は幕を開けたのであった。

 

 

 



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冷たい男

テストの合間を縫っているため遅くなりました。
もうすぐ終わるので次回はもう少し早く投稿できると思います!


 

 

 

 それから密かに話し合いは続き、時は期末試験が終わった翌日へと移る。

 今回は堀北たちを呼ばず、オレ一人で坂柳の部屋にお邪魔していた。

 

「本当にその作戦で行くのか? 正直言って無理があるぞ。紡が気付かないわけがないと思うんだが」

 

 そして坂柳から提案された作戦が決行されようとしていたが、どうにもそれが成功すると思えなかったオレは苦言を述べた。

 

「紡君は意外と馬鹿なので大丈夫ですよ。あなたも堀北さんが襲われた時の彼の様子を見たでしょう?」

 

「それはそうだが……」

 

「だったら不安がる必要はありません。思いっきりやっちゃってください」

 

 上機嫌に笑いながらオレの背中を押す坂柳。正直これから行うことを考えれば、彼女の様子は正気の沙汰とは思えない。

 そんなオレの考えが伝わったのか、坂柳は先ほどより落ち着いたトーンで神妙に語る。

 

「あまり気を重くする必要はありませんよ綾小路君。そもそも悪いのは紡君なので、私たちはそれに応えただけと考えましょう」

 

「……そうだな」

 

 今から行う作戦は、自分が大切に扱われていると確信している坂柳だからこそ提案できたものだろう。既に堀北の件でやらかしているオレには到底できない芸当だ。

 だが、紡の抱えている『何か』を知るのに、これ以上に効果的な方法はない。

 

「楽しそうだな、坂柳」

 

「当たり前です。これで、ずっと私が知りたかったことが知れるのですから」

 

 本来、笑顔というのは攻撃的な意味を含むらしい。

 昔紡が坂柳に関してはその傾向が非常に強いと語っていたが、どうやらそれは正しいようだ。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 そして時は現在へと戻る。

 斎藤が目を覚ましたのは気絶させられてから15分ほどが経過した後だった。

 

「うっ……」

 

「起きたか」

 

「その声……清隆君?」

 

 まだじんじんと痛む頭を上げてその姿を見ようとするが、目隠しをされているためその姿を見ることは叶わない。

 

「これをお前が? ……一体どういうつもりだ清隆君」

 

 その事実に気が付くと同時に、斎藤は自身の両手が後ろ手に結ばれている事に気が付いた。

 手から伝わる感触から、相当きつく締められている事は容易に想像できる。

 そして倒れた時に見た綾小路の姿。それだけで、斎藤はこの騒動の中心に綾小路が居ると断定した。

 

「どういうつもりだって? それはこっちのセリフだ」

 

「は?」

 

 身動きの取れないまま、それでも身を乗り出して問い詰める斎藤に、綾小路は感情の見えない声で返す。

 その言葉の意味を理解できなかったのか、呆けたように声を出す斎藤。

 そんな斎藤に、綾小路は淡々と説明を続ける。

 

「お前がオレの父親と接触したことは既に知っている。これは、お前の真意をはっきりさせたかったから仕組んだことだ」

 

「清隆君の……?」

 

 そう。斎藤には全く心当たりがないのだ。

 坂柳や綾小路自身から聞いた話でどんな人物かは想像できるが、到底斎藤が協力するような人物ではない。

 

「あくまでも白を切るか……なら、こちらにも考えがある。立て、坂柳」

 

「こんな事をして、何の意味が「騒ぐな、早くしろ」きゃ!?」

 

 そこで斎藤の耳に入ったのは坂柳の声。

 考えてみればそうだろう。斎藤は囚われた坂柳の写真を見てここまで来たのだ。おいそれとそれを仕組んだであろう綾小路が逃がすわけもない。

 むしろ、綾小路にとっては()()()()()()()だった。

 

「今からオレの質問に答えてもらう」

 

「質問……?」

 

 しかし拘束されている以上下手に逆らうのは悪手。そう判断した斎藤は荒げた声を収め質問を受けることにした。

 

「まず1つ。お前はいつからオレを退学させようと行動していた」

 

「……意味が分からない。一体何の根拠で俺が清隆君を退学させようとしてると思ったんだ?」

 

「そうか」

 

 綾小路が残念そうに呟いた次の瞬間、ドスッという鈍い音と共に坂柳がせき込む声が斎藤の耳に入った。

 

「っ!? う゛っ……」

 

 苦悶の声を上げ、地面に倒れ込む坂柳。

 綾小路が拘束した坂柳の腹を蹴り込んだのだ。

 

「……は?」

 

 予想もしていなかった綾小路の凶行に、呆けたような声を上げる斎藤。

 

「誤魔化したり嘘をついたりしたら、その都度坂柳に一発ずつ制裁を加える。こちらは裏が取れているんだ。今お前に残された選択肢は、大人しく計画の全てをオレに話すことだけだ」

 

「何で……! どうしてこんな事するんだよ!? 俺がそんなこと……清隆君を退学させるつもりでいたなんて、本気で思ってんのか!?」

 

「オレだって信じたくはなかった。だから、せめてお前の口から話を聞いておきたい」

 

「……ふざけんな。やってないことを答えられるわけないだろ!」

 

 何故か斎藤が父親と協力していると確信している綾小路と、身に覚えが全くない斎藤。

 このまま話が平行線になるかと思いきや、ふと綾小路が呟いた。

 

「お前は知らないと思うが、つい先日オレの父親が接触してきた。卒業まで外部との接触が許されないこの学校でだ。これがどういうことか分かるか?」

 

 実際のところそんな話は全くしていないのだが、それを確かめる方法はない。

 綾小路はそのまま話を続ける。いつもは平坦な彼の声色が揺らぐのは珍しいことだった。

 

「そこで言われたんだよ。『斎藤紡は俺の協力者』だってな。楽しかったか? 友人ができて喜ぶオレを見るのは。お前にとっては随分と滑稽だっただろうな」

 

「違う! そんなっ、俺は本気でお前の事友達だと……!」

 

 そう叫ぶ斎藤だったが、頭の中では何故綾小路がこんな凶行に至ったかを考えていた。

 斎藤からすれば、この件は綾小路の勘違い。彼の父親と接触なんてしていないし、もし綾小路を退学させれば何かしらの報酬を与えると言われても受け入れるはずもない。それほど斎藤にとって綾小路という人間は大事な友人の一人なのだから。

 しかし、綾小路を取り巻く人間たちの思惑から、ただの勘違いと断定することはできなかった。

 

(清隆君の様子から、どうしてかは分からないが確信を持っているはずだ。『俺が清隆君を退学させようと動いていた』という確信が。……クソッ、理由が分かんねぇ。茶柱先生に何か吹き込まれたのか……?)

 

 しかし、そんな斎藤の思考は綾小路によって止められることとなる。

 

「ぎっ!? ……あ゛あ゛ああぁぁ!?」

 

 バキッという乾いた音と共に、再度聞こえてきた坂柳の悲痛な叫び声。

 今まで聞いたことの無い坂柳の声、しかもその原因が自身を親友と言ってくれた綾小路という事実は、いつもは鋭いはずの斎藤の思考をぐしゃぐしゃにしていた。

 

「何……で、どうして……こんなっ!」

 

「これで2回目だな。次は薬指の骨を折る」

 

 その言葉から先ほどの嫌な音の正体が分かってしまった斎藤が飛び掛かろうと体を起こす。

 しかし両手を繋がれているためそれは叶わない。

 

「クソが! ぶっ殺してやる! 清隆ぁ!!」

 

「……」

 

 激情に駆られ、口汚く罵りながら両腕をガンガンと引きずる斎藤。

 金属の配管が揺れる嫌な音が、コンクリート張りの冷たい部屋に響き渡る。

 その様子を、綾小路はじっと見つめていた。特に何を言うわけでもなく、ただ静かに。

 

 

 

 ────斎藤の脳裏には、幼いころから見続けてきた坂柳の姿が浮かんでいた。

 頭が良く、常に自分よりも大人であろうと背伸びをするが、結局は年相応の所が見えるような……そんな子供だった。

 そんな坂柳に対し優しく、時には厳しく……そのように()()()斎藤は接し続けてきた。もはや彼にとっては家族の一員と言っても過言ではない。

 体の弱い彼女を支え、時には支えられて斎藤は二度目の人生を送ってきた。……もっとも、斎藤にとっては支えられっぱなしという認識が強かったが。

 

 

 

「紡、君────」

 

 

 

 そんな坂柳が、苦しそうに自身の名を呼んでいる。

 今まで数えきれないほど呼ばれ、聞きなれたその声が、目の前の男のせいで辛そうに歪められていた。

 

 

 

「────助……けて」

 

 

 

 その声を聞いた瞬間、斎藤の頭は真っ白に染まった。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「あ゛あ゛あああぁぁああ!!!」

 

 声にもならない叫び声をあげ、紡が前のめりになりながらこちらへ向かって来る。

 ……恐ろしい迫力だ。隣にいる坂柳も驚いた表情をしている。坂柳も見たことがない紡が本当にキレた瞬間なのだろう。

 拘束しておいて良かった。暴れられたら抑えられる自信が無い。

 そう思っていたが、バキバキと何かが割れるような音と共に、紡の手を結んでいた金属の配管が外れ始めた。

 

「おいおい……嘘だろ」

 

 コンクリに直接ボルトで付けてるんだぞ……紡はゴリラか何かか? 

 とにかく予想外の事態だ。指示を仰ぐため坂柳に視線を送ると、口パクで何かを言っている。頑張ってください……だと? 

 

「おい」

 

 思わず声をかけてしまったが、坂柳はそれを無視するように寝たふりをしてしまった……おい! 頑張ってくださいってそういうことかよ!? 

 そんなやり取りをしていると、拘束を外し終えた紡が目隠しを取り地面に投げ捨てた。

 

「……紡」

 

「……」

 

 ダメだ完全にキレてる。どうしよう。

 とりあえず逃げられるとマズいので、坂柳を後ろの方へ置いておこう。

 そう思って寝たふりをしている坂柳に近づく……!? 

 

「触るな」

 

 寒気がしたので頭を下げると、ものすごい速度で何かが飛んできた。そのまま後ろにあった壁にぶつかり、金属が割れるような音と共に地面に落下する。

 よく見ると配管を止めていた金属製の金具だった。当たれば頭蓋骨にヒビが入るのは確実だろう。

 

「殺す気か?」

 

 オレの問いかけに、紡は無言で拳を構えることで返答した。

 完全に戦闘モードに入っている。紡もオレを倒さない限りこの場からは逃げられないことを自覚したのだろう。

 

「言っておくが、オレは強いぞ」

 

「……!」

 

 距離を詰めて容赦なく拳を繰り出してくる紡に対しながら、オレは彼の不可解な強さについて考えていた。

 

 坂柳が言っていたが、紡は今まで様々な種類のスポーツをしていたとは言えど()()()()()()()()()()()()()()()らしい。自らに知られる事無く練習するのも不可能だと語っていた。

 となると、()()()()()()()()()()()()についての説明がつかなくなる。

 

「……ッ!」

 

 こちらから仕掛けようと距離を詰めた瞬間、それを見越していたかのような右の拳が鋭く頬を掠めた。

 辛うじて躱すことに成功したが、その隙に紡はオレから距離を取ってしまった。

 そしてふと気が付いたが、彼の背後にはオレの後ろにいたはずの坂柳の姿があった。

 

「なぁ、お前はどこで()()を習ったんだ?」

 

 ホワイトルームでは多種多様な格闘技の訓練も行う。そこでもオレは武器を持った数人の教官相手に1人で圧勝できるほどの実力を有していた。それぞれの分野で実力者とされている教官相手にだ。

 そこでの経験から分かることだが、紡の戦闘能力は()()()()()()()()()()()()()()。それも一朝一夕では到底習得できないレベルだ。

 オレに対して劣ることの無い技術と、気づかれる事無く坂柳を守れるような配置に誘導する余裕。その全てが、目の前の男が強者であることを示していた。

 

「それを教えて何になるんだよ」

 

 ……随分と嫌われてしまったようだ。ネタばらしした後に引きずらないと良いんだが……そうなった場合は坂柳に責任を取ってもらおう。

 そこで会話は終わり、もう一度オレから距離を詰め蹴りを入れる。完全に不意を突いたつもりだったが、最小の力で右に逸らされる。

 その隙に懐へと踏み込んできた紡を肘撃ちで迎撃しようとするも、加速しきる前に左の掌で抑えられてしまった。

 

 何ともやりづらい相手だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()動きの予想がしづらい。

 紡の恵まれた体格から繰り出される拳は、『()()()()()()()()()』だ。主に女性や子供が習うものと言っていいだろう。

 予想外の動きに若干押されていたが、それは時間と共に変わってくる。

 

「!? ……っぐ!」

 

 数発の応報の末、オレの拳が紡の鳩尾に直撃する。

 急いで距離を取った紡だったが、その衝撃に耐えられず膝をついてしまった。

 

「諦めろ。万全の状態ならともかく、そんなボロボロの状態で勝てるわけがない」

 

 恐らく拘束を解いたときに無理な力を使ったせいで、全身の筋肉を痛めてしまったのだろう。

 最初こそ興奮から来るアドレナリンで痛みを感じないだろうが、それが落ち着いてきたせいか動きが鈍くなっている。

 

「……ごほっ、げほっ……諦めたら、逃がしてくれんのかよ」

 

「それは無理な相談だな」

 

 そう告げると、紡は膝に手を突きながらゆっくりと立ち上がった。

 

「ああ、そうだよな! ……がっ!?」

 

 発破をかけるように声を上げ向かってくる紡だったが、今になって体が動かなくなったのかバランスを崩して転倒してしまった。

 

「……終わりだな」

 

 もうこれ以上動かれたら、それが原因で何かしらの障害が残ってもおかしくない、体が冷えた状態からあれだけ動いたんだ。本音を言えば今すぐにでも病院に連れていきたいところだが……

 そんなことを考えていると、紡がオレの足首を掴みうつぶせの状態で顔を上げた。

 

「お前が……お前が、何を考えてんのか知らねぇけど……! はぁ、はぁ……次有栖ちゃんを傷つけたら、その時は、後悔させてやる」

 

 顔を砂や涙でぐしゃぐしゃにし、絶え絶えの言葉発しながら、それでも尚濁らない意志をオレに向けて来る。

 込められた力も弱々しく、その手は小さく震えていた。

 ……もう大丈夫だな。逃げる体力も残ってないだろう。

 

「……終わったぞ。何時までも寝てないでちゃんと説明してくれ坂柳」

 

「……は?」

 

 両手を上げこれ以上戦う意思がないことを示しながら、後ろで聞いている坂柳に向けて語る。

 自分でも驚くほどのげんなりとした声が出てしまった。

 

