竜騰虎闘 (全智一皆)
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過去の栄光は現在の傷

栄光は確かに有った。
だが、記憶のように、時が経てば薄れていくのだ。


序章「原罪」

 

■  ■

 舞台は東京。その廃墟。

 煙草の先から放たれている副流煙が、廃墟の中を独り歩きするように漂っていた。

 辺りには、血を流す者が何十人と居た。足を抑える者、腕を抑える者、目を抑える者、と様々だ。

 まぁ兎に角、廃墟の中で何十人もの人間が血を流して倒れていたのだ。

 地面が埋め尽くす程に倒れている、という訳ではないが、近いと言えば近い。

 表すとするならば、そう。庭に生えて一ヶ月経った雑草のよう。その程度の数だ。

 そんな廃墟の中、煙草を口に加えて、右手に一丁の黒鉄―――もとい、“銃”を握り締めている男が、雑草の如く群がり倒れ伏している奴等を見下していた。

「楽じゃないんだよ、殺さないようにするってのは。俺はもう三十のおじさんなんだから。」

 やや黒が交じる銀髪、光の薄い深紅の瞳を持った男はため息混じりに、雑草へと言葉を吐き捨てる。

 いや、それはどちらかと言えば雑草達に向けて吐き捨てた言葉なのではなく、自分に対して吐き捨てた言葉だった。

 つまる所の、自虐である。

 自らを虐げると書いて、自虐だ。

 彼は、過去のような、全盛期の頃の生き生きとした自分と今の歳を取った自分を比べ、今の自分は過去の自分に比べれば随分と衰えたものだなと、自虐したのだ。

 が、そんな言葉など雑草には届かない。そんな言葉を聞いていられる程の余裕など、雑草には無いのだから。

 腕を撃たれて余裕でいられるものか。

 脚を撃たれて余裕でいられるものか。

 恐怖を湧き出させる強者を前にして、奴らが果たして余裕でいられるものか?

 そんなのは勿論、否だ。絶対に、否だ。

 弱者は強者を恐れるのだ。いつでも殺せるという意思を見せられて、恐れぬ者など居ないのだ。

「ふぅー…爺の俺には、キツイ仕事だな。勘弁してほしいもんだ。」

 懐から、漆黒を背景に竜と虎の絵、その下に『carnage』という文字が書かれた小さな箱を取り出し、そこから丸められた細い紙―――もとい、煙草を取り出した。

 手に取ってから口の方へと運んでいき、咥えて、銀色のライターから小さな火を噴き出し、煙草に火を付けて副流煙を吐いてから、独り言のように呟いた。

「さて…じゃ、そのまま大人しく斃れてろよ、犯罪者共。うちの生徒に迷惑掛けないようにしてくれ。」

 銃を懐へと仕舞い込み、ひらひらと腕を軽く振って、男はその場から去って行ったのだった。

 

 かつて香港にて、『竜騰虎闘』と呼ばれる二人の武偵が居た。

 一人は、『強襲科史上最高にして最強の武偵』と呼ばれていた男。

 一人は、かつて香港で『無敵の武偵』と恐れられた女。

 男の名前を、法月絶と言う。

 女の名前を、蘭豹と言う。

 先程までの男が、その法月絶である。

 

□  □

 法月絶。性別は男性、年齢は今年で30歳。所属は教務科。担当学科、強襲科。その副担当。

 主任である蘭豹と共に強襲科を担当とする彼なのだが、過去の栄光と名誉あってのことなのか、現在、一人の女子生徒に引き止められていた。

「お願いします! 私を『弟子』にしてください!」

「弟子にしろ、と言われてもなぁ…」

 戸惑いの表情を浮かべながら、如何したものか…と、頭を掻きながら法月は、眼の前の少女―――もとい、強襲科のSランク武偵、『双剣双銃のアリア』を相手にしながら考える。

