狩人少女はターフを走る (しがないヤーナム人)
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第一夜 目覚め

 貴方は狩人である。

 頭の上に長い中太の尖った獣耳を携え、毛先の纏まった獣尾を腰の位置に下げているが、それでも立派な1人の狩人である。

 今は遠い昔に不治の病を患い、血の医療を求めてヤーナムを訪れ、血を入れ、狩人となった。

 それからは獣を狩り、眷属を狩り、敵対した狩人を狩り、上位者を狩り……最後には〘最初の狩人、ゲールマン〙とここを支配していた〘月の魔物〙を狩った。そして今は、異空間〘狩人の夢〙の主として、この場に立っている。

 貴方は最早、ただの狩人ではない。

 

 〘獣狩りの上位者〙

 

 それこそが、上位者たる今の貴方には相応しい名であろう。

 

 

 

 さて、そんな貴方は今日も今日とて暇を持て余していた。簡易祭壇の前で鐘を鳴らし、時に人形の焼いたクッキーを食べ、時に愛用する仕掛け武器を磨き、時に分裂して1人組手をしていたが、いつまで経っても鐘が共鳴する様子は無い。

 背丈が高い少女のような外見に反して永い永い時を過ごしていた貴方は、有り得ない程に時間を腐らせていた。最近は狩りをしていた時間よりもここで退屈している時間の方が多いんじゃないかと思わず考えてしまう程にだ。

 今回も共鳴の素振りすら見せなかったそれに深い溜息をついて工房に戻り、隅でイカとナメクジと貴方の獣を組み合わせたような何かに変貌しては、上位者の言語でうじうじと文句を垂れていた。

 そんなあんまりにも情けない貴方を見かねたのか、黒ずんだ青の色をするそれの横を突く何かがあらわれる。

 人型ではあるが異様に小さく、さながらミイラのような姿を有する者。

 それが〘夢の使者〙だ。貴方とは血の遺志の取引や狩りの補助を手伝う、要するに協力者の関係を持っている。

 その使者たちが、貴方に向けてある物を差し出していた。普段そういう事がない使者が自分に向けてくるのは珍しいと、人間態に戻って興味本位にそれを受け取る。

 それはU字型に曲げられた、新品の様相を見せる鋼の塊──つまりは蹄鉄だった。狩人になってからは靴裏に付ける事もましてや見る事もなく、そういえば異邦一式の靴裏に付いていたなとちょっとした物懐かしさに浸っていると、ふと貴方は気がつく。

 これには墓標や聖杯と似た物がある。

 何十年かぶりに本気で驚いた貴方は急いで何もない墓標へ向かい、そこで蹄鉄へと手をかざす。そうすれば、かの2つのように夢から覚めていく感覚が身を覆い始める。

 貴方は久しぶりにこの感覚に身を任せ、落ちていった。

 

 

 〘◆〙

 

 

 一方、日本のとある学園にて。

 黒髪のウマ娘──マンハッタンカフェは〘お友達〙に連れられて、1階の教室棟に訪れていた。

 マンハッタンカフェは、所謂霊感持ちのウマ娘。

 曰く、「何か変なやつがいる」と言う。そう言いだす〘お友達〙についていき、着いた場所は校舎の端にある少し薄暗い教室。日の光も当たらず、まだ電気を付けるには早い時刻なのもあってか、そこは不安を感じる程の暗さだった。

 その暗がりの中の教室にそれがいる。そう〘お友達〙は言っていた。なのだから、多分それは幽霊だ。もし悪い幽霊だったら、どうにかして追い返さないと。

 そう思いながらマンハッタンカフェは踏ん切りを付け、ドアを横にガラリと開ける。

 太陽の赤い斜陽が差し込むその教室の中心に立っていたのは、背の高い人だった。学園の陽気さとはまるでかけ離れた灰色のコートを羽織っていて、足にはブーツを、手には金具の付いたグローブを装備している。

 その人が、扉を開く音に反応してこちらを振り向く。

 見えた顔も目元以外はマスクで覆われていて、かろうじて見える肌は生気が薄いように感じられる。

 奇妙な形をした帽子からウマ娘特有の形をした灰色の耳が、コートの裏側から同色のしっぽが見えているので、一応はウマ娘の幽霊なのだろう。

 そうというのに、迫力というのがまるで段違いだった。相手は幽霊だというのに、会長のシンボリルドルフとは違う、神かあるいは人間以上の存在かと相対しているような。

 深い深い、深淵の青に染まり切ったその瞳に威圧されて。

 

「は、はじめ……まして」

 

 思わず敬意を払うように挨拶をした。

 

 

 〘◆〙

 

 

 夕方。

 夕方か。

 狩人の夢から覚め、どうやらとある教室棟の一室で目覚めたらしい貴方はその感想が思いつく。

 貴方にとって夕方という時間帯は良い思い出と言うのが無い。

 最初の頃はとにかく貧弱で、そこらの獣にもボロボロにされてよく夢へと帰ってきていた。特に、少しは良くなってきたのではなかろうかと思った頃に出会った例の聖職者の獣とガスコイン神父には何度も嬲られた記憶がある。今ならば楽勝に狩れるだろうが。

 しかしていい加減に朝日や昼の日の1つでも見てみたいのだよと、不満の溜息を漏らしながら貴方はすぐ側にあったガス灯に自身の遺志を流し入れた。これでもう一度ここに戻れるようになるのだ。

 と、ガラリと音を立てて教室の扉が開く音がした。振り向けばそこには貴方と同じ獣耳と獣尾を持つ1人の少女。その姿に貴方は禁域の森で会った包帯巻きの男を思い浮かべる。

 彼、いや、あの獣はつくづく悪質な奴だった。人の形を騙り、それに騙されて教会に送ってやったが為にそこにいた人間が全員食い殺された。

 であれば、狩るべきか……いや、獣の特徴はあれど理性の残っていそうな彼女は獣であると判断するには早計すぎるか──

 

【……ちっ、獣女の狩人め】

【死ね! 薄汚い獣が!】

【くたばれ!】

【獣女が! 獣のなりそこないが!】

 

 ……いや、そもそも人は信用ならん。やはり狩る。獣にくれてやる慈悲などない。

 その結論に至った貴方は右手に血の遺志を巡らせ──

 

「は、はじめ……まして」

 

 仕掛け武器で叩き切ろうとしていた貴方に向けて、なんと挨拶をしたではないか。

 おお、なんという清らかな心を持ち合わせる少女なのだろうか。貴方は感動で目頭を押さえ、既に枯れたと思っていた涙を流す。

 ヤーナムではこんな丁寧な言葉、ましてや挨拶なんて上質な物を貴方に向けられた事は殆ど聞く機会など無かった。

 貴方に対してそんな事をしてくれた人物など、アイリーンと、アルフレートと、アリアンナ公と、血族の女王、拳のクリモト、後は極々一部の脳筋狩人(変態)くらいである。その誰も彼もが崇高な精神を持ち合わせていた。

 そんな彼ら人間と同じ事をしたこの少女を、どうやって獣と並ばせるという思考に辿りつけるだろうか。数秒前の貴方を車輪ですり潰してやりたくなった。

 少女がした礼に応えるべく、貴方が持つ最大限の敬意を以て【娼婦の一礼】を返す。それを見た少女は感嘆の声を鳴らし、小さい拍手をした。

 なにせ貴方が好んでいた人物の『娼婦アリアンナ』公直々の作法である。彼女に教えてもらってからは幾度となく練習した甲斐があった物だ。

 そんな彼女に気味が悪い上位者の子を考え無しに宿らせて発狂させた姿無きオドンの糞畜生は何があろうと絶対に殺す(狩る)。何十回死のうとも絶対に殺す(狩る)

 熱く煮えたぎる憎しみを胸にしまい、改めて少女を見る。

 体つきは細く小さいながらも鍛えられているのかスタミナと筋力があり、かつ技量も兼ね備えている。仮にヤーナムへ行って狩人となったとしても、半人前以上の成果は挙げられるだろう。

 時折隣にいる、彼女に似た亡霊をちらりと、しかし確実に見ている事からも、少なからず啓蒙もあるらしい。本来なら得るはずもない代物だが、どこかで何かしらの手段を使って得たのだろうか。

 ふむ、成程と見定めていると。

 

「……あの、お話をしませんか?」

 

 それを遮るようにして少女はそう言った。そういえば普通の人間は人との間の沈黙をあまり好まないのだったと思い出し、貴方はその言葉に首肯した。

 

 

 〘◇〙

 

 

 久しぶりに排他的では無く、そして敵対的でも無い人間と話した事で心が温まった貴方は少女とお別れをし、数刻経った。

 夜も深くなって静かになった頃、重い腰を上げるようにこの教室棟の探索に動こうと得物を血の遺志から取り出す。

 右手には銃槍を。

 左手には獣狩りの松明を。

 この武装を選んだのは、貴方にとって学び舎とはビルゲンワースと教室棟の2つであり、それと似た様相を見せるここは同類の場所であると考えた。先程の少女は恐らくその学徒であり、まだ神秘の力には触れていないのだと。

 だとしてもそれに積極的に関わろうとは思わないが。だが少女は守る、絶対に。必要とあらば輸血液を入れて狩人の夢で保護する事も考える。

 とはいえ、今は狩りの時間だ。ここまでの思考をよそに置き、扉を開けた。

 複雑に組み合わさった木目の廊下が続き、月の光がそこを照らす。普段から清潔に扱われているだろう棟の中、ほのかに香るのは上位者──神に等しい存在の臭い。

 しかしアメンドーズや白痴の蜘蛛ロマ、月の魔物のような冒涜と血を全面に押し出したそれではない。どちらかといえば……そう、人々を見守る『真の意味の神』のような物。

 さりとて、上位者であることには変わらない。

 貴方の狩りの対象に含まれるそれらは、貴方にとってご褒美のような物だ。

 ああ、獲物の上位者の臭いだ……思わずえづいてしまうじゃあないか! 

 久々に高まってきた獣性を人間の理性で抑え、探索を再開する。

 上位者がいるのだから、どうせ獣の1匹でもいるだろう。良い気分になってきた。

 松明に燃える炎のようにたぎっている気分は、いつどの獣と相対しようが絶対に狩るという姿勢を表していた。

 そこまでは良かった。だが、問題はそこからである。

 獣の臭いの1つすらしない。そう、あの嗅ぎなれた獣の臭いが。

 道中には教室棟に蔓延る亡霊などもいた。例の少女に受けた温情もあって、ただつっ立っているだけの亡霊は無視して敵対する亡霊だけを狩る事にしていた。

 それだけでも少なかれ不満はあるというのに、銃槍の一撃はおろか、灰を使ったエヴェリンの銃弾1発、変形後の銃槍の散弾1発、なんならガラシャの拳1撃ですら消え失せる程に弱弱しく、手応えも無い。比例するように得られる血の遺志も僅かで、これならまだ診療所の獣の方が多い。これでは溜息もついてしまう。

 しかしそれはそれだ。心情の方を無視してしまえば、その手応えの無い亡霊ばかりということは即ち狩りは既に終わっていると言うことである。成程、ここの狩人は随分と優秀であらせられるらしい。

 だったら今度はなぜ呼ばれたのかがわからないと不満たらたらにそれを付け足し、ぐちぐちと文句を垂れ流す。

 いくら獣がいない事が喜ばしい事とはいえ、やはり貴方の本質は血に酔っている狩人である事に変わりはないのだ。

 腹立ちをどうにも隠せずにそこらをほっつき歩いて屋上に辿りつき、そこにあったガス灯に自身の遺志を流し込んでいると、貴方はとある光景を目にする。

 空が、白み始めてきたのだ。それは夜明けの証。貴方がどこまで願おうと、どれだけ切望しようと、愛しく思おうと、それ故にヤーナムの狩りを終えようと、最後まで見れなかったその光景。

 その光景が、貴方の目に入っていた。

 貴方は驚きに目を見開き、両手に持つ得物を落としても尚呆けていると、それはゆったりと登り、ついには半身を見せる。

 ああ、あれが、幾度となく願おうと見る事の無かった太陽なのか! あまりに眩しく、あまりに白く、あまりに美しく、あまりに暖かい……ああ、ああ、これが太陽の光、何度も望んだ美しき光なのか……! 宇宙は空にあり、そしてまた太陽も空にあったのだ……! 

 感動に心と脳を焼かれ涙を滝のごとく流していた貴方は、自然と【交信】のポーズを太陽に向けていた。

 実体の存在でありながら学園で最も目立つ屋上に立っていたのだから当然大多数に見つかり、貴方は無事に理事長室へと連行された。得物は幸いにして遺志に還元されていただけ結果としてはまだマシだが、至極当然の事である。




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〘怪猫蜜佳〙さん、〘太陽のガリ茶〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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第二夜 名付け

 数々の金に輝く聖杯と『有記念』『日本ダービー』の文字が刺繍された布──知る者は『優勝レイ』と言う──が飾られている部屋。つまりは、理事長室。

 貴方はそこへと連行され、第一発見者である黒髪の少女と共に椅子に座らされていた。隣の少女は貴方の事を驚き少々、残りのほとんどはナメクジでも目にしているような目で見ていた。やめたまえよ、心にひびが入ってしまうじゃあないか。

 とはいえど、分からない訳ではない。数々の狩人の中ではまだ比較的に良識を有している側であろうと自認している貴方は、この状況を当たり前であると思っていた。

 普通許可が入らねば行けないこの土地に他人がいるのだから、排除しようとするのは当然か。だとすればそろそろこの地の狩人が来てもおかしくない。あるいは、既にいながら命令で動く形式か。

 そう思い、辺りを目だけで見渡す。

 目の前の〘理事長〙と名乗るのは違う。一般にいる人間と同じ程度の力しかなく、はっきり言って弱い。

 黒髪の少女も違うだろう。確かに力はあるとはいえ、仮にも学徒をわざわざ狩りに出して危険な状況にさせる学び舎があるのか。確実に無いとは断言出来ないが、少なくともビルゲンワースですらその事はしなかったように思える。

 では、あれか。

 全身を緑色の装束に包ませた、奇妙な格好をする女をちらと視界に入れる。

 奴がここの狩人なのだろう。筋力も、技量も、体力もスタミナもある。血質と神秘はどうやら手付かずのようだが、つまる所秘儀と銃器に頼らぬ狩りをしていると見えた。

 狩武器は見えないが、この様子では大剣かあるいは曲刀か。いや、聞こえる言葉の種類から察するに〘ニホン〙という国の刀の線も視野に入れるべきだろう。確かヤマムラという古狩人も細々と似た言語を喋っていた記憶がある。

 理事長と名乗る少女が質問してきた物を首を振る事で答えながら、ここからの脱出法を練る。

 理想はここから死ぬ事なく、かつここの学徒に損害を与える事なくガス灯の位置へと戻る事だろう。黒髪の少女と久々の太陽のお陰で、しばらくは気分も良い。

 勿論この狩人には犠牲になってもらう。だが恐るる事なかれ、再起不能の状態にする事はない。そうでもすればここは獣に埋め尽くされるのだから。精々輸血液数本で済む程度の怪我に抑えてやろう。

 ここまで続いていた質問も終わり、しばしの沈黙が場を支配する。目の前の人物をどうしようか考えているのだろう。

 貴公らが命令を出す時に、大人しく従ってくれると思うな。徹底的に抗い、逃げてやろうぞ。

 そして〘理事長〙は口を開く。貴方はそれに合わせて立ち上がり、灰のコートの中から取り出すようにして緑の装束の女にエヴェリンを向け──

 

 

 

「質問ッ! この学園で学ぼうと言う意思は無いだろうかっ!」

 

 刹那色濃い上位者の香りが立ち、同時にコートに手を入れたその時、貴方の体は凍りつくようにして静止した。

 貴公は何を言っているんだ。正気か? 正気を持った上で言っている事なのか? 

 

「話を聞けば、家族もいなければ親戚もいない、自身の生まれた所も知らない上に名前すらも記憶になく、分かっているのは年齢だけという有様! このような者を外に放る者がどこにいるというのか!」

 

 だからといって不審者を取り込もうとする狂人がどこにいるというのか。なんという事か、目の前にいた。

 

「無論、屋上に立っての行為は不審極まりない物ではあり、単刀直入に言って不審者そのものであった! しかし、生徒という身分ならばここにいるのも説明が付く!」

 

 助け舟を求めて装束の女と少女の2人を一瞥すれば、前者は正気を疑うように、諭すような形で話し、後者は理解の範疇を超えたようで体が強ばっている。

 どうやら2人とも少女を相当におかしいと思っている様子らしい。

 

「もう一度問おうッ! この学園で安住を求め、そして学ぶ意思はあるのか!」

 

 ああ、過労のあまりに発狂でもしてしまったのだろうか? かのウィレーム先生でも、よっぽど耄碌していなければこのような怪しい存在を受け入れる事すらお考えにならないというのに。

 しかし、それは貴方の並々ならぬ好奇心を激しく刺激させた。永く暇を持て余していたのもあり、この提案は非常に魅力的と見えたのだろう。

 仮に発狂が終わって冷静になろうと、言質はこちらにある。知れることを散々知って、その後で何かしらを問い詰められるのなら退散しよう。

 貴方は相変わらずその姿勢のままでいながら、しかしゆっくりと首を上に振った。

 緑装束の女──駿川たづなは「また理事長の破天荒が……」と呟いた。少なくともこれからを憂うような呟きであるのは間違いない。

 

 

 〘◆〙

 

 

 おじいちゃん。

 すごくおじいちゃんだ、この人。それも、特別遠い田舎の。

 彼女が幽霊でなく生きている人だった事に驚き、彼女がここに入学を決めた事に更に驚いたのも束の間、成り行きでこの学園の案内役になったマンハッタンカフェはこの狩人の行動一覧を見てそう思った。

 マスクを取った顔つきは端正ではあるものの、パッと見の感情に乏しいのに加え、目付きが悪いのが上乗せされ、こちらを注目された際には2度目にも関わらず後退りしてしまったが、中身は外見の通りでは無かった。

 なにせスマートフォンも知らなければテレビも知らない、挙句電気という物すら知らない様子を見せていたのだから。現代の物品について全く知らない様子は、さながら田舎住まいの祖母と祖父を連想させる。

 今どき電気はどこの地域にも引いてそうなのに、一体どんな田舎から来たんだろう。

 そんな疑問を抱えながら、マンハッタンカフェは次々に学園にある設備を紹介していく。

 その人は全く喋らず、顔に出ない代わりに中々情緒は豊かで、目を輝かせながらあれはなんだというように指を指したり、説明の度に興味深そうに頷いて聞いている。

 なんというか、その辺は幼い子供みたいに見える。見た目はしっかりした大人の人っぽそうなのに。

 あの時の迫力は、一体どこへと吹き飛んでしまったのか。

 未だ残る、背筋が凍るような感覚が解けないのがやや気になりつつも、彼女は引き続き学園を案内していった。

 

 

 〘◆〙

 

 

 貴方はここの理事長に対して非礼を詫びたくなった。

 あの鬼畜外道で自身の好奇心の為なら平気で命を奪い、漁村を荒らしまわるようなクズの集まりのビルゲンワースと比べてしまうことすらおこがましい程に、この学び舎は清潔な存在であったのだ。なぜなら怪しげな内臓の詰められた瓶は勿論、血や神秘諸々の事象のほんの1つにすら触れていなかったのだから。

 これとビルゲンワースが同じ物とは、貴方は一体何を考えていたのか。その結論に辿り着かせる要因となった瞳は何をもってそう見せたか、是非とも教えてもらいたい。

 もしそれがかの理事長に知られていたのなら即行で命乞いの姿勢を取っていたであろう貴方は、かの黒髪の少女と別れて先程からスタミナ切れとは違う強い疲労感を感じながら、この学園の施設の1つである図書室へと訪れていた。

 理由は単純な好奇心である。

 とはいえ、得られた物は多かった。貴方がいるヤーナムの狩りを終え、生まれたての上位者として暇を持て余していた間、どうやら世界では2度の大戦が起き、幾つもの国名が変わり、高度な機械化が進んでいたらしい。そして数々の崇高なる精神を持つ者も現れていたという。

 常人の人間性も、まだ捨てた物ではないな。

 左手に『モンテ・クリスト伯』の1冊を乗せながら、貴方はそう思う。

 三人称の視点でいささか絵本らしい雰囲気が出ているが、それを除けばこのエドモン・ダンテスというのは実に良い人間性を持ち、そして優秀な狩人にもなれる人物といえよう。

 彼を総評した所で、貴方は今までを振り返る。

 貴方という狩人は、気性故に、狩りに優れ、無慈悲で、血に酔っている狩人にしかなれなかった。狩人狩りのアイリーンのように、狩人を、尊厳を以て狩る事は無く、あるいは最初の狩人ゲールマンのように、獣を、弔いになぞらえて狩る事も無かった。

 結果として、ゲールマンは永い永い狩人の悪夢から覚め、アイリーンも恐らくはヤーナムの悪夢から逃れたのだろう。対して貴方は無様に上位者へと進化して生き、悪夢から覚めることは無くなった。

 有体に言ってしまえば、その行動は自業自得ではあった。自分自ら酔いに行き、悪夢に堕ちるを良しとしたのだから。

 しかしてこの罰は余りにも重すぎる。暇ばかりを腐らせて何も出来ないなど、もう散々なのだ。

 そうやって過去を遡っていると、そういえばこんな話があったと思い出す。

 貴方が入学すると決めた時、理事長は仮初の名を求めていた。なんでもここはクラスによって分けられており、その際に不便になるのだとか。いくら自由を風潮としていても、〘ジェーン・ドウ〙と登録する訳にはいかないという理由からだろう。

 続けざまに緑装束の女から聞いた所によると、ここは貴方と同じ獣女の──種族をウマ娘という名の少女が、自身の持つ夢を、憧れを、理想を、極限まで追い求める場所らしい。

 ふむ、と独り合点した後に、貴方はこう思った。

 だとするなら、貴方が追い求めるのは憧れだろう。『華麗なる復讐者』エドモン・ダンテスというのは、紳士的で、理性的で、そうでいながら利己的で、しかして気高く飢えている。

 そういう存在となりたい。

 皆から賞賛されるような誉は無くとも良い。誉なんて上質な物は、ガスコイン神父を殺した(狩った)時から捨てている。

 しかし、それでも誇りは欲しい。自身の行為に後ろめたい感情を持たず、堂々と誇っていられるような存在へとなりたい。

 だからこそ、彼の姓『ダンテス』を借りる。彼の名を穢さず、そして憧れに自身を近づけさせる為の、そして自身の誇りを得る為の、最初の第1歩だ。

 そう決めてから再び本を読み進め、時刻もある程度経った頃。

 

「あの……その本を気に入ってくれるのは嬉しいんですけど、そろそろ図書室を閉める時間なので、出ていってもらえると……」

 

 ふと声を掛けられて窓の外を見てみると、もう日の明かりが薄暗くなっていた。

 これは失敬とばかりに立ち上がって会釈し、声を掛けたその少女と協力して机の上の本を元あった位置に戻し、図書室から出て行こうとした時、貴方は呼び止められる。

 

「あの、私今まであんなに本に集中して読んでいた人をあまり見かけていなくて……ですから、貴方みたいな人と本について話したりしたいんです! お名前の方を教えていただいたりは出来ますか!」

 

 そう問われた貴方は返答に困った。

 確かに『ダンテス』を使うことは決めたが、それは名の一部に使用すると言うことなのであって、彼の名を完璧に模倣するという訳にはいかない。あくまでも貴方は〘貴方〙なのであって、〘エドモン・ダンテス〙ではないのだから。

 悩んでしばし少女を待たせた後、貴方は決意し、これからの名を口にした。

 

 ……ダンテス。ダンテスファルサ。

 

 今までに【獣のなり損ない】と呼ばれ、蔑まれ、疎まれてきた、獣女の狩人。

 あるいは、〘貴方〙の名である。

 

 

 

 ……尚、聞き取られなかった為もう一度言う事になった。

 日頃の行いが悪い故の罰だろう。




〘学生服〙
とある学園の学徒が纏う制服

装束と見るには、あまりに薄く、脆い
しかし、獣がいないのならば十分だろう


〘リア10爆発46〙さん、〘少女機関〙さん、〘太陽のガリ茶〙さん、〘戦人〙さん、〘拾骨〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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第三夜 宣告

ルーキーランキング12位でした。皆様、本当にありがとうございます。


 突然だが、貴方はとある人物に向けて【拝謁】していた。理由など無い。強いて言うなら、本能がそうしろといったからだ。

 それ以上でも、それ以下でも無い。

 

 

 

 ……さて話は変わるのだが、貴方は〘時計塔のマリア〙様が好きだ。とても好きだ。特級に好きだ。

 具体的に言うのなら、ギリシャ神話や北欧神話に存在する最高神らと同一視する程に、時にはマリア様の装束を着て、マリア様『に限りなく近い存在』になろうとする程に、マリア様が大好きだ。

 マリア様をモチーフとして造られたであろう人形も勿論好きではあるが、それ以上に勝るのは本物の〘時計塔のマリア〙様だ。

 その敬愛の度数というのは、その姿を拝見するだけで鎮静剤に頼る事になり、攻撃を当てられるだけで喜びのあまり啓蒙が減り、狩人の間では【内臓攻撃】と言われるものをされた際にはほおづきやメンシスの脳みそなんて比較にならないほどに即効で発狂して倒れ、その様子に流石のマリア様本体も思わず心配してしまうまでにだ。

 控えめに言って気色悪い。

 

 

 

 話に戻ろう。ここからが本題である。

 それほどまでにマリア様という存在を敬愛している貴方に、マリア様と酷似した人物を会わせれば、一体どうなるだろうか。

 答えは『理性は蒸発して本能だけで動くようになる』。

 この答えになるまでの経緯はこうだ。

 転入生という体裁でこの学園へと正式に入り、今日も今日とて本に入り浸っていた貴方。

 そこで貴方は、

 

「すいません、相席しても大丈夫ですか?」

 

 と声を掛けられ、他人に興味を示す気も無いために、適当に一瞥してから手で勝手に座るように促そうしたが、その目論みは上手くいかなかった。

 白いが血の通っている肌色に、後ろでかるく結わえられた銀色の髪。瞳は金に輝き、目先は鋭いが、しかし慈しみを感じる物。唇の色も薄いながら美人の様相を保つための1パーツとして十二分に機能を果たし、鼻先も整えられている。

 背丈が貴方と同じなのと身体が強く鍛えられていない事、敬語な事、後はバッジ付きのスーツ姿で白羽付きの帽子を被っていないのが相違点だが、それ以外は1割1分1厘、声の響きも姿勢も一切違わずマリア様だ。

 彼女を認識した直後に衝撃で転げ落ち、そこから3秒経たずして理性が蒸発、周りの事を一切顧みず、彼女に宛てて血族の女王直々に教わった作法で【拝謁】した。

 ここまでが貴方の行った事である。

 この有様でまた上々な分類というのだから、本当に頭がおかしい。

 さて幼体でどんな物にも何かしら大きな反応をしめすとはいえ、仮にも上位者の理性を蒸発させたという、あまりにも大きすぎる功績を人知れず得た女性──人名を〘川添麻里〙という──は、当たり前だが困惑の極地にあった。

 当然として彼女はそれの生まれ変わりでもなければ転生した姿でもない。ただの〘時計塔のマリア〙に外見が異様なまでに偶然酷似していただけの、一般新人中央トレーナーでしかない。

 川添麻里という女性からしてみれば、相席を申し込んだだけの誰かが、自分の事を見た瞬間に机から転げ落ち、少しの間フリーズしていたと思ったら、その誰かが自身に向けて跪いているという光景を目の当たりにしている訳だ。

 控えめに言って気狂いの所業としか形容しようがない。

 まあ、平行世界含めて、ほとんどが気狂いか度し難いろくでなしのそれに該当される存在の狩人に、常識やら良識やらを求める事自体が余程狂っているのだが。

 そんな事はさておき。

 相変わらず拝謁の格好にある貴方は彼女の発する困惑の声に何やら高めてはいけない獣性を高めながら、微かに残った理性でどうすれば彼女の配下に下れるかを考えていた。

 この数日で学園内での常識を修めていた貴方は、当然ここにて行われる『選抜レース』という物も存じており、そして貴方も出る予定だ。

 一瞥した時に見えたバッジから、彼女はトレーナーであろう。であればその選抜レースとやらも見にくるはずだ。そこで結果を示せば良いという事か。

 そう合点した貴方は珍しく口を開いた。

 

 貴公、トレーナーと見えた。それに違いは無かろう? 

「え? あ、はい、そうですが……」

 ならば、明日の選抜レースに訪れていただきたい。その場にて、貴公に勝利を捧げよう。その際に貴公の……所謂担当と呼ばれる存在となりたいが、よろしいか? 

「え、あー……まあ、はい」

 

 よし、取り付けた。

 基本無口でとんでもない程に口下手な貴方が、有り得ないくらいに完璧なコミュニケーションを取れた事に内心得心のポーズを取り、そのまま別れを告げる。

 彼女が小走り気味にその場から立ち去った後、限界まで達しかけた発狂を鎮静剤で抑え、見事に良い学徒の姿勢を示す事が出来たといえよう。

 今の貴方の気分は、掠り傷1つ付ける事無く冒涜聖杯のアメンドーズを狩った時のような爽快感に満たされていた。

 

 

 

 尚その後に飲食禁止を破った事と図書室で多少なりとも騒いだ事について、少女ゼンノロブロイにみっちりと叱られた。

 

 憧れの人物に恐ろしいほど酷似していたので衝動的にやってしまった。今は心の底から本当に申し訳ないと思っている。

 

 ゼンノロブロイの前で帽子を取って土下座しながら、そう供述している。

 

 

 〘◇〙

 

 

 説教も終わり、ここに訪れてから初めての命の危機を脱した貴方。

 しかし、問題点も同時に表れた。貴方は獣女──ここではウマ娘という分類なのだが、肝心の『レース』のやり口を知らない事である。

 貴方は良き狩人ではあるが、しかしそれでしかない。

 寧ろ、良き狩人であったがために失った物の方が多いだろう。

 例えば、他人を無条件に信頼する行為。

 例えば、自身を肯定する気持ち。

 例えば、自身を認めてほしいと思う心。

 例えば、一生物としての重大な欲求。

 その中にはきっと、今までやってきた走り方もあるはずだ。しかし貴方は、それを血を入れた時に忘れてしまっているか、あるいは狩人として生きている内に不要と判断して忘れてしまっていた。

 故に、ここの『真に良き学徒』であるかといえば、それは違うと言える。

 ああ、鮮明に刻まれた『瞳』よ。この獣女に過去の姿を見せてもらえぬか? 

 脳に刻まれたカレル文字は、何も語らない。

 ……何を今更。貴公とて、既にわかっているのだろう? 過去には、何も残っていない。

 貴方は貴方自身にそう言い聞かせ、未だに燻っている忘却された過去に縋りたい感情をさっさと切り捨て、現状の問題に思考を割く。

 まあ、とりあえずやってみなければわからない。運良く身体の勘が覚えていたという可能性も、億に一つ……いや、京に一つは有り得るかもしれないだろうよ。

 それに、何もやらないよりは格段に良い。

 経験上そうした方が良いと判断した貴方は、今着用している制服から、学園から支給された装束の〘体操服〙に着替える。

 余談ではあるが、貴方はこれをあまり気に入っていない。

 狩人と呼ばれる者は、一様に軽装な格好をしている。なぜならば、獣の膂力に鎧はただの飾りでしかないからだ。

 しかし、逆を取れば当たらなければどうということはないという事でもある。

 故に速さを重視した装備となり、回避行動が狩人の生命線となる。獣の爪牙、眷属の神秘、狩人の刃や重打、弾丸を一重で躱す事こそが、狩人の基礎──【ヤーナムステップ】なのだ。

 しかしてそれを省みても、これはあまりにも軽装が過ぎるように見えた。上は二の腕を覆う程しか無く、下も膝丈までしかないズボン。

 いくら回避すれば良いとはいっても、生地も薄ければ面積も少ない。獣がそうそう出ない土地であることを前提としても、仮に脚を挫いて怪我をしたらどうするのか。

 とはいえ、それは貴方個人の意見である。異議が出ていないのは、ターフにいるウマ娘が走っている際の服装を見れば一目瞭然だろう。

 それでも気に食わない物は気に食わないが、自分は常識人なのだからと渋々その格好で外へと走る事にした。

 他の狩人とは精々頭のネジが1本2本残っているかどうかの違いだというのに、何が理由で自身の事を狩人の中でも常識人だと思えるのか。

 これが全くわからない。

 

 

 〘◇〙

 

 

 外を照らす光というのは、全く素晴らしいと思わないかね。

 常日頃から太陽の恩恵を受けている者からすれば実感できない事ではあるが、約2世紀に渡って月の明かりと火の明かり、ガス灯しか見ていなかった貴方からすれば、それは素晴らしい物なのだ。それは火とは違ってあまりに暖かく、あまりに眩しい。

 故に、太陽を称えるように太陽礼拝をしていてもおかしくはない。

 冒涜に満ちている上位者共とは違って、太陽とは清廉に満ちた素晴らしい物だ。

 そう考えても、なんの支障も無ければ迫害も無い。ここは古都ヤーナムでは無く、思想の自由が保証された国、日本なのだから。

 それはそれとして、貴方の太陽礼拝の行為はシンプルに気味悪がられているが。

 閑話休題。

 外に出て一瞬太陽礼拝しかけたが理性で抑えこみ、その調子のままターフへと移った貴方。そこでは数多くの獣女(ウマ娘)らが、人が出すには有り得ない速度で走っていた。

 改めて見ても、恐ろしい光景である。

 貴方はそう感じ、同時に昨日聞いた話を思い出す。

 どうやらこの土地では膂力の差が故に彼女らが幅を利かせており、また「人間が獣女(ウマ娘)に勝つ事は不可能である」と言われているらしい。

 まさかそんな訳がとは思っていたが、事実だというのだから末恐ろしい。その膂力を見た時には、貴方も思わず発狂しかけた物だ。

 まあ、人間側に勝てそうな奴がいない訳でもない。拳で上位者を狩れるようなクリモトだったら、例えここにいる全員を相手したとしてもかすり傷無しに勝てそうだ。そもそもあんな存在を人側に分類しても大丈夫かはさておき。

 そんな事を空想している内にこの土地流の準備運動も終わり、貴方はターフに立ってみる。

 黒髪の少女は「ここに立つと高揚感がする」と言っていたが、どうやら貴方にはその感情の素振りすら無いようだ。

 まあ、それは仕方ない。中身が血に酔った狩人では受け取り方も違うのだろう。

 貴方はそう割り切り、とりあえず考える前に走る事を選んだ。

 最初はヤーナム流に走り出す。当然だが周りにいる獣女の方が断然に速く、貴方は1人また1人と抜かれている。そこに悔しさを感じない辺り、所詮は狩人なのだろう。

 周囲から抜かれていくのを気にせず、そこから少しずつ加速する。貴方はこの姿なのもあってかなのか、スタミナの量は異様に高い。

 少しずつ加速していき、貴方が余裕を持って走れる限界になった。普段の狩りなら、ここで限度とする所だ。

 

 

 

 しかして、今は狩人では無い。ここの学徒なのだ。

 貴方は踏み切り、全力の体勢を取る。

 身体は異様に傾かせ、脚は全体を使った長いストローク。腕は振りが強く、武器を持って走る事を考慮されていない形だ。

 全く、貴方というのはつくづく幸運なのであろう。それはスパートの体勢であった。記憶には無くとも、身体が長い長い間記憶していたのだ。

 やはり、やってみる事に価値はある。しかし、スタミナの摩耗も激しく、燃費が悪い。この調子では、『左回りの変態』でも刻まなければろくに走れないか。

 最後に勢い良く飛び上がり、着地際にローリングしながら貴方はそう考える。

 貴方の口先は、数十年ぶりに愉悦の笑みを浮かべていた。




〘リア10爆発46〙さん、〘太陽のガリ茶〙さん、〘拾骨〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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第四夜 選抜レース

 選抜レース。

 それは、まだ誰にもスカウトされていないウマ娘のみがエントリー出来るレース。年に4度開催され、この学園の一大行事となっている。

 今回は今年度1回目。新しく入った才能の原結晶も目立ってやると奮い立ち、未だスカウトされていない結晶も今度こそスカウトされたいと心機一転して心の炉に炎をかけ直す。

 対するトレーナーも良い担当を見つけたいとばかりに目を光らせ、新人トレーナーも強いウマ娘をスカウトしたいと若葉なりに奮起している。

 そんな中、いつもの表情を全く崩さずにレースを傍観している存在が1人。

 つまりは、貴方だ。勿論緊張や奮起の様相も見せておらず、唯一内心を見せる瞳が映しだしているのは愉悦、今までに触れた事が無いものへの赤子のような好奇心であった。

 成程、レースというのはこういう形で行われている物なのか。

 今までにレースを図書室の文書と色付きの写真でしか見ていなかった貴方。ふむ、これは面白いじゃあないかとのめり込むように、しかし前述の通り表情を変えずに観戦している。

 勿論、狩りには劣る。貴方が唯一にして全てを捧げた狩りという血に酔える行為が、他に劣るなどは有り得ない。

 それでも、退屈しのぎには十分過ぎるだろう。

 そもそも貴方がここに訪れたのも、肝心の狩りがここ数十年全く出来なかったのが原因なのだ。聖杯ダンジョンでも出来る事は出来るが、血晶石集めの為にやりこみ過ぎたが故、そこにいる敵の動きを熟知した貴方には最早流れ作業も同然。

 そんな時にたまたま訪れたこの学園。

 辛く悲しく恐ろしい事に、狩りの対象となる存在こそはいないが、代わりに面白そうなレースとやらがあるではないか。

 狩りの際に出てくる頬まで裂けるような笑みが表れる事は有り得ないだろうが、微笑くらいなら、まあ、その内出てくるだろう。

 今貴方が考えているのはそれと、時計塔のマリア様に酷似した新人トレーナーに対してのしょうもない空想の2つだけである。ちなみに思考の9割は後者で埋め尽くされている。その癖して口元は真一文字なのだが。

 さておき、思考を巡らせていると、どうやら観戦していたレースが終わったようだ。勝者は同クラスであった黒髪の少女、あるいは〘マンハッタンカフェ〙。同時に貴方が出走するレースの招集が掛けられている。

 彼女の結果に僅かに口角が上がった貴方は、駆け足気味にそこへと向かった。

 