「────はぁ、一時はどうなるかと思いましたよ。ホワイトルームで格闘の訓練を行ってて良かったです」

 

「なん……で。どうして有栖ちゃんが……?」

 

「紡君に聞きたいことがあったので。綾小路君には私の指示で動いてもらいました」

 

「聞きたいことって……そんな、俺が有栖ちゃんに嘘をつくわけ「ええ。今まで嘘をつかれたのは女性関係のことだけですね」」

 

 紡の言葉を遮って語る坂柳。口調こそいつも通りだったが、その声色から内に秘めた激情が見え隠れしていた。

 

「そんな優しい紡君は、私たちに内緒で何をしようとしてたのでしょうか? ……退()()()()と聞いたときの、私の気持ちを想像できませんでしたか?」

 

「は、ははっ……何だ、そういうことか」

 

 その言葉から事の成り行きを把握したのか、乾いた笑いを浮かべながらゆっくりと壁に寄りかかる紡。

 

「……で、何が聞きたいんだよ。こんな大層なドッキリを仕組んで。言っておくけど退学を諦める気は無いからね」

 

「ええ。あなたが一度決めた事を中々曲げない頑固な人だとは、私もよく知っています」

 

 左手を後ろに、右手で持った杖を突いたまま器用にしゃがみ、目線を紡と合わせて語る坂柳。

 

「ですから、私が聞きたいのはそこに至った理由……つまり、あなたの過去についてですかね」

 

「……冗談キツイな有栖ちゃん。俺の過去なんて君が一番よく知ってるだろ。そんなことの為に、わざわざ傷つけられた()()をして俺をキレさせたの?」

 

 一瞬の間をおいてそう言い返す紡。その口調は何処か荒々しい。

 

「あら? いつ私が無傷だと言ったのでしょうか? どうやら紡君は何か勘違いをしているようです。そうですよね? 綾小路君」

 

「……頼むからそこでオレに振らないでくれ」

 

「ふふっ、これは失礼しました」

 

 そう言って隠していた左手を紡の前でひらひらと揺らす坂柳。

 その手を見た瞬間、紡の表情は面白いほどに歪んでいった。

 

「!? ……なんでっ! そんな……」

 

 紡の目線は青く、そして痛々しく外側に折れ曲がっている坂柳の小指に向いていた。

 

()()()()()()()? 何せ、骨折したのなんて人生で初めてですから」

 

 そう。紡が目隠しをしている間に行ったことは全て本当のことだ。

 そしてこれは、()()()()()()()()()()()

 絶望の表情を浮かべる紡に対して、坂柳は先ほどまでの穏やかな表情を消し紡に言い放つ。

 

「紡君? ────私は本気ですよ。貴方もそろそろ腹を括って下さい」

 

 何よりも坂柳を大事にしている紡にとって、彼女が傷つくことは許しがたいこと。

 そして、坂柳が傷つく原因となったのは、他の誰でもなく自分の隠し事のせいだったのだ。さぞかし自責の念で押しつぶされそうになっているのだろう。

 坂柳は、()()()()()()()()()()()()()()紡の口を割ろうとしていたのだ。相当の覚悟がないと出来ない芸当だ。

 

「ああ……。結局、こうなるのか……俺は、いつも……」

 

 何処か諦めたかのような、そんな呟きをする紡。

 そして数秒間の静寂が訪れる。

 

「俺の過去が知りたいんだっけ? 本当に、君が知らないことなんてあると思う?」

 

「少なくとも、今のあなたの反応を見れば何かあることは分かります。……そんなに、そんなに話したくないんですか? 私は、それを知るに値しない人間なのでしょうか?」

 

「良いよ。このまま何も言わずに帰してくれそうにないし、君達相手に誤魔化しが効かないなんて百も承知だからね」

 

「だけど」という言葉を強調し、オレと坂柳の目を一瞥した後続けて語る紡。

 

「この話がどれだけ信じられなくても、俺は何一つ嘘をついていない。だから信じてくれ」

 

「……分かった」

 

 オレがそう返事するのを聞いた後、紡はポツポツと語り出した。

 呪われているといっても過言ではない、凄惨すぎる過去の話を。

 

 

 

 

 

「────()()()()()()()()()()()。今から語るのはそんな俺の……どうしようもないクズの記憶だよ」

 

 

 

 

 




前世バレが嫌だという感想を頂きましたが…ごめんなさい。でも彼のわだかまりを解くにはこれがどうしても必要なんです…

次回は斎藤の前世の話です。


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どうしようもない、クズの昔話


大変遅くなりました。テストに課題にバイトが重なって死にそうになりながら書いたので、誤字が多いかもしれません。

この話は主人公である斎藤の過去話(前世の話)になります。よう実の要素は全くないのでご了承ください!


 

 

 

 ────いつだっただろう。自分が普通とは違う家庭で育ってきたと自覚したのは。

 

 

 

「お母さん! みてこれ! 学校で作ったの!」

 

 小学校一年生の時だっただろうか、学校で折り紙を作る授業をしたのを覚えている。たしか、俺が作ったのは髪飾りだったはずだ。

 あまりそっち方面で器用ではなかった俺の作品は、紙を折って作ったぐしゃぐしゃの花を、安いヘアピンにテープでくっ付けたお粗末な出来だった。

 

「……」

 

 母は夜の仕事をしていたためか、昼間はずっと眠っている。

 普段は起こさないよう静かに本を読んでいる俺だったが、その日は自慢の作品を母に見せたかったのだろう。

 住んでいた築数十年は経っているであろう安いボロアパートに、男児特有の高い声が響き渡る。

 

「ねぇ、おきてよっ! お母さ「うるさいっ!」うっ……」

 

 そんなヒステリックな叫び声と共に、頬に衝撃が走る。

 そのまま突き飛ばされた俺は、部屋に乱雑に置かれていたお酒の空き缶に倒れ込む。そしてガラガラとした音が辺りに響いた。

 ぐったりと倒れ込む俺を見下ろしながら、母は声を震わせながら語る。

 

「……お母さん疲れてるの。ご飯ならテーブルにお金置いとくから」

 

「で、でも……分かった」

 

 もう30年近く前の事だ。当時どんな心境だったかなんて覚えていないが、何となく想像はつく。

 叩かれたことによるショックではなく、母の睡眠を邪魔してしまった自責の念が大きかったのだろう。当時の俺はそんな子供だった。

 布団を頭から被り眠りについた母の枕元に、くしゃくしゃになった髪飾りを置き、そのまま俺は部屋を後にした。

 

 

 

 ────部屋を出て俺が向かった先は、徒歩数分ほど歩いた先にあるコンビニ。何か食べるものを買いに行ったわけではなく、とある人との『待ち合わせの為』だ。

 預けられた子供用携帯を片手に、一週間前から楽しみにしていた約束に胸をはせていた。

 

「早くこないかなぁ……あ!」

 

 駐車場で待っていると、黒い高級車が目の前に止まる。

 おぼつかない足取りで助手席の前へ向かうと助手席の窓が開き、タバコの煙特有の匂いが漂った。

 そしてその奥。運転席に居座っていた人物から声を掛けられる。

 

「久しぶりだな。ほら、早く乗れよ」

 

「うん!」

 

 中でタバコをふかしているスーツを着た金髪の男。見るからに怪しい見た目をしているが、俺の実の父親だ。

 ドアを開けて助手席に乗り込むと、そこからは煙の匂いだけではなく、大人の女性が使う様な香水の匂いがした。

 

「これから仕事じゃないの?」

 

「今日は休み。だから好きなとこ連れてってやるよ」

 

「ほんと! じゃあ……マック行きたい!」

 

「マックだぁ? ……まあいいけど、もっと他にないのかよ。高級焼肉とか。金ならいくらでもあるぜ?」

 

 母と違って、父は羽振りの良い人だった。

 事あるごとに『女に貢がせてるんだぜ』と自慢していたのは良く記憶に残っている。

 そう。この見た目からわかる通り、父の仕事はホスト。それも最近独立したため自分の店を運営している経営者だ。

 

「友だちがねっ、ハッピーセットのおもちゃ見せてくれたんだ! だから僕も欲しいの!」

 

「ハッピーセットねぇ……まあいいや。持って帰るにしてもちゃんと隠しとけよ? あいつにバレると面倒くさいからな」

 

『あいつ』というのは母の事だろう。当時は何故隠さなければいけないのか分からなかった。

 だがバレたら父と会えなくなると言われていた俺は、学校のランドセルや使っていないタンスの奥の方に貰ったものを隠していた。

 今となっては、それがどういう意味なのか、分かるようになってしまったが。

 

「きょうね、学校でかみかざり作ったんだよ。お母さんにプレゼントしたの!」

 

 そして話題は今日の授業のことへ。

 

「ほーいいじゃねえか。どんな反応してたんだ?」

 

「……でも、寝てるの起こしちゃったから叩かれちゃった……」

 

 叩かれた頬を撫でながらそう語ると、父は額に手を置きながらため息をついた。

 

「かーっ! 終わってんなぁマジで。ヒス起こしすぎなんだよあいつは。第一、浮気した時だってちょっと魔が差しただけなのによー」

 

「昔は強くていい女だったんだけどなぁ……」と小さく語る父。先ほどのテンションはどこへやら、俺は窓から流れる景色をボーっと見つめていた。

 母との昔の話をされるのは嫌いだった。薄っすらと残っている昔の優しい母や、温かい家庭を思い出して寂しくなるから。

 その温かい家庭が壊れた原因が自分にあると、薄々気が付いていたことも嫌いな理由だったのだろう。

 

 

 

 

 

 それから俺は陽が沈むまで父と様々な場所を巡って遊んだ。途中知り合いだという身なりの整ったおじさんや、派手な服装をした女の人とも話をした。父が『こいつが言ってた俺の息子』というと、皆頭を撫でて可愛がってくれた。

 お酒を飲んで談笑していた彼らの話を、当時の俺は半分も理解できなかったが、不思議と父が彼らから好かれていたことには気が付いていた。

 

「うえっ……随分飲んじまったわ。わりぃな新島、送迎頼んじまって」

 

「いえ、もう慣れっこなので」

 

「はっ、なんだそれ」

 

 父の経営するクラブで働いているドライバー・新島さんがそう返すと、父は嬉しそうに笑って返した。

 

「次は坊ちゃんのご自宅でよろしいですか?」

 

「坊ちゃんはやめろ坊ちゃんは。んで俺がそんな大層な扱いうけねぇといけないんだよ。なぁ?」

 

「う、うん……よくわかんないけど」

 

 そんな困惑していた俺の頭を、父はわしゃわしゃと雑に撫でる。丁寧さの欠片もない雑な撫で方だったが、俺は父に撫でられるのが好きだった。

 

「お前も不思議な奴だよなー。あいつのとこじゃなくて俺のとこに来ればいいのに」

 

「でも、僕が居なくなったらお母さんひとりぼっちになっちゃうし」

 

 俯きながらそう返すと、父は頭をぼりぼりと掻いた。

 しんみりとした空気を打ち消すように、父は俺を膝の上に乗せて語る。

 身長180㎝はあるであろう父の膝の上に、俺の体はすっぽりと収まった。

 

「よっと……じゃあ○○。今から俺の言う事をよく覚えとけよ?」

 

 そのまま向かい合う様に俺を支えると、父はいつもの飄々とした様子とは違う、強い意志の籠った瞳をこちらに向けてきた。

 

「お前は俺たちの息子にしては優しすぎるからな。ちょっとは非道な人間になっても誰も文句は言わねえ」

 

「知りませんよ。そんなこと言って」

 

「お前は黙ってろ……ったく。でな? 1つ聞くけど、お前、俺の事格好いいと思ってるだろ?」

 

 新島さんの呆れたような呟きを一蹴して、父はニヤニヤと子供っぽい表情で聞いて来た。

 

「うん! カッコいい!」

 

「よし。じゃあカッコいい父ちゃんから、一個アドバイスだ」

 

 

 

 ────そして、父は俺に一つの『呪い』をかけた。

 

 

 

「『()()()()()()()()()』。飯を食いたいと思ったら我慢しなくていいし、女を抱きたいと思ったら全力で口説き落とせ」

 

「……?」

 

 いまいち要領の得ない様子の俺に対して、父はニヤリと笑った。                                   

 

「今はまだ分かんねぇだろうけど、必ず自分のやりたいことが見つかるはずだ。それを邪魔する奴は全員消しちまえばいい。ちゃんと捕まんないように工夫してな」

 

 当時は分からなかったが、父と一緒に飲んでいた身なりの良いおじさんは、この町一帯を拠点としているヤクザの偉い人だったらしい。

 父がその地位まで上り詰めるために何をしたのか、それを察すことは容易だった。

 

 

 

 そしてそこから同じような日々を送り、数年が経ったある日のこと。

 ────父は突然連絡を返さなくなった。

 

 

 

 中学生になった俺は、休日ではあるが特に理由もなく街をふらふらと歩いていた。

 家に居れば常に罵声が飛んでくるため、それを避けてのことだ。

 

「はぁ……ったく。ナンパでもすっかなー」

 

 いつも通り高校生や大学生に声をかけ、ご飯を奢ってもらいながら時間を潰そうかと考えていた。

 まともな大人であれば心配の方が勝るだろうが、生憎と東京の繁華街を出歩いているような人間にそんな奴は少ない。

 父のことなど、とうの昔に忘れていた。

 

「ん……?」

 

 だから、その姿を見たときに思い出せたのは奇跡と言っても過言じゃないだろう。

 髪は黒色、派手な色のスーツではなくラフな服を着ていた。しかし不思議とそれを疑いはしなかった。

 

「お父さん……?」

 

 すれ違った背中にそう呼びかける。

 

「ん?」

 

 そして振り返った男の顔をよく観察する。

 細かいしわ等から加齢を感じられたが、そこには確かに幼い頃憧れていた父の姿があった。

 

「お父さんだよね! 連絡してくれないから心配してたんだよ?」

 

「あー……○○か。久しぶりだな」

 

 俺は中学生男子とは思えない程、無邪気に声を上げ父に駆け寄った。

 大して父はあまり再会を喜んでいない様子。

 

「せっかく会ったんだからまた昔みたいにご飯連れてって────」

 

 俺の言葉を遮るように父の携帯が着信を知らせた。

 

「っと悪い」

 

 画面を確認した父は、一瞬表情を嬉しそうに緩めて携帯を耳に当てる。

 

「もしもし? ……分かってるって、すぐ帰るから。ちょっと昔の『知り合い』と会ってな。夜ご飯までは帰るから心配すんなって」

 

 電話越しに誰かと話す父はとても楽しそうな様子だった。そんな父の姿は一度も見たことがない。

 

