転生したらミュージアムの下っ端だった件(完) (藍沢カナリヤ)
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転生と最弱
第1話 始めのM / 転生したら雑魚でした、たすけて ☆


ーーーーーーーー

 

 

俺の名前は黒井秀平。

前世は冴えない成人男性だった。

そう。過去形である。

俺は死んだのだ。覚えている最後の記憶は、職場での徹夜仕事の最中であったから、恐らく過労死というやつだろう。

 

いつの間にか眠った、もとい死んだ俺が次に意識を取り戻したのはーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ちょっと聞いてるわけ!?」

 

 

春先の穏やかな気候の下、俺は何故か女の子に叱責されていた。見覚えがある彼女はーー

 

 

「園崎若菜……?」

 

 

思わず声を張り上げてしまう。初対面の人間のフルネームを、しかも、敬称も着けずに呼んだのだから失礼なことこの上ない。だが、それも仕方のないことだ。

何故なら。

俺にとって彼女ーー園崎若菜は、架空の人物だからだ。

 

『仮面ライダーW』。

俺が生きていた世界で、テレビ放映されていた作品だ。

風の街・風都。そこでは『ドーパント』と呼ばれる怪物が市民を脅かしていた。『ドーパント』から市民を守る戦士、それが仮面ライダーWである。それが『仮面ライダーW』という物語。

園崎若菜はそこに登場するキャラクターで、敵組織ミュージアムの幹部のはず。そのキャラクターが今、俺の目の前で、まるで普通の人間のように息をし、喋っているのだから、動揺してしまうのも無理はないだろうよ。

 

 

「チッ」

 

「っ」

 

 

その舌打ちで、我に返った。何が起こっているかは分からないが、目の前の人物を怒らせるのは得策ではないことは確かだ。

 

 

「申し訳ありませんっ!!」

 

 

すごい勢いで頭を下げる。前世で染み付いた社畜根性、条件反射の謝罪であった。

 

 

「………………ふん」

 

 

俺の勢いに押されたのか、彼女はそれ以上文句を言わずに俺の前から去っていった。それを確認して、顔を上げると、今度は別の人物の顔が俺の目の前にあった。

 

 

「災難だったなぁ」

 

「…………?」

 

 

俺の記憶にはない、丸顔の男。タキシードとスーツの中間のような、妙な服装の中年男だった。

 

 

「だが、お前が悪いぞ! せっかく若菜姫に話しかけられてるってのに、上の空だったんだからな」

 

「えぇと、あんたは……?」

 

 

距離感の近さを考えるに、親しくない間柄ではなさそうだ。友人かもしくは……。

 

 

「はぁ? 何言ってるんだよ、火野だよ。同僚の顔も忘れちまったのか?」

 

「火野…………あ」

 

 

そこで不意に思い出す。というより、顔と名前が一致した。

こいつは園崎若菜に求婚した上に断られ、逆上して襲いかかったが返り討ちにあい、散っていった火野! 火野じゃあねぇか! 一応作中には出ていたが、登場時間ものの数十秒の端役すぎて、存在を忘れてたぜ。

……って、おい。ちょっと待ってくれ。

その端役の火野と同僚ということは、もしかして俺はーー

 

 

「ミュージアムの人間、ってことかよ……」

 

 

よくよく自分の格好を見てみれば、俺も目の前の火野と変わらない格好をしている。つまりは、そういうことなのだろう。

 

 

「……本当にどうした、黒井? 体調でも悪いのかよ?」

 

「い、いや」

 

 

適当に誤魔化す。動揺のあまりしどろもどろになり、誤魔化せているとは到底思えないが。

と、そこで俺はある考えに至り、ごそごそと自分の上着をまさぐった。火野の訝しげな視線など気にしない。

やがて、上着の内ポケットに固い感触を感じ、それを取り出す。

 

 

「!」

 

 

やはりだ。

俺の手の内には、使用した人間を怪物に変貌させる悪魔の小箱『ガイアメモリ』があって。そこに刻まれた頭文字はーー

 

 

「……『M』」

 

 

『M』の文字。

それはミュージアム製のメモリの中でも最弱。

戦闘員『マスカレイド』のメモリだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

そう。

俺は『仮面ライダーW』の世界に転生し、敵組織ミュージアムの下っ端に成り下がったのである。

 

 

ーーーーーーーー




主人公
黒井秀平
【挿絵表示】

(描いてくださった絵師様:はんけ様)
https://skima.jp/profile?id=300553&sk_code=sha09url&act=sha09url&utm_source=share&utm_medium=url&utm_campaign=sha09url


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第2話 始めのM / 使っちまったよ、ガイアメモリ

ーーーーーーーー

 

 

あれから数日が過ぎた。

 

 

「はぁぁぁぁぁ」

 

 

ネットカフェの固いソファに体を預け、盛大なため息を吐く。

どうやら俺には前世の記憶があっても、今世の記憶がないようだった。日常生活を送る上で、それはまずいだろうと思い、ここ風都の情報をネットで収集し、今に至る。もちろん自分の持ち物も確認したが、免許証や保険証の類いもなく、バックには財布と自宅のものと思われる鍵が1本だけ入っていただけだった。それがどの家の鍵がなど分かるはずもなく……。結局、自分の家すら分からず、どうにか手元にあった金で近くのネットカフェに転がり込んだという顛末だ。

 

 

「これからどうするかなぁ……」

 

 

キャッシュカードはあったものの肝心の暗証番号も分からない。スマホのロックも開けられない。詰んでるな。

 

そもそもだ。

これは転生というやつだろ? 前世の俺はそれなりにオタク趣味を嗜んでいたから分かる。

記憶喪失で、手元にはメモリが1本だけ。

普通ならば、それがすごいメモリでなんかもう無双しちゃうとか、仮面ライダーになってWと共に戦うとか、そういうんじゃないのかよ。

よりによって『マスカレイド』。雑魚も雑魚、下っ端中の下っ端だ。

 

 

「止めよう。なんか虚しくなる」

 

 

よくよく考えたら、前世の俺も平社員であった。だから、下っ端に成り下がったは言い過ぎた。元から俺は下っ端だ。平社員であることを下げるのは、なんかこう、悲しくなる。

 

それに問題は、記憶がないだけではない。もうひとつある。

俺の持つガイアメモリ『マスカレイド』には、もれなく自爆機能がついているのだ。

確か組織の情報漏えいを防ぐため、戦闘に敗けた場合は人間体に戻らずに爆発四散する。そんな設定だった。社員の命をなんだと思ってやがる。コンプラもへったくれもない支給品である。

となると、

 

 

「迂闊には使えねぇよなぁ」

 

 

メモリをかざしながら呟く。

……って、いけないいけない。こんなところでメモリを出すのは危険だ。この世界において、メモリは麻薬みたいなもの。使用はおろか単純所持ですら犯罪になってしまうのだから、こんな監視カメラがあるような場所で出すものではない。俺はメモリをひっそりと上着のポケットに入れた。

ともかく明日はこのスーツ以外の服を買いにいかなきゃな。無理矢理ネカフェの洗濯機で下着だけは洗ってたが。

 

 

「……スーツの匂いも気になる」

 

 

消臭剤では限界がある。それにこんな服じゃ寝るのもしんどい。今日はもう時間も遅い。

 

 

「寝よう」

 

 

これから先のことを考えて、今は体力温存だ。幸いなことに、前世の社畜体質のおかげで、どんな固い机と椅子でも寝れた俺である。それなりの固さのソファでなら、それはもう快眠できるだろう。

そうこうしている間にも、眠気が襲ってきて……。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ーーウーッ、ウーッーー

 

「…………ん、あ?」

 

 

人の安眠を妨げる騒音に、目が覚めた。ソファの固さがまあまあよくてそれなりに眠れてたから、余計にその音が耳障りに聞こえる。

 

 

「なんだぁ……?」

 

 

寝ぼけ眼で部屋を出て、ひとまず清算を……と思ったのだが、受付でいくら人を呼んでも出てこない。奥のスタッフルームを覗いても、誰かいる様子もない。仕方ない。

俺は代金をレジに置き、ネカフェを出た。

 

外には群衆と複数の警察官。全員が上を見上げている。それに倣って上を見上げるとそこには、

 

 

「『トリガースタッグバースト』!!」

 

 

例の街のヒーロー・『仮面ライダーW』の姿があった。そして、その攻撃を受け、空中でメモリブレイクされるドーパントの姿も。

超人から普通の人間に戻り、落下していく人物すら救う『W』。

 

 

「あれは『バイオレンス』……すると、もう火野は死んでる、か」

 

 

俺の記憶が正しければ、『バイオレンス』が『W』によって倒されたならば、時系列的に唯一の知り合い、同僚である彼もいなくなり、俺の知り合いは、園崎若菜だけになってしまった。

頼ろうにも、園崎若菜はあの性格だし、ただの戦闘員である俺が彼女に助けを求めても一蹴されるだけだろう。

 

 

「なら、いっそのこと……」

 

 

鳴海探偵事務所にでも駆け込むか。そんな発想が頭を過る。

記憶喪失。それ以降メモリを使っていないならば、きっとあの探偵事務所は力になってくれるはずだ。

…………うん、そうだ。

俺はそもそも突然この世界に転生してしまっただけで、決して『ドーパント』になりたいわけではない。『マスカレイド』なんて弱いものなら尚更。

よし! そうと決まればすぐに行動開始だ。

 

 

「戦闘も終わったばかり。すぐ近くに『あの人』もいるだろ」

 

 

俺は警察や群衆の間をすり抜けながら、『バイオレンス』が落ちたであろう場所に足を向けた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「この辺りだと思ったが……」

 

 

大通りから1本裏に入った路地に来た俺は、キョロキョロと周りの様子を窺う。偶然にもここは、火中の人物・園崎若菜が『ヒーリングプリンセス』を収録していたラジオ局の近くだが……ん?

不意にこちらへ向かってくる1人の男が目に入った。あの男は……。

 

 

「そこの君」

 

「え、俺?」

 

 

向かってくるどころか話しかけてきた。俺と目の前の男が知り合いなどと聞くつもりもない。

 

 

「そう、君だよ。その服装から見るに、君はディガル・コーポレーションの人間だね」

 

「…………あぁ。あんたは園崎霧彦だよな」

 

「いかにも」

 

 

園崎霧彦。

ニヒルな笑顔を浮かべる人物。

ディガル・コーポレーションとは、ミュージアムの表向きの名前。つまり、この男も敵組織ミュージアムの人間で、しかも、その幹部クラスの男だ。彼も作中に出てきたから、もちろんその存在も人柄も、死に際ですら知っている。

まぁ、向こうはこちらを『黒井秀平』という一個人として認識しているかは謎だがな。

 

 

「こんな裏路地で1人とは……もしサボリなら感心しないな。我々には会社のために、風都のために働く義務がある」

 

「そういうあんたこそサボリかよ」

 

「いいや、私は仕事さ」

 

「…………」

 

 

知っているさ。

今からこの男はとある人物を殺す。『バイオレンス』事件の黒幕である女をだ。

 

 

「……じゃあ、俺は仕事に戻るとするよ」

 

 

そう告げて、俺は背を向けた。これから鳴海探偵事務所に行くつもりなのだから、ここは関わるべきではない。

そう思い、俺は急いで園崎霧彦から離れようとしたのだが、

 

 

「……そうだ!」

 

「っ、失礼します」

 

「待て!」

ーーガシッーー

 

「!」

 

 

やべぇ雰囲気を察して、この場を去ろうとする俺の肩を掴む霧彦。

まずい!? 俺は知っている。こいつは話を聞かないタイプの人間だぁ!?

 

 

「っ、いや、サボリはよくないのでっ!」

 

「聞きたまえ、妙案があるんだ。ここでサボっていた君には、私の仕事を手伝ってもらうとしよう。なに、難しいことじゃあない。これから私はある人物を消しに行くんだ。君には邪魔が入らないように見張りをしてもらおう」

 

「っ、お断りします!」

 

「ほら、メモリを出して……」

ーーゴソゴソーー

 

「ひゃんっ!?」

 

 

いきなり胸ポケットをまさぐるな!!

変な声が出たじゃねぇかっ!? そもそも本編での他の人物の絡みといい、距離感おかしいんだよ、この人!?

 

 

「あったじゃないか」

ーーカシャッーー

 

 

 

『マスカレイド』

 

 

 

「あひゃっ!?」

 

 

勝手に起動され、メモリを首に当てられる。メモリがそのまま俺の体内に入っていく。異物感、同時に体が熱くなる感覚が終わった後、俺の視界は変わっていた。

仮面越しの世界。だが、いつもよりもずっとクリアな視界は妙な感じで、気持ち悪くすらある。

 

 

「それじゃあ頼んだよ、下っ端くん」

 

 

そう言って、園崎霧彦はラジオ局の中へ入っていった。

……って、おいっ!!

 

 

 

『使っちまったよ、ガイアメモリッ!?!?』

 

 

 

俺の絶叫は虚しく、その路地裏に響き渡ったのだった。

 

 

ーーーーーーーー




霧彦さんって距離感変だよね。
好き。


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第3話 Nは手を出すな / 胃炎と残金

ーーーーーーーー

 

 

逃走。

それが園崎霧彦の手によって、『マスカレイド』にされた俺がとった行動であった。

は? その後の俺の立場? そんなもの知ったことか! あのまま、あそこで見張りをしていた方が立場が悪くなる。殺人の見張りだぞ?

それよりも後々、呼び出されて説教された方がいいわ!

あぁ、本当にーー

 

 

ーーギュルルルルルーー

 

「うぅぅぅぅ……」

 

 

……最悪だ。

色々なことがあったせいだろう。俺はコンビニのトイレで腹を下していた。

前世のブラック企業でも体を壊さなかったこの俺が、まさか騒動に巻き込まれただけで、こうなるとは思わなかった。まぁ、最終的には死んだんですけどね!!

 

 

ーードンドンーー

 

 

とほほ、と心の中で肩をすくめていた俺だったが、そのノックの音で現実に戻される。

 

 

「……はいってまーす」

 

 

弱々しく声を返す。

 

 

ーードンドンドンドンーー

 

 

だが、ノックの音は止まない。どうやら俺の声が聞こえていないようで、むしろノックはさらに強くなる。声を張るのは少々きついけれど、仕方がない。

 

 

「はいってますぅぅ……!」

 

 

今度は確実に聞こえるような声量で返した。

……はずだった。

 

 

ーードンドンドンドンドンドンドンドンーー

 

「な、なんだ……?」

 

 

激しさを増す騒音。軽く恐怖すら覚えるそれのせいで、俺の腹痛は収まってしまう。そして、徐々に恐怖が戸惑いに、戸惑いが怒りに変わる。

こっちは腹痛で苦しんでるってのに、なんなんだこいつは! そもそもマナー違反だろうが!

身なりを整えてから、俺はその無礼者の面を見てやろうとトイレの扉を開いた。

 

 

「うるせぇ! こっちは腹下してんだよ!」

 

 

勢いよく開けた扉は外にいたノックの主に……当たらず、トイレ外の壁に当たり、騒音を立ててしまった。扉と壁がぶつかり合う音が店内に響く。

 

 

「は?」

 

 

外には誰もいない。

その代わりに突き刺さる客たちの視線。そして、

 

 

「お客様。他のお客様の迷惑になりますので」

 

「……ごめんなさい」

 

 

俺は怒りを噛み殺した笑顔の店員相手に謝るしかできなかった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

再びネカフェに舞い戻ってきた俺。

腹痛もどうにか収まり、ソファーに体を預ける。疲労感に襲われながらも少し考える。

これからどうするか、を考えるには少々疲れすぎているな。

それよりもさっきのことか。

 

怪現象・トイレを叩く透明人間。

 

ゴシップ誌の見出しだとしても弱いその怪奇現象……『ドーパント』の仕業か? まぁ、一応透明になれるメモリはある。

『インビジブル』のメモリ。だが、あれはそれなりにレアな上に、今は恐らくある人物の元にあるはずだ。もしその人物が持っていたとして、そいつが人が入っているコンビニのトイレをゲキレツに叩くなんてそんなしょうもない真似をするだろうか?

 

 

「……いや、ないな」

 

 

すぐにそう結論付け、その可能性を打ち切る。だが、そうなると、あれはなんだったんだろう。

 

いっそのこと、鳴海探偵事務所にでも依頼してみようか?

いや、それこそないな。苛ついたとはいえ、実害はなかった訳だし。

なんなら今、接点を持つのはまずいだろう。俺のことを調べられたら、恐らく俺のメモリ使用にも辿り着くはずだ。そうしたら俺は刑務所送り。それだけは避けたい。それに依頼料だって馬鹿にならなーー

 

 

「!!」

 

 

そこで俺は恐ろしいことに気がついた。慌ててそれを取り出し、中身を確認する。そして、真実を悟ってしまう。

 

 

「金が、ないッ!」

 

 

財布の中には3000円だけが入っていた。つまり、ここにはあと一泊ほどしかできない計算だ。

盗まれたとかそういう話じゃない。単純に資金が尽きかけている。

どうする、どうする、俺?

 

 

ーーーーーーーー

 

 

金欠の俺が出した結論は、会社に戻ること。

幸い俺は下っ端とはいえ、ミュージアムの人間だ。つまり、会社員で、その会社から給料が出る。悪いことをして儲けている組織だ。正直な話、それで金をもらうのはいい気がしないが、背に腹は代えられない。

 

さて、問題は数日間の欠勤がどう響くか。

というか、思い返すと、園崎霧彦から逃げて後で説教でもされればいいだろう、なんて考えは甘かったかもしれない。

 

ミュージアムって悪の組織だったわ。

あれ? 俺、もしかしてクビになったら消される?

用済みな下っ端って、もしかしなくても消される運命ですか?

 

 

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第4話 Nは手を出すな / お願いだから本当に手を出さないで

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「入りなさい」

 

「はいッ」

 

 

部屋から聞こえた女の指示に、俺は声が裏返りながらも返事をした。ノックを3回し、中へ入る。

気分は就活時代。あのときの記憶を呼び覚ませ。さもなくば俺は社会的に死とかではなく、真の意味で死ぬことになる。

 

 

「失礼いたします」

 

 

社長席前の椅子へ。

 

 

「座りなさい」

 

「はい、失礼します」

 

 

その言葉を待ち、俺は椅子に座った。勿論、深く座らず、姿勢も正す。

どうだ、通用してくれ、俺の古い記憶よ!

俺が座るのを見て、ディガル・コーポレーション社長であるその女性も自らの席に座った。傍らにはその夫であるあの男・園崎霧彦もいる。

 

 

「やぁ、この間ぶりだね」

 

「…………」

 

 

……頼む、黙っててくれ。

余計なことを言わなければ、きっと切り抜けられるはずだ。

 

 

「……黒田だったかしら」

 

「黒井です」

 

「……………………」

 

 

くっ、しまった!? つい、即訂正してしまった!?

だが、これは俺悪くないだろ! 社員の名前を間違う方が悪い!

幸いなことに、俺の指摘でご機嫌を損ねることはなかったようで、女社長は話を続けてくれる。

 

 

「そう。黒井、貴方ここのところ会社を無断欠勤しているそうね」

 

「っ、は、はい」

 

「まさか警察にでも駆け込んだりしていないわよね」

 

「いえ、そんなことはありません」

 

「…………そう。まぁ、そうしたところで無駄だけれど」

 

 

無駄。それは警察では手を出せないという意味だろう。

時系列的に、まだ風都署の中でメモリ犯罪を取り締まる超常犯罪捜査課の力は強くない。あと1、2ヶ月も後ならば違うだろうが。

ともかく今は誠実に答え続けろ。

嘘は最低限。真実を伝えて、信用を勝ち取るしかない!

 

 

「それじゃあ、何をしていたのかしら?」

 

「……実は父が他界しまして」

 

 

早速嘘である。だが、仕方がないだろう。まさか記憶をなくして、ここの間ネカフェで生活してました、なんて信じてもらえるか分からない。

 

 

「ん? 君、この間私と会っただろう?」

 

 

んもうっ! 黙ってて!

 

 

「貴方、父親は風都にはいないそうだけれど」

 

「……は、はい」

 

「正直に言いなさい。何をしていたの?」

 

 

父親は風都にはいない。俺に関する新情報をゲットしたのは収穫だが、一転ピンチだ。いや、ずっとピンチだけどさ。

どうする?

どうする、俺!

思考を巡らせることコンマ数秒。俺の脳裏にはひとつの言い訳が浮かんでいた。それはーー

 

 

「調査を、していました」

 

「調査? なんの調査よ」

 

「ガイアメモリが関わっているであろうとある怪現象についてです。恐らくですが、有用なメモリが使われているにも関わらず、被害らしい被害が起きていないのです」

 

「……続けなさい」

 

「はい。数日前、私はとある怪現象に遭遇しました。不可視の人物による襲撃を受けたのです」

 

「不可視……? それは見間違いではなく?」

 

「はい。襲撃後、周りを確認しました。その上、周囲にいた人間も襲撃者を見ていないのです。そう、私は影も形もない人物から襲撃されたのです」

 

 

嘘ではない。俺は確かに襲撃を受けている。トイレを激叩きされたのだ。立派な襲撃だろう。つまりは、物は言い様だ。

そこまで言って、やっと女社長は少し考え込むような表情になった。ふむ、あと一押しか。

 

 

「私も上手く説明できないのが歯がゆいのですが……ともかくあれは恐らくガイアメモリによる襲撃です。襲撃者を特定し、その『不可視』のメモリを上手く使えばーー」

 

 

 

「ーー仮面ライダーを倒せる」

 

 

 

その言葉で、彼女の表情が変わった。

確か今の彼女は、仮面ライダーの存在に苛立っているはずだ。だから、仮面ライダーを倒せる存在を示唆すれば乗ってくるはず。

 

 

「連絡を入れなかったことについては本当に反省しております。しかし、いつ襲撃者が来るか分からない。もしかすると、応援を呼んでしまえば、襲撃者は姿を消すのではないか。そう思っての行動でした。大変申し訳ありませんでした」

 

 

ここまで一息。捲し立てるように言い切った。

どうだ? これで俺の手札は全て切った。これで駄目なら本当に正直に記憶がないことを伝えるしかないが……。

 

 

「分かったわ。今回の無断欠勤は不問としましょう」

 

「!」

 

「ただし!」

 

 

「そのメモリの使用者をここに連れてきなさい。それが出来なければクビよ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

状況は好転した。いや、これはどうなんだ?

組織からしてみれば、無断欠勤するような人間、というよりも情報を漏洩する可能性のある人間というリスクを抱えても、仮面ライダーを倒せる存在を見つける方が優先度が高い。

今の俺は、代わりなど吐いて捨てる程いる存在だろう。だが、もし有能なメモリ使用者を発掘したとなれば、俺の存在は無視できなくなる。

つまり、

 

 

「安定した収入が得られる!」

 

 

ともかく例の襲撃者を見つけ出そう。その人物さえ見つけられれば、俺は安泰だ!

ただしーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「なぜあんたもいるんだ……」

 

「冴子からの指令だからね。君の上司として同行させてもらうよ」

 

 

あぁ、止めてくれ。

お願いだから、本当に余計な口も手も出さないでくれ。

頼む、霧彦。

 

こうして、俺のドキドキ襲撃者を見つけ出せ作戦が監視付きで始まったのであった。

 

 

ーーーーーーーー




霧彦さん
いいよね、好き。


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第5話 Nは手を出すな / 不可視の襲撃者

ーーーーーーーー

 

 

当面生活していく目処が立ったから、はっきりさせておく。

 

俺は能動的に原作に介入することはしない。

 

仮面ライダーとは戦わないし、だからといって、組織と敵対もしない。組織内で成り上がろうって気概もない。基本的に俺が積極的に動くことはない。

俺の目的は、とにかくこの世界で生きることだ。

元の世界に戻ることも考えたが、そもそも元の世界では死んでいるし、戻りたくない事情ってやつもある。俺はこの世界で生きていくしかないのだ。

 

この件だって、最終的にはメモリ使用者を見つけ出して、そいつを組織に差し出すだけ。社長様のご機嫌をとる。そうすれば始末されはしないし、クビってこともないだろう。給料も新しく作った口座を登録し直せば、目先の生活は確保できる。

 

ともかく、だ。

俺は積極的には戦わないことを、ここに誓おう。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「……ここは、コンビニ?」

 

 

不可視の襲撃者を見つけるために、霧彦を連れ、俺は件のコンビニに舞い戻っていた。早速、霧彦が訝しげな表情を俺に向けてくる。

 

 

「あぁ、俺はここで襲撃されたんだ」

 

「それは、どういう……?」

 

「腹痛を起こしてトイレに篭っていたら、ゲキレツノックをされた」

 

「な!?」

 

 

絶句する霧彦を尻目に、俺はコンビニに入る。

 

 

「君は嘘をついたのか!」

 

 

遅れて入ってきた霧彦が詰め寄ってくるが、それに、嘘は言ってない、言い方を工夫しただけだと返す。俺の返答に頭を抱え、ため息を吐く霧彦。そして、少々怒りの見える表情で告げてくる。

 

 

「これは冴子に報告させてもらう。件の一件、ただのいたずらで、ガイアメモリは関係ないとね」

 

「そいつはどうだろうなぁ」

 

「……何?」

 

「ゲキレツノックをされた俺はぶちギレて、すぐに個室から飛び出し、怒号を上げた。だが、そこに人影はなかった。それは紛れもない事実だ」

 

「それがなんだって言うんだ。きっと素早く移動した、それだけだろう?」

 

「いいや」

 

 

霧彦の予想を否定し、俺は店員に話しかけた。この間、俺が注意を受けた店員だ。よっぽどこの時間は暇なんだろう。急に話しかけてきた俺の質問にも軽い調子で答えてくれた。

あの時のことは覚えているようで、俺に注意する前に誰かトイレから走り去っていったかと聞いたが、そんな人物はいなかったという。ついでに、監視カメラの映像も確認してくれて、それの裏付けも取れた。それから、

 

 

「あの時、凄く激しいノックの音がしたよな?」

 

「? いや、そんな音はしなかった。急にあんたがトイレの個室から出てきて叫んだんだ」

 

 

これが怪現象でないなら、一体なんと言うんだ?

そう言いながら、俺はドヤ顔で霧彦に訊ねた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「100歩譲って、君の言う不可視の襲撃者がメモリを使っていたとしよう。だとしても、これは仮面ライダーを倒せるほどの『ドーパント』とは思えない」

 

 

コンビニのトイレを少しだけ調べさせてもらい、外に出ると、霧彦は俺にそう言ってきた。

……まぁ、一理ある。

正直な話、俺も襲撃者のメモリは、そんな大層な力をもったメモリだとは考えてない。メモリの正体が『インビジブル』だったとしても、組み合わせなければ透明になるだけのものだ。そこまでの脅威ではない。

 

 

「それでも、見えないっていうのは、それなりにアドバンテージを取れるだろ?」

 

「…………」

 

 

今の霧彦は、相当仮面ライダーに辛酸を舐めさせられている。可能性が少しでもあるならば、それを探るのは当然の思考だ。

それにしても、店員の話を聞くに、この状況はどうしても『インビジブル』の能力とは噛み合わない。『インビジブル』には実体があるから、扉を思いっきり開ければその人物には当たるはずだ。それに俺にだけノックが聞こえたってのもおかしい。

 

 

「うーむ」

 

 

目を閉じての長考。勿論、俺に特別な力はないから、地球の全てを記憶した本棚に入れる訳もなく。

ただ、こうして外的情報を入れずに、歩きながら考えるだけでも、頭の中を整理することはできる。

 

 

「おい、待ちたまえ」

 

 

数メートルほど歩いただろうか。霧彦に肩を掴まれ、やむなく目を開けた。

 

 

「なんだよ」

 

「目を閉じながら歩かない方がいい。それにそちらの路地裏は、あまり衛生的ではない」

 

 

彼の言葉通り、どうやら俺は思ったよりも目を閉じながら移動していたようで、目の前には1本の路地裏。暗くじめっとした空気が感じられる。

なるほど。まさに舞台の裏側だ。風都にもこういうところはあるものなんだな。

 

 

「おい、君!」

 

 

興味本位で俺は歩を進めた。舞台の裏側を覗いてみよう。少し行って戻ればいいだろう。その程度の軽い気持ちだった。

1歩、その路地に踏み込んだ瞬間に

 

 

ーードンドンーー

 

「っ!?」

 

 

その音は聞こえた。

ノックの音。いや、ここはただの路地裏だ。叩くドアなどあるはずがない。

 

 

ーードンドンドンドンーー

 

 

まただ。音はさらに激しくなる。

 

 

「何かがおかしい! メモリを!」

『ナスカ』

 

「っ」

 

 

警戒した霧彦は、懐から組織の幹部のみが持つガイアドライバーと『ナスカ』のメモリを取り出し、『ドーパント』へと変身する。だが、俺はーー

 

 

『早くメモリを使わないか!』

 

 

そうは言うが、『マスカレイド』は普通のメモリとは違う。もし『マスカレイド』になり、下手に強烈な攻撃でも受けてみろ。それが許容範囲外なら、俺は即死。爆散して終わりだ。

 

 

ーードンドンドンドンドンドンドンドンーー

 

 

そうしている間にも音は大きく、激しくなっていく。

早くメモリを使うんだ! 霧彦ーー『ナスカ』は叫ぶ。その声を聞きながら、俺はーー

 

 

ーードゴッッッーー

 

 

ーー気づけば吹き飛ばされていた。

そのまま壁に激突し、吐血してしまう。人生初めての激痛。

 

 

「が、っ……!?」

 

 

くそっ、息ができねぇ……。

だが、すぐに立ち上がれ。構え直せ。この一撃で終わる訳がない。次の攻撃が来る。ここで立ち上がらなきゃ、本当に死んじまう!

 

 

ーーゴソッーー

 

「…………っ」

 

 

身体中を激痛が走る中、どうにか懐からメモリを取り出す。本当は使いたくない。だが、これ以上のダメージを生身で受ければ、確実に死ぬ。背に腹は代えられない。

 

 

「死んだら恨むぞ、襲撃者っ!」

 

 

 

『マスカレイド』

 

 

 

ーーーーーーーー



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第6話 Nは手を出すな / 接点

園崎家、4体セットで一万円かぁ
欲しいです……(切実)


ーーーーーーーー

 

 

「死んだら恨むぞ、襲撃者っ!」

 

『マスカレイド』

 

 

 

俺はガイアメモリを首に突き刺した。瞬間、体構造が変化する感覚に包まれ、俺は『マスカレイド』に変身を遂げる。

同時に身構える。襲撃者からの衝撃を少しでも防ぐためだ。

 

 

ーーゴンッーー 

 

『ぐぅぅっ!?』

 

 

想定通り、攻撃が来た。だが、どうにか上手い位置で攻撃を受けられたようで、ダメージは最低限。

 

『マスカレイド』は最弱のガイアメモリだ。

特殊な能力はなく、ただ身体能力を向上させる程度。勿論、そこらの人間よりは強いとはいえ、戦闘慣れしている相手ならば人間にもやられる可能性すらある。そのレベルの弱さだ。このまま『ドーパント』の攻撃を受け続けたら、いずれは許容範囲を裕に超え、爆散してしまう。

 

だから、今の俺が取るべき最善手は、『ナスカ』に守ってもらうこと。『ナスカ』は高ランクのメモリだ。俺1人守るのは余裕だろう。

だから、俺はすぐに走り出した。痛みはあるが、『ナスカ』の元へ行けばどうにかなるはずなのだ。

 

 

ーードンドンドンドンーー

 

『くっ、またか!』

 

 

だが、襲撃者は簡単にそれをさせてくれなかった。

この音っ! また攻撃が来る!

俺は咄嗟に足を止め、周囲を警戒する。今の俺では、いつでも受け身を取れるように身構えておくことしかできない。

 

 

『超高速!』

ーードンッーー

 

『っ』

 

 

不意に突き飛ばされる俺。レベル2と呼ばれる『ナスカ』の特殊能力・超高速によって、霧彦に押されたのだと分かるのは、地面に転がってからだった。

何をしやがる。そう声を荒げようとして、言葉を飲み込んだ。

見れば、俺がさっきまで立っていた辺りの地面が大きく抉れていたのだ。

もし、彼が俺を突き飛ばしてなければ、俺はきっと……。

 

 

『無事かな』

 

『お陰さまでな。擦りむいた膝が少し痛いくらいだ』

 

『それは何よりだ』

 

 

軽口を言い合いながらも、周囲への警戒は無論解かない。解けない。

相手が『ドーパント』であることは明らかだが、あまりにもそれ以外の情報が無さすぎる。攻撃手段も、敵の位置すらも分からない。メモリの能力にいたっては、想像すらできない。

 

 

『ここは引くべきだ』

 

『同感だな』

 

 

『超高速!』

 

 

『ナスカ』に腕を掴まれて、俺は姿の見えない襲撃者からどうにか逃げおおせたのであった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「姿を消し、同時に高い攻撃力を備えた『ドーパント』。そんなメモリ、私の記憶にはない」

 

「あぁ、姿を消すだけのメモリだけなら知ってるが、あんな高威力の攻撃を仕掛けてくるタイプじゃないな」

 

「…………ところで、大丈夫かい?」

 

 

ーーギュルルルルーー

 

 

公衆トイレの外にいる霧彦の質問に、俺の腹が返事をする。

そう。またである。

なんなんだろうな、これは……。

どうにかその戦いを終えた俺は手を拭きながら、肩をすくめる。

 

 

「最近、どうも腹の調子がな……」

 

「いい内科を紹介しようか」

 

「ぜひともお願いしたいもんだ」

 

 

ほんとに切実である。

 

 

ーーprrrrーー

 

 

とそこで着信音が鳴った。

俺、ではない。とすると霧彦のものなのだろうが、彼の方を見ると、表情が強張っているのが分かった。相手は恐らくーー

 

 

「失礼…………私だ。どうしたんだい、冴子」

 

 

やはり女社長・園崎冴子か。

進捗でも聞かれてるのかと思ったが、どうやら会話を盗み聞きするに違うようだ。

電話口からでも聞こえるのは、彼女の怒りのこもった声で。霧彦の様子から、それが霧彦にとってもよくない知らせなのだと察する。

 

 

「あぁ。至急対処しよう」

 

 

そう言って、霧彦は通話を切った。

何かあったのかと訊ねると、返ってきたのは予想外の言葉だった。

 

 

「メモリの密売人が相次いで襲撃されたようだ」

 

「密売人が……? メモリでも奪われたのか?」

 

「いいや、ガイアメモリは無事だそうだ。けれど、死者も出ているそうでね。冴子がご立腹だ。君との調査はここで打ち切り。戻って事態に対処することになったよ」

 

「!」

 

 

ガイアメモリを風都にばらまき、実験を行う。密売人を襲うのは、そんなディガル・コーポレーションの目的自体を揺るがす事態。

もしかしたら、これで俺の一件が有耶無耶になってくれるかもしれない。

そうなら願ったり叶ったりだが……。

 

 

「…………その襲撃犯、俺達を襲った奴と同一人物じゃないか?」

 

 

このタイミングで、俺と同じ組織の黒服を襲う者が現れた。偶然にしては出来すぎている。

 

 

「私もそれは考えていた。とにかく私は会社に戻り、動く。ただのメモリ使用者ならともかく、組織に逆らう者なら、粛清しなくてはならないからね」

 

「そうか」

 

「君も気をつけたまえ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

霧彦の監視が外れて、喜んだのも束の間、俺はすぐにそれに思い至った。

もしかして、俺ーー

 

 

「今襲われたら、ひとたまりもないのでは?」

 

 

ヤバいかもしれない。そう考えた俺は、すぐに行動を起こした。

まず、俺単体で襲撃者を倒すのは不可能だ。霧彦もいないことを考えると、身を守るのも一苦労。

そんな事情や原作への介入度合いを考慮した上で出した結論が、

 

 

「もしもし。そちらは鳴海探偵事務所でよろしかったでしょうか?」

 

 

鳴海探偵事務所、つまりは『仮面ライダー』にこの件を密告し、倒してもらうことである。

不可視の襲撃者について認識しているのは、恐らくミュージアム関係者のみで、奴はまだ風都市民には手をかけていないと考えられる。もし市民に被害が出ていれば、『仮面ライダー』が動かないわけがないからだ。

だから、密告する。情報を渡して、彼らに動いてもらう。

原作介入をしないと宣言したばかりで、それを破るのも考えものだが、身を守るためだ。仕方がない。

 

 

「はい、こちら鳴海探偵事務所、所長の鳴海亜樹子です! 事件のご依頼ですかー?」

 

 

公衆電話の受話器越しに聞こえてきたのは、所長の鳴海亜樹子の声。

ふむ、好都合だな。正直な話、探偵2人と関わりをもつのは避けたい。下手に関われば、俺の正体を探られ、暴かれる可能性があるからだ。ここは彼女を通して伝えてもらうとしよう。

 

 

「そちらの探偵に伝えてくれ。『ドーパント』が組織の密売人を襲っている」

 

「な!? なにそれ、私聞いてない!」

 

 

そりゃそうだ。言ってない。本来ならば、原作にない話だろうし。

 

 

「不可視の襲撃者と俺は呼んでいる。今は組織の密売人だけをターゲットにしているようだが、相手はメモリ犯罪者。いつ市民に標的が変わるか分からない。探偵たちには、その『ドーパント』を退治してもらいたい」

 

「え、あっ、ちょっと!? そんな大切な話なら直接事務所に来てもらってーー」

 

「1度しか言わない。キーワードはーー」

 

「ちょ、ちょちょちょっ!?」

 

 

バタバタと電話口から音がする。メモを取る準備でもしているのだろう。数秒後、彼女の慌てたような声を聞き、俺は彼女にそれを伝えた後、電話を切った。

公衆電話を出て、ひとつ伸びをする。

 

 

「これでよしっ」

 

 

あとはとっとと、ここを去ってアリバイでも作ればおしまい。不可視の襲撃者は『主人公』たちがどうにかしてくれるだろう。

 

 

…………そう。

この時点で、俺はその程度に考えていた。全てを甘く見ていたのだ。

『主人公』の直感ってやつを。

『主人公』の好奇心ってやつを。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「その人物、怪しいね。アキちゃんから聞いた話だと、探偵たち……つまり、この事務所に探偵が複数いることが分かっていたようだし」

 

「あぁ。それに普通、街の人間は『ドーパント』なんて名称使わねえ」

 

 

鳴海探偵事務所。その地下にある秘密の部屋にて。

少年は本を片手に呟き、彼の隣にいたスーツ姿の青年も、その意見に同意した。

 

 

「その上、『鳴海』探偵事務所の探偵が鳴海亜樹子でないことも知っていた。ふふっ、実に興味深い。ゾクゾクするねぇ」

 

「興味深いってのは同意できないが、街の人に被害が及ぶかもしれないって方は聞き捨てならねえな。フィリップ、頼めるか」

 

「……あぁ。勿論だ、翔太郎」

 

 

ーーーーーーーー



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第7話 Nは手を出すな / 襲撃者についての調査報告

ーーーーーーーー

 

 

「メモリの名は『エコー』。音を反響、増幅させて攻撃する『ドーパント』だ。姿が見えなかったのは、姿を消していたのではなく、視界の外から攻撃していたからだろう」

 

「以上が僕たちの調査結果だが、満足してもらえたかな」

 

黒井(くろい)秀平(しゅうへい)

 

 

「…………はい」

 

 

携帯電話から聞こえてきた少年の話に、俺はただ返事を返すしかできなかった。

 

俺の目算は本当に甘かったのだ。

公衆電話からかけた一本の通話という僅かな手がかりから、俺の存在を突き止め、俺ですら開けない携帯電話に連絡を入れてきた。もう降参である。

 

 

「では、こちらの質問にも答えてもらおうか。君は一体何者だい?」

 

 

何者、ね。

 

 

「……それも、もう調査済みなんだろ?」

 

「黒井秀平。風都市風吹町6丁目在住の29歳。恐らくガイアメモリを流通させている組織の一員だということは分かっているよ」

 

「だが、それだけさ。それ以上は『検索』できなかった」

 

 

なるほど、そういえばそうだったな。

この段階では、彼はミュージアム関連の『検索』はその程度しかできない。検索に閲覧制限がかけられているからだ。

ならばーー

 

 

「ふっ、そこまでは分かっているか。流石は『地球に選ばれた魔少年』だな」

 

「……君は、何か知っているのかい?」

 

「あぁ、知っている。組織のこと、ガイアメモリのこと、そして勿論、君のこともね。フィリップ」

 

「!!」

 

「だが、今は止めておこう。君も今は深入りをしない方がいい。直に時は来る」

 

「っ、待てっ!」

 

 

彼の言葉を遮るように、俺は携帯電話の通話終了ボタンを素早く叩いた。

 

 

「っ、ぷはぁっ!! ヤバかったっ!!!」

 

 

息を吐く。どうにか誤魔化せたか?

正直な話、ここまで早く俺に辿り着くとは思っていなかった。組織に関することは、閲覧できる範囲が限られているとはいえ、これ以上深入りされれば、俺個人はきっとガイアメモリ不法所持の罪で逮捕される。こちらは『マスカレイド』しか使えないのだ。『仮面ライダー』に来られれば詰む。

 

だから、ハッタリをかましたのだ。大物ぶることでそれ以上踏み込むのは危険だとあの魔少年に判断させた。

その辺は我らが組織のボスを参考にさせてもらった。警察が園崎家をグレー視していてもいまいち立ち入れないのは、あのボスの雰囲気があるからだろう。無論、俺のやった大物ごっこは、あの人からは格段劣るけどな。

 

まぁ、それはともかく……。

 

 

「たしか、風吹町6丁目だったな」

 

 

メモリの正体以上の収穫があった。

『ドーパント』の方は『仮面ライダー』がどうにかしてくれる。それよりも、俺は自分の住所を知ることができたのだ!

これで家に入れる! 柔らかいベッドで眠れる!

ウキウキ気分で、俺は自宅の鍵を握りしめ、スキップをするのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「あんまりだぁ……あんまりだぁ……」

 

 

泣き崩れる俺。目の前には警察の家宅捜索を受ける自宅。

あんまりだぁ……。

『マスカレイド』になって、俺の家を家捜しするあいつらをしばいてやろうかとも考えるが、止めておこう。そんなことをしたら、先ほどのハッタリの意味がなくなる。

 

 

「はぁ、仕方ない。またネカフェ生活をーー」

 

 

 

ーードンドンドンドンーー

 

「っ!?」

 

 

自宅を背にして歩きだそうとしたその時、あの音が三度聞こえてきた。同時に、周囲を警戒する。

どこだ! どこから攻撃してくる!?

 

 

「ちっ、見つけられるほど近くにはいないよなっ」

 

 

残念ながら、ここからじゃあ見えない。だが、相手の種は割れている。

『エコー』……つまり、反響させるものが近くになければ、攻撃は来ないはずだ。

トイレの時は、コンビニの店内に。

2回目の襲撃では、路地裏の建物に。

それぞれ音を反響させて攻撃していたのだろう。ならば、開けた場所にいる今ならば、あの打撃音のような音こそ聞こえても、攻撃はーー

 

 

「きゃぁぁっ!?」

「ぐぁっ!?」

「いてぇぇっ!?」

 

 

ーードゴンッーー

 

「がっ!?」

 

 

殴られたような衝撃が俺を襲う。同時に聞こえてきたのは、家宅捜索する警察を眺めていた野次馬たちの悲鳴だった。

メモリの正体を知っていたから、俺でもその光景の意味を瞬時に理解できた。こいつは……。

 

 

「人間を使って……音を反響させやがったのかよ……」

 

 

暴挙。そう言っていいだろう。

霧彦曰く、『エコー』に襲われた黒服が持っていたアタッシュケースーーガイアメモリは無事だったという。

もしメモリ密売人を襲い、強力なメモリを手に入れるのが目的ならば、メモリが現場に残っているのはおかしい。

つまりは、メモリ密売人を襲う行為自体が目的、そう考えるのが自然だ。だから、『エコー』は他の人間には被害を及ぼすことなく、俺達だけを襲っていた。

 

なのに、今は街の人間を無差別に襲っている。俺を襲うために。

メモリの毒素が回っているんだろうな。

 

 

「くそっ」

 

 

俺は走り出した。

あてはない。とにかく人気のない場所に!

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「はっ、はぁっ……」

 

 

肩で息をして、どうにか整える。辿り着いたのは工事現場。休工中のようで、人の気配はない。

ただ1人、『そいつ』を除いては。

 

 

『…………見つけた、見つけた』

 

 

『エコードーパント』。

中世の音楽家のような服装の体とは対照的に、複数の音波が常に響き合って形作られているような不定形の頭部は、凡そ生物のそれとはかけ離れていて、奴が『ドーパント』であることを物語っていた。

フラフラとした足取りだが、確かに1歩ずつ俺に向かってくる『エコー』。10メートルほどで止まり、瞬間、頭部が震え始めた。

 

 

ーードンドンドンドンーー

 

「っ、またかよっ」

 

 

例の音は頭部から……いや、これは俺の中から響いてるのかっ!?

 

 

『その音はお前の心音を拡大したもの……反響する音を集約させるための的だ。私から放たれた音波は、その音に共鳴し向かっていく』

 

「丁寧な解説、どうも」

 

 

軽口は叩くが、非常にまずい。

この音が攻撃の的ならば、音を聞いて避ければいいと思っていた。だが、これは奴が拡大した俺の心音ーーつまり、心臓を止めない限りは鳴り続けるものだ。言ってしまえば、回避不能。

 

 

「……っ」

 

『マスカレイド』

 

 

今まで姿を見せなかった奴が現れたのだ。しかも、能力解説のおまけつきで。

それはつまり、ここで確実に俺を殺すという意志の現れだろうよ。メモリの格差は分かっていても、変身しておかなきゃ恐らく一撃で死ぬ。どちらにせよ死ぬなら、少しでも可能性がある方に賭けるしかない。

 

 

ーーゴンッーー

 

『くっ!?』

 

 

衝撃は左腕へ。当たった瞬間に跳び退き、ダメージを少しでも減らす。

 

 

ーードンドンドンーー

ーーバキッーー

 

『~~っ』

 

 

次は右肩。跳び退く。

次は……その繰り返しになるだろう。

キリがない。いいや、きっと先に限界が来るのは俺の方だ。『マスカレイド』の自爆機能や攻撃能力の低さを考えても、それは明らかだった。

ほら、相手さんも全然余裕で……。

 

 

『はぁっ……はっ』

 

 

よく見れば、奴の様子は変だ。こちらからは一切攻撃をしていないというのに、肩で息をしている。

それではまるで……。

 

 

『お前、メモリの毒素にやられてるのか……』

 

『うるっ、さいっ!!』

 

ーードンドンドンドンーー

ーードゴッーー

 

『か、はっ!?』

 

 

俺を黙らせるかのように、腹にくる衝撃波。息ができなくなり、思わず膝をついてしまう。

まずい。そう本能が叫んでいる。恐らく次にもう一撃もらってしまえば、俺は死ぬだろう。

そんな事情も知らず、いや、知っていたとしても奴には好都合なのか。ともかく、奴は覚束ない足取りで、俺に近づき、その首を掴んだ。

 

 

『苦しいかっ! なぁ、苦しいかっ!!』

 

『……あ、あぁ、やめて……ほしいね』

 

『っ、誰が止めるものかっ! やっと、やっとお前を探し当てたんだっ!!』

 

 

『エコー』の声にこもった感情は、首を絞められ朦朧とし始める俺でも読み取れた。

それは『憎悪』だ。

こいつの目的は……そうか。メモリの密売人を襲うことじゃない。俺を襲い、殺すことだ。

 

 

『お前はっ、私のこの手で……うぅっ』

 

『!』

 

 

首を絞める手が緩み、俺はその隙を突いて、逃れる。

自らの首を撫でながら咳き込んでいると、目の前で『エコー』が変身を解いた。

 

女、だった。

長身で切れ長の目。見た目から気が強そうな印象は受けるが、美人であることは間違いない。

その美人が膝と手を地面につき、ぜえぜえと呼吸している。苦しんでいるようにしか見えない。やはりメモリが身体に合っていないんだ。毒素で身体が蝕まれている。

 

 

「お前は殺す、殺さなきゃ……っ」

 

『なんで、そこまで俺を……?』

 

「なんで、だとっ!」

 

 

俺にとっては当然の疑問。だが、それが彼女にとっては逆鱗に触れる行為だったようで、這いながらも俺の方へ向かってきて、

 

 

ーーガッーー

 

 

胸倉を乱暴に掴まれた。至近距離で彼女の目を見る。メモリに蝕まれる前はきっと綺麗な目だったろう。だが、今は隈もできて、血走った目をしていた。

 

 

 

「お前の、お前のせいでっ! 私の家族は死んだんだッ!!」

 

 

 

激情を俺にぶつけて、彼女はそのまま息絶えた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

今回の一件で、俺が手に入れたもの。

1、『エコー』のガイアメモリ。

2、自身の過去への猜疑心。

 

 

ーーーーーーーー




N編終了。
次回、新章。


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第8話 Bの不文律 / 祝クビ回避

新章開始。
短めです。


ーーーーーーーー

 

 

「以上が、メモリの売人襲撃事件の結末です」

 

 

ディガル・コーポレーションの社長室にて。

俺は霧彦に見守られながら、女社長・園崎冴子に一部始終を報告した。

勿論、多少はぼやかしたこともある。名も知らない彼女が俺を恨んでいたこと等言う必要もないだろうし、そもそもこの女社長にとってはどうでもいいことなのだろうな。変に報告をして機嫌を損ねては大変だ。報告は必要最低限で。

 

 

「襲撃者は死んだのね。それで『エコー』のメモリは?」

 

「私が預かっているよ、冴子」

 

「そう」

 

 

やはり園崎冴子の反応は冷ややかなもので、犯人が死んだこととメモリを回収したことだけが分かればいい、その程度の熱量だった。

 

 

「それで私の処遇は」

 

「無断欠勤に関しては不問とするわ。メモリも回収したようだし」

 

「ありがとうございます」

 

 

頭を深く下げる。彼女は低姿勢で従順な俺の姿に満足したようで、静かに下がりなさいと指示し、再び机の書類に視線を戻した。俺はそれに従い、社長室を出る。

 

 

「……ふぅ」

 

「中々やるじゃないか、黒沢くん」

 

「黒井です」

 

「失礼、黒井くん…………ふむ」

 

 

胡散臭い笑みを浮かべる霧彦。

俺のどこを気に入ったのか分からないが、とりあえず距離が近い。

 

 

「なんだよ」

 

「いや、君も選ばれしディガルの社員だ。少々身なりを整えた方がいい」

 

 

俺の無精髭が気になったようで、彼はそう言った。

人の顔をじろじろ見るな。距離が近い。

 

 

「今日にでも理髪店に行くさ」

 

「よければいい理髪店を教えよう。バーバー風というのだが、そこのマスターがーー」

 

「別にいい。適当なところにでも行くさ」

 

「遠慮するな、共闘した仲じゃないか」

 

「いや、たまたま襲撃の場に居合わせただけだろ」

 

「まぁ、いいからついてきたまえ」

 

 

そのまま腕を掴まれ、引きずられるように俺は外へ連れ出されたのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

非常にまずい。

『バイオレンス』の事件から少し経過し、例の『偽仮面ライダー』の事件も起こったらしい今、霧彦がバーバー風に行く場面は、原作ではひとつしかない。

『バード』のガイアメモリに関する事件。『仮面ライダーW』の物語では、そのエピソードの始まりがこのバーバー風であった。つまり、

 

 

「風向きが悪い日は決まってこの店だ。ねぇ、マスター」

 

「お、バーバー風のファンとは中々の風都通だな」

 

「通も何も……君、ふうとくんは知っているよね」

 

「ハッハー! もちろん! この街のイメージキャラクターだ」

 

「実はあれ、私がデザインしたんだよ。小学3年の時、コンクールで優勝してね!」

 

「まじで!? すっげーっ! いやぁ、尊敬するよ」

 

「そうだろう!」

 

 

俺がまだ接触していない方の主人公、左翔太郎がいるのである。

彼は霧彦の隣の椅子で、タオルを顔にかけられて顔剃り待機中だ。同じく霧彦もタオルを顔にかけられているため、2人はお互いの顔を知らない状態で話が弾んでいた。

一視聴者目線で見たら、中々に愉快な光景だが、今の俺にとっては違う。戦々恐々だ。

そんなこんなしている内に、

 

 

「お前っ!」

 

「貴様は……表に出たまえ!」

 

 

お互いの顔がバレ、口論になる。ほらな、こうなった。

ヒートアップする2人を見送った俺は、

 

 

「マスター、顔剃りを頼む」

 

「う、うん。でも、いいのかい?」

 

「あぁ、かまわないよ」

 

 

空いた椅子に座り、顔剃りを頼んだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

近くの神社に向かうと、どうやら決着がつこうとしていた。というより、俺とともに2人を探しに来たマスターの声で戦闘を止めていたのである。

そのまま霧彦はその場を離れ、少し距離をとって近くの大木の陰からマスターと左翔太郎の会話を聞いていた。

 

 

「盗み聞きとは趣味が悪いな」

 

「……君か」

 

「楽しい話は聞けたかよ?」

 

「……あぁ、興味深い話がね」

 

 

そのやりとりとは裏腹に、霧彦の表情は晴れない。険しい顔で2人の会話を聞いていた。

……まぁ、当たり前か。今回の事件は彼曰く、ルール違反だそうだからな。

 

 

「子供にガイアメモリが出回っている可能性がある」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

結論から言うと、『バード』のメモリはバーバー風のマスターの娘が持っている。それは間違いない。俺はこの事件の真相と結末を既に知っているのだから。

 

だからこそ、もう一度言っておこう。

俺は能動的に原作に介入しない。

その結果として、命を落とす人間がいたとしても、だ。

 

 

ーーーーーーーー



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第9話 Bの不文律 / 子供と大人

ーーーーーーーー

 

 

原作で見たゴリラの巨大像がある通称ゴリラ公園に、俺と霧彦は来ていた。

そこには数人の中学生と思われる子供が何人かいて。物陰からその様子を窺う我々はまさに不審者そのものである。

だが、勿論、その怪しげな行為には理由がある。今ここで彼らに会うのはまずい。

 

 

『子供がそんなもん使いやがって! あぁっ!?』

 

 

そう。

俺たちの目の前には『仮面ライダー』がいた。ちょうど今、『彼ら』が『バード』を使った中学生と戦い、変身解除まで追い込んだところだ。

普通ならこれで終わり。だが、

 

 

「ゆういち、パスだ!」

『バード』

 

「なにっ!? メモリを使いまわししていやがったのか!」

 

 

1人の少年からメモリを受け取り、それを腕に差すもう1人の少年。瞬く間に『バード』へと姿を変え、『仮面ライダー』から逃げるように飛び立っていった。

 

 

「まさか! メモリを使用するにはコネクタ手術が必要だ。1つのメモリを複数の人間が使用できるはずがない」

 

「…………」

 

 

驚愕する霧彦とは対照的に冷静な俺。

なぜなら俺はその真相を知っているからだ。

 

彼ら中学生に『バード』メモリを渡したのは、園崎冴子、つまり、霧彦の妻だ。組織のボスから新しいメモリを増やすよう圧をかけられていた彼女は、未成熟な精神が及ぼす『ドーパント』への影響に目を付けた。

結果として、『バード』の本来の使用者であるバーバー風の一人娘は、自身が所属する陸上部のライバルたちを襲うことで、『ドーパント』として成長を果たしていくのだ。

勿論、『仮面ライダー』によって助けられるのだが。

 

ともかく園崎冴子の行動は、風都の未来を案ずる霧彦とは真逆の思想で、彼が望まない結末を生む。既に……いや、元から2人の思いはすれ違っている。

 

 

「さぁ、なんでだろうな」

 

「……っ」

 

「おい、どこに行くんだよ」

 

「決まっているっ! この件は明らかなルール違反。冴子に報告し、子どもたちにメモリを渡した売人を粛清する」

 

「……そうか」

 

 

それだけを返し、俺は霧彦の後ろ姿を見送った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

霧彦が向かったのは、ディガル・コーポレーションで間違いないだろう。その目的は、社長である冴子に『バード』の話を報告し、調査してもらうためだ。

だが、無駄なことは分かっている。俺の選択は放置だ。

 

そんな俺が向かったのは、

 

 

「お待たせしました、生ビールです」

 

 

居酒屋・風花。

風花町にある昔ながらの居酒屋で、最近同僚が教えてくれた店であった。お通しと一緒に届いた生ビールを流し込む。

 

 

「ふぃぃぃ……生き返る」

 

 

渇いた喉を潤してくれるその一杯に、思わず親父くさい声が出る。昔はビールの良さなんて分からなかったが、今なら分かる。この一杯のために生きているという言葉が生まれる程度には、こいつは旨い。

 

さて、次はお通しである。普通、注文した料理が出てくるまでを繋ぐのがその役割だが、ここのお通しはひと味違う。素材がいいのか、大将の腕がいいのか。とにかく俺の味覚にぴったりハマるのだ。

 

 

「大将、今日は冷奴?」

 

「…………」

 

 

カウンターごしに大将は静かに頷いた。おっと、無口な大将に聞いたのは間違いだったな。ここは……。

 

 

「女将さん、上に乗ってるのはなんだい?」

 

「あぁ、玉ねぎとみょうが、それにツナだねぇ」

 

「ほう……それはそれは」

 

 

人当たりのいい笑みを浮かべる女将さんの言葉を受けて、改めて目の前のお通しと向き合う。そして、その冷奴に箸を入れ、口へ運ぶ。

 

 

「これはっ!」

 

 

絹ごし豆腐の柔らかな食感。そこにシャキシャキとした玉ねぎとみょうががアクセントとなっている。醤油もただかけただけではなく、少量のおろし生姜を混ざっている。香味野菜ということもあり、味のバランスがちょうどいい。

 

 

「……はい、こっちはタコの唐揚げね」

 

 

女将さんから出された次なる料理は、俺が席に座ると同時に注文した代物だ。シンプルながら旨いタコの唐揚げ。

早速、ひとつ摘み、口へ放り込んだ。

 

 

「!!」

 

 

口に入れた瞬間に、サクッとした食感を楽しめる。無論、タコ本来の歯ごたえもある。下味は恐らくだが醤油と少々の酒。それだけだろう。だというのに、この味の深みはなんだ。タコや油の旨味も生かした逸品の完成度の高さたるや称賛するしかない。

 

そんなこんなで小一時間俺は一人晩酌を楽しんだのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ほろ酔い気分で帰路に着く。帰路、つまり、自宅への帰り道である。

幸いクビの危機を回避した俺は、数日前に新たな住居を手に入れていた。勿論、組織から支給された築うん十年のボロアパートではあるが、それでもネカフェ暮らしよりは金もかからず気兼ねなく過ごせるというものだ。

住む場所もある。ひとまず仕事も安泰。金は少々心許ないが、それでも新しく作った銀行口座に給料も入った。酒も旨くて夜風も気持ちいい。

いいこと尽くめだ。

 

 

「………………」

 

 

ーーお前の、お前のせいでっ!ーー

ーー私の家族は死んだんだッ!!ーー

 

 

「ホント、いいこと尽くめ……だよ」

 

 

くそ……夜風に当たったせいか、酔いが覚めてきちまった。

だから、余計なことを考えてしまう。俺の過去のことや霧彦がこれから辿る未来。

そのなかで、不意に思い出したのは、ゴリラ公園でたむろしていた中学生たちの顔だった。

 

 

「…………大人の特権だよな、こういう自由って」

 

 

大人は色んなことに縛られて自由のない……いや、そう思い込んでいる子供たちとは違う。

酒を飲むのも自由。夜遊びするのも自由。そんな下らない自由な大人に子供たちは憧れるもんだ。

だから、きっと『悪いもの』に影響される。『悪いもの』に手を出そうとしてしまう。

そんな誘惑から守ってやるのは、大人の義務だろう。

 

 

「……はぁ、仕方ねぇか」

 

 

ひとつため息を吐く。

これは別に霧彦のためとか、贖罪のためとか、そういうんじゃない。

 

 

「大将のとこの娘さんも陸上部だって言ってたもんな」

 

 

強いて言うなら、俺のためだ。

俺が旨くて、楽しい酒を飲むためだ。

 

 

ーーーーーーーー




孤独のグルメかよ。
個人的にはたこわさと日本酒が好きです。


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第10話 Bの不文律 / 実験

ーーーーーーーー

 

旨い酒を飲むために、子供たちを助けよう。

 

そうは考えない。

だって、放っておいても『仮面ライダー』が子どもたちを助けてくれるしな。だから、俺がするのはちょっとした情報提供だ。

鳴海探偵事務所と霧彦に、答えに繋がる情報を小出しにして伝え、事件を原作よりも早く解決してもらうだけ。

 

それが今回俺がしようとしていることだった……のだが。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「お手柄だ、黒沢くん!」

 

「黒井だ」

 

 

俺が手渡したリストを見ながら、霧彦は声をあげた。もうそろそろ俺は怒ってもいいと思う。そんな俺の心中など知らない霧彦は、さらに言葉を繋げる。

 

 

「このリストによれば、『バード』メモリを取り扱っていた売人は3人。ならば、この3人を虱潰しに当たれば、確実に子供たちにメモリを渡した者が分かるはずだ」

 

「……まぁ、そうだろうな」

 

 

そうだ。霧彦の言う通り、リストを調べれば見えるはずだろう。

売人の中に、メモリを売るのは大人のみというルールを破った者がいないことが。そして、本当に彼女たちにメモリを渡したのが誰なのかを。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

数日後のことだ。

俺は霧彦に呼び出され、風花町に来ていた。わざわざ呼び出すくらいだから、恐らく真実に気づいたのだろうと思ったのだが、

 

 

「……やぁ」

 

 

そこには傷だらけで、満身創痍な霧彦がいた。その様子だと恐らく、彼は真実を知ったのだろう。その上で、組織のボスに返り討ちにあったのだ。

 

 

「『バード』をあの子たちに渡したのは、他でもないミュージアムだった。『バード』は急速に進化している。そして、いずれ子供たちは死に至る」

 

「……だろうな」

 

「ミュージアムは……いや、園崎琉兵衛という男は、子供たちも風都の人々もデータとしか考えていない……勿論、この私もね」

 

「…………」

 

「もしかして君は、それに気づいていたのか」

 

「あぁ」

 

「君は……一体……?」

 

 

霧彦の問いに俺は静かに頷いた。

気づいていた、というよりは知っていたという方が正確なのだが、今ここでそれを言う必要もないだろう。

 

 

「それで、お前はどうするつもりだ?」

 

「愚問だな。子供たちを救う」

 

 

救う方法はもう聞き出してある。霧彦はそう言って、懐からガイアドライバーと取り出した。

 

 

「このドライバーと私の『ナスカ』メモリを、使用者の体内にある『バード』メモリに共鳴させる。それを『彼ら』にメモリブレイクしてもらう」

 

「なるほどな。だけどーー」

 

 

 

『キシャァァァァッ』

 

 

 

咄嗟に霧彦を伏せさせたその場所を『そいつ』の爪が切り裂いた。間一髪だ。良く反応したと自分を褒めてやりたいね。

 

 

「っ!?」

 

「『こいつ』は連れて行けないだろ?」

 

 

俺と霧彦の目の前には一体の『ドーパント』がいた。

体毛に覆われた体と鋭い爪や牙。まさに獣としか形容のできない『ドーパント』だった。

 

 

「……っ、組織の追手かっ!」

 

「あぁ。『スミロドン』……園崎家のねこちゃんだったっけか」

 

「……君はどこまで……」

 

「今はそんなことを言ってる場合か? 『こいつ』を撃退したら教えてやるよ」

 

「っ、ぜひそうしてほしいね」

 

『ナスカ』

『マスカレイド』

 

 

同時に変身し、臨戦態勢に入る俺達。

 

……さて、ここでクエスチョン。なぜ俺はここまでクールでいられると思う?

『マスカレイド』なんて最弱メモリしか手札がない状態で、ニヒルな笑みを浮かべる理由。その答え合わせといこうか。

 

 

『ミック!』

ーースッスッーー

 

『静かに』

ーーピッーー

 

 

はっ! 俺は原作知識をもった転生者だ。『スミロドン』自体の弱点は知らなくても、元の変身者もとい変身猫であるミックの癖は知っている。

俺が今、名を呼びながら指でなぞったのは、園崎家でミックに特別なごちそうを与える時の仕草。これでミックは大人しくなるはずだ。

 

 

『シャァァァ……』

 

「……ん?」

 

 

『キシャァァァァッッ!!!』

ーーズシャッッーー

 

「なんでっ!?」

 

 

間一髪、俺はどうにか『スミロドン』の攻撃を回避した。

し、死ぬかと思った……。

 

 

『何をやっているんだ! 真面目に戦いたまえ』

 

『くっ、なんで通用しないんだっ!』

 

 

仕草が間違っていたのか? いや、それとも匂いかなにかで園崎家の人間を識別しているのか。もしそうだとしたら、この攻略法、園崎家の人間じゃないと意味がないじゃねぇか!

 

 

『この『ドーパント』に弱点はないのか』

 

『そんなの俺が知るわけないだろっ!』

 

『……今までの余裕はどこにいったんだ』

 

『想定外だったんだよっ!!』

 

『なら、頭を回すんだ! 切り抜ける策を考えなくては私たちはここで死ぬ!』

 

 

どうする!? 現状、『スミロドン』を倒せる戦力はこちらにはない。

『マスカレイド』は論外。可能性があるとすれば、『ナスカ』の『超高速』だろうが、今の霧彦にはそれを使いこなす体力もないし、使えば恐らく体がついていかない。そうなれば、そこでゲームオーバーだ。

……ん? あれあれあれ? もしかすると、これって……?

 

 

『詰みじゃね?』

 

 

弱者から狩ろうという動物としての本能だろう。『スミロドン』の爪はまず俺を切り裂こうとしていた。

『スミロドン』の常識外れの敏捷性と切り裂くことに特化した爪。

あぁ、これはもう助からない。覚悟するしかない。

でも、もし希望があるとすればーー

 

 

 

『た、たすけて、『仮面ライダー』ぁぁ……』

 

 

 

後日、聞いた話によると。

それはそれは、大層情けない声だったという。

 

 

ーーーーーーーー



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第11話 Bの不文律 / メモリおじさん

ーーーーーーーー

 

 

「ミック! 止めなさい!」

 

 

『スミロドン』の爪が俺を八つ裂きにするその寸前で、声が響いた。その声に反応して、『スミロドン』は動きを止め、声の主を見る。そこにいたのは、

 

 

『若菜、ちゃん』

 

 

園崎若菜であった。

 

 

『ウゥゥゥゥゥ……』

 

 

彼女が自らの名を呼んだことで、『スミロドン』は止まり、唸る。恐らく園崎琉兵衛と園崎若菜、どちらの言葉を守るべきか考えているのだろう。十数秒の後、『スミロドン』は再び動き出す。

 

 

『グルルルルッ』

 

『くっ』

 

 

やはりダメか。園崎琉兵衛の命令を優先することに決めたようで、今度は『ナスカ』に向かい合う『スミロドン』。それに腹を立てた彼女は舌打ちをし、メモリを起動する。

 

 

『クレイドール』

 

 

『クレイドール』……土偶を思わせる『ドーパント』に変身した彼女は、左の掌から光球を放った。誰に当てるつもりもないのだろう。光球は『ナスカ』と『スミロドン』の間に放たれ、地面にぶつかる。

その攻撃に脅威を悟ったようで、『スミロドン』は目にも止まらぬ速さでその場から去っていった。

それを見て、霧彦も園崎若菜も変身を解く。

 

 

「霧彦お義兄様、いつものクールな姿が見る影もないわね」

 

「ありがとう、若菜ちゃん」

 

 

キザな笑みを浮かべる霧彦に、彼女はそんな皮肉を返す。

おぉ、原作で見たまんまだ……と思いきや、

 

 

「……そこの黒服は?」

 

「ん、あぁ、彼は私の友人さ」

 

「ふぅん」

 

 

一度怒られたのだが、まぁ、彼女の性格上、興味のない人間の顔は覚えていないだろうな。それが組織の戦闘員なら尚更だ。

ともかく俺から視線を外し、彼女は霧彦に向き直る。

 

 

「一体なにがあったの?」

 

「……君は知らない方がいい」

 

「もしかして……お父様が……?」

 

「………………」

 

「若菜ちゃん。もしも信じていた人間に裏切られていたとしたら……」

 

「え?」

 

「そんな時、君ならどうする?」

 

 

原作通りの問答がまた俺の目の前で繰り広げられていた。少し感動ものである。

霧彦の問いに、彼女は答える。

 

 

「心に聞いてみるわ。本当の自分がなにをしたいのか」

 

「本当の、自分……」

 

 

彼女の答えに何かを見出だしたようで、霧彦はふっと笑った。どこか吹っ切れたような表情だ。

 

 

「なるほど。お陰でこれから何をすべきか分かったよ」

 

 

そう言って、霧彦は彼女に背を向けた。

どこにいくの。その問いに『仮面ライダー』に伝えなきゃいけないことがあってね、そう答えた霧彦。

そして、去り際に一言だけ。

 

 

「じゃあね、若菜ちゃん。君のラジオ好きだったよ」

 

 

……本当に、キザな男だよ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

園崎若菜がいた場所から100メートルほど離れた脇道にて。

 

 

ーーフラッーー

「っ」

 

 

霧彦は膝を突いた。胸を押さえているのを見るに、見た目以上に『スミロドン』から受けたダメージが深刻なのだろうと察する。

 

 

「大丈夫か」

 

「……あぁ、元気も元気。絶好調さ」

 

 

どう見てもそうは見えない、バレバレの強がり。

そうか、こいつはそういう男だったな。

 

 

「そんな状態で子供たちを救えるのかよ」

 

「……さぁ、どうだろうね。下手をすると私は死ぬ。だが、風都の未来を見捨てるわけにはいかない」

 

「…………」

 

 

俺にはこの街にそこまでの思い入れはない。何が何やら分からないまま、転生した身だ。

 

俺が生き残れるならなんでもいい。

 

それが俺の主義。そもそも今日を生きるのに精一杯で、他の人間のことまで構っている余裕などない。だから、これも心配をするフリだ。

一応大人の義務として、子供を助ける手助けはした。情報提供はもうしてある。やることはやった。きっと子供たちも『仮面ライダー』と霧彦が救ってくれるだろう。冷たいと思われようが、これ以上手助けをするつもりもない。

 

 

「せいぜい頑張れよ」

 

「あぁ、応援感謝する……っ」

 

 

ゆっくりと立ち上がると、彼はそのまま街の雑踏に消えていき、俺はそれを黙って見送ったのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

最早お馴染みとなった腹痛との戦い後のこと。

 

 

「なんで来ちゃったんだろうなぁ、俺」

 

 

風見埠頭にて、俺は物陰に隠れながらため息を吐いた。

恐らくだが、あと少しすると『仮面ライダー』が『バード』を追い詰め、ここに現れるはずだ。そして、そこに霧彦も現れる。勿論、『バード』メモリを破壊し、バーバー風のマスターの娘を救うためにだ。

俺の助けが必要ないのは、原作の展開を見ても明らかだ。この場に俺は必要ない。むしろ問題はその後。

 

今夜が問題の日ーー霧彦が園崎冴子に殺される日。

 

介入はしない。介入するつもりはないはずなんだ。なのに、

 

 

「……どうするつもりだよ」

 

 

自問。答えは出ない。

そうこうしている間に、『仮面ライダー』と『バード』が現れる。青と緑の『W』は『バード』に応戦するも必殺技を撃つことができずにいた。

 

 

『このままじゃ埒が明かねぇ! 一体どうすりゃいいんだっ!』

 

『体内の『バード』メモリを正確に撃ち抜くしかない。それが彼女の命を救う唯一の方法だ』

 

 

そして、攻めきれない『彼ら』の元へ霧彦がやって来る。その姿を確認し、ひとまず安堵した。

この後の展開はこうだ。

『ナスカ』は、『バード』を羽交い締めにして、自らのガイアドライバーと体内の『バード』メモリを共鳴させ、『仮面ライダー』にその場所を教える。それを『仮面ライダー』がメモリブレイクして、終了。子供たちは救われる。

これで、この『バード』事件は幕引きだ。

ここにはもう用がない。俺は踵を返し、その場を後にしようとした。

 

 

 

「がっ……っ!?」

 

 

 

その声のせいで、足が止まる。振り返ると、そこには変身を解除され、投げ出される霧彦がいた。

って、

 

 

「なんだよ、それっ!」

 

 

原作と違う! どうなってやがるっ!?

思っていたよりも霧彦の身体は限界だったのか!?

依然として、『バード』は空を飛び続けていて、あのままではメモリブレイクができない。いや、それ自体はできたとしても、使用者はーーつまり、あの娘は死ぬ。

どうする? どうすればいい? このままでは……。

いいや、あの子供が死んだところで俺には関係ない。

焦り。それと同時に、冷徹な感情もあって。

 

 

「俺は……」

 

 

迷いが身体を縛りつける。その身体を動かしたのはーー

 

 

 

「私は、風都の未来を……っ」

 

 

 

ボロボロになりながらも、『バード』に手を伸ばす霧彦の姿だった。それを見た瞬間に、俺は走り出していた。

 

 

「霧彦! 『エコー』を渡せッ!」

 

 

同時に声を張り上げる。俺の意図に気づいた霧彦は、どうにか懐からメモリを取り出し、掲げた。それを受け取る。

メモリの適合手術とか。メモリ複数本使用の副作用とか。

一瞬頭をよぎる考えをすべて捨てて、

 

 

『エコー』

 

 

俺はそれを手首に差した。

瞬間、俺の手首に激痛が走る。まるでデカイ釘が手首に打ち込まれているかのような強烈な痛みと異物感。さらに、頭が割れるように痛む。

 

 

「がぁぁぁぁっ!?!?」

 

 

もがき、苦しむ。体感にして数分。実際の時間にして数秒ほど。

俺はいつか見たあの『エコー』の姿に変わっていた。

まだ割れるように痛む頭を抱えながら、俺はどうにか飛翔する『バード』を見据え、両の掌をかざす。

 

 

ーードンドンドンドンーー

 

 

『これは!?』

 

『っ、『仮面ライダー』ッ! バッドショットを……ッ』

 

『……! 承知した』

 

 

俺が発動した例の音とその一言だけで自体を把握してくれたようで、『仮面ライダー』は銃に蝙蝠型のガジェットを取り付けた。

実際に身をもって体験しているとはいえ、このメモリを使うのは初めてで、上手くいくかどうかは分からない。酷くなる頭痛も相まって、チャンスは一度きりだろう。

 

 

『一発で決めてみせる』

 

ーートリガーマキシマムドライブーー

 

 

あぁ、そう言ってくれると心強いよ。

その子を助けてやってくれ、『仮面ライダー』。

 

 

 

『トリガーファストシューティング』

 

 

 

放たれた一発の銃弾は、確かに『バード』を撃ち抜いた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

今回の後日談。

1 『バード』メモリは破壊され、少女の命が救われた。

2 俺は『エコー』のメモリを使ってしまった。

3 ーーーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「っ」

ーーガバッーー

 

「よう、起きたか」

 

 

俺はようやく目覚めたそいつに声をかけた。

ガイアメモリで負った傷は普通の医療では治療できない。だから、布団で休ませていたんだが、ここ2日ほど布団を占領されていたのだ。こいつは深く俺に感謝するべきである。

 

 

 

「……で、調子はどうだ、霧彦」

 

「ふっ……あぁ、絶好調さ」

 

 

 

ーーーーーーーー




霧彦生存!

てか、アンケートの皆さん霧彦好きすぎでしょう。
もう少しアンケートは開放しておきます。

次回、新章突入。


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第12話 迫り来るI / 皆大好き赤いあの人

新章開幕。


ーーーーーーーー

 

 

霧彦が生存した。

原作とは明らかに違う展開だ。しかも、その原因は恐らく俺にある。

いや、そもそも『エコー』ーーあの女が出てきた時点で、原作とは違う方向に話が進んでいたのか?

 

考えがまとまらないまま、俺はその施設を後にした。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「もうガイアメモリ使わない!!」

 

 

近所のスーパーへの買い出しから帰ってきた俺は、テレビを見ていた居候・霧彦の前で宣言した。

 

 

「それは構わないが」

 

「メモリを使った後は、体調も崩すし、もうイヤっ!」

 

「……言い分が乙女のそれだね」

 

 

そう言って、霧彦は困ったように笑った。

乙女だと言われても、イヤなものはイヤなのである。結局、『バード』事件の後、霧彦を家まで連れて帰ってきてからも、酷い頭痛と高熱で1日を無駄にした。あの症状を例えるとしたら、インフルエンザの時の感覚。

だから、改めて誓ったのだ。ガイアメモリ使わない!

 

 

「まぁ、私の身体もボロボロだ。当分は私もメモリを使えないな」

 

 

冷蔵庫から麦茶を出し、コップに注ぎながら彼は言う。そのまま麦茶をテーブルの上に出してくれる。礼を告げ、口にする。乾いた喉に染みる冷たさだった。

 

 

「ふぅ」

 

「今日の夕食は親子丼でいいかな」

 

「あぁ。卵も買ってきたから使ってくれ」

 

「ふむ、鶏肉は解凍しておこうか」

 

 

板についたものである。言うが早いか、鶏肉を冷凍庫から取り出し、冷蔵庫に移す霧彦を見ると、

 

 

「なんだろうなぁ」

 

「どうしたんだい?」

 

「いや、お前、ミュージアムの幹部クラスだったんだよなぁ、と思うと……な」

 

 

仮にも組織の幹部である彼が、こうしてキッチンに立って夕飯の下準備をしているのを見ると、なんとも言えない感情が湧いてくる。

 

 

「仕方がないだろう。どうやら私はディガルの金を横領した悪党、ということになっているようだからね。気軽に外も出歩けない」

 

 

肩をすくめる霧彦。

ところで、と彼は話題をかえる。

 

 

「君は何者か、そろそろ聞いてもいいか」

 

 

数日経って、生活も落ち着いた。当然の疑問ではある……のだが……。

 

 

「俺も知りたいくらいだよ」

 

 

霧彦曰く、基本的にガイアメモリは1人1種類。複数のメモリを使うと、毒素が混ざり合い、予期しない副作用が出るらしい。

にもかかわらず、俺は『マスカレイド』と『エコー』を使えた。

 

 

「その代償があの体調不良なんだろ?」

 

「そうだとしても、だ。聞くが、今の気分はどうだい?」

 

「…………親子丼が楽しみだ」

 

「それだよ。『バード』を使ったあの娘の様子も見ただろう? ガイアメモリへの渇望感。それが君にはない」

 

「……まぁ、うん」

 

 

ガイアメモリを使いたい、などとは決して思わない。なんだったら、すぐにでも捨ててやりたいくらいだ。

 

 

「一体、なぜ……?」

 

 

霧彦は俺の顔をまじまじと見ながら、首を捻る。

だから、止めろ。距離が近い。

 

 

ーーピンポーンーー

 

「っ、はーい」

 

 

突然鳴った呼び鈴に、声を返す。誰か知らないが助かった。あのまま男と見つめ合う趣味は俺にはないからな。

ドアの鍵を開け、来客を迎える。宅配便かなにかだろう。

 

 

ーーカチャリーー

 

「どちら様でーー」

 

 

「風都署超常犯罪捜査課の真倉といいます! 少々、お話よろしいでしょうか?」

 

 

「………………」

 

ーーグッーー

 

 

突然のことにパニックになった俺は、そのままドアを閉めようとする。だが、ドアは閉まらない。

 

 

ーーガッーー

 

「なっ!?」

 

 

閉まるドアの隙間に、足を挟めてくる人間がいたからだ。その人物は慌てふためく真倉刑事では決してない。

顔を上げ、ドアの向こう。真倉刑事の後ろから現れたその人物を確認する。

赤いライダースが特徴的な仏頂面の男。彼はーー

 

 

 

「照井、竜ッ!?!?」

 

 

 

風都にやって来たもう1人の『仮面ライダー』。

刑事にして『仮面ライダーアクセル』である照井竜がそこにはいた。

 

 

ーーーーーーーー




皆大好きだよね、福井刑事。
そして、アンケート回答ありがとうございます。結果がすごいことになってて笑います。
ヒロインどうするかな……。


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第13話 迫り来るI / 俺と俺

アンケートありがとうございます。
ひとまず方針を決めました。


ーーーーーーーー

 

 

ーーバンッーー

 

「さぁ、吐け! お前がやったことは分かってるんだぞっ!!」

 

 

風都署の取調室に、俺は連れてこられていた。幸いなことに、メモリは霧彦に渡していたため、ガイアメモリ所持の現行犯には問われなかった。

というより、

 

 

「……刑事さん、俺はやってません」

 

「まだそんなことを言うのか! ほら、証拠の防犯カメラの映像だ! 今日の午前中に撮られたものだ! これがお前以外の誰だって言うんだ!」

 

 

そう言って、真倉刑事が見せてきたのは、スーパーの防犯カメラの映像だった。よく見ると分かるが、そこは俺がよく行く激安スーパーで、そこに映っていたのは確かに……。

 

 

「俺だなぁ」

 

 

スーパーの精肉コーナーで生肉を貪る俺が映像の中にいた。俺はただ唸るしかなかった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

アリバイを証明してくれた人が現れたことで、俺は解放された。冤罪だと文句のひとつでも言ってやりたいが……。

 

 

「ありゃあ俺だよなぁ」

 

 

風都署のすぐ外で、ふと顎に手を当て、首をかしげる。

罪状自体は食い逃げ、いや、万引きか。ともかく本来であれば、ガイアメモリ犯罪専門である超常犯罪捜査課が出てくるような事件ではない。ましてや赴任したばかりの照井竜が動く必要はない。

だが、あの映像で肉を喰らった『偽俺』は直後に、忽然と姿を消した。確かにあれでは超常犯罪を疑うのも当然だ。

ガイアメモリを使わない。

そう宣言した途端にこれだよ。なんだ、俺なんか憑かれてるのか……?

 

 

「あ、あの……災難、でしたね」

 

「…………へ?」

 

 

考えにふけっていたせいで、それが自分にかけられた声であることに気づくのが遅れた。

 

目の前にいたのは、3人の女性。

1人は制服を来た茶髪の女の子。高校生だろうな。

もう1人はすっぴん&スエット姿の女性。年齢は30代くらいか。

そして、最後の1人が俺に声をかけてきた黒髪の女性。年齢は分からんが、3人の中では一番大人しそうな人だ。

年齢や雰囲気がバラバラな3人。3人とも犬を連れているところを見ると、恐らく犬の散歩仲間といったところか。

 

 

「えぇと……?」

 

 

ナンパにしちゃあ意味の分からない状況だったので、つい困惑した声を返す俺。それを見て、察してくれたようで、高校生らしき女の子が説明をしてくれた。

話を聞くに、俺のアリバイを証言してくれたのはその3人だったようだ。

 

 

「ほら、ウチん家、おじさんのアパートのすぐ近所でさぁ、ママからおじさんが捕まったって聞いてぇ、そんでエリカさんに連絡したワケ」

 

「アイナちゃんから話を聞いて、私も驚いたわよ! だって、万引きしたなんて聞いたら、ねぇ?」

 

「???」

 

 

馴れ馴れしく話しかけてきたが、俺には面識がない。

 

 

「あ、あの……黒井さんのこと、スーパーで見てて、万引きしてないって話したんです」

 

「あぁ」

 

 

そう言って、黒髪の娘が上目遣いでこちらを見上げてくる。

 

 

「……あの、その……」

 

「あぁ、ごめんなさいね! この娘、あがり症なのよ。いつも私たちと話してる時は普通に話せてるのにねぇ」

 

「ねー! おじさんの前だとあがっちゃうとかカワイー!」

 

「や、やめてください」

 

 

なるほど。この娘が俺のことを目撃していて、万引きをしていないと証言してくれた。この2人は、あがり症のこの娘の付き添いって訳か。

 

 

「……とりあえず助かった。ありがとう。なんと礼を言えばいいか」

 

 

頭を下げる。食い逃げ&万引きに関しては本当に無実の罪ではあるが、ガイアメモリには関わっており、あのまま取り調べが進んで彼が出てきたら、俺の罪が白日のもとに晒されかねなかった。純粋に感謝しかない。

 

 

「い、いえ……そんな、わたしはただ……」

 

「フフフー! ねぇねぇ、おじさん! そんなに感謝してるならさー!」

 

「?」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

数日後。

俺は風都タワー前で、人を待っていた。その人物とはーー

 

 

「あ、あの……黒井さん」

 

 

例の彼女である。

アイナと呼ばれていた高校生の提案により、俺は彼女とデートに来ることになったのだった。

まぁ、デートとは言っても、1日彼女を接待するだけだ。恐らく彼女のあがり症を治してやろうというお友達の計らいなのだろう。実際、助けられたのは事実だし、若い女の子と出掛けるのは悪い気はしない。

ふっ、やれやれ仕方がないな。社畜時代に培った接待技術を見せてやるとしますかね。

 

 

「お待たせしましたっ、すみませんっ」

 

「いや、今来たところさ」

 

「それなら、よかったです……」

 

 

嘘である。ここには1時間ほど前に来ていた。

 

うん、なんかほら、女の子を待たせるもんじゃないじゃん?

別に楽しみとかね? そういうんじゃないし?

黒髪清楚系の女の子とか、別にタイプじゃない。そういうんじゃないんだからね!

 

 

「黒井さん?」

 

「あぁ、すまん。ちょっと考え事を……いや、早速行こうか」

 

「は、はい」

 

 

そう。浮かれてばかりではいけない。霧彦に聞いたデートにぴったりのお店を予約しておいたのだ。予約の時間を過ぎてしまってはいけない。

彼女をエスコートするために……って、そうだ。肝心なことを聞きそびれていた。

 

 

「君、名前は?」

 

(しずく)……です」

 

 

雫。いい名前だ。

 

 

「じゃあ、行こうか。雫ちゃん」

 

「……はいっ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

デートの内容は正直覚えてない。

霧彦から聞いていたデートスポットが臨時休館していたとか、緊張していたとか、そういうのは確かにあった。

それでも雫ちゃんは徐々に慣れてくれて、穏やかな笑顔を見せてくれたのだ。だから、デート自体は大成功だったといえるだろう。帰り際までは問題はなかった。

真に問題なのは、

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『ウゥゥゥ……』

 

「黒井さん、が……2人?」

 

 

あー!! もうっ!!

なんなんだっ!? なんで俺はこうも引き寄せてしまうんだっ!?

 

 

「くそっ!!」

 

『グルルルッ』

 

 

よだれをダラダラ滴しながら、こちらを睨み付けてくる『偽俺』。

その様子、スーパーで生肉を喰らっていたことといい、まるで獣のようだ。

 

 

「黒井さん……」

 

「雫ちゃん、走って」

 

「え……? でも、黒井さんは?」

 

「俺は大丈夫だ。だから、逃げてくれ」

 

「っ、でもっ」

 

「いいからっ!! 逃げてくれッ!」

 

「っ」

 

 

俺が大声を出したことで、どうにか彼女は走ってくれた。同時に『偽俺』が飛びかかってくる。それを避ける。

 

 

「はやくっ!」

 

 

まだだ、まだ使えない。その間に何発かは喰らうが、奴の爪は思ったよりも鋭く、およそ人間のそれではない。

時間にして十数秒。彼女の姿が見えなくなったとこを確認して、俺は懐からメモリを取り出した。

 

 

「ホントに、いい加減にしてくれよっ!!」

 

『マスカレイド』

 

 

ーーーーーーーー




風都は悪女が多いんだってさ。


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第14話 迫り来るI / 体調は悪いが得たものもある ☆

ーーーーーーーー

 

 

『くっ!?』

 

 

『偽俺』の攻撃に反応し、避ける。『エコー』の時のような特殊な攻撃ではなく、物理的かつ直線的な攻撃だから『ドーパント』にさえなってしまえば、避けるのは難しくない。勿論、『マスカレイド』程度の能力では簡単とはいえないが。

 

 

『ガウゥッ』

 

『っ、ふんっ!』

ーーブンッーー

 

ーーバキッーー

 

 

カウンターの要領で、突っ込んできた『偽俺』の顔面に拳を喰らわせる。

……偽物とはいえ、自分の顔面を殴るのは複雑な気分ではあるがな。それでも効果はあったようで、『偽俺』は俺から一歩分、後ずさった。

 

 

『ウゥゥゥ……』

 

『来るなら来い!』

 

『ガルゥァッ!!』

 

 

嘘です! 来ないで!!

最悪の展開だけは回避しなくてはいけない。ダメージを軽減するために、身を屈めて攻撃に備える。だが、俺の覚悟は空振りに終わった。

いつまで経っても攻撃が、

 

 

『来ない……?』

 

 

顔をあげると、既に『偽俺』の姿はどこにもなかった。数秒辺りを警戒した後、俺は変身を解いた。

確かに攻撃は奴の顔面にもろに入ってはいた。だが、

 

 

「あの程度の一撃で引くのか」

 

 

そこに違和感を感じた。

『マスカレイド』の攻撃を受ければ、そこまで能力が高くないメモリだということは分かるはずだ。にもかかわらず、一撃で引いた。いや、逃げた。

あの動きや行動原理、人間というよりは動物のそれに近い気がする。

 

 

「ん?」

 

 

ふとあるものが視界に入った。近づいて、それを拾ってみる。

 

 

「これは、犬の毛……?」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「可能性はある。ミュージアムでも動物にガイアメモリを使用した例もあるからね」

 

「……そうか」

 

 

我が家に戻った俺は、霧彦からの答えを聞いて納得した。

思い出してみれば、『スミロドン』や『ケツァルコアトルス』のメモリは動物に使用していた。だから、あり得ることなのだ。

 

犬が『ドーパント』になることも。

 

 

「それにしても、また『ドーパント』に襲われるとはね。メモリに関わる者は惹かれ合うと聞くが」

 

「止めてくれ。そういうのはウンザリだ」

 

「フフッ、それ以上に君もスミに置けないな。女性とデートし、その娘を助けるためにガイアメモリを使うとは……まるでヒーローじゃないか」

 

 

あの後、彼女・雫ちゃんと連絡をとり、無事を確認することができた。巻き込んでしまって申し訳ないと謝罪すると、無事でよかったと泣かれてしまった。そもそもが俺のせいだから、申し訳なくて泣き終わるのを待って。

結局、今度また出かける約束をして、どうにか落ち着いてもらったのだが。

いや、それはいい。今は俺を狙う『偽俺』の正体を暴くことが先決だ。

 

 

「なぁ、霧彦。使用者の外見を変えるガイアメモリに心当たりはあるか?」

 

「ふむ。君の外見を真似する『ドーパント』だと言ったね」

 

 

腕を組み、しばし考えた彼は指を2本立てて、答える。

 

 

「私の記憶から思い当たるメモリは2種類だ」

 

「1つは『ダミー』。だが、あれを使いこなすにはそれなりの知能が必要だ」

 

「とすれば、考えられるのはもう1本の方だろう。その名はーー」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

数日後、雫ちゃんとやり取りをした俺は彼女を呼び出していた。場所は風見埠頭。彼女の愛犬の散歩コースの1つだ。

 

 

「く、黒井さんっ、こんにちは」

 

「……? あぁ」

 

 

なぜか前よりも上擦った声を出す雫ちゃん。しかし、彼女もお洒落だな。ファッションのことは正直よく分からないが、犬の散歩のためなら適当な格好でもいいだろうに……って、あれ?

 

 

「雫ちゃん、犬は?」

 

「え? あぁ、チャッピーですか? あの子は今、預かっててもらってて」

 

「! それ、もしかしてーー」

 

 

『グルルルッ』

 

 

 

再び現れた『偽俺』。

……いや、もうこいつの正体は分かっている。こいつは……。

 

 

「チャッピー! 止めろ!」

 

「え……?」

 

 

チャッピー。雫ちゃんの愛犬だという子。

 

 

「黒井さん、何を言って……?」

 

「信じられないかもしれないが、この『偽俺』は君の愛犬が変身した姿なんだ」

 

「変身……?」

 

「あぁ、噂で聞いたことはないか? ガイアメモリ……この街の裏側で流通している使用者を化け物に変える悪魔の小箱」

 

「っ」

 

 

その反応、知っているみたいだな。

 

 

「なんで、そんなもの……っ」

 

「君がチャッピーを預けた人物がこの子に使ったんだろうな。理由はよく分からないが」

 

「そんなっ!?」

 

 

話をした霧彦は何かに気づいていたようだったが、いまいち俺にはピンと来なかった。

とにかく今は目の前の仔を落ち着かせるのが先だ。

 

 

「俺は敵じゃない! お前の飼い主のこの子の友達だ!」

 

『グルルルッ』

 

「や、やめて、チャッピーっ」

 

 

そうだ。ここにチャッピーが現れたのは計算外だったが、彼女の声ならば、あるいはーー

 

 

『ガァァァッ!』

 

 

くっ、駄目か。メモリの毒素は動物にも回る。雫ちゃんの声も届かないくらいにチャッピーは狂暴になっちまってるようで。このままでは彼女も襲われかねない。

チラリと雫ちゃんを見る。視界の端の彼女は、必死に愛犬の名前を呼んでいた。大人しそうな娘が、ここまで大声を出すなんて、それだけ愛されているんだろう。羨ましいことだ。

 

……仕方ねぇな、かわいい女の子の前だ。

あれを使うのは最高に嫌だが、ここで逃げたら男が廃る。

 

 

「……雫ちゃん、少しだけ目を閉じててくれ」

 

「……でも」

 

「頼む」

 

「………………っ」

 

「ありがとう」

 

 

 

『エコー』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

埠頭の少し先、その女は車の中でその様子を窺っていた。

 

 

「フフッ、フフフフッ……これで4回目よ。きっと次こそ馬鹿犬はあの男を傷つけるわ。そうすればーー」

 

ーープルルルルルルーー

 

 

突如として、車内に響く音。それは彼女のスマホの着信音だった。画面を見ると、登録されている番号ではない。

 

 

「非通知? まったく誰よ、今、いいところなのに……はいっ、どちら様っ!?」

 

 

少しキレながら彼女は通話ボタンを押し、非通知の相手に応答する。電話口から聞こえてきたのは、聞き覚えのない男の声。

 

 

『やぁ、君がエリカさんでよろしいかな?』

 

「……あんた、誰よ?」

 

 

雫の散歩友達・エリカは不機嫌な調子を隠さず男に答える。

 

 

『私かい? そうだね、私は君が襲おうとした男の友人さ』

 

「……なんのこと?」

 

『君は、あの雫という娘が黒井くんに想いを寄せていることを知っていた。そして、彼女の愛犬が飼い主を猛烈に愛していることもね』

 

「…………」

 

『そこに目をつけたんだろう。彼女から信頼を寄せられ、その愛犬を預かることもあった君は手に入れたガイアメモリをチャッピーに使った』

 

『メモリの名前は『イミテーション』。使用者の外見を模倣し、変える。それだけの能力だ』

 

『チャッピーは君の目論見通りに飼い主の彼女が愛している黒井くんを模倣し、彼を襲った。動物にも独占欲はあるらしいし、彼を殺せば、彼女の愛情を独り占めできる。そう思ったんだろうね』

 

 

動機は?

エリカは男にそう訊ねた。男が何者かは分からないが、自分の罪を知る人間があれば、

 

 

『君が飼っている犬をコンテストで優勝させるためだろう』

 

「っ」

 

 

黒井が雫とやり取りしている中で、エリカが飼い犬を数々のコンテストで優勝させていることを知った。そして、エリカの犬が、チャッピーが唯一出たコンテストで敗北していることも。

 

 

『下らない話さ』

 

「っ、下らないッ!? 私のカリンちゃんを優勝させることが下らないですって!?」

 

『あぁ、ガイアメモリは人間の進化のための代物。そんなことにガイアメモリを使うなど……不快なことだ』

 

「はぁぁ!? あの馬鹿犬が私のカリンちゃんより優れているなんてあり得ない、許されないのよッ! だから、あの馬鹿犬にあの男を襲わせた! 自分の飼い犬が好きな男を傷つけたとなれば、あの女は絶望してコンテストに出ようなんて思いもわかないでしょう! 上手くいけば馬鹿犬は保健所送りよッ」

 

 

唾を飛ばしながら、エリカは叫ぶ。叫び続ける。

 

 

「見てなさいッ! この後は、私のカリンちゃんを優勝させなかった審査員どもをッ!!」

 

『……フッ』

 

「っ、何がおかしいッ」

 

 

まるでエリカを煽るように、男は笑う。

 

 

『本当に愚かだね、君は。私がしていることはただの時間稼ぎさ』

 

「はぁぁ?」

 

『私との会話に意識を向けすぎだ』

 

 

ーーコンコンーー

 

 

不意に音がした。顔をあげれば、そこにいたのはーー

 

 

 

「風都署超常犯罪捜査課の照井だ」

 

「青井エリカ。ガイアメモリ不法所持及び使用の容疑で逮捕状が出ている」

 

 

 

「な、なんで……?」

 

『私たちは優秀な探偵と知り合いでね。その伝手で君が犯人であることは分かっていたんだ。あとは自白を取らせるために泳がせてもらったよ』

 

「~~~~~~っ!?!?」

 

 

声にならない叫びをあげるエリカ。必死の抵抗で暴れるが、照井竜の前ではなす術もない。

ただ虚しくクラクションが埠頭に鳴り響いたのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「やだよぅ、やだよぅ」

 

 

俺は自宅のトイレで泣いていた。

理由は簡単だ。体調が死ぬほど悪い。吐きそう。

 

 

「よかったじゃないか、彼女もその愛犬も無事なんだろう」

 

 

そう言ってのける霧彦の声が扉越しに聞こえる。

くそっ、他人事だと思いやがって。

 

 

「そんなことはないよ。エリカという女を引き付けるのも、公衆電話から鳴海探偵事務所に電話をしたのも私だよ。あの場に『仮面ライダー』が来てくれなければ、君はやられてたはずだ」

 

「……それについては感謝してる」

 

「そうだろう? それに今回については体調が悪くなっただけ……失ったものだけじゃない」

 

 

ーーピンポーンーー

 

 

自宅の呼び鈴が鳴った。

噂をすれば、だね。そう言って霧彦が玄関へ向かう音が聞こえた後、

 

 

「こ、こんにちは。黒井さん、いますか?」

 

 

彼女・雫ちゃんの声が聞こえた。

あの後、友人が犯人だったことにショックを受けた雫ちゃんだったが、もう一人の散歩友達・アイナの口車に乗せられてしまい、俺が彼女の護衛と散歩の付き添いをすることに決まってしまったのである。

 

 

「あぁ、少々彼は立て込んでてね。お茶でも出そうか」

 

「お、おねがいします……」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「またせたな……」

 

「だ、だいじょうぶですか……?」

 

「あぁ、もちろんだ」

 

 

げっそりしつつも、彼女の言葉に頷く。

まぁ、さっきよりはマシになった。少々カッコ悪いところを見せちまったからな。ここからは挽回させてもらおう。

 

 

「ごほんっ……じゃあ、行こうか、雫ちゃーー」

 

「がうっ!」

ーーガブリーー

 

「いてぇぇぇっ!?」

 

「がうっ! わんっ!」

ーープイッーー

 

「~~~~っ、この馬鹿犬がぁぁぁ!!!」

 

 

こうして、俺の日常に年下の女の子とのお散歩とその愛犬に噛まれるという日課が加わったのだった。

 

 

ーーーーーーーー




ヒロイン追加。
雫ちゃんは気弱な黒髪清楚っ娘。
名字は後ほど。
雫ちゃん挿絵
【挿絵表示】

素敵な挿絵を描いてくださった絵師様作↓
ミルクティー様
https://skima.jp/profile?id=269737&sk_code=sha09url&act=sha09url&utm_source=share&utm_medium=url&utm_campaign=sha09url

チャッピーは茶眉ダックスです。かわいい。

ちなみに、黒髪ヒロインは作者の趣味です。

本日活動報告にて、オリジナルのガイアメモリ募集します。ご助力いただけたら幸いです。


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最弱と脈動
第15話 Wに気をつけろ / 日常に潜む狂気


新章開幕。
1日で3話更新するとは自分でも思わなかったです。


ーーーーーーーー

 

 

「雫ちゃんは紅茶でよかったかな」

 

「ありがとうございます、霧彦さん」

 

「…………」

 

 

我が自宅。

自然に溶け込む雫ちゃんの姿がそこにはあった。幸いなことに、いつも俺に敵意を向けてくる愛犬・チャッピーは女子高生に預かってもらったらしく、俺の足は無事である。

 

 

「えぇと、雫ちゃん」

 

「な、なんですか、黒井さんっ」

 

「…………」

 

 

ふぅむ。

なぜ俺は名字で、霧彦は下の名前なのだろうか。一応、最初に知り合ったのは俺のはずなんだがなぁ。

 

 

「あ、あの……黒井さんっ」

 

 

少々納得がいってないが、まぁ、いい。雫ちゃんの呼びかけに答える。すると、彼女はある提案をしてきた。

 

 

「病院に行きませんか?」

 

「病院……?」

 

 

彼女の口から発せられたのはそんな一言だった。

一瞬なぜ、とは思ったが、考えてみれば自然なことではある。彼女は俺がかなり酷めの腹痛持ちだと思っている。ならば、病院に行こう、となるわけだ。

 

 

「病院……病院なぁ」

 

 

少し首を捻りながら、霧彦に目をやると、霧彦も困った顔をしていた。彼女の性格を思えば、俺がガイアメモリを使っていて、そのせいで体調不良になっていることを伝えても問題はないだろう。

だが、それをするのはもう少し時間が経ってからだ。

ガイアメモリのいざこざに巻き込まれたばかりの雫ちゃんにそれを伝えるのは、流石の俺でも憚られる。それは霧彦も同じようで、

 

 

「彼はもう病院に行っていて、薬ももらっているんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

 

ナイスだ、霧彦!

咄嗟に誤魔化してくれたその嘘に俺も乗る。

 

 

「あぁ。ただ、薬がいまいち体質に合わないようでな。たまに体調を崩すんだ」

 

「……え、それって」

 

「それでも飲み続けなけりゃいけないのは辛いが、まぁ、たまのことだ。我慢するさ」

 

「…………」

 

 

よし、これでいいだろう。これなら彼女に心配をかけることもないよな。

 

 

「黒井くん、君って人は……」

 

「ん? なんだ?」

 

「いいかい? それでは逆にーー」

 

 

何故かこっそりと耳打ちしてくる霧彦。だが、それを聞き終わる前に、

 

 

ーーバンッーー

「黒井さんっ!」

 

「は、はいっ」

 

 

いきなり机を叩いた雫ちゃん。いつもの静かな彼女とは違う姿。

ん? なんだかチャッピーが『ドーパント』になった時の必死さに通ずるものがあるような……? 気のせいかな?

 

 

「わたし、いい病院を知ってるんですっ。紹介しますからっ」

 

「あ、はい」

 

 

そうして、俺は彼女に連れられて、病院に向かったのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

井坂深紅郎。

 

『仮面ライダーW』の原作に登場する人物で、『ウェザー』メモリの所持者だ。

彼を一言で表すならば『狂気』。

ガイアメモリに魅入られて、より強力な力を求め、他人の命を犠牲にすることも厭わない恐ろしい人間性をもっている。

そして、『仮面ライダーアクセル』ーー照井竜の家族を殺した怨敵でもある。

 

そんな彼の表の顔は、風都で井坂内科医院を営む開業医だ。

表では穏やかで人当たりのいい医師を演じているのが、なんともまたおぞましい。

 

さて、なんで今、そんな人物のことを語ったかと言うと……。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「……井坂、内科医院っ」

 

 

雫ちゃんに連れられてやって来た病院。それが奴の病院であった。

 

 

「いや、雫ちゃん……俺、ここはちょっと……」

 

「だ、だいじょうぶですっ、わたしも、わたしの友達もここの先生にお世話になっていて……とってもいい先生ですから、ね?」

 

 

いやいやいやいや、この先生はとっても悪い先生ですから!

というか、そのお友達、もしかしてメモリ関係者じゃない!?

……そんなことは口が裂けても言えないが、とにかくここだけは回避しなくてはならない。

奴はガイアメモリの研究をしている。しかも、相当優秀な部類の人間だ。そんな人間に身体を見られてしまえば、一目でバレる。しかも、体調を崩すとはいえ、メモリを複数本使っている俺だ。万が一、興味を持たれてしまったら……。

 

 

「っ」

 

 

考えただけでも寒気がする。よし、どうにか難癖をつけていち早くここから離脱だ!!

そう考え、難癖の内容を組み立て始めたその時であった。

 

 

「おや、そちらにいらっしゃるのは……」

 

 

穏やかそうに聞こえる男の声。振り返るとそこにいたのは、

 

 

「あっ、井坂先生」

 

 

井坂深紅郎、その人であった。

目の前の邪悪な人物に警戒するあまり、俺は一瞬固まる。そのうちに、雫ちゃんは話を進めてしまって。

 

 

「実は、この方を見ていただきたいんです。そ、そのお忙しかったら……」

 

 

そうだ、忙しいだろう!

表の人間からの評価だけはよさそうだしな。

そうだ。働け、働くんだ、井坂深紅郎!

 

 

「構いませんよ。さぁ、中へ」

 

 

にこやかな笑みで奴はそう答えた。

助けて、助けて、助けて。

 

 

ーーーーーーーー



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第16話 Wに気をつけろ / お医者さんごっこ

ーーーーーーーー

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

診察室の中、俺と井坂深紅郎の間に会話はなかった。

診察台に寝かされ、触診を受ける。心の中ではバレるなバレるなと念じながら。

 

 

「……外にいる方は、恋人ですか」

 

「いいえ」

 

「いいですねぇ。若さ、とはそれだけで価値がある」

 

 

あ、こいつも話聞かないタイプだ!

その上、なんか霧彦よりも圧倒的にねっとりしてて嫌!

 

 

「…………2本、ですか」

 

「はい。日本人です」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

沈黙。早く終われ、この時間。

 

 

「妙ですねぇ。使用したガイアメモリは2種類、にもかかわらず、生体コネクタは1つ。これではメモリ本来の力を引き出せない。それどころか拒絶反応も出かねません」

 

「…………」

 

「だんまりとはつれないことをする。私はね、ガイアメモリの研究に打ち込んできたのです。いくら隠したとしても、メモリを使用したかどうかなど一目で分かります」

 

 

まぁ、そうだろうな。

園崎冴子曰く、ガイアメモリが生み出した突然変異の化物。そして、園崎琉兵衛をして、少々危険な人物と言わしめるほどの人物だ。俺の下手な嘘が通じる相手ではないか。なら、ここは……。

 

 

「『マスカレイド』と『エコー』」

 

 

正直に答える。勿論、考えなしに答えたわけではない。これには目論見がある。

原作でこの男が携わったのは『ウェザー』『ケツァルコアトルス』『インビジブル』。強力なものもしくは一芸に秀でたガイアメモリばかりだった。

だから、俺は正直に答えた。霧彦によれば、どちらのメモリも並かそれ以下のものだという。だから、さして興味を持たれないだろう。そうたかを括ったのである。

 

 

「……『エコー』? あぁ、あのメモリですか」

 

「知ってるのか」

 

「えぇ、少し前にそのメモリを使用した人間を診ましたからね」

 

「!」

 

 

それはもしやっ!!

 

 

「……終わりましたよ。これで多少体調もよくなるでしょう」

 

「…………あ、あぁ」

 

「また調子が悪くなった時にはいらしてください。その時はぜひ君の身体を詳しく診させてほしいものですが」

 

「ひえっ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

舌舐りをする変態医者との邂逅を終え、俺は雫ちゃんと共に、我が家への帰路についていた。夕暮れが綺麗である。くそぅ、あんな奴に時間をとられて1日が終わるなんて……癪だぜ、本当に。

道中も雫ちゃんが、いい先生だったでしょうと言うのに、話を合わせるのに苦労したが……。

 

 

「体調、どうですか……」

 

「ん、あぁ。たぶんいいんじゃないかな」

 

 

如何せん『ドーパント』になった後じゃないと、体調の変化は実感できない。ガイアメモリを使いたくないのが本心ではあるが、どうもメモリに関わる者は惹かれ合うらしく、いずれ使ってしまう機会も来る。きっとその時に確認できるだろう。

 

 

「あ、ここで……だいじょうぶですっ」

 

 

俺の自宅まであと100mくらいのところで、雫ちゃんはそう言った。近所とは聞いていたが、本当に近いんだな。

 

 

「それじゃあまたーー

 

 

 

「キャァァァァっ」

 

 

 

「「!」」

 

 

別れの言葉を伝えようとして、その悲鳴に遮られた。女の声だ。そこまで離れていないところから聞こえた気がする。

 

 

「今のって……」

 

「……雫ちゃんは家に帰るんだ」

 

「は、はい」

 

「ちゃんと鍵閉めろよ。じゃあな」

 

 

俺はそう言って駆け出す。

きっと痴漢とかひったくりとかその類いだろう。少しだけ男手を貸せば話は終わる。

そう思って、悲鳴が聞こえたであろう狭い路地に駆けつけたのだが……。

 

 

「大丈夫か!」

 

『アァン? なんだ、てめぇ』

 

 

俺が目にしたのは、尻餅をつくスーツ姿の女性とその人に覆い被さるゴキブリ野郎ーー『コックローチ』の姿だった。

いや、あれだ。ほら、特殊なプレイ中でーー

 

 

「た、助けてっ、この化物が急に襲ってきてっ!」

 

『ハッ、お前が悪いんだぜ? オレ様の告白を断りやがって!』

 

「………………」

 

 

あーっ!! もうっ!!

やっぱりこうなるのかよっ!!

目の前でゴキブリに襲われる女性を見捨てることは、流石の俺にもできなかった。

 

 

「もうぅぅぅやだぁぁぁ!」

 

『マスカレイド』

 

 

悲痛な叫びをあげながら『マスカレイド』になった俺は『コックローチ』の背後から飛び蹴りをかました。

所詮は最弱のメモリ。相手が下級の『ドーパント』でも大した威力はでないだろう。そう思っていたのだが。

 

 

ーーバギィィッーー

 

『グガッ!?』

 

 

吹き飛び、近くの壁に激突する『コックローチ』。

……あれ? なんか、んん?

 

 

『て、てめぇもガイアメモリを……殺してやるっ!』

ーーギュンッーー

 

『っ』

 

 

たった一撃でキレたゴキブリ野郎は、『コックローチ』特有の能力であるスピードで走り出す。確かに速い。だが、

 

 

『死ねぇぇぇ!!』

ーーブンッーー

 

 

『ふんっ!!』

ーードゴォッーー

 

 

『ご、ぐべ……っ!』

 

 

残念ながらここは狭い狭い路地裏。そして、奴が俺の背後をとろうとしていたことで、攻撃してくる方向が容易に読めていた。あとはゴキブリ野郎が声をあげたタイミングで拳を振れば、奴のスピードを乗せたカウンターの出来上がりだ。

そんなこんなで、目の前には伸びたゴキブリ野郎が……あっ、メモリが排出された。

それを確認してから、俺は変身を解く。

解く……と、解く!

 

 

『あ、あれ?』

 

 

いつもは自分の意思で簡単に『ドーパント』から人間に戻れる。同時にガイアメモリも排出されるんだが、今はなぜか戻れない。

な、なんで、どうしてっ!?

 

 

「あの、ありがとうございます!」

 

『い、いや、別に大したことはしていないが』

 

「もしかして、貴方が『仮面ライダー』ですかっ!」

 

『へ……?』

 

「黒い仮面をしてますもん! やっぱり貴方がこの風都で話題の正義のヒーロー『仮面ライダー』なんですね!」

 

『ちょっ、ち、違いますぅぅぅ』

 

「ああっ、お待ちください! 『仮面ライダー』様ぁぁぁ!」

 

 

俺は女性の期待に満ちた目に耐えきれず、全力疾走でその場を逃げ出したのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

俺の身に異常が起きている。

1 変身が解除できない。

2 『マスカレイド』の能力が向上している。

 

心当たりは、ある。

それは勿論ーー

 

 

 

「あんのっ、変態医者がぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

ーーーーーーーー




井坂先生出た途端、感想がウキウキし出すの最高におもろい。

大丈夫。
私も同じ気持ちです。
井坂先生、ほんといいキャラですよね。


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第17話 Wに気をつけろ / やったぁ、つよくなったよ

ーーーーーーーー

 

 

やったぁ、つよくなったよ……じゃねぇんだよ!!

 

メモリの能力向上自体は問題ない。

ただし、ガイアメモリはその力が強力になればなるほど副作用が強まる傾向にあるのも事実だ。だから、もしかすると……。

だが、それ以上に問題なのが、変身が解けないこと。いや、『マスカレイド』が体内に入ったままなことだ。

ご存知『マスカレイド』には自爆機能がついている。それが体内に残ったままというのは、考えただけでも寒気がする。

 

変身が解けなくなったその足で、俺は井坂内科医院へ向かったが、入り口には診療時間外の文字があり、何度か呼び鈴も鳴らしたが応答はなく。

結局、周りが暗くなるのを待ってから、顔を隠して俺は帰路に着いた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「黒井くん? その姿……どうしたんだい?」

 

『霧彦ぉぉぉ、聞いてくれぇぇぇ』

 

 

気分はドラ◯もんに泣きつくの◯太くんである。助けて、霧えもん。

俺の話を静かに聞いてくれた霧えもんもとい霧彦は明日、件の井坂内科医院に付き添ってくれることになった。

……って、いや、ちょっと待って。

 

 

『いや、霧彦、やっぱりいい。俺1人で行くわ』

 

「そんな訳にはいかない。他ならぬ君の、私の友人の危機だからね」

 

 

やだ、イケメン。嫌いじゃないわ、じゃなくて。

よくよく考えたらまずいのだ。

井坂深紅郎。奴は将来的に園崎冴子の心を真の意味で射止める男。元妻とはいえ、霧彦の脳が破壊される可能性があるのだ。ガイアメモリ関連のことを話せる人間は霧彦しかいない。彼が壊れてしまっては困る。本当に困る。

だが、この男譲らない。変なところで頑固である。

……仕方がない。

 

 

『分かった。じゃあ、明日少し用事があるから、12時に井坂内科医院で落ち合おう』

 

「承知した」

 

 

こうして、嘘の約束を取り付けた俺。

本当は医院が開いた時間に乗り込むつもりだ。霧彦が来た頃には、すべての話が終わっているようにしよう。多少は怒られそうだが、背に腹はかえられない。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

翌日。

 

 

『なんで、いるんだよ……』

 

「フッ、君のことだからね。きっと私には本当の時間を告げないと思い、ここで待機していた。それだけさ」

 

『くっ』

 

 

こうなれば仕方がないか。俺は覚悟を決め……いや、覚悟を決めるべきは霧彦なのだが。ともかく、井坂内科医院に乗り込んだ。

 

 

『ごらぁっ!! 出てこいや、ヤブ医者がぁっ!!』

 

 

俺達の前に誰もいないことは確認済みの上で、俺は叫んだ。

ぶちギレである。隣の霧彦もちょっと引いていたが、気にするものか!

 

 

「おや、君は昨日の」

 

『てんめぇ! てめぇのせいで酷い目にあったぞ、ごらぁ!』

 

「……その姿、『マスカレイド』の方を使ったのですか。はぁぁぁ、信じられない」

 

『てんめぇ! 何を悠長にーー』

 

 

詰め寄る。無論、反撃が怖いから井坂には触らず、至近距離でメンチを切るだけだが。そんな激情に駆られる俺とは対照的に、井坂は冷静な様子のまま、俺にあることを告げた。

 

 

「指をひとつ鳴らしてごらんなさい」

 

『あ?』

 

「いいから」

 

『…………』

ーーパチンッーー

 

 

言われるがままに指を鳴らすと、

 

 

「あ、戻った」

 

 

姿が元に戻ったのが分かる。ただし、メモリは排出されないままだ。

自爆機能があるメモリが体内に残っていることを井坂に伝えると、それについては想定外だという答えが返ってきた。曰く、『エコー』よりも弱い『マスカレイド』を使うとは思わなかった、と。

 

 

「体調はいかがですか?」

 

「え、あっ……そういえば!」

 

 

いつもはメモリを使った後は、腹痛やら二日酔いのような症状やらに襲われるのだが、今回はそれもない。これって……。

 

 

「えぇ、私の処置の効果が現れているようですねぇ」

 

「!」

 

「あとはふむ……せっかくの貴重な人材が自爆されては困ります。『マスカレイド』が体外に排出するように処置しましょう」

 

「…………え、あ、はい」

 

 

あれれぇ? 思ったより話が通じて拍子抜けである。

俺は霧彦に待っててもらうようにお願いし、井坂の指示通り診察室へ向かった。その時、2人の男が静かに視線を交わしていたのに、俺は全く気づかなかった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「解決したぁぁぁ!!」

 

 

井坂内科医院からの帰り道。

晴れやかな気持ちで、俺はひとつ伸びをした。日はまだまだ高く、まるで俺の気持ちを表すかのような晴天であった。

なるほど。これがあれだ、朝活ってやつだな!

そんな俺の気分に水を差す男が1人。

 

 

「黒井くん。君は楽観が過ぎる」

 

「あ?」

 

「初対面ではあったが、私はあの男を信用できない。君も信用してるわけではないんだろう。その彼がなんの思惑もなく君を治すと思うかい?」

 

「う、うーん」

 

 

それに関しては一理ある。

だが、恐らく井坂は俺の体質とやらに目を付けただけだろう。研究に役立つかもしれない俺が自爆するのは、損失だとでも考えた。

 

 

「そんなところじゃないか?」

 

「……はぁぁ、本当に君は……」

 

 

いいじゃないか。今まで強くもないメモリを使って、その副作用に悩まされていたのだから。井坂曰く、もうこれからどんなメモリを使っても副作用で体調不良になることはないという。

よかった、本当によかったぁ。今、この幸せを噛み締めよう。

さて、改めて……。

 

 

「やったぁ、つよくなったよぉぉ!」

 

 

せっかく転生したのだ。

転生ものには無双がつきものだろ?

さあさあ、これから俺の無双人生が始まるぜ!!

 

 

ーーーーーーーー




黒井さん、黒井さん。
主人公が無双しない物語らしいですよ。

あ、W編終わりです。
次回、新章開始。原作エピソードに戻ります。


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第18話 唇にLを / ジミー中田に会いに行こう

新章開幕。
まさか2日続けて3話更新すると思わないよね。


ーーーーーーーー

 

 

その日、俺はるんるん気分であった。

なぜなら、あの視聴者参加型歌謡番組『フーティック・アイドル』の公開収録に当選したからである。三週勝ち抜けば無条件でCDデビューができるという番組で、なかなかロマンがあると視聴者からは好評なようだ。

ともかく俺は嬉しい! 転生前は考えたこともなかったが、もし『仮面ライダーW』の世界に転生できたらなんて質問が来たら、俺は迷わず答えただろうな。

 

ジミー中田に会いたい!!

 

そう。

何を隠そう、俺はジミー中田のファンなのだ。

あの歌声は本当にいい。7連勤で疲れた身体にじーんと染みたんだよなぁ。

当選した公開収録には2人までOKということで、雫ちゃんか霧彦どちらを連れてこようか悩んだ結果ーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「あ、あの、黒井さんっ、今日は……誘っていただいて、ありがとうございます」

 

 

結局、俺は雫ちゃんを誘っていた。霧彦にも声はかけたのだが、なぜか青い顔で断られてしまった。なんだろう、昨日の割引品にあたったか? まぁ、そもそもあいつは指名手配中ではあるから仕方がない。

というわけで、雫ちゃんを誘うと、二つ返事でOKをもらえた。チャッピーは霧彦が面倒をみるということで、今朝うちに来たときに預けて、今に至る。

 

 

「わたし、仕事とチャッピーの散歩以外では、ほとんど外に出なくて……テレビの収録なんて初めてです」

 

「そうか。それはよかった」

 

「は、はい。ありがとうございますっ」

 

「いいや、お礼なんて言わなくていいさ」

 

 

笑いかけると、彼女は下を向いてしまう。

ふむ、本心だったんだがな。そうさ、お礼なんていらない。今日は彼女に知ってほしかっただけなのだ。

 

 

「君に知ってほしかったから」

 

「え……っ」

 

「俺の好き(なジミー中田)を、さ」

 

「っ!?」

 

「さぁ、行こう」

 

 

そう言って、彼女の手を引く。後から思えば、仲良くなったとはいえ女性の手を引くなんて少し強引だったな。反省だ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ジミーっ!!!」

 

「…………」

 

 

会場にて。

俺は歓喜の涙を流しながら、彼の名を呼んでいた。

やはり生で聞いて実感した。ジミー中田、彼は紛れもない天才だ!

 

 

「なぁ、雫ちゃん! 君もそう思うだろう!!」

 

「っ、は……!」

 

 

どうやら雫ちゃんは彼の歌声に聞き惚れていたのか、俺の呼びかけで我に返っていたようだ。まったくこんな可愛い女の子も魅了しちまうとは……罪な男だぜ。

観客は「ふざけんな」と彼の歌の素晴らしさに嫉妬の声をあげ、審査員たちは口々に「彼は天才だ」と絶賛する。うんうん、流石はプロだ。分かっているな。

……そういや生きている時には、この回はちょうど繁忙期が重なってちょくちょく意識を失ってたから、あまり覚えていないんだよな。覚えているのは、魂に響くジミーの歌だけだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ジミー中田、まだかなぁ」

 

「……はぁぁ」

 

 

公開収録終了後、俺と雫ちゃんはテレビ局の裏手にいた。勿論、出待ちである。ジミー中田に花束を渡すんだぁ! 受け取ってくれるかなぁ!!

 

 

「って、どうかしたか、雫ちゃん?」

 

 

さっきからため息ばかりの彼女に訊ねると、

 

 

「…………なんでもありませんっ」

 

「?」

 

 

なぜか少々不機嫌なようで、プイッとそっぽを向かれてしまった。あんなに素晴らしい歌を聞いたというのに……うーむ、女の子の心は分からねぇなぁ。

あとで何か美味しいものでもご馳走しよう。そう思って、再びテレビ局の出入り口に視線を戻したその時だった。

 

 

ーードンッーー

 

 

「「!?」」

 

 

突如として『彼ら』は現れた。

一体は知っている。赤い『仮面ライダー』、あの照井竜が変身する『仮面ライダーアクセル』だ。

もう一体は『ドーパント』……強そうな外見ではない。人間と変わらないフォルムで、唯一特徴的なのは身体から何本か生えている棘くらいだ。あいつは知らない。何者だ?

 

 

「黒井さんっ」

 

「あぁ、逃げよう、雫ちゃん!」

 

 

今回、あの『ドーパント』の意識は一切こちらに向いておらず、その上『アクセル』が応戦している。ジミーに会えないことは残念だが、ここは彼女の身の安全を最優先だ。

俺達はその場を逃げ出した。

 

 

ーーーーーーーー




感想&メモリアイディアありがとうございます。
本当に励みになります。
完全趣味で楽しく更新しているため、色々願望がすごいです。
オリジナルメモリも出したい。
雫ちゃんもイラスト化してほしい……あ、黒井くんは別にいいです。

追記
感想でのアイディア募集はNGのようでした。
申し訳ありません。


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第19話 唇にLを / 推し活おじさん、怒る

すごいお気に入りしてくださる方が増えている……。
感謝感謝です。


ーーーーーーーー

 

 

結局、その日は雫ちゃんと晩飯を食べて、解散となった。

俺といることが多いせいだろうが、雫ちゃんもまあまあ『ドーパント』に遭遇する。化け物を見た後で、晩飯を普通に食べる程度には胆力がついてきたようである。

 

それから数日後、俺は再び雫ちゃんを誘って、ジミー中田が路上ライブをしているというストリートに来ていた。

……残念ながら雫ちゃんは用事があるらしく、断られてしまったが。

辺りを見渡すと、様々な表現者たちがいて、ここはそういう人たちが自分の世界を表現する場所になっているようだった。

その中に……いた、ジミーだ! 彼の前にはオーディエンスもいるようで、今から一曲披露してくれるようだった。

 

 

「さて、まずは聞かせてもらおうか」

 

 

俺もおもむろに近づいていく。まるで俺が来るのを待っていたかのようにギターを鳴らし始めた。勿論、曲は彼の代表曲『風都タワー』だ。

ふむ、いい。いいなぁ……。

彼の演奏……いや、魂を堪能し終えた(終えるなんてことはないんだが、まぁ、一区切りという意味で使わせてもらおう)俺は、ジミーに話しかけようとして、その女性が目に入った。

 

 

「ジミーくん、今日もよかったわ」

 

「ありがとう」

 

 

30代のOL風の女性だ。ジミーのファンらしく、彼の歌を絶賛しているようである。

……あの女性、なかなかに分かっているな。

うんうんと頷く俺。是非とも彼のスピックについて語り合いたいところだったが、

 

 

「また明日も来るわね」

 

「あぁ! 待っているよ!」

 

 

「…………」

 

「ん?」

 

 

去り際、すれ違った時に見えた彼女の表情がどうにも気になった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

それから数日間、俺はストリートにいた人達からジミーのファンの女性の話を聞いて、その動向を探った。

端から見たら、いや、自分としてもストーカーのようで気は引けたが、どうしても気になってしまったのだから仕方がない。ただひとつ心配なことがあって……。

 

 

「げ……左翔太郎っ!?」

 

 

その日、俺は彼女が働く工場にて、その男を目撃した。すぐに物陰に隠れたから見つかりはしていないが、どうやら彼らも例の女性に用があるようで。

何を話してるんだ? 聞き耳を立てていると、

 

 

ーーフラッーー

 

「なっ!?」

 

 

突然のことだ。左翔太郎たちの目の前で、あの女性は倒れてしまい……。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

運び込まれたのは、まさかの井坂内科医院であった。

偶然、だよな?

しばらく待っていると、例の女性が物凄い剣幕でどこかへ走っていく。そして、それを慌てて追う探偵。俺もその後を追った。

辿り着いたのは、廃工場。そこにーー

 

 

『よいしょっ』

 

 

フーティックアイドルの会場で見たあの『ドーパント』がいた。その『ドーパント』に女性はカバンから出した大金を手に詰め寄る。

 

 

「お金を持ってきました! これで次もお願いっ」

 

「『ドーパント』にジミーくんの合格を頼んでいたのね」

 

『そう。この『電波塔の道化師』様にね』

 

 

は?