 武偵高には、『戦徒』という先輩の生徒が後輩の生徒とコンビを組み、一年間指導する二人一組の特訓制度がある。

 男子の場合は戦兄弟、女子の場合は戦姉妹と呼ばれている。男子生徒と女子生徒が組む異性間契約も可能。

 それを利用すれば出来ない事はないのだが、しかし絶は武偵としては先輩だが生徒かどうかと聞かれてしまえばそうではない。

 彼は『先生』、教師なのである。『武偵』としての先輩ではあるが、『武偵高』の生徒ではない。故に『戦徒』の制度は無意味なのである。

 となれば、個人間での師弟関係しかない。だが、彼としてはそれは避けたい所なのだ。

「蘭豹が煩いからなぁ…。」

 もしも師弟関係云々の事を知られてしまえば、面倒事は待った無し。

 法月からしてみれば、蘭豹という女性は吼える、燥ぐ、暴れる、の三拍子揃っての文字通り狂犬で、大変面倒くさい人間だ。相手にすることすら面倒なのだ。

 過去に喧嘩し、訳の分からぬ起承転結が有ってコンビを組んで『竜騰虎闘』とすら呼ばれた事もあるが、其れがあるにも関わらず、法月は蘭豹を面倒くさいと判断している。

「…まぁ、俺個人としては、別に構わないんだがな。」

 にやりと。

 好戦的で、凶悪な笑みを浮かべて、法月は溢した。

 神崎・H・アリア―――強襲科Sランク、二つ名は『双剣双銃(カドラ)』。

 世界で最初にして最高の武偵、シャーロック・ホームズの子孫であるが故に、その実力が高い事を法月は知っている。

 法月絶個人としては、アリアを弟子にする事は別に構わないのだ。

 己を『戦生』として、アリアを『戦子』とする。実に面白く、愉しそうな事だ。

 武偵高の死地、地獄とも呼ばれる『教務科』に所属する最強の武偵に弟子入りをする強襲科のエリート。

 面白い。とても愉しそうだ。相手になるか、という疑問が無い訳ではないのだが、そこは鍛えれば良い。

 鍛えて、戦って、鍛えて、戦って、鍛えて、戦ってを繰り返して学ばせる。いつしか傷を付けられるようにするまで。

 そして、あわよくば―――『罪神』を逮捕させるようになるまで。

「…善し。解った、受け容れよう。今日から俺はお前の『戦生(マギスタ)』で、お前は俺の『戦子(プーリー)』だ。但し、一言一句として他人に語るなよ? 武偵高は噂の広がりが速いんだからな。」

「…! はい!」

 遠山にも、バレたくはないしな。

 アリアに聞こえぬように呟いて、法月は椅子から立ち上がり、「今日は寮に帰れ。修行は明日からだ。3時50分までには体育倉庫に着いてろ。」と残して相談室から出ていった。

 アリアは、歓喜に悶えた。

 強襲科の元Rランク、強襲科史上最高にして最強の武偵と呼ばれていた法月絶に師事してもらえるという歓喜に値する事実に、悶えた。

 

 故に、この時は知らなかったのだ。分からなかったのだ。

 彼もまた、教務科の例に漏れず狂人であるという事を。




時が経てば、栄光は薄れる。
だが、それと同時に、栄光はその時よりも美しくなる事もあるのだ。


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人の形をした竜

叫べ


 

■  ■

 アリアが体育倉庫に着いたその瞬間から、訓練は始まった。無慈悲にも、始まってしまった。

 ドンッ!―――と、体育倉庫の扉が勢いよく開かれたと同時にして、法月は愛銃である完全戦闘用改造を施した元ガスブローバックピストル、東京マルイ製のハンドガン『Hai-kyapa5.1』を構えて、アリアへと攻めて来たのだ。

 突如の攻撃――自分の師匠となってくれた人からの襲撃に、アリアは一瞬、たった一瞬だけ硬直してしまったものの、直ぐに事態を、その襲撃の真意を理解して、右足の太腿と左脚の太腿の両方に隠した愛銃―――『コルトガバメント』を二丁、左右から取り出して銃口を彼へ向け、引き金を引いた。