「……今の、誰? 何夜ご飯って」

 

 通話を終えた父に対して、俺は無意識に質問を投げかけていた。

 そんな俺に対し父は気まずそうに頭をポリポリとかいて答える。

 

「あー……まあ、何だ。ここじゃアレだし詳しい説明は飯でも食いながらでどうだ? 昼飯、食ってねぇんだろ?」

 

「う、うん」

 

 そして父が向かったのは、高級焼肉店でもレストランでもなく普通のファミレス。

 席に案内され注文を済ませると、父は右手をせわしなく動かしながら、ここ数年で何があったかを語り始めた。

 

「悪かったな。連絡返せなくて」

 

「……まぁ、心配はしたけど別に良いよ」

 

 嘘だ。本当はただの強がり、父は当時の俺の支えと言っても過言ではなかった。

 

「そうか」

 

 それを最後に父との間に気まずい沈黙が流れる。

 明朗快活で生き生きとしていた父の様子は、今や見る影もなかった。

 

「……それで、さっき電話してた人って誰なの?」

 

 俺としては絶対聞かなければいけない質問だった。

 のし上がることだけを目標としてきた父が、あれだけ朗らかに笑っているのは見たことがない。それに、『夜ご飯』というワードも引っかかった。

 

 ────何となく、分かっているつもりだった。隠すように机の下に置いた左手、そして無くなっていた父の店から、状況を推察するのは容易だった……そのはずだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()んだぜ? ……ホストもやめて、今は真っ当な仕事をしている」

 

「そう、なんだ。……おめでとう」

 

 最後の言葉は、ぐちゃぐちゃになりそうな気持ちを抑え、やっとの思いで絞り出した言葉だった。

 この頃になると、母が段々と荒んでいった理由が、目の前の男にあるということは理解していた。それでも会いたくなるのが人間というものなのだろう。

 そして、その男は家庭を作って幸せそうに暮らしている。思うところが無い訳はなかった。

 

「でも久々に会えてうれしいよ。色々話したいこともあったからさ。次はいつ頃会えそうなの?」

 

 ただ、幸せな人間の足を引っ張るのは良くない。

 夕食を家族と食べる約束をした父を長く留めておくわけにはいかないと、そう提案したときだった。

 

「あー……悪ぃな。俺、多分だけどもうお前とは会えないわ」

 

「……は?」

 

 耳を疑った。そりゃそうだろう。あれだけ良くしてくれた父が、こんなにあっさりと別れを切り出すなんて思えなかった。

 しかし現実は残酷で、呆けた様子の俺に父は続けて語る。

 

「何つーか、俺バツイチなの隠して結婚してるんだよ。だからこんなでけぇ子供いるとかバレたらヤバいんだよな。相手の家も結構そこらへん厳しくてさ」

 

「……っ!」

 

「連絡を返さなかったのはそういう理由もあるんだよ。だから「もういいよ」……」

 

 父の言葉を遮り、俺は母の姿を思い浮かべながら質問を投げかけた。

 

「今、母さんがどんな状況か……父さんは知ってるの?」

 

「知らねぇよ。養育費だって一括で払ったし、それ以上世話してやる義理なんて無ぇだろ。あんな一回浮気した程度でヒス起こすような女────っ!」

 

 我慢できなかった。……初めて、俺は父に対して怒りを覚えた。

 我に返ったとき、目に映ったのは左の頬を抑える父の姿だった。

 

「……母さんが、母さんがああなったのはアンタのせいだろうが!? 俺が、俺と母さんが、どんな思いで今まで生きてきたと思ってんだ! そんなお前が、新しい家族を幸せにするだって? 出来るわけねぇだろうが!」

 

 怒りのままそう言い放つ。途中店員が止めに来たことにより落ち着きを取り戻した俺は、父の方を睨みながら席に座る。

 

「はっ。お前、母親そっくりに育っちまったな。……1つ勘違いをしているから言ってやるが、あいつがクソみてぇな生活をしている理由が俺だけにあると、本当にそう思ってんのか?」

 

「……どういうことだよ」

 

「今はどうか分かんねぇが、あいつは常に売り上げで一位を取り続けるだけあって、顔も体も一級で頭も良い。そして男を立てるのが上手い良い女だ。……俺と別れた時もまだ20半ば。その気になりゃ貰い手だっていくらでも居る。『お前が居なければ』の話だが」

 

「……」

 

 売り言葉に買い言葉と言った様子で、苛立ちを隠さずにまくし立てる父。

 

「いくら美人だからって言って、子持ちのキャバ嬢を貰ってくれる奴なんてどこにも居ねぇんだよ」

 

「それは……!」

 

「分かったか? お前は疫病神なんだよ。俺にとっても、あいつにとってもな」

 

 そう言って食事代として5000円を机の上に置き、父は……いや、父だった男はその場を後にした。

 

「……なん、だよ……それ」

 

 血の繋がった親子なのに、幼い頃はあれだけ優しくしてくれたのに。そんな思いは、涙をこらえて震える俺を、振り返りもせずに出て行ったあいつの様子を見て無くなった。

 

 ────結局のところ、俺は父から愛されてなどなかった。いや、愛されていたのかもしれない。

 しかし、新しい家族が、子供が出来た父にとっては代替え可能な、そんなちっぽけな愛だったのだろう。

 

「ママ、パパ、あの人なんで泣いてるの?」

「しっ! 見ちゃダメよ」

「ほら、料理来たんだから早く食べちゃいなさい」

「やったー!」

 

「うっ……うぅ、ひっぐ……」

 

 休日の真っ昼間。ファミレスには当然たくさんの家族が幸せそうに団らんの時を過ごしていた。

 そんな、どうしようもなく幸せそうな彼らを見て、涙をこらえるなんて出来るわけが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 結局俺は、あれだけ嫌っていた父の『呪い』の通り、数多くの女性と交際しては別れてを繰り返していた。

 進学も働きもせず、金持ちの娘の家に転がり込んで毎月大量の小遣いを貰ったり、金だけは持っているが相手が居ない女性に体を売ったりしていた。

 そうして食い扶持を繋ぎ、日銭を稼いでいたとある日のこと。俺は行きつけの居酒屋にて、とある女性と出会った。

 

「ねね。お姉さん今暇?」

 

「……何?」

 

 真面目そうな雰囲気だな。第一印象はそんな程度のものだった。

 金曜の夜に1人でこんなところに来る固そうな女なんて、どうせひとり身に決まっている。

 

「おいクソガキ。テメェまたお客様ナンパしてんのか? いい加減出禁にするぞ」

 

「えー、出禁は勘弁してよー。俺この店の料理好きだし、成人して初めての酒はここで飲むって決めてるんだからさ」

 

「……っち。あんまり騒ぐんじゃねぇぞ」

 

 ほぼ毎週1人で来る俺のことを、何となく察していたのかは分からないが、ここの店主はチョロかった記憶がある。

 

「ごめんね騒がしくて。この人口は悪いけど良い人だから」

 

「……君、未成年なの? 何で1人で居酒屋なんかにいるのよ」

 

「まま、それは置いといてさ。俺も一人で暇だし一緒に食べようよ」

 

「別に、私と話しても面白くないと思うんだけど」

 

 感触としては悪くない。相手も一人で飲んでいるとき、顔の良い男に話しかけられたら気にはなるだろう。

 未成年ということがバレてはいたが、そこは程よく回ってきた酔いで何とか誤魔化せてる。

 

「大丈夫大丈夫。店長! オレンジジュース頂戴!」

 

「ぷっ、何それ。ナンパして頼むのがオレンジジュース?」

 

「だって俺17だし、俺だってビールとか飲んでみたいよ」

 

「ふーん。見た目より若いのね。言われなきゃ未成年だって分からなかったかも」

 

 ぱっと見で未成年だとバレると補導されちゃうからね。身長も高かったし、案外ちゃんとした服装をすればバレないもんだ。

 

 

 

 ────それから色々と話してみたが、話しかけた女性・清楓(さやか)さんは、中々俺と似た過去を持っていることが分かった。

 清楓さんは幼くして母親を亡くし、父親と2人で暮らしていたらしい。高校卒業を機に就職し、事務職として都内で勤務しているそうだ。

 

「私としては大学行きたかったんだけど、お父さんが許してくれなくてさー。酷くない!? 『女は大学なんか行かずに就職しろ!』って! 思考が昭和なのよ思考が!」

 

「ね。そんなこと言う人今時殆ど居ないのに」

 

 固そうな女だという第一印象は、話して10分ほどで消えてなくなった。

 酔いが回っているというのもあるだろうが、話してみると意外とよく喋る。ジョッキに半分ほど入ったビールを一口で飲み干し、ブンブンと上下に振っている。

 

「せっかく勉強頑張って良い高校通えたのに、友達の中で私だけ進学せずに就職! 進学してたら今頃サークルの皆と楽しく飲み会して、男だって……っもう!」

 

 そしてその内容のほとんどが会社や父に対する愚痴だった。よほどストレスが溜まっているのだろう。

 いつもならここで聞こえの良い事を言って慰めるのだが、その前に清楓さんは持ち上げたジョッキをスッとテーブルに下ろし、小さく語った。

 

「……でも、あんなこと言ったけど。お父さんあれで結構優しいとこあってさ。本当はお金が無いから行けないのに、私が死んだお母さんを恨まないように、わざとああいう風に言ったんだよね」

 

 正直、奨学金等を借りれば進学なんていくらでも出来たはずだ。話を聞く限りそう思っていたのだが、どうやら進学を選ばなかったのにはまた別の理由もあったようだ。

 

「私のお父さん、家に代々伝わる格闘術?の道場の先生やってるの。お母さんともそこで出会ったんだって。ウケるよね、こんな平成の時代にそんな有名な奴でもないらしいし」

 

 名前を聞いて見たが、初めて聞くものだった。その口ぶりから経営も上手く行ってないことが想像できる。

 

「だから生活苦しくてさ。私が稼いであげなきゃ!って感じ?」

 

 年上の人間に対して抱く感想ではないと思うが、何と言うか……彼女はとても偉かった。

 正直稼ぎは俺の方が倍近くあっただろう。複数の物好きな女性と愛人契約を結び、同世代の学生が行うバイトなんかとは比べ物にならない額の金銭を貰っていた。

 

 ────しかし、俺はそのお金を一銭たりとも母に渡すことは無かった。その上知人のコネでアパートの一室を借り、家にはもう一年は戻っていない。

 

「……凄いね。今はお父さんと暮らしてるの?」

 

「うん。昔は門限とか凄い厳しかったんだけど、最近は全然口出さなくなっちゃった」

 

 そしておもむろに時計を確認する清楓さん。

 

「……って、やばっ! 終電もうないじゃん……はぁ、まあいっか。店長さんお会計お願い!」

 

 そう清楓さんが手を挙げている隙に、手元に置かれた伝票を確認する……結構飲んだな。大分話が弾んだからかもしれない。

 

「……俺奢るよ。こう見えて結構手持ちあるからさ」

 

 初めてだったかもしれない。自分から食事を奢ると言ったのは。

 理由は分からなかったが、何となく清楓さんに払わせるわけにはいかないと、そんな思いがあった。

 

「ばかっ 子供が格好つけないの! 私が払うから」

 

「いや、でも「でもも何もありません! このくらい全然平気ですー」……分かった」

 

 結局押し切られてしまった。

 そしてそのまま2人で店を後にする。そして少し歩いたところで、清楓さんはおもむろにため息を吐いた。

 

「はぁ……私何やってんだろ。こんな小さい子に愚痴聞いてもらって」

 

「いや、別に俺小さくないよ? 背だって180はあるし」

 

「ぷぷっ、そういう所が子供っぽいって言ってるの」

 

「……」

 

 普段ならこんなに意地を張ることも、恥ずかしがることもなかっただろう。

 しかし、この人と喋ると何故か仮面が剝がされるのだ。『女好きのヒモ男』という仮面が剥がされ、素の自分が表に出てくるようになる。こんな事は初めてだった。

 

「ま、楽しかったけどね。君と話すの……タクシー代はちょっと痛いけど、これもまた人生! って感じ?」

 

 酒の影響か、頬を赤らめてそう語る清楓さん。そんな彼女がどうしようもなく魅力的に見えたのだろう。気が付けば俺はこんな提案をしていた。

 

「じゃあ俺の家泊まってく? こっから歩いて5分かからないけど」

 

「えっ……」

 

 俺だって驚いている。何故なら俺は金持ちの女性としかそう言った関りを持たないからだ。

 数千円の居酒屋の支払いですら罪悪感が湧くのに、酒に当てられた影響だろうか。

 

「あ、あはは……冗談キツイよ君。あんまり大人をからかっちゃメッ、だよ?」

 

 一瞬驚いた様子を見せたが、清楓さんはあくまで余裕を見せながら丁重に断った。目が泳いでいる辺り隠しきれていないが。

 そんな彼女の態度に悔しさを覚えた俺は、清楓さんに一歩近づき彼女を見下ろす。

 

「な、何? 顔、ちょっと怖いよ? ────んんっ!?」

 

 ……一応弁明しておくが。これは若気の至りという物だ。流石の俺でも言質を取る前にキスなんてするわけない。

 突然だったからか腰が抜けてしまう清楓さんだが、抱き寄せながら腰に手を回すことで支える。

 

「……君、ホントに高校生?」

 

「学校は通ってないけど、一応ちゃんと17です。で、どうですか? 俺は本気ですけど」

 

「……お手柔らかに、お願いします」

 

 

 

 ────そしてその日から、俺は清楓さんと付き合うこととなった。

 

 

 

 約10年後。俺が無残に刺されて死ぬ、その時まで。

 

 

 

 




 
 めっちゃ長くなりそうなのでいったん切ります。
 見ていて思った方もいるかもしれませんが、ホスト時代の斎藤の父親は言動共に龍園にちょっと似ています。彼がはっきりと『嫌い』だと明言しているのには、堀北に対して行ったこと以外にもこのような理由があります。

 裏話として、父親の資金繰りのために、幼い頃の斎藤がヤクザのおっさんに体を売る話を入れようかと思いましたが、前後の整合性を取るのが難しかったため辞めました。

 前回の話で非常に賛否両論別れましたね…勘違いなさっている方が多いので説明しますが、斎藤の前世によう実という作品はありません。
 なので原作の展開を知っている的な展開にはならないので安心してください。


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純愛


お久しぶりです。色々立て込んでる中ですが、何とか書き終えました!