 

 〘◇〙

 

 

 2000メートル、芝、左回りの東京型。

 貴方の出走する選抜レースである。

 久しぶりに味わう面白そうな物事だというのもあってか、柄にもなく貴方は浮き足立っていた。

 とはいえ、問題というのは付き物である。貴方の隣にはゲートを嫌がり、手間取らせているウマ娘がいた。

 ウマ娘というのは、気質上閉所を嫌う。故に、その内の1つであるゲートを好まない者は多い。

 聞くにはマンハッタンカフェもゼンノロブロイも、なんならここの生徒会長であるシンボリルドルフすらもゲートの空間を得意としていないのだから、その気質は最早本能とも言えよう。

 しかして、隣の嫌がり様は本当に手間取らせる物だった。お陰でもう2分も掛かっている。

 さて、性格がおかしいのが大多数を占める狩人の中でも、貴方という狩人はかなりタチの悪い性格を持っている。熱しやすい分冷めやすく、そして怒りの沸点がメタノール並に低い。

 まあ、ようするに。

 貴方はシンプルに冷めかけていて、かつ怒りの沸点に達しかけていた。

 しかし、それを自覚できない程に愚かなアホタレナメクジ上位者でも無い。完全に冷めるかキレるかの前に手を予め打っていた。

 ただただイラつきが溜まってきていた貴方は一度ゲートから出て、まだ云々とただを捏ねている彼女に向けて、取って貼り付けたような笑顔でそれなりに強く圧を掛ける。例えるなら、貴方の3番目に嫌いな偏屈クソジジイにむけるときのそれ。

 結果として、数秒も経たずに彼女は沈黙した。

 本来ならここから文句の1つでも言ってやろうかと思っていたが、素直に黙ったのなら、まあ、良しとしよう。

 心なしか瞳の動きが錯乱しているような気がするのだが……まあ、それはきっと気のせいだろう。

 少しばかり迫力がありすぎて恐怖を感じさせただけなのかもしれない。……ああ、きっとそうだ。

 どこはかとなくやらかした感がするのを一旦忘れ、貼り付けていた笑顔を引き剥がしてゲート内に戻る。

 

《8枠12番ダンテスファルサ、ゲート内に収まりました》

 

 貴方の枠番は12番。12人仕立てのレースでは、所謂大外枠と呼ばれる物らしい。また、レースは本当のレースで実況をする人物が実際に実況しているのだとか。

 まあ、そんな事は貴方にとってどうでも良い些細な話である。

 貴方にとっての問題は、このレースで勝てるかどうかなのだ。貴方が昨日かの人に宣告した勝利をもたらさなくてはならない訳である。

 もし失敗してしまえば不敬で精神的に死にたくなるし、それに釣られて身体から血の槍が生えて、発狂して、死ぬ。それも肉体的に。

 いくら命がそこらに転がっているような石ころ以上に安い物とはいえ、そうポンポンとは死にたくない。第一遺志の回収に手間が掛かる。

 なのもあって、貴方は真剣に勝ちたい訳なのだ。

 早く開かないものかと癇癪ゲージが半分までになった頃、目の前のゲートから僅かな音が聞こえた。

 

 カチリ。

 

 金属製にしては、随分軽い音だな。

 一瞬だけそう思った後、思考を置いていくようにして、貴方は地を蹴り出した。

 遅れて、重い金属音が耳元で鳴った。

 

《スタートしました。おっと、何人か出遅れたようです》

《初めてのレースですからね。この緊張感では仕方ない物もあるでしょう》

 

 貴方の隣にいたウマ娘も正気を取り戻していたようで、彼女は同タイミングで飛び出していた。

 貴方は一瞬先頭を取った後、速度を落として最後尾の位置に付く──所謂『追込』の位置だ。

 この位置に付いた理由は特に無い。強いてあげるなら、なんかそうしたかった(面白そうだから)である。

 別に多少ふざけた所で勝てるだろうとレースを舐め腐っている訳では無い。本気でそう思っているのだ。

 だからこそ余計にどうしようもないのだが。

 そうこうしている間に最初のコーナーへと入る。大半はやや膨れる挙動を取ったが、貴方は仕掛け武器を扱う際の体重移動技術が幸を奏し、上手く内側を突いて走れている。

 

《先頭は依然、ローズフルヴァース》

《全体的に伸びた展開になっていますね。後ろの娘達は追いつく事が出来るでしょうか》

 

 第二コーナーを曲がり、変わらず後ろに付く貴方。解説が言うにはどうやら列が伸びているらしく、恐らくは追込に向かい風が吹いている状況のようだ。

 だが、依然として後ろにいる。理由という理由は無いが、強いてあげるなら。

 なんとなくだが、しっくりとするな、この位置は。

 という訳だ。どうやらここが貴方にとって悪くない位置らしく、そこから抜け出せないでいるのだ。

 まあ、無理に変えて自爆するよりは幾分とマシだろう。

 第3コーナーを通過し第4コーナー。前方に映るのはコーナリングに手間取る者ばかり。無益にスタミナを消耗しているのも関係しているのか、全体の速度が少し落ちてきたように見える。

 しかし先頭の1人──ローズフルヴァースは貴方と似たようにコーナーを攻めている。

 ……成程、彼女とのレース(狩り)は面白くなりそうだ。

 密かに口角を上げている事など露知らず、貴方は周りがするように全力疾走の体勢に入る。

 景色は遺骨を使って「加速」したかのように移り変わる。

 1人を躱し、そして2人を。

 身体に染み付いたヤーナムステップを用いて群を続々と抜かし、前には残り3人。

 

《ここで一気に上がってきたダンテスファルサ! 先頭のウマ娘達は粘れるでしょうか!》

《これは驚きました。とても良い末脚を持っていますね。自分に合わせたレースのやり方を構築出来ていますね》

 

 一瞬見えた横の棒には『4』と書かれていた。記憶では残り400メートルを知らせる物だったような気がする。

 貴方はぼんやりと思いながら、自身の身体に起こる異変に思考を割く。

 脚が重く、肺は軋むように痛い。喉は渇き、唾が湧きにくくなっている。

 全力疾走の弊害だろうが、じわじわ痛むのはなんだか癪に障る。

 癇癪ゲージが微かに溜まりだした、その時。

 前の3人が速度を落とした。

 これは、確実に勝てる。

 そう確信した貴方は、貴方の隠し持つ秘儀を用いた。

 

 

 

 貴方は普段から頭がおかしい赤ちゃんナメクジ上位者なのだが、その中でも輪をかけて頭がおかしかった時期がある。それは〘月の魔物〙を狩り、上位者に成り立てだった頃だ。

 人間を文字通りの意味で卒業した影響で、深刻な精神汚染に晒されていた貴方。その時の貴方は随分と酷く、偏食をしたりフェティシズムを発症したり、あるいは幼児退行したりと、その様子はかなり愉快……失敬、散々な光景であった。

 その内の偏食と幼児退行が合わさったのか、貴方は『そうだ、秘儀に関係する物を食べたらどうなるんだろう!』と常人ならまず辿り着きようが無いであろう思考になった。

 そして本当に食べた。

 当然大半の物は吐き戻したのだが、極一部、上位者と人体に類する物は、性質を変え、貴方の身体に適合した。

 その内の1つを、『古い狩人の遺骨』という。

 水銀弾を触媒として、初期狩人の有する業「加速」を、約30秒に渡って引き出させる物。

 それは性質を変え、貴方の身体に適応した。

 意志に応じ、過去の使い手が見せた本来の「加速」の業を、一夜に一度限り呼び戻させる為の触媒として。

 

 

 

 貴方は加速の業を身体に巡らせる。いつも通りの、言いようの無い吐き気が全身に廻るのを貴方は感じた。

 相変わらず、この吐き気ばかりはどうにかならない物だろうか。本当に本当に酷い気分になる。

 嫌気が差しながらもまあ仕方ないかと割り切り、目の前の事に集中する。

 50メートル。

 30メートル。

 10メートル。

 7メートル。

 5メートル──今。

 貴方は加速の業を発動させた。刹那、景色は変わる。

 

 

 

 前には誰もいない。ただ、貴方1人だけがいた。

 そしてそのまま。

 

《ゴール! ダンテスファルサ、圧倒的な末脚を見せつけました!》

 

 他を突き放し、ゴール板の前を駆け抜けた。

 

 

 〘◇〙

 

 

 あの加速でも、未だ老ゲールマン氏に劣るというのだから……あの狩人はつくづく上位者のような何かなのではないかと、そう思うのだよ。

 間を置いてから爆発したかのように湧き上がる歓声の中、貴方は疲労に満ちた脳で考えつつ、千鳥足に、しかし確実にある目標を見据えて歩いていく。

 道中、幾多ものトレーナーに話しかけられた。自身をこの道のベテランと称する者、あるいは夢を語って欲しいと頼む者、あるいは一緒に歩みたいという者。

 確かに驚いた。こんなどこから来たかも知らないような異邦人に、こんな好意を向けるなど。いっそ気味が悪く感じる。

 しかし、それだけだった。貴方にとってはそれ程度の感想を思わせる程度でしか無く、有体に言ってしまえばたかが有象無象でしかない。

 そのたかが有象無象に構っていられる程、貴方は暇では無い。選ぶトレーナーなど、ただ1人のみ。

 貴方は見知った人物の前で立ち止まり、女王直々の作法で丁寧に【拝謁】する。

 目の前に佇むは昨日会った女性トレーナー、川添麻里。

 

 貴公、どうであらせられたか。この獣女は、手土産の勝利、見事に貴公へと捧げようとも。

 

 彼女はそのまま、貴方を見たまま動かない。

 この状況に唖然としているのでは無い。

 脳を焼かれたのだ。

 貴方の、寸前まで溜める走りに。

 貴方の、全力疾走の傾いた姿に。

 貴方の、透明と見間違える程の業に。

 貴方の、どこまでも狂っているような忠誠に。

 

「……うん、わかってる。これからよろしくね。私も頑張るよ。貴方の事を、誰よりも、誰よりも強い存在にしてみせる。そして私自身も、誰よりも貴方に相応しい存在になる」

 

 貴方が面を上げた時に見えた瞳は、酔った目をしていた。それはレースか、走りか、それとも貴方にだろうか。

 おお、これは酷い。さながら血に酔っているようではないか。

 ……まあ、どうせ手遅れか。2人ともな。

 ここに来てから、初めて頬まで裂けそうな笑みを浮かべたのを俯いて隠し、貴方は彼女に忠誠を誓った。

 

 

 

 正気に戻った後、貴方は狩人の夢で身体から血の槍が生えて死んだ。

 どうしてこのバ狩人はせめて1日位キリッとしている事すら満足に出来ないのか。




感想評価お気に入りをして頂けたら、32.6%血質乗算放射形状のスタマイ血晶石を集めてきます。
ダンテス君が。

〘太陽のガリ茶〙さん、〘geardoll〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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第五夜 変態

 後日。

 貴方とかのトレーナーは、与えられたトレーナー室にて再び対面していた。とは言っても2人3人でぴったりの部屋程度なのだが、たかだか新人間もないトレーナー程度に与えられる物などたかが知れているのだから、そこは仕方ない。

 決して広くない部屋の中、彼女から最初に口を開く。

 

「それじゃあ改めてだけど、自己紹介するよ。私の名前は川添麻里。ウマ娘が自由に走る為の手助けになりたいから、ここに来たんだ。これから宜しくね」

 ダンテスファルサ。今後、お見知り置きを。

 

 ……本当に本当に、この獣女の狩人は良い狩人でしかいられないのはどういう事か。しかも口下手が過ぎる。

 たった二言、実質的には一言も同然の自己紹介など今まで聞いた事が無い。

 しかも相手が見知った相手、例えば友達の関係というのならまだしも、まだ2回しか会っていない知り合い未満なのだ。どうしてこれで通じると考えたのか。

 これで自分の事を常識人だと思い込んでいるのだから余計に意味がわからない。1度常識人という言葉の意味を辞書から引いて、是非とも1文字1文字流さずじっくりと噛み締めて読んで貰いたい。

 対するトレーナーもトレーナーである。流石に前述の口下手ナメクジバ狩人よりは何十倍もマシではあるが、まさかのたった三言とは。もう少し、こう、何かあったのではないか。

 例えば趣味や好物、トレーナーならば目標なども上げられるだろうよ。なぜ、それが、出てこない。本当になぜだ。訳がわからない。

 ……まあ、体の良い言い訳をするなら、なんでも似た人物はお互いに引かれ合うというのがある。きっと、2人はそういう、運命的な何かがあったのだろう。

 ……実際は貴方が顔と体と声で選んだという、事情を知らなければ顔は良いクズ男に騙されている女性を彷彿とさせる理由なのだが。

 この学園にいる正気な一般ウマ娘ならば散々悩み、悩んだ末に自身が最も信頼できる相手に託すのだが、どうして貴方というのはこうも判断材料がとち狂っているのか。

 ……良き狩人だからか。ああ、そうか。……そうか。

 …………はぁ。

 

 

 

 まあ、気を取り直して、だ。

 今日はこの挨拶が目的なのもあるが、第二の目的に貴方の得意距離の把握というのもある。

 レースに出走するウマ娘の知っておくべき常識として、走れる距離には適正というのがある。

 例えば、優れた持久力を脚に有する者は長距離にて光り、逆に咄嗟の瞬発に優れた筋力を有する者は短距離に輝く。

 血濡れなヤーナムの狩人にもわかる様に言い換えをするならば、技術を重視した狩人は弓剣や落葉などの、扱いが困難な分高性能な武器を振るい、反対に筋力を重視した変態紳士は回転のこぎりや車輪などの、単純ながら重打や火力に優れた武器を振るえるようになるという事だ。

 しかし、その距離適正は一目見てわかるような代物では無い。仮に一目見ただけで点数か何かの形で表せるような人間がいるとしたら、そいつはそれこそ紳士がつかない方の変態だろう。

 なぜならば、距離適正とは当の本人ですらも知らない、身体へと完全に秘められた物なのだから。

 その為に、この道何十年のベテランであったり、あるいは代々続く名門のトレーナーは、最初に得意距離の把握に走るのだ。

 話を戻す。

 当然ながら彼女は前述した変態に分類される存在ではない。故に彼女は代々母父から倣った方法で、所謂セオリーに沿って対応している。彼女の手元にはバインダー、首にはストップウォッチを掛けていた。

 貴方は常時気の狂っている狩人だが、その意図も分からないまでに気を狂わせてはいない。その2つからやりたい事を察した貴方は体操服へと着替え、外に出る準備を始めた。

 

 

 〘◇〙

 

 

 外は昨日と変わらない、太陽が雲に隠れていない晴天の日だ。

 前に狩った上位者の中には〘月の魔物〙というのがいたが、相対するように〘太陽の魔物〙というのもいるのだろうか。

 そんな事を考えながら、貴方は彼女の右斜め後ろで歩いていた。理由は単純、隣にいたら死にかねないからである。それも肉体的に。

 貴方は確かに自ら動いてスカウトし、何を血迷ったのか公衆の面前で敬愛の意を持つ手の甲への口付けをしたのだが、だからといってマリア様への耐性が付いた訳ではない。

 正気に戻った後に思い出して発狂死したという事は、つまりそういう事である。

 それはさておき。道中に何も起こらず無事にターフに到着した貴方は慣れないなりに準備運動を済ませる。

 

「どう? 準備出来た?」

 

 貴方はそれに首肯し、その意気を見せるように二三回腿上げをする。

 だったら良しと、トレーニングに取り掛かろうというトレーナーの姿勢を見て、そういえばあれがあったなと、貴方が造った物の事を思い出した。

 貴方は手に持った物越しに彼女の肩を軽く叩き、貴方の方を振り向いた所でそれを差し出す。

 それは、獣狩りの短銃。

 狩人の大半が内臓攻撃の前に行う【銃パリィ】を取る為に使われる、左手の武器。

 貴方の渡した物はそれを改造した物であり、本来扱われる水銀弾ではなく空包を発射出来るよう仕立てあげた代物──所謂プロップガンと呼ばれる銃だ。

 灰色の金属が太陽に照らされ、重重しく光を反射する短銃を一瞥した彼女は、

 

「……銃刀法違反に引っかからない?」

 

 問うが、貴方がそんな事を考慮出来る程に理知的であろうか。

 否、そんな事は無かった。

 はたして、瞳の輝きは死んだ。同時に生きる意志が9割消し飛んだ。

 悲しいが、法律とはそういう物である。日本は銃を持っても許されるという法律は無く、同じように武器の保有も禁止される。狩人には生きづらい土地であろう。

 一体どこから出したんだろうという彼女の呟きを無視し、貴方は何事も無かったように振舞ってターフに下りる。

 未だ貴方の瞳の輝きは死にさらしたまま、川添麻里の指示を待つ。

 

「位置について」

 

 タイムウォッチのボタンに指を掛けた彼女は声を出し、聞こえた貴方は芝を踏みしめる。

 

「用意、スタート!」

 

 ああ、銃刀法違反なる物が無ければ、今頃は火薬の鳴る音があったというのに。

 こんな事を思ったのも微かに、貴方は気分を切り替え、強く地面を蹴り飛ばした。

 

 

 〘◆〙

 

 

 距離は短距離がCのマイルがA、中距離Bの長距離F。芝はBで、ダートはA……私の父さんが言ってたのに沿った感じだと、こうなるのかな。

 ダンテスファルサを担当する新人トレーナ──―川添麻里は自身のトレーナー寮に向かう夕時の帰路にて、今日得た情報をバインダーに挟んだ紙に書いていた。

 基本的にブラックなイメージが強い中央トレセンのトレーナー業だが、実は担当のウマ娘をスカウトした直後までは比較的ホワイトなのだ。その後も比較的ホワイトなままか、足元も見えないドブラック環境に堕ちるかは、そのウマ娘の活躍次第ではあるが。

 そんな事はさておいて、彼女はこの一覧を見て少しばかり悩んでいた。

 ……どうしようか、このどうにも言えない適正具合。

 彼女からしても、恐らくは彼女の父の視点からしても、担当のウマ娘であるダンテスファルサは理解し難い距離適正を持っていた。

 まず彼女のバ場の適正が、芝よりもダートの方が強めな事。

 まあ、ここは許容範囲である。トレセンは第二次世界大戦後から続く歴史の長い学園であり、そこに入学した幾多ものウマ娘の中には、芝も行けるしダートも行けると言ったような存在は何人でもいただろうし、その中でもどこを得意としているというのもいるだろう。

 現に、アグネスデジタルというウマ娘はダートと芝を走る二刀流が出ているのだから。

 問題は距離の方であった。それはどれか。

 短距離? 違う。

 マイル? 違う。

 ならば長距離? それも違う。

 それは中距離であった。中距離は皐月賞や日本ダービー、その他幾つものG1レースが点在する王道距離。

 そうでありながら、適正B。彼女が父によく教えられた事には、『出来るには出来るが、本来の力は出しづらくなる』という具合なのだ。

 その癖して彼女は中距離の選抜レースに出走し、挙句最後に巻き上げて1着を取った。

 まあ、その、つまりは。

 バ場も距離も合わず、本来の力を発揮するのが難しい状態でありながら、ただただシンプルな身体性能の暴力で適正距離のウマ娘に勝った、という事である。

 これを変態かゴリラかと言わずして、なんと言うのか。どう足掻いてもそのどちらかの称号は授けられる事待ったなしだろう。

 なんと言うか、すっごいウマ娘を担当しちゃったな。こういう娘のトレーナーになってもよかったのかな。

 ……でも、まあ、そんな事は置いておこう。私は私なりに、あの娘に報いるだけだから、もっと頑張らないと。

 最終的にその結論に達した川添麻里は同時に自分の部屋にたどり着き、何の気なしに郵便受けを覗く。

 

「ん、何かある……?」

 

 その中には、1つの箱と上に乗った手紙があった。箱の方は丁寧にラッピングされていて、中身が見えない。後者の手紙はサラサラとしていそうな高級感があり、一昔前のように封蝋がされている。

 それに書かれている紋章は西洋の映画でみるような形では無く、2つの半円と目を抽象化した物に、中央を射抜くように棒が立てられたマーク。余り見たことがない物だった。

 とりあえず川添麻里は自室に持っていく事にして、持っている鍵で玄関の扉を開ける。室内はおおよそ整頓されているとは言いにくく、年頃の女性の部屋であるとはあまり思えない。

 川添はズボラであった。

 その中でも相対的に整頓された場所のリビングに向かい、鋏を用いて封を切り、中身を読み始める。

 

『謹啓。夜桜が美しく見えてくるであろう頃、貴方に向けて手紙を差し出す』

 

 この二文で始められた手紙は、彼女の担当であるダンテスファルサについての事だった。

 

『さて、この度はダンテスファルサの担当をして頂き、誠に感謝している。しかし、この娘は非常に、まあ、端的に言ってしまえば世間知らずで、箱入り娘なのだ』

 

 川添麻里はそれに成程と、1人合点する。

 道理であんなに反応薄めだったのか。家が裕福だったからだったんだ。それに長袖にも拘ってたし、結構寒い地域からの人なのかな? この手紙を送ったのは……お父さんかお母さんのどっちか? それとも使用人だったり? 

 本人の知らない所でダンテスへの認識が「寒い地域から来た実家が太いウマ娘」という物になりながら、手紙の続きに目を落とす。

 

『ついては、この品を送る。今後もダンテスファルサが多大な迷惑を掛けるだろうが、どうか、長い長い目で見て頂きたい』

 

 最後の1文に特別強い思いが篭っているように思える、謹言で締めくくられたそれをゆっくりと置き、箱のラッピングを取る。

 中には有名な店の最中が12個入っていた。彼女はその内の1つを手に取り、一口。

 

「甘い……」

 

 つうと餡子の甘みが、鼻をくすぐり抜けていった。




〘リア10爆発46〙さん、〘techmy07ex〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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第六夜 メイクデビュー

 貴方の距離適性を測った日から時が経ち、メイクデビュー戦まで幾日程となった。

 勿論この間までに起きた事も多く、例えば水泳トレーニング全力抵抗事件だったり、あるいは某薬品脳研究者以下だった食生活の改善だったりなど、これら2つ以外にも様々な事があった。

 本筋に一切関係しないのでさておき。

 まだ西の半分まで太陽が沈んでいない時刻の頃、貴方とそのトレーナーはミーティングをしていた。

 

「……でも、本当に中距離で出るつもりなの? 多分……多分ってより、確実に本来の力は出しづらくなると思うんだけど」

 

 本に目を落としたまま、それがどうしたと言わんばかりに貴方は首を縦に振る。

 貴方が地形的に不利な状況で戦った事など、貴方が周回を重ねた初代教区長ローレンス(バーニング聖職糞畜生)にワンパンされた数程ある。それが『少々力を出しづらくなる』だけで、今更何の問題があるというのだ。

 

「ま、まあ、それなら良いんだけど……」

 

 そう言って引き下がる川添トレーナーを横目に、貴方は資料まみれのホワイトボード、その中にある1つに目を移す。

 2000メートル、芝、左回りの東京型。

 その上、8人仕立てで8枠8番。

 人数こそ違えど、条件は奇しくも貴方が選抜レースにて走った時そのものである。

 とはいえ、少なくとも、前に相手した者よりは確実に強さが違うだろう。

 過去にテレビジョンで見たレースの内容から、そう貴方は推測する。

 当時は同じ事を言えた口では無いが、前に相手した奴らは担当をなされていないが為に、露骨に出ていた物なら曲線の曲がりが悪く、細かい部分は脚の回転の動きが角張っていた。

 しかし、あの鉄の箱に映っていたのはどうだ。随分と良い動きをしていたではないか。走りに専念した事の無いこの獣女の目から見てもわかる。

 そのような者とやり合えるとは、随分良い機会を貰えた。狩りにこそ劣り、血にも酔えないが、たっぷりと楽しもうじゃないか。

 

「えーと……ダンテス、聞いてる?」

 

 吊り上がる口角を指で抑えながら想像していると、トレーナーから続きを話したいという意味の言葉を受け取った。貴方はそれを促すように手を向ける。

 

「わかった。これからは最終調整を兼ねて、最後の末脚を伸ばすのと、中距離を走る持久力を鍛えるトレーニングを重視するよ。オーケー?」

 

 貴方は首肯する。

 貴方にはレースにおいて重視すべき点やその他トレーニングのやり方は全く知らない為、そのほとんどはトレーナー任せにしている。彼女ならば、良いメニューを組むだろうと。

 その点で、貴方はこの川添麻里というトレーナーを信頼し、敬愛しているのだ。

 それが変わる事は、きっと無いだろう。

 

 

 

「それじゃ、今日は水泳(スタミナ)トレーニングしよっか」

 

 貴方は全力で逃げ出した。

 …………まあ、なんだ。

 たとえ強く信頼し敬愛していたとしても、それとこれとは話が別という事である。

 この後、たまたま逃げた方向にいたマンハッタンカフェに捕まえられた。

 全く、何故水泳などという糞喰らえな事をやらねばならんのだ。持久を重視すると言うのならこの棟の周回をすれば良いのではないだろうか。ああ、彼女の考えている事が分からない……。

 俵担ぎにしていたマンハッタンカフェは水泳に関してのみっともない愚痴を延々と聞かされたという。

 

 〘◇〙

 

 

 場所は東京レース場。天候は晴れており、良バ場の発表。

 現在の貴方は身体のどこかに違和感を感じる事も無く、軽い運動がてら久々に聖杯ダンジョンへと潜ったお陰で、身体も温まっていて気分も上々。獣やトゥメル人、その他諸々ダンジョンにいた敵の血によるハイも若干混じっているが、唐突に得物を振るったり鎮静剤を頭から被ったりしない分、普段の血に酔っている時よりも相当理性的である。

 ゆったりとした息遣いの中、貴方のトレーナーから話し掛けられる。

 

「で、だけど、調子は悪かったりする?」

 おおトレーナー、川添トレーナーよ。これを見ても尚悪いと言うのかね? 

 

 貴方のそれは、俗に言うほろ酔い状態にある。普段より少し饒舌になっており、気分もやや高揚状態にある。

 

「……その調子だったら、下手な心配も不要そうだね」

 ああ、勿論だとも。何、心配する必要は無い。怯える必要もだ。ここまで鍛錬を積み上げてきたであろう? 故に、恐れていてもしょうがない。

 違うのかね? 

 

 血に酔っていて饒舌な貴方は、すらすらと言葉を紡ぐ。さながら自身の勝利でも確信しているように。

 普段からこうあれば良い物だが、それはそれで問題が起きるのも困り物だ。

 川添トレーナーは貴方の発した言葉に共感するように首を振る。

 

「確かに、そうだね。じゃあ……一言だけ。頑張ってね。応援してるよ」

 無論だとも。貴公に再び、勝利を捧げてみせよう。

 

 貴方はそう言い切り、トレーナーと別れた。

 係員に導かれて地下道を歩いていくと、レース場へと出る道に着く。そのままパドックへと行き、表舞台に出た貴方はうやうやしく【娼婦の一礼】をする。

 

《8枠8番、ダンテスファルサ。一番人気です》

《初出走ながら、良い仕上がりを見せています。強い走りを見せてくれそうです》

 

 姿をパドックに表した瞬間、観客席は盛り上がる。ほう、と貴方は少し驚いた。

 こんな得体も知れない異邦人の獣女に対して、歓声を向けるとは。

 逆を言えばそれ以外は特段思わず、端的に言ってしまえばどうでも良いと思っていた。

 貴方からすればそんな些末な事に構う気など無い。そんな事よりも、今の仕える主である川添麻里へと勝利を捧げたいのだ。

 貴方はゲートへと向かって歩く。周りからは睨みを効かされているが、当の本人にはなんのその。

 寧ろ、これ程度の殺意しか出せないのかと欠伸が出そうになるまでだった。

 そもそも貴方にとって、殺意とは身近な物であった。それは完全な獣の本能であったり、あるいは罹患者の人であろうとする故の狂気であったり、あるいは狩人の侮蔑するような狩りの意志でもある。

 そんな色濃い殺意と比べてみれば、なんと稚拙な物か。

 狩人らと似た物を向けてくれるだろうと期待していた貴方からすれば、その期待を裏切られたように思えた。

 まあ、ヤーナムの狩人ではないからしょうがないのか。

 貴方はそう考えて割り切った。

 ファンファーレが鳴り響き、ゲート入り。

 貴方は深く息を吸う。特段緊張している、という訳では無い。血の酔いを全身に回す為だ。

 ターフを走るのに果たして血に酔っている必要があるのかは定かでは無いが、しかして精神的なバフがあるかないかでは力の入りようが違う。それは競走するウマ娘でも、血に酔った狩人でも同じだ。

 全身に血の酔いが回ったように感じた貴方は、そのままゲート内に入る。

 

《各ウマ娘のゲートイン完了、出走の準備が整いました。いよいよスタートです》

 

 実況の声が鳴り終わった後、痺れるような空気感が漂う。それは狩人を相手とした狩りに漂う物とは程遠いが、しかし近しい物である。

 ほう……良い空気じゃあないか。やはりレース(狩り)は、こうでなければな。

 貴方はクククと、小さく笑みを漏らす。血に酔ったそれとは違う、狩人狩りをする際の笑みだ。

 その後、珍しく貴方の有する多動の癖がなりを潜めた。この狩り(レース)に集中し始めたのである。

 無音に満たされた東京レース場。目の前のゲートが開くのを待っていた。

 

 カチリ。

 

 変わらず軽い、仕掛けが作動した音が耳に入った瞬間に貴方は走り出した。

 

《メイクデビュー戦、今スタートしました。各ウマ娘、綺麗なスタートを切っています》

 

 一瞬の先頭を取り、貴方は最後尾に下がる。後ろから見渡せば、先頭を走るのが3人、群になるのが3人、1人はそこから下がった位置で走り、最後尾は貴方がいる。

 貴方は最初のカーブに入る前に内側を取り、曲線移動に備える。

 

《先頭を進むのはミニリリー、次いでレプリケーション。激しい競り合いをしています。どうでしょうか、この展開》

《そうですね、前のペースに釣られて全体がハイペースになっています。後半にスタミナが残せるかどうかが勝負の見所、といった所でしょうか》

 

 第一コーナーに入るが、戦況は変わらず。強いて挙げるなら、解説の言った通り、全体的に速いペースになっているという事だろうか。

 そんな中、貴方は従容不泊といった様子で後方に陣取り、貴方なりのペースを維持していた。

 獣狩りや狩人狩りにおいて、敵の土俵で戦う事はこの上無い愚行に尽きる。もしそうした場合体力を大幅に削られるか、最悪そのまま死ぬ。

 貴方はそれを幾多もの狩人との戦い、特にクリモトとの戦いで良く良く叩き込まれた。

 ……尚、現在に至るまで貴方が彼に勝利した回数はゼロである。

 正直クリモトに関しては、人を卒業した上で上位者をも超えた〘クリモト〙というナマモノなので、真面目に仕方ない部分もある。

 どこの血狂いが言ったか、「不条理が人に身を窶して殺しに来ている」とは彼の事を指す。

 そんな事はどうでも良い話として。

 

《大欅を超えて第四コーナー!》

《ここからどう勝負が動くか見物です!》

 

 第三コーナー前にある坂を登り、そこから第四コーナーにあたる位置になった頃。

 目の前を走るウマ娘ら全体のスピードが僅かに落ちてきたのを、貴方の瞳は認めた。

 ここに至るまでハイペースについて行こうとスタミナを使い、残っていたのも勾配差の強い坂で、のこぎりで挽くが如く削られたのだろう。

 貴方はそれを、癇癪を起こす事も無く、あるいは悲しむ事も無く、ただ無関心に受け取る。

 そして残り三ハロン。貴方は残してあったスタミナを使ってスパートの体勢を取る。

 そして前回と同じように前方をステップで躱し、根性でどうにか速度を維持している2人を目に据える。

 持久が尽きたと言うのに、自らの意思を以て無理矢理身体を動かし足掻き、尚も勝とうとするとは。良い意味の諦めの悪さを有している。

 だが、最初の逃げで失策したのが運の尽きだったな。

 ゲート前とは打って変わって冷めた目付きで2人を観察しきった貴方は、加速の業を巡らせた。

 そして射程圏内へと入った瞬間、業を発動させ2人を抜く。

 貴方は業の加速をそのままに、ゴール板を駆け抜けた。

 

《ゴールインッ! 圧倒的な末脚で、見事一着を勝ち取りました! ダンテスファルサ、今後の活躍が楽しみです!》

 

 

 〘◇〙

 

 

 レースも終わり、ウィナーズサークルに立っていた貴方だったが、その雰囲気には満足というのが無かった。

 貴方の感想としては、張り合いが無かったというのが率直な所である。

 貴方は良き狩人であり、そうであるが故に強い。しかし望んでいるのは、強いが故の下らない無双虐殺劇では無い。

 お互いが気を張り、一枝一端全ての挙動に血眼になり、たった1つの見落としで生きる(勝つ)死ぬ(負ける)かの分かれ目となるような、身体全身、感じる全てがひりつくような狩りなのだ。

 その点において、今回のレースは宜しくない物であった。

 前の2人に釣られて全体がハイペースになり、それが理由で持てるリソースを全て使い切り、たった1人に為す術なく負けた。

 これではひりつきも糞もあった物ではない。ただのみっともない自爆劇ではないか。

 貴方は不満げに思うが、しかし気を取り直す。

 とはいえど、これは所謂最初の関門であると聞く。そもそもここを超えるのも難しいというならば、次回はより手強い相手が出てくるのだろうよ。

 貴方はクククと笑みを漏らし、心の底で次なる敵に期待を始める。

 その考えはさながら、〘シャドーロールの怪物〙──あるいは過去の三冠ウマ娘、ナリタブライアンに近しい物であった。

 

 

 

 ……ウイニングライブ? 

 ……まぁ、その。

 かの川添がやらかしたお陰で、突貫工事で覚える羽目になったそう。




〘Othuyeg〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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第七夜 出掛け

 さてメイクデビュー戦を勝ち抜いた貴方は見事賞金を受け取り、これを機に狩りやレース以外に手を出してみる事にした──

 ……というような事は断じて無く、今日も今日とて朝早い午前五時頃から、トレーナーに手渡された早朝の自主トレーニングメニューに沿って黙々とトレーニングを行っていた。

 ただの無垢なウマ娘の少女であった期間よりも、何も考えず獣を狩っていた狩人である期間の方が余裕で長い貴方は、当然自分で考えてトレーニングするというのは難しい。

 その事もあって早朝のトレーニングも、このトレーナーならきっと良い物を用意してくれているだろうと考え、一切の判断をトレーナーに委ねている。

 つくづく貴方は幸運で、人脈に恵まれていて、そして危機管理能力に疎い。もし彼女の内面が最低な屑畜生だったのなら、今頃貴方はろくでもない事になっていただろう。

 さて貴方はメニューに書かれている物を着々と終わらせ、いざ周回に行こうと学園を出た時に貴方を担当しているトレーナーの川添麻里と遭遇した。

 

「おはよう、今日も自主トレーニングに精が出てるようで何よりだね」

 お、おお、まさか出会うとは。随分と、早く目覚めた事だな。

 

 今日は早く起きちゃってねと笑う彼女の服装は身体にフィットしているスポーツウェアで、端的に言ってしまえば貴方の目に毒な物。

 貴方でも自覚する程度にはまだ早いこの時間帯にまさか川添トレーナーと会うとは思っておらず身構えていなかったが為に、前述も合わさって発狂のゲージが強く溜まる。

 貴方は急いで外見を水筒に扮した鎮静剤を飲み下し、荒ぶりを落ち着かせる。一呼吸置いてから、貴方はトレーナーへと話し掛けた。

 

 ……さて、貴公よ。この獣女に一体何用かね? 

「あー、その事でなんだけどね。ここの所ずっとトレーニングばっかりしてたじゃない?」

 ああ、まあ、確かにそうだな。

「だからさ、今日と明日は休んで、トレーニングの疲れを一旦リフレッシュしようって提案をしにきたんだ」

 

 はあ、と貴方はそれを聞く。

 貴方は現状疲れていたり、あるいは気分が落ちているという事は無い。寧ろこれまでに溜まっていたフラストレーションから活力を余らせており、行っているトレーニング全てを楽しんで受けている。

 とはいえ、このトレーナーが言うのであれば、恐らくは必要な事なのだろうよ。

 貴方はそう受け取った。

 

 

 そうして深く考えず唯唯諾諾と承知した結果、出来上がったのは〘白痴の蜘蛛、ロマ〙戦で現れる子蜘蛛を処理する際のような、死んだ瞳孔を晒す貴方であった。

 理由は単純で、やる事が無いというこの1つに限る。

 ここにいる大半のウマ娘は幾ら「レースに全てを捧げている、全身全霊であたっている」と口先で言えど、元を辿ればごくごく普通の少女である。わかりやすく言うなら『生きている間にレースをしている』状態であって、逆を言えばレース以外にもやっている事、つまりはプライベートというのがある。

 しかし貴方は、先程のように言うなれば『狩りの合間に生きている』という訳なのだ。

 生きている、の部分は果たして全うな人間として生きているかどうかは一旦どうでも良い話として、そんな体たらくの貴方がどうしてここで何か面白い事を見出せよう。

 そもそもレースに面白みを見出したのもまぐれであり、それが無ければ今頃も暇を持て余していただろう。最悪、従来の血に酔った狩人になっていたのかもしれない。

 故に貴方は面白いと見えたそのレース、しいてはそれに繋がるトレーニングを欠かす事無く励み、楽しんでいたのだ。

 ……とは御託を並べてみれど、結局貴方が暇である事に変わりは無い。

 

 ……暇だ。有り得ない程に、暇だ。

 

 ポツリと一言、貴方は呟く。

 そうして手に持つオルゴール、それのゼンマイをクルクルと回す。

 これまでに何度やったろうか、貴方は既に記憶していない。とりあえず自主トレーニングを始めた時刻からおよそ五時間近く経った、というのは知覚している。

 貴方は自主トレーニングを中止して貴方の有する教室に入ってからは、いつもの装束に着替え、愛用する狩り武器の手入れをし、後は、まあ……無い。

 全く酷い有様だが、これがダンテスファルサという狩人、またはトレセン学園の学徒である。

 勿論貴方とて、そうである事をありのまま受け入れた訳ではない。

 例えば借りた小説を手元に出して読んだり、あるいは宿題を纏めて終わらせたり、はたまた運良く何かを受信しないかと、物凄く嫌そうながらメンシスの檻を被ったりなどだ。

 とはいえ、その本は幾度と無く読み返した物だし、宿題も有り余った暇を潰せる程数多くある訳でも無い。ましてや上位者がこんな下らない事で返答するなど、まず有り得ない。

 たかが2日の暇。されど2日の暇。こんな辺境の教室に訪れるような伊達者酔狂者も無く、貴方はただただ退屈であった。

 ガスコインの娘から貰ったオルゴールを百何十回まで回した頃か。貴方は突然立ち上がる。

 この暇、もしかすれば、黒髪の少女なら潰す方法を知っているのかもしれない。

 本当に何か変な物でも受信したのか、一切の根拠が無い確信を以て貴方はマンハッタンカフェの元へと向かう事にした。

 

 

 〘◇〙

 

 

 そんな訳で貴方はカフェのいる寮部屋に突撃し、なんやかんやあって明日に出掛けるという口約束を取り付けた。

 そこから貴方は随分と楽しみにしていたように見える。狩人の夢に帰った際にも心做しかウキウキとした雰囲気を醸し出しており、それに人形は首を傾げた。

 ダンジョンの血晶石集めの際にもいつも以上に落ち着かない様子で、目当てだったトゥメル=イルの『呪われた一撃の濡血晶』、マイナスオプションがスタミナ消費の非常に高品質な物が出ても、驚きこそすれ、仰天するとまではいかなかった。

 所謂浮き足立っている状態で、それ程までに出かけるのを楽しみにしていたのだろう。

 時間に関しては恐ろしく疎いはずにも関わらず、三時間前には既に出掛けの準備を済ませていた事から、その期待の強さがひしひしと伝わってくる。

 過去の狩人を見てきた人形からも貨幣の使い方を教わり、準備は万端。

 そこはかとなく跳ねるような足取りで待ち合わせの地点に着き、そこから一時間半が経つ。

 予め決めていた待ち合わせの五分前に出かけ相手である彼女、マンハッタンカフェは訪れ……貴方の服装を見て、二度見し、現実が変わらない事を察すると、理解出来ない度し難い物を見たかのような目になり顔を伏せた。

 何か一言二言呟き、その変わりように心配した貴方が鎮静剤でも要るか、と問うと。

 

「服、買いに行きましょう」

 …………は? 