 

 バンッ、バンッ!! と左右の銃口から弾丸が幾つも放たれ、火花と白煙と共に吹き出された轟音を、その場へと叩きつける。

 放たれた三発の弾丸は、綺麗な水平線を保ったまま、馬鹿正直のように真っ直ぐ法月へと飛んでいく。

 法月はアリアが咄嗟の攻撃に対応出来たことにも、顔色一つ変えない。

 何故ならば、それは強襲科に所属する、否、『武偵』をしているならば出来て当たり前の事であるからだ。

 額のど真ん中へ向かう弾丸、左肩に向かう弾丸と右腕に向かう弾丸、その弾丸三発を、法月は呆気なく躱した。

 体を屈めるという、ただそれだけの行動で、躱した。

 音速で飛んでくる弾丸よりも、早く体を屈めるというそれが、どれ程難しい事か。

 彼はそんな事など、知った事ではないのだろう。

 その行動は、誰もが驚愕するに値する。だが、その程度の事で驚くアリアではない。

 寧ろ、想定の範囲内。避けない筈がない、“避けられない”筈がないのだから。

 相手は元Rランクの武偵である。その程度の事をこなすのが容易なのは、簡単に想像出来るものだ。

「――」

 だからこそ、取るべき行動は簡単。

 強襲科の生徒らしく―――ゴリ押しだ。

 

 バンッ、バンバンバンバンバンッッッッッッ!!!!!

 額、喉、腹、両手、その全てへと全弾丸を遠慮なく、殺意を込めて放った。

 相手が相手だ。修行云々だからといって殺意を込めない理由はない。殺意を込めて、本気でやらねばならぬのだ。

 でなければ、敗北は目に見えている。傷一つ負わせられぬまま、完全敗北する事が、確定してしまう。

 否、敗北など元から確定している。最初から、敗北は決定されてしまっている。

 だが、“だからこそ”抗うのだ。傷一つでも負わせよう、顔色一つでも変えさせよう、そう思って抗うのだ。

「良い姿勢だ、嫌いじゃない。」

 にやりと笑って、法月は体を横に向け、そのまま流れるような動作でハイキャパの引き金を引いた。

 放った弾丸は――たった、一発。自分に向かって放たれた合計で五発の弾丸に対して、一発。

 端から見れば、何を考えているのか分からない所業だろう。愚行と考える者すら居ただろう。

 だが、彼を、法月絶を知る人間からすれば『ほら出た』と口に出す。

 左手に向かって飛んできた弾丸に対して放った一発は、そのアリアの弾丸に直撃して弾丸の軌道をズラした。

 それと共に、右手に向かって飛んでいた弾丸へと軌道を変えて直撃して法月に当たらぬ軌道へと変更させ、その直撃の影響でまた軌道を変えて額に向かっていた弾丸を弾き、更に軌道を変え腹部に飛んでいた弾丸に直撃して、その弾丸を地面へと叩き付けた。

 要約すると、一発の弾丸がアリアの弾丸に当たった事で跳弾し、全弾丸を弾いたのだ。

 アリアは知っている。その技を、そのイカれた技術を。

 『銃弾撃ち』―――ビリヤード。

 彼女のパートナー――強襲科の元Sランクである少年「遠山キンジ」の技術である。

 故に、アリアは溢した。

 

「銃弾撃ち…」

 唖然として、そう溢した。

「そうだ。一応、強襲科の副担当なんでな。生徒の技やらも把握してる。」

 意外と簡単な技術だったな、と溢しながら、法月は更に攻め込んだ。

 簡単な技術…? 何を馬鹿げた事を言っているんだ、この人は…! アリアは法月の突撃を紙一重で回避し、マガジンを地面へ落として予備のマガジンをガバメントに入れ込み、構え直しながら内心で愚痴った。

