秘密結社のバイトの日常 (ライ麦小麦)
しおりを挟む

0.
総帥は威厳を取り戻したい




秘密結社…組織内での活動を外部の人間へ秘匿する会などを指す。


秘匿をするが故に活動内容は周りへ簡単に言えるものではない。
16歳になったばかりの学生である 上山(かみやま) (うみ) はとある事で秘密結社のバイトとして雇われることになった。

その秘密結社の名は " holoX "
宇宙からきた総帥を筆頭に5人から成り立っている組織である。


そんな彼らが掲げる目標は…


"世界征服"であった。




 

机の上で課題をやっている僕に対して秘密結社holoxの総帥 "ラプラス・ダークネス" が話しかけてきた。

 

 

「吾輩、威厳を取り戻したい」

 

「…急にどうしたんですか」

 

 

突然の事に戸惑いながらも動かしていた手を止め、僕は言葉を返した。

 

 

「最近の吾輩、皆んなから子供みたいに思われてる気がするんだよね」

 

「気のせいじゃないと思います」

 

「…そこは否定しろよ。敬え吾輩を」

 

「いやだって…」

 

 

総帥の容姿は身長が140cm程で頭に角の様な物が生えており、側から見れば子供だと言われてもおかしくない。

 

 

「小さくて何が悪いんだよ!コンパクトで良いだろ!」

 

「いや別に悪くはないですよ。多分子供と思われている要因は見た目だけではないですし」

 

 

キョトンとした総帥が何かに気付いたのか

 

 

「お前今吾輩の事馬鹿にしたよな?中身か?中身の事を言ってるんだよな!吾輩だって立派なレディーだぞ!」

 

 

僕に対し怒りを見せてきた。

 

 

「わははは!」

 

「笑うところじゃないだろ!!!」

 

 

笑い返しながらそう言いと僕のシャツの襟を掴み、ぐわんぐわんっと揺らしてきた。

 

 

「結局は子供って言われたくないってことですか」

 

 

頭は以前揺らされているが間髪なく聞くと総帥の揺らしていた手が止まる。

 

 

「間接的にはそういうことなのかな?」

 

「相手が思っている印象を変えるなんてそんな簡単な事じゃないですよ?ほら。ファーストインプレッションが大事ってよく言うじゃないですか」

 

「いったい吾輩のどこが子供っぽいんだ?」

 

「クッキー食べます?」

 

 

そう言いながら僕が持ってきたクッキーを出す。

 

 

「吾輩が物で釣られると思うなよ」

 

 

クッキーを取ろうとしながら言ってるという言動の矛盾…先程の言葉の信憑性が全くもって感じられない。

 

 

「手は洗ったんですか」

 

「あ、忘れてた。洗ってくる〜」

 

 

っと言いながらトテトテと洗面台の方へ歩いて行った。きっとこういう所なのだろう。1人で勝手に納得しながら僕は机の上の課題を鞄へしまい、二つのコップに水を入れ総帥が戻ってくるのを待った。

数分後、小さな小瓶を持った総帥が姿を現す。

 

 

「おいバイト!面白いものを見つけてきたぞ!」

 

 

元気な声で近づいてくる総帥の手には “成長した姿になれる薬” と書かれた瓶を握っていた。 なんて都合の良い薬だ。

 

 

「いったい何処で見つけてきたんですか?」

 

「博士の部屋」

 

「早急に元の場所へ戻してください」

 

 

あの人(博士)の薬なんて嫌な思い出しかない。

前なんて博士特製の薬を飲んだ日には体が虫の姿になったり、発光したりと良いイメージが微塵もない。虫の姿になった時、総帥に潰されそうになったのは軽くトラウマなのは秘密だ。

 

 

「おかしいと思いません?あの博士がこんな都合の良い薬を置いとくと思います?」

 

「そうか?」

 

「思い出してくださいよ。博士の薬は毎度何かしら起こしてるじゃないですか」

 

「…確かに…そう言われてみれば…この薬怪しくなってきた…」

 

 