 

 ただ一言、簡潔に言った。

 

 

 

 そんな事もあり、貴方は現在洋服店にいる。

 ちなみにだが、現在の貴方の格好は外套を取っ払った官憲の服装にマスクを外した狩人帽の様相だ。

 そして今の日本の暦は7月。季節でいう所の、夏真っ盛りな時期である。

 群衆に囲まれ、松明で良い感じに焼かれて焼きザクロになったり、ローレンスに燃える体液を掛けられて焦がしザクロに幾度となく転身した経験のある貴方にとっては今更どうともしない事だが、この土地の一般人にとって、夏はバカげている程に暑い季節なのだ。

 この時期に長袖を着るなど、熱が籠って熱中症になりかねないが為に自殺行為と等しく、故に彼女は程々の物を見繕ってさっさとそれに着替えさせようとしている。

 その意図が狩人脳の貴方に伝わっているかどうかは、まあ、お察しである。

 貴方が考えるには、こうだ。

 狩人の着る装束は総じて軽量であり、その為に着ていようが脱いでいようが、動きに何か影響を与えることは少ない。しかしカインハーストの鎧が物理防御に優れ、煤けた装束が炎に強いように、それぞれに強みがあり、故に着ると着ないでは雲泥の差がある。

 だからこそ、発狂や獣性、あるいは毒などの、どこかしら特筆できるような耐性を持たなさそうで、炎、雷光、挙句物理防御にも優れていなさそうな代物を、なぜわざわざ好んで装備しなければいけないのか。

 これがわからない。

 ……と、いう訳なのだ。どこまでも狩人的な思考に染まっている辺り、それは最早治らぬ病のような物なのだろう。

 さてそれら云々はともかくとして、マンハッタンカフェは先程から喜々として現在の貴方の格好に合う半袖の服を次々と選んでは、試着室にいる貴方に着る事を要求している。数にして七着を着せていた。

 それにそろそろ呆れてきた貴方は、またも次を持ってきた彼女に一言言う。

 

 ……念の為に言っておくが、着せ替え人形とは違うのだぞ? 

「勿論知ってますよ」

 

 さて、本当かね。この獣女の瞳から見るにはそうとしか思えないが。

 返答に訝しむ貴方を他所に、マンハッタンカフェは鼻歌を交えて未だ選ぶ。顔にはその一時一時を楽しんでいるという感情が写っている。

 その様子を見て、貴方は思い直す。

 ……さりとて、それが彼女の楽しみとなるならば、まあ良い事ではないか。装束の問題とて、回避により集中すればどうにでもなるだろうよ。

 仕方なさそうに溜息をするが、それと反して貴方の表情は良い物であった。

 そこから数十分して、貴方は最後に出された黒いロゴ入りのポロシャツに決めた。勿論だが半袖である。官憲の装束は袖の部分を腰に巻き付ける事にしたらしい。

 服も買い終わって洋服店を出る時に、ふと貴方の瞳に白色のリボンが入った。どうやら髪飾りの1つらしい。光沢があり、繊細なレースが付いている。

 

「……あれ、欲しいんですか?」

 ……ああ、いや、違う。少し、あのリボンを見て過去を思い返していた、それだけだ。

 

 貴方はその問い掛けに否定し、今も貴方の遺志にある、血に濡れた白色のリボンを思い出していた。

 ……不条理な世界だよ、本当に。

 これまでに何度も思った事を一旦封じ込め、貴方達は洋服店を出た。

 

 

 

 美しい光沢のある白色のリボンというのは、可憐で優美で、そして無垢な少女に似合う物だろう。

 少なくとも今の貴方が付けるには、啓蒙があり、無骨であり、そしてあまりにも血濡れが過ぎる。




狩人様の私服に期待してはいけない。
〘除雪〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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第八夜 治験

 夏休み。

 学徒に心身の休養をさせる為に用意された休暇であり、夏の尋常では無い暑さを回避する為に作られた休暇でもある。

 勿論トレセン学園にもそれは存在しており、8月の始めを以て既に始まっていた。

 さて貴方は知り合いと出掛けてリフレッシュもし、ついでにこの時期を機に新たな玩、ではなく通信機器であるスマートフォンを手に入れ、次の目標レースを初のG3レースである『新潟ジュニアステークス』に据え、最終調整を目的としたトレーニングに励んでいた。

 

「はい、ラスト一周! 最後まで力を出し切る!」

 

 そんな事は分かっている。

 貴方はそれに頷き、夕時のターフの中、再び脚に力を入れる。以前までとは違って洗練されており、しかし狩りに酔った古狩人のような猛々しさと荒々しさの残る脚運びで速やかに加速していく。

 左に身体を傾かせ、コーナーを曲がる。コーナーを曲がる際のスピードも若干程度だが強化され、それ以上に正確さを得た。これらは血の遺志による強化だけでは決して獲得し得る事の無い力だろう。

 轟轟と風を切る音が耳に響く。貴方にとってのそれは、狩り武器を振るう風切り音、〘火薬庫〙の仕掛けを作動させる際の重厚な金属音には全く及ばないながらも、しかし心地好い音に聞こえる。

 ザリザリと地面を踏みしめ、荒々しく、しかしただ我武者羅に走らず最後に向けて貯める。獣性を感じさせながら、一方で理性があるように、そして大袈裟に見せる走りをする貴方は、獣の『狩り』というには烏滸がましく、形容するなれば血族に所属する狩人の様相だ。

 第四コーナーを曲がり切り、貴方は貯めていた末脚を解放する。風を切る音が一層強くなり、周りの景色がより速く後ろへと過ぎていく。

 残り一ハロンといった所で、貴方は加速の業を巡らせる。

 変わらず酷い気分になるが、そういう物だと高速で割り切って目の前の事象に意識を向ける。

 150メートル。

 100メートル。

 50メートル。

 25──15──8──今。

 残り5メートル地点で貴方は『加速』し、ゴール板を切った。

 貴方は緩やかに減速していって立ち止まり、その後に川添トレーナーの元に向かう。

 

「お疲れ様。はい、スポーツドリンク」

 ああ、助かる。

 

 貴方はトレーナーから手渡されたドリンクを受け取り、口に流し込む。強く冷えた液体が喉を伝い、体内に入る。

 貴方には精神的疲労や何かを服用した時の一時的な肉体の変化というのはあれど、肉体的疲労という物は無い。今身体から汗の一滴も流していないのが何よりの証拠である。

 その件については過去にトレーナーからも疑われたのだが、貴方がそういう体質であると適当に誤魔化してからは、何かを言われるような事は無くなった。その代わりに、今回のように冷えたドリンクを差し出されたり一回のトレーニング事に濡れたタオルで首周りを冷やすようになった。

 当の貴方は知るよしの無い事だが、どうやら汗を流すのには体温を調整する意味があるという。それが無いというのは体温が高い状態のままになる事を示すので、恐らくはそれを憂いての事なのだろう。

 どこまでも貴方思いのトレーナーだ。

 そんな事はさておきとして。

 冷水で濡らしたタオルで顔を拭い、身体を冷ますフリをしていると、ふと貴方はある存在を見かける。

 それは一人の白衣を着たウマ娘と……何だろうか、あれは。

 少なくとも人であり、ヤーナムの住人のような獣化した獣では無いのはわかる。貴方の瞳は確かにそうは捉えているのだが、であれば人とは黄緑色に光る生物なのだろうか? 

 ただ純粋に気になった貴方は、隣の川添トレーナーへと話し掛ける。

 

 貴公よ。あの緑色に光る何かは誰だ。

「ああ、アレ?」

 

 聞かれたトレーナーは赤い蜘蛛が出てきた時のような顔になり、少し言い淀んだ後、苦笑しながらそれに答えた。

 

「アレは、まあ、私の同期だよ。担当はアグネスタキオンだったかな? いつもはあんな感じじゃ無いとは思うんだけど……多分担当の娘が作ってる薬の副作用じゃないかな……」

 

 人体とは副作用によって光る物だったろうか。

 貴方は訝しんだ。

 …………まあ、服用した薬には身体の比重を変えたり一時の獣性に導かせたり、副作用に存在自体を薄れさせる物があるのだから、身体を光らせる物も有っても良い、のか。

 ……この獣女が知った事では無いが。

 引き合いに出す物がかなり狂っているような気がするが、ひとまず貴方はそういう事にした。

 それはそれとして、そのアグネスタキオンという人物は何やら面白そうな気配がしてならない。一度関わってみるのも良いだろう。

 純然な好奇心で、とりあえず彼女について調べてみる事とした。

 

 

 〘◇〙

 

 

『アグネスタキオン? あー……正直に言っちゃえば、変人、だね、うん』

『タキオンさん、ねえ。うーん、その……マッドサイエンティストって奴なのかなぁ。普段からクラスに顔を出してるって訳でも無いから、良く分からない。ごめんね』

『うーん、何だろう。良く治験って言ってはこっちに変な薬を飲ませたがるから、あんまり良い印象は無いかな』

 

 そして。

 

「タキオンさん、ですか……」

 

 彼女について聞けば、マンハッタンカフェは好印象を持っている、と言うには到底無理がある表情を浮かべた。

 ここまでに聞いてきた事として、まず第一に変人である事、その次に制作した薬を他人に飲ませる癖がある事を知っている。

 これまでに聞いてきた全てを総評すると、分類としてはミコラーシュかアーチボルドといった所か。

 たった今アグネスタキオンという人物に甚大な風評被害が発生したように思えるが、それは一度置いておく事として。

 マンハッタンカフェは大方言いたい事を纏めたのか、そうですねと前置きを入れて彼女は言う。

 

「まあ、悪い人って訳では無いですよ。研究する理由が、ウマ娘が持つ速度の更なる向こう側を見たいって物ですから。私だって、それには興味があります。ただ……やり方が問題なんですよ」

 

 彼女は溜息を一つ吐く。

 

「例えば薬を作ってはそれを飲んで欲しいとせがんできたり、研究が忙しいのを理由に授業も選抜レースにも行かない時があるんですよ。お陰で危うくここを退学になりかけましたし。……とはいえ、今は専属のトレーナーさんがついていますけどね」

 ああ、あの光っている人型の事か? 

「……ダンテスさんも見たんですね……」

 

 タキオンさんはどうして人体を光らせるんですかねと言い、彼女はコーヒーを一口。それに釣られて貴方も飲む。

 苦いながらも程良い風味が舌を刺激し、角砂糖の微かな甘みが喉を通る。

 ああ、良い味だ。

 貴方はただそう思う。既に上位者の身である為、食事という行為はそもそも必要無いのだが、とはいえ心の安らぎにおいては大切な物である。事実貴方は、コーヒーを飲んだ事で幾許かの生きる意思を得ている。

 こうなると、人形の焼いてくれたクッキーも手に取りたくなるな。……どうにかして狩人の夢から連れていけない物だろうか? そうすればこの時間の選択肢も広がるであろうよ。

 そうして思案しつつ、コーヒーを飲んで一休みしていると。

 

「おーい、カフェー! やっぱりここにいたのかい! また新しく薬を作ったから治験に参加してくれないかー?」

 

 ガラリと、勢い良く音を立てて扉が開かれる。同時に聞こえるのはハキハキとした声。内容は薬を飲めという物。

 察するに、その人物こそがアグネスタキオンという者なのだろう。

 噂をすればと一言呟いた彼女は、貴方の方向を向きながら無造作に返答する。

 

「嫌です」

「おお、今日も今日とて淡白じゃないか! なぁーカフェー、一回くらいは付き合ってくれたって構わないだろー?」

「飲みません」

「酷いなぁ、今日はいつにも増して身持ちが固いのでは無いかい?」

「気のせいでは?」

 

 脚取り早く進む音が部屋に響き、少し経った後に仕切りが開かれた。

 そこに立っていたのは、マンハッタンカフェ同様のウマ娘。髪色は茶髪で短く、背丈は彼女よりも少し高い程度。右耳には六角形の形をした飾りが揺れている。

 貴方の目を引いたのは、彼女の瞳孔。色は髪色と変わらないのだが、そこに有していたのは狂気と深淵であった。

 貴方の宇宙悪夢的な深淵、血に乾いた狂気とは全く程遠いが、しかし常人が持つには十分過ぎる物。

 ……成程、これでは周りから狂人と言われてもおかしくない。

 貴方は奥底で彼女をアーチボルド二世と認識した。

 

「なぁカフェー、今回はちゃーんと研究を重ねた上で作り上げた物なんだ。だから安心して──おや、そこにいるのは誰だい?」

 

 彼女はマンハッタンカフェに話し掛けている最中、ふと貴方の事が目に入ったらしく話を変える。

 黒髪の少女は警戒の様相になり、眉間にシワを寄せる。背後の亡霊も格闘の体勢を取り、準備万端といった所。

 

「……ダンテスファルサです。それがどうしました?」

「ダンテスファルサ、ダンテスファルサ……ああ、確か最近入った転入生だったか。なら自己紹介の必要があるね」

 

 そう言うと、彼女は仕切り直すように喉を鳴らす。

 

「こんにちは、ダンテスファルサ君。私の名前はアグネスタキオン。速度の向こう側を見たいが為に研究を繰り返している、一人の研究者さ」

 

 その後、貴方に薬の飲み口を向けて、

 

「さて、君も一度くらい思った事は無いかい? 速度の向こう側を見たいと、更なる速度を求めたいと。私はその為に、数々の治験を行っている。だから君、私の薬を受け入れてはくれないかな? もしそうしてくれるというのなら、その後の気分や状態などを詳しく教えてくれると──」

 

 と言った。

 また始まりましたよと溜息をつくマンハッタンカフェを他所に、貴方は立ち上がり、アグネスタキオンの手元から薬を受け取って。

 そして躊躇う事無く、口に流し入れた。

 味覚を支配するのは、甘みの暴力。とにかく甘ったるく、その癖口にしぶとく居残る不快な味。

 味の感想としては、まあ……ある島国の人間ならば喜ぶ味、といった所だろうか。少なくとも貴方好みでは無いが、ヤーナム製の薬や『エーブリエタースの先触れ』よりは数段良い味だろう。

 一瞬呆けた彼女は、しかし貴方が口に入れたのを認めて喜びを見せる。

 

「おお、君も研究に参加してくれるというのかい!? それはそれは、本当に有難い!」

 

 実の所はただ貴方の好奇心が激しく蠢いた為であり、一切速度を追い求める事に興味は無いので、彼女の推察は全くの検討違いである。

 とはいえ、これからも好奇心を刺激する物を作るというのなら、そう思わせておいた方が良いのだろう。

 貴方はそう考え、首を縦に振る。

 それを見たマンハッタンカフェは真顔になった。

 その後彼女は、自主的にアグネスタキオンの研究所へとついて行った貴方の方向を見て、虚空に向けて喋り掛ける。

 

「……あんな破天荒な人の面倒を見ているなんて、大変そうですね」

 

 それはただの独り言か、それともいるはずも無い貴方の親に向けてか。はたまたそれ以外なのか。

 意味はマンハッタンカフェ一人のみが分かる事だろう。




この後ダンテス君は金色に光った。

感想評価お気に入りをして頂けたら、クリモトスタイルで時計塔のマリア様を狩りにいきます。
ダンテス君が。


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第九夜 新潟ジュニアステークス

 1600メートル、芝、左回りの新潟レース場。天候も晴れており、良バ場の発表。

 そしてフルゲート18人で、8枠16番。

 今まで走った3戦──メイクデビュー、プレオープン、そしてオープン戦──でも何かと大外に縁のあった貴方だが、今回も今回とて大外枠であった。ここまで来ると最早運命か何かでもあるのかと疑いたくなるくらいだ。

 まあ、一度そうなった物は変わらないので大人しく受け入れている貴方は、今回は比較的冷静であった。理由は簡単で、レース前に聖杯ダンジョン巡りをしていないからだ。

 というのも、トレーナーから「今までにやってきたレースより一層周りが強くなる」というのを聞いていた。つまる所、貴方の脳内では若干のマンネリ気味になっていた聖杯ダンジョンよりも更に良い爽快感を期待させてくれるのだろうと心躍らせていた、という訳である。

 今までも悪くなかった訳では無いが、それ以上に面白い物が出来るのか。

 成程、良い話ではないか。

 貴方はクククと喉を鳴らす。これからどういうのを相手にするのか、貴方は今の時点から既に楽しみにしていた。

 さて貴方は係員から貰ったゼッケンを装着していると、ふと扉がノックされる。恐らくは川添トレーナーだろう。

 

 入ってくれ。

 

 そう声掛けすれば、貴方のトレーナーは入る。いつもより高級感がある、光沢がある藍色のスーツを来ており、どうやらこの日の為に新調したと見える。

 

「さて、初めてのG3レースだけど……まあ、今日も調子は良さそうだね」

 ああ、勿論。

「よし、それなら良かった。緊張も無さそうだし、良い感じ」

 

 血に酔っていないからか普段通り口数は少なく、高揚状態でも無い。とはいえ前述の通りレースに期待しており、上手く隠し切れていないのが脚の揺すりから垣間見えている。

 

「……やっぱり緊張してる?」

 なぜ? 

「なんか脚が落ち着かない様子だから、それがちょっとね」

 まさか。これは確か……世間で言う所の武者震いと言う物だ。

 寧ろ貴公の方こそ落ち着いていないと見えるのだがね。そんな畏まったような服装をしている上、声も震えている。

「へっ? い、いやぁ、さ。だってさ、私G3とかG2とか、そういうレースが出来るのってもう少し経験積んでからだと思ってたし……大丈夫かな、私。ちゃんと良いトレーニングさせられたかな……」

 

 貴方は彼女の事を大分前から良いトレーナーと認めているにも関わらず、今更になってなぜか弱気になっているらしい。

 ……トレーナーが怖気付いている時には、支えてやるのも担当の務めという物か。

 不要な獣性を高めていた貴方は理性面でそう考え、初めて彼女の肩を手で軽く叩き、慣れないなりに貴方は励ましを入れる。

 

 貴公、なあ貴公よ。なぜ貴公は今頃になって怖気付いているのかね? 

 聞く所によれば、どうやらメイクデビューというのを勝たせられるのはほんの一握りというではないか。しかもそこから2つのレースに出し、その2つも勝たせている。それらはメイクデビュー以上に難易度が高いというのに? 

 貴公よ、恐れる必要などはどこにも無い。もし勝利を渡せなかったとするなら、その原因は貴公の不足では無い。こちら側の失策にある。だから貴公、落ち着きたまえよ。

「……そう、かな」

 ああ、そうだ。貴公は失敗などしない。失敗という文字は、貴公の辞書には無い。

 

 貴方もべた褒めだと思う程に彼女を励まし、同時に発狂を堪えていると、彼女は仕方なさそうに笑う。

 

「……ハハハっ。そこまで言われたら、私自身の事を信じないとだね」

 

 ようやく落ち着いた川添トレーナーに、貴方はふぅと息を吐く。

 

「それじゃ、頑張ってね」

 勿論だとも。何、心配は不要だ。座して見ていると良いさ。

 

 貴方はそのまま控え室を出て、地下道に行く。

 ……ああ、良いレース(狩り)が出来そうだ。

 パドックにたどり着こうという時、貴方はもう一度愉快そうに喉を鳴らした。

 

 

 〘◇〙

 

 

《三番人気、2枠4番リトルラットリア。ラスト三ハロンに見せる、粘り強い逃げに期待です》

 

 雲の欠片一つ無い晴天の空、ターフに響くは実況の紹介。最初に来たのは三番人気。

 

《対抗を示す二番人気、6枠11番ブリッジコンプ。中団から一気に追い上げる、切れ味の鋭い差し脚質で一番人気を下せるかが見所です》

 

 続いて出たのは二番人気。これまでに二戦し、その双方ともに一着をもぎ取っている有力なウマ娘だ。

 しかし二番人気である以上、上がいる。それが──

 

《そして本命の一番人気、8枠16番ダンテスファルサ。ここまで三戦三勝、現在無敗を誇るウマ娘です。今回が初めてのG3レース、ここでも稀代の末脚を見せてくれるでしょうか》

 

 ダンテスファルサ、即ち貴方であった。

 貴方の名が呼ばれた刹那、観客の歓声はより一層と高まった。所々から貴方に向けての応援もあり、さながら勧善懲悪物のヒーローかのようだ。

 もしこれを、貴方を知る大多数の狩人らが聞いたとすれば、そんな巫山戯た事をほざくな糞袋野郎と嘲笑し、バカバカしいと話した者を一蹴していた事だろう。

 実際、当事者である貴方自身もそれを未だに信じられずにいた。

 これは、脳が見せる幻聴か何かの類では無いのか? 

 ゲートに入る間も延々と自問していたが、さりとて起きている事は変わる筈も無い。貴方は今この場において一番であると実力を認められており、そして貴方に向けられた歓声がある。

 ……ここの人間は、少し物好きが過ぎるのでは無いのかね。

 貴方はそう思いながらも、しかし悪くは思っていなかった。良き狩人たる貴方でも人らしい感情はある。褒められているなら機嫌を悪くする必要が無い。実に当然の事である。

 貴方はいつもより随分多く、三度目の笑いを見せる。

 そしてレースなのだからと【露払い】をして、目の前の鉄の扉に意識を向けた。

 

 ──カチリ。

 

 静寂の合間、聞きなれた仕掛けの音が微かに聞こえた貴方は、ステップをするように加速した。

 

《新潟ジュニアステークス、今スタートしました。各ウマ娘、順調に良いスタートを切っています》

 

 流石にオープン戦とは違い、貴方と同タイミングでゲートを抜けるウマ娘も多くなってきた。出遅れも少なく、相手の仕上がりが強くなっているのをひしひしと感じられる。

 とはいえ狩人の中でも上位側に位置する貴方が、これ程度でへこたれるような事は無い。いつも通りに前を取って先行した後、後方に潜伏する。

 見渡してみると、今回は先頭を突っ切るのが一人に、それに追随するのが九人。中間辺りで走っているのは六人で、貴方と同じ位置の者が二人。前回は逃げの数故にハイペースな展開となったが、今回は一人と少人数な為に、今回の展開は緩やかな物となるだろう。

 このペースを保たれつつ、レースは最初のコーナーへと入っていく場面となる。貴方はそれに合わせて内側を取ろうと動こうとする。

 が、そう簡単に行かせてはくれないのが現実という物。

 ……ちっ、邪魔だ。

 貴方は内心舌打ちをする。

 最後尾に着こうとすれば横の一人がそうさせまいと上下に動き、ならば前にと歩を速めれば前の一人が左右にずれる。

 つまる所、貴方はブロックを仕掛けられていた。それも、レースが始まってからずっとだ。

 貴方は今までに、ここまで本格的なブロックを受けた事が無かった。

 当然ながら、プレオープンとオープンの二つでも受けていた事には受けてはいた。しかしそれらは貴方目線からして生温い物で、ヤーナムステップを駆使して容易に捌けるか、加速の業を使われてそもそもブロックが間に合わないというのが常。

 その為に、ここまで本格的に、貴方の動きにピッタリと張り付くようなブロックに上手く対応出来ずにいた。

 現段階で癇癪を起こしていないとはいえ、やりたいようにやれていないのが響いているのか、貴方の冷静さは少しずつ削られている。

 その状況はコーナーに入ってからも変わらず、依然として二人と拮抗したままであった。

 

《一番人気、ダンテスファルサ。二人からマークされていますね》

《これまでの戦績で警戒されていたのでしょう。心做しか顔に焦りが出ているようにも思えます》

 

 そんな訳ないだろうが。

 貴方は冷静を欠くように、心の中でそう答える。

 確かに貴方は焦ってはおらず、意味合い的には観客に緊張感を持たせる為に過ぎない。

 しかし、解説の言葉に強く反応する程に、貴方は二人のブロックに苛立ちを催していた。

 貴方はダンテスの名を穢させないが為に、まだ『獣の咆哮』──獣の如き咆哮の圧により、周囲を吹き飛ばす狩り道具の一つ──を使うという思考には至っていない。

 幾ら跳ね除けるのに便利とはいえ、幾ら狩人の間で気軽に使われているとはいえ、元を辿れば禁じられた狩り道具。禁じられた物を使ってダンテスの名を穢してまででも、殺意の元凶である二人を吹き飛ばしたいとはならず、それに「まだ獣に堕ちていない」と思っていたいのだろう。

 勝利の咆哮も、勝利を目指す鼓舞の咆哮も、これまでに一つたりともあげた事が無かったのが、何よりの証拠であった。

 だが、そんな心情などつゆ知らずの二人は貴方をブロックし続け。

 

《間もなく第四コーナーカーブを抜け、最後の直線へと入ります!》

《後ろから来るか、それとも逃げ切るか! 最後の局面です!》

 

 レースを自由に走れず、肺が軋み、喉が乾いて焼けるような痛みが喉を支配する。どれもこれも、貴方にとって不愉快な物の数々。

 端的に言って、全てが癇癪の引き金になり得る物であった。

 

 ええい、進路の邪魔ばかりで鬱陶しい! さっさと、失せろ! 

 

 とうとう癇癪を引き起こした貴方は激情のままに言葉を吐き、上位者の圧と狩人の殺意により周囲を威圧する。

 普通のウマ娘が掛ける物より数段濃厚なそれで怯んだのをステップで躱し、貴方は前を目指す。

 

《ダンテスファルサ前に出た! 新潟の直線はまだ長い! リトルラットリア、最後の最後まで逃げ切れるか!》

 

 ここまでずっとブロックされていたのが余程堪えたらしく、貴方は乱雑にスパートを掛ける。その様は技量も何もあったような物では無く、知る人が見れば酷い物。

 しかし未だ成長途中のウマ娘と生粋の狩人では身体の性能が段違い。スタミナの削れも激しいながら前を次々と抜かし、残るは前で逃げるリトルラットリアのみ。

 残り一ハロン。貴方は激情のままに加速の業を巡らせ、そして加速の業を発動させた。

 

 

 

 それこそ、完全な失策であった。

 

 加速の業を発動させた貴方は激情から醒め、瞬時にして「ああ、やらかした」と感じた。

 貴方の扱う加速の業は前述した通り、一度しか使えない。そしてもう一つの欠点として、発動させた際のスタミナ消費が尋常ではないのだ。その欠点を顧みず怒りに釣られて使った結果、まだ距離が残ってしまっていた。

 その隙を彼女が見逃す訳が無く。

 

「負けて……たまる、かぁぁぁぁぁーっ!」

 

 咆哮をあげ、なけなしの根性を振り絞り。

 ──そして貴方は初めて、レースの敗北を経験した。

 ゴール板を過ぎた後、両手を上げて勝ったと声にも身体にも喜びを表す彼女を見て、ふと過去を思い出した貴方はどうしても目を背かずにはいられなかった。

 

 

 〘◇〙

 

 どこが悪かったのだろうか。

 貴方は一人、控え室で自問する。トレーナーは貴方から少し一人の時間が欲しいと頼んだ為、この場にはいない。

 自問に対して考える間もなく、貴方はそれに自答する。

 言うまでも無く、激情に駆られた時だろう。

 あの時に乱雑に走ったが為に、無益にスタミナを削り、余計に疲労を重ねた。その上、加速の仕掛け所を見誤り、それが原因で彼女が前のままで、しかも逆転出来る距離を残していた。

 貴方は溜息を吐く。今までに繰り返してきた狩りの失敗要因と似通っていたからだ。

 とはいえ、こういう些末な失敗は狩りで何度も何度もしてきた。今更そこで落ち込むような、やわな狩人では無い。

 貴方は気を取り直し、次回に向けて考える。

 ……まあ、もう良い。過ぎた事だ。これ以上拘っていようが意味などない。次にこれらを改善していこう。

 

 今日の事は、仕方ない。

 

 貴方は常套句を発し、トレーナーを呼び戻しに控え室を出た。




狩人にとって、負けは学生の持つペンみたいな物。
〘なぞのいきもの〙さん、〘geardoll〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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第十夜 血狂い狩り

 件のG3レースが終わって一日が過ぎ。

 外は暮れ、練習をするウマ娘も少なくなってきた頃、いつもの教室の中に貴方はいた。

 今日はレースが終わってからまだ一日、というのもあってか、比較的に軽いトレーニングだけ──とはいっても他ウマ娘の視点から見れば十分な量の内容なのだが──といった内容。その為にまだ時間に余裕があり、それが理由でここにいた、という訳である。

 最近ではスマートフォン上のゲームを始めたり、教室内の改造に手を出したりと、暇潰しの手段にも多様性が表れてきているのは良い物の、とはいえ狩りは勿論の事、レースやトレーニングにも引けを取る。

 そういう事もあって、教室内を意味も無く歩き回っていると、貴方の好奇心がふと芽生える。

 ……この地で〘狩人呼びの鐘〙を鳴らしたらどうなるだろうか。

 実は貴方、この考えに至るまでに一度も鐘を鳴らしていなかったのだ。理由は上げるまでも無い程単純で、この生活を随分と満喫していたからである。

 ……というよりも、そもそも貴方からすれば、忘れていたというよりは触れようと思っていなかった、という方が正しい。

 現在話題の中心となっている〘狩人呼びの鐘〙とは、簡潔に言うなれば、この世界とは異なる世界に存在する狩人を、次元を超えさせて協力して貰う為のアイテムだ。

 ヤーナムの狩人とは獣の病に罹患した者を狩る存在なのだから、当然ながらその殆どはそれを忌み嫌い、憎む者ばかりである。

 それは連盟の狩人だろうと、血の狩人だろうと、処刑隊だろうと、たとえ狩人狩りだろうと、その事実に変わりは無い。

 なぜなら、元はといえばこの『獣の病』が引き起こした事象なのだから。

 そんな中に、獣の耳を持ち、人に無い尾を下げる者──つまりは貴方の事だ──がいたならば、どうなるだろうか。

 獣の癖に狩人の真似事をと、敵対視するのだ。

 故に、助けを求められようと素知らぬ面をして〘共鳴破りの空砲〙を撃つ。あるいは罵詈雑言を吐く。性格の捻れ曲がった糞袋野郎は狩りに協力せず、身を翻して貴方に刃を向ける。

 貴方がどれだけ同じ志を掲げようと、それ以上に獣を忌み嫌い、憎んでいようとだ。

 それらを鐘を鳴らす度、助けを乞う度に受けてきた貴方は、いつしかこう思うようになった。

 最早自身以外に全く信じるべきで無い、他は人間性の腐れ落ちた屑だけなのだと。

 現在はクリモトやそれに並ぶ、極々一部の全うな人を見る瞳を有する狩人に会ってからは多少正された物の、しかしその考えは今も尚深く、根強く残っている。

 閑話休題。

 そんな考えである貴方が、何故今になってこの鐘に好奇心を抱いたのかは定かでは無いのだが、しかし抱いた物はそう易々と止められる物では無い。

 今の貴方は過去の貴方よりも練度が高く、高レベルの血晶石も揃っている。その為、貴方と同程度の狩人なら余裕を持って狩る事が出来る。

 また、血に酔った狩人が行動しようとしたのならば、最悪空砲を撃てばどうにかなる。血の遺志は手に入らず、啓蒙も無駄になるが、少なくともこの学園が無惨な事になるよりは何億倍もマシだ。

 何、待つのは嫌いだが慣れている。それ以上に、ここが荒らされる方が神経に堪える。

 貴方はそう思いつつ、着々と準備を進めていく事にした。

 

 

 〘◇〙

 

 

 今は時刻にして午後七時。この時刻に学徒などまずいるはずのないこの頃に、貴方は好奇心を満たす実験を始める事にした。

 用意する物は前述の〘狩人呼びの鐘〙と糞袋野郎の狩人を処理するのに必要な武器、万が一の為の〘共鳴破りの空砲〙である。

 今回手に持つ武器は、右手に貴方の愛刀である千景、左手にエヴェリン。

 この二つは共に、貴方が最も手に馴染んだ武器であり、かつ瞬間的な火力を発揮出来き、その上である程度の小回りが利く物だ。

 ただ瞬間火力のみを一点重視するならば他にもより良い物、例えば右手武器なら爆発金槌、左手武器なら大砲がある物の、知り合いである研究者のようなボヤ騒ぎを起こす気が無く、また大砲も教室を絶対に破壊しかねない代物なので、貴方はエヴェリンの方を選んだ訳である。

 狩りの装束を身に付け、準備万端といった様子の貴方は、そう思いながら右手に鐘を掲げ、そして鳴らした。

 

 カランカラァ──ン

 

  カランカラァ──ン

 

 どこか不気味ながら、しかし綺麗な鐘の音色が部屋一面に響き渡る。

 鳴り響いた鐘の音は闇に吸い込まれ、また静かな空間が場を支配した。

 それを認めた貴方は、適当に置いた椅子に座り、ランタンに灯りを付けて本に読み耽る事にした。

 どうせすぐに共鳴する事は無く、同時に夜は長い。ならばその間、図書室から借りた本でも読んでいようではないか。

 貴方はタイムリミットを日の登る時とし、最近借りた書物の一つ──『変身』を血の遺志から手に取った。

 

 

 

 貴方の目論見通りだったと言うべきか、いくら待てども鐘の共鳴する様子は無く、本を手に取ってから早四時間が経過しようとしていた。

 とはいえ、狩人の夢で待つ時よりは退屈では無かった。以前もこのような様子ではあったが、本は初めて読む物であり、似たような生活を入学してからはずっと続けていたからだ。つまる所、もう慣れた事であった。

 まあ、最近は出会う狩人など殆どいない。共鳴しなくとも、仕方ない事だ。

 そうして半ば見切りを付け、パラリと一ページをめくった時。

 

 オオオォォォ──

 

 隙間風が吹く音のような、悍ましき何かが地の底から這い上がるような音が聞こえてきた。

 貴方はそれに思わず驚き、顔を上げる。それこそ、鐘の音が共鳴したという証なのだから。

 急いで本を遺志に変換し、立ち上がって狩りの準備を整えた貴方は、現れてきたそれに視線を向けた。

 ……ああ、こいつは()()だ。

 貴方は一目見て確信し、宇宙色の瞳に淀みが入る。

 夢戻りのガス灯の傍に現れた狩人の装束は、古狩人のトップハットを被り、貧金細工の施された装束とズボン。古狩人の手甲を身に付け、様相はさながら、嘗ての血に酔った狩人のようだ。

 貴方の人に対する記憶力は比較的高く、着ていた装束の詳細に至るまで思い出す事が可能ではあるが、それは特定人物のみに当てはまる。その特定人物とは貴方に対し親切であった者、つまりはアリアンナ公やアルフレート、クリモトらに値する存在だ。

 それ以外の糞袋まで覚えていたら、ストレスで発狂しかねない。

 そうしている貴方が記憶していないという事。

 即ち、相対するそれは。

 

「……ちっ、獣女の畜生か」

 

 それはそれは最低な、偏見と侮蔑で出来た糞袋野郎という事である。

 そうとあれば、容赦も何もする気は無い。ここに害を成す畜生ならば、徹底的に駆除をするのが当然の摂理という物だろう。

 

 そうほざくのなら、夢に帰れば良いと思うのだがね? 

 

 貴方は尚も淀んだ瞳でそれを見つつ、鷹揚に鞘へと刃先を収める。

 降伏の意思でも示す為だろうか。

 

 ……だが、ただで帰れると思うなよ、糞袋野郎。

 

 否。

 刀身を完全に鞘へ収めた貴方は、それに力を込め。

 鞘から血が迸り、同時に身体が衰弱していくような感覚が貴方を襲う。

 しかしそんな事など最早慣れたかのように、鞘から刀を引き抜き、緋色の血刃を見せた。

 それは、千景の『変形』させた姿。刀身に刻まれた、複雑な波紋に血を這わせる事で形作られる物。しかしそれは、自らを蝕む呪われた業であり、無闇矢鱈に多用すれば生きる意志を潰えさせる。

 そうしてでも尚、刃先を向けるという事は。

 目の前の敵を絶対に狩るという決意に、他ならない。

 

 さあ、来てみろ。

 

 それを表すかの如く、貴方は両手で血刀を構えた。

 

 

 

 最初に動いたのは狩人。奴は手に『獣狩りの斧』を持ち、こちらを引き裂かんと、先手必勝と言わんばかりに駆け出す。

 対する貴方も、相手の胴を視界の中央に入れたまま横へとステップする。

 すれば、狩人は教会製の散弾銃を腰に回し、柄を持って機構を鳴らす音を奏で。

 

 がきぃん

 

 そうすれば、片手斧だったそれはたちまち両手斧へと『変形』する。それを横薙ぎに振り回した。叩き切り、処刑しようという魂胆か。

 

「Aaaagh!」

 

 貴方はそれをすんでの所で潜り抜け、大腿部に一閃。傷は浅い。

 

 どうした、当たっていないぞ? 処刑の意味で振るう物では無いのかね? 