 遠山キンジの特徴そのものである特異体質―――性的に興奮しβエンドルフィンが一定以上分泌されると、神経伝達物質を媒介し大脳・小脳・精髄といった中枢神経系の活動を劇的に促進させる『ヒステリア・サヴァン・シンドローム』を使用したキンジがこなしたその技は、正しく神業であり他者に出来るような芸当ではない。

 思考力・判断力・反射神経などが通常の30倍にまで向上し、常人離れした活動を可能にするヒステリアモードになったキンジだからこそ出来たその神業を、『技術を把握している』というだけでこなすなど―――化け物に他ならない。

 いくら元Rランクとは言えど、最強である事を理解していたとは言えど、こればかりはアリアも流石に驚愕せざるを得なかった。

「っ、でも…!」

 だからといって、動きを止めるつもりはない。ただ敗けるつもりにもならない。

 圧倒的な技術、実力を改めて見せつけられようが、ただ敗けるのだけは、御免なのだから。

 弟子にしてもらったのだから、戦子にしてもらったのだから、期待されたのだから――それに答えねば、ならないのだ…!

「ただでは、敗けられない!」

 

「…良いな。それでこそだ、神崎。その姿勢、実に良い。」

 流れるように、舞うかのように、放たれ続ける弾丸を簡単に回避しながら、一発で弾きながら、法月はアリアを褒め、評価する。

 流石はシャーロック・ホームズの孫とは、言わない。

 それは、かの最初の武偵のような頭脳を持たずに差別されてしまった彼女に失礼な事であるから。

 持たぬものを褒めても意味は無い。故に持っているものを褒める。法月は、アリアの純粋な戦闘力を褒めたのだ。

 強襲科にとって頭脳など二の次だ。大切なのは、犯人を捕まえられるのかと人を死なせないかの二つだけだ。

 犯人を捕まえなければ人が死ぬ。友が死ぬ。

 人を、友を、そして犯人そのものを死なせれば実質的に犯人の勝利で、現実的に武偵の敗北だ。

 頭より先に体を動かさねば、強襲科では生きて行けぬのだ。

 彼女はそれが出来る。仲間を守り、信じながら、人を死なせず戦える彼女は、褒めるに値する実力者だ。

(マガジンは尽きた。なら、残りは接近戦。法月先生の武偵生時代の武器構成は銃とナイフ。もしそれが変わっていないなら…法月先生も、ナイフで攻めてくる筈!)

「ハァァァァ!!!!」

 ガバメントを捨て置き、背中に隠した小太刀を抜刀し、アリアは法月へと弾丸の如く突撃した。

 バンッ、バンッ! と、銃声と共に弾丸が迫りくる。

 避けられる弾丸は小さな動作で躱し、避けられぬ弾丸は小太刀で一閃。出来る限りロスを減らし、最強の元へと駆け抜ける!

 やはり、彼は笑っていた。呆れるようでいて、尚且、愉しそうに。

 

「最高だ、神崎アリア。それでこそ、俺が育てる『戦士』に相応しい。」

 充分、合格だな。

 目を見開いて、法月はハイキャパを空へ投げ捨てて、動作もなく駆け出した。

 正確に言えば、『足を出す』という動作を目視されぬ速度で行って、駆け出した。

 つまる所―――その瞬間、法月絶という存在が、アリアの眼の前から消え失せた。

 

 ヒュン―――と、風を切る音が、彼女の最期だった。

 目にも映らぬ速度でアリアの背後に周り、ナイフの実刃…ではなく、その逆方向、もとい峰の部分を向けてナイフを振るい、彼女を気絶させたのだ。

 倒れそうになる彼女を抱えるようにして持ち上げ、法月は空へ投げ捨てたハイキャパを見事にキャッチして、懐へと仕舞い込んで寮へと歩いた。

 

「予想以上だ。全く、遠山と言いレキと言いお前と言い、今年は最高な奴らが沢山だな。」

 心底、嬉しそうに、そして楽しそうに、彼は言った。

 過去の自分のような武偵が現れるかもしれない―――そんな期待を込められる生徒達と“対立”する事に胸を膨らませて、法月は寮へ急いだ。

 