その会話に俺は耳を疑った。こいつにジミーの合格を頼んでいた? 一体何を言ってやがる?

俺の頭の中に、はてなが次々と浮かぶ中でも展開は進む。『ドーパント』は女性が手にしていた金を叩き上げた。宙に金が舞い、落ちた金を拾う女性に向け、『ドーパント』は吐き捨てる。

 

 

『全然足りねぇんだよっ! そんな金額じゃあ、この間の2週目の合格だって足りやしない!』

 

「お願い、お金は必ず用意するからっ! だから、あと1週っ」

 

 

そう言って『ドーパント』にすがり付く女性。人生舐めるなと『ドーパント』は彼女に言い放ってーー

 

 

「お前こそ舐めんなぁ!!」

 

 

ーー左翔太郎に蹴りを入れられた。その声色、彼は相当頭にキているようで、懐からダブルドライバーを取り出し、変身する。同時に『仮面ライダーアクセル』も現れ……。

 

 

「……ふぅ」

 

 

そこまで見届けた俺はひとつ息を吐いた。『仮面ライダー』が来たのだ。これで解決するだろう。

物陰に隠れ直し、改めて考える。

 

今までの会話から、ジミーの合格はあの『ドーパント』によってでっち上げられたものだという。だが、そこが分からん。そんなことをしなくても、ジミーは合格するだろうに。

 

 

ーードゴォォォッーー

 

「っ」

 

 

爆音に意識がそちらへ引き戻される。どうやら『ドーパント』と『仮面ライダー』が建物の外へ出たようだ。

……一応、見届けるだけ見届けようか。

俺は抜き足差し足で、彼らの戦闘が見える場所に隠れ直した。

見れば、今まさにメモリブレイクしようというタイミングで、

 

 

「待って! その人を倒さないで!」

 

 

彼女がまるで『ドーパント』を庇うように、『仮面ライダー』たちの間に割り込んできた。

って、おい!?

 

 

「その人を倒したらジミーくんが合格できないっ!」

 

「なに言ってんの、ユキホさんっ」

 

「そうだ。こんな奴とっとと倒して、ジミーにはまた挑戦させればいい」

 

 

うむ。鳴海亜樹子や『W』のいう通りである。こんな邪魔者はさっさと倒して、早くジミーのCDデビューに備えるべきだろう。彼の実力があれば、そんなこと簡単なんだから。

そんな俺の思いを否定するように、彼女は声をあげた。

 

 

「無理に決まってるでしょっ! どれだけ彼を見てると思ってるのっ」

 

「あの子は、あの子は! 信じられないくらい才能がないんだからっ!」

 

 

ーーガシャンーー

 

 

理解不能なことを彼女が口にしたと同時に、なにかが落ちる音がした。それはギターの音。

音のした方を見れば、そこには渦中の人物・ジミー中田がいた。

 

 

「なぜここにジミーくんがっ!?」

 

『私が呼んどいたのさ。お前の納期遅れの罰だ!』

 

「嘘だ……僕は自分の力で……」

 

 

そうだよ、大丈夫。ジミーの合格はーー

 

 

『悪いなぁ、嘘はお前の合格の方なんだよぉ……ハァーハッハッハッ』

 

「うわぁぁぁぁっ!!!」

 

 

ジミー!!

っ、いや、待て。待つんだ、俺。冷静になるんだ。

 

 

『アーッハッハッ!!』

 

「全部嘘だったっ、僕には本当は才能がないんだぁぁ」

 

『アーッハッハッハ!』

 

 

飛び出して、彼を勇気づけたいところだが、きっとこの事件は原作にもあったはずだ。ならば、きっとこのままじっとしていれば、『仮面ライダー』が解決してくれるはずだ。

バッドエンドはないはずなんだ。

だが、俺の希望とは裏腹に、盤面が変わる。

 

 

『赤い仮面ライダーはドーパントだっ』

 

 

なんと、奴のその一言をきっかけに、『仮面ライダー』が仲間割れを始めたのだ。それだけじゃない。痺れを切らして、スリッパで『ドーパント』をしばきにいった鳴海亜樹子まで、なぜか近くにあった狸の置物を叩き始めた。

なんだ? 一体何が起きている?

 

 

「ジミーくんっ!」

 

 

場が混乱している間に、ユキホと呼ばれた女性がジミーに駆け寄り、触れる。だが、それをジミーは振りほどいた。

 

 

「さわるなっ! 何が僕のファンだ、スピックの理解者だ……2度と顔も見たくないよっ!」

 

 

そう言って、ジミーは涙を流す。そんな彼に『ドーパント』は近づいて、何故かジミーの涙を和紙で拭き取った。それを見ながら、奴は恍惚の声色でとうとうと語る。

 

 

『いい色だぁぁ……青春の挫折の色だぁ、たまんないなぁ』

 

「…………」

 

 

いや、大丈夫。

大丈夫だ、きっと『仮面ライダー』がどうにかしてくれる。

 

 

『私はねぇ、苦しそうな夢に溺れた若者の涙が見たくて生きてるようなもんなんだぁ』

 

「…………」

 

「待ってっ、お願いっ……ジミーくんをもう一回だけ勝たせてあげてっ!」

 

『駄目だなぁ、私には2度とアクセスできない』

 

「…………」

 

 

大丈夫……だいじょうぶ、だ。

 

 

『サヨナラ、才能のない馬鹿にそれを祭り上げる愚か者ぉ、楽しませてもらーー

 

 

 

『おらぁぁぁぁっ!!!』

 

ーーバギィィィッーー

 

 

 

『ぶぐぅっ!?!』

 

 

気づいたら、俺は奴を殴り飛ばしていた。

あぁ、分かっているさ。きっと『仮面ライダー』がどうにかしてくれるってことはな。だから、ここで『マスカレイド』になり、『仮面ライダー』たちの前に姿を現したのは愚策極まりないことだってのも、よーっく分かってる。

だがな、

 

 

 

『推しの涙を笑うような野郎は殴らずにいられるかっ、ごらぁぁっ!!!』

 

 

 

叫ぶ。

魂からの叫びであった。

 

 

『な、なんだ、お前はっ!?』

 

『うるせぇ!!』

ーードゴッーー

 

『がっ!?』

 

 

殴る。こんな下衆の言葉など聞きたくもない。

 

 

『おらっ!! ごらぁっ!!』

 

『ぐ、うぅ!?』

 

 

2発、3発と俺の拳が奴の腹に入っていく。

 

 

『調子に、乗るなぁっ!』

ーーブンッーー

 

『あたるかよっ!』

 

 

苦し紛れの一発を躱す。距離はとられたが関係ねぇ! すぐに詰めて、ぼこぼこにしたらぁ!!

拳を構えたその瞬間、奴が口元に手を当ててーー

 

 

『お前は陸に打ち上げられた魚だっ!』

ーービュンッーー

 

ーーグサッーー

 

『っ』

 

 

何かが俺の身体に刺さった感触がした。

 

 

『ふっ、これでお前もーー』

 

『はっ、くしゅんっ』

 

 

『は?』

 

『……あ?』

 

 

くしゃみをひとつして、構え直す。

 

 

『お、お前っ! なんで私の嘘が効かない!?』

 

『あ? 何を言ってやがる……ごらっ!!』

ーードゴッーー

 

『っ、ぐぅぅぅ!?!?』

 

 

倒れこむ『ドーパント』。

さて、もうこいつに手はなさそうだな。このまま引き摺って、ジミーに謝罪させてやろう。その油断がよくなかった。

 

 

『ここは退散だっ』

 

ーードドドドドッーー

 

 

奴はどこからか武器を取り出し、そこから打ち出したエネルギー弾で弾幕を張って、その隙に逃げた。

……逃げられて、しまった。

 

 

『くそっ!!』

 

 

怒りに満ちた俺の声は、虚しく響くだけだった。

 

 

ーーーーーーーー



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第20話 唇にLを / 彼はまぎれもない天才です

ーーーーーーーー

 

 

「本当に君は思慮が浅い」

 

「仰る通りです……」

 

 

我が家にて。

正座をした俺は霧彦に怒られていた。怒られている内容は、もちろんジミーの件である。

 

 

「『ドーパント』と戦うのはまだいい。君の変身した『マスカレイド』は何故か他のものとは違うようだからね。だが、問題は『仮面ライダー』の前で、ほいほいと変身したことだ」

 

「……はい」

 

「君の素顔は刑事の方の『仮面ライダー』には見られているんだ。こちらには現状『仮面ライダー』に抗う手段はない。つまり、君が『ドーパント』になることが分かれば、簡単に捕まってしまうんだぞ」

 

「本当に、仰る通りで……すみません」

 

「……はぁ、まったく」

 

 

下げた頭を上げられず、俺は五体投地のまま次の霧彦の言葉を待つ。そのままでも埒が明かないと思ったのだろう。霧彦はもうひとつため息を吐いてから、話を戻した。

 

 

「それでその『ドーパント』の正体が知りたいんだったね」

 

「っ、あぁ、あの野郎だけは許せねぇ」

 

「……君に刺さったという針。それからあのジミー中田を合格にさせる能力……私の記憶が正しければ、メモリは『ライアー』だろう」

 

「『ライアー』?」

 

 

嘘つきってことか。

 

 

「あぁ、私もすべての能力を知っているわけではないが、針を刺した対象に自分の嘘を信じこませる能力だったはずだ」

 

 

なるほど。ようやくそれで今回の件の全貌が見えた。

だが、ひとつ分からないのは……。

 

 

「わざわざ能力を使ってまで、ジミーを合格にする必要なくないか? ジミーの歌、サイコーじゃん?」

 

「…………はぁ。君は一度、耳鼻科に行った方がいい」

 

「?」

 

 

ーーーー霧彦視点ーーーー

 

 

鳴海探偵事務所に電話をかけてくる。

『ライアー』メモリを使った人間を突き止めてぶん殴るんだ。

 

そんな風に、またも思慮の浅いことを言いながら、家を出ていった彼を止めるのは私には無理だった。というか、私も今回の彼を止めるのは無駄だと悟っていた。

 

 

「…………やはり、渡せないな」

 

 

ポツリと呟き、私は隠してあったあるものを取り出す。

それは数日前、家のポストに入れられていた差出人不明の封筒に入っていたものだ。

 

 

「『R』のガイアメモリ……一体誰がこんなものを……?」

 

 

私の手の内にある、その銀色のメモリを撫でる。

差出人の思惑が分からない以上、これを渡すのは危険だ。なにより、彼に渡せば……。

 

 

「安易に使いかねないからね……はぁ」

 

 

本当に、悩みの種は尽きない。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ユキホさん、だよな」

 

 

フーティックアイドルの収録が開始される少し前のこと、俺はテレビ局の外で佇んでいた彼女に声をかけた。

 

 

「……あなたは?」

 

「俺は、ただのジミーのファンだ」

 

「! 私の他にもそんな人が……」

 

 

彼女は心底驚いたようで、目を丸くしていた。そんな彼女に俺は問いかける。

 

 

「ここで、なにしてるんだよ」

 

「っ、私は……」

 

 

自分でもその答えを持ち合わせていないのか、彼女は下を向き、考え込んでしまう。

 

 

「ジミーに会いに来たんだろ」

 

「…………えぇ」

 

 

そのつもりだったのだけれど、そう言って彼女は自嘲気味に笑う。

 

 

「でも、きっとジミーくんは来ないわ。彼は真実を知ってしまったから」

 

「…………それはジミーに才能がないって話か?」

 

「えぇ、それもこれも私のせいね。私が上手くやれていたら、彼にあんな涙を流させることはなかった」

 

 

俯くユキホさん。俺はその言葉を否定する。

 

 

「違うな」

 

「え……?」

 

「あんたが何をしようが、ジミーは来るさ」

 

「で、でも……」

 

 

でも、も何もない。彼は天才なのだ。ここに来ない理由がない。

 

 

「彼には才能がーー」

 

「ーー才能? ジミーの本質はそんな小手先のものじゃねぇだろ。彼の本質は『心』だ」

 

「っ」

 

 

『心』に響く歌。それがジミー中田の歌。

 

そう。

七連勤で死にかけていた俺の耳に入ったあの歌は、モヤモヤと考えていた余計なことを吹き飛ばしてくれた。

そんなのどうでもいい。僕のスピックを聞け。

なんの根拠もない自信と歌うことへの愛に満ちた歌のおかげで、俺は救われたんだ。

 

 

「なぁ、ジミーを毎日追いかけていたあんたなら分かるんじゃないのか?」

 

「…………」

 

 

左翔太郎から彼女の話は大体聞いていた。だから、思ったんだ。

悔しいが、ジミーの一番のファンは彼女だと。

雨の日も、雪の日も。たった1人で彼を応援し続けた彼女に、俺はきっと勝てない。

 

 

「そんなあんたがジミーを信じないでどうするんだよ」

 

「っ」

 

 

ユキホさんは決心してくれたようで、テレビ局の入り口へ走っていった。

 

 

「フッ、いいことをしちまったかな」

 

 

俺はニヒルに笑った。

 

……それにしても、なんでそんな余計な心配をしているのか謎である。

ジミー中田。

彼はまぎれもない天才ですよ?

 

 

ーーーーーーーー

 

 

とある劇場にその『ドーパント』ーー『ライアー』は現れた。

自らの名を騙り、園崎若菜と会おうとした不届き者をその手で裁くためだ。

だが、それ自体が罠だ。『仮面ライダー』が『ライアー』を炙り出すための。

 

 

「変……身っ!」

 

「「変身!」」

 

 

3人の人間が、2人の『仮面ライダー』へと変わり、『ライアー』へと向かう。この戦いは勿論、『仮面ライダー』が勝利する。だが、その裏でーー

 

 

『はぁ……はっ、用心しておいて正解だったな……』

 

 

『ライアー』は生存していた。彼らの必殺技が当たる直前に、『ライアー』は嘘をついた。

「『ライアー』は『仮面ライダー』にメモリブレイクされた」と。

その甲斐あって、彼は生き残っている。『ライアー』は前回、『仮面ライダー』との戦いの最中に現れた謎の『ドーパント』が介入してくることを恐れ、自分がやられることも想定して動いたのだ。

 

路地裏に逃げ込み、周囲を見渡して変身を解く。

嘘で逃れたとはいえ、『仮面ライダー』のマキシマムのダメージは多少残っていたから、身を隠すことを優先しよう。そう考えてのことだったのだが、

 

 

「よお」

 

「っ」

 

 

誰もいなかったはず、にもかかわらず、声をかけられたことに彼は驚き、体を震わせる。振り返ると、そこには若い男がいた。

 

 

「な、なんだ、お前は!」

 

「なんだ、だと? そうか、忘れちまったのか」

 

 

男は笑顔のまま、ゆっくり近づいてくる。そして、

 

 

ーーバギィッーー

 

「ご、べっ!?」

 

 

殴られた。

 

 

「よし」

 

「く、くそ……なんなんだよ、お前っ!」

『ライアー』

 

 

リスクはある。だが、彼の怒りは頂点に達していた。目の前の自分を殴った舐めた若者を殺すために、『ドーパント』へと変貌を遂げる。直後に、嘘の針を飛ばした。

 

 

『私はお前のご主人様だ』

ーービュンッーー

 

 

針は確かに刺さり、若い男の体内へ溶け込んだ。

これで舐めたこの男を服従させた。そして、このままなぶり殺しにしてやろう。『ライアー』は変貌した顔の内側で舌舐りした。彼は相手より圧倒的上位に立った恍惚感を感じていた。

だが、

 

 

「はっ、くしゅんっ!」

 

『っ』

 

 

既視感。『ライアー』の脳裏にはある体験がフラッシュバックしていた。

 

 

『お前、ま、まさかっ!?』

 

「あ?」

『マスカレイド』

 

『あ、あ、あぁぁぁぁ……っ!?!?』

 

 

言葉が出なかった。その姿、黒い仮面の『ドーパント』はーー

 

 

『いやぁぁぁぁっ、お助けぇぇぇっ!?!?』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

現在、俺の持つガイアメモリ。

1 マスカレイド

2 エコー

3 コックローチ

4 ライアー

 

副作用は、ない。

 

 

ーーーーーーーー




L編完結。

次回、新章開幕。
オリジナルガイアメモリも出す予定です。

感想やアイディア感謝です。
本当に執筆の励みになってます!


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第21話 贈られたF / ばらまかれたメモリ

新章開幕。
短め。


ーーーーーーーー

 

 

ーーピンポーンーー

 

 

それは霧彦とお好み焼きパーティーをしていた時のことだった。前触れもなく、我が家の呼び鈴が鳴った。

 

 

「ったく、誰だよ。はいはーい」

 

 

日曜の昼。俺の食事を邪魔した罪は重い。

邪魔者の姿を確認しようと扉を開けて、俺は驚く。そこにいたのは2人の人物。

 

 

「こ、こんにちは。黒井さんっ」

 

「雫ちゃん。それにーー」

 

 

「やほやほー、おじさん!」

 

 

雫ちゃんとその愛犬の散歩仲間・女子高生のアイナちゃんがそこにはいた。立ち話もなんだからと2人を家にあげる。

 

 

「おっじゃましまーす!」

 

「お邪魔します。あ、あの、すみません。せっかくのお昼時に」

 

「あぁ、いや」

 

 

物怖じをせず家に上がり込むアイナちゃんと、自分と彼女の靴を揃えながら恐縮する雫ちゃん。対照的な様子を見て、なぜこの2人が友達になっているのか疑問に思いながら、応じる。

 

 

「おや、君は雫ちゃんのお友達かな?」

 

「おぉ! イケメンだぁー! え、なに? おじさん、このイケメンとドーセーしてんの? えー、どういう関係なワケ?」

 

 

にわかに沸き立つアイナちゃん。それを見て、流石の霧彦も困ったような笑みを浮かべていた。それを見ながら、俺は雫ちゃんに訊ねる。

 

 

「お好み焼き、一緒にどうだ?」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ふーっ、たべたたべたぁ!」

 

「ご馳走さまでした。ありがとうございます、霧彦さん、黒井さん」

 

「ごっそさーん!」

 

 

な反応を見せる2人。

ふむ。こうして美味しそうに食べてくれると作った甲斐があったな!

……まぁ、作ったの霧彦だが。さて、腹ごしらえは済んだ。本題に入ろう。

 

 

「それでどうしたんだ? 雫ちゃんだけならよくあるけど、2人ってのは初めてだよな」

 

「あ、はい。実は……」

 

 

そこで雫ちゃんはアイナちゃんに目配せをした。それに頷き、バッグから何かを取り出すアイナちゃん。コトッ、と静かにそれを机に置く。そこにあったのは、

 

 

「ガイア、メモリ……!」

 

 

1本のガイアメモリだった。

 

 

「ガイアメモリぃ……?」

 

「やっぱりこれが……っ」

 

「…………あぁ、前にも話したガイアメモリだよ」

 

 

そうか。雫ちゃんとは何回か『ドーパント』と遭遇したことがあったが、ガイアメモリ自体を見たことはなかった。俺も見せたことはない。巻き込みたくなかったからな。

 

 

「……アイナちゃん、これ、見てもいいか?」

 

「いいよー」

 

 

許可を取り、それを手に取る。

『F』の文字と涅色の外装。刻まれている記憶は恐らく……。

 

 

「『ファクトリー』……工場の記憶か。これをどこで?」

 

 

キッチンからお茶を淹れて持ってきた霧彦は、お茶を全員の前に置きながらそう訊ねる。

流石は、元エリートメモリ密売人だな。一目見ただけでメモリの名前を言い当てるとは。

その質問に答えるのは、アイナちゃん。

 

 

「実はねー、家に送られてきたってワケなんよー」

 

「!」

 

「家に?」

 

 

驚いて言葉を詰まらせた霧彦を横目に見ながら、俺は問い返した。

 

 

「そそ、一昨日だったかなぁ? 学校に行ってる間に、ウチん家に送られてきたっぽくてさ。ママが郵便受けに入ってるのを見つけたんよ」

 

「宛名は?」

 

「書いてなかったよー」

 

「ふむ」

 

 

ガイアメモリが郵便で送られてくる。

そんな事件は聞いたことがない。少なくとも俺が記憶している原作にはなかったはずだ。

近い事件といえば『運命のガイアメモリ』のそれか? いや、あれとはまた別物か。

……ともかく気を付けねぇとな。

 

 

「おい、霧彦」

 

 

霧彦に声をかけると、彼はとても鋭い眼光で『F』のメモリを睨んでいた。

……そうか。アイナちゃんは高校生だ。

未成年にメモリを渡すのは、

 

 

「ルール違反、だろ」

 

「……あぁ。黒井くん、この件、私も少々介入させてもらおう」

 

 

こうして、俺達はこの事件に乗り出したのだった。

 

 

ーーーー同時刻・鳴海探偵事務所ーーーー

 

 

「これが自宅に……?」

 

「はい……そうなんです」

 

 

鳴海探偵事務所の扉を叩いたのは、鈴木という男性だった。彼の依頼は、自宅に届いた郵便物の送り主を探してほしいという内容だ。その郵便物を見て、探偵・左翔太郎は頭を抱えた。

 

 

「ガイアメモリ、か」

 

「うっそぉ、私聞いてないっ」

 

 

今までガイアメモリ関連の事件が舞い込むことはあったが、依頼者が直接ガイアメモリを持ち込むことはなかった。今回が初めてのケースで、翔太郎は困惑する。

 

 

「……これ、手にとって見ても?」

 

「はい。どうぞ」

 

 

依頼人の鈴木の承諾を得て、翔太郎はその紫色のメモリを手に取った。そして、試しにと起動してみる。

 

 

『スコーピオン』

 

「…………」

 

 

起動しても、鈴木にコネクターが出現した様子はない。勿論、見えない箇所にコネクターが現れる可能性はある。だが、普通はすぐに使えるよう、ある程度露出しやすいところにコネクター手術をするはずだ。

その観点から言えば、恐らく鈴木にはコネクターはなく、確かにそれは送られてきたものなのだろう。

 

 

「悪いな、鈴木さん。これ、少し借りてもいいかな」

 

「えぇ……それは構いませんが」

 

「明後日、またここに来てくれ。それまでには情報を集めておくよ」

 

 

鈴木が帰ったのを確認し、翔太郎は地下への扉を潜った。そこにいるのは、もう1人の探偵・フィリップ。事務所での話は聞こえていたようで、フィリップは既に検索ーー『地球の本棚』に入っていた。

 

 

「……どうだ、相棒」

 

「情報が足りないね。流石に、現時点で送り主を特定はできなかった」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 

予想通りではある。翔太郎は被っていた帽子を軽く触り、検索を中断した相棒に告げる。

 

 

「なぁ、フィリップ。これは俺の直感なんだが……この事件、どうも嫌な予感がするぜ」

 

「……珍しく僕も同感だ。君の言う、嫌な予感を僕ですら感じ取っているよ」

 

 

ーーーーーーーー




メモリ案
『ファクトリー』は肘神さまさんより
『スコーピオン』はヴァイロンさんより頂きました。


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第22話 贈られたF / 人とメモリは惹かれ合う

ーーーーーーーー

 

 

「……あぁ、ありがとう」

 

 

とある同僚に礼を言って、電話を切る。

 

 

「どうだった?」

 

「あぁ、同僚の1人が『ファクトリー』のメモリを扱ってたらしくてな。確認してみたんだが、販売はしていないそうだ」

 

「販売『は』?」

 

「……その同僚、殺されたってよ。メモリのケースもなくなってたらしい」

 

「なるほどね」

 

 

『エコー』の事件とは逆だ。今回は密売人を襲うことではなく、ガイアメモリを奪うことが目的の襲撃。つまり、犯人はメモリを奪い、その中の『ファクトリー』をアイナちゃんに送った。そう考えれば筋は通る。だが……。

 

 

「なぜだ?」

 

 

そう。理由が分からない。

もし強いメモリを求めていたのなら自分で使えばいいし、金にするためならば贈り物をする意味がない。

彼女への贈り物……純粋にプレゼント? にしては、万人受けなど到底しないものだ。

 

 

「あーっ! 訳が分からねぇ!」

 

「…………」

 

 

頭を抱える俺の横で、霧彦はなにやら考えを巡らせていた。

 

 

「おい、霧彦。何か心当たりでもあるのか?」

 

「……いや、そういうわけじゃないんだが」

 

「?」

 

 

いまいち煮え切らない返事が返ってくる。

 

 

「なぁ、黒井くん。もしその人物……仮に『贈り主』とするが、その目的がガイアメモリ自体を配ることだとしたらどうだろうか」

 

「……ガイアメモリを配る?」

 

「あぁ、ケースごと配られているのならば、恐らくこの1本だけが贈られたと考えるのは無理がある。行為自体は不自然きわまりないが、自然に考えれば、襲って得たメモリをすべて誰かに贈っていた、としたらどうだい?」

 

「ふむ」

 

 

贈り物は1本だけではない。

奪われたメモリすべてが、アイナちゃんのような誰かの元へ贈られている、か。なるほど、なくはない。

……いや、待てよ?

そんなことをやりそうな人物に心当たりがある。しかも、2人ほど。

 

 

「2人候補がいる」

 

「! それは一体誰だい?」

 

「1人は井坂深紅郞」

 

「あの男か! ガイアメモリの研究者という話だったね」

 

 

そう、あの男ならやりかねない。自ら力を得るために、有用なメモリは残し、それ以外をばらまき成長させる。

 

たしか『過剰適合者』といったか。

特定のガイアメモリとの適合率が異様に高く、その能力を100%を超えて引き出せる人間。その分、危険性も高く、下手をすると命を落とすこともあるという。

井坂深紅郞は、持ち主が死んだ後、十分に成長したメモリを自分の物として取り込んできた。そういう顛末があったはずだ。

だから、奴はこういうことをやりかねない。

 

 

「もう1人は誰だい?」

 

「……あぁ、シュラウドという女だ」

 

「シュラウド? 初めて聞く名前だが」

 

 

それはそうだろう。原作で彼女が登場するのは、霧彦の死後だ。知っているはずがないのだ。

何を隠そう、彼女の正体は園崎琉兵衛の妻・文音。彼女は園崎家を捨て、ミュージアムを滅ぼすことを目的として暗躍する人物で、『W』や『アクセル』を影から支援している。

だが、今の彼女は復讐に取り憑かれており、目的のためならば手段を選ばない思考に陥っているはずだ。だから、メモリを市民にばらまき、ミュージアムを滅ぼせる人間を探している。そんな可能性もないとは言い切れない。

 

 

「とにかく俺が思いつくのは、その2人だな」

 

「十分さ。早速、その2人を調べるとしようか」

 

「あぁ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

一度会っているとは言っても、霧彦を井坂に会わせるのは良くない気がする。それにシュラウドは神出鬼没で、会おうと思って会える相手ではない。

だから、必然的にーー

 

 

「また会いに来ていただけるとは……嬉しいですねぇ」

 

『…………』

 

 

俺は井坂の声を聞きながら、『マスカレイド』の姿で触診を受ける。

 

 

「しかし、こんな出来損ないのメモリを使うことだけは理解できない。君は『ライアー』メモリも手に入れたと聞きましたが」

 

『…………耳が早いな』

 

「ここにはメモリに関する情報が集まります。巷に流れる噂話からその根幹に関わることまで」

 

『……園崎冴子、か?』

 

「ふふっ、医者には守秘義務というものがありましてね、それを漏らすわけにはいかないのです」

 

 

守秘義務、なんてマトモな医者みたいなことを言い出す井坂。まぁ、俺の情報がどこから漏れているかなんて話はいい。今はそれよりも、例の話を聞き出さなくては。

 

 

『ここ数日、メモリの密売人が殺され、ケースが奪われたのは園崎冴子から聞いてるだろ。それが街の人間に贈られていることも』

 

「……えぇ」

 

『それ、あんたじゃないのか?』

 

「…………」

 

 

駆け引きは苦手だから、単刀直入に訊ねる。井坂は答えず、俺の言葉を黙って聞き続ける。

 

 

『『過剰適合者』……そういう人物にメモリを贈り、能力を引き出させてから、あんたが使うために、今回のことをしでかした…………違うか?』

 

「………………」

 

 

しばらくの沈黙。その後、井坂は薄く笑った。

 

 

「残念ながら君の推理は外れだ。確かに私は『過剰適合者』の使用したメモリを集めています」

 

「だが、それはあくまでも私のメモリ『ウェザー』をより強化するため。雑多なガイアメモリをばらまくなど……ふっ、あり得ませんね」

 

 

なるほど。

こいつを信用するなど到底考えられない。だが、今の言は筋が通っている。狂人の筋、ではあるがな。

 

 

『……シュラウドならばどうだ?』

 

「! 君は本当に……どこまで知っている」

 

『さぁな』

 

「……あの女ならあり得ない話ではない。私はそう思いますがね」

 

『…………』

 

 

狂人から見ても、復讐鬼ならばやりかねない。そう判断できるようであった。

ならば、俺が次にするべき行動は……。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

売人であった頃の伝手を辿って、霧彦は調査を進めていた。指名手配をされている都合で、大っぴらには動けない彼ではあったが、彼はやはり有能だ。調査を進める内に、アイナ同様にガイアメモリが家に届けられた人間が多数いることを突き止めていた。

 

 

「回収できたものが4本。メモリ自体は強力なものは少ないが……」

 

 

街の中心から少し外れた公園にて。

ベンチに座り、回収できたメモリに目を落とす。

『スリープ』に『ウェーブ』、『スワローテイル』、『シャーク』。

4本とも未成年に贈られていたことを思い出し、霧彦の腹の内に沸々とした怒りが込み上げてくる。彼には珍しい激情にも似た感覚だ。

 

 

「子供たちはこの風都の未来だぞ。この『贈り主』は一体なにを考えているっ」

 

 

少し日も落ち始めており、他には人もいない。吐き捨てるように呟いた声は誰にも聞かれていない、はずだった。

 

 

「……園崎霧彦」

 

「っ」

 

 

不意に名前を呼ばれ、霧彦は顔をあげた。そこにいたのは、顔に包帯を巻いた黒づくめの女だった。一瞬身構えて、思い至る。彼女の姿は、まさに黒井から聞いていた人物の特徴と一致していた。

 

 

「貴女が……シュラウド」

 

「……えぇ」

 

「初めて会って早々だが、お聞きしたい。ガイアメモリを街の人間に送りつけている『贈り主』がいるのはご存じかな」

 

「えぇ、知っているわ」

 

「……その『贈り主』は貴女か」

 

「いいえ」

 

 

霧彦の質問に、彼女は首を横に振り、即座に否定する。

 

 

「私が今、目をつけているのは『仮面ライダー』だけ。もう二度とあんな怪物を生み出すつもりはない」

 

「?」

 

 

彼女の返答の意味は分からなかったが、それ以上追求しても恐らく話は広がらない。そう判断した霧彦は質問を変える。

 

 

「『贈り主』について、何か知っていることがあれば教えてほしい。私はその正体を探っているんだ」

 

「子供をも実験に組み込む人間。貴方はそんな人物に心当たりがあるでしょう」

 

「っ」

 

 

シュラウドの言葉で、霧彦の脳裏に浮かんだ人物。それはーー

 

 

「園崎、琉兵衛っ」

 

 

霧彦の答えに、シュラウドは静かに頷く。

人類の進化のために今を生きる人間をその犠牲とする。それが実の息子であっても……あの男はそうしてきた。シュラウドはそう続ける。

そこに含まれる感情は今の霧彦には知る由もない。だが、目の前の女が今回の件には関与していないことはハッキリしたように感じた。

 

 

「園崎霧彦……貴方に聞きたい。園崎琉兵衛を倒すつもりはある?」

 

 

不意に投げかけられた問い。

かつての義父で、愛した女性の実の父親だ。それを倒すつもりはあるかと聞かれ、一瞬躊躇う。

だが、愛する風都をただの実験場としか見ていない園崎琉兵衛は、今の彼にとって敵以外の何者でもない。だから、霧彦は答えた。

 

 

「私にそれができるのならば。私は愛する風都を守りたい」

 

 

それが霧彦の本心であった。その答えを聞いたシュラウドは告げる。

 

 

「そう。ならばーー」

 

 

 

ーーーー同時刻・鳴海探偵事務所ーーーー

 

 

「送られてきたっていう4本は回収した」

 

『上出来だね』

 

 

電話越しの相棒の声に、左翔太郎は静かに頷いた。

普段めったに誉めない相棒からのお褒めの言葉だ。いつもの彼であれば、得意気になるとこだが、今はそういう気分にはなれなかった。なぜならば、

 

 

「お前の推理通り、送られた人物は全員未成年だ」

 

『以前の『バード』の時と同じだろう。組織がガイアメモリの実験のために、街にばらまいているんだ』

 

「くそっ」

 

 

苛立ちから声を荒げる翔太郎。子供たちをいたずらに魔の道に引きずり込もうとするその悪意を、彼は許せない。

 

 

『落ち着きたまえ、翔太郎。まだ子供たちがメモリを使ったという目撃証言はないんだろう』

 

「……あぁ。だが……」

 

『分かっている。ガイアメモリの魔力は底知れない。時間の問題、だろうね。何本ばらまかれているかも分からない現状では特に』

 

「っ」

 

『…………翔太郎』

 

 

風都は自らの庭だ。そう自称する彼ではあったが、事ガイアメモリに関しては、己の無知と無力を痛感する。

その感情を感じ取ったのだろう。フィリップはひとつため息を吐き、意気消沈の相棒にある提案をすることにした。

 

 

『翔太郎、ひとつ提案がある』

 

「なんだ……?」

 

『以前、話をした黒井秀平という人物を覚えているかい?』

 

「……あぁ」

 

 

フィリップから聞いてはいた。探偵事務所にかかってきたという電話の相手で、その時は確かメモリの正体を探るように依頼してきた。彼の正体は組織のメモリ密売人だという話だったが……。

 

 

『その彼にコンタクトをとろうかと思う』

 

「っ、相手は組織の人間だぞ!?」

 

『分かっているさ。危険は承知の上。けれど、今回の事件、リスクを背負わなければ解決できない気がする。君の言葉を借りるなら、悪い予感がするんだ』

 

「………………」

 

 

相棒らしくない。翔太郎はそう感じていた。

フィリップは基本的に論理的に物事を考える。リスクと実利を天秤にかけ、危ない橋は渡りたがらない。『ファング』の一件で、多少大胆に動くことも増えてはいたが、それでも悪い予感なんていう曖昧なものでは動かない。それが今回は……。

 

 

「分かった。俺も乗るぜ、相棒」

 

『あぁ、ありがとう。翔太郎』

 

 

その後、控えてあったという黒井の携帯の番号をフィリップから聞き、翔太郎はその電話番号をコールした。

 

 

ーーーーーーーー




『スワローテイル』『ウェーブ』はメモリに憑かれた男さんから
『スリープ』はヴァイロンさんから頂きました。
回収されてしまいました。すみません。


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第23話 贈られたF / 彼の本心と

ーーーーーーーー

 

 

左翔太郎からの提案を、俺は二つ返事で承知した。そうでもしなくては、今回の件は解決できないと踏んだからだ。

電話を受けた翌日、つまり今日これから俺と左翔太郎は、とあるカフェで待ち合わせることにしていた。

 

 

ーーカランコロンーー

 

 

喫茶店の入り口のベルが鳴り、彼の姿が見えた。

ハットにスーツベスト。何度か遠目では見てはいたが、なるほど、近くで見るとまさに原作で見ていた通りの彼である。

 

 

「……あんたが黒井秀平か」

 

「あぁ。そっちは『仮面ライダーW』の左側……いや、失礼、左翔太郎くんだな」

 

「っ」

 

 

さて、今回の俺のスタンスだが、とにかく意味深で思わせ振りな態度を崩さない。前にフィリップと通話した時の底知れないキャラクター性を保たなければいけないのだ。そうしなくては、俺逮捕されちゃうし。

 

 

「約束通り、1人で来たようだな」

 

「あぁ」

 

「……ドライバーは?」

 

「ここにある」

ーーコトッーー

 

「約束を守ってくれて嬉しいよ、左くん」

 

「そっちも約束を守ってもらおうか」

 

「これで、いいかな」

ーーゴトッーー

 

 

今日会う条件として、俺が突きつけたのは2つ。

まずは1人で来ること。そして、ダブルドライバーを装着しないこと。

とにかく俺は照井竜とフィリップがとにかく怖いのだ。だって、あの2人、チート過ぎるんだもん……。片や不死身。片やGoogleさんもビックリ知識人間。

え、なに? あの人たち、もしかして転生特典とかもらってます? って、まぁ、ある意味フィリップは転生特典ではあるのか。

 

勿論、向こうも条件を出してきた。それが回収したメモリをすべて引き渡すことだ。『ファクトリー』に『スリープ』に『ウェーブ』、『スワローテイル』と『シャーク』。

5本のメモリを入れたケースの中身を確認した彼は、こちらを鋭い眼差しで睨みながら話を切り出した。

 

 

「で本題だ。あんたもこの事件を追ってる、てことでいいんだよな」

 

「あぁ、知り合いにメモリが贈られていてな。こっちも迷惑してるんだよ」

 

 

それは本心だ。友人に危機が及ぶのは俺も避けたい。

 

 

「……なぁ、あんた。メモリの売人なんだって」

 

「あぁ、そうだ」

 

「…………相棒には言われてたさ。あんたについては深入りするなって。だがーー」

 

 

翔太郎はおもむろに立ち上がる。そして、

 

 

ーーガシッーー

 

「……なんのつもりだ、左くん」

 

「気にいらねぇっ!」

 

 

胸倉を掴まれた。

え? な、なんで!

動揺はしながらもあくまで意味深に、含みを込めた反応を返す。ここで失敗しては今までの苦労が水の泡、このまま逮捕一直線になってしまう。

 

 

「お前ら、組織はこの街を泣かせてる。そんな奴がこっちも迷惑してるだと!? ふざけんなっ!」

 

「…………」

 

 

吠える翔太郎。

一理ある。というか、これに関しては全面的に向こうが正しい。

 

 

「気に食わねぇ、飲み込めねぇ!」

 

「…………」

 

「そっちで暴走して、困ったら協力を求める? 俺たちをーー風都をなんだと思ってやがる!」

 

「…………」

 

胸倉を掴まれながら、どこか客観的に現状を見ている俺がいる。それはきっと彼の言い分が真を突いているからだ。だから、その質問が余計に自分の心に刺さる。

 

俺は、この世界をなんだと思ってるんだ?

 

成り行きだ。偶然、なんの因果か転生し、生まれ直しただけ。

この街を知ってはいたが、別にこの街である必要はなかった。そもそもこんな犯罪の多い治安の悪い街にこだわる必要はないんだ。

なんなら明日にでも出ていっても……。

 

 

「いや、そりゃ無理か」

 

「っ、なにを……っ」

 

「なんのつもりだ、だっけか。なんのつもりで協力を求めるか」

 

 

ポツリと呟く。

それは職場があるからとか、引っ越しが大変だからとかそういう理由ではない。

俺はただーー

 

 

 

「この街で幸せに暮らしたいだけだ」

 

「友達がたくさんいて、その皆が愛する風都で俺も生きていたい。それだけだよ」

 

 

 

不意に溢れた言葉。それは偽らざる俺の望みだ。

 

 

「っ、おまえ……」

 

「まだ信じてもらえないか?」

 

「……さぁな」

 

「ならーー」

ーーコトッーー

 

 

机の上に置いたのは、2つのガイアメモリ。

『コックローチ』と『マスカレイド』。

 

 

「これは俺の使っていたメモリだ。ええと……よし、ちょっとこれ借りるぞ」

ーースチャッーー

 

「お、おいっ!?」

 

 

テーブルにあった料理用のナイフを握り締め、振りかざす。

 

 

ーーバキッーー

 

「もういっちょ!」

 

ーーバキッーー

 

 

ナイフはガイアメモリを貫いた。『コックローチ』は差し込み口が破損し、『マスカレイド』に至っては真っ二つに折れて、完全に使用できない状態になっている。

突然の出来事に唖然とする翔太郎。そんな彼に俺は告げる。

 

 

「これで少しは信頼してもらえるか?」

 

「………………はぁぁ」

 

 

少しの沈黙の後、彼はため息を吐いた。そして、帽子の位置を軽く直して。

 

 

「お互いの情報を共有させてくれ」

 

「あぁ」

 

 

そうして、俺たちは今分かっていることを共有した。

 

未成年にメモリが届けられていること。

そのメモリは組織の売人から奪われたものが流れていること。

分かっているだけでも10本のメモリが出回っていること。

そして、まだそれがすべてではないこと。

 

話を終えて、翔太郎はまたため息を吐く。

 

 

「ったく、まだメモリが街のどこかに贈られているってことかよ」

 

「売人から奪われたケースには、少なくとも12本のメモリがあったらしいからな。あと2本、か」

 

 

霧彦と翔太郎。風都に精通する2人の人間が探して見つからないのだ。俺に見つかるはずはない。あとは警察・照井竜ともう1人の探偵に任せるしかないな。

 

 

「気長にも待っていられねぇ。どうにかキーワードを……」

 

 

キーワード。キーワードなぁ。

あ、そういえば……。

 

 

「そっちはなんでメモリがばらまかれていることを知ったんだ?」

 

「ん? あぁ、とある人物からの依頼でな。詳しくは話せねぇが、『贈り主』を探してくれって…………んん?」

 

 

そこで彼の動きが止まる。どうやら何かに気づいたようで。

 

 

「おい、黒井! あんたが回収したメモリ、それが届けられた人物を全部リストアップしてくれ!」

 

「別にいいが」

 

 

翔太郎に言われるがまま、俺は霧彦から聞いていた人たちの情報を翔太郎のメモ帳に書き連ねていく。全員を書き終わったところで、翔太郎は声をあげた。

 

 

「あーっ! なんてこった!」

 

 

そのまま、彼はどこかへ電話をかけた。恐らくその相手は決まっている。

 

 

「おい、フィリップ! 検索だ! 『贈り主』の正体が分かった!」

 

 

その通話を聞きながら、俺は感じ取っていた。

恐らく事件の終わりは近い。

 

 

ーーーーーーーー




『コックローチ』
『マスカレイド』破損

黒井の使えるメモリは
『エコー』と『ライアー』と『ーーーー』


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第24話 贈られたF / 『贈り主』は誰なのか

ーーーーーーーー

 

 

「ああ、ありがとうございます。ありがとうございます」

 

 

その男は自宅に贈られてきた『それ』を高く掲げ、感謝の言葉を叫んだ。差出人不明の封筒をビリビリと破り、中身を確認する。

 

 

「あ、ぁぁ……」

 

 

感嘆の声。今、やっと手に入れた『それ』は鈍い銀色に光っており、今まで彼が持っていたものとは一線を画するものだと肌で感じていた。

早く挿してしまいたい。だが、慌ててはいけない。まずは一緒に同封されていた機械で自らの肉体と『それ』を合わせる必要があるのだ。

 

 

ーーカチャリーー

 

「……ぁぁぁ、挿入る。挿入ってくるぅ」

 

 

恍惚の表情を浮かべながら、男はそれを自らの右腕に打ち込んだ。数秒で処置は終わり、男の身体に銀色の『それ』が馴染んだのが分かった。

早速使いたい衝動に駆られる。今ならば、きっと男が街にばらまいたメモリを持つ奴らが暴れている頃だ。きっと『仮面ライダー』はそちらと対峙しているはずで。

 

 

「ヒヒッ、今なら使ってもーー」

 

ーーピンポーンーー

 

「!」

 

 

呼び鈴が鳴った。なにかが届くような予定はない。男は苛立ちを見せながら、インターフォンを確認する。

 

 

「…………おまえ」

 

「よう、鈴木くん」

 

 

映っていたのは、男の同僚・黒井であった。顔見知りではあり、言葉を交わす程度には関わりがある。だが、友人と呼べるほどではない関係だ。そんな人間が自宅まで来るのは……。

 

 

「無視だな」

 

 

あまりにも怪しく、鈴木は無視を決め込む。はずだったのだが。

 

 

「こんにちはー! 鈴木くーん!! 遊びに来たよー!! いないのかなぁ!! 鈴木くーん!!」

 

「………………」

 

「す・ず・き・くーん!! おいしいお酒も持ってきたよー!!」

 

「っ」

 

 

あまりにもうるさく、アパートの他の住人がなんだなんだと出てきており、これ以上は無視できない。そう判断した鈴木はドアを急いで開けた。

 

 

「お、やっぱりいたじゃないか」

 

「……何の用だ」

 

「んー? 言った通りだよ、酒を持ってきた。旨い酒をな」

 

 

そう言って、彼は手に持っているものを鈴木に見せた。そこにあったのは、鈴木がメモリ犯罪で前科のある男に贈ったはずのメモリだった。

 

 

「おまえっ!」

 

「残念ながらもう1本の方は回収できなかったけどな。そっちはお前の思惑通り『仮面ライダー』が対応中だよ」

 

「っ、くそっ」

ーーダッーー

 

 

黒井を押し退けるように、鈴木は逃げ出した。

 

 

「ちょっ、待てよっ!」

 

 

ーーーー回想ーーーー

 

 

『犯人は僕たちの依頼人である鈴木という男だ』

 

 

電話口でフィリップがそう告げる。というか、翔太郎にその写真を見せてもらったことで、俺の方でも気づいた。

 

 

「まさかケースを奪われ、殺されたと言われてた張本人がそのメモリをばらまいてたとはな」

 

『メモリを渡されていた人間はみな未成年。その中で、彼だけが成人男性であることは気になってたんだ』

 

「まぁ、情報を共有してやっとハッキリしたって感じだがな」

 

『恐らくだが、敵組織の実験的な側面があったんだろう。『バード』事件のときと同じだよ。未成年にメモリを渡し、その経過を見るため。そんなところだろうね』

 

 

『贈り主』さえ分かってしまえば、あとはその彼の動向を探れば、まだ見つからないメモリの場所も特定できるだろう。フィリップはそう言う。

 

 

「一介の密売人がこの計画を立てたとは思えねぇ」

 

『あぁ、恐らくそれを指示していたのは、組織の幹部かそれ以上の人間だろう』

 

「…………うーむ」

 

 

霧彦の話通りって訳だな。

今回の黒幕は園崎琉兵衛。鈴木を使って、贈り物をさせたのだ。

事件のあらましが分かれば、あとはこっちのものだ。2人の探偵に刑事もいる。事件は収束に向かう。

 

 

『黒井秀平』

 

「ん? なんだ?」

 

『僕達は万が一のことを考えて、贈られた2本のメモリを見つけ出し、対処する』

 

「あぁ、頼んだよ。俺には力がないからな」

 

『……後日、翔太郎を通して、伝えよう。それでいいかい?』

 

 

その提案に俺は頷いたのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

で、今がその数日後だ。俺は逃げ出した鈴木を追っていた。

探偵たちに任せず動いた結果である。

別に俺がどうしても鈴木を許せねぇとか、そう言う話では決してない。鈴木は直に捕まるだろうし、フタを開けてみれば、友人である雫ちゃんにもアイナちゃんにも被害はなかった。

結果オーライ。あとは待つだけ。

 

 

「だったんだがなぁ」

 

 

奴を追って辿り着いたのは、近くの廃工場だった。

というよりも、そこへ俺が誘導したのだ。彼の指示によって。

 

 

「やぁ、久しぶりだね。鈴木くん」

 

「はっ、はぁっ……お前は、園崎霧彦っ!」

 

 

俺は許しても霧彦はどうかな、とそう言う話だ。

 

 

「……園崎、か。もうその名字は捨てたよ。私はもう園崎の人間ではない。名乗りたくもないね」

 

「そんなことはどうでもいいっ! おれになんの用だっ!」

 

「……未成年へのメモリの販売と譲渡は禁止されている。君はルールを破った」

 

 

静かに告げる。だが、分かる、伝わってくる。

霧彦の怒りが。

そんな怒りに気づいているのか分からんが、鈴木は吠える。

 

 

「ルール? こっちはボスからの指令で動いているんだぞ! 言ってしまえば、おれがルールだ!」

 

「…………忠告だ。今すぐ出頭したまえ」

 

「そうだそうだー!」

 

 

霧彦の最後通告。それに俺も乗っかる。

 

 

「落ちぶれた元エリートとただの雑魚密売人が、このおれに指図するなっ!!」

 

「おれはお前らとは違う! 選ばれた人間だっ!!」

 

 

そう言って、鈴木は銀色のメモリを見せつけるように取り出した。イニシャルは『A』。

 

 

「シルバーメモリ……準幹部級のメモリか」

 

「ああ、そうさ! おれは選ばれた。もうこんな雑魚メモリも必要ない!」

ーーガシャーー

 

 

鈴木は懐から出したもう一本のメモリを投げ捨てる。それが俺の足元まで転がりーー

 

 

「ハハハハッ、見せてやるよ! このおれの力を!」

 

『アルケミー』

 

 

奴はメモリを右腕に挿入し、その姿を変えていく。フラスコ型の頭部。そのなかには紫色の謎の液体がグツグツと沸き立っていた。纏ったローブのせいで肉体の詳細は分からないが、その手には身の丈ほどもある巨大な杖が握られていた。

 

 

「『アルケミー』……錬金術師のメモリ。厄介なメモリを手に入れたようだな」

 

『そう! この力でおれはっ!!』

ーーブンッーー

 

ーージュワッーー

 

 

杖を降る『アルケミー』。この先から硫酸が吹き出し、足元のアスファルトを溶かしてしまった。

 

 

「黒井くん、少しの間だけ頼めるかい?」

 

「あぁ」

『エコー』

 

 

『エコー』メモリを起動して、『エコー』へと変身し、身構える。

 

 

『ふんっ!』

ーーブンッーー

 

『っ』

ーードッーー

 

 

硫酸弾に音波を当て、相殺させる。それを繰り返す、しかない。

 

 

『くっ……!?』

 

『ほらほらっ、どうしたっ! 黒井! 全然攻撃できてないじゃないかっ!』

 

 

煽る鈴木。悔しいが、その通りだった。

ガイアメモリには相性がある。俺では『エコー』の力を十分に引き出すことができていないのだ。

その点、『アルケミー』と鈴木の適合率は悪くはない。流石は園崎琉兵衛が選んだ代物だ。

 

 

『負け犬がぁぁ!!』

ーージュッーー

 

『くぅっ!?』

 

 

やはり無理だな。

被弾し、右腕に軽く硫酸をかぶる。このままではジリ貧。負けるだろう。

 

 

「黒井くん!」

 

 

……そう。この状況。

霧彦がいなければ、負けていたよ。

 

 

『遅ぇよ、霧彦!』

 

「あぁ、すまない。この失態は働きで返すさ」

 

 

そう言った霧彦の腰には、ガイアドライバーが巻かれていて。

そして、その手には『あのメモリ』があった。

 

 

「さぁ、始めようか」

 

『ナスカ』

 

 

ーーーーーーーー

 

ガイアメモリには格がある。

最弱の量産型『マスカレイド』。

下位から中位に当たる一般メモリ。

その上に銀色の装飾を施されたシルバーメモリ。

そして、すべての上に立つのがゴールドメモリ。園崎家にしか支給されないそのうちの1本が『ナスカ』。

 

シルバーとゴールドには……そう、圧倒的な差がある。

 

ーーーーーーーー

 

 

ーーバシュンッーー

 

 

勝負は一瞬で決まった。

超高速を使いこなした『ナスカ』は、一瞬で『アルケミー』との距離を詰め、一閃。それで奴は崩れ落ちた。

 

 

「な、なんで……おれは選ばれた、人間っ」

 

『君のような信念のない者では私には勝てないさ』

 

「あ、あぁぁっ……」

 

 

地面を這いながらも、排出されたメモリに手を伸ばす鈴木。

その手の先にあるメモリを、俺はおもいっきり踏みつけた。

 

 

「終わりだよ、鈴木くん」

 

ーーガシャンッーー

 

 

こうして、未成年へとメモリをばらまき続けた『贈り主』は逮捕されたのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「なんで使えんの、それ」

 

「……さぁ、なぜだろうね」

 

 

風都署に簀巻きにした鈴木を置いてきた帰り道。

俺は霧彦に訊ねた。だが、その質問はスルーされてしまう。

 

 

「秘密主義かよ、モテねぇぞ?」

 

「君には言われたくないね」

 

「うぐっ!?」

 

 

鋭いブーメランが返ってきてしまった。

秘密主義なのは認めるが、モテないのは……モテないのは……ぐすんっ。

 

 

「しかし、よかったじゃないか」

 

「あ?」

 

「『それ』、だよ」

 

 

心の中で涙を流す俺の悲しみを無視して、霧彦は俺の懐を指差した。

 

 

「……なんだよ、イヤミか」

 

「いいや、人とメモリは惹かれ合うというからね。恐らく『それ』と君は何かしら惹かれあっているんだろう」

 

「……はぁ、そんなこと言うなよ」

 

 

霧彦の言葉にうんざりしながらも、俺は懐から1本のガイアメモリを取り出す。

 

『マスカレイド』。

鈴木が俺に向かって投げ捨てたメモリだった。

元々のメモリではないとはいえ、結局、『マスカレイド』は俺の元へと戻ってきた。

 

 

「惹かれ合う、ね」

 

 

『最弱』が俺の運命のガイアメモリとは。

……悲しくなるね、まったく。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「はぁ、黒井さん……」

 

 

彼女・雫は自室のベッドに身を預けながら、悩ましげなため息を吐く。勿論、彼女の悩みは想いを寄せる男性のことだ。

彼女の引っ込み思案な性格もあるなかだが、どうにか食事やデートも重ねてはいる。だが、思ったよりも進展がなくて……。

 

 

「上手くいかないなぁ……はぁ」

ーーカチャリーー

 

 

そう呟く彼女の指先には『あるもの』があり、手持ち無沙汰な彼女は『それ』を指先で弄る。その弾みでーー

 

 

ーーカシャッーー

「あっ……」

 

 

『イービル』

 

 

ーーガイアメモリが起動してしまった。

 

 

ーーーーーーーー




『アルケミー』は超高校級の切望さんよりいただきました。

ちなみに、察しのいい方はお気づきかと思いますが
黒井くんの元に届けられた『R』
雫ちゃんの持つ『イービル』は今回の事件で贈られたものとは別物です。つまり……?

次回、新章!


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最弱と進展
第25話 Dは盲目 / 恋と温泉の香り


新章開幕。


ーーーーーーーー

 

 

「あ、あのっ、黒井さん」

 

 

いつものように、雫ちゃんを誘ってラーメンの屋台で夕飯をとっていた時のことである。雫ちゃんが俺の名前を呼んだ。無論、それ事態はよくあることだが、なにやら彼女の様子が変だ。何か意気込んだような気合いすら感じる呼びかけで。

 

 

「どうした?」

 

「あ、えっと、そ、そのっ!」

 

 

俺はいつも通り、雫ちゃんの言葉を待つ。引っ込み思案で人見知りをする娘だってのは分かってるし、今さら驚くようなことは言ってこないだろう。そう、高を括って、俺は目の前のラーメンをすすった。

 

 

「わたしとっ、温泉旅行にいきませんかっ!!」

 

 

あまりに突飛かつ大胆な誘いに、俺は麺を吹き出した。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「行ってくればいいじゃないか」

 

 

事も簡単に霧彦はそう答えた。こいつ、他人事だと思ってーー

 

 

「別に相手が未成年ということもない。ならば、自己責任だよ。君も分別のつかない人間でもないだろうしね」

 

「そうは言うがなぁ、恋人でもない相手と温泉旅行は……」

 

「彼女の気持ちに流石の君でも察してはいるだろう?」

 

「…………まぁ、な」

 

 

知り合った当初は気づいていなかったが、何度か出掛けたり飯を食ったりして、鈍い自覚がある俺でもなんとなく察してはいる。

彼女が俺に向ける好意には。

 

 

「折角、内気な彼女が誘ってくれたんだ。女性に恥をかかせるものじゃないよ」

 

「うぐっ」

 

 

霧彦の言葉に俺は何も返せなかった。

てか、ウインクをするな、気味が悪い!

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その後、俺は雫ちゃんに電話をかけた。

返事はもちろんオーケーだ。

 

この世界で生きていくのだ。そろそろ、そういう相手のことも考えてもいいのかもしれねぇな。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「お待たせ、雫ちゃん」

 

 

待ち合わせ場所にした行くと、そわそわした様子で雫ちゃんは既に待っていた。

 

 

「すまんな、待ったか?」

 

「い、いえ、その……30分くらいしかっ」

 

「いや、30分はずいぶん待たせちまったな。乗ってくれ、行こう」

 

 

レンタカーで申し訳ないが、早速2人で件の温泉に向かう。宿の手配なども俺の方でしようとしたんだが、どうしても雫ちゃんが選ぶと言って聞かないので、お任せしてしまった。その代わりに、

 

 

「なんか、すみません……宿代出してもらっちゃって」

 

「いや、このくらいはな。その代わり道中の飯代は折半な」

 

「も、もちろんですっ」

 

「ふふっ」

 

 

ふんっと鼻をならす雫ちゃんを見て、思わず笑ってしまう。

なにか変なこと言いました? そう聞かれてしまう。ひとつ謝ってから、

 

 

「なんか雫ちゃん、張り切ってるなぁと」

 

「っ///」

 

「あぁ、すまんすまん。楽しみでいてくれるなら嬉しいよ」

 

「~~~~っ!」

 

 

そう言うと余計に雫ちゃんには恥ずかしがってしまう。横目で見れば、顔が真っ赤だ。

……うん、こうして改めて見ると、本当に可愛らしい娘だ。

綺麗で艶のある長い黒髪。メイクは薄いようだが、それが余計に彼女自身の整った顔立ちを引き立てている。本人は気にしていると言っていたが、たれ目なのも彼女の少し引っ込み思案な性格を表しているようである。あと、胸もある!

 

 

「黒井、さん……? その、何かわたしの顔についてます、か?」

 

「っ、いや。ただ雫ちゃんの顔を見てただけだ」

 

「っ、運転に……集中……」

 

 

ください、まで聞こえない。ボソボソと恥ずかしそうに呟く雫ちゃん。

まぁ、うん……かわいいよな。

その後、旅館につくまでの1時間半ほど俺達の間にはあまり会話がなかったが、チラリと見ると、雫ちゃんの機嫌は悪くないようであった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

雫ちゃんが宿をとったのは、有名な温泉街の中の旅館であった。

温泉旅館でチェックインすると、俺達は和室に通された。窓からの景色は並みだったが、それはいい。ここからの景色より楽しみなのは温泉街の街並だ。

俺達は早々に旅館を出た。

 

 

「おぉ!! すげぇ!」

 

「……ほんと、ですね!」

 

 

2人で温泉街の中心まで歩き、その光景に感動する。

足湯や饅頭屋、土産屋など、まさにザ温泉街な街並も勿論よかった。それ以上に、この温泉街といえばという景色が目の前に広がっていたのに感動した。源泉を冷ますため、だったかな? 街の中心に源泉が木製の桶の中を流れており、まるで温泉の川のようであった。そこから硫黄の匂いが辺りに充満している。

改めて温泉街に来たことを実感させてくれる光景だ。

 

 

「温泉のにおい……」

 

「だなぁ……それになんか色がすごいな、緑色っていうか」

 

「温泉の成分が長い期間をかけて沈着してる、らしいですよ」

 

「ほえー」

 

 

その後、街を見て回って、饅頭やら濡れおかきやらを食べ歩いた後、俺達は旅館に戻った。

夕食まではまだ時間があるし、旅館の大浴場にでも行こうか。そう誘ったのだが、返ってきた言葉は予想外の言葉で。

 

 

 

「…………貸し切りのお風呂、いきませんか?」

 

「へ?」

 

 

それって、まさか……?

 

 

「混浴……なんですけど……っ///」

 

 

ーーーーーーーー




次回、急展開!
R18展開にはなりません(断言)


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第26話 Dは盲目 / 石鹸と温泉の香り

ちょっとだけエッかもしれない。


ーーーーーーーー

 

 

硫黄の香りと湯気が立ち込める浴場。

勿論、自宅の風呂よりは圧倒的に広いが、貸し切りということもあって大浴場のような広さはない。

ボディーソープで体を念入りに……まぁ、そりゃあ念入りに洗った俺は壁の方を向きながら、声をあげた。

 

 

「は、ははははいってもいいぞぉ」

 

 

馬鹿みたいに上擦った声が浴場に木霊する。

いやぁ、恥ずかしい、殺してぇぇ……。

顔を両手で覆い隠す俺に構わず、浴場の扉が開く音がした。そして、誰かが入ってくる気配も。

勿論、この状況で入ってくるのは1人しかいない。

 

 

「お……おじゃま……しま……」

 

 

消え入りそうな声。だが、彼女の声であることは間違いない。

ドアの閉まる音。濡れた床を歩く音。

そして、シャワーの音。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

お互い無言の時間が続く。

ほーん、体は手で洗う派なんですね……って、おいやめろ。

余計なことは考えるな……本当に余計なことか?

いい年齢の男女が混浴ぞ? それってつまりーー

 

 

「あ、あのっ」

 

「はいぃぃっ!」

 

「入っても……いい、ですか……」

 

「ど、どうぞ」

 

 

ちゃぽん、と音がした。

律儀に俺の言葉を受けてから、彼女は湯船に入ってくる。

 

 

「っ、あつ……」

 

「……俺も最初そうなったよ」

 

「…………言ってくださいよぉ」

 

「ふふっ、ごめん」

 

 

彼女の様子(見てはいない)で、少しだけ緩む雰囲気。

ありがたい。このままだったら、俺はきっと茹でダコになっちまってたところだ。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「その、なんだ……熱いな」

 

「は、はいっ……そう、ですね」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

助けて、会話が続かない。

あと会話は続かないのに、妄想は止まらない。

がんばれ理性! 俺の理性はメタルメモリよりも固いはずだぁ!!

 

 

ーーふにっーー

 

「ふぇ?」

 

 

それは突然の出来事だった。触れないほどの距離にいた2人の距離は急に0になる。雫ちゃんが俺の背中に体を預けてきたのだ。しかも、この感触……背中、じゃないですよね!?

 

 

「あ、あのっ、雫さんっ!?」

 

「~~~~ぅ////」

 

 

どれくらいが過ぎただろう。

10秒か、30秒か。体感5分だが、ともかく急に雫ちゃんは湯船から上がった。

 

 

「先に……戻ってます、からっ///」

 

 

ガラガラと浴場のドアを閉め、彼女は去っていった。

呆然としていた俺がその10分後、のぼせてしまったのは言うまでもないだろう。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

時刻は夜の11時。いい時間だ。

 

あの後、のぼせた俺は浴場近くの休憩室で、身体を冷まして、夕飯の時間に部屋に戻った。雫ちゃんはレンタルしたという浴衣に着替えて待っていてくれた。白黒を基調にしながらも、様々な花柄が散らされた少し大人っぽい浴衣だった。

色んな衝撃で、夕飯の味は覚えていない。

その後、雫ちゃんは今度は大浴場でもう一度汗を流してくると言い、遅れて俺も大浴場へ。

それぞれの浴場から出た時、偶然2人でかち合わせてしまい、なんとなく気まずい雰囲気になってしまった。

妙な間を感じながら、俺と雫ちゃんはそれぞれの布団に入り、今に至る、と。

 

 

「……あ、の……黒井さん、起きてますか」

 

「……起きてるよ」

 

 

きっと真っ暗でお互いの顔が見えないからだろう。さっきまでよりはマシに話せる。

 

 

「そ、その……すみません、でした」

 

「え、いや」

 

「わたし……ちょっと、浮かれてました……黒井さんが、OKしてくれて……だから、わたし……」

 

 

すみません、か。

いや、ダメだろ。それを言わせちゃあ……っ!

男だろ、黒井秀平! ここで決めなきゃ俺はーー

 

 

「雫ちゃん、俺の方こそごめん。君の気持ちには気づいてははずだったのにな」

 

 

そう言って、俺はゆっくり起き上がる。きっと俺がそうしたのに気づいたのだろう。真っ暗な中ではあるが、雫ちゃんも起き上がって、こちらを見ているのが分かった。

ひとつ深呼吸をして、俺は伝えることにした。

 

 

「聞いてくれ、雫ちゃん。俺はーー」

 

「っ」

 

 

 

『イービル』

 

 

 

「は?」

 

 

俺の告白は、それの音でかき消された。

っ!? どこからっ!?

見渡すと、『それ』は今まさに、雫ちゃんの旅行鞄から飛び出してきたところだった。そのまま、『それ』は雫ちゃんに向かって飛んでくる。

 

 

「! 雫ちゃんっ、避けろ!!」

 

 

俺の言葉は虚しく響くだけ。

『それ』は、そのガイアメモリは雫ちゃんの中へ差し込まれてしまった。瞬間、変貌を遂げる……ん?

 

 

「あ、あれ?」

 

 

メモリが彼女に挿入されて、数秒が経ったが、彼女の姿はなにも変わらない。

いや、なんでメモリを持っているのかとかなぜ姿が変わらないのかとか疑問はあるが、メモリが入ったのは事実だ。だから、俺は雫ちゃんに駆け寄り、軽く揺する。

 

 

「っ、雫ちゃん。なにか異常はないかっ!」

 

 

次の瞬間ーー

 

 

ーードンッーー

 

 

ーー押し倒された。

混乱する中、やっと目が慣れたのか彼女の姿が見える。

姿が変わっていないなんて大間違いだ。化け物になっていないだけで、彼女の外見はすっかり変わっていた。

艶やかな黒髪は真っ白に。穏やかで臆病さが現れていた表情は、どこか暴力的で加虐的な表情へと変貌を遂げていたのだ。

彼女は吠える。

 

 

『おいおい、なに変身してんだよ、このヘタレがッ!!』

 

「し、しずく……さん?」

 

『あ"?』

 

 

なんかメンチ切ってくる、この人!?

 

 

『ったく、モタモタしてるから、こいつが怖気づいちまったじゃねぇかよ!』

 

「お、おまえは……一体……」

 

『うるせぇ! もうこうなりゃ自棄だ! おら、服を脱げ!!』

 

「え、えぇぇっ!? な、なにをっ!?」

 

『既成事実を作るに決まってるだろうがッ!』

 

 

まだ目の前の現実に頭が追いついてない中で、俺は

 

 

 

『パンツもだ! とっとと脱ぎやがれぇぇぇっ!!!』

 

「いやぁぁぁぁっ、おたすけぇぇぇ」

 

 

 

雫ちゃん(?)に襲われかけました。

助けて! 助けて!

初めては、初めてはもっとロマンチックにぃぃぃぃ!!

 

 

ーーーーーーーー




書いてて馬鹿だなぁ、と思いました。


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第27話 Dは盲目 / イービルという少女 ☆

ーーーーーーーー

 

 

「落ち着いたか、この痴女が」

 

『…………』

 

 

俺の質問に不貞腐れたまま答えない雫ちゃんもどき。

あーあー、浴衣で胡座なんてかいちゃって。

 

 

「やめろ。見えるから胡座をかくな」

 

『んー? 見たいのか? 見たいのかぁ?』

ーーペラッーー

 

「見たいは見たいし、ありがとうございますだけど、今はそれどころじゃねぇだろうが!」

 

『チッ』

 

 

いかんいかん。相手のペースに乗るな、俺。

今、ハッキリさせなくちゃいけないことはひとつだ。

 

 

「お前、何者だ?」

 

『あたしか? あたしは『イービル』メモリで作り出されたもう1人のこいつだ。まぁ、簡単にいえば二重人格だな』

 

「……メモリで人格が増えるだと?」

 

 

そんな例、聞いたこともない。原作にもメモリを使った途端に豹変する人間はいたが、完全な二重人格となると……出てきてはいないよな。しかも、髪色は変わったとはいえ、『ドーパント』にはなっていない。

 

 

『筋力は上がってるぜ』

 

「まぁ、それは……うん」

 

 

得意気に言う雫ちゃんもどき……もとい『イービル』。

さっきの布団の上での一悶着で察してはいる。変身した『ドーパント』ほどではないが、簡単に成人男性を組伏せられるくらいには力もあったからな。

 

 

「色々と聞きたいことはあるが」

 

『なんだよ。言ってみろ』

 

「なんで雫ちゃんがガイアメモリを持ってる? まさか前回の事件の時の残りか?」

 

『ああ? ちげぇよ、あたしとこいつはずっと前からの付き合いだ』

 

「ずっと昔……?」

 

 

なら、雫ちゃんの言動は……?

『ドーパント』やガイアメモリについては知らないはずだった。それにも関わらず、メモリ自体は昔から持っていた、と?

 

 

『ん? いや、こいつはあたしのことを知らねぇよ。あたしが表にいる間は眠ってるみてぇに記憶がないらしい。メモリのことを知ったのは、前回お前らが話した時だろ』

 

「…………だが、メモリは所持してた」

 

『んー、それもこいつにとっては『お守り』みたいなもんだったんだよ。昔、大切な人からもらったもんだとよ』

 

 

大切な人?

そのフレーズが引っ掛かった。それについて聞こうとして、

 

 

『んあー、もう時間だな。これ以上は毒素に耐えられねぇ』

 

「っ、最後に聞かせろ! 今日の雫ちゃんの行動はもしかして全部お前のーー」

 

 

『馬鹿が! 全部、こいつが考えてやったことだ! 舐めんな、ボケ!』

 

 

指を差しながら、『イービル』は俺のことをボケ扱いして、

 

 

ーーパシュッーー

『イービル』

 

 

雫ちゃんの体外へ排出された。倒れこむ雫ちゃんを抱きかかえて、ゆっくりと布団に寝かす。綺麗な黒髪も元に戻っている。

できるだけ乱れた浴衣姿を見ない俺、最高に紳士である。

 

 

「はぁぁぁぁぁ……」

 

 

思わずため息が出た。

なにがなんだか……いきなりの展開過ぎて、頭が追いついていない。

時計を見ると、針はちょうど真上で重なっている。確か大浴場は深夜1時までやっていたはずだ。

少し汗もかいてしまったし、温泉にでも浸かって、頭の中を整理したい。

俺は雫ちゃんを起こさないように、静かに部屋を出た。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「おや、奇遇ですねぇ」

 

 

大浴場にて。

俺は井坂深紅郎に出会った。

お互い全裸である。対抗手段がない。助けて。

 

 

「そう身構えないでください。捕って喰おうなんてつもりはありません」

 

「……なぜここにいる」

 

 

俺の脳裏に浮かんでいたのは、雫ちゃんと『イービル』のことだった。怪人態に変わらずメモリを使える人物に俺は心当たりがある。

 

『インビジブル』。

リリィ白銀という超絶可愛いマジシャンの女性が使った、透明になれるメモリだ。彼女は怪人にならず、人間の姿のまま能力を行使していた。そう仕向けたのは、目の前のこの男だった。

 

 

「井坂……『イービル』というメモリに心当たりはないか」

 

「『イービル』……あぁ、あれですか」

 

 

井坂は思い出したように、そう言った。

 

 

「『あれ』はどんなメモリだ!」

 

「興味のそそられないものでしたよ。端的にいえば、人格の形成。私が知る限りはそれだけの能力です」

 

「毒素は強いのか」

 

「いいえ。毒素が強ければ、その分メモリの力も増すというのが私の持論でね。だから、毒素の弱いメモリは興味がないんですよ」

 

「…………」

 

 

なら、大丈夫、か?

それに『イービル』本人も雫ちゃんに害を為したい訳ではなさそうだったし……。

 

 

「それよりも体の調子はどうです。私も医師の端くれ、自分の処置した患者の経過は気になるのでね」

 

「……副作用もなく、助かってるよ」

 

「フッ、そうですか。どうやら貴方に渡したメモリが適合しているようですね」

 

「? なんのことだ?」

 

「? 贈ったはずですよ。『R』のメモリを」

 

「???」

 

 

ん? 何を言ってるんだ、この男。

誰かと俺を間違えているんだろうか?

 

 

「……失礼。確認しなくてはならないことができました」

 

 

井坂の話を咀嚼してる間に、井坂は立ち上がる。どうやらもうあがるらしい。その去り際、井坂は思い出したように、俺にあることを告げた。

 

 

「あぁ、そういえば、前にお話しした『エコー』メモリの持ち主」

 

「彼女が『エコー』以前に使っていたのが、件の『イービル』ですよ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

この温泉旅行は俺にひとつの疑念を植え付けた。

 

『エコー』を使っていたあの女性。

彼女は俺のせいで家族が死んだと言い残して、息を引き取った。

その彼女が『エコー』の前に使っていたのが『イービル』だと、井坂は言った。その言葉が嘘じゃないとしたら……。

 

もしかして。

雫ちゃんは、彼女の……。

 

 

ーーーーーーーー




また3話更新してしまいました。
『D』編終了です。
話が大きく動き出しました。

え? 一線を超えたかですって?
この作品はR指定じゃないんですよ!!
いい加減にしてください!!
黒井くんだって怒りますよ!!
ねぇ、黒井くん! 黒井くん……?

イービル挿絵追加
【挿絵表示】

素敵な挿絵を描いてくださった絵師様作↓
ミルクティー様
https://skima.jp/profile?id=269737&sk_code=sha09url&act=sha09url&utm_source=share&utm_medium=url&utm_campaign=sha09url


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第28話 悪夢のR / 眠り姫はハツラツ

新章開幕。
久々の原作沿いエピソードです。


ーーーーーーーー

 

 

温泉旅行から数日が経った。

雫ちゃんはあの時周辺の記憶が飛んでいるらしく、俺はどうにか疲れてお互い寝てしまったと説明し納得してもらった。

あ、あとお付き合い始めました。

 

 

「結果オーライじゃないか」

 

「……おい、霧彦。俺に隠してることあるだろ」

 

 

事の顛末を話し終えた俺は、霧彦にそう告げる。

 

 

「……なんのことかな」

 

「言っただろうが! 井坂が俺にメモリを贈ったって言ってたんだよ。俺が見てないってことはお前が持ってんだろ!」

 

「………………」

 

 

はよ出せ、と手招きする。そんな俺を無視して、霧彦は皿洗いを続ける。ぐぬぬ、無視を決め込むつもりか! だが、今日ばかりは譲らんぞ。

雫ちゃんの一件もあるし、使うかどうかはともかく俺は普通に強いメモリを手に入れておきたいのだ。

 

 

「君の軽率さは私が一番知っている」

 

「……副作用はもうないんだ。別にいいだろうが!」

 

「…………君たちが危機に陥れば私が助けるさ」

 

 

そう言って、霧彦は懐から『ナスカ』を取り出し、置いた。まるで見せつけるように。

 

 

「いーよなぁ、霧彦くんは~! 『ナスカ』なんていうつよーいメモリを持ってるんだからさぁ」

 

「……確かに『ナスカ』は強いが、その分身体への負担も大きい。強いメモリとはそういうものだ」

 

「でも、使えるようになったじゃねぇか」

 

「…………」

 

 

それに関しては、霧彦は口を開かない。何かを隠しているのは確実なのだが……。

 

 

「……まぁ、いい。渡さなくてもいいけどよ、とりあえず何のメモリかは教えてくれよ。『R』だって話は聞いてるんだ」

 

「…………」

 

 

諦めたことが伝わったのか、霧彦は水道を止め、冷蔵庫を開けた。その中にそれはあった。

って、どこに保管してるんだ、こいつ。

 

 

「『リバース』……反転の記憶を持つメモリだよ」

 

「ふむ。これが井坂が言っていた『R』か」

 

 

どこから仕入れたのか分からんが、それは確かにシルバー加工のされたガイアメモリ。シルバーは『ナスカ』が属するゴールドメモリに次ぐ力をもつという。

そんなに強いなら、井坂本人が使えばいいのに……もしかして、あれか? これを使って、俺が死んだ後に使おうって魂胆か?

となると、

 

 

「……こいつは使えねぇな」

 

「君の浅い思慮でも、思い止まってくれてよかったよ」

 

「あぁん?」

 

 

なんかこいつ最近、俺のこと馬鹿にしてる気がする。

……前科があるから何も言えないけどさ。

 

 

「それよりも問題は彼女の方だろう。『イービル』だったか。雫ちゃんがガイアメモリを有していたとは思わなかったよ」

 

「それは俺も驚いたな。だが、まぁ多少性格が変わるだけならいいんじゃねぇか?」

 

 

幸い毒素も弱いらしく、しかも、使われたのは数回だというのだ。勿論、毎回あの調子で押し倒されては敵わないが……。

それよりも問題なのは、例の『エコー』の女性と雫ちゃんの関係性だ。まずはそれを彼女に聞いてみる必要がーー

 

 

ーープルルルルーー

 

「ん?」

 

 

そんな話をしていたら、俺のスマホが鳴った。画面を見れば、そこには……。

 

 

「フッ、すまねぇな。噂をすれば、愛しの彼女だぜ。独り身のお前には申し訳ないが、出させてもらうぜ」

 

「いや、私はそもそもバツイチだから別に……」

 

ーーピッーー

 

「やぁ、ハニーかい? 俺だよ、俺」

 

 

『おい! 馬鹿野郎! イマドコだ、ボケぇ!』

 

 

耳をつんざく叫び声。愛しの彼女と同じ声でありながら、人格の全く違うそれは、まさかっ!?

 

 

「お前、『イービル』かっ!?」

 

『雫が起きねぇんだよ!!』

 

「なっ!?」

 

 

『イービル』については大丈夫だろう。

そんな俺の判断は早速裏目に出たのかもしれない。俺は霧彦を連れて自宅を飛び出し、彼女の家に向かった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「話を聞かせてもらおうか、『イービル』」

 

 

彼女の住むアパートにて、俺と霧彦は机に肘をついた上に胡座をかく『イービル』と向かい合う。

まずは、だ。

 

 

「胡座をやめろ」

 

『ああ?』

 

「霧彦もいるんだから、ちっとは気をつかえ。愛しの彼女のあられもない姿を他の男に見せたくねぇんだ、このボケ」

 

『…………ふんっ』

 

 

俺の弁に一理あると思ったのか、『イービル』は正座に変えてくれた。さて、本題だ。

 

 

「どういうことだ、雫ちゃんが起きないだと?」

 

『……それはこっちの台詞だ。だから、仕方なくあたしが入ってるんだろうが』

 

「君が『イービル』か」

 

 

興味深そうに『イービル』を観察する霧彦。

 

 

「……本当に『ドーパント』にならずに、ガイアメモリを使っているとは驚いたな」

 

「井坂曰く、これも一種の『ドーパント』だそうだ……ってか、他人の彼女をじろじろ見るな」

 

『てめぇは人をこれ扱いするな』

 

 

というか話が進まねぇな。色々と一旦棚上げだ。

原因を突き止めねぇとな。

って、そういえば、昏睡状態……? ふむ?

 

 

「おい、『イービル』。ちょっと前髪上げて、額を見せてみろ」

 

『ああ?』

 

「いいから」

 

『………………これでいいかよ』

 

 

前髪を上げるのが少々恥ずかしいのか少し頬を赤らめながら、額を見せる『イービル』。中身はともかく、恥ずかしがってるガワは雫ちゃんだからすっごい可愛い。

って、いやいやいやいや。そうじゃなくて!

 

 

「……黒井くん、これは?」

 

「あぁ、ビンゴだ。この事件、もう見えたぜ」

 

 

彼女の額には『H』の文字。

はっ! 分かったぜ、犯人も、メモリもな。

待ってろ、福島元! 『ナイトメア』ドーパント!!

俺の可愛いハニーに害を為す野郎には、俺が鉄槌を下したるからなぁ!!

 

 

ーーーーーーーー




福島元
原作『ナイトメア』事件の犯人。
ヲタサーの姫に振り回された可哀想な子。


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第29話 悪夢のR / 誤解

ーーーーーーーー

 

 

「ごらぁ! 福島元! 出てこいやぁ!」

『出てこいごらぁ!!』

 

 

風都大学のとある研究室に、俺と『イービル』で殴り込む。犯人は分かってるし、恐らく証拠も揃ってる。あとはシバいて終わりだ。何人かの研究員が何事かと固まり、こちらを見るなか、福島は……いた!

 

 

「な、なんだよ、あんたら」

 

「ちょいと面を貸してもらおうか」

『表出ろぉ!』

 

 

俺たちはそのまま福島を拉致していく。後から冷静になって考えると中々にヤバい2人組である。お似合いとか言うな。

大学構内のベンチに福島を座らせ、俺と『イービル』で囲む。

 

 

「……な、なんなんだよ」

 

「『ナイトメア』メモリ持ってるだろ!」

 

「っ」

 

 

単刀直入に問い詰める。この様子、ビンゴだ!

 

 

「『イービル』! こいつ脱がせろ!」

 

『おう、任せろ!』

 

 

『イービル』と共に福島の服を手をかけようとして、

 

 

ーーガシッーー

 

 

誰かに腕を掴まれる。何をするとその人物に伝えると、

 

 

「これ以上は止めておけ。強制わいせつ罪で現行犯になるぞ」

 

「そうだぜ、それにレディにそんなことをやらせるもんじゃねぇ。なぁ、黒井」

 

「照井竜に、左翔太郎……っ」

 

 

なんてタイミングで来やがる。

 

 

「何があったかは知らねぇが、こっから先は俺達に任せとけよ」

 

「という訳だ。福島元、ガイアメモリ所持の疑いで任意同行させてもらおう」

 

「く、くそぅ!!」

 

「待ちやがれっ!!」

 

 

福島はその場から逃走し、照井と翔太郎もそれを追っていった。取り残された俺と『イービル』。

 

 

『あいつら、何者だ?』

 

「んあー、『仮面ライダー』。正体バレたら終わり」

 

『ま、まじか』

 

 

流石の『イービル』も少々怯んだようである。

どの道、警察が出てきた以上、これ以上は深追いもできないだろう。それに『ナイトメア』は夢の中だけで力を発揮するメモリだ。きっとあの2人がいれば、現実世界で負けることはない。

 

 

「俺達の役目は終わりだな。どうする、『イービル』」

 

『あー、大人しく家にでも帰って引っ込むわ。今回は非常事態だったからよ』

 

 

それがいいだろう。俺もそれに同意して、帰路に着いた。

今回の件、雫ちゃんに被害が及んだのは最悪だったが、ひとつ分かったこともあった。『イービル』は決して雫ちゃんに敵対しているわけではない。いや、むしろ雫ちゃんを守るように動いた。

怪我の功名ってやつだな、うんうん。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その晩、俺は霧彦が作ったキッシュとオニオンスープを食べていた時のことである。

 

 

ーープルルルルーー

 

 

俺のスマホが鳴った。相手は、雫ちゃんだ。恐らく『イービル』に渡した書き置きを見て、電話をくれたのだろう。

 

 

「食事中だが、すなんな。愛しの彼女からのラブコールに応えない訳にいかないだろ?」

 

「……ご勝手に」

 

 

素っ気なくそう言う霧彦。

ふっ、クールな奴め。心の中では羨ましくて堪らないだろうに。まぁ、いい。今は雫ちゃんに早く声を聞かせてやらなくちゃな。

そう思った俺はひとつ咳払いをして、美声に調整してから通話ボタンを押した。

 

 

「やぁ、ハニーかい?」

 

『おい! 気色悪い声を出すな! イマドコだ、ボケぇ!』

 

 

デジャヴ、であった。

 

 

「……お前、『イービル』か!? なんで戻ってねぇんだよ!」

 

『それはこっちの台詞だっ! 雫の意識が戻らねぇ、まだ眠ったままで起きる気配もねぇんだよっ』

 

「なに!?」

 

 

知り合いが眠らされてしまった。

事情は左翔太郎に伝えてあったため、福島元は逮捕され、『ナイトメア』も破壊されたことは聞いていた。

だが、雫ちゃんが目覚めてない……ということは?

 

 

「『ナイトメア』……じゃないのか?」

 

『お前の話通り、こいつは寝てる。『ナイトメア』ってのの能力と同じ状態だと思うぜ』

 

「……なら」

 

 

答えはひとつだ。

『ナイトメア』はもう1本ある。

原作にはない展開。俺では手に余る。

 

「霧彦……すまん、また協力してもらってもいいか」

 

「愚問だね。言っただろう、君たちが危機に陥れば私が助けると」

 

「……助かる」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

霧彦の言う通りだった。思慮が浅かったのだ。

福島元の犯行ではないのに、雫ちゃんの額に『H』があった意味も。それを『残せた』理由も。

俺はもっとよく考えるべきだった。

 

この時点ではもっと未来の話にはなるが。

もしそうしていれば、俺はきっと『ーーーー』を失うことはなかったのだろう。

 

 

ーーーーーーーー




楽しくなって参りました!
16日中にもう一話は更新したいです。

お気に入り登録も650人を超えてるという……過去最高の数値に感謝しかありません。
感想&コメント&過去作品まで見ていただいて感謝感謝です!
今後もごゆるりとお付き合いください。


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第30話 悪夢のR / いざ旅立たん、夢の世界へ

ーーーーーーーー

 

 

『ナイトメア』メモリは中々に特殊なメモリである。

使い辛いメモリであるが故に、生成数自体が少ない。需要が低くければ、高価になる。その結果売れない。

だから、『ナイトメア』を売れるのは相当に腕の立つ密売人だ、というのが霧彦の見解であった。

 

その方針に従い、俺は休日ながらディガル・コーポレーションに出社していた。勿論、『ナイトメア』を売った密売人をデータベースにかけて探すためである。

 

 

「お、黒井じゃん!」

 

 

そんな俺の後ろから声がかけられる。振り返ると3人の男。

えぇと、確か……。

 

 

「佐藤と田中と吉田」

 

「佐山と田岡と吉川だ。いい加減覚えろ」

 

 

惜しい。一文字違いだった。仕方ない、全員モブ顔なのが悪いのだ。

 

 

「どしたん? なんか熱心にパソコンとにらめっこしてたみたいだけど」

 

「急ぎの仕事か?」

 

 

チャラめな口調で俺のパソコンを覗き込んでくる田岡。さっき名前を訂正してきた吉川はトーンを変えずに、聞いてくる。そして、

 

 

「なんだったら、あたし達が手伝ってあげてもいいわよぉ♡ 勿論、代金は黒井ちゃんのカ・ラ・ダでぇ、支払ってくれれば構わないわよぉ♡」

 

 

そっちの気がある佐山が言ってくる。

語尾に♡をつけるな。カラダを狙うな。

 

 

「達は止めろ。俺は忙しい」

 

「あんら、ま~たノルマぁ? 吉川ちゃんは仕事熱心ねぇ」

 

「しかたないっしょ、吉川はオレらとは違うからな! 現段階で一番、社長の婚約者に近い男だもんなぁ!」

 

「…………そんなものに興味などない」

 

 

俺を巻き込む形でやり取りを繰り広げるモブ顔3人。

こいつらはそれなりに成績がよかった記憶がある。ふむ……少々、探ってみるか。

 

 

「なぁ、ちょっと聞きたいんだが」

 

「ん? どしたー?」

 

「実はあるメモリを売った奴を探してるんだ」

 

「んー? なによ、あるメモリって?」

 

「………これ、なんだが」

 

 

俺は3人の表情が見えるようにして、『ナイトメア』のデータが映し出された画面を見せた。

 

 

「『ナイトメア』ぁ? こんなの売れる訳ないじゃん!」

 

「……いや、この間警察に捕まった男が使っていたのが『ナイトメア』だったらしい。少なくとも1本は販売した人間がいるはずだろう」

 

「んー、そういえばこの間、このメモリを持ち歩いてた人間がいたような……」

 

「!」

 

 

見せてよかった! 早速ビンゴだ。

佐山の肩を掴み、聞き出す体勢に入る。

 

 

「おい、佐山!」

 

「いやんっ、ダメよぉ♡ 黒井ちゃん……人が見てるわぁ♡」

 

「うるせぇ! 頬を赤らめるな! いいから『ナイトメア』を持ち歩いてた人間を教えろっ!」

 

「んっ、ちょっとさすがに痛いわよ……っ」

 

 

ここで聞き出さなくては! そんな気持ちが先行して、焦っていたのだろう。乱暴になりかけたところを田岡に止められる。

 

 

「ちょ、待てって! 本当にどうしたんだよ、黒井! なんかお前、変だぞ」

 

「……黒井、お前、それは職務に関することか?」

 

 

さらに吉川にそれを問い詰められる。

密売人には守秘義務がある。会社自体がそもそもアウトだし、顧客情報を扱う時にはさらに細心の注意を払わなくてはならない。

だから、勿論、メモリに関することを個人的に使うことは許されないのだ。吉川はそれを危惧している。

くっ、仕方がない。

 

 

「……実は社長からの勅命でな。組織の皆には内緒だよ?」

 

「「「!」」」

 

 

小声でのその一言が効いたのだろう。3人は一瞬で静かになってくれた。その間に俺の出任せフルコースは続く。

 

 

「ここだけの話なんだがな。その逮捕された『ナイトメア』の一件に、どうやら園崎霧彦が絡んでいるようなんだ」

 

「……なるほど。組織の金を持ち逃げしたっていうあの園崎霧彦か」

 

「あぁ、社長様の怒り様はお前らもご存じだろうが……俺は奴が雲隠れする前に、奴と仕事をしていてな。そのせいで、俺に社長様直々のご命令が下ったんだよ」

 

「ほえー! なんだよ、黒井も大変だなぁ」

 

 

……ふむ、なんとか誤魔化せたか。

ありがとう、横領犯の霧彦くん!

 

 

「そういうことなら力になるわ。黒井ちゃんがあの女王様に処罰されちゃうのはイヤだもの♡」

 

「……あぁ、助かる。ウインクを止めろ」

 

 

それから佐山は思い出すように語ったのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「おい、霧彦! 『ナイトメア』を持ってる人間が分かったぞ!」

 

『……あ、あぁ』

 

 

『ナイトメア』の持ち主であろう人物の元へ向かう途中、スマホを片手に霧彦と連絡をとる。だが、どうにも霧彦の様子がおかしい気がする。

 

 

「どうしたっ!」

 

『……いや、問題ない。それよりどこに向かえばいい?』

 

「雫ちゃんのアパートだ! 犯人はそこにいるはずだ!」

 

『なんだって?』

 

 

そう言っている間にも現着。出来るだけ早く来てくれと霧彦には伝え、通話は切ってある。

その一室のドアを開け、そのまま立ち入っていく。中にいたのは、

 

 

『あ? おい、血相変えてどうしたんだよ?』

 

「……っ、チャッピーはどうしたっ!!」

 

『……いや、あたしがこんな状態だから、ええと……アイナって女に預けてあるぜ?』

 

「っ」

 

 

しまった! やられた!!

なら、アイナちゃん家に今からでも乗り込むしかない。

 

 

『そうは言っても、あたしはアイナの家知らねぇぞ?』

 

「くっ」

 

 

先手を打たれたという訳か。

その後、合流した霧彦に事情を話して……。

 

 

「『ナイトメア』は現実で見つけ出しさせすれば脅威じゃない。だが……」

 

「あぁ、夢の中では無敵だ」

 

 

原作でもそうだった。あの照井竜ですら夢の中では敵わない。その悪夢の中では『ナイトメア』は思い通りに夢を改編できるのだから。唯一の手段はフィリップのように、他人の夢の中に入り込むことだが、そんなことをできる奴なんて、ここには…………ん?

 

 

「おい、『イービル』」

 

『あ? なんだよ?』

 

「お前って意志があるタイプのメモリなのか?」

 

『……ん? あー、雫が眠っている間に勝手に出てこれるんだからそうじゃないのか。知らねぇけど』

 

「…………ふむ」

 

「黒井くん……何を考えている?」

 

「霧彦、お前はアイナちゃんを探してくれ。恐らくチャッピー……いや、『ナイトメア』もそこにいる」

 

「君はまさかっ!」

 

 

現実世界はこれでよし。霧彦ならば『ナイトメア』程度に負けはしないだろう。あとは……。

 

 

「おい、『イービル』」

 

『だからなんだよっ! 言いたいことがあるなら一回でーー』

 

 

ーードンッーー

 

「うるせぇ、黙って俺に使わせろ」

 

 

時間がねぇんだ。うだうだと説明してる暇はない。

俺は『イービル』を壁に追いやり、そう告げる。反抗しても構わない。その時は無理矢理でも使ってやる。こっちは愛しの彼女の命が懸かってるんだ。

とそんな意気込みだったのだが、『イービル』は意外にも素直で……。

 

 

『ひゃ……ひゃい……っ』

 

 

頷いてくれたのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「さぁ、旅立とうか。夢の世界へ!」

 

『てめぇっ!! ぜってぇあとでコロすぅぅ////』

 

 

霧彦を送り出した後、俺は雫ちゃんの部屋で横になっていた。無論、『イービル』を俺に使った状態で眠ることで、『イービル』を『ナイトメア』と対等な状況に立たせるためだ。

……なのだが、何故かぶちギレる『イービル』。ってか、素直に使わせてくれたのに、なんだよ。女心と秋の空ってやつか?

 

 

『うるせぇ、シネッ!!』

 

「……うるさいのはそっちだ。俺は一刻も早く眠らなきゃいけないんだよ」

 

『~~~~~~ッ////』

 

 

雫ちゃん、待っててくれよ。

隣で眠る雫ちゃんの手を握りながら、瞼を閉じる。やがて、ゆっくりと意識が遠退いていき……。

 

 

ーーーーーーーー



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第31話 悪夢のR / ほんとに、もうほんとに悪夢

~~~~~~~~

 

 

「…………さんっ、秀平さんっ」

 

「んっ……」

 

 

俺を呼ぶ声で、ゆっくりと目を覚ます。どうやら俺は眠ってしまったらしい。朝の日差しが目に眩しく、ぼんやりとした俺の頭を起こしてくれーー

 

 

「ふふっ、おはようございます。秀平さん」

 

 

いや、起こしてくれたのは日差しなんかではない。天使だ。

あ、いや、雫ちゃんだった。

フリルのついたエプロンをつけた雫ちゃん、いや、天使がそこにはいた。

 

 

「…………はっ!」

 

「ど、どうしたんですかっ?」

 

「いや……雫ちゃんが可愛すぎて、天使かと思ってね。いやはや、俺はいつの間に天に召されてしまったのかと思ったよ」

 

「っ、もうっ//// 朝ごはん、できてますから……っ」

 

 

赤くなる顔を隠すように、雫ちゃんは背中を向けると、そのまま部屋を出ていってしまった。

ふふっ、かわい子ちゃんめ。

 

 

「っと」

 

 

ベッドから体を起こすと、俺は服を着ていなかった。

ふむ、なるほどな。

 

 

「昨晩はお楽しみだったとーー」

 

『おい』

 

「!!」

 

 

不意に声をかけられた。声のした方を見ると、そこには雫ちゃんそっくりの白髪の女性がいて。

 

 

「な、なんだ、あんた!?」

 

『……なにしてんだ、早く服着ろよ』

 

「な、なんなんだ、お前は! 俺は今、昨晩の余韻に浸ってたんだぞ! 邪魔をするな!」

 

『はぁ?』

 

「ふむ……思い出せる。雫ちゃんの柔らかな肢体。その感触をーー」

 

『ッ』

 

 

俺の言葉が逆鱗に触れたようで、彼女はそのまま俺に馬乗りになる。って、な、なんだ!?

 

 

『……馬鹿なことを言ってんじゃねぇぞ!! 早く目覚ませるように一発ッ!!』

 

「キャーッ! 止めてぇぇ、襲わないでぇぇっ」

 

 

~~~~~~~~

 

 

「すみませんでした」

 

『ったく、ボケがっ!』

 

 

正気を取り戻した、というより、ここが夢の世界であることを思い出した俺は、ベッドの上、正座で『イービル』に説教されていた。いや、恫喝の方が近い。

 

 

『しっかりしやがれッ! ここはてめぇの夢だ。『ナイトメア』を早く探せ』

 

「…………お、おう」

 

 

探し方などまったく分からないが、とにかく意識を集中させてみる。『ナイトメア』……『ナイトメア』、出てこーい。

 

 

ーーコンコンーー

 

『「!」』

 

 

俺がそれを念じた途端に部屋に響くノック。2人で頷き合って、構える。

キィィっと扉を開けて入ってきたのはーー

 

 

「秀平くん!」

 

 

霧彦であった。なぜか全裸にガイアドライバーだけを巻いた霧彦がそこにはいた。

 

 

『「ギャァァァ!?!?」』

 

 

悲鳴がシンクロする。同時に、彼に向けて殴りかかる俺と蹴りかかる『イービル』。だが、それを霧彦は止めた。

 

 

「酷いことをするなぁ、私はねぇ……君を愛してるんだよ、秀平くん♡」

 

「気持ち悪いことを言うな!」

 

「私の愛を受け取ってくれないとは……仕方がない」

『ナスカ』

 

「!」

 

 

目の前で全裸の霧彦は『ナスカ』へと変身する。

くっ、戦闘かよ……。『ナスカ』とは大きな戦力差があるが、ここは俺の夢だ! どうにかしてやるよっ!!

覚悟を決め、取り出した『マスカレイド』を使おうとして、

 

 

「ちょっと待ってもらいましょうか」

 

 

もう1人の声に、意識が向く。そこにいたのは井坂深紅郎。なんだったら彼はなぜか半裸である。

 

 

「そこの彼は私の所有物です。勝手に手を出されては困りますねぇ」

『ウェザー』

 

 

目の前で急に始まる、俺を巡っての男同士の争い。

これは……。

 

 

「悪夢だぁぁ……」

 

『そ、悪夢』

 

「っ」

 

 

そのくぐもった声が聞こえたと同時に、周りの景色が変わった。恐らく学校だろう。沢山の机と椅子のある場所だ。

その声の主は、教卓に座っていた。見たことのあるフォルム……やはり来たな。

 

 

「『ナイトメア』!」

 

『そ。ここはワタシの作った悪夢の中。逃げられないワヨ』

 

「っ」

『マスカレイド』

 

『ムダ!』

 

ーーバチンッーー

 

 

『ナイトメア』の言葉と同時に、弾き飛ばされるメモリ。

くそっ、やっぱりここでは俺は無力だ。だからーー

 

 

『おらぁっ!!』

 

ーーバキィッーー

 

 

『ぐっ!?』

 

 

よかったよ、『イービル』。お前がいてくれて。

『ナイトメア』は不意を突かれた『イービル』に吹き飛ばされる。怪人態ではないとはいえ、彼女も『ドーパント』。なんだったら、彼女自身が精神体の『ドーパント』だから、この精神のみの世界である夢の中では相当に強いはずだ。

 

 

『オマエ、なんなのヨ!』

 

『ああ? そっちがなんなんだごらっ! あたしの主人格を勝手に眠らせやがってッ!』

ーーブンッーー

 

ーーバキッーー

『ぐぶっ!?』

 

『ふざけんじゃねぇっ! そのせいであたしまでッ』

ーードゴッーー

 

『ガっ!?』

 

 

「お、おぉ!」

 

 

強い。思ってた数倍強いじゃねぇか!

これなら押し切れる。あとはこっちで弱った『ナイトメア』を現実世界で霧彦が見つけ出してくれれば解決だ。

『ナイトメア』はメモリの性質上、他人の夢に潜っている間は現実世界では十分に能力を発揮できない。このままここで『イービル』が奴をしばき続けてくれればーー

……それにしても、

 

 

『おらぁっ!!』

ーーボゴッーー

 

『ぐ、がぁっ!?』

 

 

『イービル』だけは怒らせないようにしなきゃな。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ある人物からの協力を得て、アイナちゃんの家を突き止めた。あの娘は中々のお嬢様のようで、親からもらったというマンションに住んでいるとのことだった。

案の定、黒服もいたが、少々眠ってもらい、私は彼女が普段使っているという部屋の前で、息を潜めていた。タイミングを計っているのだ。

 

 

「…………」

 

 

確かに部屋の中には気配がある。だが、一人ではなく、何人かいるような気がして……。

 

 

「その通り。今、その部屋の中で俺の同僚が仕事中だ」

 

「っ」

 

 

背後からの声。同時に、光球が飛んでくる。紙一重、どうにか避けつつそちらに向き直ると、そこにいたのは2人の男。どちらも見たことのあるような、ないような……言ってしまえばどこにでもいる顔立ちの人物だった。

 

 

「ありゃ、外れちった。吉川のせいだぜ?」

 

「……田岡、お前の命中精度が悪いだけだろう。ふざけて人間態でやるからだ」

 

「ちぇっ! 仕方ないなぁ!」

 

 

軽い言動の田岡と呼ばれた男は白いメモリをどこからか取り出す。彼はメモリを指の先で回すと、再び手中に入れたメモリを起動した。

 

 

『エンジェル』

 

 

『エンジェル』。

私でも聞いたことのないメモリ。それを額に挿した田岡は、『エンジェル』ドーパントへと変貌を遂げた。

筋肉質な上半身と対照的な異様に細い下半身。それを隠すような腰布も純白で。白い翼もさることながら、頭上に浮かぶ天使の輪に目がいく。そして、額に埋め込まれた宝石のようなもの。

本能が告げていた。この敵はまずい!

 

 

『フフッ、死んじまえ~~!』

ーービュンッーー

 

「っ!?」

『ナスカ』

 

 

放たれた光線。

私はメモリを起動し、『ナスカ』へ変わり、それを超高速で回避する。

……っ、危なかった。あとコンマ数秒、遅れていたら私の身体はあの光線で跡形もなく消し去られていただろう。

 

 

『ありゃりゃ~、また避けられちったなぁ』

 

「…………田岡。中の佐山を回収する間、ここを頼む」

 

『りょーかい!』

 

 

吉川と呼ばれた方の男は、『エンジェル』にそう言うと、アイナちゃんの部屋に手をかざす。すると、まるでその空間が削り取られたように丸く穴が開いた。

この2人……。

 

 

『人間態で、能力を……?』

 

『まぁまぁ、細かいことは気にしないでさ! もう少し遊ぼうぜ!』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

アイナの部屋。

そこにアイナは確かにいた。だが、彼女は両手を後ろ手に縛られており、口もガムテープで塞がれていた。近くには、雫の愛犬・チャッピー。チャッピーも眠らされており、それは言わずもがな『ナイトメア』の能力によるものである。

そして、その場に『ナイトメア』もいた。横になり、暴れまわっている。そこに現れた吉川。

 

 

「……佐山。遊びはそこまでだ」

 

『んもうっ! イヤよっ! もう少しで黒井ちゃんが手に入るのっ』

 

「外に園崎霧彦が来ている。奴らはやはり繋がっていた」

 

『~~~~ッ! せっかく黒井ちゃんの彼女とかいうふざけた女を眠らせてやったのにぃぃ! この女っ、黒井ちゃんのなんなのヨォォ』

 

「……佐山」

 

『んもうっ! 許さないわ! あたしと黒井ちゃんの邪魔をーー

 

 

 

「ーーそんなに死にたいか」

 

 

 

『ッ』

 

 

低く冷たい声であった。

吉川はただをこねる『ナイトメア』・佐山の腹に軽く触れていた。

 

 

「俺は黒井以外のすべての人間を殺すことを許可されている。お前も例外ではない」

 

『っ、わ、わかったわよ……』

 

 

そう言って、佐山は変身を解いた。

 

 

「……悪かったわ。アナタに従う」

 

「分かればいい。このまま田岡も連れて、ここを離れる。お前のメモリを使え」

 

「……えぇ」

 

 

佐山はその場に『ナイトメア』を捨てた。代わりに取り出したのは緑色のガイアメモリ。

 

 

『グリフォン』

 

 

そのメモリを耳に挿すと、彼の身体は3倍ほどに膨れ上がり、鷲の上半身と獅子の下半身をもつ『グリフォン』ドーパントへ変貌を遂げる。

そのまま、吉川を肩に乗せ、巨大な翼を羽ばたかせた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ーーバサッーー

 

『っ、なんだ!?』

 

 

巨大な翼の羽ばたきを耳にする。目の前の『エンジェル』ではない。これは……?

 

 

『撤退か、残念!』

ーービュンッーー

 

 

そう言うと『エンジェル』は光球を天井に撃ち込み、穴を空けた。逃げるつもりか! 私もそれを追うために、翼を展開し舞い上がる。

そこで目にしたのは、巨大な鷲の『ドーパント』とそれに乗る吉川の姿だった。

 

 

「園崎霧彦。黒井秀平に伝えておけ」

 

「『テンセイシャ』は俺達が排除する、とな」

 

 

『っ、待て!』

 

『ほい!』

ーービュンッーー

 

 

追おうとして、『エンジェル』の光線で牽制される。

 

 

『あ、その部屋の中に女子高生と犬がいるから、早く助けてあげなよ、イケメンさん』

 

『!』

 

 

今は彼女たちの安全が第一。

そう判断した私がマンションに戻り、再び上空へ戻った時には、奴らは既に消えていた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

以上が霧彦から聞いた事の顛末である。

同僚のモブ顔3人衆・佐藤、田中、吉田。

彼らは俺の敵で、俺が『転生者』であることを知っている。

なるほど。

俺の敵は『仮面ライダー』だけじゃないというわけだ。

 

まぁ、そんなことよりーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ごめんな、雫ちゃん……俺のせいで、君を危険な目に合わせちまったっ」

 

「い、いえ……こうして、今、黒井さんが……だ、抱きしめてくれるだけで、わたしは……////」

 

「……俺は君を守るよ。だから、今夜、雫ちゃんの部屋に行ってもいいかな?」

 

「っ、は、はいっ////」

 

 

「…………節度を持ちたまえよ、黒井くん。あと危機感ももつといい。君を狙ってる人間がいるんだ」

 

「ウチも被害あってるんですケドー」

 

「ぐるるるるるぅ」

 

 

なんか霧彦の声が聞こえる? アイナちゃんの文句とあの馬鹿犬の声も聞こえるって?

ハハハハハ! いいや、外野の声など俺には聞こえない!!

 

次回!

イチャイチャラブラブ同棲編スタートだぜ!!

 

 

ーーーーーーーー




新勢力登場回『R』編終了です。
次回、新章!

『エンジェル』はメモリに憑かれた男さんから
『グリフォン』はヴァイロンさんから頂きました。
また、吉川のメモリもとある方のアイディアを頂いております。ネタバラシまでお待ちください。


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第32話 風が呼ぶG / 進化の時は

新章『G』編開幕。


ーーーーーーーー

 

 

「君にも強いメモリが必要だ」

 

 

『ナイトメア』の事件の翌日、霧彦は俺にそう提案してきた。例のモブ顔3人衆のことが気になっているようである。

対する俺はというと、

 

 

「あー、いんじゃね?」

 

 

不貞腐れていた。何故ならば、

 

 

「君は……雫ちゃんとの同棲を却下されたのがそんなに不服かい?」

 

 

そういうわけだった。

あの後、なぜか『イービル』が出てやがって、同棲は却下しやがった。理由も語らずである。あの痴女がッ!!

その上、アイナちゃんも、一人暮らしはお互いに物騒だし、雫ちゃんと最高セキュリティの別のマンションで一緒に暮らすと言い始めてしまった。

ちなみに、アイナちゃんにも『ドーパント』については説明済みで、『イービル』のことは雫ちゃんには伝えないように言ってある。

というわけで、俺は不貞腐れた。

 

 

「俺と雫ちゃんのイチャイチャラブラブ同棲生活はぁぁっ!!」

 

「ない」

 

「あぁぁぅううぁおぉおおおぅぅあぁぁぁっ!!!」

 

 

発狂。

……もうやだ、ご褒美をくれ。こっちだっていい大人なんだぞ!

いいじゃないか! そういう展開があったって!

 

 

「はぁぁぁ」

 

 

またため息を吐かれる。

 

 

「いい大人はそんな風にわがままを言わないものだ。端から見ると、君はただの利かん坊だよ」

 

「うるせぇぇぇ!!」

 

 

俺の心は荒んでいた。もうだめぽ。

 

 

ーーーー霧彦視点ーーーー

 

 

ーープルルルーー

 

 

不貞腐れた黒井くんが部屋を出ていってすぐ、私のスマホが着信を告げる。彼かと思い、画面を見ると……。

 

 

「……はい」

 

『園崎霧彦』

 

「はぁ……また、貴女か」

 

 

最近は本当にため息が多い。それを実感してしまう。

 

 

「何度もいうが、私は『仮面ライダー』にはならない」

 

『……体の調子はどうかしら』

 

「『ナスカ』を使っても調子がいい。お陰様でね」

 

 

事実、彼女にガイアドライバーを預けてから私の体調はよくなっている。恐らくドライバーに手を加えたのだろうな。

……それにしても、

 

 

「貴女の目的は一体……」

 

『風吹駅中央口の青色のロッカー。右から2列目の上から2番目。6番のロッカーに貴方と黒井秀平への贈り物が入っているわ』

 

「っ、なにを!?」

 

『『仮面ライダー』になる覚悟ができたらまた連絡しなさい』

 

「っ」

 

 

こちらの言葉を聞かずして、彼女は通話を切ってしまった。

黒井くん曰く、彼女が『仮面ライダー』のアイテムを作り、支援しているのだという。そんな彼女が私にも接触し、『仮面ライダー』になるように言ってきた。

ミュージアムを潰すのが目的だとは聞いてはいる。だが、それにしては……。

 

 

「……風吹駅、だったか」

 

 

私はエプロンを脱ぎ、出掛け支度を始めた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「………………」

 

『………………』

 

 

診察台の上で、俺は横になっていた。

あれ? なんかデジャヴ?

 

 

「いいですねぇ……貴方の体は……」

 

『………………』

 

 

ちなみに、今、俺が来ているのは井坂内科医院ではなく、園崎の屋敷だ。『インビジブル』の事件が発覚したことで、井坂は医院を追われている身だ。そこを園崎琉兵衛に匿われたとそんな流れのはず。

俺は出社しているときに女社長に呼び出しをくらい、ホイホイ着いてきたら井坂の触診を受けることになった。そんな経緯である。なので……。

 

 

「………………」

 

 

女社長の目がヤバい。殺されそう。ホント怖いよぉ……。

早く終われ、早く終われと念じていると、井坂が俺の体から手を離した。

よかった! ようやくこの地獄が終わる。

そんな俺の淡い期待は裏切られる。

 

 

「冴子くん。少々、席を外してもらえますか。彼と2人で話をしたい」

 

「ッ」

ーーガンッーー

 

『痛ぇっ!?』

 

 

なんか投げやがった。なにしやがる!?

 

 

「いやぁ、すみません。彼女、少々気が立っているようでして」

 

 

いや、それはお前が悪いだろ、とは言えなかったが。

だって、好きな相手が自分の目の前で、自分以外の身体を触って興奮してるんだからよ。しかも、俺、男だし。

そりゃ同じ立場、俺の目の前で雫ちゃんが他の奴の身体に触れて興奮してたら……。

 

 

『うっぷ……おろろろろろ……』

 

 

吐いたわ。

 

数分後、『マスカレイド』から人間に戻り、改めて井坂と向き合って座る。本当にここ、病院じゃないからお医者さんごっこの節が強くなってきたな。なんて馬鹿なことを考えていると……。

 

 

「こちらを」

ーーコトンッーー

 

 

井坂は1本のガイアメモリを机に置いた。

そこには『G』の文字。

 

 

「見せびらかしたい……って訳じゃないよな」

 

「えぇ、こちらは貴方に差し上げましょう。『ジャイアント』……巨人のメモリです」

 

「巨人?」

 

「えぇ。貴方が使用しているメモリは『マスカレイド』に『エコー』、それから『ライアー』……少々、火力に欠けます」

 

 

贈った『リバース』は興味深くありますが、火力はない。だから、これを渡しましょう、と。

 

 

「心配をしなくても毒素は強くありません。私が君に施した処置で十分相殺できる程度のものです」

 

「……なぜ、俺に渡す?」

 

「貴方はとてもいい体質をしている。私はガイアメモリを研究する者として、その果てを見てみたい」

 

「実験対象か。リリィ白銀と同じような」

 

「『マスカレイド』には興味がない。その分、彼女よりアフターフォローもいたしますよ」

 

「………………」

 

 

井坂の言葉を反芻し、俺はそのメモリを受け取った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「今度は男……井坂先生……」

 

「フフッ、冴子くん、彼も『インビジブル』の女性と同様に私の実験台ですよ」

 

「…………あれはただの下っ端。『マスカレイド』なんて」

 

「フフッ、メモリ自体は平凡だ。だが、彼の体質はとても興味を惹かれる」

 

 

 

「複数のメモリ使用、複数メモリを1種類のコネクターに挿していること、使用回数や頻度。それぞれのメモリの毒素を考えると……本来ならば、彼は死んでいるはずなんですから」

 

 

 

ーーーー霧彦視点ーーーー

 

 

私はシュラウドに言われた通り、風吹駅の中央口に来ていた。青いロッカーを探す。

 

 

「……これか」

 

 

右から2列目。上から2番目。確かにそこには6番の数字がふられており、鍵は……開いている。いや、私が来る直前に開けたのだろうな。

ともかく扉に手をかけて、開く。そこにはーー

 

 

「……ドライバー」

 

 

『W』と同じもの……いや、よく見れば、片側だけしかない。それに純正化されたガイアメモリ。

 

 

「『ナスカ』か……どうしても私を『仮面ライダー』にしたいらしいね」

 

 

その強引さに呆れながら、それを取る。

そして、同時に気づいた。6番ロッカーの中にはまだ何かがある。奥の方に指先に当たるもの。

 

 

「……これはっ」

 

 

銀色の装置。大きさは手の中に収まるほど。恐らくガイアメモリ関係なのだろうが、私も見たことがなかった。

それからもうひとつ。こちらも同じ銀色だが、形状が違う。これはガイアメモリだ。

シルバーランクのガイアメモリ。名称はーー

 

 

「『マスカレイド』……?」

 

 

ーーーーーーーー




R18展開? ないよ?


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第33話 風が呼ぶG / 二者択一

ーーーーーーーー

 

 

ーーコトッーー

 

 

自宅に帰った俺は、机の上にそれを置く。キッチンで晩飯の用意をしていた霧彦もそれに気づいたようで近寄ってくる。

 

 

「これは?」

 

「井坂が俺に、だとよ。『ジャイアント』のメモリだそうだ」

 

「…………」

 

「奴曰くメモリの副作用はそこまで強くない。奴が俺に施したっていう処置でどうにかできる程度、だそうだ」

 

「……そうか」

 

 

神妙な顔つきで霧彦は顎に手を当てる。

まぁ、信用できないのは全面的に同意する。だが、強いメモリというのであれば、これ以上のものもないだろう。それに『ウェザー』一本でメモリパワーは十分だから、単なるパワー系のメモリを奴はあまり好まないような気もする。

 

 

「なにか機会があれば使ってみてもいいが、その時は私も近くで見守らせてもらう。いいかい?」

 

「……機会がないのが一番だけどな」

 

 

そうもいかないだろう。モブ顔3人衆がいるのだ。いつかはその機会は訪れるはず。

……って、そういや。

 

 

「霧彦も出掛けてたんだよな。どこ行ってたんだ?」

 

 

指名手配されている身である霧彦は余程のことがない限りは外に出ない。食材の買い出しだって、買い出しメモを渡されて俺が行ってるくらいだからな。

そして、余程のこととは、大抵がガイアメモリ絡みである。だから、今回もそういうことなのだと思ったのだが、どうやら俺の予想は当たっていたようで。

 

 

ーーコトッーー

 

「っ、おい、これ!」

 

 

霧彦が机に置いたもの。銀色の装置。それには見覚えがあった。

これは……。

 

 

「ガイアメモリの強化アダプターじゃねぇか!」

 

 

ガイアメモリに装着することで、内部の記憶をアップグレードし、本来の3倍ものの力を引き出すというミュージアムが秘密裏に開発している代物だ。これは確か原作完結後に登場したはずだが、それがなぜ今ここに?

 

 

「やはり、君はこれを知っているんだね」

 

「うっ、まぁな」

 

「今さら君がなぜ知っているのかは聞くまい。どうせはぐらかされるだけだからね」

 

 

ふと霧彦を見ると、なにかを迷っている表情で。数十秒後、彼は意を決した様子で語り出す。

 

 

「私は、君が話していたシュラウドと接触したよ」

 

「!」

 

 

シュラウド……!

あいつ、井坂や照井だけじゃなく、霧彦にまで目をつけていたとは……いや、霧彦は本来ならば途中で退場するはずだった。ミュージアムを潰しうる動機がある今ならば利用価値を見出だすのも納得はできる。

なるほど、とにかくこれで合点はいった。

霧彦が再び『ナスカ』を使えるようになったのは、シュラウドがガイアドライバーを調整した結果なのだ。

 

 

「それでそのアダプターを貰ったわけだな」

 

「あぁ。それから私に『仮面ライダー』になれともね」

 

「……そうか」

 

 

霧彦が『仮面ライダー』。

ビジュアル的にはあり得るだろう。テレビの前の奥様方も納得のイケメンだからな。だが、恐らく……。

 

 

「無論、断ったよ」

 

「だろうな。だからこその強化アダプターなんだろ。『仮面ライダー』ではなく、『ドーパント』としての『ナスカ』を強化するために」

 

「…………」

 

「とにかくそいつは霧彦が貰ったんだ。ぜひ活躍してくれたまえよ」

 

 

ただでさえ強く、可能性に満ちた『ナスカ』だ。アダプターでアップグレードすれば、きっとあのモブ顔3人衆も怖くない。

……さて、話は終わりかな。

そろそろ腹も減ってきた。時間を見れば、10分ほどが経っており、いつもならば圧力鍋での調理が終わる頃だ。

 

 

「霧彦、飯にーー」

 

「ーー待ってくれ、黒井くん」

 

 

飯にしよう。そう告げようとして、霧彦に遮られる。

どうやら霧彦は何かを俺に言おうか悩んでいたようで、今、その決心がついたようであった。

なんだ? そう聞くと、霧彦は再びあるものを机上に置いた。

 

それはガイアメモリ。

表面には、見慣れた『M』の文字。

紛れもなく『マスカレイド』のメモリだ。だが、俺の持つものとは明らかに違っている。色が……。

 

 

「銀色……シルバーメモリ、なのか?」

 

 

そもそも『マスカレイド』は戦闘員用の量産型のはず。それがシルバーランク? そんなわけないだろ? なんだよ、これ?

 

 

「……これは君でも知らない代物なんだな」

 

 

混乱する頭で、そのメモリの観察を続けていた俺の様子を見て、霧彦は静かに呟いた。

当たり前だ、知らないものの方が多い。そう返すとなんでも知っているものかと思っていたよ、なんてからかわれる。

 

 

「これもシュラウドから?」

 

「あぁ。そして、これは君が持っていてくれ。私には必要はないし、『マスカレイド』なら君の方が相応しい、だろう」

 

「…………あ、あぁ」

 

 

霧彦に言われるがまま、俺はシルバーの『マスカレイド』を手に取った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「黒井くん……?」

 

「っ、あぁ……」

 

「どうかしたのかい? ボーッとしていたが……?」

 

「……いや、なんでもない。それより飯にしようぜ」

 

「…………そうだね」

 

 

そうして、俺達は日常に戻る。

少しだけ、本当に少しだけ違和感を感じながら。

 

 

ーーーーーーーー




溜め回です。
ちなみに、この裏ではWがエクストリームに到達しています。
次回、新章。

以下覚書
黒井くんのメモリ
『マスカレイド』『エコー』『ライアー』
『ジャイアント』『Sマスカレイド』『リバース』

霧彦のメモリ
『ナスカ』(強化アダプター)『ガイアドライバー』
『ナスカ』『ロストドライバー』

雫ちゃんのメモリ
『イービル』


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第34話 Yの喜劇 / 妹襲来

新章『Y』編、開幕。

仕事多忙のため、久々更新。
明日も更新予定です。


ーーーーーーーー

 

 

「妹が来る?」

 

「……あぁ、そうなんだ」

 

 

珍しく困った表情の霧彦の言葉を反芻する。

……って、別に困ることじゃないんじゃないか?

確かに原作では霧彦の妹が絡むエピソードはあった。霧彦が園崎冴子に殺された直後、彼女はこの風都にやって来た。そして、霧彦の訃報を知り、仇である冴子を殺害しようとした。

『イエスタデイ』なんていう使いにくいメモリを使って。

 

 

「別に歓迎してやりゃいいじゃねぇか。お前は状況が状況だし、外連れ回すのなら俺が代わりに行ってやるよ」

 

 

日頃、飯を作ってもらってたり、いろいろ助けてもらったりしてるから、このくらいはな。そう思って、そんな提案をしたのだが、どうやら霧彦の様子がおかしい。何かを恐れているようにも見える。

もしかして……?

 

 

「お前……妹に今の状態を話していないのか?」

 

「っ」

 

 

ビンゴらしい。彼は今の状態ーーつまり、会社を実質クビになったことを妹に伝えていないようであった。

 

 

「なんで?」

 

「…………私と妹は仲がよくてね。何かと妹は私のことを頼りにしてくれたんだ。結婚するときも喜んでくれたよ」

 

「なるほどな。会社をクビになり、園崎冴子とも実質離婚状態。できる兄像を崩したくなかった訳か」

 

「……うぅぅ、その通りだよ」

 

 

うなだれる霧彦。普段は完璧超人、料理もできるモテモテなイケメンである彼の弱みを見た気がしたんだ。

……あ、そういやこいつ、俺ですらまだ雫ちゃんに名前で呼ばれてないのに、こいつは霧彦さんと呼ばれてたなぁ……ふむ。

 

 

「ふ、ふふ……」

 

 

俺の中の悪魔が微笑んだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「…………」

 

 

風都タワーのすぐ側の公園。時間通り、彼女は現れた。キョロキョロと辺りを見渡し、誰かを探していることは明白だ。

俺はすぐに彼女に声をかけた。

 

 

「須藤雪絵さん、ですね」

 

「……あなたが、黒井さん?」

 

「えぇ、はじめまして」

 

 

彼女・須藤雪絵は俺の名を呼んだ。霧彦から連絡は受けていたようで、話はすんなり進む。

霧彦は急用でこの時間には来れないこと。

代理で友人である俺が来たこと。

そしてーー

 

 

「行きましょうか。霧彦くんとその奥さんが待っています」

 

 

自宅に連れていくと野郎と共同生活していることがバレる。流石に妻がいるのに、それはないだろうということで、街の裏路地にある人の少ない喫茶店で合流することにしていた。

 

 

「お待たせしました、霧彦くん」

 

「っ、あぁ……」

 

 

張りついた笑顔の霧彦。そして、その隣にいるのは、

 

 

「こんちはー! 霧彦の嫁のアイナでーす!」

 

「…………は?」

 

 

アイナちゃんであった。

霧彦の嫁さんが女子高生のギャルとかいう面白展開。心の中では大爆笑。まだだ、まだ笑うな。

勿論、これは俺の仕込みであり、嘘っぱちである。いつもはスカした霧彦がほどよく慌てふためいたらネタバラシをするという趣向である。

 

 

「兄さん……」

 

「いや、違うんだ、雪絵!」

 

「えー! 霧彦くぅん、早くしょーかいしてよー! 妻のアイナでーすって」

 

「……っ」

 

 

ブフーッ!! アイナちゃんがノリノリで楽しすぎる。

いいぞ、アイナちゃんを霧彦の相手役に選んで正解だったぜ。

 

 

「兄さん、この人、本当に兄さんの結婚相手なの!? こんな、頭の軽そうなっ!」

 

「霧彦くん、妹さんチョー怖い! ウチいじめられちゃうかもぉ」

 

「はぁ? 貴女のような品のない人、私が相手をするわけないでしょ! そもそも兄さんが貴女のような人とーー」

 

「くっ、ぶっ……っ」

 

「っ、黒井くんっ」

 

 

言い争いが過熱する。

その一方で、俺の名を呼び、必死に助けを求めてくる霧彦。まぁ、十分笑わせてもらったしな。この辺で止めておくとするか。

 

 

「あー、その雪絵さん、実はーー」

 

「ハァ? 品がないぃ? 若くないよりマシじゃん。こんな怒りっぽいおばさんよりマシでしょ~」

 

「っ、おばっ!? まだ24よっ!」

 

 

お、おやおや?

なんか思った以上にヤバめです?

 

 

「ねぇ、霧彦くん。霧彦くんは~」

「兄さん! 兄さんはっ」

 

「「どっちの味方なのっ!」」

 

 

あれれ? なんだこの展開??

なんか俺、修羅場とか作っちゃいました?

 

 

ーーーーーーーー

 

 

何故かヒートアップしてしまった2人を、俺と霧彦でどうにか引き離して、雪絵さんには事情を説明した。

残念ながらというか、案の定というか……納得はしてもらえず、冷ややかな目で見られてしまう俺。恐らくそっちの方からすれば、ご褒美なのだろうが、俺はそういう感じではない。

……ともかくだ。俺は謝罪ごの意味も込めて、容易に外に出ることのできない霧彦に代わり、彼女の用事とやらに付き合うことになったのだが……。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「重……い……っ」

 

「貴重なものなんだから、傷つけないでよ」

 

「人使い……荒すぎねぇか……」

 

「人を騙して笑ってたんだから、このくらい我慢しなさい」

 

「ぐぬぬ」

 

 

風都に来たのも元々、研究で必要なものの調達だったらしく、俺では使い道すら分からない機械を複数持たされる。

そんで、正論すぎて言い返せん。くそぅ、正論は時に暴論よりも人を傷つけるんだぞぉ!