薬の色は透明で一見無害そうではあるが見た目で騙されてはいけない。総帥は持っていた小瓶を机の上へ置き、クッキーを食べ始めた。

 

 

「そんで、バイトは吾輩の事どう思ってるんだ?」

 

「…別に子供だとは思ってないですよ」

 

「やっぱりそうだよな!!あいつらが勝手に思ってるだけだよな!」

 

「周りのメンバー全員が子供だと思ってるかは知りませんけど、少なくとも1、2人ぐらいは思ってますよ」

 

「吾輩、そんなに貫禄がないか?」

 

 

しょんぼりとする総帥へ僕からのアドバイスを与えた。

 

 

「口調を大人っぽくしてみるのはどうですか?」

 

「私はラプラス・ダークネスでございます」

 

「今10歳ぐらい上がりましたよ!」

 

「さっきの吾輩何歳ぐらいだった?」

 

「16歳ぐらい?」

 

「やっぱり子供だと思ってるんじゃねぇーか!てかさっきの一人お前のことかよ!」

 

 

再度、襟を掴まれ揺らされる。

 

 

「じゃあ、"おっ!こいつ大人の魅力あるな!"みたいなカッコいい喋り方とかないんですか?」

 

「喋り方じゃないが掛け声的なのはあるぞ」

 

「掛け声?どんなのですか?」

 

 

一拍置いてキメ顔をしながら総帥はこう言う。

 

 

 

 

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

 

言ってやったぞ言わんばかりにドヤ顔を見せる総帥。

 

 

「人生の中で初めて総帥を感じられました」

 

「お前なんかキモいぞ?」

 

「キモいとは心外な!でも的は当たってるんじゃないですか?」

 

 

それと同時に疑問に思ったことを口にだす。

 

 

「そういえばここにあった小さい冷蔵庫知りません?前にアイス入れてたんで食べたいんですけど…」

 

「あー、あの冷蔵庫ならもう売っちゃったぞ?」

 

 

何故にと疑問を持ったがすぐさま回答が返ってきた。

 

 

「実は…深刻な話なんだけど、今日holoxは財政難に陥っているんだよ」

 

「多分前からですね」

 

 

僕もクッキーを齧りながら反応する。

 

 

「いや今ほんとにやばいんだよ。吾輩たち今の食事はもやし炒めとかだぞ?」

 

「あれ?前は普通にお肉とか食べてたじゃないですか」

 

「いやね?この前の "餃子を生物にしたら強いんじゃね?" っていう会議開いただろ?」

 

「なんすかそのふざけた会議」

 

 

総帥の話を聞いたがそんな会議、僕の記憶に無い。そもそも有ってほしくない。

 

 

「あ〜そういえばバイトは不在だったな、家の用事がなんかで」

 

 

明らかに時間の無駄と分かる会議に参加しなくて良かったと心の底から思った。

 

 

「そんでさ博士に頼んで食べ物を生物に変える薬を作ってもらったんだよ」

 

「えっ?そんなの作れるの?」

 

「吾輩たちは2個の餃子にその薬を投薬し、自由奔放な餃子の完成ってわけだ」

 

 

自由奔放な餃子という意味の分からないワードの完成した瞬間だった。

 

 

「問題はここからだった」

 

「いや今の時点で十分問題ですよ?」

 

「餃子たちは反抗期を迎えてしまったのか家を飛び出してしまったんだ」

 

「餃子の反抗期?」

 

 

段々とワードが混沌としてきてもう意味が分からない。

 

 

「その後、餃子たちは町中の窓ガラスを壊してまわったんだ」

 

「へぇ窓ガラスをって……いや何してんの⁉︎」

 

 

餃子たちは窓にいったい何の恨みを持っていたんだ。

 

 

「吾輩たちはなんとか餃子たちを捕まえる事が出来たんだが…後から来た窓ガラスの請求が…」

 

「…話の最初から最後までさっぱり分からなかったです」

 

「因みに捕まえた餃子はあそこにいるぞ」

 

 