「Gaaa! 黙れ、獣女が!」

 

 貴方は挑発すれば、狩人は獣の雄叫びのような咆哮と苛立ちを見せる。そうして今度は斧を縦に振り、両断の動き。

 それを斜め左前に踏み込む事で回避し、そして一筋。またも浅い。

 近づいた貴方は、ちらりと瞳を見やる。

 ……ああ、こいつは尚更駄目だ。狩りと血に酔っている。

 崩れ、蕩けた瞳孔を見て、貴方はそう考える。

 その特徴は即ち、獣の病が進行している証。それを持つ狩人は、その狩人が血に狂い、人間性を削がれているという事。脳から痛覚と理性の枷が外れ掛けているという事。

 狩るべき存在と人との見境が無くなれば、それは最早人型をした獣と何ら違わない。

 故に、狩る。中に巣食う獣と同時に、この狩人を。

 決意を固め、貴方は再び胴へと視線を変える。

 狩人は攻撃を当てられないのに随分苛立っているらしく、獣の如く喉を唸らせていた。その様子から察するに、貴方以上に短気な性格と見える。

 

「Gaagh!」

 

 走り、振り降ろされた斧を寸前で前に回避し、相手の横腹へ一撃。今度は深い物だったのか、狩人の苦痛の息を吐いた声が聞こえた。

 貴方はそれを合図に下がり、再び最初の構えに戻る。

 この調子ならば。勝てる。

 そう考えたその時。

 

「Gaaa,aaaaagh! いい加減に、死にやがれ……この、獣風情がぁ!」

 

 ──殺す。

 刹那、加速の業を切って瞬間的に接近。驚かせる間も無く刃先で喉仏を突き、漸く反応した間に顔面をガラシャの拳で殴り付ける。怯んだ隙に右腕の肘より下を斬り捨ててから感覚阻害の霧を叩きつけ、回し蹴りで膝を着かせた後に踵落とし。地に伏せたそれに追い討ちとして二度踏み付け、最後に全力の蹴りを一発。

 それでも尚足りず、鉄塊を外した左手で仰向けになった狩人の首を掴んで持ち上げ。

 

 誰が獣だ!(who is the Beast!) 外道が!(bastard!)

 

 な、何、を──

 そう言わせる間もなく、激情のままに持ち上げている腕を上へ引き絞り、強く地面へと叩き付けた。

 一連の猛攻全てを受けたが為に瀕死であった狩人はこれを耐えられる訳も無く、呻き声を上げた後、霧となって消えていった。

 

 

 〘◇〙

 

 

 らしくない。あまりにも、らしくないぞ。

 狩人を叩き伏せた後も尚肩で息をする貴方は、殺意から目覚めた理性でそう考える。

 あんな動きは、狩人のする物では無い。狩り武器を振るい、考えて動いてこそだろう。あんなスタミナに任せた猛攻で、しかも蹴りを多用するなど。

 狩人の蹴りは、硬質の皮膚に防がれるが為に、獣に通じる事は無い。寧ろ、無闇な隙を晒してしまい、反撃される要因を作り上げる愚行の一つだ。

 しかして、貴方は獣女(ウマ娘)。特有の膂力から繰り出されるそれは十分な威力を持ち、故に攻撃の一端として機能する。

 だが、貴方はそうするのを良しとしなかった。自身の膂力で獣を狩るなど、獣のようでは無いかと、そう考えて。

 しかし激情に身を任せた結果、計五発もの蹴りを狩人に向けて放っていた。その事実に、貴方は溜め息をつく。

 …………だが、まあ、使ってしまった物は仕方ない。今回は使ってしまったが、次にそうしなければ良いだけの問題だろうよ。

 そう考えて気分を切り替えた後、少し余裕の出来た貴方は、ある事に思いを馳せる。

 あの時のルドウイークと、マリア様の気持ちが良く良く分かる。

 ああ、そうか。このような思いだったのだな。

 その二人は、共に秘密を隠していた。一人は月光の輝きを。一人は狩人の罪を。

 それらと比べ、貴方のそれは遥かに小さい。小さい所か、狩人にとってはつまらない物。

 しかして、貴方にはこれが楽園と見え、同時に他の血狂いの狩人に見せてはならない、秘するべき物と見えたのだ。

 

『秘密は甘い物だ。だからこそ、恐ろしい死が必要なのさ』

 

 ……ああ、正しくその通りだったさ、マリア様。この甘い物を、他の血狂い共に明け渡す訳にはいかない。

 この戦いを以て、改めて貴方はそう認識した。

 

 

 

 余談だが、教室の掃除はしっかりと行った。恐ろしく面倒だったそう。




本作に出てきたモブ狩人様はとても排他的なゲスですが、ゲームにいらっしゃる狩人様達は礼儀が成っていて、紳士的です。初心者にも手取り足取り教えてくれますよ。
さあ、貴方もヤーナムへ。

〘geardoll〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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第十一夜 併走

遅れました。
決して結晶掘りしてたらこんな時間になってた訳でもおれっ娘の勝負服見て啓蒙を溜めてた訳でも無いんです、信じて下さい。


「あ、そうだ」

 

 長かった夏休みもとうとう明け、そこから一ヶ月が経過した頃。

 次の目標を『デイリー杯ジュニアステークス』に据え、トレーニングを終えてトレーナー室へと戻ってきた時、ふとある事を思い出したように彼女はそう呟いた。

 

 おっと、どうしたのかね唐突に。

「あっとね、そういえばあるウマ娘と併走をやって欲しいってのが来たから、そのトレーニングをやってみないかって話をしようと思ってて。それを今思い出したんだ」

 併走……ああ、あのレース紛いのトレーニングだったか。

「まあ、大体はそんな感じかな」

 

 トレーナーからの返答を聞きつつ、貴方はどういう物だったかと記憶を掘り起こす。

 併走とは、読んで字の如く二人以上で並んで走るトレーニングの事を指す。黙々と一人で行うトレーニングとは違い、併走を行う事でウマ娘に備わっている「勝ちたい」という闘争本能を引き出させ、掻き立てさせる効果がある。

 それによって得られる経験値も高く、トレーニング後に何かしらのコツを掴める可能性もあるのだが、欠点としては競わせる事によるスタミナの摩耗量が多い事と、怪我をする確率もお世辞に低いとは言えない事だろう。

 その為、基本は担当ウマ娘の調子を万全にした上で引き受けるというのが一つの常識として受け入れられている。

 それはベテラントレーナーは勿論の事、新人トレーナーも先輩から教わって、あるいは勉強していく内に自然と覚えていく物である。

 当然ながら貴方のトレーナーたる川添麻里もその事を存じていて、その為に今回のトレーニングは座学(賢さ)のトレーニングを行った訳だ。

 ちなみにだが、それを指示された時の貴方の顔は、とても面白……失敬、酷くつまらなさそうな表情であった。トレーニングとはいえ、椅子に腰を置くよりも身体を動かして走っていた方がより面白く感じるのだろう。

 ……これはちょっとした余談なのだが、貴方は脳筋思想な狩人の事を筋力に囚われたマヌケだの脳髄筋肉野郎だのと言ってはいる物の、正直な所貴方にもそういう素質はあると思うのだ。

 低負荷のトレーニングを指示された時に不満げな顔になるのを見る度、常々そう感じる。

 閑話休題。

 大まかな概要を掘り起こした貴方は、併走相手は誰だろうかと疑問に思う。

 

 して、貴公。相手は誰なのかね。

「アグネスタキオンって娘だよ。知ってるでしょ?」

 

 寧ろ知らなかったら光ってる時なんて無いはずだしね、と一言多いのを貴方は素手で小突く。

 最近は漸く免疫が付き始めたらしく、多少の触れ合いなら鎮静剤の世話にならずに済むようになったのだ。鎮静剤の取引に使う遺志の量も中々バカに出来ないので、これは貴方にとって大きな進歩である。

 

「それで、どうする?」

 無論やるさ。経験はどれだけしても足らない物。出来る時に、存分にやるのが一番なのだよ。

 

 最早愚問だろうという意思で、貴方はそれを引き受けた。

 

 

 〘◇〙

 

 

 翌日。

 西に位置する太陽が照らす学園のターフの中には四人の姿があった。二人はウマ娘で、残る二人は人間であるのが見て取れる。

 ウマ娘の方は、一人は髪色が明るい栗毛色をしており、一人は対称的にくすんだ灰色で、そして変わった帽子を被っている。

 人間の方は、一人は見慣れた銀髪の女で、一人は相対に初対面である黒髪の男。

 つまりは貴方と川添トレーナー、アグネスタキオンとその彼女のトレーナーであった。

 

「さて、ダンテス君。今日は併走トレーニングという事でね、よろしく頼むよ」

 ああ、こちらこそ。

 

 そう言う彼女に貴方は敬意を表するように【狩人の一礼】──貴方にとっては軽い挨拶のような物──を行う。

 今回の併走トレーニングはお互いとも面識がある上に関係も良い物、その上トレーナー間も同期だというのが相乗し、場所や時刻の指定、おおよその内容の取り決めなどがトントン拍子に進んだ。

 貴方自身、グダグダと長ったらしい物は嫌いなので非常に助かっている。

 さて一通りの動作を終えた貴方は、不意に後ろにいる男が気になり、彼女に向けて質問する。

 

 それで、後ろにいる男は誰かね。

「彼かい? 彼は私の優秀なモル……トレーナーさ。治験にも参加してくれるし、良いトレーナーだよ」

「なあタキオン、今モルモットとか言い掛けただろ」

 

 いやはや、なんの事だろうねぇとしらばっくれる彼女を他所にして、貴方は彼女がモルモット兼トレーナーだと言う男──名を〘池内 亮〙という──に瞳を向け、そうして一通り見回し。

 ……なんというか、平凡な見た目をしている。

 アグネスタキオンのトレーナーを観察した貴方の、率直な感想であった。

 肌色は白いが日本人の範疇に収まる程度で、そこそこ映える様に切り揃えられただろう短い黒髪。目尻は可もなく不可もなくといった物で、唇も男性の中では一般に収まる色つきと形。鼻も丸型では無いが、尖っていると言うと少し違う。

 全体を通した顔つきは決して悪くは無い物の、ではとてつもない美顔かと言われると少し言葉に詰まる。背丈も中肉中背とまあ普通で、声質も印象に残るかといえば、まあそこまでといったくらい。

 唯一異端と言えるのが、彼の緋色の瞳に爛々と光る狂気であった。

 そこが貴方の目を引く。当然血塗れの狂気に満ちた連中や超次元の思考を宿す貴方には及ばずとも、しかしながら貴方のトレーナーである川添と似たような、ある一人に対する心酔の狂気だ。

 その一人とは言わずともわかる。即ち、アグネスタキオンなのだろう。

 ……狂気とは、早々手軽に有するべき物では無い物なのだがな。

 貴方はそれに辟易するが、まあそういう人物なのだろうと結論付けた。

 同時に彼女と彼は非常にお似合いなペアであるとも思った。お互い内面に狂気を宿している者同士、非常に息が合っている二人だろうと。

 そうして総評を終えた貴方は、時間は有限なのだからと急かすようにターフへと移動する。

 

「おっと、もうトレーニングに移行するつもりかい?」

 生憎、待つのは嫌いな性分なのでね。

「……ああ、そういえば君はそういうウマ娘だったね。これはこれは申し訳無い。それでは早く行こうじゃないか。トレーナー君、合図を頼んだよ」

 

 それに彼は了解と返し、待っていたように首に掛けていたストップウオッチに手を付ける。貴方のトレーナーも懐から同様の物を取り出し、準備が出来た様子。

 

「準備出来たかー?」

 

 貴方達二人の準備運動も終え、いつでも問題無いという所で声が掛けられる。貴方はそれに頷き、隣の彼女は「勿論だとも」と返す。

 

「両方とも良さそうだな。そんじゃ──位置に付いて」

 

 それを合図にして、貴方は脱力していた身体に芯を入れる。目の前をじっと見据え、併走へと集中する体制へと気分を切り替えた。

 

「用意」

 

 ざりり、と地面を踏み締め。

 

「──スタートッ!」

 

 皮切りに、貴方と彼女は走り出した。

 

 

 〘◇〙

 

 

 完敗。

 貴方の人生では良くある事の一つではあったが、レースにおいては初めての事であった。

 2000メートルを三回走り、その内全てがクビ差以上を付けられての負け。距離の適正で貴方側がやや不利、というのを鑑みても尚悪い結果だと言わざるを得ない物であった。

 特に、最後の併走。

 第四コーナーを曲がり、さあ追い上げていこうと貴方が普段通りに末脚を発揮しようとした寸前の事。

 不意に、彼女の内側から強い意志を感じた。

 瞬間見えたのは、色の無い海原と一直線に伸びる光。漂う不可解な数式の中、掻き分けるようにただまっすぐに進むガレオン船。

 その船頭に立っていたのは、アグネスタキオン。

 紛れも無い幻覚であるのは、瞬時に理解していた。彼女が秘儀を使ったような気配など微塵も無く、そもそもとして神秘も秘儀を使える程高い訳でも無い、生きる意志と筋力が高いだけの、ただ一人のウマ娘なのだから。

 そうというのに、幻覚から醒めた瞬間彼女からスタミナが湧き上がっていたのが感じられたのだ。確かにスタミナが底を叩く寸前であったと、貴方の瞳が認めていたのにも関わらず。

 見入っていてしまい、少し脚色が鈍ってしまった貴方はそれを取り戻そうと切札の「加速」を使うが、事態は既に取り返しようの無い時点。

 結局、先にゴール地点を超えたのは彼女であった。

 時間にしてコンマ四秒、目測距離にしておよそ二バ身。加速の業が無ければ、バ身差はより大きな物となっていただろう。

 わからない。あの空間を上手く躱す方法が。

 冷えたタオルを首筋に、冷たいスポーツドリンクを手に持ちながら貴方はターフ周りを右往左往する。

 あれには何か一定の条件でもあるのか? 例えば何だ、特定の位置が関係しているのか、それとも時間経過、あるいはスタミナが底を突いてから? 任意の可能性も無くは無い、最悪なのは完全な無作為だが……。

 効果自体もある程度見えるとはいえ、不明瞭だ。スタミナの回復量は幾つ程で、そしてスタミナをただ回復させるだけなのか、はたまたそれ以外の別効果もあるのか。

 …………ああ、欲しいな、試行回数が。

 貴方は歯噛みしながら思う。

 繰り返し言ってきたが、貴方は某素手の狩人のような天才では無い。

 何度も何度も、数える事すら億劫になるほど敵前に骸を晒し、その上で蜘蛛糸よりもか細い勝利の可能性を掴んでやっと一勝出来るような、諦めの悪さが突出しているだけの凄まじく泥臭い凡人だ。

 故に、貴方は尋常ではない試行回数を求めていた。

 

「熟考している所、失礼するよ」

 …………ああ、アグネスタキオンか。

 

 そうして脳内で再戦をせがんでいると、茶髪の少女──アグネスタキオンから話し掛けられた。貴方はそれに少々遅れるが、思考の海から上がり返答する。

 

 それで、何用かね? 

「いや、大した用では無いよ。どうにも眉間に皺を寄せていたからね、何かあったのかと思ったのさ」

 ……貴公が見せた空間について、どう対処すれば良い物か、悩んでいてね。

 

 果たして話して良い物か。

 貴方はそう考えていたのだが、この少女ならばと信頼し、全てを話す。

 そうすれば彼女は「ふぅン……」と、何やら興味深そうに喉を鳴らした。

 数秒経ち、待つのが面倒になってきた貴方は帰ろうと背を向けるが、それよりも前に彼女が口を開く。

 

「ちょっと待って欲しい。一つ取引をしようじゃあないか」

 ……取引、か。

「そう、公平な取引さ。私からは、そうだな……君が見えただろう、あの光景の説明をしよう。とはいっても、余り強くは期待しないで欲しいけどもね。それは未だに未知な部分があってね、今でも解明出来ていないのだよ」

 

 未だ不可解、か。

 ……さりとて、情報は最大の武器。いつであろうと、それに変わりは無いはずだ。

 そう判断し、貴方は見返りを聞く。

 

 して、対価は? 

「勿論君の、瞬間移動するかのような走りだ! あれは面白い、私はあんな物を今までに見た事が無かった! それは卓越された技術なのかい? それとも秘められた力なのかい? ああ、あんな物を直に感じさせられては芯の髄まで知りたくなるじゃあないか! ……おっとと、申し訳無いね」

 

 興奮した彼女はこほんと仕切り直すように咳払いするが、爛々と灯る好奇心の瞳は衰える事無く輝いているまま。

 

 ──さて、君にとっても悪い話では無いと思うのだがね? 

 

 さながら性格の悪い仲介人のように、彼女は笑う。

 それに釣られるように、貴方も笑い。

 

 ……ああ、少なくとも良い話ではありそうだな。

 

 お互いの取引が、成立した瞬間であった。




尚結果。
片方は理論上人(笑)でも出来るらしいロストテクノロジー、もう片方も感情の力で発動する人智を超えた神秘なのでまともな取引になる訳が無いというのは、まあ、その。

〘geardoll〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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第十二夜 勝負服

カフェ<<<<タキオン<<<(略)<<<(ゴルシライン)<<<<<<<ダンテス君
ダンテス君≦(最速の機能美)<クリモトェ≦カフェ<<<<<(越えられない壁)<<<<<タキオン
悲しいね、ダンテス君。


 時は進んで十一月後半。『デイリー杯ジュニアステークス』も辛勝ながら一着に入り、初のG1である『朝日杯フューチュリティステークス』を視野に入れていた頃。

 

「さて、今日は勝負服を決めようか!」

 

 声に喜色を乗せて、トレーナー室の中、貴方のトレーナーはそう言った。

 勝負服。

 それはウマ娘の晴れ着とも言える特別な衣装であり、レースではG1などの大舞台で着用される物。

 オープンウマ娘となり、次走にG1クラスを控えるウマ娘に贈られるそれは、主に着用するウマ娘と担当するトレーナーの希望を反映された物になる事が多い。

 また、年度代表ウマ娘に選ばれるなどの栄誉に値される物を受けた際に、特別仕様の勝負服が贈与される事もある。二つの勝負服があるというのは、ウマ娘にとって大変な誉らしい。

 大抵は誰がどう見ようと走るのには適しているとは到底言えないような外観──例えば私服のようであったり、または貴族然としていたりだ──なのだが、どうにも不可思議な力が湧き、普段以上に高いパフォーマンスを発揮できるのだとか。

 全く訳が分からない。

 …………いや、ヤーナムと比べれば……まだマシな部類、なのだろう。

 ああ、少なくとも炉の搭載された金槌や回転ノコギリの付いた槌鉾などの長物をどこからともなく手元に現わさせている時点で、ヤーナムの方が余程狂っている。想いや何やらで強化されるとかの理論がつく分、まだ何とでも言えよう。

 五十歩百歩と言えば、それはそうだが。

 まあ、これは一旦置いておくとしてだ。

 それらに則って考えると、貴方の着ようとする勝負服など当然たったの一つしか無い。貴方の普段使いしている『狩人の狩装束』一式である。

 灰に染まり、全身を覆うように仕立てられたそれは着る者が理性ある狩人である事を示し、獣を狩れど決して獣などに堕ちないという信念を表す物。正しく貴方に相応しい代物という他無いだろう。

 というよりも、これ以外の物を着るつもりがさらさら無いのが貴方の本音といった所か。

 この装束は初めて拾った時からずっと着続けていて、貴方が貴方足りえる所以、端的に表すのなら数少ない『(よすが)』なのだ。それを暇つぶしとはいえ大舞台の場で切り離そうなど、到底出来るはずも無い。

 そのこともあって、勝負服は徹頭徹尾変える気など無かった訳である。

 とはいえ、ここまで張り切っている様子を見せる彼女を見ると、流石の貴方でもいたたまれなくなる感情の一つくらいはあるのだ。

 

 ……貴公。

「ん、どうした? もしかしてあんまり思いつかないとか? 大丈夫、それなら私が幾つか考えてあるから! 豪華客船に乗ったつもりでいてほしいな!」

 ……ああいや、そういう事では無くて、な。……既に、完成されているの、だよ。

「……へっ?」

 

 ふんすふんすと随分意気盛んな彼女に、貴方は本当に、本当に珍しく申し訳なさそうに告白する。そうすると、彼女は不意を突かれたように固まった。

 

「えー……えっ? 本当?」

 あ、ああ。更に言えば現物だってある。……一応、見てみるかね? 

「あ、ああ、うん……」

 

 先程とは打って変わり、呆けたような声色になる川添トレーナー。貴方はそれにいたたまれなくなるが、それでも貴方の意志を曲げようとは思う事は無かった。

 基本的に唯唯諾諾と頼みを聞く貴方でも譲れない物の一つはある。それがたまたまこの装束だったという訳だ。

 

 それでは持ってくる。……すまないな、色々と。

「ああ、うん。大丈夫、大丈夫だよ」

 

 貴方は謝罪した後にトレーナー室を出、貴方の件の教室……には向かわず、周りを見渡し誰もいないのを確認し、貴方はすかさず〘青い秘薬〙を飲んだ。

 青い秘薬とは、元を辿れば医療教会にいた医療者の、上位に値する者が実験、それもヤーナムに住まう民衆へと用いた薬。

 ただし実験は実験でも、アグネスタキオンや一般科学者のように命の安全が保証された物では無く、同行させる方法も外道も良い所な物。それはこの秘薬の主作用──脳を麻痺させる麻酔効果と、医療教会が秘密裏に立て、今は悪夢に鎮座している〘実験棟〙の惨状を見れば、数秒経たずして理解出来るだろう。

 だが、どんな薬にも大抵は副作用という物がある。青い秘薬の副作用とは、即ち服用した者の存在を薄れさせるという物であった。

 主作用のろくでもなさに反した副作用のそれはあまりにも役立つ物であり、故にこそ狩人は遺志によって意識を保ち、副作用のみを利用する為に服用するようになったのだ。

 それは貴方とて、例外では無い。

 閑話休題。

 普段はこのような使い方をしない──主に迂闊な狩人の背後を攻撃して体勢を崩させ、そこから内臓攻撃に移る際に捕捉されない為に使う──のだが、今回は有り得ないほど平和的な物。

 まあ、だからといって性根が綺麗になっただなんて事は一切無く、実情は教室に戻る一手間がただっただ面倒でしょうがなかっただけで、深夜徘徊を代表とする校則に背くような行為はこれまでにも平気でやっていたし、何ならこれからもやるつもりである。

 さて、そうして秘薬を服用し、存在を薄れさせ透明となった貴方は件の装束を血の遺志から取り出して着替える。

 装飾代わりに仕込み杖を右腰、千景の本体と鞘を左腰、尾の付け根辺りにエヴェリンを据え、自己流に勝負服を整えた貴方は扉を三度叩いた。

 

 準備が出来たが入ってもいいかね? 

「えっ、早くない?」

 まあ、少し急ぎ目に動いていた故にな。

 

 息をするように嘘を吐く貴方は、返答を返される前にドアノブを捻り再びトレーナー室へと入る。

 

 ……さて、どう、だろうか……? 

 

 貴方はやや心配になりつつも、感想を聞く。

 

「……良い! 良いと思うよ、本当に! カッコイイし、とてもセンスが良い!」

 ……! そうか、それは良かった! これは長年、愛用していたので、どうしても譲れない物だったのだよ。

 

 瞳を輝かせて賞賛する彼女に安堵し、やはりこれで無くてはならないと貴方は思い、これを勝負服として登録する事に決めた。

 

 

 〘◇〙

 

 

 貴方は激怒した。必ず、この装束に難癖を付けた邪智暴虐の糞袋野郎をこの世から除かねばならないと決意した。

 ──こんな前置きは置いておくとして、しかし貴方が癇癪を引き起こしているというのは確かであった。

 というのも、貴方が二日前に見せたあの装束、もとい勝負服がその機能に適していないと判断されたからである。

 とはいえ、別にそれが時代遅れが過ぎるという意味合いでも血なまぐさいという事でも無く、ましてや貴方に対する陰湿な嫌がらせな訳も無い。

 貴方の勝負服にある問題点を端的にいえば、地味。

 その一点に尽きた。

 さて、レースは確かにウマ娘の欲求の一つたる闘争本能を満たす為の舞台ではあるが、同時に興行の場というのも兼ね備えている。

 故にこそ格好がカインハーストの貴族を思わせるような、やたらと彩られた芸術的な服装が多いのだ。

 幼少のウマ娘らはそれを着て走るウマ娘を見て、カッコイイと、あるいは可愛らしいと思い、その派手な勝負服を渇望する。

 そして成熟して学園に入り、G1を控えた時、自身の持つ夢、あるいは希望、あるいは憧れを元に勝負服を形成する。そしてそういう物は決まって彩りがあり、美に満ちている。

 そしてそれを見て憧れた次世代のウマ娘が似た物を渇望し、学園への入学を求める。

 URA、及び繋がりを持つ学園は、こうして成り立っているのだ。

 だがそれらと比べ、貴方の装束はどうだろうか。

 灰色に満ちており、物々しく、どこか陰気。

 元が闇夜に紛れて獣を狩る為に仕立てられた服とは言え、それは酷く夢や希望の欠片一つすらをも感じさせないのだ。

 全く目を引かれないと言う事は無い。しかし、彩りというのがあまりにも無い。

 故に、勝負服として適していなかったと見なされた。

 ……と、ここまで長々と取り繕ってきたが、一纏めに括って言うと要は「大人の事情」である。

 目は引かれるけど、パカプチ化した時に目立たない。

 デザインは悪く無いのだけど、大衆へと売りに出す以上色が欲しい。

 金銭の入りを憂慮したURA本部は、これからの展開力とインパクトに乏しいと判断し、そしてこれを不適としたのだ。

 ご丁寧にそれを告げる手紙にも原因は書かれていたのだが……まあ、貴方が癇癪を起こしている時点で、つまりはそういう事である。

 

 さぁ〜て誰だこれを蝋封した節穴目玉の糞畜生は。女か? それとも男か? まあ、どれでも良い。そいつが誰だろうが、本気で重打をする事に変わりは無いのだからねぇ、クックック。

「まあまあまあまあ落ち着いて落ち着いて、ね? だからそれを下ろそう?」

 

 随分と脳に血が上っていた貴方は、一般人の目の前でありながら狩り武器の一つ〘小アメンの腕〙を担ぎ、青筋を立てて犯人を探し出そうとしていた。流石に目の前で武器を出す程阿呆では無いのか、一応いつもの教室内──手紙を読んだのもそこである──で出したのだが、まあ殆ど変わりない。

 後から来た川添トレーナーは勿論止めるが、言葉如きで脳筋思考な貴方を止められる訳も無い。

 怒り心頭の貴方は上位者オーラを多々撒き散らし、普段は殺意に爪を向ける腕も静まり返っている。心做しか怯えているようにも見えるのは、気の所為だろうか。

 ……これに耐えられるトレーナーは何者か、だって? 

 …………さぁ? 

 きっと過ごしていく内に上位者への耐性でも得たのではなかろうか。違うのかもしれないが、だとしても世の中には知る必要の無い物が星屑の数程ある。

 さておき。

 

「ちょっと待ってよ、ダンテス!」

 ……はぁ。さっさと節穴野郎を叩き潰したい故、なるべく手短にしてくれるかね? 

 

 言葉では止められないと見た川添が、貴方の左腕を掴み訴える。主でありマリア様に酷似している人物にそうもされれば引き摺ってまでともいかず、溜息を吐いてトレーナーの側を振り向く。

 

「あ、あのさ、私も同じのを読んだけど、それって別に勝負服を全部変えろって話じゃないと思うんだよ。だからさ、認められるようにある程度装飾を付ければ良いと思うんだ。そうしたら大元を変えずに済むと思うしさ?」

 …………ああ、そうか。

 

 貴方は感嘆するように声を漏らし、そこで漸く絞り切っていた耳を戻した。

 原因があくまでも地味であるの一点だけなので、多少改変を入れれば良いだけなのだが、何故それが思いつかなかったのか。

 脳筋だからか、それともバ狩人だからか。恐らく両方だろう。

 

「だからさ、そこら辺を一緒に考えていこうか」

 ……ああ、そうだな。申し訳なかった、迷惑を掛けて。

「良いよ、大丈夫大丈夫。学生の内は多少迷惑を掛けたってまだ問題無いからね」

 

 貴方は直前までの行動を謝り、川添麻里に連れられてトレーナー室へと移動していった。




ダンテス君は頭ヤーナムな狩人の中だとそれなりに理性的だけど、一般人の中だと間違いなく頭おかしいし短気。

感想評価お気に入りをして頂けたら、処刑隊の格好をしながら全力ダッシュしてきます。
ダンテス君が。

〘リア10爆発46〙さん、〘geardoll〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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第十三夜 朝日杯FS、あるいは。

本当にすいませんでした。罰として対人戦でクリモトしてきます。
次は早く出します。


 十二月下旬。

 今日は貴方達のジュニア級での最終目標だった、『朝日杯フューチュリティステークス』の開催日である。

 距離は1600メートル、芝、右回りの中山レース場。

 天候は曇ってこそいるが雨は降っておらず、バ場の方も良好との発表。

 そして、フルゲート18人の4枠8番。

 漸く大外枠の呪いから抜け出すのに成功した貴方は、今回も今回とて真顔であった。

 とはいえ、内心もそうであるという事は無い。貴方はレース史上、一番のハイ状態になっていた。その様子はそろそろ某吸血鬼の奇声か台詞の一つでも吐きそうな程だ。

 というのも、身体慣らしに聖杯巡りをし、かつ貴方が挑む初のG1──グレード付きのレースで最高基準の物──なのもあって、浮き足立っていたからである。

 ……まあ、後者はウマ娘ならほぼ誰しもが憧れる夢なので全く分からない訳では無いが、前者は、その、何だ。

 どうしてこのバ狩人はどこかで血みどろにでもなっていないと気が済まないのか、小一時間近く問い詰めたい。

 血に酔った狩人の性と言われれば、それを否定する事は出来ないのだけども。

 さて、前置きはこれくらいにして。

 そんな調子の貴方ではあったが、意外にも素直にトレーナーの話を聞いていた。

 

「ダンテス、今日は初めてのG1レースだよ。……正直ね、私はたったの一年で、こんな凄まじいレースの場に立ってるだなんて、思いもしなかった」

 そう、か。

「うん、本当にそうだよ。私にとって、はっきり言って奇跡みたいな展開だった。……だからさ、今、気弱になってるんだ」

 ……成程、故に励まして欲しいと? 

「……まあ、つまりはそういう事だよ」

 

 外見は酷くマリア様であるというのに、気丈で無いのは困った物だな。

 とはいえ、過去のマリア様と別人である事は勿論理解している。貴方は思考を切り替え、そうさね、と一言呟いてから言葉を紡ぐ。

 

 人は、最初が肝心だと言う。

「確かに、そうとは聞くね」

 そして、今回は、確かG1と言ったか。それを冠するレースの最初だろう? こいつを着て走る、最初の機会なのだろう? なればこそ、ここで勢い付ける為に勝たねばならない訳だ。

 それに、獣を逃すのを前提に、狩りへ赴く狩人がいるというのかね? 

 

 勝つべき理由が出来てしまったなと、貴方は苦笑混じりに問いかける。

 

「……ハハハっ。確かにそうだね」

 

 その言葉に多少勇気付けられたのか、漂っていた憂鬱の気配は薄れ、多少前向きとなったようだ。

 その様子を見て、貴方はそういえばと、ある言葉を思い出す。

 

 ああ、ある事を思い出した。かつて住んでいた街では、何事も無く事が全されるのを願う際、ある口文句が流行していてね。その街だけでしか通じぬ物だが、さりとてこの場に置いてはおあつらえ向きだろうよ。

「それって、どういう物?」

 ふむ……そうだな。

 

 貴方は口を閉じ、少しだけ思案してから再び口を開け。

 

 ── 貴公に、血の加護があらん事を(Möge das Blut dich segnen)

 さて、意味は貴公自身で調べたまえ。

 

 貴方はそう言い、トレーナーが意味を問おうとする前に牽制し、踵を返して待機室を出る。

 

「……それじゃ、レース頑張ってきてね! その勝負服、似合ってるよ!」

 クククッ、そんな事、当然の事であろう? 

 

 トレーナーの応援に貴方は喉を鳴らした後、扉を締め切り、地下道を歩き始めた。

 勝負服の大元であるそれ──狩人の狩装束の意匠を崩すような変更は無く、代わりに幾つかの装飾と変更が施されている。

 靴は紋様が彫られた鉄製のブーツから、光沢がある黒皮のロングブーツへ。

 腰には二つの武器の他に、追加された携行ランタン。

 コートには黄銅色の刺繍が元の外観を損なわない程度に細く施されており、中世貴族の服装を彷彿とさせる。

 左肩に羽織るのは、マリア様の狩装束を思わせる形をした翠色の外套。

 首元には黒緋のスカーフが巻かれ、後ろに流した姿はさながら放浪人のよう。

 今まで何も付けられていなかった耳には、〘火薬庫の狩人証〙を模倣した形の耳飾り。それを右耳へと装着している。

 これこそが、貴方の勝負服。

 最高位のグレードであるG1レースを走るのに用いる、貴方専用の勝負服であった。

 ──G1レースまで、後数十分。

 

 

 〘◇〙

 

 

《さあ来ました、クラシック級への登竜門『朝日杯フューチュリティステークス』。寒空の下、熱い心を持った若駒たちが集っています》

 

 ──死体漁りとは、関心しないな

 

《8枠16番ブリーズカイト、本日は三番人気です。伸びのある差しで、前評判を覆して是非とも勝って欲しい所です》

 

 ──だが、わかるよ。秘密は甘いものだ

 

《この評価は少し不満か、二番人気、3枠5番スイートキャビン。ここまで四戦二勝、安定した先行策でG1レース初勝利を掴み取れるでしょうか》

 

 ──だからこそ、恐ろしい死が必要なのさ

 

《ファンの応援を一身に受け、一番人気、4枠8番ダンテスファルサ。神速の末脚は伊達じゃないと、G1レースの初勝利を以て証明出来るでしょうか》

 

 ──……愚かな好奇を、忘れるようなね

 

 …………こんな調子でマリア様の御言葉を延々と唱えている、すこぶる気持ち悪いウマ娘型のナマモノ。

 誰であろう、貴方の事である。

 貴方の行動一覧が大体気持ち悪いのは友人(カフェ)が胃を焼きそうになる程度にはいつもの事だが、今回はそれに輪を掛けて気持ち悪い。お陰で貴方の周囲にいるウマ娘は全員ドン引きしている。

 幾ら自身にある狩人の本能を抑える為、欲求の昂りを殺す為にやっているとはいえ、そのやり口が酷く気持ち悪い。せめてこう、別の方法を見出してもらいたい物だ。

 ……まあ、確かに鎮静剤でも飲めば済む話だが、流石の貴方にも仮初のスポーツマンシップくらいはある様で、薬を取り出す気にはならなかったらしい。

 気持ち悪い? それはそう。

 さておき。

 とはいえこれ程になるのも、逆を言えばそれ程に熱気がある、狩人の本能を刺激される程の物があるという事。

 事実、貴方はすこぶる笑顔であった。それも愉悦的な物で無く、大好物たる狩りの最中に見せる獰猛的なそれ。

 生粋の狂った狩人である貴方が、並のウマ娘なら怯むそれを温いと一蹴するような貴方が笑みを浮かべる程、一心に殺意が、またの名を敵意という物が向けられていたのだ。

 さて、そうして一頻り唱え、漸く一般的な笑顔へと戻った貴方は意気揚々とゲートに入る。

 さて、今回ばかりは易々と負けていられないな。主に向けた、言葉の為にも。

 貴方は強く決意し、【露払い】をしてゲートに視線を合わせて集中し始め。

 

 ──カチリ。

 

 そして、ゲートは開かれた。

 

《各ウマ娘、一斉にスタートしましたっ!》

 

 貴方のスタートダッシュは、今や簡単に通用するような物で無くなってきている。そもそもとして全体の練度が上がっていて、中には貴方以上に早くゲートを出ているウマ娘すらもポツポツと現れてきている。

 だとしても、相手の土俵で戦うつもりなど更々無いらしい。初動は多少強引にでもと貴方は幾許かスタミナを削り、先頭に立つ。無論ながら貴方の脚質は逃げでは無いので、さっさと先頭を譲って最後尾へと潜航する。

 先頭争いが三人、それに追従するのは五人。中団辺りが七人くらいで、後は一つ先で走っている。予測するに、中団以降のウマ娘が有利になると見える。ハイペースな展開は、差しや追込脚質に有利に働く事が多い。

 展開は早く進んで行き、場面は第一コーナーへと入る。各ウマ娘は内側へと移動し、今後の競り合いに備えているようだ。

 当然ながら、今回のレースも三人からマークされていた。順に3番、4番、17番がそれぞれ貴方の近くに付き、仕留めんとばかりに包囲している。

 これまでなら、そろそろ癇癪ゲージが四分の一にでも達していそうな物だが、しかし。

 これは暇潰しでは無い。獣狩りだ。獣狩りが常時万全に、思うがままに動く事など、本の微塵も無かろう? 

