“乗っ取られ”の少女、対魔忍世界に迷い込む (天木武)
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Act1 そうかもな。死ね!

 名もなきその少女にとって、戦うことこそが全てだった。

 

 “残忍な時代の始まり”を意味する“グリムドーン(Grim Dawn)”と呼ばれる、異世界からの精神体の侵略者である“イセリアル”と、狂信者が異界から召喚した魔物である“クトーニック”が衝突したことで引き起こされた天変地異。その惨劇によって滅亡の危機に瀕した“ケアン”という世界で、初めはある共同体を救うために戦った。

 そんな小さな戦いはやがて人類のための戦いへとなっていき、人類反撃の旗印として祀り上げられ、気づけば狂信者が呼び出した異形の化け物を討ち滅ぼし、精神体である異世界からの侵略者の支配者を(たお)し、さらには忘れ去られた原始の神すらも殺した。

 

 それでもなお、少女は戦うことをやめようとはしなかった。

 戦っているときだけは、心の中に漫然と抱く嫌な感覚を忘れることが出来た。

 

 彼女はシャッタードレルム(砕かれた領域)と呼ばれる、もうひとつの現実の世界へと足を伸ばした。

 ここで待っているのは永遠とも言える闘争。ひっきりなしに襲いかかってくる敵を力で殺戮し、その砕かれた魂を集めることでより深いシャード(階層)へのポータル(入り口)を開いて進んでいく。

 

 そして到達した75シャード。俗に“ボス部屋”と呼ばれる、強力なモンスターがひしめくチャンク(ステージ)に彼女はいた。

 既に部屋の中には3体の死体があった。あまりにも巨大すぎる獣、同じく巨大で腕を4本持つ化け物、腹部だけが異様に肥大化した人間からは程遠い緑色の人型の怪物。

 

 最後に残されたのは翼を持つ二足の“悪魔”と呼ぶのがふさわしい存在。しかしそれも無数に繰り出された剣技と、ケアンの星々から授かった魔法とも呼べる天界の力、そして彼女が使役する刃を放つ精霊と獅子のような獣の猛攻の前についに崩れ落ちた。

 とはいえ、少女の方も無傷ではない。彼女の力を奪うように足元に絡みついていた、相手が放った禍々しいオーラが消えてようやく体が少し楽になった、と感じる。が、直後にこれまでの戦いの反動でガクンと膝が折れた。それぞれの手に握りしめた一対の剣で体を支えつつ、荒い呼吸がこぼれる。

 

 しかしその表情を窺い知ることは出来ない。“金切り声のナマディア”というモンスターから入手した、不気味な仮面と角のようなものがある頭巾を頭防具として装備しているからだ。

 首元の赤いショートマントと肩当ての下から覗く黒い体防具の胸の部分がわずかに膨らんでいるという点と、身長が低めという点以外で、外見からは彼女を女性と判断することすら難しいだろう。

 

ウェルダァン(Well done)……」

 

 と、命のやり取りをしていた場所とは思えないほどにゆったりとした声が響いた。

 下を向いて呼吸を整えていた少女は顔を僅かに上げ、自分と同じように仮面をつけた男がその場にいることを確認する。

 

 男はマザーンと呼ばれていた。

 彼はこのシャッタードレルムの研究者で、一応の管理人ということになっている。ボス部屋を攻略するとこのように突如として現れ、次のシャードに進むか、それとも終わりにして報酬を受け取るかを尋ねてくるのだ。

 

「お見事だ。望みであれば先の道を開くが……。この辺りで一度引き返してはどうかね?」

 

 少女は何も答えない。荒れた息を次第に整えるように呼吸するだけだった。

 

「ウェイストーンについては知っているだろう? このシャッタードレルムを途中から開始できる魔法の石だ。君は75シャードをクリアしたからウェイストーンを使えば次はここから始めることができる。この75シャードは再開可能なシャードの最下層だ、そう思っての提案……なのだが」

 

 マザーンはふう、とひとつ息をこぼした。

 目の前の相手は何の反応も示してくれなかったからだ。

 

「……了解した。あくまで次のシャードに進もうというのだね。ならば止めまい。頑張ってくれたまえ」

 

 いつものようにポータルが開く。ちょうど息も整ったと彼女がそれをくぐり――。

 

 降り立った先で彼女は強烈な違和感を覚えていた。

 

 確かにシャッタードレルムはボス部屋以外のチャンクはバラバラだ。見覚えがある街の中ということもあれば、薄暗い森の中ということもある。さらには本来つながるはずのない異界のような場所ということさえあった。

 それ故にもうひとつの現実、“シャッタードレルム(砕かれた領域)”と呼ばれるのだ。

 

 だが今回は何かが明らかに違う、と直感していた。

 見たこともない景色だった。きらびやかな光を放つ建物は彼女の知識の中には無いものだったし、地面も石畳や土とも全く違う。

 

 何より空気が別物だ。ケアンでは常に感じられた、自分の心を侵していたあの嫌な感覚が消えているように感じられる。同時に、この領域内で常に自分に向くはずの敵意もない。

 シャッタードレルムの中ではどんな奇妙な場所に転移したとしても、周囲にいたのは全て敵だった。例外なく敵意を放っていた。

 時には敵の姿が見当たらず、無造作に宝箱だけが置いてあったチャンクもあったが、開ければ敵が現れる罠だ、という予感を察知することは出来ていた。

 ところがそういったことをまるで感じない。

 

 周囲を見渡してみる。

 見える範囲で目についたのは少年が1人、少女が2()人、成人女性が1人。あとは不定形の化け物、としか形容のしようがない黒い物体が多数。

 化け物だけ怪しい気配があるが、そのどれもが敵意を放っていない。強いて抱いていそうな感情を言うならば困惑、といったところであろうか。

 

「お、おいふうま……。あんな仮面の人、さっきまでいたか……?」

「いや、俺も気づかなくて……。ってそれどころじゃない! そこの人! 今この場所は危ないから離れて!」

 

 不意に、()()と少年の声が耳に入った。

 

 さて、どういうことだろうか。

 不思議と言葉はわかる。もしかしたらポータルが予期せぬ場所とつながってしまい、シャッタードレルムではないどこかに迷い込んでしまったのかもしれない。

 兎にも角にも、まずは話をして自分が置かれた状況を理解するのが最優先と判断したが――。

 

『呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪!!』

 

 化け物に敵意、いやそれよりも強い殺意を向けられたと感じた。

 瞬間、無意識のうちに体が戦闘態勢に移行する。

 

 敵だ。殺す。

 

『オマエモワレラガ“恨み”ヲ、アジワウベキダ……呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪呪!!』

 

 不気味な声とともに迫りくる無数の黒い塊。

 

 その化け物に対し、仮面の下で少女が叫んだ。

 

「そうかもな。死ね!」




Grim Dawn(グリムドーン)

用語の意味としては本編中に書かれている通りのケアンを襲った大異変の名称で、それをタイトルとした、いわゆるDiabloライクのハックアンドスラッシュゲーム。
セール時には本体がワンコインで買えたりする。とはいえ追加システムを考えると大型DLC2つは前提のゲームではあるが、それでもセール時なら多分大体10連ガチャ1回我慢すれば揃えられるぐらいのお値打ち価格。
むしろハマってしまった場合時間の方が危ない。プレイ時間3桁は入門レベル、4桁は当たり前、下手すりゃ5桁の人すらいるレベルで時間を食われる。
ハクスラといえばほぼ同義となりつつあるトレハン(トレジャーハント、要はアイテム収集のこと)は勿論のこと、2つのマスタリー(ジョブ、職業みたいなもの)を組み合わせて1つのクラスにするデュアルクラスシステム、クラスのスキルとは別に祈祷ポイントを使用して得られる天界の力、装備によって火炎属性だったスキルを冷気属性に変えてしまうようなスキル変化システムなどによって途方もない量のビルド(マスタリー、装備、スキルなどの組み合わせ)が構築可能であり、かつ作るためにトレハンが必要になってしまうことがおそらく主な原因。
加えて、発売から約6年半(2016年2月発売。アーリーアクセスは2013年11月になるので実に約9年)経過しているにも関わらず、未だにアップデートが行われており、突如思いついたかのようなバランス調整や、新規アイテムが追加されるのも影響していると思われる。
ゲームを起動しないでシミュレーターを回す時間の方が増えてきてからが本番とも言われたりする。


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Act2 安らかに眠れ、クズ

「な、なあ……。あれ、一体何が起きてるんだ……?」

 

 上原鹿之助(うえはら しかのすけ)に問われても、ふうま小太郎(こたろう)は唸ることしか出来なかった。

 

 彼らは人の身でありながら“魔”に対抗できる忍びの者、対魔忍と呼ばれる存在であった。しかし、小太郎の右目は閉じられたままでふうま一族が持つとされる邪眼に目覚めること無く、落伍者の烙印を押されることとなってしまう。

 それでも彼の指揮能力の素晴らしさに目をつけた対魔忍のリーダー・井河(いがわ)アサギによって独立遊撃隊という特別なポジションを与えられ、その任務でこの場にいた。

 

 ここはヨミハラと呼ばれる、東京の地下約300メートルにある闇の都市。あらゆる犯罪行為が日常茶飯事の無法地帯である。

 しかしそんな特性上、脛に傷を持つ者にとってはこの上ない隠れ場所とも言えた。紆余曲折あってこの街へと身をやつした元対魔忍の女性、井河扇舟(いがわ せんしゅう)の監視と、場合によっては保護が彼らの任務であった。

 

 扇舟はアサギの伯母でありながら、かつてアサギと対立した長老衆に属しており、小太郎の父である弾正(だんじょう)の死の要因を作り出した他、対魔忍の里を襲撃したという過去もある。だが彼女自身も気づかないうちに母親に人間爆弾として捨て駒にされていた事実が発覚し、説得を受けて呆然自失のうちに降伏。その後、情報提供や首謀者の立証等の協力もあり、全ての元凶は長老衆をまとめる彼女の母だとしたアサギの恩赦によって里を追放されるだけで済んでいた。

 

 が、その襲撃の際に親族を失ったものの中にはそんなアサギの判断に納得しない者もいた。

 そんな者たちが、“禁術”に手を染め、自分の命と引き換えに扇舟を殺すために生み出したのが――。

 

「あの仮面の人……。“呪い”とまともに戦ってるぞ……?」

 

 今鹿之助が言った“呪い”と呼ばれる存在だった。

 

 当初は四足三首で毒や酸を撒き散らすの獣、“呪詛の魔獣”であった。その獣の核となっているものを破壊すればこの呪いは収まる。そう判断した小太郎は核の破壊自体には成功していた。

 しかしそこで思わぬ事態が起きた。

 結局、核を破壊したところで“呪い”は消えなかったのだ。

 そして不定形の怪物へと変化して辺りを無差別に襲い始めようとしたところで――。

 

 再び予想外の事態へと遭遇することとなった。少し前までは確かにいなかったはずの、謎の仮面の人物が立っていたのだ。

 しかもあろうことか、“呪い”へと刃を向けたのである。

 

 仮面に隠されているためにはっきりとした性別はわからない。だが叫んだ声は女性のように聞こえた。

 対魔忍、ましてや味方とは思えない。助太刀してくれた、というような状況ではないだろう。おそらく自分も狙われたと気づき、反射的に攻撃に出たのだと彼は予想する。

 

 とはいえ、最初の獣の状態ならまだしも、今の相手は不定形。物理的なダメージを与えられるかすら怪しい上に、元々が毒や酸を撒き散らしていたことを考えると攻撃を受ければ体にどんな影響が出るかもわからない。しかも無数に膨れ上がってまでいる。それにそもそもは核を破壊しない限り不死身とも書物には書かれているほどの存在だ。

 とにかく逃げるように声をかけようとした小太郎だった。……のだが。

 

 戦闘態勢に入った仮面の人物の姿が消えた、と思った次の瞬間。化け物のうちの1体に肉薄して両手の剣を振り抜いていた。

 速い。速度だけなら熟練の対魔忍にすら引けを取らない。いや、もしかしたらそれ以上かもしれないとさえ思える。その動きに小太郎は思わず魅入ってしまい、声をかけるタイミングを逃してしまっていた。

 

『ガアアアアアアアアアアアッ!』

 

 彼が我に返ったのは、その苦悶の声を耳にしたときだった。明らかに“呪い”が苦しんでいる。

 続けざまに距離感を測るジャブのように軽く左の剣が振るわれる。幻か魔力か何かで作り出したのか、無数の刃がそこから飛び散ったかのように見えた。休むこと無く本命、両手の剣が力任せに相手へと叩きつけられる。

 

 それで、“呪い”の一部が消え去った。

 

 不死身なはずの存在を、一部とはいえ消滅させた。その光景に思わず小太郎は左目を見開く。

 

 しかしそれもあくまで一部に過ぎない。無数の黒い塊は邪魔者を消し去ろうと謎の乱入者に群がる。

 にも関わらず、なおも仮面の人物は引こうとはしない。迫り来る敵めがけ、両手の剣を振るい続ける。

 挟み込むような斬撃、目にも止まらぬ連続攻撃、周囲を薙ぎ払う回転攻撃……。

 対魔忍の剣の流派ではない、と小太郎は思っていた。もっと荒々しい、一見めちゃくちゃにすら見える攻撃に特化したような剣術。これと比較したら対魔忍の流派の剣は上品な部類に入るだろう、とさえ思えるほどだ。

 

 さらには時折、突進後の初撃で見たような無数の刃が彼女の周囲に生み出されて近づく“呪い”を切り裂いて動きを止めてもいる。他にも赤と青の球体が旋回し、円形状に波動がほとばしり、彼女の足元からは火柱が上がり、頭上から無数の炎の塊と氷の槍が降り出していた。

 その上忍法か特殊な魔法か何かだろうか、刃が渦巻く球体2つと獅子のような四足獣まで攻撃に加わっている。

 

 もはや常識では測れない。対魔忍も大概人間離れをした者たちが多くいるし、人間以外でも鬼族やサイボーグ、さらには魔界の怪物など様々な規格外の存在を見てきた小太郎でさえ異常と思える光景だった。

 

「ふうま、なんだよあれ!? もしかして攻撃通ってるのか!? それにしても魔法!? 召喚獣!? とにかく攻撃が通じるなら俺たちも加勢に……」

「いや、それは……」

「……やめたほうが……いいと思うよ、鹿之助ちゃん」

 

 小太郎の言葉の先を続けたのは独立遊撃隊の1人でもある相州蛇子(あいしゅう へびこ)だった。

 彼女は獣遁(じゅうとん)の術の使い手。体に獣の力を宿す忍法の持ち主である。その名前から蛇に獣化すると思われがちだが、タコ化が彼女の能力である。

 しかしタコだからと侮ってはいけない。足をタコ化することで得られる人間の筋力を遥かに超える跳躍力、タコ足を手のようにして扱う小太刀四刀流、視界を塞ぐと同時に強烈な臭いを付着させるタコ墨、そしてタコ足を切断しても再び生えてくるほどのタコ特有の再生能力を持っているのだ。

 

 そんな再生能力を持ってしても、“呪い”に傷つけられた彼女のタコ足は再生していなかった。傷口が黒い膿のようになり、再生が始まらない。それを見た鹿之助が「ヒイッ!」と悲鳴のような声を上げた。

 

「へ、蛇子……お前それ……」

「……あいつの攻撃のせいか」

 

 苦しげな表情のまま、蛇子は小太郎の言葉にコクリと頷く。

 

「再生力があると言ってもこれだから……こんなのがヨミハラの街に溢れたら大変なことになると思う。それにこれ……なんていうか体の力をごっそり奪われる感じがするというか……ものすごく気持ち悪い……」

 

 小太郎は今も戦う仮面の人物の方を見る。

 確かにまだ戦ってはいる。しかし四方八方から襲いかかられている状況だ、再生力に優れる蛇子でさえこの有様なのだから、体がもたない可能性の方が高いのではないだろうか。

 

「……方法なら、あるわ」

 

 これまでずっと黙っていた扇舟が不意に口を開く。

 しかし、どこか覚悟を決めているようだと小太郎は感じていた。アサギの伯母だというのにその年を感じさせない、美魔女ともいうべき美貌の顔に陰りがある。癖であろう長い髪をかきあげる動作もどこが自虐的に見えた。

 

「戦っているあの人も、あなたたちも、この街の住人も助かる方法が」

「あるんですか!? そんな方法!?」

 

 反射的に鹿之助がその発言に飛びついた。が、一方で小太郎はやはりか、と苦い表情を浮かべたままである。

 

「……ふうま小太郎、あなたならわかってるはずよ。だから、あなたの忍者刀を貸してくれない?」

「それはできません」

 

 彼は即答する。

 

「あなたはさっき『戦っているあの人も、あなたたちも、この街の住人も助かる方法』と言いました。……1人、欠けています」

「え……? あっ……!」

 

 鹿之助がようやく気づいたらしい。

 

「あの“呪い”は私を呪い殺すために生み出された存在。なら、この場で私が命を断てばすべてが終わる……」

「それは認められません」

 

 再びの即答だった。

 

「確かにあなたは俺の親父の仇です。だけど、改めて言いますが俺はあなたを護りたい。……せっかくあなたは贖罪のために生きる道を選んだんだ。そして、俺もそれを見届けたいと思った。だから、自ら命を絶つなんて、以ての外です。」

「でも他に何かいい案があって?」

「それは……」

 

 今現在、彼らが襲われていないのは突然の乱入者が“呪い”を引き付けているから。あるいは、あえて扇舟以外の人を襲ってその苦しむ様を当人に見せつけ、良心の呵責に耐えきれなくさせて自害させようとしているという可能性もある。

 いずれにせよ完全な他力本願、しかもイレギュラーの存在に頼っているということは事実だ。「核を破壊さえすればいい」という考えまでしか至らなかったのは明らかに自分の落ち度であることも小太郎は自覚している。

 

 その上で、現時点では妙案も何もない、ということも。

 

 いくらアサギが許したとは言え、扇舟は対魔忍にとって同胞殺しとも言える存在。故に今回の任務は心から信頼できるいつものメンバーである鹿之助と蛇子という最小限の人員だけで行うことは早い段階から心に決めていた。

 魔獣の核を見つけて破壊する。それだけならこのメンバーと、かつては近接戦闘術の達人といわれた扇舟もいれば十分と踏んだ。

 

 しかしそれ以上の最悪の事態、今目の前で起こっているようなことを想定していなかったのは事実だ。

 蛇子の忍法は多少荒事にも対応できるとはいえ、鹿之助は僅かに電気を発生させられる程度の電遁(でんとん)の術。お世辞にも強力な忍法とはいえないが、使い方次第で効果を発揮できることはこれまでの独立遊撃隊の戦いの中で何度も証明されている。

 とはいえ、やはり真っ向切ってのぶつかり合いではあまりにも分が悪すぎる術だ。そして何より、小太郎本人至っては忍法が無いというのが現状である。結果的に、こういう作戦も何もあったものじゃない状況になってしまった場合には不向きなメンバーというしかない。

 

(やっぱりもっと強力な……荒事向きの忍法を持ってる奴にも声をかけるべきだったか……?)

 

 候補はいくらでも思いつく。それでも秘密裏に勧めることと最小限のメンバーで行うことを優先しすぎてしまったかもしれない。

 だが後悔先に立たずだ。手詰まりにも近いこの状況、扇舟の自害などという結末を迎えること無く打破するにはどうすればいいのか。

 

「……ふうま。今現在お前にもいい案がないのかもしれないことはわかってる。だけど……それがなくても、もしかしたら、もしかするかもしれないぞ」

 

 そんな悩める小太郎の耳に届いたのは、どこか希望の色を秘めた鹿之助の声だった。

 彼の視線の先へと小太郎も目を移し、彼は驚愕した。

 

「すごすぎるぜ、あの人……。メチャクチャすぎて何やってるんだか全然わからないけど……。“呪い”の数が明らかに……」

「減ってる……」

 

 そう。黒い塊か壁としか言いようのなかった化け物の数が目に見えて減っていたのだ。

 

 

 

---

 

 問題ない。

 

 ここはどこだかわからないし、自分が知っている世界ではないかもしれない。だが、普段と変わりなく戦えている。だから問題ない。

 確かに敵の数は多い。だが、ケアンでもコルヴァンでもシャッタードレルムでも、このぐらいの数の敵は何度も相手にしてきた。だから問題ない。

 おそらくダメージは酸と毒によるものだろう。だが、酸であろうと毒であろうと、今の装備で身を固めたこの体には十分な耐性(レジスト)が備わっている。だから問題ない。

 それでも敵の攻撃が耐性で対処しきれないほど厳しいのは事実だ。だが、敵を斬りつければ少し体に力が戻る感覚(ヘルス変換)を確かに感じる。剣を振るう腕を止めない限り死にはしない。だから問題ない。

 自分の体力の残りが安全なラインを下回ると自動で守ってくれる防御魔法(ブラストシールド)が頻繁に発動しているのがわかる。だが、この頻度なら再発動までに死に直面しないということの裏返しでもある。だから問題ない。

 

 そう、何も問題はない。

 

 仮面の少女は、不気味な不定形の化け物に己の体を蝕まれ、激痛とも虚脱感とも言えない感覚に襲われつつも冷静にそう判断し、剣を振り続けた。その度に化け物が不快な声を上げ、切り裂かれ、そして消えていく。

 手当たり次第、もしくは片っ端から、というのはこのような光景を言うのだろう。

 

 あるいは、こういった言葉で言い表されるのかもしれない。

 

 ハック(hack)アンド(and)スラッシュ(slash)

 

 黒い濁流となって飲み込もうとする数の暴力に対抗する、磨き上げられた個の純粋な暴力。ひたすらに得意の剣技で斬りつけ、魔法とも見える持ち前の技を行使し、ケアンの星々から授かった天界の力を叩き込む。

 

 おそらくこいつはたまたま自分を狙っただけだ。それはわかる。もしかしたらさっき見た人間の中に本命の相手がいるのかもしれない。

 しかしそんなことは関係ない。殺意を向けて襲ってきた以上は自分にとっても敵だ。

 

 だから殺す。

 

『呪……呪呪呪……』

 

 そして2体の精霊(ブレイドスピリット)1匹のペット(ネメシス)と共に暴れ続けた結果、気づけば異様な化け物の数はほとんどが消滅していた。

 

『ワレラガ“恨み”……イガワ……センシュウ……』

 

 人違いだ。しかし敵意、いや殺意を持って最後まで襲ってきたからには落とし前はつけさせてもらう。

 

 少女は残った最後の化け物めがけ、渾身の力で両手の剣を振り下ろした。

 処刑執行(エクセキューション)。握りしめた右手の氷の剣(ネックス)左手の炎の剣(オルタス)に斬り裂かれ、化け物は完全に消え去った。

 

「安らかに眠れ、クズ」

 

 脅威は完全に去ったことを改めて確認しつつも、あれだけの数を倒しても()()()()()()()()()かと彼女はひとつため息をこぼした。

 それから最初に目にした4人の方へと向き直る。

 

 やはり敵意は感じない。あるのは困惑、さらに今度は怖れといった感情か。

 いずれにせよ話ぐらいはしてもらえるだろう。ようやく自分が置かれた状況が理解できるかもしれないと足を進めようとした彼女だったが――。

 

 ぐらり、と視界が歪む。

 こんなことは珍しい。だが、もしかしたら今の戦闘で予想以上に消耗してしまったのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、彼女の意識は闇へと沈んでいった。

 

 

 

---

 

「ふうま!」

 

 鹿之助に名を呼ばれるより早く、小太郎は倒れた仮面の人物の元へと駆け出していた。

 再生能力に優れる蛇子でさえ苦しむほどの攻撃だ。一刻も早くダメージの具合を把握して治療する必要がある。

 

 うつ伏せに倒れ込んだその人物を抱えあげようとして、思ったより軽いことに気づいた。そういえば、と声のことを思い出す。それから顔と頭を覆っていた仮面とフードを外したところで、少し前の感覚は間違っていなかったと確信した。

 

「どうなんだその人!? って……もしかして……!」

「ああ……。最初に叫んだ声を聞いた時からもしかしたらって思ってたんだが……。やっぱ女の子だ」

 

 目は閉じられたままだから正確な判断は難しいが、年は自分と変わらないぐらいか、と小太郎は思う。黒い髪は肩口に掛からない程度に無造作に切り揃えられ、おおよそお洒落というものからは程遠い。

 顔色はやや白いように感じられたが、蒼白というほどひどくはなく、元々このぐらいなのかもしれない。呼吸も一応は安定している。蛇子が受けた傷が傷だけに楽観視は出来ないし、見えない部分にダメージを受けている可能性もあったが、ひとまず今すぐ命の危機に関わるような状況ではなさそうだ。

 

「嘘!? 女の子だったの!?」

 

 と、少し遅れてやってきた蛇子が驚いた声を上げた。見れば扇舟も来ている。

 

「蛇子、傷の方は……」

「大丈夫。“呪い”の数が減ってきた辺りから少しずつ楽になってきた感じがあったんだけど、消えた後は普通に再生が始まってくれたみたい。気持ち悪かったのもようやく消えてくれたから、多分もう平気。……それより女の子となると……」

「傷の具合とかの確認は私たちが見たほうがいいかもね。特に私にとって……彼女は命の恩人なんだから」

 

 命の恩人。確かにそうだろう。

 

(結局……この子がいなきゃ俺は何も出来ないまま終わってた。もしかしたら扇舟さんだって死なせてたかもしれなかったわけだ)

 

 軽い自己嫌悪に陥る小太郎。しかし今はそうしている場合ではない。彼女を休ませる場所が必要だ。この街の協力者に会わなくてはならない。

 

「じゃあこの子のことは蛇子と扇舟さん、お願いします。鹿之助、俺たちは彼女を休ませることができる場所を確保しに行くぞ」

「そんな場所この街じゃ……。ああ! あそこがあったか! こんな時あの人なら頼りになるし。よっしゃ、俺たちはちょっと行ってきます!」

 

 

 

 こうして、本来この日命を落とすはずだった人間は、命を繋ぐこととなった。

 同時に――本来この世界に存在しないはずの人間の、この世界での物語が始まるのだった。




デュアルクラスシステム

2つのマスタリーを合わせて1つのクラスとするシステム。
マスタリーはベース版でソルジャー、デモリッショニスト、オカルティスト、ナイトブレイド、アルカニスト、シャーマンの6種類と、その後のDLC(Ash of Malmouth、通称AoM)でインクィジター、ネクロマンサーが、さらにその後のDLC(Forgotten Gods、通称FG)でオースキーパーが追加されて合計9種類存在する。
ここから2つを組み合わせるので、クラスだけで実に36種類にも及ぶ。
マスタリーは1度選ぶと変更不可なため、色んなクラスを試したいという場合は新規キャラがどんどん増えていく。こうして時間もどんどん食われる。
以前は組み合わせによってはシナジーがかなり薄い組み合わせもあったりしたのだが、そのクラス向けの装備や属性変換装備の充実に伴い、現在は基本的にどのクラスでも(相当趣味に走ったり得意属性を無視したりしなければ)十分に戦闘可能。
最強クラスが何か、という質問に対しての答えは出ないのだが、雑に強いという点ではソルジャーとオースキーパーを組み合わせて報復ダメージ(簡単に言えば攻撃を受けた時の反撃)に特化したウォーロードが作りやすさも含めて頭ひとつ抜けているとはよく言われている。
これは攻撃を受けることが前提のディフェンスビルドのために元々守備が非常に硬いのだが、「本来反撃時に与える報復ダメージを普通に攻撃ダメージとして追加できる」というインチキぶん殴りシステムがFGで追加されたことで、下手なオフェンスビルドも真っ青の火力まで出せるようになってしまっているのが主な原因として考えられる。
何度か弱体化の調整は入ったものの、V1.1.9.6現在でも普通に雑に強く、エンドコンテンツでありトレハンにもってこいのシャッタードレルムの周回をぼっ立ちしたままぶん殴ってるだけで回れてしまうレベル。
でもアルケインのバフ消しだけは勘弁な!



シャッタードレルム

本編中に述べた通りの「もう1つの現実」。早い話がとにかく敵を倒しまくるエンドコンテンツ。通称SR。
4チャンクで1シャードの編成となっており、4チャンク目はボス部屋になる。
以前はボス部屋が非常に狭かったために数体同時に相手にしなければならない状況になることが多く、並のビルドではあっさり墓が立ったりしたのだが、バージョンアップで部屋が広くなってタイマンが可能になりクリアできるビルドが増えた。
ウェイストーンで始められる最下層である75-76をクリアして報酬をもらうのがトレハン効率がいいと言われており、ここを安定してクリアできるビルドを目標とする人も多いと思われる。
自分の腕だと早いと大体10分前後、かかって15分程度といった感じなのだが、中にはカリカリにチューンしたビルドでタイムアタックして5分台とか叩き出してる猛者もいる。
突然変異というステータス変化や、ボスの組み合わせなどでタイムも難易度もかなり変動し、特に敵ヘルスが大幅に増える変異や、自分の得意属性に対するレジストの変異辺りの影響は大きい。
というかマッドクイーンとガルガボルはお願いだから出禁にしてください。


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Act3 なるほど、面白い。気に入った

 今まで体験したことのないような心地よい感覚の中、少女はゆっくりと目を開けた。

 自分の今の状況を確認しようとして、横になったまま天井を見上げていることに気づく。

 

 周囲の気配を探っても敵意は感じない。

 つまりあの戦闘で“敵”は全て倒し、誰かが自分を寝かせてくれたのだろうと彼女は想像した。

 

 ひとつ深呼吸して、やけに心が落ち着いているようにも感じた。

 常に心の中に存在し続けた焦燥感というか、ささくれというか。不安や苛立ちともまた違う、戦ってる間だけは忘れることの出来たあの言葉にし難い感覚が、不思議と今はない。

 

 横になった体を起こそうとしたところで、再び違和感を覚える。今度は自分の体に対してではなく、その体が接しているものに対してだ。

 おそらくここはベッドの上だろう。だが、こんなに柔らかいベッドは経験したことがない。

 それに屋内で横になって寝たのもいつ以来だっただろうかとも思う。しかも長時間眠っていたようにも感じる。気が張って眠ることなどこれまでまともにできなかったはずなのに。

 

 彼女はゆっくりと体を起こす。と、ベッドの足元のところに腕を枕にして突っ伏したまま眠る女性が目に入った。

 確か、最初に目に入った集団の中で唯一の大人と言える女性だ。起こして状況を聞き出そうかとも思ったが、どこか安らかな表情を浮かべた横顔にそれがためらわれた。

 

 改めて辺りを見渡す。そこで横の棚の上に自分の装備があることに気づいた。自身に目を移すと見たことがない服を着せられている。そういえばこんな防具にならなそうな服を着たのは()()()目を覚ましたあの時以来だった。

 

 と、その時不意に部屋の扉が開いた。そこに立っていたのはあの集団の中にいた()()の1人。目が合った途端に「あ、あああ!」と驚いた声を上げつつ、どこかへ走っていってしまった。

 

「ふうま! ふうま! あの人、目を覚ましたぞ!」

 

 声が遠くなっていった後、ややあって、ドタドタと多くの足音が近づいてくるのがわかった。

 しかし敵意は感じない。ならば問題ない、ようやくまともに話が聞けるかと思うことにした。

 

 部屋の中に人が入ってくる。あの時の顔ぶれだったが、部屋の入口に佇むように1人、金髪の大人の女性が新たにいることに気づいた。

 

 敵意とまではいかない。が、こちらに対して疑念を抱いているらしい。

 それでも敵対しないなら問題はない。

 

「扇舟さん、お疲れかと思いますが……。彼女、目を覚ましましたよ」

 

 右目を閉じたままの少年が、ベッドに突っ伏す女性に声をかける。一瞬眠たげに顔を上げた彼女は周囲を見渡し、ベットで横になっていたはずの少女が起きていることと、部屋の中に人が集まっていたことに気づいて目を見開いた。それからひとつため息をこぼす。

 

「……年は取りたくないものね。眠るつもりはなかったのに、我ながら情けないわ」

「いや、そんなこと……。ほぼ1日彼女の様子を見ていたんですから仕方ないですよ」

 

 ほぼ1日。そんなに長い間眠っていたのかと、ベッドの上の少女は顔色を変えないながらも意外に思っていた。

 

「えーっと、色々聞きたいことはあるんだけど……」

 

 少年が声をかける。ベッドの上で特に何をするでもなく、黙って瞬きだけする少女は、先日の狂戦士のような戦い方とは似つかわしくない、くりっとした目で声の主を見つめていた。

 

「まず、言葉、通じるかな?」

「わかる」

 

 短く、色のない声だった。が、質問に対してはっきりと肯定を示すものだった。

 少年はやや驚いたように開いている片方の目を何度か瞬かせた。

 

「正直通じるか怪しいと思ってたけど……。オッケー、それなら助かるよ。まず自己紹介しておく。俺はふうま小太郎。で、この2人は俺と同じ部隊の相州蛇子と上原鹿之助。そこに座っているのが井河扇舟さん。んで、部屋の入口に立ってるのがこの場所を提供してくれてる高坂静流(こうさか しずる)先生」

 

 少女は最も自分への疑念の思いが強そうな、先生と呼ばれた人物を見つめる。眼鏡の奥に見える瞳は優しげで、柔らかな笑みとともに数度手を振ってみせたが、印象は変わらないままだった。

 

「それで、君の名前を教えてくれるかな?」

「……名前はない」

「ない……? えっと……記憶喪失とか?」

「そうといえばそうかもしれないけど、どちらかと言えば違う。……私は一度“乗っ取られた”から、それ以前の記憶がない……というより、多分人として別人になってる」

 

 要領を得ない、と小太郎が頭をかく。聞きたいことは山ほどあるのに、名前でいきなりつまずくのは少々予想外だった。

 

「こちらからも聞いていい?」

 

 と、逆に少女が聞き返してきた。名前がないと呼び方に困るとは思ったものの、ひとまず小太郎は質問の先を促す。

 

「ここはどこ? ケアンでもコルヴァンでもシャッタードレルムでもないように感じる」

「な……! もしかしたらと思ってたけどやっぱ異世界人!? すげえ、マジか!」

 

 食いついたのはこの手の話が大好きな鹿之助だった。めんどくさいことになりそうだなあと小太郎がその先を止めようとするより先に。

 

「ここは日本という国の地下都市、ヨミハラよ。もっと広く言うならば地球、と言えるかしら」

 

 入口の方から静流の声が飛んできた。それを聞いた少女は黙ったまま数度頷いて口を開く。

 

「……なるほど。聞いたことがない。つまり私はそこの()()が言った通り、異世界人ということになるらしい」

「彼女……?」

 

 全員の目が鹿之助に集まった。そして視線を集めた当の本人は顔を真っ赤にし――。

 

「お、俺は男だぞ! こんな見た目だからよく女と間違えられるけど!」

 

 鹿之助は身長が140センチと非常に小柄な上に、髪もサラサラロングヘアーだ。そのためによく女子と間違えられたりする。

 これには感情をあまり表に出さなそうな異世界の少女も少々予想外だったらしい。しばらく改めて()を見つめ直してから、僅かに目を伏せた。

 

「……それはごめんなさい。見た目もあるけど、それ以上にあなたの気配が女性のように感じたから、勘違いしてしまったみたい」

 

 実は、鹿之助が育てられた上原家では「厄除けのために6歳までは男子を女子として育てる」という仕来りがある。そのため鹿之助は未だに上半身の裸を見せることに抵抗があったりする。

 

 小太郎はこの一連のやり取りに、この少女は直感か感受性の類が優れているのではないかと考えていた。

 彼女はあの“呪い”と戦った際、攻撃の矛先を向けられた瞬間戦闘態勢に入った。加えて鹿之助を見た目もあるかもしれないが気配から女性ではないかと判断し、そしてあの場におらずにおそらく彼女をもっとも疑ってかかっているであろう相手――静流に対して、自分たち以上の警戒心を抱いているようにも感じる。

 

「さて、じゃあ鹿之助くんが男の子だとはっきりしたところで話を戻しましょう。あなたは記憶喪失というわけではないけれど自分の名前がわからない。そしてこの世界の人間ではない、つまり異世界人ということになる。ここまでは合ってるわね?」

 

 そんな警戒心を気にした様子もなく、静流が切り出した。

 彼女はこの建物にある1階のバーの店長である。そのため、この2階の簡易宿泊所を休ませるスペースとして提供しているわけだが、店長というのはあくまで仮の姿。

 

 通称“花の静流”。彼女もまた対魔忍の1人で、植物を操る木遁(もくとん)の術の使い手である。同時に、さっき小太郎が「先生」と呼んだ通り、対魔忍養成機関で教鞭を取ることもあった。

 そして今、彼女は任務としてこのヨミハラに潜入中なのだ。……が、気づけばこの闇の街の町内会長を務めており、彼女が対魔忍であることはもはや公然の秘密となりつつあったりもする。

 

 そんな彼女が場を取り仕切る形になりつつあったが、元々教師と生徒という関係もあってか、小太郎はその役目を譲ることにしたようだ。

 

 少女が答える。

 

「厳密には名前が『わからない』のではなく『ない』のだけれど……。まあ合ってる」

「そんな名無しさんのあなたが、どうしてこの世界に?」

「……わからない。マザーンの手違いか、シャッタードレルムに予期せぬ何かが起きてポータルがこの世界に繋がってしまったか……」

「また聞いたことがない言葉が出てきた……。まあいいわ。要するにあなたの意志でこの世界に来たわけではない。何者かに連れてこられたという類ではなく、どちらかといえば迷い込んでしまった。そんな感じなわけね?」

 

 少女は首を縦に振って肯定した。それを見た静流は安心したようにひとつ息をこぼす。

 

「ならば大丈夫そうね。異世界からの侵略者とかなら私も色々考えなくちゃならないところだったから。……まあ、人助けをしたんだから元々その線は薄いと思っていたけど」

「人助け……?」

「そう。あなたは私の命を救ってくれた」

 

 ここで会話に混ざってきたのは扇舟だった。

 

「あなたが倒した“呪い”は元々私を殺すために作り出されたものだった……」

「“呪い”……? ああ、あの化け物か。そういえば『イガワセンシュウ』とかって名前を口にしてた気がするけど……。あなたのこと?」

 

 コクリと扇舟が頷く。

 

「なんか敵意向けてきたから敵と判断して殺したけど……まずかった?」

「は!? ぜ、全然! 命を救ってくれたって言ったじゃない! ……あのままじゃ私は死ぬしかなかった。いえ、本来そうやって私は罪を償うべきだとわかってはいたんだけど……」

「扇舟さん、その話はもう済んだはずです」

 

 と、小太郎が口を挟んできた。「ああ、そうね……」と扇舟はひとつ咳払いを挟んだ。

 

「……とにかくお礼を言いたかったのよ。たとえ私のためじゃなかったんだとしても、結果として私は助かった。だからありがとう、って。そして、あなたが傷つくことになってしまってごめんなさい、という謝罪も」

「傷つく……。うん、確かにちょっときつかったけど、あのぐらいの戦いはいつもしてるから問題ない。今も特に体に違和感はないし」

「実はあなたが眠っている間に知り合いの医者を呼んで診てもらったの。癖はあるけど腕だけは間違いないから確実よ。後遺症とか特に心配ないし、ただ疲れて眠ってるだけみたいだって。こんな元気な患者を診るのにわざわざ呼ぶなって怒られたわ」

 

 静流が補足をする。

 彼女の言葉の通り、戦い終えて意識を失った少女をここにを運んだ後、静流は時折店に顔を出す「癖はあるけど腕だけは間違いない」魔科医(まかい)桐生美琴(きりゅうみこと)を呼んで診察をしてもらっていた。しばらく酒代をサービスして代金の代わりにしようと思っていた静流だったが、扇舟が命の恩人のために支払うと言い出し、結局扇舟が美琴の酒代を持つということで話がまとまっている。

 

「……さて、と」

 

 妙に間が空いたこともあって、小太郎はひとまずそう口にして場をつなごうとする。

 静流の方を伺うが、「聞きたいことは聞けたから後はそっちで進めて」という感じの視線を返されたため、とりあえず話を進めることにした。

 

「君がこの世界に迷い込んでしまったということと、体は大丈夫だってことがわかったところで、ここからは今後について話し合いたいと思うんだけど……」

「はい、はーい! ちょっと待って、ふうまちゃん! 」

 

 そうした矢先にいきなり出鼻をくじかれた。一応真面目な話に移るつもりだったのに、と小太郎は軽い調子で割って入ってきた蛇子に視線を移す。

 

「……なんだ、蛇子」

「いつまでも名無しさんじゃ仮に彼女が良くても私たちが困るだろうから、呼び方とか、もし本人が嫌じゃなければ、だけど……名前を考えたらどうかなって思ったの」

 

 しかしこの蛇子の提案は一理ある、と小太郎は考え直した。確かになんと呼んでいいのかわからないのは呼びにくくて困るのは事実だ。

 

「名前……。私という存在を識別できるならそういうのはいらないと思っていたけど……」

「でもそれって寂しくない?」

「寂しい……」

 

 少女はそういうと口をつぐんでしまった。踏み込みすぎてしまったかもしれない、と蛇子は若干後悔する。

 

「あ、ごめんね。嫌だっていうなら……」

「そうじゃない。ただ……名前がないから寂しいっては考えたことがなかった。つけてくれるなら、お願いしたい」

「本当!? ありがとう! ……あ、ちなみに、だけど……元の世界ではどんな風に呼ばれてたの?」

「1番多かったのは多分“乗っ取られ”。あとは……あいつ、あの女、仮面女、我が友、英雄、勇者とか好き勝手呼ばれてた。アセンダントって言った人もいたかな」

「う、うーん……」

 

 これでは参考になりそうにない。と、いうよりも。

 

(また出てきた“乗っ取られ”って言葉の意味はよくわからないが……。呼ばれ方から察するに、もしかしたらその戦闘力を利用されただけのほとんど都合のいい戦闘マシーンみたいに扱われてたとかじゃないのか……?)

 

 小太郎の頭にそんな予感がよぎる。強大な力を持つ勇者がうまいこと担ぎ上げられて人類の敵を倒すことに成功するが、その力を怖れた人間たちによって後に歴史の闇に葬り去られる、というのはファンタジーでよくある話だ。

 ましてや彼女の装備、それに魔法としか言いようのなかった力などはファンタジー小説を彷彿とさせる。本当にどこか異世界の勇者なのだろうか。

 

「なあなあ、アセンダントってのはなんかジョブとかクラスとかそういうやつ? それとも爵位みたいな?」

 

 異世界に興味津々の鹿之助が尋ねる。

 

半神(デミゴッド)って意味らしい。結局英雄とか勇者とかと一緒で持ち上げるための呼称だったんだと思う。あと、私のクラスはサバター。その呼び方で呼ぶ人もいたかな」

「サバター……?」

「言うなれば『破壊工作者』と言ったところかしらね」

 

 補足してきたのは静流だ。

 

「『サボタージュ』という言葉は知ってるわよね? 日本ではふうまくんが私の授業に対してよく行う『サボり』の語源になった言葉なんだけど、本来の意味は破壊工作、あるいは妨害工作という意味だった。労働者が怠惰によって経営者を妨害するという行為から、『サボり』という言葉が生まれたと言われているわ。それで、サボタージュを行う者という意味でサバター、じゃないかしら」

 

 さすがは対魔忍養成機関で教師を務め、6ヵ国語に通じる才女と言ったところか。生徒たちからへぇー、と言う声が上がる。

 

「なんかちょっと賢くなった気はするけど、でもこの子の名前って点からいうとそれに関連するのはちょっと物騒な気もするよな……。それ以外のもあんまり参考にならない気がするし……うーん……」

「サバター……。ターサ……。なんか違うなあ……。バター……じゃ食べ物だし……」

 

 唸る鹿之助と、それにつられるようにブツブツと言っている蛇子。しかしその時、「それだ!」という小太郎の声が響いた。

 

「え、何? どうしたのふうまちゃん? バター?」

「いや、文字の入れ替えだ。サバターの文字を入れ替えてタバサ、ってのはどうだ?」

 

 どこからともなく感心の声が溢れるのがわかった。

 

「悪くないんじゃないかしら。かわいらしいと思うし」

「私も賛成。……ずっと日本名で何かって考えてたわ。やっぱり若い子は頭が柔らかいわね」

 

 静流と扇舟の大人組はあっさりとオッケーサインを出した。

 

「もっとかっこいい名前を思いつきたかったんだけど……。まあ女の子だしな。俺も賛成だな」

「蛇子はどうだ?」

「タバサ、って魔女によく使われる名前だっけ。でも女の子の名前として一般的なら、蛇子も良いと思うよ」

 

 当人以外のこの場の全員の賛成を受け、小太郎は改めて名無しの少女へと向き直った。

 

「……というわけで、俺はタバサって名前を提案したいんだけど、どうだ?」

「サバター……入れ替えてタバサ……。なるほど、面白い。気に入った」

 

 よし、と小太郎はどこか得意げに頷いた。

 

「じゃあタバサってことで。改めてよろしくな、タバサ」

「え、ああ……うん、よろしく。えっと、ふうま」

 

 異世界から迷い込んだ、名もなき“乗っ取られ”の少女。

 今、新たに「タバサ」という名を与えられたその少女は、あまり慣れていない様子で差し出された手を握り返したのだった。




20221026追記
当初は「同年代の同じ女子」ということであまり深く考えずに蛇子がタバサの名前を考えたことにしていたのですが、ふうまとの絡みが自然と多くなりそうなので彼が考えたということに変更しました。



サバター

銃による攻撃と火炎・雷属性を得意とするデモリッショニストと、二刀による攻撃と冷気・刺突・毒酸属性を得意とするナイトブレイドを組み合わせたクラス。
一見すると全く噛み合わないように思えるが、サバター用装備として火炎と冷気を同時に強化できる剣、ネックスとオルタスのおかげで「相反する炎と氷を同時に操れる二刀流ロマンビルド」として昔から(中二的な意味で)人気があった。
その後、両マスタリーの全体的な強化とネックスオルタスの強化に加えて、火炎を冷気へと変換する装備が追加され、さらには冷気を火炎へと変換可能なセット装備までもが追加。このゲームでは「単一属性に特化した方が強い」というのがセオリーなため、両属性をフルに使うというロマンを失ってしまった代わりに火力が大幅にアップし、高火力二刀ビルドとして一気に台頭を果たしている。
なお、火力は数段落ちてしまうが、火炎と冷気両方を強化したロマン追求のハイブリッド型も勿論可能。FGでニッチビルド御用達のセットが追加されたので、AoM以前より遥かに戦えるレベルになっていると思われる。
とはいえ、両マスタリーともヘルスが控えめで防御スキルで補ってもなお打たれ弱いという弱点もあり、ディフェンス面はやや不安定。
「やられる前にやる」のスタイルだが、報復ウォーロードみたいな超タフビルドの感覚で無茶をして突っ込むとやる前にやられてあっさり墓が立ったりする。



ネックスとオルタス

実質サバター用のセット装備である一対の剣。通称ネクオル。正式なセット名称は「聖なる調和」。
セット自体は最初期の頃から存在し、ロマンビルドの中のロマン武器として(中二的な意味で)人気があった。
しかしサバターのところで書いたようにバージョンを追うごとに強化され、今では二刀サバターを支えるガチ武器になっている。
ネックスは冷気の剣でオルタスは火炎の剣。
単品の性能はやや控えめだが、セットで揃えることで両マスタリーの全スキル+1や常駐スキルに酸ダメージを火炎と冷気に2:1に変換する効果を追加など強烈な能力を発揮する。
さらにセットスキルはクリティカル発動時に「円形状に波動がほとばしり」周囲の敵にダメージを与えつつ凍結させる効果があり(火炎に変換したとしても凍結効果は有効、燃えてるのに凍る)凍結耐性のない相手は一方的に高火力で殴り倒すことが可能となる。
ディフェンス面に不安がある二刀サバターとしては大量の耐雑魚戦ではこれが割と生命線だったりもする。


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Act4 食べ物をおいしいと思ったことはなかった

 名無しの“乗っ取られ”の少女がタバサという名の少女に変わった翌日。

 1日休んだおかげもあって問題なく動けるということで、独立遊撃隊の3人はその少女を連れて対魔忍の里である五車(ごしゃ)町へと向かっていた。

 

 ひとまず彼女の身柄は五車で預かるのが妥当ではないかという小太郎の提案に対し、反対する者は誰もいなかった。対魔忍上層部との相談次第になるが、五車はタバサに似た境遇の存在を受け入れているという前例もある。総指揮官のアサギなら不条理な決断はくださないだろうという信頼感もあった。

 当人もそのことについては了承している。というより、「自分では何も判断ができない」とのことで、指示に従うという姿勢のようだった。

 

 当初は井河扇舟の監視と場合によっては保護が目的だったはずなのに、気づけば突如として現れた謎の存在――タバサと名付けられた少女の今後についても報告しなければいけなくなったと、小太郎は軽く頭を悩ませる。

 が、彼女が現れてくれなかったら扇舟はあの場で間違いなく命を絶つことになっていた。そのことに関しては感謝してもしきれない。

 

 帰りの道中はタバサへの質問が集中することとなった。

 小太郎たちにとって異世界に当たる彼女の世界はどういうものなのか。よく口にする“乗っ取られ”とはどういう意味なのか。“呪い”との戦闘中に見せた人間離れした力は何か。

 

 タバサのいた世界――ケアンは、この世界ほど文明は発達していないようだった。彼女の話から、近代初頭のヨーロッパ程度といった感じかと小太郎は推察した。

 彼女は自動車や電車を見たのは初めてだと驚いていたし、寝かせられていたベッドも元の世界とは比べ物にならないほどふかふかしていたと言った。銃は単発式のピストルやライフルといったものは存在するようだが、マシンガンのような連射機構を兼ね備えたものは無いという話だった。

 

 加えて、食事関連がこの世界と比べると比較にならないほど絶望的なレベルだということがわかった。

 昨日一通り話をした後、静流が簡単な食事にと作ったお粥を口にして、「今までで1番おいしい」と感想を述べたほどである。

 

 その1番の理由が塩を使えない、ということだ。

 

「塩自体はケアンにも存在する。だけど、塩は武器として使われるから、食事になんて回せない。ケアン全土を襲った天変地異、“グリムドーン”の際に侵攻してきた精神体の侵略者である“イセリアル”には効果があるとされたのが原因」

 

 結果、口にできたのは味気ないスープや、鮮度のないゴミのような味の配給食ばかりだったという。

 

「食べ物をおいしいと思ったことはなかった」

 

 ただ空腹を満たして栄養を得るためだけの、味とは無縁な食事。おいしいものが食べられない、どころかまともな味付けすらないというのはさすがにきついと思った小太郎だったが、どうやら他の2人も同じ感想だったらしい。渋い表情をしていたのが伺えた。

 

 加えて、そのイセリアルが、彼女が“乗っ取られ”と呼ばれるようになった所以でもあると説明してくれた。

 

「イセリアルは形のない精神体だけど、ケアンに存在する“イーサー”というエネルギーを利用して物質に干渉することができる。そして生物に憑依して“乗っ取る”ことで肉体を得て活動を可能にしている。ただ、乗っ取った肉体が死ねばイセリアルも死ぬらしい。……私は乗っ取られた時に吊るされてイセリアルごと殺されるはずだったけど、乗っ取ったやつが肉体の死より先に逃げ出したから死なずに済んだ。とはいえ、乗っ取られた時点で過去の記憶や人格を失うそうだから、過去の私がどんな人間だったのかはわからないけど」

 

 小太郎は名前を聞いた時に返ってきた要領を得ない答えについて、ようやく納得がいっていた。

 

 しかし“乗っ取られた”ことで、彼女は超人的な力を得たらしい。“呪い”との戦いの際に見せたのも、その副産物だということだ。

 

 それ以上に、“リフト”という力を得たことが、彼女が勇者として祀り上げられたものとして大きかった、と説明してくれた。

 タバサによると、リフトは簡単に言ってしまえばワープポータルのようなものだそうだ。リフトは元々イセリアルが利用してケアンに乗り込んできたもののために忌避する者も多い。が、大量の物資や兵力を一瞬で移動可能なその力は、人類反撃のために大いに役立ったのは事実らしい。

 

「つまり凜子(りんこ)先輩の空遁(くうとん)の術みたいなのを距離も規模も無視して使えるってことか!? やべーじゃんそんなの、反則だろ!」

 

 鹿之助の感想はもっともと言える。

 対魔忍の次期エースと目される秋山(あきやま)凜子が使う忍法・空遁の術は空間跳躍、簡単に言えば瞬間移動を可能とする忍法だ。奇襲や離脱用としてはこの上なく強力で便利な一方、跳躍距離は約1キロが限界、同時に跳躍できる範囲は周囲の数名程度、本人の消耗が激しく連続使用に制限がかかるという条件がついている。

 そして何より、跳躍先の見極めに失敗して壁の中のような場所に跳んでしまおうものなら、最悪の場合そのまま帰らぬ人になるという危険性までもはらんでいる。

 リフトはこれらのデメリットを全て取っ払ってしまった形だ。

 

「でもこの世界じゃ使えないみたい。ケアンでも場所によっては繋がりが弱くて使えないところもあったし、まあそういうものだと思ってるけど」

「そっかあ。使えたらよくあるファンタジー小説みたいに『異世界で無双しまくり!』って感じだったかもしれないのにな。でもまあタバサは元々強いか。……俺も異世界行ったら強くなったりしないかなあ……」

 

 呑気にそう言った鹿之助の言葉を耳にしつつ、小太郎としてはリフトの力は使えなくて助かったとも少し思っていた。

 

 そんなものが存在したら間違いなく世界のパワーバランスが崩れる。たとえ使えるのが彼女1人だけだったとしても、だ。

 話に聞くケアンほど絶望的ではないとはいえ、この世界は様々な勢力が争い合いつつもどうにか致命的な大破滅だけは免れるという危ういバランスのもとに成り立っている。そこに、人類が圧倒的不利な状況から巻き返すほどの猛威を振るったリフトなんてものが入り込んだら歯車が一気に狂いかねない。

 

 もっとも、そんなリフトの力を抜いたところで、タバサには今鹿之助が言ったとおり圧倒的な戦闘力がある。“乗っ取られた”時の副産物と、ケアンの星座に祈りを捧げたことで得られた“天界の力”というものだそうだが、個の戦闘力だけなら対魔忍の中でもトップクラス、と言ってもいいかもしれないほどだ。

 

 なお、今彼女は首から下は本来の装備に戻しているが、戦闘時につけていた仮面をつけておらず、剣も手元にはない。

 ヨミハラを出る時に基本的に戦闘行為は行わないことと、仮面は目立つから外しておいてほしいと言ったところ、どこへともなく仮面と剣を消し去ってしまったのだ。

 どういうことかと尋ねると「外してインベントリに入れた」という答えが返ってきた。どうやら彼女だけが使用できる魔法の収納領域があるようで、そういうのが大好きな鹿之助はこれにも大いに興味を示していたのだった。

 そして小太郎ももう「異世界から来たのだからそういうものだ」と半ば諦め気味に割り切り、深く考えないようにしていた。

 

 結局のところ、リフトが使えないといってもこの世界ではありえないような異常な力を彼女が秘めていることは事実だ。

 このことは対魔忍の総指揮官でもあるアサギの耳に確実に入れる必要がある。

 

(はぁ……。扇舟さん助かったのは本当に良かったけど、この子のことどうやって説明したらいいんだよ……)

 

 タバサとだいぶ打ち解けた様子の2人を見ながら、この後まとめるであろう報告書のことを考えるとどうしても気が重くなり、やれやれと小太郎はひとつため息をこぼした。




乗っ取られ

意味合いとしては本編中にある通りで、主にプレイヤーキャラを指す言葉。そこから派生してGrim Dawnのプレイヤー自体を指すこともある。
すぐ煽る、すぐキレる、(ハクスラなので仕方ないが)大体のことを暴力で解決するというやべーやつ。
キレッキレに翻訳されたセリフは「乗っ取られ語録」とまで呼ばれ、本編中に登場した「そうかもな。死ね!」(敵対してるギャング勢力のボスにいきなり攻撃する時)や、「安らかに眠れ、クズ」(そのギャングの手下が今際の際に吐く捨て台詞に対する返答)がそこに該当する。
タバサに関しては「ケアンと違って心が落ち着く」ということで攻撃性が抑えられている設定を取っている。



デモリッショニスト

マスタリーのひとつで、銃による遠隔攻撃と火炎・雷属性を得意とする。
どちらかと言えばキャスターに当たるのだが、スキルは閃光弾、電撃まきびし、火炎瓶、爆弾、拡散爆弾、迫撃砲、火炎放射地雷とどう見ても魔法じゃないものが揃っている。
特に二刀サバターにとって通常攻撃扱いになるファイアストライクが非常に重要。
銃のアイコンをしているが近接でも使用可能。ただし、銃だとスキルツリー最後のスキルを習得することで着弾時に破片が飛び散るようになる。
これのおかげでナイトブレイドのスキルに多く存在する「通常攻撃が○%の確率で変化する」という通常攻撃変化(Weapon Pool Skills、通称WPS)の恩恵を受けられる。
柔軟性の高いマスタリーではあるものの、ヘルスが伸びにくい点と、排他スキル(超強力な常駐スキルだが、そのカテゴリ内で1つしか発動できないスキル)が無い点が短所。


ナイトブレイド

マスタリーのひとつで、二刀流と冷気・刺突・毒酸属性を得意とする。
「Nightblade」なので騎士の刃ではなく夜の刃、要するに暗殺者系。
敵の攻撃速度を遅くする、攻撃をファンブルさせる(外させる)、自らの回避率を上げて避けるといったいかにも忍者な搦め手系の戦い方が特徴。
特に二刀流を特殊な装備を頼らずに可能にするのは本マスタリーだけであり、二刀流のWPSも豊富に存在する。
ここがファイアストライクとガッチリ噛み合うところであり、二刀サバターの強みとなっている。
デモリッショニストの万能性には負けるが、バフスキル、パッシブスキルに優秀なものが多く、メインマスタリーにしてもサブにしてもいい味を出してくれる。
一方でデモリッショニスト同様ヘルスが伸びにくく、排他スキルが無い点が短所。


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Act5 MP回復するやつ?

「まずは任務お疲れ様、といったところね。ふうまくん」

 

 小太郎たちがタバサとともに五車町に帰ってきてから数日後。扇舟の件の事の顛末とその時現れた謎の少女についてどうにか報告書をまとめ終えた小太郎は、対魔忍養成機関である五車学園の校長室へと来ていた。

 部屋の主は対魔忍の総指揮官であり、この学園の校長でもあり、同時に“最強の対魔忍”とまで言われる井河アサギ。

 傍目には白のブラウスとタイトスカートに身を包んだスタイル抜群のただの美女にしか見えないが、最強という二つ名は伊達ではなく、これまでいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた凄腕の女戦士だ。

 

 さらに2人の教師も同席している。金のショートヘアが似合い教師とは思えないラフな格好をしているアサギの妹である井河さくらと、青い髪をポニーテールにまとめて眼鏡を掛けて白衣を羽織ったアサギの右腕とも呼ばれる八津紫(やつ むらさき)。実質対魔忍のトップ3が揃っているような形である。

 

「ええ、まあ……。正直かなり疲れました。……主に報告書作成が」

 

 このメンツを前にするとさすがに緊張するなと思いながらも、小太郎は軽口を交えつつ受け答えた。

 

「にゃはは! 言うねえ、ふうまくん」

「アサギ様の前でそういう態度はあまり気に入らんがな」

 

 それに対する2人の教師の態度は真逆であった。

 さくらは元々明るい性格ということもあり、この程度の小言は軽く聞き流してくれたようだった。が、アサギを心酔ともいえるレベルで慕っている紫からすれば不快に感じたのだろう。

 

「私は別にかまわないわ。ふうまくんの気持ちはわからないでもないからね。……本来の任務の件と別にこれだけのことをまとめるとなればそうも言いたくなるでしょう」

 

 そして総大将の反応は特に気にしていない、というものだった。こうなると紫も口をつぐまざるをえない。

 そんな紫のやや面白くなさそうな反応を見たアサギはひとつ小さく笑ってから、報告書を手に取って本題を切り出し始めた。

 

「結果的に扇舟が助かったことについては個人的に感謝してる。……かつては敵対した私の伯母だったけど、救ってくれてありがとう」

「光栄です。……と言ってもいいんですかね。そこに書いてある通り、俺は目論見を外しました。“呪詛の魔獣”の核を破壊することには成功した。だけど、その結果何が起こるのか、そこまで考えが回らなかった。……もし、彼女が現れなかったら、ヨミハラの人々は“呪い”に襲われることになって、それを止めるために扇舟さんは間違いなく自害していたことでしょう」

「……でも、あの人は己の罪を悔い、罰を受ける覚悟ができていた、ということは確かみたいね」

 

 一瞬、遠い目を見せるアサギ。普段は厳しい瞳の中に、どこか優しさや安堵を秘めているようにも見えた。

 しかし次の瞬間にはもう普段の対魔忍の指揮官としての目に戻っている。

 

「扇舟のことはよくわかったわ。おそらくはもう心配ないでしょう。ヨミハラには静流も、一応亜希(あき)もいるわけだし。私ももう里の者に禁術に手を染めさせるような真似はさせないつもりよ。……それよりもあなたが連れてきた子、こっちのほうが頭を悩ませることになるかもしれないわ」

 

 まあそれはそうだろうな、と小太郎は苦笑を浮かべる。

 そんな彼の表情を見て非難されたと捉えてしまったの感じたのだろうか。アサギは慌てたように補足する。

 

「ああ、勘違いしないでね。連れてきたことを責めているわけじゃないの。むしろ逆、正しい判断だったと思う。あの街に置き去りにする方がよほど危険だと思うから。……彼女自身は勿論のこと、あの街にとっても、ね」

「報告書に書いた通り、彼女は敵意や殺意といった感情を直感的に把握してるんじゃないかと思います。だとするなら、ヨミハラではそういうのがあまりにも溢れすぎている……」

「ええ、そうね。……なんでそれほどまでに過敏なのかを疑問に感じたけど、ここに書かれたあなたの仮説は強い説得力があると思う」

 

 “乗っ取られた”ことによる肉体、及び精神面での変化。当然その影響はあると考えた小太郎だが、それに加えてタバサの元の世界――ケアンの、人類にとって絶望的状況も関連しているのではないか、と推察したのだ。

 

「人間を“乗っ取る”異世界からの精神体の侵略者“イセリアル”と、邪教の狂信者たちが人間の生き血を贄として、イセリアルとは別の世界から呼び出した魔物である“クトーニック”。それらの大規模な衝突により引き起こされた人類滅亡の危機である大異変、“グリムドーン”……。そんなのが起きた世界にいたのなら、過敏すぎるほどの感覚でないと生き残ることは出来ないのかもしれないわね」

 

 ヨミハラからの帰り道と、五車町に着いてからは一応の検査のためにタバサがしばらく過ごすことになったこの学園の中にあるラボで数度。彼女の元の世界について小太郎は詳しく尋ねて、その過酷すぎる世界と、彼女が置かれた状況からの仮説だった。

 

 なお、当初は異世界ということで目を輝かせていた鹿之助だったが、ケアンの悲惨な実情を知るたびに段々とその光が失われていき、五車町についた頃には「異世界っていってもいいものばかりじゃないんだな……」と死んだ魚のような目になっていたのは、まあある意味自然なことと言えるかもしれない。

 とはいえ、鹿之助も蛇子も時折ラボに顔を出してタバサの話し相手になっているらしい。タバサにとってラボでの生活は退屈らしいが、話し相手がいることについては「悪くない」と答えていたし、食べ物関連は元の世界があまりにも酷すぎたこともあって満足して食べているとのことだった。

 

「ふうまくんもだけどさ、お姉ちゃんも信じるの? あの子が言ってること全部。作り話だとかっては考えないわけ?」

 

 と、さくらが口を挟んできた。

 

「そういうのを含めて、彼女の人体構造やこの世界に適応できるかとかを調べるために今ラボで検査してもらってる。……もっとも、そういう線での問題は薄いって話だけど。ただ、“乗っ取られる”以前の記憶や人格まで遡るのは難しいって。そうよね、紫?」

 

 時折ラボにも顔を出す紫が「はい」と肯定しつつ、先を続ける。

 

()()()の性格は最低最悪だと思いますが、腕は確かなので言ってることに間違いはないでしょう。それに助手についているリノア・セリングも同じ意見のようです」

「ムッちゃんってなんだかんだ言って桐生ちんのこと認めてるよねー」

「黙れ貴様、殴られたいのか?」

 

 ああ、また始まったと小太郎もアサギもため息をこぼす。

 

 桐生ちん、とはラボの責任者であると同時に凄腕の魔科医でもある桐生佐馬斗(さばと)のことである。過去にとある一件で紫は彼を捕まえたのだが、それ以来桐生は紫に対して偏執的ともいえる思いを抱き続け、同時に対魔忍に協力している。

 ちなみにヨミハラでタバサの診察をした桐生美琴は彼にとって姉にあたる。が、彼にとってその姉は天敵らしく、当人の前で話題を出すことは禁止だったりする。

 

「とにかく、作り話云々はまずありえないわ。彼女は本物の異世界人で本当のことを話したのだと私は思ってる。……その上で彼女をどうするか。これはこの世界でも体に異常などが出ないで生活できるかどうかといった検査結果や、当人の意志を尊重したいところではあるけれど……」

 

 アサギがそこまで話した時、校長室のドアがノックされた。

 

「あら、そろそろ来てくれると嬉しいと思ってたらまさにそのタイミングね。入って頂戴」

 

 ゆっくりとドアが開き、「失礼します」とまだ少女とも呼べそうな人物が部屋に入ってきた。薄いグレーの髪に白衣を纏い、その手にはタコかクラゲに似たぬいぐるみのような物を抱きかかえている。

 

「待ってたわ、リノア」

 

 彼女こそが先程話題に出た桐生の助手、リノア・セリングであった。

 

「ラプラスの予知によるとこのタイミングで入るのが適切ということだったのですが」

 

 彼女が手に持ったぬいぐるみのような物。それこそが、今リノア本人の口から出た「ラプラス」である。かわいらしい見た目と異なり、演算によって予知能力を持たせたロボットなのだ。

 リノアはその予知能力で部屋に入るタイミングを計っていたのだろう。

 

「ええ、完璧ね。今あの子の今後をどうするか、ひとまず検査結果次第という話をしていたところ」

「では早速その点に関してですが、タバサさんはこの世界の人間とほぼ変わらない、と桐生先生と私は結論付けました。モニターできたのはまだこの数日間だけですが、バイタルその他に特に問題は見当たりません。よって、この世界への適応は問題なし、と判断しました。ただ……彼女の力についてはこの世界では存在しない未知な部分も多いために説明は少々難しい状況です」

「最後の部分はまあ仕方ないとして、それ以外は嬉しい報告ね。でも、彼女は“乗っ取られた”と言っていた。それでも人間とほぼ変わらない、と言えるの?」

「誤解を恐れずにものすごく噛み砕いて言ってしまうと、差があったとして対魔忍と一般人との差ぐらいなものです」

「……それって結構差あるよね?」

 

 アサギとリノアの会話にさくらが割り込む。

 

「人間というカテゴリで見た場合はその差は些末なものに過ぎないと思います。とどのつまり、戦闘能力の差……忍法を発動したりする対魔忍の根源的エネルギーである対魔粒子の有り無しと言った部分の問題かと」

「うーん……。そうと言えば……まあそうかもしれないけどさあ……」

「ちょっと待って。じゃああなたはあの子を『ほぼ』変わらないと言ったということは……。やはり対魔粒子に似たエネルギーがあの子の中にはあるということ?」

 

 このアサギの質問に対し、リノアは首を縦に振って肯定する。

 

「彼女からはこの世界には存在しない未知のエネルギーを検出しました。彼女に話を伺ったところ、“イーサー”と呼ばれるものではないかと。彼女の世界……ケアンにはそれが溢れていて、またイセリアルもその力を利用していたということでした。……イーサーを利用するイセリアルに“乗っ取られた”という経緯を考えると、そこが彼女の力の根源ではないかと桐生先生も私も予想してはいるのですが、如何せん未知のエネルギーのために細かいところまでは正直お手上げ、という状況です。加えて、彼女には“天界の力”と呼ばれる、ケアンの星々から得た力による魔法のようなものもあってこっちも解明不可能ですので、やはりどうしようもないといった具合です」

「天界の力は報告書にも合ったはず。確かふうまくんは目にしてるはずよね?」

「ええ。一言で言ってしまえばあれは今出た言葉の通りもう魔法ですよ。頭上から炎の塊降らせたり氷の槍降らせたり……。とんでもないです」

 

 ふむ、とアサギが唸ってひとつ間が空いたところで、先程のリノアの説明を聞いて気になっていたのだろう、紫がポツリと呟いた。

 

イーサー(Aether)……。つまりエーテルか」

「MP回復するやつ?」

 

 しかしその単語に対して反射的にさくらがそう反応した途端、部屋中の人間が思わずため息をこぼす事態となった。

 

「ちょっと何よ! 皆してその馬鹿にしたみたいな反応! ふうまくん、君なら私と同じ考えしたでしょ!?」

「え? いや、まあゲーム好きなんでちょっとは思いましたけど……。第五元素、ですよね? 四大元素に含まれない、ものすごく雑に言ってしまえば、ここまでずっと言われ続けてるような未知のエネルギーという意味の」

「さすが読書家ね。……かわいい妹のために説明してあげる。四大元素というのは、この世界の物質は火、水、風、土の4つから成り立つという考え方のこと。そしてそこに含まれないのが第五元素……元々は天体を構成するものとして提言されたらしいけど、一般的な認識としてはまあ今ふうまくんが言った通りの未知のエネルギーといったところね。そしてそこから派生して、物理や化学の用語など様々な場面で使われている。……もっとも、忍法の基本は“陰陽五行”から来ているから、対魔忍としては四大元素とはちょっとぶつかるところもあるといえばあるのだけれど」

 

 姉の説明を「へー」と感心した様子でさくらは聞いていた。仮にも教師がそれでいいのかと小太郎は思わず心の中で突っ込む。

 

「とにかく、私たちとの違いはそのイーサーの部分ぐらいなもので、日常生活に支障はない、というわけね」

「はい」

「……じゃあ次の段階にいきましょう」

 

 少し前まで部屋に流れていた空気が突如として嘘のようにどこか重々しく変わる。硬い表情のまま、アサギはその先を続けた。

 

「ふうまくんの報告書にもあってずっと気になっている彼女の戦闘能力……。この目で確認させてもらうわ」




各種ステータス


ヘルスとエナジー

ヘルス:いわゆるHP。0になると墓が立ち、ハードコアモードだと一巻の終わり。ポーション、ヘルス変換、ヘルス再生、自発回復型のスキル等で回復可能。また、非戦闘時には活力ゲージを利用して急速回復できる。活力ゲージは敵を倒すと落とす生命のエッセンスや配給食で回復できる上にゲージ自体が長めなのであまり枯渇を心配しなくもよかったりする。
エナジー:いわゆるMP。底を尽くとスキルが使えなくなって非常に困る。また、常駐型のスキルには予約として常に差し引かれるものがあり、実質上限を減らされる形となる。ポーション、エナジー吸収、エナジー再生、特殊なスキル等で回復可能。


属性値

体格、狡猾、精神の3つのこと。レベルアップやクエストで得られるポイントで、装備の要求値として必要になる他、各パラメータにボーナスを与える。当初は振り直し不可だったが、DLCのAoMを導入すると振り直し用のポーションが手に入るようになる。

体格:ほとんどの武器や防具で必要。特にヘビーアーマータイプの防具ではかなりの値が要求される。ヘルス、ヘルス再生、防御能力にボーナスがかかる。
狡猾:剣や銃といった武器で必要。体格ほどではないがヘルス、物理・体内損傷・刺突・出血へのダメージ、攻撃能力にボーナスがかかる。
精神:詠唱用武器やローブやアミュレットやリング等で必要。体格ほどではないがヘルス、エナジー、エナジー再生、狡猾で対象となっている属性以外の、主に魔法属性へのダメージボーナスがかかる。

まずは装備要求分振ることが大前提。その上で、基本的には生存性を考えて体格に振るのがセオリーだが、物理や刺突ビルドの場合は狡猾にガン振りしたり、後述する攻撃能力と防御能力のバランスを考えて体格と狡猾で配分するパターンもある。
精神は振った分に対するリターンが薄いため、装備要求分だけ振られるのがほとんど。


攻撃能力と防御能力

攻撃能力:通称OA(Offensive Ability)。敵への攻撃の命中率、クリティカル発生率、クリティカルダメージに影響する。クリティカル時発生のスキルがあるため、採用している場合にはそれなりに必要。
防御能力:通称DA(Defensive Ability)。敵からの攻撃の被打率、被クリティカル率、被ダメージ軽減率に影響する。昔は被打率に下限がなかったために鬼のようにDAを盛って敵の攻撃を避けまくるビルドが猛威を振るった時期もあったのだが、調整によってあえなく終焉を迎えた。


マスタリーレベル

各マスタリーに存在する、本体とは別なレベル。
マスタリーレベルにスキルポイントを振ることで上昇し、最大50まで振ることが出来る。
振った分だけヘルス、エナジー、体格、狡猾、精神が上昇する。
が、それ以上に1,5,10,15,20,25,32,40,50の度に新しいスキルが解禁される方が重要かもしれない。
それぞれTier1~9の順に分類されており、高いマスタリーレベルを要求されるスキルのほうが一般的に強力。
また、スキルの振り直しはマスタリーレベルでも可能なので、同じクラスであれば後になってからの大幅な軌道修正も可能となっている。


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Act6 うん、ちゃんと狂ってるね

 五車学園、地下訓練場。ここは最新の設備が揃っており、バーチャルシミュレーションによって様々な環境下での任務を想定しての訓練を可能としている場所である。

 事前に打ち込んだデータを元に、本物としか思えないような仮想敵を生み出して戦い方の確認をしたり、時には昇級試験の時に使われたり。五車学園の一般生徒の大規模な訓練は校庭で行われることが多いが、ここは言ってしまえばそれよりランクの高い状況、もっと特別な場面で使用されることが多かった。

 

 タバサの情報は現時点ではできるだけ伏せられている状態だ。よって、校庭ではなくこの地下訓練場を使うというのは自然な流れである。

 

 と、校長室を出た後にラボに戻ったリノアがタバサを連れて現れた。まだ仮面はつけておらず剣も手にしていない。表情は相変わらずの無表情で様子を伺うのは難しかったが、小太郎を目にすると「あ」と一言こぼして彼の元へと歩み寄った。

 

「よう、タバサ。今日はちょっと立て込んでて顔出せなかったけど、元気してたか?」

「うん。鹿之助と蛇子が来て話し相手になってくれたから平気。とりあえずこの実戦形式で私の戦闘能力を見たら一区切り、ってリノアに言われてる」

「そうか。なんか悪かったな、窮屈な思いさせたみたいで」

「構わない。異世界人となれば当然の反応だろうし。……ただ、模擬戦っていうのはどうしても苦手。力の加減に不安がある」

「あー……」

 

 小太郎はタバサが「直感か感受性のたぐいが優れているのではないか」という仮説を立てているし、報告書にもその旨は一応記している。たった1度だけ見た戦闘が、それほどインパクトがあるものだったのだ。

 だから今回も模擬戦という形ではあるが、相手に殺意を向けられたら反射的に本気で斬りかかるのではないか、という点は気がかりであった。

 アサギクラスの実力者ならその辺りうまくできそうではあるが、そのアサギはいつの間にか対魔忍スーツに身を包み背中に忍者刀を装備してはいるものの、戦うつもりはないらしい。おそらく強引に止める時のことを考えてであろう。

 つまり強引に止める可能性がある相手、ということでもある。もしかしたらちょっと面倒なことにもなりかねないと思っていた小太郎だったが――。

 

「げっ……!」

 

 少し遅れて部屋に入ってきた相手を見て思わずそうこぼしていた。

 

 そこにいたのは小太郎にとっては先輩に当たる対魔忍の喜瀬蛍(きせ ほたる)。明るく面倒見がいいために人気者であるが、その面倒見のいい部分が仇になってしまったと言うべきか、面倒見がよすぎたと言うべきか。いつの間にか普通の人間では相手にしきれないような危ない存在の面倒までみるようになってしまったのである。

 

 その危ない存在というのが――。

 

「ねーねー、蛍ー。今日は蛍が遊んでくれるんじゃないのー?」

 

 さきほど小太郎が思わず反応してしまった元凶。蛍の後ろからついてきた、紫色の髪を横にまとめた少女であった。

 少女の名は沙耶(さや)NEO。かつてアサギに倒された人工魔族・沙耶の細胞を元に、アメリカを中心に存在する超巨大組織・米連が新たに開発した同じく人工の魔族である。

 

 当初小太郎は米連と関わりのある組織から脱走した彼女の抹殺を依頼されていた。しかし紆余曲折あり、結局は五車で保護するということでその件は一応の決着を迎えている。

 沙耶を殺さないようアサギに懇願して五車の保護を取り付けたのは他ならぬ小太郎であるため、彼自身彼女を嫌っているということはない。なぜか懐かれてもいる。

 だがその性格は如何せん問題があるとしか言いようがない。

 

 彼女は元々戦闘用に開発された人工魔族ということもあって、倫理観が致命的に欠如しているのだ。

 つまり「楽しいから人を殺す」程度の感覚しか持ち合わせておらず、五車に侵入者があった場合は「人が殺せるから」という理由で戦闘に参加するような有様なのだ。

 それでも面倒見がよすぎる蛍のおかげか、対魔忍に手を上げるような事態は起こっておらず、沙耶当人も以前と比べると幾分かはマシになっているというのは事実だ。

 

 とはいえ、「本気を出しても平気な人がいっぱいで遊び相手に困らない」とも語っており、つまり殺すぐらいの心積もりで戦っても大丈夫と思っている節もある。言ってしまえば殺意の塊のようなこの相手を、そういうのを読み取るのに敏感と思われるタバサと戦わせたらどうなるか。

 

(マジに何考えてんだよアサギ先生……。他にいくらでも人選あっただろうによりによって沙耶って……。いや、もしかしてどのぐらい反応するかを確認したいってのもあるのか?)

 

 チラリ、とタバサの方を伺う。今のところ特に変わりはなさそうだ。

 

「来たわね。タバサ、沙耶、入ってきて」

 

 と、2人が訓練場に来たことを確認し、戦闘ブース内にいたアサギが声をかけてきた。

 

「呼ばれたから、また後で」

「ああ。……無理すんなよ」

 

 自分の言葉が果たしてどこまで届くか。小太郎としてはやや不安であった。

 

「もしかして今日はアサギと遊べるの?」

 

 一足先にブースに入った沙耶がアサギに尋ねる。

 

「私じゃないわ。今日はあの子……タバサの相手をしてもらいたくて呼んだのよ」

「ふーん……。初めて見る顔な気がする。新入り?」

「まあそんなところ」

「じゃあ先輩が色々教えてあげないとねー」

 

 どこでそんなことを覚えたのか。やれやれとため息をこぼしつつ、アサギは釘だけは刺しておくことにした。

 

「殺しは厳禁。いいわね?」

 

 アサギの有無を言わせない声色に、「ちぇー……」と沙耶は口を尖らせた。

 そうこうしているうちにタバサが2人の側まで歩み寄る。

 

「タバサ、この子が模擬戦の相手をしてもらいたい沙耶よ。今この子にも言ったけど殺しは厳禁。あと、ふうまくんの報告書にあったけどあなた召喚獣も扱えるんですって? それは無しでお願いできる? それから天界の力っていうのも、少し控えめで。ここが壊れるのは避けたいから」

「あ、うん。わかった。じゃあ基本剣技だけで。……いくつか能力を調整する」

「えー。本気で来てよー。じゃないと……負けた時に言い訳されたりしたら嫌だしぃ」

 

 早速沙耶からの挑発が飛び、一瞬空気が凍る。だがタバサは少し相手の顔を眺めただけで、さほど気にした様子もなかった。

 次に、原理が分からない方法でインベントリから取り出したのだろう。いつの間にか頭防具を装備して双剣を手にし、準備を済ませていた。

 

「……いつでもいい」

 

 仮面をつけたタバサが短く呟く。これだけで威圧感が違う。

 

「フィールドは校庭でいいわ。余計なオプションは一切なしで」

 

 アサギの言葉でブース内の光景が五車学園の校庭へと変わった。

 

「……シャッタードレルムみたい」

「あなたには馴染みがないかもしれないけど、科学というものよ。あくまでそう見せているだけではあるけど」

「へぇ……」

 

 初めてのバーチャルシミュレーションに興味を惹かれたのか。タバサは辺りをキョロキョロと見渡している。

 

「キャハッ! 楽しみぃー」

 

 が、その沙耶の声が聞こえると同時に顔を戦う相手へと向けた。

 

 敵意を感じたのだろう。少し前の年相応とも思える気配は一気に消え、戦闘態勢に入ったことがわかる。

 

「いいから沙耶、早く準備しなさい」

「はいはーい。準備オッケーだよ。……殺しはダメって言われたけど、それ以外ならいいってことだよねえー」

「危なくなったら途中で止めるからね。……埒が明かないから進めるわよ。双方構えて!」

 

 沙耶に付き合っていたら始められないとアサギは判断したらしい。半ば強引に進めようとする。

 

「じゃあ止められるまでは好き放題遊べるんだぁ。えへへー、止められない程度にグッチャグチャに……」

「はじ……」

 

 楽しそうに独り言を続ける沙耶。無視して開始の合図を出そうとするアサギ。

 だがその2人の言葉を切り裂くかのように。

 

「話はもう十分だ!」

 

 膨れ上がった沙耶の敵意に反応したタバサが、アサギの合図が言い終わるより先に地を蹴って飛び出した。

 

 “呪い”と戦った時に見せた、消えるほどの速度による突進。

 喋っていたタイミング、かつアサギの合図より先ということもあって沙耶は完全に虚を突かれていた。

 

「ちょっ……! フライング! ズルいー!」

 

 しかしそれでも反応はしている。咄嗟にバックステップで距離を稼ぎつつ、背中から飛び出た何かを相手目掛けて伸ばした。

 沙耶が人工魔族と言われる所以、機械で出来た触手である。

 

 突進を妨害する形で突き出された触手の槍。このままの速度で飛び込めば尖った先端部によって切り裂かれる。方向を変えて回避するか、一旦武器で切り払うか。

 

 だが、直後のタバサの行動は沙耶の予想の範囲外だった。トップスピードを維持したまま、攻撃の甘いところを目掛けてさらに踏み込んだのだ。

 

「ハアッ!? 嘘でしょ!?」

 

 左肩を前に被弾面積を減らす姿勢を取りはしたが、当然全てを避けきることは不可能だ。防具の影響もあってか左腕と脇腹は掠めた程度。しかし左足は横の方を抉る形で貫かれ、鮮血が吹き出していた。

 

 にも関わらず、タバサは攻撃態勢に移る。左右の剣による突き。

 沙耶は残りの触手を駆使し、どうにかこれを捌きながらさらに下がる。

 

 タバサは退かない。目測をはかるように左の剣を軽く振るって牽制した直後、今度は目にも留まらぬ両手の剣による連続攻撃。

 再び触手で防ごうとする沙耶だったが、あまりの速度に数発分防御しそこね、体を浅く斬りつけられた。

 

「痛っ! 熱……違う、冷たい!? なにこれ気持ち悪ーい!」

 

 まだまだ続きそうな攻撃の気配。その姿勢が、戦闘狂の人工魔族の少女に火をつけた。

 

「もー怒ったー!」

 

 下がるのをやめ、沙耶もダメージ覚悟で攻撃に転じる。

 触手を一気に引き戻し、沙耶の体目掛けて放たれた、挟み込むような斬撃の先を止めるように再び伸ばす。

 

 次の瞬間、金属同士がぶつかり合う不快な音が辺りに響き渡った。

 

「いったいけど……ざんねーん」

 

 地面に突き立てて防御に回した左右それぞれ2本ずつの触手が、タバサの剣の切っ先を止めていた。

 が、その触手にはヒビが入り、勢いを止めきれなかった刃が体を掠めて傷をつけている。

 

「キャハハ!」

 

 それでも沙耶は笑っていた。防御用に使用した触手は最小限。そして相手は攻撃のために詰めた間合いのせいで、後退しても触手の攻撃範囲外にはまず逃げられない。

 

「これで終わり……! fold in crisis(フォールド イン クライシス)!」

 

 タバサを切り裂こうと、背中から伸びた無数の触手が迫る。退路を完全に断った物量による攻撃だ。これは避けられない。ニヤッと笑った沙耶だったが――。

 

「ハッ!」

 

 仮面の下で気合の声が聞こえたと同時。タバサの周囲に無数の刃が生み出され、迫ってきた触手の勢いを止めていた。

 いや、止めていただけではない。一部は先端が凍りついているものまであった。

 

「嘘っ! なにそれ……」

 

 さらにタバサは回転しながら剣を振るい、それらを弾き飛ばす。

 

 そして出来た決定的な好機。必殺の一撃を打ち込もうと、構えた両手の剣を渾身の力で振り下ろし――。

 

「そこまでっ!」

 

 一瞬のうちに割って入ってきたアサギの忍者刀によって、2本の剣は止められていた。

 

 

 

---

 

 報告書にあった「敵意への反応」。それがどの程度かは確認しておきたい。

 小太郎の予想通り、それがアサギがタバサの相手に沙耶を選んだ理由であった。そして、それが如何ほどのものかは自分の目で見てはっきりした。

 

(少し……危ういわね、この子……)

 

 沙耶へのとどめの一撃を止めつつ、アサギはそう考えていた。

 

 おそらく沙耶の歪な敵意に当てられたせいだろう、自分の開始の合図よりも僅かに早く仕掛けた。ある程度想定はしていたが、それでも過敏な反応と言わざるを得ない。

 

 さらには己のダメージを物ともせずに飛び込んだ。死や痛みに対する恐怖が薄いのか、それとも感覚が麻痺しているのか。 

 

 そして何より、殺しは厳禁、と釘を刺したにも関わらず、決定的な好機で躊躇なく全力で剣を振り下ろしてきた。光速のスピードを生み出す“隼の術”を発動させて割って入ったが、対魔粒子をもって強化しているはずの腕でさえも、最後の一撃を止めるのはギリギリだった。

 

「タバサ、模擬戦だと言ったはずよ。殺しは厳禁とも」

「殺すつもりはなかった。仮にあなたが止めなくても、おそらく人間じゃないこいつなら致命傷には至らなかったと思う。……まあ決着の一撃になったのは確実だけど」

 

 確かに沙耶の再生力、あるいは桐生辺りの手助けも入れば今の一撃が入ったとして致命傷にはならなかっただろう。

 だがそういう問題ではない。先に抱いた懸念事項と合わせて、アサギは改めて危ういと思わざるを得なかった。

 

 双剣が引かれる。終わりを宣言したことで沙耶の敵意が消えたからか。

 

「あーもう! 悔しいー!」

 

 一方の沙耶は場合によっては命を奪われかねなかったというのに悔しがってるような有様だ。

 

「あなたの再生力なら問題ないと思うけど、一応診てもらいなさい。……蛍! 沙耶をお願い」

 

 「はい!」とブースの外から蛍が駆け寄ってくる。

 

「大丈夫だって、全然大したことないし。……あ、そうだ。ねえ、タバサ」

 

 戦闘終了、加えて沙耶の敵意も消え去ったということで既に仮面と剣をインベントリに戻していたのだろう。素顔となったタバサは、ブースの外へと歩き出した声の主へと目を移す。

 

「今日は私の負けだったけど、楽しかったよ。だから……また遊ぼう(殺し合おう)ねー」

 

 振り返りながらの狂気ともいえるその笑みとともに投げかけられた言葉に、タバサはひとつため息をこぼして小さくつぶやいた。

 

「うん、ちゃんと狂ってるね」

 

 人のことを言えた口だろうかと一瞬思ったアサギだったが、とりあえずその考えを頭から消した。

 

「あなたも怪我してるんじゃないの?」

 

 ダメージを顧みない突撃によって沙耶の触手で左足が抉られ、鮮血が吹き出したのを目撃したからの問いだった。

 だが当の本人はそんなことは忘れていた、と言わんばかりに。

 

「あ、うん。()()()()()()

 

 傷一つ無い、どころか、防具まで再生した左足を見せたのだった。

 

(……紫ほどではないだろうけど、この再生速度か。あるいは防具まで再生していると考えると何か魔法のようなものを使ってるのかもしれない。このことまで計算に入れたから無茶とも思える突撃をやめなかったとも言えるけど……。とにかく、この世界の尺度では計りきれないわね)

 

 ある意味で沙耶より厄介な存在を抱え込んでしまったのではないかとも思える。

 

「……まあいいわ。タバサ、大丈夫だと思うけど今の戦いで影響がないか、一応チェックをさせてもらう。それが終わったら約束通り制限はつくけど自由にしてもらっていいから」

「わかった」

「じゃあリノアのところに。話は通してあるから」

「ん」

 

 言われたとおりにリノアのところへ歩き出した後ろ姿を眺めつつ、やはりこうして話す分には年相応の、コミュニケーションが苦手な少女にしか見えないなとアサギは改めて思っていた。

 沙耶のように常に狂気をはらんでいるのとはまた違う、何かの拍子でスイッチが入った瞬間に戦闘マシーンと化するかのような。

 

(そういえばふうまくんの報告書にもそんな私見があったか)

 

 あくまで個人の意見ということではあったが、このことで彼は「元の世界でいいように扱われていたのではないか」という懸念を述べていた。彼なりにタバサを気にかけているといえる。そういうことができる、自分の信頼に足る人物だとアサギは考えている。

 忍法が使えないながらも、特有の人脈があり、広い視野と柔軟な考え方が出来る若き指揮官。彼のそんな部分に期待を込め、「独立遊撃隊隊長」というポジションを与えたことを改めて思い出していた。

 

 ふうま小太郎には何か特別な力がある。単純な戦闘力の話ではなく、人を惹きつけるような、ふうま一族当主としてのそれが。アサギはそう信じている。

 

(なんて、いくら言い繕っても結局はまた押し付けるってことに変わりはないかもね……。でもおそらく彼に預けるのが1番確実、他の隊員たちとの仲も良好と聞いたし、まあ無難といえば無難といえる。嫌がりつつも当人も納得してくれることでしょうし)

 

 ああ、我ながら嫌な打算をしている。

 アサギはそんな自分に内心で少し自己嫌悪しつつも、「ふうまくん! ちょっと来てもらえる!?」と、部屋を出ようとしたタバサと何か話していた小太郎を呼んだのだった。




属性耐性

火炎・燃焼、冷気・凍傷、雷・感電、酸・毒、刺突、出血、生命力、イーサー、カオスの9種類の属性が存在し、基本の上限は80。つまり受けるダメージから80%カットするという意味であり、ここまで耐性を稼ぐのがほぼ前提条件と言っても過言ではない。それぞれにしっかり耐性を稼がないとあっさり墓が立つ。
ノーマルでは確保した耐性がそのまま適用されるが、2周目に当たるエリートでは刺突から前の耐性に-25のペナルティが、3周目に当たる最高難易度のアルティメットでは刺突から前の耐性にさらに-25のペナルティと出血から後ろの耐性に-25のペナルティがかかる。早い話がアルティメットではそれぞれ130と105は稼がないと上限の80に届かない。
その上耐性を下げてくる敵もいて最低でも20~30程度は余剰耐性が欲しくなってくるため、俗に「耐性パズル」とも言われており、乗っ取られたちは耐性を確保するために今日も頭を悩ませていることだろう。
加えて物理耐性もあるが、これは稼ぎにくいため上限まで稼ぐのは相当厳しい。代わりに防具を装備した際の防御力とも言える装甲で軽減できるので、そことの合わせ技でどうにかするのが一般的と思われる。
他にはCC耐性(Crowd control、ざっくり言うと状態異常)もあるが、これも可能なら確保したいところ。特に気絶耐性はステータスの1ページ目に上記9個の耐性と一緒に並んでいて、つまり使ってくる敵が多いことを意味している。気絶は一定時間行動不能になってしまうことと合わせて他のCC耐性に比べて重要性が高く、上限の80を目標にしたいところ。
他にも凍結や減速など様々なCC耐性があるが、全部を完全に対処しようとするとかなり困難を極めるため、最低でも気絶だけはどうにかしたい。



天界の力

ケアン各地にある祈祷の祠を修復することで得られるポイントを星に割り当てることで受けられる能力。
スキルがある星もあり、ユーザーの間では「星座」や「星座スキル」という呼ばれ方のほうが一般的。
星座スキルは各スキルにアサイン(セット)することで使用可能であり、エナジーなどの消費もなく、マスタリーのスキル同様ビルドの中核を担う存在となる。
スキルの種類は追加火力、耐性デバフ、被打時発動バフ、ヘルス減少時発動バリアなど多種多様に渡り、似たようなビルドでも星座の取り方で大いに差が出ることもあるほど。
Tier1~Tir3までのランクに分かれており、特にTier3には強力な星座が揃っていて取得目標とされることが多い。
ただし取得の仕方に若干の癖があり、仕様を理解すると初心者脱出の第一歩とも言える。


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Act7 冷たくて甘い、こんなものがあるなんて

(まあ……こうなるような気はしてたんだよな)

 

 五車町の中にある憩いの場、稲毛屋。佇まいは古き良き駄菓子屋というその軒先で名物のソフトアイスを口に運びつつ、小太郎はそんな事を考えていた。

 

 タバサと沙耶の模擬戦が終わって2人がブースから出た後、アサギに呼ばれた時点で既に嫌な予感はしていた。

 報告書の中に書いた、タバサは感情を読み取ることに対して敏感なのではないかという仮説。それについてアサギも同じ見解を示した上で、話を切り出した。

 

「あの子はどこか危ういわ。この世界のことを知ってもらうという意味で、可能なら学園に通わせることも考えたけど……今の段階では少し難しいと思う。かといって沙耶のように基本的に鳥かごの中、というほど危険とも言い難い。要するに戦闘のスイッチが入りさえしなければ年相応の女の子と言えなくもない。そこで、また押し付けるようなことになるけど、ふうまくん、彼女は最初に保護したあなたに任せたいと思うの。責任者とか後見人ってわけじゃないけど、しばらく様子を見てあげてくれないかしら。その上で、あなたが彼女を学園に通わせても問題ないと判断して、彼女もそれを望むなら、こちらも彼女を受け入れるから」

 

 校長であるアサギにこう言われては断ることなど出来ない。どうもいいように使われてるだけな気もしたが、まあ対魔忍総指揮官殿の信頼を得ているからなのだろうと前向きに考えることにした。

 

 アサギはさらにこう付け加えた。

 

「あなたの御庭番(おにわばん)であるライブラリーに彼女の特徴……敵意や殺意に敏感に反応するという点を話した上で、軽く手合わせをさせてみて。勿論木剣とかを使って怪我しない程度で。もしかしたら彼なら……あの子の戦闘スイッチの扱い方について、元の世界に戻っても支障のないようなアドバイスを出来るかもしれない」

 

 ここまでわかってるならアサギ本人にやってもらいたいとも少し思った小太郎だったが、アサギは総指揮官として年がら年中何かと忙しくしているであろうこともまた事実だ。ここはひとつ、先に思った通り信頼されているからだと自分に言い聞かせて納得することにした。

 

 ……いや、それよりも。

 

「ふうま、もう1本食べていい?」

 

 隣から聞こえてきたタバサの言葉に、彼は一気に現実へと引き戻されていた。

 

「もうアイス2本目食べ終わったのかよ!? 悪いがダメだ、俺の小遣いがもうもたん!」

 

 こっちはまだ1本目の半分ぐらいまでしか食べていないのに、と思いつつ、小太郎は自分のアイスを口へ運ぶ。

 

 稲毛屋のアイスは絶品だ。対魔忍の間では当然のこととして広まっている。

 そのため、タバサに自由行動が許されたらまずここに連れてきたいというのは、小太郎だけでなく鹿之助や蛇子も同じ考えだったらしい。

 

 最初の一口を食べた途端、無表情ばかりだったタバサが明らかに驚いたという光景を見られたのはなかなかいいものだったとは思う。

 とはいえ、そのまままるで貪るように食べる様を見せつけられ、今度は見ていた側が驚くことになってしまっていた。

 

「……信じられない。冷たくて甘い、こんなものがあるなんて」

 

 食事に塩すら使えない終末世界から来た少女と考えれば、感慨深くそう呟いたのも納得ではある。甘味など存在すらしないかもしれない。

 ねだられるままにもう1本は奢った小太郎だったが、さすがにさらにもう1本となると懐事情的に厳しいところがあるのが事実だったりする。

 

「ふうま家の当主なのに相変わらずお小遣い少ないのね。……仕方ない。お近づきの印ってことで今度は私が奢ってあげる。その代わり、溶けない程度にちゃんとゆっくり味わいながら食べなさいよ」

 

 そう言って小太郎の代わりにお金を出してくれたのは水城(みずき)ゆきかぜだった。

 非常に慎ましい胸にコンプレックスを持つ、外で遊ぶのが好きで年中日焼けをしている美少女……のはずなのだが、シューティングゲームが得意という一面もあり、FPS界では凄腕シューターとして有名な「Y-KazeX」だったりもする。なんで外で遊ぶのとゲームが両立できているんだと思わなくもないのだが、インドアもアウトドアもどちらも楽しめるという、ある意味才能なのかもしれない。

 とにかく鹿之助と蛇子と共に稲毛屋へ向かう途中でたまたま会って、そのままの流れでタバサのことを紹介しつつ一緒に店に行くことになったのだ。

 

 ゆきかぜは小太郎と同じクラスの対魔忍で雷遁(らいとん)の術の使い手でもある。術の名前こそ鹿之助の電遁に似ているがその破壊力は比較にならず、強力すぎる力を制御するために専用の銃・ライトニングシューターを使っているほどだ。時期エース候補として名前が上がる実力者でもあり、おかげで鹿之助はいつも「あのぐらい威力が出せたらなあ……」とうらやましがることとなっている。

 

 クラスが一緒という他にも小太郎が指揮する独立遊撃隊の作戦にも多く参加しており、小太郎、鹿之助、蛇子とは仲がいい。

 事実、あのヨミハラでの一件の際、荒事向きの忍法が必要だと小太郎が感じた時に真っ先に顔が浮かんだのは彼女だった。あの“呪い”にゆきかぜの雷撃が届いたかはわからないが、いくら最小限のメンバー選出だったとはいえ、彼女にも声をかけるべきだったかもしれないとは今でも思っている。

 

「ありがとう。えっと……ゆきかぜ」

「そう、水城ゆきかぜよ。改めてこれからよろしくね」

「ん、よろしく」

 

 そう言うとタバサは3本目のアイスを買いに店の中へ入っていく。

 

「それにしても異世界人かぁ……。異世界に召喚されてー、とかって興味無いわけじゃ無かったけど、タバサには悪いけど話聞く限りケアンって世界はちょっと……」

「だよなあ……。俺も最初すげえワクワクしたけど、この世界もそこまで良いとは言い切れないとはいえ、比べたらだいぶマシなんだなって思っちゃったよ」

 

 ヨミハラから帰ってくる時に段々目が死んでいったことを思い出したのか、鹿之助がゆきかぜに同意する。

 

「タバサはものすごく強いって話だけど、そんな過酷な世界にいたからなのかな?」

「それはあんまり関係ないかも」

 

 そこでアイスを買って戻ってきたタバサがゆきかぜに答えつつ、元の席に腰を下ろした。最初はバニラ、次はチョコ、今度はソーダのようだ。

 

「この世界にだって強い人はたくさんいる。アサギは私より強いと思うし、多分ゆきかぜも強い。あと今日戦った沙耶も強かった」

「褒められるのは悪い気がしないわね。……って、沙耶と戦った!?」

「うん。……あれ? これ、おいしいけどなんか舌がチクチクする」

「ああ、それはソーダ味だから。そっか、もしかして炭酸も知らないのか。……じゃなくて!」

 

 完全にタバサのペースに乗せられたのか、2回連続で同じノリの会話を続けてしまうゆきかぜ。

 

「沙耶ってあの沙耶NEOでしょ!? あんなのと戦うとかヤバくない!?」

 

 興奮気味のゆきかぜに反してタバサは落ち着いたままだった。ソーダ味も気に入ったらしく、アイスを舐めるように食べながら答える。

 

「うん、多分その沙耶。私の戦闘能力を見たいから模擬戦してくれてアサギに言われた」

「アサギ先生も何考えてんのよ……。あんな危ないのとやらせるなんて……」

「でも天界の力……だったか、なんか魔法みたいなやつ制限した状態だったんだろ? あと召喚獣も出してなかったし。それでも勝ってたじゃないか」

「あーちょっと待った! ストップ!」

 

 小太郎が口を挟んだ時、ついに耐えきれなくなったゆきかぜは声を荒らげながら立ち上がった。

 

「ふうま! あんたこの子が沙耶と戦ったの知ってたの!?」

「あ、ああ……。報告書出したらその流れで見ることになって……」

「ずるーい! なんでふうまちゃんだけ! 蛇子も見たかったのに!」

「そうだそうだ! またサボってるけど授業大丈夫かなーとか思った俺の心配を返せ!」

 

 蛇子と鹿之助にも追撃をかけられ、思わず小太郎はたじろぐ。……もっとも、鹿之助のは知ったことじゃないとも思ったが。

 

「あの段階ではタバサの存在を大っぴらにするのはあんまりよろしくないってアサギ先生の判断だったんだから仕方ないだろ。まあ今は俺が責任者扱いである程度自由にしていいから、もう無理に隠す必要もないみたいな感じになってこうやって稲毛屋にも来てるわけだけど。ってか、俺だって報告書提出に行ったらそのまま模擬戦やるって流れになると思わなかったし、ましてや相手が沙耶だなんてマジかよって感じだったし」

「……まあいいわ。その証言を信じてあげる。で、タバサは力をセーブした状態であの沙耶に勝った、と」

 

 自分に話が回ってくるまではアイスに集中していたタバサだったが、話を振られたと気づいてようやくアイスから視線を移した。

 

「うん。大体全力の半分ぐらい。でも沙耶もあの感じだとまだ余力残してた」

「あれで半分かよ……。召喚獣だなんだを使ってない状態で……」

「えっと、さっきから言ってる召喚獣って、これのこと?」

 

 不意にタバサが空いている左手をかざした。その瞬間、四足の獅子のような獣がその場に現れる。タバサ以外の4人が「うわあっ!?」と悲鳴を上げて思わず立ち上がった。

 

「これはネメシスっていって、装備品の効果で使えるようになってる力。私が敵と判断したら勝手に動いて攻撃してくれる。あと、召喚っていうならこれもそう」

 

 次に生み出したのは刃が渦巻いた球体のようなものだ。

 

「こっちはブレイドスピリット。近づくものを切り裂く精霊。ネメシス同様に私の意志を汲んで勝手に攻撃してくれる。それから、広い意味で言えばこれも召喚」

 

 さらには地面から火を吹く地雷を生み出した。

 

「テルミットマイン。見ての通り地面から炎を吹き上げる地雷を作り出す」

 

 説明が終わると何事もなかったかのようにそれら全てを消滅させ、またアイスを食べ始めた。

 

「……ヤバいの見ちゃったわ」

「完全にファンタジー小説のキャラがやってることだぞこれ……」

「対魔忍の忍法も人間離れしてるけど……これと比べたら……」

 

 ゆきかぜ、鹿之助、蛇子の順にもっともな感想が続く。一方で小太郎は驚きつつも、内心で冷静にそれらを考察していた。

 

(最初の2つはヨミハラで戦ってるときにも見た。最後のは……地面からの火柱だと思ったのがこれだったのか。それにしても地雷……いや、火炎放射の時点で地雷と呼んでいいか怪しいところではあるが、近代ヨーロッパ初頭程度の文化レベルだと思ったのに参考にならないかもな……)

 

 4人の驚きは全く気にしていないでアイスを食べ続けていたタバサだったが「なんで立ってるの?」という視線を送ってきたこともあって改めて全員が腰を下ろす。

 

「タバサ、さっき炎を吹き上げる地雷、って言ったよな?」

「うん。……あっ、正確には炎だけど炎じゃない」

「は?」

 

 聞きたい部分に辿り着く前だったというのに、より気になることを言われて小太郎の話の腰が折られた。

 

「このメダル……“ゲイルスライシズマーク”と、私が戦闘時に頭に装備してる“ナマディアズホーン”の影響で、火炎は冷気に変換されてる。だから見た目は炎だけど冷たい」

「え……? な、なに言ってるんだ……?」

「説明はできない。そういうもの、として理解してるから。……実際体感してもらうほうが早いか」

 

 タバサは残っていたアイスを一気に口の中へ放り込むと、頭にいつもの仮面つきの頭巾を装備して再びテルミットマインを召喚した。

 

「触れない程度に手を近づけてみるとわかる。多分冷たいはず」

 

 恐る恐る手を伸ばす4人。本来ならその熱を感じられる付近まで手が伸びたところで――。

 

「つめたっ!」

「何だこれ! 脳がバグる!」

「やだ気持ち悪い!」

 

 小太郎以外の三者三様の反射的な感想が口からこぼれていた。

 

「……なあ、これって物を燃やせるのか?」

 

 そんな中、小太郎だけはまだその炎を見つめながら静かに尋ねる。

 

「多分燃えるんじゃないかな」

「燃えるのに冷たいんだろ?」

「冷たい」

「……よし、わかった。やっぱり俺たちの世界の常識は通じないってことだ」

 

 大きくため息をこぼしつつ、小太郎はそう言うのが精一杯だった。

 

「“呪い”との戦いの時に頭上から炎の塊が無数に降り注ぐのを見た。あれは多分天界の力ってやつなんだろうけど、この炎が冷たいってことは、あの火球も冷たいってことか」

「うん。あれは天界の力のメテオシャワー。火炎は全部冷気化されてる」

「……この世界では使えないとはいえ一瞬でワープが可能なリフト、どこからともなく装備品を出し入れしてるインベントリ、あの沙耶さえも圧倒した剣技、燃えてるはずなのに冷気化されてる炎、その他召喚獣やら天界の力やら……。これを俺たちの世界の尺度に当てはめようという方が無理だ。もうそういうものだとして受け入れるしか無い」

 

 本来なら近代ヨーロッパ初頭程度の文化レベルで地雷が存在するのか、といったことを尋ねるつもりだった小太郎だが、そんなことはもう些事となってしまっていた。これはもう鹿之助が好きそうなファンタジー小説から飛び出してきた相手、ぐらいの感覚で丁度いい塩梅なのかもしれない。

 

「それ、今更だと思うけど」

 

 が、今さっきタバサに会ったばかりなはずのゆきかぜはあっさりとそう言ったのだった。

 

「さっき驚いた私が言うのも説得力無いかもしれないけど、異世界から来たっていうなら私たちじゃ理解できない力を持ってても不思議じゃないだろうし。かく言う私たちだって忍法があるわけなんだから」

 

 確かにそう言われてみればそうかもしれないと小太郎は思った。

 

 少し前の校長室で、リノアは「人間というカテゴリで見たら対魔忍と一般人の差など些末なもの」と言ってのけた。タバサは“乗っ取られた”ことがあるとはいえ人間であることに変わりはないと思える。

 

「それに、どうあろうとタバサはタバサじゃない? まあ私は戦ってるところ見てないからこんな呑気なこと言えるだけかもしれないけどさ」

 

 小太郎の考えを後押しするかのように、ゆきかぜはさらにそう付け加えた。

 

「ゆきかぜちゃんのこういうことをパッと言えちゃうところ、蛇子は好きだなー」

「な、何よ急に……」

 

 じゃれ合う蛇子とゆきかぜを見て小太郎は心の中で小さく笑う。

 だが蛇子は茶化し気味だったが、ゆきかぜが言ったことはもっともだと思った。

 

 そして、何よりも。

 

(タバサが扇舟さんの命を救ってくれたことに変わりはないもんな)

 

 あの場にタバサがいなかったら、きっと自分は後悔してもしきれないほどの思いをしていたことだろうということは痛いほどよくわかっている。

 

「……感謝してるよ、タバサ」

 

 なんともなしに、小太郎はそう呟いていた。

 

「うん? よくわからないけど……ありがとう?」

 

 誰にも聞こえないぐらいの声量だったのに、タバサの聴力はそれを聞き取っていたらしい。だがもう驚くまい。彼女は普通の尺度では測れないのだから。

 

 とはいえ、年相応な女子というのもまた事実らしい。

 

「じゃあ感謝に対するお礼ということでお願いがあるんだけど。アイスもう1本……」

「お腹壊す……かどうかは異世界人だからわからないけど、3本も食べたんだから今日はもうダメだ!」

 

 そういえばこの子をこれからしばらくふうま家で預かることになっていたんだっけと小太郎は思い出す。

 アサギに言われたときから薄々気づいていたことだが、改めてこれはなかなか大変そうなことになるのではないかと思わずにはいられなかった。




稲毛屋回ですが、稲毛屋の婆こと稲毛夏がRPGでまさかの登場だったので出すか迷った結果、今後濃すぎるキャラ設定が追加されてきそうな予感がしたので今回は見送りました。
というかまさかの婆の姿のままプレイアブルらしいんすけど、GOGOといい4周年記念レイドのくせに祝う気ゼロのクソ堅くて強いフュルストといい対魔忍はどこに向かおうとしてるんですかね……。


レリック

武器にも防具にも分類されない特殊な装備。
各マスタリーの得意属性を伸ばしつつ、スキルを+1してくれるものが多い。
さらに特有のレリックスキルを使用できるようになる。
例えば本編中でタバサが使役している「四足の獅子のような獣」であるネメシスは、同名のネメシスというレリックのスキル「サモンネメシス」で召喚されたもの。
通常こういったペットは「ペットボーナス」というプレイヤーの能力と別のペット用の数値を参照にするのだが、ネメシスはプレイヤーの能力を参照にするタイプな上に不死属性を持っているため、ペットボーナスを稼がなくていいのが特徴。
そのため適当に召喚しておくだけで死なずにそこそこの手数で敵を攻撃してくれるので、攻撃時に発動するタイプの星座スキルの発射台としてもってこい。
ちなみにレリックのネメシス自体の性能は冷気ダメージの実数と割合強化、刺突ダメージの割合強化、狡猾性ボーナス、総合速度(移動速度、攻撃速度、詠唱速度をまとめたもの)強化、ナイトブレイド全スキル+1。
ペットのネメシスは刺突と冷気ダメージがメインで、攻撃時に敵のDAを低下させる効果がついているのでクリティカルを出しやすくしてくれる。



ブレイドスピリット

マスタリーレベル50で解放されるナイトブレイドのスキルで、自動で敵を捕捉し、刺突・冷気・出血属性で攻撃してくれる刃の精霊を召喚する。
ペットだが不死属性のプレイヤーボーナス扱いのためにペット用のステータスを上げる必要はなく、1振りでも2体召喚可能な上に一度召喚するとそのゲーム中は出たままになるため、とりあえず召喚しておいて星座スキルの発射台としてかなり便利。
敵が近づいただけでシャリシャリと切り刻んでダメージを与えてくれて、たまに貫通する弾を60度間隔で360度に発射してくれる。
特化するとなかなかいい威力になり、このスキルを全面的に強化する装備もあるので、それを利用してメインに据えたビルドも考案されている。
一方で必要なマスタリーレベルが50と最大なことと、バージョンアップの度に微妙に威力を落とされていったりして、現時点ではちょっと威力が控えめに感じる点が弱点。
とはいえ、以前は時限召喚型で再召喚が忙しいという欠点があったのだが、常駐してくれるようになったので使い勝手は大幅に向上している。



テルミットマイン

マスタリーレベル32で解放されるデモリッショニストのスキルで、3個1セット、最大6個の火炎放射地雷を18秒間地面に設置する。
地雷はいわゆるプレイヤーボーナス型のペットとして扱われる。
火炎・燃焼ダメージもそこそこだが、1番の特徴はヒット中に敵のエレメンタル耐性(火炎、冷気、雷耐性)を下げるという点。
さらにマスタリーレベル50で解放される後続のヘルファイアマインを取得するとカオスダメージと火炎・燃焼の割合ダメージが追加され、イーサーとカオス耐性も下げられるようになる。
これだけを見ると非常に便利なデバフスキルと思われがちだが、耐性デバフは火炎放射のヒット中のみであるため、敵を地雷の上にとどまらせる工夫が必要。
近接ビルドの場合はまだいいのだが、デモリッショニスト自体が割りと遠距離戦が得意ということもあって、ビルドによってはイマイチ使いにくく感じることもあるかもしれない。
とはいえそれでもだいぶ使いやすくなったのは事実で、昔は火炎と雷耐性しか下げられなかったり(ヘルファイアマインもカオス耐性だけの時期があった)、投げる→3つに展開→火炎放射開始という数秒かかる3ステップが必要だったり、敵が地雷を踏んでくれるかペットの攻撃で指定しないと火炎放射し始めなかったり、ヘルスが設定されていたので敵の範囲攻撃に巻き込まれるとぶっ壊されたりと、現在の比ではないほどに使い勝手が劣悪であった。
現在は不死ペット扱いとなり、場所を指定した瞬間に3個1セットで即設置後火炎放射が開始される挙動に改善されたので、エレメンタル耐性を下げられるようになったことと合わせてサバターの強化に貢献しているといえる。
なお、本編中で述べている通り火炎・燃焼ダメージは全て冷気・凍傷に変換されている。このスキルのみに働く変換(通称ローカル変換)の場合はエフェクトも青色の冷気放射に変わるのだが、全ての火炎・燃焼属性に対して働く変換(通称グローバル変換)の場合はエフェクトは元のままになる。


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Act8 それでは、地味で退屈で苦痛な訓練を始めよう

 ふうま家の人間は面白い。

 この家に居候するようになって数日。タバサはそんなことを思いながら、貸してもらったトレーナーにジャージという非常にラフな格好で縁側に腰掛け、ぼうっと青空を見上げていた。

 

 家についた時に最初に出会った人物、出雲鶴(いずも つる)には何故か敵意を向けられ一触即発の事態になりかけたが、小太郎が説明してからはそれが薄れている。彼女は小太郎個人のメイドらしいのだが、今も向けてくる感情が良好、とまでは言い難いが一応普通に接してくれている。

 

 小太郎の執事であるふうま時子(ときこ)は最初から暖かく迎え入れてくれた。ただ居候が1人増えることについてはやや頭を悩ませているようだ。

 もう1人の執事らしいふうま天音(あまね)の方はいまひとつよくわからない。が、新しい居候に特に興味はないらしく、さほど悪く思っていないようだから特に問題はない。

 ふうま災禍(さいか)は警戒しつつも受け入れてくれている感じだが、仕えていたのは前当主ということもあってか時々しか顔を出してくれない。手料理がおいしいからいつも顔を出してほしいぐらいだ。

 

 もう1人の居候、井河さくらについては驚きだった。学園にいた教師と同一人物、ただし別な平行世界から連れてこられたらしく、年齢は小太郎と同じぐらい。帰る方法がわからないのに明るい性格で色々なことを教えてくれる。この世界の人間では無いという点では似た境遇かもしれない。

 

 そして、この家の中でもっとも評価に困る人物。何を考えているのかわからず、心の中をまるで読み解けなかった男――全身サイボーグのふうま御庭番である対魔忍・ライブラリー。

 

「退屈かね?」

 

 その男の声が横から聞こえてくる。タバサはチラリと庭側へと視線を移した。

 

「そうかもしれないけど、嫌じゃない。この世界では心がざわつかないから」

 

 それきり関心を無くしたように彼女はまた空を見上げる。

 

「ふむ……」

 

 ライブラリーが短くそう呟いた次の瞬間――弾け飛んだかのようにタバサは座っていた縁側から飛び出し、フル装備の状態で彼に正対して臨戦態勢を取っていた。

 強烈な敵意を感じ取り、反射的にそれに反応したのだ。

 

「いや、すまない。戯れと思って忘れてくれ」

 

 しかしそれも一瞬のこと。少し前の気配は嘘だったとでも言いたげに敵意は完全に消えている。

 

 これがタバサに評価を困らせている原因であった。

 

 初めて会った時、小太郎が彼に何かを相談した後で、ライブラリーはタバサに木剣での模擬戦を提案してきた。

 あまり乗り気ではなかったタバサだったが、ライブラリーの敵意に当てられ、数度剣を打ち込んだ。だが彼はそれだけで「なるほど、わかった」とだけ言い、一方的に終了を宣言していた。

 

 以後、何度か彼は先程のように一瞬だけ敵意を見せる、という行為をしていた。その度にタバサは反応するが、その時以外は全く普通であるためにどう対処したらいいかがわからない。

 

「どういうつもり?」

 

 そのために苛立ちが募りつつあったタバサは、相手が敵意を消した後でも臨戦態勢を解かずにいた。

 

「私をからかってるの?」

「そう思われたのなら謝罪しよう。だが、君はおそらく私が明確に敵意を持っているわけではないということに気づいているのではないかな? 初めて剣を合わせた時も、自己防衛の延長線上で剣を振るっているように感じた。だから今も攻撃をしてこない」

「それはあるかもしれない。でもそれ以上に、あなたが本気を出したら敵わないという予感もあるから」

 

 戦闘態勢を取ったために自然と被ることとなった仮面の下で、タバサはそう答えた。

 

「そうか……。私の力についてはいささか過大評価かもしれないが、やはり君の察知能力は素晴らしいものがある。私の予想だが、相手の内面を読む力にも優れているのだろう。だが、その感度が高すぎるが故に、さっきのように敏感に反応してしまう……」

「この世界で生きたいなら、その感度を下げろとでも言いたいの?」

 

 ネックスとオルタスをインベントリへとしまう。戦闘態勢を解除したようだ。そのままナマディアズホーンも外しながら、タバサは尋ねる。

 

「いや、それは違う。確かにこの世界で生きるならそうした方がいいかもしれない。だが、それでは君が元の世界に戻った時に困ることになりかねない。……そのぐらいの感度がなくては生き残れない世界なのだろう?」

「……そうと言われれば、そうかもしれない」

 

 ライブラリーがさっきまでタバサが座っていた縁側へと腰掛ける。全身サイボーグが黄昏れるように縁側に座る光景というのはやや珍妙ではあったが、彼は特に気にした様子もなく、隣をポンポンと手で叩き、タバサを招いた。

 一瞬警戒した彼女だったが、頭以外の防具もインベントリへとしまい、先程までのトレーナーとジャージ姿になって、少し間を空けてではあるがその隣へと腰掛けた。

 

「私が提案しようと思っていることはさっき君が口にしたことの逆。感度を下げるのではなく、上げるのはどうかと思っていた。かと言って、ただ上げるだけではない。質、あるいは精度を上げるということだ」

「……どういう意味?」

「先程私が敵意を見せた瞬間、君は戦闘態勢を取った。その時どういう心の動きでそうなったか、説明できるかい?」

 

 タバサはしばらく考え込んだようだった。ややあって、口を開く。

 

「……敵がいる、戦う準備をしないといけない。多分それだけ」

「うむ。その判断は間違えてはいない。が、正しいとも言い切れない。さっきの私は確かに強めの敵意を発したが、戯れと述べた通り戦うつもりは無かった。つまり……」

「そういう中身まで見通せるようにすればいい、ってこと? でもそれじゃ判断が遅れる。感度を下げるのと変わらない」

「最初のうちはそうかもしれない。しかし、君の直感や感受性の類が優れていることはお館様から聞いているし、私自身もその意見に同意する。慣れれば判断時間を変えないまま、より深く相手の内面まで見通せるのではないかと思っている。そしてそれはこの世界に適応しやすくなるというだけでなく、戦闘面においても有利に働くのではないか、というのが私の考えなのだが……」

 

 そこで一旦言葉を切ってライブラリーはタバサの方を伺った。

 先程まで空を見上げていた視線は大地へと落とされ、彼女なりに悩んでいるようにも見える。

 

「……もしあなたの言う通りうまくいったとして、結局私の本能が止まってくれない気がする。この間だって模擬戦でアサギの合図より先に沙耶に仕掛けちゃったし」

「沙耶の気配に当てられたのなら……まあ仕方ない。戦いを『遊び』と言うような子だ。直感が危険を訴えかけるのは当然のことと言える。……私も時々面倒を見ているのだが、根本は治ってくれそうにないからな」

「じゃああの狂ってるのは例外ってこととして。それ以外のまともな人……例えばあなたや鶴とかが相手の場合は、向けられた感情をより正確に読み解けば戦闘衝動を抑えられるってこと?」

「私の推測によれば、だが。ただつまるところは君次第としか言いようがない」

 

 タバサは今度は先程のように空を見上げた。やはり考え込んでいるらしい。

 

「……時に、ひとついいかな?」

「何?」

「なぜ、今例を上げた時に私と鶴と言ったのだ?」

「この家に来た時に私に敵意を向けてきた人。あと……さくら以外の人はふうまと気配が似てたけど、あなたと鶴だけはふうまとじゃなく、()()()()()2()()で気配が似てたから」

 

 やはり自分の予想は間違えていなかった、とライブラリーは表情を伺えないそのサイボーグの顔の下で意図せず息を呑んでいた。

 

(この子は、()()()()()()()()()()()を直感的に見抜いた、というわけか……)

 

 一度は離別し、もはや再び顔を合わせることは無いと思っていた親子2人。だが数奇な運命を経て、今はふうま小太郎という新たな主に仕えている。

 ただ、このことは対魔忍なら誰でも知っているということではない。無論タバサも知らないだろう。ライブラリーが予想した通り「直感的に見抜いた」のだと思える。

 

「だけどあなただけはどうしてもそれ以上深く読めない。……訓練すれば読み取れるようになるのかな?」

「それは君次第だが、おそらく可能だろう。しかし……私の腹の中など、読んだところで何も面白いことは無いと思うがね」

「面白いか面白くないかは私が決める。……じゃあやろう。あなたのことに興味はあるし、何より……戦闘衝動を抑えたいと思ったことは何度もあったから」

 

 やはりこの子も訳ありか、とライブラリーは考える。

 もっとも、想像もつかないような異世界からの来訪者だ。それはある意味当然なのかもしれない。

 

「こういうときの決まり文句は『私の修行は厳しいぞ』だが……。これからやることは非常に地味だ。そして君にとっては退屈で苦痛かもしれない」

「ん。かまわない。やるといったのは私だから」

 

 タバサが縁側から降りる。そのまま装備を整えようとして――。

 

「ああ、そのままでいい。装備はいらないし、何ならしばらくは体もさほど動かさない。さて……それでは、地味で退屈で苦痛な訓練を始めよう」

 

 

 

---

 

 タバサがふうま家に居候するようになってからひと月近くが経過していた。

 

 相変わらず元の世界に戻るための情報は何も無し。だが当人は特に気にした様子もなく、時折小太郎、鹿之助、蛇子、ゆきかぜと遊びに行ったり、稲毛屋でアイスを食べたりしつつ、モニタリングのために定期的に学園のラボに顔を出すという日々を送っていた。

 

 そしてそれ以外の空いている時間はライブラリーと過ごすことが多くなっていた。彼女自身の「特訓」のためである。

 

「ふうま、今日も学校?」

 

 朝食のために小太郎が起きてきたところで、一足早く起きて食卓についていたタバサから質問がとぶ。

 

 ライブラリーがタバサに何か訓練のようなことをしていることは、小太郎も薄々気づいていた。傍目には何も変わっていないように見えるが、どこか刺々しかった彼女が少し丸くなったような、余裕ができたような。

 ついでに、日に日に箸の使い方がうまくなっていっていることにも気づいていた。これもライブラリーの特訓の成果だろうか。とはいえ、焼き魚は骨だろうが内臓だろうがお構いなしに頭からバリバリ全部食べてしまうワイルドさを見ると、本当に成果があるのかちょっと怪しく思えるところもあったりはする。

 

 同時に、ここ数日は朝に顔を合わせると必ずこの質問が飛んで来ていることから、何がしたいのかもなんとなく予想がついていた。

 

「いや、今日はバイトだ」

「お、この時を待ってた」

「なんだ、ついてきたいのか?」

 

 多分そうなんだろうなという小太郎の予想通り、彼女はコクリと頷く。

 

「邪魔でなければ、だけど。ちなみにライブラリー師匠から免許皆伝をもらってるから大丈夫」

「……師匠? 免許皆伝?」

 

 思わず小太郎は朝食の手伝いをしていたライブラリーの方を伺った。全身サイボーグのはずなのに趣味のレベルを越える料理の腕前を持つ男。そんな彼の見えないはずの顔が、どこか渋い色になるような錯覚が見えた気がした。

 

「私じゃありませんよ。さくらです」

「あいつ……面白がってタバサに変なこと吹き込んで……」

「ですが、タバサがそろそろ里の外に出ても大丈夫だというのは私の判断でもあります。反応が敏感なことに変わりありませんが、その精度を高めつつ、本能に流されるだけという状況を改善する訓練をしましたので」

 

 へぇ、と小太郎は感心の声をこぼしていた。

 アサギから「ライブラリーならアドバイスができるかもしれない」と言われてはいたが、まさか本当になんとかしてしまうとは思ってもいなかったのだ。

 

「ですので、この通り」

 

 ライブラリーは小太郎ですら総毛立つ程の敵意を放ってみせた。作り物だと頭ではわかっていても無意識のうちに本能が反応してしまうレベルだ。

 タバサもやはりと言うべきか、一瞬強張った表情でライブラリーの方を向いた。が、直後。

 

「……うん、わかった」

 

 そう言うと、何事もなかったかのように彼から視線を逸らしたのである。それを確認してからライブラリーは気配を元へと戻す。

 

「いかがでしょう?」

「確かに少し前と比べたら雲泥の差だけど……。相手が見知ったライブラリーだから、ってのは無いか?」

「多少はあるかもしれません。が、彼女は見知った相手であってもそんなのお構いなしかと」

「そう言われると……そうかもな」

 

 自分でさえ本能が危険を告げるほどだ。少し前までのタバサなら文句無しに戦闘態勢を取っていたに違いない、ということに小太郎は気づいていた。

 

「じゃあタバサは今の敵意の本質を理解した上で問題ないと判断した、と?」

「見せかけはすごいけど、中身が伴ってない。さくらから『自分をデカく見せたがる奴は無駄に敵意をデカくしたがる』ってアドバイスも受けたし」

「……あながち間違えてはいない気もするが、あいつが言ってることに対しては今後は半分ぐらい聞き流してくれ。とはいえ、これだけ変われたってことはかなり厳しい訓練とかしたんじゃないのか?」

 

 気軽そうにそう尋ねた小太郎に対して、普段無表情のタバサは珍しく顔色を曇らせた。これは聞いてはいけなかったかと思う小太郎だったが。

 

「……地味で退屈で苦痛だった」

「お、おう……」

 

 これ以上聞くのがためらわれてしまった。

 

「大げさですよ」

 

 だが一方でライブラリーはどこか愉快そうに軽くそう答える。

 

「やったことは主に座禅と瞑想です」

「ざ、座禅……?」

「まあ最初は立った状態で深呼吸からスタートしましたけど」

 

 それは確かに受け取った感情のままに戦うスタイルのタバサにとっては地味で退屈で苦痛だっただろうと小太郎は思うのだった。

 

「その後はずーっと座らされて心を落ち着けさせられて……。今まで私がやってきたことと正反対、初めのうちは全然ダメだった」

「だがすぐ適応した。元々直感や感受性同様に適応能力も高いと思っていたが、見事だった。ついでに箸の使い方のような日常の作法や、明らかに格下な相手に絡まれた時用の護身術なども少し教えたらすぐにマスターした。やはり学習能力も高いのだろう」

「この世界だと心のざわつきがないからかな。多分ケアンでこれをやろうとしたら到底無理だった。それに比べたら箸だの護身術だのは簡単だったよ。……と、いうわけで」

 

 珍しくタバサが体を乗り出しながら話しかけてくる。

 

「邪魔でなければ私も一緒に行きたい」

 

 一瞬考え込んだ様子の小太郎だったが。

 

「……まあいいか。ライブラリー的にも実際に外に出てみてどうか、っての興味あるんだろ?」

「そうですね。しばらくのマンツーマン指導の効果は気になりますし、彼女のためになったかどうかというのも気になるところです」

 

 ここまで言われてしまっては断れない。

 

「わかったよ。今日のバイトは運び屋だし、俺以外に誰かいても問題ないからな」

「やった。ついでに私もバイト探そう」

「いや、なんでそう……」

 

 そこまで口にしたところで、小太郎はそんなことを吹き込んだであろう張本人に思い当たった。

 

「……それもさくらか?」

「うん。さくらもバイトしてるし、お金もらえるから稲毛屋のアイスたくさん食べられるって」

「ったく、あいつはほんと……」

 

 呆れてしまってそれ以上の言葉は出てこなかった。とりあえずさくらにはタバサに変なことを吹き込ませないようにしよう。小太郎はひとりそんなことを思うのだった。




モンスター固有アイテム

その名の通り指定されたモンスターしかドロップしない固有アイテムのこと。通称MI(Monster Infrequent)。
装備箇所によってはスキルや属性を変化させるといったような特別な効果があり、またドロップする相手も決まっているということで敵を絞ってトレハンしやすいという特徴がある。
その特別な効果故にビルドの根幹を成し、前提装備となることも多い。
しかしMIは装備の前と後ろに接辞がついて性能がランダムで変わるため、極上のMIを求めて今日も乗っ取られたちはトレハンを続けるのである。
ただ、一部MIは店で買うことも可能であり、画面を切り替えて20秒程度経過させることでラインナップが変わるため、それを利用してひたすら店の前を行ったり来たりして装備厳選する乗っ取られも存在する。



接辞

装備品の前と後ろににつく言葉で、装備にランダムな効果を追加させるもの。Affixとも呼ばれる。
前につくのが接頭辞(Prefix)で後ろにつくのが接尾辞(Suffix)。
「接頭辞 アイテム名 オブ 接尾辞」という名称になり、例えばナマディアズホーンなら「オーバーシーアズ ナマディアズホーン オブ バイタリティ」といった感じとなる。
接辞のレアリティにマジックとレアがあり、レアのほうが多く効果が追加される代わりにつく確率が低い。
例えば武器の冷気強化のマジック接頭辞「チルド」だと物理から冷気ダメージへの変換と実数冷気ダメージがつくだけだが、レア接頭辞の「フロストボーン」だとチルドの効果に加えて割合冷気と凍傷ダメージ強化、DA増加、凍結時間短縮、さらに攻撃時に追加攻撃するアイテムスキルが付くといったような差がある。
武器の場合はダメージの追求、防具の場合は不足分の耐性やOADAの補完といった役割で使われやすく、防具は接辞で最終的なバランス調整をされたりもする。
接頭と接尾両方にレアがついたものをダブルレアと呼び、望んでいる効果がついている場合は超究極の逸品となる。
が、逆に言うとそもそもダブルレア自体がほとんどドロップしないため、これを前提に装備を組むのは結構厳しい。
一応アップデートで冷気武器なら冷気関連の接辞が付きやすいといったようなテコが入ったので多少はマシになったが、それでも狙ったものをピンポイントでドロップさせるのはやはり至難の業である。



ナマディアズホーン

「金切り声のナマディア」というモンスターがドロップするMIの頭防具。
本編中で描写している通り頭巾つきの仮面に角がついている不気味な防具で、戦闘時のタバサのトレードマーク。
特筆すべき点として約25%火炎を冷気に変換する効果がついている。
が、本命はスキル変化であり、サバターの常駐スキルを変化させて物理耐性を合計10%上乗せ、45%の火炎→冷気変換(つまり前述の約25%の変換と合わせてこの防具だけで約70%もの火炎→冷気変換が可能)、冷気の実数ダメージ追加、反撃スキルの冷気ダメージ追加と冷気化など凄まじい強化をもたらす。
特に物理耐性は重要にもかかわらず稼ぎにくいため、この部位だけで10%、レア接頭辞「オーバーシーアズ」を引き当てれば15%を一気に稼げてしまうのはまさに破格。
しかし望む接辞を求めてトレハンを繰り返さないといけないというのは勿論のこと、友好関係を結べる派閥と敵対しないとナマディアが出て来ないという最大の欠点が存在する。
この派閥自体はやってることがやってることなだけに割りと敵対したいぐらいの存在ではあるのだが、売っている物の中に他の派閥のものでは代用が効かない物があるために基本的に敵対しない方が無難であり、ナマディアトレハン用のキャラを作ってもいいかもしれない。



ゲイルスライシズマーク

「冷酷なるゲイルスライス」というモンスターがドロップするMIのメダル。
冷気・凍傷の割合ダメージがおいしいが、それ以上に常駐スキルで50%火炎とカオスを冷気へと変換する点が重要。
これによって、ナマディアズホーンと合わせることで火炎の冷気変換が100%となる。
なおベルトにも50%火炎→冷気変換のものがあるので、そちらと組み合わせて100%にすることも可能。
欠点は対象の敵がリフトからやや遠いためにトレハンが少々面倒なところ。


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Act9 オススメは看板メニューのセンシュースペシャルだ!

 小太郎の今回のバイトはヨミハラで魔界の門を管理する瑠璃(るり)という男から本を受け取り、それを必要としている人に渡すというものだった。

 瑠璃は異常とも言えるほどの本好きであり、辺り一面本棚で囲まれたような部屋にいる。しかし門の管理でそこから動けないために、信頼できる人間に本の調達や運搬を頼んでいるのであった。

 

 そんな偏屈な男に、同じ本好きとして小太郎は信頼を置かれている。面倒と思うことも少なくはないのだが、なんだかんだバイト代がいいので続けているという形だ。

 

「……というわけで、まずは瑠璃に会わないといけない。だけどその前に腹ごしらえしておくか。ちょっと気になってることもあるし。いいか?」

「任せる。私はついてきてるだけだから」

 

 タバサにとっては2度目となるヨミハラ。地下に眩く輝くネオンを見て、「ああ」と彼女は呟いた。

 

「私がこの世界に来た時の最初の街か」

「そうだな。あの時はこの世界のこととか全くわからなかっただろうから周囲を見る余裕もあまりなかっただろうけど……」

「うん、今ならちょっとわかるかも。ふうまが住んでる街と比べると、ここって変だね」

 

 変、というのはかなりストレートな言い方だと思わず小太郎は吹き出してしまう。

 まあそれもそうだろう。東京の地下300メートルにある地下都市。水道、電気、ガスといったライフラインは地上から違法に盗み引かれ、メインストリートはマシなものの、1本脇道に逸れれば治安も何もあったものじゃないという有様だ。

 さらに住民の種族は千差万別。人間ももちろんいるが、それ以外にオークや獣人や鬼族なども平然と歩いている。そもそもこの街を取り仕切る最大勢力の“ノマド”が魔族の集まりのようなものである時点で、もう何でもありの街なのだ。

 

 それに対して、一応は正義の味方を名乗っている対魔忍の里の五車町を比べるのがそもそもの間違いとも言える。

 

「血の気が多い奴もいるけど……大丈夫そうか?」

「ん。危なそうなのはいるし悪意を垂れ流してるのもいる。あとは、やけにこう……破廉恥な連中も」

 

 破廉恥、とはまた意外な言葉が飛び出した、と小太郎は思う。しかしその感覚はあながち間違えてはいない。

 闇の街とも呼ばれるヨミハラには娼館も数多く存在する。そのために女を抱くことしか考えていないような輩も決して少なくはないだろう。

 

「だけど敵意を向けてきてるのはいないし問題ない」

 

 その上でタバサはこう続けた。それを聞いて小太郎は少し安心する。

 

「それに向けられても今なら対処もできる、か」

「教えてもらった護身術で対処できるレベルがほとんどだと思う」

「そりゃ良かった。誰彼構わず剣を振り回して流血沙汰はいくらヨミハラでもちょっとまずいからな。……しかしそう考えると、最初にこの街から五車に戻るまでの間ってかなり危なかったんじゃないのか?」

「……言われてみるとそうかも。ただ、『戦闘行為は無い』って言われてたから、それを信じたってのはある」

 

 確かにそうは言ったし実際に戦闘は無かったのだが、もしかしたら、と思うと少々肝が冷える小太郎だった。

 

「それで、どこで食べるの? 気になることもあるとか言ってた気がするけど」

 

 と、メインストリートをしばらく歩いたところでタバサがそう尋ねてきた。

 

「このもう少し先……。見えてきた、あの店」

 

 そう言って小太郎は「味龍」と書かれた店を指さした。

 

「ライブラリーや時子や災禍の作ってくれる飯もうまいけど、あの店もうまいって評判だ。特にラーメンは基本的に素人がどう頑張ってもプロの味に勝てないからな。……まあライブラリーなら勝ちかねないけど」

「いつも食べてるものよりおいしい……。それは興味がある。早く行こう」

 

 タバサが早歩きになった。元の世界で食事関連が絶望的だったこともあってか、食べ物に対してはかなり貪欲になっているようだ。

 苦笑を浮かべつつ、小太郎は遅れた分を足を早めた。少し早く着いたタバサが「早く来い」とばかりに小太郎の方を見つめている。

 

「まあ落ち着けって。店は逃げないからさ」

 

 やや遅れて着いた小太郎が店の入り口を開ける。中から中華料理店特有の食欲をそそる香りが鼻孔をついた。

 まだ昼時より少し早い時間帯の開店直後ということもあってか、ちらほら空いている席も見える。タイミング的によかったようだ。

 

「いらっしゃいま……ふうま小太郎!? どうしてここに!?」

 

 そして店内には小太郎にとって食事以外でのもうひとつの目的、「気になっていたこと」である井河扇舟がエプロン姿で働いていた。食事ついでに扇舟の様子も伺いたかったのだ。

 

 扇舟がこの店で働いていることは、“呪い”の件で事前に調べた時に確認済みだ。

 五車を追われ、母に捨てられたショックと過去の自分の過ちから自暴自棄になり、一時はこの街の娼婦にまで身をやつした。だが、ふとしたきっかけでこの店で働くようになり、次第に前向きに自分の生き方を考えられるようになった。そして、「生きて罪を償う」という意志にまで至ったということも、あの一件の時にわかっている。

 

 よって、そういった類で「気になっていた」わけではない。あくまでふうま小太郎一個人として、井河扇舟という人間を改めて見てみたいという思いからだった。

 

「こんにちは、扇舟さん。どうしてってヨミハラに用事があったんで、ついでに飯食いに来たんですよ。まあ扇舟さんの様子を見たかったってのもあるんですが、それ以上にうちの食いしん坊がこの店のこと話したら興味持ってくれたみたいで」

「……食いしん坊って私のこと?」

「他にいるか?」

 

 ミニ漫才のようなことをやりつつ現れたタバサを見て、扇舟は思わず目を見開く。

 

「命の恩人……。確か、タバサちゃん……」

「ん。そう、タバサ。あ、えーっとあの時の」

 

 扇舟にとっては命の恩人。しかしタバサからしてみれば「自分の敵を殺したら結果的に助かった人」。そのために反応にこれだけの差が出るのはまあ仕方のないことと言える。

 

「なんだセンシュー、トラブルかー?」

 

 と、その時厨房の方から元気な声が聞こえてきた。

 

「あ、違うの、ごめんなさい。知り合いが来てくれたから、ちょっと驚いて……。って、案内もまだだったわね。こちらへどうぞ」

「センシューの知り合い!? おお、それはよく来てくれたな!」

 

 今度は声だけでなくその姿を見せつつだった。案内されるままにテーブル席についた2人は声の主へと視線を移す。

 チャイナドレスに身を包み、いかにも中華娘といった風体。この店の店長代理である陳春桃(ちん しゅんたお)だ。

 

「味の方はあたしが保証するから、ゆっくり食べていってくれ。オススメは看板メニューのセンシュースペシャルだ!」

「センシュースペシャル……?」

 

 言うことだけ言って奥に引っ込んだ春桃と入れ変わるように、扇舟がお冷を持ってくる。

 

「一応私が考案したメニューってことで……。スープにヨルの魔草っていう、魔界で取れる希少な素材を使ったラーメンなの」

「え……!? ヨルの魔草って……!」

 

 小太郎が扇舟の耳元に顔を寄せて小声で尋ねる。

 

「……あれって禁制品じゃないんですか? 確か毒があるとか……」

「さすが、知識が豊富ね。でも大丈夫。正しい処理をして毒を抜けば違法じゃなくなって、絶品食材になるから。……ただ、私にとっても、あなたにとっても、忌むべき毒の知識がこんなところで活かされるのは、少し皮肉にも思えるけどね」

 

 “毒手使い井河扇舟”。彼女のかつての異名だ。両手の指ごとに異なる毒を持ち、ありとあらゆる毒を使い分けた。小太郎の父である弾正も、昔対魔忍内で起こった派閥争いの際にこの毒が遠因となって命を落としている。

 しかし今の彼女の両手は毒手のそれではない。アサギに対して扇舟の母親が率いる井河長老衆がクーデターを起こしたことがあり、それが失敗に終わった時の戦いで両手ごと斬り落とされ、義手になったからだ。

 とはいえ、そのおかげでまた料理ができるようになったというのも事実だった。今の扇舟は昔の自分を「母に言われるがままに動くだけだった哀れな存在」として、心から悔いている。

 

「とにかく、私の名前があるのは少し恥ずかしいけど、春桃さんの言った通りオススメメニューよ。2人ともそれでいい?」

「あー……。でも結構値段が……」

 

 そんな小太郎を見て扇舟は思わず笑っていた。確かにセンシュースペシャルはヨルの魔草を使う分、普通のメニューより値が張ってしまう。ふうま家当主としての姿が板についてきたように思えたのに、まさか金銭面で注文を渋るとは。

 

「じゃあ私に奢らせて。命の恩人の2人への支払いとしては、いささか安すぎるけど」

「え、いやでも……」

「いいのよ。あ、タバサちゃん食いしん坊らしいから半チャーハンもつけてあげるわ」

 

 店員スマイルを残し、一方的にオーダーを切り上げて扇舟が去っていく。そんな後ろ姿に、思わず独り言がこぼれた。

 

「……変わるもんだな、ほんと」

 

 あんな笑顔を見せることができたのかと、小太郎は驚いていた。敵対していた時に見せていた「怒」、それから母に捨てられたことを知った時とこの街で再会した時に見せた「哀」。喜怒哀楽のうち、最初と最後の部分を見たことがなかったのだ。

 

 しかし、そういえば、と目の前の少女に視線を移す。

 彼女は「怒」ぐらいの表情しかまともに見せたことがないように思える。いや、それも戦闘中は仮面をつけているから見たかどうかいうと若干怪しい。

 最近でこそ食べ物関連で「喜」「楽」辺りが少し見え始めた気もするが、それでも基本がほぼ無表情。“乗っ取られた”影響かもしれないが、感情表現に乏しいのは事実だ。

 

「なあ、タバサ。その……笑ったことってあるか?」

 

 ちょっと聞きづらいかもしれないと思ったが、意を決してそう切り出した。

 

「多分ある。私だって笑える。……ニイッ」

 

 そしてわざとらしく口角を上げた作り笑顔を見て、やっぱり聞くんじゃなかったと軽く後悔する小太郎だった。

 

「お待たせしました! センシュースペシャル2つです」

 

 そんな他愛もないやり取りをしているうちに、扇舟がトレーに乗せたラーメンを持ってきた。物思いにふけっていた時間が思ったより長かったのかもしれない。

 さらに後ろからは先程チラッと姿を見せた春桃も何かを持ってきているようだった。

 

「あとこれはセンシューから半チャーハンと、あたしから餃子のサービスだ!」

「ええっ!? いや、そんな……悪いですよ」

「気にするな! センシューの知り合いとか、ここの店員以外じゃフェルマぐらいしか見かけなかったからな!」

「ご、ご挨拶ね……。とはいえ言い返せないのも事実なのだけど……」

 

 あの扇舟がたじたじになってしまっている。これはなかなかレアな光景を見てしまったと小さく笑いつつ、その厚意に甘えることにした。

 

「じゃあ遠慮なく。ありがとうございます」

「いいのいいの。じゃあごゆっくり!」

 

 元気そうに厨房に戻る春桃に続き、扇舟も軽く一礼してその場を去っていく。

 

「餃子は6つ。俺は……1つでいいか。タバサ、5つ食べていいぞ。あと半チャーハンも」

「ありがとう。えっと……太っ腹」

「……そんな言葉どこで覚えたんだ?」

「さくら」

 

 予想通りの答えにため息をこぼしつつも。

 

「……まあいいか、食おう。いただきます」

「いただきます」

 

 2人はそう言ってから箸を手に、麺を冷ましながらすすった。それと同時に――。

 

「……ッ!」

 

 小太郎は目を見開いた。

 

「う、うめえ!」

「これはおいしい」

 

 タバサも同じ感想だったらしい。顔色こそ普段と変わらないまでも、明らかに声のテンションが上っている。

 それもそのはず。鶏ガラの濃厚スープにヨルの魔草の爽やかさが絡み合ったことで絶妙の味を作り出しているのだ。人間界の素材だけでは作り出せない、まさにヨミハラならではの味ともいえる。

 

「ズルズル! ズルズル!」

「ズーズーズーズー!」

 

 一心不乱に、それこそ貪るようにラーメンを食べる2人。タバサに至っては掃除機か何かという勢いで麺をすすり続けている。

 

「……あ、餃子。先に1つ食べておくから、あと食っていいぞ」

「ん」

 

 ハムスターのように口いっぱいに麺を入れたタバサを横目に見つつ、醤油それなり、酢多め、ラー油少々のふうま小太郎特製の割合でブレンドさせて餃子のタレを作る。それを餃子に少しつけて一気に口の中へ。

 

「熱っ……! でも……うっま!」

 

 溢れ出る肉汁で口の中を少しやけどしたかもしれないが、そんなことがどうでも良くなるうまさだった。反射的に小太郎の口をついて出たその感想に、タバサも彼を真似てタレをつけてから口へと運ぶ。

 

「……おお、これもおいしい」

 

 この瞬間に見せたタバサの感情は「喜」か「楽」か。

 確かに感情表現に乏しいと思うが、おいしいものを食べている時に嬉しそうだというのは間違いない。

 

(……ま、いいか。ゆきかぜも言ってたもんな。「どうあろうとタバサはタバサ」って。うまいものを食えば嬉しくなる。人間の真理ってやつだ)

 

 うまいこと考えがまとまったと思ったが、直後に我ながら何を知ったつもりになったのだろうか、と小太郎の顔に軽く苦笑が浮かぶ。とはいえ、タバサは満足してそうだしそれでいいかと思うことにした。

 

 そんな目の前の少女は食べることに夢中なようで、今度は半チャーハンに手を伸ばそうとするのだった。




ファイアストライク

デモリッショニストのスキルで、通常攻撃と同様に扱われる、いわゆる「通常代替スキル」。通称FS。
攻撃自体を強化した上で通常攻撃変化スキルが適用されるので、サバターの左クリック用スキルにしてメイン攻撃スキル。
本編中のタバサの剣による二刀流の攻撃は基本的にこれで行われているということで描いている(例外は左の剣だけの攻撃による「アマラスタのブレイドバースト」と消える突進の「シャドウストライク」)。
スキルツリーがマスタリー内で最も長く、ツリー内のスキルは4つ、武器種によって適用されるスキル変化もさらに2つ存在する。

・ファイアストライク:マスタリーレベル1で解放。いわゆる本体。武器ダメージの強化、火炎ダメージの追加、物理ダメージの割合強化。火炎ダメージの伸びが良いため、余裕があれば振り込みたい
・エクスプローシブストライク:マスタリーレベル10で解放。範囲攻撃化、武器参照ダメージの強化、物理ダメージと燃焼ダメージが追加。範囲攻撃は便利なものの、12からは伸びが悪くなるのでその辺りが目安にされる
・スタティックストライク:マスタリーレベル25で解放。割合火炎ダメージの強化と、確率による雷ダメージとノックダウンが追加。ノックダウンは便利だが確率発動のため安定性に欠けることもあって優先度は低い
・ブリムストン:マスタリーレベル50で解放。火炎ダメージとカオスダメージの追加。遠隔攻撃の場合破片が飛び散るようになる。追加される火炎ダメージの伸びが優秀な上に、本ビルドの場合はカオスダメージもネックスのスキル変化で100%冷気変換されるので、スキルポイントの優先的な振込先
・シーリングストライク:マスタリーレベル15で解放。最大3ポイントで、片手近接武器限定で15%のダメージ修正とクリティカルダメージ強化と33%のスキルエナジーコスト減少を得られる。二刀サバターの要
・シーリングマイト:マスタリーレベル15で解放。最大3ポイントで、近接遠隔問わず両手武器限定で20%のダメージ修正と15%のクリティカルダメージ強化を得られる

一見すると下2つのスキル変化を適用される武器の方が強く見えるが、二丁拳銃はこれらボーナスをぶっ飛ばすほどの手数が、拳銃+盾の組み合わせはディフェンス力が得られるため、これらのスキルのお陰でバランスが取れている、という見方が正しい気がする(拳銃+詠唱オフハンドの組み合わせは多分FS重視しないと思われるので……)。
ツリー内のポイントの振り方は人それぞれだが、本ビルドの場合、シーリングストライクは勿論取るとして、優先度順にブリムストンはできるだけ、ファイアストライク本体もできるだけ、エクスプローシブストライクは装備込みで12、スタティックストライクは1でいいというのが個人的な振り方。


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Act10 私のことを何と呼んだ?

 味龍で腹ごしらえを終えたタバサと小太郎の2人は、満足した様子でヨミハラを歩いていた。

 

「いやあ、うまかった……。今後ヨミハラに来る度にあそこに寄っちゃいそうだ。……まあさすがに毎回奢ってもらうわけにはいかないから、今日のやつは食べられてもたまに、だろうけど。タバサはどうだ? 満足したか?」

「大満足。あれなら毎食でもいい」

「そんなことしたら成人病コースまっしぐらになりそうだが……。異世界人ならもしかしたら無縁かな」

 

 とはいえ、あれだけの食べっぷりを見せつけられたら毎食でも食べさせてあげたいと思えてしまうかもしれない。

 

「なんかさくらから聞いたけど、食べ物のお店でバイトするとご飯を出してもらえるって本当? もし私があそこでバイトしたら、いっつもあれ食べられるんじゃない?」

「あー、(まかな)いか。確かに飯を出してもらえるかもしれないが、今日食べたラーメンは結構値が張るから難しいんじゃないかな。……ってかさくらはほんと余計なこと教えてるのな」

「あのラーメンが食べられなくてもいい。チャーハンと餃子……だっけ、あれもおいしかったし」

 

 タバサがヨミハラでバイトか、と小太郎は少し考えていた。

 かなりの荒治療だが、ライブラリーの特訓の成果と合わせると一気に効果が見込めそうではある。ヨミハラの様々な人々を前にしても問題なく生活できるというのであれば、いよいよこの世界に適応したと言ってしまっても過言ではないだろう。

 しかしまだ早いか、とか、もう少し様子を見てからでもいいか、と結局答えを先送りにし、タバサとの他愛もない会話を続けながら、小太郎はバイトの依頼主である瑠璃のところへと足を進めていった。

 

 

 

---

 

 ヨミハラは「闇の都市」と呼ばれるにふさわしく、魔界に通じる門がある。

 小太郎からすればもう何度も通って慣れた道ではあるが、言うまでもなくタバサにとっては初めてだ。ヨミハラの街並みとは異なる大洞穴へと入り、そこから突如として整備された空間へと出る。さらにもう少し進むと魔界への門に通じている場所だ。

 小太郎も初めて見たときは驚いたものだったが、タバサも同じだったらしい。くりっとした目をさらに見開き、辺りをキョロキョロと見回しているようだった。

 

 その近辺にある建造物の中に、魔界の門の管理人・瑠璃の部屋があった。既に顔見知りとなりつつあった小太郎を見て衛兵は扉を開けてくれて、2人は瑠璃の部屋へと足を踏み入れる。

 

「うわ……」

 

 そう声を上げたのはタバサだった。思えば自分も最初はそんな反応だった、と小太郎は思い出す。

 

 部屋の中は壁まで本で埋め尽くされていた。そのために初めて見ればこういう反応になるのは当然と言える。タバサに本の価値がわかるかは疑問だが、この部屋の主同様本に興味がある小太郎からすると、言ってしまえば宝の山だ。

 

「ああ、ふうま小太郎か。今日は誰かを連れてきているのか」

 

 その声は、突如して背後から聞こえてきた。何度か経験した小太郎は顔に渋いものを浮かべるだけで済んだが、初めてとなるタバサはそうはいかない。殊に「敏感すぎる」とまで称されるその察知能力でさえ背後に回られたことに気づけなかったと、反射的にその場を飛び退いていた。見れば、珍しく顔には焦りのような表情が見て取れる。

 

 立っていたのは眼鏡かけた青年であった。しかしその目は2人を見てはいない。手に持った、開かれた本へと落とされていた。

 魔界の門の管理人である瑠璃、その人だ。

 

「大丈夫だって、タバサ。落ち着け。……どうもこんにちは。こっちは今うちで預かってるタバサって子です」

「ふむ……。なるほど、面白い。興味はある。……が、もう少しでキリのいいところまで読み終わる。しばらく待っていてくれるかな」

 

 そのまま、瑠璃は小太郎の答えを待たずにいつの間にか部屋の中央へと移動していた。そして何事もなかったかのようにそこにあった椅子に腰掛る。

 

「問題ないですよ。俺は慣れてますんで……」

 

 言いつつ、タバサの方を伺う。少し平静さを取り戻りつつある様子で、彼女は尋ねてきた。

 

「……あの人、何者? いくら警戒心を緩めていたとはいえ、全く気づかずに背後を取られるなんて……。こんなこと今までなかった」

「魔界の門の管理者にして、この街を取り仕切る最大組織“ノマド”の大幹部。……ま、その正体はあんな感じの本の虫、ってところだけどな」

 

 何度か顔を合わせたこともあって、小太郎はこの男の取り扱い方をなんとなくわかっていた。

 瑠璃は本に対しては異常すぎるほどの執着があるが、逆に言えばそれ以外にはさほどない。仮に目の前で多少自分の悪口を言われようが文句を言われようが、彼の読書の邪魔をせず、本に対して何かをするわけでなければ特に気にもとめないのだ。

 

「それより間違ってもあの人に敵対の意志なんか見せるなよ?」

「問題ない。敵意は全く感じられないから、私の方からということはない。それに……仕掛けたら生き残れる保証がない」

 

 タバサを持ってしてこの評価か、と小太郎は思った。実際彼は瑠璃が戦う、というより一方的に邪魔者を排除する様子を目にしたことがある。まかり間違ってもケンカを売ろうなどとは思わないほどの相手だということはよくわかっている。

 

「待たせたね」

 

 と、不意に瑠璃の声が聞こえてきた。やはりいつの間にか、座っていた椅子から2人の目の前へと移動してきている。

 

「まずふうま小太郎、これが今回君に持っていって欲しい本だ」

 

 そう言うと瑠璃は本が入っているであろう包みを手渡してきた。

 しかし軽く触っただけで、この包の中にある本は何か普通の本とは違う、ということが直感的にわかった。歴史を感じるというか、特別な力が込められているというか。

 

「あの……。もしかしてこれ、相当重要な本なんじゃ……?」

「ああ。占星術の解説書で、人間界で失われたと思われていたが魔界で保存されていた、私の秘蔵の一冊だ」

「いいんですか!? そんな重要なものを貸し出したり、ましてや俺なんかに運搬頼んだりして……」

 

 ふぅ、と瑠璃はひとつ息を吐いてから口を開く。

 

「君は本の価値をはっきりと理解できる人種だ。私はそういう者にこの運搬を頼みたいと思っている。そして、どんな名著も読まれなければただの紙だ。価値の分かるものに読まれてこそ、本は本たり得る」

 

 小太郎はその意見には内心で同意しつつも、同時にやはりそんな重要な本を任されるのは責任が重大すぎると思わざるを得なかった。

 

「届け先はこの街にある『占い屋ファンタスマ』のアンナという女性だ。詳しくはメモを残しておいたからよろしく頼む」

 

 緊張した様子で包みを受け取り、小太郎は鞄の中へとその大事な届け物を閉まった。

 

「さて……」

 

 瑠璃の目がタバサの方へと向けられた。じっくりと彼女を見つめた後、ゆっくり口が開かれる。

 

「まず、君はこの世界の人間ではないね?」

 

 ズバリ言い当てたことに小太郎は内心驚いていた。が、一方のタバサは特に気にした様子もなく、首を縦に振って肯定する。

 

「やはりか。見るのは初めてだが……。もしかして“乗っ取られ”かな」

 

 しかしその言葉を聞いた瞬間に一転、無表情無感情が多いはずのタバサに目に見えて動揺の色と、驚愕の表情が浮かぶのがわかった。

 

「私のことを何と呼んだ?」

 

 タバサと出会って約1ヶ月ほどになるが、これほど緊張した声色を聞いたのは初めてだと小太郎は思っていた。

 

「“乗っ取られ”。その反応では当たっているようだね」

「その言葉の意味を知っているの?」

「“知って”いる。が、“識って”いるわけではない」

 

 曖昧な言い回しに、タバサにしては珍しく、露骨に顔がしかめられた。

 

「言葉遊びをするつもりはない」

「結論を急がないでくれたまえ。あくまで知識として“知って”いるだけだ。しかしこの目で実際に見たことはない。よって、それがどういうものか、という意味では“識って”いるとは言えない」

「その知識はどこから得たの?」

「蒐集した本から。確かこの本だったかな」

 

 瑠璃が人差し指を軽く動かすと、壁に羅列されている本の中でも特に奥の方から1冊の本が飛び出してきた。ややあって、ページが開いた状態でタバサと小太郎の前に降りてくる。

 

「その本は魔界を旅して回った男の日記のようなものだ。書かれた時期はおよそ100年ほど前。一応は冒険譚と銘打ってはあるが。その中でもその部分はやけに異質でね。眉唾ものだと思っていたから記憶にあった。詳しくはそこに書いてある」

 

 2人は瑠璃が述べている部分を見つけた。

 

『その者は、昨日までとまるで別人であった。性格も違えば、言葉遣いも気配も違う。得体の知れない雰囲気を発し、何より、腕の一部が薄緑色に変色していた。私は思わずお前は誰かと尋ねた。彼はこの肉体を“乗っ取った”とだけ答え、ゆらゆらと私に迫ろうとした。私は反射的に近くに置いていた護身用の棍棒を手にして彼を殴りつけた。変色していた腕で頭をかばおうとしたようだが、腐っていたかのように飛び散り、そのまま頭も潰れて彼は絶命した』

 

「……イーサーコラプション」

「え?」

 

 ポツリと呟いたタバサの言葉に小太郎が反応する。

 

「イセリアルに乗っ取られた肉体……いわゆる“器”は脆く、ここに書かれている通り次第に薄緑色に変色して壊れて(Corruption)いく。この状態になった“乗っ取られ”の名前がイーサーコラプション。この左腕はその特徴と完全に一致する。ただ、1日もしないうちにそこまで器が壊れるというのは聞いたことがないけど」

「つまりこれは『彼』がイセリアルに“乗っ取られた”ことを証明してる……ってことか?」

「おそらくそうだろう。続きを読んでみたまえ」

 

 瑠璃に促され、2人はその先の文章へと目を移した。

 

『彼は何かに取り憑かれていたように思える。だが、魔界で様々な種族を見てきたがあのようなことが出来る種族は無い、と言い切っても言い。初めて目にした事例だ。死霊に憑かれた者を目にしたこともあるが全くの別物。元の人格すらも完全に消し去って上書きし、新たな人格を形成してしまうことは死霊には不可能だ。肉体の腐敗も異常である。他に事例が無い以上、名前のつけようがない。よって彼だった者が口にした通り、“乗っ取られ”という呼称が妥当に思える』

 

 タバサと小太郎がそこまで読み終わったところで、本は自然に閉じられ、元の場所へと戻っていった。

 しかし2人とも呆然とした様子でそのまま立ち尽くしていた。

 

「私が君を“乗っ取られ”と呼んだのは、ここに書いてあった事例に当てはまる部分が多かったからだ。君の雰囲気を探った時に、元の人格とは別に何かに上書きされたような跡があり、かつ取り憑かれたような気配もあった。異世界人という点も踏まえれば、この存在……イセリアルといったか、それが多く現存する世界から来たのではないか、と。ただ、体の変色は見当たらない。よって半信半疑でそう尋ねたのだが……」

「ほとんどは正解。私のいた世界……ケアンで起きた大異変の原因の半分はイセリアルにある。人類の敵として、そのぐらい多く存在する世界。そして確かに私は一度“乗っ取られた”。だけど、そいつは絞首用の吊り縄に私を置き残した」

 

 なるほど、と瑠璃はひとつ間を起く。少し何かを考えた様子を見せてから、再び口を開いた。

 

「先の本のように器ごと殺してしまえば良いという発想からの行動と推測する。人類の敵、と称したぐらいだ。その考えに至るのはわからなくもない。しかし完全に乗っ取られる前、かつ肉体が死を迎える前にイセリアルが抜け出した、と」

「そういうこと」

「なのに人格が上書きされた跡がある」

「乗っ取られた時点で元の人格も記憶も失うらしい。だから今の私は元の私とは別人。今の私にイセリアルは取り憑いていないけど、一度は乗っ取られて別人となった以上、“乗っ取られ”という呼び方は間違えてはいないと思う」

 

 ふむ、と彼は彼女の目を見つめながら何度か頷いた。

 

「逆に聞いていい?」

「本にあったイセリアルはどうしてそこにたどり着いたのか、かね?」

 

 訪ねようと思ったことを先取りされる形になったが、特に気にした様子もなくタバサが頷く。

 

「質問を質問で返すようで申し訳ないが、君はどうやってこの世界に?」

「簡単に言えば……ワープポータルを抜けたら本来繋がるべき先ではなく、この街だった」

「ならばこの本のイセリアルも同じではないかな。たまたま、そこに迷い込んだ」

 

 一瞬怪訝な表情を浮かべたタバサだったが、「……そうか」と何かを納得したように独り言をこぼしていた。

 

「イセリアルはイーサーをエネルギー源とする。でもおそらくだけど、この本の世界にもイーサーは存在しなかった。結果、器を乗っ取ることにこそ成功はしたものの、イーサーが無かったことによってケアンの事例よりも早くイーサーコラプション化してしまい、わずか1日と持たずに器が崩壊を始めた」

 

 彼女自身で問いに対する答えを見つけたことに満足したのか、瑠璃はいつの間にかまた椅子の上へと移動していた。そして本を読み始めようとしている。

 

「私が“知って”いることはすべて話した。君のおかげでもう少し“識る”ことは出来たかもしれないが。つまり、残念だが君がずっと聞きたかったであろう質問に対する答えは持ち合わせていない、ということになる」

 

 そんな様子を見つめたタバサは、どこか諦めたようにひとつため息をこぼすだけだった。

 

「……そう。わかった。ありがとう」

 

 そのままタバサは瑠璃に背を向け、部屋を後にしようとする。

 

「行こう、ふうま。預かったものを運ぶバイトがあるんでしょ?」

「え? あ、ああそうだけど……。いいのか? お前の質問とかなんとか……」

「私のことを“乗っ取られ”と呼んだから、この世界とケアンの関係だとか、戻り方だとか、とにかく何か知ってるんじゃないかと思った。でも、100年も前の本の知識で“知って”いただけだということはよくわかった。だから、さっき言われた通り、彼は私の質問に対する答えを持ち合わせていない」

 

 相変わらず言葉は無感情だし、動作からも感情を読み取りにくい。

 それでもタバサなりにショックを受けているかもしれないと小太郎は少し心配していた。先に部屋の入口へと歩き出した彼女の背中が、やけに小さく見えたのだ。

 

「どうしたの? 早く行こう」

 

 しかし振り返った顔は普段とあまり変わった様子もない。自分の考えすぎかもしれないし、すぐに答えが出ることでもないのは事実だ。

 小太郎は自分にそう言い聞かせ、今はタバサの言う通り頼まれた仕事をこなそうと考えることにした。

 

「じゃあ俺たちはこれで。預かった本、持っていきますね」

 

 既に読書モードに入った瑠璃からの返事はない。

 2人が退出し、部屋には本のページをめくる音だけが響いていた。




二刀流ツリー

ナイトブレイドの目玉でもある二刀流のスキルツリー。
二刀流を可能にするスキルや、二刀流の通常攻撃を確率で変化させるWPS、さらに通常攻撃変化であるWPSをさらに変化させるスキルが存在する。

・デュアルブレイズ:マスタリーレベル1で解放。二刀流を可能にし、刺突ダメージの追加と割合の刺突と冷気ダメージの強化、さらに物理耐性を強化する。物理耐性は稼ぎにくいためにこのスキルで得られるのは非常に重要。場合によっては防御スキルよりこっちを優先したほうが安定度が増すことさえある
・ベルゴシアンの大ばさみ:マスタリーレベル5で解放。二刀流のWPS。「挟み込むような斬撃」モーションで、高めの武器参照ダメージで前方範囲攻撃を繰り出す。165度の角度に最大3体まで攻撃可能
・アマラスタのクイックカット:マスタリーレベル15で解放。二刀流のWPS。「目にも止まらぬ連続攻撃」モーションで、高速の三連撃を叩き込む。武器参照ダメージは低めだが、複数回ヒットするため対単体用としては優秀
・ホワーリングデス:マスタリーレベル25で解放。二刀流のWPS。「周囲を薙ぎ払う回転攻撃」モーションで、それなりの武器参照ダメージに加えて刺突と出血ダメージも追加した範囲攻撃をする。360度の角度に最大8体まで巻き込めるので、範囲攻撃に乏しい二刀流としては非常に助かる
・エクセキューション:マスタリーレベル50で解放。二刀流のWPS。「両手の剣を渾身の力で振り下ろす」モーションで、単体に対し非常に高い武器参照ダメージと実数冷気ダメージを与え、ヘルス量から割合でダメージまで与えるタイマン用の切り札
・二ダラのヒドゥンハンド:マスタリーレベル10で解放。大ばさみ、クイックカット、ホワーリングデスを対象に毒酸ダメージと総合速度低下を追加、さらに刺突を酸へと変換する。特殊なスキルで、使い方を誤ると火力が落ちる危険性もあるスキル。二刀サバターの場合、刺突から得意属性への変換がさほど高くない場合は刺突だろうが酸だろうがダメージは大して変わらないので、総合速度低下と追加分の毒酸ダメージを変換するという目的で取る選択肢もある。なお、刺突から酸に変換された分に関しては、一度変換した属性は再変換出来ないため、刺突→酸→ネクオルパワーで火炎と冷気に変換、とはいかない

各種WPSは大体20%前後なので4つ合計で約80%。よって20%程度は変化せずに通常攻撃がそのまま出る計算になる。
通常攻撃扱いのファイアストライクにさらにWPSが乗るために強力なのは事実であり、ポイントを振った分だけ威力も発動率も増すが、威力はさておき発動率はすぐに伸びが悪くなるのでその分の費用対効果があるかは怪しいところ。
装備のブースト分で5も確保できれは各20%の発動率を確保できるので十分と思われる。
というか、正直WPSにポイント振るぐらいならデュアルブレイズに振って物理耐性を稼いで生存性を上げたほうがいいというのが個人的な考え。
エクセキューションだけはダメージの伸びが凄まじいので、余裕がある時は振り込んでもいいかもしれない。


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Act11 でも、結局は私の話だし

 瑠璃の部屋を後にし、ヨミハラの街へと戻る大洞穴の道中。タバサと並んで歩く小太郎は来るときとは真逆の、なんとも言えない心持ちのまま足を進めていた。

 

 タバサにとってはようやく掴みかけたかのように見えた元の世界への情報。だがそれは大昔に魔界で起きたらしい、という本の中にあっただけのものだった。

 瑠璃が詳しい素振りを見せたために何か進展があるのではないかと期待を抱いてしまった分、肩透かしだったショックも大きい。

 自分でさえこうなのだから、当事者のタバサはひょっとしたらそれ以上なのではないか。そう思うと、どう声をかけたらいいかわからず、小太郎は無言のまま隣を歩くことしかできずにいた。

 

「まあ……何も収穫が無かったしちょっと期待が裏切られたという思いもあるけど、そんなに気にしてないから問題ないよ」

 

 不意にタバサがそう口を開いたのは、ヨミハラの街並みが見えてきた頃だった。

 

「ふうまが私に気を使ってくれてるのはありがたいと思う。でも、結局は私の話だし」

 

 そういえばライブラリーとの特訓でさらに直感や感受性に磨きがかかったという話だったか、と小太郎は思い出す。

 

「何よりそっちにそれだけ気を落とされると、こっちとしてもやりづらい」

 

 実際予想通り、タバサは小太郎の内面を読み解いていたようだ。ここまで言われてしまったら、空元気でも明るく振る舞うしか無いな、と小太郎は小さく笑う。

 

「……ああ、わかった。お前の言うとおりだ。何も万策が尽きたわけじゃないんだ、そんなに暗くなる必要はなかったな」

「それに私はこの世界を結構気に入ってるから。……帰る方法が見つからないほうがいいんじゃないかな、とか思っちゃうこともある」

 

 まあ気持ちはわからなくもない、と思う。終末世界ほど危険ではなくて食事がおいしい。これだけで帰りたくないという理由としては十分と言えてしまうかもしれない。

 

「タバサは食いしん坊だもんな」

「この世界の食事がおいしいのが悪い」

 

 フフッと小太郎は小さく笑う。同時に、ようやく調子が戻ってきたと感じていた。

 

 

 

---

 

 瑠璃から受け取ったメモによると、占い屋ファンタスマはヨミハラの片隅にあるようだった。

 メインストリートを外れたことで人の量が急に減り、空気が少し変わる。

 

「この辺りはなんかちょっと違うね」

 

 タバサもその空気を察したらしい。

 

「闇の街の中でもさらに片隅だからな。表通りにある味龍付近と比べると人の量も、質も変わる」

 

 こんな片隅で占い屋を開くなど何か訳ありなのだろうとは思うが、あくまで依頼は本を届けることだからと、小太郎は深く詮索しないようにした。

 それに瑠璃が貴重な本を貸し出そうとするほどの相手だ。それなりに人が出来た相手なのだろうとも思う。

 

「占い屋ファンタスマ……あった、ここだ」

 

 そうしてしばらく歩いたところで目的地にたどり着いた。雑居ビルの1階、「占」の看板が掲げられた店のドアを小太郎がノックする。

 

「すみません、アンナさんいらっしゃいませんか? 本を持ってきたのですが」

 

 返事はない。留守だろうか。

 

「この家の中に人の気配はない」

 

 タバサも察知できないとなると本当に留守なのだろう。やれやれとため息をこぼしたところで、小太郎は扉に書き置きが貼ってあることに気づいた。

 

「えーっと……『しばらくヨミハラを留守にします』。……まいったな、この街にいないのは確定ってことか」

「どうするの?」

「ほんとどうしたもんかな……。当てがあれば追いかけなくもないんだが……」

「当て……もしかしたら、あるかも」

 

 土地勘がまったくないはずのタバサから出たその言葉に、小太郎は「え?」と思わず聞き返す。

 

「今ここに向けて何人か近づいてくる気配がある。雰囲気がちょっとよろしくないけど、目的がここの人なら何か事情を知ってるかもしれない」

「雰囲気がよろしくない……? トラブルの予感がしないでもないけど……まあもしかしたら情報を得られるかもしれないしな。少し待ってみるか」

 

 最悪暴力沙汰になったとしても、その時はその時でタバサの特訓の成果を見られると思えばいい。そんな楽観的な気持ちで近づいてくる存在を待っていた小太郎だったが――。

 

「あ、やべっ……」

 

 目に入ったその集団を率いる存在――人と馬が一体化したような、全身に鎧を纏って巨大メイスを手にした怪物を目にしてそう口走っていた。

 

「ん……? お、お前! 対魔忍!」

 

 タバサがこの世界に来る前に起きた、五車に対して大規模な襲撃となった「五車決戦」。その時の襲撃者の中にいたのがこの怪物・オロバスであった。

 小太郎は直接姿を目撃したわけではないが、後からデータで目にしている。特異な容姿に加え、対魔忍の中でも特に怪力の持ち主である紫と渡り合ったと記されていたので記憶に残っていたのだ。

 

 オロバスはノマドの幹部であるフュルストという男の部下だ。同じノマドということで瑠璃も関係しているかと一瞬考えた小太郎だったが、あの本の虫はこんな面倒なことはしないだろうし、フュルストと手を結ぶなどということもまずありえない。

 ノマドが超巨大組織であるということを考えれば、瑠璃とは全く関係なしに、おそらくフュルストが何か目的があって私兵を動かしたのだろうという結論に行き着いた。

 そしてそれを突き詰めると、フュルストがこの占い屋の主人であるアンナを探している、ということにもなる。

 

 ここで争うのは得策ではない。が、情報はできるだけ欲しい。そんな考えを抱きつつ、いきなり鼻息も荒く臨戦態勢を取ろうとしたオロバスに対し、小太郎は極力友好的な態度で声をかけた。

 

「あー、待て待て。こっちに争う気はない。ちょっと話さないか?」

 

 が、そう言うと同時、後ろ手に既にタバサにハンドサインを送っている。

 もしかしたら独立遊撃隊でタバサが必要になる時が来るかもしれない。そう考えた小太郎が事前に簡単なものだけは教えるつもりでいたのだ。しかし元々吸収力の高いタバサは簡単なものは勿論のこと、基本一式に加えて応用もそれなりに覚えてしまっていた。

 

『指示があるまで臨戦態勢のまま待機』

 

 よって、タバサは送られてきたサインを確実に理解していた。言われるまでもない、とタバサは小太郎の陰に隠れる形で防具をフル装備して仮面をつける。

 相手の気配がかなり怪しいことは事前に察知していたし、コンタクトしてからはそれがさらに増している。しかしまだ剣は出さない。臨戦態勢のまま待機が指示だ。剣が相手の目に触れれば、即戦闘になりかねない。

 ライブラリーとの特訓の成果。本来ならさっさと飛びかかりたいという戦闘衝動を抑えることに成功し、彼女は次の指示を待つことにした。

 

 そんなタバサに内心で感謝しつつ、同時に訓練の成果は確かに出ていると小太郎は実感していた。そっちは大丈夫なことを確認した上で、相手との会話を続ける。

 

「あんたら、この店の主人に用事があるんじゃないか?」

「そ、そうだ……。でも対魔忍! お前には関係ない! 邪魔をすると言うなら……」

「いやいや、邪魔なんかしないよ。ただ、この店の主人は店の中……というか、ヨミハラにいないらしいんだ。あんたら何か知らないか?」

「な、何!? 嘘だ!」

 

 オロバスが巨体を一歩前へ進める。ズン、という重い足音が響き、辺りに緊張感が高まる。

 

「いえ、待ってくださいオロバス様。その対魔忍が言ってることは本当のようです。ここに張り紙が……」

「なんだと!?」

 

 部下がさっき小太郎が見つけた張り紙に気づいたらしい。が、この様子ではこの連中もアンナの居場所について心当たりはないようだ。

 というよりも、むしろ探しているという点を考えると、目標を見つけた場合に確実に敵対する形になる。これ以上の会話も長居も無用か、と小太郎はさっさと切り上げることにした。

 

「まあそういうわけでその人はいないっぽいし、俺はまた出直すから」

「そ、そうか」

 

 相手に対してくるりと背を向ける。オロバスを言いくるめることには成功した。これで向こうもこのまま引いてくれればここでの戦闘は避けられる。

 

 ――そう思ったのだが。

 

「待て! ……貴様、さっき俺たちにこの店のやつがどこにいるか知らないか尋ねたな? つまり、貴様も探しているというわけだ。ならば、いずれは障害となる。ましてや対魔忍というだけで戦う理由は十分。オロバス様、奴はここで叩くべきです!」

 

 オロバスについていた部下の1人がそう助言し始めたのである。

 

(あーもう、クソ! オロバスだけなら馬鹿そうだからうまく言いくるめられそうだったのに、台無しにしやがって!)

 

 思わず小太郎は内心毒づいたが、後の祭りだ。オロバスは部下の進言を受け入れるらしい。

 

「お? お、おおそうだ! お前の言う通り! 対魔忍! ここで殺す!」

 

 舌打ちをこぼしながら小太郎は下がり、タバサと場所を入れ替えた。後はもうハンドサインの必要もない。

 

「悪い、タバサ。頼む!」

「問題ない。こいつらの気配をちゃんと感じ取れなかった私にも責任はある。だから……」

 

 インベントリからネックスとオルタスを取り出して完全装備状態のタバサが一気にオロバスへと肉薄した。

 

「死ね!」

「オオ!?」

 

 ガギガギッという音と共に、氷と炎の剣が全身鎧の相手の体を捉える。だが――。

 

「硬い」

 

 ポツリと呟き、左の剣による幻影の刃を無数に飛び散らせる牽制の一撃と、高速の三連撃を叩き込んでから、タバサは横に飛び退いた。一瞬遅れてタバサがいた場所にメイスが振り下ろされる。

 

「ンン!? ちょ、ちょこまかと!」

 

 “呪い”の時も沙耶の時も多少のダメージは厭わない姿勢で戦っていたタバサだったが、さすがに今回は相手が硬い上に一撃が重すぎると判断したらしい。ヒットアンドアウェイに徹し、大ぶりのメイスを確実に避けながら攻撃を加えている。

 

「オロバス様、こいつは任せます! 俺たちは奥の男の方をやるぞ!」

「お、おお! 任せろ! こんなの、あ、当たれば一撃だ!」

 

 部下の激励……とオロバス当人は捉えているであろう。まあ実際のところは単純な上司をうまく使うことで面倒なのを押し付けておいて、その間に自分たちで倒しやすい方を狙って手柄をあげようという魂胆である。

 当然小太郎はそんな相手の下心は看破していた、いいように使われてるオロバスに多少の同情はしながらも、当人ではなく部下が来るなら遥かにマシだ。そう思って忍者刀を構えたのだが。

 

「させない」

 

 小太郎とそこに迫ろうとした敵との間に突如炎の壁が出現した。いや、厳密には「炎でありながら氷」といったところか。オロバスと戦いつつも、タバサが進路を遮るようにテルミットマインを展開したのだ。

 続けてネメシスとブレイドスピリットも召喚し、怯んだ相手へとけしかける。これだけで、おいしいところをいただこうとしていた敵集団は一気に混乱に陥っていた。

 

「な、なんだこの化け物!? う、うおお!」

「いってえ! みんな気をつけろ! この球体に近づかれると体が切られるぞ!」

「お、おい! 上見ろ! 氷の塊が降ってくる! 避けろ!」

 

 状況は一気に混戦、というより混乱へと変わっていた。進路を塞ぐテルミットマイン、近づくだけで相手を後退させるブレイドスピリット、そしてネメシスとそこを通して発動させた天界の力の“ブリザード”。

 わずかこれだけで、オロバスの部下たちは小太郎を狙うどころではなくなっていた。

 

 そして隊長であろうオロバスもまた、一方的に押されている。

 タバサは徹底してヒットアンドアウェイを続けていた。しかし「アウェイ」と言いつつもメイスの僅かに外の範囲までしか距離を取らない。時折大きく離れたように見せかけるが、次の瞬間には得意の消えるほどの速度による突進である“シャドウストライク”によって一気に間合いを詰め直し、出鼻をくじいていた。

 オロバス自身が間合いを離そうと後方に跳躍した時も同じ、着地と同時にタバサが待ち構えている状況だった。しかもここは建物の多いヨミハラの街の中だ。大柄なオロバスはどうしても行動が制限される。

 

 メイスの振り回し方と相手の動きから察知したタバサ特有の直感で、距離を離しすぎるのだけはまずいと察していた。

 おそらく、助走をつけた上で四足による加速に全体重を乗せた強力な一撃が狙いだろう。自分1人ならなんとかなる。しかしテルミットマインの防壁を無視して小太郎のところまで突っ込まれたら止めようがない。

 それだけは絶対に避ける。助走をつけさせる隙もスペースも与えず、少しずつ、だが確実にダメージを蓄積させていく。

 その考えで付かず離れずの距離を保ちつつ、間隙を縫って剣撃を繰り出していた。

 

「ぐ、グオオ……!」

 

 一撃一撃のダメージは小さくても、オロバスの反応からタバサの狙い通りに戦況が進んでいることがわかった。“呪い”と戦った時に見せたような様々な追加攻撃の数々のおかげもあるだろう。

 ネックスとオルタスの効果により円形状にほとばしる波動、リングの効果によって生まれた旋回する赤と青の球体、頭上から無数に降り注ぐ天界の力の“メテオシャワー”。さらにそこに得意とする剣技や、彼女の周囲を回転する幻影の刃までもが加わる。

 得意の馬鹿力による攻撃は当てられないままに、一方的にダメージを受け続け、さしものオロバスもかなり劣勢になりつつあった。

 

「オロバス様、ここは一旦退きましょう!」

 

 形勢が悪いのはオロバスだけではなかった。ネメシスとブレイドスピリットによって部下たちも小太郎を相手にするどころではなくなってしまっていたようだ。耐えかねたか、そんな提言が飛んできた。

 

「こいつらと戦うことは我々の本来の任務では無い……無理をする必要はないのです!」

「お、おおそうだな! よ、よし! 今日はここまでにしておいてやる! 次に会った時は貴様を叩き潰してやるからな、覚えておけ!」

 

 そもそもはその部下が戦うべきだと言い出しておきながら、不利とわかるや否や撤退を提案するこの有様。オロバスの戦闘能力こそ優秀であれど、頭の方はからっきしであることを証明していることに他ならない。

 兎にも角にも、現時点では勝ち目がないと判断した相手は、オロバスの強烈な叩きつけで強引に間合いを離させ、さらに部下が投げた煙幕に乗じてこの場を去ろうとしていた。

 

 煙幕で姿を捉えることはできないが、気配だけははっきりと分かる。おそらくその先には無防備なオロバスの背中があるはず。相手の勝手な言い分に付き合う義理は無いと追撃をかけようとしたタバサだったが――。

 

「いい、タバサ! 追うな!」

 

 背後から聞こえた小太郎の声に、足に込めた力を緩め、そのまま相手の気配を見送って臨戦態勢を解除した。

 

「なんで止めたの?」

 

 ネックスとオルタスをしまい、ナマディアズホーンを脱ぎながらタバサは尋ねる。その顔には珍しく不満そうな色が浮かんでいた、

 

「俺がいちゃ足手まといだろ。オロバスと戦ってる時も随分と俺を気にかけながら戦ってくれてたみたいだし」

「テルミットマインで見えてないと思ったのに、気づいてたんだ。……なんでだろうね。今まで周りを気にする戦い方なんてしたことなかったのに」

「ライブラリー師匠の指導の賜物じゃないか?」

「……それはあるかも。今日はやけに相手の狙いがわかったような、周囲がよく見えたような気がした」

 

 ふう、とひとつ息を吐くタバサ。それから、戦闘態勢は取らないまでも、普段のくりっとした目を細め、小太郎の少し奥にある道の角辺りを睨みつけていた。

 

「で、敵意は感じないけど、そこにいる人は何者?」

「うわぁ……。あっさり見つかった……」

 

 そこからひょいと顔を出したのは、小太郎同様右目を閉じたままの少女。開いた左目は美しい緑色をしている。

 しかし人間と明らかに違う点として、その背中から小さな羽根が生えていた。

 

「私は敵じゃないよ、ほんとにほんと。私の名前はアレッキィ。見ての通り夢魔なんだけど、あそこの占い屋ファンタスマの占い師、アンナの友達なんだ」




原作のストーリーイベントである「人さがしの夢魔」の冒頭部分に当たるお話



シャドウストライク

マスタリーレベル10で解放されるナイトブレイドのスキルで、敵をターゲッティングすると「消えるほどの速度による突進」から攻撃を放つ。その移動速度、実に通常の+500%。実際姿を消して高速移動してから敵の目の前に突如現れるので、どことなくスタイリッシュ感がある。
またナイトブレイドらしさが反映されており、二刀流の場合は両手の武器でそれぞれ攻撃する。
リチャージが長めなために連発は出来ないが、非常に高い武器ダメージと刺突・冷気ダメージを持つ。
マスタリーレベル25で解放される後続スキルの「ニダラのジャストファイアブルエンズ」を取得するとスキルリチャージが短縮され、さらに毒ダメージ付与とクリティカルダメージが増加、その後のマスタリーレベル50で解放される「ナイトフォール」を取得することで範囲攻撃が可能となる。
とはいえ、どう頑張ってもそこそこのリチャージ時間が発生してしまうため、特化する場合やタイマン性能を強化したいという場合以外は敵を見つけた時の高速移動用や切り込み用として1だけ振るパターンが多い。
今はどうなったかわからないが、昔はこのスキルを悪用してマップを超高速移動する小技というかバグがあり、RTA走者が活用したりしていた。



ブリザード

天界の力、つまり星座スキルのひとつ。
Tier2の「冬の精霊アマトク」の星の中にあり、最短4ポイントで取得可能。
アサインしたスキルでクリティカルが発生した際に100%の確率で発動、敵の頭上から「氷の槍」のような10個の破片が降り注ぐ。
クリティカル時発動な点とスキルリチャージが3.2秒と長めなのがネックだが、冷気ダメージの伸びがよく、破片を全部命中させた場合はTier2星座にも関わらず高い威力を持つ。
そのため氷ビルドでは主力扱いされており、スキルや装備によってリチャージを短縮してこれを連発することで主砲の一角に据えたビルドが存在するほど。
アマトク自体の取得条件が割りと緩めなことも追い風になってもいると思われる。
余談だが、「ブリザード」といえば超有名ハクスラゲーを作ったメーカーの名前でもある。
そちらの2でも同名のスキルが存在し、特化することで(冷気無効以外に対しては)アホみたいな範囲殲滅力を誇るビルドがあったため、やはりこの名前が付くスキルはハクスラでは優遇されやすいのかもしれない。



メテオシャワー

天界の力、つまり星座スキルのひとつ。
Tier3の「ウルズインの松明」の星の中にあり、最短5ポイントで取得可能。
アサインしたスキルでヒット時30%の確率で発動、3秒間周囲一体に「炎の塊」を無数に落下させる。
見た目が非常に派手な、本来ならば火炎ビルドの切り札的な攻撃星座スキル。
ただ、火球は火炎と燃焼ダメージの他に含まれている物理ダメージのせいで足を引っ張りがちで、また落下範囲もランダムでブリザードほどまとまって落ちてこないため、実は見た目ほど強くないという評価もされたりする。
星座自体の取得条件が厳しいこともあり、これを捨てて星座を防御に寄せる火炎ビルドも少なくない。
しかし本ビルドにおいてはロマンを追求した構成のために、「これとブリザードを降らせる」がひとつのコンセプトになっているので半ば無理矢理取得している。
一応近い星座のTier3で取っているものもあるので、まあついでという形で……。
なおAct7でタバサが述べている通り、冷気変換によって火炎と燃焼は冷気と凍傷に完全変換されている。


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Act12 チャーシューメンとワンタンメンお待たせ

「いやあ、驚いたよ。たまたまあの辺を通りかかったらなんか戦闘してるしさ。放っておいてもよかったけど、アンナの店壊されるのは嫌だし……。ちょっとだけ手伝ったんだけど、ひょっとしたら余計なお世話だったかな」

 

 小太郎とタバサはアンナの友人というアレッキィと一緒に、とりあえず静流の店まで移動していた。町内会長のこの店ならひとまずは安心だろうし、静流が何かを知っている可能性もある。

 

「もしかして敵の下っ端を退かせたのってあなたの力?」

「気づいてたんだ、さすが。あの獣とか精霊っぽいのとか君の力だと思うけど、うまい具合に混乱状態に陥ってくれてたから少し夢を見せてあげたらあっさり撤退してくれたよ」

「正直助かった。ネメシスとブレイドスピリットじゃ限界があったし、私はあのでかいのから手が離せなかったから」

「……お陰様で俺は危険に晒されること無く、戦闘もせずに済みましたとさ」

 

 自嘲的にそう言う小太郎。

 先の戦闘ではオロバス当人ならまだしも、その手下ぐらいの相手なら自衛出来る自信はあった。が、そこまでサポートしてくれたタバサと、気づかないうちにアレッキィが協力してくれたおかげで、戦いを披露することもなく終わっている。

 

「お節介だったら謝る。でも、あの連中が近づいてきたことを教えたのは私だし、気配をちゃんと見抜けなかったことで責任は感じてた」

「責める気はないし、むしろ感謝してるぐらいだ。俺も戦えなくはないけど、タバサに比べたら全然だし。自分の身を守る程度で精一杯だからな。……ただ女の子2人に全部ぶん投げて何もしてなかったって考えたら軽く自己嫌悪に陥っただけさ」

「戦わずにリスク回避できるならその方がいい。もしふうまに何かあったら、ついてきた私が鶴にすごく怒られかねないから」

 

 自分の専属メイドの顔を想像した小太郎は「あー……」とどこか納得の声を上げた。

 

「それにしてもふうまくん、随分とタバサちゃんと仲良くなったのね。タバサちゃんもここの2階で初めて話したときよりもずっと話しやすくなった感じがあるし」

 

 と、静流が飲み物を持ってきてくれながらそう声をかけてきた。

 

「五車で預かるなら悪いようにはならないと思ってたけど、正直少し心配はしてたのよ。うまく馴染めるかな、って。でもさすがふうまくんね」

「いやあ、俺は別に……」

「はは、ご謙遜ご謙遜。この子、多分この中じゃ心開いてるの君に対してだけだよ」

 

 アレッキィが笑いながら小太郎の肩を小突く。そうなのか、と言った表情で小太郎はタバサの方を見た。

 

「合ってる。静流は悪い人じゃないってはわかってる。でも最初に会った時ほどじゃないけど、まだ私に対して若干の疑いの気持ちがある」

「あら、バレちゃってる」

「この子の方は会ってからの時間が短すぎる。判断材料が足りない。基本的に悪い人じゃないけど、心の奥に何かを抱えてるのはわかる」

「うわ、そんなのまでわかるんだ。……一応夢魔だからね。ちょっと訳アリ、ってことにしておいて」

 

 やはりライブラリーによる特訓の成果は出ているらしい。図星を突かれた女子2人はどこか気まずそうだった。

 

「……で、私のことはまあいいとして。ふうま、バイトどうするの?」

「ああ、そういやそうだった。アレッキィ、アンナさんの友人だって言ってたけど、今彼女がどこにいるかわからないか?」

「実のところ私もわかんないんだよね。ノマドの連中が探してるとなるとちょっと心配ではあるんだけど……」

「あら、アンナならまえさき市に行くって、少し前にここに来た時に言ってたわよ」

 

 ここで思わぬところから悩みに対する答えが返ってきた。さすがは情報が集まるといわれる酒場の店長、というわけか。静流はこともなげにそう言ったのだ。

 

「本当ですか? うーん、じゃあ出向くしかないか……」

「まえさきって、ここに来る途中にあった大きな街?」

 

 タバサが静流に出してもらったコーラを飲み干してからそう尋ねる。「ああ」と小太郎が答えると、彼女にしては珍しく嫌そうな顔を見せた。

 

「どうした? さっきあの街通った時に何か嫌なことでもあったか?」

「そうじゃない。……この街に慣れてきたからもうちょっといたかったと思っただけ」

「へぇ……」

 

 これまた珍しい、と小太郎は思っていた。タバサがわがまま、というわけではないが、食べ物関連以外でこんな風に自分の気持ちを主張するのは見た記憶がほとんどなかったからだ。

 

「タバサちゃん、うちで預かってもいいわよ。ふうまくん的には護衛というよりも、彼女に五車の外を経験させたくて連れ出した感じなんでしょ?」

「ええ、確かにそうですね」

「え……いいの、それ?」

 

 当人としては当然却下される、あるいは半ば独り言の感覚で言ったのだろう。まさか受け入れてもらえるとは思っていなかった様子で、どこか困ったように小太郎の方を見つめている。

 

「俺は構わないぞ。タバサがここにもうちょっといたい、っていうならその意思を尊重しようと思う」

「でも本を渡したらバイト終わりでしょ? なら私もついていったほうがそのまま帰れて楽じゃない?」

「じゃあひとまず帰りたくなるまでこの街に滞在してみるというのは?」

「お、静流先生、それいいですね」

 

 ついには静流まで話に乗ってきてとんでもない提案をし始めてしまった。

 自分の何気ない一言からここまで話が発展するとは思っていなかったのだろう。タバサにしては珍しくかなり困惑した様子だった。

 

「……ふうまって私の保護者、みたいな扱いなんでしょ? 私が何か問題起こしたら責任取らされることになると思うんだけど」

「なら問題起こさないでくれ」

「いや、そうは言っても……」

「そんな難しく考えるなって。ライブラリー師匠から免許皆伝してもらったんだろ? 荒治療気味だけど、この街で問題なく生活できるようなら、いよいよこの世界に馴染んだって言えるわけだし」

「それに代わりの責任は私が負ってもいいわよ。何かあったらすぐふうまくんに連絡をつけるから」

 

 タバサは黙り込んでしまった。自分で考えて答えを出す。今まである意味で流されるままに答えを出してきた彼女にとって、これは少々難しい問題であった。

 

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど……」

 

 しばらく続いた沈黙を嫌ってか、アレッキィがそう切り出す。

 

「さっきから『この世界』とかって単語をよく聞くんだけど、もしかしてこの子……」

「ああ。異世界から迷い込んでこの世界に来たらしい」

「へぇー……。戦ってる時の不思議な力を見たときから只者ではないと思ってたけど、そういうわけか。……じゃあなおさら自分の本能に従うべきだと思うよ。人生楽しんでなんぼだし、この世界でしか楽しめないこともあるから、って考えればいいんじゃないかな。……とはいえ、節度を守るのも大切だけどね」

「実に夢魔らしい享楽主義的な考え方だと思うけど、俺もその意見に賛成だ。……バイトしたかったんだろ? この機会にやってみたらどうだ?」

 

 その小太郎の最後のひと押しが決め手だった。口をつぐんだままテーブルを見つめていたタバサが顔を上げる。

 

「……ん、決めた。じゃあふうまの言葉に甘える。バイトやってみる」

「よし、その意気だ。と、いうわけで静流先生……」

「あ、ごめん。静流が私を監視するって意味でも本来はここでバイトすべきなんだろうけど、1番にやってみたいところは他にあって……」

 

 そういえばずっとそんなことを言っていたと、自分から話を振っておいて小太郎は軽く頭を抱えた。

 

「……ああ、そうか。さっき味龍でバイトしたいって言ってっけ」

「うん。でもそれがまずいなら我慢する」

 

 そんな2人のやり取りを聞いていた静流はフフッと小さく笑いつつも、やはり困ったような顔を浮かべたまま口を開いた。

 

「まあいいわよ。一応私はこの街の町内会長だから、平和なあのお店の噂ぐらいならすぐ耳に入ってくるし」

「それにあそこには俺の代わりに保護者やってくれそうな人もいるからな。あの人に全部ぶん投げちまおう」

 

 小太郎の悪そうな笑みに、今度は耐えかねて静流はため息をこぼしていた。

 

「あなたにとって親の仇に当たるはずじゃなくて? そんな人に預けるとか正気なの?」

「今のあの人は下手な人より信頼できます。あとタバサならよくなさそうな気配を感じ取ることも可能でしょうし、命の恩人に対して裏切るような真似はしないと思いますよ。それに何より……そうした方があの人のためになるような気もしますし」

 

 こういうある意味で肝が据わっているところはさすがとしか言いようがない。

 半ば呆れた思いのまま、もう好きにやってくれと、静流はこの件に関しては小太郎に全部任せることにしたのだった。

 

 

 

---

 

「チャーシューメンとワンタンメンお待たせ」

 

 テーブル席に注文された品物が置かれる。持ってきたのは短めの黒い髪にくりっとした目が特徴的な、しかし無表情気味の少女。すなわち、エプロン姿のタバサであった。

 

「あと半チャーハンと餃子のセットも今持ってくるから」

 

 そして姿が遠ざかったところで、向かい合って座っていたヨミハラのチンピラ2人はコソコソと話を始める。

 

「今の子、新しいバイトだよな? この店も随分バイト増えたな……」

「愛想あんまよくないけどちょっとタイプかも……」

「お前……それは年齢的に()()の可能性も……まずいだろ……」

「あ!? あの子そんなに()()ってねえよ! それでも俺みたいなオッサンの域に足突っ込んだ奴じゃ年齢差ありすぎるってか!?」

 

 運ばれてきたラーメンの麺を箸で持ち上げたまでは良かったが、テーブルのチンピラ2人は話に熱が入ったのか、そのまま会話を続けている。

 

「半チャーハンと餃子のセット2つお待たせ。……ラーメンは伸びる前に食べた方がおいしいと思う」

「あ、はい……」

「おーい! こっち注文いいかー?」

「ん、すぐ行く。……あ、ごゆっくり」

 

 数歩離れたところで最後のあいさつを忘れて振り返って頭を下げたタバサに、思わず2人もつられて頭を下げる。

 

「……食うか。いきなり嫌われただろうしこりゃ脈なしだ。今日のラーメンの味は悲しい恋の味だな」

「はいはい、そうだな」

 

 それきり、チンピラ2人は食事に集中することにしたようだった。

 

 タバサが味龍でバイトを始めてから、早くも数日が経過していた。

 静流の店で話がまとまった後、小太郎はタバサを連れて再び味龍を訪れていた。そして、彼女がここでのバイトを希望していることと、自分の代わりとして扇舟に保護者役をお願いしたいことを伝えた。

 

 この提案には扇舟も大いに驚いたようだったが、「命の恩人ですもの、私でいいなら喜んで」と引き受けてくれた。小太郎はタバサとここで別れ、アレッキィを連れて本を渡す相手であるアンナを探しにまえさき市へと向かって行った。

 

 丁度夜の仕込みのタイミングだったということもあり、軽く自己紹介をする時間があった。その後、扇舟がサポートに入る形で早速タバサは仕事内容を学んでいった。

 元々ライブラリーから「吸収力が高い」と保証付きのタバサだ。扇舟の教えの元、すぐに皿洗いを覚え、その日の最後の方にはオーダー取りもこなし、翌日には仕込みの手伝いまで始められるようになっていた。

 

 これには先輩店員たちも驚いたようで、負けていられないと意気込んでいる様子だ。

 

「またしても大型新人の出現……。ボクも頑張りますよ!」

 

 そう言ったのは人狗族の葉月だ。見た目は「犬っ子」といった感じの少女である。

 

「誰が来ようと、この店の看板娘の座は渡さナーイ!」

 

 こちらは鬼族の少女であるシャオレイ。しかし額に張られた札のせいで動きが制限され、キョンシーのようになってしまっている。葉月と同じ時期から働き始めたらしい。

 

 それから扇舟と、最後にもう1人。

 

「フン! オレの方が先輩だからな。そのことを忘れずにちゃんと敬うのだ!」

 

 扇舟の後に入った、獣人のトラジローである。

 パッと見た感じはチャイナ服に身を包んだ、ただの虎っぽい女の子であるが、ヨミハラとは別の街を治めている獣王会というギャングに所属しており、リーダーの妹分という肩書を持つ。さらにワータイガーである彼女は自在に獣人形態に変身が可能で、そうなると高い再生能力やパワーを持つ恐るべき戦士へと変貌するのである。

 とはいえ、見た目も言動もまだまだ子供のようであり、「リーダーである兄貴はいつもクソダサい服を着てるから、オレがかっちょいい服を買ってやるのだ!」というなんとも微笑ましい理由で味龍のバイトを始めたという経緯があった。

 

 トラジローは主に出前を担当していて店にいないことも多いようで、タバサと初めて会ったのはタバサのバイト採用が決まってからだった。

 「出前は新入りにやらせるべきなのだ」というのは彼女の主張だが、もう少しタバサが慣れるまでという春桃の意向により、今も出前をメインに行っている。

 

「私が言うのも何だけど……ほんと面白い人ばかりが集まったわね、このお店」

 

 タバサが料理を運んだ足でオーダーを取って戻ってきて春桃に告げたところで、丁度手が空いていた扇舟がそう声をかけてきた。

 

「春桃さんは訳アリそうだとはいえ普通の人間だけど、葉月ちゃんは人狗族、シャオレイちゃんは鬼族、私は元対魔忍、トラジローちゃんは獣人族、そしてあなたが異世界人。こんなユニークな店員ばかりのお店、他に無いんじゃないかしら」

 

 フフッと扇舟が小さく笑う。が、タバサはそれの何が面白いのかわかっていない様子で首を傾げていた。

 

「ユニーク、なの? このお店?」

「ええ、とても」

「ちゃんと働いてくれればユニークでもなんでもいいけどな。ほれ、ニラレバ定食と魔草炒めチャーハン大盛りと麻婆豆腐上がったぞ」

 

 ここで春桃が完成した料理と共に口を挟んできた。

 

「まあセンシューが来るまではあたしとポンコツ2人の3人だったのに、今じゃ倍の6人だ。これだけいれば出前も含めて結構余裕持って店回せるし、助かってるのは事実だな」

「それはありがとう。……でも、お礼を言いたいのはこちらも一緒だけどね。さて、それより料理が冷める前に運ばないと。タバサちゃん、麻婆豆腐持ってきてくれる?」

「ん、わかった」

 

 数日目にして早くも店に馴染みつつあるタバサを見て、春桃は満足げな表情を浮かべる。

 教育係として扇舟をつけたが相性は抜群、この調子なら近いうちに出前も任せられるようになってトラジローの負担も減らせるかもしれない、と内心で打算的な考えが浮かぶ。

 

「オーダーだヨー。6番さん、センシュースペシャル2つネー」

 

 と、そこでシャオレイがオーダーを取ってきたようだ。

 

「あいよ! センシュースペシャル2つ了解!」

 

 まだまだ書き入れ時。余計なことを考えている暇はなさそうだ。

 春桃はオーダーが入った料理を作ることに集中することにした。




エレメンタルハーモニー

サバターと親和性が高いリングのセット。ルビーとサファイアがあり、2つのリング枠をこれで埋めることでセット条件を満たす。
どちらにも火炎と冷気ダメージの割合強化とデモリッショニストとナイトブレイドの一部スキルのブーストがついており、さらにルビーには実数の火炎ダメージが、サファイアには実数の冷気ダメージがついている。
そして最大の特徴として攻撃時に15%の確率で火炎と冷気ダメージが付属した「旋回する赤と青の球体」が発射される。0.8秒間隔なので頻繁に飛び出す上に敵を貫通しつつ螺旋状に広がるため、悪くない範囲攻撃の補助火力となる。
クラフト可能なので設計図と材料さえあれば入手が容易で、ネクオル同様火炎と冷気を同時に強化できるため、古くからネクオルサバターを支えてきたセットと言える。
とはいえ、レアリティがネクオルより一段下のセット装備なので、アイテムスキル以外の部分はややパワー不足であるのも事実。
なので、メテオシャワーとブリザード同様ロマン枠で採用した側面が大きい。
実際冷気に寄せる場合はより上のレアリティに、冷気ナイトブレイド向けとして非常に強力なアルカモスリングセットがあるので、強さだけを求めるならどうしてもそちらに軍配が上がってしまう。
……もっとも、「1セッション中に1回だけ」「アイテムを使用することで入れるダンジョンの」「最奥にいるボスからのみドロップする」「それぞれドロップ率1.53%と1.22%のリングを」「両方とも揃えられる」ことが出来ればの話ではあるが。



レアリティ

高い方から、レジェンダリー(紫)>エピック(青)>レア(緑)>マジック(黄)>コモン(白)の順。
また、レベルに応じて神話級>強化版>通常版と、基本の効果はそのままに性能をグレードアップした上位装備も存在する。
基本的にレア度が高い方が強く、ネクオルはレジェンダリーに、エレメンタルハーモニーはエピックに位置する。
が、ナマディアズホーンのようないわゆるMI品はレアに位置しており、いい接辞を引き当てた場合はこちらのほうが強くなることもある。
大体最終装備はレジェンダリーとレア(というか良質なMIかクラフト品)で組まれることが多い。
しかしエピックには低レベルから装備できるという強みがあり、育成時にはかなりお世話になる。
また、一芸に秀でた装備もあり、時にはレジェンダリー装備を押しのけて最終装備になることも。
特に、パンツの「染み付きトラウザーズ」はアクティブなアイテムスキルとして「ウ○コをぶん投げる」というとんでもないスキルが使用可能になる。しかもリチャージ無し、エナジーが尽きるまで連続でウ○コをぶん投げられる。
完全にネタ……と思いきや、特化すると普通に強力であり、これをメインにしたビルドまで考案され、ウ○コをぶん投げて世界を救ったりSR75を普通にクリアしたり、挙げ句の果てには神を殺したりする乗っ取られまで現れてしまっている。
このビルドを作ってオリ主のモデルにするのも一瞬考えたけど、いくら対魔忍とのクロスとはいえ流石に書いててきつくなりそうなのでやめました……。



クラフト

鍛冶屋に製造してもらうこと。クラフトすることで、ボーナスとして僅かながら追加の効果も得られる。
設計図を入手することでクラフト可能になるものもあり、1キャラで手にいれば他データでも適用される。
3セット以上のセット装備は大体1箇所クラフト可能部位が存在し、ドロップで入手できてもボーナス目的や、数値に振れ幅があるので上振れを狙ってクラフトすることもある。
また、レリックは基本的にクラフトでしか入手不可。ただし、こちらにはクラフトボーナスはかからない。
レアリティがマジック相当の防具をクラフトすることもできるのだが、これは接辞が前と後ろに付き、レア接辞を引けた場合はレアリティがレアまで引き上げられる。
特にMIもスキル変化装備も存在しない上に基礎性能に物理耐性がつく靴が人気で、良質な接辞が引ければ文句無しの最終装備になる。
が、鉄片(ケアンに置ける貨幣)が文字通り湯水の如く溶けていくため、やりすぎると破産するので注意。
近々予定されているアプデではクラフトベルトに結構なテコが入るという噂で、また破産する乗っ取られが増えるのではないかという懸念がある。


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Act13 闇の街だって持ちつ持たれつがあってもいいじゃない♪

「うーん……」

 

 ふうま家の縁側に腰掛けていた小太郎は、頬杖をついたまま唸り声を上げていた。

 そんな主人の様子をたまたま見かけた、彼の専属メイドである出雲鶴が心配そうに声をかける。

 

「どうかなさいましたか、ご主人様? お体のお加減が優れないのですか?」

「ああ、いやそういうわけじゃないんだが。……なんだかんだ2週間近くタバサのこと放って置いちまってるなって思って。まあ静流先生から緊急連絡とか無いから無事にやってはいるんだろうけど、この間ヨミハラ行く機会あったのにバタバタしすぎてて店に顔出す暇も無かったし」

 

 少し前、ノマドの老騎士が引退するということで最後の勇姿を飾るために協力して欲しい、という奇妙な頼みを小太郎は受けていた。簡単に言ってしまえば、エキシビジョンでの戦闘でやられ役をお願いされたのだ。

 なんでも、「ノマドにとっては敵ともいえる対魔忍を派手にぶちのめす映像を収め、それを手土産に魔界に帰ってもらいたい」という意向だそうだ。一応の顔見知りから熱心に頼まれた上に蛇子や鹿之助までノリノリだったこともあり、やむなくその頼みを受けたわけだが、その際にトラブルにトラブルが重なりまくってしまった。そのためさっさと引き上げなくてはならなくなってしまったため、味龍に顔を出す間もなくヨミハラから戻ってきていたのだ。

 

「ちょっとぐらい時間あるだろう、と思ったのにあんなことになっちまったからな……。まあしょうがない……なあ、鶴、もしかして……怒ってるか……?」

 

 鶴の目が据わっていた。

 

「いえ。ですが、私以外の女の話をされるのは、あまり心地が良くないものだと思ったものですから」

「なんでそうなるんだよ! ……本来俺はあいつの保護の責任があるからしょうがないだろ」

「では、タバサさんのことは異性として意識してはいないと?」

「それは……。うん、まあ……確かにあんまそんな感じじゃないな」

 

 顔はかわいい部類に入ると思うが、体は華奢で出るべきところもゆきかぜほどではないにしろ出ていない。食べ物を前にすると子供っぽい部分がどうしても目立つ。戦闘時こそ恐ろしいものの、どちらかといえば、異性としてというよりも、感覚としては妹、と言った感じだろうか。

 

「それならば安心しました」

 

 ニッコリと笑顔を浮かべる鶴。

 

「またご主人様に擦り寄る女狐が増えたのではないかと心配だったものですから」

「そ、そうか……」

 

 そのまま家事をこなすために、「では」と鶴はその場を離れていった。

 思わず小太郎の口からため息がこぼれる。

 

「……今の鶴の話は置いておくとしても」

「うわあ!?」

 

 そして今度は庭にいたらしいライブラリーに突如声をかけられて小太郎は飛び上がるほど驚いていた。

 

「い、いつの間に!?」

「申し訳ありません、タバサの話だったのでしばらく聞き耳を立てさせていただきました。……少し前にヨミハラでバイトとを始めたと聞いた時は驚きましたよ。私との訓練が役に立っている、ということでしょうかね」

「そうだと思うぞ。『便りが無いのは良い便り』って言うし、うまくやってるんじゃないかな」

「……実は数日前に私もヨミハラに行かねばならない事情があったのですが、とてもタバサのバイト先に顔出す余裕は無かったもので。ただ、あの街の空気がやや危なくなってきているようにも感じました。私の気のせいで何事もなければいいのですが……」

 

 ライブラリーがそう感じたというのはやや無視できない状況かもしれない。とはいえ、もしかしたら彼の言った通り気のせい、ということもある。

 まあタバサの力を考えれば多少の事態なら自力で切り抜けられるか、と小太郎は楽観的に考えることにした。どうせ近々ヨミハラに行くこともあるだろう。

 

「とにかく今ライブラリーが言ったあの街の雰囲気の件も含めて、そのうちまたヨミハラ行った時にちゃんと確認してくるよ。それで本当にヤバそうだとか、タバサが戻ってきたいって言うなら連れて帰ってくるし、もうちょっといたいって言うならその意見を尊重したいと思う」

 

 ふむ、とライブラリーは頷いていた。

 

「ふうま家当主として素晴らしい判断ですな」

「茶化すなよ。……あいつは対魔忍じゃないし、ましてやこの世界の人間でもない。俺なんかが無意味に縛り付けるよりも、自分の目でこの世界を見て、やりたいことをやらせてやりたいって思っただけさ。……なんて言っても、治安がいいとはいえないヨミハラぐらいにしか連れて行ってないから、あんま説得力無いんだけどな」

 

 自嘲的に笑う小太郎を見つつも、ライブラリーはそんなことは無いと心の中で思っていた。

 いよいよふうま家当主として、それらしい気配を放つようになってきたように感じる。やはり、この人に仕えて正解だったと、改めて思うのだった。

 

 

 

---

 

「8番テーブル、センシュースペシャル3つ……くしゅん!」

 

 オーダーを入れると同時、タバサが小さくくしゃみをする。

 

「あいよー、センシュースペシャル3つ了解。……なんだタバサ、風邪か? 体調悪いならすぐ言えよ?」

「大丈夫。おいしいご飯をたくさん食べてるから平気」

「あー……。そうだよな……。お前賄いほんとよく食うもんな……」

 

 確かにあの食べっぷりは作ってる側からすると嬉しくなると春桃は思う。が、如何せん食べ過ぎなのではないかと時々心配になってしまうほどだ。

 なお、その分はタバサの了承を取った上で、少し多めに給料から引くことになっている。

 

 そして料理を作りつつ、「あー」と何かに思い当たったように春桃は切り出した。

 

「そういえば、タバサもここで働き始めてもう2週間ぐらいになるな」

 

 今は昼食時のピークを過ぎた時間帯。客も引き始めて少し余裕が出てきたため、オーダーを取ってきてからやや手持ち無沙汰気味だったタバサはそのまま会話を続けることにした。

 

「ん……。そういえばそうか」

「だいぶ慣れてきたし……というか、数日でもう慣れてた感はあったけど、そろそろ出前もお願いしてみるか」

「ねえ、春桃さん。それはまだ早いんじゃないかしら」

 

 口を挟んできたのは、同じくやや暇気味にしていた扇舟だ。

 

「仮にもここは闇の街よ? 危ないことに巻き込まれたら……」

「危ないことって言うけどな、タバサはメチャクチャ強いから問題ないと思うぞ。センシューも見てただろ、この前のアレ」

「まあそれは……確かに見てた、というか私が割って入ろうと思ったときにはもう終わってたけど……」

 

 春桃が言っているのは数日前に起きた店内での乱闘騒ぎのことである。

 

 味龍はメインストリート沿いにあって比較的治安がいい場所の立地とはいえ、仮にも闇の街で営業していることに変わりはない。時には料理や接客に難癖をつけようとする連中も現れる。

 しかし店長代理の春桃が中国武術の達人であるため、そんな不埒な輩は鉄拳制裁を食らってあえなく店を追い出されることになってしまうのだ。

 さすがはヨミハラというべきか、常連客の中にはそれを楽しみしているような者までいる有様だ。

 

 さらに、春桃以外の店員を見ても、葉月はこのバイトの前は護衛の仕事をやっていて戦闘経験が豊富だし、シャオレイも動きが制限されているとはいえ鬼族に伝わる拳法の使い手である。扇舟はかつて対魔忍で指折りだったほどの近接戦闘能力の持ち主、トラジローに至っては獣人形態にならなくても十分すぎるほどに強い。そこにタバサまで加わってしまっている。

 はっきり言ってこの店で揉め事を起こすほうが命知らずなレベルである。

 

 ところが客側はそんな店員の内情など知らない。そのため、お構い無しで揉め事を起こしてしまう。実際、数日前にも似たような乱闘騒ぎがあった。

 揉めたのは店員とではなく客同士。食事を終えたらしいオークとトロールが言い争っていたと思ったら一気にヒートアップ。立ち上がって互いに殴り合いに入る様相を醸し出していた。

 店員が絡まれてはいないとはいえ、このままだと他の客の迷惑になる。そう思って春桃が止めに入ろうとした矢先、突如トロールが派手に転び、オークは殴りかかった腕を逆に取られて関節を極められていた。

 

「トラブル厳禁。春桃が怒る」

 

 止めたのは注文を取りに行っていたタバサだった。

 トロールには目にも留まらぬ速さで足払いをかけ、オークに対しては相手の力を利用して関節を取ったのだ。ライブラリーとの訓練の賜物、彼に教えてもらった護身術である。

 

「やるなら外で勝手にやって。勿論食事代は払っていって」

 

 あまりの早業に当事者のオークとトロールは大人しく従うしか無く、見ていた周りの客からは拍手が起きるほどの有様だった。

 

「あたしでもあそこまで鮮やかには止められないぞ。センシュー、お前できるか?」

「いえ、それは……」

 

 思わず扇舟が言い淀む。全盛期なら出来た、と言い切れる自信はあった。今も並のチンピラが相手ならあっさり組み伏せることなど造作もないだろう。

 しかしあの時のタバサのレベルで止めてみせろと言われると、どうしても答えに詰まるのであった。

 

「大体センシューはタバサに対してなんか過保護すぎだ。まあ預かってるみたいな話だし色々あるんだろうから深くは聞かないけど……もう少しあの子自身に任せてあげてもいいと思うぞ」

 

 春桃の言っていることは最もだと扇舟は頭ではわかっていた。とはいえ、小太郎からタバサの保護者役を頼み込まれていることもあって、危険なことには巻き込みたくないという思いの方が強い。結果、どうしても過保護気味になってしまっていた。

 

 実は元々扇舟は娼婦を一時休業してここで働いていたため、その娼館を仮住まいとしていた。が、タバサの保護者役を務めるということになった時にさすがにそれではまずいと、今は静流の店の上にある簡易宿泊所を借りてタバサと共に寝起きをする形になっている。静流の近くにいれば小太郎から何か連絡がある時も受けやすいし、あえて自分を現対魔忍の監視の目の届くところに置いておくことで恭順の意思を示すためでもあった。

 

「何かあったら責任を取るのは私だから……。それに、私を信用して彼女を預けてくれた彼にも申し訳がないし……」

「まあ訳ありなのはわからなくもないけどな。……でもここは当人の意思を尊重してみる、ってことでどうだ? と、いうわけでタバサ。出前、やってみたくないか?」

「出前っていっつもトラジローがやってるあれのこと? 興味はある」

 

 即答だった。こう言われてしまうと扇舟はもう口を挟めない。

 

「……わかったわ。春桃さんの言うとおりかもしれない。もう少しタバサちゃんを信じてみる」

「うん、それがいいな。じゃあトラジローが戻ってきて次に出前の注文が入ったら、見学って形でついていくように。……お、噂をすればトラジロー帰ってきたか?」

 

 厨房にいて料理を作りながらなのに入り口が開く気配を春桃は感じ取っていたらしい。さすがは店長代理といったところか。

 

「違う、お客さん。フェルマだ」

 

 とはいえ、さすがに誰かまではわからなかったようだ。

 

 来た客はこの店の常連であるフェルマだった。

 シスターのようなローブを纏いつつも体の前面は大胆に露出し、頭には角と背中に翼が生えたサキュバスである。そのため自身の欲望も満たせるということで娼婦を生業としているのだが、以前扇舟が娼婦時代だった頃からの付き合いでもあった。

 

 そして、扇舟がこの店で働くようになったきっかけは彼女にあったりする。

 当時の扇舟は自暴自棄の状態であり、誰彼構わず客として取った結果、抱くだけでは飽き足らずに暴力まで振るうような客に当たることが多くなっていたのだ。趣味と実益を兼ね備えた自分の仕事に誇りを持つフェルマはそのことをよく思わず、また扇舟の身を案じたこともあり、半ば無理矢理ここでのバイトを取り付けた、という過去があった。

 

「いらっしゃい。珍しいね、こんな時間に」

 

 ()いていたということで案内より先にテーブルに着いたフェルマにタバサがお冷を持ってくる。

 

「こんにちは、タバサちゃん。今日は休みだったからね。お客さんが少なくなりそうな時間まで待ってから来たの」

 

 扇舟を通してタバサとフェルマは既に見知った関係だ。だから普段の彼女は夜仕事が終わってから来ることを知っていたし、注文するメニューも大体予想がついていた。

 

「いつものでいいの?」

「ええ。センシュースペシャルと餃子でお願い♪」

「お酒は?」

「まだ早いから……。今日は遠慮しておくわ」

「了解」

 

 そう言ってオーダーを春桃に伝えに行ったタバサと入れ変わるように、今度は扇舟がフェルマの元へと近づき、屈んで目線を合わせてから口を開いた。

 

「あの……フェルマ、餃子の分は私が……」

「自分のお金で出す。……ねえ、扇舟ちゃん、言ったわよね? 気にしなくていいって」

 

 基本的に明るいフェルマにしては珍しく厳しい口調だった。

 

「気にしないなんて無理に決まってるじゃない。だって……私がタバサちゃんと一緒になれるお金を肩代わりしてくれたんだもの……」

 

 タバサと一緒に暮らすことを決めた扇舟は、まず仮住まいにしていた娼館から出ることを考えた。加えて、今後は味龍だけで働くことにしたため、娼婦も辞めることを決意していた。

 しかし、扇舟はその美貌から人気があった娼婦だ。しばらく休業していたとはいえ、客を取れば一気に稼ぎ頭になれる存在の1人でもある。そのため娼館側もできれば手放したくない。そういうことで辞めたいならその分娼館側が受けるであろ損失分を前もって支払え、と言ってきたのだ。

 少し前までは結構な貯金もあった扇舟だったが、味龍の閉店のピンチを救う際とタバサの診察代を持ったりしたことでその額はやや心もとなくなっていた。

 仕方なく復帰した上でもうしばらく兼業状態を続け、タバサと一緒の生活は諦めるしか無いと思っていた扇舟だったが、そこで噂を耳にしたフェルマが一肌脱いだのだ。

 

「扇舟ちゃんが自由になるためのお金は私が出す。……あなたは自暴自棄だったあの頃のあなたとはもう違う。だから自由に生きるべきよ。お金のことは気にしなくていいから、友人として、これからの扇舟ちゃんのことを応援してるわ♪」

 

 こうして、扇舟は今現在娼館を完全に離れて自由となり、タバサと一緒に生活できている。全てフェルマのおかげ、と言ってもいいぐらいなのだ。

 

「私の意思で勝手にやったことなんだから、扇舟ちゃんは気にしなくていいんだって」

 

 それ以来、フェルマと扇舟は顔を合わせる度にこんな感じになってしまっている。

 

「大体扇舟ちゃんだってこのお店を救うために自分のお金使ったんでしょ?」

「それは……確かにそうだったけど……」

「それが今度は私になったってだけの話。深く考えなくていいの。闇の街だって持ちつ持たれつがあってもいいじゃない♪」

 

 そして最終的にはこういった具合でフェルマにかわされて終わりとなってしまうのであった。

 

「……ごめんなさい」

「謝らないの」

「じゃあ……ありがとう」

「感謝の言葉なら、まあいいか」

「お金はいつか必ず返すから」

「いいって言ってるのに……。まあ出世払いとかで。気長に待ってるからね。なんなら、返さなくてもいいから」

 

 結局今回もまたこんな感じで話が終わってしまったと、扇舟は申し訳なさと感謝の気持ちでフェルマの元を離れようとした。

 

 と、その時入口の扉が開く。入ってきたのはこの店にふさわしいチャイナドレスに身を包み、おかもちを持ったトラジローだった。出前から帰ってきたらしい。

 

「あら、トラジローちゃん。出前お疲れ様、おかえりなさい」

 

 扇舟はそうなんとなしに労いの言葉をかけたのだが。

 

「おかえりじゃないのだ! 扇舟、お前また油売ってたんだろ! そんなんじゃダメダメすぎてうんこなのだ!」

 

 いきなり怒られてしまった。確かに店は客が少なく扇舟の手は空き気味だったとはいえ、油を売っていたと言われると反論できない。

 

「ご、ごめんなさい……」

「トラジローちゃん、そんな頭ごなしに怒らないであげて。私が扇舟ちゃんと話したかったのもあるんだし……」

「そうやってフェルマも甘やかすからダメなのだ! 客として来てくれるのはありがたいけど、えーぎょーぼーがいは禁止なのだ!」

 

 プンスカと怒ったままトラジローは店の奥へと行ってしまった。残された2人は苦笑を浮かべるしかない。

 

「いつも思ってたんだけど、トラジローちゃん、随分と扇舟ちゃんに当たり強くない?」

「まあ……私の愚かな過去の行いを考えれば心当たりが無いわけじゃないから、しょうがないわ。……じゃあこれ以上怒られないように、私は行くわね」

「はーい、お仕事がんばってねー♪」

 

 やれやれ、と扇舟が店の奥へ戻ると、丁度料理が出来上がったところだった。

 

「あ、センシュー。フェルマの注文出来上がったから持っていってくれ」

 

 今さっき席を離れたばかりなのにまた行くことになるのか、と少し気まずい思いをしながらセンシュースペシャルと餃子をトレーへと乗せる扇舟。

 が、そこで聞こえてきた春桃とトラジローとタバサの会話に一瞬足が止まった。

 

「よし、じゃあそういうわけでトラジロー、タバサに出前のやり方を教えてやってくれ。丁度注文も今さっき入ったことだしな」

「わかったぞ。おい、タバサ。オレは扇舟と違って厳しいから覚悟しておけよ!」

「ん。よろしくお願いする」

 

 さっき春桃に対して了承の意思を示した以上、自分に入り込む余地がないことはわかっている。過保護というのもその通りだという自覚もあった。

 ひとまず出前の件はトラジローに任せよう。そう決めて、扇舟は自分の仕事をするべく、料理を持ってフェルマのところへと向かった。




前半部分で軽く触れた通り、この時点で原作における「ヨミハラ大応援チアバトル」と「チャプター47 The Resurrection」の後ということになっています。
ゲーム中の図書館を見ると順番がよく分かるのですが、本来はこの2つの間に「トラと天使とアルバイト」が挟まれています。次回にその話に沿った回をやりたかったので、原作の時系列をやや前後させる形を取りました。



アマラスタのブレイドバースト

マスタリーレベル1で解放されるナイトブレイドのスキルで、通常攻撃モーションで攻撃を行い、ヒット時に「幻影の刃を無数に飛び散らせ」て範囲攻撃する。通称ABB(Amarasta's Blade Burst)。
二刀流の場合はオフハンド(左手側)の武器ダメージを参照するという珍しい特徴がある。実際にモーションも左手の武器だけで攻撃するモーションになる。
あまり広くない効果範囲、低めの武器ダメージと冷気と凍傷ダメージ、凍結も低めの確率で1秒とこれだけ見るとイマイチなスキルなのだが、本命はマスタリーレベル15で解放される後続スキルの「リーサルアサルト」にある。
これはABBをヒット後4秒間、冷気と酸の実数ダメージと冷気・凍傷と酸・毒の割合ダメージを追加するというバフスキルで、特に実数ダメージボーナスの恩恵を直に受けられる殴り系ビルドの場合は強力。
しかもネクオルパワーによるスキル変化で酸は2:1の割合で火炎と冷気という得意属性に変換されるため、ネクオルを使う二刀サバターにとっては爆発的な火力を生む要因のひとつとなっている。
本編中でタバサが左手だけの攻撃を牽制気味に放つ時は大体これを使用してる時で、本命攻撃の前準備としてバフ目的の使用ということで描いている。
欠点はバフ持続時間が4秒と短いことで、維持が忙しく面倒な点。
昔はクリティカル発生確率に影響するOA増加も含まれていたのだが、別なバフスキルに移動になったので、忙しさやスキルポイント節約と相まって取得するビルドは減少しているように思われる。
また、以前は貫通率100%の銃でこのスキルを使用することで貫通ごとにABBが発動するため、それを利用して集団殲滅をするという方法があったのだが、銃の貫通率が根本的に見直しとなったために今ではできなくなってしまった。残念。
さらに余談だが、大昔に公式から「クールダウンが短いから間に通常攻撃を挟みながらの左クリックに使えるよ」的なアナウンスがあったために、通常代替スキルに当たるのではないかという論争が日本語wiki内で巻き起こったこともあったりする。
実際のところクールダウン中の通常攻撃ではABBにアサインした星座スキルが発動せず、スキルの説明にも「通常の武器攻撃として使われる」の文言が無かったために通常代替スキルとは言えないということで結論付けられ、現在では公式のアナウンスの額面通り「クールダウン中は通常攻撃が出るスキル」という認識となっている。


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Act14 それがお前の仁義じゃないか?