 

 

 

「それから10年ほど清楓さんと一緒に暮らしたんだっけかな……正直その辺のことはあんまり覚えてないんだよね」

 

 俺からしたら15年近く前の話だし。と、遠い昔の思い出を話すような様子の紡。

 実際、この信じがたい話が真実だとしたら、彼にとってその数年の歳月は中々楽しいものだったのだろう。

 彼の両親の話をしている時とは一変して、その語り口は楽し気なものだった。

 

「……昔の彼女の話をそんな事細かに話す必要あります? 私が知りたいのは、あなたが私の元から離れるという判断をした、その理由についてなのですが」

 

 案の定坂柳がキレている。そりゃそうか。10年近く思いを寄せてきた人間の過去の恋愛話を長々と聞かされたのだ。

 これが俗にいう脳破壊という現象なのだろう。池がそんなことを言っていた記憶がある。

 

「ごめんって。ちょっと懐かしくなっちゃってさ。人に話すのなんて初めてだし」

 

 先ほどまでの激情はどこへやら、飄々とした様子で謝罪をする紡。

 

「……そんな辛い過去を、あなたは誰にも打ち明けずにいたのですか?」

 

 ……しかし、坂柳にとってはその凄惨な過去を誰にも相談せず、自分1人で抱えている紡にショックを受けているようだった。

 

 坂柳とこの作戦を実行するにあたり、彼女から紡との思い出については度々聞かされていた。

 そのどれもが、当時未熟だった自分を紡が助けてくれた。という内容の話ばかりだった。そして、自らを天才と褒めてくれる紡の一方で、彼が坂柳に弱さを見せたことは()()()()無いとも言っていた。

 だから、坂柳は紡のことをいたく尊敬していたのだ。転んだときには手を差し伸べ、時には起き上がり方を教えてくれた紡のことを。

 

 そんな紡が、10年間自らのトラウマを自分に打ち明けず、1人で抱え続けたのだ。

 そして最終的に、自分の前から居なくなろうとするところまで追い込まれている。そのことを知った坂柳の無力感は、筆舌にし難いものだろう。

 

「……俺としては、君たちがこの話を信じてくれることの方が驚きだよ」

 

「出会った当初のあなたは、その幼さからは信じられない程聡明で賢い子供でした。……紡君の家に置いてない本の教養や知識をどこで会得したのかは、長年疑問でした。それが前世というのであれば辻褄が合います」

 

 確かに、あの異常なまでの格闘技術も前世で習ったというのなら納得だ。

 そして出会った当初に言っていた、貧相な肉体だったというのは前世の話のはずだ。……恐らくは栄養失調だったんだろうな。そんな状況に追い込んだ紡の前世の母も、それを見ていながら放置していた父にも怒りが沸いてくる。

 

「地域とか学校の図書館とかさ、色々あるじゃん?」

 

「小学校の図書館に医学や生物学の専門書があるわけないでしょう。他の図書館だって歩いていける距離じゃありませんし、ご両親も連れて行ったことは無いとおっしゃっていましたよ」

 

「何でそんなこと知ってるんだよ……」

 

 思わずそんな呟きが出てしまった。ここまで知り尽くしているともはや恐怖すら沸いて来る。

 紡も同じ意見のようで、血や砂で汚れた顔を引きつらせている。

 

「……まあ、それは置いておくとして、有栖ちゃんの考察は大当たり。前世の俺はそこから国立医大へ入学したんだ。高卒認定をとって、そこからは独学でね」

 

 外の世界の大学についてはあまり知らないが、それでも相当な難易度だということは分かる。

 通常高い偏差値の進学校へ通い、それでも一部は浪人して受かるような大学だ。それを独学で合格したんだ。勉強が得意なのは前世かららしい。

 

「それで留年することなく卒業して、医師免許取って研修医になったんだ。そして研修医になるってタイミングで死んじゃってさ」

 

「……どうして、ですか?」

 

 流石の坂柳も、死因を直接聞くのは憚られたのだろう。迷うようなそぶりをした後そう質問した。

 

「それ聞いちゃう有栖ちゃん? ……まあ、別に良いけどさ」

 

 そして紡は、その端正な顔を歪ませ、こう語った。

 

 

 

 

 

「────刺されたんだよ。()()に、何十回も」

 

 

 

 

 

「っ! そんな……」

 

「大学を出て、そろそろ折り合いも付けないといけない頃だろうって。ついでに結婚の報告も済ませようと思ってね。実家に帰ったときは、驚きながらも歓迎してくれたけど……夜、気が付いたときには包丁が腹に刺さってたんだ」

 

 どこか投げやりでぶっきらぼうな口調は、半年間の交友を通して知った紡の人物像とは少し離れていた。

 

「……抵抗はしなかったのか?」

 

「清隆君みたいにタフじゃないんだよ俺は。……それに、『アンタなんか産まなきゃよかった』って、泣きながら言われちゃってさ」

 

 そう言ってため息を吐く紡。その後乾いた笑みを浮かべていたが、細められた大きな瞳は昏く淀んでいた。

 

「どうして……だって、あなたには」

 

 既に将来を約束した相手がいるのに、どうして諦めてしまったのか。珍しく言葉を途切れさせている坂柳が聞きたいのはそういうことだろう。

 

「……ああ。俺は最低だよ。けど、その言葉を言われた瞬間、人生そのものがどうでもよくなっちゃってさ」

 

 その意図を読みとって返す紡。

 

「結局、俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。無条件で自分を肯定してくれる彼女を……母親代わりの存在に依存していただけ。……本当の自分を見つけてくれる人を、ずっと探し続けていたのに、俺自身が他人を受け入れようとしなかった。だから俺はクズなんだよ。両親と同じだ」

 

「違います。紡君はクズなんかじゃありません。あの時あなたが話しかけてくれたおかげで、私は今とても幸せなんです」

 

 紡の発言をすぐさま否定する坂柳。

 だが、正直オレはその話を聞いて、紡の人間性が善一色であるとは思えなかった。だがオレはそれでもいいと思っている。

 

 他人に対する友愛の感情を……人がその人格の成長と共に自然と身に着けるものを、オレはこの学校に入るまで知ることなく過ごしていた。

 それを教えてくれたのは紡だ。最初は何てことない話し相手から始まった。それがものの半年で、自らの心の深い所まで彼に曝け出してしまっている。『最高傑作』とは何だったのか、打ち明けた当初は自分が弱くなってしまったのかと困惑したものだ。

 

 ────今はその選択が間違いだったとは全く思わない。

 

「何故そこまで露悪的になるんだ? ありもしない事実をオレ達に押し付けて、それで誰が幸せになると考えている」

 

 そんな紡が、やっとのことで自分のことを教えてくれたのだ。正直その手段は褒められたものではないが、結果として親友の悩みを聞いてしまったのだ。これ以上こいつを放置しておくなんて、オレにはできない。

 今までは相談に乗ってもらうばかりで、オレが彼に何かを返せたことは一度もなかった。

 

 なら、その恩をここで返さずして、一体いつ返すというのだ。

 

「母に拒絶されてショックだったのか? それとも、抵抗できなかった自分に心底嫌気がさしたのか? そんなの仕方がないだろう。最近やっと人並みになれたオレが言えたものじゃないが……紡が思っているほど、人というのは完璧な存在じゃないと思うぞ」

 

「綾小路君……?」

 

 坂柳が驚いたような表情でこちらを見てきた。そんなに饒舌な俺が珍しいのだろうか。

 

「褒められたら嬉しいし、バカにされれば腹が立つ。拒絶されれば悲しくもなるだろう。そして、オレは紡や堀北、須藤たちと何気ない話をしているだけでも楽しいぞ」

 

 オレが喜怒哀楽を真剣に語る様子を、父親が見たら一体どう思うのだろうか。

 ……もうオレはこの半年で、とっくに引き返せないところまで来てしまっているのだから。

 

「お前が居なくなったら悲しいぞ。いや、悲しいだけで済むオレはまだマシだ」

 

 思い浮かぶは、目の前で勝手に苦しんでいる馬鹿に救われた者たちの顔。

 

「坂柳はどうだ? きっとここまでしてお前を止められなかったと、自分は捨てられたのだとふさぎ込むかもしれない。堀北は、神室は、軽井沢は? 全員お前がどん底から手を差し伸べた者たちの名前だ」

 

「……」

 

 なあ、何とか言えよ紡。オレは今、少しだけ腹が立っているぞ。

 

「皆、お前に手を引かれながら何とかやってきたんだろ。それを途中で放り出すなんて最低だな? 前世の父親に似たんじゃないk「黙れ!!」……」

 

 長い長い沈黙の後に紡から飛んできたのは、ボロボロの体から放たれる右の拳だった。

 それをあえて受け止め倒れると、紡はオレの上に跨って胸倉を掴んできた。

 

「お前に……お前に何が分かるんだ!? たった半年しか一緒に居なかったお前が、おれの苦悩を知った気になるんじゃねえよ!」

 

 天井と俺の間でのぞき込む紡の端正な顔は、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 

「手を差し伸べただって!? んな大層な事してねぇよ! 見捨てたら寝覚めが悪いから助けただけだ! ……有栖ちゃんにだって、前世で病弱だった俺を重ねて、可哀想だって思ったから話しかけたんだよ……」

 

 先ほどの勢いは何処へやら、今度は神の前で懺悔を行う信徒のように小さく呟いた。

 

「それが懐かれちまったもんだから、居心地が良かったから! ……仕方なくズルズルと接してたんだ。『この子は天才だから、いつかは俺の元から離れるだろう』なんて、そんな無責任な考え方で」

 

 ポツポツとオレの頬に垂れる小さな水滴を払うことなく、ジッとその目を見つめる。

 するとオレの胸倉をつかむのに飽きたのか、紡はもう一度立ち上がって壁に寄りかかった。

 

「中学二年のクリスマス。覚えているかい? 有栖ちゃん」

 

「……ええ。忘れもしませんよ」

 

 その問いかけに坂柳が返すと、紡は諦観の意を込めながら小さく笑った。

 

「そりゃそっか。この前も言ってたもんね。『俺が初めて有栖ちゃんの前で泣いたとき』ってね……あの日、何があったか教えてあげるよ」

 

 そう言うと、紡はもう一度自身の過去を話し始めた。

 

「あの日、予約しておいたケーキを取りに行ったとき、小学3年生くらいの迷子の女の子と出会ったんだ。……何故か凄く見覚えのある顔をした、女の子に」

 

 そんな意味深な言葉を入れ、続けて語る紡。

 

「それ自体は別にいいさ。その子に聞きながら、元来た道を戻ったら5分程度で見つかったしね。慌てて駆け寄ってきたその子の母親が、()()()()()()()()()()()()()()ことを除けば」

 

「……まさか」

 

 あり得ないと断じることは簡単だった。しかし、わざわざ意味のない話を紡がするとは思えない。

 

「そのまさかだよ。顔、名前、声に至るまでそっくりだった。そんなはずがない、あり得ない……そう思いながら、隣で母に似た女性に手を繋がれていたその子に名前を聞いたんだ」

 

 強く歯を食いしばり、声を震わせながら紡は言い放った。

 

 

 

「────動揺を隠すのが大変だったよ。何せ、その子の名前は『女の子が生まれていたらこう付けていた』と、小さい頃に父親から聞いた名前と同じだったんだから」

 

 

 

「……つまり、その女の子は前世の紡君の生き写し、ということですか?」

 

 坂柳がそう返すと、紡は自嘲的な笑みを浮かべながら、ズルズルと地面へ座り込んだ。

 

「ああそうだよ。その子は浮気をして家を捨てた父親を、大層嫌っていたんだったんだろうね。憧れからその背中を追い続けて、クズになった俺と違って」

 

 紡は胸に抱え込んだ膝の上に肘をつき、両手で顔を覆いながら髪を掻きながら語る。

 

()()()()()()()()()()()()()()。……きっと、俺が俺じゃなきゃ母親は何処かで立ち直れたんだ。そして、そう思ったときふと思い出したんだ。『お前は俺たちにとって疫病神だ』って言った、父親の言葉を」

 

「……」

 

「そんな顔しないでよ有栖ちゃん。笑える話じゃないかい? ……だって、俺が愛を求めた相手は、ことごとく全員不幸になってるんだ。父親の言った通りだ」

 

 オレも坂柳も、そう言って黙り込んでしまった紡に、何も言うことが出来なかった。

 ……正直、ここまで根深い理由があるとは思わなかった。どこか闇を抱えているとは思っていたが、家庭環境については坂柳の裏も取れていた。少しこちらの本音を打ち明ければ、またいつも通りの世話焼きな紡に戻ると思っていた。

 

「だから、誰にも言わずに退学しようとしたんですか? 紡君のお父様が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実を隠して」

 

「……初めて聞いたんだが。紡、それは本当なのか?」

 

 確証を得たといった様子で問いかける坂柳。

 

「そうだよ。きっと清隆君のお父さんが、本気で君を取り戻そうとしてきたら、まず障害になるであろう俺や有栖ちゃんを排除しようとするはずだ。明確な後ろ盾がある坂柳さんならともかく、仕事を盾に脅される可能性は高い。……悪いけど、俺は育ててくれた両親の恩を仇では返せない」

 

 暗にオレの敵になるという意味を込めた発言をする紡。そうならないように、自ら退学するという道を選んだのだから、人が良いにも程がある。

 

「やはりそうでしたか……ですが考えすぎではありませんか? 紡君がDクラスに配属されたのは、間違いなくお父様が綾小路君と同じクラスにしようとはたらきかけたからでしょう。そうなれば、後々このような事態になるのは想定済みのはずです」

 

 ……そうか。紡と坂柳の両親は仲が良かったよな。だから自分の父親が紡の両親を守ってくれると、坂柳は言っているのだろう。……だが、

 

「分からないぞ。いくら理事長が対策を講じていた所で、それが効果を発揮する前に無力化される可能性もある。例えば偽のスキャンダルをでっち上げられたらおしまいだ。オレの父親はその位なら躊躇わずにやる」

 

「……そうなれば残念ですが、私も綾小路君の敵に回るでしょう」

 

 オレか紡、坂柳がどちらを選ぶかは火を見るよりも明らかだ。……面と向かって言われると少しショックだが。

 そんなことを思っていると、坂柳がふと紡の目の前に座った。

 

「……どうしたの有栖ちゃん。そんな、らしくない顔して」

 

 後ろに立つ俺から坂柳の顔は見えないが、彼女と向かい合った紡の反応を見れば、どんな表情を浮かべているかは予想が付く。

 

「紡くん。一つ、質問させて頂いてよろしいですか?」

 

「……いいよ」

 

 紡がそう返すと、坂柳は紡との距離を縮める。

 

()()()()()()()()?」

 

 そして小さな、けれどはっきりと聞き取ることのできる声量でそう問いかけた。

 

 

 

 

 

「……ぃよ」

 

 一瞬目を見開いたのち、問いかけに答えた紡。坂柳とは対照に聞き取ることのできないほど小さな返答だ。しかし、段々小さく震え始めた紡を見れば、その質問の答えがyesかnoかは明白だ。