□  □ 

 次の日となった今、法月は大変後悔していた。

 体育倉庫内で戦えば良かった…と。

 何故、彼がそのような後悔をしているのかと言えば、簡単に言えば彼とアリアの戦闘が偶然にも居残りをしていた武偵の生徒に見られてしまったが故に情報が武偵高全体に広まってしまった事が原因である。

 …それ故に。

「絶ぅ…お前ぇ、お前ぇ!!」

「あーあ〜、絶が蘭豹泣かせたなー。」

 

(めっちゃ面倒くせぇ…)

 法月は、珍しく(珍しくどころか天変地異が起きたのではないかと錯覚してしまう程の事態)、まるで縋るように自分に泣きついてくる蘭豹とそれをニヤニヤしながら見てくる綴梅子に、大変面倒だと心の中で愚痴った。

「ウチにはお前しか居らんのやぁ! ウチを見捨てるんか、あ゛ぁ!?」

「いや、お前の都合は知らん。見捨てるも何もお前を拾ったつもりはないが?」

「死ねぇ!」

「うわー、蘭豹が泣きつくなんて初めてだなー。えっと、あー…そうだ、レアだぞ、レア。」

「お前は楽しそうにするな、綴。こっちは面倒くさいことこのう「法月先生はいらっしゃいますか!?」更に面倒になった…」

 バンッ! と勢いよく教務科の扉を開いたのは、オレンジ色の髪を白いリボンでショート・ツインテールに纏めた、女子生徒―――神崎アリアの戦妹、東京武偵高強襲科一年A組、間宮あかりである。

「…要件は察した。綴、蘭豹を頼むぞ。」

「えー。」

 拘束されるように泣き付かれていたにも関わらず、法月はあっさりと蘭豹の拘束泣き付き(結構な力が込められていた)から抜け出し、間宮あかりの元へと向かった。

「綴、綴ぃ…」

「あー、はいはい。だいじょーぶ、だいじょーぶ。」

 

 

「法月先生、アリア先輩とはどういう関係なんですか!?」

「その発言は色々と誤解を生むから止めろ間宮。」

 間宮からの直球な質問に対して、その言い方は誤解を生みかねないから止めろと少し流すようにして、法月は煙草を吸いながら「簡単に言えば師弟の間柄だ。」と、普通に答えた。

「し、師弟…? 教師と生徒とでは、『戦徒』の制度は成立しないんじゃ…」

「戦徒じゃないからな。あくまでも一般的な『師匠』と『弟子』の関係だ。まぁ、俺は戦徒制度のように『戦生』、『戦子』と呼んでいるがな。」

 まぁ、それはそれとして―――。

 法月は振り返り、煙草を加えたまま間宮と目線を合わせ、まるで対峙するかのように、彼女の眼の前に立つ。

 その場に緊迫が迸る。間宮の体が硬直し、徐々に顔から血の気が引いていく。

 

「お前は、何が言いたくて俺を訪ねてきた?」

 

 鋭い視線(本人にその気は無い)が、間宮を貫いた。

 間宮にとって神崎アリアは尊敬する先輩であり、それと同時に敬愛する戦姉である。

 彼女の行動理念、実力に惹かれて、間宮は彼女に、神崎・H・アリアという存在に憧憬の念を抱いている。

 そんな間宮は、アリアのパートナーである遠山キンジを「あたしのアリア先輩をたぶらかす女たらし」として強い嫉妬心を抱き、目の敵にしている。

 …では、眼の前に居る教師に対して、彼女は何を思うのだろうか?