 おかもちを持ったチャイナ服ちびっ子トラ娘と、それについていく無表情気味の少女。一見すると闇の街に全く似つかわしくない2人が、メインストリートから外れ、脇道へと入っていった。ここから先は一段階治安が悪い箇所になる。

 

「走らなくていいの? 冷めたり伸びたりしない?」

「確かに急ぐべきではあるが、それで中身をこぼしたり盛り付けを崩したりする方が問題なのだ。だから、まずは確実に運べ、と春桃に教わったぞ」

「なるほど」

「それに今回は麺の注文はないから伸びる心配は無いぞ。まあ出前用の場合、麺を伸びにくいものに変えた上でさらに茹で時間を短くしてるとか春桃が言ってた気がするのだ」

「ふむふむ」

 

 しかし当の本人たち、トラジローとタバサはそんなことなどまるでお構いなしという雰囲気だ。マイペースで話を続けている。

 

「いつも扇舟が甘やかしてるからお前もうんこかと思ったが、真面目にオレの話を聞いてくれてなかなか見どころがある奴なのだ」

「ありがとう。……でもさっきの店の中でもそうだったし、今までもずっと思ってたんだけど、なんでトラジローってそんなに扇舟にきつく当たるの?」

 

 少し前までは機嫌が良さそうだったのに、途端にムッとしたように顔色が変わるトラジロー。

 

「あいつはオレの知り合いの主人を昔殺したうんこ女なのだ! 本当に悪いのはあいつの母親だってことはわかってるし、天音と災禍も渋々納得したようではあるけど……」

「ちょっと待って。天音と災禍ってふうまの家の人?」

「なんだ、あいつらのことを知ってるのか?」

「うん。というか、私が味龍でバイトするって決めた時にふうまが付き添ってくれて……。あ、そっか。あの時もトラジロー出前でいなかったんだっけ」

「そうだぞ。別に出前が嫌ってほどじゃないが、そろそろ負担を減らしたいし、お前も担当してくれると助かるのだ」

 

 そこまで言ったところで「ん?」とトラジローは何か違和感を覚える。

 

「……じゃなくて! オレの出前の話は今はいいのだ。天音と災禍の話なのだ! なんで知り合いなんだ?」

「ここに来る前はふうまの家に居候させてもらってた。天音は私に興味が無いみたいでよくわからなかったけど、災禍は美味しいご飯を作ってくれた」

「さっきも言った通り、その2人の仇があのうんこ女なのだ!」

「……そういえば静流も『親の仇』とか言ってたような気もする。じゃあなんでふうまは扇舟に私を預けるような真似したんだろう?」

「フン! あんなうんこ人間の考えることなどわからないのだ!」

 

 瞬間、トラジローの毛が軽く逆立った。隣からビリっと鋭い気配が飛んできたことを感じ取ったのだ。

 

「な、なんだ!? 怒ったのか!?」

「……あ、ごめん。ふうまはいい人だから、貶されたのを聞いてちょっと感情が荒れた。でも大丈夫、もう落ち着いた。……それにトラジローも本心から嫌って言ってたわけじゃなさそうだし」

「ふにゃっ!? な、なんでそんなこと……」

「なんとなく。なんか、私って直感だか感受性だか、そういうのが優れてるんだって。だから、なんとなく考えてることがわかるっていうか。ちょっと前までは敵意とか殺気とか当てられると無条件で反撃に出るぐらいだったし。……ま、そんなわけだから、扇舟に対しても嫌うというより、聞いてた話と違って戸惑ってる、ってイメージを受けるんだけど、違う?」

 

 からかったり煽ったりしているわけではない。くりっとした目を見ると、純粋に思ったことを口にして疑問を投げかけてきているだけと分かる。

 こうまっすぐ聞かれては誤魔化しが効かない。思わず「うぐぐ……」とトラジローは顔を赤くしていた。

 

「……ああ! お前の言う通りなのだ! 井河扇舟と聞いてどこかで耳にした名前だと思ったら、天音と災禍が時々話していた主人の仇の女だったことを思い出したのだ。なのに、今のあの女はまったくそんな気配がない……。それどころか、ただのいい人にすら思えるのだ。だから化けの皮を剥いでやろうと、あれこれやってるのに一向に本性を表す気配がないのだ!」

 

 まくし立てるように言い終えたのを待ってから、タバサはポツリと呟いた。

 

「じゃあそれが本性なんじゃない?」

 

 相変わらずの無表情。しかし、それに反して言葉はどこか暖かみがあるようでもあった。

 

「少なくとも今の扇舟は悪い人とは思えない。もし何か下心があったとしたらふうまも私を預けるような真似はしないだろうし、私だって気づく」

「じゃあ何だ、過去の贖罪のために改心したとでも言うのか?」

「その辺のことは私にはわからない。昔の扇舟に会ったこともないし、そもそも贖罪という行為自体を私は理解できていない。でもさっきも言った通り、今のあの人は悪い人とは思えない。だから……。うーん、なんだろ……」

 

 折角いい感じでまとまりそうだったのに、そこまで言ったとことでタバサは言葉に詰まってしまった。

 やれやれ、とひとつため息をこぼしてからトラジローが口を開く。

 

「……まあお前の言いたいことはなんとなくわかったのだ。確かに扇舟は過去に過ちを犯した。でも今はそのことを悔いた様子でまっすぐ生きている。だから、その今を見るべきだ。そう言いたいんだな?」

「そうなのかな……。じゃあそう言うことにしておいて」

「まったく……。調子が狂うのだ。こういうのは自分の口からはっきり言ってもらわないと、こっちとしても納得しづらいのに……」

 

 ポリポリと頭をかきながらトラジローはまとめに入った。

 

「とりあえずタバサの気持ちは伝わったのだ。天音と災禍の話からオレが扇舟をそういう人間だと決めてかかっていたのは事実で、今のあいつをちゃんと見てやれてなかったことは反省するのだ。……でもそれはそれとして、お前を甘やかしすぎるところとか、目を離すとフェルマと話して油を売ってるところとかは、あいつの方が先輩だとしてもこれからも厳しくいくからな!」

「ん。そういうのでいいんじゃないかな」

 

 まとめたはずなのになんともまとまりきっていない感じがする。しかしまあなんとなく気持ちの整理がついたようにトラジローは感じていた。

 

 そんな話をしているうちに、2人はヨミハラの中でも特に治安が悪い地区、スラム地域へと近づいていた。

 

「ここを抜ければ目的の孤児院はすぐだぞ。ただ、この辺はスラムだからな。タバサの強さなら問題ないとは思うが、一応気をつけるのだ」

「わかった。……で、気をつけるのはいいんだけど、あくまでお店の食べ物を届けることを最優先に、自己防衛だけでいいんだよね?」

「は? それってどういう……」

 

 そこまで言ったところで、トラジローはタバサが言わんとしていることに気づいた。彼女の視線の先、チンピラたちから殴る蹴るの暴行を受けている女の子がいる。年はタバサと変わらない程度の金髪の少女だ。

 

「あー……。まったく、あいつ……」

「知り合い?」

「そういうほどの関係でもないのだ。さっきの出前のときに見かけた、正義の味方を気取ってた奴なのだ。自ら進んで事件に首を突っ込むような奴は闇の街では早死すると忠告したのに、あのザマってことはオレの忠告を無視した結果なのだ」

「じゃあ放っておく?」

 

 ここで「助ける?」ではなく、「放っておく?」とサラっと聞いてくる辺り、タバサも大概別な意味で危ないというか、闇の街に適していると思えてしまう。

 

 結局のところ、余計なことに手を出して自分が大損害を食らうなど馬鹿馬鹿しいことこの上ない。特に闇の街では力関係は絶対であり、自分より強い奴には歯向かってはいけない。そういった部分を割り切れなくては暮らすことなど到底無理である。

 しかしさっきの一言を考えると、タバサはそれをクリアしていると言えなくもない。トラジローが「放っておく」と言えば、間違いなくそれに追従するだろう。

 

「もしオレが放っておくと言ったとして、お前は罪悪感とか良心の呵責とかは覚えないか?」

「なんで? 路上で偶然会った者のことを気に掛けたりする?」

 

 身も蓋もない。トラジローですら軽く引くほどの割り切り具合だ。

 

「ましてやトラジローの忠告を無視した結果があれなんでしょ? なら自業自得だよ。しょうがない」

 

 自分に関係がない人間に対しては冷酷すぎるほどの対応である。ついさっきまでは小太郎のことを少し悪く言われただけで過敏に反応したり、扇舟に対してかばうようなことを言っていたはずだというのに。

 

 とはいえ、実際問題トラジローの忠告を無視した結果ああなっていることは容易に想像できる。いい薬だとは思うが、それでもし命を落としたりしたら寝覚めはあまり良くない。

 

 さて、どうしたものか。トラジローがしばし考えを巡らせていると、子供たちが駆け寄ってくるのが目に入った。

 

「ねえ! あのお姉ちゃんを助けて!」

 

 見れば、その子どもたちは目に涙を浮かべており、ただ事ではないというのがわかる。この付近にいるということはスラムの子供だろうか。

 

「ん? なんだ、何があったのだ?」

「あのお姉ちゃん、あそこにいる悪い奴らに私たちが連れ去られそうになったときに助けてくれたの! でも、あいつらにやられちゃって……」

 

 子供たちの悲痛な訴えを聞くと、トラジローの雰囲気が少し変わった。

 

「……そうか、わかったのだ」

 

 手にしていたおかもちをゆっくりと地面に置く。

 

「タバサ、頼みがある。おかもちが倒れないように見張っててほしいのだ」

「いいけど、気が変わったの?」

「子供たちに頼まれてるのに無視するのはオレの仁義に反するのだ。親父からも子供に酷いことするやつはぶちのめせ、って教えられてるからな。……じゃあちょっと行ってくるぞ」

 

 離れていくトラジローを見送るだけで、タバサは追いかけようともしない。子供たちは不安そうにタバサの服の裾を引っ張った。

 

「ね、ねえ……。あのお姉ちゃん1人で大丈夫なの?」

「問題ない。あの程度の相手ならトラジローだけで十分。それに私はおかもちを見張るように言われてる」

「え……? で、でも……。あっ!」

 

 子供たちの不安はすぐに吹き飛んだ。相手と何かを話した直後、華麗な回し蹴りでチンピラたちを吹き飛ばしていたのだ。

 

「すごーい!」

「だけど……あっちのお姉ちゃんがやられた変な術みたいなのを使われたら……」

「変な術?」

 

 言ってる側から戦況が変わった。体にツギハギの跡がある紫のモヒカン男と相対しているというのに、トラジローは何も手を出さないでいる。

 

「ああっ! やっぱり……!」

「……問題ないよ」

 

 それでもタバサだけは冷静だった。次の瞬間、トラジローがその名の通りの虎の姿に変わったかと思うと、一方的な反撃を開始。モヒカン男を完全に圧倒していた。

 

 神獣化。獣人化を超えて力を引き出せるトラジローの奥の手だ。彼女が所属するギャングが激しい抗争に巻き込まれたときを想定し、密かに訓練を続けて成功させたのだ。

 

「うわー! 虎さんだー!」

「かっこいいー!」

 

 子供たちは喜びの声を上げる。しばらくトラジローによる猛烈な攻撃が続いていたが、相手が土下座をしたことで手を止めたようだ。おそらく相手も格の違いを理解した。力の差は絶対ということをよくわかっている闇の街の住人なら、これ以上無駄な抵抗はしないだろう。

 

 実際トラジローもそのように考えたようで、元のちびっこ人間形態と姿を戻していた。何かを相手に言い残してタバサと子供たちのところへと戻ってこようとする。凱旋するかのようなその姿に、子供たちも喜んでいた。

 

 しかしそんな弛緩した空気とは逆。タバサだけは張り詰めた気配のまま、一点を睨みつけている。

 

「……甘い」

 

 それは相手を土下座で済ませたトラジローに対して言った言葉か、それとも別の誰かに対してか。

 次の瞬間、フル装備状態に身を包んだタバサは、ネックスとオルタスを手にしながら、トラジロー目掛けて飛び出していた。

 自分の元に目にも留まらぬ速度で近づいてくるバイト仲間にトラジローが思わず声を上げる。

 

「お、おい! タバサ! 一体何を……」

「……貰った」

 

 直後、背後から聞こえた冷たい声にトラジローはハッとした。どこに隠れていたのか、全身を鎧に包んだ死霊騎士と思われる存在が大鎌を振るっていたのだ。その切っ先がトラジローの喉元を捉えようとした瞬間――。

 

 金属がぶつかり合う音が辺りに響き渡った。致命的な一撃よりわずかに早く、タバサがその間に割って入っていた。2本の剣を十字にして必殺のタイミングで放たれた大鎌を受け止める。

 

「チッ……」

 

 相手の舌打ちがこぼれたと同時、その体は闇に溶けていた。狙いはおそらく退却。必殺を逃した以上は的確で素早い判断だ。

 逃すまいと気配を探ったタバサだったが。

 

「……クソッ、見事な逃げ足。ああいう厄介なのは仕留めておきたかったのに」

「すごいのだ。恥ずかしながらオレは全然気づかなかったぞ……」

「なんか嫌な感じがずっと続いてた。それで、トラジローがこっちに来るときにそれが一気に増したから、多分狙うならこのタイミングだなって。姿も気配も消しててうまい奇襲だと思ったけど、殺気が漏れてて甘い部分があったから止められた」

 

 ハァ、と思わずトラジローがため息をこぼす。偉そうなことを色々言ったのに、結局余計なことに首を突っ込んだために、危うくその首を刎ねられかけた。これでは人のことをとやかく言えないかもしれない。

 

「あの土下座したおっさんにこの分をお返ししてやりたかったが……さすがに逃げたようなのだ。まあとにかく……感謝はしておくぞ。タバサが来てくれなかったら危なかったのだ」

「ん。トラジローはバイト仲間だから」

 

 つまり言い換えれば、バイト仲間じゃなければ見捨てられていたかもしれない、という意味でもある。

 まあそれも仕方がないかもしれない。余計なことに首を突っ込まないのが、この街での生き方なのだから。縁があったことを儲けものと思うべきだろう。

 

 手品のように装備変えて元の格好に戻っていくタバサを見つつ、トラジローは倒れていた少女へと近づいた。

 

「おい、大丈夫か?」

「あ……。うん、おかげさまで……」

「そういえば名前も聞いてなかったのだ。オレはトラジロー、そっちはタバサ」

「私はミシェア、ミシェア・シルキース。……助かったよ、トラジローちゃん。……いたた」

 

 トラジローが差し出した手を握り返しながらミシェアと名乗った少女は立ち上がった。

 

「ありがとうお姉ちゃん!」

 

 と、そこへ子供たちが駆け寄ってきた。トラジローだけでなく、ミシェアにも感謝の言葉を述べている。

 

「私ほとんど何もできなかったんだけど……かっこ悪いなあ……」

 

 気まずそうに呟くミシェア。

 

「いや、お前は子供たちを助けるために戦ったのだ。だから十分正義の味方だったと思うぞ」

「トラジローちゃん……」

 

 今度は照れたのか、俯いてしまった。

 

「ねえ、トラジロー。出前、いいの?」

 

 そこにマイペース気味にタバサがおかもちを持って近づいてきた。そういえば本来の目的は出前だったとトラジローはようやく思い出す。

 

「……まずいぞ。料理が冷めてしまったのだ。とにかく急いで孤児院に行かないと……」

「あ、孤児院ってこの先の? 私たちがいるところだから案内してあげる!」

 

 助けた子供たちが元気よくそう言った。

 

「おお、そうだったのか。じゃあ案内をよろしく頼むのだ。ついでにミシェアもそこで治療してもらうといいと思うぞ」

 

 タバサからおかもちを受け取り直したトラジローが歩き出そうとする。が、おかもちを渡したその手で、タバサはトラジローの服の裾を掴んでいた。

 

「ん? どうかしたのか?」

「さっき、トラジローは『闇の街じゃ事件に首を突っ込むな』って言った。でも、そうしたであろうミシェアに対しては『正義の味方だった』って褒めた。……矛盾してる」

「あー……。うん、まあ確かにそうだが……。困ってる子供は助ける、っていうのがオレの仁義でもあるからな。あいつは子供のために戦おうとした。だから褒めたという話なのだ」

「……ふーん。仁義、か」

 

 どうやらタバサはあまりわかっていない様子だ。

 

「結局お前も首を突っ込んでオレを助けてくれたのだ。それがお前の仁義じゃないか?」

「さっきも言ったけどそれはバイト仲間だから……あー、うん。なんだかちょっとわかったかも。言葉にするのは難しいけど」

「それでいいと思うのだ。つまるところ、この話に正解なんてものはないんだろうからな」

 

 トラジロー自身、少しあやふやに誤魔化しているという自覚はある。それでもタバサはなんとなくは理解してくれたようだ。

 

「お姉ちゃんたち、急いでるんでしょ? 早く早く!」

 

 と、子供たちの急かす声が聞こえてくる。

 全くその通りだと、トラジローとタバサは足を早めたのだった。




原作レイドイベント「トラと天使とアルバイト」に沿ったお話。トラジローの華麗な活躍は原作で描かれているので、タバサの位置から見た形を取ってかなり簡易化、ラストの孤児院パート部分もバッサリカットしました。
また、最後に仕掛けてくる死霊騎士(エルヴィーラ)の攻撃を防ぐ流れですが、本作では扇舟健在なので原作と異なっています。



リングオブスチール

マスタリーレベル20で解放されるナイトブレイドのスキルで、「周囲を回転する幻影の刃」を出現させて武器ダメージと刺突ダメージを与えつつ気絶を付与する。通称RoS。
リチャージ時間が3秒とそこそこ長めの割に武器ダメージの割合が低めではあるが、全方位攻撃可能な点と、サブスキルとしてメインスキルの合間に使う感じなためにあまり気にならない。
マスタリーレベル25で解放されるスキル変化の「リングオブフロスト」を取得すると刺突ダメージが冷気ダメージに変換され、気絶より長い凍結効果がつく。
これは気絶と同時に存在するため、どちらかに耐性がない相手の場合は攻撃の手が止まるので有用。
マスタリーレベル40で解放される後続スキルの「サークルオブスローター」は出血ダメージの追加、刺突ダメージの割合強化、クリダメ強化、そして敵が近接攻撃を外す可能性(ファンブル)の付与となっていて、このファンブルが非常に優秀。
1ポイント振るだけでもある程度ブーストされる状況なら20%強の近接ファンブルを付与できるため、サポートスキルとしても活躍出来る。
本作のモデルにした二刀冷気サバターも1振りのサポート用として使用する形を取っており、シャドウストライクで突っ込んだ後に周囲の敵を黙らせたり、強力な敵のファンブルを狙って定期的に使用したりとサブスキルとして良い働きを見せてくれている。
なお同じ冷気二刀ではあるが、ナイトブレイドとシャーマンの組み合わせであるトリックスター向けセット装備に本スキルを大幅強化する冷気二刀のセット装備があり、それと同時にリチャージ短縮のスキル変化を持つアミュレットを併用することで、最短0.5秒間隔で連発してメインスキルに据えることも可能になったりする。
ただ、その合間に斬りつけたり他サブスキルを使用したりと非常に忙しいため、さらにABBでバフ得ようなんてした日には忙しさが限界突破すること間違いなしである。


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Act15 ……こんなおばさんと友達、か

 味龍でのバイトの1日を終え、タバサと扇舟は静流のバーの2階にある宿泊所へと帰ってきていた。

 浴室で1日の疲れを流し、寝るにはまだ少し早い時間。味龍で働いている時も楽しいが、それ以上に扇舟にとっては待ちかねた時間でもあった。眠気がやってくるまでの間、タバサと2人で他愛もない話をする。

 時には味龍の新メニューになりそうなものは何かないかと話し合ってみたり、時には稲毛屋のアイスについて話して扇舟が懐かしがったり。母の道具として歪んだ愛情で育てられ、これまで女子トークなどというものに全く縁のなかった扇舟が知った、ささやかな楽しみなのだ。

 

「それじゃあタバサちゃん。今日も1日お疲れ様でした、ということで」

「ん、お疲れ」

 

 タバサの缶ジュースと扇舟の缶チューハイをカツン、と軽く合わせた後で2人はその中身を口へと運ぶ。それから、扇舟はいつものように会話を切り出した。

 

「今日、初出前だったけど、大丈夫だった?」

「問題ない。……というか、夜に3件回って帰ってきてるのは扇舟もお店で確認してたんだし、何となく分かると思うけど」

「いえ、それはそうだけど……。その時にトラブルとか無かったかなってはちょっと心配になって……」

「特には……。あ、夜は無かったけど昼はあったか」

「え、昼?」

 

 昼の出前はトラジローと一緒だったはずだ。やや時間がかかったようではあったが、帰ってきてからトラジローが特に何も報告せず、タバサもそこで出前のやり方がわかったと言っていたから全く気に留めていなかったのだ。

 

「何かあったの?」

「誘拐されそうになってる子供たちを助けようとしてたミシェアを助けた。まあ大体は私じゃなくてトラジローだけど」

「えーっと……。子供を助けたの?」

「結果的には。出前先の孤児院の子供たちだったみたいだから、そのまま連れて行った」

 

 聞き慣れない名前が出てきてたが、扇舟はそこは置いておくことにした。タバサと話していると時々あることなので、あまり気に留めないことにしたのだ。

 

「そう……。でも助けに入ったって言ったけど怪我もなくて良かったわ」

「トラジローはちょっと危なかった。……あいつ、次は逃さない」

「タバサちゃんから逃げた上にトラジローちゃんを危険な目に遭わせるなんて……相当の使い手じゃないの? 大丈夫?」

「奇襲失敗と同時に即逃げの一手で潔すぎたから、まあしょうがないと諦めてる。……逆にいえば、奇襲されなければ問題ないっても感じたし」

 

 タバサのこういった力の見分け方については基本的に間違いはない、と扇舟は認めている。よってその言葉を信じることにした。

 

「それと比べたら孤児院にいた朧の方が遥かにまずい」

「朧……? それって、ノマドの大幹部の朧のこと!?」

「うん、多分その朧」

「会ったの!? いえ、なんでそんな存在が孤児院に……」

「あそこが朧の管轄地区なんだって。院長のビルヴァがいつもありがとうとか言ってた」

 

 扇舟は考え込む。朧といえばノマドの卑劣にして狡猾な女幹部。そんな存在がただ管轄地区にあるからという理由で孤児院に顔を出すだろうか。何か裏があるように思えてくる。

 

「疑う必要はないと思う」

 

 しかしタバサはその心を見抜いたかのようにそう言った。

 

「あれは打算的な考えからの行動じゃない感じがした。確かにあの人の雰囲気はあまり良いとは言い切れないけど、普通に孤児院のことを思って動いてるように感じた」

「子供が好き、とか……?」

「どうだろう。あれは好きというより……憐れみか、同情か。そういった類な気がする。まあいずれにしろ私には関係ないことだし、本人に聞いてないから確証はないけど」

「正解ね。ノマド幹部になってからのことは話で聞いたことしか無いけど、あの女の前で下手なことを口走らないほうがいいと思うわ。……過去に何か、きっと色々あったんでしょう」

 

 意味ありげにそう呟く扇舟。そんな彼女をタバサがくりっとした目でじっと見つめていた。

 

「な、何……?」

「扇舟も過去に色々あったんでしょ? 一応、確認しておきたいと思って」

 

 ドクン、と心臓が大きく跳ねたように扇舟は感じていた。

 

「確認って……何を……」

「ふうまの父親を殺したの、扇舟だって聞いた。ただ指示したのは扇舟の母親で、そっちが全ての元凶っても聞いたけど」

「……ッ!」

 

 隠し切るつもりはなかった。いつかタバサに話すときが来るかもしれないと思っていたし、話さなければならないとも思っていた。己の罪を背負って生きることはとっくに覚悟もしていた。

 しかしいざ正面切ってそう言われると、心の準備など全くできていなかったのだと気づいた。口の中が異様に乾き、心臓が早鐘を打つ。

 

「誰から……聞いたの……?」

「トラジロー」

「なんで……トラジローちゃんが……」

「天音と災禍と仲が良いんだって」

 

 ふうま天音とふうま災禍。それは間違いなく自分を恨んでいるであろう2人だ。彼女らの主を手にかけたのは他ならぬ自分なのだから。

 

「それで味龍にバイトに入ったときに扇舟の名前を聞いて思い出したって。だけど聞いてたイメージと全く違ったから、本性を隠してるに違いないと思ってたみたいだよ。それで正体を暴くためにわざときつく当たってたって」

「ああ……。そういう、こと……」

「でも今の扇舟は昔とはもう違うって考えになったみたい。これからは『今』の扇舟をちゃんと見るって言ってた」

「……そう」

 

 嬉しいはずの報告なのに、全くそうは思えなかった。命の恩人が自分の過去を赤裸々にしていくというのは、予想より遥かに心に堪えるという思いしかなかった。

 

「で、扇舟の反応からここまでの話は合ってるということで質問があるんだけど。なんでふうまはそんな親の仇であるはずのあなたに私を預けようとしたか。それがわからないんだけど、理由を知らない?」

 

 ふぅーっ、と扇舟は天を仰いで大きく息を吐いた。

 果たしてどう言ったものだろうか。扇舟が悩んでいると、先にタバサが口を開いた。

 

「扇舟と話している時のふうまからは、憎んでいるとか恨んでいるとか、そんな気配は感じなかった。まずそこがわからない。その上で親の仇に私を預けた。これもわからない。そして……今あなたが抱いているであろう感情、それもわからない」

「……私はね、母にただ認めてもらいたかった、笑ってほしかっただけなの」

 

 ああ、強いお酒を買っておくべきだった。こんな話は、酔いに任せて言いたかった。

 そう思いつつも、扇舟は述懐(じゅっかい)し始めた。

 

 母に言われるがままに人を殺める方法を学び、己の手を毒に染め、「毒の女王」「毒手使い井河扇舟」などと呼ばれた。そして、母の命令のままに小太郎の父親である弾正を含む、多くの人間を殺めた。その中には弾正同様、同胞であるはずの対魔忍も数多く存在した。

 それでも母は満足してくれなかった。道具としてしか自分を見てくれなかった。ただ、愛してほしかっただけなのに。

 

 その後は井河長老衆が起こしたクーデターに失敗した際に毒手ごと両手を切り落とされて捕らえられ、十数年に渡ってアミダハラ監獄に収監された。母の手引で脱獄に成功し、失った手の代わりに機械仕掛けの義手を与えられ、五車への襲撃を命じられた。

 今度こそ母の期待に応えたい。その一心だけだった。

 

 しかし、その義手に小型核爆弾が搭載され、知らないうちに人間爆弾として使い捨てられそうになったことを知った。妨害されやすい遠隔起爆をしなくても済むよう、より確実な方法として自身の死が爆発のトリガーにされていたという事実に、とうとう心が打ち砕かれた。

 

「……アサギもふうまくんも、そんな私を憐れんでくれた。母の呪縛から解き放たれて自由に生きるべきだと言ってくれたわ」

 

 母親の凶行を立証したことによって協力が認められ、そこにアサギの温情も加わって五車追放のみという処分で済まされたが、全てを失い自暴自棄のままこの街に流れ着いた。いつ死んでも構わない。もう生きる意味すらわからないのだから。そんな考えで娼婦に身をやつし、男に抱かれ続けた。

 それでもふとしたきっかけから味龍で働くことになり、味龍の3人とフェルマのおかげで少しずつ考えが変わった。生きて罪を償おう、そんな風に思えるようになった。

 

 その矢先、“呪い”の一件が起きた。自身の命を奪うまで決して消えないと言われた“呪い”。

 自分のせいで他の人を巻き込む訳にはいかない。これは自分が受けるべき罰だ。そう覚悟を決め、自身の命を絶とうとしたところで――。

 

「突然、あなたが現れた。そして、“呪い”を消し去ってくれた。……私にもう一度生きる権利を、生きて贖罪するチャンスを与えてくれたの」

 

 手にした缶チューハイを一気に呷る。喉の乾きは癒えない。だったらやはり、もっと強い酒が欲しかった。

 

「……長々と喋っちゃったわね、ごめんなさい。年を取るとどうしても色々話したくなって、話が長くなってしまうみたい。だけど、あなたには私の過去を……母に縛られ続けた、愚かだった頃の私を知ってもらいたかったの」

 

 長い独白を終え、扇舟は大きく息を吐いた。それから、「……さっきの質問に答えるわね」と先を続ける。

 

「1点目の質問について。……ふうまくんは、彼自身の意思で私を護りたいと言ってくれた。贖罪のために生きる道を見届けたいって。“呪い”を消滅させるために自ら命を断つことを提案しても、彼は頑として受け入れなかったわ」

「じゃあふうまは扇舟のことを恨んでいないってこと?」

「まったく、ということは無いと思う。だけど、彼は変わろうとする私を信じてくれた。だから、その期待を裏切る訳にはいかない。……さっきのタバサちゃんの質問の2点目もここに関わってくると思う。あなたは私にとって命の恩人。そんな相手と一緒に過ごすことで、私の変化を促したんじゃないかしら。あとは、彼の頼みを聞くことで多少なりとも贖罪になる、とも考えられるわね。……とはいえ、贖罪と言ったって、突き詰めてしまえば自己満足なのかもしれないから、私がそう思いたいだけとも言えるのだけれど」

 

 タバサは何も答えず、そのくりっとした目でじっと扇舟を見つめたままだった。心の中を見透かされそうな錯覚を感じたまま、扇舟は続ける。

 

「あなたの最後の質問、私が抱いている感情。それは……おそらく安堵と恐怖よ。私はかつて外道だったということを、いつか自分の口からあなたに告白しなければいけないとずっと思っていた。やっとその時が来て、これで嘘偽りなく私を見てもらえる、そういう安堵の気持ち。でも同時に、過去を告白したことで命の恩人であるあなたに軽蔑され、拒絶されてしまうのではないか。そういう恐怖もあった、というところかしらね……」

 

 言いたいことは全て言った。肩の荷が下りたように感じると同時に、今度は心に緊張が走る。目の前の相手がどういう反応を見せるかという不安。

 だがたとえ拒絶されたとしても、それが自分の受けるべき罰だという覚悟はできていた。ありえないとは思いつつも、もしも「そんな人間ならあの時助けるんじゃなかった」と言われ、首を刎ねられることも厭わない決心さえあった。

 

「ん。なるほど。矛盾した気持ちか。なんだかゴチャゴチャして読み解けないと思ったけど、だからわからなかったんだ」

 

 しかし、目の前の少女は何事もなかったかのようにそう言っただけで、缶ジュースを一口呷ったのだった。

 

 あまりにも淡白なその反応に、扇舟は呆然と彼女を見つめることしかできなかった。馬鹿にしているわけでないことは分かる。とはいえ、こんな反応を見てしまっては自分の覚悟は何だったのかという思いはどうしても浮かんできてしまう。

 

「あの……タバサちゃん、私の話……ちゃんと聞いてた……わよね?」

「うん、聞いてた。本当に過去に色々あったんだなって。そしてそれをとても悔いてるんだなってことも」

「それはそうなんだけど……。私を軽蔑したりしないの……?」

「軽蔑? どうして? あくまで過去の話だし、起こったことはもう変えられないんだから仕方ないよ。扇舟自体もとても悔いてるみたいだし、ふうまでさえも『呪縛』って言うぐらいなんだから、皆が元凶って言ってる母親に大いに原因があるとしか思えない。……まあ私は“乗っ取られる”前の記憶がないから、親のことはよくわからないけど」

 

 そう言って再び缶ジュースを一口。どうやら飲み終わったらしく、缶を振って中身が無いことを確認しているようだ。

 

「それに、大切なのは過去より今だと思うから。今の扇舟が悪い人じゃないってことはよくわかってる。だから私の扇舟に対する評価は変わらないよ」

「タバサちゃん……」

 

 ホッとしたような、自分が心配しすぎていただけで拍子抜けしたような。とにかく扇舟は体から一気に力が抜けていくような感覚に陥っていた。

 

 と、気が抜けてしまったせいか、意図せず扇舟の口から小さくあくびがこぼれた。時計を見るとそろそろ寝るのにいい時間だ。

 

「寝ようか。扇舟も眠そうだし」

「そうね。……ずっと気にしてて、言いたかったことを言ったらなんだか眠くなっちゃった」

 

 フフッと小さく笑った扇舟はベッドの右側から、そしてタバサは左側から入り込む。

 この宿泊所にはベッドが1つの部屋しかない。少し狭いが、女子2人なら問題なく眠れるスペースだ。

 

 ここに来た当初はタバサが「床で寝る」と言い出したものだった、と扇舟は思い出す。「屋根がある場所で横になれるならそれだけで十分」と言って聞かなかった。

 心の重しが取れたこともあり、そのことを思い出した扇舟は意図せず思い出し笑いをしてしまっていた。

 

「どうかした?」

「ごめんなさい。あなたが床で寝るって言ってたときのことを思い出して……」

「ん。まあ本当に床でもよかったんだけど」

「そうはいかないわよ。……もう色々ぶっちゃけちゃったから言うけど、私、タバサちゃんは自分の子供みたいに大切に思ってるんだから」

「……子供? 私が? 扇舟の?」

 

 軽い気持ちで口走ったことを扇舟は後悔した。タバサの声が硬く、反応が引き気味だったように感じたのだ。

 

「……調子に乗っちゃったわ。気を悪くしたわよね、ごめんなさい」

「あ、そうじゃなくて。子供っていうのは守られるべき存在だからなんか違うかなって。私は扇舟のことを……うーん……」

 

 タバサは悩んだような声をこぼす。自分の発言を嫌がったわけではないとわかって安心した扇舟だったが、今度はタバサが自分をどう思っているのかということが気になってしまう。

 

「……うん、友達かな。友達だって思ってる」

「と、友達……?」

「ふうまとか、あと鹿之助や蛇子やゆきかぜかな。その辺の人たちに対する感情に似てるって思ってた。あ、あと味龍の人たちとかフェルマもそこに近い感じ」

「……こんなおばさんと友達、か」

「変? 友達には年齢も性別も、場合によっては種族でさえ関係ないって、ケアンにいた時に数少ない友達に教えてもらった」

 

 確かにその人の言うとおりかもしれない、と扇舟は思っていた。同時に、向こうの世界のことについては聞きにくくあまりふれずにいたが、友人がいたということを知って少し安心してもいた。

 

「いいえ、変じゃないわ。あなたの友達の言う通りだと思う」

 

 言いつつ、扇舟はタバサの頭を優しく撫でる。それからあくびを噛み殺して仰向けになると、ゆっくりと目を閉じた。

 

「……だけど、私はどうしても子供として見ちゃうかもしれない。私自身、本当は子供が欲しかったから。でもそれは叶わなくて……そこに……あなたが現れたから……なおさら……」

「うーん……。でも私は……」

 

 反論しようとしてタバサが隣に目を移すと、もう扇舟は眠りについていた。

 今この場で起こしてまで否定するほどでもない。それに強い拒絶感があるわけでもない。小さくため息をこぼし、言おうとしていたことの代わりの言葉をポツリと呟く。

 

「おやすみ、扇舟」

 

 ゆっくりと目を閉じ、タバサも夢の世界へと入っていった。




扇舟は罪を背負って生きるべきだった。というか、プレイアブル実装と同時に死亡シナリオはあんまりだと思った。



ニューマチックバースト

マスタリーレベル5で解放されるナイトブレイドのスキルで、通称はPB(Pneumatic Burst)……なのだが、同じナイトブレイドのスキルに「ファンタズマルブレイズ」(Phantasmal Blades)という同じ略称になるスキルがあるため、ニューマチックとか呼ばれる方が多い気がする。
使用すると即座にヘルスを一定量回復し、OA(ちなみにこのOAはリーサルアサルトから移されたもの)とヘルス再生と総合速度(移動、攻撃、詠唱速度)を強化する。
これだけでも既に便利スキルの気配を匂わせているが、マスタリーレベル15で解放される後続スキルの「シャドウダンス」を取得するとDA強化、近接攻撃と投射物回避率増加、捕縛時間短縮を得られる。
この回避率増加が耐久面が脆いナイトブレイドにとって非常にありがたく、20%までは費用対効果も良好。サークルオブスローターのようなファンブルも合わせると一層避けられるようになる。
さらにマスタリーレベル32で解放される「エレメンタルアウェイクニング」を取得することで実数凍傷ダメージ、割合エレメンタルと凍傷ダメージ、エレメンタル耐性をも得られる。
また、二刀流の場合、マスタリーレベル10で解放される変化スキルの「ブレスオブベルゴシアン」によってリチャージを5秒短縮し、ヘルス再生量40%増加の恩恵も得られる。
総じて非常に便利で強力なバフスキルであり、排他スキルが無いナイトブレイドにおいて排他スキル並の性能を誇ると言っても過言ではない。
ナマディアズホーンを装備した場合はスキル変化として実数冷気ダメージ、45%火炎→冷気変換、5%物理耐性が加わるためますます強スキルと化す。
欠点というほど欠点ではないのだが、常駐型スキルではないので効果が切れないように定期的にかけ直しが必要。ヘルス回復をうまく活用しようとして再使用を引っ張ったらスキルが切れていたなんて本末転倒なことにならないよう、ヘルス回復はおまけぐらいの感覚のほうがいいかもしれない。
持続時間は24秒、リチャージは10秒だが二刀流の場合上述のスキル変化で5秒短縮されるため、結構な頻度で再使用が可能になる。
ちなみにPneuma(プネウマ)とは古代ギリシア語で「空気」を意味するらしく、ギリシア哲学では呼吸、それも聖なる呼吸という意味合いを持つらしい。
実際、ゲーム中のフレーバーテキストによると「ナイトブレイド特有の特殊な呼吸法によってスピードとパワーを高め、新陳代謝も加速させて治癒効果までも与える」というようなことが書かれている。……この呼吸……やはりナイトブレイドはニンジャなのでは? 乗っ取られは訝しんだ。


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Act16 Death is only the beginning(死とは始まりに過ぎない)……

久しぶりの戦闘回です


 街が破壊し尽されている。こんなところに生き残りがいるとは思えない。

 いるのはおそらく全てイセリアルだ。とにかく殺せばいい。

 

 そう思って剣を振るいながら街の中を歩いていた時に、ふと人間の気配を感じた。

 その気配がある家の前へ行き、木のドアを蹴破る。中には男が1人と、2人の子供がいた。

 

『下がれこの悪魔野郎! さもなくば、立っているその場所でお前を殺すぞ!』

 

 男が子供たちを守るように立ちふさがる。

 男は間違いなく人間だった。

 

『この子たちは俺のなんだからな』

 

 俺の? 俺のってどういう意味?

 

『うるせえ! 近寄るなって言ってんだよ!』

 

 落ち着いた方がいい。あなた達を助けることが出来る。

 

『助ける? そうやって俺を騙すつもりだな?』

 

 この近くの下水道に生存者が身を寄せている。そこに行けばいい。

 

『嘘をついてもダメだ。どうしてもって言うなら……先に俺を殺すことだ!』

 

 ちょっと待って……。待って!

 

 壊れかけた家の中に、血の臭いが広がる。

 その「男だったモノ」を見て、年上の方の子供が口を開いた。

 

『ねえ……どうして殺したの……?』

 

 答えられない。殺意を持って襲いかかられた瞬間、もう体は歯止めが効かず反射的に動いてしまっていた。

 

『私たちを守ってくれてたのに……どうして?』

 

 

 

---

 

「――ッ!!」

 

 眠っていたタバサが布団を跳ね除けるようにして上半身を起こした。その顔はらしくなく青ざめ、息も荒い。

 隣で寝ていた扇舟もその異変に気づいて目を覚ましたようだった。

 

「どうしたのタバサちゃん……? 大丈夫……?」

「大丈夫……。問題……ない……」

 

 だがその声が震えているとわかると、今度は扇舟が飛び起きていた。

 

「ねえ、本当に大丈夫!? お水、持ってくる?」

「お願い……」

 

 急いでキッチンへと行った扇舟が、コップに水を注いで戻ってくる。それを受け取ろうとしたタバサの指先は震えていた。

 

「ありがとう……」

 

 中身を飲み干し、大きく息を吐く。少し落ち着いたように見えたのを確認してから、扇舟は尋ねた。

 

「……悪い夢でも見たの?」

 

 タバサが小さく頷く。

 

「そう……。でも、気にしない方がいいわ。夢は夢だから……」

「嫌な過去の夢。……思い出したくなかった」

 

 そう呟いたきり、タバサは口を閉ざしてしまった。

 元々無表情気味ではあるが、扇舟と一緒に暮らすようになってからここまで塞ぎ込むような様子を見せたことはなかった。そのことにやや動揺しつつも、努めて明るめに、諭すように声をかける。

 

「まだ起きるには早いから、もう少し寝ましょう。そうすれば、きっと忘れられる……」

「ん……」

 

 そんな扇舟の言葉に応じてタバサが横になろうとした、その時。

 

 突如、爆発に似た轟音が遠くで響いたと思うと同時、地響きのような揺れが建物を襲っていた。

 

「何……? 爆発?」

 

 だが扇舟に慌てた様子は特に無い。ヨミハラは闇の街だ。時間的に夜中だろうとお構いなしに喧嘩が起きたり、あるいは組織同士の抗争があったりもするだろう。

 そんな感じで特に深く考えず、再び布団に潜ろうとしたのだが。

 

 一方のタバサはまるで様子が違っていた。何かに気づいたかのように目を見開くと、窓の側へと駆け出していた。

 

「タバサちゃん……?」

 

 明らかに異様な雰囲気のタバサにうろたえる扇舟。しかしタバサには自分の名を呼ぶ声すら届かない様子で、窓を開けて首を出し、外を覗いていた。

 

「この気配、この感じ……。おそらく間違いない……()()()()()……!」

 

 瞬間、タバサは完全装備に身を包み、窓枠に足をかけていた。

 

「ちょっ……! タバサちゃん!?」

「扇舟、可能なら静流を起こして。それで街のあっち側には絶対に行かないようにって伝えて。扇舟も絶対に着いてこないで」

「で、でも……」

「お願い!」

 

 仮面を通して聞こえてきた有無を言わさぬその声色に、扇舟は首を縦に振ることしかできなかった。

 

 それを見届けてから、タバサは2階から飛び降り、さっき指さした方角へと全力で駆け出す。

 

(馬鹿な、ありえない……。なんでこの世界でイセリアルの気配が……。この世界にエネルギー源であるイーサーは存在しないはずだから、送り込まれたということは考えにくい。だとすると……まさか、私と同じで迷い込んだ……?)

 

 走りつつ、心がざわつくのを感じる。ここしばらく忘れていた、ケアンで常に感じていた心を乱れさせるあの感覚だ。

 苛立ちを抑えながらしばらく走ったところで、彼女は不意に足を止めた。そしてその視線の先に、この街、いや、この世界には本来存在しないはずのものを捉えた。

 

「イセリアル……センチネル……!」

 

 緑色の建造物とも生き物ともとれない、巨大で不気味なもの。「センチネル(番人)」の名にふさわしく、3階建ての建物ほどの全長を誇り、ヨミハラの街並みからその頭が見え隠れしている。

 それは、彼女がかつて見たある街の光景を思い出させていた。

 

 “崩壊都市”マルマス。

 

 グリムドーンが起きた際に最初に犠牲になった、王都の東にある大きな都市。権威ある人間をイセリアルが“乗っ取った”ことで秘密裏に計画を進めることに成功し、綿密な準備を整えた上で、悪魔たちは行動を起こした。

 

 深夜に街の内部から起きた突然の大規模な襲撃によって、夜明けを待たずしてその都市は地獄と化した。

 燃え上がる緑色のイーサーの炎(イーサーファイア)、その炎で焼かれる人々、辺りに立ち込める鼻を覆いたくなるほどの悪臭。男も女も、老人も子供も関係なく犠牲となり、そしてイセリアルの力によってイーサーコラプションとして蘇らせられ、尖兵と化する。

 都市としての機能を完全に失い、入念な下準備と深夜に起きたということもあり、マルマスの人々はまともな抵抗すらままならなかった。そもそも、守衛の兵士たちは兵舎でまるで屠殺されたかのように殺されていた。

 結果、生き残った人々は身を潜めるように下水道に逃げ込むしかなかったのだ。

 

 タバサ自身、その破壊の様子自体を目にしたわけではない。街に残された日記や書き置き、それから伝聞によって推察したことではあるが、破壊され尽くした街並みを見ればどれほどの悲惨な有様だったのか、予想することは容易であった。

 

 そして実際に街を解放すべく戦った際、タバサはより酷たらしい光景を目にすることになった。

 女たちは街の外れに作り出された“肉工場”に押し込まれ、その女性特有の身体的機能を利用され、新たなモンスターを生み出し続けさせられていたのだ。

 苦悶と喘ぎに満ちるこの世の終わりのような肉の監獄を突き進み、最終的にはマルマスの崩壊を招いた張本人を討つことには成功した。それをきっかけとして、人類は反撃に移っている。

 

 それと同じ事態がこのヨミハラで引き起こされるかもしれない。そう思うと彼女は心のざわつきを抑えることができなかった。

 

 イセリアルセンチネルが段々と近づいてきたところで、丁度昼にトラジローと通ったスラムの付近にたどり着いた。ここを突っ切るのが一番早い。そう考えをまとめるとほぼ同時、先の方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「この……化け物ども! 子供たちには手を出させないぞ! くらえっ! 双天輪(ツイン・エンジェルソーサー)!」

 

 こちらに向けて逃げようとしてくる子供と、その奥で足止めをしつつチャクラム風の武器で戦っている金髪の少女が目に入った。声の時点でもしかしたらと思ってはいたが、姿を見てそれが確信に変わる。昼に出会った少女、ミシェアだ。

 しかしその奥、彼女が戦っている相手。ゾンビのような化け物と、体から緑の結晶を生やした異形の怪物を目にした途端。“乗っ取られ”としての本能が、敵を殺すことだけに意識を切り替えさせていた。

 

 狙うは異形の怪物――リアニメイターのみ。死体をイーサーコラプション化し、ウォーキングデッドとして使役する能力のあるあいつさえ叩き潰せば、主を失ったゾンビ共はすべて消える。

 

 考えがまとまると同時、ターゲットをロックし、消えるほどの速度で猛進する。ゾンビ連中を無視して一気にリアニメイターの元へと踏み込んで両手の剣でそれぞれ一撃。

 確実な手応えの直後、人間のものからは程遠い、不気味な声が響き渡った。

 

「え!? な、何……!? あっ、危ない!」

 

 そのリアニメイターの手前でゾンビ連中と戦っていた、状況を理解できないミシェアの声が耳に届く。だが背後を振り返ることすら無く、周囲に幻影の刃(リングオブスチール)を展開して近づいてきたゾンビを凍結させながら斬り裂く。

 そのまま左の剣でリアニメイターに対して魔力の小型の刃を飛び散らせる一撃(アマラスタのブレイドバースト)。次いで本命、両手の剣を力任せに振り下ろす(エクセキューション)。怪物の体を斜め十字に叩き斬った。

 

 おぞましい悲鳴とともにリアニメイターが絶命する。そして、使役者を斃したことでゾンビたちも力を失ってその場に崩れ落ちた。それを確認してから仮面を取り、タバサは冷たい目のままミシェアを見つめた。

 

「なんでこいつら急に……。え、えっ!? 確か……タバサちゃん……!?」

「ミシェア、さっきの子供たちを安全な場所へ。あと、この辺で逃げ遅れた人がいるなら、その人たちもお願い。とにかくあいつから遠いところに連れて行って」

 

 建物の間から見える巨大で不気味な物体を剣の切っ先で指しつつ、そう言うタバサ。

 

「何なのあいつら!? 爆音と揺れの後に悲鳴が聞こえたから外に出てきたらあんな変なでかいのがいるし、子供たちを襲おうとしてるゾンビみたいなのいるし……。何かわかってるなら説明して!」

「その時間はない。……話してる間も惜しい。私が今言ったこと、早くして」

 

 昼に会った時以上に硬い表情と声色のタバサには、反論を許さないほどの雰囲気があった。それに飲まれそうになりながらも、ミシェアはひとつ息を呑んでから恐る恐る口を開く。

 

「タバサちゃんは……どうする気なの?」

「決まってる。あいつらを皆殺しにする」

「じゃあ私も……」

「足手まといになる」

 

 有無を言わさぬその口調に、ミシェアは黙るしかなかった。実際、今さっき子供たちをかばうことで精一杯だった自分に対し、タバサは一瞬のうちにその集団のボスを倒してみせた。力の差が圧倒的なことはわかっていた。

 

「正義の味方なら正義の味方にしかできないことをして。……私も、私にしかできないことをする」

 

 仮面を被り直すと、ミシェアの返事を待たずにタバサは走り出していた。その背中に、ミシェアの声が聞こえてくる。

 

「タバサちゃんもこの街のために戦う正義の味方だよ! だから頑張って!」

 

 当人としては激励のつもりだったのだろう。だが、今のタバサにはその言葉を素直に受け取ることはできなかった。

 

(違う、私は……。結局、殺すことしかできない……)

 

 さっき見た夢を思い出す。

 生存者はいないと思われていたマルマスの街の中で見つけた、大人の男と2人の子供。しかし、錯乱状態で人間不信にあった男に襲いかかられ、己の心に歯止めが効かずに反射的に命を奪ってしまった。彼女の中にある、後悔のひとつ。

 

『どうして殺したの……? 私たちを守ってくれてたのに……どうして……?』

 

 夢で見たせいか、今もあの子供の声が頭の中で勝手に聞こえてくる。

 

「うるさい……。私の話を聞いてくれれば……。私だって本当は……!」

 

 うわ言のように独り言を呟いた、その時。視線の先にゾンビを伴った集団が目に入った。その中心部、リアニメイターが3体。

 心に溜まった鬱憤を晴らすかのようにタバサは一気に突撃する。

 

「元はと言えば全部お前らイセリアルのせいだ! 死ね!」

 

 手前にいたリアニメイターへ攻撃を仕掛けつつ、ブレイドスピリットとネメシスを召喚。残りの2体へけしかけて牽制し、さらにテルミットマインで自分との間に炎の見た目をした冷気の壁を作り出す。

 

 やはり戦っているときだけは不思議と心が落ち着くのを感じた。やるべきことが分かる。

 側面と背後からゾンビが迫る気配。回転斬り(ホワーリングデス)でゾンビごとリアニメイターを斬り裂き、高速の三連撃(アマラスタのクイックカット)でとどめを刺す。

 

 しかしそのままテルミットマインの奥にいる2体目に仕掛けようと思ったところで、その相手が炎の壁の向こうからイーサーのエネルギー球を放ってきた。地面に着弾し、辺りにイーサーファイアを撒き散らす。

 

「ぐっ……!」

 

 足を焼かれ、さらに前から襲いかかってきたウォーキングデッドに肩口をひっかかれて鮮血が飛び散った。それでも左の剣で攻撃してきたゾンビを切り払い、焼ける足の痛みを堪えて2体目のリアニメイターに飛びかかった。

 当たりはしたが攻撃自体は浅い。だが降り注ぐメテオシャワーがうまく退路を断つ形になった。

 さらにはタバサが攻撃を受けた際、彼女の足元から伸びた黒い影のような塊が相手の足を絡め取って動きを鈍らせている。

 

 “ユゴールの黒血”。タバサが加護を受けている天界の力のひとつだ。

 

 退路を塞がれた上に動きも鈍らされ、下がるに下がれない相手はゾンビ共をけしかけてくる。再びイーサーファイアを放とうとした様子だったが。

 

「遅い」

 

 飛び込みながらの、今度は確実な間合いからの両手の剣による振り下ろし。切断とまではいかずとも先程より深手を負ったリアニメイターが膝をつく。

 次で決める。迫りくるゾンビの波を二刀の斬撃に加えて武器とリングの追加攻撃で一旦黙らせ、大元を始末するために武器を構えた。

 

 だが、膝をついたリアニメイターは嗤うかのように肩を揺すらせていた。次いでその口から人間からは到底離れた、不気味な声が聞こえてきた。

 

Death is only the beginning(死とは始まりに過ぎない)……』

 

 仮面の下で舌打ちが溢れる。

 こいつらが時折、死の間際に口にする戯言。今まで何度も耳にしてそのことはわかっていたのに、苛立ちが抑えられないまま、気づけばタバサは口を開いていた。

 

「違う。死は生命の終着点、つまり終わりだ。……それでも始まりだと言いたいのなら」

 

 リアニメイターの首目掛けて放たれた、挟み込むような斬撃(ベルゴシアンの大ばさみ)。それは確実に首を跳ね飛ばし、異形の怪物を物言わぬ躯へと変えていた。

 

「殺してやるから証明してみせろ」

 

 周囲のゾンビが崩れ落ちる。残ったもう1体はブレイドスピリットとネメシス、さらにはネメシスを通して放たれていた天界の力のブリザードによって倒すことに成功したらしい。

 1人残ったタバサはゆっくりと呼吸を整え、それから足の様子を確認する。早くもどうやら動ける程度に治癒してくれたようだ。

 

 それにしても、と直接相手をしたわけでないリアニメイターの方へ視線を移す。使役していたゾンビ共も倒れている以上、確かに死んでいる。しかしいくらなんでも――。

 

「……脆すぎる」

 

 ゾンビを使役する上位種ではあるが、リアニメイター自体の戦闘能力は高いとは言い難い。それでも天界の力も発動していたとはいえ、牽制にけしかけたペットだけで倒せたというのは少々拍子抜けだった。ケアンでそんなことがあっただろうかと記憶を探る。

 もしかしたらイーサーが存在しない世界、ということも関係しているかもしれない。エネルギー源がないために本来の力を発揮できていないという可能性もある。

 

 いずれにせよ、とタバサは考えることを中断することにした。休んでいる暇はない。一刻も早く、もっとも目立つあのイセリアルセンチネルのところまで行かなければ。それで何かわかることがあるかもしれない。

 

 まだ痛みの残る足を少し無理に動かしつつ、タバサは再び駆け出していた。




タバサの悪夢

原作Act6、マルマスのキャンドル地区で起きるサブイベントを基にしたもの。
本編の通り相手が基本話を聞いてくれず、しかも戦闘回避の選択肢が出ないことがあるため、同じような結末を迎えた乗っ取られは多いと思われる。
一応敵対関係になる前に離れて会話を切り上げ、セッションを作り直せば会話をやり直せるらしい。
が、どっちの結末でももらえる経験値は変わらず、以降特に影響もないので、果たして毎回彼を助けようとするような奇特な乗っ取られはどれほどいるのだろうか……。



ユゴールの黒血

天界の力、つまり星座スキルのひとつ。
Tier3の「飽くことなき夜ユゴール」の星の中にあり、最短5ポイントで取得可能。
常駐型を含むバフスキルにアサイン可能で、被打時30%の確率で発動。「黒い影のような塊」を召喚する。ただ、エフェクトが地味なので発動してるかどうか今ひとつ確認しづらい。
0.8秒のスキルリチャージで最大6体まで召喚可能。存続時間は6秒。
攻撃を受けると勝手に発動して召喚されて自動で敵を攻撃するスキルで、プレイヤーボーナス型に属するのでペットボーナスを伸ばさずに強化できる。
効果は冷気と酸ダメージを与えつつヘルス再生増加量と移動速度にデバフをかけ、こちらに与えてくるダメージを最大16%減少させる。
酸はネクオルパワーで得意属性に変換される上にてんこ盛りのデバフでTier3星座なんだから弱い訳がない! ……と言いたいところだが、はっきり言ってしまえば微妙。
ダメージ部分は変換してもせいぜい補助火力程度、デバフ部分は敵のヘルス再生に対するデバフは効果が体感しづらく、移動速度も遅くしたところでありがたみが薄い。
唯一ダメージ減少だけは効果的。本ビルドは近くにあるウルズインの松明を取っているので、ほぼこの効果のためについで感覚で取得しているが、それでも最大16%は少々物足りない。
同じくTier3にあるダメージ減少効果を持つ星座スキルの「エンピリオンの光」が最大24%、ソルジャーはひと吠えするだけで25%程度、インクィジターは角笛吹くだけで20%程度を容易に減少可能と考えるともう一声欲しいところ。
しかも取得条件が凄まじく厳しく、星座本体のボーナスがTier3として見るとそこまででもない上にスキルも微妙なため、「星座も星座スキルも強いけど取得条件が厳しいから諦める」とよくネタにされるオレロンさんと違ってネタにすらできないという有様。
せめてダメージ減少が20~25%程度、デバフ対象が移動速度でなく総合速度、他に何か特殊効果等、もう少し性能が盛られていればまた評価が変わったかもしれない。
FGで追加されて星座のフレーバーテキストもいいのに、以上の点から非常に残念なことになってしまっている不遇の星座である。


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Act17 お前らにとって死は始まりなんだろ?

「状況はどうなってる!?」

 

 ヨミハラの街の外れに位置する一角。ほんの少し前までスラムだったその場所に、建物ほどの大きさもある、生き物とも物体とも取れない不気味な緑のモノは突如として現れた。

 その全貌を臨める位置に敷かれた簡易防衛ライン。まだ夜中ということもあって緊急で寄せ集められた、決して多いと言えない数の兵士しか集まっていない状況ではあったが、そこに少女の声が響き渡る。

 スカートを履いた腰に帯刀し、まだ幼さも見え隠れする女性剣士。しかし、この街を取り仕切る超巨大組織であるノマドの兵士たちが敬う姿勢を見せていることからも、ただものでないことは明らかだった。

 

「お待ちしておりました、リーナ様」

 

 リーナと呼ばれた少女は腕組みをし、難しい顔をしながらその報告を聞こうとしている。

 彼女は魔界騎士の1人であり、同じく魔界騎士として名高く、ノマドの大幹部でもあるイングリッドの右腕とも呼ばれる存在であった。元々はただイングリッドに憧れるだけの自称魔界騎士見習いだったのだが、努力を続けたことと持ち前の能力が開花したことでイングリッドの目に止まり、今では“嵐騎”という異名と共に、実力者として一目置かれるほどになっている。

 

 とはいえ、元来のポンコツ気味な部分はどうしても治らないようで、今も腕組みしている姿が似合っているとは言い難く、どこか不安を覚えてしまうというのも事実だ。

 それでも臨時で部隊を指揮していたノマドの兵士からすれば、頼れる存在が来たということに変わりはない。少し安堵した様子で報告を続ける。

 

「あのデカブツは今のところ特に動く気配はありません。ただ、近づいて調べようと思ったのですが、見たこともない化け物とゾンビ共が周辺を固めており、さらに交戦して死亡したこちらの兵士もゾンビ化されて奴らの手駒とされているようで……」

「なっ……!」

 

 死者をゾンビ化させて使役する。その事実を聞いたリーナは思わず言葉を失った。最近頻繁にちょっかいを出してくる、ノマドと敵対関係のとある勢力がそのようなことを行うと知っていたからだ。

 

「まさか……死霊卿(しりょうきょう)か!?」

 

 死霊卿。その名の通り、死者に一時的に生命を与えて操る力を持つ存在である。

 実は少し前、イングリッドの暗殺未遂事件が起きたばかりであり、その時の敵勢力の中に死霊騎士と思しき存在がいたのだ。

 そのため、今回もあの勢力が絡んでいるのかと考えたリーナだったが。

 

「いえ……。おそらくは違うと思われます。あの化け物は死霊卿絡みとは少々考えにくいかと。ご自分の目でご覧頂いたほうが早いかと思います」

 

 手渡された双眼鏡で「化け物」と言われた存在を目にすると同時。リーナは言われたことは間違いないと確信していた。

 あれは死霊卿とは全く関係の無い何かだと考えざるを得ない。魔界から来た彼女ですらまるで見たことのない、正体不明の怪物。

 

「なんなんだ……あれは……」

 

 答えが返ってこないとわかりつつも、彼女はそう口にしていた。

 

 と、その時。部隊の指揮官に通信が入る。

 

『おう、周辺住民の避難、終わったぜ』

 

 通信機から聞こえてくる聞き覚えのある声に、リーナは双眼鏡を押し付け、代わりに今度は通信機を奪い取るように手にした。

 

「その声、アルフォンスか?」

 

 アルフォンスとはオークの傭兵だ。オークであるにも関わらず面倒見がよく、これまで幾多の修羅場をくぐり抜けてきたという噂から“歴戦の傭兵”としてヨミハラでは知る人ぞ知る存在となっている。

 

『あ? ああ、そうだが……』

「リーナだ。なんだ、お前に頼らなければならないほど人手が足りてないのか?」

 

 時刻も時刻なだけにノマド兵士の集まりはいいとは言えない。たまたま近かったためにリーナはすぐに現場に直行できたが、まだ移動中の隊も多いだろう。

 

『おう、リーナだったか。いや、別に頼まれちゃいねえよ。ただ夜中まで飲んでたら急に街の外れの方が騒がしくなったからな。見たらヤバそうなことになってるってんで、そちらの兵隊と共同で避難誘導に当たったってだけだ』

「それは助かった。今度一杯奢ろう」

『ありがとよ、魔界騎士さん』

 

 とにかく周辺住民の避難誘導は終わった、と彼は言っていた。しかし、あの巨大なモノの足元付近。スラムがあったはずだ。と、いうことは――。

 

「……あそこのスラムの住民は全滅か」

「おそらく、ですが」

 

 そしてゾンビとして蘇らされている。その事実にリーナはギリっと奥歯を鳴らした。

 

「……死者に対する冒涜だ。せめて私たちの手で介錯してやらねばな」

 

 リーナはイングリッドから下賜された魔剣“サクラブロッサム”を抜く。彼女の怒りを反映してか、その剣の名にふさわしく花びらが数枚宙に舞った。

 

「私が仕掛ける。援護を頼む」

「お待ち下さい。もう少しこちらの戦力を揃えてからの方が……」

「どういう目的かは知らないが、連中は攻撃をしてきていない。何かを待っているということも考えられる。なら、その前に叩くべきだ」

「ですが相手の物量……ゾンビ連中が多すぎます。それにまだ戦力を隠し持っているという可能性も。我々の援護を加えたと仮定しても、いくらリーナ様でもあの数、さらにそれ以上増えるかもしれないとあっては……」

「むぅ……」

 

 正論だ。やむなく、もう少し戦力が揃うまで待とうとした彼女だったが――。

 

『こちら東ブロック! 誰かが突っ込んだぞ!』

 

 通信機から不意に聞こえてきたその声に、リーナは双眼鏡をもぎ取るように手にして、東側の方へ目を向けた。

 

 壁のようなゾンビたちが侵入者に反応するのが見える。並大抵の腕では、数の暴力の前に成す術はないだろう。

 

「待機命令を出しているはずだが、無視したのか?」

「うちの兵士では無いと思いたいですね」

「だとするとヨミハラの誰かが勝手に、ということか? まったく、自殺志願者か知らないがそこまでは面倒見きれないぞ……」

 

 だがリーナがボソッとそういった直後。

 突如として中空から火炎と氷の塊が降り注ぐ。それらがゾンビを薙ぎ払ったタイミングで、侵入者の姿が消えていた。目を動かすと、フードに角の付いた仮面を装着した人物が、奥の化け物に向かって斬りかかっているのが見える。

 しかしそれも一瞬のこと。双眼鏡越しでは太刀筋すら見えないほどの速度で放たれた斬撃によって相手を斬り伏せていた。

 同時に、ゾンビの壁の一区画が崩れ落ちるように消えたのも目に入る。

 

「あれは……緑の化け物を殺すことでゾンビも無力化されている……?」

 

 隣の兵士がそう口にした瞬間、リーナは考えを固めていた。

 

「大元を殺せばそれに使われているのは無効化できるということか? とにかく、何者かは知らないが、あの侵入者はこいつらに対する何かしらの知識がありそうだ。……よし、全員聞け! 緑の化け物はゾンビを使役していると思われる。とにかくあいつらを叩き潰し、ゾンビの数を減らす!」

 

 高らかにそう声を上げると、今度こそ愛剣を握り締める。

 

「私はあの侵入者からあいつらの情報を聞き出しつつ援護に回る! お前たちはその私の援護を頼む! 行くぞ、突撃ィ!」

 

 “嵐騎”の名にふさわしく、リーナは大地を蹴って一気に戦場へと飛び込んでいった。

 

 

 

---

 

 東ブロックから飛び込んできた侵入者――タバサは、ゾンビの群れを片っ端から斬り裂き、押しのけ、避けながら、使役者であるリアニメイターに狙いを定めていた。

 まずはこの雑魚連中の数を減らさないことには始まらない。彼女の戦闘能力をもってすれば取るに足らない相手でも、数が多すぎるのだけは如何せん厄介である。

 

 この街の衛兵たちか、イセリアルセンチネルを取り囲むように配置されていることには気づいていたが、戦力としては全く当てにしていない。結局イセリアルは自分の手で殺すしかない。そういう思いで、タバサは敵集団のど真ん中を突き進む。

 

 さらに斬り込もうとしたその時。嫌な予感がして彼女は足を止めた。直後、その足元をイーサーファイアが走り抜ける。

 こんな器用な真似はリアニメイターにはできない。連中はゾンビを使役する以外の戦闘能力は低く、ゾンビの壁を利用しながらイーサーのエネルギー球を放って大雑把にイーサーファイアを撒き散らすことがせいぜいだ。

 このようなことができるとするならば、さらにその上位種に当たる存在――。

 

「……“フレッシュウィーバー”か」

 

 見た目こそリアニメイターとさほど変わらないものの、使役能力も戦闘能力も格段に増しているイーサーコラプションだ。実際、このスラム周辺にいたらしいオークをイーサーコラプション化して使役してる。さながら“イセリアルオーク”、あるいは“フレッシュワープトオーク”といったところか。

 目の焦点と光を失い、体が緑の結晶に侵食されたイセリアル化したオークがフレッシュウィーバーを守るように立ちふさがる。さらに背後左右からはゾンビの群れ。

 

 ここまでの道中、イセリアルセンチネルに近づけば近づくほど、敵が強力になっていくことにタバサは気づいていた。それだけイーサーの濃度が濃くなっている、といえるかもしれない。

 すなわち、イセリアルセンチネルがイーサーの発生装置としての機能を果たしているのではないか。だとするならば、早く叩くに越したことはない。もしかしたらこの土地をイーサーで汚染させ、本来イーサーが存在しないはずのこの世界に生み出してしまうという可能性すらある。そうなれば、ヨミハラは間違いなくマルマスの二の舞だ。

 

 そう考えをまとめた以上、囲まれた状態であってもタバサに迷いはなかった。前方のイセリアルオークにネメシスとブレイドスピリットをけしかけつつ、自分も斬り込む。

 ウォーキングデッド程度ならこれで倒れてくれたが、上位種が使役している相手だ。倒せるとは思っていない。さらにこの世界の住人ではないタバサは知らないことだが、オークは元々が人間より遥かにタフな生き物である。

 得意の連続攻撃――消える速度による突進(シャドウストライク)幻影の刃を生み出す左手の一撃(アマラスタのブレイドバースト)周囲を旋回する魔力の刃(リングオブスチール)に加え、高速の三連撃(アマラスタのクイックカット)を一瞬のうちに叩き込んでもなお、オークは手に持った棍棒を振り下ろして反撃してきた。

 横に回避すると同時、もう1匹のオークの射程内に入ったと直感した。そちらの攻撃より一瞬早く、回転攻撃(ホワーリングデス)で2匹まとめて斬り裂き、両方の攻撃の手を止める。そこで1匹目の方に狙いを定め、渾身の振り下ろし(エクセキューション)右手の剣(ネックス)に脳天から真っ二つに両断され、イセリアルオークの命は奪い去られた。

 

 だが、その隙に先程一瞬ひるませたオークは持ち直し、タバサの背中に棍棒を叩きつけてきた。痛みとともに踏みとどまった足元。今度はそこをフレッシュウィーバーのイーサーファイアで焼かれる。

 

「くうっ……!」

 

 危険時に自動で展開される防御魔法(ブラストシールド)が発動する。しばらくダメージを抑える働きをしてくれるが、これが発動する時点で危険領域に近づいたと警告するシグナルでもある。

 それでもタバサは引かない。“呪い”と戦った時もそうだが、これが発動した程度で彼女が引くことはない。

 

 危険は、あくまで危険なだけだ。死に近づいたからといって、死ぬとは限らない。

 

 敵を斬れば体力は戻る(ヘルス変換)。すなわち攻撃を続けられる限りは死にはしない。たとえ骨を砕かれようが、悶えるほどの激痛に襲われようが、敵を殺すための腕だけは止めない。

 まさに狂戦士のごとく、それでいて淡々と。手当たり次第に片っ端から斬りまくる(ハックアンドスラッシュ)。そして敵の数が減った瞬間を見計らい、フレッシュウィーバーの1体へと肉薄した。

 

「お前らにとって死は始まりなんだろ? ……だったら死ね」

 

 相手お得意の断末魔のセリフを先取りして皮肉を飛ばしつつ。回転攻撃(ホワーリングデス)からの、その勢いを利用して挟み込む一撃(ベルゴシアンの大ばさみ)。上半身と下半身を横一文字に斬り離され、背筋が凍るような悲鳴とともにフレッシュウィーバーの1体が絶命した。

 

 これに伴い、使役していたイセリアルオークが数体崩れ落ちる。だがまだ数が多い。見れば奥にまだフレッシュウィーバーがあと2体。しかも手下を増やそうと、さらなるオークに加えて今度はトロールまでも使役しようとしている。

 

 だが関係ない。最短距離でセンチネルまで突っ切る。無謀にも思える突撃を彼女が敢行しようとした、その時。

 

「ちょっと待ったあ!」

 

 大声とともに肩を掴まれた。敵かと思い、反射的に剣を振るおうとしたタバサだったが。

 

「わー! 待て待て! 敵じゃない、味方だ!」

 

 相手が発していた気配とその言葉に、タバサは剣を降ろした。

 

 立っていたのはピンクの刀身をした剣を持つスカート姿の少女剣士――リーナだった。

 彼女が来た方角へと視線を移し、複数のリアニメイターが倒されていること、今もリーナの部下が交戦しているらしいこと、そして彼女はそこから抜け出して自分の元に来たことをタバサは悟った。

 同時に、その顔には覚えがあった。味龍で何度か見かけた常連だ。

 

「……見たことある顔。確かに敵じゃない、か。それにおそらく強い」

「その声……。お前、女か?」

「そっちもでしょ。……とにかく、味方っていうなら今から私が突っ込むから援護して」

「だから待てと言ってるだろう! まず私の話を聞け!」

「時間が惜しい。さっさとあいつらを殺してイセリアルセンチネルを叩き潰したい。……って言ってる側から雑魚もきたし」

 

 さっきタバサが討ち漏らしたイセリアルオークが迫る。一先ずタバサとリーナの2人はそいつらを相手にしつつ、話をまとめようとする。

 

「その仮面についても聞きたいが……。それは後回しだ。お前はこいつらについての知識があるんだな?」

「知ってる」

「やっぱりか。どうやらお前の動きからボス格の相手を倒せば手下も消せる、ということはわかった。つまりあのデカブツを倒せば、こいつらは全部消えるってことでいいか?」

「いや、それはわからない」

「えぇ!?」

 

 動揺したせいでリーナの回避行動が遅れる。危うくオークの棍棒を食らいそうになり、「おわあ!」と悲鳴を上げながら大きく飛び退いた。

 タバサもそれに合わせる。ブレイドスピリットとネメシスを残し、さらにそこより手前にテルミットマインを仕掛けた上でリーナの距離まで後退した。

 

「私の推測だけど、あのでかいのはこいつらのエネルギー源を供給してる存在だと思う」

「それでも倒しても消えないのか!?」

「イーサーは本来この世界に存在しないはずのものだから、供給源を断てばそのうち消えるはずだけど……。リアニメイターやフレッシュウィーバーはあいつから使役されてるわけじゃないからおそらく消えない。イーサーが残存している間はあいつを倒しても残りの連中は動き続けると思う」

「い、イーサー……? それに『この世界』って……」

 

 もう少し分かるように話してほしいと思ったリーナだったが、タバサはそんなことをお構いなしにさらに続けた。

 

「最悪の場合を想定すると、イセリアルセンチネルは土壌やこの空間の環境自体を変貌させて、イーサーを作り出せる場所として適応する可能性もある。そうなればこの街はイセリアル連中が闊歩する死の街になる。……あのマルマスみたいに」

 

 わからない単語がいくつか出てきたことにリーナは戸惑ったが、それ以上にゾッとしていた。先程自分が口にした、攻撃を仕掛けてこない理由として「何かを待っている」と言った、その「何か」。それがタバサの答えの中にあったと気づいたからだ。

 

「……じゃあ、あいつらが攻撃を仕掛けてこなかったのは、あのデカブツがここを自分たちに適した環境に変えるまで待っていたため、だというのか?」

「確証はない。でも、私はそう考えた」

「時間は!? そうなるまでどのぐらいかかる!?」

「わからない。そもそもさっき言った通り確証もない。でも、最悪の場合は十分ありうる事態だと考えられる」

 

 リーナとしては、デカブツの付近には本来ならもっと戦力を充実させた上で近づく予定だった。だが一刻も早く叩き潰した方が良さそうだ。彼女は考えをそう切り替えることにした。

 

「仕方ない、こうなったら私たちだけでも突っ込んでどうにかしてあのデカブツを倒すぞ!」

「……私はさっきそう言ったのにあなたが止めた」

「う……。す、すまん……。状況がわからなくてだな……」

「じゃあ今度こそ突っ込む。援護して」

「わかった。……と、その前に。私はリーナだ」

「タバサ。……行くよ、リーナ」

 

 短い自己紹介を終え、2人の少女剣士は同時に飛び出した。




お気に入り100人&評価バーに色がつきました。ありがとうございます。



ブラストシールド

マスタリーレベル32で解放されるデモリッショニストのスキルで、ヘルスが60%を切ると自動で発動し、攻撃ごとに一定量のダメージを無効化、さらに投射物回避率や耐性も強化してくれる防御スキル。
防御面に不安のあるデモリッショニストにとっては命綱にもなりうる。
ポイントを振り込んだ分だけ無効化するダメージ量が増え、それが攻撃ごとに無効化となるため、ガッツリ振ると発動中は「質より量」の攻撃に対しては無敵ぐらいの効果を発揮する。
しかし一方で持続時間が4秒と短めで、再発動までのリチャージ時間は終了から11秒かかるために過信は禁物。
また、60%と残りヘルスが高めな段階で発動することが裏目に出てしまい、まだ余裕があるのに発動してしまって本当にヤバい時にリチャージ中ということも起きたりする。
そもそもネクオル二刀サバターの場合はヘルスの最大量が稼ぎにくいこともあって上下動が結構激しいため、ヘルス60%を切るという状況は割りと普通に起きたりするので、このスキルを当てにしすぎるのも危険である。
いずれにせよこれが発動すると黄色信号。「危険領域に近づいたという警告を促すシグナル」として捉えた上で、無理をしすぎない範囲を見極めるのが重要になってくる。


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Act18 それがヨミハラの魔界騎士として、今私がやるべきことだ……!

(冗談だろ……? あいつ……頭のネジが数本のレベルじゃなく外れてるぞ……!)

 

 タバサに援護を任されたリーナは、彼女の背中を守ることを担当し、迫りくるイーサーコラプションを相手にしていた。

 だがそうしながらも、互いに背中を預け合っている相手の方がどうしても気になってしまっている。そして、先のような感想を抱くに至った。

 まあそれも仕方がないだろう。

 

 緑色のイーサーの炎に全身を焼かれながらも、タバサは怯むこと無く前に出続けていたのだから。

 

 フレッシュウィーバーから放たれるイーサーファイアだけでなく、「エネルギーの供給源」と予想したイセリアルセンチネルからも時折イーサーの光が降り注ぎ、それが燃え上がる。

 だがまるで気にした様子も、苦しむ素振りも見せず、今も目の前の障害となっているイセリアルオークを叩き斬っている。

 

 それも淡々と、だ。戦う前に感じられた苛立ちや怒りのような感覚は薄れているように思え、まるで凪いだ心のまま敵を殺戮し続けているとさえ錯覚する。

 

(こいつは機械か何かか!? なんでそんな作業をするかのように戦闘を続けられて、しかも体をそこまで危険に晒せるんだ? 普通ならば間違いなく死の恐怖を感じる。よしんばその感覚が麻痺しているとして、それほどまでして戦おうとする理由は何だ……?)

 

 リーナからすればイセリアルもタバサも、どちらも怪物とさえ思えた。それほどの異様な光景である。

 しかし、街を破壊しようとしているか、それを結果的に止めようしているか。どちらかにつくとなれば間違いなく後者につく。確かに恐ろしくはあったが、味方であるうちは心強いことはこの上ない。

 

 そしてとうとうリーナがどうにか食い止めていたゾンビ連中の大半が消え去った。彼女が倒したわけではない。タバサが使役者を片付けた、ということだ。

 さらには駆けつけたノマド兵士も増えてきている。これなら雑魚はそちらに任せ、いよいよデカブツに集中できそうだ。

 

 そんなことを考えつつリーナがタバサの方を振り返ると、彼女は膝を付き肩で呼吸をしているのがわかった。傍目にも無茶と分かる戦い方をし、ようやく厄介な敵を倒せたのだ、無理もないと思う。

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

 デカブツ以外に周囲に敵の影が無いことを確認し、リーナはタバサの元へと駆け寄った。

 

「……大丈夫。問題、ない……」

「ないわけないだろ! あいつらからあれだけの炎食らって大丈夫なわけ……あ、あれ?」

「今ポーションを飲んだ……。それにこちらの攻撃である程度体力を吸収したから……。もう少ししたら動けると思う……」

「体力を吸収……?」

 

 リーナの問には答えず、独特の呼吸法(ニューマチックバースト)を使用して数度大きく深呼吸。それだけで乱れていたタバサの呼吸が整い始め、辛そうだった体の様子も戻っていくように見えた。

 

「私の剣による攻撃には与えたダメージを体力に還元する能力が備わってる。加えて、そのときに発動する天界の力……“ツインファング”の加護も受けている。剣先から飛び出す赤い針のようなエネルギー体を通して、通常の攻撃より多くの体力を吸い取れる。それからネックスに備わった、ツインファングと似た能力の“シャドウボルト”と、オルタスに備わった“ヒーリングライト”もある。……だから炎に焼かれても、相手を斬ることさえできれば死にはしない」

 

 わからない言葉が多くでてきたが、要は回復できるのだから体を危険に晒そうが問題ない、という類のことを言っているとリーナは理解した。

 

「だからといってこんな戦い方は……!」

「やられる前にやる。……それが私の戦い方」

 

 だとしてもあまりにも危うすぎる。なおもリーナが話を続けようとした、その時。

 

「あっ! 危ない!」

 

 視界の端で何かを捉えたリーナは咄嗟にタバサを押し、自分もその場を飛び退く。一瞬遅れてそこにイセリアルセンチネルからのイーサーの光が降り注ぎ、その場に緑色の炎を燃え上がらせた。

 

「くそぅ、このデカブツめ! いい加減斬り倒してやる!」

「待って。敵が来てる。……こいつ、残存戦力をかき集めてでも私たちを止めるつもりだ」

 

 タバサの言葉にリーナが視線を移すと、確かにここに近づいてくる敵集団が目に入った。しかしそれほど多い数ではない。これならタバサを休ませているうちに自分だけでどうにかできる。

 そう思ってサクラブロッサムを構えたリーナだったが。

 

「えっ……!?」

 

 近づいてきたその物体は、子供のように見えた。おぼつかない足取りでこちらに近づきながら、赤ん坊が発するような声を上げている。

 だがその姿は明らかに異形だった。頭と体は肥大化し、そこに不釣り合いな手足は緑色に変色している。

 

「リーナ! 近づかれる前にそいつを斬って!」

 

 タバサの焦ったような声が聞こえる。しかし――。

 

「相手は子供……じゃないのか……? それを斬るなんて……」

「くっ……!」

 

 背後からタバサが猛スピードで飛び込んでくる気配を感じた。目の前の子供のようなモノを殺すつもりだ。

 

「待っ……!」

 

 リーナがそう言うより早く。タバサの2本の剣は相手を貫いていた。

 

 直後、その相手が爆発する。一瞬早くその場を飛び退いていたタバサだったが、爆風から完全に逃れきることはできなかった。少し転がった後で膝をついて起き上がる。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

「……“イセリアルインプ”。今の敵。イセリアル化された子供。でも元が子供だから戦闘能力自体は低い。だから、その分を補うために……」

 

 突如敵の説明を始めたタバサ。だが、リーナはそれを息を呑んで聞いていた。

 この後何を言うかはなんとなくわかる。彼女自身目にしたことだ。つまり――。

 

「……最終的には内部に溜め込んだイーサーエネルギーを爆発させ、自爆して相手を巻き込む存在として作り出されている」

「外道共がッ!」

 

 予想できてもなお突きつけられた事実に、リーナは怒りを抑えきれず、地面を殴りつけていた。

 

「子供を、命を何だと思ってる! 死者を弄ぶなどと! こんな……こんなことが許されてたまるか!」

 

 その様子を見つめていたタバサだったが、呼吸を整ったことを確認して立ち上がった。

 

「リーナは下がってて。あのイセリアル化された集団はおそらく……この街の、この地域にいた人間の成れの果て。……あなたにそんな存在を斬れ、なんて言うべきじゃなかった。ここは私が……」

「いや……逆だ……。だからこそ、私がやるべきだ……!」

 

 普段の陽気な雰囲気とは真逆。怒りで声を震わせながら、リーナはサクラブロッサムを構えた。

 

「……本当にいいの?」

「ああ。せめて私の手で安らかな死を迎えさせてやりたい。それがヨミハラの魔界騎士として、今私がやるべきことだ……! ハアアッ!」

 

 気合の声とともにサクラブロッサムの真の力を解放する。まるで変身を思わせるかのように身に纏った衣装が変化し、剣の刀身のような色合いを基調としたものへ。

 

 “百花繚嵐”。彼女はこの姿をそう呼んでいた。

 

 しかし今のリーナの顔にそんな花のような明るさはない。沈痛な面持ちのまま、静かに口を開く。

 

「……私にできることはこれぐらいしかない。すまない……。だが仇は必ず討つ。だからどうか、安らかに眠ってくれ。たああーっ!」

 

 敵陣へとリーナが飛び込む。未だ迷いかねない心を押し殺し、彼女は必殺の剣を振るった。

 

「吹き荒べ、桜吹雪ッ!」

 

 その名の通りの美しい花びらが大量に舞い、嵐のような風が巻き起こる。それはこの街にいた不幸な人々の成れの果てを包み込み、そして斬り裂いていった。

 

 言うなれば死者への葬送の花。リーナの怒りと哀悼を込めた花の嵐によって、死してなお弄ばれた者たちが解放されていく。

 

「……死が始まりであってたまるか」

 

 そんな光景を見つめながら、タバサはポツリと呟いていた。

 

 大技を出し終えたリーナは肩で呼吸をしていた。が、昂ぶる感情が疲労を上回っているらしい。硬い表情のまま、すぐにタバサの方へと振り返った。

 

「これでデカブツに集中できるはずだ。いい加減、こいつを叩き潰すぞ!」

「賛成。こいつがぶっ倒れても建物に影響がない方向から攻撃を……」

 

 タバサがそこまで言った、その時。

 突然、天を衝くイセリアルセンチネルの先端付近がゆらゆらと揺れ、そこにあるクリスタルから辺りに衝撃波のようなものを放った。

 

「チッ……!」

「うわ、なんだこれ……! 急にめまいが……」

 

 タバサは踏みとどまったものの、リーナは体のバランスを崩してサクラブロッサムに体を預けている。

 

「音波攻撃か!? それとも精神攻撃……」

「違う。おそらくイーサーの衝撃波、といったところだと思う。……そして、それで少しでもいいから時間を稼ぎたかった、と」

 

 そう言ったタバサの視線の先。新たなイーサーコラプションが2体、イセリアルセンチネルから生み出されていた。

 “イセリアルビヒモス”。オークよりも巨大な体を持ち、筋骨隆々としたその姿はまさにビヒモス(巨獣)と呼ぶにふさわしい。

 

「新手だ。自分の体を削ってまで生み出してきた」

「なっ……。私がさっき倒したので終わりじゃないのか? ……うぅ」

 

 まだイーサーの衝撃波によるダメージが抜けきらないのだろう。辛そうにリーナが答えた。

 

 そんな状況を理解しているのか、はたまた偶然か。イセリアルビヒモスが猛然と突撃してくる。

 

「まずい、来る。飛び退いて」

「気軽に言ってくれるけどな、まだ頭がグラグラしてて……。くうっ……!」

 

 タバサは左に、リーナはかろうじて右に飛び退いてその突進を避けることに成功した。

 しかし2匹目。未だ立ち直れずにいるリーナが目標にされた。

 

「リーナ! もう1匹!」

「えっ……!? ちょ、まっ……!」

 

 カバーに行きたくとも、分断される形で立ちはだかった1匹目のビヒモスが邪魔でタバサは飛び込めない。咄嗟にネメシスとブレイドスピリットを行く手を遮るよう指示を出しはしたが――。

 

(無理だ、あれじゃ止められない……!)

 

 その予想通り、タバサの召喚獣を無視してビヒモスは突進する。

 今の体の状態で剣を振るったところで勢いを止めるほどの攻撃は放てない。そう悟ったリーナの目前に巨体が迫り、ダメージを覚悟して目を閉じ身構えた、その瞬間――。

 

「魔界の炎よ! 焼き尽くせ!」

 

 リーナを避けるように伸びてきた炎の波が、イセリアルビヒモスの突進を食い止めつつ飲み込んだ。

 

「この声……そして炎……! ということは……!」

 

 期待とともにリーナが振り返る。

 果たして彼女の期待通り。褐色の肌に桃色の髪、裏地が黒の赤いマントを羽織り、魔剣“ダークフレイム”を手にした美女がそこに立っていた。

 ノマドの大幹部であると同時にリーナの直属の上司にして憧れの人、そして剣の師とも言える魔界騎士。その彼女は、高々と名乗りを上げた。

 

「魔界騎士イングリッド、推参!」




steamハロウィンセールが始まってるみたいです。現地時間の11月1日ぐらいには終了するようで結構短めです。
Grim Dawnもセール対象で、本体のみだと771円、必須級のDLCであるAoMとFGにおまけのクルーシブルが入ったDefinitive Editionが2628円と、10連ガチャ我慢するとお釣りが来る非常にお得な金額となっております。
皆も乗っ取られになろう!(ダイマ)
……あ、本作のサバターは慣れて資産貯まってから作った方がいいビルドなんで、最初は雑に強いウォーロード(ソルジャー+オースキーパー)か、プライマルストライクで雑魚を蹴散らせるヴィンディケイター(シャーマン+インクィジター)辺りで資産を貯めるのがオススメです。日wikiに丁寧な解説つきのビルド例もあるので参考になると思います。





ヘルス変換

「与えたダメージの○%をヘルスに変換」する能力。ライフリーチや、英訳のAttack Damage Converted to Healthの頭文字を取ってADCtHと呼ばれることもある。
ライフスティールもほぼ同義であり、ステータス画面にもその表記があるのだが、敵だけの能力にライフスティールが存在するために一応の差別化を測って主に上記のような呼ばれ方をされているらしい。
自発回復が難しく、ポーションも使用後にリチャージが発生して連続使用できない本ゲームにおいては生存性を左右する大きな機能。
通常は武器でダメージを与えないとこれが機能しないため、武器殴りのビルドは多少なりともこれを稼いで殴って回復するのが基本であり生命線となる。
特に高火力低耐久の二刀ビルドの場合は依存するところが大きく、「死にたくないならとにかく剣を振れ」の精神でヘルスを維持するスタイルになりがちなため、ヘルスバーが激しく上下動しまくる心臓に悪い現象も珍しくない。



ツインファング

天界の力、つまり星座スキルのひとつ。
Tier1の「蝙蝠」の星の最後の部分に位置し、5ポイントで取得可能。
アサインしたスキルでヒット時20%の確率で発動、100%貫通する「赤い針のようなエネルギー体」を2本並行に飛ばす。が、正直見えにくい。
低めの武器参照ダメージと刺突・生命力ダメージの複合なために得意属性の場合にようやく補助火力になる程度のダメージ量ではあるが、発動間隔0.5秒と100%貫通のために直線上の範囲攻撃としてはそこそこ。
しかし、このスキルの本命は「このスキルで与えたダメージの最大40%をヘルス変換」するところにある。
つまりFSのような左クリックセットのメインスキルや多段ヒットするスキルにアサインすることで頻繁に発動し、簡単に言えば敵からヘルスを吸収して生存性を高めてくれる。
40%と高いヘルス変換を誇るために得意属性でない場合でも結構有用で、あるかないかで生存性が変わってくる場合すらある。
実際本ビルドも補助火力として非常に優秀な炎の奔流を泣く泣く諦めてこっちにした結果、安定性が比較的マシになっている。
他に武器攻撃をしないビルドにおいてもこのスキルによってヘルス変換が可能になるために取得するビルドは少なくない。
星座の道中に3%ヘルス変換があるのも武器ビルドには非常にありがたい。
総じて取りやすさもあってTier1でのオススメの星座のひとつであり、初心者が最初に取る星座で困ったらまずこれを取得してもいいと個人的には思ったりしている。


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Act19 イセリアルという言葉を知っていた人、どうしても会いたい

 ヨミハラ、メインストリート近辺。

 今ここは突如として街を襲った化け物による混乱から逃げてきた人々の臨時の避難場所となっていた。

 

 その中で誘導役をしていた1人である扇舟が、巨大な緑の化け物がいると言われた方向から来た避難者たちを案内しつつポツリと呟く。

 

「タバサちゃん……」

 

 名を呼んだ彼女は、その化け物の元へと向かい、今も戦っているのだろう。そう思うと不安が押し寄せてくる。

 タバサは「絶対に来るな」と念を押した。毒手を持ち、「対魔忍有数の格闘術の使い手」と言われていた全盛期ならまだしも、今の自分は行ったところで間違いなく足手まといになる。そう思った扇舟は自分にできることをしようと、町内会長である静流と協力して避難者の誘導役を買って出ていた。

 

「彼女が心配?」

 

 と、そこで静流が声をかけてきた。その問いに対し、扇舟は素直に頷く。

 

「……あの子は私なんかと比べ物にならないほどに強い。それはわかってる。それに、この街を襲っているという敵に対しても何かを知ってる様子だった。でも……」

「おそらく、彼女がいた世界の化け物なんでしょうね。なら、彼女に任せるのが正解だと思うわ。ふうまくんから保護者役を任された以上、あなたが心配するのもわかるけど、ここは彼女を信じるべきよ」

 

 ごもっともな指摘だと、扇舟は反論せずにただ黙っただけだった。

 

 タバサに命じられた通り、あの後扇舟は静流を起こし、街に異変が起きている可能性を伝えていた。

 初めは半信半疑の静流だったが、まだ夜明け前の時間であるにも関わらずに街が騒がしくなりつつある様子から、異常が起きていることはおそらく間違いないとの結論に至った。

 それから情報を集めようとしているうちに「街の外れに巨大な化け物がいる」「ゾンビが溢れている」と逃げてきた住民たちと遭遇。詳しい話を聞きながら、人の数が多くなっても身を寄せられる場所として、開けた箇所であるメインストリート近辺をひとまずの避難場所としたのだった。

 

「静流、何が起こってるの?」

 

 そこで聞こえてきた声に、彼女は声の主へと視線を移した。そこにいたのは3人組。扇舟も静流同様にそうしたところで、危うく声が出そうになる。

 

 声をかけてきた女は井河アサギと瓜二つの人物であった。いや、同一人物と言っていいほどに似ている。

 クローンアサギ。その名の通り、とある巨大組織によってアサギの細胞から作り出されたクローンだ。扇舟同様、紆余曲折あった末にこの街にたどり着き、今は探偵業をしている。

 

「あら、探偵さん。良いところに来てくれたわ。頼みがあるの」

 

 そして今静流が言ったように、街の人には彼女を「探偵」と呼ぶ者が多かった。

 

 アサギと血縁関係にある扇舟は、味龍に来た彼女を見かけて大いに驚いたものだった。しかし店長代理である春桃に聞いても「あいつはこの街の探偵だ」としか言わなかったので、おそらく別人、それこそ自分同様何かがあってこの街に流れ着いたのだろうと深くは聞かずにいた。

 それでも自分の姪と同じ顔を持つ人物を目にするとどうしても反応してしまう。そんな扇舟をチラリとだけ見た後で、クローンアサギは再び静流へと視線を戻していた。

 

「頼み? 依頼料を払ってくれるなら、喜んで」

「この街の危機……かはわからないけど、異変が起きているのは確かだからね。町内会長として何とかしないといけないから、勿論支払うわ。……ところで、いつもよりメンツが少ないみたいだけど?」

 

 ハァ、とアサギがひとつため息をこぼす。

 

「時間が時間だからね。ミリアムもフランシスも爆睡中。私1人で来てもよかったんだけど、建物の振動で亜希も目が覚めたみたいで、あとナーサラもなぜか起きてたからとりあえず連れてきたの」

 

 クローンアサギと一緒について来たのは対魔忍にしてふうま一族の剣士でもあるふうま亜希と、別次元から現れたという謎の生命体少女のナーサラの2人だけだった。

 「いつもよりメンツが少ない」とは言ったが、静流は3人共腕利きであることはよくわかっている。よって、依頼を渋るという真似はしなかった。

 

「まあ3人でも大丈夫だと思うからお願いするわ。……逃げてきた人たちが言うには、街にゾンビが溢れているというの。本来ならこの街を取り仕切るノマドに対策をお願いしたいところだけど、まだ指揮系統が混乱しているから、フットワークの軽いあなた達に優先的に動いてもらいたくて」

「ゾンビ……? 死霊卿……とかいうやつ?」

「多分違うと思うわ。彼女……扇舟さんの同居人がちょっとわけありで、そいつらの正体を知ってるらしいの。確か……イセ……なんて言ったかしら?」

「イセリアル。そう言ったと思う」

 

 静流とアサギの会話を途中で話を振られた扇舟がそう言ったところで、ぼーっとした様子だったナーサラが急に扇舟に目を向けた。

 

「イセリアル。それ、本当?」

「え? ええ、おそらく……」

「ナーサラちゃん、知ってるの?」

 

 亜希が尋ねる。が、その問に対して答えず、ナーサラはアサギに言った。

 

「アサギ、頼みがある。とても重要。静流の依頼を終わらせてからで構わない。イセリアルという言葉を知っていた人、どうしても会いたい」

 

 

 

---

 

「イングリッド様!」

 

 リーナの声のテンションが一気に上がる。その様子に、今駆けつけたのは間違いなくリーナにとって尊敬する相手、同時に強力な味方であるとタバサは推測していた。

 

(あのイセリアルビヒモスの突進を止めるほどの勢いのある炎……。おそらくイーサーファイアとぶつかってもそれすら飲み込むほどの威力と考えられる。……味龍で数度見かけたときから思っていたけど、実力は間違いなく本物、というわけか)

 

 タバサはそんな風に考えを巡らせていた。そうしながらも、攻撃の手は緩めない。

 自分とリーナの間に割って入る形になった1匹目のイセリアルビヒモスは休むこと無く滅多斬りにし、先程召喚したネメシスとブレイドスピリットも呼び戻して挟み撃ちを仕掛けていた。

 やがてその相手の姿勢が崩れたと分かると、両手の剣を叩きつけ(エクセキューション)、それから挟み込む斬撃(ベルゴシアンの大ばさみ)。確実に首を跳ね飛ばしてとどめを刺した。

 

 イングリッドが魔界の炎で吹き飛ばした2匹目は、大きなダメージを受けながらもまだ健在のようだった。フラフラと立ち上がり、再び駆け出して突進する。

 だが今度の狙いは自分を攻撃した相手、イングリッドに切り替えたようだった。

 

「ほう。私が放った魔界の炎を受けてなお立ち上がり、しかも襲いかかってくるか。よかろう、相手をしてやろう」

 

 しかしイングリッドは構えない。先程のような炎を放つ様子もない。ビヒモスが迫ってきてタックルが浴びせられる、その瞬間。

 

「ハアッ!」

 

 すれ違いざまに気合いと共に魔剣を一閃。それだけで、相手の上半身と下半身は両断されていた。

 

「さ、さすがです! イングリッド様!」

 

 リーナが称賛の声を上げる。それに対して小さく笑ってから、イングリッドはリーナに声をかけた。

 

「遅くなった。状況確認で動くに動けなくてな。しかし、周囲の避難完了の報告とお前が仕掛けたという情報を聞いたので駆けつけた。……それにしても、らしくないな。お前がその姿になったにも関わらず遅れと取るとは」

「も、申し訳ありません……」

 

 まだ百花繚嵐状態のリーナがうなだれる。

 次にイングリッドは、自身の右腕と呼ばれる者と共闘していた相手へと視線を移した。

 

「そしてお前が共同戦線を張っていた、この敵どもに詳しいという奴か」

「タバサ。……詳しい説明と仮面を取っての自己紹介は後でする。今はイセリアルセンチネル……このデカブツを倒すのに協力して欲しい」

「言われるまでもない。むしろこちらから願い出たいぐらいだ。こんなやつがいてはヨミハラが落ち着かないからな。……リーナ、いけるか?」

 

 まだ足元が若干おぼつかない感じがあったが、頭を振り、リーナは立ち上がっていた。

 

「勿論です! 百花繚嵐リーナ、先程の汚名返上のためにも剣を振るわせていただきます!」

 

 やや気負いすぎかもしれないが、それでもまだまだ戦えるのは確かなようだ。イングリッドは小さく頷いて了承した。

 

「それで、どこを狙えばいい?」

「先端のクリスタルを破壊したいところだけど、先に狙ってもおそらく再生される。まずは足を斬って倒して弱らせ、それから袋叩きがいいと思う」

 

 イセリアルセンチネルはまるで巨大な樹木のように地に根を張っている。まずはそこを断つことをタバサは提案した。

 

「了解した。行くぞ、魔界の炎よ!」

 

 イングリッドが魔剣ダークフレイムに炎を纏って一気に斬りかかる。一太刀でも浴びれば骨すら残さず燃やし尽くす、とまで言われる一撃だ。絶対の自信を持って放った攻撃だったが――。

 

「む……」

 

 確実な手応えこそあったものの、それだけで切断、とはいかなかった。でかい図体は伊達ではないらしい。

 しかし裏を返せばでかいだけ、とも言える。相手はこの場所から動く気配はない。というより、おそらく動けないのだろう。

 ならば続けてもう一撃と動こうとしたところで。

 

「イングリッド様! 攻撃が来ます!」

 

 リーナの声に反応して見上げると、先端付近の結晶部分からビーム状のイーサーエネルギーが迫ってくるのが見える。

 

「フン、その程度!」

 

 しかし魔界騎士の彼女にとってはそんなものは驚異でもなんでもなかった。薙ぎ払うようにダークフレイムを一振り。それだけであっさりとかき消してしまう。

 

「さすが。これなら大して時間もかからず倒せそう。つまるところ、こいつが厄介なのって取り巻きが多いことだから」

 

 言いつつ、タバサも持ち前の火力をフルで叩き込んでいた。

 相手の足元にテルミットマインを設置。呼び出しているペットにも襲わせ、時折幻影の刃を生み出す左手の一撃(アマラスタのブレイドバースト)周囲に幻影の刃(リングオブスチール)も交えつつ、休むことなく剣を振るい続けている。

 

「なるほど、手数勝負か。では私もそれに倣うとしよう」

 

 言いつつ、ここまで一撃に重みをおいていたイングリッドは鮮やかな剣技の連続攻撃に切り替えた。それでも魔界の炎を纏った攻撃だ。太い根っこのように見えたデカブツの脚の部分はみるみるうちに傷だらけとなっていく。

 

「よーし、私も負けてられな……うわあっ!?」

 

 そしてリーナも負けじと、更に攻撃の勢いを増そうとした時。イセリアルセンチネルは先程見せたイーサーの衝撃波を放ってきた。

 

「これは……さっきの攻撃か……! イングリッド様、大丈夫ですか!?」

「む……。少しめまいがするが……。なるほど、お前はこの攻撃にやられた、というわけか」

「お、お恥ずかしながら……」

「でも今度は大丈夫そうだね」

 

 魔界騎士2人にはそれなりに効果があったようではあったが、タバサは全く効いていないようであった。攻撃の手を休めることなくそう問いかけてくる。

 

「一度受けてある程度は慣れたからな! このぐらいなら……戦えるぞ!」

「よかった。じゃああれ、お願いしてもいい?」

 

 タバサが顎でしゃくった先。少し前の状況と同じようにイセリアルビヒモスが生み出されようとしていた。

 

「さっきはあいつにやられかけていたんだったか。良かったな、リーナ。汚名返上の機会だ」

 

 そしてイングリッドにまでこう畳み掛けられては、もう断ることもできない。

 

「うぅ……。デカブツ処理に加わりたかったけど……。イングリッド様がそう仰るなら! 汚名返上! てやああーっ!」

 

 貧乏くじと思わなくもない。が、尊敬する主に言われたのだから、それこそが今やるべきことだと思考を切り替える。

 花びらを舞わせつつ、リーナは2人の援護のため、イセリアルビヒモスへと飛びかかった。




マルマスタックルほんと悪質



シャドウボルト

ネックスに付与されたアイテムスキルで、攻撃時15%の確率で発動して0.5秒間隔で発射可能な赤い球体を放つ。
15%の武器ダメージと冷気・生命力ダメージを与え、ダメージの20%をヘルスに変換、さらに命中した相手のOAを80低下させる効果を持つ。
ツインファングに良く似た性能だが、貫通しない点とヘルス変換率が低い点、ついでに見えにくい点から劣化ツインファングと言った具合。
ただ敵のOA低下は実質こちらのDA増加と同義なので、回避率の底上げや敵からのクリティカル回避には役に立つかもしれない。
言い方は悪いが所詮おまけのアイテムスキルと考えればまあそこそこの性能と思えなくもない。



ヒーリングライト

オルタスに付与されたアイテムスキルで、攻撃時15%の確率で発動し、装備者の最大ヘルス量の5%分+固定値で800のヘルスを回復する。
リチャージが3.8秒と長めなのであまり当てにはできないが回復量自体はそれなり。
分類的には純粋な回復に当たるが、攻撃時発動で制御出来ないのでヘルス変換によるヘルス維持の補助感覚で使う形になる。
このアイテムスキルの実質上位互換としては星座スキルの「ドライアドの祝福」が当たると思われる。



ヘルス再生

ヘルスを自然に回復させる能力。数値が低いうちは殆どあてにできないが、大量に稼げると生存性を高める方法として機能するようになる。
特に武器参照のスキルが無いためにヘルス変換の恩恵を受けられないビルドの場合、これを稼ぐことで生存性の問題を解決することも可能。
秒間に数千レベルのヘルス再生を積んだビルドのヘルスバーの戻り方は見ていて凄まじいものがある。
装備やスキルで稼ぐ他に、天界の力の「ビヒモス」や「生命の樹」を使うのが一般的。
なおバフスキルの中にはヘルス再生にマイナスペナルティがかかるものもあり、合計した結果マイナスになってしまった場合はそのスキルが発動中はヘルスが減り続けることになったりする。



ヘルス回復

その名の通りヘルスを回復する能力。広義としてはヘルス変換やヘルス再生も含まれそうだが、ここではヘルスを直接回復する能力してカテゴリ分けする。
全キャラ共通の自発回復手段としてポーション(厳密には治療薬)がある。使用すると最大ヘルス量の25%+固定値で800のヘルス回復。その後25%の持続的回復。
非常に便利であるが、代わりに12秒という決して短くないリチャージ時間が設定されており、ポーションがぶ飲みゴリ押しがこのゲームでは不可能となっている。
加えてこれ以外の自発回復手段は、主にニューマチックバーストのようなマスタリーのスキル、あるいはアイテムスキルぐらいしか無い。
この内マスタリースキルの場合は他にバフ効果も含まれているためにそれを切らさないことが最優先であり、回復は副次的なものになる。
アイテムスキルの場合はポーション同様リチャージが長めな上に、使えるものがかなり限られてしまう。
その他、攻撃時発動、被打時発動時にヘルス回復をするアイテムスキルや星座スキル等もあるが、制御するのは難しいので完全に狙っての使用は実質不可能と言ってもいい。ヘルス減少時発動もあるが、保険という位置づけになると思われる。
よって、任意のタイミングで確実に使用できる自発回復はポーションのみという状態であり、最後の頼みの綱となる。
そのためになるべくポーションを使わないで生存性を確保できるよう、ヘルス変換やヘルス再生、防御スキル等を活用する必要がある。
……まあビルド例の中にはとにかく受けるダメージを減らすことに全てを捧げ、ヘルス変換もヘルス再生も捨ててポーションによる回復だけでなんとかするというとんでもないビルドも考案されてはいるようだが。


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Act20 もしやこれは禁断の百合展開の予感……?

 結局、取り巻きの敵を可能な範囲で片付けていたためにイセリアルセンチネルに攻撃が集中できたことと、そのタイミングでイングリッドが加わったことが大きかった。

 戦況は一瞬で傾き、まさに木偶の坊と化した相手は、大木が切り倒されるようにあっけなく地面へと崩れ落ちた。そこへ一般兵士も加わって袋叩き状態となり、最大の脅威と目したイセリアルセンチネルはその活動を停止したのだった。

 

 イングリッドは後処理をノマドの兵士たちに任せ、リーナとタバサを連れてノマド本部である“闇の宮殿”へと戻ってきていた。まだ一部、リアニメイターやゾンビたちによる攻撃が断続的に起きている地区もあるが、おそらく鎮圧は時間の問題であろう。それを手伝ってもいいが、より優先すべきことがある。

 とりあえず事情聴取、というわけではないが話は聞きたい。そうイングリッドは考えていた。

 リーナには飲み物を用意しておくよう指示し、今はイングリッドとタバサが2人きりで歩いている。リーナを小間使いするようで少し気が引けたが、なるべく信頼できる者以外を部屋に入れたくないというイングリッドの思いがあったからだ。

 

「でも本当にいいの? あなたはここの偉い人だから問題ないとして、私は部外者……。本来なら後始末を手伝うべきだと思うけど」

「だから言っているだろう、お前からは敵についての情報を早く聞きたいと。今後のことを考えれば、その方が優先度が高い」

 

 イングリッドが言うことはわからなくもないと思ったタバサだが、それでもどうしても疑問なことがあった。

 

「……で、どうしてまだ仮面は外すなって指示なの?」

「正体というものはバレない方がいいこともある。少し前に私を襲ったやつも仮面をつけていた。だから、お前の仮面もそれと同じ目的だと思っていたが」

「別に。これをつけてないと力を発揮できないからつけてるだけ」

「なるほど、そういうことだったのか。だがもうしばらく、私の執務室に着くまではつけておけ。その方がお前のためにもなる」

「うーん……。よくわからないけど、わかった」

 

 どうにも調子が崩される、とイングリッドが苦笑を浮かべる。

 戦闘中とまるで別人だ。今も感情があまり出ていないとは思うが、戦闘中はよりそれが顕著、もっと言ってしまえば無感情で敵を殺戮するだけの戦闘マシーンとすら思えたからだ。

 

「戦いを楽しいと思ったことはないか?」

 

 だから、イングリッドはストレートにそう尋ねた。

 

「ない」

「バッサリだな。私も特に戦い自体が好きというわけでは無いが、相手が手練れと分かると本能的に楽しさを感じてしまうことはある。それすらも無い、ということか」

「うん。戦ってる間はその逆で、心は妙に落ち着いてる。それこそ、元の世界じゃずっと心がざわついていたにも関わらず、それすらも忘れるほどに。だからずっと戦い続けてた」

 

 ふむ、という言葉が思わずイングリッドの口から溢れる。

 戦うと我を失ったり、気分が高揚するという例はよく聞く。しかし、逆に落ち着くというのは珍しいようにも思える。

 

「あ」

 

 そこで不意にタバサがそんな声を漏らした。

 

「どうした?」

「……そういえば今は心が落ち着いてる気がするな、って。さっきイセリアルが現れた時は確かにざわついてたはずなのに」

「あいつらがお前の心を乱す原因だったということか?」

「それもあるかもしれないけど……。うーん、まあいいや」

 

 どうにも気になる言い方が引っかかったイングリッドだったが、当人がいいと言っているのだからいいのだろうと、それ以上深く考えないことにした。

 

 そんなことを話しているうちに彼女の執務室に到着した。扉を開けるとリーナが飲み物を用意して待っている。先にそこまで準備ができていたとは、おそらく相当急いだのだろう。しかし飲み物は4つある。

 

「お待ちしておりました、イングリッド様。私も丁度今来たところですので、紅茶もいい具合だと思われます」

 

 リーナは昔、魔界の貴族の使用人として下働きしていた時代があった。そのためこういったことも難なくこなせるのである。

 

「ご苦労だった。……おいドロレス、お前もこっちに来い」

 

 イングリッドが誰もいないと思われる部屋の隅の方にそう声をかける。すると、そこから声だけが返ってきた。

 

「い、行かないとダメ……? わ、私人見知りするし……」

「リーナが入れてくれた紅茶が飲めないぞ」

「う……。そ、そのうち行く……」

 

 やれやれ、とイングリッドはそのまま椅子に腰を下ろした。タバサはそれより早くちょこんと座っている。

 

「リーナも座っていい。あとタバサ、もう仮面を取っても構わん」

「ん。わかった」

 

 タバサが身につけていた仮面(ナマディアズホーン)を脱ぐ。その下から出てきた、肩口までの雑に切り揃えられた黒髪とくりっとした目を見て、イングリッドは何故か小さく笑い、リーナは「んんー!?」と奇妙な声を上げていた。

 

「フッ……。やはり、か」

「イングリッド様、ご存知なんですか? なんか私もどこかで見たことあるような……」

「それはあるだろうな。お前の行きつけの店のバイトだ」

「行きつけの店……あっ、ああーっ!」

 

 座ったばかりのリーナが思わずタバサを指さしつつ立ち上がる。

 

「味龍の最近入ったバイトか!?」

「ん。そう。……あ、いつも当店を利用してくれてありがとう。これからもご贔屓に」

 

 まるで場にそぐわない、出前の時に言うために用意された挨拶とともにペコリと頭を下げるタバサ。

 

「そんなまさか……。あのバイトがあんなに強かったなんて……。え、でもさっきイングリッド様は『やはり』とおっしゃいましたよね? じゃあ……」

「ああ。仮面をつけていたときから薄々気づいてはいた。雰囲気が似ているな、と。あの店はそこそこ腕が立つ者が多いが、虎娘とこいつだけは頭が1つ2つ分ぐらい抜けて強いのは感じていたからな」

「やっぱり目をつけられてたか。あなたを店で見かけたのは1回か2回程度だったと思うんだけど、明らかに私を意識してるのが伝わってきたし、間違いなく強いという気配も感じ取ってた。だから私の方も印象に残ってた」

 

 タバサとイングリッドが会話で盛り上がっている。自分だけが蚊帳の外だったか、とリーナががっくりと項垂れて腰を下ろした。

 

「そんなバイトが私と二人きりでこの闇の宮殿を歩いていたら皆不思議がるだろうし、これからに影響が出るかもしれないと思ってな。それでここまでは仮面を外すなと言ったのだ」

「そういうことか。気を使ってくれたってことには感謝する」

「気にするな。ここも味龍に食べに行く者は多い。常連のリーナは言うまでもなく、私もあそこの料理は気に入っている。……お前もだろう、ドロレス?」

 

 イングリッドは先程同様、再び部屋の隅の方に声をかけた。今度は違った反応だった。そこにあった影がゆらりと動き、3人の元へと近づいてくる。

 いや、よく見るとそれは人影だった。片目が隠れるほどのボサボサの髪に、見るからにダウナーそうな表情。何より、「働いたら負け」と書かれたシャツを来ているのがあまりにも特徴的である。

 

「ま、まあね……。あ、本当に味龍の店員だ……。こ、これなら喋るのも大丈夫かも……ふひひっ……」

 

 独特な喋り方と笑い方をしつつ席に座り、紅茶を一口。そんな彼女をタバサは物珍しそうな目で見つめていた。

 

「こいつはドロレス。私の遠縁に当たる者だ。この通り少し変わり者だが……まあこれでなかなか役に立つ奴だ」

「お姉ちゃん……そ、それ誉めてるのか貶してるのかわからない……」

 

 そんなドロレスに対してフッと軽く鼻で笑ったところで、「さて」とイングリッドの表情が真面目なものに変わった。

 

「そろそろ本題に入るとしよう。……お前は今回ヨミハラに現れた謎の敵について知っている、という話だった。詳しく話してもらえるか?」

「わかった。でも……うん、まず私のことを話すところから始めたほうがいいかな」

 

 それからタバサはこの世界に来てから既に何度目かになる説明を始めた。

 ケアンのこと、グリムドーンのこと、その天変地異を引き起こしたイセリアルとクトーニックのこと。

 そしてこの世界に迷い込み、紆余曲折あって味龍でバイトをしていること。

 

 何度説明しても話を聞く人の反応は大体同じだ、とタバサは思っていた。まず皆驚く。まあ無理もない。異世界人というだけで普通の存在では無いのだろうから。

 その上で精神エネルギー体であり、“乗っ取る”ことができるイセリアルの話も加わればなおさらだろう。

 

「……というわけで、今回の連中は私同様迷い込んできたんじゃないか、って推測してる。エネルギー源であるイーサーが存在しない上に、別次元と言ってもいいこの世界を侵略しに来るとは考えにくいし」

「しかしあのデカブツ……イセリアルセンチネルと言ったか? あいつにはエネルギー供給源としての役割もあるようにお前は言っていたと思うが。この世界をイセリアルが活動できる環境にするために送り込まれたという線は?」

 

 イングリッドに問われ、タバサは「うーん……」と考え込む。

 

「非効率的だと思う。わざわざイーサーが存在しない世界を無理矢理変化させて攻めるぐらいなら、最初から存在する世界を攻めるほうが楽だろうし。それにはっきり言わせてもらうと、あの程度の戦力しか用意しないというのはあり得ない。……まあ斥候ならわからないでもないけど」

「お前がさっき話してくれた……マルマスだったか、そこはこの規模ではない襲撃があった、ということか?」

 

 リーナの問いに、タバサは重々しく頷いた。

 

「入念な下準備の上に行われた襲撃だったみたいだからね。この街の数倍の規模を誇る都市が数時間と持たずに壊滅したわけだし。実際解放のために私が戦った時は、イセリアルセンチネルだけでもおよそ数十体はいた」

「す、数十体!? あれがか!?」

 

 思わず声が裏返るリーナ。

 

「その他イーサーコラプションやら、イセリアル化された人間やらまで含めると数え切れないほどになる。つまり、イーサーがあればそれだけの戦力を容易に揃えられるのだから、わざわざイーサーが存在しない世界を攻めるのは考えにくい。それに送り込まれた戦力としても少なすぎる」

「それでお前同様迷い込んだ、と推測したわけか。……これまでの話から可能性はほぼゼロだと思うが、イセリアルがこちらの世界のどこかの勢力と手を結んだという可能性は?」

「ありえない。さっきも言った通り、イーサーが存在しない以上長く留まることすら不可能なわけだし。それに連中は自分たち以外を器としてしか見ていない。支配下に置いて、というのならともかく、手を結ぶなんてのは考えられない」

「……やはり考えすぎか」

 

 自分の述べた意見を完全に否定され、イングリッドはそう呟いた。

 少し前に起きたイングリッドの暗殺未遂事件。今回もその件の延長線上にある何かなのではないか、と考えたのだ。

 

「実際、死霊卿も特務機関Gの連中も、もう一度仕掛けてくるならばこのタイミングに乗じただろう。私自身も姿を晒したというのにそれが全くない以上、イセリアルの特徴をよく知っているタバサの推測が妥当、というわけか。……ふむ」

 

 そう言ってイングリッドが考え込む様子を見せたところで、場は沈黙に包まれた。妙な緊張感が辺りを覆うが、ただ1人、タバサだけは全く気にしていない様子で、ここまで手を付けていなかった紅茶を口に運んでいる。

 

「あ、これおいしい」

「入れた本人としてはその感想は嬉しいが……。今それを言う場か? あと冷めちゃってるだろう……」

 

 よくポンコツなどと言われるリーナだが、目の前の異世界人の方が大概ではないかと思ってしまう。

 

「というか、戦ってる時と今とでお前は差がありすぎだ。体を焼かれてダメージを受けていたにも関わらず、機械かと思うほどそれを無視して淡々と作業のように敵を斬り刻んでいた。それが今、間の抜けたタイミングで冷めた紅茶を飲んでうまいと言ってる。正直、本当に同一人物か疑いたくなるぐらいだ」

「……まあさっきイングリッドには言ったんだけど、戦闘中は心が妙に落ち着くから。だから作業ってイメージを持たれるのかも」

「心が落ち着くから、って言われても……。はっきり言うがお前の戦い方は異常だぞ? ああいう自分の身を危険に晒すような戦い方がお前がいた世界のスタンダードなのか?」

 

 戦闘中に感じたことをリーナは包み隠さずぶつけてきた。

 

 本来ならここまでの話の大筋から脱線しつつある。イングリッドとしてはそこを指摘すべきか迷ったが、この少女をもっと知りたいという好奇心に負けた。リーナにこの話を任せることにする。

 

「違う……と言いたいけど、まあ“戦争神”である“オレロン”の話を考えると否定しきれないか」

「戦争神? オレロン?」

 

 リーナが聞き覚えのない単語をオウム返しに口にする。

 

「そう。私がいた世界、ケアンで戦争神として祀られているのがオレロン。……民族滅亡の危機に瀕した際、戦士であったオレロンは命を賭して戦い、見事勝利を収めた。しかし、その代償として妻とただ1人の子供を失った。以降オレロンは家族との再会を望み、死に場所を求めて無謀な戦いを続けたが、結局戦場で彼の願いが叶えられることはなかった、と言う伝説」

 

 一瞬、沈黙が部屋の中に広がった。

 

「それは……なんというか、悲劇だな……。それなのに戦争神なのか?」

「悲劇、という表現には私も同意する。でも……」

 

 それからタバサは今答えたリーナから、その師であるイングリッドの方へ視線を移した。

 

「イングリッド、あなたならどう捉える?」

「確かに悲劇ではあるだろうな。が、死に場所を求めて無謀に戦い、なお死ぬことはなかった。その『死なない』という部分にあやかって戦争神と呼ばれているのではないか?」

「お見事。そのためにケアンの軍隊にはオレロンを崇拝し、その名を叫びながら死を恐れず突撃する部隊さえある。だから私の戦い方もその影響があると言われると否定しきれない気はする」

 

 そこまで話したところでタバサはひとつ小さく息を吐いた。

 

「……とにかく、傍から見たら無茶に見えるのかもしれないけど、あれが私の戦い方だから仕方ない。戦闘中にも言ったけど、私の剣には体力還元能力があって斬れば死にはしないから。やられる前にやれ、死にたくないならとにかく剣を振れ。それが私の戦い方。でもまあ、心配はありがたく受け取っておく」

「受け取る前に心配をかけさせるな。……私がどうこう口を挟むことでもないのかもしれないから、これ以上は言わないが」

「次に会ったときに心配できる側ならいいがな。……忘れていないか、リーナよ。さっき言っていたが、仮にもこいつは対魔忍の保護下にいるわけだ。もしかするといずれ敵としてぶつかることがあるかもしれないのだぞ」

 

 あ、という声がリーナの口から漏れていた。一方でタバサはよくわからないという表情を浮かべている。

 

「対魔忍とここの組織……ノマドだっけ、仲悪いの?」

「一応は敵対関係だ。とはいえ、顔を合わせたら即殺し合いというほど劣悪なわけでもない。確かお前の保護者はふうま小太郎だとさっき言ったはずだ。ならば確証はできないがおそらく安心だろう。私は奴のことを噂で聞いて遠目に見たことしかないが、リーナとドロレスは何度か顔を合わせていて結構仲がいいらしいからな」

「そう、よかった。リーナはいい人だから戦いたくないし、イングリッドとはそのままの意味で戦いたくないから」

 

 その言葉に素直に称賛されたイングリッドは小さく笑い、リーナは「いい人かぁ……」とどこか複雑そうに笑っていた。

 

「とにかく、そろそろまとめに入らせてもらおう。今回の襲撃の原因はイセリアルに詳しいタバサをもってしてもわからない、迷い込んだということで偶発的な事故として見るのが妥当、ということでいいな?」

「うん、私はそう考えてる」

「とりあえず敵の正体が一応は掴めただけでも話を聞けてよかった。感謝する。あとはこのようなことが今後起きなければいいがな。イセリアルの死骸は焼却処分する予定だ。街の中の残留イーサーは学者連中にモニタリングさせるが……。お前はさっき自分の感覚だと薄れていると言ったな?」

「私の心の苛立ちがイーサーに関連しているならば、だけどね。処理に関しては今イングリッドが言った方法でお願い。イーサーはこの世界にとって未知の物質だから研究したがる人もいるだろうけど……。その研究で保管してたイーサーの管理が杜撰だった結果、この世界にもイーサーが溢れてイセリアルを呼び込む原因になるって可能性もある。できることなら完全破棄が望ましい」

「了解した。そのように徹底させよう」

 

 それでタバサからの聴取は終わりのようだった。椅子に深く座り直して、イングリッドは一度天を仰ぐ。それからこの部屋にいる同組織の2人に声をかけた。

 

「ドロレス。さっきの戦闘映像は記録してあるのだろう?」

「も、もちろん。ばっちり」

「ならばそれのコピーを入れた記録媒体を用意しておけ。余計なものを入れるなよ。それからリーナ、手間を掛けさせるようで悪いが、街に行って高坂静流を呼んできてくれ。タバサを引き渡す」

「はっ! かしこまりました!」

 

 リーナは立ち上がって部屋を出ていき、ドロレスは持ち込んでいたタブレットをなにやら操作し始めている。そんな様子に、タバサは少し戸惑ったように口を開いた。

 

「……別に私1人でも帰れるよ?」

「さっき言っただろう、ノマドと対魔忍は一応は敵対関係だと。それ故に色々と手順というものがあるのだ。……まあ対魔忍側に今回の件を話すとなった場合、すまないがお前を通すよりも直接静流と話したほうが確実だから、というのもある」

「前半はよくわからないけど、後半は納得した。多分私じゃちゃんと説明できないというのはごもっともだと思う」

 

 異世界人とはいえ、本当に変わった奴だと、イングリッドは今日何度目かわからない苦笑を浮かべていた。

 リーナが戻ってくるまでもうしばらくかかるだろう。ならばそれまで話してみるのも悪くないかもしれないかもしれない。彼女にしては珍しく、そんなことを考えていた。

 

「タバサよ、迎えが来るまで話さないか? 戦争神オレロンの話、なかなか興味深かった。それ以外の神々の話や、異世界人のお前から見てヨミハラはどう映ったか。味龍で働いてみてどうか。そういった話をもう少し聞かせてほしい」

「ん。いいよ」

「お、お姉ちゃんが興味を持つ相手って珍しい……。もしやこれは禁断の百合展開の予感……? リーナが嫉妬しそう……。フヒヒ、テラヤバス」

「……いいからお前は黙って作業をしていろ。まったく……」

 

 からかわれたが仕事を任せている以上あまり手荒に怒るのも気が引ける。やれやれ、とイングリッドはため息をこぼすだけに留め、恨み言は飲み込むことにしたのだった。




オレロン

本編中に述べている通り、悲劇の伝説が残るケアンにおける戦争の神。
戦争神ということもあり、オレロンが関係するスキルやアイテムは主にソルジャー向けに攻撃的なものが多い。
そして、怒っているものばかりである。もっとも大切な家族を何も出来ずに失ってしまったという己の無力さか、神の無慈悲さ辺りに怒っているのだろうか。
しかし、残念なことにそれらは他と比べて扱いづらかったり今ひとつな性能だったりすることが多い。このことに関してオレロンさんは怒っていいと思う。



盲目的激怒(Blind Fury)

天界の力、つまり星座スキルのひとつ。
Tier3の、その名も「オレロン」の星の中にあり、最短5ポイントで取得可能。
スキル名を見てわかるとおり怒っている。
アサインしたスキルでクリティカル時100%の確率で発動、1秒間隔でRoSのように周囲に刃を作り出して敵を斬り裂く。
発動条件がクリティカルなのがややネックだが、スキル自体の威力と発動間隔の短さに加えて星座の効果も強力なために、物理主体ビルドにとっては性能だけを見れば切り札となりうる存在。
ただ、取得条件が非常に厳しいために諦めざるを得ないビルドも多く、強いが取りにくいことからネタ扱いやロマン扱いされたりもする。



オレロンの激怒

ソルジャーの排他スキル(超強力な常駐スキルだが、そのカテゴリ内で1つしか発動できないスキル)のひとつ。
やっぱり怒っている。
効果は実数体内損傷ダメージ追加、割合の物理・体内損傷・刺突ダメージ強化、OA%強化、移動速度強化。
物理ビルド向けの性能が揃っており、特にOA%強化は強烈で、これによってクリティカル乱発に繋がるために上記の星座オレロンとの相性が良い。
しかしソルジャーのもうひとつの排他スキルである「メンヒルの防壁」がディフェンス面をカッチカチにしてくれる上にオフェンス面も多少サポートしているために、ほとんどの場合そっちの取得を推奨される。
ただ、メンヒルは条件として「盾か両手持ち近接武器を要する」ため、そこに当てはまらない二刀流や遠隔ビルドなどが、もう片方のマスタリーの排他スキルにいいものがない場合にオレロンを頼る形となる。
とはいえ、ソルジャー絡みの物理ビルドは盾か両手近接の場合が多いために「排他のオレロン取るビルドってある?」とかたまに言われる事態も発生しており、実数体内損傷じゃなくて素直に実数物理ならば、とか、移動速度じゃなくて総合速度ならば、と思わなくもない。



オレロンの憤怒

ソルジャー向けレリックのひとつ。
案の定怒っている。
効果はソルジャーの全スキル+1、実数物理ダメージ追加、割合の物理・出血ダメージ強化、OA強化。
同名のレリックスキルは攻撃時10%発動、1.6秒間隔で円形範囲に衝撃波が発生し、物理と出血ダメージを与える。
性能は悪くないのだが、物理出血のハイブリッド型向けということもあり、純物理ビルドの場合にはこれよりも他のソルジャー向けレリックや汎用レリックが優先されがち。



オレロンの鍛え直した鎖

レジェンダリーベルト。
なんと怒っていない。
ソルジャー全スキル+1を始めとして物理、体内損傷、刺突、出血、クリダメ強化と攻撃的なベルトで、一時期は物理ソルジャーが絡むビルドなら大体これでいいという風潮があった。
が、その後のアップデートにより同じくソルジャー全スキル+1のMIベルトが登場。
50%酸→物理変換や装甲10%強化に加え、MIのために接辞による強化があり、しかも店売りもしているため接辞厳選が比較的楽という条件も重なって、ソルジャー用ベルトの座を一気に奪われた。
これにはオレロンさんも激怒待ったなし。



他にレジェンダリーグローブに、オレロンの名前は無いがフレーバーテキストで関わっていることを匂わせているものがあり、アイテムスキルが「タガを外した激怒」でお約束どおり怒っていたりもする。
あとはコンポーネント(武具につけられるアイテムのこと)にオレロンの鎖やオレロンの血、増強剤(同じく武具にコンポネと別につけられるアイテムのこと)にオレロンの情熱といった物がある。


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Act21 ……これはヤバい。冗談抜きで

 闇の宮殿の中を、リーナと静流とタバサ、そして扇舟が歩いていた。

 

 あの後、リーナはイングリッドの命令通りに静流を呼びに行っていた。そこで「タバサから話を聞いていて、それが終わったから迎えに来て欲しい」と言ったところ、小太郎から保護者役の代理を任されているということで扇舟もついて行きたいという話になったのだ。

 

 自ら言い出したこととはいえ、ノマドの本部に足を踏み入れることに対して扇舟は非常に緊張していた。しかも大幹部のイングリッドと直接顔を合わせることにもなる。もしかしたら勝手についてきたことを咎められるかもしれない。

 そんな風に思っていたのだが、イングリッドは特に何も言わなかった。そして静流と何か事務的な話を始め、その間にてくてくと近づいてきたタバサは普段どおり声をかけてきたのだ。

 

「扇舟、言ったこと守ってくれてありがとう」

「タバサちゃん……。良かった、無事で……」

 

 そう言ってタバサを抱きしめる扇舟を見て、タバサのあの無謀とも言える戦い方を教えてあげたほうがいいかと思ったリーナだったが、心配事を増やすだけかと思いとどまった。

 

 そんな具合で、今は見送りも兼ねて闇の宮殿の入り口までリーナが案内している形だ。

 ちなみに、タバサは来る時は被っていた仮面を外している。あの時はイングリッドと2人きりだったので配慮をされたのだが、今回は他のメンツを見ても特に不自然ではないから大丈夫だろうという静流の判断からだった。

 

「ねえ、リーナ」

 

 ふと、背後のタバサからリーナに声がかかった。

 

「なんだ?」

「さっきイングリッドとドロレスと話してたんだけど……数日前にふうまがこの街に来てたって本当?」

「数日前……ああ! セルバンテスじいちゃんのあれか! 確かに来てたぞ。それがどうかしたか?」

「……ふうま、ヨミハラに来たら味龍に顔を出すって言ったのに出してくれなかった」

 

 明らかに声のトーンが落ち込んでいるとわかった。「あー……」とリーナは記憶を呼び起こそうとする。

 

「2人の話だとふうまが手伝ったイベント中に予想外のトラブルが起きて、それでヨミハラを出る時は慌ただしかったとかっても聞いたけど」

「そう、それだ! あの時はゲストに踊りの神とか猫の神とか結婚の神とか結構錚々たるメンツを呼んでたんだ。で、盛り上がったせいで神様たちが悪ノリしちゃって。その場にいないはずの人たちを転移させてきたりしたもんだから、そのせいで帰る時のあいつはすごくバタバタしてたんだ」

 

 リーナの説明を聞いて数度瞬きをしたタバサだったが、ややあって「……は?」と間の抜けた声をこぼしていた。

 

「……この世界ってそんな変な神様いるの?」

「お前の世界だって、さっき話してくれた……オレロンだっけ、それ以外にもいろんな神様いるんじゃないのか?」

「それはいるけど……。結婚は分かるにしても、猫とか踊りとかはさすがに。獣の神ぐらいの括りで、猫ってところまで細分化はされてない」

 

 そこに静流が「ちょっといいかしら?」と口を挟んできた。

 

「この世界、というよりこの国である日本には『八百万(やおよろず)の神』と呼ばれる言葉が昔からあってね。どんなものにも神様は宿る、という考え方をすることもあるの。その結果、細分化されたいろんな神様が生まれた、というわけ。……もっとも、あの時いた踊りの神はそこに該当するけど、結婚の神と猫の神は日本由来の八百万の神では無いはずだけれどね」

「じゃあこの世界自体にいろんな神様がいるってことか。へぇ……」

 

 さすがは五車学園で教鞭をとることもある静流といったところか。その博識さにタバサならずともリーナも感嘆の声をこぼしていた。

 

「まあそういうわけで、あの時のふうまはトラブっててしょうがなかったんだと思う。というか、あの時に頼んだのは私だからなんか責任も感じてる。すまん!」

「いや、まあそんな怒ってるわけでもないし、リーナに謝られるのもちょっと申し訳ないし……。この後ふうま本人に聞いてみるよ。……さっきイングリッドと話してるのがチラッと聞こえたんだけど、私って五車に戻ることになるんでしょ、静流?」

 

 さらっとそう言われたタバサの言葉に、扇舟が「えっ……」と明らかに動揺した声をこぼしていた。それを耳にした上で、静流は彼女の問を肯定する。

 

「聞こえちゃってたかしら。……ええ、悪いけど、そうなるわね。正体不明のイセリアルという存在は驚異となりうる可能性もある。だから、詳しいあなたには直接説明してもらいたいし」

「この街にもっといたかったんだけど……。まあしょうがないか」

「なるべく早く戻れるように便宜を図るわ。ふうまくんも口添えに協力してくれると思う。……だから扇舟さん、そんな落ち込んだ顔はしないで」

 

 不意に声をかけられ、扇舟は再び動揺したように静流を見つめる。

 

「……私、そんなに落ち込んだ顔してた?」

「してた」

 

 タバサが即答。次いで静流も苦笑しつつ口を開く。

 

「それでしてないというのは無理があるわね。タバサちゃんと仲良く同居生活してたところを邪魔するようで申し訳ないけど、理解してもらえると助かるわ」

「別に今生の別れじゃないんだから、そこまで気にすることでもないと思うんだけど……」

「……そういうタバサちゃんだってふうまくんがお店に来てくれなかったって結構気にしてたじゃない」

 

 扇舟の思わぬ反撃にタバサの言葉が詰まった。が、ここで前を歩いていたリーナが大きく溜息をこぼしながら振り返る。

 

「あのなあ。お前たち子供じゃないんだからそのぐらいのことでいちいち揉めるなよ……」

「……リーナに言われたのはちょっとショック」

「なんだと! おいタバサ! 私を何だと思ってる!」

 

 結局言った当人も五十歩百歩。「馬鹿って言う方が馬鹿だもん」ばりのやり取りである。これには、唯一巻き込まれていない静流は苦笑を浮かべるしかなかった。

 

 そんなしょうもないなやり取りをしているうちに宮殿の入り口が近づいてきた。

 

「とりあえず見送りで私は入り口までだ。後は静流もいるし、迷うこともないだろう」

「そうね。わざわざありがとうリーナ。……って、そうだ、忘れるところだった。タバサちゃんに会いたいって人がいるんだった」

 

 思い出したように静流がそう言うと、タバサは不思議そうに首を捻っていた。

 

「会いたい? 私に? どうして?」

「さあ……。でも、あなたが異世界人だという説明をしていないのにイセリアルという単語に反応していた。……もしかしたら、何か知っているんじゃないかしら」

 

 今度の反応はより明確だった。無表情気味の彼女の目が細められ、眉がしかめられる。

 

「説明無しで私以外にイセリアルという名称を知っている人がいる……? どういうこと? 一体誰なの、その人?」

「探偵さん……というか、あの人が連れてた小さい子よね。確か……ナーサラ?」

 

 扇舟の問いかけに静流が頷く。

 

「そうね。会えばわかるけど、不思議な子よ。さっき私が依頼した件を探偵と一緒に完了報告に来たから、今は彼女の事務所にいると思うわ。できれば私はお店に戻って状況を確認したいから、タバサちゃんを連れて行ってほしいんだけど……。扇舟さん、場所わかる?」

「ええっと……。正直なところ自信が無いわね……」

 

 それならば店のことを後回しにして自分がついていくしか無いだろう。静流がそう考えた、その時。

 

「よし。なら私が案内しよう。ヨミハラを日々パトロールしている私なら地理はバッチリだし、探偵の事務所にも何度か行ったことがあるからな」

 

 そう言い出したのはリーナだった。

 

「あら、お願いしてもいいの?」

「ああ。……それに現時点で街の様子がどうなってるかをこの目で見たいという思いもある」

 

 ポンコツ気味なのは事実だが、街を守る魔界騎士としての誇りがあるのも確かなようだ。静流はその好意に甘えることにした。

 

「じゃあお願いするわ、魔界騎士さん」

「よし、任せておけ。一応イングリッド様に言伝するから、入り口を出たところでちょっと待っててくれ」

 

 入り口を出ると、リーナは近くにいた兵士に何かを伝えたようだった。相手が了承したことを確認すると、再び前を歩き出す。

 

「それでは行くか。静流、この2人を預かるぞ」

「ええ、よろしくね」

 

 

 

---

 

 日々パトロールしている、というだけあって、リーナは迷うことなくヨミハラの街の中、少し外れた道も気にせず進んでいた。

 本来ならタチの悪い連中がたむろしていたりする場所であるが、異変が起きた後ということと、時間的には夜が明けて早朝の時間帯ということもあってか、今日はそういった輩は全く見当たらなかった。

 

 しかし、時折そんな連中よりさらに悪いものが目に入ることもあった。ゾンビ化した上で命を落としたと思われる死体だ。

 

「……これは街の大掃除が必要かもしれないな」

 

 ポツリとリーナが呟く。無法都市故に流血沙汰は日常茶飯事、死人が出るのも当たり前というヨミハラだが、これだけ街が荒れてしまってはそんなことを言っている場合ではない。

 

「ゾンビ連中自体はほぼ鎮圧されているようだな。戦闘の様子は感じられない」

「代わりに衛兵みたいな人たちが多くいるっぽいけどね。あれもリーナのところの人?」

 

 裏路地を抜けて少し大きめの道に入ったところ。銃を手にした3名ほどの兵士の姿が目に入る。普段は見られない光景だ。

 相手は咄嗟に身構えようとしたが、その中にリーナがいると分かると緊張を解いたようだった。

 

「ああ。うちの兵隊だ。ご苦労様。この辺りは鎮圧済みか?」

「はい。化け物共との戦闘自体は全エリアで終わったようです。ただ、この混乱の影響か、武装難民の一部が暴徒化しているという情報もありまして……」

「やれやれだな……。タバサ、余計な心配かもしれないが帰る時は気をつけろよ」

「ん。わかった」

 

 労いにリーナが軽く手を上げ、それに答える形で兵士は頭を下げたのを見てその場を後にする。

 

「実は少し遠回りしている。街を見たかったからな、すまなかった。探偵の事務所はすぐそこだ」

「別にいいよ。こっちは案内してもらってる身だし」

 

 そして探偵の事務所の前へと到着。ドアをノックしようとするリーナを前にして、なぜか扇舟が緊張気味にひとつ深呼吸をしていた。

 

「どうしたの?」

 

 そんな様子に、タバサが声をかける。

 

「いえ、ちょっと、ね。……ああ、タバサちゃんがバイトに入ってから、もしかしてここの人たちまだお店に来たことがなかったか。探偵さんの姿を見たら驚くと思うから心の準備をしておいたほうがいいと思うわ」

「驚く? んー、わかった」

 

 直後、ドアが開いた。住人とリーナがなにやら話した後で、住人が顔を出して連れを確認する。その顔を見て、扇舟の予想通りタバサは「あ」と声をこぼしていた。

 

「わかった? 驚くって言った意味」

「ん。あれはパッと見完全にアサギだ。でもちゃんと見ないと判断できないけど、多分別人っぽい」

 

 さすが本質を見抜く力は抜群だ、と扇舟は内心でタバサを称賛する。これなら特に問題も起きないだろう。そう思い、リーナの手招きに応じて事務所の中へと足を踏み入れた。

 

 事務所の中には先程扇舟が会った3人がいた。本当はあと2人ほど居候しているらしいが、まだ寝ているらしい。奥でものすごいいびきが響いているので、間違いないだろう。

 

「奥から聞こえてくるフランシスのいびきは気にしないで。昨日も散々飲んで寝て、深夜の異変にも気づかず爆睡って有様だから。そしてミリアムもそれでも起きてこないし」

「あー……。想像できる」

 

 探偵の説明に対し、呆れ気味にリーナが言った。

 

「とにかくまず自己紹介しておくわ。私は探偵……まあ、アサギと呼ぶ人もいるわね」

 

 タバサが「ん?」と反応する。

 

「確かに中身に似てる部分もある。でも別人だということはわかる。それでもアサギなの?」

 

 聞きにくいであろうことをズバッと言ってしまった。まずいと思って扇舟がフォローする。

 

「ごめんなさい。さっき依頼完了で静流のところに来たときに話したと思うけど、彼女、そういうデリケートな部分に鈍いというか、少し変わってるというか……」

「異世界人だから、ね。まあいいわ。気にしてない。私のことは探偵でもアサギでも、好きに呼べばいいから」

「ん。わかった」

「次にふうま亜希。対魔忍よ」

 

 その探偵の紹介にタバサはまた何か思うところがあったようだ。

 

「ふうま……。うん、確かにふうまに近い雰囲気があるかも」

「おお、さっき静流に君のことを話された時はちょっと眉唾だったけど、探偵と私の内面を見通せるとは本物っぽいか。まあふうまと言っても私は分家だから小太郎とそこまで近い家柄でもないけどね。……さて、じゃあ最後。今回君を呼んだ本命、ナーサラちゃんに対してはどうかな?」

 

 そう言われて最後の1人、小さな女の子にしか見えないナーサラが紹介された。

 

「ナーサラ。あなた、イセリアルって言った人?」

 

 しかしナーサラがタバサにその言葉を投げかけたと同時。タバサは目を見開き動きが完全にフリーズしてしまっていた。

 

「……ああ、これは本当に本質を見抜く力を持ってるのね」

 

 ポツリと、クローンアサギがそう呟く。

 

「……これはヤバい。冗談抜きで。……ナーサラって言った? あなた、一体何者なの……?」




コンポーネント

装備品に取り付けて強化できるアイテム。コンポネとか略されたりする。箇所によって取り付けられるものが異なる。
各種ステータスアップの他、種類によってはアイテムスキルが付いているものもある。
この手のゲームでよく見られるファイアボルトみたいなものは武器に取り付けられるコンポネで使用が可能。
強力なコンポネのアイテムスキルは最終形でもメインスキルとして使われるものさえある。
要求レベルが存在しており、取り付けられたアイテムよりも取り付けたコンポネの方が要求レベルが高い場合はそこまで引き上げられる。
コンポネ自体を共有倉庫に預けて他キャラに渡すことも可能だが、上記の理由から育成したい低レベルのキャラに強力なコンポネをつけたアイテムを装備させる、ということは不可能。
取り外すことも出来はするが、発明家というNPCを利用しなければならず、取り外す際にアイテムかコンポネどちらかが破壊されることになるので装着は計画的に。
一部強力なコンポネはドロップしない代わりに設計図が存在し、鍛冶屋にクラフトしてもらうことでしか入手ができない。
その際に「ウグデンブルーム」という花の形状のアイテムを大量に要求されるため、「お花摘み」と称してウグデンブルームを探し回る乗っ取られも少なくない。
この辺の要素もグリドンで時間を食われる原因のひとつとも言える。


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Act22 でもナーサラちゃんはかわいいから、人間じゃなくても問題ないんだよ!

 ナーサラと話したタバサが動揺していることは、誰の目から見ても明らかだった。普段無表情気味で、敵意に対する感情意外は抑揚がほぼ無いと言っても過言ではない彼女としては珍しい。しばらく一緒に生活していた扇舟も、共に背中を預けて戦ったリーナも初めて見る光景だった。

 

「どうしたのタバサちゃん? この子が何か……」

「人間じゃない。正体がまるでつかめない。……敵意がないことだけはわかるけど、雰囲気も気配も感情も全然読めない。これまでこんなことはなかった……」

 

 タバサのその言葉を聞いても、言われたナーサラ本人は特に変わった様子はなかった。

 

「ナーサラ、人間じゃない……。それは合ってる。別次元から来た」

「でもナーサラちゃんはかわいいから、人間じゃなくても問題ないんだよ! かわいいは最強だからね!」

 

 そこに亜希が混ざってくる。一気に話が混沌と化する危険性を感じ「あなたは黙ってなさい」とクローンアサギが釘を刺した。

 

「……別次元から来た? じゃあ私と一緒で異世界人……いや、人間じゃないから、異界生物かな。とにかく、だからイセリアルを知っているということ?」

「肯定……。ただ、知識として知っているだけ。あと、イセリアルは人間がつけた名称」

「確かに奴ら自身がそう名乗ったことはないか。じゃああなた達はなんて名称で呼んでいたの?」

「■■■■■。でもこの世界の言葉では、発音できない……。だから、そっちに合わせる。イセリアル」

 

 タバサにとってはナーサラとの至極真面目な会話が続くその後ろ。リーナは扇舟を肘で小突いてヒソヒソと話し始めた、

 

「おい、味龍の店員。これはまずいぞ」

「ええ、まずいわね……」

「ナーサラの方がより片言気味とは言え、両方とも似た抑揚のない声の調子に、私たちには通じない会話……。どっちが喋ってるのかわからん」

「声色で判断できるはずの私もたまにわからなくなる……。年で耳が遠くなったのもあるかもしれないけど、由々しき事態だわ」

 

 小声で話しているつもりだろうが、どうしてもアサギの耳には入ってしまっていた。大きくため息をこぼしてボソッと呟く。

 

「……何話してるのよあそこの2人は」

 

 さらには自分の隣で無駄にテンションを上げている亜希をジト目で見つめた。

 

「ナーサラちゃんがかわいいのは勿論として、タバサちゃんも惜しいなあ……。もうちょっと小さかったら、一緒に愛でてあげたのになあ……」

「……もう勝手にやって頂戴」

 

 いつもの探偵事務所もこんな感じのノリだとはいえ、頼れそうだと思っていた扇舟までリーナに巻き込まれてツッコミが自分以外不在になっている。なんでもいいから早く話がまとまってくれと、思わず彼女はそう願ってしまっていた。

 

「……なるほど。イセリアルは元々は太古の神々の争いに参加し、そこで負けた種族だった。それが異次元へと追いやられ、肉体を失った結果精神体になった。しかしそれに納得がいかず、肉体を得たいがためにイセリアルの中の一部の好戦的な勢力が侵略を開始した、ということか」

 

 一方でタバサとナーサラはそんな周囲に関係なく、至極真面目な話をしていた。

 

「肯定。そう認識している」

「でもそれで狙われるべきはケアンのはず。なんであいつらがエネルギー源であるイーサーの存在しないこの世界に現れたか、予想はつく?」

「不明。■■■■■■■……。あなたの言うリフト、ワープポータル……。それを通るとき、極々稀にエラーが起きる可能性がある。意図しない次元に繋がる。それに巻き込まれた……。そう予想」

「と、いうことは私がこの世界に迷い込んだのもそれと同じ、といえる?」

「肯定。可能性、高い」

「それがわかるなら、どうしても聞きたいことがある」

 

 馬鹿話をしていた2人と謎にテンションを上げていた1人がいたにも関わらず、そのタバサの言葉に場は一気に真面目な空気へと変わった。

 静流と扇舟から前もってタバサについて少し話を聞いていたアサギと亜希も、闇の宮殿内でタバサ本人から事情を聞いたリーナもある程度のことは知っている。

 

「迷い込んできた存在の元の世界がどこか、それを突き止める方法……。もっと言うなら、戻る方法はない?」

 

 異世界から来たというタバサがもっとも聞きたいのはおそらくこのことだろう。そう予想がついたからだった。

 

「不明」

 

 しかし、ナーサラの答えは簡潔で無情だった。

 

「探し当てられたら、戻る希望、ある。でも、異次元、無数にある……。その中のひとつを探し当てる、ほぼ不可能。……申し訳ない」

 

 突きつけられた現実に、タバサが大きくため息をこぼす。ダメで元々という思いがあったとはいえ、瑠璃の時同様僅かながら希望を持ってしまった以上、やはり少し堪える部分があると思っていた。

 

「謝らなくていい。……確かにあなたは人間じゃないみたいだし、相変わらずほとんど読み取れない。でも……今の最後の瞬間。確かにあなたの気持ちは感じ取れた。だから納得するし、そんな思いをさせてしまった、という気持ちもある」

「じゃあ。代わりに、聞きたいことある」

 

 今度はナーサラが聞き返してきた。

 

「私にはあなたほどの知識はない。知っていて私がいた世界のケアンのことぐらい。それでもわかることならば」

「そのあなたの世界、■■■■■……。発音できない。とにかく、イセリアル以外の驚異、異界の邪神、いなかった?」

 

 再びタバサに動揺の色が見て取れるのがわかった。

 

「……もしかしてクトーニックのことを言ってる?」

 

 クトーニック。イセリアル同様にグリムドーンを引き起こした原因のひとつと言われる存在だ。

 ナーサラはコクリと小さく頷いた。

 

「そう。それ。クトーニック、クトーニアン、クトーン……。■■■■■と同じ、本来は別次元……『あちら側』の存在。そこの邪神、目を覚ますと、その世界、滅ぼすことさえある……」

「……ちょっと待ってナーサラ」

 

 ここでアサギが不意に口を挟んできた。

 

「それってもしかして、私たちとあなたが初めて会った時の、あの……」

「そう。あれ。タバサが言ってるクトーニック、それに近い存在」

 

 アサギたちとナーサラが初めて出会ったのは、ヨミハラの地下で異界の邪神を呼び出そうとする儀式を止めようとしたときだった。アサギは探偵として別な事件を追っていたのだが、その調査の最後でナーサラと出会った。

 結果、呼び出されかけた邪神をどうにか「あちら側」に送り返すことに成功。人知れず世界の崩壊を食い止めたということがある。

 

「ケアンだけじゃなくてこの世界にもクトーニックがいるということ……!?」

「いえ、あの時は召喚を止めることに成功した。だからこの世界にはいない……はず。そうよね、ナーサラ?」

「今のところは。ただ、あいつらは『あちら側』から、こちらの世界、狙ってる。そうなると世界、滅ぶ可能性、ある……。それ、望ましくない」

 

 一瞬の沈黙の後、アサギが再び口を開いた。

 

「タバサ、あなたの世界にも私たちが送り返した邪神のような存在がいたの?」

「あなたたちが遭遇したのとは違うかもしれないけど……。“ログホリアン”が条件に合致する。クトーニアンの連中が呼び出した邪神。確かにイセリアルの侵略も天変地異……グリムドーンの原因のひとつではあるけれど、ログホリアンの復活もケアン破滅の元凶ともいわれている」

「そいつ、どうした?」

 

 ナーサラの問いに、タバサが少し遠い目を見せる。

 

「この手で殺した。だけど、道連れに一緒に戦った私の友達を虚無界へと飲み込んだ」

「それは……。なんだかごめんなさい」

 

 嫌なことを思い出させてしまったかもしれないと、とりあえずナーサラの代わりにアサギが謝ったのだが。

 

「……ん? あ、その友達は死んでないよ。その後魔女の力を借りて虚無界に行く方法を見つけて引っ張り出してきた。……ただ私が誰かわからないぐらい精神的に相当混乱してたから、ちょっと殴って私のことを無理矢理思い出させてあげたけど」

 

 リーナだろうか、「うわぁ……」と明らかに引き気味の声が聞こえてきた。

 

「で、私が行ったあの虚無界がナーサラの言う『あちら側』になるの?」

「そうであって、そうでない。『あちら側』、もっと深い……。おそらく、深淵の入り口に足を踏み入れただけ。そうでないと、帰ってくること、不可能」

「なるほど……。そこから私が元の世界に帰る方法の手がかりとかあるかもしれないと思ったけど、無理そうか」

「残念ながら」

 

 ふう、とタバサはひとつ息を吐いた。

 

「ナーサラはイセリアル同様にクトーニックもこの世界に来る可能性を危惧してるの?」

「一部肯定……。でも、今回のイセリアルの件は事故。クトーニックは、召喚しようとする人がいなければ大丈夫。よって、基本的には、問題ない」

「じゃあなんで私にクトーニックについて聞いたの?」

「別の次元の、■■■■■の情報、知りたかった。そいつらの侵攻、止める……。世界の破壊、望まない。もっと学びたい……。だから、ナーサラの仕事」

「なるほどね。確かに異世界は見るもの全てが新鮮だから、その気持ちはわからなくもない。それに……自分にとって敵とみなしている存在を見かけたらなおさらだろうし。……ん。よくわかった」

 

 その会話がきっかけだった。タバサは「話したいことは終わった」とばかりに視線を逸らし、今度は大きく息を吐く。

 さっきまで辺りに漂っていた緊張感は薄れたようだった。それを見計らったかのように、亜希がナーサラへと抱きついた。

 

「いやあ、ナーサラちゃんは偉いなあ! 異次元からの侵略者を止めようとするなんて! しかもかわいい!」

「ナーサラ、偉い。そして、かわいい」

 

 亜希に抱きつかれ、ゆっさゆっさと小さな体を揺さぶられながらそう呟くナーサラ。そんな光景に、ついさっきまで真剣な目で話していたはずのタバサまで何か呆れたような色を含んでいる。

 

「……いつもこうなの?」

「こうなの」

「大変だね」

 

 本物のアサギに負けず劣らず苦労している様子に同情し、それから久しぶりにリーナと扇舟の方を見たタバサだったが。

 

「いや、お前も大概だぞ」

 

 間髪おかずリーナに突っ込まれた。

 

「……そうなの、扇舟?」

「私は……あまり気にしたことはないわ。タバサちゃんといる時間は楽しいし、彼女ほど奇抜な真似はできないけど、タバサちゃんのことをかわいいとも思うし」

「……かわいい? 私が? ……扇舟も亜希に負けず劣らず変な気がする」

「同じことを繰り返すようだが、そう言ってるお前も大概だからな」

 

 ついには事務所仲間だけでなく、客も漫才を始めたのを見てついに事務所の主は頭を抱える事態となってしまった。

 もうやんわりと追い出してしまおう。そう密かに心に誓う。

 

「……皆楽しそうしてるところ悪いんだけど、ナーサラもタバサも話したいことは終わった?」

 

 亜希に抱きつかれながらナーサラはアサギの方へと振り返る。

 

「終わり。私の方は、もういい」

 

 次いでタバサが口を開いた。

 

「私も問題ない。この世界でイセリアルについて知っている人……あ、人じゃないんだっけ。まあとにかく、ナーサラに会えたのはよかった。無いことを願うけど、またイセリアル関連か、あるいはクトーニック関連かで何か起きたときに相談できる相手が出来たのは心強い」

「そう、よかった。じゃあそろそろお開きにしてもいいかしら? 深夜の襲撃で睡眠不足気味だから少し仮眠を取りたいし」

「確かにそうね。……ああ、でもタバサちゃんの帰る準備を手伝わないと。それから味龍に事情説明にも行かないとか」

「帰る? タバサちゃん、ヨミハラを出るの? あと味龍に事情説明って?」

 

 折角話が終わりそうだったのに、とアサギは割り込んできた亜希へ面白くなさそうな視線を送る。が、当の本人はまるで気づいていない様子だ。

 

「亜希は対魔忍だから私のこと知ってたと思ってた。今私は対魔忍の保護下でふうまが保護者扱いになってる。ただヨミハラにいつもいるわけじゃないから、静流と扇舟が代理をしてる。で、イセリアルの件は驚異になる可能性があるから直接説明してほしいってことで一旦戻るように言われた」

「あ、そういうこと。対魔忍って言っても私は……まあフリーみたいなもんだから。重要度が高い時は緊急で呼び出されるけど、基本はご自由にって感じだし」

「そうなんだ。てっきりこっちのアサギの監視役かと思ってた」

 

 ドキリとしたようにクローンアサギと亜希が顔を見合わせた。

 

「や、やだなあ、そんなことないって。……ああ、それよりさっき味龍についても何か言ってたけど、それどういうこと?」

「あそこでバイトしてる。……ここの人たち見かけた記憶が無いから、一度食べに来るといいと思う。すごくおいしいし」

「そうなの!? ……なあ探偵、私たちが最後に味龍行ったのっていつだっけ」

「確か……新メニューが出来た時だから、もう2ヶ月ぐらいね。ここしばらく行ってない。……というか行けない。お金がなくて外食なんて夢のまた夢よ」

「じゃあ私がバイトに入るちょっと前が最後の来店か。それで顔を見たこと無かったと。なるほど」

 

 タバサは納得したようだった。が、後ろでリーナが「相変わらず金欠なんだな……」と同情したようにぼそっと呟いたのが聞こえた。

 

「またヨミハラには来る?」

「あなたと同じ顔の人から許可が出たら。味龍でバイトするの楽しいし、賄いもおいしいし」

「じゃああなたがまたヨミハラに戻ってきて、お金に余裕ができたら味龍に食べに行くわ。今度は今日ずっと寝てたミリアムとフランシス、あとたまにうちに顔を出すユーリ辺りも連れて」

「ん。わかった。待ってる」

「それじゃ。元気でね」

 

 アサギの挨拶をきっかけとして、タバサと扇舟とリーナの3人が探偵の事務所を後にする。と、最後に出ようとしたリーナがアサギの方へと振り返った。

 

「じゃあ私も帰るが、今まで遭遇したこと無い出来事が街で起きたばかりだ。お前たちも気をつけると同時に、困ってる人がいたら手助けするなり私に連絡するなりしてほしい」

「ノマドの魔界騎士様に連絡というのも少しハードルが高い気がするけど、まあ了解したわ」

「それから……お金は大切にな」

「……それも了解」

 

 それだけを言い残して3人の客たちは帰っていった。

 残された家主は意図せずため息をこぼし、思わず亜希が口を開く。

 

「リーナにまでお金の心配されちゃったら本格的にヤバいかもね、私ら」

 

 基本的にこの事務所の経理関係はアサギが1人で受け持っているが、丸投げしているということで亜希も多少は責任を感じているのだろう。

 

「一応さっき静流から受け取った分で数日はなんとかなると思うけど……。まあ前向きに考えましょう。今回の件で犠牲になった人には悪いけど、おそらくゾンビ駆除やら後始末やらの仕事は増えるでしょうから。その辺を地道にやっていきましょうか」

「コツコツとかあ……。パーッと稼ぎたいけどなあ」

「地道、コツコツ、大切……。うまい話、裏がある」

「うーん、そうだね! ナーサラちゃんの言うとおりだ! コツコツ頑張るか!」

 

 やれやれと、アサギが今日何度目かわからないため息をこぼしたところで少し眠気が襲ってくる。

 さっきは体の良い言い訳に使ったが、本当に仮眠を取ったほうがいいかもしれない。どうせミリアムとフランシスが起きてきたら、今日起きたことについて根掘り葉掘り聞かれた上になんで起こさなかったと文句も言われるのだろうから。

 

「少し眠るわ。亜希もそうしたら?」

「んー、そうだね。じゃあナーサラちゃん、一緒に寝ようか」

「アサギ、睡眠時間不足気味……。眠る、了解」

 

 本当にヨミハラにいると退屈しない。クローンアサギがそんなことを考えながら横になって目をつぶると、すぐにほどよい睡魔がやってきて、彼女はそれに身を任せるのだった。




増強剤

コンポネとは別にアイテムに取り付けて強化できるアイテム。
派閥の友好度を上げることで購入が可能になる。
コンポネと同時に使用することが可能だが、増強剤はそのキャラ専用アイテム扱いなので共有倉庫に置くことが不可能。
取り付けたアイテムも同様に共有倉庫に置けなくなる。ただ、NPCの発明家によって増強剤だけの取り外しが可能でコンポネのようなペナルティもないのであまり気にせずくっつけられる。
一部例外はあるが、主に武器の場合は得意属性の威力の増加、アミュレットとリングはOADAの調整と耐性の補完、それ以外の防具は耐性の補完といった用途で使われる。
特に耐性は根幹を成す装備・スキル・星座が最初、次にコンポネ、それから増強剤の順に調整していく形になるはずなので、ここが最後の調整箇所となるために増強剤の付け替えで耐性パズルに頭を悩ませる乗っ取られも多いと思われる。
当然ながら敵対した派閥からの購入は不可能。
ナマディアズホーンを手に入れるためにはとある友好関係を結べる派閥と敵対しなければならないのだが、よりによって替えが効かない武器用増強剤をいくつか取り扱っているためにビルドによっては非常に困った事態に陥りかねない。
また、メダル用増強剤は他とは全く別物で、キャラ専用アイテム扱いにならず、移動用のアイテムスキルが使用できるようになる。
下位の物は友好度次第で店で購入出来るようになるが、上位の物はクラフトが必須。
このメダル増強剤を利用することでナイトブレイド以外でもシャドウストライク(のようなもの)が使用可能になったり、飛び上がってから攻撃するいわゆるリープアタックが使用可能になったりもする。
これが実装されると発表された当初はテレポートのようなものが使えるようになるという話から「Dia2みたいに障害物無視してあちこち高速で飛び回れるのでは!?」なんて期待もあったのだが、障害物には引っかかる上にリチャージが普通に設定されていてそんなことには全くならなかった。ゲーム性壊れなくてよかったと思いつつもちょっと残念。


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Act23 バイト代……。うん、ありがとう。大切に使う

「うわああああああん! ダバザアアアアア! どうじでも行っじゃうのがああああ!?」

 

 クローンアサギの探偵事務所から出たところでリーナと別れ、寝起きしていた宿泊所に戻って軽く仮眠を取った後、タバサと扇舟は味龍へと向かっていた。味龍のメンバーは皆無事だったが、昨夜の異変についてはなんとなく知っていた、という程度だった。タバサが大雑把に状況を説明し、その上で一旦この街を出なければいけないことを告げていた。

 そこで春桃がヨミハラを出ていくことをタバサに数度確認を取った後、突然泣き出したのだった。

 

「……なんで春桃がこんなことになってるの?」

 

 泣き付かれた当人のタバサは困った様子で他のバイト仲間たちに救いの目を向ける。

 

「春桃さんのモットーは『店で働く奴は皆家族!』らしくて……」

 

 葉月が困った様子でそう答える。

 

「だとしても大げさすぎると思う。扇舟にも言ったけど、今生の別れじゃないんだから」

「でもぉ……」

「でもじゃない。……まあいいや。とりあえず春桃は落ち着くまで置いておくとして。また戻ってくるつもりでいるけど、短い期間で抜けることになっちゃったのは申し訳なく思ってる。特にトラジロー」

「ん? なんでオレなんだ?」

「折角出前のやり方覚えてトラジローの負担減らせると思ったのにできなくなった」

 

 そんなことか、と言いたげにトラジローがひとつ鼻を鳴らす。

 

「別にお前が気にすることじゃないのだ。また戻ってきたときにやってくれればいいぞ。あと扇舟の世話はオレに任せるのだ」

「わ、私の世話? 私のほうがトラジローちゃんよりかなり年上のはずなんだけど……」

「年だけ上でもうんこなのだ! どうせタバサがいなくなったのが原因で、明日といわず今日この後から凡ミス連発するのが目に見えてるのだ!」

 

 反論しようと思った扇舟だったが、どうも否定しきれない予感がしてしまった。思わず言葉に詰まる。

 

「まあ店のことは心配しなくていいから、お前のやるべきことをやればいいのだ。……ああ、対魔忍のところに行くって話だったはずだから、天音と災禍にはよろしく言っておいてほしいのだ。もしあいつらが何か困ったことがあったら、連絡をくれればゆーきゅーを使って駆けつけてやるぞ」

「ん。わかった。伝えておく。じゃあ……」

 

 そのまま最後の挨拶に移ろうかと思ったタバサだったが。

 

「ちょっと待てタバサ。……ふう、やっと落ち着いた。お前に渡すものがあるんだ」

 

 ようやく平常心を取り戻した春桃がそう言うと、店の奥へと小走りで入っていった。それから封筒のようなものを手に戻ってきて、タバサへと渡す。

 

「これは……?」

「これまでのバイト代だ。お前、賄いよく食うから結構引いちゃってるけど……。でも小遣いとしては十分だろうから、受け取っておいてくれ。無駄遣いはするなよ」

「バイト代……。うん、ありがとう。大切に使う」

 

 さて、とタバサは改めて味龍店員全員へと向き直った。

 

「じゃあ、さっきも言ったけど戻ってくるつもりではいるから。また、その時に」

「体に気をつけてね、タバサちゃん」

「なるべく早く戻ってこいよ!」

「待ってますからね!」

「タバタバがいない間、私に任せるヨー」

「じゃあまたな、なのだ」

 

 扇舟、春桃、葉月、シャオレイ、トラジローの順に投げかけられた言葉を受け取りながら、タバサは味龍を後にするのだった。

 

 

 

---

 

 ヨミハラから五車への道中は静流と一緒だった。一応ヨミハラで起きた重大事件ということもあり、彼女も直接報告を受けたいと帰還命令が出ていたらしい。

 一方で同じく対魔忍のはずの亜希は特になにもないようだ。当人も「フリーみたいなもの」と言っていたのはそういうことか、とタバサは勝手に納得することにした。

 

 リーナが注意を喚起していた武装難民とは衝突せずに済んだ。静流が前もって話をつけていたのかもしれない。帰りのルートで遭遇することはなかった。

 

 そのまままえさき市へと出て、さらに乗り換えて五車町へ。ここを離れてから1ヶ月も経っていないはずなのに懐かしい光景だ、とタバサは感じていた。

 

「一応帰還命令ということだから、まずまっすぐ五車学園に行くわね。そのまま校長室へ直行、報告をすませるわ」

「ん。わかった」

 

 校長室にはアサギと紫が待っていた。トップ3のうちの1人であるさくらは諸用で外しているようだ。

 

 紫は立ちっぱなしだったが、アサギと向かい合う形で静流とタバサが腰掛けるように促され、アサギの労いの言葉から報告は始まった。まず静流が事務的な報告をいくつか進める。特に話すことのないタバサは、少し前に瓜二つの顔を見かけた相手をただぼーっと見つめていた。

 

「どうかした、タバサ? 私の顔をずっと見て」

 

 と、話が一段落ついたのか、アサギがそんな風に尋ねてくる。

 

「ん。どうってわけじゃないんだけど、やっぱり別人なんだなって」

「別人? ……ああ、会ったのね、ヨミハラで。私そっくりの人に」

 

 少し声に硬さが入る。当然タバサはそれを感じ取り、同時に気にかけているという心の中も読み解いていた。

 

「会ったよ。顔は似てても中身は別人。でも、こっちのアサギ同様、苦労してるなあって思った。居候が特徴的すぎるし、何よりお金がないんだって」

「それはまた……。私とは別な意味で苦労してるのね。……それで、あなたから見て、彼女はどう映った?」

「ヨミハラには珍しい裏表なくいい人だと思う。だから居候も多いんだろうし。……というか、亜希から聞いてないの? 監視のために張り付けてたんだと思ったけど」

 

 アサギが静流に目配せをし、静流は小さく首を横に振った。「自分は何も言っていない」という意味だろう。

 

「その亜希の監視って話、誰から聞いたの?」

「誰からも。ただ、あっちのアサギと亜希の雰囲気からそうなんじゃないかなって。当人たちは口では否定してたから訳ありっぽいし、それに互いに了承し合った上でかなっては思った」

 

 なるほど、やはり鋭い、とアサギは心の中でタバサを称賛する。本当に思考を読み取れるのではないかとさえ思えてくる。

 事実、アサギは亜希にクローンアサギの監視、さらには後の驚異になる可能性があるという判断から、場合によっては排除まで考えていたこともあった。しかし亜希の懸命の説得と、彼女が提示した「試験」にクローンアサギが合格したことで、今は考えを改めている。

 

「その件に関しては大体正解よ。……やはり怖いわね。あなたを敵に回したくない」

「冗談でしょ。あなたが本気になったら間違いなく私より強いのに」

「そういう直接的な意味じゃないのだけど……。まあいいわ。素直に称賛されたと受け取っておくから。……そんなあなたを敵に回してる連中の話に移りたいところなんだけれど、その前に個人的に少し聞きたいことがあって」

 

 自分を敵に回している連中とは、言うまでもなくイセリアルのことだとわかった。そこでようやく本題か、と思ったがまだらしい。それ以上にタバサとしてはアサギの戸惑っているような心のほうが気になっていた。

 

「何?」

「私の伯母……扇舟のことよ。一緒に過ごしていたんですって?」

「ヨミハラにいるとなると、ふうまがいつも近くにいられるわけじゃないから代わりの保護者ってことみたい。……話は大体知ってる。本人が告白してくれた。かつてふうまの父親を手にかけたとか、この対魔忍の里を攻めたとか。でもずっと母親に縛られ続けていたっても言っていた。だからアサギも温情をかけて追放だけで済ませたんじゃないの?」

「……そう、あなたにそこまで話してるのか。……ええ、今言ったとおり。扇舟の件は彼女の母親である葉取星舟(はとり せいしゅう)が全ての諸悪の根源と私はみなした。扇舟のやったことが許されたものではないというのはわかっている。でも……ずっと母親に縛られ続けたあの人に、少し同情のようなものをしてしまったのも事実よ。だから、母から解放されて、ささやかでいいから幸せを見つけてほしい。そう思ったの」

 

 ひとつ息を吐いてから、アサギは続けた。

 

「報告を受けた当初はふうまくんは何を考えてるのかとも思ったけど……。彼の判断は正しかったみたいね。命の恩人でもあるあなたを預けることが、彼女のためになる……」

「自分の子供みたいに大切に思ってるって言われた。本当は子供が欲しかったけどそれが叶わなかったからって」

「子供……。あの人がそこまで……」

「でも子供っていうのは守られるべき存在だと思うから、私としては違うかなって。私は扇舟のことは友達だと思ってるよ」

 

 友達、という言葉はアサギにとって予想外だったらしい。キョトンしたようにタバサを見つめた後、フフッと小さく笑った。

 

「……友達か。いいかもしれないわね。あの人にとってはそれすらも初めての経験でしょうし。……そんな友達との同居生活を邪魔してしまったのは少しすまないと思ってる。でも、あなたがいた世界の化け物……イセリアルが現れたとなると、詳しいであろうあなたから話を聞かなくちゃいけないから、理解してもらえると助かるわ」

「それは勿論私も扇舟もわかってる。……扇舟は寂しそうだったけど。でもずっとここにいろってわけでもないんでしょ?」

「あなたが望むなら。しばらくいてもらうことにはなるけれど、イセリアルに関する情報やデータがある程度まとまった頃合いを目処に自由にしてもらうつもりよ。……まあ、ヨミハラに行くとなるとそれとなく静流の監視はつくけれど」

「問題ない。慣れた。……静流もそれなりに私のこと信用してくれてるようになったみたいだし」

 

 チラリ、とアサギの視線が静流に移った。

 

「……恥ずかしながら今の言葉は否定しきれません。扇舟さんもそうですが、2人ともヨミハラでの生活を満喫していたようですし、目に余るような問題行動もありませんでした。自分としてはちゃんと目を光らせていたつもりではいます」

「大丈夫よ。実際問題を起こしたわけでもないし、非難するつもりはないわ。あなたは公私を分けられる人物だと信頼してる」

「恐縮です」

 

 半ば社交辞令気味な会話を終えたところで、「さて」とアサギの雰囲気が変わった。

 

「個人的に聞きたかったことを聞けて満足したわ。私の関心事についての話はこのぐらいにして。……そろそろ本題に入りましょうか。言うまでもなく、ヨミハラで起きたイセリアルの件についてよ」




親和性

天界の力、すなわち星座の取得にかかわる条件。
アセンダント(上昇)、カオス(混沌)、エルドリッチ(不気味なもの)、オーダー(秩序)、プライモーディアル(原始)の5つに分けられているが、大体は覚えやすい色で語られるので、順番に紫、赤、緑、黄、青と呼ばれることが多い。というか正式名称知ってる人あまりいないんじゃないか説。
各星座の必要親和性を満たした上で祈祷ポイントを振っていく形になる。
祈祷ポイントはDLCを導入すると最大55ポイント。
最初にポイントを振る「岐路」は必要親和性が無いので、まずここにポイントを振ってTier1星座を取得する。
Tier1とTier2は星座を完成させると親和性が得られるので、それを利用して星座のツリーをどんどん開拓していくというシステムになる。
それぞれのTierで特徴があり、Tier1は必要親和性がどれかの色で1なので取得しやすく、完成に必要な祈祷ポイントは5ポイント以内な上にその際の取得親和性も多めだが、ステータスへのボーナスは控えめで、スキルもランク相当と言った感じ。
Tier2はTier1よりボーナスが強力でスキルも便利なものが多いが、必要親和性がTier1より厳しく、完成した際の取得親和性も少なめなものが多い。
Tier3は完成させても親和性を得られない代わりに強力なボーナスと星座スキルを持つ。
例えばTier1星座の「蝙蝠」は完成に必要な祈祷ポイントは5ポイント、必要親和性が緑1、取得親和性が緑3赤2となっている。
一方Tier2星座の「冬の精霊アマトク」は必要親和性が緑4青6で、完成に7ポイントも必要であるにも関わらず取得親和性は緑1青1となかなか渋い。
幸いスキルの「ブリザード」までは4ポイントで到達できるので、スキルだけ取って完成は諦めて3ポイント浮かせるというパターンが多く取られたりする。
Tier3星座の「ウルズインの松明」は必要親和性が緑15赤8と結構重め。そのためこういったTier3星座を目標にする形で、条件を満たすように親和性を稼ぎつつ取りたい星座をチョイスしていく形になる。
ちなみに緑と赤は両方同時に確保できる星座も多く、どちらも比較的確保しやすいのだが、以前少し触れた「オレロン」は紫20黄7というとんでもない重さを誇っている上に、紫と黄を同時に取得できる星座が非常に少なく、そもそも紫も20確保するのがなかなか厳しいためにロマン扱いされているという経緯があったりする。
また、その星座の取得親和性で必要親和性を満たすことも可能。
例えば岐路緑→蝙蝠と取得した場合、蝙蝠自身の取得親和性が緑3赤2のために完成時の親和性は岐路と合わせて緑4赤2となる。ここで緑1分の岐路を外しても必要親和性を満たしているため、岐路緑の分のポイントを回収できる。
これを応用することで、必要親和性:緑10・完成時取得親和性:緑3の星座を完成させる→緑の親和性が13になる→別の星座で緑3のものがあるならその分を外してポイントを浮かす、ということが可能にもなる。
ここが星座取得の仕様の若干の癖であると同時に、取得の幅をとめどなく広げている面でもある。
言葉で説明するのが難しいので、こればかりは実際触れてもらった方が理解が早い気がする(ダイマ)。


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Act24 仮にも敵対するノマドからの贈り物、か……

 アサギの雰囲気も変わり、いよいよ話が本題であるヨミハラでのイセリアルの件に入ろうとしていた。

 が、そのタイミングで静流が「その話に入る前に、すみません」といきなり話を止める。それから、ケースに入ったメモリーカードをテーブルへと置いた。

 

「これは?」

「そのヨミハラで起きたイセリアルの一件絡みで、イングリッドから預かった物です。イセリアルとの戦闘の様子が収められている、という話でした。……向こうの言い分を信じるならば、ですが」

「……その言い方だと、あなたとしてはそれを鵜呑みには出来ない、と?」

 

 小さく頷き、静流が続ける。

 

「イングリッドが卑怯な手段を使わない、騎士道精神のようなものを持つ人物だということはわかっています。今回のこれも、勢力の垣根を超えて共有しておくべき情報だと言うことで渡してくれました。ついでに対魔忍の保護下にあるタバサちゃんの手も借りたからその礼も兼ねて、とも付け加えられました。でも……」

「仮にも敵対するノマドからの贈り物、か……。何が入っているかわからないわね。……紫、申し訳ないのだけれど、綴木(つづるぎ)みことと用務員のルイスを呼び出してもらえる? 念のためにその2人にこのメモリーカードの解析してもらった上で情報を確認したいから」

 

 アサギからの命令を受けて「はっ!」と紫は部屋を後にした。

 その様子をぼーっと見つめた後、不意にタバサが口を開く。

 

「……イングリッドは信頼していいと思うよ。一緒にお茶を飲んで話したけど、あの人は人を騙すようなことをするとは思えない」

 

 ピクリ、とアサギの整った眉が動いた。

 

「お茶を飲んだ? ……随分仲良くなったみたいね」

「一緒に戦って、その後イセリアルのことを聞かれたから話しただけ。あの人はイセリアルを未知の驚異として捉えた上で、さっき静流が言ったように共有すべき情報と見ていると思えた」

「……タバサ、ずっと思っていたのだけど、敵対組織のノマドが絡んでるし、いい機会だから一応忠告しておくわ」

 

 鋭い眼光と冷たい口調のまま、アサギは続ける。

 

「あなたの人の内面を見通す能力は確かに優れているものがあると思う。実際、さっきのもう1人の私の件や静流に対しても見事に見抜いていることは認める。おそらくイングリッドもあなたの言う通り二心なくこれを渡したのでしょう。……だけど、それで全てが見抜けるとは思わないほうがいい。その能力を過信すると、いつか足元を掬われるわよ」

「ん。わかってる……つもり。確かにナーサラ……は例外としても、朧の内面は読み解けなかった」

「朧にも会ったの? 呆れた……。でも、私が言いたいのはそういうことじゃない。わからない、ならまだいい。()()()()()()()()()ことがもっとも危険よ」

「……どういうこと?」

「口で説明するのは難しいし、私にもそれは出来ない。あいにくと腹芸は苦手だからね。……稲毛屋のおばあちゃんは知ってる?」

「あの厳しそうに見えるけど優しいおばあちゃんのこと?」

 

 タバサのその言葉を聞くと、なぜかアサギは小さく笑った。

 

「ああやってお店を開いてるただのおばあちゃんに見えるけど、ああ見えて凄腕の対魔忍よ。それこそ、全盛期なら敵う対魔忍がいなかったんじゃないかと思うほど。……まあ今もあの人の前じゃ私なんて子供扱いでしょうけど。とにかく、さっきの私の質問に対する答えを教えてくれると思うわ」

「んー……。わかった。確かに強そうな気配を漂わせてたし、今度稲毛屋に寄った時に聞いてみる」

「……もっとも、さっき言った通り今回のあなたの読みは当たってると思う。イングリッドの性格を考えても九分九厘は白でしょうね。とはいえ、私も立場上『はいそうですか』とは受け取れないのよ。そういう面倒な世界なの」

 

 そんな説明を受けてもタバサは「ふーん……」とよくわかっていない様子だった。まあ仕方ないか、とアサギは話題を切り替える。

 

「それで、さっき静流の報告で今回は事故のようなものだから、イセルアルによる大規模な襲撃は考えにくいとは聞いている。早い話がこの世界には適応出来ないからだ、と。……でもヨミハラのような事故がこの五車町で起きたと仮定して、対魔忍で太刀打ちは可能か、タバサの意見を聞きたい」

「犠牲者は出るだろうけど、鎮圧だけを考えた場合、今回の件の勢力程度なら余裕だと思う。ヨミハラにいた部隊……ノマドだっけ、あそこは質より量の兵隊って感じだったけど、対魔忍ってファーストブレイドを集めたみたいな、選りすぐりのエリートで作られた戦闘集団なんでしょ?」

「ファーストブレイド……? 何かしら、それ?」

「私のいた世界……ケアンのエルーラン帝国の皇帝に仕えていた懐刀。隠密や暗殺もこなす戦闘のスペシャリスト」

 

 どこの世界にも秘密諜報部隊のようなものはあるんだな、とアサギは思った。確かに対魔忍もそこに近いといえば近いのかもしれない。

 

「確かに似ているかもしれないわね。……でも指揮する立場の者としてこういう発言はどうかとも思うけれど、対魔忍もピンキリよ。戦闘能力が優れている者もいれば、支援が限界という者もいる」

「だとしても私の予想は変わらない。……そもそもあれは事故にほぼ間違いないから、連鎖的に起きることはありえないと思う」

 

 アサギは難しい顔をしたままだった。

 

「……タバサ、改めて確認なんだけど、あなたがこの世界に迷い込んだとき、いわゆるワープポータルを抜けたらヨミハラの街だった、ということでいいのよね?」

「合ってるよ」

「その時になんというか、こう……次元の渦のようなものに巻き込まれたとか、タコみたいな不気味な生物に誘拐された、ということはなかったのよね?」

「次元の渦? タコ? ……全然なかった。今言われた通り、ワープポータルを抜けたらこの世界だった」

「……ということは、やはりタバサの件にブレインフレーヤーは無関係か。つまり、今回のイセリアル襲撃の件にも絡んでないと考えるのが妥当……。まあ連中が扱うモンスターの姿が見かけられなかったっていうんだから、当然と言えば当然か……」

「何、その……ブレインフレーヤーって」

 

 小太郎か、あるいはその同居人から説明がなかったのか、とアサギは少し驚く。改めて簡単に説明を始めた。

 

「次元侵略者と言われている存在で、その名の通り次元間を移動することができるらしいの。……ふうまくんの家のあなたより先輩の居候、知ってるでしょ?」

「あー……。うん、まあ……」

「その曖昧な答えでいいわ。表向きにはあなた以上に隠さなくちゃいけないはずの存在だから。……その彼女はブレインフレーヤーによってこの次元に連れてこられた、という話なの。それで、タバサや今回の件のイセリアル連中も似た事例じゃないかっても思ったんだけど……」

「そういうのじゃないと思うよ。ワープポータル……リフトは極々稀にエラーが起きて別な次元と繋がってしまうことがあるらしいから」

「……そう。やはりブレインフレーヤー絡みじゃない、か。参考にさせてもらうわ」

 

 ふう、とアサギが天を仰いで1つ息を吐く。ここで一旦話題が途切れた。

 

「失礼します、アサギ様。みこととルイスを連れてきました」

 

 と、そこでちょうどいいタイミングで紫が戻ってきた。

 背後にはゴーグルにウサ耳のようなアンテナが特徴的な少女と、どう見てもオークという全く釣り合わない2人が控えていた。学生対魔忍の綴木みことと、かつて五車の襲撃に参加していたものの腕が立つことから用務員として雇い入れられたルイスの2人だ。

 共に電脳戦のスペシャリストであり、まだ敵同士だった頃に2人は戦い合ったこともある。よって互いの実力をよく知り合う、今ではいいコンビになっていた。

 

「ご苦労様。で、結果は?」

「えーっとですね……。これ、私たちが調べる必要あったのかなーって……」

「入念に調べたがウイルスや悪質ソフトウェア、その他有害そうなものは何もなかった。入っていたのは動画が数種類と、あとは……あー……。まあ、見りゃ分かる」

 

 みことの反応からやはり思い過ごしだったというのが分かるとともに、ルイスの言い淀んだ様子がアサギは気になっていた。すぐに紫から先程渡したメモリーカードとタブレットを受け取り、その中身を確認する。

 

「確かに動画が数種類あるわね。あとは……画像? これ、開いても安全?」

「安全ですし精神的ブラクラってものでもないんですが……。入ってる理由が不明で……」

 

 みことの言い回しが気になるが、それ以上に好奇心が勝った。アサギはその画像ファイルをタップし――「……は?」と間の抜けた声を上げる。

 

「どうかしたの?」

 

 机の向かい側に座っていたタバサと、静流も興味があるようで身を乗り出してきた。呆れた様子でアサギは机の上にタブレットを起き、2人が見やすいように反転させる。

 

「えぇ……」

「あ、イングリッドだ」

 

 やはり引き気味だった静流と対象的、タバサは特に気にした様子もなく、その画像の人物の名前を口にしていた。

 しかしその格好が問題であった。バニーガール姿だろうか、今のみことのアンテナのようなウサ耳をつけ、普段より更に露出が多い際どい服装に身を包んでいる。

 

「……似てる格好」

「いや、これはウサ耳じゃなくてアンテナですからね、異世界人さん」

 

 解析するにあたって紫が最小限度の情報は与えたのだろう。みことはタバサを異世界人とわかった上でそう返した。

 

 さらにアサギが画像をスライドさせると様々な画像が映し出されていく。バニー姿の衣装の他にも水着の姿や、格好こそ普段の衣装と思われるが巨大な太鼓めがけて剣を振り下ろしている姿などだ。

 

「……何よこれ」

 

 これにはさすがのアサギも意味不明といった様子でそう口走っていた。こんな画像が入っている理由がわからない。

 

「あ、もしかしてドロレスかな」

 

 そこで不意にタバサがそう口にした。

 

「ドロレス?」

「イングリッドが遠縁の親戚って言ってたよ。なんか変わってた人。映像がどうとかって、彼女がイングリッドに言われて何か作業してたから、入れたとしたら彼女じゃない?」

「目的は?」

「……さあ?」

 

 アサギに問われてもタバサも首を傾げるばかりだった。

 

「……この画像に何か危険なプログラムみたいなのが仕組まれてるとかっていうのは」

「無いです、全然無いです。ただの画像です」

「俺と嬢ちゃんが血眼になって調べて何もなかったんだから本当に無いと思う。画像自体に呪いの類がかけられていることも考えた。だが俺は呪術関係もちょっとかじってるから調べてみたものの、そういった痕跡も全くない。……いたずらか、間違えて入れたって類じゃないのかねえ」

 

 コンピュータ関連に関しては五車一とも言えるみこととルイスがそう言うのだから、本当にそうなのだろう。

 

「色仕掛け、という線はどうでしょう? こちら側を篭絡させるとか、攻撃させにくくさせるみたいな」

 

 時にはそういった方法を使う静流が意見を述べる。が、やはりアサギは渋い表情だ。

 

「そういうタイプには思えないんだけど……。どう思う、紫?」

「無い……と思いますけどね……。まあ当人ではなく部下がやったとなると否定しきれませんが。ただ、衣装は扇情的だとしても構図や撮られている瞬間などが、どちらかというと、こう……決まってる系の画像が多いのでそれも違うようにも思えます」

「でも頼まれてもそんな色仕掛けしてくるようなポーズなんて取らない女だと思うけど。見た感じ、本人の知らないうちに撮っているようにも思える。だからあえてかっこいいように撮れたものをチョイスした、とも考えられるけど……」

 

 腕を組んでしばらく唸った後、決心したようにアサギは切り出した。

 

「……ひとまずこれは忘れましょう。本題には全く関係ないんだし。……なんでイングリッドの画像だけでこんなにも悩むことになっちゃってるのよ、もう」

 

 悪態をつきつつ、とりあえずアサギは今はこの画像についての疑問は頭の中から消すことにした。

 

 再びタブレットを反転させて、本命の動画を再生する。

 動画は俯瞰でイセリアルとの戦闘の様子が記録されたものだった。画面の中央付近には建物のような巨大な存在――イセリアルセンチネルの姿が見える。適宜スキップしながら大体を流し見つつ、次の動画へ。今度は違う箇所からの映像だった。それに対して思わずアサギは感嘆の言葉を漏らしていた。

 

「……なるほど。この動画はよく録れている。イセリアルという存在を知るのにとても参考になりそう。どうやら数台の空撮ドローンから別々に映像を録っていたのでしょう。この動画を録った者はかなり優秀なようね」

 

 そう言ったアサギの背後から動画を覗き込んだみことだったが、思わず「うわぁ……」と声を上げていた。敵陣のど真ん中、体を緑色の炎で焼かれながらも敵を切り刻む者の姿を見かけたからだ。

 

「この人ヤバくないですか? なんか燃やされてるのに怯む気配ないし。超再生能力持ちの紫先生でもこんな無謀な戦い方しませんよね?」

「人を何だと思ってる。だが、こいつは……」

「なんか仮面みたいなのつけてるっぽいですけど、このヤバい人の顔が見てみたいもんですねぇ」

 

 みことがそう言うと同時。アサギと紫は無言でタバサの方を指さしていた。

 

「……何?」

 

 タバサがきょとんとした様子でその指先を眺める。

 

「どうしたんですか、先生方2人とも急に異世界人さんを指さしたりして……」

「彼女よ。ここで戦ってるの」

 

 そのアサギの言葉に、思わずみことは「ハァ!?」と裏返った声を上げた。さらに紫が続ける。

 

「仮面もそうだが、戦い方も沙耶との模擬戦で見たから間違いない。この一見メチャクチャに見える超攻撃的な剣の振るい方は確かにタバサのものだ。それに、あの時も沙耶の触手に脚を抉られながらお構いなしに突っ込んでいたのを見ていれば、この程度で怯まないであろうことも有り得る話ではある」

「えぇ……。だって……えぇ……」

 

 みことが絶句するのがわかった。まあ無理もない。実際、アサギも紫もタバサの方を指さしながら内心では狂気の沙汰としか言いようがないと思っていたのだから。

 

「……熱くないんですか、これ?」

「勿論熱いし痛い。でも死なないから問題ない」

 

 そしてこう返されては、もはやみこととしては返す言葉もないというところだだろう。

 

「タバサの戦い方は確かに危ういし私もどうかと思うのだけれど、本人がこの調子だから……。で、そっちも気になるけど、もっと気になるものがあるわ」

 

 そう言うと、適当にスキップと倍速をしながら動画を見ていたアサギは等速へと戻した。

 

「あ、さっきの画像の人」

 

 まるで緊張感のない声でそう言ったのはみことだった。

 

「イングリッドよ。さっきの画像じゃあんなだったけどノマドの大幹部、最強の魔界騎士なんて言われてる存在」

「……それますますなんであんな画像があったのか意味分かんないんですけど」

「私も分からないし今それは出来るだけ頭の中から忘れようとしてるんだから思い出させないで……」

「す、すみません……」

 

 話の腰を折ってしまったとみことが謝罪する。アサギは特にそのこと気に留めた様子はなく、「それにしても……」と軌道を修正して話を続けた。

 

「彼女、随分太っ腹だこと。自分の部下どころか、自身の戦い方まで見せてくれるなんて。イセリアルの情報を共有するためとはいえ、ここから先はカットしてもよかったでしょうに。……タバサ、イングリッドが加わってからってこのでかいのに何か大きな変化はあった?」

「なかった。むしろ、イングリッドが来てくれたおかげで戦況が決定的になったって感じ。あとはイセリアルセンチネルが倒されて一般兵も加わって袋叩きにして活動停止してる。そこで話を聞きたいってイングリッドに連れて行かれたから、その後のことは知らない」

「動画も大体その辺りで終わりのようね。要するにそのイセリアル……センチネルかしら? そいつがボスだった、と見ていいということ?」

「ボス……まあボスでいいか。なるべく早く叩きたい目標ではあったから。場合によっては環境を変化させてイーサーを発生させる可能性もあった。前に言ったかもしれないけど、イセリアルは精神体の存在で……」

 

 タバサはイセリアルセンチネルがエネルギー供給源になりうるという、イングリッドにした説明を今度はアサギにしていた。そしてその時同様、非効率的であるために事故の可能性が高いと改めて主張した。

 

「……なるほどね。イングリッドは少し前に暗殺未遂が起きたという噂もあったけど、関連は無さそうか」

「彼女もその認識のようです。当人の口からそう聞きました」

 

 その静流の補足でアサギはひとつ頷き、話をまとめに入った。

 

「よくわかったわ。この件は偶発的に起きた事故、という認識でいいと思う。ただ、この後に似た事例が起きないとも限らない。折角ノマドの大幹部様から頂いた動画があるのだから、有効活用させてもらうわ。地下のシミュレーターにデータを入力してモデルを作成、もしものときに備えて実戦カリキュラムの中に入れる方向でいきましょう」

 

 それからアサギはタバサへと視線を移した。

 

「タバサ、おそらく今私が言ったことほとんど理解できなかったと思うけど……」

「ん。わからなかった」

「簡単に言うと、さっき私が言ったことの最終確認の時にイセリアルに詳しいあなたがどうしても必要になる。だからしばらく五車に滞在してもらいたいの。……お願いしてもいいかしら?」

「……まあそのつもりで来たし、問題ない。またふうまの家に居候でいいんでしょ?」

「ええ、そう……なんだけど……。実はふうまくん、今現在は家にいないのよ」

 

 タバサが固まった。ややあって、「……え?」とだけ声を上げる。

 

「時子に聞いても詳しいところはぼやかされたから、多分ふうま家の昔の繋がりで何かだと思うんだけど……。緊急で用が入ったらしくて、ヨミハラに行くことになったって」

「え、ヨミハラ……。じゃあ……」

「……申し訳ないけど、行き違いになった形ね」

 

 ああ、折角話はまとまったのに、と思わずアサギは考えてしまう。

 目の前にあった机に肘をつき、誰が見ても分かるほどにタバサはショックを受けて落ち込んでしまっていたのだ。




DoT

Damage over times、Damage on Time、Damage of Time等の略称で、要するに継続ダメージのこと。
体内損傷(物理)、燃焼(火炎)、凍傷(冷気)、感電(雷)、毒(酸)、生命力減衰(生命力)、出血の7種類が存在し、それぞれ括弧の中の属性のDoTとして対応している。
唯一出血だけは例外でDoTしか存在していない。
また、刺突、イーサー、カオスにはDoTが存在しない。
同一のダメージソースの場合は継続時間の延長にしかならないが、別のダメージソースの場合はスタック(重複)するという特徴があり、様々なスキルを当てまくってDoTをスタックさせて削り殺すというビルドも存在する。
さらにペットは別ダメージソース扱いとなるため、多数のペットを利用してスタックさせるパターンもある。
一度攻撃を入れてしまえばしばらくダメージが継続するという特徴から、どちらかというと引き撃ち系のビルド向き。
ただ、SRの場合はかなり緩和されているので比較的安心なのだが、そうでない場合に反射されるとものすごい継続ダメージが返ってきてヘルスが削り取られる可能性がある点は注意が必要。
また、反射に限った話ではないのだが、体内損傷は物理と違って装甲で軽減できず物理耐性による軽減のみが適用されるという特徴があるため、装甲を過信せずに物理耐性はある程度稼ぎたい。


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Act25 剣士として昂ぶるものがある

「さっきアサギ様がおっしゃられた通り、お前は今後五車の客人という扱いになる。異世界人ということは無理に隠す必要はないが、無駄に話が広がるのもあまり好ましくないので自分から不必要に明かすようなことはしないでほしい。授業は受けなくていいが、施設内は基本的に自由に歩いてもらって構わない。居候しているふうまの家で過ごしてもらってもいい。ただ、こちらが招集をかけた時は学園に来るように。あとはお前の稀有な能力と是非手合わせをしたいという者もいるから、可能ならそう言った者たちに協力してもらえるとありがたい。これからそういう相手のところに連れて行くところなんだが……。おい、聞いてるか?」

 

 先導する紫が一方的に状況を説明しながら振り返る。その視線の先、タバサのテンションが明らかに下がっているようだったが、彼女は特に気にした様子もなく答えた。

 

「ん。大丈夫。わかってる。問題ない」

「……大アリに見えるんだが。ふうまと会えなかったのがそんなにショックか」

「別に……。あ、いや、うん。正直言うとショック。短期間に2回も肩透かし食らったから」

「奴が帰ってきたら文句をぶつけてやるといい。……それよりこの後に模擬戦を頼みを受けてるんだが、そっちに影響はないんだろうな?」

 

 一瞬、答えに間があった。

 

「……本当はそういうの自体苦手だからあまりやりたくはないんだけど、まあ問題ない」

「今回頼んできた相手は前回の沙耶とは全く違う。純粋にお前の剣技を見たい、ということだった」

「ふーん……。もの好きな人もいるんだね。私のメチャクチャに見える超攻撃的な剣を見たいだなんて」

「……さっき私が言ったことを根に持っているのか? まったく……」

 

 文句を言いつつも、紫がタバサを連れてきたのは体育館だった。てっきり前回同様地下のシミュレーションルームだと思ったタバサは首を傾げる。

 

「あれ? 地下じゃないの?」

「そこまで大掛かりじゃなくていいと言われた。ただ、相手の腕は本物だぞ。何しろ、純粋な剣の腕前だけならアサギ様に匹敵するのではないかと言われるほどの、対魔忍でも指折りの剣士だ。その剣の腕前からついた異名が“斬鬼(ざんき)の対魔忍”」

「へぇ……」

 

 その斬鬼の対魔忍が誰か、体育館に足を踏み入れて遠目からではあったがタバサにはすぐにわかった。扇舟同様の人のものではない義手と、さらに義足まで身につけた金髪の少女――を相手に、一方的に立ち回っている、髪を一つにまとめて青の対魔忍スーツに豊満な肉体を包んだ長身の女性の方だ。

 

「やっ! はっ!」

「ふむ、以前とは見違えるほどいい動きだ。しかし……」

 

 長身の女剣士は相手の義手から伸びたブレードを刀で捌きつつ、それまで防御に回っていた動きから一気に攻撃に転じる。

 

「わっ、うわっ!」

「防御はまだまだだな。いつも言っているはずだ。気配を読め、と」

「そ、そんなこと簡単には……ひゃんっ!」

 

 結局義手義足の少女はブレードを弾かれた衝撃で呆気なく尻もちをついてしまい、勝負ありとなったようだ。それを座って見ていた、一見根暗そうな片目が髪に隠れた少女が手を叩いて称賛している。

 

「さあ、もう1本……といきたいところだったが、どうやらお願いしていた客人が来てくれたらしい」

「客人?」

 

 3人の目が体育館の入り口の方へ向けられる。教師である紫が見たことのない少女を連れて近づいてくるのがわかった。

 

「私の頼みを聞き入れてくれたことを感謝します、紫先生。その子が……」

「ああ。以前少し話したタバサだ」

 

 紫に背中を押されてタバサが数歩その前に出る。

 

「タバサ、今私に話しかけてきたのが、お前と手合わせしたがっている秋山凜子だ。一緒に戦っていたのは研修生としてここに来ているケイリー・マイヤーズ。それから、あそこで座っているのが凜子同様、逸刀流(いっとうりゅう)の剣士でもある対魔忍の死々村孤路(ししむら ころ)

「今紹介があった秋山凜子だ。変わった剣術を使うと聞いて、是非手合わせを願いたいと思っていた。よろしく頼む」

「タバサ。……うん、確かに沙耶より遥かにマシ、というか比べるのが失礼なレベルだ。いや、あれが狂ってるだけか」

 

 いきなりの歯に衣着せぬ物言いに、意図せず凜子の顔に苦いものが浮かんだようだった。

 

「まあこの通り剣だけでなく人としても少し変わり者だが……。頼んできたのはお前だからな。私は後は知らんぞ」

「ええ、構いませんよ」

 

 紫にそう言われ、凜子はそれまで手にしていた愛刀・“石切兼光(いしきりかねみつ)”を鞘へと収めた。そのまま孤路のすぐ近くにそれを置く。

 

「……なんで剣を収めてるの? さっきまで使ってたのに」

「真剣は使わない。ケイリーとやっていたのは実戦を想定しての訓練……まあ、ケイリーのブレードは義手から出るわけだから木剣を使うわけにもいかず、こちらも真剣を使わざるを得ないという事情があった。が、タバサはそういうことはない。それに剣術を見てみたいというのが目的だからな」

 

 説明しつつ、今度は木で作られた武器が多く収められているかごの方へと歩き出す。

 

「そういうわけで木剣を使おうと思う。手に合うものを選んでくれ」

 

 凜子は何本か木刀を手に取って感触を確かめているようだった。タバサもそれに習って近づき、西洋剣を模して作られた木剣を2本無造作に手に取る。

 

「……それでいいのか? もっとちゃんと選んでもかまわないぞ」

「別に。まあ振れればなんでもいいし。……見たいのは剣術なんだよね?」

「ああ。何やら特殊な力も使えると聞いたが、その辺りは無しでお願いしてもいいか? 私も忍法は使わないつもりだ」

「ん。わかった。武器以外の装備は……対魔忍スーツだっけ、そっちが戦闘用の装備してるから、こっちも合わせるか」

 

 タバサは手品のように全身のコーディネートを戦闘用の装備に着替え、頭に戦闘時のトレードマークとも言える角付き頭巾と仮面(ナマディアズホーン)を装着した。

 

「……いつでもいいよ」

 

 まだ武器を選ぶ凜子から適当に距離を取り、フル装備に身を包んだ仮面のタバサは無造作に立つ。ピリッとした空気に凜子の手が一瞬止まった。

 

「……なるほど。やはり頼み込んで正解だった。まだ手を合わせてもいないというのにその気迫……。剣士として昂ぶるものがある」

 

 無意識のうちに凜子の顔に微笑が浮かんだ。それから木刀の中の1本を手に取り、数度素振りをする。

 

「ね、ねえ、コロ、これまずくない? 凜子マジだよ?」

 

 観客側に回っていたケイリーが隣の孤路にそう声をかけた。

 

「(多分大丈夫。凜子はそういうのを見誤らないだろうし、相手の子も……只者じゃないってことはここで見てる私にも伝わってきてるから)」

 

 返ってきた声はようやく聞き取れるほどの声量だった。孤路はいつもこのぐらいの声量でしか喋らないために無口だとか声が出せないだとか勘違いされるほどである。が、ケイリーにはちゃんと聞こえてたらしい。

 

「それはなんとなくわかるけど……。あ、紫先生いるし、何かあったら止めてくれるよね」

「私は手を出すつもりは一切ないぞ。全部あの2人の自己責任でやってもらう。まあ木剣だ、死にはしないだろう」

「ひいっ……! 対魔忍式スパルタ……!」

 

 怯えたようにケイリーが声を上げたところで、凜子も得物を決めたらしい。愛刀とほぼ同じ長さの木刀を手にしている。

 

「待たせてすまない。始めよう」

「ん」

「ケイリー、開始の合図を頼む」

 

 突然話を振られ、静観を決め込もうとしていたケイリーは慌てた様子だった。

 

「わ、私!?」

「構えと始めだけ言ってくれればいい。……お前のほうが声が大きいからな」

「(悪かったね)」

 

 相変わらずの孤路の声量だったが、同じ逸刀流として稽古をすることも多い凜子はこの距離でも聞き取れているらしい。からかったように小さく笑っただけだった。

 

「うー……。じゃあ、構えて」

 

 渋々と言った様子でケイリーが立ち上がって、2人からは大分距離を取りつつもその中間に位置取る。

 凜子はオーソドックスに正眼に構えた。が、タバサの方は相変わらず構えようとせず、両手を脱力させたままである。

 

「タバサ、構えて」

「これでいい」

 

 ケイリーに促されても相変わらず構えようとしない。表情すら伺えない仮面と相俟って、何とも言えない不気味さが漂ってくる。

 

(構えないとか何考えてんのこの子……!? 凜子がその気になったら忍法がなくたって一瞬で間合い詰められて終わりだよ!?)

 

 これまで訓練で幾度となく凜子の強さを見せつけられているケイリーとしては全く理解が出来ない。

 

「本当にいいの? 知らないよ!?」

「いい」

「当人がそう言っているんだ、開始の合図を頼む」

 

 相変わらずタバサは構えないまま、凜子は傍から見る分には一分の隙すら見せないままにそう言った。

 

「どうなっても知らないからね。じゃあ……始めっ!」

 

 開始宣言と同時、ケイリーはその場から孤路の近くまで飛び退いた。おそらく凜子が一気に仕掛けてくる。その時になるべく距離を離しておきたいという思いからだった。

 

 が、凜子は構えたまま動かなかった。一方のタバサもそのまま立っている状態である。

 

「……どうした? 来ないのか?」

「こっちのセリフ。来る気配が全くないからどうしようかなって思ってた」

 

 既に始まっているはずなのに、両者とも動かないままにそんな話をしている。

 

「私はお前の剣術を見たい、と言ったのだ。遠慮せず打ち込んできてくれ」

「ん。じゃあ……」

 

 タバサがそう言った瞬間、だった。姿が消えるかと思うほどの速度で一気に凜子へと肉薄。両手の木剣を突き出す。

 

「――ッ!?」

 

 身をよじって右の剣を避け、左の剣は木刀を当てて軌道を反らせる。そのまま凜子は木刀を振り抜きタバサの首を狙った。

 が、タバサは一歩分後退しながら上体を反らしてそれを回避。下がった一歩分を踏み出しつつ、両手の木剣による高速の連続攻撃を放つ。

 

「しっ! はっ!」

 

 気合の声とともに凜子がそれを捌いていく。流れるようにタバサが放った挟み込むような一撃をしっかりと受け止めてから、凜子は距離を取った。

 

「……なるほど。確かに変わった剣術だ。早い上に、何より荒々しい。だが……」

 

 数合打ち合っただけだが、凜子はその異質さを直に感じ取っていた。おそらく見ている他のメンバー、特に同じ逸刀流である孤路もまた似た思いを抱いているであろう。

 傍から見る限りは恐ろしいほどに攻撃的。相手に攻撃させなければ防御の必要もない。まさしく「攻撃は最大の防御」を地で行くスタイルだ。

 

 しかし一方で、凜子は違和感を抱いてもいた。

 

(確かに攻撃的だ。が、剣にその感情が乗っていない……。攻撃の激しさの割りに、剣から伝わるのは淡々とした印象……なんだこのギャップは……? まるで読めない……)

 

 通常、数合打ち合えば相手の剣がどのようなものかを凜子は測ることができた。ところが今回はそれが出来ない。

 ひとつ言えるとするならば、やりにくい、というのが素直な感想だった。攻撃の瞬間に発せられる気迫のようなものがない。故に技の起こりを読みにくく、動きを見て剣筋を予測してから防御するためにどうしても後手に回る。

 そういう意味でも攻撃は最大の防御、とも言えるだろう。相手に攻撃をさせないような剣なのだから。

 

(ならば、その攻撃で補っている防御は如何ほどか……。そちらなら、剣の本質が見えるかもしれない)

 

 そんな気持ちで凜子が口を開く。

 

「次はこちらから行くぞ」

 

 そう言いつつ八相に構えた凜子だったが。

 

「あ、その前に確認なんだけど」

「……なんだ?」

 

 手合わせ中に相応しくない言葉に一瞬戸惑う。が、自分もさっき口に出していたか、とその考えを改めてタバサの先の言葉を待った。

 

「今私から仕掛けた時、凜子は反撃できたと思ったけど基本的に防御を重視してた。次、凜子が来るなら私もそうしたほうがいいの?」

 

 思わず小さく笑みがこぼれていた。確かにタバサの剣は読みにくく、凜子は後手に回った。それでも反撃する機会はあった。

 が、敢えてそれをせずに(けん)に徹していた。タバサの剣を見たい、もっと言うなら、その剣から本質を測ろうとしていたからだ。

 そういう意味では凜子の行動は完全に読まれている。と言ってもいいだろう。凜子の笑みはそこに感心したという意味合いは確かにある。だが、それ以上に問いかけがあまりにナンセンスだと思ったからだった。

 

「実戦で『こちらから行くぞ』と言われて、お前は『じゃあ防御します』と言うか?」

「言わない」

「ならそういうことだ。……こちらに合わせる必要はない。普段どおりやってくれ」

「ん。わかった。防御は苦手だから安心した」

 

 構えた凜子の闘気が高まる。「防御が苦手」、自分の予想を裏付けるかのような答えだ。ならばそこを突き、剣の本質を探らさせてもらおう。

 凜子がそう考えて地を蹴った瞬間――。

 

「何ッ!?」

 

 タバサも一気に飛び込んできた。狙ったタイミングがずらされる。やむなくそこでまず袈裟に振り下ろし、返す刀で横に薙ぐ。

 凜子の一太刀目を突進の勢いを止めて急回避したタバサは、二太刀目の横薙ぎに対して剣を十字にして防御。そのまま刃の部分を滑らせて間合いを詰める。

 

「くっ……!」

 

 凜子の木刀はタバサの木剣より長い。懐には入られたくないと、木刀を引いて後退しつつ上段から一撃。

 

 力の均衡が崩れたことでタバサのバランスが僅かに崩れた。だが踏みとどまってそれを右に避け、タバサはさらに踏み込もうとする。

 凜子も察知して反撃に相手の左側から斬り上げた。

 

 が、タバサの左手には逆手に持たれた木剣。その()の部分で凜子の一撃を受け止める。

 しかし両手の膂力を込めた凜子の一撃の威力を殺し切ることは出来ない。タバサの腹部に自身の左手に持った木剣の腹の部分が当たり――。

 

「……参った」

 

 ほぼ同時に首元にタバサの右の木剣を突きつけられた凜子が、降参を宣言していた。




フレイムタッチ

マスタリーレベル5で解放されるデモリッショニストの常駐スキルで、一定量のエナジーを予約して実数火炎ダメージ、割合火炎・燃焼・雷・感電ダメージ、OAを強化する。
マスタリーレベル20で解放される後続スキルの「テンパー」を取得すると実数物理ダメージ、割合物理・体内損傷・刺突ダメージ、DA、報復ダメージが強化される。
本編中に登場していないが戦闘中のタバサは常時これを使用している設定。
デモリッショニストが得意とする属性である火炎と雷、さらにOAも強化する優良スキル。
しかも効果範囲は自分を中心に設定されているので、味方やペットボーナス型のペットにも有効(プレイヤーボーナス型のペットの場合、プレイヤー自体に効果が反映した上でペットにかかる形になる)。
ただ冷気型サバターからすると火炎と雷の割合強化は微妙だが、実数の火炎ダメージは完全に冷気変換できるので無駄にはならず、またクリティカルビルドでOAはいくらあっても困らないため本体には優先的に振る価値がある。
一方でテンパーは物理からの変換率があまり高くない、DAはそれなりに足りている、スキルポイントを他に回したいといった理由から1ポイントだけ振ってあとはブーストに任せている。
物理、刺突、報復をメインに使うビルド以外の場合、他ビルドでもとりあえずおまけ感覚で1だけ振るパターンが多いと思われる。
ちなみに、ネクオルパワーで酸ダメージを2:1の割合で火炎と冷気に変換できるのはこのスキルにスキル変化がかかっているおかげ。
さらに、ゲイルスライシズマークのスキル変化で実数冷気ダメージ追加と50%火炎とカオスダメージを冷気に変換するのもこのスキルに変化がかかっている。


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Act26 では訓練切り上げだ。稲毛屋にでも行くとしよう

 “斬鬼の対魔忍”が敗北を宣言した。

 

 その衝撃的な事態に、場は一瞬しんと静まる。だが、すぐにケイリーが抗議の声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと待って! 最後の一撃は同時……引き分けじゃない!?」

「いや。それは違う」

 

 凜子が木刀を引き、一瞬遅れてタバサも木剣を引く。これで終わりだという意思表示を込め、凜子は切っ先を後ろにして左手へと持ち替えた。鞘に刀を納めたような形だ。

 

「タバサは逆手に持ち替えてまで、敢えて刃の部分を避けて剣の腹で私の一撃を受けている。それが全てだ」

「え……どういうこと?」

「(日本刀のような片刃の剣で受ける場合、刃の部分で受けても体に当たるのは峰の部分だから斬れない。でも、タバサが使ったのは両刃の西洋剣。だから、凜子の剣を受けて勢いを殺しきれず体に当たった時、斬れないように剣の腹で受けた、ってこと)」

 

 孤路の補足に、凜子はその通りと頷く。

 

「実際タバサの体に剣の腹が当たりはしたが、私の刃が直接は届いてはいない。仮に真剣であったとして、止めた剣ごと、もしくは折って刃を届かせるとしても、それで致命傷を与えるより早く確実にこっちの首が飛んでいるだろう」

「じゃ、じゃあまさか……」

 

 ケイリーが言おうとしたその先を、凜子が続けた。

 

「……以上が下方からの斬り上げに対抗するためにわざわざ逆手に持ち替えた上で、剣の腹で防御したことに対する推測だ。タバサ、これは当たっているか? そして……お前はそれを狙ってやったのか?」

「うん、合ってる。実戦でも同じ状況になったらああやった。今凜子が言った通り、ダメージはもらうだろうけどこっちの体を真っ二つにされる前にそっちの首を飛ばせる」

「……見誤ったな」

 

 タバサの剣の本質を見抜く。そうしようとしたこと自体が根本的な過ちだったのかもしれない。凜子はそう気づいた。

 

(まさかあれほど凪いだ剣でありながら、その実、捨て身の剣だったとはな……。だが、死を受け入れて達観した末にたどり着いた剣ともまた違う。もしかすると本当に何も考えずに振るう、本能のままの剣なのかもしれない。とはいえ、致命傷さえ避けられればいいと判断し、己の体が傷つくことをも厭わず相手の命を断ちに来る。……あまりにも異端だ)

 

 しばらく凜子が考え込んでいるとタバサの声が聞こえてきた。

 

「で、終わりでいいの? というか、終わりたい」

「ああ。……いい経験をさせてもらった」

「よかった。もう1回やったら間違いなく私が負けるだろうし」

 

 タバサが仮面を外す。完全にもう戦う気はないようだ。

 

「間違いなく負ける? なぜそう言い切れるんだ? さっき私の攻撃に対して絶妙のタイミングで取ってみせた『後の先』があればそんなことは無いと思うのだが」

 

 凜子は気になったことを直接タバサにぶつけていた。それに対してタバサは答えない。というより、何を言っているかわからない、と言いたげに数度目を瞬かせた。

 

「……ゴノセンって何?」

「な……。狙ったのではないのか!? いや、本能的にやったのか……? とにかく、後の先とは相手が攻撃を仕掛けてきた時に逆に攻撃を繰り出す返しの技。カウンターと言ってもいいな。さっき私は仕掛けようと踏み込んだ瞬間、お前が飛び込んできてペースを乱され、見事に後の先を取られた。あれは狙ったのだと思ったのだが……」

「あ、それをゴノセンって言うんだ。それは狙ったよ。殺気の高まり方で来るな、ってのはわかった。だからそこを崩そうと思って飛び込んだ。凜子に主導権を握られたら終わりって予感があったし」

 

 やはり本能的に仕掛けていたのかと思うと同時、その察知能力の高さと直感の鋭さに思わず凜子は息を呑む。

 そんな凜子と対照的、そのタイミングで「ああ、そっか!」と突然ケイリーが手を叩いていた。

 

「凜子がいつも言ってる気配を読めって、さっきタバサがやったみたいなことってわけか!」

「……究極的にはな。しかし口で言うほど簡単ではないし、仮に攻撃の気配を読んだところでそこに攻撃を重ねて返すというのはかなりの高等技術だ。一歩間違えばそれまでだからな」

「(ねえケイリー、仕掛けて来るタイミングがわかったとして、凜子の踏み込みと上段斬りが待っているところに相手を崩したいという思いだけで飛び込める?)」

「う……。む、無理。せいぜい踏み込むフリのフェイントがいいところ。実際飛び込める人なんて自殺志願者ぐらいなものじゃないの?」

「(でも実際にやったんだよ、タバサは。……おそらく凜子も来ることを読みきれなかった。後の先を取られたのもあるだろうけど、その心の隙を突かれたことの方が大きいんじゃないかな)」

 

 孤路の解説は的確だ、と凜子は内心で思っていた。確かに言われた通り高を括っていた部分が無いわけではない。だが、踏み込むまでにタバサが仕掛けてくる気配を全く感じなかったのだ。

 そこがタバサの凪いでいる剣の恐ろしさなのかもしれない。連撃を受けた時も感じた、技の起こりの読みにくさ。ノーモーションで強力な一撃を放ってくるような感覚がある。

 

 しかし、そんな思いの凜子に対してタバサは「もう1回やったら間違いなく負ける」と言い切った。とてもそうは思えない。凜子がそのことを尋ねた。

 

「……タバサ、さっきの質問の答えをまだ聞いていない。あれだけ完璧に後の先を取ってみせたにも関わらず、『もう1回やったら間違いなく負ける』と言い切った。なぜだ?」

 

 しばらく悩んでいたようだったが、考えがまとまったのか、タバサが口を開いた。

 

「そのゴノセンの話にも関わると思うんだけど、私って気配とか内面とか本質とか、そう言うのを見通す能力が優れてるんだって。……アサギには過信しすぎるなって釘を刺されたけど。まあとにかくそういうわけだから、さっきまでの凜子からは私の手の内を見たがってるなって気配を感じ取った。だからその隙をつく形で一応は勝てた。でももう1度やるとなったら、今度は多分そんな考えは捨ててくる。さっきので私の戦い方も理解しただろうから、まず勝ち目はない」

 

 思わず凜子は言葉を失っていた。攻撃の気配だけではない。戦う者の心の中まで読み通している。恐るべき相手だ。

 

「それに凜子って単純に剣の腕もすごいけど、多分そこに忍法を併用するから強いんじゃないの? 初めて五車に来る時に鹿之助が凜子の名前出してたのを今さっき思い出した。リフトに似た能力……確か瞬間移動とかできるんだっけ? なら強いに決まってる。そこまで解放されたらますます勝てない。よかったらその能力、ちょっと見てみたい」

 

 フッと凜子が自嘲的に笑った、次の瞬間。タバサの視線の先から、文字通り凜子が消えた。

 タバサが回れ右をすると、そこに愛刀・石切兼光を左手に持ちつつ、擬似的に抜刀したという体で右手の木刀をタバサに突きつける凜子の姿があった。

 

「……ほんとに消えた。しかもその左手の剣もいつの間に……」

 

 あくまでパフォーマンスで斬るつもりはないし、万が一で怪我もさせたくない。だがこういった芸当もできる。そんな言う意味を込めたその行動を取った上で、右手を下げてから凜子は説明を始めた。

 

「私の忍法は“空遁(くうとん)の術”。瞬間移動だと思っている者が多いようだが、厳密には“(くう)”を操る術だ。だからいわゆる瞬間移動だけでなく、遠くのものを引き寄せたり、視界だけを飛ばして遠くを見たりすることもできる」

「(でも1番危ないのは夢幻泡影(むげんほうよう)だけどね。当たったものを無理矢理跳躍させて消し去るっていうとんでもない技)」

 

 孤路が補足をする。相変わらずのボソボソ声だったが、タバサは聞こえていたようで大きく息を吐いた。

 

「うん、間違いなくヤバい。それをやられてたらあの防御は無意味だから、私の勝ちもなくなる。やっぱ勝つイメージが沸かない」

「夢幻泡影は気の集中が必要だ、おいそれとは使えない。もし使うとなればタバサなら察知するだろうから、さっきのとはまた違った結末になっただろう。それに空間跳躍に関しても、今私の跳躍先を読んで振り返ったではないか」

「さっき凜子自身が言った。気配を読むのとそれを対策するのはまた別問題だって」

「……確かにそうか」

 

 実際、空遁の術による変幻自在の跳躍からの奇襲と、物体を消し去る夢幻泡影を纏わせての必殺の太刀・“胡蝶獄門(こちょうごくもん)”。そこにさらに凜子自身の剣の腕前までもが加わる。“斬鬼”の異名は伊達ではないということだ。

 

「まあ私は手合わせを頼まれただけだし、凜子が満足してくれたならいいよ」

「そうは言うがな……。折角だ、そこの2人、タバサとどうだ?」

 

 急に話を振られ、ケイリーは凄い勢いで腕を左右に振った。

 

「無理無理! それにほら、私義手からブレード出さないといけないし!」

「タバサも真剣を使えば済む」

「絶対ダメ! 死んじゃうって! 私じゃなくてコロがやるってことで……」

「(私も遠慮しておく。凜子ほど物好きじゃないから。当人には悪いけど、あの戦い方を目にした上でやり合いたいとは思わない)」

 

 2人からの拒否を受け、凜子がチラリとタバサの顔色を伺うと「この人たちの言う通り」と言いたげだった。仕方ない、とひとつため息をこぼす。

 

「わかった。今日はここまでにしよう。タバサ、無理を言ったのに聞いてもらって感謝してる」

「ん。できればもう手合わせとか言って呼び出さないでね」

「……手厳しいな。私個人での頼みはしないつもりだが、集団戦の訓練では呼び出されてまた顔を合わせるかもしれないぞ。ふうまは集団戦において素晴らしい指揮官だからな」

「へぇ……」

 

 どうやら自分への忌避感以上に小太郎への興味が勝ったらしい。今日のところはこれでいいか、と凜子は自身を納得させることにした。

 

「さて。では訓練切り上げだ。稲毛屋にでも行くとしよう。タバサ、私から1本取った祝いだ。奢ってやる」

「いいの? ありがとう」

「やった! アイスアイス! 凜子、私には?」

「……お前は自分で払え」

 

 調子良く乗っかろうとしたケイリーを軽くあしらい、凜子はずっと監督していた紫のところへ歩み寄った。

 

「紫先生、監督ありがとうございました」

「タバサの戦いっぷりを見たくていただけだ。監督役というつもりはなかったよ。……それにしても斬鬼から1本取るとは、なかなかだ」

「ええ。いつか借りを返したいのですが……。当人が受けてくれそうにないのが残念です。そのつもりはないでしょうが、これは勝ち逃げですね」

「しかしもう一度やればお前が勝つとタバサは言ったんだろう? それにお前ほど剣に関して詳しくはないが、傍から見ていて剣士としてはお前の方が間違いなく上手(うわて)だと思う。1本取られはしたが、気は落とすなよ」

「お気遣い感謝します。しかし負けは負けですから。まだまだ修行が足りないと痛感しました。これからも精進します」

 

 どこまでも真面目な凜子に、紫は困ったような笑みを浮かべるしか出来なかった。

 

「おーい、凜子ー! 早く片付けて稲毛屋行こー!」

 

 と、ケイリーの声が聞こえてくる。完全に稲毛屋モードに入ってしまっているようだ。

 

「まったく……。では、これで。お疲れ様です」

「ああ。お疲れ」

 

 そう言って凜子は紫と別れた。

 

 タバサに勝ち逃げされたのは確かに心残りではあるが、異世界人との話には興味がある。うまく稲毛屋のアイスで釣ることには成功したのだから、色々と話を聞いてみるとしよう。

 そんな打算的な思いとともに、凜子は片付けを済ませつつあるケイリーたちのところへと足を進めた。




steamオータムセールが現地時間の29日まで行われているようです。
Grim Dawnもセール対象で、必須DLCまで揃ったお得パックのDefinitive Editionが前回から若干値上がりしてるようですが、それでもまだお安くなっております。
皆も乗っ取られになろう!(ダイマ)

ちなみに、対魔忍RPG的には今週金曜日から五車祭となっております。
その後、クリスマスにお正月も控えております。
石とお金のご利用は計画的に……。



ヴィンディクティヴフレイム

マスタリーレベル10で解放される、微妙にスキル名が言いづらいデモリッショニストの常駐スキルで、一定量のエナジーを予約してヘルス再生と総合速度(移動、攻撃、詠唱速度)を強化し、火炎報復ダメージを付与する。さらに相手の攻撃に対して円形の炎で勝手に反撃してくれるようになる。
なお、Vindictiveとは「復讐心」や「執念深い」と言った意味のようである。火炎反撃分を表していると思われる。
マスタリーレベル20で解放される後続スキルの「ウルズインの怒り」を取得するとヴィンディク本体の反撃スキルがヒットした際、効果範囲内に別の敵がいた場合にさらに追加のダメージを与えられるようになる。
本編中に登場していないが戦闘中のタバサは常時これを使用している設定。
ヘルス再生を重視せず反撃も特化しない本ビルドにおいてはとりあえず総合速度のために取るスキル、に留まってしまうために優先度が低く、1振りでもいいぐらいの感覚。
ウルズインの怒りにあるダメージ減少は魅力的ではあるのだが、タイマンの場合は発動しないという大きな欠点も足を引っ張ってしまっており、結果ダメージ減少効果はユゴールの黒血に頼る形を取っている。
とはいえ、スキルのポテンシャル自体は非常に高く、結構なヘルス再生を稼げるため、ヘルス変換に頼らずにヘルス再生で生存性を保つビルドにとっては防御の要になることもある。
また、ナマディアズホーンのスキル変化のおかげで、このスキルを展開するだけで5%物理耐性を得られている。
ちなみに、このスキルの反撃性能をスキル変化によって極限まで突き詰め、反撃をメイン火力にして敵を倒すカウンタービルドの例がサバターに存在しており、きっちり装備を揃えられれば高火力二刀ビルドに負けないほどの殲滅力を誇るほどになるらしい。


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Act27 ならばその異世界人の全力、この老い先短い婆に是非とも見せてはくれないかね?