 

「聞こえませんでしたよ紡君。もう一度お願いしまs「辛いに決まってるだろっ!」……」

 

 先ほどとは打って変わって、部屋全体に響き渡るほどの大声を上げる紡。

 

「どうして諦めてくれないんだ! やっと……やっと離れられる理由と決心がついたのに……! たかが仲の良い友達や初恋の人が転校する、それだけの事じゃないか!?」

 

 感情をせき止めていたものが決壊したのだろうか。しゃくり上げながらそう叫ぶ紡。

 

「もう誰も不幸にしないで済むのに……俺なんかが幸せになれる権利なんてないのに! どうして君たちはそこまで優しくしてくれるんだよ!?」

 

「……それは違うぞ」

 

 まるでオレ達だけが一方的に優しくしているような言い草だ。

 

「オレは今お前に与えている以上の優しさを、お前からもらったんだ」

 

「そうですよ紡君。これは、私が頂いたほんの一部に過ぎません」

 

 自己評価が低いと損をすると紡から教えてもらったが、こいつは一体どの口でそれを言っていたんだろうか。

 

「だとしても! ……そうだとしてもダメなんだよ……俺は、俺はその優しさにっ、甘えてしまう弱い人間だから!」

 

 紡はもう一切取り繕うことなく、子供の様に泣きじゃくっている。

 

「でも、でも俺が甘えた人は、皆……皆不幸になるんだよ! 俺は、お前らに……幸せになって欲しいんd「だったら!」……」

 

 その叫びを遮ったのは坂柳。俯いた紡の頬を両手で包み、赤く腫れあがった紡と目を合わせる。

 

「だったら……だったらどうして自分が幸せにしてやろうって思わないんですか? どうして、私の幸せの中にあなたは要らないなんて、そんな寂しいことを言うんですか?」

 

「それは!」

 

 言い返そうとした紡だったが、それよりも先に坂柳が畳みかけるように言い放つ。

 

「甘えたければ甘えればいいじゃないですか! ……あなたがそんなに辛そうなのに、何もしてあげられないことが、私にとっては一番の不幸です」

 

「っ……」

 

 その言葉に顔を歪める紡だったが、坂柳がその頭を抱きかかえたことで見えなくなる。……これはもう勝ち確だな。後は坂柳に任せよう。

 

「綾小路君も、この場にはいない堀北さん達も、皆あなたのことが大好きなんです。それはもう、離れることを許さない程、どうしようもない位に」

 

 そう思って歩き出したが止められてしまった。……この場で見ていろということか。

 

「もちろん私だってその気持ちは負けてません。あなたが居なくなるなら全力で追いかけますし、死のうとしているなら監禁して、二度と外には出しませんから」

 

 ……こっわ。

 

「要するに……そうですね。()()()()()ということです。私はもう、あなた無しで幸せを享受するのは不可能でしょう」

 

「……」

 

 そして、抱きかかえていた紡と目を合わせ、坂柳は畳みかけるように微笑んだ。

 

 

 

 

 

「────こんな体にした責任。ちゃんと取ってくださいね?」

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 そんな坂柳の言葉を最後に、辺りには沈黙が流れる。その場にいた者にとって、数秒にも数時間にも感じられるそれは、確かに斎藤の心に坂柳の言葉が響いた証でもあった。

 

「俺、本当は40超えてるんだよ?」

 

「今更年齢の話ですか? 別に私は構いませんよ。その位でないと、私とお子様な紡君とじゃ釣り合わないですし。ちょっと若い位が丁度いいです」

 

「未成年でギャンブルに手出してるヤバい奴だし」

 

「結婚したら控えてくれると助かります」

 

「男としての甲斐性も、そんなにないだろうし」

 

「今はお互いが支え合って生きていく時代です。寄りかかりたい時があればいくらでも胸を貸しますよ」

 

 

 

「……きっと、俺ばっかりが寄りかかることになっちゃうよ?」

 

 

 

「もう楽になっても誰も文句は言わないと思いますよ? ────お疲れさまでした。よく頑張りましたね。紡くん」

 

 

 

 その言葉と共に、抱きかかえた斎藤の頭を撫でる坂柳。斎藤は、一度だけ体をビクリと大きく震わせた。

 それが、今まで張り詰めていた彼の、心の糸が千切れた瞬間だったのだろう。次の瞬間、斎藤は坂柳の細い背中に手を回し、母に抱かれる幼子の様に大きな声で泣きじゃくっていた。

 

「ひっ、うう……ひっく」

 

「あら、何もここまで若くならなくても良いんですよ? よしよし……ふふっ、子育ての練習になりますね」

 

 胸に顔を押し付け、しゃくり上げる斎藤。坂柳はそれを拒否することなく、彼の頭をその小さな手で撫で続けた。

 それは、幼いころから坂柳が大好きな、斎藤の抱擁と全く同じものだった。

 

「もう……! 絶対逃げないから! 俺が……俺が絶対幸せにするから!」

 

「随分と大胆なプロポーズですね? 私としては、もう少し雰囲気のある方が好みですが……まあ及第点ですかね」

 

「ひっく……結婚し゛よう有栖ちゃん……! 俺、ちゃんと働くし、ギャンブルも絶対やんないからっ!」

 

「……冗談ですよ。そんなに急に言われても困ります」

 

 冗談で言ったにも関わらず、本気で結婚しようと言われて頬を赤らめる坂柳。

 その文言が最低だったことに気が付いたのは、その様子を部屋の外から聞いていた綾小路だけだった。

 

「ですが嬉しいです。紡くん────不束者ですが、よろしくおねがいします」

 

 そう言いながら微笑んだ坂柳は、今まで見てきた中で最も綺麗だったと、斎藤は後に語るのだった。

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

「終わったか」

 

「綾小路君。すみません、席を外していただいてたんですね。気が付きませんでした」

 

 紡のすすり泣く声が聞こえなくなったため、退出していた部屋に戻ってくる。

 

「紡は……随分ぐっすりだな」

 

「ええ。とても可愛らしい寝顔です。今まで見てきたものとは少し違いますね」

 

 件の紡は、坂柳の膝の上で寝息を立てていた。憑き物がとれたのか、とても穏やかな表情をしている。

 それを慈愛を込めた表情で見守り、時より頭をさらさらと撫でる坂柳は、もう立派な母親のようにも見えた。……普段体が貧相だとか、幼児体形とか言われていた坂柳だったが、これを見たら紡も口を閉ざすしかないだろう。

 

「……何か」

 

「い、いや。何でもない」

 

 もうこのネタでイジるのはやめておこう。こんな穏やかな面をしておいて、紡を監禁することも辞さないと宣った女だ。怖くてしょうがない。

 

「……指、大丈夫か? とりあえず紡を起こして、早く病院に行った方がいい」

 

 いくら必要に駆られたとはいえ、痛々しく変色した小指を見ると申し訳ない気持ちが湧いてくる。

 

「ええ。では、行きましょうか」

 

 しかし、怪我をしているにも関わらず、坂柳の表情は明るい。かく言うオレも大体そんな感じだろう。

 

「……これからのことを考えなくてはなりませんね」

 

 そんなことを思っていると、ふと坂柳がそう呟いた。

 

「これからのこと?」

 

「綾小路君のお父さんのことですよ」

 

 ……なるほど。確かにな。

 

「先ほどはあんなことを言ってしまいましたが、私に協力できることがあれば何でも言ってください」

 

「良いのか?」

 

「もちろん。……だって、これは紡君が守ろうとしたものですし」

 

「……そうか」

 

 行き当たりばったりにもほどがある。しかし、こういうのもたまには悪くないだろう。

 

「では行きましょう。……ほら、紡くん。起きてください」「……んぁ?」

 

 後ろでは坂柳が紡の頬をぺちぺちと叩いている。それを尻目に、俺は先に部屋を出て廊下に立つ。

 

「『紡が守ろうとしたもの』か」

 

その為に1人で抱えて、壊れそうになってるんだからしょうがない奴だ。

 

「…来るなら来い。相手になってやる」

 

ならば、オレも全力でその光景を守ってやろうじゃないか。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「悪いが、退学する理由はどこにもない。オレはこの学校で、あの場所では得られない大切なものを得ることができた」

 

 

「少し見ない間に、随分と饒舌になったものだ。やはり下らない学校の影響か」

 

 

「オレはお前の所有物でも、野望を叶えるための道具でもない、1人の人間だ。それを教えてくれたのもこの学校だ。そしてオレは今、学校生活を最高にエンジョイしているんだ。仲のいい友人も出来た。いくらあんたが相手だろうと、それを邪魔するならば容赦はしない」

 

 

「ほう? お前に友人か。能力値に差があるもの同士が、良好な関係を築けるとは思えないがな」

 

 

「その実力至上主義の考え方はやめた方が良いと思うぞ。少なくともあんたが下らないと切り捨てた『俗世間』を生きる上ではな。友人に能力も才能も関係ない」

 

 

「…後悔することになるぞ」

 

 

「やれるものならやってみろ。こっちは、あんたが切り捨てたもので勝負してやる」

 

 

 



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キャラクター設定3

お待たせした上にただの設定でごめんなさい!
次話と同時に投稿しようと思いましたが、感想が来て我慢できないので上げます!

次話は現在3000文字程度書いてるので、もうちょっとで出せます!



 

 

 

 ──斎藤紡(前世)──

 

 享年:27

 身長:167cm

 体重:43㎏

 

「お母さん! みてこれ! 学校で作ったの!」

「友だちがねっ、ハッピーセットのおもちゃ見せてくれたんだ! だから僕も欲しいの!」

「うっ……うぅ、ひっぐ……」

「ねね、お姉さん今暇?」

 

 前世の斎藤。もちろん名前も名字も全く違う。生まれた年代は平成初期をイメージ。

 父親は東京で名が売れているホスト。母親も店の稼ぎ頭のキャバ嬢だったためか非常に顔が良い。しかしネグレクトによるストレスや栄養失調により、高身長の両親(父187㎝、母166㎝程)の遺伝があるにも関わらずそこまで伸びなかった。

 

 幼さの残る色白な顔立ちに、どこか憂いを帯びた表情がデフォルト。小、中学共に非常にモテていて、卒業後はヒモとして生計を立てていた。その時の収入は月200万円ほど。性関連のテクニックもここで仕込んだ。

 といっても、未成年がそこまでの収入を得ていると税金やら法律やらでやこしくなるため、愛人契約していた女性からの支払いは、少量の現金とクレジットカードだった。

 

 上記の栄養失調により、筋肉が発達せず運動が大の苦手だった。しかしヒロインの父親によって、10年ほどみっちり格闘技を教わることとなる。

 その反面非常に頭が良く、進学こそしなかったが独学で高卒認定試験を一か月で合格。そこから難関国立医大に一年ほどで合格している。

 

 ──前世を完全に俯瞰で見た場合のステータス──

 学力:A

 知性:C

 判断力:C+

 身体能力:E+

 協調性:A-

 

 学力は元々良かった。身体能力が極端に低いが、これは先天性のものではない。

 前世からのアドバンテージを惜しみなく引き継いでおり、死亡したことで吹っ切れた為ステータスが上がっている(特に判断力)。──『キャラクター設定1』より引用。

 

 判断力に関しては両親関連が大きく作用している。非常に低い自己肯定感や、退廃的な思考が判断力を鈍らせていたが、転生したことによりクズになろうと吹っ切れた為、そのデバフは消えた。

 と言っても、表面上を取り繕っていただけで、その内にある『困っている人間、特に子供を見捨てられない正義感』『他人に認めて貰いたい、愛してもらいたいという承認欲求』を消すことは出来なかった。方向が愛情というだけで、やってることは櫛田とほぼ同じ。

 

 幼少期は気が小さく、他人の顔色をうかがいながら暮らしていたが、憧れていた父親の言葉によって性格が一変。段々と父親に似てきた彼を見た前世の母の心境や如何に。作中で言及している通りこれが無ければ立ち直れた……と言っても、息子(前世世界線)か娘(今世世界線)かの違いはかなり大きいだろう。

 

 小学校低学年の時点で、既に人たらしの片鱗を見せ、友達や恋人の家に遊びに行っては食事を集っていた。母親から渡されていた生活費で食事を賄うことも可能だったが、『母親の助けを受けなくても、自分で暮らしていける』という思想の下、ほとんど手を付けずに貯金、家を出る時の軍資金となった。

 

 中学生の時点で精神年齢が非常に高く、容姿や達観した考え方もあってか、先輩後輩問わず女子からは非常に人気だった。部活動などをしていなかったにも関わらず、非常に大きいファンクラブがあった。

 しかしその性格が原因か、結局同年代の異性と付き合ったのは小学校が最後。この頃には高校生や大学生に手を出していた。

 

 因みに初体験は中学1年生のとき。高校生に逆ナンされ、顔がタイプだからとホイホイついて行ったら襲われた。

 性的な事に忌避感を抱いていたため、自分から手を出すことは無かったが、それ以降、頭の中は金を稼ぐことと性欲を満たすことで埋め尽くされることとなる。と言っても、体力が無いため当時は下手くそな部類だった。彼が年下だから許されたムーブである。

 

 頭がいい理由は遺伝もかなり大きいが、時間を潰すために図書館に入り浸っていたから。進学校に通わせようとする教師の言葉を無視し、卒業後は前述の通り複数の女性と愛人契約を結んでいた。

 当時の彼にとっては高校生という肩書きよりも、自立して家から出ていけるという方が魅力的だったようだ。それでも、中学校はサボりつつも通っていたため、メッキをはがすと真面目な子供なのは、当時から何ら変わっていない。

 

 そんな生活を続けている中出会ったのが前世のヒロイン。もしここで彼女に出会っていなかったら、まじめに勉強した後親元に帰ることもなく、適当に金持ちの女性を引っ掛けてヒモとして生きていただろう。その場合は死ぬこともないが、本当の愛情を与えてくれる女性も居ない。10年だけだったが、幸せに暮らせた本編ルートの方がまだ良かっただろう。

 

 17歳の時に出会い、27歳でその生涯を終えるまでの10年間という短い期間だが、彼女のおかげで斎藤は本心から笑えるようになった。

 母親と向かい合おうと思えたのも彼女のおかげ。その結果命を落とすこととなったが、斎藤が彼女のことを恨むことは絶対にない。

 

 血みどろの中、自らも命を絶とうとする母親の意識を落とし、最後に清楓に『ごめん。どうか幸せになって』という文を送った。

 そして、母を抱きしめながらその生涯を終えた。

 

 

 

 ──前世の父──

 

「自分の欲望に抗うな。飯を食いたいと思ったら我慢しなくていいし、女を抱きたいと思ったら全力で口説き落とせ」

「分かったか? お前は疫病神なんだよ。俺にとっても、あいつにとってもな」

 