と総帥が指差した方向に小さな檻に閉じ込められた2個の餃子の姿があった。

 

 

「因みに名前は右がハネツキで左がスイギョウザだ」

 

 

僕はあえて何も言わなかった。

というか空いた口が閉じず何も言えなかった。

 

 

「…餃子の暴走で財政難って…これからどうするんですか?ぶっちゃけ威厳取り戻すとか言ってる場合じゃないですよ」

 

「一応メンバーにいろいろと稼ぎ口を見つけてもらってるからある程度したら軌道は戻ると思うけどな」

 

「早く戻してもらわないと困るんですよ。僕の給料いつになったら払ってくれるんですか」

 

「ほんとすんません…。もうちょっと待ってくれませんか?」

 

 

2ヶ月ほどの給料がまだ支給されていない現状への謝罪を僕は受け取ることにした。

 

 

「今の状況から金を取ろうなんて事はしないですよ。それより僕のアイスはいずこへ?」

 

「…」

 

「あれ手に入れるの大変だったんですよ。食欲を原動力に朝から並んで買ったやつなんで」

 

 

限定販売されていた絶品で噂の商品。

苦労したという話はまた語るとして僕は目を逸らしながらポリッとクッキーを齧る総帥へ目線を向ける。

 

 

「…まさか食べました?」

 

「っ!!」

 

 

総帥は食べていた物が喉に詰まったのかゴホゴホと咳をした。

 

 

「ゴホッ!…ちょっ!み、みず!水!」

 

 

あたふたと総帥は机の上に置いてあった物を手に取った。

 

 

「あっ総帥!それ水じゃ…」

 

 

総帥が手にしていたのは先程の怪しげな薬。

僕が言った時には既に飲み込んでしまっていた。

 

 

「あっやべ」

 

「ちょっと!ぺっ!ぺってしなさい!」

 

「お前は吾輩のおかんか。というかもう飲んじゃったし……」

 

「大丈夫ですか?何か体が虫になったりとか…」

 

「いや別に何ともないが…」

 

その瞬間、「うっ…」と唸り声を出しながら総帥は床へ倒れ込んでしまう。異常事態な事は明白。素早く駆け寄り「総帥!」と呼びかけながら近づいたがそこには総帥の姿はなく散乱した総帥の服だけが置かれていた。

 

 

「総帥?」

 

 

どこいった?

僕の頭の中は先程の餃子の話で埋まっており、更なる情報が押し寄せてくる感覚に動揺していた。その時右足からモゾモゾと違和感を感じた僕は右下の方へ目線が行く。

 

僕は目に入ってきた光景に驚きを隠せなかった。

 

 

「わがはい!らぷらすだーくねすだ!」

 

「総帥⁉︎」

 

 

今、情報過多により頭がボーンっと爆発した。

そこには服の中から顔を出し、小さくなった姿の総帥がいる。

 

 

「わがはい、おなかしゅいた」

 

「幼くなっちゃってる!」

 

 

絶対わざと成長する薬とか書いて置いといただろあの研究者。今の体では大きすぎる服を引きずりながら総帥はある場所へと歩き出した。目線の先にあったのは囚われの餃子。瞬間、総帥のハイハイのスピードが上がる。

 

 

「ちょっと!待ってください!」

 

 

なんやねんあの速さ。なんでハイハイであんなスピードを出せるんだよ。気づいた時には総帥は既に檻から餃子を取り出し手に持っていた。『キィーーー』と餃子の鳴き声が聞こえる。その鳴き声やめてくれ。

 

 

「いただきましゅ」

 

 

食材に感謝を込めそれを口の中へ運んだ。

 

 

『キィイーーッ』   

 

 

奇声と共に餃子が食べられる音が部屋に響く。

 

 

「ハネツキ!夢に出るってこんなの!」

 

 

目の前で友人が食われてるみたいな臨場感。多分これ数日間は夢に出る。しかし総帥の暴走はそれで終わりではない。別の部屋へ移動した総帥はクローゼットから身の丈に合わない服を周りへ撒き散らした。

 