 稲毛屋の軒先。対魔忍スーツから制服へと着替えた凜子と、タバサ、ケイリー、孤路の4人が腰掛けて名物のアイスを口にしていた。先程言われた通り、タバサの分のアイス代は凜子が持っている。

 

「久しぶりに食べたけど、やっぱりここのアイスはおいしい」

 

 危うくがっつきそうになる心を抑え、少しずつ舐めるように食べながらタバサがそう言った。

 

「久しぶり、ってことは五車にいなかったんだ。どこ行ってたの? 任務とか?」

 

 ケイリーが無邪気に尋ねてきた。が、タバサは何やら困ったように凜子の方を見つめている。

 

「どうした? 私の方を見て」

「……これどこまで答えていいの?」

 

 自分に聞かれても、と凜子も困ってしまった。

 タバサの存在は大っぴらにはされていないが、知ってる人は知っている、という状態になっている。凜子はゆきかぜと仲が良いこともあってそれなりにタバサのことを知っていて、そのために興味を持ったわけだが、研修生であるケイリーは知らない側に入るらしい。

 

「先生方には何と言われたんだ?」

「無理に隠す必要はないけど自分から広めるようなことはするな、って。この場合判断が難しい」

「確かに……。それにケイリーはDSOからの研修生と考えると、情報が外部に漏れるということも考えられるからな。……いや、あそこならもうそのぐらいの情報は掴んでそうだが」

「DSO?」

 

 タバサが首を傾げた。それに対してケイリーが説明を始める。

 

「米連国防省傘下の防衛科学研究所のことだよ。私の手と足って機械でしょ。そういうのを研究してるのがDSOなの。……まあ米連には対魔忍と明らかに敵対状態にある特務機関Gとかってのもあるんだけど、私たちにとってもそいつらは敵だから、対魔忍とは友好関係にあるって感じ」

「うーん……。よくわからないけど、まあわかった」

 

 これは絶対わかっていないだろうな、とケイリーは思う。もっとわかりやすい例がないか考えた時に、少し前にタバサが口にしたある人物に思い当たった。

 

「そういえばさっき沙耶の名前がチラッと出たと思うんだけど、あの沙耶NEOを作リ出したのが特務機関G、それをどうにかしようとしたのがDSOって感じ」

「あ、じゃあ良い方か。話しても問題なさそう」

「……良い悪いで決めることではないと思うのだが」

 

 凜子が苦い顔をしながらそう口にする。

 

「そうは言ってもあれは狂ってるよ」

「まあ……内面を見通せるというお前からすればそんな風に捉えても仕方ないか。お世辞にもまともとは言い難い。多少マシになったとはいえ狂気の塊のような存在だからな」

「(見えなくていいものまで見えてしまう人にしかわからない苦しみだね。私はちょっとわかる)」

 

 孤路が同意する。霊魂の情報を読み取る魂遁(こんとん)の術の使い手であるために、普通の人が本来見えないものまで見えてしまうからだろう。

 

「とりあえず話してもいい相手ってことで進める。私はずっとヨミハラにいた」

「ヨミハラ!? なんであんな危ないところに……」

「危ないかな……。色んな人がいて面白いよ。人じゃないのもたくさんいるし」

「……面白いのは同意しちゃうかも。私もずっと研究所にいた後、見学ってことであそこに連れて行ってもらった時は面白く感じちゃったし」

 

 ケイリーは過去に同じくDSOに所属する、元対魔忍の甲河(こうかわ)アスカと共にヨミハラを訪れたことがある。外の世界を知らなかった彼女にとっては刺激的な体験であったのは事実だ。

 

「そのヨミハラの味龍って中華料理店でバイトしてた。賄いがおいしいから。皆もヨミハラに来たら食べに来るといいと思う」

「賄いに釣られてヨミハラでバイト……。やっぱりとんでもない子だ……。というか、アサギ先生もよく自由行動許したね。それもヨミハラなんて。異世界からの迷い人とか、手元に置いておきたいと思うのが普通だと思うんだけど」

「アサギはふうまに私のことを全部投げた感じだったから、あんまり関わってないと言えば関わってない。ただ、今回もしばらくしたらそのうち自由にしていいって直接言われてる。私としてはとてもありがたい」

「へぇ……。人格者と言うか何と言うか」

 

 米連に所属するケイリーは実験のために外にすら出られないという被検体を多く見ている。彼女自身、ヨミハラに見学に行ったのと同様、見聞を広めるためにこの五車に研修に来ているという経緯もあったりする。自由にさせてもらえるということがどれほどありがたいかはよくわかっていた。

 

 と、アイスを食べ終えてタバサが急に立ち上がった。怪訝そうに凜子が尋ねる。

 

「どうした? もう1本か? あまり食べると今後の食事にも影響するし、私の懐事情的にも嬉しいものではないのだが……」

「違う。アサギの名前が出て、さっき言われたことを思い出した」

 

 てくてくとそのままタバサは稲毛屋の店内へと入っていく。

 

「ねえ、おばあちゃん」

「ん? なんだい、まだ何か食べるのかい?」

 

 店主である老婆――「稲毛婆」こと稲毛夏(いなげ なつ)煙管(きせる)を蒸しながらタバサに尋ねてきた。

 

「違う。聞きたいことがある」

「人生の先輩である老人から話を聞く、いい心がけだねぇ。それで、なんだい?」

「さっきアサギに面白いことを言われた。私って人の雰囲気とか内面とかを見通せるらしいんだけど、その力を過信しすぎるなって。『わからない、よりもわかると思わされることが危険だ』って忠告された。どういうことか聞いても説明しにくいから、稲毛屋のおばあちゃんに聞けって」

 

 夏は肩を揺らせて笑っているようだった。

 

「まったく、アサギの嬢ちゃんには困ったもんさね。ま、確かにあの子は腹芸が苦手だ、説明できないだろうよ。本来そういうのができなきゃらならない立場だろうが、でもそういうまっすぐなところがまた魅力でもあることは事実か」

 

 煙管の灰を落とし、夏がタバサを真っ直ぐ見据える。

 

「タバサとか言ったね。内面を見通せる、と。私のことはどう見えるんだい?」

「パッと見は厳しげ、でもそれは相手を思ってのことで本当は優しい。なんか凄腕の対魔忍()()()って聞いてるけど、納得できる雰囲気がある」

「ほほう……。確かに優れた観察眼というか、直感というか、そういう類のものを持ってるねぇ。……でもね、既にアサギが言っていることが当てはまってるんだよ。今のお嬢ちゃんがまさしく、『わかると思わされてる』状態になるわけだ」

「それってどういう……」

 

 そこまで言ったところで、タバサは続きを口から出せずにジリっと一歩分後退した。店の中を伺っていたケイリーがその不審な動きに気づいて声をかける。

 

「タバサ? どうかした?」

 

 しかし答えはない。その声が耳に届いていない。それほどの衝撃を彼女が受けていたからだった。

 

「なるほど。その反応を見るに、内面を見通す力とやらは確かに本物のようだ。……嬢ちゃん、さっき私に言ったね。凄腕の対魔忍『だった』って。その考え、今も同じかい?」

 

 タバサは明らかに気圧されていた。目の前にいるのは老婆のはず。しかしそんな気配はまるで感じさせない。場合によってはアサギを凌ぐほどのプレッシャーを発している。

 

「なんで……。隠してたってこと……?」

「私の忍法は生命エネルギーを操る術でね。そのまま垂れ流してると効率が悪いから意図的に流れ出る分を絞ってるってのはある。でもそれ以上に……あんたみたいに力量を読める相手を欺くためというのもある。アサギの嬢ちゃんが言いたかったのは多分これだ。わざと弱く見せて隙を突く者も存在する。だからその力に便りすぎるな、ということだよ。……さて、折角だ」

 

 そう言いつつ、夏が立ち上がった。そのまま立ちすくむタバサの横を抜け、店の外へと出る。

 

「ちょいと体でも動かそうか。タバサがどれほどの使い手か、興味が湧いたしね」

「可能なら遠慮したい。……勝つイメージが沸かない」

「しかしこれから先、そういう相手と戦う可能性もある。その時に黙ってやられるつもりかい? ……よし、私から一本取れたらアイスを奢ってやろう。これならどうだい?」

「アイスは魅力的だけど……。うーん……」

「負けて元々なんだから胸を借りるつもりでかかってくればいいんだよ。ほら、本気で来な」

 

 渋々タバサが店から出てくると、既に夏はやる気で距離を取って立っていた。左手でクイクイと来るように合図している。その様子にタバサは大きく溜息をこぼしてからフル装備に身を包む。

 

「嘘!? タバサが持ってるのあれ真剣だよ!? 凜子、コロ、止めなくていいの!?」

「あの様子からすれば、むしろタバサが無理矢理付き合わされているようにも思えるが……」

「(何かの拍子で怪我に繋がったりするのがちょっと怖い)」

 

 見物人3人は思い思いの感想を口にしつつも、老体である夏を心配しているようだった。だが唯一、タバサだけはそんな思いはまったくなく、凜子に仕掛けたときのように全力で、得意の消えるほどの速度で一気に飛び込んでいた。

 

「ほう、速いね」

 

 しかし夏はそう言って僅かに煙管を動かしただけだった。それだけで、どういう原理かタバサの体は宙に舞っていた。

 

「えっ……!?」

 

 何が起こったかわからずに目を見開く3人。一方、当のタバサ本人は空中のその状態から姿勢を立て直し、両手の剣を夏めがけて力任せに振り下ろす。

 

「おや、そこから反撃か。こりゃ驚いた」

 

 夏が老人とは思えない足取りで軽くステップして間合いを取る。一瞬遅れて、2本の剣が地面を抉っていた。

 さらにタバサは間合いを詰め直し、凜子の時同様に高速の連撃を放つ。ところが夏は手に持つ煙管を少し動かしただけでそれを全て止め切ってしまった。

 

 タバサが飛び退く。それから仮面越しにもわかるほど大きく溜息をこぼしていた。

 

「だから言ったのに。……勝つイメージが沸かないって」

「そう言わさんな。確かに猪突猛進、攻撃は最大の防御という感じだが、口で悲観的なことを言ってる割に剣自体はとても冷静で良い剣だ。出どころもわかりにくいしね」

「……全部止めてるくせに」

 

 そんな2人のやり取りを見ていた軒先に座ったままの3人だったが、凜子がひとつ息を飲んでから口を開いていた。

 

「……そう、読めないんだ」

「(凜子……?)」

 

 やけに硬い声に、孤路が声の主である凜子の方へ視線を移す。

 

「さっき剣を合わせた時に思った。大抵の者は剣を合わせればそれなりに心がわかる。だがタバサからはそれを全くと言っていいほど感じなかった。その上、出どころがわかりにくい剣を高速で連撃してくる。だからさっきの私は剣筋を見極めてから確実に防御する選択を取った。……しかし今のは違う」

「(うん。剣が出る前に既に止めに入ってる)」

「え……じゃあ何、それってもしかして凜子がさっき言った『後の先』ってやつじゃないの? 今度はおばあちゃんがやってるってこと?」

「ああ……。それも超高度な技術で、だ。相手に先に動かさせ、しかし技が起こるより先に止める。まさに理想的な動き……」

 

 そんな3人の会話が聞こえていたのか、離れていたというのに夏は鼻で嗤いを飛ばしてきた。

 

「そんな大層なもんじゃないよ。このぐらい、年を取りゃ経験で出来るようになる、年の功ってやつだね。かくいう凜子、あんただってやろうと思えば出来るんだろう?」

「……タバサほどの使い手が相手では到底無理ですが」

「だ、そうだ。凜子はあんたを随分と高く買ってるようだよ」

 

 夏は飄々とした様子でタバサへとそう言っていた。勿論戦闘中であるために、この間にタバサが攻撃を仕掛けてきても夏は文句を言うことなどなかっただろう。それでもタバサは攻撃をせず、いや、出来ずにいた。

 

「なんだい、だんまりかい? 釣れないねえ。まあいい。……そろそろ本気で来な」

「とっくに本気」

「いや、違うね。今の本気は剣で戦うという範疇での話だ。……あんたが初めてうちに来た時に軒先で話してたろ。召喚獣だかなんだか使える異世界人だと。ならばその異世界人の全力、この老い先短い婆に是非とも見せてはくれないかね?」

「……老い先短いとか心の中で全く思ってないくせに。でもわかった。アイスがかかってるし、ダメで元々って言われてるんだから出し惜しみ無しで行く」

 

 タバサの側に刃が渦巻く精霊2体と獅子のような四足獣が現れる。ブレイドスピリットとネメシスだ。

 

「え、何あれ!?」

「あれがタバサの異世界の力……!」

「(ワンちゃん……というよりライオンとか豹かな。あとは……精霊?)」

 

 ケイリーと凜子と孤路が思い思いの感想を口にする。

 

 その3体のしもべを夏へ向けてけしかけつつ、それより早くタバサが飛び込んだ。

 

「それじゃさっきまでと同じ……」

 

 そこまで言いかけ、夏はバックステップしようとした足を止め、その場でタバサの二刀を回避と煙管による防御に切り替えた。

 その上でチラリと飛ぼうとした背後を見る。いつの間にかそこには炎の壁――厳密には炎に見える冷気の壁である、テルミットマインが設置されていた。さらに両脇はブレイドスピリットが逃げ場所を塞ぐように待機し、ネメシスはタバサと一緒に攻撃を仕掛けてくる。

 

「……こちらの退路を断った上で召喚獣と一緒の切り込み。いい狙いだね。後はそれが当たれば、だが」

 

 先程までと同様、最小限の動きと煙管でタバサとネメシスの攻撃を捌いていく夏。このままでは結局変わらないと思いかけたのだが――。

 

「……ッ!」

 

 嫌な予感が駆け抜ける。視線を空に映すと、そこから炎の塊(メテオシャワー)氷の槍(ブリザード)が降り注ごうとしていた。

 

「なるほど……。異世界の力、恐るべし、だね……」

 

 夏はテルミットマインの直前、タバサの剣の間合いからギリギリ外まで後退し、そこで煙管を蒸して煙を吐いた。直後、夏目掛けて炎と氷が降り注ぐ。

 

「やったか!?」

「(あーあ、言っちゃった。ケイリー、それ絶対やってないから言っちゃダメなやつ)」

「……私も内心で大丈夫なんだろうなと高を括ってはいるが、少しは心配をしろ」

 

 もはやコントのような会話をしている見物人3人だったが。

 

「うん、やっぱりダメだ。勝ち目がない」

 

 その楽観的な見方は間違えていないと言いたげに、間合いを取り直したタバサはそう口にしていた。

 

「いいや、なかなかいい攻撃だった。少なくとも私に本気を出させたんだからね」

 

 まだ晴れない煙の中、聞こえてきたのはこれまでずっと耳にしていたしゃがれた声ではなく、凛とした声だった。

 そして煙が晴れる。そこに立っていたのは――。

 

「え、ええー!?」

「なんと……」

「(若くなってる)」

 

 先程までの老婆とは程遠い、妙齢の女性の姿をした夏であった。




ベールオブシャドウ

マスタリーレベル1で解放されるナイトブレイドの常駐スキルで、効果範囲内の敵のOAと総合速度(移動、詠唱、攻撃速度)を低下させる。
このスキル自体に毎秒攻撃判定があるため、攻撃時発動のスキルが発動しやすい。
しかしそれ以上にマスタリーレベル15で解放される後続スキルの「ナイツチル」が凶悪で、僅かな冷気と凍傷ダメージを与えつつ、刺突・冷気・毒酸というナイトブレイドが得意とする属性の敵の耐性を減少させる。
しかも重複可能なカテゴリであるため、他の耐性デバフと合わせてごっそり耐性を下げることに貢献している。
本編中に登場していないが戦闘中のタバサは常時これを使用している設定。
展開しておくだけで勝手に敵をデバフしてくれるスキルであり、特にナイツチルで減少する耐性の属性をメインにするビルドには非常にありがたい。
そうじゃない場合でもベールオブシャドウ本体だけでも十分便利で、このスキルのOAと総合速度低下もナイツチルの耐性デバフ同様重複するカテゴリである点も強み。
「敵を弱体化させる」という搦め手を使うナイトブレイドの特徴をよく表しているスキルともいえる。



ファンタズマルアーマー

マスタリーレベル10で解放されるナイトブレイドのスキルで、敵の呪文からのエナジー吸収と、敵からの攻撃に対してのエナジー吸収報復を付与し、装甲・刺突耐性・凍結耐性・石化耐性を強化する。
パッシブスキルなので使用する必要はなく、取得した時点で能力が反映される。
タバサも取得している設定。
全体的に地味な効果ではあるが、装甲強化は元がペラペラなナイトブレイドとしてはありがたいし、刺突耐性も耐性パズルを楽にしてくれる。
石化はあまり使ってくる相手がいないが、凍結はそれなりにいるために耐性値はあるに越したことはない。
エナジー関連はほぼおまけだが、二刀サバター程度のエナジー消費のビルドはこれだけでエナジー関連の問題の解決に繋がる。
ある程度ブーストできれば1振っただけでそれなりの効果が見込める縁の下の力持ち的なスキル。
装甲、刺突耐性、凍結耐性辺りに不安がある場合はポイントの振込先候補としても悪くない。


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Act28 私にこんな好奇心があったことは自分でも驚くぐらいだけど

 煙の中から現れた、どう見てもそれまでの年齢の姿に見えない夏は、ニヤリと笑ってタバサに話しかけた。

 

「さすがだよ、異世界人。予想もできない力を使う。さっきも言ったけど、本気を出さなきゃおそらくやられてた」

「その姿がおばあちゃんの本気ってわけか」

「そういうこと。……ただ見た目はこんな若いのにおばあちゃん、ってのはちょっといただけないね。この姿の時は『夏』と呼んでおくれ」

「ん。わかった」

 

 全く動じた様子のないタバサに、夏は思わず苦笑する。見物人3人の方が全員唖然としている分、そのギャップが凄まじい。

 

「折角この姿を見せたってのに面白みがないねえ。もっと驚くとか、中身が一緒か疑うとか、そういう反応をしてくれてもいいだろうに」

「驚いてはいるけど、隠すのを完全にやめたみたいだから、中身の気配が前の姿と一緒でまあ納得できるというか。……なんだっけ、生命エネルギーを操れるんだっけ。それで肉体を全盛期に戻してる、ってところかな。つまりトゥルーパワーってわけだ」

「トゥルーパワー……真の力って意味では……まあ合ってるかな。生命エネルギーに関しても今あんたが言った通り、まったくもって見事な観察眼だ。……さて、その真の力を見せてるんだ、そっちも全力で来な」

「そう言われても、さっき既に全力だったし、なのに明らかにより強くなってそうだし……」

「……なあタバサ、そんな相手に1対1で勝てない時に勝つための方法を教えてやろうか?」

「え、そんなのあるの?」

 

 ニッと夏が小さく笑った。

 

「数の暴力で勝負するんだよ。……そこの見物人3人! タバサ側に加わりな! 4対1といこうじゃないか! ……どうだい、これならわからないだろう?」

「あ、なるほど」

 

 タバサも振り返り、仮面越しに3人に視線を送る。

 

「な、なんかあんなこと言ってるけど……。ど、どうするの凜子……?」

「……いや、面白いかもしれない」

「(タバサと直接戦いたくはないけど、一緒に戦うってのはいい機会だし、おばあちゃんも間違いなく強い……。何か得られるものもあるかも)」

 

 ケイリー以外の2人はすっと立ち上がり、一瞬のうちに対魔忍スーツに身を包んでいた。ただ1人、どうしても乗り気になれないケイリーだけがそこに取り残される。

 

「どうしたケイリー、いいから来い。多分私なんかと手合わせするより遥かにいい経験になるぞ」

「(それにタバサと凜子と私の3人は近接特化。雷の力を操ることで距離をとっても戦えるケイリーがいれば戦闘に幅が出る)」

 

 こうまで言われては、もうケイリーに断ることは出来なかった。

 

「あーもう! わかったよ、やればいいんでしょ! で、凜子、作戦は?」

「今から考える。……すみません、少し時間を頂いても?」

「ああ、構わないよ。その代わり、ちゃんと私を楽しませてくれればね」

 

 代償が少々重いかもしれない。凜子の顔に苦いものが混じった。ここに小太郎がいてくれれば、という無いものねだりの気持ちが浮かぶ。

 

「タバサも来い。作戦を立てる」

「それはいいけど……。私集団戦なんてほとんど経験ないよ」

「そこは戦っていくうちに慣れていってくれ。とりあえずほぼ前衛のみが3人、後衛も可能なのが1人の状況だ。ここは数の利を生かして……」

 

 そうやって凜子を中心として話し合う4人を見つつ、夏は満足げに鼻を鳴らした。それからポツリと独り言を呟く。

 

「……タバサ、あんたは間違いなく強い。でも戦い方から察するに、おそらくこれまでずっと1人で戦い続けてきたんだろう。……もし仲間と連携した上でその力を活かせるとしたらどれほどになるか。ふうまの坊やに是非とも指揮を執らせて見てみたいもんだね」

 

 その様子を想像し、年を老いてなお沸き立つ心を感じる。夏が楽しげに煙管の煙を(くゆ)らせたところで、話し合いが終わった4人が戦闘態勢に入ったようであった。

 

 

 

---

 

「ただいま……」

 

 夜。ふうま家に主人の声が響いた。それを耳にした執事の時子が、専属メイドである鶴よりも先に駆けつける。

 そこで見るからに疲れた様子の主の姿に、時子の中に焦燥感が芽生えていた。

 

「おかえりなさいませ、お館様。それで……和解の席はいかがでした?」

 

 和解の席。それが今回小太郎がタバサと行き違いになる形でヨミハラに行った目的であった。元ふうまの対魔忍、鉄華院(てっかいん)カヲルが設けた席である。彼女はかつてふうま一族を支えた中枢、「ふうま八将」の幹部の一角だった。

 加えて、カヲルは今ではアミダハラ監獄の所長という立場でもある。そんなアミダハラ監獄にかつて小太郎が対魔忍の任務として潜入したことがあったのだが、その時にひと悶着が起きていた。それに対する手打ちという意味での和解の席と言われれば、かつてのふうま家幹部だった件と合わせて、小太郎にはもはや断るという選択肢はなかったと言ってもいいだろう。

 その和解の席が設けられた場所は、ヨミハラにあるカヲルがオーナーを務める高級クラブの「黒薔薇」だった。しかし、実際そこに赴いた小太郎は、そんな「和解の席」などというのは表向きの理由に過ぎないことを知ることとなったのだ。

 

「ああ……。完全にカヲルに担がれた。和解なんてただの口実。……あいつは俺をある人物に会わせたかっただけみたいだ」

「ある人物……? まさか……!」

 

 その先を言おうとした時子を小太郎は手で制す。

 

「いや、いいんだ。結局のところ俺がケリをつけなきゃならない問題だってのを改めて実感したって話だし。たださすがに疲れたから、今日は風呂入ってもう寝るわ」

「そうですか……。わかりました。……あっ、でも今日からまたタバサちゃんが来てるんで会ってあげてください。さくらさんと居間にいると思いますので」

「タバサが……? ああ、そういやヨミハラで昨夜タバサがいた世界の化け物が出たって話だったか。それで呼び戻した、と。……クラブでもその化け物の話がチラッと出たはずなのに、その後のせいで頭から完全に抜け落ちてた」

 

 普通に考えれば抜け落ちるはずがないニュースだ。が、それすら忘れるほどだったということになる。やはりフォローすべきかと時子が声をかけようとしたが。

 

「この間リーナの頼みで行った時も会えなくて今回は行き違いか……。あいつ怒ってないといいけど……」

 

 そう口にした時の様子は普段の小太郎に近いものがあったように感じ、あとは主に任せてみようと思うのだった。

 

「何かあったらお呼びください。タバサちゃんの説得係として一役買いますので」

「ああ、そのときは頼む」

 

 小太郎はそこで時子との会話を切り上げ、タバサがさくらと一緒にいるという居間へと向かった。

 

 時子の言葉通り、タバサは居間で居候のさくら――ブレインフレーヤーによって連れてこられた、五車教師のさくらよりも若いさくら――と話していたようだ。小太郎の姿を目にすると、なぜかさくらが不機嫌そうな顔に変わる。

 

「よし、タバっちゃん。打ち合わせ通りガツンと言ったれ!」

 

 さくらからそんな指示が飛ぶ。普段通りの無表情無感情を思わせる視線で、タバサは小太郎をじっと見つめていた。

 

「よ、ようタバサ。久しぶりだな。あー……なんだ、すまなかったな。少し前にヨミハラに行った時はゴタゴタしてて味龍に顔出せなくて、今日も行き違いになっちまったみたいで……」

「んー……。まあしょうがない。私は別に怒ってないから気にしないでいいよ。ふうま、今日疲れてるみたいだし、もう休んだら?」

 

 直前の時子とさくらの話っぷりからは予想していた態度と全く違う様子のタバサに、思わず小太郎は拍子抜けしていた。

 

「そ、そうか? じゃあお言葉に甘えて……」

「はあ!? ちょっと、タバっちゃん……?」

「いいから。……とりあえず久しぶりに顔見られただけでも良かった。詳しい話は明日以降でいいよ。お疲れ」

「お、おう……。悪いな。じゃあお疲れ」

 

 小太郎はそのまま居間を後にした。残されたさくらがタバサに詰め寄る。

 

「話が違うじゃん! 2回も会える機会をすっぽかされた上に凜子ちゃんと手合わせさせられた挙げ句、稲毛屋のおばあちゃんに4人がかりで挑んだのに完全に返り討ちにされたって愚痴ってやるんじゃなかったの?」

 

 今さくらが述べた通り、あの後4人がかりで挑んでも夏にはまるで歯が立たなかった。

 

 さすがに夢幻泡影こそ封印したものの、凜子の空間跳躍から繰り出される予測不可能なはずの斬撃。

 タバサのブレイドスピリットとネメシスとテルミットマインによって逃げ道を塞いだ上での孤路得意の逸刀流の超高速居合。

 前衛特化3人の手数で夏の動きを制限した状態で放ったケイリーの人工雷遁。

 その上でそこに加わるタバサの二刀による連続攻撃と、“乗っ取られ”としての様々な力。

 

 それら全て、夏にはまるで届かなかった。

 

「あんまり長いことこの姿だと生命エネルギーを消費するから、今日はここまでかな」

 

 夏がそう言い出したときには、4人とももう打つ手なしという完敗の状態だった。

 

「まあそんなに気を落とささんな。皆なかなか筋がいい。もっとうまく連携されてたら、ひょっとしたら私が降参してたかもしれないからね。……特にタバサ、あんたは仲間と連携することをもっと学ぶべきだ。間違いなく化けるよ。機会があるなら、ふうまの坊っちゃんに色々聞いてみるといい」

 

 口でこそ「降参してたかも」などと言ったものの、そんな気配は露程(つゆほど)も見せず、普段の稲毛屋のおばあちゃんに戻った夏はくつくつと笑っていたのだった。

 

 その話をタバサから聞いたさくらは「ふうまくんがいないからって勝手に連れ回された結果じゃん!」と怒り心頭の様子だった。

 

「さっきも言ったけど元はといえば全部ふうまくんが悪いみたいなもんでしょ!? だからガツンって言ってやるって話だったのにどうしたのよ!?」

 

 そんなさくらと対照的、タバサは落ち着いたまま静かに口を開く。

 

「うん、そのつもりだったけど……。今日のあの様子じゃダメ」

「ダメ?」

「精神的に相当参ってる。あんなふうまは初めて見る。ここでさっき言われたことをやると私が追い討ちをかける形になる。それはあんまりよろしくない」

 

 内面を読み取る能力に長けたタバサだから気づいたのだろう。事実、さくらは小太郎の異変に全く気づいていなかった。

 

「参ってるって……どういうこと?」

 

 タバサは答える代わりに部屋の外の方へ視線を移した。

 

「時子、いるんでしょ? 来てもらってもいい?」

 

 果たしてタバサのその言葉の通り、部屋の外で待機していたと思われる時子が姿を表す。

 

「……気配を殺すのには自信があったのに、失いそうだわ」

「私がふうまを責めなかった時に動揺したでしょ? その時に気配に気づいた」

「うぅ……」

 

 執事としての面目丸つぶれだ、と言いたげに時子はがっくりと項垂れる。が、タバサはそんなことを気にしない様子で続けた。

 

「で、私が聞きたいのは大体わかってると思うけど。なんでふうまがあんなに落ち込んでるっていうか、精神的にダメージを負ってるの?」

「……ごめんなさい。それは答えられない。これはお館様がご自分でなんとかしようとしているし、しなくてはならない問題だから……」

「そっか」

 

 意外にあっさりと引いてくれた。そう思った時子だったが。

 

「さくらは心当たりない?」

 

 聞くだけ無駄だと判断して質問の相手を変えただけのようだった。

 

「その前に私の質問の答えは!? ふうまくんが参ってるってどういうこと!?」

「ふうま、今日ヨミハラに行ったのは知ってるよね。それで、アサギが言うには時子に聞いても詳しい答えはぼやかされたから、おそらくふうま家が関わる話だろうって。今の時子の反応からもそれで間違いないと思う。そこで何か……ふうま家に関わるショッキングな話とかあったんじゃないかなって。……で、私より先輩居候のさくらなら何か知ってそうだと思った」

 

 うーん、と考え込んださくらだが、すぐに時子が鋭い視線を送っていることに気づく。

 

「ちょ、ちょっと時子さん、そんな怖い目で見ないでよ。どっちにしろ私には思いつかないって」

「……よかった。余計なことを言いそうなら、ここから無理矢理にでも引きずり出そうかと思ったし」

「こ、怖っ……!」

「じゃあ結局この家の中で今日のふうまがおかしい原因を探るのは不可能か。ん、よくわかった」

 

 そう言ったタバサだったが、時子としては引っかかるものがあったらしい。

 

「……その言い方、この家じゃないところでは探すつもりかしら?」

「あんなふうまを見て気にするなって言う方が無理。こっちの調子が崩れる」

「……タバサちゃん、もう1回言っておくわね。この件はお館様御自身が決着をつけなくちゃいけない問題。無闇矢鱈と手を出すことは……」

「わかってる。でも原因は知りたいなって思っただけ。……私にこんな好奇心があったことは自分でも驚くぐらいだけど」

 

 その言葉に時子はややキョトンとした様子で、一方でさくらはなぜかニヤニヤ笑っていた。

 

「……わかりました。あなたのその言葉を信じるわ。立場上、私の口からはそれが何かは言えないけれど、お館様の問題解決の邪魔にだけはならないようにして頂戴」

「ん。わかった」

「えぇー、時子さんそれでいいの? ……タバっちゃんがふうまくんをそんなに気にする、ってことはだよ。それ……もしかして恋じゃないの?」

 

 突如さくらの口から出てきた「恋」という単語。時子は思わずそれに反応して顔が赤くなってしまっていた。

 

「こ、恋!? そうなの、タバサちゃん!?」

「……さくらの言ってることがよくわからない。そもそも私は恋という感情を知らない」

「フフーン、じゃあこのさくら様が教えてあげるよ! 例えばだよ、タバっちゃん。ふうまくんのことを考えると急に胸が苦しくなったり……」

「別に」

「まぶたを閉じるとふうまくんの顔が思い浮かんだり……」

「無い」

 

 あまりにも素っ気なく、しかも動揺すら全くしない様子のタバサに、さくらは白け顔になってしまった。

 

「……ごめん、時子さん。私の考えすぎだったみたい」

「そ、そう……。まあよかったわ。……鶴さんが勘違いしたらタバサちゃんも危なくなるかもしれなかったし」

 

 全く話についていけないタバサは「なんで鶴が出てくるの?」と言った様子だが、2人は答える気はないらしい。

 

「とにかく、最後にもう1回断っておくけれど……」

「ふうま自身が決着をつけなくちゃいけない問題、でしょ。私はただ勝手に調べて、そんなことがあったんだって思うだけ。……ふうまの邪魔をする気はないよ」

 

 これ以上はもう口を挟めないか、と時子は思った。あとはタバサ次第、そんなふうに考える。

 

 彼女が言った「好奇心があったことは自分でも驚くぐらい」という言葉。それは、タバサ本人と同じぐらい時子も驚かせていた。食べることは好きなようだが、それ以外あまり興味を示さない彼女が、ふうま小太郎という人間に関心を持っている。

 さくらが言う恋かどうかはわからない、というよりありえなさそうな反応だ。それでも、この世界で()()()()()()()をしている時子としては、これはいい傾向かもしれないと、見守ってみたい気持ちになったのだった。




タバサと小太郎が行き違いになった理由について後半部分で小太郎に述べさせていますが、原作である対魔忍RPGのストーリーイベント「別れの夜会」の部分に該当しています。
ヨミハラの話なのに珍しく静流が登場せず、仕事を代わりの対魔忍(そのイベントの報酬でもあった星乃深月(ほしの みつき)、本作で今後登場するかは怪しいところ)に任せているという原作設定のおかげもあって、一応矛盾なくタバサとともに静流を五車に戻すことが出来ました。



アナトミーオブマーダー

マスタリーレベル20で解放されるナイトブレイドのスキルで、生命力ダメージの割合強化、生命力減衰と出血ダメージの割合強化と持続時間延長、人間へのダメージ増加、%で狡猾性を強化する。
パッシブスキルなので使用する必要はなく、取得した時点で能力が反映される。
タバサも取得している設定。
一見パッとしない効果のように思えるが、%狡猾性上昇のおかげでクリティカル率に関係するOAが強化されるため、クリティカル重視ビルドにはそれなりに有用なスキル。
また、狡猾性の上昇がダメージに直結するために狡猾ガン振りまである物理・刺突・出血ビルドとの相性もよい。
あとは生命か出血を使う上で余裕があるならばダメージ強化のためにポイントを割くといった感じ。
人間へのダメージ増加はおまけ感覚だが、人間の敵は結構多いので意外と有用だったりする。
パッシブスキルということで、困ったらとりあえず1だけでも振っておけば機能してくれる。



マーシレスレペトワー

マスタリーレベル32で解放されるナイトブレイドのスキルで、実数の毒ダメージを追加し、冷気・凍傷・酸・毒ダメージと報復ダメージを割合強化する。
パッシブスキルなので使用する必要はなく、取得した時点で能力が反映される。
タバサも取得している設定。
毒を重視するDoTビルド、あるいは報復ビルド向けのスキルで、冷気や酸を使う場合でもこれよりもメインに使うスキルや防御スキル系に振った方が効果的なため、かなり影の薄いスキル。
とはいえパッシブスキルということで1だけでも振っておけば機能するので、該当属性を使用する場合はとりあえず1振りで多少なりともダメージ底上げするのがいいと思われる。


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Act29 ……私のこと、見えてるの?

 翌日、タバサは五車学園の図書室に来ていた。ここならば対魔忍の里の歴史をまとめたようなものがあるかもしれない。そこから小太郎の件にまつわる何かを知れる可能性がある。そう考えての行動だった。

 

 当初は直接校長室に殴り込みをかけ「ふうまがものすごく落ち込んでたんだけど、何か原因を知らない?」とアサギに問い質すことも考えていた。が、時子が答えない以上は口を噤む可能性の方が高いだろうし、何よりイメージとしては悪いかもしれないと、さすがのタバサも思いとどまることにしていた。

 それ以外で何かと考えた時に、以前紫から聞いた「施設はある程度自由に使っていい」という言葉を思い出し、ここに来た次第である。

 

 元の世界――ケアンでも、タバサは比較的ジャーナル(読み物)を読む癖があったし、読むことは嫌いではなかった。とはいえ、多くは人の末期を書き記した日記や、イセリアルに襲われた街の最期を走り書きで記したものだったりする。

 そのため、図書室に足を踏み入れて、本の多さに思わず圧倒されることとなった。

 

「おぉ……」

 

 無表情無感情のタバサにしては珍しい声がこぼれる。終末世界では本などというものの存在自体をまず目にすることがない。それがものすごい数存在している。パッと見ただけでも、1冊の厚さが自分が読んでいたジャーナルなどとは比べ物にならないと気づいた。

 ひとまず図書室の中をぶらっと歩いてみることにする。制服ではないタバサを気にかけた様子の人もいたが、辺りを見渡している様子から他所からの研修生か何かだと判断されたのだろう。特に咎めようとする人はいなかった。

 

 図書室、とは言うものの、その実態は対魔忍の総本山にある資料室だ。タバサは知らないことだが、一般的な学校の図書室などとは比べ物にならず、五車学園の地下に位置するその施設は下手な図書館を凌ぐほどの広さと蔵書量を誇るほどだ。

 そして、中には危険な本すらも存在しており、教師の立ち会いが必要だったり、場合によってはアサギが許可をした上で立ち会わないと閲覧すら不可能という代物まで保管されている。

 さすがにそこまでの権限はタバサに与えられなかったが、一般生徒同様、普通に閲覧できる範囲の本なら自由に読んでいいという扱いのようである。

 とはいっても広大な図書室だ。頼る人もおらず1人である以上、足を使うしかない。そう思い、ふらふらとタバサは図書室の中を歩いていた。

 

 そうしてしばらくの時間歩いていたところで、タバサは自分同様にこの学園の制服ではない格好で本を読む1人の少女を見かけた。本を読むその横顔は無表情気味で、髪も短めなところが自分に似ているように思える。ただ、髪の色は異なり雪のように真っ白だ。少し自分に似た姿かもな、と思いつつそのまま通り過ぎようとしたが、ふと足を止めてその彼女をじっと見つめる。

 

(あー……。あの人……。()……?)

 

 違和感が心に広がる。声をかけてみたい衝動に駆られたが。

 

(でも今日はふうまのことを調べに来てるし……。後にするか)

 

 タバサは彼女を離れて本棚を眺めていくことにした。不思議と文字は読めるためにタイトルは分かるのだが、如何せん求めているものが大雑把すぎて雲を掴むような話だ。適当にタイトルを流し見し、あれでもないこれでもないと足を進める。

 

 興味を惹かれそうなタイトルはいくつか目にした。が、大体は昔から続く対魔忍の成り立ちがどうのだの、忍法についてまとめられた研究だの、要するにタバサが求めるものよりさらに以前にまで遡ってしまっている。

 やはり1人では厳しいか、という結論に至るしかなかった。図書室でもふうま家内からも情報を得るのは難しそうとなればどうしたものか。自分より遥かに長く生きている稲毛屋のおばあちゃん辺りに聞いてみるのも悪くないか、とふと思いついた。

 

 そんな風に考え図書室を後にしようとしたところで、さっきの少女が再び目に入った。

 相変わらず同じ場所で本を読んでいる。用事が済んだ、というより無理とわかったので声をかけてみたいのだが、読書の邪魔をすることになっては困る。タバサが悩みつつ先程同様に足を止めてじっと見つめていると、不意にその少女がタバサの方を見つめ返してきた。

 しばらくの間無言で視線が交錯する。が、ややあって少女の方が何も言わずに再び本へと目を移した。

 

「ちょっと、いい?」

 

 一旦読むのを中断したのだからさほど迷惑にはならないだろう。そんな風に考え、近づきながらタバサが少女に声をかける。

 今度は驚いたように少女はタバサを見つめた。それでもやはり何も話さず三度(みたび)本へと戻ろうとする。

 

「あなたに話しかけてる。人……かどうか怪しいけれど。だから気になった」

 

 とうとう少女は明確な反応を見せた。読んでいた本を閉じ、まっすぐにタバサを見据える。

 

「……私のこと、見えてるの?」

「見えてる。だけど、内面が読めない。ナーサラみたいな人間じゃない、って感覚ともまた少し違う気がする。あなた、何者?」

「驚いた……。お館くん以外に私が見える人がいるなんて……。よかったら、座って話さない? ただ、他の人に私は見えないから、あからさまに話しかけてるように見えると変な人だと思われるかもしれないけど」

 

 そう言うと少女は隣の席を勧めてきた。それに従ってタバサはそこに腰を下ろしながら口を開く。

 

「変な人だと思われるのは慣れてる。それよりあなたのことの方が気になる」

 

 クスッと少女は小さく笑ってから、自己紹介を始めてくれた。

 

「私の名前は天宮紫水(あまみや しすい)。お館くん……ふうま小太郎と運命を共にする者」

「お館くん? ふうまと運命を共にする? ……まあふうまの共通の知り合いだってことは分かったし、他のわからないことは後で聞くとして。私はタバサ。でも本当の名前は知らない。というか、無い。ふうまが私に名前をつけてくれた」

「お館くんが名前を? ……うん、これはあれだね。お互いの情報を擦り合わせようとするだけで結構大変かも」

 

 そう言いつつも、紫水は楽しそうだった。

 

 タバサは異世界から来たことを包み隠さず話したが、紫水はどこかぼかし気味だった。タバサもそのことには薄々気づきはしたものの、内面を読み取れない相手のために事情があるのだろうと深くは突っ込まなかった。

 早い話が、紫水はこの図書室から動くことが出来ない幽霊のような存在で、本来ならば小太郎しか見ることが出来なかったらしい。だが孤路の魂遁の術によって彼女の体を借りればこの世界に姿を表すことが可能で、それで小太郎と共闘したこともある、ということだった。

 

「うーん、ふうまにしか見えないはずなのに私も見えた、ってのいうのはどうしても説明がつかない。異世界から来たからか、元の世界で幽霊というか亡霊の類を斬ったこともあるからか、精神体のイセリアルに一度“乗っ取られた”影響か……」

「その中だと可能性として高そうなのは最後のかな。タバサの話を聞く限り、“乗っ取られた”ことで不思議な力が身についたみたいに思えるし。あるいは……ロマンチックに考えるなら、お館くんに名前をつけてもらったおかげ、とかっても考えられるのもありかもしれない」

「……なんでそれがロマンチックになるの?」

 

 不思議そうにそう尋ねたタバサを「マジか」と言いたげに見つめたまま数度目を瞬かせ、紫水は大きく溜息をこぼした。

 

「……うん。こんな存在の私が言うのも何だけど、タバサってちょっと感覚が違うね」

「さっきも言ったけど、変な人だと思われるのはよくある。昨日もさくらに『ふうまに恋してるんじゃない?』とか言われたけど……」

「え……? してるの……?」

「してない。と、言うか、恋という感覚がわからない」

「あぁ……。じゃあさっき言ったのも伝わらないわけだ」

 

 タバサはどういうことかと聞きたそうだったが、紫水は勝手に納得してしまったようだ。

 

「まあとにかく、タバサと話せて楽しかった。ただ、そろそろ時間だね。ここの図書委員さんは気が短くてすぐ入り口を閉めようとするから、閉じ込められたくなかったら早く帰ったほうがいいと思う」

「ん。わかった。……あ、でも最後に聞きたいことがある」

 

 当初の目的は諦めかけていたタバサだったが、紫水と会ったことで答えにたどり着く可能性がまた生まれたことに気づいた。そのため、ふうま家の人々に答えてもらえなかった質問をぶつけてみる。

 

「昨日の夜、ふうまがものすごく精神的に参った様子で帰ってきた。多分ふうま家に関わる何かでショックを受けたんだと思う。時子に聞いたんだけど、ふうま自身がなんとかしなくちゃいけない問題だから手を出すな、って。何が理由かも教えてくれなかった。元々ここに来たのは、その原因を調べようとしてだった」

「でもこの本の量じゃそれも無理……だね。しかも多分それ最近の話だから、本を探し回ったところで答えは見つからなそう」

「やっぱり何か知ってるんだ。紫水、教えて」

 

 それまでのタバサらしからぬ、真剣な問いかけだった。紫水は少し考えた様子で、それから口を開く。

 

「……私はこの図書室から基本的に出られないから答えに確証がない、ってことにしておく。それについては、私よりも()()()()お館くんの友達のほうが詳しいんじゃないかな」

「ふうまの友達……。鹿之助とか蛇子とか?」

 

 紫水は小さく頷いた。そして静かに口を開く。

 

「さあ、最後の質問には答えたよ。閉じ込められないように、本当にそろそろ出た方がいい」

「紫水と話せるなら一晩ここでもいいけど……。まあそうもいかないか。うん、わかった。また来る」

「じゃあね」

 

 ひらひらと紫水は手を振る。タバサは立ち上がり、図書室の入り口の方へと歩き出した。

 が、ふと思って足を止め、背後を振り返る。しかし今まで話していたのは幻だったかのように紫水の姿はもう無く、ひとつ息を吐いてタバサも図書室を後にした。

 

 

 

---

 

 ヨミハラ、味龍。

 夜、閉店時間を間近に控え、既にオーダーストップとなった時間帯。

 

 まだ常連客であるフェルマだけが店に残って晩酌をしている。が、そんなことなどお構いなしに春桃、葉月、シャオレイ、そして扇舟の4人がテーブル席に座らされ、立ったままのトラジローが4人を見下ろしていた。

 

「タバサがいなくなって数日……。扇舟がうんこ化するのは予想できたが、まさかお前ら全員がそうなるとは思ってもいなかったのだ!」

 

 ぷりぷりと怒った様子でトラジローが続ける。

 

「注文は取り違える、オーダーされた料理と別なものを作り出す、皿を割る……うんこすぎて言葉も出ないぞ! こんなんじゃタバサが戻ってきた時にがっかりするに決まってるのだ!」

 

 本来ならこうやって叱るのは店長代理である春桃の仕事のはずである。が、その彼女も今トラジローに言われた2つ目、オーダーされていない料理を作るというミスを数度犯してしまっていた。

 

「す、すまん……。トラジロー、ひとついいか?」

「なんだ!? 釈明したいならしてもいいぞ!」

「いや、そうじゃない。あたしのミスは完全に自分のせいだし、もしかしたらタバサが抜けたことが影響している可能性も否定できない。……ただあの2人だけは違う、と説明しておこうと思って」

 

 そう言って春桃が仰ぎ見たのは葉月とシャオレイの2人だ。

 

「ああ……。春桃さん、ボクたちのために……」

「感謝だヨ……」

 

 店長代理の気遣いに感謝をした2人だったが。

 

「……あいつらが皿を割るのは昔からずっとだったから多分タバサは関係ないぞ。なんならタバサがいた頃も定期的に割ってたし、多分トラジローが店の中にいる時間が相対的に増えたせいで目につくようになっただけだと思う」

 

 擁護とは真逆のまさかの暴露に2人は思わずずっこけた。

 

「何言ってるんですか春桃さん!」

「あんまりだヨー!」

「ええーい、うるさいぞ! 普段どおりならもっとうんこなのだ!」

 

 そして結局トラジローを怒らせるだけになってしまった。

 

「ねえ、トラジローちゃん」

 

 と、そこでまだ店に残っていた客のはずのフェルマが声をかけてくる。

 

「なんだ!? もうオーダーストップだから注文は受け付けないのだ!」

「そ、そうじゃなくて……。私一応客のはずなんだけど、その客の前で店員を叱りつけるのとか、あとあまり汚い言葉遣いをするのはどうかなーって思って……」

「そんなクレームも受け付けないのだ! そうやってフェルマがオレ以外を甘やかすから悪いような気もするぞ! ……それに閉店間際のこんな時間でもお構いなしに居座る常連ならこの店に依存しまくりだろうし、今更何やってもフェルマはまた店に来るだろうから問題ないのだ」

 

 「うぅ……」と言葉に詰まり、フェルマは手元の酒を一杯呷る。

 

「……論点ずらされた気がするけど図星過ぎて何も言い返せない。そうよ、私はもう味龍無しじゃ生きていけない女よ……」

「あぁ……フェルマ……。あ、あのね、トラジローちゃん。タバサちゃんがいなくなってから、この中で1番やらかしてる私が言うのもなんだけど……」

「そうだぞ扇舟! お前が1番やらかしてるんだぞ!」

「ご、ごめんなさい……。でも、フェルマは一応お客さんだから、あんまりそういうのは……」

「残ってたのが他の客ならオレも自重するが、フェルマなら問題ないと判断してるから言ってるのだ!」

 

 これはまた変な信頼を得てしまったとフェルマは思いつつ、今度は最後に残った餃子を口に運ぶ。

 

「……とにかく、タバサが抜けてからのミスの多さは目に余るものが思ったから、余計なことかもしれないがオレが喝をいれさせてもらったのだ! 今後気をつけるように……なんて口で言ったところでどれほど効果があるか怪しいから、オレからひとつ提案があるのだ」

 

 「提案?」と誰が言い出したでもなく4人が顔を合わせる。

 

「明日は定休日だから皆休みなわけだが……。春桃、お前休日は武道の鍛錬をしてるだろ?」

「え!? ……なんでトラジローがあたしの日課を知ってるかは気になるが、確かにやってる」

「よし。そこでオレは明日全員がそれに参加するというのはどうだ、という提案をしたいのだ。店の仕事以外で皆で一緒になって汗を流し、煩悩を吹っ飛ばすのだ!」

 

 ビシッとトラジローが拳を突き上げる。完全に体育会系のノリだ。

 

「で、でも……。いきなりそんな事言いだしたら春桃さんの迷惑になるんじゃ……」

 

 扇舟がもっともな意見を述べた。のだが。

 

「いや、構わないぞ。それに……トラジローが言っていることは一理あるかもしれない。体の鍛錬によって心を鍛えることになる場合もある。……よし、あたしは賛成だ!」

 

 そして春桃がこう言い出したことで、葉月とシャオレイの腹も決まったようだ。

 

「じゃあ折角だし……やるだけやってみますか」

「私の拳法を見せるネ」

 

 ただ1人、扇舟だけが渋い顔を浮かべている。

 

「……おい扇舟、これはお前のためにって思いも強いんだぞ」

「トラジローちゃんの気持ちはわかるんだけど……」

「だったら反対する意味は無いはずなのだ。それに……。タバサが帰ってきた時、お前は守られるままでいいのか?」

「守られるまま……?」

 

 トラジローはじっと扇舟を見つめていた。腕組みの姿から一見その表情は怒っているようにも見えるが、どちらかというと激励の意思の方が強いように、扇舟は感じていた。

 

「タバサは確かに強いのだ。でも、保護者のはずのお前がその強さにおんぶにだっこでいいのか? ……こんなことを考えたくはないのだが、もしタバサに何かあったとき、お前自身の手で力になってやりたい。そんな思いは無いのか?」

 

 ふと、先日起きたイセリアル襲撃の時の光景が脳裏に浮かぶ。タバサは絶対についてくるなと言った。巻き込みたくない、という思いの外に、足手まといになるという意味合いが含まれているであろうことは、扇舟は薄々勘づいていた。

 

「昔のお前は格闘術の達人だったと聞いたのだ。確かにブランクや年齢の問題はあるかもしれない。でもそんなものは言い訳でしかないし、乗り越えることも出来ると思うのだ。……扇舟、お前の中にタバサと肩を並べて戦いたい、そういう思いは無いのか?」

 

 タバサと肩を並べて戦う。それは、扇舟の心に実に甘美に響いた。やってみたい、と思えた。

 

「……これじゃどっちが年上だかわからないわね」

「フン! だからタバサが抜ける時に言ったのだ。『年だけ上でもうんこなのだ』ってな」

「確かにそうかも。……言い返せないわ」

 

 再びトラジローを見つめ直した扇舟からは、迷いが消えていた。

 

「せめて言い返せるように、タバサちゃんが戻ってきた時にがっかりさせないように、そして……タバサちゃんと肩を並べられるように。……私も明日、参加するわ」

「よし、それでいいぞ」

 

 フフン、とトラジローが得意げに鼻を鳴らす。何はともあれ、これで味龍店員の緊急鍛錬が決まった。

 

「あー……。客の私完全に忘れられてるけど、そろそろ閉店時間になっちゃうしお勘定お願いね……」

 

 とっくに料理も酒も平らげたものの、なかなか切り出せずにいたフェルマはここでようやくそう言って席を立った。

 

「おっと、常連でも仮にもお客さんだからちゃんとしないとな。まいどあり、なのだ」

「じゃあそっちはトラジローに任せて、あたしたちは片付けをしちゃおう。それが終わったら、明日について予定を詰めるぞ」

 

 店長代理の春桃も早くも調子が出てきたようだ。皆閉店作業に移る。

 

「……あ、そうだ。フェルマ、常連特権でお前も明日来てもいいぞ?」

「確かに私も明日休みだけど、遠慮しておくわ。休日はダラダラ過ごすに限るから」

「自堕落に慣れ過ぎると抜け出せなくなるぞ。……ほい、おつりなのだ」

「忠告ありがとう。でもいいのよ。だって私、今を楽しく生きる享楽主義のサキュバスだもの♪」

「あー……。なるほど」

 

 これ以上ない理由に、トラジローは納得してしまった。

 

「じゃあ……ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております、なのだ」

「ええ、勿論来るわ。このお店無しじゃ生きていけない女だからね♪」

 

 飄々とした様子でフェルマは帰っていく。まったく掴み所がないと、トラジローはひとつ溜息をこぼしたのだった。



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Act30 パジャマパーティー、スタート!

「それじゃあ……。パジャマパーティー、スタート!」

 

 ゆきかぜの掛け声に「イェーイ!」と参加女子が拳を突き上げる。が、その直後、途端に冷静になった様子で、参加者であるさくらがゆきかぜに問いかけた。

 

「……って、一応ノッてみたけど、これ配信とかしてないよね?」

「してないしてない! あくまで夜更かししながらどうでもいいこととか話そうって企画の集まりだし」

「よかった。ゆっきーのパソコンってすごいから、てっきりそう言うこともするのかなーとか思っちゃった」

「まあ私はゲーム配信をやる時もあると言えばあるけど……。って言っても、声だけね。使うとしてもガワにアバターって感じ」

「へぇー……。ゆきかぜちゃん色んなことやってるんだ。すごーい……」

 

 蛇子が感心したような声を上げる。それを聞いたゆきかぜは得意げに胸を張ってみせた。

 

 今回のパジャマパーティの提案者は蛇子だった。タバサがまた五車に戻ってきたことと、とあることをきっかけとして発案し、場所を提供する形でゆきかぜが乗った。そこにさくらとタバサが参加した形である。

 さらに、ゆきかぜの家、ということでタバサのように居候している少女2名も参加している。クリア・ローベルとカラスだ。

 

 クリアは元々、アサギ暗殺のために送り込まれた存在であった。本来は見た目通り子供っぽい性格で優しい少女なのだが、指示に逆らうと自我を奪うような仕掛けが施されていたり、挙げ句には体内に爆弾まで仕掛けられたりしていた。

 しかし小太郎を始めとした独立遊撃隊の活躍によりそれを回避。彼女自身が小太郎に懐いていたため、紆余曲折の末五車で預かってゆきかぜの家に居候する、ということになったのであった。

 

 カラスはその名の通り、魔界に生息するヤタガラス族という種族の子供である。ヤタガラス族は幼少時代は話すことが出来ないらしく、主にジェスチャーで意思疎通を図っているが、子供ということもあり、クリア同様無邪気な性格なために2人とも気が合っているようである。

 五車の外で出会ったのだが、やはり小太郎に懐いてついてきたために、紆余曲折の末ゆきかぜの家に居候することとなった。

 ただ、嘴には強力な毒があったりもする。それでも気にせず居候させている辺り、ゆきかぜの肝の座り方がわかる、というものかもしれない。

 

「……で、さっき軽く紹介しただけになっちゃったけど、どう? クリアとカラス、タバサと仲良くできそう?」

「大丈夫。タバサはふうまにあだなす存在じゃないからくちくしない」

「~♪ ~♪」

 

 クリアは言葉で、カラスは身振り手振りでタバサを歓迎しているようだった。それにタバサも答える。

 

「ん。よかった。……ゆきかぜの家ってことでさくらに連れられて来たけど、なんか立派な建物だし、執事はアンデッドだしで驚きっぱなしだったから」

 

 言うほど驚いていただろうか、とゆきかぜが記憶を探る。城のような家の外観を眺めた時も、冥遁(めいとん)の術でアンデッドになってなお仕えている水城家の執事を見た時も、タバサの表情にそれほど変化が無かったように思える。

 

「でもタバサちゃんのいた世界って、話を聞く限り私たちで言うところの中世ヨーロッパ的なイメージを受けるんだけど。こういうお城とかなかったの?」

 

 蛇子の問にタバサは首を傾げた。

 

「あんまり無い気がする。城、って言っても砦っぽい感じの建物の方が多かった。エルーラン帝国の首都とかまで行くとまた違うのかもしれないけど」

「エルーラン帝国?」

「ケアンで最も栄えてた国。……ただ、皇帝がイセリアルに“乗っ取られた”ことで一気に崩壊、グリムドーンを引き起こすきっかけになったわけだけど」

「あ……なんかごめんね……」

 

 つい気軽に聞いてしまったが、タバサのいた世界は終末世界だったということを改めて思い出し、蛇子が謝罪する。

 

「別にいいよ。……というか、今日ってどういう会なの? さくらについてくるように言われたからとりあえず来たんだけど……」

「こういう他愛もない……まあタバっちゃんの世界の話に触れるのはちょっとアレかもしれないけど、とにかく女子トークをするのがパジャマパーティーだからあんまり深く考えなくていいんだって」

「そうそう。ちょっと小腹が減った時ようにお菓子もあるから。蛇子の手作り特製タコスミ入りクッキーどうぞ」

「タコスミ……」

 

 タバサが蛇子から勧められた黒いクッキーを不審そうに眺める。それから恐る恐る口に運んだ。

 

「……うん、まあ、悪くない」

「わあ! よかった」

 

 蛇子は喜んでいるようだが、タバサとそこそこ一緒に暮らしているさくらは心の中でツッコミを入れる。

 

(タバっちゃんっておいしいものは素直においしいって言うから、今の言い方を考えるとイマイチなんだろうなあ……。タコスミ入れないで普通のクッキーにすればいいのに……)

 

 そんなことを考えながらゆきかぜが用意してくれた普通のチョコレートをつまむ。こっちは間違いない、とさくらはタコスミクッキーは避ける方向でいくことにした。

 

 他愛もない話をするパジャマパーティーということで、主に久しぶりに五車に戻ってきたタバサに関連する話を聞くことで時間は過ぎていった。

 ヨミハラでのバイトのこと、味龍の料理がおいしいこと、イングリッドとお茶を飲んだこと、久しぶりに帰ってきて凜子や稲毛屋のおばあちゃんと手合わせしたこと。

 

 皆興味津々と言った感じである。特に闇の街の話、さらにはノマドの幹部と一緒にお茶を飲んだという話は対魔忍からするとかなり刺激的な話だったようだ。

 

「イングリッドって最強の魔界騎士、とか言われてるあのイングリッドでしょ? 威圧感とかなかったの?」

 

 ゆきかぜの問いに、タバサは考え込んだ様子を見せてから答える。

 

「まあ間違いなく強いのはわかったけど、こっちに敵意を向けてこなかったから大丈夫だった。それにその前に共闘してて、向こうもこっちが余計なことをする気がないってわかってたのもあるんじゃないかな。裏表がない人だから、結構話しやすかった」

「ノマド幹部相手に『話しやすかった』で済ませてるの、大物感あるわぁ……」

 

 信じられないと言いたげにゆきかぜがそう口にし、皆揃って首を縦に振っていた。

 

 そんな感じで、女子トーク、からは少し離れているかもしれないが、場はなかなかに盛り上がっていた。

 

「でもさ、あの時も言ったけど、帰ってきたタバっちゃんが凜子ちゃんとか稲毛屋のおばあちゃんと戦う羽目になったのって、ふうまくんがいきなりヨミハラに行って行き違いになっちゃったからだと思うんだよね」

 

 そうして話がしばらく続いた頃。ここでようやく女子トークらしく、男子の名前が出てきた。

 

「ふうまちゃんって時々そういうところ自分勝手だよね。今日だってさくらちゃんとタバサちゃんを置いて鹿之助ちゃんと男2人で東京キングダムに出かけちゃったし。まあこのパジャマパーティーもそれに対抗してやろうって思ったんだけどさ」

 

 タバサが五車に戻ってきた以外の、このパーティーを開いたもうひとつの理由。それが、今蛇子が言った、要するに男2人で遊びに行ったことに対するあてつけであった。

 

「……でもまあなんかレースを見に行ったらしいから、そう言う趣味は男子向けかもしれないけど」

「え!? 東京キングダムのレースって……もしかして『デスグランプリSP』のモデルになってるやつじゃないの!? ふうまの奴、なんで私に声かけないのよ」

「ゆきかぜちゃんもそういうレースとか興味あるの?」

「実物はあんまり。でもデスグランプリSPはFPSの息抜きにやることもあるから知ってるって感じ」

「げ、ゲームの息抜きにゲーム……」

 

 完全にゲーマーの発言だ。にも関わらずゆきかぜは全身日焼けしているのだから、それと同じぐらい外でも遊んでいるのだろう。一体どうやってそんな時間を作っているのか、蛇子は不思議に思ってしまった。

 

「そのことなんだけど……。実は今日の件、タバっちゃんが一枚噛んでるっていうか……。私は影に潜ってついていこうと思ったんだけどね」

 

 そう言い出したのはさくらだ。さくらの忍法は“影遁(えいとん)の術”。影を操る忍法である。特に今言ったように影に潜ることを得意としており、人知れず小太郎のボディーガードを務めたりすることもあった。

 

「タバっちゃんに止められたの。『気心の知れた男2人で行ったほうがふうまくんのためにもいい』とかって」

「どういうことよ?」

 

 ゆきかぜが怪訝そうな顔でタバサを見つめる。

 

「んー……。あ、ちょうどいい機会だしあの事も含めて聞いてみるか。私がここに戻ってきた日、さっきさくらが言った通りふうまと行き違いになったんだけど、夜に帰ってきたふうまが精神的にかなり参ってたっぽくて。だからちょっとでも気分が晴れたほうがいいだろうなってことで、あまり気を使わないで済むであろう鹿之助と2人で行かせるように言った」

「……まあタバサちゃんがそう言うなら。気配を察知したり内面を見抜いたりする力は本物ってよく言われてるし、本当にふうまちゃんが精神的に少ししんどかったんだろうなっては思う」

 

 そう言った蛇子へとタバサは体ごと動かしてまっすぐに視線を向けた。

 

「な、何……?」

 

 その勢いに一瞬怯む蛇子。

 

「ここから先が私が本当に聞きたいこと。……ふうまが精神的に参ってる理由を聞こうとしたけど、あの状況だと当人には聞きたくないからって時子に聞いてみた。そうしたらなんかふうま自身がどうにかしなくちゃいけない問題だから答えられないって。それが何か、付き合いの長い蛇子とかなら知ってるんじゃないかって思った」

「い、いきなりそんなこと言われても……」

「何かふうま家が関わってるような、そういう問題。心当たりない?」

 

 しばらく唸っていた蛇子だったが、不意に「あっ!」と声を上げた。

 

「ふうま家に関わってて、ふうまちゃん自身がどうにかしないといけない問題っていうと……」

「あれ、しかないわよね……」

 

 蛇子の言葉をゆきかぜが続ける。

 

「え、蛇子だけじゃなくてゆきかぜも知ってるの?」

「知ってる。……というか、里の人間ならほぼ知ってる。確かにあれはふうま家に関わる問題……汚点だろうからね」

「汚点?」

 

 ハァ、と蛇子が大きく溜息をこぼした。それから渋々と言った様子で口を開く。

 

「ふうまちゃん自身がどうにかしないといけない問題……。多分、骸佐(がいざ)ちゃんの件だと思う」

 




小太郎と鹿之助が2人で行った東京キングダムのレースですが、原作であるRPGのマップイベント「イングリッドの休暇」の部分に該当しています。


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Act31 だって今日は秘密の女子会、パジャマパーティーだからね!

「骸佐?」

 

 タバサがオウム返しにその名前を口にする。「ええ」と答えたのは今度はゆきかぜだった。

 

二車(にしゃ)骸佐。ふうまや蛇子にとっては幼なじみ。そして……ふうまが独立遊撃隊の隊長に選ばれるきっかけを作った……あいつにとっては因縁の人物」

 

 蛇子とゆきかぜは、まずそもそものふうま家の歴史についてから話し始めてくれた。

 

 元々ふうま一族は対魔忍内部でもかなりの発言力を持つ一族であった。しかし保守的な言動が災いし、対魔忍組織の改革を押し進めようとする主流派の井河一族とやがて対立を深めていってしまう。結果、当時のふうま一族の長であり、小太郎の父親でもあるふうま弾正は反乱を起こしたのだった。

 しかしその反乱は失敗に終わる。そして井河一族がふうまの里を攻め滅ぼした結果、残ったふうま一族は井河一族の支配下である五車の里へと下ると同時に大幅に力を失うこととなった。

 

「……ん? ちょっと待って。確か扇舟がふうまの父親を殺したって言ってた気がする。その時の主流派だったってことなんだろうけど、その後アサギと対立してる。なんで?」

「私もふうまちゃんやアサギ先生程詳しくはないんだけど……。その反乱の時に井河の中でも揉めたらしくて。扇舟さんが属してた井河長老衆と呼ばれる派閥はふうま一族を完全に滅ぼそうとした。だけど当時既に井河の代表だったアサギ先生はふうまちゃんや時子さんをはじめとした、恭順の意思を示した生き残りのふうま一族の人たちを庇護下に置くと宣言したの。私の家……相州家もふうま家に仕えてる形だから、その時の生き残りに当たるのかな。とにかく、結果として停戦という形でその反乱は終わりを迎えたわけ」

 

 タバサの質問に蛇子が答える。「んー……」と少し考え、再びタバサが口を開いた。

 

「じゃあ扇舟が属してたところはその後さらにアサギたちのところと内輪揉めして戦って負けた、ってことか」

「多分そうだと思う」

「不毛」

 

 対魔忍内部での争いに対し、タバサは一言で切って捨てた。だが直後「でも……」と付け加える。

 

「ケアンも似たようなものだから人のことを言えないか。イセリアルとクトーニックの驚異に晒されて滅亡の危機に瀕してるのに、人間同士で争って略奪しか考えないクズどもやら、己の思想こそが正しいからと相反する者と敵対する狂信者どもやら、そういった連中はたくさんいたし。……人間って愚かだね」

 

 呆れたようにタバサは大きくため息をこぼす。

 

「……ごめん、話の腰を折った。その反乱で前当主を失ったことがきっかけでふうまが今の立場……つまり現在の当主になったわけだ」

「うん、そうなんだけど……」

 

 ふうま一族は「邪眼」と呼ばれる異能系忍法を宿す一族である。しかし小太郎の右目は生まれた時から開かれることがなかった。いつかは力が覚醒するのではという希望を持たれていたものの、その時は一向に訪れず、やがては「目抜け」と蔑まれて落ちこぼれの烙印を押されることとなってしまった。

 

「子供の時はまだ良かったの。もしかしたらいつかは、って思われてたし。だから、蛇子とふうまちゃんと骸佐ちゃん……他にも銃兵衛(じゅうべえ)ちゃんや(くれない)ちゃんとかもいたけど、一緒に楽しく遊んだりしてた。でも段々大きくなって、ふうまちゃんは自分に力がないことで荒れるっていうか、色々諦めて無気力になっちゃって……。授業もまともに出ないで本を読んでる不良生徒になっちゃったの」

「まあ授業に出ない不良生徒なのは今もだけどね。……正直、私もずっと見下す側だったから、そこは申し訳なく思ってるけど」

 

 そのゆきかぜの言葉に「え」とタバサが反応した。

 

「ゆきかぜって昔はふうまと仲悪かったの?」

「悪いっていうか……」

「昔のゆきかぜ、いじめっ子。それ、ダメ」

「……! ……!」

 

 気づけばクリアとカラスにも非難されてしまっていた。

 

「悪かったとは今でも思ってるわよ! その件はちゃんとふうまと和解したつもりだし、今じゃ知識と指揮能力をはじめとして評価もしてる。……でも、それはふうまが独立遊撃隊の隊長に選ばれてからのこと。それまでのあいつは、私だけじゃなく他の人からもどうしても落ちこぼれっていう目で見られてた」

「そしてそんな風にふうまちゃんの見る目が変わった契機となった、独立遊撃隊なんだけど……。作られるきっかけになったのが、骸佐ちゃんが起こした事件なの。それが……ふうま再興を掲げて起きた、五車での反乱」

 

 骸佐の家である二車家は元々「ふうま八将」というふうま一族の中枢を担う家柄であった。しかし弾正の反乱でふうま八将はほぼ肩書だけが残される状態になってしまう。

 それでもふうま再興を夢見る者は少なくなかった。だが、そんな人たちにとっての希望だったはずの新当主・ふうま小太郎が落ちこぼれとわかると、落胆と不満を募らせていく形になってしまった。

 骸佐もその流れに自然の飲まれることになっていく。小さい時は仲良く遊んでいた当主をやがては蔑むようになり、苛立ちをぶつける相手になっていった。

 そして起きたのが、骸佐を首謀者とするふうま再興を掲げた五車での反乱だった。

 

「独立遊撃隊はふうまちゃんが責任を取る形で、骸佐ちゃんを何とかするためにアサギ先生が立ち上げた隊という意味合いが強いの。それに多分、ふうまちゃんも自分が不甲斐なかったからあんなことになったんだって自責の念もあっただろうし。出来ることなら、私はまた昔みたいに戻りたいと思う。でも……」

 

 蛇子は目を伏せ気味にして続ける。

 

「……骸佐ちゃんは、1度ふうまちゃんを()()()()。だから、それも難しいのかも」

「殺してる……? でもふうまは今生きてる。どういうこと?」

 

 タバサの問いかけに蛇子は難しい顔をしながら答えた。

 

「よくわからないんだけど……。ふうまちゃんの中に闇の力みたいな、不思議で危険な力が眠ってるとかなんとかって。それで、その力で奇跡的に息を吹き返したの」

「……ただ単に急所を外したとか、そう言うのじゃないの?」

「絶対に違う。あの時の骸佐ちゃんの大太刀は……ふうまちゃんの心臓を確実に貫いてた。それに、生き返った時に傷口が完全に塞がってたし……」

 

 だとすると本当に蛇子が言ったような力だろうか。タバサが考え込む。

 

「ふうまのその力は私も見たことあるから間違いない。でも忍法っぽくないっていうか……」

「ライブラリーさんも危険だからって忠告してるんだけどね……。ふうまくん、ああ見えて責任感っていうか自己犠牲の精神っていうか。そう言うのが強いから、多少無理してでも使っちゃってるっぽいんだよね」

 

 ゆきかぜとさくらも補足してきた。ここまで言われるのであればもはや疑う余地はないだろう。

 

「ってか、今の話聞いてると皮肉だなあって」

「皮肉?」

 

 そこでさくらがそう切り出し、ゆきかぜが首を傾げた。

 

「だってさ、ふうまくんを認められなくて反乱起こしたわけでしょ? そしたら独立遊撃隊が作られて、ふうまくんの知識と指揮能力が活かされた。さらに今度は実際に手にかけたら、なんか今までになかった力をふうまくんが手に入れた。そして今じゃふうまくんはそれなりに当主としての姿が板についてきてるようにも思える。……反乱をきっかけにそうなったっても考えられるけど、もし最初からふうまくんにそれだけの力があったら、その反乱も起きなかったんじゃないかなって」

 

 さくらの発言に、皆黙り込んでしまった。確かに皮肉な話のように思える。

 

「あ……。なんかごめんね。折角のパジャマパーティーなのにこんな暗い空気にしちゃって」

「さくらが謝る必要ない。この話題をそもそも切り出したのは私だから、謝るなら私。ごめん」

 

 タバサが軽く頭を下げる。が、すぐそれを戻した後、本当に悪いと思ってるのか怪しい口調で続けた。

 

「もうひとつ確認したい。ふうま再興なんて御大層な目的を掲げて反乱を起こしたみたいだけど、ヨミハラにしばらくいてふうま再興がどうのって話は全く耳に入ってきてないし、ここにいる間も同じだった。そいつらは今どこで何をしてるの?」

 

 蛇子とゆきかぜが顔を見合わせる。それから言いにくそうに蛇子が答えた。

 

「東京キングダム……それこそ、今日ふうまちゃんと鹿之助ちゃんが行ったところを縄張りに、『二車忍軍』って組織を名乗って勢力を伸ばしてるみたい」

「……は? ふうま、そんなところに今日わざわざ行ったわけ?」

「一口に東京キングダムって言っても結構広いから……。今日ふうまが行ったところはさすがにその連中の勢力下じゃないと思う」

 

 ゆきかぜの補足に、さらに蛇子も付け加えた。

 

「蛇子の知り合いのワーウルフさんが仕切ってる獣王会っていうのもあるから。そこの勢力下は比較的安全だし、今日ふうまちゃんが行ったのもそこじゃないかなーって思うんだけど……」

「獣王会……。あ、どこかで聞いたことあると思ったらトラジローが所属してる組織か。じゃあトラジローもその骸佐ってやつのせいで困ってる可能性もあるんだ。ふーん……」

 

 表情は変わらないが、どことなくタバサから不満な気配が滲み出ているのは部屋の人間全員が気づいていた。しかしタバサはそれを気にした様子もなく続ける。

 

「とりあえずまとめる。ふうまの力も詳しく知りたいところだけど……。とにかく、気になってたことの答えは大体わかった。つまりあの日、ふうまが精神的に参ってたのは、おそらくその二車骸佐って奴に会ったから、ってことになる?」

「そうだと思う。ふうまちゃんがそんな状態になる相手で、かつ、どうにかしないといけない相手ってなると真っ先に思い浮かぶのは骸佐ちゃんだから」

「なるほど……。ん。ありがとう。気になってたことが解けたし、そいつについても色々聞けてちょっとスッキリした」

「ちょっと?」

 

 ここまでの話と、今の蛇子の明確な発言で満足できる答えが帰ってきたはずだ。そう思ったゆきかぜは思わず突っかかっていた。

 

「うん。確かにあの日のふうまの様子の理由についてはよくわかった。それはいい。でもそれ以上に……」

 

 ゾワッ、と冷たい不気味な空気が、楽しいはずのパジャマパーティーの部屋を駆け抜けた。

 

「今は二車骸佐って奴に対して腹が立ってる」

 

 相変わらずの無表情無感情だが、言葉通りタバサが怒っていることは、発せされる気配から明らかだった。

 

「右も左も分からないこの異世界で、ふうまは私が困らないようにしてくれたし、名前も与えてくれた。だから私はふうまに感謝してる。……そんなふうまを『殺した』時点でまず許せない。それに、そいつが馬鹿な行動をしたせいでふうまが責任を取らされてるのも許せない。そして、そいつのせいで今私が世話になってるふうま家の人たちが『身内から裏切者を出した』という汚名を被せられてることも許せない」

 

 仮にも骸佐の幼なじみであった蛇子としては、何かしら彼を擁護する発言をしたかったが出来なかった。それほどまでに、タバサの圧に恐怖を覚えていた。

 そんなしんと静まり返った部屋の中で、さくらは内心困っていた。

 

(まっずいなあ……。これタバっちゃん、マジでキレてるよ……。確かに気持ちは分からないでもないけど……ここまでキレるのはヤバいって。どうしよう……。勝手な行動とか起こされたりするとまずいし、時子さんとかライブラリーさんとかふうまくん本人とかに後で一応報告したほうが……)

 

 そんなことを考えていた、その時。急にタバサが体ごと視線をさくらの方に向けてきた。

 

「さくら」

「は、はい! なんでございましょうか!?」

 

 あまりにも絶妙のタイミング過ぎたために、さくらは思わず動揺してしまう。

 

「時子に言われたことは守る。骸佐の件はふうま自身が決着をつけなくちゃいけないこと。それはよくわかってる。……だから時子やライブラリー、あとふうま本人にも。今日のことは言わないで欲しい」

「ひ、ひいっ……!」

 

 心の中で思ったことをズバリ言い当てられてしまい、さくらは狼狽するしかなかった。

 

「ワガママを言うようだけど、そのせいで行動を制限されたり今以上の監視をつけられるのはあまり好ましくないし。それに……ふうま本人に焦らせるような嫌な思いをさせたくない」

「あ……」

 

 最後の言い分は、黙っているべき理由としてはすとんと腑に落ちたとさくらは感じていた。

 

「本音を言えば、ふうまがさっさと何とかすべきじゃないかという思いはある。でもそれが簡単には出来ないんだろうってことも理解はしてる。だから急かすような真似はしたくない。何よりふうま自身が解決しなくちゃいけない問題ってずっと言われ続けて、そのことはよくわかってるから。勝手な行動はしないって約束する」

 

 困ったようにさくらは頭をかく。少し間を開けてから、わざとおどけたように口を開いた。

 

「……まあいいか。私からは言わないよ。だって今日は秘密の女子会、パジャマパーティーだからね!」

 

 無理矢理空気を変えるようにさくらはそう言った。やや滑稽でありながらも、あえてそう切り出したであろう言葉に対してゆきかぜが笑いながら答える。

 

「何それ。ここにきて突然女子会だのパジャマパーティーだので乗り切ろうとするのってちょっとずるくない?」

「あー……。でも本来楽しいはずのその空気を壊したのは大体私の責任だ。本当に申し訳ない。ちゃんと反省してる。ごめん」

 

 さっきと違い、タバサは今度は深々と頭を下げた。

 

「いいよタバサちゃん。それだけふうまちゃんを思ってるってことは伝わってきたし。……で、でも、ね。蛇子的にちょっと気になることがあって……」

 

 急に蛇子がモジモジしだした。どうしたのだろうとタバサが次の言葉を待っていると。

 

「そんなにふうまちゃんのことを気にかけてるってことは……。タバサちゃんって、そ、その……。ふ、ふうまちゃんのこと……す、好きだったりするの!?」

 

 顔を真っ赤にして蛇子がそう切り出した。それに対するタバサの答えはシンプルだった。

 

「ん。好きだよ」

 

 その一言を契機に、場が一気に本来あるべき女子会ムードに変わっていた。

 

「う、ウソ!? そんなあっさり言っちゃうなんて……」

「ちょっとタバサ! あんたもふうまのこと狙ってるの!?」

「タバサ、ふうまを狙ってる……もしかして、くちく対象……」

「……! ……!」

 

 蛇子、ゆきかぜ、クリア、カラスの順に一斉に反応を示す。が、そんな中、ついさっき女子会ムードに持っていこうとしたさくらだけがやや呆れ気味だった。

 

「あー……。皆の衆、盛り上がってるところ申し訳ないのだが……」

「何よ! ってか、さくらはなんでそんな平常心なわけ!?」

 

 ゆきかぜにそう言われてもさくらの様子は変わらない。

 

「いやあ……。多分タバっちゃんの『好き』って皆が思ってるのと違うよ、って言いたくてさ。私も先日似た思いを抱いたから『それは恋じゃないか』って尋ねたんだけどさ……」

「恋という感情はよくわからない」

「……って言うからね。今回の好きっていうのも、私たちに向けてる感情と近いんじゃないかなって思って」

「ん。確かにそう。ここにいる人は皆好き」

 

 「なぁんだ……」という声も聞こえつつ、部屋の中の熱が冷めていくのを感じる。女子会としては本来このまま恋バナで盛り上がるのが正しい姿なのかもしれない。しかし、こういうのも悪くない、とさくらは思っていた。

 

「……あ、でも話で聞いてるだけだけど二車骸佐は嫌い」

「だー! 折角女子会っぽくなってきたんだからそれを蒸し返すのは禁止ー!」

 

 さくらのツッコミで思わず場に笑いが起きる。夜も更けてきたが、パジャマパーティーはまだまだ続きそうだった。




Grim DawnのV1.1.9.7アプデが来たようです。
発売から結構経ってるのに相変わらず全体的に細かく手が加えられてるようですが、1番目を引いたのは「鍵ダンボスのMIドロップ率増加」と「異端者の墓の魔術師のドロップ率増加」ですかね。
アルカモスリングと魔術師リングはほんと全然ドロップしてくれなかったので、拾いやすくなったのはいいことだと思います。
あとはデモリのグレネイドに細かく手が入ってる様子。強スキルになるのかな……。


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Act32 海に連れて行ってやる

「おいタバサ、頼みがある」

 

 タバサが五車に戻ってきてしばらく経った、夏の太陽がギラつくある日。ふうま家の中であまり口を利いたことのないある人物にタバサは声をかけられていた。

 

「ん? どうかした、天音」

 

 ふうま天音。先代のふうま当主である弾正に仕えていた執事で、今は小太郎の自称執事である。自称、というのは正式には時子がその場に収まっているが、天音はそれに納得していないからと執事らしい格好をして勝手に異議を唱えているだけという話だ。

 

「お前、今日は暇か?」

「まあ暇といえば暇。暑いから稲毛屋にアイス食べに行くか、適当に図書室に行こうかと思ってたぐらい」

「よし、なら付き合え。海に連れて行ってやる」

「……海?」

 

 なんで自分とあまり接点のない天音が突然海などと言い出したのだろうかと、タバサは首を傾げる。

 

「細かいことは気にするな。連れて行ってやる、と言ってるんだ。行きたいか行きたくないか、どっちなんだ?」

「それは行ってみたい。海って知識としてはあるけど泳いだこととか無いし」

「……お前のいた世界に海はなかったのか? いや、まあいい。水着はこっちで用意してやるからとりあえず準備を済ませろ」

 

 

 

---

 

 天音の心の中に何か企みのようなものがある。内面を読む能力に長けたタバサはそのことには気づいていた。が、自分に対して悪意があるものではないということもわかっていた。

 それ以上に海というものに興味を惹かれ、今タバサは天音が運転するバイクの後ろに乗っていた。

 

「五車から移動には電車……っていうのとバスだっけ、いっつもそれを使ってたんだけど、このバイクっていうのもすごいね」

 

 互いの声が聞き取りやすいよう、ヘルメットに内蔵されたインカムを通してタバサが天音に話しかける。

 

「そうか、バイクは初めてか。風を切るこの感じ、なかなか気持ちいいだろう?」

「うん。しかもすごく速いし、電車とかバスより小回りが効く。こういうのがケアンにあったらな、とかちょっと思っちゃう」

「完全にオーパーツだな。まあ私から言わせてもらえば、お前の力もこの世界じゃオーパーツみたいなものだが」

 

 そう答える天音の心からはやはり悪意の類は感じられない。しかし善意だけで自分を海に連れて行く、などと言い出す人物でないことはタバサも薄々気づいている。

 よって、直接それを確かめることにした。

 

「で、なんで急に海に連れて行ってくれるって言ったか、そろそろ本音を聞きたいんだけど」

「まあここまで来たら今から帰るとは言い出さないだろうしいいだろう。……若様の監視だ」

「……は? 監視? ふうまの?」

「ああ。若様は今日いつの間にかいなくなっていてな。時子に聞いたら海に行ったという話だった。だが時子のやつ、誰と行くかも確認せずそのまま送り出して……。きっと途中で女と会うに決まっている! だとするなら、不埒なことが起きる前に若様を止めるのが、執事であるこの私の仕事だ!」

 

 自称でしょ、とツッコミかけたが、考えなしに口を開くタバサにしては珍しくそれを自重していた。いや、自重したというより、天音の目的に呆れて言う気にならなかったのだ。

 

「……それ私来る必要あった?」

「言い方は悪いが、お前は餌というか、ある人物を手伝わせる条件というか……。だがまあ損はさせない。海は初めてなんだろう?」

「まあそれはそうだけど……。うーん……急に怪しい感じを察知し始めた」

「う……。ど、どちらにしろあと小一時間も走れば海だ。それを楽しみにしておけ!」

「……まあそういうことにしておく」

 

 どうにも引っかかると思いつつも、天音に言われた通りここまで来たらもう引き返せない。とりあえずタバサは海への思いを巡らせることにしていた。

 

 

 

---

 

「じゃあ改めて。タバサ、久しぶりなのだ」

 

 天音が数時間バイクを走らせて着いたエドシマ海岸には待ち合わせていたという2人の女性がいた。そのうちの片方はタバサも良く知る人物、トラジローだったのだ。

 確かにタバサはヨミハラから五車に戻ってきた際、天音と災禍にトラジローからの「何かあったら駆けつける」という伝言を伝えていた。が、小太郎の監視というこの上なく天音の個人的な事情にも関わらず駆り出されてしまったらしい。

 とはいえ、トラジローは「タバサも連れてくるのだ」と頼んでいたようで、つまるところ海に来ること自体が目的だったようだ。

 

 そして来る途中で買ったスクール水着にタバサは着替え、同じくスクール水着だが色は白のものを着用していたトラジローと久しぶりの再会を果たしていた。2人も出るところが全く出ていないために違和感なく着こなせてしまっている。

 

「ん。久しぶり、トラジロー。味龍はどう? 変わりない?」

 

 その質問に対し、なぜかトラジローは大きくため息をこぼす。

 

「お前がいなくなってから数日は大変だったのだ。調子が狂ったみたいで、扇舟は注文を取り間違えるし、春桃はオーダーと別な料理を作り出すし……。葉月とシャオレイも皿を割ってたが、あれは昔からだと春桃から聞いたのだ」

「言われてみると……。たまに割ってた気もするな、あの2人」

「まあオレが喝を入れてやったし、色々対策もしたから今は大丈夫だぞ。その辺も詳しく話したいのだが……」

 

 トラジローはチラリと天音の方へ視線を移した。

 

「おい天音。暑いし飽きたのだ。折角タバサがいるのにこんな暑い中で話してるのは馬鹿馬鹿しいのだ。泳いできてもいいか?」

「いや、ダメだ。若様が見知らぬ女と一緒にいる……。監視の目を緩めるわけにはいかない」

 

 確かに天音の言うとおり、小太郎の近くには見たことのない女がいる。タバサはどこかで感じたことがある気配に似ているようにも思ったが、如何せん距離が遠すぎて判別しきれない。

 

「ハァ……。トラジロー、あと……タバサだっけ。ここは私が引き受けるから、泳いできていいよ」

 

 そう言ったのはトラジローと一緒に待っていたもう1人、人外のお(りょう)という女性だった。

 彼女はナカノシマギャング団という組織に属する魔族であり、天音のことを「姐さん」と呼んで付き従う存在である。今も手にしているオリハルコンで作られた金属バットを武器に、本気を出すと「人外」の異名の通り異形の姿に変わり、恐るべき身体能力を発揮できるという特徴を持っていた。

 しかしギャング所属や異形の姿になれるという一方、普段は良識ある姉御肌といった感じである。よって、泳ぎたがっているトラジローのために一肌脱いでくれる形となった。

 

「おお、感謝するのだ。それじゃ泳ぎに行くぞ、タバサ!」

「ん。……でも私泳いだことがない」

「何? よし、じゃあオレの泳ぎ方を見て真似るのだ!」

 

 虎らしく犬かき……と思いきや、トラジローは見事なクロールを披露してみせた。それもかなりのスピードが出ており、あっという間にタバサとの距離が離れていく。

 

「なるほど。腕を回しつつ足を上下に……。よし」

 

 タバサも見様見真似で泳ぎ出す。初めてとは思えない速度で、トラジローの少し手前まで泳いできた。

 

「おお! さすがタバサなのだ。飲み込みが早いのだ」

 

 が、そこでタバサは泳ぐのをやめると、どこか困り気味に尋ねてきた。

 

「息ができない。どうするのこれ?」

「それは腕を回した時に顔を横に出してだな……」

 

 言葉を交えたトラジローの実演が始まる。それをタバサはあっという間にものにし、気づけば平泳ぎと背泳ぎまで習得してしまっていた。

 

「お前本当に飲み込み早いな……。というか、話したいことは色々あったのに泳ぎに夢中になってしまっていたのだ。とりあえず……よし、あの岩場の陰まで行くぞ。あそこなら日陰でいい感じなのだ」

「天音はいいの?」

「……どうせずっと監視してるだけだろうし放っておけばいいのだ」

「言われてみるとそうか」

 

 2人は泳いで岩場の陰まで移動する。が、タバサの泳ぐ速度が明らかに速くなっている。目的地に着いた時はトラジローがギリギリ少し先なぐらいだった。

 

「ぐぬぬ……。抜かされそうになったのだ……」

「別に勝負してない」

「ここで一息ついたら勝負するぞ! オレは負けたくないのだ!」

「……泳ぎなら私は別に負けてもいいんだけど」

 

 タバサは乗り気ではないのだが、トラジローがやる気らしい。仕方ないか、とタバサはひとつため息をこぼす。

 

「……で、味龍の話の続き。対策がどうのって言ってた?」

 

 日陰に座りながらそう尋ねるタバサ。

 

「おお、そうだった。実は春桃は味龍の定休日に鍛錬をすることを習慣にしているらしくてな。体を鍛錬することで心も鍛える、という名目で全員で参加してみたのだ」

「へぇ……。ちょっと面白そう。それで効果があったんだ」

「ああ。……特に扇舟にはテキメンだぞ。昔凄腕の格闘術の使い手と聞いていたが、ちょっと体を動かしたらすぐ昔を思い出したらしい。春桃が目を剥いてたのだ。まだ数回しかその集まりをやってはいないが、もう春桃が『元が違いすぎて私じゃ手に負えない』って匙を投げたぐらいにカンを戻したようなのだ」

 

 ふーん、と言いつつ、タバサは味龍の皆が一緒のことをやっているのを少し羨ましがっているようだった。

 

「ヨミハラに戻ってきたらお前も参加するといいのだ。扇舟はお前と肩を並べることを望んでいるし、もし何かあったときは一緒に戦いたいぐらいの意気込みだからな」

「扇舟が私と? ……でも私が戦ってどうにかなる相手なら、扇舟に危ない思いをさせなくない」

「その思いは多分向こうも一緒だぞ。出来ることならお前だけを危険に晒したくない、ってな。……ずっと母親に縛られ続け、解放されたと思ったら命を落としかけたところでお前に救われた。だからあいつは、お前を失うことだけは自分の命に変えても絶対に止めてみせるという心積もりだと思うのだ」

「……結果的に救っただけ。私にそのつもりはなかった。それに折角母親の呪縛から解放されても、今度は私が扇舟を縛り付けているようにも思えてくる」

「それは違うぞ」

 

 はっきりと、トラジローは言い切った。

 

「お前と肩を並べたい、守りたいというのは奴自身の意志だ。母親から強制されたものとは全く別物なのだ。そこを履き違えてはダメなのだ」

 

 タバサはしばらくトラジローを見つめてから、静かに頷いた。

 

「……うん。トラジローの言うとおりだ。見た目ちびっこなのに、しっかりしてるね」

「何をー!? オレを馬鹿にしてるのか!?」

「まあ素直に褒めるのはちょっと悔しいし」

 

 トラジローはガルル、と威嚇していたがそれをやめ、また真面目な様子で口を開く。

 

「……扇舟絡みの話はあんまり天音の耳に入れない方がいいだろうという意味もあって距離を取ったが、これだけ話し込むとなるとやはりオレの判断は正解だったのだ。まあ監視につきあわされるのが馬鹿馬鹿しいってのは勿論あったけどな」

 

 元凶が母親の星舟であったことに加え、現当主である小太郎が許している以上、天音はそれに従うしかない。だが仕えていた主を殺した相手の話を耳にするのは決して心地よいものではないだろう。その辺りまで気を使っていたとは、やはりトラジローはしっかりしているとタバサは改めて思っていた。

 

「あ、そうだ。トラジローに聞きたいことがあったんだった」

 

 と、そこでタバサはあることを思い出していた。

 

「オレに? なんなのだ?」

「確かトラジローって獣王会って組織……ギャングだっけ? そこに属してるんだよね。東京キングダムとかってところの」

「ああ、そうだぞ」

「そこにさ、二車忍軍って組織あるんでしょ?」

 

 二車、という単語を聞くとトラジローの眉がキリキリとつり上がっていった。

 

「ああ、あるぞ。最低最悪の大うんこどもなのだ!」

「そいつらのこと、詳しく教えてくれない? ……そこのリーダー、ふうまと因縁がある奴らしくて。ふうま個人が何とかしないといけない問題だから手を出したくても出せないんだけど、今私の殺したい奴リスト堂々の1番上に名前が載ってる」

「……お前のそのリストには心から載りたくないのだ。だが奴らがやったことを考えれば恨みを買うのは当然と言えるか」

 

 トラジローは二車忍軍の説明を始めてくれた。

 

 先日のパジャマパーティーで聞いた通り、ふうま再興を掲げて反乱を起こした二車の連中はそのまま東京キングダムに流れ着き、そこで領地を得る行動に出た。

 しかしそれが生物兵器を利用した、一般市民すらも巻き込んだ無差別テロというとんでもない方法だった。

 吸ったものをゾンビへと変えてしまう凶悪ガス。それを利用して東京キングダム中を大混乱に陥れた上で、龍門という組織を潰して縄張りをそのまま頂いたらしい。

 

「……クズとしか言いようがない。無差別破壊? 何がふうま再興だって言いたい。むしろふうまの名を貶めてる。やってることはイセリアルと変わらない」

「あいつらのせいでうちの親父もゾンビになって危うく死ぬところだったのだ!」

 

 結局その獣王会の「親父」はどうにか一命をとりとめたものの引退を余儀なくされ、トラジローにとっての「兄貴」であるワーウルフの灰狼一郎太が跡目を継ぐこととなった。

 しかしこの一朗太がなかなかのやり手であり、元々の人情味あふれる気質から慕う者たちが増え、さらに壊滅した龍門の残党も迎え入れて一気に勢力を拡大化。今や東京キングダムにおいて「四強」と呼ばれるほどの大組織になっている。

 

 だが東京キングダムは元々「五強」であった。そのうちの一つ、沙無羅威(さむらい)という組織は二車忍軍によって潰されたのだが、その沙無羅威はノマドの幹部である「フュルスト」という男の私兵部隊であり、また、二車忍軍も当初はそのフュルストと協力関係にあったらしい。

 

「……じゃあ何、対魔忍裏切って、一般市民巻き込んだ無差別破壊して、さらに対魔忍を裏切る時に協力したフュルストって奴をも裏切ってそいつの組織を潰したってこと?」

「そういうことなのだ!」

「馬鹿じゃないの? 何がしたいのそいつら? もう殺したい奴リスト殿堂入りだよ。そりゃトラジローもそれだけ怒るに決まってる。ってか、ふうまもこれはさっさとなんとかすべきだと思う。……でもまあ、本人もそれをわかってはいるから、あの日あれだけ参ってたのか」

「とにかく、二車の連中のせいでうちは大損害を被ったのだ! タバサ、お前があいつらをなんとかするというなら喜んで手を貸すぞ」

「そうしたいんだけどね……。リーダーの二車骸佐ってやつがふうまと因縁があるんだって。だからさっき言った通りふうま自身の手で決着をつけないといけないってずっと言われてて。ふうまは私にとって恩人だから、裏切るような真似はしたくない。だから私はその件で動きたくても動けない。ごめん」

 

 軽く頭を下げたタバサを見て、トラジローがひとつ鼻を鳴らした。

 

「いや、いいのだ。……以前少し話した『お前にとっての仁義』。それが今、タバサが言ったことそのものなのだ」

「あー……。うん、なるほど。そういうことか。またちょっとわかった気がする。……だけど、そう考えると二車の連中って仁義も何もないただのクズ連中じゃないの?」

「異論はないのだ!」

 

 2人の意見が一致したところで、しばらく続いていた会話が止まった。気づけば結構長い間休憩していたようにも思える。

 聞きたかった話も聞けたし、とタバサがトラジローに問いかけた。

 

「そろそろ戻る?」

「それもそうだな。……よし、じゃあ泳いで競争して戻るぞ! よーいスタートなのだ!」

 

 タバサの返事を待たず、トラジローがいきなり海に飛び込んで泳ぎ出す。

 

「ずるい……。まあいいか。トラジロー、こういうところはちびっこだし」

 

 やれやれと溜息をこぼしつつ、タバサも後に続いて泳ぎ出した。




原作である対魔忍RPGのマップイベント「魔王の娘のビーチ」に該当するお話。
元々トラジローが出てきてくれる話なので、すんなりとタバサを紛れ込ませられる&二車についての情報収集と味龍メンバーの確認という形を取ることが出来ました。

前回直接描いてはいないものの、同時並行的に「イングリッドの休暇」が終わったと考えると、本来はこの間にもいくつか話が挟まっています。
が、「鬼神の対魔忍」は主に未来編なのでカット。
「アサギ校長と結婚してみた」は扇舟の遺品から出てきたものが原因で巻き込まれてるので、本作では扇舟が生存という理由&タバサを絡めにくかったのでカット。
「陰陽念流の剣士」は半分が未来編、残り半分もヨミハラの話で現時点でタバサが不在なのでカットということにしました。

ちなみにその後に勢力戦があったようです。めんどくさくてガン無視しました……。


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Act33 お前に最後背中を押されたってのもあるから、ちょっぴり感謝してるのだ

 トラジローを追いかけて泳いでいたタバサだったが、前の方でトラジローが泳ぐのをやめたことに気づいた。どうしたのだろうとそこまで追いついたところでタバサも立ち泳ぎに移行する。

 

「何かあった?」

「ビーチで揉めてるのだ」

 

 トラジローの視線の先、何やら複数の怪物のような存在が目に入る。が、それに対峙しているのは負けず劣らずの数の人々であった。

 

「あれ? なんかさくらとか時子とかもいない? あと五車学園で見かける人もチラホラと」

「なんかすごい数いるのだ……。対魔忍っぽいのから淫魔族っぽいのまで。応援に行こうかと思ったけど……」

「あんなにいるなら私たちが行かなくてもなんとかなりそう。どうする? 続けて泳ぐ?」

 

 タバサの問いかけに悩んでいたトラジローだったが。

 

「……ん? あのでかいの……」

 

 その揉め事を起こしていた怪物のうちの1体、もっとも巨大な存在へと目を留めた。

 

「どうかした?」

「見たことがあるというか、似た気配を感じたことがあるのだ……。もしかすると……シームルグ!? でもあいつは梟の獣人でもっと小柄なはず……」

「……言われてみると私もあのでかい四足ってのは知ってる気がする。確か以前ヨミハラで戦った……オロバスだったかな」

「だとするとどっちもフュルスト……さっき言った、二車に協力した後裏切られた、ノマドの特大うんこ野郎の部下のはずなのだ。その両方の気配があるということは……」

「無理矢理融合でもさせられたか。……どうする? 私はオロバスと敵対しただけだから別にどうでもいいけど、トラジローの心の中はかなり揺れ動いてるように感じる」

 

 事実、タバサに指摘された通り、トラジローは悩んでいた。

 実はシームルグは元々獣王会のメンバーだった。しかしある時、トラジローとの些細な喧嘩が原因となって組織を飛び出していってしまう。喧嘩自体は以前からよくあったために、どうせ数日もすれば戻ってくるだろうとメンバーは高を括っていたのだが、いつになっても戻ってくることはなく、やがて風の噂でノマドのフュルストの部下になったという話が聞こえてきたのだった。

 

「……シームルグのやつががうんこたれなのは間違いないのだ。でも、あの時出て行ったのはオレにも多少なりとも責任があるようにも感じる……」

「もしかして昔の仲間なの? なら迷うこともないと思う。ここで助けるのが、トラジローの仁義じゃない?」

 

 タバサに諭され、トラジローは小さく笑った。

 

「……ああ、そうだな! くだらない意地を張って、昔の仲間が殺されるのを見過ごすなんて寝覚めが悪すぎるのだ! 止めるぞ!」

「でもここからだと結構距離があるから……。急いで泳がないと」

「いや、その必要はないぞ。タバサ、オレに捕まれ。振り落とされるなよ!」

「え……?」

 

 言われるままにトラジローにタバサが抱きつくと同時、トラジローの体が文字通りの虎へと変化した。

 それも獣人ではない。かつてタバサと一緒に出前に行く途中、ミシェアを助けた時に見せた彼女の奥の手、“神獣化”だ。

 

「ガルルルッ!」

 

 落ちるなよ、という意味だろうか。トラジローは一声吠えると、見えない力で足場を作り出しているのか、水の上だろうと関係なしに走り出した。

 

「おお、これはすごい。さすがトラジロー」

「ガルゥ!」

 

 タバサの称賛の声に気を良くしたのか、トラジローはなおも速度を上げる。そしてあっという間に小太郎たちと、シームルグとオロバスが融合したと思われる相手の間へと割り込んだ。

 

「な、なんだ!?」

「トラジロー?」

「ん。トラジローだよ」

 

 小太郎の疑問に天音も疑問形で答え、それが正しいことを乗っていたタバサが裏付けた。

 

「え!? タバサか!?」

「そう。天音に海に連れてきてもらった。バイクにも乗せてもらったし気持ち良かった」

「いや、タバサに来てもらったのは……」

「そうか。天音、なんかすまなかったな。タバサを気にかけてくれてありがとうな」

 

 本当のことを言いかけた天音だったが、その後の小太郎のセリフによって、そうした方が小太郎への印象が良いということに気づいてすぐに軌道を修正した。

 

「はい! タバサのことを思ってのことでしたが、若様からそのようなお言葉をいただけたとあれば執事冥利に尽きるというものです!」

「……天音はほんと読めない」

 

 タバサとしては呆れ気味にそういうしかなかった。

 

 そんなことをしている間にも、トラジローは唸り声で説得を続けていた。それで通じているのか、それまで暴れるだけだった相手に理性の色が戻ってくる。

 

「ガルルルゥ……」

 

 まだ神獣化状態のトラジローは小太郎を見上げながら、何かを訴えるように小さく唸った。

 

「助けてやってほしいって言ってるんだと思う。シームルグだっけ、昔獣王会にいてトラジローの仲間だったんだって。ふうま、何か手はない?」

 

 タバサにもそう懇願され、さらにその場にいた他の人たちからの視線も受けて、小太郎はひとつため息をこぼす。それからずっと天音が監視していた、一緒にいた女性の方へ視線を移し、何やら話を始めた。その女性を見つめ、タバサは心の中に違和感を覚える。

 

(ん……? あの人の雰囲気、どこかで……)

 

 小太郎との話が終わったらしく「もう、しょうがないなあ、おやびんは」と口にしている。

 

(おやびん……? あ、リリムがふうまを呼ぶ時と一緒……。そう考えるとリリムとどこか似てる気もするけど……)

 

 リリムとはいたずら好きの落ちこぼれ下級夢魔で、時々五車にも出没するためにタバサも見たことがあった。小太郎に懐いているのだが、彼曰く「ただのトラブルメーカーで俺は巻き込まれているだけ」とのことであり、困っているようであった。

 とはいえ、当人に多少の悪意こそあれど深刻ではないことと、小太郎もなんだかんだ気を許しているところもあったため、タバサも特に気にかけずにいたのだった。

 しかし、タバサが知っているリリムはもっと小さな、小悪魔のような姿だったはず。今見つめている相手はそこからは程遠い、大人の女性のような姿に見える。

 そして何より――。

 

(ヤバいな、あれ。底が知れない。さくらとか時子とか天音とか、他にも対魔忍やら人とは違う種族の実力者っぽいのやらここにはかなり多く集まってるけど、1人だけ完全に飛び抜けてる。……元のリリムからはまるで力を感じなかったのに。……ということは、これもアサギが言っていた『わかると思わされてる』ってやつか)

 

 そんなことをタバサが考え込んでいるうちに、事態はあっさりと解決の方向へと向かっていた。

 小太郎が何やら大仰なセリフを口にし、それに紛れる形でリリムがウインクをひとつしただけでシームルグとオロバスの融合が解けていたのだ。今はトラジローが元の姿に戻り、その2人に説教をしている。タバサもその元へと近づいていった。

 

「お、お前……!」

 

 その姿に、トラジローに怒られて縮こまっていたオロバスが身構えた。

 

「ヨミハラでオレのこと、襲った奴!」

「逆。そっちが襲ってきた。……ん、でもまあ敵意はないっぽいか」

「行く当てがないみたいだし、一応獣人っぽいと言えなくもないから、こいつも獣王会でシームルグと一緒に面倒を見ることにしたのだ」

 

 嬉しいからか隣で泣いている梟の獣人をチラリと見つめてから、タバサはオロバスに視線を戻す。

 

「あ、ああ……! オレ、獣王会で頑張る!」

「そっか。よかったね。……トラジローも。昔の仲間を見殺しにしないで済んだ」

「ま、まあな……。お前に最後背中を押されたってのもあるから、ちょっぴり感謝してるのだ」

 

 少し照れつつそう言うトラジロー。それから表情を改めて口を開く。

 

「またお前と味龍で一緒にバイトしたいんだが、戻ってくるのはもう少し時間がかかりそうか?」

「うーん……。多分そうだね。対魔忍が対イセリアルを想定した情報を用意するのに私が必要だって」

「まあお前のいた世界の化け物だからな。しょうがないか……。よし、また味龍に来るのを待ってるぞ。扇舟にはタバサは元気だったと伝えておいてやるのだ」

「ん。よろしく」

 

 そう言ってスクール水着を着た2人は別れた。

 

 よくわからないまま天音に連れてこられた海だったが、色々と楽しかったなとタバサはふと思うのだった。

 

 

 

---

 

「……ということが少し前にあって」

 

 その海での一件から数日後。タバサは図書室に来て紫水に海での出来事を話していた。

 

「海か……。ちょっとうらやましいな」

「コロに頼めば外に出られるんじゃないの?」

「それはそうだけど……。でもいいや。お館くん、最近忙しいんでしょ? あまりここで姿を見かけないし。私と話せるタバサが来てくれるから多少気も紛れてる」

「ふうまが最近忙しいのは、火遁衆の……誰だっけ、確か神村舞華(かみむら まいか)って人の手伝いをしてるから。今日その人が筆頭になるための昇任試験ってのがあるんだって。で、2対2で戦うらしいんだけど、ふうまが推薦みたいな発言をした手前、一緒に戦うことになったって。私もこの後見に行くことになってる」

「またお館くんは色んなことに巻き込まれてるなあ……。まあ聞く限り自分から首を突っ込んだようにも思えるけど」

 

 そう言うとくすくすと紫水は笑う。

 

「ふうまの指揮能力は本物ってよく聞くから、今日のはちょっと楽しみにしてる」

「そうだね……。確かに()()お館くんはそういうのに長けてる。でもタバサって集団戦の経験があまりないって前言ってたような気がしたから、興味が無いというか苦手なんだと思ってた」

「稲毛屋のおばあちゃんに言われたことがずっと引っかかってる。『仲間との連携をもっと学べ』って。ふうまに聞こうと思ってたけど、落ち込んで帰ってきたあの日からなんだかんだ聞く機会が無かったから、今日実際に集団戦を目にしてから考えてみようと思ってる」

「そっか。タバサはお館くんの指揮下で戦ったことがないんだ」

「1回だけあるにはあるけど、私と2人だけだったのもあって、私が敵の主力の相手を担当する形になったから指揮も何もなかった」

 

 その相手というのがこの間海で再び会ったオロバスであった。フュルストの元を離れて獣王会に入れることを喜んでいたことを考えると、痛み分けに終わった結果が良かったようにも思える。

 

 タバサと紫水がそんな話をしているうちに、気づけば結構な時間が経過していた。

 ふとタバサが時計を見ると、試験の時間に近づいていることに気づく。

 

「あ、そろそろ行かないとか」

「忙しいのにわざわざ来てくれてありがとう」

「ん、折角学校に来るなら紫水にも会いたいなって思ってたから」

「……そっか。ちょっと……ううん、すごく嬉しい」

 

 小太郎以外に見えない存在ということは、普段話し相手もいないということだ。タバサが初めて見かけたときから本を読んでいて読書少女という感じではあったが、性格は意外と社交的なのかもしれない。

 

「今度来る時はふうまとかコロとか連れてきたほうがいい?」

「お気遣いありがとう。でも大丈夫。昔コロちゃんの体を借りて、同じく本好きな子とガールズトークしたこともあったから」

「……皆そういうの好きなんだね」

 

 この間開かれたパジャマパーティーを思い出すタバサ。確かに楽しかったが、わざわざ女子だけでやる必要があったか、という根本的な部分を考えてしまったりもしている。

 

「まあ私のことは気にせずに……昇任試験、見て楽しんでくるといいと思うよ。きっとお館くんも頑張るはず」

「ん。わかった。じゃあまた」

「うん。またね」

 

 タバサが立ち上がって入り口付近へと歩き出す。そしていつものように振り返ってみた。

 

「……やっぱり消えちゃうか」

 

 予想通り、もうそこに紫水の姿はない。図書室にいる幽霊のような存在。そんな彼女を不思議に思いつつも、もし小太郎の指揮下で一緒に戦える時が来たら楽しいのかなとふと考える。

 そういう意味でも、この後の筆頭試験で小太郎はどんな手腕を見せてくれるのか。少し楽しみな気持ちを心に秘めながら、タバサは図書室を後にし、地下の訓練施設へと向かうのだった。



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Act34 意表を突くのはあいつの得意技だからな

 五車学園、地下訓練場。バーチャルシミュレーションも可能な最新鋭の訓練施設には、沢山の人が集まっていた。

 タバサにとってはかつて沙耶と戦ったことのある場所だが、あの時は事情を知ってる複数人しかいなかったのに対し、今回はその比ではない数のギャラリーが詰めかけている。見渡してみると凜子やケイリーといったこの間知り合った顔ぶれだけでなく、アサギ、この世界の教師の方のさくら、紫といった五車のトップ3までもが雁首を揃えていた。

 

「あっ、タバサちゃん。こっちこっち」

 

 と、人の多さと、向けられてくる視線にタバサが困っていると手招きをする制服姿の蛇子が目に入った。周りには同じく制服姿の鹿之助にゆきかぜといつものメンツが集まっている。

 

「助かった。人が多くてどうしようかと思ってた。前回沙耶とここで戦った時は限られた人数しかいなかったし」

「昇任試験でもこれだけ人が集まるのは珍しいよ。ふうまちゃんが声をかけたみたい」

「ふうまが?」

 

 意外そうな声を上げるタバサ。

 

「盤外戦術みたいなものじゃない? わざとギャラリーをたくさん集めて相手にプレッシャーをかけるとか。こういう時手段を選ばないふうまなら考えてもおかしくないと思うけど」

「だとすると完全に逆効果だね」

 

 ゆきかぜに対してタバサがブースの中を見つめながらそう返した。

 小太郎と一緒にいる、目つきの悪いオレンジの髪をした少女の手が震えているのがわかる。赤を貴重とした対魔忍スーツに身を包み、巨大な銃のような兵器を手にしている彼女が今回の試験の主役である神村舞華なのだろう。

 一方、どこか根暗な雰囲気を纏い、陰の有りそうな表情をしている相手の男の方は余裕があるようにも見える。

 

「逆?」

「うん。ふうまと一緒にいる人……舞華って言ったかな、そっちの方が必要以上に緊張してる。逆に相手はなんとも思ってないみたい。……ってか、相手の方にコロいるの気になるんだけど。裏切ったの?」

 

 紫水との話題にも時々出てきて一緒に夏とも戦った人物ということで、タバサとしては孤路は味方という認識でいたらしい。それが小太郎と敵対している。

 ここ最近「裏切る」という行為に対して敏感になってしまっているタバサは、何も考えずそういう言葉を口にしてしまっていた。

 

「裏切るってわけじゃ……。今回舞華ちゃんの相手になるのは、同じく火遁衆で(4)番隊筆頭の死々村伝治(でんじ)先輩。名字でわかるかもしれないけど、コロ先輩のいとこなんだって。だからコロ先輩がサポートに付いてるの」

 

 蛇子がそう説明してくれた。が、その後で鹿之助が震えながら付け加える。

 

「でも伝治先輩は100年に1人の天才とか言われてるらしいぜ。筆頭の最年少記録も持ってるし。今回神村さんが勝てばそれが更新になるらしいけど……。ただあの人、科学部の部長ってこともあって、ついてる異名が“爆殺研究科”とかでさ……。物騒すぎるぜ……」

「ふーん……。でもこの状態だと舞華はまず負けるよ。単純な実力差で劣ってるのもそうだけど、それ以上にさっき言った緊張感の部分が大きい。相当な不安が心に渦巻いてる。ふうまがやったことが完全に裏目になっちゃってる」

「……この距離でも内面を見通せるのね。そりゃ凜子先輩が手放しで褒めるわけだ」

 

 ゆきかぜがボソッと呟いた。耳ざとく、タバサにはそれが聞こえたらしい。

 

「凜子が? そう言ったの?」

「私と凜子先輩は仲が良いの。この間久しぶりに訓練したんだけど、パジャマパーティーの時にタバサが凜子先輩から1本取ったって言ってたことを思い出して聞いてみたの。そしたらもうべた褒めしてたわよ」

「……隙を突けただけ。もう1回やったらまず間違いなく勝てない」

「あのね。仮にそうだとしても、凜子先輩から1本取るってことがどれだけすごいことかわかってないでしょ? あの人は対魔忍の中でも指折りの剣士、“斬鬼の対魔忍”よ。そんな相手から1本取ったってだけでも結構な事件なのに、その相手が学園に属してない出自不明の客人とかってなったら、生徒の間じゃ話題になるものなのよ」

 

 タバサがこの部屋に入ってきたときに感じた視線。その理由がようやくわかったような気がした。

 

「……もしかして私注目されてる?」

 

 向けられた視線に敵意はない。が、歓迎するものともまた違う。奇異、あるいは畏怖。その辺りが当てはまるように感じていた。

 

「良くも悪くもね。私や凜子先輩が広めたわけじゃないけど、噂ってのはどうしても広まっちゃうから、今じゃ結構な人が『なんかヤバい奴が来てるらしい』みたいな話をしてる」

「……まあ噂が広まるのは知ってるから、しょうがない。私の正体についても『自分から広めるな』って言いつけは守ってるから、落ち度はないしと思うし」

「そのことで先生方がタバサを責めるってことはないと私も思う。結局五車って色んな人がいるから、そのうち皆慣れるか忘れるかするだろうし、あまり気にしなくてもいいかもね。……あれ?」

 

 話しながらブース内を見ていたゆきかぜが何かに気づいた。

 ずっと小太郎と揉めたかのように話していた舞華の表情が変わったのだ。直後。

 

「よっしゃ! やってらああああ!」

 

 ギャラリーにも聞こえるほどの声量で舞華の気合の声が響き渡る。

 

「余計な緊張が解けてる。……すごいな、ふうま。何言ったんだろ」

「ふうまちゃん、ああやって士気を上げることを言うのとか得意だからね。しかも相手が……こういう言い方しちゃ悪いかもしれないけど、単純な舞華ちゃんだから、効果はなおさらだろうし」

 

 蛇子が自分のことのように得意げに言った。

 

「そろそろ始めるぞ!」

 

 と、そこで厳つい男の声が響いた。声を出したのは見るからに兄貴肌と言った感じの男だ。

 

「あの人が舞華の所属してる……火遁衆だっけ。そこのボス?」

「うん。加治鉄志(かじ てつじ)さん。(1)番隊の筆頭で、実質的な火遁衆の総隊長」

 

 蛇子に説明してもらい、「へぇ……」とタバサは声をこぼした。

 

「あの人も間違いなく強いね」

「そりゃそうよ。火遁は忍法の花形と言ってもいい術。しかも実力は申し分無しでも性格に癖がある人ばっかの集まり。そんな使い手を束ねてる人なんだから」

 

 同じく自然系忍法の使い手であるゆきかぜが答えたところで、蛇子が「あっ!」と声を上げた。

 

「始まったみたい! これは……ヨミハラかな?」

 

 蛇子の言葉にタバサが視線を移すとブースの中の風景が変わっていくところだった。確かにシミュレーションが指定したステージはヨミハラのようだ。

 

「そうっぽいけど微妙に道とかが違う。でもまるで本当にあるように見える。こんなのを作り出せるなんて科学ってすごいなって思う」

「だけどこれ、神村さん不利じゃねえか? 伝治先輩って異名の通り、爆弾を作り出せる忍法じゃなかったっけ。こんなに物が多かったら爆弾仕掛け放題になっちまう。しかも普通の市街戦ならまだしも、ヨミハラがモデルとなると道が狭いし障害物も多い……。神村さんの武器である冥途(めいど)バズーカとの相性最悪だと思うんだけど」

 

 鹿之助の意見に対し「確かに……」とゆきかぜが続ける。

 

「舞華の爆炎は私の雷撃以上に取り回しが難しいものね。その分、威力は折り紙付き……。まあ威力だけなら、私も負ける気はしないけど」

「別にこんなところで張り合わなくても……。ゆきかぜちゃんも舞華ちゃんも、うちの学年どころか、対魔忍内で見てもトップクラスの破壊力だっていうのは蛇子も他の皆も知ってるから」

 

 苦笑いしながら蛇子がそうフォローする。が、次に真面目な表情に変わって戦況を見守りつつ、ポツリと呟いた。

 

「……ふうまちゃんはどうするつもりかな」

 

 タバサもそこが気になっていた。

 聞いた限りでは舞華が圧倒的不利だ。相手が得意とするのは接近戦。しかもステージが完全に相手に味方をしている状態。いくら緊張を跳ね返したとはいえ、戦闘前に見た感じでは実力差でも劣っているように見えたのだから、勝機としては薄いと言わざるを得ない状態だ。

 

(でも蛇子たちのこの雰囲気……。ふうまならそれをひっくり返す、と信じてるみたいに思える。……そこまで思わせるふうまの指揮って、どんななんだろう)

 

 気づけば、タバサも試験の様子に見入っていた。

 

 試験は2対2ではなく、そこにシミュレーターが作り出した第三勢力の敵も混ざり、それも撃破する形が取られていた。

 舞華は得意の爆炎を使わず、サポート役の小太郎は忍者刀でその敵を倒している。

 一方の伝治・孤路チームも好調なようだ。特に冥途バズーカがリミッターとしての役割も果たしている舞華と違い、緻密に能力を操れるために小規模爆破も可能な伝治は、その能力を遺憾なく発揮して次々に敵を爆破していく。

 

「うわあ……。やっぱ伝治先輩すげえ……。さすが“爆殺研究科”。鮮やかな戦い方だ」

 

 鹿之助が感嘆の声を上げる。

 

「それと比べると……ふうまちゃん地味だなぁ……。舞華ちゃんも爆炎使わないで戦ってるからなおさら」

「でもあれは多分ふうまの指示な気がする。相手に位置を探らせないためだと思うけど……。ねえタバサ、それ以外に何か気づいたことない?」

 

 蛇子とゆきかぜの視線がタバサに集まる。その2人をチラッと一瞥してから、タバサは戦闘の様子へ視線を戻した。

 

「……敵の格好がおかしい。ヨミハラにこんな連中は歩いてない」

 

 思わず鹿之助まで入れて3人がずっこける。

 確かに第三勢力のエネミーはランダムで選ばれているためか、ヨミハラには似つかわしくない学生っぽい人間やら、愉快そうな格好をした犬型ドローンやらが現れている。

 

「それはコンピューターの都合でしょうがなくて……。それ以外に何かない?」

 

 そう蛇子に問われても、タバサは「知らない」と言いたげな表情だ。

 

「私は集団戦については全然わからないから、ふうまが考えてることなんて想像もつかない。少なくとも私なら、第三勢力の敵は二の次にして、相手がいそうな場所を突き止めたら最短距離で突っ込んでる。それが一番手っ取り早い」

「まあタバサならそれでいいかもしれないけど……。神村さんの得意距離は中遠距離だからな。タバサみたいに突っ込むってのは無いと思うぞ」

 

 鹿之助の指摘に蛇子は首を縦に振って同意する。だが先程タバサに意見を求めたゆきかぜだけは難しい顔をしたまま、その意見に異を唱えた。

 

「……でもこれ、ふうまのやつ、もしかすると本当に接近戦を狙ってるかも」

「ええ!?」

 

 蛇子と鹿之助が驚いた声を上げた。

 

「ゆきかぜちゃん、その根拠は!?」

「確証はないわよ。でも……ずっと居場所を探られないように、それこそさっき蛇子が言った通り地味に、さらには静かに戦ってる。そして……少しずつ伝治先輩たちを探してその距離を詰めようとしているようにも見られる」

 

 ギャラリーからは2組の様子がよくわかる。確かに舞華・小太郎ペアは相手を探して近づこうとしているように見えた。

 

「舞華の得物と得意距離を考えたら、適当な開けた場所で待ち伏せが最も無難だと思う。でもそうする気配がない……。地の利と自分の得意距離を捨ててでも奇襲をかけて、相手の得意な戦い方まで奪った上で一気に勝負に出るとかふうまは考えてそう」

「うわ、ありそうだ……。意表を突くのはあいつの得意技だからな」

 

 鹿之助がさっきまでの自分の意見を否定した、その時。

 

「射程内に入った!」

 

 蛇子の声で小太郎の戦術について話していた2人と、それに聞き入っていたタバサが戦闘の様子に集中する。

 

 舞華の冥途バズーカから火球が発射される。彼女得意の火遁“愚麗寧怒(グレネイド)”だ。出力を絞っている様子ではあったが、それでも威力は折り紙付き。当たれば大ダメージは間違いないというその初弾ではあったが、わずかに早く相手を察知した伝治の回避行動によってそれは外れた。

 しかし舞華は次弾を撃とうとせず、代わりに地面目掛けて火遁を炸裂させ、その勢いで伝治目掛けて飛び込む。

 

「やっぱり接近戦だ!」

 

 鹿之助が興奮したような声を上げた。蛇子とゆきかぜも食い入るように見つめている。

 

 だがその一方、タバサだけは冷静に考えを巡らせていた。

 

(無茶だ。奇襲だけで勝てるような相手じゃない。さっきの第三勢力の敵との戦い方を見るに相手は接近戦の達人……。得意の距離を捨てて相手の距離に入り込む利点がわからない)

 

 直後、飛び込んでいた舞華が手にした冥途バズーカを投げ捨てた。まさかの行動に舞華と対峙していた伝治も、見ていた蛇子たちも、さらにはタバサまでもが目を見開く。

 手放した得物を反射的に相手に目で追わせた隙を突き、舞華は伝治の懐に潜り込む。そのまま攻撃と防御のために放った互いの爆炎が衝突。紅蓮の炎が巻き上がった。

 

「あ」

 

 2人の激突だけに目を奪われていた者たちは気づかなかった。殊に、目の前で舞華の爆炎を防ぐことに全神経を割いていた伝治はなおさらだろう。

 しかし一部の見物人、例えば今反射的に声を上げたタバサのような者たちは、その瞬間に何が起こったのかをしっかり見ていた。

 

 伝治が舞華に集中し、さらに爆炎で視界が悪化したその瞬間。先程舞華が放り投げた冥途バズーカを拾っていたのだろう。小太郎がこっそりそれを舞華に返したのだ。

 

 そこからは一方的で、時間にしてみれば決して長くはなかった。明らかに動揺した様子の伝治を逃さないように腕をつかんだ舞華がまず頭突きを叩き込み、さらに地面に向けて冥途バズーカを自爆覚悟で炸裂させる。爆風で一緒に転がるがそんなことは意に介さず、3度目の自爆が終わった時。

 

「俺の負けだ。認める」

 

 あっさりと相手が音を上げた。

 

 一気にギャラリーがざわついた。明らかに格上と思われていた伝治を舞華が破った。火遁衆筆頭の最年少記録更新の瞬間である。

 

「すごい! 舞華ちゃん本当に勝っちゃった!」

「自爆覚悟の接近戦かよ! ふうまのやつ、マジでとんでもねえこと考えやがる!」

「その提案を受け入れた舞華も舞華だけど……。まあ勝ちは勝ちよね!」

 

 蛇子、鹿之助、ゆきかぜが口々に興奮したように喋り合う中、タバサだけは普段どおり無表情でそんな3人を見つめていた。

 

「……これがふうまの指揮、か。なるほど、確かに私の考えじゃ計れないところがある」

 

 接近が前提の戦い方という理由もあるが、相手に合わせるようなことをタバサは基本的にしない。例え己の身を削ってでも前に出続けて攻撃の手を緩めず倒し切る。今までそうやってケアンで独り剣を振るい続けたタバサにとって、小太郎の考え方は異端と思えた。

 

「どうだ、タバサ。私の言った通り彼の指揮は見事だろう?」

 

 と、そこで聞き覚えのある声が聞こえてきた。今は制服姿で帯刀していないが、無刀でも相変わらず独特の威圧感を放っている。

 

「あ、凜子」

「死々村伝治の強さはよく知っている。さすがに相手が悪いと思っていたのだが……。あんな作戦を取るとは思ってもいなかった」

「私も驚いてる。同時に理解できない。得意な距離を捨てるという発想は私には思いつかない」

「まあ私やタバサの場合はそもそも距離を詰めないと戦えないからな。ああいう考え方が出来ないのも仕方ないと言える」

「あいつは魔術トラップとか相手の嫌がることとかを見抜かせたら天才よ。確かな洞察力を持ってる。戦闘能力自体は低くても、そこだけは間違いなく本物」

 

 そこで凜子と一緒にいた女性が会話に入ってきた。女子としては身長の高い凜子よりさらに上背があり、大きなリボンともさもさのツインテールが特徴的で、おまけに胸のサイズも十分大きいはずの凜子が小さく見えるレベルだ。

 

「ああ、いい機会だ。紹介しておこう。彼女は……」

鬼崎(おにさき)きらら。……凜子から1本取ったって噂を聞いて、一度会ってみたいと思ってね」

 

 そう自己紹介されても、タバサはしばらくきららを見つめたままだった。ややあって「……まあいいか」と呟いてから紹介を返す。

 

「タバサ。……敵意を見せる相手に自己紹介はどうかと思ったけど、そこまでじゃないみたいだし。それでも懐疑か疑念か、そんな感じで私を見てるみたいだけど」

「え……ウソ……!」

「だから言っただろう、タバサの察知能力は本物だと。……これでわかったんじゃないか?」

 

 ぐぬぬ、ときららが悔しそうな表情を見せる。が、すぐに平静を取り戻して口を開いた。

 

「……まあいいわ! その力が本物だってことは認めてあげる。その代わり今度私と勝負しなさい! 凜子が1本取られた借りを私が返してあげるわ!」

「え、やだ」

 

 一瞬で拒否されて今度は固まってしまった。

 

「な、なんなのよこの子!」

「まあまあ、きらら先輩落ち着いて……」

 

 ここで一連の流れを見ていた蛇子が止めに入った。

 きららと蛇子は先輩後輩の関係ではあるが、学級委員同士ということで顔を合わせることも多い。そのため蛇子の忠告は素直に受け入れることが多かったりする。

 

「タバサちゃん、模擬戦があんまり好きじゃないみたいで……」

「好きじゃないというか、苦手。実戦は相手を殺せば終わりだから楽。その点模擬戦は相手を気遣わないといけないから難しい。……まあここは私が全力を出した方が丁度いいぐらいの相手が多いけど」

「実戦が楽って……。えぇ……」

 

 さらっととんでもないことを口にしたタバサに、さすがのきららも少し引き気味であった。

 

「こういう奴なんだ、タバサは。大人しく諦めたほうがいいかもな」

「……凜子の言うとおりかも」

 

 凜子に諭され、きららも引っ込むことにしたようだ。

 

「あ、舞華ちゃんが出てきた。おめでとー!」

「おう、みんな応援してくれてありがとうな」

 

 そこで見事勝利を収め、最年少の火遁衆筆頭となった舞華がブースから出てきた。ワッと人だかりが生まれ、皆祝福の言葉をかけている。

 

「あんたは行かないの?」

 

 まだその場に残っていたきららがタバサに声をかける。

 

「舞華と話したこと無いし。ふうまには今の戦い方で何を狙ったかとか聞きたいけど……それが出来る雰囲気でもないから」

 

 そう言ってタバサがその場に立ち尽くしていると。

 

「タバサ、ちょっといい?」

 

 不意に歩み寄ってきたアサギに声をかけられた。

 

「ん。何?」

「イセリアルのバーチャルシミュレーションのモデル……って言っても通じないか。簡単に言えば今さっきの試験中に現れた第三勢力のエネミーのような、擬似的に作られた存在ね。それが一応完成したから、タバサに出来を見てもらいたくて。今から大丈夫かしら?」




対魔忍RPGのメインストーリー・チャプター49「筆頭の試練」に該当する話。
原作では戦ってる2組を中心にした視点だったので、敢えて外部から見る雰囲気にしてあります。


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Act35 あいつを指揮するとしたら、お前はどういう指示を出す?

 急遽アサギに仮想訓練におけるイセリアルのモデルのテストを頼まれたタバサは、筆頭合格で盛り上がる舞華たちの集まりを横目に、ブースの入り口付近でアサギから説明を受けていた。そこでは教師の方のさくらと紫も待機しており、実際に自分たちの目で確かめたい、ということなのだろう。

 

「おそらくバーチャルの敵と戦うのも初めてだと思うけど、普通の敵と同じと考えてもらって構わない。ただ、行動パターンはイングリッドから受け取った映像とあなたから聞いた話だけを元に作られてるから、本来のイセリアルの動きとは違う部分もあると思う。終わったらその部分を報告してもらうと助かるから、戦いながら覚えておいて」

「……ちょっと難しいかもしれないけど、努力はしてみる」

 

 快諾してもらえなかったことに対してアサギの顔に苦笑が浮かんだ。しかし頼んでいるのはこちらだし、と考えを切り替える。

 

「あまり人目につかないようにやりたいけれど……。時間も経って結構人も捌けたみたい。残っているのは大体ふうまくん関係、というか独立遊撃隊に関わった人達が多そうね。これならいいか」

 

 アサギに促され、タバサはブースに入ってフル装備に身を包む。

 そこで舞華を祝っていた蛇子が、タバサがいつの間にかブースの中に入っていたことに気づいた。

 

「あれ? タバサちゃん……。なんだろ、何か始まるのかな?」

 

 蛇子の声でそこにいた人たちの目がシミュレーターの方へと移された。そのタイミングを見計らったかのようにアサギが近づいて口を開く。

 

「実はタバサのいた世界の敵のモデルが完成したから見てもらうところなの。まだ試作段階だからあまり大っぴらに見せるのはよくないかもしれないけど、ここにいるメンバーなら問題ないと思って。それにどうせならこの後ふうまくんに指揮を執ってもらって、実際戦って体感してもらうのも面白そうだけど、どう?」

「ああ、あの敵か……」

 

 独立遊撃隊の隊長ということもあり、小太郎はアサギから呼び出されてヨミハラでの戦闘の動画を見せてもらっている。無論、見たのは動画だけであり、アサギは謎のイングリッド画像集を見せてはいない。

 

「それは勿論見てみたいですし、可能なら戦ってもみたいです」

「そう言ってくれると思ったわ。……でもとりあえずはタバサの感想待ちね。あまりに行動パターンが本来のものとずれている場合はそちらの調整を優先しないといけないから」

 

 そう言うとアサギはシミュレーター起動のために離れていった。小太郎の背後では「タバサのいた世界って何の話だ?」と事情を知らないらしい舞華が疑問を口にし、蛇子や鹿之助が説明に回っている。

 が、小太郎は未知の敵に対する興味のほうが上回り、ブースの中へと視線を移していた。

 

「それじゃあタバサ、始めるわよ」

 

 アサギの声がブース内に響いた。同時に無機質な白い壁だけの部屋が立体映像を映し出す。

 

「あれ? ここ確か沙耶と戦った場所」

「ええ、五車学園の校庭。敵を出すだけだから、その方がいいと思って。……準備はいい?」

「ん。いつでも」

 

 タバサがそう答えたところで、擬似的にイセリアルが生み出された。

 奥にイセリアルセンチネルが1体、それを守るようにフレッシュウィーバーが2体、さらに手前にリアニメイターが2体を1セットとして2セット分、合計4体。

 

「ん? んー……」

 

 タバサから距離はあるものの、最も手前のリアニメイター2体が地面から複数体のゾンビであるリビングデッドを呼び出した。が、タバサはどこか困ったように立ったまま、顔をブースの外へと向けている。

 

「始まってるわよ。どうかした?」

「敵意を感じないからものすごく変な感じというか、やりにくい」

「……あくまでバーチャルだからその辺りまでの再現は不可能なの。気にせず戦ってもらえるとありがたいのだけれど」

「よくわからないけど……。まあわかった」

 

 言うなり、タバサは1セットになっている2体のリアニメイターの片方に狙いを定めて飛び込んだ。守るように立ちふさがるゾンビの1体を斬り裂きつつ、幻影の刃(リングオブスチール)で襲いかかろうとしたゾンビの群れを薙ぎ払う。そして道を強引に切り開き、リアニメイターへと斬りかかった。

 手応えはあった。が、リアニメイターは足元へイーサーファイアを撒き散らしつつ、もう片方の腕で殴りかかってくる。

 一瞬動揺した動きを見せたタバサだったが、腕をかいくぐって回転攻撃(ホワーリングデス)。次いで二刀による力任せの叩きつけ(エクセキューション)。目の前の一体を沈黙させ、同時にゾンビたちも消え去った。

 

 しかしそのセットの片割れである召喚されたリビングデッドがタバサに迫り、その後ろからイーサーの塊が飛んでくる。地面に着弾して辺りにイーサーファイアを撒き散らした。

 

(……ゾンビもリアニメイターも動きが良すぎる。頭もこんなに良くない。それに……なんだろ、この時々感じる「イセリアルじゃない何か」と戦ってるような変な感覚)

 

 そんなことを考えつつ、タバサは再び集団へと斬り込む。そして似たような手順で一気にゾンビとその使役者を壊滅させていた。

 

(変な感覚はちょっと引っかかるけど、リアニメイターがあと2体、フレッシュウィーバーも2体。後ろには面倒なでかいのも控えてる。……一気にいくか)

 

 ブレイドスピリット2体とネメシスを召喚する。それを片側のリアニメイターにけしかけつつ、タバサはもう片方目掛けて突撃した。

 

 

 

---

 

「あのタバサってのが異世界人で、あれがその世界の敵、ってわけか……。説明だけされてもおそらく信じられなかっただろうが……目の前の光景を見せられたら信じるしかねえな」

 

 そう口にしたのは、今度はギャラリーに回ったつい先程最年少筆頭となった舞華だった。

 

 相手の伝治と孤路は既にこの部屋を後にしたようで、残っているのは教師とブース内のタバサを除くと、小太郎、蛇子、鹿之助、ゆきかぜという独立遊撃隊の馴染みの面々と舞華、加えて先程タバサとアサギの会話を耳にして興味があるからと留まった凜子ときららだけになっていた。

 

「つーか俺以外全員知ってたのかよ? 俺だけ蚊帳の外か?」

「私もさっきちょっとあの子と話しただけで全然わかってない。凜子に説明されて半信半疑で今見てる」

 

 きららに口を挟まれ、相手が先輩ということもあるのだろう、舞華は「う、ウス……」とどこかバツが悪そうに相槌を打った。

 

「タバサちゃんは私たちがある任務でヨミハラに行ったとき、丁度そのタイミングでこっちの世界に迷い込んできたの。それから一緒に一旦は五車に戻ってきてるから、蛇子とふうまちゃんと鹿之助ちゃんはそこでもう知り合ってる感じ」

「私はその後蛇子たちと一緒にいた時に会って、稲毛屋でアイス奢ってあげてる。最近だとうちでパジャマパーティーとかもやったし。凜子先輩は模擬戦もやったんですよね?」

「ああ。もう知っているかもしれないが1本取られている」

 

 当人の口から改めてその事実を告げられ、タバサをよくわかっていない舞華が小さく感心したような声を上げていた。

 

「でも……。稲毛屋の時に今使ってる召喚獣だけは見せてもらってそれでも驚いたけど、今戦ってる様子を見て改めて驚いてる。……あの時『どうあってもタバサはタバサ』とか言ったはずなのに、今そのセリフを自信を持ってもう一度言えるかと聞かれたらちょっと怪しいかもしれない。凜子先輩から『捨て身の剣』っては聞いてたけどこれほどまでとは思ってなかったし」

 

 ゆきかぜの言葉通り、タバサはこれまで同様の超攻撃的な戦い方を見せていた。

 今もイーサーファイアを体に多少浴びようが、取り巻きのゾンビに殴打されようがお構いなしにリアニメイターに肉薄し、3体目を仕留めているところだ。

 さらにはしもべに任せていた4体目もあっという間に片付け、さらに奥のフレッシュウィーバーに突撃をかける。

 

「あの子、攻撃食らおうがお構いなしに突っ込んで敵を倒してるの怖すぎるんだけど。……凜子先輩とやった時もあんなだったんですか?」

「私と手を合わせたのは時間にすれば僅かだったし、稲毛屋のおばあちゃんとやったときは向こうが防御に徹していたからなんとも言えない。だが、私の胴への切り上げに対して被打覚悟でこちらの首を狙ってきた捨て身の剣であることを考えれば、この戦い方も納得できるとはいえる」

「……納得できちゃうのね」

 

 サラッと述べた凜子に対して思わずきららが突っ込んでいた。

 

「え、じゃあなんですか、タバサってリアルで『死な安』の精神で戦ってるってことですか? 頭のネジ外れてますよそれ……」

「模擬戦だったからだろ。実戦ならそんなこと……」

「いや」

 

 引き気味にそう言ったゆきかぜに舞華が続けようとしたところで、凜子がそれを否定した。

 

「実戦でもああやったとタバサははっきりと言い切った。……事実、ここまでの戦い方を見ていれば間違いなくやるということがわかる」

「……間違いなくやるのね」

 

 やはりきららが突っ込むが、今度は明らかに呆れていた。

 

「……でもま、いずれにしろありゃすげえな」

 

 そう言ったのは舞華だ。彼女にしては珍しく素直に褒めた、その視線の先。既にリアニメイターは全滅し、イーサーファイアの中でフレッシュウィーバーに剣を振り下ろすタバサの姿があった。

 

「なあ、ふうま」

 

 視線はブースの中のタバサへと向けたまま、舞華が小太郎に声をかけた。

 

「なんだ?」

「さっきの伝治先輩との昇任試験、お前のおかげで勝てたと思ってる。その上でふと気になったから聞きたいんだが、あいつを指揮するとしたら、お前はどういう指示を出す? 俺が言うのもなんだが、ありゃ見るからに暴れ馬だ。扱うのも一苦労だと思うんだが」

 

 そう舞華に問われ、小太郎はしばらく考え込んだ。

 その間にも、フレッシュウィーバーのイーサーファイアと殴打を受けつつもタバサは1体目を殲滅、2体目へと向かっている。

 

「……『戦術タバサ』だな」

「は?」

「今みたいに前で好き勝手に暴れてもらって、こっちは援護に徹する、ってことだ。今戦ってるような格下の相手ならそれで事足りる。……が、格上相手となるとそうもいかないだろう。タバサの戦い方はまっすぐすぎる。お前が伝治先輩にやったみたいに、相手の嫌がること、予期しないことをやってどうにか勝機を見出すって方法を取りたいところだが、タバサにはどこまでそれができるかがわからない」

「……なるほど、あの人はここまで見通していたのか」

 

 小太郎と舞華のやり取りを聞いていた凜子は、不意にポツリと呟いて小さく笑った。

 

「どういう意味ですか、凜子先輩?」

 

 小太郎が尋ねる。

 

「稲毛屋のおばあちゃんと戦った時、タバサが言われていたんだ。『仲間と連携することをもっと学べば間違いなく化ける。ふうまの坊っちゃんに色々聞け』と。タバサ自身、集団戦の経験が無いと言っていた。だからふうま、お前がタバサに仲間と戦う方法を教えることで、あの人の言う通りタバサがさらに化ける可能性はあると思う」

「……集団戦の経験がない、か。確かにそれなら化けるかもしれない」

 

 その小太郎の視線の奥、タバサはついにイセリアルセンチネルへとたどり着いていた。降り注ぐイーサーファイアの光を物ともせず、召喚されたイセリアルビヒモスをまずは排除すべく、相変わらずの捨て身で攻撃的で真っ直ぐな戦いをしている。

 

「例えばだけどさ。今タバサが戦ってる状況も俺とふうまと蛇子がいる、って状況の集団戦ならまた話が変わってくるよな」

 

 ここでそう言ったのは鹿之助だった。

 

「蛇子が煙幕張ってから俺の電遁で、今タバサと戦ってる召喚されたあいつを誘い出す。その間にタバサがあのデカブツに攻撃を集中する、とかできるんじゃないか? 今までのを見てると召喚主を倒せばその手下は勝手に倒れるみたいだし」

「お、よく気づいたな」

 

 小太郎は前もって映像で見せてもらっていたためにその特性は既に知っている。だが鹿之助は今日が初見のはずだ。

 

「へへっ。お前と一緒に独立遊撃隊をやってるのは伊達じゃないってことだぜ」

「……でも鹿之助ちゃん。そうやって引き出した相手を抑える役割って……」

 

 蛇子にそう問われると、鹿之助はさも当然というように。

 

「そりゃ蛇子とふうまだろ」

「やっぱり! もう、いっつも蛇子の役割多くない? 色々出来るからって頼られるのは嬉しいけど!」

「しょ、しょうがないだろ! お前の獣遁の術はなんだかんだ便利だし、ふうまも最近じゃ普通に戦えるようになってるし。俺も昔よりマシになったとはいえ、基本的にバッテリーか他の人頼みで大技連発はできないから……」

「その辺りの役割分担まで含め、互いを補い合って戦うのが集団戦だ。……とはいえ、実際いつものメンバーで組むとどうしても蛇子の負担が大きくなるのは俺もわかってて悪いとは思ってるんだけどな」

 

 鹿之助の肩を持ちつつ、蛇子の気持ちを理解した上で小太郎はそう発言した。

 

 実際蛇子の役割は多い。タコ足特有の再生能力と筋力を活かしたタンク役から、吸盤センサーによる索敵、さらにはタコスミによる煙幕に加えて両手とタコ足に小太刀を合計4本持っての攻撃まで。今戦っているタバサやゆきかぜのような、絶対的攻撃力を持つようなエースとは呼べないものの、間違いなく独立遊撃隊をここまで支えてきた功労者と言えるだろう。

 

「まあ……確かに負担は大きいけど、今言った通り頼られるのは嬉しいよ。それに、蛇子とふうまちゃんと鹿之助ちゃんのいつもの組み合わせにタバサちゃんが入ったらどうなるか。さっき鹿之助ちゃんが言ったみたいな戦術も取れるだろうし、興味はある」 

「そういう蛇子の気持ちもわかるけどさ。……ふうま、あんたアレ、扱い切れる?」

 

 若干引き気味にそう言ったゆきかぜの視線の先。ついにイセリアルセンチネルが召喚したイセリアルビヒモスを倒して大ボスへと剣を振るい続けるタバサの姿があった。

 だがその剣が休まるところを知らない。ペットや天界の力も併用して持ちうる“乗っ取られ”としての力をすべて発揮し、しかし攻撃の勢いに反して当人は淡々と攻撃し続けている。

 

「俺やゆきかぜが一発で1000ダメージ与えるもんだとしたら、ありゃ『10ダメージの攻撃を高速で100回叩き込めばいい』の理論だな……。手数がやべえし、炎と氷を降らせてるのも、しもべを従えてるのも意味わからねえ」

 

 舞華までもがこの評価である。

 

「結局のところは接近戦のエースアタッカー、ってのが現時点での評価だな。……でも面白い逸材だと思う。ここのところは舞華につきっきりだったが、今日からはちょっとタバサに付き合ってみるか」

 

 指揮官としての(さが)か、小太郎の言葉にはどこか楽しげが色が含まれていた。

 

 そんな会話が交錯しているうちにブースの中はデカブツが崩れ落ち、仮想空間が校庭から本来の無機質な白い壁の空間へと戻る。どうやらシミュレーションは終わったようだった。

 

 

 

---

 

「お疲れ様。体の方は大丈夫? ……あの映像と同様、結構攻撃を受けてたみたいだけど」

 

 シミュレーション終了後、装備をインベントリへとしまって元の格好に戻りつつブースから出てきたタバサへとアサギが声をかける。

 

「ん。問題ない」

「そう。ならよかった。それで、改善点とかはどう? 本来のイセリアルと違いすぎるところか」

「大体はこんな感じだと思う。ただ、連中はこれほど動きが良くないし、頭も良くない。例えばリアニメイターは自ら接近戦を仕掛けてこない。こっちが近づくとやむなく殴りかかってくるって感じだと思う」

 

 ふむ、とアサギは小さく相槌を打った。

 

「なるほど……。もう少し弱めに調整し直すのもありかもしれないけど……。どう思う? さくら、紫」

「強いならいいんじゃない? 弱く調整したのと戦ってて、実物が出てきた時にもっと強くてうろたえるぐらいなら最初から強いほうがいいでしょ」

「さくらのいうことは一理あると思います。ただ、タバサの言った『頭が良くない』というのはちょっと気にかかるかと。今の思考パターンに慣れ過ぎるのはよくないかもしれません。手間はかかりますが、現バージョンとタバサの意見を取り入れたバージョンを作って、実際のシミュレーションの際は混ぜる形を取るのはどうでしょう?」

「……まあ手間はかかるわね。でも色んな状況を想定しておくに越したことはないか。わかったわ、タバサの意見を参考にしつつ、別なバージョンも考えましょう」

 

 アサギがそう言ってまとめようとしたのだが。

 

「あ、それから」

「まだ何かある?」

「言葉にできないから私の気のせいかもしれないんだけど、なんか全体的に少し違和感があるというか、イセリアルじゃない何かと戦ってるって感じたこともあったというか……。うーん、ごめん、うまく言い表せない」

「……最初に言ったことに関係しているっていうのは? 結局これはバーチャルで殺気とかまでは再現できないから、それでなんだか違和感を覚えてるとか」

「そう……かなあ……。でもちょっと引っかかったぐらいだから、気にしなくてもいいかも。さっきも言ったけど大体イセリアルがこんな感じっていう方向性は合ってると思う」

「わかったわ、ありがとう。あとは休んで見学でもしてて。……早速今のと戦ってみたい人たちがいるみたいだから」

 

 そう述べたアサギの視線の先。小太郎、蛇子、鹿之助、ゆきかぜ、そして舞華の5人が近づいてくるのがわかった。

 

「先輩方2人は見てるということでしたが、俺を含めたこの5人は今の敵とやってみたいってことで。いいですかね?」

「ええ。タバサが言うにそこまで大きく異なってはいないってことだったから。じゃあ……今の数の2倍でいくわよ」

「に、2倍!?」

 

 鹿之助が悲鳴のような声を上げた。だが舞華が笑いながらその背中をバシーンと叩く。

 

「なーにビビってんだよ! さっきタバサが1人でやった量の倍ってだけじゃねえか。火力担当の俺とゆきかぜがいて、指揮担当のふうまがいて、色々担当の蛇子がいるんだ。どーんと構えとけ!」

「色々担当って何よー! もう、舞華ちゃんまで!」

 

 蛇子が口を尖らせ、危うくタコスミを吐きそうになっている。そんな様子を笑って見ながら、アサギは装置をセットしていた。

 

(集団戦、か……)

 

 タバサは稲毛屋で夏と戦った後に言われたことを思い出していた。

 さっきの舞華との2人タッグでの指揮も見事だったが、今度は更に増えて5人。一体どんな指揮を見せてくれるのだろうか。彼女にしては珍しい、そんな期待感と共に、対魔忍スーツに身を包んでブースの中に入っていく5人を見つめていた。

 

 



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Act36 人間が相手なら、今まで使ってこなかった“乗っ取られ”の力が効果的に働くんじゃないかって思い当たった

 タバサの後に仮想イセリアルと戦った5人は見事だった。

 五車町にイセリアルが現れたためにイセリアルセンチネルの撃破を目標に打って出る、という状況を仮定し、ステージは五車町をリアルに模したものだった。タバサが戦ったような完全に開けた空間と違ってメインとなる通りを中心に戦闘しつつ、限られた道幅の中、さらに横道からの奇襲にも備えなければならない。

 

 だがそこはさすがの小太郎の指揮であった。

 

 蛇子の吸盤センサーと、鹿之助の電遁を応用したソナーによって常に索敵をしつつ進軍。出会ったリアニメイターとリビングデッドの集団は、中遠距離において絶対的火力を持つゆきかぜと舞華の忍法で撃ち倒していく。

 特に使役者さえ倒せば手下を無効化出来るという点は、この2人にとって有利に働いた。舞華の爆炎によってゾンビたちの焼き払うことで強引に道を切り開き、ゆきかぜの雷撃弾で使役者を狙撃。この戦法で敵集団を次々と殲滅していった。

 

 多方面からの同時襲撃による戦闘を強いられたこともあったが、蛇子のタコスミ煙幕によって敵の足を止め、戦闘を一方向に集中して迅速に一点突破。その上で残りを各個撃破という手順を小太郎は的確に指示していく。

 

 結局統率された戦闘によって仮想イセリアルの訓練はあっさりと終わりを迎えていた。あまりの早さにタバサが愕然としていると、アサギがフォローするように声をかけてきた。

 

「今回出した敵はさっきタバサが戦った時の2倍だけど、こちら側の戦力もタバサ1人に対すると5倍なんだから早くて当然とも言えるわ。それに、中遠距離戦に長けたゆきかぜと舞華が『使役者を倒せば手下を無効化出来る』という特徴に噛み合いすぎてるのもあるし。……でも、ふうまくんの指揮が見事なのはこれで伝わったんじゃないかしら?」

 

 異論はない、とタバサは素直に頷く。

 

「私はずっと独りで戦ってきたから、役割を用意して分担するというのがこれほどだとは思わなかった。……ちょっと考えを改める」

「私やタバサの場合は極端な話、突っ込むのが仕事になるわけだけど、そのタイミング次第で効果が変わってくる。ふうまくんならそれを見極められると思うわ。例えばこの戦闘でよくやってみせたように、蛇子の煙幕を盾にして相手が怯んだ瞬間に飛び込むとか、あるいは逆に相手が無理矢理突っ切って来たところで待ち伏せるとか」

「イセリアルに煙幕は効いてるか怪しいと思ったんだけど……。でもそうか、人間が相手なら効果が見込めるのか。うーん……。突っ込んで斬ればいいって考えてたけど、奥が深い……」

 

 良い変化だ、とアサギは小さく笑った。

 

「イセリアルのモデルについては後から手を加えるけど、一応これを原形にするつもり。タバサ、あなたの協力に感謝するわ。後は自由にしてもらって構わない。ヨミハラに行ってもいいけれど……。私としては、もうしばらくふうまくんの家にお世話になって、彼から集団戦についてレクチャーしてもらうのを勧めたい。あなたも今のを見て興味が湧いたでしょうし」

「ん。確かに。稲毛屋のおばあちゃんに『仲間と連携することをもっと学べ』って言われたのがよくわかった。ヨミハラに行くのは自分で納得できるようになってからにしようと思う」

「それがいいと思う。……それにしてもあの人にはほんと敵わないわね」

「アサギが言った『わかると思わされてる』についてもよくわかった。……あ、そういえば『アサギの嬢ちゃん』って言ってたよ。おばあちゃんから見たらアサギも私も変わらないみたいだね」

 

 アサギの顔に苦いものが浮かんだ。やはりいつまで経っても子供扱いか、と思うしかなかったからだった。

 

 

 

---

 

「どうしたタバサ、ボーッとして」

 

 不意に小太郎に声をかけられ、タバサは現実へと引き戻された。

 

 夕食前のふうま家。一足早く食卓についたタバサはボーッと上の空で視線を宙にさまよわせていた。その上で、少し前に仮想訓練場で見た、小太郎が指揮を執ったイセリアルの戦いを思い出していたところだった。

 

「さっきのふうまが指揮した戦いを思い出してた。見事だったな、って思って」

「そんな褒めても何も出ないぞ」

 

 そう言いつつも、彼の表情には褒められた嬉しさが少し隠しきれずににじみ出ている。

 

「でも質問なんだけどさ。蛇子の煙幕ってイセリアル連中には効果無いと思ったんだけど、徹底して使ってたよね。あれなんで?」

「効果が無い……。そうか? 結構嫌がってるように見えたぞ。だから煙幕張って鹿之助に索敵させつつ、突っ込んできそうなのがいたらあいつの電遁で足止めさせてたんだが……」

「え、それほんと? ……イセリアルは煙幕程度無視して突っ切ってくるはずだけどな。絡め手がまったく通じない、とは言わないけれど、それを無視して来る程度の知能しか無いはずだし……」

「さっきアサギ先生に話してなかったか? 本当はこんなに頭良くないとかなんとか。それで調整するとか言ってたような。そこの部分の差じゃないか?」

 

 小太郎の指摘に、「んー……」とタバサは今ひとつしっくり来ていない様子だ。

 

「嫌がる、っていうのがなんか違和感あるなって。そんな人間みたいな反応はイセリアルはしないはずで……。人間……。あ、そうか」

 

 不意にタバサは1人で納得し始めた。

 

「なんだ、どうした?」

「私があのイセリアルと戦った時に抱いた違和感の正体がわかった気がした。あいつら、動きが人間っぽすぎるんだ」

「あー……。言われてみると人間っぽい反応はあったかもしれないな。普段の対処法を応用したわけだし。……じゃあなんだ、煙幕を嫌がったり、あとは怯んだりとかか。そういう反応は本来ならもっと薄い、ってことか」

「そうだね。人間の成れの果ての連中もいるけれど、もう人間とは別物って考えたほうがいいと思う」

「わかった。後でアサギ先生に報告しておくよ。気づいてくれてサンキューな」

「ん」

 

 そう言って了承の意思を示したはずのタバサだったが、やはりまだ何かを考え込んでいるようだった。

 

「……人間は煙幕を嫌がったり怯んだりする、か。ねえ、ふうま。舞華の昇任試験の時、武器を投げさせたのってふうまの指示でしょ?」

「ああ、まあな」

「意表を突くため?」

「そんなところだが……。舞華が伝治先輩に勝つには泥仕合に持ち込むしか無いと思ってた。耐久力勝負に持ち込めば舞華に勝ち目がある。だが逆に言えば、それ以外では伝治先輩がすべて上回ってる。真っ向からぶつかったらまず間違いなく勝てない相手だ。だからほんの僅かでいい、舞華が懐に潜り込むだけの隙が必要だったんだ」

「一見相手の得意間合いに入っただけの無謀な策だと思ってたけど、そんな狙いがあったんだ。相手の嫌がることを見抜かせたら天才、か……」

 

 きららが言っていた言葉を思い出す。今までタバサは自分の土俵で戦うことだけをし続けてきたし、それ以外の戦い方を考えたことも無かった。

 

「もし、さ。私がふうまの指揮下に入ったとして。今までみたいなとにかく突っ込む戦い方以外に、相手が嫌がるような戦い方をふうまが教えてくれたとしたら、私って『化ける』のかな?」

「俺は化けると思うぞ。ただ、まだ実際のところ集団戦を見たことはないから、どのぐらいそれが出来るかわかってなくてなんとも言えないが」

「……そっか。人間が相手なら……。うん、面白いかもしれない」

 

 ボソボソとタバサは独り言を続ける。集団戦に興味を持ってくれたことは喜ばしいかなと小太郎は思っていた。

 

「随分と話が進んでいるようですね」

 

 と、そこで夕食のおかずをライブラリーが運んできた。

 ふうまの御庭番にして料理上手な全身サイボーグ忍者。今日も夕食の手伝いをしていたのだろう。

 

「あ、ライブラリー。丁度いいところに来た。それ置いたらちょっとそこの椅子に座って」

 

 ライブラリーが肉じゃがの入った器をテーブルに置いたところで、不意にタバサがそう切り出した。

 

「椅子に座れ? これでいいのかい?」

 

 そう言って彼が椅子に腰を下ろした、その瞬間。

 

「ちょっとごめん」

 

 タバサが左手を振り払うように動かした。そこから何かが宙に投げられたと思った直後、辺りがまばゆい光に包まれる。

 

「なっ!?」

「うわっ!」

 

 ライブラリーも小太郎も強烈な閃光に、思わず顔をかばった。

 そして光が収まり、まだ目がチカチカしながら2人が目を動かすと――。

 

 タバサは座ったライブラリーの傍ら、首に手刀を突き付ける形で立っていた。

 

「ん。なるほど……。ライブラリーほどの使い手でも、椅子に座って動きにくい状態から突然閃光を浴びたら反応しきれないか」

「……どういうつもりかな?」

 

 口調こそ穏やかだが、明らかに威圧感を持ったライブラリーの声だった。タバサは突き付けていた手刀を戻し、椅子に座りつつ答える。

 

「だから事前に謝った。ごめん、って」

「私は理由を聞いている」

「人間が相手なら、今まで使ってこなかった“乗っ取られ”の力が効果的に働くんじゃないかって思い当たった。私は突っ込んで剣を振るう戦い方しかこれまでしてこなかったし、それがもっとも早くて確実だと信じてた。そんなわけでイセリアルやクトーニック、正気を失ってる狂信者なんかと戦ってたケアンでは、搦め手を使う暇があったら斬った方が早いって感じだったけど、この世界で対人戦、さらには集団の中での戦いを考えたら使えるんじゃないかって。で、実力的に申し分なしのライブラリーに通用するならいけそうだと思ったから実験台になってもらった」

 

 ライブラリーは無言のまま腕を組み、椅子に座ったタバサの方へ顔を向けている。サイボーグ故に表情を窺い知ることは出来ないが、雰囲気的に怒りを抑えているようにも感じた。

 

「……言いたいことはわかったが、あまり心地の良いものではないな」

「それはここに来た当初の私も同じ。……弄ぶように敵意をぶつけられたのは不快だった」

「む……。今になってそれを持ち出してくるか……。その分はあの訓練で相殺かと思ったのだが……」

「まあ大人として大目に見てやってくれ、ライブラリー。タバサも今後はこういうことをやるならやるってちゃんと断ってほしい。……正直まだ目が少しチカチカしてる」

「あ、ごめん……」

 

 主がこう言ってタバサも謝罪した以上、ライブラリーももう責める気はないらしい。組んでいた腕を解いていた。

 が、小太郎はライブラリーがもう大丈夫だと解ると同時。椅子から立ち上がって前のめりになりつつ、目を輝かせてタバサに声をかけていた。

 

「とりあえずこの件はこれで収まったこととして……。ものすごく気になることがある。タバサ、さっき『今まで使ってこなかった』って言ったな? それは今の閃光を作り出した技というか、力というか、それ以外にもあるんだな?」

「ある。ちなみに今のは“フラッシュバン”。実際に体験してもらった通り強烈な光で相手の目をくらませることが出来る。ただ、殺傷能力がないから、使うよりも斬った方が早いって判断して私は特に使わなかったんだけど……」

「有用性ははっきりしたな。使い方次第だ。そして何より……集団戦において間違いなく効果的だ。今使ったの以外のものも気になる。とりあえず飯食ってちょっと休憩したら使える力を一通り見せてくれ」

 

 小太郎にしては珍しく、タバサも思わず気圧されるほどにぐいぐいと来る感じだった。

 

「……ふうまがこんなに興奮するの初めて見たかも」

「そりゃ興奮するだろ! 今日お前が仮想イセリアルと戦ってた時、舞華に『お前ならタバサをどう指揮する?』って聞かれてからずっと考えてて、俺が指揮を執ってあの4人と一緒に戦ってる時も『ここにタバサがいたらどう扱うか』って頭によぎってたんだ。それが俺の想像を遥かに超える戦い方をできるかもしれない、ってなったらテンションも上がるってもんだよ!」

「うーん……。そういうものなんだ……」

 

 若干引き気味のタバサ。

 

「よし……。じゃあ、さっき言ってたどのぐらい『化ける』のか。俺が体感させてやる。この後に他の力を見せてもらってからの判断になるが……。俺と蛇子と鹿之助のいつものメンバーにタバサを加えてどのぐらいできるか。それを確かめようぜ」

 

 




今日(2023/01/07)から23日まで、対魔忍RPGで復刻ストーリーイベント「罪と罰」が開催されています。
ストーリー終盤部分がこの話の1話後半と2話に当たります。
このイベントがこれを書くきっかけになったと言ってもいいかもしれない、個人的に印象深いイベントです。
というか、復刻ってことは扇舟ショックからもう1年近く経ってたのか……。



フラッシュバン

マスタリーレベル1で解放されるデモリッショニストのスキルで、敵を混乱させてDAを低下させる閃光弾を投げる。通称フラバン。
マスタリーレベル10で解放される後続スキルの「シーリングライト」を取得すると総合速度低下と、敵に5秒間近接・遠隔ファンブルを付与する。
ダメージは与えられないが低マスタリーレベルで手軽に取得でき、かつ1振りでも機能するために補助スキルとしてはなかなか優秀。
混乱は雑魚を黙らせられ、DA低下はこちらのクリティカル率増加に繋がり、総合速度低下とファンブルは生存性の上昇にも繋がる。
ただ、ダメージを与えられないという点がネックで、ヘルス変換のために攻撃の手を止めなくない二刀ビルド辺りは投げる間も斬りたいというのが本音。
また、DA低下、総合速度低下、ファンブル全てが加算されずに最も効果数値の高いもののみが適用されるカテゴリにあるため、他でこれが確保できるなら必然的に重要度が下がってしまう。
元にした本来のビルドでは、ペットのネメシスでDA低下、二ダラのヒドゥンハンドで総合速度低下、サークルオブスローターで近接のみとはいえファンブルを確保できているため、攻撃の手を止めたくないという点と操作を増やしたくないという点も合わさって取得を諦めている。
遠隔系ビルドとの相性は悪くなく、特に逃げ撃ちしつつリチャージのたびにスキルを使う系のビルドの場合、他のスキルの使用と一緒に投げ込んでしまえばいいので操作量増加も気にならない。
基本的には攻撃の前に一発放り込み、強敵の場合はその後定期的に使う形が有効。
ファンブル無いならとりあえず取って定期的に投げとけレベルの良スキル。


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Act37 それでも敢えて言わせてもらうが、あいつに常識は通じない

 その日、五車学園の地下訓練場には対魔忍スーツに身を包んだ4人の対魔忍が集まっていた。

 全員がふうま小太郎によって直々に呼び出された、若いながらもまごうことなき実力者たち。小太郎が独立遊撃隊として組むことの多い蛇子と鹿之助に、タバサを加えて作り上げたチームによる、約1ヶ月に及ぶ集団戦の訓練の最終仕上げとして選んだ4人である。

 

「ったく、ふうまのやつ、私を向こうに入れなかったことを後悔させてやるんだから」

 

 学生対魔忍であるにも関わらず、中遠距離の火力においては対魔忍内でもトップクラスと名高い“雷撃の対魔忍”、水城ゆきかぜ。

 

「そう言うなよ。むしろこっち側で選ばれたことを誇るべきだと思うぜ」

 

 同じく中遠距離トップクラスの火力の持ち主である、先日火遁衆最年少筆頭となった“爆炎の対魔忍”、神村舞華。

 

「それはそうとして、この人選どうなってるかあいつにちゃんと聞いてみたいんだけど」

 

 ゆきかぜと舞華にとっては先輩に当たる、対魔忍の父親と鬼族の母親のハーフという“ハイブリッド対魔忍”、鬼崎きらら。

 

「それはあるかも。おえらいさんのオッケー出たからいいとはいえ、部外者の私を入れていいのかって感じだし」

 

 そして五車所属ではないが、ケイリー同様の米連傘下である防衛科学研究所(DSO)に所属している、機械仕掛けの義手義足を身に着けた風遁使いの“鋼鉄の対魔忍”、甲河アスカ。

 

 無論、小太郎のこの人選には狙いがあった。

 

 自他共に認める厄介事に巻き込まれ体質である彼は、時間の壁を飛び越えてやってきた「未来のゆきかぜ」と会ったことがあるのだ。

 

 次元侵略者・ブレインフレーヤーの出現によって荒廃してしまった、近代文明が遺された終末世界――タバサのいたケアンとはまた違う、まさに絵に描いたようなポストアポカリプス。そんな世界から来たというゆきかぜは、次元を超越して影響を及ぼすブレインフレーヤーの遺物、“テセラック”を破壊しに時間を飛んできたのだった。

 テセラックには様々な力があるらしく、その中の一つに対魔忍にとってエネルギー源ともいえる対魔粒子を弱体化させてしまうというものもあった。結果、その世界では多くの対魔忍が異世界の怪物とまともに戦えずに命を落としてしまったらしい。その犠牲者の中には小太郎や鹿之助も含まれていた。

 そんな未来のゆきかぜは、もう会えないはずの小太郎と再会出来たことを特に喜んでいた。そして未来の技術を駆使し、頻繁には無理ではあるものの、時間の壁を超えて互いに連絡を取る方法を確立したのだった。

 

 そこで小太郎は、未来の世界では今回呼んだ4人がそれぞれ“雷神”、“火神”、“氷神”、“風神”として名を馳せているということを知った。故に、将来は指折りの対魔忍になる強力な存在として、敢えてこの4人をタバサとの集団戦の訓練の仕上げに選んだという経緯があった。

 

「部外者って言ってもアスカは私とここで訓練したこともあるじゃない。それに最近はケイリーと一緒に五車に顔を出すこともあるし」

「まあ……それはそうなんだけどね」

 

 実のところ、今ゆきかぜに話しかけられて答えたアスカもまた、未来のゆきかぜと会っていた。テセラックの破壊の際、小太郎らと一緒にブレインフレーヤーとの戦闘に巻き込まれて協力することになったのだ。

 その時のゆきかぜの圧倒的な強さをアスカは忘れてはいない。

 

(……なんだろ、一見めちゃくちゃに見える組み合わせだけど、あいつのことだから絶対何かあるんだろうな。じゃないとわざわざ部外者の私を呼ばないだろうし。……未来じゃ私とゆきかぜが仲良くなってるんだっけ。だとすると、これ……もしかして未来のこと意識してるとか? この4人が未来じゃ強くなってるってこと?)

 

 考えても答えは出ないし、自分がその4人の中に入ってると思うと小太郎当人に聞くのも少しばかり憚られる。そんなわけでアスカはその考えを心にしまったまま、他の3人の他愛もない話に相槌を打ちつつ、ブースの外へと視線を移した。

 

 そこには当然のようにアサギとさくらと紫の姿がある。他には直々に見学したいと頼み込んできた凜子、ケイリー、孤路もいた。が、いるのはそれだけで、以前の舞華の昇任試験のように多くのギャラリーはいない。タバサの存在を大っぴらにしたくない、という意思の現れだろう。

 

 その中のアサギをチラリと見てから、アスカは小さくため息をこぼす。

 本来ならば自分は抜け忍。それも多少なりとも井河とは確執があった身だ。少々居心地の悪さもある。

 だが当のアサギ本人は特に気にした様子もなく、ここ1週間はアスカの地下施設への自由な立ち入りを許可していた。おかげで他の3人と連携の確認も取れている。小太郎がタバサと訓練した1ヶ月と比べると遥かに短いが、全員が実力者の対魔忍だ。どう動くかは大体把握しており、調整の期間としては十分であった。

 

「おっと、おいでなすったみたいだぜ」

 

 と、そこで聞こえてきた舞華の言葉にアスカのみならず、他の2人の視線も部屋の入り口の方へと注がれる。

 

 普段どおり右目は閉じられたまま、しかしどこか自信ありげな様子を纏わせたふうま小太郎。

 いつもと変わらず、笑顔でブース内の面々へと手を振っている相州蛇子。

 見るからにビビりまくって震えている上原鹿之助。

 そして、クリっとした目こそ愛くるしさを感じさせるが、顔全体で見れば無表情無感情を思わせる能面っぷりで3人の後ろをついてくる、異世界からやってきた少女タバサ。

 

 傍から見る限りは普段どおりだ。だが、若干1名ビビりまくってるのはいるが、この4人を前にして普段どおりというのはそれだけ自信があるということの裏付けとも言えるだろう。

 

「来たわね。ギャラリーは入れないつもりだったんだけど、あの3人だけはどうしてもって頼み込んできたから。タバサとの面識もあるし、いいわよね?」

 

 アサギが凜子たちを指しながら小太郎に尋ねた。

 

「俺は構いませんよ。タバサもいいか?」

「ん。問題ない」

「そう、よかった。じゃあブースの中へ。……あの4人、相当気合入ってるわよ。でも……ふうまくんのその様子じゃ、自信はあるみたいね」

「ええ。タバサが『化けた』んで。元の世界に戻った時に戦い方に影響が出る危険性はあったんですが……。当人がいいと言うので、イセリアルのような本能だけで襲ってくるような相手と対人戦は全く別物だということと、集団戦について、この1ヶ月ほどの間、みっちり教え込みました」

 

 チラッとアサギがタバサへと視線を移す。それを感じ取ったようで、彼女もまた視線を返してきた。

 

「戦闘なんてただ突っ込んで斬ればいいと思ってた。でもふうまの話は説得力があるし面白い。戦うということがこんなに深いとは思わなかった」

「なるほど。これは明らかな変化ね。……相手に実力者ばかりを選んだのも頷ける。楽しみにしてるわね」

 

 アサギのその言葉を受けてから、小太郎たち4人は既に相手が待つブースへと足を踏み入れた。

 

 

 

---

 

「フフッ……」

「うわっ、ずっと無言だったのに急に笑わないでよ凜子。びっくりするじゃん」

 

 ギャラリー組であるケイリーが凜子にツッコミを入れる。ブース内の2組のやり取りを見ていたと思ったら、何の前触れもなく急に凜子が笑い出したことに虚を突かれた形だ。

 

「いや、すまない。ふうまの奴、相当に自信があるように見受けられたからな」

「そう?」

「(私もそう見える。あれだけのメンバーを相手にしても秘策あり、って感じだね)」

 

 孤路も相変わらずのボソボソ声ではあったが、凜子に同意する。

 

「数日前にゆきかぜに頼まれて稽古をしていたのだがな。ふうまの方の部隊に入れてもらえなかったと随分不貞腐れていたよ。絶対後悔させてやるとかなり意気込んでいた」

「確かに外から見ててもかなり気合入ってるのがわかるね。今すごい食って掛かってるし」

 

 少し離れたところからの見学のためにブース内の会話までは聞き取れない。が、格闘技のマイクパフォーマンスよろしく、ゆきかぜを筆頭として4人が小太郎に何か言っている様子は3人にも容易にわかった。

 

「そしてそれだけ詰め寄られてもふうまのあの様子……。やはり自信があるのは間違いないな」

「だとすると……やっぱ切り札はタバサ?」

 

 ケイリーの質問に対し、頷いて凜子はそれを肯定した。

 

「そう考えるのが妥当だろう。私と戦ったときも確かに強かった。事実、私は一本取られた訳だしな。だが捨て身の剣、同時に粗削りでまっすぐな戦い方は理解した。もう一度やれば遅れを取らないという心積もりはある」

「(実際タバサももう一度やったら間違いなく負ける、と言い切ったもんね。でも……)」

「ああ。……今同じ質問をしたら、タバサはその答えを撤回する可能性がある。そんな予感がしている」

「撤回って……。じゃあふうまと訓練した結果、また凜子に勝てるだけの何かを掴んだってこと!?」

「確証はない。しかしあの時のままのタバサだったとしたら、あれほどふうまが自信満々な説明がつかない。……稲毛屋のおばあちゃんが言った通り、『化けた』と考えられる」

 

 実際稲毛屋で凜子たちとともに戦った時のタバサは、明らかに集団戦に不慣れな様子であった。最低限の戦いはできていたものの、結局はそこまで。集団戦におけるポテンシャルを引き出せたとは言い難い。

 

「そしてそんな風に『化けた』のであれば、考え方や戦い方も変わる可能性がある。故に私はさっきまた負けるかもしれない、と思ったのだ」

 

 “斬鬼の対魔忍”をしてこの評価。いささか過大評価ではないかとケイリーは思わずにいられなかった。ともあれ、いずれにしてもその答えはこの後すぐに分かることだろう。

 

 両チームが試合前の舌戦を終えたらしい。互いに距離を取り、開始地点まで下がっていく。

 

「さあ、いよいよだ。ふうまの手腕とタバサがどう変わったか。折角直々に頼み込んでこの場に居合わさせてもらったんだ。面白いものを見せてくれると期待しよう」

 

 心なしか凜子の声がいきいきしているように感じる。これも剣士の(さが)なんだろうなと、少し呆れつつもケイリーもブースの中へと目を移していた。

 

 

 

---

 

「じゃあ最終確認よ。以前からの練習の通り、私と舞華、ゆきかぜとアスカのツーマンセルで行動。向こうには蛇子と鹿之助っていう索敵能力に長けた2人がいる。だからこっちの作戦としては下手な小細工なしに動くことで探索範囲を広げて、相手をさっさと見つけて力でねじ伏せる短期決戦狙いってことで。……まあとにかくうまくやって。あれよ、臨機応変に対応するってやつ」

 

 模擬戦開始直前、きららチームは年長者ということで仕切る形になったきららの元、最後の打ち合わせを行っていた。

 タバサの実力は未知数、蛇子も優秀な使い手であることは確かなものの、基本的に個でぶつかった場合は総合的に見て小太郎チームを上回っているとも言える。そのため、前衛のきららとアスカ、後衛の舞華とゆきかぜで役割を分け、苦手な距離を互いに補いつつ、迅速に行動が可能なツーマンセルで動く作戦を取ることにしていた。

 

 このコンビの分け方は「ゆきかぜとアスカは模擬戦で手合わせしたことがある」という経験からのものだった。

 夏に海にバカンスに行った際、たまたまアスカと会って意気投合したきららとしてはアスカと組みたかった気持ちがないわけでもなかったが、バランスを考えれえばこれが妥当だろうと判断していた。

 

 が、分け方は考えがあってのことだったものの、作戦については先程きららが述べた通り。要するに「力押しの行き当たりばったり」ということである。

 もっとも、きららチームが全員秀でた個の力を持っていることを考えれば、余計な画策をするよりも動きやすいように互いに動いたほうがより力を発揮できる可能性が高い。

 

 きららの説明にほぼ全員が納得していたようだった。が、唯一ゆきかぜだけがどこか浮かない表情をしている。それに気づいたきららが促すように問いかけた。

 

「ねえゆきかぜ、なんか不満そうだけど……。言いたいことがあるなら言っていいわよ」

「あ、ごめんなさい、そういうのじゃないです。……ただ、さっきふうまの奴が言ったのが不気味っていうか、なんか引っかかってて」

「あぁ……。確かに」

 

 ブース内での戦闘前の舌戦。ゆきかぜをはじめとして小太郎へと色々ぶつけたわけだが、最後に彼はこう言って締めくくった。

 

「忠告しておく。タバサを常識の範疇で捉えようとするな。……って言っても、仮想イセリアルとの戦闘の様子を見てたなら言われるまでもないと思うかもしれないけどな。それでも敢えて言わせてもらうが、あいつに常識は通じない。これからの模擬戦、それだけは忘れない方がいい」

 

 考えようによっては捨て台詞か何かと捉えられなくもない。だが、指揮官として一癖も二癖もあるふうま小太郎の言葉とあってはどうにも無視ができないというものだろう。

 実際、先程ゆきかぜが言ったことに対してきららは否定せず受け入れているし、今も全員が考え込む様子であった。

 

「戦術タバサ……。タバサが戦っている様子を初めて見たときに、もしタバサと一緒に戦うことになったらどう指揮するかあいつに尋ねたときに返ってきた答えだ」

 

 と、不意に舞華がそう切り出した。

 

「戦術タバサ?」

「ああ。とにかくタバサを軸にして他は援護に徹する、っていう戦い方らしい。だがふうまはその後にこうも付け加えた。『格上の相手には通用しない』と」

「なるほど、言いたいことはわかった。ワンマンチームってことか。確かにそれだとそのキーマンを抑えられるようなことになったら圧倒的に不利になるわね。そして、こっちのメンツを考えたらその作戦は取りにくいと思う」

 

 答えたのはアスカだった。それを聞いてきららが少し難しい顔をする。

 

「じゃあタバサに頼り切るような戦い方はしないってこと? でもそれだとタバサを警戒しろ、みたいに言ってきたあいつの言葉と矛盾しない?」

「まあそれはそうだけど……。うーん……。完全に依存はしない、ってことかな……」

 

 結局答えは出ないらしく、皆黙り込んでしまった。

 

「……悪い。俺から振っておいてなんだが、もう勘繰るのはよそうぜ。こうやって俺らに考え込ませることこそがふうまの目的、って可能性もあるかもしれない」

 

 しばらく唸っていた雰囲気をかき消すようにそう言ったのは舞華だった。

 

「そもそも俺はそういうところまで頭が回らねえ。なら素直にあいつが言った通り、タバサに注意する、って考えりゃそれでいいだけの話だと思う。どうせ考えてもわからねえんだし」

「単純と言えば単純だけど……舞華の言うことも一理あるわね」

「んだとぉ!? おいゆきかぜ、一言多いぞ!」

 

 危うくヒートアップしそうな空気にきららとアスカがお互いの相棒をなだめた。重かった空気は軽くなったが、今度はこんな状態でやれるのかという不安も生まれる。

 

「そろそろ始めるわよ」

 

 しかしブース外からアサギの声が聴こえてくると、一気に全員表情が引き締まった。

 

「……なんだかんだ言って、やるとなったらその空気になるのはさすがね」

「へっ、なんて言っても対魔忍ですからね。……きらら先輩、前は頼みます。一応当てないように後ろから撃つつもりなんで」

「一応じゃなくて当てないでよね」

 

 そんなきららと舞華の様子を見ていたアスカゆきかぜコンビが思わず苦笑を浮かべる。

 

「あの2人、気づいたらいいコンビって感じになってるわね」

「そうだけど、私たちだってこの1週間でそれなりに形になったと思わない?」

「……最初の頃はフレンドリーファイアされたけど」

 

 痛いところを突かれ、FPSに詳しいゆきかぜが思わず「う……」と言葉に詰まる。

 

「ま、今はもう信じてるから。援護頼むわよ、相棒」

「はいはい。……まったく、アスカって結構調子いいわよね」

 

 ボソッとゆきかぜが呟いたところでブース内の風景が変わった。

 普段からよく見た街並み。どうやら、戦闘の舞台は五車町のようだ。

 

「それでは、始め!」

 

 アサギの声によって、模擬戦はスタートを告げた。

 

「よし、俺の爆炎が使えるステージだ。助かったぜ。じゃあ行くか、きらら先輩」

「ええ。あとはコンビ同士でうまくやって。とりあえず私達が先に……」

 

 そこまできららが言ったところで、だった。

 

 不意に、遙か前方からポン、ポンと何かを打ち上げたような音が聞こえてくる。

 

「ん? なんだ? 何の音……」

 

 直後、上空から何かが降り注ぐと同時。4人の前方で爆発が起きていた。

 

「な……! 爆発!? 一体何で……!」

「あの音と降り注いだのが砲弾と考えると……。まさか、迫撃砲!? 持ち込んだ気配なんて無かったのに! なんでそんなものが……」

 

 対魔忍とは異なり、近代兵器を利用した部隊と戦うことも多いアスカはその正体に思い当たったようだった。

 そして攻撃の正体を知ったゆきかぜはハッとし、先程の「タバサを常識の範疇で捉えようとしない方がいい」という小太郎の言葉と、稲毛屋でテルミットマインを見た時のことを思い出していた。

 

「もしかしてこれもタバサの能力ってことじゃないの!? あの子、私の目の前で火炎放射地雷を召喚したっていうか作ったこともあるし、同じ要領で迫撃砲を作ったのかも!」

「ハァ!? 嘘でしょ!? 兵器を作り出せるってこと!? それで迫撃砲を作り出して撃ってるなんて聞いたことがない!」

「でもあいつの言葉を信じるなら……ううん、タバサが異世界の人間で、この世界の常識が通じないって考えればそれしか思いつかないのよ!」

 

 その予想通り、これはタバサの“乗っ取られ”としての能力による攻撃であった。

 

 “モータートラップ”。エンジニアであると同時にソーサラーでもある能力を駆使し、テルミットマイン同様、迫撃砲を生み出したのだ。

 

 相手を倒すことだけを考えていたタバサが、「効果がない」とこれまでは完全に切り捨てていた能力のほんの一面。小太郎の指摘によって「化けた」結果、相手を倒すため以外の目的――撹乱のために放った攻撃であった。

 

 予想外の先制攻撃を受け、4人は完全に浮足立っていた。小太郎の言葉がこうも早く現実として目の当たりにするとは思ってもいなかったのだ。

 

「とにかく一旦落ち着こうぜ! 確かに驚いたが、砲撃の間隔はそこまでじゃない。それにこちらを正確には狙えてもいない。当てずっぽうに撃ってると思える。だとするならば……」

「狙いはこちらの撹乱ね! ここで怖気づいてたらふうまの思うツボ、ってことか!」

 

 舞華ときららが相手の意図を読み取ったことで、4人が次第に落ち着きを取り戻していく。それから、覚悟を決めた様子できららが「よし!」と気合いを入れた。

 

「あいつの思い通りにやられてたまるもんですか! 行くわよ、舞華!」

「よっしゃあ!」

「ゆきかぜ、アスカ、あんたたちも続いて! とにかくふうまたちを見つけ出すわよ!」

「了解!」

 

 4人が行動を開始する。

 降り注ぐ砲弾の中、いよいよ本格的に模擬戦の火蓋が切られたのだった。




モータートラップ

マスタリーレベル25で解放されるデモリッショニストのスキルで、射程内に敵が入るとオートターゲットで物理と火炎ダメージの砲弾を発射し続ける迫撃砲を一定時間設置する。通称モタトラ。
迫撃砲はいわゆるプレイヤーボーナス型ペット扱いになる。
マスタリーレベル32で解放される後続スキルの「ヘビーオードナンス」を取得すると雷ダメージが追加、さらに割合で物理・火炎ダメージが強化され、確率による標的気絶が付与される。
さらにマスタリーレベル50で解放される「ザ・ビッグワン」を取得すると通常の砲弾に混じって一定間隔で超威力の物理・火炎・燃焼ダメージと総合速度低下が乗ったロマン砲弾を発射するようになる。
設置してから発射するまでに若干ラグがあるために人によっては使いにくい印象を受けるかもしれないが、設置スキルとしての威力はかなりのもの。
スキル変化で属性を揃える、設置数を増やす、リチャージ時間を短縮する等の工夫が必要ではあるが、特化してポテンシャルをうまく引き出せればダメージソースをほぼこれ1本に頼って乗り切れるほどになる。
大量に設置されたモタトラから発射された砲弾が雨あられと降り注ぐ様はまさに圧巻。おまけでメテオなんか降らせたりすると派手さがさらに増す。
逆に言うと特化しない場合はお察しであり、1回設置すればしばらく撃ってくれる点を利用して星座スキルのアサイン先に使えなくもないという程度でしか無い。
ちなみに以前はビッグワンが設置後最初の1発しか出てくれないために冗談抜きのロマン砲だったのだが、アプデによって発射間隔が設定されたことで劇的に使い勝手が良くなった。
本編中では模擬戦において初手の撹乱用としてタバサが使用しているが、元にした本来のビルドでは当然スキルポイントに余裕が無いので取得を見合わせている。
なお、さすがにオートターゲットは卑怯すぎると思ったので変更してある。


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Act38 死神かよ、てめえは

「ふうまちゃん、あっちの4人、動き出したみたい」

「さすがだな。もう少し怯んでてくれるとありがたかったけど、予想より立ち直りが早かったか」

 

 蛇子のタコ足サーチで相手側の動きを伝えられ、小太郎はそう呟いた。その間も、模擬戦開始と同時から駆け出している足は止めていない。

 

 きららチームと異なり、小太郎チームは4人が一緒に行動していた。個でぶつかればタバサ以外は蛇子がどうにか、という程度でまず間違いなく押し負ける。特に忍法が使えない小太郎と、連発できない大技を使うことでようやく火力が出せるというレベルの鹿之助の2人はかなり厳しい。

 よって、小太郎チームはタバサを主軸として群での戦いを想定していた。

 

「ふうま、モータートラップの持続時間がそろそろ切れるけど、次は無しでいいんだよね?」

 

 戦闘時に常に着用している仮面(ナマディアズホーン)越しにタバサが小太郎に尋ねた。

 

「ああ。みすみす場所を知らせるだけになるからな。待ち伏せするならその手を取るが、今回は待ち伏せたところで良い展開に持っていけそうにない。だからこちらから仕掛ける」

「でもやっぱりもったいなく感じるなあ。だって迫撃砲を召喚できるんだぜ? 使いこなしたほうが強いんじゃないかって思っちまうよ。召喚さえすればタバサがイメージした周辺に勝手に撃ち込んでくれるんだろ? だったら俺や蛇子が索敵して情報を伝えれば、タバサが別なことをしながらでも正確な狙いつけられそうなわけだし」

 

 タバサと小太郎の会話に鹿之助が割り込んでくる。

 

「前も言ったと思うけど、私が得意なのは接近戦の二刀流。だから持てる力のリソースはほとんどそこに割り振ってる。今のモータートラップの威力なんてたかが知れてる」

「そのリソース分を割くと今度は接近戦がダメになって総合的に見ると弱くなる、って話だったか。……まああれだ、対魔忍の忍法だって種類によって向き不向きがあるんだ。そういうもんなんだろ」

 

 タバサの言葉通り、今のモータートラップに攻撃力は期待できない。当人曰く、「鍛えていない一般人が鈍器を持って殴る程度の威力しか無い」とのことだ。それでも普通の人間にとっては脅威となりうるが、鍛え抜かれた対魔忍や耐久力に定評のあるオーク、さらにはケアンの化け物などからみればダメージと呼べるほどのものにはならないだろう。

 そのためにタバサはこれまで使うだけ無駄と割り切っていた。が、先日ライブラリーに使ったフラッシュバンの件をきっかけに、自分が持っている力は例え威力がないとしても、使い方次第で強力な武器になるということに気づいていた。

 

 そしてそこに小太郎のアドバイスも加わってのこの集団戦である。

 タバサはまだまだ使ってこなかった力を隠し持っている。モータートラップは彼女が得た新たな武器のほんの一部分にすぎない。

 

「ふうまちゃん! 相手は部隊を2つに分けて前進中! タバサちゃんの迫撃砲が止まったのもあってか、移動速度を上げてるみたい。前の部隊は1番大きな通りを進んでて、後ろは裏通りを抑えようって感じ。今路地に入ってる」

「予想通り個の力を重視してツーマンセルのパターン、そして短期決戦狙いでいち早く俺たちを見つけるために部隊を分けてきたか。となると得意距離を補うように分けた組み合わせになってると思うんだが……。どうだ、蛇子。そこまでわかるか?」

「うーん……。この感じだと、多分前のがきらら先輩と舞華ちゃん、後ろはアスカちゃんとゆきかぜちゃんだと思う。違ったらごめん」

「いや、情報としては十分だ」

 

 今、小太郎チームは大きな通りを避けて入り組んだ裏路地を進んでいる。ステージが決まった瞬間に相手は進みやすい大通りか裏通りを進んでくるだろうと考えをまとめ、その足を止めるためにタバサにモータートラップを設置させてその付近に自動砲撃をさせていた。それと同時に裏路地を縫うように進行を始めていたのだ。

 

「距離は?」

「えーっと……。このままのペースだと2本先の路地を大通り側に出ると大体ぶつかるぐらい」

「よし、そのルートで行く。タバサ、接敵したらずっと練習してた()()、頼むぞ。前衛……多分きらら先輩だな。彼女を抑えてくれ。それから……」

「わかってる。相手がツーマンセルの時の戦い方でしょ。想定して一番練習したから馴染んでる」

「さすが。頼りにしてるぜ」

 

 訓練してわかったことだが、やはりタバサの吸収力は並ではなかった。短期間のうちに小太郎から教えられた戦術や戦い方をことごとく身につけていった。これからやろうとする戦い方は、今回の模擬戦で相手がツーマンセルでくると踏んだ小太郎によってもっとも多く練習したものである。

 

 先程蛇子が言った2本先の路地。そこを曲がって大通りへの道へと近づく。

 

「来てる来てる、今そこの角の少し先」

「俺のソナーも反応してるから間違いない」

「よし……。それじゃあ訓練の成果披露だ。タバサ、任せた」

「ん」

 

 タバサが最前へ出る。息を殺して角際で待機。

 

「今だ、ゴー!」

 

 索敵役の鹿之助の掛け声と同時。自身でも気配を察知して心の準備を整えていたタバサは角を飛び出し、消えるほどの速度で相手のツーマンセルの前衛――きららとの距離を詰めた。

 

「ちょっ……! 早っ!」

 

 タバサの左手の剣(オルタス)が振るわれる。咄嗟にきららは拳に氷のクローを作り出し、防御の姿勢を取った。

 きららの忍法ではない。“霜の鬼神”と呼ばれる母親譲りの冷気を操る力だ。

 

 剣とクローとぶつかる。放たれたのは牽制代わりの幻影の刃を生み出す一撃(アマラスタのブレイドバースト)

 だがタバサは右手で追撃を仕掛けず、きららの後方からタバサを狙おうとしていた相手――舞華の方へと右手を振るった。

 

「うわっ!?」

 

 隙を伺っていた舞華に何かが投げつけられたと思うと、その目の前で閃光が煌めく。フラッシュバンによって火遁による援護を妨げたのだ。

 

「タコ墨煙幕! ブシュウウウウウウ!」

 

 さらに蛇子が交戦中のタバサときららを中心に煙幕を撒き散らした。

 

「クソッ! これじゃあ援護が……!」

 

 思わず舞華が呻く。

 

 前衛のきららをタバサが抑えつつ後方の舞華へとフラッシュバン。目をくらませて狙えなくした隙を突いて今度は蛇子が煙幕を展開する。

 きららを巻きこまないためには正確な援護が求められる。だがこうなってしまってはそれも不可能。これで舞華からの直接の援護は封じられた形になる。

 小太郎の指揮の元、「前衛を抑えると同時に後衛を牽制、その隙に蛇子の煙幕で後衛からの援護を潰す」という、最も入念に訓練した戦い方だ。

 

 さらに交戦中のタバサ以外の3人は煙幕に乗じて通りの反対側へと移動を始めた。

 やや遅れて、先程までいた場所へ火球が飛来、爆発を起こした。舞華の放った火遁の術だ。

 

「あっぶな……。ふうまちゃんの言ったとおり、本当にこっちを狙ってきた」

「ああ。きらら先輩の援護をしようとすると同士討ちの可能性がある。となると、舞華が狙ってくるのはこっちしかない。……まあ同じところにとどまり続けずに動けってのは基本でもあるけどな」

 

 通りを挟んで先程までと反対側の路地に入る角。3人はそこに身を隠す。

 

「それより鹿之助」

「6……5……」

 

 小太郎に名前を呼ばれた鹿之助は、ブツブツと独り言のように数字をカウントしている。その様子に小太郎の顔に小さく笑みが浮かんだ。

 それから煙幕の中で戦い続けるタバサの方へと視線を移して呟く。

 

「こっちの準備は整いそうだ。後はお前次第……。頼むぜ、タバサ……!」

 

 

 

---

 

(4……3……)

 

 煙幕の中、きららに対して攻撃の手を緩めずにタバサも心の中でカウントをしていた。

 相変わらずの超攻撃的なスタイルから二刀による攻撃を繰り出し続けている。同時に、煙幕の外へ出たがるきららをそうはさせまいとうまく逃げ道を塞ぐようにも立ち回っていた。

 対するきららも冷気を操ってクローの他に盾を作り出し、タバサからの攻撃をことごとく防いではいる。が、完全に防御一辺倒に追い込まれてしまっていた。

 

 だがこのタバサの攻撃はあくまでこの後のための前準備。タバサの、そして小太郎たちの狙いはそこではない。

 

(2……1……0……!)

 

 そしてその時は来た。

 

 心の中でカウントを終えると、タバサは左手で攻撃を放ちつつ、その死角になるように右手を振って何かを地面にばら撒いた。そしてきららへの攻撃をやめ、煙幕の外にいる舞華へと標的を変更する。

 

「は!? どこ行くのよ!」

 

 ようやく攻撃が止まったと思ったら、今度は自分より先に後衛の舞華へと狙いを切り替えた。その考えに至ったきららは慌ててタバサを追いかけようとしたが。

 

「新必殺! スタニングスパーク!」

 

 一瞬早く鹿之助の声が響いたと同時。きららの全身を文字通りの痺れるような電流が駆け巡っていた。

 

「ぐっ……がっ……!」

 

 強烈な電撃に目の前がホワイトアウトしかける。全身の筋肉が収縮し、言うことを聞いてくれない。

 

(鹿之助の電遁の術……!? でもバッテリーを使って火力を追求したのとはまた違う……。私の動きを封じるため、麻痺に特化させたような……!)

 

 攻撃の方法から鹿之助にだけ意識が行ってしまっているきららは気づくことができない。これは鹿之助だけの力ではなく、その前、タバサが仕込みをした上での連携攻撃だったということに。

 

 タバサが先程地面にばら撒いたもの――“スタンジャックス”。タバサがこれまで使うことのなかった“乗っ取られ”としての能力のひとつであり、電撃を放つまきびしを生み出すものだ。

 雷ダメージを与えると同時に、今現在きららが陥っているように相手を麻痺させて行動不能にさせる効果もある。だが、タバサ自身だけの力ではケアンの化け物の足止めすらもままならなかったため、今までは使おうと考えたことすら無かった。

 

 それでも小太郎はこれに鹿之助の電遁の術を組み合わせれば威力、特に“スタン”の部分を増幅させられるのではないかと考えた。そして自らの体でその威力を確認し、数分間まともに動けずに悶絶した体験をもって、効果に対して太鼓判を押している。

 

 加えて、これはタバサ本人も把握していないことだが、タバサが戦闘中に常に展開している自己強化の魔法である“フレイムタッチ”には彼女自身だけでなく、周囲の味方の火炎能力、そして雷能力を強化する効果がある。

 これまで「味方」と認識した相手と共闘する機会が無かったために、その効果は当人ですら気づいていない。鹿之助はこの恩恵を受けて電遁の威力が向上しているのだが、「最近電遁の威力が上がった気がする」とは感じていたものの、自分が成長したからだろうとしか考えていなかった。

 

 そんな多少なりとも強化された電遁の術によって効果が増幅されたスタンジャックスという、タバサと鹿之助のコンビネーション――鹿之助が命名した“スタニングスパーク”は、見事に決まっていた。

 

「タバサちゃんが舞華ちゃんの方へ狙いを切り替えた! きらら先輩はまだ煙幕の中、多分動けてない。ふうまちゃん、練習通りだよ!」

 

 タコ足センサーで状況を探っていた蛇子の嬉しそうな報告に、思わず小太郎にも小さく笑みが浮かぶ。

 

(鹿之助の「ゴー!」を合図として、それから一定時間後……今回は前もってオーソドックスな10秒って決めてたが、鹿之助が電遁のソナーで煙幕の中のタバサの位置をサーチしてから、そこを目掛けて電遁のスパークを放射する。同じタイミングでタバサは足元にスタンジャックスを設置して離脱。増幅したスタンジャックスの効果によって相手を行動不能に陥れる、これまで何度も確認してきた俺たちの切り札的な連携だ。事前に時間を決めているために傍から見れば合図無しに思える上に、煙幕の外から電遁が飛んでくる分、相手にも読まれにくい)

 

 とはいえ、呼吸を合わせる必要がある攻撃なのは確かだ。鹿之助とタバサの間でカウント感覚を一致させなければ、タバサごと巻き込みかねないのである。

 

(タバサはすぐに体内時計の正確な秒数カウントをものにしてたが、鹿之助はかなり苦労してたからな……。訓練じゃ何回もタバサを巻き込んじまって、青い顔しながら謝って必死になって練習してたっけ)

 

 長いようで短かった1ヶ月間だったが、成果は間違いなく出ている。タバサが煙幕から飛び出して舞華に襲いかかろうとしているのに、きららがまだ出てこないのが何よりの証拠。動くに動けない、ということに他ならないだろう。ここまでは狙い通りだ。

 こうなればあとは近接戦に不向きな舞華を逆に得意なタバサに任せ、残りのメンバーは蛇子を軸にきららを狙って倒し切る。小太郎は追撃のために意識を集中させる鹿之助の背中を激励するように叩いた。

 

「それじゃ主砲、続けて頼むぞ」

「おうよ! いくぜ、バンビーノ・スパーク!」

 

 

 

---

 

 舞華は戸惑っていた。

 相手に蛇子がいる以上、煙幕は間違いなく使ってくるとわかっていた。飛び道具の持ちの自分の狙いを定めさせないようにしたいところだろう。

 そのため、もしも使われたらまずは煙幕を使ってきたと思われる位置に火遁を撃ち込む、と事前の段階で決めてもいた。

 

 その考えに従って実際に撃ち込んだものの、どうも手応えがない。相手もそこまで読み切り、移動したと考えられる。

 かと言って手当たり次第に撃つわけにもいかなくなった。今目の前の煙幕の中ではきららがタバサと交戦中。下手に撃てば巻き込みかねない。

 

「クソッ……! さすがはふうまの指揮、連携がうますぎる……!」

 

 煙幕を使ってくるとしても、自分に対する視界切りと足止め程度だろうと決めてかかっていたのが彼女の誤算だった。前を行くきららにタバサが襲いかかった直後、見事なタイミングで2人ごと飲み込むように煙幕を張られてしまっている。誤爆の危険性を考えればこれでは援護のしようがない。

 

(どうする……? 適当に撃つのはまずい。きらら先輩が見える位置まで引いてくれるとありがたいんだが、相手は以前の戦いで超攻撃的スタイルと圧倒的手数を誇っていたタバサだ。引いたところで俺が援護出来る状況になるかわからねえ。……これじゃ俺の役割が殺されてる。完全に相手のペース、なんとかしねえと……!)

 

 そんな風に舞華が考え込んでいたのは、時間にすれば10秒も無かっただろう。

 

 しかし、その時間内に行動を起こせないのが致命的だった。

 

 煙の中から仮面の少女が飛び出してきた。そして一直線に舞華の元へと突っ込んでくる。

 

「ハアッ!? 先輩は!? クソッタレ!」

 

 後衛の自分が狙われている。そう気づいた舞華は反射的に冥途バズーカを構え、銃口を床へと向けて火球を発射した。

 直撃がベストではあったが、避けられれば終わりだ。ならばより命中しやすいよう、高威力の火遁を床にぶつけて飛び散らせて弾幕を張る。

 接近してくる相手に対する常套手段。直撃を狙って避けられる可能性があるなら、避けられない用に広範囲に撃ち出せばいい。そう考えての、普段と変わらない方法を無意識のうちに取った行動だ。

 

 だが直後、舞華はサッと血の気が引くのを感じていた。

 

(やべえ、やられる……!)

 

 タバサは突撃の速度を緩めること無く、火球の拡散弾幕を全身に浴びつつも、それを物ともせずに突っ込んできていた。

 

 考えてみればそうだ。一度だけ見た戦闘の時、この狂戦士(タバサ)は体を焼かれようが関係なしに敵に襲いかかっていた。この程度の攻撃で止まるはずがない。

 

 舞華は冥途バズーカを投げつけた。

 一瞬でもいい、隙さえ生まれてくれれば。そうすれば破壊力に絶対の自信がある火遁を直接叩き込める。

 

 が、それすらも叶わなかった。

 タバサの周囲に無数の幻影の刃(リングオブスチール)が煌めき、飛来した銃器を弾き飛ばす。

 

 舞華は両手を合わせ、全力で火遁を放った。

 模擬戦だとわかってはいたが、手を抜く余裕など考えられない。こうしなければ負ける。いや、負けるだけならばまだいい。

 

 この相手の殺気、本当に殺されかねない。そうとすら思えての、恐怖を振り払おうとする攻撃だった。

 

 対するタバサはやはり退こうとも、止まろうとさえもしなかった。剣を十字にして真っ向から舞華の全力の火遁へと飛び込む。

 間違いなく火遁によるダメージは受けている。にもかからず、タバサは炎に包まれながらもその中を突き進み、剣を振るって炎を切り裂いた。

 

 舞華の眼前に、表情も何も読み取れない、不気味な角付き頭巾の仮面が迫る。武器こそ大鎌ではなく2本の剣であるが、その姿はさながら――。

 

「……クソが。死神かよ、てめえは」

 

 自棄(やけ)気味に呟いた舞華の首元へ、挟み込むように迫った両手の剣の腹が当てられた。敢えて刃の部分を避けたのは模擬戦だったからだろう。そうでなければ間違いなく首が飛んでいる。

 

 文句も何もつけようがない。完全な敗北だった。

 

「舞華はそこまで。アウトよ」

 

 その瞬間、舞華の戦闘不能を通告するアサギからのアナウンスが聞こえてきて、思わず舞華は項垂れたのだった。




スタンジャックス

マスタリーレベル1で解放されるデモリッショニストのスキルで、物理と雷ダメージに加えて気絶効果を与える電撃まきびしを投げる。
(厳密には、ジャックスとはアメリカの子供の玩具で棒を組み合わせたコマのようなものらしいのだが、日wikiにはまきびしと書かれているし、原作中で投げているものの見た目もまきびしっぽいので、とりあえずまきびしということにする)
マスタリーレベル15で解放される後続スキルの「フルスプレッド」を取得すると実数の体内損傷と感電ダメージが追加され、物理と雷ダメージも割合強化、さらに一定レベルごとにまきびしの砲弾数も増加する。
また、マスタリーレベル5で解放されるスキル変化の「クイックジャックス」を取得するとエナジーコストが軽減されてリチャージ時間が無くなり連射が可能になるが、代わりに気絶効果を失い大幅なマイナスダメージ修正がかかる。
さらにマスタリーレベル50で解放される、投擲スキルを強化する「ウルズインの選民」の対象スキルでもあり、取得するとダメージ修正、確率による100%クールダウン短縮、エナジーコスト軽減が得られる。
「火炎と雷が得意」と謳っている割に意外と雷スキルの少ないデモリッショニストにおいて、物理ダメージも入っているもののスキル変化や後続スキル無しで純粋に雷ダメージを出力する貴重なスキル。
しかし、デモ自体は火炎の方が得意であり、その方が相方のマスタリーも選択しやすいためにどうしても不遇になりがちなイメージで、使用されること自体がレア気味なスキルになっているように思える。
とはいえ、かなりテコが入ったこともあり、クイックジャックスを取らずにクールダウン短縮とウルズインの選民を取得しての確率短縮を活用しつつ、モータートラップ同様にスキル変化や砲弾数増加等でスペックを引き出して特化すれば十分主力となりうるレベルになっているようではある。
本編中ではタバサの貴重な雷ダメージスキルということで、鹿之助の電遁によって気絶効果を増幅するコンビ技という大役を担当。まきびしっぽいのも忍者である対魔忍との相性がいい感じ。
が、当然のように本来のビルドではスキルポイントに余裕が無く、気絶効果が効かない敵も多いので取得していない。


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Act39 相手が嫌がることをするべし、だ

 一方のきららも劣勢を強いられていた。

 強烈なスタンガンを浴びたような感覚がまだ抜けきらず、しかもその間に鹿之助が最大火力の大技、「バンビーノ・スパーク」を放ってきた。どうにか冷気を操ってダメージを最小限に抑えたものの、今度は蛇子が四刀流で襲いかかってきている。

 

「くっ……! 私がこんな……!」

「ごめんなさい、きらら先輩。でも今日は勝たせてもらいます!」

 

 蛇子のモチベーションも非常に高い。完全に勝つつもりでタコ足から振るわれている4本の小太刀をどうにか防御しているが、きらら得意の攻撃に回る余裕すら無い。

 さらに時折鹿之助から手裏剣による援護も飛んでくる。ここまで受けたダメージ分も合わせて完全なジリ貧に陥っていた。

 

(まずいまずい、冗談抜きにヤバいって! タバサが舞華の方に行った以上はそっちの援護も期待できない。……ってか本当は私がそっちもカバーしないといけないけど、ぶっちゃけ人の心配してる場合じゃないし! あとはゆきかぜたちが来てくれるまでもたせての逆転を狙うしかないかもしれない。この2人のコンビネーションが厄介すぎてこのままだと……。あれ、2()()?)

 

 ここまで小太郎が攻撃に参加してきていない。きららはようやくそのことに気づいた。

 

(あいつ、どこに……!?)

 

 小太郎の姿を探そうと、目の前の蛇子へのきららの集中力がわずかに切れた、その時。

 

「今っ!」

 

 蛇子が怒涛の攻勢に打って出た。

 慌ててきららは目の前の敵に集中し直そうとするが、ここまでのダメージと疲労で思うように体が動いてくれない。氷のクローに包まれた両手を弾かれ、防御用に作り出した氷の盾を破壊され、そして最後に残った1本の小太刀がきららの胸元を捉え、寸止めされていた。

 

「きらら、そこまで。アウトよ」

 

 アサギからのエリアアナウンスを聞いてガックリと肩を落としたきららと対照的、蛇子は大喜びだ。

 

「やったー! タバサちゃん抜きできらら先輩を倒せた!」

「蛇子、俺も俺も! 俺の援護もナイスだったろ!」

「……実際鹿之助の援護は相当効いたわ。特に最初の、タバサごと巻き込もうとしたあの電撃。あれのせいでタバサを勝手に動かさせちゃったし、体の自由も奪われた……。やるじゃないの」

 

 素直に褒められ、鹿之助の表情も蛇子に負けじと得意げだ。

 

「……鹿之助、嬉しそうだけどあれも半分はタバサのおかげなのを忘れるなよ」

 

 そう言って現れたのはさっききららが探した相手、ここまで戦闘に参加していなかった小太郎だった。

 

「ふうま! あんたどこにいたのよ!? いないことに気づいて、もしかしてよからぬことを考えてるんじゃないかって周囲探り直そうとしたら、そこを蛇子ちゃんに突かれちゃったじゃないのよ!」

「あ、それで隙が出来たんですか。ふうまちゃんナイス! ……って言いたいところだけど、狙ってじゃないよね」

 

 蛇子の発言に同意するように、小太郎は苦い表情のまま頷いてそれを肯定した。

 

「じゃあふうま、あんたなんでこの2人に全部投げてたのよ? あんたが戦闘向きじゃないってのはわかるけど、それでもサポートとかに入るべきだったんじゃないの?」

「入るタイミングは決めてたんですけどね……。あいつが戻ってくる時に、気配を察知されないようにするためにそこでサポートに入る予定でした」

 

 そう言って小太郎が顎でしゃくった先には、棒立ちでこちらを見ているタバサの姿があった。つまり、舞華も撃破されてしまったのだと、戦闘に必死だったきららはここでそのことに気づいた。

 

「蛇子の索敵でツーマンセル、それに組み合わせもわかってました。なので、まずタバサがきらら先輩を抑えつつ舞華を牽制、そこで蛇子が煙幕を張る。事前に鹿之助のスパークのタイミングを決めておいて、先輩と交戦中のタバサがスタンジャックス……あいつ特有の電撃のまきびしを作り出す能力ですね、それをばら撒いて、離脱と同時に鹿之助のスパークがそれに命中、スタン効果を増幅させて先輩の足を止める……」

「あ、そういうことだったのね! 鹿之助だけにしては麻痺能力が強すぎると思ったのよ!」

「タバサはそのまま舞華を相手してもらって、こっちは蛇子と鹿之助のコンビネーションで先輩を相手にする。その後、舞華を撃破したタバサが戻ってきて先輩へのダメ押しをしてもらう。俺はその時にタバサに気づかれないように姿を見せて注意を引く。そういう作戦だったんですが……」

「私と鹿之助ちゃんが頑張りました! えっへん!」

 

 蛇子は再び胸を張った。

 

「……とまあ、種を明かすとこういうわけです。特にこのパターンは1番使う可能性が高いと思って練習してたので、予想以上に綺麗に決まりました」

「うわあ……。もうさすがふうま、って言うしか無いわね……。完全にやられたわ。……でもまだゆきかぜとアスカが残ってる」

「わかってます。あの2人も一筋縄じゃいきませんが……。ま、勝ってみせますよ」

 

 小太郎は不敵に笑うと、タバサに向けてサムズアップした。それを受け、タバサも同じ動作を返す。

 

「蛇子、残り2人の大体の位置は?」

「えっとね……」

 

 それから蛇子から情報を聞いた後、指示を待って立っているタバサにいくつかハンドサインを送る。頷いてからタバサは駆け出していった。

 

「よし、俺たちも行くぞ。……じゃあ先輩、また後で」

 

 相手チームを見送り、きららはため息をこぼしてから仮想空間の家の壁に背を預け、腰を下ろした。

 

(ここまで完全にやられるなんてね……)

 

 年長者だから、という理由ではあったが仮にも仕切ったのは自分だ。相手の指揮官と比べたら比較にすらならないだろうが、自分の指示ミスもあったのではないかときららは軽い自己嫌悪に陥る。

 

「先輩……すんませんでした」

 

 ふと、気づけばいつの間にか舞華がきららのところまで歩み寄って頭を下げていた。

 

「タバサには『あと1発当てられてたら危なかった』とか気休めを言われたんですが……。結局仕留めきれなかったし、それよりも先輩を援護しなくちゃいけなかったのに何も出来なくて……」

「こっちこそごめん。後衛の舞華を全然活かせなかった。……難しいわね、指揮って」

 

 それからきららは手で合図して、舞華に座るように促す。

 

「この戦いが終わるまでの時間、2人で先に反省会でもしてましょ」

「ウス」

 

 いわゆるヤンキー座りをするのかときららは思っていたが、舞華もきらら同様地面に尻を付けて普通に座ったようだった。そのことが気になって思わずきららが突っ込んでしまう。

 

「……ヤンキー座りじゃないんだ」

「な……! 別にいいでしょ、座り方なんて何でも!」

 

 不良ぶってるが根はそんなことがないということをきららはよく知っている。だから少しからかってみたくなったのだ。

 だが同時に、先輩である自分を頼ってくれたのにその期待に応えられなかったとも思っていた。

 

「冗談だってば。……それより反省会よ、反省会。あいつの入念な作戦には唸るしかなかったし、指揮の執り方とか後であいつに聞こうかな……」

 

 残りの2人を倒すために向かった小太郎の顔をきららは思い浮かべる。

 

 戦闘終了までは、まだもう少し時間がかかりそうだった。

 

 

 

---

 

『ゆきかぜとアスカは裏通りにいる。その路地を進んで裏通りに出て遭遇次第交戦開始』

 

 その小太郎からのハンドサインを受け取ったタバサは、指示通りに路地を駆けていた。

 事前に「可能なら一対多の戦いを経験させたい」と小太郎から言われている。ケアンでこれまでもそういった場面は多かったが、敵同士が連携していたわけではない。せっかくの集団戦の模擬戦なのだから、この機会に連携してくる相手のことも学んだ方がいい、というのが小太郎の考えだった。

 

 よって、これから不利な戦いをすることになる、というのはタバサもわかっている。だが普段通り淡々と、指定通りに走り続けて敵の気配を察知した。

 彼女自身、相手の内面を見通すことが出来るという特徴がある。そのため、能力の延長線上として気配を探れる範囲も蛇子や鹿之助ほどではないが広い。故に2人との距離が縮まっていることは感じていた。

 

(この角の先にいる。待ち伏せか)

 

 アスカが風遁使いということは小太郎から聞いている。タバサは忍法について詳しくはないが、蛇子と鹿之助が彼女からすれば斜め上の方法で索敵しているのを見れば、風遁使いは風の力で気配を読めるのではないかとも考えた。

 

 待ち伏せされたとわかってもなお、タバサは一気に角を飛び出す。

 

「雷撃よっ!」

「抹殺マシンガン!」

 

 相対したゆきかぜの両手のフリントロックピストル(ライトニングシューター)からは雷撃弾が、アスカの機械仕掛けの義手からは無数の銃弾が吐き出され、タバサへと迫った。

 

 直感が危険と警鐘を鳴らす。実際に間近で見た雷撃の威力は相当なものだとタバサは感じていた。

 

(アスカのは連発可能なこの世界の銃をあの義手に内蔵した形かな。あれだけ撃てるなら便利そう。でもそれよりも……この間合いでは警戒すべきはゆきかぜの方。あの銃は制御装置だってふうまから聞いたけど、制御してあの威力か。……ケアンにいる雷使い(シャーマン)でもこれほどの雷撃を放てる者はそうそういない。極稀にイセリアル連中に混じって現れる、突然変異種扱いの雷に特化したクソリアニメイター(ヴァルダラン, ザ ストーム スカージ)でさえ相手にならないレベル。素の状態ならこの威力のは食らえて1発、そこで防御魔法(ブラストシールド)が発動すると考えてももう1発が限界。つまり、さっきの舞華と同レベルの威力か。……やっぱ対魔忍ってヤバいな)

 

 瞬時にそう考えをまとめたタバサは、さすがにこの弾幕に真っ向からは突っ込めずに斜め前方へ飛び退かざるを得なかった。が、そのまま円を描くように走りつつ、ゆきかぜとアスカとの距離を縮めようとする。

 

「させるか!」

 

 マシンガンの掃射をやめ、アスカが飛び出た。ツーマンセルの前衛としてタバサを食い止め、ゆきかぜを援護に徹させる考えだろう。両手の義手から彼女の獲物である、奇妙な形の対魔ブレードが展開される。

 そんな迫りくるアスカと後方のゆきかぜを見ながら、タバサは小太郎から聞いた不利な状況での対人戦の方法について思い出していた。

 

「力だけで勝てないと思った時、あるいは数で劣っていて不利な状況の時は、相手が嫌がることをするべし、だ。特にタバサ、お前は相手の心を見通す力に優れている。数で劣っている時は狙う相手を絞り、効果があるとわかったことを徹底し、時には相手を騙して、そして生まれた隙を突け」

 

 その上で、具体的な方法についてもいくつか教わっている。当然、前衛後衛で役割が分かれているツーマンセルに1人で挑む時の方法も、である。

 小太郎の教えに従い、タバサはアスカとゆきかぜが一直線上になるまで回避行動を続けて位置を調整し、それからアスカの元へと飛び込んだ。誤射の危険性を脳裏によぎらせて援護させにくくする算段だ。

 

 タバサの両手の剣(ネックスとオルタス)とアスカの対魔ブレードがぶつかる。そこからタバサの怒涛の連続攻撃へ。

 

「こ、こいつっ……!」

 

 おそらくタバサの接近戦能力が予想以上だったのだろう。防御に徹するアスカは戦いにくそうな様子を見せつつ、焦ったような声を上げた。

 

「くっ……! 背中ががら空きに見えるけど……」

 

 一方のゆきかぜも援護射撃をすべきか悩んでいた。

 位置取りが目まぐるしく変わり、今はタバサがゆきかぜに対して背中を見せている状態。しかし、撃った瞬間にそれを察知して回避されればアスカへの誤射になりかねない。

 

 どうしたものかとゆきかぜが悩んでいると、不意にタバサ越しにアスカと視線が合った。

 コンビとして訓練した期間は短い。だが不思議と馬が合ったために、今彼女が何かをしようとしていることがわかった。

 

(オッケー……。それを信じてあげる!)

 

 いつでも撃てる状態のままゆきかぜは待機することにした。

 

 直後、アスカは強引に間合いを開けにかかりバックステップを踏む。

 タバサもそれを追おうとしたが、今の立ち位置ならば背後にゆきかぜがいることに気づいた。向こうから距離を取ったなら、後衛を先に狙って潰せる。そう考えたタバサが反転しかけた瞬間。

 

「風神・風爆波!」

 

 義手のブレードを収納して忍法の発動に集中したアスカは、自分の目の前に風の力を収束させて爆発させた。

 これによってアスカ自身はゆきかぜとタバサの直線上から逃れて距離を取り直しつつ、同時にタバサのバランスを崩してゆきかぜの方へ押し込むことで射撃を援護する形を作り出す。

 

「もらったっ! 翔べよ雷撃ッ!」

 

 相棒の仕掛けを待っていたゆきかぜはこのチャンスに雷撃を連射、弾幕を展開した。一発一発の威力は最初よりも大幅に落としたが、その分密度が増されている。

 さすがのタバサもバランスを崩した状態からこれを全て回避はしきれなかった。が、数発を体に浴びつつも何かをゆきかぜ目掛けて投げつける。直後、それが炸裂、閃光を撒き散らした。

 

「これは……! 閃光弾!?」

 

 ゆきかぜにフラッシュバンを浴びせたタバサは、その隙を利用して今度は反対側、距離が離れたアスカへとまた別な何かを投げつけた。さらにブレイドスピリットとネメシスを召喚してけしかける。

 

「は? 火炎瓶……?」

 

 液体が入ったビンに、蓋をするように詰められた先が燃えた布。まさに火炎瓶にしか見えないその投擲物は、ゆっくりと放物線を描いてアスカのやや前に落下した。それが地面ぶつかるや否や、辺りに炎を撒き散らす。

 

「ウソでしょ!? 本当に火炎瓶じゃない!」

 

 “ブラックウォーターカクテル”、タバサが持っていた“乗っ取られ”としての能力のひとつ。言ってしまえば今アスカが言った通りの火炎瓶だ。

 やはりリソースを割けないために威力は期待できず、タバサがこれまで使うことはなかった。加えて、本来焼夷兵器であるはずの火炎瓶にも関わらず、タバサの装備の効果によってテルミットマイン同様、炎の見た目をしながら冷気に変換されている。結果、「熱で相手をひるませる」という効果も薄れてしまっていた。

 

 それでも小太郎からは牽制用、さらには視界妨害用としてなら使えるというアドバイスを受けていた。フラッシュバンとは異なるアプローチで視覚的な牽制になり、投げ込める射程内なら使えるということで展開範囲が狭いテルミットマインよりも遠距離の相手にも通用する。

 もっとも、小太郎を含めて独立遊撃隊の他のメンバーが1番評価した点は、冷気変換されたことを利用して「訓練終了後の汗だくの時にこれを使ってもらうと冷気の焚き火みたいで涼むことが出来る。テルミットマインだと寒すぎるけどこれだと冷え具合が丁度いい」という非常にしょうもない部分だったりもしたのだが。

 

 とはいえ、見た目は炎であることに変わりはない。慣れた面々は涼を取るためのものとして気にしなくなっているが、初めて目にすれば、それも突如火炎瓶が飛んできてのこととなれば動揺を誘うことが可能だ。

 事実、アスカは一瞬怯んでしまい、その間にタバサが召喚したブレイドスピリットとネメシスの接近を許すことになっていた。

 

「こいつら……ゆきかぜが言ってた召喚獣か!」

 

 見た目は炎の壁に加えて迫りくる刃の精霊と四足の獣。理解の範疇を超えたタバサの攻撃を考えると、この相手に背を向けてタバサを狙うのも危険が伴う可能性がある。

 そう考えると、アスカは途端に行動が制限されてしまっていた。

 

(とにかくまずこいつらをどうにかするしかない。そして急いでゆきかぜの援護に行かないと……!)