 教務科所属の武偵、法月絶。武偵高在校生時代、『強襲科史上最高にして最強の武偵』と呼ばれていた元Rランクの武偵。

 強襲科担当にして『無敵の武偵』と呼ばれたあの蘭豹と共に香港で『竜騰虎闘』とも呼ばれていた実力者。

 遠山キンジは、アリアというパートナーが居るがその他に、戦妹として風魔陽菜、幼馴染として星伽白雪、友人としてレキや峰理子といった多くの女子生徒に好意を持たれている女たらし。

 

 対して法月絶は、蘭豹という暴君が乙女を見せる唯一の相手であり、綴梅子からも意味深な言葉を投げられるという、キンジ程ではないにせよ女たらしの類に入る。更には神崎アリアの師匠になったときたものだ。

 遠山キンジを目の敵にするのであらば、法月絶を目の敵にするのも自然であると言える。

 彼と対面する前こそ、『問い正して、危ない事をしていたら勝負を挑む!』と意気込んでいた。

 だが、実際に対面してみるとどうか?

 口が開かない。体は動かない。震えが、止まらないではないか。

 

「どうした? まるで、肉食動物と相対した子供のように震え出して。俺は何が言いたいのかを聞いているだけなんだが?」

 淡々と、法月は『なんでそんなに震えているんだ?』と分からない顔をしながら再び問う。

 だが、間宮は答えない。答え“られない”。

 恐怖に体を支配してしまった今の間宮に出来る事は、震える――ただ、それだけしかないのだ。

 言い出して、勝負を挑んで、どうなる?

 相手は最強。憧憬する先輩が憧憬する先生。かつ、師匠。

 実力差は圧倒的。勝負なんて成立する訳もない。

 だが、取られたくない。アリア先輩を、この人に取られたくない…!

 どうすれば良い、どうすれば良い。

 思考、思考、思考、思考。普段からあまり使う事が無い頭脳を、フル回転させて思考する。

 どうすれば、アリアを取られずに済むのか。どうすれば、自分が殺されずに済むのか。

 

 考えて、考えて、考えて―――そして、漸く答えは出た。

「あ、あのっ!」

「お、おう。なんだ?」

 意を決したのか、大きな声を出した間宮に少し驚きながらも、法月は「やっとかよ」と溢して間宮を答えを、聞く。

 

「私も、弟子にしてください!」

「……………………………………は?」

 もうその時には、間宮の頭脳は疲れていた。




泣け


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竜の弟子

罪を重ねて


 最下位同然の実力者である間宮あかりからの弟子にしてくださいという普段なら無理だと言い切って断る彼女の願いを、しかし法月は「まぁ、良いけど」とあっさりと承諾した。

「ふぅー…。じゃ、今日はここまでだな。」

 そして、その後日。

 アリアと間宮の二人を相手にし、圧勝で修行を終えさせた法月は煙草を吸いながら、今日の修行は終わりだと宣言した。

 右手に握っているのは勿論、愛銃であるHai-kyapa5.1――ではなく、新たに手に入れ、愛銃のように改造を施した『Hai-kyapa D.O.R』である。

 法月が扱う銃はどれも殆どが『東京マルイ』というエアソフトガンを販売している会社のものである。

 銃でありながら安く、改造も施しやすい。だから法月が扱う銃の殆どは元々はガスガンである。

 ガスガンの時ですら当たりどころ、弾数によっては殺人を犯しかねない威力を誇るのに、それを完全戦闘用に魔改造しているのだ。

 ガスガンの反動を保ったまま普通の銃弾を発射する。火薬が入った弾丸を、爆発の反動ではなくガスガンの反動のまま発射するという改造がどれほど難しいか。

 故に、魔改造。遠山キンジのフルオートと三点バーストのデザートイーグルのような、魔改造。

 そんな改造を施した銃で戦ったアリア達は、改めて彼の『規格外』の実力を思い知った。

「じゃあ、今日の反省点だ。まずアリアについてだが…ぶっちゃけると、反省点という反省点はお前には無いな。あるとするなら殺意を小さくしろって所だ。」

「本当ですか?!」

「あぁ。動作は小さいし立ち回りは上手いしで、言う所が見当たらん。だから、お前は兎に各ひたすら実戦だ。実戦で得た知識を蓄えて成長させる方向にする。」

「はい!」

「で、次に間宮なんだが…」

 お前、矯正するな。

 あっさりと、そして淡々と、法月は間宮に告げた。

 二人が目を見開いたが、しかし法月は気にする事もなく続けた。

「正確に言うならば、『今の矯正』を止めろって事だ。お前の技術は確かに殺人術だが、結局の所、殺人術なのは技術だけで間宮あかり自身が殺人者って訳じゃない。お前がその技術に加減をつける事が出来るようになれば、お前は今よりも強くなる。」