 

 

「そもそも兄さんも兄さんよ! 心配をかけたくないって……いつまで私を子供扱いする気なのかしらっ」

 

「昔から雪絵は心配しなくていいとか、私に任せておけとか……格好つけで、気取り屋で」

 

 

多少収まったはずの怒りが再燃してきたようで、今度はその矛先が霧彦に向く。昔の愚痴が次々と出てくる。俺はそれを黙って聞く、というよりも荷物が重くて突っ込みを入れるどころではない。

歩くこと5分。自宅が目の前に見え、俺の腕もそろそろ限界といったところで、

 

 

「……兄さんは」

 

「あ?」

 

「兄さんは幸せ、だったのかしら」

 

 

不意に、彼女はそう聞いた。いや、もしかしたらそれは独り言のようなものかもしれない。

自宅の方を見上げながら、遠い目をする彼女。俺は荷物を地面に置き、答える。

 

 

「少なくとも俺は幸せそうに見えるけどな」

 

「……でも、愛する相手に裏切られた訳でしょう。それは……」

 

「あいつなりに吹っ切れてるさ。この数ヵ月一緒に過ごしてたからな、多少はわかる。じゃなきゃ『ナスカ』は使えない」

 

「……『ナスカ』?」

 

 

おっと、失言だったな。そういやこの彼女はガイアメモリを知らないんだった。復讐に取り憑かれていない彼女にはそれを伝えるのも野暮だな。知らないままならそれがいい。

原作の彼女を思えば、尚更だ。

 

 

「あー、気にするな。なんでもない」

 

「でもっ」

 

「あんた、今の霧彦は嫌いか?」

 

 

今度は俺が問いかける。

格好つけのメッキが剥がれている今の霧彦は嫌いかと。

その言葉に、彼女は目を丸くしてから、ふっと微笑む。

 

 

「いいえ、好きよ」

 

「……あぁ、俺もだよ」

 

 

流石は、霧彦の妹だよ。風に吹かれて髪を抑えながら、笑うその顔は本当に絵になる。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「え……? 黒井さん?」

「は? 黒井ちゃん?」

 

 

須藤雪絵が『好きよ』と告げて、それに『俺もだ』と答える黒井秀平の姿を目撃した人間が2人いた。

1人は、黒井の恋人・雫。

そして、もう1人は黒井の元同僚・佐山であった。

黒井と雪絵を中心に、対称の位置にいる2人が取った行動は同じ。

 

 

「っ、黒井さーー」

『イービル』

 

 

雫は動揺から『イービル』を自動使用して。

 

 

「むっきぃぃぃ! なによ、その女ぁぁっ!」

『ヤング』

 

 

佐山は先ほど密売人を襲い手に入れた『ヤング』のメモリを使用した。

2体の『ドーパント』がたった今、黒井たちに襲いかかろうとしていた。

 

 

ーーーーーーーー



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第35話 Yの喜劇 / どろぬま

ーーーーーーーー

 

 

『このボケがぁぁっ!!』

『この女ぁぁぁ!!』

 

「!」

 

 

自宅前にて、俺は怒りに満ちた2つの叫び声を聞いた。

1つは知ってる。雫ちゃんっていうか、『イービル』である怒りの形相で俺にめがけて殴りかかってきていた。

もう1つは知らない『ドーパント』だ。

なんだ? 普通の『ドーパント』と比べてかなり小さく、普通の人間の半分くらいの大きさだった。見た目も妙で、おしゃぶりのような頭と幼稚園児が着るようなスモック。まるで『子供』だ。

 

 

「な、なにあれっ!?」

 

「っ、雪絵さん! 逃げるぞっ」

 

 

『イービル』はともかく、もう1体は彼女に向かってきていた。『イービル』が何を考えているかは分からねぇが、向こうは確実に悪意がある。

俺は雪絵さんの手をとり、逃げ出した。

 

 

『ごらぁ、てめぇぇぇっ!!』

『ムキィィィィ!!』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「……これでよしっ」

 

 

通話を切って、走り続ける。無論、俺の手と雪絵さんの手は繋いだままである。

 

 

「兄さんに……っ、連絡したのっ?」

 

「あぁ、これでいい。あんたの兄さんが助けてくれるはずだ」

 

 

そう言いながら、後ろを振り返る。2人との距離はまだ詰まってないが時間の問題だろう。だが、霧彦が来てさえくれれば!

 

 

「っ、はぁっ、はっ……」

 

 

俺は大丈夫だが、雪絵さんは限界か。

俺は意を決して、近くの公園に逃げ込んだ。子供がいるかもしれねぇが、だとしても『イービル』は止まってくれるはず。俺と『イービル』がいれば、霧彦が来るまでは保つだろう。

 

 

「ここに入るぞっ」

 

「っ、でもっ!」

 

 

有無を言わさず、公園に駆け込む。そして、身を翻した。2人と向かい合うと、どうやら俺の目論み通り、『イービル』の方は少し冷静になってくれたようで……。

 

 

『……おい、てめぇ、なんで逃げる』

 

 

走るのを止め、ゆっくりとこちらに歩いてくる『イービル』。

説明はするから話をする前に、隣の『ドーパント』をどうにかするぞ!

そう言うと、『イービル』はそこでどうやら初めて気づいたようで、横にいた小さな『ドーパント』に向き直った。

 

 

『んだ、てめぇっ!』

 

『貴女は……この間の小娘ッ! 前は邪魔をしてくれてェェ、喰らいなさいっ!!』

ーーゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

地面を這うように蠢く泥。いや、その緑色の泥はただの泥じゃない。あれはヤバい! 理屈ではなく本能がそう言っていた。

 

 

「っ、あれは……『テラーフィールド』ッ!?」

 

『あ? なんだよ、それは』

 

「避けろっ、『イービル』!!」

 

 

ーーゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

遅かった!?

緑色の泥は『イービル』を飲み込んだ。俺は『マスカレイド』を使い、駆け寄ろうとするが、泥の動きは速い。足から胴、腕、首、そして頭まで包む。

 

 

『っ、雫ちゃん!』

 

ーーグッーー

 

 

泥に包まれた『イービル』の手を握り、引っ張る。意外なことに泥から彼女の身体を引っ張りあげるのはとても容易かった。まるで、子供を引っ張り出したような感覚で……。

 

 

『は?』

 

「…………っ」

 

 

気を失って、髪色も雫ちゃんのそれに戻っていた。だが、一瞬俺は彼女を彼女と認識することができなかった。なぜならば、

 

 

『この幼女は……雫ちゃん、なのか?』

 

 

俺の腕の中にいたのは、子供だった。5歳くらいの幼女である。

面影は確かにあったけれど……。

そんな混乱する俺の耳に、あの『ドーパント』の高笑いが聞こえてきた。

 

 

『見なさいっ! これが『ヤング』メモリの能力よっ! これで貴女は黒井ちゃんとイチャつけないワぁぁぁ!!』

 

 

『ヤング』メモリ?

……そうか! 原作にも出てきた『オールド』メモリの逆、つまり、あの泥に呑まれた人間は若返るってことかよっ!

 

 

『っ、雪絵さん!』

 

「え、えっ? あなた、一体っ!?」

 

 

目の前で『マスカレイド』に変身したせいだろう。未だに混乱する雪絵さんに声をかける。事情は後で話すからと。

今はとにかく逃げるしかない。あの『ヤング』とかいうメモリが『オールド』と対極にあるのならば、あれはヤバい。調整次第で、老人を子供、いや、赤ん坊にまで戻せるはずだ。

いち早く逃げるにはーー

 

 

『ライアー』

 

『! お待ちなさい! 黒井ちゃんっ!』

ーーゾゾゾゾゾゾッーー

 

『っ、お前は目が見えない』

 

 

『マスカレイド』から人間に戻り、『ライアー』へ。逃げるための嘘を針にして『ヤング』へと撃ち出し、それが命中したのを確認して、俺達はその場を逃げ出した。

ただし、俺の腕には緑色の泥が付着していて。すぐに振り払ったが、このままだと俺も……。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「…………説明して、兄さん。そして、黒井秀平」

 

 

どうにか自宅に辿り着いた俺達だったが、雪絵さんは霧彦と俺にそう言って詰め寄ってきた。

まぁ、当然か。正直、彼女にはガイアメモリに関わってほしくなかったというのが本音だが、目の前で起こっちゃあ仕方ないよな。俺は隣に座る霧彦に目配せをして、頷いた。

 

 

「雪絵。実はこの風都にはーー」

 

 

霧彦はこの風都にガイアメモリが流通していることを話した。それが人間を『ドーパント』に変え、彼らが人を襲っていること、それから俺達が流通させていたことも、だ。全てを伝えた。

それを聞いた雪絵さんは黙ったまま俯いている。当然の反応だろう。自分の兄がそんなものの片棒を担いでいたのだから。

 

 

「すまない。本当は伝えるつもりだったんだ」

 

「…………」

 

 

彼女は答えない。その代わりに、

 

 

「いもうとをかなしませたらダメでしょ! きりひこくん、おにーちゃんでしょ! めっ!」

 

 

しずくちゃんが霧彦にそう言った。可愛い。

……いや、違う違う。ほっこりしてる場合じゃないんだよ、俺。

 

 

「……とにかく俺はちょっと電話でもしてくる」

 

 

原作になかった展開だが、『ヤング』が『オールド』と同じ性質をもつのなら、『仮面ライダーアクセル』・照井竜にはあの泥が効かないはず。だから、警察に『ヤング』の情報をたれ込めば、どうにかしてくれるはずだ。

 

 

「じゃ、じゃあ……よろしくな、霧彦」

 

「…………あぁ」

 

「しずくもいくー!」

 

 

俺の背中に飛び乗るしずくちゃんを連れて、俺は自宅から退散した。

……別に、この雰囲気に耐えられないとか言う訳じゃない。俺はそんな無責任男では談じてない。

 

 

ーーーー黒井のいないその場にて・霧彦視点ーーーー

 

 

「顔をあげて、兄さん」

 

 

妹からかけられた声は意外にも穏やかだった。それに応じて、私は顔をあげ、雪絵を見る。

 

 

「もう話していないことはないの?」

 

「……そう、だな。もうないはずーー」

 

「ーー女子高生には手を出してないのね」

 

「っ、あれは、黒井くんのっ!」

 

「………………ぷっ!」

 

 

吹き出す雪絵を見て、私はやっと気づく。雪絵はもしかして最初から……?

 

 

「えぇ、兄さんが何かを隠していることくらいは分かってたわ。そんな想像もできない絵空事みたいな話だとは思わなかったけれど」

 

「……軽蔑しただろう」

 

「ううん」

 

 

私の問いに、雪絵は首を横に振った。

 

 

「私の研究している分野も一歩間違えば危険なものよ。使い方と使う人次第で、どんなものも人を傷つけるものになる。『仮面ライダー』だっけ? それもきっと源流は同じなんでしょう」

 

「…………あぁ」

 

「事実を知った。だから、兄さんはそれを止めようとしてる。愛した人を裏切ってまで」

 

「それは……」

 

「それに、兄さんが風都を傷つけようとしていた訳ではないのは分かってるわ……兄さんは誰より風都を愛していることもね」

 

 

雪絵はそう言って、微笑んだ。

ふと思い出したのは、いつか『彼ら』から投げかけられた言葉。

私の『罪』。

それは愛する風都を壊しかけたこと。知らなかったで済まされる訳はない。私の贖罪はまだ終わってない……いいや、始まってすらいない。

 

 

「……ありがとう、雪絵」

 

「どういたしまして、格好つけの兄さん」

 

 

カチリと。

何かが私の中でハマった音がした。

 

 

ーーーーーーーー



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第36話 Yの喜劇 / ある男の迷いと決意

ーーーーーーーー

 

 

「はぁぁぁ」

 

 

警察に電話した後、俺は近所の公園のベンチに座り、深いため息を吐いた。勿論、さっきとは違う公園である。

隣には、アイスを食べるしずくちゃん。一見平和な光景だが、そんな彼女を見て、自らの不甲斐なさが憎くなる。

……この年齢で収まったからまだよかったんだ。一歩間違えば、あと数秒遅かったら、雫ちゃんは恐らく赤ん坊にされていた……いや、問題はそこじゃない。こうして、愛する人を自分のせいで巻き込んでしまっていること自体に怒りを覚えていた。

 

 

「くそ……」

 

 

力が足りない。守る力が足りない。

……いいや、力はあるんだ。もう既に持っている。それを咄嗟に使えない自分が本当に嫌になる。

 

 

「……しゅーへい?」

 

 

その声で気づく。もうアイスを食べ終わったようで、しずくちゃんが俺の顔を覗き込んでいた。

 

 

「だいじょぶ? いたい……?」

 

「いや、大丈夫だよ」

 

「んっ」

 

 

そう答え、頭を撫でてやると少しくすぐったそうに目を細めるしずくちゃん。それを見て、俺はーー

 

 

 

『あらぁ?』

 

「っ」

 

 

突然かけられたエコー混じりの声。目の前にいた。『ヤング』だ。

 

 

『黒井ちゃん、不用心ねぇ』

 

「……お前」

 

 

さっきは気づかなかったが、この口調、俺を黒井ちゃんと呼ぶ人物……こいつはもしかして……。

 

 

「お前、佐藤か?」

 

『んーーーっ! 惜しいっ! さ・や・ま・よぉ♡』

 

 

そう言いながらクネクネと動く『ヤング』。その気持ち悪い動きが、こちらへ投げキッスをしてきたことだけは理解できた。どちらにしろ気持ち悪いことこの上ないが。

 

 

『腕の調子はどうかしらぁ?』

 

「……お前のお陰でデトックスができたよ。腕の肌艶がいい」

 

『ウフフ、それはそれはぁ♡ やっぱりあなたは『特別』なようねェ……あなたをショタ化してラブラブする計画はなしになっちゃったけど、まぁいいわァ』

 

 

そこまで言って、奴は構える。俺もそれに応じて構えようとして、固まる。

 

 

「ダメっ!」

 

 

しずくちゃんが俺と佐山の間に立っていたのだ。まるで、俺を庇うように手を広げ、キッと『ヤング』を睨み付ける。

 

 

「っ、なにやってんだっ!!」

 

「しゅーへいを苛めちゃっ……だ、ダメなのっ!!」

 

「……しずくちゃん」

 

 

声も、体も震えていた。それでも彼女は、その姿勢のままで。

 

 

『キィィッ! チンチクリンになってまで、まだあたしと黒井ちゃんの仲を引き裂こうとするのねッ』

 

『もう怒ったわッ!!』

ーーゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

緑泥の壁を作り出す『ヤング』。それを俺達の周りを囲うように展開してくる。逃げ場はない。

どうする? どうすればいい?

『マスカレイド』では無理だ。『エコー』を使っても、俺の練度ではこの壁は押し返せない。『ライアー』も無意味。

ならーー

 

 

『目障りな小娘ッ、跡形もなく戻ってしまいなさいッ!!』

 

 

その声と同時に、泥は俺達を包み込んだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「……おや」

 

「井坂先生……?」

 

「フフッ、どうやら彼が使ってくれたようだ。私が渡したガイアメモリを」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『ジャイアント』『アップグレード』

 

 

『……………………』

「っ」

 

 

俺の体の下にしずくちゃんはいた。どうやら『ヤング』の泥は全て俺の体で防ぎ切れたようで、俺の体で覆われたしずくちゃんにはまったく影響は及んでない。

 

 

「しゅー、へい……?」

 

『………………』

 

 

しずくちゃん、さっき見ていたよりもずっと小さい。いや、俺がでかくなっただけか。

 

 

『………………』

 

 

安心させてやろうと声をかけようとするが、何故か声が出ない。『ジャイアント』の能力のせいだろうか。やけに頭もぼーっとする。

 

 

『な、なによ、それ!?』

 

 

ゆっくりと体を起こし、声のした方を向く。そこには俺のくるぶしくらいまでの大きさの『ヤング』がいて。だから、俺は

 

 

ーーグググッーー

 

『ちょっ!? ま、まちなさーー』

 

 

ーーバンッーー

 

 

ただ『それ』を踏み潰した。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「…………んっ」

 

 

目を開けると、そこは知らない天井だった。いまいち状況が掴めず、俺はゆっくりと辺りを見渡す。

病院……か。

 

 

ーーキュッーー

 

「……あ」

 

 

右手に感じるぬくもり。俺の手を握っていたのは、雫ちゃんだった。穏やかな寝息をたてて眠っていた。

 

 

ーーガラッーー

 

「あら、気がついたのね」

 

「……ゆき、えさん」

 

 

どうにか声を出す。病室に入ってきた雪絵さんは、片手に花を持っていて、どうやら花瓶の花を変えてくれていたのだとぼんやりとながら理解する。

 

 

「その子、恋人? 感謝した方がいいわよ。あなたが眠っていたこの1週間、ずっと看病し続けてたんだから」

 

「…………雫、ちゃん」

 

 

まだ力が入らない右手で彼女の手を握り返す。

思い出してきた。俺は『ヤング』と遭遇して、『ジャイアント』メモリと『強化アダプター』を……そうか、守れたんだな。

本当は左手で頭を撫でてやりたいが、1週間眠っていたせいだろう。体が上手く動かない。

 

 

「……よかっ、た」

 

「…………彼女に起きたことは伝えておくわ。まだ眠りなさい」

 

「……あ、あ」

 

 

安心したからか急に眠気に襲われて……。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「はっ、はぁっ……」

 

 

とある路地裏。

肩で息をしているその男・佐山は、そこで膝から崩れ落ちた。

彼は黒井が複数のガイアメモリを使えることを知っていた。聞いていた。だから、決して油断していた訳ではない。

ただ黒井の力が想像を超えてきただけで。

 

 

「……フフッ、いいわ……それでこそわたしの黒井ちゃん……」

 

 

不気味に笑う佐山。

彼がそこまで黒井に執着するのは理由がある。それは黒井が佐山と同じ体質ーーガイアメモリの複数使用に耐え得る肉体を持っていること、それへのシンパシーに他ならない。

異質な自分と同じ異質。

それに強く、惹かれ、想い焦がれたのだ。

 

 

「終わらないわよ、まだまだァ……」

 

 

 

「いいや、終わりさ」

 

 

声は表通りの方から。

佐山が目をやると、そこにいたのはスーツ姿の男だった。逆光のせいで顔までは見えない。だが、その声は聞いたことがあった。

 

 

「園崎ーー」

 

「その名はもう捨てたよ」

 

 

ーーガシャッーー

 

 

そう言うと、その男は懐からそれを取り出した。ガイアドライバーではない。赤いドライバーで、それは『W』のそれとよく似ていた。さらに、手にしているメモリも『ドーパント』になるためのそれではない。

 

 

「まさか『仮面ーー」

 

「いいや、私が『その名』を名乗るのは相応しくない。まだ私には『罪』が残っている……『その名』を名乗ってしまっては、風都を愛する同志に怒られてしまうさ」

 

 

自嘲とも受け取れる言葉だ。だが、そこに卑屈さはない。

何故ならば彼は既に決意している。その力を以て、陰ながら愛する街を守ることを。

 

 

 

「さぁ、これで終わりだ」

 

『ナスカ』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その日、彼は『仮面ライダー』となった。

表舞台には一切立たず、陰ながら街を守る『蒼いスカーフ』に。

 

彼の名は『ナスカ』。

今後も表舞台には決して姿を表さない『仮面ライダー』である。

 

 

ーーーーーーーー




『Y』編終了。

大好評、佐山はここで完全退場です。

そして、彼も変身しました。
ただし、ほぼほぼ『仮面ライダー』としては出てこないことをここで明記しておきます。それは彼のポリシーというかプライドみたいなものです。


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最弱の終焉
第37話 解放者T / 蠢


新章『T』編開幕。


ーーーーーーーー

 

 

「やめ、ろっ」

 

 

伸ばした手の先に、彼女はいた。

 

 

『早く変身するといい。でなければ、彼女が死ぬことになりますよ』

 

 

奴の生み出した水球に顔を覆われ、今にも溺れ死にそうな雫ちゃん。彼女を助ける術は既に俺の手の内にある。

だが、本当にこれを使っていいのかっ!?

 

 

『そんなに彼女を殺したいか』

 

 

違う、迷うな! 迷っている暇は、ないっ!!

俺はメモリを起動した。

 

 

 

ーーーー数日前ーーーー

 

 

「どうやら使っていただけたようですねぇ」

 

『……あぁ』

 

 

既にお決まりになった井坂による診察。今日はとあるビジネスホテルの一室だった。

 

 

「『マスカレイド』に『エコー』、『ライアー』と『ジャイアント』ですか。4種類のメモリの併用とは、君の才能はやはり恐ろしい」

 

『…………』

 

「しかし、『リバース』は使ってもらえていないようだ」

 

 

当たり前だろう。あんたの思惑が伝わってくるんだよ。

俺に『ジャイアント』を使わせて、大丈夫だと思わせておいて本命である『リバース』を使わせる。そんなところだろ。

 

 

『そもそも『リバース』はどんなメモリなんだ? それを聞いておかないと使えるものも使えないだろ』

 

「フッ、一理ある」

 

 

薄く笑うと、井坂は俺の体から手を離し、机に向かう。そうして、手にしたのは野球ボール大の真っ黒な球体だった。

 

 

「……なんだ、それ」

 

 

メモリを体外へ取り出し、訊ねる。見たまんま、野球ボールのようだと口にすると、井坂はそれを肯定した。それは確かに野球のボールだと。

 

 

「ただし、裏返っています」

 

「裏返る?」

 

「えぇ……どうぞ」

 

 

井坂からボールとナイフを受け取り、切ってみると、内側から出てきたのはよく見る野球ボールの柄。だが、俺が切ったところ以外に切り込みはなかった。つまり、これが……。

 

 

「そう、『リバース』とは反転の記憶が込められたメモリです。対象を反転させる。つまり、人体に使えば、人間を一瞬にて裏返すこともできる。どうです? 浪漫のある能力でしょう」

 

「あぁ、その狂った能力……あんたによくお似合いのメモリだよ」

 

「褒め言葉と、受け取っておきましょう」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「女子高生連続誘拐事件?」

 

 

自宅に帰ると、そこにいたのは昼飯を作っている霧彦とその料理を待つアイナちゃん。それから、雫ちゃんだった。

料理をする片手間で雑談をしているようだったが、なにやら出てきたワードが物騒である。

 

 

「そーそー、なんかウチの友達の友達がいなくなっちゃったらしくてさぁ……その友達もかなり落ち込んでてぇ……」

 

 

そう言うアイナちゃんも机に突っ伏した状態で明らかに元気がない。そんな彼女を撫でている雫ちゃんはホントに天使。

 

 

「……調べてもらえませんか」

 

 

と雫ちゃん。

ガイアメモリのことや俺達がそれを使えることを伝えたことで、そんな発想になったのだろう。勿論、雫ちゃんの頼みなら応えてやりたい。

 

 

「…………黒井くん」

 

「あぁ」

 

 

キッチンから出てきた霧彦と目配せし、頷く。

普通の犯罪である可能性もある。だが、女子高生というほぼ大人と変わらない体格の人間を複数人誘拐できる人間なんて、そうはいない。いたとしたら、それは恐らくだがガイアメモリに関わる人間だろう。

 

 

「分かった。調べてみよう」

 

「っ! ホント!? ありがとー! 霧彦くぅぅんっ!!」

 

「っ、や、やめたまえ! 気軽に異性に抱きつくのはーー」

 

 

霧彦に抱きつくアイナちゃん。それをたしなめる霧彦。

フッ、前回の一件があって、ずいぶん仲がよくなったようだな。ただ気を付けろよ、霧彦。それ以上は条例違反だぜ!

そんな余計な気を回していた俺だったが、ふと軽く引かれる袖に気づく。それをしていたのは雫ちゃんで。

 

 

「秀平さん……」

 

「ん? どした?」

 

「み、みみを貸してくださいっ」

 

「?」

 

 

ひそひそ話があるようで、俺は彼女に顔を寄せる。

 

 

「し、秀平さん。ああは言いましたけど、無茶だけはしないでくださいね。そ、その………………っ////」

 

「!」

 

 

その一言は耳元でもどうにか聞こえたくらいの声量だった。だが、俺をやる気にさせるには十分である。

 

 

「よっしゃぁぁぁぁ!!! がんばっちゃうぞぉぉぉ!!!」

 

「だ、だからっ! 無茶だけはっ!?」

 

 

ーーーーとあるホテルの一室にてーーーー

 

 

「おや、来客ですか」

 

 

その者たちがホテルのロビーを通った時点で、井坂深紅郎は察知していた。明らかに普通の人間ではない雰囲気と殺気を感じ取っていたのだ。それが今、自室の前で止まった。

 

 

「邪魔するぞ」

「ちーっす!」

 

「……どうぞ」

 

 

ホテルはオートロックのため、鍵は閉まっていたはず。それにもかかわらず、部屋に入ってきた2人の男。どちらも特徴のない容姿をしている。作り物のような印象すら受けた。

井坂は2人を招き入れる。勿論、片手にはメモリを備えて、だ。

 

 

「井坂深紅郎だな」

 

「いかにも」

 

「お前に協力を依頼したい」

 

「……協力?」

 

 

「黒井秀平を捕らえたい。その協力依頼だ」

 

 

その申し出から数秒、井坂は黙る。そして、訊ねる。

 

 

「彼の体質が目的ですか?」

 

「……依頼を受け入れてもらえば答えよう」

 

「協力するにもお互いの情報の開示は必要でしょう? そちらは私のことを知っているようだが」

 

「…………体質などはどうでもいい。我々は『テンセイシャ』を排除するだけだ」

 

 

知らない言葉だったが、それ以上は譲歩したいという意志を感じたため、井坂はひとまずの答えを返した。

 

 

「いいでしょう。彼を捕らえればいいのなら、こんなに簡単なことはない」

 

 

井坂自身も、ちょうど黒井が『リバース』メモリを使わないことに辟易としていたのだ。捕らえ、使わせる。いや、使わせてから抜け殻になった彼を引き渡せばいいだろう。

邪悪な笑みを浮かべる井坂深紅郎にはひとつの策があった。

 

 

ーーーーーーーー



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第38話 解放者T / 黄昏の街

ーーーーーーーー

 

 

依頼を受けた俺と霧彦は早速調査に入った。

とはいえ、霧彦は街を自由に歩けない。実質、実地調査は俺となるが、30近い成人男性が女子高生連続誘拐について調べるとなると、少々事案の香りがする。下手したら通報ものである。だから、俺は……。

 

 

「女子高生連続誘拐……な。聞いてるぜ、俺たちのところにも依頼が来てる」

 

 

鳴海探偵事務所に駆け込んだ。

他力本願? 仕方ない、適材適所ってやつだ。

 

 

「なら、話は早い。今、集まっている情報を俺にもくれ」

 

「はっ、こっちは依頼で調べてるんだ。守秘義務ってやつがあるんだよっ!!」

 

 

格好つける左。だが、俺は原作知識があるんだぜ?

こういうときの最適な落とし方を、俺は知っている。

 

 

「はいはーい、えっとねぇ……」

 

「っておい、亜樹子ぉぉ!! 何、俺の探偵手帳見せようとしてんだっ!?」

 

「だまらっしゃいっ! 依頼人の要望よっ!」

 

「なっ!? お前っ!」

 

「フッ」

 

 

そう。俺は鳴海亜樹子に既に依頼料を渡している。

つまりは正式な依頼人って訳だ。

他の依頼人の個人情報を聞いているわけではないから、鳴海亜樹子はすらすら話してくれる。どうよ、俺の機転!

……あっ、ちなみに依頼料はアイナちゃんを心配する親御さんが渡してきたものである。なんかすっげぇ額だった……。それを全部払ってやったぜ!

 

 

「女子高生連続誘拐事件。風都内の女子高校生が失踪してるって話ね」

 

「大体が学校や遊びから帰ってこないっていう親御さんから警察への訴えで、判明してるみたい。勿論、人によるけど、家出だろうって娘もいるし、優等生で通っていた娘もいて……被害者に女子高生である以外に、一貫性はないみたい」

 

「なるほど」

 

 

一貫性はない、ね。

左翔太郎という男のことだ、今その一貫性を足で稼いで見つけ出そうとしているところだろう。きっとそれは上手くいくだろうな。

 

 

「……失踪した現場を見た人間はいないのか?」

 

「あ、うん。いるけど、いまいち要領を得ないのよねぇ」

 

「要領を得ない? どういうことだ」

 

「うん。見たのは失踪した被害者の1人と塾で一緒だった娘なんだけど、夕方に2人で塾に向かっている時、彼女がコンタクトを落としたらしいのよ。しゃがんで2人で探して、本人がそれを見つけた時にはいなくなってたって」

 

「目を離した瞬間に、ってことか。その時間はどのくらいだ?」

 

「えっと……10秒、だって」

 

 

10秒で人間1人をその場から連れ去る。まさにガイアメモリが絡んでいないとできない犯行だな。

 

 

「…………あんたの相棒はなんて言ってるんだ」

 

「ノーコメント……と言いてぇところだが、正直お手上げだ。あまりにもキーワードが少なすぎる」

 

「まぁ、そうだよな」

 

 

流石の魔少年も情報がなければどうしようもない。

仕方がない。

 

 

「囮捜査だな」

 

「……囮って、高校生を囮にでもするつもりかよっ!」

 

 

確かに女子高生の知り合いはいる。だが、彼女を囮にするほど俺は屑ではない、はずだ。

 

 

「…………いるだろう。この事務所には適任が」

 

「お? あたしかっ!? いやぁ、いくら浪速の美少女とはいえ、女子高生役はぁ……イケるっ!」

 

 

クネクネと謎の動きをする鳴海亜樹子を放置して、俺は事務所内にある帽子のかけてある壁に向かう。

 

 

「ま、まさかっ!?」

 

「そのまさかだよ」

 

 

その壁に偽装した扉を俺は勢いよく開けた。

 

 

「フィリップく~~~ん! 女装の時間だぞぉぉぉ!!」

 

 

そこに彼はいた。わぉ、やっぱり美少年。

後から入ってくる2人より先に俺はフィリップににじり寄っていく。

 

 

「く、黒井秀平!? 何を言っているんだっ!?」

 

「何をだと? お前らが女子高生連続誘拐事件を調べているのは知っている。情報がないなら足で、いや、体で稼ぐのだぁ!!」

 

「っ、理解はしたが、僕はやらないぞっ!」

 

 

だろうと思ったよ。だから、俺は実力行使に出るぜ!

 

 

『ライアー』

 

『お前はイケイケ女子高生ギャルだっ!!』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

夕暮れ時、俺と左翔太郎、鳴海亜樹子の3人は、1人の人物の後を尾行していた。

金髪にミニスカートといういかにもな格好をした女子高生……いや。

 

 

「……くそっ、フィリップ……なんて姿に……っ」

 

「……くそっ、なんであたしじゃないんやっ!」

 

 

隣でウジウジとうるさい2人を無視して、俺は尾行を続ける。

そう、心までギャルになったフィリップが俺達の先にはいた。クイーンとエリザベスとのショッピング帰りだということもあり、その手には大量の戦利品があって。

 

 

「すげぇな、『ライアー』。ありゃあ、もう本物じゃん」

 

 

俺はそのメモリの素晴らしさを再実感していた。

絶対後でしばいてやるという2人の視線を感じ、文句のひとつでも言ってやろうと振り返った直後だった。

 

 

「きゃぁぁぁっ」

 

 

悲鳴が聞こえた。フィリップのものだ。

 

 

「おい、左!」

「分かってる!」

 

 

俺の声よりも早く、彼は飛び出していた。腰には変身ベルト。

そして、上空には鳥形のガイアメモリ・『エクストリーム』も飛翔していた。

 

 

「変身!」

 

 

左の掛け声と同時に、『エクストリーム』がフィリップの体を回収して、そのまま『W』へと姿を変えた。しかも、『エクストリーム』になっており。

 

 

『……翔太郎、彼は来ているね』

 

『あ、あぁ……あそこに』

 

 

少し離れたところから『W』にやっちまえと指を指す。

 

 

『後で一発、彼を殴ってもいいかな』

 

『……そうしてくれ』

 

 

『彼ら』は再び向かい合う。突如として現れたその『ドーパント』に。

 

 

『な、なんだっ! 『仮面ライダー』っ!?』

 

 

辺りの夕焼けの色と同化するような体色。身体もぼんやりと靄がかかっているようで、その正確な形は分からない。だが、その頭だけは形がハッキリしている。凹凸のない真ん丸な頭が夕日を反射し、それ自体がまるで夕日のように輝いていた。

 

 

『君は……なるほど、『トワイライト』。黄昏の記憶を内包したメモリか』

 

『黄昏……夕方ってことか』

 

『あぁ、どうやらこいつの能力は、夕暮れ時に周りの景色と完全に同化する能力と夕日の光を利用した熱線。それから対象とした人間を自らが作り出した空間に連れ込める力、か』

 

『なるほどな。そこに拐われた被害者たちはいるってことだな』

 

 

『エクストリーム』は地球の記憶と直結している。姿さえ見てしまえば、メモリの正体や能力まで一瞬で解析できるのだ。これぞ公式チート!

弱点や能力の分かった相手だ。『W』は瞬く間に、『トワイライト』を追い詰める。気づけば、『彼ら』の剣は尻餅をついた奴の首に突きつけられていた。決着だ。

 

 

ーードプンッーー

 

「は?」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『ちぃっ! 『仮面ライダー』が来るなんて、聞いてないぞ! オレは女子高生を囲ってハーレムを作れるって聞いたから協力してやったのにっ!』

 

『協力……? なんのことだい?』

 

『くそぅ、くそぅっ!』

 

 

『W』に追い込まれた『トワイライト』は、駄々っ子のようにその場でジタバタと暴れていた。

 

 

『おい! 協力ってなんのことだっ!』

 

 

『トワイライト』を胸倉を掴んで起こし、再度、問いかける『W』。その姿にビビリながら『トワイライト』は、彼らの後ろ、先ほど黒井がいた辺りを指差した。

 

 

『男を1人、『黄昏の街』に引きずり込めって……そうしたら守ってやるって言われたんだよぉ』

 

『『黄昏の街』……『トワイライト』が持つ空間生成能力か!』

 

 

 

「そゆこと!」

 

 

 

突然の声に『W』は辺りを見渡した。だが、声の主はどこにもいない。

 

 

「2人とも! 上!」

 

『上!?』

 

 

亜樹子の言う通り、上を見上げるとそこには1人の男が立っていた。空に立っている時点でおかしいのだが、それ以上におかしいのは男には翼が生えており、頭上には天使の輪も存在していた。

 

 

『お前がこいつに協力させた黒幕か』

 

「んー、半分は正解。オレは黒幕じゃねーし」

 

『では、君は何者だい?』

 

「オレ? オレは田岡成人。またの名をーー」

 

 

『エンジェル』

 

 

『エンジェルドーパント、だ。よろしくな~!』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「尻が、いてぇ……」

 

 

『W』の戦いの最中に、俺は落ちた。

周りを見渡すと、さっきまでと変わらない鮮やかな夕焼け。一瞬なにも起こらなかったのかとと思ったが、違う。辺りには制服を着た女の子達が倒れており、ここが『トワイライト』が作ったという空間なのだと理解した。

 

 

「俺はここにご招待を受けたって訳か」

 

 

女子高生しかいない空間。それだけ聞けば、中々ステキな場所なんだろうが、俺には雫ちゃんという愛しの恋人がいる。早くこんな場所からは脱出しないとな。

 

 

 

『やぁ、黒井くん』

 

「っ」

 

 

聞き覚えのある声がした。

さっき見渡した時にはいなかった人物がそこには立っていた。『ウェザー』ドーパント……つまり、

 

 

「井坂!」

 

『常に夕焼けに照らされた街。気に入ってもらえたかな』

 

「あぁ、気に入ったよ。あんたもそんな格好してないで、この景色をその目で眺めたらどうだ?」

 

『普通の人間では、どうもこの夕焼けに耐えられないようでね。『ドーパント』態になっていなくては、流石の私も耐えられない』

 

 

奴も周りを眺めながらそう言う。

 

 

『その点、君はやはり素晴らしいぃ。ガイアメモリの毒素をほとんど受けず、体外へ排出できるその体質は、私の治療によってより完璧なものに近づいているようだぁ』

 

「素敵な場所に連れ込んで……なんだ、愛の告白かよ」

 

 

気味の悪いことを口にする井坂にそんな皮肉を返す。

もちろん、ノーセンキューだ。俺には雫ちゃんがいるからな。

 

 

『あぁ、その彼女も勿論、ここにお連れしたよ』

 

「っ!?」

 

 

井坂の言葉に呼応するように、現れる竜巻。その中には、

 

 

「……しゅう、へい……さんっ」

 

「っ、雫ちゃんッ!!」

 

 

雫ちゃんがいた。駆け寄ろうとして、雷に阻まれる。

 

 

『事件で気を引いたことで、彼女を簡単に誘拐することができましたよ』

 

「……『トワイライト』は罠だったってことか」

 

『えぇ。まさか『仮面ライダー』と協力するとは思いませんでしたが。ともかく彼女はこちらの手の内にある』

 

「…………何が目的だ」

 

『簡単です。『リバース』を使え』

 

 

井坂はそう告げた。

 

 

「まずは雫ちゃんを離せ。話はそれからだ」

 

『いいや、メモリを使うのが先だ』

 

 

膠着状態だ。だが、やがて、井坂は竜巻の中に捕らえていた雫ちゃんを地面へ降ろした。

 

 

『さぁ、メモリを使え』

 

「………………」

 

 

あぁ、使ってやるよ。

だが、

 

 

『ジャイアント』

 

『雫ちゃんを危ない目に合わせたお前を殴り飛ばしてからなッ』

 

 

ーーーーーーーー




井坂戦開始。
『トワイライト』案はメモリに憑かれた男さんからいただきました。


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第39話 解放者T / すべてを懸けて

ーーーーーーーー

 

 

『オォォォォォ!』

 

 

雄叫びをあげながら、俺は『ウェザー』に殴りかかる。巨大な拳は奴を捉えーー

 

 

『甘いッ!!』

ーーググググッーー

 

 

違う。拳は奴に当たらず、その間の分厚い雲によって阻まれていた。ならば!

 

 

『エコー』

 

 

瞬時に『ジャイアント』を排出し、『エコー』に変える。そのまま、音撃を繰り出した。

 

 

『……それも私に効くわけがないっ!』

ーービュォォォーー

 

『くっ』

 

 

今度は風で音が散らされる。なら次は!

 

 

『ライアー』

 

『お前は重力に押し潰されるッ!』

 

 

嘘の針を飛ばす。だが、今度は突如現れた氷の壁で届かない。

くそっ!! ならーー

 

 

『マスカレイド』『アップグレード』

 

 

『マスカレイド』は低いとはいえ、肉体強化のメモリ。それを『強化アダプター』で3倍まで膂力を引き上げ、正面からねじ伏せるしかない。

 

 

『らぁぁっ!!』

ーーブンッーー

 

 

命中、した。腹にもろに入ったはずなんだ。だが、それでも井坂は倒れない。

 

 

『くっ、化け物がっ!』

 

『君も大概だろう』

 

『…………はっ、違ぇねぇ!』

 

 

『ライアー』『エコー』『ジャイアント』

 

 

3本のメモリを起動して、すべてを首のコネクターへ。

これで4本分だ! 押しきれるっ!!

 

 

『らぁぁぁぁっ!!!』

ーーググググッーー

 

『メモリの4本同時併用とは……面白い』

 

 

『だが、君は本当に愚かな男だよ』

ーーバチバチバチバチッーー

 

 

『がぁぁぁッ!?!?』

 

 

雷鳴と同時に、全身に激痛が走る。『ウェザー』の雷が自分の体を駆け抜けたと分かるのは、倒れてからで。

 

 

「ぐ、あぁ……うっ……」

 

 

痛い。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。

激痛で叫びたいのに、声すら出ない。

どうにか自爆前に変身は解除できたものの、体がバラバラになりそうだった。

 

 

『……見なさい。これが私と君の力の差だよ』

 

「っ、は…………っ」

 

『メモリを複数本使い、それらを合わせたとしても、所詮はゴミメモリ。私の『ウェザー』の足元にも及ばないッ』

 

「…………か、はっ」

 

 

倒れる俺を踏みつけてくる『ウェザー』。皮膚が爛れてしまっているからか、触られるだけでも強烈な痛みがある。そんな俺に構わず、井坂は言葉を続ける。

 

 

『唯一、私を倒せる可能性があるとすれば、『リバース』のみ。さぁ、使え、黒井秀平ッ!』

 

 

激痛に耐えながらも、俺は『リバース』を触る。

いいのか、本当にこれを使っても……。そんな考えがよぎる。だが、ここで使わなくちゃあ……。

 

 

『そうですか……そんなに使いたくないのならっ』

ーーバシャッーー

 

「か……っ」

 

 

そう言うと、奴は右手で作り出した雨を球体にして、雫ちゃんに向かわせた。球体は雫ちゃんの頭を包み込んでーー

 

 

「やめ、ろっ」

 

 

伸ばした手の先に、彼女はいた。

 

 

『早く変身するといい。でなければ、彼女が死ぬことになりますよ』

 

 

奴の生み出した水球に顔を覆われ、今にも溺れ死にそうな雫ちゃん。彼女を助ける術は既に俺の手の内にある。

だが、本当にこれを使っていいのかっ!?

 

 

『そんなに彼女を殺したいか』

 

 

違う、迷うな! 迷っている暇は、ないっ!!

俺はメモリを起動した。

 

 

『リバース』

 

 

俺はそのメモリを首のコネクターに差し込んだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『リバース』のガイアウィスパー。

それが聞こえたと同時に、雫という女を包んでいた私の水球が裏返り、霧散した。

 

 

『これはっ!』

 

 

待望の時だった。

黒井秀平は『リバース』を使用した。彼に過剰適合するであろうそのメモリを。

あとは彼が死ぬのを待って……。

 

 

ーーグニャリーー

 

『なっ!?』

 

 

彼を踏みつけていたはずの私の足に感じた鈍痛。それは私の足が裏返り始めていた痛みだった。

 

 

『チィッ!』

ーーバチバチッーー

 

 

足元の彼に雷撃を喰らわせ、能力の解除を図る。だが、そこに彼は既にいなかった。

どこに!? 周りを見渡すと、その姿は彼の恋人のところにあった。

 

 

『………………』

 

 

こちらに背を向けており、顔は見えない。黒と白の後ろ姿。上半身は白く、腰の辺りでその色は反転して黒くなっている。

……彼が振り向く。顕になるその顔に輝くのは、真っ赤な2つの複眼とそこから頬へ、体へ繋がっている切れ目のような紋様。それはまるで目から流れる涙のよう。胸の中心には巨大な渦があり、渦はそこに吸い込まれそうな存在感を放っていた。

 

 

『それが『リバース』ッ! 私にその力を見せてみろ!』

 

 

いずれ私のものになるメモリ。まずはその力を観察し、後に屈服させ、奪い取ってやりましょう。そうすることで、メモリは力を増した状態で、私の手中に入ってくる。

 

 

『ふんっ!』

 

ーーバチバチッーー

 

 

夕暮れの空に手を掲げ、呼び寄せた落雷を、彼に向けて放つ。だが、

 

 

『…………』

ーーグニャリーー

 

『ノーモーションで……!』

 

 

雷は彼とその後ろの女性を避けるように、逸れていく。ならば、次は避けられぬ雨の塊。先ほどの彼女のように、溺れ死んでもらいましょう!

 

 

ーーザァァァーー

 

『溺れ死ねっ、そして、これも追加です!』

 

ーーバチバチッーー

 

 

さらに、それに雷撃を這わせた。全方位からの攻撃ならば、反転のさせようがあるまい!

 

 

 

ーーグニャリーー

 

『……っ、ごぼっ!?』

 

 

 

次の瞬間、私の放った攻撃は私の身に返ってきていた。一瞬理解が追い付かないが、どうにか理解する。

これが『リバース』……攻撃の方向や範囲すら関係のない。私は反転を甘く見ていた。しくじったのは、私の方だ。

 

 

「ぐっ……」

 

 

息が続かず、堪らず『ウェザー』を解除する。幸いなことにそのお陰で、能力が解除されて、私は溺れ死なずに済んだ。

 

 

「…………仕方がありません。ここは撤退しましょう」

 

 

合図を送ると空間が歪んでいく。『トワイライト』の空間が解体されているのだ。そうすれば、ここにいた人間はこの場から排出され、逃げられる。屈辱ではあるが、同時に自分の目利きが正しかったことを痛感する。

『リバース』は本当に強いメモリだ。あれをいずれ私の手に……。

 

景色はぼやけ、夕暮れは沈む。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「おい、おい!」

 

 

左翔太郎は異空間から戻ってきた黒井に声をかけ続けていた。その傍らには先ほど目を覚ました彼の恋人・雫の姿があり、弱々しい声ではあるが、彼の名前を呼び続けていた。

 

 

「……例の『黄昏の街』で何があったか分からないが、彼を病院へ」

 

「あぁ、分かってる!」

 

 

翔太郎がフィリップの言うように、黒井を担ぎ上げようとしたところで、その彼の体に力が戻ったことを感じた。だから、声をかけたのだが……。

 

 

「おい、黒井! 目が覚めたのか!」

 

「…………降ろせ。私に触るな」

 

 

背中から返ってきたのは、冷たい声。反射的に言われた通りに彼を離すと、背中から降りた黒井は自分の足で立っていた。

その姿を見ると、確かに黒井秀平本人だ。だが、翔太郎は、いや、その場にいる全員が彼の様子が変であることを察知していた。

 

 

「…………」

 

 

おちゃらけた雰囲気ではない。

刺すような、殺意にも近い雰囲気だった。

 

 

「し、しゅうへい、さん……」

 

 

そんな彼の手を取ったのは、彼の恋人の雫。確かに雰囲気は違っていても、黒井は彼女にとってかけがえのない愛する人だ。今まで意識を失っていた彼を心配するのも当然といえる。

だが、その手はーー

 

 

ーーパシッーー

 

 

ーー払われた。黒井本人によって。

 

 

「………………え?」

 

 

あまりのことに呆然とする雫。

当たり前だ。今まで黒井は彼女を本当に大切にしていた。彼女にとって、黒井秀平という男は、ふざけているけれど、優しくて、頼りがいのある恋人だった。

その黒井が自分の手を払うなど……あり得ないことが目の前で起きた。理解が追い付かない。そんな彼女に追い討ちをかけるように、あろうことか黒井は吐き捨てた。

 

 

「気安く私に触れるな、反吐が出る」

 

 

暴言を吐き、彼はその場を後にする。

その場に残ったのは、鳴海探偵事務所の3人と、

 

 

「な、ん……で……」

 

 

ただ涙を流す雫だけであった。

 

 

ーーーーーーーー




『T』編閉幕。
次回更新は少し間が空くかもしれません。
それまで病まないでね。


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第40話 愛しきE / 黒井秀平について

新章『E』編、開幕!


ーーーーーーーー

 

 

「秀平さんがいなくなっちゃいました」

 

 

私は茫然自失とした雫ちゃんからそんな連絡を受け、彼女を彼らから引き取った。その時に当然、風都を愛する同志に再会したが、さすがにその場ではなにも言えず、私は彼女をマンションまで送った。

 

あれから数日、黒井くんは姿を消したまま、帰ってこない。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「依頼したい。黒井秀平を探してほしい」

 

 

私はその日、意を決して鳴海探偵事務所へ向かい、そう依頼した。

黒井くんを探してくれ、と。

 

 

「……まずはお前がここにいることを驚くべきなんだろうけどな、霧彦」

 

「感動の再会は後回しだ、翔太郎」

 

 

以前は敵対していた『W』の2人とこうして顔を合わせていることは私にとっても思うことはある。だが、フィリップくんの言う通りだ。今はなによりも、黒井くんを探すことを優先したい。

 

 

「あー、なんだ。あの変な奴は、お前の友達ってことなのか」

 

「そう。彼は私の大切な友人だ。そして、その恋人である雫ちゃんも」

 

「……雫。あの場にいた彼女か」

 

「あぁ。今は酷く衰弱しているようでね。君達が言う『黄昏の街』にいたことによる体へのダメージ以上に……心の傷が酷いようだ」

 

 

本当にいたたまれない様子だった。

アイナちゃんや雪絵に頼んで、今は一緒にいてもらっているが……。

 

 

「私は彼を探し、連れ戻したい。これが依頼だ」

 

「……分かった。引き受けるぜ」

 

 

翔太郎くんは二つ返事で答えてくれた。頼もしい。

 

その後、様々なことを彼らに伝えた。

黒井くんとの出会い。彼の性格。これまでに彼の周りで起こったこと。彼の持つメモリと彼の体質。そして、井坂深紅郎や例の男達との関係についても。

 

 

「………………」

 

 

翔太郎くんに事細かく話しているのを、フィリップくんは黙って聞いていた。というよりも、彼の雰囲気は……?

 

 

「どうだ、フィリップ。検索の結果は」

 

「……黒井秀平。彼については以前に検索していた。その時は組織の阻害があり、十分な検索ができなかった。だが、『エクストリーム』に到達した今は検索ができた」

 

 

そう言うと、彼は何かを壁に書き出した。

そこには一言『黒井秀平の本は2冊』、そう記されていた。

 

 

「これは異常だよ。本来、その人物に関する本は1冊だけ。それが2冊あるってことは……」

 

「二重人格、ってことか?」

 

「……それに近いだろう。少なくとも彼は2人いる」

 

「2人?」

 

 

彼の言葉を問い返す。黒井くんが2人いるとは一体どういうことかと。

フィリップはさらに壁に書き連ねていく。

 

 

「この間、僕たちが見た冷酷な雰囲気を纏った黒井秀平。暫定的に黒井Aとしておくが、彼に関しては生まれてから今までのページがあった。勿論、まだすべてのページを確認した訳ではないけれど、まぁ、これが普通だよ」

 

「だが、彼や僕らが知っている黒井秀平。黒井Bに関する本にはここ最近のページしかない。そして、その期間に関する記載が黒井Aの本には存在しない」

 

「つまり、黒井Bはイレギュラーな存在で、ここ最近、黒井Aの中に生まれた、というわけだ」

 

 

本やページの意味はよく分からなかったが、はっきりしたことがひとつ。今の黒井くんは、以前の彼ではないということ。

 

 

「……フィリップくん、聞いてもいいかい」

 

「あぁ、僕に分かることなら」

 

「彼はーー私の友人の黒井秀平は戻ってくるのだろうか」

 

 

フィリップくんは目を閉じた。

答えは「分からない」だそうだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「なぁ、吉川ぁ」

 

「なんだ、田岡」

 

「例の『テンセイシャ』である黒井は消えたんだろ? なら、どーすんだ? この件からは手を引く感じ?」

 

「…………まだ判断はできない、だそうだ」

 

「ふーん、そっか。じゃあさ~、オレちょっと遊んできてもいいか~?」

 

「好きにしろ」

 

「はいはーい」

 

 

ーーーー雫の自室・雫視点ーーーー

 

 

「………………」

 

 

今は一体、いつでしょう。わたしは何をしてるんでしょう。

秀平さんがいなくなってから、どのくらいがーー

 

 

「っ」

 

 

彼のことを思い出すと、涙がこみ上げてきてしまう。そんな日が何日も続いていて。たぶん今の顔では秀平さんには会うことができないな……。

でも、どうせ会うこともできないっ、わたしなんかじゃ……っ。

 

 

ーーふらっーー

 

 

不意に眩暈を感じた。そう言えば、今日なにも食べてませんでした。もうアイナさんや霧彦さんの妹さんは帰ってしまった。

 

 

「何かあった、かな」

 

 

ふらふらとわたしはキッチンへ向かって、その途中であるものが視界に入った。

これは……お守り。

あとからこれがガイアメモリなんだって知ったけれど、わたしには使った記憶がなくて。だから、そのうち秀平さんに相談すればいいだろう、なんて思っていた。

 

 

「っ」

 

 

ふとわたしの中で、怒りに似た感情が沸き上がってくる。秀平さんがいなくなっちゃったのは、ガイアメモリのせいだってことはなんとなく分かっていた。

こんなものがなければっ!

このお守りに当たるのは違うっていうのは分かってる。それでもーー

 

 

「こんなものさえなかったらっ!!」

ーーガンッーー

 

 

床に叩きつけられたメモリは衝撃の弾みで、

 

 

『イービル』

 

 

起動して

 

 

「え?」

 

 

そのままわたしの首筋に入っていった。

って、え? えぇ!? これ、わたしもあの『ドーパント』っていう怪物になっちゃうの?

 

 

『ならねぇよ』

 

「え……な、なに?」

 

 

首筋を抑えてながら慌てていると、突然声が聞こえた。誰かが部屋の中にいるのかと思って、見渡してみても誰もいない。じゃあ、今の声は空耳?

 

 

『違ぇっての、ホント鈍いな、こいつ』

 

「……この声、わたし……?」

 

『それ以外に誰がいんだよ、ボケ』

 

「????」

 

『……あたしは『イービル』。お前の中にいるメモリに宿った人格だ』

 

「え、え? えぇ??」

 

 

わたしが落ち着くのはそれから30分後。時計を見れば、日付は変わっていた。

 

 

「貴女は、わたし」

 

『はぁぁぁ、やっと理解したのか。長かった……よく付き合ってられるな、あのボケは』

 

 

頭の中でため息を吐く『イービル』さん。もしかして、

 

 

「あ、あの……」

 

『あ?』

 

「『イービル』さんも秀平さんに会ったことがあるんですか」

 

『……まぁな。お前、何かと巻き込まれ体質だろ。その都度、あたしが表に出て、それで何回か会っただけだ。お前が心配するようなことは何もねぇよ』

 

「そ、そうなんですね……」

 

 

わたしの姿で、『イービル』さんは秀平さんに会っていたと知って、少し不安になってしまいました。姿はわたしなら、もしかして……。

 

 

『だからねぇって。ちっとはあのボケを信用しろよ』

 

「……ほ、本当に……?」

 

『あぁ。誓ってねぇよ』

 

 

その言葉に胸を撫で下ろす。

……って、わたし何を心配してるのでしょう。もう彼はいないのに……。考えて余計に辛くなる。彼のいない現実に叩きのめされてしまいます。

 

 

『ウジウジウジウジと……うるせぇ』

 

「え?」

 

『言っただろうが……あたしはお前の中にいる。お前の心の声はこっちにも駄々漏れだ。だから、うるせぇって言ったんだ』

 

「…………そ、そんなこと言ったって……」

 

『はぁぁぁ。だったら、とっととあんな奴のこと忘れちまえばいいだろうが。お前のことを捨てたひでぇ男なんてよ』

 

「っ」

 

 

『イービル』さんがため息混じりに言った言葉。その言葉を聞いて、わたしはーー

 

 

「そんなことないっ! 秀平さんはっ、酷い人なんかじゃないもんっ」

 

 

自分でも驚くほど大きな声が出た。慌てて口を塞ぎます。

 

 

『……でも、お前を捨てたんだぞ』

 

「…………そ、それでも秀平さんは優しい人、です」

 

『…………』

 

「…………」

 

 

にらみ合いみたいな時間があって。それから、

 

 

『はっ、本当に……』

 

 

『イービル』さんは笑いました。

 

 

『お前、ホントにあいつのこと、好きなんだな』

 

「うん……好き」

 

 

その質問には即答できる。わたしは秀平さんが好きだ。

 

 

『あー、ヤダヤダ、聞いたこっちが恥ずかしくなるッ』

 

「な、なら、聞かないでくださいっ////」

 

 

数秒の沈黙の後、ため息を吐いた『イービル』さんが茶化すように言いました。そして、彼女はわたしに告げました。

 

 

『あのボケはお前を嫌っちゃいねぇよ』

 

「!」

 

『お前に酷い言葉をかけたのは、別人格だ。あの頭の悪いボケじゃねぇ……きっと何かのメモリの影響だろうな』

 

「な、なら、霧彦さんにーー」

 

 

そこまで言って、その言葉を引っ込める。

……違う。違うよ、わたし。

『イービル』さんの言葉を信じるなら、きっとわたしは何度もガイアメモリに纏わる事件に巻き込まれてる。その度に、秀平さんはわたしを助けてくれた。

なら、今度は……。

 

 

「ね、ねぇ、『イービル』さんっ」

 

『なんだよ』

 

 

なんだよ、なんて聞くの意地悪……ううん。

さっき心の声が聞こえるって言ってたから、きっとわたしの決意だって聞こえてたんだよね。それでも聞いてくるのは、きっと臆病なわたしを奮い立たせるため。

『イービル』さんも優しい人。そんな彼女の優しさに答えるために、わたしはそれを口にします。

 

 

 

「わ、わたしがっ、秀平さんを助けますっ」

 

 

 

「協力、してくれますか……?」

 

『仕方ねぇなぁ』

 

 

こうして、わたしは、秀平さんを連れ戻す決意を固めたのでした。

……それはそれとして。

 

 

「秀平さんのこと、ボケって言うの止めてくださいっ」

 

『……ボケはボケだろうが』

 

「ダメっ!」

 

『はぁ、分かったよ』

 

 

ーーーーーーーー




お気づきですか。
『T』編から雫→黒井が名前呼びになっていることに。


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第41話 愛しきE / 強襲と招集

ーーーーーーーー

 

 

「ご、ご心配、おかけしましたっ」

 

 

秀平さん不在の黒井家でのこと。

わたしは霧彦さんに頭を下げました。それを見て、微笑む霧彦さん。

構わないよ、君が元気になってくれたことが一番さ。そうも言ってくれました。

 

 

「ありがとう、ございます」

 

「君が落ち込んでいたままでは、黒井くんが悲しむ……彼を連れ戻すためには我々が元気でなくてはね」

 

「……はい」

 

「早速だが、『イービル』メモリを貸してもらえるかな」

 

「はい」

 

 

霧彦さんに促され、わたしは『イービル』のガイアメモリを渡します。それを……あれはなんでしょうか、緑色の機械に差し込みました。すると、

 

 

『フロッグ』

 

 

機械音と共にカエル型になって、

 

 

『……これでいいのか?』

 

「! 『イービル』さんの声が!」

 

 

霧彦さんが言うには、それはフロッグポットという機械で、本来は『仮面ライダー』の持ち物だそうです。元々は録音した声を変えて流すボイスチェンジャーの機能があるようなんですが……。

 

 

「流石はフィリップくんだ。これで3人で話ができるね」

 

『……あたしの声、蛙から出てんのかよ……うげっ』

 

「あはは……」

 

 

そんなやりとりもそこそこに、霧彦さんは話を切り出します。

 

 

「さて、黒井くんの状態は先ほど電話で話した通り。つまり、完全には消えていないそうだ」

 

「は、はい」

 

『『リバース』だったよな』

 

「あぁ。反転の記憶をもつメモリだと聞いているよ。それで『人格が反転』したのだろう、というのが、名探偵の見解だ」

 

「……人格の、反転」

 

 

わたしと『イービル』さんのようなものでしょうか。

そう訊ねると、霧彦さんは恐らくそうだろうと頷いてくれました。なるほど……それなら少しイメージしやすい、かも。

 

 

『……そのメモリを使えば、あいつは戻るのか』

 

「そこは……正直、分からない。なにしろ『リバース』を黒井くんに渡した張本人・井坂深紅郎は、もうこの世にはいないんだ。確かめようがないさ」

 

 

そのことについては聞いてました。

あの井坂先生がガイアメモリに関わっていたこと。

そして、それを使って何人もの人の命を……。

あんなにいい先生が、というショック以上に、もしかしたら井坂先生に秀平さんを紹介してなかったら、こんなことにはならなかったんじゃないかという自責の念が湧いてきてしまって。

 

 

『たらればを考えたって仕方ねぇよ』

 

「っ、そうだねっ」

 

 

悪い方に陥りかけた思考を『イービル』さんは止めてくれる。本当に心強い、です。

 

 

『とにかくあいつに『リバース』メモリをもう一回使わせてみりゃハッキリするわけだ』

 

「そうだね。だが、『リバース』はシルバーランク…相当に強力なメモリだ。それを使わせるということは、万が一戻らなかった場合、危険が伴う……この意味が分かるね」

 

「…………」

 

 

霧彦さんの言いたいことは分かってる。

『イービル』さんによると、『イービル』というガイアメモリ自体は強いものではなく、戦闘能力は皆無なんだそう。だから、わたしでは戦えない。だから、霧彦さんに任せろって。そういうことなのは分かってます。でも、

 

 

「それでも、わたしは……秀平さんを助けたいんですっ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「はぁ……彼に怒られるのを覚悟しておこう」

 

「あ、ありがとう、ございますっ!」

 

 

困ったように笑う霧彦さん。

その後、わたしは霧彦さんから戦いの基礎訓練を受けるように約束して、黒井家を後にしました。

 

 

ーーーー黒井家・霧彦視点ーーーー

 

 

ーーピンポーンーー

 

 

雫ちゃんが帰ってから約10分後、呼び鈴がなった。ドア越しに来訪者を確認すると、そこにいたのは例の3人組のうちのひとりだった。たしか『エンジェル』を使っていた男のはず。

 

 

「……あ、目が合った」

 

「っ」

 

 

向こうからこちらは見えないはず。それにもかかわらず、目が合ったなどという彼は、

 

 

『エンジェル』

 

「!?」

 

 

ドアの前で『エンジェル』メモリを起動していた。咄嗟に私はドアから離れる。同時に部屋のドアが吹き飛んだ。

 

 

『やほい! 遊びに来たぜ、イケメン』

 

 

流石に自宅にまで襲撃してくるとは思わなかったから、『ナスカ』メモリは外出用のスーツの内ポケットにある。クローゼットまで5歩分。どうにかなるか?

 

 

「っ、会社からの斡旋とはいえ、賃貸物件だよ。弁償はしてもらえるんだろうねっ」

 

『弁償? んーあー、吉川に聞いてみるわ』

 

「あぁ、ぜひそうしてくれたまえ。家主が不在な上、私も会社からも世間からも追われる指名手配の身なんだ」

 

『それはそれは……フッ!!』

ーービュンッーー

 

 

『エンジェル』の手から撃ち出された光球は、クローゼットの半分を破壊する。

 

 

『そこに何かあったんだろ? 視線でバレバレだぜ』

 

「…………あぁ、危なかったよ」

 

 

『フロッグ』

 

 

「間一髪、といったところかな」

 

「!」

 

 

私の足元には、『ナスカ』を持ってきた『フロッグ』がいた。今回ばかりは『仮面ライダー』たちに感謝だな。

 

 

「室内で……いや、もうこうなってしまったら関係ないか。遠慮なくやらせてもらおう」

 

『ナスカ』

 

 

メモリを起動し、展開したガイアドライバーにメモリを差し込む。体が超人へと変化する。いつもの感覚だ。

 

 

『さぁ、これで終わりだ』

 

 

たった今、その翼で飛び立った『エンジェル』に剣先を向ける。

 

 

『逃がさないさ。賠償金は払ってもらうよ』

 

 

私も翼を広げ、飛び上がる。そのまま剣を構えて突っ込む。

 

 

ーーギィィィンッーー

 

『……出たなぁ、『ナスカ』!』

 

『光の剣か。流石は『エンジェル』……名前の通りのビジュアルだ』

 

『剣技で勝負してみようぜ、イケメ……ンッ!!』

 

 

『エンジェル』が光剣を振るう。

まずは私の右肩を狙った一閃。それを躱す。

続いて横薙ぎで足を狙われるが、咄嗟に下段に下ろしていた剣で受けた。

 

 

『やるぅ~☆』

 

『それほどでもーーないよッ!』

ーーブンッーー

 

 

今度はこちらから。

お返しとばかりに、右肩を狙う。それをもう1本の光剣で受け止める『エンジェル』。

なるほど。光の剣は出し入れ自由ということか。

 

 

『そ! それにーー』

 

ーーギュイーー

ーーギュイーー

ーーギュイーー

ーーギュイーー

 

 

本数も自由。これはなかなか……。

 

 

『……厄介な相手だ』

 

『フフッ、それはどーも!』

ーーザンッーー

 

 

4方向からの同時斬撃が私に向かってくる。

避けられない……いや、よく見ればっ!

 

 

『超高速ッ!』

 

 

私の視界に写っていたのは、4本の光剣の微妙なズレだった。恐らく常人であれば……いや、昔の私でもそのズレは見切れなかっただろう。その隙を今の私は見逃さなかった。

避ける。1本、2本、3本。

 

 

『っ!? なんで当たらないんだよっ!?』

 

『言っただろう』

 

 

ーーザンッーー

 

 

最後の1本を躱すと同時に、前に出た私の斬撃は、彼の腹部を確かに捉えた。そして、そのままーー

 

 

『これで終わりだと』

 

 

ーー私は剣を振り抜いた。

 

 

ーーーー雫視点ーーーー

 

 

わたしが爆音を聞き、秀平さんの家に駆けつけた時には、もう戦いは終わっていました。

ボロボロになったリビング。その瓦礫の上に、霧彦さんは座っていて。

 

 

「やぁ、雫ちゃん。困ったよ、住む家がなくなってしまった」

 

 

困ったように笑っていました。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「…………」

 

 

黒井の家から数km先の廃ビルに彼・田岡は横たわっていた。戦闘で敗北したのだから当然ではあるが、見るからにボロボロで腹には横一文字に切傷が残っていた。

そんな彼の顔に、誰かの影が落ちる。

 

 

「……遊びすぎだ」

 

「吉川、かぁ……ごめんって、そんな……怖い顔すんなよぉ」

 

 

吉川は彼を見下ろす形で、田岡を待つ。明らかに重傷。それにもかかわらず吉川が手を貸さないのは、横たわる男がすぐに立ってくるというのが分かっているから。

 

 

「っし!」

 

 

案の定、田岡は体を跳ね起こした。戦闘の跡は残っているが、既に血は止まっていた。

驚異的な回復力。彼のそれを吉川は知っていたのだ。

 

 

「お前は自分の『ハイドープ』能力を過信しすぎている」

 

「あー、吉川のいう通りですぅ、分かってるってば。でも、あのイケメン……たぶん前よりも適合率が上がってるぜ。それに佐山を倒したのもあいつだろ?」

 

「脅威となるなら今度こそ排除しろ。それだけだ」

 

「……はぁ、吉川は遊びがねぇなぁ」

 

 

肩をすくめる田岡。彼の言葉を無視して、吉川は本題を切り出す。

 

 

「招集があった。主がお呼びだ」

 

 

ーーーーーーーー



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第42話 愛しきE / 綻び

久々更新。


ーーーーーーーー

 

 

秀平さんの命を狙う人達の1人を倒した。

霧彦さんはそう言いました。ただ、倒した相手がどこにも見つからなかったから、恐らく逃げられてしまったとも。

その結果、秀平さんのお家は大破してしまって。

結局、霧彦さんはアイナさんのお家にお世話になるそうです。

 

 

「……一安心」

 

『じゃねぇだろうが』

 

「そ、そうですよね」

 

 

喫茶店でカフェオレを飲みながら、わたしは『イービル』さんの言葉に肩を落としました。

状況は変わりません。相変わらず秀平さんは見つからなくて……しかも、秀平さんの命を狙う人達も戦いに乗り出した。

 

 

『変わらねぇどころか悪化してるな』

 

「うぅぅぅ……」

 

『……けど、進展もあったじゃねぇか』

 

 

頭のなかに響く『イービル』さんの声。

そうです。わたしもなにもしてなかった訳じゃありません。

この数日間、わたしは人格が反転した後の秀平さんの足取りを辿ってみたんです。霧彦さんの知り合いの探偵さんや雪絵さんの力を借りながら、だけど。

結論からいうと、見つからなかった。けど、少しだけ足取りは掴めました。

 

 

「……えっと」

 

 

スマホの地図アプリを起動して、わたしはチェックを入れた場所を確認します。それから今、調べてきたところの情報も入れて……よし。

 

 

「霧彦さんが探偵さんから聞いたっていう情報を入れれば……」

 

ーーピコンッーー

 

『……ビンゴじゃねぇか』

 

「は、はいっ」

 

 

わたしのスマホには、とある場所が表示されていました。それを確認して、わたしは通話ボタンを押しました。

 

 

ーーーー風都タワー展望台ーーーー

 

 

「こ、こんにちはっ」

 

「…………」

 

 

風都が見下ろせる風都タワーの展望台に、彼ーー秀平さんはいました。けれど、わたしのことを見る目は明らかに『いつもの』秀平さんではなくて、彼がもうひとりの秀平さんなのだと痛感させられます。

 

 

「なんの用だ、女」

 

「話を、しにきましたっ」

 

「話すことなどない。私の前から消えろ」

 

「っ」

 

 

秀平さんの顔。秀平さんの声でそれを言われるのは本当にキツくて。だけど、ここで逃げちゃダメなのは分かってます。

 

 

「わたし、はっ……こんな人見知りで、いつもおどおどしてて、言葉もなかなか出てこなくて……」

 

「話すことなどないと言っている」

 

 

知らない。わたしはあなたに話してない。

 

 

「いろんな、人に愛想を尽かされて……わたし、家族もいないから、ずっとこのままだって、思ってました」

 

「でも、秀平さんは……そんなわたしの言葉を待ってくれて、いつも優しくしてくれた。だから、わたしは変われたんです……ちょっとだけ、だけど」

 

「自分の殻を壊して……秀平さんに好きって言えた……」

 

「……それは本当の黒井秀平ではない。」

 

 

分かってます。霧彦さんからそれはもう聞いてるから。けれど、そんなのっ!

 

 

「それでもっ」

 

「秀平さんは、わたしのことを好きだってっ……答えてくれたんですっ」

 

 

わたしは秀平さんを取り返す。

そう、覚悟してここに来ました。

 

 

「………………私ではない私の話をするな。反吐が出る」

 

「っ」

 

 

わたしの言葉は、届かない。その代わりに返ってきたのはーー

 

 

『リバース』

 

 

ーー変貌を遂げた秀平さんの姿でした。

真っ赤な瞳がわたしを見つめてくる。そのまま彼は床に手を着きます。何をして……?

 

 

ーーグニャリッーー

 

「え……?」

 

 

突然襲われる浮遊感。落ちたと理解したのは落ち始めてからで。

下を見れば展望台の床が反転して、吹き抜けのように床が消え、一階の地面がよく見えます。つまり、このままだと死ーー

 

 

『変われっ』

「は、はいっ」

 

『イービル』

 

 

頭に響く『イービル』さんの声で、わたしはガイアメモリを首に差しました。

 

 

ーーーー『イービル』視点ーーーー

 

 

『……は、はっ……』

 

 

風都タワーの一階エントランスに降り立ったあたしは肩で息をする。壁を利用して、落ちる速度を落としながら、どうにか着地はできた。あたしも『ドーパント』とはいえ、元々の肉体は雫のもの。ギリギリだった。

 

 

『死なないか。目障りだな』

 

 

涼しい顔で着地した『リバース』。あの場に他に人間がいたら完全に巻き込まれてたぞ。

 

 

『……いきなり床抜くとか……てめぇ、頭おかしいんじゃねぇのか』

 

『私の話を聞かない方が悪い』

ーーグググググッーー

 

 

あたしの話を無視して、奴は力を溜めている。反転が、来るっ!?

 

 

ーーグニャリッーー

 

『ッ』

 

 

横に跳び、どうにか躱す。見れば着弾した壁は見事に裏返り、折れ曲がっていやがった。

 

 

『うげっ、自分の女の顔した相手に撃つ攻撃じゃねぇだろ……』

 

 

元に戻ったら一発しばくことを心に決め、構え直す。

……さぁ、どうするか。このままじゃジリ貧だ。とにかく懐に入り込まなきゃ戦えねぇ。

 

 

『………………』

 

 

奴のことだから、もう何発か攻撃が来るかと思ったんだが……。

 

 

『…………』

 

『あ?』

 

 

掌をこちらに向けた姿勢のまま、動かない『リバース』。

なんだ? 舐めてんのか?

……考えても仕方がねぇ、勝機はここしかない!

 

 

『ここで殺るっ!!』

 

 

覚悟を決め、1歩踏み出したその瞬間、

 

 

ーーゴゴゴゴゴゴッーー

 

 

背後から響く音。地鳴りにも似たものだったが、違う。振り返ると、エレベーターの扉に巨大な穴があって、ちょうどその中から人が現れたところだった。

 

 

「お! 黒井ちゃん、発見!」

 

「……騒ぐな。そのために来たのだから、いてもらわなくては困る」

 

 

『!』

 

 

霧彦から聞いていた。あれは黒井を狙ってるっていう男たち。

どうするっ!? 引くか……けど、ここで引いたら、あいつが殺されるかもしれねぇ……っ。

 

 

「お、白髪美少女はっけーん!」

 

『っ!?』

 

 

迷っていたとはいえ、隙を見せたつもりはない。だが、あたしの横にはひとりの男。顔を覗き込み、視線を合わせてくる。

 

 

『このっ!』

 

「暴力はいけないなぁ」

ーーグッーー

 

 

触れもせずに、拳を止められる。そのまま、あたしの顔に指を這わせてきて、

 

 

「結構、かわいいじゃん! オレ好みの顔立ちだぁ!」

 

『止めろッ』

 

「えー、別にいいじゃん? 減るもんでもなーー

 

 

ーーグニャリーー

 

ーーバキッーー

 

 

突然だった。あたしの顔に触れていた男の指が『裏返って』折れた。そんなことができるのはーー。

 

 

『………………』

 

 

あたしの視線も男たちの視線も、あいつを捉えていた。こっちに掌を向けたあいつは、ボソリと呟く。

 

 

『……雫ちゃんに……なにしてやがる……このモブ顔が……っ』

 

『!』

 

 

その言葉でーー

 

 

 

「っ、秀平さんっ!」

 

 

わたしは秀平さんの手をとって、風都タワーから飛び出しました。

 

 

ーーーーーーーー



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第43話 愛しきE / 予感

ーーーーーーーー

 

 

「……離せ、女」

 

 

どのくらい走ったでしょうか。手を振り払われたことで、ずっと手を繋いでいたことに今更ながら気づきました。

 

 

「あっ、ご、ごめんなさい……」

 

「なぜ私を連れて逃げた」

 

「……そ、それは、あのままだと危ないって思ったから……です」

 

「あの程度の輩など……」

 

 

正直に伝えます。『リバース』ってメモリは強いと『イービル』さんは言っています。けど、霧彦さんから聞いてたあの人達も強いから。

 

 

「無理、してほしくなくて……」

 

 

それが本心でした。

いつか秀平さんに言ったこと。あのときはアイナさんもピンチだったから、秀平さんに無理してほしくないっていうのが自分の身勝手な気持ちに思えて、耳打ちをしたんだけど。結局、なぜか秀平さんはやる気を出しちゃってました。

 

 

「ふふっ」

 

「何がおかしい」

 

「あっ、そ、その……すみませんっ」

 

 

こんなときに思い出し笑いなんて……。

 

 

『おい、雫』

 

「え、あっ」

 

 

『イービル』さんの声で、本当に聞きたいことを思い出しました。そうだ、そうでした。

 

 

「そ、その……なんで助けてくれたんですか。それにっ、わたしのこと……雫ちゃんって呼んで……」

 

「………………」

 

 

彼はわたしに背を向けて、答えてはくれません。

時間にして5分。その沈黙の後、

 

 

「……消えろ」

 

 

返ってきたのは、その言葉だけ。わたしはその場を後にするしかありませんでした。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

よう、俺。

 

「…………お前が黒井秀平を騙るな」

 

騙るなって言っても、俺は俺だし。つーか、俺からしてみればお前の方がなんなんだよ。

 

「そもそも私がオリジナルだ。お前に文句を言われる筋合はない。黙っていろ。もうすぐ終わる。出てくるな」

 

……あの状況で出ていかない訳がねぇだろ。そして、雫ちゃんのことを無碍にすんな。あの娘は俺の愛しの愛しの恋人ぞ?

 

「…………」

 

早く終わらせろよ。俺は少しでも早く雫ちゃんとイチャイチャしてぇんだ。

 

「…………」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「雫ちゃん! 黒井くんはっ?」

 

「……い、いえ」

 

 

事の経緯を聞いて飛んできた霧彦さんでしたが、先ほどの場所に戻っても、秀平さんはいませんでした。もうどこかへ行ってしまったんでしょう。

 

 

「すまない。怪我はないかい?」

 

「は、はい。『イービル』さんが守ってくれましたから。それに……」

 

「それに?」

 

「たぶんもうひとりの秀平さん、もわたしを殺す気はなかったような……」

 

 

根拠はありません。でも、そこまで怖くなかったから。

 

 

『……タワーの上から落とされてんの忘れんな』

 

「あっ、ごめんなさい」

 

『あたしが上手く衝撃を殺したからどうにかなっただけだ。あいつは敵だ、間違いねぇよ』

 

「…………」

 

 

『イービル』さんの言葉に、わたしは上手く答えることができませんでした。その代わりに、わたしは霧彦さんにある提案をしました。

 

 

「霧彦さん」

 

「……なんだい?」

 

「わたしをーー」

 

 

「ーー鳴海探偵事務所に連れていってもらえませんか」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

わたしは霧彦さんに書いてもらった地図を頼りに、鳴海探偵事務所を訪ねました。ドアをノックすると、中から聞こえてきたのは、明るい女性の声。

 

 

「お待たせしました~! ご依頼ですか?」

 

 

出迎えてくれたのは、鳴海亜樹子さん。この事務所の所長さんで、今回わたしからの電話を受けてくれた人でした。だから、連絡したものですと伝えると、すぐに中へ通してくれました。

中にいたのは、スーツ姿の男の人。事務所の奥のデスクに座っていたその人は、わたしを見て、近寄ってきます。

 

 

「この事務所の探偵、左翔太郎だ。『トワイライト』事件の時にあったよな。とはいっても、君はあの時、彼のことで必死だったから覚えてないかもしれないな」

 

「す、すみません」

 

 

左さんのいう通り、わたしは左さんのことを覚えていなかった。左さんによると、わたしが井坂先生に誘拐され、秀平さんに助けられたあの時にもその場にいたそうです。

覚えていないことを謝ると、左さんは構わないさと返してくれました。それより、と話を進めてくれる左さん。

 

 

「は、はい。電話でお伝えした通り、黒井秀平さんのことを教えてほしいんです」

 

「……確認するが、それは君の恋人の方じゃなくて」

 

「はい。もうひとりの秀平さんです」

 

「…………分かった」

 

 

わたしの表情を見てから、左さんは事務所の壁へわたしを招く。その壁を少し押すと、扉になっていることが分かりました。

 

 

「ここは……」

 

「この先に俺の相棒がいる。黒井のことはきっとそいつに聞けば、全部分かるはずだ」

 

「…………わ、わかりました」

 

 

扉の向こうはすぐ階段になっていて、そこを下りると『相棒』がいました。

わたしよりずっと年下の少年。彼が

 

 

「来たね」

 

「あなたが……左さんの相棒の……」

 

「フィリップだ。初めまして、白音(しらね)(しずく)

 

 

久しぶりにその名前で呼ばれました。それは昔のわたしの名前……家族がいた頃のわたしの名前でした。

なぜその名で呼ばれたのかは分かりません。でも、なんとなく、そのことが『彼』と繋がっている。そんな気がしていました。

 

 

「白音雫、黒井秀平」

 

「君達の共通項……つまり、君の家族の話をしよう」

 

 

ーーーーーーーー



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第44話 愛しきE / 白音佐奈について

ーーーーーーーー

 

 

私には家族がいた。

工場に勤めていた父と専業主婦の母、そして、6歳下の妹。私を含めて4人家族。決して裕福ではなかったけれど、幸せな家庭だったといえる。

 

私が高校生の時、転機が訪れる。

私はモデルにスカウトされたのだ。両親も妹も喜んでくれた。学業と仕事の両立は大変だったけれど、それでも充実した毎日を送っていた。

なのに、

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「工場が……?」

 

「あぁ……すまない、すまない……」

 

 

父さんは泣きながら謝っていた。父さんのせいなんかじゃない。だから、母さんも働きに出て、私もモデルの仕事に前以上に打ち込んだ。結局、私は高校を中退して、モデルに専念することにした。

幸いなことに、私の仕事は順調で、高校を卒業する歳には、家族を養うに十分な稼ぎになっていた。

そして、嬉しいことは続く。

 

 

「聞いてくれ! 就職が決まったんだ!」

 

「ほんと!? どんなところ?」

 

「それがな! 大手のIT企業だよ! 聞いたことがあるだろう、ディガル・コーポレーションって会社」

 

 

聞いたことがあった。風都でも有数の大企業。

なんで工場勤務の父さんがそんなIT企業に就職できるのかとか疑問はあったけど、父さんの笑顔や母さんの喜びに水を差すことは言えなかった。

 

 

「おめでとう、父さん」

 

 

だから、私は笑顔で応じたんだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ディガル・コーポレーションに入って少しして、父さんは少しずつ狂っていった。

最初は飲酒の量が増えただけ。次は眠れないと深夜に大声を張り上げて。最後は母さんを殴り、私や妹にも手を上げた。あまりの父さんの変わりように、母さんはノイローゼになり、私も身体に痣が増えたせいで、モデルの仕事を止めた。妹も学校に通えなくなった。もう限界だった。

そんなある時、私は父さんが会社の人間と思われる人と電話しているのを聞いた。

 

 

「あぁ……ダメだ。オレはもう限界だっ……許してくれ、もう……」

 

「頼む。黒井くんっ……オレのことをーー」

 

 

なんの話かは分からない。だが、父さんが『黒井』という人間に許しを乞うているのは分かった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「…………父さん? 母さん?」

 

 

その日の夜、家に帰ると、電気がついていなかった。スイッチを押しても、照明はつかない。仕方がないから、壁伝いで家の中を歩いて、辿り着いたキッチンで、私はその光景を目撃した。

 

 

「は……はぁっ……」

 

「……父さん、何をして……っ!?」

 

「はは、は……はははははっ」

 

 

暗闇に目が慣れてきたせいで、見えてしまった。

母さんの身体には無数の刺し傷。

そして、父さんの手には刃物が握られていて。

状況が物語っていたのだ。父さんが母さんを殺した、と。

 

 

「母さんっ!!」

 

「なぁ、オレが悪いのか……? オレは仕事をしただけなんだ……」

 

 

そう言うと、父さんは上着のポケットから複数のUSBメモリーのようなものを取り出そうとして、床にばらまいた。それを必死にかき集める父さん。私はその隙に母さんの近くに駆け寄った。母さんの息はなかったけれど、私は必死に呼びかける。

 

 

「母さんっ! 母さん、しっかりしてっ!!」

 

「ちがう……オレは違うんだ」

 

「何を言ってるのっ!! 救急車、呼んでよっ!」

 

「ああ……ダメだ。オレは……もうっ」

 

 

私の声は届いていない。

父さんはダメだダメだと呟きながら、散らばったUSBメモリーを一本取り上げてーー

 

 

『ソード』

 

 

ーー次の瞬間、父さんが『怪物』に変わった。

 

 

「……な、に、なんなの……っ」

 

『ハハハッ、これが……これがガイアメモリの力っ!』

 

「ガイア……メモリ……?」

 

『素晴らしい。あぁ、罪悪感なんて感じる必要なんてなかったんだ。超人になった感覚……そうか、そもそもオレはあんな思いをしないでよかったんだ!』

 

 

高笑いを続ける父さん……いや、『怪物』。

母さんを殺しておきながら、笑う『それ』はもう私の家族なんかじゃあない。

 

 

「……なに、笑ってるのよ」

 

『あ……?』

 

「母さんを殺したのにっ!! 『怪物』がッ!!」

 

『……怪物? オレが?』

 

「お前なんてっ!」

ーーガンッーー

 

 

近くに転がる鍋や包丁を投げつける。けど、『怪物』はまったく動じていなかった。『怪物』はゆっくりと近づいてくる。

そして、

 

 

ーーガシッーー

 

「痛っ!?」

 

 

髪を掴まれた。そのまま持ち上げられ、ブチブチと髪がちぎれる音がする。

 

 

『あ、あ……悪い子だぁ』

 

「やめ、ろっ! 離せっ!」

 

『父さんのことを『怪物』なんて……母さんも悲しむぞぉ』

 

「っ、その母さんを殺したのは誰だっ!!」

 

『あ? あー、そう、かっ、あぁあぁぁっ』

 

 

私の言葉に反応して、取り乱す『怪物』。急に髪を離されて、私は床に放り出される。

母さんは殺された。もう父さんはいない。どうなってもいい。

そう思っていた私の脳裏に浮かんだのは、妹の笑顔。今は親戚のところに預けられてる妹が、こんな光景を見ないでよかった。そう思うと同時に、ここで死んだら妹はどうなるのか考えてしまって……。

 

 

ーーカツッーー

 

「……これ」

 

 

力なく横たわる私の手の先に触れたもの。冷たい金属の感触。

それは『怪物』が使った『ガイアメモリ』というものだった。

 

 

「っ」

 

 

その時の私に選択肢はなかった。

今、掌の中に収まった『それ』を使わなくては、きっと私は死ぬ。死ねば、妹はどうなる。私の唯一残された家族のために、私はーー

 

 

「あぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

私は雄叫びを上げながら立ち上がり、手中の『それ』を起動した。

 

 

『イービル』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

気づいた時には『怪物』は消え、父さんは息絶えていた。その後、近所の人の通報で駆けつけた警察の人が、私のことを保護してくれて。

その後、数年間はその刃野って刑事さんのところに妹と一緒にお世話になっていた。私の心の傷が癒えたことで、私は刃野家を出た。妹を置いていくのは辛かったけど、妹を巻き込むわけにはいかなかったから。

 

 

「お姉ちゃん……ホントに出ていっちゃうの?」

 

「うん。私もやりたいことを見つけたんだ。いつまでも幹夫さんに甘えっぱなしじゃあ、ね」

 

「……じゃあ、わたしもっ!」

 

「高校生のうちは頼っていいって、幹夫さんも言ってくれたでしょ?」

 

「で、でもっ!」

 

「……分かった。卒業して、2人ともちゃんと働き始めたら一緒に住もう?」

 

「ホント……?」

 

「うん」

 

 

嘘だ。私はもう後に引くつもりはない。

あの事件の直後に、父さんの携帯にきたメッセージを私は見てしまっている。

『黒井』という人間が送ってきた『仕事は順調か』という文章で、私は確信していた。その『黒井』が何かを知っている、と。

父さんがディガル・コーポレーションで働き出してからおかしくなった。そして、『怪物』を生み出したガイアメモリ。きっと何かがある。それを暴いて、復讐を遂げるのが、これからの私の生き方だ。それにこの娘を巻き込みたくない。だから、これでお別れ。

 

 

「…………」

 

 

寂しそうに俯く妹。

もうこの娘と一緒に暮らすことはない。でも、彼女が心配なのは本当で。だから、私は……。

 

 

「これ、お守り」

 

「……え」

 

「これがきっと私に代わって守ってくれるから」

 

 

そう言って、妹の手にあの夜の『ガイアメモリ』を手渡した。

『怪物』の存在からこの娘を守ってくれますようにと願いを込めて。

 

 

「お姉ちゃん……」

 

「幸せにね、雫」

 

 

私は最期にそれだけを告げて、雫の前から姿を消した。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「それが刃野雫……いや、白音雫と黒井秀平と結ぶ……君の姉・白音(しらね)佐奈(さな)が見た事実だ」

 

 

フィリップさんの話は、わたしの知らない事実。父さんと母さんは事故で死んだって、幹夫さんからは聞いていたけれど……。

 

 

「……っ」

 

「大丈夫か。ショック、だよな」

 

 

そう言ってくれる左さん。少しよろけたわたしを所長さんも支えてくれていた。

 

 

「ご、ごめんなさいっ」

 

「無理もねぇさ。いきなりこんな話を聞かされちゃ……おい、フィリップ!」

 

 

左さんが吠えるも、わたしは彼を止めました。わたしが望んだことだから、と。そして、フィリップさんに訊ねます。

 

 

「お姉ちゃんは……今、どこに……?」

 

「残念ながら」

 

「っ、そうですか……」

 

 

ショック。だけど、まだわたしには確かめなきゃいけないことがある。

 

 

「秀平さんと……お父さんは……」

 

「詳しいことは分からないけれど、君の父親と黒井秀平はディガル・コーポレーションで同僚として働いていたのは事実なようだ。真実は……」

 

「秀平さんだけが知っている」

 

「あぁ、そういうことになるね」

 

「………………」

 

 

正直な話、理解が追いついていなかった。たくさんのことを知って、どうすればいいか分からなくなっています。ただ、今のわたしが思うのは……。

 

 

「復讐、なんて考えるなよ」

 

「……え?」

 

 

色々考えていたわたしに、左さんが声をかけてくれました。

 

 

「……君のお姉さんは確かに復讐を考えていた。けど、君を巻き込みたくはなかった。だから、置いていったんだろ。だから、君はーー」

 

「……分かってます」

 

 

うん、分かってるよ、お姉ちゃん。

確かに真実は知りたい。知らなきゃいけないと思います。それがどんなものだったとしても。

だけど、それとこれとは別。

 

 

「秀平さんは秀平さん、だから」

 

 

わたしの想いはきっと変わりません。

 

 

「そっか……まぁ、にしても、刃さんも水くさいよな。こんな可愛い娘がいたなら、言ってくれればよかったのにな!」

 

「いやぁ、翔太郎くんには話したくないでしょぉ」

 

「なんだとぉ!? それはどういう意味だ、亜樹子」

 

 

「ふふふっ」

 

 

真実を知った。けど、わたしの心は穏やかだ。

 

 

 

ーーーーとある回想ーーーー

 

 

その少女が知り合う以前にその男に会ったのは2回。

2度目は社会人になってから、酒癖の悪そうな2人にサラリーマンにナンパされていたところを助けてくれた時。その時の彼は、少女がよく知る彼の性格のようだった。

 

そして、1度目は、

 

 

「いた……っ」

 

 

高校生の時。

風都タワー花火大会に出掛けていた彼女は、一緒に来ていた刃野幹夫とはぐれてしまって。さらに履いていた下駄が足に合わずに、歩くのも厳しい状況で、近くの神社でおろおろとしていた。

そんな時に、男に出会った。

 

 

「……こんなところで何をしてる」

 

 

目付きの悪い、怖い人だと思った。実際、彼はその場所にガイアメモリの取引に来ており、あながち彼女の勘は間違ってはいない。

 

 

「あ、あの……その……っ」

 

「…………」

 

 

おろおろとする彼女を男は観察し、その原因を理解した。

 

 

「……はぁ、すぐそこの診療所でいいな」

 

「え……?」

 

 

それだけを言って、男は彼女を背中におぶり、近くの診療所まで運んだのだ。怖い人かと思ったけれど、優しい人だった。そんなことを思いながら、彼女は大人しく男の背中に身を預けた。

 

そんな記憶を、彼女は今になって思い出したのだった。

 

 

ーーーーーーーー




『E』編終了です。
次回から新章に入ります。

明らかになった黒井と雫の繋がり。
そして、黒井の過去。
物語は終幕へと近づいていく。


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第45話 Aを取り戻せ / 歩みを進める者達

お待たせしました。
『A』編開幕です。


ーーーーーーーー

 

 

「秀平さんともう一度、話します」

 

 

決意も新たに、わたしは霧彦さんの前でそう宣言しました。

例の一件については、霧彦さんにも伝えてあって。だから、かもしれません。霧彦さんは危険だ、とも言わずに頷いてくれました。

 

 

「問題は彼と会えるか。そして、『テンセイシャ』を排除すると主張する彼らの存在だね」

 

「はい」

 

「探偵事務所の彼らにも声はかけたが、どうやら向こうも佳境のようでね」

 

「佳境、ですか?」

 

「あぁ。ミュージアム……私と黒井くんが所属していた組織にまつわる依頼が届いたようなんだ」

 

「ミュージアム……」

 

 

ディガル・コーポレーションの真の姿。ガイアメモリを流通させたこの街の裏組織。それはわたしの家族を……ううん、それを考えるのはやめよう。

今は秀平さんとどう会うか、です。

 

 

「…………また、連絡してみます」

 

「それしかないだろうね。タワーでの行動から考えるに、黒井くんの意思が強くなっているのかもしれない。雫ちゃんからの呼び出しなら」

 

「はい」

 

「もしまた『テンセイシャ』を排除しようとする彼らが現れたら、私がどうにかしよう」

 

「よろしくお願いします」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『雫、大丈夫か』

 

「……うん、大丈夫」

 

『なんだ、その……佐奈のこと、悪かったよ』

 

「ううん。だって、『イービル』さんも意思をもったのはわたしのところに来てからなんですよね」

 

『……あぁ』

 

「むしろお姉ちゃんを助けてくれて、ありがとう。きっとお父さんがお姉ちゃんまで手にかけてたら、もっと酷いことになってたと思うから」

 

 

少なくとも、わたしにはお姉ちゃんとの生活の記憶がある。幹夫さんにお世話になって、お姉ちゃんと笑い合った日々の記憶が。

お姉ちゃんの心中は分からないけど、それでもあの時笑えたのは、お姉ちゃんを守ってくれた『イービル』さんのおかげです。

 

 

「最後までよろしくお願いします、『イービル』さん」

 

『任せろ、雫』

 

 

待ち合わせの時間まであと30分。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「よう、黒井!」

 

「……田岡」

 

 

約束の場所に黒井は向かってはいなかった。彼の目的地は別にあり、そこへ急ぐ黒井の前に、田岡は立ち塞がる。彼を無視しようと踵を返すも、そちらには吉川の姿があった。

 

 

「どこに行く」

 

「お前達には関係ない。私に付きまとうな、鬱陶しい」

 

「いやいや、そうはいかんのよ」

 

「主からお前を捕獲するように言われている」

 

「…………邪魔を、するな」

 

 

『リバース』

 

『エンジェル』

『ホール』

 

 

『リバース』を挟み込む『エンジェル』。そして、『ホール』。

穴の記憶を内包したガイアメモリで変貌を遂げたのは吉川で、鉛色の細い体とは対照的に太い両腕。拳はなく、その代わりに穴が開いている。頭部はない。というよりも、まるで深く暗い穴のような黒色の頭であり、そこに2つだけ蒼い目玉が浮いていた。

 

 

『あららー、吉川がメモリを使ったってことは、黒井、お前ヤバイぜぇ?』

 

『田岡、無駄口を叩くな。奴を拘束しろ』

 

『へいへーい』

 

 

その言葉で『エンジェル』が飛び立つ。空から放たれるは、光の槍。

 

 

ーーザザザザッーー

 

 

それらは『リバース』を囲うように地面に突き刺さり、

 

 

『囲え!!』

ーーグググッーー

 

 

その一声で形が変化していく。光の槍から光の檻へ。

 

 

『チッ』

ーーグニャリーー

 

 

すかさず檻からの出口を作るために、『リバース』は能力を行使する。地面の反転。風都タワー展望台で使ったものと同じく、反転させた地面から下へ潜ろうとした。だが、それを簡単に許す相手ではない。

 

 

『甘いッ!!』

ーーゾゾゾゾッーー

 

『!』

 

 

反転した地面の下には、巨大な穴がポッカリと広がっていた。それを意図して作り出したのは勿論『ホール』。落ちれば命はない、その脅しを受けて、『リバース』は地面の反転を即座に中止した。光の檻の中に逆戻りしてしまう。

 

 

『変な気を起こすなよー? オレらの使命は『テンセイシャ』の排除だけど、お前だけは連れてこいって言われてるんだ。うっかり殺すとまずいんよ』

 

『…………連れてこい? 誰に言われている?』

 

『田岡』

 

『あ、やべっ』

 

 

檻の近くへ寄ってきた2人を睨む『リバース』。

 

 

『ともかく変身を解け』

 

『…………』

 

『俺は忙しい。余計な手間をかけさせるな』

 

「……これでいいか」

 

 

ここで暴れるのは得策ではないと判断して、変身を解除する黒井。それを見て、吉川も『ホール』メモリを体外へ排出した。

 

 

『吉川~、オレも解いていいか?』

 

「お前はそのままだ。人間のままでは精度が下がる」

 

『うへぇ……』

 

 

そうして、改めて向き合った黒井と吉川。光の檻越しにお互いの表情がよく見える。

 

 

「なぜ私を狙う」

 

「答える必要はない」

 

「お前達に指令を下しているのは誰だ」

 

「…………」

 

「お前達はーー」

 

 

「ーー私の何を知っている?」

 

 

黒井はただ問い続けている。自分の都合を最優先させる黒井秀平の性質がよく現れた行動で。自分の言葉を飲み込まない再三の質問に、吉川は辟易として一瞬顔を伏せた。それがよくなかった。

 

 

『吉川っ!』

 

「っ!」

 

 

『ライアー』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「っ、おぇっ……」

 

 

黒井は『ライアー』メモリを使うことで、危機を脱した。だが、その反動で強烈な嘔吐感を感じ、胃の中のものを戻す。

 

 

「奴のようには……いかないか」

 

 

奴ーーそれは彼の中に入ってきたもう一人の自分のことに他ならない。本来の黒井秀平には、ガイアメモリに対する特殊な耐性はない。すべて後天的に入ってきた彼の体質であった。だから、勿論、『リバース』というメモリの強力な副作用に、肉体も精神も蝕まれている。

それでも、黒井は歩みを止めない。

目的のために彼は進み続けるだけだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その日、風都署から1本のガイアメモリが強奪された。

照井竜がミュージアムに関わる案件で出払っていたがための失態であり、この事実は玄道修一郎が隠蔽した。

 

メモリの名前は『メモリー』。

人の記憶を蓄積し、再生するガイアメモリである。

 

 

ーーーーーーーー



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第46話 Aを取り戻せ / 過去と向き合う者達

ーーーー以下回想ーーーー

 

 

私にはおおよそ家族と呼べる者がいなかった。

 

幼い頃に両親は離婚し、親権を得たはずの母親は私を放って、若い男の家に入り浸り、録に学校にも行かずに育った。その事実が児童相談所に発覚した頃には、私の人格形成もほぼ済んでおり。

 

自分さえ生きることができれば、それ以外はどうでもいい。

 

そんな価値観が出来上がっていた。勿論、それで同年代の子供と上手くいくはずもない。私は引き取られた養護施設でも、孤独に過ごした。

居心地の悪い生活だ。必然的に、私は働ける年齢になると同時に、施設を出て、1人で暮らし始めた。幸いなことに、私自身の能力は決して低くはなく、日雇いの仕事をこなしながら、独学で知識をつけ、見事にIT企業であるディガル・コーポレーションに入社した。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

私がディガル・コーポレーションに勤め始めた頃、ある噂が出回っていた。

 

この街には人を『超人』に変える代物が存在する、と。

 

ネットやゴシップ紙、はたまた同僚の間でも、そんな下らない噂は広まっていた。確かに妙な事件や事故の話は耳に入ってはいた。だが、私はあくまでも現実主義だ。自分の目で見ていない噂は信じるつもりはなかった。

 

だが、その日、私の目の前で、人が呆気なく死んだ。『怪物』ーー後に知る『ドーパント』に襲われたのだ。

 

その後、私は『怪物』の噂を調べ、やがて辿り着いた。ガイアメモリの存在に。そして、それを流通させていたのが、ディガル・コーポレーションの裏の姿、ミュージアムであることに。

その時、私は当時の社長に二者択一を迫られた。

ガイアメモリを流通させる側に回るか。

それとも、秘密を知ったことで殺されるか。

 

私は前者を選んだ。

当然だ。私が生きれば、それ以外はどうでもいいのだから。

それからの私はただただ後ろ暗いものをもった人間に声をかけ、ガイアメモリを売りつけるだけの人間になっていた。

 

それを続けること2年間、私は1人の男に出会った。

 

白音(しらね)三郎(さぶろう)

働いていた工場が潰れ、ディガルに再就職したという冴えない中年男性だった。彼は私の部下として、ディガルに入ってきた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「なぁ、黒井くん。これから飯でも行こう」

 

 

その人物を一言で表すならば、どこにでもいる普通の人間だ。どちらかといえば善性寄りで、メモリを売ることに特段何も感じない私とは対極にいる。

 

 

「気安く話しかけるな」

 

 

きっと真実を知れば、耐えきれないだろう。だからというわけではないが、私は彼とは一定の距離をとろうと思っていた。上司と部下。それ以上の接点をもつのは、合理的ではない。だが、

 

 

「まぁまぁ、いいからいいから!」

 

 

そんな風に、彼は強引に私との距離をつめてきた。前時代的だと、よく私は彼に伝えていた。その上、上司へのため口はいかがなものかと。それにも関わらず、彼は私の話を聞いてくれない。

強引に彼がよく行くという飲み屋に付き合わされ、飲んだこともない酒を飲まされ、吐く。そんな合理的でない日々を送った。

この男とは関わるメリットがない。理屈ではそうだ。だが、彼の裏表のない性格に接して、話をしている内に、悪くはないとも思うようになっていた。

 

 

「いやぁ、うちの娘がな~、モデルをやってるんだよぉ」

 

「佐奈ってんだけど、べっぴんさんなんだぁ」

 

「雫はかわいくてなぁ」

 

「恥ずかしがり屋だけど、優しくてなぁ」

 

「嫁さんになぁ、小遣いをもう少しだけ上げてくれって頼んだんだぁ……ダメだとよぉ」

 

「再就職してから少し経ったんだから、いいいだろうに……」

 

 

酔うと彼は家族の話をよくした。同じ話をそれはもう数え切れないほど話す彼。

仕事をなくした頃は苦労して、やっと家族を養えるくらいの給料の出るディガルに再就職したのだ。私など放っておいて、その家族のところに帰ってやれ。それが私の常套句だったのだが、

 

 

「それはそれ。これはこれよぉ」

 

「黒井くんと飲むのも楽しいから仕方がねぇんだぁ」

 

 

駄目な親父だ。そう言うと、彼は違いないと笑った。

それからよく言っていたのは、

 

 

「娘にも……特に、佐奈には苦労をかけたんだ……あいつには幸せになってもらわねぇとなぁ」

 

「そうだ! 黒井くん、今、付き合ってる相手はいるか?」

 

「いない? そうかそうか! なら、佐奈はどうだ? 俺が言うのもなんだが、べっぴんさんだぞぉ?」

 

「今度、紹介してやろう!」

 

 

本人がいない席で、写真を見せ、挙げ句の果てには恋人候補にされる。本当に駄目な親父だ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

運命が変わったのは、彼が真実を知ってからだ。

どこでその真実を知ったのかは分からない。だが、私達が販売している代物がガイアメモリだということ、そして、それが街を脅かす『ドーパント』を生み出しているのだと知ってしまった。

 

 

「黒井くん……俺達は、なんてことを……」

 

 

善性である彼が罪の意識をもつのは当然のことだった。

 

 

「気にするな。私達はただガイアメモリを売るだけだ」

 

「だがっ!!」

 

「……今、止めたら家族を養えなくなるだろう」

 

「っ」

 

 

脅しのつもりではなかった。ただの事実を述べただけ。私らしくもないお節介のような助言だったと思う。

 

 

「っ、駄目だ。俺は……家族に顔向けができない……っ」

 

「……止めるつもりか」

 

 

そう訊ねると、彼は頷いた。さらに、続ける。

 

 

「知らなかったとはいえ、俺はとんでもないものの片棒を担いでいたんだ。止めるだけじゃあ償い切れないっ」

 

「なら、どうする?」

 

「……黒井くん、社長に会いたい。君ならどうにかできるんじゃないか」

 

「…………」

 

 

それは合理的ではない。下手をすれば、始末される可能性もあるだろう。だから、私はそれを断った。

それから数日は彼は無断欠勤していた。組んでいた彼の欠勤自体は私が誤魔化したが……。

 

後日、ディガルに特別顧問という立場の人物が来訪するとの話が流れた。それを聞きつけた彼は、その人物に会いに行ったらしい。

その日を境に、彼は再び私と共に仕事に勤しむようになった。

ただし、彼は酷く怯えた様子で、今までの面影はどこにもなかった。まるで『恐怖』を植え付けられたような顔だった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その日、私の携帯に彼からの連絡が入った。

ディガル・コーポレーションが所有するとある孤島まで来るように、と。

不審に思いながらも、私はその指示に従い、孤島に渡り、社長室の扉を叩いた。中にいたのは、1人の女性。たしか最近就任したという女社長。それから、

 

 

「初めまして、私はミュージアムに出資しています財団Xの者です」

 

 

張り付いたような笑顔の眼鏡をかけた白服の男だった。その側には白音三郎がいた。なるほど。この2人が彼の携帯電話を使い、私を呼び寄せたというわけか。

 

 

「ここに貴方を呼んだのは他でもありません。ここにいる白音さんの進退についてのご相談がありまして」

 

 

社長は興味がなさそうに、窓の外を眺めている。それを見るに、恐らく用事があるのは、この白服の方だという訳か。

 

 

「……社長さん。このお二人を私に預けさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「勝手になさい」

 

「ありがとうございます。では、行きましょうか、黒井さん」

 

 

そうして、連れられてきたのは、ディガルにあるという地下施設。そこはまるで地下牢のようだった。

 

 

「……ここは?」

 

「ミュージアムには財団が出資していますからね。スポンサー特権でしか入れない場所もあるのですよ」

 

 

答えにはなっていない。だが、ここがトップシークレットである場所であることは察しがついた。

少し歩くと、空いた牢屋に辿り着く。そこに三郎を放り込む白服。

 

 

「彼には少々メモリの実験台になっていただいておりまして」

 

「は?」

 

 

初耳だった。

確かに彼の様子はおかしかった。だが、それも罪悪感からくるものだろうと思っていたから。だが、それは違っていたのだ。彼はガイアメモリの実験台になっていた。

 

 

「『転生者』というものをご存知ですか」

 

「…………知らないな」

 

「でしょうねぇ」

 

 

人を馬鹿にするような口調が妙に腹立たしかった。

白服曰く、『転生者』とは別の世界で一度死んで、また別の世界に生まれ直した人間のことらしい。『転生者』は往々にして、前世での記憶を保持したまま、なおかつ特殊な能力を持ち合わせていることもあるとか。

 

 

「まぁ、私がそうなんですけれども」

 

「…………それがどうした。自慢なら他でやってくれ」

 

「まあまあ、そう仰らずに聞いてください。私はね、ガイアメモリを知っていたのです。遠くない未来に、財団がガイアメモリ事業から撤退することも」

 

 

白服は語る。

この組織の行く末とガイアメモリの可能性を。そうして、告げる。

 

 

「勿体無いと思いませんか。ガイアメモリは素晴らしい。集めれば、強靭な軍隊を作り、世界を掌握することすらできるのに」

 

「だから、私は作ることを決めたのです。私のための組織を」

 

「裏の街に先駆けて、『ハイドープ』になり得る可能性を秘めた人間を集めて、ここに収容する。謂わば、ここは私のための実験施設で、養成所です」

 

 

滔々と語る白服。自分自身に酔っているようであり、嫌悪感がする。話を終わらせたい私は、訊ねる。

 

 

「それを私に話してどうするつもりだ」

 

「…………言ったでしょう?」

 

 

『グリフォン』

 

 

「っ!?」

ーーガシッーー

 

 

気づいた時には遅かった。背後に現れた『ドーパント』に、私は掴まっていた。

 

 

「『ハイドープ』になり得る人間を探していると。貴方がそうなんですよ、黒井さん!」

 

「そのためにその男を実験台としていたのです。貴方に合う強力なメモリを探すために!」

 

 

反射的に牢に放り込まれた彼を見る。倒れ込んだことで露になったのは、腕に無数につけられたコネクターの跡。それが白服の言うことが本当だと証明していて。

 

 

「…………」

 

「そして、遂に見つけました! 見なさい、これをっ!」

 

 

白服が持っていたのは、金色のガイアメモリ。今まで見たことのない色のメモリだった。

 

 

「つい先日、偶然精製できたというゴールドランクのガイアメモリです。スポンサー特権で頂いてしまいました」

 

「名を『アナザー』。彼で試したところ不発でした……ただ、もう我慢ができません! だから、貴方を今日呼んだのです。今、ここでこのメモリを試すために!」

 

 

拘束されたままの私の首に、白服はコネクター手術を施した。そして、

 

 

『アナザー』

 

 

そのメモリは私の首に差し込まれた。

熱い。熱い、首がまるで焼け爛れるようだった。どのくらいの時間が過ぎたのかは分からない。だが、どうやら私の姿は変わらないようで。

 

 

「……ふむ、どうやらこのメモリは不良品のようですね。残念ですがーー」

 

 

ーーバキィッーー

『ぎゃぁぁぁぁっ!?』

 

 

「は?」

 

 

頭に霧がかかったようだ。思考がまとまらない。

だが、いつの間にか私を拘束していた『ドーパント』はいない。どうやら私が抵抗したことで、腕を折られたようだった。

……白服が何か喚いているが、理解できない。私はよろよろと牢に近づき、中にいる白音を担ぎ、歩き出した。

私の頭の中にあったのはーー

 

 

「家族のところへ帰るといい……」

 

 

ーー飲み屋で話した彼の笑顔ととりとめのない話が、私の頭の中に浮かんでは消えていった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

どうやってそこを出たのかは覚えていない。一種のトランス状態だったのだろう。とにかく私は気づけば、孤島から脱出し、自宅のある風吹町にいた。近くに白音がいないことから、彼をどこかに隠してから、ここに辿り着いたのだろう。

まずは病院か? 治療をしてから、白音を探そう。それで彼を連れてどこかへ逃げようか。いや、彼のことだ。家族も連れて逃げなくてはな。

 

 

「おい」

 

 

よろよろと歩く私の背後からかけたれた声。

振り返ろうとするが、それは叶わない。なぜから私の胸は背後から突き刺されていたからだ。

 

 

「か……っ」

 

 

胸から血が流れ、口の中も血の味がする。致命傷、だろう。

 

 

『ありゃ、思ったよりも簡単に死んだね』

 

「こいつもただの人間だ。簡単に死ぬ」

 

『そりゃそうか……ん? な、なんだ?』

 

 

音が遠くなる。身体の感覚もなくなっていく。

だが、首筋だけが妙に熱くて……。

 

 

「……メモリが反応している?」

 

『ど、どうする、こいつ』

 

「主の元へ連れていき、判断を仰ぐ。それだけだ」

 

 

そのうち、首の熱さも感じなくなり、私は死んだのだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

記憶は戻ったか?

 

 

「私には漠然とある人物を殺さなくてはならないという思いがあった。だが、今、すべて思い出した」

 

 

ま、それは共有してたから分かってたけどよ。

ずいぶんキツイ人生だったんだな、お前。

……なるほど、それでお義父さんに救われたんだな。確かにありゃあいい親父さんだ。

 

 

「……黙れ」

 

 

悪い悪い。茶化す意図はねぇんだ。

とにかく記憶が戻ったなら、お前の倒す相手もハッキリしたじゃねぇか。あの白服が元凶なんだろ。俺と同じ『転生者』だって言ってたが。

 

 

「私が死んだ後、お前が私の身体に入ったんだろう。それを白服の命令で、あの男達が同僚として監視していた訳だ。死人を生き返らせるメモリなど、自分の組織を作ろうとしていた白服からしてみれば、喉から手が出る程には欲しいだろうからな」

 

 

ふむ。だから、モブ共も『転生者』云々って話をしてた訳か。

……て、え、じゃあ、なにか? 俺の生活をあたたかーい目で、あのモブ顔たちが見守ってたのかよ。うげぇ、寒気がするぜ。

 

 

「お前が『転生者』だと分かったことで、排除しに乗り出した。そんなところか。自分以外にこの世界の知識がある人間が生まれたら、自分が不利になると思ったんだろう。浅ましい……反吐が出るな」

 

 

あぁ。なにより許せねぇのが、雫ちゃんの父親を酷い目に合わせたことだな。つーか、お前、自分に近づけないように雫ちゃんに冷たく当たってたのか? お義父さんのこともあって。

 

 

「記憶はない。無意識だ」

 

 

ふーん、どうだか? 言っとくけど、雫ちゃんはあげねぇからな! 俺の恋人だからな!!

 

 

「……お前はそればかりだな」

 

 

あ? 悪いか?

 

 

「……フッ、勝手にしろ。もう私の人生は終わっている。奴を殺したら……後はお前の人生だ」

 

 

…………早くイチャつきてぇんだ。

早いところケリをつけようぜ、あの全身ホワイト眼鏡野郎をしばいてよ。

 

 

「あぁ」

 

 

ーーーーーーーー




『アナザー』
本来の能力は分裂した2体の『ドーパント』になるというもの。
2体を同時に撃破しなければ倒せない。
ただし、『転生者』の介入によって、並行世界と繋げるメモリに変質を遂げていたため、死んだ黒井秀平の肉体を媒介にして、別世界の人間の魂を呼び寄せた。

その結果が、もう一人の黒井秀平。


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第47話 Aを取り戻せ / 約束を交わして

ーーーーーーーー

 

 

結局、秀平さんは待ち合わせの場所には来てくれませんでした。その代わり、わたしのスマホにはメッセージが届いていて。

 

「すぐに終わる。心配するな」

 

それがどちらの秀平さんからのものかは分かりませんでした。けれど、わたしのことを気にかけてくれているのだけは伝わってきました。少し安心。それでも心配なものは心配なんですけど。

だから、わたしは、

 

「無事に帰ってきてくれるって約束してください」

 

それだけを返しました。返事は一言。

 

「約束する」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

知ってるか? それ、死亡フラグって言うんだぜ?

 

 

「私は既に死んでいる。関係ないだろう」

 

 

ハッ、違いねぇな。

それで例の全身ホワイト眼鏡野郎の居場所は分かるのか? いる場所が分からなきゃどうしようもないだろ。

 

 

「…………」

 

 

なんだよ、なんで哀れな奴を見る目をしてんだよ。

 

 

「居場所など分からなくとも、待っていれば向こうから来るだろう……噂をすれば、だ」

 

『やぁ、黒井。三度目の正直だ。捕獲させてもらうぜ』

 

 

おぉ、ホントに来た。しかも、図ったようなタイミングで。

 

 

「……いいだろう。連れていけ」

 

『え? なになに? どんな風の吹きまわしよ?』

 

「ただの気まぐれだ」

 

『……ふぅん。こっちとしては仕事を遂行できるから、まぁ、いいけど』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

連れてこられたのは、『メモリー』で見た例の孤島。記憶だとビルがあったはずだが今はない……って、あぁ、そうか。この場所どこかで見たことあると思ったら『ビギンズナイト』の島か!

『ビギンズナイト』……『仮面ライダーW』が誕生した始まりのエピソード。そこで決着をつけるとは、中々オツなことをするな。

 

 

「…………黙っていろ。頭の中で騒ぐな」

 

 

へいへい。大人しくしてまーす。

 

 

「さて、黒井よー」

 

「……なんだ?」

 

 

不意に、田岡が話しかけてくる。

そろそろつくのか? そう思ったんだが、どうやら違うようだ。手の内でガイアメモリをくるくると回しながら、いつもの軽い口調で続ける。

 

 

「いやな、オレそれなりに優秀なワケよ。そんなオレがここのところ失敗続き。挫折感パネーの」

 

「だから、どうした? 早く私を案内しろ。それがお前の役目だろう」

 

 

『俺』は相変わらずの口調で、そんな言葉を返す。いや、これは俺でもキレるわ。本当にこいつ、合理的というか、あれね。人の心が分からん奴だなぁ。そんなことを考えながら、やり取りを聞いていると、

 

 

「はー、それ。それよ……そういうところがーー」

 

『エンジェル』

 

「ムカつくワケッ!!」

 

 

ほら、やっぱりなぁ。そりゃそうなる。

田岡は『エンジェル』に変わり、飛び上がった。それに反応して、『俺』もメモリを起動する。

 

 

『リバース』

 

 

同時に放たれた光球を反転させて、『エンジェル』へ返す。勿論、それを予測していた奴は躱す。

 

 

『……案内すらまともにできないとは。そんな人間が優秀な訳がないだろう』

 

『ホンットーに頭にクる! いいんだよっ! 半殺しにしてから連れてけばなァ!』

ーービュンッーー

 

 

次に繰り出すは、複数の光の剣。2、3、4……裕に10は超えてるな。それを打ち出してくる。下手な鉄砲数撃ちゃなんとやらだな。

だが、その程度ならばーー

 

 

ーーグニャリーー

 

 

半数が反転し、もう半分の剣にぶつかった。相殺させたのだ。爆発で辺りが光に包まれる。それを予測していた『俺』は動く。

 

 

『くっ!?』

 

ーーヒタッーー

『…………反転しろ』

 

ーーグニャリーー

 

 

『エンジェル』の右の脇腹に触れる。瞬間、反転が始まった。メキメキと音を立てて、反転していく奴の右腹。

 

 

『っ、離れろッ!』

ーーブンッーー

 

 

光の剣を精製した『エンジェル』は、俺のことを払い退ける。それが最適解だ。『リバース』の反転を生物に使うには、触れている必要がある。

 

 

『合理的な判断だな』

 

『っ、いちいちうるさいんだよォォ!!』

 

ーーーーーーギュィィィィィッーーーーーー

 

 

って、おぉ!?

叫び声を上げたと思ったら、奴の頭の輪っかが肥大化していく。な、なんじゃありゃ……。

 

 

『大技だろう……だが、こちらの体勢が崩れてもないうちに撃つのは愚策だ。問題ない。反転させる』

 

 

……いやいやいやいや、『黒井』くん? 言ってることはその通りだが、少しは相手の気持ちを考えよっか?

 

 

『どういうことだ』

 

 

事実を言ったら、田岡くんが可哀想でしょ?

……と冗談は置いておいて、たぶんそこまで無策で奥の手は出さんだろ。というわけで、あれは受けるな。

 

 

『……一理あるか。仕方がない』

 

 

そう言うと、『俺』は目の前の大気を反転し始める。『エンジェル』の輪が撃ち出されるまで大気を反転し続ける。作り出しているのは衝撃波。それをーー

 

 

『消し飛べッ』

ーーーーーーギュィィィィィッーーーーーー

 

『ふんっ』

 

 

『エンジェル』が放った光輪にぶつける。正面からではなく斜め下から。軌道を変えるためだけに放ったのだ。その目論見通りに、光輪の軌道はズレる。

 

 

『その火力を相殺できるとは思わない。軌道さえずらせばーー』

 

ーーーーーーギュィィィィィッーーーーーー

『甘いんだよッ!』

 

 

光輪はまるでブーメランのように背後から迫る。

なんと!? そんな狙いがあったのか!?

……まぁ、そんなもんだよな。

 

 

『だから、黙っていろ。不快だ』

 

 

大気の衝撃波と光輪の間を割いて、『俺』は既に移動していた。俺の視界には『エンジェル』の背中が見える。手を伸ばして。

 

 

ーーグニャリーー

 

 

その綺麗な翼を毟り取った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「生きているか」

 

「……まぁ、どうにかなぁ」

 

「あの高さから落ちたなら生きているだけマシだ。幸運だったな」

 

「ハッ、違いない……」

 

 

『俺』は田岡の横に座る。メモリも壊れた。もう起き上がれないだろうと踏んでの行動だ。さらに先程までの殺意も感じない。油断ではなく、客観的な判断。

 

 

「それで奴はどこにいる」

 

「こっから100mくらい東に進んだとこに地下に繋がる扉がある。鉄製で、地面に着いてるからそのまま開けて、階段降りれば着くよ」

 

「……そうか」

 

 

そう言って、『俺』は立ち上がる。

 

 

「じゃあなー、黒井。元気でやれよー」

 

「私はもう死んでいる。元気な訳ないだろう」

 

「……ハッ、ホントに頭にくる奴だ」

 

 

その場を離れる『俺』に、田岡は吐き捨てるように呟いた。きっとその声は『俺』には聞こえていない。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「やっぱり来たな」

 

『命令違反にメモリの破損。ここまでだな』

 

「ん」

 

『主の命により、お前を排除する』

 

「あー、そうしてくれ。メモリが壊れちゃ、オレはもう今までみたいに歩けないし。まぁ、空も飛べた。オレの人生は十分だろぉ」

 

『…………』

 

「吉川に殺されるなら本望だ。頼むから、楽に殺してくれよ~?」

 

『あぁ』

 

「あーあ、別れの言葉もなしかよ。吉川はホントに仕事熱ーー

 

 

ーーーーーーーー




『エンジェル』田岡退場。

アンケートがあります。
投票の上位2人で、ネット版AtoZのオマージュ書きます!


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第48話 Aを取り戻せ / 一騎討ち

ーーーーーーーー

 

 

田岡の言う通り、少し先に進むとその鉄の扉はあった。ビルが倒壊したはずのこの場所でも歪まず残っているのだ。財団の力がこんなところにも働いているのかもしれないな。

 

 

「入るぞ」

 

 

相当重いようで、ゆっくりと扉を開く。バンッと音を立てて、開け放たれた扉。埃臭さはなく、定期的にこの扉が開けられているのだと理解した。

そのまま階段を降りていく。地表から徐々に気温が下がっていくのが分かる。階段には電気は通っていないようで、一段一段下がるのにも苦労しているようだった。

やがて……。

 

 

「久しぶりだな、この場所も」

 

 

辿り着いたのは、『メモリー』で見た地下牢だった。周囲は暗く、慣れてきた目でもなんとか見える照度。

懐かしむ、というよりは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる『俺』。まぁ、あんな出来事があった場所だ。その心中を察するのは容易いことだった。

……って、おい、誰かいる。

 

 

「…………」

 

 

モブ顔3人衆の最後の1人・吉川。奴は通路を塞ぐように立っていた。

まぁ、予想はしていた。そりゃあ、ここにいるよな。吉川は何も言わず、懐からメモリを取り出した。言葉は不要ってやつか。ハードボイルドじゃねぇか。

 

 

『ホール』

 

『リバース』

 

 

2人は同時に『ドーパント』へと変貌を遂げる。その間は約3mほど。お互いに動かない。いや、動けない。

『リバース』の能力は、対象に触れることでほぼ確実に相手を葬ることができる。それは吉川も知っているだろうから、警戒し、簡単には近づかない。

対して『ホール』の詳しい能力を『俺』も俺も知らない。ガイアメモリ戦において、能力を知らないまま突っ込むのは悪手だ。こちらも動けない。

だが、

 

 

『分かっている。時間の無駄だ』

 

 

俺の言いたいことを理解しているようで、『俺』はそう呟いた。そして、『俺』は動き出す。

 

 

ーーグニャリーー

 

 

反転させたのは自らの足元。床の表面を反転させて、土の壁を作り出す。まずは相手の視界を奪ったのだ。恐らく『ホール』の能力で穴を開けてくるだろうが、それでも一瞬は自由になれる。

 

 

ーーグンッーー

 

 

反転し続け、土壁の範囲をを奴のいる方へと広げていく。それに合わせて、『俺』も壁の向こうにいるであろう奴との距離を詰める。元々狭い場所だから、左右に避けることもできないはず。壁に穴を開けた瞬間に奴の身体に触れて反転させるのが『俺』の狙いだった。

……だが、いつまで経っても壁は壊されない。

 

 

『……?』

 

ーーグニャリーー

 

 

不審に思い、警戒しつつも能力を解除した『俺』の目の前には、既に『ホール』の姿はなかった。

って、おい! なんでいねぇんだよ?

 

 

『……狼狽えるな。正面に穴を開けたのでなければ、左右どちらかに逃げ込んだのだろう。集中が欠ける。黙っていろ』

 

 

相変わらずの高圧的な態度でそう言う『俺』。最高に態度が悪い。嫌な奴である。ともかく、いつでも動ける体勢で構え、全方向に意識を向けた。

 

 

ーードプンッーー

 

『!』

 

 

その音は頭上から。奴は穴を頭上に開け、天井を伝ってきていた。

 

 

ーーバギッーー

 

『ぐ……ッ』

 

 

蹴りを顔面に受ける。モロに入った。ダメージは少なくはない。だが、これでーー

 

 

ーーガシッーー

 

『殺った』

 

ーーグニャリーー

 

 

蹴られながらも『俺』は奴の足を掴んでいた。反転が始まる。

触れた右足の装甲が裏返っていく。そのまま反転は伝播して腿へ、腹へ、胸へ、頭へ。止まることなく、10秒もすれば、『ホール』の体は完全に裏返っていた。

……って、げぇぇぇ、グロッ!?

 

 

『……醜悪だな。こうなってはただの肉塊だ』

 

 

そう言って、『俺』はそれを蹴り転がす。

えぇぇ……流石の俺もドン引きなんですけど。たぶんリアル肉体があったら吐いてたね、こりゃあ。はぁぁ、こっちの方向でR18展開は止めようぜぇ……。見るならエッチな方がいいってぇ……。

 

 

『…………』

 

 

俺の文句は完全無視。『吉川だったもの』が抵抗できないことを確認した『俺』は変身を解いた。そして、地下牢の先を再び見据える。後味のいい勝利では決してないけど、これで先には進める。この先に、

 

 

「奴がいる」

 

 

あぁ、決着をつけようぜ。

それでお前の未練もなくなるだろ?

 

 

「…………そうだな」

 

 

俺達は言葉少なながら会話をして、地下牢の更に奥。分厚い鉄の扉を開けた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「さて、2戦目だ。黒井秀平」

 

「……は?」

 

 

扉を開けた先はまだ地下牢。そして目の前にいたのは、吉川だった。

おい、おいおいおい。なんだ、そりゃあ……。もしかして、あれか、さっきの戦闘は幻で、こいつが本物の吉川ってオチかよ?

 

 

「不思議そうな顔をしているな。考えていることを当てよう」

 

「何故殺したはずの吉川がここにいるのか」

 

「答えは明白だ。吉川という人間は複数人いる。それだけだ」

 

 

クローン、って訳かよ。倫理観バグってやがる。

って待て。複数人、だと?

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

「同じ顔の人間がこうも揃うと、不気味なことこの上ない」

 

 

同感だ。少なくとも5体の吉川が俺達の目の前にはいた。そのうちの1体が告げる。

 

 

「改めて自己紹介をしよう。俺は……俺達は『吉川』。主の命に従うために作られた複製兵士だ」

 

 

複製兵士。それも財団が出資した技術の賜物ということか。本当に幅広くやってんな、財団Xはよっ!!

 

 

「手間だが、やることは変わらない。全てを駆除して先に進む」

 

「主の命により、黒井秀平、お前を捕獲する」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『黒井秀平を捕獲しました。そちらへ連行します』

 

「早く連れてきなさいッ」

 

 

白服は吉川からの通話を切り、椅子の背もたれに身体を預けた。

 

 

「チッ、どれだけ時間をかけているんですか。無能共め」

 

 

白服にとって、吉川はただの駒であり、八つ当たりの道具に過ぎない。特に、ここ最近は自分の思い通りにいかない報告も多く、3体ほど嬲り殺しにしたところだった。替えは利くため、それに関しては問題はないが、複製にも手間がかかる。それがまた苛立つのだ。

だが、その苛立ちもここまで。

 

 

「『転生者』黒井秀平は手に入れました」

 

 

何の因果か、元の黒井秀平に使った『アナザー』メモリは、自らと同じ『転生者』をこの世界に呼び込んだ。

しかも、報告によれば、彼は複数のガイアメモリを使用できるギフトを授かっているようで、白服はそれを心の底から欲していた。

 

 

「財団の技術力があれば、彼の体質は私に移植できるはずです」

 

「そうして、私はこの世界の……いいえ、ガイアメモリの王になるのです。複数のメモリを取り込める能力は、私にこそ相応しい」

 

 

白服は、1本のガイアメモリを掲げる。

色は白。イニシャルは『E』。メモリの名前はーー

 

 

 

「『エターナル』」

 

「直に『貴方』の力を、私の支配下に置きましょう」

 

 

 

ーーーーーーーー




『A』編、終了。
本編とネット版を並行しながら書きたいと思います。
次回から最終章になる予定です。

いつもご感想&ご愛読ありがとうございます。
励みになります。


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番外編 ネット版オマージュ
ガイアメモリ研究所 Cを探そう / 旬のものは止められない止まらない


完全番外編。
ネット版オマージュです。

本編のシリアスを楽しみたい方は飛ばしてください。
いいですか! 絶対に飛ばしてくださいよ!!