 

 焦る気持ちを抑えつつ対魔ブレードを展開。アスカは近づいてきたタバサの召喚獣へと斬りかかった。




難産気味でした……。
模擬戦回はこの回で終わりにするつもりだったんですが、ダラダラ書いてて気づいたら2万字弱ぐらいに。
結果、3分割することになりました。




ブラックウォーターカクテル

マスタリーレベル5で解放されるデモリッショニストのスキルで、指定した場所に燃え広がって火炎と燃焼ダメージを与えつつ敵のOAを低下させる火炎瓶を投げる。通称BWC(Blackwater Cocktail)。
マスタリーレベル20で解放される後続スキルの「デーモンファイア」を取得すると実数カオスダメージが追加され燃焼ダメージが割合強化、ダメージ減少効果を与えるようになる。
さらにマスタリーレベル40で解放される「アゴナイジングフレイム」を取得すると実数火炎ダメージを追加、火炎とカオスダメージの割合強化、全耐性減少効果を与えるようになる。
また、マスタリーレベル10で解放されるスキル変化の「ハイポウテンシー」を取得することで、5秒のリチャージが発生する代わりに持続時間、効果範囲、ダメージを強化し、攻撃減速効果も追加する。
なお、投擲スキルではあるがウルズインの選民の対象外スキルなために恩恵を受けられない。選民の効果のひとつに「確率による100%リチャージ短縮」があるので、通常状態だとリチャージが存在しなくてここの意味が無くなるからだろうか。
基本的にハイポを取得しないとダメージとして厳しいものがあるため、取得した上で他スキルと併用して使用されるという形が多い。
この場合は結構長く炎が残る上に毎秒ヒット判定が行われることで星座スキル発動用としても優秀。それを目的に本体とハイポだけ1振りという使い方もある。
ガッツリ振り込むと辺りを火の海へと変える放火魔の出来上がり。これひとつでダメージ減少とレジ下げが同時にできるのでなかなか便利。
ただ、しっかりポイントを振らないとダメージソースとしてはやや心もとなく、振ったところでスキル変化や十分なブースト、さらにはハイポ前提となるために回転率を上げるためのリチャージ短縮等が無いとこれ単体ではパワー不足気味でもある。
メイン火力にする場合でもリチャージの間に他に併用するサブスキルも用意するのが望ましく、複数スキルで攻撃するということからDoTのスタックが見込めるために逃げ撃ち系のビルドとの相性がいい。
本編中では牽制用としてタバサが使用しているが、元にした本来のビルドではスキルポイントに余裕が無く、星座のアサイン先も足りているために取得を見合わせている。


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Act40 やっと届いた

 フラッシュバンによって目をくらまされたゆきかぜだったが、少しでも視力回復のための時間と間合いを取ろうと、後方に大きく飛び退いていた。そうしつつも、頭は努めて冷静に考えをまとめようとする。

 何発かは命中し、確実に効いている。超攻撃的なタバサが閃光弾などという小技を使ってきたことが何よりの証拠に違いない。

 

 そう思ってようやく目が慣れてきたのを確認し、銃を構え直す。

 が、彼女は再び信じがたい光景を目にすることになった。

 

「クナイ……いえ、ナイフ!?」

 

 タバサが放った、魔力で作り出した3本のナイフ――“ファンタズマルブレイズ”が迫っていた。

 咄嗟に回避したものの、再び視線を戻すとタバサは突撃の態勢に入っているのがわかった。

 

「いいわ、腹括ってあげる!」

 

 ここまではアスカの力も借りる形で、ゆきかぜはどうにか距離を取りつつの戦いを続けようとしていた。そして何発かを命中させ、あと一息という手応えはある。

 ならばここが勝負どころ。ゆきかぜは覚悟を決め、少しでも命中精度を上げるために足を止めて両手の銃を構えた。

 

 突っ込んで来ようとするタバサ目掛け、先程同様雷撃弾による弾幕を張る。

 タバサは右に左にと狙いを定めさせないように回避行動を取りつつ肉薄。全ては回避しきれず再び数発被弾したが、お構いなしに突撃を続け、とうとう射程内に。

 

「まだ! ブレードッ!」

 

 距離の優位を失うことになる。そうわかっていてもなお、ゆきかぜは引かずに銃口から雷の刃を作り上げた。

 

 当人は知らないことであるが、未来のゆきかぜが雷剣(ライトニングソード)として接近戦のために使う雷の剣と同じ原理で生み出したものだ。

 その未来の彼女と違って逸刀流を会得していないものの、対魔忍であるために身体能力は普通の人間の比ではない。この距離での戦闘も想定し、何度か凜子やアスカとの訓練もしていたゆきかぜは、迷うこと無く接近戦(ショートレンジ)での戦いへと切り替えた。

 

「……やっと届いた」

 

 ポツリと呟いたタバサの声がゆきかぜの耳に入った。

 次の瞬間、空中を切り裂く光のように高速の三連撃(アマラスタのクイックカット)がゆきかぜを襲う。かろうじて2丁の銃口から伸びる雷のブレードで防御したものの、続けざまに連続回転攻撃(ホワーリングデス)

 間一髪でこれもどうにか防ぎつつ、しかしゆきかぜの心には選択を誤ったかもしれないという後悔が生まれていた。

 

(なんなのよ、この子の攻撃……理解ができない……! 剣の達人である凜子先輩とは全く別物、変則的なアスカよりもさらに特異にすら感じる……。凜子先輩がやけにタバサに執着して、剣から意図が掴めないみたいな話を私にしたのはこういうことだったのか……!)

 

 凜子との接近戦の訓練の際、タバサの真似はできないと前置きした上で解説してくれたことをゆきかぜは思い出す。

 

「タバサの剣には『動と静』が入り混じっている。確かに繰り出される剣技は逸刀流よりもさらに荒々しい『動』だ。が、受けてみるとわかるがその本質は『静』。凪いでいていつ繰り出されるか予測をつけにくく起こりが見えにくい、いわば無拍子の剣、といったところだろうか。この辺りのことは逸刀流の私よりも、五行学園にいる陰陽念流の使い手であるあず姉……鬼壱(きいち)あずさの方が詳しいと思うし、そちらに近いようにも感じたのだが……」

 

 幼なじみ故に多少逸刀流をかじっているとはいえ、途中からは凜子の言いたいことがどうにも理解できず半分ぐらい聞き流していたゆきかぜだったが、要するに対魔忍トップクラスの剣士をもそれだけ虜にするような剣だということだけはわかった。

 

 故に軽んじていたわけではない。だが凜子の話だけでは何を言いたいかいまひとつ掴めなかった「動と静」について、今身をもって実感していた。

 

(凜子先輩の言いたいことがやっとわかった……! 起こりがわかりにくい、出どころが読みにくい……。凜子先輩やアスカとの訓練とは全くの別物、異端の剣……!)

 

 こんなところまで常識が通じないということか。そのことを再認識しつつ、それでもゆきかぜは己を奮い立たせる。

 

(出力を落として数を重視したとはいえ、私の雷撃弾がそれなりに命中してるんだ、あとひと押し……!)

 

 仮面に隠されたために表情からも、凪いでいるために剣からもタバサの様子を読み取ることはできない。だがダメージ量を考えれば十分に勝機はある。

 

「はああああああっ!」

 

 気合の声とともにタバサの剣を賢明に防御し、ひたすらに隙を伺う。嵐のような連続攻撃を耐えに耐え、両手の剣の渾身の振り下ろし(エクセキューション)を弾いた時、わずかにタバサがよろめいた。

 

「チャンスッ!」

 

 ゆきかぜはブレードの展開をやめて後ろに飛び退きながら銃を構えた。

 接近戦で決めにかかると予想外の反撃の危険性がある。ここは確実性を取って相手の間合いの外、加えて自分の得意な射撃で雷撃弾を撃ち込むべきだ。当たりさえすればそれで全てが終わる。そう思ってトリガーに指がかかったが。

 

「相手を騙せ、か。どうすればいいかわかったよ、ふうま」

 

 明らかに射程外にも関わらず、そう呟いたタバサの左手が振るわれる。刹那、辺りに広がる目を焼くほどの眩い光。

 

「また閃光弾!?」

 

 このタイミングでの搦め手を予想できなかったゆきかぜは光をもろに浴びた。タバサがいるはずの位置に必死に雷撃弾を放つが手応えがない。

 代わりに、ゾッとするほどの冷たい気配がすぐ背後に佇み、首筋に何かを突きつけられたことに気づいた。動くことができないままに視界が戻ると、攻撃したはずの場所にタバサの姿はなく、背後に立って剣を突き付けていた。

 

「うー……。ここまでかぁ……」

「ゆきかぜ、そこまで。アウトよ」

 

 アサギからのアナウンスを受けてため息とともに気落ちしたゆきかぜだったが、剣が引かれて背後の気配が崩れ落ちたことに気づいた。

 

「タバサ!? 大丈夫?」

「問題ない……。でも……最後の雷撃が一発でも当たったら多分無理だった……」

 

 床に膝を付き、相変わらず仮面は脱がないものの息も荒いままにタバサが答える。

 

「くっそー……。やっぱりあとひと押しだったかぁ……」

 

 その場に腰を下ろしながら悔しがるゆきかぜの横でタバサは深呼吸のような独特の呼吸法をしていた。上がっていた息が少し戻ったが、それでもまだ肩で呼吸をしている。

 

「アスカは……。あーあ……。ふうまたちが来ちゃったか。そりゃこっちの援護も無理よね」

 

 タバサが放った召喚獣はアスカによって打ち破られたようだが、そこで時間を稼げたおかげもあってか、小太郎たち3人が間に合ったらしく今は抑えにかかっている。

 

「そっち4人の中であの3人と1番相性悪いのがアスカだから行かないといけないけど……。ダメだ、もう少し休まないと今行っても足手まといになる」

「相性が悪い? そうなの?」

「蛇子のタコ墨煙幕が風でかき消されるからこっちの得意パターンの天敵。その上4人の中で1番距離による得手不得手の差が小さいオールラウンダーだから、最初に叩くか、逆に最後まで残して数で押し切るってのがふうまの考えだった」

「あー……。なるほど」

 

 思わずゆきかぜは感心の声を上げていた。今アスカは数で押される形になっており、結果的に小太郎の狙い通りになった、とも言えるだろう。

 その数に早く加わりたい様子のタバサだったが、やはり舞華とゆきかぜの連戦によるダメージは大きいようだった。呼吸が荒いまま、仲間たちが遠くで戦う様子をじっと見つめている。

 

「ねえ、休んでるこの時間にひとつだけ聞かせて。私がタバサの攻撃を防御した最後の時によろめいたの、あれもしかして演技だったりした?」

 

 せっかくだからこの時間に話そうと、ゆきかぜが声をかける。呼吸を整えようとしつつ、間を開けてからタバサが答えた。

 

「……半分は。ゆきかぜの得意距離は中遠距離のはずだから、私の距離に持ち込めれば舞華の時みたいに決まると思ってた」

「あ、舞華は接近されてあっさりやられたのか。フフーン、そこはなんか勝った気分」

「それで予想以上に防御されてさすがにちょっと焦った。長期戦になればなるほど私の剣に目も慣れるだろうし、ダメージ分もあってスタミナも怪しいかもしれないと思った時、ふうまの言葉を思い出した」

「あいつの言葉?」

 

 仮面越しにも段々とタバサの息が整ってきたのがわかった。

 

「力だけで勝てないって思った時は相手が嫌がることをして隙を生み出せ。時には相手を騙せ。ゆきかぜにとって嫌がることは距離を詰めての戦闘だと思ったんだけど、騙すっていうのはよくわからなかった。でもさっきの最後の振り下ろし(エクセキューション)を防御されて押し返された時、ゆきかぜの心にちょっと安心感みたいなのが生まれたように感じた」

「……っ!」

 

 図星だった。あとひと押しという思いで自分を奮い立たせ、どうにか防御に徹した。そのことで少し自信のようなものを持てていたのは事実だ。

 

「ずっと防御を許してたから実はゆきかぜは接近戦も得意なのかもしれないって思ったけど、その心の動きでやっぱり無理をしてるんだって再確認した。なら、決定機を見出したら得意の間合いを取り直して確実にとどめを刺しに来る。そう思ってちょっと大げさによろめいた。距離があってこっちを狙うならフラッシュバンも私に影響のない距離で決めやすかったし、とどめってことで少し心が緩んだタイミングってのもプラスになるなって」

 

 思わず背筋に冷たい何かが走るのをゆきかぜは感じていた。

 

(ふうまのやつ……とんでもないことしてくれてる……! この間、タバサが自分がいた世界の敵と戦闘してた時は力押し一辺倒って思えたのに、しれっと戦いの駆け引き……それも集団戦だけじゃなくて個人の場合でも通用するように教えたってことじゃないの! 相手の内面や心の動きを読める、そんな存在が駆け引きの方法を学んでしまったら、下手したらもう手がつけられない……!)

 

 同時にゆきかぜは気づいた。タバサはこの戦いで小技を多用してきていた。確かに状況的に苦しいという事実はあったかもしれない。が、使わざるを得なかったのではなく、自らの意思で使っていたのだ、と。

 

「……タバサだけは絶対敵に回したくないってよくわかったわ」

「んー……。誰だっけ、以前誰かにも似たようなこと言われたことある気がする。……まあいいや」

 

 もう一つこれまで同様の呼吸法をすると、乱れていたタバサの息が完全に戻っていた。かなりのダメージと疲労だったはずなのに、早くも涼しい顔――いや、仮面に隠れているから顔色はわからないが、とにかくもう大丈夫そうな空気を放っていた。

 

「落ち着いたから行ってくる。また後で」

 

 一方的に話を切り上げ、タバサはアスカと戦う小太郎たちの元へと飛び出していった。

 

「……アスカには悪いけど、これはもうすぐ終わりそうね」

 

 ポツリと独り言を呟き、ゆきかぜは天を仰いだ。

 

 

 

---

 

 小太郎たち3人は奮戦するアスカ1人を仕留めきれずに手こずっていた。

 可能なら、きららの時同様にタバサの力を借りずに倒したいという思いはある。が、あの時ほどのアドバンテージが無い上にアスカはきらら以上のオールラウンダーでもある。距離で揺さぶるのも難しい。

 今も手裏剣で援護を使用した鹿之助目掛け、アスカは義手に内蔵されたマシンガンを乱射して牽制したところだった。

 

「ひいいいーっ! なんでマシンガンなんかついてんだよあの腕!?」

「私の自慢のアンドロイド・アームだからよ! それに……はああっ!」

 

 さらには風遁の術を使い、鹿之助のカバーをしようと蛇子が吐いたタコ墨煙幕もあっさりとかき消してしまう。

 

「うーん……。蛇子のタコ墨もダメっぽい。しかも鹿之助ちゃん、マシンガンに怯んじゃって物陰に隠れてもう援護してくれるかわからないんだけど。ふうまちゃん、何かいい手はないの?」

「現状じゃ打つ手がない。俺たちでどうにか……うおっ!?」

 

 アスカの対魔ブレードを小太郎がどうにか忍者刀で防ぐ。

 3人を相手にしてもなお、アスカにはまだまだ余裕が感じられた。援護役の鹿之助は牽制されたことでまともに援護ができなくなっている。さらに蛇子のタコ足四刀流と小太郎の忍者刀による攻撃に対しても、義手だけでなく義足からもブレードを展開して数に対抗している状態だった。

 

「あっちの2人はやられちゃったみたいだけど、ここで私があんたたち3人を倒せば帳消しどころかお釣りが来るわ! ゆきかぜもきっとタバサをなんとかしてくれるだろうし、大逆転してやるんだから!」

 

 数の上では圧倒的に不利なはずなのに、戦況的にはアスカが優勢で士気も高い状態である。

 一方で小太郎側は先程彼が言った通り現時点で打つ手がない。鹿之助のバンビーノ・スパークが当たれば一気に畳み掛けられるかもしれないが、命中するか怪しい上にアスカは的確に牽制をしてきている。

 

 このままだとあまりよろしくない。さすがにそろそろチーム内最強の力が欲しくなってきたと小太郎が思っていたところで、近づいてくるタバサの姿が目に入った。来てほしかったタイミングでの助っ人に、思わず小太郎の表情が緩む。

 

「来たな、タバサ!」

 

 その言葉に、蛇子の四刀流と格闘していたアスカも反射的に小太郎の視線の先を追い、ウソではなくタバサが迫ってきたことを確認していた。

 

「んもうゆきかぜ! やられちゃったの!?」

 

 アスカが落胆した声を上げつつ、タバサを確認するために視線を動かしたのはほんの一瞬。だが、その一瞬を小太郎は待っていた。

 アスカから自分への視線が切られている間にハンドサインを出す。

 

「ん、オッケー。蛇子もふうまも下がって」

 

 そう言って2人と入れ替わる形でタバサがアスカと切り結んだ。

 

「フン! 数が多くちゃ余裕だからあんた1人で相手にするとか考えてるわけ? だとしたら甘いわよ!」

「わかってる。そんなつもりは全く無い」

 

 タバサとアスカの攻防は手数にして三合にも満たなかったか。

 不意に、タバサは自分にも影響の出るゼロ距離でフラッシュバンを炸裂させたのだ。

 

「ちょっ……! 何考えてんのよあんた!」

 

 閃光に備える素振りすら見せなかった。もしかしたら当人には効果が無いのかもしれないと思ったアスカだったが、タバサがこの場から飛び退く気配は感じている以上、やはり影響を受けていると考えるのが妥当と思うことにした。

 とにかくこの隙に他の相手からの追撃が来るのはまずい。ひとまず動かないといけないとアスカが思うよりも早く。

 

「スタニングスパーク!」

 

 これまでビビってほとんど姿を見せなかった鹿之助の声とともにアスカの体を電流が駆け巡っていた。きららの時と同様、アスカの全身も強制的に硬直状態に陥る。

 

「ぐ、くっ……! こ、この程度……!」

 

 それでもどうにか動こうとするアスカだったが。

 

「悪いな。お前の強さはよく知ってる。だから、なんかずるい気がしないでもないがこれが1番確実だったんだ」

 

 視界が戻らず、体も言うことを効かないアスカに忍者刀が突き付けられるのはわかった。今の声の主――小太郎だろう。

 

「……あーもう。勝ってあんたの鼻を明かしてやりたかったのに」

 

 ふくれっ面のまま、アスカは降参する。この瞬間、小太郎チームが全員生存のままの勝利が確定した。

 

「そこまで。きららチーム全員戦闘不能、模擬戦終了よ」

 

 模擬戦自体の終了を告げるアサギのアナウンスが、これまでとは異なりブース全体へと響き渡った。それからバーチャルで作り出されていた建物や道路も元の殺風景な白い部屋へと戻っていく。

 

 結果的に、ゆきかぜの予想は的中することとなっていた。




ファンタズマルブレイズ

マスタリーレベル5で解放されるナイトブレイドのスキルで、狭めの扇状(おそらく45~60度程度)に広がる、魔力で作り出したナイフを投げる。通称PB(Phantasmal Blades)。ただ、ニューマチックバーストの略称と被ることもあるのでナイフと呼ばれることもある。攻撃速度ではなく詠唱速度が参照される。
そこそこの武器ダメージを参照しつつ、刺突と出血ダメージを与えるが、代わりにリチャージが3秒設定されているためにこのままだと連射は不可能。
マスタリーレベル15で解放される後続スキルの「ハートシーカー」を取得すると生命力ダメージが追加、さらに割合出血ダメージが強化され、与えたダメージのヘルス変換と確率で貫通効果も付与される。
さらにマスタリーレベル32で解放される「ネザーエッジ」を取得すると冷気とカオスダメージが追加され、クリティカルダメージが強化される。
また、マスタリーレベル10で解放されるスキル変化の「フレネティックスロウ」を取得すると、武器参照ダメージを大きく失った上に-60%ものダメージ修正がかかる代わりに、リチャージが3秒短縮されて実質リチャージが無くなって連射可能になる他、刺突ダメージが100%生命力ダメージに変化し、さらにエナジーコストが半分になる。
フレネティックを取らない場合は武器ダメージに加えて刺突、出血、生命力、冷気、カオスと、見事に属性が取り散らかってしまっている、グリドンでも屈指の多属性スキル。
リチャージありの状態でサブスキルとして使う選択肢もあるが、メインに据える場合はフレネティックに振るか、フレネティックと同等のリチャージ短縮のスキル変化がついた武器を装備して連射する形を取るのが一般的。
その上でブーストに加えて属性変換のスキル変化装備を多用してなるべく得意属性へと揃えることで、最大85%の確率で貫通してヘルス変換を備え、1本ずつ別判定となるナイフを6本以上エナジーが尽きるまで投げ続けられる強力なスキルへと変貌する。
序盤の育成には便利だが、それ以降は属性が散らかることが足を引っ張り、最終的に極まると強力というスキル。
ただ、フレネティックで連射可能にした場合は自然と生命力ダメージを主軸にする形にならざるを得ないのだが、ナイトブレイド自体に生命力ダメージを強化するスキルはアナトミーオブマーダーぐらいしかなく、デフォルト状態のナイツチルの耐性デバフの対象外でもある。
それでも貫通連射ナイフは大量の雑魚を相手に気持ちいいほど斬り裂いて突き進んでくれるために使っていて爽快感があるのは確かで、複数のナイフを連射するDPSを考えると高いポテンシャルを秘めているスキルと言える。
ちなみに、スキル変化の中には刺突と生命力ダメージをナイトブレイドにとってはより苦手なイーサーに変換する代わりに、本数を劇的に増やして360度に投擲可能になるという特殊でヤバいものもあり、敵にめり込むように密接した上で使用することで大量のナイフをぶちこむというビルドも考案されている。
本編中では牽制用としてタバサが使用(1振りで3本投擲の設定)しているが、元にした本来のビルドではスキルポイントも属性変換も余裕が無いので取得を見合わせている。
とはいえ、クナイを投げているようにも見えるため、対魔忍とは親和性が高いスキルのようにも思える。


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Act41 ある意味で、最強の対魔忍はバイトに負けたわけだよね?

「最後、何が起こったのか説明して頂戴。わけもわからず負けました、は流石に悔しすぎるし反省のしようもないから」

 

 模擬戦は無事終了。今は両チームのメンバーと監督役だったアサギ等3人、そして見学していた凜子とケイリーと孤路も様子を見る形で、誰が言い出したでもなく反省会が始まっていた。

 

 最初に切り出したのはアスカだった。

 タバサが戻ってきて閃光を浴びたと思ったらよくわからないうちに敗北を喫したのだ、どうしても理由を知りたいといったところだろう。

 

「俺がタバサが来たことを告げた時、お前も俺の視線を追って俺から目を切っただろ。その瞬間にタバサと、あと状況が変わったことを知れば鹿之助も俺の指示を確認するだろうと思ってハンドサインを出したんだよ。『最初に斬り合ってから3秒後に連携攻撃』ってな」

「連携攻撃……?」

「あ、もしかして私が食らったアレ? すっごい強烈なスタンガンを受けたみたいになって体が麻痺しちゃうやつ」

 

 小太郎とアスカの会話に割り込んできたのはきららだった。

 

「そう、多分それ! なんか鹿之助が使ったみたいだけど……いつの間にあんなの使えるようになったのよ」

「タバサが電撃まきびしを作り出す能力を持ってて、そこにふうまが目をつけて、俺のスパークでスタン効果を増幅させてるんだ。名付けてスタニングスパーク!」

「やっぱりタバサの能力も関係したのか。ってか電撃まきびしやら火炎瓶やら閃光弾やら……。そんなものをポンと作り出せるなんてやっぱとんでもないわ」

 

 思わずアスカがため息をこぼす。それから、今は仮面を取ったタバサを真正面から見据えた。

 頭装備をつけているかいないかで印象が全く違う。童顔気味でかわいげのある、くりっとした印象的な目に騙されそうになるが、今目の前にいる相手にやられたのだとアスカは自分に言い聞かせる。その上で質問を重ねた。

 

「で、あんた閃光で自分ごとまとめて巻き込んだわよね? あれって……」

「アスカに余計な注意を払わせないため。私だけ影響を受けないようにってすると、何かを勘付かれる可能性があったから、たとえ自分を巻き込む形になっても最小限の動きで発動するように使った。あとはスタンジャックスをばら撒いてそこから離脱すればいいだけだったし」

 

 さらっとそう言ったタバサに対し、アスカは思わず言葉を失っていた。

 

(つまり鹿之助が撃ってくるってことも、そのタイミングも、全部仲間を信頼した上での行動だった、ってことか。……この子のことは話でしか聞いてないけど、今まで全く集団戦の経験がなくて、この1ヶ月間集団戦の訓練をしたからその総仕上げとしてこの模擬戦をやったって話だったはず。……元々のぶっ飛んだ能力に目を奪われがちだけど、恐るべき吸収力と適応力を持ってる。そして何より……)

 

 チラリ、とアスカは一瞬小太郎の方を見た。今の彼はきららと何やら話し込んでいるようだった。

 

(その秘めたるポテンシャルを引き出したふうまの手腕はさすが、ってところか……)

 

 と、ゆきかぜが肘で小突いてくるのがわかった。指で耳を寄せるようにジェスチャーを見せている。

 

「……何?」

「今ふうまのこと考えてたでしょ?」

 

 ドキッとしたアスカは思わず声量を上げそうになりつつも、ゆきかぜに小声で応じた。

 

「べ、別にそんなんじゃ……! ただ、タバサの能力をうまく引き出したなって思っただけ!」

「うん、まあ……。私もそれは思った」

 

 てっきりからかわれるかと思ったアスカだったが、ゆきかぜは真面目な様子でそう答えて、先を続ける。

 

「突拍子もない能力にふうまの指揮……。そして、それを応用してあの子は対人戦での駆け引きの方法まで吸収した。……今回は模擬戦だからいいけど、もし本当に戦う時が来てしまったらって思うと……ゾッとするわ」

「……確かに。しかもこの後はヨミハラに行きたがってるんだっけ? ここのお偉いさんはそれを認めてるんだろうけど、五車の監視下から外れていいわけ? これだけの力を持った存在が野に放たれるのって結構危険なようにも思えるんだけど……」

 

 ヒソヒソと話すゆきかぜとアスカだったが、気に留める人はほぼいない。相変わらずきららが小太郎と、さらにはアサギまでもが入って指揮がどうのという話で向こう側が盛り上がっているからだ。

 が、その「ほぼいない」の例外にあたる人物。今まさに2人の間で話題に上がったタバサ当人が、会話に割って入ってきた。

 

「私のことをよく狂戦士とか戦闘狂みたいに言う人がいるのはわかる。戦闘中の私の戦い方から言われるのはまあしょうがないとしても、普段は闇雲に剣を振ってるつもりはない」

 

 今までの会話を全部聞かれていたかもしれないと、ゆきかぜとアスカが固まる。だがタバサは気にした様子もなしに続けた。

 

「確かにケアンにいた時は常に心が苛立ち続けてるような状態で、戦っている間だけ不思議と抑えられたし、クズばかりで斬る相手にも困らなかったからひたすら殺し続けてたけど……。この世界に来てからは心が落ち着いているからそんな衝動も起きなくなった。敵意や殺意を向けてくる相手に対して反応はしてしまうけど、それもライブラリーとの訓練で抑えが効くようになったし。それにその相手から向けられた感情の本質と相手の力量を見極めることで、剣を振るうべきかそうしなくても済む程度の相手か、そういうことを考える余裕も出てきた」

 

 そこまで言うと、タバサも先程のアスカ同様、小太郎の方へチラリと視線を移す。

 

「あとは……異世界人で名もなかった私に名前と、この世界での生き方を教えてくれた恩人であるふうまに害を及ぼす存在かどうか。ふうまにとっての敵や邪魔者なら、容赦なく殺すつもりでいる」

「……それってさ。もしかしてあんた、ふうまのこと……」

「あ、えっとね、アスカ。それなんだけど……。タバサは恋って感情はわからないらしいの。だから多分大切な友達とか、さっき言った通りの恩人とか、そういう感覚なんだと思う」

「ん。それで合ってる」

 

 ゆきかぜに説明され、「そっかぁ……」とどこか安心したようにため息をこぼすアスカ。

 タバサは気にかけた様子もなく、「ああ、それから……」とさらに口を開いた。

 

「少し前に『仁義』って言葉を知った。私なりの解釈だから正しくないのかもしれないけど、おそらく私の仁義は、そのふうまの枠を拡大したもの……私にとっていなくなったら嫌だって思える人の力になったり助けたりしたいってものじゃないかなって。今ゆきかぜが言った大切な人、例えば恩人とか友達とか、そういう人たちかな。そんな人たちを(おびや)かす存在が現れた時はやっぱり戦うつもりでいる」

 

 思わずゆきかぜとアスカの2人が感嘆したように互いに視線を合わせていた。

 

「他にも傲慢な態度を取ってきてこっちを見下してくるようなムカつく奴も斬りたくはなるけど……。まあ大体そんな感じ。だから無意味に戦うつもりはない」

「……なるほどね。初めて会って稲毛屋でアイス奢ってあげたときから悪い子じゃ無さそうっては思ってて、この間のパジャマパーティの時に改めてそれは思った。でも、タバサってあんまり話す方じゃないから何を考えてるんだろうなって思うことはあったんだけど……。ちゃんと自分の意思があるのね。少し安心した」

「私も考えを改める。……というか、報告してきたケイリーがあんたのことを『ヤバい』とか『怖い』とかしか言わないんだもの、参考にならないわよ」

「あー……。ケイリーはしょうがない。嫌われていなさそうとはいえ、なんか私と距離置かれてるのは感じてたし。多分凜子が色々言ったのが悪い」

 

 タバサのその言葉に思わず2人が吹き出した、のだが。

 

「おいおい、全く人聞きが悪いことを言うんじゃない」

 

 その凜子当人がケイリーと孤路を連れて話に参加してきた。

 

「あ、いや私たちは別に凜子先輩のことを悪く言ったりはしてないですよ」

 

 慌ててゆきかぜが言い繕う。一方で凜子もそれを問い詰めるつもりはないと言いたげに肩を軽く揺らしただけだった。

 

「わかっているよ。盗み聞きするつもりはなかったが、途中から聞いていたからな」

「途中から?」

「しばらくふうまの話を聞いていたんだが、きららが今回もっとうまく指揮を執れたじゃないかと気にし出したんだ。それでアサギ先生も交えてかなり熱が入った話になっている」

「(結構真面目な子だからね。形の上でリーダーだったみたいだけど、舞華ちゃんを全然活かせなかったことを気にしてるみたい)」

 

 へぇ、と相槌を打ちつつゆきかぜとアスカが様子を窺うと、やはり小太郎を中心に、今は舞華や蛇子、さらには鹿之助まで混じっての講義のような形になっていた。

 

「凜子先輩はいいんですか?」

 

 愚問だ、と言いたげに凜子はゆきかぜの問に鼻を鳴らした。

 

「物事は適材適所。指揮は執れる人間が執ってくれればいい。私はそれに従って斬るだけのこと」

「うわあ……。ある意味でこの人タバサよりヤバいわ……。ケイリーも苦労してるのね……」

「アスカ……わかってくれる? 凜子のトレーニング厳しすぎて……」

「それはお前がまだまだ未熟なことの証明に他ならない。さっきのゆきかぜを見たか? 私との修行を活かし、タバサ相手に接近戦で見事にやりあっていたではないか。お前もあのぐらいやれるようになってくれないとな」

 

 そんな無茶な、と言いたげにケイリーは肩を落とし、一方で褒められたゆきかぜは照れくさそうに頭をかく。が、「でも……」と真面目な顔になりつつ切り出した。

 

「結局は完全にタバサの手のひらの上だったんですよ。タバサは私が本来は距離を取って戦いたがっているのを感じてたらしくて。私が防御したときにわざと大げさによろめいてみせて、私に距離を取らさせたみたいなんです」

「……ほう?」

 

 凜子の目の色が変わった。

 

「それはタバサがそう仕向けた……。つまり、戦闘中の駆け引きまで身につけた、と?」

「そうなんですよ! ふうまから集団戦だけじゃなくて対人戦のこととかも学んだみたいで。これもう手がつけられなくなるんじゃないかって思って……」

「やはり『化けた』か。今日の戦い方は今までとは別人だと思っていたが、これは非常に興味深い。……どうだ、タバサ。以前は私ともう1度やったら間違いなく負けると言っていたが、今も考えは同じか?」

 

 タバサはしばらく無言だった。だが無表情の彼女にしては珍しく、その顔にどこか嫌がるような色が浮かんでいる。

 

「……以前ほど絶望的じゃないような気もしてる」

「よし、だったら……」

「やらないよ。もう凜子とはやり合いたくない」

「なっ……!? なぜだ!? 私にとってもお前にとっても良い経験になるに違いないぞ!?」

「やだ。やりたくない」

 

 まるで駄々っ子のように申し出を拒否し続けるタバサと、どうにかして約束を取り付けようとする凜子。その様子に、思わずその場にいた当人たち以外が吹き出してしまっていた。

 

「お、なんだなんだ。こっちもこっちで盛り上がってたか」

 

 と、きららたちとの話を終えたのだろう。小太郎が声をかけてきた。

 

「ふうま! 私は『化けた』タバサともう一度手合わせしたいだけだというのに全く話を聞いてくれないんだ! お前からもどうにか説得してやってくれ!」

 

 ついには凜子は小太郎まで利用し始めたようだった。が、それに対して小太郎は渋い表情になる。

 

「いやあ……。無理だと思いますよ。嫌なことはとことん嫌がる性格だってのは最近よくわかったんで……。諦めたほうがいいんじゃないですかね」

「ふうまの言う通り。おとなしく諦めて。……というか、さっき言った戦闘狂って凜子みたいな人のことを言うんだと思う」

 

 取り付く島もないと凜子は肩を落とすしか無かった。対魔忍でも指折りの剣士、それも普段はクールな彼女のそんな珍しい様子に思わず場の人たちから笑いが溢れる。

 

 そんな場を見てやはり小さく笑ってから、「さて……」とアサギが切り出した。その空気を一同が読み取り、騒がしかった声がピタッと止む。

 

「いい具合に盛り上がってるみたいだけどそろそろまとめるわよ。皆今回の模擬戦で色々得る部分はあったでしょうし、自分で反省すべきところはしてるでしょうから、私からとやかくは言わないわ。ただ一点だけ。……タバサ、対魔忍として五車に残らない?」

 

 これまではタバサを自由にさせていたアサギから出た思わぬ提案に、意図せず場がざわついた。

 

「アサギ先生、それは……」

「わかってるわ、ふうまくん。勿論強制はしない。タバサの意思を尊重する。でも今日の戦いを見て、こういう言い方はあまりよくないかもしれないけど……はっきり言うと、手放すには惜しい戦力だと思ったのよ。私も驚くような特殊な能力は言うまでもなく、それをふうまくんの指揮で使いこなし、独立遊撃隊との連携も見事。文句のつけようがない戦いぶりだった。……どう? 悪いようにはしないつもりよ」

 

 まさかの対魔忍トップからの直々のスカウトだ。対魔忍ならば大喜びするだろうし、二つ返事で受け入れる者も少なくはないだろう。

 しかし、タバサの姿勢はブレなかった。

 

「そこまで評価してもらえるのは、まあ喜ぶべきなんだろうけど。私はいつまでこの世界にいられるのかもわからないし、正直なところ、正義のために戦うとかっていうこと自体に興味がない。……なんかケアンじゃ私を英雄視する人たちもいたけど、戦ってる間だけ得られる心の平穏を求めて敵対してきた相手を斬りまくってたらそうなっただけ、って話だし」

 

 それはそれである意味特異すぎる、とアサギの顔に苦いものが浮かんだ。

 

「あと、この世界ではケアンにいた頃みたいな苛立ちが無いから、私にとっては戦う意味も薄い気はしてる。それでも、さっきゆきかぜには言ったんだけど自分の『仁義』のために、私の大切な人……友達のことを脅かすような存在が現れたら剣を振るうつもりでいる」

「友達……。そうね……。あなたにとって、あの人は……」

「うん、まあそういうこと。ふうまは確かに恩人だけど、周りにたくさんの仲間がいるから、その人たちに任せておけば大丈夫って思ってる。でも、ヨミハラにいる私の友達は……いつか消えちゃいそうな、そういう不安感がある。それに、こんな私を命の恩人だとか、自分の子供みたいに大切に思ってるだとか、そういう風に言われてなんだか放って置けない、っていうか……」

 

 あぁ、と意図せずアサギが息をこぼした。

 

(扇舟……。あなたはもう独りじゃないのね。命が軽いこの世界、加えて黒幕である母親の星舟に束縛され続けた上で命令されてのこととはいえ、あなたは同胞を手にかけ、この五車へ襲撃もした。その罪は消えないけれど、私は親に縛られ続けたあなたに憐れみを感じて憎み切れなかった。呪縛から解放された生を送って欲しいと思った。……所詮こんなのは私の勝手な偽善かもしれない。だけど……私はあなたにもう一度やり直して欲しいと願ってる。そしてタバサがいてくれるなら、それを叶えることも出来るかもしれない。そんな風に思うのよ……)

 

 実際、タバサがいてくれたから今も扇舟は生きていられる。だからアサギはふと、そう考えてしまっていたのだった。

 

「あ、でも……」

 

 ところが、直後にタバサが発した言葉はアサギのそんな感傷的な気持ちを全て台無しにしていた。

 

「味龍のバイトは楽しいし、あそこの賄いがおいしいからやめたくないってのが1番の理由」

 

 これには「最強の対魔忍」も耐えられなかった。一瞬虚を突かれたような表情を浮かべた後、声を漏らして笑い出す。

 

「あ、アサギ様!? 大丈夫ですか?」

 

 普段は到底見られない、アサギが表情を崩して笑う姿を見てしまったせいで紫が狼狽する。

 

「フフッ……。大丈夫よ。まさかそんな理由が飛び出してくるなんて思ってなかっただけ。……タバサの気持ちは良くわかったわ。そこまで言うなら、あなたの楽しみを奪えないわね」

「お姉ちゃんのスカウトを蹴るほどのバイト……。これってすごいことだよ。ある意味で、最強の対魔忍はバイトに負けたわけだよね?」

「おいさくら! いい加減にしろ!」

 

 調子に乗った教師の方のさくらに紫からの叱責が飛んだ。アサギ本人はまだツボに入っているようだが、見ている生徒たちはどうしたものかと困った表情の者もいる。自身の威厳を示す意味でも、ここは話題を切り替えて仕切り直すことにした。

 

「……さて、タバサへの話はこれでおしまい。あとはふうまくんがヨミハラに行くタイミングとかに合わせて一緒に連れて行ってもらいなさい。あなたは自由よ。……ふうまくん、色々とやっているようだけど、私はあなたのプライベートまでは踏み込まないから」

「う……」

 

 少しやましいところがある小太郎が言葉に詰まる。全てアサギにはお見通し。そういうメッセージと捉えて、どこかバツが悪そうだ。

 

「ん、わかった。……あ、でも私の世界の化け物絡みで何かあった時とか、どうしても困った時とかは静流を通して話をくれれば協力はするつもりだよ。ふうまもヨミハラに来た時でも、そうでない時でも私の力が必要になったら力を貸すから」

「ありがたい話ではあるんだが……。今ヨミハラの話を振るのはやめてくれ。俺に効く……」

「ん?」

 

 タバサ自身に悪気はなかったのだろう。だが如何せんタイミングが悪い。勝手にダメージを受けた様子の小太郎を見て再び小さく笑ってから、アサギは場を締めるために口を開いた。

 

「それじゃあ話を戻して。今度こそ今日のことについて話をまとめて終わりにしましょうか」




シャーマン

マスタリーのひとつで、両手武器による攻撃と雷・出血・生命力属性を得意とする。一応物理もそこそこ。
雷属性といえばこれ、というマスタリーであるために、本編中でゆきかぜの雷撃を見たタバサが引き合いに出している。
武器による近接も遠隔も可能で、キャスターとしても立ち回れて、さらにはペットまで召喚できるというオールラウンダーなマスタリー。
序盤から殲滅力が高く、その方法も雷で薙ぎ払う、イナゴと茨で失血死させる、ペットに任せるなど多種に及んでいる。
特に「雷で薙ぎ払う」スキルである「プライマルストライク」は両手武器が必須なものの、落雷+チェインライトニングと見た目が派手な上に効果範囲が非常に広く、いかにもハクスラという感じで敵を倒せるために「シャーマン入りのクラスを作るなら序盤はこれ使っておけ」と言われるレベルで便利。
両手武器なら遠隔でも発動可能、かつプライマルストライクを強化する両手銃もあるために途中からそれに乗り換えると更にスムーズに。
最終的には装備で尖らせないと威力不足気味になるが、育成でならその力を遺憾なく発揮してくれる。
このように雷が得意だが、デバフ自体はエレメンタル耐性扱いで可能なため火炎や冷気が得意なマスタリーと組み合わせても悪くなく、得意属性が広いことから様々なマスタリーに対して高いシナジーを持つ。
また、全体的にスキルツリーが短めで、ツリー内の一部だけを目的に取得できるなど、スキルポイントに対しても結構優しめ。
他にもプレイヤーボーナス型のペットが多いため、召喚さえすれば一定時間攻撃してくれることを利用しての星座スキルのアサイン先にも優れる。
欠点はパッシブとバフスキルが少ないところ。武器制限、攻撃命中後のチャージ中、ペットが使用、排他といった条件を除いた場合の制限なしで使えるバフスキルは1つしか存在しない。
その1つはヘルスとエナジー再生強化、ヘルス割合増加、刺突イーサー耐性強化、DA強化等を自分の周囲にも与えるという非常に強力なものなのだが、さすがになんでもかんでもはカバーはしきれず穴になる部分がある点は否めない。
また、プレイヤーボーナス型ペットが多いことの弊害として再召喚の手間がかかって操作数が増えがちという点も上げられる。
それも気にならない人はあまり気にならないだろうし、(自分は使ってないけど)外部ツールを使えば解消可能。
つまるところ総じて優秀で扱いやすく、かつ派手な攻撃も可能なため、地味に戦うのは嫌!という初心者にもオススメなマスタリーといえる。
ちなみにデモリッショニストと組み合わせたクラスは「エレメンタリスト」、ナイトブレイドとだと「トリックスター」となる。


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Act42 私がこんな格好になった原因は、お館くんがえっちだから

 タバサにとっての集団戦訓練の総仕上げとして行われた模擬戦から2週間ほどが経過していた。

 

 暦の上ではその模擬戦の頃に既に秋になっているが、未だに暑い日が続き、ジリジリと太陽が照りつけている。

 そんな日差しの中、ふうま家の縁側に座ってボーッとするタバサの姿があった。

 

 彼女が五車に残る理由であったイセリアルのデータ調整は随分前に終わっており、その後自分の意思で「集団戦について学びたい」と残っていたが、それも先日の完勝とも言える模擬戦で十分に達成した。アサギから直々のオファーもあったが、タバサの意志は固くそれを蹴ってもいる。

 諦めきれていない凜子からはしつこく手合わせの要求が来ていたが、やはりことごとく拒否。ここしばらくは無為に過ごしていた。

 

 あとは小太郎がヨミハラに行く機会があればそれについていくだけ、という状態だった。そしていよいよ今朝、小太郎がヨミハラに行く用事ができたと告げてきたのだった。

 

 元々荷物らしい荷物もない。着る物はその気になれば頭防具だけ外して他は戦闘装備でも特に困りはしない。それにケアンと関係があるものしか入れられないようだが、専用の収納領域であるインベントリもある。

 そんなわけで小物を入れるように時子から渡された小さなポシェット以外に荷造りの必要性はなかったはずなのだが、今、タバサの傍らにはこれから持っていくための大きめなクーラーボックスが置いてあった。

 

「ふうま遅いな……」

 

 今回また面倒事に巻き込まれてヨミハラに行くことになったらしい小太郎は、孤路の力を借りたいということで彼女を呼び出しに行っていた。その後で家に顔を出すから待っているようにと言われ、タバサはその指示に従っている。

 が、やけに時間がかかっていた。また別の面倒事にでも巻き込まれたのかもしれない。

 

「おい……タバサ……」

 

 と、そこでタバサを呼ぶ小さな声が聞こえてきた。声の方へと視線を移すと、小太郎が隠れるように家の門の付近から顔を出し、どこかバツが悪そうに手招きをしている。

 

「あ、ふうま」

「早く来てくれ……。ちょっと状況があんまりよろしくなくなった」

 

 時子をはじめとした家の人に一言残したほうがいいかもしれないと思ったタバサだったが、「早く来てくれ」という小太郎の言葉に従うことにした。それに、これから家主と出かけるのだから最終的には彼から自分が出ていったことが伝わるだろう。どのみち今日出かける、ということは伝えてある。

 そう考えをまとめ、荷物としては小さすぎるポシェットを左側に、彼女の体格からすると大きなクーラーボックスを右側に抱え、左右不釣り合いな荷物で小太郎の元へと近づいていく。

 

「お前……やっぱそのクーラーボックス持っていくのか……」

「ん。扇舟へのおみやげだし。それよりどうしたの? 門の中に入らないで何か気まずそうに……。あれ?」

 

 門の外まで出たところで、タバサは小太郎の陰に隠れるように1人の少女が立っていることに気づいた。孤路の力を借りる、という話だったからてっきり彼女かと思ったらそうではない。

 白い雪のような髪に、タバサに似たどこか無表情気味の顔。図書室で見かけた、限られた人間にしか見ることのできない、その少女。

 

「紫水? ここ図書室じゃないのに、どうして? ……っていうか、その格好は?」

 

 小太郎の近くに立っていたのは、確かに図書室にいた幽霊のような存在である天宮紫水だった。が、タバサが突っ込んだようにその格好が問題である。

 頭にはうさ耳のヘアバンド、体は胸元が開けたボディースーツに、足は網目状のストッキングとハイヒール。早い話が、バニーガールのような衣装をしていたのだ。

 

「……私がこんな格好になった原因は、お館くんがえっちだから」

「ぐ……。申し開きのしようもございません……」

「確かにふうまは破廉恥なところもあると思うけど……。まあいいや。聞きたいことは色々あるけど、紫水がその格好だと目立っちゃういそうだし、移動しながら話そうか」

「賛成。……うん、やっぱりタバサとは気が合う」

 

 バニーガールの衣装と、クーラーボックスを肩にかけた違和感ありすぎな少女2人は、唯一普通っぽい小太郎を挟むようにして歩き出した。そこで小太郎はこうなってしまった状況をいちから説明し始めた。

 

 まず、小太郎が今回ヨミハラに行く目的は対魔忍とは関係がなく、個人的に頼みを受けて、というものだった。

 この日は8月20日で翌日は21日、つまりバニー(821)の日。ヨミハラにあるカジノではバニーの日に合わせて盛大なパーティが開かれるのだそうだ。

 

 ところが、今年は問題が発生した。いや、厳密には去年も発生しており、それが今年の問題にも絡んでいるのだが。

 バニーの日が目前に迫ったここ数日、ノマド傘下でヨミハラ1番のカジノである「Bunny Kings」で大勝ちをした客が、幽霊を見てそのまま死亡するという不可解な事件が起きていたのだ。

 

 その幽霊というのが、1年前のバニーの日にイングリッドと決闘をし、敗れはしたものの満足した様子で散っていった人物。バニーのようなサイボーグの女剣士にして、Bunny Kingsのボスでもあった、バニーKだというのである。

 

「俺はその様子を見てないし、頼んできたドロレスも去年の様子は知ってるけど、今年のことは話でしか聞いてないって言ってたんだが……。あ、ドロレスっていうのは……」

「知ってる。イングリッドの親戚か何かだっけ。ヨミハラでイセリアルを討伐した時に会ってる。私が言うのも何だけど、ちょっと変わってるなって思った」

「ああ、まあ……。その感想はあながち間違ってないな」

 

 小太郎はドロレスとゲーム友達で、何度か顔を合わせたこともある。そういうわけで昨夜もボイスチャットをしながらゲームをしていた時にこの相談を受け、対魔忍としてノマドのために動くのはあまりよろしくないが、ふうま小太郎個人としてならば、ということで頼みを引き受けたのだった。

 

 当初はタバサにも言った通り心霊関係に関してはスペシャリストの孤路を連れていくつもりだった。が、孤路を巻き込んでしまうこと、紫水は孤路の体を借りることができるのでそうしたほうが角が立ちにくいこと、何より紫水自身が久しぶりに小太郎の一緒に外に出たいということで話がまとまっていた。

 

「そこまではよかったんだけどね。コロちゃんの魂遁の術で体を借りる時、お館くんが私をイメージする必要があるの。だけど、今回はバニー絡みの件だからってこんな服装をイメージしたみたいで……」

「いや……本当にすまん……」

「お館くんのえっち」

「えっち」

 

 紫水に続いてタバサにもそう言われ、何も言い返せないと小太郎はうなだれた。

 

「まあふうまが時々破廉恥なのは今に始まったことじゃないからいいとして」

「うぐぐ……」

「コロの体を借りてるっては聞いてたけど、今の紫水の体ってどうなってるの? コロの意識はどっか行っちゃったりしてる?」

「私とコロちゃんが入れ替わってる感じかな。コロちゃんの体っていう器に、私っていう中身が入ってるってイメージ。今もコロちゃんの声は私には聞こえてるよ。タバサが参加したこの間の集団戦の模擬戦すごかった、って言ってる」

「あ、そういう感じなんだ。コロ、やっほー。……あと凜子に私のところまで押しかけてくるのだけはやめてって言っておいて」

「やっほー、言っておくね、だって」

 

 楽しそうにクスクスと笑う紫水。

 

「紫水がコロの体を“乗っ取ってる”のかと思ったけど、さっき紫水が言った通り『入れ替わってる』のが正しそうか。良かったね、ふうま。“乗っ取られ”2人に挟まれなくて」

「……タバサ、笑いどころが全くわからないし、わかったとしてもお前の境遇を考えたら笑えねえよ。……それより忘れてないだろうな? 今日の移動で五車とヨミハラの間の移動方法、ちゃんと頭に入れておけよ。そうしないと1人で帰ってこられなくなるからな」

「ん、わかってる」

「あ……。やっぱりタバサ、ヨミハラに行ったらそのまま残るんだ」

 

 今度は先程までと打って変わって、紫水の声は少し残念そうだ。

 

「味龍のバイトは捨てがたい。それに向こうにも私を待ってる『友達』がいるから。あと……居心地としては、正直なところ向こうのほうがよく感じることの方が多い」

「そうなの? 闇の街とか言われてるのに?」

「言われてるから、だと思う。確かに対魔忍に良い人は多いよ。分け隔てなく接してくれる人も多い。それに稲毛屋のアイスもおいしい。だけど……異世界人の私がいるにはちょっと合わないかな、って感じることも少なくない。……特に凜子に勝っちゃったのもあるだろうけど、そこそこ噂は広まってるみたいで、奇異の目を向けてくる人もいるし」

 

 相手の心を読み取る力に長けたタバサだからこそ感じ取れるものなのだろう。小太郎は何かを言おうとしたが、すぐその口を閉じていた。

 

「その点あの街は何でもかんでも受け入れるから。住みやすさは断然五車だろうけど、居心地はヨミハラの方が良く感じる。何より、時子や災禍やライブラリーの料理もおいしいけど、さすがに味龍には敵わないし。あそこでバイトをして賄いを食べてる時が1番楽しい」

「……アサギ先生のスカウトすら蹴るほどの魅力のバイトだもんな。そりゃもう誰にも止められねえよ。俺はタバサにはやりたいことをやってもらいたいって思ってるから、その意思を尊重するつもりだ」

「あ、でもふうまには感謝してるよ。あの時も言ったけど困った時があったら手伝うつもりだし、そうじゃなくても休みの日は時々戻ってくるつもりでいる。だから移動の方法を覚えようとしてる」

「そっか、よかった。じゃあ時々は図書室に顔を出してくれる?」

「ん。勿論」

「ああ、それに関連して。丁度いい機会だし今のうちに説明しておくか。タバサ、荷物が入ったカバンを貸してくれ」

 

 そう言うと小太郎は手渡されたポシェットの中から細長い何かを取り出し、タバサに見せる。

 

「あー……。それ確か、離れてる人と連絡できるやつ」

「そう、科学の結晶、スマホだ。まあこれ、元々は俺が使ってたやつなんだが……」

「え、それじゃふうまのその……スマホだっけ、無くなっちゃうんじゃないの?」

「いや、タバサに譲るって名目で俺の小遣いを管理してる時子に頼み込んで、俺は新しいモデルのものを買ってもらった。だから気にすんな、というより新しくできて感謝してる」

「……お館くん、こういうところ小さいよね。コロちゃんもケチくさいって言ってる」

 

 ジト目で紫水がツッコミを入れた。

 

「しょうがないだろ! スマホに回す金なんて俺にはないんだし……。まあとにかく、ヨミハラからでも連絡がつけられるように改造してあるから、基本的に持ち歩いて連絡はこいつを使って欲しい。使い方とかは荷物の中に説明書が入ってるし、あとは扇舟さんにでも聞いて……。いや、あの人こういうの意外とダメそうな気がしてきたな……。ま、困ったら静流先生がいるか。その辺りに聞いてくれ。ただ、無くなると困るから知らない人に無闇に貸したりするなよ」

 

 スマホをポシェットに入れ直し、小太郎はタバサへと返した。受け取って肩にかけ直しながら、何やらタバサは考え込んでいる様子である。

 

「……五車とヨミハラの移動の仕方に、さっきの……スマホの使い方……。ふうまに習った集団戦云々で覚えたことよりも大変な気がしてきた」

「んなことないって。吸収力の高いお前ならそう言うのもすぐ覚える……と思うぞ」

 

 断言しなかったことで、無表情なタバサの顔がどこか心配げにも見える。そんな2人のやり取りを横目に見て、やはり紫水は小さく笑っていた。

 

 

 

---

 

 地下都市であるヨミハラは、地上と異なり四季による温度の差がさほどない。治安と地下特有の籠もった空気の悪さに目をつぶることができるのであれば、もしかしたら夏はこちらのほうが過ごしやすいかもしれない、とも思える。

 そんなわけでヨミハラに着いて地上より涼しいと思っていた3人だったが、まずタバサが荷物、特にクーラーボックスを置きに行きたいということで、彼女にとって家ともいえる、静流が店長のバーの2階の宿泊所へと行っていた。

 小太郎も着いていきたい気持ちがないわけではなかったが、今回の件はふうま小太郎個人で受けていて対魔忍とは無関係という体を保っているため、静流と顔を合わせたくないと店の近くで待つことにしていた。

 

「おまたせ。書き置きも残してきたから扇舟が先に帰ってきても多分大丈夫。……でも本当にこの格好でいいの?」

 

 しばらくしてタバサがやってきた。が、武器こそ持っていないものの防具はフル装備状態、頭にもナマディアズホーンを装備済みだ。

 が、その角部分にはウサギの耳のようなカバーがつけられ、雑にテープで止められている。

 

「お、カバーをうまく止められたか。よし! これでどこから見てもバニーだな!」

「……本気で言ってるならふうまの目は相当ヤバいことになってると思う」

 

 普段の声色よりもやや呆れた色が含まれつつタバサが言った。

 確かにそこだけを見ればウサ耳に見えなくもない。が、そのすぐ下は頭巾に、さらには不気味な仮面である。どこから見てもバニーには到底見えない。

 

「いや、さすがに無理だと思いつつも言ってるが……。でもタバサはその仮面を装備してないと力を発揮できないんだろ?」

「無いよりはあった方がいい」

「となると常に装備してるに越したことは無い。幽霊騒動の原因は不明だが、襲われてる人がいる以上、予期しないタイミングで戦闘になる可能性がある。だから装備を保ちつつ、一応ウサギっぽい要素を入れてみたんだが……」

「……私たちの格好に対してタバサだけ完全に浮いちゃってるよ」

 

 紫水も思わず突っ込んだ。

 カジノへ行く、ということで小太郎はタキシードに着替えている。紫水は元々バニースーツだったので、この2人は「カジノに遊びに来たボンボンとその連れ」と言った感じで格好としてはなかなかハマっている形だ。

 

 が、そこに「ウサ耳の下に頭巾と不気味な仮面をつけた存在」が加わったらもうただの仮装集団である。

 

 しばらく唸っていた小太郎だったが、諦めたというか、面倒になった様子で開き直った。

 

「ま、細かいことは置いておいて行くとするか」

 

 どうにかしてバニー要素を入れようとしつつも、結局は「細かいこと」として気にするのをやめることにする。そんなふうま家頭領の細心にして大胆な決定に対し、思わずタバサと紫水のため息が重なった。

 

「……集団戦の時はあんなに頼りになったのに、なんか今日のふうまはダメな気がする」

「あー……コロちゃんも同意見みたい。私も……うん、これは擁護できないかも……」

 

 いきなり出鼻をくじかれた感がある。が、まだ問題の「Bunny Kings」には足を踏み入れてもいないのだ。

 

 気が重くなった雰囲気を拭えないまま、タバサと紫水は小太郎に続いて目的の店へと向かうのだった。




原作マップイベント「バニーの亡霊」に沿ったお話。
メタ的なことを言ってしまうと、紫水を見える設定にしたのはここで2人が既に顔見知りになっていて動かしやすいように、という部分が大きかったり。



ヴァルダラン, ザ ストーム スカージ

敵対派閥であるイセリアルの悪評を最大まで上げた時に登場するネメシスクラス(レリックとペットのネメシスとは無関係)の敵。雷に特化したクソリアニメイター。ゆきかぜの雷撃を見た時にタバサが敵側の雷が得意な相手ということで引き合いに出している。
雷エフェクトをまとったリアニメイターといった出で立ちだが、特殊条件で登場する敵だけあって能力はリアニメイターの比ではない。代わりにリアニメイターと違ってリビングデッド等の召喚は行わない。
落雷や雷球といった見た目通りの雷を使った攻撃を多用してくるが、1番厄介なのはヴァルダラン自身とこちらの位置を入れ替えるスワップテレポート。
取り巻きがたくさんいるから一旦引いて態勢を立て直そう、なんて考えてるといきなり場所を入れ替えられて敵陣のど真ん中に放り込まれることもある。ゴ○イヌさんの能力かな?
特に取り巻きが強力&突然変異で予想外のペナルティを食らうことが多いSRで出てきた場合、上記の状況から一瞬で墓が立つこともありうるので危険。
他にも投射物に対してオートカウンターで雷球をばら撒いたりもする。
近接ビルドだから、と思ってると装備やアイテムスキルが投射のためにそれに反応してカウンターが飛んでくることもある。実際元にしたビルドの場合はパッと思いつくだけでもネクオルのアイテムスキル、指輪のアイテムスキル、星座スキルのツインファング辺りが該当している。
とはいえ、他にやべーやつが大量に跋扈してるネメシスの中ではまだマシな方で、雷とイーサー耐性を超過耐性まできっちり確保できていればなんとかなるような気がする。


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Act43 バニーKシリーズ……完成していたの……?

「ご主人様、お帰りなさいませー!」

 

 Bunny Kingsの扉を開けた3人を待っていたのは扇情的な衣装に身を包んだバニーガールたちだった。が、その華やかさに反して店の方はガラガラである。やはり相談を受けた幽霊騒動がかなり影響しているようだ。

 

「えーっと、ドロレスは……」

「あそこよ、()()()()()

「あ、どうもありが……え!?」

 

 聞き覚えのある声に加え、自分の名前まで呼ばれたことで、驚きながら思わず小太郎はその声の主へと目を移していた。

 頭にはウサ耳、しかし衣装の方はもはや服とは呼べないほどに露出が激しく、胸などはほとんど全部出してるんじゃないかというぐらいの格好をしていたのは、酒場の店長にして潜入中の対魔忍であると同時にヨミハラ町内会会長でもある静流だった。

 

「し、静流先生!? なんでここに……」

「去年のバニーKの一件では私も絡んでいたからね。それに、町内会の会長として見過ごすわけにもいかないし。……そういうふうまくんこそ、個人で頼みを受けたみたいだけど、それならまずはこっちにいる私に個人的にでいいから連絡すべきじゃないかしら? 私も対魔忍としてこの件に首を突っ込むつもりはないわけだし」

「う……。た、確かに」

 

 カジノに入っていきなり説教をされている小太郎を見て、仮面越しにタバサがため息をこぼした。

 

「……やっぱり今日のふうまダメっぽいな」

「タバサはちょっと普段のお館くんを過大評価しすぎじゃないかな。大体あんな感じだよ」

「うーん……。訓練してる時の指揮を執ってる姿の印象が強すぎるのかもしれない。じゃあ普段のふうまはあのぐらいってことで評価ダウンしておく」

 

 言い回しがいちいち面白い、と紫水はクスッと笑う。

 

「それで、タバサちゃんも連れてきたわけね。もう戦闘状態でやる気満々みたいだけど」

 

 話が一区切りついたのか、静流は小太郎が連れてきた2人へと話す相手を替えたようだった。

 

「まあいつ問題が起こってもいいように、っていうのと、私の仮面(ナマディアズホーン)の角の部分にウサギの耳をつけろって話になったから。これでウサギ成分を出してる」

「……出してる、っていえるのかしら、それ……」

「とにかく助っ人ってことで。あと、これが終わったらヨミハラに残るから。よろしく、町内会長」

「はいはい。上からもオッケー出てるんでしょうから、またよろしくね。……で、そちらのバニーガール姿がよく似合う彼女はふうまくん関連? 本当に君って罪な男よね」

 

 そんな静流の軽口にムッとしたのか。紫水は一歩前へと出てから堂々と答えた。

 

「私は天宮紫水。お館くんと運命を共にする者」

「あら……。運命を共にする、なんて大胆ね」

 

 そうは言ったが、静流はそれ以上追求しなかった。

 雰囲気的にはあまりよろしくないが、紫水も必要以上に静流に対して敵意を見せてるわけでは無さそうだしいいか、とタバサは思うことにする。

 

 とりあえず自己紹介も終わったところでいよいよ本題、と思ったところでタバサは何かが足りないことに気づいた。

 

「……そういえばドロレスは?」

 

 言われて今さっきまで話していた人たちが「あ」と声を揃える。それから静流が向けた視線の先に目を移すと、柱の陰に隠れるようにドロレスが立っていた。バニー姿ではないものの、以前タバサが見たような格好と違ってオシャレでかわいらしい格好をしている。

 

「わ、私が会話に入れない雰囲気……。特にふうまと運命を共にする子……。眩しすぎてもうダメポ……」

 

 相変わらずのドロレスの様子に、彼女を知る小太郎とタバサは思わずため息をこぼしていた。

 

「ドロレスをフォローすべき迷うが……。まあいいか」

「おぉう!? ふうま、ひどい……」

「俺も遊びに来たわけじゃないからな……。原因をさっさと突き止めたい。とにかく本題に入ろう。紫水、頼めるか?」

「うん、やってみる」

 

 目を閉じ、紫水が小さく呟く。

 

「魂遁の術……」

 

 不意に、タバサの目には孤路の姿がダブって見えた。彼女の口から紡がれた言葉が、まるで孤路が言ったように思えたからだ。

 

「……霊はいると思う。でも、すごく弱々しいし、何かを警告しているような……」

「警告? じゃあつまり、原因はバニーKじゃないってことか?」

 

 小太郎の質問に紫水は小さく頷いた。

 

「そんな気がする。でも正確なことまでは読み取れない……」

 

 そこまで言ったところですうっと紫水の気配が元に戻っていた。

 

「うーん……。仕方がない、実際に幽霊が出てきたって状況を再現するしかないか。俺が大勝ちをしてみよう」

「そ、それ大丈夫なの……?」

 

 心配そうにドロレスが尋ねるが、小太郎は特に気にしてない様子だ。

 

「多分大丈夫だろ。紫水もタバサもいるし」

「うん、お館くんのことは私が守る」

「タバサ、お前ももしもの時は……」

「言われるまでもない。そのために私が来たんだし」

 

 強力な助っ人2人に改めて確認を取ったことで小太郎の腹も決まったらしい。

 

「……よし、ならやるとするか!」

「はーい! 1名様ごあんなーい!」

 

 静流が小太郎にくっついて腕を取りつつそう声を上げた。

 

「ちょ、ちょっと静流先生!?」

「今私はここのバニーガールなんだから、お客様はちゃんともてなさないとね」

「じゃあ私たちも!」

 

 客がいないことで暇を持て余していたバニーガールたちも小太郎に寄って来た。

 

「まめ、あんたも来な! ドロレス様も良かったらどうぞ」

「あたしもかい? んじゃあご一緒させてもらうかねえ」

「じゃ、じゃあ私も……」

 

 バニーガールに誘われ、まめ、と呼ばれた訛りが強めのタヌキ耳に尻尾の少女――信楽(しがらき)まめとドロレスも小太郎を取り囲む輪の中へと入っていく。

 一方、タバサはその集団から一歩引いた位置に立っていた。輪の中に入ろうとしていた紫水がそのことに気づき、一瞬迷ってからタバサの方へと近づいていく。

 

「紫水、行かなくていいの?」

「そういうタバサは?」

「ああいう風に密集するのは動きにくいから悪手だと思った。ここなら全体が見渡せるから、何かあったときに対処しやすい」

「なるほど……。私もその考えに乗ろう。お館くんの側にいたい気持ちがないわけじゃないけど……。守るほうが優先だし」

 

 小太郎はルーレットの卓についたようだ。リリノーエと名乗った、やはりバニー姿をした金髪の美女ディーラーが何やら小太郎と話をしている。

 

「あ、そういえば紫水に……というか、コロにもだけど、聞きたいことがあったんだった」

「何?」

「今日、ふうまはコロを連れてくるって行って家を出ていった。でも来たのはコロの体を借りた紫水だった。ふうまが図書室でコロと待ち合わせたとは考えにくいんだけど、その辺どうなってるの?」

「そっか、タバサには細かいところまで説明してなかったんだっけ。なんかごめんね」

「ん、謝らなくていい。別に気にはしてない」

 

 2人が話している間に小太郎のルーレットが始まった。

 とはいえ、幽霊に襲われたという状況を再現するために行っているイカサマの出来レースだ。ディーラーのリリノーエがうまく調整するのだろう。実際、1回目は勝ったらしく、小太郎は喜んでいるようだ。

 

「実はね、コロちゃんは図書室の外でも私が認識できるようになったの。それで、コロちゃんを通すことでお館くんも同じように見えるようになってて……」

「え、初耳……」

「だからごめん、って。原因は……まあ、タバサになら言ってもいいか。……お館くんの魔性の力については知ってるよね?」

「魔性の力……。ふうまの右眼から溢れてくるあのヤバい力か。ライブラリーとの訓練を見てた時に何回か目にしてる。他にも1回死んでも生き返ったとか。正体はわからないけど、あれはよくない。可能なら使わない方がいい」

「タバサもそう思うんだ。……うん、あの力はできるならお館くんには使ってほしくない。でも、私が言ってもどうせお館くんは聞かないから……」

 

 元々「目抜け」と呼ばれ、忍法が使えないことに劣等感を抱いていたであろう小太郎だ。そこで手に入った力ということもあり、どうしても頼ってしまうのであろう。

 

「その魔性の力は、本来お館くんが()()で手に入れた力……」

「前世?」

「そう。……私は、前世から繋がりがある存在で、お館くんの中に残る前世の残滓なの。だから本来はお館くんにしか見えないはずだったんだけど、魂遁の術が使えるってことでコロちゃんに見えるようになって。……でもタバサに私が見える理由はまだわからないんだけど、とにかく魔性の力を使うほどにお館くんの中でその力が強くなって、前世の存在であるはずの私との繋がりが強くなっていってしまうの」

 

 そこまで話すと紫水は言葉を止め、タバサも何も返さなかった。2人の雰囲気にそぐわない、今度は負けたらしい小太郎が大げさに悔しがる声だけが辺りに響く。

 

「つまり紫水はふうまに会いやすくなったけど、それってふうまの中の魔性の力が大きくなったってことだろうから、素直には喜べないってわけか。……なんか悲しいな」

「まあ……そういうこと。でもタバサ、前世とか信じるの?」

「信じる。ケアンにいた私の友達の1人が、おそらく前世で私に会ったことがある、って言ってた。だから前世っていうのは存在すると思う」

「そっか……。その辺りも、タバサが私を見える理由に関係してたりするのかな……」

「うおおおおおおおおっ!」

 

 そんな真面目な2人の話を切り裂いたのは小太郎の勝利の雄叫びだった。空気が台無しにされたと、タバサが明らかに呆れた様子で口を開く。

 

「……ふうまうるさいなあ。こっちの、特に紫水の気も知らないで」

「私はそんなに気にしてないよ。でも……これ出来レースだよね? 最終的に絶対勝つってわかってるのになんでお館くんあんなに熱くなってるんだろう……」

「やっぱり今日のふうまはダメだ。あと賭け事に向いてない。私はそういうの詳しくないけど、あれは有り金を全部奪われる人間のパターンだと思う」

「あー……うん、言えてるかも。コロちゃんも同意してる」

 

 結局小太郎はこの後もしばらく勝った負けたを繰り返し一喜一憂していた。

 

 が、不意に空気が一気に張り詰める。それだけで2人もいよいよ本番だと察していた。

 

「ん、やっと茶番も終わりか」

「周りの様子とかはどう見える? タバサはカンがいいみたいな話だったはずだけど」

「今のところはまだ普通。ここでふうまが大勝ちしてからどうなるか、って感じじゃないかな」

 

 そしていよいよ運命のルーレットが回る。小太郎はチップを0に1点で全賭け。当たれば36倍の大勝ち、外せば一文無しの大勝負だ。……傍から見れば、の話ではあるが。

 相手のリリノーエは凄腕ディーラーである。外れることはない、勝利を約束されたゲームだ。

 

 果たして、ボールは0の位置へと転がり込んでいた。

 

「よっしゃあああああああああっ!!!」

 

 勝つとわかっていても、36倍に全賭けで勝つというのは滅多にできない経験だろう。演技なのか素なのか、小太郎は狂喜乱舞していた。

 

 が、直後。

 

「――ッ!」

「そこか!」

 

 小太郎の背後に強烈な殺気。

 彼を守るためについてきた紫水は“波遁の術”を発動、背後に巨大なガーディアンを作り出し、小太郎を守るように立ち塞がる。

 しかしそれより早く、殺気への反応速度が尋常ではないタバサが動き出していた。その殺気の大元――バニーKの幽霊と見られる、不安定に揺れ動くバニーのような姿をしたサイボーグが小太郎目掛けて放った攻撃を剣で弾き、そのまま攻撃態勢に入っている。

 

「ひ、ひいっ……!」

 

 が、幽霊と思われたその存在は、タバサの攻撃対象が自分だとわかるとそこから一目散に逃げ出し始めたのだ。

 

「なんだこれ。……ふうま、なんかこいつ変だけど、殺していいの?」

 

 必死の回避をされたために初撃を外したタバサがぼそっと呟き、手を止めて小太郎へと尋ねる。小太郎たちも元々違和感を覚えていたようだが、これが決め手になったらしい。

 

「なんか幽霊っていうには変だな……」

「ウサギのようなサイボーグ姿の剣士……。確かに見た目は去年見たバニーKそのものと言ってもいいのだけれど……」

「あれは霊の類いじゃない。お館くんを攻撃してきたのも普通の攻撃っぽいし」

 

 紫水が指さした先、最初にタバサが弾いた攻撃は矢によるものだったらしい。

 

「ああ、ありゃ誰かが化けてるねぇ」

 

 タヌキ娘のまめが不意にそう言った。

 

「化けてる? 幽霊として化けて出てる、という意味じゃなくて?」

「違う違う、変化(へんげ)の術みたいなもんだぁ」

「タバサ、ストップだ! そいつはバニーKの幽霊じゃないっぽい。話を聞きたい」

「ん、了解。……死にたくなかったら正体を見せたほうがいいよ」

 

 斬ろうと思えばいつでも斬れる。そんな威圧感をこめたタバサの言葉に相手も観念したようだ。

 

「おのれふうま小太郎……またとんでもない女を連れてきやがって……!」

 

 恨み言とともにぼんっ、という音が響いた。その七色の煙が晴れた後に立っていたのは、見るからにピエロといった風貌の相手。

 

「ミスター・フールか!?」

 

 過去に因縁のある小太郎はすぐその名に思い当たったが、その過去を知らないタバサは首を傾げるしか無い。

 

「誰?」

「ああ、まあ正確に説明すると長くなるんだが……」

 

 ミスター・フールはかつてヨミハラでBunny Kingsと並ぶほどの大カジノであった、「ラビリンス」のボスだった。しかしボスのくせに自分の店に飽きて面白半分で自作自演の襲撃事件を起こし、たまたまその時に潜入していた小太郎たちと衝突。店を捨てて逃げていったのだ。

 その後も悪さをしていたところでまたしても小太郎とぶつかり、今度こそ捕らえられた。……はずだったのだが。ミスター・フール特有の変化の術で脱走していたらしい。

 

「あー……。もうその時点で殺すに十分値するんだけど、どうする?」

 

 小太郎の説明を聞いて半ば呆れつつ、それでも殺気だけは本物のままタバサが尋ねた。

 

「待て待て、まだこいつから話を聞いてない。……おい、ミスター・フール。なぜヨミハラに帰ってきた? Bunny Kingsに恨みでもあるのか?」

「ああ、あるね! 私の店が潰れたっていうのに、ここはバニーKが死んだにも関わらず繁盛してる。それが気に入らないのさ!」

「……え? さっき自分で店潰したってふうま言ってなかった?」

 

 至極真っ当なタバサの矛盾の指摘に小太郎はうんざりしたように頷いた。

 

「言ったぞ。……話を聞いた限り、完全にこいつの逆恨みだろう」

「逆恨みとはなんだ! 気に入らないBunny Kingsを潰そうと思ったら、憎きふうま小太郎までいるとなれば一石二鳥。まとめて始末できるってものさ!」

「……だ、そうだけど。そろそろこいつ殺していい?」

 

 タバサの殺気が一気に膨れ上がる。

 

「な、なんだこの殺したがりの娘は!」

「別に殺したがりなわけじゃない。お前はふうまに害を及ぼそうとしたから殺す、それだけのこと」

「ふん! 殺す殺すと気軽に言ってくれるが、これでもお前は私を斬れるのか!?」

 

 ぼんっ、という先ほど同様の音と煙とともにミスター・フールの姿が変わる。不気味な仮面と頭巾、そして場違い気味に雑につけられたうさ耳。赤いショートマントや黒い体防具など、その姿はどう見ても――。

 

「あ、私だ」

「そうだ! これぞ私自慢の華麗なる変化の術! お前は自分を斬れるのか!?」

「何言ってんの? お前は私じゃないじゃん。そんな上っ面だけ似せたところで意味なんて無いし、関係ない」

「じゃ、じゃあこれならば!」

 

 ぼんっ、ぼんっ、ぼんっ、とミスター・フールは次々に姿を変化して見せる。店の中にいるバニーガール、リリノーエ、静流、ドロレス、そして紫水に化けた後は小太郎に。

 

「あ、まずい」

「ん? どうした紫水」

「あいつ、地雷踏んだ」

 

 タバサは無言だった。が、怒りのオーラが溢れているのがわかる。「この場にいる者に化ければ斬られない」、相手がそう高を括っているとわかったからだ。その中でも特に斬りにくい、静流、ドロレス、紫水、何より小太郎の姿を真似られたのが気に障ったのだ。

 

 さすがに小太郎もこれは空気としてあまり良くないことは感じていた。

 とはいえ、斬られるとしても小太郎からすれば因縁のあるミスター・フールだ。確かに紫水の言ったように完全な自爆だし、自分と同じ顔の相手が斬られるのはあまり見たいものではないが、「まあ散々迷惑かけてきたあいつならどうなろうと別にいいか」と思い、そのまま静観を決め込もうとしていた。

 

「ちょっといいかい?」

 

 と、そこで場に全くふさわしくない呑気な声が聞こえてきた。独特の訛り具合のその声の主はタヌキ娘のまめだ。

 

「何? 今からこいつを斬るから、邪魔するならお前も斬る」

「いやあ、斬られたくはねえなあ……。でも、おめえさんも仲間の人と同じ顔の存在を斬るのはあんま気持ちいいもんじゃねえだろうと思って。……あたしから言わせてもらえば、あんな大したことない変化の術に怒るのも馬鹿らしいし、あんたの剣を汚すほどの価値もねえんでねえかい、って言いたくてよ」

「なんだと!? この私の変化の術を大したことがないだと!?」

 

 ぼんっ、とミスター・フールの姿が元のピエロ姿に戻る。そんな彼の怒りの矛先は完全にまめへと向けられ、気づけばタバサが蚊帳の外に追い出されてしまっていた。それまで剣呑だった雰囲気を少し和らげつつ、呆れた様子で呟く。

 

「……うまくいなされた。斬る気が失せた」

 

 タバサは仕方なく成り行きを見守るポジションに移行することにした。その間にもまめはミスター・フールを口先で追い詰めていく。

 

「さっきそこの娘っ子が言ったとおり、おめえさんの変化は上っ面だけでしかねぇ。そんなので得意げになるのは小っ恥ずかしいんでねえかなあ」

「聞いていればさっきから私の変化の術を馬鹿にして……! ならばお前は私よりうまく変化できるとでも言うのか!?」

「言えなきゃさっきみたいなことは言わねえ。んじゃ、まずはあの金髪バニーさんに変化して……」

 

 ぽん、という音と共にまめの姿が静流に変わる。

 

「ほれ、花吹雪」

 

 それから静流の木遁の術のように手のひらから花びらを舞わせてみせた。

 

「な、なんだと……」

「これは驚いたわね」

 

 ミスター・フールだけでなく、当の静流本人も目を丸くしている。

 

「見た目と能力だけじゃない。気配まで似てる。……これは上っ面だけ変わってるそいつとは全く別なレベル。意識しないと区別がつけられない」

「そんな褒められると照れちまうなあ。じゃあ次は褒めてくれたおめえさん……と思ったけど、こりゃ真似るのもなかなか難儀だな。底が見えねえ」

 

 言いつつも、まめはタバサに変化してみせた。それから手を振って小さな閃光を生み出す。

 

「フラッシュバンまで再現できるんだ」

「本物はもっとすごいんだろうけど、あたしじゃこれが限界だな。それに他にも色々ありすぎてとても真似らんねえ。でもこのぐらいのこともできねえで華麗とか自分で言っちまうのは、あたしとしてはちとどうかなあと思って……あら?」

 

 まめが元の姿に戻りながらミスター・フールの反応がないとここでようやく気づいたが、見ればまめの変化に対抗することさえできずに固まってしまっていた。どうやら実力差をまざまざと見せつけられてショックを受けた結果のようだ。

 

「あれま、固まっちまった」

「……で、幽霊騒動の犯人ってそいつだとしたら、もしかしてこの一件ってこれで終わり?」

 

 もはや殺す気も完全に削がれてしまったのだろう。半ばうんざりした様子でタバサが誰に聞くでもなくそう尋ねた。

 

「……ってことになるのか?」

「わ、私に聞かれても……。で、でもこのオチって、わざわざふうまを呼ぶ意味も薄かったような……。なんか申し訳なく思えてきた……スマソ」

 

 小太郎に問われてドロレスがそう答えた。依頼人が解決という見解を示した以上はそうなのだろう。やれやれ、とタバサも溜息をこぼした。

 

「紫水と一緒に外に出られたのは楽しかったけど……。1日中ずっと思ってた通りになったか。やっぱり今日のふうまは……」

 

 タバサが最後の「ダメだった」を言い終えようとした、その時。

 何かに気づいたように彼女は小太郎の側へと飛び寄り、そのまま両手に剣を握りしめていた。

 

「な、なんだ!? タバサ、一体何が……」

「ヤバい気配を感じる。……もしかしたらこっちが本命?」

「お館くん、気をつけて! バニーKが警告を発してる!」

 

 タバサだけでなく、紫水までも注意を促してきたことで間違いなく何かが起きようとしている、と小太郎は疑問を確信へと変えた。

 

「紫水! どうなってる!?」

「そうか……! もうすぐ日付が変わって8月21日(バニーの日)になる!」

「ってことは、本番はここからってことか」

 

 そのタバサの言葉は間違っていないのだろう。カジノの奥からさっきミスター・フールが化けていたバニー姿のサイボーグが大量に現れたのだ。

 

「あ、あれは……ば、バニーKの量産型……? ハッ!?」

 

 そこで何かに気づいたように、突如ドロレスは咳払いをした。そしてわざとらしく硬い声で仕切り直すように切り出す。

 

「バニーKシリーズ……完成していたの……?」

「何!? ドロレス、何か知っているのか!?」

「あ、す、スマソ……。なんかこういう場面でこのセリフを言うべきな気がしたし、言いたい気分になっちゃったからつい……」

「おまっ……! 紛らわしいことを言うな! じゃあ実際は何も知らないのか!?」

「し、知らないよ! バニーKが自分の量産型だとかコピーだとか、そういうのを作ってたなんて聞いたこともないし!」

「じゃれ合ってる場合じゃないよ」

 

 紫水がピシャリと2人を止める。

 声色がここまでで1番の緊張感を帯びている。さっきタバサが言った通りの「本番」。おふざけの時間は終わりということだろう。

 

 事実、バニーK軍団の後ろから現れた敵を見て目を見開いた小太郎は、否応なしにそう思わざるを得なかった。

 

 分解したドローンで補修に補修を重ねて全身を作り上げたであろう、ツギハギだらけの人型の機械。カジノの天井に届くほどの巨体を震わせて、見るからにこの軍団のボスという出で立ちの存在が現れたのだ。

 

「あれはバニーKの悪夢の集合体。おそらく、バニーKがずっと警告してたのはあいつだと思う」

「悪夢の集合体……。ナイトメア・バニーKといったところか」

 

 そう呟いた小太郎だったが、チラリと背後を振り返ったタバサと仮面越しに目が合った。

 

「……『昨日』のふうまはダメダメだった。でも……日付が変わったし『今日』のふうまは大丈夫だと思いたい。指揮、任せた」

「おう。任せとけ。……それに昨日もダメじゃなかったぞ」

「……自覚なしは1番タチが悪い」

 

 軽口を叩きつつ、タバサが敵陣へと切り込む。

 

 本当の意味で、バニーの日の騒動が始まろうとしていた。




夜会大人ゆきかぜを引きにいったらすり抜けまくって天井直前まで行って五車祭が近いはずなのに石が心もとなくなりました……。
特にすり抜けてローンチゆきかぜ2回は効いた……。確かにゆきかぜ欲しいけど君じゃないんだ……。



ネメシス(敵のクラス)

ヴァルダランが該当する敵クラス。敵対派閥の悪評を最大まで上げると特定の位置にランダムで登場する。強力な敵ばかりが揃っている。名前は赤文字で表示され、ミニマップ上でもドクロマークでネメシスの出現を知らせてくれる。
敵対可能な各派閥ごとにネメシスが存在する(クトーニアンだけ例外的に2種類)。なお、マルマスを襲ったイセリアルは「イセリアルの先鋒」という派閥になるためイセリアルと別扱いになる。こちらのネメシスである「アークマージ アレクサンダー」の危険度はヴァルダランの比ではなく、特大のイーサーメテオを落としてきて当たれば場合によっては即死というヤバさ。
このようにネメシス内でもそれなりに強さの格差が存在する。
通常マップでネメシスを倒すとアイテムを大量にドロップするネメシスの財宝のロックが解除され、それぞれモンスターごとのMI防具が手に入る。ネメシスモンスターのMIは2種類存在する。
主に肩とパンツでスキル変化はないが、スキルブーストと接辞がつくためにキャラによっては最終装備になりうる。これらはSRの宝箱からも落ちるので、75-76周回がトレハンに推奨されている理由とも思える。
また、エルドリッチネメシスのカイザンのみMIがアミュレットであり、SRの宝箱からドロップしないという特徴がある。落とすMI2種類とも全スキル+1がついているので非常に強力なのだが、欲しい場合はマップを探して歩き回らないといけない。
ちなみに、最初期の頃はそのようにしてネメシスの出現位置を巡ってネメシスを狩ることがエンドコンテンツだったりもした。
対魔忍RPGで例えるなら、劇中で明らかに強いと明言されているキャラは多分このレベル。教師の方のさくらとか紫とか。あとはイングリッドとかもここのレベルな気がする。ゆきかぜ、凜子、アスカとかはここか下のボスクラスか難しいところ。未来の方ならこっちって感じ。

他の敵クラスは

・スーパーボス(赤文字):主に神とか裏ボス。(極々一部を除いて)特殊な条件を満たすと戦闘可能で超強い。強さの次元が違う。ネメシス余裕とかSR75-76周回可能みたいな完成形のビルドでも瞬殺される可能性がある。一時期階段が弱点だった神もいたけど無事克服した様子。対魔忍RPGで例えると覚醒アサギとかブラック様とか○○卿とかの明らかにやべー連中は大体ここだと思う。覚醒リリムとか人間やめた不知火ママとかもここに片足突っ込んでると思われる。稲毛屋の夏おばあちゃんとかナーサラみたいな便利キャラももうここでいいんじゃないかな。

・ボス(紫文字):その名の通りActごとのボスだったり、アイテムを使って入場できるローグライクダンジョンのボスだったり、特にどこのボスってわけでもないけどボス扱いされてたり。特定の位置に出現する。強さはピンキリで、ネメシスより強くね?って感じの敵もいれば、ひとつ下のヒーローと大して変わらない敵もいる。大体のボスはMIを持っているので狩りの標的にされることもある。強さピンキリということもあり、対魔忍RPGで強そうな感じのキャラは大体ここに入るような気がする。

・ヒーロー(橙文字):特殊な能力を持った敵。こちらの攻撃を反射したり、減速させてきたりと厄介。SRでは群れて襲いかかってくるので事故の元になりやすく、特にバフを消してくる「アルケイン」の名前がついているのが危険。気づいたらバフが消えてて墓が立つのはSRの日常、マジで許せねえ。対魔忍RPGだと名前ありだけど戦闘が得意とは言い難いというキャラはほぼこの辺りか。

・チャンピオン(黄文字):雑魚であるコモンに毛が生えた程度の敵。正直コモンと変わらない。対魔忍RPGでいうとモブ対魔忍とかオークとかがこの辺。

・コモン(白文字):雑魚。対魔忍RPGだと戦闘力のない一般人モブ。

といった感じになっている。


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Act44 私は悪夢から覚めたんだ

 Bunny Kingsの店内は乱戦の模様を醸し出していた。

 

 量産型のようなバニーKのコピーは的確に相手を狙っているものの、大ボスのはずの巨大な人型機械であるナイトメア・バニーKは手にした巨大な剣を振り回して暴れている状態である。時には味方のはずのバニーKコピーすら巻き込み、その巨体に物を言わせて攻撃していた。

 その上、見た目通り耐久力も高いようだ。バニーKコピーを相手にしつつ、隙を見つけてタバサが攻撃を仕掛けていたが、自己修復機能まで備えているらしく、斬った側からダメージを回復しているような有様だった。

 

「ガアアアアアアアァッ!」

 

 またしても手当たり次第にナイトメア・バニーKが暴れ回る。回避と共に得意の二刀流を叩き込んでいたタバサだったが、無理をするのをやめたようで一旦退いてきた。

 

「ちょっとまずいな。あいつの回復速度が速すぎてまともにダメージが通ってる気配がない。ケアンにいた超回復する獣のデカブツ(クバカブラ)でももう少し手応えはあるのに」

 

 攻撃的な戦い方をするタバサでさえこの評価。しかも今は後退した上で、である。さすがの小太郎も力押しでは無理だと判断した。

 

「タバサがここまで言うとなると、このままじゃ埒が明かないな。紫水、バニーKの幽霊から何か情報とか得られないか?」

「それなんだけどね。私が幽霊にコンタクトしようとすると、あいつは明らかに私を狙ってくる気がする。お陰でちゃんと話を聞けない。でも。それってつまり不都合だから狙ってきてるんだろうな、っても思うんだけど……」

「じゃあどうにかしてあいつを引き付ける必要があるか。……タバサ」

 

 戦闘面において絶対的な信頼を置く相手へと小太郎は声をかけた。が、返ってきたのはあまり喜ばしくない答えだった。

 

「……やれと言われればやれなくはない。でも私は一発よりも手数を重視して戦うタイプで、あいつは超回復してくるからうまく注意を引き付けられないかも。そういうのは一発に威力のある攻撃の方が向いてると思う」

「でもここに集まってるメンバーは……」

 

 3人以外では木遁使いの静流、霧を操り幻覚を得意とするリリノーエ、変化の術を操るまめ、「ペイン」という呪いを使えるドロレス。その他警護要員を兼ねたバニーガールたちも銃器等で武装して攻撃に参加しているが、どれも条件に合致するとは言い難い。

 強いて言うなら波遁の術使いの紫水が条件に近いが、その紫水のために時間を稼ぎたいという間の悪さだ。

 仕方がない、とひとつ覚悟を決めたように小太郎が小さく息を吐いた。

 

「やっぱり少し難しいか。……よし」

「待った。ふうま、あの力を使うつもりでしょ。それはダメ」

 

 嫌な気配を感じ取ったのだろう。さっき紫水から話を聞いたということもあって、タバサが止めようとする。

 

「ダメ、って言ってもな……。別に今までだって何回も使ってる。それに、今はこの力に頼るしかない状況だ」

「でも……」

 

 チラリ、と仮面越しにタバサは紫水を仰ぎ見る。直接ではなかったが紫水も視線を感じたのだろう。難しい顔をしているようだった。

 

「……私としてもあんまりその力を使ってほしくはないけど。とはいえ今この状況だと……。あ、ちょっと待って」

 

 急に無言になった紫水は数度頷いてから再び小太郎の方を向いた。

 

「コロちゃんが『タバサの能力を使えないか』って言ってる。この間模擬戦の時に使ったタバサ特有の魔法みたいな力を使えば、注意をひくことが出来るかも、って」

「難しいと思う。結局あの時使ったのは全部牽制か撹乱か、そういう目的だった。実際リソースを割いてないからダメージには期待できない。ふうまもそういう前提で使い方を考えてたし」

「確かにそうなんだよな……。強力そうなのはあったんだが、結局は見た目だけのハリボテって感じで……。いや、待てよ……」

 

 ふと、小太郎は何かに気づいたようにハッとした。

 

「タバサ、“グレネイド”だ! 爆弾を作り出すあの能力、使えるよな?」

「使えるけど……。でもさっき言った通り威力はないよ。ふうまが提案した使い方も爆発物ってことで相手を警戒させられるかも、って感じだったはず」

「ああ、確かに今の状態じゃそうだろう。でも、その爆発力を増すことができれば一発に十分な威力を得られる、ってことだよな? 例えば……スタンジャックスに鹿之助の電遁をかけ合わせたみたいに」

「あ、なるほど。だけど今この場にそれができそうな人が……」

「ここにいる」

 

 紫水は小太郎の考えを汲み取っていた。光に包まれた手を伸ばしている。

 

「私の忍法は波遁の術……。このガーディアンもそうだけど、波動エネルギーを操る術。だから、タバサが作り出すそのグレネイドっていうのに力を注入すれば破壊力を一気に増すことも可能だと思う」

「……よし、じゃあそれでいこう」

 

 タバサは両手の剣をインベントリへと収納した。それから、手のひらにソフトボールサイズの、いかにも手榴弾という物体を生み出してみせる。まさに文字通りのグレネイドだ。

 

「波遁の術……」

 

 紫水の手がタバサが作り出した爆弾に触れた。見た目には全く変化がわからず、「終わったの?」という感じでタバサは首を傾げている。

 

「気をつけて投げてね。元は知らないけれど、結構な威力の爆弾に変わってるから」

「ん。わかった」

「よし、着いてこいタバサ。紫水は俺の合図でバニーKと話し始めてくれ。あいつがお前の邪魔をしようとしたところにグレネイドを叩き込んで注意を惹かせる」

「了解」

 

 小太郎とタバサの2人が紫水から距離を取る。

 この動きに真っ先に気づいたのは静流だった。何かをしようとしているのだとわかり、2人に迫ろうとするバニーKコピーに対して木遁で作った鞭を振るって攻撃を仕掛けつつ尋ねてくる。

 

「ふうまくん、何かをしようってわけね?」

「ええ。今からタバサがあのデカブツの注意を惹くために爆弾を投げつけます。結構威力があると思うので、俺の合図で伏せてください」

「わかったわ。……それにしても爆弾ね。そんな物騒なものまで作れちゃうなんて」

「本来なら威力はない。これは今回だけの特別製」

 

 それでも作れること自体は否定しなかったと、静流は苦笑を浮かべるしか無かった。

 

 小太郎が紫水に始めるように合図を出す。案の定、それに反応して暴れ回っていたナイトメアは紫水の方へと明確に狙いを切り替えた。

 

「今から即席の爆弾を投げつけます! 皆伏せて!」

 

 小太郎のその声とともにタバサがグレネイドを投擲する。

 本来ならば少し火柱が上がる程度。それでも「爆弾がある」と相手に思わせて心理的な揺さぶりを与えられる、という使い方を提案された能力だ。

 

 しかし今タバサの手から投げられた、まごうことなき「爆弾」の威力はその比でなく。爆発と同時に耳をつんざくほどの爆音と、店内のものを吹き飛ばさんばかりの爆風が駆け抜けていた。

 

「きゃあああっ!?」

「ひ、ひいいいい! タバサ、なんてものを……」

 

 バニーガールとドロレスから悲鳴が上がる。投げたタバサ当人もらしくなく、明らかに呆然としていた。

 

「……ウソでしょ? これがあのグレネイド? 威力が全く別物じゃん」

 

 タバサが驚くのも無理はない。さっき連続攻撃を叩き込んだのにあっという間に修復されたナイトメアの胴体の一部が、修復が始まらずに吹き飛んだままになっているのだから。

 

「グオオオオオオオオオオッ!?」

 

 予想外の攻撃を受け、相手が狙いを紫水からタバサへと切り替えた。脅威が身に迫れば反撃に出るという至極当然なメカニズムだ。

 

「まあいいや。とにかく釣れた」

 

 タバサはインベントリから愛用の剣(ネックスとオルタス)を取り出し、先程爆破した箇所へと斬り込んでいく。修復しようとしている側から矢継ぎ早に飛んでくる斬撃に、相手は流石に嫌がり意識は完全にタバサに向けられていた。

 邪魔者を斬り裂かんと巨大な剣が振り下ろされる。だが、そこにもうタバサの姿はない。ゆらり、と動いたと思うと切っ先を完全に見切って回避している。まさに華麗に踊る影(シャドウダンス)

 

「出し惜しみ無しで行くか」

 

 ポツリと呟いたタバサはブレイドスピリットとネメシスを召喚。さらにナイトメアの頭上に炎の塊(メテオシャワー)氷の槍(ブリザード)が降り注ぎ始めた。

 続けてテルミットマインを相手の真下に仕掛け、左手の一撃(アマラスタのブレイドバースト)をきっかけとして、得意の高速の三連撃(アマラスタのクイックカット)回転攻撃(ホワーリングデス)、その勢いを利用しての両手の剣による挟み込み(ベルゴシアンの大ばさみ)、そして渾身の振り下ろし(エクセキューション)。その上、時折自分の周囲に幻影の刃(リングオブスチール)も展開する。その他武器とリングによる追加攻撃や、天界の力までをも総動員しての全力攻撃である。

 それでも傍から見る限りでは新たにダメージを与えるようには見えない。が、相手に修復もさせない。自分の仕事として、徹底して時間稼ぎに終始していた。

 

「はああああっ!」

 

 そして、その彼女の苦労が報われる時が来た。

 

 バニーKコピーのうちの一体。それが、ナイトメアへと突然斬りかかったのだ。その見事な太刀筋は、まさしく望んでいた一発に威力のある攻撃だった。巨大な機械の腕を斬り落とし、凍りつかせている。

 明らかに意思を持った一撃。それも、コピーが真似できるような斬撃ではない。

 

「なるほど、これが私の妄執が生み出してしまった悪夢か」

 

 自分に対する敵意を全く感じなかったこととその一言で、タバサは相手が味方と判断した。

 

「あなたは敵じゃないっぽい。警告を発してたって言うし、本物のバニーK?」

「そう。私が話を聞いてコロちゃんの魂遁の術を使って魂をコピーに憑依させた」

 

 作戦はうまく言ったらしい。バニーKの幽霊と話を終えた様子の紫水が答えた。

 

「それよりここは私に任せろ。全てはさっき説明した通りだ、頼む」

 

 本物のバニーKは剣を構えながら紫水へとそう言った。

 

「わかった。お館くん、ついてきて。タバサは……」

「私が行かなくてもいいなら残りたい。彼女は私たちに協力してくれた。私の仁義的に考えると、ここは援護したいって気持ちがある」

 

 紫水が小太郎を仰ぎ見る。どうしようか、という表情だ。

 

「タバサ抜きでもいけるか?」

「うん。やること自体は簡単なはずだから……」

「じゃあ決まりだ。タバサ、バニーKと一緒にそっちは任せた!」

 

 その言葉を受けてタバサは剣を持ったまま右手をサムズアップしてみせた。

 

「よし、行こう」

 

 小太郎と紫水が駆け出す。その移動中、紫水はこの騒動の原因を話してくれた。

 

 元々の発端は去年のバニーの日。イングリッドと戦うことだけを望んでいたバニーKは、ボロボロであったサイボーグの体をメンテナンスマシンでどうにか調整して生きながらえている状態だった。

 何故戦いたかったか、自分が何者かすらもおぼろげになったままイングリッドと戦ったバニーKだったが、その戦いの中ですべてを思い出し、誇り高き魔界騎士と剣を合わせたいという願いを叶えたことで満足して散っていった。……はずだった。

 

 ところが、生前のバニーKのイングリッドへの執着がメンテナンスマシンへとエラーを生じさせていた。主亡き後も勝手に稼働を続けていたマシンは暴走を始めてしまったのだ。

 幽霊となったバニーKはこのことをずっと警告していたが、その声は小さすぎたために届かず、霊感の強い人がうっすらと彼女の姿が見えるというだけだった。逆にその姿が見えてしまったことで幽霊騒動が広がり、同時にミスター・フールがその幽霊騒動に便乗してさらに場をかき乱したために、一層本質が見えにくいという状況に陥ってしまう。

 結果、警告が間に合わず、メンテナンスマシンがバニーKコピーやナイトメアのような化け物を生み出してしまった、ということだった。

 

 メンテナンスルームに2人が到着する。防衛のドローンも何もなく、この騒動の元凶である機械は静かに動き続けているだけだった。

 

「結局こいつは妄執にとらわれていた頃のバニーKの思いを叶えるために動いてただけ、ってわけか」

「そうだね……。機械に罪がないっていうのはわかってるけど、ごめんね」

 

 少し沈痛そうな顔をしてから、紫水はその機械に向けてガーディアンへ攻撃の指示を出す。

 

「ウラアアァッ!」

 

 雄叫びを上げたガーディアンが、バニーKの妄執を終わらせるべく拳を叩きつけた。

 

 

 

---

 

 一方、フロアに残ったタバサとバニーKは圧倒的な戦闘力を見せつけていた。

 先程までは修復に手こずっていたが、それがウソのように戦局が一変している。

 

「せやああああっ!」

 

 その理由がバニーKであった。今もタバサが先に斬り込んで相手の注意を惹かせたところで必殺の斬撃を一閃。剣を持った腕を斬り落としていた。

 

「グオオオォ……」

 

 明らかに苦しそうな声を上げ、ナイトメアが強引に腕を修復させようとする。だがその修復までの間にタバサが胴体へと無数の連続攻撃を叩き込み始めていた。

 

「グ……ガアアアアッ!」

 

 どうにか修復した腕で周囲を薙ぎ払うナイトメア。が、既にタバサの姿はそこにはない。攻撃の気配を察知してあっさりと間合いを取り直したのだ。

 

「良い腕だな、二刀の仮面剣士」

 

 攻撃の手を止め、バニーKがタバサに語りかけてきた。

 バニーKは何かを待っている。タバサはそんな風に感じていた。おそらく小太郎と紫水がその何かをしてくれるのだろう。

 

「私は剣士っていう感じじゃないんだけど……。そういうあなたも強いね。凜子といい勝負ができそう」

 

 だからタバサも無理はせず時を待つことにして、バニーKの会話に答えていた。

 

「いや、今はこれまでよりも私の攻撃の威力が上がっている気がする。……私をこの体に憑依させてくれた少女の力か、それとも……」

「あー、剣と氷か。それだと私の力が関係してるかも」

 

 奇しくも、バニーKもタバサと同じく得意とする属性は冷気。タバサの能力の中には相手の冷気に対する耐性を減少させるというものがあり、その影響で間接的にバニーKの攻撃の威力が増している、とタバサは予想を立てたのだ。

 

 と、急にナイトメアの動きがおかしくなった。ダメージを受けた箇所の修復が止まり、動き自体も故障した機械のようにぎこちなくなっている。

 静流やバニーガールたちが相手をしていた、周囲のコピーも動きが止まり始めたようだった。

 

「……あの2人がうまくやってくれたか」

 

 そのバニーKの一言で、待っていた時がようやく来たのだとタバサも気づいた。

 

「あとは任せた方がいい?」

「ああ。……元々の原因は私にある。自分の手で済ませるべき問題だからな」

 

 バニーKは動かなくなったナイトメアの前に立つ。

 

「すまなかったな、私の妄執よ。だがもういいんだ。私は悪夢から覚めたんだ。……でやああああああああああああっ!」

 

 気合の言葉とともに大上段から振り下ろされた剣は、彼女の悪夢を一刀両断にし、氷漬けにしていた。

 

「……終わった」

 

 それは彼女にとって言葉通りの意味だろう。紫水の力で一時的に憑依をさせてもらったが、それもどこまで続くかわからない。そうわかっていたからだった。

 

「……二刀の剣士よ、私が消える前に名前を教えて欲しい」

「タバサ」

「感謝する、タバサ。……バニーKと名乗っていたが、私の本当の名はカトリン・バルリング。共に戦えて楽しかった」

「ん。私は楽しいって感覚は無かったけど、心強かった」

 

 サイボーグ剣士と、仮面の少女。共に表情は伺えず、笑顔も涙もない。それでも記憶の中に互いの名は残されたようであった。




グレネイド

マスタリーレベル15で解放されるデモリッショニストのスキルで、爆弾を作り出して投擲する。
本体だけだと物理ダメージしかないが、威力の方は良好で、さらに一定レベル以降は100%の確率でノックダウン(吹き飛ばし)効果も発生する。
マスタリーレベル25で解放される「ハイインパクト」を取得すると火炎ダメージが追加され、割合物理ダメージと体内損傷ダメージが強化される。
さらにマスタリーレベル40で解放される「シャタリングブラスト」を取得すると体内損傷ダメージが追加(ハイインパクトの割合体内損傷ダメージ強化はここにかかるためのものと思われる)され、クリティカルダメージと割合火炎ダメージが強化、そして報復ダメージが攻撃に追加される。
また、マスタリーレベル20で解放されるスキル変化の「スカイファイアグレイネイド」を取得すると物理ダメージが100%雷ダメージに変換される。
加えて、スタンジャックスの項目で触れたスキルレベル50で解放される「ウルズインの選民」の対象スキルでもあり、取得するとダメージ修正、確率による100%クールダウン短縮、エナジーコスト軽減が得られる。
リチャージは2.5秒なためにウルズインの選民の確率による連投しかできず、範囲も大量の敵を巻き込めるほどではなく狭めで、投擲の目標にした敵の手前の敵に当たるとそこで爆発してしまうと一見微妙。
しかし威力だけはポイントを振れば振るほど凄まじい勢いで伸びていき、クリティカルを出すとさらにヤバいダメージが飛び出る対強敵用威力特化ロマン爆弾である。
属性が物理+火炎とバラけているのでスキル変化で得意属性に統一したいところ。なお昔はここに刺突も入っていたので属性統一がさらに大変であった。破片爆弾的なニュアンスもあったのだろう。
アップデートで細かくテコが入り続けているスキルでもあり、最近のv1.1.9.7でもヤケクソ気味に強化され、リチャージが微妙に短縮された上に一発の威力がさらに強力になっている。
とはいえこれだけでは雑魚処理に難があるため、対集団用やリチャージ中に使う用のサブスキルも用意したい。
また、報復ダメージ追加を活かし、報復ダメージを稼ぎまくって威力を上げるという変則的な方法もある。
本編中では注意を引くためと、紫水の波遁の術によって強化されての合わせ技として使っているが、本来はノックダウンしかないためにサポートスキルとしては全く向かないので、ダメージソースとして使うか一切使わないかの実質二択といえる。
そのため、本来のビルドでは取得していない。


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Act45 誰にも囚われない自分の人生、いいと思う

「ドロレスから連絡を受けて来てみれば……。なんだこれは、どうなっている?」

 

 ナイトメアが真っ二つに斬り裂かれて氷漬けにされ、コピーたちも動きを停止してようやく戦いが終わった頃。入口の方から女性の声が聞こえてきた。

 

「あ、イングリッド」

 

 現れたのは魔界騎士のイングリッドであった。しかしその姿は普段のものとは別、まさにこのバニーの日(8月21日)に合わせたかのような見事なバニー姿である。

 

「タバサか? それにお前は……バニーK……?」

「イングリッド……」

 

 今名前を呼ばれたまさにその人物だと言いたげに、彼女はかつて自身と剣を合わせた者の名を呼んだ。

 

「これはどういうことだ?」

「以前の私のあなたに対する妄執が暴走し、メンテナンスマシンがこのような機械を生み出してしまったようだ。迷惑をかけた、すまない」

「構わん。この街では日常茶飯事だ」

 

 特に気にした様子もなく、イングリッドはそう返した。それから、隣に立つ仮面の少女へと視線を移す。

 

「タバサ、お前も協力してくれたのか。だが確かお前はイセリアルの件の報告で五車へ行っていたはず。ここ最近もまだ姿を見ないとリーナが言っていた気がしたが……」

「こっちに来たのは今さっき。ふうまがこの件の解決を依頼されたから着いてきた」

「そうか。……しかしふうま、ということはふうま小太郎だな? しかも依頼をされた、と。そんなことをしたのは……」

「ドロレス」

 

 タバサに名前を呼ばれ、その依頼者当人であるドロレスはイングリッドの視線を受けてビクッと身を縮めた。

 

「……まったく、お前というやつは」

「だ、だって……。頼れそうなのがふうまぐらいしか思いつかなかったし……。で、でも解決してるしまあオッケー、みたいな?」

「仮にもここはノマドが管理するカジノだぞ。そこに対魔忍を呼ぶなど……」

「お話中すみません」

 

 と、そこで小太郎と紫水がフロアへと戻ってきた。

 

「……ふうま小太郎か」

「俺はこの件をドロレスから個人的に頼まれただけで、対魔忍どうこうは関係ないつもりでいます」

「私も同じ意見よ。あくまでヨミハラ町内会会長として来たつもり」

 

 静流もフォローに入った。これは助かったと、ドロレスはブンブンと首を縦に振る。

 

「そ、そうそう、そういうこと」

「……ハァ、調子のいいやつだ」

 

 呆れた様子でため息をこぼすイングリッド。そこで小太郎の傍らに見たことが無い少女が立っていることに気づいた。

 

「それで、お前は?」

「天宮紫水。お館くんと運命を共にする者」

「……ほう?」

「そこの彼女のお陰で私はこのコピーの体に一時的に憑依させてもらい、自分の手で不始末を片付けることができた」

 

 運命を共にする、という言葉に興味を持った様子のイングリッドだったが、直後にバニーKの言葉を聞いたことで今度はそっちに関心が移ったようだった。

 

「そうだったのか。それで、どうする? また私と戦うか?」

「いや、私は1年前のあの戦いでもう満足している。あとは消えるだけだ」

「そのことなんだけど……」

 

 そこで紫水が会話に割って入る。

 

「もしバニーKさんが望むなら、私の生命エネルギーでもう少しその体でいられるようにできる」

「この体で? 生きられるのか、私は?」

「うん。でもいつまでかはわからないけど……」

 

 バニーKがイングリッドを仰ぎ見る。どうすべきか伺いを立てているようだ。

 

「お前の命だ。お前の好きにするといい」

 

 イングリッドにそう言われ、しばらく黙っていたバニーKだったが心が決まったらしい。

 

「……私はあなたに囚われない、自分だけの生をもう一度歩いてみたい。今はそう思える」

「誰にも囚われない自分の人生、いいと思う。私の友達も今そうやってやり直しているところ」

 

 口を挟んできたのはタバサだった。やり直しているタバサの友達、つまり扇舟のことだと、小太郎にはわかった。

 イングリッドは何も言わず、ただ頷いただけだった。

 

「それじゃあ……。波遁の術……」

 

 バニーKに置かれた紫水の手から温かい光が広がる。先程タバサのグレネイドを超強化したときと同じような光景だった。

 

「ありがとう」

 

 感謝の気持を述べてから、改めてバニーKはイングリッドを見つめ直した。

 

「あなたにも感謝する、イングリッド」

「何、気にするな。それで、お前さえ良ければまたこの店を預かってほしい。一応ノマドの傘下である以上、上がりだけは収めてもらうが、それ以外について私は口を出すつもりはない」

「わかった」

「では頼んだぞ、バニーK……いや、カトリン・バルリングよ」

「……私の名を覚えていてくれたのか」

「強き者の名は忘れられないものだ」

 

 どうやらイングリッドとバニーK――カトリンの方は丸く収まったらしい。イングリッドは今度は小太郎の方へ歩み寄る。

 

「お前にも迷惑をかけたな」

「いえ、今まで助けてもらったドロレスからの頼みでしたし。それに、タバサをヨミハラに連れてくるのにタイミングを伺っていたってのもありますから」

「そうか」

 

 それからイングリッドはいつの間にか小太郎の側に近寄っていたタバサを見た。

 

「また助けられたな、タバサ。イセリアルの件に続いてか」

「別にいいよ。ふうまからの頼みを受けただけだし」

「それで、これからはまた味龍でバイトか? お前さえ良ければノマドでスカウトしたいところだが……」

「やめてよ。……ここに来る前もアサギからそんな話されて断ったばっかりなんだから」

「ハハハ! お前ほどの実力ならどこでも受け入れたいと思うだろうよ。なあ?」

 

 イングリッドがカトリンの方へ首を動かしながら尋ねる。

 

「……可能ならな。ガードマンとしては最適だ。さっき一緒に戦って思ったが、見事な腕前だった。それに、あれほど息が合うとも思わなかった」

「だ、そうだ」

「やだよ。私に会いたければ味龍に食べに来て。……って、バニーK……じゃなかった、カトリンはその体だと来られるかわからないか」

「ならばお前がこのカジノに来い。そうすれば会える」

「私にそんなお金はない。……まあいいか。お互い生きてヨミハラに住んでれば、そのうち会えるかもしれないし」

「ま、そういうことだな」

 

 さっきはもはや今生の別れだと思って挨拶を交わした2人。今度は前向きに別れを告げ合えた。

 

「さて、では帰るとするか。行くぞ、ドロレス」

「あ、その前にひとつだけいいですか?」

 

 帰ろうとするイングリッドを小太郎が呼び止める。

 

「なんだ?」

「……なんでその格好なんです?」

「フッ、今日がバニーの日だからな。去年着たものを引っ張り出してきただけのことよ」

()()()()()()思ったけど、似合ってるよ」

 

 タバサの褒め言葉にイングリッドは気分を良くしたようだ。

 

「褒められるのは悪い気はしない……。待て、()()()()?」

 

 しかし、そこで違和感に気づく。

 

「……お前は去年のバニーの日にはこの街にいなかったはずだ。どこで見た?」

「それはあれだよ、イングリッドが静流に渡した、イセリアル襲撃の記録と一緒に入ってた……」

「わ、わああーっ! す、ストップ! タバサ、ストーップ!」

 

 急に焦ったように会話を遮ったのはドロレスだ。

 

「ん? どうかした?」

「い、いや……その話題にはどうか触れない方向で……」

「なんで? ドロレスが用意したんじゃないの? あのたくさんのイングリッドの肖像画」

「……おい、静流。タバサが言ってることは本当か? 私が渡したあの記録媒体の中に、本当に私に関する何かが入っていたのか?」

 

 困った表情を浮かべた静流は、一瞬ドロレスの方を見て――。

 

「……ごめんなさいね」

 

 と、形式上でだけ謝り、今回のバニー姿や水着など、大量のイングリッド画像が入っていたことを暴露してしまった。

 

「ノオオオオーッ! ……もうダメポ……お姉ちゃんに怒られる……」

「当たり前だ! この馬鹿者! 余計なものを入れるな、とちゃんと忠告しただろう! なぜそんな物をあのファイルに入れた!?」

「お、お姉ちゃんの魅力が……対魔忍の人たちに少しでも伝われば、と思いまして……」

「そんなことはしなくていい!」

「……実際うちの大将はなんでこんなものが入ってるのか、ってとても困ってたわよ。画像を開くと呪いが発動する仕掛けになっているかもしれない、とか。私も色仕掛けじゃないか、って疑っちゃったし。結局いたずらか間違って入れたって類という結論になったけど……。前者だったのね」

「い、いや、いたずらじゃない。お姉ちゃんの魅力を……」

「それはもういい!」

 

 小柄なドロレスの頭にイングリッドの拳骨が落ちる。涙目になったドロレスを抱えるように脇に担ぎ上げ、イングリッドはわざとらしく大きく咳払った。

 

「……見苦しいところを見せた。静流、その画像は全く関係がない、可能なら消してほしい。うちの馬鹿が勝手にやったことで迷惑をかけたと井河アサギに伝えてくれ」

「ええ、了解」

「ではこれで失礼する。……くっ、格好がつかん……!」

「そ、そんなことないよ……。お姉ちゃんはいつでもかっこいい……」

「お前は黙っていろ!」

 

 最後までドロレスを怒ったまま、イングリッドはBunny Kingsを後にした。まさに嵐が過ぎ去った後、といった感じで小太郎はしばし呆然とするしか無かった。

 

「……なあ、タバサ。さっき言ってたイングリッドの画像って本当にあったのか?」

「あったよ。ふうま、あのイセリアルの記録見たんじゃないの?」

「いや、見たけど、アサギ先生から見せられたのは戦闘の動画だけだった。ちょっと見てみたかった気も……いてっ!? な、なんだ紫水? 急に足を蹴って……」

「私にこんな格好させたのに別な女の人に鼻の下伸ばして……。もう、お館くんなんて知らない!」

 

 あまりにデリカシーのない小太郎に紫水が拗ねてしまう。そんな様子に思わず静流は笑いをこらえきれない様子だった。

 

「……で、ふうまと紫水がじゃれ合ってるのはまあいいとして」

「あー……いや、できれば仲裁をしてほしいんだが……」

「あれは放っておいていいの?」

 

 そう言ってタバサが指さしたのは、本物の幽霊騒動のためにすっかり忘れ去られていたミスター・フールだった。

 が、先程までと態度がまるで違う。傲慢さは鳴りを潜め、揉み手でまめへと何かを頼み込んでいるようだ。

 

「どうかお願いしますよ、まめ師匠」

「やんだぁ、そんないきなり師匠だとか、やめてけれえ」

「いえいえ! 師匠の変化の術には脱帽です! このミスター・フール、心を入れ替えて師匠のもとで修業に励みますので!」

 

 どうやらまめの変化の術に完敗したことで改心したらしい。だが、これまで人を騙し続けてきたミスター・フールだ。おいそれとは信用し難い。

 

「あいつのことだ、改心したフリをしてあの子からもっとうまい変化の術の方法を盗み出そう、なんて腹積もりとも考えられるんだが……」

「それが困ったことに、私があいつの内面を読もうとすると本当に心を入れ替えたようにしか見えない。……でもアサギに忠告された『そう思わされてる』だけかもしれない。これまでやってることがやってることなだけに、後から何かあって尾を引かないようにここで殺しておくべきな気もするけど」

「うーん……。まああいつが大人しくなるならそれはそれでいいか。それに過去の自分を悔い改めてやり直すことは悪いことじゃないんだろ?」

 

 先程のカトリン、さらには扇舟まで引き合いに出されては反論のしようがない。やれやれ、とタバサはため息をこぼした。

 

「ふうまがそう言うなら、まあいいか。……よかったな、命拾いしたぞ、お前」

 

 ミスター・フール当人には聞こえないとわかっていつつも、タバサはそう独り言を漏らしていた。

 

「よし、これでそのミスター・フールの問題も今回の幽霊騒動も解決したってわけだ。……で、そこでタバサに頼みがあるんだが」

「何?」

「そろそろ紫水に機嫌を直すように説得してくれないか……? 多分俺が言うよりお前が言ったほうが効果がありそうで……」

 

 相変わらず不機嫌そうな紫水は小太郎の脛を蹴ったり足を踏んだりと執拗に足に攻撃を加えていた。さらにはガーディアンを召喚してその拳で小太郎のこめかみをグリグリし始めている。

 

「そういうのは当人がちゃんと謝るべきだと思う」

「そうだよお館くん。なんでもかんでもタバサに投げないで」

「でもなあ……。美人を見かけたらつい気になっちゃうのは男の(さが)……いてて! す、すまん紫水! でもお前もかわいいからな!」

「う……」

 

 思わぬ不意打ちに紫水の攻撃が止んだ。

 

「ほんと、ふうまくんって天然ジゴロよねえ。罪な男だわ」

 

 呆れたようにポツリと呟く静流。

 

「……天然ジゴロって何?」

「ふうまくんみたいな人のことよ。詳しくは後で扇舟さんにでも聞いて。……って、タバサちゃんは早く扇舟さんに会いたいわよね」

「まあ……。確かに」

「ほら、そこのイチャついてる2人、タバサちゃんが帰りたがってるからさっさと行くわよ。この時間から五車まで帰るのは危険だし、うちの店の2階で仮眠を取っていきなさい」

 

 一方的に話をまとめ、静流は小太郎たち3人と一緒にBunny Kingsを後にしようとする。

 

 と、そこでタバサが立ち止まり、カトリンの方を振り返った。

 彼女もその気配に気づいたのだろう。タバサの方を向き直す。それから、別れの挨拶として軽く右手を上げ、タバサもそれに答えて右手を上げて返した。

 そのまま3人に続いて店を後にする。

 

「……誰にも囚われない自分の人生をやり直す、か」

 

 タバサにかけてもらった言葉を噛みしめるように独り言をこぼしたカトリン。が、改めて店内を見渡し、まずやるべきことは決まっていたのだと思わざるを得なかった。

 

「ひとまず、このめちゃくちゃになった店の片付けをしなくてはな」

 

 こうして、Bunny Kingsで起きたバニーの日騒動はようやく終りを迎えたのであった。




クバカブラ

敵対派閥である獣の悪評を最大まで上げた時に登場するネメシスクラスの敵。正式名称は「クバカブラ, 終わりなき脅迫」。通称ケモネメ(獣のネメシスなので)。高い回復能力を持つ獣のデカブツ。
タフさに定評があり、本編中ではナイトメア・バニーKの耐久力の高さからタバサはこいつを連想して引き合いに出している。
見た目は頭はヤギで体がクマのような、巨大で二足歩行可能な四足獣といったところ。その外見通りのパワーファイターで、一発が痛いメガトンパンチを連発してくる。
しかしそれ以上に足元に血溜まりのようなものを作り出す攻撃が非常に厄介。これはこちらに出血ダメージを与えつつOA低下とダメージ減少のデバフを与えると同時に、クバカブラ自身のヘルスも回復させるという効果を持っており、これが主に上記のタフさの原因となっている。
しかも冷気耐性(と生命力耐性)が高いため、冷気属性をダメージソースとする本来のビルドではダメージが通りにくいという不利な状況まで上乗せとなる。
……とはいえ、ネクオルサバターはそんなの関係なく張り倒せるだけの火力特化ビルドなため、本来のビルドなら血溜まりの上でぼっ立ちしてノーガードでぶん殴り合っても倒すことは可能だったりする。
一方で火力が不足気味のビルドの場合は血溜まりから定期的に離れて戦うしかない。というかそれをやらないと泥仕合どころか、最悪の場合だと相手の回復が上回って倒せないという事態に陥る可能性もある。
と、ここまででも非常に面倒そうな具合を醸し出しているが、こいつのヘルスを削り切ると、なんと「クバカブラ, 耐久」というサイズが小さいクバカブラ2体に分裂する。
そしてそいつのヘルスを削りきると、さらに「クバカブラ, 頑強」というもっとサイズが小さい2体に分裂する。
つまり上記のような特徴を持った化け物を都合1+2+4の合計7体を倒さないといけない。タフって言葉はクバカブラの為にある。
一応サイズが小さくなる度に多少弱体化はするものの、血溜まりは相変わらず設置してくるので、ネメシスの中で倒すのに最も時間がかかる相手かもしれない。耐久面でのライバルは鋼鉄ゴリラ女(アイアンメイデン)
ただ、SRではこの分裂が免除されている。というか、制限時間をオーバーすると報酬が減らされるSRで分裂されたらさすがに悪質すぎる遅延行為である。
ちなみに本編第1話のSRボス部屋で倒されている最初の死体はこいつだったりする。


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Act46 ただいま、扇舟

 バニーの日の騒動を終え、タバサと小太郎と紫水は静流が店長を勤める酒場の上にある宿泊所に来ていた。タバサにとっては唯一、この世界で我が家と呼べる場所と言っても過言ではないだろう。

 

「じゃあ、私の部屋はここだから」

「ああ、今日は助かったよタバサ。扇舟さんにも顔出したいから、明日出る前に一応声をかけるつもりだ」

「ん。わかった。じゃあ今日はお疲れ様、ふうま、紫水」

「おう、お疲れ」

「おやすみ、タバサ」

 

 タバサが部屋のドアに手をかける。同時に伝わってくる室内の感覚と、人の気配。もしかしたらもう寝ているかもしれないと思った同居人が起きていることに気づいた。

 小太郎に今の時点で顔を出してもいいんじゃないかと声をかけようかとも思ったが、既に2人の背中は少し遠くなっている。

 

「……まあいいか」

 

 ドアを開け室内に入る。話し声が部屋の中まで聞こえていたのかもしれない。同居人は待っていた人が帰ってきたと、明るい表情でそちらを向いた。

 が、直後、その顔に困惑の色が浮かんでいた。

 

「タバサちゃん……よね……?」

「私だよ。……あ、そっか。頭防具(ナマディアズホーン)つけっぱなしだった」

 

 仮面を外したその下から覗いた懐かしい顔に、ようやく彼女は心からの安堵の表情に変わった。

 

「よかった。部屋に書き置きと荷物があったし、今も声が聞こえてたからきっと帰ってきたと思ったんだけど、あまり見慣れない戦闘用の装備のままだったから驚いちゃった。……おかえりなさい、タバサちゃん」

「ん。ただいま、扇舟」

 

 さあ、おかえりなさいのハグを、といった様子で扇舟が腕を広げる。タバサはその直前まで歩いていき――クルッと90度進行方向を変更、持ってきて冷蔵庫の側に置いていたクーラーボックスへと向かっていった。

 

「……飛び込んできてはくれないのね」

「何が?」

 

 扇舟が何を言ってるかわからないと首を傾げるタバサ。

 

「いえ、いいの。それよりもそのクーラーボックス……。書き置きから予想するに、多分タバサちゃんが持ってきたんだろうなっては思ったんだけど、ずっと気になってて……」

「開けてなかったんだ。扇舟へのおみやげ。はい」

 

 そう言ってタバサは扇舟の目の前にクーラボックスを持ってきて蓋を開けた。冷気が煙状になって立ち込め、扇舟は一瞬目を細める。そして、その冷気が晴れたところにあったのは――。

 

「うわぁ……! もしかして、稲毛屋のアイス!?」

 

 扇舟らしからぬ、欲しい物を買ってもらった時の少女のような声だった。

 パッと見て10個ほどあるアイスは個別に容器に入れられている。さらに保冷剤とともに動かないように発泡スチロールが敷き詰められ、アイス1個につき1ブロック分として固定されていた。

 そしてその見えている上の段と別に下の段もあるようだ。つまり、都合20個の稲毛屋のアイスがこのクーラーボックスの中に入っているということになる。

 しかも味は4種類用意されている。鉄板のバニラにストロベリー、チョコ、青いのはソーダだろうか。

 

 稲毛屋のアイスはソフトクリームだ。故に凍らせたとしても形が崩れやすい。クーラーボックスの中が個別の容器、それを固定する発泡スチロール、そして温度を下げるための保冷剤と、ここまで徹底されているのは形が崩れないための工夫だと扇舟は気づいた。

 

「おばあちゃんにお願いして凍らせて持ち運べるようにしてもらった」

「すごい……。私なんかのために、わざわざここまで……」

「ただ、凍らせないで運ぶのは不可能で、でも凍らせると食感が変わるとかなんとかって。おいしく食べるために少し冷凍から戻す必要があるらしいんだけど、私はよくわかってない。そういった方法とか保管方法とかをメモしてくれたらしいから、あとは扇舟お願い」

 

 タバサからメモが手渡される。が、それは2つあった。片方はメモ用紙だったが、もう片方は丁寧に封筒に入り、「井河扇舟へ」と記されている。

 

「ねえ、タバサちゃん。2つあるんだけど……」

「あ、もう片方は稲毛屋のおばあちゃんから預かった扇舟への手紙」

「夏……さんから?」

「ん、そう。でもそっちを読むのはアイスのメモを読んでからにしてほしいかも。……扇舟にとっても懐かしい稲毛屋のアイスだし、今食べたいでしょ?」

「そうね。えっと……」

 

 保管は横に倒れないよう、固定用の発泡スチロールごと冷凍庫に入れるように、と書かれていた。そのままだとタバサが言った通り食感が変わってしまうため、冷蔵庫で1時間程度か、室温で10分ほど放置すると本来のソフトクリームに近い食感になる。急ぎであればレンジで10~20秒ほど温める方法もある、とのことだった。

 

「レンジ……? 溶けちゃう気がするけど……。それはちょっと怖いから室温で10分が無難かしらね」

「10分か。じゃあその間に汗流してくる。アイス保管したらおばあちゃんからの手紙でも読んで待ってて」

「わかったわ。……あ、タバサちゃんは何味食べるの?」

「ソーダ……だっけ。青いやつ」

 

 言い残し、タバサは浴室へと入っていく。その間に扇舟はアイスをどうにか冷凍庫に詰め込み、固定に使われた発泡スチロールをスタンド代わりにして立てたまま自然解凍させることにした。タバサが食べる分のソーダと、自分が食べる分にアイスの鉄板であるバニラだ。

 

 それから、気になっていた稲毛屋の夏からの手紙を手に取る。

 

「……タバサちゃんは行水だから、急いで読まないとね」

 

 入浴に関して、扇舟は可能ならば湯船にお湯を張ってゆっくり浸かりたい、それが無理でもシャワーをしっかり浴びたいというタイプだが、タバサはさっきの彼女の言葉通り「汗を流す」ぐらいしかしない。

 もたもたしていたら今にも浴室から出てきそうだと自分に言い聞かせるようにして、扇舟は封筒から便箋を取り出した。

 

 五車の裏切者である自分に対して何が書かれているか。折りたたまれたそれを開くのにわずかに勇気がいったが、意を決して扇舟は自分への手紙を読み始めた。

 

『久しぶりだね、扇舟。あの子があんたと一緒にいると聞いて、この手紙を書いている』

 

 そんな書き出して始まった夏の手紙は、扇舟の予想に反して自分への非難の言葉はなかなか出てこなかった。

 社交辞令的な形式上の挨拶から始まり、タバサがバイトで稼いだというお金を持って稲毛屋に来たこと。ヨミハラにいる扇舟のためにどうにかしてアイスを届けたいと頼み込んできたこと。冷凍をした上でも大きく味が変化しないようにアイスに対する研究を行ったこと。そういった内容が書かれていた。

 

「……私のために、そこまで……」

 

 思わず扇舟の目に涙が浮かぶ。

 そして手紙の最後の方になって、ようやく扇舟自身に対しての言及があった。

 

『確かにあんたは五車を襲った加害者だけど、私は被害者でもあると思ってる。あの愚かな葉取星舟の娘として生まれてしまったために縛られ続けたんだからね。きっとアサギの嬢ちゃんも私と同じ考えだから、あんたに温情をかけたんだと思う。あんたも鉄華院の娘みたいに、親を見限って出奔でもできていれば、なんてことも考える。それに年のせいか、まだ私のアイスを食べることができて、私に懐いてくれていた幼い頃のあんたを時々思い出すよ』

 

 自身の手を毒手に染めてからは稲毛屋のアイスを食べることはできなくなっていた。同時に、扇舟自身は井河長老衆に属していたために、派閥としては中立を貫き対立する形になった夏に接することも母親によって禁じられた。

 

「夏姉……」

 

 思わず、そんなしがらみに縛られること無くつき合えた、遠い日に呼んだきりの愛称が口をついて出る。

 

 母と同じぐらいの年齢差ではあったが、扇舟からすれば姉のような存在。幼い頃から特製の手作りアイスを食べさせてもらい、「夏姉」と慕って遊び相手をしてもらったことも、稽古をつけてもらったこともあった。

 

『タバサはいい子だ。危うい面もあるけれど、そこも含めて純粋なんだろう。あんたを友達、と呼んでいた。友達は大事にするもんだよ。確かにあんたは罪を犯したし、それを背負う必要もあると思う。でも贖罪がどうとか考え過ぎず、まずは友達を悲しませないように。そして、その友達と一緒に、生まれ変わったつもりでもう1回人生をやり直してみてもいいんじゃないかね。まあ、折角拾った命なんだ、楽しく生きな』

 

 手紙はそう締めくくられていた。

 

「ありがとう……夏姉……」

 

 ずっと心の中に引っかかっていたものがすっと取れたような。そんな感覚に、扇舟は嗚咽交じりにそう感謝の言葉を口にしていた。

 

 使用者の命と引き換えに発動する“呪い”に命を狙われた。タバサに偶然助けられる形になったとはいえ、その時からずっと、もしかしたら自分は生きていてはいけない人間なのではないかと考え続けていた。

 だが、夏は生きることを諭してくれた。友達を悲しませないように。そんな風に生きてみよう。扇舟は前向きにそう考えていた。

 

「お待たせ。……大丈夫、扇舟?」

 

 と、そこでシャワーを浴び終えたタバサが浴室から出てきた。時間はまだ10分と経っていない。本当に行水だ。

 

「ええ。ちょっと手紙を呼んでたら懐かしい気分になっちゃっただけ」

「そっか。で、時間はそろそろ?」

「そうね。じゃあ、食べましょうか」

 

 個包装のケースから取り出し、ソーダ味のアイスを手渡す。受け取ったタバサは「ん?」と下のコーン部分を見て首を傾げていた。

 

「ここの部分、いつもの稲毛屋のアイスと違う気がする」

「あ、手紙に書いてあったわ。お店で普通に使ってるコーンは冷凍に不向きで、どうしても食感が変わってしまうんですって。それで、このワッフルコーンっていうタイプに変えてみた、って」

「へぇ……。おばあちゃんすごいな。まあいいや、とりあえず食べよう」

 

 いただきます、と2人が稲毛屋のアイスを口に頬張る。

 扇舟にとっては何十年ぶりになるかという懐かしい味、一方でタバサにとっては五車滞在中にずっと食べた変わらない味。

 

「おいしい……! 確かに稲毛屋のアイスだけど……私が昔食べたときよりもすごくおいしくなってる!」

「ん、ちょっと食感が硬めだけどいつもの味だ。頼み込んだ時は『できるかわからない』とか渋い返事だったのに、さすが」

 

 タバサはそのまま下のコーン部分もかじってみる。サクッ、とワッフルコーン特有の軽い食感が口に広がった。

 

「あ、この下の部分おいしい。下の部分は今後こっちにすべきだよ」

「本当? ……あら、すごい。アイスにいい感じにマッチしてる。タバサちゃんの言う通りかもね」

 

 そんな具合にアイスに対する感想言いながら食べ進めているうちに、気づけば2人とも完食していた。

 

「やっぱりどこで食べても稲毛屋のアイスはおいしいな」

「そうね。……ありがとう、タバサちゃん。私のためにわざわざこんな……。バイト代をこれに使ったっても書いてあったし、なんだか申し訳ないような……」

「気にしなくていいよ。扇舟と一緒に食べたかったから。それより残りは?」

「冷凍庫に入れておいたわ。……でも今日はもうダメよ? 一度にたくさん食べたら、その分楽しみも減っちゃうんだから」

「……ま、それもそうか。仕方ない、今日は1個だけにしておこう」

 

 タバサのこういう部分は子供らしいし、言い聞かせる自分はどこか母親のようにも思える。

 

(本当に……。ありがとう、タバサちゃん……)

 

 扇舟は改めて、心の中でタバサにお礼を述べていた。

 

 

 

---

 

 翌日、朝の早い時間のうちに小太郎と紫水はタバサと扇舟に顔を出してからヨミハラを後にしていた。

 

「じゃあな、タバサ。何かあったらスマホで連絡をくれ。あと、たまには五車にも来いよ。……扇舟さん、タバサをよろしくお願いします」

「五車に来たら図書室に寄ってね。コロちゃんも待ってるって。凜子って人には言い聞かせておくね、だって」

 

 そう言い残し、2人は帰って行った。

 

「あの2人……同じ部屋に泊まったの?」

 

 それからしばらくして味龍へ向かおうという道すがら。扇舟がタバサにそんな質問をしてきた。

 

「さあ? なんで?」

「……いえ、なんでもない。……そうよね、タバサちゃんは、そういうことわからないか」

「ん?」

 

 ああ、やっぱりこういう部分も子供っぽいと思わざるをえない。

 そんな事を考えつつ、味龍に到着した。タバサにとっては久しぶりとなる職場だ。

 

「んー……。少し懐かしい気がする」

「仕事のやり方とか、忘れてない?」

「大丈夫。……扇舟、私のこと馬鹿にしてる?」

「してないしてない。一応の確認よ。……さあ、じゃあ久しぶりのアルバイト、頑張りましょうか」

「ん」

 

 店に入ると同時、声を張った扇舟の声が響き渡った。

 

「皆おはよう! 今日からタバサちゃんが復帰するわよ!」

 

 その声に、先に店で仕込みと開店準備をしていた春桃と葉月とシャオレイの表情が明るく輝いた。

 

「タバサ! 帰ってきたのか!」

「良かった……! もしかしたら帰ってこないんじゃないかと……クゥーン……」

「タバタバ、おかえりだヨー」

「ん、ただいま。……トラジローはまだか」

 

 一気に駆け寄ってきた3人に頭を撫で回されたり、腕を握られてブンブン振られながらもタバサは相変わらずの無表情だ。そんなギャップに思わず扇舟が小さく吹き出してしまう。

 

「おはようなのだ。……お!? タバサか!?」

 

 そこにトラジローもやってきた。

 

「あ、トラジロー。海ぶり」

「おお、あの時は助かったのだ。またお前と働けるのは嬉しいぞ」

 

 さすがに3人にもみくちゃにされているところには入れないと、トラジローはあくまで言葉だけで再会を喜ぶことにしたようだ。

 

「よし、今日からタバサも復帰だ!」

 

 味龍の店員全員が揃ったことで、春桃が頭を撫で回すのをやめてそう切り出した。

 

「それじゃあ今日も1日、元気に営業といくぞ! さあ、仕込みと開店準備の続きだ!」




扇舟と夏の関係は割りと捏造が入ってます。
原作で参考になるストーリーがウソか本当かわからないエイプリルフールのネタストーリーだけだったので……。
ちなみにこの2人、中の人が一緒だったりするんですよね。


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Act47 海でトラジローが言ってったっけ。定休日に鍛錬してるとか

 タバサがヨミハラへと戻り、味龍のバイトに復帰してから数日。

 ブランクを感じさせない動きでオーダーを取り、出前を届け、仕込みまで手伝う。貴重な戦力の復帰に、店長代理の春桃は嬉しそうだった。

 

「いやあ、やっぱりタバサが戻ると違うな! 短期間で一旦抜ける形になっちゃったから仕事内容忘れてないか不安だったが、むしろ動きが良くなってるまであるし」

「まあ……修行みたいなことしたからかな。周りがよく見える。あの人注文してきそうだな、とか、あいつ暴れそうだな、とか」

「そんなことまでわかるようになったのか!? ……これは明日が楽しみだな」

「明日?」

 

 何のことだろう、とタバサが首を傾げる。何故か話が通じていない、と春桃もつられたように首を傾げたところで「ああ!」と理由に思い当たって手を打っていた。

 

「そういえば言ってなかったか。明日は定休日だ。それで……」

「あ、わかった。海でトラジローが言ってったっけ。定休日に鍛錬してるとか」

「そうそう。わかってるなら話が早い。もう鍛錬というよりスパーリングし合うような状態になっちゃってるけどな」

「オレがトップなのは当然だが、最近扇舟も数回に1回はオレから1本取り始めて危うさを感じ始めているのだ。そんな扇舟から春桃は時々1本取れるぐらい、あとの2人はどんぐりの背比べなのだ」

 

 トラジローが補足を入れた。が、「あとの2人」で括られた葉月とシャオレイは不満そうである。

 

「ボクは本来剣士ですよ! 素手じゃ劣るのはしょうがないじゃないですか!」

「ワタシだってこんな呪符さえなければ……。本当はもっと強いんだヨー!」

「フン、そうやって言い訳をしているうちはまだまだなのだ」

 

 腰に手を当てて強者の余裕を見せるトラジロー。

 

「……とまあ、こんな風にライバル意識を持ったりすることで、お互いに切磋琢磨して高め合いつつ、店に来る悪質な客に対応できるように鍛錬するってのが一応のコンセプトだ。きっかけはタバサがいなくなったことで腑抜けてしまったあたしやセンシューに活を入れるためだったんだが……。恒例になりつつあってな」

「私は参加するけど、強制はしないわ。午前に集まって数時間程度汗を流して、昼食時には解散って形になる。……といっても、その後皆でご飯食べに行くことも少なくないけれど」

 

 扇舟はそう言いつつも、選択自体はタバサに任せる、という口調だった。

 

「模擬戦は嫌いなんだけど……。でも素手か。とりあえず参加してみる」

「そんな堅苦しく考えなくていいわよ。それに闇の街の住人としては素手での戦いも慣れておくと何かと助かることもあるでしょうし」

「まったくだ。この店だって週に1度は暴れる輩が出てくるもんなあ。いつの間にか店の見世物みたいになりつつあるし……。こっちとしては勘弁してほしいよ」

 

 やれやれ、という様子の春桃に思わず扇舟は笑ってしまう。

 実際昨日も店内で客同士による乱闘騒ぎが起きかけた。丁度トラジローとタバサが出前に出ていたタイミングだったが、ホール担当だった扇舟があっさりと組み伏せて終わらせている。年と義手のせいもあり全盛期ほどではないにしろ、この鍛錬でカンが戻ったという彼女からすれば、もう街のチンピラ程度では相手にもならないのだ。

 

「わかった。……というか、扇舟から私に腕前を見せたがってる気配がするし、実際私も見てみたいから興味はある」

「……否定はしないわ。そこで私がトラジローちゃんと戦い合えている姿を見たら、タバサちゃんの私に対する評価も変わるかもしれないし」

「それとこれとは話が別というか、扇舟に危ない思いをしてもらいたくないってだけなんだけど……。まあいいか」

 

 

 

---

 

 翌日、タバサは扇舟に連れられてヨミハラの一角にある巨大な建物を目指して歩いていた。

 

 ここから少し先にはスラムもあり、この建物は以前そんなスラムの者たちが体を売るような娼館だったらしい、と扇舟は移動しながら説明してくれた。しかも悪徳オーナーが取り仕切っており、スラム出身の働き口を見つけにくい相手の足元を見て劣悪な環境と安い給料で働かせ、私腹を肥やしているような状態だった。

 しかしスラム住民からの直々の嘆願を受けてノマドがオーナーの処罰に動いた。その後、建物だけは残して娼館自体は取り潰し、代わりに今はヨミハラでも貴重な体を動かす設備の整ったジム兼武道場として生まれ変わったという経緯があるとのことだった。

 

「へぇ……。五車にいた時はノマドは悪い組織、とか聞いたけど、その話を聞くとそうは思えなくなる。実際イングリッドやリーナは話が通じるし」

「この街には娼館なんてたくさんあるからね。敢えてそういう悪質な店を潰して見せしめにして、他の店への警告にしたのかもしれない。とにかく、元が娼館で建物自体が大きかったのを利用してジムになったらしいの。……とはいえ、メインリングのある1階では週に何度か賭け試合とか行われているらしいけどね。評判の悪い娼館なんかよりそっちの方が稼ぎがある、ってノマドが考えたのかもしれないわね」

 

 パッと聞く限りやはりヨミハラらしいエピソードであり、人によっては入口をくぐるのに抵抗があるかもしれない。が、何度も通っているであろう扇舟は慣れた様子で施設内へと入っていく。

 

 入り口を入ってすぐのところに防弾仕様と思われるカウンターがあった。そしてフロアの中心には四方をロープで囲まれたリング。今も一組の男たちが防具をつけてスパーリングの真っ最中だ。

 

「いらっしゃい。……お、味龍んとこの姐さんか。そういや今日は定休日か。またひと暴れに来たってわけだ」

 

 カウンター越しに声をかけてきたのは、スキンヘッドで顔に多く傷があり、さらに右目にはアイパッチ、おまけに右手も義手という、いかにもな男だった。どうやら受付らしい。

 

「ええ、まあね。……他の人たちはまだ来てない?」

「お前さんが……いや、お前さんたちが最初だ。……後ろの子は? 見ねえ顔だな」

「私と一緒で味龍のバイトよ。しばらくヨミハラを離れてて、最近戻ってきたからこの会に参加するのは初めて」

「へぇ。てっきり姐さんの子かと思ったよ」

 

 自然な流れで扇舟が受付の男と世間話を始めたのを、タバサはなんとなしに眺めていた。

 

「……仲いいんだね」

 

 それからポツリとそう呟く。

 

「え? ああ、まあここは何度か使わせてもらってるし、逆にお店に食べに来てもらうこともあるから……」

「俺も美人相手に話すのは嫌いじゃねえしな」

「じゃあさっき扇舟が私に話してくれた、ここの成り立ちとかもこの人から聞いたの?」

「ここは昔悪徳オーナーが取り仕切ってた娼館で、ノマドがそれを取り潰したって話か?」

 

 受付の男の問にタバサは頷いてそれを肯定する。

 

「英断だよ。ほんとよくやってくれた。ノマド様々、朧様々だ」

「え……? 朧って、あの朧?」

「ノマドの朧様と言ったら1人しかいねえよ。……スラム一体とこの辺りまではあの人の管轄区域なんだ。あの人のことを悪女だとか残忍だとか言う人もいるけど、俺たちみたいなスラム出身者からしたら女神だよ。俺たちの意見にも耳を傾けてくれる。……といっても、あの人は悪いイメージの噂が流れるほうが相手をビビらせやすくて都合がいいってスタンスだから、面と向かって女神なんて言ったら怒られるけどな」

「ふーん……」

 

 タバサが初めて出前に出た時、トラジローと一緒に孤児院であった朧のことを思い出す。

 心の中がとても見通せない、油断のならない相手。会っていた時間は短く、言葉も交わさなかったが、あのトラジローが緊張を隠せないほどだということだけは、そのときにわかっていた。

 

「ここはジムなんて言ってるが、週に何度かそこのリングで賭け試合が行われる」

「さっき扇舟が言った通りか。ノマドとしては娼館よりそっちの方が稼げるから?」

「まあそういう理由もあるだろう。でもおそらくだが……あの人は、俺たちに這い上がるチャンスをくれたんだよ」

「這い上がる? チャンス?」

 

 どういう意味だろうかとタバサが首を傾げる。扇舟なら何かわかるかと思って顔を見たが、彼女もわからない様子だ。

 

「まず、賭け試合ということで金が動く。ファイトマネーとして、勝てばスラムの貧乏暮らしでは数週間は働かないと得られないような金が一晩で手に入るから、ここででかい試合を行えるような闘士になろうと皆必死だ。次に、勝ちを上げ続ければここの母体であるノマド連中の目に止まり、兵士としてスカウトされたり、ノマド本部にある更に大きな賭け試合が行われる闇闘技場、デモンズ・アリーナに挑戦出来たりもする。後者は勝てば金も名誉も得られる分、負けるとそれは悲惨なことになるっていうハイリスクハイリターンではあるが、スラム出身の闘士には一攫千金を夢見る連中も少なくない」

 

 へぇー、とタバサと扇舟の声が重なった。

 

「ま、俺はデモンズ・アリーナに挑戦するなんて度胸はなかったからな。スカウトされて兵士に志願したんだが……。この怪我をきっかけにそれも引退して、今はここの受付兼警備員ってわけだ」

 

 男は義手の右手で右目のアイパッチを指さしながらそう言った。

 

「義手と義眼を揃えて続けるのも考えたんだが……。金がかかるからな。義眼は手術が必要になるから勿論として、戦闘用の義手も維持費だけで結構な出費になる。姐さんも義手だからわかるだろ?」

「ええ、そうね……。日常生活を送る程度ならメンテもそれなりで問題ないけれど、本格的に戦闘するとなると専用の義手のほうがいいし、消耗も激しくなる……」

「それに右目と右腕を失った時に、俺は元々力も才能も無かったってよくわかったからな。今はここでこうやってるほうが性に合ってるって思ってるよ。それでもスラムから抜け出す機会をくれた朧様には感謝してもしきれないけどな」

 

 そんな会話が聞こえていたのだろう、リングでセコンドについている獣人が鼻で笑ってから会話に混ざってきた。

 

「ハッ! 力がないとかよく言うぜ。この間街にゾンビが溢れたときは、ねぐらを飛び出して真っ先にここに来たんだろ? そしてここを守るためにそのカウンターの中にある銃器引っ張り出してきて、ノマドの兵士たちと共同戦線とってたって話じゃねえか」

「昔取った杵柄、ってやつだよ。銃に頼り切ってたし、大したことはしてねえ。それに朧様が管轄してるこの店に何かあってみろ。俺は合わせる顔がねえよ」

「ゾンビが溢れたとき? ……もしかして、イセリアルに襲撃されたときのこと?」

 

 タバサの表情が真面目なものに変わる。

 

「イセリアル……そんな名前だったかな。緑の結晶が生えた化け物とかいやがったっけ。この街は変な連中が湧くこともあるが、ありゃ初めて見たな」

 

 まだ表情が険しいままのタバサに扇舟がそっと囁いた。

 

「間接的に、タバサちゃんはこの人を助けた、ってことになるかもね」

「……そうかな。結果的にそうなっただけだと思う」

「私と同じよ。形はどうあれ、助けてもらってる」

「……まあ、おかげでここが残った、っていうのなら、間違ったことをしたわけじゃないんだし、それでいいか」

 

 もしかして照れているのかな、と思った扇舟だったが、相変わらずタバサの顔は無表情無感情で心が読み解けない。勝手に思っていればいいか、と扇舟はひとつ息を吐いた。

 

 と、そこで味龍の残りのメンバーがジムの中に入ってきた。

 

 春桃とトラジローは普段のチャイナドレスだが、葉月とシャオレイはなぜかジャージ姿。胸元には「サトウ」「タナカ」と名札が縫い付けられている。

 

「センシューにタバサ、もう来てたのか! 時間通りに来たつもりだったんだが……。待たせてすまなかったな」

「いえ、私たちが少し早く来ちゃっただけだし、世間話してたから気にならなかったわ」

「むしろゆっくり来てくれたおかげで美人な姐さんと話せたから、俺としては感謝してるよ。……で、今日はいつも通りの部屋と時間でいいのかい?」

「ああ、よろしく頼む」

「なんならメインリング使ったっていいんだぞ? 今使ってるあいつらと戦って勝ったら使わせてやるよ」

「おいおい、冗談はよしてくれ!」

 

 丁度スパーリングのインターバルに入っていたらしい。リング上の男が口をゆすぎながら悲痛な声を上げた。

 

「味龍の店員は皆半端じゃなくつええんだからよ! あの店で暴れるのは無駄に腕に自信がある馬鹿か、ヨミハラのことを知らない馬鹿かのどちらかってまで言われるほどだぞ!」

「違いねえ。味龍、サイボーグ探偵の事務所、アスタロトの溶岩エステ店、桐生美琴のラボ……。今挙げたような場所で暴れるやつはただの馬鹿だって、もうヨミハラじゃ周知の事実だしな」

 

 対角のコーナーにいる相手までそう言って話に乗っかってくる。さすがにうんざりしたように春桃が答えた。

 

「うちは暴力店じゃないぞ! あくまで他の客の食事を妨げないように自衛でやってるだけ、そしてこれはそう言う自衛のための鍛錬と、あとは店員同士の交流を深めるレクリエーションってだけだ! ほら、いつも通りの時間と場所で頼んだ!」

 

 乱暴に春桃が金を置く。反省した様子もなしに、「へいへい」と肩をすくめながら受付の男はそれを受け取ったのだった。




エステ店あったり納涼祭やったりとヨミハラは何でもあり状態になってるから、捏造でスポーツジム兼武道場を設定したけど何もおかしくはないはず……。


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Act48 たまにはこういうのも悪くないね

 なんやかんやありつつも受付を済ませ、春桃をはじめとしてタバサ以外の面々は慣れた様子で2階へと上がり、いくつかに分かれている部屋のひとつへと入る。タバサは完全にそれについていく形となった。

 中はショック吸収用のマットが敷かれた部屋だった。壁や棚にはスパーリング用と思われる防具が置いてあるが、部屋自体はそれ以外に特に何もなく殺風景である。

 

「……これ他の部屋もこんな感じなの?」

 

 早速準備運動に入ろうとする春桃にタバサが尋ねた。

 

「多分な。ここは昔娼館だったらしいんだが……」

「うん、それは聞いた」

「なら細かい説明はいいか。1階はさっき見た通りメインリングがある他、トレーニングマシンも置いてあるらしい。で、2階は何部屋か壁を抜いて面積を確保して、床に衝撃吸収のマットを敷き詰めて即席の武道場にしたらしいんだ。まあケンカの練習なら路上でやってもいいんだが、基本的にここには防具もある。何より、ヨミハラは地面のほとんどがコンクリートだ。それと比べたらここは床のおかげで投げられた時や倒れた時もダメージが少なくて安全といえる。下のメインリングは高いから、ここである程度練習して最後の仕上げにメインリングを借りて賭け試合に出るって連中も少なくないらしいぞ」

「へぇ……」

 

 話しながらも春桃は体を動かし、他の面々も黙々と準備運動を始めていた。

 

「とりあえず、あの2人は向こうで勝手に始めそうだからいいとして」

 

 あの2人、と言われた葉月とシャオレイは既にお互いに組手をするものという前提でいるようである。

 

「あ、その前に。あの2人の名前って葉月とシャオレイだと思ってたんだけど、本当は『サトウ』と『タナカ』だったの?」

「え? ああ、あいつらの服か。常連からお下がりでジャージもらったらしい。この会の時は折角もらったし動きやすいからって、あいつらはあれを着てくるんだ」

「ふーん……」

 

 そこで会話を止めていたと気づき、タバサは「あ、ごめん。話続けて」と先を促した。

 

「さて、こっち4人はどうする?」

「じゃあ最初のタバサちゃんは私とやる形で。基本的な組手から入ろうと思うし」

「オッケー。……となると、あたしの相手はトラジローか。今日はそう簡単にはやられないからな」

「フフン、いつまでそう言ってられるか見ものなのだ」

 

 春桃とトラジローはそのまま実戦形式の組手に入るようだ。

 

 中国拳法であるカンフーを得意とする春桃は左足を宙に浮かせて右足だけで立つ、特有の構えを取る。対するトラジローは我流のために構えも何もない。

 

「ガルルルルッ!」

「ハイーッ!」

 

 低い姿勢で一気に間合いを詰めたトラジローに対し、春桃は浮かせていた左足で前蹴りのカウンター。咄嗟にそれを避けたトラジローだったが、蹴りを放った春桃の脚が弧を描いてかかとから振り下ろされる。

 しかしトラジローは一瞬早く間合いの外まで退いていた。

 

「ふむ……。蹴りのキレが以前より良くなったように思えるのだ」

「いつまでもお前とセンシューに遅れを取っていられないからな」

 

 両者は再び構え直した。

 

 そんな2人の攻防を見て、扇舟は思わず感嘆した様子でひとつ息を吐いていた。

 

「……2人ともさすがね。私も負けてられないわ。……って、今はタバサちゃんとの組手に集中しないと。ごめんなさい」

「ん、別にいいよ。で、何をするの?」

「まずはタバサちゃんの実力を見たいから、とりあえずある程度力をセーブした状態で打ち込んできてみて。それでも当てるつもりで来てほしいけど、本当に当たりそうだと思ったら寸止めしてもらえると助かるわ」

「……なかなか難しい要求。まあいいや、行くよ?」

 

 タバサは構えないが、既に準備は出来ているようだ。

 そのことを感じ取った扇舟がスッと構えを取る。左の手と足を少し前に出す、右利きの人間のオーソドックスな構え。ただ、それでいて両手の義手は拳は固めず自然体、全身も程よく脱力させている。

 

「いいわ、始めましょう」

 

 そう宣言した、瞬間だった。

 一気にタバサが飛び込み、右の拳を上段目掛けて振り抜いた。が、焦った様子もなしに扇舟は半歩引きつつ、右の掌でそれを受け流す。

 続けて今度は左拳で中段への突き。これも扇舟は先程同様に左の掌で払い除ける。

 

(……なるほど、トラジローちゃんタイプか)

 

 そうしながらも、扇舟は冷静にタバサの戦闘スタイルを分析していた。

 トラジローは型にとらわれない、身体能力を生かして本能のままに戦うスタイルだ。雰囲気としてはタバサもそこに近い、と判断した。

 

(でも……荒削りだけど、トラジローちゃん同様に突きや蹴りは基本をしっかりと抑えてる。そして何より……)

 

 上段への右の回し蹴りがとんでくる。スウェイしてやり過ごしたところで、続けてその回転を生かしたまま、全身を沈み込ませての足払いへと派生してきた。

 

(これね。以前店の客の暴動を抑えるのに使っていたのを見たときから思っていたけど、この足払いはまさしく対魔殺法、しかも動きが完成されている。他の突きや蹴りといった、対魔殺法の雰囲気がどこか見え隠れしていたようなものとは全く別。元にした相手のを真似ているとするなら、相当な使い手に教えてもらったことになる……)

 

 小さく跳躍して足払いを回避したところに右の中段突き。扇舟はしっかり受け止めてから口を開いた。

 

「ストップ。一旦ここまでにしましょう。……うん、なんとなくわかったわ」

「やっぱり武器がないとなんか変な感じするな……。五車にいる時に格下の相手を無力化できるように、って一応護身術みたいなのは習ったけど、扇舟が相手じゃ通じなさそうだし」

 

 五車にいる時に習った。予想を裏付けるようなその言葉に扇舟が目を見開く。

 

「習った、って誰に? もしかして、アサギ……?」

「違う。ライブラリー」

「……図書館?」

「ライブラリーはライブラリーだよ。サイボーグ……っていうんだっけ、全身が扇舟の腕みたいになってる対魔忍」

 

 サイボーグ対魔忍のライブラリー。かつて五車と敵対していたこともある扇舟は、昔目にしていた要注意リストの中にその人物がいたことと、同時にその人物の本当の名前も思い出していた。

 

「そうか……佐郷(さごう)文庫(ぶんご)……! 確かにあの男ほどの使い手なら、その綺麗な足払いも納得がいく……」

「佐郷……? それがライブラリーの本当の名前なの?」

「え? え、ええ……まあ……」

「でも変だな。鶴はライブラリーと親子っぽいと思ったけど、確か出雲って言ってたような。名字が違う」

「……佐郷の妻の旧姓は出雲のはずよ。つまり、その子は母親の姓を名乗っていることになるわね」

 

 ふーん、と興味があるのか無いのか、タバサは無表情のまま相槌を打った。

 

「で、まあライブラリーの話も興味深いんだけど、それは夜にでも聞くってことで。……全力でいっていい? 決定的状況の時は寸止めするから」

「あら、やる気になってくれたんだ。模擬戦は嫌いじゃなかった?」

「嫌い。でもこれは模擬戦って感じがしないっていうか……。相手が扇舟だからっていうのもあるのかな、春桃がレクリエーションって言ったのが少しわかるような気がする」

 

 だとすると、無意識のうちに自分は信頼されているということだろうか。一瞬表情が緩みかけた扇舟だったが、わざとらしく咳払いをしてそんな考えを振り払い、先程同様、脱力した形で構えを取った。

 

「……私に対する評価はありがたいけれど、中途半端な力じゃおそらくねじ伏せられる。私も本気でいくわよ」

「ん、勿論」

 

 ピリッと空気が張り詰めた。部屋にいた他の4人もその気配を感じ取ったのだろう。丁度インターバルに入っていたようで、なんとなしに手を止めてタバサと扇舟の様子をうかがっていた。

 

 沈黙を破ったのはタバサだった。自慢の身体能力で一気に踏み込んで間合いを詰め、さっきよりも鋭い右の中段突きを放ってくる。

 

(速い……! でも!)

 

 今度は扇舟の動きも違った。受け流す防御方法はそのままに、しかし力の行き先を的確にずらし、さらに自分の力も加える。

 

「ハッ!」

 

 扇舟の気合の声が上がったときには、タバサの体は宙を舞い、背中から床へと叩きつけられていた。ふぅ、とひとつ残心をしてから――。

 

「ご、ごめんなさいタバサちゃん! 本気じゃないとこっちも危ないと思って、つい……」

 

 慌てて扇舟がタバサの顔を覗き込む。が、投げられた当人は意識もはっきりしているようで、覗き込まれた顔を見返しながら不思議そうに瞬きを繰り返していた。

 

「……今何が起きたの?」

「私が得意とする対魔殺法のひとつ。相手の力を利用しての投げよ」

「悔しいがオレもそれに何度かやられてるのだ。だから気にすることはないぞ」

 

 手を止めて見ていたからというのもあるのだろう。いつの間にか、投げられたタバサの元に全員が寄ってきていた。

 

「大丈夫か? 頭打ってないか?」

「問題ない。……体の方は。でも、面白いほど呆気なく投げられたという精神的ショックはある」

 

 心配そうな春桃に対してそう答え、タバサは上半身を起こした。それから扇舟を仰ぎ見る。

 

「多分稲毛屋のおばあちゃんにも似たようなことをされたからその系統かな。……あの時は空中で反撃する余裕があったんだけどな。おばあちゃん相当手加減してたのか」

「あの人なら……それはあるかも。昔の話になるけど、私なんかよりずっと強かったし」

「まあおばあちゃんは例外として。……扇舟を見くびってたつもりも自分の力を過信するつもりもないんだけど、私の速度にここまで完璧に反応されるとは正直思ってなかった」

「速度だけならば、そうかもね。それにタバサちゃんは予備動作も少ないからなおさら。……だけど、仕掛けてくる瞬間がわかれば、相応の対処は可能よ」

 

 しばらくタバサは無言のまま、特徴的な目を瞬きさせていた。

 

「……ゴノセンとかってやつ?」

「あら、後の先なんて言葉知ってるんだ。まあ似てる部分はあるかも。要は相手の気配を読み取れれば、心の準備ができるから反応できる、といったところかしら」

「といっても限界はあると思うぞ。実際オレが勝つ時は最初の反撃をどうにか回避して、あとは手数で押し切る形が多いと思うのだ」

「トラジローちゃんの攻撃は全部は捌き切れないからね……。わかってても反応しきれないというか……」

「……つまり、反応されなければいいのか。仕掛ける瞬間をわからなくする。相手の嫌がることをする。時には騙す。……なるほど」

 

 独り言のようにそう呟いたと思うと、タバサはスッと立ち上がった。

 

「扇舟、もう1回いい? 試してみたいことがある」

 

 乗り気じゃなかった最初の頃はどこへやら。すっかりやる気になったタバサを見て、扇舟も明るく答える。

 

「ええ、もちろん」

 

 先程同様に間合いを取ったところで、扇舟はやはり同じように構えた。……のだが。

 すぐに少し前の明るい気持ちは吹き飛ぶこととなった。

 

 タバサが大きく深呼吸をして扇舟の方へ視線を移した、その刹那。拭いようのない違和感が扇舟の心に生まれていた。

 

(何……? この感じ……)

 

 目の前に確かにタバサはいる。しかしその気配があまりにも薄い。視覚で認識できているから存在がわかる、というような状態だ。

 そのタバサがゆっくりと足を踏み出す。来る、と身構えた扇舟だったが、その予想に反してタバサは散歩でもするかのように無防備なまま足を進めただけだった。やがて円を描くように歩み始め、間合いを詰めるのもやめる。

 

(私が反撃待ちをしているから揺さぶってるってこと……?)

 

 扇舟の心がわずかに揺れ動いた、その瞬間。

 

「ん。今だ」

 

 フッとタバサが消え、一気に飛び込んでくる。そこから先程同様の右の中段突き。

 

「くっ……!」

 

 今度は投げまではもっていけない。扇舟は払い除けてガードするのが精一杯だった。

 左に回り込もうとタバサが動く。扇舟は視界の端でその姿をかろうじてとらえつつ、死角――すなわち背後からゾッとするような殺気を感じていた。

 

「そこっ!」

 

 その気配へ向けて右の後ろ蹴り。だが、そこにタバサの姿はない。扇舟の背後から一周して回り込む形で、いつの間にか今度は扇舟の右側へと移動して全身を沈み込ませている。

 

(まずい、足払い……!)

 

 気づきはしたが、そこまでだった。回り込んだ勢いも乗せた形で攻撃が放たれ、足を刈り取られる感覚が走る。

 揺れ動いた視界が天井だけを捉え、背中が床に当たったと思った瞬間。タバサの拳が眼前へと突きつけられていた。

 

「……まいったわ」

 

 そう言う他にない。扇舟は降参を宣言していた。

 

「おお、やっぱりこれは対人戦でも使えそう。ありがとう、扇舟」

「どういたしまして。……でも種明かしとかしてもらえない? なんだかタバサちゃんの気配がやけに薄かったようにも感じられたけど……」

「ん、そう。……扇舟は私の仕掛けてくるタイミングを読めたから反応できた。さっきそう言ったよね?」

 

 体を起こしつつ、頷いてそれを肯定する扇舟。

 

「ならばタイミングを読ませなければいい、って思った。要は向かい合った時から気配を殺しておく。そしてわざと焦らして、相手の心が乱れた瞬間を見計らって仕掛ける。そうすれば反応できないんじゃないかって。その上で、死角に入った時に抑えていた殺気を敢えて放つことで、今度はそこにいると思い込ませて攻撃を誘い出す。もう1回気配を殺し直しながら回避してからとどめの一撃、という流れを考えた。……相手の嫌がることをしろ、時には相手を騙せ。ふうまに教えてもらった対人戦のコツ」

 

 実際言われた通りのことをされている。なるほど、と一瞬納得しかけた扇舟だったが、すぐにそんなのは机上の空論ではないかと気づいた。

 

「言ってることはわからなくはないんだけど……。疑問点が多くありすぎる。まず、いくら模擬戦……ともいえないようなレクリエーションのスパーリングといえど、向かい合っている以上、戦意は見せるはず。でも、さっきのタバサちゃんからはそれどころか、存在感すら本当にそこにいるのか怪しいほどだった。あれは……」

「私は元々気配を殺すのは敵を殺すのと同じぐらい得意なんだけど、そこにライブラリーとの訓練で習った、戦っていない時でも心を落ち着かせる方法を上乗せした。これで相手の目の前にいても極限まで気配を殺せるんじゃないかなと思ったんだけど、さっき向かい合った時の扇舟の反応で効果はあると判断した」

「次にそれよ。私の反応とか心が乱れた瞬間とか……。あ、そうか……」

 

 そこでようやく扇舟はその答えに思い当たった。

 

 タバサは、相手の心の内面を見抜くことができる。

 

 一緒に過ごしてきた時も何度か目にしている。それを戦闘中にも使っただけということだろう。

 

「そういや昨日、タバサは相手が何をしてきそうかわかるようになった、とか言ってたもんな。じゃあ仮にあそこでセンシューが待たずに仕掛けたとしても……」

 

 春桃の問に対し、タバサの代わりに扇舟が答えた。

 

「おそらくカウンターがとんできたでしょうね。……それこそ、さっき言った後の先を取る形で」

 

 誰と言わず、生唾を飲み込むのがわかった。

 攻め込めばカウンター、待てば心が乱れた途端に付け込まれる。理論上は隙がないように思えたからだ。

 

「とにかく、目の前に相手がいても気配を殺すことには効果があるってわかった。一対一でもそうだけど、それ以上に乱戦なら奇襲に繋げられる。……とてもいいことを学んだ。たまにはこういうのも悪くないね」

「……本来のこの会の意味合いからはちょっと離れてる気がするけどね」

 

 扇舟は苦笑を浮かべつつそう言うしかなかった。

 

「さてと、じゃあどうする扇舟? もう1本……」

「いや、タバサにはオレの相手をしてもらうのだ!」

 

 そこで意気揚々とトラジローがタバサに挑戦状を叩きつける。

 

「えー……。トラジローの相手は嫌だ」

「嫌だ、じゃないのだ! ……さっきの一見完璧に思えるお前の戦い方、オレはその穴に気づいてしまったからな!」

「な、何!? あたしはタバサに付け入る隙が見当たらないと思ってビビってたのに……。そんなの本当にあるのか!?」

 

 驚く春桃に対し、タバサはさも当然にように答え出した。

 

「そりゃあるよ。……というか、扇舟がもうそのことについてはさっき暗に答えを口にしてる」

「え!? ……したかしら?」

 

 ハァ、とタバサがひとつため息をこぼした。

 

「さっき扇舟はトラジローに対してこう評価した。『トラジローの攻撃は全部は捌き切れない』、『わかってても反応しきれない』。つまり、いくら私が気配を殺して扇舟の時と同じように戦おうとしたところで……」

「そう! 細かいことなど関係なしにねじ伏せればいいのだ!」

 

 柔よく剛を制す、とはよく言う。だが実際は剛が力でねじ伏せる、ということのほうが多いのかもしれない。実際、獣人であるトラジローはそのちびっ子な見た目にそぐわない剛腕、同時に扇舟ですら捌き切れないと言わしめるほどの神速の持ち主でもある。

 それに元々格闘を得意としているのだ。この会では“乗っ取られ”としての力を封印している上に本来なら剣を使うタバサと比べたら圧倒的に分があるのは事実である。

 

「さあ来い、タバサ! オレはいつでも準備万端なのだ!」

 

 もはや絶対に戦うつもりのトラジロー。助けを求めるように扇舟へと視線を送ったタバサだったが。

 

「よし、センシューは今度あたしとやるぞ。ほらタバサ、トラジローをいつまでも待たせるなよ」

 

 店長代理の鶴の一声によってその望みは絶たれてしまった。

 

「……仕方ないか。まあトラジローの戦い方とかを知ることのできるチャンスと思うことにしよう。もし共闘する時が来たら参考になるかもしれないし」

「なんでもいいから早く来るのだ!」

 

 嬉しそうに軽くジャンプを続けて体をほぐすトラジローに、タバサは再びため息がこぼすしかなかった。




葉月とシャオレイのジャージ

2人のキャラデザを担当しているユージ先生のイラスト付きツイートが元ネタ。「度々出番のある味龍の二人、常連からのお下がりジャージを普段着にしてそうだなぁと」とのこと。



佐郷文庫関連の設定

本編中でもあった通り「佐郷文庫」は対魔忍ライブラリーの本名。一応ライブラリーは表向きで「五車が開発したサイボーグ対魔忍」ということになっており、佐郷=ライブラリーであることは極秘となっている。
……はずなのだが、原作中でなおや孤路がライブラリーを鶴のお父さんと明確に認識しているシーンがある(メインクエストChapter51-3)ため、どこまで秘密になっているのかは不明。
米連の高度なサイボーグ技術が目的で佐郷の身柄を欲しがっていた内調の峰舟子(=別な義体に入れ替えた、扇舟の母である葉取星舟)から守るために、アサギはわざわざ彼の死亡の偽装工作まで行っている。
これにより、表向きには佐郷は死亡して五車は関わっていないということになるので、内調や米連からの矛先を逸らすために建前上でもその事実が必要だったのだろう。
無論、何も知らない五車の人間に対しては隠蔽としての役割が果たせるので、彼を恨む人間に対する目眩ましにはなっていると思われる。
とはいえ、佐郷が死にました→五車がサイボーグ対魔忍を開発しました、の流れを見たら、事情を知っている組織からすれば佐郷=ライブラリーなのでは、という図式は簡単に出来上がるのではないかと推測できる。
そして扇舟はそんな内調にいた母からの命令で五車を攻撃しているので、ライブラリーの正体を知った上でリストアップされた情報を目にしていた、という設定を取っている。


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Act49 実は……ちょっと厄介なお願いごとなの

 タバサがヨミハラに戻ってきてから2週間近くが経過していた。

 

 味龍の常連客の中にはしばらくいなかったバイトがまた復帰したと喜ぶ者もいたし、フェルマやリーナといった、特にタバサと仲のいい常連は戻ってきてくれたことを歓迎してくれてもいた。

 

 だが、彼女がいなかった間に面倒な常連も居着くようになってしまったらしい。

 

「タバサ、センシュースペシャル上がったぞ。15番によろしく」

「ん、15番……。あ」

 

 看板メニューのラーメンが乗ったトレイを手にしたところで、彼女にしては珍しく表情に嫌そうな色が浮かんだ。

 その視線の先にいたのは銀の髪に黒のゴシックな服を着込んだ1人の少女だった。が、手に持った何かに対して1人でブツブツと話している。

 

 少女の名はチアル。配信生活をしている魔族で、タバサがいなかった間にヨミハラに居着き、最近は味龍の料理が気に入って食事の様子や店のスタッフなどを撮影して配信しているらしい。なんでもありのヨミハラらしい人物、ともいえる。

 

「……あれでも一応客だからなあ。それにケンカみたいな面倒事を起こすまでには至ってないし、一応この店の宣伝にもなってはいる。……まあこの店のケンカを配信したがってる様子はあるけどな。でも常連で結構来てくれてるから無下にするのもどうかと思うし……」 

「……春桃がそう言うなら。しょうがないか」

 

 不満を述べても始まらない。店長代理がいいと言うならそれに従うしか無いし、何より無駄に時間をかけて麺を伸ばすようなことがあっては言語道断だ。

 やれやれ、といった様子でタバサは15番テーブルに注文された料理を運んだ。

 

「……センシュースペシャル、お待たせ」

「お、来た! ほら見ろお前ら、今日は大奮発してこの店の看板メニューを注文してやったぞ! どうだ、うまそうだろう? ……え? 店員の女の子を撮れ? しょうがないなあ、ほれ」

 

 そう言うとチアルは手に持った何か――ウェブカメラをタバサの方へと向けてくる。すると「チアルよりかわいい、特に大きな目」「いつものお姉さんもいいけどこの子もいい」「これは多分怒らせない方がいいキャラ」などと言ったコメントが流れてきた。

 

「はぁ? チアルよりかわいい? 人の目を褒める前にまず自分の目の視力の方をなんとかしろよな」

「……ごゆっくり。あ、でも麺は伸びる前に食べるべきだと思う」

 

 相手にしていられない、とタバサは踵を返し、それから料理の味を損なわないようにやんわり忠告して去っていく。それだけで「クール系キター!」「怒られてやんの」「これで怒らせない方がいいとわかったのではないだろうか」とコメントは盛り上がってるようだ。

 

「なんであの子映しただけでこんな盛り上がるんだよ。……まあとりあえず食ってみるか。いただきまーす。……おぉ!? これはうまい! この店なんでもうまいけどこれは特にうまい! すげえうまい!」

 

 案の定、「こいつやっぱ食レポ下手だな」「うまいのだけは伝わった」「食べたくなってきた」という反応のコメントだ。それらに対し、ツッコミを入れつつチアルは箸が止められない様子である。

 

「……ほんと、私がいない間に変なのが常連になってる」

「ああ、タバサちゃん、あの子のところに料理運んだのね。変なことされなかった?」

 

 食事が済んだテーブルの皿を下げつつ、他のテーブルを担当していた扇舟へとタバサが話しかけると、扇舟は不安そうに尋ねてきた。

 

「別に。でも他の客に迷惑になるんじゃないかなってはちょっと思った。まあ春桃がいいって言うならいいんだけど」

「実際他の客に聞いてみたら『あいつまたやってるよ』ぐらいにしか思われてないらしいぞ。真っ当なクレームが来たら考える。あんなのでも私の料理をうまいと言って食ってくれることには変わりないからな」

 

 この辺りはさすがヨミハラで食堂を開いているだけのことはある、春桃の度量の広さと言ったところだろう。

 

「戻ったのだ。……今日は変な日だぞ。ヨミハラの街中を牛が走り回ってるのだ」

 

 と、そこで出前に出ていたトラジローが戻ってきた。

 

「牛?」

「お、トラちゃんも見たのか。いくらヨミハラとはいえ変なこともあるもんだよなあ」

 

 タバサが牛という単語に首をひねったところで、常連の男がトラジローに話しかける。

 

「牛が走り回る街なんてこの街ぐらいなものだと思うのだ。……いや、世界を見ればそういうところもあるのか? オレにはよくわからないが……」

「何ィーッ!? 街中を牛が走り回ってる!? それ本当か!?」

 

 急に大声を出して会話に割って入ってきたのはチアルだった。

 

「なんだ、お前また来てたのか。春桃が情けをかけてるからこの店に出入りできているが、オレとしては……」

「そんなのはどうでもいいって! 牛が街を走り回ってるのが本当か聞いてるの!」

 

 全く話を聞くつもりのないチアルに対し、トラジローは至極呆れた様子で答えた。

 

「本当だぞ」

「俺も見たから間違いない。でも今どこにいるかは……」

「こうしちゃいられない! それを配信すればまたチアルちゃんの評判が上がるに違いない! 残りを急いで食って……ぐっ、おおっ……」

 

 店員と常連の2人も目撃者がいるのならば間違いない。そう考えたチアルは食事風景よりも牛が走り回る光景を配信すべきだと、料理を一気にかきこむ。が、詰まらせたようで水で流し込んでいた。

 

「……ぶはあっ! 危なかった……。いや、でもうまかった、とにかくうまかった! 代金は置いておく、釣りはいらない! じゃあな!」

 

 そのままチアルは店を飛び出していく。

 あまりにも突然の展開で扇舟は呆然とするしかなかった。が、直後に大変な危険性に気づいた。

 

「あ、お金……! あの子のことだから間違えてる可能性が……!」

 

 さっきまでチアルが食事をしていたテーブルに向かって代金を確認しようとした扇舟だったが。

 

「大丈夫。足りてる。というか、丁度。……釣りはいらないってこれじゃお釣り出てないじゃん」

 

 一足早くそのテーブルに行ったタバサが確認を済ませてくれていた。

 

「よかった……。ありがとう、タバサちゃん」

「ん、まあバイトとして当然の仕事だし。……でも街中で牛か。ふーん……」

 

 代金を回収するついでに食べ終わった食器を運びつつ、タバサはそんな独り言を呟いていた。

 

「何だタバサ、気になるのか?」

 

 食器を戻しに来たタイミングで、料理を作りながら春桃が尋ねる。

 

「ん、まあ……。だって街中を牛が走り回ってるって意味がわからないし。どういうことなんだろうっては思う」

「いや、言葉通りだったぞ。街中を牛が走り回ってる。ただそれだけだ」

「……それをそれだけ、で済ませる辺り、この街がいかにおかしいかよくわかるわ」

 

 トラジローのツッコミに、常識人である扇舟はさらにつっこまざるを得なかった。

 

「そんなに気になるなら……。ちょうど今出前の料理が出来上がるところなんだ。料理を届けたら帰りにちょっと寄り道してきてもいいが、行くか?」

「行く」

 

 タバサにしてはらしくなく即答だった。春桃は笑いながら鍋を振る。

 

「ハハッ! お前にしては珍しい。それじゃあ……ほいっ、魔草チャーハン完成だ。タバサ、出前頼むぞ」

 

 

 

---

 

 

 ヨミハラにある安宿のひとつ。味龍に出前の注文が入ったのは、その中にある一室からとのことだった。おかもちを持ったタバサが宿の入口をくぐる。

 それに気づいたか、やる気のなさそうに受付をしていた人相の悪い男がタバサをにらみつけた。が、手に持ったおかもちを見て客ではないとわかったようでひとつ鼻を鳴らす。

 

「出前か?」

「ん。味龍。201の人から注文を受けた」

「そうかい。行っていいぜ。……俺も食いてえなあ」

「注文すればいい」

「その分の金は出したくねえ」

「じゃあ我慢するしか無い」

 

 ヨミハラ式の挨拶の慣れたもので、タバサは受付の男とのやり取りを軽く流して足を進めようとする。しかしそこでふと思い当たって男の方を振り返った。

 

「ねえ。今日この街で牛が走り回ってるって話を聞いたんだけど、何か知らない?」

「牛だぁ? 知らねえよ。でも牛が走り回ってもおかしくはねえだろ、ここはヨミハラだからな。この間だってゾンビが溢れたばっかなんだしよ」

「……そっか」

 

 これ以上聞いても何も情報は得られないと、タバサは出前を届けるのを優先することにした。そのまま足を進め、注文を受けた201号室の前へと到着する。

 

「味龍の出前を持ってきた」

 

 ノックし、中からの反応を伺う。が、そこでタバサはふと違和感を覚えてもいた。

 

(この感じ……。なんか知ってる人っぽいな)

 

 明確には思い出せないが、以前どこかで会ったことがある人のような。

 

 そんなタバサの予想を裏付けるように、開いた扉から覗いた顔は、確かに彼女の知っているものだった。

 

「あ」

 

 そこで部屋の中から顔を出した、片目が隠れる長髪と口元のホクロ、そして機械の義足が特徴的な女性は、自分の唇の前に指を立てて声を出さないように合図し、それから部屋へと招き入れた。

 タバサが部屋に入って扉が閉まったところで、この部屋に泊まっていた女性――ふうま災禍はフッと笑みをこぼす。

 

「ごめんなさいね。一応内密に動かなくちゃいけないから」

「ん、構わない。ちょっと久しぶりかな、災禍」

 

 災禍は先代のふうま当主であったふうま弾正に仕えていた秘書である。主に弾正が所有していた書物の管理などをしており、小太郎の家に顔を出す機会はさほど多くはない。

 しかし時々顔を出した時に作ってくれる料理はタバサも気に入っており、味龍の料理に出会うまでは災禍かライブラリーの料理が1番おいしいと思うほどであった。

 そんなわけで、顔を合わせる機会こそさほど多いわけではなかったが、癖が強めのふうま家の中では接しやすく料理が上手な女性、ということでタバサの記憶に残っていた。

 

「ええ、ちょっと久しぶりね、タバサちゃん。それにしても持ってきたのがタバサちゃんで助かったわ。主にトラジローとタバサちゃんが出前を担当してるって聞いたから、注文すればどちらかは来てくれると思ってたけど、トラジローだったら言伝(ことづて)してタバサちゃんに器を回収しに来てもらおうかとか考えてたし」

 

 しばらく無言のまま考え込むタバサ。

 

「……もしかして私に用事があった?」

「半分はね。……もう半分は本当にお腹が減ってるっていうのはあるわよ」

「あ、よかった。私を呼び出す口実に出前を頼んだのかと思った。じゃあはい、注文してもらった魔草チャーハン」

 

 タバサがおかもちから注文を受けた料理を出してテーブルに置く。まだ温かいことを証明するように程よく湯気が立ち、同時にいい香りも広がった。思わず災禍も「へぇ……」と感嘆の声を上げる。

 

「なるほど。匂いだけでもおいしいっていうのがわかるわ。……若様が味龍の魔草を使った料理がおいしいと以前言っていたのを思い出して。丁度タバサちゃんに用もあったし頼んでみようと思ったんだけど、正解だったみたい」

「ラーメンのほうも人気だよ。セン……」

 

 そこまでタバサが言ったところで、災禍はその先を手で制した。

 

「……ごめんね。そっちも考えたんだけど、どうしても……ね。若様が許しているし、元凶は彼女の母親だということも理解はしてる。でも……」

 

 災禍が言わんとしていることはタバサには理解できた。

 

 センシュースペシャル。つまり、災禍にとっての主を殺した女の名前がついた料理。それを注文するのはどうしても気が引けたのだろう。

 タバサもその辺りの経緯は扇舟本人から聞いている。深く悔いているようではあったが、当人がどう思っていようとその気持ちが被害者側に伝わるとは限らない。だから仕方のないことなのだろう、とタバサは考えることにしていた。

 

「あ、そっか。こっちこそごめん」

「いえ、いいの。頭ではわかっているつもりなんだけど……。とにかく、冷める前にいただくわね」

 

 そう言って災禍は魔草チャーハンを口に運ぶ。すると、ここまでの話題で少し陰が指していた表情が見るからに明るくなっていった。

 

「おいしい……!」

「ありがとう。そう言ってくれると、店長代理の春桃も喜ぶと思う。……でも災禍の料理も私は好きだったよ」

「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

 

 少し会わないうちに随分と口が上手になったようだ。そう思いつつも、褒められたことで意図せず災禍の表情も緩んでいた。

 

「……で、私に用って?」

 

 自分への褒め言葉で気分を良くしつつ、さらに予想外のおいしさにしばらく食べるのに夢中になっていた災禍は、その言葉に普段見せないような気まずそうな表情を浮かべていた。

 

「おいしいから忘れるところだったわ……。実は……ちょっと厄介なお願いごとなの。これは若様も関係してはいるけど、命令の出どころはアサギ……つまり対魔忍の本部からって形になる。もちろん強制はしないから、タバサちゃんの意思に任せるわ」

「ん。それで?」

「……近いうちにこのヨミハラで大きな事件が起きる可能性が高い。その時に場合によっては力を貸してもらいたい、ってお願いしたくて。でももしかしたら杞憂に終わるかもしれない。はっきりと力を借りる、っては言い切れない……。それで厄介なお願い事、って言ったの」

「んー……」

 

 話がやや抽象的に思える。少し考え、その間に災禍がチャーハンを口に運んで飲み込んだのを確認してからタバサは口を開いた。

 

「わざわざ私に話を持ってくるぐらいなんだから、人手が足りないか対魔忍と関係ない人選をしたいってところだと思うんだけど。それならトラジローに話を振ってもいいんじゃないの?」

 

 天音とトラジローはかつてコンビを組んで調査にあたったことがあって仲がいいが、その最終段階では災禍も合流していた。そのため、天音と災禍はトラジローの顔見知りであり、その実力もよく知っているはずである。

 

「トラジローは東京キングダムのギャング……獣王会のメンバーだからね」

「あ、そういえばそうだった。最近はレクリエーションで私に勝って得意げにしてる姿とバイトしてる姿ばっか見てたからすっかり忘れてた」

「……レクリエーション?」

「お店が休みの日に、この街にあるジムでやってる。店員同士でスパーリングっていうのかな、ちょっと汗を流しつつ店の自衛のためって目的を兼ねた鍛錬みたいな感じ。私はトラジローに目をつけられちゃって結構相手に指名されるんだけど、さすがに格闘戦じゃ不利だよ」

 

 結局、徒手空拳ではタバサはトラジローになかなか勝てなかった。数回に1回は勝てるものの、トラジローのほうが格上、と言わざるを得ないだろう。

 一方、一度はタバサに完全に制された扇舟も次第に慣れてきたようで、前回はついにタバサとの勝率を5割まで戻してきている。さすがはかつて対魔忍で指折りの格闘術の使い手とタバサも感心したものだった。

 

 とはいえ、あくまで素手での、相手を怪我させない前提でのスパーリングでの話である。これが武器あり、さらには命が懸かる戦いとなれば話は完全に別。そこはもはやタバサの独壇場だ。

 

「……味龍もなかなか面白いことやってるのね。というか、この街にジムがあったことも驚きだわ。……その話も興味深いけど、一旦話を戻すわね」

 

 そして災禍はそういうタバサの力を必要としているのだろう。彼女は話を本筋へと戻してから続けた。

 

「この件で他勢力の力は借りられない。そう言う意味ではフリーに近くて、同時に既にヨミハラにいるあなたが適役だと思って。それに何より、あなたの力は本物だって若様のお墨付きだから」

「……一応確認したいんだけど。これって依頼自体はふうまからじゃないって言ったけど、さっき言った『大きな事件』はふうまも関係する、ってことだよね?」

 

 一瞬の沈黙を挟んでから、「おそらくね」と言いつつ災禍は首を縦に振ってそれを肯定した。

 

「じゃあ受ける。ふうまには恩があるし」

「ありがとう。言い方は悪いかもしれないけど、保険としてとても助かるわ」

「で、その大きな事件っていうのは教えてもらえない?」

 

 災禍は難しい顔をしていた。

 

「……ええ、ごめんなさい。さっきも言ったけど、タバサちゃんの力が絶対必要になるとも限らないから。正直に言ってしまえば、あなたの力を借りずに済むならそれに越したことはないし……」

「そっか。まあ事が起きてから説明してもらえればいいや。連絡は……スマホだっけ、これ使えばいい?」

 

 あまりにもあっさり了承し、しかもスマホを手渡してきたことに対して、災禍は少々面食らっていた。

 

「そうだけど……。いいの? 頼んでる私が言うのもなんだけど、何もわかってない状態なのに協力を約束しちゃったりして……」

「ふうまが関係してるってだけで十分。対魔忍側としても言えない事情とかあるんだろうし、何より災禍から私を騙そうとかって悪い感情は全く読み取れないから信用できる」

 

 ああ、そういえば相手の感情やら内面を読み通す力やらは本物だとよく言われていたか、と災禍はそこでようやく思い当たる。

 

「アサギに言われたんじゃなくて? その力は過信しすぎないほうがいいとかって」

 

 タバサからスマホを受け取った災禍は、番号登録の操作をしながらそう言った。

 

「言われてるし稲毛屋のおばあちゃんから実際に体験もさせてもらった。だけど災禍はふうま家の人間ってことを考えても私を騙す理由とかなさそうだし。……まあそこまで計算尽くで、もし私を利用して騙そうってことがわかった時は、きっちりツケを払ってもらうけど」

「まあ、怖い……。口で言うのは簡単だけど、私にそのつもりはない、って言っておくわ。……はい、スマホ。私の番号を登録しておいたから。あなたの力が必要になった時は連絡する。バイト中かもしれないけど、うまく言って出てきて」

「ん。わかった」

 

 災禍から返されたスマホをタバサは受け取った。それから、まだ半分ぐらい残っているチャーハンの器へと視線を移す。

 

「……少しだけ待って。食べちゃうから。その方が器も持って帰れていいでしょうし」

「助かる。こっちの都合も考えてくれてありがとう。……あ、あと」

「何?」

 

 チャーハンを口に運びつつ、災禍はタバサの言葉を待った。

 

「なんか今日、ヨミハラを牛が走り回ってるらしい。それについて何か知らない?」

「……牛?」

 

 思わず災禍のチャーハンを食べる手が止まった。

 

「知らないっぽいか。ならいいよ、気にしないで」

「期待に添えられずごめんね。内密に動かなくちゃいけなくて、基本ここからもあまり出ないものだから……」

「いいよ。……牛、ちょっと気になるけど、まあいいか」

 

 本当に読めない相手だ、と災禍は苦笑を浮かべた。それにしても、とチャーハンを食べ進めながらふと思う。

 

 あまりタバサを待たせるのは悪い。が、かといって急いで食べるには少々もったいない味だ。しかし店には顔を出しにくいし、出前はタバサに頼み事をした以上、何かあったと思わせるようで申し訳がない。

 

 つまりこれは今回の一件が解決するまではこの味を我慢するしか無いか、とどこか後ろ向きに考えつつ、気づけば災禍はチャーハンを完食していたのだった。




牛という単語が出ている通り、時系列的にはメインクエストのChapter50「ヨミハラ牛追い大レース」の辺りになります。
話に絡めようか迷ったのですが、原作でこの回初登場のフィオナ“ジャバウォック”がこれ以降半年以上経過しているのに原作に全く出てきて無くて情報が足りてないことと、イベントの舞台自体はヨミハラだけどメインは探偵組って感じだったので諦めました。
本編中で示唆している「大きな事件」がこの後控えてますし。


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Act50 気配を殺すことには自信がある。……ついでに敵を殺すことも

 災禍と会ってからさらに約2週間後。その日もタバサは普段のようにバイトをしていた。

 

 だが今日はいつもよりも明らかに客の数が少ない。ピークとなる昼時からその気配はあったが、本来ならまだ客足が途絶えないはずのこの時間でも早くも空席が目立ち始めている。

 

「3番、センシュースペシャルと半チャーハンとラーメンセット」

「はいよー。……にしても今日は客が少ないな」

 

 タバサからのオーダーを受け取った春桃がポツリそう呟いた。

 出前注文も少なく、タバサも店内を手伝っていたがそれでも若干手持ち無沙汰だ。

 

「またちょっと前にあったみたいに牛が街中を走り回った、とかかしら?」

 

 やはりこちらも手持ち無沙汰気味の扇舟が会話に混ざってくる。

 

「そんなことそう何度も……。いや、起こらないとは言い切れないな。なんといってもここはヨミハラだし」

「……結局あれは確認できなかったな。もし今日客が少ない原因がそれなら今度こそ見に行きたいけど」

「お前も諦めが悪いなあ」

 

 そんな他愛もない話で春桃と、つられて扇舟も笑う。

 何気ない、よくある味龍の風景であった。

 

 だが、タバサが常に身につけているスマホが震えたことに気づき、ディスプレイに「ふうま災禍」の文字が見えた時。

 自分にとっての今日の平穏はここまでだと、タバサは直感していた。

 

 以前災禍に会った時に、「保険として力を借りることがあるかもしれない」と言っていた。おそらくその時が来たということだろう。

 

「ところで春桃。有給っていうのを取りたいんだけど」

 

 そんな風に考えをまとめると同時。タバサは普段と変わらない様子でそう切り出していた。

 

「どうした、急に? というか、本来ならそういう話は営業時間後が望ましいんだが……。まあ今は客足も少なめだからいいか。で、いつ取りたいんだ?」

「今から」

 

 言いながら、既にタバサはエプロンを脱ぎ始めている。

 

「は!?」

「ごめん、どうしても外せない用事が入った。悪いけどちょっと出てくる」

「お、おいタバサ!」

「タバサちゃん!?」

 

 春桃は料理で手が離せないらしい。代わりに扇舟が店を出て行こうとするタバサを止めようとしたが。

 

「扇舟」

 

 振り返ったタバサの顔に、思わずその足が止まる。

 

 タバサはほぼ無表情無感情だ。が、顔の中でも印象的なその目が普段よりも冷たく見える。何より、体から発する圧が普段と違う。

 仮にも元対魔忍の扇舟は、その気配にそれ以上足を前に進められなかった。

 

「絶対に着いてこないで。お願い」

 

 何か危険なことに首を突っ込もうとしているのかもしれない。扇舟はそうも思ったが、止めることは出来なかった。

 

「……わかった。でも約束して、必ず帰ってくる、って」

「それは勿論。言われるまでもないよ」

 

 タバサは味龍の入り口をくぐって外へ出る。それから、ずっと鳴りっぱなしだったスマホを取り出して通話状態にした。

 

「災禍? 保険が必要になった?」

『ええ。残念だけどそういうことよ。バイト中申し訳ないとは思うけど……』

「それは大丈夫。で、どこに行けばいい? 災禍の泊まってる宿?」

『部屋まで来ると目立つわね……。宿の入り口を左側に出て、最初の路地で身を潜めていてもらってもいい?』

「ん、わかった。すぐ行く」

 

 

 

---

 

 タバサはフル装備に身を包みつつ、指定された場所に気配を殺して立っていた。

 ヨミハラの路地といえば治安が悪い場所の代名詞のようなものだ。が、建物の陰に紛れつつ見事に気配を殺しきっているために、傍からパッと見ただけではそこに誰か立っていることすら気づけ無いだろう。

 特に以前のレクリエーションの時から、気配の殺し方は更に進化を遂げてもいる。文字通り闇に紛れ、タバサは災禍を待っていた。

 

 と、うつむき気味だったタバサが不意に顔を上げた。路地の入口側、誰も居ないはずのその場所をじっと見つめている。

 

「災禍? 来てる?」

「……驚いたわ。いるはずなのに確信を持ってそう思えないほどの見事な隠密っぷり……。同時に、自慢の新装備もタバサちゃんの前では効果なし、ってことかしらね」

 

 その声が聞こえてきた直後、誰もいなかったはずのその場所に不意に災禍が現れていた。

 しかし身についていた衣装が今までの黒と白のコントラストが映えた対魔忍スーツとは違う。

 

 下地は今までのものと同じ黒。同時に災禍の特徴でもある義足を含め、股関節部分まではっきり見える。扇状的とも言えるそんな下半身部分のデザインは似ているものの、上半身に目を移せば、以前のスーツで露出していた肩は今は布地に包まれていた。

 何より1番の違いとして、科学的な雰囲気を放つ緑のラインがところどころに走っているのが目を引く。

 

「ん? その格好、なんかあんまり対魔忍っぽくないデザインな気がする」

「ええ。このスーツはどちらかというと米連に近いかもしれないわね。特殊光学迷彩……って言っても伝わらないか。簡単に言えば、さっきみたいに姿を見えなくする機能がついた試作品なの。先日、試験的に実戦投入して効果があったんだけど……。やっぱりタバサちゃんが気づいたみたいに気配が読める人には通じないみたいね。結局、そこから完全に消えるわけじゃなくて、見えなくしてるだけだから」

「だとしても集中しないと気づかなかったし、効果はあると思うよ。……それも科学か。やっぱりすごいな」

 

 感心したようにそう言ったタバサに対して、どこか得意げに災禍は小さく笑う。が、すぐに対魔忍としての表情へと引き締め直した。

 

「私のスーツの機能がわかったところで、本題に入りましょう。……静流さんが(さら)われたわ」

「え……? 静流が?」

 

 確かに静流の能力が荒事向きとは言い難いことは、以前共闘したタバサも気づいている。が、それでもこの闇の街で町内会長まで務めてしまうような女性だ。単純な戦闘力だけでは計れないこともまたわかっていた。

 

「攫った相手はフュルスト……」

「あ、知ってる。確か二車忍軍と手を結んで五車の反乱に加担したクズだっけ」

「ええ、その通り。私がこの間話した『大きな事件』の中核となる人物……。ノマドの大幹部、『だった』男よ」

「だった?」

 

 災禍は、以前は詳細を伏せたままだった「大きな事件」について説明を始めた。

 

 ノマドは超巨大組織であるために一枚岩ではない。特に幹部同士のいざこざはいつ起きてもおかしくないような状態であった。

 その中でフュルストは野心のために厄介な外部の組織と密かに手を結び、イングリッドを暗殺しようとしたらしい。が、それは失敗に終わる。

 この時点でフュルストは実質幹部としての肩書は失われ、それからはいつ粛清されるかと怯えながら過ごしていた。だが、イングリッドも組織の体裁を保つためにも手を出しにくい、という状況にあった。

 

 そんな時、フュルストと因縁のある外部の組織がフュルストを討ちに来るという情報が入る。イングリッドはこれを利用し、外部の人間に処罰を任せることにした、ということだった。

 

 一方で自らの身についに危険が及んだフュルストも行動を起こしていた。

 そこで行ったのがヨミハラ町内会長にして潜入中の対魔忍でもある高坂静流の拉致。そして、姿を変えたフュルストの部下が静流に入れ替わる形で、任務と称して小太郎をヨミハラに呼び出したということだった。

 

「フュルストは若様とも因縁のある相手。だから、奴絡みの『大きな事件』が起きる時は若様も関連すると思ってタバサちゃんに保険ということで声をかけていたのだけれど……。まさかこんなことになるとは思っていなかったわ」

 

 そう前置きをしてから、「だけど」と災禍は続ける。

 

「若様は相手が静流さんに化けた偽物だとすぐに看破された。同時に、これが罠だと気づきつつも、あえて騙されたフリをして捕まるともおっしゃられた。おそらく囚われているであろう静流さんの救出のためね。それで私に静流さんを助けるように命じられたわ。……結果的に、タバサちゃんの保険が私のサポートということで活きる形になったとも言えるわね」

 

 災禍の説明を聞き終えたタバサは、明らかに怒りをにじませた声色と共に口を開いた。

 

「……つまりそのクズは静流をさらって、その上間接的にふうまにも手を出した形か。私の仁義を考えても、動く理由としては十分すぎる。……で、静流を助けに行くの? 私としては敢えて罠に飛び込むふうまが心配なんだけど……」

「それは問題ないと思う。いつものメンバーに、今回は若様の最強のボディーガードである御庭番を連れて来られるらしいから」

「……ライブラリーか。ならそっちは大丈夫そう。ん、静流を助けに行こう」

 

 災禍としては小太郎を助けに行きたいと言われるのを覚悟でこの話をしていた。そこの説得の手間と万が一の保険とを心の中の天秤にかけた結果、後者側に振り切れたためにタバサを呼んだのだった。

 よって、手間がかかってもどうにかして説得する、ぐらいの心積もりはあったのだが、その思惑は良い意味でハズレたことになる。

 

「彼のこと、信頼してるのね」

「強さが間違いなく本物なことはわかってる。それにおそらくふうまはふうまで作戦があるんだろうから、下手に私が首を突っ込んで台無しにするようなことはしたくない。……で、静流はどこに捕まってるの?」

「この街にあるフュルストの屋敷よ。ただ、気をつけて。あいつのことだから妙な魔術とかがかけてある可能性もあるし、今日あの家は間違いなく戦場になる」

「この世界の魔術のことはわからないけど、荒事なら問題ない。だから私を呼んだんだろうし」

 

 違いない、と災禍は肩をすくめた。

 

「基本的に隠密行動で行くわ。私はこのスーツの機能を使って先導する。タバサちゃんはさっきみたいに気配を殺して、影から影に動く形でお願い。それだけでも並の相手には気づくことすらできないでしょう」

「気配を殺すことには自信がある。……ついでに敵を殺すことも」

 

 頼もしいが、笑うに笑えないタバサジョークである。思わず災禍は顔を引きつらせることしか出来なかった。

 

 

 

---

 

 ヨミハラの街外れにあるというフュルストの屋敷は、傍から見ても不気味な気配を放っていた。

 

 さっき本人の口から出たように、タバサはこの世界の魔術関係については知識がない。何かトラップのようなものが仕掛けてあるとしても、先行している災禍頼りであった。

 

 災禍の新しいスーツは科学的による探知だけでなく、魔術的な探知からも身を隠せるらしい。

 そのため、まずは彼女が裏口から単身で侵入。タバサの力を頼らざるを得ない状況になったら連絡するということだった。

 

「……災禍の案は正しいんだろうけど、暇だな」

 

 屋敷が見える範囲内の影に身と気配を忍ばせ、仮面越しにタバサはボソッと呟く。

 やることもなく手持ち無沙汰なために、彼女は仮面の下で目を閉じ、屋敷の中の気配を探り始めた。

 

(……さすがにこの距離だと完全には探り切れないか。でも4つ、覚えがある気配がある。多分ふうまと蛇子と鹿之助とライブラリー……。それに向かい合ってる2人はフュルストとその部下かな)

 

 元々向けられる感情に敏感であり、それからライブラリーとの訓練を経てより正確に相手の内面を見抜けるようになったタバサ特有の能力。その後の集団模擬戦や味龍でのレクリエーション等を通してそれはさらに研ぎ澄まされ、結果として数百メートル先の館の中を探れるほどにまでなっていた。

 しかし、そこで不意に小太郎の様子が少し変わったことに気づく。

 

(あれ……? ふうまのこの感じ……。まさかあの力を使おうとしてるんじゃ……)

 

 これだけ離れていても感じられる、その異質な力に思わずタバサは総毛立つ。本人は何度も使っているから、と言うが、紫水も危険だと警鐘を鳴らす魔性の力だ。

 言葉にし難い、全身にドロリと張り付くような不気味な感覚。それでも小太郎の周囲の人間、特に最強の手駒であるはずのライブラリーが動かないことにタバサはいらだちを覚えた。

 

(なぜ何もしないライブラリー……! ふうまのそんな近くにいるのに……!)

 

 思わず焦ったタバサは飛び出したい衝動に駆られる。が、考えを巡らせ直し、どうにか踏みとどまった。

 

(……いや、ふうまがライブラリーをすぐ近くに置いておきながら無策なはずがない。あの力は危険だし本当は使ってほしくないけど……それに見合う何かをしようとしているはず。だったら私が行ってその計画を失敗させるべきじゃない……)

 

 独特の呼吸法で大きく数度深呼吸。ようやく心が少し落ち着き、そのまま様子を見守る。

 と、不意にライブラリーが動き、1人の命が消えた。おそらくライブラリーがフュルストの部下を始末したのだろう。それに慌てたのか、フュルストがそこから逃げていき、小太郎の魔の力の気配が消え、4人の元に多くの敵と思われる存在が集まってきたようだ。

 

 同時にその時、タバサのスマホが数度震えた。

 災禍からの合図、「援護を頼む」の指示だ。

 

(本当は数的に不利そうなふうまの方に行きたいけど……。いや、これ災禍側も数結構多そうだな)

 

 改めて地下の雰囲気を探ると知っている気配が2つ、敵集団と思われる存在とぶつかっている。

 ならばもう考える必要はない。災禍の指示通りに動けばいい。

 

 タバサは気配は殺したまま、闇に潜む影のようにフュルストの館へ向けて疾走した。

 

 

 

---

 

 フュルストの館に囚われていた静流を救出した災禍は、地下になだれ込んできた大量の敵を相手にしていた。

 

 あられもない姿ではあったものの、幸い静流はただ捕まっていただけだった。今は災禍から手渡された対魔忍スーツに身を包み、木遁で作った鞭を振るって災禍を援護している。

 

 一応の目的は達成した。だが静流を連れた状態ではスーツの能力を使っても効果がない。敵に背を向けての撤退も考えたが、可能であるなら小太郎と合流したいと、災禍は襲いかかる敵を相手にしていた。

 

(静流さんの救出には成功、ここまでは計画通り。……とはいえ)

 

 地下に来た敵の数は決して少なくない。個の力は2人に遠く及ばないとはいえ、如何せん数で押されかねない状況だ。

 

(この数は少し厄介ね。でもタバサちゃんが来てくれればおそらくなんとかなる。なるべく早く来てくれるとありがたいのだけれど……)

 

 そんな事を考えながら、棍棒を振り下ろしてきたオークの攻撃を回避。逆に顔面へと義足による自慢の蹴りを叩き込む。顔面が陥没したオークが吹き飛ばされたが、今度はまた別のオークが襲いかかろうとしていた。

 

「キリがないわね……」

「しょうがない、私の木遁で毒の花粉をばら撒きましょうか。災禍さん、吸うと危険だから息を止めて……」

「その必要はないよ」

 

 無感情なその声は、2人のすぐ側から聞こえてきた。いつの間にか両手に剣を持った、フードから仮面が覗く少女が静流の隣に立っている。

 

「た、タバサちゃん!? ……来てくれたのはありがたいわ。でもそんな敵みたいな現れ方をするとこちらとしても心臓に悪いんだけど……」

「気配を殺して来たらこうなっただけ。それより静流、大丈夫そうだね」

「ええ。捕まって何かされるのを覚悟したけど、あくまで人質にされただけだったから」

「よかった。……で、災禍。あとはそいつらを全滅させればいい?」

 

 言っている内容が雰囲気にまるでそぐわない。「ちょっと散歩してくる」ぐらいの感覚でされた質問に思わず災禍は呆気にとられ、危うくオークの大振りな攻撃に当たりかけてしまった。

 

「え、ええ……。できるならばお願い」

 

 大きく後退してどうにか回避しつつ、災禍は後のことをタバサへと任せることにした。

 

「ん、わかった。……というわけでお前ら」

 

 タバサの姿が消える。得意の超速度の突進(シャドウストライク)だ。

 今災禍への攻撃を外したオークの胸に両手の剣が突き刺さる。おそらく心臓を貫いたのだろう。悲鳴を上げる間もなくオークが絶命したのを確認し、タバサは敵対する者たちへの死刑宣告を通知した。

 

「皆殺しだ。全員死ね」




原作イベント「地下都市の用心棒」はタバサが関わっていないところで起こった、という形を取りました。
災禍のセリフの中にある「先日、試験的に実戦投入して効果があった」という部分がそこに該当しています。原作でも「機装災禍」はこのイベントが初登場で、スーツのステルス機能を使ってセリフの通りに活躍してます。

そしてここからは、原作ストーリーでも一つの山場であったメインチャプター51の「フュルスト」に当たる形になります。


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Act51 お見せしよう、この私の真の力を!(I will demonstrate my true POWEEEEEER!!)

 タバサにとっての元の世界――異世界であるケアンで有象無象をひたすら斬り裂き殺戮(ハックアンドスラッシュ)し続けていた彼女からすれば、数だけの相手は敵ではなかった。

 召喚獣、魔法というしかない天界の力、そして磨き抜かれた二刀の技。四足の獣(ネメシス)球体の刃の精霊(ブレイドスピリット)が敵に襲いかかり、天井付近の空中から氷の槍(ブリザード)炎の塊(メテオシャワー)が降り注ぎ、両手に持った剣(ネックスとオルタス)が振るわれる。その度に羅刹オークやミノタウロスといった本来タフネスが売りのはずの怪物の死体が増えていった。

 もはや戦闘と呼んでいいものかわからない。淡々と作業のように敵を殺していく一方的な虐殺とさえ思えるその有様に、対魔忍の2人はある種の恐怖感さえ覚えていた。

 

 そして気づけば、ついさっき災禍が厄介だと思っていた数の敵はあっという間に屍の山へと変わっていたのだった。

 

「終わった」

 

 タバサが参戦してからさほど時間も経っていない。しかしそんなことを気にした様子もなく、彼女は振り返りながら不気味な仮面(ナマディアズホーン)越しにそう言った。

 戦闘に特化した対魔忍の実力者と謙遜無いのではないかというその殲滅速度の速さ。災禍と静流の2人が呆然としてしまったのは仕方のないことと言えるだろう。

 

「……強いのはわかっていたつもりだったし、若様が実力を買っていたことも知っていた。でも、まさかここまでとは……」

「この間Bunny Kingsで共闘した時にその強さを目にしていたはずだけど、格下が相手だとこうなるのね。……そりゃうちの大将もイングリッドもスカウトしたくなるのがよくわかるわ」

 

 2人が呆れたように感想を述べ合う。だがこの殺戮を引き起こした張本人は「何が?」と言いたげに首を傾げていた。

 

「ふうまと合流するんじゃないの? この上にいるよ」

「わかるの?」

「この距離まで近づけば気配を確実に感じ取れる。今は上の開けた場所で敵と交戦してるみたい」

 

 2人の対魔忍は顔を見合わせて頷く。

 

「行きましょう。静流さんの救出は成功した。次は若様をサポートしないと」

「ええ。私の無事を教えないとね」

 

 

 

---

 

 タバサの誘導に従って館のエントランスに出ると、そこは乱戦の真っ只中であった。フュルストの手下であろう、先程タバサが大量に片付けたような魔物たちと、見知った顔が戦っている。

 小太郎、蛇子、鹿之助の独立遊撃隊に加えてライブラリー。表向きは直接手を下せないものの、同じ組織内部の裏切者の処罰を手助けするために来たであろうリーナとその部下たち。そして、大太刀を手に鎧に身を包んだ、赤っぽい髪の見たことのない男も。

 

 とりあえずこの敵を片付けるところから始めないといけない。手近な敵を蹴り飛ばしながら、災禍は小太郎へと声をかけた。

 

「若様! 静流さんは救出しました。そちらはご無事ですか?」

「災禍か! よくやってくれた、感謝する。あと……タバサ!? どうしてここに……」

「保険として私が呼びました。私1人だけでは厳しいもしもの場合を想定したので」

「久しぶり、ふうま。……あの力は使うな、って言ったのに使ったでしょ」

 

 約1ヶ月ぶりとなる再会の挨拶を交わしつつも、タバサは先程自分が感じた魔性の力について尋ねていた。

 

「な、なんでわかるんだ……?」

「外にいたってあの気配は伝わる。そのぐらい異質で危険だから、私も紫水も使うなって言ってるんだけど……。でもライブラリーを近くに置いてたのに使ったぐらいなんだ、何か理由があったんでしょ?」

「まあ……な。……とにかく今はこいつらを片付けちまおう」

「ん。了解」

 

 会話が終わったということで、タバサは一気に敵陣へと斬り込んだ。

 

「なんだなんだ、また増えたぞ!? おい、お前たち、あれにも手を出すなよ! ……って、あの仮面と戦い方、もしかしてタバサまでいるのか!?」

 

 と、そこでその中でもっとも大部隊である、ノマドの隊を指揮するリーナが乱戦に参加している数が増えたことに気づいたようだった。そしてその中にいたタバサを見つけて悲鳴のような声を上げていた。

 

「重ねて言っておく、あの仮面の奴には絶対に手を出すな、敵意も見せるな! 少し前にヨミハラで起きた謎の敵の襲撃事件、その時に暴れ回って1人でほぼ片付けたのがあいつだ! 本当に敵に回すなよ! 裏切者だ対魔忍だ以上に話がややこしいことになりかねない! ……くそう、誰だあいつを連れてきたのは!? 店で会う分にはいいが、戦場では絶対に会いたくなかったってのに!」

「……酷い言われようね。タバサちゃんに協力を取り付けたの失敗だったかしら」

 

 あまりのリーナの慌てっぷりに思わず災禍がボソッと呟く。

 だが当の本人は気にした様子もなしに敵を片っ端から斬り捨てていた。

 

 実力者が集まったこともあり、エントランスはあっさりと鎮圧された。

 ほぼ全員タバサにとっては見知った顔であったが、唯一、大太刀の男だけは見たことがない。同時に、先程まで共闘していたはずなのに、この場にいる全員に敵意を放っているようにも感じていた。

 

「あいつだけまだ敵意見せてるのが気になるんだけど。フュルストの仲間か何か?」

 

 自分の感覚に従い、この中で唯一敵意を見せている男を敵と判断してタバサは誰に尋ねるでもなくそう口にした。

 

「違うよタバサちゃん。あの人は……」

「おい、目抜け。お前の部下ならちゃんと教育しておけ。あのクソハゲとはもう手を切った。仲間呼ばわりされるのは腹が立つ」

 

 蛇子が否定しようとした矢先。その男が小太郎を「目抜け」と呼んだことでタバサの殺気が一気に膨れ上がった。一触即発の事態に陥ったと判断した小太郎が慌てて仲裁に入る。

 

「待て待て! 落ち着け、タバサ! 骸佐もあんまり煽るようなことは……」

「……骸佐? ふうま、今、骸佐って言った?」

 

 ゾッとするほどの空気が辺りに溢れる。タバサが明らかに怒っている。誰もがそのことに気づいた。

 

「つまりそいつが……五車で反乱を起こし、ふうま家に『身内から裏切者を出した』という汚名を被せ、そして一度ふうまを『殺した』、二車骸佐に間違いない?」

 

 止めに入った、自分に手は出してこないとわかっているはずの小太郎でさえ気圧されるほどの殺気。そのせいでタバサの問に答えることができない。

 

「……なるほど。そういえば、災禍は『フュルストと因縁のある外部の組織が討ちに来る』とか言ってたけど、裏切りに協力した相手をさらに裏切った二車忍軍のことだったのか。……組織の体裁があるとかなんとか聞いたけど、こんな不義を絵に描いたような奴に任せるとは、イングリッドもヤキが回ったな」

「何だと!? おいタバサ! お前とは心から敵対したくないが、イングリッド様のことを言われたら話は別だ! 今の発言は取り消せ!」

 

 さらにはリーナにまで話が飛び火している。

 

「私は事実を言ってるだけ。……そう言うリーナだって本当は不服だって心が漏れてる」

「ぐっ……! た、確かに不服ではあるが……。イングリッド様にはイングリッド様なりの考えがある! それにあの方が決められたことなら、私にとっては絶対だ!」

 

 場が混沌としてきていた。

 さすがにまずいと、小太郎の御庭番であると同時におそらくこの中で最も常識人、かつ実力者であろうライブラリーが会話に割って入った。

 

「ノマドの魔界騎士よ、さっきのこの子の発言については私から謝罪させてくれ。……そしてタバサ、落ち着きなさい。無駄に事を荒立てるんじゃない。今の我々の目的は囚われた静流殿を助け出し、この館を脱出することだ。君のお陰で無事それは成功し、あとはこの館を脱出するだけ。二車骸佐を討つことは目的ではない」

 

 圧倒的な威圧感を放ちつつ、ライブラリーはタバサをたしなめようと話しかけた。しかし、恩人に不義を働いた者を目の前にしたタバサには焼け石に水だったらしい。

 

「それはそっちの都合だし私の知ったことじゃない。不義の裏切者が部下も連れずに目の前にいて、こっちは戦力が揃ってる。なら今ここで確実に殺せる。そこのクズを殺してから脱出すればいい。フュルストを殺す奴がいなくなるって言うなら、代わりに私が殺してやる。リーナ、要はノマド内部以外の存在が殺せばいいんだろうから、それでいいでしょ?」

 

 リーナが答えるより早く、骸佐の舌打ちが響いた。

 

「……黙って聞いてりゃ言いたい放題言ってくれるな。お前が俺を殺すだと?」

「自分と相手の力量差も測れないなら、せいぜい死んでから後悔しろ」

 

 ライブラリーが入ってもなお、タバサは溢れ出る殺意を抑えようとしない。

 

「まったく、あいつを連れてきたのは誰だ……? フュルストの前に面倒事が増えたじゃないか……。お前たちわかったな? さっきはつい頭に血が上って言い争ってしまったが、敵とみなされたらこうなるから、あいつには絶対手を出すなよ。その代わり実力……特にあいつが敵とみなした相手を殺そうとする意志の力は本物だ。この中で1番強いのは誰か、と聞かれたら答えに困るが、この中で1番ヤバいのは誰か、と聞かれたら即答であいつだ」

 

 そんな中で頭を冷やすことに成功したらしいリーナだけが、マイペースに部下に言い聞かせている。あまりに場違いにも思えた小太郎だったが、そのおかげか少し心に余裕ができた。ひとつ息を吸い込み、言い聞かせるようにタバサに向けて口を開く。

 

「……タバサ。こいつについて随分詳しいってことは、誰かから聞いたんだろうが……」

「ごめん、ふうまちゃん。タバサちゃんが少し前にふうまちゃんが落ち込んでた時があって、原因が気になったからって聞かれて……。時子さんがふうまちゃんがなんとかしなくちゃいけない問題って言ってたらしくて、それでおそらくの原因ってことで骸佐ちゃんのことを話したのは私なの」

「……俺をちゃん付けで呼ぶな」

 

 蛇子の発言に対して骸佐がボソッとそう呟いたが、修羅場のこの状況では誰も拾おうとはしなかった。

 

「今蛇子が言ったことは本当か?」

「本当。ふうまが落ち込んでたのは、私が五車に戻ったタイミングでふうまがヨミハラに来てすれ違いになった日のこと」

「そうか……。あの日、か……」

 

 奇しくも今回の前に最後に骸佐と会った日だと小太郎は気づいた。

 

「その少し後にパジャマパーティーとかっていうのでゆきかぜの家に行った時に詳しく話を聞いた。他にも東京キングダムってところで一般人も巻き込んだ無差別攻撃をやったって話も聞いて絶対ロクな奴じゃないと思って殺したい奴リストの殿堂入りにしてたけど、予想に違わないクズだってことが実際顔を合わせてよくわかった」

「だとしても、だ」

 

 まだ殺意と殺気が入り混じった気配を抑えようともせずに振りまくタバサに向け、小太郎は真正面から立った。

 

「さっき蛇子が言ったよな。時子は俺がなんとかしなくちゃいけない問題だと言った、と」

「言った」

「俺もそう思っている。……これは、俺がなんとかしなくちゃいけない、俺自身の手で片付けなくちゃならない問題だ。それにライブラリーも言ったとおり、俺たちの目的は静流先生の救出、それが終わった以上、この館を脱出することだ。無駄に争いたくはない。それは忘れないで欲しい」

 

 仮面越しであるためにタバサの視線がどこを向いているのかはわからない。それでも小太郎はまっすぐに彼女を見つめながらそう言った。

 

 ややって、根負けした様子でタバサがため息をこぼす。同時に、それまでタバサから放たれていた気配が薄れていった。

 

「……わかった。ふうまがそう言うのなら、今はそれに従う」

 

 ようやく突如降って湧いた問題が解決した。そう思って胸をなでおろした小太郎だったが。

 

 パチ、パチ、パチと、そこで場違いにも思える手を叩く音が聞こえてきた。

 

「お見事ですねぇ。狂犬でさえも手懐ける、さすがは先程私を驚かせてくれたふうま小太郎といったところでしょうか。そのままその狂犬がそこのゴミと殺し合ってくれても良かったのですが……。まあ、なかなか面白いものを見せてもらいましたよ」

 

 声が聞こえてきた方へと視線を移すと、そこに立っていたのは異形としか言いようのない怪物だった。

 顔には目も鼻もなく、耳まで裂けた口があるだけ。地球外生命体を思わせるようなその相貌に加え、全身は目でわかるほどに巨大な筋肉の鎧に包まれている。

 

 声を聞かなければ誰かもわからなかっただろう。だが、タバサ以外の者たちはその言葉から相手が誰であるかに気づいたようだった。

 

「フュルスト……!」

「ええ、フュルスト様ですよ。しかし今の私はこれまで溜め込んだ異界のパワーを解放し、己を超えた存在……。そうですね、魔人フュルスト、あるいはスーパーフュルストとでも言ったところでしょうか」

「……なるほど。道理でさっきまでとは全然姿が違うわけだ」

 

 そう話す小太郎の口調は硬い。相手が相当な力を持っていると直感しているようだ。

 

「魔界騎士の姿まで見える。側近のあなたをよこすとは、イングリッドはよほど私を消したいようですね」

「貴様に命を狙われたんだ、当然だろう! ただし、私がここにいるのはたまたまだ!」

「そうですか。相変わらず読めない人ですが……。まあそういうことでいいでしょう。……さて、戦闘を始めてもいいのですが。まずは話し合いから始めましょうか。もしかしたら、それで解決できるかもしれない」

「話し合いだと!? 今さら貴様と話すことなど何もねえ!」

 

 怨敵を前に骸佐がいきり立つ。

 

「黙りなさい。あなたに用はありません。私が話したいのは……ふうま小太郎、あなたですよ」

「……さっき俺が見せた『力』に興味がある、ってわけだ」

 

 タバサが屋外から気配だけを探っていた時、小太郎は確かに右眼の「魔性の力」を使っていた。それを見たフュルストは様子を一変させ、「素晴らしい」と歓喜の表情を浮かべていたのだ。

 

「ええ。先程は断られましたが、条件を変えてもう1度質問をしましょう。……今、この空間は私の魔術によって周囲の空間から切り離され、隔絶される形になっています」

「何……?」

 

 小太郎は耳を澄ませる。そういえば、少し前まで聞こえていた外の喧騒が今はまるで耳に入ってこない。

 

「……残念ながらあいつの言ってることは多分本当だよ。私がこの部屋に入ってきたときぐらいまでは、外での戦闘の気配も察知できた。今なら二車骸佐の部下だろうって予想できるけど、とにかく誰かが戦ってることはわかってた。でも今はそれが感じられなくなってる」

 

 タバサがそう言ったことで、フュルストの発言は間違いない、と小太郎は考えをまとめた。

 

「状況はわかりましたね? では、今ここから出ることも助けを呼ぶこともできないというのがわかった上で、再度質問です。……ふうま小太郎、私の元に来なさい。そうすれば他の者たちは無事この館を脱出でき、さらにあなたには世界の理を見せてあげますよ」

「……前半は、まあ考慮に値するかもしれないけどな。だがお前が約束を守るとは思えない。それに……世界の理なんてのは自分で見つけてなんぼだ」

「そうですか。交渉決裂ですね。……あなたたちはここで死んでもらいましょう」

 

 フュルストの殺気が膨れ上がる。戦闘は避けられない、と全員が臨戦態勢を取った。

 

「死ぬのはテメエだ! 俺とテメエの因縁、ここで終わりにしてやる!」

 

 骸佐が吠えながら大太刀を構える。が、タバサが冷静に独り言をこぼした。

 

「……よく言う。裏切りに協力した相手を裏切っただけのくせに」

「ホホホ! そこの狂犬、いいことを言いましたね。二車骸佐、所詮お前は器ではないのですよ! だから裏切りなどという行為をするしかないわけです」

「黙りやがれ!」

「ああ、そうそう。あなた同様私を裏切った2匹のゴミですが、あなたのお仲間だったようで。そちらの部屋に捨ててあります。あなたを殺して空間をもとに戻した上で、そのゴミにあなたも加えてあげますよ」

「このクソハゲがぁっ!」

 

 部下をやられたということで我慢の限界を超えたか。骸佐が1人で魔人フュルストへと襲いかかった。

 

「待て骸佐!」

 

 小太郎が叫んだのとほぼ同時、巨大な触手へと変化したフュルストの腕が突っ込もうとする骸佐へと叩きつけられる。

 

「ぐっ……! おおおおおっ!」

 

 骸佐は咄嗟に大太刀でそれをガードするが、威力は相当なものらしい。突撃の勢いを完全に止められ、その場に留まるのがやっとと言った具合だ。

 

「ほう、やりますね。あなたごときはこの程度……まあせいぜい全力の30%程度の力で十分かと思いましたが……。いいでしょう、全力でいきますよ!」

「チッ……!」

 

 どうにか受けたと思ったら30%程度だった。その言葉に骸佐の心に動揺が生まれ、加えて今の一撃の影響で行動が遅れる。

 避けるのは間に合わない。相手の言葉を信じる前提だが、単純計算で今の3倍以上の威力を持っているとするならば、完全に回避しきれなかった時のダメージは計り知れないだろう。しかし、防御するにしてもその攻撃を受け切ることが出来るかどうか。

 

「だから言ったんだ三下。力量差も測れてないって」

 

 その瞬間、飛び込んできたのはタバサだった。

 彼女は初撃をガードした骸佐の大太刀の腹の部分に思いっきり蹴りを叩き込んで後ろに吹き飛ばしつつ、その勢いで触手を避けつつ自分自身もフュルストへと肉薄した。

 

「何っ!?」

「死ねェッ!」

 

 空中で回転し、勢いをつけての両手の剣の叩きつけ(エクセキューション)。2本の剣はフュルストに直撃したが、金属音を撒き散らしただけだった。

 

「……くそ、硬いな」

「フン! 脆弱ゥ!」

 

 フュルストが触手を振るってタバサを襲おうとする。それに対してタバサは周囲を廻る幻影の刃(リングオブスチール)で迎撃しつつ高速の三連撃(アマラスタのクイックカット)を叩き込み、さらに回転攻撃(ホワーリングデス)で再度迫った触手を斬り払う。

 

「タバサ! 無理するな! 一旦退け!」

 

 小太郎からの声を受け、挟み込む一撃(ベルゴシアンの大ばさみ)を撃ち込んだ後、フラッシュバンを炸裂させながらタバサは大きく飛び退いた。

 

 続けて波状攻撃に移るべきか迷ったが、小太郎は一旦様子を見ることにした。

 この中で個別の戦力としては最上位クラスであろうタバサをもってしてもまともにダメージを与えられている様子がない。無駄に仕掛けて消耗するよりも、今攻撃した者から率直な意見を聞きたいと思っていた。

 

「……タバサ、どうだ?」

「硬い。手応え皆無ってわけじゃないけどちょっときついと言わざるを得ない。フラッシュバンも効いてるか怪しい」

 

 包み隠さない報告に、小太郎は小さく唸って考えを巡らせた。

 

「タバサの剣技でも通らない装甲か……。ライブラリー、どう見る?」

「私やタバサのような手数勝負の者とは相性がよく無さそうですね。一撃に威力がある使い手が欲しいところですが……」

「……Bunny Kingsの時と同じ状況ってわけか。しかも今度は紫水もいない。きららとかゆきかぜとか連れてきてくれればもっと楽だったと思う」

 

 いきなり無いものねだりを始めたタバサに対し、小太郎の表情に苦いものが浮かぶ。

 

(……いや、一撃の使い手ならいる。ただ……)

 

 小太郎は骸佐へと視線を移した。その視線は交わることはなく、案の定、骸佐は蹴り飛ばしたタバサの方を睨みつけていた。

 

「テメエ……いきなり蹴りやがって……!」

「私が飛び込まなかったら死んでた。……まああれは放っておくとして。ふうま、どうする?」

「俺とのスタニングスパークは?」

 

 鹿之助が口を挟んできた。が、小太郎は首を横に振る。

 

「悪いが期待できない。それにお前は来るべきチャンスに備えて体力を温存しておけ」

「お、おう……」

「ホッホッホッ! 話し合っても無駄ですよ!」

 

 タバサに斬りつけられた部分をまるで埃でも払うようにしながら、フュルストが高笑いとともにそう言った。

 

「そこの仮面の異世界人、噂には聞いていましたが、先程の攻撃からしてもなかなか手練の様子。狂犬かと思いきや確かに実力者のようです。……それでもこのスーパーフュルスト様のボディに傷をつけることは出来ないようですが」

「なら試そうか? ……きついってことと倒せないってことは全く別な話。いくら硬かろうが、斬り続けていればいつかは貫ける」

「ええ、そうかもしれませんね。あなたなら本当にそれをやりかねない。ですので……。念には念を入れ、さらなる切り札を用意して万全を期すことにしました」

 

 緑色の美しい結晶。

 

 どこからともなく取り出した、フュルストが手にしていたものを形容するならばそれが適切だろう。人を魅了しそうなその美しさ。思わず息を呑んだ者もいる。

 

 しかし、同じく息を呑んだタバサにとって、それは全く別な意味で、であった。

 

「馬鹿な……。なんで()()がそこにある!?」

 

 タバサにしては珍しい、明らかに動揺した声色だった。

 

「どういうことだリーナ! イングリッドはヨミハラのイセリアルについては確実に処分すると言ったはず……。なのになぜあいつは、()()()()()()()()()を手にしている!?」

「イーサークリスタルだと……!? フュルスト、貴様! イングリッド様や我々に隠れて……!」

「ええ、こっそりと回収させていただきましたよ。異世界の怪物の死体をね。他にも色々と盗み聞きをさせてもらい、そいつらの正体や名前も知ることもできました。そして、その化け物共のエネルギー源……イーサーについても研究し、この魔人スーパーフュルスト様をさらに強化する方法にたどり着いたのです!」

 

 嬉々として語るフュルスト。それから彼は自らの体にその結晶を押し当てようとする。

 

「させるか!」

 

 先程からの動揺した様子を隠しきれないまま、タバサが一気に消える速度の突進(シャドウストライク)で飛び込もうとした。

 

「邪魔ですよ」

 

 しかし、フュルストはタバサの進行方向目掛けて触手をやたらめったら振り回し、強引にその進路を妨害。結果として弾き飛ばされたタバサはダメージこそ避けた様子だったが、間合いを詰めきれず元の位置まで戻されてしまった。

 

「タバサ! 大丈夫か!?」

「……くそっ、手遅れだ」

 

 自分のダメージなど二の次といった様子で苦々しくタバサが呟いた。その視線の先で、フュルストの手にあるイーサークリスタルは持ち主の体と同化しつつある。

 

 勝ちを宣言するかのように、フュルストが叫んだ。

 

「それでは……。お見せしよう、この私の真の力を!(I will demonstrate my true POWEEEEEER!!)