「あ!ダメです服を散らかしちゃ!」

 

「わがはい、オシャレになりたい!」

 


 

「ちょっと!博士の部屋で暴れないでください!危ないですから!」

 

「うおお!わくわくしゅるよなバイト!」

 


 

「かたなだぁ」

 

「なんで持ち上げれるんですか?重さとか約1kgですよ?」

 


 

「なんだ?えほん?このひとたちはだかだぞ?」

 

「それは総帥には早すぎます!」

 

「これなんてよむんだ?」

 

「ちょっと!広げないで!」

 


 

 

 

数時間後、暴れ疲れたのか総帥は僕の腕の中で眠りについていた。時計を見れば針は7時を指しており、気づけば外は暗くなっている。

 

 

「わがはいわ…そうすいだぁ…」

 

 

寝言を言いながら気持ちよさそうに寝てる総帥を見ながら、ようやく休めると思うと急な倦怠感が押し寄せてきた。「…疲れたぁ」と勝手に口が動く。総帥を片手で抱き抱えながら、ぐちゃぐちゃになった服などを直していた。

 

今はこんな姿ではあるがこんな僕を雇ってくれた恩はある。

それに他のメンバーからの信頼は厚く、何気に頼りになることも多い。僕自身、総帥の事は尊敬してるし力になりたいとは思っているが…こんなおもりをしている姿を他のメンバーには見せたくないと切実に思う。

 

しかしそんな願いも叶わず

 

 

「…海くん…何、してるの?」

 

 

背後から聞こえた声と共に僕の鼓動が上がるのが分かった。

ギコギコとなりそうなほどぎこちなく首を後ろへ向ける。

 

 

「は、博士…」

 

 

総帥をこの姿へ変えた原因である博士がドアの前に立っていた。

 

 

「ねぇ海くん…その子供…」

 

 

ぷるぷると震える指で総帥を指差す。

 

 

「いったい誰との子なの⁉︎」

 

「いやこれは違くて!」

 

 

焦りからきたのか声が勝手に出た。

 

 

 

 

 

「 は、博士の子供です!!

 

 

 

「ふぇっ⁉︎」

 

 

博士は持っていた荷物を地面に落とした。

瞬間、腕から先程とは違う重さを感じる。

 

 

「…お前なんで吾輩を抱き抱えているんだ?」

 

 

自分の腕へ目線をやると元の姿になった総帥の姿があった。

 

 

「総帥⁉︎」

 

「え⁉︎ラプちゃん?ラプちゃんが僕の子供⁉︎」

 

「違う!さっきのは言葉の綾で!」

 

「誰が子供だ!」

 

「総帥は話がややこしくなるからもう喋らないで!」

 

「じゃあ海君がパパ⁉︎」

 

 

よく分からない考察を言い出す博士。

 

 

「薬でああなったんだからパパもママもあんただろ!」

 

「おい!博士!吾輩のドコが子供なんだよ!」

 

「こら!ママに向かってそんな言葉遣い駄目でしょ!こよのことは"こよりママ"とお呼び!」

 

「博士たち話が噛み合ってないんだよ!」

 

 

 

「「パパは黙ってて!!」」

 

 

 

息ぴったりに噛み合う2人の言葉。

 

 

「なんでそこだけ噛み合うの⁉︎」

 

 

狼狽えながらも何度思ったか覚えていない言葉が僕の口から出てくる。

 

 

 

もうやだ!ここのバイト!

 

 




こんな感じの小説を書いていこうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マヨラーのサガ

 

 

「何やってるんですか…」

 

 

いつもの様にholoxのアジトへ来ていた僕の目の前に縄によって椅子に縛られた総帥とコヨーテの耳と尻尾を持つ、holoxの頭脳 “博衣(はくい) こより” がスプーンを持つ姿があった。

 

 

「ラプちゃん!あ〜ん」

 

「おいしいよー」

 

「あっ!海君!こんこよ〜」

 

 

僕の声を聞き気が付いたのかスプーンを持つ手で手を振ってきた。

 

 