 貴方はそう思い込む事により、ある程度の精神的な余裕を生み出すのに成功していた。更に言えば、そこから嫌がらせへ転じようとしていた。

 

《おおっとダンテスファルサ、大外を回っている! 第四コーナーまでスタミナは持つのでしょうか!》

《恐らくはマークしているウマ娘を剥がすのが狙いでしょう。ブロックを取らせるか、スタミナを取らせるか。上手い事考えましたね》

 

 スポーツとは即ち、どれだけ嫌がらせ出来るかが要となる戦い。酷い言い草だが、しかして事実である。

 貴方のとった嫌がらせはおおよそ実況の言った通りであり、敢えて外を回っているのだ。

 スタミナを取れば、ブロックが出来なくなり貴方を自由にさせる。かといってブロックを取れば、ラスト三ハロンの鍔迫り合いで苦しくなる。

 仕組みは単純ながらも相手を不愉快にさせる二択であり、中々悪くない策と言えるだろう。現に、貴方を妨害しようと囲んでいた内の二人はブロックを諦め、包囲がかなり緩んだ状態になっている。

 そして問題視されているスタミナの方も、今回は【左回りの変態】──スタミナ量を増加させるカレル文字を全て脳に焼き付けている為に不足は無い。当然このレース中の全てを大外で走るというのは不可能だが、さりとて包囲を剥がすには十分にある。

 

《さあ依然として展開は早く、先頭を握るのはローズフルヴァース。どうでしょうか、この展開》

《ローズフルヴァース、先頭を譲らないという精神があってか、少し掛かっているようにも見えます。落ち着きが取り戻せれば良いのですが》

 

 第三コーナー。貴方は今後に備える為にコーナーのイン側へと戻っている時、憶えのある名前が聞こえ、思考を巡らせる。

 ローズフルヴァース。彼女も、いたのか。

 1枠2番、人気は七番。当初は期待されていたのだが、凡走を繰り返した為に観客側からは有力視されていない。

 それでも貴方の瞳は、彼女の内側にある感情を認めていた。

 ──負けたくなんてない。絶対に勝ちたい。ただ自分だけを、見て欲しい。

 この場にいる誰よりも強いそれは、ああ、なんと眩い感情か。思わず貴方は目を背けたいと願う。

 それでも、レース中だ。痛くとも、目を背けてはいられない。

 

《さあ間もなく第四コーナーを抜ける! 中山の直線は短いぞ、後続のウマ娘は果たして間に合うのか!》

 

 ラスト三ハロンに入る。貴方は全力疾走の体勢を取り、トップギアとなる。

 

《ダンテスファルサここで来た! 速い、速いぞダンテスファルサ! 間に合うか、間に合うのか!》

 

 一人、二人、三人四人。前に憚るウマ娘をステップで躱していく。出せる全力は出している。

 それでも、目標へは縮まない。ローズフルヴァースは、諦めていない。スタミナの枯れた今も尚、根性で渡り合っている。

 ……もう、貴方は満身創痍だ。

 大外に回れば、苦しくなるのは自明の理。

 脚は重い。肺は軋む。頭痛は激しく、口は枯れている。

 幾ら補強したとて、辛い物は、辛い。

 ………………なら、諦めるか。

 別に、これをやり直せる訳では無い。それでも、楽になる。次に備えれば良いだろう? 

 今までだってそうだった。

 脚が無くなった。腕を吹っ飛ばした。輸血液を切らした。脚が縺れた。迎撃に失敗した。初動でしくった。

 その度、その度、その度その度その度…………──

 無理だと思い、諦めた(死んだ)

 ここは、誰も咎めやしない。G1は、誰しもが勝てる物では無い。例え掲示板に入っただけとしても、それは十分健闘した部類に入るのだ。

 なら、もう……良いだろう? 

 

 

 

 ………………ほざけ。巫山戯た事を抜かすな。

 分かっていない、訳では無い。

 寧ろ、良く理解しているとも。

 どうせこの獣女は、畜生じみた狩人だ。

 堂々と大嘘を吐く、鬼畜風情だ。

 不幸を撒き散らす、糞袋野郎だ。

 それはもう、うんざりする程に、そういるしか無いであろう。

 さりとて……さりとて! 

 マリア様にも……川添麻里にも、そうするつもりは、無い! 

 そう簡単に、負けていられるか! 

 貴方は、諦観(諦め)に初めて抗った。

 

 

 

 ──焔。

 貴方は刹那、それを見た。

 途端、貴方の身体に微かながら力を感じ始めた。

 身体全体は未だ苦しく、重い。それでも、微かながら状況を覆せるような、そんな気がしている。

 理由はわからない。ただ、なんとなくの一つだけ。

 それでも、十分だ。

 貴方は加速の業を巡らせ、走る。

 一人一人抜かしていく度、足りなかった物を取り戻していく(リゲインする)ように、あるいは勝つ意志(血の遺志)を継承するように、僅かながらも確かに加速していく。

 目標、残り20メートル。

 10メートル。

 息が続かない。

 7。

 頭痛が酷い。

 6。

 疲れた。

 5.5。

 もう、辞めてしまいたい。

 5.2。

 ──それでも、負けたくない。

 

 負け、てぇ……たまるかぁぁぁぁぁぁっ!! 

 

 ──5。

 すかさず、加速。

 そして。

 

《ダンテスファルサ! 勝ったのはダンテスファルサだ! 朝日杯フューチュリティステークスを制したのは、ダンテスファルサだぁーっ!》

 

 栄光の勝利を、掴み取った。

 

 

 〘◇〙

 

 

 ……か、勝った。

 

 貴方は呆然と立ち尽くしながら、一言呟く。

 まるで、夢のよう。それとも、本当にただの夢なのか。

 否、貴方は未だ永い夢を見ている。だが、それは貴方にとっての現実。

 つまりは、幻想でも何でも無い、本当に起きている事なのだ。

 

 そう、か……勝った、のか……っ。

 

 ああ、こんな栄光が、赦されて良い物なのか。

 こんな、血に狂うた屑畜生が、散々侮蔑されてきたこの獣女が、こうして讃えられても良い物なのか。

 今の貴方は、自身の立ち振る舞いなど考慮しようともしていない。

 貴方は喜びに、右手を上げた。




どうか彼女に、血の加護がありますように。


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朝日杯FSを観戦するスレ

掲示板回です。


1:ウマ娘の民がお送りします

スレ立て!!

ルールを守って楽しく観戦!!

 

2:ウマ娘の民がお送りします

立て乙

 

3:ウマ娘の民がお送りします

きたわね

 

4:ウマ娘の民がお送りします

縦乙

一体誰が勝つかね

 

5:ウマ娘の民がお送りします

>>4

ぶっちゃけ今ん所だとダンテスファルサ一強感が否めない

 

6:ウマ娘の民がお送りします

それ

ちょっとおバグ強すぎねぇ?

 

7:ウマ娘の民がお送りします

わかる

三ハロンで最高速度変わらないでステップしてくるの理不尽感が凄い

しかも二バ身半だったら問答無用で埋めてくるあのバグ末脚でしょ?

何この無理ゲー、相手してたら絶望してたぞ絶対

 

8:ウマ娘の民がお送りします

G2に出走するってなったとき4人くらい出走回避してたってのがそのバグ度合いを現してる

 

9:ウマ娘の民がお送りします

久しぶりにあんな不条理してるの見た

なんだよ5戦4勝連対率100パーって、ジュニア期一年で出して良い戦績か?

 

10:ウマ娘の民がお送りします

その癖先行とか差しみたいなありきたりなのじゃなくてギャンブルかましてる追込、しかも毎回スレスレの結果ってのがよりやばい

そらファンも多くなるわな

 

11:ウマ娘の民がお送りします

>>10

アンチも多いけどな!

いや本当インタビューの内容とかどうにかならないんです?

 

12:ウマ娘の民がお送りします

>>11

まあ、それは、その……ね?

そこまで完璧だったら他ウマ娘の立つ瀬が無くなるからね?

いやでもあれはなぁ……

 

13:ウマ娘の民がお送りします

>>11 >>12

Q.どうすればそのような末脚が手に入るんですか?

A.なぜそれを教える必要がある?

おバグ様さぁ……あのハイパー不精丸なシンザンでももうちょい言うてたぞ

 

14:ウマ娘の民がお送りします

【このレスは非表示になっています】

 

15:ウマ娘の民がお送りします

>>14

そんでも実力はガチってのをお忘れ無く

少なくともおバグもといダンファ以外が弱いって事はないぞ

こいつがちょっと三女神の寵愛を受けすぎてるUMA娘なだけ

 

16:ウマ娘の民がお送りします

多分おバグのせいで麻痺する初心者増えるよ、まじで

こいつが異常すぎるだけです、普通はもうちょっと少ないか負けてます

 

17:ウマ娘の民がお送りします

まあダンテスファルサはさておきね!!

それでも俺はローズフルヴァースを推したい!!

 

18:ウマ娘の民がお送りします

ローズフルヴァースかぁ

あの娘最近は凡走してるけど、十分に上澄みなのよね

 

19:ウマ娘の民がお送りします

そらそうよ

中央で走ってデビュー戦を乗り越えてるって時点でも十分ってのに、そこから一つG3とってるんやで

ウ中央だと十分に強い方ぞ

同期一人がちょっとバグの塊すぎるだけ

 

20:ウマ娘の民がお送りします

フルヴァがツイートしておるぞ

健気だねぇ

 

21:ウマ娘の民がお送りします

>今日は朝日杯フューチュリティステークス。一番人気はあのダンテスファルサさん。肝心の私は七番人気だけど、それでも絶対勝って見せる!

目がぁ!!目がぁっ!!

ローズフルヴァース本当不屈だよぉ!!

 

22:ウマ娘の民がお送りします

一方おバグ

_人人人人人人人人人人_

> 貫禄のウマート数0 <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

 

23:ウマ娘の民がお送りします

ウマッターとウマスタグラムの垢作っといて何も投稿してないのは流石に笑っちゃうんすよね

いやまじで何?良いね欄も0だしよ

何でトレーナーの方がウマート数多いのか、これが全くわからない

 

24:ウマ娘の民がお送りします

これはおじいちゃん

 

25:ウマ娘の民がお送りします

……つうかさ、おバグさんシビブラレベルで強いのにネタの方も盛り沢山なのずるすぎない?

 

26:ウマ娘の民がお送りします

ほんそれ

クソ強ネット弱弱不思議ちゃん芦毛高身長イケメンススズボディの好奇心旺盛ばぶちゃん野郎がよ……

 

27:ウマ娘の民がお送りします

>>26

属 性 過 多

 

28:ウマ娘の民がお送りします

今までの属性過多代表だったミホノブルボンでももうちょっと抑えてる

 

29:ウマ娘の民がお送りします

三女神様はちょっと、その……手心というのを……ね??

 

30:ウマ娘の民がお送りします

そういやこのおバグ外国人疑惑あるってよ

我が友ことおバグと同クラスの英語ソムリエが英語の授業ん時にイギリス系の訛りが出てるだとか言ってた

 

31:ウマ娘の民がお送りします

>>30

なんだァ?テメェ……

 

32:ウマ娘の民がお送りします

>>30

は?女友達いる煽りか?

 

33:ウマ娘の民がお送りします

>>30

……すぞ……!

 

34:ウマ娘の民がお送りします

かわいそうな>>30……!

ひとえに自慢をしちまったせいだが

 

35:ウマ娘の民がお送りします

おかしい

ここは朝日杯FS観戦スレだったはずだ

 

36:ウマ娘の民がお送りします

ダンファが良くも悪くも目立ちまくってるのが悪い

 

37:ウマ娘の民がお送りします

ていうかおバグ外国人説あるのかぁ……

ちょっと属性多すぎじゃない??????

 

38:ウマ娘の民がお送りします

(脚)ハエーイ!(癖も)ツエーイ!

おかしいだろ

 

39:ウマ娘の民がお送りします

【このレスは非表示になっています】

 

40:ウマ娘の民がお送りします

はいアウト

 

41:ウマ娘の民がお送りします

流石にまずい

 

42:ウマ娘の民がお送りします

アンチはアンチスレでやれ

 

43:ウマ娘の民がお送りします

ライン超え

 

44:ウマ娘の民がお送りします

アンチをするにしてもアンチの礼儀だとか度数ってもんがあるだろうが

そいつらは冗談ですまねえんだぞ

なあ

 

45:ウマ娘の民がお送りします

これはIPBANの刑に処されても文句言えんわ

 

46:ウマ娘の民がお送りします

しばらくはアンチスレも沈黙してそうだな

 

47:ウマ娘の民がお送りします

1ヶ月くらいは規制かかるでしょ

 

48:ウマ娘の民がお送りします

アンチスレ自体グレーゾーンなのにも関わらずそれをぶちまけたばっかりになぁ

 

49:ウマ娘の民がお送りします

まあまあ、そろそろパドック紹介あるから落ち着きなはれ

 

50:ウマ娘の民がお送りします

そうやで

元々ここ観戦スレやし

 

51:ウマ娘の民がお送りします

はい、アンチの話題終了!これより出走ウマ娘を見てデジタるスレに転換します!

 

52:ウマ娘の民がお送りします

 

53:ウマ娘の民がお送りします

アグネスデジタルは動詞じゃないが?

 

54:ウマ娘の民がお送りします

それで通じる俺らも大概定期

 

55:ウマ娘の民がお送りします

定期じゃない定期

 

56:ウマ娘の民がお送りします

はい!!1枠2番ローズフルヴァースだね!!すっごくかわいいね!!かわいいね!!

かわいいね!!

 

57:ウマ娘の民がお送りします

うおっすっげぇゴリ押し

でもローズフルヴァースが可愛いのは認める

 

58:ウマ娘の民がお送りします

こちら現地民

ローズちゃんに手を振られたので爆散します

 

59:ウマ娘の民がお送りします

>>58

死ぬなおバカ!!生きろ!!羨ましい!!

 

60:ウマ娘の民がお送りします

本音漏れてるぞ

 

61:ウマ娘の民がお送りします

ドカドカたーーーーーーん!

かっこいいぞーーーーー!

 

62:ウマ娘の民がお送りします

>>61

良いセンスダァ……

 

63:ウマ娘の民がお送りします

二番人気の登場やで

 

64:ウマ娘の民がお送りします

スイートキャビン来た

勝負服ええ着こなしじゃない

 

65:ウマ娘の民がお送りします

4戦2勝かぁ……

パッと聞き少なく感じた俺はおバグ様に洗脳されてきてる

 

66:ウマ娘の民がお送りします

バグに持ってかれるな

バグがおかしいだけだぞ

 

67:ウマ娘の民がお送りします

うむ、今ん所全体的に可愛らしくて良き良き

 

68:ウマ娘の民がお送りします

さて奴だ

 

69:ウマ娘の民がお送りします

次はあのおバグだぁ……

 

70:ウマ娘の民がお送りします

帽子から見るにさてはかっこいい系だろ

俺にはわかる

 

71:ウマ娘の民がお送りします

ここはあえてのフリフリアイドル系と来たな

花京院の魂を賭ける

 

72:ウマ娘の民がお送りします

おはナカヤマ

 

73:ウマ娘の民がお送りします

どうしたお前、フェスタでも宿ったか?

 

74:ウマ娘の民がお送りします

出てきた

 

75:ウマ娘の民がお送りします

ふぁっ

 

76:ウマ娘の民がお送りします

 

77:ウマ娘の民がお送りします

やば

 

78:ウマ娘の民がお送りします

ヌッッッッッッッッ

 

79:ウマ娘の民がお送りします

かっっっっっっっこよ!!??

 

80:ウマ娘の民がお送りします

まて

へんけいしたぞ

 

81:ウマ娘の民がお送りします

じゃばらけん!?!?!!!!!?

 

82:ウマ娘の民がお送りします

これはちょっとかっこよさのレギュレーション違反してる

男全員男の子にする気か?

 

83:ウマ娘の民がお送りします

かっこよさゲージ全力ぶっちしてやがるよこのおバグ

刀とか変形する杖とか勝負服の着こなしとか何お前

 

84:ウマ娘の民がお送りします

コートのデザインと形やっば

灰色なのに刺繍でちゃんと目立つデザイン

 

85:ウマ娘の民がお送りします

【このレスは非表示になっています】

 

86:ウマ娘の民がお送りします

まじでダンファはよぉ!

どうして魂男の子な俺らにクリーンヒットさせてくんだよぉ!

 

87:ウマ娘の民がお送りします

ロマンとかっこよさとウマ娘らしさ全部立たせてるのえっぐ

 

88:ウマ娘の民がお送りします

やっべ

インパクト強すぎて頭に入ってこなくなった

 

89:ウマ娘の民がお送りします

ダンファアンチ辞めました

 

90:ウマ娘の民がお送りします

>>88

仕方ねぇよかっこよすぎる

>>89

アンチすらとりこにしてしまうおバグ

 

91:ウマ娘の民がお送りします

おバグまじでおバグ

 

92:ウマ娘の民がお送りします

勝負服だけで飯三杯食える

 

93:ウマ娘の民がお送りします

気のせいかね

おバグからコジマを感じる

 

94:ウマ娘の民がお送りします

>>93

奇遇だな、俺もだ

 

 

 

 〘◇〙

 

 

647:ウマ娘の民がお送りします

ファンファーレェ!

 

648:ウマ娘の民がお送りします

きたきたきた

 

649:ウマ娘の民がお送りします

ビールとつまみは用意したか!!

 

650:ウマ娘の民がお送りします

昼から飲むなローズ大好きマン

 

651:ウマ娘の民がお送りします

>>650

休日くらい許して!!

 

652:ウマ娘の民がお送りします

頼むドカドカ勝ってくれ

 

653:ウマ娘の民がお送りします

三女神は誰に微笑むんだ

 

654:ウマ娘の民がお送りします

順当にやるならおバグが勝つが、かなり強くマークされそうなんだなおバグ

前の二着もあってなおさら

 

655:ウマ娘の民がお送りします

俺はスイートキャビンが勝つに賭ける

 

656:ウマ娘の民がお送りします

ローズフルヴァース気合い入ってる!!

ダンテスファルサに注目してるぞ!!

 

657:ウマ娘の民がお送りします

なおおバグは何処吹く風の模様

まあそっちの方が良さそうではある

 

658:ウマ娘の民がお送りします

おバグなんか呟きよる

何か周り離れてってるの草

 

659:ウマ娘の民がお送りします

絶対変な事言ってるんだろうな……

 

660:ウマ娘の民がお送りします

いつものおバグ

 

661:ウマ娘の民がお送りします

うおっ

 

662:ウマ娘の民がお送りします

あいつG1なのに笑顔や……やる気キマッてる

 

663:ウマ娘の民がお送りします

流石おバグ

デビュー戦で物足りないとか言ってただけある

 

664:ウマ娘の民がお送りします

静かになったな

 

665:ウマ娘の民がお送りします

スタート準備

 

666:ウマ娘の民がお送りします

あいた!!!!!!

 

667:ウマ娘の民がお送りします

はじまた!

 

668:ウマ娘の民がお送りします

勝てローズ!!

 

669:ウマ娘の民がお送りします

全員良いスタート

 

670:ウマ娘の民がお送りします

下克上来い

 

671:ウマ娘の民がお送りします

ローズまえとってる!!いいぞ!!

 

672:ウマ娘の民がお送りします

あーまずい

おバグに有利な展開だ

 

673:ウマ娘の民がお送りします

展開ちょっち早い

 

674:ウマ娘の民がお送りします

逃げは脚抑えてくれ

届かない声なのは知ってるしそんなのはフェアじゃないが

 

675:ウマ娘の民がお送りします

第1

どうだ今ん所

 

676:ウマ娘の民がお送りします

おバグ囲まれてるな

掛かるなよ

 

677:ウマ娘の民がお送りします

このまま行ってほしいが

 

678:ウマ娘の民がお送りします

 

679:ウマ娘の民がお送りします

え?

 

680:ウマ娘の民がお送りします

そいつはちょっとリスキーすぎんか

 

681:ウマ娘の民がお送りします

大外行きよった

 

682:ウマ娘の民がお送りします

だいじょうぶかダンテス!!??

 

683:ウマ娘の民がお送りします

スタミナ持つか?

 

684:ウマ娘の民がお送りします

わっかんねぇ

 

685:ウマ娘の民がお送りします

まあ効果は出てる

マークしてるだけでスタミナロスはしたくなかろうよ

 

686:ウマ娘の民がお送りします

おバグならきっとどうにかしてくれるはず

 

687:ウマ娘の民がお送りします

吉か凶か

 

688:ウマ娘の民がお送りします

がんばれローズ!!

 

689:ウマ娘の民がお送りします

第3入った

バグも戻ってきてる

 

690:ウマ娘の民がお送りします

ローズじっきょうよばれた!!ばんざい!!

 

691:ウマ娘の民がお送りします

ローズ大好きマンイキイキしよる

だがわからんでもない

 

692:ウマ娘の民がお送りします

現地

バグから疲れが見える

 

693:ウマ娘の民がお送りします

やっぱりおバグでもキツいか大外回るのは

 

694:ウマ娘の民がお送りします

下克上あるかこれ

 

695:ウマ娘の民がお送りします

勝ってくれダンテス

 

696:ウマ娘の民がお送りします

第4!!!!!!

 

697:ウマ娘の民がお送りします

しょうぶどころ!!ねばれ!!

 

698:ウマ娘の民がお送りします

いいぞ

 

699:ウマ娘の民がお送りします

かてるぞ!!

 

700:ウマ娘の民がお送りします

流石にきついかおバグ

 

701:ウマ娘の民がお送りします

切れ味鈍い

 

702:ウマ娘の民がお送りします

仕掛けも遅めだ

 

703:ウマ娘の民がお送りします

ローズ!!いけ!!

 

704:ウマ娘の民がお送りします

初の板外か

 

705:ウマ娘の民がお送りします

んでも十分すぎる

これまでが強すぎた

 

706:ウマ娘の民がお送りします

流石にバグでもむずかったか

 

707:ウマ娘の民がお送りします

 

708:ウマ娘の民がお送りします

あっつ

 

709:ウマ娘の民がお送りします

ちょ

 

710:ウマ娘の民がお送りします

あつい

 

711:ウマ娘の民がお送りします

もどってきよったぞおい

 

712:ウマ娘の民がお送りします

かそく!?

 

713:ウマ娘の民がお送りします

ねばれ!!!!ローズ!!

 

714:ウマ娘の民がお送りします

おバグ!

 

715:ウマ娘の民がお送りします

かつのか

 

716:ウマ娘の民がお送りします

たのむローズ

 

717:ウマ娘の民がお送りします

バグくだせ!

 

718:ウマ娘の民がお送りします

かて!

 

719:ウマ娘の民がお送りします

ろーず!!

 

720:ウマ娘の民がお送りします

いけ

 

721:ウマ娘の民がお送りします

おばぐならいける

 

722:ウマ娘の民がお送りします

ねばれ

 

723:ウマ娘の民がお送りします

しゃてい

 

724:ウマ娘の民がお送りします

きたぞ

 

725:ウマ娘の民がお送りします

きた

 

726:ウマ娘の民がお送りします

ろーず!!!!!!!!

 

727:ウマ娘の民がお送りします

ごーる!!!!

 

728:ウマ娘の民がお送りします

げんち

たぶんおばぐだこれ

 

729:ウマ娘の民がお送りします

おなじく

 

730:ウマ娘の民がお送りします

だんふぁかこれ

 

731:ウマ娘の民がお送りします

これは

 

732:ウマ娘の民がお送りします

でたわね

 

733:ウマ娘の民がお送りします

ダンファだった

流石はおバグの2つ名だけある

 

734:ウマ娘の民がお送りします

うわー!!ローズ負けた!!

ダンテスやっぱり強い!!

 

735:ウマ娘の民がお送りします

【このレスは非表示になっています】

 

736:ウマ娘の民がお送りします

ここでもおバグはおバグだった

でもローズもかなり良い勝負してたな

後ほんのもう少し粘ってれば勝てたかもしれん辺りやっぱローズフルヴァースは大器晩成系って感じある

 

737:ウマ娘の民がお送りします

とりあえずダンテスファルサG1勝利おめでとう!!

 

738:ウマ娘の民がお送りします

おバグ右手上げてら

クールさisどこ

 

739:ウマ娘の民がお送りします

やっぱあのダンテスでもG1勝つのは感動物なんでしょ

 

740:ウマ娘の民がお送りします

いやぁね

これはジュニア級最高に熱いレースだった

 

741:ウマ娘の民がお送りします

レース終わったので埋めてどうぞー!!

俺はダンテスファルサのG1勝利を祝ってくるよ!!

 

742:ウマ娘の民がお送りします

乙乙

 

743:ウマ娘の民がお送りします

いやぁ

ダンテスまじでバグすぎるだろ

 

744:ウマ娘の民がお送りします

最後の末脚まじ強すぎじゃない?

何あの抜かしてく度加速するの

無理ゲーでしょ

 

745:ウマ娘の民がお送りします

>>744

あの不自然な末脚、よもや土壇場で領域入った感あるな

現地ウマがあついだとか書き込んでたし、多分イメージ図は炎関連?

もひだとしたら勝つの無理ゲーも良いとこだが

 

746:ウマ娘の民がお送りします

>>745

それマ?

だとしたらなおさら勝ち目薄すぎじゃない?

 

747:ウマ娘の民がお送りします

もうお前FOE名乗れ

 

748:ウマ娘の民がお送りします

750だったらホープフルにおバグ出走

 

749:ウマ娘の民がお送りします

750だったらおバグ二世誕生

 

750:ウマ娘の民がお送りします

750だったらホープフルSは朝日杯FSを超える盛り上がりになる

 



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第十四夜 白色

満を持して、例のアレが登場。


 変形し、大剣となった『ルドウイークの聖剣』が貴方目掛け振り下ろされる。それを前にステップして回避し、後ろをとり、手に持つ武器のノコギリ部分で切り刻む。

 狩人はちいっ、と舌打ちして前にステップし、体勢を取り直そうと貴方の側を向こうとする。

 が、間に合わない。

 貴方は切り札を切る時と判断して「加速」し、ノコギリ鉈を変形させ、鉈となったその刃を真上から振り下ろす。

 無闇なステップで隙を晒した狩人は見事に虚を突かれ、遂に生きる意志が潰えたか、その場に倒れ込んだ。

 

「貴様ァッ、この、獣女畜生が……」

 クックク。そう言うのなら勝ってから言いたまえよ、糞袋野郎。

 

 狩人の捨て台詞に、貴方は嘲笑しながら言葉を吐き捨て、ノコギリ鉈についた血を振るって払う。

 しかしその笑いに反して、右脚にはまだ物足りないと苛立ちを示す揺すりが現れている。

 今の貴方は、ストレス解消に狩人狩りをしていた。

 

 

 

 貴方は数日前にG1レース──朝日杯フューチュリティステークスを勝ったウマ娘である。

 ウマ娘という種族の中で、G1レースを勝つというのは素晴らしい栄光だ。それは、貴方のトレーナーからの歓喜と友人からの祝福、届けられたファンからの手紙、それらについで貴方が見せた、心からのからも見て取れるだろう。

 さて、ここからが本題である。

 G1で勝利したというのは世間で良く取り上げられる事であり、人気にもなる。しかして人気になるという事は、妬み嫉みを今まで以上に受けるようになる、という事でもある。

 それは例えば敵意を持った発言に始まり、侮辱や果ては殺害予告などだ。

 普通のウマ娘の少女はそれを受ける事で精神にダメージを置い、自己肯定感の低下やそれに伴う身体能力の悪化、最悪自分は必要無い存在だと思い込み、精神を病んで走れなくなったりと、まだ情緒の成長途中である少女達には天敵というべき代物なのだが……まあ、そんな事は貴方にとって一切の問題では無い。

 というのも、そんな言葉は酷く聞き慣れているから──普通は聞き慣れるべきでは無いが──である。そもそもの時点で狩人に対する扱いが酷い物なのだから、獣の特徴がある貴方は、まあ、口にしてはいけない言葉のナイフで何度も刺された訳だ。

 相対していた狩人が呼んでいた「獣女」という単語も、健全なるこの土地では最大限の侮辱に値する言葉であり、本来ならば唾棄されるべき物。

 そんな物を約二世紀近く受けていれば、本意であれ不本意であれ、慣れるのは当然の結果だろう。

 故に貴方が必殺を決め込む言葉は、豚かあるいは獣かのほぼ2つになるくらいには、侮蔑の言葉に酷く寛容となっていた。

 殺害予告を送られて「ほう、ならばやって見ると良い」と、嬉々として返答を送るウマ娘など貴方くらいであろう。

 これだから頭狩人は。

 ……まあ、マトモで心が脆いよりも変な形であっても気丈な方が抜群に良いのは、それはそうだが。

 さておきとして。

 では、その殺害予告に返答したとしよう。

 貴方はそれで起こる殺し合いを望んでいるのだが、大抵そういうのを送る奴は口でしか物の出来ない腰抜け野郎か、人が苦しんでるのを愉悦する性根の腐った愉快犯のどちらかである。

 つまりは、来ないのだ。

 それで肩透かしを喰らい、期待を裏切られた気分になった貴方は癇癪が溜まる訳だ。

 そこから更に追加で、勝利して以降やたらと増えたインタビューを貴方は煩わしく思っている。ただ椅子に座って聞かれた事を淡々と話す事が、どうも退屈で仕方ないのだとか。

 貴方としては、本気で取り組める物とは言えどもあくまでも暇潰しの範疇に収まっているのであって、レースをする事を本業にしたいだとか、所々で退屈になってでも人気取りがしたいだとかはほんの一欠片たりとも考えていない。

 なのもあって、貴方に言わせればそんな事如きに付き合う義理も人情も糞も無いのにも関わらず、そうでもしなければ一部のレース──有記念や宝塚記念──に出られなくなる為にやらなければいけないというのが、それはそれは心底ストレスだった訳である。

 

 

 

 さて。

 未だ溜飲の残る貴方は気分のまま、本日三度目の鐘を鳴らす。

 

 カランカラァ──ン

 

  カランカラァ──ン

 

 普段の共鳴する度合いと比べれば有り得ない程に高回転となっているそれは、貴方の中に燻る苛立ちを全て吐き出せ、とでも暗示しているよう。

 無論、貴方もそうするつもりであった。

 と。

 

 オオオォォォ──

 

 早くも共鳴を示す音が聞こえてきた。

 さあ、次はどういう奴か、楽しみだ。

 貴方は期待に胸を踊らせていると、現れた者の全貌が見えてくる。

 何も被られていない髪は黒く、しかし瞳は貴方の有するそれと同じ宇宙が隠れている。

 今の時代ではあまりにも古臭い【異邦の服】を着、その上には黒の外套を羽織った姿。

 暗色のズボンに付いたサスペンダーは垂れ下がり、狩りをするのに邪魔だとでも言っているよう。

 狩人ならば着けているはずの手甲は見受けられず、代わりに着けられているはきつく締められた黒包帯のみ。

 一件すれば単なる変な狩人の格好にしか見えぬそれは、しかして彼こそが狩人最大の天敵、あるいは人間に身を窶した死神と言い表された存在。

 狩人の異名を──

 

 〘黒い鳥〙

 

 紛うことなき、あの狩人であった。

 彼を見た貴方は、思わず言葉を漏らす。

 

 げえっ、クリモト。

 

 ──と。

 

 

 〘◇〙

 

 

 黒い鳥、もといクリモト。

 狩人間では酷く恐れられており、時折悪魔と囁かれるそれだが、しかし実情は噂とは異なる。

 貴方を含む、上位者化した狩人の中でも果てしない程の穏健派であり、相手している狩人から手を出さなければ、一切の攻撃を行わない。

 更に精神面も、狩人所か本物の一般人から見たとしても常識的であり、狩人特有の突飛な行為はする物の、他と比べればそよ風で吹き飛ぶ程度。

 しかも狩人にありがちな神経の擦れも少なく、他人に向けて毒を吐く事も皆無と言って良い。

 総論すれば、少々なんて物じゃないくらいに要領が良すぎるのと、精神力、付け加えて肉体能力がおかしいだけの、しがない逸般人──既に人で無いのはさておき──の範疇に収まる人間。

 そんな彼に、脳みそ狩人ながらもある程度常識を学んだ貴方が相対すれば、まあ、見敵必殺案件は起こらず。

 

 最近では他人からも認められるようになってな。喜ばしい事ばかりで仕方ない。

「そうなのか、それはよかった」

 

 外見の年齢差も相まって、さながら功績を自慢する妹と、それを聞く兄の、現代にいる兄妹かのような光景が繰り広げられていた。

 ……中身の齢? 

 それは……まあ、何だ。

 貴方──もとい、ダンテスファルサは仮にも女性なので、そう易々とは言うべきでは無い。

 …………ほんのちょっぴり出すのなら、おおよそ──

 ……いや、やはり辞めておこう。抹殺されかねない。

 さてと。

 

「それで、ここにはどうやってきた?」

 

 新しく設立した【学園工房】にて、貴方の製造した仕掛け武器を持ってこようとした時、クリモトからふと尋ねられる。

 

 ……そう、さね。

「事情が話せない、というのならば別に良いのだが」

 

 貴方はそんな訳があるまい、と即座に否定する。

 貴方にとってのクリモトは、良い意味合いで彼を強く信用しており、それはあの同族(狩人)嫌いの貴方が、彼なら大丈夫だろうと容易く背中を預けられる程にだ。

 だからか、彼が聞いた事に対しては殆ど包み隠さず話すようにしている。

 だが、今回聞かれたのは経緯が経緯。どう説明すれば良いのかがわからず、言い難いという所であった。

 

 ……どこからどう説明すれば良い、のかね。それはあんまりにも突飛な事だったのだよ。

 

 貴方はふぅむ、と唸りながら、あの時起きた事を纏める。

 

 …………狩人の夢で、愚痴を言っていたら、使者から渡された、としか言えないな。これでも殆どを話したつもりだがね。

「……つまりは、君自身もわからないと」

 まあ……あまりそう言いたくは無いが、そういう事さ。

 どうか貴公にも、この平穏を傍受して貰いたい物だが。

「おい、そこまで言うのか? 私は狩人だぞ?」

 

 貴方が思った事を口から漏らすと、彼は驚いた素振りを見せる。

 

 それはそうさ。貴公は狩人であって、それに違いは無い。

 しかして、あの血狂いの屑共とは全く違う。現に、貴公はこの獣女を罵る事の一つもしていないだろう? 

 貴公は狩人でありながら、心の清らかが過ぎる。されどね、故に信頼出来るのだよ。貴公なら、きっとここにいる者の一人を、快楽の為に狩る事などなかろうとね。

「……そうか。それは有難い評価だ」

 

 貴方はそれに笑い、手製のコーヒーを飲む。マンハッタンカフェの作ってくれる物とは違い、あまり貴方は気に入らない味わいなのだが、初めて出した時は彼女が喜んでいたのを思い出す。

 

 さて、もう朝も近い。そろそろ支度をせねばなるまいな。

「な、ここには朝が来るのか!?」

 

 酷く驚いているのが見て取れる様子で、机に手をついて立ち上がった。

 落ち着きたまえよ、と貴方は控えめな笑顔でそれを静止する。

 

 そうさ。だからこそ、貴公にもそれを味わって貰いたいのだよ。あの時の感動と、漸く報われたという喜びをね。

「そうか、そうか……それは、酷く美しいのだろうな」

 

 いつか見てみたいと、彼はぽつり呟いた。

 

 

 

「君」

 

 そろそろ朝も近いと、貴方は空砲を取り出し引き金を引く寸前、彼は貴方へと話しかける。

 

 どうした? 

「……良い目に、なったな。出会った時の諦観はまだあれど、それでも抗う事を知った目をしている」

 そう、か。

「ああ。だからね、君。それを喪うでないよ。君には、君を紆余曲折あれど受け入れてくれた川添という人も、君の事を尊重してくれている友人もいるんだろう? だから、大切にすると良い。それはきっと、美しい追憶になるだろうからね」

 勿論だとも。

 

 貴方は一息吐き。

 

 貴公にも、同じ幸運が訪れる事を願っているよ。

 

 そう、一言呟いた。

 そうして、今度こそ引き金を引こうとし。

 

「……君」

 何だ、またしても。

 

 またしても呼び止められた。

 

 何だ、名残惜しいのかね? 

「いや……あのだな、君。落胆が隠せてないぞ。狩人狩りでもしたかったのか?」

 ……まあ、そうでは、あるが。しかし……。

「……別に、それくらいは付き合おうとも」

 それは本当か!? 

「良いとも。ここ最近、君よりも手応えがある狩人を相手していなかったからな。こちらにも得があるなら、存分に受けてくれるだろう?」

 

 これは、有難い話じゃあないか。

 貴方は内心ガッツポーズし、一旦深呼吸をした後、右手に愛刀を持つ。

 

 では、そうさせてもらおうか、【狩人狩りのクリモト】。

「さあ、いつでも来るといいさ、【狩人】よ」

 

 そして二人は、ステップを踏んだ。

 

 

 〘◇〙

 

 

 結果として案の定クリモトに得意のバックスタブを喰らい敗戦した貴方は、面倒だと思いつつも教室を掃除し、学園の制服に着替えてクラスへと通う。

 今日は冬休み一日前だというのもあってか少し騒がしく、どんな所に行くか、どんな休日にするかといった話題が飛び交っている。

 勿論の事貴方はそれに参加せず、いつも通りに本──今日は『星の王子様』である──を取り出し、脚を揃えて読み始めた。

 と、そんな貴方に近づく人影が一つ。

 

「おはようございます」

 ああ、マンハッタンカフェか。良い朝を迎えたようで何より。

 

 その人は、貴方の友人であるマンハッタンカフェ。彼女も休みの日が待ち遠しいのか、耳の跳ねと尻尾の揺れが少し激しい。表情もどこか、柔らかく見える。

 

「……ダンテスさん」

 どうした? 