ーーーーーーーー

 

 

『C』

 

ここはミュージアムのガイアメモリ研究所。

今日も悪の科学者達が、恐怖のメモリ実験を繰り広げている。

今夜はここに、その体質を組織に買われ、招かれた者が2名。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

黒井(騒々しい方)「おい、なんだここ」

 

黒井(暗い方)「…………うるさい、黙れ」

 

黒騒「会話をしようぜ、黒井くん」

 

 

『カンペ:ここはガイアメモリ研究所です』

 

 

黒騒「え? ガイアメモリ研究所? ミュージアムの? うへぇ、なんかイヤーな予感がするんだが……てか、なんで俺と暗い方の黒井くんが同時に存在してんだよ」

 

 

『カンペ:世界の意志です』

 

 

黒騒「??? 世界の……なんて?」

 

黒暗「……メモリの試作品を、お前の身体で実験するようだな。まぁ、複数のメモリを毒素を気にせず使用できるその体質は貴重だ。合理的な判断だな」

 

黒騒「話を進めるな……って、黒井くん!? なんで俺のことを売った!?」

 

黒暗「…………」

 

黒騒「会話ッ!!」

 

 

『カンペ:メモリを使ってください』

 

 

黒暗「これか」

 

黒騒「……いや、ホントに試作品じゃん、これ。なんか配線とかむき出しだぜ……これ、体内に入れるの絶対やなんだけど」

 

 

『チェスナット』

 

 

黒騒「わぁ!? ビビったぁぁ……おい、突然鳴らすなよ」

 

黒暗「これはどんなメモリだ?」

 

 

『カンペ:栗の記憶を内包したメモリですね。日本で使われているマロンというのは、フランス語だそうですよ。ちなみに、英語でマロンと言ってしまうと、ザリガニという意味になってしまうそうなので注意が必要です』

 

 

黒暗「ほう。栗か……」

 

黒騒「えぇぇ、栗って……なんでこんなメモリ作ったんだよ……つか、どこに需要あるんだ、これ」

 

黒暗「…………」ぐぐぐぐっ

 

黒騒「ちょ、おい、やめ、やめろっ!? 無理やり挿そうとするんじゃねぇよっ!? カンペの人、止めてくれよ!」

 

 

『カンペ:正直、目の保養です』

 

 

黒騒「おい!? カンペの奴も変じゃねぇかっ!」

 

黒暗「…………」ぐぐぐぐっ

 

 

『カンペ:秀平さんが秀平さんを押し倒してる……はぁはぁ』

 

 

黒騒「ぐぬぬぬぬっ、突っ込みが、追い付かないッ」

 

黒暗「…………」ぐぐぐぐっ

 

 

『カンペ:それではそろそろ秀平さんの中に硬い棒状のものが挿入りますね』

 

 

 

『レッツ! メモリトライ!!』

 

「アァァァァァァァ!?!?」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

黒暗「……目が、もぐっ、覚めたか」

 

??『一体どうなってんだ、これ!?』

 

黒暗「…………もぐもぐ」なにかを食べながら鏡を差し出す

 

チェスナット『なんじゃこりゃぁぁ!?』

(全身茶色タイツ&身体中に栗の実が入っている)

 

黒暗「いが栗を想像したが……もぐっ、むき栗だったようだ」ぶちっ

 

チェスナット『痛っ!? おい、勝手にむしるな!』

 

黒暗「…………もぐっ」むしった栗をチェスナットの口に突っ込む

 

チェスナット『んむっ……ごくんっ』

 

 

チェスナット『わぁい、甘露煮だぁ♡』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ここはミュージアムのガイアメモリ研究所。

今日も悪の科学者達が、恐怖のメモリ実験を繰り広げている。

 

 

注意:ここに登場するキャラクターはフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは一切関係ありません、たぶん。

 

 

ーーーーーーーー




正直、すまんかったと思ってる。


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ガイアメモリ研究所 Pのお遊び / その人は手癖が悪い

まさかと思ったろ?
続くんだぜ?


ーーーーーーーー

 

 

『P』

 

ここはミュージアムのガイアメモリ研究所。

今日も悪の科学者達が、恐怖のメモリ実験を繰り広げている。

今夜はここに、その体質を組織に買われ、招かれた者が2名。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

黒井(騒々しい方)「なんか……既視感があるんだが」

 

黒井(暗い方)「…………」黙って珈琲を飲む

 

 

『カンペ:第2回です。よろしくお願いします、秀平さん』

 

 

黒騒「ぐっ、何故だ。嫌なはずなのに、このカンペの人にそう言われると逆らえない俺がいるっ」

 

黒暗「それで今回はどんなメモリだ?」

 

黒騒「え、なんで少し乗り気なの、黒井さん?」

 

 

『カンペ:今回も机の上に置いておきましたので、どうぞ起動してください』

 

 

黒暗「……『P』か」

 

 

『プラッシュドール』

 

 

黒騒「『プラッシュドール』……なんのメモリだ?」

 

黒暗「ぬいぐるみ、だったか」

 

 

『カンペ:その通りです。ぬいぐるみには『プラッシュトイ』や『スタッフドアニマル』など、様々な英訳があるようですが、メモリに選ばれたのは、この単語というわけですね』

 

 

黒騒「あぁ、そういえば『バイラス』も『ウィルス』とも訳せるらしいから、どの英訳が選ばれるかも謎だよな。語感か?」

 

黒暗「……さて」おもむろに立ち上がる

 

黒騒「あ?」

 

黒暗「…………」ぐぐぐぐっ

 

黒騒「ちょ、やめ、だからっ! 無言で迫ってくるの止めろって言ってなんだろうがっ!?」

 

 

『カンペ:この光景、心の洗濯ですね』

 

 

黒騒「どこが!? 男同士でこんなんやっても需要ないって! こういうのは女の子同士でやればいいじゃん!? その方が絵になるじゃん! UA数もあがるじゃんっ!?」

 

黒暗「…………」ぐぐぐぐっ

 

黒騒「痛ぇって!? おま、力、強すぎんだろっ!?」

 

 

『カンペ:強引なのもオツです。ご飯が進みます』

 

 

黒騒「あーっ、もうっ!?」

 

黒暗「…………」ぐぐぐぐっ

 

 

『カンペ:秀平さん×秀平さんの絡みは永遠に見ていられますが、そろそろでしょうか』

 

 

『レッツ! メモリトライ!!』

 

「アァァァァァァァ!?!?」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

黒暗「目が覚めたか」もふもふ

 

??『…………おい、なんか体が上手く動かせねぇぞ』

 

黒暗「黙れ、二度と喋るな」もふもふ

 

??『あ?』

 

黒暗「…………」無言で鏡に姿を写す

 

プラッシュドール『なんじゃこりゃぁぁ!?』

(可愛い熊さんぬいぐるみ)

 

黒暗「一口にぬいぐるみと言っても色々あるが、なるほど、熊のぬいぐるみになったか」もふもふ

 

プラッシュドール『おい、止めろ! もふもふするな』

 

黒暗「…………」もふもふ

 

 

『カンペ:ちょっと、秀平さん!』

 

 

黒暗「なんだ?」

 

プラッシュドール『お、助けてくれるのか、カンペさん!』

 

 

『カンペ:その子、今日持って帰ってもいいですか!!』

 

 

プラッシュドール『おい!』

 

黒暗「…………いいだろう」

 

プラッシュドール『お前が許可を出すなっ!?』

 

 

『カンペ:ふふ、ふふふ……リボンやフリフリのお洋服で、可愛くしてあげますからねぇ……今日は寝かせませんよぉぉ』

 

 

プラッシュドール『イヤぁぁぁぁぉ!!!』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ここはミュージアムのガイアメモリ研究所。

今日も悪の科学者達が、恐怖のメモリ実験を繰り広げている。

 

 

注意:ここに登場するキャラクターはフィクションであり、実際の人物・団体・事件とは一切関係ありません、たぶん。

 

 

ーーーーーーーー




本編を待っている方には重ね重ね申し訳ないと思ってます。
このオフザケがいい息抜きになるんです。

メモリ案は肘神さまさんよりいただきました。
ネタ枠で出してしまってすみません……。

ちょっとアンケートとりますね。


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最弱生存
第49話 Sと共に / 王たる力


本編再開。
『S』編開幕です。
更新頻度は少々下がりますが、お付き合いください。


ーーーーーーーー

 

 

「失礼します」

 

 

その部屋は、黒井と吉川が戦った地下牢の奥の部屋を抜けて、階段を下った先にあった。地下牢よりも更に地下深く、そこで白服は椅子に身体を預けていた。そんな彼の部屋に、吉川が入ってくる。

 

 

「……随分と時間がかかったようですが」

 

「申し訳ありません。抵抗が激しく、捕獲に当たった5体のうち3体がーー」

 

「そんなことはどうでもいい。代わりはいくらでも作れます。それよりも黒井秀平を早く引き渡しなさい」

 

「……はい」

 

 

白服の命令に従い、もう1人の吉川が、意識のない黒井を引きずって部屋に入ってくる。その吉川には右腕と左の眼球がなかった。勿論、それを見ても白服の表情は変わらず……むしろ、喜びの表情を浮かべていた。

 

 

「あぁっ!! 夢にまで見た光景です! これで私は『王』になれる!」

 

 

立ち上がり、笑い声をあげながら白服はその場で踊るように舞う。

その数十秒後に彼は再び椅子に座り直し、吉川達に指示を出した。黒井秀平を処置室に運べ、と。彼には白服に従う以外の選択肢は存在しない。どんな扱いを受けようと、吉川は主に従う。

 

 

「私もすぐに処置室に向かいます。移植用機材の準備をしておきなさい」

 

「はい」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「……つまらない男、だな」

 

 

処置室への道中、『俺』は吉川に話しかけた。仲間、というよりも自分と同じ顔をした人間が殺されたにも関わらず、無表情な吉川を皮肉る。まぁ、概ね同意見だな。

 

 

「意識が戻ったか」

 

「あんな器の小さそうな男の言いなりとは」

 

「俺は主の命を果たすだけだ」

 

「ふん、生き方までつまらん」

 

 

強気な発言だが、『俺』は引きずられるがまま。シュールな光景である。

……で、黒井さん、黒井さん。勝機はあるのかよ?

あと2人、しかも、片方はボロボロだぜ。今ならどうにかなりそうな気もするけど……。

 

 

「……まだその時ではない。察しろ、頭が悪いな」

 

 

吉川には聞こえないように、かつ吐き捨てるように小声で呟く『俺』。こいつッ、ホントに態度悪いな!?

『リバース』はまだ壊されていない。その気になれば、怪我を反転させて治すこともできるはず。だから、2対1で戦える今、やるべきじゃねぇか。

そう提案しているんですけどぉぉ?

 

 

「…………」

 

 

はい、無視。

あー! 怒った、もう怒っちゃいました、黒井さんは。

分かった。もう助言しねぇよ! そんな態度なら、俺はもう話しかけてあげませんからねぇ!!

 

 

「…………」

 

 

俺の怒りの声は聞こえているだろうに、それでも沈黙を返してくる『俺』。その心中は……穏やかではない。激しい怒りの感情に満ちているのが伝わってくる。

……まぁ、当然か。雫ちゃんのお義父さんと仲良さそうだった。その人を酷い目に遭わせた張本人と対面した直後なんだ。そりゃあぶちギレるわ。

だから、きっと『俺』が『リバース』を使うのはーー

 

 

ーーーー処置室ーーーー

 

 

「さてさて! 遂にこの時が来ましたよ!」

 

 

声を張り上げる白服の目の前には、手術台に寝かされた黒井がいた。そう、手術である。黒井の頭には脳波を計測する機械が、胸は切開する準備ができていた。

 

 

「準備はいいですか」

 

「はい」

 

 

白服の側には手術の助手として、その場にいる2体の吉川。1体は今まで黒井を監視し続けていた吉川で、もう1体は先ほど培養を終えたばかりの吉川。欠損の激しかった彼は既に処分されていた。

手術着の白服の手にはメス。そのメスが黒井の腹にーー

 

 

「ーー捕まえた」

 

「!?」

 

 

黒井には意識があった。白服の腕を掴み、そのまま羽交い締めにする。

 

 

「!!」

 

「動くな、三下共。動けば、こいつの喉を裂く」

 

「ひ、ひぃぃぃっ!?」

 

 

攻撃の体勢に入っていた2人の吉川を牽制する黒井。彼は叫び声をあげる白服の耳元で訊ねる。

 

 

「邪魔の入らない場所へ案内しろ」

 

「っ、連れていったら殺す気でしょうっ!? 教える訳がありませんっ!」

 

「…………私は今、ここでお前を殺してもいいんだが」

 

「わ、分かりましたっ!?」

 

 

喉にかけられた力で黒井が本気であることを察した白服は、観念して言うことに従うことを決めた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

よくここまで上手く事を運んだもんだ。全身ホワイト眼鏡野郎を羽交い締めにしながら歩く『俺』を見ながら、俺は思う。こいつ、態度は悪いし性格も最悪だけど、有能だよな……なんかむかつくなぁ。

そんなことを考えながら地下牢を歩くこと3分ほどで、辿り着いたのはとある牢屋。ここはーー

 

 

「あの男を監禁しようとした場所か」

 

 

『俺』はそう呟く。記憶で見たのが間違いなければ、雫ちゃんの父親が放り込まれた牢だろう。確かに吉川達からは離れたが、ここが邪魔が入らない場所かと言われると疑問だな。すると、こちらの疑念を読んだかのように、白服は答える。

 

 

「ここは特別製なのです。少々、よろしいですか」

 

「…………余計なことはするなよ」

『リバース』

 

 

メモリを起動して脅す。その後、奴から手を離した。

白服は牢の奥の壁に手を触れる。それに合わせて、壁の一部がへこみ、地鳴りがし始めた。それが収まったかと思ったら、牢の床に階段が現れたのだった。

 

 

「ずいぶんと手が込んでいるな」

 

 

同感だ。てか、地下牢の下にさらに地下を作るとか……奴の部屋も階段を下りたところにあったし、どんだけ地面の下が好きなんだ、こいつ。モグラかよ。

 

 

「疑り深い性格でして……ここは私しか開けられないようになっているのです」

 

 

白服に先導させ、階段を下りていく。勿論、奴の首を後ろから『俺』は掴んだ状態でだ。体感で2階分、そのまま下っていくと、また部屋が現れた。いや、これは部屋というよりも……。

 

 

「倉庫か」

 

「えぇ。ここには私が転生してから今までに蒐集したガイアメモリが保管されています。『ホール』や『グリフォン』、『エンジェル』といった強力なメモリも私が蒐集したものの一部なのです」

 

「…………さて」

ーードンッーー

 

 

話もそこそこに、『俺』は白服を押し飛ばし、奴は力なく床に崩れ落ちた。

本題に入ろう。そう言って、『俺』は言葉を投げかける。

 

 

「白音三郎を覚えているな」

 

「……白音……?」

 

「……私の同僚だった男だ。お前が私に『アナザー』を使う前、メモリ実験をされていたはずだ」

 

「……………………あ、あぁ、思い出しました。彼ですか」

 

 

本当に忘れていたのだろう。こいつにとって、雫ちゃんの父親はその程度の価値だと暗に言っているようで……。

 

 

「………………」

 

 

無言。だが、激しい怒りを感じていた。

 

 

「何故、あの男だった?」

 

「…………」

 

「何故、あの男を実験台にした?」

 

「…………」

 

 

「ッ、答えろッ!!」

 

 

『俺』は叫ぶ。

しばらくの沈黙。その沈黙は当時を思い出しているのか、それとも激情に駆られる『俺』を宥める言い訳を探しているのか。

『俺』の声の残響が聞こえなくなった頃、白服は口を開いた。

 

 

「誰でもよかった」

 

「あ?」

 

 

その口元は酷く歪でーー

 

 

「そんなの誰でもよかったに決まっているでしょうッ! 私以外の有象無象に価値などないのですからねェェッ!!」

 

 

ーー邪悪そのものだった。

次の瞬間、

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

ーーゾゾゾゾゾッーー

ーーゾゾゾゾゾッーー

ーーゾゾゾゾゾッーー

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

倉庫内に響いたのは、無数の騒音。それは聞き覚えのある『穴』を発生させる音だった。つまり、

 

 

「待っていましたよぉ! 流石にこの数が揃うのには時間がかかりましたが、間に合いましたねぇぇ!」

 

「ハハハハハッ、この倉庫の隣に培養室があるのです! 貴方は私を追い詰めたつもりでしょうが、実のところは逆! 私がここに貴方を誘い込んだのですよ!」

 

 

辺りを見渡すと、先程の比ではない。10、20……いや、50はいるか。モブ顔だから余計に不気味だぜ。そいつらが今、一斉にメモリを起動した。

 

 

『コックローチ』『バイオレンス』『グリフォン』『ジュエル』『ティーレックス』『アンモナイト』『アノマロカリス』『コックローチ』『バード』『アイスエイジ』『アノマロカリス』『バイオレンス』『バイオレンス』『ビースト』『コックローチ』『エレファント』『サラマンダー』『バイオレンス』『トライセラトップス』『フィッシュ』『ビースト』『アイスエイジ』『ユニコーン』『サラマンダー』『アンモナイト』『グリフォン』『ビースト』『エイプ』『アームズ』『コックローチ』『ビースト』『ビー』『コックローチ』『バイオレンス』『フィッシュ』『ビー』『ビー』『エイプ』『サラマンダー』

 

『『『『『『『『『『ホール』』』』』』』』』』

 

 

「どうですっ!! これが私の力です! 無数の『ドーパント』を従え、蹂躙する私こそ『王』に相応しいッ!!」

 

「…………反吐が出る光景だな」

 

 

目の前に広がるのは、化物オンパレード。今までに見たこともない数の『ドーパント』の群れだ。いやぁ、壮観だぜ、この光景はよ。

なぁ、これを見てもまだやるのか、『俺』。下手をすると……いや、下手しなくてもこりゃ死ぬぜ?

そんな俺の質問にも、『俺』は即答する。

 

 

「私は元々死んでいる。ここで引く理由はない」

 

 

目の前の怪人軍団を前にしても、『俺』は怯まない。恐怖はない。

今……いいや、記憶を取り戻してからずっと『俺』の心中にあるのは、『ドーパント』の壁を作って高笑いをしているあの全身ホワイト眼鏡野郎を殺すという強い意志だけ。それだけで『俺』は動いている。

 

 

『リバース』

 

 

1本のメモリを起動する。

1対50。地獄のような戦いの火蓋がここに切って落とされた。

 

 

ーーーーーーーー



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第50話 Sと共に / 別れ

ーーーーーーーー

 

 

最初の5体は簡単に撃破した。パワー型の『ドーパント』が多かったこともあり、次の5体も苦戦はしたが、倒した。問題はそこからだった。こちらの動きに慣れてきたのだろう。攻撃を躱され、逆に攻撃をもらうようになった。それでもどうにか倒して。20を超えた辺りからは数える余裕などない。とにかく周りの攻撃を躱して、攻撃を入れて。その繰り返し。勿論、これを繰り返せばいつかは全滅させられる。だが、ダメージは確実に蓄積していく。

そして、

 

 

ーーガクッーー

 

『っ』

 

ーーバギィッーー

 

 

肉体が限界を迎えた。足が、膝が、腕が言うことを効かず、その隙にいいのを貰ってしまった。

くそっ!? おい、俺のメモリ持ってるだろ! それ使え!

 

 

『っ、必要ない』

 

 

殴られるがままの『俺』は否定する。

だが、言っている場合かよっ! ここで殺されれば終わりだぞ! 『ライアー』なら多少は隙を作れるし、『ジャイアント』で薙ぎ払うことだってできるだろ!

 

 

『…………いいや』

 

 

それすら拒絶される。このっ……とぶちギレかけて、頭に流れ込んできた『俺』の声に冷静さを取り戻す。

……って、おい待て。それはーー

 

 

『その選択が合理的だろう』

 

 

お前、それじゃあーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「だいぶ静かになりましたね」

 

 

黒井に吉川達を当ててから約15分。50体の『ドーパント』の壁の向こうには、変わり果てた黒井の姿があるだろう。殺せではなく、捕獲しろと言ってあるから、彼の力を自らに移植するのは問題なく行えるはずだ。

 

 

『………………』

 

「どきなさい」

 

『………………』

 

「チッ」

 

 

何故か白服の指示を聞かず、動かない吉川達。苛立ちながら人混みをかき分け、白服は進む。そして、それを抜けた先にいたのは、

 

 

「は?」

 

「…………また会ったな」

 

 

黒井秀平だった。しかも、『ドーパント』体ではなく、人間の姿の彼の手には、ガイアメモリが握られている。

 

 

「『リバース』、メモリ……?」

 

「あぁ、お前が言ったんだろう。私は『ハイドープ』になり得ると。これでお前の兵士を全て反転させた」

 

「ち、違う! そんなはずは!? 貴方の『リバース』との適合率は高くなかったはずです! 私はそれを以前調べてーー」

 

「…………私は一度、生死を反転している」

 

「っ、それで適合率を上げたというのですかッ!?」

 

 

予想外の出来事に白服はたじろぎ、後退る。

 

 

「おいっ! この男を、早く捕らえなさいっ」

 

『………………』

 

 

白服の命令は届かない。何故なら、彼らは既に絶命しているからだ。

 

『リバース』。

反転の記憶を宿すガイアメモリ。本来は対象の物質を反転させるという強力なメモリだが、黒井自身が生死を反転し、現世に蘇ったことで適合率が急激に上がり、その結果、メモリ自体が命の状態すら反転させる能力に覚醒していた。

だが、その副作用は勿論ある。反転は止まらない。

 

 

「くっ……」

 

「……ハ、ハハ……それはそうです。そんな強力なメモリを使って、副作用がない訳がありませんっ! 見たところ、そのメモリは貴方の命も反転させている……フフフッ、貴方、死にかけていますね」

 

 

膝をつく黒井。そして、それを見て、彼を見下す白服。白服は自らの優位を確信し、高笑いをした。

 

 

「残念でしたねぇ! 私にはまだ駒があります。培養室には、裕に100体! それらを起動して、貴方の人生をいち早く終わらせて差し上げましょう! 大丈夫ですよ、貴方は私の中で生き続けるのですから!」

 

「…………はぁ……はっ」

 

「これで終わりです!!」

ーーパチンッーー

 

 

白服は手を掲げ、指をひとつ鳴らした。それは合図だ。培養室で待機している吉川へ、複製兵士を培養機器から取り出す合図。

だが、

 

 

「……?」

ーーパチンッーー

 

「な、なぜです!? なぜ駒が来ないのですかっ!?」

 

「言っただろう。お前の兵士を『全て』反転させた、と」

 

 

『リバース』の反転。その対象は『吉川』という個体。能力の範囲はこの施設全域にも及ぶ。

黒井秀平の選択。それは自らの命と引き換えに、白服の戦力を0にすることだった。

 

 

「~~~~~~ッ」

 

「……フッ」

 

 

声にならない声をあげて、発狂する白服。それを見て、黒井は軽く笑いーー

 

 

「先に地獄で待っているぞ」

 

『リバース』

 

 

ーー最期にメモリを起動した。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「これでよかったのか」

 

 

あぁ、合理的な選択だ。

 

 

「っ、そういうことじゃねぇ! お前、仇を討ちたかったんじゃなかったのかっ! 雫ちゃんの父親を実験台にしたあの野郎を自分の手で殺したかったんじゃなかったのかよっ」

 

 

……そうだな。それが私の唯一の目的だった。

 

 

「なら、何で他のメモリを使わなかった! それでどうにかなったかもしれねぇだろ!」

 

 

かもしれないな。だが、そうしたとしても、恐らくこの身体は限界を迎えるだろう。そうなれば、この肉体に入っているお前まで死ぬ。

 

 

「は? お前、それ……っ」

 

 

あの男ーー白音三郎という人間は、いつも家族の話をしていた。自慢の家族だと、家族のいない私に話していた。配慮の足りない男だったよ。

だが、あの鬱陶しいくらいの人柄を嫌いにはなれなかった。あの男と過ごす日々は悪くなかった。

 

 

「………………」

 

 

お前が執着している『雫』という女は、あの白音の娘なのだろう。それとお前は恋仲だ。お前が死ねば、あの娘は悲しむ。それを白音はきっと望まない。

だから、私は選択しただけだ。私と引き換えにお前を生かす。実に合理的な判断だろう。

 

 

「どこがだよ」

 

 

いいや、合理的だ。合理的で感情的な選択だ。

……おい。

 

 

「……なんだ」

 

 

私の友が大切にしていた者をよろしく頼む。

あとはお前に託す。『黒井秀平』。

 

 

「……っ、バカ野郎」

 

 

あいつの満足げな声を聞きながら、俺の世界は再び反転した。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「よう、全身ホワイト眼鏡野郎」

 

「……あ"ぁ?」

 

 

戻ってきた俺の目の前には、我を取り戻した奴の姿があった。恨みと怒りに満ちた表情でこちらを睨み付けてくる。

 

 

「睨むなよ、おっかねぇな」

 

「貴様は……許さなイッ! 『王』の邪魔をした貴方は死刑デス!」

 

「…………」

 

「死になさイ! 黒井秀平ィィ!」

 

「…………はぁぁぁ」

 

 

せっかく身体に戻れたというのに、気分が晴れない。

……そうだな。それもこれも目の前のこいつのせいだ。

俺はただこの世界で楽しく生きられればよかったんだ。ほどほどの生活をして、雫ちゃんと楽しく過ごして。

なのに、身の丈に合わない重いものを託されちまった。本当にーー

 

 

「…………おい、覚悟しろよ」

 

「お前は俺が……いや、『黒井秀平』が完膚なきまでに叩き潰してやるからな」

 

 

俺は懐から1本のメモリを取り出した。

シルバーランクのガイアメモリ。俺に適合率が最も高いというそれを、俺は起動した。

 

 

 

『マスカレイド』

 

 

 

ーーーーーーーー




黒井(暗い方)退場。
最終決戦は佳境へ。


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第51話 Sと共に / あのー、エターナルが相手とか聞いてないんですけども

ーーーーーーーー

 

 

メモリは俺の首へ。

いつもの身体が作り替えられる感覚を経て、俺の姿は変わっていた。だが、ただの『マスカレイド』ではない。

顔に張り付いていた骨の色が銀色へと変化し、両手のグローブも鈍い銀色に輝いている。

 

 

『これが本当の『マスカレイド』……』

 

 

目を閉じれば、この姿の『マスカレイド』の能力が頭に流れ込んでくる。なるほどな。こいつは雑魚戦闘員の比じゃねぇ!

再び目を開けて、白服と向かい合う。

 

 

『来い!』

 

「ひぃぃぃぃっ!?」

 

『って、おい! 逃げるな、ごらぁっ!!』

 

 

一目散に逃げていく白服。自称『王』が逃げるんじゃねぇ! 同じ『転生者』として恥ずかしいんですけどぉ?

無論、相手はただの人間だから、『マスカレイドの脚力』でも十分追いつく。

 

 

「ひ、ひぃぃっ、止めてくださいぃ」

 

『……こいつ、マジかよ』

 

 

白服は腰を抜かして、命乞いをする。その姿はどう見ても『王』ではなく、小物。三下でしかない。こんな情けない奴に人生を狂わされたと知らないまま、『あいつ』は逝けてよかった。そんなことをしみじみと思う。

 

 

『ほら、立て』

 

「い、痛い、痛いですっ!」

 

 

腕を持って引っ張ると、更に情けない声をあげる。

ったく……。

 

 

『じゃあ、自分で立て』

 

「わ、私をどうするつもりですかっ!?」

 

『っ、うるせぇなぁ』

 

 

耳元で喚きたてるな。鼓膜が震えるんだよ。

んで、まぁ、どうすっかなぁ。

正直、『あいつ』の本懐を果たしてやろうとは思っていた。だが、ここまでの小物だと考えものである。こんなんでも財団Xの人間だろうし、風都署の怖くて赤いお巡りさんに引き渡すのが……。

 

 

『ひ、ひひ……ヒヒヒヒヒッ』

 

『あ? 何を笑ってーー』

 

 

『ゾーン』

 

 

それは一瞬だった。奴の姿に油断していた俺は、奴が懐から1本のガイアメモリを取り出したのを見逃していたのだ。瞬時に、それを蹴り飛ばす。

 

 

『お前、メモリを隠し持ってやがったな!?』

 

 

使ったのは『ゾーン』。幸いなことに起動しただけで、奴自体は『ドーパント』への変貌を遂げていない。間一髪だっ……た?

 

 

『お、おい。なんでまだメモリ持ってんだ……?』

 

「本当に甘いですねぇ……きっと元の黒井秀平ではこうはいかなかったでしょう。しかし、お陰で助かりました」

 

『さっき蹴り飛ばしたよな、隠し持ってたメモリは』

 

「えぇ。ですが、私の体質があれば、起動するだけでそのメモリの能力を発動できるのです!」

 

『な!?』

 

 

貴方の体質と同じように『転生者』には、その奇跡相応の力が与えられるのですよ。白服はそう言って、『ゾーン』で呼び寄せた白色のメモリを起動した。

 

 

『エターナル』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『くそっ!? 聞いてねぇぞ! なんであんなメモリを持ってんだよっ! あんなもんあるなら伝えとけよぉぉ! ホウレンソウ!! ホウレンソウ!!』

 

 

奴の情報を詳しく伝えなかった黒井くんへの恨み言を吐きながら、俺は全力疾走で逃げていた。さっきとは立場が逆転していてつらたんなのだが、仕方がない。

 

 

『『エターナル』……あんなもんチートだぁぁ!!!』

 

 

それは、原作でも『W』を相当苦しめたメモリだった。純正化した『仮面ライダー』としての能力しか知らないが、『ドーパント』になったところできっとその強さは変わらないだろう。特に『マキシマムドライブ』に関しては、対象のメモリの機能停止とかいう、とにかくやべぇ性能をしている。

だから、俺はその名前を聞いた瞬間に、背中を向けて走り出したのだ。とりあえず俺の姿が『マスカレイド』のままだから、『ドーパント』としての能力は単純に機能停止って訳でもないのか……?

 

 

『その上、起動しただけでメモリを使えるだと……?』

 

 

こっちとら色んなメモリを使えます。その代わり体調を崩します、だぞ? どこぞの変態医師のお陰で副作用はないとはいえ、割に合わないし、向こうだけ強いわ、便利だわで……卑怯じゃないですかぁぁ?

 

 

『願わくば、変身失敗しててほしいが……』

 

 

『エターナル』は気分屋だと言われている。その性能を十二分に発揮できるのは、この世でただ一人だろう。

 

 

『あんな小物が使ったとあっちゃあ、原作ファンに叩かれるぜ』

 

 

軽口を叩きながら、俺は逃げ続ける。地下牢から地上に続く階段を上がっている途中で、ふと違和感に気づく。

 

 

『……あ? なんで地下牢の上の階に……また地下牢があるんだよ……?』

 

 

思い出しても、そんな構造ではなかったはずだ。この長い地下牢を抜けて、その上階はもう地上だったのに……。

 

 

「不思議に思うことでしょう。フフッ、私も驚きを禁じ得ません」

 

 

混乱する俺に声をかけるは白服。地下牢の奥、暗がりから姿を見せた。姿を変えていないのを見るに、変身は失敗した、でいいんだよな?

 

 

『何をしやがった』

 

「貴方もご存じでしょう? 『エターナル』が内包しているのは『永遠』。このメモリの力を活用したことで、地下牢自体が『永遠』の中に捕らわれているのですよ」

 

『なるほど。脱出できねぇってことか』

 

「御明察」

 

 

聞いたことのない使い方だった。ガイアメモリはそんなことも出来るのかと驚嘆、それと同時にひとつの疑問をもつ。

……カマをかけてみるか。

 

 

『……お前、頭悪いだろ?』

 

「は?」

 

『いや、『エターナル』を普通に使えば、戦闘は一瞬で終わるだろうが。それを妙な使い方をして……バカなんじゃねぇの?』

 

「はぁぁぁぁっ!?!?」

 

 

俺の煽りに簡単に乗ってくる白服。煽り耐性が無さすぎて、なんか心配になるレベルだ。だが、俺の思惑通りに白服はペラペラと喋り出す。

 

 

「貴方も『転生者』ならば、このメモリの扱いづらさは知っているはず! 事実、機能停止は使うことが出来ない! にもかかわらず、こんな使い方を思いつき、実行できるのは私だけですっ! あの大道克己ですら不可能ッ!!」

 

「このメモリ自体はまだ私を認めていないようですが、それも時間の問題です! 貴方の体質を取り込み、大量のメモリの力を以て屈服させる。そうすれば、私はあの園崎琉兵衛すら凌駕するガイアメモリの『王』になれる!!」

 

 

『……そ、そっか』

 

 

凄まじい熱量に、ちょっと引いてしまった。それを見て、白服は更に激昂する。思った以上にヒートアップした奴は、手に持っていたケースを見せつけてきた。その中には無数のガイアメモリがあって……。

 

 

「見なさい! ここにあるのは私が厳選し、蒐集した25本のガイアメモリ! 私はこの全てを起動しただけで使えるのです!」

 

『……そりゃあ、また……』

 

「奇しくも貴方とやることは似てしまいましたが、それでもメモリの数が違う。性能が違う。『マスカレイド』なんて最底辺のメモリと適合した貴方とは違うのですよッ!!」

 

 

 

「終わりです、黒井秀平ッ!」

 

 

 

『…………はぁ、本当に分が悪りぃな』

 

 

高笑いする白服を見ながら、深いため息をひとつ吐いて、構える。

状況はきっとさっきの戦いよりもずっと悪い。覚悟を決めろ。

 

 

『来い、三下』

 

 

悪いが、俺は生きて帰らせてもらうぜ。

 

 

ーーーーーーーー



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第52話 Sと共に / こりゃダメだ、メモリの数が違う

ーーーーーーーー

 

 

ハッキリ言うと、相手は小物だ。だが、力をもってしまった小物なのが厄介で、まるで自分の力を見せつける子供のように、複数本のメモリ能力を使ってくる。それをどうにか躱す。躱す。

 

 

「これならいかがですッ!」

 

『ビースト』

『ライトニング』

 

『チッ……!』

 

 

2本のメモリ能力の同時併用。獣の俊敏性と雷の破壊力を合わせた攻撃が俺を襲う。間一髪だが、しゃがんで躱す。

 

 

「ならば、次はこちらですよッ」

 

『ウェーブ』

『オクトパス』

『ジュエル』

 

『ッ』

 

 

白服野郎は波を召喚し、それに蛸の能力を得た状態で、硬化した拳を叩き込んでくる。足を取られるのは厄介だ。だから、俺はわざと波に身体を預ける。こうすれば、波による推進力はなくなり、奴自身の加速だけが攻撃に乗るからだ。

 

 

ーーバキッーー

 

『ぐ、がっ!?』

 

 

命中。だが、思惑通りに攻撃力自体は減衰している。

 

 

『痛ぇ……なっ!』

ーーブンッーー

 

「甘い! そんな苦し紛れの攻撃などーー」

『コックローチ』

「ーー当たるわけがないのです」

 

『ちょこまかと……』

 

 

複数のメモリの同時併用だけじゃねぇ。この白服野郎、1本1本のメモリ能力を把握しながら、使い分けてやがる。

 

 

『前言撤回だ。小物の癖によくやるじゃねぇか』

 

「強がりを……これならどうですッ!」

『ホール』

 

『っ、それはやべぇっ!?』

 

 

身をもってその能力を理解しているから、俺はその場から跳んで離脱する。幸いなことに、今までの『マスカレイド』よりも身体機能は向上しており、距離を離すことには成功した。

だが、

 

 

『な!?』

 

ーードプンッーー

 

 

くそっ!? 失敗した……。

『穴』に気を取られた隙に、『黄昏』ーー『トワイライト』に呑まれた。『黄昏の街』に……落ちる。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『……2回目だ、この夕焼けを見るのは』

 

 

げんなりする色だ。気分を滅入らせるような夕焼け。それを背に、奴はいた。

 

 

「あそこでは少々手狭でしたからねぇ、広く使いましょう」

 

『地下牢に閉じ込めたのはお前だろうがよ』

 

 

さしずめ『エターナル』の能力で、あの『永遠』の地下牢を作り出したはいいが、自身も解除できなかったといったところだろう。だから、場所を変えたのだ。

……ふむ。

 

 

『ぷっ、やっぱり使いこなせてねぇじゃねぇか』

 

「~~~~~~ッ」

 

 

俺の一言に白服はキレた。キレて、またメモリを複数使用してくる。

 

 

『ファクトリー』

『クォーツ』

『フェニックス』

 

 

俺に向けて放たれた工場排水と水晶と火の鳥。範囲も広い。その上、殺傷力が高そうだ。

……仕方がねぇ!

 

 

『ジャイアント』

 

 

俺はメモリを起動して、『ドーパント』状態で首に差し込んだ。体組織が変わる。そのまま体を丸めて、攻撃を防ぐ。『ジャイアント』は巨躯による膂力は勿論だが、防御力も相当に高い。だから、そう簡単には突破できないはずだ。

 

 

「メモリを変えたところで無駄ですよぉぉ!」

『ドクター』

 

ーーヂグッーー

 

『ッ!?』

 

 

さっきまで受けていた攻撃とは別種の刺激。首の後ろに、まるで注射を刺されたような感覚に気づいた時にはもう遅い。

 

 

『あっ、うっ……』

 

 

体に力が入らなくなっていく。

 

 

「筋弛緩剤の成分を数十倍にしたものを貴方に打ち込みましたぁ。いくら巨人とはいえ、『ドクター』の毒素には勝てないでしょう?」

 

「っ、はぁっ……くそ」

 

 

強制的に変身が解除させられる。同時に、地面に倒れ込む。腕を動かすことすらできない。

そんな俺の様子を見て、逃げることは不可能と判断したのか、白服は『トワイライト』を解除した。夕焼けは消え、代わりに殺風景な場所に出る。ここは地下牢じゃない……地上に出たのか。

 

 

「『トワイライト』も使いにくい。いちいち屋外に出されてしまいますからねぇ。これは廃棄、でしょうか」

 

「…………」

 

 

お前がそのメモリを使いこなせてないだけじゃねぇのか、と煽ってやりたいが、残念ながら口も動かない。

くそ……このままじゃ……。

 

 

「さて、それでは麻酔代わりの薬品も効いていることですし、もう一度地下へ戻りましょうか」

 

ーーパチンッーー

 

「そういえば、吉川は全て破壊されたのでしたね……チッ」

ーーバキィッーー

 

「か……っ」

 

 

憂さ晴らしとばかりに、俺の腹を蹴る白服。

てめぇ、覚えてろよ、この野郎。

 

 

「っ、重っ……この私が、わざわざ運ばなくては……いけないとは……本当に腹立たしいッ」

 

 

動けない俺をどうにか担いだ白服は、よろよろと地下へ続く扉へ向かう。

あぁ、くそ……万事休すか。

俺は目を閉じた。こんな奴に運ばれたくねぇよ……。

 

 

「くっ、このっ……なんでこんなに重いんですかッ」

 

 

せめて、せめて運ばれるならーー

 

 

 

『手を貸してやろうか? モヤシ男』

 

 

 

ああ、思ったより強い薬を打ち込みやがったな、あの白服。遂には幻聴も聞こえてきた。

この声は……愛しい愛しい彼女の声だ。けれど、こんな乱暴な口調は彼女にはあり得ない。だから、これはきっと幻聴なんだろう。

…………え?

 

 

 

「な、なんですか、貴女はーー

 

ーーバキィィィィッーー

 

 

 

白服が正体を訊ねる前に、その人物は俺を抱える白服を殴り飛ばした。反動で、俺は宙を舞う。

 

 

『っと、おい、待て待てッ』

 

「!」

 

 

ーーギュッーー

 

 

投げ出された俺の体は地面に転がらず、その人物に抱き締められた。まだ薬は効いているせいで、声は出ない。だが、空中浮遊と抱きとめられたその部位の柔らかさで、さっきよりは頭は覚醒していた。

白服を殴り飛ばし、俺を抱き締めた人物。それはーー

 

 

「お、お前は何者だァァァァッ!?」

 

 

 

『こいつの恋人だ、ごらぁぁっ!!!』

 

 

 

雫ちゃんーーいや、『イービル』の姿がそこにはあった。

 

 

ーーーーーーーー



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第53話 Sと共に / 再会と

ーーーーーーーー

 

 

「こ、この女、なぜここにいるッ」

 

ーートントンーー

 

「は?」

 

 

『私もいるよ』

 

ーーバキッーー

 

 

狼狽える白服の肩を叩いたのは『ナスカ』ーーつまり、霧彦だった。彼も白服を殴り飛ばし、その場にばらまかれた中から1本のメモリを、こちらへ放り渡す。

 

 

『雫ちゃん!』

 

『っと……あー、これでいいのか?』

『ドクター』

 

「っ、あひゃんっ!?」

 

 

『イービル』はそれをキャッチして、1本を俺の首に差した。メモリは『ドクター』。瞬間、俺は自身に打ち込まれた毒素の中和方法を理解して、投薬を試みる。結果、

 

 

「っ、ぷはぁっ!? し、死ぬかと思ったぁぁ」

 

 

俺は無事、復活を遂げた。

 

 

「『イービル』、お前なんでここに……?」

 

『あ?』

 

「愛の力だね」

 

『~~ッ、おい! 勝手なこと言うんじゃねぇよ!』

 

 

変身を解いて、俺の問いに答える霧彦。

そうかぁ、愛の力かぁ。

ふふっ、ふふふふ……。

 

 

『てめぇもニヤニヤしてんじゃねぇ!』

ーーベシッーー

 

「いでっ」

 

 

『イービル』に頭を叩かれる。その後、説明される。

 

 

『一回、てめぇの体に入った時の影響で、あたしはてめぇの居場所がなんとなく分かんだ』

 

「ほぇぇ」

 

「黒井くん、君は…………いや、ここで私が出張るのは無しだろうね」

 

「?」

 

 

霧彦は何かを言いかけて止めた。視線の先にはーー

 

 

「秀平、さんっ」

 

 

『イービル』から戻った彼女ーー愛しの雫ちゃんの姿があった。

 

 

「~~~~っ」

 

「心配かけたな、雫ちゃん」

 

「秀平さんッ」

 

 

この場で思いっきり抱き締めようとして、

 

 

「ふざけるなァァ!!」

 

 

耳障りな声で止まる。

あー、そういやあいつ、まだいたんだっけか。感動の再会で忘れてたぜ。

 

 

「この世界の主役は私なのです! 私こそがこの世界を統べる『転生者』ーー『王』!!」

 

「王、王ってうるせぇなぁ……野望をもつのは勝手だがよ、人様に迷惑かけるんじゃねぇ」

 

「私よりもずっと弱い、素質だけの男が私に指図するなァァ!」

 

 

ダメだ、こりゃあ。こいつには話が通じない。『王』とやらになることに取り憑かれている。

皮肉なもんだ。メモリを支配しようとして、結局はどちらが支配されてるんだろうな。

 

 

「……霧彦、雫ちゃん、『イービル』」

 

「こいつは俺がやる、とでも言うつもりかい?」

「そんなのダメ、です!」

「そもそも君は既にあの彼に一度やられたんだろう」

「こ、これ以上、危ないことしないでくださいっ」

 

「ったく、格好つけさせてくれよ」

 

 

畳み掛けられるような2人の言に、俺は頭をかいた。どうやらこの様子だと『転生者』同士の決着、サシでの勝負はできないようである。なら、

 

 

「力、貸してくれるか?」

 

「勿論さ」

「もちろん、ですっ」

 

『ナスカ』

『イービル』

 

 

心強い。本当にな。

 

 

『マスカレイド』

 

 

状況は変わった。俺は1人じゃない。

俺と雫ちゃんは首にメモリを、霧彦はガイアドライバーにメモリを差して、三者三様の変身を遂げる。

 

 

『黒井くん、その姿……例の『マスカレイド』かい?』

 

 

霧彦の言葉に頷き、性能が格段に上がっていることを伝える。まぁ、勿論ゴールドランクの『ナスカ』と比べたら数段下だろうがな。それでも、今までのような能力らしい能力もない雑魚メモリじゃないのは事実だ。

 

 

「3人になったところで! こちらの優位に変わりはありませんッ! 依然として、こちらは26本のメモリがあるのですから!」

 

『……だそうだが、黒井くん、勝算か作戦はあるのかい?』

 

『あ? 突っ込んで3人で叩きゃいいだろうが!』

 

『……はぁぁ』

 

 

『イービル』の発言に頭を抱える『ナスカ』。思慮が浅いと言い続けられてきた俺だが、今回ばかりは霧彦の意見に同感だ。奴は小物だが、そのメモリの数だけは脅威。無策で勝てる相手ではないだろう。さっきは奴が動揺したから、霧彦が殴れただけだ。

だからこそ、

 

 

『勝算はある。あいつの目の前にさえ行ければな』

 

『『…………』』

 

 

サシでの勝負って訳じゃない。それを2人に目で訴える。信じてくれ、と。

 

 

『信じます』

 

『え?』

 

『……だとよ』

 

 

『イービル』が代弁したのは、彼女の言葉。

霧彦は諦めたようにため息を吐いた。言っても無駄なんだろうと。そんな信頼と諦観に、俺は笑って頷いた。

 

 

『任せろ』

 

 

ーーーーーーーー




最終決戦、佳境!
アンケートあります。


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第54話 Sと共に / 差

ーーーーーーーー

 

 

『さぁ、行くぜ!』

 

 

俺は2人を信じ、駆け出す。白服への最短距離を進む。だが、それを黙って見ている奴ではない。

 

 

『エンジェル』

『ライトニング』

 

「死になさいッ!!」

 

 

メモリの2本同時使用。しかも、どちらも高エネルギー攻撃を放つ能力で、俺を近づけさせない意思を感じた。

だが、関係あるか! このまま突っ込むだけだ!

 

 

ーーギィィィンッーー

 

『全く世話の焼けるっ!』

 

『さんきゅー、霧彦!』

『行け! 黒井くん!』

 

 

攻撃を剣で裂いて、俺の進む道を切り開くのは『ナスカ』。

 

 

「っ、なら、これです!!」

 

『ヤング』

『ナイトメア』

 

 

概念系の能力が襲い来る。それでも進む。

 

 

『ごらぁぁっ!!』

 

 

『ヤング』と『ナイトメア』を受け止めたのは『イービル』。本来ならば、彼女の肉体は『ヤング』によって幼くなり、『ナイトメア』によって醒めない悪夢を見るはず。一瞬、足を止めかけてーー

 

 

『『イービル』! 雫ちゃん!』

 

『行けっ! 秀平ッ!』

「進んでっ! 秀平さんっ!!」

 

『っ』

 

 

ーーまた踏み出す。奴を倒せば能力は解けるはず! だから、彼女が俺を信じてくれたように、彼女を信じるんだ。

 

 

「くっ!? 止まりなさいっ」

 

『うるせぇっ!』

 

 

2人が切り開いてくれた道だ。止まれる訳がない。

白服との距離はあと5mちょい。このままの勢いで、奴の正面に!

 

 

「止まれ止まれ止まれぇぇ、黒井秀平ぃぃぃ!!」

 

『止まる訳ねぇだろうがぁぁ!!』

 

 

いくら奴が吠えようと、俺は止まらない。手を伸ばして、奴に触れてーー

 

 

 

『ゾーン』

 

 