「こんこよー…じゃなくて!なんで総帥縛ってるんですか⁉︎今結構凄い光景ですよ!」

 

「こよはラプちゃんに“これ”の美味しさを教えてるだけだよ!」

 

 

そう言うと卵黄、油、酢などを原料とする半固形状のソース───世ではマヨネーズと呼ばれる代物を見せてきた。

 

 

「マヨネーズ?もしかしてさっきスプーンで食べさせていたのって…」

 

「マヨだよ」

 

「博士、ソースって知ってます?」

 

「知ってるに決まってるでしょ!」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

 

見つめ合う僕と博士。

 

 

「博士。マヨネーズって僕の中ではソースなはずなんですけど…」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

 

なんだこの気まずい空気。

 

 

「マヨはソースじゃないよ!ラプちゃん!マヨネーズは?」

 

「飲み物です」

 

「よくできました!はい!あ〜ん」

 

「おいひぃいー」

 

 

目の焦点が合っていない総帥をみて事の重大さに気がつく。

僕がおかしいのかと思い、自分の携帯でマヨネーズと調べてみたが僕の知識は間違えていなかった。

 

 

「おいしいー」

 

「マヨネーズを飲むって何ですか」

 

「そのままの意味だけど?」

 

「ぅおいしいー」

 

「ほら見てくださいよ!博士が洗脳まがいな事してるから、総帥がおいしいーbotみたいになってるじゃないですか!」

 

「洗脳なんてしてないよ!」

 

 

会話の節々に歪んだ笑顔の状態で「おいしいー」と言い続ける総帥…なんかのホラー映画のワンシーンと言っても差し支えなかった。

 

 

「そもそもなんで総帥にマヨネーズを食べさせてるんですか?」

 

「それはラプちゃんがマヨネーズの美味しい食べ方を聞いてきたから…」

 

「椅子に縛っているのは?」

 

「逃げようとしたから…」

 

「マヨネーズをそのまま飲ませようとしてきたらそりゃ誰だって逃げますよ!なんかのb級ホラー映画ですか⁉︎」

 

「おいしいー」

 

 

僕は総帥をこのままにするのは流石に可哀想だと思い、身動きを自由にさせる為縄を解きながら疑問に思ったことを問い出す。

 

 

「こんな時に役立つ薬とかないんですか?明らか精神の状態がおかしくなってると思うんですよ」

 

「こよを便利な何かだと勘違いしてない?でもその要望なら叶えられるよ!」

 

「ほんとなんでも出来るなこの人」

 

 

そういうと共に白衣の中から青色の液体が入った試験管を何処かで聞いたことある効果音が鳴りそうな勢いで出す。

 

 

「じゃじゃーん!洗脳状態なおせーる薬ぃ!」

 

「毎回思うんですけどいつも都合の良い薬を持ち歩いていますよね」

 

「ふふん!こよはholoxの頭脳だからね!」

 

「…博士は総帥がこうなることを予測してたんですね」

 

「ヒュー…」

 

 

うまく鳴らせていない口笛から図星なんだろうと理解する。僕は博士からなおせーるお薬を受け取り総帥へ飲ませた。すると博士の口から「思い出した!」と発せられる。

 

 

「新薬の研究が後少しで終わるんだよ」

 

「最近研究室に篭っていたのはそれが理由ですか?」

 

 

僕の問いに頷く博士。

よく見れば博士の目の下にクマの様なもの。以前から忙しいイメージがあったがholoxが財政難になってから更に多忙になった気がする。博士の努力や頑張りから学ぶ事は山ほどあるが、頑張り過ぎて体調を崩してしまうのではないかとヒヤヒヤする事も多々あった。

 

 

「偶にはゆっくり寝てくださいね」

 

 

僕はそう労いの言葉をかける。

 

 

「確かに最近はしっかりと寝れてないなぁ」

 

「寝不足は体に悪いですよ」

 

「分かってはいるけど自分がやりたい事だから…それに気力なら誰にも負けない自信があるからね!」

 

「確かに博士には敵いませんわ」

 