 大体全部こいつのせい。ドクズのサイコパス。人たらし。

 高校卒業と同時にホスト界に飛び込んで、店でナンバーワンになった実力者。独立と同時に知り合いだった斎藤の母親と婚約するが、一つの家庭に身を置くことに耐えられず浮気。斎藤が5歳くらいの頃に発覚し、そのまま別れることとなった。

 偶然ホストという道を選んだが、何をやっても成功したであろう人物。

 

 言動が非常に龍園と似ている。斎藤が龍園のことが苦手なのはこれが原因。

 と言っても、何やかんやで身内に優しい龍園と違って、こっちは自らの為なら平気で切り捨てる。その癖して慕われることに快楽を感じているため、斎藤の前から居なくなるまでは、自分を慕っていた斎藤をちゃんと愛していた。ただ新しい家族が出来たから、斎藤はもういらない子ということで切り捨てたクズ。

 原作綾小路がそもそも親愛という感情が湧かない人間ならば、こっちは湧いた親愛を平気な顔で切り捨てられる男。

 

 要領がいいため、前回の失敗を生かした。そのため新たな結婚生活は非常に順風満帆だった模様。

 良い夫、良い父親としてその生涯を全うした。

 

 

 

 ──前世の母──

 

「……お母さん疲れてるの。ご飯ならテーブルにお金置いとくから」

「どうして……どうして! 私と一緒に堕ちてくれなかったの!?」

 

 斎藤とヒロイン親子に次ぐ前世3番目の被害者。ただ死んだら地獄行きなのは間違いないだろう。

 斎藤に歪んだ承認欲求と、退廃的な思想を植え付けた張本人。一言で表すなら『母親になるには早すぎた女』。斎藤を産んだ時点で21歳程。

 

 斎藤父とはお互いに客という関係。大学の学費を稼ぐためにキャバクラで働き始めたが、その器量の良さと容姿から思わぬ才能を発揮させる。斎藤父との出会いは同僚の紹介から。ここから全て狂い始める。

 尤も惚れていたのは彼女だけで、父親の方からは自分に見合うステータスを持つ女。という認識しかされていなかった。

 

 彼女の方から積極的なアプローチを行い、斎藤父が店を建てて腰を据えようと思っていたタイミングだったため、届け出は出さずに婚約という形で一緒に暮らしていた。初めの方は斎藤父の家で幸せに暮らしていたが、前述の通り浮気が発覚してからは一転、2人は家を追い出されてボロアパート暮らしを余儀なくされた。

 

 実際の所、人並み以上の収入はあったが、ストレスから酒と浪費癖を悪化させたためそうなった。子供の食費も必要最低限しか渡さず、部屋は酒の缶で散乱し放題という最悪の環境を作り出した。

 斎藤を殺して自分も死のうと思ったが、斎藤に泣きながら謝罪され、押さえつけられたことにより未遂に終わる。

 

 転生後の世界でも、シングルマザーとして斎藤の生き写しの少女を育てている。転生後の世界では性別が女だったことにより、父に対する感情が嫌悪100%になった。そして母親に寄り添うようになる。

 それにより斎藤母は立ち直ることができたため、斎藤が出会ったクリスマスはケーキを買って家で小さなパーティをするつもりだった。仕事も夜職を止め、一人娘の為にしっかりと働いている。

 

 どこか他人の気がしない現世斎藤に優しく接するも、それすらも斎藤を曇らせる要因となった。

 

 

 





次話以降はガラッと動かすつもりなので、もしよければ高評価感想よろしくお願いします! めっちゃモチベになります!


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終幕
それはきっと、一つのありふれた結末で


大分話が飛びます。何なら卒業した後のお話です。
正史かIF√か、それはだれにも分かりません。


 

 

 

 朝。目覚まし時計の音と共に、深く沈められていた意識が浮上する。

 昔はこんな機械に頼らずともきっちり起きれたが、もうそんな芸当できなくなって久しい。

 

「……っ」

 

 あくびを噛み殺しながらベッドから起き上がる。布団の温もりが恋しいが、あいにくとそんな悠長なことは言ってられない。

 何せ今日は我が親友、斎藤紡からお誘いを受けているのだ。()()で疲れているであろうオレを気遣ったのか、最寄り駅にあるカフェに10時集合というやや遅い時間帯だったが……準備はきっちりしないといけない。それに仕事の疲れなんて無いに等しいしな。

 

 そんなことを心の中でぼやきながら洗面台に向かい、そこで顔を洗って歯を磨く。

 口の中の不快感を取り除いた後は朝食の準備だ。電気ポットに水を注ぎスイッチを入れる。お湯が沸くまでの間に適当な調理を済ませる。

 

 チーズとマヨネーズを載せた食パンをトースターに入れダイヤルを回す。ジリジリとトースターが鳴き声を上げる中、フライパンを加熱。そこにベーコンと卵を敷き火が通るまで焼く。火が通ったら塩コショウを入れて味を調える。

 そして油のはじける音を聞きながら完成を心待ちにしていると、全ての工程がほぼ同時に終わる。トースターからトーストを取り出し、そこにベーコンエッグを載せる。そして沸かしたお湯をインスタントコーヒーに注ぎ込む。最後に冷蔵庫からカット野菜を取り出しさらに盛り付け、ドレッシングをかければ完成だ。

 

「いただきます」

 

 我ながら悪くない出来だ。そんな自画自賛をしながら手を合わせる。

 ホワイトルーム時代はもちろん、高校時代もこんな健康的な生活を送るとは思ってもみなかった。実際一年の冬頃までは朝食は栄養バーか取らないというのがデフォだったからな。

 ()()()()から、紡は相当お節介な人間になった。何気なく朝食の話題になったためそう答えたら説教をされたのは今でも覚えている。もう7年も前の話だが。

 何ならこの分厚くて高級な食パン、卵やベーコンなんかは紡が定期的に送ってくるものだ。別にいらないと言っているのだが、どうもあいつはまだオレの生活力を信用していない節がある。

 

「今日は……さて、どうしたものか」

 

 朝食を平らげた後は服装を模索する。……と言っても、オレの私服のレパートリーはそこまで多くない。仕事では基本スーツを着るし、高頻度で遊ぶ友人もほとんど居ないからな。

 須藤や池、啓誠など卒業後も定期的に連絡を取る友人もいるが、皆忙しいためか成人式で会ってからは約3年ほど顔を合わせていない。

 

「よし」

 

 とりあえず無難な感じの、そこそこきっちりした服装にしておこう。紡だけならともかく今日は坂柳も来るらしいからな。なにか大事な話でもありそうだ。

 そして時間になったため、忘れ物が無いかを確認した後家を出て駅に向かう。そこから3駅ほど電車に乗り、集合場所のカフェに入ると、奥の方に見覚えのある人影を発見した。紡と坂柳だ。10時という微妙な時間帯の為か他に客はほとんど居ない。そんな中、美男美女の組み合わせは非常に目立つ。

 2人と目が合うと、紡が嬉しそうに笑顔を浮かべながらこちらに小さく手を振ってきた。

 

「久しぶりだな。こうして直接会うのは半年振りか?」

 

「おおー。もうそんな経ってたっけ? 最近バタバタしてたから全く感じなかったかも」

 

「私なんて成人式以来ですよ。呼んでいただけたら付いてきましたのに」

 

 隣に並んでいる2人の対面に座り、そんなやり取りをする。

 なんとも不思議な感覚だ。紡も坂柳も、あのころから変わった様子はない。

 

「そう言えば来月の分って届いた? 知り合いの農家さんから果物貰ってさ。ちょっとばかし入れといたよ。傷んじゃうから1週間以内に食べてね」

 

「ちょっとばかりと言っておいて、段ボール1箱は送ってましたよね? 良かったですね綾小路君。しばらくは3食果物付きの食事ができますよ」

 

「……いや、嬉しいし助かるんだがオレももう24だぞ。そろそろ1人で食事くらい「駄目。縛り付けとかないとどうせカロリーバー生活になるでしょ」……」

 

 まあ、否定はできないな。

 

「それで、仕事はどうなの清隆君。上手く行ってる?」

 

「まあ、ぼちぼちだ」

 

 今までの語り口から想像はつくだろうが、オレは高度育成高等学校を卒業し、大学に進んだ後に社会人になった。今は社会人2年目、仕事にも慣れてきた頃だ。

 と言っても、例のごとくオレは仕事に対して本気を出していない。理由としては出世にそこまで興味がないからだ。多少マシになったとはいえ、部下と共に仕事をするなんてやりたくないからな。出世したら人間関係のしがらみも増えるというし、程々に働いている。

 

「そっか」

 

 何かを嚙み締めたようにそう呟いた紡。坂柳もどこか微笑ましそうにこちらを見てきた。

 

「それにしても、2人して顔を出してくるなんて、一体どんな風の吹き回しだ?」

 

「酷いですよ綾小路君。まるで私たちが問題を持ってくる疫病神みたいな言いぐさじゃないですか」

 

「それなー。ただ会いたくなったじゃダメなの?」

 

「学生時代のことを考えるとどうしてもな」

 

 紡と坂柳が()()()()()()()()()()クラス間闘争はバリバリ続いたし……何なら1年のときより過激になったからな。

 

「ま、これから話すことは確かに面倒事かもしれないけど……ってちょちょちょ! 話くらい最後まで聞いてってよ!」

 

 ほれみたことか。やっぱり面倒事じゃないか。席を立ち帰るふりをしたオレに、紡は焦ったように声を荒げた。

 しかし、その面倒事というのに多少浮ついた気持ちになったオレが居るのも間違いない。

 席に戻ったオレを見て、紡は安心したようにため息を吐いた。そして真剣な眼差しを向けこちらに語り掛ける。

 

「俺はね、清隆君がそんなところに甘んじてていいとは思わないんだ。君にはもっと相応しい場所があると思ってる」

 

 ……ん? 

 

「もちろん君が働いている企業は素晴らしい所だ。誰もが名前を聞いたことがあるだろうし、そこの総合職となれば人生安泰だろう」

 

 急に胡散臭い雰囲気を纏い出した紡。坂柳に目線でヘルプを送るが、目が合っても彼女は楽し気に微笑むだけだった。

 そんなやり取りをしている間にも、紡の話は矢継ぎ早に流れて行く。

 

「ただ今の君が、その人生に満足しているとは思えないんだ。言うなれば、高校生の時みたいな「熱」が、今の清隆君からは感じられない」

 

 別に高校時代と何ら変わってない気もするけどな。……まあ楽しくなかったと言えば嘘になるだろうが。

 というよりこの茶番は一体なんだ? 紡はとうとう忙しさで頭がおかしくなったのか? 具体的に何をしているかとかは教えてくれなかったが、あの紡が忙しいというくらいだ。一般人がやったら忙殺されるようなことをしているのだろう。

 殆ど紡の話を聞き流しながらそんなことを考えていると、紡は一度姿勢を正して小さく笑った。

 

 

 

「清隆君。────俺と世界を変える気は無いかい?」

 

 

 

「マルチ商法の勧誘なら帰るぞ「あー! ごめん! ごめん嘘だって!」……はぁ」

 

 話をぶった切って席を立つと、紡は両手をこちらに向けて謝罪をした。……一体何がしたかったんだコイツは。坂柳も呆れてるぞ。

 

「からかうにしても質が悪いですよ紡君」

 

「いや、一回やってみたかったんだよね。こういうの憧れるじゃん」

 

()はやってなかったのか?」

 

「やってねぇよ!?」

 

 暗に「前世ではやった事無かったのか」と聞いたが、結構な勢いで否定されてしまった。テンションの上下が激しいな。

 

「はぁ……いい加減本題を話してくれ。そんなしょうもないことをするために呼ばれたわけじゃ無いだろ」

 

 そんな人間じゃないってことは知ってるからな。

 そう聞くと、紡は苦笑いを浮かべながら語り始めた。最初からそうしてくれ。

 

「────、────────、────」

 

「……マジか」

 

 この提案が、オレの人生を大きく変えるものになるなんて、この時は想像さえもしていなかった。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 とある夏の日、俺はとある仕事のために母校を訪れていた。

 今もなお改装を続けており、当時の面影はあまり残っていない。しかし15から18という、人生に最も影響を与えるであろう時期に通っていた学校とだけあって、校門の前に立った瞬間、さまざまな思い出がよみがえってきた。

 夏の茹で上がるような暑さの中、額に汗を垂らしながらボーっと佇む俺に、1人の女性が声をかけてきた。

 

「まさか、こんな形でお前と再会するとはな。最後に会ったのは4年前か」

 

 そう言って、目の前でどこか懐かし気に微笑む女性。

 出で立ちや雰囲気は落ち着いていて年を感じさせるが、綺麗な髪や肌はまだまだ若さを十分感じさせる年齢不詳の女性だった。

 

「そうですねー。仕事が仕事とはいえ、この学校のそういう所は昔と変わりませんから。それにしても……まだまだ若いですね()()()()。むしろあの頃よりも若々しささえ感じます」

 

 そう。この人こそが、俺の高校3年間の担任だった茶柱先生だ。当時の年齢など知る由もないが、いくら若く見積もっても40はいってるが、Aクラスに上がる事に取りつかれていたあの頃よりも目に光が宿っている。

 そんな俺の思考が伝わっていたのか、俺の頭を手に持ったバインダーで引っ叩いた。

 

「世事は辞めろ。理事長がどこで聞いてるかわからんぞ。……お前の方は、家庭を持っても変わらないな」

 

 茶柱先生は呆れたようにため息を吐いて、こちらを一瞥して歩き出した。ついて来いという意味だろう。

 この暑い中女性を立たせるのも何なので大人しく付いて行くこととする。積もる話は歩きながらでもできるしね。

 

「仕事の方はどうですか先生。ここ数年は結構大変じゃありませんでした?」

 

 久しぶりに会った時にする会話第一位のような語り出しで質問を投げかける。そんなオレがおかしかったのか、茶柱先生は小さく鼻で笑った後語り出した。

 

「大変だよ。昔から続く体制をことごとく変えてきてな。ちょうど担任していたクラスが卒業する時期だったこともあってか、一時期は一日3時間しか寝れない日が続いた」

 

「あらら……すみませんね先生。うちの有栖ちゃんが色々と」

 

 そう。何を隠そうこの学校の理事長は坂柳有栖。坂柳さんから仕事を受け継いだのだ。学校内のことはあまり詳しく教えてくれないが、色々と派手な改革を行ったことは何となく想像がつく。

 

「だがおかげで今やこの学校の評判もうなぎ上りだ。職務に当たっての無駄も無くなったし、それを考えたらやったかいがあったのかもしれないな。坂柳理事長には感謝してる」

 