 

~~~~~~~~

 

 

そこからはとても容易いものでした。

『ゾーン』で所有するすべてのガイアメモリを集約させて放つ一撃にて、一方的に蹂躙する私。今はあの女も、園崎霧彦も地に伏しています。そして、勿論、黒井秀平も。

 

 

「あんなにイキっておいて、この様とは……本当に無様としか言いようがありませんねぇ」

ーーグリグリーー

 

「ぐっ……」

 

 

再びメモリを拾おうとする黒井秀平の手を踏みつける。

そもそも『マスカレイド』などというゴミメモリで、『王』たる私に歯向かおうというのが間違いなのです。

……さて。

 

 

「本来ならば、丁寧に取り除くのがいいのでしょうが……」

 

『ドクター』

 

「散々焦らされたのです。少々乱暴にはなりますが、構わないでしょう?」

 

 

『ドクター』メモリの能力によって、まずは彼の腹を開く。勿論、麻酔は使いません。抵抗した彼が悪いのですから、多少の罰は与えなくてはなりませんよね。

 

 

「まぁ、どうせ死にますし、痛みくらい我慢しなさい」

 

『ジュエル』

 

 

生きたまま彼の肋骨を『ジュエル』の硬質宝石で砕いていきます。あばらを破壊する度に、叫び声をあげるのは非常に不快ではありますが……。今、感じている高揚感があれば、それも我慢できるというものです。

 

 

「さて、見えました。心臓です」

 

『ソード』

 

 

最後は『ソード』によって、彼とその心臓を繋ぐ血管を瞬時に切っていきます。鮮度が命、ですから。

やがて、心臓は私の手の内に。それを私はーー

 

 

「いただきます」

 

 

飲み込んだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「モがっ!?」

 

『よう。旨いかよ、俺の拳は』

 

 

奴が口に咥えた拳を俺は振り抜いた。白服は吹き飛び、地面を転がる。それはそれは、いい転がりっぷりであった。

 

 

「な、なじぇ!? わたひは、勝っていたはずでふ!?」

 

『あぁ、勝ってただろうよ。メモリの数が違げぇからな』

 

「なら、なじぇ!?」

 

『……お前は手の内を見せすぎた』

 

 

ーーキュィィーー

 

 

高音と共に、俺の頭部が熱くなる。同時に『マスカレイド』の外見が変化した。とはいっても、骨の部分の色が銀色から涅色に変わっただけだけどな。

 

 

「見たべが、変わったがらなんだというのでーー」

 

『ふんっ!』

ーーゴンッーー

 

「ひ、ひぃっ!?」

 

 

言葉を遮るように腕を振った瞬間、俺の腕が巨大になり、地を叩いた。これは『ジャイアント』メモリの能力。そして、

 

 

ーーキュィィーー

 

 

今度は赤色に変わる。その能力は、

 

 

『ここは南極だ』

 

「っ、さ、さぶい!? これは『ライアー』!?」

 

『ご名答』

 

 

『ライアー』メモリを解除してやる。奴に近づいたのも、油断している白服に『ライアー』で認識を阻害するためだった。

つまりは、これが様々なメモリを起動するだけで使える上に強いメモリを複数本持っている奴への唯一の対抗策。俺の切り札は『マスカレイド』を使った瞬間に、頭に流れ込んできたこの真の能力だった。

 

 

「ま、まさが……そんな、ありえないッ」

 

『あぁ、俺もよくわかってねぇけどな。この『マスカレイド』は他のメモリ能力を再現できるみてぇだ』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『マスカレイド』。

 

『仮面舞踏会』の記憶を内包したガイアメモリ。

ミュージアム製の物は、肉体能力を向上させるというだけの低価格かつ量産型、それに加えて自爆装置を付けられたまさに粗悪品である。しかし、その本質……本当の能力は、様々なメモリを再現できるというものだった。

多種多様なメモリ能力という『仮面』を付け替えて舞うそれは、まさに『仮面舞踏会』に相応しい。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「知らない! 知りまぜん、ぞんなもの!?」

 

『奇遇だな。俺もだ』

 

 

叫び続ける白服の言葉に同意し、俺はさっき白服が落としたメモリを拾う。そして、起動する。

 

 

『ゾーン』

 

 

「な、か、かえしなざいっ!」

 

『メモリの数が違う、だったか。そうだな、その通りだ』

 

 

俺は『ゾーン』を首に差す。同時に、装甲が白に変化して、他のメモリを呼び寄せた。

 

 

「あ、あぁぁぁ……わ、わだしの……力がぁぁ……」

 

『来い、メモリ共!』

 

「イヤだァァ、イヤだァァァァ!!」

 

 

宙を舞うメモリはすべて、俺の身体へと差し込まれていく。『ゾーン』を含めて、24本が集う。力が増大していくのが分かった。

……って、ん、24本……?

 

 

『黒井くん! まだ彼はメモリを握っているぞ!』

 

『!!』

 

 

見れば、確かに白服は1本のメモリを握り締めていた。『ゾーン』でも呼び寄せられなかった白いメモリ……まさか!?

 

 

「ハ、ハハハハハ……この土壇場で認めたのです! 『ゾーン』でもこの『エターナル』は呼び寄せられず、私の元にある! 他のメモリなど、もうどうでもいい!」

 

「これ1本で、この状況などひっくり返すことすらできるのですから!!」

 

『チッ!?』

 

 

走り出す。だが、間に合わない。

高笑いをしながら、奴はメモリを起動した。

 

 

『イミテーション』

 

「……………………は?」

 

 

想定外。奴が握り締めていたのは『エターナル』ではなく、『イミテーション』。模造品のメモリだった。

 

 

「な、なぜ……『エターナル』は……『王』のメモリは……?」

 

『まぁ、選ばれなかったってことだろ』

 

「~~~~~~ッ!! ふざけるなァァァァ!!」

 

 

ふざけるな、ね。

そりゃこっちの台詞だよ。全身ホワイト眼鏡野郎。

自分勝手な欲望で、大勢の他人の人生をぶち壊しやがって。特に、愛しの雫ちゃんの家族を酷い目に合わせた罪は重い。

 

 

『おい、覚悟はいいな』

 

「ひ、ひぃぃぃぃ!?!?」

『イミテーション』

 

 

苦し紛れに『イミテーション』を使う白服。そんな奴に向けて、俺はーー

 

 

 

『終わりだ、三下』

 

ーーーーーー『マスカレイド』ーーーーーー

 

 

 

取り込んだ全てのメモリのエネルギーを集めて、放った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

そうして、『黒井秀平』の悲願は果たされたのだった。

 

 

ーーーーーーーー




次回、エピローグ。


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最終話 Sと共に / これから始まる俺の人生は

エピローグ。


ーーーーーーーー

 

 

「俺のドキドキチート生活は……?」

 

「そんなものはない。メモリがそう判断したんだろうね」

 

 

自宅でトイレに籠りながら叫ぶ俺の言葉を、キッチンで料理を作る霧彦は一蹴した。

 

 

「イヤだぁぁぁ、チートしたいぃぃぃ」

 

 

あの戦いの後に、銀色の『マスカレイド』は俺の身体から勝手に排出され、壊れた。その時に取り込んだ24本のメモリも全て壊れた。霧彦がシュラウドに聞いた話だと、どうやらメモリのキャパオーバー。つまり、

 

 

「調子に乗って、『ゾーン』で24本も取り込んだ結果……自業自得だ」

 

「……うぅぅ、あれはよぉ……なんかノリでああなるじゃんよぉ……」

 

 

その上、井坂の処置でなくなっていた、体調を崩す体質も元に戻ってしまっていた。悲しい、悲しい。

 

 

「それにしても、財団Xの彼を殺さないとは……」

 

 

ポツリと呟く霧彦。

霧彦の言うように、俺は結局、あの白服を殺さなかった。恨み辛みは色々あったが、そんな色々を汲んだ上で殺さず、捕らえて風都署に引き渡したのだった。

 

 

「お義父さんの仇、とはいえ、雫ちゃんの目の前で人を殺すのは忍びないからな」

 

「……君は、本当に甘い」

 

「分かってるよ、そんなに責めるな」

 

「フッ、責めてなどいないさ。私はそんな君が嫌いじゃない」

 

「へいへい、ありがとよ」

 

 

軽口を言い合う俺達。そして、急に襲い来る腹痛。

 

 

「霧彦ぉ……白湯を用意しといてくれ……」

 

「承知した」

 

「あざ……」

 

 

丸二日、この調子である。もういい加減にしてほしい。助けて。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「死ぬかと思ったぜ……」

 

「ふふっ、大変でした」

 

 

隣を歩く雫ちゃんは、俺の話を聞いて笑った。本当は腹痛に頭痛、全身の蕁麻疹、挙げ句の果てには、眩暈やら嘔吐やらと、笑い事ではまったくなかったんだが……まぁ、雫ちゃんが笑ってくれるならいいか。

 

 

「あ、ご、ごめんなさい。秀平さんは大変だったのに……」

 

「いいさ。こうしてまた2人でデートできるようになったんだからな」

 

「え、へへ」

 

 

照れ笑いを浮かべる雫ちゃん。可愛い。幸せ。

 

 

『おい、調子に乗るなよ』

 

「あ?」

 

 

ほんわか幸せ空間に水を差すのは『イービル』。某仮面ライダーから貰ったというフロッグポットにメモリを差した状態で、俺に告げてくる。

 

 

『今のてめぇは雫を守れないんだ。あたし同伴じゃないとデートひとつもできないポンコツなーー』

 

「『イービル』さん?」

 

『なんだよ、雫』

 

「言い過ぎです」

 

『……事実じゃねぇかよ』

 

「……ね?」

 

『うっ……分かったよ……』

 

 

『イービル』を制御する雫ちゃんを見てると、なんだか少し怖くもある。この娘、実は中々に鬼嫁の才能があるのでは、と。

 

 

「秀平さん、ど、どうかしましたか……?」

 

「え、あ、その、だなぁ」

 

「そんなに見られたら、恥ずかしいです……///」

 

 

……ま、可愛いからいいか! 俺の恋人はこんなにも可愛い。幸せ。

今日はどこに連れていこうかな。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

さてはて、『転生したらミュージアムの下っ端だった件』だが、『下っ端』はこの世界で居場所を見つけた。

大切な友人と愛すべき者に出会い、『下っ端』の人生は続いていく。

 

『下っ端』の新たな人生に幸あれ。

 

 

 

ーーーーーーーー fin ーーーーーーーー




以上で『転生したらミュージアムの下っ端だった件』完結になります。
長い間、応援・愛読ありがとうございました。

本編は終了しましたが、この後にVシネや劇場版、あと番外編も投稿予定です。まずはVシネ予告を投稿するようになるかと思います。
もう少しだけ『転生したらミュージアムの下っ端だった件』にお付き合いいただけたら幸いです。
では、また。


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Vシネ『仮面ライダーエコー / イービル』
0 Vシネ予告編


まずはVシネからです。
その後に劇場版の更新が始まります。
昨今のVシネは本編の余韻を容赦なくぶっ壊してくので怖いですよね。


ーーーーーーーー

 

特報!

あの『転生したらミュージアムの下っ端だった件』が!

黒井たちが帰ってくる!

 

ーーーーーーーー

 

 

財団X職員『転生者』、通称・全身ホワイト眼鏡野郎との戦いから4ヶ月。

ミュージアムも壊滅し、財団Xの脅威も去った風都にて。

黒井や霧彦、雫、『イービル』の何気ない日常は続いていた。

 

しかし、彼らの日常に一筋の暗雲が立ち込める。

 

 

ーーーーーーーー

 

風都の影で、暗躍する新組織『カンパニー』。

その噂を耳にする黒井たち。

 

 

「『カンパニー』?」

 

「あぁ、風都中のガイアメモリを秘密裏に集めているらしい」

 

「そんなもん『仮面ライダー』に任せればいいじゃねぇか」

 

「いいや、残念ながら彼らは今、動けない。つまりーー」

 

「そりゃあ……俺たちが動けって話かよ」

 

 

ーーーーーーーー

 

そんな中でも日常を営もうとする黒井と雫に迫る影。

 

 

「やっほ、シューヘイくん♡」

 

「おま、えはっ!?」

 

「……え、えっと、どなたですか?」

 

「ん? 私? 私はシューヘイくんの元カノ。今日はシューヘイくんを奪いに来たよ」

 

 

黒井の元カノ出現!

雫との全面戦争勃発!?

 

ーーーーーーーー

 

そして、雫と『イービル』に接触する謎の女性。

彼女と出会い、雫は衝撃の決意をする。

 

 

「お姉ちゃん、なの……?」

 

「久しぶりね、雫。迎えに来たわ、共に行きましょう、お父さん達の待つ『カンパニー』へ」

 

『雫、止めろ! そいつはーー』

 

 

「わたし、決めました。わたしも『カンパニー』の一員になります」

 

 

ーーーーーーーー

 

初めて邂逅する雫と『イービル』。

そしてーー

 

 

『こうして会うのは、初めてだな』

 

「『イービル』さん、わたしは貴女がずっと嫌いでした」

 

『奇遇だな、あたしもだ。あたしも大嫌いだったよ、雫』

 

「ここで決着をつけましょう」

 

 

『エコー』

『イービル』

 

『「変身!」』

 

 

2人の下す決断とその結末を目撃せよ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『転生したらミュージアムの下っ端だった件』外伝

Vシネマ

『仮面ライダーエコー / イービル』

 

近日投稿開始。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『どきどき・霧彦くんの天の道クッキング ~禁断の果実を添えて~』

『復活の佐山 ~イケメンパラダイス・ロスト~』

『白服は魔法使い!? ~監獄バトルロワイヤル~』

『劇場版 複製戦隊ヨシカワジャー 不人気キャラから脱出せよ』

 

同時上映決定(大嘘)

 

※注意:こちらの同時上映作品はいずれも大嘘です。

   今後書く予定も書く気も一切ありませんのであしからず。

   書きたい人はお好きに書いていただいて構いません。

 

 

ーーーーーーーー



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1 4ヶ月後

ーーーーーーーー

 

 

財団X職員『転生者』白服との戦いから4ヶ月。

 

『仮面ライダー』たちの活躍によって、ミュージアムは壊滅し、財団Xもガイアメモリ事業から手を引いた。だが、街にはまだミュージアム製のメモリが残されており、その裏取引も密やかに行われている。ガイアメモリによる犯罪は撲滅していなかった。

さらに、メモリの魔力に取り憑かれ、ミュージアムを継ごうと考える裏社会の人間もおり、ガイアメモリを取り巻く状況は、よくなっているとは決して言い難いのが現実だ。

 

そんな中、またひとつガイアメモリに関わる組織が台頭し始めていた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「首尾はどう?」

 

 

風都にあるマンションの一室にて。

室内だというのに、白いコートを着て、フードを目深に被った女。彼女はソファーで寛いでゲームをしながら、目の前で跪く男たちにそう訊ねた。だが、返ってきたのは、彼女にとって芳しくない答えで。

 

 

「そ」

 

 

男たちに大して期待をしていなかったのか、その返事に感情は感じられない。

 

 

「使えないのは分かってたし」

 

 

ポツリとそう言うと、彼女はゲームを放り出して立ち上がる。そうして、テーブルに置いてあったPCの電源をつけた。画面に映っていたのは、2人の人間の写真。

1枚は、黒井秀平のもの。

もう1枚は、刃野雫のもので。

 

 

「しかたないなぁ、私が動くしかないじゃん」

 

 

彼女はイタズラっぽい笑みを浮かべながら、2枚のうちの1枚にキスをしたのだった。

 

 

ーーーー雫の自宅マンションーーーー

 

 

「秀平さん、あーん」

 

「あーん♡」

 

「おいしいですか?」

 

「うん♡ おいしー♡」

 

 

わたしの家でのお夕飯。

あーんしたハンバーグを、秀平さんは美味しそうに食べてくれます。ふふっ、可愛い。美味しそうに食べてくれて、作った甲斐がありました。

 

 

『きもちわりぃ……』

 

 

と水を差すような発言をするのは、もうお馴染みになったフロッグポットに入っている『イービル』さんでした。気持ち悪いって……!

 

 

「っ、もう! 『イービル』さんっ」

 

『いやよぉ……成人男性が「おいしー♡」はきもちわりぃだろ。キモいを通り越して、きもちわるい……』

 

「そんなことありませんっ!! 可愛いじゃないですかっ」

 

『お前……はぁ、いいわ、言っても無駄だったな』

 

 

ため息を吐く『イービル』さん。

まったく……気持ち悪いなんて、酷いことを言わないでほしいです。だって、こんなにも……。

 

 

「はぁぁぁ、幸せだぁ」

 

「ふふふ」

 

 

秀平さんは今日も可愛いです。

 

 

ーーーー黒井の自宅・黒井視点ーーーー

 

 

「『カンパニー』? なんじゃそりゃ……会社?」

 

 

俺は最近買った人をダメにするソファーに身体を預け、ゲームをしながら、キッチンにいる霧彦に問い返した。料理を続けたまま、霧彦はそれに答える。

 

 

「そうだね。会社……とは言っても、裏社会の会社のようだが」

 

「……ガイアメモリ関係かよ」

 

「あぁ。どうやら風都中のガイアメモリを秘密裏に集めているらしい」

 

「秘密裏に、ねぇ」

 

 

今は一介の主夫である霧彦に、存在と活動を知られている時点で、それはもう秘密裏にはなっていないんじゃねぇか?

そう聞くと、霧彦は

 

 

「それほどに蒐集の仕方が強引になっている、ということさ」

 

 

そんな風に答えた。勿論、俺たちにもメモリ関連の情報を仕入れる伝手はあるのだが、それを抜きにしても強引だということだろうな。

……ま、それはそれとして、だ。

 

 

「ふーん」

 

「興味はなさそうだね」

 

「まぁ、そりゃそうだ。そんな奴らは星の数、とは言わねぇけど、それなりにいただろ」

 

 

ミュージアム壊滅後、メモリの力目当てかはたまた資金目当てかは分からないが、その後釜を狙おうという勢力は相当いると、某探偵からも聞いていた。その悉くを2人の人物が潰してきたことも。

だから、どうせ今回も同じ結末をたどるだろうと思っているのが、正直なところだ。興味はないし、関係もない。対岸の火事ってやつだな。

 

 

「そんなもん『仮面ライダー』に任せればいいじゃねぇか」

 

「いいや、残念ながら彼らは今、動けない」

 

「あ? なんで?」

 

 

霧彦曰く、『仮面ライダー』両名とも、『カンパニー』とやらとは別のメモリ密売組織の壊滅に乗り出しているらしい。

 

 

「治安悪すぎねぇか、この街」

 

 

ついそんな本音も出てしまう。

 

 

「そんなことはないさ。人間は欲深い生き物だからね、自らを『超人』へと変えてくれる『魔性の小箱』があれば、手を出さずにはいられない。だから、決して風都の人間が特段、悪い人間というわけではないさ」

 

「いや、元ミュージアムのお前が言っても説得力ねぇよ」

 

「…………うっ」

 

 

勿論、元密売人の俺が言うのも違う気がするけどな。

ともかく俺達もミュージアム壊滅と共に、その業界からは完全に足を洗った。お咎めに関しても、例の白服を倒したことやら何やらで、風都署の警視様から多少の信頼を受けており、保護観察の身となっている。

 

 

「コホン! つまり、だよ? 黒井くん」

 

 

ばつの悪そうな表情をしていた霧彦は一度、調理の手を止め、リビングへ出てくると、ひとつ咳払いをして懐からそれを取り出した。どこで売っているのかも分からない赤い封筒。俺達の事実上の上司に当たるあの人を思い出すような赤い色のそれが表すのは、

 

 

「そりゃあ……俺たちが動けって話かよ」

 

「御名答」

 

「うげぇ……」

 

 

嫌々ながら、俺は手渡された赤い封筒を開けた。

 

 

ーーーーーーーー



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2 元カノ ☆

久々更新。


ーーーー雫の自宅マンションーーーー

 

 

「デート、延期……ですか?」

 

『あぁ、悪い』

 

 

夜、わたしのスマホにかかってきた秀平さんからの電話の内容は、そんなものでした。

 

 

『その、なんだ……ちょいと野暮用が入ってな』

 

「…………」

 

 

野暮用。秀平さんはそう言いました。それは最近よく耳にする聞き慣れた言葉で。だから、つい黙ってしまいます。

 

 

『雫ちゃん?』

 

「っ、あ、いえ……ご、ごめんなさいっ」

 

『いや、ごめんなさいは俺の台詞だ。悪い、埋め合わせは必ずするから!』

 

「そ、そんなの大丈夫ですよっ……都合が合わない時だってありますから」

 

『……そう言ってくれると助かる』

 

 

その後、他愛のない会話を交わして、わたしは通話を切りました。そのままベッドに倒れ込みます。

 

 

「はぁぁぁぁ」

 

 

思わず漏れる大きなため息。大丈夫、とは言ってはいても、正直な話、ショックはショックです。しかも、最近野暮用が多くて。

……ううん、違います。勝手に悪い妄想をしているだけ。そんな訳は……。

 

 

『浮気じゃねぇのか?』

 

「っ」

 

 

わたしの心を見透かしたみたいに、『イービル』さんはそう言いました。わたしはフロッグポットを睨み付けます。

 

 

「そ、そんなわけないですっ!」

 

『どうだか。あの軽薄野郎のことだし、あり得ない話じゃないだろうが』

 

「ちがうっ、ちがいます!」

 

『…………なら、確かめてみるか?』

 

「え?」

 

 

ーーーー繁華街ーーーー

 

 

『イービル』さんに促されるまま、わたしたちは繁華街へと足を運んでいました。アイナちゃんが霧彦さんから聞き出した情報によると、今日ここに秀平さんは現れるとのことでした。

 

 

『…………来ねぇな』

 

 

変装のために買った伊達眼鏡が合わずに、何度も位置を戻しながら、『イービル』さんはそう言いました。

そう。身体を『イービル』さんに預けて、物陰から様子を伺っているのです。

 

 

『仕方ねぇだろ。あの野郎、雫相手だとどんなに離れていても感知しやがるからな。ったく、妖怪かよ』

 

 

妖怪って……ふふっ。

 

 

『あ、笑ったな。実はお前もそう思ってたのか』

 

 

あ、いいえ。面白かったんじゃなくて、どんなに離れていても見つけてくれるのって……嬉しいですよね。

 

 

『あー、はいはい、あたしが馬鹿だったよ』

 

 

『イービル』さんは呆れたようなため息を吐くと、再び視線を戻しました。残念ながら正確な時間までは分からなかったので、もしかしたらもう用事を済ませてしまったんでしょうか。

 

 

『いや、まだ朝9時前だ。短時間で済む用事なら、あいつも時間をずらす程度で、お前とのデートをキャンセルしないだろ』

 

 

……そう、ですね。そうだと、いいですけど。

 

 

『…………はぁ、大丈夫だろ。お前が心配するようなことはねぇ』

 

 

わたしの心中を察してくれたのか、『イービル』さんはわたしにそう言ってくれました。やっぱり隠し事はできないですね。繋がってるから当然といえば当然ですけど。

『イービル』さんの言う『心配するようなこと』……それは秀平さんの浮気です。出掛ける前は違うとかそんなわけないとか言ったけれど、心のどこかで疑ってしまっていたのは事実で。

 

 

『あのなぁ……お前とあいつのイチャつきを間近で、気分悪くなりながら見てるあたしが保証してやる。奴の浮気だけはねぇよ』

 

『……その、なんだ。悪かったよ、ちょっと茶化しすぎた』

 

 

ばつが悪そうにそう言う『イービル』さん。

……いいえ、分かっていました。『イービル』さんはわたしの中にいます。だから、わたしの心の声を代弁してくれてたんだって。

わたしの方こそごめんなさい。貴女にそんなことを言わせてしまって。

 

 

『ふんっ』

 

 

照れ隠し。それも分かってしまいます。

ふふっ。

 

 

『……ん? おい、あれ』

 

 

指をさす『イービル』さん。それが照れ隠しではないのは、指先を辿れば分かりました。そこには秀平さんがいて、その隣には……え、え?

 

 

『誰だ、あの女?』

 

「っ」

 

 

その光景を見た瞬間に、わたしは変身を解いて駆け出していました。

 

 

ーーーー黒井視点ーーーー

 

 

「ねぇ」

 

「あ? んだよ、こっちは取り込み中…………だ……?」

 

 

赤い封筒からの指示通りに繁華街に向かった俺は、件の組織『カンパニー』に繋がる人物の尾行をしていた。そんな中、突如としてその女は背後から声をかけてきた。

そこにいたのは、

 

 

「やっほ、シューヘイくん♡」

 

「おま、えはっ!?」

 

 

思わず声を荒げ、反射的に飛び退く。その瞬間の俺の頭の中には、尾行のことなど全く消え去っていて。

ただただ、目の前に現れたその女の名を呼ぶ。

 

 

風華(ふうか)……なのか」

 

「うん。そうだよ、シューヘイくん」

 

「ッ」

 

 

顔も違う。声も違う。だが、俺には分かる。こいつはーー

 

 

「秀平、さんっ」

 

「え……?」

 

 

背後にいたのは、雫ちゃんだった。息を切らせて、俺の名前を呼ぶ。顔色も悪く、一目見れば分かるくらいには動揺した様子だ。

 

 

「……え、えっと、そのっ……こ、この方は……どなたです、か?」

 

「っ、こい、つは……!」

 

 

こいつが現れた以上、話さなくてはならない。なのに、俺の口はまるで固まっているかのように動かなくて。

くそっ、動け。動けよっ!?

 

 

ーーーー雫視点ーーーー

 

 

「アハ♡ 初めましてぇ、この娘が雫ちゃんかぁ」

 

「あなた……秀平さんの……」

 

「ん? 私? 私はねぇ、シューヘイくんの元カノ、名前はフーカ」

 

 

フーカと名乗り、秀平さんの元カノだと主張した彼女は、

 

 

「今日はね、シューヘイくんを奪いに来たよ」

 

ーースルッーー

 

 

そう言うと、無防備な秀平さんの首に腕を絡ませてーー

 

 

「んっ♡」

 

 

「なっ!?!?!?」

 

 

ーー秀平さんの唇を奪ったのでした。その光景を見た瞬間に、わたしの中の何かがキレる音がして、気づけばメモリを起動していました。

 

 

『イービル』

 

『っ、てめぇ、何者だァァッ!』

ーーブンッーー

 

「おっと」

 

 

完全に不意を突いた『イービル』さんの攻撃。けれど、それを彼女は躱す。その動きは、まるで目を閉じていてもこちらの動きが分かっているようで。

 

 

「そっちが『イービル』メモリーー別人格の雫ちゃん」

 

『あぁ? んだ、てめぇ!』

 

「なんだーって、さっき名乗ったじゃん? シューヘイくんの元カノだってさ♡」

 

 

この人、なに? 一体なんなの? 『イービル』さんのことも知ってる?

……っ、じゃない。今はっ!

 

 

『おい、黒井! てめぇも何か言えッ!』

 

「…………」

 

『おいっ!!』

 

 

『イービル』さんがわたしの意を汲んで、秀平さんに聞いてくれる。けど、秀平さんは、固まったまま動きません。答えてくれません。いつもの秀平さんじゃない。絶対に様子が変。

 

 

『……てめぇ、そいつに何をしたッ?』

 

「んー? なにも? するとしたら、い・ま・か・ら♡」

 

 

そう言って微笑む彼女。その笑みからは嫌悪感しか感じません。そして、その予感は最悪な方向に的中してしまって。

 

 

 

「奪うよ、シューヘイくんのぜんぶを♡」

 

『アイズ』

 

 

 

ポケットから取り出したのは、ガイアメモリ。

メモリにひとつキスをして、舌へメモリを差し、変貌を遂げる彼女。目玉の意匠と女性的な身体ラインをもつ『ドーパント』へ。同時に出現した浮遊する2つ目玉は、秀平さんを凝視しています。

 

 

『『ドーパント』だぁ!?』

 

『そ、『アイズ』……シューヘイくんのぜんぶを見るための『ドーパント』だよ♡』

 

『…………退くぞ』

 

 

っ、でもっ! 秀平さんがっ!?

 

 

『見捨てる訳じゃねぇ! あたしじゃ『アレ』には勝てない。体制を立て直す』

 

 

後ろ髪を引かれながらも、わたしは『イービル』さんの言葉に頷きました。

 

 

 

ーーーー同日数時間後・廃ビルーーーー

 

 

「…………出てきたまえ」

 

 

霧彦の声が夜の廃ビルに響く。

彼にも届いていた赤い封筒には、とある場所を探るように書かれていた。『カンパニー』の隠れ家と思われる廃ビルには、複数の気配があった。その時点で、霧彦はこの場所が外れであることは察していた。

 

 

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

 

「4人……いいや、4体、かな」

 

 

暗がりから出てきたのは4人。いずれも只者ではない雰囲気を纏っている。それはメモリに関わる者の気配だった。だから、彼は初めから『ナスカ』を起動する。

 

 

『ナスカ』

 

 

彼に呼応するように、その4体も顔を上げて、メモリを起動した。

 

 

『ホール』

『ホール』

『ホール』

『ホール』

 

 

露になるその人物の顔。皮膚は所々剥がれ、欠損した部位もある。だが、それらは全て『転生者』白服が造り出した複製兵士『吉川』の顔であった。

 

 

「まだ終わっていなかった、という訳か。これは……少々厄介だね」

 

 

そう言って、霧彦はガイアドライバーをしまい、代わりにロストドライバーを取り出した。そして、次に起動するのは純正化されたガイアメモリ。

 

 

『ナスカ』

 

 

 

ーーーーーーーー




フーカ

【挿絵表示】

(描いてくださった絵師様:sizz様)
https://skima.jp/profile?id=285056


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3 不協輪音

ーーーー黒井家ーーーー

 

 

よろよろと覚束ない足取りで辿り着いた黒井家。秀平さんから預かっていた合鍵で部屋に入ります。秀平さんのことを霧彦さんに相談するためだったのですが、そこに彼の姿はありませんでした。

 

 

「どこに……?」

 

『買い出しかなにかかもしれねぇな。とりあえず電話してみようぜ』

 

「はい」

 

 

フロッグポットに戻った『イービル』さんの言う通りに、スマホから霧彦さんに電話をかける。3コール、4コールと待ちますが、一向に出る様子はありません。結局、10コール目で通話を切りました。

 

 

「出ませんでしたね」

 

『律儀な霧彦が留守電も設定せずに……? 妙だな』

 

「……何かあったんでしょうか」

 

 

秀平さんのことを考えると、どうしても悪い方向に考えが向かってしまいます。この4ヶ月、平和そのものだったから尚更、不安が募ってしまって……。

 

 

ーープルルルルーー

 

「っ」

 

 

突然鳴る着信音。霧彦さんからの折り返しかと思って画面を見ます。残念ながら、そこに映っていたのは、知らない番号でした。

 

 

「誰、でしょう?」

 

『今は忙しいんだ。とりあえず出て、すぐに切っとけ』

 

「は、はい」

 

ーーピッーー

 

「もしもし、刃野ですが……」

 

 

『こんにちは』

 

 

電話先から聞こえてきた声は勿論、霧彦さんのものではありません。女性の声。

 

 

「え、えっと……どちら様ですか」

 

『白音雫さん、の番号でいいわよね』

 

「! ……はい、そうですけど」

 

 

白音ーーそれはわたしの昔の名字。隠している訳ではないけれど、公言もしていないから、それを知っている人は限られています。つまり、この電話の相手は、わたしの過去を知ってる人物ということ。

 

 

『単刀直入に伝えるわ。私は『カンパニー』という組織に属している者よ』

 

「『カンパニー』……?」

 

『えぇ。私は『転生者』を監視して支援、時として排除する組織、『カンパニー』の使者』

 

「っ、それって……!」

 

 

『転生者』についての話は、4ヶ月前のいざこざが終わった後に、秀平さんから聞いていました。秀平さん自身がそうであることやわたしたちが倒した白い服の人が『転生者』であることも。

だから、すぐにピンときました。電話の相手が今回の秀平さんの件に関わっていることは。

 

 

「っ、秀平さんを返してくださいッ」

 

 

わたしには珍しく声を張り上げる。でも、そんなわたしの反応も想定していたようで、特段驚きもせずに彼女は話しかけてきます。

 

 

『いい? 落ち着いて聞いて』

 

「落ち着いてなんかいられませんっ」

 

『大丈夫。私は貴女たちの味方、貴女と黒井秀平くんの味方よ』

 

「っ…………」

 

 

宥めるような落ち着いた口調。つられてわたしの熱も少し冷める。

 

 

「す、すみません……大きな声出したりして……」

 

『いいえ、恋人の一大事だもの。貴女の反応が正常よ。大切なのね、彼が』

 

「っ、は、はい……」

 

 

わたしの返事で、電話先の彼女が微笑むのが分かりました。

な、なんでしょうか、この感覚……不思議な感じ。

 

 

『話を戻しましょう』

 

 

そう区切って、彼女は話を続けます。

 

 

『私達『カンパニー』は、『転生者』黒井秀平を支援対象として見ているわ。彼はこちらの世界を乱すことはしない、むしろ秩序を正す側。『カンパニー』にとっては、彼ほどの支援対象はいないわ』

 

「支援対象……」

 

『だから、今回、彼が謎の女性に連れ去られたことは『カンパニー』にとっても不利益なの。つまり、黒井秀平を救出したいと考えている』

 

「! それって……!」

 

『えぇ、私達の利害は一致しているわ』

 

 

 

『だから、協力してくれる、雫?』

 

 

 

客観的に見れば、この状況でこの申し出は胡散臭いことこの上なくて。疑ってかかるのが普通なんだと思います。けれど、わたしはその誘いに何故か頷いてしまったんです。

きっとそれは、どこか懐かしいその声のせいで。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『止めとけよ。怪しすぎるだろ、ありゃ』

 

 

会う約束をしてから通話を切った後、『イービル』さんはそう言いました。

 

 

「そうなんですけど……」

 

『だろ? とりあえず霧彦が来るのを待って、あとは任せればいい』

 

「……でも、わたしにも出来ることがあるならしたいんです」

 

『止めろ止めろ。そもそもお前には力がないんだぜ? あたしの力がないとーー』

 

 

「っ」

ーーバンッーー

 

 

『雫?』

 

「……すみません」

 

 

『イービル』さんの言葉に少しカチンときて、思わず机を叩いてしまう。こんな八つ当たりみたいなこと良くないことです……でも、なんだか妙に心がざわついてしまっています。

 

 

「なにか手を探さなきゃいけないのは事実ですから。『カンパニー』の使者の方に接触して話を聞いてみるのも、悪くはないはずです」

 

『お、おい!』

 

「待ち合わせまであと30分」

 

『ち、ちょっと待て! 今のはあたしが悪かったから、少しはあたしの話を聞けよ!』

 

「……『イービル』さんは来なくていいですから。わたし一人で大丈夫です」

 

『お、おい、しずーー』

 

 

わたしはそのまま玄関を開け、黒井家を後にしました。

 

 

 

ーーーー『イービル』視点ーーーー

 

 

『……なんなんだ』

 

 

雫が出ていった黒井家で、あたしの声だけが響く。

……まぁ、確かに。雫には力がないとか言って、あいつを心配している雫に対してデリカシーがなかったとは思うけど。でも、あの態度は……チッ。

 

 

『勝手にしろ』

 

 

ポツリと呟く声も、誰もいない部屋に消えた。

 

 

ーーガンガンガンガンーー

 

『あ?』

 

 

と思っていたら、外から聞こえてきたのは、誰かが乱暴に階段を上がってくる音だった。ハッ、なんだかんだ言っても、雫はあたしを頼るんだよな。たく、しゃーねぇなぁ。

 

 

ーーガチャ、ガチャーー

ーーバタンーー

 

『忘れ物かよ、しず…………く?』

 

 

部屋に入ってきたのは、雫ではなかった。勿論、黒井でもない。となれば、残るはただ1人。あたしの目の前で、倒れ込むようにドアを開けて、入ってきたのはーー

 

 

「や、やぁ……『イービル』」

 

『霧彦! おまえ、なんでそんな血塗れでっ!?』

 

「……黒井、くんは……?」

 

『あいつは今、いねぇよ! って、それどころじゃねぇだろ! どうしたんだよ、おいっ!?』

 

「伝えて……くれ」

 

 

霧彦は息も絶え絶えになりながら言葉を続ける。

 

 

「『カンパニー』……の狙いは、雫ちゃんだ」

 

 

『な!? おい、どういうことだっ!』

 

「これ、を……彼に…………」

 

『霧彦、おい! しっかりしろっ!!』

 

 

あたしの目の前で意識を失う霧彦の手の中には、赤色のドライバーが握られていたのだった。

 

 

ーーーーーーーー



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4 繋がり

久々更新。


ーーーー風見埠頭ーーーー

 

 

待ち合わせ場所の風見埠頭に行くと、そこには1人の女の人が立っていました。ここからは後ろ姿で顔は分かりません。でも、着ているスーツが似合う長身で、黒髪をポニーテールのようにひとつに縛っていて。まだ顔を見ていなくても分かる仕事ができそうな人、って雰囲気。

 

 

「あ、あのっ」

 

 

たぶん目の前のこの人だろうと、思いきってその女性に声をかけました。わたしの方に振り返るその人。

切れ長の目とその下にあるほくろ。気の強そうな女の人……って、え?

 

 

「お姉ちゃん……?」

 

「来てくれたのね」

 

 

その人はお姉ちゃんーー白音佐奈に瓜二つでした。ううん、お姉ちゃんに最後に会ったのはずっと前だけど、それでも分かる。瓜二つどころかーー

 

 

「久しぶり、雫」

 

「本当にお姉ちゃん、なの……?」

 

「えぇ」

 

 

そう言って、彼女はーーお姉ちゃんは薄く笑いました。涼やかなその笑い方も少しだけ上がった口角も、昔のまま。そんなお姉ちゃんの顔を見た瞬間に、色んな思いが溢れ出て、

 

 

「~~~~っ、お姉ちゃんっ!!」

 

「もう、甘えんぼね」

 

 

わたしはお姉ちゃんに飛びついてしまいます。それをお姉ちゃんは優しく受け入れてくれて。

しばらくわたしはそうしていました。それから、お姉ちゃんは改めて話し始めます。

 

 

「雫、貴女の力を貸してほしいの」

 

「わたしの……?」

 

「えぇ、貴女には力がある。これを……」

 

 

お姉ちゃんから手渡されたのは、赤色のドライバー。霧彦さんがいつも使っているようなものではなく、いつか見た『仮面ライダー』が使っているものに近い気がします。

 

 

「これは『ロストドライバー』。かつてシュラウドという人物が作り出したオリジナルを『カンパニー』の技術で再現した代物よ。これと純正化したメモリを使えば、貴女は『仮面ライダー』になれる」

 

「『仮面ライダー』……!」

 

「えぇ、彼を連れ去ったあの『ドーパント』にも対抗できるわ」

 

「わたしが……秀平さんを……」

 

「その力で、貴女の愛しい人を救いましょう」

 

 

 

ーーーー警察病院・『イービル』視点ーーーー

 

 

フロッグポットの体しかないあたしでは霧彦を助けられない。そう判断したあたしは、どうにか霧彦の携帯を取り出して、とある人物に電話をかけた。その人物とは、

 

 

「いやぁ、これにて一件落着だな」

 

『悪いな、刃野刑事』

 

 

刃野幹夫。雫の保護者であった。

『仮面ライダー』たちにもかけてはみたんだが、どうにも繋がらなかった。それで思い浮かんだのが、彼だった。正直、巻き込みたくないつうのが本音だけどな。

 

 

「課長も人が悪いなぁ。こんな便利な機械を開発してたなら、俺にも教えてくれりゃあいいのに……確か『全自動市民救援システム』だったか?」

 

『あ、あぁ。そんな感じ』

 

「自動で『ドーパント』の被害に遭った被害者を教えてくれるとは……いやぁ、本当に便利な世の中になった、ハッハッハッ」

 

『お、おう』

 

 

適当にでっち上げた嘘だったが、流石は騙され上手。あっさり騙されて、霧彦のことを助けてくれた。雫の保護者としては不安のある人選だが、今はありがてぇ……あとで謝ろ。

 

 

「それにしても園崎霧彦が血塗れになっているもんだから驚いたぜ。課長から彼の処遇は軽く聞いていたからよかったけどよぉ」

 

 

ともかくこれで彼は治るだろう。安心しな。

目の前のベッドに横たわったままの霧彦を前に、刃野刑事はそう言って、笑う。大丈夫だと伝えるように笑っている。本当に人の良さそうな笑顔だ。

 

 

『ありがとよ』

 

「おう」

 

 

彼の笑顔を見ながら思う。この笑顔を曇らせてはいけねぇよな。

刃野刑事が去った後、あたしは改めて状況を整理する。

あたしたちの周りに現れたのは2つの勢力。

 

ひとつは『フーカ』という女。

自称黒井の元カノであいつを連れ去った張本人。そして、『アイズ』のガイアメモリを使っていた。恐らく黒井と同じ『転生者』ってやつだろうが……。

 

もうひとつは『カンパニー』という組織。

電話の女曰く、『転生者』を監視するという組織。黒井を支援対象として、救出したいと言い、協力を求めてきた。このタイミングで出てきたんだ、怪しいことこの上ねぇ。ただ立場だけを見れば、こちらの味方だ……けど、

 

 

『『カンパニー』の狙いは雫、だったな』

 

 

霧彦が意識を失う寸前に告げた言葉。それが本当だとしたら、黒井だけじゃなくて、雫も危ないことになる。

……どちらにしろ、今のあたしには戦える体がない。

 

 

『雫のこと、言えねぇよな』

 

 

戦える力がないなんて、雫には言ったけど、それはあたしも同じ。あいつがいないとあたしも何もできない。改めてそれを思い知る。

 

 

『……くそっ』

 

 

ポツリと溢れた言葉は、

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

『っ!?』

 

 

空間に穴が開く気色悪い音に消される。

それは突然のことだった。病室の天井から人影は降ってきた。

 

 

『っ、てめぇらはっ!?』

 

『…………』

『…………』

『…………』

『…………』

 

 

いつか見た黒井を狙っていたという男、たしか『吉川』という名前だった。そんな同じ顔の奴が4人、天井に穴を開けて降ってきていた。状況から察するに、霧彦と戦い、重傷を負わせたのもこいつらに間違いないだろう。

ただ、そんな思考は一瞬でどこかへ消え去った。何故なら、

 

 

『って、な!?』

 

 

男たちの後から降ってきていた1人の姿に目を奪われたから。

女の子だ。華奢な体つきの少女。綺麗な黒色の長髪。あれはーー

 

 

『雫……?』

 

『…………』

 

 

ーー間違いない。見た目こそ幼いが、雫だ。

なんだ!? もしかして、例の『カンパニー』に『ヤング』メモリでも使われて……いや、この『吉川』って奴らはたしか、複製された人間だって言ってたっけな。

ということは、この『雫』も……? なんのために雫を……。様々なことが頭を過る。だが、今はそんなことを考えても仕方がねぇ!

 

 

『悪趣味な野郎だっ』

 

 

毒づいても状況は変わらず、むしろ悪転していく。『吉川』たちは、ベッドに横たわる霧彦を引きずり出そうとしていて。

 

 

『っ、おい! 止めろっ!』

 

『…………』

『…………』

 

 

そう言われて、止まるような奴らではない。今、まさにあたしの目の前で霧彦は連れ去られようとしていた。

 

 

『っ、くそっ! どうしたら、いいっ!?』

 

 

こうなった以上、頼れる相手はいない。黒井、雫、その上霧彦までいなくなったらいよいよどうしようもなくなる。絶体絶命の状況。

そこで目に入ったのは、あの『雫』の姿だった。これは直感だ。可能性の話でしかねぇが、もし複製兵士とやらが複製元となった人間のメモリ適正まで引き継ぐのであればーー

 

 

『っ』

 

 

あたしは飛び出していた。一縷の望みに賭けて。

行けッ!

 

 

 

『イービル』

 

 

 

一瞬、視界がブラックアウトした後に、意識が浮上する。

目の前には、複製兵士『吉川』たち。霧彦を運ぼうとする奴等の後ろ姿が見える。そこへ手を伸ばす。

 

 

 

『止めろよ、そいつはあたしの友達だ』

 

ーーバキッーー

 

 

 

肩を掴み、後ろへ倒した『吉川』の顔面に拳を叩き込んだ。当たった感覚。同時に、『吉川』の一体が床に叩きつけられて、跳ねる。

 

 

『……できた』

 

 

成功だ。複製されたであろう『雫』の体に入れたのだ。

 

 

ーーバギィィッーー

 

『おらぁぁっ!!』

 

 

不意を突いて、もう一体の『吉川』を全体重を込めて蹴り飛ばす。そこで奴等も状況を把握したようで、あたしに向き直る。

 

 

『…………』

『…………』

 

『2対1……上等じゃねぇか!』

 

ーーブンッーー

 

 

大振りの一撃を躱す。体は軽い。たぶんいつもの雫よりも体が小さいからだろうな。勿論、この体重差だ。一撃でも喰らったら終わり。だが、

 

 

『らぁぁっ!』

 

ーーバキッーー

ーードゴッーー

 

 

体重を込めて、殴る。殴り続ける。

いつもよりあたしの攻撃は軽い。その分、数でカバーして。

 

 

ーーグラッーー

 

『っし! あと一体ッ!』

 

『…………』

 

 

飛び込んでくれば、カウンターの要領で攻撃を叩き込めるんだが、流石に警戒しているのか近づいてこない。勢いをつけず、ジリジリと間合いを詰めるあたしと『吉川』。やがて、その時は訪れる。

 

 

ーーグンッーー

 

 

こちらの間合いの3歩分外側から、奴は蹴りを放ってきた。

 

 

『っ!』

 

ーーフッーー

 

 

当たる寸前で、重心を落とす。あたしの体は、奴の足元。目の前には奴の軸足。そこを払って、

 

 

『落ちろォォ!!』

 

ーーバギィィィッーー

 

 

体勢を崩した『吉川』の脳天へ、そのまま体重を込めた踵落としを喰らわせた。

奴はそのまま倒れて、床へ伏せる。

 

 

『……っ』

 

 

思わずガッツポーズ。これなら、戦える。黒井も、雫も取り戻せる。

 

 

『……待ってろよ、雫』

 

 

あたしの呟きは4体の大男が転がる病室に静かに消えた。

 

 

 

ーーーーとあるマンションーーーー

 

 

「あ、やられちゃった」

 

 

ベッドに体を投げ出していた彼女・『フーカ』は、『吉川』からの信号が途絶えたのを見て、呟いた。そして、

 

 

「作戦しっぱ~い。ざーんねん。そう思わない? シューヘイくん」

 

 

捕らえてきた黒井に同意を求める。

 

 

「……俺をどうするつもりだ」

 

 

勿論、黒井はそれを無視する。彼は身体を縛られ、椅子に拘束されていたが、強気で彼女を睨み付ける。

 

 

「どーするって……言ったじゃん、シューヘイのぜんぶを奪いにきたって♡」

 

「はるばる、異世界までご苦労なこった」

 

「うん、苦労したよ? だから、責任をとってよね♡」

 

「責任、だ? ストーカー風情がほざくじゃねぇか、ああ?」

 

「幼馴染みで元カノ、でしょ? 間違えちゃヤだよ」

 

「っ」

 

 

そう。『フーカ』は黒井の幼馴染みである。そして、ストーカーでもあった。ただそれは前世での話。だから、ここに彼女がいること自体がおかしな話なのだ。

 

 

「なんでここに私がいるんだ~、って顔してる」

 

「っ」

 

「図星、でしょ? 私はシューヘイくんのことなら、なんでも分かっちゃうんだよぉ♡ あの女と違ってね?」

 

「それは……雫ちゃんのことか」

 

「そ」

 

 

軽く頷くと、『フーカ』はベッドから跳ね起きた。そのまま、椅子に拘束されている黒井の首に腕を巻きつける。

 

 

「ッ、離れろ」

 

「え~……イ・ヤ♡」

 

「…………てめぇ、雫ちゃんに手を出してみろ。そんなことしやがったら、俺はてめぇをーー」

 

 

『ーーどうするの?』

 

 

「っ」

 

 

彼女のその声を聞いた途端に、黒井の体が硬直する。それは雫の前でキスをされた時と同じ反応だった。口を、体を動かそうとしても動かない。吐き気と寒気。まるで恐怖に支配されたような感覚だった。

 

 

「フフッ、まだ『覚えてる』みたいでよかった~」

 

「……っ」

 

 

黒井の脳裏に蘇るのは、悪夢の1ヶ月の出来事。

前世で彼女に監禁された時の、口にするのも憚れる於曾ましい記憶。

 

 

「大人しくしててね、シューヘイくん♡ お人形さんもやられちゃったみたいだし、私が動かなきゃいけないの」

 

「逃げようとしてもムダだからね? カワイイ『おめめ』でいつでもシューヘイくんを見てるから♡」

 

 

そう言って、彼女は部屋のドアに手をかける。部屋を出る直前、思い出したかのように『フーカ』は振り返りーー

 

 

 

「あの女を始末したら、い~~っぱい『イイコト』しようね♡」

 

 

 

ーー無邪気に笑った。

 

 

ーーーーーーーー



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5 思惑・暗躍

ーーーーーーーー

 

 

「ここが、『カンパニー』……?」

 

 

お姉ちゃんに案内されたのは、風都の一等地にあるビル。名前の通り、どこにでもある会社って感じの場所でした。

 

 

「えぇ。と言っても、フロント企業が入っているビルだから、組織自体があるのは、ここの地下だけれど」

 

 

一緒にビルに入って、受付へ。ニ、三言受付の女の人と話をしてから、お姉ちゃんは戻ってきます。行きましょうと言うお姉ちゃんに頷き、促されるままエレベーターに入りました。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

そわそわとしながら待つ。エレベーターはどんどん下っていき、電光表示の一番下、それよりも更に地下へ。やがて、

 

 

「着いたわよ」

 

 

扉が開くと、そこにはとても衝撃的な光景が広がっていました。

 

 

「え……っ?」

 

「ようこそ、ここが『カンパニー』よ」

 

 

笑顔のお姉ちゃん。さっきまで安心できたはずのその笑顔が、怖い。だって、

 

 

「後ろの……それって……」

 

 

エレベーターから降りてすぐの場所、かなり開けたその場所にそれはあった。培養液に浸かった人間のようなもの。

 

 

「ん? 複製兵士のことかしら?」

 

「……お姉、ちゃん?」

 

「何を驚いてるの、こんなの普通の光景じゃない。それよりも早く行きましょう、お父さんも待っているわ」

 

「っ」

 

 

悪寒。

違う、違う……この人、お姉ちゃんじゃない。

だって、わたしは知ってます。お姉ちゃんは最期の瞬間までお父さんを憎んでたんだって。

 

 

「……だ、だれ」

 

「え?」

 

「あ、あなたはっ、だれですかっ!」

 

「…………」

 

 

わたしの質問に、その人は俯いたまま答えません。それから何秒が経ったでしょうか。沈黙を破って、その人はやっと答えて。

 

 

『バレちゃった』

 

「っ、『ドーパント』っ!?」

 

 

お姉ちゃんの姿から一瞬で『ドーパント』に変わった。いつの間にメモリを……。

 

 

『最初からよ。このメモリ『エコー』の……いえ、過剰適合者であるこの白音佐奈の肉体の『ハイドープ能力』』

 

『『エコーノイズ』、この音を聞いた人間は催眠状態になるのよ』

 

 

つまり、最初からこの姿のままで、わたしや音を聞いた周りの人がその姿を誤認していたっていうこと……?

 

 

『えぇ、それにこんなこともできるーーわよ』

 

「っ」

 

『『エコーノイズ』』

ーーズズズズズズズズッーー

 

 

『エコー』は一瞬で距離を詰めてきて、わたしの頭に触れました。流れ込んでくる音。雑音。ノイズ。それはわたしの思考を散らして、何も考えられなくなっていくようで……。

 

 

『貴女は私達の大切な家族よ』

 

「家族……」

 

『そう、家族以外に価値はないわ。他の全ては貴女の敵なの。だから、共に行きましょう。お父さん達の待つ『カンパニー』へ』

 

「…………」

 

 

なんでしょうか。何か大切な想いに靄がかかっていくような、そんな感覚がします。でも、それが一体なんなのかは分からない。

……いいえ、そんなことはどうでもいいんです。今、わたしにとって一番大切なのはーー

 

 

「わたし……決めました」

 

「……そう。何を決めたのかしら?」

 

 

「わたしも…………『カンパニー』の一員になります」

 

 

「ふふっ、いい子ね」

 

 

そう言って、お姉ちゃんは優しげな微笑みでわたしを撫でてくれました。

……うん。お姉ちゃんたちのために、わたしは敵を倒そう。

家族に……『カンパニー』に歯向かう全ては敵なんですから。それが当然ですよね。

 

 

「ほら、これが貴女のためのメモリ。貴女のは純正化されてしまっているけれど、私とお揃いの『エコー』のメモリよ」

 

「うん。ありがとう、お姉ちゃん」

 

 

お姉ちゃんがくれた『エコー』を受け取って。それからロストドライバーを腰に巻きました。

 

 

『エコー』

 

「変身」

 

 

音が体に纏わりついてくる感覚。体の底が震えるような感覚の後に、わたしの姿は変わりました。

藍色の肉体に走る蛍光オレンジのライン。複眼もそれと同じ色に光っていて。これがーー

 

 

「おめでとう、雫」

 

『わたしは……』

 

「えぇ、貴女はーー」

 

 

 

『ーー仮面ライダーエコー』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「や」

 

 

雫が『カンパニー』の本部で、『仮面ライダーエコー』となった30分後、彼女『フーカ』はその場に姿を現した。それを迎えるのは、佐奈の姿をした女と『仮面ライダー』となった雫だ。

 

 

「お早いお着きですね、『フーカ』さん」

 

「まーね。『サナ』ちゃんも順調に仕事をしてくれたみたいだね~、それが雫ちゃん?」

 

「えぇ、『フーカ』さんの指示通りに」

 

「おっけー」

 

 

軽いノリで返事をした『フーカ』は、改めて『仮面ライダー』になった雫を舐めるように見る。

 

 

「ふーん、いいんじゃない? これならシューヘイくんを誑かした顔も体も見えないし。私のせーしんえーせい上もよろしいのでは~?」

 

「……殺さなくてもよいのですか?」

 

「それはもう少し後かな。やってもらいたいこともあるしね」

 

「…………」

 

 

彼女、『サナ』は、肉体こそ複製した白音佐奈のものではあるが、中身は別人だ。そこに白音佐奈の意思はなく、だからこそ、目の前の少女に価値は見出だせない。

『カンパニー』の戦力は、『フーカ』『サナ』、そして、『フーカ』が白服の研究データから作り出した複製兵士の『吉川』と十分にある。園崎霧彦も戦闘不能で、風都に本来いる『仮面ライダー』も動けないのは調査済み。

 

 

「お人形さん、やられたみたい。4体とも、ね」

 

「!」

 

 

『フーカ』の言葉に驚く『サナ』。彼女にとって、それは予想外の出来事だった。『吉川』達には、基本的に複数での行動を指示してあり、1体ならともかく4体すべてが撃破されることなどないと思い込んでいた。

 

 

「相手は、一体……?」

 

「『イービル』ちゃん。帯同させてた雫ちゃんの体を使われたみたい。ビックリだね~」

 

「『イービル』メモリ……イレギュラーな存在だとは聞いていましたが、それほどとは……相手への負の感情が高まれば高まる程、力を増すメモリ、でしたよね」

 

「うん。例の財団の研究データを見てもランクは低いはずなんだけど……そのくらい、雫ちゃんを助けたいって想いが強いんだね」

 

「…………殺さないのはそのため、ですか」

 

 

ここで白音雫を殺害すれば、その感情は『カンパニー』へと向く。それを阻止するのが思惑なのだと『サナ』は思考する。それに対して『フーカ』は、それもあるけどと一部を肯定して。

 

 

「じゃ、行こっか」

 

「? どちらへ?」

 

「シューヘイくんのところ♡ 虫が集ったら困るからね~」

 

 

ーーーーーーーー



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6 浄化

ーーーー風都中心街・マンションーーーー

 

 

『おい! 生きてっか!?』

 

「…………あー、なんとか」

 

 

あたしが黒井の位置をどうにか特定して、そのマンションの一室に乗り込んだ時、黒井は椅子に縛り付けられていた。頬も痩け、ぐったりとした様子で、あたしの問いかけに答える。

 

 

「とうとう俺も終わりか……ちっちゃい雫ちゃんが俺を助けてくれる幻覚とは……俺はロリコンじゃなかったはずなんだけどなぁ……」

 

『っ、現実だ、ボケ!』

 

「口も悪い……最悪だぁ」

 

『うるせぇ! 助けねぇぞッ!?』

 

「冗談です……助けて、助けて」

 

 

衰弱は激しいが、冗談を言う余裕はあるようで、あたしが縄をほどくと、どうにか自力で立ち上が……って、おい!?

 

 

ーーフラッーー

 

『っ! あぶねぇ!』

 

ーーギュッーー

 

 

黒井を意図せず、抱きしめる形になる。

 

 

『重い……』

 

「わりぃ、ちっとこうさせてくれ。ここ数日、何も食ってねぇんだわ」

 

『ったく……しかたねぇな////』

 

 

こんなところを雫に見られたら大問題だぞ。そんな軽口が口を突いて出てこようとしたんだが、止まる。思わず固まる。

 

 

「どうした……?」

 

『っ、雫!』

 

 

部屋の入り口に、雫が立っていたからだ。

 

 

「…………」

 

『雫! あぁ、よかった!』

 

 

ゆっくりと黒井をその場に降ろして、あたしは雫に駆け寄った。両肩をつかんで、顔を見ながら話しかける。

 

 

「…………」

 

『今までどこにっ……いや、わりぃ、それより謝るのが先だよな。黒井が連れ去られて動揺してるのは分かってたはずなのに、あたし……』

 

「…………」

 

『怒ってる、よな。いろいろ……その、言っちまって……言いすぎた。あたしが悪かったから、戻ってきてくれ! な!』

 

「…………」

 

 

誠心誠意謝る。なのに、雫の表情は変わらない。

 

 

『雫……?』

 

「おい、『イービル』」

 

『なんだよ、今、大切な話をっ』

 

「雫ちゃんから離れろ!」

 

『え……?』

 

 

『エコー』

 

 

『は?』

 

 

雫が霧彦から渡されたのと同じドライバーで『仮面ライダー』に変身した。目の前の現実に理解が追いつくのを待たずに、雫はーー

 

 

ーードゴッーー

 

『がッ!?』

 

 

ーーあたしの腹を殴った。その場にうずくまるあたし。黒井が何かを叫んでるけど、聞こえない。まるで音がなくなったかのような錯覚に陥る程の衝撃だった。

 

 

『……し、ずく……っ』

 

『…………』

 

 

 

「おー! やってるやってる!」

 

 

 

耳を突く耳障りな声が部屋に響く。見れば、雫の後ろに誰かがいた。

 

 

「やほやほ、『イービル』ちゃん」

 

『てめぇ……はっ』

 

 

ヒラヒラと軽薄に手を振るこいつは……!

 

 

「っ、風華……お前」

 

「あー、シューヘイくん、縄外しちゃってる! 後でお仕置きだよぉ♡」

 

「っ」

 

 

『フーカ』ーー黒井の元カノを名乗った女の言葉に、黒井は言い返さない。状況的に、こいつが雫に何かをしたのは明白で。それを知れば、黒井はぶちギレるはず。なのに、それがないってことは、黒井もいつも通りじゃねぇってことか。こいつ、黒井にも何かしやがったのか。

 

 

『雫に……何しやがったっ』

 

「んー、何しやがった~は、こっちのセリフなんだけどさ。お人形さん作るのも苦労するんだよ? ま、雫ちゃんを洗脳したのは、私じゃないけどね」

 

 

そう言って、女は雫の方を指差す。そこにいたのは、

 

 

『佐奈……?』

 

 

白音佐奈。雫の実の姉で、あたし『イービル』メモリの元使用者の姿だった。

 

 

「よくやったわね、雫」

 

『うん。わたし、ちゃんとやったよ、お姉ちゃん』

 

 

『仮面ライダー』状態の雫を撫でる佐奈。生きていたのか……って、いや、あり得ない。あいつは死んだはずなんだ。

 

 

「美しい姉妹愛だよね~♡」

 

『……っ』

 

 

目の前で起こる数々の出来事に、あたしの体は動かない。どうにかしなきゃって分かっちゃいるのに、動くことができなかった。そんなあたしの耳に届いたのは、

 

 

 

「『イービル』ッ!」

 

『っ、ああ』

 

 

黒井の叫び声。裏返り、震えていたが、それでもその声はあたしに届いた。お陰で体の硬直が解けた。同時に、黒井に向けて走り出す。見れば、黒井も『ジャイアント』のメモリを起動していた。

黒井の元へ飛ぶ。飛んで、そのまま一旦体勢を立て直してーー

 

 

「は~い、ダメ♡」

 

『「!?」』

 

 

合流しようとしたあたしと黒井の間に、例の元カノは移動していた。こいつ、速え!? そのまま殴り飛ばそうとも考えたが、寸前で止める。嫌な感じがする。

 

 

「シューヘイくん、ダメでしょ。私以外の女に触れちゃ、ね?」

 

 

奴は黒井の手を、自分の指に絡ませる。奴の指は黒井の持つ『ジャイアント』のメモリに触れた。

 

 

ーーバチッーー

 

 

触れた途端に、指とメモリの間に火花が爆ぜる。なんだよ、今の?

 

 

「強引にでも押し切るぞ!」

 

『おい、止めとけッ! 今、何かされただろ』

 

「言ってる場合か!」

 

 

『ジャイアント』

 

 

今、奴を倒せるなら、何が起きても構わない。黒井のそんな決意が伝わってくる。起動したメモリは首へ吸い込まれるよう、に……。

 

 

「…………は?」

 

 

何も、起きない……?

 

 

「そんなはずはっ!」

 

『ジャイアント』

 

「…………くそっ、変身できねぇ……なんでだ!?」

 

 

起動はしてる。だが、コネクターに差しても、メモリが体に入っていかないんだ。

 

 

「そりゃそうだよぉ。だって、そのメモリ、私が触れることで毒素を抜いて『純正化』したからね~」

 

「『純正化』……?」

 

「うん、それが私の『転生者』としての能力なの。どお、毒素に苦しんでるシューヘイくんを助ける、まさに私にピッタリの能力……ふふっ、運命だね♡」

 

 

『純正化』される。それはつまり、『ドーパント』になれないってことだ。女曰く、雫が変身に使っているメモリもミュージアム製のメモリを『純正化』したものだという。

 

 

『最悪だな』

 

「……あぁ」

 

 

『純正化』されてしまえば、こちらは戦う力を失う。それどころか、あたしの存在自体がメモリによるものだから、能力で変質させられてしまえば、どうなるか分からねぇ。

 

 

「……引くぞ」

 

 

苦渋の決断だ。雫を置いていくことを提案した黒井の横顔は酷くものだった。だが、それしかねぇ。あたしも頷き、ジリジリと後退る。部屋の入り口には奴等が陣取っている。だから、このまま窓をぶち破って、黒井の他のメモリで逃げるしかない。

 

 

「させないって言ってるじゃん?」

 

『「ッ」』

 

 

あたし達が動き出す。その本当に直前に、女は既にあたしらの懐に入っていて。

 

 

ーーピタッーー

『ぐっ!?』

 

「『イービル』っ! くそっ!!」

 

『マスカレイド』

 

 

『マスカレイド』になった黒井が、女を抱え込む。

 

 

「あ~んっ♡ シューヘイくんったら大胆♡ みんなが見てるのに、そんなギュッと抱きしめられたら、私ぃぃぃ///」

 

『逃げろ、『イービル』ッ』

 

『~~~~~~っ』

 

 

あたしは黒井に背を向けて、窓へ走り出した。黒井のお陰で、あたしは窓をぶち破った。顔を庇った両腕に感じる割れ刺さるガラスの感覚。痛い、だけど、それ以上に悔しい。

 

 

『くそ……っ』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「『フーカ』さん、『フーカ』さん」

 

「あ~~~ッ♡」

 

「『フーカ』さん」

 

「あぁぁぁ……ぁ…………んっ」

 

 

『サナ』の再三の呼びかけで、『フーカ』はやっと我に返った。当然、視線は未だに彼女の体を捕らえたままの黒井へ向く。彼は既に意識を失っていた。気を失い、変身も解除されて尚、黒井は『フーカ』をこの場に留めたのだ。

 

 

「ありゃりゃ、シューヘイくん、意識失ってるね~」

 

「食事も録に与えてなかったなら当然では?」

 

「むぅ……だって、私以外の人間が作った料理でつけた肉だったからさ~、一回ぜんぶ落とした方がいいと思って」

 

 

そう言って、痩せこけた黒井の頬を撫でる。愛おしそうに。

 

 

「ごめんね、シューヘイくん。もう少ししたら、私特製のご馳走を作ってあげるからね~♡」

 

 

『フーカ』は気を失った黒井を抱きしめて、彼の唇に顔を寄せていく。顔の距離があと数センチで重なるという時だった。

 

 

『………………ッ』

 

ーーブンッーー

 

 

『彼女』は蹴りを放っていた。それを間一髪で避ける『フーカ』。

 

 

「な!?」

 

「……『サナ』ちゃん、催眠は完了してるんだよねぇ?」

 

「も、もちろんです」

 

「じゃあ、なんで……雫ちゃん動いたのかなぁ」

 

 

『…………』

 

 

黒井と『フーカ』の間に割り込んだ形になったまま、『彼女』は動かない。

 

 

「……もちょっと強めに『エコーノイズ』かけといてね」

 

「は、はい」

 

 

その後、『サナ』は再び『エコー』となり、彼女の指示通りに変身を解いた雫に催眠をかけ直した。だが、あくまでも催眠は弱まってなどいなかった。

 

 

「この娘、一体なぜ……」

 

 

ベッドに横たわる雫を見ながら、『サナ』は1人呟いた。

 

 

ーーーーーーーー



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7 彼女の追憶・彼女との記憶

久々投稿。


ーーーー路地裏・『イービル』視点ーーーー

 

 

『……はぁっ、はっ……』

 

 

体を引きずるようにして歩く。節々が痛い。けど、それ以上に心が痛い。引き裂かれるような痛みだ。

 

 

『くそっ……なんで』

 

 

なんで雫から目を離した。

なんで黒井を置いて逃げた。

なんでーー

 

 

『ーーあたしはこんなに弱いんだよっ』

 

 

路地裏に倒れ込む。意識が飛びそうだ。『イービル(あたし)』の機能がおかしくなってる。窓から飛び降りたせい……いや、黒井の元カノとかいうあの女に触れられたせいだろうな。

『純正化』されかかってる。そう感じた。

 

 

『このまま、終わりなんて……っ』

 

 

イヤだ。あたしはーー。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 

なんだよ、これ………。

 

 

「なんで、こうなっちゃったの……」

 

 

あたしの目の前には顔を覆い、涙を流す女。彼女は誰だ?

……そうか。彼女は佐奈だ。母親を殺した『ドーパント』と化した父親を自らの手で殺害した後の佐奈だ。

そうだったな。あいつ、夜はずっと泣いてた。昼間は雫の頼れる姉として気丈に振る舞っていて。だから、雫が寝た後に一人、泣いてたんだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「お姉ちゃん……なんで、置いていっちゃったんだろう」

 

 

場面が変わる。

今度は雫だ。佐奈に置いていかれた後の雫の姿。あいつはいつも泣いていた。高校生になってもメソメソと。自分が一番不幸ですとでも言いたげな雰囲気。まぁ、父親が母親を殺して、なんていう境遇だ。気持ちは分かるけどな。

でも、それが気に食わない奴もいるようで。

 

 

「キャハハハ」

「見てよ、あれ~」

「ウケるぅ」

 

「…………」

 

 

高校で雫はいじめられていた。雫はやり返さない。言い返さない。何もいわずにされるがまま。言われるがまま。

けれど、ある時、そいつらは雫の荷物からあたしをーー『イービル』メモリを見つけて、

 

 

「それ、はっ」

 

「なにこれ?」

「アクセ? 悪趣味~!」

「え~、んじゃあ、ウチらが選んだげる。だから、こんなの捨ててあげるぅ」

「やさし~!」

「ほら!」

 

 

そう言って、メモリを投げ捨てようとする女共。

 

 

「や、やめて……くだ、さいっ」

 

 

声を張り上げて、雫はそいつを止めた。手を掴んで、必死の形相で。

 

 

「はぁ?」

「なに、こいつ」

 

「それは、大事なもの、なんですっ」

 

「……イラつく」

「ほんとそれ!」

「そんなに大事なものなら、取り返してみなよっ!」

 

ーーブンッーー

 

 

抵抗も虚しく、メモリは雫の手から離れ、弧を描いて。

 

 

「ゴール!」

「さっすが~」

「ほら、大事なものなんでしょ? 早く拾ってきなよ、あのどぶからさ」

 

「…………っ」

 

 

その後、雫はそいつらの言う通りにどぶに入って、メモリを探して回った。数時間探して日が暮れる頃、やっとメモリを見つけた雫は泥だらけでメモリを握りしめて泣いていた。

 

 

ーー雫を守ってあげてーー

 

 

あたしが明確に意識をもったのはその時だった。

佐奈があたしに託したその言葉は、確かにあたしの中にーー記憶に刻まれていて。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『よう、クソ女共』

 

「は?」

「なによ、こいつ」

「こいつ、なんか雰囲気ちがくない?」

 

『この【自主規制】共がッ!!!』

 

 

あたしはその日、雫をいじめていた奴等に罵詈雑言を放った。『イービル』の名の通り、邪悪な、放送コードに引っ掛かるような言葉の数々を奴等にお見舞いしてやったんだ。ちなみに、数日後、そいつらはヤンキー崩れの彼氏を連れてきたが、モチロン返り討ちにしてやったけどな。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『……守らなきゃな、あたしが』

 

 

意識は今にも飛びそうで、体も痛い。けど、それでもあたしは雫を守らなきゃいけねぇんだ。それがあたしが生まれた理由だから。

 

佐奈があたしに託した思いを。

佐奈と雫との思い出を守らなきゃいけない。

 

 

ーードクンッーー

 

 

ーーーーーーーー




お待ちいただいていた方々に感謝感謝!
明日、もう一話更新します!
終わりは近い。


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8 対峙

ーーーーマンションーーーー

 

 

「雫、ちゃんっ」

 

「…………」

 

 

黒井は雫へ手を伸ばす。だが、彼女は無反応で、当然その手を取ることはない。その姿は『サナ』による催眠が完了していることを物語っていた。

 

 

「ムダムダ~、その娘もう完全に意識はないから。ただのお人形さんだよ~」

 

「風華っ、てめぇッ」

 

「~~~~っ♡ シューヘイくんのその目、ゾクゾクくるぅぅ♡」

 

 

黒井の必死の思いを茶化すように、『フーカ』は身悶えする。

 

 

「もうその娘はダメだし、早く諦めなって」

 

「……ハッ、冗談はてめぇの頭の中だけにしろよ。これ以上、雫ちゃんに何かしやがったらーー」

 

「アハっ、シューヘイくんのメモリはぜーんぶ純正化しちゃったし、もうシューヘイくんに戦える力はないってば。なのに、強がっちゃってカワイイなぁ♡」

 

「……触んな、俺に触っていいのは雫ちゃんだけだ」

 

「ふーん。でも、ほら。雫ちゃんはシューヘイくんと元カノの私のイチャイチャを見ても何も思わないみたいだけど~?」

 

「………………」

 

 

そう言って黒井の頭を撫でる『フーカ』を見ても、なんの反応も示さない。指示がない。だから、動かない。本当にその姿は人形か何かのようで。

 

 

「…………っ」

 

 

黒井の中に怒りが込み上げてくる。自分への怒り。目の前のストーカーへの怒り。

 

 

「てめぇはーー」

 

 

 

ーーーーーーガシャァァァンッーーーーーー

 

 

 

黒井の怒りが声として発される瞬間、彼の声は掻き消される。マンションの窓が再び割られた音が彼の怒りを察したかのように響いたのだ。

その場にいた雫以外の人間の視線が窓の方へ集まる。そこにいたのは1人の女。黒井は笑い、彼女に言葉を投げる。

 

 

「遅かったじゃねぇか、『イービル』」

 

『ちょっと昼寝してたんだ。多目に見ろよ』

 

「あぁ、いいぜ。その分、働くならな」

 

 

『イービル』の視線は雫へ。そして、『サナ』へ。最後に、この騒動の元凶『フーカ』へ移って。

 

 

「……なにしに来たの、メモリに生まれた別人格(バグ)風情が」

 

『やり忘れたことがあんだよ』

 

「シューヘイくんならーー」

 

『んな奴はどうでもいい』

 

「は? ならーー」

 

 

 

『雫を守りに来た。それだけだ、ごらァァ!!』

 

 

 

ーーーー『イービル』視点ーーーー

 

 

言うと同時に、あたしは地面を蹴り、奴に膝をぶちかましにかかる。

 

 

ーーガシッーー

 

『………………』

 

 

それを止めたのは、『仮面ライダー』に変身した雫だ。

 

 

『雫!』

 

『…………』

ーーブンッーー

 

 

そのまま投げ飛ばされ、距離を離された。

 

 

ーードッドッドッーー

 

『この音はっ!』

 

 

それはいつだか黒井から聞いていた『エコー』の能力。必中攻撃のための呼び水。体の内側からこの音が鳴った時点で、攻撃の命中は確実だ。回避はできない。ならーー

 

 

ーーグッーー

『よう、雫。元気そうでなによりだッ!』

 

『…………』

 

 

ーードゴンッーー

 

 

『かーーッ』

 

 

距離を詰めて、雫の両肩を掴む。その瞬間、『音』があたしの体内で破裂した。想像以上の威力に吐血しちまう。既にあたしの体はもうボロボロで限界寸前だ。きっとあと少しでも攻撃を喰らったら、動けなくなっちまう。だけど、

 

 

ーーガシッーー

 

『離すわけねぇだろ!』

 

 

離れない。離さない。

あたしは雫の左肩を掴んだまま、右手で雫のドライバーに手をかける。バチンと火花が散るけど、そのまま掴み続ける。

 

 

『~~~~っ』

 

『…………』

 

『目、覚ませよ、雫ッ!』

 

 

お前の大切な奴を奪おうとしてるんだぞ。

お前の大切な思い出を踏みにじられてるんだぞ。

なのに、

 

 

『黙って、あんな奴等に従ってんのかッ、ああっ!?』

 

『…………』

 

 

雫は答えない。

 

 

「ムダだって。その娘の意識はもうないって言ってーー」

 

『うるせぇっ!!』

 

「…………っ」

 

『あたしは雫と話してんだよっ! 邪魔すんじゃねぇ』

 

 

一喝。馬鹿女が邪魔すんじゃねぇよ!

 

 

「…………せっかく忠告してあげてるのに。『サナ』ちゃん、あいつ邪魔」

 

「はい、排除します」

 

 

『エコー』

 

 

佐奈擬きは『エコー』に変貌を遂げて。

2対1。上等だ。かかってきやがれ。

 

 

「『イービル』!」

 

『っ』

 

 

迎撃のために『エコー』共に向き直ろうとして、その声に止められる。少しだけ視線をやると、『エコー』とあたしらの間に立ち塞がるように立つ黒井の姿があった。

 

 

「雫ちゃんを……頼む」

 

『任せたぜ、馬鹿野郎』

 

 

ポツリと呟き、あたしは再び雫のドライバーに力を込めていく。その間にもあたしに『音』を飛ばして、雫も必死に抵抗してくる。痛い。苦しい。だが、血反吐を吐いたってこの手は離さねぇよ。

あたしはお前を守るんだ! 絶対に!

 

 

『イービル』

 

 

決意と共に、あたしの意識は体を飛び出して、『イービル』メモリへ移る。意識が遠退く。『純正化』まで時間はないだろうってことが分かった。それでも止まらない。

 

 

『雫っ!!』

 

 

本来、コネクターがある首へ、あたしは駆けて。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

気づけば、真っ白な何もない空間にあたしは立っていた。ここが雫の中だということは直感的に分かる。そして、そこにはあたし以外に、もう1人だけ存在していて……。

 

 

「………………」

 

『……雫』

 

 

自分の体を抱くように、体を丸める雫。よく聞くと、ブツブツと何かを呟いていた。そんな彼女の後ろ姿に、あたしは声をかけた。

 

 

『こうして会うのは初めてだな』

 

「……『イービル』、さん?」

 

『あぁ、迎えに来た』

 

 

虚ろな目があたしを捉える。

 

 

『外は大変なことになってる。帰るぞ』

 

 

手を差し伸べる。だけど、一向にその手に重さは感じられない。

 

 

「…………」

 

『雫……?』

 

「ねぇ、『イービル』さん。わたしはどうしたらいいんでしょうか」

 

「わたしが大事なのは家族ーー『カンパニー』だけ。それ以外は敵。そのはずなのにっ」

 

『……っ』

 

 

奴の催眠の影響が心の中にまで出ているのが一目で分かった。深層意識すら『カンパニー』を家族だと錯覚してやがる。あの偽者がッ!

雫は頭を抱えて踞る。なんでなんでと呟きながら、またあたしの顔を見上げた。

 

 

「おかしいんです。お姉ちゃんを邪魔してるあの男の人を見ると、『フーカ』さんと対立してる貴女を見ると、心がざわついて……ぐちゃぐちゃになるッ」

 

 

『エコー』の催眠はより深く、雫の意識を奪うまできていた。なのに、目の前の雫はあたしや黒井の姿に混乱している。それはきっと雫がまだ必死に抵抗している証だ。

大丈夫。まだ引き戻せる。

 

 

『雫、あたしはーー』

 

「貴女はわたしの、『カンパニー』の敵ですよね……?」

 

 

あたしの言葉を遮るように放った問い。それはあたしが敵であると認識するためのもの。誤魔化す意味もない。あたしは憔悴した雫にハッキリと告げる。

 

 

『あたしは『カンパニー』の敵だ』

 

 

『カンパニー』は潰す。佐奈の思いを踏みにじった奴等を許すわけにはいかない。けど、

 

 

「っ、なら、わたしのーー」

 

『でも、お前の味方だよ、雫』

 

 

それだけは変わらない。

 

 

「~~~~っ、やめてくださいっ」

 

 

雫は嫌々と首を振りながら後退り、あたしとの距離を取った。そして、あたしを見据えて、告げる。

 

 

 

「……『イービル』さん、わたしは貴女がずっと嫌いでした」

 

 

 

雫の口から出たのは拒絶の言葉だ。催眠によって言わされてる……だけじゃねぇよな、それは。

 

 

「勝手にわたしの中に入ってきて、勝手に体を使って」

 

「勝手にあの人と仲良くなって……」

 

「わたしにはできないのに……ずるい…………嫌い……大嫌い」

 

 

きっとそれは雫の本心でもあるんだろう。だから、あたしも本心で応える。それが礼儀だろ。

 

 

『奇遇だな、あたしもだ』

 

『あたしも大嫌い(大好き)だよ』

 

 

偽らざる本心。

あたしはお前の煮え切らない態度が嫌いだ。

あたしはお前のウジウジしたところが嫌いだ。

あたしはお前の優しい心が好きだ。

あたしはお前の穏やかな笑顔が好きだ。

 

あたしはさ、全部含めて、お前が大切なんだよ、雫。

 

 

「……ここで決着をつけましょう」

 

『あぁ』

 

 

2人で同時にドライバーを装着する。そして、お互いのメモリを起動した。

 

 

『エコー』

『イービル』

 

 

 

『「変身!」』

 

 

 

ーーーーーーーー



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9 あたしとわたし

お待たせしました。
久々の更新です。少々、長め。


ーーーーーーーー

 

 

「くそが……っ」

 

 

吐き捨て、両膝を着く黒井。『エコー』にボロボロにされ、彼はもう起き上がることすらできなかった。

 

 

「アハッ♡ 流石、シューヘイくん。血塗れになっても色っぽくて素敵♡」

 

『『フーカ』さん』

 

「……分かってるって」

 

 

そう言うと、『フーカ』は黒井の首を掴み、無理矢理起き上がらせて、その額に人差し指を触れた。彼女はメモリを自らに差さずともメモリ能力の一部を使うことができる『ハイドープ』。彼女がしようとしているのは、彼の額に自らの能力の瞳を埋め込むこと。

 

 

「エンゲージリング代わりに受け取ってくれる?」

 

「クソ喰らえだ、ストーカー女」

 

「照れちゃって~♡」

 

 

『フーカ』は目を閉じて、指先に集中する。だから、彼女は

 

 

ーーバギィィッーー

 

「ーーは!?」

 

 

次の瞬間に自分の身に起きたことが理解できなかった。『フーカ』を横から吹き飛ばしたのは、『エコー』で凝縮した音の衝撃波で。

 

 

『『フーカ』さん!?』

 

「これ、は……っ」

 

 

「……汚い手でーー」

 

 

 

満身創痍の黒井の目に写るのは、1人の女性。

それは勿論ーー

 

 

 

「ーーわたしの秀平さんに触れないでください」

 

 

 

刃野雫その人である。

催眠状態にあった時とは打って変わって、真っ直ぐ黒井とそれに仇なす敵を見据えていた。

 

 

『私の催眠を……! どうやってっ!?』

 

「『イービル』さんのおかげです。わたしの中に入った『イービル』さんがわたしを引き戻してくれました」

 

『ッ……ホントに邪魔を……メモリ風情が』

 

 

想定外のことに困惑する『エコー』。そして、体をゆっくりと起こしながら吐き捨てる『フーカ』。その声からは怒りが滲んでいた。

そんな2人に構わず、雫は黒井に声をかけた。

 

 

「秀平さん、すぐ助けますから」

 

「……ハハ、あぁ、頼んだー」

 

 

彼女の姿を見て、体の力が抜けた黒井はそのまま倒れ込む。

2対1という状況だ。いつもの黒井であれば、這ってでも雫だけに戦わせることなどしない。だが、今の雫には黒井の心配すら跳ねのける謎の説得力があった。

 

 

「……いきましょう、『イービル』さん」

 

『イービル』

 

 

鳴り響くは『邪悪』の記憶を目覚めさせる呼び声。彼女は『それ』を腰に装着したロストドライバーに装填した。

 

 

「…………変身」

 

 

『イービル』

 

 

 

黒色の稲妻が雫の体を走る。稲妻は当たった箇所から姿を変えていく。

やがて彼女は、紫がかった黒のボディと青色の瞳、そして、左肩からなびくローブを身に纏う戦士ーー『仮面ライダーイービル』へと変身を遂げた。彼女は目の前の2人の敵を見据え、告げる。

 

 

 

『全部守ってみせます』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『「変身!」』

 

 

あたしも雫も変身を遂げた。同時にあたしは駆け出す。

 

 

『らぁぁっ!!』

 

『はぁっ!』

ーードッドッドッドッーー

 

ーードンッーー

 

 

回避不能の衝撃波。雫の攻撃は当たる。けど、あたしは止まらない。一気に懐に入って、右拳を振るった。

 

 

『喰らっとけ!!』

『~~っ』

 

ーーバギッーー

 

 

お互いの拳がかち合い、火花を散らした。

 

 

『おらッ! 目覚ませ、雫!』

ーーブンッーー

 

『っ、知りませんッ』

 

 

あたしの左脚は空を切り、入れ違いに雫の拳があたしの腹を捉えた。そして、

 

 

ーードンッーー

 

『~~~~ッ』

 

 

『エコー』の衝撃波が体を走る。だが、この程度なら耐えられる。

 

 

『効くか、そんなの!』

ーーバキッーー

 

 

カウンターで放つ右ストレート。今度は見事に変身態雫の左頬を捉えた。そのままぶん殴り、振り抜く。

 

 

『っ、はぁっ!』

 

 

それを雫は完全に体で受け止めやがった。

チッ、効かねぇか。でも、こいつは変だよな。

 

『おい、雫』

 

『……なん、ですか……?』

 

 

『イービル』。あたしの特性は対象への敵対心で能力が変動する。つまり、あたしが雫を『敵』と認識していない以上、『イービル』の攻撃力は上がらない。そこは雫のもつ『エコー』とは決定的に違う。

……そう、違う。

今のあたしが雫と互角な訳がねぇんだよ。

 

 

『お前さ……あたし相手に手加減してるじゃねぇか』

 

『そ、そんなこと……ありませんっ!』

 

『『カンパニー』の敵は、お前の敵じゃなかったのか? あ?』

 

『そう、そうですっ! わたしは『カンパニー(家族)』に敵対するものをすべて排除するためにーー』

 

『ーーじゃあ、なんでッ』

『っ!?』

 

 

ーーバキッーー

 

 

『こんなに弱えんだよ』

 

『っ』

 

 

あたしの言葉に、雫は一瞬固まる。

 

 

『図星だろ。お前、思っていたよりずっと出力が出てなくて焦ってる』

 

『そんなことは……』

 

『ある。分かんだよ。言っただろ、あたしはお前の心の中が分かるんだ。一心同体だからな』

 

 

ここが雫の精神世界だというのなら尚更だ。

迷いも、戸惑いも、不安も、全部伝わってきてる。

だからーー

 

 

『あ、あ……ああぁぁぁぁッ!?!?』

 

『!? おい、雫やめろ!』

 

 

キャパシティオーバー。頭の中で感情を制御しきれなくなったのか、雫は頭を地面へと叩きつける。いくら変身しているとはいえ、このまま全力で頭をぶつけていれば、身体がもたない。雫が壊れてしまう前に、あたしは彼女の両手を掴む。

 

 

『止めろ…………止めてくれ、雫』

 

 

あたしの言葉は届かない。雫は依然として叫んでいて、あたしが手を離せば、彼女は相反する感情の狭間で壊れていく。

まぁ……そう上手くはいかないよな。全部取り返してハッピーエンドなんて。あたしじゃ雫は倒せない。かといって、雫もあたし相手じゃ戦えない。このまま戦い続けても埒が明かない。

……あぁ、分かってる。分かってるさ。この状況であたしが出来るのはひとつだけ。

 

 

『雫』

 

 

叫び続ける雫に、あたしは静かに語りかける。

 

 

『あたしはお前が嫌いだった』

 

『いつもメソメソして、佐奈の姿を探してすがって。そりゃいじめられるのも理解できるぜ』

 

『けど、いじめられ続けてたお前が唯一意地になったのが『あたし』を溝に捨てられた時だったよな。ハッ……あの時のお前はすごかった、なんせ躊躇なく溝に飛び込むんだからよ』

 

『その上、見つかるまで何時間も探し続けて……やっとの思いで見つけて泣いてやがってよ。また、やり返さずにメソメソと……そう思ってたよ』

 

『でも、お前、その時泣きながら言ってたんだ』

 

 

 

『「守ってあげられなくてごめんなさい」って』

 

 

 

あたしは佐奈から雫へ送られた『お守り』だった。弱い雫を守るための『お守り』。

だけど、あたしは気づいたんだ。

こいつはただの泣き虫じゃねぇ。大事なものを守るために戦おうとする心をもってるって。

その時から、あたしはお前のことを嫌いじゃなくなって。近くで見ているうちに、いつの間にか大好きになったんだ。

だからよーー

 

 

『守るんだろ、大事なものっ!』

 

『なら、こんなとこにいつまでもいるんじゃねぇよッ!!』

 

 

あたしは雫のドライバーに手をかける。そのまま『エコー』のメモリを強引に引き抜いた。同時に、あたしのドライバーからも『イービル』を抜いて、

 

 

『あたしの全部、お前にやるから』

 

 

きっとそうしたらあたしはお前を守れなくなる。直感がそう言ってる。けど、それでいいんだよな。

 

 

『もう……大丈夫だよな、雫』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『……大丈夫です』

 

 

わたしは目を閉じ、ポツリと呟きました。その言葉は空に消え、霧散する。

 

 

『戦闘中に目を反らすなど!』

 

ーーブンッーー

 

 

目を開ければ、そこには『エコー』ドーパント。音の衝撃を付与された拳をわたしに向けて振るってきました。けど、遅い。遅いし、弱い。

 

 

ーーガシッーー

 

『な!? 受け止めてーー』

 

『……邪魔です』

 

 

ーーーーーーバギィィィィッーーーーーー

 

 

『かはっ……!?』

 

 

その一撃で、『エコー』は動きを止めました。完全に入ったのが拳から伝わります。

込められた感情は怒り。

お姉ちゃんの姿を騙ったことへの怒り。わたしを操り、『イービル』さんと戦わせたことへの怒り。そして、秀平さんを傷つけたことへの怒り。わたしの中に渦巻く『負の感情』は爆発する。

 

 

『終わりです』

 

『イービル マキシマムドライブ』

 

 

ドライバー右のマキシマムスロットにメモリを装填した瞬間、拳にエネルギーが集まっていくのが分かります。それは黒色の稲妻へと変換され、一気に

 

 

 

ーーーーーーバチバチバチバチッーーーーーー

 

 

 

炸裂した。

 

 

ーーパリンッーー

 

「か、は……っ」

 

 

『エコー』は彼女の体外へ排出されて、破壊されました。お姉ちゃんと同じ顔をした彼女を見る。けれど、彼女への憎しみはもうありません。

 

 

「へぇ……負の感情を全てマキシマムに変換したってワケ」

 

『そう、みたいですね』

 

 

わたしの戦いを見て、『フーカ』さんはそう言いました。わたしもよく分かっていませんが、恐らくその通りなのでしょう。だから、今のわたしには胸の中で泥々と渦巻いていた『エコー』の彼女への感情はない。

 

 

「ふーん。ま、元々、シューヘイくん以外はどーでもいいし、あの娘がやられちゃっても支障はないケド」

 

 

そう言って、彼女は懐からメモリを取り出しました。

 

 

『アイズ』

 

 

メモリを飲むように舌へ差す彼女。不気味な目玉が彼女の体を覆い、やがて彼女はいつか見た姿へと変貌を遂げました。

 

 

『さ、決めようか♡ シューヘイくんの彼女に相応しいのはどっちかをさ』

 

 

両手を広げ、空を仰ぐように言い放つ『アイズ』。わたしは彼女の言葉にこう返しました。

 

 

『いいえ、秀平さんはそもそもわたしの恋人です』

 

『…………はぁ?』

 

 

それはただの事実です。紛れもない真実。

 

 

『秀平さん!』

 

「え、あ、はい?」

 

『一応確認ですが、この人とは何もないんですよね』

 

「あぁ、何もないさ。前世では幼馴染だったこともあるが、今じゃあ、そいつはただのストーカーだ」

 

『だ、そうですが?』

 

 

秀平さんに再確認をして、もう一度彼女へ伝えます。秀平さんの彼女に相応しいのはどちらか、でしたっけ?

 

 

『言っておきますが、貴女とは最初から勝負になっていませんから!』

 

『~~~~~~ッ』

 

 

声にならない声をあげる『アイズ』。顔は見えなくても完全にキレているのが分かりました。

まったく……キレたいのはこっちです! 人の大事な恋人を盗ろうとして、挙げ句の果てに傷つけて。

 

 

『許せる訳がありませんっ!!』

 

ーーブンッーー

 

 

最短距離へ拳を打ち込みます。

 

 

ーーガシッーー

 

 

けど、その攻撃は受け止められました。不意打ちで完全に避けられなかったはずなのに、読まれてる。これがもしかして、『アイズ』の能力……?

 

 

『ざ~んねん。バレバレよ』

 

『っ、はっ!!』

ーードゴッーー

 

 

死角からの回し蹴りも止められます。

 

 

『なら、これでどうですか!』

ーーブンッーー

 

『見えてるってばァ!』

ーースッーー

 

 

突き上げるような形で放った拳を、今度は最小限の動きで避けられてしまいました。やっぱり、こちらの動きを完全に見切っているみたいです。

 

 

「雫ちゃん! 『アイズ』は予備動作でこっちの次の攻撃を読んでくる! だからーー」

 

『分かりましたっ』

 

 

わたしの身を案じ、秀平さんはそう言ってくれました。そんな彼の言葉に頷いて、わたしは次の攻撃へ移る。

 

 

『はぁぁぁっ!!』

ーーブンッーー

 

『アハッ、シューヘイくんの話聞いてたぁぁ?』

ーーグッーー

 

 

再び殴りかかる。勿論、『アイズ』はそれを予知して、止めようとしてきました。だけど、そんなの関係ありません。だって、

 

 

ーーバギバギバギバギッーー

 

『~~っ!? 腕、がっ!?』

 

 

受け止められても、それを上回るパワーで防御ごと壊しちゃえばいいんですから。

わたしが目の前の彼女へ向ける怒りがあれば、『イービル』の力はどこまでも上がっていく。その攻撃力に上限はない。

 

 

『な、んでっ!! 私は『ハイドープ』! 『アイズ』の能力も使いこなしてるはずなのにっ』

 

『このメモリには……『イービル』さんの思いが詰まってるんです。貴女の薄っぺらい力で受け止めきれる訳がありません!』

 

『ぐ、ぅぅぅあああぁっ!! 離れろォォ!』

 

 

宙に浮く2つの目玉を、こちらへ飛ばしてくる『アイズ』。目玉が光ると同時に、こちらへビームを放ってきます。でも、それも効きません。わたしはビームを殴り、軌道を反らしてそれを防ぎ切る。そして、一気に距離を詰めてーー

 

 

『これでーー

 

『イービル マキシマムドライブ』

 

ーー終わりです!』

 

 

それを発動します。再び右拳に集約される黒い稲妻。それをわたしは振り抜いた。

 

 

ーーブンッーー

 

 

けど、拳は空を切ってしまう。避けられた。

 

 

『ア、ハハハハハッ! そうっ、いくら攻撃力が高くても当たらなきゃ意味ないよねっ!』

 

『…………』

 

『アハハッ♡ このまま避け続けてあげるぅ♡』

 

『…………』

 

『避けて避けて避け続けてッ! 雫ちゃんが疲れたら倒せばいいッ! そうしたら、雫ちゃんの目の前で、シューヘイくんをじーっくり私のモノにしてあげーー』

 

 

得意気に、そう言う『アイズ』。こちらを煽るような笑い声。それが堪らなく腹立たしくて。

 

 

『ーーうるせぇよ』

 

 

思わず口を突いて出た言葉。それはまるで『彼女』の言葉のようで。だから、思わず笑ってしまいました。

 

 

『何、余裕かましてるのッ! そっちの攻撃は私には当たらない! 当たらなきゃ勝てないでしょうッ!?』

 

『そう、ですね』

 

 

ーーバチッーー

 

 

当たらなきゃ勝てない。避けられ続けたら勝てない。

なら、答えはひとつだけです。

 

 

ーーーーーーバチバチバチバチバチバチーーーーーー

 

『避けられない広範囲攻撃。これならどうですか』

 

 

黒い稲妻は前へ突き出した拳の周りで肥大化していく。それは避けたとしても確実に巻き込まれるほどの出力です。

 

 

『っ、そんな、イヤッ、今度こそシューヘイくんを私のモノにしたかっただけなのにッ』

 

『ーーさようなら』

 

 

『エコー マキシマムドライブ』

 

 

『イービル』で蓄えた稲妻は、『エコー』のマキシマムドライブによって撃ち出されてーー。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「……ふぅ」

 

 

全部、終わりました。

マンションに空いた巨大な穴から見える空を目にしたせいか、体から一気に力が抜け、わたしは倒れてしまいます。

 

 

「あ、あれ……?」

 

 

急激に押し寄せてくる眠気と疲労感。同時に感じるのは、

 

 

「お疲れ、雫ちゃん」

 

「しゅうへい、さん……」

 

 

倒れたわたしを膝枕してくれる秀平さんの体温で。

怪我してる。その呟きに、秀平さんはお互い様だと返してくれて、もっとあったかい気持ちになりました。

 

 

「ありがとな、助かった。たぶん雫ちゃんが助けてくれなかったら、俺は一生あいつに監禁されてただろうよ」

 

「それは、イヤですね……」

 

「あぁ、最悪だ」

 

「……この間のデートとどっちがイヤです?」

 

「……雫ちゃんに嫌われるよりは監禁の方がマシかもな」

 

「ふふっ」

 

 

何気ない会話を交わすわたしたち。

……よかった。秀平さんを取り戻せて、本当によかった。じんわりと浮かんでくる安堵の気持ちに浸りながら、ボーッとする頭で彼を見上げていると、不意にーー

 

 

ーーつうっーー

 

「あ、あれ……なんで、涙なんか……」

 

 

ーー涙が流れてしまう。両手でそれを拭うけど、溢れてきて止まりません。

おかしいですよね。秀平さんを取り戻せて、悲しい訳なんてないのに。嬉しいはずなのに。

そんなわたしの頭を秀平さんはひとつ撫でて、静かに一言だけ。

 

 

「…………2人のおかげだ」

 

 

その言葉のせいで、わたしの涙は止まらなくなる。

わたしは、大好きでこれから隣を歩いていきたい大切な人を守れた。

でも、その代わりに、今までわたしを大事にして守ってきてくれた大切な人を失った。

 

 

 

「ーーーーっ」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ごめんなさい。

 

大丈夫って、わたしは言ったけれど。

貴女に安心してほしくて、そう強がったけれど。

 

それでも今だけは。

泣き虫なわたしのままでいいですか。

 

 

ーーーーーーーー




次回、エピローグ。


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10 これにて閉幕

エピローグ


ーーーーーーーー

 

 

あれから1年が経って。

なんと、わたし、風都署の刑事になりました。

 

まだまだ新人ではありますが、幹夫さんと同じ超常犯罪捜査課の一員です。

勿論、今まではただのOLだったわたしが刑事になったのは、異例の人事です。今の上司である照井警視が『仮面ライダー』としてのわたしをスカウトしたのが事の発端なのですが……。

 

 

「ゆぅるぅしぃまぁせぇんんんん!!」

 

 

わたしが刑事になることを最後まで反対していたのは、秀平くんでした。まるで狂犬のように、霧彦さんや照井警視にまで噛みついていた姿は中々、その……すごかったです。

そんな秀平くんも、

 

 

「大丈夫ってところを見せたいんです。ね? 秀平くん」

 

「うぅあぁおおおぁぁっ!?!? いいい、いいよぉいやだぁぁいいよぉぉぉ!!!」

 

 

わたしの意志を伝えたら、快く納得してくれました。流石はわたしの彼氏さんですよね。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

あとは、お姉ちゃんのお墓に、『貴女』がつけてたドライバーを入れたんです。本当はメモリを入れたかったんだけど、それはダメだと照井警視に却下されちゃって。

 

今ごろはお姉ちゃんと会えてるかな?

会えてたら、いいな。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

あ、それからね。

やっと秀平くんと、ちゃんとした同棲を始められたんです。

それまでに彼の就職問題とか、他にもまたガイアメモリ関係の事件に巻き込まれたこともあったけれど、どうにか2人で笑って過ごせています。

 

そして、今日わたしはねーー。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ーーぎぃっーー

 

 

わたしの目の前で大きな扉が音を立てて、開きました。

今のわたしは、普段まったく着ないような慣れない格好で。だけど、練習通りに、どうにか一歩前へ進みます。

建物の中に入ると、幹夫さんが優しげな微笑みを浮かべながら、わたしのことを待っていてくれました。目にはうっすらと涙。腕を組んで、歩く。

 

 

「おめでとう、雫」

 

「……ありがとう、お父さん」

 

「ッ」

 

 

2人にしか聞こえない会話。言葉を交わした幹夫さんは、なぜか上を向きながらも、わたしの歩幅に合わせて歩いてくれます。やがて、祭壇の前で、幹夫さんの腕をわたしは離しました。

 

 

「よろしく、頼むよ」

 

「……はい」

 

 

カッチリと決めた彼が、幹夫さんの言葉に頷く。

2人が正面を向く。自然と讃美歌が聞こえ始めて、牧師さんが聖書の一節を朗読してくれます。そしてーー

 

 

「新郎、秀平さん」

 

「貴方は新婦・雫さんを妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も」

「これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」

 

「誓います」

 

 

誓います、と言ってくれた秀平くんは、わたしに視線を向けて、微笑んでくれる。次は、わたしの番。

 

 

「新婦、雫さん」

 

「貴女は新郎・秀平さんを夫とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も」

「これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命のある限り心を尽くすことを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

 

秀平くんとまた目が合う。笑い合う。

 

 

「指輪の交換を」

 

 

お揃いの指輪をそれぞれの左手の人差し指へ。

…………うん、ちゃんとはめられた。

 

 

「それでは、誓いのキスを」

 

 

いよいよです。

彼がわたしたちの間にあるベールを上げてくれます。

緊張で固くなった彼の表情を見ながら、わたしはくすりと笑ってから、口づけを交わしたのでした。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

もう、わたしは大丈夫。

だから、安心して見守っていてね。

 

『イービル』さん(もうひとりのわたし)

 

 

ーーーーーーーーfinーーーーーーーー




これにて、Vシネ『仮面ライダーエコー / イービル』完結になります。

ここまでお付き合いくださった読者の方々、本当にありがとうございました。満足いくものが書けたのも、一重に作品を読んでくださった皆様のおかげです。ご感想等いただけたら、泣いて喜びますのでぜひ……。

Vシネを経て、劇場版についての初期構想もずいぶん変わりそうです。時間を空けて更新できたらと考えておりますので、気長にお待ちいただけたら幸いです。
では、また。


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劇場版『運命のガイアメモリ』
00 劇場版『運命のガイアメモリ』予告編


お久しぶりです。
劇場版の構想がまとまってきましたので、どうぞ。


ーーーーーーーー

 

 

特報!

黒井が! 霧彦が! 雫が!

あの『転生したらミュージアムの下っ端だった件』がまたもや帰ってきた!

 

劇場版『転生したらミュージアムの下っ端だった件

         ~FOREVER~運命のガイアメモリ』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

Vシネマ『仮面ライダーエコー / イービル』から1年。

 

新婚生活も順風満帆な黒井とその仲間たち。

戦いを終え、ガイアメモリとは距離を置いていた黒井だったが、ある日、不意に感じた違和感。それは彼の日常に侵食していき、やがて、その歯車は狂い始めていく。

 

 

「なぁ、霧彦よ。素朴な疑問なんだけどな、いつの間に風都タワーは直ったんだ?」

 

「? 何を言ってるんだい、黒井くん。風都タワーは今日も……いいや、今までもこれからだって健在で、この街を見守ってくれているじゃないか」

 

「……は?」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

原作との歪み。

まるで、それを埋めるかのように、風都の住民を巻き込んだ事件が起こりーー

 

 

「『T2ガイアメモリ』……スロット処置をせず、マキシマムでもメモリブレイクできない新型だって?」

 

「えぇ、25本のメモリが街にばらまかれた」

 

「何も知らない市民が『ドーパント』に……?」

 

「この展開、まさか奴らが来やがったのかよっ」

 

 

ーー物語は遂に『運命のガイアメモリ』とリンクする。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

そして、現れる新たな『仮面ライダー』を名乗る者。

 

 

『………………』

 

 

「黄金の『仮面ライダー』!?」

 

「あれが『エターナル』なんですか……?」

 

「違う……あれは、あいつは『エターナル』じゃないっ!」

 

 

事態は思わぬ方向へと転がり、混沌へ。

 

 

 

「大道克己じゃない……? 一体、お前は何者だ?」

 

『我が名はーーーー』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

混乱は彼の仲間たちにも広がり、その絆が綻んでいく。まるで、これまでの戦いを、繋がりを否定するかのように……。

 

 

「君の存在は風都を汚している。私が排除する」

『ナスカ』

 

「止めろ、霧彦……止めてくれっ!」

 

 

黒井を追い詰める仲間たち。

 

 

「…………秀平くん、貴方はわたしが殺します」

『イービル』

 

「っ、なんでっ……なんでこうなっちまうんだよッ!?」

 

 

そして、最愛の人までもが彼の敵に回って。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「俺は、どうしたらいい……」

 

「本当に、俺はこの世界で生きていていいのか……?」

 

 

絶望の淵で主人公『黒井秀平』が選んだ未来とは。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「決めたよ、俺はーー」

 

「ーー変身」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『転生したらミュージアムの下っ端だった件』遂に完結。

 

 

ーーーーーーーー




構想は固まっておりますが
リアル多忙のため、更新自体はもう少し後になるかと……。
その間に誰かR指定書いてもええんやで?

追記
え、待てない私が書こう(有能物書)
いるんですか!?
ぜひメッセージください!?


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01 歪み

お久しぶりです。

劇場版『運命のガイアメモリ』開幕です。


ーーーーーーーー

 

 

ストーカー女の襲来から1年が経った。

結婚式も新婚旅行も無事終えて、ラブラブ新婚生活を送る俺と雫ちゃん。雫ちゃんは刑事にはなってしまったものの、俺自身はガイアメモリからは縁遠い生活を送っていた。

 

そんなある日のことだった。

 

 

 

ーーーー黒井家・リビングーーーー

 

 

「G研? なんだ、そりゃ?」

 

 

夕飯の席にて、雫ちゃんからのあーんを受けながら、そう問い返す。聞いたことのない単語、原作にも出てきてないよなぁ。

 

 

「はい。ガイアメモリ研究所という組織で、名前の通り、ガイアメモリの研究や解析などを行う部署です……はい、秀平くん、あーん」

 

「あーん……ガイアメモリねぇ……」

 

 

雫ちゃんの口から出たそのフレーズにげんなりする。ガイアメモリって言葉だけで、飯が不味くなる……いや、雫ちゃんが作ったお料理が不味いはずはないが?

 

 

「美味しいですか?」

 

「おいひいでふ」

 

「それで、なんですけど……そのG研からの要請で、秀平くんに解析のお手伝いをしてほしいってことなんです」

 

「手伝い……?」

 

 

俺に? なんの?

続けざまにそう訊ねるが、雫ちゃんも詳細は知らないようで、首をかしげている。あぁ、可愛い、俺の奥さん。

 

 

「……嫌な予感がひしひしと伝わってくるんだが」

 

「照井さんからのお話なので、悪いことにはならないと思うんですけど」

 

「うーん……」

 

「秀平くんが嫌ならわたしから断りますけど」

 

 

どうしたものだろうか。

照井竜からの依頼、つまりは雫ちゃんの直属の上司からの依頼な訳である。雫ちゃんのことを思えば、受けてはやりたいが、それでもガイアメモリってのはいただけない。

 

 

「少し考えさせてくれ」

 

「もちろんです。返事はゆっくりでいいと言われてますから」

 

 

幸せな気持ちとが入り交じる複雑な心境で、その日も夜は暮れていったのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「って訳なんだが……どう思うよ、霧彦」

 

 

翌日の日中。霧彦を喫茶『白銀』に呼び出し、俺は昨日のG研の話を相談していた。ホットの珈琲を一口すすり、霧彦は返事を返してくる。

 

 

「別にいいんじゃないかな」

 

 

相変わらずの胡散臭い爽やかスマイルである。

別にいいって……適当言ってねぇか? 訝しみ、軽く睨むと霧彦はやれやれと肩をすくめた。むかつく。

 

 

「照井竜……警察官かつ『仮面ライダー』である彼からのご依頼なんだ。少なくとも部下の夫を害する人間ではないのは、私達は身をもって知っているはずだ」

 

「……まぁ、それはそうだけどよ」

 

「勿論、今も彼からの仕事を受けている私はともかく、黒井君は一線を退いているんだから。君の自由だろうけどね」

 

 

至極もっともだ。うーむ、どうするべきか……。

顎に手を当て、考えていると、

 

 

「お待たせしました~」

 

 

この喫茶店のウェイトレスである、リリィ白銀が珈琲カップを持ってやってきた。

 

 

「悪い相談ですか?」

 

「まぁな」

 

「ふふっ、こわ~い」

 

 

俺の軽口に、悪戯っぽく笑う彼女。何を隠そう彼女もガイアメモリ事件に巻き込まれた人間である。

 

 

「すまないね。こんな相談は他ではなかなか出来なくて」

 

「いえいえ、霧彦さん達ならいつでも大歓迎ですよ」

 

 

そう言うと、彼女はテーブルに置いた空のカップに布をかけ、淹れたての珈琲を出現させた。流石、元マジシャンだぜ。

 

 

「ブラボー!」

 

「ふふっ、ありがとうございます!」

 

 

微笑みを返したリリィは、そのまま霧彦の隣の席に座る。

 

 

「黒井さん、どうなんですか? 新婚生活は」

 

「フッ、聞きたいか、俺と雫ちゃんのラブラブイチャイチャ新婚生活を」

 

「はい!」

 

「……はぁ、私は止めておくよ。君のその話は長くて敵わない」

 

「まずはだなぁ……」

 

 

興味なさそうに珈琲をすする霧彦を無視して、俺はリリィに新婚エピソードを語る。しばらくして、俺のエピソードを聞きながら、彼女はため息を吐く。

 

 

「あーあ、いいなぁ、結婚」

 

「リリィなら相手はいくらでもいるんじゃねぇか?」

 

「まぁ、否定はしませんけど……でも、せっかくならイケメンの方がいいじゃないですか~」

 

 

まぁ、言いたいことは分かる。元々彼女が狙っていた照井は既に既婚者だしな。となると、独身のイケメンねぇ。俺もリリィも、チラリと珈琲を飲む霧彦を見る。

 

 

「……しばらくは結婚は遠慮しておくよ」

 

「ちぇ~」

 

 

拗ねたようなリリィを上手くあしらう霧彦。流石、嫁さんに殺されたかけた男の言葉は重みが違うな。

さて、話が一区切りついたことで、マスターがリリィに声をかけた。たしなめられた彼女は仕事に戻っていく。それを見て、霧彦は話を戻した。

 

 

「それより黒井くん、例の件連絡しないでいいのかい?」

 

「おぉ、そうだった! よし、善は急げだ」

 

 

友人からの助言を受けて、俺は雫ちゃんに電話をした。

 

 

「もしもし、雫ちゃん? 俺だけどーー」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

喫茶『白銀』を出ると、日が暮れ始めていた。決断してからも、珈琲ブレイクを楽しんでいたからか、思っていたより時間が経っていたようだ。

今日は夕飯当番だから、献立を考えていると、

 

 

「いいのかい、雫ちゃんからのお願いなんだろう」

 

 

霧彦がその思考を遮ってきた。

例のG研の話を、俺が断ったことに少し思うところがあるのかもしれねぇな。

 

 

「いいんだよ。前の俺ならともかく、今の俺はなんの力もないただの一般人だ。身の丈に合わねぇことはしないって決めたんだ」

 

「……君がそれでいいなら、なにも言わないさ」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 

 

前を歩く霧彦にそう返す。ふとその後ろ姿を見ながら、あるものが目に入った。

妙な違和感だ。

 

 

「なぁ、霧彦よ」

 

「なんだい?」

 

 

名前を呼ばれ、振り返った霧彦に訊ねる。

 

 

 

「素朴な疑問なんだけどな、いつの間に風都タワーは直ったんだ?」

 

 

 

所謂『劇場版』で風都タワーは一度、折れている。時系列的にはたぶん俺が『黒井』になっていた時に起こったんだろう。あの頃、俺の意識は『黒井』の中にいたから、外の出来事は断片的にしか覚えていないのだ。だからこその疑問だった。

ガイアメモリから解放されたり、雫ちゃんとの新婚生活が楽しすぎたりして、気にもしてなかったことだ。それが今更になって気になった。

だが、

 

 

「? 何を言ってるんだい、黒井くん。風都タワーは今日も……いいや、今までもこれからだって健在で、この街を見守ってくれているじゃないか」

 

「……は?」

 

 

霧彦から返ってきた答えは予想外のもの。風都タワーは折れていなかった、だと?

 

 

「いや、お前……だって、ほら、『NEVER』が……」

 

 

『NEVER』

原作『劇場版』にて、風都タワーを占拠し、風都を地獄に変えようとした傭兵集団。そいつらのボスである『大道克己』がタワーを折ったはず。あんな大事件を忘れるなんてあり得ないだろう。

 

 

「『NEVER』……?」

 

「っ」

 

 

霧彦の反応で俺は確信した。

俺のいるこの世界では、あの事件がまだ起こっていないことを。

 

 

 

ーーーー風都署ーーーー

 

 

「……という訳で、申し訳ありません。照井警視」

 

 

電話を切った雫は、上司である照井に謝罪した。それは黒井がG研の話を断ったからである。それに気を悪くする照井ではなく、こちらこそ家族を巻き込むようなことを依頼して悪かったと謝り返した。

 

 

「でも、なんで秀平くんを……」

 

「俺に質問するな……と言いたいところだが、秘密にする必要もないだろう。特に『仮面ライダー』である君には」

 

 

そう言うと、照井は懐から2枚の写真を取り出した。

1枚は女性の写真。照井の話によると、つい先日風都署の前に、ボロボロになって倒れていたという女性だ。今は警察病院にいるが、まだ意識は戻っていないらしい。

 

 

「……この人と秀平くん。何か関係があるんですか?」

 

「慌てるな。問題は『こいつ』……これについての意見を黒井秀平に聞きたかったんだが」

 

 

倒れていた女が握っていたものなんだが、という照井の言葉を聞きながら、雫はもう1枚の写真を見た。

そこに写っていたのは、1本のガイアメモリ。だが、それは未だ街に残されているミュージアム製のメモリとは明らかに違う。どちらかと言えば、

 

 

「わたしたちのメモリと同じ……?」

 

「あぁ、俺達のメモリと瓜二つ。唯一違うのは、この端子」

 

「青い端子……」

 

 

写真に写るガイアメモリ。それは黒井が危惧する代物。

本来は財団Xが秘密裏に開発していたという新型『T2ガイアメモリ』であった。

 

 

ーーーーーーーー



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02 ばらまかれた災厄

ーーーー鳴海探偵事務所ーーーー

 

 

「異常事態だ」

 

 

照井竜の言葉を聞きながら、俺の嫌な予感は当たることを痛感する。最悪の展開を思い浮かべた翌日の正午に、空から『災厄』が降ってきた。『T2ガイアメモリ』が風都の街中にばらまかれたのだ。

緊急事態を受けて、俺や霧彦、雫ちゃんに照井が鳴海探偵事務所に集結していた。勿論、所長である鳴海亜樹子、探偵・左翔太郎とフィリップもいる。風都の『仮面ライダー』揃い踏みである。

 

 

「俺とフィリップも何体か街で暴れる『ドーパント』を倒した。そして、『こいつ』だ。倒した後に、その『ドーパント』の近くに転がっていた」

 

 

左が懐から取り出したのは、やはり『T2ガイアメモリ』だった。普通ならばマキシマムで破壊できるメモリをブレイク出来なかったことに少々困惑しているようだ。そんな彼とは違い、彼の相棒は懐疑的な目を俺に向けている。

 

 

「何か知っているんじゃないか、黒井秀平」

 

 

フィリップの一言で、全員の視線が俺に向いた。俺に質問するな、と返したらたぶん怒られる雰囲気だな、こりゃ。ひとつため息を吐いた俺は観念して、口を開いた。

 

 

「『T2ガイアメモリ』」

 

 

それが、財団Xが秘密裏に開発していた新型であること。そして、その特性について話す。

 

 

「……スロット処置をせず、マキシマムでもメモリブレイクできない新型だって?」

 

「あぁ。しかも、使用者の意志に関係なく、適合率の高い者の体内へ飛び込んでくるってのも性質が悪い」

 

「つまり、何も知らない市民が『ドーパント』に……?」

 

「そういう訳だな」

 

「そんな……」

 

 

俺の話を聞いて、この場の人間のほとんどが絶句し考え込む中、質問をしてくる人物が約1名。

 

 

「相変わらず僕でも知らないことを知っている……本当に、キミは何者だい、黒井秀平」

 

 

知識の権化、フィリップ。先程と変わらず、厳しい眼差しで問うてくる。『転生者』であることを話したのは、雫ちゃんと霧彦のみだ。『転生』の情報を広めることで、この世界に与える影響を考えた結果、より近しい人間にしか話さないと決めてあるのだ。

……さて、どうしよ。

 

 

「フィリップくん。今、それは関係ないだろう」

 

「霧彦」

 

 

と、ここで助け船。流石、霧彦! 頼れる男だぁ!

 

 

「須藤霧彦。だが……!」

 

「まぁまぁ、落ち着けよ、相棒。今は黒井の正体を突き止めるよりも、『T2ガイアメモリ』って代物から、風都を守るのが先だ」

 

「左の言う通りだ、フィリップ」

 

「……っ、分かった。今は我慢しよう」

 

 

左と照井の2人にそう言われたら、流石のフィリップも引くしかない。それに彼自身も『T2ガイアメモリ』の脅威を理解しているから、相棒達の言うことに納得していたんだろう。それ以上は言及せず、話が戻る。

 

 

「現状、問題は誰が何故、メモリをばらまいたのか」

 

「あぁ、なぁ、黒井。このメモリについて、まだ知ってることがあるなら教えてくれ」

 

 

一瞬、思考を巡らせ、答える。

 

 

「俺の予想が当たっているなら、これをばらまいたのは『NEVER』」

 

「『NEVER』?」

 

「世界を股にかける傭兵集団ってのが表向き。その裏は『死人』……奴等は一度死んで生き返ったゾンビ兵士なんだよ」

 

「「ゾンビ……!?」」

 

 

驚いた女性陣に頷き、肯定する。

さらに、奴等のバックにいる科学者・大道マリアの研究の成果が『NEVER』であることや『ミュージアム』が財団から出資を受ける時に、その競合相手が『NEVER』であったことも補足する。

何故そんなことを知っている、というフィリップからの視線は痛いがそんなもんガン無視だ、ガン無視。

 

 

「なるほど。見限った財団や競合相手だった『ミュージアム』の陰が未だに蔓延る風都を狙いに定めたと、そういう訳か」

 

「ついでに、『T2ガイアメモリ』の力で、この街を地獄にでも変えようとしているんだろうよ」

 

「傍迷惑な話だ」

 

 

流石は照井警視様。理解が早くて助かるぜ。と、ここである男たちが口を開いた。

 

 

「……許せねぇ」

 

「同感だ」

 

 

左翔太郎。そして、須藤霧彦だ。見れば、メラメラと怒りのオーラが見えそうな気迫である。風都を心の底から愛しているこの男たちにとって、『NEVER』がやらかそうとしていることは到底看破できるはずがねぇよな。

 

 

「翔太郎!」

 

「おう、霧彦!」

 

 

2人はすっと立ち上がり、足並みを揃えて、事務所出口へ。

 

 

「翔太郎くん!? どこいくの!?」

「霧彦さん!? どこにいくんですか!?」

 

 

「「メモリを回収してくる」」

 

 

女性陣の制止を振り切り、2人は鼻息荒く事務所を出ていった。

 

 

「はぁ、似た者同士め」

 

「まったくだ」

 

 

俺の呟きに同調するフィリップと目が合う。あいつらのお陰で、ちっとは猜疑心も晴れた、か?

 

 

「ともかくだ。左達の言うことにも一理ある。俺も街を見回って、『T2ガイアメモリ』を探そう。黒井」

 

「あ?」

「は、はい!」

 

 

照井に名前を呼ばれ、思わずユニゾンする俺と雫ちゃん。なんだか照れるなぁ、へへへ。

 

 

「……妻の方だ」

 

「あ、はい!」

 

「君はこのまま彼と一緒に直帰していい」

 

「え、でも……」

 

「捜索は一筋縄ではいかない。俺と交代できるように、少し休め」

 

「っ、分かりました」

 

 

そう言って、雫ちゃんに指示を出す照井。なんかちょっとジェラるが、今は我慢だ。なにより、雫ちゃんの安全も考えた上での判断だってのも分かるからな。

 

 

「フィリップ。俺や左たちがメモリの捜索をしている間に、敵の情報をもう少し知りたい。検索を頼めるか」

 

「あぁ、任せたまえ」

 

「所長もここにいてくれ。いざというときはすぐに駆け付ける」

 

「うん、竜くん」

 

 

照井はそのまま鳴海……照井亜樹子の頭を軽く撫で、事務所を出ていった。ぐぬぬ、悔しいが、かっけぇ旦那である。

 

 

「秀平くん?」

 

「あ、いや、なんでもねぇ」

 

 

複雑な内心を取り繕い、改めて雫ちゃんに向き直る。さて、そんじゃあーー

 

 

「帰ろうか、雫ちゃん」

 

「はい、秀平くん」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

俺と雫ちゃんはその日はそのまま帰路に着いた。

正直な話、『NEVER』の襲来に最初こそ動揺していたものの、今の俺はあまり不安を感じていなかった。何故ならば、原作よりもこちらの戦力が強化されているからだ。

 

本来、『NEVER』は本編中に襲来したはず。だが、今は本編よりもずっと後。『アクセル』には『強化アダプター』があるし、霧彦・『ナスカ』だって生存している。戦わせたくはないが、雫ちゃんだって『仮面ライダーイービル』になれるのだ。確かに『エターナル』はチート級のバケモンとはいえ、草々負けはしないだろう。

 

 

「……それにしても『T2ガイアメモリ』……あれがそうだったなんて」

 

 

ポツリと隣で雫ちゃんが呟いた。

 

 

「ん? なに、雫ちゃん、『T2ガイアメモリ』見たことあるのか?」

 

「あ、はい。実は昨日、照井警視から捜査写真を見せてもらってて……」

 

 

そう言って、雫ちゃんは捜査資料らしき写真を見せてくれた。それには1本の『T2ガイアメモリ』。って、おい!? これ!?

 

 

「っ、雫ちゃん! これ、誰が持ってたって……」

 

「え、あっ、えっと……この女の人です」

 

「見せてくれ!!」

 

「は、はい。ボロボロの状態で、風都署の前に倒れていたそうなんですが……」

 

 

雫ちゃんの手から写真を受け取る。

おい……なんだよ、どういうことだ……? なんで、この女が風都署に? おかしいだろ、今回の件が『運命のガイアメモリ』と繋がっているのなら、この女がボロボロの状態で倒れてたっていうのがあり得ねぇんだ。なんでだっ!?

 

 

 

「大道、マリアッ」

 

 

 

ーーーーーーーー



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03 啓示

更新です。
本日誕生日です。祝え!


ーーーー風都刑務所ーーーー

 

 

迂闊だった。霧彦風に言うなら浅慮だと言わざるを得ない。

事件が起こる時期が大きくずれているんだ。なら、事件そのものが変わっている可能性もある。くそっ、少し考えれば分かることじゃねぇか。

手がかりを探すため、俺は雫ちゃんと共に風都刑務所にやって来ていた。とある人物と会うために。

 

 

「手続き終わりましたよ」

 

「ありがとう、雫ちゃん」

 

 

面会の手続きを終えた雫ちゃんが戻ってくる。警察官ということもあり、ギリギリの時間ではあったが、面会が許可されたようだった。そのまま刑務所職員の案内で、俺達は面会室に通された。少々お待ちくださいと言われ、2人で椅子に腰かけて待つ。

しばらくして現れたのは1人の男。奴はーー

 

 

「お久しぶりですね、黒井秀平」

 

「よう、全身白服眼鏡野郎」

 

 

アクリル板越しに向かい合うのは、かつて財団Xに所属していた男。俺と同じ『転生者』だ。

さて、こんな野郎の顔を見ていても気が滅入るだけだ。とっとと聞き出して、帰るとしようじゃねぇか。

 

 

「単刀直入に聞く。てめぇ、『T2ガイアメモリ』を知ってるな」

 

「……えぇ、それは勿論。『NEVER』も存じてますよ」

 

「あぁ、そいつらだ。その『NEVER』が今、動き出しやがった。何か知っていることはねぇか」

 

「……ふむ、何故それを私に?」

 

「お前は『T2』を作った財団にいた。『エターナル』も持ってやがった。その上、俺と同じ『転生者』だ。何か情報をもってると疑うのも自然なことだろうが!」

 

「…………」

 

「吐け! ごら!」

 

 

雫ちゃんに止められながらも、俺は声を張り上げた。この小物のことだ。きっとちょっと脅せば、けろっと吐くだろうと踏んでの態度である。だが、その予想に反して、今は囚人服の白服は、鼻で笑った。

 

 

「んだ、てめぇ! 喧嘩売ってんのか、あぁ?」

 

「……いえ、貴方に探偵は向かないと思っただけです」

 

「あ?」

 

「残念ですが、その推理は的外れです。私は『NEVER』の件に関わってはいません。もし『NEVER』を動かせるような策を講じていたとしたら、私は当の昔にここを脱獄しています」

 

「…………チッ」

 

 

一応筋は通っているように感じるし、この小物が嘘を吐いているようにも見えねぇ。証言は信じてもいい、か?

 

 

「まぁ、『エターナル』については、私が財団のデータベースから情報を盗み出しましたからね。恐らく、それが原因で『T2ガイアメモリ』の開発と『NEVER』の襲来が今になったのでは?」

 

「盗み出した? お前、そんなこともやってたのかよ」

 

「フッ、私ではありません。私のような『王』がそんなコソ泥みたいな真似できる訳がないでしょう。部下にやらせたんですよ」

 

 

部下ねぇ。そいつもこんな奴に使われて可哀想に。

まぁ、その部下ってのを捕まえられれば、『エターナル』と『T2ガイアメモリ』の情報も掴めるかもしれない。そう考えた俺は、一応白服に部下のことを聞くことにする。

 

 

「ちなみにだが、その部下ってのはまだ財団にいるのか?」

 

「さぁ。私はもう囚人ですから、財団のこと、彼の……彼女の……彼、彼女……?」

 

「お、おい?」

 

「……私は彼に、いえ、彼女でしたか、そんなことはありません、彼は女? いえ、男性だったはず」

 

 

アクリル板越しにでも分かる異常さ。刑務官も奴に駆け寄り、声をかけるが、反応がおかしい。会話が噛み合わないとか、混乱しているとかじゃねぇ、これは……!?

 

 

「雫ちゃんッ!」

「は、はいっ!」

 

ーーガンッーー

 

「「!?」」

 

ーーガンッガンッガンッガンッーー

 

 

突然、奴はアクリル板に頭を打ち付け始めた。何度も何度も打ち付けていたことで、額からは血が流れ出ている。刑務官も必死に止めようとしているが、想像以上の力なのだろう、抑えきれていなかった。

 

 

「っ、応援を呼んできます!」

 

「お、お願いしますっ」

 

 

必死に止める刑務官に、雫ちゃんはそう告げて、面会室を後にした。その直後だった。

 

 

「………………」

 

 

 

先程までとうってかわって、ピタリと動きを止めた白服。無表情でこちらを見てきやがる。それが本当に不気味で。けれど、そのままにするわけにもいかず、声をかける。そして、

 

 

「おい、お前はーー」

 

ーーニタぁーー

 

 

奴は笑った。凡そ常人のそれではない。人形のような、なんで笑っているのかも分からない理解不能の笑みだった。動揺する俺に構わず、奴はアクリル板に顔を擦り付けながら、俺に向けてポツリと言葉を放つ。

 

 

 

「お前はここにいちゃいけないぃ」

 

 

 

それだけを告げ、白服は意識を失った。

その後、1分ほどで雫ちゃんが呼んだ刑務官達が面会室に入ってきた。そのまま取り押さえられ、連行されていく白服。その様子を俺はただ呆然と見ていた。

どうにも奴の笑顔と言葉が頭にこびりついて離れない。嫌な、気分だ。

 

 

ーーーー同時刻・風都タワー第2駐車場内ーーーー

 

 

『ドーパント』が暴れているとの通報を受け、照井竜は風都タワーの第2駐車場に駆け付けた。通報した市民は避難をさせ、現場確認のために彼は銃を構え、駐車場に入っていく。

駐車場の中には逃げ遅れた市民がおり、彼らが逃げてきた方には1体の『ドーパント』がいた。照井もその『ドーパント』には見覚えがあった。それどころか因縁のあった相手だ。

 

 

「『ウェザー』! 井坂……ではないな」

 

『…………』

 

 

照井の問いに『ウェザー』は答えない。その代わりに、右腕を突き上げ、同時に雷雲が『ウェザー』の目の前に発生した。攻撃が来ることは明白だが、ここまで修羅場を超えてきた男は慌てない。

 

 

『アクセル』

 

「変ッ……身ッ!!」

『さあ、振り切るぜ!』

 

 

瞬時にアクセルドライバーを装着し、メモリを挿入した照井は『仮面ライダーアクセル』へと変身した。自らの武器で、襲い来る雷をいなした『アクセル』はそのまま距離を詰める。

 

 

『ふんっ!!』

 

ーーバギィッーー

 

 

エンジンブレードによる斬撃。重量のある武器のため、切断よりも叩き斬る攻撃に近い。その攻撃は火花とともに、『ウェザー』の腹部装甲を削り取った。さらに畳み掛けるように、彼はメモリを変える。

 

 

『トライアル』

 

『すべて……振り切るぜ』

 

 

『トライアル』『マキシマムドライブ』

 

 

メモリを起動し、宙に放ったと同時に、『アクセル』は駆ける。一瞬で『ウェザー』の懐へ飛び込み、連続キックを叩き込んだ。時間にして9.4秒。『マキシマムドライブ』を喰らった『ウェザー』は爆発とともに、メモリが排出され、人間に戻る。

 

 

『井坂、ではないな』

 

 

その正体が街のごろつきであることを確認した『アクセル』はメモリを抜き、変身を解除した。そして、落ちていた『ウェザー』を回収する。

 

 

「やはり『T2メモリ』か。まさか『ウェザー』まで作られているとは……」

 

 

ーーパキンッーー

 

 

ふと照井の耳に妙な音が入ってくる。辺りを見渡しても、特に変化はなく、建物が軋む音だろうと結論付けようとした、その時だった。

 

 

ーーパキパキパキパキーー

 

「なんだ!? この音……地面から!?」

 

 

気づいた時にはもう遅い。地面が隆起し、壁になっていく。生成スピードがかなり速く、『アクセル』への変身が間に合わない。そのまま地面から出来上がった壁に照井は閉じ込められた。

 

 

「閉じ込められたか……だが!」

『アクセル』

 

『壊してしまえば関係ない』

 

 

再度『アクセル』へ変身し、エンジンブレードでその壁を叩き斬る。

 

 

『なに!? ならば!』

 

『エンジン』『マキシマムドライブ』

 

 

今度は『エンジン』で『マキシマムドライブ』を発動させ、壁を破壊しにかかる。だが、それでも壁は傷つきこそすれ、破壊まですることはできない。

 

 

「残念ながら壊せない」

 

 

困惑する『アクセル』に壁の外から声がかけられる。落ち着いた低い男の声だった。

 

 

『……何者だ』

 

「俺は『NEVER』……芦原賢」

 

 

『アクセル』の脳裏に過るのは、黒井秀平が話していた情報にあった男。黒井曰く、銃撃に長けた男で『トリガー』メモリとの適正が高く、恐らく『トリガー』メモリを使ってくるだろうとのことだったが、この能力は明らかに『トリガー』のそれでは決してない。

これ以上の攻撃は来ないだろうと感じ取った『アクセル』は変身を解き、その男芦原に訊ねる。

 

 

「俺をどうする気だ」

 

「何も」

 

「何も、だと?」

 

「…………何もするな、時が来るまでは」

 

 

それ以上は答えるつもりがないのだろう。壁の外から声は返ってこない。

 

 

「くっ」

 

ーードンッーー

 

 

壁を叩く照井。だが、依然として壁は崩れる様子はなかった。

 

 

ーーーーーーーー



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04 風都タワーの決戦

ーーーー同時刻・工場跡地ーーーー

 

 

「誰かいるかい」

 

 

検索をしていたフィリップの元に連絡が入った。相手はシュラウド、つまり彼の母親である園崎文音からであった。『ミュージアム』壊滅後、以前より友好な関係を結んできた母子。だから、彼とシュラウドが連絡を交わすのは変なことではない。

 

 

「約束通り、1人で来たわね」

 

「……キミは、羽原レイカ」

 

 

フィリップは検索により彼女の情報を知っていた。元々は連続強盗事件の犯人で、死刑執行が決まっていた脱獄犯。脱獄の際に死亡し、『NEVER』となった女。

 

 

「間違いないね?」

 

「ふん」

 

「何故キミがシュラウドの……母さんの携帯を?」

 

「これが答えよ」

 

 

そう言って、レイカは物陰から縄で縛られたシュラウドを連れてきた。

 

 

「っ、母さん!」

 

「来人っ! 逃げなさいっ!」

 

「動くな。動いたらこの女を殺す」

 

「っ……キミの目的はなんだ」

 

「ここで大人しくしていて。そうすればこの女は殺さない」

 

 

この女は元々死刑囚、約束を守るとは限らない。だから、最善手は隙を見つけて、彼女を拘束すること。そのためにはーー

 

 

「動くな、と言ったはずよ」

 

「くっ」

 

 

一挙一動に注視され、翔太郎への連絡は勿論、『ファング』と『エクストリーム』すら呼べない。かと言って相手は傭兵だ。戦闘経験の少ないフィリップでは、彼女には勝てないだろうことは予想できる。そうなれば、シュラウドの身が危ないのは事実。ならば、自分にできることをするだけだとフィリップは思考を切り替えた。

 

 

「キミの言う通り、抵抗はしない。だから、これは僕の独り言だ」

 

「…………」

 

「キミ達がばらまいた『T2ガイアメモリ』。それでキミ達はテロを起こすつもりだろう。『エターナル』にはメモリの力を収束させる性質がある。それを利用して、エネルギーをこの風都に拡散させ、街の人間をキミ達『NEVER』と同じ存在にする。違うかい?」

 

 

それが黒井秀平が予想したという話だった。にわかには信じがたい話だったが、こうして『NEVER』が出てきたとなれば、その情報の信憑性は上がるし、そもそも敵の情報が少ない今、黒井の言葉を信じるしかなかった。

 

 

「…………」

 

 

フィリップの問いに、レイカは答えない。そのままゆっくり近づき、シュラウド同様にフィリップを縄で縛っていく。その間もフィリップは話し続ける。

 

 

「キミ達のボスと話をしたい」

 

「…………」

 

「大道克己。彼と話をさせてくれ」

 

 

検索にあった『NEVER』の設立者・大道克己。彼と話をすれば、何か進展があるかもしれない。そう思ってのことだったが……。

 

 

「……大道……克己?」

 

 

レイカの動きが止まった。彼女の反応がおかしい。

 

 

「大道……克己……っ、知らない……そんな奴……なのに、なによこれっ!?」

 

 

まるでその名前を知らないかのような反応。

 

 

「何が起きてる……?」

 

 

ーーーー風都タワー展望台ーーーー

 

 

「昨日から照井さんと連絡が取れないそうです」

 

「こっちもフィリップが電話に出ねぇ……くそっ、何が起きてやがるっ」

 

「落ち着きたまえ、翔太郎。私達が今やるべきは、ここに来るという『NEVER』を倒し、街の人々を守ること、だろう?」

 

 

俺達4人は風都タワーの展望台にいた。

照井とフィリップ。2人と連絡が取れないことに焦る左を霧彦がなだめる。

正直、俺も例の白服の件や大道マリアの件など、原作と違う事態に戸惑ってはいる。だが、ここで作戦を変えるわけにはいかない。幸い俺以外の3人は戦えるんだ。だが、これは……。

 

 

「ちっとキツいな……」

 

「でも、やるしかないんですよね」

 

「あぁ、頼む」

 

 

危なくなったら逃げるんだぞ。そう雫ちゃんに念押しして、その時を待つ。

 

作戦はこうだ。

原作通りにいけば、今日ここに『NEVER』が現れるはず。敵は5人。

大道克己。羽原レイカ。芦原賢。堂本剛三。泉京水。

大道克己が『エターナル』を持ち、他のメンバーはそれぞれが『W』と同じメモリと引き合っている。『NEVER』を引き離し、各個撃破していくしかないが、制御室に向かうであろう大道克己を除いても相手は4人。1人足りないのだ。

 

 

「…………霧彦」

 

「あぁ、早めに君と合流するよ」

 

 

俺が1人を引きつける間に、霧彦か左が1人を倒す。戦闘経験が多い2人ならきっとできるはずだ。

 

 

「じゃあ、各員健闘を祈るぜ」

 

 

そして、その時は訪れた。風都タワーのイベントの開始とともに、銃声が響く。その場にいた全員がそちらを見ると、いた。『NEVER』だ。

羽原レイカ。芦原賢。堂本剛三。泉京水。そしてーー

 

 

「は?」

 

 

肝心の人間がいない。『NEVER』のリーダー・大道克己が。

くそっ、どうなってる? いや、制御室に単身向かっているのか? まただ! また原作と違う展開、どうなってやがるんだ!?

 

 

「ハーッハッハッ、逃げろ逃げろォォ!!」

 

「…………」

ーーパァンッーー

 

 

堂本が吠え、芦原が無言で空へ発砲する。客は逃げ惑い、散っていく。大丈夫、大丈夫だ。上手くいく。

 

 

「……これでいいワケ? 客を人質にしてもよかったんじゃない?」

 

「いや、時間の無駄だろう。俺達の目的はあくまで制御室だ」

 

「えぇ、それに……まだいい男が残ってるわぁ」

 

 

『NEVER』の4人の視線は、逃げずにこの場に残った俺達へ。

さぁ、こっからが正念場だ。

 

 

「頼むぜ。左、霧彦、雫ちゃん!」

 

「あぁ」

「勿論だ」

「はいっ」

 

 

作戦通り、それぞれがそれぞれの相手へ向かう。

左は堂本剛三と、霧彦は芦原賢と、雫ちゃんは羽原レイカと。

そして、俺は泉京水と。

 

 

「……ゲームスタート」

 

 

芦原のその声で、それぞれが戦闘を開始した。

 

 

ーーー風都タワー制御室ーーー

 

 

「始まったか」

 

 

風都タワーの制御室に、その男はいた。椅子に座り、4台のモニターに映した監視カメラの映像を眺めている。『NEVER』のジャケットを肩に羽織った男は、おもむろに懐から『T2ガイアメモリ』を取り出した。

 

 

「面白いものを見せてくれよ、黒井秀平」

 

 

黒井の名を呼んだ男は手元の『E』のメモリを起動する。

『T2ガイアメモリ』に、各文字を冠するメモリはそれぞれ1本しか存在しない。つまり、

 

 

『エラー』

 

 

『T2』の『エターナル』は、この世界に存在しない。

 

 

ーーーーーーーー




『エターナル』が認めるのはただ1人、大道克己のみ。


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05 2対2

ーーーー霧彦sideーーーー

 

 

「君達のような傭兵は、この街に相応しくない。出ていってもらおうか」

 

「…………」

 

 

真剣な眼差しで、霧彦は芦原にそんな言葉を投げかける。紳士的な霧彦には似合わない強い語気であった。そんな霧彦に、芦原は問答無用で銃を向け、

 

 

ーーパァンッーー

 

 

放つ。その弾丸を霧彦は紙一重で避けた。

 

 

「一筋縄ではいかないな」

『ナスカ』

 

「……そちらもだ」

『バレッド』

 

 

霧彦はガイアドライバーで『ナスカ』へ変わる。

芦原は『T2メモリ』である『バレッド』を起動し放る。メモリはそのまま芦原の掌へ入り、彼は『バレッド』ドーパントに変貌を遂げた。

藍色のシャープな肉体。節々に銃の意匠が組み込まれており、胸部にはシリンダーと思しき形状になっている。頭部はまるで銃そのもののようだが、右目だけは獲物を狙うスナイパーのように紅く輝いている。そして、なにより特徴的なのは、両腕の銃口だ。まさに、銃自体が肉体を得たような『ドーパント』だった。

 

 

『…………まずは小手調べだ』

 

ーーパァンッーー

ーーパァンッーー

 

 

『バレッド』の両腕から放たれるは弾丸。2発の弾が『ナスカ』へ迫る。

 

 

『銃主体の『ドーパント』……黒井くんの見立ては当たりという訳か』

 

 

黒井から聞いていた話通り、芦原は銃を扱う『ドーパント』に変わった。『W』と同じ『トリガー』だろうという予想は外れてはいるが、系統に変わりはない。だから、『ナスカ』の『超高速』があれば全ての攻撃を避けきれるはずだ。

 

 

『『超高速』!!』

 

 

弾丸は空を切り、同時に『ナスカ』は『バレッド』の背後へ。そして、ナスカブレードで一閃。決着はあっという間にーー

 

 

ーーギリギリギリギリーー

 

『なに!?』

 

 

剣は『バレッド』の体を捉えてはいなかった。攻撃を防いだのは、ひとつの弾丸。いつの間にか射ち出されていた弾丸が剣を止めていた。

 

 

『余所見をしていていいのか』

 

ーーパァンッーー

ーーパァンッーー

 

『ぐ……っ!?』

 

 

それは背後から。先程避けたはずの2つの弾丸が、『ナスカ』の背を射ち抜いたのだ。堪らず『バレッド』から距離をとる『ナスカ』。

 

 

『誘導弾、か』

 

『正解だ。だが、その判断は良くない』

 

ーーガジャガジャーー

 

 

その言葉と同時に『バレッド』の身体が組み換わっていく。物の数秒でその体勢になる。頭の銃口は『ナスカ』へ向き、胸のシリンダーが回る。

 

 

『それは、まずいッ』

 

 

それが意味することを『ナスカ』は瞬時に理解し、翔んだ。瞬間、『それ』は放たれーー

 

 

『だぁぁぁっ!?!?』

 

『『!?』』

 

 

ーーなかった。なぜなら乱入者がいたからだ。乱入とは言っても参戦しに来た訳ではない。ブッ飛ばされた結果、乱入する形になったというのが正確だろう。

 

 

『くそッ、あいつ、無茶苦茶しやがって!?』

 

 

その乱入者とは黒いボディに真っ赤な眼の『仮面ライダー』。つまり、

 

 

『『ジョーカー』……翔太郎か』

 

『霧彦!』

 

 

『ジョーカー』であった。彼の相手は堂本剛三のはずで、その様子を見るに、倒して助太刀に来た訳じゃない。霧彦の予想通り、堂本は姿を現した。勿論、『ドーパント』になってである。

その『ドーパント』の名は『アイアン』。鉄の記憶を内包するガイアメモリで変貌を遂げた『ドーパント』。その能力は、鋼鉄の肉体と周囲の鉄を自在に操る。駐車場の地面内の鉄分を操り、照井を閉じ込めたのも『アイアン』であった。

 

 

『よう!! 邪魔するぜぇ!!』

 

『場を荒らすな。こちらはトドメを刺すところだ』

 

『悪かったなぁ!』

 

 

悪びれる様子もなく首を鳴らす『アイアン』。そんな彼の性格を知っているからか、『バレッド』はひとつため息を吐き、改めて『ナスカ』と『ジョーカー』に向き直る。

数だけ見れば、状況は変わらない。1対1から2対2になっただけではある。だが、『NEVER』として戦ってきた者と即席のタッグ。チームワークの差は歴然だ。

 

 

『おい、霧彦』

 

『分かっているさ。私も、今の君と同じ気持ちだからね』

 

 

だが、その想いは一致している。彼らは再び構え直し、吠えた。

 

 

『この街に手出しはさせねぇぞ!』

 

『この街に手出しはさせない!』

 

 

ーーーー雫sideーーーー

 

 

「こんな小娘があたしの相手なのかしらっ」

 

「……え、えっと」

 

「むっき~!! 舐められたものね!」

 

 

雫の相手は羽原レイカのはずであった。だが、直前に泉京水と羽原レイカが入れ換わった。完全に計算外のこと。黒井の相手は、彼が逃げきれそうだからという理由で泉京水が選ばれていたのだ。だから、今の雫の頭の中は、羽原レイカから逃げ回っているであろう黒井への心配でいっぱいで。

 

 

「ごめんなさい。あなたに構っている暇はないんです。だから、すぐ終わらせる」

 

『イービル』

 

 

相手は『NEVER』。既に死んだ人間であることは聞いていたから、今の雫に迷いはない。全力で目の前の敵を倒し、夫である黒井を助けに行く。非情なまでの意志は『イービル』の力に変わる。

 

 

「変身」

『イービル』

 

 

黒色の稲妻が走る。稲妻は雫の身体を紫がかった黒のボディへと変えていく。左肩のローブをたなびかせ、その青い瞳で泉京水を睨み、告げる。

 

 

『必ず守ってみせます』

 

 

対峙する京水は相変わらずふざけた口調だが、纏う雰囲気は変わっていた。傭兵としての雰囲気だ。

 

 

「あらっ、なかなかかっこいいじゃない。なら、あたしもっ!」

 

『オクトパス』

 

 

タコの記憶により、8本の触手をもつ『オクトパス』ドーパントへと変貌を遂げる京水。そして、『イービル』へ言い放つ。それは開戦の合図だ。

 

 

『あたしよりおっぱいの大きい女は嫌いヨッ』

 

 

ーーーーーーーー



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06 禁断のメモリ

下劣


ーーーーーーーー

 

 

「触手プレイは許さねぇぞッ!!」

 

「はぁ?」

 

 

何かの予兆を感じ取り叫んだ俺に、羽原レイカが怪訝そうな表情を向けてくる。

 

 

「……わりぃな。発作が出ちまった」

 

「気持ち悪い」

 

 

変なモノを見るような目で、ボソッと吐き捨てた羽原。

正直、このまま罵倒で済めばいいんだけどな……いや、変な意味じゃなくてね? その程度で済めば儲けものだって話だ。だって、この女のメモリは恐らく『ヒート』ーー『W』の中でもトップクラスに火力が高く、遠距離攻撃もできてしまうメモリなのだ。泉京水の『ルナ』ならばまだしも、生身で『ヒート』から逃げきれる気がしない。

 

 

「なぁ、お姉さんや。俺とお話する気はねぇか?」

 

 

なんだったらお小遣いもあげちゃうよ、なんて冗談めかして言う俺。雫ちゃんへの罪悪感は抑えろ。こうなったらできることはなんでもしてやるよ!

 

 

「はぁ?」

 

「せっかく美人が相手なんだ。少し雑談でもしないかってお誘いだよ」

 

「…………」

 

 

一瞬考える素振りを見せる羽原。これはいけるのか?

 

 

「ふぅん、いくら出せるの?」

 

「! そうだなぁ……いくら欲しいんだ」

 

「そうね……とりあえず500万」

 

「ごひゃくっ!?」

 

 

がめつぅぅ!?

って、そうか。こいつ、そういや強盗で捕まったとかいう設定だったな。この悪女め、お金に強欲な女はもてねぇぞ!? ひぃ、怖ぇ怖ぇ……。でもまぁ、とりあえずこいつの話に乗るしかねぇか。

 

 

「……いいぜ。流石に後払いで頼む」

 

「ふんっ、嘘に決まってるでしょ」

 

「なっ、てめぇ!? 俺の駆け引きのドキドキを返せ!」

 

「そんなの知らないわよ」

 

 

俺の言葉を無碍にした彼女は、ジャケットから『T2ガイアメモリ』を取り出した。赤いガイアメモリ。やっぱり『ヒート』かよっ!

 

 

『サキュバス』

 

「は?」

 

 

羽原が起動したのは『ヒート』ではなく、『サキュバス』。聞いたことのないメモリだった。

 

 

「ちょ、待て待て待て!」

 

「はぁ、待つわけないじゃない」

 

「お願いします! 待ってください!!!」

 

「っ、な、なに……?」

 

 

その場ですぐさま土下座。突然の出来事に困惑し、俺も予想外の行動をしてしまった。だが、その甲斐あって、『サキュバス』のメモリを手にしたまま、彼女は止まってくれた。

 

 

「……それ、『T2ガイアメモリ』だよな」

 

「え、えぇ。そうじゃない?」

 

「…………ふむ」

 

 

端子をよく見ると、確かに青い端子だから『T2』に間違いはない。しかし、『サキュバス』? Sの頭文字は『スカル』だったはずだ。大道マリア然り、羽原レイカのメモリ然り、やっぱり原作から大きく流れが違っている。下手をすると、他の『NEVER』のメモリも違うかもしれねぇ。

 

 

「……そろそろいいかしら」

 

「待て。もうひとつ確認だ」

 

「……ちっ、なによ?」

 

「そのメモリ、大丈夫……? 『サキュバス』だぜ、『サキュバス』。知ってるだろ、えっちな漫画やらに出てくる淫魔だ。それ使ったら、もしかしたら姿自体はそんなに変わらなくて、衣装だけチェンジしたえっちな格好になるかもしれねぇぞ?」

 

「なっ///」

 

 

どうやら『NEVER』である彼女にも羞恥心はあったらしく、自分の身体を抱くようにして身体を縮こめる。

よし、隙ができた! 『サキュバス』ドーパントがどんな姿になるかは知らないが、どちらにしろ今の俺にできることはひとつ!

 

 

「おらぁぁぁっ!!」

ーーダッーー

 

「な!?」

 

 

逃げるべし、脱兎の如く!

 

 

「ま、まちなさいっ!」

 

「はぁぁぁ?? 待つわけねぇだろうがぁぁぁ!!」

 

 

恥も外聞もない。命大事に。

 

 

ーーーーーーーー

 

天啓。

雫ちゃん×『サキュバス』。

 

結論。

えっち。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「…………ふむ」

 

 

とある天啓を受け、俺は歩みを止めた。常人は勿論、生半可な天才でも考えつかない高尚な考えである。それの実現のために、俺は動かなくてはならない。そう、人類の平和(えっちな雫ちゃんを見たい)のために。

いや、いやいやいやいや。待てよ、俺。いくら『T2』とはいえ、メモリを雫ちゃんに使うのはなぁ……。でも、こちらには天才科学者・シュラウドがいるんだ。ガイアメモリの効力だけ抽出して、使うことも不可能ではないのではないだろうか。まぁ、多少影響があったとしても、雫ちゃんが『サキュバス』風なえっちになるだけならワンチャン……!

 

 

「いきなり止まるなッ!」

ーーブンッーー

 

「っと」

 

 

後ろから追ってきた羽原の飛び蹴りを寸でのところで躱す。『ドーパント』じゃないとは言っても、相手は『NEVER』だ。当たれば一溜りもないのは明白。ふぅ、危なかったぜ。だが、これでーー

 

 

「羽原レイカ!」

 

「っ、なに……?」

 

「メモリを渡せ」

 

「はぁ? なに言ってんの」

 

「お前はそのメモリを使えない。『サキュバス』になるのは嫌なんだろう」

 

「っ/// 黙れッ!」

 

 

こりゃあ図星だな。徐々に感情を失っていくという『NEVER』だったが、思ったよりこの攻め方に効果があったようだ。

俺は手を差し出したまま、歩み寄る。

 

 

「近づくなッ! ド変態ッ!!」

ーーブンッーー

 

「せいっ!」

ーーヒョイッーー

 

 

またも躱す。ギリギリだが避けることができる。ここまで戦ってきた経験値は確実に俺の身になっているようだな。生身ならーー

 

 

「フンッ!」

ーードスッーー

 

 

「~~~~~~~~ッ!?!?!?」

 

 

油断!

そう、俺の隙を突いて、彼女の蹴り上げが俺の急所にヒットする。死ぬ。助けて。

 

 

「あ……がっ……」

 

 

苦悶の淵で俺は思い至る。天罰、なんだろうな。愛する奥さんにメモリを使おうとした俺への天罰。だがーー

 

 

「くたばれ、下衆が」

 

「…………」

 

「ふんっ、メモリを使うまでもなかったわ」

 

「………………メモリを」

 

「え?」

 

 

「メ"モ"リ"を"わ"た"せ"ェェェ!!!」

 

 

それでも、俺は人類の可能性(雫ちゃんの淫魔姿)を諦め切れないっ!!

 

 

「わ"た"せ"ェェ!」

 

「ひぃぃぃぃっ!?」

 

 

俺の形相に驚いた羽原は『サキュバス』を落とした。今だっ!!

必死に手を伸ばす。あと数センチ! そこでーー

 

 

ーーにゅるんっーー

 

『何してるのヨッ!!』

 

「!?!?」

 

 

俺の手は空を切った。眼前の『サキュバス』は触手に奪われる。

 

 

「て、てめぇっ!!」

 

『アンタの叫び声を聞いて駆けつけてみれば、なにヨ、この状況!?』

 

 

タコの化け物が羽原に駆け寄る。あの動きと口調……泉京水ィッ!

って、おい。待てよ、奴の相手は雫ちゃんだったはずだ。ということは、まさかっ!?

 

 

「おいごらぁっ! 雫ちゃんはどうしやがったッ!!」

 

『……あの小娘なら』

 

「雫ちゃんを傷つけやがったら許さねぇぞッ!!」

 

 

『あ、あの……秀平くん……わたし、無事です///』

 

 

激怒する俺の後ろに立っていたのは『仮面ライダーイービル』……つまりは雫ちゃんであった。

 

 

「無事なのか!」

 

『は、はい。女の人の悲鳴と同時に、あの人がこっちに向かっただけなので……』

 

「そっか。ともかくよかったよ。愛しの雫ちゃんが無事で」

 

『は、はい///』

 

 

 

『むっき~ッ、ナニアレ!? 見せつけちゃってェェ!!』

 

「ホントなんなのよ、あいつ」

 

 

なにやら外野がうるせぇな。まったく俺と雫ちゃんのイチャイチャタイムを邪魔するとは許しがたい。

 

 

「…………はぁぁぁ、ホントイヤ。ほら、これアンタが使って。私とは合わないから」

 

『ん? もう、仕方がないわね』

 

 

変身を解いた泉京水は、羽原レイカからそのメモリを受け取り、タコ、恐らく『オクトパス』のメモリを渡した。やっぱりこっちもメモリが変わってやがったか。本当にどうなって……。

 

 

「ん?」

 

 

待て。待って、ねえ待って。

今、羽原は『あれ』を泉京水に渡したよね?

……えっ? ってことはーー!?

 

 

「さ、いくわよ~~!」

 

「止めろォォォ!!!」

 

 

『サキュバス』

 

 

「おぇぇぇぇぇっ」

 

 

この世には見てはいけないものが存在することを俺は今日、思い知った。

 

 

ーーーーーー




どんな場面でもふざけるのが黒井くんのいいところです。
勿論、本人は本気なんですが。

でも、仕方ないでしょう。
『サキュバス』ですよ?
『サキュバス』ですよ?(重要)


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07 成り代わる者

ーーーーーーーー

 

 

『あーあー、聞こえるか、『NEVER』諸君。制御室は抑えた。繰り返す、制御室は抑えた』

 

 

どうにか立ち直った俺が、雫ちゃんと共に臨戦態勢に入った直後、タワー内に設置されているスピーカーから知らない声が流れてきた。男の声だ。その声はさらに続ける。

 

 

『賢、剛三、京水、レイカ。全員、遊んでないで戻ってこい』

 

「!」

 

『んもぅ! これからがいいところなのにッ』

 

「仕方がないでしょ。戻るわよ」

 

 

声を聞き、2人はそんな会話を交わし、泉京水も『サキュバス』メモリを体外へ排出した。そのまま2人は俺たちに背を向ける。この話しぶりからすると、声の主が『NEVER』のトップに当たる人物だろうことは想像に難くない。だが、明らかにーー

 

 

「ーー大道克己……じゃないよな」

 

「「っ」」

 

 

小声で呟いたはずだったが、その声はその場を去ろうとしていた彼女たちにも聞こえていたようで、2人は反応を見せた。

 

 

「ナニナニナニナニ!? ナニヨこれっ!? 頭、痛いんだけど!?」

 

「また、これっ……誰なのよ、大道克己って……っ」

 

 

頭を抱える2人。これは、なんだ? 何が起きている?

……いや、今日までこの世界で生きてきたんだ。なんとなく想像はついちまう。

傷だらけになり、警察で保護されている大道マリア。

原作と異なる『T2ガイアメモリ』。

そして、大道克己ではない『NEVER』のリーダー。

明らかに原作から大きく改変されている。俺の中の勘が告げている。こんなことが出来るのは『転生者』以外に考えられないと。

 

 

「雫ちゃん!」

 

『は、はい!』

 

 

『NEVER』2人が苦しんでいる間に、変身したままの雫ちゃんの手を取り、駆け出した。どこに行くんですか、と聞いてくる雫ちゃんに霧彦たちと合流し、制御室にいるであろう親玉を叩くと伝える。

 

 

「相手は恐らく『転生者』だ」

 

『『転生者』って、秀平くんと同じ……!』

 

「あぁ。『NEVER』のボスに成り代わってやがるんだろうよ。そんで十中八九、白服や風華と同じ『チート』持ちだ」

 

 

白服の起動しただけでメモリ能力が使える『チート』。

風華のメモリ純正化の『チート』。

俺のメモリ毒素を体外に排出する『チート』……『チート』か?

……まぁ、ともかく『転生者』となれば、メモリにまつわる『チート』を持っている可能性がある。しかも、不死身の兵士『NEVER』が揃ってしまえば、勝ち目はねぇ。

だが、彼女たちの様子を見るに、『NEVER』は大道克己の名前を出せば、一時的だけど足止めできれそうだ。そこに賭けるしかない。

 

 

「雫ちゃん。俺は今から、他の『NEVER』のところへ行って足止めする。雫ちゃんは霧彦たちと合流して、制御室の親玉を叩いてくれ」

 

『っ、そんなっ! 危険ですっ!』

 

「残念ながら、俺は戦えねぇ。足手まといな俺にできるのは、それくらいしかない」

 

『っ、なら、わたしもーー』

 

 

 

「ーー頼む」

 

 

 

『っ』

 

 

仮面に隠れてても、雫ちゃんの葛藤が伝わってくる。酷いお願いをしてるのは分かってるさ。それでも、そうしなきゃこの場を乗り切れねぇ。雫ちゃんや仲間たちとの日常を守れない。

ガイアメモリなんていらねぇとか言っていたが、今は力がないことが本当に歯痒く、悔しい。

 

 

『……分かり、ました』

 

 

少しだけ悩んだ様子で、だが、それでも彼女は決断してくれた。それでこそ俺の愛する雫ちゃんだ。

 

 

『でもっ、無理はしないでくださいねっ』

 

「あぁ、無茶も無理もしねぇよ」

 

『……信じてます』

 

「あぁ」

 

 

雫ちゃんの言葉に頷き、ふっと手を離す。代わりに言葉をひとつだけ。

 

 

「愛してるぜ、雫ちゃん」

 

『わたしも、ですっ』

 

 

あぁ、これで十分だ。

全速力で走り出した雫ちゃんに背を向けて、俺は駆け出した。霧彦たちがいるであろう方向へ。

 

 

ーーーー雫視点・制御室前ーーーー

 

 

「待たせたね、雫ちゃん」

 

 

制御室の前にて。わたしは霧彦さんと翔太郎さんと合流することができました。ということは……。

 

 

「いえ……秀平くんはお二人の方に?」

 

「あぁ。俺達と入れ代わりで『NEVER』2人と対峙してる。メモリもなしに、なぜか奴等を足止めできてた……あれも黒井の『秘密』とやらか、霧彦」

 

「すまないね、翔太郎。私は友人の秘密を口外するような口の軽い男ではないんだ」

 

「相棒への土産に根掘り葉掘り聞きたいところだが……ま、今はそれどころじゃないよな」

 

 

軽く帽子を直した翔太郎さんの目つきが変わります。万が一、『NEVER』が追ってきた時のためにと、翔太郎さんはわたしたちに背を向けました。

 

 

「流石はこの街の『仮面ライダー』。頼れるね」

 

「いつもの半分、だけどな」

 

「…………フッ、十分さ。行こう、雫ちゃん」

 

「はい!」

 

 

ーーーーーー

 

 

翔太郎さんに後ろを任せて、わたしと霧彦さんは制御室の扉を開けました。扉を開けると、そこにいたのは1人の男性です。複数のモニターを観察しながらも、こちらに気づいたようで。こちらには顔を向けずに、その人はこちらへ言葉を放ってきます。

 

 

「須藤霧彦と刃野雫。想定内だ」

 

 

こちらの名前を知っている。この人、やっぱり秀平くんの言った通り『転生者』。なら、動かれるのはまずいです。

 

 

「動かないでください!」

 

 

銃を取り出し、その人に向ける。これを撃ったことは未だにありませんが、相手は危険な人物です。必要ならば……!

 

 

「物騒だな。それを下げてもらいたいものだが」

 

「っ、動かないで。これ以上は……撃ちますよっ」

 

 

こちらを振り返ろうとするその人へ、再び警告し、銃の引き金に指をかけました。

 

 

「っ、雫ちゃん。何を!?」

 

「え……?」

 

 

集中していたはずです。拳銃なんて普段使わないものを人に向けていたんですから。それなのに、まるで寝落ちしていたかのように、霧彦さんの声でハッと我に返りました。そして、同時に今の状況に困惑します。

 

 

「なんで、わたし……?」

 

 

理解が追いつきません。なぜ……なぜわたしは今、拳銃を霧彦さんに向けているんですか……?

 

 

「そういうメモリなんだよ。『エラー』は」

 

 

混乱するわたしに、その人は答える。

『エラー』、と。

そう言った男性の手には、『T2ガイアメモリ』が握られていました。

 

 

「すまないね。物騒な代物は嫌いなんだ」

 

「雫ちゃん」

「は、はいっ」

 

『ナスカ』

『イービル』

 

霧彦さんの合図で、わたしたちはメモリを起動、ベルトを装着しました。霧彦さんはガイアドライバーに、わたしはロストドライバーにメモリを挿入して。

 

 

「変身!」

 

 

変身と同時に、駆け出します。視界の端で光球を放とうとする『ナスカ』の姿が見えたから、わたしも一瞬で距離を詰め、まずは拘束を試みーー

 

 

ーーギュンッーー

 

『っ』

 

 

背中に強烈な痛み。これは『ナスカ』の攻撃じゃ……っ! 振り返ると、そこにはたった今、光球を放った『ナスカ』の姿がありました。このまま距離を詰めるのは危険だと咄嗟に判断したわたしは、そのまま彼から離れます。

 

 

『すまないっ、『イービル』』

 

『だ、だいじょうぶです』

 

 

幸い怪我はない。たぶん牽制で撃った光球だったでしょう。けど、一体何が起きてるんでしょうか。さっきの拳銃の件も、今の光球も。

 

 

「話は最後まで聞くものだ」

 

『『!』』

 

 

そう言って、その人は振り返りました。歳は20代……いえ、それよりももっと若い気もします。整った顔立ちの少年という印象。その彼の手には先ほどのメモリ・『エラー』。

 

 

「『欠陥』だよ」

 

『欠陥……?』

 

「『エラー』は人間に『欠陥』を引き起こすメモリだ。今、君たち2人にはお互いを敵と認識させる『欠陥』を起こした」

 

『なるほど。仲間割れを起こすメモリ、ということかい』

 

「正解」

 

 

霧彦さんの質問を、少年はにこやかに肯定する。彼の表情とは対照的に、わたしの心中は穏やかではありません。だって、そんな能力……。

 

 

『脅威だね』

 

『……はい』

 

 

小声で言葉を交わし、思考を巡らします。状況はよくない。仲間割れを人為的に起こさせるメモリなんて……。だから、少しでも話を引き伸ばして、隙を見つけなきゃ!

 

 

『あなたの目的はなんですか……』

 

「ん? 目的? そうだなぁ……僕の目的はひとつ」

 

 

「この世界の『欠陥』である黒井秀平を修正する」

 

 

秀平くんが『欠陥』? 修正? この人は一体何を言っているんでしょうか。困惑したままのわたしに構わず、

 

 

「そのために、僕はーー」

 

 

目を閉じた彼は懐からなにかを取り出しました。赤い……あれは『ロストドライバー』!? ということは、まさか!?

 

 

『エラー』

 

「変身」

 

 

微笑みながら、少年は姿を変えました。

黄金に輝く体。3本の角と漆黒の複眼。両腕には盾のような形状のアーマー。そして、身の丈ほどある巨大な剣を背負う、そんな黄金の『仮面ライダー』に変わって。

 

 

 

『はじめまして。僕は『エラー』……『仮面ライダーエラー』』

 

『さぁ、世界の『欠陥』を正すとしようか』

 

 

 

ーーーーーーーー



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08 拒絶する世界

ーーーー同時刻・風都タワー第1駐車場ーーーー

 

 

「ほら、悔しかったら追ってきてみやがれ~! ハーッハッハッハッ!!」

 

 

時間的には雫ちゃんが霧彦たちと合流しているであろう時、俺は全力で逃げていた。相手は『NEVER』の一員・堂本剛三と芦原賢だ。本当は4人まとめて引き付けられればいいんだが、流石にそれは欲張りすぎだ。雫ちゃんにも、無茶はしないって言っちまったしな。

 

 

「逃げ足の速い……」

 

「いい気になりやがってェっ!! おい、芦原ァ!」

 

「あぁ」

 

『バレット』

『アイアン』

 

 

ガイアウィスパーが耳に入ってきたことで後ろの2人が本気になったのが分かった。『NEVER』の中でも一段と武闘派な奴等だ。捕まれば命はない。だから、叫ぶ。

 

 

「お前らのボスは大道克己じゃねぇのかよ!」

 

『『ッ』』

 

 

その一言で、またも奴等は動きを止めてくれた。

なるほど、分かってきたぜ。

今の『NEVER』の親玉は決して最初からその地位にいた訳じゃねぇ。恐らくだが、元々の『NEVER』は原作通り、大道克己がボスの組織だったんだろう。そこに『転生者』が成り代わったんだ。たぶん『チート』かメモリの能力でな。

だが、それは完璧じゃない。『NEVER』の奴等の頭のどこかに、うっすらだが大道克己が残っている。だから、それが拒絶反応として出ているのだ。勝機はそこにしかない!

 

 

「時間いっぱい粘ってやるよ」

 

 

あわよくば、大道克己のことを思い出させ、親玉を共通の敵として叩ければいい。勿論、高望みはしない。今は雫ちゃん達が親玉を倒してくれるのを待つのみだ。それまで全力で逃げる! そんな覚悟をしたその時だった。

 

 

ーーザザッーー

 

『剛三、賢。それ以上は追わなくていい』

 

 

またもスピーカーを通して、声が流れてきた。それ以上は、というのだから、恐らくここの様子を監視カメラか何かで見ているのだろう……あった、あのカメラか。

 

 

「おい、『NEVER』の親玉!」

 

 

カメラに向かって、俺は指を差す。奴の注意を一瞬でも長くこちらへ引き付け、雫ちゃんたちの襲撃を成功させやすくする。さぁ、舌戦スタートだ!

 

 

『黒井秀平。君の仲間たちは僕に敗北したよ』

 

「は?」

 

 

動揺。いや、これはブラフだ。監視カメラを見ているのならば、雫ちゃんたちが制御室に向かっているのは奴も知っているはず。そもそも雫ちゃんや霧彦があっさりと負けるはずがない。だから、これは俺を動揺させるためのウソっぱちだろう。

 

 

「馬鹿も休み休み言え! あいつらが簡単にやられるわけねェだろっ!」

 

『信じるか信じないかは君次第だ。けれど、それは紛れもない事実』

 

「ハッ、大道克己に成り代わる辺り、よほど拗らせた『転生者』の言うことなんて信じるわけがねぇぜ」

 

『拗らせた、ね』

 

 

俺の言葉に嘲笑を返してくる声の主。そいつは白服とは違い、煽られることなく冷静に言葉を続けた。

 

 

『それはそちらの方だろう』

 

「あ?」

 

 

『黒井秀平。君はこの世界の『欠陥』だ』

 

 

『欠陥』。

奴はそう言ったが、笑えるぜ。確かに『転生者』である俺は異物ではある。だが、俺にはもう風都での居場所がある。それを知っていて、そう言うのであれば、こいつは相当の馬鹿だな。

 

 

『居場所? そんなもの『欠陥』である君にあるのかどうか甚だ疑問だが』

 

「あ? なんだ、喧嘩売ってんのか? なら、早く姿を見せろよ。殴り合おうぜ」

 

『……物騒なのは嫌いなんだ。君が『欠陥』かそうでないかはきっとこの世界が決めてくれるさ』

 

「は? なに言ってーー」

 

 

そこまで言って気づいた。こちらに向かってきている『そいつ』の存在に。『NEVER』ではない。あれはっ!

 

 

「『ナスカ』!?」

 

『…………』

 

 

青い『ナスカ』ーー霧彦なのか? いや、きっと『T2』で他の誰かが変身した『ドーパント』だろう。くそっ、他人とはいえ、『ナスカ』を送り込んでくるとはな。若干嫌な気持ちになるから止めてほしい。

まぁ、いい。とにかく今の俺は戦えない。撤退あるのみだ。

 

 

『黒井くん』

 

「っ」

 

 

背を向けた俺の足を止めたのは、『ナスカ』から発せられた声のせいだ。エコーはかかっていても、間違えるはずがない。この声はっ!?

 

 

「霧、彦?」

 

『…………あぁ』

 

「おいっ、ここでなにしてんだ! 雫ちゃんは!? お前と一緒に制御室で『NEVER』の親玉をーー」

 

 

ーーザンッーー

 

 

「なっ!?」

 

 

間一髪だった。俺の目の前を剣が切った。一歩間違えば斬られていた。本気の攻撃。霧彦も『NEVER』の奴等みたいに洗脳されてんのかよ!

 

 

「くそっ! おい、霧彦! しっかりしろ!」

 

『黙りたまえ』

ーーブンッーー

 

「っ」

 

 

洗脳。その言葉で脳裏を過るのは、1年前の雫ちゃんの姿。だが、あの時とは全く違う。霧彦は明らかな敵意をもって、俺を殺そうとしている。それでも『NEVER』同様に、突破口はあるはずだ。霧彦の記憶に俺が少しでも残っているなら!

 

 

「思い出せ、霧彦! 俺とお前は仲間だろっ」

 

『ふんっ!』

ーーザンッーー

 

 

なんでだっ!? なんで俺の言葉が届いてねぇんだよっ!

『NEVER』の奴等は大道克己の名前だけで、記憶を刺激することができてたじゃねぇか! なんで、なんで……俺の言葉が響いてねぇんだよ……。

 

 

『逃げるなッ』

ーーザンッーー

 

ーーガクンーー

「っ」

 

 

『NEVER』から逃げ続け、霧彦からの攻撃も避けて避けて。既に限界は来ていたんだ。だから、急に脚から力が抜け、その場にへたり込む。

 

 

「くっ……俺だ、黒井だって! 霧彦っ!!」

 

『…………』

 

 

何の反応もなく、霧彦はこちらへ向かってくる。俺は座り込んだまま後退って。

 

 

ーードンッーー

 

 

何かに当たった。壁じゃない。人の温もり。しかも、俺がよく知っている彼女の……。

っ、怖い怖い怖い怖い。この状況だ。それが何を意味するかは容易に予想できてしまう。けど、それだけは嫌だ。この人だけはーー

 

 

「秀平くん」

 

 

耳元で、彼女は囁いた。優しく、それでいてどこか艶やかな声だ。聞き慣れた安心できるはずの声。なのに、今は俺の心をザラザラと削るような錯覚すら覚えてしまう。

 

 

「ねぇ、秀平くん」

 

「雫ちゃーー」

 

 

 

「死んでください」

 

 

 

言っただろ、俺の悪い予感は当たるんだ。

……あぁ、分かってるさ。霧彦と同じだ。洗脳されているだけ。だから、その言葉が本物でないことくらいは。けれど、俺は彼女の方を振り返れない。それでも俺の耳元で彼女は囁き続ける。

 

 

「っ、止めろ」

 

「いいえ、あなたはここにいちゃダメなんです」

 

「違うっ、雫ちゃんはそんなこと、言わないッ」

 

「わたしはわたしです。あなたは死ななきゃいけない」

 

「止め……雫ちゃん、俺は君が大好きだ……君もそうじゃねぇのかよ……っ」

 

「関係ありません。あなたはここにいちゃいけない」

 

「っ……頼む、頼むから……止め……てくれ……」

 

「お願いです、秀平くん」

 

 

 

「この世界から消えてください」

 

 

 

何かが崩れる音がした。

お願いだから止めてくれ。これ以上はもう聞きたくない。耳を塞ぐ。うずくまる。けれど、塞いだはずの耳にまだ声が入ってくる。

 

 

『君の存在は風都を汚している。私が排除する』

 

「止めろ……霧彦……止めてくれっ」

 

 

この世界で最初に俺を認めてくれた友人。

彼は今、俺の存在を否定している。

 

 

「なんで死んでくれないんですか、秀平くん。仕方がないですね。死んでくれないんなら、わたしが殺しますね」

 

「雫ちゃん……お願いだ……」

 

 

俺を愛してくれて、家族になってくれた最愛の女性。

彼女は今、俺を殺そうとしている。

 

 

「っ、なんでっ……なんでこうなっちまうんだよ……」

 

 

自分の体を抱きうずくまったまま呟いた言葉は、2人には届かない。俺自身も何も聞きたくないと頭が耳から入る音を否定し始める。何も聞こえない、無音の世界で喉元に触る『ナスカ』の剣の冷たさだけが伝わって。

 

 

「……嫌だ」

 

 

だから、

 

 

 

ーーブゥゥゥゥンッーー

 

 

 

『「!?」』

 

「………………は……?」

 

 

その轟音にも気づかなかった。突如として現れたバイクが、俺の目の前にいた『ナスカ』を吹き飛ばしたのだ。呆然としていた俺に、バイクに乗ったその人物が手を伸ばす。

 

 

「乗って!」

 

「っ」

 

 

俺は反射的にその手をとり、その場を離脱した。

 

 

ーーーー風都署ーーーー

 

 

放心状態で連れてこられたのは、風都署だった。俺がバイクから降りたのを確認したその人は、ヘルメットを取る。

知らない女性だ。ショートカットで活発そうな人。

 

 

「あんたは……」

 

「あたしは銀野真希。竜兄の指示で、あんたを助けに来た」

 

 

ーーーーーーーー



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09 捨てる神あれば

ーーーー風都署地下ーーーー

 

 

風都署内にあるそのエレベーターは地下へと降りていく。やがて着いたのは、研究所のような施設だった。いや、まさに研究所なのだろう。しかも、いくつも設けられた厳重な認証付きの扉を見れば、ここが重要機密を取り扱っていることは想像に難くなかった。

4枚目の扉の認証が終わり、その部屋に入った真希と名乗る彼女は、改めて俺に向き直り告げた。

 

 

「ようこそ、G研へ」

 

 

G研。ガイアメモリ調査研究所。

ガイアメモリに関して俺に協力をしてほしいと、雫ちゃんを通して依頼があったのがそういえばG研だったな。

 

 

「そ、ここでガイアメモリの調査や解析をしてるんだ」

 

 

そうは言っても、今は解析担当が皆出払ってて、実働部隊のあたししかいないけど。

真希ちゃんはそう言って笑った。きっと誰もが好印象を抱く笑顔なのだろう。だが、今の俺の心には響かない。

 

 

「……助かった、ありがとう」

 

「助かったって顔してないな」

 

「いや、本当に助かったよ」

 

 

あのまま霧彦と雫ちゃんから拒絶され続けていたら、きっと俺はどうにかなってしまっていただろう。だから、助かったんだ、本当に。

 

 

「あんたのことは竜兄から聞いてる。黒井警部補の旦那さんで、協力者の1人だって」

 

「…………あぁ」

 

 

彼女の言葉に、静かに頷く。

 

 

「……あんた、大丈夫か?」

 

 

大丈夫、なんて言えるわけがない。あれは奴のメモリ能力か何かで、彼女たちの本心ではないと頭では分かっている。けれど、流石に堪える。

 

 

「すまねぇ、少し……そっとしておいてくれ」

 

 

俯いたまま俺は彼女に頼む。だが、

 

 

「ごめん。そうもいかないんだ」

 

 

俺の願いはあえなく却下されてしまう。

 

 

「あたしが風都タワーに行ったのは、竜兄からのメッセージが届いたからなんだ」

 

「メッセージ?」

 

「うん。『これからに街にばら蒔かれたメモリの捜索に向かう。もし俺からの連絡がなかったら鳴海探偵事務所を頼れ。そして、もしそこにも探偵がいなければーー』」

 

 

言葉を区切り、彼女はスマホを俺に渡してきた。画面に目を落とすと、そこには俺の顔写真が写っていて。

 

 

「この人を探せってさ」

 

 

力のない俺を? 疑問に思い、思わず顔を上げた。だが、その答えを彼女ももっていないようで、首を傾げるばかり。

俺は再びスマホの写真を見つめる。たぶんこの写真は俺と雫ちゃんの結婚式の写真を拡大したものだろう。少し画像が荒いのがその証拠だ。しかし、謎だ。なぜ照井竜がこの写真を持っている? 勿論、雫ちゃんの直属の上司だから式には招待していたが……。

……ダメだ。思考が散らかっていて、何も考えられねぇ。

 

 

「ん?」

 

 

画像から目を離そうとして、ふとあるものが目に入る。写真の右端。そこにかなり小さな文字で何か書いてある。式場にはそんな文字はなかったから、後で加工したものに違いはないが。

 

 

「A19……? なんだこれ」

 

 

心当たりの全くない文字と数字だった。

何かの住所? それとも暗証番号の類いか? どちらにしろ手がかりが少なすぎて分からない。

と、そこで何かに引っ掛かっていたような表情の真希ちゃんが小さな声で呟いた。

 

 

「もしかして……?」

 

 

そう言って、G研の奥の部屋へ進んでいく。俺もなんとなくその後ろに続く。カードによる認証とパスワードを入れ、そのドアを開けた真希ちゃん。開いたドアの先には、大量のケースが所狭しと並んでいた。

 

 

「なんだ、ここ……?」

 

「ここには、今まで押収してきたガイアメモリ、その中でも解析や調査が済んでないメモリが保管されてるんだ。正直、解析担当じゃないあたしには縁遠い場所だけど……あ、あった」

 

 

キョロキョロと何かを探すように歩く彼女の視線が、一点で止まった。俺もその視線を追い、見つける。『A』の文字。

 

 

「これ、メモリの頭文字か」

 

「うん。メモリは頭文字で分類するしかないんだってさ……そんで……これだ」

 

 

真希ちゃんが手に取った箱には『A19』とプリントしたシールが貼られていた。写真が現しているのは、これなのか? 迷うことなく、彼女はその箱を開けた。そこにはーー

 

 

「っ、なんでここに……このメモリが……?」

 

 

 

ーーーー風都署エントランスーーーー

 

 

ーー秀平くん、電話ですよーー

 

 

G研から地上へ戻ると、着信を知らせる雫ちゃんのボイスが鳴った。ドン引きしている真希ちゃんに構わず、スマホの画面を見る。知らない番号だ。こんな状況だから、奴等からかかってきた電話かと警戒しながら通話ボタンを押した。電話口から聞こえてきた声はーー

 

 

『黒井秀平の番号で間違いないね、僕だ。フィリップだ』

 

「っ」

 

 

フィリップであった。

 

 

「ッ、今までどこに行ってやがったッ!」

 

『すまない。羽原レイカの襲撃を受けて監禁されていた。母さんを人質に取られていたから下手なことはできなかった』

 

「…………っ、そうかよっ」

 

 

そう言われてしまったら、何も言えなかった。怒りの感情を抑えながら、静かに伝える。

 

 

「……お前と照井がいない間に、風都は大変なことになってる」

 

『照井竜もか。翔太郎とも連絡が取れない。黒井秀平、今の状況を教えてくれないか』

 

 

俺はひとつため息を吐き、エントランスの椅子に腰を掛けた。怒りや後悔を彼にぶつけないように、今は冷静に。状況をひっくり返すには、フィリップの力が必要だ。

 

ひとつひとつ話す。

『NEVER』の襲来と使っていた『T2ガイアメモリ』の種類。本来の親玉である大道克己の消息が分からないこと。そして、俺を襲った霧彦と雫ちゃんのこと。

 

 

『洗脳の類いの能力か。状況から考えて、照井竜も僕同様に監禁されているのだろう。僕や照井竜は精神干渉系能力への耐性がある。それを警戒した。とすると、翔太郎も敵の手に落ちている可能性が高い』

 

「……ずいぶん落ち着いてるんだな」

 

 

思った以上に、フィリップは落ち着いていた。元々クールな奴ではあるんだろうが、相棒のことになると感情を顕にするのが彼だと思っていたから意外だった。そんな俺の質問に、彼は答える。

 

 

『洗脳ということは殺される心配はないはずだ。勿論、心配はしているさ。けれど、同時に彼を信じてもいる』

 

「…………」

 

『君もそうじゃないのかい?』

 

 

霧彦や雫ちゃんを信じていないのか。そう問われている。責められている気すらしてくる。

勿論、信じているさ。だが、俺は元々この世界の人間じゃない。家族も友人もあいつら以外にいない。過去もない。居場所はそこにしかなかったんだ。そいつらに拒絶されることのキツさは、きっと俺にしか分からない。

 

 

『君はどこか人を喰ったような男だと思っていたから、ここまで動揺する姿は僕としても想定外だ。今回の事件についても、何か知っているんじゃないのかい?』

 

「知ってる訳……ねぇだろ」

 

 

『運命のガイアメモリ』は知っている。だが、既に現実はそこから解離している。もし友人や最愛の人が敵に回ることを知っていたら、今、こんなに動揺してねぇよ。

 

 

「……知らないことだらけだ」

 

『僕もさ』

 

 

少しだけ沈黙が流れ、電話口の彼が話を再開させる。

 

 

『……話が逸れたね、続けよう。ともかく、僕は残念ながら戦えない。『ダブルドライバー』も『ロストドライバー』も翔太郎が持っている。母さん曰く『ロストドライバー』も短時間で作るのは難しいそうだ』

 

「…………なら、照井しかいねぇだろ」

 

『あぁ、彼は僕たちで探そう。ドライバーは使えなくても、『ファング』も『エクストリーム』もある』

 

「じゃあ、俺は何をしたらいい」

 

 

そう問うた。何か役割をくれと。やることがあれば、このぐちゃぐちゃになった心とも向き合わなくて済むはずだ。

 

 

『何もしなくていいさ』

 

 

その期待は見事に裏切られる。何もしなくていいだと?

 

 

『あぁ。そもそも君は戦う力をもっていない。知識はあるが、一般人と変わらないんだ』

 

「だがよっ!」

 

『戦えない人間をこれ以上危険に晒すことは、僕はともかく相棒が許さない。彼と連絡が取れない僕は、翔太郎の信条を元に動く』

 

「…………」

 

 

俺は何も言えなかった。そんな俺の心情を少し読み取ってくれたのか、彼は言葉を続ける。

 

 

『……もし、できることがあるとすれば』

 

『君にしかできないことがあるんじゃないかな』

 

 

「俺にしか、できないこと……」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

戦う力もなく、唯一の取り柄である原作知識も現実とは大きく解離してしまっている。

そんな俺になにかできることがあるのだろうか。

 

左翔太郎やフィリップのような主人公でもない。

照井竜や大道克己、鳴海荘吉のような覚悟ある戦士でもない。

 

この世界で、俺はただのモブだ。

 

 

ーーーーーーーー



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10 拾う神もある、否邪神である

ーーーー黒井家ーーーー

 

 

「じゃ、あたしも現場に向かうんで!」

 

 

現場に向かっても戦えない君にやれることはないんじゃないか。そう真希ちゃんに訊ねると、返ってきたのは、街の人たちを誘導することはできるからというポジティブな答え。そうか、真希ちゃんは自分のやれることを見つけてるんだな。それに引き換え、俺はーー

 

 

「はっ……情けねぇ」

 

 

部屋のリビングでボソリと呟いた。でも、仕方ねぇだろ。俺にしかできないことなんて何もないんだから。

気晴らしでテレビをつけると、ニュースで風都タワーの様子が映し出されていた。お義父さんと真倉が『NEVER』に呼びかけて、撃退されている様子は原作通り。こんなところは同じなのかよ。違うチャンネルに変えると、留置場が襲撃され、囚人が数人脱獄したなんてニュースも流れてやがる。本当にこの街、治安悪すぎるだろ。心のなかでそう毒づき、そのままボーッと画面を見続ける。

 

 

「あ……真希ちゃんだ」

 

 

ふと映し出されたのは、避難誘導をする真希ちゃんの姿だった。その他にも多くの警察官が市民の避難誘導に当たっている。

手持ち無沙汰な俺は、真希ちゃんから預かった『メモリ』を弄る。俺にしかできないこと……。

 

 

「『これ』を使えってか」

 

 

確かに、純正化されていないガイアメモリを毒素なしで使えるのは俺にしかできないことだろう。どんなことができるかは知らないし、このメモリの存在を示唆した照井の思惑も分からない。それでも確かに、戦うことはできるだろうが……。

 

 

「……戦えるのか、俺は」

 

 

絆を拒絶されたまま、その相手と。それに戦えたとしても、洗脳を解除する術を俺は知らない。親玉を倒せば洗脳は解けるのかも分からない。

……もし照井が戻ってくれば、きっと『NEVER』は倒せる。『エクストリーム』さえあれば、翔太郎の洗脳も解けるんだろう。フィリップが2人の洗脳を解除する方法も見つけてくれる。余計なことはしない方がいいんだろう。

ハッ、皮肉なもんだ。フィリップの言う通り、何もしないのが正解なのかもしれないとはな。そう考えて、大きく息を吐き、ソファに背を預けたその時だ。

 

 

ーーピンポーンーー

 

 

インターフォンが鳴った。街がパニックになってる時に宅配便、はあり得ねぇ。となると、

 

 

「やっぱりお前かよ、霧彦」

 

『あぁ、言っただろう。君をこの街から排除する、とね』

 

「そう言われて、はいそうですかって開けると思うか?」

 

『いいや。だからーー』

 

 

『ナスカ』

 

 

「くっ!? まじかっ」

 

 

インターフォン越しに霧彦が『ナスカ』を起動したのを見て、俺は窓に向かって駆け出した。俺が窓から飛び出すのと、玄関が光弾で吹き飛ぶのはほぼ同時だった。

 

 

『待ちたまえ!』

 

「誰がっ、待つかよっ!」

 

 

翼を展開し、追ってくる『ナスカ』。最初こそ距離を離せていたが、流石にあいつの方が速く、みるみる差を詰められていく。近くの空き地で踵を返し、『ナスカ』と向かい合う。

 

 

「霧彦!」

 

『覚悟はできたかい?』

 

「生憎できてないんだ。見逃しちゃくれねぇか」

 

『私が街を汚す者を見逃すとでも?』

 

「……っ、だよな」

 

 

隙を窺うが、流石は霧彦だ。風都の敵になると思った相手には一部の隙も見せてくれない。その間にも、『ナスカ』がゆっくりと迫ってくる。そして、

 

 

ーーブンッーー

 

 

剣を振り下ろした。それをどうにか紙一重で避ける。だが、攻撃は止まらない。横薙ぎ、切り上げ、切り払い。俺を斬り捨てるために振るわれる剣は止まらず、やがて俺を空き地の隅に追い詰めた。

 

 

「はっ……丸腰相手にずいぶんと必死だな」

 

『無論だよ。敵に容赦する必要などないだろう』

 

「敵……」

 

『?』

 

「なぁ、霧彦……俺はお前みたいに友人とか、絆とか、そういうキザな言葉を口にするのは苦手なんだ。だけどよ、仲間だって思ってたんだ」

 

『…………仲間』

 

 

息も絶え絶えで投げ掛ける言葉と思い。一緒に戦った日々は確かにあって。馬鹿みたいに辛いこともあったけれど、それでもあの日常をなかったとは思いたくない。だから、俺は再び霧彦に問いかける。

 

 

「俺達、仲間じゃなかったのかよっ!」

 

『…………』

 

 

俺の言葉に『ナスカ』が、霧彦が止まった。これはもしかして……。けれど、そんな淡い期待は打ち砕かれる。

 

 

『君も来たのかい』

 

「はい、霧彦さん」

 

「っ、雫ちゃん……っ」

 

 

『ナスカ』の陰になって、俺からは見えない。けれど、間違えようもない。雫ちゃんの声だ。

かすれた声で彼女の、最愛の妻の名を呼ぶ。結婚して少し経ったというのに、彼女はいつも俺に名前を呼ばれると、少し照れくさそうに笑うんだ。それが愛おしくなって、くしゃっと頭を撫でて、また彼女は笑う。

だから、俺は手を伸ばした。『ナスカ』の向こうにいる彼女へ。『ナスカ』が道を開ける。そこにいた雫ちゃんの表情は、

 

 

「…………なんですか」

 

 

俺への感情はない。むしろ悪感情すら感じる。

……違う。止めてくれ。

 

 

「そんな顔……しないでくれよっ」

 

「…………」

 

「雫ちゃんっ!」

 

 

 

『イービル』

 

「……変身」

 

 

 

必死の言葉は届かない。彼女は『ロストドライバー』を装着して、『イービル』メモリを起動した。そして、変身する。『仮面ライダー』へと。

 

 

「っ、くそっ」

 

『秀平くん、覚悟してください』

 

『イービル マキシマムドライブ』

ーーバチバチバチバチッーー

 

 

黒色の稲妻が俺の目の前で膨れ上がっていく。

『イービル』の能力は負の感情が強ければ強いほどに威力を上げる。逆に言えば、好きな相手には、マキシマムを放つことすら難しい。だから、その俺の視界を全て埋める規模の稲妻は、彼女が俺を否定していることを表していて。

 

 

「……あ、ぁ」

 

 

声が漏れる。否定され続け、心がーー

 

 

『さよなら』

 

 

 

 

『ライアー』

 

 

俺と稲妻の間に割り込んだ人物、それは『ライアー』ドーパントだった。勿論、俺じゃない。俺の『ライアー』は1年前に『純正化』されて、タンスの奥底にしまわれている。じゃあ、目の前のこいつは一体……?

 

 

「……お前、誰だ……?」

 

『誰、なんて冷たいこと言わないでよ』

 

ーーゾワッーー

 

 

エコーのかかったくぐもった声。だけど、声が耳に入った途端に、悪寒が走る。こいつ、まさかっ!?

 

 

『この姿じゃ分からないって~? しょうがないなぁ♡』

 

 

そう言って、変身を解く『ライアー』。変身解除したその女の手には青い端子の『ライアー』メモリ。

そして、そいつは、ここにいるはずのない女。1年前に雫ちゃんに倒され、今は刑務所の中にいるはずの人物。

 

 

「間に合った。迎えに来たよ、シューヘイくん♡」

 

風華(ふうか)……ッ」

 

 

俺の前世からのストーカー女・風華だった。

 

 

ーーーーーーーー




『風華』
黒井の元世界での幼馴染み兼ストーカー
前世では黒井死亡の報せを聞き、自害し、転生した。
1年前、黒井を手に入れるために画策するが、『仮面ライダーイービル』となった雫に撃破され、刑務所へ収容されていた。

Rが書けない。助けて、私が書こうって言った有能物書様!!
イラストも見たい。助けて、有能絵師様(サキュバス雫感)!!


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11 対峙する宿命

ーーーー鳴海探偵事務所ーーーー

 

 

混乱したままの俺を連れ、風華は鳴海探偵事務所にズンズンと入っていく。そのまま客用のソファに寝転がった。

 

 

「は~~っ、これこれ~♡ 刑務所のベッドは硬くてサイアクだったんだよね~」

 

 

家主不在の事務所で寛ぐ風華。そんな風華に俺は訊ねる。

 

 

「なんで、お前がここにいる……風華」

 

 

当然の疑問だろう。こいつは刑務所にいるはずの人間だ。

 

 

「んー? 『NEVER』が刑務所を襲撃したの知らないの?」

 

 

……そういや、ニュースでそんなことも言ってたか。なるほど、それでこいつも出てきちまった訳かよ。

前世では俺を誘拐、監禁し、その上、俺を追って転生しやがった。粘着質が服を着て歩いているような、まさにストーカーの鑑みたいな女。雫ちゃんと俺を引き離そうとした上、雫ちゃんの目の前で、俺にキスしやがったことを思い出しただけで気分が悪くなる。

 

 

「クスクス、その雫ちゃんに殺されかけたのにぃ?」

 

「うるせぇ、黙れ……」

 

「~~~っ♡♡♡ シューヘイくんに命令されて、ぞくぞくするぅぅ♡♡」

 

 

チッ、この女に何を言っても無駄だったな。恐らくなんで鳴海探偵事務所に入れたのかも聞いたところで答える気もないだろう。ともかく助かったのは事実でーー

 

 

「ね、シューヘイくん」

 

「あ?」

 

 

「この世界から逃げちゃおっか」

 

 

形だけの礼を告げようとした俺の言葉を遮って、風華は微笑んだ。駆け落ちの提案ならお断りだ。そう返すと、風華は首を横に振る。

 

 

「言葉通りの意味だよ。持ってるんでしょ、『アナザー』メモリ」

 

 

反射的に懐のメモリ『アナザー』に視線を落としてしまった。これじゃあ持っているって答えているのと同じじゃねぇか。

 

 

「っ、お前……なんで知ってる……」

 

「シューヘイくんのことならなんでも知ってるよ♡」

 

「…………」

 

「怖い目も素敵♡ ……私の『転生者』としての力は『純正化』。そのせいで『純正化』されてないメモリに敏感なの」

 

 

『アナザー』を真希ちゃん伝いに渡したのは照井竜。一瞬、彼と繋がっているかとも思ったが、恐らく違う。『転生者』としての能力については全くの未知数だから、こいつの言う通りことに信憑性も……いや、今はそこはさして重要じゃない。

俺が思考を切り替えたのを察してか、風華は話を続ける。

 

 

「この世界の『黒井秀平』と共鳴して、並行世界を繋げるメモリに変異した『アナザー』。それを使えば、元の世界に戻れるはず」

 

「……俺は『あいつ(黒井秀平)』とは違う」

 

「うん、シューヘイくんの方がずっと魅力的♡ ま、その点はダイジョブなんだ。『これ』を使えばね」

 

 

そう言って取り出したのは『ロストドライバー』。『カンパニー』で製造していた代物だろう。まだ隠し持ってやがったのか。

 

 

「私の『純正化』で『アナザー』をシューヘイくん用に作り替えるの。それを『ロストドライバー』に使えば、世界は繋がる。元の世界に戻れるはず」

 

「…………」

 

「シューヘイくんは知ってるでしょ。この世界は『仮面ライダーW』の世界。フィクションの世界。でも、そこにいる私やシューヘイくんは、元々この世界の住人じゃない」

 

「そして、シューヘイくんは今、この世界に否定されたんだよ」

 

 

この世界の『欠陥』だと、不意に風都タワーで『NEVER』の現親玉に言い放たれた言葉を思い出す。

分かっていたつもりだった。俺にはこの世界に親はいない。ふるさともない。記憶もここ最近のものしかないんだ。俺自身が、この世界にいた『黒井秀平』に宿った『欠陥(バグ)』といっても過言ではない。

ルーツは薄く、そもそも存在していること自体がおかしい。

 

 

「……分かってる、はずだったんだがな」

 

 

ポツリと呟く。自嘲めいた笑みさえ浮かんでくる。

 

 

「でも、私は絶対に否定しない。シューヘイくんのぜーんぶ受け入れてあげる♡」

 

「ダイジョブ。元の世界でもメモリの力は使えるから、嫌いな奴はみーんな、消しちゃえる。私とシューヘイくんが好きな世界にできる♡ サイコーでしょ♡」

 

 

無邪気な笑み。一ミリたりともそれが悪いことだとは思っていない笑顔だ。まぁ、良くも悪くも純粋に俺のことを好いているのだろう。

 

 

「……はっ、参った。風華、お前の提案が魅力的に聞こえる日が来るとは思わなかったぜ。悪魔の囁きだな」

 

「天使の間違いじゃない? それでどーするの、シューヘイくん?」

 

 

問いかけ、『ロストドライバー』を差し出してくる風華。俺はその手をーー

 

 

 

ーーーー風都タワー前広場ーーーー

 

 

風都タワー前の広場。本来、風都市民の憩いの場であるはずのその場所には今は人っ子一人いない。その中央に、彼は佇んでいた。

 

 

『………………』

 

 

漆黒の体に真っ赤な目。『仮面ライダージョーカー』ーー左翔太郎その人である。

彼も須藤霧彦や黒井雫と同様に、『エラー』による『欠陥』を引き起こされていた。だが、彼の風都や街の住人への愛は消すことができず、『エラー』による指令『風都への破壊工作』を否定した彼は、代わりに風都タワー前の広場で門番を命じられた。その際も、1人の怪我人も出していないのは、彼の風都への想いの為せる技であった。

そんな彼の元へ近づく影がひとつ。

 

 

「やぁ、翔太郎」

 

『……フィリップ』

 

 

左翔太郎の相棒・フィリップは、丸腰のまま彼に歩み寄る。

 

 

「何をしているんだい、君は」

 

『邪魔すんじゃねぇ、俺はここを守らなきゃいけねぇんだ』

 

「守る? 一体何から?」

 

『それは…………』

 

 

フィリップの質問に、翔太郎は固まる。その答えを持ち合わせていないからだ。

 

 

「事の顛末は黒井秀平から聞いた。翔太郎、君は敵の洗脳を受けているんだ。目を覚ましたまえ」

 

『…………』

 

「言っても分からない、か。なら、君の流儀に従おう」

 

 

そう言うと、フィリップは懐から『ロストドライバー』を取り出した。

 

 

「黒井秀平にああ言った手前、僕も僕にしかできないことをするとしよう」

 

 

黒井から聞いていた情報によれば、敵の洗脳は完璧ではなく、故に近しい者であれば揺さぶることもできるだろう、と。だから、左翔太郎の目を覚まさせるのは、相棒である自分にしかできないことだと自負していた。

 

 

『サイクロン』

 

『変身!』

 

 

風が纏わりつく。魔少年の姿が変わる。

緑色のボディと赤い複眼をもつ『仮面ライダーサイクロン』へと。

 

 

『殴り合って、仲直りといこう』

 

 

『ーーーーーーーー』

 

ーーブンッーー

 

 

開幕と同時に、『ジョーカー』が動いた。『サイクロン』の懐に入り、大振りの拳を叩き込む。

 

 

『くっ!?』

 

 

突然の攻撃に吹き飛ばされる『サイクロン』。そのままだと受け身も取れず壁に激突する。そこへ追撃をするために『ジョーカー』は駆ける。だが、

 

 

ーービュォォッーー

 

 

突風が吹き、『サイクロン』の後方へ風のクッションを作り、体を包み込む。風を操る『サイクロン』ならではの能力は、『ジョーカー』の想定外で。

 

 

『甘いよ、翔太郎!』

 

ーーガシッーー

 

 

突っ込んできた『ジョーカー』の腕を、体勢を整えた『サイクロン』が掴み、放り投げた。同時に、脚に纏わせた風で距離を詰める『サイクロン』。

 

 

『ハァッ!』

 

『っ、おらぁっ!!』

 

 

両者同じタイミングで放ったパンチ。体勢の差だ。腹を狙った『ジョーカー』の拳は『サイクロン』には届かず、受け止められる。一方で、風を纏った拳は『ジョーカー』の脇腹に入っていた。

 

 

『ハァッ!!』

 

『っ』

 

 

好機を逃さない連続攻撃。

フィリップらしからぬ勢いに任せた攻撃には理由がある。格闘能力や戦闘技術は、圧倒的に翔太郎の方が上だ。それを理解しているフィリップは、攻撃する暇を与えないという選択をしたのだ。その上、意識はあるとはいえ洗脳状態である翔太郎は、使用者の精神状態が性能に大きく影響する『ジョーカー』の本来のスペックを引き出せていない。

だからこその勢い任せの攻撃だ。尚も畳み掛ける。

 

 

『フッ!』

ーーザンッーー

 

『っ』

 

 

『サイクロン』が風を纏わせた手刀を、首筋に叩き込んだ。強化されたとて、首は人体の急所である。一瞬、ひるんだ隙を見逃さず、次々に攻撃を繰り出す『サイクロン』。だが、

 

 

『……甘いのはそっちだ、フィリップ』

 

『!』

 

 

『ジョーカー マキシマムドライブ』

 

 

ほんの一瞬の隙だった。戦闘経験値の高い『ジョーカー』は攻撃と攻撃の繋ぎ目に隙を見つけ、マキシマムを発動した。そして、

 

 

『ライダーパンチ』

 

ーーバギィィッーー

 

 

『サイクロン』の攻撃の勢いを利用した、カウンターパンチは『サイクロン』の腹を捉えた。クリーンヒット。メモリの力を最大限に高めたパンチは、肺に入った空気をすべて吐き出させ、意識を刈り取った。

 

 

『終わりだ』

 

『ジョーカー マキシマムドライブ』

 

 

再びのマキシマムは『ジョーカー』の脚へ。意識のない『サイクロン』に襲いかかる。

 

 

『ライダーキック!』

 

 

『…………そう。君はここぞという時に左足で決めにくるんだ』

 

『なっ!?』

 

 

『サイクロン』メモリの特性。それは風を取り込むことで使用者のスタミナを回復するというもの。

そう。風を、空気を取り込むのだ。『仮面ライダーサイクロン』にとって、酸欠による失神はあり得ない。

ライダーキックをギリギリで躱し、メモリをメモリスロットへ。

 

 

『サイクロン マキシマムドライブ』

 

 

マキシマムは『ジョーカー』を直撃。雌雄は決した。

勝敗を分けたのは、フィリップの翔太郎への理解度の高さと感情が抑制される洗脳による『ジョーカー』の性能不足。

 

 

「ギリギリだったよ、翔太郎」

 

「くそっ」

 

 

倒れ込んだ翔太郎の懐から『ダブルドライバー』を取り出し、彼に装着させたフィリップは『エクストリーム』を呼ぶ。『エクストリーム』にかかれば、洗脳を無効にできるだろうと考えてのことだった。この読みは正しく、この後、洗脳は解ける。

ひとつ息を吐いたフィリップは、空を見上げて呟く。相棒同士の対決の裏で、自らのすべきことを全うしているであろう男の名を。

 

 

「後は任せたよ、黒井秀平」

 

 

ーーーーーーーー



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12 そうやって戦ってきたんだよ

ーーーー回想ーーーー

 

 

「秀平くん」

 

 

婚姻届を役所に出したその帰り道。俺の隣を歩く雫ちゃんに名前を呼ばれ、彼女の方に目を向ける。

 

 

「ん? どうした、雫ちゃん?」

 

「いえ、呼んでみただけです」

 

「ふふっ、そうか」

 

 

恋人だったときにも何度もしたやりとりだった。なんとなく幸福を感じる会話。

 

 

「秀平くん、秀平くん」

 

「なんだ?」

 

「わたし、黒井雫といいます」

 

「ああ、知ってるよ」

 

「えへへ」

 

 

少し恥ずかしそうに、でも、それ以上に嬉しそうな表情をする雫ちゃん。俺も嬉しさを感じながらも、同時に申し訳なさも感じてしまう。

 

 

「悪いな、雫ちゃん。結婚式、少し先になっちまって」

 

「いえ、ゆっくりでいいんです。2人で式の費用貯めていきましょう? すぐに式を挙げるよりも、最高の式にする方が大切ですから」

 

「……あぁ、そうだよな」

 

「それに……」

 

 

そう言って優しい眼差しで、彼女は自分の左の薬指に輝く指輪を見つめた。そして、ポツリと呟く。

 

 

「これを見る度に、秀平くんとの繋がってるって感じられますから」

 

 

決して安くはないが、飛び上がるほど高くもないどこにでもあるような結婚指輪だが、彼女はそれでもいいと言う。なにより俺の雫ちゃんへの想いがこもっていればそれで十分幸せだと。

 

 

「本当に、大切にしなきゃなんねぇな」

 

 

柄にもない真面目な決意は、雫ちゃんに聞かれてしまっていたようで。俺の隣を歩く最愛の人の顔にはほんのり朱が注していたのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「こいつは俺には必要ない」

 

 

風華から受け取った『ロストドライバー』を事務所のテーブルの上へ置いた。風華の言う『この世界から逃げる』ことを俺は拒絶した。

 

 

「なんでッ!? もうシューヘイくんにはこの世界に居場所なんてないんでしょ!」

 

「身寄りのなかった俺が仲間たちに拒絶されたら、まぁ、そうだわな。洗脳で言っていた言葉だとしても流石に堪えたぜ」

 

「……洗脳を解くなんてできるの? 『仮面ライダー』がいない今、『NEVER』のボスを倒すのなんてできないでしょ」

 

 

風華の言うことは尤もだ。フィリップも照井も戦えない。左翔太郎や霧彦、雫ちゃんも洗脳されちまって、向こう側だ。こっちの戦力は……。

 

 

「ゼロ。シューヘイくんが『仮面ライダー』にならない限りは。なったとしても勝ち目はないよ、数が違いすぎるし。だからーー」

 

「ーーそれでも俺にこいつは必要ない」

 

「もうっ、シューヘイくんの分からず屋ッ!」

 

 

ヒステリックに叫ぶ風華。あぁ、分からず屋で結構だ。もし俺がここで風華の言葉に頷いて、この世界から逃げちまったら、俺はあいつらを……雫ちゃんを裏切ったことになる。だって、そうだろ。

 

 

 

ーーギュッーー

 

「俺達は……繋がってるんだもんな」

 

 

 

左手の薬指を軽く握る。

大丈夫。分かってる。ちゃんと思い出したから。

 

 

「~~~~っ、そんなもの見せつけないでっ! シューヘイくんは私のなんだからッ」

 

「うるせぇなぁ、いい加減諦めろよ。お前、見た目だけはそれなりにいいんだからよ」

 

「え、今、かわいいって……♡」

 

「言ってねぇよ」

 

 

漫才をやってる場合じゃねぇと会話を打ち切った。すると、風華は再度ヒートアップする。

 

 

「じゃあ、どーするワケッ! このままみーんな『NEVER』化するのを待つのっ!?」

 

 

どーする、か。そうだな。俺には力がない。そんなのは分かり切ってる。けれど、左翔太郎、霧彦、雫ちゃんの洗脳を解いて、そして、『NEVER』とその親玉の『転生者』を倒さなきゃならねぇ。なら、俺にやれることはひとつだ。

 

 

 

「俺以外の力で『NEVER』に、この状況に対抗する。他力本願、上等だ」

 

 

 

ーーーー1時間前・風都署近辺ーーーー

 

 

「こいつはお前に託すぜ、フィリップ」

 

「『ロストドライバー』!? 一体、これをどこで……」

 

「なに、ストーカー女からのプレゼントだよ」

 

 

「…………君が何を知っているのかは分からない。だが、思っている以上に状況は最悪だ。照井竜の居場所は分かったが、敵の能力でかなり強固な壁の中に閉じ込められている。『ファング』でも破壊は厳しい。恐らく、その相手を倒さなければ解除はされないだろう」

 

「壁、ね……『NEVER』の堂本のメモリが『アイアン』だった。たぶんそいつの能力だろ」

 

「あぁ、僕はその『アイアン』ドーパントを撃破に回る。それに放っておけない相棒も助けなきゃいけない」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 

 

「……君の友人である須藤霧彦と家族である黒井雫が洗脳を受けている。その上、君には戦う力がない」

 

「はっ、まったくもってその通りだ」

 

「……なら、君はどうするつもりだい?」

 

「何もしねぇ、と言いたいところだけどな……そういう訳にもいかねぇんだ。俺にもやるべきことがある」

 

 

ーーーー現在・風吹山/鳴海荘吉の別荘ーーーー

 

 

「さぁ、始めるぜ」

 

 

風華が見守る中、俺はそのメモリを掲げた。照井の伝言でG研から持ち出した『アナザー』。上手くいくかはどうかは賭け、なんなら部の悪い賭けだが、やるしかない。

 

 

「俺はそうやって戦ってきたんだよ」

 

 

ポツリと呟いた言葉は風華には届かない。その代わりに、改めて声をかける。

 

 

「おい、風華」

 

「なに?」

 

「このメモリが俺に合わなかったら、そんときはお前の案に乗ってやるよ。そのためにお前を連れてきた訳だしな」

 

「…………何するつもり、シューヘイくん」

 

「俺は今からーー」

 

 

 

「ーー並行世界から『助っ人』を呼んでくる」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『アナザー』

 

 

~~~~~~~~

 

 

「雫ちゃん……そんなのぉ……ダメだよぉ、雫ちゃぁぁぁんっ」

 

「はっ!」

 

 

急激に目が覚め、飛び起きた。何かいい夢を見ていた気がするが……いや、今それは置いておこう。ともかく辺りを見渡す。一目で分かる森林。山の中に俺はいた。雰囲気は合ってる。あとは『あれ』があれば!