ウォードン・クリーグ

本編ラストのセリフを原作で発言するAct1のボスキャラ。
最初に出てくるActボスであることも含めて非常に印象が強いため、多くの乗っ取られの記憶に残るキャラと思われる。
正確なセリフは「Ugh…… you're strong, but now…… I will demonstrate my true POWEEEEEER!!(ぐっ、強いな……だが今からお見せしよう、これが私の真の力だ!)」で、後半部分だけを本編で使用している。
特にトゥルーパワーという表現は数多の乗っ取られの心を掴んでいる様子。
第1形態のヘルスを削り切るとこのセリフとともにクリーグは第2形態へと移行、姿とBGMが変わり攻撃の激しさが増す。
クリーグというのは正確には器の名前であり、“乗っ取った”イセリアルがその正体。ただ、支配下に置いているものの元のクリーグの意思が多少残っているらしく、時々イセリアルの思考に干渉してきたりするらしいことが日記に書かれている。
倒すと「You may destroy my body, but you can't truly kill me……(私の肉体を破壊しようとも、私を真の意味で殺す事は出来ぬ……)」と意味深なセリフを残して消滅する。
そのセリフを証明するかのように、DLCを導入すると後に予想外な形で再び顔を合わせることとなる。
また、DLCを導入することによってこいつが使っていたと思われるセット装備「クリーグの武装」を入手することも可能。
ただし、DLC導入後のAct6で特定の敵からのドロップとなる。
が、逆に言えば狙ってのドロップができるために入手しやすく、一時期は「初心者はデスナイト(ソルジャー+ネクロマンサーのクラス、Death Knight)でこのセットを装備しておけ」と言われていたこともあり、「クリーグDK」というビルドで猛威を振るっていた。
今でも装備を突き詰めればSR75-76を回すポテンシャルはあると思われる。
ちなみに、味方NPCに「尋問官クリード」というキャラがいるのだが、クリーグと1字違いのために時折混同して間違えられたりする。


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Act52 嘘つきの恥知らずが! 死ね! 今回は、間違った獲物を選んだな!

 遠く離れた、あるいは別の次元と言ってもいいケアンの世界で、イーサークリスタルを人間に突き刺す、という惨たらしい行為を行った残虐非道な人間がいた。

 

 その男の名はダリウス・クロンリー。

 

 グリムドーンの混乱に乗じて刑務所を脱獄した凶悪人であり、同じく脱獄した無法者たちを率いて、その名も「クロンリーのギャング」という集団を指揮する親玉であった。

 彼は人間の身でありながら侵略者であるイセリアルに支配されるのではなく、利害の一致から敵対を免れていた。使者としてやってきたイセリアル――厳密にはその器であるが――を残忍に殺害し、その死体を送り返したことでそういった状況を作り出したとも言われている。

 

 極度のサディストであった彼は、ある日、生きたままの人間にイーサークリスタルを突き刺せば最高の悲鳴が聞けることに気づいた。大の男でさえ悶絶するほどの激痛は、彼を満足させる声をアジトである洞窟中に響かせた。

 

 同時に、思わぬ副産物を得てもいた。

 

 イーサークリスタルを突き刺されてなお生きていた人間は、イセリアルほどではないもののイーサーを操る力を手に入れていたのだ。“乗っ取られた”ものとは別に、いわば人工的に「人間であると同時にイセリアルでもある」という存在を作り出した、とも言えるだろう。

 クロンリーは己の体にもイーサークリスタルを取り込み、無敵の集団を作り上げようとした。全ては、今は小さな共同体として生存者が身を寄せ合っている、かつて自分を閉じ込めていた憎き刑務所を滅ぼすために。

 

 しかし、そんな狂人の野望が叶うことはなかった。たった1人の、やはり狂人ともいえる少女によって組織ごとまとめて命を奪われた。

 

 人工的に作られたものではない、イセリアルに一度“乗っ取られ”、その後息を吹き返した1人の人間――本物の“乗っ取られ”の少女。

 

「ここを守ってほしいって頼みもあったと思うけど、結局のところは敵対してきたから殺してきた」

 

 組織を丸々潰して共同体に戻った彼女は、こともなげにそう報告したのだった。

 

 

 

 

---

 

 異形の怪物であったフュルストが手にしたクリスタルを体に取り込み終えたときには、さらなる異形へと変貌を遂げていた。

 肩甲骨の辺りからは緑色の結晶が生え、先程までのっぺらぼうだった顔の、目と思しき場所が淡い緑色(イーサーグリーン)に輝いている。

 

「なるほど……。実験した時に被検体がやけに騒ぐので相当の苦痛を覚悟してたのですが……。痛覚を鈍化させておいて正解でしたね。これでも若干の痛みがある。……しかし」

 

 フュルストが鋭く息を吐く。それだけで館の中の空気が揺れ、異質な雰囲気に包まれた。

 

「それだけの価値はありますね。体中から湧き上がる力を感じる……。魔人イセリアルスーパーフュルスト様となったこの私は、もう負ける気がしませんよ」

「……タバサ、あいつ、相当パワーアップしたと見ていいのか?」

 

 小太郎の質問に対し、タバサは首だけを彼に方に向けて答えた。

 

「最悪だよ。イーサークリスタルを体に取り込んだクズはケアンでもいた。……まあ、私が殺したけど。でも、その行為によって力を得た者の厄介さは普通の人間の比じゃない……。耐え難い激痛と引き換えに、イセリアルの力を一部手に入れられる。元々面倒な相手だったのに、今のあいつはこの世界に存在しないはずの力を身につけてる、って言えば、どれほどまずい状況かわかるでしょ」

「……確かに最悪だ」

 

 クックックとフュルストが笑った。

 

「……最悪? ふうま小太郎、その言葉の意味をわかっていますか? あなた方はこの世界では未知の力であるイーサーに対する耐性を持っていない。それはつまり……」

 

 フュルストが大きく息を吸う。背中の結晶が一際不気味に美しく輝いたと思った、その刹那――。

 

「こういうことですよ!」

 

 結晶が共鳴したように響き、次にそれは不可視の衝撃波となった。館の中にいた全員がその波に飲み込まれる。

 

「くっ……!」

「なんだこれ……! 頭が……!」

「これは……イセリアルのデカブツと戦った時に受けたイーサーの衝撃波か……!? だが、その比では……ぐうっ……!」

 

 イーサーに対して耐性を持つタバサでさえわずかによろめくほどの、見えない何かで頭を殴られ、さらには頭の中をかき回されるような感覚。

 ノマドの兵たちは当然のように苦悶の声と共に頭を抑えてのたうち回り、ベテラン対魔忍であるはずの災禍や静流でさえ思わず膝を付き、一度似たような攻撃を受けたリーナもうめき声を上げていた。

 

 場は一瞬にして、イセリアルの力を得たフュルストに支配された。数の優位は完全に失われ、今この場でまともに動けるのは耐性を持つタバサ唯一人。

 

「ほほう、さすがはこの力が存在する世界からやってきた異世界人ですね。少々辛そうではありますが……他の方々とは全く別だ」

「た、タバサ……」

 

 背後から聞こえてきた苦しそうな小太郎の声に、タバサは左手を背後に回してサムズアップしてみせた。それから相手から顔を逸らすことなく口を開く。

 

「無理しない方がいい。……私がなんとかする。来たるべき時まで、ふうまは全力を出せるように周りの皆と回復に努めて準備しておいて。……おい、そっちの裏切り者もだ。死にたくないなら、いや、勝手に死なれるとふうまを困らせることになるから無駄に動くな。大人しくしてろ」

 

 大太刀を支えにどうにか立ち上がろうとする骸佐にもタバサはそう声をかけ、魔力で作り出した幻影の刃(ファンタズマルブレイズ)を投擲。大太刀へと命中させて支点をずらした。支えを失った骸佐はなす術なく床に崩れ落ち、タバサを睨みつける。

 

「てめえ……! 何を……」

「もう一度言う。大人しくしてろ」

 

 同様のセリフを繰り返し、タバサはフュルストと向かい合った。

 

「お仲間を思う気持ち、実に健気ですねえ」

「あれは私としてはどうなってもいいんだけど」

 

 たった今、無理矢理床に這いつくばらせた骸佐を剣で指し示しながらそう言うタバサ。

 

「でも他の人たちは……。うん、死なれると寝覚めが悪いし、私の仁義に反する。それにイセリアルの力を使ったお前は許せない。だから殺す」

「それはそれは……。しかし、今戦えるのはどうやらあなた1人のようだ。……そこで、戦うよりも良い提案があるのですが、いかがでしょう? 私の提案を受け入れれば、私はこの部屋の中で這いつくばっている方々には手を出さないと約束しましょう」

 

 ピクリ、と仮面の中でタバサの表情が動いた。

 

「……本気で言ってる?」

「ええ、勿論本気です。提案というのは実に単純です。私はこのイーサー……イセリアルの力に非常に興味がある。それこそ、ふうま小太郎の力と同じぐらいに、です。そこでその力に詳しいであろうあなたに協力してもらいたい。ただそれだけです。それであなたは守りたいと思っていた人々を救うことが出来、私は知的欲求を満たすための研究を進めることができる……。いかがですかな?」

「耳を貸すな、タバサ!」

 

 背後から小太郎の声が聞こえてきたひとつ息を吐いて、タバサは先程同様に相手から顔を逸らさず答える。

 

「ふうま、忘れてない? 私は相手の心の内面を読める。……もっとも、この程度じゃそうしなくてもわかるけど。……お前、さっきふうまに提案したときもそうだったけど、最初から約束を守るつもりなんかないだろ?」

「ホッホッホ、やはりお見通しですか」

 

 タバサの口から舌打ちがこぼれた。瞬間、彼女の周囲の空気が変わる。

 

「……イラつくな。こっちの世界に来てからこんな風にイラついたのは、この街がイセリアルに襲われたときぐらいか。だとすると、やっぱり私のイラつきはイーサーに関係してるって考えられるかもしれないけど……まあいいや。……おい、フュルスト」

「なんでしょう?」

 

 もはやタバサは殺気を隠そうともしなかった。かつて彼女がいた世界(ケアン)でそうしたように、同じ方法で解決を図ろうとしていた。

 

「教えておいてやる。私には許せないことが3つある」

「ほう。それはなんですかな?」

「1つ目、敵意や殺意を向けてきたり騙したりして私に害を及ぼすこと。2つ目、1つ目と同様の内容を私の友達にすること。3つ目、己の力を振りかざして傲慢な態度を取り、こちらを見下すこと。……おめでとう、お前は3つ全てに該当した」

 

 極限まで膨れ上がった殺気が、部屋を満たすイーサーとぶつかる。

 

「嘘つきの恥知らずが! 死ね! 今回は、間違った獲物を選んだな!」

 

 殺気の塊となったタバサは床を蹴った。切り込むための超速度による突進(シャドウストライク)だ。

 

「それはさっき見ましたよ」

 

 対するフュルストは防御の態勢。しかも今度は触手化させた腕にイーサーの力を付与した上で振り回している。

 

「そのまま返してやる。それはさっき見た」

 

 だがタバサは触手の防御壁の前で急停止していた。方向転換、数度のステップを踏んで背後へと回り込む。

 

「むっ……! でも甘いですよ、そこです!」

 

 僅かにタバサの気配を察知し、振り返りながらフュルストが触手を叩きつける。爆撃を受けたかのように床がめり込むが、そこにタバサの姿は無く――。

 

「ハズレだ」

 

 再びフュルストの背後から声が聞こえると同時、背中の結晶目掛けて幾重もの斬撃が浴びせられた。

 

「ぐっ……おおっ……!?」

 

 明らかに効果あり、という反応。

 タバサはそのまま無理せず間合いを取り直す。直後にそれまでタバサがいた場所をフュルストの触手が薙ぎ払った。

 

「お、おのれ……」

「言ったはずだ。間違った獲物を選んだ、と。イセリアルの力を使ったこと、私だけをこの場で戦える状況にしたこと、せいぜい後悔しながら死ね」

 

 

 

---

 

「お館様、大丈夫ですか……?」

 

 一方、イーサーの衝撃波を浴びた小太郎たちはようやく少し動けるようになっていた。

 

「いや……。頭の中がぐらぐらして吐きそうだ……。でも……」

 

 顔色がまだ悪い災禍に尋ねられてそう答えつつ、小太郎は静流の方へと視線を移した。

 静流はこの状況で、彼女の忍法である木遁の術を使っている。花を咲かせ、その香りを辺りに漂わせているところだ。

 

「花の香りのお陰で少し気分が落ち着いてきた気はする。ただ、無理はしないでください、静流先生。タバサはさっきからフュルストの背中に新たに生えた結晶を狙い続けてる……。おそらくあれがイーサーの発生源で、破壊すれば俺たちが復帰できるという考えからでしょう」

「無理をするな、と言ったのはその時に備えて、という意味ね。その考え方はわかる。だけど、タバサちゃん1人で現状を打破するには少し難しいかもしれない……。私たちの協力、特に一緒に訓練したという独立遊撃隊の3人の力を借りないと、この状況が切り開けないような予感があるわ。だから、私はあなたたちのサポートを最優先にしているの」

「とはいっても……」

 

 そんな静流の言葉とは裏腹。異議を唱えようとした小太郎の予想と同様に、タバサはまだフュルストを圧倒していた。

 

 未だに動きを捉えきれないのだろう。フュルストは片腕は触手のまま、もう片腕は剣状に変化させて闇雲に振るっていた。かと思ったら突如当てずっぽうのように剣状の腕を叩きつける。

 しかしそんな攻撃はタバサには当たらない。

 

「あの、先生……。あいつなら1人でなんとかしちゃうんじゃないですかね……? 実際“呪い”の時だって打つ手が無かったのに、あいつは1人で全部倒しちゃったわけだし……」

 

 タバサの戦闘の様子に思わずそう言ったのは、今にも倒れそうな顔をした鹿之助だった。そこに小太郎も乗る。

 

「今の鹿之助の意見は楽観的すぎるとは思いますが、一部は俺も賛成です。例えるならあいつはジョーカーだ。1人で戦況をひっくり返しかねない。現に今も1人だけまともに動けている上に完全に圧倒していて……うわあ……」

 

 思わず小太郎が引いたような声を上げた。

 

 タバサはフュルストの顔面目掛けて火炎瓶――ブラックウォーターカクテルを命中させたのだ。

 傍から見れば顔面が火だるま状態。しかし、見た目ほどの威力がないことは当人もわかっているだろう。と、いうことは――。

 

「挑発狙いか。あいつ、フュルストの冷静さを奪うつもりだな。俺たちと訓練した時以上に対人戦への理解が深まってる……。これなら……」

「……いえ、ここはフュルストの方が1枚上手だったようね」

 

 静流は小さくそう言った。

 

 フュルストは再び両手を触手へと変化させていた。それもこれまでのように肘から先ではなく、肩口から一気に腕全部である。そして、その一部を背中のクリスタルを守るように巻きつけた。

 

「あいつ……防御を固めたのか!」

「私たちを無力化させられる、異世界の力を得た代わりに新たに生まれてしまった弱点なんでしょうね。タバサちゃんはあそこを的確に狙っていた。でも、今のように弱点を守られてしまっては状況が変わる。互いに決定打を欠いた今、フュルストは優先順位を変えてくる可能性がある」

「優先順位……そうか! 静流先生は最初からその可能性を考慮に入れて……」

「ちょ、ちょっとどういうことふうまちゃん? 説明して!」

 

 蛇子が会話に交ざってきた。元々再生能力が高い忍法の持ち主だからか、他のメンバーほどきつくなさそうな様子だ。

 

「リーナたちや骸佐を含め、俺たちはフュルストの攻撃で完全に無力化された。言ってしまえば、殺そうと思えばいつでも殺せる状態にあった。だから奴はまず、この状況下でも唯一動けるタバサを片付け、それから俺たちを始末すればいいと考えたのだろう。ところが、万全を期したはずの策が裏目に出てしまった。装甲に包まれていない、露出した体のイーサークリスタルは弱点となり、それが破壊されれば無力化したはずの俺たちが復活する可能性すらある。つまり……」

「お、俺たちを先に殺すってことか!? 今あいつが本気でこっちを狙ってきたら、いくらライブラリーさんや静流先生がいると言っても……!」

 

 鹿之介が悲痛な声を上げる。もし攻撃が及べば、ライブラリーは主を守るために盾となるだろう。だが今現在、片膝を着いているのは事実であり、彼もまたこの環境下でどれほど力を発揮できるかわからない。

 

「もしそうなったら、やられる前にやるしか無い。私はそう思って少しでもいいからあなたたちの回復を最優先にしたの。相手が全力でこちらを排除しようと攻撃を仕掛けてくるとなれば、防御が手薄になる。そこを突くことができるのは、ふうまくん、あなたたち独立遊撃隊よ」

 

 静流にはっきりと言い切られ、思わず「ひいっ……!」と鹿之助が怯えたような声を上げた。

 

「そ、そんなの……。俺たちなんかに期待しすぎですよ。大体俺なんかを回復したところで……」

「おい、鹿之助。はっきり言うぞ。……この戦い、お前がカギを握ることになるかもしれない」

 

 さらには小太郎からの急な宣言に、元々悪い顔色を更に白くさせてあわあわとするしかなくなっている。

 

「だから腹を括れ。このぐらいでビビるな」

「ま、ま、マジで言ってるのか……?」

「マジだ、大マジだ。いいか、この中で明確に遠距離攻撃が可能な忍法持ちはお前だけ。加えて、あいつに効くか怪しいところではあるが、タバサとの連携まである。そして何より……タケミカヅチだ」

 

 その単語に鹿之助はハッとした。

 

 タケミカヅチ。ある事件がきっかけで鹿之介に宿った力だ。

 その力によって、光ではなく電子で世界を“視る”ことができ、力の流れや物体の本質を見抜くことができるようになる。

 しかし、その分体への負担も大きい。イーサーの攻撃によってベストな体調から程遠い今では、使うことは難しいだろう。

 

 小太郎の言葉で鹿之助のやる気に火が着いたらしい。まだ体のコンディションは悪そうだが心の方はいい感じに燃え上がっているように思える。

 それを見て小太郎はひとつ頷き、誰に言うとでもなく口を開いていた。

 

「静流先生の判断は正しかったですね。俺もまだまだだ。……ここから先、どのタイミングで何が起きるかわからない。どうなってもいいよう、各自ここは回復に努めつつも、準備は怠らないように……!」

 

 

 

---

 

(まずいな……。弱点を潰す前に防御を固められたか。あと少し、って手応えはあったのに。冷静さを奪おうとして使ったブラックウォーターカクテルが裏目に出たかも。……まあ過ぎたことをあれこれ考えてもしょうがないか)

 

 状況が変わってもなお、タバサは冷静だった。

 相手からの攻撃の脅威度は格段に落ちた。背中の防御を固められた以上、無理に狙う必要性も低いといえる。

 それに相手は防御に回している分をいつでも攻撃用に動員することも可能である。脅威度は落ちたといえど、下手にダメージを受けて隙を見せでもすれば必殺の攻撃が飛んでくることは明らかだ。

 

 そう考えをまとめたタバサは、今は無理をせずに正面を切って攻撃を仕掛け、胸部のやや左寄りの部分に攻撃を集中させている。

 しかし、元々の装甲が硬すぎるためにダメージを与えられている気配がない。時折天界の力も発動して頭上から攻撃をしかけているが、背中の結晶を守る触手に当たってもダメージにはなっていないようだ。

 

 フュルストもフュルストで防御優先の姿勢を崩さない。タバサへの攻撃は続けているが、彼女特有の回避と剣と魔法による防御でこちらも今のところ効果を挙げられないでいる。

 

「さて、どうしましょうかね。あなたの攻撃は私には通じない。私の攻撃もあなたが避けてしまう。これではまるで千日手だ」

 

 優位性を保ち直したと判断しているのだろう。フュルストの声が先程までより明らかに生き生きとしていた。

 

(……ほんとムカつくな。戦ってる間は心が落ち着くはずなのにムカつくとか相当だぞこいつ。でも言われていることは事実、このままじゃ埒が明かないか。……相手の嫌がることはこの状況ではもうできそうにない。と、なると……)

 

 チラリ、とタバサは未だ戦闘に参加できずにいる小太郎たちの方を見た。

 

(……あとは()()しかないな)

 

 その意味ありげな視線の移動に相手も気づいたらしい。

 

「おや、彼らが気になるのですか? ……ああ、そうですね、ここまではどうせ何もできないからと放っておきました。しかし、あなたを嫌がらせるという意味では……先に処分するのも手ですね」

「忠告しておく。……ふうまたちに手を出すな。出せば、お前が死ぬのが早まるだけだ」

「そうですかそうですか。そこまで嫌ですか。では……」

 

 フュルストが右背中の結晶のガードを解いた。それから、右手側の触手を全て攻撃へと回し、小太郎たちの方へ突き伸ばそうとする。

 

「先にお仲間に死んでもらうとしましょう!」

「くっ……!」

 

 咄嗟にタバサはその延長線上に割り込んだ。両手の剣を振るいつつ、幻想の刃(リングオブスチール)を回して攻撃を弾き飛ばす。

 

「どうしました? 私は弱点をさらけ出しました、狙うなら今ですよ?」

 

 タバサは挑発には乗らなかった。弱点を狙わせることで味方への防御を間に合わなくさせて、左手側の触手を攻撃に回してくる。そう予想するのは容易だったからだ。

 

「意外に冷静ですね……。あるいは、狂犬としては主を失いたくないといったところでしょうか。まあいずれにしろ……」

 

 しかし、フュルストはタバサの動向と関係なく、左手側の触手で再び小太郎たちを狙おうとしていた。

 

「あなたのお仲間は死にますけどね!」

 

 今度は反対側へと消える速度で突進(シャドウストライク)。そのまま背後にいる仲間たちへの攻撃を防御しようとしたタバサだったが――。

 

「がっ……!」

 

 小太郎たちへの攻撃と見せかけつつ、方向を変えた数本の触手。その先端がタバサの右腕と脇腹を貫いていた。

 

「ホッホッホ! その邪魔な右腕、もらいましたよ!」

 

 右腕に突き刺さった触手が剣状に変化。そのまま引き抜かれるのではなく斬り裂く形で振り抜かれた。

 

 鮮血がほとばしる。愛剣(ネックス)と共に、切断されたタバサの肘から先の右腕が、床へと落ちていた。




ダリウス・クロンリー

本編で触れた通り、終末世界であるケアンにおいて典型的ヒャッハーなクズ中のクズであり、クロンリーのギャングの親玉でもある、体にイーサークリスタルをぶっ刺したAct2のボス。
このゲーム中もっとも有名な乗っ取られのセリフと思われる「そうかもな、死ね!」はこいつに向けて言われたものである。
Act2ボスというだけあってなかなか強く、高笑いしながら辺り一面をイーサーのダメージ床に変貌させてくるために初心者に棒立ちの危険性を教えてくれる。
しかも戦闘開始直後は90%ダメージカットのバフを発動させているためライフスティールも困難。おとなしくバフが切れるまではダメージ床を避けるようにして時間を稼ぎ、切れたら一気に畳み掛けたい。
一時期強化されたが、グラボにダイレクトアタックするという反則技まで同時に備わってしまったため元に戻されたらしい。
彼が仕切るクロンリーのギャングを構成する敵は、人間と、人間にイセリアルが追加されたタイプが存在する(クロンリーは後者)。
前者は銃や火炎瓶(おそらくBWC)で攻撃してくるが、後者はイーサーファイアを投げてきたり攻撃バリエーションが異なる。
派閥のネメシスは「ファビウス “見えざる” ゴンザール」。ナイトブレイドをベースにした敵で、二刀流やブレイドスピリットで攻撃しつつ、デバフであるベールオブシャドウを常時かけてくる。
とはいえ、「ある一点」を除けばネメシスの中でも狩りやすい程度の強さであり、昔のバージョンではこいつを狩ってトレハンするできるビルドを目標にされていた時期もあった。
以前はなぜこいつがクロンリーの下についたのか、という説明が公式にあったらしいのだが、昔の記事だったために今は見られなくなってしまっている、残念。


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Act53 仲間のサポートと死に物狂いの戦いを見てなお、おとなしく寝転んでいることなどできんのでな!

「ハァ……」

 

 味龍の店内。

 卓上調味料の残りをチェックしながら、扇舟は無意識にため息をこぼしていた。

 

 元々少なかった客足は更に遠のき、今店内にはほとんど客がいない。狼のような獣人と、端正な顔立ちの淫魔族と思われる男2人組が口数も少なく食事をしているだけだ。その2人も店の中が静かすぎて、話すとしても声量を落としながらという状態である。

 

 オーダーも出前も入らないために皆手持ち無沙汰気味だった。

 春桃は厨房にいるが、いつもはフル回転のコンロの火を珍しく落としている。トラジローは客席の一つに座って頬杖をつきながらぼーっとしているし、葉月とシャオレイも厨房に椅子を持ち込んで座って小声で雑談をしていた。

 ただ1人、扇舟だけが心を紛らわせるように動いているだけだった。

 

 少し前に常連とした世間話。それが今扇舟が余計なことを考えなくていいようにするために、何かしらやることを見つけようとしている理由だった。

 今日の客の少なさを扇舟がボヤいたところ、常連客から意外な答えが返ってきていたのだ。

 

「なんというか……街全体の空気がヤバい。俺はここの飯を食いたい欲が勝って来たが、この空気じゃ出歩かないようにする連中のほうが多いだろう。この間謎の存在が来ただかゾンビが溢れただかって時はあまりに突然でどうしようもなかったが、ヨミハラの住民は本来そういうヤバい空気を察するのには長けてるからな」

 

 ヤバい空気。同時に、このタイミングで「絶対ついてくるな」と言って店を出ていったタバサ。

 どんなに気にしないよう心がけても、扇舟の頭の中に嫌な考えがチラついてしまう。

 

 だが、仮にここで自分が出て行ったところで何ができるだろうか。

 スパーリングでこそタバサ相手に勝ち星をリードし始めてはいるが、命をかけた実戦ともなればどこまでできるかもわからない。

 彼女の義手もあくまで日常用で戦闘には全く向いていない。

 

 何より、「絶対ついてくるな」と釘を刺されている。

 

 そう思うと、彼女にできることは客の少なくなった店の中で何か仕事を見つけ、無理矢理にでも体を動かすことぐらいしか無かった。

 

「……おい、センシュー」

 

 今も無意識にため息をこぼしつつ、空いたテーブルを心ここにあらずと言った具合で拭いていた時。不意に春桃から声をかけられた。

 彼女の険しい表情が目に入る。

 

「何?」

「お前、もう今日帰っていいぞ」

「え……」

 

 確かに客は少ない。しかし、それ以上におざなりに仕事をしていたように見られたとしても否定はできない。

 

「ごめんなさい……。もっとちゃんと仕事に集中するから……」

「違う。私は怒って言ってるんじゃない。そもそも店がこの状態じゃ仕事なんて無いようなもんだ。……私としては、お前のそんな様子が不憫で見てられないって思ったんだ」

「不憫……?」

 

 扇舟がオウム返しに単語を口にする。

 

「ああ。……お前、タバサのことが心配なんだろ?」

「それは……そうだけど……。でも、タバサちゃんもおそらく私のことを心配してついてくるな、って言ったわ。だから……」

「……センシュー、お前が定休日の時の鍛錬に率先して参加してるのはなぜだ?」

「なぜ、って……」

 

 最初はタバサ不在になって腑抜けてしまった従業員の心を叩き直すため。そんな目的だった。だがそれはすぐに達成され、扇舟の心のなかでは新たな目標が生まれていた。それは――。

 

「お前は、タバサと肩を並べたいと思っていたんじゃないのか?」

 

 確かにそうだった。そのはずだった。

 

「……ええ、そうね。春桃さんの言う通り。だけど……まだそれは叶わない。私なんかがついていったところで足手まといになる」

「それは過小評価だぞ」

 

 テーブルに頬杖をついたまま、どこか気だるそうにそう言ったのはトラジローだ。

 

「お前はスパーリングでオレと互角に戦えているのは事実だぞ。もっと自分に自信を持っていいんじゃないか? ……まあ、あくまでスパーリングのレベルだから、本気を出したらオレの敵じゃないけどな」

「多分センシューが気にしてるのは、今トラジローが言ったことなんだろうな。お前は練習と実戦が違うことをよく知っている。だから、二の足を踏んでしまっている。違うか?」

 

 春桃の指摘に、扇舟は重々しく頷いた。

 

「……その通りよ」

「だとしても、実戦でもセンシューは十分強いと私は思うけどな……。あとはお前自身の心の問題じゃないかって気もしてる」

「心……」

「でもまあ、だからといってタバサを探しに行け、なんて軽々しくは言えない。下手すればお前の命、さらにはタバサの命にも関わるかもしれない話だからな。何より、あいつ自身がついてくるな、って言ってたし、なおさらだ。……私がお前に帰っていいって言ったのは、タバサの帰ってくる場所で待っててやれって意味で言いたかったんだ」

 

 不思議と、扇舟にとってその春桃の言葉はすとんと腑に落ちていた。

 

 帰ってくる場所で待つ。結局、今と同じく待つことに変わりはないのかもしれない。

 それでも、帰ってきた時にいの一番に会うことができる。それは悪くない。そんな風に扇舟は思っていた。

 

(待つ、か……。そうね、今の私にはそれしかできない。でも、それでいいのかもしれない。そして……さっき春桃さんに言われた『心』……。タバサちゃんは反対するだろうけど、帰ってきたら私も一緒に戦いたいって、そう伝えよう)

 

 肩を並べて戦う。いつかは、と思って心の中に閉まっていた、今の扇舟の夢。

 その事を考えていたら、自然と心が前向きになるのを感じていた。

 

「部外者が口を挟むようだけど、待っててもらえるってだけでも嬉しいもんだぞ」

 

 と、そこで店内にいた唯一の一組の客のうち、獣人の方がそう声を駆けてきた。

 

「僕はどちらかというと待つ側だから、あなたの気持ちが少しはわかるかな。確かに待つ側としてはもどかしいけど、こいつもこう言ってるし、いい選択なんじゃないかなって思う」

 

 今度はその相方のインキュバスだ。

 元々仲良さげに食事をしていたので2人親友同士なのだろうと思っていた扇舟だったが、もしかしたらそれ以上の関係かも、と思わず勘繰りそうになる。

 

「そこの客2人、いいことを言ったのだ。おい春桃、何かサービスしてやれ」

「なんでトラジローがそんな偉そうなんだよ。……でもまあ私が言いたいのも同じようなことだ。だからセンシュー、今日はもう上がっていいぞ」

「その代わり、明日はまた2人一緒に顔を出してくださいね!」

 

 厨房の方から葉月もやってきた。その後ろにはシャオレイもいる。

 

「センセンとタバタバ、両方いないと寂しいからネー」

「皆……。ありがとう。じゃあ好意に甘えて、今日はもう上がらせてもらうわ。その代わり明日はタバサちゃんと2人で一緒にまた元気な顔を見せるって約束するから」

 

 扇舟はエプロンを脱ぎ、手早く帰る支度を済ませる。

 

「あ、センシュー。今日店に客が少なかったのは事実だし、街もちょっと空気がおかしいように思う。だから帰る時はくれぐれも気をつけろよ」

「ええ、心配ありがとう。……それじゃあ皆、お先に失礼するわ。また明日」

 

 そう言うと、扇舟は味龍からヨミハラの街へと出て行った。

 

 

 

---

 

「タバサっ!」

 

 床に落ちた右腕を見つめて愕然としつつ、思わず小太郎は叫んでいた。

 

 右腕欠損。言うまでもなく重傷だ。戦闘面では大きすぎる痛手、加えて出血が多ければ命にすら関わる危険性すらある。

 さらに、タバサの右の腹部も抉られて出血している。右腕の切断面と合わせ、無視できない出血量のように思える。

 

 ところが、当のタバサ本人にそこまで焦った様子はない。

 まずはフュルストが両手の触手を再生させつつ引き戻し、絶対の優位性に浸りながら最後の総攻撃の準備に移るのを確認した。

 それから左手の剣(オルタス)を床に突き刺すと、インベントリから赤い色の液体が入ったビンを取り出し、手早く左手の親指でその口の押し開ける。次いで仮面を僅かにずらし、口に咥えて上を向いてその中身を飲み出した。

 

 そうしつつ、空いた左手を背後に回して手を広げる。じゃんけんのパーの形だ。

 

『待った。来るな』

 

 ハンドサインは、確かにそう言っていた。

 

(来るな……!? 来るなじゃないだろ……右手を失ったんだぞ……!)

 

 混乱する小太郎をよそに、次のハンドサインが送られた。

 動けるのであれば連携攻撃の準備をするよう要求するサイン。それから、人差し指を下に向け、親指を交差させるように横に出す、「T」の字に見える指文字を3度。そして最後に「自分は問題ない」という意味を込めて親指を立ててみせた。

 

(問題ない……? 本気で言ってるのか……? それにさっきの……)

 

 使うかわからない、と本格的な練習はあまりしなかったものの、4人で試したことはある連携攻撃。タバサはハンドサインでそれを要求してきた。

 

(でも、そんなことをやる余裕があるのか? 誰が見ても重傷、それにこの後フュルストの攻撃が集中するのも考えられる。お前には防御の奥の手として()()があることは知っているし、肉体の再生能力も高いって知ってはいるが……。その腕、なんとかできるっていうのか? それともまさか……俺たちに被害が及ばないように強がってる……?)

 

 未だ頭の不快感が拭えないこともあってか、考えがまとまらない。タバサが捨て石になろうとしている。そんな考えまでもが脳裏をよぎっていた。

 

(……いや、違う。確かにあいつの戦い方には危うい部分がある。だが、1ヶ月間一緒に訓練してわかった。タバサの戦い方は捨て身でこそあれ、決して死に急いだものじゃない。たとえリスクを負ってでも目の前の敵を倒して道を切り開く。そういう戦い方だ。それに……)

 

 かつて自分が言った言葉を小太郎は思い出す。

 

『タバサを常識の範疇で捉えようとするな』

 

 そう、彼女を常識で測ってはいけないのだ。

 今、タバサにはこの状況を打破できると確信できるだけの何かがある。だから、連携攻撃の要求をしてきたのかもしれない。

 

(だったら……信じるぜ、タバサ……!)

 

 小太郎は同隊の2人の方へと振り返った。

 

「蛇子! 鹿之助! 一度でいい、動けるか!?」

「な、なんとか……。静流先生のおかげで結構楽にはなったかな……。でも今のタバサちゃんのサイン……」

「本気なのか? やれっていうなら、無理すればやれると思うけど……」

 

 まだ万全とは言い難く、2人ともタバサからのサインに困惑してはいるが、戦意は失っていない。

 これならやれる。小太郎はそう直感した。

 

「タバサから直々の要求だ、準備するぞ! 三次元急襲連携戦法、『トリプルT』!」

 

 

 

---

 

 インベントリから引っ張り出した赤い色の液体――ポーションを飲み干したタバサは、空になった容器を床へと吐いて捨てた。

 

(ここが正念場だな。思ったよりダメージをもらったか。だがそれでも……)

 

 床に落ちた自分の右腕を拾い上げる。それから片膝をついたまま、その腕の切断面同士を押し付け始めた。

 

()()()

 

 目の前の相手は勝利を信じて疑っていない。自分をさっさと片付けたくてしょうがない。そんな気配をタバサは感じていた。

 

 タバサにとって、自分へのダメージと引き換えにしてでも得たかった、狙い通りの相手の心の動きだった。

 

「さあ、覚悟するんですね異世界の狂犬よ! 今から滅多刺しにして息の根を止めてあげましょう! そうすればこの空間の中でまともに動ける者は私だけになる!」

 

 フュルストはそんなタバサの策略に気づく由もない。もうひと押しで、厄介な相手を葬り去ることができる。

 そんな誘惑には抗えず、その場から動こうともせず切断された腕を押し付けるという、今現在のタバサの不可解な行動に対して疑問も抱けない。

 

 とにもかくにも勝利は目の前。それを確固たるものとするために、フュルストはそれまで防御に回していた触手を全て攻撃に動員しようとしていた。それぞれを剣状に変化させ、確実にタバサにとどめをさすつもりである。

 

「それでは……死になさい!」

 

 無数の剣と化した触手の切っ先がタバサ目掛けて迫る。

 

 だが当のタバサ本人に避けようとする様子はまったくない。変わらず片膝をつき、大きく深呼吸して集中力を高めてから、ポツリと呟いただけだった。

 

「“ブレイドバリア”……展開……!」

 

 タバサの周囲に無数の霊気の刃(ファンタズマルブレイド)が召喚される。つい先程、無理に立ち上がろうとした骸佐の大太刀の支点をずらすために投げつけた、魔力で作り出したナイフと同様のもの。得意とする者が扱えば肉をまるで紙のように斬り裂く、魔力を吹き込んだ刃を生み出す召喚術だ。

 

 このブレイドバリアを生み出したのは、異端と呼ばれた“ベルゴシアン”というナイトブレイドのマスターであった。彼は召喚術の扱いが不得手で、安定したファンタズマルブレイドの使用ができない、という噂があった。

 そこで彼は、発想を根本から変えることにしたのだ。

 

 安定した刃を作り出せずうまく飛ばせないなら、不安定でも無数に作り出して飛ばさずに盾にすればいい。

 

 それが、今タバサが使用しているブレイドバリア――先程小太郎が「防御の奥の手」と心の中で思ったものである。

 

「ホッホッホ! そんな刃の障壁など、すぐに打ち破ってさしあげますよ!」

 

 絶対の勝利の確信を持って、フュルストは触手を振るいながらそう叫んだ。

 その場から動かないタバサを串刺しにしようと無数の切っ先が迫る。だが――。

 

「何っ!?」

 

 驚愕の声を上げたのはフュルストの方だった。攻撃のことごとくがファンタズマルブレイドによって弾き飛ばされていたのだ。

 

「な、なぜ……! なぜ通らない! この邪魔な死にぞこないを殺す絶好のチャンスだというのに!」

 

 生み出された刃は、()()()()()()()()()、術者への攻撃の()()を遮る。

 しかし、代償も存在する。高い集中力と精神力を必要とするため、発動中はその場から動くことができない。

 

 無敵のバリアを展開しているにも関わらず、動こうとしない相手を見て、フュルストもそのことに気づいたようだった。

 

「……いや、読めましたよ! その術、絶対的な防御力を誇るようですが、その分使用するのに負担が大きいと見た! 一度術を展開したお前はそこから動けない、ならば後ろを先に始末するだけのこと!」

 

 フュルストは狙いを変えた。防御に徹して動けないタバサよりも先に、背後にいる小太郎たちへ。

 しかし、タバサは焦りも慌てもしない。小太郎がもっとも信頼する男の名を叫んだだけだった。

 

「ライブラリー!」

「言うに及ばず!」

 

 小太郎目掛けて突き進む触手の剣を遮るように、サイボーグ忍者が立ちふさがる。本来ならシルバーに輝くその体。それが今、赤熱化して燃え上がっていた。

 

珪遁(けいとん)の術・“インフェルノバイト”!」

 

 いうなれば炎の化身。

 

 ライブラリーは、文字通り炎を纏っていた。全身を結晶化する能力である彼の忍法、珪遁の術によるものだ。

 攻防一体の力により、彼の体に当たる触手は焼け焦げ、あるいは腕部のブレードによって斬り裂かれる。

 

「なっ……! 馬鹿な! イーサーの衝撃波で動けないのではなかったのか!?」

「仲間のサポートと死に物狂いの戦いを見てなお、おとなしく寝転んでいることなどできんのでな!」

「よくやったし、よく言ったライブラリー。……反撃開始だ」

 

 術を解き、左手に持った右腕をずっと切断面に押し付けていたタバサが立ち上がった。それから、右手を()()()()()()()()してみせる。

 

「……よし、動くなら問題ない」

 

 足で床に落ちたままの愛剣(ネックス)を蹴り上げ、右手で掴む。左手は床に刺したもう1本の剣(オルタス)の柄を握りしめた。

 

「ま、待て! 貴様、なぜ右手が……!」

「ポーション飲んだ上で再生能力を高める効果もあるブレイドバリアを張ったんだ、そこまでしたなら()()()()()()()()()()()()、こんなの」

 

 常識で計れない少女はさも当然とばかりに、愕然とした様子のフュルストにそう返した。

 

「ふうま! 蛇子!」

 

 続けて、仲間の名を叫ぶ。

 

「こっちは準備オッケーだ! いくぞ、『トリプルT』!」

「タコ足ジャンプ、アンドキャーッチ!」

 

 小太郎が牽制に手裏剣をフュルスト目掛けて投げ、同時に獣遁の術によって足をタコ足化させた蛇子がタバサ目掛けて跳ぶ。そのままタバサをタコ足で抱え上げ、さらにフュルストの頭上、天井付近目掛けて跳び上がった。

 

 タコの足は筋肉の塊だ。蛇子は過去に小太郎と鹿之助の2人をタコ足で抱えたまま建物の屋根を飛び移ったことすらある。

 よって、タバサ1人を抱えてフュルストの頭上まで跳ぶことなどなんということはないのだ。

 

「何をする気か知らんが……もういい! ここで貴様らを殺す!」

 

 フュルストは完全に頭に血を上らせていた。

 小太郎からの手裏剣は牽制と割り切り、受けてもダメージにならないと完全に無視。普段のような丁寧な言葉遣いはすっかり鳴りを潜め、怒りに任せてライブラリーに焼き払われた触手を強引に再生させている。空中の蛇子とタバサを貫くつもりだろう。

 

 それより早く、タバサは蛇子に抱えられたまま、空中で次の行動に移っていた。フラッシュバンと、その閃光に紛れるようにしてスタンジャックスをばら撒いている。

 

「フルパワー! バンビーノ・スタニングスパーク!」

 

 そしてその閃光を合図として、鹿之助がここまで温存していた大技を放った。

 

「ぬうっ……!?」

 

 分厚い装甲に包まれたフュルストだったが、最大出力で放たれた電遁の術と、さらに足元にばらまかれたスタンジャックスの効果を無視することは出来なかった。かつて模擬戦で戦った対魔忍たちがそうであったように、一瞬体の動きを停止(スタン)させられていた。

 

「いくよ、タバサちゃん!」

「了解」

「とおりゃあー!」

 

 タバサはこの瞬間を待っていた。跳躍の最大点へと到達した蛇子は、タバサをフュルスト目掛けて()()()()()

 

「小賢しい! この程度の目眩ましと小細工が通用すると思っているのか!」

 

 空中で目標が分かれる形になったが、フュルストは迷うことなくタバサを迎え撃つつもりのようだ。一瞬止まった体を強引に動かし、再生が間に合った分の触手で応戦しようとする。

 

 だが先程の一瞬のスタン。それが致命的だった。

 フュルストの攻撃よりも早く、タバサの姿が消えていた。

 

 筋肉の塊であるタコ足から投げられる瞬間、足場としてそれを蹴り、さらには重力による加速も加える。

 これまでで最速となる空中からの超速度の突進(シャドウストライク)。文字通り消えたタバサは、フュルストが触手を突き出そうとするよりも先に背中のクリスタルへと攻撃を叩き込み、床へと着地していた。

 

「き、決まった……。『トリプルT』……!」

 

 鹿之助が信じられないといったような声を上げる。

 

 トリプルT――タバサ投擲戦法(Tabatha Throwing Tactics)

 

 小太郎の牽制の手裏剣と同時、タバサを抱えた蛇子がタコ足ジャンプで敵との間合いを詰める。そこでタバサがフラッシュバンで相手の目をくらませつつスタンジャックスをばら撒いておき、鹿之助との連携技・スタニングスパーク。相手の動きを止めて蛇子はタバサを戦法名の通り()()()、という三次元急襲連携戦法だ。

 

 発案者と名付け親は鹿之助だった。いわゆる「戦術タバサ」を最大限活かす方法として「蛇子がタバサを抱えてジャンプしてさ、そのまま空から一気に襲いかかったらすげえ効果ありそうじゃねえか?」と考えたのが発端だった。

 だが実際に試したところ、「確かに頭上からという三次元的攻撃は効果はあると思うがリスクも無視できない」「私もだけどタバサちゃんの負担が大きすぎる」「そもそも私が単独で突っ込めばよくない?」といった残り3名の意見により、数度練習しただけでお蔵入りとなっていた。

 

 しかしこの状況においては「空中からの攻撃」というのが非常に有効だった。

 タバサが狙いたいのは、フュルストの背中にある体から生えたイーサークリスタルだ。二次元的な動きでは回り込まないと狙えないが、この三次元攻撃ならそこも狙いやすい。

 

 加えて、タバサが相手を「騙した」のも功を奏した。

 自分の窮地を装って相手を攻撃に集中させ、再び防御態勢に入る前に一気にケリをつける。小太郎たちとの訓練によって得た対人戦の技術と、戦闘の駆け引き。相手の内心を読み解けるという特性も相まって、やはりそれは強力な武器となっていた。

 

「練習しておいてよかった。三次元的攻撃がここまで活きる時がくるとはね。それに……騙すのもうまくいって私の狙いも完全にハマった」

 

 かくして、タバサ渾身のブラフと三次元急襲連携攻撃の合せ技により――。

 

「ぐ、ぐおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 フュルストのおぞましい悲鳴とともに、背中のイーサークリスタルが粉々に砕け散っていた。




ブレイドバリア

マスタリーレベル20で解放されるナイトブレイドのスキルで、発動すると周囲に無数の刃を召喚して3秒間ダメージを100%カット、すなわちあらゆる攻撃を受け付けなくなる。さらにヘルス再生を大幅に上昇、CC耐性も強化され、物理報復も付与される。
「防御の奥の手」として満を持して登場した感のある、3秒間無敵になることができるスキル。……なのだが、本編中にもある通り移動は不可能。それどころか、使用中はこちらからの攻撃は勿論のこと、ほとんどすべての行動が制限され、リフトを開くかポーションを使用するぐらいしかできない。
そのため敵に囲まれているような状況で無計画に使ってしまった場合、状況がさらに悪化することまである。
とはいえ、1振りでも3秒間無敵を得られることは事実であり、ポーションを再使用したいけれどまだリチャージ中、という時にほぼ悪あがきで使うことでもしかしたら生き延びられることがあるかもしれない。
ただ、積極的に使わないのであればどうあがいても最後の最後に使う保険でしかないため、誤発動を嫌ってここへの1ポイントすら切る人もいると思われる。実際誤発動すると3秒間動けずものすごく悲しい気持ちになる。
また、自分で使うとイマイチだが、敵が使うと非常に面倒であり、先に触れたクロンリーのギャングのネメシスであるファビウスがこいつを使ってくることで有名。これがファビウス唯一の問題の「ある一点」である。
展開中はダメージを与えられないのでライフスティールができない。さらに、タイムが設定されているSRだと遅延行為になるために非常に悪質。
とはいえ、先に述べたようにファビウス自体はネメシス中でも弱い部類に位置するのは救いとも言える。
余談だが、アルカニストのスキルには「エレオクテスの鏡(通称:鏡)」という本スキル同様3秒間無敵になるスキルがあるのだが、こちらはリチャージが長い代わりになんと移動も攻撃も可能。
そのため、ナイトブレイドとアルカニストを組み合わせたクラスの「スペルブレイカー」では鏡を早めに使い、それでも危険になったらブレイドバリアで鏡のリチャージ時間を稼ぐという「攻めの鏡、守りのブレイドバリア」というテクニカルな使い方をするビルドも存在するらしい。
ちなみに召喚する刃はファンタズマルブレイズであり、実はリングオブスチールも同様に無数のファンタズマルブレイズを召喚しての攻撃なのだが、向こうは短時間に術者の周囲を高速移動するように召喚することで攻撃用に、こちらは術者を守るように長時間召喚することで守備用に使うという違いがあるように思える。
なおこのスキル、本編中でも少し触れているように編み出したのは異端のナイトブレイドマスター・ベルゴシアンである。


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Act54 一言殺せと言ってくれれば、私がそいつを殺すよ

「や、やった……!」

 

 思わず小太郎は歓喜の声を上げていた。

 タバサによる超アクロバット攻撃によって、フュルストの背中から生えていた緑色のイーサークリスタルは完璧に破壊されたように見えた。効果が間違いなくあることは、フュルストが上げる悲鳴からも明らかだ。

 

 同時に、彼自身も確実に空気が変わったことに気づいていた。

 

「おい、ふうま! これ……」

「ああ。頭の中をかき回されるような嫌な感覚が消えた。……あいつの背中の結晶が破壊されたおかげだろう。さすがはタバサ、期待通り全てをひっくり返すジョーカーってところか……!」

 

 顔色が戻りつつある鹿之助へと、小太郎も嬉しそうに答える。

 そうしつつもこの状況を作り出した功労者へ目を移したところ、休むこと無くフュルストへと斬りかかっていた。

 

 フュルストは悶えつつどうにか反撃をしようとしている。体から生えていた結晶を失ったことによるダメージは大きいようだ。

 しかし、タバサの攻撃は未だ厚すぎる装甲の前に通っていない。防御を固められた先程同様に胸元を一点狙いで斬りつけているが、効果があるか怪しいところである。

 

 そんな風に攻撃を続けながら、タバサは時折小太郎の方を確認するように顔を動かしていた。

 仮面越しであるために視線を合わせることはできない。だが、一ヶ月間共に訓練してきたために何を言いたいのか、今の小太郎には薄々想像することができた。

 

『ふうま、何か良い手はない? 時間なら私が稼ぐ』

 

 雰囲気がそう告げている。そんな彼女を安心させるためにも、小太郎は右手の親指をサムズアップしてみせた。

 

 それに気づいたのだろう。タバサは小さく頷き、攻撃へと集中する。

 

「この狂犬がぁ! 折角イセリアルの力を手に入れたというのに……! 魔人イセリアルスーパーフュルスト様に対してよくも!」

 

 ようやくフュルストが立ち直ったか、両手の触手をそれぞれまとめて剣状にし、タバサを斬りつけようと振り回し始めた。

 先程の再生力を見せつけられ、それが追いつかないように強力な一撃が狙いだろうか。が、タバサに当たる様子はない。

 

「もう一度言うが、お前は間違った獲物を選んだ。……この場に私がいたにも関わらずイセリアルの力に手を出し、それで圧倒的優位に立ったと思い込んだことが運の尽きだと思え」

「貴様ッ! ……まあいい。結局は元に戻っただけのこと。つまりお前は私に決定打を与えられない、違いますかな!?」

「そう思いたければ思っていろ。……間違いだったと気づくのはお前が死ぬときだ」

 

 攻撃も口撃も、タバサが圧倒的有利ではある。が、フュルストの言葉通り決定打には至らない。

 

 いつまでも任せっぱなしとはいかない、と小太郎は考えをまとめることにした。サムズアップしてサインを送った以上、早めに何か手を打つべきである。

 

(まず状況整理だ。一応最悪の状況は脱した。こっちが軒並み戦闘不能という状態からは回復、言ってしまえばフュルストがイーサーの力を使う前までは戻った。……いや、イーサークリスタルを失ったダメージ分を考えればより好転してるかもしれない。だが、とにもかくにもあの装甲をぶち抜く必要がある。今、この場でその一撃を放つことができるのは……)

 

 小太郎の視線が、かつて自分を裏切った幼馴染へと移される。

 

「骸佐! 動けるか!?」

 

 自分の周囲は静流の献身により、木遁の花の香りで気分を落ち着かせてもらっていた。だが、離れていた骸佐は違う。もしかしたらまだイーサーダメージが残っているのではないか。

 そんな風に心配しての声かけだったのだが。

 

「おい目抜け、誰に向かって言ってやがる……。あいつが使ってた異世界の力とやらが消えたんだ、動けるに決まってるだろうが!」

 

 彼の心配をよそに、骸佐はフラつきながらも既に立ち上がっていた。

 

「よし、なら“夜叉髑髏・累”でいくぞ!」

 

 言いつつ、小太郎はハンドサインを送る。それを見た骸佐は一瞬虚を突かれた後、獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「フン、お前の策に乗ってやるよ、()()()! ……邪眼っ! “夜叉髑髏・累”!」

 

 骸佐が手に持つ“猪助”から瘴気が吹き出す。斬れば斬るほど、恨みを取り込めば取り込むほど強力になっていく妖刀だ。

 さらに、怨念を身に纏って強化する骸佐の邪眼・夜叉髑髏によって彼自身の姿も異形のような鎧を纏って変貌を遂げていく。

 

 その様子を目にしつつ、小太郎は今度は骸佐同様に静流のサポートを受けられなかったリーナの様子を伺った。

 

「リーナ! そっちはどうだ!?」

「私は大丈夫だ! だが……おい、お前たち、どうだ?」

「申し訳ありません、リーナ様……。動けそうな者と無理そうな者、半々といったところですかね……」

 

 リーナの部下と思われるノマド兵士の1人がそう報告した。

 

「だとすると危ないな……。この状態で援護を任せると同士討ちの危険性がある。お前たちは無理せず休んで回復に努めておけ。……ふうま、動けるのは私だけだが、それでもいいか?」

「十分だ。リーナはタバサの援護に回ってほしい。スピードでフュルストを撹乱、できるか?」

「了解した! 行くぞ、チェーンジ、百花繚乱!」

 

 サクラブロッサムの力によって衣装が変わり、力を解放したリーナがタバサとフュルストの元へと飛び込んでいく。

 敵が倍に増えたことでフュルストも対応に追われているようだ。相変わらずダメージを受けている様子は無いが、攻撃に粗が出始めている。

 

「よし、これでタバサの負担も減らせた。……こっちは静流先生以外全員いけるな?」

「さっき無理して動いたからちょっときついけど……。でもタバサちゃんを見てたらそんなこと言ってられないもんね!」

「俺のタケミカヅチがカギを握るんだろ? ここまで来たらやってやる、お前の指示に従うぜ、ふうま!」

「私も問題ありません。御庭番として、最後まで戦いますよ」

「ここまでいいところ無しで挽回したいと思っていたところです。若様、ご指示を」

 

 蛇子、鹿之助、ライブラリー、災禍と、静流を除く全員からの返事を受けて、小太郎は満足そうに頷いた。……のだが。

 

「ちょっと待ちなさい、ふうまくん。いざ決着をつけようって場面で、私だけ呑気に見てろって言うのは無しよ」

 

 静流が不満そうに口を尖らせて抗議をしてきた。しかし、イーサーによる攻撃から解放されて顔色が戻った他の面々と違い、サポートのためにずっと木遁の術を使い続けていた彼女だけはまだ苦しそうな様子が窺える。

 

「先生はここまで十分やってくれました。無理をすることは……」

「ここでしないでいつするっていうの? ……とはいえ、元々力不足気味な上に、今本調子じゃないのは事実だけどね。それでもまだ戦える。あいつの動きを一瞬ぐらいなら止められるわ。だから仲間外れは無しでよろしくね」

 

 ここまで言われては断ることもできない。小太郎はありがたくその申し出を受け入れることにした。

 

「じゃあ静流先生も入れて、皆よろしく頼む。……骸佐、準備は!?」

「とっくにできてる! 早くしやがれ!」

「よし……。やるぞ!」

 

 小太郎がハンドサインで全員に指示を出す。

 それを受け、最初に動いたのは蛇子だった。

 

「タコ墨煙幕! ブシュウウウウウウ!」

 

 骸佐とフュルストの間に煙幕が展開される。その動きにフュルストも気づいた。

 

「む……? 何かを仕掛けてくるつもりですか? しかしどんな攻撃であっても私には……」

「リーナ、一旦離脱して」

 

 タバサがリーナに離れるよう言いつつ、立ちはだかるようにフュルストの真正面に陣取った。

 

「……業腹だな。でもふうまの指示だ、仕方ない。ここまでお膳立てしてやるんだからしっかり決めろ、三下」

 

 高速の連撃(アマラスタのクイックカット)を叩き込んだ直後、タバサの姿がフュルストの視界から消える。身をかがめて横へと飛び退いていた。

 逃げようとする相手へ攻撃をしようとしたフュルストだったが、直後、正面から殺気の塊が迫っていることに気づく。

 

『骸佐の一発のためにフュルストの注意を惹いてくれ』

 

 小太郎からハンドサインで受けたその指示の通り、タバサは相手の注意を惹きつけていた。さらには迫る骸佐の姿を隠すために、自身をブラインドにもしている。

 結果、煙幕の中から禍々しい鎧に身を包んだ骸佐が現れたことに対し、フュルストは認識が僅かに遅れた。

 

「骸佐! 狙うのは奴の胸部、やや左寄り! タケミカヅチで『視る』限りではそこに1番今までのダメージが集中してる!」

 

 そこで叫んだのは鹿之助だった。今、彼の傍らには神霊であるタケミカヅチが少女の形を取って具現化されている。その力を使ってフュルストへのダメージが集中している部分を見抜いたのだ。

 

 すなわち、ここまでタバサが執拗に狙い続け、ダメージを蓄積させていた胸部である。

 

 さらに――。

 

「木遁・茨姫!」

 

 静流も最後の力を振り絞って忍法を発動していた。フュルストの足元からツタが伸びて絡みつき、動きを封じようとする。

 

「こんなものでこの私を止められるとでも!」

「そうね、これが精一杯……。でも、これで十分でしょう?」

「ハッ……!?」

 

 先程の骸佐への認識の遅れ。今の静流の木遁を引きちぎる時間。どちらもほんの一瞬だった。

 だがそれらは、骸佐の必殺となるであろう一撃へのサポートとして完璧に働いていた。

 

「うおおおおおおおおおおッ!」

「ぬうっ!?」

 

 ついに骸佐が間合いに入った。

 大太刀の切っ先が怪物の胸部の装甲とぶつかり、ギャリギャリと耳障りな音を辺りに響かせる。

 

「俺がここまで背負ってきた怨念をぶつけてやる! くらいやがれ!」

「馬鹿が! 貴様程度の小物が背負った怨念ごときでこの魔人フュルスト様の装甲を貫けるとでも思ったか!」

「うるせえェッ!」

 

 無理矢理にでも刀を押し込もうとする骸佐。それを串刺しにしようと、フュルストは両腕を剣状にしたが――。

 

「今だ! 災禍! ライブラリー!」

 

 小太郎が家臣の名を叫ぶ。本来ならばふうま家当主の傍らに控えているであろう2人。だが、今そこにその姿はなかった。

 

「絶・無影脚!」

「はああああああっ!」

 

 2人が現れたのはフュルストの両脇――つまり、骸佐を攻撃しようと、剣に変化させた腕を狙っての攻撃だった。

 災禍は新装備の対魔忍スーツの機能で、ライブラリーは珪遁の術でステルス化しつつ気配を殺して敵のそばへと近づき、サポートのチャンスを待っていたのだ。

 

 鋼鉄の義足による必殺の蹴りと、珪遁の術により強化されたブレードの斬撃。イーサーの影響下から解放された両者の攻撃は、フュルストが変化させた腕の剣の部分をへし折っていた。

 

「お、おのれええええええ!」

「クソハゲが、いい加減にくたばりやがれ!」

 

 骸佐が叫ぶ。だが、まだ攻撃は装甲に阻まれて届かない。

 

(クソッ……! もうひと押しのはずなのに……)

 

 思わず小太郎は内心で独りぼやいていた。

 

 ここまで的確に指揮を執り続け、狙い通りの展開になっている。

 タバサとリーナの撹乱、蛇子の煙幕、攻撃場所を見抜く鹿之助のタケミカヅチ、静流の回避妨害、そしてステルス化したライブラリーと災禍の奇襲。

 この中で最高火力を一撃を持つ骸佐の攻撃を活かすために、打てる手を打ち、見事に的中している。にも関わらず最後のひと押しが決まらない。

 

(……いや、違う! タバサには怒られるかもしれないが……もう一手ある!)

 

 小太郎は右目に意識を集中させた。

 

「おい、フュルスト! 俺を見ろ!」

 

 その声に、フュルストは思わず声の主を見てしまった。

 開かれた小太郎の右眼から、漆黒よりも深い闇が蠢く。それは魔性の力による刃となってフュルストを斬り裂いた。

 

「ぐがあああああっ!?」

 

 ライブラリーと災禍にへし折られ、再生しようとしていた両腕が飛ぶ。同時に、フュルストの装甲についにヒビが入り始めた。

 

「馬鹿な!? このスーパーフュルスト様の装甲に傷が……!?」

「俺の怨念でてめえを殺す! とっとと死にやがれ!」

「き、貴様ごとき小物に……! こうなったら……!」

 

 フュルストに怪しい動き。小太郎もそれを察知した。

 右眼をどうにか制御しようとしつつ、鹿之助に声をかける。

 

「くっ……! 鹿之助、あいつ何か狙ってやがる!」

「わかってる、タケミカヅチ! ……クソッ! 魔術か何かを発動させるつもりだ! あのままだと……え!?」

 

 間の抜けたような鹿之助の声に、右眼を抑えつつ、小太郎の反射的にその視線の先を追っていた。

 

 そこには、愛剣を2本まとめて左手に持ち、無造作に骸佐に歩み寄るタバサの姿があった。

 

「は……!? な、なんだ、てめえ!」

「ひとつだけ聞きたい。さっきから怨念怨念と言っているが、その剣は怨念が強ければ強いほど斬れ味を増すってことで合ってるか?」

「いきなり何を……」

「死にたくないなら答えろ。時間がない。こいつは何かをしようとしてる。さっさと息の根を止めないと巻き込まれる」

 

 持ち前の直感と、相手の心の内面を読み取る特有の能力。鹿之助のタケミカヅチとは違うアプローチで、タバサもまたフュルストが最後の反撃に出ようとしているのを見抜いていた。

 

「確かに怨念を力に変える刀だが……だったら何だってんだ! お前も手伝ってくれるってか!?」

「ああ、手伝ってやる。……そうとわかっていれば、最初からこうすればよかった」

 

 タバサが骸佐の妖刀“猪助”に手を触れる。その瞬間――。

 

「なっ……!?」

「ひぃっ……!?」

 

 持ち主の骸佐が驚愕の声を上げ、フュルストでさえもが思わず戦慄の声をこぼすほど。

 

 妖刀はもはや刀とも呼べないほどに禍々しくその姿かたちを変え、おびただしい量の瘴気を放ち始めていた。

 それまで苦労していたのがまるでウソのように、熱したナイフがバターを斬るかのごとく。スッと切っ先がフュルストの体へと吸い込まれていく。

 

「どういうことだ!? どうなってやがる!?」

「あ、ありえん! こんな馬鹿な……! どうしてこんなことが……!」

「簡単な道理だ。殺せば殺しただけ怨念は強くなる。ならば、今までただひたすら殺すこと(ハックアンドスラッシュ)しかしてこなかった私が触れれば、こうもなる」

 

 “乗っ取られた”器(イセリアル)異世界の化け物(クトーニック)、狂った人間、暴れまわる獣、妄執で留まった亡霊、その他数多の怪物共に加え、異界のボスに忘れ去られた太古の神まで。

 

 数え切れないほどの命を奪ってきた。そうすることでしか生き残る術を知らず、そうしなければ終末の異世界(ケアン)では生き残れなかった。

 

 背負ってきた怨念の量だけでいうならば、“乗っ取られ”の少女の体に染み付いたものは測り知れない。

 

「な……なぜだ……。この世の理に触れ、異世界の力を手にした……この私が……なぜ……」

「ふうまに拒絶され、私が憎む敵の力を使った。お前が死ぬ理由はそれで十分すぎる」

「わ、私は……ブラック様を正しい輪廻に戻して……イセリアルの力も我が物に……」

「黙れ。死ね」

 

 切っ先が背中まで貫通し、それからフュルストの体が内側から爆ぜた。

 床に落ちた肉片が塵のように消えていく。

 

 小太郎と骸佐にとって共に宿敵と呼べる相手。ノマドの元大幹部とは思えない、フュルストの呆気なさすぎる最期であった。

 

「お、終わった……のか……?」

 

 タケミカヅチによってフュルストの反撃に備えようとしていた鹿之助が呆然とした様子で声を上げる。

 

「フュルストは消えちゃったし……終わり……で、いいんだよね、ふうまちゃん……?」

「あ、ああ……」

「……気配はありません。完全に消滅していますね。こんな終わり方は想像していませんでしたが……」

 

 ライブラリーのその言葉で、ようやく全員が終わったと実感できたらしい。辺りに弛緩した空気が漂い始める。

 

 そのタイミングでタバサは骸佐の妖刀から手を離した。刀は元の形状へと戻り、骸佐が体に纏っていた鎧も消えようとしていた。

 

「ぐっ……」

 

 だがタバサが上乗せした分の反動が襲ってきたのだろう。思わず骸佐は数歩よろめいて後退してから、大太刀に体重を預けつつ膝をついていた。

 

「骸佐!」

「来るんじゃねえ!」

 

 それでも、心配そうに声をかけてきた小太郎に対し、精一杯の虚勢を張ってそう返す。

 

「共同戦線はここまでだ……。俺とお前は互いに袂を分かった存在。もう……戻れねえんだ」

 

 タバサはそんな骸佐を仮面越しに冷たい眼で見ていた。

 

(そう、こいつの言う通りだ)

 

 周囲の緊張が解けた空気には似つかわしくなく、今彼女は己の気配を消している。

 空いた距離はよろめいた数歩分。左手にまとめていた剣を両手へと持ち直し、人知れず骸佐との間合いを詰め直そうとしたところで――。

 

「待ちなさい、タバサ。何をするつもりだ?」

 

 その数歩分の距離の間に割って入ってきたのはライブラリーだった。

 

「……さすがライブラリー。気配は極限まで殺したつもりだったのに見抜かれたか」

「いや、逆だ。フュルストは倒した。ならば緊張を解いてもいいはず。にも関わらず、そんな状況で異様なほど気配が薄い。そのことが引っかかった」

「なるほど。気配を殺すこと自体は自信があったんだけど……。この場合それが裏目に出たってことか」

 

 ふう、と自嘲的にタバサが息を吐く。

 

「おい、タバサ……。お前……」

 

 ようやく右眼を制御しきれたのだろう。普段どおり右眼を閉じた小太郎が驚愕したようにタバサの名を呼んだ。

 

「……確実に殺せる状況を作ってからにしたかったんだけど、まあいいか。ふうま、二車骸佐の件について、改めてもう一度だけ忠告させてほしい。ふうまが解決しなくちゃいけない問題、それはよくわかってる。でもこれは先延ばしにすべきじゃない。フュルストも片付けたのだから、まとめて今すぐにでもケリをつけるべき問題だ。ふうまが手を汚すことに抵抗があるって言うなら代わりに私がやる。だから……」

 

 人間が発していると思えないような冷たい声色で、タバサはその先を続けた。

 

「一言殺せと言ってくれれば、私がそいつを殺すよ」




ベルゴシアン

アサシンといった出で立ちのテクニカルなイメージが強いナイトブレイドにおいて、力こそが正義を貫き通した異端のマスター。
ゲーム中には登場せず、名前が使われたアイテムやスキルがあるだけだが、フレーバーテキストのせいでやたらと存在感が濃い。
「ナイトブレイドの標準からは過度に筋肉があって遅い」「雇い主を不安にさせるほどの無謀な虐殺と血の渇望で悪名高い」など、これだけでも既にヤバさがひしひしと伝わってくる。
実際彼が関連しているスキルは
・ベルゴシアンの大ばさみ:両手の武器を挟み込むように力任せに叩きつける
・ブレスオブベルゴシアン:その体格に物を言わせて呼吸量を増やし、より多くのプネウマを吸収する
・ブレイドバリア:ファンタズマルブレイドをうまく飛ばせないから、気合で自分の周囲に大量に一定時間召喚して盾にする
と言ったザ・脳筋というものばかりである。
これだけマッチョなら実はソルジャーだったのではないかとまで言われており、そのことを証明するかのように彼の名を冠したセット装備である「ベルゴシアンの屠殺セット」は、ソルジャーとナイトブレイドを組み合わせたクラスの「ブレイドマスター」向けの装備となっている。
彼自身も異端であることは自覚していたようで、「ベルゴシアンの修羅道」というレリックのフレーバーには「わが兄弟のナイトブレイドたちには彼らのやり方があり、私には私のやり方がある」とあくまで己を貫き通した旨が書かれている。
というか、ナイトブレイドは他の有名なマスターが「クイックカットやブレイドバーストにも名を使われており、ナイトブレイドの王道をひた走った女マスター・アマラスタ」や「毒を得意としたために同業者からも忌み嫌われていた女マスター・ニダラ」など、設定だけでかなり濃いキャラが揃っていたりする。


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Act55 じゃあね、ふうま。またそのうち

 すべてが終わったと思ったところで突然凶行を起こそうとしたタバサに、場は再び緊張に包まれた。少しして、ようやくハッとしたようにリーナが声を上げる。

 

「待てタバサ! ここから先のこの場はノマドが預かる! 事を起こすというのなら私が介入するぞ!」

「それは都合が良すぎない? 表向きではこの件にノマドは関わっていなくて、フュルストの始末を外部に任せてる。にも関わらず終わったら我が物顔でしゃしゃり出てくるわけ?」

「う……。そ、それはそれだ! 大体お前わかっているのか? 仮に私が見逃したとしても、今ここでそいつに手を出せば外にいる二車忍軍は勿論のこと、さらには二車に協力している鬼武衆(きぶしゅう)とも衝突することになるぞ!」

「二車以外の連中もいるのか。じゃあなおさら急がないといけない。さっさと事を済ませて連中が入ってくる前に別ルートで脱出。対魔忍じゃない部外者の私が勝手にやった、で通せばいい。……それこそ、この場にリーナたちがいるけど、フュルストの粛清にはノマドが関わってないって言うのと同じ話でしょ」

「ぐ、ぐぬぬ……! タバサ、お前なあ! そんなうまくいくとは思わないし、そもそも連中は綺麗事が通じる相手じゃないぞ!」

「……なんでもいい。やるってんなら受けて立つぞ」

 

 そこまで当事者でありながらも静観していた骸佐がよろよろと立ち上がった。

 鋭い視線がタバサの仮面越しに交錯する。まさに一触即発。

 

「2人とも落ち着きなさい」

 

 その状況に待ったをかけたのは、やはりこの場で最も常識人かつ実力者でもあるライブラリーであった。

 

「あの魔界騎士の言う通り、消耗が激しい今この場で二車と事を構えるのは得策ではない。加えて、鬼武衆はその名の通り鬼の集まり。その実力は本物だ。そして何より……先程お館様が自分で決着を付けなければならないと述べられている問題だ」

「それは勿論わかってる。本当ならば私だってふうまに決着をつけてもらいたいし、こうやって急かせて嫌な思いをさせたくもない。ふうまはこいつと昔は仲が良かったって聞いてるから、心の整理をつけるのも難しいだろうってこともわかる」

「そこまでわかっているのなら……」

「でもライブラリー、あなたはこの件に関して早期解決を図るべきだってふうまに進言のひとつでもした? ライブラリーだけじゃない、他の皆も。触れにくいデリケートな問題ってことはわかるけど、結局はふうま任せってことで周りが強く迫らなかったから、いつまでもこいつを野放しにしてるんじゃないかっても思う。私が憎まれ役を買うことでこの問題が解決するなら、いくらでも憎まれていい」

 

 場がしんと静まった。

 

 誰も言い返せなかった。「俺自身が解決すること」。その小太郎の言葉に、結局は今タバサが言ったように誰もこの件を話題に上げられなかったと多少なりとも自覚していたからだった。

 

「だから改めて言わせてもらう。ふうまにとっての一番の問題は、今この場で解決できる。一言殺せと言ってくれれば、私がそいつを殺すよ」

 

 再び、タバサは同じ言葉を繰り返していた。

 

 しばらく続いた沈黙を破るように小太郎が口を開く。

 

「……タバサ、お前の言いたいことはわかった。俺のことを思っての発言だったってことも理解した」

 

 絞り出すようにそこまで言ったところで、「……だが」と続ける。

 

「今はダメだ。まずリーナが言ったように、ここで事を起こせば二車忍軍とその協力者との全面衝突は避けられないし、ノマドも介入してくる。仮にもこの場で指揮を任されてる者として、仲間を危険に晒すことはできない」

「……なるほど。論理的な答えだ。でもそれは『指揮官として』のふうまの発言でしょ? 『個人として』のふうまはどう考えてるの?」

「俺個人として、か。……さっき、タバサは『仁義』って言葉を使ったよな? それを使わせてもらうなら……。共闘して消耗している相手を、共闘が終わった途端に背中から撃つような真似は俺の仁義に反する。終末世界を生き抜いてきたお前からすれば、甘いと思われるかもしれないけどな。そして最後に……ずっと言ってることだが、たとえ時間がかかろうと、これは俺自身がどうにかしなくちゃいけない問題だ。だから……」

「もういい。……わかった。余計なことだったね、ごめん」

 

 すうっとタバサから殺気が薄れていく。同時に、張り詰めていた空気がようやく緩んでいった。

 

「……二車骸佐、よかったな。ふうまがああ言った以上、もう私が出る幕はない。だから今後、私からお前に手は出さない。ただし、お前が私に害を及ぼそうとするなら、その時は容赦はしない。必ず殺す」

「フン……」

 

 骸佐は何も言い返さなかった。敵意だけは消さないままに、小さく鼻を鳴らしただけだった。

 

 それから、タバサは入口の方へとゆっくり歩き出した。

 

「お、おいタバサ……?」

「帰る。バイト途中で抜け出してきてるし」

 

 もしかしたら自分に失望してもう二度と会ってくれないのではないか。そんな風に心配する小太郎に対し、帰ってきたのは予想もしない答えだった。思わず場の誰もが、それまでとは別な意味で言葉を失う。

 

 と、そのタイミングで館の中にぞろぞろと人が入ってきた。

 筋骨隆々として槍を持つ男、スラリとした高身長の青年、対照的にまだ子供ともいえそうな少年、巨大な蜘蛛に乗った少女、妖艶な女性と顔ぶれは様々だ。その後ろからは対魔忍と思われる黒ずくめの忍びたちも控えている。

 さらに、額から2本角を生やした女性に、鎧武者のような姿で額の1本角が特徴的な者、笠をかぶった侍のような者までいた。

 

 おそらく外で戦っていた二車忍軍、さらにはその協力者とリーナが言っていた鬼武衆であろう。

 

「あれぇ? 目抜けの当主がいるじゃん。それに……なんだ、この仮面のチビ」

 

 そう声をかけてきたのは、「チビ」と言った割にタバサと大して身長が変わらない、両手に鉤爪を装備した少年であった。

 タバサの足が止まる。相手の敵意と、「目抜け」という言葉。意図せず反応してしまい、一旦緩んだ空気がまた張り詰めかけた。

 

「そいつには構うな。放っておけ。それから……」

「ノマドの魔界騎士リーナだ! この場はノマドが預かる! 二車忍軍、余計な争いをするというならこの私が相手になるぞ!」

「……だそうだ。お前たち、手を出すな」

 

 二車忍軍リーダーのその言葉に、部下たちは従うらしい。

 自分への敵意が完全に消えたわけではない。それでも、これなら襲ってこないとタバサは判断した。

 

「そりゃないぜ大将、あたしらは外のおまけの相手だけして終わりかい? 今出ていこうとしてる奴とか明らかに強いから是非戦ってみたいし、そもそも鬼武衆はノマドとも対立してるんだけどねえ」

「なら勝手にしろ。俺は知らん」

 

 骸佐と鬼武衆のリーダーだろうか、女が口論になっている。が、タバサはもはや気にも留めていなかった。そのまま入口へと足を進める。

 

「タバサ!」

 

 そこで小太郎の声が聞こえてきた。一旦足を止め、首だけ振り返りつつ答える。

 

「何かあったら連絡して。……じゃあね、ふうま。またそのうち」

 

 今さっきまで起きていたことをまるで気にしていないかのような、軽い別れの挨拶。それとともに、タバサは一足先にフュルストの館を後にした。

 

 

 

---

 

 槇島(まきしま)あやめは、意図せず息を呑んでいた。

 

 ターコイズブルーのウェーブのかかった髪に、ふくよかな胸と形の良い尻。肌に密着した濃いめの紫色の対魔忍スーツによってその形がくっきりと浮かび出され、さらにうつ伏せの姿勢のために床に押し付けられた胸が形を変えてもいる。

 だが彼女の右手の指は、そんな色香を纏う大人の女性には不釣り合いな代物であるスナイパーライフル――厳密には対物(アンチマテリアル)ライフルとも呼ばれる、二脚(バイポッド)で支えられた大口径狙撃銃のトリガーにかかっていた。

 

 つまるところ、伏せ撃ちによる狙撃態勢である。

 

 彼女がいる場所はフュルストの館から数百メートルほど離れた廃ビルの中。彼女の主とともにそこに位置取り、今回の一件の顛末を見届けようとしていた。

 

 あやめの忍法は“風遁(ふうとん)の術”。アスカと同じ種類の忍法であるが、彼女は“風読(かぜよみ)”という忍術を得意としている。これは風の流れを察知する能力で、予知に近い先読みレベルの驚異的な狙撃が可能なのだ。

 

 そんな彼女は、スコープ越しに館の入り口を監視し、少し前に二車忍軍と鬼武衆が館の中へ入っていったのを確認していた。それからややあって、館から出てきた素性の知れない仮面を付けた人間に照準を合わせていたところだった。

 今のところ撃つ気は無い。だが主からの狙撃指示があれば躊躇いなく引き金を引く。そのつもりだった。

 

 しかし、館を出たと同時に相手は足を止め、この距離であるにも関わらずこちらへと顔を動かしてきたのだ。

 

 仮面に隠れているためにどこを見ているのかまではわからない。それでも、仮面を外したらスコープ越しに視線が交わる。そんな確信とも取れる予感に、意図せずあやめは息を呑むことになっていたのだった。

 

「なんだ、あやめ? どうかしたか?」

 

 その時、傍らにいた、彼女の主である心願寺(しんがんじ)(くれない)が声をかけてきた。従者の異変に気づいたのだろう。

 ツインテールにまとめた金髪に、水色の対魔忍スーツの上から羽織った白いジャケット。しかし年はあやめよりも明らかに年下だ。

 にも関わらず、あやめは彼女を主人として敬愛している。そして本来ならば主からの問いかけにはすぐに返答するのだが、今回に限っては緊張のあまり、それができずにいた。

 

「……紅様。今、館から出てきた仮面を付けた小柄な相手に照準を合わせているのですが……。只者ではありません。情報がほしいのですが、(かがり)へはまだ連絡が付きませんか?」

 

 篝とはあやめ同様に紅の従者である。偵察や斥候を得意とするために今日も密かに館の中へと忍び込んでいた。

 だが少し前から通信が途絶状態にあった。妨害工作か何かと推測して2人は館の中の様子がわからないまま監視を続けていたのだが、館から出てきた者がいるということは中の件の始末がついた可能性が高い。それなら通信が復活したかもしれないと、「ちょっと待っていろ」と紅が篝に連絡を取ろうとした。

 

「はっきり言います。……撃つような状況にならないことを願っています。それどころか、可能なら今すぐにでも狙撃態勢を解除したいところです」

「どういう意味だ?」

「この距離で、相手は間違いなくこちらに気づいています。狙撃の意思を明確に見せればこちらを襲ってくる。それも、私の“風読”ですら予測がしきれずに狙撃を回避した上で……。そんな予感さえあります」

「な……馬鹿な!?」

 

 数百メートル先の殺気を察知する。確かに不可能ではないかもしれない。

 だがあやめは超一流のスナイパーだ。当然気配も可能な限り殺している。にも関わらず見抜いてきたというのだろうか。

 

『紅様ですか? 篝です。二車の連中が入ってきたんで、これならばと思ったんですが……。よかった、ようやく繋がった……』

 

 と、そこで館の中にいる篝から連絡が入った。

 

「篝、ずっと連絡が取れなかったが何があった?」

『フュルストの魔術です。あいつ、館内の一部を外部から遮断したらしくて、そのせいで連絡もつけられず……。申し訳ありません』

「そういうことだったか……。いや、それなら仕方ない。気にするな。それより、今館を出てきた仮面のやつの情報が欲しい」

 

 あぁ、と無線の向こうからうんざりしたようなため息が聞こえてきた。

 

『そいつですが……。まあ今詳しく話すと面倒なことになるので簡潔に言いますと、一応は若様の協力者、ということになります。同時に、二車骸佐は二車忍軍、及び協力している鬼武衆にそいつに対して手を出さないよう命じました。……そこを抜きにしてもヤバすぎる奴です。マジで下手なことしないほうがいいと思いますよ』

「わかった。あやめ、もういい」

 

 同様に通信を聞いていたあやめは、主からの指示で大きくため息をこぼした。スコープに集中するために閉じていた左目を開き、トリガーから指を離す。

 

 するとどうだろうか。それまでこちらへと仮面越しに顔を向けていた相手は何事もなかったかのように歩き出したのである。

 

「……やっぱり気づいていたと思われます。私が撃つ意思を見せなくなった途端、こちらへの興味が失せたようでした」

「なんて奴だ……。とにかくあいつは置いておくとして、現状を確認しよう。篝、二車忍軍と鬼武衆の連中も館の中に入っていったようだが、余計な問題は起こらずにすみそうか?」

『……実は今さっきのそいつのせいで既に起こってはいるんですが……。まあ一応は収まっています。そろそろ連中も撤収するようです』

 

 左目は開けたまま、狙撃態勢ではなくあくまで監視態勢を維持し、あやめはスコープ越しに入り口を見張る。しばらくして今言われた集団がぞろぞろと出てくるのが目に入った。

 

「確認しました。問題なく出てきたようです」

「そうか。……篝、引き上げていいぞ。詳しい話を聞きたい」

『あぁ、やっとここから解放される……。私は紅様のためなら喜んでこの身を投げ出す覚悟ができていたつもりでしたが……。今日ばかりはさすがにきつかったです。では、戻ります』

 

 それきり、通信は途絶えた。

 

「あの篝が弱音を吐くほどとなると……。館の中で相当なことが起きたようだな」

「みたいですね。……私たちも撤収しますか?」

 

 あやめのその問いかけに、紅は「あぁ……いや……」と言葉を濁らせた。

 それだけで主の考えていることが想像できてしまい、思わずあやめは小さく笑う。

 

「もう少し監視を続けよう。まだ()()()が出てくるのを確認してない。一応この目で無事を確認しないといけないからな……うん」

「……そんなに心配なら直接会いに行ったらよろしいのでは?」

「い、いや! それはダメだ! あくまで今回の私は裏方……。出しゃばらない方があいつのためになるだろうし、そういう奥ゆかしさも評価もしてくれるはずだ。……多分」

 

 やれやれ、とあやめはため息をこぼす。

 間違いなく紅のことを敬愛してはいる。が、如何せん「あいつ」と呼んだ人物――ふうまの若君のこととなると、普段の凛々しい姿が完全にどこかへといってしまうのだ。

 

(本当に奥手なんだから……。まあ、ふうま小太郎と二車骸佐、双方の幼馴染として、陰ながら駆けつけて監視という名目でこの場にいるというそのいじらしさもまた、紅様のかわいらしいところでもあるけれど)

 

 とりあえず主が満足するまで、もう少し付き合うとしよう。そう思いつつ、あやめはスコープ越しに監視を続けた。




次回で一旦一区切りというか、この小説を書き始めるにあたって当初目標にしていた地点に到達となる予定です。



館に入ってきた面々

後々の話で絡む可能性があるので詳しくはその時に本編中で描くとして、とりあえず軽く紹介だけ。

・筋骨隆々として槍を持つ男:土橋(どばし)権左(ごんざ)。二車家執事。土遁の術の使い手であり、地中からの攻撃や土塊をデコイとして利用するなど、時子と互角に渡り合うほどの実力者。脳筋っぽいが頭も切れる。ただし、主である骸佐に対しては基本イエスマン。まあこれはふうまに対する執事の時子も近いところがあるので何とも言えないが……。

・スラリとした高身長の青年:(がく)尚之助(しょうのすけ)。二車家幹部。アサギ同様隼の術の使い手であり、それを利用した居合を得意としている。武闘派で血の気の多い二車においては話がわかる貴重な常識人枠。……だったはずなのだが、原作のまさにこのチャプターで、実は剣を握っていると性格が変わってバーサーカー化してしまうために居合をしているということが判明。やっぱり血の気が多い二車の一員じゃないか……。

・まだ子供ともいえそうな少年:黒騎(くろき)(しずく)。二車家幹部。邪眼“盲目の赤蛇眼”の使い手。鉤爪を武器とする戦闘の天才で、邪眼の力から生み出される“闇の雫”で自身を透過させたり、雫を通して背後に腕だけを出現させて攻撃なんて芸当も可能らしい。さらに邪眼の力を解放すると自分を中心に3メートル内で全知全能レベルを発揮できるとか。しかしその一方で言動は子供そのものであり、手柄をあげようと単独行動で五車に侵入してライブラリーに命を取られかけることもあるなど、大体保護者役の尚之助の手を煩わせている。

・巨大な蜘蛛に乗った少女:鬼蜘蛛(おにぐも)三郎(さぶろう)。二車家幹部。少女ではあるが、鬼蜘蛛家は代々当主が「三郎」の名を継ぐことになっており、彼女はその18代目。獣を操る獣遁の術の使い手であり、巨大な鬼蜘蛛の「大五郎」の上に乗って使役している。やはり幼いせいもあってか雫同様若干オツムが足りておらず、尚之助の手を煩わせることが多い。また、戦闘中の描写も大五郎の制御に手一杯な様子が描かれることが多く、やや未熟な気があるようにも思える。

・妖艶な女性:八百(やお)比丘尼(びくに)。二車家幹部。元ネタが人魚の肉を食べて800年生きたという八百比丘尼の伝承から来ていると推測されている。初代ふうまの頃から仕えているといわれており、その場合500年は生きていることになるいう長寿。“人魚の碧眼”という邪眼を持ち、相手の生命エネルギーを吸収する。割りと重鎮っぽい立ち位置のはずなのに、なぜ骸佐のような小物について離反したのかが謎。

・額から2本角を生やした女性:速疾鬼(そくしつき)。東京キングダムの“四強”である鬼武衆のボス。前作の決アナ(というか厳密には原作のアサギ2)には全身を鎧で包んだ見た目が全く別の同名キャラがおり、レイドで登場した時に倒すと緑薬をくれるキャラという認識のお館様もいると思われる。そのため、知っているお館様は彼女が初登場した際は「誰だこいつ!?」となったかもしれない。未だ原作で明確な出番が少ないので色々と謎に包まれているが、強キャラなのは間違いなさそう。

・鎧武者のような姿で額の1本角が特徴的な者:椿隠形鬼(つばきおんぎょうき)。鬼武衆の幹部・四鬼の一角。姿を消しての暗殺を得意としており、またそれを生きがいとしている節もある暗殺ジャンキー。鬼武衆自体の登場機会が少ないために詳しいことは不明だが、確実にヤバいやつだと思われる。

・笠をかぶった侍のような者:峠金鬼(とうげきんき)。鬼武衆の幹部・四鬼の一角。人斬りの侍のような風貌をしており実力も確かであるが、そんな見た目に反して鬼武衆の中では最も常識人。ヨミハラにもよくいるようで原作での出番も多く、静流のバーで酒を飲んだり飲まされたり、甘えるナーサラにたじたじになっていたりとコミカルな面も多い。多分鬼武衆の中では今後1番出しやすいキャラ。ちなみにフュルストの部下に「ニールセン」という笠に刀という見た目が似たキャラがいたのだが、そっちは五車決戦の際に凜子に叩き斬られて退場済みだったりする。


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Act56 それじゃあ、帰りましょうか

(殺気が消えたか。ま、狙ってこないならそれでいい)

 

 あやめの予想通り、タバサは狙われていることに気づいていた。このまま殺気が高まるならば反撃に出る。が、そうでないならそれでいい。

 そういう考えで立ったままその気配の先を見ていたところ、相手側もどうやら気づいたらしい。しばらく戸惑っていたようだが、最終的には衝突を避けるという選択を取ってきた。

 

 やるべきことは終えた。両手の剣(ネックスとオルタス)をインベントリへとしまい、しかし防具だけはフル装備のまま、タバサは「家」である宿泊所へ向けて歩き出した。

 

 が、不意に足元がグラリとフラつく。

 

(ちょっと血が足りないかな……。出血耐性は確保してたけど、さすがに流しすぎたか。あるいは、この世界だとケアン以上に消耗が激しく回復に時間がかかる、ってのもあるかも。……あのクズの剣に私の怨念を吸わせたってのも関係あるかな。まあいずれにしろ、命には直結しないだろうからいいか)

 

 インベントリからポーションを取り出し、飲みながら足を進める。

 そうしつつ、タバサは背後からいくつか気配がついてくることに気づいていた。

 

(……あのクズが私のことは放っておけって命令したはずなのに無視か。上が上なら下も下だな)

 

 半ば呆れるが、それでも手を出してこないなら、とタバサはしばらく歩き続けた。

 

 そこでふと、街にいる人の数が異様に少ないことに気づいた。

 確かにここは表通りではない。が、それにしても異常である。

 

(あ、そっか。もしかしたらフュルストの粛清の噂が広まったか、そうじゃなくてもヤバそうな気配を住人が感じ取ってるかもしれないのか。実際二車忍軍はこの街に入ってきたわけだし。ま、これなら町の住人()()下手に絡まれなくていいけど。……あいつらはそうもいかないか)

 

 宿泊所の1本手前の裏路地の丁字路。そこまで歩いてきたところでタバサは不意に足を止めた。インベントリからさっきしまった一対の愛剣を取り出す。それから虚空へと声を張った。

 

「おい、いい加減にしろ。お前らの主は私を放っておけと言った。それを無視するのか? ……あいつに手を出さないと言った手前、今引き返すなら見逃してやる。だが断ると言うのなら、こっちも黙ってやられる気はない。殺す」

「確かに骸佐様は放っておけとおっしゃられた。が、足取りもままならないたかが小娘1匹、何を恐れるか。ここは闇の街。予期せぬことが起きるものだ。お前の死体が転がっていても何も不思議はない」

 

 タバサの声に返答してから、ここまで隠れて尾行をしていた影が姿を現した。宿泊所へと向かう路地側に1名、挟み込むように両側に2名ずつ、合計5名。

 

「5人? 6人かと思ったけど……。まあいいや。とにかく、たかが5人の雑魚で私を殺すつもり?」

「雑魚とは言ってくれる。確かに我らは幹部ではない。が、数多の戦闘をくぐり抜けてきた二車忍軍の対魔忍……」

「あっそ。なんでもいいや。死ね」

 

 相手の口上を無視していきなりタバサが右手側の相手に仕掛けた。

 切り込むのための消えるほどの速度による突進(シャドウストライク)だが、右手の剣(ネックス)は軌道を逸らされ、左手の剣(オルタス)は僅かに掠めた程度だった。

 

「チッ……」

 

 予想以上に体の動きが鈍い。さっきの嫌な予想が当たっているのかもしれない。

 それでもこの程度の相手に後れを取ることはないだろう。が、1対5と数の上では圧倒的に不利なのは事実だ。

 

 そして、相手はその数に物を言わせるつもりのようである。

 

「フン、やはり恐れるほどではない。畳み掛けろ!」

 

 

 

 

---

 

 味龍から宿泊所へと戻る途中だった扇舟は、不気味に静かな街中を歩いていた。

 地下であるために昼も夜も実質関係のないヨミハラでは、どの時間でもメインストリートである大通りにはそれなりに様々な人種の人たちがいるものだった。しかし、その大通りがここまで静かなのは経験したことがない。

 

 やはり味龍で耳にした「ヤバい空気」というのは眉唾ではないらしい。そんな「ヤバい何か」に巻き込まれないよう、周囲を警戒しながら足早に歩いていく。

 

 無事宿が見えたところで、扇舟は大きく安堵のため息をこぼす。が、直後、路地の方から喧騒が聞こえてきた。

 

(ケンカ……? こんな日でも相変わらずな人はいるのね。……あれ?)

 

 無視して宿の方へ向かおうと思った扇舟だったが、その中に女性らしき声が混じっていることに気づいた。

 それだけならば気にも留めなかっただろう。

 仮に人さらいが娼館に売り飛ばすために女性を拉致しようとしていたとして、そんなことはヨミハラにおいては日常茶飯事だ。この街の流儀に則ればそれを自衛できない側の責任であるし、助けるために首を突っ込んで自分にまで被害が及ぶなど馬鹿馬鹿しいことこの上ない。

 よって、それがただの人さらいや、あるいはケンカの類なら扇舟は無関係を決め込むつもりだった。

 

 だが、聞こえてきた女性の声は――。

 

「今の声……タバサちゃん!?」

 

 神経質になっているせいで聞き間違えた、という可能性もある。それならばまだいい。

 

 だがもし、本当にタバサが何かに巻き込まれているとしたら。

 

 そう思ってしまった扇舟は自身の足を止められず、気配を殺したまま声がした方の路地へと入っていった。

 

「……ッ!」

 

 そして、路地に立っていたローブに身を包んだ男に向かって、獅子のような四足の獣と刃が渦巻くような球体が襲いかかっているのを見た瞬間。扇舟は嫌な予感が現実になった可能性が高いと判断した。

 

 扇舟が命の岐路に立った時、すなわち、タバサが初めてこの世界にやってきたあの時。タバサがこれらを召喚して戦わせていたところを目撃している。

 ということは、早い話、十中八九この場にタバサがいる。

 

 果たしてその扇舟の予想通り、裏路地にはタバサがいた。黒ずくめの者たちと剣を交えている。

 傍には既に斬り捨てたのであろう、2人の死体が転がっていたが、未だ2人と戦闘中だ。

 

 路地の男は支援役らしい。迫ってきていたタバサの召喚獣を炎で薙ぎ払うと、今度はタバサに狙いを定めていた。

 

(まずい……!)

 

 召喚獣への攻撃を見る限りでは、男が使ったのは火遁の術か、あるいは炎の力を用いた特殊な力か何かか。いずれにしろ、今タバサは2人の相手で手一杯だ。

 しかも、普段のレクリエーションでタバサを見てる扇舟にはよくわかる。

 

 タバサの動きにキレがない。

 

 確かに対峙している相手は決して弱くはないだろう。

 それでも、いつものタバサなら間違いなく相手にならない。瞬時に斬り捨てられるレベル差だ。扇舟はそう気づいていた。

 だがそうなっていないということは、疲労か怪我か、何かしらの不調を抱えているであろうと推測するのは容易であった。

 

 この状態で炎による援護を許し、相手が連携してきたとしたら。

 

(助けないと! でも……助けられるの……? 今の私に……)

 

 味龍でのレクリエーションで訓練はしてきた。全盛期ほどではないにしろ、カンを取り戻しつつあることも実感してはいる。

 だが如何せん、実戦ではない。そのブランクは決して埋められるものではない。そんな不安が一瞬脳裏をよぎる。

 

 しかし同時に、ついさっき春桃にかけられた言葉を思い出してもいた。

 

『あとはお前自身の心の問題じゃないかって気もしてる』

 

 心。

 

 タバサと肩を並べて戦いたいと願いつつも、いつしか自分の中で勝手に生まれてしまっていた、「自分ではどう頑張ってもタバサの強さには追いつかない」という思い。

 それがやがて「自分がいても足を引っ張るだけ」という考えへと変わっていき、壁を作ってしまっていた。

 

 それでも、春桃もトラジローも背中を押してくれた。葉月やシャオレイも「また2人で一緒に」と言ってくれた。

 

 だったら――。

 

(怯え続けた私の心……。弱い私自身を殺すのは、今しかない……!)

 

 アドレナリンが分泌され、思考がクリアになる。タバサ目掛けて炎を放とうとする男の動きがスローモーションに見える。

 昔慣らした、暗殺のための迅速かつ静寂な足取りで、扇舟は男の背後に迫っていた。

 

(タバサちゃんはやらせない!)

 

 男の背中を押す。予想もしていなかった衝撃に、思わず男が振り返ろうとした、その刹那。

 体の動きで自然に目の前に来た左腕を左手で取りつつ、背中を押す力をさらに強め、自分の足のかかとで相手の足を前から思い切り刈り取った。

 

「フッ!」

 

 背後からの大外刈りのような形で相手を押し倒す。コンクリートの地面に叩きつける瞬間、掌底でさらに背中から自分の体重を乗せる。

 義手を通して鈍い音と感覚が伝わってきたのがわかった。相手の肋骨がへし折れたのだ。

 

「がはッ!?」

 

 悶絶の声が上がる。

 そのまま扇舟は押し倒す際に掴んでいた左手に加えて相手の右腕も取って後ろ手に抑え、全体重をかけて相手をうつ伏せの状態で無力化させていた。

 

「な、何っ!?」

 

 突然の乱入者に、タバサを襲っていた者たちも、タバサ本人も一瞬動きが止まった。

 

「扇舟……?」

「タバサちゃん! 今ッ!」

 

 その声で一瞬早くタバサが我に返る。その差が決定的だった。

 目の前の敵が即座に放った高速の連撃(アマラスタのクイックカット)に晒される。

 

「ぐっ……!」

 

 両腕と胸部、瞬時に3箇所を斬りつけられて敵の動きが止まった。そこを見計らい、とどめの全力の振り下ろし(エクセキューション)

 脳天から真っ二つに斬り裂かれ、相手は絶命した。

 

 だがその隙を突こうと残った最後の1人がタバサの背後から迫る。

 

「後ろ!」

 

 その扇舟の声に反応してか、それとも最初からわかっていたか。

 タバサは振り返ることすら無く、幻影の刃(リングオブスチール)を周囲に展開した。相手の右腕を吹き飛ばし、腹部を斬り裂く。

 

「ぐあああッ!?」

 

 男の悲鳴が響き渡る。相手はそのままダメージ箇所を抑えて崩れ落ちざるを得なかった。まだ息はあるが出血の量が激しい。おそらく致命傷だろう。

 

 そう判断してか、タバサは臨戦態勢を解いた。

 ひとつ小さく息を吐き、扇舟の方へ首を向ける。

 

「……なんで扇舟がここにいるの? ついてこないで、って言ったよね?」

「帰ってタバサちゃんのことを待っててあげろ、って春桃さんから気を使われてね。宿に帰ろうとしたの。そうしたらあなたの声が聞こえてきたような気がして……」

「あ、そうか。宿すぐそこだった」

 

 ここまで3人の命を奪い、さらに1人も瀕死に追い込んだとは思えないような軽い調子の会話だった。

 

 それを聞いていた、瀕死の男が首だけを向けつつ口を開いた。

 

「扇舟……? そうか……。そこの女、どこかで見たことがあると思ったら……。貴様……井河扇舟だな……?」

 

 名前を言い当てられたことに、思わず扇舟が動揺する。

 

「な……。どうして私のことを……」

「こいつらは対魔忍。ふうまを裏切った二車忍軍の連中」

「二車……? じゃあ、ふうま八将のうちの一角……」

 

 覚えていて当然だ。そのふうま一族の数多くの忍びたち、そして先代当主の命を奪ったのは、他ならぬ扇舟なのだから。

 

「ふうまだと……? フン、あんな連中と一緒にしないでもらいたい……! 無能な目抜けを当主に据えているあいつらなど所詮……」

 

 男はそれ以上言葉を発することはできなかった。

 「目抜け」という単語を聞いた途端。臨戦態勢を解いていたはずのタバサが一瞬で間合いを詰め直し、その首を跳ね飛ばしてとどめを刺していた。

 

「……扇舟、どいて。そいつで最後だから」

 

 剣についた血を払いながら、冷たい声でタバサがそう言った。

 

「母に命令されてとは言え同胞殺しを行ったことを悔いてるんでしょ? だったら、もうその手は汚すべきじゃない。そういう汚れ仕事は私の得意分野だし」

 

 膝下で抑え込んでいる男が暴れようとしているのがわかる。だが扇舟は焦った様子もなく、折った肋骨に改めて体重をかけなおすことで激痛を与え、その動きを止めていた。

 

「タバサちゃんの言う通り……確かに私は過去を悔いている。同胞を手にかけたことが、その後悔の一部にあることも事実よ」

「じゃあ……」

「……でもね、1番悔いているのは母の言いなりにしかなれなかった愚かな自分に対して。母に対する恐怖と、母のようになって愛されたいという、今なら歪んだ感情とわかる幻想を求めていた。結局、母に呪縛され続けて自分の意志を持つことも出来なかった。そのことをもっとも後悔しているの。……結果としてふうまくんの父親をはじめとして、多くの同胞を殺めてしまったことに繋がるからね」

 

 弱々しく述懐していた扇舟だったが、タバサをまっすぐ見据えた時。もはやその目に迷いはなかった。

 

「だから私は、今度は自分の意志で生きる。そう決めたの。タバサちゃんと肩を並べたい。それが今の私の願い」

「海でトラジローから扇舟の様子を聞いたときにも思ったことなんだけど。それって、縛り付けてるのが母親から私に変わっただけじゃない?」

「それは違う。これは間違いなく私自身の意志よ。……友達であるあなただけを戦わせたくない。私は待っているだけなんて我慢ができない。私も一緒に戦いたい。そのためだったら……」

 

 扇舟が右の手刀を一閃。組み伏せていた男の首を斬り飛ばしていた。

 鮮血が吹き出し、首をはねた義手を紅く染め上げる。それでも、扇舟は全く気に留めない様子で続けた。

 

「かつて血に染まったこの手をまた汚すことぐらい、なんてことはないわ」

 

 血まみれの右手が差し出される。

 

「あなたのそばで私も一緒に戦わせて。お願い、タバサちゃん」

 

 仮面越しで視線はわからないが、タバサは立ち尽くしたままだった。

 

 ややあって、タバサが左手に両手の剣をまとめながら扇舟の方へと歩み寄る。紅く染まったその手を取ろうと右手を伸ばして――。

 

「……やっぱり血は拭いた方がいい。扇舟の覚悟はよく伝わった。でも、比喩的にはいいとしても、現実で血に染まった手を取るのはどうも抵抗がある」

 

 至極真っ当な、しかし雰囲気を台無しにするような発言に、思わず扇舟はキョトンとしてから小さく笑うしかなかった。

 

「ふふ……。そうね、確かに。……じゃあ改めて。私も一緒に戦わせて」

 

 まだ下に組み伏せたままの、自らの手で命を奪った相手の衣服で右手を拭いてもう一度差し出す。今度は、タバサがその手を取ってくれた。

 

「私としては扇舟に危険な思いをさせたくないんだけど……。でも扇舟の私に対する思いも同じか。それが扇舟の意志だっていうのなら、私はもう止めないよ」

 

 年の差の離れた友人同士、互いに握手を交わしながら扇舟は立ち上がった。

 

 言いたいことは言えた。自分のお陰とまで言うつもりはないが、タバサも無事だ。

 

 これで2人で宿に帰れる。扇舟がそう思って歩き始めようとした時。

 

「あ、忘れるところだった」

 

 そう言うと不意にタバサは踏み出そうとした足を止めた。それから裏路地に面している建物の屋上の方へ顔を上げつつ、声を張る。

 

「ねえ、そこの屋上でさっきからずっと見てるやつに話があるんだけど」

「えっ……!?」

 

 敵はすべて退けた。そう思っていた扇舟は、思わず驚いたような声をこぼして体を強張らせる。

 

「あ、多分大丈夫。敵意はないみたいだから。私がこいつらと戦ってる間も全然手を出してこなかったし、あくまで監視が目的だったみたい。そうなんでしょ?」

 

 タバサが扇舟へそう説明した上で相手に問いかけても、相手からの反応はなかった。

 本当にそんな相手がいるのかと扇舟が建物の上の方を伺うが、やはり何も見えない。

 

「だから放っておいた。まあ二車骸佐に伝えてほしいことがあったし。あいつのところに戻ったら、こう伝えろ。……リーダーのつもりでいるなら部下の面倒ぐらいちゃんと見ろ。私を襲ってきた連中は独断だっただろうから、今回だけはそいつらの命だけでお前は見逃してやる。ただし、さっき私が言った『私に害を及ぼそうとするなら容赦はしない』って話に条件を追加だ。私だけじゃなく私の友達……扇舟もそこに含める。私たち2人に手を出すなら、その報いは受けてもらう。……以上だ」

 

 やはり返事はなかった。だが、タバサは満足したらしい。

 

「……行こう、扇舟」

「いいの?」

「ん。多分伝わっただろうし」

 

 ふぅ、と扇舟はひとつ息を吐いた。それから揃って歩き始める。

 

「それじゃあ、帰りましょうか。夕飯は私が何か作るわ」

「え……? バイト、戻らなくていいの?」

「有給って言ってたじゃない。受理されてるかわからないけど……。とにかく、今日はもう休みでいいのよ。……私も春桃さんに今日はもう帰れ、って言われたちゃっから」

「そっか。でも無理言っちゃったし、明日春桃に謝ったほうがいいかな」

「そうかもね……。じゃあ一緒に謝りましょう。私も途中で帰らせてもらったわけだからね」

 

 ほんの少し前まで命のやり取りをしていたとは思えない軽い会話を交わしつつ、2人は通りへと出ていく。

 

 その後姿が見えなくなるまで待った後――。

 

「ふぅっ……! はぁ……」

 

 タバサが声を投げかけていた屋上に、緊張から解放されて荒い息をした、1人の男が姿を現した。

 金髪の甘いマスクに、ショルダーホルスターから覗くリボルバー。通称“草”と呼ばれる、斥候や潜入による情報収集を得意とする二車忍軍の対魔忍、古賀(こが)優吾(ゆうご)であった。

 

 彼の忍法、月読の術・“鏡花水月”は幻を操る忍法である。それにより、光学迷彩よろしく背景に溶け込み、息と気配を殺してこの屋上から事の成り行きを見守っていた。

 骸佐が「構うな」と言った相手を追いかける連中に彼は気づいていた。そのため、監視としてそれを追い、可能なら援護も考えてこの場から状況を見守っていた。

 しかし、相手が最初に「6人」と言ったことで自分の存在が気づかれていると判断、静観へと回った。

 

 結果的にこの判断が命を救ったらしい。

 

(冗談じゃない……! 姿を消して気配も殺していたはずなのに完全に見抜かれた……。もし戦闘に加わっていたら、俺もあそこに転がる死体の仲間入りだった……!)

 

 館内での戦闘の影響であろうか、本調子のようではなかったが、それでも手練の対魔忍5人――いや、1人は扇舟が手にかけたから4人になったが、とにかく数の不利を物ともしなかった。

 あの小さな悪魔が見上げてきて、向こうは仮面越し、こちらは迷彩状態であったにも関わらず、視線が交錯したように思えた瞬間。まるで心臓が握りつぶされるかのような錯覚に陥っていた。

 

(あの仮面の小娘が、少し前にこの街で起きた、ゾンビ大量発生事件……ひいてはその原因となった未知の敵と同じ世界から来たやつなのは知っていた。だが一緒にいたのが井河扇舟ということは、味龍の店員か? 短期間だけいた後に姿を消し、その後また戻ってきたやつがいたはず。確か名前も一致している。あいつはそれか……。こりゃあの店もとんだ伏魔殿だな)

 

 優吾もヨミハラの住人、というより潜入中の身だ。街の片隅で名も無いバーのマスターという身分でこの街に溶け込んでいる。

 相手の詳しい情報を彼にとっての主である骸佐に報告すべきかもしれない。が、その主は「放っておけ」と言っていたし、相手も相手で「手を出すなら容赦はしない」という姿勢だ。どうしたものかと、少し彼は考え込んだ。

 

(……ま、いずれにしろ)

 

 それから眼下に転がる5つの死体を見て、改めて気が重くならざるを得なかった。

 

(この件だけは報告しないとな)

 

 再び彼の姿が背景へと溶け込み、そのまま闇の街に消えた。

 

 こうして、「大きな事件」としてタバサが巻き込まれたフュルストの一件は、ようやく一応の終わりを迎えたのだった。




当初の明確な目標としていた地点まで到達しました。
ここまでを原作の対魔忍RPGでいうと、ストーリーイベント「罪と罰」からスタートしてオリジナルを入れつついくつか拾えるストーリーをかいつまみ、メインシナリオ「フュルスト」までの道のりでした。
とりあえず目標達成ということで匿名投稿を解除して、活動報告にお気持ち表明しておきます。


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Act57 実はここ数日、時々右腕に違和感がある

 フュルストを巡る事件から数日。

 

 ヨミハラ、闇の宮殿。

 ノマドの本拠地でもあるこの宮殿内の一室で、リーナが書類と格闘していた。

 

 イングリッド暗殺未遂犯であるフュルストは、イングリッド自ら、さらにはノマド自体は手を下しておらず、外部の二車忍軍との小競り合いで死亡した、ということになっている。

 これにより、イングリッドの目論見通りにノマドは組織内の禍根を最小限にし、この事態を乗り切ることに成功した。

 

 途中までフュルストの協力者でもあった朧は部下にも抵抗しないよう命じ、今は幽閉されている。そのお陰で朧忍軍からの反発も今のところはさほどない。

 また、フュルストの部下たちは元々主からの不当な扱いに不満を抱くものが少なくなかった。こちらも主を失ったにも関わらず組織の判断に従うといった者がほとんどである。

 

 しかし、あくまでそれはそれ。事後処理となると話はまた別だ。

 実質当事者であるイングリッドは勿論のこと、その側近であるリーナも駆けずり回り、書類とにらみ合う日々が続いている。

 

 今も、リーナはようやくまとめ終わった書類を手に、最終確認をしてもらうために上司でもあるイングリッドの部屋を訪れようとしていた。

 

「イングリッド様、お忙しいところ申し訳ありません。リーナです。確認していただきたい書類をお持ちいたしました」

 

 ノックとともにそう述べると、「入れ」という声が部屋の中から返ってきた。

 

「失礼します」

 

 部屋に入ってきたリーナをチラリとだけ見て、イングリッドは再び手元の書類へと視線を戻す。

 

「すまないな、お前にも面倒をかけて」

「とんでもない! ……そういうイングリッド様こそ大丈夫ですか? もうずっと働き詰めでは……」

「確かに、こんなデスクワークより体を動かしたい気持ちはあるがな。まあ私自身が絡んでいる件だ。やむをえまい」

「何かお飲み物でもお持ちいたしましょうか?」

 

 そんなリーナの気遣いに対し、「いや」とイングリッドはやんわりと提案を退けた。――のだが。

 

「私のことより、お前自身が休め。もう何日も宮殿に缶詰だろう? 今日は街にでも出て、少し羽根を伸ばしてこい」

「そんな! イングリッド様を差し置いて私だけなんて……」

「その私が良いと言っているんだ。……と、いうより。味龍に顔を出してこい。……話は聞いている。タバサと揉めたらしいな?」

「う……」

 

 フュルストが現れる前に二車骸佐との件で軽く口論となり、フュルストを倒したら倒したでまた同様の件で揉めている。

 あれ以降、リーナは味龍には行っておらず、タバサと口を利く機会もない。会ってさっさと和解済みとして忘れたい、と思っているリーナだが、おそらくオンオフが激しいタバサはそのことを気にしていないか、下手をすれば忘れている可能性すらある。

 それはそれで癪だと、忙しさにかこつけて行きつけの店にここ最近は行けずにいた。

 

「私に対してヤキが回った、と言ったらしいが、特に気にしていない。正確な評価だとも思う。……他に方法があればそうしたが、それがなかった。だが、いくら反論したところで立場がまるで違うタバサには伝わらないだろうし、言い訳にしかならないこともまた、わかっている」

「……本当に大人ですね、イングリッド様は。私はあの場で頭に血が上ったというのに……」

「魔界騎士なら、お前もそういう安易な挑発には乗らないようにすべきだな。……もっとも、私に対しての発言で怒ったというのは、私としては信頼されているとどこか感謝してもいるがな」

 

 唐突にそう言われ、思わずリーナの顔が赤くなった。その様子をちらりと見て、イングリッドが小さく笑う。

 

「……まあとにかく、変に溝を作ったままにしておかないほうがいい。打算的なことを言うならば、あいつを敵に回したくはない。だから早いうちに心の整理をつけるという意味でも、今日はもう休んで味龍に行ってこい」

 

 敬愛する主にここまで言われては断ることも出来ないだろう。少し困ったように小さく息を吐き、リーナは了承の意思を示した。

 

「……わかりました。せっかくのイングリッド様からのご厚意です、ありがたく受け取ります。そして、タバサとの溝を埋めてきますよ」

 

 そう言って部屋を出ていこうとするリーナの背を見て、再びイングリッドは小さく笑った。

 

 やはり真面目すぎる。抜けているところはあるが、こういう部分はどうも堅物だと思わざるをえない。

 まあそこも魅力のひとつではあるかと、部屋を後にするリーナを見て思いつつ、イングリッドは再び書類との格闘へと戻っていった。

 

 

 

---

 

 昼のピーク時を過ぎ、味龍はようやく店内に空き席が出始めていた。

 

 あの一件の翌日、タバサと扇舟は約束通り共に出勤して皆に感謝と謝罪の言葉を述べていた。

 一先ず無事に2人が店に出てきたことを店長代理の春桃は喜びつつも、今後は有給を取りたい時はなるべく早めに言うこと、外せない用事が起こる可能性がある時はそれとなく前もって自分に伝えておくこと、そして改めてこの闇の街で無茶はしないことなどを言い聞かせていた。

 

 そんなことがあったにも関わらず、タバサは気にした様子もなしに、以前と変わらずホールで仕事をこなしていた。

 

「ようやく落ち着いたけど、この時間でも相変わらず客が多いね。やっぱりあの日は異常だったのか」

 

 食器を下げつつ、少し手が空いた扇舟と会話を交わすタバサ。

 

「そうね。街の空気が変だ、ってのは多くの人が感じていたみたいだし。……でもまたこうしてタバサちゃんと一緒に働けて嬉しいわ」

「これからは働くだけじゃない。……戦う時も、でしょ?」

「……そうだったわね」

 

 あの日を境に最も大きく変わった、タバサと扇舟の関係。

 今のところ戦闘という事態には遭遇しておらず、まだ肩を並べて戦ったことはない。……と、いうよりも。

 

(……私のほうが力不足すぎるわね)

 

 技術的な問題も、であるが、それ以上に戦闘のための準備ができていない。

 かつて対魔忍で指折りの近接格闘術の使い手と言われた扇舟には武器は必要ない。が、日常用の義手のままで戦うことは困難だ。

 この間の戦闘では背後からの奇襲だったためにうまくいった。しかし、通常の戦闘ならどうしても戦闘用の義手が必要になるだろう。

 

(お金……か。無いことはない、のだけれど……)

 

 扇舟がそんな風に考え事をしている間も、タバサが食器を下げに動き回っていた。

 と、次の食器を下げに行こうとしたところで不意に立ち止まり、急に右手を見つめて閉じたり開いたりをしている。

 

「右手、どうかしたの?」

 

 ここ数日、部屋でも時折タバサがああしている様子は見かけていた。何か異常があったのかと心配になった扇舟だったが。

 

「……なんでもない。多分気のせい」

 

 タバサはそう言って、それ以上その話を続けようとはしなかった。

 気のせいならそれでいいかと扇舟も仕事に集中しようとする。

 

「いらっしゃい……あ」

 

 そこで、店内に入ってきた客を見てタバサが意味ありげな反応を示した。

 扇舟が視線を移すと、そこにはリーナの姿が。

 

 先日の一件の後、扇舟はタバサから大雑把にではあるが話を聞いていた。そこで小太郎やリーナと揉めた、ということを耳にしている。

 てっきりそのために反応して、もしかしたら接しにくいと思ってるのかもしれない。

 そんな風に考えた扇舟だったが、どうやら考えすぎだったらしい。タバサは普段どおりに席を案内して接客をしていた。

 

「久しぶり。あの件以来?」

 

 特に気にした様子もなく話しかけたタバサに、一瞬リーナの眉がしかめられた。

 

「……ああ、そうだな」

「忙しいの?」

「事後処理に追われている。……というか、やっぱり気にしてないのか?」

「あの時私と言い争ったこと? ……まあ気にしてないわけじゃないけど、そっちにはそっちの、こっちにはこっちの都合があるわけだから仕方ないと思ってる」

「やっぱりな。……そういうドライな切り分け方をする奴だと思っていたよ、お前は」

 

 結局自分が考えすぎていただけか、とひとつため息をこぼし、リーナはメニューに目を走らせた。

 

「……ラーメンと半チャーハンのセット」

「ん、わかった。……私のせいで常連を1人失うのは痛いから、店は贔屓によろしく」

「はいはい。……別にお前のことも嫌いになったわけじゃないから安心しろ」

「ありがとう」

 

 去り際に何気なく向けられた感謝の言葉。タバサがそんなことを言うのかと一瞬呆気にとられたリーナだったが、向こうも多少は気にしていたのではないかということに気づき、まあそれも悪くないと思うのだった。

 

 

 

---

 

 リーナにとって久しぶりの味龍はとても満足できるものだった。やはり行きつけとして数日に一度は食べておきたいという感覚を抱いてしまう。

 このままもう少しお腹が落ち着くまでのんびりしていたい気持ちもあるが、イングリッドは今も事後処理を続けている。「今日はもう休め」とは言われたが、ここに来たことで十分リフレッシュになった。

 

 そう思い、会計のために立ち上がろうとした、その時だった。

 

 ガシャン、と食器が割れる音が店内に響く。とはいえ、それ自体は――本来飲食店では無いに越したことではあるが――珍しいことではない。葉月やシャオレイが食器を落として割ってしまい、春桃から怒られている光景は時折見かけることもあるからだ。

 

 しかし、今日食器を落としたのはタバサだった。

 

 他の客も「またいつものか」と思って音の方へ視線を移したところで、今まで落としたところを見たことが無い相手のミスに驚いているようである。

 

「失礼しました! ……大丈夫? 怪我とか無い?」

 

 咄嗟に扇舟がフォローに入る。

 キッチン側にこの手の常習犯である葉月とシャオレイがいることを確認すると、春桃も調理の手を止めて顔を出してきた。

 

「大きな音を出して皆ごめんな! ……珍しいな、タバサがそんなミスをやるなんて。あのポンコツ2人ならわからないでもないんだが」

「ちょっと春桃さん! ボクたちだって最近は減ってきましたよ!」

「そうだヨー! いつまでも昔の私だと思わないことネ!」

 

 キッチンからブーブーと葉月とシャオレイの文句が飛ぶ。それに対してやれやれといった様子で軽く流してから、春桃はタバサに問いかけた。

 

「まああいつらのことはいいや。……それよりタバサ、本当に大丈夫か?」

「問題ない。……と言いたいところなんだけど。実はここ数日、時々右腕に違和感がある」

「違和感? もしかして握ったり開いたりしてたのは……」

 

 扇舟の問いかけに、タバサは頷いてそれを肯定した。

 

「ん、そう。ピリッって感じで痛んで一瞬力が抜けたりする。気のせいだと思ってたんだけど、ここまで来るとそうとも言えないように思えてきた。それでさっき思わず食器を落とした。……ごめん」

「いや食器はいいんだが……。お前の腕のほうが問題だ。なんなら医者に……」

「割り込んですまない、ちょっといいか?」

 

 そこで会話に入ってきたのはリーナだった。

 

「タバサ、お前もしかしてその痛みが出るようになったのは()()()以降じゃないか?」

「あー……。うん、言われてみるとそうかも」

「リーナちゃん、心あたりがあるの?」

 

 扇舟にそう問われ、リーナはため息をこぼしながらきまりが悪そうな表情を浮かべていた。

 

「……ある。だがすまん、詳しいことは説明出来ない」

「それって、タバサちゃんがリーナちゃんと揉めたっていう日のこと?」

「は!? おいタバサ、お前あの日のことを他人に話したのか!?」

「扇舟だけだよ。……まあ帰り道にひと悶着あったことだし」

「ひと悶着ぅ!? あーもう……」

 

 思わずリーナはガリガリと頭を掻きむしった。

 

「……春桃、すまないがタバサを預かる。腕の件は私の予想が正しいなら、医者に見せた方がいい」

「まあリーナがそう言うなら……」

「春桃さん、私も……」

「ああ、行け行け。どうせピークは過ぎた、店は私たちでも回せる。……それにタバサのことが気になってお前まで食器を割り出しそうで怖いからな」

 

 否定できない、と扇舟は苦笑を浮かべるしかなかった。



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Act58 私が魔科医、桐生美琴よ

 リーナはタバサと扇舟に先行し、「性格さえ置いておくなら腕は間違いなくヨミハラ一」という魔科医・桐生美琴のラボを目指していた。異世界人であるタバサの体に起きた異変、となれば並の医者では手に余るかもしれない、というリーナの判断だ。

 そしてその道中、フュルストの一件を終えたタバサの帰り道に起きた「ひと悶着」を聞いて頭を抱えながら歩いているところだった。

 

「……二車忍軍の連中は馬鹿か!? あの時確かにお前に対して『放っておけ』と言ったはずなのに、なぜその頭領の命令を無視して、よりによってこいつに襲いかかってるんだ!」

「別にいいよ。独断だったみたいだし、襲ってきた連中全員の命でその分の責任は取ってもらった。……まあ1人は扇舟がやったけど」

「何いっ!?」

 

 思わず足を止め、リーナが振り返る。

 

「おいタバサ、お前は同じ店の従業員を巻き込むのか!?」

「違うわ。私が自ら望んで巻き込まれたの。タバサちゃんの友達として」

「宿の近くで交戦したから、扇舟が戦闘を目撃したのはたまたまらしいんだけどね。なんか私と一緒に戦いたいんだって。もう待ってるだけは嫌だって。本人の意志も相当固いみたいだから、私が何を言っても無駄だと思う」

「……むぅ」

 

 それきり、リーナは前を向き、無言でズンズンと美琴のラボへと先導して歩き出してしまった。

 機嫌を損ねることを言っただろうかとタバサが扇舟を見上げ、一方の扇舟は肩をすくめる。

 

 結局、その後はまともに口も効かないまま、3人は美琴のラボへと到着した。

 

「美琴、いるか? 入るぞ」

 

 入口に鍵かかかっていなかったからと、リーナは気にした様子もなしに中へと入っていく。タバサと扇舟もそれに続いた。

 

 室内は薄暗く、とても医者がいるような場所には見えない。そういう意味では、病院や診療所と呼ぶよりは確かにラボ、と呼んだほうが的確であろう。

 リーナは何度か来たことがあるらしい。どんどん奥へと行ってしまう。

 

「……彼女、こんなところに住んでるのね」

「知ってるの、扇舟?」

「ええ。何度かお酒を奢ったことがあるから。……ああ、そうか、タバサちゃんは直接は会ってないのよね。あなたが初めてこの世界に来て戦闘した後に倒れちゃったじゃない? その時……」

「その時に異常がないか確認したのが私ってわけ」

 

 ラボの奥から声が聞こえてきた。

 やってきたのは対魔忍スーツに似た露出の高いボディスーツに身を包み、明らかに異種族から移植されたであろう異様な右腕が特徴的な女性。到底医者には見えないが――。

 

「私が魔科医、桐生美琴よ。起きた状態のあなたと会うのは初めまして、かしら。異世界人さん」

 

 当人は魔科医、つまり医者だとはっきりと言い切った。

 

「で、今日は何の用? リーナが来たってことはノマド関連の何かか、あるいは扇舟も来てるってことは義手のメンテか、それとも異世界人さん絡みで未知の現象でも起きたとか?」

「強いて言うなら3つ目、あと1つ目も若干ある。その異世界人……タバサがここ数日右腕に違和感があるらしい」

 

 美琴を呼び出す形になったリーナが説明する。が、美琴はそれを聞いて眉をひそめた。

 

「右腕の違和感? そんなのわざわざ私が診るほどのことなの?」

「私の予想が正しければな。……扇舟はタバサから軽く話を聞いたと言っていたし、お前はこれからタバサを診てもらう医者だから話すが、今から話すことは内密に頼む」

 

 そう言うと、リーナは数日前に起きたフュルストの一件について切り出し始めた。あくまで外部の人間がフュルストを倒したということで表向きノマドは関わりがないことになっている。が、実際は自分に加えてタバサもそこにいた、とリーナは説明した。

 

「そんなのわざわざ断らなくても街じゃなんとなく噂になってるでしょ。二車忍軍が倒したらしいけど、どうせノマドが裏で手を引いてたんだろとかってさ」

「噂になっているのとノマド所属の私が直接口で言うのとは全く別物だ。噂か事実かという決定的な違いがある。……イングリッド様がどうにかノマドの体裁を保とうとして考えられた苦肉の策を私自身が台無しにしているわけでもあるからな。まあ、人によってはヤキが回ったと言った奴もいたが」

 

 ジロリ、とリーナはタバサを一瞥。が、当人は全く知らん顔をしている。どうせ言ったことももう忘れているのだろうと、ため息交じりにリーナは先を続けた。

 

「つまりフュルストと戦闘したんだが、実はそのときにタバサは右腕を斬り落とされている」

「は!?」

「……へぇ?」

 

 おそらく初耳であったであろう扇舟が驚きの声を上げ、一方で美琴は興味深そうに呟いていた。

 

「しかし見ての通り、今タバサには右腕がある。戦闘中に無理矢理くっつけたのをこの目で見ている。これは私の予想だが……異世界の力かお前の超回復力か知らないが、そのお陰だろう?」

「大体はそんなところ。ポーションで回復力を引き上げて、同じく再生能力を高める効果のあるブレイドバリアを展開した状態でならなんとかなると思った。それで実際くっついて動いたから、まあ大丈夫かなって」

「ところが、その時に正しく治癒されなかった、あるいは腕の組織が正しく元に戻らなかった。その弊害として腕に痛みが出るようになってしまったのではないか。私はそう推測したんだが……」

「ちょ、ちょっと待って! ストップ!」

 

 ついに堪えかね、扇舟がそこで話を遮った。

 

「腕を斬り落とされた!? タバサちゃん、そんなこと一言も言わなかったじゃない!」

「だって普通に動いたし。ケアンにいた頃もこのぐらいのダメージはよくあったから。その後の違和感もまあ気のせいかな、って……」

「全然普通じゃない! タバサちゃんの世界のことはよくわからないけど、この世界じゃ部位欠損したら普通はこうなるのよ!?」

 

 言いつつ、扇舟は鋼鉄の義手を見せる。タバサは無表情気味ではあったが、どうしたらいいかわからない様子でいる。

 やれやれと、リーナが助け舟を出すことにした。

 

「そのぐらいにしておいてやれ。……私たちの常識はタバサには通じないからな」

「あ……。そうね、つい心配で熱くなっちゃって……ごめんなさい」

「ん……。こっちこそなんかごめん」

 

 そして今度は空気が重くなってしまった。話が進まないとリーナが強引に先を続けようとしたのだが。

 

「実際にくっついてるんだから細かいことは置いておくわ。それに、腕を失ってもこういう方法もあるわけだし」

 

 ここまでの会話を台無しにしつつ、自分の右腕を指さしながらそう言い出したのは美琴だ。

 彼女の異形の右腕は「鬼神の腕」と呼ばれており、とある魔術師から譲り受けたものらしい。力を解放すれば強力な瘴気を纏い、大地を揺らすほどの力で刀を振るうと言われている。

 

「とにかくいくつか質問するわね」

 

 そう言うと美琴は今はタバサの服の袖をまくり、腕をペタペタと触り始めた。

 

「斬られたのはどこ?」

「肘の手前……今触られてる辺り」

「触られて違和感は?」

「特にない」

「じゃあ指を動かしてみて。それで痛みが出る?」

「今は出ない。さっき食器を落とした時も特に指を動かしたわけじゃないけど痛んだ」

「痛みはどんな感じ?」

「ピリッとした痛みが一瞬走って力が入らなくなる感じかな」

 

 なるほど、と言いつつ美琴はタバサの腕から手を離した。

 

「何かわかった?」

「全然」

 

 思わずリーナと扇舟がずっこける。

 

「だったら思わせぶりなことを言うな!」

「しょうがないでしょ。相手は異世界人、さっきの話を聞いてる限り私の常識なんて通じない相手なんだから。……ただリーナ、あなたが言った『正しく治癒されなかった』という仮説が合っているようにも思える。繊細な神経系統が正しく噛み合わない状態で治癒された可能性が高い。誤解を恐れずに言うなら……骨折って放っておくと変なふうにくっつくって言われるじゃない? それに近いんじゃないかって気はするわね。……まあ指とかならともかく、腕を切り落とされて神経が勝手にくっつくなんてのは本来ありえないんだけど」

 

 納得しかねるのか、うーん、とうめくリーナを横目に、タバサは再び感覚を確かめるように右手を開いたり閉じたりしていた。

 

「義手の扇舟ならわかると思うけれど、神経っていうのはものすごく繊細なの。義肢を実際の肉体のように動かすための繋ぎ目に当たるわけで、義肢の接続で最も慎重、かつ時間をかけないといけないのは神経との接続だからね」

「確かに……。肉体にも義肢接続用に手術を施された記憶があるけれど、実際接続して義手がちゃんと思い通りに動くか、予想外のフィードバックが体に返ってこないか、違和感がないかっていうところは入念にチェックされたわね」

「さっきも言った通り、今のタバサはその神経部分がうまく噛み合わないところがあるまま再生されてしまった、というのが私の仮説。ピリッとした痛みとともに握力を失って物を落とした、という証言とも一致する」

「で、どうすれば治るの?」

 

 折角説明したのに何もわかっていないだろう、というツッコミをしかけて、どうにか美琴はそれを飲み込んだ。患者当人としてはとにかく結果だけを知りたいのだろうと思って結論を述べることにする。

 

「私から提案できる方法はふたつ。ひとつは保存療法……といえるかもわからないけど、ぶっちゃけて言ってしまえば放置する」

「え……? それ治るの?」

「あなたの治癒能力がどの程度働くかわからないからなんとも言えない。もしかしたら痛みがあるのは今一時的なものでこの後治るかもしれないし、このまま違和感が残り続けるかもしれない」

 

 タバサは唸っているようだ。消極的な方法だと感じているのだろう。

 

「うーん……。もうひとつは?」

「私の本業に則ってメスを入れる。……ただ、一般的な方法からはかけ離れる可能性もあるけど」

「そっちは治る?」

「私にも魔科医としてのプライドがあるから、治してみせる」

「じゃあそっちでいいじゃん。何を迷う必要があるの?」

 

 さも当然のようにそう言ったタバサに、他3人からため息がこぼれた。

 

「あのな、メスを入れるってことは一応お前の腕を切る、って美琴は言ってるんだぞ。抵抗とか恐怖とか……いや、こいつにはなさそうだな」

 

 どこか諦め気味にそう言い捨てるリーナ。

 

「無いわけじゃないけど、別に痛いだけで死ぬわけじゃないでしょ? なら確実に治すって言ってるそっちのほうがいいじゃん」

「……そうか、異世界じゃもしかして麻酔もないのかもしれないのか。基本的にオペ中の痛みは無いわよ。ただ後からメスを入れた痛みが少し出るかもしれないけど」

「だったらそっち一択だよ」

 

 やはりタバサは即答だった。

 

「オッケー。それじゃその方向で話を進めるとして……。私が実際に腕を振るうわけだから、代価の話に移りましょうか。私は聖人君子でも慈善事業者でもない。それ相応のものを支払ってもらうわ」

「わかってるわ。お金は私が……」

「いや、私が声をかけたわけではないとはいえ、今回ノマド絡みの事件で負った傷だ。それにタバサがいなかったら私はどうなっていたかわからない。ここは私……というかノマドが支払うのが筋というものだろう」

「でも……」

「ちょっとちょっとおふたりさん、勝手に話を進めないでくれる? 今回お金はいらないわ」

 

 てっきり金の話になると思って話し合っていた扇舟とリーナが互いに顔を見合わせる。

 

「私が欲しいのはタバサの体組織よ。勿論臓器をよこせ、とか無茶なことは言わないから。培養できるだけの細胞があればいいかな。ちなみに血液は最初に診た時にもう採取済みだから」

「体組織って……。まさかクローンでも作るつもり!?」

 

 思わず扇舟が食って掛かる。が、美琴はやれやれと言ったように肩をすくめただけだった。

 

「そんなことしないわよ。する意味もないし。血液からも検出されている未知のエネルギー……イーサーっていうんだっけ? それについて研究したいの。血液だけじゃそれも難しくてね。……本当ならこの街を襲った異世界の化け物であるイセリアルを研究したかったんだけど。再びイセリアルを呼び込む原因にもなりかねないとかって理由で、イングリッドからの厳命があってそれは叶わなかった。でもあなたのものならそれも大丈夫じゃないかな、って思ったのよ」

 

 それを聞いてタバサの表情が露骨にしかめられる。

 

「……あんまり良い気分じゃないな。自分が実験材料にされてるみたいだ」

「みたい、じゃなくてその通りよ。自分で言うのも何だけど、どちらかと言えば私は医者というよりマッドサイエンティストだもの。でも、あなたにも見返りがあるかもしれない。……元の世界に戻る方法を探してるんでしょ? 可能性としては低いと言わざるを得ないけれど、それでももしかしたら何か発見があるかもしれない」

 

 再びタバサが唸る。が、ややあって「まあいいや」と考えはまとまったようだ。

 

「よく考えたら五車でも私の検査とかしてたから、今更か。それに私のことで扇舟やリーナに負担を強いなくてもいいわけだし。……で、いつ治してくれる?」

「望むなら今からでもいいわよ。ただ時間はそれなりにかかるかもしれないけれど」

「いいよ。お願い」

 

 あっさりと話はまとまり、2人は手術室へと入って行くのだった。

 



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Act59 私自身の意志で、私はここにいる

 結局美琴とタバサは今日中の治療を決め、手術室へと入っていった。

 時間がかかるかもしれないと言われたが、店に戻っても仕事が手につかない可能性がある。そう思い、扇舟は終わるまで待つことにしていた。

 だがてっきり帰ると思われていたリーナは「話したいことがある」と、扇舟と一緒にラボの中の椅子に腰掛けていた。

 

「それで……私に話したいことって?」

「さっきここに来る前にタバサが言っていたことだ。あいつと一緒に戦いたい。お前、本気で言っているのか?」

「ええ、勿論」

「わざわざ危険な思いをする必要があるか? タバサは間違いなく強い。こう言っちゃ何だが、お前がいてもいなくてもおそらくは変わらない……。下手に身を危険に晒すだけになるかもしれないぞ」

 

 包み隠さないリーナの言葉だった。彼女なりに自分を心配して言ってくれているのだろうということに扇舟は気づいていた。

 

「……それもわかってる。一言で言ってしまえば、これは私のワガママよ。命の恩人……そして、こんな私を友達と呼んでくれた人と肩を並べて戦いたい。そんなワガママ……」

「タバサに負けず劣らず変わったやつだな。……中途半端な考えならやめるように諭そうかと思ったが、意志は固いんだな?」

「そのつもりよ」

「そうか。なら私は口を挟めない。……まあ、ある人と一緒に戦いたいっていう、理屈じゃない気持ちは私もわかるし、だから納得もできる。今がまさにそうだからな」

 

 おそらくは苦言を呈されるだろう。そんな予想をしていた扇舟だったが、思ったよりもあっさりと理解されたことに驚いていた。同時に、「今?」とリーナの言葉に対して疑問系を口にしてもいた。

 

「ああ。……イングリッド様は私にとって憧れの方だ。今あの方の元で剣を振るえているなど、過去の私が聞いたらきっと驚くだろうな。……いや、あの頃の私は今以上に見栄っ張りだったから、『さすがは私だ!』とか思うかもしれないか」

「へぇ……。リーナちゃんの過去、ちょっと興味があるわね」

「別に面白い話じゃないぞ。そもそも私がイングリッド様と出会ったのはだな……」

 

 そう言うと、リーナは自分の過去を話し始めてくれた。

 

 元々リーナは魔界にある貴族の家で使用人をしていた。しかし、魔界は血統がすべてという世界。生まれすら定かではなく魔力も少ないリーナは「雑種」と蔑まれ、その使用人の中でも最下級の存在だった。

 彼女の主でもあったお嬢様のセルヴィア・ローザマリーは気まぐれ、かつワガママ気味な気質があり、リーナもよく振り回されていたということだった。

 

「あ、でも私はお嬢様を恨んではいないぞ! 確かに今じゃパワハラだなんだという話になるかもしれないが、本当に危ないことは命じなかったし、なんだかんだ私を気遣ってくださっているようにも思えたからな。……まあお嬢様の愛犬である魔犬のジェロに追いかけ回されたり急に吠えられたりしたせいで今でも犬はちょっと苦手なんだが」

 

 十分お嬢様側に非があるようにも感じた扇舟だったが、当人がいいと言うのならまあいいのだろうと思うことにした。

 

 リーナは話を続けた。

 そんな使用人の生活を続けていたある日、そのお嬢様であるセルヴィアが倉庫の隅に眠っていたいらないものだから、と一振りの剣をプレゼントしてくれた。それから、夜な夜な剣を振るのが日課になっていった。

 

 そしてしばらく経った頃、リーナにとって運命の出会いが起きたのだった。

 

「あの日のことは今でも忘れない。晩餐会の日だった。魔界の貴族たちが次々と屋敷にやってくる中、1人の女性に私の目は完全に奪われた」

 

 言うまでもなく、それがイングリッドだった。

 

 さらにはその日の夜、日課となっていた我流の剣の練習をしていた時にたまたまイングリッドが現れ、手ほどきをしてくれたのだ。

 リーナにとっては夢のような一時。さほど長い時間ではなかったが、それがリーナの運命を大きく変える出来事となった。

 

「あの方のような存在に……魔界騎士になりたい。その思いは抑えきれず、私は自分を鍛えるための武者修行に出ることにした。傭兵団に参加してひたすら剣の腕を磨いていたのだが……。その最中、私がお世話になっていたローザマリー家が反乱によって滅ぼされてしまったという話を耳にした。私がいれば、などとうぬぼれたことを言うつもりはないが、私がもっと強くなればそんな悲しいことも防げるかもしれない。そう考えながら剣を振るい続け……。そしてある日、イングリッド様に再会したのだ」

 

 その時にイングリッドは既にエドウィン・ブラックという新たな主に仕えていた。あの気高き魔界騎士が我が身を賭せるほどの存在。その相手がどんな者かはわからないが、そんなイングリッドに自分も付き従いたい。

 結局リーナの思いは受け入れられ、今もイングリッドの下で剣を振るっているということだった。

 

「この方のためならすべてを投げ出せる。私はイングリッド様に対してそうとすら思える。……まあイングリッド様には『命を粗末にするな』と叱られそうだが。ともかく、私自身の経験もあって、そういう理屈じゃない思いは理解できる。だからお前がタバサのために戦いたいと言い、タバサ当人がそれを了承したのなら、私にそれを止めることなどできないだろう」

 

 感心とも感嘆とも取れないような声が、思わず扇舟の口からこぼれた。

 扇舟は見た目こそ美魔女と言われて若く見られることすらあるが、実年齢は相当なものである。にも関わらず、今目の前で話をしてくれた少女のほうが随分大人なように思えたからだ。

 

「なんだその反応は? 馬鹿にしているのか?」

「違うわ、逆よ。……リーナちゃんってハードな人生歩んでたんだなって」

「お前が言うか、元井河長老衆の井河扇舟さん?」

 

 扇舟の顔に驚愕の色が浮かぶ。

 隠し切れることではないというのはわかっている。それでも、リーナが自分の過去を知っているということに対しては、どうしても驚かざるを得なかった。

 

「悪いが、お前と店の外で初めて会った後……イセリアルの騒動の後だな。うちの優秀な調査員がお前の過去をあらかた調べてくれたから大体のことは知っている。……絶対的な力を持つ母親に縛られ続け、そして最後は捨てられた。その後この街に流れ着き、ようやく前を向いて生きようと思った矢先。今度は“呪い”に襲われ、たまたまその時にこの世界に迷い込んだタバサによって救われた。そんなところだろう?」

 

 一瞬間を空けてから扇舟は頷いた。

 

「……ええ、合っているわ。さすがノマドの調査員は優秀ね」

「まあ実のところ、調査員とは言ったがうちのとある奴がふうまとゲーム友達らしくてな。大体のことはふうまから直接聞いたそうだ。それで、時々でいいからお前とタバサの様子も見てやってくれって。そいつはほとんど外に出ないから、よく味龍に行ってる私にお鉢が回ってきた。私が味龍に通っているのは確かにあの店が行きつけだからというのもあるが、その話を聞いて以降はお前たちの様子を伺うって意味合いも一応あったりするわけだ」

 

 それは全く気づかなかった、と扇舟が目を見開く。

 本人曰く見栄っ張り、周囲の評価はどこか抜けてる、あるいはポンコツ。そう言われているリーナだが、そんな風には全く見えなかったからだ。

 

「しかしふうまもわからん奴だ。話によれば、母親に命令されてのこととはいえ、ふうまの父親を実際に手にかけたのはお前なんだろう?」

「……そうよ」

「なのに監視してくれ、というよりも見守ってくれ、というニュアンスで頼まれたとドロレスの奴は言ってたからな。親と不仲だったのか、それとも器がでかいのか……」

「不仲では無いと思う。でも、ふうまくんの父親……弾正は絶大的なカリスマ性を持った男だったわ。そんな男の子供として生まれて、しかも邪眼に目覚めなかったということで、彼なりにコンプレックスはあったのかもしれない。だけど、やっぱりふうまくんもそんな父親の血を引いてるんでしょうね。彼はこの街で変わろうとしていた私を見て『あのクソ親父もそうすると思う』と言った上で“呪い”から護りたいと言ってくれた。さっきリーナちゃんが器って言ったけど、父親を殺した女に対してそう言えるなんて、彼は間違いなく大きな器を持っていると私は思うの」

 

 だから、と言って扇舟はさらに続けた。

 

「こんな私に未来を見てくれた彼をがっかりさせないように、私は生きないといけない。自分勝手な考え方かもしれないけれど、それが私の彼に対する贖罪じゃないかとも思ってる。……母親に縛られ続けた井河扇舟はもういない。ここにいるのは、命の恩人であると同時に友人でもある女の子と一緒に戦って生きたいという、自分の意志を持った井河扇舟よ。私自身の意志で、私はここにいる。今ははっきりとそう言えるわ」

 

 扇舟の独白が終わり、辺りに静寂が広がった。少し傲慢な物言いで、もしかしたらリーナは呆れているのかもしれないと心配になった扇舟はリーナの顔を覗き込む。

 リーナは困ったように小さく唸っていた。

 

「お前の意志はよくわかった。それについて異論は何もないし、おそらくふうまも納得するんじゃないかと思う。……だが、贖罪云々については私はよくわからん。ふうまはそれでいいのだろうが、お前は他にも手をかけたものが大勢いるわけだろう?」

「それは……。そうね……。だから“呪い”を差し向けられたわけだし」

「とはいえ、逆らえない状態で母親から命じられて動いていたとなるとな……。部外者の私は情状酌量の余地ありじゃないか、とか思ってしまうが……。当事者はそんなの関係ないだろうし。……参考にならなそうだが、タバサには相談したのか?」

 

 渋い表情を浮かべ、扇舟が首を縦に振る。やはり参考にならなかったかと思いつつ、それでもタバサなりの答えは知りたいと、リーナは先を促した。

 

「あいつはなんて言った?」

「バッサリよ。『そもそも殺される方が悪い。復讐したいやつには勝手にさせて返り討ちにすればいい』」

「……言いそうだとは思ったがマジで言ったのか」

 

 リーナ自身、フュルストとの戦闘の際にタバサが骸佐の刀に触れた時の異変を目撃している。怨念を力へと変える刀。それにタバサが触れた途端、刀は禍々しい形へと姿を変え、それまでの骸佐の苦労が嘘のようにフュルストの体を貫いた。

 つまり、それほど多くの命を奪ってきたということでもある。異世界の化け物が闊歩する終末世界を生き抜いてきたタバサだ、それも仕方のないことと言えるだろう。

 

「……まあいい。贖罪だなんだについてはすまないが私は力にはなれない。ただ、軽い気持ちでタバサと一緒に戦いたいと言っているなら釘を刺そうと思ったのだが……。思っていた以上に意志は固いし、理由も納得できるものだった。くれぐれも無理をして死ぬなよ。私が言いたいのはそれだけだ」

「ありがとう、リーナちゃん。……優しいのね」

「知った顔に死なれると寝覚めが悪い。それも行きつけの店の店員ならなおさらだ」

 

 どこか照れ隠しをしたかのようにぶっきらぼうに答えるリーナ。そんな姿を見て、扇舟は思わず微笑ましく思っていた。

 

「さて、と。話したいことは話したし、タバサももう少しかかりそうだからな。私はそろそろ帰るぞ。フュルストの件の後処理が残っている。イングリッド様には今日はもう休んでいいと言われたが、あの方が働いていらっしゃるのに私だけのうのうといつまでも休んでいられないからな」

「そんな忙しいのに来てくれたのね、ありがとう」

「別にいい。それじゃタバサによろしく……」

 

 リーナがそこまで言ったところで、だった。

 不意に手術室の扉が開き、中から美琴とタバサが出てきたのだ。

 

 そのタバサの右腕。痛々しく包帯が巻かれ、三角巾で固定されているのが扇舟の目に入る。

 

「タバサちゃん、その右腕……」

「大丈夫。痛みとかはない。私はよくわかってないから詳しい話は……」

「私がするわ。とりあえず扇舟、あなたが保護者ということで説明しておくわね」

 

 折角終わったのならもう少し残ろうというリーナも加えて、美琴は今回の手術の説明を始めた。

 

 まず、事前の予想通りタバサの腕の神経がズレたままくっついてしまったらしい。通常あり得ない事例ではあるが、なにせ常識が通じない相手だ。そういうものだと割り切り、美琴はそれを見事に治療したということだった。

 見た目は痛々しいが、あくまで大事を取っての処置であるそうだ。明日の朝にもう1度ここに来て包帯を取ってみて、異常がなければそのまま仕事に復帰してもいいという話だった。

 

「この子の自然治癒能力が高すぎるからね。正直、あと数時間もすればもう大丈夫な気もするんだけど、一応ね。……というか、メス入れてるのにその先から体が修復しようとしていく様にはゾッとしたわ。まあ対魔忍にはもっとすごいのがいるらしいけど」

「で、治療自体はすぐ終わったみたいなんだけど、美琴は私の体のことを知りたがって、そっちに時間が取られたっていうか……」

 

 要は実験まがいのことをされていて時間がかかったのか、と扇舟の顔に訝しい色が浮かぶ。が、美琴はそんなことに気づいた様子もなしに続けた。

 

「いくつかはっきりしたことがある。確かにタバサの治癒能力は高い。でも、切断された腕をくっつけ直すほどだとは考えにくい。……実際ポーションって呼んでるのを飲んでもらってその効果を見せてもらった。確かに治癒能力は大きく高まるけど腕がくっつくほどかと言われると少し疑問が残る。まあ……それ以前にどこから取り出したんだってツッコミたくはなったけど、もうそういうものだとして諦めたわ」

「いや、考えにくいと言われても現に私はそこを目撃しているし、タバサ自身、過去に何度か似たような状況はあったみたいな口ぶりだった。お前の性格はともかく、腕は間違いなくヨミハラ一だと認めているが、そこは納得がいかない」

 

 リーナの指摘に対し、美琴の顔に悪い笑みが浮かんだ。

 

「フュルストの時の状況はタバサから詳しく聞いた。……さて、その上で今異議を唱えたリーナに質問よ。タバサが元いた世界、あるいはこの間のフュルストとの戦いの時と、今現在のこの場で異なるもの。それは何かしら?」

「何、って……。あ、そうか、イーサーか! タバサが元いた世界は勿論、あの場はフュルストがイセリアルの力を使ったことでイーサーが満ちていた」

「そういうこと。タバサの治癒力はイーサーに比例する。私はそう仮説を立てた」

 

 なるほど、と言いつつリーナは記憶を探る。そういえば、タバサと初めて戦場で会ったのは街にイセリアルが進行してきた時。つまり、イーサーが溢れていたときで、それならば全身を炎で焼かれながらも戦えていた説明がつく。

 

「……つまりこの世界で戦う時、ケアンと同じ考えでダメージを受けると体の回復が間に合わない可能性がある。そういうことでいいんだよね?」

 

 タバサの質問に対し、美琴が頷いて肯定した。

 

「だから、か。それならこの世界に来て初めて戦闘して、終わった時に気を失ったこと。それから、この間フュルストの館から帰ってくる途中の戦闘で雑魚連中相手に体が重いと感じたこと。両方とも説明がつく」

「そういうわけだから、あまり無茶はしないほうがいいわ。そこは『保護者』の扇舟が目を光らせるしか無いかもね。……とはいえ、それでも普通の人間と比べたら再生能力が高いことは事実よ。あと、この子の話によると剣で攻撃すれば体力が戻るっていうよくわからない能力もあるみたいだし」

 

 そこまで説明したところで、「さて」と美琴は締めに入った。

 

「さっき言ったように代価としてこの子の細胞を採取させてもらったから、支払いはそれでいいわ。あとは明日の朝もう1回来て頂戴。……この子の治癒能力ならその前にもう治りそうではあるけれど、まあ一応ね」

「ん、わかった。ありがとう美琴」

「どういたしまして。じゃあ私は未知の物質であるイーサーの研究をしないといけないから。……フフフ、楽しみ」

 

 もはや美琴は興味があることの研究しか頭に無いようだ。とりあえず帰ることにしようと、3人が入口の方へ向かって歩き始めたのだが。

 

「……ごめん、タバサちゃん、リーナちゃん。ちょっと外で待っててもらえる?」

 

 不意に扇舟が足を止めてそう切り出した。

 

「どうかした?」

「ああ、義手の相談じゃないか? あいつは義手のメンテの腕も本物だからな」 

「え、ええ。まあ、そんなところ」

 

 わずかに言い淀んだ扇舟だったが、2人とも気にかけなかったようだ。

 

「ついでだ、見てもらうといい。ただかかりそうなら一言伝えに来てくれ」

「ありがとう。それじゃちょっと行ってくるわ」

 

 先程扇舟がはっきりと言い切らなかったことには勿論意味がある。確かに義手に関して美琴と相談したいことがあるのは事実だ。

 だが、それは()()義手に対してではない。

 

「美琴、お楽しみを邪魔するようで悪いんだけど、ちょっといい?」

 

 ラボの奥、美琴は既に研究モードに入っていた。

 

「何よ、まだ何かあるの? 今日の営業はもう終了ぐらいのつもりでいたんだけど……」

 

 そう言って不満そうに扇舟の方へ視線を移した美琴だったが――。

 つい先程までと違う、覚悟を決めたような扇舟の表情に虚を突かれていた。数度瞬きして相手の様子を悟ったところで、口元がわずかに緩められる。

 

「……なるほど。私に相談したい、深刻な『何か』があるのね」

 

 扇舟は無言で頷く。そして、硬い表情のまま、義手である両手を美琴の前に差し出した。

 

「私に戦うための武器が欲しい……。生活のための今のこの手に変わるもの……戦闘用の義手を作って欲しいの」



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Act60 一緒に五車に来てほしいんだ

 タバサが美琴に右腕を治療してもらった翌日。

 言われたとおりにタバサは扇舟と共にラボへと向かい、右腕の包帯を取ってもらっていた。既に手術痕は見当たらず、事情を知らなければどこを怪我してどこにメスを入れたのかもわからないだろう。

 

「……まあそりゃあの再生力なら1日でこうなるわよね。で、肝心の腕の方はどう?」

「今のところはなんとも。昨日もあの後痛みは出なかった。ただ……」

「何?」

「片腕が使えないのは日常生活で不便だと思った。戦闘を考えたらなおさら大問題。今後はちょっと気をつける」

 

 当たり前のことを何を今更、と言った具合で美琴と扇舟のため息が重なった。

 

「……ええ、気をつけなさい。昨日話した通り、あなたの回復力とイーサーは関連があると思ってる。この世界で元の世界みたいな、度を越したような無茶な戦い方はしないほうがあなたのためよ」

「私からも。“呪い”のときはそんな無茶のお陰で私が助かったから少し言いにくいけれど、それでもやっぱり無理はダメよ」

「ん、まあ……。努力はする」

 

 明瞭な答えをもらえず、曖昧に返されたことに再び扇舟の口からため息がこぼれる。

 

「とにかく、腕はもう大丈夫だと思うから」

「じゃあこのまま味龍で仕事してもいいの?」

「ええ。今まで通り生活してもらって構わない」

「そう。ありがとう」

「お礼を言うのはこっち。……やっぱり血液だけじゃなくて細胞もあると研究が捗るわ。イーサー……実に興味深い」

 

 いかにもマッドサイエンティストと言わんばかりである。そんな様子に、思わずタバサの目が細められた。

 

「あんまりよくない気がするんだけどな……。言っても無駄かもしれないけど一応警告しておくよ。ケアン……私がいた世界でイーサーを研究していた“アルカニスト”たちもその未知の力に魅せられて没頭した。ところが、管理が杜撰だったためにイセリアルを呼び出す引き金となった。……同じミスはしないでほしい」

「大丈夫よ。この世界には発展した科学がある。それに、ここはあなたがいた世界と違って元々イーサーが存在してないんでしょう? なら、私が細々と研究しているうちはイーサーが世界に満ちる、なんてことも思うし」

「それはそうかもしれない。でも、警戒するに越したことはない」

「肝に銘じておくわ。いくら私がマッドサイエンティストでも、世界崩壊のきっかけを作ることにはなりたくないもの」

 

 いくら言っても美琴に対しては効果が薄いようだ。タバサもこれ以上は無駄だと判断し、踵を返す。

 

「……行こう、扇舟。多分やめろって言っても聞かないだろうし、私も腕を治してもらった恩義があるからこれ以上強くは言えない」

「ええ、わかったわ。……美琴。義手の件だけど……」

「昨日今日じゃどうしようもないのはわかってる。予算、機能、その他求めるものがはっきりしたらまた来なさい」

 

 扇舟が希望した戦闘用の義手、その製作を美琴は了承した。が、昨日の段階で決まったのはそこまで。今美琴が述べた通り、具体的なところまでは考えられずにいた。

 

 その件について考えていた扇舟だったが、ふと顔を上げると「早く味龍に行こう」と言いたげな様子で振り返っているタバサの顔が目に入る。

 今はそれが正解だと、考えを頭から消し、扇舟はタバサと共に味龍へと向かうのだった。

 

 

 

---

 

 美琴の治療は完璧だったらしい。

 とりあえず様子を見たいという春桃の考えから、昼の書き入れ時まではホールを担当していたタバサだったが、昨日のようなミスはなく、また、痛みもないということだった。

 それならばおそらくは大丈夫だろうと、その後のタバサは普段どおり出前を任されている。

 

 とりあえず心配事がひとつ消えた、と扇舟は晩酌する客が増えてきたホールで仕事をしながら安堵していた。

 さすがは性格の難を除けば凄腕の魔科医ということだろう。そんな相手なら、自分の戦闘用義手も満足行く仕上がりにしてくれる可能性が高い。

 しかも聞けば、あのアサギのクローンである探偵の義手のメンテナンスも定期的に行っているらしい。米連の特殊部隊ともいえる特務機関Gで作られた複雑、かつ調整が大変と思われる義手に通じる知識があるのならばなおさらだろう。

 

 そんなことを考えつつ、自分の戦闘用義手について考えを巡らせようとしたが、まずは予算が決まらないとどうしようもないか、と扇舟が頭の中をまとめたところで。

 

「やっほー、扇舟ちゃん」

「あら、フェルマ。いらっしゃい」

 

 この店の常連、かつ扇舟にとって大切な友人の1人でもあるサキュバスのフェルマが店へと入ってきた。おそらくひと仕事終えたところなのだろう。

 

「仕事上がり?」

 

 お冷を出しつつ尋ねる扇舟。

 

「ええ」

「注文はいつもので?」

「お願いね」

 

 それだけで何を注文したいのか扇舟には伝わった。フェルマは扇舟と仕事仲間だった頃から、仕事後は味龍によって餃子をつまみつつ酒を飲むのが習慣だった。その後、扇舟がここで働くようになってセンシュースペシャルが追加されてからはそれも食べるようになっている。

 

「そういえば昨日タバサちゃんが腕おかしくしたんだって? 今日の客がたまたま昨日この店にいたらしくて、なんか皿割っちゃってたとか聞いたけど」

「まあ……ちょっと、ね。でももう大丈夫みたい。美琴に診てもらったから」

「美琴、って桐生美琴? ……あいつに関わるとあんまりいいこと無いような気もするけどな」

 

 確かに美琴はヨミハラで1番の腕を持つが、代わりに「性格さえ置いておくなら」という注意点付きだ。普通なら警戒してしまうだろう。

 それでも腕は確かだった。扇舟自身、その相手に義手の製作を頼み込もうとしている。

 

 そして、その義手製作に当って直面する予算の問題。それをどうにかするために、酒をフェルマのところへ持っていきつつ、扇舟は切り出した。

 

「先にお酒よ。……ねえ、フェルマ。話があるの」

「そういう真面目な顔で話ってことは……お金のこと? あの件でのお金は私が勝手にやったことだから、なんなら返さなくてもいいって言ったと思うけど……」

 

 そう言ったフェルマの目の前へ、扇舟が端末を差し出した。そこに表示されていた金額を見て、思わずフェルマが「わお……」と声を上げる。

 並んでいた数字は、フェルマが以前扇舟を娼館から自由にする際に肩代わりした金額よりも多くなっていたのだ。

 

「あなたに返すべきお金が、今ここにあるわ。もし社交辞令で返さなくていいって言ったんだったら、受け取って。でも、厚かましいようだけれど、もう少し待ってもいいと言ってくれるのなら……。できることならその言葉に甘えたいの」

「……今現在、そのお金でやりたいことが見つかった、ってわけね?」

 

 フェルマの問に扇舟が無言で頷く。

 

「だったら使いなさい。私は扇舟ちゃんの夢を応援してるんだから♪それに趣味と実益を兼ねてお仕事しててお金には困っていないし、いずれ返す気になったらその時でいいわ」

「……本当にいいのね?」

「もちろん」

「ありがとう、フェルマ……。こんな私のワガママを聞いてくれて。ごめんなさい、お金はいつか必ず……」

「お礼の言葉なら受け取るけど、謝罪はいらないわよ。私が好きでやってることだからね♪」

 

 そう言うと、フェルマはお酒を軽く呷った。

 

「センシュー! 料理上がってるぞー!」

 

 と、そこでキッチンから春桃の声が響いてきた。

 

「さあ、私とのお金の話はもうおしまい。お仕事頑張ってね、扇舟ちゃん♪」

 

 どこか楽しげにそう言ったフェルマへ苦笑を返す。

 いささか狡い手段を使ったということは自覚している。ともあれ、フェルマはそれを快く受け入れてくれた。

 心の中で感謝をしつつ、扇舟はまた仕事に戻っていった。

 

 

 

---

 

 それからさらに1ヶ月半程度が経過した。

 

 タバサがヨミハラに戻ってきた時は夏だった地上はすっかり秋になり、早くも冬の足音が聞こえ始めている。ハロウィンで盛り上がった地域も多くあったようだが、季節感無しの地下都市ヨミハラでは基本的に無縁な話だ。

 

 そんなわけで、タバサは変わらず黙々とバイトを続け、賄いに舌鼓を打つ日々を過ごしていた。味龍のメニュー全制覇はとっくに達成し、最近は「この独特の食感がクセになってきた」とレバニラ炒めがお気に入りのようだ。

 懸念された右腕の痛みはその後全く起きず、当人はもうそのことを忘れている節さえある。定休日に行われる、店員同士のレクリエーションである鍛錬の会に参加しても全く違和感もないようなので、なおさらだろう。

 

 タバサには変化らしい変化が無い一方、扇舟はそのレクリエーションを時々休むようになっていた。隠しておく必要もないために「義手を新調しようと思っているから、その調整のため」とはっきり言っている。

 予算が決まったことでようやく話が進み出し、望むコンセプトを美琴に伝えて何度かの打ち合わせと調整を経て、次第に完成に近づいているようである。

 

 こうして、タバサがケアンに戻る手がかりこそ見つからないものの、平穏な日々を送っていたある日のことだった。

 

「ごめーん、タバサちゃんいるー?」

 

 店に入ってきたのは以前イセリアルと戦った後、探偵の事務所に行った際に顔を合わせたふうま亜希だった。隣にはその時に事務所に行く原因になった異世界生物のナーサラがちょこんと立っている。

 

 ……が、1番の問題は亜希の肩付近にいる生物だった。

 間違いなくナーサラである。手乗りサイズの小さなナーサラがふわふわと浮遊していたのだ。

 

「あ、亜希とナーサラ。……え、何その亜希の肩付近にいるやつ。ナーサラの小さな人形かと思ったけど、なんか浮いてるっぽいし自分の意思で動いてもいるみたいだし……」

「いいでしょ! ミニナーサラちゃんだよ! ナーサラちゃんが私にくれたんだ!」

「……ナーサラの分身?」

「ミニナーサラ、ナーサラと繋がってる。どっちも私」

 

 普通に考えれば常識の範疇を超えた事象であるが、ナーサラは規格外の存在であるとタバサは薄々勘付いてもいる。もはやそういうものだと諦めて席へと案内することにした。

 

「……まあとにかくいらっしゃい。空いてる席に座って」

「そうしたいところなんだけど……。ごめんね、うちの事務所万年金欠だから客としてきたわけじゃないんだけど、ちょっと話があって……」

「クンクン……。おいしそうな匂い、食べたい……。でもお金がない……。お腹グー……」

「んー……。ツケは店長代理の許可が必要だし、1回やってズルズルいくのもあまりよくない。と、いうわけで私に対する話だけ聞くことにする」

 

 物欲しそうなナーサラが少しかわいそうだとは思いつつも、お金がないのならば仕方ないと、タバサは話を進めることにした。

 

「えっと、味龍って明日定休日だよね? タバサちゃん、明日1日都合ついたりしないかな? もしかしたらもう1日ぐらい伸びるかもしれないけど……」

「……その話は私だけだと決めかねるな。ねえ春桃、ちょっといい?」

 

 自分の休みの話となると一存ではどうにもできない。特に、以前のフュルスト絡み件の後、外せない用事がある時は伝えるように、と春桃に言われていたこともあり、タバサは店長代理を呼ぶことにした。

 

「何だタバサ、どうした? ……お、亜希とナーサラ……うわあ!? 亜希の肩に小さなナーサラがいる!?」

「ミニナーサラちゃんだよ! かわいいでしょ!」

「あ、ああ……。まあ、かわいいけど……」

 

 春桃が大声を上げたために店内にいた者たちの視線が集まる。それでも亜希は気にした様子もなく、「ミニナーサラちゃんはかわいいだろう!」と言いたげに肩付近の小さな生物を見せびらかしているようだった。

 だがそこはさすが味龍の客、ヨミハラ住人といったところだろう。「まあそういうこともあるよな」ぐらいのリアクションで皆特に気にした様子もなく食事に戻っている。

 

「……とりあえず話を戻すか。食べに来た、って雰囲気じゃないな」

「ごめんね、うち万年金欠だから……。タバサちゃんに用事があってさ。定休日の明日1日、場合によってはもう1日都合つけられないかな、って」

「亜希がこう言うから。休む可能性ある時は声をかけろ、って言われてたから呼んだ」

「おお、よく覚えてたな。うん、こういう風に事前に言われるとこちらとしても対処がしやすい。……まあ1日ぐらいならいいか。で、どこに何しに行くんだ? あんまり根掘り葉掘り聞くべきことじゃないかもしれないが、一応タバサの身も心配だし」

「そんな危なくはない……と、思う。一緒に五車に来てほしいんだ」

 

 五車。その単語にタバサの大きな目がわずかに細められる。

 

「……ふうまに謝りに行け、とか?」

「いやいや、全然。確かにこの連絡は小太郎から受けたけど、あいつは怒ってはいないよ。ただ、タバサちゃんとちょっとケンカっぽくなっちゃったからしっかり仲直りしたい、みたいな雰囲気は出してたけど。でも本当の目的はそれと別にあって……。ごめん、一応秘密なことが多いから、後は移動中にでも。とにかく、あいつが私とナーサラちゃんの他にタバサちゃんも連れてきてほしい、って」

「んー……。私は別にいいんだけど……」

 

 言いつつ、タバサは背後で仕事をしていた扇舟の方を振り返った。

 話が聞こえていたのだろう。テーブルを拭いていた手を止め、彼女も4人の方へ視線を向けている。

 

「盗み聞くつもりはなかったんだけど、ミニナーサラちゃんが気になりすぎて思わずそのまま話を聞いちゃったわ。……五車なら私が行くことはできない。それに準備の方もまだだし、肩を並べる機会はまた今度ね」

 

 それきり、また扇舟は自分の仕事に戻ったようだった。

 

「肩を並べるって?」

「あー……。それも後で移動中に話す。……って、なんか呼んでおきながら春桃を仲間外れにしてるみたいになってきちゃった」

「いや、別にいいぞ。言いにくいことを無理に聞くつもりはないからな。……しかし明日はタバサがいない、ってわけか。確かトラジローも明日は里帰りじゃないけどちょっと顔出しに帰りたいみたいなこと言ってたっけ。なあセンシュー、最近色々忙しそうだが、お前も明日は……」

「ええ、ごめんなさい。私もちょっと」

「じゃあ鍛錬は久しぶりに私1人でやるか。まあ元々強制の会じゃないしな。とりあえず忘れないうちに葉月とシャオレイに言ってこないと」

 

 春桃がキッチンへと戻っていく。一応言いづらい話題も話せる状況にはなったが、あくまで亜希は明日詳しく話すつもりらしい。

 

「とにかくそういうことだから。明日朝一で迎えに行くから準備しておいて」

「ん、わかった」

 

 そう言って店を後にする2人を見つつ、タバサは色んなことを考えていた。

 

 これからは扇舟と肩を並べて戦うと約束したのにそれを守れないこと。また扇舟を置いて五車に戻ること。そして、関係に溝が入ったままの小太郎に顔を合わせなければならないこと。

 正直少し気が重い。だが「何かあったら連絡して」と言った手前、小太郎から直々に指名が入ったとあれば断るわけにもいかない。

 

 それに――。

 

(稲毛屋のアイスが久しぶりに食べられるって考えるなら、まあいいか。……あ、扇舟へのお土産にもしたいからクーラーボックス持っていかないと)

 

 とりあえず明日の呼び出しがあまり面倒なことにならないといい。そんなことを考えつつ、タバサは味龍での仕事へと戻っていくのであった。




アルカニスト

マスタリーのひとつで、エレメンタル(火炎・冷気・雷)とイーサー属性による魔法攻撃を得意とする純キャスター。
ケアンにおいてイーサーを管理していたのはアルカニストだったため、苦言を呈す際にタバサが引き合いに出している。
そのせいか、“乗っ取られた”人型の敵には元がアルカニストと思われるものも多い。
キャスターということで最大ヘルス量は低く打たれ弱い印象を受けがちだが、ブレイドバリアの項目で触れた3秒間無敵になりつつ行動可能な「エレオクテスの鏡」や、常時展開可能であるにも関わらず割合でダメージ軽減できるシールドの「メイヴェンのスフィアプロテクション」、さらにその後続スキルで状態異常耐性を引き上げる「コンバージョン」など、優秀な防御スキルが揃っており補うことも可能。
また、攻撃面では割合でOAと精神力を上昇させるパッシブスキルの「イナーフォーカス」がTier1にあるのがおかしいレベルで優秀。クリティカルダメージを増加させるスキルの「エレメンタルバランス」と組み合わせることでクリティカルによる火力を確保できる。
グリドンのスキルにはそのマスタリーが得意とする属性に関わる神や、マスタリーを開拓したマスターの名前がついていることがあるのだが(例:ウルズインの選民、アマラスタのクイックカット等)、アルカニストはマスターの名前がついたスキルが多いように思える。
特に攻撃スキルで顕著であり、敵に命中すると分裂するマジックミサイルを放つ「パネッティの複製ミサイル」、隕石を落下させる「トロザンのスカイシャード」、貫通レーザーで薙ぎ払うチャネリングスキル(キーを押し続けている間発動し続けるスキル)の「アルブレヒトのイーサーレイ」などがある。
強力なメインスキルとなりうるが、キャスターの宿命でもある大きな弱点として、スキル変化を利用しないと武器参照ダメージが乗らないものが多く、ヘルス変換の恩恵が受けにくいという欠点がある。
また、本ゲームは耐性減少=与ダメージ増加に直結するため重要度が非常に高いのだが、マスタリー内に耐性減少の方法が実質無いに等しい(厳密には一応あるのだが、敵凍結時のみという条件付き。雑魚はともかく、ボスクラスは凍結耐性が非常に高いため、特殊な装備をしてようやく凍結するかどうかという具合である)。
耐性低下ができない攻撃面はクリティカルで、ヘルスが低い防御面は防御スキルで補うというやや特殊なアプローチを取るため、慣れないと使いにくいと思うかもしれないが、システムを理解すると強力なものへと変貌する玄人向けなマスタリーのように感じる。
デモリッショニストと組み合わせたクラスは「ソーサラー(女性の場合はソーサレス、全クラス中唯一性別でクラス名が変わる)」、ナイトブレイドと組み合わせたクラスは「スペルブレイカー」となる。


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Act61 もう一度、私が戦う力を手に入れるために

 亜希とナーサラがタバサに会いに来た翌日。2人とミニナーサラに連れられる形でタバサはクーラーボックスを肩にかけ、朝一に宿泊所を出発していた。

 その道中、亜希は少し前に自身が体験した奇妙な出来事と、今回小太郎に呼び出された理由を話してくれた。

 

 亜希はふうま魏蓮(ぎれん)という男に襲われ、その直後になんと異次元を漂流したのだと言う。彼女が実体験した異次元でもある異世界での時間は1ヶ月にも及んだのだが、この世界に戻ってきた時はほんの僅かな時間しか経過していなかったそうだ。

 

 さらに、この世界とは全体的に少し違っていたということだった。

 例えば、亜希自体が存在しておらず、アサギは今よりも若く、小太郎も幼かったが両眼を開いており、扇舟によって殺されたはずのふうま弾正も健在、しかし亜希の知っている姿からはかけ離れているといった具合である。また、その扇舟もまだ毒手が残っている状態で、井河とふうまの間の仲は良好という感じだ。

 一方でヨミハラは完全に魔族によって支配されており、この世界とは似ても似つかない状況だという話だった。

 

「いやあ、私の記憶の中の弾正様は戦国武将って感じで渋い方だったはずなんだけどね……。こういっちゃなんだけど、冴えないおっさんみたいな人が出てきて『誰これ!?』ってなっちゃったよ。……でも小太郎はあっちの方がかわいかったな、うん」

「ふーん……。そういう異世界もあるのか。……あ、今ふうまの家に居候してるさくらが元いた世界とかかな」

「それはどうだろう。でも、私が飛ばされたのも多分そういう並行世界の類だと思うから、状況としては近いような気もする」

「へぇ……」

 

 相槌を打ちつつ、タバサはずっと気になっていた質問を切り出した。

 

「で、その世界に私はいなかったんだよね?」

「そうだね」

「私がいた世界の存在も?」

「多分いなかったんじゃないかな。ただ、1ヶ月間いたわけだけど最初のヨミハラ以降はずっと五車にいたから。詳しいことはよくわからないな」

 

 やはりケアンの情報は何もなしか、とタバサは小さく肩を落とす。

 亜希はそんなタバサの様子に気づかないのか、それとも気にしないようにするためか。それからも話を続けてくれた。

 

 向こうの世界で世話になったのは、こちらの世界で襲ってきたはずの魏蓮だった。最初にヨミハラで助けてくれたために別人、あるいは何か事情があると判断し、加えて正体を知る意味でも同行したほうがいいと考えた亜希は、異次元の五車にある彼の家でしばらく過ごしたのだと言う。

 だが、彼は地下室で何かをしていたようだった。そしてふとしたことから、亜希は魏蓮がやろうとしていたことに気づいたのだ。

 

 それは、忍法を持たない子どもたちに闇の化け物を埋め込み、後天的に邪眼を得るという研究だった。

 

 魏蓮自身、後天的に磁力を操る邪眼を得ていたが、忍法を手に入れるまでは里の中でも爪弾きにあっていたという状態だった。そんな思いを忍法を持たない子どもたちにさせたくない、ということだったが、子どもが大好きな亜希からすればそんなものは詭弁と感じるに違いないだろう。

 

「……私が奴の企みに気づけたのは扇舟のおかげというか、彼女が私の話を聞いて地下室に忍び込もうとしたんだ。私がそのことに気づいて駆けつけたときには、もう血溜まりの中に倒れてて……」

「え……。じゃあ、その世界の扇舟は……」

「ごめん、どうなったかはわからない。直後にナーサラちゃんが助けに来てくれて、私はこの世界に戻ってくることができたから。……でも、あれだけの出血量じゃ、多分……」

「……その魏蓮って奴、どこにいるの?」

 

 明らかにタバサの殺気が高まった。いくら別次元の存在とは言え、友人を手にかけられたということで怒っているのだろう。

 

「もうこの世にはいないよ。……最初に言った通り、私のあの1ヶ月はここでは一瞬だった。だけど、私はあいつとの関係を追体験したみたいな形になったのかな。ナーサラちゃんに連れ戻してもらって、最後はこの世界で戦うことになって、ちゃんと私がケリをつけた」

「……そっか」

「でもね、あいつに勝てたのは扇舟のおかげなんだ。……あの世界の扇舟は、魏蓮のやつに惚れていた。だから、あいつが暴走するのを止めようとして、1人で先に地下室に入って……。それで返り討ちに合ってしまった。だけど、扇舟は大きなダメージを受けながらも毒手を魏蓮を打ち込んでいて、そのおかげで奴に隙が生まれて私が勝つことができたんだ」

 

 どこか遠い目をしつつ、亜希はそう言った。

 

「別の次元の扇舟だけど、私の命の恩人みたいなものだから感謝してるし、助けられなかったことを残念にも思ってる。だからといって、この世界の扇舟にお礼を言ったところで、当人はなんのことだかわからないと思うんだけどさ」

「毒、か。……やっぱり扇舟が行き着くところはそこってことなのかな」

 

 ポツリと意味ありげにタバサが呟く。その後、ナーサラの方へ振り返った。

 

「今の話だとナーサラは亜希を連れて戻ってきたわけだよね? つまり別次元へ干渉する力がある。と、いうことは……」

「タバサの世界へは無理。亜希は飛ばされる瞬間、私がいたから次元、特定できた。それでも時間、かかった。それに、亜希が別次元の似た世界に行ったの同様、タバサの世界にも似た世界が無数にあると推定。その中のひとつを見つける、困難」

「つまり、ケアンではあるけど、私の代わりに私じゃない別な“乗っ取られ”がいる、みたいな世界がたくさんあるかもしれないってこと?」

「肯定。認識、多分それで合ってる。タバサが探す世界、探し当てられたとしても、それがタバサのいた世界とは限らない」

「うーん……。この手の話は全然わかんないや」

 

 お手上げ、と言った具合でタバサはそうこぼした。

 ようやく話がひと段落ついた。それを確認してから、亜希が再び口を開く。

 

「……で、ものすごく長くなったけどここまでが前置き。本題は今回小太郎に呼ばれた理由なんだけど。……なんかさ、今五車に異世界から3人ぐらい迷い込んできちゃってるらしいのよ」

「……は?」

 

 思わずタバサは間の抜けたような声を上げた。

 

 亜希が言うには、荒廃したこの世界の未来からやってきた対魔忍。未来ではあるが文明レベルで異なる、超がつくほどの未来からやってきた公国の姫。そして次元を渡り歩き破壊をもたらす、空飛ぶ巨大クジラの「ケートス」を狩る使命を帯びたブレインフレーヤー。その3人が今五車にいるとのことだった。

 ケートスを狩ることで3人が元の世界に戻るだけのエネルギーは回収できるらしい。そのため、この手の問題に対処可能な能力を持つナーサラ、つい先日次元漂流を体験した亜希、そして異世界人であるタバサを呼び寄せた、と説明してくれた。

 

「じゃあそのケートスってやつを倒せれば、私も元の世界に戻れる?」

「ごめん、どうも小太郎の口調だとそれはできないみたい。その3人は元の次元の座標がわかるだとかなんだとかで大丈夫らしいんだけど、タバサちゃんの場合は小太郎の家に居候してるさくらと同様に迷子状態みたいなものだとかで……」

「ふーん……。ま、何か情報が得られるかもしれないか。それにそろそろ五車に戻ってふうまとこの間のことをちゃんと話しておきたいとも思ってたし。あと、稲毛屋のアイスも食べたいし」

「あ! もしかしてそのクーラーボックス……。稲毛屋のアイスをヨミハラに持って帰るため!?」

「ん、そう。扇舟へのおみやげ」

 

 そういうことか、と亜希は天を仰いだ。が、直後に探偵事務所の面々に買って帰るだけの金もなければ、買って帰ったところで一瞬で食い尽くされるであろうという想像も脳裏をよぎる。

 

「……ナーサラちゃん、稲毛屋のアイスは私たちだけで食べよう。2人分ぐらいなら私の手持ちでなんとかなる。でもクーラーボックスを買った上であの面々の分のアイスも買って帰るとなると、申し訳ないけど割が合わない。だから私たちだけの秘密だ」

「秘密、了解。ナーサラ、口は硬い」

 

 前置きとアイスの話がほとんどで本題に大して触れてないのではないか、とタバサはここでようやく気づいた。

 とはいえ、亜希が言った情報以上のことは実際に五車に行ってみなければわからない、というのも事実であろう。とりあえず数ヶ月ぶりとなる五車訪問、そして小太郎との再会。まずはそこからかと、稲毛屋のアイスの話で盛り上がる探偵事務所の2人見つつ、タバサは考えていた。

 

 

 

---

 

 一方、その頃。

 

 タバサを見送った「この世界の」命をつなぎとめることに成功した扇舟は、ヨミハラの中心部を離れ、外れの方へと足を進めていた。

 この辺りまで来ると娼館の数も減り、治安も少々怪しくなってくる。事実、扇舟が1人で歩くのを見かけた3人のチンピラが獲物を見つけたと小声で仲間たちと話しているのが耳に入ってきた。

 

「おい……。あの女、娼館に売ったらいい値段になるんじゃねえか……?」

「あ? ……いや、ありゃやめとけ。味龍の店員だ。俺たちじゃ手に負えねえ」

「何ビビってんだよ。こっちは3人だぞ」

「俺は降りる。やるなら勝手にしろ」

「あ……。俺もパスで……」

「何だお前ら、それでもヨミハラの住人か? もういい、俺1人でやる。分け前も独り占めだしな。……おいそこの女! 止まれ!」

 

 ハァ、とため息をこぼしつつ、指示通り扇舟は立ち止まった。

 

「全部聞こえてた。お友達の言う通りにしたほうがいいわよ」

「なっ……! 舐めやがってこの女!」

 

 チンピラが刃物をチラつかせ、扇舟目掛けて大ぶりで振り下ろす。

 おそらくは脅し目的だろう。間合いも取れていなければ振りも甘い。こんなのは「好きに料理してください」と言っているようなものだ。スッと体を捌いて刃物の軌道上から逃れつつ、反撃しやすい位置を取る。そのまま刃物を持った腕を取り、相手の力を利用しての投げに移行するだけで呆気なく勝負はついた。

 

「ぐあっ!? いでででででっ!」

 

 宙を舞った体は背中からコンクリートの地面に叩きつけられ、さらにそのまま手首の関節を取られる。その痛みで刃物が手からこぼれた相手は、為す術なく悲鳴を上げるだけだった。

 

「こんな街だからやるな、とは言えそうにないけれど、相手は見定めるべきね。あと、お友達の忠告もちゃんと聞きなさい。場合によっては返り討ちに合って命を落とすわよ」

 

 まだ関節を取ったまま、男の仲間の方へと視線を移す扇舟。

 

「待った待った。俺たちにやり合う気はない。止めはしたんだが……」

「さっきの話が聞こえてたからそれはわかってる。代わりと言ったら何だけど、この人のことはあなたたちに任せても?」

「ああ、悪かったよ。よく言っておく」

「そう。……この辺りも物騒になったわね」

 

 ようやく取っていた手首を離し、扇舟は目的の店へと向かうことにした。背後から恨み言となだめる声が聞こえるが、これ以上は気にかけるだけ時間の無駄だろう。

 表通りを離れればこんなのは日常茶飯事だ。もっとも、それがヨミハラであるし、だからこそ脛に傷を持つ者は身を隠しやすい。

 

 さて、そういう意味で考えるならば、これから向かう店の主はそういった事情があるからだろうか。それとも、タバサ同様にこの街を気に入って住んでいるのだろうか。

 そんな世間話にも興味はあるが、探られたくない過去もあるかもしれない。自身がそういった過去を持つ扇舟としては、やはり聞くことは憚られる。

 とにかく自分がすべき話だけをしようと、目的の店の扉を開けた。

 

 店に入ると同時、独特の草の香りが鼻をつく。

 ここは魔草屋。味龍の名物メニュー・センシュースペシャルなどに使われているヨルの魔草同様、魔界の植物を取り扱っている店である。

 

「いらっしゃいませ~。あら、扇舟さんじゃないですか」

 

 その店内に、のんびりとした女性の声が響き渡った。

 声同様の優しげな顔立ちにピンクの髪。この店の主、魔草使いのメルメ・エルヒェムである。

 

 メルメは常連というほどではないが、時々味龍を訪れることもあった。そこでセンシュースペシャルを食べ、ヨルの魔草が使われていることに大層驚き、メニュー考案者の扇舟と色々話しているうちに仲が良くなったのだ。

 今ではメルメは味龍に料理を食べに、扇舟はハーブティーの原料を買いに店を訪れる形で交流が続いている。

 もっとも、扇舟個人としてはハーブティーを飲むことは好きなのだが、甘さにまみれた清涼飲料水を知ってしまった同居人が「そんな味がしないのよりジュースがいい」とあまり飲んでくれないため、ハーブを買いに来る機会は減ってしまっていたりもする。

 

「お久しぶりですね、お茶用の魔草ですか~?」

「ちょっと別件で……。最近飲むことが減ったせいでここからも足が遠ざかっちゃって」

「あらあら。健康に良いんで是非続けて飲んでほしいんですけどねぇ~」

 

 自分には効果がありそうだが、果たして高い治癒能力を誇る異世界人の彼女にはどの程度効果があるかは疑問だ。とりあえず愛想笑いでその話題をやり過ごし、ひとつ咳払いしてから扇舟の顔に硬い色が浮かんだ。

 

「……今日ここに来たのは、私が個人的に必要としている魔草を手に入れるため。おそらく、メルメならこのリストのものを揃えることが可能だと思ってるから、お願いしに来たの」

 

 そう言うと、扇舟はメモが書かれた紙を手渡した。

 

「はいはい、拝見しますね~。えーっと……」

 

 そしてメモを読み始めたメルメだったが。

 読み進めていくうちに、そのおっとりした顔が強張っていくのがわかった。

 

「あの……扇舟さん。このリストに書かれている魔草がどういうものか、わかっていますか……?」

 

 声も緊張した様子が窺える。

 まあそれも仕方のないことだろう。なぜなら、そのリストに書かれていたものは――。

 

「ここに書かれている魔草……。それぞれではさほど毒性の高くないものばかりですが、調合すると、()()()()()()になります。あなたはこのことを……」

「勿論、わかってお願いしてるわ。……私の忌むべき知識。でも、武器としてすがるしかない知識……」

 

 多くの同胞を殺め、小太郎の父の命を奪った毒。だが、再び戦いへ身を投じるに当たり、戦闘用の義手に加えてその力に頼るしかないという結論に達していた。

 

「お願い、メルメ。そのリストに書いた魔草がどうしても必要なの。……もう一度、私が戦う力を手に入れるために」




魏蓮の話はメインチャプター52の「亜希の次元漂流記」に当たり、タバサのパートはストーリーイベントの「未来からの皇女さま」に当たります。
個人的にはこの2つは重要度的な意味で、メインとイベントの割り当てを逆にしたほうがしっくり来ると思うのですが、まあ時期的なもので仕方なかったんだろうなと思ったり。

ところで同じLilithのゲームである「宇宙海賊サラ」の敵キャラに「ギーレン」という双子の姉妹がいたので、魏蓮も何か関係あるのかなとか思ったんですが多分全然無いですね……。


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Act62 やるっていうならいいよ、望み通りにしてやる

 メルメの店で目的の魔草を手に入れた扇舟は、そのまま店の奥の作業スペースを貸してもらって魔草を調合。礼を述べて店を出た後、適当に昼食を取ってから美琴のラボへと来ていた。

 数日前に特注でオーダーメイドしていた戦闘用の義手が完成したという連絡は受けていた。味龍が定休日のこの日に元々受け取る予定だったのだ。

 

 タバサがいなくて寂しいのは事実だが、この日に限ってはその方が都合としては良かった。

 午前のうちにメルメの店を訪れて魔草を調達し、毒を生成しておく。そして、美琴から義手を受け取り、オーダーメイドで要求した機能をチェックする。そのために魔草、ひいてはそこから作り出される毒が必要だったのだ。

 

 扇舟が望んだのは擬似的な毒手――つまり、毒の容器を義手内部へと装填して指先へと送り出す機能である。

 

 メルメの店で述べた通り、扇舟にとっては忌むべき知識と力。だが、戦うために彼女はそれにすがった。

 

「かつて血に染まったこの手をまた汚すことぐらい、なんてことはないわ」

 

 扇舟がタバサと共に肩を並べて戦いたいと願った時に言ったその言葉に嘘偽りはない。再び外道へと落ちかねなくても、自身の願いを叶えるための力となるのであれば、再び己の手を毒手紛いにすることも覚悟の上だった。

 

「美琴? 入るわよ」

 

 鍵が開いていれば入っていい。もうそういうものだとわかっていた扇舟は薄暗いラボを歩き、美琴が研究しているスペースまで足を進める。

 

 そして、そこでテーブルの上に置いてある一組の義手が目に入った。

 

「悪いけど、もうちょっと待って。今いいところなのよ」

 

 美琴は振り返りもせずに何やら作業をしている。どうせイーサー絡みの何かだとは容易に予想がつく。聞いても無駄だろうし、作業もやめないだろうと、扇舟はテーブルの上の、やがて自分の手になると思われる義手を眺めることにした。

 

「これ……私の義手よね?」

「ええ、そう。でもまだ触らないで見るだけにしておいて。あなたの声紋やら生体やらの登録作業があるから」

 

 黒鉄色に輝く一対の義手。右手と左手が並んでいるが、右手の方がひと回り大きいようにも見える。特に手の甲の部分はやや盛り上がっているのが目に見えてわかるほどだ。

 一方で左手は今の日常用のものと大差ないようである。

 

「もうちょっとやりたいけど……。しょうがない、ここまでにしておくか。……はい、おまたせ。じゃあ説明に入るわね」

 

 扇舟をしばらく待たせた後、あくまで自分のペースで美琴は説明を始めた。

 

「まず要望の確認から。戦闘用の機能として爪の部分は伸縮可能で刃になる。手の甲の部分に毒の容器を装填することで爪に毒が塗布され、擬似的な毒手となる。爪と毒の利用、あなたからの要望はこれで合ってるわね?」

「ええ。合ってるわ」

「それらの機能を右手()()に施した。右手がひと回り大きいのはそのため」

 

 だからサイズが違うのか、と納得した扇舟だったが、次に当然の疑問に思い当たった。

 

「ちょっと待って。どうして右手だけなの? 私はどちらかだけにしろとは一言も……」

「でも両方にしろ、とも言わなかった。……まあ揚げ足取りの論議は置いておくとして、理由は2つある。1つは予算よ。今回、私とあなたの関係ということで優待価格に加えて、間接的にタバサを紹介してくれて細胞を入手できたから提示された価格で請け負ったけど、やはり両手に希望された機能をつけつつ強度も保とうとすると予算的に厳しいものがあった。だから、強度の保持を最優先にした結果、右手だけに機能をつけることにしたの」

 

 予算の話をされるとどうしようもない。美琴は「本来の相場で考えると、この価格にあと50%上乗せが適正」と言いつつも受けてくれたのだ。

 

「もう1つは、日常用と戦闘用を分けたいというあなたからの要望とすり合わせた結果。いくら制御されている前提とは言え、毒手まがいの義手を付けた状態で、飲食物を扱う今の味龍の仕事を続ける訳にはいかない。そんな理由だったわよね?」

「そうね。だからあくまで戦闘のときだけ戦闘用義手に付け替える。そのつもりだったけれど……」

「それだと不意の戦闘の際に両手分付け替える時間がかかって不利になるし、常に義手を両方持ち歩くにしても結構嵩張って荷物になる。……そこで」

 

 とん、と美琴は現在の扇舟の義手と同じ標準サイズの左手に指を当てた。

 

「この左手を戦闘と日常の兼用にすることを考えたの。それなら特殊機能をオミットすることで予算が削れ、咄嗟の戦闘で右手が日常用のままでも左手を軸に戦うことが可能になり、持ち運ぶのも右手だけでいい。右手だけならハンドバッグとか、なんなら懐に入れての持ち歩きもできるでしょ? そしてなにより、こっちの手は毒を扱うわけじゃないから、これならつけたまま今の仕事をしても問題はないはず。そう考えたの」

 

 理にかなっている、と扇舟は無言で説明を聞きながら考えていた。

 毒を扱わないのであれば、今言われた通り戦闘用と日常用を分ける必要もない。元々扇舟の精神的な嫌悪感が大きいことが原因なのだ、確かに問題ないと言える。

 

「でもその左手、特殊機能を削ったのよね? 兼用って言ったけど、戦闘に耐えられるの?」

「使った素材は右手と一緒だから耐久力は十分よ。むしろ機能を付けてない分、耐久性だけを追求できたと言ってもいい。日常モードにすれば出力に制限がかかって間違えて物を握りつぶすなんて心配も無し。勿論、戦闘モードにすれば右手同様に強力な握力をはじめとして機械仕掛けの恩恵を得られるわ。……これが私の考えなんだけれど、どう?」

 

 さすが性格をさておけばヨミハラ一と名高い魔科医だ、と扇舟は感心していた。

 確かに想像していた義手とは少し違っていたが、コストと実用性の問題を見事にクリアしている。この時点では文句のつけようがない。

 

「左手についてはよくわかった。あとは……。実際に付けてみてどうかってところね。特に右手の特殊機能が正しく動くかが気がかりだわ」

「じゃあ早速テストといきましょうか。……まあ安心していいわよ。この私の謹製ですから。失敗はないわ」

 

 勿論美琴のことを信用してはいる。が、こうも自信満々に言われると逆に不安になるというものだ。そんな心配を極力考えないようにしつつ、扇舟は義手を外して実際のテストに取り掛かるのだった。

 

 

 

---

 

 一方、タバサはミニナーサラを連れた亜希と本体のナーサラと共にまえさき市を経由して五車へとやってきていた。

 

 およそ数ヶ月ぶりとなった、タバサにとっての五車への訪問。相変わらずの自然に囲まれた街は、ヨミハラという自然とは無縁の地下都市とは全く違うものだった。

 それは亜希にとっても同じなのかもしれない。大きく息を吸い込み、感慨深けに口を開いた。

 

「うーん、ずっと地下にいるとたまにはこういう自然もいいなって思っちゃうな。……ってか、私が最後にここに来たのいつだったかな」

「……亜希って対魔忍でしょ? アサギに定期的に報告に戻ったりとかしなくていいの?」

「あー、緊急で呼び出されたりしないと戻らないかな。定期連絡とかの方は静流さんが苦労しながら担当してるし。今回みたいな特殊な状況とか、あと年末年始に小太郎の顔を見に一応戻ったりはする感じ」

 

 フリーみたいなもの、と以前言っていた気がしたが、本当に自由だとタバサは思う。もっとも、自由度で言えば一緒に来たもう1人の方がより上かもしれない。

 

「亜希の故郷、自然たくさん。山で虫、川でお魚、探したい」

「あー……ナーサラちゃんにそう言われると断るのが心苦しいんだけど……。あくまで今回は小太郎からの呼び出しが最優先だからなあ……。あと、季節を考えると虫はあんまりいないかも。ってか、ナーサラちゃん寒くない? もう11月だけど、その格好で大丈夫? 私が人肌で温めてあげようか?」

 

 ナーサラは普段ヨミハラを散歩している時と同じ、白のワンピース姿だ。冬に入りかけのこの季節には不釣り合いな衣装とも言える。

 とはいえ、言ってる亜希も亜希でかなり肌を露出させている対魔忍スーツだったりするのだが。

 

「平気。ナーサラ、気温はあまり気にしない」

「……変わってる」

「いや、それを言うタバサちゃんも大概だよ?」

「そういう亜希も人のことを言えない」

 

 漫才のようなやり取りをしているうちに、目的地であるふうま本家へと段々と近づいていく。が、そこでふとタバサが足を止めた。

 

「ん? タバサちゃん、どうかした?」

「……2人は先に行って、ふうまに私はちょっと遅れるって言っておいて。稲毛屋に寄ってから行く」

「え!? アイスなら私たちも一緒に食べに行くよ!」

「違う。アイスはふうまの用事が終わってから皆で行こうと思ってた。ただ持ち帰る方は時間がかかるらしいから、早めに言っておいたほうがいいなって」

 

 そう言いつつ、タバサは肩に下げたクーラーボックスを小さく揺らした。

 

「ああ、そういうことか。確かにそれはその方がいいかもね。じゃあ私とナーサラちゃんは先に行って、小太郎から話を聞いておこうか。稲毛屋の場所は大丈夫?」

「ん。ここにはしばらく住んでたし」

 

 じゃあ後で、とタバサは2人と一旦別れ、稲毛屋の方へと歩き出した。

 

 勿論、タバサが言ったことに偽りはない。が、それが全てかと聞かれれば、そうではなかった。

 

(……ふうまの家の前から殺気がダダ漏れなんだよなあ。思い当たる節はあるからまあしょうがない)

 

 やれやれとため息をこぼしつつ、タバサは稲毛屋へと向かった。

 

 稲毛屋の軒先には長椅子があり、憩いの場としても知られている。タバサも初めてアイスを食べた時はそこでだったが、主に五車学園の生徒がいてアイスや駄菓子を食べていることもある。

 しかし今日は誰もいないようだった。その方が都合がいいと、タバサは店内へ入っていく。

 

「おばあちゃん、いる?」

 

 店の奥、煙管(きせる)を蒸している店主の稲毛夏の姿がタバサの目に入った。相変わらず見た目はただの老婆、タバサが力を探ってもその年齢相応程度でしか感じ取れない。

 やはり隠された実力を読み取れず、タバサとしては自分との実力差を痛感せざるを得なかった。

 

「うん? おや、タバサかい。久しぶりだね。ヨミハラに行ってたんじゃなかったのかい?」

「なんかふうまがまた厄介事を抱えたらしいから呼び出された。だったら扇舟にアイスを持って帰ろうと思って、これ持ってきた」

 

 ゴトン、と持ってきたクーラーボックスを地面に置く。

 

「ワッフルコーンを焼くのは少々手間なんだけどね……」

「下の部分? いつものもいいけど、あっちの方がおいしかったよ。お店でも出せばいいのにって思った」

「ほほう、そんなにかい。……そこまでいうなら追加料金で選べるようにしてみようかね」

 

 商人としての魂に火が着いたのか、夏は小さく笑った。

 

「まあそれはそれとして。アイスなら作っておくよ。いつ帰るんだい?」

「わからない。ふうまの厄介事が早く片付けば今日中だけど、場合によっては明日までいるかも」

「そういうのが1番困るんだけどね……。早めに作って冷凍しておくとするか。……で、コーンは好評だったようだけど、この間持って帰ったアイス自体はどうだったい?」

「冷凍したせいか食感は少し違ったけど、味はここで食べるのと一緒でおいしかった。扇舟も喜んでたよ。……あ、そうだ。扇舟から手紙預かってきたから。なんかおばあちゃんにすごく感謝してた」

 

 タバサが扇舟から預かってきたという手紙を夏へと手渡す。それを受け取りつつ、年相応のしわくちゃな笑顔が夏の顔に浮かんだ。

 

「……感謝、ねえ。あの子は不器用で、その上環境も悪かった。だからあんなことになっちまった。私が手紙に書いたことなんて当然のことばかりだっただろうに」

「あの手紙もきっかけになったのかな。扇舟、吹っ切れたみたいだよ。なんか私が戦ってるのに待ってるだけなのは嫌だから、友人として私と一緒に戦いたいんだって。今回は追放された五車だからってことで諦めてたけど、近いうちに多分肩を並べることになると思う」

 

 ほう、と夏が意外そうな声を上げた。

 

「結局戦いに身を投じるか。でも……やりたいことが見つかったならそれもいいかもしれない。……タバサ、あの子の方が年上ではあるけど、無理はしないようにしてやってほしい」

「それは勿論。私のおかげで命を拾ったらしいけど、だからって私のためにその命を捨てるようなことをされたら……はっきり言って気分悪いし」

 

 今度は夏は満足そうに頷いていた。

 

「……やっぱりお前さんはいい子だね。あの子のこと、頼むよ。アイスは用意しておくから、ふうまの坊っちゃんの厄介事を解決してきな」

「あー……。うん、そうなんだけど……。ふうまの家にちょっと行きにくいんだよなあ……」

「なんだい、ケンカでもしたかい?」

「ふうまとちょっとね。でもふうま本人とは少し気まずいかな、って程度なんだけど……。どうやらふうまは私と揉めたことを鶴に言って、それが彼女の気に障ったみたい。ふうま家の前から私に対する剣呑な空気が漂ってるのが、結構離れた距離からも伝わってくる」

 

 やれやれ、と言った様子でタバサと夏のため息が重なった。

 

「アイスのこともあるだろうけど、それもあってうちに先に来た、ってわけか。……あの娘はわからず屋で盲目的なところがあるからねえ。以前、『ふうまの坊っちゃん』、って言っただけで噛みつかれたよ。ありゃ狂犬だ」

「同感。私のことを狂犬って言ったやつがいたけど、私は噛みつく相手は見極めてるつもり。……でもあの番犬をどうにかしないとふうまに会えないし。気が重いけどそろそろ行くね」

「ああ。まあ頑張るんだね。アイスは作っておくよ」

 

 軽く顎を引き右手を上げて感謝の意思を示しつつ、タバサは稲毛屋から外に出る。

 

 やはりふうまの屋敷の方からは殺気がひしひしと伝わってきていた。

 

(ほんとめんどくさいなあ……。私は別にそんなに鶴のこと嫌いじゃないんだけど。でも……ずっとそんな殺気飛ばしてケンカ売ってる方が悪いか。どうせ口で言っても効果ないだろうし、実力行使で無理矢理黙らせよう)

 

 タバサ当人は狂犬ではないと言い張っているが、十分に暴力的な思考である。だが、タバサにとってはケアンで当たり前の答えの出し方でもあった。

 

 屋敷が近づいてくる。それと同時に殺気もより深く、濃くなっていく。

 やはり、家の前には鶴が立っていた。放つ気配とは真逆の、優雅な動作でスカートの裾をつまみつつ軽く頭を下げる。

 

「お待ちしておりました、タバサさん。……さて、いらして早々申し訳ないのですが、お尋ねしたいことがございます。何やら、ご主人様と口論になったと耳にしたのですが、それは本当でしょうか?」

「口論とまではいっていない。ただ意見がぶつかっただけ。その件については私が妥協というか、ふうまの主張を全面的に飲むことでもう終わった話」

「ご主人様の主張が通るのは当然の話です。なので、そこは気にしておりません。私が不満なのは、あなたがご主人様に意見した、という点です」

「それすら許されないって言うなら、誰がふうまに助言するの? それこそ私があの場で言ったことそのものだよ。……あなたを含めて、周囲の人間がふうまに対して苦言を呈せない状況にあるのはよろしくないんじゃないかってね」

 

 完全に火に油を注ぐ発言だが、これだけ真正面から執拗に敵意をぶつけられて黙って受け流せるほど、タバサは温厚な人間ではなかった。少なくともケアンならば、問答より早く斬りかかっていただろう。これでも彼女からすれば我慢したほうなのである。

 だが、そんなタバサのことなど知らない鶴は顔を引きつらせるしかなかった。据わった目でタバサをにらみつける。

 

「……ご主人様に意見するなど恐れ多いことです。あなたもご主人様のご厚意でここに居候させていただいた身、そのような口を利ける立場でしょうか?」

「立場だ何だは関係ない。確かに骸佐の件は指摘すればふうまに嫌な思いをさせる形になるし、当人が自分でなんとかしなくちゃいけないと言っている以上、余計なことを言うべきじゃないってのはわかる。でもそうやって遠慮した結果、ふうまもそれに甘えて問題を先送りにしてるんじゃないかとも思えてくる。……ふうまはふうま家当主としての器を持っているとも思うけど、周囲が何から何まで全部正しいって盲信しすぎるのもどうかと思うよ」

「あなたがふうま家のことを語るなど片腹痛いですね。少しの間居候していただけの部外者だと言うのに」

「部外者だからこそ客観的に見える部分もある。少なくとも今の鶴よりは視野は広い」

 

 もはやタバサも鶴も敵意を隠していない。完全に一触即発の状態。

 

「それは私に対する宣戦布告と取ってよろしいでしょうか?」

「ケンカを売ってるのはそっちでしょ。ずっと私に対して殺気と敵意を向け続けてさ。……私は鶴のことはそんなに嫌いじゃない。以前居候させてもらってた時、作ってくれた料理やお菓子はおいしかったし。でも、やるっていうならいいよ、望み通りにしてやる」

 

 タバサがインベントリから一対の愛剣(ネックスとオルタス)を取り出し、フル装備に身を包む。

 一方で鶴もサイボーグの両腕を剣状に変化させていた。“機遁(きとん)の術”、無機物から機巧を生成する鶴の忍法によるものだ。

 

「そうですか。ではご覚悟を。手加減はできかねますので……」

「そのまま返す。……その手足なら斬り飛ばしてもまた作れそうだから遠慮はいらないな」

 

 装備されたタバサの仮面越しに視線が交錯、直後に地を蹴る。

 共に狂犬と呼ばれたことのある者同士、煽られたらそのまま殴りかかる者同士が衝突した。




なんかこっそりとGrim Dawnのバージョンが1.1.9.8にアップされました。某ハクスラゲー発売に対抗したのかな?
目玉になるような変化はあまりないようですが、細かく手が入ったようで、元にしたビルドのヘルスが2000弱ほど強化されてました。それでもSR75-76回ってみたらいつも通りアルケインのバフ消しで即死したりヒーローパック相手に綱渡りギリギリで気を使いながらクリアしたって感じなので強化された感ほぼ無いです……。
あとユゴールの星座スキルの持続時間が延びたらしいですよ。相変わらず地味エフェクトで発動してるか全然わからんけどな!
個人的には真面目な見張りの冷気耐性がカオス耐性に変わったのが嬉しかったり。船乗りの指針と一緒に取ると冷気だけ跳ね上がっちゃうなーっていつも思ってたんですよね。その指針も実質火炎耐性追加のエレメンタル耐性になってて地味に嬉しい。
なんかまだアプデ予定あるらしいんで、今後も「あーここ変わったのかー」みたいな感じで楽しめるといいなと思います。ってかアーリーからそろそろ10年になるのにいつまでアプデするんだこのゲーム……。


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Act63 もっと……強くならなければ……!

 出雲鶴。ふうま小太郎の専属メイドである。

 ひたすらに主人である小太郎のために尽くし、主人に近づく女がいれば吠え、主人を愚弄する発言をする者が噛みつく、まさに狂犬だ。

 だが、彼女にはそうなるだけの理由があった。

 

 タバサがこの世界を訪れる以前、五車では謎の失踪事件と連続殺人事件が発生していた。

 小太郎をはじめとした五車風紀隊は調査を進め、犯人が五車で教師を務めていた斉藤(さいとう)半次郎(はんじろう)であることを突き止める。予想外の事態こそあれど、風紀隊の活躍によって事件は一応の解決を迎えた。その際、犯人である斉藤に囚われていた鶴の救出に成功していたのだった。

 

 ただし、鶴は四肢を切り落とされ、全身にピアスや刺青を入れられた上で装置で食事や排泄を管理されて強引に生かされているという、地獄のような責め苦を受けていたのである。

 

 失った四肢をサイボーグ化し、肌に移植手術を受け、リハビリを終えて五車へと復帰した彼女は、その足で小太郎の元へと訪れていた。

 全ては受けた恩義を返すため。長い間囚われ、絶望の暗闇の中にいた自分に光を与えてくれたあの方のため。

 

 元々はふうま弾正に心酔したかのように付き従った父への反発から、ふうまに属さないという決意の表れという意味で父親の姓である「佐郷」ではなく、母親の姓である「出雲」を名乗っていた。

 だが、実際にそのふうまの現当主に助け出され、そんな考えはあっさり消し飛んだ。「仇は倍返し、恩は百倍返し」という、母の遺言でもある自身のモットーに則り、彼女からすれば年下でもあるにも関わらず、ふうま小太郎という主人のために尽くすことを決めたのである。

 

 こうして彼女は専属メイドとして、御庭番であるライブラリー――鶴にとっては父親である佐郷文庫と共に小太郎に仕えることになった。

 

「本当は御庭番となってお館様をお守りしたかったのですが、既にあなたがいるという事でメイドとなりました。どうぞお見知りおきを」

 

 それが、数奇な運命を経て同じ主に仕えることになった親子の最初の会話だった。

 言うまでもなくライブラリーは相手が自分の娘だということは当然気づいていたが、鶴も同様にこの時点でライブラリーは父親・佐郷文庫であると気づいていたらしい。彼女としては過去のわだかまりはまだ完全には解けていなかったものの、正体を隠しているのは理由あってのことだろうとその時点では深く追求しなかった。その後、五車決戦において鶴はライブラリーに対して娘として話し、親子間のわだかまりは解消されている。

 

 そんなふうま小太郎専属メイドとなった鶴であるが、先日のフュルストとの決戦の際には事前に休みを言い渡されており戦いに参加できなかった。小太郎は右眼を使って無茶をする可能性が高いと踏んだために、自分のことで冷静さを失いかねないと判断して敢えて鶴を遠ざけたのである。

 しかしそのことは隠し通されたのだが、帰ってきてどこか沈んだ様子だった主と父親の姿が気にかかり、小太郎を問い詰めた結果、うっかり「タバサに痛いところを突かれた」と口を滑らせてしまったのだ。

 

 今の鶴にとってタバサは「主に楯突いた不届き者」という相手でしかない。加えるなら、以前は素性不明にも関わらず成り行きでふうま家に転がり込んできたという過去もある。元々いい思いを持っていなかったと言えた。

 

「はあッ!」

 

 故に鶴に迷いはない。

 

 超高速で飛び込んでくるタバサ目掛け、機遁の術でブレードへと変化させた両腕を振るう。互いの2本の剣同士がぶつかり合い、両者は間合いを取り直した。

 

(速さは認めるがやはり一撃は軽い……。恐れるに足らず……!)

 

 タバサの訓練の様子を時折見ていたこともある鶴はすぐに考えをまとめ、己を奮い立たせた。

 

 再びタバサが突進してくる――と見せかけ、フェイントを入れて横に回り込んだ。

 対する鶴はその動きを見切りガード。続く高速の連撃もどうにか捌き切った。

 

「速さはあなただけの特権だと思わないことです!」

 

 反撃に振るわれる鶴のブレード。が、タバサには当たらない。まるで幻影のように紙一重で回避していく。

 

「そう言う割には遅いな。そんなのじゃ当たってやることはできない」

 

 露骨な挑発に、鶴の歯がギリっと鳴らされた。

 

「その発言、後悔することですね!」

 

 腕のブレードによる斬撃をタバサが回避したのに合わせるように、鶴が大きく飛び退く。同時に、腕のブレード化を解除。代わりに今度は脚をブレードへと変化させた。

 対するタバサは反撃に出た。バックステップ後の隙を狙うように突進。急速に間合いを詰め直しにかかる。

 

「フッ!」

 

 その飛び込んでくるタバサ目掛け、鶴はブレード化した脚を利用して回し蹴りを振り抜いた。完璧なタイミングで中段を狙われた攻撃に回避は間に合わず、タバサは両手の剣を十字にして防御するしかない。

 その蹴りの威力、そして速度は確かなものだった。先程まで簡単に鶴の攻撃をいなしていたタバサだったがそれができず、突進の勢いを殺され、思わずたたらを踏んで間合いを取り直すほどだ。

 

「私が得意とするのは刀脚……すなわち蹴りです。先程の遅いという発言、撤回させて差し上げます」

 

 鶴が動く。小刻みなステップを踏み、それまでの人間的なものとは全く異なる、予測できない動きで一気にタバサへと迫った。

 

「はっ、はっ、はあッ!」

 

 上段、中段、中段と3連のブレードによる蹴り。最初の2発こそ回避したタバサだが、3発目は回避が追いつかず、剣で切っ先を変えて防御せざるを得なかった。

 

「……なるほど、速い。認める。さっきの発言は撤回する」

 

 たまらず後退しつつ、タバサは口を開いた。

 

「ありがとうございます。では、そのままご主人様へも謝罪していただけませんでしょうか? もう二度と楯突かない、無礼な口は利かない、と」

「それとこれとは別問題。それに、言い方が少しきつかったのはあるかもしれないけど、ふうまのためを思って言ったこと。だから、それ自体については事実だと思ってるし、謝るつもりもない」

「そうですか。やはり痛い思いをしてもらわないとわからないようですね」

 

 ブレード化したアンドロイドレッグに力を込め、鶴が大地を蹴る。

 同時に、タバサは再び後方へ飛びながら右手を振った。間合いからは遥かに遠い。つまり、訓練中に何度か披露していた搦め手の何かと推測する。

 

(本命は閃光弾、あるいは牽制のための魔力のナイフか火炎瓶か爆弾あたり……)

 

 鶴は瞬時にそう判断し、考えをまとめて身構える。

 果たしてタバサが投げつけたそれは、鶴の眼前で炸裂して光をばらまいていた。

 

「やはり閃光弾ですか!」

 

 この攻撃を薄々予期していた鶴は、後方へと跳んだタバサがその後横に動くところまでを確認。それから目を閉じて閃光から網膜を防御しつつ、光の中へと飛び込んだ。

 

(視覚など不要……。あとは気配を読み取って戦う!)

 

 最後に視覚で確認した位置、すなわち正面からではなく左手側から、低い姿勢で殺気が飛び込んでくるのがわかった。タバサが身をかがめつつ突進し、視覚を焼いた上で側面を狙ってくるという腹づもりだろう。

 

「全部視えています……。そこっ!」

 

 低い姿勢で飛び込んできた気配目掛け、ローキックのような形でブレード化した脚で蹴りを繰り出す。

 勿論、鶴はこれでどうにかなるとは思っていない。回避か防御をされる前提、相手の出方を見るためのあくまで牽制気味の攻撃だ。

 

 だが、予想に反して伝わってきた感覚としては直撃だった。

 こんな初歩的な攻撃を受けるわけがない。もしかしたら捨て身の攻撃のために敢えて受けたとも考えられる。

 とにかく現状を確認するべきだと、閃光から守るために閉じていた目を開き――。

 

「なっ……!?」

 

 鶴は絶句した。

 

 蹴りを直撃させた相手はタバサではない。召喚された四足の獣(ネメシス)だったのだ。

 

(馬鹿な……! なら当の本人はどこに……)

 

 刹那。召喚獣の後ろに、それまで全く感じなかったはずの気配と共に、ゾッとするほどの殺気が現れた。

 

(気配を……殺していた……!?)

 

 フラッシュバンを投げつけた直後、タバサは己の気配を極限まで殺しつつネメシスを召喚してけしかけた。視界を遮った以上、攻撃をしてくるなら気配を探る形になる。同時に、タバサは鶴が退かずに攻め込むという心の動きを読み切り、ネメシスを囮に鶴の動揺と攻撃後の隙を狙ったのだ。

 

 その考えに完全にハマった形となったが、まだ鶴は諦めない。蹴り終えた右足を戻しつつ、軸足の左足で地を蹴る。今度は左の下段蹴りで地を這うように迫るタバサを止めるのが狙いだ。

 

 が、さすがに後手に回りすぎた。

 脚のブレードが振り抜かれるより一瞬早く、タバサは間合いの内側に飛び込んでいる。そのまま、軸足になっている右脚のブレードへと両手の剣を挟み込むように力任せに叩きつけていた。

 

「ぐうっ……!」

 

 普通の脚ならば間違いなく斬り飛んでいたであろう強烈な一撃。タバサ得意の剣技(ベルゴシアンの大ばさみ)を受け、耐えきれず鶴は地面へと倒れ込んだ。

 

「終わりだ」

 

 人の声とは思えないほど冷たい声が鶴の耳へと入る。体を起こそうとするより早く目に入ってきたのは、右脚めがけて大上段から両手の剣を振り下ろそうとするタバサの姿。

 

「あ……」

 

 また、あの時のように脚を失う。

 

 本能的な予感が脳裏をよぎり、思わず鶴が目をそらした、その時。

 

「そこまでだ、タバサ」

 

 聞こえてきた、子供の頃によく耳にした声に目を戻すと、ふうま家御庭番・対魔忍ライブラリーがタバサの首元に腕部のブレードを突きつけていた。

 

「遅いよライブラリー。止めに入るならもっと早く来るべき」

 

 処刑執行(エクセキューション)は、寸前で止められていた。右脚は先程のダメージはあるものの、まだ繋がったままだった。

 

 その刃を振り下ろす意思はないと、タバサが両手の剣を引く。それを確認してからライブラリーも腕部へと刃を収納した。

 

「で、私が勝ったし、ふうまへの態度は今のままってことでいいよね。……それともまだやる?」

 

 ライブラリーが止めに来ているというのに、最後の言葉には本当にやりかねないほどの迫力があった。思わず鶴は大きくため息をこぼす。

 

「……いえ。私の負けです。素直に認めましょう」

「そ。ならいいや。もう今後突っかかってこないでね」

 

 タバサは一対の愛剣(ネックスとオルタス)どこか(インベントリ)へとしまった。そのまま頭防具も外してその場を後にしようとしているようだ。

 

「待ちなさいタバサ! ……鶴、大丈夫か?」

 

 父に問いかけられ、問題ないといいたげに鶴が機遁の術を解く。が、さっきタバサに斬りつけられた右の義足から痛みを訴える不快な感覚が走り、思わずうめき声がこぼれた。

 

「鶴!」

「……平気です。右脚の機能に少し影響があるかもしれませんが、大したことではありません」

「そうか……。脚のことはわかった。それと別に私が言いたいのは……」

「タバサさんにはもう手は出しません。……それでいいでしょうか?」

 

 なおも続けようとしたライブラリーだったが、娘が悔しそうに拳を握りしめていることに気づいた。親として、ここで干渉するよりも当人が心の整理をつけて答えを出すのを見守りたい、という思いに負けた。

 

「……無理はしないように」

 

 そうとだけ言い残し、ライブラリーはタバサを追った。

 

「この程度では……ご主人様をお守りできない……!」

 

 殺気こそ本物であったが、タバサを本気で殺すつもりはなかったし、向こうもそうするつもりがなさそうだということはわかっていた。それでも、タバサの態度だけは納得できず、改めさせたかった。

 そうして売ったケンカだった。しかし結果は完敗だった。

 

「もっと……強くならなければ……!」

 

 父の気配が遠ざかるのを確認してから、鶴は先程握りしめた機械の拳を地面へと叩きつけていた。

 

 

 

---

 

 ヨミハラ、桐生美琴のラボ。

 

 扇舟は新しい義手を装着し、各種認証等を終えて実際に違和感なく動かせるかの確認をしていた。そして今、美琴のラボの中で最も厳重に防護された部屋にいた。

 ここは美琴が様々な種の生物をかけあわせて造り出した、いわゆるキメラの能力を確認する部屋でもある。室内は戦闘をこなせる程度に広く、非常時に備えて強化扉に加えて隔壁も完備。さらには強力な催眠ガスを室内に噴射出来るようにもしてあり、キメラが暴れても鎮圧が可能となっている。

 

 これから扇舟がやろうとしていることは、義手の最終チェック、すなわち、実戦でのテストである。

 特に美琴にオーダーメイドした特製のギミック――扇舟が調合した毒がきちんと爪に付与されるか、そしてその毒が相手に通じるか。それらを確認するためであった。

 

 部屋の中、壁からやや離れたところに扇舟は立っていた。反対側には大型の獣を閉じ込めることも可能な電子ロックの檻。内側から暴れまわる音が響いており、凶暴な生物が中にいることを証明している。

 

『それじゃあ電子ロックを開けるけど……。本当にいいのね? もしもの時は催眠ガスであなたごと眠らせるから、ヤバいと思ったら言って頂戴ね』

 

 部屋にあるスピーカー越しに、部屋の外から強化ガラス越しに様子を窺う美琴の声が聞こえてくる。扇舟は小さく頷き、左手を前に、ギミックを搭載した攻撃用である右手をわずかに引いて戦闘の構えを取りつつ口を開いた。

 

「いいわ。始めて」

 

 美琴が手元のスイッチを操作して檻の電子ロックを解除する。中から現れたのは“デビルズドッグ”と呼ばれる、魔界からの瘴気によって魔獣化した野犬だ。ヨミハラ近辺に陣取る武装難民には猟犬として飼い慣らしている者もいる。

 サイズは超大型犬とも呼べるほどで、狼かと見間違うほど。魔獣化した際に変色した紅い眼をギラつかせ、口からは涎と共に瘴気の混じった息を吐き出している。

 しかも、これは美琴が手を加えた個体でもあり、事前に扇舟から毒の威力を試すために毒への耐性を上げておいて欲しいと頼まれていたような存在だった。

 

 少しこちらの目線が高い、と扇舟が深めに腰を落とす構えに切り替える。その上で殺気を放ち、相手を挑発した。

 すぐに目の前の獣はケンカを売られていると気づいたらしい。扇舟を睨みつけて低い唸り声で威嚇をし始める。

 

「唸るだけ? かかってくる度胸もないの?」

 

 扇舟がわざとらしく鼻で嗤ってみせる。相手は人間でない存在だったが、それでも小馬鹿にされたと感じたようだ。

 

 とても犬とは思えない唸り声のボリュームを一段上げ、四足で床を蹴ってみるみるうちに扇舟との間合いを詰めてくる。それでも扇舟は動かない。

 相手が飛びかかり、扇舟の喉笛へと噛みつこうとした、その瞬間。

 

 あろうことか、扇舟は左手を相手の口の中へと突っ込み、敢えて装甲が厚い手の甲の部分を噛ませた。そのまま下顎側から親指で抑え込んで動きを封じる。

 そして右手の人差し指の爪部分を展開。毒を染み出させ、デビルズドッグへ軽く切り傷をつけた。

 

 効果はほんの数秒で現れた。

 噛みついていたデビルズドッグはその力が次第に弱まり、やがて全身が弛緩した様子で床に横たわって痙攣し始めたのだ。

 

「……あの牙でも左手に傷はつけられず、毒物耐性が高まっていたはずにも関わらずにこれだけの効果というわけか。十分ね。協力、感謝するわ」

 

 右手の爪を収納してからまだ自由に動けない犬の頭をポンポンと軽く叩き、その体を抱き上げて檻の中へと戻して扉を閉める。

 

「ロック、かけられるんでしょ?」

『それはできるけど……。別に殺しちゃってよかったのに』

「無益な殺生はしないことにしたの。使った毒もあくまで自由を奪う神経毒。自発呼吸は可能だから、数分もすればまた動けるようになってると思う」

 

 確かに檻にロックがかかったのを確認し、扇舟は部屋を後にした。

 外で待っていた美琴がタオルを放り投げてくる。

 

「ありがと。左手に傷はないけど、涎でベタベタになっちゃった」

「いくら強度を試したいからって、わざわざ噛ませたりする?」

「もし戦闘になったらあの比じゃない攻撃をこの手で受けることまで想定しないといけない。あなたの腕前を疑ってるわけではないけど、自分の目で確認しておきたかったから」

 

 そう言いつつ、疑似毒手として使った右手を見る。収納された爪部分からは毒も漏れてはいない。

 

「あとその毒も気になってたのよ」

 

 と、ここで美琴が口を挟んできた。

 

「あなたの毒に対する知識は本物だとよくわかった。あの犬の毒への耐性はかなり高めておいたはずなのに、まさかあんなあっさり麻痺するとは思ってなかったから」

 

 褒め言葉と受け取ったのだろう。扇舟は軽く肩をすくめておどけてみせた。

 

「でも、それなら神経毒じゃなくてより強力な致死毒にすればもっと楽だと思うのだけど。あなたなら調合可能でしょうに、なんでわざわざそんな面倒なことを?」

 

 扇舟から少し前の軽い雰囲気が消えた。

 

「致死毒はもしもの場合が危険過ぎるからね。それに……。いくら毒に頼るしか無いとはいえ、もう毒で人を殺すのは……どうしても抵抗があったのよ……」

 

 かつてはそれぞれの指に異なる毒を持ち、さらにはそれをブレンドすることで暗殺毒や溶解毒といった毒を操っていた。特に悪辣と評されたのが、右手の5本の指にある毒をブレンドさせて生み出す毒手奥義の「五道殺し」。命を奪わず人格を侵す精神毒で、時と共に精神を狂わせていく。

 弾正はこの毒を受けて反乱を起こしたのではないか、という噂もあった。

 

 その他に多くの敵も同胞も手にかけた。それを悔いてなお、自分には毒しか残されていない。そのこともまた、わかっていた。それ故の苦渋の決断として、神経毒というところに妥協したのであった。

 

 そんな扇舟の過去を知ってか知らずか、はたまた聞いておきながら本来は興味もないのか。美琴は小さく鼻を鳴らしていた。

 

「とにかく、私が作った義手には満足してもらった、ということでいいかしら?」

「ええ。これならタバサちゃんの隣に立つ時、私の武器になってくれる。……感謝するわ、美琴」

「どういたしまして。また何かあったら来なさい。……今度はお金じゃなくて私の頼みごとと引き換えになると思うけど」

 

 美琴からの頼みごと。絶対にロクなものじゃないだろうという予想は容易につく。定期的なメンテナンスは仕方のないこととして、できる限り世話にならないようにしようと、扇舟は密かに思うのだった。




斉藤半次郎

対魔忍育成機関であるはずの五車内部で、教師をしながら密かに連続殺人を行っていた殺人鬼。メインチャプター26のレイドボスでもある。
同時に、対魔忍にとって敵対勢力とみなせる内調とも繋がりを持っていたため実質スパイともいえる。
こんな奴が教師でいるとか五車の治安どうなってんだよアサギさんよお!……と思わなくもないのだが、アサギが取り仕切る前は弾正の反乱や甲河との確執といった対魔忍同士での一族の間の問題のみならず、井河一族内部でもアサギの派閥と長老衆の内部抗争など内ゲバの嵐でもっと悲惨な有様だった。
さらにはRPGの物語スタート時点でノマド幹部のフュルストが長らく保険医として潜り込めていたような状態だったので、もうしょうがないのかもしれない。そんなだから頭対魔忍とか言われちゃうんだよ……。

閑話休題、斉藤半次郎は眼鏡を掛けた優男といった出で立ちで、現代社会を担当していた。が、学生からの評判は軒並み悪く、半次郎も半次郎で一部の生徒を除いて教師も含めて「畜群」として見下していた。
ただアサギだけは高潔なものとして崇めており、そんな高貴な女性を苦しめ、それでもなお心が折れない様を見ることを悦びとしていたようである。とんでもねえ変態だ……。
最終的な目標はアサギであったが、その前段階として五車の生徒を含む多くの女性を誘拐、苦しめた上で殺害している。
その中で地獄のような責め苦に合ってなお屈しない鶴はアサギ同様の高貴さと評しており、特別な存在として強引に生かしていた。
彼曰く、アサギと鶴、この高貴な2人を屈服させた時に善悪の彼岸にたどり着くらしい。何言ってんだこいつ……。

“人遁の術”という忍法の使い手で、腕をもう2本増やしたり、他人の体に入り込んで操ったりする術を持つ。
また、対魔殺法もかなりの腕前であり、特に腕を増やしたことによる人体急所への同時攻撃を見せたりもしている。
その一方、突如空気中で小爆発を起こすという謎の攻撃方法も持ち合わせており、これは小太郎をはじめとする風紀隊の面々を苦しめた。
が、あと一歩で小太郎を仕留められるというその時に何故か爆発が起きず、逆に半次郎が動揺したその隙を突いてどうにか倒すことに成功。
これは本編で少し触れた「予想外の事態」によるものだが、とにかく連続殺人鬼である半次郎の撃破という目的に加え、鶴の救出も果たされることとなった。

余談だが、鶴は当初骸佐の反乱の際に死亡したとされていたため、そのタイミングで半次郎に拉致監禁されたと思われる。
つまり間接的に骸佐が原因の一端を担っていたと言えなくもないわけで、元々散々な評価だった骸佐にもう1つ悪評が追加されることとなり、密かにヘイトを増やす結果となった。
また、半次郎が出ていた頃のチャプター26ぐらいまでは、鶴は半次郎を含めて「佐郷鶴」と呼ばれており、仲が良いはずのなおや孤路もそれに対して特に訂正をしていないのだが、本編中で述べている通り鶴は父への反発から出雲姓を名乗っている設定となっており、本格的に登場した時は特に説明もなく「出雲鶴」となっていた。
キャラ解説によると父との離別時からそう名乗ったらしいので、弾正の反乱が失敗に終わって父・佐郷文庫が家族を捨てて米連に渡った辺り、およそ10年以上前から出雲姓を名乗っていると推測できる。
となると、この辺りの設定がどう考えても辻褄が合わなくなってしまう。おそらく後付けで変わったという説が濃厚だろう。まあ対魔忍RPGではよくあることなので、深く考えないほうがいいのかもしれない。


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Act64 まさしく鶴の一声!