 間宮という家系は、江戸幕府御庭番で有名な間宮林蔵の流れを汲んでおり、あかりはその本家である『暁座』出身の人間である。

 母親から学んだ必殺の術は、文字通り『必ず殺す』為の術、即ち殺人術であり、武偵としてその技術を使えば殺人禁止の武偵法9条に触れてしまう。

 故に間宮は矯正しているのだが、それが原因で彼女は最下位に近い実力へと落ちてしまっているのだ。

 あまり知られていない情報を知られている事に驚きはしたが、しかし法月からの言葉を間宮は真剣に聞いていた。

 殺人術に加減を入れるようにする。そうすれば、強くなれる。

 殺人術は確かに人を殺す術であるが、しかしそれは扱うからといって殺人者であるかと問われれば否である。

 殺人術であろうと、使い方によっては殺さずに相手を倒す事が出来る立派な活人術なのだ。

 法月が言いたいのは、殺人術であろうと加減して使えば普通の護身術で、それを身につければ今よりも強くなれるぞ、という事だ。

「例えば鳶穿だが、あれも眼球抉るではなく瞼を少し切るようにすれば良い。視界は塞げる、犯人は病院に行けば治るで結果オーライだ。あと、内蔵を毟り取るようにするんじゃなくて『内蔵に衝撃を与える』ように扱えば、敵はダウンする。」

 『鳶穿』とは間宮がカウンター時に限り相手の持ち物をスリ取る技に改変して使用している技なのだが、しかしそれも本来は敵の眼球や内臓を素手で毟り取る忍びの殺法だ。

 間宮はこれを相手の得物を取るものに変えていたのだが、法月の言葉を聞いて「確かに…」と納得した。

 元々が攻撃の技であるならば、それを変える必要は無い。ただ加減をすれば良い、狙いを変えれば良い、ただそれだけの事だ。

 加減を覚える事自体は難しいのだろうが、しかしそもそもとして殺人術を扱える技術を持っている間宮であれば長い時間は掛からぬだろう。

「武器や人間みたいに、要は『使い用』だ。使い方次第では活人術も殺人術に変わる。そんな風に、お前の技も人を殺さないようように加減すれば良い。お前の課題は『殺人術を加減できるようにする』事だ。」

 技術は技術。誰かが扱わなければ意味をなさないものでしかない。

 技術が人を動かすのではなく、人が技術を扱って動くのだから、技術に工夫を加えられぬ道理など無い。

 法月はそう伝えて、何時も通り煙草を吸いながら「じゃ、門限を破らないようにな。」と踵を返して帰っていった。

 