『あるもの』を見つけるため、頭上に目をやると、そこには……。

 

 

「あった。……実物を見るとますます悪趣味な鉄の檻だぜ」

 

 

俺の視線の先には、巨大な機械の輪っかが宙に浮いていた。『電磁パルス』とか言ったか? ともかくあれがあるってことは、異世界転移は成功で間違いない。あとはこれでーー

 

 

「『あいつ』を味方にできれば!」

 

 

~~~~~~~~~




楽しくなって参りました。


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13 その男は現れる

準備はいいか?


ーーーー風都タワー前広場ーーーー

 

 

ーーザンッーー

 

『ぐおっ!?』

 

 

僕らの振るったプリズムソードが『アイアン』ドーパントに入った。その隙を逃さず、僕達は追撃をかける。けれど、

 

 

『させるかッ』

ーーバチンッーー

 

『させないワヨっ!』

ーーびたーーんっ♡ーー

 

 

『アイアン』を庇うように、『オクトパス』と『サキュバス』が攻撃を仕掛けてくる。さらに、

 

 

『ふっ!』

 

ーーバァァンッーー

ーーバァァンッーー

 

 

畳み掛けるように『バレット』が弾丸を撃ち込んできた。ビッカーシールドで防ぐことはできるが……。

 

 

『流石に攻め切れないね』

 

『こっちが『エクストリーム』とはいえ4対1だ。無理もねぇさ。照井がいりゃあ話は別なんだがな』

 

『あぁ。そのためには『アイアン』を倒さなければならないが……』

 

『だーっ! どうすりゃいいんだ!!』

 

 

『エクストリーム』になっていることで、翔太郎の苛立ちが伝わってくる。洗脳されてしまったことを挽回しようとしているんだろう。その上、向こうは死者蘇生兵士で持久戦になればこちらが不利なのは明白だ。けれど、焦りは禁物だ。

 

 

『メモリ能力を解析しながら隙を突くしかない。とはいえ、このレベルの敵を4人同時に相手する経験は僕にはない。そこは翔太郎の戦闘センスを信じるよ』

 

『あぁ、任せろ。解析は頼んだぜ、相棒!』

 

『あぁ』

 

 

再び剣を向ける。地球に直接アクセスできる『エクストリーム』になったからこそ分かる。『アイアン』は防御力に特化したメモリだ。彼を倒すには、他の3人を相手にしつつ、高い防御力を突破しなくてはならない。現実的ではない。だから、まずは防御力の低い『サキュバス』を倒すべきだ!

 

 

『同感だ。あれは目の毒だぜ』

 

『ムッキーッッ!! 誰が目の毒よっ!!』

 

『本当になんなんだよ、このオネエは……』

 

『オネエ!? オネエじゃないワ! 立派なレディーよ! レ・ディ・ィィィ!!』

 

『だぁぁ!! うるせぇ!!』

 

 

ペースを乱されちゃいけないよ、翔太郎。ここはクールに、だ。分かってるさと返してくる翔太郎と共に、プリズムソードを彼らに向け、告げる。

 

 

『『さぁ、お前たちの罪を数えろ』』

 

 

『ふんっ、罪ね』

『いくわヨォォ!!』

 

 

声を上げながら、こちらへ迫る『オクトパス』と『サキュバス』。

 

 

『フィリップ!』

『あぁ!』

 

『プリズム マキシマムドライブ』

 

 

プリズムソードへ『プリズム』を装填、マキシマムを発動する。狙うは『サキュバス』だが、ギリギリまでそれを悟られないように、『オクトパス』に視線を送りーー今だ!

 

 

『『プリズムブレイク!!』』

 

 

身を翻し、すれ違いざまに一閃。完璧に入ったはずだった。

 

 

『……甘い』

ーーギィィィンッーー

 

『っ!?』

 

 

鳴り響いた金属音は弾丸によるもの。芦原賢ーー『バレット』の狙撃能力は相当に高いようで、プリズムソードの剣先に攻撃を当てて反らした。たった数センチのズレ。それでも戦闘経験を積んだ相手にはーー

 

 

『ハッ!』

 

ーーパシンッーー

ーービタッーー

 

 

『オクトパス』が触手を剣に吸い付かせ、そのまま僕らの手から払い落としてきた。

 

 

『くそっ、なんだこいつらの連携は!』

 

『こっちとら『NEVER』として戦ってきたんだ! お前らに負けるわけないだろッ!!』

 

『くっ……』

 

 

一体一体のメモリは既に解析済みで、弱点も分かっている。なのに、変身者自体の能力が高すぎることとそれぞれの弱点を補うように連携されることで、隙が完全に消えてしまっていた。

 

 

『強敵だ』

 

『あぁ、強え……けどな、負けるわけにはいかねぇんだ!!』

 

 

翔太郎の感情が僕にも伝わってくる。

そうだ。黒井秀平曰く、『NEVER』の目的は、この街の住人を彼らと同じ『死者』にすることだ。そんなことを許すわけにはいかない。

分かっているさ、翔太郎。その気持ちは僕も一緒だ。だから!

 

 

『行くぜ! フィリップ!』

『あぁ、翔太郎!』

 

『ハッ、やれるもんなら!』

『上等ッ』

『ビッンビンよっ! ビンッビンにキたキたキたキたぁぁぁ』

『ゲーム……リスタート』

 

 

 

 

「諸君、一度落ち着こうか」

 

 

 

『『!!』』

 

 

戦いに水を差すように、その男……いや、少年は現れた。

 

 

『お前はっ!?』

 

『! 彼が……『NEVER』のボス……!』

 

 

『エクストリーム』で共有しているから翔太郎の体験した映像が僕にも見えた。目の前の少年こそが、翔太郎たちを洗脳した相手だ。

 

 

『ちょっとぉぉ、今、イイトコロなのヨッ』

 

『そうだ! いくらあんたの言うこととはいえ、邪魔するんじゃねぇよ!』

 

「……京水。剛三。言うことを聞いてくれないか」

 

 

少年に詰め寄る『サキュバス』と『アイアン』。2人に対して、少年はさらに近づき、

 

 

『僕に従え』

 

 

『『ッ』』

 

『堂本!』

『オッサンっ!』

 

 

耳元で囁いた。同時に2人のドーパントの動きが止まり、膝をつく。

 

 

「すまない。こちらとしては、君たちには危害を加えるつもりはないんだ」

 

『っ、ふざけんな! 『NEVER』の目的は風都の人達を『ゾンビ兵士』に変えることだろうがっ!』

 

「…………それは『NEVER』の目的であって、僕の目的ではない」

 

『は?』

『……それはどういうことだい?』

 

 

少年の言葉に、僕は問い返す。黒井秀平が嘘をついていたということか? いや、彼に嘘をつくメリットがない。ならば……。

 

 

「僕の目的はあくまでも世界の『欠陥』の修正。つまり、黒井秀平を始めとした『転生者』の排除だ」

 

 

そのための力として『NEVER』を利用しているだけで、風都市民が『NEVER』になろうがなるまいがどうでもいい。少年はそう嘯いた。それはつまり、『NEVER』とこの少年は別の意図で動いている、ということ……いや、それ以上に気になるのはーー

 

 

『『転生者』……? それは一体……?』

 

「……少々喋りすぎたか。これ以上は君たちにも『欠陥』を生じさせてしまう」

 

 

話は終わりと言わんばかりに、少年は懐からメモリを取り出した。黄金のメモリ。

 

 

『エラー』

 

「変身」

 

 

僕たちの目の前に現れたのは黄金の戦士。

 

 

『改めて自己紹介といこうか。僕は『仮面ライダーエラー』』

 

 

『……『仮面ライダー』……?』

 

『ふざけんな! 街を陥れる奴が『仮面ライダー』を名乗っていい訳がねぇんだ!』

 

『その通りだ。彼の真意は分からないが、ここで必ず止める』

 

 

幸いなことに、『エラー』自身が『NEVER』を2人行動不能にした。『エラー』の能力は未知数ではあるが、これで3対1。さっきよりも数の有利はなくなったはず……だ。

 

 

『…………』

『…………』

 

『さぁ、行こうか。剛三、京水』

 

『なん、だと……』

 

 

膝をつき、フリーズしていた『アイアン』と『サキュバス』が動き出した。だが、その動きは意思のある者の動きとは到底思えない。そうか。人格を司る器官に『欠陥』を発生させ、意のままに操る。それが『エラー』の能力か。

 

 

ーーカチャッーー

 

『何をした』

 

 

突然、『バレット』が『エラー』に腕の武器を突き付ける。仲間の様子がおかしいことで、少年に疑念をもった彼が反旗を翻したんだ。

 

 

『……賢。僕は物騒なものが嫌いだと言っただろう。その腕の銃を下ろしてくれ』

 

『それは返答次第だ』

 

『そうか…………残念だ』

ーーバチッーー

 

『っ』

 

 

『バレット』がいとも容易く崩れ落ちる。先ほどの2人と同じだ。物言わぬ『エラー』の手足になってしまった。

 

 

「っ、なに……? なんで……! どういうことッ!」

 

 

羽原レイカが変身を解除し、『エラー』に詰め寄る。彼女は2人の変わりように動揺し、叫んでいて。そんな彼女に動じることなく、『エラー』はその掌を額にかざす。

 

 

『レイカ』

 

「何を……して……っ」

 

『安心してくれ。君の『欠陥』も修正しよう』

 

「何言ってるッ、あんた、この街の住人を『NEVER』に……この街を地獄に変えるって言ったじゃな……い……あ、あぁ……っ」

 

 

「あ"あ"あ"あ"あ"ぁぁッ!?!?」

 

 

そこで羽原レイカは頭を押さえ出す。強烈な痛みに苦しみ叫ぶ声。悲痛な声とは対照的に、彼女の表情はどこか靄が晴れたような、何かに得心のいった表情をしていて。

 

 

「違う、違うっ……あんたは、違うッ!! あんたはーー」

 

 

 

「克己じゃないっ!!」

 

 

 

『……残念だ、レイカ。その『欠陥』は致命的だ。修正も不可能とくればやむを得ない……消去するとしよう』

ーースッーー

 

『エラー マキシマムドライブ』

 

 

『エラー』メモリをマキシマムスロットへ入れ、マキシマムドライブを発動させる『エラー』。さっきの洗脳能力とは明らかに違う。彼女を完全に始末するつもりだ。

 

 

『おいっ! 止めろっ!! 仲間じゃねぇのかよっ!』

 

『っ、翔太郎! マキシマムだ!』

 

『あぁっ!!』

 

 

『エラー』を止めるためのマキシマム。だが、察してしまった。このタイミングでは間に合わない。羽原レイカは死ぬ。

 

 

『さようなら、レイカ』

 

『『っ、止めろぉぉぉぉ!!』』

 

 

腕を伸ばす。けれど、届かなーー

 

 

 

「何をしてる、そいつは俺のもの(仲間)だ」

 

 

 

マキシマムドライブを発動した『エラー』の腕を掴む男の姿がそこにはあった。『NEVER』の彼らと同じジャケットを羽織り、髪には青のメッシュが入っている。その風貌には覚えがある。黒井秀平から聞いていたからだ。そうか、彼が本当のーー

 

 

「克、己……?」

 

「よぉ、レイカ。あいつらは…………なるほどな。で、あの悪趣味な金色の奴を倒せばいいって訳か?」

 

「……克己……っ、お願い……助けてっ」

 

 

 

「ああ。そのために俺は地獄から帰ってきた」

 

 

 

ーーーーーーーー



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14 交渉

~~~~~~~~

 

 

超能力兵士『クオークス』を育成するため、ドクタープロスペクトにより作り出された施設『ビレッジ』。その実態は、『村』という名前から想像もつかない弱肉強食かつ無慈悲な実験施設だ。強力な超能力に覚醒した者が地位を確立し、弱い者を支配して、力ない者はただ野垂れ死ぬ。その上、逃げ出そうとした人間は処分って……まさにディストピアだ。死んでも行きたくないね、そんな場所。

 

だが、俺はそんな危険な場所・世界線に飛んだ。

ミーナという少女の救出。それが俺の目的だからだ。

 

 

「という訳で協力しろ、大道克己。そうすればミーナを救える」

 

 

『NEVER』の親玉・大道克己にそう告げる。その脇には俺に警戒する羽原レイカの姿もあった。

 

 

「話は分かった。だが、お前を信用することはできん」

 

「あ?」

 

「まず、なぜお前が『NEVER』のことを知っている? 次に、敵の目的や主要戦力を知っているのも怪しい。そもそもお前は何者だ?」

 

「ずいぶんと俺に興味津々だな」

 

「俺は俺が認めた奴の言うことしか聞く気がないだけだ」

 

 

腕を組み、唯我独尊なことを仰る大道克己。その言動からは嫌味ったらしさや傲慢さを感じることはなく、むしろ威厳すら感じるのは、流石は大道克己といったところか。脱獄犯や極道など癖の強い『NEVER』隊員をまとめ上げるだけはある。この風格はあの『白服』や今回の偽親玉には出せるはずもない。

さて、ここが勝負どころだろう。包み隠さず全てを伝えるのはリスクがある。だから、何を話し、何を隠すべきかが重要だ。

 

 

「俺は……」

 

 

考える。思考、思案。その結果導き出されたのは、

 

 

「俺は未来から来た。だから、この『ビレッジ』が迎える結末も知っている」

 

「…………」

 

 

正確ではない。だが、完全に嘘ではない回答だ。俺を値踏みするような視線。

 

 

「過去が消えていくあんたが求める明日は、あんたの手にはねぇよ。今のままじゃあな」

 

「お前の手の内にはあると?」

 

「……あぁ」

 

 

半分はハッタリだ。だが、俺にはこういう戦い方しかできない。

……どうだ? 沈黙は時間にして1分ほど。その後に大道克己は席を立った。

 

 

「無駄な時間だった。行くぞ、レイカ」

 

「っ、待てよっ!」

 

 

その場を去ろうとする彼を呼び止める。ここで話が終わってしまってはまずいんだ。このままじゃあ、こいつを味方に引き込めない。大道が少しだけ心を許したミーナが彼の目の前で一度死に、それを完全なる死だと錯覚した彼は地獄に堕ちる。

人は皆、悪魔だと。そう思い込み、最後に残った人間性を捨ててしまう。今がその分水嶺なんだ。だからーー

 

 

「待ってくれっ」

 

 

今一度立ち塞がる。だが、

 

 

「レイカ」

 

「命令するな」

ーーガッーー

 

 

大道の言葉にそう答えつつも、俺を取り押さえ、跪かせるレイカ。くそっ、右肘の関節がキまってて動けねぇ!?

 

 

「5秒だ。5秒以内に諦めろ。でなければ、このまま腕を折る」

 

「っ」

 

「………………レイカ」

 

ーーバギィッーー

 

「がぁぁぁぁぁっ!?!?」

 

 

宣言通り、彼女は俺の右肘を折った。激痛。だが、耐えろ。

 

 

「はぁ……はっ、痛ぇな……死体のあんたらとは違って、こっちは生きてんだ。ちっとは加減してくれよ」

 

「お前っ! 調子に乗ってッ!」

 

「止めろ、レイカ」

 

 

俺の挑発に乗り、もう一本の腕も折ろうとした羽原レイカを大道は止めた。憤る彼女を制し、大道は続ける。

 

 

「……次は脚を折る」

 

「はっ、やってみやがれ」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………………やめだ」

 

 

手を軽く挙げ、俺への拘束を解かせる大道。

 

 

「聞くだけ聞いてやろう。ミーナを救うにはどうすればいい」

 

「簡単だ。今、ドクタープロスペクトの屋敷に財団の人間が来ている」

 

「ほう」

 

「そいつが持っている『エターナル』を奪って、ドクターの『アイズ』メモリを無効化しろ。そうすりゃ、あいつらに刻まれた悪趣味な眼は閉じる」

 

「……『エターナル』」

 

 

俺の言葉を聞き、大道は思案する。自分達の競合相手であったガイアメモリを使うことへの葛藤はあるのだろうが……。

 

 

「大丈夫さ。そんな迷いなんてどうでもよくなるくらいに、あんたと『エターナル』は強く惹き合うはずだ」

 

「…………」

 

 

しばらく黙っていた彼は静かに頷いた。よし、あとはミーナたち『クオークス』の避難だ。これは原作通りに。

 

 

「羽原、君は他の『NEVER』と合流して、『クオークス』連中を連れて避難してくれ。ただし、合図があるまでは、くれぐれも『ビレッジ』から出ないこと」

 

「……ふんっ」

 

 

顔を背ける彼女だが、恐らく大丈夫だろう。

 

 

「おい、さっきお前は協力と言ったな。なら、お前に役割がないのはおかしいだろう」

 

「情報を教えたんだ。俺は高見の見物といかせてほしいぜ」

 

 

厳しくなる視線を冗談だと言い、かわす。なにもないに越したことはねぇが、やらなきゃいけないことはある。

 

 

「俺は大道、あんたと一緒に行く。そして、あんたが『アイズ』と戦ってる間に、ある男の相手をするさ」

 

「ある男?」

 

「あぁ」

 

 

大道克己がドクタープロスペクトと対峙する上で、避けては通れない相手だ。この悪趣味な箱庭の出資元。そう。

 

 

 

「『ユートピア』……財団Xの使者・加頭順」

 

「そいつを倒す」

 

 

 

~~~~~~~~




次回、第一決戦。


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15 別世界と理想郷

~~~~~~~~

 

 

『ビレッジ』の中心にある屋敷。そこにドクタープロスペクトはいた。扉を蹴破らん勢いで、部屋に入ってきた侵入者・大道克己へ告げる。

 

 

「今更何のつもりかな」

 

「お前を倒して、この悪趣味な箱庭を叩き潰す」

 

 

その宣言を受け、反応する者が1人。

 

 

「新技術の成功には箱庭が必要です」

 

 

白い服を身に纏った抑揚のない喋り方をする男・加頭順。おもむろに立ち上がった彼は歩みを進め、大道の前へ進み出た。

 

 

「お前が財団Xの……」

 

「新技術は全て私がテストする慣例でしてね。風都という箱庭でミュージアムが実験している『これ』もね」

 

 

そう言って、加頭は懐から『ユートピア』のメモリを取り出した。『エターナル』を入れたケースを棚に置き、大道を見据える。

 

 

「『エターナル』は不調だ。君は私の最強メモリで確実に始末しよう」

 

「…………」

 

 

ガイアドライバーを展開する加頭。そして、メモリを起動して手放した。本来ならば、そのメモリは自動的にドライバーに挿入される。『クオークス』の超能力をも手に入れた彼の力によって。だがーー

 

 

「おらぁぁ!!」

 

「な!?」

 

 

不意を突き、飛び出す。狙いどおりに、奴が手放した瞬間の『ユートピア』を奪うことに成功した。そのまま転がり、奴らと距離を取る。突然の出来事に、目薬おじさんは勿論、あの加頭も呆気にとられていたが、状況を飲み込んだようでドクタープロスペクトは、俺に向かって訊ねてきた。

 

 

「なんだ、お前はっ」

 

「あ? ただのモブキャラだよ」

 

 

 

『ユートピア』

 

 

 

メモリを起動し、首に突き刺す。肉体が変わっていく感覚。やがて、俺は『ユートピア』へと変貌を遂げた。

 

 

『おぉ! これが『ユートピア』ドーパント! 力が満ちてくるぅぅ!! ゴールドランクのメモリはやっぱちげぇなぁ!』

 

「!?」

 

 

呆然とする加頭。その隙を突いて、俺は棚に置かれたケースから『エターナル』とロストドライバーを大道に投げ渡した。

 

 

『行け! 大道克己! その目薬おじさんを倒せ!』

 

「俺に指図するな!」

 

 

捨て台詞を残し、彼は逃げ出したドクタープロスペクトを追っていった。屋敷内には、俺と加頭だけが残される。さて。

 

 

「君は一体……」

 

『あ? さっきも言っただろ、モブキャラだよ。んでもって、あんたをここで足止めするのが俺の役目だ』

 

「…………」

 

『上手くいけば、あんたを倒しちゃうけどなァァ』

 

 

無表情な加頭に少し苛立ちが見えた。原作で彼はこの場で大道克己ーー『仮面ライダーエターナル』に殺され、後に『NEVER』として蘇る。本編での加頭はその影響で無表情かつ無感情になっていた。裏を返せば、今の彼には感情がある。

モブキャラを自称する人間に止めるやら倒すやら宣言され、メモリも奪われるなんていう屈辱的な体験は、きっと加頭に怒りを覚えさせているはずだ。ならば!

 

 

ーーガシッーー

 

『いただくぜ、あんたの精神力!』

 

 

俺は速攻で奴の頭を掴む。『ユートピア』の能力によって、加頭の感情を、精神力を奪う。『クオークス』とはいえ生身の人間相手に、ドーパントである俺が力負けするわけがない。だから、吸う吸う吸う吸う。順調だ。このまま全部奪ってしまえば話は早い。

……けれど、分かってる。そうもいかないんだろう?

 

 

ーービギッーー

 

『っ、だよなっ……分かってるさ……っ』

 

 

『ユートピア』メモリが俺の中で疼く。拒絶反応というよりは、他のものに引っ張られているという方が感覚的に近い。

 

 

「……私に従え。『ユートピア』」

 

ーーググググッーー

『くそっ」

 

ーービュンッーー

 

 

適合率98%は伊達ではなく、遂には加頭のその一言で、俺の体からメモリが排出されてしまった。そして、『ユートピア』は奴の手の内へ。

奴の精神力は確かに吸った。けれど、形勢逆転だ。

 

 

「面倒なことをしてくれる……だが、終わりだ」

 

『ユートピア』

 

 

目の前で変貌を遂げた『ユートピア』。その姿を見る前に、俺は駆け出していた。前に? いいや、後ろにだ。こうなってしまえば、勝てるわけがない。

 

 

「バーカ!! 逃げるが勝ちなんだよ!!」

 

『……小賢しい……フッ』

ーーグンッーー

 

「っ!?」

 

 

逃げようと全力ダッシュする俺の体に、急激にかかる力。『ユートピア』へと引き寄せられる引力。

まぁ、そうだよな。『理想郷の杖』で引力・斥力は思いのままだろう。だが!

 

 

ーーガクンッーー

 

『くっ』

 

 

不意に『ユートピア』は膝を着いた。あぁ、それも狙い通りだよ、加頭順。俺は煽りに入る。

 

 

「どうした? エネルギー切れかぁぁ?」

 

『『ユートピア』は能力が強力な分、消耗が激しい……まさかそれを知っていて……』

 

「あぁ、ご名答だ。お前からエネルギーを奪っちまえば、『ユートピア』の能力を十全に使えない」

 

『っ、だが、それは精神力を再び奪い返せばいいだけのこと……っ』

 

 

今度は能力を使わずに、歩み迫る『ユートピア』。まぁ、そうなるよな。こっちは人間、向こうはドーパント。逃げられるはずもなく。

 

 

ーーガシッーー

 

『これで終わりだ』

 

ーーグッーー

 

 

奴に首を掴まれ、そこから伝わってくる不快感。これが精神力を、希望を吸われていく感覚か。あぁ……くそっ……。

 

 

「死にたい……もうイヤ……マジ病む」

 

『どういうことだ……!? 精神力が吸えない……?』

 

 

あぁ、鬱だ。ホントイヤ。マヂムリ。

……って、なるほどな。『ユートピア』ではこうなっちまう訳か。

 

 

「残念だったな。てめぇの目論見はおじゃんだぜ。俺にはそういうのが効かないんだよ……はぁぁ、死にたい」

 

『『ユートピア』が吸収するのは人間の生きる希望だ。それを吸えない人間などいるわけがない!』

 

 

あぁ、そりゃそうだ。だが、俺は生憎、普通じゃねぇんだよ。

 

 

「そういう『チート』らしいぜ? はぁ、リスカしよ……」

 

『ッ』

 

 

精神力を吸えないと判断した『ユートピア』は俺を放り投げる。

 

 

「けほっ……丁重に扱えよ。こっちはお前のせいで、気分が落ち込んでるんだ」

 

『……確かに君の体質は厄介だ。だが、能力を使わずとも、君を殺すことなど容易い。見たところ、そちらにはもう策はないのでしょう』

 

「……まぁな」

 

 

奴の言う通り、これ以上、奴と戦えるような策はない。『ユートピア』の強奪や能力を制限させる。その辺りが俺にできる精一杯の抵抗だ。

 

 

「フッ」

 

『何がおかしい』

 

「言ったはずだぜ? 俺はーー」

 

 

 

「足止め、だってな」

 

『エターナル マキシマムドライブ』

 

 

 

『な、にッ!?』

 

 

奴の背後、ドクタープロスペクトが逃げていった方向からその音は響いてきた。同時に『ユートピア』が動きを止める。

 

 

「終わりだぜ、加頭順」

 

『ぐっ』

 

 

身動きが取れない『ユートピア』の背後から、その『白い仮面ライダー』はゆっくりと近づいてきて。

 

 

『さぁ、地獄を楽しみな』

 

 

~~~~~~~~

 

 

「早く連れていけ」

 

 

戦闘が終わり、『クオークス』を無事解放した後、『NEVER』の面々を従えた大道克己は、俺にそう言った。

 

 

「……妙に、物分かりがいいな、おい」

 

 

それが不気味で、少し引き気味の俺。そんな俺に大道は不敵に笑って、言葉を続ける。

 

 

「お前の情報のお陰で、この悪趣味な箱庭を壊し、ミーナたちを救うことができた。だから、俺はお前を認めよう」

 

「~~っ」

 

 

ここにくるまでに、世界の『欠陥』なんて話をされて、親しい人達からも拒絶されていたからだろう。不意に何かが込み上げてくる。

くそ……あれだな。まだ精神力を吸われた副作用が続いてやがるみてぇだ。

 

 

「どうかしたか?」

 

「……っ、いや……なんでもねぇよ」

 

 

震えそうになる声をなんとか誤魔化して、俺は懐からメモリを取り出した。

 

 

『アナザー』

 

 

風華曰く、『アナザー』は使用者を別世界に飛ばすメモリだが、今は『ユートピア』で吸ったエネルギーが俺の中にある。だから、それを使ってーー

 

 

ーーズズズズズズッーー

 

 

おぉ、開いた! こいつが世界を繋げる扉か。

 

 

「これをくぐれば、未来に飛べる。帰りも同じ原理で戻ってこれるはずだから、安心してくれ」

 

「…………あぁ」

 

 

大道は『NEVER』の仲間たちに、少し出掛けてくると伝え、改めて俺に向き直った。

 

 

「未来では、あいつらが洗脳されてるんだったか」

 

「あぁ。こっち陣営は人手不足でな。死者の手も借りてぇ状況なんだ。『NEVER』を相手にするなら、あんたが適任だろ」

 

「……『エターナル』は壊れた。それでもいいなら力を貸してやろう」

 

「是非もねぇよ」

 

 

メモリの力を除いたとしても、大道克己という戦力は大きいはずだ。『NEVER』相手なら特に。それにーー

 

 

「たぶん大丈夫だ。策はある」

 

「ん?」

 

 

「きっと『エターナル』はあんたを選ぶからな」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「克、己……?」

 

「よぉ、レイカ。あいつらは…………なるほどな。で、あの悪趣味な金色の奴を倒せばいいって訳か?」

 

「……克己……っ、お願い……助けてっ」 

 

「ああ。そのために俺は地獄から帰ってきた」

 

 

流石は大道克己である。かっけぇわ……やっぱりこいつ、主人公の風格あるって……。

 

 

「おい!」

 

「っ、お、おう」

 

 

『アナザー』を使った反動か少し気持ち悪い。車酔いに近い感覚にうんざりしながらも、大道の呼びかけに応じる。策を教えろ。そう言う大道に、俺はただ一言伝えた。

呼べ、と。

それだけで理解したのだろう。彼は右手を空へかざし、呼んだ。

 

 

「来い」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

財団Xに入り込んだ『転生者』の1人・通称『白服』。

奴は大道克己に執着し、超えようとあるメモリを作り出した。さらに、26本のメモリを使って、彼を模倣しようとしていた。だが、俺が真の『マスカレイド』でそれらのメモリを逆に利用して、その野望を砕いたのだ。

 

ただ、俺が取り込んだメモリは24本だけ。

残りの2本のうち、1本は白服の手元へ向かった『イミテーション』。

 

では、あとの1本は一体なんだったのか。メモリを取り込んだ俺にはその正体が分かっている。俺の体内に入らず、どこかへ姿を消したメモリ。それはーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

『エターナル』

 

 

 

どこからか飛来したその白いガイアメモリは、大道の掌の中へ収まる。その様子は、まるで本来の持ち主の来訪を待っていたかのようで……。

 

 

「ハッ、やっぱり格が違うな、あの男は」

 

 

俺はその光景を確認して、背を向けた。

『仮面ライダーW』も『エターナル』もいる。だから、ここは大丈夫だ。だから、俺は俺にしかできないことをしにいこう。

 

 

「待っててくれ、2人とも」

 

 

ーーーーーーーー




次回、第二決戦。
この展開をやりたくて、本編最終決戦で『エターナル』を消息不明にしておいたのです。伏線回収だぁぁぁ!! やっとできた!
大道克己は本当にかっこいいので、主役を喰うんですわ。


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16 2人の繋がり

ーーーーーーーー

 

 

『NEVER』の面々と偽親玉を、『W』と大道克己が抑え込んでいるであろう現在。俺は風都タワーの制御室に向かっていた。

原作ではそこに『エクスビッカー』が設置されていたし、偽親玉の口振りからここに何かがあるはず。そう踏んでのことだった。どうやら俺の読みはビンゴらしく、制御室への一本道を守るように、彼は立っていた。

 

 

「よう」

 

「……君か、黒井くん」

 

 

霧彦の表情は依然として厳しく、俺を弱気にさせようとしてくる。だが、俺は決めたんだ。

 

 

「そこを通してくれ。制御室に何かあるんだろ?」

 

「通すと思うかい?」

 

「……お前を信じてる」

 

「…………」

 

 

『ナスカ』

 

 

俺の言葉を否定するように、霧彦は『ナスカ』を起動して変身する。切っ先を俺に向けて、告げる。

 

 

『今度こそ終わりにしよう』

 

ーーフォンッーー

 

 

『ナスカ』の背中から特徴的な紋様の翼が展開された。そのまま『ナスカ』は俺の方へ突っ込んできて、脚を掴む。そして、天井に穴を開け、空へと飛翔していく。

 

 

「っ」

 

 

逆さ吊りの体勢のまま、ぐんぐん高度は上がっていき、やがてタワーの頂上と同じ高さまで到達した。呼吸が少ししづらいのは、きっと気のせいじゃないだろう。高度と恐怖で呼吸はさらに浅くなる。頭にも血が上っていく。だが、俺は変わらず霧彦に話しかけ続ける。

 

 

「っ、おいおい。なんだよ、こんな高いところまで連れてきて……吊り橋効果でも狙ってんのかよ?」

 

『ここまできて、まだ無駄口を叩けるとは。感心するよ』

 

「ハッ! それが取り柄なんでね」

 

『………………このまま急降下して、君を地面へ叩きつける。それですべて終わりさ』

 

 

彼の宣言が本当に実現するのだとすれば、十中八九俺は死ぬ。ドーパントになれればいいんだが、残念なことに『アナザー』はもう使えない。さっき世界を繋いだ時に破損してしまっていたからだ。

 

 

「なぁ、霧彦」

 

『残念ながら、君が無様に命乞いをしたところで、私はそれを聞き入れない。諦めて死を受け入れたまえ』

 

 

命乞い? まぁ、当たらずも遠からずだ。俺がするのは提案だ。

 

 

「賭けをしねぇか?」

 

『賭け?』

 

「あぁ。お前がちゃんと俺を殺せるかどうかって賭けだよ」

 

『…………』

 

「お前が俺を殺せればお前の勝ち……てか、そん時はもう死んでるしな。ただお前が俺を殺せなかったら、俺の勝ち。そうしたら、俺が制御室に行くのを見過ごしてくれ」

 

『……意味のある賭けとは思えないな』

 

「まあまあ……で、乗るか?」

 

『ふっ、いいだろう。君がそれで満足して死んでくれるならね』

 

「賭け成立だな」

 

 

正直、分の悪い賭けだ。だが、今の俺にはそうするしかできない。仲間を馬鹿みたいに信じることしかできねぇんだ。

 

 

「さぁ、始めようぜ! 霧彦!」

 

 

ーーグンッーー

 

 

俺の一声を合図に、急降下する『ナスカ』。速度はぐんぐん上がっていきーー

 

 

「あ~~~~~~ッ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅぅぅぅ!?!?」

 

 

信じてはいるが、声は出ちゃう。仕方ないね!

反射的に目を閉じてしまう。そして、次の瞬間に、

 

 

ーーバギィィッーー

 

『ぐっ!?』

 

 

ーーフワッーー

 

「へ?」

 

 

耳に入ってくる霧彦の呻き声と体を襲う浮遊感。そこで察する。『ナスカ』が俺を放したのだ。つまり……俺、死んだわ。

 

 

ーーガシッーー

 

 

覚悟はしていた。けれど、地面に叩きつけられる衝撃はいつまでも来ない。恐る恐る目を開ける。そして、目が合った。

 

 

「大丈夫か、黒井秀平」

 

「は?」

 

 

照井竜。

彼が空中に放り出されたであろう俺を抱き止めていたのである。しかも、お姫様抱っこで。何が起こったのか訳が分からず、辺りをキョロキョロと見渡す。照井の後ろには、『アクセル』のサポートメカである『ガンナーA』。

 

 

「君が『ナスカ』ドーパントに掴まれ、悲鳴をあげていたのが見えた。こいつで迎撃したのだが、問題なかったか」

 

 

んー、まぁ、助けてくれたのはいいんだけどな?

ほら、霧彦とかっこよさげに賭けとかしてたからさぁ……。

 

 

『なるほど』

 

「あっ」

 

 

少し離れたところに『ナスカ』が降り立つのが見えた。落ち着いた口調。だが、霧彦の性格からして、内心はキレてらっしゃるだろう。

 

 

『私を信じるというのはブラフ。彼が来ることを知っていた。それで……賭けは君の勝ちというわけかい、黒井くん』

 

「いや、えーっとねぇ……」

 

『改めて、君の軽薄さに失望したよ』

 

 

ほら、キレとるがな。まぁ、向こうからしてみれば、あんなやり取りしておいての横槍だしなぁ……。

 

 

「いや、聞いてくれ、霧彦くん?」

 

「黒井」

 

「あ?」

 

 

霧彦と話し合うため歩み寄ろうとした俺を止める照井。邪魔するなという思いを込めて、ガンを飛ばしたが、気にした様子もない彼は言葉を続ける。

 

 

「ここは俺が引き受ける」

 

「いやっ、霧彦との決着はーー」

 

「道中シュラウドと朝倉風華から話は聞いた。友人を信じて、向き合おうとするのは結構だが、それ以上にしなくてはならないことがあるだろう」

 

「っ」

 

「それに、須藤霧彦以上に、君が救うべき人物がいるはずだ。それを間違えるな」

 

 

そう言うと、照井は俺の前に一歩、歩み出た。腰には『アクセルドライバー』。

 

 

「……助かる」

 

 

それだけを告げて、俺は彼らに背を向け、走り出した。制御室へ急げ、俺。

 

 

~~~~~~~~

 

 

『待て! 黒井くん!』

 

 

その場から駆け出した黒井を追おうとする『ナスカ』。それを阻むのは照井竜。

 

 

「お前の相手は俺だ」

 

『……邪魔をしないでもらおうか。私は黒井くんを排除しなければならないんだ』

 

 

そう言って、『ナスカ』は剣を照井に向けた。

 

 

「お前たちは仲間だろう」

 

『…………っ』

 

「洗脳されていようと、その思いが簡単に消えるとは思えんな」

 

『っ、黙れ。君に私の何が分かるっ!?』

 

 

仲間だと言われる度、痛む頭を抑えながら、『ナスカ』は吠える。

 

 

「俺に下らん質問をするな。植え付けられた偽物の感情など分かるわけがない。考えるだけ無駄だ」

 

『っ』

 

 

そんな彼の言葉を照井は一蹴し、メモリを取り出した。

 

 

「さぁ、振り切るぜ」

 

 

『アクセル アップグレード』

『ブースター』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

辿り着いた制御室。上がった息を整えながら、俺はその扉をゆっくりと開けた。目の前には、原作の『運命のガイアメモリ』で見た光景が広がっていた。妙に広い、まるでここで戦うことが想定されているような部屋だ。原作通り、そこには巨大な剣のよつな形の機械『エクスビッカー』が置かれている。

その前に佇んでいるのは、

 

 

「雫ちゃん」

 

「秀平くん」

 

 

俺の最愛の女性。俺は口を開く。

 

 

「会いたかった」

 

「…………止めてください」

 

 

雫ちゃんに次会ったら伝えようと決めていた素直な気持ち。それに返ってくるのは否定の言葉だ。だが、大丈夫。俺は彼女を信じてるから。

 

 

「早く帰ろう。今日は俺が飯作るよ」

 

「止めてくださいっ」

 

「愛してるぜ、雫ちゃん」

 

「っ、止めてッ!!」

 

 

止めて。そう言われたって、止めないさ。

 

 

「……雫ちゃん」

 

「止めてっ! わ、わたしは秀平くんを殺すのっ!」

 

「……俺のこと、嫌いか?」

 

「ッ、うるさいっ」

 

 

キッとした目つきで俺を睨む雫ちゃん。でも、それが本心でないのは分かる。だって、

 

 

「なぁ、雫ちゃん。そんなに止めてほしかったら、その指輪、外して捨てちまえばいいじゃねぇか」

 

 

俺にそれを指摘され、反射的にそれを触る。俺が贈った結婚指輪は、確かに彼女の左の薬指に輝いていた。

 

 

「っ、こんなのっ!!」

 

 

彼女は指輪を外す。その指輪を握った右手を振り上げてーー

 

 

 

「……っ、なんでッ」

 

 

 

力なく座り込む雫ちゃん。右手の掌の中には、捨てられなかった指輪があって。

……あぁ、信じてた。俺と雫ちゃんは繋がってるんだもんな。

 

 

「そこをどいてくれ、雫ちゃん。君の後ろにある悪趣味な機械をぶっ壊せば、たぶん全部終わるんだろうよ」

 

「だ、だめっ……だめっ」

 

 

首を振る雫ちゃんは、そのまま力なく『ロストドライバー』を装填した。

 

 

「だめ、なの……頭の中にずっとあなたを殺せって、殺さなきゃ……」

 

「っ!?」

 

「…………た、たすけて……秀平くん……っ」

 

 

『イービル』

 

 

『仮面ライダーイービル』へと変身を遂げる彼女。変身前の雫ちゃんは泣いていた。

だから、彼女を安心させるために、俺は語りかける。

 

 

「任せとけ、雫ちゃん。俺が君を助けるから」

 

 

懐から1本のガイアメモリを取り出し、起動する。それは漆黒の『T2メモリ』。この世界に戻ってきた時に、俺の足元に落ちていたメモリだ。

それはまるで、『あいつ』が力を貸すとでも言っているようで。

……いや、そんなわけねぇか。あの陰湿な野郎に限って。

 

 

 

『リバース』

 

 

 

ーーーーーーーー



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17 告白

ーーーーーーーー

 

 

『リバース』となった俺は雫ちゃんと向き合う。

いつか本人から聞いた話だが、『イービル』は相手への悪感情を攻撃力へと変換するという。だから、好いた人相手には力を出せず、十分に戦えないはず。けれど、

 

 

ーーバキッーー

 

『ぐっ!?』

 

 

振り抜いた右腕が俺のガードを突破してくる。ビリビリと防御した両腕が痺れるほどの衝撃。雫ちゃんの細腕では出せるはずのない攻撃だ。それを可能にしてるのは、偽親玉の『エラー』による洗脳。

 

 

『はぁっ! はぁぁっ!』

 

ーーバキッバキッーー

 

 

防戦一方なのは仕方ないだろ。『リバース』の能力は『反転』。強力なものである反面、制御が難しく、雫ちゃんの体を反転しかねない。下手に能力を使えないのだ。だから、俺が狙うは!

 

 

『反転しろぉぉ!』

 

 

攻撃を受けながらも、『エクスビッカー』に向け、手を伸ばす。けど、それを許してくれる訳もなく。

 

 

『させま、せんっ』

ーーバキッーー

 

『ッ』

ーーグニャリーー

 

 

蹴り上げられ、照準がぶれたせいで、『エクスビッカー』ではなく天井が反転、崩落してきた。それを避けるため、2人とも後退したことで距離が空く。

 

 

ーーグニャリーー

 

『な!? 床が!?』

 

 

今度は床に触れ、床を反転させ、それを途中で止めることで壁を作り出す。目眩ましで雫ちゃんの視界を塞ぎ、反応を遅らせろ!

 

 

『右? それとも左から……っ?』

 

 

警戒する雫ちゃん。残念だったな、どっちも外れだ!

 

 

ーーグニャリーー

 

『下からっ!?』

 

 

床を壁にした影響で、床に空いた穴から下の階へ。そして、『エクスビッカー』の直下を再び反転させたのだ。これで終わりだ。

 

 

『とったッ!!』

 

 

『そうはいかない』

ーーザクッーー

 

『が……っ』

 

 

瞬間、背中に強烈な痛みが走った。倒れ込んだ俺は、自分に起きていることを確認しようと、痛む体をどうにか捻る。貫きことしてはいないが、背中には巨大な剣が刺さっており、それを俺に突き刺したのはーー

 

 

『それを壊されたら困るんだよ』

 

『っ、てめぇはッ』

 

 

『NEVER』の現親玉・『エラー』がいた。雫ちゃんの方へ視線を向け、ひとつため息を吐く。

 

 

『彼の侵入をここまで許すとは……この娘も、園崎霧彦も大したことないな』

 

『てめぇっ、雫ちゃんたちを元に戻せ、ごらぁっ!』

 

『……元気だね』

ーーグッーー

 

ーーブシュッーー

 

『~~~~~~っ!?!?』

 

 

俺の背中に刺さっていた剣を引き抜く『エラー』。あまりの激痛に声にならない叫び声を上げてしまう。そんな俺に、

 

 

『秀平くんっ』

 

 

雫ちゃんが手を伸ばしてきた。さっきのことといい、自力で洗脳が、解き始めてるのか?

 

 

『『エラー』によって修正した感情が綻び始めている。これは予想外だ。彼女たちは『これ』の設置後に修正したから、ゾンビ集団よりも修正は強いはずなんだけれど』

 

『修正だぁ? 洗脳の間違いだろ、このボケが』

 

『……失礼な。これは修正だ』

ーーグリッーー

 

『がっ!?」

 

 

背中を踏みつけられ、意識が飛びかける。そのせいで、『リバース』が体外へ排出されてしまった。くそっ、やべぇ。もう一度変身しようと、メモリに手を伸ばすが、その手すらも奴に踏みつけられて。

 

 

『仕方がない。計画を早めよう』

 

 

俺を踏み越え、『エラー』は『エクスビッカー』へと近づいて、1本のメモリを取り出した。白色の『T2メモリ』。やっぱりそれがすべての鍵か!

 

 

『ゾーン マキシマムドライブ』

 

 

奴は起動したそのメモリを『エクスビッカー』へ装填する。その途端に、マキシマムが発動。俺の目の前の『リバース』も浮き上がってしまった。咄嗟に腕を伸ばし、どうにかそれを掴む。だが、既に他のメモリは『ゾーン』のマキシマムによって、『エクスビッカー』の周りへと集結してしまっていた。

 

 

「それで何を、するつもりだ……」

 

『『欠陥』である君に答える必要はない』

 

「今度は風都市民全員を『洗脳』でもするつもりかよ」

 

『…………』

 

 

挑発には乗ってくれねぇか。

奴の話しぶりから想像するに、『エラー』の洗脳能力は『エクスビッカー』で強化されているようだったし、俺のその推測も大きく外れてはいないのだろう。俺を……いや、『転生者』を『世界の欠陥』と称する奴のことだ。どうせ『転生者』が否定される世界を作ろうとかそんなんだろ。

 

 

「くだらねぇ」

 

『君のような『欠陥』には理解されなくても結構』

 

「ハッ、てめぇもその世界の『欠陥』とやらだろうがよ。原作知識で『NEVER』の親玉に成り替わって、俺TUEEEEしてる奴が偉そうに語るな」

 

『……価値観の相違だ。言葉を交わすのも無駄だよ。それにもう時間だ。見たまえ』

 

 

準備は整ったと言わんばかりに、会話を止めて、『エクスビッカー』を指差す『エラー』。見なくても分かる。『エクスビッカー』には『T2』が装填され、エネルギーが充填されていた。

 

 

『24本のメモリは既に装填された。あとはこの『エラー』と君の…………一体なんのつもりだ?』

 

『はっ……は……』

 

「雫、ちゃんっ」

 

 

俺の手中にある『リバース』を奪い取ろうと向かってくる奴と、倒れたままの俺の間に、『イービル』ーー雫ちゃんは立ち塞がった。なんのつもりと聞かれた彼女は首を横に振る。

 

 

『わかり、ませんっ』

 

『……そこを退け』

 

『わたしは、秀平くんを殺さなきゃ…………でも、殺したくない』

 

「雫ちゃん……」

 

 

弱々しい声で、雫ちゃんは呟く。殺したくないと。

 

 

『っ、『欠陥』であるその男を修正しろ。それが世界のためだっ』

 

『イヤ……イヤっ』

 

『黒井秀平を殺せ! 『仮面ライダーイービル』!!』

 

『イヤっ!! わたしは、秀平くんを殺さないっ、殺したくないっ!!』

 

 

今度は力強く、そう言い切った雫ちゃん。奴の言葉を拒絶するように、彼女は変身を解除した。『仮面ライダー』からいつもの可愛い雫ちゃんに戻って。

 

 

『分からないな……彼はこの世界にいるべき人間ではない。この世界にこの男の居場所などーー』

 

 

 

「わたしは秀平くんを愛してるッ!!」

 

「わたしが秀平くんの居場所なのっ!! あなたなんかが勝手に決めないでッ!」

 

 

 

「っ」

 

 

目尻に込み上げてきそうになるものをぐっとこらえる。救われた。今の一言のお陰で、そんな気がしたから。

 

 

『ッ、退け!!』

 

「きゃっ!?」

 

「雫ちゃんっ!」

 

 

クソ野郎は雫ちゃんを押し退けて、俺から『リバース』を奪い取った。この野郎!? 雫ちゃんのことを雑に扱いやがって!?

 

 

「大丈夫か、雫ちゃん」

 

「は、はい……でも、秀平くん、ごめんなさいっ! わたし……っ」

 

「いい。分かってたから」

 

「……っ、うんっ」

 

 

罪悪感でいっぱいになり、涙を流す彼女の頭をそっと撫でてやる。きっと俺の気持ちが伝わったんだろう。雫ちゃんは泣きながらも、笑った。その表情は本当に美しくて、かわいくて。

 

 

「守らなきゃな」

 

 

俺はよろよろと立ち上がる。

両腕も、背中も痛ぇ。普段だったら動けないと駄々をこね、雫ちゃんに甘えてることだろうよ。でも、今はーー

 

 

『無駄だ。既に『エクスビッカー』にエネルギーは溜まった。あとはこの『エラー』のマキシマムで……!!』

 

「くっ、止めろッ」

 

 

叫び駆けるももう遅い。言うが早いか、奴は『エラー』を『エクスビッカー』に装填し、中央の発射ボタンを押した。

 

 

「あ?」

 

 

だが、『エクスビッカー』は起動しない。

なんだ、故障か? いや、確かにマキシマムは発動していたし、メモリだって全部……あっ。

そこで俺は気づいた。今、『エクスビッカー』に装填されているメモリの数は『エラー』を含めて25本だ。つまり、1本足りない。AからZまでで空いているスロットは、真ん中のーー『M』の文字だった。

 

 

「まさか……!」

 

 

俺はただのモブキャラで、主人公では決してない。だから、こんな偶然は出来すぎているし、そもそも『あんなメモリ』が『T2』に選ばれている可能性は低い。だけど、これがもし『運命』だというのならば、きっとーー

 

 

「来い」

 

 

真似事だ。主人公のように振る舞うことで、もしこの状況をーー愛する人を守れるのならば、いくらでも主人公になってやるよ。

だから、答えろ。

俺のメモリ! 俺の『運命のガイアメモリ』!

 

 

 

『マスカレイド』

 

 

 

あぁ、『運命』は俺の手の中に。

 

 

「雫ちゃん、そいつを貸してくれないか?」

 

「! は、はい!」

 

 

俺は雫ちゃんから『ロストドライバー』を借りて、腰に装着した。そして、再び手の中にあるメモリを起動させる。

 

 

『マスカレイド』

 

「……変身」

 

 

『仮面ライダーマスカレイド』。

『仮面舞踏会』の記憶を纏った黒と銀のライダーがここに誕生した。

俺は狼狽する『エラー』へ告げる。これも主人公の真似事だ。でも、いいだろう? 今くらいは主人公にならせてくれよ。

 

 

 

「さぁ、お前の罪を数えろ!」

 

 

 

ーーーーーーーー



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18 俺の居場所は

ーーーーーーーー

 

 

『下がってな、雫ちゃん』

 

「はいっ」

 

 

雫ちゃんを背に隠すように、俺は『エラー』と対峙する。これ以上、彼女には手を出させないという意志の現れだ。

 

 

『世界の『欠陥』が調子にーー』

 

『おらぁぁっ!!』

ーーバギィィッーー

 

 

先手必勝! 奴が言い終わる前に、顔面をぶん殴る。自分で思ったよりも速い。シルバーメモリの『マスカレイド』よりも圧倒的に。

 

 

『……浅い!』

ーーブンッーー

 

『っと!?』

 

 

破壊力にはやや難あり。いや、『エラー』の防御力が高いのか、『エラー』は殴られたのも構わず、巨剣を振るってきた。それをギリギリで躱して、

 

 

ーーベシンッーー

 

 

今度は重心を落とし、足払い。狙い通りに、奴の体勢が崩れる。

 

 

『この程度で崩したと思うなッ』

ーーザクッーー

 

ーーブンッーー

 

 

剣を軸に崩れた体勢を戻し、蹴りへと転じてくる『エラー』。咄嗟に両腕を上げ、攻撃に備える。だが、それがブラフだと分かるのは、奴が俺の腕を足場に飛び上がってからだった。そして、

 

 

『エラー マキシマムドライブ』

 

 

巨剣の柄にあるスロットに『エラー』を装填して放つマキシマム。メモリの力が目に見える形で剣に集まっていく。これはやべぇっ! 単純な防御は厳しい。だからといって、避けたら近くにいる雫ちゃんも巻き込んじまう。なら、やることは1つしかねぇよな!

 

 

『真っ向勝負といこうぜっ!!』

『マスカレイド マキシマムドライブ』

 

『『欠陥』風情がッ! メモリの格が違うッ!!』

 

 

激昂した奴が巨剣を振るうのに合わせ、俺も拳を振り抜いた。その瞬間、衝撃がーー

 

 

ーーグニャリーー

 

『!?』

 

 

ーー反転する。

この『マスカレイド』はシルバーランクのそれと同じ。メモリ能力を付け替えながら攻撃できる。その種類は俺が今まで体内に取り込んだメモリの数と同じ。その上、マキシマムの音声自体は『マスカレイド』のまま。

不意打ち。騙し討ち。まさに俺のためのメモリじゃねぇか!

 

 

『狙いはてめぇじゃねぇよ!!』

 

 

『リバース』の能力で反転した衝撃波は、奴の後ろの『エクスビッカー』へ流れ、剣先に当たり破損した。全壊とまではいかないが、それでもこれで光線は打てないだろう。

 

 

『格が違う? そうだなぁ。流石じゃねぇか、メモリのパワーで最終兵器が壊れちまったぜ』

 

『~~~~ッ!! 『欠陥』風情がッ!!』

 

『語彙がそれしかねぇのか! ああっ!!』

 

ーーバギィィッーー

ーーバギィィッーー

 

『『ぐうっ!?』』

 

 

お互いの拳が腹に入る。だが、ここで怯んだら終わりだ。

 

 

『エラー マキシマムドライブ』

 

『修正されろっ、黒井秀平ッ!』

 

 

マスカレイド(ライアー) マキシマムドライブ』

 

『うるせぇ! てめぇは足元のぬるぬるローションで滑ってろ!』

 

ーーつるんっーー

 

 

不意を突いた『ライアー』の嘘。そのせいでマキシマムを透かした『エラー』はバランスを崩す。この好機は逃さねぇ! 俺は奴の上へ飛び上がり、三度スロットを叩いた。

 

 

マスカレイド(ジャイアント) マキシマムドライブ』

マスカレイド(ジュエル) マキシマムドライブ』

マスカレイド(ライトニング) マキシマムドライブ』

 

 

大きくて固くてビリビリする拳で、ぶん殴る。

 

 

『ぐぅぅうっ!?』

 

『らぁぁぁっ!!』

ーーバギバギバギッーー

 

 

拳を振り抜き、奴が地面に叩きつけられた。『ライアー』の効力はもう切れており、ダメージはもろに入ったようだ。ゆっくりと立ち上がる奴に、立て直す時間は与えない。

 

 

マスカレイド(ユートピア) マキシマムドライブ』

ーードクンッーー

 

『お前の希望吸い尽くして、終わりだ!』

 

 

奴に接触し、『ユートピア』で奴の精神力を吸う。

 

 

『舐めるなッ』

『エラー マキシマムドライブ』

 

『!』

 

 

密着した状態で奴の左足にエネルギーが溜まっていく。そして、俺の右横から蹴りを放ってきた。一瞬反応が遅れ、防御が遅れる。骨が折れる感覚。それでも『ユートピア』で力を吸っていたからか、だいぶマシだな。

 

 

『放すかよ……ここで終わらせるっ』

 

『何故……何故、倒れないっ!? お前、お前たちはこの世界にとって『欠陥』そのものでしかない。この世界にとって、お前たちが『欠陥(フィクション)』が生き残るなどあり得ないッ』

 

『フィクション? 『欠陥』? そんなもん知らねぇな。俺はただ、面白おかしく、大切な人たちがいるこの世界で生きてくんだよ』

 

『戯言をッ』

『エラー マキシマムドライブ』

 

 

今回の件で再認識できた。

誰になんと言われようが、俺はこの世界で生きていく。ここが俺の居場所だ。それを奪おうって言うならば、俺はそれを許さない。この悪感情を全部目の前の鬱陶しい奴にぶつけてやるよ。

 

 

マスカレイド(イービル) マキシマムドライブ』

 

 

黒い稲妻は俺の右脚へ。飛び上がり、奴の巨剣に蹴りを放った。

 

 

『『らぁぁぁぁぁ!!』』

 

 

メモリの力はこちらの方が下。だが、

 

 

ーーバギィッーー

 

『なっ!?』

 

 

俺の感情は性能を越える。巨剣を打ち砕いた俺のキック。そのすべてのエネルギーが『エラー』の胸部へ叩き込まれた。

 

 

『何故、何故ッ』

 

『価値観が違えんだ。言っても分からねぇだろ、永遠にな』

 

 

膨れ上がっていく奴に背を向け、俺は一言だけ告げる。

 

 

 

『俺の居場所は俺が守る。消えろ、棚上げ野郎』

 

 

 

ーーーーーーーー




次回、エピローグと……。


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19 めでたしめでたし

エピローグ


ーーーー1ヶ月後ーーーー

 

 

「止めて、止めて……あぁぁぁッ!!」

 

 

「……はい。怪我の処置終わりましたよ、秀平くん」

 

「うん、ありがと……ふぃぃぃ……死ぬかと思ったわぁ」

 

 

奴につけられた背中のデカイ怪我。手術後、毎日1回つける薬を雫ちゃんに塗ってもらい終わり、我が家のベッドに身体を預けて、一息ついた。

 

 

「副作用、まだ酷そうですね」

 

「あぁ……『ロストドライバー』での変身だったから大丈夫だと思ったんだけどな」

 

 

『マスカレイド』による腹痛は出なかったが、他のメモリの副作用が酷かった。手足の痺れや鼻炎、全身の筋肉痛とすんごい鬱状態。症状として挙げると大したことないんだろうが、一つ一つの程度が重くて、とにかく雫ちゃんにはお世話をしてもらいっぱなしだったのである。

 

 

「ありがとな、雫ちゃんや」

 

「いえいえ。秀平くん、がんばったんですから、このくらいはさせてください」

 

 

そう言って、笑う雫ちゃん。あぁ、天使。

フッ、甘やかしてもらえるならメモリを使うのも悪くねぇな。

と、それは半分冗談としても……。

 

 

「……白服といい、風華といい、今回の棚上げ野郎といい、なんで『転生者』ってのは録な奴がいないかねぇ……」

 

 

事件が終息して一息つける今だから、しみじみそう思う。

今回の『運命のガイアメモリ』の一件で、俺は『NEVER』の偽親玉を撃破した。その後、メモリブレイクされた奴を雫ちゃんが逮捕して、一件落着となったのだ。ちなみに、『仮面ライダー』諸君曰く、霧彦は俺が『エクスビッカー』を破壊したタイミングで洗脳が解けたという。『NEVER』の連中は『W』と大道克己が協力して撃破。その後、いつの間にか大道克己は姿を消したらしい。

原作とは違い、『エターナル』による風都タワーの破壊もなく、こうして、いつも通りの日常が戻ってきたのだ。

けれど、ひとつだけ気になることがあって……。

 

 

「……俺がいる限り『転生者』は現れる……ね」

 

 

奴は逮捕される間際、そんな気になる発言を残していた。『転生者』が現れる原因として考えられるのは『アナザー』の影響だけど、詳しいことは分からず。

 

 

「ごめんなさい。『エラー』の副作用で、彼の記憶は混濁しているようで、残念ながら聞き出せませんでした」

 

「いや、雫ちゃんが謝ることじゃねぇよ。むしろ俺のせい……いや、止めておこう」

 

 

ここ1ヶ月ずっとしていたやりとりだ。結果、今は置いておく。そんな結論に到った。その時のことはその時考えよう。何故なら、俺には助けてもらえる仲間が沢山いるんだから。

 

 

ーーなでなでーー

 

「ん?」

 

 

俺の頭を撫でる雫ちゃん。大丈夫です、と言わんばかりに微笑んでいた。

 

 

「……んだな」

 

「はい」

 

 

それだけで通じるし、ほっと心が休まって。ここが自分の居場所なのだと、俺はここにいていいのだと思える。

雨降って地固まる。俺にとって、今回の一件はそんな体験になってくれたようだ。

……あぁ、そうだな。きっとこれからも『転生者』は現れる。でも、その度に俺は乗り越えられるはずだ。大切な人と一緒ならな。

 

 

 

「雫ちゃん、これからもよろしくな」

 

「はい、秀平くん!」

 

 

 

ーーーーーーーー




以上で、『劇場版 転生したらミュージアムの下っ端だった件』完結となります。
愛読・応援してくださった皆様、ありがとうございました。

アンケートにもありましたが、今後も何かエピソードを書いていければいいなと思いますが、一旦これで一区切りです。
また書き始める時は、活動報告等でもご連絡しますので、その時はよろしくお願いいたします。
では、また。


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風都探偵 ~15 years later~
001 aがもたらしたもの / 15年


ーーーーーーーー

 

 

黒井秀平が『仮面ライダーW』の世界に転生してからというもの、『NEVER』大道克己に成り代わった男の言う通り、その後も『転生者』は現れ続けた。さらには、黒井が知り得ない原作後の物語『風都探偵』に登場する『裏の街』との戦いに身を投じてーー。

 

そして、彼の転生から15年。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「嫌いッ!! 死ねッ!!」

 

 

そう言って、私は家を飛び出した。後ろから口煩い人の声が聞こえてくるけど無視無視。私ーー『黒井あかね』は財布を入れたバッグだけを持って、風都を走る。あてなんてある訳もない。けど、とにかくわからず屋のいる家にはいたくなかったんだ。

そうして走り続けた私が辿り着いたのはーー

 

 

「……風都タワー」

 

 

小学校の頃、生活科で街探検をした時に習ったこの街のシンボル。昔から家族でここに来ていたことを思い出して……。

 

 

「むかつく……っ! あーあーあーっ!!」

 

 

髪をわしゃわしゃして、もやもやを追い出す。この気持ちを晴らすには、高いところが一番! 私はバッグに入った財布を取り出して、小銭を漁る。

 

 

「よし!」

 

 

入場料を握りしめ、私は風都タワーに急いだ。

 

 

ーーーー風都タワーエントランスーーーー

 

 

「お嬢ちゃん、パパかママはいるかなぁ?」

 

 

開口一番、受付のお姉さんはそう言った。およそ高校1年生への態度じゃない。これは……。

 

 

「……いない。てか、私、高校生なんだけど」

 

「ふふふっ、背伸びをしたいお年頃なのかな? どう見ても小学生よ?」

 

「あ"あ"っ!?」

 

 

悔しいことに、そんな間違いは日常茶飯事で。今のむしゃくしゃした気持ちも相まって、地団駄を踏んだせいだろう。受付のお姉さんはさらにクスクスと笑う。

そんな私の背後に気配。この気配は!?

 

 

「……妹がすみません。お姉さん」

 

 

そう言って、遥か頭上からした声の主は、私の頭を押さえつけやがった。

何をしやがると毒づきながら、私は無理矢理頭を上げる。そこにいたのは、私を妹と呼ぶ『イケメン』様であった。

裕に170は超えていそうな高身長。眠たそうなくせに、ぱっちりとしてるのが分かる二重のたれ目。男にしては少し長めの艶やかな黒髪と前髪の一部だけに混じった銀髪。飾り気のない服装も、こいつの『イケメン』を引き立たせるだけで。事実、私の同級生や後輩にも、こいつに恋い焦がれる女子は多いのだ。

 

 

「あっ……お、お兄さんがいたのね……///」

 

「…………はい。大人1人子ども1人、お願いできますか?」

 

「えぇ、もちろんっ///」

 

「ありがとう、お姉さん」

 

「ううん、いいのよ♡」

 

 

受付のお姉さんに連絡先を聞かれている奴を置いて、私は風都タワーの展望台に続くエレベーターのある通路へと歩を進めた。そいつのお陰で中に入れたのは癪だが、まぁ今回ばかりは許してやろう。

 

 

「『おねえ』待ってよ」

 

 

エレベーターを待つ私に追いついた『彼女』は息を切らせながら、そう言った。

『おねえ』……私のことを姉と呼ぶこのイケメン、実は年下である。その上、弟ではなく妹なのだ。名前は黒井瑠璃(るり)。正真正銘の中学3年生、JC。

 

 

「ついてくんな、瑠璃」

 

「却下」

 

 

瑠璃の顔を見ないまま、吐き捨てた。けれど、これで引き下がる妹ではないのは知っている。勝手にすればとため息を吐いて、私はエレベーターに乗り込んだ。もちろん、当然のように瑠璃は後をついてくる。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

エレベーター内には2人だけ。沈黙を貫き、10数秒後には展望台に到着したことを知らせる音が鳴った。先に私が、その後に図体に似合わないちょこちょことした動きで、瑠璃が続く。そして、展望台備え付けのベンチに2人で座った。

休日ということもあり、人は多い。地元の人間も、観光で来ている人間もいろいろだ。

 

 

「……おねえ。今回はなんで家出したわけ?」

 

 

目の前の人たちをボーッと観察していると、ふいに瑠璃がそう聞いてきた。瑠璃が「今回の」と言うだけあり、私は何度か家出をしてる。瑠璃がついてきたのも、そんな私を心配してのことなんだろう。けど、余計なお世話だ。中学生に心配されるほど、私は落ちぶれちゃいねぇし。そんな思いで瑠璃から顔を背け、答えずにいると……。

 

 

「また反対されたの? 探偵になるの」

 

「っ」

 

 

図星だった。

てか、元々私は高校生になんてなる予定じゃなかった。『あの人』の元に弟子入りして、探偵になるのが私の夢だったのに……。でも、あの分からず屋のせいで!!

憤慨する私とは対照的に、瑠璃は冷静に言う。

 

 

「そうは言っても仕方ないんじゃない? おねえに危険な目に遭ってほしくないんだろうし」

 

「危険な目ぇ、仕事の8割が猫探しなのよ。そんな仕事、危険なわけないだろ!」

 

「……酷い言い様。じゃあ、なんで探偵になりたいのさ」

 

「それは……その……」

 

 

瑠璃の問いにごにょごにょと言葉を濁す。聞こえてはないだろうけど、それ以上は追求されないのは、なんとなくその理由を察しているからだろうけどさ。

 

 

「と・に・か・く! 私は帰るつもりない!」

 

「ふーん、そっか」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

放っておけという雰囲気を醸し出してるはずなんだけど、瑠璃は隣に座ったまま動かない。15分くらいしても帰らない彼女を横目に見て、察する。こいつは動かないやつだ。はぁ、仕方がない。

 

 

「はぁぁ……分かった。もう少ししたら帰るから」

 

「ん」

 

 

私の言葉に満足したようで、瑠璃はおもむろに立ち上がり、観光客用に置かれてる望遠鏡を覗き込んでいた。

上機嫌に鼻唄も歌っていて、こういうところは年相応だななんて思ったり。

 

 

「おねえ!!」

 

 

少しして、瑠璃は声をあげた。何事かと訊ねると、

 

 

「家が燃えてるっ」

 

「……は?」

 

「家! わたしたちの家が!」

 

「っ、んなバカなっ!?」

 

 

瑠璃を押し退けて見た望遠鏡。それを通して見えたのは確かに、私たちの家、黒井家が燃えている様子だった。

 

 

「っ」

 

 

何が起こってるのは分からないけど、頭に浮かんだのは、さっきまで小言を言ってきたあの人のキザな笑顔で。

気づけば、私は駆け出していた。

 

 

ーーーー黒井家前ーーーー

 

 

私たちの家に着いて、まず目に入ったのはパトカーだった。消防車よりもパトカーの数が多かったのに気づいたのは騒動が収まってからで。今は目の前の燃えている自分の家、中にいるであろう人の安否が気になって、それどころじゃなかった。

 

 

「っ、どけっ! どけよっ!」

 

 

警察官を押し退けて、私は立入禁止の規制テープの内側へ。そこにいたのはーー

 

 

『なんですか、あなたは』

 

「え……」

 

 

『化物』。まるで『マグマ』そのものが肉体を持ったような、そんな姿の『化物』だった。

 

 

『まさか、あなた……黒井秀平の娘、ですか……』

 

「な、なんで、パパの名前…………?」

 

 

『マグマ』の『化物』からパパの名前が出たことに動揺する私。

 

 

『ああ、やはり! これはいいっ! 私の野望を砕いたあの男の娘が現れるとはっ! この娘を殺せば、私の気も少しは晴れるっ!』

 

「っ、来んな……っ」

 

 

後退り、よろけて尻もちをついてしまう。高笑いをしながら、寄ってくる化物。警察官が発砲してるみたいだけど、それを炎の壁で遮っているのを見て、改めて目の前にいるものが『化物』であることを実感し、また恐怖が込み上げてくる。思わず目を閉じる。

 

 

「おねえッ!!」

 

「っ、瑠璃!?」

 

 

そんな私と化物の間に入ってきたのは瑠璃。まるで私を庇うように、両手を広げている。

 

 

「バカっ! なにしてんだ!」

 

「……おねえに手を出すな」

 

 

こちらからは表情は見えない。けど、声は震えていて。

 

 

『また黒井秀平の子ども…………そうです! まずは1人をここで殺しましょう! そして、もう1人は黒井秀平の目の前で殺す。流石は私ですッ!』

 

「瑠璃っ、どけ! 逃げろッ」

 

「ヤダ」

 

 

私の言うことを聞かず、瑠璃は私の体を抱きしめた。その体はやっぱり震えている。

くそっ! なんなんだよっ!

咄嗟に私も瑠璃を庇うように、抱きしめる。『化物』の高笑いを聞きながら、私たちは目を閉じた。

 

 

 

『『マグマ』のメモリで焼き殺す? 品がないね』

 

 

 

いつまで待っても、私たちの身には何も起きない。恐る恐る目を開けると、そこにはもう一体の『化物』がいたんだ。

ヒラヒラと形の定まらない手足。後ろ姿は光を反射して……いや、その『化物』そのものが、まるで『オーロラ』のように輝いていた。

 

 

『……なんですか、あなたは。私の邪魔をする、と?』

 

『そうは言わない。彼女たちは恩人の大切な人だ。彼女たちを守るだけさ』

 

 

もう一体の『化物』はそう言うと、こちらを一瞥し、定まらない右腕を挙げた。その瞬間、光のカーテンが私たちを包んで。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

気づけば、私と瑠璃は抱き合ったまま、どこかに移動させられていた。そして、目の前にはさっきの『化物』。やがて、その『化物』の姿が変わる。人間へと。

 

 

「……あ、んたはっ、一体……っ」

 

 

どうにか絞り出した声に、その男は答えた。

 

 

「私は万灯(ばんどう)雪侍(ゆきじ)

 

「今は失踪している君たちの父親・黒井秀平に救われた者だよ」

 

 

ーーーーーーーー




『風都探偵 ~15 years later~』編、開幕。


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002 aがもたらしたもの / 超人の再来

ーーーーーーーー

 

 

その男は万灯雪侍と名乗った直後に、忽然と姿を消した。謎の男だった。5年前に失踪したというパパの名前を知っていたのも謎だし。

結局、何がなにやら分からないまま、私たちは呆けながら家まで戻ってきていた。そこで待っていたのはーー

 

 

「っ、あかねちゃん! 瑠璃ちゃん!」

 

「霧彦っ」

「霧彦さんっ」

 

 

須藤霧彦。

私と瑠璃を残していなくなったパパとママの代わりに、私たちを育ててくれた人。

口煩い保護者・霧彦は、私たち2人を抱きしめた。無事でよかったよかったと何度も繰り返す霧彦。それはこっちの台詞なんだけど、と思いながら、ふと思い出す。私と霧彦は喧嘩中だった……。

 

 

「っ、離せよっ」

 

「おっと」

 

 

私にはね除けられ、霧彦は軽くよろけた。よく見れば、少し煤に汚れていて、あの『化物』の被害には遭っていたのだと分かる。喧嘩はしていたけど、心配は心配。だから、目線をそらしながら聞く。

 

 

「…………怪我は、ないわけ?」

 

「あぁ、問題はないよ。ギリギリで逃げ出せたからね」

 

「ふーん、そっか」

 

 

ひとまず無事は確認できた。あとは……。

 

 

「霧彦さん」

 

「ん? なんだい、瑠璃ちゃん」

 

 

「あの『化物』は、なに?」

 

 

私の代わりに、核心をつく瑠璃。

そうだ。私たちの家を燃やした『マグマ』のような体をした『化物』。そして、私たちを助けてくれた『化物』。あれは一体……。

 

 

「そうだね……」

 

 

霧彦は少し考えると、場所を変えようかと言い、私たちを連れて歩き出した。

 

 

ーーーー鳴海探偵事務所ーーーー

 

 

着いたのは鳴海探偵事務所。つまり、そこには、

 

 

「邪魔するよ、翔太郎」

 

「よう、みんなお揃いでどうした?」

 

 

左翔太郎。

鳴海探偵事務所の私立探偵が優しく微笑んでいた。

 

 

「こんにちは、翔太郎さん」

 

「おう、瑠璃ちゃんも元気そうだな」

 

「うん」

 

「それと……」

 

「しょ、しょうたろうさんっ! こ、ここここんにちはっ」

 

「お、おう。あかねちゃんもいつも通りで何よりだ」

 

 

いつも通りに、明朗快活にあいさつを返した。

声が裏返ってる? 目線が合わない? 顔が赤い?

……なに言ってんだ、殺すぞ。

 

 

「で、珍しいな。黒井ファミリー全員揃って来るなんて、明日は空からマグマでも降るんじゃねぇのか? はっはっは」

 

「その『マグマ』が今日、彼女たちの家を焼いたんだよ」

 

「!」

 

 

翔太郎さんの軽口に、霧彦は神妙にそう返した。すると、翔太郎さんの顔つきが変わる。

 

 

「おいおい、例の『ドーパント』の被害者ってまさか!?」

 

「怪我はしなかったさ。けれど、家が焼かれた」

 

「……すぐ相棒に『検索』を頼む」

 

「あぁ、よろしく頼むよ」

 

「「???」」

 

 

私と瑠璃の頭上にはてなが浮かんだまま、話が進んでいく。

 

 

「あ、あのっ! 翔太郎さんっ」

 

「ん、あぁ、悪い。なんでもないさ、気にしないでソファにでも座ってーー」

 

 

「ーーあの『化物』はなんなんですかっ」

 

 

私の問いを受けて、翔太郎さんは霧彦に目配せする。頷いた霧彦を見て、翔太郎さんは口を開いた。

 

翔太郎さん曰く、あの『化物』の名前は『ドーパント』。なんと人間が『ガイアメモリ』というUSBメモリのようなものを使い、変身した姿。

 

 

「超人の噂、聞いたことないか?」

 

「……そういえば、昔聞いたことがあるかも」

 

 

瑠璃の言うように、私も昔聞いたことがあった。人の域を超えた超人の噂。でも、それはずっと昔の話で、最近はそんな話なんて全然なかった。

 

 

「まぁ、ガイアメモリの流通もずいぶん減っているようだからね。『仮面ライダー』のおかげだよ」

 

「『仮面ライダー』?」

 

「『ドーパント』から風都を守る戦士のことさ。どこの誰かは分からないけれど、陰ながら守っていたようだよ」

 

「へぇ」

 

「……あー、なんだ。とにかくガイアメモリ自体の数は減って、ガイアメモリ犯罪も最近はほとんどなかったはずなんだがな」

 

 

久しぶりに猫探し以外の事件だ。

そう言う翔太郎さんの目はいつもよりも鋭くて、少しどきっとした。

 

 

「こいつは街の危機だ。照井にも連絡して、すぐに犯人は探し出す」

 

「照井? 照井って、春奈のお父さん?」

 

「あぁ、瑠璃ちゃんと春奈ちゃんは同級生だったか。そうだな、春奈ちゃんの親父さんは、えーと、ほら、警察官だからな」

 

「ふーん」

 

 

警察と連携して、『ドーパント』になった人間を探し出す。探偵の仕事なのかと疑問には思うけど、これも困った人を放っておけない翔太郎さんの優しさなんだろうと納得した。うんうんと頷いていると、話は進んでいく。

 

 

「それで、君のところで2人を預かってほしいんだが」

 

「ひょっ!?」

「え?」

 

 

変な声が出た。え、ええ!? なんでっ!? 混乱していると、霧彦はさらに話を進める。

 

 

「私の方はどうにでもなるが、うら若き乙女2人をネットカフェやカプセルホテルには泊まらせられないからね。その点、君のところには彼女がいるから安心だろう」

 

「あー、あいつは……そうだな。まぁ、聞いてみるだけ聞いてみるか」

 

「助かるよ。というわけだ、2人ともーー」

 

 

「霧彦さん、おねえ出てっちゃった」

 

 

 

ーーーー風見埠頭ーーーー

 

 

余計なお世話。霧彦の提案はまさにそれだった。

あの野郎……なんで翔太郎さんの、翔太郎さんの家になんてっ! そんなん嬉しいけど、嬉しいけどさぁぁっ!!

 

 

「流石に心臓に悪いし……」

 

 

左胸を抑えながら呟く。そういうところ、霧彦には分からないんだろうなぁ。だから、未だに独身なんだよ。

心の中で毒づきながら、港の淵に座る。そして、深いため息を吐いてーー

 

 

「悩んでいるのかい?」

 

「っ」

 

 

突如として、その人は現れた。

 

 

「……万灯雪侍」

 

「また会えて光栄だ、黒井あかね」

 

 

にこやかに笑う万灯。胡散臭い笑みだ。

 

 

「胡散臭ぁ……」

 

「フッ、胡散臭い、か。君の父親ーー黒井秀平にもそう言われたよ」

 

「また、パパの名前っ」

 

 

不意にその名前を出されたせいで、心が揺れる。

知りたい。そう思ってしまった。だから、私は口を開いた。

 

 

「教えて」

 

「なんであんたがパパのことを知ってるの。なんであの『マグマ』の奴がパパのことを知ってるの。なんで、なんで……」

 

 

それだけを聞くつもりだったのに、久しぶりにパパの名前を聞いて、不意に溢れてしまう。想いが濁流のように溢れ出てくる。

 

 

「パパもママも…………なんで、私たちを置いていったの……。2人はどこにいるの……?」

 

 

幼い頃に2人は消息不明になっていた。ある日突然、パパとママは私たちの前から姿を消したんだ。

小さく消え入りそうな私の問いに対して、万灯はその理由については分からないが、と前置きをして、答える。

 

 

「黒井秀平。彼は今、『裏の街』にいるよ」

 

「閉ざされたはずの私達の街にね」

 

 

その答えは今の私にとって、訳の分からない答えだった。余計に混乱する。でも、少なくともこれだけは分かる。

 

 

「……パパがどこにいるのか、知ってるんだ」

 

「あぁ」

 

「じゃあーー」

 

 

目を何回か擦って、私は万灯を再び見据えた。

 

 

「私をそこに連れていって」

 

「……フフッ、喜んで」

 

 

ーーーーーーーー



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003 aがもたらしたもの / 犯罪者になりたくないけれど

ーーーーーーーー

 

 

「最初に言っておくが、『街』への道は既に閉じられている。『仮面ライダー』諸君との戦いの中でね」

 

 

私の隣を歩く万灯はそう告げた。さっきは私をパパのところに連れていってくれるって言っていたのに……。嘘をついたのかと訊ねると、彼は首を横に振る。

 

 

「手がかりはある」

 

「手がかり?」

 

「そう。かつて『街』への通行証として使用していた『ビゼル』が残っている場所を知っているんだ」

 

「……よく分かんないけど、それを取りに行くってこと?」

 

「その通り」

 

 

なるほど。『ビゼル』とやらが、その『街』への鍵みたいなものなのかと勝手に納得し、聞く。それはどこにあるのかと。その質問に、万灯は微笑み答えた。

 

 

「風都署さ」

 

「…………」

 

 

悪い予感がする。私のこういう予感は大体当たる。

でも、いやいや、そんなまさかね。

 

 

「なに? 協力者でもいて、借りようってわけ?」

 

「いいや、そうは言わない。奪うのさ、『ビゼル』を」

 

 

あぁ、本当に私の悪い予感は当たってしまうのだ。

 

 

ーーーー風都署前ーーーー

 

 

「す、すみませーん」

 

 

風都署にて、私は生活安全課の札が置かれた窓口にいた中年男性に声をかけた。彼は愛想よく視線を下げて、こちらへやってきて口を開く。

 

 

「おや、どうしたんだい、お嬢ちゃん。迷子かな?」

 

「チッ」

 

「ん?」

 

 

子供扱いにキレそうになるのをどうにか抑える。これもパパを見つけ出すためだ。屈辱を耐えろ、私。

 

 

「あ、いや……こんなものが落ちてたから届けに来たんだけど」

 

「! こ、これはっ!」

 

 

ポケットから『それ』を取り出すと、彼の顔色が変わった。

 

 

「ち、ちょっと待っていてね」

 

 

そう言うと、受付の親父はバタバタと慌てて走っていく。きっと超常犯罪捜査課に伝えるんだろう。既に退職しているから、おじいちゃんに会わないのは救いだ。ただし、春奈ちゃんの父親はいるはず。その人さえ躱せば、あとはどうにでも誤魔化せる。

そう思っていると、さっきの受付の人は1人の男性を連れてきた。40代くらいの角刈りの……って、あ!

 

 

「あれ? 刃野さんの孫じゃないか」

 

「げ、なまくら……」

 

「なまくらぁ?」

 

「あっ、やば……」

 

 

超常犯罪捜査課の真倉刑事。おじいちゃんの部下だった人だ。

って、しまった。この人は私の顔を知っていた。でも、ここまで来たんだ。今はこの作戦をやり切るしかない。

 

 

「こほんっ、ガイアメモリを発見したのは君だね」

 

「え、あぁ……まぁ」

 

「詳しいことを教えてもらえるかな」

 

「…………うん。あー、そういや今日、春奈のお父さんは?」

 

「出張中だ。明後日までな」

 

「ふーん、そっか」

 

 

なるほど、それはいい。それなら件の『ビゼル』とやらも手に入れやすいだろ。あの人、春奈の父親の癖にチョー怖いし。本人にはダダ甘みたいだけど。

ともかくこれでーー

 

 

ーーーー風吹町・ショッピングモールーーーー

 

 

「で、上手くいったわけ?」

 

 

風吹にあるショッピングモールで万灯と落ち合った。風都署からそこまで離れてないとはいえ、私に対応した警察官は絶賛勤務中だろつし、たぶん見つかる心配もない。私はフードコートの窓際の席に座り、不本意ながら万灯と向かい合い、話を進める。

 

 

「『ビゼル』……だっけ、ちゃんと手に入ったよね?」

 

「ここに」

 

 

私の発する圧も何のその、万灯は自分の上着の胸ポケットを指差した。無事『ビゼル』とやらを回収できたらしい。てか、警察で保管されている証拠品を偽物とすり替える手伝いをしたなど、犯罪スレスレのことをしたのだ。手に入れてもらわなくちゃ困る。

 

 

「だが、照井竜が戻るまでの期限は2日間。きっと彼ならばあの『ビゼル』が偽物だとすぐに気づくだろう。それまでに『街』に向かい、黒井秀平を探し出す。やることは山のようにある」

 

「だから、早速動くんでしょ。早く『街』ってのに連れてって」

 

「それは勿論だが……どうやら今、この街を離れるのはまずいようだ」

 

「は?」

 

 

勿体ぶる訳ではない、これを。

そう言って、万灯はスマホをこちらに手渡した。画面には動画配信のサイトが表示されている。

 

 

「……推しのライブ配信でも始まったとかだったら殺すけど」

 

「ライブ配信。それだけは合っているよ」

 

 

怪訝に思いながら、画面をよく見る。そこに写し出されていたのは、さっきまで私たちがいた風都署。そして、そこにはあの『マグマ』の『ドーパント』がいた。それだけならまだいい。問題なのは、

 

 

「なんで、瑠璃がいるのよっ!」

 

 

瑠璃が『マグマ』と対峙していたことだ。

 

 

「彼の目的は黒井秀平への復讐。自分の野望を砕いた彼に報いるためならば、狙いは君でも君の妹でもどちらでもいい、といったところかな」

 

「っ、ふざけんなっ」

 

 

そもそもあいつはなんなのよ!?

パパへの復讐? 野望を砕いた? 一体、なんの話してんのよっ!

そんな私の怒りを含んだ問いに、万灯は少し迷った様子を見せた後、口を開いた。

 

 

 

「……君の父親・黒井秀平は『ドーパント』だった」

 

「は?」

 

 

 

全く予想外の言葉に固まる。

 

 

「彼は昔、メモリを使い、あの男の野望を阻止したんだ。『仮面ライダー』ではなく、『ドーパント』としてね」

 

「な、なに、それ……」

 

「伝えようか迷ったけれど、君たちが『マグマ』に襲われたのもきっと必然だ。人とメモリは惹き合うもの。なら、伝えるべきなんだろう」

 

「ち、ちょっと待って。頭が追い付かない」

 

 

パパが『街』とやらにいることも、ガイアメモリのことだって、やっと飲み込んだところなのに、また新情報……うぅぅ、瑠璃と違って、私は頭よくないんだっての。

……って、そうだ! 今は混乱してる暇なんてない!

 

 

「瑠璃を助けなきゃ!」

 

「……そうだね、詳しいことはまた追々」

 

「うんっ」

 

 

幸い風都署からそこまで離れてない上に、『ドーパント』は万灯が倒せるはず。今はとにかく急いで瑠璃のとこへ行かなきゃ!

私は勢いよく席から立つと、近くにあるエスカレーターへ。非常事態だと心の中で言い訳をしながら駆け降りて、ショッピングモールを出た。

 

 

ーーーー万灯の独り言ーーーー

 

 

「この衝動的な言動……彼を思い出すね」

 

「彼の娘ならば、あるいは『ハイドープ』に…………いや、それはもういい。我々『裏の街』は既に負けたのだから」

 

「今は彼女を支えることだけを考えよう」

 

 

ーーーーーーーー




戦闘がなくてすまぬ。
やっぱり必ず一話に戦闘の入る仮面ライダーってすげぇや。


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004 aがもたらしたもの / 顕現せし超人

ーーーー1時間前・照井家・瑠璃視点ーーーー

 

 

「なんでやねん!」

 

 

ひとまず同級生の照井春奈ちゃんの家に一時避難したわたしは、彼女の部屋で雑談をしていた。そんな中、スリッパを高く掲げて、春奈ちゃんはツッコんだ。ツッコミはおねえの言動に対してのもので……まぁ、わたしも春奈ちゃんと同意見。

 

 

「翔太郎のこと好きなら好きって言えばええのに!」

 

「ん、そうだね」

 

 

勿論、翔太郎さんには既に相手がいるし、残念ながらおねえの恋は成就しないのが目に見えてるけれど、言うだけ言えばいい。まぁ、初恋は実らないものだって聞くし、仕方ない。

 

 

「はぁぁ、瑠璃ちゃんもそんなんじゃダメやで。好きな相手は奪い取るくらいせんと!」

 

「……いや、わたしは別にそういう人いないし」

 

「略奪上等や。恋の障害は高ければ高いほど燃え上がるっちゅうねん!」

 

 

わたしの話など聞かず、ヒートアップして、ものすごいことを言う春奈ちゃん。わたしと同級生だというのに、こうも謎の恋愛理論をもっているのは、いつも見ているという昼ドラのせいか、はたまたお母さんのせいか。どちらにせよ、恋敵にはしたくない子だなと思う。

 

 

「それはそれとして、あかねちゃんはどこ行ったん?」

 

「んー、たぶん風都タワーじゃない? おねえは高いところ好きだし。ほら、馬鹿となんとかは高いところが好きって言うから」

 

「……瑠璃ちゃん、けっこう酷いことさらっと言うなぁ」

 

「まぁ」

 

 

それもお互い様だから。

おねえはわたしのこと邪険に扱うし、わたしもおねえのことを存外にしてる自覚はある。けれど、それはお互いに信頼してるから。それを2人とも分かってる。だから、こんな軽口も言える。

 

 

「仲、えぇなぁ」

 

「……それなりに」

 

 

わたしの答えに、にかっと笑う春奈ちゃん。春奈ちゃんには隠し事ができないな、なんて思ったり。

まぁ、それはそれとして、春奈ちゃんにおねえの愚痴でも聞いてもらおう。そう思い、口を開こうとして、

 

 

ーープルルルルーー

 

 

会話を切るように、着信音が響く。

 

 

「春奈ちゃん、電話」

 

「ほんまや……て、なまくらぁ?」

 

「真倉さん?」

 

「うん、なんやろ?」

 

 

相手はおじいの元部下、そして、春奈ちゃんのお父さんの部下である真倉さん。がーるずとーくの邪魔をするなと怒鳴り散らかしながら、春奈ちゃんは通話し始めた。春奈ちゃんは声が大きいから、耳を傾けずとも内容が入っている。

 

 

「はぁ? あかねちゃんが風都署に? なんで? メモリ? なんやそれ……は? なんでもない!? なまくら、お前っ、もやもやすること言うんやないっ! ほら、言え言え!」

 

「!」

 

 

予想外のところから、おねえの名前が出て驚く。それだけじゃなくて『メモリ』って単語も聞こえた。

おねえ、まさかまたあの化物ーー『ドーパント』に……?

 

 

「っ」

 

「ちょ、瑠璃ちゃん!? どこ行くん!?」

 

「風都署。おねえ、いるんでしょ」

 

「ま、まって。もうあかねちゃんは署にはいないって」

 

「話は向かいながら聞く。早く向かおう」

 

「ウチの話聞いて、聞いてっ」

 

 

わたしは春奈ちゃんの腕を引き、照井家を飛び出した。

 

 

ーーーー風都署前ーーーー

 

 

「だから、言ったやん。もう帰ったって」

 

「……うん」

 

 

勇み足だった。自分でもがっくりと肩を落とし、落胆してるのが分かる。真倉さんによると、おねえが風都署に来たのは『ガイアメモリ』を拾い、届けるため。しかも、少し前に署を去っていたらしく。

勿論、何もないに越したことはないけど、心配損。

 

 

「それにしても、あれやねぇ。瑠璃ちゃんもなんだかんだ心配してるやんか」

 

「…………うん」

 

「ふふっ、早く帰ってくるとええね」

 

「うん」

 

「待ってようか」

 

 

まだあの『ドーパント』は捕まってないみたい。刃野さんのお孫さんを危険に晒すわけにはいかないよ、と真倉さん。送っていってくれるらしく、少し待つために風都署前のベンチに座る。

おねえの居場所に思いを馳せて約5分。声をかけられ、顔をあげるとそこにいたのは、

 

 

「探しましたよ、お嬢さん」

 

「誰?」

 

 

知らない男の人。随分と濃い隈とやつれた頬。かつては真っ白であったであろうボロボロの白い服。おおよそ普通の人間の雰囲気じゃない。

気になるのは、わたしを『お嬢さん』と呼んだこと。初見でわたしを『女』と判断できる人はほぼいない。となれば、目の前の人の候補として挙がるのは、ただ1人。

 

 

「あの時の『ドーパント』……」

 

「ご名答」

 

 

『マグマ』

 

 

メモリから『マグマ』の声が鳴り響き、男はメモリを首へ差し込んだ。次の瞬間には男が変わっていく。人間から『化物』に。

 

 

『上級メモリも私の能力も……全て、全て失った。『マグマ』などという下級メモリを使わなくてはいけないのも、黒井秀平のせいですッ!!』

 

「……何言ってるか分からない」

 

『分からなくて結構。この屈辱は私にしか分からないッ! それに、どうせ貴女は死ぬのですからァァ!!』

 

ーーグツグツグツグツーー

 

 

『マグマ』が右腕を挙げると、その腕がグツグツと音を立てて燃え上がる。それをそのままーー

 

 

「あほぉぉぉ!!」

「春奈ちゃっ!?」

 

 

『マグマ』が風都署の壁ととわたしを焼く間際、飛び込んできた春奈ちゃんに助けられた。身を屈めたことで、どうにかわたしたちは無事だ。

 

 

「走るで!」

 

「うんっ」

 

 

すぐさま立ち上がり、手を繋いで走り出す。何がなんだか分からないけど、今は逃げるしかない。とにかく走る。

 

 

ーーーー風見埠頭ーーーー

 

 

「はぁっ、はぁ……ここまで来れば追ってこんやろ」

 

「……はぁっ、は、どうだろ」

 

 

逃げて逃げて辿り着いたのは風見埠頭。ここなら人がいないし、水もたくさんある。最悪、海に飛び込んで逃げればーー

 

 

『無駄です。海に入ったとして、『マグマ』によって急激に温められた海水は爆発します。そうすれば、貴女方は確実に死ぬ』

 

「っ」

 

「こいつ、なんやねんっ。この『化物』ッ!」

 

 

『ドーパント』を相手に啖呵を切る春奈ちゃん。すごい胆力で、いつもなら感心するところだけど……。

 

 

『『化物』……そうですねぇ、『化物』……。本来ならば、こんな姿になるはずはなかったのです……こんな、こんなッ、下劣な『化物』にッ!!』

 

 

春奈ちゃんの言葉に激昂する『ドーパント』。様子が、おかしい?

 

 

ーーガシッーー

 

『私を『化物』と呼ぶなッ! 私は神になるはずの人間なのですッ!!』

 

 

叫びながら『ドーパント』は春奈ちゃんを無理矢理掴み上げる。

 

 

『それを、こんな、こんなッ』

 

「春奈ちゃんっ!」

 

「あっ、がっ……っ」

 

「止めてっ、その子を離して!」

 

 

わたしの言葉で、『ドーパント』はこちらに視線を向けた。

 

 

『……そう、そうです。元はといえば、お前のせいだ。お前の、お前の父親がァァ!』

ーーブンッーー

 

「あうっ」

 

 

怒りの矛先がこちらに向いたお陰で、春奈ちゃんは放り出された。かなりの距離吹き飛ばされたけど、ちゃんと生きてる。とりあえずよかった。でも、

 

 

ーーブルッーー

 

「っ」

 

 

不意に足がすくむ。恐怖を感じているのを思い出した。

怖い、怖い怖い怖い怖い。尻もちをつき、後退る。おかしい。なんで……前回は動けた。この『化物』を前にしてもおねえを庇えたのに……。

 

 

「あっ」

 

 

そこで気づく。あの時は、おねえに危機が迫ってたからだ。おねえが殺されちゃうと思って、咄嗟に体が動いた。その後もおねえがわたしのことを抱き締めてくれたから、大丈夫だっただけで。

決して、この『化物』が怖くない訳じゃないんだ。それを自覚したせいで、余計に体が震えてしまう。

 

 

『ぃ、殺しましょう、殺す殺す、コロスコロスコロスコロスッ』

 

「っ」

 

 

ゆっくりと迫る『ドーパント』を見たくなくて、思わず目をつぶる。そして、ポツリと零れ落ちた言葉。

 

 

 

「おねえ……っ」

 

 

 

「人の妹に手を出すな、ボケがァァッ!!」

 

ーーバギィッーー

 

 

 

耳に入ってきた声に、恐る恐る目を開ける。そこにいたのは、

 

 

「おねえ……」

 

「大丈夫、瑠璃?」

 

「~~っ、うんっ」

 

 

『ドーパント』の後頭部に蹴りを叩き込み、わたしの前に現れたその背中を見間違う訳がない。おねえだ。おねえが助けに来てくれたっ!

 

 

『あぁ、もう1人ィィ、ノコノコと現れましたねぇ』

 

「気持ち悪い声を出すなっ、雑魚がッ」

 

『雑魚ぉぉ!? 貴女ごときが大口をォォ!』

 

「はっ、雑魚でしょ! やっちゃえ、万灯ぉ!」

 

 

『あぁ』

 

 

おねえの呼びかけで突然現れたのは、前回もいたもう1体の『ドーパント』だった。

 

 

『どこからっ!?』

 

『降ってきたのさ』

ーーガシッーー

 

 

そう言うと、オーロラみたいな『ドーパント』は『マグマ』を光の腕で拘束した。素人目から見ても、力量差は明らかで。このまま上手くいけば助かる、けど……なんだろう、嫌な予感がする。その予感は残念ながら的中して。

 

 

『くっ……』

 

 

急に光の『ドーパント』の方が膝をついた。

 

 

『やはり……もう無理、だね」

 

「なっ!? あんた、あいつなんて余裕で倒せるんじゃ!?」

 

「そうは言っていないさ……実は私はもう、マトモに戦える状態じゃなくてね。最近は調子がよかったから大丈夫だと思ったのだが」

 

「あー!! ホントに適当野郎っ!」

 

 

言い合いをするその人とおねえを余所に、もう1体の『ドーパント』がこっちに歩いてくる。予想外の反撃にさっきの数倍激昂していて。

 

 

「瑠璃! 逃げるよっ!」

 

「うんっ、おねえ」

 

「ほら、あんたもっ!」

 

「……いいや、2人とも逃げるんだ。恩人の娘に死なれては、私の立つ瀬がない」

 

「うるさいっ! あんたも逃げるのっ! あんたが死んだら、パパの居場所分からなくなるでしょ!」

 

 

強引に膝をつく男の人を抱え、『ドーパント』から逃げ出す。でも、そんなんじゃ、逃げられる訳がなくて。

 

 

ーーグツグツグツグツーー

 

『娘を目の前で殺し、絶望する黒井秀平の顔が見たかったのですが……残念ですよっ』

 

 

そう言い、『ドーパント』はまた腕を振り上げる。

だめ、だめだめっ! このままじゃっ!

 

 

「っ」

 

 

咄嗟に足が動く。気づけば、わたしは『ドーパント』の前に躍り出ていたんだ。

 

 

「瑠璃っ!」

「瑠璃ちゃんっ」

 

『ハッ、貴女が盾になろうと結果は変わりません。全員ここで死んで終わりですよォォッ』

ーーブンッーー

 

「っ」

 

 

反射的にまた目を瞑ってしまう。恐怖で耳も遠くなる。何もかもが剥離していって。

だから、わたしは何も見ることができなかったんだ。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

『イービル』

 

「止めろ……妹に、瑠璃に触るな、このゲス野郎がッ」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「………………え?」

 

 

気を失ってたんだと分かるのは、それから少ししてから。

今までのことはすべて夢だったんじゃないのかと錯覚してしまう。そんなことないのは、離れたところでうずくまる春奈ちゃんが証明してくれてる。

慌てて駆け寄って、怪我がそこまで大したことないのを確認してから、わたしは春奈ちゃんに訊ねた。何があったのかと。その質問に、春奈ちゃんは答えた。

 

 

「あかねちゃんが……『化物』になって」

 

「あの『化物』を跡形もなく『消しちゃった』」

 

 

そうして。

わたしの姉・黒井あかねはわたしの前から姿を消した。

 

 

ーーーーーーーー



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005 aがもたらしたもの / 消えた姉

ーーーーside『R』ーーーー

 

 

春奈ちゃん曰く。

わたしを守るために、おねえは『ガイアメモリ』を使った。そして、あの『マグマ』と戦った。擬音のオンパレードでよく分からなかったけど、要約すると、おねえの体から放出された黒い稲妻が『マグマ』を跡形もなく消し飛ばした、と。

それからさらに気になることも……。

 

 

ーーーー霧彦宅ーーーー

 

 

事件から2日が経った。

その後、わたしは『ドーパント』に襲われることもなく過ごした。わたしに万が一のことがあったら大変だからと、この2日間は警察病院に入院。そして、やっと今日退院できた。バタバタとしながらも、結局、しばらくの間は霧彦さんのお家にお世話になることになり……。

 

 

「無事でよかったっ、瑠璃ちゃん」

 

ーーギュッーー

 

 

玄関を開けた瞬間に、霧彦さんに抱き締められた。お父さんがいなくなってから、ずっとわたしたちの面倒を見てくれてたんだ。きっとこの2日間だって、心配で堪らなかったと思う。本当に心配をかけちゃったんだな、そんなことを再認識する。

 

 

「心配かけて、ごめんなさい」

 

「いいや、君が謝ることなんてない。むしろ、今回の件は私達の不始末のようなものなんだ。謝るのはこちらだよ……申し訳ない、瑠璃ちゃん」

 

 

わたしを抱き締めるのを止め、今度は深々と頭を下げる霧彦さん。止めてくださいとどうにかお願いして、頭を上げてもらえた。

それから話をし始める。おねえとわたしの身に起きたことを。その中でも特異だったのがーー

 

 

「『ガイアメモリ』が、あかねちゃんの体内から……?」

 

「うん。春奈ちゃんにはそう見えたって」

 

「……そうか」

 

 

わたしの言葉を聞いて、霧彦さんは考え込んでしまった。

 

 

「ねぇ、霧彦さん」

 

「ん、なんだい?」

 

「……教えて、パパとママのこと。2人はどうしてガイアメモリと関わって、どうして失踪したの?」

 

「…………少し長くなるよ。それでもいいかな」

 

「うん」

 

 

それから霧彦さんから教えてもらった。

パパが『転生者』というこの世界以外から来た人間だったこと。

ママはそんなパパに助けられて、惚れちゃったこと。

そして、2人が辿ってきた戦いの日々と何気ない日常。

わたしはそれを聞き終えて、

 

 

「………………」

 

 

言葉が出なかった。あまりにも色んなこと聞きすぎたんだ。でも、なんとなくは理解できた。今、わたしとおねえが巻き込まれつつある出来事を。

だから、わたしは改めて言葉を紡ぐ。

 

 

「霧彦さん。わたし、パパとママを探したい。それにおねえも連れ戻さなきゃ」

 

「……2人が失踪した理由にはガイアメモリが大きく関わっている。あまりに危険だ。私は君とあかねちゃんを2人から預かる身……許可はできない」

 

「…………」

 

「大丈夫さ、幸いなことに手がかりは掴んでいる。あかねちゃんのことも、私や翔太郎に任せるんだ」

 

「…………」

 

 

霧彦さんのことだし、その答えは想定はしてた。なら、仕方ない。わたしだけでこっそりと調べるしかない。

 

 

「………………はぁぁぁ」

 

 

と思っていたら、霧彦さんに大きなため息を吐かれてしまった。

 

 

「霧彦さん?」

 

「自分だけでも調べてやる、そう思っているだろう?」

 

「うっ……」

 

「まったく……本当に、似た者親子だ」

 

 

呆れた表情。でも、どこか優しさも含んだ表情で、霧彦さんは続ける。

 

 

「仕方がない。許可しよう」

 

「!」

 

「ただし、1人で勝手な行動をしないこと。保護者である私や翔太郎たちが危険だと判断したら、すぐに逃げるんだ」

 

「……わかった」

 

 

私の返事を聞いて、霧彦さんは満足そうに頷いた。

 

 

「それで、さっき言ってた手がかりって?」

 

「あぁ、今、ガイアメモリの流通数は少ない。流通元を辿れば、あの男にメモリを渡した人間に行き着くはずさ。それに、照井警視正が帰ってきているんだ。彼と連携し、『マグマ』メモリの出所を探る」

 

 

ーーーーside『A』ーーーー

 

 

「………………ん」

 

 

意識が浮上する。ぼんやりと靄のかかっていた視界が少しずつクリアになっていき、私は目覚めた。体を起こす。

ここは……? 一体何が……?

 

 

「意識が戻ったかい」

 

「……万灯」

 

 

体を起こした私に、水を差し出してくる万灯。それを受け取り、飲む。何日間か眠っていたようで、水が体に染み渡っていくのを感じた。同時に、

 

 

「う……っ」

 

 

吐きそうになる。空腹感はあるのに、それ以上に気持ちが悪い。頭と心の中がぐちゃぐちゃで、全身を掻き毟ってしまいたい感覚に陥る。そんな私に、万灯は毛布をかけてくれる。

 

 

「どうやら君は、精神がメモリの影響を多大に受ける体質のようだね。過剰適合し、メモリの性能を限界まで引き出せるが、逆に副作用すらも強く引き出してしまう」

 

「副作用……この不快感が……?」

 

「あぁ。何故か君の体内から現れたメモリ『イービル』は『邪悪』の記憶を内包するメモリ。ここ数日の君は、目に写るすべてを壊さんとしていたよ」

 

「なに、それ……」

 

 

瑠璃を守ろうとして飛び出したのは覚えてるし、その後、体内から飛び出してきたメモリを使ったところまでは覚えているけど。

 

 

「父親とは正反対だ。彼はメモリの副作用が精神に影響を及ぼさない。その代わりに、体調はよく崩していたがね」

 

「パパも、そんな体質だったんだ」

 

 

きっと遺伝だろうね。万灯は微笑みながらそう言う。

 

 

「ともかく今後はメモリの直挿しは止めたまえ。代わりと言ってはなんだが、これを使うといい。フィルター代わりにはなるだろう」

 

 

そう言うと、万灯は私に『それ』を差し出した。

これ、こいつが使っていたベルトみたいなやつ。あんたのじゃないのかと訊ねると、私はもう録に戦えないからと言われて。そんなこと言われても……。

 

 

「私、別に戦うつもりはないし……」

 

 

あの時は非常事態だったから。そう伝えると、万灯はひとつ息を吐き、こちらへ手を差し出してきた。手を取れってこと?

警戒しながらも手を取り、立ち上がる。

 

 

「は?」

 

 

私の目の前には街の夜景。だけど、明らかに違う。風都じゃない。ここはーー

 

 

 

「いいや、君は戦わざるを得ないよ。ここは『裏の街』……獣の蔓延る『街』」

 

「ようこそ、死臭漂う我等が『街』へ」

 

 

 

こうして、私のパパ探しが始まった。

 

 

ーーーーーーーー




a編終了。
次回、新章『o』編スタート。


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006 oの残光 / 邪悪の残り香

新章『o』編開始です。


ーーーーside『R』ーーーー

 

 

おねえを連れ戻し、そして、パパとママの手がかりを探るため、わたしと霧彦さんは、早速風都署にやってきていた。出張から戻った照井警視正に会うためだったけど……。

 

 

「俺に質問をするな」

 

 

春奈ちゃんパパは酷く不機嫌だった。というより、キレてる。当然といえば当然。だって、

 

 

「それよりも春奈の件だ」

 

 

春奈ちゃんが危険な目に遭ったのは、既に彼の耳にも入っていた。霧彦さんの顔色が良くないのを見るに、たぶんこれは相当怒ってる。

 

 

「……そ、そのことは本当に申し訳ないと思っているよ」

 

「申し訳ないで済んだら警察はいらん。そして、俺がその警察だ」

 

「…………っ」

 

 

眼光の鋭さに思わず体が跳ねてしまう。春奈ちゃんからはいつもパパは優しいと聞いていたから、そのギャップがまた恐ろしさを加速させてる。

けれど、不意にその眼光を隠すように、彼は顔を伏せ、口を開く。

 

 

「っ、すまん。少し取り乱した」

 

 

少し……? や、冷静になってくれたならいいけど。

ともかく春奈ちゃんパパはひとつ咳払いをして、話を進めた。

 

 

「目撃情報を総合すると、『マグマ』を使った人物は15年前、黒井秀平によって撃破された元『財団X』の男だろう。本来、風都刑務所に収容されていたんだが……」

 

「脱獄した。そう翔太郎から聞いているよ」

 

「あぁ。だが、刑務所の警備レベルは、13年前の『NEVER』の事件を受けて格段に上がっている。少なくとも一個人が容易に脱獄できるはずがない。そして、極めつけはあの『マグマ』……あれは我々警察が『origin』のアジトから押収したものだった」

 

「内通者がいると?」

 

 

霧彦さんの質問に、春奈ちゃんパパは静かに頷いた。少なくとも脱獄を手引きし、メモリを提供した協力者はいるだろう、とも言う。今回の出張もそれを捜査していたみたい。その間に娘が巻き込まれたんだから、怒るほど心配にはなるか。

 

 

「左たちにも協力依頼は出してある。俺もこのまま捜査に戻るつもりだ」

 

「私にできることはあるかな?」

 

「今回の件は氷山の一角だろう。ガイアメモリ犯罪が再び増える可能性もある。須藤霧彦、お前には春奈の警護を頼みたい。それから彼女も」

 

 

そう言って、春奈ちゃんパパはこちらに視線を向けて。一応、わたしも狙われた身だし、配慮してもらえるのはありがたい。だけど、わたしはーー

 

 

 

「おねえを見つけ出して、連れ戻さなきゃ」

 

 

 

ただ守られるだけじゃダメ。

わたしはいつもおねえに守ってもらってきた。わたしよりずっと小さいその背中で。

だから、今度はわたしが守るんだ、おねえを!

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

しばらく春奈ちゃんパパと見つめ合う。見定められてると感じる。だから、目は反らさない。反らしちゃダメだ。

数十秒はそうしていた。やがて、春奈ちゃんパパはひとつため息を吐いて、霧彦さんに告げる。

 

 

「春奈の方はシュラウドに動いてもらう。場合によっては、ときめに世話を頼もう」

 

「……すまないね」

 

「いや、恐らく何を言っても、この娘は譲らないだろう」

 

 

そこまで言って、彼は小さく笑う。

 

 

「本当に、あの男にそっくりだな」

 

 

ーーーー霧彦宅・瑠璃の部屋ーーーー

 

 

「ふぅ」

 

 

わたし用にと霧彦さんが用意してくれた部屋。その中央を陣取るセミダブルのベッドに横になり、大きく息を吐く。

よし、どうにか許可はもらえた。

 

 

「……大丈夫」

 

 

1人呟く。『ドーパント』や『ガイアメモリ』なんていう想像を超えたものと関わって、おねえを取り戻す。そして、パパとママも見つける。正直、怖い。

だけど……うん、大丈夫。

こういう時には、いつもわたしを支えてくれるから。

 

 

「……ママの『お守り』」

 

 

バッグから取り出したのは『お守り』。かわいい桜柄の小さな巾着袋。

……忘れもしない。失踪する前日に、ママがわたしにくれたもの。

 

 

「っ」

 

 

ママの優しい笑顔を思い出して、つい泣きそうになる。

でも、我慢。大丈夫、大丈夫。

 

 

ーーピリッーー

 

「あっ!?」

 

 

ーーコツンッーー

 

「いたっ!?」

 

 

いつもよりずっと強く握ってしまったからだと思う。弱くなっていた巾着の縫い目が破けてしまって、『お守り』の中から何かが落ち、寝転んでいたわたしの額に直撃してしまった。

おでこをさすりながら、体を起こし、わたしのおでこに降ってきたものを握る。その瞬間、

 

 

ーービリッーー

 

 

まるで電気が走ったかのような衝撃。静電気かと思って、近くにあったペンで『それ』を手繰り寄せた。そこにあったのはーー

 

 

「っ、ガイア、メモリっ!?」

 

 

色こそ違うし、なぜか一部の外装が壊れていて、なんのメモリなのか分からないけど、『マグマ』と同じ代物だってことは分かる。反射的に飛び退いた。

なんでママの『お守り』から? そんな疑問は、それ以上の衝撃のせいで消し飛んでしまう。

 

 

『おい』

 

「っ、だ、だれっ!?」

 

 

どこからか声が聞こえてきたんだ。女の人の声。誰かがいるのかと、見渡しても誰もいない。気のせいかとも思ったけど、

 

 

『ここだ、ここ』

 

「…………え」

 

 

その声はどう考えても、そのガイアメモリから鳴ってるように聞こえる。

 

 

『はっ、なるほどな。雫にそっくりだ』

 

「っ」

 

 

ママの名前を出すその『メモリ』。頭の中に次々とハテナが浮かんでは消える。そうして、どうにか捻り出したのは、

 

 

「あなた、は……何者……?」

 

 

混乱したままのわたしに、その『メモリ』は名乗った。

 

 

 

『あたしは『イービル』』

 

『まぁ、なんだ……お前のもう1人の母親、みてぇなもんだ』

 

 

 

ーーーーーーーー



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007 oの残光 / 動

ーーーーーーーー

 

 

『イービル』。

素性の分からないその人はそう名乗った。意志疎通がとれるメモリなんてあり得ないとも思ったけど、同時にわたしはガイアメモリの知識がない。だから、こういうこともあるのかと受け入れることにした。

彼女曰く、元々ママと共に戦っていた人で、『イービル』メモリから生まれたママのもうひとつの人格が『イービル』さんだと言う。

 

 

「だから、もう1人のママって」

 

『それ以外に説明のしようがねぇからな。勿論、あたしは雫とは完全に別人格だから、正確にはお前の母親って訳じゃねぇけど』

 

「でも、声はそっくり」

 

『そりゃそうだ。別人格だけど、あいつがベースになってるし』

 

 

壊れかけたメモリから確かにその声は聞こえていた。言われてみれば、ママの声にかなり似てる。口調は全然違うけど。

とりあえず『イービル』さんについては理解した。次の質問だ。

 

 

「なんでママの『お守り』の中に入ってたの?」

 

『それはあたしが知りたいくらいだ。そもそもあたしの人格は昔に消滅したはずで、あたしがここにいること自体訳がわかんねぇ』

 

「そうなの?」

 

『……あぁ』

 

 

残念。そっちの謎は分からず仕舞い。

 

 

『じゃ、今度はそっちが説明する番だ。今の状況を教えてくれ。何がなんだか分からねぇ』

 

「うん」

 

 

説明が終わると、『イービル』さんは黙ってしまう。一瞬、壊れてしまったのかと思い、メモリを振ってみるとキレられた。

ともかくわたしの知っていることを全部伝えて、

 

 

『ったく、娘放っておいて、どこで何をしてやがるんだ、あいつらは……』

 

「………………うん」

 

『っ、ま、まぁ、なんだ! どっかに行っちまった姉貴と、失踪してる雫とあのボケを探し出す。お前のやりたいことは分かった』

 

「うん」

 

『協力もしてやるよ。まぁ、メモリ自体の機能は壊れてるのか『力』にはなってやれねぇだろうが』

 

 

それでも話し相手やら相談相手やらにはなれる。お前よりもメモリについての知識はあるだろうし。

『イービル』さんはそう言ってくれた。口は悪いけど、優しい人だ。

 

 

『とりあえず明日から動くんだろ。探偵にフロッグポッドってのを用意してもらってくれ。そうすりゃ、あたしもある程度行動できるはずだ』

 

「分かった。翔太郎さんに言ってみる」

 

『あとは霧彦にも会わねぇとな……って、ここ、霧彦の家ならすぐにでも会いに行けるじゃねぇか』

 

「あ、いや。霧彦さんはもう寝てると思う」

 

『は? まだ8時だろ? お子ちゃまじゃねぇんだから』

 

「なんでも病気で、かなり長い時間寝なきゃいけないって聞いてる」

 

『……なるほど、あれから10うんたら年経ってる。『ナスカ』メモリの副作用か』

 

「『ナスカ』?」

 

『んあー、なんだ、明日直接聞いてみろ』

 

 

それ以上は話す気がないようで、『イービル』さんはそれ以上の話をしなかった。明日は忙しくなる。今日はしっかり寝ておけ、という『イービル』さんの助言に頷き、わたしは布団をかぶったのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「まさか君が戻ってくるとはね」

 

 

おねえを探す前に、大事な話がある。

霧彦さんにそう伝え、昨日言われたフロッグポッドのことを頼んだ。霧彦さんはすぐに用意してくれて、わたしは『イービル』さんをそこに挿入した。その結果、フロッグポッドから『イービル』さんの声が流れてきて。

 

 

『久しぶりだ、ずいぶん老けたな』

 

「あぁ、あれから10年以上が経っているんだ。当たり前だよ」

 

 

懐かしむような表情の霧彦さん。こんな表情、初めて見たかも。保護者代わりだったその人が初めて見せる表情に少し驚く。わたしの視線を感じたのか、霧彦さんは少し微笑み、話を進める。

 

 

「瑠璃ちゃんが、母親ーー雫ちゃんからもらった『お守り』の中に『彼女』が入っていたというなら、十中八九それをしたのは黒井くんたちだろう。そこから考えるに……」

 

『あいつらは瑠璃に『あたし』が必要になることを予想してた、ってことだよな』

 

「あぁ」

 

「……わたしがガイアメモリに関わることを予想してたってこと?」

 

 

わたしの問いに霧彦さんは頷く。

 

 

「メモリに関わる者は惹かれ合う。君たちはあの2人の娘だ。絶対数は少なくなったが、いつかメモリに纏わる事件に巻き込まれるのを予想するのは難しくない」

 

『護身用か……佐奈みたいなことを考えやがって』

 

「流石は姉妹といったところかな」

 

「?」

 

 

わたしがポカンとしているのを見て、霧彦さんは話を軌道修正する。『イービル』さんはわたしのことを見守り、危険なことがあれば霧彦さんにすぐに伝える。霧彦さんの提案を『イービル』さんは受け入れて。そして、話題は今後の方針へ。

 

 

「既に照井くんから連絡は来ているよ。ガイアメモリに関する事件の情報だ」

 

「……メモリ事件を追えば、おねえは見つかる?」

 

「断言はできない。けれど、ここ最近は影を潜めていたはずのメモリ犯罪が少しずつ起き始めている。偶然といえばそれまでだろう。だが、私はこの件が繋がっているようにしか思えないんだ」

 

「……うん。分かった」

 

 

霧彦さんの言うことならば信じられる。

そんなわたしたちのやりとりに水を差すように、『イービル』さんが口を開く。どうやら『イービル』さんは待てない人みたいだ。

 

 

『で? そのガイアメモリに関する事件ってのはなんなんだよ?』

 

「あぁ。とある廃ビルに住みついていたホームレスがある『ドーパント』を目撃したようでね。その『ドーパント』に変身するためのメモリは中々に珍しくーー」

 

『話が長えよ、霧彦! そいつは一体なんの『ドーパント』だっ!』

 

 

『イービル』さんの言葉に、呆れたようなため息を吐いた後、霧彦さんはその『ドーパント』の名を告げた。

 

 

「『オウル』」

 

「昔、『仮面ライダー』が倒したはずの梟の『ドーパント』だ」

 

 

 

ーーーー王道学習塾跡地ーーーー

 

 

『キリサキタイ、キリサキタイィ……ウゥゥ』

 

「落ち着けぇ、焦らなくてももうすぐ切り裂かせてやるからよぉ」

 

『ウン、ウン……ワカッタヨ、ニイチャン』

 

「あぁぁ、お利口な弟だぁ。大丈夫、兄ちゃんも早く『為って』やるからなぁぁ」

 

 

『オウル』

 

 

ーーーーーーーー



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008 oの残光 / きょうだい

ーーーー王道学習塾跡地前ーーーー

 

 

「ここ?」

 

「あぁ」

 

 

早速、わたしと霧彦さんは王道学習塾跡地に来ていた。建物を見上げる。10年以上放置されているらしく、外壁の一部が所々崩れてたり、落書きがされていたりとかなり荒れてる。建物自体を壊せばいいのにって思うけど、なにやらお金や権利の関係でそうもいかないという話を聞いた。とにかく、ここで『オウル』……梟の『ドーパント』がホームレスに目撃されてるって話だけど。

 

 

「霧彦さん?」

 

「ん、あぁ……すまない、私もここは少々嫌な気分になるんだ」

 

 

昔、ここにあった学習塾の塾長が学生にメモリをばらまいてたって事件のことを教えてもらった。霧彦さんがその事件解決に関わってたことも。風都の『未来』を大切にしてる霧彦さんが、この場所に嫌悪感を感じるのは当然だろうな。

 

 

『まぁ、気持ちは分かるぜ』

 

 

霧彦さんに同意するのは『イービル』さん。フロッグポッドから接続したイヤホンマイク。スピーカーモードにしたことで、霧彦さんにもその声は聞こえていた。

 

 

「分かってくれて何よりだよ」

 

『あぁ、今だって胸糞悪くてしょうがねぇよ。この建物から気味の悪い気配が漏れ出てる』

 

「例の『ドーパント』……やっぱり、ここにいるの?」

 

『あぁ、ビンゴだ』

 

 

霧彦さんにはここで待つように言われたけれど、そうもいかない。わたしが引かないのを再確認した霧彦さんから、自分から離れないようにという注意を受けて、わたしたちは学習塾跡の廃ビルに足を踏み入れた。

 

 

ーーーー廃ビル内部ーーーー

 

 

学習塾だっただけあって、内部は多くの部屋があった。授業をしてたであろう部屋や広さ的には自習室ぽい部屋。どの部屋で『ドーパント』を見たとか詳しい情報はないから、地道に一部屋ずつ警戒しながら進んでく。やがてーー

 

 

「けほっ」

 

 

霧彦さんがその部屋の扉を開けると同時に軽く咳き込んでしまう。長年使われてないし、埃が溜まってたみたい。扉を開けたことで部屋内の埃が舞う。見たところ倉庫だろう。この部屋には『ドーパント』はいないよね。

 

 

『……おい、霧彦』

 

「あぁ、分かっているよ」

 

「……?」

 

『この部屋だ。気色悪い気配がする』

 

 

わたしには分からないけど、2人はこの部屋からなにかを感じ取っていた。狭くて人が隠れるスペースはないと思うけど。そう思いながらも、『イービル』さんに促されるままカビの生えたダンボールを移動させていく。すると、

 

 

「あ」

 

「なるほど、隠し扉か」

 

 

天井を調べていた霧彦さんは、納得したように床にある扉を覗き込んだ。わたしも改めて扉を見る。扉は鉄製で、ドアノブはない。工具があれば開けられるかもだけど、勿論、そこまでの用意はしてない。残念ながら一回引き返すしかない。そう思っていると、おもむろに霧彦さんが立ち上がった。

 

 

「霧彦さん?」

 

「瑠璃ちゃん、少し下がっていてくれたまえ」

 

 

霧彦さんの言葉通り、数歩後ろ、倉庫の入り口付近で待つ。それを確認した霧彦さんは軽く息を吸いーー

 

 

ーーバゴッーー

 

 

その扉を拳で叩き割った。鉄製の扉は見事に真っ二つになっていて。

 

 

「すごい……」

 

「さぁ、行こう」

 

 

何事もなかったかのように、霧彦さんは微笑んだ。

 

 

ーーーー地下道ーーーー

 

 

カツンカツンと地下道に足音が反響する。霧彦さんが前を進み、わたしはその後ろに着いて歩いている。

 

 

「霧彦さん、さっきのは……?」

 

 

後ろからわたしはさっきのことを訊ねた。

人間とは思えない超怪力。隠し扉は鉄製だった。空手の達人でも鉄を叩き割るなどできるはずがない。なにかカラクリがあると思った。

 

 

「…………魔法、さ」

 

「もしかして、メモリの力なの」

 

「誤魔化されてはくれないか」

 

 

歩を進めながら、霧彦さんは話をしてくれた。

霧彦さんもガイアメモリを持っていて、その力が人のままでも一部使える。

 

 

「私の持っているメモリは相当強いメモリでね。その影響が人体にも現れ、人間態でも能力の一部を出力できる。『ハイドープ』……そう呼ぶようだ」

 

「『ハイドープ』……強い『ドーパント』」

 

「あぁ、概ねその理解で違わなーー

 

『おい! 霧彦! 後ろだっ!』

 

 

 

ーーザンッーー

 

 

 

わたしの視界が揺れる。背後から斬撃が飛んできて、霧彦さんがわたしを抱きかかえて回避したのだと理解したのは、その数秒後のこと。

混乱する頭で、霧彦さんに抱き締められながら周囲を確認する。そこにいたのはーー

 

 

『フゥゥゥゥ……フゥゥゥゥッッ』

 

 

首なしの巨人だった。白く筋肉質な肉体。首元からは頭の代わりに木の根のようなものが生えているのも、その不気味さに拍車をかけていた。

 

 

「弟の攻撃を避けるとはぁ……お前、何者だぁ」

 

 

一本道の地下道に響いた化物とわたしたち以外の声。コツコツと足音を鳴らしながら、暗闇から現れたのは1人の男。年齢は五十代くらい。長身やせ形で、白い長髪と髭。やつれた頬と目の下の濃い隈。まるで骸骨みたいな男だと思った。

 

 

「ただの風都を愛する一般市民さ。そういう君こそ何者だい?」

 

「俺かぁぁ。俺は……」

ーーガシャッーー

 

「っ、『ガイアドライバーREX』!」

 

 

「梟だよぉぉ!」

 

『オウル』

 

 

骸骨男は懐から『ベルト』のようなものを取り出した。そして、起動したそのメモリを『ベルト』に挿入し、わたしよりも小さな梟『オウル』へと姿を変えた。

って、ただの梟じゃ……?