「久しぶりね、タバサちゃん。ケートス狩りを始めるまでまだ少し時間があるから、ゆっくりしてて。……といっても、来て早々あれじゃゆっくりも何もあったものじゃないかもしれないけど」

 

 無事番犬()を倒してふうまの屋敷の入口へとたどり着いたタバサを待っていたのは、執事の時子だった。庭先で鶴と戦ったというのもあるのだろうが、一応気を使ってくれているようである。

 

「見てたなら止めに入ってよ」

「中途半端に止めようとすると鶴さんには逆効果じゃないかと思って……。彼女の父親もそう判断したみたいだから」

 

 時子の視線の先、背後を振り返るとライブラリーが腕組みをしたまま小さく頷いている。

 

「勝つにしろ負けるにしろ命までは取らないだろうし、当人の気が済むようにするのが一番じゃないかという判断だったんだけれど、間違ってたかしら」

「確かに合ってると思うけどさ……。まあいいや。私が勝ったから現状維持だし」

 

 時子は困った顔を浮かべつつも、今回の一件に協力するメンバーが集まる居間へと案内してくれた。

 そこにはタバサも見知った顔が多くあった。先程まで一緒だったミニナーサラを連れた亜希とナーサラ、当然であるがふうま家頭領の小太郎、独立遊撃隊の鹿之助と蛇子、それからゆきかぜの姿もある。

 

 そして、初めて見る顔もあった。おそらく、亜希が言っていた「異世界から迷い込んだ」という者たちであろう。

 1人は見るからに対魔忍だとわかった。他の対魔忍同様、特徴的なスーツに身を包んでいる。年はタバサと同じぐらい、淡いピンクのまとめた髪が特に目を引く。

 

 問題はもう1人の方だった。いや、1「人」と呼んでいいかも怪しい。

 姿は明らかに人間からはかけ離れている。肌の色は人間とは思えない、文字通りの白。さらに頭からは髪の代わりに太い触手のような物が伸びている。

 異質すぎる姿に、思わずタバサはじっとその相手を見つめていた。

 

「あ、タバサじゃない。夏にここを出て行って以来だっけ。ヨミハラでうまくやってる?」

 

 と、そこでゆきかぜが声をかけてきた。よく考えてみれば独立遊撃隊とはフュルストとの一件で顔を合わせたが、ゆきかぜとは模擬戦で戦って以来だ。

 

「まあね。そういえばゆきかぜとは結構久しぶりか」

「そうよ。時々帰ってくるって話ではあったけど、いつの間にか出て行っちゃったし……。最後に1度うちに顔出してくれればよかったのに」

「今生の別れじゃないんだし。それにあの模擬戦の後、凜子がしばらくうるさかったから基本的にここで過ごしたかったってのもある」

「ああ……。それはしょうがないと言えばしょうがないかもね……。凜子先輩は強い相手と戦いたい病みたいなもんだから」

 

 ゆきかぜが苦笑を浮かべる。

 

 そこに便乗するように、ヨミハラで死線をくぐり抜けた鹿之助と蛇子も軽く挨拶を交わしてきた。

 が、肝心要、隊長の小太郎だけはどこかバツが悪そうだった。

 

「ほら、ふうまちゃんもタバサちゃんと話さないと」

 

 蛇子に促され、やはり気まずそうに小太郎が口を開く。

 

「あー……えっと、久しぶりだな」

「そうだね。あの件があってから……2ヶ月ぐらい? 元気してた?」

 

 一方のタバサは何も気にしていない様子だ。普段と変わらない声色で挨拶を返した。

 

「ああ、まあ、な。……例の件だが、俺がなんとかしないといけないとか言っておきながら進展は全くない。あの時もそうだったが、タバサに失望されるんじゃないかとか、怒らせたりしてるんじゃないかって心配だったりもした」

「別にそんなことはないよ。ふうまが解決しなくちゃいけない問題だってことがよくわかったから。……ただ、その件に関してはもう私は自分からは関与しない。悪く言うなら、諦めた。助けが欲しいなら声をかけてくれれば手伝うし、あのクズが私を襲うならその分の報いも受けてもらうけど、あとはもうふうまの方でどうとでもしてねって感じ」

「お、おう……」

 

 良くも悪くも、これがタバサである。さらに、この話は終わりとばかりに「それより……」と別な話題を切り出した。

 

「知らない顔が2つある。亜希から異世界人が3人来てる、って聞いてたからそのうちの2人だと思うけど。特にあの人間じゃない生物、ものすごく気になってるから紹介してほしい」

「あ、ああ……。でもそっちは説明が長くなるから、まず簡単に終わりそうな方からでいいか?」

「ん。えっと、荒廃したこの世界の未来から来た対魔忍、だっけ?」

 

 タバサがもう1人の知らない顔の方へと目を移しながらそう言った。その未来から来た、という対魔忍が答える。

 

「はい。眞田(さなだ)(さき)と言います」

「その未来、私はいないんでしょ?」

「そうですね……。ふうまさんからタバサさんの名前や、イセリアル……でしたっけ、そういった話を聞かせてもらいましたが、私のいた未来では確認されていません」

「そっか……。まあとりあえずよろしく」

 

 割りとあっさりと挨拶を終え、さて本命とばかりにタバサはもう片方の人間とは思えない生物を見つめた。その相手について小太郎が説明をしてくれる。

 

「あの子はラティクール。えっと、ケートスの話は亜希姉から聞いてるか?」

「大雑把には。次元を渡り歩いて破壊を行う巨大な空飛ぶクジラ、だっけ」

「まあ大体はそんな感じだな。そのケートスを狩ることを使命としているブレインフレーヤーの一族らしい」

 

 ふうん、と相槌を打ちつつ、タバサは再びラティクールの方へ視線を移す。なぜか亜希が彼女をじっと見続けていてそっちが気になっていたようだが、別な視線に気づいたようで、タバサと視線が交わった。

 

「なんだ? ずっと私を見つめてるこいつといい、人間共にとって私はそんなに珍しいか?」

 

 口調が若干高圧的だ。ラティクールとは種族が違うために根本的な価値観が異なる。当人としては全く無礼だとは思っていないのだろう。

 が、タバサは攻撃的な相手、さらにはこういった相手を見下すような態度を取ってくる相手を嫌う傾向があったと小太郎は気づいた。もしかしたら余計な揉め事が起こりかねないと心配になる。

 

「それは珍しいに決まってるでしょ。明らかに人間じゃないし。……それはさておき、話によるとケートスってのを追いかけていろんな次元を渡り歩いてるんだって?」

「ああ、そうだが」

「あなたが行った次元の中にケアンっていう世界……あるいは、イセリアルやクトーニアンといった化け物がいる世界はなかった?」

「記憶にない。私の目的はあくまでケートスを狩ること。その次元の情報を得る必要はないし、本来であれば干渉もしない」

 

 小太郎の予感に反し、返ってきた答えにタバサは「ふうん……」と相槌を打っただけだった。

 

「私がいた世界の情報が得られるかと思ったけど……無理か」

「なんだ、お前もこの世界の者ではないのか?」

「おい、ラティクール。助っ人のうちの1人が異世界人だと俺がちゃんと説明したはずなんだが……」

「言っていたかもしれないな。些事だから忘れていた」

 

 さすがにこれはタバサも機嫌を損ねたのじゃないかと小太郎は不安になったのだが。

 

「……ふうま。私別に怒ってないから、そんな無駄に緊張しなくていいよ」

 

 内面を読み解いたらしいタバサにたしなめられていた。

 

「確かに物言いは失礼だけど、これは種族間の違いだってことはわかる。本人から悪意を感じないから、まあ我慢できる」

「ほう。人間は下等生物だと侮っていたが、優れた洞察力だ。少し興味深いな」

「……やっぱちょっとムカつくかも」

「まあまあ、タバサちゃん、落ち着いて。ラティクールちゃんこんなにかわいいんだから」

 

 と、そこで口を挟んできたのはラティクールを見つめ続けていた亜希だ。ミニナーサラを連れている時点で子供好きなのは間違いないのだが、外見が明らかに人間と異なっても対象になるらしい。

 

「……亜希の感性は時々理解できなくなる」

「俺も同感。なあ、亜希姉。タバサも十分守備範囲だと思ったんだが、そうでもないのか?」

 

 さらには小太郎もその話に乗っかってきた。

 

「タバサちゃんも惜しいんだけどね。もうちょっと小さかったらなあって感じ」

「私は身長小さいと思うけど」

「外見は文句なしなんだけど、雰囲気のせいかな。タバサちゃんは大人っぽさというか、達観度合いからちょっと違うなーって感じなの、ごめんね」

 

 それに、と亜希は内心で1人ぼやく。

 

(結構タバサちゃんってヤバいっぽんだよね……。悪い子じゃないのはわかるんだけど、私のかわいい子センサーがイマイチ反応しないし。下手なことしたら手を上げられかねないって直感が訴えかけてる)

 

 実際問題、亜希のナーサラのような小さい子へのスキンシップは過剰気味なところがある。嫌なことははっきり嫌がるタバサに迂闊にそんなことをしようものなら、亜希の予想通り最悪の場合は手が上がるかもしれない。そうでなくても嫌われる可能性は非常に高いだろう。つまり、亜希は本能的にタバサに避けられる事態を回避していた、とも言えた。

 

「……あ、そういえば亜希からも聞いてたはずなのに今さっきふうまが言ってくれて思い出した。この子のことをブレインフレーヤーって言った?」

 

 そこでタバサが思い出したようにそう尋ねてきた。

 

「ああ」

「どこかで聞いたことがあると思ったらさくらをこの世界に引きずり込んだ種族か。そんな連中と一緒に行動してもいいの?」

「確かに私はブレインフレーヤーだが、ケートスを狩ることだけを使命として、そういった俗世とは無縁に生きている」

 

 相変わらずのラティクールの物言いだったが、タバサはもう気にしていないようだった。

 

「なるほど。まあ人間にも色々いるし、そんなものか。……で、そのさくらが見当たらないんだけど、影の中?」

「いや、ケートス狩りの準備って言ったらいいのかな。まだ紹介できてない3人目と一緒にちょっと出てる」

「最後の1人は……文明レベルで違う超未来のお姫様とか言ったっけ。……私からすればこの世界ですらケアンと比べたら文明レベルで違うのに、それ以上となるともう想像つかないな」

 

 文明もそうかもしれないが、ケアンとの一番の違いは食事関連であろう。そしてタバサはこの世界の食生活に慣れてしまっているのもまた事実である。

 実際、現在も何と無しに居間のテーブルに置かれていたお茶請け用の煎餅を手に取り、慣れた手付きで袋を破いてポリポリとかじり始めていた。

 

「……ん? この音……」

 

 と、そこで煎餅を食べ終えたタバサが何かに気づいた。キーン、という甲高い音のような。それがこの屋敷に近づいているように感じる。

 

「お、来たか。皆、外に。姫様が到着したみたいだ」

 

 小太郎のその指示に、部屋の中にいた者たちが外へと出ていく。タバサもそれに続いた。

 

 そうして庭に出たはいいが、思わずタバサは言葉を失っていた。太陽を遮るように跪いていた()()は、彼女の認識では言い表すことができない。

 強いて表現するならば「鋼鉄の巨人」とでも言ったところだろうか。

 

 そこにいたのは、着陸した巨大ロボットであった。

 

 名は“ゼクス”。この世界から見て超未来に存在するコーデリア公国が、後のコーデリア大公のために専用機として作り上げた機体――装甲騎である。

 宇宙に進出した人類の超兵器。全長約18メートルもあるそんな巨大ロボットを目にし、男性陣は一様に興奮を隠しきれていない様子だった。

 

「うおおおおお! マジで巨大ロボだ! すっげー!」

 

 ゼクスの周囲を走り回って写真を取りまくる鹿之助。

 

「ゴテっとした重装備タイプもいいけど、こういうスマートでシャープなタイプもやっぱいいな」

 

 口調こそ冷静ではあるものの、心の中は興奮しまくってるであろう小太郎。

 

「おっしゃる通りですね。特にあの手足。元々格闘戦は想定していないのでしょうが、宇宙での運用を前提としてのあの細さなのかと思いきや……。重力下でも自重を支えられるほどとはなかなか興味深いです」

 

 さらには普段は口数が少ない大人なライブラリーでさえもこの有様である。

 

「男の子ってほんとこういうの好きだよね」

「格好いいのはわかるけど、そこまでかなあ……?」

「でも科学の結晶としてすごいのは事実ですよ。同じく科学技術を応用した装備を使う者としては興味深いです」

 

 蛇子、ゆきかぜ、咲の順に感想を述べ合う。特に最後に述べた咲は、戦闘用装備として背部に昆虫のような曲面を描いたロケットブースターと、両手にもブースター機構を内蔵した炎槍を持っている。どちらも荒廃した未来で科学によって生み出された装備だ。

 

「父上……」

 

 が、鶴だけは父親の威厳が揺らぐような反応に戸惑っているようだった。

 

「いやあ、おっきいねえ。タバサちゃんはこういうロボットとか見たこと無いでしょ?」

「……今理解の範疇を超えて困ってる。ケアンとこの世界を比べても違いすぎて驚いたのに、こういうのまで出てくるともはや比較のしようがない」

 

 亜希に声をかけられても、タバサはただ呆然と見上げることしかできなかった。

 

「おっ待たせー! ほら、姫様も降りてきなよ。折角対魔忍スーツ着たんだからさー」

 

 と、機体の手の部分に乗ってきたさくらが降りてくる。ややあってコックピットが開き、そこから1人の少女が現れた。

 オレンジ色の髪にティアラのような髪留め、ツンとした気品ある顔立ち。同時にボディラインがはっきりと表れる対魔忍スーツのおかげでその抜群のプロポーションも見て取れる。

 

「お、おぉ……」

 

 先程のさくらの話から推測するに対魔忍スーツを着たところを見たのは初めてなのだろう。思わず小太郎が感嘆したような声を上げ、その少女の姿をじっと見つめていた。

 

「ふうま、破廉恥な気分になってるところ悪いんだけど」

 

 と、そこで不意にタバサから声がかかる。

 

「なっ!? べ、別にそんな気分になってないが……。何だ?」

「あの人が異世界の3人目……超未来のお姫様だよね?」

「ああ。マヤ・コーデリア様。未来にあるらしいコーデリア公国の姫様だ」

 

 ふうん、とタバサが相槌を打つ。

 

「……やっぱり偉い人なんだ。その人をそんな目で見ていいの?」

「いや、俺は……」

「何よふうま、あんた姫様をいやらしい目で見てたの!?」

「ふうまちゃんのえっち! スケベ!」

 

 タバサの発言を聞いたゆきかぜと蛇子が詰め寄る。その騒ぎにマヤ本人も気づいたようだ。

 

「ふ、フーマ! あまり見られるとこっちも恥ずかしくて……」

「にゃはは。ふうまくんも本能には逆らえないからねえ」

「……マヤ様、機体にお乗りください。ご主人様、準備が整いましたからそろそろ向かいましょう」

 

 さくらも悪ノリし、場の収集がつかなくなりかけたところで鶴が静かにそう進言した。

 

「お、おう。鶴の言うとおりだな。……まさしく鶴の一声!」

「……恐縮です、ご主人様」

 

 一瞬、間があってから鶴が形式的に小太郎にそう返した。が、他の面々は「ダメだこいつ」と言わんばかりの冷めた様子でゼクスの手の上へと移動している。

 

「ふうまの寒いギャグは置いておくとして……」

「何っ……!? 渾身のネタだったんだが……」

「……俺は時々お前のセンスを疑う時があるよ」

 

 やれやれと鹿之助はため息をこぼしてから、咳払いで仕切り直す。

 

「とにかく、このロボットの手に乗って移動ってのはやっぱロマンだよな!」

「おう、そこは同意だ!」

 

 そして男子2人は相変わらず盛り上がっている。無言だがライブラリーも内心そう思っているのだろう。

 

「私はナーサラちゃんに運んでもらうから」

「こちらも自力で飛べる」

 

 ナーサラに抱き抱えられて謎の原理で空中に浮き出した亜紀と、やはり超科学なのであろう、宙に浮かぶ4つの衛星兵器――バジュラを展開して空を飛び出したラティクールはゼクスを使わないらしい。

それ以外の面々――小太郎、鹿之助、蛇子、ゆきかぜ、咲、ライブラリー、鶴、さくら、そしてタバサは、マヤが操縦するゼクスの手の上へと乗った。

 

「じゃあ行ってくる。時子、後は頼んだ」

「はい。その装甲騎の件や後処理はお任せください。ご武運を」

 

 時子は残るようだ。五車の中とはいえ、巨大ロボットが空を飛んだとなれば話題にもなる。その辺りの情報隠蔽や、ケートス狩りに邪魔が入らないようにバックアップを担当するのだろう。

 

「姫様、お願いします」

『では行きますよ。皆さん、落ちないように』

 

 ゼクスが立ち上がり、背面のスラスターを吹かして宙へと飛び立つ。

 

 タバサにとってはまさに未知との遭遇。空を飛ぶ、それも巨大ロボットの手の上で、という初めての体験である。興奮する男性陣ほどではないにしろ珍しく心が沸き立つと実感しつつ、風を切って空を疾走する心地よさを味わっていた。




異次元漂流した後の亜希はミニナーサラを連れてる設定を完全に忘れてました。
60話辺りから訂正してあります。


ゼクス

監獄戦艦の世界に存在する人型ロボットである装甲騎のマヤ専用最新機。
コーデリアの主力機がヌル(0)、軍司令長官のアリシアの専用機がアインス(1)、それまでのマヤ専用機がツヴァイ(2)だったことを考えると、ゼクス(6)はかなりの段階を踏んで作り出された可能性がある。
……あるいは劇中の設定は全く関係なく、某モビルスーツの6番目(ゼータ)が有名だったのでそこにあやかったとかもあるかもしれない。
従来の通常機とは比べ物にならない出力を持ちつつも、パイロットへの負担は軽減、さらにセンサー類も強化されているため、テストとしてこれに乗り込んだマヤは「今までの装甲騎とは比較にならない」とまで評している。
主武装であるライフルは戦艦の主砲クラスの威力を誇るレベル5フェーザー砲と実弾の機銃とを切り替えることが可能。他に肩にニードルランチャー、脚部にレッグミサイル、近接戦闘用のビームサーベルを装備している。



アリシア

監獄戦艦2のヒロインの1人。フルネームはアリシア・ビューストレーム。
先代大公の弟である伯爵の娘。絵に描いたような女傑の軍司令長官であり、マヤの後見人でもある。マヤからは「姫姉さま」と呼ばれて慕われており、アリシアもマヤを溺愛している。
装甲騎の完成にも携わり、さらには最前線で指揮を執る戦いの天才で、人口わずか353万人たらずで直径56キロの人工天体都市・コーデリアを一躍軍事強国へと導いた。
その他もっと詳しいこと、えっちなことを知りたい見たいという方は原作ゲームをプレイするといいかもしれない。

対魔忍と別ゲームであるが、メーカー内コラボ的な意味合いで対魔忍RPGではメインチャプター27の「コーデリアのふたり姫」でマヤと共に登場。その後、2周年記念の五車祭限定ユニットとして、やはりマヤと共に実装されている。
特筆すべきは奥義。自身が装甲騎に乗り込み、さらに僚機も呼び出して敵を撃ちまくるという、出るゲーム間違えてるんじゃないかと思うようなアニメーションとなっている。
また、奥義効果はランダム6回攻撃+味方ATKアップ大+会心ダメージアップ大となっているが、実装された2020年9月当時において会心ダメアップを持つのは本キャラが初だった。クリティカルが出るとアホみたいなダメージが飛び出たために、「ダメージの暴力で全てを解決する」として当時の環境を一変させた。軽減属性がない科学なのも追い風だったと思われる。
そのヤバすぎる奥義と高ATK低DEFというステータスからゴリラ呼ばわりされ、舞台が宇宙の物語のためにスペースゴリラ、略してスペゴリという愛称で呼ばれたこともある。

2023年6月現在、会心ダメアップ持ちのキャラも、攻撃+複合バフ持ちのキャラも増えたために当時ほど猛威を振るうことは無くなったと思われる。
さらにはマヤが2キャラ実装(とはいえ、このアリシアと一緒に実装されたマヤは五車祭キャラとは思えないほど微妙と言わざるを得ない性能だった)されている一方でこちらは1キャラのみとなっており、今後の追加を楽しみにしているプレイヤーも多いかもしれない。

ちなみにCVはももぞの薫さん。対魔忍シリーズにおいては水城不知火の声を担当している。
一方マヤのCVはひむろゆりさん(「氷室百合」と当時の漢字名義の場合が多い)。対魔忍シリーズにおいては水城ゆきかぜの声を担当しており、ストーリー中では「ゆきかぜとマヤの声が似ている」という、いわゆる中の人ネタの会話もあったりもした。
監獄戦艦2では姉と妹のような関係のメインヒロイン同士、対魔忍ユキカゼシリーズでは親子と、なかなか面白い組み合わせのキャスティングとなっている。


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Act65 私が路上で偶然出会った者のことを気にかけると思う?

 巨大ロボットの手に乗っての遊覧飛行は、それほど長い時間ではなかった。

 五車の中にある、遮蔽物が無い平原。小太郎はそこをケートスを狩る場としたらしい。

 

 ゼクスが着陸して手の上でワイワイ騒いでいた面々が地面に降り立った頃、単独で飛んできたラティクールがケートスを呼び寄せる餌を空へと撒き始めていた。

 宙返りをしたかと思えばジグザグに飛んでみたり、その後今度は唐突に螺旋を描く。

 あの動きに意味があるのかその場のほぼ全員が疑問に思っただろう。代表する形でゆきかぜが小太郎に尋ねると、次元や条件によってケートスを呼び出す条件が異なるために散布の仕方が違う、とのことだった。ただ。一族の秘伝ということで詳しくは教えてもらえなかったそうだ。

 

「餌を仕掛け終えた。あとはケートスが来るのを待つ。ただ、今回は人工餌だからやや不安はあるが」

 

 しばらくするとラティクールが地面へと降り立ってそう言った。

 

 それから小太郎は全員に今回の作戦を改めて確認し始めた。

 まずは空を飛んでいるケートスへと攻撃を仕掛けて、頃合いを見計らってマヤがゼクスでケートスを地面へと押し付ける。次に次元間のワープができないよう、理論は不明だが効果は間違いないナーサラの特殊フィールドによって別次元への逃亡を防ぐ。後は集中攻撃で一気に撃破、という実にシンプルな流れだ。

 

 これから戦闘が始まるとあって、皆緊張感をもったまま待機状態へ移る。が、それに反して小一時間ほど経過しても何も変化は表れなかった。

 

「……何かが来る気配はまったく無いけど」

 

 万全を期し、既にフル装備のタバサが仮面越しにポツリと呟く。その声が聞こえたのだろう、空を見上げているラティクールが答えた。

 

「人工餌とはいえ、大量に撒いたんだ。今日中には現れるだろう」

「……まあ釣りみたいなもんだしな。ずっと気を張っていざという時に疲れてては元も子もない。異変があるまでは皆適当にリラックスして過ごそう」

 

 指揮官である小太郎の提案でフッと弛緩した空気が流れる。タバサも武器をしまい、頭防具は脱ぐことにした。

 

「よろしければお茶などいかがでしょう? 手作りのお菓子もございます」

「本当か? 鶴、いつの間にそんな準備を……」

「メイドの嗜みですので」

 

 鶴はシートを広げ、お茶の準備をし始めた。手作り、といったものであろう。スコーンもそこに並ぶ。

 

「マヤ様もどうですか? ずっとゼクスの中では疲れるでしょうし。お口に合うかはわかりませんがこの世界の紅茶やお菓子がありますよ」

 

 ゼクスとの連絡用の無線に小太郎が声をかけると、明るい返事が返ってきた。

 

『ありがとうございます。ではお言葉に甘えて』

「ラティクール、お前もどうだ?」

「不要だ」

 

 マヤがウキウキした様子でゼクスのコックピットから出てきた一方、ラティクールは変わらず餌を撒いた空を見上げたままである。

 

「もう! これから一緒に戦うんだから親睦を深めるとかあるでしょ!」

 

 この世界の文化的にもっとも近い異世界人の咲がラティクールを無理矢理にでも輪に加えようとした。……のだが。

 

「嫌がってるのを無理にってのはあまり良くないと思う。特にそいつは異種族なんだから、こっちの文化を押し付けるだけになりかねない」

 

 そう言ったのは、これまた異世界人のタバサだった。それから立ったままスコーンをひとつつまむ。

 

「同じ異世界人でもそこの人間は話がわかるな」

「元の世界に似た感じの友達がいたからね。……それに私自身、不必要に群れたくないって思うときもあるし」

 

 言いつつスコーンを食べ終え、タバサはひとつ頷いた。

 

「ん、やっぱりおいしい。……さっきも言ったけど、私は鶴のこと嫌いじゃないよ。こうやっておいしい料理作ってくれるし」

「一応礼は言っておきます。ですが、その程度で私のあなたに対する評価は変わりません」

「そ。まあいいけど」

 

 そう言うとタバサは腰を降ろさずに輪から抜けようとした。

 

「えっと、タバサさん……でしたっけ。まだきちんと話したこともありませんでしたし、よろしければあなたの世界のお話も伺ってみたいと思ったのですが……」

 

 それを止めたのはマヤだった。まっすぐにタバサを見つめ、タバサもその目を見つめる。

 しばらく視線が交錯した後、ため息とともにタバサが先に視線を外していた。

 

「……私の世界のことはふうまからでも聞いて。ろくな世界じゃないから、聞いても面白いことは何もないと思うけど」

 

 結局タバサはその輪の中に入らず、かといってラティクールの側に寄るわけでもなく。輪から離れた草むらに腰掛け、ぼんやりと空を眺めていた。

 

「あの……もしかして私、何か失礼なことを聞いてしまったんでしょうか……?」

「タバサはちょっと気難しいところがある奴ですし、それにあいつの世界はかなり散々なんで言いたくなかったってのはあるかもしれないですね」

「気になるようでしたら、私がフォローしてきましょう」

 

 マヤ、小太郎、ライブラリーのそんな会話がかすかにタバサの耳に入ってくる。別に放っておいてくれてもいいのに、と思ったタバサだったが、やはりさっきの言葉通りライブラリーが近づいてきたようだった。

 

「君にしては珍しい。敵意を放つ相手から距離を取ることはあるが、姫様はそんな気配は微塵も見せてはいない様子だった。なのにどうしたんだい?」

 

 予想通りやはりライブラリーだった。その手にはトレイが乗せられており、2人分の紅茶とスコーン、それからジャムが用意されている。

 

「……別に。ただ、なんか話しにくいな、って思っただけ」

「ふむ……」

 

 ライブラリーも座り込んで地面の上にトレイを置くと、タバサはスコーンにジャムを付けて口の中へ放り込んだ。ライブラリーもそれを口に運ぶ。

 

「鶴のこのスコーンは妻の味を思い出す。一緒に紅茶も飲むといい」

「紅茶もおいしいとは思うけど、炭酸の方が良かった」

「炭酸はもっとジャンクなものを食べる時の方が合うと思うのだが……。ヨミハラでの生活ですっかりこの世界の食べ物の味に馴染んだようだな」

「食べ物がおいしすぎて元の世界に帰ったらどうしようかって思う程度にはね」

 

 タバサジョークが飛んでくる。ということは不機嫌なわけではない。ではなぜマヤを避けたのだろうか。ライブラリーがそんなことを考えていると。

 

「……マヤだっけ。あの人だけは明らかに異質だから、どう話したらいいかわからなくなった」

「異質? ラティクールではなく?」

「あれは人間じゃないから外見こそ違うものの、中身はなんとなく理解できる。でもマヤだけはなんというか……。私が接したことのないタイプの人間だからかな。うまく説明できないけど、話し方がわからない」

「……そうか」

 

 マヤは元の世界では箱入り娘の姫君、ということだった。つまり生まれながらにしての貴族、現代社会ではあまり縁のない身分の話である。

 タバサのいた世界では貴族制度はあったのかもしれないが、人類滅亡の危機に瀕したとあれば身分がどうこういっている場合でもないのだろう。他の者たちとの1番の違いはそこかもしれない。

 

「あ、この話で説明できるかな。ちょっと長くなるけど」

「是非聞かせてほしい」

「……道を歩いていると、跪く女の頭に銃を突きつける男がいた。男はこの女の頭が吹っ飛ぶところを見たくなければ鉄片……お金のほうがわかりやすいか。とにかくそれを出せと言っている。額は大体味龍で5回ほどご飯が食べられるぐらい。どうする?」

 

 味龍の食事代の相場はわからないが、大衆食堂と考えれば要求しているのは大金ではないだろう、とライブラリーは推測した。脅迫に屈する形にはなるものの、支払うにしても懐的にはさほど痛くない。何より、下手に血を流す必要もない。そう考えをまとめ、ライブラリーは口を開く。

 

「その程度の金額なら渡すから女性を解放するように要求する」

「……いい人だね、ライブラリー。まあいいや、続き。男が金を受け取ったのを見た女は感謝の言葉を述べて、()()()()()歩き出した。つまり2人はグルだった。どうする?」

 

 要は狂言だったということか、とライブラリーが小さく唸る。考えている間にタバサが紅茶を口に運び、「やっぱ炭酸には敵わないな」とポツリと呟いてカップを置いたのを見てから答えた。

 

「無理に取り返すほどの金額でもない。が、そんなことをしていればその2人はいずれは破滅を呼び込みかねない。一言忠告ぐらいはしておくかな」

「……なるほど」

「それで、今の質問とタバサがお姫様相手に話しにくかったという件、どう繋がる?」

「今の話において、まず男の方に対して私が考えられる選択肢は2つ。金を渡すか、殺すか」

 

 それ以外にも説得するなり無力化させようとするなりあるだろうとツッコミ入れたかったが、ライブラリーはどうにか我慢した。「それで?」とその先を促す。

 

「次に騙してきた女の方に対しての選択肢も2つ。見逃すか、殺すか」

「……タバサ。君は少し考え方が極端だし、何より物騒過ぎる」

「敵意を持って接してきた見ず知らずの相手を生かしておいても基本的にいいことはない。ケアンじゃこの対応で丁度いいぐらいだよ。それに心が苛立つせいで色々考えることもできないし。……まあいいや、それは置いておいてマヤとの話に繋げる。これは私がマヤを見て想像したことだけど、おそらくあの人はどちらも前者の平和的解決を選択しつつも、さらにそれ以上のことをやるように思えた」

 

 今ひとつ話が見えない。反射的に「それ以上というと?」とライブラリーは口にしていた。

 

「どう言ったらいいのかな……。さっきライブラリーは忠告するって言ったけど、それ以上のこと。具体的なことは私にはわからないというか、思いつかないというか……」

「例えば今後こんなことをしなくていいようにと要求された以上のお金を渡したり、働き口を斡旋したり、そういうことかな?」

「あ、うん、そうそう。そんな感じ。私は見ず知らずの相手にそこまでしようって考えにすら至らない。でもマヤならそういったことをやりかねない。私と根本的に違う人間、そう感じた」

 

 ようやく、ライブラリーはタバサが言った「異質」という意味が少しわかったような気がしていた。

 

 片や化け物の侵略によって人類滅亡の危機に瀕した終末世界で、生きるために敵を殺し続けた少女。

 片や文明の発展によって人類が宇宙へと進出した超未来世界で、姫君として後に為政者となる少女。

 

 文明レベルも境遇も決定的に異なる2人。おそらくタバサにとっては出会ったことがない人物。ケアンではもちろんのこととして、その世界ほどでないほどにせよ歪であることに変わりはないこの世界においても、そこまでの高貴な人物というのは見つけ出すのが難しいともいえる。

 

「……そうか、ノブレス・オブリージュか」

「ノブレ……何それ?」

 

 タバサは言葉の意味はわからないようだった。が、言葉はわからなくても大まかな意味は本能的に理解しているとライブラリーは予想する。そうでなければ「それ以上のこと」という考えに至らなかっただろう。

 

「直接の意味合いとしては『高貴な者の義務』。姫という身分ならば何かと特権も多い。が、その地位には責任が伴う。よって庶民を良き方向へと導かなくてはならない。この世界の中世……それこそ、タバサが来たような世界の文明ぐらいの時に生まれた言葉だ」

「じゃあケアンでもあるにはあったのかな。まあ“私”という存在はグリムドーンの後に生まれてるからわからないけど。……とにかく話をまとめると、マヤからはそのノブレス・オブリージュ……だっけ、それを感じて私と別な人間って思うから話しにくいのかもしれない」

「……要は相手の高貴さに気後れしてしまっている。そういうことかな?」

 

 ぐいっと首を動かしてタバサが真正面からライブラリーを見つめた。無表情に見えるその顔にどこか不快感が浮かんでいるように思える。

 

「気後れ、って表現は聞いててあまり良い気分じゃない」

「図星を刺された、ということだな」

「娘と一緒でそういうところはムカつくな。……まあとにかく、気後れしてるとは思いたくないけど、マヤは私と根本的に別人種だから話しにくいってこと。見ず知らずの人に優しく、なんて到底無理だし」

「だが知っている相手にはそんなことはないのでは? 現に、今話題に上がった私の娘への最後の一撃、あれは私が止めに入らなくても止まっていただろう。鶴との仲が良好とはいい難いが、止めた辺りそこは君の優しさかと思ったが」

 

 はぁ、とタバサがひとつため息をこぼした。

 

「気づかれてたか。確かに私は最後の一撃(エクセキューション)を当てるつもりはなかった。でも、それは優しさなんかじゃない。憐れみからだよ」

「憐れみ……?」

「殺意はともかくとして、鶴の私に対する敵意と戦意は本物だった。最後の一撃を打ち込むチャンスのきっかけになった右脚への攻撃(ベルゴシアンの大ばさみ)を受けてもなお、戦意は衰えなかった。……でもその直後。私が右脚に狙いを定めて振りかぶった瞬間に鶴の戦意は消えて、代わりに怖れが心を占めていたように感じた。あの状態で攻撃を打ち込むのはちょっと弱い者いじめになるというか、相手としては精神的にはもう降参してるな、って。それでやめた」

 

 ああ、そうかとライブラリーはひとり納得していた。

 

 かつて鶴は殺人鬼に囚われて四肢を切り落とされている。

 

 普段は気丈に、そんな過去をまるで感じさせないように振る舞っているが、そのトラウマは容易には消えないだろう。たとえ本物の脚とは違う義足だと頭ではわかっていても、また脚を失うとなればその恐怖が心をよぎってもおかしくはない。

 

「確かに……それは憐れみかもしれないな。しかし、憐れみと優しさは思いやりという点で共通しているとも言える。相手は立派だ、自分はそうじゃない。そんな風に気後れする必要は……」

「だから、気後れって言い方は気に入らないって言ってるんだけど。……まあいいや。要は私がマヤ相手に変に意識し過ぎだって話でしょ? 普通に話すように努力してみる」

「……それがいいかもしれないな。異世界漂流という出来事を経験して、今の彼女は我々庶民と近い目線で物事を見ようとしているようにも思える。元の世界に戻ることができれば、将来的に彼女のためになることだろう」

 

 ひとまず、タバサとマヤの件はこれで大丈夫だろう。そう思ってライブラリーが立ち上がる。

 

「タバサの心の整理がついたようだし、私はそろそろあちらに戻るとしよう」

「ん、わかった。……すぐにマヤと話すのは難しいかもしれないから時間が欲しい。この後のケートス狩りで共闘すれば、相手も同じ人間だって再認識できるってこともありうるし」

「確かに。戦いに身を置き続けた君としては、下手な言葉よりもその方が通じ合える部分があるかもしれないな」

 

 そう言ってその場を去ろうとしたライブラリーだったが、ふと何かに思い当たったように足を止めた。

 

「……そういえばタバサ、ひとつだけ聞きたいことがあった」

「何?」

「さっきの道端の男と女の話。最初は例え話かと思ったが……。あれはもしかしたら、君が元の世界で体験したことだったりするのかな?」

「そうだよ」

「やはり、か。それで、君はどういう選択をしたんだ?」

「決まってるでしょ。私が路上で偶然出会った者のことを気にかけると思う?」

 

 さも当然のようにタバサはそう言った。だからこそ、マヤのことを異質と感じたのだろう。

 

「……君の世界でのことだ。私はとやかくは言わない。とにかく、この後ケートス狩りだ。コンディションは整えておくように」

 

 本当は何か言いたかったであろう言葉を飲み込んでライブラリーが去っていく。内面を読み解き、何が言いたかったかをタバサはうっすらと感じ取っていた。

 

(……まあ今この世界で同じ状況になったら血を流さず、相手の要求を飲むこともない解決ができるかもしれないけどさ。当時の私に、しかもケアンでそれをやれ、って言うのは無理な話だよ)

 

 だからタバサは仕方のないことと割り切っている。悪夢としても見たマルマスでの件は彼女なりの後悔はあるが、この件に関しては一切ない。そういうドライな割り切り方もまた、タバサの特徴と言えた。

 

 とりあえず、今さっきライブラリーに言われたようにコンディションだけは整えておこうとタバサは考えた。空を見上げ、大きくため息をこぼす。

 もう少しスコーンを食べたい衝動にも駆られたが、ライブラリーが持ってきた分はなんだかんだで喋りながら食べてもう無くなった。向こうの輪の中に入るのはまだ抵抗がある。と、いうより、ナーサラがかなりの勢いで食べているので向こうも無くなっている可能性もある。

 

(いいや。もうしばらく待ってみよう)

 

 そんな風にタバサが考えた、その時。

 

 彼女の直感が戦闘の気配を感じ取った。

 立ち上がりつつ一対の愛剣(ネックスとオルタス)を手にし、頭防具(ナマディアズホーン)を身につける。

 

「来るぞ! ケートスだ!」

 

 ラティクールの声が響いたのは、タバサの準備が終わるのとほぼ同時だった。

 

 空が割れて歪む。その隙間から巨大なクジラ――魔獣ケートスが現れた。

 

「え……」

 

 その大きさに思わずタバサは言葉を失う。

 

 ついさっき移動の時に乗せてもらったゼクスは全長約18メートル。それでさえタバサからすれば見たことのない巨大な存在だったと言うのに、目の前のクジラはそれよりも二回りほど巨大なようにさえ見えたからだった。

 

「……でかいだけであることを祈ろう。ケアンの敵にもそんなのはいたし」

 

 自分に言い聞かせるようにそう呟き、戦闘準備に入った小太郎たちの元へとタバサは駆け出していた。




跪く女の頭に銃を突きつける男

Grim Dawnのミニイベント。イーサークリスタルをぶっ刺した狂人のダリウス・クロンリーに対して「そうかもな、死ね!」をした後、彼のアジトの洞窟を抜けてしばらく進んだ道の先で発生する。
強制でもなんでも無く、話しかけなければイベントが起こらず、また話しかけたとしても仕切り直しの選択肢がある上に離れれば会話自体をキャンセルできる。
内容は本編中にある通り、「鉄片(要するに金)をよこさないとこの女の頭を吹っ飛ばす」というもの。
わずかばかりの鉄片を男に渡してから女に話しかけると狂言であることを自白し、「ちょっと申し訳ない気分になっちゃった」みたいなセリフを発する。
それでもなお許す選択肢を選んだ場合、最初にお世話になるコミュニティのデビルズクロッシングへリフトでワープさせて上げることも出来る。
ただし、話を聞くのは乗っ取られなので、男と話した時点で4つある選択肢のうちの2つが(攻撃)である(残りは鉄片を渡す、と仕切り直しの選択肢)。
(攻撃)の2つはそれぞれ「構わんさ!」と「まるで私が路上で偶然会った者のことを、気に掛けるみたいなことを言うじゃないか。死ね!」。本編中のタバサのセリフはこれの2つ目にちなんだ形になっている。
また、女に話しかけた時もご丁寧に騙したことにキレて(攻撃)する選択肢が用意されている。乗っ取られ凶暴過ぎるよ……。
ちなみに、この2人が三文芝居を打っている場所は蜂の巣の近くであり、場合によっては会話中に蜂にターゲッティングされて襲われることもある。
(攻撃)を選択するまではこの2人は戦闘NPC扱いにならないので蜂から攻撃されることはないが、やる場所をもう少し考えたほうがいいのではとツッコミを入れたくなる。


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Act66 そもそもクジラは空を飛ばないっての

「グガアアアアアアアアッ!」

 

 巨大な空飛ぶクジラ・ケートスが吠える。タバサ自身、クジラを見たことは無いが、30メートルもの巨体が空を海のように泳ぐ姿には幾ばくかの畏怖と不気味さを抱かずにはいられなかった。

 

「話には聞いてたけど……思ってたよりでかいね」

 

 これまでの離れてた位置から小太郎たちのところへと合流。空を見上げながらタバサはそう声をかけた。

 

「ああ。頭ではわかってはいても実際に見ると……な」

「で、どうするの?」

「確かにでかいが、元々の作戦に変更はなしだ。……よし、皆始めるぞ! マヤ様、ナーサラ、ラティクール、まずは頼む!」

 

 一気に指揮官モードに切り替わった小太郎は、当初の予定通りに空中戦が可能な3人に指示を飛ばした。

 

 まずはマヤが操縦するゼクスがビームサーベルを構えた。他にも強力な遠距離兵器を多数装備しているために本来ならそちらを使いたいところだが、ケートスには実弾が通用しない。その上、有効なエネルギー弾はこの次元に来る前にもケートスと交戦したせいで撃ち尽くしてしまっている。

 

「行きます!」

 

 よって、ゼクスは白兵戦をメインとする形をとることとなった。

 マヤの気合の声とともにゼクスがスラスターを吹かせて突撃。巨大ロボよりさらに巨大な相手めがけて斬りかかる。

 

 が、そのビームの刃が命中する瞬間、ケートスの姿が消えていた。

 

「あれ……? あいつ消えたけど」

「ラティクールから聞いたが、次元移動と別にケートスは次元の狭間に潜り込めるそうだ。ただ、息継ぎのために長く潜ってはいられないらしいが。まあクジラも海に潜るしな」

「そもそもクジラは空を飛ばないっての」

 

 タバサの疑問に答えた小太郎だったが、すぐにゆきかぜにツッコミを入れられた。声に苛立ちがある。この時点で攻撃に参加できないから、というのもあるだろうが、今現在の戦況のせいというのもあるかもしれない。

 

 ゼクスのビームサーベルによる斬撃、銃剣よろしく先端が銛状になったラティクールのライフルによる突撃、そして説明不可能な方法で相手を“捕食”するナーサラによる攻撃。今のところはこの3人の攻撃がメインとなっていた。

 元々次元を渡っていた際にゼクスとラティクールには痛手を負わされており、さらにはナーサラからは本能的に恐怖を感じ取ったのだろう。ケートスは頻繁に次元の狭間に潜り込み、攻撃を回避している。

 

「やっぱりかなり警戒してるな。次の段階にいくか。マヤ様、お願いします」

『本当にいいんですね? このような危険なことをやったことはないのですが……』

「ええ。対魔忍……と異世界の英雄様なら可能です」

「その言い方はあまり気に入らない。私はただ敵を殺し続けただけだし」

 

 異世界の英雄様――タバサが小太郎と通信してるマヤの会話に割り込んだ。そうしつつも準備万端、小太郎が考えた次の作戦に備えている。

 同じく準備しているのはゆきかぜ、さくら、亜希、ライブラリーの4人だ。

 

 と、そこへ鶴が声をかけてきた。

 

「……タバサさん、本当は代わってもらうこと自体癪ではありますが、あなたの実力が本物なのは認めています。それにあなたからもらった一撃のおかげで右脚がやや不調ですので、その責任を取る意味でも、あとはお任せしました」

「ケンカ売ってきたのはそっちなんだけどな……。まあいいや。責任だなんだは知らないけどやるよ」

 

 相変わらずのタバサの物言いに鶴はムッとしたようだった。

 

「ま、まあまあ鶴先輩。ふうまちゃんの作戦がうまくいったら、その後は遠距離攻撃担当の私たちの出番ですから」

「……そうですね。私は私に出来ることの準備をするとしましょう」

 

 蛇子が間に入って一応場は収まったらしい。それを確認してから小太郎はゼクスへと通信を入れた。

 

「じゃあ皆、準備はいいな? ……マヤ様!」

『レッグミサイル、発射!』

 

 ゼクスの大腿部にあるランチャーからミサイルが5発、発射された。だが狙いはケートスではない。地上の、先程から準備している5人めがけてだ。

 

 常識では考えられないアクロバット攻撃。5人全員が見事ミサイルに飛び乗り、今度はマヤがそのミサイルをケートスの方へと誘導していく。

 

(めちゃくちゃな戦法だな……。ふうまはなんでこういう戦い方を思いつけるのか不思議だ。……いや、それより気になるのは)

 

 チラリ、とタバサは前を翔ぶライブラリーへと視線を向けた。

 彼の内面は読み解けない、というほどではないが読み解きにくい。しかし今この瞬間、それから少し前にゼクスを目にした時。その時だけははっきりとその心の内がわかった。

 

(さっきもだったけど、何でライブラリーあんなに嬉しそうなんだろう……。ふうまの家に居候してた時にああいうライブラリーはは全く見たことがなかったし。……まあいいか、自分のやるべきことに集中しよう)

 

 ミサイルはケートスめがけて迫っていた。にも関わらず、ここまで慎重すぎるほど回避に徹していた相手にそうする気配がない。実弾は効かないとわかっているために、無駄な攻撃と割り切っているのかもしれない。

 当然、その上に人間が乗っているなどとは夢にも思っていないだろう。仮に気づけたとして、ラティクールやナーサラとは違って脅威とすら見ていない可能性もある。

 

「一番槍、いくわよ! 飛べよ雷撃!」

 

 仮にそんな考えを抱いていたのだとしたら、まず最初のゆきかぜの攻撃であっさり消し飛んだに違いない。学生対魔忍であるにも関わらず、破壊力だけなら対魔忍でも指折りとまで言われるほどの強烈な雷撃弾を受け、その巨体がうめき声を上げた。

 外しようがないほどのドでかい的だ。全弾が吸い込まれるように体に命中していく。

 

 続けてさくらが影を無数の鮫の姿にして召喚。ケートスへと食らいつかせた。

 そこからは接近戦の2人。原理不明だがミニナーサラを融合させたことによって刀を強化した亜希と、テンションが高めのライブラリーがミサイルの速度を利用してすれ違いながら斬り込んでいく。

 

 最後はタバサだ。二刀流だったのを見て、マヤは接近戦担当と予想したのだろう。タバサが突き放すような態度を取ってしまったためにあまり話せなかったが、前の2人と似たようにケートスに刃が届く位置を誘導してくれている。

 

(じゃあその心遣いに甘えるか)

 

 まずは左手で軽く一撃(アマラスタのブレイドバースト)。続けて亜紀とライブラリー同様に刃を突き刺し、ミサイルの勢いでぶった斬っていく。

 

「ついでだ、くらえ」

 

 さらに通り過ぎた直後、ケートスの頭上から無数の炎の塊(メテオシャワー)氷の槍(ブリザード)が降り注いだ。本来なら範囲攻撃用として使われる天界の力だが、その巨体故に全てを浴びることとなった。

 

「グギャアアアアアアアッ!」

 

 巨体が空中でのたうち回る。明らかに効果ありだ。

 

「今だ! マヤ様!」

 

 それを見て、地上の小太郎はマヤに指示を出した。

 

『はい! ブースト全開!』

 

 ミサイル誘導を終えたマヤが最大出力でゼクスのスラスターを吹かせ、地上へ向けてケートスへと体当たりを仕掛けた。サイズでは負けているものの、超科学の結晶がその差をひっくり返す。みるみるうちにケートスは地上へと近づいていき、轟音とともに地面に叩きつけられていた。

 

「よし、ナーサラ! 頼んだ!」

「ナーサラ、大分裂。フィールド展開」

 

 ここで何でもありのナーサラの出番だ。突如ミニナーサラのサイズ数体に分裂して浮遊し始めたかと思うと、ケートスを中心に取り囲むように位置取ってフィールドを形成した。これが次元移動を防止するフィールドなのだろう。

 

「グギャッ!? グアアアアアアアッ!」

 

 実際、ケートスは次元移動が出来ずに混乱しているようだ。さらには、そのフィールドのせいで先程までのように空中に逃げることも出来ないでいる。

 

「これで陸に上がったクジラ、ってわけだ。畳み掛けるぞ!」

「承知いたしました、ご主人様。足の不調で先程の見せ場はタバサさんに譲りましたが、ここでなら……! 機遁の術・最期巖(さいごがん)!」

 

 汚名返上のチャンスとばかりに、鶴は機遁の術で右腕をライフルへと変化させた。ケートスに弾丸の嵐を放つ。

 

「ウォータージェットタコ墨ッ! プシューーーーーッ!」

 

 蛇子も最近開発した、高水圧でタコ墨を発射することで相手を切断するという新技で攻撃。さらに鹿之助の電遁の術や、科学の装備に身を包んだ咲の火遁の術なども襲いかかる。

 

「グガアアアアアッ!」

「何っ!?」

 

 しかし、ここで予想外のことが起きた。ケートスがその場から姿を消したのである。

 

「次元移動は封じたはずだ……。と、なると……」

「この状態でもケートスは次元の狭間に潜れる。だがそれも限界はあるから、いずれは出てくる」

 

 空中から降りてきたラティクールが小太郎の言葉の先を続けながら、身につけている機械のようなものを見つめている。それがケートスが出てくるタイミングが分かるレーダーか何かなのだろう。

 マヤのゼクスだけ空中に待機したまま、ミサイルに乗っていた他の面々も地上に降りてきて最後の仕上げにかかろうとしていた。

 

「出てくるタイミングは?」

「私のレーダーでわかる。その時を狙えば……む?」

 

 が、不意にラティクールの様子が変わった。

 

「どうした?」

「レーダーの反応がおかしい……。まさか、人工餌を使ったから……!?」

 

 明らかにラティクールが動揺してる。それに反応したかのように。

 

「グオオオオオオッ!」

 

 ケートスが不意に身を現し、辺りにエネルギー弾を放出し始めた。

 

「うわっ!?」

「ちょっと! タイミング教えてくれるんじゃなかったの!?」

 

 完全にイレギュラーな事態に皆浮足立つが、相手の攻撃はどうにか防御か回避に成功している。文句を言いつつゆきかぜは雷撃弾を放ったものの、それより早くケートスは再び潜ってしまっていた。

 

「ど、どうすんだよふうま! これじゃ攻撃できないどころか、あっちから撃たれ放題だぞ!」

 

 鹿之助の泣き言に小太郎は一瞬押し黙ってから、答えを返す。

 

「慌てるな! 向こうもこちらからの反撃を恐れておそらく狙いをつけられていない。さっきの攻撃も手当り次第、って感じだった」

「いやいや、防御はそれでなんとかなるとしてもさ、さっきみたいに潜られたらこっちからの攻撃のしようが……」

「来る」

 

 反論しようとするさくらの声を遮ったのはタバサだった。

 突如、地を蹴って何もない方向へと飛び出していく。それとほぼ同時、ケートスがその先に姿を現した。

 

「グオオオッ!?」

 

 明らかに狼狽したような鳴き声を上げ、エネルギー弾を少し放っただけでまた潜っていく。攻撃を回避しつつ迫ったタバサだったが、その刃はやや遅れて空間をかすめるにとどまった。

 

「ダメか、間に合わない」

「ウソでしょ!? タバっちゃん、あいつが出てくるタイミングがわかるの!?」

「わかるけど結構曖昧でしかない。それに気配を読み取れるのは出てくる瞬間になるから、今みたいにこっちの攻撃の前に潜られる」

「なら方向を言って! 私たちがそこに攻撃を撃ち込む!」

 

 ゆきかぜが二丁拳銃を持つ手に力を込める。右腕をライフルに変化させている鶴も小さく頷いていた。

 

「それでもタイミング的には怪しいな……。向こうは適当に攻撃してすぐ潜ればいいわけだし。こっちの消耗待ちをされるとジリ貧になる」

「だとしても無策よりはマシだと思いますが。ご主人様、どうお考えになりますか?」

 

 鶴に話を振られ、小太郎は少し考えてから口を開いた。

 

「今のところ他に方法がない。消耗の話も出たが、闇雲に攻撃するより抑えられるだろう。タバサ、奴が来る気配を感じたら……」

「来るよ。ラティクールの直ぐ近く」

 

 話しているそばからタバサが相手の気配を読み取った。

 レーダーの不調により未だ動揺が隠せないラティクールの近くに巨体が現れる。それも彼女に背を向けた状態で、であった。

 狩るべき相手が近くに現れたこと、加えて背を見せていることに気づいたラティクールは、怒りの表情とともにケートスへと突撃を仕掛けていた。

 

「ケートス!」

「待てラティクール! 無茶は……」

 

 小太郎が静止の声を投げかけるよりも早く。

 

「グガアアアアッ!」

「うっ……ぐっ……!」

 

 最初から罠だったと言わんばかりに、ケートスは尻尾で背後から突撃してきたラティクールを上空へと打ち上げていた。小柄なラティクールの体が強烈な打撃であっさり宙に舞う。

 それからケートスはエネルギー弾を周囲にばら撒いて牽制しつつ、落ちてくるラティクール目掛けて大きく口を開けた。丸のみにするつもりだ。

 

「クソッ……! あのままだとラティクールがヤバいぞ!」

 

 重力で落下してくるラティクールと、その下で大口を開けて待ち構えるケートス。絶体絶命の危機に、小太郎が悲鳴のような声を上げていた。



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Act67 握手、だったか。人間が行う、手を繋ごうという親愛の行為

 ラティクールを助けようと、ゆきかぜと鶴がケートスの攻撃を回避しつつ遠距離攻撃を仕掛ける。だが、ケートスに怯む様子も、潜って回避しようとする気配もない。多少ダメージを受けようと、ここでラティクールを確実に始末しようという魂胆なのだろう。

 

「ダメ! あいつ、逃げる気もなさそう!」

 

 ゆきかぜの悲観的な叫びが響く。

 一方、タバサも驚異的速度で間合いを詰めにかかっていた。が、それでも間に合わない。それより早くケートスの口内にラティクールが収まるのが先だと予想するのは容易だった。

 

「間に合えええええええ!!」

 

 そんな中、咲だけは諦めていなかった。火遁の術を利用して両手の武器と背部のロケットを噴射して急加速で空を飛んでいる。

 間一髪。ラティクールが口の中に消える前に咲は拾い上げることに成功していた。

 

「対魔忍……? なぜ……私を助けた……。お前は……ブレインフレーヤーが憎いんじゃなかったのか……?」

「そりゃ憎いわよ! でも、あなたは私のいた世界を破壊した連中とは違う……。そのことははっきりわかった。それに、私がこの世界に飛ばされて大怪我を負った時も私を治してくれた。だから、今のあなたは仲間よ!」

「仲間……」

 

 ラティクールを抱えたまま咲が着地する。振り返ると、ゆきかぜと鶴の射撃とタバサの斬撃を受けたケートスがまた潜ろうとしているところだった。ラティクールを始末しようと思ったために現れていた時間が長かったためだろう。

 

「ラティクール、大丈夫か!?」

「この程度……ぐっ……!」

「重傷ですが大丈夫だと思います! でも戦線に復帰するのは……」

 

 小太郎の問いかけに答えようとして答えられず、代わりにラティクールを抱きかかえたままの咲が状況を報告した。苦い表情が浮かんだ小太郎の方へ顔を向け、タバサが声をかける。

 

「……ねえふうま。怪我を負ったラティクールには悪いけど、今のは使えるかもしれない。私が囮にでもなれば、あいつが現れている時間が長くなって攻撃できる時間が増える可能性がある」

「却下だ。危険過ぎる。それにあいつは意外に知能があると見た。おそらく、ここから先はタバサを警戒してくるだろう。仮にタバサが狙われるように動いたとしても、ケートスはそれにはつられないと思う」

 

 即座に否定され、タバサはため息をこぼしていた。

 

「うーん……。後手後手だな。ラティクールも今のダメージは大きいみたいだし」

 

 タバサの言うことはもっともである。完全に予定が狂ってしまい、ケートス狩りの専門家も戦えるか怪しい状況。

 向こうが逃してくれるかはわからないが、ここは一旦撤退も視野に入れたほうがいいかもしれない。小太郎がそんな風に考えた、その時。

 

「……なんとなくわかった。多分そこ! とりゃあ!」

 

 ここまで遠距離攻撃に参加していなかった蛇子が、突如タコ足で地面を蹴って飛び上がったのだ。そして、何もない空間目掛けて両手とタコ足に握った小太刀を振り下ろす。

 

「小太刀四刀流!」

 

 傍から見れば自棄を起こしたか、ひどい場合は錯乱まで心配されるような行動だったかもしれない。だが直後――。

 

「グオオオオオオオオッ!?」

 

 まさに蛇子が小太刀を振るおうとしているその位置にケートスが現れ、攻撃が見事に命中したのである。

 完全に虚を突かれた様子のケートスは慌てて姿を消す。

 

「ウソ!? 蛇子、どうやったの!?」

「ちょっと前にタコ足センサーも通用しない姿を消す敵と戦った時があったの。その時に悔しい思いをしたから、センサーを鍛える特訓をしたんだけど、あいつが現れる前に匂いと振動でなんとなくわかるって感じ!」

 

 質問したゆきかぜが感心したような表情を浮かべている。が、直後、ようやく反撃ができるとよくない笑みへと変わった。

 

「……でもとにかく、これであいつが出てくる位置はわかる、ってことね」

「そうね。ふうまちゃん、指示は私が出すけど、いい?」

「勿論だ。皆、蛇子が出現位置を知らせてくれるからそれに従ってくれ!」

 

 反撃開始。そこからは一方的な、まさに「狩り」であった。

 

「W140! 近いのは亜希お姉ちゃんとライブラリーさん!」

「これはラティクールちゃんの分! くらえっ! ナーサラちゃんブレードッ!」

「覇王赤熱斬!」

 

 ケートスが姿を現した瞬間、待ってましたとばかりに亜希がミニナーサラによって強化された刀で斬りつけ、ライブラリーは高熱を帯びた腕部のブレードを振るう。

 

「グギャアアアアアアアッ!」

 

 面白いように直撃、耐えかねてケートスは再び潜っていく。

 

「すごいな蛇子。私が気配を読み取れるタイミングよりかなり早い段階で位置を把握してる。タコ足ってそんなすごいのか」

「人のものを羨ましがるのなら、あなたも修行でもされてみては? 事実、居候期間中に鍛錬したことで相手の内面を読み取る能力に磨きがかかったと父上も言っていましたし」

 

 タバサとしては独り言だったつもりだったが、いつの間にか鶴が近くに来ていた。

 

「それは確かにそうだけど……。なんかその言い方、ちょっとひっかかるなあ。私のために、って言ってる感じでもないし」

「当然です。先程は負けを認めましたが、いずれは私が勝たせていただきます。その際、『もっと修行しておけば』なんて言い訳は聞きたくありませんので……」

「鶴先輩、タバサちゃんとケンカしてる場合じゃないです! NE220、タバサちゃんは突撃で鶴先輩は援護!」

 

 蛇子から次のケートスの出現位置と叱責が飛んだ。肩をすくめ、一言言い残してからタバサは指定地点へと駆け出す。

 

「私に当てないでよ」

「努力はします」

 

 出現する一瞬前にタバサが気配を感知。消える突進(シャドウストライク)で一気に間合いを詰め、天界の力を併用しつつ得意の連撃を叩き込む。さすがに鶴もここは空気を読んだようで、タバサを背中から撃つような真似はしなかった。

 

「グギャアオオオオオッ!」

 

 堪らずケートスは潜っていく。もはや討伐は時間の問題のように思えた。

 

 そんな様子をずっと見ていた、咲の腕の中で介抱されていたラティクールが傷ついた体を無理に起こそうとする。

 

「くっ……」

「まだ無茶よ! そんな体で!」

「対魔忍……いや、眞田咲……。頼みがある……。これだけ人間たちの手を借りておいてどの口が、と思うかもしれないが……。ケートス狩りは我が一族の使命……。それを果たすためにも……お前の力を貸してほしい……」

「ラティクール……」

 

 咲は答える代わりに小太郎の方を仰ぎ見た。その様子に小太郎と、それから近くで今は指揮を執る形になっている蛇子も気づいたらしい。

 

「ふうまちゃん、あの2人、というかラティクールちゃん……」

「ああ。何かやる気だな。……まあ頃合いだ。最後はあの2人に任せることにしよう」

 

 そう言うと、小太郎は今度は無線へと呼びかけた。

 

「マヤ様、最終段階へ移行するので降りてきてください。ゆきかぜと鹿之助はゼクスの近くへ行って準備を。その他の皆はゼクスの射線上に入らないように。……咲、ラティクール! 最後の一撃を任せる! 思いっきりぶちこんでやれ!」

 

 視線を交わしただけで考えを汲み取ってくれたと、咲の顔が明るくなった。

 

「了解です! ありがとうございます、ふうまさん! ……ラティクール、やるよ!」

「ああ……! 来い、ケートス! 最後の勝負だ!」

 

 ふらつきながらも自分の足で立ち、ラティクールが吠えた。己の宿敵、狩るべき相手。ケートスも本能的に倒すべき相手とラティクールを見定めたのかもしれない。

 

「N150! 2人の真正面!」

 

 蛇子の声が響く。真っ向勝負だ。

 ラティクールは咲にしがみつき、咲は背部と両手の炎槍のロケットから炎を噴射し、加速の姿勢に入る。

 

「強襲兵装、フルブースト!」

 

 急加速で飛び出した咲とラティクールの前方。

 

「グガアアアアアアアアッ!」

 

 ケートスが姿を表した。同時にエネルギー弾をばら撒いてくる。

 

「防御は任せろ! バジュラ、ディフェンスモード!」

 

 ラティクールが彼女の周囲を浮遊する衛星兵器を2人を包み込むように配置。エネルギーシールドを作り出してケートスの攻撃を防御する。

 見事な2人のコンビネーションだ。結果、咲のブーストは最高速を維持したまま、一気にケートスの懐へと潜り込んだ。

 

「いっけええええええええッ!」

 

 咲が突き出した2本の炎槍と、ラティクールのライフルの先端の銛。それがケートスへと突き刺さり、突進のベクトルを変えて先程ラティクールがされたことのお返しとばかりに、ケートスを宙へと打ち上げた。

 

「グギャオアアアアアアアアッ!」

「今だ! 咲とラティクールは急速離脱! 鹿之助、ゆきかぜ! 頼んだ!」

 

 空中でのたうつケートスを見て小太郎が叫ぶ。

 

「電遁の術! タケミカヅチ!」

「雷遁の術! トールハンマー!」

 

 鹿之助がタケミカヅチで電子の世界を視ることでゼクスのエネルギー機構への給油口を作り出し、そこへゆきかぜの最大出力の雷遁を流し込む。エネルギー切れで使えなくなっていたゼクスの主砲への応急チャージである。

 

「マヤ様!」

「すごい、これが対魔忍の力……! いけます! 照準セット……発射!」

 

 超未来のマヤの世界で戦艦の主砲に匹敵する、とまで言われるレベル5フェーザー砲が銃口から放たれた。煌めいた光の線はケートスへと直撃。土手っ腹に大穴を空ける。

 

「グギャッ……!」

 

 そのまま轟音とともにケートスは地面へと落下。しばらくのたうち回るようにもがいていたものの、やがてその動きは止まった。

 

「やったか!?」

「ふうまくん! それはやってないフラグだから縁起悪すぎ!」

「いや、でもあれだけの大穴をぶち開けたんだぜ? いくら全長30メートルの空飛ぶクジラといえど……」

「鹿之助のそれもアウト! あーもう……。蛇子、生体反応は?」

 

 さくらとゆきかぜがツッコミを入れつつ、今の男子2人の発言が悪い方向にいかないことを祈りつつ蛇子の回答を待った。

 

「……私のタコ足センサーじゃ生体反応無しだよ」

「私も気配を感じない。あれは正真正銘死んでる」

 

 蛇子に加えてタバサからも死亡確認の報告が飛ぶが、男子2人の発言で疑心暗鬼状態のさくらとゆきかぜはまだ不安そうだ。

 

「確認した。ケートスは死んでいる。……どう見ても致命傷の一撃だったじゃないか。あの連中は何をあんなに心配しているんだ……」

 

 咲の肩を借りながらケートスに近づいてラティクールが正式に確認したことで、ようやく全員が安心したようだ。

 

「人間に伝わる不吉な言い伝え……みたいなものかな。あなたももう少し人間について知れば、わかる時が来るかもね」

「これと同じか」

 

 そう言いつつ、ラティクールが右手を差し出した。咲がそれを驚いたように見つめる。

 

「握手、だったか。人間が行う、手を繋ごうという親愛の行為。そうだろう?」

 

 この世界に飛ばされてきた時、まだお互いのことをよく知らずに敵視し合っていたが、非常時ということで協力しようと咲が握手を求めた。その時のラティクールは「無意味な行為」と切り捨てていたが、ちゃんと覚えていてくれたようだった。

 

「ええ。……私は、私がいた世界をめちゃくちゃにしたブレインフレーヤーが憎い。そして、あなたがブレインフレーヤーであることに変わりはない。でも……私はあなたを共に闘った仲間だと思ってる」

「感謝する、眞田咲」

 

 ラティクールと咲、2人は固く握手を交わした。

 

『これで元の世界に帰れますね』

 

 無線からは、嬉しそうであると同時にどこか寂しそうなマヤの声が聞こえてきた。

 

「あ、その前に。マヤ」

 

 そこでタバサが無線に向かって話しかけていた。

 

『その声は……タバサさんですか?』

「ん、そう。さっきは私が悪かった。帰るにしても今すぐにってことじゃないだろうし、もし気が変わってないのであれば少し話したい」

『え、ええ! 勿論です!』

「意外だな。てっきりタバサはマヤ様に苦手意識か何かがあったんだと思ってた」

 

 口を挟んできたのは小太郎だ。

 

「そんな感じだったんだけど、私が一方的に勝手なイメージを抱いてただけだった。……例えば今回のケートスにしたって、『たまたまこの世界に現れただけだから殺すのはかわいそう』とか考えてるんじゃないかと思ったりしてた。全然そんなことなかったね」

 

 無線越しに笑い声が聞こえてきた。

 

『ごめんなさい、笑ってしまって。……でも、私はそこまでお人好しではありませんよ。そもそも、私がこの世界に迷い込んだのはあのクジラのせいですし。……ただ、またフーマと会えたことは嬉しくもありますけどね』

「あ、その辺も気になる。……うん、話題は事欠かなそうだ」

「俺のことを話題にされるのはあんまり穏やかじゃないが……。とりあえずマヤ様はゼクスを隠して、あとラティクールはケートスからエネルギーを回収して、俺はアサギ先生に報告かな。まあ諸々が終わったら俺の家でケートス討伐の打ち上げで飯でも食おうぜ。一応それとなく時子に話は通しておいたからな」

 

 実質指揮官の小太郎からの提案に「おぉー!」と感心と賛同の声が上がった。

 

『いいですね! さっきのスコーン……でしたっけ、あれも美味しかったですし、この世界の食べ物にとても興味があります』

「ふうまさんと一緒にご飯を食べられるなんて……! ラティクール、さっきのお茶会は不参加だったけど、今度はあなたも参加よね?」

「……もう少し人間を知ろうと思っているのは事実だ。参加してやろう」

 

 異世界の3人は乗り気である。タバサも食事会とくれば喜んで参加したいという気持ちはあるが、同時に今日中にヨミハラへと戻ることは不可能になってしまったとも思っていた。

 

(……まあいいか。元々もう1日かかるかもって春桃には言ってあるし。扇舟には悪いけど、今日は1人で過ごしてもらおう)

 

 傾きかけた陽を浴びつつ、タバサはそんなことを考えるのだった。

 



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Act68 私だって全く普通ってものはわかる

 ケートスの討伐に成功し、五車ではふうま邸で打ち上げとして食事会が行われていた頃。

 ヨミハラでは、扇舟が宿泊所の自室で戦闘用義手の感触を改めて確認し、それを終えて日常用義手に付け替えたところだった。立ち上がると上着を羽織り、その懐へ今外した義手を忍ばせる。そのまま部屋を後にした。

 

 行先はこの建物の1階、つまり静流が店長を務めるバーである。

 この時間になってもタバサが帰ってこないということは、用事が長引いて向こうで一泊する形になったのであろう。静流なら五車から連絡を受けている可能性があるためにそのことの確認と、ついでに一杯引っ掛けつつお腹を満たし、そしてアサギへの伝言を頼むためであった。

 

 地下にあるために朝も夜も関係なさそうなヨミハラだが、店の営業時間は地上同様に決められているところが多い。静流の店も夕方からの営業であり、まだ飲むには少し早い時間ということもあってか、店内にはやや空席も目立っていた。

 それでも気の早いヨミハラの住人たちは既にアルコールが入っている者もおり、話し声や笑い声も聞こえてくる。

 

「いらっしゃい。……あら、扇舟さんひとり? 珍しいわね」

 

 と、店長の静流が店内に入ってきた扇舟に気づいたようで声をかけてきた。

 

「ええ。タバサちゃんは亜希さんとナーサラちゃんと一緒にちょっと五車に行ってて。……あなたなら知ってると思ったけど」

 

 静流の顔に困ったような色が浮かぶ。

 

「私だってヨミハラのことをなんでもかんでも周知してるわけじゃないわ。探偵事務所のことはあそこの主に任せてるし、その中でも特に亜希は自由すぎるから、彼女が主導なら私の預かり知らないことのほうが多いわよ」

「なるほど……」

 

 つまり静流はタバサのことについて連絡を受けているどころか、ヨミハラを離れていたことにすら気づかなかったということになる。1つ目の目的はハズレとなったが、まあ仕方ないかと扇舟は考えを切り替えた。

 

「もしかして今日来たのは、タバサちゃんがまだ帰ってきてないからどうなってるかを聞くため?」

「それもある、って感じかな」

「彼女が五車に行ってたこと自体知らなかったわ。それに、向こうから何も連絡も来てない。……まあ逆に言えば、特に急いで連絡してくるようなことがないというわけでもあるけど。心配なら、聞いててみましょうか?」

「いえ、それならその件に関して()大丈夫。元々明日までかかるかもしれないっては聞いてたし、春桃さんにも明日の仕事に出られるかわからないって前もって伝えてたから」

 

 そこまで話すと扇舟は上着を脱ぎ、カウンター席へと腰掛けた。

 

「タバサちゃんの件はついでというか、なんというか。帰ってこないなら久しぶりに1人だから、ちょっとお酒でも飲もうかと思って。夕食もまだだから、何か作ってもらえたりするかしら?」

 

 つまりは普通に客として来た、ということに静流は気づいた。「ええ、わかったわ」と眼鏡の奥から笑顔を覗かせる。

 

「赤ワインをもらえる? ……できるだけ安いので」

「かしこまりました。じゃあ……食べ物はトマトソースベースのパスタでいいかしら?」

「任せるわ」

 

 静流は早速ワイングラスとボトルを持ってきて注ぐ。それを扇舟が一口呷り、やっぱり缶チューハイとは違うなとグラスを置いた。

 

「さて、と……。さっきタバサちゃんの件はついで、と言ったけど。実はお酒と食事もついで。本当のところは……静流さん、あなたにアサギに報告して欲しいことがあって来たの」

 

 扇舟の表情に硬いものが浮かんでいる。雰囲気から察してもこれから話すことが本命だったか、と静流はワインボトルを置いて扇舟と顔の距離を近づけてから尋ねた。

 

「……何か重要な報告があるのね?」

「ええ」

 

 扇舟は脱いでいた上着の懐から、ついさっき受け取った完成したばかりの戦闘用義手を取り出し、机に置いた。それから不思議そうに数度目を瞬かせた静流へと説明を始める。

 

「これは私の新しい義手……戦闘用の義手よ」

「戦闘用……?」

「アサギに伝言をお願いしたいの。……井河扇舟は戦闘用の義手を作った。勿論対魔忍に歯向かうつもりはない。でもその言葉が信じられない、あるいは将来的に害をなす可能性があると考えたのなら……。私はアサギが下す判断に従う。処断されるのも辞さないつもりよ」

 

 

 

---

 

 ケートス狩りの翌日。昼前にタバサは五車学園を訪れ、図書室へと足を運んでいた。

 勿論紫水と会うためである。バニーの日に共闘して以来の再会に、話は盛り上がった。

 

 特にフュルストとの戦い、それから昨日のケートス狩りの話は大いに紫水の興味を引いたらしい。

 

「……そっか。お館くんはフュルストを倒したんだ」

「あいつのこと知ってるの?」

「まあ……一応。あ、でもさっきの話だと倒したのはタバサか」

「表向きには二車骸佐ってことになってる。……別にそれ自体はどうでもいいんだけど、あいつが大手を振って自分の手柄みたいに言い出したら腹立つな、っては思ってる」

 

 相変わらずのタバサの物言いに紫水は小さく笑ったようだった。

 

「それも驚いたけど、もっと驚いたのはケートスの話かな。30メートルの空飛ぶクジラは……ちょっと想像がつかないや。しかもミサイルに乗って攻撃だとか、お館くんの作戦は予想がつかない」

「ふうまの頭の中がどうなってるのか一度見てみたいよ、ほんと」

「えっちなことしか考えてないかもよ。……異世界の姫様の対魔忍スーツを見て喜んでたんでしょ?」

 

 そういえばそうだった、とタバサが相槌を打つ。

 

「ああいうところはふうまだな、って。でもまあ……それも話題にできたおかげか、苦手かなって思ってたマヤとは戦闘後に普通に喋れたから助けられた部分もある」

「そっか、タバサって内面を読める分、そこで判断しちゃうことが多くなっちゃうのか。……でもお館くんはどこでそんなお姫様と会ったんだろう?」

「一応ふうまから話は聞いたんだけど、どうやって知り合ったかが今ひとつわからないんだよね。仮想空間で起きたことが現実で起きてた……みたいなことを言ってた気がするけど、私にはなんのことかさっぱり」

「結局はお館くんだから、って感じか。お館くんの周りには不思議と色んな人が集まってくるし。異世界人が同時に3人とか普通集まらないよ」

「あ、確かに」

「その3人は今後どうするの? 帰れるの?」

「それなんだけどね……」

 

 ケートスを倒せばマヤと咲とラティクール、元の世界の次元座標がわかっているその3人が帰れるだけのエネルギーを得られる。当初はそういう話だった。

 しかし、ラティクールがケートスの攻撃を受けた際、彼女が所持していた次元移動装置もダメージを負ってしまったのだ。結果、3人ともすぐに元の世界に戻るということは出来なくなってしまったのだ。

 

 昨日のうちに小太郎はその事態を把握し、ケートス討伐の報告と同時にアサギに相談したところ、ひとまず3人は五車で預かるという話になった、と打ち上げの食事会のときに報告していた。

 

「そうなんだ。じゃあ私が3人を見る機会が今後あるかもしれないね。異世界のお姫様とブレインフレーヤーは気になるし」

「咲だけ漏れてるけど、まあ仕方ないか。あの3人の中じゃ1番話しやすい普通の人って感じだったし」

「……タバサって普通って感覚知ってたんだ」

 

 冗談っぽく紫水がそう言ってクスッと笑った。

 

「失礼な。私だって全く普通ってものはわかる。それに、その言い方だと普通じゃない人とばっかり知り合ってるってことになる」

「実際今話してる私は普通じゃないからね」

「……言われるまで忘れてた。そういえばそうだった」

 

 また紫水が小さく笑った。

 

 と、そこでタバサが時計を見上げる。

 

「時間?」

「ん。この後アサギに呼び出されてる。昨日のケートス関連で何かだとは思うけど」

「そっか。あの人が指定してきた時間に遅れるのはまずいもんね」

 

 タバサが立ち上がった。どこか名残惜しそうに、紫水は座ったままタバサを見送る。

 

「じゃあ、また五車に来た時は寄るから」

「ありがとう。待ってるね」

 

 手を振る紫水に対し、軽く右手を上げてタバサが答える。そのまま、タバサは図書室を後にした。

 

 

 

---

 

 紫水との話を終え、タバサは図書室から校長室へと移動してきていた。そういえば五車に来るたびにここに足を運ぶことになっているな、と思いつつ、ノックをして返事を聞いてからドアを開ける。

 

 部屋の中にはアサギと教師の方のさくらと紫が待っていた。が、一様に表情が強張っている。てっきり昨日のケートスか異世界人3人の件で何か、かと思ったが、違うかもしれないとタバサは直感していた。

 

「来たよ。ケートスかあの3人絡みで何かかと思ったけど……。その様子、どうも違うっぽいね」

「ええ。昨日の件は既にふうまくんから報告を受けて彼に言ったとおりよ。あの3人は少し強引だけど転入させることにした。現時点でそれ以上打てる手はないわ。……あなたをここに呼んだのはそれとは全く別な話」

「別っていうとヨミハラでの話? 私は特に何も……。あ、襲われたとはいえ裏切り者の二車の連中を殺してるか。その時に扇舟も1人始末しちゃってるんだけど、もしかしてそれがまずかった?」

 

 アサギの眉がわずかに潜められた。

 

「初めて聞いた報告だけど……。それ自体はさほど問題ではないわ。フュルストの件は、災禍が現場の判断であなたに救援を頼み、結果的に奴がイセリアルの力を使ったことで、あなたがいなかったら全滅もありえたという報告を受けている。それに、二車忍軍に関しては既に五車を離反した身。そのことで責める道理はない。たとえ、扇舟が手を下したとしても、ね」

「じゃあ……」

「でも、その扇舟に関わる話でもある。……昨日、静流から連絡が入ったわ。彼女が戦闘用の義手を作ったそうよ」

「あ、やっと完成したんだ」

 

 軽くそう言ったタバサの言葉に思わず3人が顔を見合わせた。

 

「ちょい待ち! じゃあ何、戦闘用の義手の件は知ってたってこと!?」

 

 教師のさくらの質問に対し、タバサが首を縦に振って肯定する。

 

「ん。扇舟自身、特に隠しておくことじゃないからって味龍の皆には言ってた。その調整があるから、休日の鍛錬に出られなくなることも多くなる、って」

「井河扇舟はアサギ様の温情で五車追放のみで済んだとはいえ、かつては五車に攻め込んだこともある身だ。そんな人間が戦闘用に義手を新調した。その意味がわかっているのか?」

 

 紫が強い口調で問い詰めてくるが、タバサは知らん顔だった。

 

「私から言わせてもらえば、それは扇舟の問題だから私の知ったことじゃない、って感じ。でも扇舟もそんなことをしたら五車からあまり良くない目で見られるってことはわかってたんじゃないの? だから事前に……って言っても完成してからではあるけど、静流を通して、やましい気持ちはないってアピールも込めてわざわざ連絡してきた。違う?」

 

 アサギは小さく唸っていた。

 タバサの言わんとしていることはわからなくもない。アサギ自身はもう扇舟はかつての彼女と違うと思っている。が、五車に再び牙を剥く可能性のある行動は事情を知る者の不信感を生む危険性も孕んでいる。だからタバサが言った通り、そんな意志は無いという意味でも連絡をしてきた、とも取れた。

 連絡を受けた際、アサギは静流から扇舟が言ったとされる言葉を一言一句はっきりと聞き取っている。「処断されるのも辞さない」。つまり、それ相応の覚悟を持っているということでもある。

 

「……タバサ。ひとつだけ教えてほしい。あなたを呼んだのは、主にそれを聞くため」

 

 あの伯母をそこまで突き動かしたものは何か。アサギはそれを知りたかった。

 

「私は、あの人はもう自ら戦うようなことはしないんじゃないか。そう思ってた。母に捨てられたとわかった時、それだけ大きなショックを受けていたから。でも、それは違った。……あの人を再び戦闘へと駆り立てたもの、それは何かわかる?」

「私と一緒に肩を並べて戦いたい。私だけが戦ってて、自分は待っているだけというのはもう嫌だ。そう言ってた。正直私にはあまり良くわからない感覚だけど」

 

 ああ、そうかとアサギは1人納得していた。

 

(命の恩人であると同時に友人でもある。そんなタバサのために戦うことを願った、というわけか……。母の言いなりになるしかなかったあの人が、自ら見つけたやりたいこと……)

 

 ふう、とひとつ息を吐くとアサギはまっすぐにタバサを見つめた。戦闘時は頭防具の中に隠れる、くりっとした大きめの特徴的な目と視線が交わる。

 

「……いいわ。扇舟の義手の件については容認する。手に入れたその力の使い方は扇舟に任せる。私からは特に口は出さない」

「アサギ様!? しかし、それでは……」

 

 反論しようとした紫をアサギが手で制する。

 

「ただし、手に入れた力をまた五車に向けて使うというのならその限りではない。そう扇舟に伝えてほしい。……同時に、勝手なお願いかも知れないけれど、あなたも扇舟がそんな凶行に走らないよう、友人として見守ってあげてほしいの。勿論、タバサ自身も私たちに刃を向けるようなことは無いように願いたいわね」

「私はこの世界に来たときに対魔忍……特にふうまに助けてもらった恩がある。それを仇で返すつもりはないよ。だから私からここと対立するつもりは全くないし、扇舟にもそうさせない。……ただ、今さっきの言葉を返すようだけど、そっちからこっちに敵対してこない限り、あるいは私に不信感を抱かせるようなことをしてこなければ、だけど」

「そう。少なくとも五車としてはあなたと敵対するつもりはないわ。デメリットがあまりにも大きすぎるもの。……まあ個人単位での細かいいざこざまではこちらとしては対処しきれないかもしれないけど」

 

 おそらく昨日の鶴のことを言っているのであろう。一晩経っても関係は相変わらずだったが、ヨミハラまで追いかけてきて命を付け狙うとかでなければまあいいか、とタバサは思うことにした。

 

「とにかく、後のことは、あなたと扇舟に任せるから。……改めて、だけど。伯母のこと、よろしく頼むわね」

「ん、わかった。……話はそれだけ?」

「ええ。……五車に来るたびにここに呼び出すような形になって悪いわね」

「あ、気づいてたんだ。まあ別にいい。怒られてるわけじゃないし。じゃあ私はもう行くよ」

「さっき言ったこと、くれぐれもお願いね」

 

 「ん」と了承の言葉を残し、タバサはさっさと部屋を後にする。その背中を見送りつつ、アサギは心の中でひとり呟いていた。

 

(タバサ、間接的にではあるけれど、近いうちにまたあなたの力を借りることになるという予感があるわ。……今度はあなたと肩を並べて戦いたいと言った伯母も一緒に。もしそうなれば、あの人にとっては皮肉なめぐり合わせが起きる……。同時に、さっきあなたが口にした不信感……。私に対してそれが生まれるかもしれない。その時は甘んじて受け入れる。だからどうか、あの人の支えになってあげて……)

 




全く普通の○○

Grim DawnのDLCであるFG(Forgotten Gods)を導入すると特定の場所で入手できる武器のシリーズ。原語だと「Totally Normal ○○」。
カテゴリは片手メイスで6種類存在する。
入手場所が被っている物があるので1キャラでコンプリートは不可能なものの、確定入手出来る割に性能は良好で、各装備ごとに2つのマスタリーの全スキルレベル+1というなかなか優秀な効果がついている。
しかし特筆すべきはその見た目。
武器カテゴリは確かに片手メイスではあるのだが、なんと盾なのである。盾でぶん殴れということである。
ちなみに名称は「全く普通の盾」「全く普通のバックラー」といった具合。
ぶっちゃけ性能といい見た目といい全く普通ではない。
本編中でタバサは「私だって全く普通ってものはわかる」と言っているが、これ基準の話であるので実のところはわかっておらず、冗談っぽく言っている紫水の指摘は的確ということになる。


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Act69 私は信じないけど、これが運命ってやつなのかな

 タバサがケートス狩りを終えてヨミハラに帰ってきてから、およそ半月程が経過していた。

 11月最後の週。そろそろ12月という、1年の最後の月を間近に控えた時期である。

 

 戻ってきた後、タバサは扇舟の新しい義手を見せてもらっていた。展開する爪と、そこに毒を塗布する機械仕掛けのギミック。マヤが操縦したゼクスという超科学の代物を見てしまった後では衝撃が薄れるというものでもあるが、「やっと戦う準備が整った」という扇舟は、どこか頼もしくタバサの目に映った。

 

 そこまではいいのだが、まだ共に戦う機会は訪れてはいない。相変わらず時折店内でのケンカや、ドロレスが持ち込んだおかしな事件などあったりもしたものの、前者は店員の相手ではないためにあっさりと鎮圧、後者はタバサが出前に出ていたタイミングだったために、タバサ当人からしたら「よくわからないことがよくわからないうちに終わっていた」という程度でしか無く、相変わらずの平穏な日々であった。

 

(まあ……。扇舟にはちょっと悪いかもしれないけど、あの義手を使わなくていいならそれに越したことはないのかも。危険なことに出会わないってことに他ならないだろうし)

 

 時折そんな風にも考えるようにもなりつつ、バイトをしていたある日の昼過ぎのことだった。

 

「……ん?」

 

 不意に、タバサが常に身につけているスマホが震えた。

 タバサが連絡先を交換している相手は少ない。どうでもいいような案件で電話をかけてきたりメッセージを送ってくる可能性は低いと言える。

 今回はメッセージだったが、もしかしたら緊急性が高いかもしれないと、タバサはこっそりとスマホを覗き見た。

 

 そこには、少し前にフュルストの一件でタバサに協力を依頼し、その後は顔を合わせる機会がなかった災禍からのメッセージが表示されていた。

 

『お仕事中ごめんなさい。でももしこのメッセージに気づいていて、可能であるなら、出前注文を私が取るから持ってきてほしいの。また面倒なことに巻き込むことになりかねないけど、お願いしたいことがあって……』

 

 文面から察するに、この間のようにまた力が必要になったのだろう。

 

 一応小太郎とはちゃんと話せたが、災禍とはまだだった。機会がないといえばそれまでだが、もしかしたら当人にもその辺の後ろめたさがあるかもしれないし、タバサ本人としても一度ちゃんと話したほうがいいことはわかっていた。

 無論、面倒事云々に関しては、荒事ならばタバサの得意分野である。そういう意味でも、顔を出すことで腹は決まった。

 

(でも予想するような展開になったら……。扇舟が一緒に戦うことは無理かな)

 

 扇舟はかつてのふうまの頭領、ふうま弾正を実質的に死に追いやったという過去がある。弾正の秘書といて仕えていた災禍とは拭い切れない確執が存在するだろう。

 災禍に協力するにしても、扇舟には話を伏せたままか、あるいは災禍の名前を出して諦めてもらうことになりかねない。一緒に戦う機会はまたさらに先になってしまいそうだ。

 

 ともあれ、幸いと言っていいものか、今トラジローは既に出前に出ていていない。出前の担当が回ってくるなら自分で都合がいい、とタバサは予想を立てる。

 

「おーい、タバサ。手が空いてるなら出前いいか?」

 

 果たして、その予想通りに春桃から出前の要求が入ったのだった。

 

 

 

---

 

 災禍の泊まっている宿へと入るのは2度目だった。

 タバサが特徴的だったからか、受付の男は覚えていたらしい。

 

「味龍の出前だったか?」

「ん。201から頼まれた」

「今度来る時は俺の分も何か持ってきてくれ。ツケでそのうち払うからよ」

「お店でならツケができるかもしれないけど、出前ではやってない。直接店に行くかお金を払うといい」

「そうかい。……あーあ、味龍か。食いてえなあ」

 

 名残惜しそうにブツブツと文句を言う男を尻目に、タバサは災禍が寝床としている201号室へと足を運んだ。

 

「味龍の出前を持ってきた」

 

 前回出前を持ってきた時、災禍は「表立って動けない」と言っていた。ならば今もそうだろうと、タバサはあくまで出前ということを主張して部屋をノックする。

 ドアが開き、しかしどこか気まずそうな災禍の顔が現れた。それからやはり無言で部屋へと手招きをする。

 

「今回もお腹は減ってる?」

 

 自分を呼び出す口実に出前を取った可能性も考慮に入れ、タバサはそう尋ねた。元々気まずそうだった災禍の顔にさらに苦いものが浮かぶ。

 

「ええ、減ってるわ。ご飯とタバサちゃんへの話と、両方が目的」

「わかった。じゃあはい、注文の魔草あんかけチャーハン」

 

 タバサがおかもちから料理を取り出した。

 

 黄金の卵の衣をまとった、しかしネギ以外余計な具は一切入っていないシンプルチャーハン。そしてそれと別な注ぎ口付きの器に、熱気が逃げないようにラップがかけられたあんが入っていた。

 

「なるほど……。分けて提供してるのか」

「お店だとかかった状態で出すけど、出前だと時間が掛かる分、あんが染み込みすぎるのを避けたいって春桃が言ってた。時間とともにあんが染み込んでチャーハンが変わっていくのも楽しんでほしいとかって」

「考えられてるのね……。とりあえず、いただくわ」

「ん。私への話は食べながらとか、なんなら食べ終わってからでもいいから」

 

 タバサに余計な気を使われたかもしれないと、やはり災禍の表情は晴れない。それでも、あんをかけてから「いただきます」と一口料理を頬張ると――。

 

「ああ……。やっぱりおいしいわ」

 

 その表情が少し和らいだように見えた。

 

「ありがとう。多分春桃も喜んでると思う」

 

 普段どおり無表情ではあったが、タバサが代わりに礼を言った。

 

 それからしばらく食べたところで、災禍がチャーハンを食べるために使っていたレンゲを一旦置く。

 

「……いつまでも食べていちゃ話が進まないわよね」

「いいよ、食べ終わってからでも」

「そうはいかないわ。……この間の件でタバサちゃんに謝らないと」

「謝る? それは私の方だと思うけど。勝手に二車骸佐を殺そうとしてたわけだし、ノマドと問題を起こしかねなかったんだろうし、何よりふうまに対してかなりきついこと言っちゃったし」

「でも若様はそのことに対して問い詰めたりとかは何もしなかったんでしょ?」

 

 タバサが無言で頷く。が、そうしてから「あ」と何かを思い出したようにこぼした。

 

「もしかして何か言われた?」

「ふうまには言われてない。……でも話を聞いたらしい鶴は不満だったみたいで、この間五車に戻った時に家の前でケンカを売られて戦うことになった」

「えぇ……。あの子、ほんと見境ないのね……」

「まあ私が勝ったから問題ないんだけど」

 

 さらっとタバサはそう言ったが、問題は大有りだろうと思わず災禍は頭を抱えそうになった。

 

「そのことはいいや。災禍は謝るようなことは何もしてない。謝るならむしろ私の方だろうと思ったけど、災禍が特に気にしてない。ならこの話は終わりでいいと思う」

「そうね……。タバサちゃんがそう言うなら」

「で、本題の方。食べてからでもいいんだけど、頼み事があるなら聞くよ」

 

 ここまでの話は文面にあった「また面倒なこと」には当てはまらない。そう思い、タバサが尋ねた。

 

「……ええ。前回同様、荒事の助っ人をお願いしたいの。しかも今回は状況がより厳しい……」

「その件にふうまは?」

「全く関係していない。だからタバサちゃんの協力を得られるかどうかもわからないと思ってる」

「うーん……。じゃあ悪いけど内容次第かな。災禍には前回私が勝手なことをしたせいで迷惑をかけたことはわかってるから、その穴埋めをしたいとは思ってる。でも、無理そうな依頼を安請け合いはできないし」

 

 冷静な判断だと災禍は内心で思っていた。

 タバサの行動原理は自分に関わること、それから彼女にとって身近な人――小太郎や扇舟といった人物が関わることだと災禍は予想を立てている。

 自分がそこに入らないことは少しばかり寂しいが、無計画にその範囲を広げては、いつか手が届かないものが生まれるかもしれない。その順位分けをしっかり出来ているという点では、少なくとも彼女はよく呼称されているような狂犬ではないと言えるだろう。

 

「……私がヨミハラに来ていたのは、実はこの件のためなの。フュルストの件は本来予想外だった……」

「え、そうだったんだ」

「私の本来の任務は他の対魔忍……静流さんでさえも知らないことよ。知っているのは、私に直接密命として依頼したアサギだけ……」

「じゃあ詳しく聞いたら私も引き返せないか。……今の話から推測すると、戦力が必要だけど他の対魔忍の協力は得られない。他の勢力も厳しい。だから、フュルストの件同様にフリーの私に声をかけた。そんなところ?」

 

 さすが、と感心しつつ災禍は首を縦に振った。

 

「状況的に言えばフュルストの時より更に厳しいわ。でも、タバサちゃんの戦闘をこの目で見て、あれだけの力があるならばって思ったの」

「ん、わかった。手伝う。状況を詳しく教えて」

「え……」

 

 先程の予想から考えるに、まさかこんなあっさりと承認してもらえるとは思っておらず、思わず災禍が呆気に取られる。

 

「前回より厳しいとなると災禍は死地に飛び込むようなことになりかねない。災禍に何かあったらふうまは悲しむだろうから、私としても決して良い気分じゃない。それって私の仁義に反するし、手を貸していたら、なんてことを考えるかもしれないって思うと寝覚めも悪い」

「タバサちゃん……」

 

 どうやら自分が考えていたよりも、目の前の少女には気に入られていたらしい。少しそのことを嬉しく感じてしまう。

 

「……ありがとう」

 

 一言礼を述べてから、災禍は詳しく話し始めた。

 

 今回の件には淫魔族が絡んでいるということだった。

 少し前に淫魔族の王、“幻夢卿”ことカーマデヴァが死去したことにより、現在、淫魔族は後継者の問題で大きく揺れている。幻夢卿は魔界の九貴族と呼ばれる、魔界を支配する者の一角でもあるため、その座に着いた者は強大な力を手にすることになる。

 その後継者としてカーマデヴァは死の間際に「自分の子には自由に生きて欲しい」という思いから“幻影の魔女”と呼ばれる大幹部を次の幻夢卿へと指名した。が、そのカーマデヴァの意思を重んじる大幹部・アンブローズを筆頭とする派閥と、決定に納得がいかずに王の意思に反することにはなるが彼の子を後継者にすべきと反発した、やはり大幹部のイシュタルを筆頭とする派閥が争う形となった。

 

 しかしカーマデヴァの死去に伴い、封印されていたイシュタルの姉・エレシュキガルが復活。自分の封印に協力したアンブローズとイシュタルへの復讐と、新たな幻夢卿の座を狙っているということだった。しかもその復活には九貴族の一角・“死霊卿”も関連しており、同盟関係まで結んでいる。

 高位淫魔族で絶大な力を持ち、悪辣この上ないと評されるエレシュキガルと、手段を選ばず勢力拡大を狙う死霊卿。そんな連中が相手では内輪揉めをしている場合ではないと、アンブローズとイシュタルは和睦を結び、エレシュキガルに対抗することとなった。

 そしてエレシュキガルは邪魔者を排除するべく、今ヨミハラにいる幻影の魔女を狙っている。

 

 今現在、幻影の魔女は新たに淫魔族の女王となるべく、亡き王から受け継いだ力を己のものするための契約の儀式を行っていて無防備な状態。さらに、アンブローズとイシュタルは幻影の魔女を幻夢卿の位に就けるよう、3日後に根回しのために魔界に赴むく予定である。狙われるとしたらそのタイミングである可能性が高い。

 

 言ってしまえば淫魔族の派閥争いである。だが、その影響が周囲にも及びかねないという危険性を孕んでいる。

 実際、先のフュルストの一件ではタバサたちは交戦しなかったものの、館の外ではエレシュキガルの配下や、彼女に協力する死霊卿の尖兵も戦闘に加わっていた。

 特に、死霊卿は対魔忍からしても因縁深い相手であり、甲河の里を滅ぼしたという過去もある。そのため、被害の拡大やパワーバランスの崩壊を防ぐためにもエレシュキガルを敵とみなし、穏健派といえるアンブローズとイシュタルの側に協力することを決めたようだ。

 ただし、相手が相手だけに表立って動くことは難しい。そこで、アサギは災禍にだけ直接密命を下していた。災禍はアンブローズの信頼を勝ち取り、対魔忍陣営からの使者として協力関係を結ぶことに成功している。

 だが一方、穏健派に属する淫魔族は直接戦闘が不向きな者が多く、戦闘はかなり厳しいことが予想される。そのために、災禍はどの勢力にも属さないタバサに声をかけた、というわけである。

 

「……要するに、淫魔族の跡継ぎ問題で内輪揉めが起きそうだったけど、もっとヤバい奴等が徒党を組む形になったからそんなことをしている場合じゃない、と。それで、そのヤバい連中は対魔忍にとっても無視できない存在だから、対魔忍も首を突っ込むことにした。でも、表立っては動けないから今災禍がこうして単独で動いてる。こんな感じで合ってる?」

「まあ、大体は合ってるわね」

「なるほどね。そりゃ戦力も足りないか。正義の味方っぽいはずの対魔忍が淫魔族に協力するとなると色々波風も立つだろうし。だから対魔忍からの協力はおろか、静流にすら声をかけられない、と」

「えぇ……。まぁ、ね……」

「ちなみに、なんだけど。味方か敵か、とにかく関係してる淫魔族の中にフェルマって人いる?」

「フェルマ……?」

 

 災禍は記憶を探っているようだった。

 

「いえ、いなかったと思うけど……どうして?」

「味龍の常連で、確かサキュバスとかいってたはずだから淫魔族だと思って、今回の件に絡んでるのかなって。……まあちょっと気になっただけ」

「でもどちらの派閥にも属していなくて、実力があるのであれば手伝ってもらいたいところではあるわね」

「うーん……。私個人としてあんまり良い気分はしないし、それにフェルマは戦闘は苦手そうだから……」

「そう……」

 

 だが今の言いようでは猫の手も借りたい、ということなのだろうとタバサは推測した。

 だとするならば、災禍はなりふりかまっていられない状況にあるのかもしれない。

 

「……私は信じないけど、これが運命ってやつなのかな」

 

 少し考え込んだ様子を見せた後、不意にタバサがボソッとそう呟いた。どういう意味だろうかと災禍が首を傾げる。

 

「ねえ災禍。戦力が欲しいなら1人心当たりがある。実戦はブランクがあるけど、十分戦えると思う。ただ、災禍にとっては助けてもらうことを嫌悪する相手」

「嫌悪? そんな相手なんて……」

 

 そこまで言いかけて、災禍は言葉を切っていた。

 

 嫌悪する相手、実戦のブランク、そして、タバサと交友関係にある存在。その条件で思い当たる相手は1人しかいなかったからだ。

 

「……井河扇舟」

 

 彼女にとっての主人の(かたき)である女の名が口からこぼれる。肯定の意味を込め、タバサが無言で頷いた。

 

「扇舟は私と一緒に戦うことを望んでる。それで最近戦闘用の義手を作ってもらってたんだけど、もう完成してその準備は整った。扇舟自身が静流を通して報告したらしくて、アサギもこのことは知ってるみたい。『五車に敵対しないなら』という条件付きで容認してる。だから次に私が戦う機会があったら一緒に戦おうって話になってた。でも、今回の件を依頼してきた相手は扇舟を許すことのできない災禍。扇舟には黙ってるか、あるいは依頼人が災禍だからってことを明かして諦めてもらって、私だけ手伝うつもりでいた」

 

 災禍は口を真一文字に結んでいた。

 

「部外者の私が『もう許してやれ』、なんてはとても言えない。災禍に協力することで、それが罪滅ぼしになるとかって甘い話じゃ無いってこともわかってる。……でも、扇舟はずっと過去を悔いてる。災禍に(あだ)をなすことは絶対にしないと信じてる。そのことだけは私が保証する。……それでももし扇舟がそんなことをしそうになったら……その時は友人として私がこの手で止める。だから、戦力が必要なら扇舟を呼ぶべきだと思う」

 

 部屋が沈黙で満たされる。そうしていたのは数十秒か、あるいは数分になるほどだったか。

 

「……わかったわ」

 

 重々しく災禍が口を開いた。

 

「タバサちゃんがそこまで言うなら少し信じてみる。あの女……いえ、彼女にも手伝ってもらいたい。ただし、こちらはあくまで戦力として必要としているから、タバサちゃんと一緒に来てもらった時に少しテストをさせて頂戴。足手まといになるようなら帰ってもらうということになるけど、それでいい?」

「いいんじゃないかな。とりあえず、今日扇舟に淫魔族だなんだの入り組んだ話は伏せた上で聞いてみる」

「……お願いね」

 

 軽く顎を引き頭を下げて感謝の意を示し、災禍はすっかりあんが染み込んだチャーハンをまた食べ始めていた。

 

 

 

---

 

「……ってことが今日の出前の時にあってね」

 

 その日の夜。味龍での仕事を終え、宿泊所に戻ってきて汗を流した後の自由時間に、タバサは扇舟に今日のことを話していた。

 タバサが話を切り出した時はアルコールを飲みながら聞いていた扇舟だったが、災禍の名前が出てくると目に見えてその気配が変わった。酒を飲む手は完全に止まり、硬い表情でタバサの話へと耳を傾けていた。

 

 淫魔族の話はあくまで伏せたまま、災禍からの頼みであることと、荒事で戦力がどうしても足りないこと、そして扇舟を必要としていることを伝えていた。

 それが終わるとタバサは手に持った炭酸飲料の中身を口の中へと運び、それまで話して乾いた分の喉を癒やす。ケアンでは味わうことのできないであろう刺激と甘みで喉を鳴らし、「けふ」と小さく息を吐いた。

 

 が、それでもまだ扇舟は固まったままだった。おそらく、かなり葛藤しているのだろう。

 

「私が勝手に話を進めちゃったから、困ってるなら謝る」

「……タバサちゃんが謝る必要はないわ。ただ、まあ困っているというか、驚いているというか……」

 

 まだだいぶ残っていたはずの缶の中身を扇舟は一気に飲み干した。

 

「あのふうま災禍が、私が手伝うことに対して本当に了承したのね?」

「ん。ただ、さっきも言ったけどテストはするって。対魔忍の仲間内でも協力を頼めない任務らしいから。そのせいで戦力がとにかく足りないって」

「そう……。はっきり言って、どんな顔をして会ったらいいかもわからない。会った瞬間に蹴り殺されても文句は言えない……」

「じゃあそれを止められたらテスト合格、ってところかな」

 

 ジョークかもしれないが軽く言ってくれる、と扇舟の顔に苦いものが浮かぶ。

 しかし同時に、これは贖罪の機会を与えられたということになるのかもしれないとも思っていた。無論、困っている災禍を助けたからと言って許されるようなことではないだろう。それでも、対魔忍のために戦うことが贖罪に繋がるとわかっていながらも、五車を追放された以上それが困難と思っていた扇舟にとって、貴重な対魔忍との共闘の場でもある。

 

 何より、災禍がテスト合格を言い渡したらであるが、そんな状況がタバサと初めて肩を並べて戦うことの出来る場となるわけでもある。

 

「……タバサちゃん。災禍にメッセージを送っておいて。話は聞いた。テストを受けるから、合格なら私も手伝わせてほしい、って」

「わかった。……私と会って間もない頃の扇舟ならまだしも、今の扇舟なら大丈夫だよ。味龍の皆との鍛錬に、新しく手に入れた武器。扇舟の協力は、戦力的に間違いなくプラスになるって私にはわかるから」

 

 何よりも力づけられる言葉だった。小さく笑って感謝の気持ちを示した後、扇舟の表情には固い決意が浮かんでいた。




今日から始まった対魔忍RPGのレイドイベのビビ・ブラッド、死亡した対魔忍の生態パーツを使ったサイボーグってところでもしかしたらと思い、CVが扇舟も担当してる人とわかった時点でこれはもう間違いないな!と思ってストーリーを読んだら、扇舟全然関係なさそうでした……。
ストーリーラストの部分から見るに心願寺関係の人っぽいですね。


本編中にある「ドロレスが持ち込んだおかしな事件」は、対魔忍RPGのマップイベントである「魔法少女ココアと謎の魔界騎士」の部分に当たります。
味龍もちょっと出てくるのですが、直接的に話に絡んでいなかったのと、次にさっさといきたかったのでほぼ触れずに流す形にしました。

そしてその「次」に当たるのが、メインチャプター53の「女王の誕生」になります。
ちょっと前のフュルスト同様、ここも腰を据えて書きたいと思っていたところだったりします。


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Act70 彼女が幻影の魔女……。淫魔族の新たな女王として指名された魔女様よ

 そして3日後、その日はやってきた。

 のっぴきならない理由、ということで味龍には2人とも事前に休みを届け出ている。春桃としては色々聞きたい様子だったが、あくまでプライベートだからとそれを遠慮してくれた。

 

 当日、タバサのスマホには指定の時間と一緒に、災禍が泊まっている宿の近くの裏路地に来るようにメッセージが届いていた。おそらくそこで扇舟のテストをして、合格なら共に目的地に、不合格ならそのまま帰ってもらうという流れになるのだろう。

 

 扇舟は出発前に右手を初の実戦投入となる戦闘用の義手に変え、今は先導するタバサとともにヨミハラの街の中を歩いている。

 だが、その顔には緊張の色が濃い。災禍が課すテストの件は勿論として、その災禍本人と顔を合わせるからというのもあるのだろう。

 

 指定された裏路地は人通りも少なく、同時にそこには誰もいなかった。扇舟自身、少し予定より早く動いた自覚はある。少々待つことになりそうかとため息をこぼしたところで、ふと違和感に気づいて周囲を見渡しつつ、身を固くした。

 

「ん、扇舟も気づけたっぽいからやっぱりテストは問題ないよ。そう思わない、災禍?」

 

 不意にタバサが誰もいないはずの前方の空間へと声をかける。すると、誰もいなかったはずのところに1人の女性の姿が現れた。

 壁に寄りかかったまま腕を組んで長い髪から右目だけを覗かせ、科学的な雰囲気を放つボディースーツに身を包む、機械の脚を持つ美女。

 光学迷彩を解いたふうま災禍、その人だった。

 

「前もそうだったからタバサちゃんは私の存在にはっきりと気づけたんでしょうけど、その女が同じかはわからないわね。確証を持てていたのかは怪しいところ」

「ふうま災禍……」

 

 扇舟が相手の名をポツリと口にする。

 

 かつて主を殺された女と殺した女。ふうま災禍と井河扇舟。

 十数年の時を経て、2人は再び顔を合わせた。

 

「久しぶりね、井河扇舟。お前に対しての恨みつらみはある。でも、タバサちゃんはお前を戦力になると紹介してくれた。だから、私が使えると判断したら協力を仰ぐつもりでいる」

 

 普段の災禍と比べ、表情も口調も厳しい。それに気圧されてか、扇舟はうつむき気味であった。

 が、次の瞬間。そんな扇舟の背中がバシーン、と平手で思いっきり叩かれた。

 

「痛っ……! た、タバサちゃん!?」

「シャキッとしなよ。過去のことで負い目を感じてるのかもしれないけど、今やるべきことはそれを悔いることじゃないでしょ。……私と一緒に戦ってくれるんじゃないの?」

 

 扇舟の目がハッとしたように見開かれる。一度閉じてゆっくり息を吐き、再び目を開いた時。もうそこに迷いの色はなかった。

 

「そうね、そうだったわね。……ありがとうタバサちゃん。私はやるわ」

「……良い目になった。それならテストする価値はあるわね。さっきのままなら、もう帰そうと思ってた」

 

 災禍が構える。つられるように扇舟も左手を前にしたオーソドックスな構えに。

 

「テストは簡単、私と模擬戦をやってもらう。私が納得できるだけの力を発揮できれば合格。このスーツの特殊機能と邪眼は使わないであげる」

「助かるわ。……目が合うと視界と意識を奪われるというあなたの邪眼の恐ろしさは噂でよく耳にしていたから」

「え……。災禍、そんな能力持ってたんだ」

 

 場の張り詰めた空気を全く読まずにタバサが口を挟んでくる。場の雰囲気が崩され、苦笑を浮かべながら災禍が答えた。

 

「若様から聞いてなかったのね。……ただ、私の邪眼は使用中にそちらに全意識を割かないといけないために、この体が隙だらけになるから使い所が難しいの。それに、この間のフュルストみたいに防護能力の高い相手には通用しないし」

「あ、そういうことなんだ。なら今まで使わなかったのも納得。……邪魔してごめん。始めていいよ」

 

 どこまでもマイペースなタバサに、災禍は困った心を消しきれないまま相手の扇舟を見つめた。その相手も今ので一端緩んだ口元が再び引き締め直されている。

 

(……いい具合にリラックスした、か。もしタバサちゃんが狙って言ったとしたら天才ね。まあ、彼女の場合は天然でしょうし、それもまた才能なのかもしれないけれど)

 

 先程まで負い目で戦う空気にすら無かった扇舟は、タバサの喝で一気に戦意が増した。が、今度は少し入れ込み過ぎな気配があったように災禍には感じられた。

 そんな気負いも今の空気を読まない発言で取れ、目の前の相手はベストコンディション。まさしく、かつて対魔忍で指折りの近接戦闘術の使い手と言われた相手そのもののように見える。

 それもこれも、全てタバサがきっかけだ。狙ってやったとしたら、先程災禍が思った通りモチベーターとして天才。しかし当人にそのつもりは全く無いだろう。それでも、扇舟にはかなりプラスに働いている。

 

 ともあれ、舞台は整った。再び張り詰め直された空気の中、互いにジリジリと間合いを詰めていく。

 

 先に動いたのは災禍だった。間合いに入ったと同時、右脚を一閃しての上段回し蹴り。扇舟はその軌道を見切り、上体をスウェイしつつ半歩分引いてそれを回避した。

 一旦間合いを取り直し、災禍は驚いたような表情を浮かべる。

 

(なるほど……。タバサちゃんが言うだけのことはある。様子見で蹴ってみたとはいえ……こうもあっさりかわすならばブランクは問題ないと見ていいわね。……遠慮はいらない、か)

 

 並以下の対魔忍なら反応できずにそのままダウンしていただろう。それよりやり手であっても、防御が間に合う程度か。

 災禍としては安全策を取って確実に防御にくる、と踏んでいた。が、余裕を持って、完全に軌道を見切られて回避されている。

 もはや遠慮無用。十数年前、ふうま一族を苦しめたあの井河扇舟が目の前にいるのだと、災禍は自分に言い聞かせた。

 

 再び両者が対峙、災禍が間合いを詰め直す。右の前蹴り、と見せてフェイント。代わりにその足を地につけて軸足とし、上段への左後ろ回し蹴りへと変化させる。

 相手は今のフェイントにつられて防御が中段に下がっている。そこを狙った形だ。

 

 一方の扇舟は身をかがめてその左後ろ回し蹴りをかいくぐった。そのまま災禍が得意とする蹴りの内側の間合いに入るべく肉薄しようとする。

 

 災禍もその動きは読んでいた。重心を後ろに向けながら全身を沈み込ませて、今蹴った左足を地につける。そのまま体を回転させた勢いを生かし、右足で地を這うような足払いへ。

 小さく跳躍されて避けられたのを見たと同時に本命。手で体を支えつつ、左足で思い切り地を蹴る。

 2回続けた相手の左側からの攻撃とは反対側。扇舟の右中段へと蹴りを放った。

 

「はあああっ!」

 

 跳躍回避後、着地のタイミングを狙った、これまでと逆側からのトリッキーな動きによる一撃。これを防御させて勢いを止め、間合いを取って仕切り直す。そう災禍は考えたのだが。

 

「ふっ!」

 

 小さく息を吐き、扇舟は蹴りを防御する瞬間に左の掌で()()()ていた。

 次の瞬間にはもう距離が詰められ、災禍が立ち上がろうとするより早く、その眼前に右の手刀が突きつけられている。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 おそらく、ここまで息の詰まる攻防は久しぶりだったのだろう。扇舟はわずかに息を荒らげ、突きつける手刀が揺れていた。それを見て災禍は小さく笑う。

 

「……いいわ。合格よ。このぐらいで息を乱すなんて、やっぱり随分入れ込んでたのね」

 

 その言葉を聞いて、扇舟の肩から一気に力が抜けていた。

 傍から見ていただけならば、この程度で一喜一憂しているような相手に協力を頼んで大丈夫だろうかと思うかも知れない。だが、実際に拳を交えた災禍はその実力を身をもって感じ取っていた。

 

(これがかつて井河一族、ひいては対魔忍で最高クラスとまで謳われた近接戦闘術の使い手……。ブランクがあったとはいえ、それを感じさせない動きだった。……最後の中段蹴り、意表を突いたはずなのに、まさかいなされるとはね。絶妙のタイミングと技法でエネルギーの方向を変えて勢いを殺す、まさに達人の技……。驚いたわ。そして、何より……)

 

 チラリ、と災禍の視線が扇舟の右手に注がれる。

 

(……()()()()()使()()()()()()。防御の際に反応していたのは全て左手。実際にいなしたのもそう。おそらく、ひと回り大きく見える右手は攻撃用、左手は防御用という使い方をしているんでしょう。向こうから仕掛けてくる場面は最後だけだったから左手主体の戦い方になった、ということかしら)

 

 舐められた、とは思っていない。当然災禍も本気を出してはいない。あくまで模擬戦、だから攻撃用の右手は極力使わないという方針を取ったのだろうと災禍は推測する。

 あるいは、相手を間違えてでも傷つけたくない。そんな思いがあったのかもしれない。

 

「……変わったわね、井河扇舟」

 

 思考を巡らせ終えた災禍は、そうポツリと呟いた。

 

()()()は以前とは違う。それははっきりわかった。それに実力が申し分ないことも。だから協力をお願いする。……でも勘違いしないで。たとえ全ての元凶があなたの母親である葉取星舟だとして、さらには若様があなたを許したとしても、私は許すつもりはない」

「……ええ。それでいいわ」

 

 話はまとまった。ここまで黙って様子をうかがっていたタバサが「それじゃあ……」と切り出す。

 

「扇舟も一緒に戦うってことでいい?」

「私のテストは合格だからね。勿論よ」

「そ。よかったね、扇舟。……で、そうとなったら詳しいことを話したほうがいいと思う。私は事の重大さをあまり把握してないんだけど、多分扇舟にとっては驚くようなことだろうし」

「そうね……。ひとまず、移動しながら話しましょう。目的地はヨミハラの外れ……辺境外緑部よ」

 

 

 

---

 

 3人は辺境外緑部と呼ばれる、ヨミハラでも特殊な地区を目指して歩いていた。そこは、地下でも育つ魔界由来の植物が群生し、天井部の光る苔によって地下であるにも関わらず明るくなっている。

 そんな自然環境を利用して農業を営んだり、富裕層の別荘があったりするのがこの地区だ。そのため、「ヨミハラの勢力同士では争わない」という不戦協定が結ばれている地区でもある。裏を返せば、ここでの協定を破ればヨミハラの全勢力が敵に回るということに他ならない。

 しかし、だからといって敵が襲ってこないとは限らない。エレシュキガルと死霊卿はそんな協定すら無視するような連中だ。だからこそ、タバサと扇舟の力が必要だと災禍は助力を頼み込んだのだ。

 

 そんな辺境外緑部近辺へ足を踏み入れた辺りで、災禍は以前タバサに説明したことと同様の内容を扇舟へと話し終えていた。 

 が、話を聞き終えた扇舟が明らかに動揺しているのわかった。

 

「……淫魔族に協力するですって!? 私が五車にいた頃には絶対にありえない考えよ、そんなの!」

「でしょうね。あなたがいた井河長老衆は自分たちで対魔忍を支配すること、ひいてはそれ以外の勢力までの支配すら目論見そうな連中だったもの」

「それもあるけれど……。『対魔』忍よ!? 『魔』と『対』さないで共同歩調って……。対魔忍の存在意義を根本的に揺るがしかねないことだと私は思うのだけれど!?」

「……意外と細かいところを気にするのね。まあこれはアサギが下した決断だから、私にどうこう言われても困る。……さっきも言ったけれど、淫魔族と言っても一枚岩ではない。それこそ、かつての対魔忍が井河内部でもアサギと井河長老衆とで争っていたようにね。その派閥争いというか、後継者争いは他に余波を生むような厄介なことになりかねない。何より、エレシュキガルと死霊卿は凶悪な存在。そちらは対魔忍としても放ってはおけないわ。だから、敵の敵は味方でいくってことよ」

 

 扇舟と対照的、災禍は特に気にした様子もなしに答えている。

 そんな2人を見つめつつ、話が止まった頃合いを見計らってタバサが口を開いた。

 

「ねえ、災禍。前に話を聞いたときからちょっと気になってたんだけど、死霊卿ってのは死霊術師……ネクロマンサーとは違うの?」

「どうかしら……。私も詳しいことはあまりわからない」

「そっか。……まあそれはいいや。次の質問が本命。ここまで来たらもう帰れとは言われないだろうから聞きたいんだけど」

 

 思わず災禍に怪訝そうな表情が浮かぶ。「何?」と返されたのをきっかけに、遠慮なしにタバサが鋭い質問をぶつけてきた。

 

「災禍は私にこの話を持ってきた時、どの勢力にも属さないフリーに近い戦力を求めた。でも、災禍は対魔忍だし、命令の出処もアサギから。……最初は淫魔族と対魔忍が共同歩調を取ることが表沙汰になるとまずいからだとか、他の対魔忍に知られたくないからとかが理由だと思ってた。でも、ヨミハラで起きる一件にも関わらず、静流にすら話を通さないで災禍にだけというのはどうにも引っかかる。今挙げた理由なら、静流ぐらいには伝えてもいいはず。でもそれすら出来ないとなると、何かもっと重要な……対魔忍同士ですら伏せておきたいような、そんな理由があるんじゃないの?」

 

 災禍の表情が硬くなった。同時に、タバサは心の動きを読んで今の発言が図星だったと推測する。

 

「……私はアサギから直々に密命を帯びただけ。今のところはそれしか言えないから、詳しいことはまた後で話すわ。でも、さすがに鋭いわね。少しだけ言っておくと、現在淫魔族の間で起きている後継者問題……。そこには、対魔忍としても無視できない存在が関わっているから。……今言えるのはここまで。あとは実際に“彼女”に会ってからね」

 

 それきり、災禍は口をつぐみ、先導して歩くだけになってしまった。

 

 ややあって、目的の館に到着した。警備のインキュバスと思われる、執事のような格好をした淫魔族がタバサと扇舟を訝しげに見つめている。が、災禍が何かを話すとすぐにそれをやめ、館の中へと招き入れてくれた。

 

「あ、災禍さん! 来てくださったんですね!」

 

 館の中では3人のサキュバスの少女たちが出迎えてくれた。その3人を見て、「あー……」とタバサが声をこぼす。

 

「どうかした、タバサちゃん?」

「扇舟は気づかない? あの2人……」

 

 そう言ってタバサが指さしたのはピンクの髪をした2人のサキュバスだ。

 

「……タバサちゃんの知り合い? どこかで見たことがあるような……」

「そりゃあるよ。たまにうちに食べに来てる」

「そうなの? 全然気づかなかった……。よく覚えてるわね」

「それから向こうの1人」

 

 銀の髪に右目を閉じたままの残りの1人の方も指さした。

 

「私と面識がある。味龍で働くことを決めた日、ふうまと一緒に会った。えっと……アレッキィ、だっけ」

「え!?」

 

 不意に名前を呼ばれ、アレッキィがタバサの方を向く。そこでようやくタバサのことに気づいたようだ。「ああ!」と声を上げる。

 

「確かアンナを探してた時にふうまと一緒にいた異世界の子!」

「ん、そう。久しぶり」

「あの、災禍さん。この2人は助っ人……ということでいいんですよね?」

 

 2人いるピンク髪のサキュバスのうち、大人しそうな方が災禍に尋ねた。

 

「ええ。タバサちゃんと、井河扇舟。2人ともフリーで腕が立つから協力を頼んだの。……タバサちゃん、さっきちらっと聞こえたけど、もしかしてこの2人って……」

「たまに食べに来てるよ。……いつも当店を利用してくれてありがとう。これからもご贔屓に」

「お店? 食べに来てる? ……あ! 味龍の店員!」

 

 そう言ったのはピンク髪のサキュバスのもう1人、少し高飛車な雰囲気をまとわせた方だった。

 

「ついでだからこの子たちも紹介しておくわ。今話してたのがミレイユ、さっき話してたもう1人のピンクの髪をした子がミーティア、それからタバサちゃんと明確に面識があったみたいだけど、そこの銀の髪の子がアレッキィ。私が少し前にここに来た時に親しくなった子たちよ」

 

 紹介を受けてミレイユ、ミーティア、アレッキィの3人が軽く頭を下げる。相手が予想よりも礼儀正しく、「魔と対するべき」という主張だった扇舟は少し戸惑ったのだろう。慌てて返礼してそれに応じた。

 

「……淫魔族って一口に言ってもいろんな人……人って言い方でいいのかな? とにかく、一括りには出来ないってことだよ。フェルマだってそうだし」

「あ……」

 

 タバサが扇舟の内面を見通したのだろう。不意にそう言われ、そういえば友人もサキュバスであったことを扇舟は思い出していた。

 

「さっき扇舟は対魔忍がどうこうって言ったけど、全部敵とみなすよりも、共同歩調を取れそうなところとはそうした方がいいってことじゃないかな。……ま、私は敵とみなしたらそいつらが全滅するまで叩き潰すしか方法を知らないけど」

 

 いいことを言っていたはずなのに後半部分で台無しだ。思わず扇舟の顔に苦笑が浮かんだ。

 

「……そんな柔軟過ぎる考え方は私が五車にいた時には思いつきもしなかった。すごいのね、アサギは」

「確かにアサギがすごいのは認める。でも、今私は若干不信感を抱いてもいる」

「え……?」

 

 タバサが災禍の方へ一歩分歩み寄った。

 

「災禍、さっきの話の続き。ここに着いたら話すって言ってたことを……」

「ええ、勿論話すわ。……ミーティア、“彼女”はまだ……」

 

 儀式に入った幻影の魔女の世話をしているミーティアに災禍が尋ねる。だが、ミーティアは表情を曇らせて首を横に振った。

 

「……目を覚まされてはいません」

「そう……。2人とも着いてきて。なぜ他の対魔忍に言うことすら出来なかったか。説明するわ」

 

 ミーティアと災禍が先導する形でタバサと扇舟についてくるよう促している。

 

「じゃあ私とミレイユは見回りの確認と強化の報告に行ってきます! 行こう、ミレイユ!」

「そうね。“魔女様”を守るためだものね」

「魔女様……。ああ、さっき災禍の話の中にあった幻影の魔女のことね。……『幻影』か」

 

 2人の話から思い出した「幻影」という単語。それが気にかかり、扇舟は口の中で小さくひとりその単語を呟いた。

 

「どうも魔女って言われるとあの森の中にいた魔女団の連中とかオカルティストのことをイメージしちゃうんだろうけど、きっと違うんだろうな」

 

 タバサもタバサで、ケアンにいた頃のことを思い出しているようだった。

 

「2人とも行くわよ」

 

 その間に災禍とミーティアとの距離が少し離れてしまったらしい。慌ててタバサと扇舟は後を追う。

 

 これから向かう先はこの隠れアジトである屋敷の奥、礼拝堂だ。そこに魔女様がいるということだった。

 

「……淫魔の王、幻夢卿ことカーマデヴァの後継者として指名された淫魔族の大幹部、幻影の魔女」

 

 しばらく無言で歩いていた4人だったが、不意に沈黙を破るように災禍がそう言葉を発した。

 

「その魔女については様々な噂が飛び交っていた。曰く、魔族ですら無く人間である。曰く、にも関わらず淫魔の王である幻夢卿の地位に最も近い存在である。そして……曰く、その幻影の魔女とは……元対魔忍である」

「元対魔忍!? それで『幻影』って……まさか……」

 

 そう呟いた扇舟は、反射的に自分の機械になった左手を右手で握り締めていた。

 

「……タバサちゃんは、私がこの話を振ったときに『運命』って単語を口にした。それはおそらく、私の依頼に怨敵であるはずの扇舟が協力することになるかもしれないから。そうでしょう?」

「ん、そうだね」

「でも、運命でいうならば……それだけじゃない。“彼女”は……扇舟、あなたにとっても因縁浅からぬ相手なのだから」

「あぁ……。そんな……もしかして……」

 

 館の奥にある礼拝堂。そこでは、不気味な紅い魔力の奔流を体に絡みつかせた、1人の女性が眠るように佇んでいた。

 豊満な肉体を黒と白のレオタードのようなスーツで包み、頭にあるうさぎの耳を思わせるような特徴的な黒のリボンが目を引く。

 

 その姿を目にし、扇舟の語気が強まった。

 

「やっぱり……そういうことだったのね……!」

「彼女が幻影の魔女……。淫魔族の新たな女王として指名された魔女様よ」

 

 無意識のうちに手に力が入る。驚愕と、怒りと、疑念と。感情がごちゃ混ぜになっていることを自覚しつつ、扇舟はその魔女様である“彼女”の名を口にした。

 

水城(みずき)……不知火(しらぬい)……!」




今日更新されたメインチャプター、ライブラリーの過去も含めた話だったんですけど、ライブラリー関連の話はほんと面白いですね。佐郷文庫時代の立ち絵まで追加されてかっこよすぎる。隙を見つけて話に登場させたいと改めて思いました。



ネクロマンサー

マスタリーのひとつで、生命・イーサー属性とペットの扱いを得意とする。自前スキルに耐性下げはないが冷気と毒酸もそこそこ。また、常駐バフで物理耐性を下げられるので、もう片方のマスタリーが物理を得意とする場合の相性も悪くない。
文字通りの死霊術師。同じ死霊繋がりで死霊卿からタバサが連想している。
お約束通り骨を呼び出したり、なんかよくわからない毒をばら撒くぽっちゃり系モンスター(ブライトフィーンド、通称毒デブ)を呼び出したり、敵に命中後に死霊になる弾丸を撃ち出したりと豊富なペットを持つ。
特に骨は他のペットと比べて性能が控えめな代わりに、常駐であるにも関わらず他を寄せ付けないほど圧倒的な数の召喚が可能。
基本的に常駐ペットはスキル変化で数を増やしてもせいぜい2体、時限ペットでも5体程度が限界な一方、スケルトンはその気になれば10体以上を常駐で召喚可能となっており、ツリー内のスキルにもある通りまさしく「Undead Legion(不死の軍勢)」と呼ぶにふさわしい。戦いは数だよ兄貴!
さらに本体の戦闘力も決して低いわけではなく、キャスターと思いきや近接もいけるハイブリッドタイプ。
常駐バフスキルでヘルスが強化され、豊富なライフスティールの手段で生存性を保つことができる。
一方でバフがかなり偏っており、DA強化や耐性強化がしにくい。あるにはあるのだが、排他でペット向きの内容になっている。
そのためにもう片方のマスタリーをかなり選ぶタイプ。そちらで不足分をうまく補完出来ないと装備と星座への依存性がかなり高くなってしまう。
特に昔はデモリッショニストとの相性の悪さが顕著だった時期があり、両マスタリーをカバーできる装備が微妙(もしかしたら無かったかもしれないレベル)+得意属性が全く噛み合わずに互いのシナジーが薄すぎるなどという状況から全クラス中最悪の相性とまで言われ、「NO ITEMS, NO SYNERGY」とネタにした謎のザリガニAAが日wikiに存在するほど。
今では両マスタリー向けの装備がある程度充実したことと、ヘルファイアマインでイーサー耐性が減少できるようになったことでかなりマシになっている。
他に欠点として、Act3で同盟を結ぶ勢力が片方に限定されてしまうという面もある。
とはいえ、貴重なイーサーとペットを使うマスタリーということで噛み合うマスタリーとはとことん噛み合う。
DLC追加クラスの中では汎用性は低めかもしれないが、その分爆発力を秘めていると言えるかもしれない。
デモリッショニストと組み合わせた問題のクラスは「ディファイラー」、ナイトブレイドと組み合わせたクラスは「リーパー」となる。


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Act71 今は暴れたかったから丁度いい

 水城不知火。薙刀と水遁の術を得意とし、特に水を操って本物そっくりの幻を生み出す“幻影陣”の使い手として、その名を馳せた対魔忍だった。長年アサギの右腕として彼女を補佐し、現在の対魔忍体制の大元――五車の礎を作った功労者でもある。

 しかし数年前の任務中に失踪。以降、アサギも探し続けていたものの、その足取りは全く掴めていなかった。

 

「……不知火が淫魔族の幹部……それどころか、今は女王になろうとしている。……災禍、あなたはこのことを知っていたの?」

 

 手を抑えたまま、扇舟が尋ねる。その口調は少し前までの遠慮していた様子のものとは違って厳しさを帯びていた。

 

「私が彼女に会ったのは、この儀式を始める直前である3日前……。タバサちゃんに連絡を入れた日のことよ。それまでは淫魔族とは敵対関係にあって、対魔忍……アサギでさえも迂闊に手を出せない状況だった。ところが、エレシュキガルが復活して死霊卿と同盟を結んだことに対抗するため、アンブローズとイシュタルが手を結び、対魔忍にとっても死霊卿が絡んでいる以上無視できないということで共通の脅威とみなして共同歩調を取る方針を取った。そこでようやく淫魔族との接触に成功。大幹部のアンブローズは私を信頼に足る者だと判断してくれて、不知火への面会が実現したのよ」

 

 災禍の答えを聞いても、扇舟の表情は変わらない。明らかに不快感を見せていた。

 

「……扇舟、大丈夫? なんだか怒ってるような、戸惑ってるような……。すごく心が不安定っぽいけど」

「それは怒ってるでしょうね」

 

 タバサの問に答えたのは、扇舟本人ではなく災禍だった。

 

「彼女の両手を斬り落とした張本人。それは不知火なのだから」

「えっ……」

 

 黒鉄色に光る、今は戦闘用の義手となった扇舟の両手へとタバサが視線を移す。それで無意識のうちに自分で自分の手を握り締めていたことに気づいたのだろう。扇舟はようやくその手を離していた。

 

「……確かに井河長老衆の反乱の際、私の毒手を斬り落としたのは不知火よ。でもそのことはもうそこまで気にしていない。怒っているのは別な部分で。……というか、むしろ五車にいた時の話を聞く限り、タバサちゃんが怒ると思ってた」

「私が? ……少し前に言った通り、アサギへは不信感を抱いた。でも、失踪してた対魔忍が淫魔族の女王になろうとしてる、っていうなら、災禍1人に密命をくだすのもわからなくもないって少し納得しかけてるけど……」

「そこじゃないわ。不知火のフルネームは()()不知火。……もうわかるでしょ?」

「水城……?」

 

 タバサが災禍の方を仰ぎ見る。扇舟が言わんとしていることを察し、静かに口を開いた。

 

「……水城不知火は、水城ゆきかぜの母親よ」

 

 その言葉を耳にし、タバサの特徴的な大きな目が一瞬見開かれ、それから細められる。明らかに不快感を覚えている、とわかった。

 

「ゆきかぜは任務中にいなくなった母親を探している。確かそう言ってたはず。その相手が今目の前にいる。それで合ってるの?」

「合ってるわ」

「でもアサギは他の対魔忍に情報が漏れないよう、災禍にだけ密命を下している。つまり、ここでゆきかぜの母親を見たことはゆきかぜ本人にも言うな。そういうこと?」

「……そういうことよ」

 

 不意に、タバサの右手に愛剣(ネックス)が現れて握り締められていた。それが力任せに床へと叩きつけられ、突き刺される。

 

「ひっ……!」

 

 部屋中に響くほどの大きな音とともに床がえぐれるようにめくれて凍りつく。思わずミーティアが身を縮こまらせた。

 

「た、タバサちゃん……」

「……ごめん、扇舟。多分……大丈夫。今、懸命に気持ちを抑えてる」

 

 タバサとしてはどこに怒りをぶつけたらいいのかわからないのかも知れない。

 友人であるゆきかぜがずっと探していた母親をようやく見つけた。しかし、そのことはゆきかぜに言ってはならない、と釘を差されている。もどかしさからくる怒りなのだろう。

 

「……気持ちはわかる、なんて軽々しく言えたものではないけれど。アサギにはまだこのことを報告してはいない。でも、おそらくさっき言ったように口止めがかかるでしょう。それに、儀式を始める直前に少し話す時間があったのだけれど、不知火自身も娘に伝えることは望んではいないようだった……」

「どうして? “私”は家族というものを知らないけれど、母親が取るべき行動とは思えない、ということはわかる」

「おそらく、だけれど……」

 

 災禍とタバサの話に扇舟が口を挟んできた。タバサほどではないにしろ、彼女も感情が昂ぶっている様子が窺える。

 

「淫魔族の女王になるということは人間を捨てるということ、だからじゃないかしら。それも元対魔忍が魔に堕ちた、となれば裏切り者と呼ばれかねない。そんな母の姿を見せたくなった、あるいは娘にも迷惑がかかると思った。そんなところじゃないの? ……子を持ったことのない私に言えるセリフじゃないけれど、私もそんなの母親としてはどうかと思うわ」

「あ、あの! 魔女様を悪く言わないでください!」

 

 吐き捨てるように言った扇舟に対し、我慢できずに今度はミーティアが擁護の声を挙げた。

 

「人間でもない私にどうこう言う資格は無いかもしれません……。でも、魔女様は私たち皆に優しくしてくれるんです! だから……」

「だから何? 異種族である淫魔族に優しくしてる、いいことだと思うよ。でもね、その前に自分の娘のことを蔑ろにしすぎてるんじゃないか、ってことに対して私は腹が立ってる」

 

 冷たい口調でピシャリとタバサにそう言われ、ミーティアは思わず気圧されて口を閉じるしかなかった。次いで、タバサの鋭い視線が災禍の方へと移される。

 

「災禍、さっき儀式の前に少し話したって言ったよね? ゆきかぜの母親……不知火は、どうしてそこまでして淫魔の女王になることを望んでるの? そもそもこの儀式、もしかしたら命を落とす可能性もあるものじゃない? なんとなくでしかわからないけど、不知火の体の周囲にある紅い魔力の奔流……。あれ、ものすごく危険なものだと思うんだけど」

 

 チラリ、と災禍がミーティアの方を見た。儀式についてはそちらのほうが詳しいということだろうか。

 

「え、えっと……。おっしゃるとおりです……」

 

 タバサと扇舟からの圧に怯み気味ではあったが、ミーティアは説明を始めた。

 

 今、不知火が行っているのは、先代の幻夢卿・カーマデヴァが蓄えていた魔力――「死の力」を自分のものとするための契約の儀式である。

 カーマデヴァは力の殆どを1人の我が子へと捧げた。子の成長とともに彼の力は失われていき、とうとうそれが尽きて命を落とすこととなった。

 だが、彼は子に幻夢卿の座を継がせることを良しとせず、代わりに大幹部の幻影の魔女――不知火に継がせたいと思っていた。子へと与えずに残された死の力だけは、次の幻夢卿へと引き継がせることとしたのだ。

 不知火はそれを了承した。そしてカーマデヴァ亡き後、死の力を己のものとするべく、この儀式に挑んでいる、ということだった。

 

「私が魔女様から聞いた話は、このぐらいです……。この儀式は、成功した場合2日か3日程度で終わるものとされています。でも、もう3日を過ぎるぐらいになってしまって……」

「死の力、といっているぐらいだから、失敗してしまえば不知火は命を落とすことになる……。タバサちゃんはさっき、不知火の周囲にある紅い魔力が危険に思える、と言ったけれど、危険どころじゃない。あれこそが死の力そのものとも言えるわね」

 

 説明を終えたミーティアに続いて災禍が補足をする。それでも、タバサも扇舟も厳しい表情のままだった。ややあって、扇舟が口を開く。

 

「……災禍、さっきのタバサちゃんの質問を繰り返すようになるけれど、なぜ不知火はそこまでしてこんな危険な儀式を行おうとしているのか、あなたは知らないの? ……いえ、この儀式だけに限らない。娘が待っているにも関わらず淫魔族の幹部となって、さらには幻夢卿の座を継ごうとまでしている。彼女をそこまで突き動かそうとしている理由は何?」

 

 扇舟の質問に対し、災禍は目を伏せ、首を横に振るだけだった。

 

「……そこまではわからない。儀式の直前で話す時間がない、と教えてはくれなかった。ただ……」

「ただ?」

「アサギとの友情だけは裏切らない。そう言っていた。そして、もしかしたら目を覚まさないかもしれないから、アサギに伝えてほしいとも。……自分で五車に来て伝えなさい、って私は返したけどね」

「……そこで出てくるのがアサギ? ゆきかぜについては何もないわけ?」

 

 苛立った様子のタバサの声だった。

 

「勿論、ゆきかぜさんのことについても尋ねられた。『あの子は元気にやっているかしら』って。若様をはじめとした友人たちのことや、あのお城のような家に一緒に住んでるクリアちゃんやカラスちゃんのことを教えてあげた。それを聞いて不知火は『そう……』と、どこか安心したような顔を見せていたわ」

「いい話っぽく言ってるけどさ、それって結局不知火の独りよがりな自己満足じゃない? 今も母親の行方を心配してる、残されたゆきかぜ本人の気持ちを何も考えてない。娘のことから目を逸して、ただ安心したいだけの自分勝手な行動にしか見えない。私から言わせてもらえば仁義に欠ける行動だと言わざるを得ないんだけど」

「た、タバサちゃん! 流石にそれはちょっと言いすぎじゃ……」

「扇舟はそうは思わないわけ?」

 

 止めようとしたが逆に痛いところを突かれ、扇舟もそれ以上たしなめることが出来なくなってしまった。事実、今タバサに言われた通りの思いが無いわけではなかったからだ。

 それは災禍も同じだったらしい。どう話したらいいか悩んだ様子の後で口を開いた。

 

「……私としては多少なりとも不知火を擁護してあげたいところだけど、この状況じゃ難しそうね。もしかしたら重大な理由があっての行動かもしれないけれど、今はそれがわからないし。……わかったとしても、ゆきかぜさんの友人としてタバサちゃんは納得しないかもしれない」

「そうだね。本当に相当な理由じゃないと納得はできない」

 

 ふう、とため息をこぼし、災禍は未だに目を閉じたままの不知火を見つめた。

 

「全ては彼女が目を覚ましてくれて、話を聞いてからってことになるかしらね。……早く戻ってきなさい、不知火。あなたは私に必ず戻ってくると言ってくれた。私はそれを信じてる。だから……」

 

 災禍がそこまで言った、その時。

 

 突然、轟音とともに館が揺れた。

 

「て、敵襲!?」

「でしょうね。……大幹部でこちらの最大戦力でもあるアンブローズとイシュタルが魔界へ行き、ここ最近は幻影の魔女が姿を見せていない。つまり、何かしらの理由で動けないと予想できる。だとするならば、攻め込むのは今だと相手が踏んだんでしょう。……だからこそ」

 

 チラリ、と災禍はタバサと扇舟の2人へと視線を移した。

 

「こちらもそれを見越して助っ人を呼んだわけだけど。……タバサちゃん、扇舟。不知火の件で色々思うところがあるのはわかる。でも、一旦そのことを忘れろ……というのは難しいかもしれないけれど、改めてお願いするわ。力を貸してほしいの」

「わかってる。そのために私たちを呼んだんだろうから。そもそも、不知火が目覚めてくれないとゆきかぜのことをどう思ってるのかとか、どんな理由があったのかもわからない。それに……」

 

 床に突き刺したままだった右手の剣(ネックス)に加えて、インベントリから左手の剣(オルタス)も引っ張り出し、頭にも防具(ナマディアズホーン)を身につけつつ、タバサはその先を付け加えた。

 

「今は暴れたかったから丁度いい。ケアンでもそうだったけど、戦ってる時はこういうイライラする感情を抑えられるし」

 

 相変わらずの物言いに、思わず災禍の顔に苦いものが交じる。ついで、彼女はタバサ同様に協力を頼み込んだかつての怨敵へと視線を移した。

 

「私も問題ない。あなたのテストを受けてまでこの場にきて、タバサちゃんと共に戦うことを望んだんですもの。その目的を果たす。……私だって不知火に聞きたいことはある。儀式を終えて帰ってきてもらわないと困るわ」

 

 2人とも戦意は十分なようだった。そのことで安堵のため息をこぼした災禍だったが。

 

「でも災禍、何か変な感じがする」

 

 タバサのその一言で、顔が強張った。

 

「変……?」

「ちょっと前にフュルストと戦った時、あいつが空間を切り離したみたいなこと言ったの覚えてる?」

 

 そういえば、と災禍が記憶を探る。その時に最初に気づいたのはタバサだったはずだ。

 

「ええ。それが?」

「今この一帯が似た状況になってる感じがする。敵がそんな術を使ったのかもしれない」

「なんですって……!?」

 

 災禍とミーティアが目を合わせる。ミーティアは明らかに動揺している様子だ。

 

「この館から少し距離を置いて、周辺に伏兵を隠していたはずですよね……? もしかして……」

「いきなり策をひとつ潰されたかもしれないわね……。加えて、本来戦闘は禁止のこの区域で外部に知られずに戦闘を行える……。外部からの協力も頼れそうにない。この場にいる私たちでどうにかするしかないか……」

「大丈夫だよ。要は敵を殺せばいいんでしょ? 行こう、災禍」

 

 そんな災禍の心配に反し、タバサは既に戦闘モードに入っていた。扇舟も初の実戦投入となる右手の戦闘用義手の具合を確かめつつ、手の甲の部分に緑色の液体が入った透明な容器を装填して戦う気は十分である。

 襲撃を予想していくつか策は講じている。だが、この2人をここに呼び寄せられたことが、もしかしたら1番の対応策になるかもしれない。災禍には、そんな予感があった。

 

「災禍さん! あと……タバサさんと扇舟さんも、必ず帰ってきてくださいね!」

 

 不知火のお世話係としてこの場に残るミーティアが心配そうに声をかけてきた。それに対し、各々手を上げて応えたり頷いたりと了承の意思を示しつつ、3人は戦場となっているであろう館の外を目指して駆け出した。




オカルティスト

マスタリーのひとつで、毒酸・生命・カオス属性とペットの扱いを得意とする。
その名の通り呪いや不気味な力を主に扱う純キャスター。アルカニストが陽ならこっちは陰といった感じ。
「三神」と呼ばれる、再生と毒を司る神のドリーグ(毒酸成分)、業火と破壊を司る神のソレイル(生命、カオス成分)、主従関係を司る神のビスミール(ペット成分)の力が根源となっている。
Grim Dawnでは味方勢力の魔女団とコルヴァンの面々がこのマスタリーに分類されるため、魔女という単語を聞いてタバサが連想している。
特筆すべきは何と言ってもデバフスキルの「カースオブフレイルティー」とその後続スキルである「ヴァルネラビリティ」、それからバフスキルの「ドリーグの血」とその後続スキルである「アスペクトオブザガーディアン」であろう。
前者は耐性を下げるのだが、カースが物理と出血、ヴァルネラビリティがエレメンタル(火炎、冷気、雷)と毒酸と生命という凄まじい範囲の属性デバフを担当してくれる。おまけでカースに移動速度、ヴァルネラビリティにDAの低下つき。
さらに毎秒判定が発生するために星座スキルのアサイン先としても優秀な上に、カース本体はマスタリーレベル1で取得可能、後続のヴァルネラビリティでさえマスタリーレベル10というおかしいことになっている。
後者はドリーグの血がヘルスの即時回復、OA強化、ヘルス再生強化、実数の酸ダメージ追加、酸報復追加。アスペクトオブザガーディアンが割合で毒酸・生命ダメージ強化、物理・毒酸耐性強化、全報復ダメージ割合強化とこっちもとてつもなく強力。
特に物理耐性は稼ぎにくいにも関わらず、担当しているアスペクトオブザガーディアンを12まで振るだけでお手軽に14%も稼げてしまうヤバさ。毒酸耐性もこの時点で驚愕の100%なので、アルティメットのペナルティ分を引いてもまだ50も残るため、意識的に毒酸耐性を稼ぐ必要がなくなるほど。
しかもこれを範囲で適用するため、召喚してるペットやパーティプレイをしているなら味方にもかかるというぶっ壊れっぷり。
おかげで「オカルトの本体はカースとドリ血」「カースとドリ血以外のスキルが無くなってもサブに選ばれるレベル」とまで言われてしまうほどで、実際サブマスタリーとしてこの2つのスキルツリーを取るだけでも十分なため、ほとんどのマスタリーと高いシナジーが生まれる柔軟性を持つ。
他にもペット召喚に加えてパッシブの強化スキルも持っているため、ペットを取り扱う場合に中核となりうる。先に挙げたドリ血が回復手段として使えるので、能動的にペットの回復ができるのはかなりの強み。
一方で防御面は多少スキルで補えるとはいえヘルスの延びは悪い。純キャスターのアルカニストと組み合わせたりするとヘルスはかなりのもやしである。
また、本体の攻撃スキルはややクセが強いために扱いにくく感じるかもしれない。
そして何より、カオスが得意な割にそのままではカースがカオス耐性を下げてくれないと言った欠点もある。まあカオスは耐性の高い敵が少なめなのが救いではあるが。
デモリッショニストと組み合わせたクラスは「パイロマンサー」、ナイトブレイドと組み合わせたクラスは「ウィッチハンター」となる。


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Act72 あれこそまさしく、対魔殺法の達人とまで言われた井河扇舟そのもの……!

 辺境外緑部の静寂は、不意に破られた。

 

 幻影の魔女の隠れアジト周辺で警戒に当たっていた、不幸なインキュバスは絶望的な光景を目にすることとなった。

 自分と同じ種族でこそあるものの、魔力量が桁違いであるとわかる淫魔族の女。そいつが多数の淫魔族の配下を連れ、さらには死霊卿の手のものと思われる軍勢を引き連れて現れたのだ。

 報告しなければならない。しかし、そう思った次の瞬間――。

 

「グルアアアアアアアア!!!」

 

 不戦協定で守られているはずのその地域が血で染められた。

 

 死霊卿の配下が連れていた四足の猛獣が数匹飛びかかってきたのだ。

 頭から生えた赤熱した角が不運な獲物の胸を貫く。悲鳴を上げる間もなく絶命して押し倒され、呆気なく絶命したインキュバス。そこへ猛獣たちが群がり、死体を貪り食っていた。

 

「気が立っているな。だが、猟犬としてはなかなか使えそうだ」

 

 そう声を漏らしたのは、口と鼻を黒いマスクのようなもので覆い、手に短鞭を持つ青緑色の髪をした妖艶な女だった。

 

 エレシュキガルに仕える“三淫魔”、シックスティ。悪魔をも殺す60の疫病を操ると言われる、エレシュキガルの腹心のひとりだ。その凶悪さ故に主共々封印されていたが、今は復活しているというわけである。

 その主を幻夢卿の座へと就けるため、幻影の魔女――不知火を殺しにやってきたのだ。

 

「この“冥府の魔獣”たちの主は本来私ではない。先日の戦いで我が盟友でもあった主を失って私が代わりに率いているわけだが、主を失った怒りでこうなっているのだ」

 

 答えたのは獣人のような出で立ちをした、死霊卿を主人とする死霊騎士(レヴァナント)、アヌビスだった。

 

 エレシュキガル派の淫魔族と、同盟を結んだ死霊卿の勢力は先のフュルストと決着をつけた戦いにおいても介入してきている。タバサたち館の内部組は遭遇していないが、館の外で二車忍軍がその相手をしていた。

 その際に二車忍軍の幹部が冥府の魔獣の主を討ち取っていたのだ。

 

 アヌビスは他にも死霊卿配下の軍勢を連れている。ベールに長いコートを身にまとい、その下に実体が存在しないという、いかにも死霊卿の兵隊といった出で立ちのレイス。それから、文字通りの死霊などである。

 そこにシックスティが指揮する淫魔族も加わり、総勢100を超える軍勢が淫魔族の隠れアジトへと進軍していた。

 

「しかし、うまくできすぎているようにも思える」

「何がだ?」

 

 独り言のようなアヌビスの呟きをシックスティが聞きとがめた。

 

「ここしばらく、幻影の魔女は姿を見せていない。私の“鼻”によればこのヨミハラの隠れアジトにいることは確かだ。が、このタイミングでアンブローズとイシュタルが魔界へと赴く。……どうにも誘い出されているように感じてならない」

 

 アヌビスは獣人のようなその見た目に相応しく、鼻が効く。彼はその能力で魔力を匂いとして探知することが可能であり、幻影の魔女の魔力を嗅ぎ分けて淫魔族の隠れアジトを突き止めてたいのだ。そしてエレシュキガルと死霊卿の同盟の元、この部隊が派遣されているわけである。

 

「誘い込まれたならそれで構わん。その程度の小細工が過ちだったと気づいて後悔したときには、もはや幻影の魔女が死んでいることだろう」

「ふむ……。一理あるかもしれん」

「そのために貴様が寄越されたのだろう? 便利な術を使うと聞いた」

「我が秘術をもってすれば、不戦協定のあるここでも気にせずに大規模な戦闘行為を行える」

「そうか。元々そんなクソみたいな協定があろうとなかろうと関係なかったがな」

 

 実際シックスティは協定を守る気は全く無い。現に、話を続ける2人の前方では配下たちが時折遭遇する不運な敵対派閥の淫魔族を処理している。

 対立する穏健派には直接戦闘を得意とする者が多くないこともあってか、大した障害もなく死の軍勢の行軍は続いた。

 

 やがて部隊は幻影の魔女が身を潜めているであろう隠れアジトを望む場所までたどり着いた。

 

「さて、あのアジトに隠れている幻影の魔女を始末するか。まずは貴様の秘術を見せてもらうとしよう」

「承知した」

 

 シックスティの指示を受け、アヌビスが静かに詠唱を開始する。

 

「大結界魔術、“ファラオの棺”」

 

 次の瞬間、膨大な瘴気が辺り一面に満ち溢れた。それがこの空間を周囲の空間から隔離していく。

 戦士としても結界師としても超一流であるアヌビスの本領発揮だ。

 

「ほう……。なかなか面白い。空間隔離か。確かにこれならば不戦協定を破ったと邪魔立てする連中も入ってこられない」

「然り。敵は結界内にいる者たちのみ」

「では始めるとしよう。狙うは幻影の魔女の命、ただそれだけだ。邪魔者は全員殺せ」

 

 シックスティの指揮で襲撃部隊が館目掛けて襲いかかる。

 幻影の魔女の命を狙う一団の襲撃がいよいよ始まろうとしていた。

 

 

 

---

 

 タバサ、扇舟、災禍の3人が礼拝堂から館の外へと出たときには、もはや乱戦の様相を醸し出していた。

 戦闘能力的に元々不利だと考えていた災禍の見立ては、残念ながら正しかったようだ。戦況は明らかによくない。

 しかもタバサが言った通り、空間が隔離されているようだった。周囲に潜ませていたはずの伏兵の姿が見当たらず、数での優位を取ることができないでいる。

 

「こいつら……! 魔女様には近づけさせない!」

「ここで泣き言を言ってたらあのポンコツ……じゃない、皇女様にも笑われるからね。頑張らないと!」

 

 そんな中、直接戦闘が比較的得意であるアレッキィとミレイユの2人は奮闘し、どうにか善戦していた。ミレイユが得意の幻惑で迫りくる冥府の魔獣を撹乱させ、その隙にアレッキィが両手のグローブを魔力で変化させて殴り飛ばしている。

 だが、それでも数の暴力が襲いかかる。倒しても倒しても敵の数が減らない。この状況を個の力でひっくり返すのは、通常困難だ。

 

「うわわっ!? 敵の数多すぎ!」

「くっ……。弱音を吐きたくはないけどこれじゃ……!」

 

 思わず2人の口から泣き言がこぼれかけた。

 

 確かに、「通常」であれば数の暴力は個では返せない。しかし、それはあくまで通常の話。何事にも例外は存在する。

 殊に、たったひとりで数え切れないほどの敵を斬って斬って斬りつく(ハックアンドスラッシュ)してきた「彼女」にとって、そんなものは見慣れた戦場であった。

 

「ひとまずこいつらの勢いを止める」

 

 そんな声がアレッキィとミレイユの背後から聞こえてきた直後、2人の横を一陣の風が通り抜けた。超速度の突進(シャドウストライク)でタバサが敵陣へと飛び込んでいく。

 

「そんな! ひとりで!?」

「何考えてんの!」

 

 アレッキィとミレイユから悲鳴のような声が上がる。が、そんな心配はすぐに杞憂だと知ることとなった。

 

 最初の突撃で先頭の魔獣を串刺しに。続けて敵が周囲を囲んでこようとしたところを見計らって周囲に幻影の刃(リングオブスチール)を展開して凍結させつつ斬り裂く。とどめに両手の剣を振るう回転攻撃(ホワーリングデス)を叩き込んだ。

 さらに天界の力を使用。空からは炎の塊(メテオシャワー)氷の槍(ブリザード)を降り注がせ、地面からはテルミットマインによる火柱を吹き上がらせて敵の勢いを削ぐ。

 

「これで止まるだろ」

 

 そう言って後退しつつ、タバサは何かを右手に生み出して前へと放り投げた。それは地面に命中すると同時に拡散、爆発を起こす。

 グレネイドとはまた別の爆弾――“キャニスターボム”だ。「キャニスター(円筒)」の名の通り、筒状である親爆弾から子爆弾が飛び出し爆発する拡散爆弾である。

 だがこれもグレネイド同様、タバサの能力では威力に期待できない。それでも「グレネイドとは別なアプローチの爆発で相手を怯ませることができる」という小太郎のアドバイスの元、不可解な攻撃で勢いが削がれた敵へのさらなる追い打ちとして使用したのだ。

 

 結果は明らかだった。これまで死すら恐れない様子で襲いかかってきた冥府の魔獣たちの突撃の波に間が生まれていたのだ。

 

「とりあえずこれも置いておこう」

 

 今度は左手を地面に向かって振るい、迫撃砲――モータートラップを生み出す。適当な位置目掛けて発射するようにしつつ、タバサは後退してアレッキィとミレイユ、さらには援軍にやってきた扇舟と災禍と合流した。

 

「私は1回戦闘見てるはずだけど……君めちゃくちゃだね……」

「なんて人間連れてきてるのよ……」

 

 淫魔族の2人は想像を超えたタバサの力に引き気味である。

 

「……“呪い”の群れを蹴散らしたんだから集団戦に強いのはわかってたけど……。ここまですごいのね」

「だから否が応でも協力を取り付けたかったの。扇舟、あなた普段どんな相手と一緒に生活してたか、これでわかった?」

 

 初めてこの世界に来たときに戦いぶりを見ていた扇舟もこの様子で、唯一災禍だけがどこか得意げである。

 

「とにかく助かった。ありがとう、タバサちゃん。こことこの子たちの援護は私に任せて。2人にはとにかく敵の数を減らして欲しいの。自由に動いてもらって構わない」

「……敵の数を減らせばいいの? 質ではなく量を重視しろ。そういうことでいい?」

 

 仮面越しにタバサに見つめられていると災禍は感じた。同時に、その言葉の裏にある、彼女が言わんとしていることも。

 意味ありげに、災禍が小さく笑みを浮かべた。

 

「ええ、敵の数を減らして。……今の言い方ならタバサちゃんは気づいてそうだけど、質の方に対しては策を用意してあるから」

「やっぱりか。わかった、じゃあ雑魚を蹴散らしてくる。扇舟、行こう」

 

 言うなりタバサは魔獣たちを避けるように飛び出していき、扇舟も慌ててそれに続いた。

 

「それで……どうするの?」

「扇舟は向こう側、あの人型をした気味悪いやつらをお願い」

 

 そう言ってタバサが剣先で指し示した先。温存されていたか、後方に控えていた化け物の群れが目に入った。角が生えた顔を包帯のようなもので覆い、背中に羽根を生やし、チェーンソーらしきものを手にしている。

 エレシュキガルの元についた下級淫魔族のサキュバス――ハデスリリンだ。

 

「了解。タバサちゃんは?」

「幽霊連中をやる。あれは扇舟の毒と物理攻撃が効くか怪しい。私が得意にする冷気属性もそこまで効かなそうではあるけど、ケアンで叩き斬りまくった実績はあるからまだマシだと思うし」

 

 タバサはネメシスとブレイドスピリットを召喚した。自身のペットとともに、ローブのようなものをまとったいかにも死霊という連中を相手にするようだ。

 

「確かに霊に毒は効かないかも……。とにかく行きましょうか、死なないでね!」

「扇舟も」

 

 互いの健闘を祈った上で、2人は別方向へとそれぞれ散った。

 

 扇舟が近づいてきたことに気づいたのだろう。ハデスリリンが臨戦態勢を取る。そして――。

 

「キャハハハハハハ!」

 

 まるで狂ったかのような笑い声を上げ、威嚇を始めた。

 

「……耳障りね。まあいい、始めましょう」

 

 嫌悪の表情を浮かべつつ扇舟は足を止め、その場に棒立ちになる。

 直感的に力量差が明らかなのはわかった。それでも実際に手を合わせてみないうちから決めつけるのは早計とも言える。だから敢えて隙だらけのように装い、まず相手に仕掛けさせた。

 

 ハデスリリンはその誘いに乗った。最も近い距離にいた1体がチェーンソーを構えて斬りかかってくる。

 命中すれば肉を裂くのは当たり前。その上淫魔族として相手の精気も奪うという危険な攻撃だ。

 

 だが、扇舟はまるで怯まなかった。さも散歩をするかのように無造作に間合いを詰め、武器を振り下ろすより先に相手の腕を取る。

 彼女の得意技。相手の力を利用して宙を舞わせつつ背中から地面へと叩きつける、小手返しを応用したような投げ技だ。さらに、取ったその腕をそのまま相手の頭の方へと押し込む。すなわち――。

 

「グギャアアアアアアア!?」

 

 背中から地面に打ち付けられたハデスリリンは、自分が手にするチェーンソーで頭をかち割られることとなった。

 が、絶命した相手に一瞥もくれず、扇舟は冷たい目で次の相手を見据えている。

 

「薄々勘づいてはいたけど、相手にならない。この程度なら一斉にかかってきても卑怯だとは思わないわよ」

 

 露骨な挑発だったが、反応したのはまたも1体だけ。間合いの外からチェーンソーを振り下ろして牽制、それから体重と勢いを乗せた突きを狙ってきた。

 ――のだが。

 

「遅すぎる」

 

 扇舟の速さの相手ではなかった。右手の義手の爪を展開。刃の直線上から体を外し、地を蹴って急加速。あっさり突きをやり過ごして自分の間合いに入る。

 まずは突き出されたチェーンソーを持った右腕が斬り飛んだ。次いで心臓を狙って胸部が貫かれる。さらにとどめとばかりに首が跳ね飛ばされた。

 まさに電光石火。一瞬のうちの三連撃で2体目を片付け、扇舟は爪の血を払いながら口を開いた。

 

「時間のムダね。……まとめてきなさい」

 

 ようやくここで左手を前にしたオーソドックスな構えを取り、その左手を「かかってこい」とばかりにクイクイと動かす。

 2度目の露骨な挑発、さらには目の前で仲間が2体もやられたとあって、今度は10体程度のハデスリリンが奇声を上げながら一斉に襲いかかってきた。

 

「キャハハハハハハ!」

「それでいい。……耳障りな点を除けばね」

 

 右手の内部ギミック解放。調合した毒を爪へと塗布し、扇舟が動く。

 心がけるは最小限の動き。左手で相手の攻撃の方向を反らし、同時に右手の爪で最低限のダメージを与える。常に周囲の動きを読み取り、かつて鍛えた体捌きと養った直感が自信となって扇舟を支えた。

 

 振り下ろされるチェーンソーの間合いの中に入り込み、相手の力を利用して転がし倒しながら爪で斬り裂き。

 背後からの気配を察知して蹴りで間合いを開け直し、その隙を突こうとする他の相手の攻撃を目で押し止め。

 横に振るわれるチェーンソーの軌道を見切り、剣において背に当たる部分(ガイドバー)を左手で下から殴って斬撃をかいくぐりつつ右手で反撃を加える。

 

 1対10もの乱戦の中、舞うように、敵の合間を滑るように続いた攻撃と回避。その攻撃を全員に対して終えたところで、扇舟は大きく間合いを開け直した。それから優雅な動作で、肩よりも長いクリーム色の髪を両手でなびかせる。

 

「キャハハハハ……ハ……ハ……!?」

 

 そんな扇舟に対し、奇声を上げつつ追いかけようとしたハデスリリン達だったが、突如異変が起きた。最初に攻撃を受けた者から順に次第にその声のトーンが下がり、足が止まって、ついには地面へと崩れ落ちていく。――まるで、何かに組み伏せられたかのように。

 

ヒドゥンハンド(見えざる手)……。私の毒は、効果が現れればその名の通り見えない手に押さえられたように体の自由を効かなくする。……タバサちゃんがいた世界には伝承レベルになるけれど女の毒の使い手がいたらしくてね。彼女が得意とした技法と似た使い方だからというのもあって、名前を借りさせてもらった。……昔の毒手のように毒をブレンドしたり、人格を破壊するような毒を使ったり、さらには致死性が高い毒なんてものは使わない。動きを封じる、今はそれができればいい」

 

 扇舟が地面に這いつくばる化け物たちを冷たい眼差しで見つめる。毒で動けなくなった者に待ち受けるは、なるべくしてそうなるであろう、正当なる終焉(ジャストファイアブルエンズ)――。

 

「死になさい」

 

 動けない相手の首が次々にはねられていく。かつての冷酷な彼女のように、その動きに一切の躊躇はなかった。

 

「……戦える。まだ、私は」

 

 ふう、とひとつ息を吐き、爪の血を払って再び髪をかき上げた。そして次のハデスリリンの集団へと視線を移す。

 格の違いを本能的に感じ取ったのだろうか。明らかに気圧されているのがわかった。

 

「化け物のくせに恐怖は覚えるわけね。……でも容赦はしてあげない。戦うときだけはあの醜悪な以前の私に戻ってもいい。そのぐらいの覚悟を持って、毒を解禁したのだから」

 

 扇舟が低く構えた。そのまま飛び出し、まるで地を這うヘビのように猛然と獲物へと迫っていく。

 

「キャ……キャハハハハ!」

 

 奮い立たせるように奇声を上げたハデスリリンだったが――。

 

「シャアアアアッ!」

 

 扇舟が吠えた。かつてのように殺意を剥き出しにした彼女には、恐れを持った敵など到底敵わない。ハデスリリンの攻撃はことごとく逸らされ、反撃に爪で切り裂かれ、毒で動きが封じられていく。

 

 「毒の女王」の異名と共に、対魔忍屈指の近接戦闘能力の持ち主と同胞にさえ恐れられた存在。そんな彼女が、今そこにいた。

 

 

 

---

 

「十数年前に見たときと同じだわ……! あれこそまさしく、対魔殺法の達人とまで言われた井河扇舟そのもの……!」

 

 思わず独り言をこぼしたのは災禍だ。

 アレッキィとミレイユと共に防衛ラインを立て直しつつ、離れたところから扇舟の戦闘の様子を時々伺っていたが、ブランクから完全復帰した扇舟に対して驚愕と畏怖が入り混じった感情を抱いていた。

 元はふうま一族の怨敵。毒手を失ったにも関わらず、まるで全盛期を思わせるその戦いぶりは呼んで正解だったと思える。その一方、自分たちの前に立ちふさがったあの恐怖を再び呼び起こされたかのような錯覚すらしていた。

 

「あの人……すごい……!」

 

 と、そこで災禍に近づいてきたミレイユが驚きの声を上げていた。

 

「ええ。……正直、タバサちゃんのおまけのつもりだった。でも、おまけだなんてとんでもない。あれほどだとは……」

 

 そんな風に災禍が言った、その時。

 

「災禍!」

 

 不意にタバサの叫び声が響いた。まさか今のが聞こえていて咎められるのかと思った災禍だったが――。

 

「災禍さん、何かおかしいです!」

「なんで私がもう1人そこに……!?」

 

 アレッキィと、他ならぬミレイユの声を聞いてハッとした。

 

 確かに自分の側にミレイユがいる。だが、アレッキィと共に声をかけてきているのもミレイユだ。

 

 一瞬の思考停止状態に陥った、その時――。

 

「甘すぎるわね、対魔忍」

 

 目の前にいたミレイユが邪悪な笑みを浮かべる。そして次の瞬間、その“ミレイユ”が振るった手刀が、災禍の体を斬り裂いていた。




キャニスターボム

マスタリーレベル20で解放されるデモリッショニストのスキルで、着弾後に子爆弾をばら撒く拡散爆弾を投擲する。
刺突・火炎・火炎DoTの燃焼ダメージを出力し、スキルレベルの上昇とともに子爆弾の数が増加する。
マスタリーレベル40で解放される後続スキルの「インプルーヴドケーシング」を取得すると子爆弾の爆発範囲を拡大、さらに物理DoTである体内損傷を追加し、刺突・火炎・燃焼ダメージを割合で強化する。
また、マスタリーレベル25で解放されるスキル変化の「コンカッシヴボム」を取得すると最大3ポイントで気絶を追加、物理(主にインプルーヴドケーシングで追加される体内損傷分)を雷属性へと変化させる。
さらにはスタンジャックス、グレネイド同様に、スキルレベル50で解放される「ウルズインの選民」の対象スキルでもあり、取得するとダメージ修正、確率による100%クールダウン短縮、エナジーコスト軽減が得られる。
グレネイドと違って親爆弾は敵との接触判定を持たないため、敵集団の真ん中に放り込んで一気に殲滅という方法を取ることが可能。加えて、子爆弾は全て別々の攻撃判定を持つ。
範囲殲滅力が非常に高いスキルであるが、代償としてリチャージが4.5秒と長め。だがこれでもテコが入って短くなっており、昔は8秒とさらに長かった。
ウルズインの選民で確率による100%クールダウンはあるものの、連投は運任せとなる。主力にする場合はリチャージ短縮のスキル変化や、◯%クールダウン短縮の装備で再使用までの時間を短くしたい。
それでもやはり間が空くため、同じくウルズインの選民の恩恵を受けられるグレネイドを併用したり、常用できる攻撃スキルを用意したりした方がいいかもしれない。
また、物理(厳密にはDoTの体内損傷)、刺突、火炎と属性が散らかっているスキルでもある。メインに使う場合はできる限り得意属性にまとめてダメージを伸ばしたいところでもある。
本編中では敵集団を怯ませるためにタバサが使用しているが、実際はダメージソースとして使うか使わないかの二択になると思われる。
そのため、本来のビルドでは取得していない。


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Act73 お前と私とでは、踏んできた場数が違うのよ

「ぐっ……がはっ……!」

 

 災禍の心臓を狙って振るわれた、ミレイユの偽者と思われる相手の手刀。タバサと他ならぬミレイユ本人からの警告で一瞬早く気づけた災禍は、体を引かせてどうにか心臓への致命傷だけは避けていた。

 が、それでも傷が深い。切り裂かれた胸を抑える左手から鮮血が滴り落ちている。

 

「フフフ……」

 

 偽のミレイユが姿を変えていく。黄白色の短い髪に、鼻と口を覆う特徴的なマスク、胸元が開けた黒のコートのような衣装。そしていつの間にか手には肉叩きのような巨大なハンマーが握られている。

 

「お前は……ワイト!」

「ええ、そう。死霊騎士(レヴァナント)のワイト様よ。……少し前に貴様から受けた屈辱、今こそ晴らさせてもらうわ!」

 

 “黄夜叉”の異名を持ち、黄色い瘴気を操るとされるワイト。彼女はその瘴気によって、触れた人間かそれに近い種族であれば姿を変えることができ、しかも記憶まで含めて完全にコピーが可能なのだ。その能力を使ってミレイユへと“変装”、隙を突いて災禍へと奇襲をかけたのである。

 

 以前、災禍はワイトと戦ったことがある。災禍にとって新型スーツの初の実戦投入になったその時は、スーツのステルス機能を活かした上でワイトに対して邪眼を使用。「使用中に無防備になる」という邪眼の弱点をカバーした上で相手の意識を奪い取っていた。

 相手はそのことをまだ根に持って恨み続けていたらしい。巨大ハンマーを手に、災禍をミンチにしようと襲いかかる。

 

(まずい……!)

 

 致命傷は避けたとはいえ胸への無視できないダメージだ。思うように体が動かないと災禍の背中に冷たいものが走った、その瞬間。

 

「何っ!?」

 

 ワイトを囲い込むように、突如刃の檻が生まれていた。あまりにも不可解な現象だったが、そのおかげで災禍はどうにか態勢を立て直し、さらにその相手にも思い当たっていた。

 

「もしかして……タバサちゃん!?」

 

 災禍の予想通り、これを行ったのは先程警告を促してきたタバサだった。ネメシスとブレイドトラップと共にレイスと死霊を相手にしつつ、その隙を縫って相手を幻影の刃(ファンタズマルブレイズ)の監獄へと閉じ込める技法・“ブレイドトラップ”を使用したのだ。

 

「こんなもの!」

 

 だがタバサが得意とするものではないために長時間の拘束も、檻自体の強度の確保もできない。ワイトが振るったハンマーで呆気なく即席の監獄はやぶられてしまう。

 それでも、災禍にとっては十分過ぎる時間だった。気合で体を動かし、ワイトに先制攻撃を叩き込む。

 

「はあっ!」

「チッ!」

 

 舌打ちをこぼしつつハンマーの柄の部分で災禍の蹴りをガード。勢いを削がれたと判断したか、ワイトは一旦距離を取り直した。

 

「フン、悪運の強い女だ」

「本当に悪運だと思ってるの? お前の攻撃をギリギリで避けられたのも、追撃を妨害してもらったのも、どちらも仲間の……特に、あの子のおかげ」

 

 災禍がチラリとタバサの方へ視線を移す。今もレイスと死霊を蹴散らそうと剣を振るっているのが見える。

 

「……お前たち! その小娘をこちらに近づけさせるな!」

 

 その相手にワイトも気づいたのだろう。配下である兵隊たちに指示を飛ばし、忌々しげに災禍を睨みつける。

 

「本当にムカつく対魔忍ね。……でもいいわ。強がっているようだけど、お前は既に手負いであることに違いはない。焦らずとも、じわじわ嬲り殺しにすればいいだけのこと」

 

 図星だ、と内心で災禍は悪態をつかざるを得なかった。

 胸の傷は浅くはない。肋骨、さらには肺もダメージを受けた気配がある。呼吸がやや苦しく、喉の奥から鉄の味を感じる。何より、傷からの出血が無視できない。未だに止まる気配はない状態だ。

 

「それに、どちらにしろもう手詰まりよ。この役割は少々癪だったけど、お前が出てきてくれたおかげで幾分か溜飲を下げられたわ」

「役割……? まさか、陽動……!」

 

 正解、とばかりにワイトの目が細められた。次の瞬間――。

 

 館側面から轟音が響き渡った。

 

「やっと本隊が突入したか。この私がお膳立てをしておきながら、シックスティの奴は何を手間取ってたんだが。だけどまあ、これで終わりね」

 

 フッと、なぜか災禍が笑った。

 

「終わり? ……違うわね。そちらが館を直接狙ってくることは想定済みよ。ただ、これだけの大部隊を陽動に回した、そのことには驚いているけれど」

「……何?」

 

 どういう意味かとワイトが問おうとしたのだが。

 

「アチョオオオオオオッ!」

 

 野太くあると同時に甲高い声が響き渡り、死霊卿配下の魔物たちが館の壁をぶち破って外へと吹き飛ばされてきていた。

 さらには一旦突入したと思われるシックスティと、アヌビスも配下たちを連れて外へと後退してきている。憎々しげにシックスティとアヌビスが言葉を発した。

 

「やはり策を講じていたか。しかし……」

「偽情報の流布まで行っていたとはな。さすがだな、“フレイムエンドの気高き薔薇”アンブローズよ」

 

 館の中から大柄な男……でいいのだろうか、インキュバスと思われる存在が現れた。だがその髪は嫌でも人目を引く紫色をしており、さらに幾重にも巻かれている。服には大量の薔薇があしらわれ、それでいて胸元までざっくりと開いているために鍛え上げられた大胸筋が見え隠れしてるという、あまりにもインパクトが強すぎる格好だ。

 

 淫魔族の大幹部、アンブローズその人である。

 

 さながらドラァグクイーンともいうような出で立ちのそのインキュバスが、アヌビスに対して口を開いた。

 

「あら、偽情報とは何かしら? 私自身は何かを言ったつもりはまったくなかったけれど。ねえ、イシュタル?」

 

 アンブローズの声に応じるように、今度は一見してサキュバスとわかる淫魔が現れた。

 

「幻影の魔女が表舞台になかなか出てこないこのタイミングで私とアンブローズが魔界へ行く。そんな情報を流せば、たとえ罠かもしれないとわかっていても、傲慢なお前たちは出てくる。予想通りだったな、痴れ者め」

「……ちょっと、私自身は何か言ったつもりはない、ってわざわざ言ったのに、なんであんたはそう台無しにすることを言うわけ?」

 

 アンブローズとイシュタル。敵対派閥同士ではあるが、エレシュキガルという共通の敵の前に手を組んだ淫魔族幹部。

 幻影の魔女を取り巻く存在としてもっとも強大な戦力と見られているのがこの大幹部2人だ。相手からすればそんな厄介な連中が魔界へ赴く、という情報を聞きつけてこの襲撃を起こしたわけだが、それ自体が罠だったというわけである。

 

「とにかく、随分と好き勝手にやってくれたわね。さあ、反撃開始よ!」

 

 そのアンブローズの声に応え、館の中に隠れていた淫魔族たちが現れて敵の本隊と衝突する。

 戦いはさらに乱戦の様相を醸し出していた。

 

 

 

---

 

 そんな様子を気配では感じていたものの、扇舟にはそちらに気を割く余裕が無くなっていた。

 災禍に何かがあったこと、味方が戦力を隠していて反撃に出たこと。それはなんとなくはわかったが、今は目の前の敵から集中を切らせるわけにはいかないからだった。

 

「フン、アンブローズとイシュタルめ。とんだタヌキだな。……しかし、シックスティ様の相手ではなかろう」

 

 その理由が今扇舟の目の前で独り言を呟いた淫魔族、ハデスシスターのせいであった。

 ハデスリリンよりも禍々しい、いかにも悪魔といった見た目。毒々しい色の角と不気味な目、それから裂けた口。淫魔族特有の翼も禍々しく、立っているだけで威圧感を与えるほどだ。

 

(こいつが現れてから、ここまで簡単に倒せていた敵の動きが変わった……。おそらく指揮官ってところね)

 

 ハデスリリンを相手に一方的な戦闘を続けていた扇舟だったが、目の前の敵が現れてからはそれまで無秩序で圧しやすかったハデスリリンたちの動きが組織的に変わったのがわかった。そのことに対して警戒し、息を整えつつひとまず様子を見ることにしていた。

 

「そして、こちらもお前ごとき私の敵ではない。……ハデスリリンたちをかわいがってくれたようだが、少々調子に乗り過ぎたな。始末させてもらおう。前もって言っておくが、お前は毒を使うようだが私に毒は通用しない」

 

 ピクリ、と扇舟の目元が一瞬動いた。

 

「……そう。ならば、試験用としてもちょうどいいわね」

 

 扇舟は懐から緑色の液体が入った小さな密閉容器を取り出した。右手の義手の甲の部分を開き、それまで使っていた、容量が減った緑色がより薄い容器と入れ替える。

 

「毒を強力なものにでも入れ替えたか?」

「ええ、そういうこと。元の毒手には及ばないけれどね」

「無駄なことを」

 

 ハデスシスターが右手を突き出す。それに応じたように3体のハデスリリンがチェーンソーを振りかぶって襲いかかってきた。

 確かに組織だった動きではあるが、個の戦闘能力自体は変わらない。チェーンソーを回避、あるいは攻撃前に間合いの内側に入り込んで腕自体を止める形で防御し、右手の爪による反撃を繰り出す。

 これまでと変わらない対応で2体に大ダメージを与えて行動不能にし、3体目に相対しようとした、その時。

 

「……ッ!?」

 

 直感的に、扇舟はその場を飛び退いていた。直後、目の前のハデスリリンの姿がみるみるうちに溶け、その原因である毒のブレスがさっきまでいた場所に広がっていた。

 

「ほう、避けたか。カンがいいのか運がいいのか」

 

 おそらくそのブレスを吐いた元凶であろう、ハデスシスターが鼻で嗤いながらそう呟く。

 だが、この行為に扇舟は激しい嫌悪感を抱いていた。

 

(ブラインドにするためだけに部下の命を犠牲にした攻撃……! 同じだ、こいつは……)

 

 ギリっと歯が鳴らされた。

 

(過去の唾棄すべき、醜悪な私と同じ……!)

 

 愚かだった、今では憐れむと同時に憎しみの対象でもある過去の自分と姿がダブる。

 部下の命など道具と同じとしか考えず、その道具をいかに使うかしか考えていなかったかつての自分。母のように狡猾で冷酷になることだけを目指し、母に認めてもらいたいと歪んだ目標だけを持ち続けた。だがその結果、自分も母の道具として使い捨てられそうになった。

 

 目の前の敵が許せない。そんな怒りに身を任せて突撃したい衝動に駆られる。が、どうにかそれを自制し、扇舟はひとつ深呼吸をした。

 

(……いえ、怒りは冷静さを奪う。この相手が狡猾であると考えられるなら、むざむざ飛び込むのは悪手。……大丈夫、冷静さは失ってない)

 

 努めて冷静に、しかし心の中に火は燃やしたまま。扇舟はゆったりと構えた。それから左手をクイクイと動かし、相手を挑発する。

 

「舐めおって……。そんなに死にたいのならば望み通りにしてやる!」

 

 ハデスシスターが怒りの声を上げつつ、右手を上げた。同時に6体のハデスリリンたちが散開し、扇舟を取り囲む。

 

「包囲か。そのぐらいのことを考えられるだけの知能はある、ってわけね」

「その減らず口をいつまで叩いてられるか見ものだな! やれ!」

 

 右手が振り下ろされると同時。

 

「キャハハハハハハ!」

 

 奇声を上げながら、ハデスリリンたちがチェーンソーを振り上げて襲いかかってきた。

 

 しかし扇舟に焦った様子はない。リーダーであるハデスシスターに背を向ける形で、まずは自分の背後から迫るハデスリリンに狙いを定めた。

 扇舟が狙うは一点突破。多重包囲ならまだしも、単体が広がって囲んだところでさほど怖くはない。そう判断してのことだった。

 

「包囲から逃がすな! 回り込め!」

 

 1体目の攻撃を回避しつつ右の貫手をで心臓を貫いたところで、2体のハデスリリンが左右から前方に回り込もうとするのが見えた。同時に、背後から迫る気配も。

 

「はあっ!」

 

 その背後からくる敵へと蹴りを入れて牽制。前方範囲をカバーしようと動いてきた2体と対峙し、片方の攻撃を回避に専念、もう片方には回避からの反撃を入れたところで――。

 

(おそらくここ……! 仕掛けてくる!)

 

 背後の気配と、かつての自分に似た部分があると直感した相手。そこから扇舟はひとつの予想を立てていた。

 不意に振り返って右手を構える。果たしてそこに、背後からの隙を突こうとしていたハデスシスターの姿があった。

 

「なっ……!」

「やっぱりか」

 

 右の貫手を突き出す。相手は咄嗟に左手を盾にして直撃を回避。突き刺した貫き手を横に払って腕を切り裂こうとするが、ハデスシスターは後ろへと跳躍し、ダメージを最小限に抑えていた。

 左腕に傷を負いつつも致命傷を避けた指揮官をかばうように、残った4体のハデスリリンたちが扇舟の前へと立ち塞がる。

 

(今のでさらに2体減らしたか)

 

 1体は死亡、もう1体は毒で這いつくばるように動けなくなっている。その相手の首を踏みつけてへし折ってとどめを刺し、それから扇舟は口を開いた。

 

「お前はかつての私に似ている。だから狙いもよく分かる。部下は所詮使い捨ての道具、囮にしておいしいところだけ自分がいただく。そういう魂胆が見えたから、あそこで狙ってくることは読めた」

「チッ……」

 

 傷を負った左腕を抑えつつ、ハデスシスターが忌々しげに舌打ちをこぼす。

 

「……いや、偉そうに語っているが貴様は私を仕留めきれなかった。それが現実だ。違うか?」

「そうね。確かにそれ()その通り。……でもどちらにしろ同じことよ」

「同じ? 何を言って……」

 

 そこまで言ったところで、不意にハデスシスターが膝から地面へと崩れた。

 

「ハデスシスター様!?」

 

 指揮官の異変にハデスリリンたちが狼狽した。

 

「な、なんだ……。体が……動かん……」

「言ったはずよ。毒を強力なものに切り替えた、と」

「馬鹿な……。そんなことで私に通用するはずなど……」

「効くのよ。この毒は特別製なのだから」

 

 自分が調合した神経毒では効果がない相手が出てくるかもしれない。そう考え、右手が完成し、毒を調合し終えた後も扇舟は悩んでいた。

 そこへ、タバサがインベントリから引っ張り出してきたあるものを渡していたのだ。

 

「これはケアン……私がいた世界に住む、スリスっていう上半身が人間で下半身が蛇の化け物の毒から作られたオイル。スリスは体液が強力な毒になってて、それを加工したものだと思う。インベントリに入ってるってことはケアンにいた頃に手に入れたんだろうけど、いつ手に入れたか記憶にないし、どうせ私は使う予定も無いから扇舟にあげる。毒を強化したいならこれを調合するといい。ただ、劇物だから使う時は気をつけて」

 

 新たな毒の調合は細心の注意を払って美琴のラボで行ったが、その際毒の成分を調べた美琴はこの世界に存在する成分とは別なものだと断言した。

 つまり、毒に耐性があったとしても異世界の毒となればそうとも限らず、例外的に効く可能性が高い、ということでもある。

 事実、先程毒のブレスを吐いてきた相手は、今扇舟の目の前で地面に這いつくばっている状態だ。

 

「お、お前たち! この女を殺せ!」

 

 ハデスシスターの命令に、残った4体のハデスリリンがチェーンソーを振りかぶって襲いかかった。

 

「……ひとつ、言っておくけれど」

 

 扇舟は構えない。構える必要すら無い。

 もはや相手は統率を失った有象無象、先程まで一方的だった相手と同等だ。

 

 赤子の手をひねるが如く。投げ飛ばし、相手のチェーンソーで同士討ちをさせ、爪で斬り裂く。あまりにも呆気なく、ハデスシスターの最後の手駒は失われていた。

 

「確かに組織的な動きに変わったこいつらを倒すのは少し骨だったけれど、さっきもやろうと思えば周囲を囲んできたあの6体を片付けることぐらいはできた。でもお前を食いつかせるために、敢えて隙を作った。……かつては井河長老衆として多くの人間を欺いてきた身。お前と私とでは、踏んできた場数が違うのよ」

「き、貴様……!」

 

 もはやハデスシスターは見えざる手(ヒドゥンハンド)に抑え込まれたかのように立ち上がることもできない。憎々しげに睨みつけられる不気味な目からの視線を受けつつ、とどめを刺すべく、扇舟はゆっくりと歩み寄る。

 

「……バカめ! ハアアアアアッ!」

 

 が、それを待っていたかのように突如ハデスシスターは毒のブレスを扇舟目掛けて吐きかけた。――のだが。

 

「だと思った」

 

 既にそこに扇舟の姿はない。跳躍し、無様に這いつくばる相手の頭上を取っていた。

 

「ま、待っ……」

 

 命乞いの暇さえ与えず。着地と同時に振るわれた右手の爪は、淫魔族の首から上を斬り飛ばしていた。

 

 指揮官であったハデスシスターをはじめとして、辺りには敵の淫魔族の死体の山が築かれている。

 この戦闘でおおよそ一個分隊程度の敵を壊滅。扇舟はひとつ息を吐いた。

 

 さて、タバサはどうしただろうかと視線を移すと、戦っていたはずの場所に姿がない。死霊連中が全滅している様子から戦う場所を変えたのだろうと辺りを見渡すと、巨大なハンマーを持った相手と災禍の間に割って入っているのが見えた。

 

「……さすがタバサちゃん。とっくに担当した分は片付けてたってわけね。彼女(災禍)は嫌がるでしょうけど、私も手伝いに行くとしましょうか」

 

 館の外での戦闘は扇舟とタバサの活躍もあってか、味方の淫魔族が押しているようにも見える。だとするならば、優先すべきは知った顔を救うことだ。

 考えをまとめると同時、扇舟はタバサと災禍が戦っている元へと駆け出していた。




ブレイドトラップ

マスタリーレベル25で解放されるナイトブレイドのスキルで、ナイフを投擲して命中した相手を刃の檻に閉じ込め、動きを封じつつ刺突と出血ダメージを与え、同時に%で防御能力を低下させる。
マスタリーレベル40で解放される後続スキルの「デヴァウリングブレイズ」を取得すると生命力ダメージと与えたダメージをヘルス変換する能力が追加、割合で刺突と出血ダメージが強化され、さらにナイフが貫通する確率も発生する。
貫通した場合は複数の敵に対してスキルが発動するため、集団戦も強化される形となる。
投げるナイフも閉じ込める檻もファンタズマルブレイズという設定であるため、「幻影の刃を投げつけ、相手を刃の監獄に閉じ込めてダメージを与える」という非常に中二心をくすぐられるスキル。
リチャージは2秒と短め、さらに相手の動きを封じられることに加え、防御能力を%で低下させる(スキルレベル5の時点で-20%にも及ぶ)ために一般的な数値の低下量より非常に大きくなり、クリティカルを出しやすくなるのが特徴。
……なのだが、このスキルが効果を発揮するのは「敵を檻の中に捕縛している間だけ」であり、つまり「捕縛できない敵には効果がない」という致命的な欠点を抱えてしまっている。
そのため捕縛耐性(表記はトラップ耐性)が100%の以上の敵には全く効果がなく、防御能力低下はおろか、ダメージすら与えられない。そしてボスは軒並み高い捕縛耐性を持っている。
例を挙げると、Act1ボスのウォードン・クリーグ第1形態が118%、トゥルーパワーを解放した第2形態が148%、Act2ボスのイーサークリスタルぶっ刺してるダリウス・クロンリーが98%、その派閥のネメシスであるファビウスが133%(おそらくネメシスは軒並み133%と思われる)。基本的に効果なしである。
ただし、このスキルをフィーチャーしたセット装備には敵の捕縛耐性を55%下げる効果があるため、それを使えばSRでメインの仮想敵とするべきであろうネメシス連中の耐性を78%まで下げられる。表記持続時間の約4分の1弱程度の時間は捕縛できるので、そこそこ効果は見込めるかもしれない。
この問題点はアルカニストのスキル「オレクスラのフラッシュフリーズ」でも抱えており、こちらは凍結しないと効果がないということになっている。
本編中ではタバサが災禍への追撃を防ぐためにワイトに使用しているが、一瞬だけ効果が発動しているのでワイトの捕縛耐性は80%ぐらいと勝手に仮定している。
とはいえ、こんな有様なので本来のビルドで取っていないのは勿論のこと、実はメインとしてまともに使用した記憶すらないスキルだったりする。


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Act74 かつての仇である私の話を信じて、施しを受けてくれるのならば、だけど

 卑劣な奇襲でダメージを負いつつも、災禍はどうにかワイトを相手にしていた。

 攻撃を受けてスーツが破損したために機能に頼ることは出来ず、邪眼も痛みで集中が続くか怪しい。そもそも、一度痛い目を見ている相手だ。もう使わせる隙は与えてくれない、と考えるのが妥当だろう。

 よって無理には攻めない。防御一辺倒にだけはならないように要所要所で相手の攻撃を潰しつつ、ここまでをしのぎ続けていた。

 

「死にかけのくせに随分とがんばるわね」

 

 呆れたように、同時にまだまだ余裕を感じさせる様子でワイトはそう言葉を発した。

 

「でもその割には消極的すぎる。時間稼ぎでもしてるわけ? お前が苦しむ時間が増えるだけのようにしか思えないけれど」

 

 フッと災禍が小さく笑う。

 

「ええ。そんなところ」

「悪手だったわね。何を待っているのか知らないけれど、お前の勝機は短期決着にしか無かった。……疫病を撒き散らすシックスティと、空間を隔離するアヌビス。この2人の組み合わせを考えればね」

「……どういう意味?」

「気づいてないのならそれでいい。……どうせお前が死ぬことに変わりは無いのだからな!」

 

 ワイトがハンマーを構え、猛然と突撃を仕掛けてくる。安全策を取って間合いを開けて回避しようとした災禍だったが。

 

「ぐっ……」

 

 体が重い。意思に反して体が動いてくれず、結果的に反応が一瞬遅れた。やむを得ず、体に鞭打って強引に動かし、振り下ろされるハンマーの柄を蹴って攻撃を止める。

 

「まだあがくか」

 

 余裕たっぷりの様子でワイトは一旦ハンマーを引き、続いて横薙ぎへ。今度は緊張状態を保てたからか、災禍の体はどうにか言うことを聞いてくれた。大きく飛び退いて、それの回避に成功する。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 だがその代償として、災禍は片膝を着き、息を大きく乱さざるを得ない状況になっていた。

 

(おかしい……。確かに胸の傷は軽くないけれど、どうしてここまで動きに支障が……)

 

 そこでふと、先程ワイトが言ったことを思い出す。

 

「疫病を撒き散らすシックスティと空間を隔離するアヌビス……。まさか……!」

「ようやく気づいたようね。……お前の動きが鈍いのはその胸の傷だけじゃない。あの女がばら撒いている毒の影響もあるということよ。しかも空間が隔離されたことで霧散せずにより高い効果を発揮しているようね」

 

 まずい、と災禍の背を冷たいものが走った。だとするならば、確かに先程目の前の相手が言った通り、勝機は短期決戦にしか無かったのかもしれない。

 

「ほら、時間稼ぎをするんじゃなかったの? 無様にあがきなさい。あがいてあがいて、最後には自分がしたことは無駄だったと気づいて絶望しながら死んでいくのよ。アハハ!」

 

 ワイトが迫る。しかし、体が動いてくれない。

 心へのダメージは、時に体へのダメージを上回る。不知火が儀式を終えるまでの時間は稼ぐ。災禍はその気持ちを心の支えとしてこれまで戦っていたが、そこに強烈な一撃を叩き込まれた形になった。

 

(いえ……まだ終われない……! 最後まで戦い抜いてみせる!)

 

 ギリッと歯を鳴らし、災禍が強引に立ち上がる。

 こうなれば玉砕覚悟。こちらが時間稼ぎをしていると思い込んでいる隙を突き、相討ちになってでも全身全霊を込めた一撃を叩き込むしかない。

 そう災禍が腹を括った、その時。

 

「それはよくない。言ったはずだよ、災禍にもしものことがあったらふうまが悲しむって」

 

 災禍の体を押しのけ、間に割って入ってきたのは――。

 

「タバサちゃん!?」

 

 思わず災禍が驚いたような声を上げる。そのままタバサは2本の剣を交差させ、ワイトが振り下ろすハンマーを両手の剣で受け止めていた。憎々しげにワイトの口から舌打ちがこぼれる。

 

「邪魔な小娘が! お前たち! こいつを近づけさせるなと……」

 

 そう言って首を動かしたワイトだったが。視線の先には配下であるはずのレイスや死霊たちが1体も残っていないことに気づき、言葉を失っていた。

 

「全員死んでるよ。……あ、元々死んでるんだからこれはおかしいか」

 

 数では圧倒的だったはず。にも関わらず、目の前の少女はジョークまで飛ばしてまだまだ余裕がある。ワイトの表情に目に見えて怒りの色が浮かんでいた。

 

「おのれ……! だが所詮1人増えたところでもう片方は死にかけ。こうなったら2人まとめて……」

3()()よ」

 

 その声と同時。ワイトは自分に迫る殺気を感じ取り、反射的に身を逸らしていた。一瞬遅れてそこを爪が薙ぐ。腕にわずかにかすり傷を負ったものの、奇襲はどうにか回避していた。

 

「やっぱりこいつも一筋縄じゃないかないか」

 

 ハデスシスターとその部下のハデスリリンを全滅させてきた扇舟だ。

 

「貴様も来たということは……ハデスシスターの奴は……」

「さっき首をはねてきた。……ああ、でもお前は死霊術師だったかしら? なら、あれをデュラハンとして復活させられるのかもね」

 

 軽口を叩きつつ扇舟がタバサと災禍と合流する。

 と、タバサが剣を握った右の拳を自分の方に突き出していることに扇舟は気づいた。小さく笑みを浮かべそこに自分の左の拳を軽く突き合わせる。

 小太郎たちと集団戦の訓練をした時、「うまくいった時はこうやって味方を称えるんだ」と教わったジェスチャーのひとつだ。

 

「さすが扇舟。あのぐらいの相手、なんてことはないって信じてたよ」

「ありがとう。タバサちゃんもうまくやったみたいね」

 

 やはりタバサに声をかけたこと、そして扇舟も呼んだことは正解だったと災禍は思っていた。かつて最悪の敵として戦った相手の背中が、今はとても心強く見える。

 

「ハデスシスターの奴め、口ほどにもなかったか。……それから私は死霊術師ではない、誇り高き死霊騎士(レヴァナント)、ネクロマンサーなどと一緒にしてもらいたくはないわね」

「レヴナント? ……ああ、死と苦悩の象徴だっけ。ケアンの星座で見た」

「何を訳のわからないことを……。もういい、2人だろうが3人だろうがまとめて片付けてやる!」

 

 ワイトがいきり立つ。だが、タバサと扇舟、隙のない様子の2人の殺気を受け、迂闊には仕掛けられないと思わず二の足を踏んだ。

 

「……タバサちゃん、扇舟、そのままで聞いて」

 

 これを災禍は好機と捉えた。今のうちに先程ワイトから得た情報、長期戦が不利だということを2人に伝えるべきだと小声で背後から話しかける。

 

「この空間、今はあそこでアンブローズと戦っているアヌビスという奴のせいで他から隔離されているということだけど、同時に来ているエレシュキガルの腹心……シックスティの能力によってこの閉じられた空間内に有害な毒が撒き散らされているらしいの」

「やっぱりか。なんかちょっと体に違和感があると思った。そいつがこの襲撃の親玉?」

 

 自分はかなり苦しい思いをしていると言うのに、ちょっと違和感、の程度で済んでいるのかと思わず災禍はツッコミたかったが、それをグッと堪える。

 

「親玉……と言ってもいいかもしれないわね。とにかく、長期戦になればなるほど相手が有利になる。だからできるだけ短期決戦狙いで……」

「ちょっとごめん。……扇舟、毒を扱ってる以上、私同様に毒に耐性があると思うけど、今体はどんな感じ?」

 

 災禍の言葉を遮り、タバサが扇舟に尋ねる。

 

「……言われてみれば私も少し体が重い、という程度。それに、毒に対してなら()()があるから……」

「あ、そっか。()()に多少の解毒か抗毒の効果があるか。……よし」

 

 そこまで話を聞いたところで、不意にタバサが戦意を消した。それから2人の方へと顔を動かす。

 

「扇舟、災禍。ここを任せたい。どうも館の中……さっき言った親玉のシックスティって奴? そいつを止めないとヤバい気がする。不知火の方へ向かって行ってる」

「そんな!? イシュタルがいるはずなのに……」

「そのイシュタルって人には悪いけど、能力差がありすぎる。おそらく時間稼ぎにもならない。私が行った方がいいと思う」

 

 一瞬の逡巡の後。

 

「……わかった。本当は無理にお願いしたタバサちゃんに危険な思いをさせたくなかったんだけど……」

「このままじゃどっちにしろ皆殺しに合うから危険も何もないよ。……じゃ、行ってくる」

 

 言うなり、タバサは館目掛けて駆け出した。

 

「何っ!? 貴様……」

 

 ワイトが自分を追いかけてきそうな気配を感じ取り、タバサがフラッシュバンを投げつけた。不意に閃光に目を焼かれたことでワイトは怯まざるを得ず、攻撃を避けるためにその場から飛び退く。

 

 その間、扇舟は仕掛けようとはしなかった。ここで無理に仕掛けて仕留めきれる確証がない。故に安全策を取るという判断からだった。

 代わりに懐に左手を入れ、小さな黒い球体状の物を2粒取り出す。それを1粒口に放り込んだ後、災禍の名を呼んで残ったもう1粒を手渡していた。

 

「何これ? 兵糧丸……?」

「私が調合した丸薬。さっきタバサちゃんも言った()()よ。抗毒と解毒作用を持つ薬草や魔草を中心に練り込み、仕上げにタバサちゃんの世界のローヤルゼリーを配合して強壮効果も引き上げた物。一時的に疲労や痛みを感じにくくすると同時に、私の毒による自滅を防ぐために作ったの。あなたが受けている胸の傷の痛みと、あとばら撒いているという毒の効果を薄れさせてくれると思うわ。……かつての仇である私の話を信じて、施しを受けてくれるのならば、だけど」

 

 災禍は掌の上に乗ったままの黒い粒状の球体を眺め、小さくため息をこぼした。そしてそれをためらいなく飲み込む。

 

「……癪だけど、このまま足を引っ張り続ける方が耐えられない。これで本当に多少動けるようになるのなら、この丸薬と一緒に恨み言も飲み込んであげる」

「ありがとう。効果は保証する。即効性だけど、落ち着くまでは無理しなくていい。その間、どうにか私があいつを抑えておく。動けそうだと思ったら援護に来て。……短期決戦は難しいと思う。不知火のことはタバサちゃんに任せて、私はここを確実に切り抜けられる戦い方をするつもりよ」

 

 そう言い残し、扇舟はワイトの方へと歩き出した。

 相手はまだ視力が戻っていなかったようだが、気配を感じ取ったのだろう。まだ眩しがる様子で目を細めつつ、扇舟を睨みつけた。

 

「小細工のせいで1人逃したけれど……。まあいいわ。後ろのは戦えそうにないから、代わりにお前が戦うということかしら?」

「そう捉えたければご自由に。……人間だと思って見くびっているなら痛い目を見せてあげる。私の毒は淫魔族の化け物にも効いた。お前にも通用するかもね」

「言っていなさい。死霊騎士に毒など通じないわ。代わりにお前を肉塊にして、その後であのムカつく対魔忍も嬲り殺しにしてあげる」

 

 ワイトが頭上でハンマーを振り回してから構えた。対する扇舟も構えを取る。が、今まで取ってきたオーソドックスな構えとは違う。

 

(右手が前……スイッチしている……?)