「何?珍しく心配してくれたの?」

 

 

毎回心配しているつもりだったが僕の思いが届いていなかったらしい。

 

 

「そんな心配をしてくれる様な海君には特別なものを上げよう!」

 

「特別な物?」

 

「ほれ口をお開け」

 

 

持っていたのはマヨネーズだった。

 

 

「僕の優しさにマヨネーズをぶっかけないでもらえます⁉︎」

 

「大丈夫!これはラプちゃんにあげた物とは違うサブマヨだから!」

 

 

何が大丈夫なのか分からないしマヨネーズにサブがある事に驚きを隠せない。不気味に思えるニッコニコな表情をしながら歩み寄る博士を見て僕は後ずさる。

 

 

「こよは優しいからね!今回は直接いってみよう!」

 

ちょ、直接⁉︎博士!優しさのベクトルを変えてよ!お願いだから!」

 

 

部屋の広さには限界がある。

いつしか背中が壁に付く事は容易に予想出来るが早くもその時が来るとは思いもしなかった。

 

 

「さぁ!もう逃げられないね!」

 

 

瞬間、博士は僕の口にマヨネーズを向けマヨネーズを持っている方の手に力を入れる。しかし出てきたのはマヨネーズではなくプスっという弱々しく空気が出る音だった。

 

 

「ありゃ?きれちゃってる…」

 

 

幸運にもサブマヨの方は空だったようだ。

 

 

「博士って頭は良いですけど偶に抜けてますよね」

 

「こよがバカって言いたいの⁉︎」

 

 

そんなこと一言も言ってない。

 

 

「うーん、これ以外のサブマヨは持ってきてないからなぁ…残念だけど今日は新しい世界を見せれないね」

 

 

後少しで新たな世界を見るところだったようだ。

 

 

「この世界にまだやる事が沢山あるので見るのはだいぶ先で大丈夫です」

 

 

横を見ると先ほどの薬が効いたのか総帥がむくりと起き上がってきた。

 

 

「あれ?吾輩何をしてたっけ?」

 

 

どうやらマヨネーズを飲まされていた記憶は無い様子…起き上がる総帥を見て疑問に思った事を博士に聞いてみた。

 

 

「不思議に思ったんですけど、博士はどんな方法を使って総帥にマヨネーズをもったんですか」

 

 

あの総帥を縛り上げるのは容易なものではない。逃げ足は早いし捕まえるだけでも高難度である。

 

 

「方法?そんなの簡単だよ」

 

 

そう言うと博士は総帥の方へ歩み寄り、こちらには聞こえない声のボリュームで総帥の耳にボソボソと何かを囁いた。

 

 

「…」

 

きゃああああ!

 

 

総帥の叫び声が部屋中に響いた。博士いわく、総帥は耳が弱いらしく、特にasmr的なモノは必中らしい。つまりは弱点を利用しての捕獲方法を用いたのか。

博士は倒れ込んだ総帥を縄で縛り担ぎ上げる。

 

 

「それじゃこよは実験の続きをしないとだから!あっ!ラプちゃんは借りてくよ」

 

「あっご自由に」

 

「おいこら助けろよバイト!」

 

「すみません自分の身が最優先なので」

 

「お前絶対許さないからな!」

 

 

捨て台詞を言いながら総帥は博士に部屋へ連れられ、静まり返った部屋で僕は帰ることを決めた。

 

 


 

 

うっすらと意識のある感覚に陥っている僕はこれが夢だと判断する。明晰夢ってやつなのかな?