 

 

『しゃがめ! 瑠璃!』

 

「ッ」

 

 

『イービル』さんの声に反応し、反射的にしゃがむ。同時に後ろから瓦礫の崩れる音がした。チラリと背後を確認すると、わたしたちが進もうとしていた方向の壁が崩れていた。

 

 

「あの一瞬で攻撃したということか。相当なスピードだ」

 

『当たりだぁ! 破壊力では弟の方が上だが、速さは俺の方が圧倒的に上ぇ! 音もなく、お前もそこの小娘も切り刻めるんだよぉぉ!』

 

 

恐怖で足がすくむ。そんなわたしを庇うように、霧彦さんは一歩前へ出て。

 

 

「『オウル』……照井くんから聞いた情報は当たりだったようだ。瑠璃ちゃん、前へ走るんだ! 今ならまだ瓦礫の隙間が空いている。君なら通り抜けられるはずだ」

 

「霧彦さんはっ!?」

 

「大丈夫。さっきも言っただろう、私は強い『ハイドープ』なんだ」

 

 

そう言うと、霧彦さんは懐から『それ』を取り出し、腰に装着した。

 

 

『ハハッ、『ガイアドライバー』ぁぁ? そんな旧時代の産物など恐れるに足らないぃぃ』

 

「そうだろうね。君が使っているものより旧式だ。だから、その性能差はーー」

 

 

『ナスカ』

 

「これで埋めよう」

 

 

霧彦さんの姿が変わっていく。

 

 

『小娘ががら空きだぁっ』

ーービュンッーー

 

『瑠璃!』

 

「えっ!?」

 

 

変身する霧彦さんに気を取られていたことで、『オウル』の攻撃への反応が遅れてしまった。殺されちゃう。そう思ったけど、

 

 

『止めてもらおうか。その娘は私の大切な友人の娘でね』

 

 

斬撃は届かない。わたしの目の前に現れた蒼色の『ドーパント』が光り輝く翼で止めていたから。

 

 

『瑠璃ちゃん、早く!』

 

「は、はいっ」

 

『『イービル』ちゃん! 任せたよ』

 

『当たり前だっ!』

 

 

その『ドーパント』に背を向けて、わたしは走り出した。

 

 

ーーーー霧彦視点ーーーー

 

 

気味の悪い気配は、恐らくこの2つだけ。『イービル』ちゃんもいるし、瑠璃ちゃんはこれで大丈夫だろう。少しだけ安心した私は、改めて『オウル』に向き合った。

 

 

『その姿、『ナスカ』ぁ……? 園崎霧彦かぁぁ!!』

 

『その名は疾うに捨てている。今はただの『ナスカ』さ』

 

 

剣をその梟へ向ける。2対1だが、問題はないだろう。2人合わせてかかってきたまえ。そう告げると、奴らは動き出した。

 

 

『弟よぉぉ! 奴のお望み通りに、2人『合わせて』行くぞぉ』

 

『ウン、ニイチャン』

 

 

そう言うと、骸骨男の方の『オウル』が飛び上がり、止まり木の方の『オウル』へ。2体が触れ合った瞬間に、白い巨人の頭の木が蠢き、梟の足に接合した。

 

 

『ハハハハッ! ドウダ、この姿! キョウダイの絆……この真の『オウル』の力を受けてミロぉ!』

 

 

高笑いをする『オウル』。言うが早いか、こちらへ斬撃を飛ばしてきた。確かに速い。だが!

 

 

『避けられない攻撃ではない』

ーーグッーー

 

『だよナァァァ!』

 

『!』

 

 

攻撃はフェイク。斬撃の後に、奴は距離を詰めてきた。その巨体でその速度。喰らえば一溜りもない。『超高速』で奴らの左へ!

 

 

ーーギュンッーー

 

 

避けたはずだった。だが、一撃目に放たれた斬撃が命中していた。これは軌道を曲げたのか。

 

 

『なるほど。これが君たちの『ハイドープ』能力ということか』

 

『ソウぅ! 斬撃を自由自在にコントロールできる力ダァァ!』

ーーザンッーー

ーーザンッーー

ーーザンッーー

 

 

さらに、斬撃を繰り出す『オウル』。攻撃は3回に見えたが、恐らくそれ以上に繰り出しているだろう。全ての斬撃を避け、かつ曲がる軌道を予測するのは不可能だ。

 

 

『シネぇぇぇ!!』

 

 

そう。無理だ。以前までの私ならね。

 

 

『ふぅ……』

 

 

目を閉じる。そしてーー

 

 

『……『超感覚』』

 

 

再び目を開けた私は一歩前へ踏み出した。

ゆっくりとした歩みだ。それでも攻撃は当たらない。私の進む先に攻撃は決して来ない。そうして、私は無傷で彼らの目の前に辿り着いた。

 

 

『な、なにヲッ!?』

 

『これをすると少し疲れるんだ。終わりにさせてもらうよ』

 

『ふ、ふざけるナァァァッ!!』

 

 

拳を振りかぶる『オウル』。けれど、それも当たらない。

私は『ナスカ』を体外へ排出して、素早く『ロストドライバー』へ付け替える。この街では『彼ら』に流儀を合わせよう。

 

 

『ナスカ マキシマムドライブ』

 

 

マキシマムは『オウル』の接合部を捉え、エネルギーが2体に分散して爆発した。轟音が狭い地下道に響く。

 

 

「……近所迷惑になってしまったかな」

 

 

意識を失った骸骨男とその弟らしき大男を放って、私は瑠璃ちゃんたちを追うことにしたのだった。

 

 

 

ーーーー瑠璃視点ーーーー

 

 

大きな音が聞こえ、一瞬意識がそちらへ向きそうになる。だけど、どうしても目の前の光景から目を離すことができなかった。

 

 

「なに、ここ……?」

 

 

そこはまるで実験施設のような場所で。けれど、わたしでも感じ取れるくらいに、エネルギーに満ちていた。まるでこの場所自体が生きているみたいな……。

 

 

『おい、瑠璃。その辺から流れ出てる『水』には触るなよ……嫌な感じがする』

 

「……うん」

 

 

『イービル』さんの言う通り、そこら中から『水』のようなものが湧き出ている。これは一体……?

 

 

 

「『yoke(ヨーク)』。我々はこの『安らぎの泉』から滲み出る『水』をそう呼んでいた」

 

 

 

わたしの疑問に答える声。聞き覚えがあった。わたしたちが『マグマ』に襲われた時に助けてくれた男の人の声だ。

辺りを見渡すと、その姿は確認できた。蠢く柱のうちの1本、その陰からその人は現れた。名前は確か……。

 

 

「万灯雪侍」

 

「名前を覚えてもらえて光栄だよ、黒井瑠璃」

 

 

にこやかな笑み。だけど、胡散臭くて信用はできない。

 

 

「先ほど君は『yoke』に興味を持っていたね。教えようか、『yoke』と『安らぎの泉』のことを」

 

「…………」

 

 

情報が圧倒的に足りない今、聞いておいた方がいいのは分かってる。胡散臭いけど、害意はないみたいだし。けど、今はそれよりもずっと聞きたいことがある。

 

 

「そんなことより、おねえはどこ?」

 

 

そう。わたしが聞きたいのはそれだ。

『マグマ』に襲われた後、この人はおねえと一緒に姿を消した。だから、きっとおねえの居場所も!

 

 

 

「ここだよ、瑠璃」

 

「っ」

 

 

 

声。

聞き間違える訳がないその声の主はーー

 

 

「おねえっ」

 

「…………1週間ぶり」

 

 

きょろきょろと見渡しても、おねえの姿はない。声は聞こえるのに!

 

 

「どこ、どこにいるのっ? 姿を見せてよ」

 

「……ごめんね。今は会えない」

 

「っ、なんでっ」

 

 

 

「………………ごめんね、瑠璃」

 

「おねえっ!!」

 

 

 

わたしの声は反響するだけ。返事はない。

いつの間にか万灯の姿もなく、またもおねえの手がかりは暗闇に消えてしまった。

 

 

ーーーーーーーー




『o』編終了。

霧彦の『ハイドープ』化。
なぜ雑魚が『ガイアドライバーREX』を持っているのか。
なぜあかねが姿を見せないのか。
新展開や謎をお楽しみください。

次回、新章開始。


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009 yの邂逅 / 適者生存

久しぶりの更新です。
新章『y』編開幕。


ーーーーside『A』ーーーー

 

 

「おえ……っ」

 

 

胃液が逆流し、また吐く。これで今日は3回目。そのせいで声も少しおかしくなってしまっている。まぁ、どうせ誰に聞かせるでもないし、こんな『街』を汚すことになんの感情も湧かないからいいけど。

 

 

「瑠璃と……会っておけばよかったかな」

 

 

1週間前、メモリの副作用を抑えるための薬・『yoke』を『安らぎの泉』に取りに行った時、偶然出会えた瑠璃のことを思い出す。たぶん今の私は1週間前よりももっと酷い顔をしているだろう。

そんな感傷に耽っている間にも、また敵は来る。

 

 

『グルルルルル……』

 

「また『ロード』」

 

 

2週間ぶっ通しで同じような奴らの相手をしたんだ。今さら驚くこともない。とにかくこの『街』は私をまだ休ませてくれないみたい。

 

 

『イービル』

 

 

『ガイアドライバーREX』に再び『イービル』を挿し、変貌を遂げる私。姿の変化は少ない。髪の色が白銀に変わる程度。けれど、纏う雰囲気は相当に変わるようで、それを感じたのか『ロード』は急に殺気立ち、こちらへ向かってくる。

 

 

『ガルルァッ!!』

 

『ふん』

 

 

攻撃を軽く躱し、奴の首へ蹴りを叩き込む。『ドーパント』とはいえ、急所への一撃だ。たまらずよろけた『ロード』の足元を払い、奴は無様に倒れた。

 

 

『ぐ、オォォ……』

 

『…………っ』

 

ーーバギィッーー

 

 

仰向けの『ロード』の鳩尾へ体重を乗せた肘鉄をかますと、奴は動きを止めた。

 

 

『ガァァァッ!』

 

『……まだいたの、かよっ!』

 

 

『ロード』の知能は低い。分かりやすい雄叫びをあげて迫ってきたもう一体の『ロード』を避け、再び足払い。

……ちょっと体力は温存したいな。

体勢を立て直している敵を視界には入れつつも、辺りを探る。幸運なことにこの近くに『歪み(ひずみ)』があるのを見つけた。これを利用しない手はない。私はそのまま『ロード』の首を掴み、

 

 

『落ちろッ』

 

 

歪み(ひずみ)』の方ーー『街』の下層へと落とす。私もそのまま落下して、自重と落下の衝撃を込めて、『ロード』の顔面を踏みつける。グシャリと顔の潰れる音が聞こえた。生々しい感触に、また吐き気が込み上げてくる。

 

 

『……っ」

 

 

メモリが排出され、姿が戻った。仰向けに横たわる。風都の青色の空は見えるはずもなく、ただ重苦しい真っ黒な空が広がっていた。

 

 

「気分はどうだい」

 

「……万灯」

 

 

そんな私の顔を覗き込んでくる万灯。余計に気分が悪くなったと答えると、気にしていないように笑い返してくる。

……むかつく。こっちはこんなに苦しんでるのに。

 

 

「副作用は……ないんじゃなかったの……」

 

「そうは言っていないさ。あくまでも副作用がマシになる程度と、そう言ったはずだ」

 

「薬、使えばよくない……?」

 

 

あまりの精神的苦痛に、そんな提案をする。そもそもそのために『yoke』を回収してきたんだ。一度も使わないまま、腐らせておくのはもったいない。

 

 

「止めておいた方がいい。あれはあくまで最終手段だよ」

 

「依存性があるんだっけか」

 

「あぁ、無闇に使うものじゃない。まぁ、今の気分不快の原因は『ロード』を殺したことに起因する。要は気の持ち様さ」

 

「……人を殺しておいて、気分がいい訳がないじゃん」

 

「あれは人ではない。『ガワ』だけの存在だから、気に病むことはないよ」

 

 

それでも感触はある。

顔面を踏み潰した感触が。内蔵を貫いた感触が。首を跳ね骨すら斬った感触が。そんな感触をこの2週間味わい続けてきたんだ。そんなに簡単に割り切れない。

 

 

「その辺りは分かり合えない、かな」

 

 

やれやれと肩をすくめる万灯。

万灯は紛れもない人殺しだ。罪を重ね続け、人を殺すこと自体には何も感じないと言っていた。だから、不思議だった。そんな人間が私をこうして助けているのが。

恩人の娘だから。奴はそう話していて、そのことを詳しく聞き出そうとしたけれど、のらりくらりと躱されてしまっている。

 

 

「とにかくいつまでも『歪み(ひずみ)』にいるのはよくはない。ここもいつ壊れるか分からないからね。一度、借りるよ」

 

『オーロラ』

 

 

そう言うと、万灯は私が落とした『ドライバー』を拾い上げ、『オーロラ』に姿を変えた。掴まっているんだよと私に告げて、『街』へと飛翔する。

 

 

 

ーーーー裏風都・路地裏ーーーー

 

 

この『街』・裏風都はおかしい。

地面は赤黒く、空も闇に覆われたように暗い。ビルや建物はあるように見えるけれど、外側だけで中に入ることはできない。『歪み(ひずみ)』とかいう巨大な地面の陥没もある。そこがさらに崩れると『そこ』にいた者は例外なく消える。実際に見たから間違いない。

昔は違ったと万灯は言うけれど、今は少し休憩するのにも、こんな路地裏で『歪み(ひずみ)』に注意を払わなきゃいけないし、休んだ気がしない。風都とは大違い、最悪の『街』だ。

 

 

「……本当に、こんなボロボロの『街』にパパがいるわけ?」

 

 

万灯が用意してくれた濡れタオルを顔に当てながら訊ねる。

 

 

「それは間違いない。私と『街』の繋がりはそれなりに強くてね、そこにいる者の存在をある程度感じ取ることができる」

 

「……ママもいるの?」

 

「それは分からない。残念ながら、私は君の母親には会ったことがないんだ」

 

「じゃあ、やっぱり……あの『塔』を目指すしかないか」

 

「あぁ」

 

 

ここからでも見える、この『街』の中心にそびえ立つ『塔』。出来損ないの風都タワーのような見た目をしているあの場所は、万灯曰く『街』の中核を担う管理室のようなものだという。

 

 

「きっと『あそこ』に……」

 

 

秀平くんが訳もなく失踪するはずがない。

霧彦はよくそう言っていた。パパがここにいるとしたら、確実に何かの目的があるんだろう。だとしたら、『街』を管理する『塔』に行けば、会える可能性は高い。

 

 

「必ず見つけるよ、パパ」

 

 

ポツリと呟いた言葉は、路地裏に小さく響いて消えた。

 

 

 

ーーーーあかねの知り得ない光景ーーーー

 

 

「………………」

 

 

椅子に座っていたその男は、ゆっくりと目を開けた。眠っていた訳ではない。彼はこの『街』に来てから、心と体を休めたことはなかった。

 

 

「………………」

 

 

目を開けたのは、気配を感じたからだ。最近、『街』が騒がしい。『奴』が『街』に入ってきたのかと思ったが、それにしては静かだ。つまり、『奴』以外の何者かがこの『街』に入ってきたのだろう。

 

 

「…………少し様子を見に行くか」

 

 

椅子から立ち上がった彼は、おもむろに部屋の隅に置かれたベッドに近づいて跪く。寝ている彼女の額に軽く口づけを交わし、ポツリと呟いた。

 

 

「行ってくるよ、雫ちゃん」

 

 

返事はない。当然だ。

その様子を見て、ゆっくりと死んでいくと思っていた心が怒りと憎しみに染まるのを彼は自覚していた。

 

 

ーーーーーーーー




すまんな。
14時間労働で死にそうなんや。


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010 yの邂逅 / じぇい……?

ーーーー裏風都・路地裏ーーーー

 

 

『塔』までの道のりは見た目以上に遠い。『歪み』があるせいで、障害物のほとんどない路地裏ですら高低差ができてしまっているからだ。しかも、道中には『ロード』を始めとした理性のない『ドーパント』がうじゃうじゃしている。簡単には辿り着けない。

 

 

『こんな風にッ!!』

 

ーーバギィッーー

 

 

立ち塞がった『ドーパント』を殴り、吹き飛ばす。そいつはゴロゴロと転がり、やがて動きを止めた。既に絶命しているみたい。

 

 

「……弱っ」

 

 

変身を解き、あまりの手応えのなさに拍子抜けしながら、ゆっくりと近づく。顔面に肋骨が貼り付いたようなデザインの仮面を着けた『ドーパント』。体は黒一色。見るからに弱そうだ。

 

 

「『マスカレイド』……いや、『ブラキオサウルス』のボーンズかな」

 

「万灯?」

 

「『ロード』や他のメモリならまだ看過できたが……『ブラキオサウルス』ときたか」

 

 

私の後ろに立つ万灯の表情は変わらないように見える。たぶんそう見えるだけだ。

 

 

「……いいや、気にしないでくれ」

 

「あっそ」

 

 

この『街』に入ってから、彼からは激情が見え隠れする。そこまで人の感情に聡くない私でも感じるんだ。たぶん相当頭にきてるんでしょうね。

……ま、知らんけど。私の目的とはたぶん関係ないし。

 

 

ーードロッーー

 

「うげっ、溶けた……きもっ」

 

「ボーンズは元々『ブラキオサウルス』の体細胞から作られた謂わば魂のない兵隊だ。役目を終えるか果たせなければ消えるそうだ」

 

「ふーん、使い捨てってことか。だから、こんなセンスのない姿形な訳ね」

 

 

特に頭とか最高にダサい。髑髏みたいな厨二丸出しの『ドーパント』になんて死んでもなりたくないわ。その上、弱いとか論外。

 

 

「その言葉は……君の父親には言わない方がいい。私も聞かなかったことにするよ」

 

「う、うん?」

 

 

さっきとは別の意味でよく分からない反応を見せた万灯。その反応に困惑しながらも、万灯と共に歩みを進めた。

 

 

 

ーーーー『塔』より15km南・廃教会ーーーー

 

 

「着いたよ」

 

 

万灯と共に辿り着いたのは、とある教会だった。ほぼ廃墟でツタが張り巡らされているそれは、建物の造りと屋根上の十字架で辛うじて教会だったのだと判別できる。

 

 

「『塔』から離れたのはここに来るためだったってわけ?」

 

「あの場所に普通に辿り着くのは難しい。『ロード』だけでなく、『ブラキオサウルス』もいるようだしね」

 

 

万灯は私の疑問を肯定し、さらに補足する。

 

 

「休みながら進んでいるとはいえ、君の消耗も相当なものだろう?」

 

「まぁ……うん」

 

「少し遠回りをしてでもここに来るべきだと判断した。ここはあの場所の地下へと繋がっている。勿論、ビゼルを持つ者に限るけれどね」

 

「ショートカットってことか」

 

「あぁ、そう思ってもらっていい」

 

 

なるほど。この『街』を知っている万灯だからこその道だ。

少しだけ感心し直した私は、そのボロボロの教会の扉を開けた。

 

 

ーーギィィィーー

 

 

重苦しい音を立てて扉が開く。

この『街』に電気など通っている訳はないから、内部は暗いはずだった。けれど、中はそれこそ一般的な建物と同じくらい明るかった。電灯があるわけではない。明るいのは、そこにいる人間が光っていたからだ。

 

 

「…………」

 

 

跪き、祭壇に祈りを捧げていたその女性。漫画とかで見たことがあるシスターそのまんまの格好をした人がそこにいた。不気味な『街』の雰囲気から、この場所だけ切り離されたような光景だった。

その人はこちらに気づいたみたいで、ゆっくりとこちらを向く。

 

 

「どちら様、でしょうか」

 

 

穏やかな雰囲気。北欧の血を感じる顔立ち。後光にも見える光り輝く肢体。そして、190はあるだろう高身長。そんなのがどうでもよくなるくらいにーー

 

 

「……デ、デカイッッッ!!」

 

「?」

 

 

思わず口にしてしまう。

いやいやいやいや、この状況でこんなところにいる人間のスタイルなんてどうでもいい。今、聞くべきは彼女が何者なのかだ。意を決して、私は口を開いた。

 

 

「何カップ、あるの……?」

 

「えぇと……Jカップですが」

 

「じぇいッ!?!?」

 

 

衝撃。衝撃!!

 

 

「…………」

 

「黒井あかね」

 

「…………」

 

「はぁ…………見ない顔だ。君は何者かな。ここで何をしているんだい?」

 

「ハッ!」

 

 

一瞬、意識が飛んでいた間に、万灯がJシスターに疑問をぶつけていた。私も頭をブンブンと振り、頭の中をリセットして、答えを待つ。

数秒、間が空いて、彼女は答えた。

 

 

「『主』に祈りを捧げていました」

 

「『主』?」

 

「はい。無益な殺生をせずに済むように」

 

 

ーーゾワッーー

 

「っ」

 

 

彼女が微笑んだ途端に、悪寒が走る。緩んだ気が引き締まる。

 

 

「……再度訊ねよう。君は何者だ?」

 

「わたくしは『番人』です。『主』に近づく者を排除する。それがわたくしの役目」

 

 

会話から推測するに、彼女は『塔』にいる人間の部下で、ここを使って『塔』に近づこうとする者を排除するのが彼女なのだろう。

今度は彼女がこちらへ問うてくる。

 

 

「あなた方は何故ここに?」

 

 

どう答えるべきか。チラリと万灯を見ると、無言で首を横に振った。嘘をつくべきではないということだろう。害意はないことを伝えるのにも、正直に話すことにする。

 

 

「私のパパの手がかりを探しに来ただけ。私のパパはこの『街』にいるはずなんだ。ここに来たのはあの『塔』に何か手がかりがあるんじゃないかと思って」

 

「…………」

 

「あなたの『主』?をどうにかしようなんて思ってないから!」

 

 

敵ではないことを伝える。このシスターは穏やかそうだから、もしかしたら、何かパパの手がかりになることを教えてもらえるかもしれない。そんなことを思いながら、両手を挙げてじっとする。

すると、彼女は口を開いた。

 

 

「あなたのお父様のお名前は、なんと仰るのでしょうか」

 

「……黒井秀平、だけど」

 

「そうですか」

 

 

パパの名前を聞いて目を伏せたシスターは、どこからともなく『それ』を取り出した。そして、胸元を露出させてーー

 

 

「申し訳ありません。ここを通す訳にはいきません。『主』に近づく者は全て排除いたします」

 

 

 

『リアクター』

 

 

 

彼女は『リアクター』へと姿を変えた。

 

 

「っ、やっぱり『ドーパント』かっ」

 

『イービル』

 

 

攻撃される前にこちらから仕掛ける。そのために咄嗟に『イービル』メモリを起動し、応戦しようとした、のだけど。

 

 

ーーガシッーー

 

「万灯!? 何するのっ!!」

 

「ここは逃げよう。今の君では『リアクター』には決して勝てない」

 

「そんなのやってみなきゃーー」

 

 

「死にたいのかいッ」

 

 

「っ」

 

 

聞いたことのない強い声に、私は事態の厳しさを理解した。踵を返し、教会を飛び出した。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ここまで来れば大丈夫だろう。

万灯はそう言って足を止めた。どのくらい走ったか分からないけど、もうあの教会は欠片も見えなくなっていた。

 

 

「彼女が使っていたのは『リアクター』。一度は『仮面ライダー』2人を追い込むほどの能力をもつ超高火力原子炉の『ドーパント』さ」

 

「原子炉……」

 

「あのまま殴りかかっていたら、恐らく返り討ち……全身火達磨になっていただろう」

 

 

それはぞっとしない話だ。

それなら、あそこを突破するのは無理か。代案を考えないとと言うと、万灯は首を振った。

 

 

「じゃあ、どうするわけ?」

 

「一度、向こうの風都に戻ろうか」

 

「……なんで?」

 

 

「協力者に声をかけるのさ」

 

 

ーーーーーーーー




あぁ、ふざけたさ。
色々とデカいシスター……いいよね。


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011 yの邂逅 / 老人と海

ーーーー風見埠頭ーーーー

 

 

万灯に言われ、やってきたのは風都・風見埠頭。ここにあの『リアクター』のシスターを倒せる協力者がいると言われてやってきた。ちなみに、当の万灯は他にも用があると、私に任せていなくなった。

 

 

「……もう時間なんだけど」

 

 

埠頭では、おじいさんや若い女性、子供なんかも釣りをしている。約束の人物らしき人は見当たらない。

 

 

「本当に適当だ、あの野郎」

 

 

『マグマ』との戦闘といい、副作用の件といい、中途半端にしか事情を説明しない。その上、それを指摘すると「そうは言わない」と否定する。

 

 

「なんなんだ、あいつ」

 

 

ボソッと毒づきながら、埠頭の端っこに座り込む。

 

 

「何か悩み事ですか」

 

「ん?」

 

 

そんな私に話しかけてきた声。隣を見ると1人の子供がいた。さっき見た釣り人の中にいた子だ。年不相応な落ち着いた雰囲気の少年。さらに、釣りをするにはおおよそ合わない正装を着ていた。周りには親らしき人物はいないようだけど。

 

 

「…………まぁ、そんなとこ。最近、色んな事がそれはもう、めちゃくちゃでさぁ」

 

 

気づけば、私は色々と吐き出していた。勿論、詳細は語らずぼやかして話す。初対面の子供に何を話してるんだとは思うけど、不思議と話を受け止めてくれる感じがして。

 

 

「それは大変ですね」

 

「そ。行方不明だったパパに会えるかもしれないとか、パパを探しに変な『街』で化け物と戦う羽目になるとか」

 

「化け物、ですか」

 

「まぁ、信じてくれないだろうけどね」

 

「いいえ、信じますよ。風都には昔からその手の話は付き物でしたから」

 

 

少年は水面から目線を外さずに、私との会話を続ける。

 

 

「昔? 見てきたみたいに言うね」

 

「……そんな噂を聞いたことがあるだけですよ」

 

「ふーん」

 

 

高校生である私ですら聞いたことのない話だったのに、見た目小学生の少年はそう言う。このどこか大人びた雰囲気といい……。

 

 

「それで、ここには気分転換に?」

 

「あ、いや。パパを探す手伝いをしてくれる人と待ち合わせしてたんだけど……」

 

 

キョロキョロと辺りを再度見渡しても、それらしい人は誰もいない。本当に約束してあるんだろうな、と万灯への恨みが沸々と湧いてきた時だった。

 

 

「あなたは……父親を恨めしくは思わないんですか?」

 

 

少年がそんなことを訊ねてきた。

 

 

「あなたの父親は、あなたと妹さんを置いて出ていった。事件に巻き込まれたかもしれないとは言っていましたが、あくまで可能性の話。しかも、そのせいで『ドーパント』との戦いに巻き込まれてしまって……父親のせいであることは間違いないでしょう?」

 

「まぁ、そうだね」

 

「なら、わざわざあなたが危険を侵してまで、父親を探す必要はないと思いますが」

 

「…………」

 

 

パパのこと、ムカつかないと言ったら嘘になる。

私たちが小さかったとはいえ、なんの事情も話さず行方不明になって。その上、私の中に『イービル』メモリを埋め込んでったのもたぶんパパだろう。

そりゃ、むかつく。むかつくからこそーー

 

 

 

「パパに会いたいんだ」

 

「会って、一発ぶん殴らなきゃ気が済まない!」

 

 

 

話はその後で聞いてやる。私は『街』にいた2週間でそんな決意を決めていた。

 

 

「フフッ……」

 

 

私の言葉を聞いて、少年は笑った。何がおかしいのかと聞くと、笑いながら彼は立ち上がり、それに答える。

 

 

「あなたのように、割り切れたなら僕も少しは楽だったんでしょうね」

 

「??」

 

「いえ、こちらの話です。それより改めて自己紹介させてもらいましょう」

 

 

少年は私に向かい合い、名乗った。

 

 

「僕は千葉秀夫」

 

「万灯さんの協力者です」

 

 

ーーーー喫茶店ーーーー

 

 

「無事、秀夫くんと合流できたようだね」

 

「こんな子供が協力者なんて聞いてない! 本当に大丈夫なのっ!?」

 

 

少年・秀夫くんは隣で静かに珈琲を飲んでいる。まぁ、確かにこの落ち着き方からは大物感を感じるけどさ! それでも子供は子供だ。こんな子供を危険な目に遭わせるのは……。

 

 

「落ち着いてください、あかねさん。僕のような子供では頼りないでしょうが、『リアクター』についてよく知っているのは事実ですから」

 

「あぁ、彼は昔、『リアクター』の適任者の選定にも携わってくれていたから、その特性についてもよく知っている。彼以上の適任者はいないよ」

 

「昔……?」

 

「万灯さん」

 

「失礼。失言だった」

 

「?」

 

 

謎のやり取りを交わす2人。訝しげに思いながらも、とりあえず文句は飲み込むことにする。この子が戦う訳じゃないんだろうし、今は話を進めなきゃ。

 

 

「それで、どうやってあの『リアクター』とかいうシスターを倒すの?」

 

 

私の疑問にまず答えたのは、秀夫くん。

 

 

「『リアクター』は非常に扱いの難しいメモリです。特に、メモリ使用後に体内に残る超高熱の処理が問題で、体外へ熱を排出できなければ死に至ります。その点は?」

 

「恐らくクリアしているだろう。光くんと同じ、蒼い炎を纏っていた」

 

「となると厄介ですね。正面突破も絡め手も難しい。万灯さん、『ブラキオサウルス』はまだ残っていますか?」

 

「残念ながら」

 

「……そうですか」

 

 

ここまでの問答を受けて、秀夫くんは考え込んでしまった。時間にして2、3分ほど。やっぱり無理なのかと思ったその時、彼は再び口を開いた。

 

 

「高熱に耐性があったとしても、その逆はどうでしょうか」

 

「ど、どういうこと?」

 

 

彼の言っていることが分からず、問い返すと、秀夫くんはにこりと笑って解説してくれる。

曰く、メモリ特性は人それぞれで、『リアクター』の超高熱に適応できる人間は稀有だと言う。だからこそ、それ以外のメモリへの適正がない。特に、冷気に弱い可能性が高い。

それが秀夫くんの策であった。つまり、

 

 

「あいつを冷やせばいいってこと?」

 

「簡単に言えば、そうですね」

 

 

なるほど。

 

 

「冷気を操るメモリーー例えば『アイスエイジ』は存在しているが、それを使っただけで『リアクター』を突破できるとは思えないな」

 

「はい。だから、『リアクター』自身の熱を利用します」

 

「利用?」

 

「万灯さんなら聞いたことがあるでしょう」

 

 

万灯の言葉にひとつ頷いた彼は、言葉を続ける。

 

 

「あらゆる事象を反転させるメモリーー『リバース』」

 

「それで『リアクター』の超高熱を反転させます」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『リバース』

 

『リアクター』を倒すためのメモリを手に入れるのが、私たちの当面の目標となった。

 

 

ーーーーーーーー




y編終了。
次回、新章。
そして、話が大きく展開し始めます。


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012 廃人r / 死を司る者

新章『r』編開幕。


ーーーーside『R』ーーーー

 

 

「『リバース』メモリが盗まれた?」

 

 

通話していた霧彦さんの声が耳に入ってきた。少し取り乱したような声はらしくないって思う。断片的に聞こえてくる内容から、相手は春奈ちゃんのパパだろうとは思う。

 

 

「何かあったんですか?」

 

 

しばらくして、電話を切った霧彦さんにそう聞くと、霧彦さんは答えてくれる。

 

 

「警察で保管していた『リバース』というメモリが盗まれたらしい。『マグマ』の時と同じ内通者の犯行だそうだ」

 

「……その内通者早く見つけないと」

 

「いいや、その必要はないようだ。警察内部に入り込んでいたその内通者は既に殺されているらしい」

 

「!」

 

 

霧彦さんによると、その人物は『リバース』メモリをどこかへ輸送する途中だったらしい。だけど、本来輸送の予定はなく、その上、持ち出した記録もされてないこと、その他通信履歴などから、持ち出したその人物が内通者であったことはほぼ間違いないとのこと。

 

 

「じゃあ、そのメモリは……?」

 

「何者かが持ち去ったんだろうね。本来の取引相手か、それとも強奪した人間がいたのかは分からないが」

 

 

人を殺してまで手に入れたい。そう思うほどのメモリ、強いメモリなのかな。そう聞くと、霧彦さんはそれもあるがと肯定した上で続ける。

 

 

「『リバース』は黒井くんとーー瑠璃ちゃんのお父さんと因縁のあるメモリなんだ」

 

「!」

 

 

それを聞いて、一瞬嫌な想像をしてしまう。もしかしたら、その人を殺して『リバース』メモリを奪ったのはーー

 

 

「大丈夫だよ、瑠璃ちゃん。彼はそんなことをする男ではない」

 

「…………はい」

 

 

不安はある。だけど、そう。わたしたちのパパがそんなことをするわけない。ブンブンと首を振り、頭から変な考えを追い出して。

 

 

『だけどよぉ、霧彦。『リバース』が妙な輩に渡るのはマズイだろ』

 

 

そう言うのは『イービル』さん。どうやら『リバース』については、彼女も知っているようだった。霧彦さんも神妙な面持ちで頷いた。

 

 

「照井くんの方は盗まれた『ビゼル』の行方を追うのに手一杯らしいからね。勿論、警察も動いてはいるが、私達も動くとしよう」

 

『当てはあるのか?』

 

「…………殺されたという内通者は恐らく『ビゼル』の件にも関与している。つまり、この2点を繋ぐのは『裏風都』だ」

 

 

『裏風都』については霧彦さんから少しだけ聞いていた。昔、『仮面ライダー』が戦ったという相手。その中心人物が『マグマ』からわたしたちを助けてくれた万灯雪侍だったらしい。

つまり、今回のことに万灯雪侍が関わっている……そこにはきっと……。

 

 

「おねえがいる」

 

「断定はできない。けれど、この間『安らぎの泉』に万灯とあかねちゃんが現れたことを考えると可能性は高いと思う」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

カシャリと音が鳴る。

わたしの手には赤い銃、それと『ボム』のメモリ。護身用にと霧彦さんがシュラウドさんに頼んでいた代物だ。これでやっと戦える。

 

 

「無理は禁物だよ、瑠璃ちゃん。危なくなったら逃げること、守れるね?」

 

「……はい、霧彦さん」

 

 

今から会うのはそれほどに危険な相手だと言う。『裏風都』と繋がるために、わたしは今から人に会う。

そうして辿り着いたのは……。

 

 

「老人ホーム……?」

 

「あぁ。ただし、ここは特殊な施設でね」

 

 

霧彦さんによると、メモリ使用者が集まる老人ホームだって。施設の受付で霧彦さんが手続きをしているのを見ながら、辺りを見渡す。

 

 

「視たことのある色だな」

 

 

そんな声をかけてきたのは、車イスに乗った初老の男性だ。痩せ細り、目からは生気が抜け落ちている。にもかかわらず、弱々しい印象はなく、どこか不気味で危険な雰囲気を纏っていた。

 

 

「彼の名は矢ノ神夜一。元『裏風都』の死神で、その昔、『仮面ライダー』に負けた」

 

「……いいや、決して『仮面ライダー』に負けた訳ではない。私が負けたのは、あの『魔女』と黒井秀平だ」

 

 

その人、矢ノ神夜一は霧彦さんの言葉を否定した。

またパパの名前……この人もパパと繋がっている。

 

 

「単刀直入に聞こう。君の『ビゼル』は今、どこにある?」

 

「…………そんなものとうの昔になくしてしまったよ」

 

「『安らぎの泉』で彼女に敗れた時に?」

 

「そういうことだ……とかく、私にはガイアメモリから手を引いた。この目もほぼ見えず、足も録に動かん。座して死を待つばかりの廃人だ」

 

 

そう言うと、彼は見えない目を閉じた。それは拒絶、これ以上は何も話すことはないという意思の現れだった。

 

 

 

ーーーー深夜・老人ホーム『羅刹』ーーーー

 

 

「こんばんは。矢ノ神夜一」

 

「どこから入ってきた……? ここは厳重な警備を敷かれている。そう簡単に侵入することなどーー」

 

「ーーいいや、そうは言わない。『降って』きたのさ」

 

「その口癖、声……君はまさか……?」

 

「あなたが『待ち望んだもの』はここにある」

 

「!」

 

 

ーーカチャリーー

 

 

「望みを叶えるんだ。『それ』で」

 

「そうか、それはーー悪くない」

 

 

ーーーー霧彦宅・瑠璃の部屋ーーーー

 

 

翌日の夜、わたしが部屋に戻ると机の上に一通の手紙が届いていた。

送り主は矢ノ神夜一。中を開けて見ると、もう一度老人ホームに来るようにと書いてあった。しかも、1人で。

 

 

『危険だ。せめて霧彦には伝えろ』

 

 

この手紙を届けてくれたのは霧彦さんだろうけど、中身は見てないはず。だから、確かに『イービル』さんの言う通り、伝えた方がいいのかもしれない。だけど

 

 

「そうしないと話さないって書いてあったし」

 

『あの男に、こっちのことを知る手段はねぇだろ。律儀に守る必要はねぇよ!』

 

「…………そう、だね」

 

 

時間も遅い。もう霧彦さんは寝てると思うし、明日伝えればいいよね。そう決めたわたしはベッドに横たわり、目を閉じた。

 