 

 体を落ち着かせるために呼吸を整えようと、離れた場所から見ていた災禍はその扇舟の構えの違和感に気づいた。

 さっきのテストの際に自分と戦った時、さらには遠目に見た限りだったがハデスリリンと戦っていた時は、防御用の左手を前に、攻撃用の右手を引いて構えていた。

 が、今度はそれが逆。爪を展開した右手が前、ほどよく脱力した左手が後ろ。さっきまでの構えからスイッチした形だ。

 

 通常、スイッチスタイルは相手に間合いを測られにくくしたり、これまでと別な角度から攻撃を仕掛けたりといった、いわゆる撹乱目的で使用されることが多い。だがそれはあくまでオーソドックスな構えを見せた後でのことだ。

 今回、扇舟はいきなりスイッチしている。この後オーソドックスなスタイルに戻して相手を惑わすためか、あるいは――。

 

(さっきの話からすると、毒……右手の爪による攻撃の手数を重視するため、とも考えられる。ジャブのように最速で相手を攻撃することに主眼を置いているということかしら)

 

 そんな風に考えをまとめつつ、災禍は互いに隙を伺う扇舟とワイトを見つめていた。

 と、そこで、そういえばと自分の体の異変に気づく。

 

 まだ胸からの出血は続いているもののその量は減ったように思え、何より傷の痛みは収まりつつある。そして、さっきまで重いと感じていた体が少し軽くなったようでもあった。

 扇舟が渡してくれた丸薬のおかげだろうか。これなら、扇舟が危険に陥った時も援護に入ることが出来るかもしれない。

 

(……私がかつての怨敵の援護に入る、か。昔からは全く想像がつかなかったわね)

 

 そんな風に考えて自嘲的に笑みを浮かべた災禍の視線の先、とうとう扇舟とワイトが激突した。

 

 まずはリーチで勝るワイトがハンマーを振り下ろした。それをあっさり見切って回避しつつ、災禍の予想通りに扇舟はジャブのように素早く右手の貫手を繰り出していた。

 口では強がっていたが、毒を怖がったか、それとも刃状の爪の方を警戒したか。ワイトはサイドステップでその攻撃を回避。僅かに肌をかすめられる程度でやり過ごした。

 反撃とばかりに、ワイトは今度はハンマーを横に薙ぐ。これに対して扇舟は災禍の蹴りに見せた時と同様の対応――すなわち、左手によるいなしを使って的確に勢いを殺した。そのまま間合いを詰め、前に出した右手で素早く貫手を放つ。

 

「シッ!」

 

 相手の攻撃後の隙を突いた反撃。胸元目掛けて迫るそれを、ワイトは咄嗟に手で弾いてガードした。が、その瞬間に扇舟は手首を返し、僅かながらも相手に傷をつけている。

 

「……イライラするわね、少しずつ引っ掻いてきて」

「そっちみたいな大ぶりは今の私の仕事じゃないの。そもそも当たらない攻撃に意味はないし」

「それって逆に言うと、当たれば大変なことになるというわけよ。……どういう意味か、身をもって味わうといいわ!」

 

 ワイトが頭上でハンマーを1度回転させ、勢いをつけて殴りかかってくる。大雑把な攻撃に見えるが絶妙の間合いからの攻撃だ。

 相手の懐に飛び込むにはリスクが高いと判断し、扇舟は後退して間合いから逃れた。それを見たワイトは空振りした今の攻撃の勢いをさらに乗せ、大上段からの振り下ろしを放ってきた。

 

「潰れなさい!」

 

 これも無理はできない。再び扇舟がバックステップを踏んだその眼前、地面のコンクリートを抉るほどの勢いでハンマーが叩きつけられた。破片が飛び散り、思わず扇舟は手で顔をガードする。

 ワイトはそれを見過ごさない。たった今叩きつけたハンマーを振り上げ、再び同じ攻撃をするべく間合いを詰めようとした。

 

「それは迂闊ね」

「なっ……!?」

 

 扇舟はこの攻撃を読んでいた。かつて達人とまで言われた近接戦闘の使い手からすれば、次の相手の出方は手を取るようにわかる。顔をガードしたことで視界が切れたと判断して追撃に来ると予想するのは容易だった。

 

 このタイミングでなら飛び込める。迷わず、扇舟は間合いを詰めにかかった。

 対するワイトは振り下ろしでは当たらないと即座に判断。振り上げた状態のまま、柄の先にある石突きの部分を突き出し、どうにか反撃に出る。

 

「ふっ!」

 

 石突きの先の柄を左手で払うと同時に体捌きで攻撃線上から身を外しつつ、扇舟は気合の声とともに右の貫手を伸ばした。

 どうにか身体を(よじ)ったワイトの左肩付近を扇舟の毒塗りの爪が掠める。堪らず、ワイトの方から間合いを開け直した。

 

 ここが好機。仕掛けるべきはこのタイミングと扇舟が思うと同時、背後からの気配も感じていた。次に聞こえてきた声で、自分の感覚は間違っていなかったと気づく。

 

「扇舟、足場を! 打ち上げて!」

 

 災禍の声だった。自分が渡した丸薬が効いてくれたと小さく笑みを浮かべつつ、扇舟はワイトに背を向けた。そこには、確かに駆け寄る災禍の姿が。

 

 短い指示だったが、災禍が何をやろうとしているのか、扇舟にははっきりとわかった。

 右手の爪を収納しつつ、腰を落としながらバレーボールのアンダーハンドレシーブのように両手を重ねて構える。災禍がそこに足をかけ、扇舟が肩越しに敵の位置を確認しつつ――。

 

「いけぇッ!」

 

 扇舟が災禍を指示通りに打ち上げていた。

 

 背中を見せた扇舟に襲いかかろうとしたワイトだが、災禍が大ジャンプをしてきたことに気づいて反射的に足を止める。空中で一回転しながら自分めがけて浴びせるように蹴りを放ってくるとわかり、慌ててターゲットを空中の相手へと切り替えた。

 

嵐月脚(らんげつきゃく)!」

 

 扇舟とのコンビネーションから生まれた、通常よりも高い跳躍から生まれる重力加速度と、自身の空中での回転。それらを全て威力へと乗せた、災禍自慢の義足による渾身の胴回し回転蹴り。

 その攻撃に咄嗟にハンマーをかち合わせたワイトだったが、攻撃の質がまるで比べ物にならない。結果的に防御にはなったものの、ハンマーごと後ろに吹き飛ばされていた。

 さらに体勢を崩したワイトへ扇舟が迫る。ハデスリリンとの戦いでも見せた、蛇のように地を這う低い姿勢から、相手の側面を突く形で一気に間合いを詰めにかかった。

 

「くらいなさい!」

 

 これまでの命中重視の軽い攻撃から一転。大ダメージを狙って扇舟は大きく爪を薙ぐように振るう。

 

「なめるな、人間風情が!」

 

 だがその一撃はまたも掠めただけにとどまり、ワイトは意地で直撃だけは避けていた。お返しにハンマーを振るうが、ヒットアンドアウェイに徹した扇舟は既に安全な距離まで遠ざかっている。

 

「なんだったかしら、『当たれば大変なことになる』とか言ってなかった? ……つまり今言った当人が受けた、こういう状況になるってわけね」

 

 煽るようにそう言った災禍には、先程までの苦しんでいた様子がまるで無い。おそらく、扇舟が渡した丸薬が効いているのだろう。そんな相手をワイトは憎々しげに睨みつけた。

 

「死に損ないが……! 大人しくしていればいいものを……」

「少し休んだら調子が良くなってくれたのよ。……代わりに、今度はそちらの調子が悪そうだけど。自分では気づいてないかもしれないけれど、さっきより動きが少し鈍くなってるわよ」

「強い耐性を持っていたとしても、この毒ならば多少は効く。そう予想した私の考えは正しかったわね」

 

 災禍に続いて扇舟からも口撃を受け、少し前の余裕を完全に失った様子でワイトは激昂した。

 

「人間の分際でこの死霊騎士に楯突くとは……! 貴様ら2人とも肉塊にしてやる!」

「やれるものならね。……扇舟、私はさっきみたいに隙を見て、あるいはあなたが危なくなったら後ろから仕掛ける。どうにか動けるようになって、一撃があるという意味合いを込めて大技を繰り出したとはいえ、本調子から遠いのは事実よ。矢面に立たせる形になるけど、前は任せた」

「わかった」

 

 かつては命を賭けて戦い合った敵同士、だが今は無防備な背中を見せ、援護を任せている。

 まさかこんな日が来るなどとは思わなかった。こうして互いに協力し合えることをどこか嬉しく思うと同時、虚しい過去だったと改めて思う。

 

(いえ、今はそれよりも……)

 

 まずは目の前の敵に集中しなくてはならない。災禍という力強い仲間がいれば、きっとこの状況は打破できる。

 そんな思いとともに、扇舟は再びワイトを睨みつけていた。




スリス

ゲームスタート直後のAct1で主に見かける、上半身は人間で下半身が蛇のようなモンスター。
巣のような場所から出てくることもあるため、事前にBWCを投げておいたりテルミットマインを仕掛けておいたりすると出オチを食らわせられる。
攻撃自体は冷気属性のものが多いのだが、本編中で述べているように体液に毒があるため、ゲーム中で毒が絡むアイテムにはスリスの名が入っているものも少なくない。
元々ケアンに存在していたわけではないようで、オズワルド・ハルゲイトという研究者がこのモンスターを創り出した全ての元凶としてジャーナルには書かれている。
ちなみに名付け親もこのハルゲイト。スリスリと動くから、という理由でスリスと名付けたのだとか。

ハルゲイトは共同研究者でもあるヘレンという妻と、エレナという娘を持つ研究者であったが、一言で言えばマッドサイエンティストであった。
彼はイーサーを利用して新たな生命創造を行って、人間と蛇のキメラであるスリスを作り出すことに成功。学会でドヤ顔で発表するというとんでもないことをやらかした。
当然生命に対する冒涜として出席していた他の研究員の怒りを買い、披露されたスリスはその場で処分、ハルゲイト自身は極悪犯罪人の烙印を押されて刑務所送りとなった。
……のだが、スリスは披露された個体以外にも存在することが後に判明。しかも繁殖力が高いために気づいたときには膨大な数へと膨れ上がっており、さらには先に述べたように体液に毒があることから、あっという間に生態系を破壊した。
特に排泄物によって水や環境が汚染されるという事態が深刻であり、最初にお世話になるコミュニティのデビルズクロッシングでも「地下にスリスが大量発生していて安全な飲水が確保できない」という理由から、初期のクエストとして討伐依頼が出るほどである。

そんなスリスだが、デビルズクロッシングの人々の信頼を得るようになるとその諸悪の根源であるハルゲイトの研究所を調べてほしいというクエストが発生し(ちなみに依頼人もイーサークリスタルの実験で自分の指が吹っ飛んでも実験の成功を喜ぶようなやべーやつである)、スリスが生み出された経緯が研究所内のジャーナルを読むことで明らかになっていく。
ジャーナルを読み進め、研究所の最奥に待っているボスと対峙した時、ハルゲイトがどれだけ邪悪な存在だったかわかるだろう。
Grim Dawnのダークな部分を詰め込んだエピソードと言える。

なお、研究所内はスリスの毒が蓄積されたと思しき場所があり、そこはダメージ床扱いになっていて一定時間ごとにゴリッとヘルスが削られるので注意が必要。
ダメージ床はグリドンの死因トップ5に入ると個人的に思っている程度に危険なので、なるべく早く抜けることを意識するのがいいと思われる。
……でもさあ、Actの大ボスの部屋の奥にダメージ床があってマップで全貌が見えてなかったらその先に何かあるんじゃないかって普通は思っちゃうよね。何もなくてリフトも使えないとか完全に罠だよね。


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Act75 あの子の友達を死なせはしないわ

「ウフフ……」

 

 ドラァグクイーンを思わせるような超ド派手なインキュバス・淫魔族の大幹部であるアンブローズは、獣人のような死霊騎士のアヌビスと激闘を繰り広げながら思わず笑みをこぼしていた。

 

「何がおかしい?」

 

 一分の隙も見せないまま、アヌビスが問いかける。

 

「ごめんなさい、あなたに対して笑ったわけじゃないの。あなたの空間隔離とシックスティの毒という最悪の組み合わせ……。現在進行系で私は苦しんでいる。そして、私の視線の先で戦っている災禍もそうみたいだった。だから、可能であれば助けに行きたいと思っていたんだけれど……。その必要も無くなったな、って思って」

 

 チラリ、と一瞬アヌビスが自分同様の死霊騎士であるワイトの方を伺う。先程までは有利だったように見えたが、今は2対1で苦戦を強いられているのがわかった。

 

 どうやら災禍が連れてきたという助っ人は思った以上の仕事をしてくれているようだ、とアンブローズは考えていた。1人は災禍のサポートに、もう1人は少し前に館の中に入っていくのを確認している。

 シックスティは自分が担当するとイシュタルが強く主張したために勝手にやらせることにしたが、間違いなく苦戦することはわかっていた。とはいえ、目の前のアヌビスも強敵。迂闊な動きはできないと思っていたところで、助っ人の1人が館に入って行ってくれたのは僥倖ともいえた。

 

「対魔忍に個人的な怨恨があるとワイトは陽動役の方を買って出たのだが……。目論見通りにはいっていないようだな。だが仕方あるまい。戦いとはそういうもの。常に予想外のことが起きるものだ」

 

 アンブローズが考えを巡らせていると、アヌビスがそう言葉を返してきた。

 

「あら、なかなか面白い考え方を持ってるのね。出会い方が違っていればあなたとはお友達になれたかも」

「不要。私は戦いは好まないが、こうやって敵として拳を重ね合うことでしか得られないものがあるのもまたわかっている」

 

 再び、アンブローズの口の端がわずかに上がる。

 

「やはり敵にしておくには惜しいわ。でもそれは叶わぬ話。……拳を重ね合うことでしか得られないもの、か。続き、やるとしましょう」

「望みとあらば」

 

 その言葉をきっかけとして。武術の達人同士、互いの鋭い飛び蹴りがぶつかり合った。

 

 

 

---

 

 タバサは館の内部を疾走していた。敵と味方の小競り合いが時折目に入るが全く気にもかけず、1番危険と感じた気配目掛けて突き進む。

 

(相手が礼拝堂まで入ったか。だとすると本格的にまずい。ミーティアは戦闘に不向きっぽかったし、大幹部って言われてる味方のイシュタルって奴は……。こっちもダメだな、やっぱりシックスティって奴と力の差がありすぎる)

 

 冷静にそう分析しながら、どこか達観的に、ひとつの結論にも達していた。

 

(かく言う私も力の差ってことで言うと分が悪いかも。相手が間違いなく強い。アサギとか稲毛屋のおばあちゃんとかとやるほどの絶望感は無いにしろ、勝てる見込みとしては五分以下ってところかもしれない。……あとはふうまに教えてもらった対人戦の方法がどこまで通じるか、かな)

 

 だとしても止まるわけにはいかない。不知火と直接話をしなくては気が収まらない。そのためにも、不知火には儀式を終えて目覚めて貰わなくては困る。

 

(というか、不知火がさっさと目を覚ませばいいんだよ。見るからにヤバいあの死の力……それを使いこなせたのなら、今襲ってきてる連中なんて相手にもならないだろうに)

 

 心の中で愚痴りつつ、タバサは先程災禍に案内された礼拝堂へとたどり着いていた。

 部屋の中には変わらず佇む不知火と、既に戦うこともままならくなった淫魔族たち。そして、敵の淫魔族であるハデスリリンたちと共に悠然と立ち尽くす敵――シックスティ。

 

 隠そうともせず周囲に振りまかれる殺気に、確認を取らなくてもタバサにはそれが狙うべき相手だとわかった。気配を殺し、背後から猛然と突撃を仕掛ける。

 だが、得意の気配隠蔽をしていたにも関わらず、相手は振り返ってきた。そのままするりと体を捌き、あっさり奇襲を回避する。

 タバサは特にそれにショックを受けた様子もなく、シックスティと未だ目を覚まさない不知火との間に立ち塞がるように位置を取った。

 

「た、タバサさん!?」

 

 ミーティアが驚いた声を上げるのがわかった。床に膝をついたまま、傷ついて立ち上がれないのだろう。元々直接戦闘が苦手な夢魔という話だ、仕方がないとも言える。

 そんな彼女を一瞥だけして、タバサは目の前の敵を仮面越しに睨みつけた。

 

 明らかに強敵だ。これまでの相手と格が違う。ついさっきまで戦っていたワイトがかわいく見えるほどだ。

 

「人間か? なぜ人間がここにいるかわからないが……。私に刃を向けたということは殺されてもいいということだな?」

 

 ハデスリリンたちが威嚇をするが、どいていろと言わんばかりにシックスティの体から瘴気があふれた。それは同時に彼女が得意とする、疫病を操る力となって毒としてタバサに襲いかかる。

 

「聞いてた通り確かに強力な毒だな。でも私に効くのは本来の20%がせいぜい。……ここにいるのは友人の頼みで。それと、後ろで呑気に寝てる魔女に聞きたいことがあって、目覚めてもらわないと困るから。ちょっと勝つ見込みが薄そうだけど、私としてもここは退けないし、どのみち不知火が殺されたら残りも皆殺しに合うだろうから、その前にお前を殺す」

 

 相手に負けじと、タバサも戦意を高めた。

 

「私を殺す? 面白いことを言う人間だな。その大口に見合うほどの実力だといいが。では、まず手始めに……」

 

 シックスティが何かを話しているが、お構いなしにタバサは地を蹴る。

 

「これはどうだ? 疫病の三、“sick-scimitar”」

 

 シックスティが短鞭を振るう。するとそれに呼応するかのように数本の曲刀(scimitar)が宙に現れ、タバサを斬り裂こうと刃を向けてきた。

 

「気をつけて! それに斬られると力が入らなくなります!」

 

 ミーティアが警告を発したが、タバサに驚く様子はない。少し原理が違うが魔力で刃を生み出して扱う技法(ファンタズマルブレイズ)は彼女も使っているし、そもそも警告されたことに対しては当たらなければいい。まず始めに斬りかかってきた2本を、軌道を見切って回避した。

 が、続いて3本が進路を完全に塞いでいる。さらに、回避した2本も背後から迫る気配。

 即座に避け切るのが困難と判断した。相手の魔力の刃と似たように周囲に展開した幻影の刃(リングオブスチール)によって攻撃全てを弾き飛ばした。そうして道を切り開き、一気に飛び込んで高速の三連撃(アマラスタのクイックカット)を放つ。

 

「なるほど、確かに言うだけのことはある」

 

 が、シックスティは手にした短鞭で最初の一撃を、いつの間にか召喚していた曲刀で続く二撃を受け止めていた。そうしつつ、先程タバサが吹き飛ばした曲刀も呼び戻そうとしている。

 このままだとまた包囲攻撃を受ける。そう判断して、タバサは大きく飛び退きつつ天界の力を行使。相手の頭上から氷の槍(ブリザード)を降り注がせた。

 

 しかしシックスティは召喚していた曲刀を頭上へと展開させ、タバサの攻撃を防ぐ。曲刀は消滅して相殺した形となったが、肝心のシックスティ本人には全くダメージを与えられていない。

 

(……やっぱまずいな。館の外にいた時は大したこと無かったけど、この距離だと耐性があっても結構体に来る)

 

 天界の力は当たれば儲けもの、後退の時間を稼ぐために放ったとは言え、肝心の自分の踏み込みが本来より遅い。剣を振るう速度もまた同様。本来ならもう一撃攻撃を繋げる予定だったが、反撃の方を先に食らう予感がして諦めていた。

 

 それでも、今の攻防はシックスティ相手に手も足も出なかった淫魔族たちからすれば驚愕に値したようだ。ここまでの戦闘にボロボロになったイシュタルが、同じくもはや戦えそうにないミーティアに尋ねる。

 

「ミーティア、お前はあの人間のことを知っていたようだが……一体何者だ……?」

「災禍さんが連れてきた助っ人のタバサさんです。災禍さんが強いとはっきり言い切っていたのですが、これならばそれも納得です……」

 

 それを耳にして、楽観的すぎないかとタバサは思ってしまう。同時に、力量の見定めを間違えている、とも。

 

 単純な力量差で言えば当初の見立通りよくて五分、それでも絶望的な差ではない。が、シックスティが振りまく病の能力が厄介すぎる。8割分効果をカットしたとしても今現在自分の体が蝕まれつつあるのは事実だ。結果、悔しいが力が届かないというのがタバサの冷静な予想だった。

 敵の能力のせいで長期戦は不利。かといって、短期決戦で倒せるほど甘い相手ではない。小太郎に教えてもらった対人戦の戦法、相手が嫌がることをしようと思ってもそれも見当たらない。

 

(つまるところ、認めたくないけど今の私に勝ちの目がない。……これは実にまずい)

 

 ケアンでは危険と判断すれば撤退の判断を下すこともあった。ワープポータルであるリフトを使えたために、それは思いの外容易だった。

 が、最後に彼女がいたシャッタードレルムを始めとして、リフトが繋がらない場所もあった。そこでは撤退できないということを念頭に置いて警戒度を一段階上げ、危険な相手と遭遇して無視できないダメージを受けたら一旦引き、態勢を立て直してから再び攻撃するという方法で切り抜けてきた。

 

 しかし、今それは出来ない。ここで退けば、不知火が殺される。

 

 押すも引くも不可能、さらには折角この世界で得た対人戦の知識も活かせぬ状況に、さすがのタバサも無意識のうちに舌打ちをこぼしていた。

 

(そもそもは娘のことを放り出した挙げ句、呑気に眠ったままの不知火が悪い。さっきも思ったことだけど、さっさと目を覚まして体の周りに纏わせている死の力を使いさえすれば、今戦った感じだと目の前の敵程度ならやっぱりなんてことは……)

 

 らしくなく、考えがないものねだりの後ろ向きになっている。逆に言えば、前向きな考えができずに心が弱い方に流されていることに他ならない。

 

 が、そこでタバサはふとあることに気づいた。一瞬、不知火の方を振り返り、「ああ、そうか」と小さくこぼす。それから大きくバックステップ。未だ目を閉じ佇んだままの不知火の直ぐ側まで寄ると、右手の剣(ネックス)を床へと突き立てた。

 

「どうした? 降伏か? もっとも、そうしようとしたところで殺すことに変わりはないが」

 

 不敵にシックスティが嗤う。一方、タバサはそれを無視し、突如不知火へと語りかけ始めた。

 

「だってさ。早く目を覚まさないとお前も含めてここにいる全員殺されるよ。……って言っても、どうせ聞こえてないんだろうけど。だから……」

 

 いつの間に、どこから取り出したか。不意に、タバサの空いた右手に緑の塊が握り締められていた。

 以前の戦闘の際、魔人化したフュルストが自身の体に押し当てて異世界の力を取り込んだものと同じ――イーサークリスタルの塊。それをタバサは握り砕いた。

 

「纏っている死の力、少しでいいから私によこせ。代わりになんとかしてやる」

 

 敵を倒すだけの力なら、目の前にある。その使い手がいないだけ。ならば一時的にでも自分がそれを使えばいい。

 相変わらずの常識を無視した思考である。危険極まりない力ではあるが、それは相手にとっても同じこと。ならば、それを相手にぶつけてやろうと、タバサはイーサーを纏った手で紅い魔力の奔流へと触れた。

 

「くっ……!」

「タバサさん!?」

「お前、何を考えて……!」

 

 ミーティアとイシュタルが叫ぶのがわかった。

 だが、激しい目眩とともにその声もすぐに聞こえなくなって、意識が遠のいていき――。

 

 

---

 

「……あれ?」

 

 目眩が治まった時、タバサは何もない真っ白な空間にいた。

 さっきまでいた礼拝堂とは全く別な場所。そもそも現実の場所ではない、と直感的にわかる。感覚としてはシャッタードレルムでワープポータル(リフト)をくぐった直後に近いかもしれない。

 

『私の精神世界に入り込んだのは誰かしら?』

 

 と、その時タバサの頭に響くように女性の声が聞こえてきた。

 

「この声、不知火?」

 

 起きている現象は全て非現実的だ。にも関わらず、タバサに動揺した様子はない。

 

『ええ、そうよ。……全く驚いていないことに逆に私が驚いているのだけれど、今度はさっきのこちらの質問にも答えてもらえる?』

「タバサ。でも、本当の名前は知らないというか、無い。異世界からこの世界に迷い込んだ時にふうまがつけてくれた」

 

 不知火からの返答が止まった。そのことにタバサは首を傾げるが、今の発言に情報量が多すぎたということに気づいていない。

 

『……あなたは異世界人のタバサちゃん、そういうことはわかった。そんな異世界人が、おそらく現実の私が纏う死の力に触れた結果、ここに来たと思うのだけど、なぜそんなことを?』

「今シックスティってやつが礼拝堂まで来てる。私も戦ったけど、勝ち目が無いと言わざるを得ない状況になってる。そこで不知火が纏ってる死の力が目に入った。あれをぶつければなんとかなるかもしれないと思って触って、気づいたらここにいた」

 

 再び不知火からの返答が止まった。死の力に触れるだけでなく、使おうとしたということに、今度は呆れているのかもしれない。

 

『どうしてそこまでしようとするの? あなたは私が知っている人でもなければ、淫魔族でもない。命を賭ける義理は無いと思うのだけれど』

「友達の母親が殺されるのを黙って見ているというのは私の仁義に反する。それに聞きたいことも山ほどあるから、不知火には現実世界で目を覚ましてもらわないと困る」

『友達……。そう、あなたは、あの子の……』

 

 聞こえてくる声が、ひとつ息を吐くのがわかった。艶めかしくもありつつ、どこか憂いを帯びたようなため息だった。

 

 やや間を置いてから、再び不知火の声が聞こえてくる。

 

『……いいわ、行きましょう。儀式は今終わった。本来なら死の力に触れた者は命を落とすけど、あなたは不思議な力を使ったみたいね。まだ体が死に蝕まれていない』

「ん、そう。私がいた世界を襲ってきた、精神生命体のエネルギーの結晶を砕いて体を保護してる」

『だったら大丈夫。それに、現実世界のあなたも同じ。……あの子の友達を死なせはしないわ』

 

 目の前が眩しくなる。同時にまたしても目眩が。

 再び先程と同じような感覚にタバサは飲み込まれ――。

 

 

 

---

 

「……サさん……タバサさん……!」

 

 不意に、ミーティアの声が聞こえてきてタバサは我に返った。

 確かに今さっきまでこことは別の空間――不知火曰く、精神世界と言った場所にしばらくの間いたはずだ。だが、目の前の状況は時が止まっていたかのように何も変わっていない。

 

 唯一変わっていたことは、タバサが右手で触れていたはずの紅い魔力の奔流――死の力が消えていたことだった。それも不知火の体に纏わりつくようにあったもの全てが、である。

 だが不知火はまだ目を覚まさない。そんな彼女を見て訝しげな表情を浮かべたタバサだったが。

 

「おい人間! 魔女より自分のことだ!」

 

 不意に聞こえてきたイシュタルの声にハッとして敵であるシックスティの方へ視線を移した。

 迫ってきたりはしていない。だが、攻撃を仕掛けてくるとわかり、床に突き刺していた愛剣(ネックス)を握り締めた。

 

「戦闘中によそ見か」

 

 これまで同様、魔力によって生み出された曲刀の攻撃。突然現れた2本の斬撃をタバサは両手の剣によって防いだ。――のだが。

 

「まずい……!」

 

 もう1本、未だ佇んだままの不知火の眼前に曲刀が出現した。タバサは自分の防御で手一杯である。嫌な予感が背中を駆け下りた、その時。

 

「……大丈夫よ」

 

 ほんの少し前、真っ白な空間で脳内に響いてきた声が、今度は耳を通して聞こえてきた。

 

 次の瞬間、礼拝堂の中を荒れ狂う風が駆け抜け、禍々しい光が溢れていた。それはシックスティが呼び出した曲刀を難なく吹き飛ばしていく。

 やがて光が収まった時、不知火が佇んでいたはずの場所に、1人の「魔人」と化した彼女が立っていた。

 

 青い肌、角が生えた頭、不気味に青い光を帯びた目。

 幻夢卿から受け継いだ死の力を携えた幻影の魔女――水城不知火の人ならざる姿であった。

 

「これが幻夢卿の……死の力……」

 

 ついに目覚めた不知火は、噛みしめるようにポツリとそう呟いた。

 

「き、貴様……! その魔力は……!」

 

 一方、ここまで冷静さを保ち続けていたシックスティが目に見えて動揺している。

 理屈ではなくわかったのだろう。目の前の相手が、幻夢卿の力を間違いなく受け継いだということに。

 

「ようやくお目覚めか。見た目もそうだけど、ヤバい力を持ってるってのが嫌でも伝わってくる。それだけの力があればあいつはなんとかなるでしょ?」

「ええ、勿論」

 

 タバサの問いかけに答えた不知火の足元から、紅い水が生まれてシックスティ目掛けて溢れ出す。直感的に危険と判断したのだろう。これまで余裕を見せるような動きしか見せなかった彼女が慌ててその場を飛び退いていた。

 本命にこそ水流は避けられたが、その背後にいた手下のハデスリリンは逃げ遅れていた。足がその濁流に触れる。

 

「ギャアアアア!?」

 

 悲鳴とともに、ハデスリリンがその場に崩れ落ちていた。

 

「マジか、あれに触ると死ぬのか。あの大元ってさっき体に纏ってた死の力でしょ?」

 

 相変わらず本当に驚いているか怪しい様子でタバサが不知火に尋ねる。

 

「ええ。あなたはどれだけ危険な力に触れようとしていたかわかった? ……でも触れると死ぬ、というのは違う。厳密には死の力を操っている、ということ」

 

 不知火の足元から溢れる紅い水が、今度はタバサと、さらには傷ついたミーティアとイシュタルの方へと迫った。

 一瞬身構えたタバサだったが、不知火からは敵意を全く感じない。それどころか、近づいてくる液体も先程敵に使ったものとは別とさえ思える。

 己の感覚と不知火を信じて、タバサはそれに体を任せた。

 

「……ん? なんか体が軽くなった?」

 

 紅いエネルギーの塊の流体がタバサの足元に触れると、シックスティの毒のせいで重くなっていた体が楽になったように感じていた。気のせいかと思ってミーティアとイシュタルの方へ視線を移すと、2人も傷が癒えているようだ。

 

「す、すごいです! 魔女様!」

「これが幻夢卿の……死の力……! まさか人間がこの力を受け継ぐことになろうとは……」

 

 大喜びのミーティアと、元々は淫魔族が幻夢卿を継ぐべきと主張していたイシュタル。反応は違ったが、共に不知火の力に驚いていることは間違いないらしい。

 

「死の力を操る。つまり、反転させれば今みたいに傷を癒やすことも可能ということよ。……さて、ずっと眠っていた私も悪いとは思うけど、皆を傷つけたそもそもの原因はお前ね。覚悟しなさい」

 

 不知火はシックスティに対して明確に敵意を見せた。一瞬それに怯んだ様子だが、己を奮い立たせるようにシックスティは口を開く。

 

「確かに恐るべき力だが……。まだ貴様は目覚めたばかり。今のうちにその脅威の芽を摘み取らせてもらう!」

 

 シックスティの周囲に瘴気が渦巻く。彼女の得意技にして、ここまで多くの者を苦しめてきている病の力だ。

 

「無駄よ。もうお前の攻撃は私には通じない。それに……。この戦いももうおしまい」

「何……?」

 

 訝しげに目を細めた相手を無視して。不知火は力を解放した。

 先程から見せている紅い水流を、さらに激しくしたような濁流。それが生み出され、部屋に溢れる。

 

「くっ……!? があああああっ!」

 

 濁流に巻き込まれて悶絶の声を上げるシックスティ。不知火が解放した幻夢卿の力はそのまま館の壁をぶち抜き、外へと流れ出していった。




レヴナント

Tier2に位置する星座。ワイトが自分のことをレヴァナント(死霊騎士)と言ったことで、タバサが名前の近いこの星座のことを思い出している。
完成に6ポイント必要、必要親和性は赤8、完成ボーナスは赤1青1。赤8は赤の中でももっとも高い必要親和性の値になるので、岐路で要求を満たしておいて星座を完成させたら外すという方法を取られることが多い気がする。
巨大な鎌を持った死神のような姿を描く星座で、死と苦悩を表す者とされている。
星座ボーナスは、ダメージヘルス変換(ADCtH)、エナジー吸収、アンデッドからのダメージ減少、ヘルス増加、攻撃・詠唱速度増加、生命力耐性と、良く言えばビルドを選ばない、悪く言えばパンチに欠けるといった具合。
6ポイント目には「レイズザデッド」という星座スキルがあり、アサインしたスキルで攻撃時に確率で時限式のプレイヤーボーナス型の不死ペットである、その名の通りのスケルトンを呼び出して敵を攻撃してくれるスキルとなる。
一見ネクロのスキルである骨を召喚するレイズスケルトンに似ているが、向こうは常駐+ペットボーナス型であるのに対し、こちらは時限+プレイヤーボーナス型と明確に異なっている。
最大6体召喚可能で存続時間は20秒。生命力とイーサーの混合ダメージを与えるが、プレボペットなので本体がどちらかの属性をメインにしている場合はダメージに期待ができる。
そして何より、スケルトンの攻撃に希少な最大-24の全耐性減少効果を持つため、これだけを目的に取得するビルドもあるほど。
ただ、昔は目玉の全耐性減少が無いどころか、スケルトンに不死属性が無かったり、攻撃時発動ではなく敵死亡時発動のために雑魚を出さないボス戦で空気だったり、プレボでなくペット型ボーナスだったりした時期もあった(その名残か、星座の道中にはいくらかのペットボーナスもあったりする)。
必要親和性はきついものの、テコが入りまくったおかげで「賑やかし」と揶揄されていた星座スキルは実用レベルに達し、星座ボーナスもビルドを選ばないということで、星座スキルの全耐性減少目当てに取られることもある星座である。


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Act76 自分の目で見て、耳で聞け

 館の外、扇舟と災禍のコンビとワイトとの戦いは佳境を迎えていた。

 

 死霊騎士である以上、本来ならば毒が効かない体質にも関わらず、ワイトの動きは明らかに戦闘開始当初より鈍くなっている。少しずつでも爪の攻撃を命中させ続けた扇舟の努力が実を結んだ形だ。

 それでも変わらず、扇舟は前衛で大振りをせずに着実に攻撃を続けている。基本的に勝負を決定づけられるような強烈な一撃は狙わない。その分隙が生まれるとわかっているからだ。

 無論、そんな消極的な戦い方では相手にプレッシャーを与えられないこともまた、よくわかっている。その役割は――。

 

「左へ跳んで!」

 

 扇舟の背後から聞こえてきた声の主――災禍の担当だった。

 今もワイトの攻撃を扇舟が防御し、押し込まれる可能性があると見るやそう声をかけ、扇舟を壁代わりに使用して攻撃を読みにくくしている。低い姿勢を取って手で体を支えつつ、大きく踏み出して右からの回し蹴り。扇舟とのテストの際に最後に放ったものと同じ要領の蹴りだ。

 

 たまらずワイトは飛び退く。かろうじて防御した災禍の強烈な一撃を見ている以上、警戒しないわけにはいかない。災禍が打ち込んだ楔は知らず知らずのうちに効果を発揮していた。

 ここしばらく、戦闘はこんな具合だった。扇舟は決して無理をしない。逆に押されると災禍が援護に入る。一進一退の攻防、と見えなくもないが、数の利と僅かながら効果のある扇舟の毒の影響で、ワイトの方は段々と息が上がりつつあった。

 

 そろそろとどめの射程圏内に入った、と扇舟は考えていた。大きな隙さえ生まれれば、勝利を決定づける一撃を放つことも可能だろう。

 しかし相手は腐っても死霊騎士、先程扇舟が撃破したハデスシスターとは格が違うようだった。苛立ちを見せながらも感情に任せた攻撃を仕掛けては来ないし、大振り後も決定的な隙は見せない。

 ふう、と扇舟はひとつ息を吐き、この戦いはまだ終わらないだろうと気を入れ直した。

 

「こうなれば我慢比べね」

 

 どうやら災禍も同じ考えらしい。背後からポツリと呟く声が聞こえてきた。

 

「どちらかが音を上げるか、あるいは予想外の展開が起きるか。……さっきの私は予想外の展開の方に賭けて長期戦を狙ったわけだけど。いい加減、そろそろ目覚めてくれてもいい頃合いだと思うし」

 

 予想外の展開。言うまでもなく、不知火だ。

 

 確かに幻夢卿の力を受け継いで目覚めてさえくれれば、状況を丸々ひっくり返せるのではないかという希望はある。そのためにも、まずはここで2人とも倒れないよう戦うべきだ、と扇舟は考えた。そうして目の前の相手を見据えた、その時だった。

 

 突如、館の中から轟音が響いてきた。次第に近づいてきたその音はやがて壁をぶち抜き、正体をあらわにする。

 紅い濁流。そう形容するのが相応しいものだった。

 

「ぐっ……ぐおおおおおっ……! お、おのれ……!」

 

 その荒れ狂う紅い波の中、これまでの冷静さがウソのように感情を剥き出しにして狼狽しながら押し流されてくるシックスティの姿があった。

 

「これだけの凄まじい力……まさか……!」

 

 そう口走って災禍が視線を移した先。館の中から人ならざる姿をした者が現れた。見た目こそ変わっているが、数日前に実際に言葉を交わした災禍にはわかる。あれは――。

 

「不知火……!?」

「あれが……死の力、幻夢卿の力を受け継いだ、魔女としての不知火ということ……?」

 

 十数年前に自分の両手を斬り落とした相手。記憶の中にあるその女性と似ても似つかぬ青肌の存在を見て、扇舟も思わずそう口走っていた。

 

 不知火が地べたに這いつくばるシックスティ目掛けて右手を突き出した。その掌から先程壁を破壊したものと同様の紅い濁流が現れ、津波のようにシックスティを、さらには残っていた襲撃部隊を飲み込んでいく。

 それでも勢いは止まらず、やがては館の周囲を覆っていた結界へと命中。それをぶち破っていた。

 

 館の周囲を覆っていた瘴気が薄れていく。結界の破壊に加え、病による毒を振りまいていたシックスティの戦闘不能。これでほぼ戦況は決した形だ。

 

「ワイト、撤退だ」

 

 自身の自慢の結界を破られたとあって、アヌビスの判断は早かった。いつの間にか同じ死霊騎士のワイトの元へと駆け寄っている。相手をしていたはずのアンブローズは無理をして深追いはしないらしい。

 

「チッ……。いいわ、今日のところは見逃してあげる。……覚えておきなさい、対魔忍!」

 

 形成的には不利だったにも関わらず、ワイトは精一杯の虚勢を張り、同時に捨て台詞を残して去っていく。

 

「見逃してあげたのはどっちだか。ねえ?」

 

 そう言って災禍は同意を得ようと扇舟へと声をかけた。が、返事がない。

 扇舟は不知火を呆然と見つめていた。魔人化を解いたらしく、青かった肌は本来の彼女の肌の色に戻り、頭から角も消えている。今は「魔女様ー!」と嬉しそうに抱きつくミレイユやアレッキィを、どこか困ったように抱きしめているところだった。

 

 そこへ、館の中から見知った姿が現れた。不気味な仮面に二刀流、タバサだ。

 戦いが終わったことを確認し、頭防具を外して剣をインベントリへとしまう。それから不知火へと近づいて何やら話しているようだ。

 

 その不知火の視線が扇舟と交わった。両手を斬り落とされたあの戦いから十数年振りとなる、起きた状態の不知火との再会。意図せず、扇舟の方からその視線を外していた。

 

「お疲れ、災禍、扇舟。無事生き延びてくれてよかった」

 

 その間に近づいてきたのだろう。タバサが2人へと声をかけてきた。

 

「ええ、タバサちゃんも。それに、不知火も目覚めてくれたみたいだし」

「……さっき彼女と話してたみたいだったけど、何か言ってた?」

 

 平常通り接した災禍に対し、扇舟はかつてのことが気になるのか、どこかぎこちない。

 

「話がしたいってことを伝えただけ。扇舟のことは驚いてたみたいだけど、特に悪い感情は持ってないみたい。……っていうか、扇舟は手を斬り落とされた被害者なんでしょ? もっと強気な態度に出ていいと思うんだけど」

「さっきも言ったけど、そのことはもう気にしてない。でも……どうも居心地が悪い感じがして……」

「そんなの気にすること無いよ。災禍に協力した形ではあるけど、結果的に扇舟はここにいる連中を助けた。不知火も助けてる形になる。私達は助っ人なんだし、それで何か問題があるって言うなら呼んだ災禍のせいにすればいいんだよ」

 

 こういうところだけは相変わらず神経が太い。思わず扇舟も、責任をなすりつけられる立場になってしまった災禍も苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「とにかく館に行こう。不知火には聞きたいことが山ほどある」

「確かに……そうね」

 

 タバサの言っている通りだ。そう思い、扇舟は後に続こうとする。

 

「待って、扇舟」

 

 と、そんな扇舟へと背後から災禍が声をかけてきた。振り返って見つめた表情は、どこか固く見えた。

 

「若様があなたを許しても私は許すつもりはない。あなたを試し終えた時、私はそう言った。その気持ちは今も変わっていない」

「……ええ、わかってる」

「だけど……」

 

 フッと災禍の口元が緩む。それから、軽く握った右の拳を扇舟の方へ突き出してきた。

 

「今日、タバサちゃんと一緒にあなたを呼んだのは正解だった。心からそう思ってる。……さっきここの人たちと不知火を助けた形になった、ってタバサちゃんは言ったけど、私も助けられた。あなたがいなかったら、ワイトにもっと苦戦……あるいは、命を落としていたかもしれない。……そのことは感謝してるわ」

 

 一瞬、虚を突かれたような表情が扇舟の顔に浮かんだ。すぐにそれは緩んだものへと代わり、照れ隠しのためか少しうつむいた後、扇舟はまっすぐ災禍を見つめた。

 

「どういたしまして」

 

 かつての怨敵同士、ふうま災禍と井河扇舟。互いを称えて、その右と左の拳が軽く突き合わされた。

 

 

 

---

 

 戦いが終わり、災禍とタバサと扇舟の3人は館の中でも被害が少なかった応接室へと通されていた。不知火と話したい、というのは全員の要望でもある。雑務を終えるまで待って欲しいということで、先に3人が部屋に来た形だ。

 3人が座った前のテーブルに、ミーティアが紅茶を持ってくる。

 

「ねえ、他の人は館の修繕とか負傷者の介護とかやってると思うんだけど、私達こんなのんびりしてていいわけ?」

 

 と、紅茶を置かれたタイミングでタバサが誰に聞くでも無しにそう言った。それに対してミーティアが答える。

 

「3人はお客様ですから。気にしなくていいですよ」

「ふーん……。じゃあ言葉に甘えるか。……あ、あともうひとつお願いがあるんだけど」

「はい。私にできることでしたら」

 

 元々不知火の世話係ということでこういうことは得意なのだろう。タバサからの申し出を受けようと、紅茶のカップを置き終えたミーティアはトレイを横に抱えながらそう言った。

 

「紅茶も悪くないんだけど、炭酸はない?」

 

 しかしこれは予想外だったらしい。思わず顔に苦いものが浮かんでいた。

 

「タバサちゃん、あんまり困らせないであげて。ジュースは宿の冷蔵庫に入ってるから、帰ってから飲みましょう」

「んー……。まあしょうがないか」

 

 扇舟になだめられ、タバサはまだ熱いであろう紅茶を少し口に含む。それから「まあ、おいしいとは思うよ」と一応のフォローを入れていた。

 そこで部屋の入口の扉が開いた。入ってきたのは先程同様に魔人化を解いた不知火とアンブローズの2人。

 

「お待たせしてごめんなさい」

 

 不知火の形式上の謝罪とともに、3人と机を挟む形で腰掛ける。入れ替わるように飲み物を取りにミーティアが部屋から出ていった。

 

「まず自己紹介いいかしら? そちらの2人のことも知りたいし」

 

 早速話を始めようとした矢先。そう切り出したのはアンブローズだ。

 

「知っているかもしれないけれど、私はアンブローズ。美の探求者よ。ついでに一応大幹部なんても呼ばれてるけど、まあそんなの肩書だけだからあまり気にしないで。それでそちらの助っ人2人が……」

「タバサちゃんと井河扇舟。タバサちゃんは異世界から迷い込んできた異世界人。扇舟は五車を追放された元対魔忍、といったところかしらね。2人とも特にどこの陣営にも属していなくて腕は確かだから呼んだの。今は味龍で働いてる」

 

 当人の代わりに災禍がまとめて紹介する形となった。それを聞いて「まあ!」とアンブローズは驚いた表情を見せる。

 

「味龍! ……いつも持ってくるのはトラジローだったけど、あなたたちも働いていたのね」

「え、トラジローと面識あったんだ。……あ、そういえば私も面識ってほどじゃないけど、以前見かけたことあったっけ」

「あら。異世界の子猫ちゃん、いつ会ったかしら?」

 

 独特の言い回しでアンブローズが尋ねてくる。タバサは特に気にした様子もなく、淡々と答えた。

 

「海に行った時に遠目に見ただけ。すごい格好の人いるなーって」

「海? ……ああ、そういえば天音が連れて行ったとか言ってたわね」

 

 災禍の補足にタバサは頷いて肯定する。

 

「ん、そう。……よくよく思い出すとイシュタルって人もその時見た気がする。で、そのイシュタルが見当たらないんだけど」

 

 タバサの質問に対し、アンブローズがため息混じりに答えた。

 

「後処理の雑務の指揮を執るから来ないそうよ。……本音としては、あの女は人間が気に食わないから避けたんでしょうけど。おそらく不知火が先代幻夢卿様の力を受け継いだことも、あまり良くは思ってないんでしょうし。元々皇女を探し出して後を継いでもらうべきだって主張だったから。まあ、いるせいで話がこじれるよりマシよ」

 

 ふうん、とタバサが相槌を打つ。それを待っていたように「さて」と不知火が切り出した。

 

「アンブローズの自己紹介はもういいかしら? 私の方は災禍とは数日前に会っているし、タバサちゃんとは館の中で顔を合わせたし、そちらのもう一人の方とは……昔からの因縁浅からぬ仲だから、省かせてもらうわ。……まずお礼を言わないといけないわね。災禍、協力してくれてありがとう。それから、助っ人として2人を連れてきてくれたことにも」

「私としては、あなたが儀式の前に交わしてくれた『必ず戻ってくる』という約束を果たしてくれただけで満足よ。ただ……この2人はあなたに聞きたいことがあるみたいだけれど」

 

 チラリ、と不知火の視線が扇舟の方へ注がれた。

 

「……そうでしょうね。きっと私への恨み言もあるでしょう。まさかあの井河扇舟が目の前にいるなんて、想像もできなかった。それもかつては敵同士だった災禍が連れてきた。……とても驚いたわ」

「その恨み言っていうの、もし私が手を斬り落とされたことに対して、だと思っているのならば間違いよ。確かに以前はそのことを憎みもした。でも今は……忌むべき毒手を失うきっかけになった、と考えられるようにもなった……」

 

 ふと、意外そうな表情が不知火の顔に浮かぶ。

 

「……ねえ、災禍。彼女は本当にあの『毒の女王』と呼ばれた井河扇舟なの? かつて戦場で『鬼神』と恐れられていたあなたもそうだけど、以前とはまるで別人じゃない?」

「今や淫魔族の女王になった存在が言ったところで、説得力がないわよ」

 

 災禍からの鋭い指摘に「違いないわね」と不知火は肩をすくめた。と、そこで「ちょっとごめん」とタバサが口を挟んできた。

 

「何?」

「話を切ることになるけど、確認したくて。不知火と扇舟はかつては敵同士。扇舟の手を不知火が斬り落とした。これは合ってるよね?」

 

 不知火と扇舟が共にうなずく。

 

「次。災禍と扇舟もかつては敵同士。災禍の主人、ふうまの父親に当たる人物の死に扇舟が関係してる。これもわかってる。最後。災禍と不知火、2人はどういう関係だったの?」

「……敵同士よ。以前はね」

 

 そう答え、災禍は3人の背景を正確に補足し始めた。

 

 かつて、災禍はふうま家、扇舟は井河の中でも長老衆という派閥、不知火は井河の中でもアサギの派閥に属していた。

 まず、ふうま弾正の反乱によって井河とふうまが対立する形となる。災禍は反乱の際には主人である弾正の元を離れていたものの、それまでは井河に属する扇舟と不知火とは敵として戦っていた。

 その反乱の後、今度は井河の内部で長老衆とアサギによる派閥争いが起きる。その際に扇舟と不知火が激突。さっきの話の通り、不知火が毒手である扇舟の両手を斬り落とした、ということだった。

 

「いくら昔のこととはいえ、ほんと対魔忍って仲間内で不毛な争いしてるな……。まあそれは置いておくとして、じゃあかつて敵同士だった3人が、今回手を組んだってことか」

「まあ、そういうことね」

「昨日の敵は今日の友。あぁ、友情って美しいわねぇ……」

 

 タバサが納得したように声を上げて災禍が肯定したところで、なぜかアンブローズは感動しているようだった。当人以外の全員が思わず白い目で見つめたところで、タイミングよくミーティアが紅茶を持ってくる。

 

「お待たせしました、魔女様、アンブローズ様。お茶になります」

「あら、ありがとうミーティア」

 

 不知火は母性を感じさせるような笑顔でミーティアをねぎらっていた。が、それを見たタバサの顔に不機嫌そうな表情が浮かぶ。

 

「……その笑顔は、娘であるゆきかぜに見せてあげるべきだと思う」

 

 他の人間なら躊躇するであろうことを、タバサは包み隠さずまっすぐにぶつけてきた。意図せず受けた不意打ちに、思わず不知火が動揺した様子を見せる。

 

「私がしたい話っていうのは、主にそのこと。ゆきかぜは今も母親を探してる。で、その相手が今目の前にいる。にも関わらず、このことは内密にしろって圧力がかかるっぽいし、不知火本人もそれを望んでるって聞いた。そもそも、どうして対魔忍の不知火が淫魔族の女王になってるのか。そんな感じで聞きたいことばかりある」

「……あなたはあの子の友達と言ってたわね。ならば話さないわけにはいかない、か。とはいえ……さて、どこから話したものかしらね」

 

 憂いを帯びた表情のまま、不知火は目の前に置かれたティーカップを口に運んだ。それを一口飲んでから、ゆっくりと切り出す。

 

「私はね、力が欲しかったの。たとえ外道に落ちてでも、大切なものを守れるだけの力……」

「力ですって……? そんなものが無くても、あなたは幸せだったじゃない!」

 

 そこで声を荒らげたのは扇舟だった。

 

「確かに私にはあなたに対して恨み言がある。でもそれは以前に手を斬り落とされたことに対してじゃない。あなたが家庭を捨てたことに対してよ! ……あの戦いの時、幸せそうに家庭について話すあなたに、私は激しく嫉妬した。家庭というものを知らない、我が子を愛する喜びも経験できない。なんて私は惨めなんだろうって。そんな私に持てないはずの幸福を持っていたあなたが、力を求めるために家庭を捨てた……。それは一体どうして……!」

「扇舟、落ち着いて」

 

 タバサが興奮する扇舟を冷静になだめる。指摘されてようやく取り乱していたと気づいたのだろう、「……ごめんなさい」と乗り出し気味だった体を椅子の背もたれに預けながら、扇舟は謝罪の言葉を口にしていた。

 

「今の話に対する不知火の答えの前に、ひとつ扇舟に言っておきたい。……力は全て、とまでは言わないけど、『そんなもの』と切り捨てることはできないと思う。私のいた世界の話になるけど、力が無い者は抵抗する手段がなかった。あったところで、中途半端なものなら意味をなさなかった。そういう人達は皆殺されたよ」

 

 人類の敵に襲われるという天変地異(グリムドーン)によって、滅亡の危機に瀕した終末世界(ケアン)。その世界から来たタバサの言葉には説得力があった。扇舟は完全に口を噤むしか無い。

 

「だから力を求めるという考え方には理解は示せる。でも、不知火は昔の時点でかつてアサギの右腕とまで呼ばれていた実力者だったんでしょ? それなのにさらに力を求めて、しかも家庭を捨ててまでってなると、ちょっとやりすぎじゃないかって思っちゃう。何より、ゆきかぜの気持ちを考えてやれ、って」

「……家庭を捨てたって言うけどね、半分はもう壊れてしまっていたのよ」

「半分? 壊れていた?」

「私が愛した夫は数年前に任務中に命を落としたわ」

 

 意図せず「あ……」と扇舟が声を漏らすのがわかった。迂闊な発言だったと気づいたのだろう。

 

「気にしなくていい。あなたは私に敗れて井河長老衆のクーデターが失敗に終わった後、アミダハラ監獄に収監されていたんでしょうから。……でも夫を失ってからよ。同じようにいつか娘も失うんじゃないかと恐れるようになったのは」

 

 闇の存在に対抗するために、正道を歩まんとした存在である対魔忍。しかし、不知火はその力に疑問と限界を感じていた。そして、愛する娘と、娘のいるこの世界を守るためにある結論に達したのだ。

 

「正道だけでは魔を討つことはできない」

 

 たとえ外道に身を落とすことになろうとも、闇から不義を討つ存在となる。その思いで、不知火はカーマデヴァから力を受け継いだのだと話してくれた。

 

 初めて明かされたその理由を耳にし、ここまでそれを知りたがっていた3人は思わず黙り込む。不知火が紅茶を口に運び、カップを戻し終えたのを見て、まずタバサが口を開いた。

 

「……不知火の言ってることは、まあ理解はできるよ。さっき言った通り、力が無くちゃ何も守れない。そのことはわかってるつもり」

 

 そこまで言ってから、一度言葉を切った。それから、「……だけど」と先を続ける。

 

「理解はできても納得はできない。ゆきかぜは今も生きてるのか死んでるのかさえわからない母親を心配し続けてる。会ってあげるべきだ。……不義を討つと言ってたけど、私から言わせてもらえば、お前のゆきかぜに対する態度そのものが不義だ」

「た、タバサちゃん!」

 

 相手は自分たちより遥かに強大な力を得た存在。さらにはここは淫魔族のアジトの中。もしも相手の機嫌を損ねれば生きてここから出られる保証はない。

 そう思い、思わず扇舟が止めようとしたが、それを不知火が手で制していた。

 

「いいの。彼女が言ってることは正論よ。何も言い返せない。……でも逆に言うと、娘にはここまで心配してくれる友人がいる、ってことでもある。それに、災禍から聞いた話では他にもたくさんいるそうね。だからもう、あの子は大丈夫よ」

「大丈夫じゃない」

 

 タバサは止まらなかった。無表情ながらも、明らかに語気は怒っていた。くりっとした特徴的な目で不知火をまっすぐに見つめながら、心の内に燻っているものを包み隠さずぶつけてきた。

 

「確かにゆきかぜは強がりだから、きっと大丈夫だって言うだろう。でも私の存在や、人の話だけで判断するな。自分の目で見て、耳で聞け。娘に、ゆきかぜに会ってやれ。お前がいなくなってからどんな思いで過ごしてきたのか聞いてやれ。そして、自分は生きているってことだけでも伝えてやれ。……“私”は親という存在を知らないけど、きっとそうすべきだ」

 

 不知火は黙り込み、うつむいてしまった。タバサの言っていることは正論だとわかっている。本心でもそうしたい。だが、修羅の道を歩くと決めた矢先、いきなりその決意が揺らぐことにもなりかねない。

 

「あなたの負けね、不知火」

 

 不意に、アンブローズが口を挟んできた。

 

「たとえ己の身を貶めることになろうとも、娘を守るために手段を選ばない。あなたのそんな気持ちは美しいと思うわ。でも、友人のことだけを心から考え、淫魔の女王を相手にしてもなお、思いの丈をまっすぐぶつけてきたこの子の方がもっと美しいと私は感じた。……一度会ってあげなさい。たとえそれがあなたの弱みになるかもしれないとしても。その方があなたが守りたいと言っている娘のためだと、私も思うわ。友としての進言よ」

 

 アンブローズにまでそう言われ、不知火はため息をこぼすしかなかった。

 

「……私の負け、か。確かに、あなた達の言っていることはよくわかる。でも、私は今や対魔忍としての道から外れた存在。直接顔を合わせるようなことになれば、あの子に迷惑をかけることにもなりかねない」

「うーん……。ゆきかぜのためではあるけど、当人に迷惑がかかるとなると私もやれとは言えないし……。まあふうまに聞けばその辺の案を出してくれるかもしれない。あとは科学を使えば解決できるかも」

「科学……テレビ電話とか? でも感動の再会としては少し野暮ね。こういうのは直接顔を合わせるべきだろうけど、でもそれがまずいとなると……」

 

 タバサと扇舟が唸っていた、その時。「あ、あの……」と、お茶を出した後にずっと部屋の隅に立っていたミーティアがおずおずと手を上げていた。

 

「僭越ながら、発言してもよろしいでしょうか……?」

「ええ。どうしたの?」

「実は、以前魔女様の娘さん……ゆきかぜさんにお世話になったことがあるので、私も力になりたいと思って。……あります、いい案。魔女様とゆきかぜさんが直接顔を合わせないで会う方法です」




イーサークリスタル

一口に「イーサークリスタル」と言っても、実は原作であるGrim Dawnのゲーム中には3種類が存在する。

1つ目はそのまま、イーサークリスタル。イラストは緑色の石でサイズは小さめ、インベントリでも縦横1マスに収まる。
主に低級品のクラフト素材として使われる他、星座のポイントを振り直す際にも要求される。
数は多く必要になるが、その分ドロップも多くなっている。

2つ目はイーサーのかけら。イラストは大きめの緑の石でクリスタルよりサイズが大きめ、実際インベントリでは縦2マス横1マスのサイズとなっている。
こちらもクラフト素材だが、より上級のクラフトに使われる傾向が多い気がする。
また、鍛冶屋にクラフトしてもらうことでイーサークリスタル3つからかけら1つを作ることも可能。
クリスタルよりドロップしにくくなっている。

3つ目はイーサーの塊。イーサーのかけらが複数集まったようなイラストで、サイズはかけらと一緒の縦2マス横1マス。
これだけは特殊でクラフトの素材ではなく、消耗品としてアイテム使用する形となる。
使用すると8秒間という短い時間ではあるが、75%ものダメージ軽減と100%のスキル妨害耐性が確保できる。
ただしリチャージに90秒という厳しい条件が設定されており、イーサーまみれで無敵もどきのゴリ押しは出来ない。
さらにクラフトも不可で敵からのドロップ率も低いため貴重品となっている。
それでも非常時には頼れるアイテムのため、SRを潜る時はこれをショートカットに登録している乗っ取られもいると思われる。
……まあ貴重品ゆえ、ラストエリクサー症候群の自分はやってないけど。

本編中でタバサが砕いたもの、さらにはフュルストが取り込んだものは3つ目という解釈をしており、タバサは乗っ取られとして正しい使い方をしたことで原作ゲーム通りのバリア効果を得られ、死の力から身を守った、ということになっている。
一方フュルストは無理な使い方をした結果、原作のダリウス・クロンリー同様半イセリアル化したという形を取っている。


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Act77 ……やるせねえな

 タバサたちが協力した戦いを終え、不知火が正式に幻夢卿の座に就いてから数日が経過したある日のこと。

 

 今、一組の男女がヨミハラを訪れていた。

 独立遊撃隊の隊長でもあり、ヨミハラに足を運ぶ機会も多いふうま小太郎。そしてもうひとりが水城ゆきかぜ――先の淫魔族の一件で渦中の人物でもあった幻影の魔女こと、水城不知火の娘である。

 2人とも五車の制服でも対魔忍スーツでもなく私服だ。12月に入ったということもあり、ゆきかぜはスカートこそ履いているものの、寒くないように膝上までのニーハイソックスに脚を包んでいる。上着にコートを羽織り、チェックのマフラーも巻いて防寒対策は万全なようである。

 

 今回2人がヨミハラに来た目的は、常時潜入している対魔忍にしてバーの店長であると同時にヨミハラ町内会長でもある、静流からの頼みごとを小太郎が受けたからだった。強制はしないが可能ならば、といった程度のもの。その分の報酬は出すということで、バイトと任務半々と言った具合だ。

 

 ヨミハラには「安眠屋」という、その名の通り安眠を提供する店がある。太陽の光が差し込まない地下であることによる体内時計の不調が原因か、不眠症気味の者は少なくないという。そんな者たちに安眠を与え、短時間で疲労回復の効果が見込める、ということでヨミハラでは密かな人気の店だ。

 ところが、最近になって「安眠屋で悪い夢を見た」「余計に疲れるようになった」という噂を静流が耳にしたそうだ。直接調べたいところだが、既にヨミハラで顔が知られている彼女が出向いても警戒されて尻尾を出さないだろう。

 そのため、他の人間に頼もうとしたのだが、小太郎を始めとして独立遊撃隊のメンバーは度々ヨミハラを訪れているために、やはり顔を知られている可能性がある。

 

「……で、ふうまを経由してここの連中にあまり顔が知られていないであろう私にお鉢が回ってきた。そういうことでいいのよね?」

 

 独特のネオンに彩られたヨミハラ中心部に到着したところで、ゆきかぜはここに来ることになった経緯を改めて確認し、小太郎にそう尋ねた。

 

「ああ。俺や独立遊撃隊の面々、それからきらら先輩なんかはよくこの街に来てるから顔が割れてる。他に協力を頼めそうな亜希姉やタバサに至っては住んでるから完全に無理だ。……もっとも、タバサはそこを抜いてもこんな潜入任務っぽい真似は出来なさそうだがな」

「私だって自分でもわかってることだけど、忍法だけじゃなくて性格なんかも潜入任務向きじゃないわよ。それでもいいわけ?」

「こんな言い方は失礼かもしれないが……。今回に限れば逆に素人の方がいい。安眠屋を開いているエレーナには何度か会ったことがある。ノマドに所属しているらしいが、悪いことをするような奴には見えなかった。となると、何者かが安眠屋を妬んだか、個人的な恨みでもって、町内会長でもある静流先生の耳に意図的に噂を入れたんじゃないかって俺は考えてる」

 

 ふうん、とゆきかぜがひとつ相槌を打つ。

 

「まあいいけど。……でもこの街、あんまり好きになれないかも。気配が独特というか、なんか危ないというか。よくタバサはこんなところに住んでるわね」

「胃袋を掴まれた、ってやつだ。味龍のバイト、というか賄いはあいつにとって何にも勝るものなんだろう」

「住めば都ってところか。でもふうまと2人で来るならここじゃなくて別の街が良かったけど」

 

 その言葉を聞いたからか、小太郎が振り返る。どうしたのだろうと考えたところで、ゆきかぜは今の発言が「デートなら別な街でしたかった」という意味に捉えられかねないということに気づいた。

 

「あ、ち、違うわよ! 別にあんたとデートしたかったとか、そういう意味じゃなくて……」

「何言ってるんだ? 着いたぞ、安眠屋だ」

 

 そう言って小太郎が顎でしゃくった先。羊のマークが書かれた看板を掲げている店が目に入った。が、その看板をギリギリ確認できるぐらい。ここからだとかなり離れているという感覚だ。

 

「着いた、って……。まだ距離があるじゃない」

「さっきも言ったが、俺は店主のエレーナと顔見知りだ。俺と関係がある人間ってことで身構えられるのはよろしくないから、あまり近づかないに越したことはない。……改めてだが、事前の打ち合わせ通り、あくまで店の雰囲気をゆきかぜなりに感じ取ってくれるだけでいい。潜入任務とか気負う必要はないからな」

「わかってるって」

「じゃあ俺は適当に時間を潰した後、あそこら辺で待ってる。頼んだぞ」

「オッケー」

 

 ゆきかぜは小太郎と別れて店へと足を進める。その背後、小太郎がひとつため息をこぼしたが、これからのことで頭が一杯のゆきかぜは気づかなかった。

 

(私はこの街の新入り……。最近不眠気味だからちょっとここを試してみたいと思って来た。最初だからとりあえず20分コース、と……)

 

 事前の打ち合わせで決めた設定を脳内で繰り返しながら、ゆきかぜは店の中へと入る。

 安眠屋ということもあってか、店内は薄暗かった。だが不気味さはなく、羊で装飾された内装からはどちらかというとファンシーさすら伝わってくるほどだった。

 

「い、いらっしゃいませ……! え、えっと……初めてのお客様……ですか?」

 

 と、そこで1人の少女が現れた。フードを被っているが、そこから角が見え隠れしている。おそらく魔族であろう。人魔が混合玉石である、いかにもヨミハラらしい。もっとも、必要以上にオドオドした様子はこの街とは似つかわしくないようにも思えてしまう。

 

「ええ。最近この街に来たんだけど、ちょっと不眠気味みたいで。噂でこのお店を聞いて試してみたいと思って来たの」

 

 何度も予行練習をして脳内で繰り返したセリフをゆきかぜは口にする。

 

「あ、ありがとうございます。看板にもあります通り、ここは安眠屋……安眠を提供するお店です。お客様のような方のためのお店だと思っています。私は店主のエレーナといいます。えっと……じゃあ初めてということで、1番オーソドックスな20分コースでいいですか?」

「え? あ、うん、それでお願い」

「質が良い睡眠であれば短い時間でも効果的……。むしろ、20分ぐらいの方が眠気や疲労回復には効果的で、夜の睡眠にも影響が少なく良いと言われています」

 

 へぇ、とゆきかぜは相槌を打っていた。小太郎からとりあえず20分コースを頼め、と言われた時に30分の方がキリが良いと思うのになぜ20分なのだろうかと疑問には思っていたのだ。

 

「はっ……! す、すみません! 私ってば、聞かれてもいないのに余計なことをペラペラと……」

「ううん、気にしないで。なんで30分じゃないんだろうっては思ってたところだったから」

「と、とにかく個室にご案内します。どうぞ着いてきてください」

 

 頼りなさげな背中に続いて歩きつつ、ゆきかぜはここまでのやり取りで考えをまとめていた。

 

(うーん……。今までの感じだと、これはどう考えてもシロね。この子、悪いことをできそうにないというか、ヨミハラ住人とは思えないほど弱気だもの)

 

 しかし、実際サービスを受けてみないとわからない部分もある。同時に、安眠を提供、ということにも興味がある。

 そう思って後についていくと、個室が並ぶスペースの、その中の一部屋へと案内された。ベッドが置いてあるだけの部屋、といった具合でお世辞にも広いとは言えない。寝台列車やフェリーの個室程度の広さといったところだろうか。とはいえ、完全個室で防音もされているようである。

 

 案内されるままにゆきかぜはマフラーを外して上着と靴を脱ぎ、ベッドに横になった。同時に、思わず「うわっ」と声が出そうになる。

 

(すっご……。部屋は狭いと思ったけど、ベッドも枕もふかふか……。睡眠不足の人ならこれだけで眠れそう)

 

 そんな感想を抱いているうちに、エレーナは杖を手に準備を整えていた。

 

「え、えっと……。部屋は部外者の侵入防止に外から鍵をかけさせていただきますが、もしもの時のために内側からも開けられるようになっていますので。それから、各部屋に監視カメラを設置していますので、何かあったら駆けつけます。……で、では眠りの魔術をかけさせていただきますが、よろしいですか?」

「うん、お願い」

 

 エレーナの持つ杖がゆきかぜの方へ向けられる。と、それだけで急激な睡魔が襲ってきた。

 

(あ、これ一気に眠る感じ……)

 

 そんなことを考えているうちに意識が闇の中へと吸い込まれ――。

 

「……ん? えっと……?」

 

 心地よい、不思議なまどろみの中でゆきかぜの意識は覚醒していた。確かさっきまではヨミハラにある安眠屋のベッドの上にいたはず。だが今は地下のヨミハラではなく、春の日差しが降り注ぐ草原に寝転んでいた。体を起こし、辺りを確かめる。

 

(これは夢、かな……。そういえば、お店で眠ったら悪い夢を見たって情報もあったんだっけ。……あの子はシロだと思ったけど、それも演技とか? だとしたらとんでもない演技力だけど……)

 

 そんな予想を裏付けるように今のところ嫌な感じはしない。また横になり、夢の中で眠るのも悪くないかと思った、その時。

 

「……っ!? 誰!?」

 

 不意に、人の気配を感じてゆきかぜはその方向へと顔を動かしていた。

 

「あ……」

 

 しかしその強張った顔はすぐに虚を突かれたものへと変わっていく。

 そこに立っていたのは1人の女性だった。黒と白のレオタードのようなスーツに身を包み、頭には特徴的なウサギのような黒のリボン。そしてまさしく、ゆきかぜがずっと探していた顔――。

 

「お……お母……さん……?」

「ええ。そうよ、ゆきかぜ」

 

 ずっと聞きたかった、その声がゆきかぜの耳に響く。思わず、ゆきかぜは駆け出して抱きついていた。

 

「お母さん!」

 

 

 

---

 

「……やるせねえな」

 

 安眠屋のすぐ近く。待ち合わせ場所に指定した、通りに面した建物の角付近に背中を預けて腕を組みつつ、小太郎は不満そうにポツリと呟いた。

 

「最終的に提案にゴーサインを出した俺が言うのも何だが、残酷だよ。すぐそこに本人がいるんだ、直接ちゃんとした形で顔を合わせてやればいい。なのに夢の中でだけ、なんて……」

「それは私も同感。でも、不知火としてはそれが精一杯の譲歩だったんだと思う。……不知火は対魔忍から魔へと堕ちた身。直接会ったとなるとゆきかぜにも迷惑が及ぶ可能性があるって言ってた。でも、どんな形であれゆきかぜに会って、自分の目で見て、耳で聞けって私の頼みは聞き届けてくれた」

 

 その角から路地へと入った暗がりから聞こえてきたのはタバサの声だった。さらには先の戦いで共闘した扇舟と災禍の姿もある。

 

「それにしても、ミーティアの案も流石だと思ったけど、やっぱりふうまにも相談してよかった。……夢魔である彼女の力を利用して()()()()()()。そのために、()()()()()()()でゆきかぜをヨミハラに連れてくる。この計画のチェックに加えて各所への根回しの指示といい、さすが独立遊撃隊の隊長だね」

 

 そう、安眠屋の悪い噂というのも、静流からの依頼というのも、顔が知られていないであろうゆきかぜを選んだというのも全てがデタラメ。ゆきかぜを連れ出す口実に過ぎなかった。

 

 ミーティアは「自分は夢魔で夢を操れることができるから、夢の中で2人が会ってはどうか」という提案をしていた。さらに、夢を見せるとなると眠れる場所が必要であったが、ヨミハラならば安眠屋があるとも指摘。店主のエレーナとミーティアは仲が良いということで協力も要請しやすい、ということだった。

 そこで、アサギの了承を得てこの輪に加わる形となった小太郎はゆきかぜを連れ出す役割を引き受けた。加えて、今タバサが言ったように今回の案に落ち度は無いかのチェックと各所への根回しの指示も行っている。

 静流の方への根回しは災禍が担当した。詳しいことを伏せたまま、静流からの依頼という名目を使うことと、ゆきかぜが何かを聞いてきても誤魔化して欲しいと懇願。フュルストとの戦いで災禍に助けてもらって借りがある形の静流はそれを承諾した。

 

 こうして舞台は整った。おそらく今頃、ゆきかぜは夢の中とはいえ、久しぶりとなる親子の再会を果たしていることだろう。

 だが、さきほど小太郎が言った通り残酷でもある。ゆきかぜと同じ夢の中に入るために、安眠屋では不知火とミーティアも待機している。

 直ぐ近くにいる2人。現実で顔を合わせることもできるのに、それが叶わないのだ。

 

「……俺から言わせてもらえば、お前のほうがすげえよ」

 

 先程の「さすが」というタバサの称賛に対し、小太郎がそう答えた。

 

「不知火さんのことは極秘事項。俺は本来この件に関わることが出来ないはずだった。でも……お前の超強引な説得のお陰でアサギ先生が折れたんだろ?」

 

 タバサとしては、どうしてもこの件に小太郎を関わらせたかった。ミーティアの夢の中で会うという意見は悪くないと思ったが、その段階まで持っていくのがこのままだと難しい。

 夢に介入する以上、3人の距離が近くないと困難だという話だった。不知火とミーティアが五車に忍び込んで、という案も上がったが「私はまだ五車に戻るわけにはいかない」と不知火に固く拒否されたためにそれは断念することとなった。そうなると、ゆきかぜを連れ出す形を取るしか無いわけだが、このままのメンバーだとその役割担当は必然的に五車に出入り可能なタバサか災禍しか選択肢が無くなってしまう。

 タバサはゆきかぜの友人であるために不可能ではないが、腹芸は出来ない。途中でボロを出す可能性が高い。一方の災禍はゆきかぜとの接点が薄く、不自然極まりない。よってその役割はゆきかぜと顔馴染である小太郎が適任、とタバサは考えていた。

 加えて、小太郎の知恵を借りたいという意向もあった。ゆきかぜを連れ出す、と言っても具体案も思いつかない。少し前に見事な指揮を見たタバサとしては、全幅の信頼を置いている小太郎ならばなんとかしてくれるだろうとも考えていた。

 そして何より、小太郎もゆきかぜの大切な友人のひとりである以上、この話に加えるべきだというのがタバサの考えだった。

 

 そんな考えを持っていたタバサは、災禍が五車に戻る際に同行してアサギにこの件を直談判していた。が、小太郎が言った通り、その説得があまりにも強引すぎたのだ。

 

「アサギは私のことを敵に回したくないって言った。もしそれを本心から言っていないのであれば、私の意見は無視してくれていい。その代わり、私もいつ敵に回ってもいいと判断されたと捉えるし、場合によっては事を構える覚悟を決める。でも、本当に敵に回したくないなら、そして……ゆきかぜのことを思うのなら、私の意見を聞き入れて欲しい。……お願い」

 

 必死の懇願に、アサギもかなり悩んだようだった。しばらく考え込んだ後に渋々承諾の意志を示しつつ、「ただ、条件が3つあるわ」と付け加えた。

 

「1つ目。この件は話を知っている存在以外に絶対に口外しないこと。場合によっては母が魔に堕ちたということでゆきかぜの立場が危うくなる可能性がある。彼女はあなたにとっての友人だと言うのなら、そのことを徹底するように。2つ目。ゆきかぜ本人にも真相を知られないようにすること。つらいとは思うけど、不知火の意志でもあるし、あの子がどんな行動に出るかもわからない。今回はあくまで『不知火は生きている』ということを伝えて夢の中で会うことまでが条件よ。そして3つ目。……タバサ、こういう説得の仕方は今回限りにしなさい。あなたがゆきかぜのことを思って無茶をしようとしてるのはよく伝わった。でも、相手によってはこのやり方は己の力を背景にした脅迫と取られかねない。そうなれば反感を買って、メンツを潰されたと逆効果になることさえある。……よく覚えておきなさい」

 

 ここまで力が全てというような世界にいたタバサからすれば仕方のないことかもしれないが、力による要求が一度通ってしまえば、それ以降も通そうとしてくる可能性がある。そのことを知っているアサギとしては本来ならば突っぱねるのが当然であった。が、相手が相手であることと、彼女もゆきかぜのために何とかしたいというと思いがあったのだろう。強く釘を刺す形でタバサの意見を受け入れていた。

 

「説得と言うより、あれは半分脅迫、もう半分はアサギの良心に訴えかけた泣き落としといった感じですけどね……。一緒に立ち会っていた私としても冷や汗ものでした。……タバサちゃん、アサギにも言われてたけど、今後ああいう説得の仕方は控えたほうがいいわよ」

「わかってる。私はそういう交渉事とかは苦手だし、ケアンじゃ話が通じないって判断したら叩き斬るだけだったからよかったんだけど……」

「いや、よくないわよ……。今回は五車ってことで無理だったけど、一緒にいる時はやっぱり私が交渉役を担当するわ……」

 

 少し呆れ気味に扇舟がツッコミを入れる。「まあとにかく」と、気にしていない様子でタバサは続けた。

 

「ゆきかぜのために居ても立っても居られなくて、なんとかしたかったって思いが先走ったのは否めない」

「俺もタバサの気持ちはわかるし、無理矢理にでも話を通してくれたことに感謝もしてる。ゆきかぜの母親……不知火さん関連でそんなことが起きてるとは思ってもいなかった。力になりたいって思いは一緒だからな」

 

 今の言葉の通り、実際小太郎はアサギから不知火の件を聞かされた時、アサギを目の前にしていたにも関わらず珍しく不機嫌な様子を見せていた。淫魔族の隠れアジトにある礼拝堂で不知火のことを聞かされた時のタバサ同様、もどかしさがあったのだろう。だからこそ、彼もこの話に関われることが決まってからは積極的に協力していた。

 

「でもこれって、本来なら幻夢卿って奴が娘に継がせてれば不知火は関係なく戻ってくることも出来たんじゃないか、って思っちゃう。……まあ説明は受けたからしょうがなく理解はしたけど」

 

 そう言ったのはタバサだ。

 

「娘には自由に生きて欲しいって考えの幻夢卿と、闇から不義を討つための力が欲しいっていう不知火の利害が一致した形って話だったからね。……幻夢卿、またの名を淫魔の王。その名の通り、子は多くもうけたけれどシックスティに仕組まれたこともあって跡継ぎ争いでことごとくが死んでいった。そんな中でたった一人、心から愛した侍女との間に生まれた娘だけは不毛な争いを避けて自由に生きて欲しいと願った。ロマンチックと言えばそうだけど、淫魔の王と言う割には妙なところもあるというか……」

 

 今扇舟が言ったことは戦闘後に不知火と話している時に明らかになったことである。幻夢卿・カーマデヴァの子供がその座を継げなかったのか、という指摘は不知火と話している間に3人の間から誰と無く出ていた。

 

「娘……リリムか。確かに自由には生きてるけどな」

 

 そしてその娘というのが、小太郎が口にしたリリムであった。

 

 元々は落ちこぼれ淫魔と思われていたが、それは仮の姿。己の本来の力と人格を封印して別人格を作り出し、さらに他の者はその事を一切気づかさせないという高度なプロテクトによって、跡継ぎ争いから逃げ延びた。

 だがあることをきっかけに封印していた人格が覚醒。タバサが海で見て「明らかにヤバい」と感じた大人っぽいリリムは、本来の力を解放した姿だったのだ。そして、そのリリムを守るという名目でアンブローズやイシュタルといった淫魔族の幹部もあの時海に集まっていた、というわけである。

 

「娘に自由に生きて欲しいと願った親と、娘を失わないために姿を消してでも力を得て闇から守ると誓った親。形はどうあれ、どちらの娘も親に愛されているのね。……羨ましいわ」

「扇舟……」

 

 母親から愛情を向けてもらえず、最後はに使い捨てられそうになった彼女の名を、事情を知っている災禍が思わず呼んでいた。確かに許すことが出来ない相手だが、あの戦い以降、今のふうま当主がなぜ彼女を許したのか、少しわかるようになっていた。

 

「……そろそろゆきかぜが起きる時間かな。うまくいってるといいけどな」

 

 不意に、時計を見ながら小太郎が呟いた。ここに集まった4人、皆その思いは一緒だった。




活動報告にも書きましたが、69話ぐらいからスタートした原作対魔忍RPGメインチャプター53の「女王の誕生」に当たる部分の話はこの回で終わりにするつもりでした。
が、文字数が長くなってしまったので、分割して明日続きを投稿して一区切りとする予定です。


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Act78 ありがとう、お母さん

 ゆきかぜにとって、久しぶりに母と話した時間は文字通りの夢のような時間であった。五車での生活のこと、新たに「家族」となったクリアやカラスのこと、そしてふうまや蛇子や鹿之助、最近ではタバサを始めとしてマヤや咲やラティクールといった異世界人まで含めた友達のこと。

 

「本当にいろんな人達と会ったの。お母さんにも紹介してあげたい。きっと驚くと思う。タバサは荒廃した異世界から来た女の子で、マヤ様は超未来世界のお姫様で私と声が似てるとかって言われてて、咲はタバサ同様に荒廃した世界だけどこっちはこの世界の未来から来たってことで、ラティクールにいたってはもう人間ですらないっていうすごい組み合わせなの」

 

 楽しそうに語る娘を見て、不知火は自分の心も嬉しくなるのがわかりつつ、同時にタバサが言っていたことも正解だったと気づいていた。

 

(自分の目で見て、耳で聞け……。言われた通りだった。この子は……)

 

 無理をしている。親としての直感か。そうわかった。

 話を聞いた限りではもう大丈夫。そう思っていた。だが実際に、夢の中の世界ではあるが、久しぶりに会った娘は年相応の少女であった。

 

 現実の世界でも娘を抱きしめ、また一緒に暮らしたい。幻夢卿との儀式の際に一度は断ち切ったはずのその思いが、また脳裏によぎってくる。

 しかしそれはできない。今の自分は人ならざる者。そして、たとえそうなってでも、娘を守るために闇から不義を討つ。そう決めたのだから。

 

「ゆきかぜ」

 

 まだまだ話したいことはたくさんある、と言った様子の娘を、不知火は名前を呼ぶことで止めた。

 

「あなたももう気づいているんでしょうけど、これは夢……。もう、目覚めなくちゃならない時間なの」

「そんな……」

「でも夢の中ではあったけれど、あなたと話せて楽しかった。……今の私にはやることがある。だから訳あって姿を現せない。表立ってあなたと会うことも出来ない。そのせいでこんな方法を取るしか無かったの。……今日のことは私とあなただけの秘密。誰にも話しちゃダメ。いい?」

「うん……」

 

 どこか寂しそうにゆきかぜは頷いた。

 

「だけど忘れないで。あなたの母親……水城不知火は今もこうして生きている。……全てが終わったら五車に戻る。約束するわ。その時まで、さっき話してくれたお友達と一緒に頑張れる?」

 

 少し間を置いてから。

 

「……うん、大丈夫」

 

 弱々しいながらも、はっきりとそう言い切った。が、それを聞いてまたも不知火の心にタバサの言葉が思い出される。

 

(あの子が言っていた……。「ゆきかぜは強がりだから、きっと大丈夫だって言うだろう」。……本当にその通りだったわね)

 

 反射的に不知火がゆきかぜを抱きしめる。それでもゆきかぜは母に甘えること無く、今度は力強く続けた。

 

「私は大丈夫だよ。よくわからないけど、お母さんにしか出来ないことなんでしょ? だったら、やるべきことをやってほしい。私は待ってるから」

「あぁ……。こんな母でごめんなさい……。でもあなたを愛してる。それだけは間違いなく本当よ」

 

 抱き合った親子の目から涙がこぼれる。それでも笑顔のまま、夢からの目覚めを知らせる光が溢れてくる中で、ゆきかぜは本心を口にしていた。

 

「私もだよ。……ありがとう、お母さん」

 

 

 

---

 

「……客様……お客様……!」

 

 体を揺すられながら聞こえてきた声に、ゆきかぜはまぶたを開けて上半身を起こした。同時に、目から溢れた液体が頬を伝う。

 

「す、すみません……! 時間になって術を解いたはずなのですが、お目覚めにならなかったので体を揺すってしまって……。って、もしかして悪い夢でも見たんですか!? 涙を流していらっしゃるようで……」

「え? あ……」

 

 戸惑うエレーナの指摘で目元に触れ、夢の中同様に現実でも涙を流していたことにゆきかぜは気づいた。

 

「も、ももも申し訳ございません! お客様に安眠を提供するはずの当店で悪夢を見せてしまったなどと……」

「ううん、悪い夢じゃなかった。すごく良い夢だったよ。……これは、嬉しくて流れた涙だから」

 

 目元を拭ってゆきかぜはベッドから降りる。安眠効果があったからか、それとも夢とは言えずっと望んでいた再会を果たせたからか。体は少し軽くなっているような気がした。

 

「本当に申し訳ございません。良い夢だった、というのはせめてもの救いですが……。術を解いたのにお目覚めになられなかったという時点でこちらの不手際です。今回はお題は結構ですので……」

「え!? そんな、逆に悪いわよ」

「いえ、どちらにしろお客様は初めてですし、お試しという意味でも……。そんな有様でこんな事を言うのも心苦しいのですが、もし今後不眠に悩まれるようなことがありましたら、またいらしていただければと思いますので……」

 

 上着を着てマフラーを巻きつつ、ヨミハラには随分と似つかわしくない腰の低い態度だとゆきかぜは思っていた。深読みすれば、そうやってまた客を来店させて噂に上がっていたようなことをしていないとも限らないが――。

 

(まあ、ないわね。やったところでメリットもなにもないし。それに……ここに来たおかげか、夢の中とはいえまたお母さんに会えたことになるわけだから)

 

 不思議と夢の内容ははっきりと覚えている。というより、夢という感じはしなかった。

 母・不知火にはやることがある。それを終えた時いつか帰ってくる。この夢は誰にも言わない。その夢の中の約束を信じるし、自分も守るつもりだった。

 

「じゃあ、お言葉に甘えようかな。機会があればまた寄らせてもらうわね」

 

 もっとも、次ヨミハラに来るのはいつになるかわからない。嘘をついたようで少し悪い気もしたが、とにかく悪い店でないことは間違いないようだ。

 

「あ、ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

 

 そんなことを考えつつ、エレーナの声を背に受けながらゆきかぜは安眠屋を後にした。

 

 ゆきかぜの背中を見送ってから、エレーナは大きくため息をこぼす。それから従業員用のバックヤードへと足を運んだ。

 

「今退店されました。えっと……これで良かった……ですか……?」

 

 そう言った彼女の視線の先。2人の女性が従業員控室の椅子に腰掛けていた。今回の件の提案者でもありゆきかぜの夢を操ったミーティアと、その夢と中で娘と再会を果たした幻影の魔女こと不知火だった。

 

「ええ。ありがとうございます、エレーナさん」

「私からもお礼を言わせて。とてもいい時間だったわ」

 

 ミーティアに続いて不知火からも感謝の言葉を述べられたエレーナだったが、元来の気の弱さのせいか、思わず恐縮してしまっていた。

 

「そ、そんな! 噂に聞く魔女様からお礼だなんて恐れ多いです……。でも、私の力が誰かのためになれたなら……それは嬉しいな、って思います」

 

 その言葉に不知火は満足そうな笑みを浮かべていた。それからミーティアとともに立ち上がる。

 

「とにかく、今回は助かりました。これはお礼、ということで……」

「い、いえ! 大したことしてないですし、頂けないです!」

「お試しということで彼女からお金を貰わなかったんですから、無茶な頼みをした私達が代わりに支払うというのが道理ですよ。それに、親しき仲にも礼儀あり、と言いますし」

 

 結局押しに弱いこともあり、エレーナはミーティアから謝礼を受け取ることとなった。

 

「では私達はこれで。あ、裏口使わせてもらいますね」

「はい。どうぞ」

「本当にありがとう。助かったわ」

 

 不知火の感謝の言葉と共に向けられた妖艶な笑みに、思わずエレーナは同性でありながらもフリーズしてしまった。それほど魅力的、あるいは蠱惑的だったということだろう。

 そんなウブ気味な相手の反応に笑みをこぼしつつも、店を出たところで不知火の顔は引き締められていた。

 

「……あの子はもう大丈夫だと思っていた。でも、タバサちゃんの言う通り、実際に……とはいえ夢の中だったけど、会ってみないとわからないこともあるものね」

「魔女様……」

 

 不安げに声をかけてきたミーティアに対し、大丈夫と言いたげに不知火は少し表情を崩した。が、その顔はすぐに決意を秘めたような色を帯びる。

 

「心配しないで。あの子には無理をさせてしまうことになってしまうけど、私もあの子も大丈夫よ。……同時に、今回あの子に会えたことで改めて決心がついた。私は幻夢卿の座を継ぐ。そして……闇の中から不義を討つわ」

 

 

 

---

 

「ん、ゆきかぜ出てきたかな」

 

 今回の件、さらにはその元となった淫魔族の事件を小太郎が3人から聞いて時間を潰していると、不意にタバサがそう言った。

 

「何? ……遠くてはっきりとは見えないがそうっぽいな。お前の相変わらずの探知能力に驚くよ……」

「じゃあ私と扇舟は行くね。待ってるから、是非味龍に寄って行って」

「ああ、わかった。……でもなあ、災禍には悪いことしちまうな、って」

 

 そんな小太郎の声を受け、災禍は複雑な表情を浮かべていた。

 彼女は今回の件を見届けたいという思いもあり、小太郎の警護を申し出た。内密な話であるために、この役割をこなすことの多いライブラリーをはじめとして、必然的に他の者には務められないという理由もあった。

 しかし表向きはゆきかぜによる安眠屋の調査、である。基本的には距離を取り、さらにはワイト戦で破損した後に修復されたスーツの迷彩機能を時折使って姿を消し、ゆきかぜに悟られないように後をつけてきていた。

 そのため、姿を見せることはできない。味龍に小太郎とゆきかぜが入っても、彼女は入れないということになる。

 

「気になさらなくて大丈夫ですよ。……本音を言えば食べたいですけど。滞在中に食べた時はそれは美味しかったですし」

「どこかで待つ? 出前で持っていけるよ。または春桃に事情を話して裏口とかバックヤードって手もあるけど」

 

 タバサの提案に災禍は首を横に振った。

 

「またの楽しみに取っておくわ。……そういうわけで若様、ゆきかぜさんとのデートの邪魔はしませんから、お二人でゆっくり召し上がってください」

「デートって……。うーん……」

 

 もしゆきかぜがショックを受けて戻ってくるようなことがあれば、そこのフォローは小太郎の仕事だ。そのためにデートなどという考えは彼の頭の中にはまったくなかった。

 

「とにかく行くから。またお店で」

「頑張ってね、色男」

 

 タバサに続いて、扇舟が冗談っぽくそう言う。と、そこで腕を組んだままジロリと視線を送ってきた災禍と目が合った。からかったようなことを言ったせいで怒られるかと思ったが、災禍は軽く口の端を上げて鼻を鳴らしただけだった。あの件をきっかけに、自分に対する態度も少し変わった。そんな風に扇舟は感じていた。

 

「では若様、私も姿を消しますね。ゆきかぜさんのことはお任せしました」

「おう」

 

 スーツの機能をオン、災禍の姿が消える。それから気配が遠ざかっていくのを小太郎は感じていた。

 

 そうして角にいた3人がいなくなってしばらくしたところで、ゆきかぜが近づいてくる。

 

「お待たせ。……誰かと話してなかった?」

「いや。気のせいじゃないか? それより調査の報告だ。どうだった?」

「あ、うん。証拠とかは見つけられなかったから……私の感想でいい?」

「ああ。思ったことを言ってくれ」

「多分シロだと思う。店員はいい人でヨミハラ住人とは思えないほど腰が低かった。実際短時間の睡眠にも関わらず体は軽くなったように感じたし、それに……。いい夢も見られたから」

 

 この様子だとどうやらうまくいたようだ。心の中で安堵のため息をこぼしつつ、それを表に出さないように小太郎は尋ねる。

 

「いい夢? どんな夢だ?」

「内緒。……それよりお腹空いちゃった。ねえ、何か食べたりしない? この街で安全面を考えれば報告ついでに静流先生のお店だろうけど……」

「報告は後で俺がやっておく。元々俺が受けた話だし、勝手に協力を頼んだわけだからな。だからあの人の店よりもっといいところに行くぞ。……ゆきかぜ、お前忘れてないか? 胃袋を掴まれてここに住むまでになっちまった奴のこと」

「胃袋……。あ、タバサ! そっか、タバサのバイト先に行けばいいんだ!」

「そういうこと。あそこの飯は絶品だ。手伝ってくれたお礼に奢ってやるよ」

「ほんと!? ……でもいっつも金欠なふうまが太っ腹なときってなんか裏があるんじゃないかって疑っちゃうんだよね」

 

 失礼な、と文句を言いつつ、小太郎は続ける。

 

「その後はまえさき市をブラブラするか? さっき別の街が良かったとか言ってただろ?」

「それは言ったけど……。ほんとに裏も何もないの? 変に勘繰っちゃうんだけど」

「だからお礼だって言ってるだろ。……まあ嫌ならいいんだが」

「ごめんごめん、嫌じゃないから。じゃあタバサのところのお店でご飯食べたら、ここを出てまえさき市ってことで」

 

 今日は頼みを受けてよかったと、ゆきかぜは心から思っていた。夢の中とはいえ母親と再会し、小太郎とはデート気味にお出かけ。そんな風に心少し心が浮つくのがわかる。

 

 闇の街の大通り。そこを腹ごしらえのために味龍へと向けて、一組の男女が楽しそうに歩いていったのだった。




「女王の誕生」に関連した話はここで一区切りとなります。
原作対魔忍RPGで「女王の誕生」がメインチャプターとして公開されたのは2022年の11月21日から。
そこから1年近く経ちますが、2023年9月3日現在、ゆきかぜと不知火は未だ対魔忍RPG内で再会すらしていません。
直後(12月に公開された次のメインチャプターの「桜の騎士と白の暗殺者」だったはず)に小太郎は幻影の魔女=不知火であると知ることにはなるものの、別な事件が舞い込んできていたこともあって「今はそのことより」と後に回してしまっています。
加えて、不知火が幻夢卿を継ぐ儀式の時、娘のことよりもアサギとの友情を優先しているように見えてしまって、その辺りがモヤモヤしたことを覚えています。

おそらく今後その辺りのことは原作でも描かれると思います。
ゆきかぜはメインクラスのキャラで、不知火とどうなるかという話が描かれるとすれば、大きな山場になることは間違いないでしょうし。
ただそこまで我慢できなかったので、せめてひと目だけでも母娘の再会を、と思って改変改竄して描いてみたい欲求に従うことにしました。

ちなみに今回のタイトルは、原作メインチャプター45のタイトルである「ありがとう、お姉ちゃん」のオマージュ。
(別世界線の未来ゆきかぜですが)言われた側を、言う側にしてみました。


次回更新は投稿開始から丁度1年になる9月14日の22時3分の予定です。
章分けをしているわけではないですが、実質新章突入です。
原作に沿わないオリジナルな展開で、ここまで未登場のキャラや、以前少しだけ顔を見せたキャラも登場していくお話となります。


ちなみに、この話の終了時点で総文字数がキリのいいところを狙える範囲内にあったので色々調整してみたところ、ピッタリ綺麗に50万字となりました。


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Act79 私の名は――

 アミダハラ。本州西部に位置する人工島都市である。

 かつては日本第3の都市として栄えたが、過去に起きた米連と中華連合の代理戦争の際、煽りを食う形でミサイルが着弾して壊滅。以降は“廃棄都市”という異名にふさわしく、日本最大級のスラムと化している。

 

 特に廃墟地区はヨミハラ以上の治安の悪さという噂もあり、それを肌で体感してもらおうと観光ツアーまで組まれるほどでもある。もっとも、参加者の命までは保証されていないといういかにも廃棄都市にふさわしいものではあるが。

 

 そんな廃墟地区の一角。ボロの衣服に体を、ガスマスクに顔を包んだ数十名の武装難民たちが、明らかに動揺した様子で手にした銃を発砲していた。まだ陽が昇っている時間だというのにお構い無しである。

 

「なんなんだよあいつは!? まるで弾が当たらねえ!」

 

 一般的な服では無いものの身なりの良さそうな格好に、2本の背負った剣。危険な相手かもしれないが、その分実入りはいいに違いない。そう考えた武装難民たちは、自分たちのテリトリーに侵入した獲物を狩ることにした。

 だが、今泣き言が出たように失敗だったかもしれない、と思い始めていた。獲物はまるで姿を消すかのごとく、尋常ならざるスピードで動き回り、自分たちが放った銃弾を回避していたのだから。

 

「ぐあっ!?」

 

 その上、反撃まで行ってくる。今も飛来したナイフが武装難民の1人の腕と銃に突き刺さっていた。そのナイフは特別な力で作り出されたのか、そのまま消えていく。が、傷口はそうはならずに血が溢れていた。

 お返しとばかりに銃弾を浴びせようとするものの、やはり消えるような速度で獲物の男は移動し、物陰へと身を潜めていた。

 

「そろそろやめないか? 私はこの街についてよくわかっていない。もし君たちのテリトリーに入ってしまったというのであれば謝罪しよう。私はただ話を聞きたいだけだ」

 

 その物陰から男の声が聞こえてくる。

 

「ふざけるんじゃねえ! これだけコケにされてるのに『じゃあやめます』なんて言えると思ってんのか!?」

「プライドやメンツが傷つくのはわかるが、命には変えられないと思うがね。幸い、まだそちらの命は奪っていないはず。やめるなら今だ。……互いに取り返しがつかなくならんうちにな」

「うるせえ!」

 

 物陰で当たらないとわかってはいるが、怒りに身を任せて武装難民たちは発砲を繰り返すしかなかった。

 

「やれやれ……。()()()()()()()ほどではないにしろ、ここも大概というわけか。仕方がない。……影よ! 我が先達、偉大なる名もなき戦士たちよ!」

 

 男の声が響いた瞬間。突如、4体の人影が物陰から飛び出してきた。それ目掛けて銃が発砲されるが――。

 

「なっ……!? 影!?」

 

 それは、文字通りの「影」であった。実体のない影であるために銃弾は命中もしない。にも関わらず、両手に持った剣は武装難民の銃を斬り裂いていた。その4体の影が襲いかかってきたことで、集団は大混乱へと陥る。

 

「最後通告だ」

 

 いつの間にか、先程のように消えるほどの速度で間合いを詰めてきていたのだろう。男が武装難民のリーダーと思しき相手を武装解除し、背後から羽交い締めにして自分の盾にした上でそう言葉を発していた。

 

「確かにそちらに怪我は負わせたが、こちらは降り掛かった火の粉を払っただけのこと。もう一度言うが、やめるなら今しかない。もし断るというのなら……。ここまで使わなかったが、背中の剣を抜くとしよう。呼び出した『影』たちにも本気で暴れてもらう。すなわち、ここまでは死人を出さないように応戦してきたが、以降は一切手加減をするつもりはない」

 

 彼によって呼び出されたという「影」もまた、既に武装難民たちに刃と思われるものを突きつけている。

 もはや選択肢はない。力が違いすぎる。間違った獲物を選んでしまった。ようやく、相手はその事に気づいていた。

 

「聞きたいことはさっき述べた通り。私はこの街についてよくわかっていない。だから詳しい者を探している。ただそれだけだ」

 

 

 

---

 

 アミダハラは闇の街とも呼ばれているが、全てが廃墟地区のような無法地帯というわけではない。ヨミハラ同様に地下深くに魔界の門があるとされており、魔族の流入も少なくないが、「魔術師協会」という組織がその門を管理。独自の秩序形態を保っているため、中心地や町地区はそれなりに治安が約束されていた。

 

 そんな比較的治安が良い一角に佇む古びた店。「魔法堂」と書かれたその店内で、美女と老婆が話をしていた。

 

「ハロウィンの時はおばあちゃんの頼みだからしょうがなく着たけど、もうあの衣装は絶対着ないからね!」

 

 美女の名はアンネローゼ・ヴァジュラ。魔族の父と人間の母を持つハーフであり、ここアミダハラで魔女剣客兼探偵として生業を立てている。伝説の魔刀“金剛夜叉”の使い手として、アミダハラでは名の知れた存在だ。

 

「まあまあアン嬢ちゃん、そう言わずに。結構評判良かったんだから」

 

 そんなアンネローゼを「嬢ちゃん」扱いしている老婆はノイ・イーズーレン。この店の店主であると同時に、魔術師協会の重鎮中の重鎮でもある。

 

 要するに、この店の中はアミダハラで屈指の実力者2人が雁首を揃えている状態と言える。街の人間ならただでさえノイのいるこの店に来るのはのっぴきならない事情の時だけだろうが、そこにアンネローゼまで加わるとなると可能な限り避けようと考えるのは当然の道理であろう。

 よって、今のこの店に近づくような馬鹿はこの街にはいないと決めつけ、アンネローゼは少し前のハロウィンの時にノイによって着せられた小っ恥ずかしい衣装について文句をつけているところであった。

 

「他に着せられる子なんていくらでもいるでしょ? あんなヒラヒラチャラチャラした衣装をなんでわざわざ私に着せるのよ。どうせ面白がってなんでしょうけど。……ちょっと、おばあちゃん聞いてる? そうやって私から視線を逸らして聞いてないフリをしても……」

 

 そこまで文句を言ったところでアンネローゼは言葉を切っていた。ノイの視線の先、店の外。そこにただならぬ気配を感じ取ったからだった。

 

「やっと気づいたかい」

「……私としたことが。私とおばあちゃんがいるのに正面切って乗り込んでくる馬鹿は、何も知らない観光客以外ではこの街にはいないと決めつけてたわ」

「いや、ひょっとしたらこの街の住人じゃないのかもしれないねえ。それに……嬢ちゃんに気づかせるのを遅らせるほどとなると、かなり腕も立つようだ」

 

 アンネローゼの右手が愛刀の金剛夜叉にかかる。

 そんな店の中の緊張感を知ってか知らずか。ゆっくりと入口の扉が開かれた。

 

 立っていたのは中年の男性であった。温和そうな表情と相まって彫りの深いナイスミドル、といった顔立ちだが、纏っている空気はまさしく剣呑そのもの。背中から覗く二振りの剣からして、ただものではないというのは明らかだ。

 

「失礼。この街のことについて尋ねたい。こちらの店にいるという魔女に聞けばわかると聞いたのだが……」

 

 男の言葉に対し、ノイより先にアンネローゼが反応した。

 

「確かにおばあちゃんは魔女とか言われてるけど、見ての通りここはただのお土産屋だよ。観光で来たなら、いい土産屋を紹介してもらったね」

「観光ではない。だがここの住民には()()されたようでね。()()()話を聞いたところ、この店を教えてもらった。どうやら彼らが言ったことは正しかったようだ」

「お前……!」

「おやめ」

 

 金剛夜叉を抜こうとしたアンネローゼだったが、不意にノイが止めに入る。

 

「でも!」

「店で暴れるのはご法度。向こうさんもそれはわかっているようだ。殴り込みに来たってわけじゃなく、あくまで情報が欲しいって感じだね」

「おっしゃるとおりです、ご老人。私に争う気はない。……ただ、火の粉が降りかかるとあらば、先程のように我が身は守らせていただく」

 

 ビリビリと男の殺気が膨れ上がるのがわかる。負けじとアンネローゼも対抗しようとしたのだが。

 

「だからやめなって言ってるじゃないか、アン嬢ちゃん。それじゃ話も聞けやしない。刀から手を離しな」

 

 結局ノイの鶴の一声で、アンネローゼは渋々戦闘態勢を解くこととなった。

 

「それで、この街のことを尋ねたいとか言っていたね。何が聞きたいんだい?」

「人を探しています。女の子です。年は10代後半程度で身長は低め。髪型は肩にかからない程度の短く黒い髪。顔の特徴は目が大きめで大体の場合は無表情。……そして、戦闘の時は二刀流で、()()()()()()()()()()()()()()()

「名前は?」

「彼女に名前はありません。私は友と呼んでいました。あるいは、“()()()()()”」

 

 名無しの相手を探している、ということでアンネローゼとノイに怪訝な表情が浮かぶ。そのまま示し合わせたでもなく互いに視線を交わしてから、アンネローゼは先程男が言ったことをオウム返しに口にした。

 

「……名前がない? 乗っ取られ?」

「理由を説明すると長くなるので。とにかく、何か心当たりはありませんか?」

「……知らないねえ。嬢ちゃんは?」

「さあ? あんたの娘さん?」

「いや、先程言ったように友人だ」

 

 目の前の男はどう見ても中年だ。それが名前もない少女を探しており、しかも友人だという。思わずアンネローゼは訝しげな視線を送っていた。

 

「この街にいるのは確かなの?」

「実はそれも定かではなく……。ただ、おそらく()()()()にいるのは間違いないかと」

「この世界。やっぱりそうか」

 

 ノイが得心がいったというような声を上げた。

 

「この街の場所が場所だからね。最初は魔族かと疑ったがどうも違うらしい。そこから導き出される答えは……お前さん、異世界人だね?」

 

 ずばりそう言ったノイに対してアンネローゼは思わず驚愕の表情を浮かべた。が、当の男の方は目を細めただけだった。

 

「おっしゃるとおりです。私はこの世界の者ではない……。おそらくこの世界へ迷い込んだであろう友人を探してやってきました」

「そうなると話は別だ。お前さんにここを紹介した奴は正解だよ。これは私でもなきゃどうしようもない問題だろうからね」

「ではもしかして心当たりが?」

「ああ。異世界人が迷い込むという話はいくつか耳にしている。少し前に五車で複数人確認されたのは聞いてるが、その連中は戻る宛があるって話だったかな。だとすると……そのさらに少し前、ヨミハラに現れた方という可能性が高い。魔女仲間であるリリノーエ、あと本人は直接顔を合わせてないけど同居人は会ってるってミリアムから聞いてるよ」

 

 おそらく男にとって、この世界に来てから初めての有益な情報だったのだろう。思わず目を見開き、乗り出すようにして尋ねていた。

 

「ヨミハラ!? そこに行くにはどうすれば……」

「まあ落ち着きなさい。あそこはここと変わらないかそれ以上に物騒だし、距離もある。異世界人が1人で行って聴き込むには少々厳しいだろう。……アン嬢ちゃん、案内してあげな」

 

 話としては面白いけれど自分は関係ない、と静観を決め込んでいたアンネローゼだったが、ここで突然ノイに話を振られて思わず慌てたようだった。

 

「は!? なんで私が! っていうか、ヨミハラまでなんて遠すぎるんだけど!」

「その分の交通費と報酬は、私が後でこの紳士の代わりにまとめて出してあげるよ。その代わりと言っちゃあなんだが、私も魔女と言われる存在だ。異世界の物には非常に興味がある。もし目的の人物に会うことができたら、何か異世界の珍しい物が欲しいねえ」

「いえ、おそらくあなたは信頼できる。先払いしましょう」

 

 男は懐から宝飾品のようなものを取り出した。灰色のブローチのように見えるが、真ん中の部分に描かれた何かの紋様らしき部分が鮮やかなオレンジ色に染まっている。

 

「宝飾品? 模様の部分の色は綺麗だけどなんか不気味だし、それ以外は地味だし……」

「おや、これは……」

 

 アンネローゼを経由してそれを受け取ったノイの表情が固くなるのがわかった。

 

「さすがご老人、ただの宝飾品の類ではないと看破されましたか」

「……確かにこいつは珍しいけど、少々危険なものかもしれないね。おそらく、異界の化け物を操るための装具……」

 

 感心したように男が口の端を僅かに上げた。

 

「お見事です。その宝飾品は“クトーンの捕縛印”と呼ばれるもの。今おっしゃられた通り、異界の化け物を呼び出して操るため、私がいた世界の狂信者たちが持ち歩いているものです」

「ちょっと! そんな危ないものをおばあちゃんに渡すとか何考えてんのあんた!」

「大丈夫だよ、嬢ちゃん。その化け物はおそらくこの世界ではほぼいない。魔界の連中ともまた違うようだ」

 

 改めてしげしげと不気味な宝飾品を見つめ、「ふむ……」とノイは小さく唸った。

 

「面白いね。これなら魔女としての研究材料にもなる。……が、お前さん、こいつをあと1つか2つぐらいは持ってるんじゃないかい? 数があるに越したことはないからね」

 

 ここまで自分のペースを貫いてきた男だったが、顔に苦笑が浮かんでいる。さすがに叶わない、といったところだろうか。

 

「やれやれ……。私が知っている魔女とは貫禄も交渉術も桁違いだ。……わかりました。今あと2つ持っていますから、この時点であと1つだけお譲りいたしましょう。最後の1つは私の目的が達成された時にそちらのお嬢さんを通して手渡すということで」

「ああ、了解だよ。それじゃアン嬢ちゃん、こちらの紳士をヨミハラまで連れて行ってやっておくれ」

「はいはい。……ったく人使いが荒いんだから。ミチコは置いていくから、おばあちゃんから説明しておいてね」

 

 そう言うとアンネローゼは愛刀である金剛夜叉を手に立ち上がった。

 

「ではよろしく頼むよ、お嬢さん」

「アンネローゼ・ヴァジュラよ。お嬢さん呼びはやめて頂戴。……ところで、あんたの探し人は名無しらしいけど、あんたも同じ? なんて呼べばいいの?」

「これは失礼。……そういえば警戒するあまり自己紹介もまだだったか。私の名は――」

 

 ウルグリム。

 

 本当の名ではないと断りつつも、男は自分の名前をそう告げた。




クトーンの捕縛印

異界の化け物であるクトーニックを呼び出し制御するために、狂信者であるクトーン教団と呼ばれる集団の連中が持ち歩いている宝飾品。
ゲーム中では主にクラフト用の素材として使われる。
ただ、クトーン系のモンスターは落とさずにクトーン教の人間だけがドロップすることに加え、クラフトしようとする物によっては結構な数を要求されたりするために不足気味になることもある。
そのためにクトーン教信者の集まるマップに定期的にカチコミをかける乗っ取られもいるとかいないとか。



クトーニアン

クトーニックやそれを呼び出そうとするクトーン教団の狂信者たちからなる敵対派閥。
イセリアル同様にグリムドーンを引き起こした2大原因のひとつ。
クトーン教の信者で血の契約を結んだ者は「血に誓いし者(ブラッドスウォーン)」と呼ばれ、契約を続けるために人間の生き血を贄を捧げる必要がある。
そのため、秘密裏に暗躍して気づけば村まるごとクトーン教団が支配し、村人が虐殺された末に生き血を捧げられるなどという事態も発生している様子。
元々クトーンは古き創造の神であったが、裏切られて虚無の中に打ち捨てられたらしい。
生命やカオスビルド御用達である星座の「瀕死の神」はクトーンであるとされている。



ミチコ

アンネローゼとノイが出ているリリスのゲーム、「鋼鉄の魔女アンネローゼ」に登場するヒロインの1人。フルネームはミチコ・フルーレティ。
普段はメイドの格好をしているが、アンネローゼと契約した悪魔(厳密には異世界生物であるらしく、ナーサラに近い存在らしい)で、外出の際はトランクに化けてアンネローゼに持ち歩かれている。
アンネローゼは対魔忍と別作品ではあるものの姉妹作のような扱いで、対魔忍作品と世界を共有しているという特徴がある。
アミダハラも初出はアンネローゼだが、逆輸入されるような形で決戦アリーナの頃から登場している。
……でも多分敵キャラの李美鳳(リーメイフォン)が元対魔忍で朧の妹っていう設定は有耶無耶になってる気がする。
ミチコ自体は決戦アリーナの頃からアンネローゼと共に登場しているが、まだシーン付きでユニット化されたことが一度もないという少しかわいそうなキャラ。本編でもお留守番で出番無し……。


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Act80 センザキの街で光り輝くギャングスターとは俺のことだぜ!

 災禍からの頼み事としてタバサが首を突っ込んだ、淫魔族を巡る一件から約2週間。12月も第2週に入り、今年も終わりに近づいている。

 もっとも、異世界人であるタバサからすれば年の代わりなど特に関係もなく、ヨミハラも地下都市という立地のためにどうにも季節感は薄くなってしまっていた。

 

「うーむ……」

 

 そんなある日のこと。

 昼のピーク時を過ぎた、いわゆるアイドルタイムの味龍。春桃とタバサと扇舟が賄いを食べていた。が、春桃が自分で作ったチャーハンを食べながら、何やら唸り声を上げているようだった。

 

「どうかしたの? 具合が悪いとか?」

「チャーハンを作るのに失敗したのかもしれない」

 

 思わず扇舟と、続いてタバサが声をかける。

 

「あ、いや、どっちも違うんだが……」

「だよね。賄いの料理はおいしくできてるよ。相変わらずクセになる辛さでおいしい」

「そりゃどうも。……ただタバサ、お前が今食べてる麻婆豆腐は裏メニューにしてるレベルの痺れと辛さのはずなんだけどな」

 

 「ん?」とタバサが特に気にした様子もなしに麻婆豆腐を口に運び、それからご飯を食べる。が、その麻婆豆腐の湯気が顔付近に近づいただけで思わず扇舟は顔をしかめていた。つまり、湯気だけでもそれほどの痺れる辛さが伝わってきているのだ。にも関わらず、最近激辛料理にハマりつつあるタバサは「クセになる」と言って平然と食べているということになる。

 

「まあ……タバサの食事事情は今に始まったことじゃないから置いておくか。実は今ちょっと困っててな。予定ではとっくに届いてるはずの荷物が来ないんだ。今のところはいいけど、いずれは店の営業に関わるものだから放置しておくわけにもいかないし」

「それは……よろしくないわね。相手の……この場合運送会社かしら。そこに連絡は?」

 

 魔界産の肉と魔草炒めの定食を食べつつ、扇舟が尋ねる。このメニューもセンシュースペシャル同様、魔草を使えるようになった後に生み出されたメニューだ。

 

「当然した。だがもうちょっと待ってくれ、の一点張り。ここ1週間近く、1日おきぐらいに連絡してるけど向こうもひたすら謝るだけだし、こっちも催促するのが段々嫌気が差してきてさ。その上、ここは季節感がないからあまり実感が湧かないかもしれないが、地上はこの後クリスマスだのお正月だのってなってくると物流がさらに滞りかねない。その前にどうにかしたいんだよな……」

「営業に関わるって言ったよね? 料理のことはよくわからないんだけど、1週間も届かなくて材料は間に合ってるの?」

 

 やはり辛さを全く気にしていない様子で麻婆豆腐を食べつつ尋ねるタバサ。これだけ無反応だと本当に辛いのか、さらには辛くする必要があるのかも疑問に思う春桃だったが、ひとまずタバサの質問に答えるのを優先した。

 

「それは大丈夫。そういう生鮮食品の類じゃないんだ。ほら、ここって大衆食堂とはいえ中華料理屋だろ? だから、本場の味に近づけるためにあたしの本国から定期的に調味料を取り寄せてて、それが来ないんだ。今すぐに無くなるわけじゃないけど、年を越す前に補充しておきたいなって」

「調味料……」

「例えばお前が食べてるその麻婆豆腐。辛さを出すための豆板醤に、痺れを出すための花椒(ホアジャオ)、他にも豆鼓(トウチ)っていうのも使ってる。それら全部、本場から輸入してるってわけだ」

「へぇ……。下準備までは時々手伝うけど、味付けにそんないろんなものを使ってるんだ」

 

 タバサが感心したような声を上げる。

 一方、先程までの春桃同様に今度は扇舟が唸っていた。

 

「……ねえ、春桃さん。輸入に頼ってるってことは、おそらくセンザキ経由よね?」

 

 センザキは貿易都市であり、国内最大級の港も保有している。そのため、海外からの海運はほぼここに集中していた。

 が、そんな金の匂いがするところには一儲けしようと良からぬ者たちも集まってくるもの。戦争難民や犯罪組織などが流入してきた結果、勢力拡大を狙う組織の抗争も相まって、今では闇の街であるヨミハラ同様、犯罪都市と呼ばれるようになってしまっていた。

 

「ああ、その通りだ。よく知ってるな、センシュー」

「あそこは場所によってはここと同じぐらい危険な治安の犯罪都市よ。もしかしたら、何かあの都市特有のトラブルに巻き込まれて荷物が届かない、ということもあるんじゃない?」

「確かにそれはあるかもしれないが……。それを言ったところでこちらとしては手の出しようもないし……。あ、そうか」

 

 不意に、春桃がポンと手を叩いた。

 

「センシュー、お前センザキに詳しいみたいだし、それ食べ終わったらでいいからセンザキに直接行ってくれないか? もしもの時のためにタバサも連れて行っていいぞ」

「え、ええ!?」

「こっちから直接顔を出せば向こうとしても無下に対応はできないだろう。さすがにちょっと待ってくれって言われるだけじゃ状況もわからないし、待つなら待つで具体的にどのぐらいかかりそうか、さらに言うなら何が起きてこうなってるかを突き止めてきてほしい。……うち以外にもセンザキからの流通が止まって困ってる街の連中もいるっぽいし、頼む!」

 

 可能なら断りたかった扇舟だったが、店長代理にここまで言われて頭を下げられては断りきれない。やれやれとため息をこぼすのが精一杯の抵抗だった。

 

「……わかった。個人的にあまりいい思い出がない街だけど、行ったことがあるのは事実だし。直接行ってみるわ」

「本当か!? 助かるぞ、センシュー!」

「私としてもありがたい。別な街にも少し興味はあったし」

 

 そして案の定タバサもこう言い出した。これは最初から断ることは出来なかったんだろうなと思いつつ、扇舟は賄いの料理を平らげることにするのだった。

 

 

 

---

 

 センザキの街はその物騒な前評判とは異なり、傍から見れば発展したベッドタウンというような街並みだった。

 ヨミハラと違って太陽の光があり、加えて、季節柄クリスマスを間近に控えていて街が飾り付けされていることも影響しているのかもしれない。

 

 タバサと扇舟の2人はそんなセンザキの中心街を歩いていた。とはいえ、基本何もわかっていないタバサは扇舟についていくだけという感じであり、春桃から手渡されたメモを見て扇舟が先導している形である。

 が、その扇舟は時折ため息をこぼしており、内面が読み解けるタバサはそれを少し気にかけてもいた。

 

「……ねえ、扇舟。春桃に頼まれた時に『あまりいい思い出がない』って言ってたはずだけど、大丈夫? 無理なら帰って無理って言ったほうがいいよ」

「え? ああ、そうか……。タバサちゃんは心の変化とかが読めるんだっけ。なら全部お見通しよね。……話したら少しは楽になるかな。愚かだった頃の私の話、聞いてくれる?」

「ん。いいよ」

 

 歩きつつ、扇舟は過去にこの街で犯した過ちについて語り始めた。

 

 ここセンザキは治安の悪さから警戒が必要な地域として対魔忍が拠点を置く場所である。同時に各地への通信網の中心を担う役割も果たしていた。

 かつて、まだ扇舟が井河長老衆の1人であった頃。五車決戦を間近に控えた時に、その通信網を断つためにここの拠点を潰したことがあったのだった。

 当然、拠点内部にいた対魔忍たちは全員死亡。扇舟が今も悔いている「同胞殺し」のひとつである。

 

「あの頃はアサギと、あと手を斬り落とした不知火に対しての恨みしかなかった。同時に、今度こそ母に認められたい、って気持ちかしらね。過剰戦力でここの対魔忍の拠点を落とし、それでいい気になっていた……。今にして思えば、愚かしいことこの上ないわ」

「それは確かにいい思い出じゃないね。でもまあ母親に呪縛されていた時の話なんだろうから、しょうがないといえばしょうがないよ。起きてしまったことはどうしようもないんだし、扇舟自身も心から悔いてるみたいだし」

 

 相変わらずドライな言い方ではあるが、これがタバサなりの気の使い方というのもここまでの付き合いでわかっている。扇舟は素直に「……ありがとう」と感謝の言葉を口にしていた。

 

「おかげで少し楽になったかも。……それじゃ、気を取り直してメモにある業者さんのところに行って話を聞きましょうか」

「ん、良かった。……扇舟がいないと私だけじゃどうしようもなかったから」

 

 確かにそれもそうである。その辺りまで含めて打算的に自分を立ち直らせたのかもしれない。とはいえ、言っている事自体は事実だから仕方ないかと、扇舟は苦笑を浮かべて先を歩き始めた。

 

 

 

---

 

 結論から言えば、扇舟とタバサはたらい回しにされていた。

 

 春桃から渡されたメモにあった配送業者を当たったが、向こうも困ったように答えていた。

 

「わざわざ来てもらって申し訳ないけど、どうしようもないかもなあ……。実は品物を受け取るはずの倉庫側からもうちょっと待ってくれってずっと言われてて……。運びたくても運べないんだよ。品物が無いとか言うんだから」

 

 仮にも犯罪都市と呼ばれる場所だ。相手が交渉を渋ってきたり、こちらを見下して話に応じてこないという可能性もある。

 そのため、場合によってはこの前アサギに「もうやるな」と言われたタバサ式交渉も必要かと思っていた扇舟だった。が、それは杞憂だったようだ。向こうはギャングやマフィアとは関係のないカタギらしく、不都合も真摯に隠さずに答えてくれた。

 

「悪いけど、港から上がった品物を保管する倉庫業者の方を当たってみてくれ」

 

 そう言われて今度は倉庫業者の方へ。

 ところが、ここでも返ってきたのはまたしても渋い返事と悲痛な泣き言だった。

 

「うちも被害者なんだよ……。ここに無いんだから、そりゃ待ってくれって言うしかないでしょ? ……もっと上の方の問題なんだ。元々は輸送の遅れで昨日ぐらいには荷物が届くって話だったはずが、いつの間にか『もう少し待ってくれ』に変わっちゃったし。どういうことか直談判に行きたいのは山々なんだが、この街はギャングやマフィアが取り仕切ってる。幸いこの地区は話がわかる人ではあるけど、せっつくようなことをするのは気が重いんだよ。この街の住民じゃないあんたたちに頼むのは心苦しい。でも、代わりに行ってくれるって言うなら助かるのは事実だ。……ただ、無理はしないようにな」

 

 そんな感じで、実質通関を担当している組織を紹介してもらっていた。

 さすがにこれ以上のたらい回しは無いだろう。そう思って扇舟は連絡を取ってみたのだが。

 

「この街にカンザキ食堂という店がある。そこで待っていて欲しい。そちらのことを把握している使いの者がそこに行く」

 

 こうして、夕暮れ時の食堂に2人は行くこととなってしまったのだった。

 

「待ち合わせが食堂って何なのよ、もう……。しかも使いの者って言ったけど、向こうはこっちをわかっててもこっちはその相手がどんな風貌か、何人かもわからないし……」

「でもヨミハラよりは治安はいいね。何人か……斬ったらまずいだろうから張り倒すつもりでいたけど、そんなことも無かった」

「……タバサちゃん、そういう物騒な考え方からはもう少し離れましょう?」

 

 ともかくタバサが暴れるような事態と、懐に忍ばせていた戦闘用義手を使うようなことにこれまでのところはなっていないのはよかったと扇舟は考えていた。

 そうこうしながら歩いているうちに指定されたカンザキ食堂が見えてくる。まだ夕食の時間には早い。それでも既に客は入っている状態だった。

 

「いらっしゃい。空いてる席座って」

 

 店内に入るとまだ子供といえる外見の少年が声をかけてくる。

 

「えっと、待ち合わせをしているんだけど……」

「相手は?」

「いえ、ここで待ってろってしか言われてなくて……」

「あー、そりゃこの店で飯を食って待て、って意味だな。……ってわけで客だ。いらっしゃい。空いてる席座って」

 

 最初と同じセリフを少年は繰り返し、扇舟とタバサは顔を見合わせるしかなかった。こんな子供にも関わらず、したたかさを持っていることに驚きを隠せなかったからだ。

 

「……どうする? なんかもうお客にされちゃったけど……」

「少し早いけど夕飯ってことでいいんじゃない? 待ってろって指示らしいし。それにこの店の味も気になる。味龍と似た感じだから、なおさら」

「タバサちゃんがそう言うなら。……ねえ、オススメはある?」

 

 手近な席に腰掛けてメニューを開きつつ、扇舟は給仕をしている少年へと尋ねた。

 

「おやっさんの料理は絶品だからなんでもうまいよ。でも強いて言うなら……カニチャーハンは結構出るね」

「なるほど……。じゃあ私はそのカニチャーハンで。タバサちゃんは?」

「普通のチャーハン」

「カニチャーハンとチャーハンね。んじゃ料理できるまで待ってて」

 

 少年はオーダーを取ると厨房の方へ小走りで駆けていった。

 

「普通ので良かったの? チャーハンはカニ以外にも色々種類あったみたいだけど」

「もっともシンプルなチャーハンを食べれば、その店のレベルがわかる。……って、春桃が言ってた」

「確かに余計な具材で隠しようがないから店の腕前がそのまま出るって聞いたことはある。でも……。まあいいか。何でもない」

 

 元の世界の食事事情があまりにも悲惨すぎたタバサだ。そのために「食べたところで味の違いがわかるの?」と言いかけた扇舟だったが、本人がやりたがっているのだからいいかと続きを言うのをやめていた。

 

 それから改めて店内を見渡してみる。誰かを探している、という様子を見せれば、もしかしたら相手が先に来ていてそれに気づくかもしれない。

 だが、目が合うような相手はいなかった。皆思い思いの様子で食事を楽しんでいるようである。

 

「人間しかいないね」

 

 と、タバサも周囲を見渡す扇舟に気づいたようで、そう言ってきた。

 

「普通はそうなのよ。魔族だ何だを関係なしに受け入れているあのお店……というか、あの街が異常なの」

 

 ガラが悪そうな人間はいくらか目に入るが、少し話す声は大きいかもしれないが暴れるようなこともなく食事をしている。パッと見で印象に残るのは、テーブル席に座っているスキンヘッドに、同じテーブルにいるモヒカン。あとはカウンターで1人食べているド派手な金髪ぐらいか。

 いずれにしろ、いかにも街の食堂といった様子だった。

 

「はいお待たせ。カニチャーハンとチャーハンだよ」

 

 と、そうやって店の中を観察しているうちに早くも料理が出来たらしい。先程の少年がチャーハンを2つ運んでくる。

 片方はネギと少しの角切りチャーシューが入ったシンプルな黄金色のチャーハン。もうひとつは同じチャーハンの中にカニが混ざり、さらにはその上にもカニが乗った見た目にも豪華なチャーハンだ。

 

「……完成までの時間は春桃と同じぐらい」

 

 なぜか分析モードに入ったらしいタバサがポツリと呟く。

 

「中華は火が命、と考えると期待できそうね。さあ、早速食べてみましょう」

 

 いただきます、と2人がそれぞれのチャーハンを頬張る。同時に、思わず目を見開いていた。

 

「おいしい……!」

「むう……。これは春桃といい勝負」

 

 ヨミハラで評判の中華料理店と同レベル、というのだから、街の食堂とは馬鹿にできない。2人とも自然とチャーハンを乗せたレンゲが口へと進んでいた。

 と、タバサがその手を止めて扇舟のチャーハンを見つめている。

 

「何? どうかした?」

「……カニ、ケアンにいたのはとても食べられそうになかったけど、この世界のはおいしそうだと思って」

「おいしいわよ。……だから普通ので良かったのか、って聞いたのに。カニまだ残ってるから、少し持って行ってカニチャーハンにしていいわよ」

「本当? ……ありがとう、扇舟」

 

 タバサは遠慮なく上に残っていたカニの半分を自分のチャーハンへと持っていき、即席のカニチャーハンにして口に運ぶ。

 

「おお、カニおいしい」

「でしょう? ……ところで、さっきチラッと言ったけど、タバサちゃんの世界にもカニっていたの?」

「いた。星座にもある。……でも人間を襲ってくるあいつらは臭くて食えそうにない」

 

 この世界でも節足動物であるために、嫌悪感を示す人は少なくない。それよりおそらくさらに見た目が悪く、臭いもきつい、その上人間を襲ってくるとなると、食べるのは難しいのだろうと扇舟は勝手に想像した。

 

 そうこうしているうちに2人とも完食。皿は綺麗になっていた。

 

「ふう、おいしかった。タバサちゃんは満足?」

「ん。味龍といい勝負だと思った。……帰ったら負けないように春桃に喝を入れないと」

「そんな、別に競い合ってるわけじゃないんだから……」

 

 そんな風に2人が話している、そこへ。

 

「よお、おふたりさん。この店の飯、うまいだろ?」

 

 浅黒い肌にド派手な金髪、よく見ると外見もシャツの上からコートを肩にかけだけという、見るからに軽薄そうな青年が話しかけてきていた。確かカウンターに座って食事をしていた男だ、と扇舟は気づく。

 

「俺もこの店を気に入っててね。チラッと話が聞こえてきてたけど、あのヨミハラの味龍と謙遜ないと言われたら、俺としても鼻が高いってもんよ」

 

 店の中の治安は味龍とは比べ物にならないほどいいと思っていたが、この手の輩はどこにでもいるらしい。女2人と見てナンパか、あるいはからかいに来たのだろうと、ため息混じりに扇舟が答えた。

 

「ええ、確かにおいしかったわ。……あとはその余韻を消されなければもっと嬉しいけれど」

「おっと。こりゃきついね、姐さん」

「ナンパなら別な相手を選んだほうがいいわよ。こんなオバサンと女の子よりもっといい人たくさんいるでしょ? ……それに、この子は嫌な空気に対しては敏感なの。面倒を起こしたくないから構わないで頂戴」

「まあそう堅いこと言わずに……」

 

 なおも引こうとしない男に対して、扇舟が少しきつく言おうとした、その時。

 

「んー……。扇舟、多分だけど。さっきの電話で言ってた使いってこの人だよ」

 

 不意にそう切り出したタバサに、扇舟も男も面食らったようだった。だが、直後に男の方はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 

「……へぇ?」

「どういうこと!? なんでそう言えるわけ?」

「こいつはカウンターで1人で食べてたけど、この店の中で唯一、ずっとこっちを気にしてるような雰囲気があったから気になってた。そこで声をかけてきたから、もしかしたらそうなのかなって」

 

 その言葉に、男は笑い出していた。それから、店員の男の子に声をかける。

 

「ハッ! 薄々思ってはいたが、案の定只者じゃなかったか。……おいハルト。この2人は俺の客だ。2人の分も俺がまとめて支払う」

「なんだ、やっぱりか。銃兵衛(じゅうべえ)兄ちゃんはイタズラ好きだから、どうせそうだろうと思ったんだ」

 

 店員の男の子――ハルトと呼ばれた少年に、銃兵衛と呼ばれた男がそう話しかけていた。

 

「じゃ、じゃあ……。あなたが連絡した時に言われた使いの者……」

「使いっつーか、まあ俺が頭なんだけどな」

「頭!? それってもしかして通関関係を仕切ってる……ボス!?」

 

 驚いた扇舟を見て、男が得意げな笑みを浮かべる。それから、指2本を立ててポーズを決めつつ、意気揚々と自己紹介を始めた。

 

「おう。改めて自己紹介させてもらうぞ。俺の名は金崎(かねざき)銃兵衛。センザキの街で光り輝くギャングスターとは俺のことだぜ!」




チラ裏投稿した作品でも似たような感じでセンザキに行ってるんですが、まあ銃兵衛は出したいキャラだからいいかってことで……。
ちなみに対魔忍RPG攻略wikiやpixiv百科事典では、銃兵衛の名字の読み方が「かんざき」になっているんですが、メインチャプター14「その名は峰舟子」の2つ目のストーリーで「かねざき」と書かれていたので、そっちに従うことにしました。
……ただ、画像検索すると「かんざき」だった時もあったようです。とりあえず現時点の図書館で見られるストーリーに従って「かねざき」にしておきます。



蟹(星座)

Tier2に位置する星座。カニの話題が上がったことでタバサがこの星座のことを思い出している。
完成に5ポイント必要。必要親和性は紫6白4、完成ボーナスは紫3。
実質紫3と白4を他で稼げていればこの星座を完成させることで必要親和性を満たせることに加え、5ポイントで完成ということもあってハードルは低め。
名前の通り蟹の姿を描く星座。豊漁の季節の始まり、同時にそのために海の大型のものが近づく危険な季節を表すものとされている。
星座ボーナスは体格、活力、物理・体内損傷ダメージ、エレメンタル・燃焼・凍傷・感電ダメージ、OADA、刺突耐性、エレメンタル耐性と、星座だけを見れば物理かエレメンタル系のビルド向け。
しかしこの星座の最大の特徴は3ポイント目に星座スキル「アルケインバリア」が存在することだろう。
常駐スキルを含むバフスキルにアサイン可能で、被打時に30%の確率で発動、毒酸・生命力・エレメンタル・イーサー・カオスのダメージを一定量無効にするバリアを張る。
無効化する量はさほど大きいわけではなく、一旦バリアが剥がれないと次のバリアを張ってくれないが、自動発動でリチャージも3秒と短いために使いやすく、対象となる属性の攻撃のダメージを確実に軽減してくれるためになかなか優秀。
昔は「エレメンタルバリア」という名前で、その名の通り対応していたのはエレメンタルだけだったのだが、対象にイーサーカオスが追加されて名前が変更、さらにその後発動率が上昇して対象に毒酸と生命力まで追加されて派手に強化された星座スキルのひとつ。なにげに星座自体も以前より強化されている。
紫6白4を他で稼いで3ポイントだけ割いてスキルだけを取る、という方法を取ることも可能ではある。が、ビルドを選ばないOADAとエレメンタル&刺突耐性は後半2ポイントに割り振られているため、できるなら全部取りたいところ。……どうせ紫なんてそこまでポイント割きたい星座が多いわけでもないし。
星座を紫方面に取っていった場合は防御が手薄になる傾向があるように思えるため、紫の親和性を稼ぎつつ5ポイントで完成できて防御面の強化も図れるという便利な星座である。



カニ(敵)

主にAct5の森と沼の地帯・ウグデンボーグに登場する敵全般。
明確に蟹という名称がつく敵は「取り憑かれた蟹」や「ウグデンボーグ蟹」といった辺りであるが、同じ姿をしているモンスターは多数存在する。
本編中でタバサが敵のカニのことを「臭い」と言っているが、これは「悪臭のキャラクサス」という名前からして臭そうなカニのボスモンスターを指している。
クエスト進行でウグデンボーグの中に拠点を構える魔女団と交渉をするために、こいつの心臓を持っていくというクエストがあるのだが、クエストアイテムのこいつの心臓にもご丁寧に「海藻の悪臭を放っている」と書かれるほど。
一方でソルジャー+1、またはインクィジター+1のMIベルトをドロップしたりもする。
それぞれのマスタリーの得意属性への変換も備えた有用なベルトだが、購入可能で厳選がしやすいためにこれを目的でカニ狩りはあまり行われない気もする。


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Act81 話したい人がいる? 私に?

 カンザキ食堂を後にし、タバサと扇舟は銃兵衛に連れられる形で彼のオフィスがあるというカジノへと移動していた。

 

 あまりに衝撃的な自己紹介だったため困惑こそしたものの、一応タバサと扇舟も軽く自己紹介を済ませている。紹介を受け、タバサに対しては異世界人ということに、そして扇舟に対しては名前そのものに彼は興味を示したようだった。が、そこではそれ以上は突っ込まず、詳しくは彼のオフィスに着いてから、ということになった。

 

 賑やかなカジノを抜けてバックヤードへ。その中でも特にセキュリティの厳しい、黒服たちが立っている部屋へと彼は先導していく。

 

「お疲れ様でございます」

 

 銃兵衛よりも屈強そうに見える男たちが丁寧に頭を下げた。それに対して主は右手を軽く上げて労いつつ口を開く。

 

「おう。あいつらはもう来てるか?」

「はい。ご指示通りにお部屋の方へお通ししてあります」

「了解。ご苦労さん」

 

 彼が連れていた女性2人をチラリと見た様子の黒服だったが、主の客人だろうと何も口を挟もうとはしなかった。恭しい様子で扉を開ける。

 

 部屋の中には先客がいた。女性が3人、ソファに腰掛けている。金髪ツインテールの少女、青緑色のウェーブがかかった髪の大人の女性、そして体の半分が妖魔化しているような不気味な少女。

 

「遅いぞ銃兵衛! 呼んでおいて自分から遅刻というのは……。後ろの2人は誰だ?」

 

 その中の1人。金髪ツインテールの少女が立ち上がりながら銃兵衛を責めようとし、客を連れていたことに気づいてそれをやめた。

 

「悪いな、紅。ちょっと面白そうな連中が来てたから俺自身の目で確かめたくてよ」

「……とかなんとか言って。どうせお前のことだ、そっちの大人の女性に惹かれて会いに行っただけじゃないのか?」

「ケケケ。否定はしねえよ。でもまあ……俺が相手をするにはちょっとばっかり危険過ぎる相手な気はしないでもないがな」

「危険……?」

 

 紅、と呼ばれた少女はそう言って怪訝そうな表情を浮かべていた。それを無視して銃兵衛は自分用のデスクの椅子にドカッと腰を下ろし、紅に説明を始めた。

 

「2人とも座ってくれ。……で、この2人はヨミハラの味龍から来たそうだ。品物が届かなくてどうなってるんだ、ってな」

「それは……。確かにこちらの……というか、銃兵衛、お前の落ち度だろう」

「否定はできねえな」

「……どういうことなの? 詳しく説明して」

 

 カンザキ食堂でもそこからここに来るまでの道中でも説明をしてもらってはいない。先客の3人と向かい合うようにソファに腰を下ろしつつ、思わず扇舟はそう尋ねずにはいられなかった。

 

「まあ待ちなって。後でちゃんと話す。とりあえずあんたらがどこから来たかがわかったところで……。おい、紅。自己紹介だ。まずはお前から」

「ハァ!? ……あ、いや、自己紹介は必要か。……とはいえ、お前は話の順番がめちゃくちゃだぞ、全く……」

 

 文句を言って咳払いをしてから、紅と呼ばれた少女は自己紹介を始めた。

 

「心願寺紅だ」

「心願寺……?」

 

 その名字に対し、思わず扇舟が反応する。その言い方が気になったようだが、紅は隣の2人の紹介を優先した。

 

「それから従者の槇島あやめと、(かがり)

「ん? んー……」

 

 今度は反応したのはタバサだった。何やら唸って首を傾げている。

 

「どうかしたの?」

「そっちの2人、どこかで会ったことがあるような……。店の客……じゃないな……。そのインパクトがある見た目なら忘れるはずがない」

「ということは直接会ったわけじゃない、ということになりそうだけど……。篝、記憶にある?」

「えーっと……。あるようなないような……。なんか私も引っかかってるんですよね……」

 

 あやめに聞かれて、篝も篝でタバサ同様に何かが気になっている様子だ。

 

「じゃあ名前とか聞けば思い出すかもしれないか。私はタバサ。……これで何か思い出さない?」

「タバサ……タバサ……。あーどこかで聞いたことあるような、ないような……」

「これじゃ篝は当てにならないか。……それじゃあ最後。そちらの、私の名字を聞いて反応したあなただ」

 

 やはり先程の反応が気になっていたらしい。少し眼光も鋭く、紅は最後の1人へと紹介を促した。

 

「……井河扇舟よ」

「何……?」

 

 紅が剣呑な気配を纏うのがわかった。反射的にタバサが立ち上がって2人の間に割って入ろうとし、銃兵衛も紅を止めようと声をかける。

 

「待て待て! 紅、落ち着け!」

「落ち着いていられるか! ……今、目の前の女は井河扇舟と名乗った。ふうま一族にとっての仇敵、あの井河扇舟に間違いないのか?」

「ええ……。心願寺、と聞いてもしかしたらと思ったけど……。やっぱり『ふうま八将』の一角ね。おそらく幻庵(げんあん)の孫……。私を恨む気持ちもわかる……」

「そこまで知っているとなるとやはり本物か」

「……え? この人たちふうまの一族なの?」

 

 と、紅を睨みつけていたタバサが不意に敵意を和らげながらそう言った。

 

「銃兵衛だっけ、あなたも?」

「ああ。そっち3人はふうま八将である心願寺の一族。俺は同じく八将の二車の遠縁に当たって……」

「二車? ……あのクズの頭領の仲間ってこと?」

 

 途端にタバサの敵意が銃兵衛へと向く。

 

「ちょ、ちょっと待て! クズの頭領って骸佐のことを言ってんのか!? 確かに二車の遠縁とは言ったが、俺と骸佐はもう何の関係も……」

「あああああー! 思い出した! 思い出しました!」

 

 そのやり取りを聞いていたからか。急に篝が大声を上げた。

 

「……篝、既に情報が渋滞気味だ。できれば少し待って……」

「あいつ! タバサ! そうだ、その名前ですよ! 若様が関係したフュルストの一件の時に暴れまくって、右腕を斬り飛ばされたのにくっつけて、協力し終えた瞬間に骸佐を背中から刺そうとしたヤバすぎる奴! そいつの名前がタバサ!」

 

 本来なら何よりも優先する紅の言葉を遮って、篝は叫んでいた。

 

「あ、私も思い出した。あの時、館の中にひとつだけ正体不明な気配があった。あくまで監視目的で敵対する意思はなさそうだからって放っておいたけど、そういえばその気配と似てる」

「ひ、ひいいーっ!? 気づかれてた!?」

「もしかして……。ねえ篝、それって私達があなたに確認を取った相手よね? 確か仮面をつけた……」

「ん。そうか、そっちは館から出た時に遠くから私を監視して、攻撃してくるかもしれなかった相手か。こうすればわかる?」

 

 あやめの言葉にそう答え、タバサはどこからともなく頭防具(ナマディアズホーン)を取り出して被ってみせた。

 

「……ッ!? 間違いない……! あの時、数百メートルは離れて、忍法で気配を殺して音も遮断していたはずなのに、こっちを見上げてきたあの仮面の相手……!」

 

 スコープ越しに見えた不気味な仮面が目の前に現れ、思わずあやめもたじろぐ。

 

「ストップ! そこまでだ! 頼むから全員落ち着け! ……まずはタバサ、席に座れ。それから紅は身構えるのをやめて、あやめさんと篝も警戒を解いてくれ。……ってか結果的に最初に槍玉に上がったはずの扇舟さんが一番落ち着いてるおかしいことになってるじゃねえかよ。なんだこれ」

 

 銃兵衛がどうにかまとめようと、最後は呆れ気味になりつつもこの場を収めようとする。心願寺の3人はそれに従い、タバサも扇舟になだめられて結果的に従う形となった。

 

「話をまとめるぞ。まず扇舟さんから。……わかってて驚かせようと敢えて黙ってた俺も悪いとは思うが、この人はあの井河扇舟、本人に間違いない」

「……気づいていたのね」

「ケケケ。対魔忍、それもふうまの一族で井河扇舟って名を聞いて反応しなかったらモグリもいいところだ。そうじゃなくても俺にとっては情報は命だからな。あんたが何をしてどうなったか。若があんたに対してどうしたか。そのぐらいは知ってるぜ」

「何? ……ふうまはお前に父親の命を奪われているはずだ。にも関わらず今こうしてここにいるということは……。お前はあいつに許されたとでもいうのか?」

 

 紅からの問いかけに扇舟が小さく頷く。

 

「……彼は『あのクソ親父でもそうすると思う』と言った上で、変わろうとしている私を信じてくれて、贖罪のために生きる道を見届けたいと言ってくれたわ。だから、そんな彼をがっかりさせるわけにはいかない。そうやって生きることが、彼に対する贖罪じゃないかと思っている……」

「噂に聞いていた井河扇舟と雰囲気がまるで違うと思っていたが……。そういうことか。だがふうまも甘い。父親の仇に対してそんなこと……」

「器がでかいとも言えるぜ。それでこそ俺が知ってる若だ。やっぱ将来大物になる。……お前も若のそういうところが気に入ってるんだろ?」

「そうかもな……って、何を言わせるんだ銃兵衛!」

 

 銃兵衛が紅を茶化したことで空気が和らいだ。真面目に話していたのに、と呆れかけた扇舟だったが、もしかしたら彼は道化を演じてわざと自分から矛先を逸してくれたのかもしれない、とも思い当たる。

 

(だとしたら……。彼も大物ね。さすがはギャングスターといったところかしら)

 

 もっとも、その予想が当たっているかどうかはわからない。聞いたところではぐらかされる可能性もある。扇舟は自分の心に留めておくことにした。

 

「……まあいい。ふうま本人が許すと言ってるのなら、私がどうこう口を挟む問題ではない。ただ、ふうまに仇なすようなら容赦はしない」

「そんなつもりは全く無いけれど、肝に銘じておくわ。……でもあなた個人としてはそれでいいの? 心願寺家は確か弾正の反乱にはほぼ参加していなかったはず。にも関わらず、完全に割を食う形で失脚させられた。原因には遠からず私が関係していると言えなくもないけれど……」

「確かに、傍から見れば理不尽な要求を押し付けられたと見えるかもしれない。だが、祖父はふうま一族を受け入れてくれたアサギに感謝し、これ以上の混乱は避けるべきだと、アサギは反対しようとしていたその要求を飲んで自ら五車を去る決意をした。義を持った行為だと私もそれを支持するし、口を出すことでもない」

 

 武人のような考え方だ、と扇舟は感心していた。この年でそれだけの達観した考え方はそうそうできるものではない。

 

「でも五車への立ち入りを禁じられたのはお前としてはきつかったんじゃないか? 若に会えなくなるからな」

「それはそうだが……。って、おい銃兵衛!」

 

 やっぱり年相応かもしれない、と扇舟は思い直した。小太郎が絡むと途端にダメになってしまうようだ。これだけわかりやすい反応をしているならさっさと自分の思いを伝えるなり何なりすればいいのに、と思ってしまう。

 

(若いっていいわね……)

 

 結局、そんな感想で締めくくられてしまった。

 

「さて、と。いつまでも漫才やってないで、次、問題のタバサの方にいくか」

 

 そこで銃兵衛が仕切り直した。

 

「個人的に言わせてもらえば、扇舟さんよりこっちのほうがヤバいからな。……ああ、改めて言っておくが、確かに俺は二車の遠縁の家柄ではあるが骸佐とは関係ない。五車も勝手に出奔してる。それにあいつは俺に配下に入れとか言ってきやがったが、全部蹴ってる」

「なるほど。嘘をついてる感じはないから一応信用する」

「これで一安心だ。じゃあ改めて。……さっきもちらっと聞いたが、俺の元に入ってきてる情報では少し前にヨミハラに現れた異世界人。本当か?」

 

 異世界人、という単語に反射的に心願寺の3人に動揺の色が走ったのがわかった。

 

「ん。合ってる」

「ああ、そういえばそうだった……! 若様やフュルストの奴が異世界人とか言ってたような気もします。ヤバい行動と能力のせいでその報告をすっかり忘れてたかもしれません。申し訳ありません、紅様……」

「いや、いい。あの時はフュルストの術に巻き込まれてお前にしては珍しく泣き言を漏らすぐらいの事態だったみたいだからな」

 

 従者と主のやり取りが落ち着いたとわかると、「続けるがいいか?」と銃兵衛が口にしていた。

 

「で、さっき篝が言ってた斬り飛ばされた右腕をくっつけただの、さっきどこからともなく取り出して今はもういつの間にか消えてる仮面も、異世界人の力か?」

「んー……。どうなんだろう。別にケアンの人間が誰でもできるわけじゃない気もするし。私が“乗っ取られ”だからかな」

「“乗っ取られ”? ……まあ要は特殊な人間ってことか? それにしてもそのさっきの仮面、どこから出したんだ?」

「どこ、って、インベントリから」

 

 さも当然のようにタバサは宙空から再び頭防具(ナマディアズホーン)を取り出したが、事情を知らない銃兵衛を含む4人は驚くしかない。

 

「えっと、タバサちゃんしかアクセスできない魔法の収納空間みたいなものがあるらしいの。武器とかもそこから取り出してるみたいで……」

 

 慌てて扇舟が説明を入れるが、銃兵衛は呆れてため息をこぼしていた。

 

「対魔忍も大概ファンタジーなことやってるとは思うが、それに輪をかけてとんでもねえぞこれ……」

「私からもいいか? さっき銃兵衛に対して『嘘をついている感じはしない』と言ったり、以前に数百メートル離れていたあやめの気配を察知したり……。それもお前が特殊が人間だから、ということになるのか?」

 

 紅が割って入ってきた。タバサは少し唸りながら答える。

 

「うーん……。多分そうなのかな。気配とか内面を見通す力が優れてるらしいよ。元の世界で敵意に対して敏感すぎるぐらいに反応してたから、その影響もあるかも」

「敵意に対して敏感……。それなら納得できるかも。あの距離でこちらを補足してくるのははっきり言って異常だと感じたもの」

 

 あやめが納得したような声を上げた。

 

 それをきっかけとしてか、場が一瞬静まる。その機会を待っていたように、銃兵衛が切り出した。

 

「……さて。じゃあこの2人の素性がわかったところで、そろそろ話を進めようと思うがいいか?」

「私個人としては少し気になるところがあるのだが……。まあいい。2人は物流が滞っていることに対してわざわざヨミハラから来たんだ。ちゃんとした説明をすべきだろう」

 

 紅からの了承を受け、銃兵衛は改めて表情が堅いまま説明を始めた。

 

「実のところ、おたくらの荷物も含めて、それを運搬してるはずの貨物船が港内に入ってきていない」

「輸送の遅れがある、とは聞いたわ。それってこと? でもそうだとするとこちらからは手の出しようが……」

 

 扇舟がそう指摘しようとしたが、銃兵衛が手でそれを止めた。

 

「確かに輸送自体は1週間程度遅れていた。それでも昨日には到着する予定だった。……ところが、その昨日から輸送船は沖合に停泊。積み荷を交渉材料に輸送費用のつり上げと、契約の更改を突きつけて来やがった」

「脅迫と捉えられかねない交渉は反感を買ってメンツを潰されたと逆効果になることもある。……最近知った教えだけど、銃兵衛としては相手の要求を飲むつもりはないわけだ」

 

 少し前にアサギに苦言を呈されたタバサがそう言った。「当たり前だろ」と銃兵衛は不機嫌そうに答える。

 

「こちとらセンザキを取り仕切ってるギャングだぞ。そんな脅迫に屈するようじゃ最悪も最悪、他からも足元を見られる。それでも相手はこっちとビジネスで付き合ってきた相手だ。何かあるんじゃないかと思って交渉を続けながら背景を探ろうとしたんだが……。今日になったらもう通信も受け付けない。こうなったら今夜にでも直接俺が乗り込もうかと考えて紅たちを呼んでたんだが、そこであんたらがこの街に来てるって聞いたんだ。味龍はここ最近、店員が強すぎて店内で暴れるのは自殺行為になってるという噂は耳にしている。だから、場合によっては協力を仰ごうと思ったってわけさ」

 

 要するに荒事に付き合え、ということだと扇舟は理解してため息をこぼした。結局こうなるのか、という思いがないわけではない。荷物のために協力する心づもりがあったから、戦闘用の義手を持ってきたのだから。

 

「じゃあ私達もあなたが乗り込むとなったら同伴しろ、ってこと?」

「実際に迷惑を被ってる連中がいる、ってことのアピールになる。それを抜きにしても2人とも腕は立つと見た。戦力としても申し分ない。勿論その分謝礼は出すぜ」

 

 扇舟が唸る。確かに荒事も覚悟してきた。が、巻き込まれないならそれに越したことはない。とはいえ、センザキの顔役でもある男から直々の申し出である以上断りにくい。それに協力すればかなり大きな貸しをひとつ作れることにもなる。

 現実的な考えと、打算的な考え。両方がせめぎ合う。どうしたものか、と扇舟はタバサの方へ視線を移した。

 

「私はどっちでもいい。こういうことは扇舟に判断を任せたほうがよさそうだし」

 

 そんな彼女の考えを汲み取ったらしいタバサだったが、返ってきたのはやはり扇舟に丸投げの答えだった。仕方がない、と扇舟が腕を組んで考えだした、その時。

 

「……あ、ちょっとごめん」

 

 不意にタバサがそう言いつつスマホを取り出した。着信しているらしい。

 

「あれ? 味龍からだ。こっちがどうなってるか聞きたいのかな」

「出ていいぞ。……なんなら俺らに協力するかどうか、そっちの店長に伺いを立ててもいい」

 

 銃兵衛がそう言い終わらないうちに、スマホの使い方に慣れてきているタバサは通話を始めていた。

 

「何? ……うん、今話してるところ。なんか荷物を乗せた船がゴネてて積み荷が下ろせないんだって。……え? 話したい人がいる? 私に?」

 

 タバサがそう言った直後。

 

「え……? 今の声……」

 

 彼女にしては珍しく、明らかに驚いているとわかる。特徴的な大きめの目が、そのことを証明するように見開かれた。




対魔忍RPGが5周年だそうです。すごいなあ……。まだまだ続いてほしいです。
それに合わせて期間限定ガチャの五車祭も開催中。リーナ&イングとゆきかぜ&凜子を狙ってガチャ回したら運良く60連ほどで両方出てくれました。あまりに引きが良すぎたから交通事故とか気をつけないと……。

それと同時期に更新された今回のメインチャプターもなかなか面白い内容になっています。
米連との合同演習の模擬戦の際、小娘だと舐め腐ってる相手を完膚なきまでに叩きのめすゆきかぜと凜子とサポート役の孤路の活躍は心地よい爽快感がありました。いい意味でなろうものっぽい展開だなあとも思ったり。
本来のPCゲームの対魔忍とは少しベクトルが違うかもしれませんが、えっちぃシーンのためにピンチに陥ったり捕まったりしないといけないみたいな枷を外せたおかげで暴れまくれて、真っ当に近未来サイバーパンクくノ一アクションをしてるRPGのストーリーは個人的にとても気に入っています。



カンザキ食堂

対魔忍RPGのマップイベント、その名の通りの「カンザキ食堂」で初登場。
味龍に近い大衆食堂系の中華料理店であり、治安の悪いセンザキにも関わらず、この店の食事の際には争いをやめる、と言われるほどの味を誇る。
ライブラリーが佐郷文庫時代にセンザキでの行きつけの店だったために、休暇をもらったので久しぶりに訪問してみるが……という、ストーリー自体はよくある感じのお話。
実はライブラリーとしての登場はこのわずか1ヶ月前。にも関わらずいきなりメインクラスの出番をもらい、さらに差分でエプロン姿まで存在して優遇されまくりであった。
また、銃兵衛はこのシナリオで2回目の登場。初登場時から結構なインパクトを放ち、キャラが立っていたこともあって、話を締める役割としていい仕事をしている。その辺軽薄そうに見えてながらも、実はちゃんとの筋が通ってるところとかが骸佐と違ってとても好感が持てる。
マップイベでストーリーが2つしか無いために登場人物が少なめではあるが、短いながらも人情話を綺麗にまとめた個人的に好きなストーリー。



ハルト

対魔忍RPGのメインチャプター24の「センザキ・アンダーグラウンド」で初登場。終盤で名前が明らかになるセンザキのストリートチルドレン。立ち絵はない。
当チャプターでセンザキで起きていたストリートチルドレンの誘拐事件に巻き込まれるが、上の「カンザキ食堂」で初登場していたセンザキを根城にする女傭兵のエリカ・ブラックモア(とその相棒のヤス)と紅、さらにはどう見ても怪しい少女のミランダ・クローゼットによって助け出された。
その際、同じく捕まっていた他の子供達の避難を誘導するなど、まだ子供にも関わらず優秀な働き振りを見せている。
後にセンザキを舞台にしたストーリーイベントの「ハロウィンデビル」でも立ち絵なしではあるが再登場。銃兵衛の行きつけの中華料理店で働いている姿が描かれている。
その料理店はカンザキ食堂とは明記されていないものの、街の密かな名物であることや、大衆食堂系の中華料理店であることから十中八九ここだろうということで設定している。


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Act82 久しぶりだな、友よ

 時は少し遡る。タバサと扇舟が銃兵衛に連れられてカンザキ食堂を後にしていた頃。

 ヨミハラには一組の男女が到着していた。

 

 黒のボディースーツに抜群のプロポーションを包み、鞘に納めた刀・金剛夜叉を手にする美女、アンネローゼ。そして、ところどころに黄色い装飾が目立つコートのような防具を着込み、背中から二振りの剣を覗かせている異世界からの来訪者、ウルグリム。

 見ようによっては親子にも、あるいは街の特性から「売った」側と「買った」側などにも見えなくもないこのコンビである。しかし実際は「お嬢さん呼びはやめて」とアンネローゼが言ったことをきっかけとしてか、以降ウルグリムは横柄な態度をとることもなく、対等に接していた。

 

(おばあちゃんにヨミハラに連れて行け、って言われた時はどうなるかと思ったけど……。このオッサンが思ったより物分りがいい人で助かったかな)

 

 異世界から来たということで初めて目にするものが多かったのだろう。さすがにそう言った質問は多かったが、特に神経を逆なでするような事は言わなかった。

 

「地下にこれほどの街……。それに……電気というものか? まばゆいほどの光を放っているというのは、いささか興味深い」

 

 そしてここまでもそうだったが、目に入るもの全てが新鮮だという感想を彼はよく口にしていた。電気すらないとなると文明レベルで全く異なる。当然の反応ともいえた。

 

「この街はかなり特殊よ。街の奥には異界……魔界への門がある。実はアミダハラにもあるけれど、あっちはここほど近くはないし、ノイおばあちゃんが重鎮として居座る魔術師協会が管理しているからね」

「つまりその言い方だと、この街はその異界への門が近いために影響を受けやすい、ということか。……人ではないものが多くいるように見受けられるのはそのためかな」

 

 鋭い眼光は街並みだけでなく、そこを歩く者たちにも注がれていたらしい。こういった隙の無さもまた、アンネローゼが感心するところであった。

 

「それで、どうする? おそらくこの街全体が君がいた街……アミダハラといったか、そこの治安が最悪な場所と同等に危険とみた。実際私は気づかない間に無法者たちのテリトリーに足を踏み入れてしまったらしく、()()されたからな。よって、あてもなく探し回るのはあまり得策とは思えないが」

「おっしゃる通り、ここもそういう闇の街だよ。でも私とあんたほどの腕なら必要以上にビビる必要もないと思うけど。……実際、そいつらを締め上げておばあちゃんの店の場所を吐かせたんでしょうし」

「降りかかった火の粉を払っただけだ。聞いたのはそのついでだよ。無用な争いは無いに越したことはない。……君だったか、ご老人の魔女仲間がこの街にいるんじゃなかったのか?」

 

 ウルグリムにそう言われ、「まあ、それはそうなんだけど……」とどこか気まずそうにアンネローゼが答える。

 

「そいつがどこにいるかもわかってなくて、探すところからスタートなのよね……。で、どっちにしろ聞き込みをしないといけないわけだけど、探してる相手が異世界人っていうならもしかしたら噂になってる可能性もある。だから、とりあえずそこら辺の人に少し聞いてみてから考えようかなって。……と、いうわけで、今私達の後ろを素通りしようとしてるそこのオークのオッサン」

 

 言いつつ、アンネローゼが振り返る。そこには、確かに両手に美女を侍らせつつこっそりと2人の背後を通り過ぎようとする、顔に傷跡が残るオークの姿があった。

 

「うおっ!? ……クソッ、美人だと思ってチラッと見たはいいが、絶対ヤバい相手だと気づいて関わらないようにしようと思ったってのに」

「そこで見てしまったのが運の尽きだね。別に取って食おうっていうんじゃないから安心していいよ。一緒にいる女の子を怖がらせるのも悪いし。……ただ、私の質問に素直に答えてくれるなら、だけど」

「……やれやれ。方向性こそ別だが、我が友と同様で凶暴な聞き方だ」

 

 妖艶であると同時に凄みのある笑みをアンネローゼは浮かべ、それを見たウルグリムは思わずぼやいていた。

 

「聞きたいこと? 俺に答えられる範囲でなら喜んで答えてやるよ。その代わりこの後お楽しみなんだ、できれば答えたらさっさと見逃してくれると助かるんだけどな」

「それはそちら次第。……人を探してるの。この街にいるらしいんだけど。なんだっけ、えーっと……」

「まだ若い少女だ。身長は低め、髪型は肩にかからない程度の短く黒い髪。顔の特徴は目が大きめで大体の場合は無表情。戦闘の際は不気味な仮面を身につけ、二刀流で戦う」

 

 アンネローゼの代わりにウルグリムが探し人の特徴を口にする。オークは少し考えた様子を見せてから口を開いた。

 

「……それもしかして、タバサのことを言ってるのか?」

 

 ヨミハラに来て1人目でいきなり有力情報を得られたことに、思わず2人は顔を見合わせていた。

 

「あんたが探してた人ってその名前で合ってるの? ……あ、名前がないとか言ってたっけ」

「ああ。もし名前があるとすれば、こちらの世界に来てからつけてもらったか何かだろう」

「こちらの世界? じゃあなんだ、あんたも異世界人か何かか? ならおそらく間違いないぜ。タバサは異世界人だ。少し前にこの街に正体不明の化け物が現れた時があったんだが、そいつがタバサの世界の敵だって聞いたことがある。なんて言ったかな、死体をゾンビ化させて使役する緑の不気味なやつ。えっと……。なあ、聞いたことないか?」

 

 両側に抱えるようにして肩に手を回している美女2人にオークが尋ねる。が、2人とも「えー、知らなーい」とこの会話自体に興味がない様子だ。

 

「……死者をゾンビ化させる緑色の化け物? まさか……イセリアルか?」

「ああ、そうそう、そんな感じの名前だったはずだ」

「驚いた。この世界ではイーサーが薄いように感じられたし、アンネローゼも知らないと言ったからイセリアルの侵攻は無いと思ったのだが……」

「いや、侵攻ってほどじゃない。この街に1回だけ現れただけだ。他のところはどうか知らないが。丁度飲んでたときに遭遇したから、俺も避難誘導に当たったっけな」

 

 そこまで話してから、「……というわけで」とオークはまとめに入った。

 

「あんたらが探してるのがタバサだって前提で話すが、あいつはメインストリートの先にある味龍って中華料理店でバイトしてる」

「ば、バイト……? 異世界人がバイトしてるの?」

 

 驚くアンネローゼに対し、オークはさも当然のように答える。

 

「ああ。店長代理の春桃の話じゃ、飯のウマさに感動して働きたいって言ってきたらしい」

「……確かにケアンの食事事情は絶望的だ。だが食事に全く興味を示したことのなかったあの友が……?」

「まあとにかく行ってみて損はないと思う。なんなら俺の名前を出したほうがスムーズかもしれないな。アルフォンスってオークが紹介したって言うといい」

 

 アンネローゼとウルグリムが顔を見合わせ頷く。目的地は決まった。

 

「ありがとう。これ以上はお邪魔になるでしょうから私達はもう行くわ」

「おう。ならお礼ってことでそのうち一緒に一杯……いや、やめておこう。折角繋がった命を捨てることもねえしな」

「オークだと思って見下してたけど、あなたなかなか物分りがいいわね。きっと長生きできるわよ」

「そりゃどうも。じゃあな、美人の姉ちゃんと異世界人のオッサン」

 

 アルフォンスと名乗ったオークはそう言うと、美女を侍らせたままネオンが輝くホテル街の方へと歩いていった。

 

「今のがこの世界流の挨拶かい?」

「この街流、よ。でも今のオーク……アルフォンスって言ったっけ、あいつは解ってるね。闇の街じゃ相手の実力を見定められなければ命に直結する。即座にこちら2人との力の差を把握して、余計な小競り合いすら避けた。しかも肝も据わってたし、この街の古株って感じだね。……ま、それが解らないですぐ絡んでくるような馬鹿もたくさんいるんだけどさ」

「なるほど……。そういうものだと覚えておこう。……時に、今の獣人はオークというのか?」

「ええ。両手に女を侍らせていた通り、性欲は旺盛。今の相手は知能が高いみたいだったからいいけど、低いやつになると本当に()()()()()()しか考えない連中もいるから、生殖猿なんて呼ばれてる。あんたの世界にはいなかったんだ」

「ああ。私がいた世界には『グローブル』という獣人がいたのだが、全くの別物だな。一方で共通する生物もいる……。なかなか興味深い」

 

 異世界人の興味については軽く聞き流しつつ、アンネローゼは「それより行くよ」と、探し人が働いているという味龍へ向けて先導し始めた。

 

「しかし食べ物につられてバイトねえ……。あんたの友人はそんなに食にこだわりがあったの?」

「いや、無いはずだ。私の密かな趣味が料理なために彼女に振る舞ったこともあるが、特にめぼしい反応はなかった。……まあ、塩もまともに使えないあの世界では味付けも何もあったものではなかったが」

「うへえ、それはきつい。……そうなると、その時の反動でおいしいものを食べたから、って可能性があるか」

「そうかもしれない。いずれにしろ、この世界の料理に興味はあった。友を探すのは勿論だが、二重の意味で今楽しみではある」

 

 チラリとアンネローゼが振り返ると、言葉の割にウルグリムの顔は険しいままだった。本当にそんなことを思っているのか疑わしく思いつつも、人魔が混ざって歩いているメインストリートを進んでいく。

 

 目的の店はメインストリートの先で見つかった。

 

「ここね。中華料理店『味龍』。……大衆食堂ね」

「ふむ……。なんとも食欲をそそられる匂いだ。確かにあの世界出身の人間にとっては、この胃袋に響く匂いだけでもかなり刺激的といえる」

 

 少しばかり大げさすぎないか、と思いつつ、アンネローゼは店内を覗く。時刻的にはまだ夕食に少し早いとも言えるが、既にそれなりに客が入っているようだ。

 

「じゃあ、入って探し人を聞くってことでいい?」

「勿論だ。……ついでにこの世界の食事もしてみたいところだがね」

「はいはい。早いけど夕飯ってことでいいか」

 

 扉を開けて2人が中に入る。それを出迎えたのは料理を運んでいた、チャイナドレスを着たトラのちびっ子獣人だった。

 

「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ、なのだ」

 

 そう声をかけてきたが、既に次の料理を運びにかかっている。声をかけるにかけにくい状況だ。

 邪魔をするようで躊躇われるが、話を聞かないことには始まらない。アンネローゼは先程席を案内しようとした獣人の虎娘に声をかける。

 

「ねえ店員さん。忙しそうなところ悪いんだけど、聞きたいことがあるの。人を探してるんだけど……」

「なんなのだ? うちは人探しの店じゃないのだ! ただでさえ今日はバイトが少ないせいで忙しいのだから、食べないなら帰るのだ!」

 

 いきなり取り付く島もない。これはどうしたものかとアンネローゼが困っていると。

 

「何だトラジロー、トラブルか?」

 

 厨房の方からいかにも中華娘、といった様子の少女が顔を出してきた。

 

「あの客が人を探してるとか言ってるのだ! うちは出前はやっても人探しはやってないのだ!」

「いえ、そうじゃなくて。探し人はおそらくここで働いているらしくて。アルフォンスってオークがこの店の店員だろう、って教えてくれたんだけど……」

「あー、あのオークのオッサンか。それなら悪い目的で探してるわけでもなさそうだな。ちょっと待ってくれ、今そっちに行く」

 

 出ていた顔が引っ込み、しばらくするとその少女が厨房から店内へとやってきた。

 

「ほいほい。で、なんだって?」

「あなたが店長さん?」

「店長代理だが……まあ店長みたいなものだな。陳春桃だ。それで、人を探してるって? あのオークのオッサンが言うにはここで働いてる店員だ、とかって話だったか?」

 

 春桃、と名乗った店長代理の言葉を聞いて、アンネローゼは背後のウルグリムを見た。それを受けて彼が先程アルフォンスに尋ねた内容と同じ特徴を述べる。

 

「女の子を探している。身長は低め、髪型は肩にかからない程度の短く黒い髪。顔の特徴は目が大きめで大体の場合は無表情。戦闘の際は不気味な仮面を身につけ、二刀流で戦う。本来なら名前は無いが、さっき聞いた相手は……確か、タバサと名乗っている、とか言っていたかな」

「ああ、その特徴なら間違いなくうちで働いてるタバサだ。ちょっと今はここにいないんだが、写真ならあるから確認するか?」

 

 ついてくるように春桃が促す。そこで思わずアンネローゼがボソッと呟いていた。

 

「……ウソでしょ。こんな簡単に見つかるとは思ってなかった。ミリアムの同居人が知ってる、って話は聞いてたから、そっちが本命だったのに」

「ははは。あのオークのオッサンは時々うちに来るからな。そうじゃなくてもこの街で暮らして長いって噂だ。いい相手に話を聞いたな。あと、ミリアムも時々だがうちに来るぞ。……まあ居候してる探偵事務所は万年金欠らしいから、ここ最近は見てないけど」

「何やってんのよ、あいつは……」

 

 呆れ気味なアンネローゼをさておき、春桃は厨房の中へと2人を案内した。そこにあった業務用の冷蔵庫。材料に関するメモなどが書かれた付箋に混じり、1枚の写真がマグネットで貼り付けてある。

 

「うちの従業員がレクリエーションのときに撮った写真だ。で、この右側に写ってるのがタバサ。探してるのはこの子じゃないか?」

 

 それを覗き込み、「おぉ……」とウルグリムが声を漏らしたのがわかった。

 

「確かに我が友だ。そうか、やはりこの世界だったか。……しかし随分と精巧な絵だな」

「あー、そういうことか。その言い方だと、あんたもタバサと一緒で異世界人か。……え、じゃあなんだ、もしかしてタバサのことを連れて帰っちゃうのか!?」

 

 目的の少女は無表情だが、写真の中の他の店員たちの表情は皆穏やかだ。それだけアットホームな職場ということになる。そこを引き裂かれかねないというのは、店を預かっている店長代理としては避けたいのだろう。

 

「彼女は世界を救った英雄だ。出来れば戻ってきてほしいところだが……」

「え!? タバサってそんなすごい奴だったのか!?」

「……おそらく当人にその自覚はないだろう。とにかく敵対してきた相手を斬った結果に過ぎない、とか思っているかもしれない。しかし私の世界では英雄であり、私にとっては大切な友であることに違いはない」

「うーん……。タバサがいなくなっちゃうのはものすごく嫌だけど、こればっかりは本人の意志もあるだろうし……。あ、まずい……。タバサがいなくなるかもって考えたらなんか悲しくなってきた……」

 

 以前、春桃はタバサが一時的にヨミハラを離れることになった際、大泣きしてしまったことがある。それを思い出しているというのもあるのだろう。

 

「春桃さんのモットーは『店で働く奴は皆家族!』ですものね。……なので、その家族であるはずのボクが困ってるので、そろそろ戻ってきてください! 春桃さんが仕上げてくれないと料理が出せないし、ボク1人じゃそろそろ限界ですよ!」

 

 そこで厨房で鍋を振るっていた犬のような獣人が補足をしつつ、悲痛な叫び声を上げていた。

 

「そうだヨー。大切なお話かもしれないけど、あんまり長引くとトラトラに怒られるネー」

 

 ホールを担当している、額に御札を貼られたキョンシーのような鬼族の少女もそう付け加える。

 

「わかってるよ。でももうちょっと待ってくれ。……とりあえずタバサが元の世界に戻る戻らないは当人次第だから今はなんとも言えないとして。さっき言った通り、今タバサはここにはいないんだ。野暮用でセンザキまで出てもらってて」

「センザキですって? なんだってそんなところに?」

「とっくに届いてるはずの調味料がまだ来ないんだ。先方に連絡しても明確な返事がもらえなくてさ。この後クリスマスだ年末だってなって流通が滞る前に何とかしておきたかったから、タバサの保護者役でもあるセンシューと一緒に直接行ってもらったんだ」

「つまり行き違いになった、ってことか。……この街で待ってれば会えるんだろうけど、あんたとしては早めに直接顔を合わせたいところでしょ?」

 

 アンネローゼが腕を組んだまま難しい表情をしているウルグリムへと問いかけた。

 

「まあ……可能であるならば。しかし下手に動いてまた行き違いになったりしては……」

「じゃあちょっと連絡してみるか。長引きそうなら2人がセンザキに行く、もう帰り道だっていうならこの街で待つ。それでいいんじゃないか? えーっと、タバサのスマホの番号は……」

 

 そう言うと春桃は店の電話の子機を手に、業務用冷蔵庫に張ってある付箋の中からタバサのスマホの番号を探し出していた。

 

「え……。異世界人がスマホ持ってるの!?」

「ああ。この街ではセンシューが面倒を見てるが、あいつの本来の保護者は対魔忍らしい。それで連絡用に持たせてる、って」

「やっぱり対魔忍が目をつけてたか。……まあ異世界の英雄だとか、高い戦闘力を持ってるってなったら野放しにしておくわけは無いと思ったのよ」

「スマホ……? 対魔忍……?」

 

 ウルグリムが説明を求めるようにアンネローゼへと視線を送ったが、それより先に電話越しに何かを話していた春桃から子機を手渡された。

 

「何かな?」

「何、って電話……。あ、そうか、わからないのか。ここを耳に当てて話しかけてみてくれ」

「ここを? ……これでいいのか?」

 

 そう言って受け取った子機をウルグリムが耳に当てると同時。

 

『え……? 今の声……。もしかして、ウルグリム?』

 

 聞こえてきた声に思わず彼は目を見開いた。それから表情を崩して口を開く。

 

「すごいな、遠くにいると聞いたはずなのに声が聞こえるのか。……ああ、私だ。久しぶりだな、友よ」




現在開催中の対魔忍RPGのイベがぶっ飛びすぎてて理解の範疇を超えてきて困ってる。
全員腹ボテガチャってなんだよ……。なんで一般版これ通ったんだよ……。
サイバーパンクやってると思ったら時々思い出したように「これ対魔忍だぞ」ってアピールしてこられるとビビりますわ。

ところでこの話に味龍も出てくるんですけど、もし書き続けてここに追いつくようなことになったらどうしたらいいんだろうと頭を抱えております。
あと味龍ってメインストリートの先にあるって設定のはずだから治安はマシな方だと思ってたけど、別にそんなことなかったかもしれないですね……。



アルフォンス

顔に大きな傷を持つオーク傭兵。
立ち絵はモブのオークの差分であるにも関わらず非常に優遇されており、初登場はなんとサービス開始後わずか2ヶ月後のメインチャプター7「さくらのお小遣い大作戦」まで遡る。
このころはまだキャラの名前は決まっておらず、「オーク傭兵」や「歴戦の傭兵」といったネーミングだった。
性格も面倒見はいいが粗野な部分が目立ち、言葉遣いもオークらしく乱暴と言った感じだったが、いつの間にか悪い部分はマイルドになっていき、「面倒見がいい」という長所が残る形となっていった。
サービス開始後初となった、ゴブスレパロのエイプリルフールイベでは「タコスレさん」というサポートキャラとしても登場している。
そんな具合でプッシュされ続け、気づけばアルフォンスという名前がつけられ、ストーリーに度々顔を出すようになり、さらには本編24話で登場しているルイスの兄という設定にもなった。
それにしてもアルフォンスとルイス……後者に濁点をひとつつけると同じ声優さんが演じたキャラになるネーミングなのは気のせいだろうか。
ライブラリー同様、決戦クエストのキャラにもなっているため、シーンはないがボイスがついており、味方として使えるキャラでもある。しかも実装当時から普通に強い上にラック100が現実的であるため、今も十分使える性能だったりする。
それほど人気も存在感もあるキャラとも言えるわけで、対魔忍においては所詮「雑魚」「モブ」「悪役」「やられ役」「竿役」程度に過ぎなかったオークの中で異彩を放ちまくる1人と言っても過言ではないだろう。



グローブル

ケアンに存在する獣人で敵モンスター。ビースト族に分類される。
他作品でいうとゴブリンのような小型種から、オーガのような大型種まで多種存在している。中にはイセリアルに乗っ取られたのか、イセリアル化してビーストであると同時にイーサーコラプションに分類される敵もいる。
ジャーナルによれば放置してあるスクラップを盗んで野営地に溜め込むらしい。
小型のグローブルの中には味方の体力を回復するタイプもおり、ヒーロータイプやボスの体力を削って後少しと思ったら回復されたなんてこともあったりする。
獣人系ということで、大抵ファンタジー系だとスポットが当たりやすい種族のはずなのだが、如何せんGrim Dawnはイセリアルとクトーニアンが幅を利かせまくっていることもあって今ひとつ目立たない。
ただ、MI装備は多数存在し、特に詠唱用オフハンド(盾ではない左手用装備)はグローブルの名がついたものが7つも存在している。


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Act83 よく来てくれたな、歓迎するぜ!

「どういうこと? なんでウルグリムが……」

『端的に言えば君を探しにこの世界に来た。始めはここと別な街にいたのだが、運良く案内人が見つかってね。トントン拍子に君が今働いているという店までたどり着けた、というわけだ』

 

 普段無表情なはずのタバサにしては珍しく、明らかに驚いているとわかる。この世界にいるはずのない同郷の人間と話していると考えれば、無理もないのかもしれない。

 

『この道具は非常に便利だが、詳しいことは直接顔を合わせて話したい』

「それは同感。……おそらく私が知ってるウルグリムに違いないんだろうけど、もしかしたら別人ってこともありうる。平行世界って言うのかな、私が知ってるケアンと似てるけど微妙に違う世界から来たウルグリムだって可能性も否定できないから」

 

 ふむ、と電話口で唸る声が聞こえた。

 

『その辺のことは私は良くわからないから、他ならぬ友自身がそう言うのであれば従おう。使えるのであればだが、いつものようにリフトゲートを使ってくれれば一瞬だからな』

「あ、それなんだけど……。実はリフトが使えない。クトーニアンの連中のリフトをくぐったときとかシャッタードレルムでも使えなかったから、まあそう言うこともあるって思ってるけど。あるいはこの世界はイーサー自体が存在していないみたいだから、それも影響してるかもしれない。とにかくリフトは使えない」

『む……やはりか……。リフトを使えるならとっくにケアンに戻ってきているという考えも聞いたから、もしかしたらとは思っていたのだが……。では私自身がそちらに行くしかないな。それともここで待ったほうがいいのか。どうすればいい?』

「ちょっと待って」

 

 タバサはスマホを口元から離した。自分だけでは判断しかねると、成り行きを見守っていた銃兵衛の方を向く。

 

「今、私がいた世界の友人と話してる」

 

 思わず銃兵衛は「は!?」と間の抜けた声を上げざるを得なかった。

 

「なんか会話がおかしいと思ったら、お前のいた世界って……。じゃあ別な異世界人がこの世界に来たってことか!?」

「ん、そう。探しに来たんだって。で、味龍にいるらしいけど、このままヨミハラで待つべきかこっちに来るべきか尋ねてる。この件、もう少しかかりそうな気がするけど、どうしたらいい?」

 

 銃兵衛が口元に手を当てて考え込む。しばらくして、「……戦力は多いに越したことはねえし、その方が面白いか」とポツリと呟いた。

 

「お前の友人って言うぐらいなんだ、腕は立つんだろ?」

「向こうが本調子じゃないときなら私が優位になるぐらい。純粋な剣の腕だけだったらおそらく私より上」

「そのタバサの実力を知ってる奴って言うと……。篝、確かフュルストの件でタバサが戦っているところを見ていたって言ってたな。実力は……」

「化け物ですよ、化け物! 私は剣術とかあまり詳しくわかりませんけどね、そういうのが全部お上品に見えるぐらいの戦い方ですよ!」

 

 もう少し言い方というものがあるだろうと思った銃兵衛だったが、篝に対する文句はグッと飲み込む。代わりに、その評価を受けたタバサへと声をかけた。

 

「よし、タバサ、こっちに来るように頼んでくれ。ただ、これからヨミハラを出てここまで来るにはちと時間が遅い。夜が明けてからでいい」

「わかった。……ウルグリム?」

『聞こえていた。本当にこの道具はすごいな。それに聞こえてきた感じでは友の戦い方も相変わらずのようだ。……とにかく、言われたとおりにしようと思うが、私はこの世界について詳しくはない。ここまで連れてきてくれた案内人と変わるから、詳しいことはそちらに話してくれ』

 

 電話の向こうで何やら話し合う声が聞こえた後、話す相手が変わったのがわかった。聞こえてきたのは女の声だった。

 

『えーっと、あんまり状況がよくわかってないんだけど、そこはセンザキなんだっけ? そこにこの異世界のオッサンを連れていけばいいわけ?』

「ん、多分そう」

『で、センザキのどこに行けばいい?』

「どこ? ……どこだろう」

 

 電話の向こうからため息が聞こえるのがわかった。

 

『……そっか、あんたも異世界人か。詳しい人に変わってくれる?』

 

 その言葉を受け、タバサは無言で扇舟へとスマホを差し出した。

 

「何?」

「詳しい人を出せ、って。こっちに来るって話になったみたいだけど、どこに行けばいいかとか言ってたような」

「扇舟さん、今日はもう遅いから明日……そうだな、10時頃でいいか。その頃に駅前に来るように言ってくれ。使いの者を出すから、見た目も教えてほしいって」

 

 頷き、扇舟はタバサのスマホを耳に当てた。

 

「もしもし? えっと……」

『明日の朝10時にセンザキの駅前ね。こっちは女とオッサンが1人ずつ。名前はアンネローゼとウルグリムよ。まあ闇の街の住人なら、こっちがそれなりの雰囲気出しておけば気づいてくれるでしょ』

「わかった。そう伝えておく。……あ、もし今夜ヨミハラの宿が決まってないなら、味龍の店員に高坂静流って人が店長をしてる酒場を聞いておくといいかもしれない。そこの2階が宿泊所になってて、私とタバサちゃん……異世界人の子が寝泊まりさせてもらってる。静流さんは対魔忍だから信用できるはずよ」

『それは助かるわね。ヨミハラでオッサンと2人夜を明かすとかどうしたもんかと悩んでたところだった。じゃあ明日は指定時間にセンザキに着くように動くから』

 

 そう言って電話は切れた。ひとつため息をこぼしながら扇舟はタバサにスマホを返した。

 

「明日、指定時刻にセンザキの駅前に来るって。女が1人とオッサンが1人。名前はそれぞれアンネローゼとウルグリムだって彼女は言ってた」

「アンネローゼ……。アンネローゼだと!? まさかアミダハラの魔女剣客探偵か!」

「知ってるの?」

 

 扇舟が銃兵衛に問いかける。逆に何故知らないのか、といった様子の表情で彼は見つめ返した。

 

「扇舟さん、あんた以前はアミダハラに……。あ、そうか、すまん」

 

 そこでようやく銃兵衛は気づいた。確かに以前扇舟はアミダハラにいた。が、そこはアミダハラ監獄だ。外のことなどわからないだろう。

 

「いいわ、気にしてない。それでそのアンネローゼっていうのは……」

「さっき言ったようにアミダハラにいる魔女剣客探偵だ。凄腕の剣士であると同時に美人だって噂は耳にしてる。……こりゃ楽しみだ。タバサの友人はいい案内人を見つけてくれたな」

 

 ケケケ、と銃兵衛が特徴的に笑った。付き合いの長い紅はそういうところをこれまでも見ているのだろう。呆れた様子で彼を見つめていた。それから、ふと思い出したようにタバサへと問いかける。

 

「タバサ、ちょっといいか? さっき扇舟は『女1人とオッサンが1人ずつ』と言った。ということは、お前の友人はオッサンなのか?」

「オッサン……。まあ確かにウルグリムはそこそこ年齢がいってるか。そういうことになるね」

「年の離れた異性が友人……。異世界人だからか、なかなか珍しいな。……いや、それよりも。その友人……ウルグリムと言ったか? お前は『純粋な剣の腕だけならばおそらく上』と言っていたはずだ。お前も相当な腕前だと思ったから興味があったのだが……」

 

 そう言われた途端、タバサに嫌そうな表情が浮かんだ。紅が何を言いたいのかを読み取ったのだろう。

 

「何? 手合わせしたいとか? 私はやりたくないから。もしウルグリムがやるっていうならあとは勝手にやってって感じ。あの人は皇帝直属の部下に当たる『ファーストブレイド』だったから、実力は文句無しだよ。……というか、こういうこと言い出すとか、紅って凜子に似てるタイプだね」

「凜子? 秋山凜子か? 彼女を知っているのか?」

「知ってるも何も、五車にいる時に無理矢理手合わせさせられたよ。たまたま私が勝っちゃったのもあってか、その後の滞在中はもう1度手合わせしてほしいってしつこかったし」

「勝った……? あの凜子にか!?」

 

 心願寺一族は本来ならば五車を追放された身。足を踏み入れることは許されてはいない。

 だがかつてとある事件があった際、例外的に五車学園に顔を出した時があった。その時に紅は凜子と模擬戦を行い、互角の戦いを披露している。つまり、凜子の強さを身をもって知っているというわけだ。

 

「でもあれは不意打ちというか、凜子が私の剣を知りたがってて、その隙を突けたからというか。もう1回やったら勝つのは厳しいと思う」

「だとしても1度勝ったというのは事実だろう。……そうか、あの凜子に、か」

 

 何やら納得したように紅は1人で頷いている。それを見てか、「そろそろいいか?」と銃兵衛が口を挟んできた。

 

「紅、計画を詰めて今夜仕掛けようかと思って来てもらったが、やめだ。明日、タバサの友人と、もしかしたら手伝ってくれるかもしれない美人魔女剣客探偵が来てからにする。今夜はダメ元で船に連絡を入れ、あとは部下に監視ってのがせいぜいだろうな」

「わかった。詳しい話は明日、役者が揃ってからということでいいか?」

「ああ。今日は一旦解散としよう。2人がセンザキに着くという10時頃にまたここに来るということで。……扇舟さん、すまないが今夜はここに宿を取ってもらうことなる。勿論俺のシマの店だし代金は俺が持つ。超高級ホテルとまではいかないが、安全は約束するぜ」

「ありがとう」

「部下に案内をさせる。明日の迎えもさせるから、まあゆっくりくつろいでくれ」

 

 改めて扇舟が礼を言って部屋を出たところで、サングラスに黒服の男が(うやうや)しい態度で先導してくれた。どうにも落ち着かないが、銃兵衛なりの気遣いもあるのだろうからと、ついていくことにする。

 と、そこで扇舟はずっと気になっていたこと――計らずも味龍で春桃がウルグリムに対してした質問と同じことをタバサに尋ねていた。

 

「ねぇ……。もしタバサちゃんの友人……ウルグリムさんだっけ? 彼が元の世界に戻る方法を確立させてこの世界に来たのだとしたら……。タバサちゃんはどうするの? やっぱり……戻る?」

「んー……。どうだろう。正直、帰りたくないぐらいにこの世界は気に入ってる。でも私はあくまでケアンの人間だし。ウルグリムがわざわざ連れ戻しに来たのに帰るのを拒否っていうのはちょっとな、って思って悩んでるところ」

「そう、よね……」

 

 タバサが異世界人である以上、いつか別れの時は来る。そのことは扇舟もわかっていたはずだった。だが、いざそうなるかもしれないという状況になってみて、本当はただ目をそらしていただけだったのかもしれない、と気づいていた。

 

「とりあえず今の時点ではなんとも言えない。だからそこまで落ち込むことはないと思う。それに……。いや、いいや。とにかく、もしかしたらこことケアンとの世界間を行き来する方法ができたって可能性も否定はできない」

 

 扇舟の心の中を読み解いたのだろう。安心させるようにタバサがそう声をかけてきた。

 

「……そうね。以前トラジローちゃんにズバッと言われたときも思ったことだけど、これじゃどっちが年上かわからないわね」

「別に年がどうこうの問題じゃないようにも思えるけど……。まあ少し前向きになれたならいいか」

 

 思わず扇舟の顔に苦笑が浮かぶ。とにかくなるようにしかならない。明日、タバサの友人という男に会ってからか、と思うことにした。

 

 

 

---

 

 銃兵衛が用意してくれたホテルは確かに超高級、とまではいかなかったものの、ヨミハラの安宿とは全くの別物だった。普段ヨミハラで寝床としている宿泊所とは比較ならない広さと綺麗さ。さらには銃兵衛直々の客ということで、夕食に加えて飲み物のルームサービスまで振る舞われている。こんなVIP待遇のような扱いをされて大丈夫なのかと、扇舟は逆に不安になるほどだった。

 翌日もリムジンではなかったとはいえ、銃兵衛の部下が運転する車で彼の本拠地でもあるカジノまで送迎してもらっている。

 

 そんな扱いに扇舟は戸惑いながら、タバサは普段と特に変わった様子はなく、カジノの中にある銃兵衛の部屋へ2日連続の訪問となった。既に心願寺の3人は来ていたようだが、アンネローゼとウルグリムはまだのようだ。

 

「おう、おはようおふたりさん。とりあえず最低限のもてなしはしたつもりだったが、昨日は良く眠れたかい?」

「あんなVIP待遇のような扱いを受けたのは久しぶり……もしかしたら初めてのレベルよ」

「何か裏があるんじゃないか、後から高額請求されるんじゃないか、とかって扇舟が不安そうにしてたよ」

「ちょっ……! タバサちゃん!」

「ハハハ! んなことしねえよ。2人は客人、しかもこっちの不手際でわざわざここまで来てもらってるんだ。あのぐらいは最低限の礼儀ってもんだよ」

 

 やはり器が大きい、と扇舟は改めて思っていた。この若さにしてセンザキのギャングの頭になっているのも納得といえる。これだけのカリスマ性、そして実力もそれに伴うものなのだろう。

 

「失礼します。ボス、迎えに出ていた者から連絡です。センザキ駅前でお客人をおふたり車に乗せた、と」

「おう、丁重に案内してくれ。……さて、美人魔女剣客探偵と異世界人、どんなかねえ。ワクワクする」

 

 ニヤニヤと笑みを隠しきれない銃兵衛を見て、紅はため息をこぼしていた。

 

「……扇舟、さっきの銃兵衛の態度で大物かも、と思ったかもしれないが、こいつはこれが本性だ。結局、自分が楽しむことを最優先にする。だからあまり過大評価はしないほうがいいぞ」

 

 こちらの考えを見事に読んでくる。そんな紅にドキッとした扇舟だが、当の銃兵衛本人はどこ吹く風だ。

 

「ケケケ。否定しねえよ。でも折角の人生なんだ、楽しくてなんぼだろうよ」

「……そうね。その考え方は、間違っていないと思う」

 

 楽しく生きる。それができる銃兵衛が、扇舟には少し眩しく映った。

 

「そう言うなら、扇舟さんもそうすりゃいいんじゃねえか? もう心を入れ替えたならいつまでも辛気くせー顔してないで、楽しく生きりゃいいんだよ。若には許してもらったんだろう?」

 

 そんなふうに考えていたところで投げかけられた言葉だった。思わず銃兵衛の方を見つめ直す。が、ややあってその目を伏せた。

 

「……ふうまくんが許す許さないの問題じゃないと思うの。私は許されざる罪を背負った。だから一生をかけてでも償っていかなければならない。……その償い方も、どうしたらいいかわからないけれどね」

「だからといって楽しく生きちゃいけない、幸せになっちゃいけないみたいな考え方はどうかと俺は思うけどな」

「今の私は幸せよ。かつては友達も、こんな風に心を打ち明けられるような相手もいなかった。母の言いなりになって、母に認めてもらいたいという歪んだ感情だけで手を血に染め続けてしまった。……でも今は違う。タバサちゃんはこんな私を友達だと言ってくれたし、共に戦えることも嬉しく思ってるわ」

「……まあ当人がそう言うなら、俺が口を挟むようなことでもないんだろうけどな」

「ねえ、扇舟。昨日も言おうか迷ってやめたんだけどさ。今の話を聞いてどうしても気になったから、やっぱり言うね」

 

 そこで、扇舟と銃兵衛の会話にタバサが割り込んできた。

 

「確かに私は扇舟を友達だと思ってるし、大切に思われるのも悪くない気はしてる。でも、私に依存しすぎるのは良くないように思える。もし私がケアンに帰ってこの世界からいなくなった時、生きる意味を失うなんてことになるのは嫌だし、だから……。えっと、なんだろう……。突き放すようなことを言いたいわけじゃないんだけど……」

 

 もしかしたらタバサもあまり抱いたことのない感情で、どう言葉にしたらいいのかわからないのかもしれない。そうわかった扇舟はタバサを責めるようなことはせず、膝を折って視線も合わせてから、まっすぐに見つめ返した上で口を開いた。

 

「……大丈夫、言いたいことはわかるから。確かにタバサちゃんがいなくなったら悲しいけど、でも私のせいであなたを束縛するようなことはしたくない。私は、こんな私を信じてくれたふうまくんをがっかりさせないように生きないといけない。そう思ってる。でもそれはタバサちゃんも一緒かな、って。……もしタバサちゃんがこの世界を離れてしまったとしても、またいつか会った時にがっかりさせないように。さっき彼が言ったみたいに楽しく生きる、っていうのは私の気持ち的に難しいけれど、私なりに生きてみようって思うわ」

 

 くりっとした目で扇舟を見つめつつその話を聞いていたタバサだったが、ひとつ頷いた。

 

「……ん、口先だけの出任せじゃないみたいだね。安心した。まあすぐに帰るってことになるとも限らないし、昨日も言ったことだけど、もしかしたら私のリフトの力を応用して世界間の行き来が可能になることもあるかもしれない。とりあえずまずはウルグリムに会ってからかな。今すぐ帰らないといけない、というのでなければ、少なくともこの件は片付けるつもり。それに、その後味龍にも顔を出したい。……あ、そうなったらふうまたちにも会っておかないとか」

 

 気づけばこの世界で多くの人たちと出会っていたことの証明に他ならないだろう。我が子を見つめるような目をしていた扇舟は、満足そうに小さく笑みを浮かべていた。

 

「失礼します。ボス、お客様が到着されました」

 

 と、そこで銃兵衛の部下が恭しく報告にやってきた。その後ろ、美女剣客と中年紳士のコンビが部屋へと足を踏み入れる。

 ニヤリと銃兵衛が笑みをこぼしつつ立ち上がり、大げさ気味な身振りとともに口を開いた。

 

「よく来てくれたな、歓迎するぜ! 美人魔女剣客のアンネローゼさん、それに……タバサと同じ異世界からの訪問者のウルグリムさん!」




「シャングリラ・フロンティア」って今期のアニメがあるんですが、1話の大体7分ぐらいの辺り。ゲーム店で大量のゲームが棚に並んでるシーンで、手前のキャラがフェアクソを裏返したタイミングで棚に見たことあるパッケージが……。
帽子を被っている男のような黒っぽいシルエットに、左手付近にはカラスのような鳥類。そして独特なフォントと色合いのタイトル文字。

どう見てもGrim Dawnじゃねーかこれ!
隣に見えるのはおそらくSkyrim、他にもポケモンやモンハンやゼルダなど……。グリドンはそんな超有名タイトルと並ぶゲームだった……!?
でも実際面白いゲームだよ、マジで。時間めっちゃ溶けるよ。



ファーストブレイド

本編24話でもタバサが軽く触れているが、ケアン最大の国であるエルーラン帝国の皇帝に仕える懐刀。本編中でタバサが述べている通り、ウルグリムがこれに該当する。
隠密・暗殺・諜報など、皇帝直々の命令とあれば汚れ仕事であろうと全てを引き受ける、まさしく皇帝の右腕。
弱みを握るためか、お偉いさんである大尋問官の妻と寝ることさえあったらしい。本人曰く、ふくよかで活発だったとか。

ファーストブレイドになった人物は過去の経歴や本名といった全てを失う。
そのため、「ウルグリム」という名は本名ではなく、皇帝がイセリアルに乗っ取られてしまって彼にとっての主を失った、すなわちファーストブレイドの肩書を失って以降名乗るようになった名前である。
乗っ取られた皇帝はかろうじて意識を保ちつつ、自分の命を奪うことと息子を安全な場所に避難させることを彼に命令しており、これが彼のファーストブレイドとしての最後の仕事となったようだ。
ちなみに「ウルグリム」はどうやら神話に登場する名前らしい。

ケアンの世界では貴族が戦闘員や諜報員としてナイトブレイドを雇っているのだが、ファーストブレイドもナイトブレイドの一種と言えるため、ナイトブレイドの技法を扱う。
本編79話で武装難民に投げつけたナイフはファンタズマルブレイズという設定になっている。
とはいえ、貴族が雇っているようなナイトブレイドとは格が違うようで、そういった連中は雇い主が不正をやらかしてファーストブレイドが動くような状況になったら手も足も出ないから恐れているレベルだったとか。
クロンリーギャングのネメシスであるファビウスも昔は貴族に雇われたナイトブレイドだったが、問題を起こしたか何かでファーストブレイド時代のウルグリムに捕らえられ、処刑寸前にクロンリーに助けてもらったという設定があるらしい。
この辺り昔はフォーラムで見られたのだが、以前も軽く触れたように今はもう見られなくなってしまっている。残念。


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Act84 で、どうやってここに来たの?

 銃兵衛の歓迎を受けたアンネローゼは、その軽薄そうな態度に対してやや眉をひそめていた。一方のウルグリムはそんなことが耳にすら入っていない様子で、同じ部屋の中にいた1人の少女を見つめている。

 

「おお……。友よ」

「ん、久しぶり、ウルグリム。……とは言ってはみたものの、私が知ってるウルグリムかどうかはまだ疑ってるけど」

 

 タバサの包み隠そうとしない物言いに、再会を喜ぼうとしていたウルグリムの顔に苦いものが浮かぶ。

 

「昨日言っていた平行世界、とかいう話か? 私から見る君は……ケアンにいた頃よりかなり穏やかになったようではあるが、私が知る君に変わりはない。しかしそれでも納得できないというのあれば……。さて、どうしたものか」

「目の前にいるウルグリムも私が知ってるウルグリムっぽいからほぼ間違いないんだろうけど……」

「では君のことを話して合っていれば、君が知る私だという証明になるかな。……我が友のクラスはサバター、ネックスとオルタスを愛剣とした二刀流で戦う。戦闘の際はナマディアズホーンと呼ばれる不気味な角付頭巾の仮面を身につけている。だが頭の装備と違って体から下の装備は実はイリュージョンで見た目を変えており……」

「ん、もういい。そこまで知ってるなら間違いない。……と、いうわけで改めて。久しぶり、ウルグリム。会えて嬉しい」

 

 安心したのだろう。ようやくウルグリムの顔に笑みが浮かんでいた。

 

「で、どうやってここに来たの?」

「話すと少し長くなるが……」

 

 そう言いつつも、ウルグリムは“乗っ取られ”――タバサがケアンで行方不明になってから、彼がこの世界に来るまでのことを話し始めた。

 

 “崩壊都市”マルマスにおいてイセリアルのボスを倒すことに成功したタバサは、残敵掃討や街の本格的な解放をウルグリムをはじめとした仲間たちに任せていた。同じケアンではあるがそれまでのエルーラン帝国から遠く離れたコルヴァンという地から使者が訪れ、彼女の力を借りたいと懇願してきたからだ。その使者に連れられてコルヴァンでも戦い続け、最終的に忘れられた古き神を葬った、という噂はウルグリムたちも耳にしていた。

 だがその後、当の英雄が帰ってくる気配がない。それでもしばらく待っていた彼らの元に、再びコルヴァンからの使者が訪れたのだ。

 

「使者はとんでもないことを言い出したよ。君がシャッタードレルムと呼ばれる、もうひとつの現実の世界に行ってから行方がわからなくなっている、と」

 

 慌てたウルグリムは、人類のリーダー格のひとりである“尋問官”クリードと、イセリアルに関することを始めとして広い知識を持つアナステリアの2人を連れてコルヴァンへと向かった。そこでシャッタードレルムの管理人と名乗ったマザーンという男から話を聞いた結果、アナステリアが「別次元に飛ばされてしまったのではないか」という仮説を立て、極々稀に発生するリフトのバグによってその仮説のような状況が起こりうるとしたのだ。

 

「まあ私も詳しいことはわからないのだがね。とにかく、アナステリアは君がこの世界に迷い込んだことを突き止めた。それで、一定時間を経過したら強制帰還できるようにした上で、実際に私をこの世界に送り込んだのだ」

 

 タバサはしばらく瞬きをしつつウルグリムを見つめていた。ややあってから、考えがまとまったのか口を開く。

 

「……要するにクリードとアナステリアが紐をつけたウルグリムをこの世界に送り込んで、時間になったら引っ張り上げるようにした、ってことでいい?」

「まあ、そういうことかな」

「制限時間があるんだよね? どのぐらい?」

「1週間。多少前後はするかもしれないがな」

「思ったより急ではあるけど……。でもしばらくは時間があるってことか。今私はこの世界でお世話になってる人たちからの頼みでこの場所にいて、どうも荒事に巻き込まれそうな感じがある。ウルグリムも手伝ってくれる?」

「それは勿論だ」

「よかった。……というわけで銃兵衛。……あれ? 銃兵衛?」

 

 戻る時間は決まってしまったようだが、この一件についてはウルグリムの協力も得られた。そう思ってタバサはこの件を仕切っている銃兵衛に話を振ろうとしたのだが、彼は自分のデスクに突っ伏してしまっていた。

 

「ナンパに失敗したんだ、そこの美人のな」

 

 呆れ顔でそう言ったのは紅だ。

 

「何があったんだ、アンネローゼ?」

 

 ここまで一緒だったウルグリムが当人に尋ねる。

 

「この後、何かやるらしくて戦力が欲しいって言われたけど断っただけよ。そうしたら、せめて食事だけでもって言われてそれも断った。……私の依頼はあんたを友人のところへ連れて行くこと。それは完了した。間違いないわね?」

「ああ、それはそうだが……。ではもう帰るのか?」

「ええ。彼から気前よく報酬も提示されたけど、悪いけど遠慮する。正直なところ、あんたの案内もおばあちゃんから言われたから仕方なくやったわけだし」

 

 そう言うと、アンネローゼは部屋の入り口の方へと踵を返した。

 

「と、いうわけで私は帰る。見送りはいらないから、代わりにショックを受けてる様子の彼のフォローでもしてあげて。……ああ、あとそこの子」

 

 アンネローゼは視線だけを紅の方へと送る。

 

「私と手合わせしたい、みたいな気配を出してるけど、気分じゃないから。やりたいならそこのウルグリムのオッサンとやるといいよ。……間違いなく強い、私が保証する。アミダハラからここまでの道中一緒だったけど、正直、私はやり合いたくない相手だと思ったし」

「評価をしてもらって光栄だ。……ああ、そうだ。帰るというのなら、ご老人と約束した報酬を払っておかないといけないな。ここまでの案内、本当に助かった。ご老人にもよろしく伝えておいてくれ」

 

 言いつつ、ウルグリムは最初にノイに手渡した物と同じ宝飾品を取り出した。が、アンネローゼの眉が潜められる。

 

「……それ、異世界の化け物を呼び出して操るものとかだっけ? あんまり受け取りたくないんだけどな……」

「別に普通に持ち歩く分には影響はない。報酬で支払うと約束をしたのだから、持って行ってくれないとこちらが困る」

「ねえ、ウルグリム。それってクトーンの捕縛印?」

 

 そこでタバサが会話に割り込んできた。

 

「ああ。私がこの世界に降り立ったときの最初の街……アミダハラといったかな。そこで出会った魔女と呼ばれている老婆が、彼女を私の案内人としてつけてくれたのだ。この世界の通貨を持たない私の代わりに必要経費等を支払ってくれるとのことだったが、交換条件として研究材料に異世界のものを欲していてね。ちょうどこれが3つ手元にあったから、既に2つ先払いしてこれが最後の分だ」

「ふーん……。つまりウルグリムがお世話になった人、ってことか。……じゃあ私もこれを出すよ」

 

 インベントリからタバサが無造作に何かを取り出す。何やら丸められている巻物(スクロール)のようなものだ。

 

「それは……イセリアルの信書か?」

「ん、そう。さすがに脳とか心臓とか血とか臭い花とか渡すわけにいかないから、一番無難なのはこれかな、って。……というわけで、私からの気持ちってことでこれも受け取って。研究材料が欲しいって言うなら、使えると思う。ただ、この巻物の中の情報を直接見ようとすると人間の目には刺激が強すぎるかもしれないから、それだけ気をつけてって伝えて」

「……だからなんでそういう危ないものばっか渡そうとするのよ。まあ、おばあちゃんのためだから持っていくけどさ」

 

 アンネローゼは異世界のアイテムを2つ受け取ると、今度こそ全員に背を向ける。

 

「じゃあね、ウルグリム。小さなお友達と仲良くやりなよ。……あと銃兵衛、って言ったっけ。もし私がまたセンザキに来るようなことがあって、そこで困った事態に遭遇するなんてことになったらあんたの力を借りることにする。その時は一緒に食事でもしてあげるから。それじゃ」

 

 右手を軽く上げて別れの合図をしつつ、アンネローゼは悠々と部屋を後にする。思わず、部屋の人間はその後ろ姿に見とれてしまっていた。

 

「あーあ……。やっぱいい女だったぜ、クソッ……」

 

 机に頬杖をついて美女の去る姿を眺めつつ、恨み言のように銃兵衛がポツリと呟いた。

 

 ひとまず状況は一旦落ち着いた。おそらく、この後ウルグリムは協力してくれるだろう。そう考えた扇舟は、自己紹介の挨拶も兼ねて彼へと声をかけた。

 

「えっと、ウルグリムさん、でよかったかしら?」

「ああ。だが呼び捨てでも構わないよ、お嬢さん」

「とっくにお嬢さんって年じゃないんだけど……。まあいいか。私は井河扇舟。タバサちゃん……あなたの友人である彼女の友人。同時に、この世界での保護者のようなことをさせてもらってる」

「おお、それはそれは。実は友はケアンにいた頃の、私が知っている友とは比べ物にならないほど穏やかになっていてね。それは君のおかげということかな?」

「私は特に何も……。でも私にとってタバサちゃんは命の恩人であり、大切な友人であるのは間違いないわ」

「この世界はなぜかケアンと違ってイラつかない」

 

 先程のウルグリムとアンネローゼの会話の時同様、タバサが割って入ってきた。

 

「多分イーサーが存在しないからじゃないかって思ってる。……あと扇舟、命の恩人っていうけど、私は殺意を向けてきた敵を皆殺しにしたら結果的にそうなっただけだから」

「いつもそう言うけど、でも助けてもらったのは事実だし……」

「穏やかにはなったようだが、根本は変わらないな、我が友は。ケアンを救った時も似たようなことを言っていたのを思い出す。……だが今は君が世話になっている人々のために動こうとしている。そうだな?」

「そうだね。……そういやさっきそのことを話そうとしたのに銃兵衛がなんか落ち込んでて出来なかったんだった。ねえ、銃兵衛。改めてだけど。帰ったあの人にはフラレたみたいだけど、ウルグリムは荒事でも手伝ってくれるって。……あと、紅が手合わせしたがってるんだっけ」

 

 銃兵衛に向けて話した後に、タバサは紅の方へ視線を移した。それを受けて紅が一歩前へ出る。

 

「心願寺紅だ。あなたは相当な使い手だと聞いているし、気配からもそんな感じが伝わってくる。さっき帰ったアンネローゼも太鼓判を捺していたしな。そこのあなたの友人を含め、実力を疑ってはいない。だが、個人的興味から、よければ少し手合わせをしてもらいたいと思っている」

 

 ふむ、とウルグリムは顎に手を当てて考える様子を見せた。それから、銃兵衛の方を仰ぎ見る。

 

「銃兵衛、といったか。おそらくこの部屋の主は君だと思うのだが。派手にやるつもりはないが、この部屋で彼女と剣を合わせても?」

 

 実際、このカジノのオーナー、さらにはセンザキを取り仕切っているボスの部屋ということで、この部屋はかなり広い。

 

「……まあそれなりのスペースは確保できてるからな。ここで新規に来たガードマンのテストをすることもあるし。とはいえ、本気は出すなよ。特に紅、お前の場合はこの部屋のものが吹っ飛びかねない」

「わかってる。あくまで軽く、だ」

 

 言うなり、紅が2本の小太刀を抜いた。先代のふうま八将であり、凄腕の剣士と謳われた祖父・幻庵から受け継いだ「白神」と「紅魔」の2本である。

 一方のウルグリムも背負っていた、種類が異なる2本の得物を抜く。片方は標準的なブロードソード、もう片方は肉切り包丁型のファルシオンといったところだろうか。無銘ではあるものの、特にブロードソードの方は長い間彼を支え、多くのものを斬り伏せ続けてきた愛剣だ。

 

 双方の戦闘態勢が整った途端、部屋の空気が一気に張り詰めた。そういうことに疎い人間であっても気づくであろうというレベル。間違いなく強者同士がぶつかるとわかる空気だ。

 

「……改めて言うが、頼むから軽くにしてくれよ」

 

 これは部屋がめちゃくちゃになりかねない。そう思って銃兵衛が再度忠告する。

 それを聞いて軽く笑みをこぼした瞬間、紅から仕掛けた。白神と紅魔の2本の小太刀が高速で振るわれる。

 ウルグリムはその軌道を見切って打ち払いつつも、「ほう……」と感心したような声を上げていた。

 

「ふっ、はあっ!」

 

 なおも数合に渡って鋭く打ち込んでくる紅。だが、ウルグリムは両手の剣を巧みに操り、そのすべてを見事に防いでみせている。

 

「いい剣だ。まだ本当の力を出していないのはわかるが、それでも高い技術を持っていることが伺える。……しかし」

 

 迫りくる紅の剣に対し、ウルグリムは体を回転させた。その遠心力を剣に乗せ、気合の声とともに相手の剣を大きく弾く。

 

「今の……! 確かタバサちゃんも使う攻撃よね?」

 

 タバサが戦うところを見たことがある扇舟が思わず声を上げた。

 

「ん、ホワーリングデス。二刀による回転攻撃。……でもウルグリムのはキレも力も私の比じゃない」

 

 ここまで攻勢に出ていた紅だったが、タバサの解説通りウルグリムの放った剣技は鋭かった。2本の小太刀を弾かれたことで体勢も崩れ、勢いが一瞬で止められてしまう。

 今度はウルグリムが反撃に出た。目にも止まらぬ高速の三連撃(アマラスタのクイックカット)

 

「くっ……!?」

 

 まるで光の筋にしか見えないそれを、紅は直感で見切って剣を振るい、どうにか軌道を逸らした。だが、完全に防戦に回ってしまっている。

 チャンスとばかりに踏み込もうとしたウルグリムだったが。

 

「……いや、ここまでにしたほうがいいかもしれないな。私も少し熱が入ってしまった。これ以上は部屋を壊しかねない。どうかな?」

 

 あくまで言葉は紳士的に。だがその眼光は有無を言わせない様子でウルグリムは紅にそう問いかけていた。

 

 これ以上続けるならば、お互いの身の安全は保証できない。

 

 鋭い眼光からそんな相手の心情を読み取り、同時に自分も無意識のうちに力を解放しようとしていたと気づいて、紅は大きく頷いた。

 

「ああ、構わない。……噂に違わぬ、見事な剣の腕前だった。感謝する」

 

 最後の言葉は、自分を気遣ってくれたことに対してでもあった。

 

(確かに私は無意識に力を解放しようとした。だが、それでもこのまま続けられていたとしたら、最後の攻撃を止めるのは間に合わなかったかもしれない。……彼は、私が従者たちの前で無様な姿を晒さないよう気を使ってくれた、というわけか……)

 

 悔しくもあるが、自分の実力不足が招いた結果だと紅はそれを受け入れようとした。

 

「紅と言ったか。まだ若いのに見事な剣だ。今回は純粋に技術だけで打ち合ったから経験の分が私に味方をしてくれたが、秘めている力を解き放てば、私など相手にならないかもしれないという予感もある」

「私に隠している力があることまで見抜くとは、やはりさすがだ。……それでも、そこまでやってようやく五分ではないかという気もしてしまう」

「それは私を買い被りすぎていると思うね。君より少し長く生きているおかげで、多少技術に勝るだけに過ぎない。今でも十分にいい剣士だが、将来はそれ以上の存在となるだろう」

 

 ウルグリムはそう言うと剣を収めて右手を差し出した。紅も2本の小太刀を鞘に収めてその手を握り返す。

 

「ありがとう。その言葉を胸に、これからも修行に励むとしよう」

 

 感謝の言葉を返し、紅は銃兵衛の方へ視線を移した。

 

「銃兵衛。彼の実力は本物だ。そして、その彼が実力を認めていて篝の証言もある以上、タバサも相当なものだと推測できる。……井河扇舟については噂に聞いている当時の力にどこまで戻せているかによるが……」

「ブランクなら完全に埋まってるよ。素手のスパーリングなら私は10回に1回勝てるかどうか。もう実戦にも復帰してるから、扇舟の実力はウルグリムが認めてくれてる私が保証する」

「……だ、そうだ。要するに、今夜決行するならこの3人には同行してもらったほうがいい」

 

 2人からの進言を受けた銃兵衛だったが、言われるまでもないと鼻を鳴らしていた。

 

「元々俺はそのつもりだったけどな。だが、改めて。……この後詳しく説明するが、今夜沖合に泊まってる貨物船に直接乗り込んで話をつける。荒事になる可能性が高いから、優秀な戦力は多いに越したことはない。力を貸して欲しい」




イセリアルの信書

クトーンの捕縛印同様のクラフト素材。主にAct5以降のイセリアルの先鋒に当たる敵がドロップする。
本編で触れているが、イセリアルエナジーを含んでいるからか、読もうとすると人間の目には刺激が強すぎるらしい。星霜の書かな?
ちなみにタバサが他に挙げていた脳(汚染した脳物質)、心臓(エンシェントハート)、血(クトーンの血)、臭い花(ウグデンブルーム)は全てクラフト素材である。



アナステリア

人類に残されたケアン最大の軍隊である「ブラックリージョン」が駐留するアイコン砦内部にいる、フードに仮面姿の女性。
年齢不詳と思われるが、言い回しが独特で年季が入った感じであるためか、「アナ婆」の愛称で呼ばれたりもする。

何を隠そう、正真正銘イセリアルのひとり。
ケアンの人間を乗っ取った際、イセリアルのやり方に疑問を覚えて人類側に寝返りイセリアルの内部情報を提供。結果、多くの命が救われる形となった。
ちなみにアナ婆の場合は不明だが、乗っ取った時に元の人格に引っ張られてイセリアル側の人格が変わるということもあるらしい。

ブラックリージョンの面々は彼女がイセリアルであることに変わりはないとして魔女だと断罪しようとしており、クリードがそれをやめるように強く要求することで、どうにか助かっているという事態になっている。
そのために選択肢によっては友好派閥にも敵対派閥にもなる。
友好派閥の場合は増強剤や装備が購入可能になり、敵対派閥の場合は彼女を倒すことでMIを入手できるようになる。ナマディアズホーン同様、1キャラぐらい敵対用キャラを作ってもいいかもしれない。
また、友好派閥の場合に彼女のクエストをクリアすると、ブラックリージョンの友好度が下がるという特徴もある。

イセリアルであるために人間が知らない知識を持ち合わせており、時にはとあるキャラが自分と同じ=イセリアルではないかと見抜いたりもする。
主人公に対しては「自分に似ているがどこか違う」と言った主旨のコメントをしてくるため、やはり乗っ取られは扱いとしては人間でいいのだろう。
本編ではその知識を活かす形でコルヴァンに渡り、乗っ取られ(タバサ)探索の手伝いをしたということになっている。

完全に余談だが、(R18を含めた)pixivのGrim Dawnタグにおいて最もイラストを描かれているのが彼女。
大体の場合青肌で描かれており、青肌好きのフェチズムに刺さったようである。




クリード

残された人類側のリーダー格のひとり。ウルグリムに年が近いと思われる中年の男性。名前の響きが似てるせいで(ウォードン・)クリーグとか、三神のドリーグとかと間違われたりもする人。
原作ゲーム中では「尋問官クリード(Inquisitor Creed)」という名前であり、その名の通りDLCで追加されたインクィジターのマスタリーを習得していると思われる。
……のだが、その割にインクと繋がりの薄い生命力属性のオーメンっぽい武器を持っているため、本来取り締まるべきオカルティストかネクロマンサーの技法をこっそり習得しているんじゃないかとかプレイヤー乗っ取られの間で噂されている。実際DLCのムービーで行ってる儀式はインクっぽくないし。

アナステリアを生かすべきだと主張したり、主人公に次の道を示してくれたりと有能であることに間違いはない。
一方、かつてウォードン・クリーグに捕まっていた時期があったり、自分の日記をあちこちに置いたままにしていたりと、ところどころ怪しい部分もある。
特に初めてウルグリムと会った際のことを記した日記によると、「部屋に仕掛けた侵入者用のトラップが全て意味をなさず、音もなく侵入された上に気づいたときには武装解除させられていた。相手がその気ならとっくに死んでいた」と書いてしまうほどに戦闘能力に開きはあるようだ。まあ乗っ取られとガチで殴り合えるレベルのウルグリムがヤバすぎるだけかもしれないが。

ウルグリムのことを強く信頼しており、彼が神話の物語から名前を取っているということもあってかアセンダント(半神、デミゴッド)に違いないと思うほどに心酔している様子。
実際彼が虚無界に飲み込まれたときには見つけ出そうと危険な儀式を行っており、その後は本来自分が取り締まる相手であるはずのオカルティスト集団のウグデンボーグ魔女団に協力を要請するよう主人公に頼み込んでくる。
ついでにそのタイミングで「デビルズクロッシングが襲われたからなんとかしてくれ」と救援要請が来るのだが、「それよりウルグリムだ!」というようなことを言い出す始末である。

ともあれ人類側の有力者のひとりであることは間違いなく、疑いの目を向けられることも少なくない主人公の理解者のひとりでもある。
そういうわけで、本編ではアナ婆と一緒に乗っ取られ(タバサ)が姿を消したコルヴァンに赴き、対策を練るという役割を担当したことになっている。


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Act85 胃袋を掴まれたからか、ご機嫌ね

 日が落ち、闇に包まれたセンザキの港内。

 最小限だけの明かりを灯した小型のモーターボートが、こっそりと港から出港した。やがてその明かりも消し、真っ暗な海を静かに進んでいく。

 

「作戦はさっき話した通り実にシンプルだ。こいつで接近して直接乗り込み、俺とタバサと扇舟さんとウルグリムさんはブリッジへ行く。紅とあやめさんと篝は機関室を頼む」

 

 その闇に包まれた船上、最終確認をする銃兵衛の声が響いた。オフィスにいたときのラフな格好と違い、闇に溶け込む黒を基調としつつも、ところどころに金の装飾が入った対魔忍スーツに身を包んでいる。

 今、このボートにいるのは直接貨物船に乗り込む7人と、ボートの運転を担当する銃兵衛の部下の1人の計8人。運転担当の部下はナイトビジョンを装備し、海の闇の中を慎重に運転していた。

 さらには風遁を得意とする紅とあやめの忍法によってボートを保護してもいる。これによってレーダーやソナーといった警戒の網をかいくぐり、貨物船側に気づかれないように接近して乗り込む、という作戦だ。

 

 銃兵衛は最悪の場合――すなわち、実力行使に出るしかなくなり、貨物船をジャックしなければならない可能性も想定してる。そのため、船にとって重要であるブリッジ担当と機関室担当に人員を分けていた。まずは船内の状況を把握、その上で交渉を進める。だがそれが決裂して悪い想定の通りになってしまっていたら船ごと奪って港につけ、とにかく荷物だけは降ろそうという考え方である。

 

「ヨミハラから荷物を受け取りに来て海賊の真似事をするかもしれないとはね……」

 

 計画を聞いた時から渋い顔だった扇舟が思わずぼやく。

 

「悪いとは思ってるよ。でもそれは交渉が決裂した最悪の場合だ。……それに、俺としてはただの脅迫とは思えねえんだ。あの船で何かが起こってるんじゃないかって予感がしてな。そうなった時、戦力は多いに越したことはない。だから頼み込んだのさ」

「まあいいではないか。乗りかかった船というやつだ。……現に今この世界の船に乗っているわけだし、これからはさらに巨大な船に乗ることになるのだろうからな」

 

 ジョークを交えながらそう言ったのはウルグリムだ。

 

「……胃袋を掴まれたからか、ご機嫌ね」

「それはそうだろう! 食に興味がない我が友でさえ釣られるほどだ。料理が趣味である私としては高揚を覚えずにはいられない。昨日我が友の働き先で『ラーメン』というものを初めて口にしたが、この世界の食文化は驚くほどだよ。今日の昼にごちそうになった、彼の行きつけという店の料理もとても美味だった」

「ありがとよ。あとでおやっさんに言っておくぜ。……しかしまあ本当にうまそうに食ってたもんな」

 

 状況の確認と話し合いを終えた後、遅めの昼食は銃兵衛行きつけであるカンザキ食堂のVIPルームを貸し切って行われた。そこで振る舞われた料理にウルグリムは驚愕しつつ、舌鼓を打っていたのだ。

 

「改めて思ったけど、塩すら使えない世界の食事とは比べられないよ。それでもあそこの料理は味龍と同じぐらいおいしいとは思ったけど」

 

 タバサが会話に入ってくる。味龍でよく食べている麻婆豆腐やレバニラ炒めなどを食べ、感想として甲乙つけがたいと評しているほどだ。

 

「最後に出してもらった甘味など、いつぶりに食べたか覚えがなかったからな。あとは酒が飲めれば言うことはなかったが、まあしょうがあるまい」

「だったら、無事この件が終わったら打ち上げと行こうぜ。そこでなら酒も解禁だ。この世界の酒をごちそうするよ」

「おお! それはそれは。……ギャングというのはどうも悪いイメージしか持っていなかったが、君はまだ若いにも関わらず話がわかるし器もでかい。君のような者が率いているから、荒くれ者でもまとめ切れるのかもしれないな」

「よせよ、褒めても何も出ねえぜ」

 

 どうやらウルグリムはすっかり銃兵衛と意気投合してしまったらしい。これから鉄火場に踏み込むかもしれないというのに陽気に会話を交わしている。

 

「見た目からはもっと硬派な人を想像してたんだけど……。ねえ、タバサちゃん。ウルグリムって元の世界でもあんなだったの?」

 

 思わず、ツッコミを入れるように扇舟はタバサに尋ねていた。

 

「私が初めて会った時……まだ元ファーストブレイドだったという身分を隠してて、デビルズクロッシングに来た時はあんなだったかもしれない。あれがウルグリムの本当の姿なのかな。ウルグリムは本心というか本性というか、そういうのを隠すのがうまいから私にも読み解けない」

「食というのは人の心を豊かにする。あの陰鬱とした世界で味気のないスープやゴミのような味の配給食ばかりを口にしていた時と比べたら、こうもなってしまうというものだ。かく言う君も、ケアンにいた時より随分と明るくなったではないか」

「私に関してはイーサーの影響が大きいように思う。どうやらイーサーが存在することで心がざわつくようになって苛立ちに繋がってたみたいだから。……でもこの世界の食事がおいしいのは同意するし、そのおかげがあるかもしれないっていうのは否定できないかもね」

 

 暗闇の中でウルグリムの口角が僅かに上がる。

 

「ケアンに戻る前に、是非とも君にはこの世界の豊富な材料や調味料を使って私の料理を振る舞いたいところだ。以前に作った私のスープは口に合わなかったようだったからな」

「味も何もしないからしょうがないよ。……じゃあ戻るまでに多少時間があるっぽいから、宿の台所なり味龍のキッチンを借りるなりして何か作ってもらおう」

 

 結局話を振ったタバサも、銃兵衛同様にウルグリムのペースに飲まれてまるで緊張感がないと扇舟は思わざるを得なかった。

 

 と、そんな一方、心願寺の3人がやけに静かなことが気になってもいた。かつてのふうまへの怨敵である自分がいることで、警戒をさせてしまっているのかもしれない。

 そうも思った扇舟だったが、様子を窺うとずっと凛々しい姿だったはずの紅がどうも縮こまっているように見える。

 

「……こっちの緊張感の欠片もない話で気づかなかったけれど、大丈夫? 彼女、なんだか調子が悪そうだけど……。船酔いとか?」

「ああ、いや……。これは、その……」

「紅様は海や川が苦手なのよ」

 

 言い淀んだ当人に変わって、あやめがそう補足をした。

 

「水が苦手なわけじゃないんだ。ただ、海や川みたいに水が流れてるところとなると、なんだか本能的にそれを避けたくなるというか……」

「気にすることはありませんよ、紅様! そんなところがあっても紅様が素晴らしい方であることは私がよく知っていますから!」

 

 篝のなっているのかいないのかわからないフォローを受け、「うん、まあ……ありがとう」と一応紅は礼を言う。

 

「……そういえば。今私がこんな情けないことになってしまっているが、タバサに聞きたいことがあるんだった。この後共同戦線を張るのであればはっきりさせておきたい」

「ん、何?」

 

 相変わらず調子は悪そうだが、それでも声色を硬くし、紅はタバサに問いかけた。

 

「さっき『私個人としては少し気になるところ』と言った部分だ。篝は『協力し終えた瞬間に骸佐を背中から刺そうとした』と言っていた。これは本当か?」

「合ってるよ」

「……私は義を重んじる(たち)だ。私から言わせてもらえば、お前のその言動は私の義に反する。なぜそんなことをしようとした?」

 

 真面目に問いかける紅に対し、そんなことかと言いたげにタバサをため息をこぼす。

 

「紅の義っていうのが何かはわからないけど、私もこの世界に来てから『仁義』って言葉を知ったし、それに基づいて行動することもある。だけど、あの時にふうまも私がやろうとしたことに対して仁義に反するって言ってたし、この世界では受け入れられないことなんだろうなってのもわかる」

「共闘した相手を、それが終わった途端に背中から撃とうとしたんだぞ!? 卑怯とか卑劣だという考えはないのか!?」

「ないだろうな」

 

 ウルグリムの声だった。さっきまでの軽い雰囲気は消え去り、今は剣呑な空気を纏っている。

 

「さっき剣を合わせた時に、君が正々堂々を好む人物だということはわかった。だから今の発言に至ったのだろうということも。だが、言い方はきついが、それは所詮この世界での基準だ。殊にケアンではそんなものは当てはまらない」

「言いたいことを言ってくれてありがとう。……共闘とか言ったところでいずれは敵になることが決まってる。だったら、消耗していようがこちらに背中を向けていようが、そこで討った方が早い。その方が合理的だ」

「まあ今の友の言い分はやや過激ではあるが、それでもケアンで生きたいのならば今の主張はもっともだと思っている。それ以前に、元より友には卑怯だの卑劣だのという感覚は存在しないのかもしれない。よしんばあったとして、その状況になる前に対処できなかった方が悪く、相手を責めるのは筋違いだ、と考えているかもな」

「まあそんな感じ。さすがウルグリム。私のことをよく解ってるね」

 

 紅が言葉を失うのがわかった。卑怯や卑劣といった感覚がない。それはつまり――。

 

「お前も……そんな卑怯な手段を用いるということか……?」

 

 絞り出すようにそう言った紅の声色からは緊張が感じ取れた。それでもタバサは特に気にかけた様子もなく返す。

 

「その方が生き残る確率が高いと判断したらね。……隙を見せればすぐそこに死が待っている。死んだら終わり。生き残ることこそが最優先。ケアンはそういう世界だと思ってるし、私はそういう認識でいる」

「誤解を招きたくないから補足しておくが、何も友は自ら進んでそのような行為に手を染める、と言っているわけではない。それに、薄情というわけでもない。ログホリアンというケアン滅亡の元凶となった化け物と戦った際、私はそいつらの世界である虚無界……まあ簡単に言えば異世界へと飛ばされた。だが、友は危険を顧みずに私を助けに来てくれた。……私を正気に戻す方法はいささか野蛮だったがね」

「クリードが行けって言ったからだけど……。でもまあ私自身も助けたいとは思ってたのは事実か」

 

 それでも納得できないのか、暗闇の中で紅の表情は険しいままのようだった。そんな彼女をチラリと見てから、どこか不機嫌そうにタバサが口を開く。

 

「っていうかさ、紅はやけに私に突っかかってくるけど、そもそもはあのクズが対魔忍を裏切るだの無差別破壊をしただのってが悪いと思う。そのせいでふうまが割を食わされてるんだろうし。だったら背中から刺されようがしょうがないでしょ」

「う……。確かに骸佐のやったことを出されると……それはその通りと言えなくも無くなってしまうんだが……。いや、しかしだな……」

「その辺にしておけ、紅」

 

 そこで割って入ってきたのは、少し前までおちゃらけていた銃兵衛だった。

 

「相手は異世界人だ。俺たちとは価値観が違うところだってあるだろう。それにタバサの言う通り、骸佐の野郎はやったことが最悪だ。俺の界隈で言うなら、仲間を裏切った挙げ句カタギに手を出してるってことにもなる。卑怯だ卑劣だをなんとも思わないっていうタバサでさえ嫌悪感を示してるんだ、相当だってことだよ。……とはいえ、お前が義を重んじることはよくわかってる。でも今日のところは目の前のことに集中してほしい。このタイミングでのいざこざはあまりよろしくない」

「それは、まあ……。その通りだが……」

「異世界人2人は俺の側に組み込んである。お前に迷惑はかからないし、俺が責任持って手綱を握る。それでいいだろ?」

 

 銃兵衛にここまで言われ、紅としてはもう反論はできなかったらしい。大きくため息をこぼすのが精一杯の抵抗だった。

 

「……わかった。私も感情的になってしまったところがあるのは事実だ。ただ……。さっき手を合わせ、あれだけ優れた剣士だと眩しく映ったウルグリムが、卑怯な手も辞さないというタバサの考えに賛同するのは……。少し、ショックだった」

「あまり私を美化しない方がいい。自分の過去を誇示するわけではないが、かつては口に出すことを憚られるような汚れ仕事をいくつもこなしてきた。それこそ、君が言う『義』というものとは対局にあると言ってもいいだろう。……だからこそ、君の剣は真っ直ぐで羨ましいと思えたがな」

 

 それをきっかけとして船上から会話が消え、ボートのモーター音だけが響く。少し前までの陽気さは完全に消え、重苦しい空気がたちこめていた。

 

「……ま、これから踏み込む先が鉄火場という可能性もあるんだ。このメンツに限って無いとは思うが、気を抜いてたせいで、なんてよりはこのぐらいの緊張感があったほうがいいだろうよ。……そら、もうすぐ着くぜ。これから乗り込むのはあのドでかい貨物船。このボートと比べたらまさにアリとゾウだ」

 

 紅へのフォローも兼ねてであろう、そう言った銃兵衛の視線の先。闇の中にいくつかのライトを着け、静かに佇む巨大な塊――味龍が受け取る予定の調味料も積んだ大型貨物船が近づいていた。




インクィジター

マスタリーのひとつで、二丁拳銃を含む遠隔攻撃とエレメンタル属性による攻撃を得意とする。特殊な装備無しにマスタリースキルだけで二丁拳銃が可能になるのはインクの特権。
自前の攻撃手段は少ないものの刺突も得意。また、レジを下げられるためにイーサーとカオスにもそれなりにシナジーを持つ。

「尋問官」の名の通り、帝国が公認していない魔術師や、クトーン教団のような邪教徒を監視・逮捕、場合によっては排除する「ルミナリ」と呼ばれる帝国の機関の構成員。例えるならケアンの公安といったところだろうか。
そのためにオカルティストやネクロマンサーも本来は排除対象のようだ。実際オカルトと組み合わせたクラスの「デシーヴァー」は「詐欺師」という意味だったり、ネクロと組み合わせた「アポステイト」に至っては「背教者」と直球である。

まず特筆すべきは遠隔攻撃のWPS(通常攻撃変化)を3種も持っていることだろう。これにより、(他に装備やもう片方のマスタリーでも補う必要はあるものの)WPSの発動率を100%にして攻撃全てを変換するということも可能となる。
特に通常代替攻撃、かつ遠隔だと破片が散らばる効果が追加されるFS(ファイアストライク)を持つデモリッショニストとの相性は抜群であり、銃+盾でも両手銃でも二丁拳銃でもWPSに変わったFSの高速乱射で敵を薙ぎ払える。
一時期は銃・盾・ベルトの「ストロングホールドセット(現在はリージョンの砦セットに改名)」と、頭・体・肩・腕の「正義(せいぎ)セット」を組み合わせた「ストロングまさよし(正義)」、通称「ストまさ」が猛威を振るった時期もあった。
盾と正義セットによるディフェンスと、セット効果でWPSが追加される上に物理→火炎変換(例えば星座のメテオシャワーは火炎と物理のハイブリッド。これが得意属性の火炎1本に寄るので威力がぶっ飛ぶ)等があるために盾持ちとは思えない殲滅力を併せ持って雑に強く、何より名前のパワーワード感も持ち合わせていたのが大きいと思われる。
今は正義セットよりもシャッタードレルムで手に入るセットの方が安定感が増すということで「ストロングシャッター」が正統進化版ビルドとして考案されている。パワーワード感は失われたものの攻守ともにさらに隙がなくなり、やはり雑に強い。

地面に刻んだ魔法陣の上に乗るとバフが得られる「インクィジターシール」も強力。
これには攻撃ごとに一定量のダメージを無効化する効果があり、早い話が廉価版ブラストシールドである。
さすがに本家ブラストシールドほどの無効量はないものの、シールを展開して乗れば効果を得られるために非常に扱いやすく、難易度ノーマルの間ぐらいはこの上に乗っていればほぼ安全といえるほど。
最終的にはダメージ量が大きすぎて賄いきれなくなってくるが、それでも質より量の攻撃には効果的に作用するので大体のビルドでマックス振りが推奨される。
ダメージ無効以外にもエレメンタル耐性を増加したり、後続スキルでダメージを強化したりと非常に優秀。
ただ、逆に言うとインクはシールへの依存度が高く、その上で戦うのが前提になりがちなのでやや手間がかかり気味になるかもしれない。

他にも即時ヘルス回復+DA強化+ヘルス増加+イーサーカオス凍結耐性上昇等の効果がある「ワードオブリニューアル」のツリーや、クリティカルが出ると攻撃面を強化するパッシブバフの「デッドリーエイム」、攻防を同時に強化可能な優秀過ぎる排他スキル等も持つ。
強いて短所をあげるとするならば、上で述べたシールへの依存度の高さと、あとはオカルティスト同様に自前のマスタリースキルによる攻撃にややクセがあるところ、そして豊富な遠隔WPSを持ちながら自前のマスタリーだけでは通常代替攻撃スキルを用意できないことだろう。
特に自前の攻撃スキルであるルーンは強力ではあるが地面にルーンを刻む→敵が近づいて発動という手順のために発動までにラグがあり、使いにくいと感じる人もいるかもしれない。

とはいえ、どのマスタリーとも噛み合いやすく、さすがはDLCといえる強力な万能マスタリー。
遠隔WPSの恩恵が偉大すぎるので、武器攻撃がメインの遠隔ビルドは気づいたら片側が軒並みインクなんてことはザラ。実際自分のデータ確認したらマジで例外が闇炎パイロぐらいしかなかった……。
相性抜群のデモリッショニストと組み合わせたクラスは「ピュリファイア」、ナイトブレイドと組み合わせたクラスは「インフィルトレイター」となる。


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Act86 無理じゃないでしょ

 7人が乗り込もうとしている貨物船は、海の表面からその巨体を突き出して不気味に佇んでいた。

 運転を担当する銃兵衛の部下が慎重に操舵してボートを寄せる。そこで銃兵衛は船に積んでいたあるものを手にした。縄の先に鉤爪がついたもの、忍者の七つ道具のひとつとしても知られる鉤縄だ。

 

「こういうクラシカルな侵入方法もいいと思わねえか? たまに忘れそうになるが、対魔忍は一応忍者だからな」

「馬鹿を言ってないで早くしろ。……さっき緊張感を持てと言ったのはお前だぞ」

 

 鋭いツッコミは紅だ。どうやらさっきの状況からは立ち直ったか、あるいはこれからのことを考えて一旦それを忘れたか。いずれにしろ、本来の彼女に戻ったと、銃兵衛は小さく笑みを浮かべた。

 それから鉤縄を貨物船の上部目掛けて放り投げる。流石は忍者であるはずの対魔忍といったところだろう、一発で引っ掛けるのに成功し、体重をかけても大丈夫なことを確認してから全員の方を振り返った。

 

「確認の意味も込めて全員インカムのスイッチを入れてくれ。特にタバサとウルグリムさん、使い方はわかってるな?」

「問題ない」

「同じく。……こんなものがあれば戦闘の方法自体が変わりそうだという驚きはあるがな」

 

 早くもフル装備に身を包んだタバサと、インカムを手渡された時は物珍しそうに眺めていたウルグリムが答えた。

 

「通信手段が確立されてない世界なら、まあそうなるわな。……とにかく、まず俺が1人で登る。上に着いたら指示を出すから、それまで待機だ」

 

 銃兵衛は至極真面目な雰囲気でそう言うと、慣れた様子でロープをするすると登っていく。

 

『フッ……。まるで猿だな』

「聞こえてんだよ。……調子が戻ったみたいで安心したが、それは調子に乗りすぎだ」

 

 紅のジョークに、通信機越しに銃兵衛の抗議が飛ぶ。そんな話をしているうちに銃兵衛は貨物船の甲板部へと到達。周囲を確認した上でインカムへと話しかけた。

 

「見張りはいない。ロープの強度的に2人ずつなら登れるはずだ。さっさと上がってきてくれ」

 

 まずは海面を少々気にした様子を見せながら紅が、続いてそんな彼女を下から声で安心させようとあやめが登っていく。それから篝、扇舟、ウルグリムと続き、最後にタバサが登り切った。

 

 全員が貨物船へと侵入できたところで、銃兵衛はここまで運んでくれたボートの部下に船から距離を置いて待機するよう指示を出す。そして、改めて7人を集めて声をかけた。

 

「事前の打ち合わせ通り二手に分かれるぞ。紅、機関室までの道のりは……」

「頭に入っている。……さっきは内輪揉めみたいなことをしてしまったが、もう引きずるつもりはない。そっちは任せたぞ」

「おう。何かあったら連絡を頼む」

 

 小さく頷き、紅は従者2人を連れて機関室へと向かった。

 

「さて、俺らはブリッジだ。行くぞ」

 

 銃兵衛の指示で3人があとに続く。

 

「……紅は真面目すぎるよ」

 

 と、その最中にタバサがポツリとそう言った。

 

「さっきの話の間、私に対して若干の嫌悪感を向けてはいたけど、それ以上に……なんていうか、失望感みたいな方が大きかったように感じた。ウルグリムは美化しすぎ、みたいなことを言ってたと思うけど、おそらく私達を悪い目で見たくないって思ってのことなのかな、って。今もわざわざ最後に一言残していったことを考えても、いい人だとは思う。でも、そういう『いい人』はケアンじゃ長生きできないな、って思った」

 

 現在は絶賛隠密行動中だ。本来ならばそういう無駄話を含め、注意されても仕方のないことである。だが銃兵衛はそうするより先に、訳あり気味にひとつ鼻を鳴らしただけだった。

 

『……マイクがオンになったままだ。こっちに筒抜けだぞ。銃兵衛、指揮を執るならちゃんとしろ』

 

 聞こえてきたのは紅の声だった。思わず「あ」とタバサが間の抜けた声を上げる。

 

『しかし……私の意図を汲もうと考えてくれたことには感謝する。無用な衝突を避けてくれたことも。ただ、私を『いい人』というのは、私がお前たちを美化していたように、お前も私を美化していると思うけどな』

「あいつなりの照れ隠しだ。ま、特に反応せず聞き流しておけ。一応俺はちゃんとしろと怒られたわけだしな」

 

 銃兵衛はマイクを切った上で背後の3人にそう言った。が、その表情はどこか嬉しそうでもある。

 再び顔を前へと向け、「ついてこい」とハンドシグナルを送って足を進めた。

 

 足音を極力消しての隠密行動故に、聞こえてくるのは波の音と、船体から響いてくる音ぐらいだ。目的の場所であるブリッジの近くまで進んだところで、物陰に身を隠しながら銃兵衛はマイクをオンにし、3人に顔を寄せるよう合図した。

 

「……妙だ。静か過ぎる」

「私も思っていた。この世界の船についてはよくわからないが、人の気配があまりにもない。普通は見張りを立てておくものじゃないのか?」

 

 ウルグリムの指摘に銃兵衛は頷く。

 

「まあ元々は貨物船だ。見張りがいないのはそんなもんと言えなくもないんだが……。だとしても、ここまで誰も見てないってのは不気味だぜ。この規模の貨物船なら最低でも30人程度は乗員がいるはずだからな」

「30!? こんなに巨大な船なのに、その程度の人数で済むのか!?」

 

 科学技術の発達していないケアンでは到底信じられないことなのだろう。ウルグリムの声のトーンが意図せず上がっているようだった。

 

「船の機能のほとんどはブリッジに集約、制御されている。だから俺たちはまずブリッジに向かおうってわけだからな。……とりあえず話を戻すぞ。少なくとも、俺たちはここに来るまで見張りの類を見ていない。人の気配も感じていない。これはどうも引っかかる。……紅、そっちはどんな感じだ?」

 

 インカム越しの問いかけに、答えが返ってきた。

 

『もうすぐ機関室だ。しかし、同じ感覚は私も抱いていた。まるで無人の幽霊船のように感じられた。どうも嫌な予感がする』

『私の風読みで把握している限り、乗員はほとんどが部屋にいるみたい。さすがにこの船すべてを把握はできないけれど、1番人が集まってるのはどうやらブリッジね。おそらく10名前後……。具体的な数まではわからない』

 

 紅に続いて風遁をレーダー代わりに使用できるあやめの声も聞こえてきた。

 

「船員のほとんどが部屋にいる? 呑気にお休み中か? ……いや、その前にブリッジに10人ってのが引っかかる。あそこは5,6人もいれば十分なはずだ。ブリッジで何か起きてるのか……?」

「ねえ銃兵衛、ブリッジってのはこの上のこと?」

 

 と、そこでタバサが会話に入ってきた。

 

「ああ。そうだが、どうかしたか?」

「それなら数は12人。うち5人が残りの7人に対して恐怖を抱いている……。多分、脅されてるか何か、言うことを聞かされてるような感じがする」

 

 あまりにも平然とした報告だった。ギョッとしたように銃兵衛が彼女を見つめる。

 

「何!? わかるのか、この距離で!?」

「このぐらいまで近づけて集中できる状況なら、まあ一応」

「これは驚いた。確かに友はケアンにいた頃から気配を敏感に感じ取ることができてはいたが……。言っていることが合っているという前提にはなるが、明らかに精度が上がっている」

 

 長い付き合いのはずのウルグリムもこの評価だ。が、特に気にしていない当人と驚く2人とは対象的に、扇舟は難しい顔をしていた。

 

「……でも今タバサちゃんが言ったことが正しいとすると、私達は海賊じゃなくなるかもしれないわね。代わりに、よりまずい状況になりかねないけど」

「あん? それってどういう……」

 

 そこまで言ったところで、銃兵衛もその意味に気づいたようだった。ブリッジにいる7人に脅されている5人。すなわち――。

 

「……俺たちは場合によっちゃこの船のジャックを考えてたが、この船はとっくにジャックされてたってことか!?」

「そういう可能性は高いと思う。でも、その場合はなんでいつまでも沖合に停泊させていたかがわからなくなる。仮に荷物のうちの何かが目的だとして、奪ったらさっさと逃げるのが普通だろうし。あるいはこの船を交渉材料に使うというのもあるけれど、相手側から何かを要求する連絡もないどころか、途中から通信すら拒否されたのよね?」

「ああ。あったのは輸送費のつり上げと契約見直しの要求だけ。普通、この手の要求は制限時間を決めたり一定時間ごとに催促を入れてきたりするものだがそれにも当てはまらない。それにジャックした連中のプラスになることも何もない。加えて、なぜ1回しか連絡をよこさないんだ? わけがわからねえ……」

 

 考え込む扇舟と銃兵衛。そこにさらに疑問を膨れ上がらせる報告が紅から届いた。

 

『銃兵衛、機関室についた。あやめは中に誰もいる気配がないと言っていたんだが、本当に誰もいない。……いくら停泊状態とはいえ、ここに誰もいないなどありえるか?』

「普通はありえねえ。……やっぱり妙だな。とにかく紅たちはそこを抑えておいてくれ。何かあったら連絡を頼む」

『了解した』

 

 ふう、と銃兵衛がため息をこぼす。人が多すぎるブリッジ、一方で誰もいない機関室。何かが起こっているのは間違いない、という確証めいた予感が彼の中に生まれつつあった。

 

「考えてても埒が明かないでしょ。もうブリッジに行って直接行って聞いてくればいいじゃん。もしこの船が奪われてた場合は戦闘になるわけだし、そうじゃないなら銃兵衛が話して終わりになるかもしれない。とにかく行動を起こさないと何も始まらないと思うんだけど」

 

 そんな悩める彼を救ったのはタバサの身も蓋もない発言だった。

 言い方に若干の問題こそあれど、言っていることは正論だ。そう思った銃兵衛は「よし」とひとつ気合を入れた。

 

「じゃあご要望通り俺がこれからブリッジに乗り込むとするか。タバサ、作戦会議中に説明したが、俺のボディカメラの映像をお前のスマホで受信して見る方法、覚えてるよな?」

「ん」

 

 言われた通り、タバサはスマホを取り出して慣れた手付きで操作し始める。本来ならばそのような機械に触れたことすら無かったはずの同郷人の行動を、ウルグリムは目を見開いて眺めていた。

 

「これでいいんでしょ?」

 

 そう言ってタバサが手に乗せて差し出したスマホのディスプレイ。そこに銃兵衛が肩に装着したボディカメラの映像が映し出されていた。スマホのライトによって不気味に浮かび上がる仮面姿のタバサである。

 

「ああ、オッケーだ。……今の映像はちょっとばかりホラーだったけどな。とにかく、俺はこれから1人でブリッジに入る」

「危険じゃないの?」

 

 扇舟の質問に対し、「まあ、そりゃあな」と銃兵衛は軽い様子で返した。

 

「だが目的も何もはっきりしてないとどうしようもないからな。それにさっきタバサが言った通り、動かないと何も始まらないってのも事実だ。……ひとまずこの船をジャックしたらしい7人に話を聞いてみる。が、当然船員を人質にして来ることも考えられる。俺が装着してるカメラを通して敵の位置や装備などの情報を得てくれ。場合によっては強行突入もありうるからな」

「でも数で不利よ。船員が人質にされたと仮定しての話だけど、被害が出るかも」

「人質とか無視すれば?」

 

 これまた人道を踏み外したようなタバサの提案に、他の3人はため息をこぼすしかなかった。

 

「……ウルグリムさん、こいつはあんたらの世界にいた時からこうなのか?」

「こうだ。人質に配慮した結果、自分が命を落とす可能性が高まるぐらいなら人質など無視して敵を殺すことを最優先にする。それが彼女の思考だ」

「だって自分が死んだら元も子もないじゃん。それに極論を言えば人質なんかになるやつが悪い」

「……タバサちゃん、この世界に来てから考え方がかなり柔軟になったとは思うけれど、そういう根本的な部分は本当に変わらなかったわね」

 

 保護者役でもあるウルグリムと扇舟が再びため息をこぼしたところで、銃兵衛は咳払いして話を続けた。

 

「被害はなるべく出したくない。うちとの取引先だからな、人質最優先だ。数の不利はこのメンツならなんとかなるだろうとは思ってるんだが……」

「そうしろっていうなら、できなくはない。というか、数の不利ぐらいならウルグリムがなんとかしてくれる」

「友よ、私の力を買ってくれるのは嬉しいが、あまり無理難題を吹っかけられるのもな……」

「無理じゃないでしょ」

 

 仮面越しにタバサは至極真面目な声でそう言い切った。

 

「銃兵衛が中に入ればカメラを通して中の様子がスマホに映し出される。つまり、どれが狙うべき敵か、さらにはその立ち位置までわかる。そこまでわかれば“影”を的確に操れるんじゃないの?」

「……そうか。君が言わんとしていることはわかった。私が得意とする天界の力を使って数の不利を補えというのだな。……我が先達、偉大なる名もなき戦士たちである“生きた影”――“リビングシャドウ”を」




ログホリアン

Grim DawnのAct4のボスであり、ベースゲームのラスボス。ケアン破滅の元凶ともいわれている。
クトーニアンによって召喚された巨大な異形の化け物であり、中央に縦に大きく裂けた口と、その周辺に無数の目がついたでかいタコかイカといった出で立ち。詳しくないけどクトゥルフにこういうのがいそう(というか、実際クトゥルフにクトーニアンってのはいるらしい)。
大ボスということもあってか、ログホリアンの部屋に入るとダンジョンの外で待機していたはずのウルグリムがいつの間にか合流し、気合の声を上げながら参戦してくれる。
NPCとの熱い共闘シーンではあるのだが、ログホリアンに一定ダメージを与えるとウルグリムは虚無に飲み込まれて戦線離脱してしまう。
また、大ボスにも関わらず確か昔はBGMが無音だった。今ではかっこいいBGMが流れるようになっている。

こいつを倒せば晴れてベースゲームはクリア、DLCを導入していればこの戦いで消えたウルグリムを探すのが目的のAct5に進むことができる。
このせいもあってか、ウルグリムはヒロイン呼ばわりされたりもする。
……のだが、現実世界で倒したログホリアンはあくまでクトーニアンの世界である虚無界に送り返されただけらしい。
しかし同じく虚無界に飲み込まれたウルグリムが送り返されてきたこいつを倒していた、ということが合流後に明らかになる。
ログホリアンとの決戦直前に「私1人で世界を救うことになるかと思ったぞ」とか冗談っぽく言ってたけど本当に世界救ってるじゃないか!