「昨日、何か良い事でもありましたか? いつもより随分と晴れやかな顔でしたから」

 

 それを聞き、少し貴方は考え。

 

 もしかすれば、ある者に会ったからだろうかね。

「そうなんですか。……一体、どういう人なんですか?」

 ……そう、さね。

 …………純白の相応しい、貴公のような人物さ。

 

 貴方は悪夢に堕ちてから、初めて穏やかな笑顔をして答えた。




この後本気で心配された。

〘リア10爆発46〙さん、〘geardoll〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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第十五夜 同志

そろそろジュニアからクラシックに進めないと。


 おかしい。

 

 冬休みが始まって二日経った頃、午前十時半の工房の中で一人ぽつりと呟いた。

 というのも、トレーニングの始まりを告げる連絡があまりにも遅いのだ。

 普段から平日休日関わらず日々トレーニングに励んでいる様子は、学園内の生徒間では「頭メジロライアン」、または「重度のトレーニングジャンキー」と呼ばれている貴方なのだが、しかしそれらの殆どは全てトレーナーに一任しており、基本貴方からそれを考える事は全くと言う程に無い。

 その姿勢は、ある『阿呆の自分があれこれ考えようと時間の無駄なので、専門の人に丸投げ──』……失礼、『全部を任せ、自分はその実現に努める』という、あるアニメーションの人物の持つ信念をそのまま引用しているかのよう。

 事実脳髄の七割がヤーナムとマリア様に汚染されている貴方が適切なトレーニングのやり方など分かる訳も無く、下手に口出しして効率を落とすよりかは余程正しい選択だろう。

 さて、これは以前にも話した事である。

 その際にいつどこでやるのか、またはどんなメニューをこなすのかを連絡する。それはいつもなら朝の六時頃辺り、遅くとも八時には何かしらが送られてくるのだが、今日は幾つ経っても一つも来ないのだ。

 ここ数ヶ月になって漸く改善された──以前までは全マイ血晶石並の約立たずであった──時間感覚も遅い遅いと文句を垂れており、貴方もそろそろこちら側から催促の電話一つでもしようかとも思い始めてきていた。

 そんな頃。

 貴方のスマートフォンに一つの通知が鳴った。

 ……さて、今回はあまりにも遅すぎた物だからね。一体どういう言い訳を用意しているのやら。

 貴方は面白さ半分にアプリを開き。

 

『ごめん、病気になった』

 

 貴方はショックでスマートフォンを落とした。

 

 

 〘◇〙

 

 

 さて、場所は変わってトレーナー寮前。

 名目として寮と名付けられてはいるが、何かと担当ウマ娘が入り浸っていたり、寮というよりはトレーナーの私生活跡がある仮眠所の間違いでは? とでも思ってしまう場所である。

 まああの野蛮人筆頭のような貴方がまずもって恋愛脳みたい考えになるはずも無く──もしもこの脳髄血みどろバ狩人がそうなったら素手で殺されたって良い──、ここに訪れた理由は良くある看病目的だった。ここまでなら他ウマ娘でもここを訪れるなら有り得る理由だろう。

 尚顔は従来の仕方ないなというような物では無く、恐ろしく険しい顔である物とする。

 そんな状態である貴方は相当な焦りようであり、表札を一瞬見ては違うと判断して次へ。それを凄まじい速さで行っていた。

 そうしていると、川添の表札が貼られている部屋を見つけたらしく、貴方は勢い余って二個程過ぎた後、急いで戻りドアを押し──

 ドアに勢い良くぶつかり、貴方は怯む。思わず情けない声を出した後、思い直すように頭を降って玄関のドアを引く。どうやら鍵は掛かって無かったらしく、すんなりと開いたその隙間に貴方は身をねじ込んで中へと入っていった。

 ……ちなみに玄関が開かなかった場合、「火薬庫」式解錠法、またの名を脳筋解錠──要はパイルハンマーでドアをぶち壊して入るというあんまりにもあんまりな方法を試していた所だったらしい。

 …………まあ、その。

 貴方の過去云々を考えれば──貴方自身の記憶には無いが──一応の納得は出来なくも無いが、なんと言うか、あの。

 失礼を承知で、一言だけ言わせてほしい。

 蛮族か? 

 ……言いたい事も言った所で、視点を戻そう。

 さて室内に入った貴方だが、焦りからか何一つの感想も抱かずにそのまま寝室へと直進。

 入ってみれば、そこには貴方のトレーナー、川添麻里と、貴方とは初対面の男──名を〘蝦塚 正志(しょうじ)〙──がいた。

 

「えっ、ダンテス!?」

「っな、アンタどこから──」

 良いから一旦除け! 

 

 ここでも目の前の男を手で退かし、貴方はトレーナーの元に駆け寄り、顔を近づけ瞳を凝視する。

 覗き込んだ瞳に歪みは無く、蕩けている事も無い。そもそもとして川添は人であり、ヤーナムの血を入れていないのだから至極当然の事だろう。

 しかして貴方は安堵する。幾ら狩人の夢で獣の病について繰り返し読み、ある程度の知見があるとはいえ、それでも何が理由でここに罹患者を出すかもわからない。

 自身の血か、屑共の血か。それとも上位者畜生か、はたまた突然変異で空気感染の特性を持つか。

 貴方の視点から見れば、まだ未知に覆われている獣の病。血が関係するのは分かっていても、感染の方法は未だ知らない。

 故にこそ。

 

 本当に、よかった。大事でなくて。

 

 貴方は、心の底からそう言った。

 

 

 

「……いや、ただの風邪だからね?」

 

 肝心な時に喧しいわこのうつけが。

 感傷に浸る間も無くそう言われた貴方は思わず悪態を吐きかけるが、勘違いしていたのは事実なのでそんな訳にはいかず、何とも言えない顔になって威嚇する。

 

「……そんでだよ、アンタ、一体どこから入ってきた?」

 ならば逆に問おう。貴公は誰かね? 

 

 彼の声で漸く貴方は彼に意識を向ける。

 日に焼けた肌をしていて、跳ねた茶髪を青ラインのある白の中折れ帽で覆っている。瞳は髪色と同じで、目尻には丸みがあり優しい人物だろうかと思わせる。唇は若干の色味がある程度で、鼻は少し鋭めな形。

 身長は貴方が少々優れている辺り──つまりは平均的で、身体付きは程々に筋肉がある位。

 白スーツと中折帽を除けば顔つきの良い好青年にも見えなくは無い。

 

「俺か? 俺は蝦塚正志って名前でな、これでもマンハッタンカフェのトレーナーをやっている」

 おっと、マンハッタンカフェのトレーナー方だったか。これはこれは、悪い事をしてしまったな。

 

 貴方はそう言うと同時に【狩人の一礼】を彼に行う。彼はその動作に、そんな大袈裟なと言葉にして返す。

 

「まっ、もしカフェと並走する時がありゃあ、そん時はよろしく頼むぜ。ダンテスファルサさんよ」

 勿論、その時はな。……所で、なぜ名を知っているのかね? 

「あーな、まずはレースとかでアンタの名前を良く聞くからなのと……もう一つは、川添トレーナーとは古くからの知り合いなんだが、アンタの自慢がちっと多いから、そんで自然と覚えるようになったんだよ……」

 ……ああ、成程。

 

 そう話す彼は、その内容に中々辟易しているように見える。それがあまりにも口説いのだろうという事は想像に難くない。

 

「だって、ダンテスがとても強いからさぁ……」

 川添、程々にしておけ。しつこいのはよろしく無い。

「えぇ〜、でも本当に凄いってのは──げほ、げっほげほ!」

 

 と、川添トレーナーが不意に咳き込んだ。貴方は慌てて名前を呼んで駆け寄り、心配の顔を見せる。

 

「あぁ〜もぉ〜、だから黙って寝てろって俺は言ったの!」

「でもこれくらいなら、ある程度の仕事は出来る──」

「寝ろ! 心配してんだぞアンタの担当が!」

「……はぁいはい、わかりましたよっと」

 

 それで漸く、しかし渋々ながらに納得した様子で深く布団を被った。

 それでも尚落ち着きの無い状態で室内をふらついている貴方から心配の感情を汲み取ったのか、蝦塚は貴方に向けて安心させる為の言葉を紡ぐ。

 

「……まあ、心配すんのは分かるけども、心配しすぎるのも身の毒だぜ。アイツはすぐ無理しては風邪引くからな、寧ろここまで持ったのが凄いってこったよ」

 ……本当に治るんだろうな? 

「そりゃあな。アイツの免疫力無礼んなよ? 一日寝てただけで治りやがるバケモンの免疫力してっからな」

 そう、か。……なら、良かった。

 

 傍からみればあんまりにも大袈裟が過ぎる貴方なのだが、逆を言えばそれ程トレーナーの事を気に掛けているとも取れる。

 少なくとも、彼はそう受け取ったらしい。

 話を切り出す。

 

「そんじゃあ俺はこいつの飯作るんでね、出来ればこの寮の掃除と手助けを頼まれてくれないか? そうしてくれりゃあ助かるんだが」

 まあ、承諾はしなくも無いのだが……貴公、マンハッタンカフェのトレーニングは良いのか? 

「……あのな、ウマ娘は休養ってのがいるのよ。アンタみたく休憩要らずのトレーニングホリックって訳じゃねぇんだ」

 

 こう言った後、掃除で困った時には自分に相談して欲しいという旨を伝え、寝室から出ていった。

 ……あんな事、別に言わなくとも良いだろうに。

 貴方は不満げに考えるが、まあどうでも良い事かと放り捨てる。

 とりあえずは、さっさと終わらせよう。

 貴方は気分を切り替え、部屋を出た。

 

 

 〘◇〙

 

 

 数時間後。

 ある程度だが整頓されていると受け取れる位には片付いた部屋の中、一息付く貴方と蝦塚の姿があった。

 貴方は片付けている際、やたらと「なぜこんな物があるんだ」と思う事が多かった。

 例えばギター。楽器には疎い貴方でも全く触れていないのがわかる程には新品そのままであり、所謂置物状態。

 基本ある物は全て使うスタンスである貴方からすれば著しく勿体無いと感じたのだが、そこは人は人、自分は自分という形で割り切っていた。

 その他使う予定の無さそうな物が多々あったが、記述する物では無いだろう。

 川添は()()()女性なのだから。

 さてと。

 片付いた部屋のテーブル、そこの座席に貴方らは座っていた訳だ。

 と、唐突に貴方は思い付く。

 彼ならば、変形する武器の良さが分かるのだろうか? 

 慣れていない事で疲れていたのかバカな天啓が舞い降りた貴方は、ひとまずは聞いてみようと彼に向けて喋りかける。

 

 所でだね、貴公。

「……んあ、何だ?」

 変形する武器は、嫌いかね? 

「詳しく聞こう」

 

 

 〘◆〙

 

 

 ……ん、んぅ。

 

 私は火照る身体からか、緩やかだけれども上半身を起こす。

 目覚まし時計を見れば、今は五時。外はもう暗くなっていて、トレーニングするには見ずらい時間帯。

 今日は世話になりすぎたかな。私はそう考える。

 弟分の正志からはいつも見たいに看病して貰ったし、そこに加えて私の担当──ダンテスファルサにも。

  いい加減にワーカホリックを直すべきではあると思うのだけれど、ただ、その。

 ダンテスの敬意に報いるのが楽しくてしょうがない。

 ……でもまあ、看病までされたら流石に直さないとかな。

 まあ、そんな事は後で考えよう。とりあえず今は喉が渇く。

 私は水を汲みに行こうとベッドから起き上がり、ドアに手を掛けて開けてリビングへ行き。

 ──ピシ、ガシ、グッ、グッ。

 擬音にしたら、こんな感じだろうか。

 そんな事を、目の前の二人がやっていた。

 

 …………んぇ? 

 

 人間は意味がわからない事に直面すると本当に脳がフリーズする、というのは本当なんだと思う。

 だって私がそうなったから。

 

 えー、と……な、何やってるのさ。

「おお、その様子じゃ風邪はマシになったらしいなぁ! 何って、コイツとえらく話が盛り上がって、同志を見つけた喜びで思わずやってしまった訳よ!」

「いやはや、火薬庫の素晴らしさをわかる人間がいるとは思わなかった! それに貴公の話も面白い物ばかりだった! 感謝する!」

「こちらこそだ! 爆発機構の入った金鎚とか正しくロマンそのものじゃあねぇかよ! 火薬庫って奴に一目会えたら良かったんだがねぇ!」

 

 そんな様子で、二人は延々盛り上がっていたらしい。

 ……うん、なんだろう、か。

 凄く……凄い、凄かった。雰囲気が。

 ……とりあえず寝よう。

 私は寝室に戻って寝た。




タ゛ンテスは けんせ゛んなストレスのはけく゛ち をてにいれた!
しょうし゛は と゛うし をてにいれた!

ちなみに正志はまあまあなオタです。アニメとかロボとか、特撮とか。

〘リア10爆発46〙さん、〘geardoll〙さん、誤字報告ありがとうございます


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第十六夜 大晦日

 日本の暦にして大晦日。

 バカタレの貴方は聖杯ダンジョン潜りを──それもストレス解消の意味合いでは無く、本来の意味である血晶石集めに勤しんでいた。

 聖杯文字はいつものアレこと、【9kv8xiyi】。物理、または刺突か重打の攻撃力を高める──具体的には、前者は27.2%、後者の場合は32.6%乗算される──効果を持つ血晶石を求め、守り人狩りをしていた。

 さて、なぜ今頃になっても尚集めていたのかというと、まあ単純に血晶石が足りなかったからであり、同時にそれ程貴方の製造してみた仕掛け武器が多かったのだ。

 ここ数ヶ月で増えたレース、練習以外の暇つぶしとしては、据え置き機やアーケードでのゲーム──急速に仲の深まった蝦塚からわざわざ家にまで行ってしている──やアニメーション鑑賞などの様々な物が追加されていたが、その中に仕掛け武器の制作があったのだ。

 とはいえその製造量は尋常ではなく、代表作のみを抜き出しても、流用部分ばかりの物なら〘仕掛け傘〙、完全な新規設計であり、かつ一応の成功作とよべる物では〘仕掛け直剣〙、彼からインスピレーションを受けた物であれば〘鉄血の鎚矛〙、挙げた三つ以外にも武器として扱える物ならば諸々諸々エトセトラ…………武器の体裁にもならなかったり、上手く変形機構を搭載できなかった失敗作なども含めれば凄まじい数になる事だろう。

 それ程製造しているのなら当然使用する事も目処に入れており、そうするのなら最高純度の血晶石は搭載する必要もある訳だ。

 移し変えれば良いというのは勿論正論ではあるが、貴方にとっては違う。

 一々武器に移し替える手間が面倒──つまる所貴方の悪い所である不精がここにも出た形であった。

 さて。

 

 ……まあ、至極当然の事ではあるが、そう簡単には手に入らない物だな。

 

 落ち着ける状況になった貴方は、がごんと音を立てて〘鉄血の鎚矛〙の先を下ろし、広い間の中一人言をぼやく。

 貴方の今持っている、血で赤黒く染まった刺々しいそれは、数日前に製造していた最新作であり、これが初陣である。

 特徴としてはその大きさ。そもそも片手で使うのを一切考慮していないだろうそれは貴方の全長すらも優に超える程で、メートルに換算すると二メートル行くか行かないかもある。

 人の持つ武器としてはまずまず気が狂っていると言わざるを得ない。

 申し訳程度の仕掛けとして炸薬による杭の発射機構、即ちパイルハンマー機構が搭載されているのだが、気がついた時に使う程度のお飾り状態であり、本命は両手持ちでのぶん回し。

 全力で叩きつけた際の威力は一周回って笑ってしまいそうになる程に高く、事実十二分に余力のあったはずだった〘守り人の長〙がミンチよりも酷い事になってしまっていた。

 それなりに耐久性のある長でこれなのだから、こんな物を狩人に当ててしまえば、床の染みになる事は考えなくともわかるだろう。

 欠点? 見なくてもわかる通り、バカデカいのとバカ重い事、それ故の酷いなんて物じゃない取り回し。加えて異常なスタミナの消費量。

 これを持っているだけでも一般アスリートウマ娘には高負荷の筋力トレーニングになり、人はそもそも持つ段階にもならない位には、重量があんまりにも糞なのだ。その事は人類代表──これでも薬品で強化していたのだが──の池内、ウマ娘代表のメジロライアンが示している。

 あのメジロライアンですら持ち上げた後は酷く摩耗した表情をしていたのだから、その重量っぷりが伝わってくる。

 そうなった原因は全てこの脳筋バ狩人がレースで得た賞金で購入したタングステンを後先考えずある限り全部ぶち込んで製造した弊害なのだが。

 ……まあ何、安心してほしい。これがあんまりにもあんまりな出来過ぎるだけで、他はまだ()()()()マトモである。

 強調した理由? 

 …………では、だ。火薬庫の極まった狩人がもし何かオーダー出来る権利を得たとして、そんなのが落ち着いた性能の狩り武器をオーダーするとお思いで? 

 つまりはそういう事だ。

 贔屓目無しに他狩人から見て落ち着いている出来だと言えるのは、前述した傘位であろう。

 まあ、こんな産廃も良い所のバカ重い何かはさておいて。

 貴方がそこそこ貯めていたタングステンを全ブッパした以上は使わざるを得ないし、何より貴方自身も割と気に入っている節もある。

 だからこそか。現在の貴方は時間を見ず、ただ血晶石集めに没頭していた。

 

 

 

 ──さてと。

 今回、貴方、もといダンテスファルサに対する発言がこんなにも荒れているのには理由がある。

 まず今が冬休みである事。過去の夏休みですらこんな調子でかつトレーニング漬けであったし、冬休みでもこのままだと流石にまずい。ワンアウト。

 次にここ数日ずうっとここに籠り通しだった事。アスリート面で見るのなら、一つ目がまだ良くともここで引っかかる。血晶石など後で幾らでも掘れるのだから、いい加減体裁だけでも良いから休め。ツーアウト。

 最後に友達を蔑ろにしている事。カフェから年越しを一緒に過ごそうと提案されているのにも関わらず、用事があって遅れると言っている訳だ。その内容がこれとは、少しだなんて物では無い程にどうかしている。スリーアウト、攻守交替。

 野球だったら某年の阪神を彷彿させるレベルで貴方はやらかしている。

 本音を言うのであれば、大晦日位は血晶石では無くカフェかタキオンか、駄目にしても川添トレーナーといて実に健全な年越しをしろと。仮にも現代の学徒なのだから学徒として青春してくれと。

 狩人の業務は一旦頭から消せ。消してくれ。

 幾ら何でも聖杯ダンジョンで年を越すのは頭狩人が過ぎると思うぞ、ダンテスファルサ。

 と、ふと思い出したように懐中時計を取り出す。

 狩人の夢、及び聖杯ダンジョン内ではスマートフォンが機能しない為、ここで行動する際にはわざわざ買ってきた懐中時計を持ち込んでいるのだ。

 よし、このままどうか考え直して欲しい。どうか頼む。貴方は他の狩人とは違って考えられる脳があるのだから──

 

 ……もう暫くは大丈夫か。

 

 ……は? 

 おい阿呆。これから先は地獄だぞ。本気でやるつもりか阿呆。

 

 まあ、良いだろうよ。もう少し粘れば出てくるかも知れないのだからね。

 

 まあ良いか、じゃないが? 

 …………はぁ〜〜〜……。

 本当に本当にこのボケナス狩人は阿呆が過ぎるにも程がある。仮にも約束事があるというのにそれを後回しにしてでも血晶石に傾倒しているだとか本当に学徒の自覚あるのか? 意味がわからない、全くわからない──

 …………よし、一旦落ち着こう。

 ……よろしい。

 貴方がそうするのなら、こちらにも考えが無い訳では無い。

 何が何でも強制的に参加させる。覚悟しろクソボケ。

 

 

 

 〘◆〙

 

 

 時刻は八時を回った所。

 美穂寮での年越しパーティに誘ったは良い物の一行に来る気配が無く、もう来れないのかなと思っていた頃。

 ふと私のスマートフォンから着信音が鳴った。

 表示されている文字を見ればそれはダンテスファルサさんで、少し驚く。

 忙しい事が終わったのかな? 

 私はそう推測し、「応答」を押す。

 

『あー、もしもし? ダンテスファルサだが』

 はい、何でしょうか……? 

『ああ、今になって漸く忙しい事、と言うのが終わってな。酷い遅れ様ではあるが、そちら側に行く事は大丈夫か?』

 ……ええ、はい。大丈夫かと。

 

 私はダンテスさんの問い掛けに承諾の意を示すが、どうも違和感がする。

 何か返事がいつもよりも柔らかくて、語尾が何か変で……。

 そこまで考えて、私は思い当たる。

 ああ、違う。この人はダンテスファルサさんではあるけど、でも違う。

 ダンテスさんの近くにいつもいる、「それ」だ。

 

 ……貴方、さては中身が違いますね……? ダンテスさんにしては語尾がおかしいですから。

『……あー、しまったらしいな。はぁ、やはり誰かを騙すのは難しい物だな』

 

 やっぱりそうだった。

 それにダンテスファルサさんなら、あの場面で「クククッ」と笑うはずだし。

 私がそう考えている間にそれは「それでは、なるべく早く行く。開けて貰えると幸いだ」と言い残して、電話を切った。

 ……間に合うのかな。

 私はそう考えつつ、寮長のヒシアマゾンさんに外の道を一時的に開けてもらうように頼み込む。

 ヒシアマゾンさんは急に一体とでも言いたいような顔をしたけども、最終的には「九時までだからね」と言って開けて貰えた。

 私はそれに感謝の言葉を返し、ダンテスさんを待つ事にした。

 ──ダンテスさんはどこの寮にも属していない。

 私は一度フジキセキさんやヒシアマゾンさんにも聞いてみたのだけど、その生徒は居ないと言っていた。だから、どこで寝泊まりしているのかは知らない。もしかしたらシービーさんかマルゼンスキーさんのように個別に家を持っているのかも知れないけれど、だとしたらあそこにいた意味もわからない。

 本人に聞いてもあまり話したがらないから本当に知らない。

 もしかしたら彼女の言う「工房」で寝ているのかな? 

 ……そんなまさか。

 ──と、考えている内。

 

「着いたぞ、カフェ」

 

 嗅ぎなれた、でもいつも以上に強い匂いが匂ってくる。

 思わず私は前を見ると、そこにはダンテスさんがいた。

 私は思わず声を出して一歩退く。

 

「……あー、驚かせてしまったな。申し訳ない」

 ……いえ、少しだけですので。それにしても、早いですね。もう少し掛かると思っていたんですけど。

「まあ、こういうのは早い方が良いだろう?」

 

 ダンテスさんはそう言って、いつもしないはずの微笑みを見せる。

 それを見て、確かに今中身が違うのだと私は察した。

 それに、匂いも強い。

 ダンテスさんはいつもある匂いを漂わせている。ただそれは、香水と言うにはあまりに自然的で、でも身体本来の匂いというにはあまりに不自然的というような、とても形容しにくい匂いを纏っている。

 そんな匂いであるけれど、無理やりにも言葉にするのなら……。

 ──月の匂い? 

 月に匂いが無いのは、知っているのけれど、それ以外に形容し難いというのがあると私は思っている。

 その月の匂い? というのが、今日は特段強い。だから今の中身は違うのだろうと私は考えていた。

 

「まあ、カフェの言う通り、今のこいつはこいつでは無い訳だ。故に、すぐ返すさ」

 ああ、はい。

「……申し訳ないな、この阿呆があんまりにも阿呆で」

 いえ、大丈夫ですよ。私も〘お友達〙が見える友達が出来て嬉しいですから。

「……そうか、それは……良かった」

 

 まあ、せめてこいつの世話を頼む。

 そう言い、「それ」はダンテスさんの身体から離れていった。

 

「……一体、どこに……?」

 こんばんは、ダンテスさん。

「……マ、マンハッタンカフェ? おかしい、さっきまでは確かに血晶石を集めていたはずだがね……」

 さあ。もしかしたら白昼夢だったりじゃないでしょうか? 後は、そうですね。もうそろそろ年越しパーティも盛り上がってきましたから、早く行きましょう? 

「否、しかしだな……ああ、わかった、わかった。引っ張るな、少しだけ待ってくれ」

 

 漸くいつもの様子を見せてくれたダンテスさんに、私は安堵のため息を漏らした。




もう止めて! クソザコの胃袋HPはもうゼロよ!

ちなみにですが、鉄血の鎚鉾は変形前はサブアームで持ち手の後部を支えてる感じです。

感想評価お気に入りをして頂けたら、ダンテス君がもっと仕掛け武器を作るようになります。


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第十七夜 初配信

ACVIおめでとうございます。いや本当に。私はACシリーズ自体はやった事は無いんですが、10年待っていた方は感無量でしょうね。ガトーの三倍ですから三倍。
それと、ランキング12位もありがとうございます。皆様方の支援のお陰で私が驚いてます。正直ランキングに入るとは思ってませんでした。
……実は支援絵も欲しいと思っていたりする(強欲)


 元日を超えて新年の初詣も終わり、漸く少し暇が出来てきた頃の事。

 

 基本的に手紙は全部読んで律儀に全て返す貴方の所に、一通の手紙が届いた。

 はい、と川添の手から手渡されたそれには。

 

『ダンテスファルサさん、いつもレースでの活躍を見て応援しています! ところでですが、ゲーム配信などをやるつもりは無かったりするのでしょうか? もしやってくださるのであれば、プーのホームランダービーをやってみてはくれないでしょうか!』

 

 と、書かれていた。

 貴方はネットに住まう人間でも無いので当然ながらそれについて知っているはずも無く、検索する。

 そうしてみれば、どうやらパソコン専用のゲームだと出ているではないか。

 現在の貴方はそれを持っている訳でも無く、あるのは工房用の器具と原料、そして加工の結果のみ。

 応えてやりたいが、どうした物か。

 貴方は少しばかり思案し、そういえば彼がいたではないかと思い出した。

 

 

 

 という訳でね、蝦塚。暫しパソコンを借りても良いか? 

「何がという訳でだ、要件を言え要件を」

 

 さて貴方は、その某ゲームをやる為に、彼の住む寮へとやって来ていた。

 

「で、何でここに来た。とりあえずいつもの目的って訳じゃあ無さそうだが」

 ああ、これを見て欲しい。

「ふうん、どれどれっと……」

 

 そして貴方の手から渡された手紙を取り、中身を読むやいなや顔に皺が寄り始める。所々で「まじかコイツ」だとか「最低かよ」と言っており、貴方はそれに如何な物かと感じていた。

 

「うっわぁ、人の心無いわぁ……」

 何だ急に。見もしていない人の事を罵倒するのは、いくら貴公とは言え見損なうぞ。

「いいや、これは断言出来る。これ書いたヤツアンチだぞ。それもとびっきり人の心を捨てたド畜生な野郎と見た」

 

 貴方はその暴言に眉を顰めていると、その様子に気付いたのか、彼が鬱陶しいとでも言いたいような顔をして手で止める。

 

「……あーわかったわかった。ちっとそいつについて説明しといてやる」

 

 そう言い、一度喉の調子を整えるように咳払いをした彼は、こんこんと語り始めた。

 

「この世には悪と善、混沌と秩序、アニメと昼ドラ、サラダとステーキ……そんなみたいに対極に位置してるモンは星の数程存在する訳だ」

 ……まあ、ああ。

「そんな感じでゲームにも神ゲーとクソゲー、ってのがあってな。神ゲーはゲームを齧ってない奴でもこれは面白い、これはずっとやってられる、な感じでずうっと出来る物の事を指すんだ。これまでにゃあFFにマリオ、ドラクエ、ACシリーズにガンブレ3……ああ、あの頃は楽しかったと今振り返っても楽しかったなって思える奴らばっかりだ。今までも生まれて来たし、これからもきっとそうだろうよ」

 

 そこから彼は一気に声のトーンを下げる。

 

「ただまあ、ゲームにも勿論アタリハズレってのはある。例えばあんまりにもバグが多すぎて遊ぼうにも全く遊べねぇゲーム、調整ミスレベルで敵が強すぎて全く勝てねぇゲーム、ただっただストレートにクソつまんねぇゲーム……そういうのはディレクターと開発陣との食い違い、予算の限界、納期の悪魔、やる気の空回り……様々な理由があって出来上がるモンだ。思えば件のヨンパチから広がったクソゲーの乱世、もしかしたらそこから予兆ってのは見えてたのかもしんねぇなぁ……」

 

 やたらと展開される気味の悪い動きで現在進行形で割とドン引きしている貴方を他所に、彼は目をかっぴらく。

 

「そしてそぉの中の一つッ! あんまりにも強いッ、強すぎるッ! ストライク? ヒット? ファール? そんな物は全てゴミィ! ホームラン一本、それのみが正義! オウカスティガカスロビンカスゥ! そいつらが挑んできたプレイヤー達を散ッッッ々に痛めつけてきたゲームゥッ! それがこのォ、〘プーのホームランダービー〙だァァァーッ!」

 

 …………。

 ……キッ──じゃない、間違えた。

 ……あー。その。

 蝦塚正人、御丁寧な解説、御苦労だった。

 気持ち悪い意味で熱意の入った解説のお陰で、現在貴方からは凄い目で見られている。ここ二百年でも見た事の無い、ある意味激レア物である。

 

 …………あ、あー、ああ、その……お疲れ。

「…………や、やめろよぉ、そんな目をすんなよぉ……本気で死にたくなって来るだろぉ……」

 ……その、熱意は、あったな。

「死体にガトリングスマッシャーする趣味でもあるんか?」

 

 彼の心は泣いた。

 

 

 〘◇〙

 

 

 とりあえず精神力を削るゲーム、という認識で大丈夫か? 

「大丈夫だ、それで問題無い」

 ふーむ……まあ、何とかなるだろうよ。

 

 まあ、そんなこんなでどうにか自宅に上げてもらい、ひとまずとしてそのゲームの説明を受けた貴方。その様子を見るに自信があると見える。

 

「いや、ホントに良いのか? 俺からすりゃあ本気でやるべきじゃねぇと思うぞ」

 そこはまあ、多分大丈夫だろうよ。長期戦なら慣れている。そう易々とは癇癪をする事は無いだろうさ。

「おう一週間前にハメコン三タテして煽ったら死に腐れこの屑畜生がとか言って秒で癇癪ブッパした後マジモンの戦争になりかけたんはどこの誰じゃ言ってみろダンカス」

 それは元々貴公がそんな事しなければ良い話だったろうが。

「おうその前に勝ち方に外道も卑怯も無い言うて蛇でガン逃げクソ陰キャ戦法しとった上にこんなのにも勝てないのかとか煽っとったのは誰じゃウマカス」

 誰であろうダンテスファルサだがねハメコンに頼ってでしか勝てない雑魚人間? 

「ああん言ったなテメェ今度こそリアルスマブラすっかコノヤロォ!」

 

 彼はそう叫びながら立ち上がるが、少し考えていたのかそのままでいた後、何事も無かったように座り込む。

 

「……いや、これは水に流そう。不毛になる」

 ……まあ、そうではある。

「元々アンタが始めた話だったろうがよ……」

 

 眉をひくつかせながらも、彼は「まあ良い」と話す。

 

「とりあえず配信機材の方は元っから用意してあるんで、そいつ使ってくれ。使った後はちゃんと切ってくれよ」

 …………なあ蝦塚。

「何だ?」

 配信機材があるのは良いんだが……恐らくそれらはパソコンの初期機材、という訳でも無いと思うのだが──

「聞くな」

 ………………あ、ああ。わかった。

 

 その時の蝦塚は、人のはずなのにクリモト並の覇気があった。

 貴方はこの事を振り返った際にそう語っているそうな。

 

 

 〘◇〙

 

 

 

『あー、あー、マイクテストマイクテスト……大丈夫か? 映っているだろうか?』

 

【おっすーばっちぇ見えてますよー】

【FOEネキが配信してやがる……だと……?】

【こんにちは】

 

『……反応を見るに、どうやら音も聞こえていてしっかりと見えているらしいな。ああ、良い具合だ。さて、恐らくは初めて見るであろう者もいるのだろうから、自己紹介をさせてもらおう。名をダンテスファルサ、日本ウマ娘トレーニングセンター学園高等部に所属している者だ。今後とも、よろしく頼むよ』

 

【誰だお前】

【誰だお前ェ!?】

【誰おま】

【申し訳ないが本人騙るならもうちょっと塩対応してもろて】

【ママー誰この人ー?】

 

『誰も何もダンテスファルサその物に決まっているだろうが、のこぎりで残らず挽き潰してやろうか?』

 

【あっ(察し)】

【これは紛うことなき本人】

【この柄の悪さは本人ですわ】

 

『なぜ柄の悪さが本人確認のような物になっているのかね……まあ、そんな事は良い。さて、なぜこんな事でもやったのかと言うとだな、実はある者から手紙を頂いてね。その中にプーのホームランダービー? というのを配信でやってみて欲しいと言われてな。それ故蝦塚から機材を借りて──』

『あのー開始早々苗字漏らさんでもらえる?』

 

【草】

【(悲報)FOE、やっぱりインターネット弱弱だった】

【おじいちゃん名前お漏らしはアカンて】

【プニキは色々と人の心無い】

【こいつエビニキじゃねぇ!?】

 

『ああ、すまないな……あー、人間一号』

『何このウマカスネーミングセンスクソか?』

 

【人間一号www】

【ストレートにウマカス言ったぞこの人間一号】

【エビニキェ……】

【エビニキトレーナーだったんかはえー】

【ダンテスファルサに唯一ウマカスを言った男、エビニキ】

 

『なんだハメコンでしか勝てない雑魚人間一号』

『なんだぁテメェ戦争したいんか? ほーんそうかそうか、レイヴン無礼るなよ』

 

【FOEもまあまあカスで草草の草】

【なぁにこれぇ?】

【AC6おめでとうございます】

【トレニキさらっと傭兵だったの漏れてる】

【私は何を見せられているんだ……】

【夫婦漫才だろ】

 

『…………いや、待とう。そういやアンタの配信だったわ。ほれ、さっさと集中してやれ』

『貴公が元から人間一号呼びに怒らなければ……否、もう面倒だ。わかったから一旦引っ込め』

『引っ込めってなんだよ、ここ俺の部屋なんだわ』

 

【FOEさん???????】

【FOE恋愛強者か??】

【悲報、FOEトレーナーラブ勢】

【FOEのトレってkwzeネキじゃなかった?】

【ナチュラルにトレーナーの部屋いるのこっっっわ】

 

『ああわかってるわかってる、それでは……すまない、待たせたな──うわっ、何だこの流れの早さ』

 

【結局FOEのトレ誰なん?】

【zeやろ】

【あの感じエビニキと違う?】

【トレインタビュー見てもろて】

【エビニキなん?】

【kwzeだろjk】

 

『……ダメだな、全く読めない。……まあ良い、とりあえず進めるか。落ち着いた時にでも見ておこう。それでは、スタートしていこうか』

 

 そこからゲームを開始して数分。

 

『ふむ、この熊畜生を操作してこの来る球を打つ、と。最初の所は簡単そうではあるが』

 

【熊畜生は笑う あながちここにいるの森の畜生共だけども】

【そこら辺は簡単やから】

【問題はオウカスら辺からよな】

 

『まあ、遅いな。何だあの人間一号、嘘吐きか?』

『俺人間一号じゃねぇから! ちゃんとエビリオンっつー仮名あっから!』

『センス腐れてるな』

『なんだとウマカスとっつきで潰すぞ! あーもー決めた! 俺お前が苦しんでる時ぜってぇ煽ってやるからな!』

 

【とうとう自分からお漏らししてて草】

【火の玉ストレート暴言やめたれ】

 

『な、上下移動している!?』

『へっ、打ててねぇでやーんのー! プークスクス』

『……あ、これ見かけだけか? なら打てるな』

『なんで見切んだよぉ!』

 

【引っかからなかったぞコイツ】

【エビニキまあまあ性格腐ってて草 まあ普段からあんな事やってるからわかってたけど】

【上手いなやっぱ FOEだからか……】

 

 そんなこんなで攻略していき、五匹目。ここで貴方は一度手詰まりになる。

 

『…………おい、打てんぞ。左右に振れる球などどう打てと?』

『あっ、そこまあまあ運ゲーだから頑張れ!』

『つまり詰みと?』

 

【運ゲー=詰みは草なんだ】

 

 途端に動きが少なくなり、十分経過。顔にも疲れが見えて来ている。

 

『……はあ。疲れた。凄まじく時間の浪費をしている感覚がする』

『そんなアンタにサプライズだぜ! たまたま売ってたから買ってきた、はちみー固め濃いめだ! 感謝して飲め! さあ、画面のプニキの如くハチミツをキメるんだな!』

『……おい。おい。甘いのは柿以外好みじゃあ無いのをわかってやったな?』

『そらそうだが? 煽ったのはアンタからだぜぇー! ふっふー、お残し厳禁だぞー!』

 

【甘いの好きじゃないのか 意外】

【割とそれ感はあったと思う】

【柿は好きなのね】

 

『……まあ、出された以上は飲むが──……ッ……甘すぎるだろう、もう少し薄くても良くないか……?』

 

【まじで不味そうな反応で草】

【あれ本気で甘ったるいからなぁ……甘みで舌焼けそうになる】

 

 しかしハチミツ効果からかどうにかオウカスを攻略し、ティガカスも球速自体は変わっていないのに気付いてからは速攻で攻略し、件のロビカス戦。

 そこで今度こそ詰まり、なんと五時間が経過。ハチミツをキメ切ったプニキイン貴方であっても尚七匹の畜生の繰っていた全ての変化球をランダムに投げ込んでくるロビカス相手は相当に難しく、最初こそ煽り散らかしていた蝦塚もこの長期戦は予想出来なかったのかあまり顔を見せなくなっていた。

 

『………………何だもう……疲れた……早く終われ……』

 

【死ぬ程疲れとるなぁ】

【流石は無法者のスレ民のお正月を溶かした悪魔だ】

【五時間耐久は普通に精神力やばい】

 

 と、その瞬間。

 単なるストレートボールが投げられ、貴方は刹那打ち返した。

 

『……あっ!? 当たった!? 当たったか!? 終わりか!? 終わりだな! …………はああああああああぁぁぁ……もう、二度だ! 二度とやらんこんな糞汚物!』

 

【おおおおおおおおお】

【お疲れ様でしたぞ】

【おつおつ】

 

『おー、お疲れさんー……いや、ホントお疲れ……大変だったな、今日はもう遅いから明日ゲーセンで沢山自爆祭りしような……』

『貴公の金でなら行く……後核派だ』

『じゃあ沢山核撃とな』

 

 その疲れっぷりを見せ、配信は終了した。




この次の日はめちゃくちゃ遊び倒した。


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第十八夜 幻想世界

ウマネスト編です。大体四話辺りを目処にしてます。
原作準拠? そんな物は無い。あるのは〘ウマネスト with Bloodborne ~フロムゲーの幾つかを添えて~〙です。


 VRウマレーター、ねぇ……。

 

 貴方はいつもの工房内にてカフェから拝借した、新しく導入された機械の事を記す紙について読んでいた。

 

「何でも、色々な事ができるらしいんですよ」

 

 そう言うカフェの目は今までの比にならない程に輝いており、それに対する期待の度数としても現れているようだ。

 ふむ、と貴方は頷きながらそれを読む。

 今ある【VRウマレーター】と呼ばれる機械はレースの為に造られたシミュレーターであり、距離ならば1000mから4014mまで、バ場もダート、芝、洋芝、重馬場、良馬場と設定可能であり、本番さながらのレース体験が可能。

 更に、提携してある様々なオンラインゲームに接続して『ウマ娘』のままでありながらゲームのプレイが出来、更なる没入感が味わえる──。

 貴方は一通り読み終わった後、貴方はそれをカフェに手渡した。

 

「……で、貴方から見て、どうでしょうか?」

 

 貴方はそうさね、と、珍しく悩んでいる顔で一言呟く。

 

 ……まあ、何とも言えんな。生憎精密機械には疎い身である故、そうどうこうとはわからんよ。

 ただまあ、試行回数を増やせるというのは、仮想空間──一種の夢のような世界の出来事とはいえ、実に良い事さ。数を熟せるというのは、即ち様々な行動に対応出来る可能性が高くなる訳だからな。

 後は……そうだな、ゲームが出来るのは悪くはないとは思うな。……だが、『ウマ娘で』という状態で放り込むのは如何な物か、とは思うがね。

「そこですか……?」

 

 何故そこを、といったような感情で彼女は貴方に聞く。

 

 ああ、そりゃあそうさ。人というのは皆、不公平を厭う。しかして努力が報われる事を願い、報われないのを不公平以上に厭う。貴公も恐らくはそうであるはずだ。

 故にゲームを開発する企業はなるべく最初の地点で差が出ないようにし、かつプレイヤーの努力で評価されるようになるようにするのだよ。まあ、金を入れる事で戦力を手に入れる方法もあるが、そこは一旦省いておこう。

「ああ、はい」

 さて。それ故基本ゲームにはウマ娘という族は出ないようにされているらしいが……そこに提携したのだから、と称して追加されてはどうだ? どう考えても不公平になる訳さ。それではそうなった者は何を考える? 少なくとも自身の努力不足、誠意の不足とは思わんだろうよ。自身が考えるなら、そう……勝手に提携した企業を恨む、その話を通した人物を恨む、その話を持ちかけた人物を恨む……そう繋がっていき、最終的にはゲームをしている人物をも恨むだろうな。

「でもそれ、ただの八つ当たりじゃないですか? そんなのはあんまりかと……」

 そうさ、ただの八つ当たりでしか無い。しかしね、人間はそういう物さ。その本人に直接の関係が無くとも、ほんの微か、どれだけ微量の僅かであろうとも、元凶と何らかの繋がりがあるのなら、そこに自身の有する感情をぶつけてしまえば良いと思う。そう思ってしまう物さ。

 そんな人間は、星屑の数程見てきた。

 

 貴方は脳裏に異邦の人物に対して偏屈的であったあの老婆を思い出しつつ、カフェに語る。そうしている貴方の瞳からは、星々の輝きは失せ、いつにも増して暗く、酷く灰に曇り切っている。

 

 ……だからね、マンハッタンカフェ。レースのシミュレーション機能を使用するのは良い。しかして、ゲームをしようとするでは無いよ。人から不要な恨みを受けたり、罵詈雑言は受けたくないだろう? 