 

~~~~~~~~

 

 

「よく眠れたかな。黒井瑠璃」

 

 

目が覚めると、わたしの目の前には矢ノ神夜一がいた。なんでとかどうやってとか色々聞こうとしたんだけど、声が出ない。何かされたの……?

 

 

「怯えることはない。私も昔ほど尖ってはいない。ただ君はそこで『餌』になっていればいい。私の目的を果たしたら解放しよう。悪くない提案だろう」

 

 

目的? 私を拐った目的って……。

 

 

「なに、復讐さ。私をここまで堕とした黒井秀平を誘き出し、この手で殺す。死神としての最期の心残りを果たすんだ」

 

「!?」

 

 

不気味な笑みを浮かべた彼は、懐から『それ』を取り出した。『オウル』の時にも見た、たしか『ガイアドライバーREX』。そして、その左側のスロットへメモリを装填した。

 

 

『デス』

 

 

『さぁ、来い! 黒井秀平ッ!!』

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「ごめんな。また少し離れるよ。あの娘たちの危機なんだ」

 

「ーー行ってくるよ、雫ちゃん」

 

 

 

ーーーーーーーー




柷100話!
記念になにか書きたい……。


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013 廃人r / 再会家族

ーーーー廃ビル内ーーーー

 

 

ーーコツコツコツコツーー

 

 

建物に響く足音。建物の中には物がないから、余計にその足音が響き渡っていた。ここにはわたしと矢ノ神夜一・『デス』しかいないはず。わたしは動けないし、あの人は浮いているから、この足音の主は……。

 

 

『早速、侵入者だ』

 

「…………」

 

 

霧彦さん? ううん、霧彦さんには伝えてなかったし。そうなると一体、誰?

 

 

「人の妹に何してる」

 

 

静かな声が聞こえた。この声!

 

 

『黒井秀平かと思ったが、もう1人の娘の方か』

 

「瑠璃っ!!」

 

「っ」

 

 

おねえだ。おねえだ!

必死に叫ぶけど、声は出ない。けど、わたしの思いはおねえに届いているようで。

 

 

「妹を返せ、下衆がっ」

 

『イービル』

 

 

変身し、走り出すおねえ。白銀の髪を振り乱しながら放った蹴りを『デス』は止めた。

 

 

『人間態のままの『ドーパント』とは興味深い』

 

『うるせぇっ』

ーーバキッーー

 

 

体を翻らせて放った回し蹴りも『デス』の持つ鎌で止められてしまった。

 

 

『攻撃力は悪くない……だが、『デス』相手にメモリ1本とは』

 

『あ!?』

 

 

その言葉の後、『デス』の体にあった髑髏の目が光る。次の瞬間、髑髏から舌が伸びてきて。

 

 

『っ』

 

 

ギリギリだった。おねえはそれを紙一重で避けて、体勢を立て直しながら、距離を取った。

 

 

『万灯から聞いててよかった。それに当たったら終わりなんでしょ』

 

『……? 万灯さん?』

 

『今度はこっちの番だ!!』

ーーグンッーー

 

 

地面を蹴り出したおねえは、一瞬で『デス』の背後に回り込む。鎌を足蹴にして吹き飛ばした後、そのまま後ろから『デス』の体を羽交い締めにした。

 

 

ーーギリギリギリギリーー

『落ちろッ』

 

『ぐ、ぐぅぅ』

 

 

おねえの攻撃は完璧に『デス』を拘束できていた。鎌も遠くに飛ばして、体の正面にある髑髏から舌も出せない。あれならきっと勝てる。

 

 

『流石は、黒井秀平の娘……ガイアメモリに選ばれた家族という訳か』

 

『……っ、それどういうっ』

 

「……お、おねえ!! 後ろ!」

 

『!?』

 

 

どうにか絞り出したわたしの声に気づいてくれたおねえは、その場から飛び退く。間一髪、鎌がその空間を切り裂いていて。少しでもおねえの反応が遅れていたらと思うと、背筋が凍る。

 

 

『悪くはなかったが、この程度で私を拘束できたと思ったのが間違いだったな。では、こちらの番だ』

 

『っ』

 

 

自由の身となった『デス』がそう告げた次の瞬間、髑髏の舌がおねえの体を貫いた。

 

 

「おねえっ!!」

 

 

 

ーーーーside『A』ーーーー

 

 

貫かれたのは右足。幸いなことに痛みはない。けどーー

 

 

「っ、メモリがっ」

 

 

変身が強制的に解除されてしまった。もう一度起動しようとしても、反応しない。見れば、メモリに刻まれているはずのイニシャルすら消えてしまっていた。

 

 

『『デス』はメモリ能力を『仮死状態』にするメモリ。卑怯などと思うなよ、殺しは楽が一番だからな』

 

 

目の前の奴への悪感情は消えてない。ぶん殴ってやりたい気持ちは変わらないけど、現状、私に対抗手段はない。だから、今は、

 

 

「っ、瑠璃、走るぞッ」

 

「う、うんっ」

 

 

手をとって走り出す。だが、室内は広くはない。外に通じるであろうドアは勿論、鍵がかかっていた。ここに入ってきた時に使った出入り口も、細工をされていたのか開かなくなってたし……。

このまま逃げ続けて、時間を稼ぐ。そうすれば、万灯が気づいてくれるだろうし。

 

 

ーーぐらっーー

「ぐっ」

 

「おねえ!」

 

 

そう思った矢先のことだった。思わず膝をついてしまった。さっき攻撃されたところ、痛みはないのに動かせなくなってきた。あの舌、運動能力もなくしてくるのか!

 

 

『あまり手間をかけさせるんじゃない』

 

 

逃げた場所が悪かった。部屋の角、逃げ場のない場所にうずくまった私たちは『デス』に追い詰められてしまう形になる。

 

 

「……うるさい。こっち来るな」

 

『クククッ、まだこんな言葉を吐ける気力があるとは……流石はあの黒井秀平の娘だな』

 

 

そう言って笑う『デス』。

どうにか隙を見つけ出さなきゃ。『イービル』はまだ復活してない。奴の能力の制限時間はないのか。大鎌は奪えないか。一瞬でも視界を奪える手段は。窓を割って脱出はできないか。

あらゆる手段を考えて、それらがどうしようもないことを悟ってしまう。

 

 

「くっ……」

 

 

万事休す。なら、せめてーー

 

 

「ねぇ、お前、パパを誘き出したいんでしょ? なら、私たちのどっちかは生かしておくつもり、だよね」

 

『……クククッ、なんだ? 命乞いでもしようというのか?』

 

「そう、命乞いだ」

 

 

助かるなら1人だけでも……。

 

 

「私はメモリを持ってる。その舌の能力は永続的な効果はないんでしょ? なら、このまま私を生かしておくと、いつメモリが復活して、反抗されるか分かんない」

 

「っ、おねえ! なにをっ!」

 

 

大丈夫、瑠璃。

私が帰らなければ、万灯が動くはず。それに、朝になれば霧彦だってくるでしょ? きっと翔太郎さんたちだって助けに来てくれるはず。だから、今は瑠璃だけでも生きて。

 

 

『美しい姉妹愛だな。無意味ではあるが』

 

「……で、どうするわけ?」

 

『確かに黒井秀平を誘き寄せる餌は1人で十分。お前の言葉に乗ってやろう。望み通りに、メモリを使う面倒な方を殺す』

 

「おねえッ!?」

 

「っ」

 

 

その攻撃には一切の躊躇はなく、『デス』は大鎌を無慈悲にも振り下ろした。

これでいい。これが最善の策だ。瑠璃だけでも生き残って……。

 

 

「……っ、ヤだよ」

 

 

死にたくないっ!

 

 

 

ーーギンッーー

 

「っ…………………………?」

 

 

響き渡る金属音。いつまで経っても痛みは来ない。不思議に思って、ぎゅっと強く瞑った目をゆっくりと開く。

そこには1人の人物がいた。振り下ろされた『デス』の鎌を生身で受け止めている男の人。その人は私と瑠璃に語りかけてくる。

 

 

「元気そうでよかった、あかねちゃん、瑠璃ちゃん」

 

「「ーーーーッ」」

 

 

最近の姿は知らない。けど、その声には強烈に聞き覚えがあって。

 

 

「「パパ……っ」」

 

「あぁ」

 

 

かすれた声で呼ぶ。パパは鎌を『デス』ごと蹴り飛ばした後、しゃがむと、私たちの頭を撫でてくれた。その顔は穏やかで、けれどどこか陰があるそんな表情。

 

 

「っ」

 

 

……むかつく、むかつくむかつくむかつく。

ずっと私たちを放ってどっかに行っていた癖に。

こんなギリギリまで姿を見せなかった癖に。

なのに、撫でられただけで安心してしまう自分がいることが本当にむかつく。

 

 

「……ここから動いちゃダメだぜ。危ないからな」

 

 

そう言うと、パパは私たちに背を向けて、『デス』に向き合った。その背中はとっても大きくて。

 

 

「…………ほんと、むかつく」

 

 

ポツリと呟いた言葉は誰の耳にも届かなかったはず。

 

 

「さて、待たせたな、死神野郎。そんでとっとと失せろ、親子の再会に水を差すなよ」

 

『フフッ、心配するな、親子共々地獄に送ってやろう。そうすれば、永遠に一緒にいられるだろう』

 

「ハッ、寝言は寝て言え。こっちとら可愛い可愛い娘を殺されかけて、最高にキレてるんだ。地獄行きはそっちだ」

 

『ほざけ! メモリ1本で何ができる!』

 

「関係ねぇよ。メモリの本数も能力も関係ねぇ」

 

 

舌戦を繰り広げていたパパは、チラリとこちらを見て笑った。そして、告げる。

 

 

 

「娘の前なんだ、パパの意地を見せてやるよ」

 

『マスカレイド』

 

 

 

ーーーーーーーー




『マスカレイド』vs『デス』開戦!


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014 廃人r / パパの願い

ーーーーーーーー

 

 

『また『マスカレイド』か。そのメモリで勝てないことは前の戦いで知っているだろう』

 

『あ? そんな風に舐めてかかってやられたのはどこのどいつだったっけなぁ?』

 

『ほざけッ! 『魔女』がいなければ恐るるに足らん!』

ーーブンッーー

 

 

『デス』の先制攻撃は、大鎌の投擲。自らに向けて投擲されたそれを『マスカレイド』は避ける。だが、

 

 

『その程度で避けられるわけがないだろう!』

ーーギュゥンーー

 

 

後ろへ外れたはずの大鎌は軌道を変え、『マスカレイド』の背後から迫ってくる。『デス』の一部である大鎌は思念を送ることで遠隔操作が可能で、物理法則を無視した動きで襲いかかってくる。

 

 

『フンッ!!』

ーーガシッーー

 

『……反応速度は悪くない。だが!』

 

ーーガチンッーー

 

 

大鎌を止めている今が好機と、『デス』はメモリ能力を発動させた。肉体の髑髏が光り、舌が飛び出す。貫けば一発アウトの能力。

 

 

ーーブスッーー

 

『クハハハッ』

 

 

舌は『マスカレイド』を貫通した。

これで終わりだ。そう確信した『デス』は変身が解けるであろう『マスカレイド』に近づいて、悔しがる表情を拝もうと彼の顔を覗き込んだ。

 

 

ーーガシッーー

 

『ぐ!?』

 

 

頭を鷲掴みにされた。そう気づいた次の瞬間には、

 

 

ーードゴッーー

 

『が、ぼ……っ!?』

 

 

『マスカレイド』の拳が『デス』の顔面に入っていた。後退りながら相手の姿を確認する『デス』。舌が貫通してから約30秒。本来ならば、変身が解除されるはず。しかし、その姿は以前『ドーパント』のまま。

 

 

『なに、をっ!?』

 

『あれから10年以上経ってるんだ。何の対策もしてねぇと思ったか』

 

 

そう言って、『マスカレイド』は種明かしをする。顔の骨が鉛色に変わり、その能力を発動させた。

 

 

『腕に穴……だと?』

 

『あぁ、そこかしこに穴を開ける『ホール』ってメモリの能力なんだ。ランクは中の下……その程度のメモリで対抗できる雑魚だよ、お前は』

 

『~~~~ッ!!』

 

 

『マスカレイド』の挑発に激昂する『デス』。自らのメモリ能力に絶対の自信があるからこそ、低ランクのメモリで対策されたことが腹立たしく、

 

 

『ならば、これでどうだッ』

 

ーーガチンッーー

ーーガチンッーー

ーーガチンッーー

 

 

残りの髑髏を一斉に消費して繰り出す舌の多段攻撃を繰り出す。不可避の攻撃だ。にもかかわらず、『マスカレイド』は慌てた様子もない。

 

 

『……意地になって攻撃してくんなよ、みっともねぇな』

 

 

その言葉と同時に、『マスカレイド』の頭部の色が変わる。白と黒の斑模様に。そして、軽く手を振り上げた。その瞬間にすべての舌が進行方向を変えた。

 

 

『な、ま、待てっ!?』

 

 

舌が向かう先は『デス』自身。『反転』した舌は間もなく『デス』の体を貫いた。

 

 

『ぐ、が…………ぁ」

 

 

決着。時間にしてわずか1分。

車イスからも転げ落ちた矢ノ神夜一と息1つ乱していない黒井秀平の間にはそれほどまでに実力差があった。

 

 

ーーーーside『A』ーーーー

 

 

「つよ……」

 

 

その戦いを見て、思わずそんな言葉が漏れた。

パパは『ドーパント』に変わり、そのメモリは名を『マスカレイド』と告げていた。その姿は『裏の街』で見たボーンズ?にかなり似ていて。違うのは顔に張り付いた骨の色が銀色なことと黒いスーツを着ていること。どちらにしろ……。

 

 

「ださ……」

 

「お、おねえ?」

 

「……なんでもない」

 

 

つい漏れた本音。どちらも本当にそう思ったから。

って、いやいや、呆けてる場合じゃない。せっかくパパに会えたんだ。一発ぶん殴って、それからいっぱい話をするんだ。

 

 

「っ、パパ!」

 

「……あかねちゃん」

 

 

『デス』だった男からメモリとドライバーを回収していたパパに声をかける。久しぶりの再会だ。きっとパパはこっちに飛びかかってくるはず。そこに一発入れてーー

 

 

ーーズズズズーー

 

「え?」

 

 

気づけば、パパは『ビゼル』を使っていた。それは向こうの『街』に戻ろうとしてるってこと。

 

 

「ま、まってよっ」

「パパっ」

 

「………………」

 

 

私と瑠璃の呼びかけに一瞬止まったパパは、

 

 

「ごめんな」

 

 

それだけを告げて、『裏風都』に繋がる『穴』に消えてしまった。

 

 

 

ーーーーside『S』・裏風都ーーーー

 

 

ーーズズズズーー

 

 

「おかえりなさいませ、主様」

 

 

表の街から戻ってきた俺を迎えたのは、シスター服の女・『ミズハ』であった。俺を主様などと呼ぶ変な女である。

 

 

「……その主様ってのいい加減止めてくれ」

 

「いいえ。主様は私を救ってくださった救世主。一生を懸けてお仕えする所存です」

 

「…………はぁぁ、雫ちゃんが目覚めたら止めてくれよ。浮気を疑われるのは勘弁だ」

 

 

大きくため息を吐く。このまま横になりたいのは山々だが、まずは雫ちゃんの顔を見ないと落ち着かない。ベッドに近づき、横になったままの彼女の髪を撫でてやる。勿論、反応はない。でもーー

 

 

「よかった。ちゃんと生きてる」

 

 

それを確認して、安心する。こうして息があることがこんなにも嬉しいなんて、数年前の俺は想像もつかないだろう。そんな事態なのだ。

 

 

「処置を始める」

 

『マスカレイド』

 

 

変貌を遂げ、自らの記憶を遡る。先日も使ったばかりだから、メモリ能力を引き出すのは容易いことだ。使うのは『ドクター』。対象を雫ちゃんに設定し、処置を行う。丁寧に、丁寧に。

 

 

「………………ふぅ」

 

 

今日分の処置を無事終えた俺は、変身を解除する。

 

 

「本日もお疲れ様でございました」

 

「いや、いつもありがとうな」

 

「いえ、主様のお役に立てているのならば本望でございます」

 

 

俺には勿論医者としての経験なんて皆無だから、この作業だけは毎回かなり神経を使うんだ。その間、警戒してくれてる彼女には感謝の念しかない。

さて、短時間とはいえ、この『街』を空けていたから、状況は確認しておかないとな。

 

 

「ミズハ。『街』の様子は?」

 

「『リアクター』による『街』の破壊は順調です。本日も『歪み』を1ヶ所発生させました」

 

「上出来だ。『ドーパント』擬きの方は?」

 

 

それを聞くと、露骨に嫌そうな顔をしつつ答える。

 

 

「……彼女が数体狩っているのを確認しております」

 

「そんなに嫌か? 風華のこと」

 

「控えめに申し上げますと……死んでいただきたいです」

 

「……録でもないストーカーなのは事実だが、まぁ、なんだ……上手く使ってくれ」

 

「………………」

 

「な?」

 

「ショーチシマシタ」

 

 

彼女が俺の言うことをここまで苦々しく承諾するのだ。分かってはいたが、心底嫌いなんだろう。まぁ、俺も嫌だけどさ。

とにかく『街』の壊滅は順調だ。これなら近いうちに『奴』が現れてもおかしくはないだろう。いい加減、この淀んだ空気も耐えきれない。それに、

 

 

「あかねちゃんも、瑠璃ちゃんも、雫ちゃんに似て、最高にかわいくて美人さんに育ってるよ」

 

 

そう言いながら、雫ちゃんを撫でる。

あぁ、早くみんなで一緒に暮らしたいな。

 

 

ーーーーーーーー




『r』編終了。
次回、新章開幕。

R版執筆中です。
これ、本番まで書くの大変ね。

追記:R版連載開始しました。
私のマイページよりどうぞ。


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015 共闘するh / 姉妹のお話

新章『h』編開幕!


ーーーーside『A』・風見川河川敷ーーーー

 

 

呆然としていた私は、瑠璃に抱き起こされて、どうにか歩を進めていた。

メモリを使ったせいか、はたまたパパと話ができなかったせいか、ともかく気が重い。気分は瑠璃も同じみたいで、いつもは通らない河川敷を歩く。霧彦の家へは少し遠回りだ。

 

 

「おねえ」

 

「……なに?」

 

「大丈夫なの?」

 

 

姉妹2人、河川敷を散歩する。端から見たらきっと何もないただの姉妹に見えるんだろう。けれど、抱えてるものは重く深い。

 

 

「……ま、平気」

 

「…………」

 

「な、なに?」

 

 

瑠璃は不意に立ち止まり、じっと私を見つめてくる。身長差があるから余計に圧迫感があるな、こいつ。

 

 

「嘘。おねえは嘘ついてる」

 

「嘘なんて……」

 

「じーっ」

 

「…………はぁぁぁ、分かった分かった」

 

 

嘘もとい虚勢を張っていることは自分でも分かってた。メモリの副作用は確実に体と心にキてる。それを誤魔化したのは、姉としてのプライドとか、瑠璃に心配をかけたくなかったからだ。

 

 

「急にいなくなって心配した」

 

「うぐっ、痛いところをっ」

 

「夜も眠れなかった」

 

「ぐっ!?」

 

「ご飯も喉を通らなかった」

 

「ぬぬっ!?」

 

「…………まぁ、そんなことはなかったけど」

 

「はぁっ!?」

 

 

支えてくれる人達がいたから、と事も無げに彼女はそう言った。

…………感謝しなくちゃな、色んな人に。

まだ日は落ちてないし、少し話していこうかと瑠璃に提案すると、瑠璃は頷いてくれた。2人並んで河原に座り、話をする。

 

 

「なんでいなくなったの?」

 

「巻き込みたくなかった。あと『ドーパント』になったのを見られたくなかった」

 

「そっか」

 

「うん」

 

 

正直に話す。それから今までのことをポツリポツリと語っていく。それを瑠璃はただ静かに聞いてくれた。

『ドーパント』になって。『裏風都』に行って。戦って戦って戦って。なのに、目的のパパと話すことは叶わなかった。だからかもしれない。

 

 

「ちょっと……疲れた……」

 

 

思わず溢れた言葉。言うつもりはなかった言葉。慌てて口をつぐむけど、瑠璃には聞こえてちゃってる。

 

 

「ん」

 

「瑠璃……?」

 

「ぎゅっとしよ」

 

「~~っ」

 

 

そう言って、瑠璃は両手を広げた。それを見て私はーー

 

 

「うんっ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「あー、泣いたぁ……」

 

「うん、泣いてた」

 

 

ごろんと横になる。なんか吹っ切れた気がする。瑠璃のおかげで随分心が軽くなった。

 

 

「うん。もう元気だ!」

 

「ホントに?」

 

 

今度は取り繕わずに頷く。

 

 

「体の方は休めば平気そう。私の場合、体よりも心がやられるみたいだから」

 

「それ、平気って言わない」

 

「でも、本当にメモリの毒素自体はマシになってるよ。ほら」

 

 

そう言って、『ガイアドライバーREX』を見せる。

 

 

「あ、これって……」

 

「? どうした?」

 

「これ、霧彦さんが前に戦った『オウル』って兄弟が使ってた」

 

「は?」

 

 

それ、どういうことだ?

 

 

「…………」

 

 

……でも、そうか。思い返せば、死神を自称していた『デス』も『ガイアドライバーREX』を使っていた。万灯曰く、そのドライバーは『裏風都』のものだったという。そして、現存しているのは、万灯のものーーつまりは私のドライバーだけだと聞いていた。だとしたら……?

 

 

「万灯が嘘を吐いていたってこと、か」

 

 

 

ーーーー裏風都ーーーー

 

 

「…………」

 

 

『街』の中心にそびえ立つ塔へと繋がる教会。黒井秀平の部下を自称するシスター・ミズハの元に、1人の男が訪れた。

 

 

「あなたは……」

 

「万灯雪侍。前回は名乗っていなかったね」

 

 

再びシスターの元を訪れた万灯は、改めて彼女に名を名乗る。ドライバーもなく、『オーロラ』も思ったように使えないにもかかわらず、余裕の表情は崩さない。

 

 

「彼に会いに来た。通してくれないか」

 

「……申し上げたはずです。『主』の元には行かせない。近づく者を排除するのが私の役目だと」

 

『リアクター』

 

 

話をする気はないとばかりに、シスターは『リアクター』メモリを起動した。胸元にそれを挿そうとしたところで、止まった。それは彼女の意志ではなくーー

 

 

「……僕も長くは保ちませんよ」

 

「ありがとう、秀夫くん」

 

 

千葉秀夫の思念波はシスターの体を縛り付ける。だが、万灯と同じく彼の力も弱体化しており、長くは保たない。

 

 

「本当は彼女が『リバース』メモリを『ライズ』して倒せれば一番だったのだけれど。奪われてしまったという話だからね」

 

 

万灯はゆっくりと歩を進め、教会の奥、マリアを模した像に触れて『ビゼル』を反応させた。その瞬間にゲートが起動して、

 

 

 

「騒がしいと思ったら……懐かしい顔だ、万灯」

 

「……やぁ、黒井秀平くん」

 

 

 

万灯が像を依り代として開いたゲートを通るよりも先に、その中から黒井は現れた。

 

 

「……主様、すみません」

 

「気にすんな。おい、俺に会いたかったんだろ? ミズハは放してやってくれ、千葉秀夫」

 

「っ」

 

「いい子だから、な?」

 

 

警戒する秀夫を諭す黒井。秀夫は万灯に視線を送り、思念波を解いた。ミズハが自由の身になったのを確認した黒井は改めて万灯に話しかける。

 

 

「こっちは忙しいんだ。邪魔すんな、ボケ」

 

「邪魔、ね。そうは言わない……私は君達に提案をしにきたんだ」

 

「提案だぁ?」

 

 

黒井の苛立ちを気にする様子もない万灯は彼にその提案をもちかけた。

 

 

「君の願いを叶える手助けをしよう。私達以上に『街』に詳しい人間はいない。必ず力になれるはずさ」

 

「…………何が目的だ?」

 

 

その問いに、万灯は微笑み、答える。

 

 

 

「黒井瑠璃を殺させてほしい」

 

 

 

ーーーーーーーー




R版もよろしく!


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016 共闘するh / 謀事

ーーーー裏風都・教会内ーーーー

 

 

「瑠璃ちゃんを殺す…………聞き間違えか?」

 

 

万灯の発した言葉を繰り返し、再度聞き返す黒井。その口調は静かだが、一言でも違えれば殺されかねない雰囲気を醸し出していた。その眼光にあの千葉秀夫ですら少したじろぐ。だが、万灯は怯まず続ける。

 

 

「君は『奴』を倒して、あの塔で眠り続けている眠り姫を救いたい。私達も、我々の思い出を汚す悪趣味なこの『街』を破壊したい。利害は一致している、と思うが」

 

「……一応聞いてやる。そのことと瑠璃ちゃん。なんの関係がある」

 

「君のもう1人の娘に会ったよ。黒井あかね……実に妹思いのいい娘だ」

 

「…………『イービル』を使うつもりか」

 

「その通り。あれは負の感情を引き出せば引き出すほどに強大になるメモリ。そして、彼女と『イービル』の適合率は驚異的だ」

 

 

万灯はさらに続ける。

 

 

「まずは『奴』をこの『街』に誘い込む。同時に、この『街』に連れてきた黒井あかねの目の前で黒井瑠璃を殺し、『イービル』の力を覚醒させる。そうすれば、『奴』を含めたこの汚れた『街』の全てを崩壊させられる」

 

 

自らの狙いを提示した万灯。

瑠璃の殺害によるあかねーー『イービル』の覚醒。

それによる『奴』と呼ばれた人物の排除と『街』の崩壊。

それを聞いた黒井は、黙り込む。

 

 

「………………」

 

 

黒井雫が昏睡状態になっている現状とこの『街』の破壊を同時に成り立たせるポテンシャルが『イービル』にはある。だが、本来の持ち主である雫の意識がなく、使うことができない。だから、雫に並ぶほどに適合率の高いあかねに『イービル』を使わせて、その力を覚醒させる。

策としては最善。だが、

 

 

「論外だな」

 

 

勿論、黒井はその提案を受け入れない。

 

 

「俺は家族で笑い合うために動いてる。雫ちゃんも、あかねちゃんも瑠璃ちゃんも……全員だ。俺達家族の未来を諦める気はねぇよ」

 

 

その瞳に迷いは一切ない。夫として、父として、目の前の危険分子を排除する。その決意の元、黒井はメモリを起動した。

 

 

『マスカレイド』

 

 

「フッ……交渉決裂か。探偵くんたちとのやり取りを思い出す顛末だ」

 

「万灯さんっ!!」

 

 

千葉秀夫の声に反応し、万灯は後ろへ跳ぶ。その刹那、万灯がいた場所の足元が削り取られていた。

 

 

『逃げるなよ、殺せねぇだろ』

 

「空間を削る能力……それも『マスカレイド』の能力の一端か。一体、何本のメモリをその身に取り込んだんだい?」

 

『……うるせぇ、もう口を開くな』

ーーギュンッーー

 

 

『マスカレイド』がかざした右の掌、その延長にあった地面が再び削られる。咄嗟に地面を這い、攻撃を躱す万灯と秀夫。

 

 

「間一髪……『ジョーカー』にも負けず劣らず恐ろしいね、『マスカレイド』というメモリは」

 

「万灯さん、ここは退くべきです」

 

「あぁ、潮時だ」

ーーズズズズズーー

 

 

万灯は秀夫の言葉に頷き、『ビゼル』をかざした。すぐに風都に続く時空の歪みは開かれる。秀夫がその穴を通ろうとした次の瞬間、

 

 

ーーバシュンッーー

 

「ッ!? 道が!?」

「これは……!」

 

 

風都への道は閉ざされた。攻撃によるものだと気づいた時にはもう遅い。

 

 

「動くな」

 

「……ッ」

 

 

さらに、千葉秀夫の首元にはカッターナイフが突き立てられていた。彼の小さな体のさらに下、さっきまでは何者もいなかったはずの位置に、黒井のストーカー『フーカ』はおり、今にも喉に突き刺そうと狙いを定めている。

 

 

「シューヘイくんの言うこと聞きなよ」

 

「っ」

 

「相手が子供でも、私は関係ないから」

 

 

聞かなければ喉をかっ切る。それが脅しでないことを千葉秀夫は感じ取っていた。

 

 

「主様、この2人どうしますか?」

 

 

そう訊ねるのは、万灯を拘束したシスター。関節を決め、彼を裕に跪かせていた。

 

 

「……手荒なことは止めてほしいね。こちらは一般人だよ」

 

『先に手荒なことをしようとしたのはそっちだろ』

 

「残念ながら私達には力がないんだ。彼女を覚醒させるしか『奴』に対抗できる手段がない。君も早くしないと手遅れになるのは分かっているだろう?」

 

「…………」

 

 

黒井がこの『街』に入ってから、ずいぶん長い時間が経っている。焦る気持ちがないわけではない。だからといって、手段を間違える気はないが。

 

 

『塔の中に連れていく。メモリも没収して手錠で繋いどけば、瑠璃に手出しはできねぇだろ』

 

「分かりました」

 

『風華もそれでいいな』

 

「うん♡ 私はシューヘイくんに従うよ♡」

 

 

 

ーーーーside『A』・霧彦宅ーーーー

 

 

瑠璃に連れられ、戻ってきた霧彦宅。霧彦は私が無事であることに喜び、抱きしめてくれた。少しバツは悪かったし、いつもながら鬱陶しかったけど、それでもそれでちょっとだけ安心した自分がいた。

お互い落ち着いた後、霧彦と向かい合い、座る。隣には瑠璃もいて、静かに頷いてくれる。ここに至る経緯を伝えるため、私はゆっくりと口を開いた。

 

 

「……ってワケ」

 

「今まで何をしていたかと思えば、万灯雪侍と『裏風都』に行き、メモリを使って黒井くんを探していた? ありえない……」

 

 

信じてくれない霧彦の態度にイラッときた私は、むっとして言い返す。

 

 

「あり得なくないし。だって、実際にーー」

 

「いいや、ありえない話さ」

 

「だ~か~ら~!」

 

 

「『裏風都』は既に『仮面ライダー』たちの活躍で閉じられた」

 

「へ?」

 

 

霧彦の言葉に、呆けた声を出してしまう。

信じていないのではなく『あり得ない』。つまりは私がいたあの『街』はもうないはずの場所だという。

 

 

「でも、ここでおねえが嘘を吐く意味はない」

 

「うん、実際に私は『裏風都』に行った! そこで『リアクター』使いのシスターみたいな奴に会ったり、『ロード』と戦ったりしたんだって!」

 

「『リアクター』に『ロード』……それは確かにあの『街』で戦った相手だが…………いや、そのメモリが風都に来れば騒動になるはず。なら、本当に……」

 

「霧彦さん……?」

 

 

額に手を当て、唸る霧彦。なにやら考えてるみたいだけど……。しばらくして深いため息を吐いた霧彦は両手を上げた。

 

 

「霧彦さんでも分からない?」

 

「そうだね、お手上げだ。これ以上のことは私には分からない。ここで議論をしても無駄に終わる」

 

「無駄って……じゃあ、このままパパたちのことは諦めろってこと……?」

 

 

霧彦をキッと睨む。けど、私の言葉には首を振り、にこやかに笑った。

 

 

「その件については適任者がいる。その人物に協力を仰ぐのがいいと思っただけさ」

 

「それって、万灯?」

 

 

あいつはあの『街』についてよく知っているようだった。協力者としては適任だろうけど、風都に戻ってきてからは姿を見かけない。それ以上に、あいつを信用していいのかどうか……。

 

 

「いや、あの男は信用できない。恐らく黒井くんを探すというあかねちゃんの思いを利用して、なにかをしようとしているはず」

 

「じゃあ、適任者って?」

 

「あぁ、それは『彼女』のことさ。『彼女』ならば、消えたはずの『裏風都』に……そして、その先にいるであろう黒井くんに近づけるはずだ」

 

「『彼女』?」

 

「! その『彼女』って誰なのっ!」

 

「私達の身近な人物だよ」

 

 

身近な人物。

それって一体……?

 

 

ーーピンポーンーー

 

「来たね」

 

 

タイミングを図ったかのように、呼び鈴が鳴った。瑠璃がパタパタと玄関に向かい、扉を開ける。そこにいたのは、

 

 

 

「や、来たよ。霧彦。それから、あかねちゃんに瑠璃ちゃん」

 

「ときめ、さん!?」

 

 

鳴海探偵事務所の探偵助手・ときめさんがそこにはいた。

 

 

ーーーーーーーー




スランプ中。
助けて。


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017 共闘するh / 双子と魔女と

ーーーー夕凪町・T字路ーーーー

 

 

ときめさん。

鳴海探偵事務所の探偵助手で、私のライバル的な人物だ。

 

 

「おねえ、それは過言。相手にならない」

 

「うぐっ」

 

 

瑠璃の刃物の如き一言で、見事撃沈する私。

まぁ、うん。分かってはいる。ときめさんと私では、翔太郎さんとの仲には天と地ほどの差があることは明白。勿論、ときめさんが天で、私が地。ときめさんは翔太郎さんと恋仲である。唯一付け入る隙があるとしたら、まだ結婚していないということくらいか。

 

 

「どうかした?」

 

「いや、別に……」

 

 

私の複雑な心中を知ってか知らずか、ときめさんが声をかけてくる。

……改めて見ても美人だ。

透き通るような白い肌。さらさらな美しい藤色のロングヘアーを後ろでひとつにまとめてる。そして、なんといってもその身体……出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでる。幼児体型な私とは対極にいる女性だ。黒のパンツスーツに銀縁の眼鏡も、なんだか色っぽい。

くそぅ……これが大人の女かっ。

 

 

「ときめさんって何歳だっけ」

 

「うっ…………さ、30後半強だけど……」

 

「40手前か……はぁぁぁ」

 

「あかねちゃん……それ、止めて……刺さるから……」

 

 

「「はぁぁぁぁ」」

 

 

互いに深いため息を吐く。私はこの体型のせいで翔太郎さんからは子供扱いをされ続け、一方のときめさんは翔太郎さんの煮え切らない態度のせいで、結婚がこの歳までなあなあになってるらしい。

翔太郎さん、お願いだから、あなたの罪を数えてください。

 

 

「それで、ときめさん、例の『街』と繋がってた場所がここ?」

 

 

沈みこむ2人のため息をスルーして、瑠璃は訊ねた。このままだと2人して落ち込むだけだし、助かった。

その問いに頭を切り替えたようで、ときめさんは瑠璃の言葉に頷き、近くのビルを見上げる。

 

 

「昔……15年くらい前は、ここがよく『裏風都』との出入口になってた」

 

「別にここ自体が特別な建物って訳じゃないでしょ?」

 

「うん。ただ、ここの建物のオーナーだった立川って人の部下に、『ロード』を使う人間がいたんだ」

 

「あぁ、なるほど」

 

「『ロード』?」

 

 

首をかしげる瑠璃に、私は『ロード』について、『裏風都』を拡張するドーパントだと補足する。ときめさんもそれに見て、続ける。

 

 

「『裏』の人間は『ビゼル』っていう道具を使って、風都と『裏風都』を繋ぐゲートを作ってた。わたしはそれを感知できる」

 

「それは今でも?」

 

「たぶん。『仮面ライダー』が『裏の街』を倒してからはゲート自体が現れなくなってたから、分からないっていうのが正直なところだった。だけど、その能力が失われてはいないのが最近分かったんだ」

 

「…………私の使った『ビゼル』のせいか」

 

「霧彦が言ってた通り、本当にあの『街』に行ったんだね、あかねちゃんは」

 

 

ときめさんの言葉に私は頷いた。

 

 

「それでその『ビゼル』は?」

 

「あー、えっと……パパに向こうで会った時のごたごたで無くしちゃって……」

 

「おねえ、『ビゼル』は万どーーむぐっ」

ーーぎゅむっーー

 

「あかねちゃん? いきなり瑠璃ちゃんの口押さえて……どうしたの?」

 

「あー、いや、なんでもない! なんでもないから!」

 

「むごむご」

 

「瑠璃! うるさいっ」

 

 

たぶん万灯が持っているんだろうけど、あまり詳しくは言わないでおく。下手に話すと、出所の話になる。そうなれば、私が万灯と一緒に風都署に保管してた『ビゼル』を盗み出したのがバレてしまう。それだけは避けたい。刑務所暮らしはごめんだ。後で瑠璃には口止めしとかなきゃ。

 

 

「あかねちゃん」

 

「え、あっ、うん」

 

「ちょっと手を貸して」

 

 

疑問に思いながらも、瑠璃の口を抑えてない方の掌を彼女に差し出す。むにむにと触ったり、手の甲に鼻を当て嗅いだりするときめさん。

 

 

「なるほど。この感じ……確かに向こうの『街』の気配だ」

 

「そういうのも分かるんだ」

 

「まぁ、昔ほどじゃないけど。ねぇ、そっちの手も貸して」

 

 

瑠璃の口から手を放し、両手をときめさんに預ける。今度は静かに目を閉じ、ただ優しく握ってて。

 

 

「頑張ったね」

 

 

ポツリ。その呟きに、少しだけ胸が締めつけられるような錯覚。その感情が何かは……よく分からない。2分くらいそうした後、ときめさんは改めて私に向き直った。

 

 

「ねぇ、あかねちゃん。黒井さん……2人のお父さんは今も『裏風都』にいるんだよね?」

 

「……うん」

 

 

肯定を受けて、ときめさんは私の目をまっすぐに見てくる。それから、瑠璃のこともじっと見つめて、今度は私達2人へ聞く。

 

 

「お父さんを連れ戻したい?」

 

「「うん」」

 

 

即答する。

会えて、でも、戻ってきてくれなかったパパ。あの時は予想外のことに戸惑い、揺らいだ。

でも、迷わない。何がごめんだ! 絶対ぶん殴って、連れ戻してやる!

そして、

 

 

「家族全員でまた暮らすんだ」

 

 

その思いは瑠璃も一緒。2人で顔を見合わせて深く頷いた。

 

 

「ふふっ、いいね」

 

 

そんな私達の返事を聞いて、ときめさんはにこりと笑った。そして、全面的に協力すると約束してくれた。

 

それからときめさんに再び連れられて、私達は近くの公園へ。そこで私と瑠璃は聞いたんだ。ときめさんの『物語』を。

翔太郎さんたちとの出会い。記憶喪失だったこと。

『裏風都』のこと。万灯雪侍との関係性。ときめさんの正体のこと。そして、『裏風都』との決着まで、本当に色んなことを聞いた。

話を聞くうちに、私はひとつの違和感に気づいたんだ。

 

 

「あの『街』……本当に『裏風都』か?」

 

 

ーーーー風都署・超常犯罪捜査課ーーーー

 

 

「真倉刑事。これから容疑者の確保に動く。準備をしろ」

 

 

捜査に出ていた照井竜は、超常犯罪捜査課に戻ってくるなり、机で事務仕事をしていた真倉にそう告げた。それを受けて、真倉はすぐに立ち上がり、銃保管庫の鍵を取り出す。

 

 

「え、え? な、なんすか? 容疑者の確保って、え?」

 

 

状況が飲み込めずにあたふたしていたのは、今年から新卒で入った若い女刑事のみ。そんな彼女の質問に照井が答えることはないと分かっていたからか、真倉は準備をしつつ答える。

 

 

「照井警視正が最近ある事件の容疑者について調べてたのは知ってるだろ」

 

「は、はいっす。この間あった『マグマ』のメモリによる事件すよね? でも、あの犯人って死んだんじゃ……?」

 

「あぁ、『ドーパント』同士の戦いでな」

 

「えっと、そいつにメモリを渡したっていう内通者も死んだんすよね? じゃあ、さっき言ってた容疑者って……?」

 

 

女刑事の質問に、ひとつため息を吐いて真倉は逆に訊ねた。話を聞いてなかったのかと。女刑事のキョトン顔に、また真倉は嘆息する。仕方がないと真倉は説明を続ける。

 

 

「最近はガイアメモリの流通も減ってたし、15年前に警備が大幅に強化された刑務所から脱獄者が出たなんて話もそうそうない。だから、脱獄を手引きし、メモリを提供した『内通者』は存在する。そこまではいいよな?」

 

「はいっす」

 

「あの日、『マグマ』を使った男が脱獄した日。刑務所の監視カメラの映像が改竄された痕跡が見つかってたんだ。改竄後に映ってたのが、例の死んだ内通者候補の男……そいつが本当の内通者なら、改竄した後に、その姿が残ってるのはおかしいだろ?」

 

「なるほど……本当はそのカメラに映っていた人間は別にいて、その人間が真の『内通者』ってことっすね?」

 

「そういうことだよ……っと、課長行けますよ」

 

 

会話をしつつも準備を終えていた真倉は、照井に準備完了の旨を伝える。照井もそれに頷き、入ってきたばかりの扉に手をかけた。

 

 

「えぇぇ!? ま、まってくださいっす!」

 

「…………早くしろ」

 

 

照井と真倉の後ろを新人刑事がパタパタとついていく。

 

 

「それでどこに行くんすか?」

 

「俺に……質問をするな」

 

「課長?」

 

 

その時点で、照井の様子がいつもと違うことに真倉は気づいた。なにかを言い淀んでいるような雰囲気だ。

そのまま署の廊下を歩いていく3人。署の出口付近にて、照井は重い口調で告げた。

 

 

「メモリが盗難にあったと思われる日時に風都署、『マグマ』メモリの男が脱獄する前後に風都刑務所である人物が目撃されていた。改竄された前の防犯カメラのデータも復元できたから、その人物が本当の『内通者』であることはほぼ間違いない」

 

「……課長にしては歯切れが悪いですね。それは誰なんですか?」

 

 

風都署を出て、照井は後ろにいた真倉と新人に向き直り、その人物の名を口にした。

 

 

「この件の容疑者は、元風都署超常犯罪捜査課……刃野幹夫だ」

 

 

ーーーーーーーー



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018 共闘するh / 内通者

ーーーー霧彦宅ーーーー

 

 

「証拠は!!」

 

 

急に私達のところにやって来た風都署の奴等は言った。

「メモリを流していた内通者の正体は刃野さんだ」と。

真倉の胸倉を掴み上げ、私は吠える。おじいちゃんが私達を殺そうとした奴に『マグマ』メモリを流したなんてあり得ない! 証拠がないとか言ったらぶっとばしてやる!

 

 

「おねえ、落ち着いて」

 

「止めんな、瑠璃! おじいちゃんが内通者とか訳ワケんないこと言ってるのに、落ち着いてられるか! それとも瑠璃はおじいちゃんが内通者だって言われて黙ってられるワケ!?」

 

「それは……」

 

「止めろ」

 

 

ヒートアップする私を制したのは、春奈パパ。鋭い眼光でこちらを見据えてくる。その視線に思わず怯んで、手を放した。

その視線に怯みつつも、次に口を開いたのは瑠璃。その話は変だ、と告げてから話し始める。

 

 

「霧彦さんから内通者は死んだって話を聞いてた。内通者の話はそれで終わりじゃないの?」

 

「『リバース』強奪の際に殺された男のことか。彼も内通者の1人であることは間違いない」

 

「なら」

 

「我々が証拠もなしに、彼を疑う訳がないだろう」

 

「っ」

 

 

春奈パパはそう言って、スマホを取り出し、ある動画を私達に見せてきた。『マグマ』の人が刑務所から脱獄した瞬間を捉えた、防犯カメラの映像だという。春奈パパ曰く、前に内通者だと思われていた男が映ってた映像は改竄されていたようで、今回見せてきたデータが本来のものだって。

風都刑務所。何個もの檻が並ぶその場所には確かに、私達のおじいちゃん・刃野幹夫の姿があった。

 

 

「…………確かに、おじいだ」

 

「この後だ。よく見ておけ」

 

 

春奈パパに促され、注意しながら見る。映像の中心には、おじいちゃんがいて、それを追うようにカメラが切り替わる。牢の中には、私達を襲った『マグマ』の男。そいつに二言、三言話しかけているような口の動きだ。そして、『マグマ』の男は立ち上がり、おじいちゃんの側に移動して、やがて、おじいちゃんはそこの鍵を開けた。

 

 

「あっ……あれ、ガイアメモリ」

 

「っ、なんで……っ」

 

 

確かに渡していた。おじいちゃんは、牢を悠々と出た『マグマ』の男に、赤いガイアメモリを手渡していたんだ。

 

 

「これが証拠だよ。復元してもらったこの映像も調べてもらったけど、これには改竄された痕跡はなかったって。ここに映ってるのは、事実だよ。俺も刃さんが内通者だなんて信じたくないけど」

 

「刃野家には既に彼の姿はなかった。その上、連絡も取れない。我々が動いたのを察知して逃走したと考えるのが自然だ」

 

 

証拠は確かにあった。けれど、音声は入っていないんだ。おじいちゃんの内心はまだ分からない!

 

 

「…………で、でもっ!」

 

「うん。おじいが誰かに脅されていた可能性はある」

 

「そうだ、きっとそうに違いないって!」

 

 

瑠璃の発言に同意する私。それに昔からおじいちゃんは騙されやすかったって聞くし、もしかしたら黒幕的な奴に騙されて、メモリを渡す役にされていたとかいう可能性もある。

 

 

「…………2人とも、残念だけど」

 

 

そう言って、真倉はもう一度、スマホの画面を見せてくる。今度はさっきとはまた違う映像……いや、さっきの続きか。おじいちゃんの後を『マグマ』男が歩いてる。

 

 

「あ、刑務官の人と出会ってる」

 

「うん。この刑務官の人に聞けば、もしかしたらおじいちゃんは無実だってーーえ…………?」

 

 

スマホが映し出していたのは、信じられない光景だった。おじいちゃんは懐から『何か』を取り出した。

そんなわけない。あり得ない。

私と瑠璃がパパたちに連れられて家に行くと、いっつもニコニコ笑顔で迎えてくれたおじいちゃんが。ママには内緒でおこづかいをくれて、その度にバレて怒られてたおじいちゃんが。

そんな大好きなおじいちゃんがなんでーー

 

 

 

「な、なんで…………『ドーパント』になってるんだよ……」

 

 

 

映像の中のおじいちゃんは『ドーパント』になった。腰には例のドライバー・『ガイアドライバーREX』。つまり、『オウル』や『デス』と同じ、悪意をもった奴等の仲間……ってこと……?

 

 

「おねえ、顔青い……」

 

「っ」

 

「向こうの部屋行こう。横になったほうが……」

 

「いいっ、まだ話さなきゃいけないことがあ、るっ」

 

 

ときめさんから聞いた話から生まれたあの『街』への疑念。

そして、今回のおじいちゃんが内通者で、私達が襲われる原因を作っていたこと。それ以上に『ドーパント』になって、刑務官を殺していたこと。

色々ありすぎる……あぁ、頭がぐちゃぐちゃだ。

 

 

「あかねちゃん!?」

 

 

……ダメだ。脳が処理しきれない。

意識が、途絶える。

 

 

 

ーーーー5時間後ーーーー

 

 

「…………ん」

 

 

目を開けると見慣れた天井が広がっていた。そこが自分の部屋であることを遅れて理解する。

 

 

「起きた?」

 

「……瑠璃」

 

「おねえ、気を失っちゃって」

 

「私、どのくらい寝てた?」

 

「5時間くらいかな」

 

「5時間……」

 

 

窓の外を見れば、確かにもう日は落ちきっていて真っ暗だった。

 

 

「こんな時間だから霧彦さんも寝てるけど、心配してた」

 

「そっか」

 

 

体を起こすと、瑠璃が支えてくれた。ありがとうと礼を言い、考える。気を失う前のこと。

 

 

「…………瑠璃」

 

「うん」

 

「私、パパを探して連れ戻すんだって言った」

 

「うん」

 

「連れ戻して、ママのことを聞き出して、それからまた4人で暮らす。それでたまにおじいちゃんとも会って、お小遣いとかもらってさ……幸せな家族を取り戻したかった」

 

「うん」

 

「ときめさんや霧彦、翔太郎さん……色んな人に協力するって言ってもらった」

 

「うん」

 

「でも、本当に取り戻せるのかな……」

 

 

思わず溢れた言葉。それとともに、頬を涙が伝っていくのが自分でも分かった。

 

 

「おねえ……」

 

「瑠璃は……どう思う? 本当に前までの家族に戻れるのかな……」

 

「………………それは……」

 

 

その質問に、瑠璃は答えることはなかった。

 

 

 

ーーーー同時刻・廃工場ーーーー

 

 

「よく、ここが分かりましたね、課長」

 

「……情報技術の発展に感謝だな。左よりも早くあなたに辿り着けた」

 

「翔太郎じゃあ、俺は倒せませんからねぇ」

 

「…………」

 

 

照井と向かい合った刃野はそう言って笑う。見れば見るほど、彼だ。照井もよく知るお人好しで騙され上手な刃野幹夫という男だ。

 

 

「なぜ……ガイアメモリに手を染めた? メモリの恐ろしさは知っているはずだろうッ!!」

 

「……課長。俺に質問するな、と課長の台詞をそっくりそのまま返させてもらいますよ」

 

「っ」

 

 

刃野はそう言うと、懐からドライバーと1本のメモリを取り出した。それは防犯カメラに映っていたメモリだった。そのメモリの名前はーー

 

 

『リバース』

 

 

そのメモリを腰に巻いた『ガイアドライバーREX』に挿し込み、姿が変わっていく。白と黒の混じったどこか『仮面ライダー』に似た外見をした『ドーパント』へと。

 

 

「『リバース』メモリ……そうか、やはりメモリを強奪したのは……」

 

『『マグマ』メモリを流していた内通者は、何者かに襲われ、死んで終わり。そういうシナリオにしたかったんだが……そう上手くはいかねぇなぁ』

 

 

その言葉で、照井は確信した。『リバース』メモリが強奪され、内通者と思われていた男が死んだ。死んだ男には確かに疑いは向いていたから、一連の流れは違和感なく受理されていた。

だが、あれは刃野が仕組んだミスリード。確かにその男も内通者の1人ではあっただろうが、謂わばシッポ切りだ。防犯カメラの映像を改竄し、すべての罪を例の男に着せた上で殺害。その裏で『リバース』メモリを手に入れていた真の内通者は、目の前の彼だ。

 

 

「………………」

 

 

照井は目を閉じ、ひとつ息を吐く。

それは覚悟だ。ずっと共に戦ってきた同志と戦う覚悟。再び目を開けた彼の瞳には、燃え上がる闘志が宿っていて。

 

 

「刃野刑事……あなたを倒す。そして、すべてを吐いてもらうぞ」

 

『アクセル』

「変……身ッ!」

 

 

ーーーーーーーー



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019 共闘するh / 敵対勢力

ーーーーーーーー

 

 

『さぁ、振り切るぜ!』

 

『ジェット』

 

『ほっ!!』

ーーグンッーー

 

 

開戦と同時に『アクセル』の放った飛ぶ斬撃は、『リバース』によって、容易くベクトルを『反転』させられる。軌道が変わり、斬擊は『アクセル』自身へと襲い来る。勿論、それに動じる『アクセル』ではない。エンジンブレードで弾き、そのまま距離を詰めた。

 

 

ーーギィィンッーー

 

 

だが、『リバース』はそれを右腕1本で受け止めた。ギリギリと音を立てながらも、受けた腕が叩き斬れる様子はない。

 

 

『腕でエンジンブレードを防ぐとは……相当に強固な外格だな』

 

『課長に褒めてもらえるなんて、ありがたいーーなぁ!!』

ーーブンッーー

 

 

空いていた左手でブレードの刀身を掴み、『アクセル』ごと放る『リバース』。『ドーパント』とはいえ、人間を片手で軽く投げ飛ばせるほどの怪力だ。『アクセル』も体勢を整え、その力を警戒する。けれど、彼が攻撃の手を緩めることはない。

 

 

『スチーム』

 

 

『スチーム』による視界制限。同時に『リバース』に向けて駆ける。

 

 

『ふんっ!!』

ーーブンッーー

 

『っと!?』

 

 

蒸気ごと敵を斬り裂く一閃。『リバース』も直前でそれを察したのか間一髪でその攻撃は当たらない。尚も迫る『アクセル』。

 

 

『エレクトリック』

ーーブンッーー

 

『ビリビリはっ、勘弁だッ』

ーーグニャリーー

 

 

『エレクトリック』を警戒した『リバース』は地面に手をつき、地面を『反転』させて2人の間に壁を作り出した。勿論、『エレクトリック』によって、壁は数刻も形を保てず、破壊される。

壁はあくまで逃げのために使っているのだろう。『リバース』は『アクセル』から距離を離していた。

 

 

『俺は黒井秀平の『リバース』を知っている。種の割れている相手に負けるほど、俺は落ちぶれてはいない』

 

『さぁ、どうでしょうかねぇ』

 

 

頭をかくような仕草をした後に、『リバース』は再び地面へと手をついた。

 

 

『言っただろう。それは知っていると』

 

『エンジン マキシマムドライブ』

 

 

地面を『反転』させ、またも壁を作り出すのだろう。いつかの黒井秀平の手口だ。攻撃をするにも隙を突いて逃げるにも便利な能力だが、マキシマムドライブで威力を上げたエンジンブレードならば、壁は一瞬で突破できる。それを見越して次手を繰り出す『アクセル』。

だが、

 

 

ーーゴゴゴゴーー

 

『!?』

 

 

轟音と共に、足元が揺れる。立っていられないほどの揺れ……そんな『アクセル』の認識は間違いで、『リバース』が『反転』させたのはーー

 

 

『いや、建物が上下逆さまに……『反転』してるのか!』

 

 

天地が『反転』するという本来あり得ない現象に、『アクセル』は狼狽し、膝をつく。その隙を突いて、『リバース』は次なる攻撃を繰り出した。元は地面であった天井を『反転』させ、崩落させる。

 

 

『くっ!?』

 

『トライアル』

 

 

咄嗟にメモリを『トライアル』へと入れ替えて、超高速移動を可能とする『アクセル トライアル』へと姿を変えた。超高速で崩落した天井を躱してーー

 

 

ーービュンッーー

 

『終わりだ』

 

 

ーー一瞬で『リバース』の懐へ飛び込んだ。そして、放つ。

 

 

『トライアル マキシマムドライブ』

 

ーードッ、ゴゴゴゴゴゴッーー

 

 

『ぐ、がっ、ごぉぉっ!?』

 

 

『アクセル』は『リバース』へと蹴りを繰り出し続け、宙に放られた『トライアル』メモリは時間を刻む。9.7秒。その後に『アクセル』はメモリを手中へ。

 

 

『9.7秒、それがあなたの絶望へのタイムだ』

 

 

『リバース』は『トライアル』のマキシマムドライブで爆発して、その音は廃工場内に響き渡った。小さい工場内だ。爆風によって巻き上げられた埃が『アクセル』の視界を遮る。

 

 

『………………!』

 

 

手応えはあった。しかし、

 

 

『流石は課長だ。一筋縄じゃあいかねぇなぁ』

 

 

『リバース』は倒れていない。勿論、メモリブレイクもされていなかった。それどころか、そこにいたのは『リバース』だけではなく、

 

 

『『ブラキオサウルス』……それに『スクリーム』。地獄から這い出てきたか』

 

『ゴオオオオオ……!』

『フシュゥゥゥ……!』

 

 

現れた2体の『ドーパント』。『裏風都』の幹部であった2体は、まるで『リバース』を守るように『アクセル』の前に立ち塞がっていた。

 

 

『ここは引かせてもらいますよ、課長。迎えが来ましたから』

 

『っ、待て!』

 

『ゴゴォォォォ』

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

 

『ブラキオサウルス』が産み落とした大量の『ボーンズ』が『アクセル』に向かう。それを盾にして、『リバース』達は悠々と姿を消したのだった。

 

 

「…………おかしい」

 

 

変身を解いた照井はポツリと呟く。

 

 

「『スクリーム』も、『ブラキオサウルス』も我々が倒したはずだ。あれほどの高メモリをまた集めたのか……いや、それは考えにくい」

 

「ならば、まさか……敵はメモリを製造する方法を有しているのか」

 

 

 

ーーーー裏風都 / 塔・ボイラー室ーーーー

 

 

「……嫌な気配だ」

 

 

『裏風都』の中心。

現在、黒井たちが本拠地としている塔、そこにあるボイラー室に手錠で繋がれ、捕らわれていた万灯は、そう言うと徐に立ち上がった。

 

 

「万灯さん?」

 

「感じるかい、秀夫くん。我々の思い出を汚す者たちがまた動き出している」

 

「…………はい」

 

 

そんな彼らの元に、

 

 

ーーコンコンーー

 

「…………ねぇ、シューへイくんが呼んでる」

 

 

風華はやって来た。ボイラー室の扉を軽くノックした彼女は、無警戒に彼らに近づいていく。メモリは取り上げてあるとはいえ、千葉秀夫には思念波がある。にもかかわらず、彼女はそれを気にする素振りを見せない。

 

 

「ほら、さっさと歩きなよ」

 

「…………万灯さん、やりますか」

 

「いい。彼女の言う通りにしよう」

 

 

そう言って、万灯は両手を挙げた。

思念波を使おうかという秀夫の提案を万灯が否定したのは、彼女自身も『ハイドープ』であることを察していたからだ。万灯の意図を理解した秀夫は抵抗せずに、万灯に倣って両手を挙げる。

それに過程こそ違えど、『奴』を倒すという一点において、両者の利害は一致している。また、このタイミングで一度捕えた自分たちを呼び戻す理由は、それ以外にあり得ない。そう考えた上での言動だ。

 

 

ーーーー塔・制御室ーーーー

 

 

「……よう。ゆっくり休めたか、万灯」

 

 

制御室にて、黒井は万灯たちを迎えた。無表情で皮肉を言う黒井は革製の椅子にどっしりと構えており、シスター・ミズハはその後ろに静かに佇んでいた。そして、案内役の風華も彼に付き従うように、彼の側へ。力関係がハッキリと分かる構図だ。

 

 

「……あぁ、ちょうど微睡んでいたところだよ」

 

「悪かったな。そんな時に呼び戻して」

 

「いや、気にしないでくれたまえ」

 

 

無意味なやり取り。互いにこの程度の煽り合いで、イニシアチブは取れないことは分かっていた。だから、早速話を進める。

 

 

「ようやく『奴』が動き出した」

 

「……そうだろうね」

 

「単刀直入に言う。俺の下に付いて、『奴』の捕獲に手を貸せ」

 

「…………捕獲、か」

 

 

黒井の言ったその言葉に、万灯は反応した。その反応は黒井にとっては想定済み。互いに理があるように会話を進める。

 

 

「『奴』を殺して、この『街』を壊すのがお前の望みだろ。『奴』を捕獲して、雫ちゃんを救ったら『奴』にも『街』にも用はねぇ。お前らの好きにしろ」

 

「ふむ。だが、私達には力がないと言っただろう? 手段を任せてもらえるなら、一番効率のいい方法ーー黒井瑠璃を殺す方向で動きたいのだが」

 

「……風華」

 

「うん」

 

 

万灯の思考をも予想していた黒井は、風華の名を呼ぶ。彼女を監視役として付けるつもりである。それを見た万灯は、観念したようにひとつため息を吐いた。

 

 

「了承した。『奴』を捕え、やがては殺すために、君に協力しよう、黒井秀平くん」

 

「裏切るなよ。お前らの命は俺の手の内にある」

 

 

 

ーーーー風都某所ーーーー

 

 

「ただいま帰りました」

 

「…………あぁ」

 

 

刃野幹夫は2人の人間を従えて、その場所へと帰還した。ただいまと言う相手は暗がりにいて、その姿は鮮明には見えない。声から男であることだけは分かるが、抑揚のない声からは感情を読み取ることはできなかった。

 

 

「いやぁ、流石は『仮面ライダー』だ。一筋縄じゃあいかねぇな」

 

「…………」

 

「それで? 迎えを寄越したってことはそろそろ動くってことか、旦那?」

 

「あぁ」

 

 

男は徐に刃野に近づくと、彼の姿が明るみに出る。ただし、その素顔は分からない。男は顔の上半分が完全に隠れるような仮面をしているからだ。

仮面の男は刃野の肩を軽く叩き、告げる。

 

 

「気を付けろ。『素』が出ている」

 

 

『素』。刃野に対して、仮面の男はそう言った。それを受けて、刃野は邪悪な笑みを浮かべる。おおよそ善人である刃野のものとは思えない笑みで、彼が本来の刃野幹夫とは別人であることを物語っていた。

 

 

「っと、いけねぇや。少し調整する時間をくれ。でないと、いくら『嘘つき』な俺とはいえ、バレちまうからなぁ」

 

『イミテーション』

 

 

『偽装』が解ける。『ガイアドライバーREX』から『イミテーション』メモリを引き抜いた男、刃野幹夫に『偽装』していた男の名は沢田さちお。以前、『ライアー』ドーパントとして、『仮面ライダー』たちに破れた男だった。長年投獄されていた彼は出所後、仮面の男にスカウトされて、『仮面ライダー』に復讐するため、行動を共にしていた。

 

 

「1週間待つ。刃野幹夫を完璧に仕上げてこい」

 

「あぁ、任せておけ。仲間と戦わなきゃいけない『仮面ライダー』どもの顔を歪ませてやるよぉぉ!」

 

「…………」

 

 

意気込む沢田とは対照的に、仮面の男は無言。感情はやはり見えてこない。ただ一言だけ、ポツリと呟く。

 

 

 

「黒井……秀平……」

 

 

 

あまりにも小さな呟きで、そこに込められた感情を読み取れる者はその場にはいなかった。

 

 

ーーーーーーーー




『h』編終了です。
次回、話が動き始めます。


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020 sの憧憬 / 全面戦争

新章『S』編開幕。


ーーーーside『S』・制御室ーーーー

 

 

「主様、準備が整いました」

 

 

『裏風都』の中心に聳え立つ塔の制御室。そこでモニターを通して、『街』を眺めていた俺に、ミズハが声をかけた。振り向くと、彼女はいつも通りの穏やかな表情で俺の返事を待っている。

 

 

「悪いな、ミズハ」

 

「悪いなど仰らないでください。この身は一度死んだ身です。貴方様に救われた私の身体のすべては、貴方様のためにあるのですから」

 

「…………それでも『リアクター』はお前の身体を蝕んでるんだろ。もし、辛いのなら止めてもいい。俺は最初からそう言ってたはずだ。だから、今止めたってーー」

 

「………………いいえ」

 

 

俺の言葉を否定するミズハ。こういう時だけは俺のいうことをちっとも聞いてくれないんだよな。頑固なところは、少し雫ちゃんに似てるよ。

 

 

「私にはもったいないお言葉です」

 

「…………頼む」

 

「はい。主様と……雫様のために、持てる力の全てを尽くします」

 

 

ーーーー外苑ーーーー

 

 

「メモリはお気に召したか。千葉秀夫」

 

「……黒井秀平」

「あぁ、ドライバーがないのは不便だが、それでも助かるよ」

 

 

秀夫は俺を警戒しているようで、こちらを睨み付けたまま。万灯は相も変わらず飄々と俺に答えた。

彼らの手にはそれぞれメモリが握られていた。万灯は元々持っていた『オーロラ』メモリ。そして、秀夫が持っているのは俺がこの『街』で見つけたとあるメモリだった。

 

 

「……本音を言えば、このメモリは扱いづらくて嫌ですが」

 

「あ? 文句を言うなよ、エロガキ」

 

「…………万灯さんに免じて生かしていますが、この件が終わったら覚悟しておいてほしいものです」

 

 

本当に以前からこのガキとは意見が合わねぇ。そもそも昔、雫ちゃんにしようとしたこと忘れた訳じゃねぇからな、このエロガキが!

秀夫といがみ合っていると、不意に万灯が口を開く。

 

 

「何度も言うが」

 

「あ?」

 

「我々は戦力に考えない方がいい。私も秀夫くんもメモリの毒素に長くは耐えられない」

 

「分かってる」

 

 

だからといって、『奴』と戦うにはこちらは戦力が足りねぇんだ。猫の手も借りたい状況で、利害の一致してるこいつらを使わない選択肢はない。それに、こいつらも『奴』を前にしては、黙って見ていられる訳がないだろうし。

 

 

「戦力が足りないのなら、万灯さんの言う通りに、黒井あかねを覚醒させればいいでしょう」

 

「…………同じことを言わせるな。フィルデオ・ヘルスタイン」

 

「………………」

 

「あー、止め止め。ここで言い争っても意味はねぇんだ」

 

 

一瞬、血が登りかけた頭を軽く叩き、クールダウンする。こいつらがそれを企もうとも、既に状況は進んでる。

 

 

「ともかく頼むぜ、万灯雪侍」

 

「あぁ、恩人の頼みとあらば、喜んで」

 

 

ーーーー塔外・螺旋階段ーーーー

 

 

「おい、風華」

 

ーードプンッーー

「はーい♡ なぁに、シューへイくん?」

 

 

俺の呼び掛けに応じて、すぐに俺の影の中から現れた風華。

はぁ、やっぱり俺の影の中にいやがったか。いつからいたのかと訊ねると、俺が塔から出た瞬間だと言う。俺を見つけた時に、塔の上から落ち、影に飛び込んだと。どおりでさっきから妙に背筋がぞわっとする訳だ。

 

 

「お前にはあの2人の監視を頼んだはずだが?」

 

「勿論今だってしてるよ。私の『ハイドープ』能力、知ってるでしょ」

 

「……そうだったな」

 

 

正直、彼女の能力をあまり深くは知らない。だが、今のこいつが俺に協力してくれていることは事実。俺に不利益になることはしないだろう。

……って、協力ねぇ。信じられねぇ話だぜ。前世では俺を監禁までした上に、この世界にまでつけ回し、挙げ句の果てに雫ちゃんとの仲を引き裂こうと画策してやがったあのストーカー女が、雫ちゃんを助けるのに協力してるとはな。

 

 

「今でもあの女はキライ。死んじゃえばいいと思ってる」

 

「あ? てめぇーー」

 

「だけど、それじゃあ、シューへイくんは幸せになれないんでしょ」

 

「………………あぁ」

 

「なら、協力するよ。あの女が起きるまで、だけど」

 

 

その後はまたあの女と争うよ。シューへイくんを奪うためにね。風華はそう言って、不敵に笑う。

 

 

「正直さ、お前のことは許してないし、信用もしてねぇ。だけど、なんか……変わったな、お前」

 

「変わった? 魅力的になったってことぉ?♡♡」

 

「勝手に言ってろ」

 

「うん♡」

 

 

この15年で、こいつもこいつなりに変わっているんだ。

もう俺もいいおっさんだ。なぜか外見の変わらないこいつは、俺以外の相手を見つければいいものを。

 

 

「今度、いい男でも紹介してやるよ」

 

「え? なんでそんなことするの? 私がアイシテルのはシューへイくんだけなんだよ? そんなことしたら、その男八つ裂きにするよ?」

 

「ひえっ……」

 

 

あ、ダメかも。やっぱりこいつ、変わってねぇや。

 

 

 

ーーーー1時間後・制御室ーーーー

 

 

「全員、準備はいいか」

 

 

マイク越しに全員に話しかける。

塔の外にいる万灯と秀夫。

塔の外側に設置された螺旋階段から下を見下ろす風華。

そして、塔の頂上に立つミズハ。

全員が俺の言葉に頷いたのを確認してから、俺はミズハに合図を出した。

 

 

「始めます」

 

『リアクター』

 

 

ミズハはメモリを起動して、露出させた胸元へと挿し込んだ。途端に体が変わっていく。蒼い炎を肉体から吹き上がらせる『リアクター』へと。そして、『リアクター』は力を、熱を溜め始めた。

 

 

『ぐっ……』

 

 

少しよろける『リアクター』。

無理すんじゃねぇ! 少し休んでもいい。

そんな言葉をどうにか飲み込む。ミズハの覚悟を俺は知っている。ならば、ここは彼女を止めてはならない。

 

 

『あぁ……っ、うぁぁっ』

 

 

苦しみながら、『リアクター』は熱を溜め、自らの頭上に集める。『リアクター』の生み出した蒼い炎は膨れ上がっていき、やがて『リアクター』の十数倍もの火球となる。日の当たらないこの『街』ですら明るく照らし出す太陽のようなエネルギー。

それを放って、この『街』を破壊する。そうすれば、『奴』は必ず現れるはずだ。

そのためにも、もう少し……もう少しだけ頑張ってくれ、ミズハ!

 

 

『シューへイくんっ』

 

「!」

 

 

ミズハの姿に注目していたせいで、気づくのが遅れていた。風華の声のおかげで、俺はすべてのモニターに目を移す。俺の目に飛び込んできた光景はーー

 

 

「……来やがったなッ」

 

 

空に穴が開く。『ビゼル』によって、時空が裂け、風都とこの『街』が繋がる前兆だ。穴は広がっていく。

そして、現れる『ドーパント』の軍団。

うじゃうじゃと『ロード』共が湧いてやがる。そいつらの後ろから現れるは『ブラキオサウルス』と『スクリーム』。そして、『リバース』。

 

 

「全員、聞こえるか。案の定、おいでなすったぜ。俺達共通の敵だ。大将である『奴』以外は各々の判断で撃破、排除しろ!」

 

 

あいつらも敵を捕捉したんだろう。万灯と秀夫、風華がメモリを起動するのが見えた。それを確認し、俺はミズハに指示を送る。

 

 

「ミズハ!!」

 

 

予定通りだ。『奴』らが来なければ、『街』を破壊するはずだった巨大エネルギー弾。『リアクター』は俺の声に応じるように、それを有象無象ーー『ロード』や『ボーンズ』共に撃ち出した。

そう。それが開戦の合図だ。

 

 

 

「さぁ、全面戦争と行こうじゃねぇかッ!」

 

 

 

ーーーーーーーー



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021 sの憧憬 / 悪対悪

ーーーー秀夫視点ーーーー

 

 

「さて、秀夫くん。『あれ』をどう攻略しようか」

 

「…………」

 

 

僕たちが見据える相手は、勿論『ブラキオサウルス』だ。裕に僕たちの5倍はあろうかという相手。あれを倒せなければ、産み落とされた『ボーンズ』によって、戦力差は広がるばかり。ただでさえ薄い勝ち目がさらに薄くなってしまう。

 

 

「『ブラキオサウルス』の弱点は骨と骨の間、体節でよかったね?」

 

「はい。通常の『ブラキオサウルス』であれば、それを叩くのが定石でしょう。『ボーンズ』を出した数と本体の耐久度も反比例するはずなので、それを待つのも1つの手ではあります。けど、それだと……」

 

「あぁ。本体に辿り着く前に、我々が力尽きる」

 

 

僕も万灯さんも、長くはメモリを使えない。『ボーンズ』を出させ、脆くなるのを待つ耐久戦は不可能だ。僕たちには短期決戦しかない。

 

 

「道は作ります」

 

「あぁ、信頼してるよ」

 

「……はい」

 

「では、方針も決まったことだし、いこうか、秀夫くん」

 

「はい、万灯さん」

 

 

『オーロラ』

 

『オールド』

 

 

共にメモリを起動して、肉体に直挿しする。

 

 

「ぐぅっ」

 

 

ドライバーを使っていた時と違う、メモリが肉体に入ってくる異物感。気持ちが悪い。

『オールド』……『老い』のメモリ。これを僕にあてがうんだ。黒井秀平は相当に性格が悪い。終わったら必ず酷い目に遭わせてやろう。そんな逃避じみたことを考えている間にも、変身が完了する。

 

 

『……うぅぅ』

 

『大丈夫かい、秀夫くん』

 

『…………はい、どうにか』

 

 

ーーザッ、ザッ、ザッーー

『…………』

『…………』

『…………』

 

 

息を整える間もなく、あの巨体から落とされた『ボーンズ』がこちらに向かってくる。それに対して、僕は、

 

 

ーーゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

『オールド』の能力を発動する。『老い』が付加された精神干渉波『オールドクリーク』は、地面を覆っていく。それに触れた『ボーンズ』は、ボロボロと崩れた。

『ボーンズ』はあくまでも『ブラキオサウルス』の体組織から生まれた存在だから、『オールド』による老化が効くはずという黒井秀平の読みは当たっていたようだ。悔しいが、これなら……!

 

 

『万灯さん!』

 

 

『ボーンズ』が崩れたのを見て、万灯さんは『ブラキオサウルス』へと既に駆け出していた。あの巨体だ。体の下が死角になるのは、他ならぬ僕が一番理解している。だから、『ボーンズ』で足元を固めるのも想定済み。

 

 

ーーゾゾゾゾゾゾッーー

 

 

指向性を持たせた『オールドクリーク』を展開し、万灯さんの行く手を阻もうとする『ボーンズ』へと放つ。

順調だ。奴の足元ががら空き。あとは万灯さんが『ブラキオサウルス』の体を駆け上がり、『オーロラ』で『ブラキオサウルス』の体節を破壊すれば!!

 

 

『行ける!』

 

 

ーーキィィィィィィンーー

 

 

勝利を確信したその瞬間、その音は響いた。金切り音……いや、これは『叫び』だ。音の出所を確認しようとする暇もなく、僕はーー

 

 

『ーーアァァァァァァァァーー』

ーーキィィィィィィンーー

 

『!?』

 

 

ーー『スクリーム』の攻撃を受けた。『叫び』が僕を包んでーー。

 

 

『……え?』

 

 

時間にして、数秒間。『叫び』は聞こえなくなった。辺りを見回すが、『スクリーム』の姿はない。何が起きたんだ?

 

 

ーー風華視点ーー

 

 

「貴女たち、何者?」

 

『…………』

 

 

私の質問に、目の前の『スクリーム』は答えない。ただじっとこっちを見つめてくるだけ。

 

 

「うげぇ、キモいなぁ……」

 

『…………』

 

「意志がないわけ? ますますキモい」

 

 

私の言葉にはなんの反応もない。意志薄弱で、私が昔作った複製兵士の人形を思い出す。こいつ、命令を実行するだけの人形に近い気がする。

 

 

「ま、いいや。そっちが何者でも私には関係ないし。一応、シューへイくんが聞き出せって言うから、私は従っただけ」

 

『…………』

 

「答える気がないなら、別にいいし。答えられないなら、尚更。とにかく倒してから考えればいっか」

 

 

私はポケットに入れてあったメモリを取り出す。これは私がシューへイくんといるために、手に入れた私の意志。陰からシューへイくんを見守る(ストーカーする)ために手に入れた力だ。

 

 

『シェード』

 

 

メモリを額に挿し込み、変貌を遂げる。

色はシューへイくんとお揃いの黒。余計な装飾を一切排除して、身体のラインだけが出る肉体。そして、顔には閉じられた瞳だけが存在する。そんな私に似合わない地味な姿の『ドーパント』。だけど、その本質は私にぴったりだって思ってる。

 

 

ーードプンッーー

 

 

瞬間、私の身体が消える。

 

 

『!』

 

 

私が一瞬で消えたことで、今までほぼ無反応だった『スクリーム』も辺りをキョロキョロと見渡している。

フフッ、愉快愉快♪ ま、そんなに見渡しても無駄なんだけど~♪

 

 

ーーズズズッーー

 

『ここだよ』

 

 

私が潜んだのは影の中。

『シェード』は『陰』の記憶をもつメモリ。影の中を自由自在に行き来できる能力。

 

 

『ふっ!』

 

ーードゴッーー

 

『ッ』

 

 

そのまま殴り、再び影の中へ。

 

 

『…………』

 

ーードゴッ、ドゴッーー

 

『?』

 

 

『スクリーム』は私が潜んだ自分の影を攻撃する。だけど、そんなのムダムダ。

 

 

『こっちこっち!』

 

ーーガッーー

 

 

また背後から飛び出して、蹴りを『スクリーム』の首へ放つ。そして、再び影へ飛び込む。

 

 

『………………』

 

 

私が影に潜んで攻撃しているのを理解したみたいで、『スクリーム』は地面に這うように四つん這いになった。

ふーん、まぁ、確かにそれなら『スクリーム』の影は、完全に体で隠されていて、下からは飛び出せない。けどさ~♪

 

 

『ムダだってッ!』

 

ーーガシッーー

 

『!?』

 

 

『スクリーム』の後ろ側、ただの地面から私は飛び出して、『スクリーム』の足首を両手で掴む。

そこは影もない場所だと思っていたでしょ? それは正解。普通なら、私は活動できない場所だ。けど、ここは『裏風都』……日の射さない『陰』だらけの『街』だから。

 

 

ーーグッーー

 

『どこでも行けるんだ、私!』

 

ーーびたーんっーー

 

 

持ち上げ、地面へ叩きつける。

 

 

『クスクス……抵抗できないまま、やられちゃえ』

 

 

影に入り、飛び出して攻撃。たまに他の陰へ入り、不意打ちで掴み、叩きつけ攻撃。それを繰り返す。繰り返す。意識していないところからの攻撃には無防備で為す術がなくて、可哀想かも?

 

 

『ま、そんなこと1ミリも思ってないけどぉ♡』

 

ーーキィィィィィィンーー

 

『え……?』

 

 

甲高い音が聞こえた。次の瞬間、

 

 

ーーーーーーアァァァァァァァァァーーーーーー

 

『か、は……っ!?』

 

 

私は影から打ち上げられていた。

『スクリーム』は『叫び』による全方位攻撃を行える。シューへイくんがそう言っていたのを不意に思い出した。『叫び』は地面の中にも響き渡り、私を打ち上げた。

……これが、そうなんだ。警戒をしなきゃ。意識を切り替えるよりも早く、

 

 

ーーガシッーー

 

『っ』

 

 

脚を掴まれる。ちょ、これじゃあ影に入れないっ!?

 

 

『にぃぃぃぃぃぃ』

 

ーーゾワッーー

 

 

焦りを感じた私に向けて、『スクリーム』は笑いかけてきた。本当に不気味な笑みで、寒気がする。

 

 

ーーぐっーー

 

ーーびたーんっーー

 

『が……ッ』

 

 

背中に強い衝撃と強烈な痛み。叩きつけられたのだと理解するより前に、さらに、

 

 

ーーびたーんっーー

 

『ッ』

 

 

今度は体の前側、顔面と胸、腹に激痛が走る。それを

 

 

ーーびたーんっーー

ーーびたーんっーー

ーーびたーんっーー

ーーびたーんっーー

 

 

繰り返される。意識が……飛ぶ……。

メモリが排出された私を、『スクリーム』は足首を掴んだまま、逆さ釣りにして観察してくる。キモい……本当に、キモい……。

 

 

『?』

 

「……はっ…………は……」

 

『にぃぃぃぃぃ…………すぅぅぅぅぅぅ…………』

 

 

ーーキィィィィィィンーー

 

 

薄れ行く意識で、『スクリーム』が思い切り息を吸い込むのが見えた。同時にあの金切り音。

 

 

『ーーアァァァァァァァァーー』

 

ーーキィィィィィィンーー

 

 

至近距離で響く轟音。激痛。私の身体すべてが振動する。

時間にして1秒。身体が破裂しようとしている感覚が、私の脳を支配してする。『叫び』は終わらない。

 

 

「死、ぬ……」

 

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない。死にたくないよ。

『叫び』に簡単にかき消されるほど小さな声で、私は呟いた。

 

 

「たす、けて……」

 

 

助けは、来ない。

当然かな。たくさん悪いことしたから、その報い。わかり切ってたことなのに。

シューへイくんのヒロインは、私じゃない。

だから、私を助けてくれるヒーローも、王子様もーー

 

 

 

ーーバギィッーー

 

『ガッ!?』

 

 

もう痛みすら感じなくなった体に、突然感じた浮遊感。そして、

 

 

ーーギュッーー

 

 

誰かに抱き止められる感覚。今は目を開けるのも辛い。けれど、この匂い、この体つき、この暖かさ。それを私は知ってる、知り尽くしてる。

なら、助けてくれたその人の姿を、私はちゃんと見なきゃいけない。じゃなきゃ、一生後悔するだろうから。

 

 

「あ…………ぅ……」

 

 

声は出ない。呼吸をするので精一杯な私に、彼は告げる。

 

 

「改めて言うが、お前を許すつもりはねぇし、好きになるつもりも一切ねぇ。俺がお前を選ぶことは絶対にない」

 

 

知ってるよ。だけど、こうして来てくれたじゃん。

 

 

「だけど、ミズハが倒し損ねた『ロード』から、雫ちゃんを陰から守ってくれてたのは知ってるからな」

 

 

……あーあ、バレてたんだ。絶対バレてないと思ってたのに。

 

 

 

「その分はキッチリ守ってやるよ、風華」

 

 

 

そう言って、私の王子様は笑った。

私の大好きなガラの悪い笑みで。

 

 

ーーーーーーーー



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022 sの憧憬 / その男、最強につき

ーーーーーーーー

 

 

「はぁぁぁんっ♡ シューヘイくんのがはいってくるよぉぉ♡♡」

 

『黙れ、ボケ』

ーーベシッーー

 

「イタっ」

 

 

『ドクター』での治療を終えた風華を軽くどつき、俺は再び『スクリーム』と向き合う。ここは、そうだな……。

 

 

『おい、風華。ここにいても邪魔だ。メモリ能力が使えるようになったら、雫ちゃんのところに向かえ』

 

「…………殺しちゃうかもしれないよ?」

 

『それはねぇよ』

 

「……ちぇっ」

 

 

この『スクリーム』は厄介だ。全方位攻撃に加え、想定以上の攻撃範囲。恐らくあの絶叫は反響し、向こうで戦っている万灯たちへも影響する。なら、こいつを最短で倒し、俺は雫ちゃんの元へ戻ればいい。その間、風華に守らせる。これが最適解だろう。

 

 

『行け!』

 

「うん!」

 

『すぅぅぅぅ……』

 

 

風華が走り出したと同時に、『スクリーム』が大きく息を吸い込んだ……って、させるかよ!!

 

 

『食らっとけ!!』

ーーバチッーー

 

 

撃ち出したのは『ライトニング』による稲妻。音よりも速い光は『スクリーム』に直撃する。あくまで火力よりも速度に特化した能力だ。案の定、またすぐに深呼吸を再開しやがった。だが、関係ねぇ!

 

 

『こいつは時間稼ぎだよ!』

 

 

一気に距離を詰め、振りかぶる。同時に『ジャイアント』で巨大化した拳を、

 

 

『ごらぁぁっ!!』

 

ーーバギィィッーー

 

 

『スクリーム』に叩き込んだ。物凄い勢いで、吹き飛ぶ『スクリーム』。勿論、ここで終わらせない。追い討ちをかけるぜ!

 

 

『ふんっ!』

 

ーーザリザリザリーー

 

 

空間を削る能力は『スコップ』メモリの能力だ。殺傷力自体は低いが、これで削れた空間は固定される。

 

 

『ウッ、アァァッ!!』

 

『暴れても無駄だ。削り取ったんだ、動けねぇよ』

 

『スゥゥ……』

 

 

爪での攻撃ができないことを理解した『スクリーム』はまたも息を吸い込んだ。馬鹿の一つ覚えかよと思うが、こいつには対抗策がないんだろう。多少哀れみながらも止めを刺すため、再び『ジャイアント』を呼び起こした。

メモリブレイクはできないから、とりあえず気を失わせて、メモリを排出させるしかねぇ。

 

 

『ちっと痛いから、歯を食いしばれや!!』

ーーグッーー

 

 

『ーーッ、アァァァァァァーー』

 

ーービリビリビリビリーー

 

 

『なっ!?』

 

 

 

不意打ちのように放たれた『絶叫』は、俺の体を捉えた。

チッ、呼吸が浅かったから油断したぜ。あの叫び声の威力は肺活量に比例する。吸った酸素が多ければ多いほど威力も範囲も上がる。裏を返せば、一瞬相手を拘束するだけならば、呼吸は浅くてもいいってことだ。

 

 

『っ、五条一葉にはなかった芸当だな』

 

『にぃぃぃぃ』

 

 

一瞬でも拘束されたせいで『スコップ』が解け、体の自由を取り戻した『スクリーム』。得意気に笑っているのが分かる。俺の体がまだ痺れているのを確認して、

 

 

『すぅぅぅぅぅぅ……』

 

 

再び息を吸い込んだ。今度は邪魔できねぇな。ならーー

 

 

 

ーーーーーーアァァァァァァァァァーーーーーー

 

 

全力の『絶叫』は、空気だけでなく地面をも震わせ、周りにいた耐久力の低い『ボーンズ』は弾けた。それほどの威力だった。勿論、その攻撃は俺にも直撃していた。

 

 

『ぐ、が…………』

 

『ひ、ひひひ……にぃぃぃぃぃぃ』

 

 

倒れ込んだ俺にウキウキで近づく『スクリーム』。長い腕で俺の足を持つと、宙吊りにしやがった。

 

 

『すぅぅぅぅ』

 

 

余裕ぶって、これ見よがしに俺の眼前で息を吸い込む『スクリーム』。これがこいつの癖なんだろう。動けない相手の絶望する顔を見ながら、至近距離で『絶叫』するのがよ。

いやはや、本当にーー

 

 

ーーガシッーー

 

『悪趣味だな、あ?』

 

『!?!?!?』

 

 

俺はだらしなく開けた口を掴んでやった。

動けるわけがない。そう思っていたんだろう、『スクリーム』は理解できなさそうに慌てふためいてやがった。

答えは簡単だ。

 

 

『『音』を操るのが、てめぇだけだと思うなよ?』

 

 

目には目を、歯には歯を。『(スクリーム)』には『(エコー)』を、だ。

逆位相の音をぶつけてやれば、音ってのは簡単に消えるらしいぜ。勿論、簡単なことじゃねぇが、生憎この『エコー』との付き合いは長いんでな。このくらいはできるようになってるさ。

って訳で、

 

 

ーードンドンドンドンドンドンドンドンーー

 

『終わりだぜ』

 

ーードゴッーー

 

 

不可避の音は『スクリーム』の体内で反響し、内側から強烈な打撃を繰り出した。

 

 

「とりあえず、これでいいか」

 

 

バタバタと足掻いていた『スクリーム』も、ピタリと動きを止め、体から力が抜けていた。辛うじて生きてはいるそいつを適当に放り投げ、ひとつ息を吐く。

 

 

「ふぅ……早く雫ちゃんのところへ行かねぇとな」

 

 

ふと見上げれば『ブラキオサウルス』も消えている。どうやら万灯たちも上手くやったみたいだな。

 

残る戦力は有象無象と『奴』だ。

有象無象はきっとミズハが倒してくれる。あとは『奴』のみだ。

監視カメラに移った映像にいたドーパントは『リバース』。『奴』が『リバース』だと考えて間違いないだろう。

 

 

「最終局面だな」

 

 

ーーーーーーーー



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023 sの憧憬 / 私はただ守りたいのです

ーーーー回想ーーーー

 

 

私は虐待を受けていました。

私を産んで亡くなった母の代わりに我が家に入った若い義母は、それはそれは酷い方で、父親の出張でほぼ家を開けているのをいいことに、毎晩遊び歩き、家のことはすべて私がやっていました。それだけなら、まだいいのです。義母は若い男たちを家に連れ込み、挙げ句の果てに私をその男たちに売ろうしました。それが嫌で逃げ出す私。ほとぼりが覚めた頃に家に戻ると、機嫌の悪い義母に殴られる。その繰り返し。

 

高校2年の夏。

限界を迎えていた私は、風都タワーの立ち入り禁止の通路にフラフラと足を運び、非常階段へ。1段1段階段を上がり、これ以上は上へ行けない踊り場まで行き着きました。手すりにゆっくりと登り、私はその身をーー

 

 

「た、たすけてくれぇぇ……」

 

「え……?」

 

 

その声は私の下から聞こえてきました。視線を下げると、そこにいたのは1人の男性。見れば、どうにか手すりに掴まり、今にも落下しそうな状況で。

 

 

「し、しぬぅぅ……」

 

「え、あっ、えっ……えぇ!?」

 

 

突然の出来事にパニックになりながらも、私はその人をどうにか引っ張り上げました。よく見れば、彼はボロボロで、それでも笑っていました。その直後、上から怪物が降ってきて。

 

 

「やべぇっ!? おい、君、走るぞっ!!」

 

「え、えっ!?」

 

「いいからっ!!」

 

 

そう言って、彼は私の手を引いて、逃げ出したのでした。あまりの非日常に困惑する私は、死のうとしていたこともすっかり忘れ、彼に手を引かれながら全速力で逃げて。

 

 

「逃げろ逃げろ! やべぇ奴からは逃げるのが一番だ! ハーッハッハッ!!」

 

「っ」

 

 

そのとき、笑いながら、全力で逃げる彼の言葉で、私の中の何かがカチッとはまる気がしました。

 

 

「…………たすけて……っ」

 

「あ? 助けてほしいのはこっちなんだがっ!?」

 

「っ、うわぁぁぁんっ」

 

「え、えぇ!? な、なになになに!? なんで泣いてんのこのJK!?」

 

 

走りながら、泣きながら、私は彼に助けを求めたのでした。

 

怪物が『仮面ライダー』によって倒された後、私は彼にすべてを告白しました。今思えば、見ず知らずの怪物に追われていた人に話すのも、変な話ではあると思います。けれど、結果的に知り合いに警察官がいるということで、その人に相談して、私は保護されました。

ここまででお分かりでしょう。

怪物に追われていた男性こそが主様。

そして、私を助けてくれた警察官が雫様。

そう。私はお二人に救われたのです。

 

………………。

「シューヘイくん、なにもしてなくね?」

そう言う愚か者もいますが、それでも私の中で逃げるという選択肢を与えてくれた主様は、やはり私の救世主なのです。

 

 

保護された私は、その後も何度か彼の元へ足を運びました。事案だから来るなとか、こっちは妻子持ちなんだから、いろいろ危ないとか言われながらも、彼は私のことを気にかけてくれていました。

 

そして、私が主様に救われた翌年のことです。雫様が眠りにつきました。それはまるで呪いのように根深く、現代医療ではまったく治療できるものではありませんでした。

主様は雫様を救う手立てを見つけるため、2人のご息女を親友に託し、旅に出ました。私はその道中に勝手についていくことを決めたのです。

旅の中で銀色の『マスカレイド』メモリと再び巡り合ったり。

あのストーカー女が付きまとってきたり。

そして、元凶である者を特定したり。

 

私達はそうして、この紛い物の『裏風都』に辿り着きました。ここは元凶である人物がメモリ能力を駆使して作り出した場所。目的自体はまだハッキリとはしていませんが、この場所を破壊する。そうすれば、ここを維持したい人物は、それを防ぐために現れるはず。そんな思惑があり、私達はこの巨大な『街』を拠点にしたのです。

 

勿論、その道中は非常に危険で、死と隣合わせ。『ロード』が蔓延る塔までの道を確保して、上級ドーパントのいる塔を占拠。その中に雫様が安全に眠ることができるスペースを確保する。

ここまでで1年。

何の力もない私の仕事は、雫様を見守り続けること。

塔で私がただ雫様を見ている間も、主様は『街』を壊し続けました。雫様をお守りすることが大事な使命であることは分かっていました。けれど、一人、傷ついていく主様を私は見ていられませんでした。

 

だから、『リアクター』と巡り合ったのは運命と言えるでしょう。その力は強大で、『街』を破壊するのは私の役目になったのです。これはそう、私にしかできないこと。主様と雫様の幸せを守る番人である私にしか……。

だからーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『2人の邪魔を…………するなァァ!!』

 

 

極限にまで溜めたエネルギーを有象無象へと放ちます。蒼い炎は『ロード』や『ボーンズ』に命中し、焼き尽くしていく。

 

 

『はぁ……はぁ……』

 

 

主様の言う通り、『リアクター』のエネルギーを極限まで高めるのは、私自身にも負担がかかる。それでも、今のでやっと3分の1程度を減らしただけ。

 

 

『『ブラキオサウルス』が倒れれば……』

 

 

『ボーンズ』を生成している『ブラキオサウルス』の相手をしているのは、主様が招き入れた2人。『オーロラ』と『オールド』。メモリの相性は悪くないはずで、もう少し耐えれば、『ブラキオサウルス』は撃破され、『ボーンズ』は消えるはず。

だから、優先すべきは『ロード』。

 

 

『はぁぁぁぁ……』

 

 

もう一度、エネルギーを溜めていく。今度は先程よりも短くていい。威力は弱まるが、それでも理性のない『ロード』相手になら十分です。

 

 

『グガァアッ!』

『グォォ!』

『グゴァァ!』

『ゴオォォ!』

 

 

塔の頂上にいる私へ向けて、4体の『ロード』が道を作り、迫ってくる。動きは直線。ならば、

 

 

『ふっ!!』

 

ーーゴォォォォォーー

 

 

タイミングを図って、炎を私を中心に球状に展開する。勢いを殺しきれない『ロード』は、目論見通りにその炎のドームに突っ込んできました。触れ、そのまま炎上し、落ちていく『ロード』たち。

これです。これを続ければ、いずれはーー

 

 

『おい、ミズハ! 大丈夫か!?』

 

『っ、主様!』

 

 

不意にかけられた声。振り向くと、そこには『マスカレイド』ーー主様がいた。『マスカレイド』に記憶された能力で、浮いているのでしょう。この戦火の中飛んでここまで来てくださった。

 

 

『少し休め。限界近いんだろ!』

 

『っ、ありがたきお言葉ですが、私はまだやれます』

 

『……いや、むしろ頼みたいことがあるんだ』

 

『頼みたいこと、ですか?』

 

『あぁ、雫を守りに行ってほしい』

 

 

雫様を?

そう訊ねると、主様は頷き、続ける。

 

 

『敵が雫のいるところへ向かってる。しかも、大量にだ。対多数に一番向いてるのは、ミズハだ。守ってやってほしい』

 

『……分かりました』

 

 

確かに多数を相手するのは、私が最適でしょう。そう思って、私は炎のドームを解きました。

 

瞬間に感じる違和感。

疲労で頭が十分に回っていない状態でも、なにかがおかしいと私の中の直感が警鐘を鳴らす。

……そうだ、そうだっ、主様は雫様のことを呼び捨てになどーー

 

 

 

『その瞬間を待ってたぜぇぇ』

 

ーーグニャリーー

 

 

『ッ!?』

 

 

背中を駆け抜ける悪寒。何かが逆転するような異常な感覚。

振り払うように、腕でその者を薙ごうとするも、既にその者は私から距離を取っていました。

 

 

『あなたはっ、何者ですッ!!』

 

 

問う。目の前にいる主様のフリをした不届き者に。

 

 

『俺は『嘘つき』だぁ』

 

 

答えになっていない答え。苛立った私は、再び炎を放とうと右腕に力を込めました。

 

 

ーーパキッーー

 

『なっ!?』

 

 

けれど、炎は出ません。むしろ腕が凍りついていて。

 

 

『『反転』だよ、『反転』。炎を発するほどの高熱が『反転』して、凍結するほどの超低温になった。それだけだぁ』

 

『リバース』

 

 

ガイアウィスパーと共に、その『ドーパント』はメモリを取り出す。同時に、姿が変わりました。『マスカレイド』から主様の姿へと。

 

 

『…………悪趣味です。その姿を止めなさい』

 

『おぉ、怖いっ……でも、止めねぇよぉ? ガワだけの偽者でも、黒井秀平の姿じゃ戦いにくいだろ?』

 

 

ドライバーを見るに、さっきの『リバース』はメモリ能力を『レイズ』させていて、今の姿を偽装するのが本来の能力でしょう。ならば、戦闘能力は低い!

 

 

『はぁぁぁぁ!』

ーーパキッーー

 

『くっ』

 

『ハーッハッハッ! 傑作だぁ、いくら強いメモリでも能力を使いこなせなければ、ただの見かけ倒し!』

 

 

上手く炎を繰り出せない私を馬鹿にしたように笑う偽者。その姿で嘲笑われるのは少々堪えますが、所詮は偽者です。主様とは違い、品位の欠片もなく、私の想いも理解できない。

 

 

『はぁぁぁぁぁっ』

ーーパキッ、パキッ、パキッーー

 

『無駄だ無駄だァ! 感情の強さで『反転』を覆せる訳がない! このままお前はここで死ねェ!』

 

『アームズ』

 

 

偽者は叫びながら、『アームズ』メモリをドライバーへ入れ、右手をガトリングガンに変える。銃口は私を捉え、

 

 

『死ねェ!!』

 

ーーパァァァンッーー

 

 

凶弾は放たれた。その弾は『リアクター』の装甲の薄い腹部を貫き、

 

 

『く……」

 

 

痛みで一瞬意識が飛びます。そのせいでメモリは体外に排出されて、人間態に戻ってしまいました。

この高さです。人間のままでは死ぬのは間違いありません。もし運良く助かったとしても、人喰いの『ロード』がうじゃうじゃといるのですから、生きたまま喰われて終わりでしょう。

 

一度は死んだ身。けれど、主様に救われた。

主様のために戦って死ねるならば本望です。思い残すことなどーー

 

 

「まもら、なくては……」

 

「主様を……雫、様を……まもらなくては……っ」

 

 

落ちていく私の声は、

 

 

 

ーーぐしゃっーー

 

 

 

誰にも届かない。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

私はただ守りたかった。

私に逃げていいのだと教えてくれたあの方の人を小馬鹿にしたような、けれど、ただただ明るいあの笑顔を。

 

 

それは私には叶わなかった。

 

 

ーーーーーーーー



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024 sの憧憬 / 2人の決断と1つの結末

久々更新。
お待たせしました。
『s』編最終話です。


ーーーーside『R』・風都タワー展望台ーーーー

 

 

『どうするつもりだ、瑠璃』

 

 

わたしの肩に乗った『イービル』さんはそう訊ねた。

どうするつもりって……。

 

 

「……分からない」

 

『まぁ、そうだよな。正直、あたしも混乱してる。雫の父親……あのお人好しが服着て歩いてるような男がメモリを使って、お前らを殺そうとしたなんてよ』

 

「うん……」

 

 

目を閉じても思い出せる、おじいの優しい笑顔。警察官だった頃はとても凛々しい刑事だったって本人は言ってたけど、そうは思えないくらいわたしたちには甘かった。そんなおじいが『ドーパント』に……?

 

 

「そんなこと、あるわけない……」

 

『だけど、あの照井竜が本人だと言い切ったんだ。可能性は高いだろ』

 

「それはそうだけど……」

 

 

ーーprrrrーー

 

 

正直な話、手詰まり。これ以上は真実に近づく手段がない。そんなわたしの状況を見ているかのように、電話が鳴った。知らない番号。

 

 

『おい、瑠璃』

 

「うん」

 

 

この状況で知らない番号からの電話。『イービル』さんの呼びかけに頷き、まずは辺りを見渡す。展望台にはそれなりに人がいる。景色の見えないベンチに移動してから、わたしは通話ボタンを押した。

 

 

「……はい」

 

『こんにちは、黒井瑠璃』

 

「その声…………万灯雪侍」

 

 

万灯雪侍。電話の相手は、おねえを誑かした張本人だった。

 

 

『きっと困っているだろうと思ってね。情報を伝えるために、電話をしたんだ』

 

「……あなたは信用できない。あなたはおねえを傷つけた」

 

『傷つけたつもりはない。『裏風都』に行ったのも、メモリを使い続けたのも、すべては彼女の意思さ』

 

「だとしても、わたしは……っ」

 

『…………そもそも信用してもらう必要はないよ。私は君に情報を伝える。それを信じるかどうかは君次第だからね』

 

 

この男はきっとおねえのこともそうやって誑かしたんだろう。今すぐこの通話を切りたいのが正直なところ。それでも今はこの電話を切っていけないことは分かる。情報が必要だ。パパのこと。おじいのこと。分からないことだらけだ。

昨日、家族を取り戻せるかなっておねえに聞かれて、わたしは頷けなかった。そのせいで、おねえをまた不安にさせちゃったから、今はわたしがーー

 

 

「…………話して」

 

 

信じるも信じないも君次第だが。万灯はそう言って、口を開いた。

 

 

『今、私は『裏風都』にいる。いや、正確には紛い物の『裏風都』だけれどね』

 

「……『裏風都』はもう閉じられてるはず」

 

『その通り。本当の『街』は既に『仮面ライダー』に敗北している。我々はその夢の残骸だよ。あの『街』は黒幕によって造り出されたもの』

 

 

黒幕? 一体なんの……? それに造り出されたって一体どうやって……? わたしが言葉を整理して質問を発する前に、その中身を察したようで、万灯雪侍は言葉を続ける。

 

 

『そちらの街にメモリを再び流通させている者だよ。メモリ適性があり、自らの駒として使えそうな悪人に『ガイアドライバーREX』を配り歩いているのもその人物だ』

 

「…………」

 

『そして、君の母親をメモリ能力によって、昏倒させた張本人でもある』

 

「!!」

 

 

黒井秀平は彼女を目覚めさせるべく、あの『街』に留まり、黒幕を誘き出そうとしているのさ。

万灯の言葉……おねえを惑わせる人物の言だから、簡単には信用できないけど、ここで嘘をつくメリットがない。内容も万灯だけのメリットになるような話じゃないだろうし。

 

 

「…………それをわたしに伝えて、どうするつもり?」

 

『正直な話、戦力が足りないんだ。黒井秀平側には、本人とそのストーカー、『リアクター』のシスター。そして、ろくにメモリを使えない私ともう1人の少年のみ』

 

「…………」

 

『……君は両親を助けたいとは思わないかい?』

 

「っ、それは……」

 

 

その質問は愚問だ。おねえと同じくらいに、わたしだって2人が好きだもん。助けたいに決まってるし、わたしに何かできるのならやる。

 

 

「……何をすればいいの」

 

『簡単さ。君は黒井あかねを連れて、『街』に来てほしい』

 

「っ、またっ、おねえを……っ」

 

 

黒井あかねの『イービル』。そして、君も多少戦えるのだろう。そう言った後に「そして、なにより……」と、万灯はさらに続けた。

 

 

『黒井秀平は大切な者を守る時にこそ、その真価を発揮するのさ』

 

 

その言葉は今までこの人と話した中で、一番説得力のある言葉だった。それは霧彦さんや翔太郎さんたちも口を揃えて言ってたから。

……もしも、わたしのこの選択で、2人が帰ってきてくれるとしたら。それはとっても嬉しいことだ。でも、

 

 

「おねえには……戦ってほしくない。おじいが内通者だって分かって、今、おねえの心はぐちゃぐちゃ。そんな状態のおねえを連れていく訳にはいかない」

 

 

もし行くなら、わたしだけでーー

 

 

『刃野幹夫、だったかな。君たちの祖父は』

 

「え……う、うん。おじいのこと、知ってるの……?」

 

『私も『仮面ライダー』諸君の身辺はそれなりに調査している。彼のことも知っているよ。風都署の刑事、いや、元だったか。そして、『仮面ライダー』が最も信頼を置く人物の1人であり、黒井雫の義父』

 

「うん」

 

『その人物が内通者……フッ、それはあり得ない話だ』

 

「で、でも……証拠が……」

 

『事実は小説より奇なり。証拠など簡単に覆る可能性があるのが風都だろう』

 

「……あ」

 

 

そこまで言われて、やっと思い至った。

そうだ。あの証拠はあくまでも映像……もし別人に『成り済ませる』能力のガイアメモリがあったなら、証拠は崩れる。

 

 

『まぁ、あの探偵くんや刑事のことだ。少しすれば、真実に辿り着くはずだ。その真実を彼女に告げればいいさ』

 

「………………」

 

『何か気になることでも?』

 

「……ううん」

 

『なら、よかった。近いうちに我々は黒幕との戦闘に入る。猶予はあまりない。彼女にーー黒井あかねに伝えてくれるのを、そして、2人でこの『街』に来ることを期待しているよ』

 

 

最後にそれだけを告げて、電話は切れた。

 

 

「………………」

 

『……伝えるのか、瑠璃』

 

 

正直、悩む。だって、相手はあの万灯雪侍だから。この情報を伝えて、またおねえを混乱させるのは嫌だ。けど、きっとーー

 

 

「おねえに伝える。伝えて、それから2人で考える」

 

『そっか。いいんじゃねぇか』

 

 

わたしは嫌だったから。おねえが不安も混乱も、全部を抱えて、姿を消したことが本当に嫌だった。だから、わたしは全部をおねえに話そう。そうして、2人で考えるんだ。それがきっとわたしたちの最善手。

 

 

ーーーーside『R』・裏風都 / 管理塔外階段ーーーー

 

 

ーーがしっーー

 

 

「間にっ、合った……っ」

 

「……あな、たは……」

 

 

上から落ちてきたシスター姿の女の人の手を両手で掴む。何が起こったか分かってないみたいで、ポカンとしていた。

 

 

「あなた、もっ……掴んでっ」

 

「え、は、はいっ」

 

「ぐ、ぬぬぬぬぅぅっ!!」

 

 

そのままどうにか引き上げた。息は切れるし、手もぷるぷるしてるけど、上手くいった。よかった。

 

 

「ありがとう、ございます……」

 

「う……ううん……あなたが『リアクター』のシスターさん、でいい?」

 

「は、はい……それで、あなたは一体……?」

 

「わたしは……黒井瑠璃」

 

「黒井瑠璃、様! あなた様が主様のもう一人のご息女」

 

 

もう一人の、ってそうか。そういえば、おねえはもうこの人に会ってるって言ってた。そんな風に1人で納得していると、シスターさんは聞いてくる。

 

 

「何故、あなた様がここにいらっしゃるのですか?」

 

 

まぁ、当然の疑問ではある。

何故……『街』への入口をときめさんと探し見つけ出した、なんて方法を聞かれてないのは分かる。ここで聞かれているのは、きっと目的だろう。だから、わたしはそれに答える。

 

 

「……パパを助けにきたんだ」

 

「主様を」

 

「うん」

 

 

助けるって言っても、わたしにできることは少ないのは分かってる。それでもただ黙って待ってることはできなかった。

 

 

「パパたちの戦力が少ないって聞いた。わたしはあなたを安全なところまで連れてく。護身用に『ボム』メモリもあるから多少は戦えるし」

 

「…………あなた様の姉ーー黒井あかね様も……?」

 

「おねえはーー」

 

 

万灯雪侍の話に乗るのは癪だった。おねえもそれは一緒だったけど、それでも2人でときめさんのところへ行き、一緒に人の姿を真似るメモリの情報を集め、『イミテーション』っていうメモリの存在に行き着いた。

そして、覚悟をもってここに来たんだ。2人でパパと一緒に戦おうって。

 

 

「ーー来てるよ。今はあそこにいる」

 

 

そう言って、わたしは上を見上げた。

この塔の上におねえはいる。わたしたちの家族を馬鹿にした偽者を倒すために。

 

 

ーーーーside『A』・裏風都 / 管理塔頂上ーーーー

 

 

ーーぐしゃっーー

 

『あ"……?』

 

 

私の放った突きは、偽者の右腕を潰した。痛みに遅れて気づいたようで、そいつは無様に転がった。

 

 

『いてぇ、いてぇぇぇッ!?』

 

『………………』

 

 

パパの外見で、ごろごろと這いつくばる姿は酷く不快だ。心の中のドロドロが増幅していくのを自覚する。

 

 

『お前が『イミテーション』だよね』

 

『っ、お前ッ、黒井あかねだなッ!!』

 

『…………まずはその姿を止めろ』

 

 

こちらを睨み付けながら、ゆっくりと立ち上がる偽者に言い放つ。偽者と分かっていても、パパの姿をした人間が苦しむのは見たくはない。

 

 

『ふっ、ヤなこった!! この姿だとお前はやりにくいだろうからな!』

 

『…………』

 

 

吠える『イミテーション』。本当に反吐が出る。話したくもないけど、確認はしなきゃいけない。

 

 

『……ひとつ確認させて。刃野幹夫は、おじいちゃんはどこにいる?』

 

『そっちももうバレてるのかよ。そんなの、殺したに決まってるだろぉ?』

 

『……嘘だ』

 

『ハハハハハッ! 殺した、殺したに決まってるだろッ!』

 

『…………嘘だ』

 

『『イミテーション』で風都署の刑事になって、孫娘が行方不明だと教えてやったら、ホイホイと誘き出されてなぁ。いやぁ、あれは滑稽だったーー』

 

 

ーーバチンッーー

 

 

『ーーがッ!?』

 

 

左足に『イービル』の黒色の稲妻を受け、崩れ落ちる偽者。私は冷静に再度問いかける。

 

 

『もう一度だけ聞く。おじいちゃんはどこだ』

 

『っ、知らねぇよっ! 俺はただ刃野幹夫になれって言われてーー』

 

 

ーーバチンッーー

 

 

『ひっ!?』

 

 

今度は奴の頭の真横へ雷を放ち、問う。

 

 

『嘘吐くなよ。今度は当てる』

 

『っ、わ、わかった。わかったから……!』

 

 

ようやく観念したのか、『イミテーション』は上着のポケットから紙切れを取り出した。曰く、ここに監禁場所の住所が書いてあるという。

 

 

『ほ、ほらっ、受けとれよ!』

 

『…………』

 

 

私はゆっくりと近づいて、その紙を受け取った。

 

 

『馬鹿がァッ!!』

『リバース』

 

 

次の瞬間、嫌な気配が全方位から迫り来る。

 

 

ーーバチンッーー

 

『ウぐぁぁぁっ!?!?』

 

 

その嫌な気配が『リバース』による『反転』だと理解したのは、その攻撃を防いでからだった。『イービル』の黒い稲妻は、負の感情を変換したもの。私が憎む相手には全自動で反撃してくれる。

 

 

『ふざけるなッ、なんだこの力はっ!!』

 

『……私さ、相当怒ってる。私の家族を侮辱したお前を許す気はない』

 

 

ーーバチバチバチバチーー

 

『消し炭になれ、クソ野郎』

 

 

『ひぃっ!?』

 

 

黒の雷は私の手を離れ、負の感情を喰らって巨大化していく。『イミテーション』はそれに恐れ、私に背を向けて跳んだ。『イミテーション』の肉体能力は高くないことは知っている。この高さから跳んで無事では済まないだろう。

 

 

『………………あいつはもう戦えない。とりあえずこれでいいかな』

 

ーーパァァァァンッーー

 

 

巨大化した雷を空に向けて放つ。エネルギーは発散し、まるで花火のように広がっていった。これで終わり。あとは瑠璃と合流して、パパに助太刀するだけ……ううん、ここからが本番か。

 

 

「ふぅ……」

 

 

『ドライバー』からメモリを抜いて変身を解く。心は、まぁ大丈夫そう。苛つく相手だったけど、どうにか今は悪感情をコントロールできてる。

ポケットからときめさんに渡された『裏風都』でも通じるように改良したというガラケーを取り出して、瑠璃と連絡をすることにした。ワンコールですぐに瑠璃が電話口に出る。

 

 

『……もしもし、おねえ? 終わった?』

 

「あぁ、『イミテーション』は撃退した。たぶんあれはもう戦えないでしょ。そんでおじいちゃんの監禁場所の地図も手に入ったから、ときめさんにメールで送ったところ。瑠璃も無事あのシスターと合流できた?」

 

『うん。これから管理室的なところに向かうところ。そこで落ち合おう』

 

「分かった」

 

 

順調だ。

敵の戦力は削れたし、パパ側の戦力はそのまま。合流さえできれば、連携をとって黒幕って奴を叩けるはず。

……って、そうだ。瑠璃の今の位置も確認しとくか。もしここから近いなら待ってもらった方がいいし。

 

 

「瑠璃、今どこにいーー」

 

 

ーーバタッーー

 

 

「……瑠璃?」

 

ーープツンッーー

 

 

私の質問を待たずに、唐突に電話は切れた。瞬間、ぞわっと嫌な汗が全身から吹き出てくる。

急げ、私。なにかが起きてる。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

結論から言えば、すぐに瑠璃たちと合流できた。当たり前だ。同じ場所を目指していたのだから、すぐに会える。だけど、問題なのはーー

 

 

『あかね様っ!! 早くお逃げくださいッ』

 

 

私がそこに駆けつけた時には、『リアクター』となったシスターは何者かに敗北していた。手足を拘束されているようで、私に向かってそう叫ぶ。

 

 

『…………』

 

 

敵は1人だけ。迎撃体勢をとられる前に攻撃をしろ、私。

 

 

ーーびちゃっーー

 

 

頭では分かってる。でも、私の体は、心は言うことを聞いてくれない。だって、私の目の前で『彼女』が横たわっていたから。一目見て分かる、助かるわけのない大量の血を流し、目を見開いた状態の『彼女』に向けて、ポツリと私は名前を呼んだ。

 

 

「る、り……?」

 

 

答えない。答えるわけがない。見れば分かる。もう死んでる。

分かってる。でも、それを受け入れるわけにはいかない。

 

 

「るり、るり……るりぃ……」

 

 

よろよろと歩を進める。『彼女』はもう目と鼻の先。膝をつき、びちゃりと血が跳ね上がり、顔に着く。そして、『彼女』の頬に手を触れた。冷たくなり始めた妹の頬に。

 

 

「ああ、あぁぁぁっ……!?!?」

 

 

抱き寄せる。胸に空いた穴が血の池の原因だと理解し、そこを必死に両手で塞いだ。けど、ダメだ。止まらない。血液が、命が流れ出るのを止められない。

 

 

 

「黒井あかね」

 

 

いつの間にか、その男は私の側に立っていた。ゆっくり顔を上げると、視界の端に倒れているシスターが見え、この男がシスターと戦っていた相手だと分かる。

 

 

「お前が…………るりを……」

 

「あぁ、俺が殺した」

 

 

その言葉が耳に入った瞬間に、殺意が溢れ出る。

 

 

 

「殺す」

 

『イービル』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「はっ……は……っ」

 

 

意識を取り戻した時、私は地に伏せていた。

 

 

「満足か」

 

 

上から聞こえるあの男の声で、敗北したのだと察する。

 

 

「あぁぁぁァッ!!!」

 

「無駄だ。四肢の腱を切ってある。動ける訳がない」

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ」

 

「叶わないことを口にするな」

 

 

腱が切れていても関係ない。こいつを殺すことだけ考えろ。

 

 

ーースッーー

 

「ごめんな、あかねちゃん」

 

 

憎悪に染まり、無理やり体を動かそうとしていた私の頭に、その人は優しく手を置いた。彼の姿を見た途端に、殺意に覆われていた心が崩れ、悲しみが私を襲ってくる。堰を切ったように、涙が零れ、止まらない。

 

 

「っ、パパっ……っ、瑠璃がっ、瑠璃がぁ……」

 

「あぁ。ごめん、あかねちゃんに辛い思いをさせちまった」

 

「うわぁぁぁぁぁっ」

 

 

大声で泣く私をぎゅっと抱いてくれたパパは、その格好のまま、瑠璃を殺した男に声をかける。

 

 

「おい」

 

「…………やっと来たか」

 

 

 

「やはりいつも一歩遅い。黒井秀平、お前は取り返しのつかない失態を犯し続けるな」

 

「人の家族に何してくれてんだ……吉川(よしかわ)零次(れいじ)ッ!!」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

風都に最初の転生者が現れてから17年後。

 

転生したことで、新たな繋がりと家族を得た男・黒井秀平。

転生したことで、人としての尊厳と自由、全てを失った男・吉川零次。

相反する2人の転生者は再び廻り出会い、殺し合う。

 

 

ーーーーーーーー




『s』編終了。
黒幕は複製兵士『吉川』のオリジナルである転生者・吉川零次です。
さて、悲劇が始まりました。
次回より新章開幕です。

20230726
本編14話あとがきに、雫ちゃんのイラストを追加しました。
ぜひ見てください。可愛く描いていただきました。


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閑話 黒井一家の昔話

ふざけようとしたらほのぼのになったんだぁ。
まじな昔話です。


ーーーーーーーー

 

 

「いやっほぉぉぉい!! 沖縄だぁぁ!!」

 

 

青い海、白い砂浜を前に、仕事を終え、完全に旅行モードの俺は心から叫んだ。

 

 

「ぱぱ、テンションあがりすぎ」

 

 

我が愛娘・あかねちゃんが冷めたテンションでそう言ってくる。この旅行の前に、俺と雫ちゃんで選んだワンピースタイプの水着が最高に似合っていて。

 

 

「がるるるるるっ」

 

「なにしてるの」

 

「るるるるっ、あかねちゃんを狙う男はいないかと警戒してるんだよ」

 

「……あかね、まだ4さいなのに」

 

「それでも!!」

 

 

そう。あかねちゃんは、4歳にしては異様に知能も高く、大人びている。勿論、見た目は普通に4歳女児であるが、精神年齢が高いようだった。フィリップくん曰く、俺と雫ちゃんの体内にあったメモリの影響によるものではないか、と。まぁ、事実はあかねちゃんが天才だからだろうがな。

 

 

「はぁ、ままー! ぱぱがヘン!」

 

 

どうやら娘と戯れているうちに、我が最愛の妻が着替えを済ませて、ビーチに来ていたらしい。俺としたことが、雫ちゃんレーダーが鈍るなんてな。旅のせいで浮かれすぎているぜ。

振り返るとそこには、

 

 

「秀平くん、あかねを困らせたらダメですよ」

 

 

眩い水着姿の雫ちゃんがいた。その腕には疲れて眠っているもう1人の愛娘・瑠璃ちゃんがいて。

あれれ? マリアがいるぞぉ? いや、天女かな?

 

 

「…………」

 

「えいっ!」

ーーゲシッーー

 

「いったぁぁぁ!?!?」

 

 

フリーズしていた俺の脛に激痛が走った。思わず飛び上がる。見れば、あかねちゃんがそこらに落ちていた木の棒で、思いっきり俺の脛をぶん殴っていた。

 

 

「あかねちゃんっ、いい剣筋だよぉぉぉっ」

 

「ふんっ」

 

 

ぷいっと顔を背けるあかねちゃん。可愛い。

と、雫ちゃんがあかねちゃんに目線を合わせるようにしゃがみ、

 

 

「あかね、ぱぱ殴っちゃだめでしょ?」

 

「…………だって、ぱぱキモイ……」

 

「それでもめ、だよ?」

 

「むぅ………………ぱぱ、ごめんなさい」

 

 

優しく諭す雫ちゃんに負け、あかねちゃんはこちらを向いて、謝ってくれた。

 

 

「うん、偉い偉い」

ーーなでなでーー

 

「えへへ」

 

 

あかねちゃんは、ママに撫でられてご満悦なようだ。その表情を見てると、血は争えねぇなとしみじみ思うぜ。

そんなことを考えていると、雫ちゃんが俺の耳元に顔を寄せてきた。

 

 

「……秀平くん、ダメなものはダメ、ですよ?」

 

「う、は、はい……」

 

 

娘の可愛さにメロメロになり、全てを許してしまう俺に、雫ちゃんは定期的にこう言ってくれるのである。反省反省。俺は『親』なのだ。こういうところはちゃんとしねぇとな。

 

 

「あ、それから」

 

「ん?」

 

 

どうやらまだ教育方針のお小言は終わっていなかったようである。耳元でさらに囁く。

 

 

「…………水着、どう……ですか///」

 

「ん? あぁ、あかねちゃんにピッタリだったな。むしろ俺は可愛すぎて男どもにナンパされないか不安で……」

 

「………………じゃなくてっ」

 

「ん?」

 

 

「わたしの、ですっ/// 変じゃない、ですか……?」

 

 

ふと彼女の顔を見ると、日に焼けてしまったかと心配になるくらい赤くなっていた。勿論、それが日焼けでないことは察しの悪いおれでも分かる。

俺は雫ちゃんの問いに、答えを返すべく、彼女の耳元で囁いた。

 

 

「世界一かわいいよ」

 

「~~~~っ////」

 

 

うん。俺の奥さん、超絶ウルトラミラクル可愛い。

 

 

「はぁぁぁ、またやってる……」

 

「Zzz……」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その日の夜、あかねちゃんは熱を出してしまった。

昔の俺ならあわてふためいていたが、もう慣れたものである。今よりもっと小さいときからあかねちゃんはよく体調を崩す子であった。知恵熱だろうというのが医者の見解で、それは概ねフィリップの分析とも一致していた。そのため、内服薬を常備しており、それを飲ませて一晩寝れば治るのがいつものことであった。

 

 

「…………ダイジョブか、あかねちゃん」

 

「んー、うん」

 

 

熱でボーッとしているせいか、いつもよりも素直に俺の言葉に答えてくれる。頭を撫でると気持ち良さそうに、目を閉じるのも可愛くて堪らないが、今はこのお姫様を寝かしつけるのが第一だ。

 

 

「こうしててやるから、寝ような」

 

「……や」

 

「ありゃ、珍しい。いつもはこうしてるとねんねするのに、どうした?」

 

「うみ……」

 

「あぁ、そうだな」

 

 

せっかくの旅行なのだ。あかねちゃんだって、まだ遊びたいに決まってるよな。

 

 

「……うん、ダイジョブダイジョブ。ねんねできたら、きっとまた遊べるよ」

 

「ほんと?」

 

「うん、ほんとほんと」

 

「るりも……?」

 

「あぁ」

 

「なら……ねる」

 

「うん、おやすみ。あかねちゃん」

 

 

安心したのかそれから10分もすると、彼女は眠りについた。

そうか。瑠璃ちゃんと一緒に海を見たかった……いや、きっと昼間は眠っちゃってた瑠璃ちゃんに、自分が海を見せたかったのだ。すごいでしょー、って自慢げにするあかねちゃんの姿が目に浮かぶ。

 

 

「ははっ、ちゃんとお姉ちゃんだな、あかねちゃんは」

 

 

娘の成長を喜ばしく思いつつ、俺は彼女が安心して寝付くまでしばらくトントンとしてあげていたのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

翌日。

微熱にまで落ちたあかねちゃんの瑠璃ちゃんと遊びに行くのだという意見は、雫ママによって却下された。まぁ、あと1日あるのだから、急ぐことはないだろうという判断には俺も賛成だ。

 

 

「ぱぱ、ちゃんとるりをえすこーとしてよねっ」

 

「ははーっ、畏まりました。あかね姫様」

 

 

どうにか納得してくれた姫様の使令を受けた俺は、もう1人眠り姫様のえすこーとをすることになった。

 

 

「くじらー」

 

 

海を見て、瑠璃ちゃんの第一声はそれだった。普段から眠ってる時間が多い彼女だが、どうやら昨日眠っていたのは、前の日に俺たちに隠れて遅くまで魚の図鑑を見ていたかららしい。

 

 

「ん? 見たいのか、瑠璃ちゃん?」

 

「んー!」

 

「よっしゃ! 分かった! 待ってろよー!!」

 

「おー!」

 

 

俺は瑠璃ちゃんを肩車しながら、浜辺を走ったのだった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「船旅だぁぁ」

 

「たびー!!」

 

 

無事滑り込みで、予約できたホエールウォッチングの船に乗り込み、俺と瑠璃ちゃんは船旅を満喫していた。

 

 

「どうだ? 瑠璃ちゃん、楽しいか?」

 

「んー!!」

 

「そっかそっか。それはよかったよ」

 

 

未だにクジラは現れてないが、楽しんでいるようで何よりだ。

 

 

ーーグラッーー

 

「おっと」

 

「オット!」

 

「……ダイジョブか、瑠璃ちゃん?」

 

「んー!!」

 

「楽しそうでよかったよ」

 

 

少々船は揺れるが、それすらも楽しんでいる瑠璃ちゃん。こりゃあ、将来大物になるぜ。

ともかくこれであとはクジラさえ現れてくれれば、えすこーとは大成功だな。キョロキョロと周りを見渡す。結構陸地からも離れたから、そろそろ現れてもおかしくはないだろう。

 

 

「ぱぱー!」

 

「ん?」

 

 

俺の頭上の瑠璃ちゃんが指差す方を見る。すると、その数秒後に、

 

 

 

ーーーーザパーーーーーンッーーーー

 

 

 

クジラが跳んだ。

ガイドさんも予想外のタイミングだったようで、その光景をしっかりと見たのは、俺たちだけ。その未来予知じみたタイミングにしみじみ思う。

いやぁ、本当にこの娘は大物になるぞぉ!!

……きっとあかねちゃんが聞いたら親バカだって言われちまうなぁ。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

なんでだよ。

なんでこんなことになっちまったんだよっ!!

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「たのしかったね、るり」

 

「んー!! たのしかったっ!」

 

 

 

ーーーーーーーー

 




前話の終わりからのこの話だから
人の心がないと言われても受け入れます。


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025 鏡像はx / 自己存在感の崩壊

終章『x』編開幕。


ーーーーside『A』ーーーー

 

 

『裏風都』の廃教会。

それには5人の人間がいた。パパと私、それから眠ったままのママ。そして、パパの部下であろうシスターともう1人の女。

ここに来てから、パパはシスターのことをメモリ能力で治療していた。それが、許せない。

 

 

「納得できるかッ!!!」

 

 

そう言って、私はパパに殴りかかった。それを止めるのはシスター。

 

 

「お止めくださいっ、あかね様っ」

 

「止められるかっ! なんでっ、なんで逃げたんだよッ!」

 

「…………」

 

 

質問に答えないパパ。だから、私もヒートアップしていく。

 

 

「吉川零次とかいう男はあの場で殺さなくちゃならなかったんだ! だって、瑠璃を殺したッ!! なんで退かなきゃいけないんだよっ!!」

 

「主様もお気持ちは同じですっ」

 

「なら、なんでッ!!」

 

 

「はぁぁ、分かんないカナァ……せっかくシューヘイくんの血を引いてるのに、頭はそこでのうのうと寝てる女に似て悪いね」

 

「あ"ぁ"!?」

 

 

地べたにだらしなく座っている女にそう言われて、余計に頭にくる私。そんな私に怯むことなく、その女は続ける。

 

 

「私もそこのおっぱいも戦えない。その上、その女が寝てる部屋にも敵が迫ってた。戦略的撤退を選んだシューヘイくんの判断は正しい」

 

「っ、でもっ!」

 

「…………見たでしょ? 黒井瑠璃は死んだ。死人の敵討ちで全員死ぬなんてアリエナイでしょ」

 

「~~~~~~ッ」

 

 

言葉にならない。悔しくて、悲しくて。

でも、この嫌な女の言うことは真実だ。瑠璃は死んだ。だからーー

 

 

「風華、言い過ぎだ」

 

「うっ……でも、事実じゃん……」

 

「…………」

 

「うぅぅ…………シューヘイくんに従いますぅ……」

 

「あぁ。ミズハも……あかねちゃんを放してやってくれ」

 

「……かしこまりました」

 

 

パパの言葉で女は口を閉ざし、シスターは私のことを解放した。その瞬間に、私は一歩踏み出してーー

 

 

ーーバギィッーー

 

 

「シューヘイくんッ!?」

「主様っ!?」

 

 

ーーパパの顔面をおもいっきりぶん殴った。よろめき、膝をつくパパ。鼻血も出て、馬鹿みたいな顔になってる。

 

 

「くっ!」

「コロスッ」

 

「待て、ふたりともっ!」

 

 

私を再び拘束しようとしたシスター達を制したのはパパ。手のひらを2人に向けたまま続ける。

 

 

「殴られて当然だ。長い間、2人のことを放っといて、挙げ句の果てに、奴に瑠璃ちゃんを奪われちまった」

 

「奪われたッ!? 違う! 殺されたんだッ、全部パパのせいだっ!!」

 

「あぁ、ごめん。俺のせいだ」

 

「そうっ、パパのせいだよっ……パパの……っ」

 

 

ーーぎゅっーー

 

 

「ごめんな、不甲斐ないパパで」

 

「っ」

 

 

悔しくて、悲しくて、憎くて。瑠璃のために戦わなきゃならない。

なのに、こうしてパパに抱きしめられて安心してしまった自分が本当に、

 

 

「っ、わぁぁぁぁぁんっ」

 

 

許せなかった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「落ち着いたか、あかねちゃん」

 

「……うるさい」

 

 

隣に座るパパへぶっきらぼうにそう答える。膝をきゅっと抱え、顔を伏せる。今はパパに顔を見られたくない。

 

 

「……あかねちゃん、ひとつだけ聞いてくれ」

 

「うるさい、黙れ」

 

 

 

「瑠璃ちゃんは生きてるよ」

 

 

 

「……………………は?」

 

 

いきなりのパパの衝撃発言に、思わず顔を上げてしまった。そのくらい驚いたから……って、待って!

 

 

「待ってよ、瑠璃は……死んで……」

 

「いや、生きてる」

 

 

そんなわけない。思い出したくもないけれど、大量の血を流し、目を見開いた状態の瑠璃を私はこの目で見ている。冷たくなった体に触れている。

 

 

「信じられねぇ話だとは思うが」

 

「う、うん」

 

「瑠璃ちゃんには心臓がない」

 

「は? え? ど、どういうこと、それっ!?」

 

「昔、瑠璃ちゃんは一度事故にあってんだ。覚えてないのも無理はないか。今から12年前……あかねちゃんが4歳のことだからな」

 

 

パパによると、12年前の家族旅行の日。

4人で沖縄に行ったその日、私は熱を出してしまい、ホテルでダウンしていたらしい。パパも看病しようとホテルに残る予定だったけど、ママが瑠璃に綺麗な海を見せてあげて、と2人を送り出した。

そこで瑠璃は事故に遭ってしまった。心臓に大きな損傷を負い、普通だったら助からない。けど、それをパパはメモリの能力で治療したという。

 

 

「いや、『ドクター』の力は使ったけど、正確には治療じゃねぇな。『ある物』を瑠璃ちゃんの心臓の代わりにしたんだ」

 

「『ある物』……?」

 

「あぁ。実はその旅行は俺の仕事の一環だったんだよ。照井に頼まれて、探し出した『それ』が謀らずも役に立った訳だ」

 

 

『ある物』ってなんなんだ。そう訊ねると、パパは懐から緑色に淡く光る石を取り出した。曰く、その石と同じものが瑠璃の心臓の代わりをしているらしい。

 

 

「『ガイアプログレッサー』……こいつは地球の記憶を宿した鉱石でな、これが『心臓』の働きを引き出し、瑠璃ちゃんの肉体を維持してるんだ」

 

「この石が……?」

 

「まぁ、正直心臓の代わり、どころじゃねぇけどな。これは宿主の肉体の損傷まで補完するはずだ」

 

 

不思議な輝きを放つ石だ。

って、待って。つまり、この石が傷つけられてなければーー

 

 

「瑠璃は……生きてる……」

 

「そういうことだ」

 

 

 

ーーーーside『R』ーーーー

 

 

「…………ん」

 

 

目が覚める。まだ頭がボーッとして、考えがまとまらない。わたしは……何をしてたんだっけ……?

 

 

「起きたかい、黒井瑠璃」

 

「……その声、万灯雪侍?」

 

 

声は聞こえるけど、辺りは暗くて彼の姿は見えない。

 

 

「君も捕まったんだね。こちらも残念ながら奴に捕まってしまったよ」

 

「…………」

 

 

少し時間を置いたからか目が慣れてきた。どうやらここはどこかの小部屋みたい。足元に気を付けながら少し歩くと、トイレやシャワーなど、生活するだけのスペースはあるみたい。

 

 

「……ここ、どこ?」

 

「『街』の塔内にあるゲストハウスだよ。ここは我々の『街』にもあった場所だから勝手知ったる……だ。恐らくだが、そちらの部屋はさぞ快適だろう? 人間らしい生活はできるはずさ」

 

 

 

「人間らしい、か」

 

「っ、だれ!?」

 

 

突如として響いた万灯以外の声。低音な男の声だ。目を凝らすと、その姿が見えた。

黒いスーツに身を包んだ男性。体つきはかなりしっかりとしていて、服の上からでも鍛えられていることが分かる。ただそれに反して、顔の印象が薄い。よく言えば塩顔。悪く言えばモブ顔。妙にアンバランスな雰囲気をもった人だった。

 

 

「ショックで記憶が飛んでいるのか。自分を殺した男の顔も忘れるとはな」

 

「…………え?」

 

 

ーーザザッーー

 

 

「っ」

 

 

その人の言葉で、急に頭に痛みが走る。何か思い出したくない記憶の扉が開かれる感覚。次の瞬間、わたしは膝から崩れ落ちていた。

 

 

「わたし、あの時死んだはずなのにっ、ど、どうして……生きて……っ」

 

 

何かの力で空いたはずの胸の穴も塞がっている。性質の悪い幻覚だった? ううん、少しずつなくなっていく身体の感覚とそれに反して感じた自分の血のあたたかさは、幻覚なんかじゃなかった。わたしは一回死んだはずだ。なのに、生きてる……?

 

 

「黒井瑠璃。お前は人間ではない」

 

「なにを言って……?」

 

「こうすれば分かるだろう」

 

 

ーーゴポッーー

 

 

「~~ッ!?!?」

 

 

強烈な痛みに声にならない叫びをあげた。痛む場所には、あの時と同じように穴が空いていた。ただし、あの時と違うのは左胸、心臓のある場所に穴が空いたこととーー

 

 

「なに、この石……」

 

 

穴の中に緑色の石のようなものがあったこと。石とわたしの身体との間には、血管のような管が何本も繋がっていた。

 

 

「『ガイアプログレッサー』。心臓を失ったお前を生かす鉱石だ。とある島の地下から黒井秀平が取り出したものが、何の因果かお前の命を繋いでいる」

 

「…………は、え……」

 

「『ガイアプログレッサー』が体内に定着している人間は自らの肉体を半自動的に修復し続ける。つまりは、お前はその石がある限り、死ぬことはない。半永久的に生き続けるなど…………人間とは言えないだろう?」

 

 

脳が理解するのを拒んでる。でも、嫌が応にも見せつけられる事実。緑色の鉱石は脈動し、わたしに空いた穴を修復していく。その光景は、目の前の人が言っていることが真実であると告げていた。

 

 

「…………わたしは、人間じゃない……」

 

 

今になって、『イービル』を使って姿を消したおねえの気持ちが分かってしまった。穏やかに過ごしてきた日々が崩れていく。そんな感じだ。自分という存在が日常からかけ離れていく感覚が強くなっていく。

あぁ、なんだ……わたしーー

 

 

 

「ーー『化物』だ」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『黒井瑠璃』という存在がまるで夢現のように霧散していく。

パパを助ける? ママを救う? おねえと一緒に戦う?

 

人間でもないわたしが?

 

…………あれ?

わたし一体、どうしたらいいんだろう。

 

 

ーーーーーーーー



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026 鏡像はx / 存在意義の肯定と否定

ーーーーーーーー

 

 

「そうか、彼女は死なないのか。残念。前提が覆ったなら、私の計画も総崩れだ」

 

「……万灯雪侍」

 

 

自分が普通の人間ではないことを知り、茫然自失になる瑠璃のことなど気にせず、万灯は口を開いた。計画が狂ったという割には、その声色は冷静そのもので、吉川はそちらへと気を配る。

 

 

「お前は……黒井秀平に借りがあるんだろう。にもかかわらず、この娘を殺そうとした……一貫していないな」

 

「よく知っているね。まぁ、その話はもういいだろう? 既に叶わぬ目論見なんだ。私の最終目標は変わらず、この『街』の崩壊さ」

 

「……この『街』は必要だ。壊されては困る。お前はこのままここで『終わり』まで監禁させてもらう。幸いなことにお前も千葉秀夫も、もうメモリはない」

 

 

吉川の言う通り、万灯も秀夫も先の戦いの中でメモリを破損していた。戦うことはできないのは自明の理。

 

 

「まぁ、それはそうだ……ともかくひとつ聞きたい。この紛い物の『街』を作った理由をね」

 

「………………」

 

「元々は我々の『街』だったんだ。『街』の使用料として、君の目的くらい教えてくれてもいいんじゃないかな?」

 

「お前に何も語ることはない」

 

 

吉川はそう言って、話を切り、その場を立ち去った。吉川は誰も信じないし、気を抜くこともない。全ては目的のために、不安要素は排除するし、人を人とも思わない合理的すぎる判断をする人間だ。自らの敵である万灯に情報を漏らすことなどない。

 

 

「…………さて、秀夫くん。生きてるかい?」

 

「はい、万灯さん」

 

「彼の思念波は?」

 

「残念ながら遮断されました。彼の目的は分かりません。ですが、思念波自体は、その……黒井秀平に近いものがあります」

 

「……そうか」

 

 

思い当たる節があるのか、万灯はそこで思考する。だが、情報が足りない今、これ以上の考察は意味がなく、次の手を打つべきだろう。そう判断した万灯は、口を開いた。

 

 

「黒井瑠璃。聞こえているかい?」

 

「……………………」

 

「君が持っているガラケーを渡してくれるかな。それは特別製で、向こうの街と連絡がとれるはず」

 

「……………………」

 

「黒井瑠璃」

 

 

万灯の言葉に反応を示さない瑠璃。彼はひとつため息を吐き、秀夫に指示を出す。それに応じた秀夫は瑠璃に思念波を送り、無理矢理彼女の持つガラケーを部屋の外、3つの監禁部屋を繋ぐ通路へと放った。万灯は少し手を伸ばして、それを拾う。

 

 

「……さて」

 

 

ガラケーに登録されている番号を確認した万灯は、そのうちのひとつに電話をかけた。

 

 

ーーーーside『A』ーーーー

 

 

「その答えを聞いて安心したぜ。流石はあかねちゃん。天使な雫ちゃんの血を引くレディだな」

 

ーーくしゃりーー

 

 

瑠璃の心臓がなんかよく分かんない石で動いてる。そんな話に対して返した一言を聞いて、パパは私の頭を撫でた。記憶通りの安心する撫で方と笑顔。

ま、女の子の髪を崩すくらいの力加減なのは、ほんとないと思うけど。あ、あと……。

 

 

「ちゃんづけキモイから止めて」

 

「え……」

 

「あとママのこと、娘の前で天使とか言うの止めなよ、キモイし」

 

「あ……あぁぁ……」

 

 

心底ショックを受けた顔で溶けるパパ。その表情にちょっと笑っちゃう。これを狙ってやってるんだとしたら、パパの作戦は見事成功だ。

 

 

ーーprrrrーー

 

「!」

 

 

ほっこりしていると、私のもつガラケーが鳴った。画面を見ると、そこにはとある人物の名前が記されていた。というか、ここに登録されてる人は2人しかいない。ひとつ息を吐き、通話ボタンをタップした。

 

 

「…………瑠璃?」

 

 

瑠璃が持っていたガラケーからの着信だ。相手は恐らく……。

 

 

『やぁ、黒井あかね』

 

「万灯っ!? なんでお前が……っ、瑠璃はっ!! 無事かっ!!」

 

『彼女なら私の近くにいるよ。それに無事ではある。話の通じない状態だけれどね』

 

「っ」

 

 

それを聞いて察する。たぶん瑠璃も心臓のことを聞いたのだ。くそっ、今すぐに瑠璃のところに行ってやりたいのにっ!

 

 

『さて、残念ながら君に用はない。近くにいる黒井秀平に替わってくれ』

 

「…………」

 

『どうした? 彼に替わるんだ』

 

「っ」

 

 

こんな電話、今すぐ怒鳴りつけて切ってやりたい。けど、瑠璃を救う糸はこの先にしか繋がってない。なら、今は心を殺せ。

 

 

「パパ……これ」

 

「……おう」

 

 

私の会話だけで相手が誰か理解してるようで、パパはさっきまでとは違う引き締まった表情で、ガラケーを受け取った。そのままスピーカーにして、話し始める。

 

 

「万灯、瑠璃ちゃんは無事か」

 

『そちらの娘にも伝えた通り、無事さ。真実を知って茫然自失だが。しかし、君も罪な男だ。真実を知っていたなら、私の計画が意味をなさないことを知っていたろうに』

 

「……方法論じゃねぇ、気持ちの問題だ」

 

『黒井秀平。君は私の恩人だけれど、まったく君の思想とは相容れないよ』

 

「俺もてめぇと主義が合うとは思ってねぇよ」

 

『話は平行線だ。ひとまずこの話は置いておこう』

 

 

話を断ち切り、万灯は本題へと移す。

 

 

『私と秀夫くん、そして、黒井瑠璃は塔のゲストルームにいるよ。生活設備も最低限整ってはいるから今すぐ餓死することはないだろう。勿論、生きる気力があればだがね』

 

「脱出は?」

 

『できるならしているさ。残念ながら我々のメモリはもうない。秀夫くんの思念波もせいぜい物を動かす程度になっている』

 

「…………分かった。くれぐれも瑠璃ちゃんを傷つけるなよ」

 

 

ーープツンーー

 

 

パパは通話を切った。そして、ひとつ指を鳴らした。それに応じるように現れたのは、シスターとあの変な女だ。

 

 

「ミズハ、風華」

 

「うん、シューヘイくん」

「はい、主様」

 

「相手の戦力は削った。瑠璃ちゃんがいる場所も分かった。これから攻め入る。ミズハはここで雫ちゃんを守れ。風華は俺と共に来い。そして、あかねちゃんを守れ」

 

「畏まりました」

「りょーかい!」

 

 

パパの指示に、2人は二つ返事で答える。だから、私は不安になってしまう。だったら、私は何をすればいいの?

 

 

「パパ、私は……」

 

 

私の心中を察したのか、パパはまた私の頭を撫でる。少し強く、不器用な撫で方で。にこりと笑いかけ、パパは私にも指示をくれる。

 

 

「瑠璃ちゃんを頼む。さっき言ってくれた言葉を全力で瑠璃ちゃんにぶつけてやってくれ」

 

「……うん」

 

「それはきっとあかねちゃんにしかできないことだから」

 

 

頼む、とパパはまた言った。その言葉でなぜだか私の気持ちがあがる。

……うん。私が瑠璃を助けるんだ。

 

 

「じゃあ、行くぞ」

 

『マスカレイド』

 

 

メモリを起動した瞬間に、パパの纏う雰囲気が変わる。オーラみたいなものが一瞬見えた気がした。赤、青、黄、紫、白、緑、水色、灰色。沢山の色が混ざって、黒く染まる。

 

『マスカレイド』。

万灯から聞いていた、最弱の『ドーパント』へとパパは変身して、告げる。

 

 

 

『全てを取り返す』

 

 

 

ーーーーーーーー



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027 鏡像はx / re:一騎討ち

短め


ーーーー裏風都・管理塔頂上ーーーー

 

 

「っ」

 

 

パパの作り出した沼のような空間を抜けると、そこはあの塔の頂上だった。どうやらパパの能力でワープしたらしい。

 

 

『風華! あかねちゃんを守ってろ!』

 

「りょーかい!」

ーーがしっーー

 

 

パパの指示を受け、私の腰をがっちりと掴む女。それを横目で確認したパパは右腕を振りかぶる。瞬間、その腕が巨大化して、

 

 

 

ーードゴォォォォォッーー

 

 

 

塔の屋根を粉砕し、大穴を開けた。

 

 

「すご……っ」

 

「ふふんっ! アタリマエ!」

 

 

思わず漏れた言葉に、なぜか女が鼻を鳴らしてる。とにかくだ、私達は一瞬でそこに辿り着いた。

 

 

 

『よう、吉川』

 

「……黒井秀平、懲りずにまた来たか」

 

 

制御室の中央に陣取る椅子にその男・吉川零士は座っていた。そいつを視界に捉えた瞬間に、パパは手を合わせる。そして、両手の間に、黒い稲妻を走らせた。

 

 

『あぁ。てめぇを倒して取り戻す』

 

「取り戻せないものもあることを教えてやろう」

 

 

「っ」

 

 

戦闘が始まったのを見て、私は走り出した。

 

 

ーーーーside『S』ーーーー

 

 

『ふんっ!!』

 

ーーバヂンッーー

 

 

作り出した『イービル』の黒雷を奴に向けて放つ。だが、それはいとも容易く防がれた。奴の目の前に突如現れた『穴』によって。それは見たことがある能力だ。

 

 

ーーズズズズッーー

 

『『ホール』……! やはりオリジナルも使いやがったかッ!』

 

「……その言い方は止めろ。俺は俺だけだ」

ーーズズズズッーー

 

『!』

 

 

音が聞こえた。『穴』の音、どこからっ!?

 

 

ーーズズズズッーー

 

『上かッ!』

 

 

すんでのところで左に避ける。さっきまで俺のいた床は見事にポッカリとくり貫かれていた。

 

 

『流石にその能力はやべぇ……なっ!!』

ーーブンッーー

 

ーーゴォォォォンッーー

 

 

俺の腕の振りに合わせて、爆発が奴を覆った。『マスカレイド』に内包する『エクスプロージョン』の攻撃。だが、これで倒せるとは思ってねぇ。

 

 

ーーグンッーー

 

『おらぁぁっ!!』

ーーバギィッーー

 

 

『グラビティ』による引力と『ジャイアント』の拳を重ね合わせた打撃だ。威力は検証済みで、アスファルトの壁なら3、4枚は裕に貫通できる。勿論ーー

 

 

『当たれば、な』

 

「…………無駄な攻撃だ。時間を浪費するな」

 

『うるせぇッ!!』

ーーズズズズッーー

 

「!」

 

 

俺と奴の間にある『穴』。それを逆に目隠しに利用して、俺は次の攻撃を放つ。精神干渉波。これは『オールド』のものだ。奴の死角から迫る精神干渉波は、奴の左腕を見事に包み込んだ。

 

 

「っ、面倒なことを」

 

 

堪らず退く吉川。見れば、『オールド』の影響は確かにあるようで、奴の左腕は細く皺の多い老人のそれに為り果てていた。

 

 

『流石のてめぇも不意打ちは効くんだな。お手々がしおしおだぜ?』

 

「当たり前だ。お前のような化物とは違う」

 

『あ?』

 

「お前のような……メモリの副作用を受けない『チート』とはな」

ーースッーー

 

 

ーーズズズズッーー

 

 

吉川が右手で地面を触った瞬間に、そこを中心に『穴』が広がっていく。嫌な感じを察した俺は、それを『バード』の羽で飛び回避する。さらに追撃。

 

 

ーーズズズズッーー

ーードゴッ、ドゴッ、ドゴッーー

 

『飛び道具かよっ!!』

 

 

『穴』から放たれる無数の瓦礫。『穴』で削ったコンクリートを撃ち出してるのだ。大小様々な大きさの瓦礫の雨。避けるのは、無理だ……なら!

 

 

『『反転』しろォ!』

ーーグニャリーー

 

 

『リバース』の力で俺の目の前に来る攻撃を全て『反転』させ、吉川の方へと弾き返す。残念ながら奴には届かない。

……くそっ、『ホール』の能力が面倒だ。飛び道具はすべて『穴』に消されて、肉弾戦も『穴』がある限りは防がれ続ける。考えろ、俺が取り込んだメモリの中に突破口があるはずだ。できなきゃ、雫ちゃんを助けられねぇ!

 

 

「…………複数のメモリ使用で肉体にも精神にも異常をきたさない。まるでガイアメモリの申し子だ」

 

 

必死に頭を回す俺に、奴は攻撃の手を止めて話しかけてくる。

 

 

『ハッ、簡単に言ってくれる。昔は相当、体に影響はあったんだ。今だって無理矢理押さえつけてるだけだぜ』

 

「……それでも、お前は恵まれている。『白服』や『朝倉風華』、『NEVERの男』、その他大勢の『転生者』を倒し、今まで生きているのがその証拠だ」

 

『…………てめぇ、さっきから一体、何の話をしてやがる』

 

「……………………」

 

 

要領をえない。奴の言が、その意図が分からない。

何かの攻撃のための時間稼ぎか? それとも、まだなにか……?

 

 

「メモリにも愛され、そして、家族をも手に入れた。俺とは真逆だ」

 

『あ?』

 

 

 

「俺はこの世界に転生し、すべてを失った」

 

『っ』

 

 

 

奴の目の色が変わる。さっきまでの感情の読めねぇ目じゃない。昔、見たことがある色。あれは『憎悪』だ。

白音佐奈。

雫ちゃんの姉である彼女が、家族を奪った『黒井秀平』を睨み付けた時と同じ瞳の色をしている。つまり、奴の目的は、

 

 

『…………復讐か?』

 

「いいや、俺はただお前の全てを否定するだけだ」

 

 

俺の問いに首を横に振った吉川は、静かに懐からそのメモリを取り出した。

……そうだ、こいつのメモリは『ホール』だけじゃねぇ。この5年弱で調べはついている。この偽物の『裏風都』を作り出し、雫ちゃんの精神を鏡に閉じ込めた元凶のメモリ・『ミラー』があるはずだ。だから、そのメモリを抑えれば……!

 

 

『は?』

 

「……このメモリは使いたくはない」

 

『…………おい、待てよ』

 

「黒井秀平、お前と同じにはなりたくないからだ」

 

 

吉川の言葉は俺の見た光景が真実であることを物語っていてーー

 

 

 

「だが、これを使い、お前の全てを否定しよう。それが俺の目的の第一歩だ」

 

『マスカレイド』

 

 

 

『俺はこの世界(仮面ライダーWの世界)を破壊する。お前を愛し、俺を拒絶したこの世界を』

 

 

 

ーーーーーーーー




黒井くんのキャラクターイラストが第1話の後書きにあがっています! ぜひご覧ください。
また、近いうちにイービルのキャラクターイラストもあがります。お楽しみに!!


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028 鏡像はx / 姉並びに父の意地

ーーーーside『A』ーーーー

 

 

「はぁっ、はぁっ」

 

 

上へと続く螺旋階段の途中で、息を整える。普通はエレベーターで登るような高さを階段で上がってるのだ。正直、かなりしんどい。けど、この先に瑠璃がいるはずと考えたら、足は動くし、顔も上がる。

 

 

『よーく、そんなにがんばるね』

 

「これくらい、どうってことないし」

 

 

出鼻を挫くように、影の中から響くあの女の声。不快感はあるけど、一応守ってくれてるから答えは返す。

 

 

『そんな死にそうになってまで、助ける価値があるワケ?』

 

「……あるに決まってる」

 

『へぇ、私はシューヘイくんさえいればいいから、他の人間とかどうでもいいけど……そんなに大事? 家族って』

 

「うん、大事」

 

「ふーん……あっそ」

 

 

興味ないなら聞くなと言ってやりたいけど、そんなやりとりする体力も時間も勿体ない。私は一歩一歩、階段を上がる。

 

 

「はぁっ、ふぅ……もう、少しっ」

 

 

……そう、そうだ。もう少しなんだ。

パパがママを救い出して、私が瑠璃を支える。

おじいちゃんのことはきっと今、ときめさんたちがどうにかしてくれてるはず。これで黒井家が揃う。そう、揃って、

 

 

「みんなで笑えるっ」

 

 

そう思えば、この長い長い螺旋階段も苦じゃない。私は再び歩を進め始めた。

 

 

『………………』

 

 

……………………

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

 

やっと階段を登り切った私は、その場に倒れ込んだ。

な、長すぎるって、この螺旋階段。苦じゃないとは言ったけど、いや辛いものは辛いって。くそぉ、作った奴ぜったいに一発ぶん殴ってやる……。

 

 

『早く行かなくていいワケ~?』

 

「ふ、ふぅっ、わ、分かってるつーのっ」

 

『…………はぁ、しょーがないなぁ』

ーードプンッーー

 

 

「…………ほっ!」

 

 

何を思ったのか、今まで影に潜っていた女は、私の影から飛び出してきて、

 

 

ーーグイッーー

 

 

私の体を抱きかかえやがった!?

 

 

「なっ、なにしてるっ!?」

 

「……ちょっとでも早く行かなきゃなんでしょ」

 

「なんのつもり」

 

「べつに~? 私が助けたおかげで作戦は上手くいったって、シューヘイくんにいい感じに報告してよ」

 

「………………瑠璃のこと、許したつもりはないから」

 

「あっそ」

 

 

……………………

 

 

どうにか歩けるようになった私は、辺りに注意を張り巡らせる。別に姉妹の絆的なやつで見つかるとは思ってない。だけど、瑠璃の近くには、あの男がいるはず。だから、

 

 

ーーゾワッーー

 

「っ」

 

 

嫌な気配を感じ取る。前にこの『裏風都』に滞在していた間、ずっと感じていた不快感。この気配の主は知っている。

 

 

「万灯!」

 

 

私の声が反響し、

 

 

「その声……黒井あかねか」

 

 

届いた。いけすかない声が聞こえる方に向かうと、いた! 牢のように格子で仕切られた個室のベッドの上に、万灯雪侍は腰かけていた。

 

 

「万灯、瑠璃はっ!」

 

「短い間とはいえ、君を世話した人間を無碍にするものじゃないよ?」

 

「瑠璃はっ!」

 

 

私の返しに肩をすくめた万灯は、その個室の奥を指差した。私は駆け足でそちらへ進む。そこにはーー

 

 

 

「瑠璃ッ!!!」

 

「………………」

 

 

 

瑠璃がいた。どこか怪我をした様子はない。けれど、彼女からは生気を全く感じなくて。

 

 

「っ、瑠璃!! わかるっ! 私だ、あかねだよっ!!」

 

「………………」

 

「瑠璃! 瑠璃っ!!」

 

「………………」

 

「っ」

 

 

焦点が合っていない虚ろな目の彼女は、私の言葉に応えてくれなかった。これではまるで……っ。

 

 

「っ」

 

「仕方がないだろう、自身が人間ではないことを知らされたんだ。今まで人として生きてきた彼女にその事実は荷が重い」

 

「そんなの関係ないっ」

 

「それは彼女自身が決めること、だろう?」

 

「っ……瑠璃、帰ろうっ!!」

 

「………………」

 

 

何度も名前を呼ぶ。けど、反応は返ってこない。

……どのくらい彼女の名前を叫び続けていただろうか。声は掠れて、上手く音になってない。それでも呼んで。

 

 

「…………ねぇ」

 

 

それを止めてきたのは、私を守るために着いてきたあの女。止めんな、と言い返すと、どうやらこちらへ追手らしき気配が近づいていると言ってきた。

 

 

「とりあえずこの格子を壊して逃げた方がいいでしょ」

 

「…………うん」

 

「どいてて」

 

『シェード』

 

 

メモリを起動して『シェード』になった彼女は、格子を力ずくでねじ曲げた。私はその隙間から体を入れて、瑠璃を支えながら個室の外へ出る。

 

 

『そいつらは?』

 

「………………出して」

 

『はいはい』

 

 

今の瑠璃を守るためには、誰であろうと使うべきだろう。そう判断して、万灯と千葉秀夫の牢も壊してもらう。2人とも瑠璃とは違い、自分で牢を出た。

 

 

『どこに行く?』

 

「安全なところ……なんてないか」

 

 

すると、一番安全なのは、戦えるパパの側。

 

 

『りょーかい』

 

 

行き先を決めて、私たちは足を進め始めた。

 

 

……………………

 

 

ーーぐらっーー

 

「っ」

 

 

度々、瑠璃の体を支えきれずバランスを崩す私。それを見かねた『シェード』が持つかと聞いてくるけど、瑠璃を任せてもいいって思える人はこの中にはいない。こんなに体格差を恨んだのは初めてだ。それでもこの腕を放したら、瑠璃を支える人はいない。

 

 

「大丈夫……大丈夫だからっ」

 

「…………」

 

「おねえ、に……任せてっ」

 

 

不意に思い出す。ずっと前にもこんなことがあったな。

 

 

 

ーーーー回想ーーーー

 

 

私たちがまだ幼かった頃の話だ。

その日はパパもママも仕事で家を空けていた。2人が外に出ている間に、急に瑠璃が熱を出したんだ。

 

 

「はっ……はぁっ」

 

「るりっ」

 

 

苦しそうにする瑠璃を少しでも楽にしてあげようと、濡らしたタオルを当ててあげたり、水を持ってきてあげたり、子供ながらにできることはしてみた。それでも、瑠璃の具合はよくならない。

何かあったら電話をしてね、と言われていたことも、パニックになった私は覚えてなかった。勿論、かかりつけのお医者さんの電話番号も分からず。朝、2人が家を出るまではなんともなかったから、2人が戻ってくるのは期待できなかった。

 

 

「どうしようっ、どうしよう……っ」

 

「はぁ……苦しいよっ、おねぇ……」

 

「っ」

 

 

お姉ちゃんである自分がどうにかしなきゃ……!

そう思った私は覚悟を決める。瑠璃をおぶり、台所にあった紐で2人の体を縛り付ける。これで万が一にも瑠璃は落とさない。

 

 

「ちょっと、がまんっ、してねっ、るりっ!!」

 

「おねえ……?」

 

「ふんぅぅぅっ!!!」

 

 

思い返せば、火事場の馬鹿力だった。自分と体格の変わらない瑠璃を背負って、私は家を出た。幸いだったのは、夏の昼間にもかかわらず、外気温が上がっていなかったこと。災いなのは、雨が降りだしたせいで、人通りが極端に少なかったこと。

大人の目に触れなかったから、私は1人瑠璃を背負って歩いた。歩幅も小さく、力もない。それでもかかりつけの病院に向かって歩を進めた。

 

 

ーーぐらっーー

ーーばたんっーー

 

「へぶっ!?」

 

 

足がもつれて、顔面から倒れ込む。痛い、痛すぎる。後から判明したけど、鼻血も出ていたらしかった。

それでも私は起き上がり進む。瑠璃の方が辛いはずだ。今ここで自分が止まったら瑠璃が死んでしまう。姉としての使命感と瑠璃を助けたい一心で歩き続けた。

やがて、かかりつけの病院に辿り着き、チャイムを鳴らす。妹を助けてって私の必死の訴えに、何事かと慌てて出てきたお医者さんを見て安心した私は、そこで意識を失った。

 

結局、瑠璃の熱自体はそこまで大変なものではなく、むしろ私の顔の怪我の方が大変だったらしい。お医者さんから連絡を受けて、飛んできた2人にぎっちりと抱き締められた。それを見てた瑠璃がその輪に混ざって、また4人でぎゅっとしたのを覚えてる。

そんな昔の記憶。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ーーぐらっーー

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「…………ダイジョブ」

 

 

崩れかけた体勢をどうにか持ち直す。

大丈夫。私はお姉ちゃんで、この娘は大事な妹なんだ。私が守る。もう一踏ん張りだ。敵を倒してママを救ったパパと合流する。それから瑠璃の心をケアしよう。

うん、大丈夫。

 

 

「おねえに任せて、瑠璃っ」

 

「………………」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「はぁっ、はぁ……」

 

 

長い長い螺旋階段を下り、やっと管理室に戻ってきた。

 

 

「瑠璃、ちょっとここに座ろう」

 

「…………」

 

「ごめん、ちょっと乗り心地悪かったよね」

 

 

瑠璃をゆっくりと壁際に下ろして、座らせた。未だ虚ろな目なままの瑠璃の頭を撫でてやる。反応はないけど、大丈夫。瑠璃はーー

 

 

『おい、あかね』

 

「っ」

 

 

不意に瑠璃から聞こえてきた声に、体が跳ねる。一瞬、瑠璃が意識を取り戻したのかとも思ったけど違う。明らかに瑠璃とは違う声。

 

 

「なに……? だれっ!?」

 

『今は説明してる暇はないっ!! 瑠璃も、お前もっ! 早くここから離れろっ!』

 

 

謎の人物の叫び声。意識をそちらへ向けると視界の端に、影を伸ばして防壁を張る『シェード』と思念波でそれを支える万灯と千葉秀夫の姿が見えた。同時に、目の前の管理室の壁が軽く壊れていくのも見える。何もかもがゆっくりに見える。酸素の行き届かない体をどうにか動かして、壁に横たわる瑠璃を守るように抱えて。背中に爆風と熱を感じ、目を開けてられなくて目を閉じた。

 

 

「…………っ」

 

 

一瞬のような気もするし、長い間そうしていた気もする。

じんじんと焼けるような背中の痛みに耐えながら、私は顔を上げた。そこに広がるのは、壁も何もなくなり、更地のようになった場所。そこには、吉川って男とパパがいた。ただし、

 

 

「哀れだな、黒井秀平」

 

「か……ふっ……っ」

 

 

パパの腹を貫く吉川の左腕。パパは口から血を吐いていて……。

 

 

「パパっ!!」

 

 

パパの名前を叫び、そちらへ向かおうとするのを、

 

 

ーーがしっーー

 

 

止められる。私の腕をつかんだのは万灯だった。

 

 

「放せっ! パパがっ!」

 

「周りを見たまえ。朝倉風華も秀夫くんも、さっきの衝撃波でかなりのダメージを受けている」

 

 

見れば、その2人は地面に横たわっていた。さっきの攻撃から私たちを守ってそうなったのだと遅れて理解する。それに万灯も2人ほどではないが、傷だらけだった。それでもっ!

 

 

「黒井秀平も負けた。その相手にどうするつもりだ」

 

「っ」

 

 

体勢を立て直すために退くべきだ。熱くなる私に、万灯は静かに告げる。

 

 

「…………」

 

 

万灯の言う通りだ。瑠璃を守るためにはそうするしかないのは分かってる。だけど、今ここで退いたらパパはどうなる?

……決まってる。殺されてしまう。そんなのは嫌だ。家族で笑い合うんだって決めたのに……。

 

 

「うっ、あぁぁぁっ……」

 

「自分より強い相手を前にしては、全てを助けるなんてことはできない」

 

「っ、それは……」

 

「決めるんだ、黒井あかね。君は父親を助ける? それとも妹を助ける?」

 

 

こうして迷っている間にも、吉川って男はこちらの存在に気づいた。逃げるなら今しかない。でも、そうすればパパは確実に死ぬ。決断を迫られてる。

 

 

「さぁ、決めるんだ」

 

「~~~~~~~~っ」

 

 

私は、私はっ!

 

 

 

『…………その必要はねぇ』

 

 

 

私の思考を絶ち切ったのは、さっきの声。

 

 

「……邪魔をしないでもらおうか。彼女にはここで死なれる訳にはいかないんだ」

 

『うるせぇ、てめぇこそ邪魔すんな』

 

「…………なにを……?」

 

『おい、あかね! お前の父親はなぁ……ちゃらんぽらんだし、雫のことになるとバカだし、とにかくガラも悪い。けどなーー』

 

 

 

『ーーやる時はやる男だ』

 

 

 

「が……ッ」

 

 

その人がそう言った次の瞬間に、吉川が膝をついた。そして、腹を貫かれているはずのパパが語り出す。

 

 

「……っ、こうでもしないとっ……お前は隙を見せねぇ、よなッ」

 

「ぐっ……何をしたッ、黒井秀平ッ!!」

 

「戦う中で確信したぜっ……お前のっ、『マスカレイド』は俺よりも上……だから、俺は狙いを変えたんだッ」

 

 

ーーバリィィィィィンーー

 

 

瞬間、『裏風都』の空が割れた。響いた音は、まるで鏡が割れたような音だった。

 

 

「まさかッ!!」

 

「あ、あぁ……お前の中の『ミラー』をぶっ壊したっ。そうすれば、雫ちゃんも救えるし、この悪趣味な『街』もぶっ壊せるってもんだッ」

 

「貴様ァァッ!!!」

 

「死んでも家族は守るぜ、俺は」

 

 

激昂した吉川は拳を振り上げた。

 

 

「パパっ!!」

 

『大丈夫だぜ、あかね』

 

「……え?」

 

『あいつも、もう来てる』

 

 

…………結論から言うと。

吉川の拳はパパには届かなかった。だって、その拳を止めた人がいたから。綺麗な黒髪をなびかせながら、その人はパパに告げる。

 

 

「死んでも……なんて言わないでください、秀平くん。あなたは大切な大黒柱なんですよ?」

 

 

その人の表情は、こちらからは見えない。でもきっと、あの優しい笑顔をパパに向けているんだろう。

……だよね。

 

 

 

「ママっ」

 

「あかね、瑠璃を守ってくれてありがとう」

 

 

 

黒井雫。私達のママはそう言って、微笑んだ。

 

 

ーーーーーーーー




『風都探偵~ 15 years later~』編、佳境!
終わりは近い。


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029 鏡像はx / 激闘、そして少女は誓う

ーーーーーーーー

 

 

「黒井雫っ、なぜお前がここにいるッ」

 

「貴方がかけた呪いを解いてもらったからです……よっ!」

ーーぶんっーー

 

 

ママは止めていた拳を振り払い、吉川を退かせた。

 

 

「立てますか、秀平くん」

 

「ハッ、かっこよすぎるだろ、雫ちゃんっ」

 

「秀平くんには及びません」

 

 

言葉を交わした後、パパの『沼』を通って、2人は私達の近くに移動してきた。

 

 

「っ、パパっ! ママっ!」

 

 

そんな2人に私は抱きついてしまう。戦闘中だってことも分かってるけど、止められなかった。

 

 

「うぎぃっ、あかねちゃんんっ、ストップぅぅ。俺、腹に穴、穴空いてるからぁぁ」

 

「あっ……ご、ごめん、パパ」

 

 

パパの絶叫で反射的に体を離す私と痛い痛いと言いながら、メモリ能力でその穴をゆっくりと治すパパ。

むぅ、感動の再会だっていうのに、ちょっとは我慢してほしいんだけど……いや、仕方ないけどさ。そんな風に思わず抱きついてしまったのを誤魔化すように、ブツブツと呟いていると、

 

 

「あかね」

 

「……ママ」

 

「大きくなったね」

ーーぎゅっーー

 

「~~~~っ、うんっ」

 

 

抱きしめてくれたママを抱きしめ返す。

……うん、うんっ、ママの匂いだ。

 

 

「瑠璃も……辛い想いをさせて、ごめんね」

 

「………………」

 

 

私をぎゅっとしながら、ママは近くの瑠璃の頭も撫でていた。それでも、瑠璃は反応しない。私と瑠璃。2人を愛おしそうに撫でてくれるママに、私は言葉を送り続ける。

 

 

「ずっと……ずっとぉ、会いたかったよっ、ママっ」

 

「ごめんね、心配かけて」

 

「ううんっ、ママが生きててくれてっ、よかったよぉ」

 

「っ、うんっ、ママもあかねと瑠璃が生きててくれて嬉しい」

 

 

さっきまでザワザワと騒がしかった心が落ち着いていくのが分かる。このままずっとくっついていたい。だけど、うん、分かってる。意を決して、私はママから離れて。

 

 

「あかね、『イービル』メモリを貸して」

 

「うん」

 

 

言われた通り、私の持つ『イービル』メモリを渡す。『イービル』はママのものだって前に万灯が言っていたのを思い出した。そうして、ママはそのメモリに静かに語りかけた。

 

 

「……ありがとう、『イービル』さん。娘を守ってくれて」

 

 

額にメモリを当てて、独り言のように呟いた言葉。それに、

 

 

『………………おう』

 

 

応える声があった。それは瑠璃からしたあの声だ。

 

 

「え…………?」

 

『ここだ、雫。瑠璃の持ってるメモリだ』

 

「っ、ちょっとごめんね、瑠璃っ」

 

 

ママは瑠璃の上着のポケットからそのメモリを取り出した。壊れているのか、そのメモリの外装にメモリ独自のイニシャルは刻まれていない。けど、確かにあの声はそのメモリから響いていた。

 

 

『よう、久しぶり』

 

「~~っ、なんでっ!? あの時消えたはずなのにっ」

 

『さぁな? でも、あたしが目覚めた時には、瑠璃の近くにいたんだ。そんで、雫の強い想いも感じてた。あかねと瑠璃を守って……ってな』

 

 

これは後から聞いた話だけど。

吉川と戦ったママが『ミラー』メモリに囚われる瞬間に願ったことーー私と瑠璃を守るって想いにメモリが応えたのではないかって、フィリップさんは言ってた。1つしか存在しない『イービル』は、メモリ本体と『イービル』という人格に別れて、私達の元に来たんだろうって。

ともかく、

 

 

「…………一緒に戦ってくれる? 『イービル』さん」

 

『ああ? なに、当たり前のこと聞いてるんだよ、雫!』

 

 

 

 

「もう、終わったぁ? 見せつけられてて、気分悪いんですけど~」

 

 

家族や相棒との感動の再会に水を差すようなことを言うのは、もちろんあの女。ボロボロになりながらも、どうにか立ち上がって、ママにイヤミを言っていた。そんな人にも、ママは微笑む。

 

 

「フーカさん……ありがとう、娘を守ってくれて」

 

「べつにぃぃ? あんたの娘じゃなくて、シューヘイくんの言うことを聞いてただけだし?」

 

「はいはい」

 

「~~っ、なに余裕ぶってるワケ!? こっちはねぇ、あんたがいないうちにシューヘイくんとあーんなことやこーんなことをーー」

ーーげしっーー

 

「黙りなさい。雫様に失礼ですよ、ストーカー女」

 

 

暴走する奴を止めたのは、シスターだ。どうやらこの人がママをこの場に連れてきてくれたらしく、ママは彼女にもありがとうを伝えていた。

 

 

「状況は決して変わっていない」

 

 

そんな風にわちゃわちゃとしていると、万灯が重々しく口を開いた。

パパの『マスカレイド』とママの『イービル』。それからシスターの『リアクター』と女の『シェード』。それらを合わせても、吉川のメモリには勝てない。そう万灯は言う。

 

 

「そんなことはっ!」

 

「まぁ、そうだな」

 

 

私の言葉を遮り、万灯の意見に賛同するのは、自分の治療を終えたパパだった。パパ曰く、あの吉川って奴のメモリは、パパと同じでありながらランクの違うものだという。その上、ママは病み上がりで、シスターももう一度メモリを使う余力はないという。

 

 

「ならば、君の能力でここを離脱すべきだろう」

 

「それを許す奴じゃねぇのは、お前も分かってるだろ?」

 

「万事休す。この紛い物の『街』と心中などしたくはないが、それしかないのだろう?」

 

 

そんな……せっかくパパもママも助かったのに……。

曇りかけた心。それを否定したのは、

 

 

「いいえ」

 

 

ママだった。どうやって、と訊ねる万灯の言葉を受けて、ママは『あるもの』を私に渡してきた。

 

 

「これ、は…………っ」

 

 

 

ーーーーside『S』ーーーー

 

 

「よう、待たせたな、吉川」

 

「…………どこまでも不快だ、黒井秀平」

 

 

奴は壊した『ミラー』をどうにか体内で繋ぎ合わせていたようだ。そのおかげで家族団欒の時間ができた。

 

 

「家族団欒をやっかむなよ。友達できねぇぜ?」

 

「それは持つ者の驕りだ。転生してすべてを手に入れたお前には分かるまい」

 

「あぁ、知らねぇよ。転生して、自分の不幸にしか目のいかねぇ馬鹿野郎の気持ちなんてな!」

 

「…………話は平行線だ」

 

『マスカレイド』

 

 

吉川はメモリを起動して、自らに直挿しする。瞬間、奴の姿は変わる。黄金の骸骨を宿した『マスカレイド』へと。

 

 

 

『結果は変わらない。メモリ自体は同じだ。あとはメモリのランクが勝敗を分ける』

 

「ハッ! ランクがどうした!! こっちは家族を守るために、家族と一緒に戦ってんだよ! 負ける訳がねぇだろうがっ!」

 

 

俺の啖呵を受けて、彼女が隣へ出てくれる。

 

 

「秀平くん」

 

「あぁ、行こうぜ、雫ちゃん」

 

『マスカレイド』

『イービル』

 

 

俺達の姿が変わる。

俺は銀の『マスカレイド』へ。雫ちゃんは白髪の『イービル』へ。

 

 

『おい、秀平。油断すんなよ』

 

『分かってる。『イービル』も雫ちゃんに傷負わせるなよ?』

 

『誰に言ってやがる!』

 

 

言い終わるが早いか、2人で駆ける。俺達は『奴』を左右から挟む形で仕掛けた。

 

 

ーーズズズズズッーー

 

 

『『イービル』!』

『あぁ!』

 

 

攻撃を防ぐ『穴』には許容量がある。『イービル』は力を溜め、俺は『ライトニング』を解放した。幾本もの雷が『穴』に向かい、吸い込まれていく。だがーー

 

 

『今だ!』

 

『おらぁぁぁぁっ!!』

ーーバヂヂヂィッーー

 

『ッ』

 

 

本命はそっち。『穴』が揺らいだ一瞬を狙い、黒い稲妻を纏った拳で『穴』ごと殴る『イービル』。さらに連撃。

 

 

『変わりますっ』

 

 

攻撃のインターバルを埋めるように、『イービル』から雫ちゃんへと人格をスイッチし、今度は蹴りを叩き込んでいく。稲妻を纏わなくとも、格闘術を修めている彼女の攻撃は重い。『奴』は体勢を崩す。

 

 

『らぁぁッ!!』

 

 

そこへ叩き込むは『ジャイアント』で肥大化させた拳だ。『エコー』も付与された攻撃は防御しても無駄。内側から『奴』の体を破壊する。

 

 

『ぐ、うぅぅっ……無駄なことをッ』

ーーブゥゥゥンーー

 

 

たまらず『奴』は『グリフォン』の翼で周りを薙いだ。範囲は広いが、破壊力は大してない。防御してすぐに反撃を……っ!?

 

 

『避けろ、雫ちゃんっ!』

 

『っ、はい!』

 

 

紙一重でそれを避ける。この判断は正解だ。翼の通った軌跡には、

 

 

ーーズズズズズッーー

 

 

『穴』が空いていた。『グリフォン』の翼に『ホール』の能力を付与させた……まぁ、俺にできることはこいつにもできるよな。

 

 

『それだけだと思うな』

ーーキュィィィィィーー

 

『『!!』』

 

 

『穴』が輝き出す。こいつは『エンジェル』の光線かっ!?

 

 

『俺の後ろに!』

 

 

光は避けられない。そう判断した俺は咄嗟に『リバース』を展開した。避けずに『反転』させる。その判断を読み取ってくれた雫ちゃんはすぐに俺の後ろへ。

 

 

ーーキュィィィィィィィンッーー

 

 

『ぐ、ぅぅぅぅぅっ!!』

 

 

『穴』から発せられる光線を『反転』させていく。だが、あまりにも数が多い。それを見て、

 

 

『変われ、秀平ッ!!』

 

 

俺の前に出た『イービル』。同じ光である黒雷で光線を相殺していた。

 

 

『長くはもたねぇぞっ』

 

『あぁ、助かる!』

 

 

一瞬の判断で、俺は次のメモリ能力を引き出した。『スコップ』で俺達の前の空間を削り、光を止める。その隙に、俺は『バード』で翼を生成し、『イービル』を抱いて上空へと離脱した。

 

 

『っぶねぇな、あいつ!』

 

『あぁ。ここから更に息を合わせるぞ、2人とも』

 

『あぁ』

『はい!』

 

 

ーーバヂヂヂィィーー

 

 

2人の作り出した黒い雷は、俺を囲うように広がる。

 

 

『これで少しはあの光線を防げる。その隙に、懐に入り込めよ!』

 

『あぁ、さんきゅ!』

 

 

的はデカくはできねぇ。『ジャイアント』のような押し潰す能力は止めて、『ジュエル』の硬度と『コックローチ』の速さで『奴』を確実に削る!

 

 

『その雷で打ち落とせないものは、わたしが全部防ぎますから!』

 

『頼りにしてるぜ、雫ちゃんっ!!』

ーーグンッーー

 

 

彼女の言葉を信じ、俺は突っ込む。『穴』から撃たれる光線は全て周りの雷が、『奴』が放ってくる『ソード』の斬撃は雫ちゃんが全て弾いてくれる。時間にして2秒後には、俺は『奴』の懐に飛び込んでいた。

 

 

『歯喰い縛れッ!!』

ーーバギィィィンッーー

 

 

最速×最硬で、俺は『奴』の顔面をぶん殴った。回避や防御をする隙はないし、手応えもあった。だが、

 

 

『無駄だと言ったはずだ』

 

『チッ、化物がよぉぉ!』

 

 

『奴』は少し仰け反った程度。

 

 

『どうやって防ぎやがったっ』

 

『基本性能が違う』

 

『ハッタリこそ無駄だぜっ! いくらランクが高くても『マスカレイド』は『マスカレイド』……種も仕掛けもあるだろっ!』

 

 

『マスカレイド』の力を底上げしている他メモリがあるはずだ。じゃなきゃ俺の渾身の攻撃が通用しない訳がーー

 

 

『秀平くんっ!』

『秀平ッ! なに腑抜けたことやってやがるっ!』

 

『は? 俺は全力で……っ』

 

『そんなわけねぇだろ! へなちょこな攻撃しやがって!』

 

 

2人の声が届く。腑抜けた攻撃だ? 俺は思いっきりぶん殴った。目の前の、俺の家族を壊そうとした憎むべき相手をぶっ飛ばしてやろうって感情は何よりも強い…………感情……っ、そうかっ!

 

 

『……そういうことかよ』

 

 

『マスカレイド』が頑丈になったのではない。俺の力が弱くなったのだ。そう。

 

 

『『ユートピア』かッ!!』

 

『お前の生きる希望を吸った。お前の言う仕掛けとやらは、ただそれだけだ』

 

『そういうの、効かねぇはずなんだけどなぁっ』

 

『お前は子を為した。『チート』の一部は既に子に引き継がれている』

ーーバギィッーー

 

 

俺を片手で吹き飛ばし、奴はさらに続ける。

 

 

『家族を得て……お前は弱くなった』

 

『…………』

 

 

そう言って、高いところから見下す吉川。俺は奴をただ睨みつけるしかできねぇ。そうしている間に、雫ちゃんが俺のところへ駆け寄ってきた。

 

 

『秀平くん、大丈夫ですかっ』

 

『あぁ、問題ない』

 

『くそっ、あの野郎……秀平、あたしらも攻撃を目一杯溜めて奴にぶつけてやる。だから、その隙にもう一回!』

 

『…………いや、そいつは止めとけ』

 

『は!? なんでっ!』

 

 

『ユートピア』の能力は、相手の生きる希望を吸いとるものだ。感情はその最たる例。つまり、感情が強ければ強いほど奴に力を与えることになる。

 

 

『わたしたちと相性が悪いんですね……』

 

『あぁ、最悪って言ってもいい。ともかく雫ちゃんたちは飛び道具を打ち落とすのを優先してくれ』

 

『はいっ』

 

『っ、けど、なら奴はどうやって倒すんだよっ! お前も奴に近づけないんだろっ!?』

 

『……そうみてぇだ。奴に触れれば触れるほど奴は力を増し、逆に俺は弱体化する。雫ちゃんたちの黒雷も吸われちまう。ハッ、こりゃあ無理ゲーだぜ』

 

 

なら、どうするか……答えはもう出ているさ。

本当は俺達だけで倒しちまって格好つけたかったけどな。

 

 

 

『頼むぜ、あかねちゃん、瑠璃ちゃん』

 

 

 

ーーーー回想・side『A』ーーーー

 

 

それは『ドライバー』だった。

『イービル』になった時に使っていた『ガイアドライバーREX』とは違う。機械的な赤色の『ドライバー』。共通しているのは、メモリを2本装填できるという点で。

 

 

「これは……!」

 

「はい。吉川を追っている中で、彼のメモリの危険性は調べがついていたんです。『イービル』1本じゃ対抗できない。だから、シュラウドさんとフィリップさんに頼んで作ってもらいました」

 

「……だが、これは左翔太郎と園崎来人……彼らでなければ使えない代物だ。メモリに精神を宿せる人間など普通ではーー」

 

 

そこで万灯は目を見開いた。何かに気づいたかのようだった。

 

 

「なるほど。確かにこれは、彼女たちにしかできないことだ」

 

「はい」

 

 

その場のすべての視線が私達に注がれる。私と瑠璃に。

 

 

「あかねちゃん」

 

「パパ……?」

 

「ここに来る前に話したことを覚えているか?」

 

「えっと……」

 

 

覚えてる。瑠璃に全部伝えろって。でも、今の瑠璃には、私の声は届かないっ。

 

 

「だから、直接伝えるんだ。この『ドライバー』は2人の精神を1つの肉体に移せる」

 

「!」

 

 

それはつまり、

 

 

「娘にこんなことを頼むのは、父親として最低だってのは分かってる。だけど、あかねちゃんーー」

 

 

パパもママも私を真っ直ぐ……ううん、私達を真っ直ぐ見据えて、そうしてその言葉を口にした。

 

 

「ーー俺達と一緒に戦ってくれ!」

「ーー私達といっしょに戦ってくれる?」

 

 

家族を助ける。家族を守る。そう言って、ここまで来た。でも、知識も力も足りなくて、ずっと色んな人に守られてばかりだった。

……だけど、そっか。

それが私にしか、私達にしかできないことならばーー

 

 

 

「勿論、『私達』は戦う」

 

 

 

そうして、私はその『ドライバー』ーー『ダブルドライバー』を装着した。

 

 

ーーーーーーーー



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030 鏡像はx / ある悲劇とある空想

久しぶりの更新です。
彼の話です。


ーーーーーーーー

 

 

記憶が流れ込んでくる。

まるで、わたしの感情に呼応するかのように。

その人の感情がーー深い深い、憎しみと絶望が。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

俺は転生した。『仮面ライダーW』の世界に。

前世では、イケメン俳優好きの妻や嗜好にだいぶ偏りのある息子もおり、その影響でこの作品については大分詳しかった。だから、俺がまずこの世界に来てしたことは、『元の世界に戻る方法』を探すことだった。

世界を超越するガイアメモリを見つけ出して、元の世界に戻る。それが俺のたった一つの目的であった。

 

ガイアメモリを探るには、組織に潜り込むのが一番だ。そう思った俺はメモリの元締め『ミュージアム』に潜入して、情報を集めた。勿論、なんのコネもない俺は組織の下っ端・戦闘員である黒服から始めることになる。『マスカレイド』のメモリの危険性は知っていたが、受け取るのを拒むわけにもいかず、俺は下っ端として『マスカレイド』を使い続けた。

 

 

~~~~~~~~

 

 

「が、ふっ…………」

 

 

そんなある日のことだ。組織の寮内、自室にて。

吐血したのだと理解したのは、膝から崩れ落ち、頭を打った後だった。急に下半身から力が抜けて、防御体勢になる間もなく倒れこむ。これが『ガイアメモリ』の副作用であることには、すぐに思い至った。だが、

 

 

「なぜ……『マスカレイド』で……っ」

 

 

俺達に支給されている『マスカレイド』は、メモリの容量の大半を条件付きの自爆機能に割いているせいで、限りなく性能の低い粗悪品だ。代わりに毒素のせいで死に、自社ビルで自爆するようなことがないように、毒素はかなり抑えてあるはずだった。

 

 

「話が、違う……っ」

 

 

足には力が入らないが、どうにか両腕は動く。腕の力だけで這いずり、部屋の出口へ。幸いなことに、ここには他の下っ端連中もいる。人に会えれば、どうにか…………。

 

 

~~~~~~~~

 

 

次に俺の意識が浮上したのは、見知らぬ病室でのことだ。靄がかかったように、ハッキリとしない頭をどうにか回し、倒れる前のことを思い出した俺は、まだ十分に動かない首の代わりに、眼球を動かして室内を見渡す。

よく見る白い壁と白い床。誰もが想像するような病院の一室だ。ただ気になるのが、ベッドは俺が横になっているこれだけだということ。つまりは、個室なのだ。組織の末端である俺に宛がわれるのには違和感がある。

 

 

「意識が戻りましたか」

 

 

声は俺の死角から響いた。枕元に立っているであろう男の声に、俺は言葉を返す。

 

 

「…………枕元に立つような人間の心当たりはないんだがな」

 

「ククッ、冗談を言える余裕があるようで結構です。貴方が無事でなにより」

 

「何者だ」

 

 

その問いに答えるように、男はやっと俺の視界にその姿を現した。この病室と同じ、白い服。一瞬、医師かと錯覚したが、それが誤りだと思い直す。なぜならその『白服』には覚えがあったからだ。

 

 

「その趣味の悪い白服……『財団X』か」

 

「ご名答! 組織の末端であるにも関わらず、『財団』の存在とその構成員の特徴を把握している。やはり私の仮説は正しかったようですねぇ」

 

 

悦に浸るような声色に、嫌悪感を感じる。本来ならば、俺は一生関わることのない人種だろう。だが、次の男の一言で俺はーー

 

 

「さて、吉川零次。君は元の世界に戻りたくはないですか?」

 

 

この男・白鷺(しらさぎ)と行動を共にすることを決めてしまった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「『転生者』……私は貴方のような人間をそう呼んでいます」

 

「『テンセイシャ』?」

 

 

白鷺が所有する研究所、その中にある客間に通された俺は、白鷺に問い返した。『テンセイシャ』……転じて生き返りし者。つまり、俺は、

 

 

「向こうの世界で一度死んでいる。そういうわけか」

 

「えぇ、十中八九そうでしょう。これまでの研究成果からそれは明白です。とはいえ、実際に生きている『転生者』を見るのは私も初めてですがね」

 

 

白鷺曰く、彼は『財団X』が『ミュージアム』のガイアメモリに出資して以来、メモリについての研究に就いていたという。そんな中、とあるガイアメモリーー『アナザー』というメモリが異常な反応を示した。それをきっかけに、白鷺は『アナザー』の可能性、つまりは並行世界の存在に気づいたという。

 

 

「そして、『転生者』はエネルギーに満ちているのですよ」

 

「エネルギー?」

 

「ええ。世界を一つ超えてきたのですから、当然といえば当然でしょう。そうして、『転生者』の内に秘めたエネルギーは、この世界の超常と結びつき、『チート』となる」

 

「…………俺がその『転生者』だというなら」

 

「えぇ、あなたにもその力があるはずです」

 

 

そのために助けたのですから、なくては困るのですよ。そう言って、白鷺は目の前のPCを操作した。そこに映し出されたのは、何かの数値。数字には決して強くない俺には、なんのデータかは分からないが、白鷺曰く、そのデータは意識を失っている間に採った俺の身体データだという。その一ヶ所を指差す白鷺。つられて注視する。

 

 

「他の数値は並の人間と変わりません。ですが、ここだけは常人の十数倍はある」

 

「……なんだ、これは」

 

「あなたにも分かるように言えば、ガイアメモリとの親和性……メモリとの融合率といったところでしょうか」

 

「融合率? 適合率とは違うのか?」

 

「えぇ。似て非なるものです」

 

 

適合率とはメモリの能力を発動できる能率を表している。メモリの能力を引き出すにはこれが高くなくてはいけない。そして、融合率とはーー

 

 

「1本のメモリを使い続けることでそのメモリが肉体に馴染んでいき、新たな能力に覚醒する。鏡野キクがいい例です。ともかく融合率とは、メモリが肉体に馴染む加速度合を表しています」

 

「…………」

 

「簡単に言えば、貴方はどのメモリでもより早く使いこなすことが可能なのですよ。例えば『テラー』や『ナスカ』といったゴールドランクのガイアメモリでもね」

 

「……つまりは、『元の世界に戻る』なんていう絵空事も俺ならば、叶えられると?」

 

「貴方次第ではありますが、ゴールドランクのメモリと貴方のもつ『チート』ならば、可能性は十分にあります。もし、次元を渡るメモリを探すというのならば、それに協力することも吝かではありませんよ」

 

「………………」

 

 

考える。

この男の言っていることが事実であれば、俺の望みはいつか叶えられるのだろう。だが、相手は白服・『財団X』の人間だ。そう簡単に信用していいものか。

 

 

「お前の狙いはなんだ?」

 

「警戒も当然でしょう。ですが、私も目的はシンプルです。ガイアメモリを使い、世界を掌握する。そのためにはより強い力と兵隊がいるのです。貴方の『チート』を研究して、メモリの力を引き出せる兵隊を作り出すことこそが私の目的……利害は一致しているでしょう?」

 

 

正直な話、この世界がどうなろうとかまわない。俺は元の世界に、妻と子供の元へ帰れればいい。だから、

 

 

「分かった、そちらの研究とやらに協力する。その代わり、『元の世界に戻る』メモリを探し出すのに協力しろ」

 

「えぇ、勿論です」

 

 

俺は白鷺を利用することにした。結論から言えば、この選択は一番の愚行であった。『元の世界に戻る』ために協力する。そんな甘言に惑わされた俺を俺は呪う。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『ホール』を手に入れたのは、それから少ししてからだ。

『穴』を通じて、次元を超えるイメージがつきやすかったから、俺はそのメモリを使い続けた。勿論、『チート』は正常に作用して、俺は『ホール』の新たな能力に覚醒していった。だが、

 

 

「『ホール』では無理でしょう。これ以上の覚醒は望めません」

 

「そうか。ならば、次のメモリを渡せ」

 

「ふむ、そうですねぇ……」

 

 

自らの研究室。特注で作らせたという椅子に体を預けた白鷺は顎に手を当て、考える仕草を見せた。何を迷うことがあるのか。早く候補となるメモリを俺に渡した方が合理的だ。俺の『チート』とやらは、とかく時間がかかる。俺の体はひとつ。他人よりは数倍馴染むのは早いが、それでも候補のメモリから元の世界に戻るための能力を探すには……。

 

 

「そう。そこなのですよ」

 

「?」

 

「貴方の肉体はひとつ。それがネックなのです。ですからーー」

ーーパチンッーー

 

 

奴がひとつ指を鳴らすと、

 

 

ーーガクッーー

 

「ッ、何をっ!?」

 

 

体が床に叩きつけられる。何が起こった?

奴にメモリを使った様子はなかった。研究室の床の冷たさを感じながらも、俺は奴に訊ねる。それに対して、奴は笑いながら答えた。

 

 

「貴方自身が言ったことでしょう? 貴方の『チート』は時間がかかり、その上肉体がひとつしかない。それがネックだと」

 

 

だから、と言葉を区切り、さらに続ける。

 

 

「貴方を『増やす』ことにしました。貴方もよく言っていた通りの合理的な判断です」

 

 

そう言って、白鷺は背後に設置されていたモニターの電源を入れた。そこに映し出されたのは、培養装置だ。その中には既になにかが……いや、あれは……。

 

 

「俺、か」

 

「『財団X』の技術……複製兵士の精製は実用化までずいぶんかかりましたからねぇ。その被験体になり、私の野望に貢献できるのです、光栄に思うといい」

 

「………………」

 

 

なるほどな。元からそれが目的か。確かに俺の『チート』があれば、兵隊を作り出すことができる。しかも、一体一体がメモリ能力を十二分に引き出した兵士。それはそれは奴の野望とやらに役立つだろうな。

 

 

「……不快だ」

 

『ホール』

 

 

メモリを起動し、自らの体に投げ挿れる。瞬間、力が巡る。体を押さえつけていた重力めいた力を振り払い、手を伸ばす。狙うは奴の頸動脈に、最速で穴を開ける。しかし、俺の能力は届かない。

 

 

『……ッ』

 

「言い忘れていましたが、私も『チート』持ちでしてね。メモリを挿さずとも、メモリ能力を使いこなすことができます」

 

「!」

 

 

白鷺。この男も『チート』を……つまり、それは……?

 

 

「その通り。私も『転生者』です。貴方よりもずっと前からこの世界に『転生』した人間ですよ」

 

 

邪悪に笑う白鷺。まるで、幼子がおもちゃを自慢するかのように、奴は滔々と語る。

 

 

「今、貴方に使っているのは『グラビテーション』ッ!! 重力を操作できるメモリです。『ホール』では太刀打ちできないでしょぅぅう?」

 

『…………』

 

「……なぜ黙っているのです?」

 

ーーズズズズズズズッーー

『一時撤退だ』

 

 

『穴』を足元へ展開し、俺はそこへ沈み、逃げーー

 

 

ーーブチュッーー

 

『っ、がぁぁぁっ!?!?』

 

 

激痛。何かの能力で足を切断されたと理解したのは、数秒遅れてのこと。ダメージが許容量を超えたのだろう、メモリが体外に排出された。

 

 

「ぐ、が……ぁぁぁ、がっ」

 

「『ゾーン』……貴方も『転生者』ならば知っているでしょう。空間移動の能力はこう使うこともできるのですよ」

 

「はつ、はぁっ、はぁっ……っ」

 

「クククッ……無様、ですねぇぇ」

 

 

ニマニマと気色の悪い笑みを浮かべる白鷺。自分の優位を確信したんだろう。俺の腹を足蹴にしてくる。クズが……っ!

 

 

「安心してください。貴方の分身に『チート』を適用するには、貴方自身が生きている必要がありますからねぇ……手厚く『保護』させていただきますよ」

 

「…………地獄に落ちろ」

 

「えぇ、いずれ地獄を楽しませていただきますよ」

 

 

白鷺の笑みを見ながら、俺は意識を失った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

そして、俺は数年間、幽閉されていた。その間は意識も朦朧としており、記憶らしい記憶もない。忘れた頃にやってくる激痛が何なのかさえ分からず、ただ俺の心のうちは、奴への復讐心と妻と子供への渇望が占めていた。そして、次に俺の意識が覚醒した時にはーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「……俺は、どうしたらいい」

 

 

復讐の対象も、元の世界に帰る方法も、吉川零次にはない。目的を失った彼はただ空っぽで。だからこそ、救いを求めて彼はその『声』に従った。

 

 

『ーーーーーーーー』

 

「そうか。『転生者』は全て殺せばいい。そうすれば、俺はまた元の世界に戻れる」

 

 

決して彼らしくもない非合理的な結論。暴論ともいえる。それは既に彼が壊れてしまっていることを示していた。だが、彼自身にその自覚はなく、本気でそう考えていた。

 

 

「まずは誰を殺せばいい?」

 

『ーーーーーーーー』

 

「は?」

 

 

『声』は答える。その存在を。

 

 

「何故、何故だ……俺と同じ、だろうッ!」

 

「何故俺は失って、あいつは手に入れたッ!?」

 

 

『声』は決して他の誰かの存在を示唆するものではない。『声』は彼自身の内側から響くものだ。吉川零次の『憎しみ』は、復讐心の当たり所をその男に求めたのだ。

 

 

 

「黒井秀平。俺はあの男の全てを否定する」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

それがその人の感情。

世界と白鷺って人への憎しみ。それ以上の悲しみが流れ込んでくる。『家族を失った』……わたしと同じ、悲しみの感情。

……あぁ、引きずり込まれる。わたしも今、この人と似た感情を抱いてるから。自分だけが家族の輪から外されている感覚だ。あぁ、わたしも深く深く、沈んでーー

 

 

 

『らぁぁぁぁっ!!!』

 

 

 

心に風穴を開けられるような感覚。

 

 

「……え?」

 

『うわっ、なんだこれっ、気持ち悪っ!?』

 

「な、なんで、ここに……?」

 

『はぁぁっ!? 決まってるでしょうが!』

 

 

その人はそれが当たり前だと言わんばかりに、告げた。

 

 

 

『瑠璃! あんたを迎えに来た!』

 

「おねえ……っ」

 

 

 

ーーーーーーーー



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030 鏡像はx / 家族の絆

ーーーーーーーー

 

 

「おねえ……?」

 

 

わたしの心の内に、おねえは入り込んできた。

 

 

「なんで、ここにいるの……?」

 

『~~っ、あんたが全然起きないからわざわざ私がこっちに来たんでしょうが! ほら、これで!』

 

 

おねえの腰には赤色の『ドライバー』が装着されていて、それによって彼女の精神体のみが、わたしの心に入ってきたんだと理解する。理解はするけど……。

 

 

『ほら、帰るよ、瑠璃』

 

「っ」

 

 

強引に手をとってくるおねえの手を咄嗟に振り払う。俯いたまま、わたしはおねえに一言だけ伝える。

 

 

「…………っ、嫌」

 

『はぁ? なに、言ってーー』

 

 

「わたし、人間じゃないから」

 

 

それを告げて後退る。

知ってしまった事実を、抱えていたモヤモヤをわたしは吐き出す。

 

 

「おねえには分からない。わたしの気持ちは」

 

『瑠璃、あんた』

 

「わたし、もう人間じゃない。人間を騙って、まるで本当の家族みたいに暮らしてたなんて……」

 

『本当の家族みたいにって、私達は元からーー』

 

「っ、違う」

 

 

おねえの言葉を遮って、わたしは続ける。言葉は依然、口から溢れていく。

 

 

「違う……わたしは紛い物でしょ、黒井瑠璃の皮を被った紛い物。そんなのを家族だなんて……言えるわけない……言っちゃいけない」

 

『…………瑠璃、待って』

 

「ごめん、おねえ。わたしはここに残るから。こんな紛い物は現実に戻っちゃいけない」

 

『待ちなさいって、瑠璃っ』

 

「パパとママに……さよならって伝えーー」

 

 

 

『あー、もうっ! うっさいッ!!』

 

「え……」

 

 

 

さっきまでのわたしの気持ちを聞いてくれてたおねえはもういない。捲し立てるように、小さな体でぎゃーぎゃー言ってる。

 

 

『さっきから大人しく聞いてりゃ、あーだこーだ御託並べて! そんなの私は知らないっ』

 

「し、知らないって……」

 

『そりゃ分かんないわよっ、あんたの気持ちなんて! 言ってくれなきゃ分かんないッ』

 

「っ」

 

『けどね、自分の気持ちだけはハッキリしてる』

 

 

そこまで言って、おねえはわたしの頬を両手で掴み、無理矢理俯いたわたしと目を合わせて、告げる。

 

 

『私はあんたが大好きだ! 大切な家族で、妹なんだっ!』

 

 

その言葉は、その瞳は、殻に篭ろうとしていたわたしを引き戻す。いつものように強引な言葉だ。こっちの気持ちなんてお構いなしのおねえの言葉だ。けど、

 

 

『いちゃいけないとか、言えるわけないとか! そんな訳の分かんないするべき論は知るかッ!!』

 

「そんなのーー」

 

『ーー瑠璃! あんたはどうしたいのっ!!』

 

「っ」

 

 

精神体としてここにいるからだと思う。何の防御もできないわたしに、何も飾らないおねえの気持ちが、直接伝わってくる。だから、思わず溢れてしまう。

 

 

 

「…………帰り、たいよ……っ」

 

 

 

頬を伝うの涙の温度。それを拭うおねえの掌のあたたかさ。そのせいで、余計に涙が止まらない。ポロポロと言葉も零れる。

 

 

「パパに会いたいっ」

 

『うん。パパ、待ってるよ』

 

「ママにぎゅってしてほしいっ」

 

『ん、ママはパパが救ってくれた。きっとママもそうしたいって思ってる』

 

「…………おねえと、家族みんなでまた一緒に暮らしたい」

 

『ん、私もだ』

 

 

わたしの頬を流れる涙を拭きながら、おねえは笑う。

 

 

『早く帰ろう、瑠璃』

 

「うんっ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

目が覚めると、おねえがいた。

さっきまでと変わらない、ううん、少し照れくさそうな仏頂面で、わたしから目をそらしてる。それでも手は繋いだままで。

ほら、早く行くよ。

そう言って、手を引くおねえの手をきゅっと握り返して、わたしも立ち上がった。

 

 

「…………」

 

 

目の前に広がる光景。壁も床もなくなった塔の体を為していない場所にいたのは、パパとママ。ボロボロだけど、その目には光が宿っていた。2人はこちらに気づいたようだった。2人に今すぐぎゅっとしてほしい。そんな思いに駆られるけど、今はまだダメ。

 

 

「…………」

 

 

視線をもう少し遠くへ向けると、あの人ーー吉川零次さんがいた。パパとママを苦しめた人。倒すべき相手。だけど、わたしは知ってしまった。彼の絶望を。きっと誰にも言えずにいた悲しみを、わたしは知ってしまったんだ。

それを止められるのは、きっと……。

 

 

「…………」

 

 

ふと、おねえの方を見る。わたしの視線に気づいたのか、おねえはこちらを見て、得意気に笑った。

おねえとわたし、2人の腰には赤色のドライバー。それぞれの手には2本の黒いガイアメモリがあった。わたしも1つ笑みを返した。そして、

 

 

 

「行くよ、瑠璃」

 

「うん、おねえ」

 

 

 

『イービル』

 

『エクストリーム』

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

姉妹に『彼ら』についての知識はない。

ただ、奇しくも『仮面ライダー』へと為る2人の姿は、『彼ら』と重なって。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「「変身!!」」

 

 

 

ーーーーーーーー



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031 鏡像はx / 変身と変心

ーーーーーーーー

 

 

黒色の左半身『イービル(黒井あかね)』。

無色の右半身『エクストリーム(黒井瑠璃)』。

瞳は彼らのそれと同じ『クリスタルサーバー』を宿した透き通った虹色だ。そして、両腕に纏うは黒と白の稲妻紋様。

それが彼女たちの『仮面ライダー』としての姿だった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「2人とも」「頼んだぜ」

 

 

パパとママの言葉を背に受けて、わたしたちは頷く。

 

 

『『うん』』

 

 

瞬間、脚に力を込めて跳んだ。あり得ないくらいの跳躍力で、今までのわたしだったらそれに困惑してた。けど、おねえと一体化した今のわたしには、おねえの経験が知識として身についている。だから、超人と化したこの身体能力にもすぐに適応できる。

 

 

『合わせるよ!』

『うん!』

 

ーーブンッーー

 

 

その一声だけで、次にしたい動作が分かった。身を翻し、横へ薙ぐような蹴りを金色の『マスカレイド』に向けて放つ。予備動作の少ない攻撃。けれど、その攻撃は簡単に避けられてしまう。

 

 

『……紛い物の『W』か。この世界の異物であるあの男の娘と人間擬きらしい姿だな』

 

『うるさいッ』

ーーぐっーー

ーーブンッーー

 

 

再び脚に力を溜め、間を詰める。一撃、二撃、三撃。反撃の隙を与えない乱打を繰り出し、ガードを崩す作戦だ。

 

 

『……速さも力も並』

ーーグンッーー

 

『『!?』』

 

 

押し戻される。『マスカレイド』の力が増しているんだ。

 

 

『この程度で俺を倒せるとでも思ったか。思い上がるな、紛い物』

ーーバキッーー

 

『っ』

 

 

『マスカレイド』の拳を左手でガードするも、その威力に後退る。

 

 

『大丈夫?』

『余裕!』

 

 

咄嗟に稲妻を纏わせて、攻撃を和らげた。戦闘経験を詰んだ分、おねえの判断は早い。それに『エクストリーム』に至った『W』、その能力はこちらの方が上。それでも戦闘経験と応用力では、あちらの方が圧倒的に上。

それでもーー

 

 

『負けられない』

 

『当たり前!』

 

 

ここで負けたら、全部終わる。

あの人は、わたしたち家族だけじゃなくて、この世界自体を滅ぼすつもりなんだ。それほどに彼の憎しみと絶望は強い。

 

 

『…………おねえ』

 

『あいつのことを私は知らない。だから、任せるよ、瑠璃』

 

『うん、ありがと』

 

 

再確認して、もう一度構える。

 

 

『終わりか?』

 

『『ーーまだまだぁ!!』』

ーーバチッーー

 

 

間合いを両腕から発生させた黒い稲妻で無理矢理詰めて、今度は渾身の右ストレート。ガードはされた。けど!

 

 

『『らぁぁっ!』』

ーーバヂンッーー

 

『ぐっ!?』

 

 

防御の上から放った拳先から、更に稲妻が射出する。黒雷が『マスカレイド』の肉体を走り、一瞬動きが止まった。

 

 

『今だッ!』

『うん!』

 

『イービル マキシマムドライブ』

 

 

スロットにメモリを装填して、エネルギーを右拳に集めていく。防御不能の『マキシマムドライブ』。これでまずは動きを止めーー

 

 

ーーぞわっーー

 

『っ、待ってッ』

 

 

急に感じた悪寒。その原因は頭上にあった。

 

 

ーーズズズズズズッーー

 

『え!? なにあれっ!?』

『っ、あれはまずい』

 

 

巨大な『穴』。落ちてきたらこの辺り一帯を飲み込めるほどの規模の『穴』だった。それを見た瞬間に、頭の中に情報が入ってくる。あれは『ホール』の能力だ。しかも、限界まで力を引き出されたメモリ能力をすべて解放した攻撃。

 

 

『気づくのが遅れたな。既に『穴』は墜ち始めている。あれは俺を殺しても止まらない。終わりだ』

 

『『ッ』』

 

 

どうするっ!? 必死で接続して策を練る。けど、あんな攻撃、止める術は思い浮かばない。

 

 

『…………っ』

 

 

脚が止まる。思考も止まる。

 

 

『瑠璃ッ!』

 

 

止まりかけたわたしの時間を裂いたのは、おねえの声。そして、おねえの思考がわたしに流れ込んできて。

 

 

『跳ぶよ!!』

『うんっ!!』

 

 

既に迷いはない。それはおねえが『穴』へと向かうパパとママを見ていたから。2人なら、きっとどうにかしてくれる。だから、わたしたちは目の前の『マスカレイド』を倒すことだけを考えるんだ。

 

 

『『はぁぁぁぁぁっ!!』』

 

 

駆ける。『マスカレイド』との距離を一瞬で詰めることができた。そのまま全力で殴る。ただ、それも予想の内だったのようで、彼に慌てた様子は全くなく、わたしたちの拳は受け止められてしまう。

 

 

『『穴』を見ても向かってくるか。それは信頼か』

 

『……はい』

 

『………………それを見るのは……不快だ……』

 

 

見た目は変わらない。でも、拳を通して、確かに彼の苛立ちが伝わってきた。『家族』。それは彼が愛していながら、もう手に入らないものだから。たぶんわたしの姿を見て、その思いを強めたんだろう。

 

 

『やはりあの男を否定するには、家族を目の前で消すのが一番いい』

 

 

声は、わたしたちにギリギリ聞こえる小さな呟きだった。けれど、悪感情が膨れ上がって。

 

 

ーーゾゾゾゾゾッーー

 

『『マスカレイド』には、取り込んだメモリを一斉に放てる特質がある。俺の取り込んだメモリは56』

 

『ッ!?』

 

『お前たちの父親には及ばないだろうが、この辺りを消し飛ばせる威力は出る。奴も『穴』を消すのに手一杯で、こちらへは援護もできない。目の前で家族を失えば、あの男のすべてを否定できる』

 

 

暴走した悪感情と56のメモリの毒素。掛け合わせたそれらは考えるまでもなく絶大で、それを喰らってしまったらきっと死ぬ。

 

 

『っ』

 

 

もし失敗してしまったら?

その痛みはどれほどのものなのだろう?

策はあるし、理論はできてる。それでも想像して、一瞬躊躇ってしまう。逃げ出したい。このまま距離をとってしまいたい。そんなわたしの脚を止めてくれたのは、

 

 

『瑠璃』

 

『…………うん』

 

 

大丈夫。信じるんだ、おねえを。

そしてーー

 

 

『すぅぅ……』

 

 

1つ深呼吸をして、意識を底へ。『イービル』メモリの根源を引き出せ。わたしになら……ううん、わたしたちになら、それができるはずだっ!

覚悟を決めて、わたしたちは両腕を開き、攻撃を迎え入れた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ガイアメモリが産み出した怪物・井坂深紅郎。

毒素こそガイアメモリの力であるという彼の信条は、真理を突いており、強いメモリほどその毒素は強い。毒素は使用者の負の感情と結びつくことで、メモリ自体の能力を上げていく。

逆説的に、負の感情さえ抑えてしまえば、毒素を中和することも可能である。勿論、ほとんどのガイアメモリ使用者は負の感情を抑えられず、メモリの毒素に呑まれてしまうのだが。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『イービル』は悪感情をエネルギーに変える特性を持っている。『エクストリーム』に達した『イービル』には、そのエネルギー変換を外部へと向かわせることもできる。つまりはーー

 

 

『あなたの絶望も、悲しみも、全部わたしたちが受け入れる』

 

『ッ、なにをッ』

 

 

『エクストリーム マキシマムドライブ』

『イービル マキシマムドライブ』

 

 

マキシマムドライブを発動して、放たれた光撃に触れていく。悪感情を受け入れ、浄化する。それが『エクストリーム』に到達した『イービル』のマキシマムドライブ。だけど、決してノーリスクな訳じゃない。触れた箇所から絶望と憎しみが流れ込んでくるんだ。それに抗いながら、わたしたちの力に変換していく。でも、

 

 

『っ、はっはっ……うぅっ、あぁぁッ……っ』

 

 

辛い。辛い。辛い。辛い。

彼の抱えていた深い絶望と強い憎しみの感情に呑まれそうになる。あの時と同じように、自分が抱えていた孤独感と同調してしまって、悪感情に呑まれてしまいそうになる。けれど、今は違う。

 

 

『人の妹にキッツイ感情ぶつけやがってッ!!』

 

 

隣にはおねえがいる。2人でなら大丈夫。この感情の濁流の中でも立っていられる。

 

 

『まだいけるか、瑠璃っ!』

 

『もちろんっ!』

 

 

そう、信じるんだ。

おねえとおねえが信じてくれた自分自身を!

 

 

 

『『はぁぁぁぁぁっ!!』』

 

 

 

……………………

 

 

『『………………はぁっ、はっ』』

 

『っ、俺の攻撃を耐え切ったのか……だがっ!』

 

 

わたしもおねえも息が上がってる。それでもあの光撃に耐え切った。それだけじゃない。

 

 

『メモリの力がっ!?』

 

 

彼の悪感情のほとんどは『イービル』によって浄化された。メモリの力も毒素も感情によって強化される。だから、今の彼に『マスカレイド』の能力を十分に引き出すことはできないんだ。

 

 

『ハッ、当然っ! 自慢の妹の作戦だっての! 行くよ、瑠璃!』

 

『うん!』

 

 

両腕に集中する。集めたエネルギーが巡る。廻る。そしてーー

 

 

『エクストリーム マキシマムドライブ』

『イービル マキシマムドライブ』

 

 

 

『『らぁぁぁぁっ!!!』』

 

ーーバチバチバチバチッーー

 

 

 

わたしたちの思いに、彼の思いも乗せたマキシマムドライブを放ったのだった。

 

 

ーーーーーーーー



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最終話 不変のk / これからも続く黒井家の日常は

エピローグ。


ーーーーーーーー

 

 

黒井一派と吉川零次の戦いより1ヶ月後。

彼らの日常はーー

 

 

ーーーーーーーー

 

 

階段を下りると、ジュージューと卵焼きが焼ける音が聞こえてきた。そして、キッチンに入るとベーコンの香りもしてくる。うん、わたしの好きな朝の匂いだ。

 

 

「おはよう、ママ」

 

「おはよう、瑠璃」

 

 

キッチンで朝食を作るママにおはようを伝えると、ママも笑顔を返してくれた。いつもの、幸せな光景だ。どうやら今日もわたしが一番乗り。それもいつも通り。

 

 

「手伝う?」

 

「ううん。大丈夫よ、もうできるから。それよりも2人を呼んできてもらえる?」

 

「ん」

 

 

手際のいいママは粗方朝食の支度を終えているみたいで、わたしにミッションをくれた……うん、ミッションだ。少し気が重いな。

パパの部屋は一階の奥でおねえの部屋は二階の私の部屋の隣。わたしは迷いなく階段を上がる。

おねえの部屋の前。今日は大丈夫かなと思いながら、ノックをーー

 

 

「ぎゃぁぁぁぁっ!?!?」

 

 

ーーしようとして、部屋の中から悲鳴が聞こえてきた。

 

 

「はぁ……またかぁ」

 

 

ため息を吐いて、ドアを開ける。そこにいたのは、

 

 

「人が寝てる顔を写真に撮るな、ボケェェッ!!」

 

「ダメぇぇぇ、壊さないで、あかねちゃぁぁぁんっ!!」

 

 

パパを踏みつけながら激怒するおねえの姿だった。

 

 

「2人ともステイ。今度はなに?」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「パパ、人の寝顔を撮るのは良くない」

 

「だって!! 娘の可愛い姿を撮っておくのは父親の義務だぜ、瑠璃ちゃんッ!!」

 

 

正座をしながらもパパはそう力説していた。

 

 

「シネシネシネっ!!」

 

「痛っ!? 痛いって、あかねちゃんっ!?」

 

「おねえ、ちょっと落ち着いて。パパからはわたしからちゃんと説教するから」

 

「フーッ! フーッ!」

 

「おねえ、ステイ、ステーイ」

 

 

キレるおねえを羽交い締めにしてどうにかパパに飛びかかるのを抑えるわたし。その様子を見ながら「姉妹仲がいいのは良きこと良きこと」と言ってニコニコしてるパパには、更なる説教が必要。

……ともかくおねえを落ち着かせたわたしは、再びパパに告げる。

 

 

「いい? パパ、いくら娘でも無許可で撮るのはダメ。しかも、おねえは思春期だから、そんなことをしたら余計に反抗期が悪化する」

 

「……う、うーむ」

 

「それに……やってること、風華さんと変わらないけど」

 

「なん、だと!?」

 

 

キラーフレーズでパパは固まる。相当な衝撃だったみたいで、この世の終わりみたいな表情をしていた。

 

 

「パパも寝顔を風華さんに撮られたら嫌じゃない?」

 

「死ぬほど嫌ッ!!」

 

「そういうこと」

 

 

事件後も未だにストーカー行為を止めない彼女を引き合いに出すと、パパも納得してくれたようである。まぁ、そのストーカーもストッパー役のミズハさんがいるおかげで、大分マシになってるけどね。

 

 

「……でもさぁ、瑠璃ちゃん。ああいうことがあった後だからな? やっぱり大事な娘の写真は撮っておくべきだと思うんだ」

 

「まぁ、一理はあるけど」

 

「だろ? まぁ、そう……そう! これは記録! 愛娘の成長記録なんだ! だからーー」

 

 

滔々とどうにか許可を得ようと言い訳を重ねるパパ。でも、パパは気づいていない。

 

 

「ねぇ、パパ」

 

「ん? なんだ、瑠璃ちゃん? 許可する気になったかい?」

 

「後ろ」

 

「へ?」

 

 

「秀・平・く・ん♡」

 

 

言わずもがな、パパはママに怒られた。すげぇ怒られた。

うん、やっぱりウチの朝は騒がしい。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

朝から色々あったけど。

みんなで朝食を食べて、今日もその時間はやってきた。

 

 

「瑠璃、準備できた?」

 

「うん。おねえもオーケー?」

 

「おっけー!」

 

 

ひとつ伸びをするおねえと玄関の鏡で前髪を整えるわたし。

 

 

「お、もう時間か。パパが学校まで送ってこうかー?」

 

「もうっ! 秀平くんはまた……気をつけてね、あかね、瑠璃」

 

 

懲りないパパと呆れながらも優しく微笑むママの声を聞きながら、わたしたちは玄関の扉を開けた。そしてーー

 

 

 

「「いってきまーす!!」」

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

黒井秀平。

黒井雫。

黒井あかね。

黒井瑠璃。

 

黒井家の日常は相変わらず騒がしく、それでもあたたかく続いていく。

 

 

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以上で『転生したらミュージアムの下っ端だった件』
『風都探偵 ~15 years later~』編、完結になります。

途中失速してしまいましたが、こうしてひとつの完結まで書き切れたのは、皆様の応援あってこそです。
本当に長い期間のご愛読と応援ありがとうございました。
後日談も書きたいとは思いますが、一旦ここまでで物語自体は終わりです。(ちなみに、R版は気の済むまで続きます)
もし感想等いただけましたら、泣いて喜びます!!

では、また。


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