その合流の際、長い間虚無界にいたこととログホリアンとの死闘の影響でウルグリムは精神に異常をきたしており、本来の彼からは聞けないような過去を垣間見ることもできたりする。
また、会話の他にも力尽くでぶん殴って正気に戻すといういかにも乗っ取られな選択も可能。しかも倒すと実績解除もされる。
ただし、手負いにも関わらずウルグリムはネメシスクラスに強いので注意。本編中にタバサが述べている「本調子じゃない時なら優位になる」というのがここ。ベストコンディションだとどれだけ強いんだと思ってしまう。
「ケンカ吹っかけたはいいけどヘルスがなかなか削ない……」と焦ることもあるかもしれないが、50%程度削ると正気に戻って武器を収めてくれる。

なお、本編84話でウルグリムの剣について少し触れているが、ログホリアン戦で虚無に飲み込まれて以降、ウルグリムは種類の違う剣を背負うようになる。
Act4までのウルグリムは同じデザインの剣を2本(ゲーム中で確認できる限りだとおそらくアサルトブロードソード)背負っているが、ここで再会して以降は片方が肉切り包丁のようなファルシオン形状の剣(おそらくプリザーバーブッチャー)に変わっている。
虚無界での戦いで愛剣の片方を失ったために変えざるを得なかったのではないかと予想しているが、メタ的なことを言えばプリザーバーブッチャーはAct5とAct6が該当する拡張DLCのAoMから追加されたモデルなので、新しいのを背負わせたという可能性もある。


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Act87 ギャングの掟ってやつさ

 薄暗い電灯の中、ブリッジを占拠した部隊――特務機関Gの特殊部隊兵士であるGソルジャーの隊長は苛立ちを隠しきれない様子だった。全身鎧のように身を包む個人用のパワードスーツである、パーソナル強化外骨格のヘルメットの下で意図せず舌打ちをこぼしている。同時に、手にしたサブマシンガンを指で無意識のうちに叩いていた。

 部下もそれは同じなのだろう。決して広いとは言えないブリッジの中をうろうろと歩く者や銃から手を離している者、バイザーを開けてあくびをしている者までいる。

 

「銃から手を離すな。あとお前はバイザーを閉じろ。作戦中だぞ」

「作戦中ねえ。そりゃ結構ですが、いつまでこうしてりゃいいんですか? もう3日目なんですがね。そもそもなんで通信入れないんです? 要求を早く飲め、さもなきゃ船員を殺す。これで済む話でしょ? それをわざわざ船室に押し込むような真似して……。見せしめに数人殺せばよくありません?」

「私語を慎め。受けた命令通りに行動しているだけだ。これ以上は上官への反抗とみなすぞ」

 

 へいへい、と反論してきた隊員が不満げにバイザーを降ろした。

 

(クズどもが……)

 

 内心で毒づきつつも、隊長と呼ばれた男も同じことを思っていた。

 

 与えられた指令は貨物船のジャック。しかし、それがただの乗っ取りではなく、特殊な命令つきだった。

 

「船を占拠したらセンザキの沖合に停泊、ブリッジ要員以外は各員の船室に押し込めておくこと。それを終えた後、貨物船の取引相手に船の通信士を使って輸送料の釣り上げと契約更改の通達を1度だけ入れてほしい。いいか、1度だけだ。その後は動きがあるまでブリッジを占拠したままそこにいる船員を見張るように」

 

 意図がわからないと心中でぼやいた隊長の心を見透かしたかのように、左目に切り傷のある司令官はさらに付け加えた。

 

「貨物船の取引相手……金崎銃兵衛という男は好奇心旺盛で進んで動くタイプだ。君はこの作戦を不可解と思っただろうが、奴も同じことを考えるだろう。そうなれば、自ら乗り込んでくる可能性が高い。そこを捕らえてもらいたい。人質として船員を利用してもいい」

 

 おそらく直接攻め込まないのは自分たちの組織が表立ってセンザキと争うことを避けるためだろう。特務機関Gはかつて彼の縄張りで厄介事を起こしたという過去がある。

 回りくどいとは思ったが、彼自身直近の作戦を失敗した身だ。厄介事を押し付けられるにはもってこいの人選、あるいはその分の責任を取れという意味もあるかもしれないと一応納得しかけた隊長だったが。

 

「侵入の際、1人同行させて欲しい者がいる。はっきり言うと人間ではないが、気にしなくていい。それから、乗り込んだ後の()()には自由に行動させるように」

 

 結局、明らかに人間ではない、グレーの肌を持つ女と思しき相手と共に、航海中のこの船に乗り込むこととなった。おそらくは裏で協力関係にあると噂されている死霊卿の手のもの、すなわち魔族と推測できる。

 ともあれ命令は絶対だ。司令通りにその後は勝手に行動させているため、今どこで何をしているかも把握していない。そもそも乗り込む前も部下の軽口に反応もしないで言葉すら交わさず、乗り込んでからも顔も合わせていない状態にある。

 さらにつけられた部下は問題を抱えた者ばかり。そんな連中とともに、本当に目的の存在が来るかもわからない3日にも及ぶ籠城だ。いくら直近の件があるとはいえまるで嫌がらせ。いい加減もう我慢の限界も近い。2回連続で作戦失敗となればどんな罰則を受けるかわかったものではないが、本部に連絡を取りなり引き上げるなりを考える時期かもしれない。

 

 そんな風に隊長の男が考えをまとめた、その時だった。

 

「誰だ!?」

 

 隊員の男の声でハッと我に返り、手にした銃をブリッジの入り口へと向ける。

 そこいたのは司令官から写真で見せられた、今回のターゲットであるド派手な金髪の男。ホールドアップ状態で両手を見せたまま、ブリッジ内へと無造作に足を踏み入れていた。

 

「金崎銃兵衛……! 本当に来たか……」

「本当に? ……まあいいか。俺も有名人になったようで嬉しい限りだよ。それにしても、その最新技術がいかにも詰まってそうな装備……。まさかうちと取引相手である船を、あの特務機関Gがジャックするとはね」

 

 正体が看破された、と部下の間に目に見えて動揺が走る。だが目の前の男はそんなことをお構いなしにさらに口を開いていた。

 

「キャプテン、すまなかったな。さっきの言い分だとおそらくこいつらの狙いは俺だ。つまり、この船は間接的に巻き込まれた形になる」

「いえ、そんなこと……」

「無駄話をするな。今お前と船員の命はこちらが握っている。そのことを忘れるな。……おい、ボディチェックだ」

 

 5名の船員に銃を突きつける、同じく5名の隊員。それから指示を出している隊長。この状況で1人溢れていた隊員が、指示通り慎重に銃兵衛に近づいてボディチェックを行おうとする。

 

「……お前さんたち、捨て駒にされたな」

 

 そこで銃兵衛がポツリと呟きつつ、両目を閉じて俯いた。

 

「何を……」

「同情はするよ。だが、俺の縄張りを荒らした以上、どうなっても文句はなしだぜ。……タバサ!」

 

 続いてそう叫んだ瞬間。ブリッジ中が眩い光に包み込まれていた。

 

 

 

---

 

「敵の位置は覚えた?」

 

 銃兵衛がブリッジへと入っていった直後から、タバサたち3人は突入に備えて準備をしていた。

 ブリッジの直ぐ側で待機。銃兵衛が装着したボディカメラから流れてくる映像を、タバサが自分のスマホでウルグリムに確認させている。

 

「ああ。さっきの話の通りでいけそうだ。……しかし君が援護役、か。ケアンにいた頃は猪突猛進、飛び込んで斬るような戦い方しか知らなかったというのにな」

「この世界だと搦め手も有効だって学んだだけ」

「ほう。この()()()で君にそこまで考えを変えさせた存在がいるというわけか。興味深い。扇舟、君ではないのだろう?」

「私じゃないわ。そんなことより2人とも、雑談してないで準備を……」

 

 銃兵衛は身を晒して既に鉄火場へと足を踏み入れ、会話の様子からこの後全員突入しての戦闘が約束されている。にも関わらず2人からはそんな緊張感は全く感じられないと、思わず扇舟が小言をこぼそうかと思った、その時。

 

「タバサ!」

 

 銃兵衛の叫び声が聞こえると同時。弾かれたようにタバサはブリッジの入り口まで飛び出していた。中へ向けてフラッシュバンを放り込み、そのまま突撃を仕掛ける。

 

「影よ!」

 

 同時にウルグリムも天界の力を行使。4体の生きる影である“リビングシャドウ”を召喚。数の不利をひっくり返す状態を作り出した上で突入させ、自分もそれに続く。

 

「もう、この人たち……!」

 

 戦闘になった途端にスイッチが入る、まるで戦闘民族だ。結局のところ、準備ができていなかったのは自分だけだったと思いつつ、扇舟も一瞬遅れて内部へと飛び込んだ。

 

 ブリッジ内は一瞬で大混乱に陥った。敵は持っているサブマシンガンを使用していない。というより、使用できない、というべきか。

 目が見えない状態での発砲は同士討ちの危険性があることを承知している。加えて、狭いブリッジ内だ。室内専用に銃身の短い銃を装備してはいるものの、下手に撃てば跳弾が発生し、場合によっては自分に弾が返ってくる可能性もある。パーソナル強化外骨格に包まれているためにそのダメージは無視できるものであったはずだが、腐っても特務機関Gの兵士たちであったことが仇となった。鼻つまみ者と言えど優秀であるが故に思わず脳裏をよぎってトリガーを引くことをためらった、確実な隙であった。

 

 そこを狙ってまず動いたのは銃兵衛だった。事前の打ち合わせ通りに目を閉じ、フラッシュバンの閃光から視界を守っている。

 それでも直前の敵の立ち位置と気配で相手のことは把握済みだ。まず左手で腕を掴んで強引に引き寄せ、右手を装甲で守られた胸部に押し当てる。それから静かに口を開いた。

 

「邪眼……“金色の丸い眼(サイクロプス)”!」

 

 強烈な光から網膜を守るために閉じられていた銃兵衛の目が見開かれる。同時に、額に第三の目のようなシンボルも。美しくも禍々しい黄金の瞳と浮かび上がったシンボルから生まれた力は彼の体を伝播し、押し当てた手のひらから敵兵士へと放たれていた。

 

「ぐっ……! ゴガッ……!?」

 

 人が発したとは到底思えないおぞましい悲鳴。それと共に、ヘルメットのバイザー内部が血で溢れ返る。

 

 ふうま一族が発現しやすいと言われる“邪眼”の力。銃兵衛もそんな邪眼の持ち主だ。彼が持つ邪眼“金色の丸い眼(サイクロプス)”は金属を操る。

 相手は全身を金属も含まれる装甲で覆ったGソルジャーである。銃兵衛からすれば動く棺桶の中に自ら入っているようなものだ。古の拷問道具よろしく、金属を変化させて内部に無数の刃を作り出し、滅多刺しにして絶命に追い込んだのだ。

 

 それとほぼ同時に4体の影がブリッジ内を疾走した。ウルグリムが天界の力で呼び出した、影の戦士となった今は亡き無名の英雄たち。アミダハラで彼が武装難民相手に行使したものと同じ、リビングシャドウである。

 数の不利をひっくり返したシャドウたちは、人質の救出のために手にした影の剣によって銃を破壊しつつ敵への攻撃を行っている。さすがに相手の装甲を貫くのは難しいようだが、フラッシュバンと合わせて撹乱と人質の安全確保には十分すぎた。

 

 とりあえずは狙い通り。あとは混乱した相手を手早く片付けようと、次の獲物へと狙いを定めながら銃兵衛が叫ぶ。

 

「人質最優先だぞ! 忘れんなよ!」

 

 おそらく彼のすぐ脇を疾風のごとく突き進んでいったタバサに対し、念押しのつもりで言ったのだろう。

 そのことは当人もよくわかっているようであった。まずは敵が人質に向けていた銃を左手の剣による斬り上げ(アマラスタのブレイドバースト)で破壊する。それから斬り上げた左の剣(オルタス)右の剣(ネックス)を押し当てての、力任せな振り下ろし(エクセキューション)。小柄ながらもその全体重を乗せた一撃は、敵の頭を覆っていたヘルメットを砕き、脳天をかち割っていた。

 

受けてみよ(Take that)!」

 

 それから気合の声を上げながら、リビングシャドウを召喚したウルグリム本人が突撃した。タバサが得意とする高速の突進(シャドウストライク)同様、目にも止まらぬ速度で踏み込んだかと思うと、首を目掛けて強烈な挟み込む一撃(ベルゴシアンの大ばさみ)。「純粋な剣の腕前なら自分より上」とタバサが言い切ったその技のキレと、膂力の強さは本物だった。首の装甲を無視して跳ね飛ばして絶命させている。

 

 そんな中、人質を取っていた敵連中を銃兵衛たち3人と影の戦士に任せ、扇舟は敵の隊長と思われる相手に肉薄していた。情報を聞き出すために生かしたまま捕らえるように言われている。どのみちギミックの爪を展開させても敵の装甲を貫通できるかわからないために、4人の中でもっとも殺傷能力も低くなってしまう。その事実もあるだろうが、あくまで銃兵衛は対魔殺法の達人である扇舟ならば命を奪うことなく無力化するのに適役と言ってくれていた。

 

(なら……気を使ってくれた彼のためにもいいところを見せないとね……!)

 

 低い姿勢のまま蛇のように目標へと接近。まだ視力が戻っていないであろう相手に気配すらも悟られないようにした上で、無防備な顎目掛けて右の掌底を突き上げた。

 高性能な個人用の強化装甲に身を包んでいたとしても、内部の人間への衝撃を完全には吸収できない。人体急所のひとつである顎を強打されて脳を揺さぶられ、相手の意識が一瞬飛ぶ。その隙にマシンガンを奪い取りつつ重心を崩して足を払い、背中から強烈に床へと叩きつけた。

 重心が崩されれば呆気なく転ばされてしまう。そのことをよく知った、見事な対魔殺法による「崩し」であった。これだけの衝撃を与えればしばらくはまともに動けないだろう。背中から倒した相手をひっくり返してうつ伏せにして両腕を抑え込む。

 

「隊長格を確保! そっちは……」

 

 自分に担当された仕事を終えたところで、そう言いつつ扇舟はブリッジ内を見渡した。が、直後にその顔に苦いものが浮かぶのを自覚せずにはいられなかった。

 

 既にブリッジ内部は血の海(ブラッドバス)と化していた。特に異世界人2人が片付けたと思われる4人は装甲ごと叩き斬られているために損傷が激しく、血溜まりを作り出している主な原因と言えた。

 一方で銃兵衛が相手をしたであろう2人は、外から見る分にはダメージを与えた形跡すら無い。それでもピクリともせずに床に崩れ落ちているのだから、当然死んでいるのだろう。

 

「隊長格は捕獲、他敵6名排除完了。人質も……無事だな、キャプテン?」

 

 ブリッジ内が閃光に包まれてから10秒と経っていない。あっという間に変わった状況に呆然としていた様子の船長だったが、自分以外の4名の船員が無事であることを確認して頷く。

 

「……驚いたわ。1番楽な仕事を任された私が言うのもなんだけど、ここまで綺麗に制圧できるなんて……」

 

 ポツリと呟いた扇舟に対し、銃兵衛は軽く笑ってみせた。

 

「『殺さないように捕まえろ』って指示はこの2人じゃ無理だろうから、適役を任されたと思ってくれていいぜ。……とはいえ、ここまで綺麗に決まったのはウルグリムさんのリビングシャドウのおかげってのがでかいな。まさに生きる影……。高技術の影遁の術を見てるようだった」

「影遁ってさくらが使うやつでしょ? あれとはちょっと違うよ。さくらは影の中に潜ったり影の刃を作り出したり応用を効かせられるけど、リビングシャドウはあくまで影の戦士を生み出すだけだから」

 

 制圧が完了したことを確認するようにブリッジ内を見渡しつつタバサがそう答えた。言われてみればそうか、と肩をすくめてから、銃兵衛はたった今助けた船長に声をかける。

 

「キャプテン、ブリッジ内を血の海にしたのは謝るよ」

「いえ、そんな……! 私達は無傷で助けてもらったわけですから……」

「そう言ってくれると助かる。疲れてるところ悪いが、状況を説明してくれないか?」

「はい……。その前に、そもそもとしてまず予定より輸送が遅れていたのはこちらのミスです。申し訳ありません……」

「それはいい。そういうこともあるからな。……こいつらにはいつ船を乗っ取られた?」

「ん?」

 

 なぜかタバサが反応してきた。少し考えた銃兵衛だったが、彼女が“乗っ取られ”と呼ばれていたこともあるとウルグリムから聞いたことを思い出す。

 

「いや、お前のことじゃない。……この単語今後使いにくくなるのか。ちょっとめんどくせえな。……で、どうなんだキャプテン?」

「センザキ到着予定の前日の夜だったと思います。闇夜に紛れていつの間にか乗り込んできたらしく、フル武装の相手に抵抗のしようもなくて……」

「だろうな。こいつらのこの特殊装備……。さっきも言ったがおそらく特務機関Gだ。通常ならアサルトライフルを携帯しているだろうが、今回は明らかに室内戦を想定してサブマシンガンを装備している。加えて、個人サイズの強化外骨格なんざ普通は見かけられる代物じゃない」

「通信も奴らに脅されてのことでした。あとはほぼずっとこのブリッジ内に監禁状態だったので……。他の船員はどうなってますか!?」

「そのことはあいつに直接聞く。ちょっと待ってくれ」

 

 そう言うと銃兵衛は扇舟がうつ伏せにして抑え込んでいる、唯一の生き残りの元へと歩み寄った。それから屈んで強引にヘルメットを脱がせ、顔を引っ叩いて起こそうとする。

 

「おい、起きろ。……あ、扇舟さんはどいてくれていいぜ。船員たちの様子を見てやってくれ」

「いいの? こいつが暴れても……って、ギャングスター様には愚問だったわね」

 

 扇舟がどけたタイミングで隊長格の男は目を覚ました。それから慌てたように上体だけを起こしたものの、さっきの扇舟の一撃のせいか背中を抑えてうずくまる。そうしつつも周囲を見渡し、状況が最悪であることを悟ったようだ。

 

「クソ……俺以外は全滅か」

「ああ。あんたには聞きたいことがあったから生かしてる」

「答えると思うか? とっとと殺せ」

「まあそう言うなって。俺の気まぐれで生き残れるかもしれないぜ。……俺としては疑問なんだよ。なんでこんな回りくどいことをしたのか、ってな。あんたさっき俺に対して『本当に来たか』と言ったな? ってことは狙いは俺ってことになるはずだ。違うか?」

 

 隊長格の男は銃兵衛を睨みつけたまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「……金崎銃兵衛、お前はそのクソムカつく軽薄そうな面と違って頭は切れると見た。センザキを取り仕切ってるぐらいだからな。俺があれこれ言わなくても察しはついてるんじゃないか?」

「お褒めに預かり光栄だ。……特務機関Gは以前ストリートチルドレンの一件でセンザキにちょっかいを出して失敗している。表立って動いて争うようなことは避けたい。だからまずは面倒な俺を消してセンザキに少しずつ入り込んでいく。まあこんなところだろう。……だが、やり方が回りくどすぎる。俺がこの船に乗り込んで来なかったらどうするつもりだった?」

 

 相手もそのことは心に引っかかっていたのかもしれない。答える前に思わず押し黙るのがわかった。

 

「……俺もそれを直接司令に聞きたいぐらいだ。あくまで命令のとおりに動き、そして実際にお前は来た。それだけだ」

「そうか。じゃあ次の質問だ。ここにいる以外の船員はどうした?」

「船室に押し込めてある。後のことは知らん」

「見張りも立てないでか? ……既に俺の仲間が機関室も抑えてる。その時に機関室内部も含めて誰とも遭遇しなかったという報告を受けたんだが、どうにも解せないんだよ。ここを占拠した以外の仲間は本当にいないのか?」

 

 やはり即答はなかった。が、ややあって諦めたようにため息がこぼれていた。

 

「……あのクソ女がどうなろうと知ったことじゃないか。そもそも人間じゃないんだからな」

「何……?」

「この船に乗り込んだのはブリッジを占拠した俺たち7人と、完全別行動の女が1人。多分魔族の女だ。その女には自由に行動させろという命令だから今どこで何をしてるのかはわからない。……お前、さっき俺たちのことを捨て駒にされた、と言ったな? おそらくそれは正解だ。上の本命はあの魔族の女をこの船に潜り込ませることだったんじゃないかと思ってる」

 

 急に突拍子もない話が飛び出し、思わず銃兵衛の顔に疑念の色が浮かんだ。自分を混乱させようとしているのかもしれない。が、それにしては随分と淀みなく話したようにも思える。

 

「そいつは嘘はついてないよ。……ただ、まだ反撃の機会を伺ってはいるようだけど」

 

 そこで口を挟んできたのはタバサだった。全滅させた敵兵の死体をウルグリムと共にブリッジから引きずり出そうとしながら、もののついでのような口調である。

 

「そういやタバサは相手の内面を見通す能力に優れてるんだったか。となると、今の話もマジってことになるな。……でもまあ反撃云々は放っておいていい。俺はさっきこいつに気まぐれで生き残れるかもしれない、って言ってるんだ。それを自ら手放したいなら、まあ好きにしなって感じだからな」

 

 舐められている。まだ両膝をついたまま、隊長格の男はそう思った。おそらく情報を聞き出すために生かされているに過ぎない。ギャングとの口約束など守られるはずがない。

 何より、メインのサブマシンガンこそ手元にないもののまともにボディチェックも拘束もされず、「反撃したいならしてみろ」という態度を取られている。抵抗したところで大したことがない、と高を括られているのであろう。それが彼のプライドを傷つけてもいた。

 

(金崎銃兵衛……刺し違えても貴様は道連れにしてやる……!)

 

 気まぐれなどと言っているが、どうせ最初から見逃すつもりが無いと決めつけていた。ならば一矢報いてやろうと、背部装甲内に仕込まれているコンバットナイフの柄に手がかかる。

 

「ねえ、銃兵衛」

「大丈夫だタバサ。何も言うな。……全部わかってる」

 

 そして目の前の相手が仲間から声をかけられて視線を切った瞬間――。

 

「もらった! 死ねっ!」

 

 ナイフを手に立ち上がると同時、全体重をかけて刃を目の前の敵の体へと押し込む。人体急所である内臓を捉えた致命傷足りうる一撃――のはずだった。

 

「やっぱりな。俺のことを何も知らねえか」

 

 だが、目の前の男はまるでダメージを受けた様子がなかった。振り返った目が金色に輝き、額にも文様が浮かんでいる。哀れみを含んだような声でそう言いつつ、ナイフを握っていた右手を掴んで体から離す。当然のように血は全く出ていなかった。

 

「な……なぜ……」

()()()ナイフじゃ俺は殺せねえよ。……俺の邪眼は金属を操る。さらに発動中の俺の体はすべての金属の攻撃をすり抜けるのさ。こんなこと、センザキの連中なら大抵知ってるようなことだぜ」

 

 当人からのまさかの種明かしに愕然とする。つまり――。

 

「まさか特務機関Gともあろう存在がそれを把握していないとは考えにくい。だが今のあんたの様子から、その情報は与えられていなかったってことはよく分かる。俺を狙っていたようだが、装備も室内戦仕様とはいえ標準のもののようだしな。となると、()()()その情報を与えなかった、と考えるのが自然だろう。……だから言ったんだよ、捨て駒にされた、ってな」

 

 捨て駒。まさにその通りだろう。最初から勝ち目のない勝負を仕掛けさせられたようなものなのだから。

 同時に、それならば全ての辻褄が合う。直近の作戦を失敗した指揮官、寄せ集められたクズ連中、籠城しながら中途半端で不可解な要求、そして謎の女と、そいつに自由に行動させるような命令。

 

 つまるところ、謎の女のために使い捨てられても問題ない存在が集められたのだ。

 

「さっきも言ったが、同情はしてる。だが、俺の縄張りを荒らした落とし前はつけさせてもらう。ギャングの掟ってやつさ」

 

 胸に激痛が走ると同時、意識が遠のいていく。組織に使い捨てられた男の哀れな末路だった。

 

 一瞬、思うところがあるように今しがた自分が命を奪った男を見つめていた銃兵衛だったが、切り替えるようにひとつ息を吐いて口を開く。

 

「……さて、と。ブリッジは取り戻して機関室も抑えてある。あと気になるのは魔族の女ってやつだな。こいつらを囮に使ってまで乗り込ませた上で自由にさせてるぐらいだ。間違いなく何かあるはず。とっとと船を港につけて荷物を降ろしたいところだが、まずそいつをどうにかしないと……」

『銃兵衛!』

 

 ブリッジを占拠した敵を全滅させ、次のことを銃兵衛が口にした、その時。不意に通信で紅の声が聞こえてきた。

 

「ああ、わりいわりい。報告しておくべきだったな。こっちは奪還に成功した」

『そうか、それはよかった。だがこっちで問題発生だ。……どうやら船員たちが船室を出たらしい。あやめの風遁で調べたところ、この機関室目掛けて集まりつつあるようだ。そして……その船員たちはどうも人間の生気を発していないらしい……!』




ちょっと次回更新まで空くことになると思います



リビングシャドウ

天界の力、つまり星座スキルのひとつ。
Tier3の「無名戦士」の最後に位置し、6ポイントで取得可能。
星座自体の必要親和性は紫15黄8とかなり重い。しかしそれ相応に星座もスキルも強力である。

アサインしたスキルでクリティカルが発生した際に100%の確率で発動、二刀流の影の戦士・生きた影であるリビングシャドウを召喚する。
シャドウはプレイヤーボーナス型ペットのため、プレイヤーのステータスがそのまま反映される。
さらに不死属性のため、一旦召喚すれば存続時間が切れるまで暴れ回る有能さ。
プレイヤーを中心に索敵して敵を見つけるとシャドウストライクで突っ込み、二刀のシャドウブレイズで叩き切ってくれる。
刺突と出血がメインダメージだが、最大の特徴として、シャドウの攻撃のダメージは本体のプレイヤーにヘルス変換されるというものがある。
つまり召喚すればダメージを与えつつ本体の回復も行ってくれるという高性能ペット。
星座スキルのレベルが低い間は1体しか召喚できずに存続時間も10秒しかないが、最高までレベルが上がると3体まで召喚可能になり、存続時間も24秒まで伸びる。
星座本体の性能も刺突と出血ダメージを中心に攻撃面を伸ばしてくれて優秀なため、刺突や出血をメインダメージソースにしているビルドでは最終取得候補にも上がる。

ちなみに星座本体である無名戦士、及び召喚されるリビングシャドウだが、おそらくは本名や過去など全てを失った、かつてのファーストブレイドたちではないかと推測されている。
ログホリアンの項目で述べたように、同じくファーストブレイドだったウルグリムとは選択肢次第で1度だけ戦える機会があるのだが、その際彼もこの星座スキルを使用してくるためにその説の裏付けのようにもなっている。
なお乗っ取られの最大召喚上限は上記の通り3体。一方、ウルグリムは本調子ではない状態にも関わらず(モンスターデータによれば)最大召喚数が4体。しかも乗っ取られのリビングシャドウでは使用不可能なファンタズマルブレイズの投擲やリングオブスチールまでやってくる模様。
さすがはウルグリム、Grim Dawnのメインヒロインである。


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Act88 さて、反撃開始といこうか

 侵入者がいる。だがそれは想定内のことだ。むしろ遅すぎたぐらいだ。

 目的は達成している。さっさと引き上げてもいい。だが戯れるのも悪くはない。

 だから待った。そしてようやく獲物が来た。少し楽しませてもらうとしよう。

 

 その“女”はそう考えをまとめると、不気味な笑みを浮かべて椅子から立ち上がった。

 灰色の肌に緑の目。頭には角のようなものも生えている。そんな“彼女”の動きに同調したように、周囲に巨大な蝿のような何かが浮遊した。

 

「さあ、行くわよ。私のかわいいしもべたち」

 

 “女”の声に、船室のベッドからのそりと人影が起き上がった。

 

 

 

---

 

「タバサ! 今の紅の通信は……」

「聞いてたよ。……残念だけど本当っぽいな。さっきまでは船室に人の気配があったはず。でも今はそこから出て徘徊しているみたい。気配を探るだけじゃなんとも言えないけれど、どうもその動きが人間とは思えない」

「ちょ、ちょっと待ってください銃兵衛さん! 今の話じゃ船員たちは……」

 

 輸送船のキャプテンの悲痛な声に、思わず銃兵衛は目を伏せる。

 

「……まだそうと決まったわけじゃない。だが……最悪の事態は覚悟したほうがいいかもしれねえな」

 

 銃兵衛は絞り出すようにそう答えつつ、苛立たしげに舌打ちをこぼす。それでも動かなければ何も変わらないと、懸命に頭を切り替えようとした。

 

「3人は紅のサポートに向かってくれ。ここが船の脳だとするなら、機関室は心臓だ。もし取り返されるようなことがあるとまずい」

「それはいいけど……。あなたはどうするの?」

 

 扇舟の問に答えるまでもないとばかりに銃兵衛は鼻を鳴らす。

 

「そっちを陽動にまたここが狙われる可能性も否定できない。俺はここに残る。何かあったら通信するから、扇舟さん、指揮を頼む」

「わかった」

 

 突然の指名だったが、扇舟は了解の意思を示してブリッジを後にする。2人が後に続いていることを確認しつつ、紅へと通信を入れた。

 

「紅さん、銃兵衛くんの指示で今からそっちに向かうわ。状況はどんな感じ?」

『井河扇舟か? 打って出ることも考えたんだが、忍法で外の状況を把握したあやめに数が多すぎるから無理だと止められて今は機関室の扉を閉めて籠城している。しかし……クソッ! 押し破られかねない!』

「さっき生気を発していないって言ったわよね? 敵はゾンビ? アンデッド?」

『そういう類だとは思うが、詳しくはわからない。とにかく急いでくれ! いつまでもつかわからないが、そっちが来てくれて扉の前にいる敵の数を減らせれば挟撃する形を取れる!』

 

 通信越しにも扉を叩く音やら、うめき声やらが聞こえてきている状況だ。紅の声の感じからしても余裕が無くなっているように感じられる。

 

「わかった、急ぐわ!」

 

 そう答えて通信を切った扇舟だったが。

 

「ねえ、扇舟。今ゾンビとアンデッドを同じ区分にしてたみたいだけど、この世界だとそうなの?」

 

 後からついてくるタバサは呑気にそんな質問をしてきた。「今はそれどころじゃない」と止めようかと思ったものの、文句を言っても状況は変わらない。どうせ無駄話をしていても敵が来れば瞬時に戦闘スイッチが入ることだろう。

 何より、ゾンビはアンデッドに区分することに何の疑問も抱かなかった扇舟としてはどうしても今の質問が引っかかり、好奇心に負けてしまった。

 

「普通はそうじゃないの? タバサちゃんの世界では違った?」

「まあ区分できなくもない。でも、ゾンビ……まあウォーキングデッドだけど、あいつらは基本的にイセリアルによって操られているから、アンデッドというよりはイセリアルかイーサーコラプションって認識だった」

「でもアンデッドはいたんでしょう?」

「いた。アーコヴィアの連中。大体スケルトンやゴーストって感じかな。……もうちょっと詳しく話してもいいんだけど敵が近づいてきた」

 

 やはり予想した通りのスイッチの入り方だと扇舟は思いつつ、警戒度を高めると同時にその足を速めた。

 

「ああ、確かにこりゃまずい。紅も焦るわけだ」

 

 そして機関室へと続く通路の途中。不意にタバサはそうポツリと呟いた。

 

 狭い通路には明らかにアンデッドと化した、かつて船員だったと思しき者たちがひしめき合っていたのだ。

 

 ふむ、とひとつ息を吐いてウルグリムが背の剣を抜く。タバサもいつの間にか両手に一対の愛剣(ネックスとオルタス)を握りしめている。

 

「私と友で道を切り開こう。君は周囲の警戒や援護を」

「え、でも……!」

「ウルグリムの提案に賛成。こいつらに毒は通じないと思う。だから……」

「ちょ、ちょっと待って! ……銃兵衛くん、聞こえてる!? さっき言ってた最悪の事態よ、船員がアンデッドにされてる……! おそらくこうなってしまってはもう救う手立てはないし、紅さんたちにも危険が迫ってる……。強行策に出るわ、いいわね!?」

 

 インカムへと扇舟が叫ぶ。通信機越しに銃兵衛が船長と何かを話すのと悲痛な叫び声が聞こえてから、重々しい返事が返ってきた。

 

『……頼む。せめて安らかにしてやってくれ』

「わかった。……2人とも行くわよ!」

 

 明らかに怒気を孕んだ声で扇舟が叫ぶ。

 

 おそらく無関係だったであろう船員が巻き込まれた。あるいは、ブリッジを占拠した特務機関Gの連中は当人たちも気づかないうちに陽動を担当させられ、最初からこちらが目的だったのかもしれない。

 いずれにしろ、船員はアンデッドへと変貌させられた。このことに扇舟は怒りを覚えていた。おそらくこの状況を引き起こした張本人は、人の命を命とも思わない存在なのだろう。かつての唾棄すべき自分を見ているかのような錯覚に陥る。

 

「扇舟、さっきウルグリムが言った通り周囲の警戒と援護をお願い。あいつらは私とウルグリムがやる。……今のあなたは感情に任せて無理をしかねないから、できれば戦ってほしくない」

 

 だがそんな彼女の心の中を読み取ったらしい。タバサがそう言いつつ、いきり立つ扇舟を諫めるように肩に手をおいて一歩前へと出た。

 

「タバサちゃん……」

「一応断っておくけど、足手まといだなんて微塵も思ってない。この場で私達の指揮を執るのは扇舟が一番適切だと思う。だから冷静でいて欲しい。……そういうわけで、行くよ、ウルグリム」

「了解した」

 

 タバサとウルグリムの姿が消え、次に目その姿を確認できたときにはアンデッドたちが斬り刻まれていた。ここからはケアンの世界を生き抜いてきた二刀流の戦士2人の独壇場だ。

 同じ流派、とでもいうのだろうか、似たようなスタイルで2人の剣が振るわれていく。タバサの剣は荒々しく、一方のウルグリムの剣は淀みのない流水のように。

 

 進むことすら不可能と思えた通路から、次々にゾンビが消えていく。これならば紅たちが籠城する機関室に行くのも時間の問題だろう。

 そんな風に考え、扇舟も周囲を警戒して異常がないことを確認した上で2人の後に続こうとしたのだが――。

 

「待って扇舟! 止まって!」

 

 不意にタバサの叫び声が聞こえてきた。指示通りに足を止めると、2人がその位置までバックステップして後退しつつ会話を交わし始めた。

 

「ねえ、ウルグリム。私の気のせいじゃないよね?」

「ああ。……アンデッドが少し前より明らかに強力になった」

「え……!? どういうこと!?」

 

 思わず扇舟が問いかける。

 

「理由ならこっちが聞きたいぐらい。今ウルグリムが言った通り、突然強くなった」

「先程まで簡単に刃が通っていたが、それが止まった。友も感じた以上、間違いない。……おそらく強化された、と考えられる。だとすればリアニメイターに似た者……使役者の類が、アンデッドの中に紛れている可能性が高いな」

「使役者……。もしかして、特務機関Gの連中が言っていた、一緒に乗り込んだっていう魔族の女……!?」

 

 ウルグリムがまとめた考えを受けて扇舟がそう予想を立てた、その時。小馬鹿にしたように手を叩く音が前方から響いてきた。

 

「正解。下等な人間にしては頭が回るようね」

 

 高圧的な女の声だった。灰色の肌と緑の目から、明らかに人間ではないとわかる。胸元や腹部を大胆に露出した衣装を身に纏い、美しい青緑色の剣を手にしていた。

 

「あいつが、ブリッジを占拠した連中が言っていた魔族の女……!」

「んー……。なんだろ、雰囲気がこの間戦った奴……ワイトとか言ったっけ、あいつに似てる気がする」

「ワイト……!? それじゃああいつも同じ種族……。確か、死霊騎士(レヴァナント)……!」

 

 へぇ、と魔族の女は感心したような声を上げる。

 

「ワイトのことを知ってるの? ますます面白い人間だわ。確かに私はワイトと同じ、死霊騎士よ。名はウィスプ」

 

 ウィスプと名乗った死霊騎士の女は不気味に笑みを浮かべる。それを目にし、思わず扇舟の背に冷たいものが走り、口を開いていた。

 

「気をつけて! ワイトは強敵だった。しかも、姿を変えられる能力を持っていた。あいつも似たような力を持っている可能性は高いわ!」

 

 扇舟のその言葉を聞いてなお、ウィスプは不敵に微笑んでいるままだ。

 

「ワイトの能力まで知っているのね。……彼女はその力を使う時に黄色い瘴気を放つことから“黄夜叉”と呼ばれている。そんな潜入向きの能力持ちのくせに好戦的だから、全く困ったものだわ。でも、私は戦闘そのものが好きじゃないの」

 

 そう言うと、ウィスプから銀色の瘴気が放たれ始めた。

 

「見ての通り、私の瘴気は銀色。それ故に“銀夜叉”とも呼ばれている。その効果は……説明するまでもないでしょう?」

 

 瘴気を浴びたアンデッドたちが吠える。雄叫びとも、怨嗟の声とも取れないような不気味な慟哭だった。

 

「……さっきこの2人はゾンビたちが突然強くなったと言っていた。原因はお前の瘴気ね?」

 

 扇舟の解答に対し、ウィスプは満足そうに「御名答」と返した。

 

「戦闘そのものが嫌いなんじゃないの?」

「私自身が戦うことはね。でも……かわいいしもべたちが戦う分にはその限りではない。この私を待たせたのだから、少しは楽しませてもらわないと割に合わないもの。……さあ、死霊の軍隊よ! 下賤な人間どもを蹂躙しなさい!」

 

 銀の瘴気を撒き散らしつつ、ウィスプは楽しそうにそう叫んだ。使役主からの命令に応じ、かつては船員だったアンデッドが3人に襲いかかろうと迫りくる。

 

「ウルグリム、数で押されるのが一番まずい。“影”を召喚して。私も出せる限り頭数を増やす」

 

 言うなり、タバサはネメシスと2体のブレイドスピリットを呼び出した。

 

「了解した。影よ!」

 

 指示を受けてウルグリムも得意のリビングシャドウを召喚する。

 

「私も援護に入る。頭数が欲しいって言ってるんだから、今回は止めても戦うわよ!」

 

 扇舟も右手のギミックである爪を展開して戦う気は十分のようだ。

 

「勿論」

 

 返事をしつつ、タバサは先頭の敵目掛けて左手を振るった。生み出された幻影の刃(ファンタズマルブレイズ)が敵に突き刺さる。が、そのまま刃は檻状となって敵を閉じ込めていた。

 狭い通路で先頭が強引に止められたことによって敵の侵攻が遅れる。渋滞が発生し、目に見えてアンデッドの迫る速度が落ちていた。

 

「なるほど、ブレイドトラップで先頭の足を止めたか」

「ん、そう。……じゃ、さっき言った通り数で押されるのだけは避ける方向で。背中は任せた」

 

 そう言うとタバサは駆け出していた。ブレイドトラップで捕縛した敵目掛けて跳躍。さらにそれを足場に、一足飛びにウィスプに飛びかかろうとする。

 このタイプはリアイメイターをはじめとして散々戦っているために、彼女はどうすればいいのかをよくわかっている。要は召喚者や使役者の類を叩き潰せば、残りは烏合の衆と化す。ならば最初から頭を狙うという考えだ。

 

「ウソでしょ!?」

「まったく無茶をする……!」

 

 その考えを扇舟とウルグリムの2人は瞬時に汲み取っていた。即座に援護の体勢に入ろうとする。

 一方のウィスプは完全に虚を突かれた形になった。この狭い通路を配下のアンデッド軍団で埋め尽くせば敵は進行することができない。よって自分は絶対的に安全だ。そんな甘い考えは一瞬で吹き飛んでいた。

 

「くっ……! しもべたち!」

 

 低い天井スレスレを跳ぶタバサを引きずり降ろそうと、かつて船員だったゾンビが腕を伸ばす。が、その腕目掛けてナイフが飛来。

 ウルグリムが放ったファンタズマルブレイズだ。威力こそ低いものの、妨害には十分だった。

 

「さすがウルグリム。でも……どちらにしろ距離が足りないか」

 

 敵の本丸まであとわずか。だがそこに到達するには明らかに高度が足りていない。

 やむなくタバサは両手の剣を振りかぶり、前方足元のゾンビ目掛けて全力で振り下ろし(エクセキューション)しながら着地する。当然前後を挟まれるが、怯んだ様子もなしにそのまま周囲を高速回転する幻影の刃を召喚(リングオブスチール)。さらに回転攻撃(ホワーリングデス)に加え、武器とリングの力を解放してエレメンタルの波動も放っていた。

 さしものアンデッドの群れもこの連続攻撃で押し止められる形となった。その間にタバサは前方の標的をロックオンする。ここまで無数にあるように見えたアンデッドによる壁は一気に飛び越えたことで残り数層。押し切れる、と判断して突撃を敢行し始めた。

 

「しもべたちよ! この小娘を殺しなさい!」

 

 させまいと、ウィスプから銀の瘴気が溢れてゾンビたちの動きが活性化する。だがタバサはお構いなしだ。強化されたと言っても結局はゾンビだと言わんばかりに高速斬撃で雑兵を斬り払っていく。

 しかし前後が敵に挟まれた形に変わりはない。さらには扇舟とウルグリムもまだタバサに近づき切れていないために援護にも限界がある。前に進もうとするタバサを止めようと、背中からゾンビたちが群がり、爪による引っかきや殴打を仕掛けてきた。

 それでもタバサは止まらない。範囲攻撃であるリングオブスチールやホワーリングデスに加え、天界の力のユゴールの黒血も発動。不気味な黒い塊が敵の足を絡め取っていく。

 

 あくまで攻撃は最小限。妨害を振り払うだけでいい。前方の目標目掛け、とにかく前へ。

 

「なんなのよ、あの人間……! 私自身は戦いたくないというのに……!」

 

 ウィスプはボヤきながら、背後のゾンビたちと入れ替わるように後方へ逃げていく。そうしつつも、彼女の周囲を浮遊していた砲塔を背負った巨大な蝿のようなもの――彼女の力を具現化したゴーレムにも攻撃指示を出していた。

 前後からのゾンビの攻撃、さらにはウィスプのゴーレムからの射撃。ウィスプの必死の猛攻に晒されつつも、タバサは敵が自分から離れていくのを確認した上でインカムのスイッチを入れて語りかけた。

 

「相手の嫌がることをして、時には騙せってふうまに教わったんだけど。こういう戦い方も紅の中では卑怯になるの?」

 

 インカム越しに小さく笑った声がひとつ。

 

『ならないな。それを否定すれば、あいつを否定することにもなりかねない。……このことに関してはさっきのお前の言い分通りだ。見抜けないほうが悪い』

 

 次いで、どこか愉快そうな紅の声が聞こえてくる。

 

『さて、反撃開始といこうか』

 

 ウィスプがやむなく後退していった、その先。これまで突破されないように固く閉じられていた機関室の扉が、ゆっくりと開き始めていた。




Grim Dawnに大型アップデートの1.2.0.0が来たようです。
ただ、追加されたサンダーが賛否あることと、翻訳が本体内蔵で今までと違う感じになっているということでしばらく様子見かなと思っています。
一方でダブルレアが出やすくなってるとか鉄片が溜まりやすくなってるとか、何よりSRの次チャンクへのポータルが近くに出るとか改善点もあるみたいです。
ってか、SRが90までのウェイストーンが追加されたらしいけど行ける気しない……。



アーコヴィアのアンデッド

Grim Dawnの敵対派閥のひとつで、その名の通りアーコヴィア(主にAct2のエリア)と呼ばれる地域を徘徊しているアンデッド。
アーコヴィアにいるスケルトンや実体を持たないゴースト系の敵が該当する。
いわゆるゾンビ系は一般的にはアンデッド扱いになると思われるが、本編中でタバサが述べている通りイセリアルによって復活・使役させられているということでGrim Dawnにおいては派閥的にはイセリアルに分類される。

アーコヴィアはかつて「ローワン」という優秀な王が収める栄えた帝国だったが、ある時神から国の崩壊の予言とそれに対する助言を聞き、王位を捨てて野に下った。
それでも予言は覆らなかったか、あるいは王が退位したことが原因か、それともそういったことと関係なく起こったか。その後の権力者は富と名声だけでなく永遠の繁栄のために永遠の命まで求め始め、不老不死の技術を知るネクロマンサーである「ウロボルーク」という男を拷問してその技術を聞き出そうとする。
だがそれがウロボルークの逆鱗に触れた。
彼は約束通り帝国の民たちを不老不死とした。肉体を失ってもなお死ぬことすら許されないアンデッドと化し、さらには生まれてくる子供がハーピーとなる呪いをかけて。

この呪いによってアーコヴィア帝国は一夜にして滅んでしまった。
だが、野に下っていたローワン王の一族は結果的に逃れることができたため、今もその血は続いていて「ローワリ」と名乗るようになっている。これが友好派閥の放浪民に当たる。
なおローワンの名はエレメンタルビルド御用達星座の「ローワンの王冠」や、メイス限定星座の「ローワンの王笏」など、星座にも名前が残っている。よほど優秀な王だったのだろう。
アーコヴィア全体で見れば「空位の玉座」や、さらには信仰していた神々として「ウルトス」「アタークセル」「イシュターク」など、関連する星座が多く存在しており、これでDLC1本作れるんじゃないかと思えたりもする。

悪評を上げた時に現れるネメシスは「冷風のムージラウク」。青く巨大なスケルトンゴーレムといった出で立ちで、その名の通り冷気攻撃と巨体から繰り出されるメガトンパンチを得意とする。
特に行動を阻害される凍結攻撃が厄介。凍結耐性が低いと一方的な嬲り殺しにあってしまう。どうしてもきついビルドの場合は凍結時間短縮効果のあるホアフロスト軟膏の使用を推奨されたりもする。
ヘルスを削り切って「やったか!?」と思っていると突如復活して第2形態へ移行。さらにパワーアップして襲いかかってくる。
ただ、シャッタードレルムでは最初から第2形態で登場する。しかし似た姿であるスケルトンゴーレムのイルゴアは形態変化をして遅延行為をしてくる。ここの差はなんだろう……。


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Act89 残念、ここまでよ

 状況が変わったことは、風遁のレーダーを利用しているあやめからの報告で解っていた。あとは頃合いを見計らって打って出て挟撃に持ち込む。

 そう考えていた紅だったが、まさかタバサがそのお膳立てをしてくれたのは、良い意味で完全に予想外であった。先程言ったことを根に持っているような言い方ではあったが、やってくれた仕事だけは確実だった。

 

 紅は確認の意味を込めてあやめの方を見る。タバサの仕事は間違いないと、年上の従者は小さく頷いていた。

 

「さあ、反撃開始といこうか」

 

 ここまで死守してきた機関室の扉をゆっくりと開ける。そこにはタバサに気を取られているためにこちらに背を向けるゾンビが数体と、その奥に灰色の肌をした女が1人。

 

「なっ……!?」

 

 その女――ウィスプの顔が驚愕に染まると同時。

 

「あやめ、援護を!」

 

 2本の小太刀を手に、紅が飛び出そうとした。その瞬間、後方のあやめが手にしていたハンドガンを乱射。前方の主の動きを読んでいるかのように弾は紅を避けて飛び、ウィスプの壁となった前方のゾンビたちへと吸い込まれていく。

 あやめの忍法である風遁・“風読み”の本領発揮だ。風の流れを読むことで未来予知に近い先読みを可能にする。この能力で主である紅がどう動くかを予測し、彼女の背後から的確に援護射撃をしたのだ。

 

「取り回しを最優先にしたからとはいえ、やっぱり威力は足りないわね」

 

 弾倉内の銃弾を全て撃ち切り、ホールドオープン状態となったハンドガンへ新たにマガジンを装填し直しながらあやめはポツリと呟いた。

 本来彼女が得意とするのは風読みを使って相手の動きを予測した上でのスナイパーライフル、あるいは対物(アンチマテリアル)ライフルにカテゴライズされる高威力の長距離ライフルによる一撃必殺の狙撃だ。だがこんな狭い船の中では取り回しが効かないということで、今回は普段サブアームとして使用している9ミリのオートマチックピストルとコンバットナイフを携帯している。

 

「いや、十分だ」

 

 それでも、今の紅の言葉の通り風読みを利用しての援護は効果的だった。ゾンビ連中にダメージがあったかは怪しく怯む程度だったが、その一瞬の隙を突いて既に紅は自分の間合いへと踏み込んでいる。

 あやめが取り回しを最優先にして大口径の拳銃を選択しなかった理由がこれであった。狙撃の場面がないとなれば、自分は主である紅と行動する。たとえ銃兵衛がなんと言おうと、そこは押し通すつもりだった。そうなった際、必要になるのは前へ出る主への援護に他ならない。よって、敵を倒すことは二の次としていたのだ。

 

「真空の刃は全てを斬り裂く……! 旋風陣!」

 

 そんな従者の援護を受け、紅が攻撃態勢に入る。

 あやめ同様の風遁の術ではあるが、こちらは攻撃的に用いた使い方だ。風をまとった両手の小太刀を振るうことで生み出される、荒れ狂う風の刃。ウルグリムと手を合わせた時に反射的に使いかけた彼女の真の力だ。

 かまいたちか、あるいは小さな竜巻とでもいったところか。ウィスプの銀の瘴気で強化された不死の軍勢といえどこれには耐えられず、体がズタズタに斬り裂かれていった。

 

「篝! 後詰めを任せる!」

「了解です、紅様!」

 

 それでもまだ戦闘が可能そうなアンデッドは何体か残っていた。が、紅は残党をもう1人の従者である篝に任せている。その命令を実行すべく、篝は半妖化した体から触手を伸ばして叩きつけて残ったゾンビを処理。そして、当の紅本人はこのアンデッド軍団の中枢に狙いを定めていた。

 

「くっ……!?」

 

 手薄にせざるをえなかった後方からの紅による奇襲、さらにはソンビの攻撃を物ともせずに突き進んでくる前方からのタバサによる強襲。

 挟撃状態に持ち込まれたウィスプは一瞬うろたえ、それから覚悟を決めたように表情を険しくしながら叫んだ。

 

「……しもべたち! 全力で私を守りなさい!」

 

 最大濃度の銀の瘴気が吹き出す。それを受けてゾンビは硬質化、さらには全身を斬り刻まれて戦闘不能と思われた個体まで這いつくばりながらその命令を実行しようとする。驚くことに、斬り飛ばされた部位が元の体に近づき、強引に再生されようとすらしていた。

 

「この程度で!」

 

 気合の声を上げつつ紅はさらに踏み込もうとするが、強化されたゾンビたちは少し前ほど簡単には倒れてくれない。それでも小太刀を振るい続け、ウィスプにプレッシャーをかけていく。

 

「どうした、その手に持った剣は飾りか!?」

 

 さらに言葉でも挑発をしかける。しかしウィスプはそれに乗る様子はない。

 

「私は戦闘自体は嫌いだと言ったはずよ! 大人しくしもべたちに殺されなさい! ……ええい、もういいわ!」

 

 ウィスプはあくまで剣は使おうとせずに瘴気を放出し続けていた。激しさを増したゾンビたちの攻撃に加え、ウィスプの周囲を跳ぶ蝿型のゴーレムからも援護射撃が飛ぶ。が、紅はそれらを小太刀で斬り裂き、あるいは回避して追い詰めようとしていく。

 

 そんな紅を見てウィスプは脅威に感じたらしい。嫌がるように距離を空けてアンデッドたちと入れ替わり始め、自分を守るための壁を厚くしていく。だがそれは、つまるところタバサとの距離が近づいたという意味でもあった。

 

「タバサ、そっちに行った! 仕留めろ!」

 

 狙い通り。そう思いつつ、邪魔をしてくるゾンビを斬り裂きつつ紅が叫んだ。

 

 今は敵が壁になってしまっていて、紅の位置からはウィスプもタバサもその姿を見ることはできない。だが、殊に戦闘に関してはタバサの腕前は間違いなく本物であるだろうということはよくわかっている。船に乗り込む前は口論になってしまったものの、紅は自分より敵への距離が近いであろうタバサを信じ、すべてを任せることにした。

 

「ん、見えた。いける」

 

 そしてタバサはそれに応えようとした。屍の兵による壁で見え隠れする状態だった使役者の姿がついに明確に視界に入る。ここまで同様、多少無理をしてでも飛び込む。そう彼女が決心した、その時。

 

「残念、ここまでよ。私は戦い自体は嫌いだって言ったでしょう? それに……目的はもうとっくに達してるし」

 

 突如ウィスプの頭上に漆黒の空間が広がった。そこから黒のベールと長いコートを纏い、手に香炉のような呪具を持った存在が2体現れる。死霊卿の配下である兵士のレイスだ。

 そのレイスと入れ替わるようにウィスプが開いた空間に飛び込もうとする。

 

「転移ゲート……!? まずい、逃げる気よ!」

 

 タバサの背中側から扇舟の声が響いた。つまり、ウィスプとしてはこのゲートを開いて逃げるだけの時間が必要だった、というわけだ。させまいとタバサが床を蹴って飛び込もうとしたが。

 

「じゃあね、小さな恐ろしい戦士さん。もう2度と会わないことを願うわ」

 

 それよりわずかに早く、ウィスプの体はゲートの中へと消えて閉じられていた。

 

「……気配が完全に消えた。ねえ、扇舟。さっき転移ゲートって言ったけど、リフトみたいなワープポータルの一種ってこと?」

 

 攻撃目標を失ったタバサが振り返って扇舟へと問いかける。が、今彼女がいるのは敵陣のど真ん中だ。

 

「タバサちゃん、そんなことより周り!」

 

 至極真っ当な指摘が扇舟からとんだ。それに対してどこか億劫そうにタバサはため息をこぼす。が、直後。ウィスプと交代する形となって現れたレイス目掛けて無数の斬撃を浴びせていた。手にした呪具のような香炉をタバサ目掛けて叩きつけようとしていたレイスだったが、そんな間もなく斬り刻まれて実体が消滅する。

 さらにタバサはもう1体の方へも剣を振るって、こともなげに倒していた。

 

 銀の瘴気が消えた今、もはや残りの敵はこの場のメンバーにとって有象無象に過ぎない、というわけだ。

 

「ゾンビを強化してるあいつが厄介だっただけで、あとは大したことはない。油断をするつもりはないけど、もう押し切られるほどの数も残ってないから話を聞こうと思った。……まあいいや、さっさと片付けよう。ものすごく気になったけど、転移ゲートとかってのの話は後から聞けばいいか」

 

 

 

---

 

「そうか。君の望みを叶えられたのならば幸いだ。貴重な私の部下を捨て石にしただけの見返りがあったことを祈っているよ。……何、気にしなくていい。確かに君からの頼みではあったが、別にこれをひとつ貸しだなどと言うつもりはない。お互いの関係性を重要視して行っただけのことだ。……ああ、では、また」

 

 とあるビルの執務室。スーツを着込み、左目に傷を持つ男がそう言って通信を終えた。

 

 彼の名はデイヴィッド・ダール。元米連海兵隊少将にして特務機関Gを指揮する司令官。すなわち、今回の不可解な貨物船襲撃の司令を出した張本人である。

 

「私の友人はどうにも人使いが荒くて困るな」

 

 やれやれ、と言った様子でダールは座っていた背もたれ椅子により深く背中を預けた。

 

「捨て石とはよく言う。元々捨てるつもりだったのだろう?」

 

 そう言ったのは、軍服に身を包んで左目に黒い眼帯をつけた、ダールと向かい合うように座っていた初老の男だった。見るからに軍人という気配を纏っている。

 

 神田少将。海兵自衛軍の中でも特殊な存在である「神田旅団」の長だ。非合法活動や裏工作などの汚れ仕事まで担当する荒らくれ部隊。だが仕事を選ばず確実にやってのけるという点で、扱いにくいものの優秀な部隊と言えた。

 

「無論だ。だからこそ君の部隊を使わなかった。とはいえ、捨てた連中の装備もタダでは無いんだがな」

 

 ダールが今回の作戦で集めた6人は、特務機関G内でも鼻つまみ者にあたる面倒な連中だった。加えて、指揮官に選んだ隊長も先の作戦で任務を失敗している。

 要するに全て厄介払い、銃兵衛が船内で隊長に言った通りの捨て駒だったのだ。

 

「わざわざ回りくどいことをしたんだ、あの男からの依頼のついでに金崎銃兵衛を消しておけばセンザキでも動きやすくなったのではないか? それこそ、私の部隊に加えて、そこにいる君の懐刀……アレスと言ったか? 彼を使えばよかっただろう」

 

 神田少将がダールの傍らに立つ、アレスと呼んだ男へとチラリ視線を向ける。だがその相手の表情を窺い知ることはできない。鬼を模したような不気味な仮面に素顔を隠しているからだ。さらには全身をローブで覆っている。たった今「彼」と呼ばれたが、実際のところは本当に男かどうか怪しいような佇まいである。

 

「確かに神田旅団とアレスの部隊をぶつければそれはできたかもしれないな。だが、センザキはそこまで重要視していない。我々が動こうとしている。そう見せかけるだけでいい。それだけで牽制になって向こうもこちらを無視できなくなる。それが狙い……というよりは、()の頼みを聞き入れるついでにやる分としては丁度いい」

 

 失った部下のことなど気にかけた様子もなしにダールはそう言い切った。

 

「しかし、気になることも耳にした。奴は今回の件の前に、部下に幻影の魔女への襲撃をさせている。それ自体は失敗に終わったわけだが、その際に敵対者として今回と共通の存在が確認されているらしい。1人は義手の女。もう1人は……」

 

 ダールが傍らのアレスを見上げる。

 

「彼のように仮面をつけた二刀流の使い手だったそうだ。それも相当腕が立つ、と」

「対魔忍か?」

 

 神田少将からの問に「『元』だが、1人目の方はな」とダールは答える。

 

「井河扇舟と言っていた。そちらの義体を使っていた峰舟子こと葉取星舟は覚えているな? 奴の娘だ。五車総攻撃の際に対魔忍に捕まったと聞いていたからてっきり処刑されたか投獄されたと思っていたが、今はヨミハラにいるそうだ。だがもう1人の仮面の方は素性が不明と言っていた。タバサと名乗って普段は扇舟同様ヨミハラにいるらしい。しかしそれより興味深いこととして、奴の部下が言うには……どうも異世界人のようだと」

「異世界人か。ブレインフレーヤー絡みか何かか? ……その2人が今回センザキに現れたのはやや疑問が残るが、まあいずれにしろヨミハラを根城にしているというのではお手上げだな。闇の街と言う割には闇の街なりの秩序があって入り込むのも楽ではない。君の友人が興味を持ったなら、勝手に動けばいいといったところだな」

 

 無意識のうちに、ダールは鼻で小さく笑っていた。

 

「勝手に動けばいい、確かにその通りか。結局のところ、ヨミハラは我々に対する警戒が強まったせいでしばらくは手出しができないからな。だが……奴は果たして生きている者に興味を持つかが疑問だ。……何と言っても奴は魔界9大貴族の1人である“死霊卿”――テウタテスなのだから」




Grim Dawnのバージョン1.2に軽く触ってみました。
元にした冷気二刀サバタービルドでSR75-76は問題なく回れそうです。ただ、追加されたサンダーのせいかベンジャールに捕縛された後に突如即死攻撃を食らわされましたけど……。
SRの次チャンクへのポータルが目の前に開くのはかなり便利になってます。回避スキルも実質移動スキルが増えてるようなものなのでいい感じ。
とはいえサンダーはかなり痛いので、耐久が怪しいビルドは食らったら大人しく防御に徹したほうがいいかも知れません。サンダーのトリガーがブリッツなせいで距離開けると余計に危険になる鋼鉄ゴリラ女とかいるけど。
SR90とかはいける気がしないのでパス。

何より問題なのは日本語訳を本体内蔵にしたせいで今までと勝手が違うということ。
DLの手間が減った……と思いきや、会話が途中で途切れる、カラフル翻訳が使えない、従来の翻訳とニュアンスが違うと言った具合です。
一応1つ目2つ目までは日wikiに対策のコメントがありますが、やはり手間なのでどうにもこうにもと言った具合。
そのせいもあってか、アプデ後はあんまりグリドンに触れていません。まあ触れられる時間もあんまないんですけどね……。

色々書きましたが、サンダーと翻訳関係以外は面白そうになってるのは事実だと思います。
ボスMIドロップが100%になったらしいのでトレハンが捗りますし、モータートラップやストームトーテムといった設置スキルの一度の召喚数が増えたりもしているようです。
特にモタトラはリチャージが2秒短縮されてデフォで2.5秒になってるので、スキル変化を積みまくれば一瞬にして大量の迫撃砲が設置可能となっています。
もしやデモリッショニストの時代が来た…?


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Act90 もうしばらくおいしい食事とお酒が楽しめるってことだよ

 ウィスプ撤退後、貨物船の鎮圧は呆気なく終わった。ただし、切り捨てたゾンビたちは全て元船員。つまりブリッジにいたメンバー以外全滅という結果となってしまった。

 それでも船長は銃兵衛を責めるようなことはせず、アンデッドと化した船員たちを解放してくれたと礼を述べていた。その上で、あくまで今後も関係を維持したいと申し出ていた。

 銃兵衛はこのことを了承しつつも責任の一端を感じていたようで、「これまではバックに自分たちという勢力がついていることで抑止力にしてきたつもりだったが、こうなっちまったらもっと別な策も考えるようにしたい」と、何かしらの対策を取るようだった。

 

 かくして無事、とは言い難いものの、輸送が遅れていた荷物はセンザキへと運び込まれた。これで味龍にも数日のうちに調味料が届くことだろう。わざわざヨミハラから来たタバサと扇舟としては一件落着、というわけだ。

 

 その後、船員の被害は出てしまったが仕事を手伝ってくれた分の労をねぎらいたいと、銃兵衛は貨物船に乗り込む前にウルグリムに約束した通り、突入メンバーを行きつけの酒場へと案内していた。

 さすがはセンザキの顔役というべきか、銃兵衛を見た店員は無条件でVIPルームへと通してくれた。それから酒や料理などが運び込まれて慰労会がスタート。異世界の酒を楽しみにしていたウルグリムは早速ビールを口に運んでいる。

 

「……ほう! これがこの世界のビールか! ここまでのどごしが良く、さらには冷やすことで飲みやすくなるとは驚きだ。ケアンのビールとは大違いだな」

 

 早くも空になったジョッキを机に置き、ウルグリムはテンションも高くそう言った。

 

「え……? あなた達の世界にビールなんてあったの!?」

 

 思わず、扇舟がワイングラスの手を止めてそう尋ねる。

 

「ああ。温くて気の抜けたような味の、これとは比べ物にならないものだったがね」

「ビール……。あ、もしかしてウルグリムが言ってるのってバーウィッチビールのこと? ……思い出したくもない」

 

 タバサにしては珍しく眉をしかめながら、吐き捨てるようにそう言ってウルグリムに相槌を打った。当然のように今の彼女はアルコールが入っていないソフトドリンクの炭酸飲料を口にしている。

 

「そう言えば私とバーボンが無理矢理飲ませたんだったか。まさか友があれほど酒に弱いとは思っていなかった。あれはすまなかったな」

「バーボン!? ビールだけじゃなくてバーボンまでタバサちゃんに飲ませたの!?」

「違う。バーボンっていうのは“私”が最初に世話になった共同体、デビルズクロッシングっていうところのリーダー。……でもその名のせいかお酒は好きらしくて、あそこの襲撃を企んでた敵を倒した後、打ち上げってことで秘蔵してたバーウィッチビールを振る舞った」

「で、折角だから飲めと私とバーボンが薦めた結果、友は一杯飲んだだけでダウンしてしまった、というわけだ」

 

 そこまでウルグリムが話したところで、ビールが注がれた追加のジョッキが彼の前へと運ばれてくる。その時のビールとは比べ物にならない一杯を口へと運び、「カーッ!」と嬉しそうに歓声を上げていた。

 

「なんだ、じゃあタバサは極度の下戸ってことか? もったいねえ」

 

 高そうな洋酒をチビチビやりながら銃兵衛も口を挟んでくる。

 

「別に飲みたいとも思わないよ。バーウィッチビールを飲んだ時に気持ち悪くなったのもあるけど、アルコール自体に思考や判断能力を低下させる効果があるってことは知ってる。だったら急な襲撃に対応しにくくなるってことでもあるから避けるべきだと思ってる。それに、何よりおいしくない。たとえこの世界でおいしい酒だと薦められても、私は炭酸を飲んでたほうがいい」

「友よ、常に気を張っていては持たないぞ。たまにはアルコールに身を任せてほろ酔い気分になるのも悪くない。それにビールも炭酸と言えるのではないか?」

「うるさいなあ。結局はマシになったバーウィッチビールってことで要はビールなんでしょ? だったら苦いじゃん。そんなの飲みたくない。今飲んでる炭酸でリラックスできてる」

 

 タバサのわがままを耳にし、紅がひとつ笑いをこぼした。

 

「苦いのはダメ、か。子供舌ということだな」

「その割にはレバニラとか普通に食べてたと思うし、激辛麻婆豆腐なんかも平気で平らげるんだけど……。タバサちゃんにはホント謎が多いわね……」

 

 そう言いつつも、扇舟は静流の店で飲んだワインよりも遥かに良いワインを口にしている。

 

「……で、この楽しい空気を無視するみたいになるけど。ちょっと気になることが多すぎるから聞いてもいい?」

 

 そんな和やかな雰囲気の酒の席だったが、不意にタバサが声色も硬くそう切り出したことで場の空気が少し変わっていた。

 

「なんだ?」

「結局あの死霊騎士の狙いってよくわからないってことでいいの?」

「まあ……そうなるわな。船員は犠牲になっちまったが、もしそれが目的ならあんなまわりくどい方法を取らなくてもよかっただろうし。加えて俺を狙ったのは別行動の特務機関Gだけ。お前らの中で狙われたと思われるやつもいない。荷物も異常なし。とにかく不明だ」

「……銃兵衛くん、その事に関してなんだけど。確証も何もない私なりの憶測って前置きした上で意見を述べてもいい?」

 

 そこで扇舟が口を挟んでくる。随分と遠慮がちな物言いだったが、あくまで「自分が勝手に思ったこと」という点を強調したいのだろうと推測し、「どうぞ」と銃兵衛はその先を促した。

 

「ありがとう。……積んだ時と降ろした時で荷物に過不足はなかった、そうよね?」

「ああ。それは間違いない。船長にも立ち会ってもらって俺も直々にリストを確認した」

「もうひとつ。元々輸送の遅れがあったと言う話だったけど、その原因はわかる?」

「荷物の積み込みの遅れとかだったはずだが……。なあ扇舟さん、何が言いたいんだ?」

 

 少し回りくどい扇舟の言い方に、銃兵衛が結論を急ぐように問いかける。

 

「もう一度断っておくけど、これはただの私の推測よ。……現地で積み込みが遅れた際、本来の積み荷ではないものまで積まれた可能性があるんじゃないかって思ったのよ。ただでさえ遅れが発生している輸送側としてはこれ以上遅れたくはないから、チェックは甘くなりがちになる」

「だとしたら降ろす時にその何かが無いのは変じゃないの?」

 

 至極真っ当な疑問をタバサが口にする。一方、銃兵衛は「……ああ、そうか」と何かを納得したようだ。

 

「俺は見てないが、皆が戦ったっていう死霊騎士。そいつが乗り込んできた後に回収した、ってことか?」

「私はそうじゃないかって思ってる。現にあいつは撤退する時に『目的はもう達してる』というようなことも言っていた」

「……そういや言ってたな。てっきり負け惜しみだと思ってた」

 

 心中を包み隠さずボソッと言ったタバサに思わず扇舟がひとつ苦笑を浮かべる。それから表情を引き締め直して続けた。

 

「亡くなってしまった船員さんを疑うようなことをしたくはないけれど……。積み込みの遅れに便乗して、リスト外の荷物の手引したとも考えられる。あの死霊騎士は船に乗り込んだ後にまずそれを回収。その後で、口封じも含めて船員をアンデッド化させた……」

「そのまましばらく残ったのはアンデッド化させた船員を我々にけしかけ、あわよくば我々もその仲間入りにさせたいという思い辺りかもしれないな。あの手の人間と価値の違う奴の考えそうなことだ」

 

 真面目な話をしているにも関わらず、ウルグリムは相変わらずアルコールを口に運びながらだ。それでも、吐き捨てるように言ったその言いぶりから、ちゃんと物事を考えていることは推測できる。

 

「でも今までの憶測が全て当たっていたとして、肝心要の何を密かに積み込んでウィスプが回収したか。それがまったくわからない。そもそも全然筋違いということも考えられるし……」

「いや、今の扇舟の話はいい線をいっているような気がする。回収したもの以上にこちらへのメッセージが重要じゃないかと私は思うしな。……銃兵衛、お前は気づいているんだろう?」

 

 紅にそう話を振られ、銃兵衛は不愉快そうに眉をしかめた。

 

「死霊騎士……つまりは死霊卿の手のものだ。死霊卿の名は最近よく耳にする。勢力拡大を図っていて、裏で特務機関Gと手を結んでいる存在。そんな連中が現れたってことは……要するにセンザキへの、もっと言うならば俺への牽制だろうよ」

「で、当然銃兵衛はそんな売られたケンカは買うんでしょ?」

 

 タバサが気軽な感じでそう問いかける。が、やはり銃兵衛の表情は苦いままだった。

 

「そうしたいところだけどよ……。如何せん連中は厄介すぎる。迂闊に手を出せば返り討ちに遭いかねない。叩き潰す時は一気にやるしかねえからな。今はまだその時じゃない、ってことだな」

 

 面白くなさそうに吐き捨て、銃兵衛は手にしていたグラスの洋酒を一気に飲み干した。

 

 真面目な話を終え、一瞬場が静まる。そんな沈黙を破ったのはまたしてもタバサだった。

 

「迂闊に手が出せないってのは『転移ゲート』ってのが影響してたりする? あいつが姿を消した時に扇舟がそんな単語を口にしてたと思ったんだけど。あれは私がケアンでは使えたリフトゲートに似てると感じたから、その気になれば一度に大量の兵士を送り込んできたりとかできるんじゃないの?」

 

 単語を口にした人物、ということで場の人間の視線が扇舟に集まる。どこか気まずそうにしつつも、扇舟は口を開いた。

 

「えっと、私も詳しくはわからないんだけれど……。確か魔族連中が手下を召喚したり戦線離脱したりするときに使っているワープゲートが転移ゲートに当たるはず。今回のウィスプは離脱と手下召喚を同時にやった感じだと思うわ。魔族以外では、おそらく魔女と呼ばれている存在がこのことには詳しいと思う」

「魔女……。ということは、私を案内してくれたアンネローゼか、あのご老人ならより詳しい情報を知っていた可能性が高いというわけか。しかしそのゲートを使わずに移動させられたことを考えると、何かしらの制約があるとも考えられる。もっとも、そもそも使えたかどうかもわかってはいないが」

 

 ウルグリムが会話に入ってくる。「あくまで私の予想だけど」と断った上で、扇舟が答えた。

 

「任意の地点へと、いわゆるワープをするにはかなりのエネルギーを消費すると考えられるわね。例えば対魔忍の忍法には『空遁の術』という瞬間移動ができるものがあるけれど、範囲は1キロ程度が限界だし、使用時に体力を消耗するという弱点もある。これに当てはめれば、転移ゲートも大きくエネルギーを消耗する……。つまり、今タバサちゃんが言ったみたいに大量の兵士を送り込む、っていうのはおいそれと取れない作戦と思われるわ」

「俺も今の扇舟さんの意見の最後の部分には賛成だ。もしそれができるなら、センザキは死霊卿にとっくに攻め込まれてるだろうし、あるいは死霊卿と敵対する勢力で奇襲をかけるなんて状況が起きて、既に大規模な交戦状態に入っていてもおかしくはないはず。そういったことが起きてないのは、転移ゲートの制約がかなり厳しいことに他ならないだろう。だから手が出せない理由に転移ゲートがどうこうは基本的に絡んでこないと思える」

 

 銃兵衛の補足も受け、タバサはしばらく無言のまま瞬きだけをしていた。それから、考え込んだ様子を見せた上で答える。

 

「ってことはやっぱり私が使えるリフトとは原理も何も根本的に別物か。この世界で使えないから、何か使えるようになるヒントがあるかなとか思ったけど無理そうだね」

「そうなのか? お前の言うリフトっていうものがよくわかっていないが、ワープできるって類なら似たようなもんだと思ってたんだが……」

 

 いつの間にか、洋酒を飲む手が完全に止まったままで銃兵衛が尋ねた。一方でタバサは炭酸を軽く喉に流し込んでから口を開く。

 

「全く別。聞いた話、転移ゲートは任意の位置への移動も可能なように聞こえた。でもリフトは違う。私が出せるのは子リフトみたいなもので、ケアンの各所にある親リフトと繋がることができる。だから知らない場所へ転移みたいな方法はできない。でも逆に言えば、私が開いた子リフトと親リフトの間は、まあ簡単に言えばひとつの道として繋げることで行き来が可能になる」

「では、魔族連中や魔女たちが使える転移ゲートよりも不便だということか?」

 

 問いかけたのは紅だ。別に嘲るつもりはなかったのだろうが、元々タバサとは衝突気味だったということもあってか、タバサは無意識のうちに少し苛立つような気配を纏ってしまっていた。

 折角の酒の席が台無しになる、とウルグリムが止めるように割って入る。

 

「一概にそうとは言い切れない。友が使えるリフトの強みは、何と言っても使用者当人にはまるで負担がかからないという点だ。先ほど扇舟はエネルギーの消費が激しいために物量を送り込むことは不可能ではないか、と述べた。だが一方で我が友がその気になれば……ブラックリージョンの軍隊をマルマスに送り込む……いや、この場合は友が起点となるのだから引き込むのほうが正しいかな。とにかく、開かれたリフトを通して軍隊を丸ごと転移させることすら可能だった」

 

 ウルグリムのその言葉でタバサ以外の場の全員が息を呑むのがわかった。

 

「おいおい……。今の話だと、例えばタバサが敵陣に隠密侵入できた場合、そのリフトを通して突如無数の軍隊を敵陣のど真ん中に呼び出すことすら可能ってわけか!?」

「そうだ。友がケアンで勇者だの英雄だのと言われる理由がわかるというものだろう」

「……戦い方が完全に変わるわね。突如大群による奇襲をかけられるってことになる。魔族も転移ゲートで似たようなことをできなくもないかもしれないけれど、さすがに転移数に限界があるだろうからそれも難しいと思うし」

「今扇舟が言ったのはその通りで、リフトを利用すれば相手の準備が整う間もなく奇襲を仕掛けることも可能になる。そもそもリフトはイセリアルやクトーニアンといった異界の存在が干渉するために使っていた門で、友は“乗っ取られた”際に敵の力の一部を使用できるようになったわけだ。だが今述べたように、リフトは元々は敵が利用していたもの。奴らはリフトを通して我々の世界へと干渉し、未曾有の大惨劇を生み出した。それがいわゆるグリムドーンだ」

 

 沈黙が広がる。タバサが転移ゲートについてやけに気していた理由が、皆なんとなくわかったからだ。

 もしかしたら、この世界でも似たような事が起きるかもしれない。幸いにして魔族が使う転移ゲートは大物量の転移は困難なようだが、既にこの世界で目撃されている次元侵略者のブレインフレーヤーが原理不明の技術を多数持っている。ケアンと同じように突如転移してきて本格的な侵略を起こされてもおかしくない。

 

 そして何よりケアン滅亡の元凶でもあるイセリアル。一度だけとはいえこの世界に現れている以上、そこまで含めてタバサは気にかけていたとも考えられた。

 

「……改めて、タバサちゃんって危うい能力を持ってたのね。まあそのリフトが使えなくても十分人間離れしてるとも思うけど……」

 

 沈黙を嫌うように扇舟がポツリとそうこぼした。

 

「別に戦闘能力についてはそこまででもないよ。対魔忍の人たちだって特殊な能力を持ってるわけだし、二刀流の剣捌きで言うならば紅の方が私よりうまいようにも思えてる。所詮私の戦い方は剣術というより力任せなのは自覚してるから。でもリフトだけは別物だってのはなんとなくわかってる。ふうまも危惧してたはずだし。この世界のパワーバランスを崩しかねない、って。まあふうまなら最高に効果的な使い方をしそうだとも思うけどね」

「へえ。タバサは随分と若を高く買ってるんだな」

 

 そう言ったのは銃兵衛だったが、なぜか紅が得意げに頷いていた。そんな彼女を無視してタバサが続ける。

 

「そりゃあね。この世界での戦い方……力押しだけじゃ勝ち目が薄い時の対人戦の方法だとか、戦いの駆け引きだとかはふうまから教わったから」

「なるほど。友の戦い方が明らかに変わったのはわかったが、そのふうまという者の存在が大きいわけか。()()()1()()()で新たな戦い方をものにするとは、吸収力の高さは相変わらずだな」

「……ん?」

 

 ふと、タバサが首をひねる。

 

「確かに私がふうまの元で対人戦や駆け引きについての修行みたいなことをした期間は1ヶ月だったけど……。なんでウルグリムがそのことを知ってるの? 私話したっけ?」

「なぜも何も、()()()()()()()()()()()1()()()()。……違うのか?」

 

 思わず、タバサと扇舟が顔を見合わせた。

 

「私っていつからこの世界にいる? トラジローと海に行った記憶があるから1ヶ月ってことは絶対ないんだけど」

「海ってことは短く見ても半年前。でももっと長くいるはずよ。確か2月頃からじゃなかった? となると……ほぼ1年……大体10ヶ月ぐらい? でも彼は1ヶ月って言っている……。どういうこと?」

「……次元間の時間の流れの違い、とかじゃないかしら?」

 

 皆が考え込む中でそう言ったのは、年こそ扇舟より下なものの、この中ではお姉さんポジションに位置しているあやめだった。

 

「例えばおとぎ話にもある浦島太郎。彼が行ったとされる龍宮城は別次元であったために時間の流れが異なっていて、僅かな時間いただけでも帰ってきたときは長い年月が過ぎた後だったという説もある。ちなみに、玉手箱はそのずれた時間の整合性を取るためのアイテムだったとも考えられるわね。それと似たようなものだと考えると……。ケアンだったかしら? あなたたちの世界の1ヶ月はこの世界では10ヶ月になる、という可能性もあり得ると思うわ」

 

 なるほど、とこの世界の住人たちは納得したような声を上げ、タバサも一応は理解したようだった。が、ただひとり、ウルグリムだけが、らしくなく焦ったように問いかける。

 

「ちょ、ちょっと待ってほしい。仮にその考え方が正しいとして、だが……。私は1週間で元の世界に戻る、という約束だった。ケアン側から私を引き戻す、と。しかしそれはケアンにおいての1週間。そして時間の流れが違うということは……」

「ケアンで私が行方不明になってから1ヶ月、でもこの世界にいたのは10ヶ月。つまりは10倍の時間がかかるってことじゃない? 1週間のはずだったと考えると、10週間……2ヶ月とちょっとはこの世界にいることになるわけだ。……良かったね、ウルグリム。もうしばらくおいしい食事とお酒が楽しめるってことだよ」

 

 まさかの予想してなかった展開のせいか、それともタバサの言うことも一理あると思ってしまったか。ウルグリムはとにかく困ったような表情を浮かべながら、手に持ったジョッキを呷るしかなかった。




執筆ペースが落ちまくっているため、今年最後の投稿となる予定です。



バーウィッチ

Grim DawnにおいてAct1の目的地のひとつとなる村。
バーウィッチエステートという地区にはボスであるウォードン・クリーグの大邸宅が存在する他、桟橋がある海岸通り(といっても地図を見ると巨大な湖のようだが)があるために船舶による輸送も行われていたと想像できる。
また、地下通路を抜けることで行ける、墓が多く建てられている霊丘と呼ばれる地区もある。
最近になってマップが追加され、バーウィッチから直接は行けないがバーウィッチ大聖堂という場所も追加された。
グリムドーンの際に壊滅し、今はイセリアルを中心に化け物の巣窟と化してしまっている。……まあ精神を病んでしまってまだ残ってる人とか、取り残された発明家の助手とかいたりするが。
この時点のウルグリムはバーウィッチの近くに野営していて壊滅したのを知らなかったと言っている……のだが、乗っ取られに目をつけて待っていたという可能性が高いので、本当のことを言っているのか、いつから野営していたかは不明。
綴りは「Burrwitch」だが、酒場である「bar」と響きが同じことから「BAR WITCH」と看板を掲げた酒場というネタAAが日wikiのAA保管庫に存在していたりもする。



バーウィッチビール

そのバーウィッチで作られたと思われるビール。あのケアンにビールがあること自体が驚きだが、ビールの歴史は紀元前数千年まで遡るらしいので、存在しても不思議ではないのかもしれない。
「ロイヤリスト(Loyalist)」と呼ばれるDLCの第1弾を導入することで入手可能。
とはいえ、効果は450秒間OAとDAを1割「ダウン」という、いわゆるジョークアイテムの類である。酔ったせいで能力が下がるのだろう。
そもそもロイヤリスト自体が見た目を変えるだけの装備を増やしたり、戦闘力が皆無のペットを召喚したりと、ゲーム進行には全く関係がなく、「Loyalist=支持者」の訳の通りお布施的な意味合いが強い。
上記の通り酔って能力が下がることに加えて子供舌、さらには以前飲んでひどい目に合ったという設定のため、タバサはビールを始めとしてアルコールを毛嫌いしている。



ジョン・バーボン

Grim Dawnで主人公である乗っ取られが最初にお世話になる、刑務所の残骸を利用した共同体であるデビルズクロッシングのリーダー。ウルグリム同様のダンディーなお方。
冒頭のムービーで“乗っ取られた”主人公からイセリアルが抜け出た際は絞首用の縄を拳銃で撃ち抜いて助けるという芸当も見せている。
荒廃したケアンにおいて貴重な良識ある人間のひとりであり、乗っ取られた後で意識を取り戻した主人公に対しても「この共同体の役に立つことを証明できたら歓迎する」と、他の住人が懐疑的な態度をとる中でも寛大な姿勢を見せている。
まあデビルズクロッシングに逃げて来た住人のほとんどはイセリアルによって被害を食らっているので、主人公のことを本当に乗っ取られていないのかと疑心暗鬼になるのはある意味しょうがないのだが。

人類全体の勝利を目指すクリードやウルグリムとは違い、あくまでデビルズクロッシングのことを最優先に考えているようで、Act5開始前のムービーではウルグリムを探したがるクリードに対し、襲撃されたデビルズクロッシングの防衛も重要だと意見を衝突させている。
実際デビルズクロッシングの周辺においてはウォードン・クリーグとダリウス・クロンリーという二大勢力を叩き潰すことに成功し、その後は穀倉地帯と交渉して食料供給の目処も立てているので手腕は確かなようである。……やったの全部乗っ取られだけどね。

元ファーストブレイドという正体を隠していた頃のウルグリムは彼のことを「ウイスキー隊長」と呼んでいたりもした。
バーボンはウイスキーの種類の一種のためと思われるが、ウイスキーの歴史は大体15,16世紀なのに対してバーボンは18世紀に生まれたらしい。文明レベル的にはかなり昔と思っていたケアンは意外とそんなことはないのか、それとも酒造技術が進んでいたのか……。
ちなみに、匿名投稿していた時代に使用した名前の「ジョン・ウイスキー」はここから拝借していた。


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Act91 はいよ! チャーハン一丁!

「……と、いうわけで私の同郷の友人であるウルグリムがお世話になりたいってことだから。ウルグリム、あとよろしく」

 

 センザキでの一件を終え、打ち上げ後に夜が明けてからタバサと扇舟は無事ヨミハラへと戻ってきていた。

 春桃が求めていた調味料の入った荷物は数日中に到着するという話だ。ひとまず目的は達したと言える。

 

 が、この世界への滞在はおよそ1週間程度と見込んでいたウルグリムからすると、その目論見が完全に外れることとなっていた。

 どうせしばらくいるならと、銃兵衛は彼の腕を見込み、衣食住を提供すると約束した上で帰るまでの間自分のところで働かないかと勧誘していた。しかしウルグリムは「友とは離れたくないし、彼女がお世話になっているところに厄介になることにする」とその申し出を辞退している。タバサのバイト先は味龍だ。料理好きである彼としてはそこも影響しているのだろう。

 

 そんなわけで銃兵衛、紅、あやめ、篝の4人とはセンザキで別れ、ウルグリムもタバサについてヨミハラにやってきていた。そのまま味龍を訪れ、帰るまでの間はここで働きたいと申し出てタバサが軽く紹介を済ませたところである。

 

「今、彼女からあったように少々予想外の事態が起きたため、もうしばらくこの世界に留まることとなってしまいました。料理が数少ない趣味なので、私の友人が働いているここで是非働きたいと思っています。どうかよろしくお願いします」

 

 そう言ったウルグリムは、店長代理の春桃をまっすぐ見据えたままだった。見るからに年上、さらに目には見えないがどことなく放たれるプレッシャーに思わず春桃が気圧されそうになる。

 

「わ、わかった。えっと、まずその堅苦しい言葉遣いはやめてくれてもいいぞ。あたしも普通に話すから」

「そうか。それは助かる」

「それで、タバサの友人でいいんだよな? ……結構年は離れてるけど」

「私と扇舟だって年離れてるけど友達だよ? そもそも、友達には年齢も性別も、場合によっては種族でさえも関係ない。私はウルグリムにそう教えてもらった」

 

 へえ、と感心したように春桃は改めてウルグリムを見つめる。確かに威圧感はあるが、それと同時に人間的に成熟しているような感覚もある。今のタバサの言葉がその何よりの証拠とも言えるだろう。未だに危ういタバサや、以前よりかなりマシになったもののまだ不安定なところが見え隠れする扇舟とは大違いだと春桃は思っていた。

 

「タバサの言う通りだな。野暮な質問悪かった。……で、あたしとしてはタバサの友人ってこともあるしオッケーを出したいんだが、お前ら的にどうだ?」

 

 春桃が振り返り、店員である葉月、シャオレイ、そしてトラジローに意見を伺った。

 

「ボクは春桃さんの意思を尊重します」

「右に同じだヨー」

「しっかり働いてくれるならオレは別に構わないぞ」

 

 無事、バイト仲間の了承も得られた。春桃はひとつ頷き、ウルグリムをまっすぐ見つめ直した。

 

「よし、じゃあウルグリムも今日からこの店の店員だ! この店のモットーは『店で働く奴は皆家族!』だからよろしくな!」

「こちらこそよろしく頼む。……ああ、それで厚かましいかもしれないが、可能なら料理を作る側に回りたい。この世界の料理に大いに興味があるからな」

「わかった。ただいきなり任せるのは難しいかもしれないから、とりあえずしばらくはあたしの仕事を見つつ、材料の下ごしらえとかを頼もうかな」

「ああ、承知した」

 

 話がまとまったと、春桃は「よし!」と気合を入れる。

 

「それじゃあ気にしてた調味料は今日か明日中に届くって話だし、タバサと扇舟が戻ってきた上に新戦力も加入したし、今日も張り切って頑張るぞ!」

 

 店内に元気な春桃の声と、それに応える店員たちの声が響いていた。

 

 

 

---

 

 書き入れ時である昼のピークを過ぎた頃。

 

「ただいま。安眠屋のエレーナのところに出前行ってきたよ。後は出前注文入ってない?」

 

 出前を終え、味龍へとタバサが戻ってきた。店内にはほぼ客がおらず、春桃は休憩に入って昼食を取っているようだった。

 

「おお、おかえり。今のところは無いな。お前も今のうちに休憩しておくといい」

「ん、わかった。……けど、なんで春桃の前にチャーハンが2つあるの?」

 

 おかもちを厨房の方へと持って行こうとしつつ、タバサは気になった光景について尋ねる。

 今のタバサの言葉の通り、春桃の眼の前にはチャーハンが盛られた器が2つ並んでいた。春桃は特に大食いというわけでもない。タバサからしてみれば珍しいというか、理由がわからないという感じだった。

 

「いや、まあ……。テストをしてみたんだ」

「テスト?」

「私に鍋を振る資格があるかのテストだよ」

 

 答えたのは厨房の中で中華鍋とおたまを手にした、エプロン姿のウルグリムだった。

 

「しばらく見学していてこの世界での調理の勝手はなんとなくわかった。同時に、店長代理の見様見真似ではあるがチャーハンというものの作り方も。だから試しに作ってみたいと申し出て実際に作り終えたところだった」

「へえ、興味深い。じゃあ私の分の賄いも作ってみてよ」

「……だ、そうだ。店長代理、いいかな?」

 

 好きにしていい、といった様子で春桃は指で丸を作ってウルグリムに合図した。それを受け、小さく笑みをこぼしながらウルグリムが口を開く。

 

「はいよ! チャーハン一丁! ……こう叫ぶのがこの世界の流儀なのだろう?」

「あたしがそうしてるだけで、流儀とかそう言うわけじゃないぞ。ま、気に入ったんならやってくれていいけどさ」

 

 そんな風に厨房に声をかけつつも、春桃は目の前の2つのチャーハンを食べ比べて唸っているようだった。

 

「……で、なんで春桃はそんな不機嫌そうというか、難しい顔をしてるの?」

「ああ、うん……。こっちはあたしが作ったチャーハンなんだが……」

「失敗でもした?」

「いや、普通に普段通り作れたと思ってる。食ってみるか? ……あ、レンゲあたしが使ったやつだ」

「別にいいよ」

 

 タバサは気にした様子もなしに春桃が使ったレンゲで彼女が作ったチャーハンを口に運ぶ。

 

「……ん、いつも通り。おいしい」

「ありがと。……ってなると、つまりはなあ……」

「あ、なるほど。ウルグリムが作ったのが予想よりおいしかった、ってことか」

 

 味龍といえばヨミハラで話題の大衆中華料理店。仮にもそこの店長代理ということで春桃なりに自信やプライドのようなものがあったのだろう。だが異世界の男が見様見真似で作ったというチャーハンが予想よりも美味しいレベルで作られてしまった、となれば心中穏やかではないのかもしれない。

 

「いやいや、本家本元には遠く及ばないと思うがね。とにかく完成だ」

 

 あっという間にウルグリムはチャーハンを作り上げ、そんなことを言いつつタバサの元へと持ってきた。

 

「中華は火が命……。この時間で完成ってことは速度は春桃と同じぐらいか。とりあえず、いただきます」

 

 黄金色の衣を纏った米をレンゲで掬って口へ。咀嚼して飲み込んでから、タバサはその特徴的な大きめの目でウルグリムを真っ直ぐ見据えていた。

 

「どうかな、友よ。是非感想を聞きたいな」

「……ケアンで味がしなかったスープを飲まされた時は信じてなかったけど、ウルグリムって本当に料理上手なんだね」

 

 ダンディなその顔に苦笑が浮かぶ。

 

「塩もまともに使えないあの世界では味付けも何もあったものではないからな。その点この世界は素晴らしい。全く知らないような調味料がたくさんあるのは勿論だが、何より火の取り扱いが容易になっていることは驚きだ。午前中に店長代理の料理の様子を見学させてもらってから手ほどきを受けて作ったのだが……」

「まあ春桃には負けるね。そこは経験の差があるからしょうがない。あとセンザキにあったカンザキ食堂にもかな。でも普通に店に出しても怒られないレベルだと私は思うよ」

 

 言いつつ、タバサは黙々とチャーハンを食べ続けていた。

 

「タバサちゃんもここまで言うなら決まりじゃないかしらね」

 

 と、一足先に休憩を終えていたのだろう。テーブルを拭きながら扇舟がそう言った。

 

「扇舟も食べたの?」

「ええ。私が作るよりもおいしいんじゃないかと思ったというのが正直な感想よ」

「悔しいですがボクでは及ばないと感じましたね……」

「右に同じだヨー」

 

 扇舟だけでなく、葉月とシャオレイも同意見らしい。

 

「ここにいないけど、トラジローはもう食べた?」

「さっき出前から戻ってきた時に食べて行った。うまいかどうか明言はしなかったが、あたしがいいと思うなら別に店に出しても構わない、って朝と同じようなことを言ってたな」

 

 春桃が答える。が、未だ難しい顔をしながら、2つのチャーハンを食べ比べて首を捻りながら、だった。

 

 そこで入口の扉が開いた。入ってきたのは顔に傷のあるオークだ。

 

「やっぱこの時間なら空いてるな」

「お、アルフォンスか。いらっしゃい。悪いな、食べ終わったら作るから」

「別に急がなくていいぜ。こっちも急ぎじゃないし、今日はもう終わりだから一杯引っ掛けてそのまま夕飯までここで済ませてもいいかと思ってたところだ。……それより、そこにいるタバサに聞きたいことがあるんだが。この間お前を探してたオッサンをこの店に案内したんだが、会えたか?」

 

 歴戦のオーク傭兵とも呼ばれるアルフォンスは空いていた席に腰掛けながらタバサにそう話しかけた。それを受け、チャーハンを食べていたタバサは彼を見てから、その視線を訳ありげに厨房の方へと移す。

 

「ウルグリム、このオークと知り合い?」

「ん? どうかしたか? ……ああ、きみは確か……」

 

 タバサの声を受けてウルグリムが顔を出し、少し前の記憶を探っているようだ。

 

「よう。無事タバサと会えたようだな。ってか、目的の人物はタバサで合ってたか?」

「ああ。その件では助かった。お陰で友と会えた。礼を言う」

「それならよかった。……で、あの美人のおっかねえ姉ちゃんは?」

「彼女は元々アミダハラというところにいるらしい。私の案内役をやらされていただけだと言って、もう帰ったよ」

「そうか。もう一度会ってみたかったが……。でもまあその対価が命になる可能性もあったか。それで、あんたのそのエプロン姿……。ここで働くのか?」

「ちょっと予想外の事態が起きてね。友が働いているここでしばらくお世話になることにした。元々料理は趣味だったからな」

 

 一度話した相手からか、それともアルフォンスの社交性が高いからか。2人は早くも友人同士のように会話が弾んでいた。

 

「へえ、あんたの作る料理か。異世界の料理があるなら食ってみたい気もするな」

「……あいにくとケアンは料理がまともに作れるような環境になかったからな。今は店長代理の下でこの世界の料理について学んでいるところだ」

「じゃあ何か作ってみてくれよ。そうすりゃ春桃も急いで目の前のチャーハンを……。なんで2個あるんだ? まあいいや、とにかく急いで食わなくて済むわけだし」

「1個はあたしが、もう1個はこの見習いが作ったチャーハンだよ。……ああ、そうか。相手がアルフォンスなら別にいいか。なあウルグリム、あいつにもチャーハン作ってやってくれるか? それでうまいと言ってもらえたら合格。あとは下積みとかすっ飛ばして、即戦力としてあたしの横で鍋を振って覚えた料理を実際に客に出してもらう。どうだ?」

 

 話がトントン拍子に、そして予想外の方向へと進んでいった。意図せずウルグリムは虚を突かれたように数度瞬きをしたが、やがて顔に笑みが浮かぶ。

 

「……これはまたとない機会だ。彼がいいというのであればだが、是非やらせて欲しい」

「勿論構わないぜ。俺もあんたの料理が食ってみたかったからな」

「よし、決まりだ! じゃあウルグリム、アルフォンスを唸らせるようなチャーハンを作ってみてくれ!」

「はいよ! チャーハン一丁!」

 

 すっかりこの店の流儀に慣れた様子のウルグリムの声が響く。そのまま厨房へと戻って行こうとした彼だったが。

 

「あ、ついでにもうひとつ私の分も追加で作ってほしい。ひとつじゃ足りなかった。何か適当にアレンジしてくれると嬉しい」

 

 いつの間にかチャーハンが盛られた皿を綺麗にして、タバサがそう言った。相変わらずの食べるスピード、それからその量に呆れたように春桃はため息をこぼす。

 

「もう食ってまだ食うのか? まあお前の勝手だからとやかく言わないけど……。じゃあチャーハンを2人前で作ってくれ。それでアルフォンスに出した残りの分で、うちで人気のアレンジチャーハンの作り方を教えるから」

「了解した。……が、友がそんなに食べるとは驚きだ。ケアンでは食べてるところを見かけたかも怪しかったというのに……」

「おいしければ食べるよ。そうじゃないなら生きるための栄養補給でお腹を満たすものって割り切るだけ」

「そういうものか。……とにかく、チャーハン二丁! というわけだな」

 

 今度こそウルグリムは厨房へと入って行った。それを確認し、春桃はアレンジの仕方を教えなければならないと目の前のチャーハンを急いで食べにかかる。

 

「……あ。折角春桃がゆっくり食べられるように、って気を利かせてもらったのにもしかして私のせいでまた急がせることになった?」

「そうと言えなくもないが……。気にしなくていいぞ。慣れてる。……それよりタバサ、ちょっと気になってるんだが」

 

 チャーハンを飲み込んで、声のボリュームを落としながら春桃が話しかけてきた。

 

「ん?」

「ウルグリムはお前のことを『友』としか呼ばなくて名前で呼ばない。お前としてはそれでいいというか、違和感とか無いのか?」

「無い」

 

 即答だった。

 

「タバサって名前はこの世界に来てからつけてもらった名前。ウルグリムはケアンにいた頃からずっと『友』って呼んでたし、今更呼ばれ方が変わるほうが違和感がある」

「ああ……。うん、まあお前がそれでいいって言うなら、それでいいんだが……」

「結局のところ、個を識別できるなら何だっていいよ。確かにタバサって名前は気に入ってるけど、それで呼べと強制するつもりはないし」

 

 やはりざっくりと、そしてドライすぎる考え方だ。しばらく一緒に働いて慣れたつもりの春桃だったが、改めてその異質さを再実感させられる形となっていた。

 そこで会話は終了した。春桃としてはどこか気持ちが晴れない部分がないわけでもないが、当人がこのように言っているのだから必要以上に干渉することもないだろう。

 

「店長代理、そろそろチャーハンが上がる。アレンジメニューを教えに来てくれないか?」

 

 そんな風に考えつつしばらく春桃が目の前のチャーハンを食べていると、厨房からウルグリムの声が聞こえてきた。

 

「あ、わかった。今行く。……やっぱチャーハン2つはちょっと多かったか。残っちゃったな」

「じゃあ新しいのが来るまで私がそれ食べておくよ」

 

 手持ち無沙汰気味にしていたタバサが、春桃が座っていた席にあった2皿の食べかけのチャーハンを自分の席へと持っていく。

 

「食べかけだぞ?」

「別にいいよ」

「それ食べてもうひとつ食べられるのか?」

「余裕」

 

 相変わらず体格に似合わずによく食べると、呆れ気味に春桃は席を立った。それから厨房へと入っていく。

 

「じゃあまずアルフォンスに出す分の普通のチャーハン1人前を手に持ってるお玉で盛り付けてくれ。……なあ、ウルグリム。タバサのこと、名前で呼べって言ったら抵抗はあるか?」

 

 指示を出しながら春桃は気になっていたことを尋ねていた。一瞬ウルグリムの手が止まったが、すぐに考えをまとめたらしく、お玉でチャーハンを掬いながら答える。

 

「……まあ今までずっと『友』と呼んできたからな。若干あるにはあるが、呼べと言われれば従うつもりだ。……当人がそうしろと言ったのか?」

「いや、むしろ逆でタバサ当人は今までと呼ばれ方が変わるほうが違和感だっては言ってた。でもなんかあたしとしてはちょっとモヤモヤする部分があるっていうか……」

「私は友の考えを尊重するよ。この世界で与えられた名前で呼んで欲しいと言われればそうするし、これまで通りで良いと言うのなら特に変えない。……よし、チャーハン一丁上がりだ」

 

 お玉にまとめたチャーハンに皿を近づけ、綺麗に丸く盛り付ける。見様見真似で大まかにやり方を学び、その後春桃が少し教えただけとは思えないような見事な手際だった。

 

「ほんとうまいよなお前……。まあいいや。とにかく、名前の件はタバサ当人次第ってことだな。あいつがあいつであることに変わりはないし」

「その通りだと私も思うよ」

「よし、わかった。じゃあそういうことにしておこう。……センシュー! ウルグリムが作ったチャーハンだ。こいつをアルフォンスのところに持って行ってくれ! ……さて、ここからは気を引き締め直すぞ。この店の人気メニュー、チャーハンのアレンジのひとつでもある魔草あんかけチャーハンの作り方を教えてやる」

「それは楽しみだ。魔草というのはこの店の名物だと聞いたからな」

「そうなったのもセンシューのおかげなんだけどな。ただこいつは扱い方がやや特殊で……」

 

 ウルグリムに手ほどきをしつつも、結局のところは「タバサはタバサ」という考え方でいいのではないだろうかと春桃は考えていた。ちょっと変わってるところがあってよく食うが、仕事もしっかりこなす。

 何より、「店で働く奴は皆家族!」がモットーである、味龍の一員であることに違いない。

 

 そんな彼女に、ウルグリムの新メニューのテストを兼ねて出す料理を作るべく、厨房ではレクチャーが続いていた。




ケアンの食事事情

本編中でも述べている通り、イセリアルに塩が効くために塩すら使えず食事事情が絶望的なケアンであるが、場所によっては「料理人」が存在する。
料理を振る舞ってもらうと活力ゲージが回復する。活力の効果は「非戦闘時にゲージを消費することでヘルスを急速回復できる」というものである。
便利は便利なのだが、非戦闘時というのは具体的に2.5秒必要で、この間に攻撃を受けたり攻撃したり、さらにはDoTによる継続ダメージを受けていたりすると非戦闘時とみなされずに回復が行われない。
そのために活力システム自体の重要度が低くなりがちで、さらには敵が落とす「生命のエッセンス」や「配給食」を取得するとある程度活力ゲージが回復する(なお、味の方は「鮮度のないゴミのような味」とボロクソである)。よって基本的に活力ゲージが足りないという状況に陥ることはほぼなく、料理人の存在すら忘れていたという乗っ取られもいるかもしれない。

料理人がいる場所の1つ目は初めにお世話になる共同体のデビルズクロッシングで、最初の頃は猫を被った一般人モードのウルグリムがこれを担当し、Act3になってファーストブレイドモードになったウルグリムが別な場所に登場した後はデビクロの住人にこの役割が受け継がれる。
ウルグリムを見つけずにAct3に突入した場合も同様に住人が担当するが、逆に言えばこの場合はAct3まで機能が解放されない。
一応ウルグリムはスープを作っていたので、それが配給されていると思われる。ただ、本編中でタバサが述べているように味はほぼ無い様子。
2つ目はAct3でメインの中継地点となる、穀倉地帯でもあるホームステッド。ここはちゃんとモブキャラの名前の前に「料理人」とついている。
具体的に何が振る舞われているのかは説明がないが、ホームステッドはケアンに残された人類最大の軍隊である「ブラックリージョン」の本拠地でもあり、さらには先に述べたように穀倉地帯でもあるために、ケアンの中ではかなりまともな食事ができると思われる。
3つ目はDLCであるAoMを導入することで解放されるAct5で訪れる魔女団の避難所。ただ、ここは料理ではなく薬という形で振る舞われる。魔女の名にふさわしく怪しい大釜で薬を作っているようであり、説明にひたすら臭いと書かれる巨大蟹・キャラクサスの心臓をこれに入れているらしいので味は酷いものと推測できる。
4つ目は同じくAoMのAct5で訪れるバロウホルム。「泥の中の宝石」とも呼ばれており、魔女団の避難所を含めて薄暗い森か沼地で覆われたAct5のエリアに不釣り合いなほど綺麗な街である。
ここはかなり条件が絞られ、敵対可能な勢力であるために友好関係を結んだ上で名声が高くなりすぎないまでという期間限定である。その代わり、なんとおそらく肉が入っているだろう豪勢なシチューが振る舞われる。
……しかし、敵対可能な組織が作る料理である。勿論この肉はただの肉ではないわけで……。私は遠慮しておきます。


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Act92 オボォ……

 ウルグリムが味龍の店員となってから数日。

 キッチン担当が増えたことでさらに余裕が生まれ、結果としてトラジローとタバサはほぼ出前担当となっていた。

 タバサ自身、そのことに不満はない。大分歩き慣れた感じはあるが、ヨミハラの街中を歩くことはどちらかといえば楽しいと思えていた。

 元の世界(ケアン)ではこの規模で無事に残っている街は存在しなかった。加えて、地下という珍しい環境でもある。さらには住人たちも千差万別。よく問題として上がる治安の悪さも終末世界と比べたらかわいいものだ。知らない存在が起こしている揉め事に対しては自業自得として首を突っ込まないという割り切りもできるし、もし彼女自身に火の粉が降り掛かったとして自分で払うだけの力も持っている。

 そういう意味で、無表情無感情を思わせる彼女の好奇心をくすぐるよう特別な環境と言えた。だからこの街を歩くこと自体を楽しんでいる気もあったのだった。

 

 その上今日はクリスマス。地下という立地上、季節のイベントには疎いヨミハラではあるが、さすがにこの日は街全体に少し浮ついた雰囲気が漂っている。出前を持って行ったついでに、昨日の出前の分の器を回収しに行こうと街中を歩くタバサはそんな様子を感じていた。

 もっとも、ケアンではクリスマスなどという風習はない。もしかすると彼女が経験したことがないだけで実はあるのかもしれないが、あったとしてもそんなことをしている余裕など到底無い。街の空気がガラリと変わるというのは、タバサにとって貴重な体験とも言えた。

 

「オボォ……」

「……ん?」

 

 と、そこでタバサは足元から妙な鳴き声が聞こえてきたことに気づいた。いつの間に近づいてきたか、食ったような顔をしている1匹の妙な猫が彼女の足に擦り寄っている。一部が紫色というあまりにユーモラスな毛並みもそうだが、それ以上にタバサは気配を感じ取れないままに接近を許したことに驚いていた。

 

「……猫? 全然気配を感じなかった……。その毛並みといい、もしかしてお前只者じゃない?」

 

 屈んでからまず頭を、次に顎の下を撫でる。「ボ……」というとても猫とは思えない鳴き声ではあるが、その表情は気持ちよさそうだ。

 心なしか、無表情であるタバサの表情もどこか穏やかになっているように見える。だが直後、その表情が強張り、撫でていた手が止まった。

 

「なんだい、こんなところにいたのかい」

 

 その原因がこの声の主であった。

 タバサはかつて、その彼女に会っている。しかし話したことはない。以前会った時は腹の中がまるで読めない、威圧感のある油断ならない相手という認識だったからだ。

 

「……朧」

 

 屈んだままのタバサが見上げるようにしつつ、その声の主を名を呼んだ。目の前の猫は主が現れたとばかりに、今タバサが名を呼んだ女の元へと駆け寄って「ボォ」と鳴きながら足に頬ずりをしている。

 

 紫色のおかっぱ姫カットの髪、大胆に胸元を開いたレオタードのような対魔忍スーツ、貼り付けた不敵で不気味な笑み。裏の世界ではその名を知らない人は言われるノマドの重鎮、朧その人だった。

 

「朧『様』だ。まったく、最近のガキは言葉遣いがなっちゃいないね」

 

 その朧が屈んで猫を抱き上げる。相変わらず猫は嬉しそうに頬ずりを続けていた。

 

「あなたの猫?」

「ああ、そうだよ。いなくなったから、外出できたついでに無理を言って探してたのさ。お前が見つけてくれたって言うなら、その点は感謝してさっきの言葉遣いは目をつぶってやるよ」

 

 その言い方にタバサは違和感を覚える。「外出できた」と「無理を言って」、どちらもノマドの大幹部なら不適当に思えたからだ。

 

「ああ、そうか」

 

 そんなタバサの疑問は、やや遅れて現れたノマドの兵を従えたリーナを見たことで晴れた。

 

「朧様! 申し訳有りませんが勝手な行動は……おわあっ!? た、タバサ!? なんでお前がここに……? というか、朧様と無用なトラブルとか起こしてないんだろうな!?」

「失礼な。出前を持って行ったついでに昨日の分の器を回収に行こうとしたところで、猫を見かけてかまってたら声をかけられただけだよ」

 

 タバサは立ち上がりつつ、おかもちをリーナに見せる。それで仕事中だったと向こうもわかったらしい。

 

「そ、そうか……。ならいいんだが……」

「こいつには何もされちゃいないし、こちらからも何もしてないよ。それに勝手に歩いて悪かったね。こっちの方にいそうな気配がしたもんだからつい、ね」

「やっぱりリーナは監視役か。本来ならイングリッドの下についてるはずなのになんで朧と一緒にいるのかなって思ったけど……。フュルストの一件で当初はフュルスト側についてたから処罰されてるんだっけ」

「朧『様』だと言ってるだろうが。……腹立たしいけどお前が今言った通りだよ」

 

 小太郎たち独立遊撃隊、二車忍軍、さらには静流と災禍に、表向きは傍観の態度を取ったリーナたちイングリッド一派のノマド、そしてタバサ。多くの存在を巻き込んだ末に解決されたフュルストによる反乱だったが、元々は朧もフュルスト側の立場であった。

 しかし明らかに風向きが悪くなったと見るとあっさりと離反。その辺りの状況をつぶさに捉えられるのは、良くも悪くも彼女が「狡猾」と評される由縁であろう。

 結果、フュルストのように命を奪われることはなく、大幹部の座を剥奪こそされたものの、現在はノマドで幽閉の身にある、という話のはずだった。

 

「クリスマスだからって久しぶりにシャバの空気を味わわせてもらったのさ。ついでにスラムの炊き出しの様子も確認したくてね。……そうしたらこいつがどこかに行っちまったからリーナと一緒に探してた、ってわけだ」

 

 頬ずりする猫を引き剥がすように、首根っこを掴みながらそう言う朧。猫は「ボォ……」と相変わらず猫らしくない鳴き声を上げるだけだった。

 

「そっか。まあ今現在自由が制限されてるとはいえ、イングリッドならぞんざいな扱いはしないと思うよ。私はノマドのことはあまり詳しく知らないけど、フュルストの奴は部下からも見限られてる感じがあった一方、あなたは部下からの信頼もあるみたいだし」

「フン……」

 

 不愉快そうに朧は鼻を鳴らした。

 実際、朧の部下たちは彼女を慕っている。ストリートチルドレンだったところを朧に拾われた者が多いからだ。味龍の面々が利用しているジムでの噂や、クリスマスにスラム地区で特別に行われている炊き出しを確認しに行ったという今の話と合わせても、朧は担当しているエリアの管理はしっかりとしているようである。そのために、担当エリアの住人からの評判は悪くない。

 そのため、下手に粛清でもすればそう言った面々の反感も買いかねないとも言える。イングリッドならばその辺りも踏まえてうまくやるだろう、とタバサは考えていた。

 

「そういや、フュルストの奴は表向きは二車忍軍との小競り合いで死んだってことになってるらしいけど、耳にした噂によるとあのふうま小太郎率いる独立遊撃隊がいたってことはわかってる。さらには、実質的にとどめを刺したのはその場にいた異世界の女だってことも。……お前だろ?」

「まあ一応は。見るに見かねて最後は手を貸した。でも私がいなくてもなんとかなってたかもしれない」

「いやいや、最後だけ見ればそうだったかもしれないが、フュルストがお前の世界の存在であるイーサーにまで手を出してたのは予想外だった。お前がいなかったらあの場にいた全員がまともに動けずにやられていただろう」

 

 リーナが口を挟んできた。が、直後、「ノマドは表向きは傍観していた」という建前の事実を思い出したのだろう。「あ!」とまずそうな表情と共に言い繕うように続けた。

 

「い、今のは私の独り言だ! 私はたまたまあの場にいただけだし、特に手を貸したりもしていないからな!」

「まったく……。実力はイングリッドも認めるほどだってのに、そのポンコツっぷりだけはほんとどうしようもないね。そんなあんたが私の監視役ってのもちょっとばかり癪ではあるが……。ま、こいつを探すために同行してくれたことは感謝してるよ」

 

 言いつつ、朧は抱きかかえた猫の顎の下を撫でる。ユニークでユーモラスとしかいいようのない猫は「オボォ……」とまた独特の鳴き声を上げた。

 

「さて、炊き出しはいつもどおりやってるようだし、こいつも見つかったってわけでまた穴ぐらに逆戻りと行こうか。魔界騎士様、先導を頼むよ」

「はい。……じゃあな、タバサ。クリスマスだが仕事頑張れよ。またそのうち食いに行く」

「あ、うん。待ってる。でもリーナはいいとして……」

 

 タバサの視線が朧の方へと向けられる。

 

「今日は特別に外出できたってことは、またしばらく外に出られないんでしょ? 出前の許可が出れば持っていけるけど、捕まってるならそれも無理?」

「さあね。ま、最後の晩餐の時なら多少の無理も通してくれるかもしれないから、その時は考えてやるよ」

「ん、わかった。でも最後の晩餐で持って行きたくはないな。客が減るのは寂しいから、寛大な処置が下ることを祈ってる」

「そうかい。……私にそんな事を言うなんて、あんたも物好きだね。まあいい。リーナ、帰るよ」

 

 本来なら朧は監視される側のはずだ。が、仕切ってその場を後にしようとしている。リーナはタバサに向かって手を上げて別れの挨拶をしてから、慌てたように先導を始めた。

 

(……なるほどね。最初会った時はまったく腹の中を読めなかった。でも……今ならちょっとわかるかも)

 

 背反、と言ったところか。タバサは2つの相反する感情を抱く相手を見かけることが多くなり、見分けられるようになっていた。

 

(朧の中には得体のしれない悪の感情がある。でもそれとは別に……朧本人のものとでも言うべき感情も同在して、2つの魂がせめぎ合ってるような気がする。……悪の方が勝った場合、“乗っ取られ”ることになるのかな)

 

 好奇心が強いということは決して無いはずなのに、なぜかそんな妄想を抱いてしまっていたということにタバサは気づく。

 ひとつため息をこぼして仕事に戻ろうと、昨日の出前の分の器の回収へと向かうのだった。

 

 

 

---

 

 ヨミハラは地下都市だ。だからこそ季節のイベントには疎いわけだが、もうひとつ地上と大きく異なるところとして天気が上げられる。

 地下である以上、基本的に天気は無関係だ。だが、この街には時折「雨」が降る。地上で降った雨が地中を伝い、年月を経て降り注ぐという現象である。タバサもこれには驚いたものだったが、今ではすっかり慣れてしまっていた。

 

 しかし、今現在目の前で起きている現象は、さすがのタバサをもってしても疑問を隠しきれないでいた。

 

「……雪? 雨じゃなくて? 地下にあるこの街で?」

 

 ヨミハラに雪が降っていた。通常ありえないその光景に、タバサはポツリと独り言をこぼしていた。

 

 雪自体はケアンで目にしたことがある。

 ケアン破滅の元凶と呼ばれたクトーニアンであるログホリアン。その化け物のボスを葬るために北へのルートを移動中、アスターカーンと呼ばれる地方を抜ける時に目にしていた。時には極寒の吹雪に閉ざされるその山とは比べ物にならない程度の降雪であるが、そもそもこの状況が異常であることに変わりはない。

 だがタバサはその「大した雪の量ではない」という考えをすぐに改めることにした。昨日の分の出前の器を回収したのであとは味龍へと戻るだけだが、その帰り道を進むにつれて雪の量が増えているように感じたのだ。

 

(確か……今日はクリスマスとかいうこの世界では特別な日なんだっけ。それで静流がバイトを頼んだからふうまがヨミハラに来てるとかだったはず。ってことは原因は多分それでしょ)

 

 ふうま小太郎がトラブルメーカーであるということは彼女もよく知っている。奇妙な物事の中心に彼がいることは多い。

 そんな男がヨミハラに来たタイミングでこの奇妙な現象だ。何かしら絡んでいると考えるのは当然と言えるだろう。

 

 タバサは雪が激しくなる道を進みつつ、懐から携帯を取り出して小太郎の番号をコールする。呼び出し音が鳴るが、出る様子がない。

 

(これだと別な人と話し中ってことかな。ふうまがこの街で異常を感じたとしたらまず静流に連絡を取るはず。今現在その状態だと仮定するなら、これは異常だってことはほぼ確実か)

 

 そんなことを考えながら呼び出し音のままタバサがしばらく待っていると。

 

『タバサか!? 今いるのはヨミハラか?』

「ん。出前の帰りなんだけど、雪が降ってる。今日はふうまがヨミハラに来てるはずだし、原因だろうなと思って電話をかけた」

『いや、なんでもかんでも俺のせいにされるのは不本意だし、今回は俺が原因じゃないんだが……。どうやらこの状況が起きているのは一部エリアだけらしい。それでお前も雪を見てるってことは近くのはずだ。もしものことを考えて合流したい』

「わかった。場所は?」

 

 小太郎はヨミハラの外れにあるエリアにいる、と告げた。タバサからすれば丁度味龍への帰り道の途中に当たる。

 

「雪の量でここから近いんじゃないかって予想はついてたけど、そこならあんまり時間はかからない。急いで行く」

『頼む。……どうもこの先から戦闘の音が聞こえてるみたいだ。俺は静流先生からの指示を仰ぎながら、その戦闘の様子を伺おうと思う』

「私が行くまで無理しないでね」

 

 通話を切り、タバサは指定された場所へ向け駆け出した。次第に雪の勢いが強くなっていることから、道は間違えていないとわかる。さらには、小太郎が言ったように戦闘の音も耳に入ってきた。

 戦っているのは1対1と戦闘音から予想できる。もしも戦っているのが小太郎なら即座に援護に入るべきだろう。フル装備に身を包み、雪が積もる地面の上におかもちを置いて愛剣をそれぞれの手に握りしめる。それでいて可能な限り気配を殺して近づいたところで――。

 

「……誰だ、あれ」

 

 戦っている2人は全く見たことがない存在だった。

 片方は巨大な大男だった。頭から氷の角を生やし、巨大な斧を振り回している。そのたびに冷気が辺りに振りまかれ、これが雪の原因だとタバサは推測していた。

 もう片方は女のようだった。だが、明らかに大男に押されている。攻撃をどうにか回避しているが、それもそろそろ限界のように見える。

 

 とはいえ、タバサからすれば知らない2人。「路上で偶然出会った者」に過ぎない。ここで圧倒的不利な状況にある女が倒れようが、次の矛先が自分に向かないのであれば関係ないし、それをきっかけとしてこの雪がやむという可能性もある。

 そう考えをまとめてこのまま静観していようとしたタバサだったが。

 

「……ん? ふうま?」

 

 大男の背後、小太郎が忍者刀を手に隙を伺っている様子に気づいた。タバサが自分に気づいたと分かると、小太郎は彼女に向けてハンドサインを送ってくる。

 

 ここまでは戦っている2人は、タバサにとって無関係を決め込める相手だった。が、小太郎からのハンドサインを受け取った瞬間、その相手は戦闘に介入すべき存在へと変わった。

 

 タバサが地を蹴る。得意の消えるほどの速度の突進(シャドウストライク)。形勢が不利で防御に徹していた女を追い越し、大男の懐に潜り込んで両手の2本の剣を突き刺そうとする。

 

「お前……!?」

「硬いか」

 

 背後から聞こえてきた、戸惑ったような女の声を聞き流し、タバサはさらに高速の斬撃(アマラスタのクイックカット)を叩き込む。とはいえ初撃がまともに通らなかった相手だ、これもダメージに期待はできない。が、タバサの狙いはそこではない。

 

「ガアアアアアアアアッ!」

 

 大男の狙いがタバサへと切り替わった。それを受け、タバサは小太郎の指示通りに動く。

 まずは大男が振り回したせいで崩れかけた建物付近へと誘導。相手が突進してきて攻撃を仕掛けようとした瞬間、その眼前にフラッシュバンを炸裂させた。

 

「いいぞタバサ!」

 

 そのタイミングで男の背後から隙を伺っていた小太郎が右眼を開く。「目抜け」と呼ばれる理由となった、長い間閉じられ続けていた右眼。ある時をきっかけとして開くようになり、同時にその眼を通して闇の力を発現できるようになったのだが、タバサはその力を異質で危険だとして、あまり使わないように忠告している。

 それでも元来の自己犠牲の精神からか、あるいはずっと疎まれ続けたことをもどかしく思っていたからか。彼は躊躇なくこの力を使っていた。

 

 果たしてその人外の力は歴然たるものであり、タバサの超速度の突進(シャドウストライク)を思わせるかのような加速で大男に追いつくと、眼を通して生み出された闇の刃ですれ違いざまに斬り裂いていた。

 

「グガアアアアアアアアッ!?」

 

 タバサの攻撃で怯むことすらなかった男の巨体がバランスを崩す。そのまま突進の勢いを殺しきれず、崩れかけた建物へと直撃。小太郎の狙い通りに生き埋めの状態を作り出すことができた。

 

「離脱する!」

「チャンスじゃないの?」

「いや、俺達じゃ無理だ。闇の刃ですらダメージを与えた感触がなかった」

「……まあ私も攻撃が通ってるか怪しい感じだったし、従うしかないか」

 

 ずっと大男と戦い続けていた、今は膝をついていた女性を抱えるようにして、小太郎とタバサは崩落場所から離れていく。

 

「おいネイス、大丈夫か!?」

「感謝する……ふうま小太郎……。だが……あの程度ではあいつ……ビョルン=シュトゥルムは倒せない……」

 

 小太郎に抱えられた、ネイスと呼ばれた女性は息も絶え絶えにそう言った。

 

「きららが……狙われてる……」

「きらら先輩が!? おいネイス、どういうことだ!?」

 

 返事はなかった。

 

「死んだ?」

「気絶してるだけだ。……タバサ、その聞き方はどうかと思うぞ」

 

 相変わらずなタバサに小太郎が渋い顔をした時、背後から大男――ネイスがビョルン=シュトゥルムと呼んだ男の咆哮が聞こえてきた。自分に乗っかっている建物の残骸を押し返そうというのだろう。

 

「あいつが出てくるのは時間の問題だと思うけど、どうする?」

「とりあえずきらら先輩が関係してるらしいから連絡が最優先だろう」

「きららも今日ここに来てるの?」

「ああ。俺と一緒でバイトで静流先生の店にいる」

「そっか。後で会おうかな。まあとにかく、私もバイトの途中で抜けてきてるし、一応店に連絡を……。あれ?」

 

 異世界人に似つかわしくない文明の利器であるスマホを操作して戦闘時に装備する仮面(ナマディアズホーン)越しに話そうとし、タバサは首を傾げていた。

 

「どうした?」

「なんか繋がらない」

「繋がらない? まさか……。ああ、クソッ! 電波が死んでる!」

 

 文句をこぼしながら自分のスマホを確認していた小太郎だったが、静流の店に行く道の途中で足を止め、「そういうことか……」と思わず呟いていた。

 

 彼の眼前。地下都市であるヨミハラの天井まで届くほどの分厚い氷の壁が行く手を阻み、この一体を隔離していたのだ。

 




2022年のクリスマスの時期に開催された限定ストーリーイベント、「故郷からの刺客」が元になっているお話。
ちなみに原作では朧はイングリッド、リーナ、ドロレスと一緒に静流の店に行ったところだけ描かれているので、前半部分は勝手に付け足したオリ展開になってます。



おぼ猫

人を食ったような顔をして頭は紫の毛というユーモラスな猫。
もっと噛み砕いてわかりやすく言うならば、デフォルメ化した朧の頭部が付いた猫。
鳴き声は「オボォ……」「ボォ」「ボ……」等。
生みの親は神尾96氏。対魔忍のギャグイラストや、「ゆるゆる対魔忍」という題名で4コマ漫画を書いている方なのだが、その中で登場した朧っぽい猫がいつの間にか「おぼ猫」として公式に逆輸入された形でRPG内に登場している。

朧は原作PCゲームにおいて卑怯・残忍・狡猾を絵に描いたような悪女キャラ・敵キャラであったが、RPG内ではギャップ萌えと言わんばかりにかなり性格が丸くなっており、特にこのおぼ猫が登場してからはその傾向が加速することになったように思える。
具体的にはオーナーをやってるクラブの食い逃げ犯を追いかけるもちゃんと金を払ってくれたら見逃したり、必死になってチアダンスに打ち込んだり、本編中でも述べられているようにヨミハラのストリートチルドレンの面倒を見てスラムで炊き出しを行ったり。
おぼ猫が言いたいことを鳴き声だけで理解する場面も描かれた。
そんな感じでRPG独自の方向性で変化したキャラであり、そろそろ完全に味方ポジに付きそうな勢いですらある。
一方、以前のあの敵役ポジの悪女っぷりが薄まってきてしまって寂しいという声もちらほら聞かれたりしないでもない。

また、おぼ猫はいわゆる大人ゆきかぜがいる未来世界にも存在しており、対魔忍世界において公式チートキャラの1人でもあるナーサラと一緒に行動している。
修羅場をくぐり抜けた影響か、ナーサラでさえも一目置くような不思議な力を持ち合わせており、RPGにおけるデウスエクスマキナになりかねない可能性を秘めている。
そのためにナーサラと合わせて便利さ故にストーリーが陳腐化しかねないと懸念を示すファンもいる模様。
でも個人的にはゆるキャラっぽくてすごく好きだから適度に出してもらいたかったりする。

ちなみに、神尾96氏のイラストはこのおぼ猫に代表されるようにデフォルメ化されて描かれるキャラが多く(勿論キリッと決まってるキャラも描かれている)、特に鹿之助、リリム、ミナサキ辺りにその傾向が強いように思える。
おぼ猫もそうだが、大体の場合は目が「ニ」の間に「・」が入った形というか、「エ」の縦棒が上下にくっついていない形というか、そんな感じで描かれていて脱力系な顔をしている。
RPGでは大分殺伐感は薄れてきているが、本来なら殺伐としている対魔忍世界にシュールな笑いを届ける清涼剤のような存在。それがおぼ猫である。


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Act93 クリスマス……今年もオレはひとり……

 小太郎とタバサの目の前にそびえる氷の壁は向かう側が見えるもののとても分厚く、生半可な攻撃では破壊できそうになかった。さらに建物を無視して広がっているために回り込もうとすることも不可能、上も天井まで届いているために同様だった。

 

「完全に閉じ込められた、ってことか……」

 

 意識を失ったネイスを抱えたまま、思わず小太郎が奥歯を鳴らす。その間にタバサは氷の壁に近づき、手に持つ剣でその壁を軽く叩いて様子を伺っているようだった。

 

「壊せそうか?」

 

 僅かな希望を持って小太郎が尋ねる。

 

「無理だね。確かにこれは氷だけど、それと別に何か術のようなものがかけられてるように感じる。つまりこの場所一帯を辺りから隔離してるような……。あれ? そういうの前にどこかで……」

「フュルストと戦ったときのあれか?」

「ああ……。うん、そうだね。あいつ()そうだったか。とにかく、その類のものだと思う」

 

 タバサが一瞬言い淀んだのは、フュルストの件よりも先に幻影の魔女こと不知火の件の時のことを思い出したからだった。直感的なものだったが、そっちのほうが似てると感じたのだ。同時に、もしそうであるならば今回も最近名前を聞くことが多くなった死霊卿が絡んでいるのかもしれない。

 

「だったら俺の闇の力で……。くっ……」

 

 タバサが考えを巡らせている間に、小太郎が氷の壁目掛けて闇の力を解放するために右眼を開けようとする。が、うまくいかない。先程一度力を解放しているということも関係しているのだろう。

 

「前にもその力はあんまり使うな、って私言ったと思うんだけど。本当ならさっきも使って欲しくなかったし。今使おうとして使えないってことは、完全に制御できてるわけじゃないんでしょ?」

「さっきはうまくいったんだがな……」

「まあどうせ言っても聞かないだろうから今はこれ以上言わないけど。とにかくこれを壊すのは無理だよ。どうする?」

 

 タバサが尋ねたそのタイミングで、先程離れた場所の方から雄叫びが聞こえてきた。ビョルン=シュトゥルムが生き埋め状態からでてきたのかもしれない。

 

「こんな道の真ん中じゃあいつにすぐに見つかっちまう。とりあえずどこかに身を隠して……。可能なら体も暖めたいところだ」

「ん。とにかく動こう」

 

 2人は移動を始めた。だが、しばらく移動したところでますます吹雪が激しさを増していく。もはや移動もままならない。

 

「クソッ……。まさか地下都市のヨミハラでホワイトアウトに遭遇するなんて……」

「ホワイトアウト?」

「吹雪で辺りが見えなくなる現象のことだ。こうなると自分がどこを移動しているかもわからなくなるし、寒さで体温も体力も奪われちまう……」

「つまり闇雲に動き回ると消耗だけする形になりかねないわけか。 ……あの辺に身を隠すのはどう?」

 

 タバサが指さした先。うっすらと何かが見える。

 

「よし……。あそこに行ってみよう。しかしよく見えたな……」

「まあ、このぐらいなら」

「というか、お前寒くないのか……? 俺は対魔忍スーツの防寒機能を使ってももう寒くてしょうがないってのに……」

「元々冷気を得意にしてるからか、冷気耐性が高いからかな。そんなに気にならない。でもふうまが倒れちゃ元も子もないし」

 

 どうにか吹雪の直撃を避けられる物陰へと到着し、小太郎は抱えていたネイスを地面に降ろす。

 

「ううっ……寒い……。『霜の鬼神』のせいかネイスの体温も低いみたいで余計にきつかった……。見つかるかもしれないがこのままじゃ凍死待ったなしだ。とにかく火を起こすか何かしないと……。サバイバル用の防水マッチでどうにか……」

「霜の鬼神? ……あ、そういえば角が生えてるね。じゃあ人間じゃないのか」

「鬼族だ。『鬼哭』っていうマフィアの幹部でもある。……そういやお前のところの味龍はこいつらと魔草の取引をしてるんじゃなかったか?」

「そうなの? 私は店の内情についてはよくわかってないから。……ところで、火消えちゃってるけど」

 

 話つつも、小太郎はどうにか火を起こして暖を取ろうとしていた。だが、マッチの種火から火を拡大させようとしても、今タバサが指摘したようにうまくいかずに消えてしまう。

 

「ダメだ、うまくいかない……。この空間が異常だから、普通の火じゃかき消されるのかも……。いや、待てよ。普通じゃない火ならいけるかもしれないか……!?」

 

 何かに気づいたように小太郎はタバサを見つめた。

 

「タバサ、ブラックウォーターカクテルだ。異世界のお前の力ならこの状況下でも火を起こせるかもしれない」

「でも私の火炎属性は冷気属性に変換されて……。あ、そうか。装備で変換されてるってことだけは認識できてるんだから、外せばいいんだ」

 

 それまで身につけていたフード付きの仮面(ナマディアズホーン)を脱ぎ、胸のメダルも外す。それらをインベントリへと収納したのだろう。手から消した後で、タバサは地面へと不可思議な力で生み出した火炎瓶を放り投げた。

 

「おお、消えない! 暖かさを感じるから確かに炎だし、これならいけそうだ! あとは燃やせそうなものを……」

「いいよ。大した負担じゃないし私が定期的に使う。それともテルミットマインにする? そっちの方がより高温だろうし長い間展開できるけど……」

「それはダメだ。あれじゃおそらく温度が高すぎる。寒いからと言って高温の火元で暖を取ろうとすると、温度に対する感覚が麻痺していて気づかないうちに火傷を負う危険性もある」

「なるほど……。ふうまは博識だね。じゃあ火が消えそうになったら使い直すから」

 

 暖を取っていた火が消えそうになってきたところでそう言うと、タバサは再び火炎瓶を生み出して火を起こす。

 

「……どういう原理だからわからないけどすげえよな」

 

 タバサが生み出しているのは確かに火炎瓶だ。そのため、瓶の破片も地面にはある。

 ところが、火が消えるとその破片もまた消えてしまうのだ。つまるところ、火炎瓶自体を召喚している、という考え方がもっとも妥当なのかもしれない。

 

「以前は集団戦の訓練の後、冷気化されたこれで涼んだっけな。今は暖を取るのに役立つとは……」

「本来こういう使い方じゃ無いはずなんだけど……。まあいいか。……で、寒さの方はマシになった?」

 

 炎に手をかざしている小太郎だが、まだその震えは止まらない。

 

「多少は、ってところだな……。かといってもっと強力な炎じゃさっき言ったみたいに火傷の危険性がある。現状これでどうにかするしかないな」

「そっか。じゃあそろそろ気になってることを聞いてもいいかな。そもそもあの大男は何者で、なんでこんな雪が降ってるの?」

「俺にも詳しいことはわからないんだが……」

 

 そう前置きをした上で、小太郎は話を始めた。

 

 まだ気を失ったままのネイスも、先程暴れまわっていたビョルン=シュトゥルム霜の鬼神。さらには口ぶりからして、今回はきららが関係しているというような雰囲気だった。

 霜の鬼神は冷気を操る能力を持つ。きららは父が対魔忍だが、母親は霜の鬼神だ。つまりきららはハーフに当たり、冷気を操る能力は母親譲りということになる。彼女の頭には実は角が生えているのだが、目立たないように大きなリボンともさもさのの髪で見えないようにしていた。

 そんなきららの両親はともに亡くなったという話のはずだった。しかし、ここで霜の鬼神の一族が出張ってくるということは、その母親絡みで何かあったのではないか、と小太郎は予想を話していた。

 

「でもきららの母親はずっと前に死んでるんでしょ? なんで今さら?」

「わからない。きらら先輩が霜の鬼神の一族の娘であることは事実だから、後継者問題で何かあったのかもしれない。あるいは、亡くなったと思われていたお母さんも実は生きていて、何か事情があって死亡を偽装していたとかそういうことも考えられる。とにかく現時点では判断しきれない」

()()親子間での問題ってこともあるのか」

 

 どこかうんざりした様子でタバサはそう言った。その口ぶりから、おそらくはゆきかぜと不知火の親子のことを言っているのだろうと、以前の件で一枚噛んだ小太郎にはわかった。

 

「まあ話は大体わかった。でも今はそれを一旦置いておくとして。……ふうま。あれ、敵?」

 

 と、そこで会話を一旦中断してタバサが尋ねてきた。彼女の視線の先に目を移すと、この雪の中を自力で歩く雪だるまの姿が目に入る。しかも何か独り言をブツブツと呟いているようだった。

 

『クリスマス……今年もオレはひとり……。クソリア充どもめ……。ブツブツ……』

「あいつは……!」

 

 以前のクリスマスの際、小太郎は蛇子に誘われてまえさき市へとイルミネーションを見に行ったのだが、その時に現れたのがこの雪だるまの怨霊――雪の悪霊であった。

 クリスマスというのは基本的に明るいイベントだ。だが、光があれば闇がある。恋人や家族と仲良く過ごすクリスマスを恨むような怨念が集まって悪霊化したのが、雪の悪霊と呼ばれるあの雪だるまだ、と小太郎はタバサに説明した。

 

「え? 他人の幸せを妬んで悪霊化したってこと? 他人の不幸を願うなんて無駄な労力を割けるぐらいなら、それを自分のために使おうとか考えないわけ?」

「……タバサ、ド正論だがあいつには言うなよ。絶対逆効果だ」

「別に言っても言わなくても変わらないと思うよ。敵ってことだろうし、消すだけだから」

 

 早くもタバサは戦闘モードに入ろうとしていた。だが、戦闘用の仮面(ナマディアズホーン)を装備すれば今使っている火炎が冷気へと変わる。とはいえ、冷気属性を得意としているために、装備しない場合は戦闘能力が大きく低下することにもなってしまう。そのためにさっさと片付けて暖を取る小太郎の邪魔をしたくないと考えていた。

 

「待て待て、俺にいい案がある。緊急事態だ、あいつを利用させてもらおう」

「利用? 大丈夫なの?」

「多分な。まずくなったらタバサになんとかしてもらえるって保険つきだ。やるに越したことはない。あと、それと別なことでお前に協力してもらうことになるかもしれないが、大丈夫か?」

「私にできることなら」

 

 タバサの了解を取り付け、「よし……」と小太郎はひとつ息を吐いた。

 

「……おい、お前! 久しぶりだな!」

 

 それから意を決したように雪だるまへとに声をかける。その間、タバサは装備を一部外してこそいるものの、いつでも臨戦態勢に移れる状態を保ちつつ、暖を取るためのブラックウォーターカクテルを地面に放り投げていた。

 

『その声……。お前はあの時のリア充! クソッ……今日も別な女を連れて……。しかもよく見たら霜の鬼神の女までいるじゃないか! これだからリア充は……』

「やべえ、やっぱ無理だったか、これ……。言っておくが霜の鬼神は気を失ったから助けただけだし、こいつも別に俺の彼女ってわけじゃない。だろ、タバサ?」

 

 不意に話を振られたタバサは、数度瞬きをしてから相変わらずの無感情で答えた。

 

「彼女っていうのは恋人ってこと? ふうまのことは友達だとは思ってるけど、私は愛とか恋とかそういう感情はわからないから、恋人とは違う」

『え……。あ、そういう系の子か。でも無愛想だけどかわいい系だしポイントは高い』

「お前……。本人がわかってないみたいだからいいようなものの、その言い方は失礼だぞ……。それに『そういう系』でもない。タバサはこの世界の人間じゃない。そのせいもあってか、少し特殊なんだ」

『やっぱりそういう系ってことか。まあ色んな女の子がいるんだ、少しこじらせてるぐらいならオレは気にしない』

「だから違うっての!」

 

 どうも漫才のようなやり取りになってしまっている。話が進まないと小太郎がじれ始めていると。

 

「全く話についていけないんだけど、もしかして私馬鹿にされてる? ……ふうまが役に立つみたいに言ってたけど、敵ってことでいいの?」

「も、もうちょっと待ってくれ! こいつを説得するから!」

「なんなら言うことを聞かないなら私が叩き斬るって言えば……。あ、ダメだ。暴力を背景にした説得はやめろってアサギに言われたんだった。まあそういうのは私の分野外だからふうまに任せる。まずくなったら言って」

 

 あくまで臨戦態勢を保ったまま、タバサはそう言うとブラックウォーターカクテルを一定間隔で投げ続けていた。

 

『……なあ、その子、よく見ると火炎瓶投げてない?』

「投げてるぞ」

『なんで瓶の破片が残らないんだ?』

「さっき言っただろ、異世界のちょっと特殊な人間だって。これでわかったか? ……ちなみに、あいつは敵とみなした相手には容赦ないが、そうじゃないならまあそれなりに接してくれる。つまり、お前次第で女の子と一緒にクリマスを過ごせるってことだ。……どうだ、ちょっと俺に手を貸してくれないか? お前だってひとりぼっちのクリスマスは嫌なんだろ?」

『む……。ウググ……』

 

 悪知恵使いの小太郎の本領発揮。タバサには少し悪いと思いつつも、雪の悪霊の弱点でもある女子に弱いという点をうまく使おうとしていた。

 実は、小太郎がやったわけではないが、過去に似たような方法でこの相手をうまく利用できたことがあったのだ。雪の悪霊は10年に1度現れる、との伝承があったのだが、初めて現れた翌年にもなぜか現れていた。しかしクリスマスケーキ販売のバイトをしていた“斬鬼”ことあの秋山凜子と、土遁の術の使い手である篠原(しのはら)まりによってマスコットとしてケーキ販売の手伝いをさせられることとなったのだ。女子2人と話せるということでクリスマスにリア充気分を味わえる点が対価になったのだろう。また、万が一のために凜子が常に見張っていたために安全も確保されていた。

 今、状況としてはそこに少し似ている。話し相手も見張りもタバサに任せざるをえないために負担を強いることになってしまうが、そこまでしてでも小太郎はこの相手の力を借りたかったのだ。

 

「お前、冷気を食える能力持ってたよな? この寒さじゃ俺の体がもたない。お前のその能力で俺を助けてほしいんだ」

 

 その力というのが、今小太郎が述べたものだった。初めて現れた際はこの悪霊が冷気を吸収していたせいで、街が異常な暖冬となるほどだった。うまく引き入れられれば、この吹雪を確実に凌げるだろう。

 

『……あの子だけか?』

「え?」

『オレと一緒にクリスマスを過ごしてくれる女の子は、あの子だけかって聞いてる』

 

 だが事はそう簡単には運ばない。女子を餌にすれば食いつくという小太郎の考えは間違えてはいないようだが、決め手に欠ける様子だ。

 一瞬、小太郎は黙り込んで考えを巡らせた。やはり1人だけでは押しが弱いかもしれない。が、閉じ込められている以上、他の女子の都合はすぐにはつけられない。

 

『気絶してるそこの霜の鬼神が目を覚ましたら、オレと一緒にクリスマスを過ごしてくれるか?』

「あ、それは無理」

『ムググ……』

 

 反応が悪い。やはりタバサ1人だけでは説得できるか怪しいらしい。こうなればギャンブルだと小太郎は腹を括った。当人に確認を取っていないが、背に腹は代えられない。命の危機と説明すれば、事後承諾でもきっと納得してくれるだろう。

 そう考え、小太郎は最強の切り札――きららを引き合いに出すことにした。現在の弱い手札(ワンペア)が、懸命のブラフで強力な幻想の役(フォーカード)へと作り変えられる。

 

「もし俺がここから生き延びられたら、巨乳ツンデレのかわいい女の子と一緒にクリスマスを過ごさせてやる! しかもサンタ服だ!」

『きょ、巨乳ツンデレ! サンタ服!』

 

 きららの効果は絶大で、どうやらギャンブルには勝ったらしい。

 甘い提案に雪の悪霊は乗った。目には見えないが能力を発揮したようで、明らかに寒さが和らいでいるのがわかる。

 

「おお、暖かくなってきた!」

「だね」

 

 タバサも同意している以上間違いないだろう。周囲にフィールドが張られたように寒気が薄れ、ブラックウォーターカクテルの火で体感温度が上昇している。

 

『おい、約束通りにしたぞ。それで、巨乳ツンデレサンタ娘はまだ来ないみたいだが、それまではこのこじらせ娘と過ごしていいんだろ?』

「だからこじらせてねえって。あとその言い方は大概失礼だ。……タバサ、焚き火を供給してもらってる中すまないんだが、こいつの相手もいいか?」

「別にいいよ。ただ妙な動きを見せたら斬るから。で、相手って何すればいいの?」

『グフフ……。男女がクリスマスにすることと言ったらひとつしかないだろう……』

「あ、やべ……」

 

 小太郎の約束は「女の子と一緒にクリスマスを過ごさせる」だ。となれば、蛮行に走られる可能性もある。しかし相手はタバサ、そんなことを許すわけもなく問答無用で叩き斬られるのがオチだろう。これでは折角の説得が無駄になると肩を下ろしかけた小太郎だったが。

 

『まずはお互いをよく知るために話そうじゃないか!』

「ピュアボーイかよ!」

 

 思わず小太郎はずっこけながらツッコミを入れていた。

 

『何を言う。コミュニケーションは大切だ。こんなのは基本中の基本だぞ』

「……昔は人をリア充だと決めつけて襲いかかってきたやつがどの口で言ってんだか」

『それはそれだ! と、とにかく! ゴホン……。あー、えっと……今日はいい天気だな』

 

 思わず「口下手かよ!」とまたツッコミそうになった小太郎だったが、体力を温存しておこうと頭を抱えながらそれをやめた。

 

「全然よくない。こんな吹雪はアスターカーンでも見たことがない」

『あ、うん……。キミにとってはそうかもしれないけど、オレにとってはいい天気なわけで……』

「雪だるまだから?」

『そ、そうそう! 正確には雪の悪霊なんだけど……。いや、そんな物騒な名前つけられてるけど、別に悪いことばかりしてるわけじゃないから、ほんとほんと!』

 

 完全に女子に免疫がない男子と、全く興味がない女子の構図である。自分で提案しておきながらも、小太郎はどうにもいたたまれない気分にならざるを得なかった。

 

「もう見てられねえ……。タバサ、何か面白い話でもしてやってくれ。こいつ口下手みたいだ。それに、段々暖かくなってきて眠くなってきたけど、ここで寝たら雪山で寝るようなもんで、俺も目を覚ましたいってのもあるから……」

『いいぞ、そのまま寝てろ。雪山で眠るのは最高に気持ちいいらしい』

「それはお前基準だろ。人間はその状況だと命を落としかねないんだよ」

「ふうまが死ぬのは嫌だな。何か目の覚めるような話……。あ、夏にゆきかぜの家でパジャマパーティとかってのをやった時に怖い話をすると目が覚めるって聞いたっけ」

 

 ゆきかぜの家でのパジャマパーティ。そう言えばあの時は鹿之助と一緒に東京キングダムに行ったせいで、蛇子が当てつけるようにそれを企画したんだったかと小太郎は思い出した。

 

「それは怖い話でゾッとして涼を取るためな気もしないでもないが……。その時に何か話したのか?」

「私が話すと洒落にならない話が出てきそうって言われてゆきかぜに止められた。でも……ああ、雪を見て思い出した。怖い話あるよ。お前もそれを聞くってことでいい?」

 

 一応タバサは雪だるまに確認を取る。

 

『え? あ、いいよ。こじらせてる怖い話はちょっと楽しみ』

「何回も言うけどこじらせて無いっての。タバサの話はおそらくガチだぞ。……まあいいや、こいつの許可も出たし、頼む」

 

 小太郎の声にひとつ頷くと、焚き火に薪を追加するようにブラックウォーターカクテルを地面に放り投げてからタバサは口を開いた。

 

「わかった。じゃあ話すね。これは、私がいた世界で読んだ日記にあった話だよ」




アスターカーン

Grim DawnのAct4の中継地点である「アイコン砦」へ向かう際に広がるエリア。
アスターカーンの名前のついたエリアは山地、街道、渓谷と続く。
山地だけでなく一帯が降雪地域のようであり、一般人からするとここを山越えしなければならないために南北の移動の難易度が高まっているようである。乗っ取られには全く関係ないけど。
獣系モンスターが多くいるエリアで、獣人であるグローブルの他にチルメインと呼ばれるイエティのようなモンスターも闊歩している。
アスターカーンに入る前のゲートを出てアイコン砦に向かうまでに上に述べた通りの地名の3つの中継リフトがあり、その長さを窺い知ることができる。
途中には隠しクエのエリアの他、神であるモグドロゲン(通称モグおじ)を祀る祠があり、条件を満たせばここでモグおじ(厳密にいえばそのアバターらしい)にケンカをふっかけることも可能。
この地域を越えてアイコン砦に入るといよいよベースゲームの最終盤へと突入。ネクロポリスと呼ばれる地域を目指し、そこの奥地で召喚されたログホリアンを討伐することが目標となる。

ちなみに、予定されている大型拡張DLC第3弾のタイトルは「Fangs of Asterkarn」(アスターカーンの牙)。つまりこのアスターカーン地方が舞台になる可能性が決定的になっている。
元々この地域の古の存在と思われる冬王ことフロスナー王や、その娘のコルバといった名前は武具で見かけることがあった他、新マスタリーのバーサーカーはアスターカーンの守護者という立ち位置らしい。
しかし逆に言えばそのぐらいしか情報がなく、未だ謎に包まれた地域とも言える。……まあハクスラなんで舞台背景はそこそこに留まると言ってしまえば身も蓋もないのだが。


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Act94 ホラーかと思ったらそっち方面かよ……

「私がいた世界……ケアンにはアスターカーンっていう地域があってね。北のネクロポリスと南のダークヴェイルやホームステッドを隔てるように険しい山道で遮る形になってる。ネクロポリスは早くから邪教徒であるクトーニアンの連中が勢力を伸ばしていたことに加えて、ホームステッドは土地としても豊かだからというこで移住を決めた人も少なくないみたい。これは、そんな家族の妻がアスターカーンで遭遇したことを書いた話」

 

 ジャーナルの書き手である妻のヌアナは、一家の大黒柱のジョンと9歳になる娘のシルヴィーと3人で、ワゴンを引く馬車とともに治安が悪化したネクロポリスを離れて新天地を求める旅に出ていた。気候の厳しいアスターカーンを抜け、ダークヴェイルで食料を調達する。そんな予定だった。

 不安な大人2人の心を暖めてくれたのは娘のシルヴィーだった。微笑みながら話してくれたり、花を摘んで駆け寄って来てくれたり。そびえ立つ山に雪が降る前に通り過ぎることができるように祈りながら、3人は南の旅の道を進んでいった。

 

 だがヌアナの嫌な予感は的中する。山を抜ける前に雪が振り始めたのだ。

 

 旅路は苦しいものとなり、移動のペースも落ちる。それでもどうにか3人はダークヴェイルの砦のふもとにある平原まで到着した。

 しかし不幸は続く。先に到着していた旅行者たちがダークヴェイルへの道が閉鎖されたと伝えてきたのである。

 

 引き返そうにも降雪が始まった山脈を再び抜けることは不可能だった。八方塞がりとなった3人は、先に到着していた者たちと共にキャンプをせざるを得なかった。

 やがて、荷物を引いてきた馬が死んだ。食料として活用できたが、キャンプの他の者たちにも分け与えなければならず、消費が早くなってしまった。もし分けなければ何をされるかわからない、というジョンの考えからだった。

 

 旅の始まりからひと月近く、キャンプを始めてから2週間程度。馬肉はとうに無くなっており、食料は底をついた。木の実や、食べられるなら虫でさえも探すような有り様となっていた。

 そんなある日、キャンプ内の男がシルヴィーを襲おうとする事件があった。ジョンは娘を守るためにその男を殺した。

 翌日、ジョンは肉を持ってきた。その肉が何かとは言わず、またキャンプの他の男たちも彼の娘が襲われた事件のことだけを聞くと、何も言わずに受け取っていった。

 

『え……。ちょっと待って……。もしかしてそれって……』

 

 自身も悪霊の類のはずなのに、ここまでどこか怯えた様子で聞いていた雪だるまが思わず口を挟んだ。それだけでタバサも何を言いたいのか察したのだろう。ひとつ頷いて答える。

 

「この世界の武装難民だっけ、あいつらの中にも()()()()連中がいるらしいけど、つまりはそういうことだよ。ケアンには()()自体を習慣的に行う集団すらあった。まあ今話してる場合は飢えに耐えきれなくなって、だろうけど。……あ、私は勿論まったくやったことないよ」

『ひ、ひぃ……』

「ホラーかと思ったらそっち方面かよ……。でもこの話、それで終わりじゃないんだろ?」

 

 おそらくは寒さのせいだろうが、もしかしたら怖さのせいもあるかもしれない。体を震わせながら、小太郎が尋ねた。

 

「ん。というより、おそらくこの件がきっかけになっというか、これでタガが外れたというか。……とにかく続けるね」

 

 一度一線を踏み越えてしまえば、もう止まることはできない。

 

 やがてジョンはキャンプの中の男に「娘を差し出す」と、甘い言葉を投げかけてテントへと呼び込んだ。

 

 当然嘘である。

 

 妻と娘の目の前で、ジョンはその男を殺した。だが耐え難い空腹は、人が目の前で殺されたという事実よりも深刻だった。

 そうしてモラルに反する方法を取りながらもどうにか生き続けた3人だったが、ある時ジョンが獲物に反撃されて大怪我を追った。おそらく長くはもたない、とヌアナにはわかった。しかし、妻の心の中には確実に近づいてくる夫の死に対する悲しみはまるでなかった。

 やがて彼は息絶え、代わりにしばらくの食料が手に入った。

 

 気づけば、キャンプ地にはヌアナとシルヴィーの親子以外誰もいなくなっていた。飢えが収まることは無く、それ以外のことを考えられない。

 ヌアナはシルヴィーに獲物をおびき寄せることを提案し、シルヴィーは喜んでそれを受け入れた。もはやシルヴィーは狩人となっていた。

 

 獲物を追いかける。食べることは気持ちいい。寒さも感じない。髪も抜けた。それでも空腹は収まらない。

 さあ、もっと見つけろ。獲物を追いかけろ。恐怖が肉を甘くする。もっと肉を。もっと、もっと……。

 

「……私がジャーナルから読み取れたのはここまで。あとはもう文字とも言えないような理解不能な記号が並んでた。これが私が知る怖い話なんだけど……。眠気は覚めた?」

 

 淡々と話しながら、それでも火は切らさないようにタバサはブラックウォーターカクテルを投げ続けていた。その炎と雪の悪霊の力のお陰で寒さは多少紛れているはずだが、小太郎は身震いしている。

 

『人間怖すぎ……。作り話だとしても怖いし、本当ならもっと怖い……』

 

 ついでに雪だるまのくせに悪霊の方も体を震わせているようだった。

 

「なんで悪霊のお前までビビってるんだよ……。お前だって人間の怨念の集合体なんだから似たようなもんじゃないのか?」

『いやいや、全く別。それ人間と猿が同じっていうぐらい間違ってる。名前が先行してるせいでイメージ悪いけど、オレはそんなに悪いやつじゃないから』

 

 確かにこいつ自身はそこまで大きな問題を起こしたわけではなかったか、と思いかけた小太郎だったが、それでもリア充を妬んで一方的に狙ってきた時点でそんなことはなかったと思い直さざるを得なかった。

 

「とりあえずひとつ話してみたけど、まだ必要? それならそれで何か思い出すけど」

『あ、いやそれはもう十分ってことで……。それよりも普通に話したいかな』

「普通ってのはどういうことを話せばいいの?」

 

 そして気づけばまた怖い話の前段階へと会話が戻ってしまっている。

 

(あぁ……。静流先生、早く助けに来てください……。寒さもだけど、それ以上に別なもので俺は今とても辛いです……)

 

 思わず小太郎はそんな風に思わざるを得なかった。

 

---

 

 

 

 一方その頃。

 

 味龍の面々もこの異常事態を感じ取っていた。地下であるはずのヨミハラに雪が降るというだけでもおかしなことである。

 それでも店に関係がなければ静観を決め込んでいただろうが、出前に出ているタバサとトラジローの2人が戻ってこないとなれば話は別だ。

 

「トラジローとは話ができた。出前先に電話を掛けたら、雪に巻き込まれたって言ってた。無理はさせないほうがいいと思ったからもうしばらく出前先で待機してもらって、雪が収まったら戻ってくるように言っておいた。ただ……」

「タバサちゃんには連絡がつかないのね?」

 

 この雪で店に来る客足も減っている。そのために暇を持て余した扇舟が厨房にやってきて、状況を確認しているところだった。彼女の問いかけに、電話の受話器をおいた春桃が重々しく頷く。

 

「今ヨミハラで起きてる何かに巻き込まれた可能性が高いと思う。あたし自身はあまり首を突っ込みたくないんだが……」

「なら代わりに私が行く。どうせこの状態じゃいてもいなくても変わらないようなものでしょうし」

「店長代理、すまないが私も友が心配だから扇舟に同行したい。もし荒事になった場合は戦力が多いに越したことはないだろう。それに異世界で友に何かあったとなれば、今この世界にいる私の責任問題にもなりかねない」

「わかった。じゃあ扇舟とウルグリムはタバサを探しに行ってくれ。店の方は私達でもなんとかなるから、頼んだぞ」

 

 真剣な表情をした春桃の言葉に2人は小さく頷く。それからエプロンを外して自分のロッカーから装備品を取り出して身につけ、店を後にした。

 

「さて……。出てきたはいいけれどどこから探しましょうか」

「……向こうだな。戦闘の音が聞こえる」

 

 神経を集中させた様子を見せてからウルグリムはそう言って指さした。

 

「私には何も聞こえないのだけれど……。いいわ、信じる。行きましょう」

 

 タバサとはそこそこ付き合いが長いため、彼女が大概人間離れしていることを扇舟は知っている。そのタバサが認めているほどなのだから、目の前のこの男も同列で語ってしまっていいのだろう。よって疑うようなこともせず、扇舟は素直にその言葉を信じることにしていた。

 

 雪が降るヨミハラの街を疾走し、少し経ったところでウルグリムが言ったことは間違いないと扇舟はわかった。

 

「あれは……!」

 

 サンタコスの女性が2人戦っているのが目に入る。金髪に眼鏡、コスチュームからこぼれんばかりの胸から1人は静流だとすぐにわかった。もう片方のグレーの髪をした格闘スタイルで戦う少女の方は初めて見るが、おそらく対魔忍だろうと扇舟は予想を立てていた。

 そんな2人は相当数の死霊たちを相手にしていた。が、如何せん数で分が悪い。圧倒的不利、というわけではないが、決定打を欠いているように見える。さらに死霊たちの背後にはより強力な存在であるレイスが数体控えていた。

 

「戦っているのは宿の下にある酒場の女店主か。もう1人はわからないが……。相手は銃兵衛たちと乗り込んだ船の中で戦った連中に近いようだな」

 

 ウルグリムも静流の酒場の上にある宿泊所で生活している。元々アンネローゼと共に初めて訪れた際、扇舟を通して紹介してもらっていたことも影響しているのだろう。そのため、まだあまり話してはいないものの静流とは顔見知りの関係でもある。

 

「それで、加勢でいいのかな?」

「勿論。死霊たちをお願い。奥のレイスは私がやる」

「構わないが……。君はその右手の爪に毒を塗布する戦い方が得意だと聞いた。だが死霊にはその毒の効果が薄いという話だったのではないか?」

 

 フッと扇舟は小さく笑う。そうしつつ、懐から透明な液体が入った容器を取り出し、戦闘用である右手の義手の甲へとセットした。

 

「おっしゃる通り。でもここ最近、死霊卿の手のものと思われる連中と戦う機会が増えたとも感じていた。だから、連中に効く特性の毒を用意しておいたのよ」

「今装填したのはそれ、というわけだな。わかった。奥の厄介そうなのは任せよう」

 

 背中の二振りの剣を抜き、ウルグリムがさらに加速。タバサも得意とする消えるほどの突進(シャドウストライク)で切り込む。遅れまいと扇舟も続き、前方で戦う対魔忍たちの援護に入ろうとしていた。




南の旅

タバサが本編中で語った内容が記されたジャーナルのタイトル。3人の家族の妻であるヌアナが記す形となっている。
内容はおおよそ本編で述べた通りであり、幸せな家族が旅で行き詰まり、主人であるジョンを失い、生き残ったヌアナとシルヴィーはやがて食人を生きるための手段から目的へと変えていき、次第に怪物と化していく様子を描いた衝撃的なジャーナル。
ダークなジャーナルが多いグリドン内においても屈指のダーク&ホラーな内容であり、徐々に正気を失っていく日記はかの有名なかゆうまを連想させるものがある。
また、拡張版DLCであるAoMを入れると2人の名前がついたモンスターが追加される。Act5で見かける敵の容姿をしている。
しかしいくら化け物になったとはいえ所詮は有象無象のモブ敵扱い。乗っ取られの相手ではないので、意識していないと「なんでこのモンスターがここにいるの?」って感じであっさり倒してしまって気づかなかったりもする。
それにしてもなんでわざわざAct5の、主にバロウホルム周辺で見られるモンスターをここに追加したんだろうなあ……(すっとぼけ)。

なお博識乗っ取られによるとこのジャーナルにはリアルの元ネタがあるらしく、「ドナー隊事件」という19世紀半ばに起きたアメリカ開拓民の遭難に端を発した一連の事件ではないかとのこと。あのホラー映画の「シャイニング」でもドナー隊については軽く触れられてるとか。怖いから見たこと無いけど……。
ただし、あまりにも衝撃的な事件であるため、調べる際は非常に注意して欲しい。リアルでこれが起きていたと思うとゲーム内の内容以上にかなり怖い。


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Act95 この世界では、どうやら今日はこういう格好をする日のようだが……

 多数の死霊たちと対峙していた静流は、後方から誰かが迫る気配を感じ取っていた。敵であれば挟み撃ちという最悪の状況。だが足運びの雰囲気からそれは無いだろうと、どこか楽観的な考えを持って振り返る。

 目を移すと、その予感は正しいことが証明された。彼女が店長を務める酒場の2階にある宿泊所を利用している元対魔忍の女性と視線が合う。

 

「援護するわ! 静流さん、態勢を立て直して!」

 

 目が合った相手――扇舟が叫ぶ。強力な助っ人が来てくれたと静流が感じたのとほぼ同時、風のように彼女の横をすり抜けた相手によって1体の死霊が斬り裂かれて消滅していた。こちらも最近宿泊所に住み着くようになったウルグリムだ。

 今の彼の一撃から、恐るべき速度と戦闘能力の高さがあることを静流は理解した。まさしく望むべき展開。すぐに状況把握を完了させて思考を整理し、共に戦っていた学生対魔忍の少女に声を掛ける。

 

御影(みかげ)さん、強力な助っ人が来てくれたわ。引き気味の対処に変更を。私はこいつらをまとめて片付けるのに準備をするから、援護をお願い」

「えっ、あ、はい!」

 

 大きく後退した静流の指示に従い、御影と呼ばれたまだ若い対魔忍の少女――御影小梅(こうめ)は数歩分後退した。が、それでは今突如突っ込んできた相手に狙いが集中してしまうことに気づく。どうしたものかと小梅が一瞬迷っていると。

 

「影よ!」

 

 ウルグリムは得意のリビングシャドウを召喚。数の差による不利を一気に解消にかかった。

 

「影遁の術……!? しかもこれだけの影を生み出せるなんて……」

 

 思わず小梅がポツリと呟いた瞬間、2人を追い抜いて扇舟が戦線へと飛び込んだ。

 

「扇舟! 道を切り開く、行け!」

「わかった!」

 

 ウルグリムとシャドウたちの猛攻で死霊たちの壁に穴が開く。埋めようと立ち塞がった相手を爪で薙ぎ払いながら、扇舟はレイス連中へと狙いを定めていた。

 今、格下の死霊は「特性の毒」に成す術なく倒れた。ならば、より上位に位置するレイスであっても効果が期待できる。そう確信した扇舟は、1番近い位置にいたレイスとの間合いを詰めて貫手を突き出した。

 ゆらり、とレイスが動いて貫手を回避。だが扇舟は当然そこまで予測している。右手を横へと薙ぎ払い、レイスの体を斬り裂いた。

 

「……!?」

 

 声こそ無かったが、レイスは明らかに困惑していた。斬り裂かれた部分から消滅が始まり、やがて音もなく消え去る。予想通り、いや、それ以上の効果に思わず扇舟の口の端が上がった。

 扇舟が作った「特性の毒」は、通常の生物には全く効果はない。が、アンデッドとなれば話は別となる。

 

 その正体とは、いわゆる聖水であった。

 

 魔除けや悪魔祓いとして効果がある植物や魔草をメルメの店で見繕い、それらから抽出して作り出したものである。薬と毒は表裏一体。通常なら呪いに対して効果を生み出すようなその薬は、死霊たちに対しては強力な毒となっていた。

 

「急いで作り上げたものだったけど、狙い通りね。これなら……!」

 

 本来感情がないはずのレイスたちが目に見えて動揺しているのがわかる。この隙に付け入らない手はない。

 近くにいた相手に狙いを定め、扇舟は得意の低い姿勢から一気に肉薄。右手を一瞬動かし、フェイントを入れて相手の出方を見る。レイスは回避を最優先とし、間合いを取るためにすうっと後退しようとした。

 

「遅い」

 

 相手の動きが予測できるなら対処も可能だ。すかさず扇舟は大きく踏み込んで、胸部と思しき場所へ貫手を放つ。聖水を纏ったその一撃により、声もなく2体目のレイスが消え去った。

 

「す、すごい……。なんて高度に鍛え上げられた対魔殺法……!」

 

 まだ若い小梅は、思わずその動きに見入ってしまっていた。

 彼女も体術として対魔殺法を駆使して戦うためにその練度の高さはよく分かる。大胆、かつ無駄がない。だが対魔殺法を駆使しているのに、目の前の相手をこれまで見た記憶がない。一体何者なのだろうかと、戦闘中に似つかわしくなく思いを巡らせていると。

 

「御影さん! 奥の左側のレイス、魔術を使おうとしているわ! 援護してあげて!」

 

 その背後で準備のために時間を割いていた静流からの声が飛んだ。

 

「は、はいっ! 影遁・影縛撃!」

 

 小梅が自分の忍法である影遁を発動する。影遁使いとして有名なさくらと比べると技量も出力も明らかに劣ってしまっていることは、彼女自身痛いほど分かっている。実際、魔術を発動しようとしていたレイスの動きは一瞬止まっただけだった。

 

「くっ……。やっぱり一瞬しか……」

「あの人にとってはそれで十分よ」

 

 悔しそうに小梅が呟いたその時、背後から静流の優しげな声が聞こえてきた。言葉の通り、今ので攻撃の気配を感じ取った扇舟はその相手へと標的を変えている。レイスは慌てて再度魔術を発動しようとしたようだが、それより早く聖水を塗布した扇舟の爪が薙ぎ払われていた。

 

 ペースは完全に扇舟とウルグリムが握っていた。このままなら倒し切るのも時間の問題だろう。そんな空気が流れていた、その時。

 

「準備が整ったわ! 一気に殲滅するから、2人とも下がって!」

 

 そう叫ぶ静流の声が響いた。指示に従ってまず扇舟が攻撃の手を止めて後退。次いで、ウルグリムがシャドウの召喚を解除し、牽制用に魔力で作り出した幻影の刃(ファンタズマルブレイズ)を死霊目掛けて投げつける。これによって追いかけてこようとする敵の足が止まる形になった。

 

 そこへ、静流の足元から発芽した草が一気に伸びていく。木遁の術で急速に成長を促した結果だ。それは死霊やレイスへと食らいつくすかのように絡みつくと、あっという間に霊体である敵の体を消し去ってしまっていた。

 

「やっぱり吸魂草の効果は絶大ね」

 

 これ以上植物が成長して他に影響が出ないよう、枯らせながら静流はそう言った。

 

「すごいな……。植物を操るとは聞いていたが、今のが君の忍法というわけだ」

 

 二振りの剣を背中の鞘に収めつつ、感心したようにウルグリムが呟く。

 

「どちらかといえば私よりもこの植物が死霊相手に効果的という話だけどね。吸魂草と言って、戦場の跡地に現れる地縛霊なんかを駆除するために使う魔草よ。発芽までに時間がかかるけど、私の術と相性の悪い死霊相手には切り札になると思ってメルメから買っておいたの」

 

 自分の聖水といい、この戦いではメルメが間接的に大活躍だな、と扇舟は考えていた。

 

「あ、あの……。静流先生、このお二方は何者なんですか? 一緒に戦ってくれたんで味方ということはわかります。でも、そちらの男性は対魔忍っぽくないのにすごい影遁の術を使ったし、こちらの女性は見事な対魔殺法を見せていたので対魔忍だと思うのですが、見かけた記憶がなくて……」

 

 と、そこでおずおずと小梅が口を挟んできた。

 

「そうね、互いに知っておいたほうがいいわね。……彼女は御影小梅さん。このサンタ服の格好でわかるかもしれないけれど、今日は私の店のバイトに来てくれていたの」

 

 小梅がペコリと頭を下げる。その様子を見ていたウルグリムは彼女を見て、それから静流の服装も見た上で、訳ありげに扇舟へと視線を移していた。

 

「……何?」

「この世界では、どうやら今日はこういう格好をする日のようだが……。うちの店ではそんな様子すら無かったと思ってな。いいのか?」

「私に言われても困るわよ。店長代理の春桃さんの決定次第なんだし。それに、私みたいなおばさんがこの2人のような格好をしても似合わないと思う」

「またまた、謙遜を」

 

 ウルグリムの軽口に思わず扇舟が肩をすくめる。そこで静流が「そろそろいい?」と2人の紹介に移りたいと意思を示してきた。

 

「彼女は扇舟さん。味龍で働いているわ。あの対魔殺法で気づいたかもしれないけれど元対魔忍よ。でも脛に傷を持つ者が多いこの街にいるということは……まあそういうことだから、あまり深く詮索しないであげて」

「あ……。はい、わかりました」

 

 小梅は扇舟の名前に心当たりはなかったらしい。何かがきっかけで抜け忍になった、とでも考えたのだろう。静流の機転で嫌な過去を探られなかったことに思わず扇舟は小さく息を吐く。

 そんな彼女の様子に気づいたのだろう。チラリと視線を送ってきた静流がひとつウインクしてみせた。

 

「次に、ダンディな彼はウルグリムさん。異世界人よ。扇舟さんと同じく今は味龍で働いている。御影さんはタバサちゃん……ここ最近転入してきた3人と別に、学園に在籍はしていなかったけど五車にしばらくいた子のことは知ってる?」

「噂程度に……。あの凜子先輩に勝った人がいて、なんか異世界人だっては聞いたことがあるんですが……」

「その彼女を探すために来たのが彼になるわけ。ただ、トラブルでもうしばらくこの世界にいるみたいだけれど」

「じゃあさっきのは影遁の術ではないんですか?」

 

 興味本位の小梅の問いかけに対し、ウルグリムは首を横に振って否定した。

 

「そういえば銃兵衛も似たようなことを言っていたな。リビングシャドウは名も無き影の戦士を召喚する天界の力というものだ。君たちのいう忍法とは全く別なものになる。……見た限り、君は先程敵の影を束縛、ひいては本体の動きまで阻害したように見えた。しかし私にできるのはあくまで影の戦士を召喚すること。君のように影を使って何かをすることはできないのだよ」

 

 小梅は影を操る自分の忍法と似てこそいるものの、全く別物だとわかったらしい。同時に、ほんの一瞬で自分の忍法を見抜いたということも。ただ頷きつつ、感心したような声を漏らすばかりだった。

 

「御影さん。自分にコンプレックスを抱く必要はないわ。まず、今彼が言った通りあの影の戦士は影遁とは全く別物。そして、あなたは私の指示通りにちゃんと援護して、レイスの魔術の発動を止めているのだから」

「それはそうかもしれませんけど……。でも、止められたのはほんの一瞬だったし……」

「例え一瞬だったしても、私にとっては絶妙の援護だった。だから、今静流さんが言ったようにもっと自信を持った方がいいと思うわ」

 

 照れくさそうに小梅が俯いている。そういえば年下の対魔忍をこんな風に褒めたことは今まで無かったのではないだろうか、とふと扇舟は思っていた。

 

(井河長老衆だった頃は、常に他人を道具としてしか見ていなかった……。きっと私は彼女のような未来のある若い対魔忍を何人も手にかけてきたのね……)

 

 一瞬、扇舟の表情が曇った。静流が目ざとくその様子に気づいたらしい。手をパン、と叩いてその場の全員の注目を集めて話題を切り替える。

 

「さあ、敵を片付けて自己紹介も済んだところで鬼崎さんのところへ行きましょう。彼女は一足先にあの氷の壁へと向かった。冷気の扱いを得意としている彼女なら、中へ入る方法をもう見つけているかもしれないわ」




影遁の術

異能系忍法のひとつで影を操る能力。本編中で小梅が使用しているが、一般的には対魔忍主要キャラの1人であるさくらの方が有名。
影に潜む、影から物を取り出す、影を生物のように変化させて襲わせるなど用途は多岐にわたっている。
あまりにも便利で強すぎるため、原作ゲームでのさくらは制限をかけられるような形が多いように感じた。具体的には早々に敵に捕まったり力を使えない等のペナルティが与えられていたり。
そういった束縛から解き放たれたRPGでは全忍法の中でトップクラスに使い勝手が良いのではないかと思うほどのチートっぷりを披露し、大体さくらのおかげでなんとかなったなんてことはザラとなっている。
RPGの奥義を見る限りだと自分の影分身のような存在を作り出して攻撃なんてこともしているため、極めている者ならばリビングシャドウを凌ぐ汎用性を秘めている可能性もある。
本編で登場した小梅は相手の影を操って動きを封じたり、自分の影を操って通常考えられない動きをしたりと操る能力に特化しているようである。
とはいえさくらと比べるとその力の差は歴然のようで、当人はその事にコンプレックスを抱いている気配もある。
他には井河長老衆に属していた、アサギと遠い親戚に当たる井河影臣(かげおみ)というキャラも影遁に近い術を使用していた。
が、彼の場合は敵キャラの噛ませ役として1チャプターに登場しただけな上に、有用装備を落とすレイドボスになっているため、ATKと会心をアップさせる装備目的でひたすら狩られまくってる男という印象のほうが強いかもしれない。


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Act96 待っていたぞおおおお! 巨乳ツンデレサンタ娘ちゃああああん!!

『……だから本来クリスマスっていうのは男女が共に過ごすような日じゃないんだよね。なのに最近の若い連中ときたら……』

「ちょっと待った。……ふうま、何人かが近づいてくるような気配がある」

 

 互いをよく知るために話す、などと意気込んでいた雪の悪霊だったが、女子に対する免疫がないのは致命的だった。タバサの怖い話が終わった後、結局は酔った説教親父よろしく、ぐだぐだとクダを巻き続けてタバサは適当にそれを聞き流す状態が続いていた。

 そんな中、不意にタバサは相手の言葉を遮って小太郎にそう声をかける。雪だるまの話を極力耳に入れないように半ば放心状態で暖を取っていた小太郎はその言葉でようやく目に光を取り戻していた。

 

「本当か!? 誰だかわかるか?」

「5人いる。扇舟とウルグリムは確実。あとは静流も。きららもいるみたいだけど……私が知ってる雰囲気とはちょっと違うような感じもして自信がない。それから全く知らないのが1人」

「多分知らないのは小梅だ。俺と一緒に静流先生の店にバイトに来てる。こちらは数的にもメンツ的にも間違いなさそうだ。やっと助けが来てくれたか……。でも扇舟さんはわかるが、そのウルグリムって人は誰だ?」

「静流から聞いてない? 私と同郷の異世界人。私を連れ戻しに来たんだけどトラブルで戻れなくなっちゃって。今味龍で働いている。私が戻らない上にこんな地下なのに雪が降ってきたから、2人とも店から来たんだと思う」

「……初耳だぞ」

 

 タバサの口調だと、ウルグリムの件は静流は知っているということになる。おそらく自分が知らないだけで静流を通してアサギの耳には既に入っているのだろうと小太郎は考えることにした。

 

「その人の件、俺に連絡くれてもよかったんじゃないか?」

「私もウルグリムもこの世界にまだ残りそうだからいいやと思ってた。……あ、そういえばセンザキに行って銃兵衛とか紅とかにも会ったって話すのもまだだったっけ」

「あいつらにも会ったのか? ……こいつじゃなくて俺がお前と話してればよかったな、こりゃ」

 

 思わず小太郎はため息をこぼす。が、雪の悪霊はそれを見て不満そうに口を開いた。

 

『あのさ、オレは女の子と話すってことを引き換えにお前を助けたわけ。なのにその言い分はおかしくない? あとお前の知り合いが来たなら、ついに巨乳ツンデレサンタ服娘に会えるってことでいいんだな?』

「まあ……。そうなるな。でもまだ当人に確認を取ったわけじゃないから……」

『うおおおおおっ! 楽しみだ! どこだ、オレの巨乳ツンデレサンタ娘ちゃん!』

 

 まだ見ぬ美少女への期待から雪の悪霊のテンションが上がったようだ。それに伴って行使している力の範囲も広がる。つまり、これまで寒さを食っていた範囲が数人が収まる程度だったものが、一気に数百メートル単位に広がっていた。

 

「ねえ、あそこ! なんか吹雪いてない場所がある!」

 

 その異変は探す側にも効果的に働いた。結界内の吹雪の中、小太郎を探していたきららが気づいたのだ。

 

「今の声……。きららかな?」

「多分そうだな。……おーい、きらら先輩! 俺はここです!」

 

 小走りに駆け寄ってくる気配を感じる。吹雪の中から現れたのは、白と赤のサンタ服を模した衣装に身を包んだきららだった。その彼女を先頭に、同じくサンタ服姿の静流と小梅、それから普段通りの格好の扇舟とウルグリムが続いていた。

 

「ふうま! 良かった、無事みたいね……。ってか、なんかここ妙に暖かいし……」

『待っていたぞおおおお! 巨乳ツンデレサンタ娘ちゃああああん!!』

 

 その時。高すぎる期待値のハードルを更に超えてきた美少女が目の前に現れたからだろうか。理性のタガが外れた様子の雪の悪霊が突然走り出した。

 

「あ、バカ! まだ先輩に確認も何も……」

「え……なんなのよ、この雪だるま!」

 

 まだ小太郎から何の説明も受けていないきららからすれば、不審者ならぬ不審雪だるまが迫ってきたという状況に他ならない。反射的に彼女は前蹴りを繰り出しており、雪の悪霊は彼女の足裏に顔面から突っ込んで蹴り飛ばされる形となった。

 

『グググッ……。話が……違う……』

「まだ先輩には確認も何も取ってないんだ、そりゃそうなるだろ……。タバサの時は落ち着いてたのになんで今回に限ってこんなことしたんだ?」

 

 完全にノックダウンした雪だるまを覗き込みながら小太郎が尋ねる。

 

『だって……。予想以上に美少女過ぎて……。こんなかわいい子とクリスマスを過ごせると思ったら、つい……』

「女子の免疫無いもんな……。って、あんま言うとタバサに失礼になっちまうか」

「別にいいよ。私はかわいいとかよくわからないから気にしていないし」

 

 タバサも雪だるまを覗き込んだ。

 

「まあ、お前のおかげでふうまは助かったからそこは感謝してる。でもその後きららに取った行動を考えると、今のこの状況は自業自得としか言いようがない。仮に私でも正体不明の相手が突然迫ってきたら自衛のために多分斬ってるし」

『追い打ちかけないで……。でもクリスマスに女の子と過ごせたのは事実だからそれなりに満足もしてる……。もし良かったらだけど、来年のクリスマスもオレと一緒に……』

「あ、それは約束できない。その時までこの世界にいるかまだわからないし」

『……そうか、そうだね。そういう設定だったね……』

「だから設定じゃなくてタバサは本物の異世界人……。って、もう溶けちまってるじゃねえか」

 

 どこか満ち足りたような表情のまま、雪の悪霊はその名の通り雪のように溶けて消えてしまっていた。タバサが言った通り自業自得だから仕方がないし、クリスマスを女子と過ごすという望みは一応叶えたのだからいいかと、小太郎は考えを切り替えることにした。

 

「さて、と……。静流先生、来てくれて助かりました。色んな意味で」

「お礼なら鬼崎さんに。あの氷の壁を破ったのは彼女だから」

「ま、まあね! 私にかかればあのぐらい楽勝よ!」

 

 思わず静流が小さく笑いながら「楽勝ねぇ……」とこぼす。

 確かに、結界となっていた氷の壁はきららによって破られた。だが、立ち塞がっていた死霊どもを蹴散らして静流たちが駆けつけた時は、まだきららは壁を突破する方法を見つけられていなかった。血を滲ませながら拳を必至に叩きつけていたきららだったが、幼い頃に聞いた母の声を不意に思い出したのだった。

 

「『もっと優しい気持ちで力を使いなさい』。ママがそう言ってたのを思い出してね。そうしたらあの氷の壁を突破できたの」

「その後もすごかったですよ。氷の魔物みたいなのが襲ってきたんですが、きらら先輩があっさりなだめちゃったというか。戦闘もしないで追い返しちゃったんです」

 

 小梅の補足に小太郎が感心したような声を上げる。同時に「……ああ、そういうことなのかな」とタバサが呟くのが分かった。

 

「何がそういうことなんだ?」

 

 思わず気にかけた小太郎が尋ねる。

 

「さっき気配を感じ取った時、なんだかきららだけ以前と違う感じがした。気のせいかと思ったけど、多分きららの内面が少し変わったからなんだと思う」

「……あんた、そんなこともわかるの?」

「なんとなくね。以前は、集団戦のときもそうだったけど、多分ぶつかり合ってもなんとかなりそうって雰囲気はあった。でも今は……かなり分が悪いように感じてる」

「む……。昔は舐められてたのか。……まあいいわ。あんたのおかげでふうまが助かったってのもあるんでしょうし、今日のところは気にしないでおいてあげる」

 

 腰に手を当て、サンタコスのきららはどこか誇らしげにそう言った。

 

「それはそうと……。ふうまくん、そこにいるネイスは……」

 

 問いかけたのは静流だ。

 

「ダメージはあるみたいですが気を失っているだけです」

「よかった……。魔草をはじめとして魔界産の材料の仕入れは彼女を通してるから、何かあったら味龍としては困るところだったわ……」

 

 それを受けて安堵したように扇舟がそう溢す。

 

「あ、やっぱりそうなんだ。私そんなこと全然知らなかったのに」

「ヨルの魔草を仕入れることになった時に窓口に立ったのが私だったからね。……いえ、お店の話は後にしましょう。ふうまくん、この吹雪は何がどうなって……」

 

 扇舟がそこまで言った、その時だった。

 遠くのほうで野太い雄たけびのような声が響き渡った。

 

「……今吠えたやつが原因ですよ。ビョルン=シュトゥルムっていう霜の鬼神が暴れまわってるんです。意識を失う前のネイスはきらら先輩が狙われてる、とか言ってたんですが……」

「上等よ! 狙われてるとか言われて、はいそうですかって逃げられるもんですか! ふうまをこんな目に遭わせてるんだもの、その分はキッチリ返してやるわ!」

「とはいえ強敵だよ。確かにきららの力は増したように感じる。だけど、さっき私が戦った時はまともに傷もつけられなかった。ふうまの闇の力でも無理。結果的に時間を稼いで逃げるのが精一杯だったし」

 

 内面を見通す能力に優れ、力量差を正確に把握するタバサの忠告に、きららも一瞬たじろいだ様子だった。が、それでも己を鼓舞させるように手のひらに拳を打ち付ける。

 

「そんなのやってみないとわかんないでしょ! まさかあんたビビってんの!?」

「ビビってるわけじゃない。でも……。悪いけど、私はそっちの戦いには加われない」

「ハァ!?」

 

 言っている意味がわからないときららがタバサを睨みつけた。しかしタバサはきららの方を向いていない。その視線の先を追うように見つめたところで、タバサが言わんとしていることがわかった。

 

「死霊……!? 外で倒したのに、こっちにも……!?」

 

 思わず扇舟がそう呟く。彼女の言葉通り、吹雪の中にうっすらと死霊たちの姿が浮かび上がっていたのだ。一方でタバサは気にした様子もなく口を開く。

 

「結構な数いる。目的はわからないけど、もし戦闘に介入してくるなら足止めが必要になる。……質より量の相手は慣れてる。どのみち、さっきのあいつには私じゃダメージを与えられそうになかったし、絡め手も効くか怪しかった。だったらこいつらの相手は私1人が担当するから、ふうまに残りのメンバーを指揮してあの大男を倒してもらいたい」

 

 もはや小太郎のために火を起こす必要はない。炎を冷気に変えないように制限していた装備を元に戻したタバサは、戦闘用の仮面(ナマディアズホーン)を身に着けていた。

 

「いや、そうは言うが……」

 

 小太郎は思わずこの中で唯一知らない人物であるナイスミドルの男性――ウルグリムの方へチラリと視線を移した。タバサもそれに気づいたのだろう。

 

「ウルグリムは私と同じぐらい強いし、単純な剣の技術だけなら間違いなく私より上だと思う。センザキに行った時も紅との模擬戦で圧倒してた」

「あの紅を……?」

「それはいささか誇大表現だ。あくまで軽い手合わせをしただけのこと。彼女が本気を出せば全く別な結果になったという可能性が高かったと思うがね。……時に、この世界で過ごしてから我が友の戦い方が明らかに変わったわけだが、それを教えたのは君かね?」

 

 問いかけ自体は普通、語気も特に強い様子はない。しかし、小太郎は意図せず気圧されていた。

 タバサとはまた別な意味で百戦錬磨の猛者。言うなれば、五車学園の校長室でアサギと対面したときのような。この相手は只者ではないと一瞬で見抜きつつ、緊張した面持ちで「ええ、まぁ……」と小太郎は肯定した。

 

「そうか。この状況で自己紹介というのは悠長な気がしないでもないが、私はウルグリム。友と同じケアン……異世界の者だ。友から話を聞いて君には興味があった。是非私も君の指揮下で戦わせてほしい」

 

 願ってもない申し出だが、やはりどうにも体に力が入ってしまう。

 

「こちらこそよろしくお願いします。ふうま小太郎です」

 

 そう言いつつ差し出した右手を差し出す動きはぎこちなく、握手した手も汗ばんでいることを小太郎は自覚せざるを得なかった。

 

「ちょっと待ってウルグリム。タバサちゃんをひとりにするつもり? いくらなんでも……」

「扇舟、心配なのはわからなくもないが、友はあの程度の相手には遅れはとらんよ。たとえその数が膨大であろうと、さっき君が斬り裂いた上位種のような相手が出てきたとしても、だ。……ケアンではあの程度、日常茶飯事だ。そうだろう?」

 

 斬るべき相手の方へ顔を向けたまま、タバサは無言で頷いた。

 

「ならばここは友に任せるべきだ。それに……。何か思うところがあるようにも感じる。ケアンでも気が立っている時はあんな雰囲気だった。ああいう時は近づかないほうがいい。邪魔だと思われるだけだからな」

 

 つまり今のウルグリムの言葉が当たっているとするなら、タバサは苛立っているということになる。その理由も気にはなったが、今はビョルン=シュトゥルムの対策を最優先にすべきだと考えを切り替えた。

 

「じゃあタバサ、ここは任せる。無理はするなよ。何匹か撃ち漏らしたぐらいならこっちでもどうにでもできるように心構えはしておくからな。……よし皆、行こう」

 

 フル装備で戦闘態勢のタバサだけを残し、霜の鬼神をどうにかするために他の全員は吹雪へと消えていった。

 

「……撃ち漏らしは無いと思うよ。こいつらの目的は多分私だろうから」

 

 しばらくしてからタバサはポツリと呟いた。その彼女の全面に死霊たちが展開している。一触即発の状態。

 

「中途半端だな。……おい、本気で私を殺したいなら包囲させろ。その方が有効だろうし、こちらとしても一度に多くを斬れて時間短縮に繋がる」

 

 と、突如タバサは虚空に向かってそう声を上げていた。

 

「隠れるのがうまいのは認める。どこにいるかはわからない。でも、あの結界を張った張本人……どっかで私を見てるんだろ? こんな雑魚をけしかけても互いに無駄な消耗をするだけだ。お前が私の前に出てこい。それで全てが済む」

 

 幻影の魔女のアジトで感じた空間が遮断される雰囲気。それと今回の結界が似ている。タバサはずっとそのことを感じていた。その矢先に死霊卿旗下の兵隊である死霊やレイスが大量に現れたとなれば、前回と今回で結界を張った相手は同じだろうという予想にたどり着くのは容易だった。

 

「……無視か。ならこの雑兵をすべて消す。それでお前の考えが変わるかもしれないからな」

 

 タバサが消える。超高速の突撃(シャドウストライク)。手始めの挨拶代わりに1体目の死霊を切り裂く。吹雪の中の戦いの火蓋が切って落とされた。




雪の悪霊

雪だるまのような姿をした悪霊で、クリスマスを幸せに過ごすリア充への怨念が集まって生み出された存在。10年に1度現れると言われている。
寒さを食べるという能力を持ち、そのせいで記録的暖冬になってしまうこともあるとか。
初登場はRPGサービス開始後初のクリスマスイベとなった、2018年12月14日から28日まで開催の「悪霊とホワイトクリスマス」。
五車町から近い(といっても電車とバスを乗り継いで数時間かかる設定)都会の都市であるまえさき市にイルミネーションを見るために蛇子と一緒に来ていた小太郎をリア充と決めつけて襲いかかり(まあ実際彼は間違いなくリア充だろうけど)、最終的には魔女見習いのリリスによって消滅させられた。
……はずだったのだが、翌年のイベントにも何故か登場。
ただ、この時は本編中でも軽く触れたように凜子とまりが完全に手綱を握ってクリスマスケーキ販売のマスコットをさせられていた。
それでもクリスマスを女子と一緒に過ごせたということで当人はまんざらでもなかった様子。
その後しばらく出なかったが、本編の元になっている話である2022年クリスマスイベ「故郷からの刺客」で再登場。
原作では本編の状況から焚き火役のタバサがいないため、かなりガチで小太郎の命を救った功労者クラスの活躍をしている。
が、本編同様にきららの姿を見て抱きつこうとして蹴り飛ばされて消滅というかわいそうな最期を迎え、挙げ句小太郎もきららも特に気しないという扱いをされてしまっている。
このことについて「小太郎は一応命を救ってもらったのにちょっとひどくない?」と感じてしまい、とりあえずタバサと一緒に過ごさせてあげようという形を取ることにした。
なお、このさらに翌年のクリスマスイベにも登場。クリアやカラスと雪合戦したり、対魔忍の朝比奈(あさひな)逸華(いちか)とまた会おうと約束を取り付けたりとリア充のようなクリスマスを過ごした。よかったね、おめでとう。
こんな感じで10年に1度とか言われてたくせに既に4回ほどストーリーに登場しているわけだが、果たして今年のクリスマスは逸華との約束が果たされるのか、はたまた特に登場せずに終わるのか……。


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Act97 彼女に真名を伝えろ……

(なるほど……。明確な場所までは把握できずとも、私が近くにいることまではわかるか。異世界の力を使っているであろう戦い方も興味深い。しかし……)

 

 吹雪が舞うヨミハラの街中。その中にある建物の屋上から、獣人のような男が眼下の戦闘を監視していた。

 この区域を辺り一体から分断した結界を作り出した張本人。死霊騎士のアヌビスである。

 

 結界師としても超一流の彼は氷の壁のような結界を作り出しただけでなく、自分の周囲にも結界を張っていた。これにより、タバサにすら位置を悟られること無く見事に潜伏している。

 

(異世界の小娘は我が主が気にかけるほどとは思えんな)

 

 吹雪を斬り裂いて、タバサの天界の力である氷の槍(ブリザード)炎の塊(メテオシャワー)が降り注ぐ。その槍に貫かれ、あるいは塊に押しつぶされて、尖兵として送り込んだ死霊とレイスが次々と消滅させられていく。

 さらには彼女自身の二刀流、加えて刃の精霊(ブレイドスピリット)四足の獣(ネメシス)による攻撃。そして武器とリングから放たれるエレメンタルの力。数の不利を全く気にすること無く、次々と戦う相手の数を減らしていっている。

 

 ()()()()()()()

 

(幻影の魔女のアジトに攻撃をかけた際、ワイトは足止めさせていた手駒を全てこいつによって失ったと言っていた。センザキにちょっかいを出したウィスプも注意したほうがいいかもしれないとしてこいつの存在を上げた。それを聞いた主は興味を持ったようだが……。確かに強いのは認めよう。それでも対魔忍であれ魔族であれ、このぐらいの力を持つ者を探し出すことはさほど困難ではなかろう。……それよりも、厄介さでいえばやはりあの娘の方が上だ)

 

 アヌビスは雄叫びが響き渡る方ヘと視線を移した。吹雪で見えないが、その先で戦っているであろう対魔忍の娘。

 

(私の結界をあっさりと打ち破った……。そんな芸当ができる者は、おいそれとは存在しない。まず間違いなかろう。おそらくあれは霜の鬼神の族長、ラグナロクの娘。注視すべきはそちらの方だ)

 

 ビョルン=シュトゥルムは敗れるだろう。アヌビスはそう予想していた。だが別にそれで構わない。

 彼の目的は、主――すなわち、死霊卿が興味を持った存在である異世界人を己の目で確かめること。そして、対立する勢力である魔界九貴族の一角、“賢明卿”に力を貸すラグナロクの娘の存在を確認することだ。

 もしビョルン=シュトゥルムが敗れるほどの力を持っているとするならば、その存在はラグナロクの娘に違いない。仮にそうならなかったとしたら、所詮それまでの話だと言うだけのことだ。報告すべき内容はほぼ固まった。

 

 未だ地上で狂ったように剣を振るい続ける異世界人の少女を見下ろしつつ、考えをまとめたアヌビスはいつでも帰還できるように転移ゲートを起動できる状態にしていた。

 

 

 

---

 

(派手に暴れてみせてるけど、やっぱり姿を現す気はないか。じゃあしょうがない。こいつらをさっさと片付けてふうまの援護に行こう)

 

 どこかから監視されていることはわかっている。だがその位置がつかめない。

 相手はこちらの力を見たがっている。けしかけてきた雑魚を蹴散らしていればいずれ気が変わるかもしれない。

 

 そんな風に考えて死霊やレイスと戦い続けていたタバサだったが、おそらく元凶が顔を出してくる可能性は極めて低いと感じ始めていた。結局最初から捨て駒として戦力をぶつけてきたのだろう。いいようにこちらが試されたことは少し癪だが、そこで相手の位置を見抜き切れない自分が全て悪いと、タバサはドライに考えを割り切っていた。

 

 これ以上は時間を割くだけ無駄だ。とにかく早く敵を始末する。まずはより高位で比較的厄介な存在であるレイスから片付けようとタバサは考えを固めた。

 降り注ぐ氷の槍(ブリザード)炎の塊(メテオシャワー)の中で、迫りくる死霊たちを周回する幻影の刃(リングオブスチール)回転攻撃(ホワーリングデス)で薙ぎ払い、冷気を纏った突進(アマトクの息)でレイスへと体当たり。左の剣による牽制の一撃(アマラスタのブレイドバースト)を叩き込んだ直後、高速の三連撃(アマラスタのクイックカット)で斬り裂いて目の前のレイスを消滅させていた。

 それが終わると次の相手目掛けて高速突進(シャドウストライク)。やはり同様に、淡々と作業をするかのように敵を斬り裂いていく。

 

 無論無傷というわけにはいかない。死霊の骨のような爪によって引っかかれ、今もレイスが放った闇の力を持つ魔術を受けて体がわずかによろめいている。

 それでも攻撃する手は休めない。敵を斬れば斬るほど、引っかかれてできた傷も魔術を受けて気だるさを覚えた体も回復していく。ダメージを与えることによって起きる回復(ヘルス変換)。持って与えられた能力をフルに活用しての、時に捨て身とさえ見られる彼女の戦い方であった。

 

 元々質より量の相手を得意としていた、タバサ独壇場の戦闘だ。初めてこの世界に来た時に戦った“呪い”と比べれば、有象無象に過ぎない敵が全滅するのは時間の問題だった。

 目に付く範囲の敵を全て片付けて仮面越しにため息をこぼす。周囲の気配を探っても、自分を監視しようと潜伏している存在を感知することはできなかった。

 

(私への興味を失ったか、それとも……)

 

 異端の力を持つ小太郎に、明らかに内面が「変わった」とわかるきらら。特にきららが狙われていた、という発言からすれば、彼女の力を見るためにビョルン=シュトゥルムをけしかけた可能性も高い。

 

(いずれにしろここにもう用は無い。ふうまのところに行こう)

 

 そう思い、タバサは足を踏み出す。が、そこに疲労があるのを感じずにはいられなかった。

 

(この世界で戦闘するとこうなることが多いんだよな……。ケアンだと休み無しで戦い続けられたのに。美琴の話じゃ私の回復能力とイーサーが関係してるかもしれないってことだったから、今はあんまり無理はできないってことか)

 

 それでもまだまだ動くことはできる。この世界で戦っていて死の予感に直面したのは、少し前の不知火の件でシックスティと戦った時ぐらいだ。

 余力は十分。これから向かう先に待っているビョルン=シュトゥルムは間違いなく強敵だろうが、扇舟にウルグリム、さらには新たな力に目覚めたらしいきららがいる。そして何より、指揮を執るのはタバサが全幅の信頼を置く小太郎だ。きっと何かしら解決策があるに違いない。あるいは、もう戦いが終わっている可能性すらある。

 

(……いや、それは楽観的すぎか。まだ吹雪は収まってないし)

 

 とにかく援護に向かう。そう決めて、タバサは降りしきる雪の中を走り始めた。

 

 

 

---

 

 ビョルン=シュトゥルムとの戦いは佳境へと突入していた。

 

 きららを見た大男は、目の前の相手こそ自分が倒すべき存在だと判断したのだろう。歓喜にも似た雄叫びを上げ、まっすぐきららへと襲いかかった。

 唸りを上げる戦斧の攻撃を受ければひとたまりもない。休むこと無く繰り出される攻撃の前に、最大火力を持つきららは防戦一方に回ってしまっていた。

 どうにか食い止めようと他の味方が割って入ろうとするが、邪魔な虫を払うかのように反撃がとんでくる。加えて、タバサの攻撃でも小太郎の闇の力でもダメージを与えられないほどのタフネスさを誇る相手だ。リビングシャドウで撹乱しつつ放たれるウルグリムの斬撃も、特製の神経毒を塗布した爪による扇舟の攻撃もまるで影響が感じられない。

 

 このままでは埒が明かないと判断した小太郎は、大技による一発勝負の賭けに出た。

 最大火力を持つきららによる必殺の一撃である凍奔征走(とうほんせいそう)を撃ち込むために、彼女の霜の鬼神としてではなく対魔忍としての能力――変わり身の術を利用した。

 きららと入れ替わった小太郎が逃げの一手を売って時間を稼ぎ、大技の準備ができたところで忍法を解除する。そのせいできららだけを攻撃目標にしていたビョルン=シュトゥルムが翻弄された隙をつき、きららの凍奔征走が炸裂。相手の戦斧を吹き飛ばした。

 

 異変が起きたのはその時だった。これまで狂戦士にしか見えなかったビョルン=シュトゥルムの瞳に理性の光が戻ったのだ。

 だがそれも、直後に引き寄せられるように彼の手に斧が収まった瞬間には消え去ってしまっている。明らかに斧が自らの意思でその手に戻った、としか言いようのない動きであった。

 

(つまりはあの斧が元凶だ。呪いの武器か、そういった類のなにかだろう。おそらくあいつは斧に操られている可能性が高い。あれをなんとかしないと。しかし……)

 

 考えをまとめつつ、少し前と同じ状況に戻ってしまったことに小太郎は歯噛みした。

 今もきららは防戦一方、それを少しでも軽減させようとウルグリムと扇舟が前線で、静流と小梅が後方から援護をしているが、やはり相手の手が止まる様子はない。

 もう一度きららの凍奔征走に頼りたいところだが、おそらくそれも難しい。一度見せた以上、変わり身の術による幻惑はもう通用しないだろう。どうにかしたいところだが、何も良い案が思いつかない。さすがに小太郎が焦りを感じ始めた、その時。

 

「珍しいね、ふうまがそこまで焦ってるなんて」

 

 もしかすると現状を打破できるかもしれない声が聞こえてきて、小太郎は思わず振り返った。そこで予想通りの声の主と、予想外の人物を見て思わず目を見開く。

 

「タバサ! 無事だったのは良かったし助っ人が欲しかったから助かるが……。なんでネイスを……?」

 

 小太郎の言葉通り、タバサはずっと気を失っていたはずのネイスに肩を貸していたのだ。

 

「死霊どもを片付けてここに向かう途中、安全な場所に横にさせておいたはずなのに必死になって歩いているのを見たから。話を聞いたらふうまに伝えたいことがあるって。この状況をどうにかできるかもしれないみたいなことを言ってたから、連れてきた」

「ああ……。助かった、味龍の店員……」

 

 礼を述べつつ、ネイスはタバサの肩に回していた腕を外した。が、やはり体は回復したとは言い切れなかったようで、そのまま膝をつきそうになってしまう。慌てて駆け寄った小太郎がその体を支えた。

 

「大丈夫?」

「私のことは構うな……。さっき言ったように、手はある……。だからお前はやるべきことをやれ……」

「ん、そうだね。じゃあ行ってくる」

 

 先ほどまともにダメージを与えられなかった相手だったが、タバサは怯むことなくビョルン=シュトゥルム目掛けて飛び込んでいく。タバサのことが少し気がかりな小太郎だったが、それよりも、とネイスに声をかけた。

 

「ネイス。今、手はあると言ったな? それは一体……」

「あいつは……ビョルン=シュトゥルムは狂戦士の斧……『ケラウノス』に操られている……」

「みたいだな。さっき一瞬手放させた時に理性が戻った。もう一度そうしたいところだが……その方法がなくて今困っている」

 

 チラリ、と小太郎は戦闘の様子を伺う。タバサが加わったことで一瞬は盛り返したようだったが、やはりきららが猛攻に晒されていることに代わりは無いらしい。

 

「霜の鬼神の長であるラグナロク様……。その娘の力を覚醒させるんだ……」

「ラグナロクの娘……きらら先輩が……!?」

「そうだ……。彼女に真名を伝えろ……。偉大なる霜の鬼神の長、ラグナロク=シンモラ……。その娘の名は……」




メダル用増強剤

第2段大型DLCであるFGで追加された要素。ルーンとも呼ばれる。
ステータスを強化する他の増強剤とは全くの別物で、移動スキルが使用可能になる。
本編中でタバサが使用している「アマトクの息」はこれに当たる。
移動用や離脱用などの使い道があるが、バージョン1.2.0.0ではこれと別に回避スキル(無敵状態で短距離を移動)が実装され、実質移動スキルがもうひとつ増える形となった。移動スキル→回避スキルと繋げることで短距離ではあるものの高速移動も可能。

低レベルのものはFGをプレイすればほぼすぐに使用可能になるが、高レベルのものは派閥のクエストをクリアしたり、シャッタードレルムを攻略して設計図を手に入れて鍛冶で作る必要がある。
移動スキルと一口に言っても6種類に分けられ、ナイトブレイドのシャドウストライクに似たものから、跳躍してのリープ攻撃、高速バックステップなど様々なものがある。
その中でもアマトクの息は「ラッシュ型」と言われるタイプに分類され、指定した位置目掛けて通路上の敵を貫通してダメージを与えながら高速移動を行う。
移動距離に制限があるものの敵がいなくても使用可能なため、移動手段の他に緊急回避としても使えて使い勝手が最も良く、遮蔽物の先を指定しても迂回可能な範囲ならちゃんと移動してくれる。
似たように移動する回避スキルの場合はこうはいかずに遮蔽物で止まってしまうため、このタイプ独自の強みでもある。
アマトクの息は冷気属性のダメージを与えるが、同時に凍結もさせるために耐性がない敵の手を止めることも可能で、困ったらこれを選ぶ乗っ取られも少なくないと思われる。


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Act98 だから言ってるんだよ、次元が違うって

 極低温の氷の壁でどうにか攻撃を回避し、防戦一方だったきららの横を一陣の風が通り抜けた。それはビョルン=シュトゥルムの胸元へと両手に持った剣を突き立てようとする。

 

「タバサ!?」

 

 思わずきららはその相手の名を呼んでいた。

 あれだけの数の敵をこの短時間で片付けてきたことに驚きつつも、ビョルン=シュトゥルムが対応を迫られたことで一息つく間が生まれる。その機を利用し、ほんの少しでも体力回復に努めようと考えていた。

 

 とはいえ、それも長くは続かない。初撃はやはり相手に通らず、続けて放った連撃も同様。反撃の斧を回避しつつ、これ以上この場に留まるのは難しいと判断したタバサは、ヒットアンドアウェイへと戦い方を切り替えた。地面から低温の火柱(テルミットマイン)を、空からは炎の塊(メテオシャワー)氷の槍(ブリザード)を降り注がせながら間合いを取る。

 

「オッケー、ちょっとは息が整った。凍豹拳!」

 

 タバサの去り際の攻撃と合わせ、きららが氷の拳をビョルン=シュトゥルムの顔面へと叩き込む。僅かにたたらを踏んだ相手だったが、すぐに雄叫びを上げての反撃へと移っていた。

 

「ダメだな。今のままだとなんとかなりそうな気配が見えない。ずっとこんななの?」

 

 ウルグリムの近くまで後退したタバサが問いかける。

 

「いや。あの若き指揮官の奇策で惜しいところまでは追い詰められた。今戦っている彼女の忍法だろうが、彼と姿を入れ替えて隙を作り、大技を叩き込んでいる。その時の攻撃で奴が狂戦士のようになっているのはあの斧が原因だということまでは突き止めた。……それより、向こうは片付いたのか?」

「あの程度は敵じゃない。でもこっちはどうしようもない。……今の話だと斧をどうにかすればよさそうではあるけど、このままだとそれも難しそうだな。扇舟の毒ならもしかしたら、って思ったんだけど……。効いてない感じかな」

 

 その言葉に扇舟が重々しく頷く。

 

「とにかくきららの負担を減らそう。連れてきたネイスは手があるって言ってたし、その前にやられちゃったら元も子もない」

 

 タバサがそこまで言って再び飛び込もうとした、その時だった。

 

「真の力に目覚めろ! 霜の鬼神の族長、ラグナロク=シンモラの娘……きらら=フレイヤ!」

 

 不意に、小太郎の叫ぶ声が聞こえた。

 その瞬間、場の空気が変わっていた。きららから明らかにこれまでとは別な気配が漂っている。内面を見通す能力に優れたタバサは思わず総毛立たせていた。

 

「……マジか。さっきまでは少し雰囲気が変わって強くなった、ぐらいにしか感じてなかったけど、あれはまるで別人だ。見た目が変わってるってのもあるけど、それ以上に次元が違う」

 

 タバサのその言葉の通り、きららの姿は別人のように変わっていた。

 雰囲気は大人び、普段髪とアクセサリで隠している角がはっきりと現れ、足元から上る氷のオーラに全身が包まれている。

 

「……これが……ママが私にくれた力……」

 

 ポツリと呟き、きららは手のひらに小さな氷の結晶を作り出した。が、すぐにそれを消し、目の前の相手へと視線を移す。

 

「ウオオオオオオオオオッ!」

 

 その姿にビョルン=シュトゥルムが吠えた。これまでの怨嗟の叫びとは違う、どこか喜びを含んだような咆哮。

 

「ガアアアアアアアアアアアッ!」

 

 そのまま一気に踏み込み、きらら目掛けて戦斧を振り下ろそうとする。が、きららは避けようともしない。

 

「危ない!」

 

 思わず叫んだ扇舟だったが。

 

「いや、多分……」

 

 タバサがそれを否定しようとしたところで、まさしくその通りとなった。振り下ろされる斧にきららは事もなげに軽く触れ、それだけで軌道を簡単に逸らしてしまう。ビョルン=シュトゥルムはなおも連続で斧を振るうが、その全てが同じようにあっさりと防がれている。

 

「ど、どういうこと……?」

「私やウルグリムが戦闘中に常時展開してる力に“ベールオブシャドウ”ってのがある。ナイトブレイドの技法で敵の精神に僅かにとはいえ影響を及ぼし、敵の動きを鈍らせるってものなんだけど、それは今言ったように精神に働きかけてって形を取ってる。でもきららのあれは、おそらく物理的にも鈍らせてる」

「超低温の世界というやつだな。あれだけの冷気を放てるものはケアンでもいるかわからない。冷気の扱いを得意とする我々ナイトブレイドや、尋問官(インクィジター)が取り扱うルミナリの遺産ともまた別物。先ほど友が言った通り次元が違う、と言えるだろう」

 

 もはや自分たちが手を出す必要もない。直感的にそうわかった3人は完全に観戦モードに入っていた。先程まで援護していた静流と小梅も見入ってしまっているようである。

 

「ガアア……あああっ……ラグナ……ロク……!」

 

 狂戦士の斧であるケラウノスに操られているはずのビョルン=シュトゥルムの口から、理性の残る言葉がこぼれ始める。母の名を呼んでいることに気づいたきららは一瞬表情を緩め、それから彼の手に持つ斧を睨みつけた。

 ケラウノスが振り下ろされる。だが、きららが左手でその斧を掴んだ瞬間。いつの間にか振り抜かれていた右の拳により、凍りついた斧は粉々に砕け散っていた。

 

「……右拳を出したタイミングが全く見えなかった」

「だから言ってるんだよ、次元が違うって。ケアンなら半神(アセンダント)扱いされるレベル」

 

 驚く扇舟と対照的に淡々と答えるタバサ。とにかく、戦闘は終わったのだった。

 

 

 

---

 

 吹雪はやんでいた。

 戦いの後、慣れない力を使ったせいか元の姿に戻って気を失ってしまったきららだったが、しばらくしてから目を覚ましていた。今は静流によってある程度治療されたネイスから説明を受けている。

 

 死んだと思われていたきららの母であるラグナロク=シンモラは実は生きていた。きらら自身、その理由を知りたいようであったが、ネイスの口からは言えないらしく、いつかきららが直接母に会いに行くという話となっていた。

 

「畏まりました。ラグナロク様にそう伝えておきます」

 

 跪いたまま、頭を垂れてネイスはそう言った。きららが族長であるラグナロクの娘だと正式に判明したことで態度も変わったのだろう。

 そのまま去ろうとしたネイスだったが、タバサと扇舟に気づいて声をかけてくる。

 

「味龍の店員にも世話になった。今度店に品を降ろす時に便宜を図らせてもらう」

「あら、それは助かるわ。今後もご贔屓に」

 

 そう言った扇舟に対して小さくフッと笑い、ネイスは去っていった。

 

 一方、斧の支配から解放されたビョルン=シュトゥルムは、もう戦闘の意思こそ無いものの、別な意味で面倒なことになっているようだった。

 

「狂戦士の斧などに操られてラグナロクの娘に襲いかかるとは何たる不名誉! この命を持って償わせていただく!」

 

 どうやらビョルン=シュトゥルムはかつてラグナロクと戦ったものの敗れているらしい。そこに漬け込まれた形で斧によって操られ、ラグナロクの娘である可能性が高いきららを襲うように仕向けられた、ということだった。

 そこまではいいのだが、本来のビョルン=シュトゥルム自身は良く言えば武人的、悪く言えば短絡的で頭が固い性格だったらしく、自害するしか無いと言い出している。それに対して「そんなのは意味がないでしょ」というきららと衝突し、死ぬ死なないで言い争いになっていた。

 

「……帰っていい? 事件は無事解決。雪はやんで結界も破れた。春桃に早く顔を見せたほうがいいかもしれないし」

「えぇ……。一応あの2人の事の顛末まで見届けないの……?」

「私から言わせてもらえば、死にたい奴は勝手に死ねばいい。それにきららの母親云々は私には関係ないし、興味もない」

「やれやれ……。こういうところは相変わらずだ、我が友は」

 

 タバサに対して扇舟とウルグリムは呆れるしかない。

 

「……あ、じゃあ帰る前にこれだけはっきりさせておきたい。なんできららって急に強くなったの? ふうまが名前を呼んだから?」

 

 少し考えた様子を見せた後、扇舟が口を開いた。

 

「ふうまくんだから、というのはさておき、真の名前を呼ばれたからというのはあるかもしれない。真名、ってやつね」

「なんで? 名前ってそんなに大切?」

「場合によっては。真名を知ることで力の源泉となることもありうる。特に彼女はおそらく真名を知らずに生きてきた。しかし真名を知り、己のルーツ……つまり、霜の鬼神の族長の娘だと自覚したことで、今まで眠っていた力が呼び起こされた、とも考えられるわね」

「ふーん……。じゃあウルグリムも本当の名前を呼んだら強くなるの?」

 

 なるほどといった感じで扇舟の話を聞いていたウルグリムだったが、急に話を振られて思わず苦笑が浮かぶ。彼は皇帝直属の存在であるファーストブレイドになった際に名も身分も全て捨てている。今の名は、ケアンの神話の中から名前を拝借しているに過ぎないからだ。

 

「私の場合は元々の名前のルーツに強さの秘密があるとか、そう言ったことはまったく無い。むしろ私よりも君のほうが……。いや、今の発言は少々迂闊だったな。撤回する」

「別にいいよ。私の場合だって、名前があったであろう『前』の存在は『私』じゃないんだろうから。つまり私には真名……だっけ、それは存在しないし、あんなふうに都合よくパワーアップもできないってことか。……それはそれで少し残念ではあるけど」

 

 タバサは自分の名前に頓着していない。つけてもらった名前を気に入ってはいるようだが、「自分」という個を識別できればそれでいい、というのが根っこにある考え方だ。

 とはいえ、今日は隠れて監視していたであろう相手を探し出すことができなかった。もしきららのように力に目覚めることができれば、その邪魔だった存在を見つけ出すこともできたのではないだろうか、と考えたのだった。

 

「……まあいいや。とにかく私はもう帰るよ。きららもあの様子じゃまだ時間かかりそうだし」

 

 きららとビョルン=シュトゥルムの言い合いはまだ続いている。先程「興味がない」と言い切った通り、あとは当事者たちの問題で別にどうなろうと構わないというのがタバサの考えであった。

 

「おい、本当に帰る気か? 確かにそこまで強く止めることもできないが……」

 

 と、そこでそんなタバサの様子に気づいた小太郎が声をかけてきた。

 

「私のやることは終わったし、事件自体は解決でしょ。だったらこれ以上私がいても……」

 

 タバサがそこまで言った、その時だった。彼女はビョルン=シュトゥルムから聞こえてきたある単語に反応していた。小太郎への言葉を切って、まだ話している2人の方へと首を向ける。

 

「ちょっと待った。話に割り込んで悪いけど、今何て言った?」

「何だ、ラグナロクの娘と話をしているのだ。お前などとは……」

「いいからタバサの質問に答えてあげて」

 

 きららに命令され、小さく唸ってからビョルン=シュトゥルムは口を開く。

 

「狂戦士の斧の件か? 仕組んだのは死霊卿の配下のアヌビスと言う者で……」

「そう。ありがとう、もういい。……()()()()()

 

 後の言葉は誰にも聞こえないほどにポツリと呟き、タバサは歩き出した。

 

「あ、ちょっとタバサ!」

「やっぱり帰るのか?」

 

 きららと小太郎の声を背中で聞き流し、首だけ後ろに向けつつタバサは答える。

 

「バイトに戻る。2人ともよかったら後で味龍に来て。私のバイト代から出すよ」

 

 そう言って歩きながら、心の中で今聞いたその名前を反芻していた。

 

(不知火の件の時も、アンブローズは結界を張ったのはおそらくそのアヌビスって奴だと言っていた。実際戦って強敵だったっても言ってたし。その時といいこの間のセンザキの時といい、絡んできてるのはどっちも死霊卿、か。……邪魔だな)

 

 ケアンにいた頃によく感じたように、心が苛立っているのがわかる。

 この世界にいつまでいるのかはわからない。だから深く首を突っ込むべきでは無いかもしれないともわかっている。しかし――。

 

(明確な敵意を持ってケンカを売ってきてるし、多分ふうまにも迷惑をかけてるだろう。なら……場合によっては殺す)

 

 

 

---

 

 魔界にある死霊卿の居城のひとつ。そこで、転移したアヌビスが死霊卿――テウタテスに報告をしていた。

 ビョルン=シュトゥルムは敗れたものの、ラグナロクの娘の存在を確認できたこと。その場にふうま小太郎がいたこと。そして、異世界の少女の力も自分の目で確認したこと。

 

「アヌビス、お前から見て異世界の娘はどう見えた?」

 

 ラグナロクの娘の件にはほぼ興味を示さず、ふうま小太郎に対して少し反応があっただけだった一方、テウタテスはイレギュラーの存在には大いに興味を惹かれていたようだった。それに対して、アヌビスは感じたことをそのまま口にする。

 

「確かに実力はありましょう。異世界由来と思われる稀有な力も確認できました。しかし、その程度です。私の結界を安々と打ち破り、ビョルン=シュトゥルムをいとも簡単に抑え込んだラグナロクの娘とは比べるまでもありません」

「そうか。ご苦労だった。下がっていいぞ」

 

 結局のところ、ただ強いだけでは王が興味を惹かれるべき存在に値しない。それがアヌビスの考えだった。そしてやはり、報告で興味は示さなかった。

 ならばやはりその程度なのだと、アヌビスは姿を消しながらそう思っていた。




私事ですが新生活だなんだがあるのでちょっと間が空くかもしれません。
代わりに活動報告にタバサの元にしているビルドのプレイ動画のリンクを貼っておきます。
WPSやスキルを見せてからのカカシ殴りと、SR75-76の様子になります。
最近はSR85とか90とか回るのが主流な感じもしないでもないですが、無難にクリアできる階層ってことで……。



アマトク

ケアンの冬の精霊とされる存在。Tier2星座にはその名の通り「冬の精霊アマトク」が位置している。
冬に数ヶ月、北の地平線に現れる星座で、絶望にくれた旅人がその星を追って歩くと彼の小屋を見つけ、燃え盛る炉辺に座って饗宴に参加することができるらしい。
しかし、次の夜にはアマトクによって皮を剥がれ、饗宴の供物になるとのこと。怖すぎでしょ……。

そんな物騒なエピソードはさておき、冬の精霊というだけあって星座自体は冷気ビルド向けに非常に優秀。星座スキルにタバサも使っているブリザードを要する。
必要親和性は緑4青6とかなり緩め。その代わり完成までに7ポイント必要で、完成ボーナスも緑1青1と渋い。
とはいえ冷気ビルド御用達の星座スキルであるブリザードは4ポイントで取得可なので、ここだけを取るパターンも多い。
ただ、取らなくてもいい3ポイント分は冷気ダメージ関連とヘルスとDA強化になっている。
元にしたビルドはヘルスに難があったために、当初はブリザードだけを目標にしていたが、最終的には見直して全取得に切り替えてヘルス補強に一役買う形になっている。

メダル用増強剤スキルのアマトクの息に代表されるように、他にもアマトクの名を冠した装備品はいくつか存在する。
大抵は冷気向けのプロパティやスキルブーストがついているが、元にしたビルドでも装備している靴の「アマトクの足跡」にはファイアストライク(FS)のブーストがついている。
「燃え盛る炉辺」の部分を意識してつけたものかもしれないが、冷気化してFSで殴る本ビルドにはピッタリマッチする。
物理耐性、減速耐性、ヘルスまでついているのでとても優秀。
星座のフレーバーこそ物騒なものの、冷気ビルドならどこかで名前を見るであろう存在である。


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