 有栖ちゃんが理事長という職を継いだのは4年前。丁度去年その年に入学してきた代の生徒が卒業したが、それを機にこの学校の名声は更に上がった。卒業生の優秀さがニュースになった事もある。

 たった一代で元々高かった評判をさらに上げたのだ。一体どんな魔改造を施したのか、想像するだけでゾッとする。

 

「そういえば、お前の事は何て呼べばいいんだ。()()()()()()()()()()()()?」

 

 こちらをからかう様に聞いてくる茶柱先生。昔より余裕ができた分茶目っ気が増してる気がする。茶柱先生だけn……何でもないですすみません。というより、元からこういう性格だったのかもね。

 

「普通に斎藤でいいですよ。坂柳って呼んだら色々と面倒でしょう?」

 

「そうか。私としてもその方が馴染み深いからな。そう呼ばせてもらう」

 

 ────まあ、ここまで言われたら誰でもわかると思うが、俺と有栖ちゃんはめでたく結婚した。時期的には4年前。有栖ちゃんが坂柳さん……お義父さんから仕事を受け継いだタイミングだ。

 もちろん婚約自体は俺が16歳の時にしていたが、「結婚は定職について腰を据えてから」なんて、彼女にしては珍しく常識的な提案で式を挙げたのは4年前だ。茶柱先生の4年ぶりという発言も、結婚式に招待させていただいたとき以来だからだ。

 

 ちなみに嫁入りするか婿入りするかでちょっと揉めた。というより、俺は婿入りでも良いって言ったんだが、「結婚するにあたって大事な話をそんな適当に済ませないでください」なんて、謎の因縁を付けられた。

 結果としては見た通り。俺の望み通り婿入りすることになった。理由は全力チェス対決で負けたからだ。4時間もかかって最終的に負けた。悔しいね。

 

 まあ、有栖ちゃんの本音としては俺とチェスのガチ勝負をしたかっただけだろう。正直じゃないところがまた可愛いんだこれが。好き。超好き。

 

「綾小路は来てないのか?」

 

「あいつがこんな場所に来ると思いますか? 家で紫苑(しおん)たちの面倒を見てますよ」

 

「息子と娘……紫苑と結菜(ゆいな)だったか? ふっ、あの綾小路が子供の面倒を見るとはな。顔に群がられている綾小路の写真が送られてきた時は、久しぶりに腹を抱えて笑ったぞ」

 

「ウケますよね。昔からは考えられないです」

 

 最初に抱かせた時は無表情すぎて泣かれてたしあいつ。気にしてないとか言いつつショック受けてたのが中々ツボだった。

 その後もちょくちょく面倒を見させてたが、幼児の相手なんかできるわけないと言っていた割に大分懐かれてるんだよな。今頃は結菜にほっぺを引っ張られていることだろう。あの締まった張りのあるほっぺがお気に入りらしい。

 

 そんなやり取りをしながら廊下を歩いていると、前からスーツを着た別の女性に話しかけられた。

 

「久しぶりね紡君。元気にしてたかしら」

 

 こちらもまた茶柱先生とは違うタイプの美人だ。

 キリっとした意志の強そうな瞳に、肩に掛からない程度に切られた髪の毛の左側を三つ編みにしている。……流石、俺と同い年だから30近くにはなるんだろうけど、全く持ってその美貌は衰えていない。むしろどことないエロさが増している。……この年でこの発言は痛すぎるな。自重しないと。

 

「久しぶり()()()()()。もう完全に教師が板についてるじゃん」

 

「当たり前でしょう? この仕事を始めてもう7年、2つのクラスを卒業させてるの。これで板についてなかったら困るわ」

 

 まじかよ……よくよく考えたらそうだけど、7年って早すぎない? 

 とまあ、目の前の美人教師は堀北鈴音。あのツンデレヒロインこと鈴音ちゃんだ。性格はあんまり変わってないけど、有栖ちゃんの話を聞くに、滅茶苦茶優秀な先生をやってるらしい。

 

「そりゃそっか。ってことは鈴音ちゃんも茶柱先生と同じ?」

 

「ええ。今は2年Dクラスを担当しているわ」

 

「私はAクラスだ」

 

 滅茶苦茶優秀って言った割にはDクラスを担当しているのかと思われがちだけど、昔の茶柱先生の時みたいに卒業後、または入学時のクラスの順位で先生の成績が決まることは無くなったらしい。

 まあ確かにそのシステムっておかしいよね。茶柱先生みたいに公平性のへったくれもない先生が現れてもおかしくないだろうし。

 

「……ってことは2人に今日の仕事見られるってこと?」

 

「まあそうなるわね」

 

 俺の質問に鈴音ちゃんが淡々と返す。……恥っず。茶柱先生だけでも嫌なのに鈴音ちゃんにも見られるのかい。

 

「まあ、期待してるわ。()()()?」

 

 そんな俺の考えが伝わったのか、鈴音ちゃんは何とも意地悪く笑ってそう言った。

 

「……はい」

 

 同窓会のネタにされないことを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 そうして学校内で色々な手続きを行った後、体育館の裏の待機所で待機していた。本来なら来賓の人が来るときに使われる場所だったが、まさか自分が使うことになるとは思わなかった。

 扉を挟んだ奥では学生たちのざわざわとした喧騒が聞こえて来る。いくら体育館にエアコンがあるからと言って、真夏の真っ昼間の為か少し蒸し暑い。こんなところに待機させられては敵わないだろう。

 

「よし静かにしろ。暑いと騒ぐお前たちの気持ちも分かるが、今からは私語厳禁だ。破ったものにはペナルティを与える」

 

 茶柱先生の声がスピーカーを通して体育館に響き渡る。ペナルティという単語が出た瞬間スッとざわめきは収まった。流石茶柱先生。凄みが違う。

 

「よし、静かになったな。ではこれより集会を始める。以前にも説明したと思うが、今日は外部から特別講師をお呼びした。お前らも名前くらいは聞いたことがある有名人だ」

 

 ……さて、いっちょ頑張るか。

 

「では────坂柳紡社長。よろしくお願いします」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 体育館に2年生全員が集められた中、俺・荒井颯太は、理由も告げられず蒸し暑い体育館に連れてこられた苛立ちを抱きながら、天井を仰いでいた。

 

「なあ、今日来る人ってこの学校の卒業生らしいぞ」

 

「へー。まあでも、結構そう言うのありがちなんじゃね? 卒業生の偉い人が来て、面白くもない話を聞かせて来るのって」

 

 前に座る生徒・佐久間優太が振り返り、先生にばれないように小声で話しかけてきた。

 コイツは結構ミーハーな性格で、ネットニュースとかうわさ話みたいな俗っぽい話題が大好きだ。どこでそんな話を聞いたのかは知らないが、正直言った通り微塵も興味がわかない。

 

「そりゃそうだけどさ、おもろいのはこっからなんよ」

 

 そう言うと、優太はニヤニヤしながらこちらに顔を寄せてきた。コイツの言うおもろい話が本当に面白かったためしがない気がするんだが、暇なので耳を貸すことにする。

 

「今日来る人、あの紡社長らしいぜ。星乃宮先生から聞いたんだよ!」

 

「……あの最近話題の?」

 

「おう」

 

 それが正しいなら流石に驚きだ。紡社長の名は、メディアに疎い俺でも聞いたことがある。

 

 ────紡社長。苗字は確か坂柳だった気がする。3年ほど前から急に名が売れ出した及び「PRITILE」という会社の社長……及びタレントだ。

 IT技術……具体的には深層学習を用いた、AI技術全般に革新をもたらした天才で、開業から10年経たずして世界の長者番付で名だたる企業を押さえて8位になった男だ。しかも日本人で唯一トップ30に入るという偉業も成し遂げている。一昔前で言うGAFAと並ぶほどの成長をしてる企業だ。

 

「……お前詳しいな」

 

「当たり前だろう。タレント業の方は知らんが、現段階で教科書に載ることが確定するような偉人だぞ。車の自動運転や、日本の介護問題を解決させたのはその人のおかげだ」

 

「……凄い人だったんだな。俺はただのイケメン金持ち社長って言う印象しかなかったわ。だって最近はバラエティー出たりとか、コメンテーターとかやりまくってる人なんだぜ?」

 

 そんなわけないだろうと反論しようとしたそのとき、茶柱先生の声が体育館中に響き渡った。

 

「よし静かにしろ。暑いと騒ぐお前たちの気持ちも分かるが、今からは私語厳禁だ。破ったものにはペナルティを与える」

 

「やべ! ポイント減らされるのだけはマジ勘弁」

 

 そう言って前を向き直す優太だったが、俺の興味は既に別の方へと向かっていた。

 仮に優太の言っている事が正しければこれは本当に凄いことだ。天才の話を間近で聞けるんだからな。普通の高校ならあり得ないが、この学校の、それも卒業生というのなら可能性は全然ある。

 

 そんな期待に胸を寄せていると、どうやら会が始まる時間になったようだ。皆静かに壇上を見ている。

 

「では────坂柳紡社長。よろしくお願いします」

 

 その言葉と共に、舞台袖から黒髪の男が歩いてきた。……どうやら優太の言っていたことは正しかったようだ。

 まさかのサプライズに、学年の女子から黄色い声が上がる。まるで人気俳優のような扱いを受けているが、実際の所それらに引けを取らない程の容姿も兼ね備えている。

 

 きっちり整えられた黒髪は清潔感があり、身長も180後半程はあるだろう。顔立ちこそキリッとした敏腕社長という感じだが、それに反して纏っている雰囲気は余裕のある温和なものだ。これはタレントとしても売れるだろう。

 

「こんにちは皆さん。喜んでもらえたのは嬉しいけど、私語は厳禁だよ。茶柱先生にペナルティ貰っても知らないからね?」

 

 そんな冗談と笑いを交えたやり取りで騒ぎを止め、自己紹介に入る坂柳社長。

 

「知らない人のためにまずは自己紹介から、僕の名前は坂柳紡。一応ちょっとした会社を経営しています。実は茶柱先生の教え子だったりもします」

 

 中々の衝撃だ。それなら茶柱先生のフランクな紹介の仕方にもうなづける。

 興奮収まらぬと言った様子の生徒達に、坂柳社長は話を続けた。

 

「一応こういう公の場に呼ばれたので、ちょっとしたお話をさせていただこうと思います。では────」

 

 ────それから、坂柳社長は10分ほど話を続けた。なぜ開業したのかや今会社で何をしているか。この学校で学んだことが将来どう役立ったか等を、冗談を交えながら話す坂柳社長。

 淡々と文字を読み上げる祝辞などとは違い、実の入った話をユーモアを交えて話すためか、生徒達は皆楽しそうに話を聞いていた。

 

「とまあ、特別試験とかはかなり大変だったけど、それをこなせば実力が付くのは間違いないよ。……お、もう結構時間経ってるね。みんな疲れてるだろうし、ちょっと休憩しようか。……そうだね。質疑応答とかしてみる? 会社のこととか関係なしに、好きな事聞いて良いよ。例えば、()()()()()()()()()()()()特別試験の内容とか……あ、今までの試験の話はダメ? そりゃそっか」

 

 茶柱先生にバツを出され、苦笑いをする坂柳社長。そしてリラックスするように生徒に促す。こういう質疑応答は誰も質問しないで気まずくなりがちだが、この学校には俺みたいな純粋に企業に興味がある生徒から、優太のようにミーハーな生徒もいる。

 どちらの質問にも答えるということを暗に示した坂柳社長に、とある女子生徒が手を挙げた。茶柱教師からマイクを手渡された彼女は、はきはきとした声で質問を投げかけた。

 

「紡社長って彼女いるんですか!」

 

 ……世界規模の会社の社長になんてことを聞いているんだ。

 そんな質問に冷や汗をかいた俺だったが、茶柱先生や何故か堀北先生も小さく笑っていた。理由は分からないが、どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。

 

「いないよ。結婚してるからね」

 

「……えっ、そ、そうなんですか? ……テレビとかで言ってましたっけ?」

 

「言ってないよ。テレビの人にも言ってない、この学校の子たちになら言っても良いかなって」

 

 それは俺たちが外部との接触を遮断されているからだろう。……だからって言ってわざわざ言うかそんなこと? 女子の何人かはショックで項垂れてるぞ。

 まあそれはいいとして、少し気になった事があったため手を挙げて質問をする。

 

「2つほど質問があるのですが、よろしいでしょうか?」

 

「いいよ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……なるほど。今の話で確信できた。しかしこういうのは流れが大事なため質問はそのままさせてもらおう。

 

「まずはまだ終わっていませんが、貴重な話をありがとうございます。あなたほどの方からお話を聞けるとは思ってもみなかったので」

 

「あはは。ご丁寧にありがとう」

 

 俺の生真面目な感謝にも、にこやかに答える坂柳社長。

 

「1つ目の質問なのですが、坂柳社長は何故僕たちに講演会を開いていただたいたのでしょうか」

 

「講演会なんて大層な事してないよ。有栖ちゃん……僕の奥さんがこの学校の理事長やってるんだけど、その人に頼まれたからかな」

 

 ……マジか。あの超美人だけど超怖い理事長と結婚してるのかよ。何気に今日1番驚いたわ。……確かに名字も同じ坂柳だな。だがこの学校にいる理事長ガチ恋勢は、しばらく寝込むことになるだろう。

 

「なるほど。では、2つ目の質問です」

 

 そう前置きして、俺は坂柳社長の目をジッと見つめてこう言い放った。

 

 

 

 

 

「今回の集会、これは特別試験ですか?」

 

 特別試験という言葉に、この学校で一年間生き抜いてきた生徒達に一気に緊張が走る。

 動揺こそしているだろうが、この程度でパニックになるような生徒はハナからここにはいない。……さて、どう出るか。

 

「特別試験? どうしてそう思ったのかな」

 

 理由を聞いてくる坂柳社長。まあ当然の反応だろう。もし逆の立場だったらすぐ答えたりなんかするわけがない。

 

「理由として、やけに特別試験という言葉を強調していたからです。この学校で学んだことに特別試験を出すのは違和感はありませんが、質疑応答の際の「これから受けることになる特別試験の内容」等の話で違和感を覚えました」

 

「でもそれは僕が間違えただけだとは思わないのかい? 現に茶柱先生に注意を受けたしさ」

 

 俺の追及に対しても知らん顔だ。温和な人格だとは思っていたが、やはり食えない男だ。

 

「間違えたとは考えにくいです。何故なら、この学校で重いペナルティを食らう行為の1つに「()()()()()()()()()()()()()()()()」があるからです。これを卒業生であるあなたが忘れていたとは考えにくい。そして最後に「説明する時間はいっぱいある」という発言です。あとは……坂柳理事長ならやりそうかなって」