「……は、はい。わかりました」

 

 頷くカフェに貴方は安堵して瞳の色合いを取り戻し。

 

 まあ、自身はやるけども。

「……へえっ?」

 

 尚説得をしていた当の本人である貴方はやる事を宣言した。

 

「い、いや、貴方さっき人から要らない恨みは買わない方が良いって、罵詈雑言を受けたくないならやっちゃいけないって……へっ?」

 ほう、アレ如きで「ダンテスファルサに対する罵詈雑言」? 「あまりにも酷い誹謗中傷」? 

 クッハッハッハ! 温い温い! あんまりにも生温い! あんな物如きで怯む訳なかろうよ! 

 もしも罵詈雑言を向けたいのであれば、そうさね、人に溶け込む獣畜生だとか頭の狂った獣女だとか、あるいは自立思考の無い人でなしとでも言うと良いさ! 

 

 まあ、少なくともこちら側を下してから言ってもらいたいがね! と貴方は暴言の数だけは無駄に高いボキャブラリーを活かして例を出し、快活だと示すかのように笑う。

 ……ああ、実に貴方という狩人らしい。常人なら辛く苦しい面でやたらと強く、そして一般人であれば何の変哲もない所で酷く脆い──とはいえ、社会常識に当てはめるのであれば強い側といった所。

 メンタルが脆いか強いかであれば断然強い方が良いが、しかし今回のは少し悪い出し方とも思える。現にカフェは貴方の事を憐れんでいるかのような視線で見ている。

 ──ああ、この人は今までずうっと評価されなかったのだろうな。本当に、大変だったろうな。

 きっと彼女はこう考えている事だろうよ。

 

 

 〘◇〙

 

 

 まあ、そんなこんなで貴方はVRウマレーターの鎮座されている部屋の一角へと赴いた。

 秘書と理事長からの長ったらしい説明をふんふんと聞き流して貴方は四台ある内の一台──クリモトの平行世界では三台であった。こちらの理事長は資金に余裕でもあったのだろうか──に入り込み、中に内蔵されていたヘルメットを被り、スタートボタンを押す。

 そうすると貴方の意識は一瞬闇に消え、気が付いた時には既に見知らぬ世界。

 辺り一面は広大な草原が広がり、遠くに見えるは木組みの家だらけの村、空は無限に水色と白い雲のコントラストで埋め尽くされ、鳥も飛び、しかし現実と違うとすれば四つ足の生物がそこにいる事。

 服こそ狩人の装束──しかも勝負服仕様──のままではあるが、馴染みのある物なので寧ろ好都合だと言える。

 結果として、貴方は狩りの時とは違う気分の昂りを隠せないでいた。

 さて、このような物はメニュー画面かステータス画面のどちらかに移行するのが定石ではあるが。

 ゲームに入った貴方はひとまずそう考え、貴方は頭で念じてステータスを見ようとしてみたが、当の開いた画面は酷いエラーとノイズで埋め尽くされ、全く何も見えていない。

 貴方はふむと適当に拾った石ころを広い、ゲーム内インベントリにしまおうとしたのだがどうやら不可能らしく、未だ掌には石ころの転がったまま。

 この様子を見るに、どうやら貴方はファンタジーに満ちた世界で、ただ一人ファンタジーもへったくれも無い状態でいる事を強いられてしまったらしい。

 ……まあ、当の本人たる貴方は現在進行形で狩人であり、物品を血の遺志にしまったり、半ばスキル紛いの能力──即ち秘儀の事を指す──を使えたりなどの行動が全く出来ない訳でも無いので、大した問題でも無いのだが。

 貴方が確認に血の遺志から出した〘爆発金槌〙を持っている時点で、とどのつまりはそういう事である。

 ……どことなくその行動自体が、というよりも上位者である貴方の存在そのものがこのゲームをバグらせていそうなのを察したように思えるが、そこは無視する事にしたらしい。

 まあ、貴方にしては優良な選択を選んでいる。そこまで考えていたら、貴方は〘生まれるべきでは無かった〙存在なのだと考えてしまう。ただでさえゴミのように低い自己肯定感が更に低くなるのは勘弁だ。

 まあ、良い。とりあえず狩り武器と銃器を持ち込めるのなら万々歳だ。後はさて、どうしようか。

 そう考え思考を巡らせる貴方の脳。もう暫くはこの状態のままだろう。

 

 

 

 数分後。

 未だ考え込んでいた貴方の目の前に敵の群れが現れる。数にして九と、決して少なくない。

 それらは貴方を見かけた瞬間に下衆な笑みを浮かべ、ある一人が「私がやる」とでも言うように前へ出る。

 哀れな彼はどうやら新人らしく、新品の鉄剣で腕試しをしたいと見える。

 鉄製の剣は頭部目掛けて振り下ろされ──

 刹那、彼は剣を持っていた腕に鋭い痛みを感じ、同時に地面へと膝を付く。

 一体、何が? 

 そう考えさせる間も無く、腹の内から激痛が走る。

 そのまま彼は投げ飛ばされ、最後に彼は貴方の右手にある物を見、それが何かかわかる前に気を手放した。

 

 

 

 さてと。

 下衆な笑いの声で無理やり現実に引き戻された貴方は不機嫌な様子で早速敵一人を狩り、先程まで彼のあった場所、そこから視線を移動させ、貴方は冷徹な目をして集団へと言葉を吐く。

 

 貴公らよ。仮にも人である存在が思案をしていたと言うのに、何も言わず攻撃を仕掛けようとはあまりに野蛮だと思わぬのかね? 

 

 貴方は冷たい笑顔をしてそれらに対応する。

 

「そ、それが何だ! 我らは全てを無に帰す魔王軍なのだ! 最終的に、勝てば良かろうなのだ!」

 ほぉう、そうか。

 

 直後、鼻で笑い。

 

 ならばこちらは上位者さ。

 

 死を予感させる笑顔を貼り付け、走り出した。

 

 

 〘◇〙

 

 

 時間にして僅か五分。

 たかがそれっぽっちの時間しか経っていなかったが、さりとてフィルターが無かったとしたら、辺り一面は酷くグロテスクで惨憺な光景へと化していた事だろう。

 ある者は爆発金槌で上半身から上を消し炭にされ。

 またある者は回転ノコギリで全身を散らし。

 更にある者は獣肉断ちで左と右を乱暴に断たれ。

 そして今、最後の一人であった誰かがまた肉片になろうとしていた。

 

「ま、待ってくれ、見逃してくれ! 何が欲しい、金か? それとも力か? 自分の持つ幹部としての権力なら、そいつ全部を叶えられる!」

 ……命乞いのつもりかね。

 

 貴方は酷く嫌悪している顔を浮かべ、それに問う。

 

 その鼻を見れば分かる。豚だろう。

「違う、自分はれっきとした──」

 喧しい黙れ。

 

 貴方は豚の発そうとした言葉を一蹴する。貴方にとっての豚は糞の極まった屑畜生、唯一貴方が未来永劫呪う事を決めた生体。

 それと似通った存在など、当然慈悲をくれてやる道理も無かった。

 

 なあ貴公よ、貴公を見逃す事に何の価値が、否、そもそも貴公を見逃す事を考える価値すら一体全体どこにあるのかね? 個人的には一切無いと思っているのだが。

 さぁて交渉決裂か、宜しいならば死ね、怯えて竦んで自身の何もかもを活かせぬまま惨めに骸を晒して死ね。

 

 早口に全てを言い切った貴方は勢い良く腹に手を突っ込み、臓を掴み投げ飛ばす。

 最後まで絶望を浮かべていた顔を全力で踏みつけ、〘貫通銃〙を持ち出し脚の甲諸共弾丸を頭蓋に叩き込み、ついにデータの塊となって消え失せたそれに向け、ぽつり呟く。

 

 ああ、こんな奴に使う時間も、輸血液すらも勿体無かった。

 

 そう言って大腿に輸血液を刺し、貫通の痕を回復していた所、ふと後ろ側から声を掛けられる。

 

「なあそこのアンタ! さっきの戦い、すんげぇ圧倒してたなぁ!」

 

 白髪の彼女はどうやら貴方の呟きが聞こえていなかったらしく──その方が好都合ではある──、いたって普通の様子で話掛けている。

 

「あっと忘れてた、アタシはゴールドシップっつーんだ。よろしくな!」

 そうか。よろしく頼む。……で、そのゴールドシップとやらが、このに一体何用かね? 

 

 

「あのよアンタ、アタシと一緒にウマ王軍を立ち上げねぇか!?」

 ……ほう。

 

 貴方はその魅力的に聞こえるその提案に関心を抱く。

「ってのも、今いる魔王軍ってのはどうもつまんなそうでなぁ。そろそろエルコンとグラスの二人が来そうなんだが、だからいっその事アタシがトップに立ってやろうって魂胆よ! だからよアンタ、そのとんでもねぇ戦闘力がありゃあ、そうするのだって夢じゃあ無い!」

 

 ああ、成程。

 ……だとするなら、面白い事になりそうだ。

 

 宜しい。

 その提案、乗った。

 

 貴方は先程とは違う、愉悦に満ちた笑顔で頷いた。




純ウマ娘の戦闘経験皆無VS上位者ガンギマリの実力エベレスト狩人、これで勝てるのだろうか。
うん、どう考えても無理。なので原作ブラボキャラを助っ人に入れます。

〘リア10爆発46〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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十九夜 謀反

メリークルシミマス。
そして後半部分で何も思いつかないのを盾にして更新を遅らせたのはこのバ狩人です。申し訳ございません。
後今回はダンテス君の人の心が一層無いのとまあまあ雑いです。


 悪魔との契約を交わし、貴方を配下としたゴールドシップは正しく破竹の勢いで侵攻を進めて行き──仮に現状の貴方を負かせられるのがいたのなら、そいつは最低でも上位者狩人並の実力がある事になる。そんな敵を一般人がどう勝てと? ──、その果てにとうとう魔王を打ち倒した。

 魔術師ゴールドシップ改めウマ王となった彼女の隣、煌びやかに黄金装飾の施された椅子に対し、側近の座る物と言うには酷く貧相な木製の椅子に座る貴方。手元には彼女から賜わった宝刀、〘蛍雪〙──全体を白と金に塗られた、鞘付きの太刀──が握られている。

 しかしそうしている貴方の表情には愉快では無く、退屈が現れていた。

 というのも、魔王城で無双をしてから以降、彼女から大人しく待っているようにと言われ、そこから既に数十分は経過していたからだ。

 何度も語られた事ではあるが、貴方は退屈を本当に厭う。その度数も重度レベルであり、太陽の登っている時は勿論の事、沈んでからも学園内での亡霊狩り、放浪、聖杯ダンジョンでの血晶石厳選など、行う事は多岐に渡る。

 そんな貴方が待てと言われて素直に待ち、暇を持て余す事を良しとするだろうか。

 否、当然の事だがする訳が無い。

 今までに持ち掛けた提案──例えば城を古城カインハーストか時計塔の形に改装したり、罠の種類としてギロチンや火矢を追加したりなどだ──を全却下されていたのもあってか、溜まっていたストレスは相当な物であった。

 貴方は滲み出ている不機嫌を隠せずに、彼女に向けて喋りかける。

 

 ……はぁ。生憎だがねゴールドシップ、この狩人はただ椅子に座して待つのを期待したが故に貴公に付いたのでは無く、面白くなりそうだから選んだのだよ。こうやって退屈に待っているのは嫌いなのだがね? 

「まあ少し待ってろって。エルコンとグラスの二人もちゃんとレベリングしてたからさ……まあ、アイツらがいた所に幹部を襲撃させたけど。それに、アタシにもこの城に仕込みを入れたりだとか、決戦の場を整えたりとかでやる事はたんまりとあるんだからよ」

 

 貴方の問いかけにゴールドシップはコンソールから目を反らす事無く答える。

 貴方はそれにカチンと来る物があったのか、怒りを押し出すように言葉を紡ぐ。

 

 ほぉう? それでそのいずれはいつ来るのかね? 十分後? 三十分後か? それともなんだ、一時間後か二時間に来るとでも? その間ただただ座って待てとでも言うのかね? 

 それはそれは、全く巫山戯ている話ではないか。

 生憎、こういう退屈なのは好みで無い。これくらいでそろそろ離れさせて貰おうか。まあ精々どこかで会おう──。

 

 同時に彼女へと着いていく事も見限り、一人でその二人を狩る事を選んだらしい。貴方は席を立とうとし。

 

「おっと、そうはさせねぇぜ!」

 

 彼女が手を突き出すと、生成された八方の魔法陣から青い透明の鎖が貴方の四肢を縛る。

 

 ……一体、何のつもりかね。

「アンタはあの時にアタシの配下になるって誓ったんだ! そこから降りるのは許さねぇ! 自由なんて、渡す訳ねぇだろ!」

 

 フハハハハ! と、彼女は大胆不敵そうに笑う。

 ……俯く貴方の表情は伺えない。

 ただ、少なくとも。

 

 …………そうかい。

 自由など無い、ね。

 ……宜しい。ならば……切り飛ばしてでも奪い取る。

 

 そう呟いていた貴方の内心は、欠片も穏やかで無かったのは確かであった。

 

 貴公。

 

 貴方の発する不気味な様子を察したのか、彼女は笑いを止め静まり返る。

 

 なあ、貴公よ。

 契約のカレル文字の一つも結びやしていないと言うのにこの獣女を操れるとは、何と凄い能力をお持ちのようではないか。

 それに、どうやら自身の腕にも余程の自信があると見える。

 

 褒めているようにも思える言葉に反し、その発する声からは、ああ、余りにも色濃い憎しみが溢れ出ている。

 発する感情に押されて後退りする彼女を気にする事無く、貴方は続きを述べる。

 

 ただね、貴公。

 どちらの方がここの占拠に精力的だったのかね? 

 道中の屑を引き潰し、反抗する獣共を処分し、ふんぞり返っていた大物を狩り……どれもこれも、こちらが悉くを担っていたではないか。

 攻城戦でもう少し目に見える働きを見せてから自由を云々と言って貰いたい物だがね。

 それに、貴公。メンシス学派にも医療教会上層部に属してすらもいないような、挙句二十年程度すらも生きていないような無知蒙昧の人間風情でしかないじゃあないか。

 それ程度の、所詮一生命体に過ぎない存在がだぞ? 

 上位者を、支配する? 

 神に等しい存在を、人間風情の配下にする? 

 人間風情の、仮想でしかない一立場に縛り付ける? 

 クハッ、クハハッ、クハハハハッ……! 

 クハハハハハハハッ! 

 ああ、なんとも酷く笑えた話じゃあないか! なんとなんとも可笑しい話だ! 

「アンタ、一体全体何を言っ──」

 

 刹那。

 刃の風切り音が鳴った。

 そこにあるのは、右手に持たれた〘シモンの弓剣〙と笑顔の失せた貴方、引き千切られた魔法の鎖、後は──

 ──体力の消し飛んだゴールドシップ。

 

 騙すような形になって悪いが、貴公は今この瞬間排除するべき敵となった。

 大丈夫だ、一応は仲間だったよしみ。そう甚振って引き潰しはしない。

 まあ、とどのつまりはだな。

 大人しく死ね。

 

 貴方は直前とは違う、冷めた瞳で彼女を睨みつける。

 

「巫山戯た事、抜かしてんじゃねぇ……そう簡単に降伏してたまるかよ……! 根、じょおぉぉぉっ!」

 ……ふうん、そうか。立ち上がるか。

 

 さっさと楽になれば良かったと思うが。

 貴方はそう思いながら弓剣を持ち替え逆手持ちにし、背を向けて逃げ出すゴールドシップ目掛け、腕をしならせ勢い良く投擲する。

 投げナイフや毒メスにも精通している貴方が当然外す訳も無く。

 

「ぎゃあっ!?」

 

 頭部から弓剣の刃を生やして倒れ込み、断末魔を残し霞となって消えていった。

 

 完全な一発勝負ではあったが、成功したようで何より。

 ……クハハッ、こうとなったのは貴公の言動が悪いのだよ。

 

 貴方は地面に刺さった聖剣を引き抜いて遺志の中へとしまい、ゆったりと玉座の前まで歩いた後に〘教会の石鎚〙を取り出し変形させ、かつての王権を模していた黄金の椅子、辺りに散乱する食料を全て叩き潰し残った木の椅子へと座り込む。

 

 さあて、今からここの主はこちら側になった訳だ。

 なればこちらのやりたい様に、好きな様にやらせてもらおうじゃあないか。

 

 そう独り言を言い、貴方はゴールドシップから奪い取ったゲームの操作実権を用いて設定画面を開く。

 エラー─―削除。

 許可無くの退出──オフ。

 痛覚表現──オン、百パーセント。

 人体欠損──オン。

 流血表現──。

 貴方はそれをオンにしようとした所で、指を滑らせるのを止める。

 今選択した物は一つ目と四つ目を除き、全体に効かせる訳で無く全て貴方へと限定して向けた物。極限までリアリティを求めるが故の行為である。

 とはいえ、ゴールドシップに連なる三人は仮にも一般人。幾ら覚悟して来ているだろうとはいえ、素人に血はキツいだろうと考えたらしい。

 ……あの畜生寄りな性根だった貴方がとうとう人の事を考えて行動するとは、冥利に尽きる。

 まあ、とはいえだ。これは少しばかり無理が過ぎるだろう。

 レベリングをしていたとはいえ戦いは素人なのが三人と、数の利も文字通り叩き潰してきた上位者狩人一人。

 何をしたって後者が勝つに決まっている。

 故にこそ、バランス調整を入れなければならない。

 ただ強いだけでは長期戦でやり口を見定められ、ただ負ける時間が長引くだけ。なればこそ強く、かつ技術も優れ、そして貴方──ダンテスファルサの弱点を突く者。

 ならばそれは、あの狩人しかいないだろう。

 老ゲールマンの弟子であり、落葉を持ち獣を狩った、加速使いの古狩人。

 ──即ち、〘時計塔のマリア〙。

 ただ彼女一人を指している。

 

 

 

 さて、視聴者諸君。唐突な配信で申し訳無い。ただ、ある用があってね……所謂急募という物さ。

 諸君。聞かせてもらおう。

 どのような奴でも良い。狂った性格をした敵を教えて頂きたい。

 例えばそう……戦争か、もしくは殺し合いに悦びを見出すような、性根の狂った役回りのね。

 見返りには、そうだな。

 この後に繰り広げられるであろう、戦いの様子を見せよう。

 彼らの生き様を模して戦い、最後には狂人の悪役らしく散る訳さ。

 確実に面白くなる事、大請け合いだろう? 

 クハハハハッ! 

 

 

 〘◆〙

 

 

 これから一体どうしたモンか。

 アタシ──ゴールドシップは過去に魔法で設定しておいたリスポーン地点でリスポーンし、これから先を思い悩む。

 というのも、アタシの城──厳密には元魔王城だったのを勝手に乗っ取った物だけど──を横からアタシの配下であるダンテスファルサ──攻城中に名前を聞いた──がどうこうと言って強奪したからだ。

 まあ、彼女の言っていた事にも一理はある。

 確かにアタシは少し下がり気味だった──これから戦いに来るエルグラ戦を向かえるので温存する為──し、攻城の殆どをファルサがやってたっていうのは認める。

 でも、アタシが進める前にもう倒してるのがやばいというかなんというか。例え相当レベルを上げてたとしても魔王城であんな蹂躙劇は普通起こらないし……こう、相手の動きが全部見えているかのように最小限の動きで回避する上に持ってる銃で体勢を崩してくる。

 謀反を起こされた時もやたら拘束を解き慣れてるみたいに直ぐに動いて、しかも丁寧に首の部分を狙っていた。

 さながら、いつもやり慣れてるみたく。

 多分あの時、触れちゃいけない琴線に触れたんだろうが……それは後で謝るとして。

 まずは、どうやって攻略すれば良い? 

 アイツのお陰でログアウトも出来ない、そうされた以上は挑んで勝たなければいけないんだろうけど……正直勝てるビジョンが見えない。

 覚えている限りで、剣と刀、爆発するハンマー、ピザカッターっぽい電ノコ、ウォーピック、車輪──最後のは武器かも怪しいが、まあ置いといて。

 とにかく武器はやったらあるからそれ一つごとに対応しなきゃあいけないし、しかもアイツ自身も相当強いし……。

 そうやって考えていた時、ふとインベントリの中に変な鐘と紙があるのに気付く。

 取り出してみれば、それは古いハンドベル。紙は酷く茶色に変色していて、かなり年代が経っている──とはいってもゲーム換算だが──というのがわかる。

 ファンタジックな世界観とは違い、不気味なくらいリアリティのあるそれには、

 

『助けが必要であれば、この〘古狩人呼びの鐘〙を鳴らしたまえ』

 

 と書かれていた。

 つまる所、救援アイテムのような物という事だろうか? 

 …………ま、こんな所で考えていても仕方ないっか。

 どうにかなーれと、アタシは鐘を鳴らす。

 

 カランカラァ──ン

 

  カランカラァ──ン

 

 そんな、不気味だけども綺麗な音色が鳴り響く。

 それが鳴り止み、少しした後。

 

 オオオォォォ──

 

 地の底から何かが這い寄るような、背筋を凍らせるような音が聞こえ、それは現れた。

 目に付いたのは、その身長。

 170cmあるアタシよりも更に大きく、頭一つ分──つまりは25cm──くらいは優にある。

 ファルサの服のような、しかしそれ以上に優美な格好をしていたその女性はこちらに向けて。

 

「こんにちは、君」

 

 そう、頭を下げて挨拶をした。

 

 あ、お……おう。アンタ、なんて言うんだよ。

「私はマリアと言う。まあ、所謂NPC……で、合ってるかな。そういう物で認識すると良い」

 

 ふぅん……まあ良いか、それじゃあよろしくな、と私は言う。

 まあ、兎にも角にもさっさと取り返さないとだ。NPCならある程度は着いていくのに頑張ってくれるだろうし。なんか世界観とは掛け離れているような気もするが、まあこのゲームのNPCである以上はどこかでテレポートとかを使うはず。

 そう考え、アタシは元ウマ王城、元々魔王城目掛け走る体勢を取る。

 

「……所で、君。彼女ら二人とは合流しなくても良いのかな?」

 ん、あー……ま、アイツらなら大丈夫だろ! どうにかなる! 

 

 質問してきた彼女に適当な言葉を返し、城をいち早く取り返す為にアタシは走り出した。




マリア様って、何だ……? 私は雰囲気でマリア様を書いている……。


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二十夜 あるいは、月光の狩人。

あけましておめでとうございます。
ちなみにですが、創作の仕掛け武器の幾つかは私の好きな作品から出しています。


 さて、ゴールドシップとマリア様、グラスワンダーとエルコンドルパサーが合流せずに時計古塔カインハースト──時計塔やら古城カインハーストやら医療棟やらが混じり合った、酷く歪で控えめに言って気持ち悪い設計の何か──を別手に別れて攻略している最中の事。

 時計塔層最上階、他ゲームで当たる所の玉座の間にて、貴方は欠伸をしていた。

 城の改装や獣──即ち敵対モブの設置に武器の選択、後は貴方が何やらどうこう言っていた事の仕込みも済ませているらしく、残るは四人を待つばかり。

 だがしかしだ。あの癇癪持ちで、かつ頭狩人な貴方が大人しく待てるだろうか? 否、絶対に出来る訳が無い。自明の理、火を見るよりも明らかな事である。

 そんな事もあって、貴方は暇潰しにと過去に製造した武器の一つ、〘エクスシア〙を取り出し眺める。

 能天使を意味する単語を名付けられたそれは、全狩り武器の中でも非常に珍しい左手持ちの形相。パイルハンマーのように腕部に装着する形式の武器のエクスシアは、刀身を展開する事で大剣、格納する事で銃として機能する、貴方の大好きな仕掛けがたっぷりと搭載された狩り武器である。

 大きさ故に取り回しが悪い事と銃の精度も威力もまるで役立たずな事が欠点ではあるが、貴方が定期的なストレス発散、もとい血に酔った狩人狩りに一度使って以来、お気に入りの一つとなっている。

 貴方が対勇者三人戦──実際はマリア様含め四人だが──で最初に使う武器で選ばれている辺り、それへの好みようが伺い知れる。

 

 ……おっと、漸く来たか。

 

 と、どうやら一行がエレベーターに乗り込んで来たらしい。エレベーターの稼働音が聞こえた貴方はひそりと中に忍ばせた眼を通し、中の様子を観察した。

 

 …………あ? 

 

 その時、貴方の瞳はある存在を認めた。

 白く血色の残る肌、軽く結われた銀髪の髪、金に煌めく瞳と鋭く優美な目先、仄かにピンクな唇、鋭くしかし整った鼻、左に掛かった、そして常人には有り得ない高身長と胸元に光る翡翠色のエメラルド。

 貴方の瞳が映した物を何度も疑う程に、完璧なる一致。

 三百六十度どこからどの角度でどう見ても、マリア様に酷似した川添麻里では無く、かつての古狩人、〘時計塔のマリア様〙であった。

 

 マ、マリア様ッ!? マリア様ァーッ!? なぜ貴方様がいらっしゃられる!? 

 

 そうと気付いた貴方の取り乱しようは、それはそれはとても面白い、失敬、凄まじい物であり、椅子から転げ落ちては発狂を起こし、また短期間で発狂しかけたのを、鎮静剤を三本も飲む事で抑え、しかしそれでも尚耐えきれず瀉血の槌を腹にぶち込んで漸く冷静さを取り戻したのだから、やはり貴方のマリア様に対するそれは気持ち悪……間違えた、一途であると言えよう。

 

 ああ待て、落ち着け、落ち着いて考えろ。……そもそもとして目標は狂人の役らしく負ける事であり、勝つ事では決して無い。なればよりこちらに好都合では無いか、違うのかね? 

 ああ、元を考えればそうでは無いか。勝つ必要など全く無い。後はただ、教わったように演じれば良い。

 

 どうやらそれで鎮静したらしい貴方は直後、エレベーターの稼働する音が止んだのを聞き、青い秘薬を飲み姿を隠す。

 長大で重々しく見える扉が開かれ、四人が時計塔層最上階に姿を現せば、ヤーナムの影を模した存在が現れた。

 勿論、戦わせる訳では無い。

 貴方を引き立てる為だけの、やられ役に過ぎない存在だ。

 貴方は右手に長剣を手に持ち、ステップを踏み背後を取って両腕を切り落とし、エクスシアの大剣で胴を貫き、残る長剣で首を撥ねる。そこで丁度秘薬の効果が切れ、貴方の姿を見せた。

 貴方にとっての味方すらも即殺するという悪行に一行が絶句する最中──マリア様は別とする──、ゴールドシップが口を開く。

 

「お前、よくも味方の事を、そうあっさりと叩き切れるもんだな!」

 

 ああ、よくやってくれた。その理想的な言葉を待っていたのだよ。

 貴方は彼女を褒めたい気持ちを堪え、散々読んだと見える台詞を紡ぎ始める。

 

 生憎だが、この狩人に味方などいるはずも無い。

 そう、居ないのだよ。味方も……そして、敵もね。

 ……ハハハハハ、クハハハハハ……! 

 

 貴方は不敵そうに笑い、

 

「来る!」

 

 金属の鍔迫り合う音が鳴り響いた。

 先程までの地点には風塵が巻い、相対するは左手にエクスシア、右手に長剣を持ち交差させる貴方、そしてマジックバリアを展開したゴールドシップ。

 

 あぁいしてるのさぁぁ! 君達をねぇぇぇ! ハァーハハハハァッ! 

「そうか、じゃあ、今ここで負けちまえ! それが愛されてるアタシからの望みだよッ! アタシは、裏切ったアンタのを許さねぇっ!」

 

 演劇の舞台は、幕を上げた。

 

 

 〘◇〙

 

 

 時の刻まぬ時計塔。

 そこに、四の人影が舞っていた。

 一人は、貴方。器用に武器を持ち替えながらも、らしくなく大袈裟に、大振りに狩り武器を振るう。

 

「隙を見せたな!」

 

 一人は、ゴールドシップ。目の前の敵がするように魔法製の武器を振るい、隙を見せたように舞った貴方を串刺しにせんと手元を滑らせ聖槍を突き出す。

 

 残念だが見間違いさ! 見間違えた貴公には水銀弾の土産をくれよう! 

 

 外した彼女は聖槍を手元に戻そうと引き戻し、それを見切った貴方は、グラスワンダーの魔法を喰らい指を焼いた左手の代わりにレイテルパラッシュに持ち替え、水銀弾を肩目掛け叩き込む。

 放たれた弾丸に目論見通り体勢を崩され、膝を付かされたゴールドシップを狙い、首を切り飛ばさんと変形後のノコギリ槍を取り出し横に振るい。

 

「そうはさせない」

「すまねぇ、マリア!」

「ゴルシ先輩、回復します!」

「すまん、助かった!」

 

 動けない彼女をカバーするように後ろから走り、襲い掛かる刃を弾く影。

 それは、時計塔のマリア。かつて、心弱きが故に井戸底に捨てた落葉を手に持ち、貴方を討ち取ってみせようと乱舞する。

 銃を撃つよりも弾く方が早いと貴方は判断し、武器を槍から蛍雪に持ち替え迎え撃った。

 一度二度、三度と、密度の多い猛攻を繰り返す落葉を弾く。

 弾き、弾き、流すように弾き合う。その度、落葉の焔、金属の火花が舞い散っていく。

 なるべく、一人ばかりに注目するな。

 自分自身で忠告した貴方は次の一撃を潜り避け、左手を斬る意思を膨れ上がらせ、

 

「見誤ったな」

 

 貴方の右目に短剣の突きが出され、燃え上がった。

 

 ぐ、あぁっ!? 

 

 無意識の油断を晒し激痛で悶えるが、そうしている場合では無いと強引に堪え、蹴りを叩き込み下がらせ、投げナイフを投擲して鎮静剤を摂取しつつ下がり、

 

「『コンドル』──」

 

 左斜め後ろ、上方向……休む暇も無い! 

 そう判断した貴方はエクスシアを取り出し大剣を展開して脚を切り飛ばさんと旋回する。

 が、どうやら相手はそれ以上に一枚上手だったらしい。

 

「──『流星脚』ッ!」

 

 振り下ろされた脚は貴方の頭部では無く凶刃(きょうじん)を狙っており。

 エクスシアの刃が、叩き折られた。

 

 チィッ! 

 

 思わず舌打ちを漏らしながらも、武器を仕掛け傘に切り替え徒手空拳の彼女に鉄板を殴らせ、微かに猛攻の落ちた瞬間傘を畳み上から下へと逆袈裟に払う。

 と、彼女と交代するように、貴方に休息などくれてやらんとばかりにゴールドシップが槍を持ち突撃してくる。

 マリア様と茶髪は殆どが残り、覆面の娘は四分の三、白毛の奴は半分。

 なれば、仕留めるなら、白毛からだ。

 これまでの経験則から数を減らした方が早いと判断し、貴方は蛍雪を手元に走り込んで来る彼女に合わせ、

 

 一つ覚えを!

 

 突きを繰り出す。

 経験則から辿り、的確に神経部を狙ったそれは命中するが、しかし。

 

「肉を斬らせて──」

 

 な、に。

 確かに、腕の神経部分を斬ったはず。

 …………ああいや、違う。

 糞、失策した。

 そういえばそうではないか、今見えるこれは。

 貴方は自身の失策を悟り、彼女はブラフであった聖槍から魔法の長剣へと持ち替え。

 

「骨を、断つッ!」

 

 貴方の右腕は、宙を舞って霞となった。

 

「ジャスト! やっぱりコイツ、やってやがったか!」

 

 そう叫ぶ彼女は、どうやら貴方の戦い振り、肉体に現れる変化から欠損機能を察したらしい。

 握っていた蛍雪は遠くに飛び、今や時計塔の扉の部分、グラスワンダーが控えている所にまで飛んでいった。栗毛の彼女は既にそれを手に取り、いざ近づけば、たとえ力不足であろうと切り伏せてみせると構えを取っている。

 誰も彼もが、貴方を狩る。貴方を倒し、勝ってみせる。

 そんな漆黒の意思を、瞳の中に携えていた。

 

「もう貴方に勝ち目はありません、大人しく降伏して下さい」

 ……クハハ。

 それは無理だな、申し訳無いが。

 

 右腕は飛び、片目は潰れ。

 あばらは砕け、左手も、引き金を引く為の指を消し飛ばしている。

 正に、満身創痍の様相。

 通常の貴方なら、もう諦めていた事だろう。

 この狩りは運が無かった、そう思って。

 だがしかし、今は違う。

 酷い話だが……過去の話に反駁するようだが、勝ってしまいたくなったのだ。あの、諦めてばかりの貴方がだ。

 一人はヒーラー、一人は擬似クリモト、一人は純魔で一人はあのマリア様。

 しかもあれらとは異なる、ヤーナムの影共や失敗作達とは違う、三人とも素人ながら息の合った戦い。

 かつてない程の逆境であり、だがしかしローレンスのような不条理さも、ロマのようなくだらなさも感じない。

 これ程までに楽しい狩りは、久々だったのだ。

 故にこそ、少し欲張りになってしまったのだろう。

 もう演技をするのも良いだろうと、貴方は肩の力を抜く。

 

 やはり……さ。

 

 ポツリ、と貴方は一人ごちる。

 自身がする本来の狩りは、攻撃を待ち、躱し、それに由来するカウンターアタック。

 積極的に前へ攻め込む戦い方はそもそもとして柄では無く、故にこそスタミナの摩耗も激しく、普段は現れない失策の芽が増えるのも当然の摂理。

 そんな内心を、たった一言で締め括る。

 

 やる物でも無いな、性に合わない事は。

 

 そう貴方は言い切った後、左手にとある武器を持つ。

 それは、ぼろ切れを纏った一つの大剣。

 血晶石は三つ全て嵌め込まれているものの、その様相は今までの物とは違い、傷ついた部分の一つも無い。

 

 こんな武器、本来は頼りたくなど無かったのだよ。

 嫌な過去を、重ねてしまう。

 

 ぽつりぽつりと呟き、貴方は聖剣を持ち上げ刀身を見やる。

 本来狩人がやるように撫でる事は叶わず、しかし光が纏われる。

 それは翡翠色の、神秘の光波。

 過去にいた教会の狩人、ルドウイークが秘した輝きの正体。

 導き。

 かつて、翡翠色の光を纏った聖剣と共に、古の狩人ルドウイークが見出したカレル文字。

 虚空の瞬き舞うは光の粒子。かつて彼はそれを小人と見え、導きと名付けた。

 故にこそルドウイークは、心折れなかった。ただ狩りの中でなら。

 それは、今の貴方とて変わりない。

 

 示したまえ、神に立ち向かいし英雄らよ。

 誇り高き気高さを。

 内に秘めし信念を。

 心折れぬ芯の強さを。

 その全てを、証明せよ。

 

 目の前に立つのは今や、〘獣狩りの上位者〙では無い。

 

 導きの月光に……欺瞞の神に、勝ってみせろ!