 

周りを見渡せば一面真っ白の部屋だった。

家具などの装飾品はいっさいなく、逆にこの部屋の不気味さをより引き立てている。僕が呆然と立っていると肩を誰かに叩かれ、後ろを振り返ると見知った顔の人が立っていた。

 

 

「総帥?」

 

 

ぽつんと立っている総帥へ声をかけたが反応が返ってこない。僕は総帥へ近づき、肩を触ろうとした瞬間、総帥の体が溶け始めた。

 

 

───溶けはじめた⁉︎

 

 

どろっと溶ける見た目に既視感を感じる。マヨネーズやこれ。

 

 

「バイトぉ…お前もトロッとしよう…」

 

「うわっ!何だこれ!」

 

 

とろっとなんてしたくない。

夢とは分かっていても動揺はする。瞬間、肩にべちょりと何かが当たる感覚があった。

 

 

「ひっ!」

 

 

情けない声を出しながら後ろを向くと

 

 

「うみくん…」

 

「博士⁉︎」

 

 

そこには博士の声をもつ何かがいった。

 

 

「新しい世界を見せてあげるって言ったでしょ…」

 

「マヨネーズを愛し過ぎたあまり体が変形した悲しきモンスターになってるよ!博士!」

 

「さぁ…」

 

 

博士だったものが僕に覆いかぶさろうとする。

 

 

「ちょっと!まって!」

 

 

 


 

 

 

 

おうわああぉあ!

 

 

 

けたたましくなる時計のアラームとともに僕は目を覚ました。安心からか自分が汗をかいてることに気がつき不快感が僕を襲う。

時計の針を見ながら

 

 

「…新手のマヨラーに襲われたって言うか?」

 

 

学校への言い訳を考えるのであった。

 

 

 




マヨネーズはうまい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

holoXの汚部屋事情

 

 

某日、壁に画鋲で貼られている紙を見て大きな溜息を吐く。

 

このholoxにとある怪物が二人居る。

名前をここでは総帥とシャチにしよう。

長い人生の中で人から手を借りることは何度かあるだろう。その多くは自分の力だけではどうしようも出来ない状態の時である。

その状態を創り出した原因は物理的に不可能な事だったからか、はたまた苦手な事だからか。

後者の場合、まだ一人で改善出来る可能性があるが前者に関してはどうする事も出来ない。

 

怪物という単語であやふやにしていたが、ここで言う怪物は()()()()()。因みに前者がシャチで後者が総帥だ。

 

溜息の原因である紙には「掃除お願いします」と可愛らしシャチとクロワッサンのイラストが書かれていた。簡単に言えば怪物から地獄への招待状ということであり、正直言って行きたくない。そもそも誰が好き好んで地獄へ行くんだ。

 

しかしここで行かなければ後々「ぽえぽえ〜」だの「かつもく〜」だの文句を言われるのもめんどくさい。

 

そう思っていると肩を叩かれる。

僕が後ろを振り返ると例のシャチが立っていた。

 

 

「丁度良いところいた!」

 

()()()さん…」

 

 

holox掃除屋のインターン、シャチの ” 沙花叉(さかまた) クロヱ “。本人はシャチだと言っているが見た目は人間の女の子と同じ姿である。雰囲気と反して根は真面目で意外としっかりした性格であり、音楽を聴くことが趣味らしい。

沙花叉さんから仕事内容を詳しくは聞いたことないが普通の掃除とは違うと言っていた。

 

 

「何か用ですか?夜ご飯はまだですよ」

 

「今はそれどころじゃないよ!」

 

 

っと慌てる沙花叉さんを見て何かあるのだと気づく。

 

 

「大事なものがみつからないんだよ!」

 

「大事なもの?」

 

「こんぐらいの大きさの箱なんだけど…」

 

 

手で大きさを表すようにジェスチャーをする。サイズは小学校の時に使ったお道具箱のような大きさだった。

 

 

「もしかして部屋を掃除してほしい理由って…」

 

「そう!探し物を見つける為!」

 

「断ります」

 

「おい!おい!なんでだよ!」

 

「あんなゴミの海から物を見つけるなんて無理でしょ!大航海始まっちゃいますって!」

 

 

前に一度だけ沙花叉さんの部屋掃除をやった事があるがもう二度とやりたくないと思うほどの破壊力を持っている。

 

 

「なっ!女の子の部屋をゴミの海とかいうなよ!可哀想だろ!オブラートに包め!オブラートに!」

 

「…ゴミ箱?」

 

「もっと酷い!」

 