 

 今までの浮ついた空気は何処へやら、生徒の誰もが返答を今か今かと待ちわびている。

 

「ふふっ……確かにね。えっと君、名前は?」

 

 最後の発言に小さく笑った坂柳社長は、ふとそんなことを聞いてきた。

 

「荒井颯太です」

 

 これで間違えてたら死ぬほど恥ずかしいが、悪くない線のはずだ。

 

「なるほどねー……よし。じゃあ颯太君、端末を取り出してくれないかな」

 

 意図は分からないが、とりあえず言われた通り端末を取り出す。それと同時に、端末が振動し通知が画面に表示された。

 

『坂柳紡から100万pptが送金されました』

 

 ……マジか。

 

「やっぱり流石だねここの子たちは」

 

 あまりの額の大きさに驚いて固まる俺を置いて、坂柳社長は声高々に宣言した。

 

 

 

 

 

「────では彼の言う通り、今から特別試験を始めます! ルールは一度しか説明しないから、聞き逃さないようにしっかり聞くんだよ?」

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 その日の夜。俺と有栖ちゃんは、息子たちを寝かせた後リビングでお酒を嗜んでいた。ちなみに俺はお酒滅茶苦茶強いけどその反面有栖ちゃんは超弱い。レモンサワーロング缶とかで呂律が回らなくなってくる。雑魚も良い所だ。

 その為ハイペースで飲む俺に対し、有栖ちゃんはゆっくりと飲むのが2人の慣習だ。

 

「それで、どうでした? 出題する側に回って行う特別試験は」

 

「いやー楽しいねやっぱり。しかも今回は完全オリジナルだし、考えるだけでワクワクしたよ」

 

 それに颯太君。彼はAクラスをまとめるリーダー、俺たちの代で言えば有栖ちゃんみたいな立ち位置なだけあって、少ないヒントから特別試験だと当ててきた。

 100万ポイントも貰ってさぞ驚いていただろうが、元から特別試験だと当てた生徒にはあげるつもりでいたからね。まあ最後の有栖ちゃんならやりかねないって発言が面白かったからちょっと増やしちゃったけど。

 

「ふふっ、やはりそうですか。先生方からも評判良かったですよ。違う角度で実力を測ることを目的にあなたを呼びましたが、予想以上の成果があったようでなによりです」

 

「それだけ? 俺を呼んだ理由って」

 

「まあ、私とあなたが結婚してることを皆に知らしめたかった……という理由も無くはないですよ。私に邪な想いを抱く生徒がちらほら見受けられましたので。目覚ましになればと思いまして」

 

「見た目だけだと中学生と変わらない……褒めてる! 褒めてるだけだって! ほら、いつまで経っても若いじゃん?」

 

「ふーん。それに比べて、紡君はちょっとだけ老けましたねー。肌のみずみずしさが無くなって来てますよ。日焼け止めとか、ちゃんと塗ってるんですかぁ?」

 

 あ、呂律回らなくなってきてる。かわいい。

 

「最近はちょっとサボりがちかな……」

 

「ダメですよー紡君。私の夫ならいつまでも格好良くいてください。……そうですね、会社が落ち着いてきたらアスリートを目指してはどうでしょう? 綾小路君と世界記録を総なめする姿、見てみたいです」

 

 酔ってるね完全に。めちゃくちゃな提案にも程がある。

 けどちょっと面白そう。学生の時につかなかった清隆君との決着を付けたい。

 

「……いいねそれ。よし、明日から会社は一夏ちゃんと拓也くんに全部任せよう。あの2人なら何とかしてくれるっしょ。体動かなくなる前にトレーニングしなきゃ」

 

「ふふっ」

 

 グラスを手に持って朱に染まった頬に当て、とろんとした目でこちらを見て微笑む有栖ちゃん。

 

「?」

 

「いえ。こうして貴方と共に老いることができて嬉しい、と。そう思ってしまって。私も人のこと言えないかもしれませんね」

 

 何とも嬉しいことを言ってくれる。この子は本当に俺のツボを押すのが得意みたいだ。

 まだ酔いは回って来てないが、別の意味で体が火照ってきた。

 

「幸せな悩みだね、ホント……ねえ有栖ちゃん」

 

「はい」

 

 そこで俺は、ご飯に誘うかのような軽いノリで提案した。

 

「3人目の子供、欲しくない? 紫苑と結菜もぐっすりだし、この後どうかな」

 

「あら? 昂らせてしまいましたか? ……ふふっ」

 

 超上機嫌になったのが一瞬で分かった。意地の悪い、けれどお酒でとろけてるせいで可愛さしか感じない笑みをこちらに向ける有栖ちゃん。

 

「うーん、生憎ですが、明日は仕事があるので遠慮しておきます。ですがどうしてもと言うなr「嘘はダメだよ有栖ちゃん」きゃっ……」

 

 こちらを一瞥し、ふらふらとした足取りで部屋に戻ろうとする有栖ちゃんを抱きかかえる。そして熱を帯びた頬をきゅっと摘まみ、唇が触れ合う直前まで近づける。

 ウイスキー特有のくぐもった、煙のような香りがほのかに鼻腔を刺激する。

 

「明日、仕事休みでしょ? 嘘つきにはお仕置きしないとね」

 

 自分で言ってて大分キツイ。アラサーが言う言葉じゃない。俺も大分酔ってるみたいだ。

 いつもなら真顔で「アラサーがそのノリ、大分キツイですよ」なんて言われるだろう。

 しかし、今俺たちは酒特有の心地よい痺れに体を支配されている。こんな状態ならいくら有栖ちゃんと言えど……

 

「いじわる……」

 

 ほらね。

 

「じゃ、行こっか」

 

「はぃ♡」

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 事が終わった後、疲れ果てて寝てしまった有栖ちゃんの頭をゆっくり撫でる。

 ……小さな体だ。本当は俺より30も年下なのに、弱い俺を支えてくれる愛らしい女性。

 

「……んっ、すぅ。すぅ……」

 

 くすぐったそうに身じろぎする有栖ちゃん。……懐かしいな。小学生の時もこんな事してたっけ。外ではあれだけカッコいい女性なのに、俺の横ではこんなだからな。

 でも不完全な俺は……有栖ちゃんに比べてとても弱い俺は、プロポーズするときにこう言っちゃたんだ。『不束者ですが、よろしくお願いします』って。男が言うセリフじゃねえよな。ちゃんと笑われたよ。

 

「ありがとう」

 

 きっと、面と向かって言ったなら不思議そうな顔を浮かべ『今更何を言ってるんですか?』と言われるんだろう。だが、感謝を伝えずにはいられないんだ。こんな、こんなに幸せな気持ちにさせてくれる人なんて、他に居ないだろうから。

 

 

 

 ドラマチックでも何でもない、ありふれた結末だが、こんなにも愛しい人が傍にいてくれるんだ。

 

 これ以上幸せなことなんて、何回生まれ変わっても見つかることは無いだろう。

 

 そんな確信を持って、俺はこの小さな女性の暖かな温もりに包まれながら、ゆっくりと眠るのだった。

 

 

 

 

 









この物語はいったんここで完結とさせていただきます。
続きの構想はあるんですが、このままグダグダと更新するよりは一旦締めた方が良いかなと思いまして。続きを書くかはマジで未定です。

次回はこの世界線で、各キャラクターがどのような軌跡を描いたかを設定集として書きたいと思います。
この人ってどうしてるの?とか気になるキャラがいましたら感想で書いてくれるとまとめやすいです。

今の所ヒロイン4人、綾小路、斎藤の来歴やDクラスで交流があったキャラクターの今、斎藤と坂柳の子供二人の話を軽く書こうと思っています。完全に僕の妄想ですが。
あとは後日談と言うか、妄想を書き連ねようかなって思ってます。こちらの方もリクエスト募集してます。

あと少しだけですが、お付き合いいただけると嬉しいです。皆様の応援が僕をここまで引っ張ってくれました。ありがとうございます!


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キャラクター設定(10年後 斎藤)


ほぼエタみたいな終わり方したのに、あれだけ暖かい感想頂けて本当に幸せです。
もっと上手く出来たかなーなんて思ったり、深夜テンションで書き始めたこの小説ですが、書いている間は間違いなく充実した日々を過ごすことが出来ました。
これもみなさんのおかげです。ありがとうございます!
更新するか迷いましたが、一応出来ているところだけ上げたいと思います!


 

 

 

 ────キャラクター設定(高校卒業約10年後)────

 

 

 

 ──坂柳 紡(さかやなぎ つむぎ)──

 

 年齢:30

 身長:185㎝

 体重:73㎏

 

 来歴

 18歳:高度育成高等学校卒業。大学に通うとともに資金を集める。

 22歳:進学先の大学を卒業。株式会社『PRITILE』設立

 25歳:綾小路を会社にスカウト。

 26歳:坂柳有栖と結婚。

 27歳:坂柳との子供。双子の兄妹である紫苑と結菜が生まれる。

 28歳:世界長者番付で日本人唯一のトップ10入りを果たす。この頃からメディア露出が増え始める。

 30歳:坂柳との間に3人目の子供を授かる(本編終了)。

 

「不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 今作主人公。前世のことを完全に吹っ切れてはいないが、それはそれとして今ある幸せを噛みしめている。

 前世を2人に打ち明けてからは坂柳一筋。彼女の許可なしに異性と2人で遊びに行ったりすることはめっきり無くなった。とは言いつつも生まれ持った質を変えることは出来ず、後述する孤児院では子供たちの初恋の相手になってたりもする。

 

 タイプによって分かれるだろうが、学生時代よりも容姿に磨きがかかっている。特に坂柳と正式に付き合い出してからは、惰性で生きるということが無くなったため目の輝きが増した。

 その為それを見た池から「コイツ童貞卒業したんじゃね?」等の疑惑が掛けられていたが、実際の所図星のため苦笑いをするしかなかった。

 

 頭脳、身体能力に関しては齢30にして未だに健在。総合力は綾小路にやや及ばずといったところ。人間が学習できる知識の全てを網羅したり、アルベルトを片手で吹っ飛ばす原作チートにはさすがに勝てない。

 その一方で運動神経は綾小路よりも上手。大体一回見たらその動きをほぼ完ぺきにコピーすることが可能。そのためスポーツに関しては何をやらせても短時間で全国上位レベルに到達する。あと酒が滅茶苦茶強い。

 チェスに関しては高校2年生辺りから坂柳に勝てなくなった。最近は子供の前で格好つけたいのか勝負を挑んでいるが大体負ける。

 

 子供に対してもクールなままの坂柳に対し、超が付くほどの親バカである。絶妙なバランスで子育てをしている。

 娘である結菜には大層好かれているが、3歳ほどで既に落ち着きつつある紫苑にはちょっと鬱陶しいと思われている。けれど構ってくれなかったらそれはそれで機嫌が悪くなるため、そこに幼少の坂柳の面影を感じほっこりしている。

 

 最低限土日は必ず仕事を休みにするなど、なるべく家族の時間を取れるようにしてはいるが、仕方なく芸能関係や会社関係で家を空けることが多い。2人とも家を空けざるを得ない時には綾小路が2人の面倒を見ている。

 

 

 

 ──株式会社『PRITILE』──

 

 斎藤が設立した、主に深層学習タイプのAIを商材とするIT企業。その幅は多岐に渡り、ソフトウェアだけではなくハードウェアも開発している。坂柳が理事長になってから高度育成高等学校(以下高育とする)で配布される端末はこの会社が作ったもの。その試作品を提供している。

 AR(拡張現実)と生徒の学習をサポートするAIが搭載されたこの端末は、傍から見るとSFの世界に迷い込んだかのように感じるという。

 後に世界初となるフルダイブ式のVRゲームを開発するのだが、これは同窓会で池が「フルダイブVRでギャルゲーしてぇなー」と呟いていたのが始まりだったりする。

 

 斎藤自身が開発、改善したものもあるが、その大半は綾小路や斎藤が引き取ったホワイトルーム生が手掛けたもの。というより、この会社の従業員は斎藤の助手をしている神室以外は全員ホワイトルーム出身。後述するが家族経営にもほどがある。

 綾小路父を倒したのち、路頭に迷っていたホワイトルーム生を斎藤が保護、全員の進路の自由を保障したが、一部の生徒を除き皆斎藤の下で働きたいと言い、今では世界中で名前の知らない人は居ない程の企業に成長している。

 

「明日から会社は一夏ちゃんと拓也くんに全部任せよう」と言っていたが、この2人は原作に出て来る2人と同じ。以下ネタバレ注意のため反転。

"綾小路との勝負に敗北し、ホワイトルームに戻されていた2人だったが、卒業後路頭に迷っていた2人を斎藤が雇用する形になった。あまりの業務量にヒーヒー言いながらも、恩人である斎藤の為にしっかりと働いている。"

 

 

 

 ──児童養護施設『白い部屋』──

 

『PRITILE』で得た利益をつぎ込んで創り上げた施設。当初はホワイトルーム生を保護するために建てられた施設だったが、斎藤の前世の経験から、不幸な子供たちを1人でも減らしたいという理由でどんどん拡大していった。現在は500人余りの子供たちが暮らしている。年々増えているらしい。

 最近土地が足りなくなってきたためか、もう1つ施設を建てようと計画している。

 

『白は何色にでも自由に染まれるから、子供たちには何にもとらわれずに自由に生きて欲しい』という意味が込められてこの名前となったらしいが、実際の所綾小路父に対する嫌がらせの側面も大きい。綾小路はこの名前を聞いたとき複雑そうな顔をしていた。

 就職するまで子供の住む家を提供しているため、現在ホワイトルーム19期生、20期生、21期生が、全国で斎藤が保護してきた子供たちと暮らしている。

 

 ホワイトルームとは全く別の方針だが、手厚い教育支援を受けられるためか、皮肉にもこの施設を卒業した子供の能力は平均してかなり高い。

 義務教育を終えた後も衣食住と学費が与えられるため自由に暮らせるが、大半の生徒は斎藤に迷惑を掛けたくないということで学費、生活費がタダな高育に進学希望の生徒が大半だったりする。癒着もいいところだ。

 そのせいで希望入学者が増え、生徒のレベルも年々上がっているため、坂柳は大阪辺りにもう1つ高育を作ろうとしているらしい。

 

 因みに軽井沢はこの施設で子供の面倒を見ている。高育を卒業後進学することなく就職していた軽井沢を『子供の面倒とか見るの上手そうだから』というざっくりとした理由でスカウトしたが、斎藤の目に狂いは無かったようだ。

 

 





感想返せていませんが、全部ちゃんと読ませて頂いてます。
正直毎回書いてくれてる人とかは名前も覚えたりします笑 本当にありがとうございます!


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