 

 〘月光の英雄、ダンテスファルサ〙

 

 ──聖剣の遺志を継ぎし、英雄である。




余談ですが、選ばれたのがアイリーンの場合は慈悲の刃、ゲールマンの場合は葬送の刃になっていました。


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二十一夜 あるいは、月光の英雄。

めたくそボロッボロになりながら戦う女子ってなんかキません? 私はとても好きです。
後鎖に縛られて虚ろな目をしたイケメン系女子ってなんかグッとくる物ありませんか? 私はスッッッッッッッッッごく好きです。


 月光の英雄。

 人差しの欠けた左手に聖剣を持ち、右腕は霞となって消え、右眼も失せ、身体も切り傷や打撲跡にまみれた姿。

 常人ならば最早勝ちようの皆無にも見えるその立ち姿とは裏腹に、戦況は全く英雄側へと傾いていた。

 

「『コンドル流星脚』ッ!」

 

 放たれたその直線的な蹴りを、英雄は敢えて前にステップする事で躱し、聖剣を右にやり斬り倒す。

 

「な、当たって──!」

 

 着地の隙を晒したエルコンドルパサーは回避出来ずもろに喰らい、危うく撃墜させられかねない体力にまで削られる。

 

「エル、回復しますよ! ……すいません、これでMPが切れました。もう魔法での回復は見込めません」

「ああ、わかったぜ……チクショウ、なんだよアイツ! あんな、覚醒でもしたように動きやがって!」

 

 ゴールドシップは悔しがりを見せる。

 狩人から英雄への面構えをした時から、ゴールドシップの相打ち覚悟の特攻やマリアの積極的な攻撃で、漸く傷を作れる程度。

 しかし前者のそれも、モンクの彼女が積極的に撹乱、ヒーラーの娘の防衛へ赴いているが為にどうにか与えられていただけであり、仮に彼女が倒されればマリアを除き各個撃破され、残されたマリアも妨害が無いまま狩られるだろう事は明白な事であった。

 

「……あれでもまだ、温い方だ」

「……は? いや、おかしいだろ、あんなのが、温い? そりゃあアイツは今片手だけどよ……」

「それでもさ。彼女は、あの狩人は、武器を振るう腕を右手としている。しかし今は利き手で無い方でそれを振るい、かつ本来は両手持ちであるあの聖剣を強引に左手で振るっている。そうするのに未だ慣れていない、という所だな。しかしそうでありながらあの奮戦。それが意味する事は、わかるね?」

 

 冷静に話すマリアとは対称的に、ゴールドシップは冷や汗を一雫流した。

 マリアが言った事は要するに、目の前に立つ英雄はあの高等技巧ともいえる剣技をしていながら、未だ無茶を筋力で通している状況なのだ。

 事実英雄の太刀筋は、歴戦の狩人にしてはやけに鈍く、おぼつかない。有しているはずの高い技量を活かせていないのである。

 だが、そもそもとして全長を超える光の大剣を、例え右手側であろうとも、例え筋力が極まっていようとも、片手で振るう事自体ですら有り得ない無茶苦茶であるのにも関わらず、そのハンデがある事は彼女らに一抹も感じさせていないのだ。

 もしも目の前の存在が適応してしまったのなら、それはつまり。

 

「立ち止まって考えている暇は、どうやら与えてはくれないらしいな!」

 

 マリアの声がゴールドシップの思案を断つ。前を見やれば、英雄は居合の構えを取っていた。

 腰溜めに構えられた翡翠の刀身は、今まで以上に強く煌めき。

 斬撃が、飛んだ。

 中段、腹の部分目掛け放たれたそれは、広範囲かつ無慈悲な速度。声を掛ける暇も無い。

 マジックバリアは通用しない。小手調べであろう一閃、そう、小手調べ如きにあえなく割られたのだから。

 刹那に判断した彼女は、マリアのようにステップで避けるで無く、咄嗟に伏せて避ける事を選んだ。

 

 なれば。

 

 一言漏らした英雄は、前に進みながらかがみ、回転しながら大剣を繰り煌めかせる。

 次なる光波は足首、下段の位置。狩人なれば必殺、詰みの一撃。通常は放たれる前に弾丸を打ち込むか、あるいはその前に退避する。

 しかし目の前にいる者はウマ娘。決して狩人の常識を知らず、何より英雄より劣れども肉体性能も低くは無い。

 白毛の彼女は防がない。放たれる攻撃全てが防御不可能である故に。

 白毛の彼女は退かない。退けば、相手有利の長期戦と化す故に。

 退けば老いるぞ、臆せば死ぬぞ。

 彼女は、決意を漲らせ。

 

「エルゥ! グラスゥ! 全力でアイツに向かえェ!」

 

 彼女らが頷くと同時に、迫り来る光波を飛び越えた。

 途端、狂風の如く飛び交う光の斬撃。それが意味する物は即ち慣れの兆し。

 煽り文句を叩く暇は勿論ない。真剣な顔つきをして斬撃の隙間を潜り、躱し、時に飛んで避けて行く。マリアのような洗練された物では無いが、しかし直撃を受けずに上手く回避している。

 エルコンドルパサー、グラスワンダーも辿り着き、マリアも合流し、四人の息を合わせた一斉攻撃へと──。

 刹那、放たれる波動。

 三人は波動に吹き飛ばされ転がり、何とか避けたマリアも放たれたそれの勢いに体勢を崩されながら回避する他無く、即時の復帰は見込めない。

 左手のみで大剣を高々と掲げ、虚空から光の粒子を収束し、煌めきを帯びていく様はさながら力を溜めているかのよう。

 

 我が導きの、

 

 聖剣は見る者の目を眩ませる程に、強く翡翠色を輝かせ。

 

 ──月光よ! 

 

 光の、逆流。

 そう錯覚させる程の波動の激流が扇状に展開され、無慈悲に一帯を焼き尽くした。

 最上階はその激流に耐えきれず時計と一部の床以外が崩れ落ち、外が見えている有様。外は青ざめた血を彷彿させる空色をし、赤い月光りが差している。

 その光に晒され倒れ込んでいた四人。直に、霞となるだろう。

 

 ……良い、狩りであった。

 

 手向けのように呟いた英雄はそれらに背を向け。

 

「……まだ、私は戦える……!」

 

 ……否、否。

 まだ立ち上がる者が、たった一人いた。

 マリア。不退転の魂を、狩人の誇りを抱え、尚もこの化け物に勝とうとしていた。

 手から無くした落葉の代わりに偶然手元にあった蛍雪を掴み、よろめきながら立ち上がる様は不格好であり、英雄を前に大立ち回りをしていた一人とは思えない。

 しかし、それでも、貴方を見据える瞳には。

 『精神一到何事か成らざらん』。

 そう、決意を語っていた。

 なれば応えんと、貴方は月光を引き戻し聖剣を腰に据え、居合の体勢に入る。相手も発火ヤスリを摩擦し燃え上がらせた後に同様の構えを取り、さながら居合の試合。

 瞬間、動き。

 

「私は、狩る。何としてでも、何があろうと、君を狩る!」

 

 その言葉に瞳を見開き。

 互いの加速の業が。

 互いの刃の輝きが。

 大刀に燃ゆる炎が。

 聖剣に灯る月光が。

 刀身の風切り音が。

 一瞬にして、交差した。

 

 

 

 ぴしり、と。

 持っていた蛍雪の刃が零れる。

 しかし、それだけであり。

 対称に、月光の聖剣はその身に纏った光を失い、主である英雄はその剣を零し、膝を付いていた。

 手加減をした訳ではない。確かに全力で迎え撃った。

 ……ただ、英雄は。

 目の前の英雄は。

 貴方という、狩人は。

 

 結局、屑な狩人は、屑な狩人のまま、か。

 

 今のマリア──意志を継承した、一人の勇者とは違う。

 

 英雄のようには、成れず終い、だったよ。

 

 ただ強いだけの、独りよがりで、そして紛い物の英雄(魔王)であった。

 

 

 

 YOU HUNTED SMUG HERO.

 

 〘◆〙

 

 

 崩れ落ちた天井から見える空は青く、太陽光の差す時計塔。

 マリアはそこに、ただ一人立っていた。

 

 

 

 この狩りは、半ば賭けのような物であった。

 一つ。彼女が最初から本気で狩りに来るかどうか。

 彼女は千景か仕込み杖か、あるいはそうで無くとも、手に持った武器一筋に戦えば、今以上に強い。少なくとも後半に入る時点で二人は狩れていた。

 しかし、魅せるというのもあったが、それ以上に普段は武器を必要以上に切り替える悪癖があった。それはある意味、油断を晒している証でもあった訳だ。

 一つ。追い込まれてから貧者結晶の千景を持ち出さない事。

 前述されている様に、本来の扱う武器は技量か血質のどちらかを要求される武器。それを高水準で備えた武器──即ちは千景。彼女は何十年と暇だったのを活かし、無論宇宙悪夢的な入手難度を誇る貧者結晶を三つも嵌め込んだ刀を持っているのだ。

 元々接近戦を得意としている彼女がそれを持てば、どうなるのかは考える余地も無い。

 その為、月光の聖剣を持ち出された事は大ダメージであった。だが最悪の事態では無かったのだ。

 一つ。最後に、不意打ちをしなかった事。

 狩人は、隙があれば攻撃を加える存在。狩るべき獣は勿論の事、大物、狩人、そしてそれらが礼儀正しく待っていようと。

 西部ガンマンの様な勝負に付き合う義理も人情も無いにも関わらず、彼女はわざわざ引き受けたのだ。律儀に立ち上がるのを待ち、ヤスリの発火を待ち、構えを取るのも待ち。

 彼女は狩人の癖に甘く、何処までも甘い性格であった。

 

 

 

 

 良かった……勝つ事が出来て。

 マリアはふぅと息を吐き、下を見やる。と、ふと瞳にある物が入る。

 それは星見盤。かつての時計塔での戦いで得た戦利品であり、古臭さはそのまま、丁寧に手入れが施されている事が伺える。

 時計塔へと掲げれば、止まっていた時計の針は動き出して観測者に秘密を漏らし、彼女──尾耳の狩人の秘する何かが見えるだろう。

 彼女の近況からするに、恐らくは別の時計塔か狩人の夢か、あるいは、彼女の現状か。

 ……しかし。

 

 彼女は……尾耳の狩人は、大丈夫か? 

 ……まあ、過去の時よりは特段に。

 そう、か。なら、良かった。

 

 そう聞いたなり、マリアは掲げようともしなかった。

 そのまま壊れる寸前の木椅子に座り。

 

 ……秘密は、甘いものだ。何度も何度も、ずっと味わいたくなる程に。

 だからこそ、誰であろうとも見てはならないのさ。

 例えそれが……私だったとしてもね。

 

 ポツリ呟いて、ただ目を閉じた。

 それきり、開く事は無かった。

 

 

 〘◆〙

 

 

 さて、大騒動を引き起こした元凶の一人、もとい脳髄筋肉バ狩人の方に戻る。

 良い幕切れであったなとやったら満足げな様子で配信を切り、オンにしていた機能を全てオフにして現実側に戻る。

 と、正座して大人しく怒られているゴールドシップが見えた。

 説教をしているのは生徒会の挨拶で見た事があるウマ娘。黒髪の尖った耳が印象的な彼女はエアグルーヴ。耳はしっかりと後ろに絞られており、彼女の内心を事細かく表している。

 と、貴方の方にも視線が向けられる。どうやら貴方にも言いたい事があるらしく、その表情から見るに十中八九良い側であるとは受け取れない。

 ……これは……怒られる方だな。

 貴方はそう判断し、一度正座の体勢を取る。

 

 まあ、まずは話を聞いて頂きたい。

「言い訳は聞いてやろう。それで、何だ」

 

 怒気の籠った声に怯む事無く、至って平常な面構えで貴方は言い訳を並べ立てる。

 

 まずこちらは本来普通にやるつもりだったのだよ。そこは留意してもらいたい。それがこのゴールド何とかというウマ娘がだな──。

「な、お前ェ!」

 だが事実だろうよ。……という訳で、まあ……後は任せたぞゴールドシップ! 

 

 ゴールドシップを鮮やかに売って貴方は逃げ出した。流石上位者狩人。やる事に人の心を一抹も感じられない。

 尚全く罪逃れ出来た訳でも無いので、

 

「おい待てダンテスファルサぁ! 貴様も同罪だぁぁぁっ!」

 クハハハハハッ! 止まれと言われて止まる悪役がいるのかね、えぇ!? 

 

 当然ながら凄まじい形相のエアグルーヴに追い掛けられるが、煽り倒しながら全力逃げ。

 ……まあ、後でたっぷりとツケを払う事になるので……まあ、良しとしよう。今はバ狩人らしく脳筋しているのを見ていよう。

 

 

 

 

 この後ゼンノロブロイに見つかった。捕まった。本気で怒られた。

 

 癪に障る事を言われたので衝動的にやってしまった。それと同時に面白そうだからこんな事をやった。今はその事を猛烈に反省している。だからその怒りを鎮めて欲しい、頼む。

 

 帽子を取って五体投地で謝っていた貴方は、そう供述している。




〘Othuyeg〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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二十二夜 弥生賞前夜

 時は進み、同時にバレンタインデーという名の行事は無事無かった事にされ──期待した所であの頭狩人な貴方が手作りチョコレートを作れるのかと是非とも問いただしたい所だ。こちら側の考えではまず無理な話であると思われる。貴方の脳筋具合的にも生まれた家柄的にも──、三月の幾日。

 この頃のウマ娘、特にクラシック登録を行ったウマ娘はやたらヒリついた状態になっている事が多い。

 理由は一つ。クラシック三冠路線なら皐月賞、日本ダービー、菊花賞。ティアラ三冠路線なら桜花賞、日本オークス、秋華賞。

 即ち、人生でたった一度のみ走る事の出来る、G1レースの中でも特別とされるレースが立て続けに並ぶからである。そこで、ただ一つの栄冠を被る事を目標とするウマ娘も果てしなく多い。

 一つだけの栄冠を求めるが為に努力を重ね、しかし報われるとは限らない。周りも同等か、あるいはそれを上回る努力をしているのだから。

 だから、より努力をしなければならない。だが、どこまでなのか分からない。

 そうであるが故に情緒が不安定化し、落ち着きが無くなるのだ。

 それはアグネスタキオンもマンハッタンカフェも、そして一応のライバルであるローズフルヴァースとても例外では無い。

 さて、そんな頃の貴方の様子は……まあ、その……まあ、それはそれは至っていつも通りの真顔である。不機嫌な様子も何か苛立っている様子も皆無。ただただ本当に基本浮かべている、チベットスナギツネでも思わせるような真顔。ここまで来るとある意味安定と信頼のノーマルフェイスと言っても差し支え無い。

 皐月賞のトライアルレースとなる弥生賞を目前にしても尚、何にも変わらない面を全面に押し出して、トレーニングにいつも通り専念していた。

 

「ねぇダンテス」

 

 夕時。

 貴方がトレーニングを終え、良く濡れたタオルで首筋を冷やしていた時の事。

 呑気に辺りを右往左往していると、ふと貴方のトレーナーである川添から話し掛けられた。

 

「次のレースがクラシック級での初めてのレースになるけど、どうかな、自信は」

 ……自信、ねえ。

 

 問われた貴方は、そうさね、と考え込み左手を顎にやる。

 

 

 

 自信。またの呼び方を自負。

 貴方がヤーナムを周回していく内に喪った力の、その一つである。

 貴方のいたヤーナムにはかつて、嫌になる程数多くの獣がいた。

 それらは一部を除いて狩る事が容易い一方、一度の試みだけでは狩る事の難しい大物もいた。

 例えば聖職者の獣。例えば教区長エミーリア。例えば黒獣パール。例えば獣血の主。例えば恐ろしい獣。

 大物とは、ただ巨大な獣だけでは無い。自身の教えに囚われた男、狩人の罪の守り人、誰からも忘れ去られた異常者、夢からの解放を願う原初の狩人──そして、悍ましい上位者達。

 それらは、有り得ない程に強かった。何度も、何度も、何度も死んだ。指では数えられない程に、数える事すら億劫になる程、貴方の瞳の光が失せる程何度も死んだ。

 最初の頃は、本当に何度も。

 今回も勝てると考える。潰れて死ぬ。

 腕前はあると自分自身を鼓舞する。地面に叩きつけられて死ぬ。

 やっている行いは正しいと思い込む。拳を叩きつけられて死ぬ。

 勝ってやると気合いを入れる。噛み砕かれて死ぬ。

 悔しさでヤケになって挑む。出だしの油断を狩られて死ぬ。

 なるべく死なないように立ち回る。勿論死ぬ。

 死んで、もう一度挑んで、そして死んで、死んで死んで、また死んで。

 その度に悔しがって、苦しく思って、怒って、自信を持つのが辛くなって、それでもと言い続けて、それでもまた延々と死に続けて。

 ──バカバカしい。

 貴方はいつからか、そう思うようになった。

 どうあがけども、運が悪ければ、実力が無ければ、才能が無ければ遅かれ早かれ等しく死ぬ。

 そんな有様で、感情を発してどんな価値がある? 悔しく感じて何になる? 怒りを募らせた所で何になる? 不得手に悲しんで何になる? 

 つまりは時間の無駄ではないか。しかも体力まで使う。ただ疲れるだけで、利益の一つも何も無い。

 それならばもう、無闇に感情を発するなんてくだらない行為は、一度で勝つなんてくだらない思想は……棄てた方が余程マシだ。

 貴方は、自信を持つ事を諦めた。

 そうなってからは確かに、苦しみも怒りも悔しさも悲しみも、感じる事は無くなった。その代わり、激しい喜びも無くなった。

 狩り終えた後に残ったのは「漸く終わった」という仮初の安堵、それと「一体何をやっているのだろうか」という虚無感。

 言葉の意味だけは知っていても、最早実感は出来ようも無い。棄ててしまった物は、戻りやしない。

 自身の能力も、正しさも、考えも、そして価値も。

 そして今は自分そのものすらも、少したりとも信じてやる事が出来なくなった。

 

 

 

 ……ちっ。嫌な事を思い出した。

 渋さに歪む顔を心に押し込め冷静を演出しながら貴方は。

 

 まあ、端的に言うと、あまり無いな。

 

 と、適当に返答する。

 

「えーと……それはやっぱり、トレーニングが足りないとかって思ってるから、とか?」

 否、そんな事は無い……いいや、有り得ない事だな。トレーニングの云々には疎いが、しかし恐らくはこれくらいが、丁度良い塩梅、という物なのだろうよ。

 自分を信じられないのはこちらの悪癖。特段、貴公が自身の不手際だろうかと案ずる必要は全く無い。

 

 負けに次ぐ負け。

 散々に折られ、今は完全に萎え落ちた自信を回顧しつつ、彼女の不安を解消させるように話す。

 ……嫌な物だ。

 本当に本当に、忌々しい過去め。今も尚、まとわりついてくるか。

 さっさと失せろ、鬱陶しい。

 かつての貴方を、内心酷く侮蔑しながら。

 

 

 〘◇〙

 

 

 弥生賞前日。

 明日に全力を引き出せるようにと休暇を言い渡された貴方は、ある時の休日に買った『若きウェルテルの悩み』へと読み耽っていた。

 だが表情を伺うに、あまり作品を好いているようには見えない。珍しく眉間に皺を寄せていたのがその証左とも言えよう。

 そのもの自体は悪くないだろうが……どうも気に食わなくて仕方がない。余り好みで無かったな。今度は幾許か吟味をしてから選ぶ事にしておこう。

 こう思いながらもしかし読み終わり、本を閉じて本棚に入れんと席を立ち上がり。

 と、丁度良く扉の開く音。扉の方に顔を向ければ、そこには貴方の友人的存在、アグネスタキオンが立っていた。

 

「やあ、邪魔するよ」

 おお、アグネスタキオンか。生憎と今は紅茶を用意していないが、席ならある。座ってくれ。

「いや、良いよ。今日はここに長くいるつもりは無いからね」

 ……そうか。

 

 そう返された貴方は譲った手前先程まで座っていた木椅子に座り直す訳にも行かず、本に手を抱え立った状態で話す体勢を取る。

 

 所で、今回はまた治験なのかね? 今回ばかりは受ける訳にもいかないのだが。

「まさか! 私にも弥生賞の前日に投薬治験をしない良心はあるよ。そんな君こそ今日は製造とやらをやっていないようだけど、どうしたんだい?」

 ああ、今日はなるべく身体を酷使すべきでは無いと言われたのでね。製造にも体力を使う。故に触れるべきでないと思ったのだよ。

 

 最初こそお互い取り留めの無い会話を交わし。

 

「──所で君、緊張しているかい?」

 

 本題へ入るや否や、彼女は流石にわかるだろう? という目で訴えかける。

 

 ……何にだのと無粋な事は言わんよ。弥生賞の事であろう? 

 

 この案件においては感情の機敏に疎い貴方とて流石に伝わる。気付いた貴方は微かに頷き、蝦塚が過去にやったように咳払いをしてから自論の封を切る。

 

 まあ、な。今更気を張っていた所で何が出来るのかとは思うがね。

 それに、G2のレースとはいえ弥生賞はただの弥生賞に過ぎんよ。唐突に別の何かへと変化する訳でも無かろう? なればあれこれと思索するのは、余計な行為と言う物さね。

 考えるのは結果だけで良い。そしてその結果も、無闇に考えぬ事が良い。どんな詭弁を立てたにしろ、ただ結果のみが真実なのだからな。

 少なくとも、こちらはそう思っている。

 

 暇潰しという言葉を隠しつつ滔々と語る貴方に対し、彼女はやや釈然としない表情。

 面白くない話をしてしまったと貴方は反省する。

 

 ……ふむ。すまないな、つまらない話をしてしまって。

「いや、君の考えをつまらないとは考えていないよ。ウマ娘にしては少々……変わった考え方をしていると思っただけさ」

 

【どうしてそう考えるの? 変だと思わないの?】

【同じレースって一度しか無いのに、おかしくない?】

【そんなの悲しいよ。楽しい過程があってこその良い結果じゃない?】

 

 ──ああ、五月蝿い、喧しい、疎ましい! 永く生きていない人間風情に一体自分の何が分かる!

 ふと思い出され、内心思わず罵倒する。

 至極当然の話であろう。

 これまでの生き様も、生きてきた年数も違う。彼女たちはまだ十二年、長い者でも十八年と少し程度なのに対し、貴方の方は二世紀と何十何年。文字通りの意味で桁数が違う。

 故に、そもそもの時点で見方が違うのだ。

 彼女たちにとってのレースは『短い競技者人生の中で、二度は巡って来ない、掛け替えの無い大切な戦い』だが、貴方にとっては『長ったらしい人生の内、暇潰しに行っている事の、やり直しがある程度効く戦い』である。

 同条件では無いが、同じ相手と戦える。即ち、『やり直しが効く』。何度かやれば、いつかは必ず勝てる。いつかは、必ず。

 そして彼女たちの思想は、貴方が歯に衣着せずストレートに言わせるのであれば「実力の伴っていない決意で、つまりは下らない戯言」に過ぎない。そしてそれを、貴方は心底酷く嫌っていた。

 今までの経験で武装し、培った理性で覆い隠し、人の有する耐え忍ぶ力で押さえつけていた、貴方に眠る本心を──燻る獣としての本性を、無意識の闘争心の吐露をどこか見透かされているように感じるが為に。

 

「だが、ダンテス君……いや、敢えて言い直そうか」

 

 そんな事など欠片も知らない彼女は決意するように一度瞼を下ろし。

 

「ファルサ」

 

 開いたそこには、野心と闘争心が──今の貴方には持ち得ない本能的な感情が、強く煌びやかに映っていた。

 

「君には、負けない」

 ……クハハッ。それはそれは、良い話という物だな。良い狩りになるのを期待しておこう。

 

 それに貴方は、極めて理知的に──今まで以上に狩人的な一礼を以て返答した。



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二十三夜 弥生賞

私にお話があります。いいですか?
どうか、落ち着いて。
……私が四週間掛けて書いている間に、ジャングルポケットとヒシミラクル、ネオユニヴァースが実装されました。


 三月上旬。

 弥生賞。

 春の中山レース場、芝、右回りの2000メートルで行われるそれは、クラシック級三冠レースの最初に位置付けられたG1レース、『皐月賞』へのトライアルレースだ。

 故にか、今レースの天候は曇天でありながらG1レース相当に観衆がレース場へと押し掛けていた。

 バ場の方は不良状態。一般のウマ娘にはやや難しい状態だが、貴方にとっては比較的有利。

 今回貴方の枠番は8枠8番。

 一見大外のようには見えないが、実の所今回のゲート入り人数はたったの8人。

 現在全勝中のアグネスタキオン、好ましくない体調ながらも勝ち進んでいるマンハッタンカフェ、レースゴリラの貴方と競りながら朝日杯以降勝ち鞍も増やしつつあるローズフルヴァース、そして……少し待ってほしい……ああ、あった。貴方の事について書かれている掲示板から引用すると〘鬼畜葦毛〙、または〘FOE娘〙こと貴方とくれば回避されるのも全く疑問にすら思わない──寧ろ四人も出走してもらっただけ相当な温情ではあるのだが、その代償として枠番の抽選で大外になったようだ。

 だが総じて、貴方に良い風向きと言えよう。

 そんなレースを迎えた今の貴方は…………まあ、その。

 この言いよどみから察せられる通り、いつも通りのチベスナフェイス。緊張や不安などほんの微塵も表れていない。

 身体慣らしに「9」から始まるいつものダンジョンで三デブもしばき倒し──ついでに高品質の血晶石も手に入れ気分は上々。レースへの意気込みも万全といった所。

 ……三デブ、もとい〘残忍な守り人〙と〘守り人の長〙は仮にも聖杯ダンジョンの大物である。そうにも関わらずこんな雑な対応をさせられた彼らは少し程度なら泣いても良い。

 それはそれとしてマラソン対象からは逃れられないが。余りにも楽に処理しやすいというのがいけないのだ。

 さて、前置きもここまでにしておこう。

 数ヶ月振りにゼッケンを装着し、やはり慣れないなと思いながら軽く跳躍の運動をしていると、こんこんと扉のノック音が鳴る。

 貴方はそれに返答を返さず、しかし意図を理解したように彼女は入る。

 今日の彼女は珍しく自信の様相を押し出しており、眉の傾きからも瞳の輝きからも良く伝わる。

 ……尚これは簡単に分かるものでは無くたかだか数mm程度、瞳に関しては言われてみれば確かに、というレベルであり、見出したそれらは全て貴方が一瞬で発見した物である。

 貴方は今日も一個人に対してのみ気持ち悪い。

 

「今日は弥生賞、G2レースだってね! これは月並みな言い方だけど、頑張らなくっちゃだね!」

 ああ、そうだな。……所で貴公、今日は随分と気丈な様子と見えるが、どうかしたのかね? 

「んー……そう聞かれる最近だと自信みたいのが着いてきたからかな! それも全部ダンテスのお陰だよ!」

 ふむ、そうか。

 

 興奮が隠せないでいる彼女とは対照的に、貴方の態度は冷静沈着。武者震いも見えず、仮にも血に酔っていながらどこか冷めているようにも見える。

 

 それでは、ターフに行ってくるとしよう。

「あ、ちょっと待って!」

 

 要件は済んだだろうと考えた貴方はドアノブに手を掛けるが、彼女は声を掛け貴方を引き止める。

 

「確か……なんだっけか?」

 

 彼女は記憶から掘り起こそうと瞼を降ろし。

 コンマ数秒後、その瞳が再び貴方を捉え。

 

 ──貴方に血の加護がありますように。

 

 目を見開き、貴方は驚きの顔を見せる。

 本当に調べるとまでは思っていなかったのだ。

 

「どういう理由があってかは分からないけど……これが貴方にとっての頑張れ! って意味でしょ?」

 ……ああ、まあ、そうだな。ああ……そうだった。

 では、レースに行ってくるとしよう。適当に期待でもしていてくれ。

 

 貴方は部屋を出、レース場へと足を向ける。

 ……クククッ、今回はどのような狩りになるのだろうか。今から楽しみだ。

 繰り広げられるだろうこれからの展開を想像し、貴方は愉快げに一つ喉を鳴らした。

 

 

 

 負ける事は既に想定している。

 何十何百もの敗北パターンを、件のVRシミュレーターで何度も味わってきたからだ。

 自身が勝つ事は……まだ想定していない。シミュレートの内で、たったの一度も一着をもぎ取っていないからだ。

 故にか。

 まあ、負けた所で仕方がない。

 無意識に貴方は、そう考えてしまっていた。

 ……つくづく貴方は、本当に最低なウマ娘だ。

 

 

 〘◇〙

 

 

《さあファンファーレが鳴り響きました弥生賞。皐月賞へのトライアルレースとなりますこのレース、一体どのウマ娘がこのレースの栄冠を勝ち取るのでしょうか》

 

 曇天の空に実況の声が響き渡る。観客も待ちわびたとばかりに歓声を上げ、レースの熱気は未だ盛り上がりの天井を付いていない。

 

《三番人気に控えるは3枠3番のローズフルヴァース。私イチオシのウマ娘ですね。粘り強い逃げを活かして是非ともこのレースを制してほしい所です》

 

 三番人気に入るは貴方のライバル──未だ一方的な関係だが──、ローズフルヴァース。今回こそ打ち倒さんと気合いは十分。

 

《今回は一番人気を譲りまして二番人気、8枠8番ダンテスファルサ。ですが実力は一番人気に一切引けを取りません。今回も神速の追い上げで一着を取れるかどうか、楽しみです》

 

 今回の貴方は全レースを通して初めての二番人気。

 無論ながら貴方が勝ち取ってきた結果は変わらず、ファンが減ったという訳でも無い。貴方のその走りは、確かに脳を焼かれた者が数多くいるのだから。

 では何故か。

 

《これまで全戦全勝、G1レースも一勝をもぎ取っています、1枠1番アグネスタキオン。今回も一勝を重ね、皐月賞へと歩みを進めるのでしょうか》

 

 アグネスタキオン。

 実況の言葉通り、現在ジュニア級のG1『ホープフルステークス』含め二戦二勝を納めている彼女。出走数こそ少なかれ、結果はそうそうたる物。

 彼女こそがこのレースを制するだろうと、そう予測されていたからだ。

 とはいえ、隔絶した差は無い。

 この世界にもあるボートレースのオッズで例えるならば、彼女が1.1倍であれば貴方の方は1.2倍……否、よもすれば同率の1.1倍であるかもしれない。つまりはあって無いようなレベルの僅差なのだ。

 

《各ウマ娘のゲートイン完了、出走の準備が整いました》

 

 アグネスタキオンがホープフルステークスを勝って以降、レースをこよなく愛する者達の間では議論が続いていた。

 2000mでレースをすれば、一体どちらが勝つのか、と。

 ダンテスファルサとアグネスタキオン、その双方はともに記者が注目する程の実力を有している。

 当然の事であろう。どちらもG1レースを制し、そのどちらも心揺るがせ、感動させる代物なのだから。

 なれば、加熱していくのも仕方の無い事。

 

《いよいよスタートです》

 

 片や悪夢じみた加速に常勝の断絶を見出し、片や定石の走りに悪夢崩壊の可能性を見出し。

 立ち並ぶ者は総員前を見据え。

 

 ──カチリ。

 

 そして、レースの火蓋は切られた。

 

《弥生賞、スタートしました》

 

 G2と言えど皐月賞へのトライアルレースであるが故か。あるいはジュニア級の蠱毒を生き残った魑魅魍魎ばかりが蔓延るクラシック級に突入した為か。先頭を取るスタートダッシュは他と横並びになった形に終わる。

 しかしながら貴方が相手へと土俵を譲る理由も無い。スタミナを削り先頭を掴み、わざとらしく速度を落とした後に後方へ下がる。今回は逃げの潰し合いを期待した戦法と見える。

 今回は逃げが二人、先行が六人、差しが一人に追込が一人──即ち貴方の自由な状態。この様にフリーであったのは恐らくデビュー戦以来だろう。

 当然の事だが、ここにおける貴方はかつて接された様に侮られる所か、一層警戒されている存在。これまでに散々異次元の追込でレースを荒らしてきたが為だ。

 だがしかし、自身の勝利を捨ててでも妨害をする気は無いらしい。あるいは彼女達の勝利への執念が、そのつまらない発想を捨てさせたか。

 ともかく。

 執拗いブロックも無く、またブロック避けのステップで貴重なスタミナを摩耗させる必要も無く。

 久しぶりに何のストレスを受けず自由に走れている貴方は、珍しく笑みを漏らしターフを駆けていた。当たり前のように狩人のそれである。

 まあ、ここ最近は気の緩みが由来の怪我で強制的に休まされたり、天候の不良が原因で強制的にプールにぶち込まれたりなどで必要以上に不快感を感じていたので、まあ仕方ないと言えば仕方ないとは言える。

 さておき、場面は第一コーナーへと移り変わる。友人の二人を含む他ウマ娘は足取りが重くなる内側を避け外を回るが、貴方は構わず泥沼へと突っ込む。

 ぬかるんだ地面には慣れている。

 禁域の森や沼地のある聖杯ダンジョンなどを攻略してきた歴戦狩人としての強みが発揮された形であろう。

 だが。

 

《おっとダンテスファルサに次いでローズフルヴァースが内側へと入り込んだ! 二人ともスタミナが持つのでしょうか!》

 

 貴方はほうと感嘆を漏らし、彼女の走る方面に視線を向ける。

 ローズフルヴァース。

 対抗心を燃やし、幾度と無く貴方のトレーニングに良く関わっていた彼女。

 日頃から普通以上の鍛錬を積み重ね、それのみにならず自主的に鍛錬へと取り組んでおり、外に日が出ていようと、雲が掛かっていようと、それこそ本来走るべきで無い日──雨天の日であろうとも、ただ愚直に、ただ一心不乱に続けている姿はあの貴方ですらも認めている。

 だがしかし、認めてはいながらもある一種の狩人としての傲慢も残っていたのであろう。

 まだ狩人と対等に渡り合えるには程遠いだろう、と。

 しかし、現実はそうでは無かった。迷う事無く貴方同様にぬかるみへと突っ込み、その上脚に秘めるポテンシャルを落とす事無く走っている。

 貴方とてほんの少しも警戒していなかった訳では無い。こんな奴如きなら、あるいはこれ程度ならと油断してはガバを晒して幾度となく挽きたてホヤホヤの挽きザクロにされてきたのが貴方というナマモノである。だからか、今走っている多数へと気は張っていた。特に彼女はより一層。

 それでもそう易々と泥沼へとは脚を入れないであろうと無意識に思い込んでいたのだ。故にこそ不意を突かれ、改めて貴方は再認識した。

 彼女はやはり、狂人狩人(こちら側)への素質を有する人物であると。

 

《さあウマ娘達は第二コーナーを超えて向こう正面へと入ります。全体を見ると縦長に開いていますが、どうでしょうか》

《そうですね、現在先頭を走るローズフルヴァースですが、落ち着いて走れているように見えます。この調子で走れば一着も有り得るでしょう》

 

 展開は進み、向こう正面へと。

 貴方の関心は既に移ろい、彼女から貴方自身の走りへと変わっていた。

 トレーナーからの指導を通して荒々しさが消え、歩幅、回転数、体重移動、それら全てにおいて洗練されきった走り。古くからの観戦者が見れば、それはさながらジュニア級のシンボリルドルフに近しいと──渇きや飢えなどの獣性の片鱗は全く感じられず、ただ人が人であれる証の一つ、理性だけが伺える走りと見えよう。

 しかし故にこそウマ娘からしてみれば不自然であり、異質で、そして異端。

 元来ウマ娘は闘争本能を有し、それが所以で誰かと競り勝つ事を求める。それは無論走りにも大なり小なり現れたりする事が多数だ。その表れを渇きとも言い、あるいは飢えとも、本能由来の獣性とも。

 しかし今のターフを駆けていく貴方は違う。まるでそれら一切を捨ておいたように機械的であり、例えるなれば全くが教科書通りの走法。最初のG1レースのような強引さは見て取れない。

 ──見た感じはつまらなくないしハラハラもする。とても強いのは見てもわかるんだけど、それでも見てて楽しいとは感じない。

 テレビで貴方の走りを見たとあるウマ娘が、長考の末に発した感想である。

 ……ある種、貴方の本質を突いた言葉だろう。

 

《さあ弥生賞も終盤へ近付いて来ました! 中山の直線は短いぞ、後ろのウマ娘達は間に合うのか!》

 

 場面は移り変わり、第3コーナーを抜け最終局面。

 前で走るウマ娘らが全力疾走の体勢を取り、加速していく。貴方も同時にトップギアへ──。

 その突如、何かが見える。

 散りばめられた数式を掻い潜り、海を割り進むガレオン船。

 これは経験している。アグネスタキオンであると分かるが、しかしそれ一つでは無い。

 額縁の浮かぶ夜空。煌びやかに輝く光。切り絵を彷彿とさせる、黒髪の少女を型どった『お友達』。

 現状彼女を認識しているのはたったの二人のみ。貴方ともう一人──マンハッタンカフェ。

 ……彼女もか。手のかかる。

 瞬時に判断した貴方はトップギアのまま加速の業を巡らせ、同時にステップを駆使し前へ前へと進み行く。

 は、は、と息を吐いて一人また一人と躱し抜き、弥生賞に挑んだ者達を後ろへと置いて走り去る。だがしかし、あの時のように加速する事は無い。力が湧き上がる様子も無い。脚も酷く重ければ、肺も強く軋む。あの時とは違うと、走っている環境が全く異なるのだと確信させられる。

 前方へと瞳を向ければ、そこにはタキオンが先行していく姿が見える。先頭を明け渡したローズフルヴァースは既に体力切れを起こし、根性のみで走っている状態。

 聴覚に意識をすれば、横から聞こえる足音が──カフェの足音が鼓膜に伝わり、いつ抜かれたとておかしくない。

 既に過ぎたハロン棒はゴール板まで100メートルを示してあり、先頭は目測にして5バ身。

 これは、難しいか。

 …………貴方は最優秀を諦め。

 ──だが、最良は目指す。

 そう決断し。

 瞬間、再び脚を加速させ始めた。

 より速く。より強く。より最適に。より的確に。

 それは、元来適正が長距離向けの彼女を置き去りにするには十二分。頭一つ分抜き出した。

 その加速を保ったままに業を解き放ち。

 しかし、目の前を走るウマ娘──レースの勝者には届かない。

 

 ……まだ、遠いか。

 

 ぽつり呟いた心残りの一つすら無い感想をその場に、二着を冠したままゴールの前を通り過ぎた。

 

 

 〘◇〙

 

 

 貴方は緩やかに速度を落とし、そのまま立ち止まる。

 辺りはこのレースの勝者を賛美する言葉で満ち溢れ、しかし幾つかは走った全員の健闘を称える言葉が入り交じっている。

 ……まあ、仕方なかったな。

 元より、想定はしていた。あれだけ負けていれば、こうなるのも当然の事。

 だが……それでもだ。恐らく次は勝てるだろう。

 例え次もまた負けようとも、その次には、そしてその次には。

 ……否。

 彼女がまだ走る限り、勝てる可能性はあるのだから。

 貴方は密かに思い、ターフを背に待機室へと戻っていった。




〘リア10爆発46〙さん、誤字報告ありがとうございます。


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