 そして、来訪者へと問い掛ける。

「で、お前は何の用で来たんだ―――峰理子。いや、最高の怪盗アルセーヌ・リュパンの末裔、『武偵殺し』峰・理子・リュパン4世?」

 学校の柱、その陰から現れたのは、一人の少女。

 金髪金眼の少女、探偵科のAランクにして大怪盗アルセーヌ・ルパンの末裔、その失敗作。

 遠山キンジのクラスメイト―――そして、武偵殺しの爆弾魔、その張本人…峰理子だった。

「やはり貴方にはバレていたか、『暴酷(アウトレイジ)』。」

「酷い呼び名だ。それで、立派な犯罪者様が、態々こんな暴漢に何の用だ? 巫山戯た事を抜かすならこの場で遠慮なく指導するぞ。」

「そこで逮捕すると言わない辺り、やはり貴方も大概、変人らしい。まぁ良い。簡潔に伝える。『罪神』の情報を与える代わりに、私と共に無限罪のブラドを倒してほしい。」

 真剣な声だったが、しかしその声には少しの恐怖が籠もっていた。

 メリットが小さい訳ではなく、寧ろ大きいほうだ。だが、そんなメリットよりもリスクのほうが、あまりにも大き過ぎる。

 教務科に所属する大人というだけでも警戒に値するというのに、彼女が交渉を持ち掛けた相手は老いたとは言えども、『最強』だ。

「……」

 煙草を吸ったまま、絶は考え込んだ。

 視線は理子を突き刺している。一切の行動を許さぬと語っているのが、理子の体から脳へと一気に伝わってくる。

 そして理解する。今この場で、不用意に敵対するような行動をしてみれば―――腕も足も、吹き飛ばされてしまうだろう、と。

 その証拠に、法月はいつの間にか右手にHai-kyapaを握っていた。しっかりと、銃弾が込められていた。

「…良いだろう。その交渉を受けよう。だが、先払いだ。無理であるなら、ここで逮捕する。そして、綴と一緒に話し合いを設けるとするよ。」

 殺意と共に、法月は言い放つ。

 理子の頬を冷や汗が走り、また恐怖が全身を駆け巡る。

 イメージが浮かんだ。自分が手足を失い、尋問される姿が思い浮かんだ。

「っ、分かった。」

 恐怖に抗いながら、何とか理子は頷いた。頷く事が出来た。

 『罪神』―――それは、法月絶が学生時代から追い続けている世界屈指の凶悪犯罪者。

 引き起こした事件は全てが未解決。現実で引き起こされたにも関わらず現実的に証明不可能で、されど仮想的にも証明不可能。

 それは神業。犯罪手段における、神の御業。

 犯罪界の神様―――故に、『罪神』。

「『罪神』はイ・ウーでも良く聞く名だった。あの『教授』を下す事が出来る唯一の人間だからな。私もその情報をよく耳にした。

「その情報の一つに、あの人は今この国…日本のどこかに隠れて、新たな犯罪の計画を建てているというのが有った。どんな計画なのかは分からないが、そう言っていたそうだ。

「次に、奴は複数の部下を持っている。本名は分からないが、今の所、私が把握しているのは『霧裂き』、『猟鬼』、『殺神』と呼ばれる三人だけだ。

「…私が知っている情報は、これだけだ。それ以上の事は知らない。『教授(プロフェシオン)』なら、知っているかもしれないが。」

 そう言い終えた理子は、少し俯いていた。

 恐らくは、その情報の強さに自信が無いのだろう。

 何せ、罪神に関する情報自体はあまりにも少ないのだから。

 情報としては、とても弱い。強みと言える強みが、あまり無い。

 望みは薄い。この場で逮捕される可能性が…高い。

 故に、理子は既に諦めかけていた。どれだけ足掻こうとも無駄であると、理解しているから。

 かちゃ…と、銃の音らしき音が、鳴った。

 構えたのか、リロードをしたのかは俯いているから理子には分からなかった。

 だが、敗北が決まってしまった――それだけを、理解した。

(あぁ…もう、終わっちゃった)

 瞳を滲ませて、ぎゅっと拳を握り締めた。今までの努力の全てを、葬られたのだから。

 法月は―――

「良い情報だ。取引成立、そちらの要件を詳しく教えろ。」

 そう、言った。

「え…?」

 ゆっくりと、理子は俯いていた顔を上げ、法月を見た。

 銃など構えていなかった。そもそも、銃を持っていなかった。

 それもその筈。何故なら、先程、理子が聞いた音は銃を懐に直した事によって鳴った音であって、銃を構えた音でもリロードした音でも無かったのだから。

「…峰、なんで泣きかけてるんだ?」

「え、いや、えっと」

「間宮と言いお前と言い…俺はそこまで怖いのか?」

「えっと…はい」

 その発言に、法月は地味にショックを受けたのだった。




悪を壊す


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