「あれはもはや才能の域ですよ」

 

「だから掃除してほしいんだよぉ!」

 

「無理ですよ!勘弁して下さい!」

 

 

ギャーっと叫びながら逃がすまいと僕の服を掴む手を必死に解こうとしたがびくともしなかった。すると沙花叉さんが泣き出す。

 

 

「お願ぃいい!沙花叉をみすてないでえええ!良い子にするからあぁ!」

 

「ちょっと!泣かないで下さいよ!僕はサンタクロースじゃないんですよ⁉︎」

 

 

すると横の部屋からひょっこりと博士が顔を出した。

 

 

「あっ!海君が女の子を泣かせてる!」

 

 

この人、毎回タイミングが悪い時に現れるな。

 

 

「博士!助けて下さい!沙花叉さんが部屋を掃除してほしいって…あっ!逃げやがった!」

 

 

掃除というワードを言った途端、出していた顔がヒュッと部屋へ戻ってしまった。目線を沙花叉さんへ変えるとまだ泣いている。

 

 

「分かりましたから!探し物見つける手伝いしますから!泣かないでください」

 

「ぽぇ〜〜…」

 

 

僕は近くにあったティッシュを沙花叉さんへ渡し涙を拭かせた。

 

 

「流石にずっとは探せないので2時間だけは手伝ってあげます」

 

「…うんっ」

 

 

ズビッと一枚のティッシュで鼻をかませる。

 

 

「取り敢えず、部屋へ向かいましょう」

 

 

そうして僕と沙花叉さんの大航海が始まった。

 

 


 

 

「えっぐ…」

 

 

開口一番

僕の口から沙花叉さんの部屋を見て今にも孵化しそうな勢いで出てきた言葉である。辺り一面、紙や缶、袋に詰められた物たちが散乱し床が見えない状態だった。

 

よく見ると不自然に開いたスペースが目に入り沙花叉さんの軌跡であろうと理解する。僕は先駆者の道を辿る事によりベッドのところまで着くことが出来た。

 

 

「確かこの辺りのはずなんだけど…」

 

 

ガサゴソと辺りを散策する沙花叉さん。

 

 

「…僕はどの辺りを探せば良いんですか?」

 

「じゃあ沙花叉は右側の方を探すから海くんは反対側をお願い」

 

「分かりました。大きさの他に特徴ってありますか?」

 

「えーっと…色が黒色かな。」

 

 

僕はゴミを退かしながらお目当ての物を探す。しかし見つかるのは食べ終わった空の弁当…何かよく分からない箱など多種多様なゴミばかりだった。

 

 

「汚過ぎません?」

 

「ドストレートに言わないでよ!臭いって言われた沙花叉の心の傷にジャリジャリって塩を塗らないで!」

 

「臭い?そんなこと言われたんですか?」

 

「あれっ?沙花叉臭くない?」

 

「いや僕、花粉症で鼻詰まってるんで匂いとか今はよく分からないです」

 

 

臭いなんてそうそう言われない気がする。

 

 

「臭いって言われる理由で心当たりとかありますか?」

 

「───…あー」

 

 

っと何かに気が付いたかのように声を出す。

 

 

オフロハイッテナイ…

 

「えっ?」

 

「お風呂入ってない…です」

 

「あーーー…えっ?どのくらいですか?」

 

「最後に入ったのが5日前…」

 

「いやいやいや!お風呂ぐらい入って下さいよ!多分部屋掃除よりも難易度低いですよ!」

 

やあだ!めんどくさい!

 

 

ぷくーっと頬を膨らませながらそういう沙花叉さん。

 

 

「めんどくさいじゃないでしょ!お部屋汚いとお風呂入らないダブルパンチで印象がノックダウンだわ!」

 

「うるさい!沙花叉は先輩だぞ!敬えよぉ!」

 

 

今度メンバーで無理矢理にでもお風呂に入らせた方が良いかもしれない。関わりはそれなりにあったがお風呂に入ってないのは気がつかなかったが僕が駄目なのか?

 

 

「そ、それより探し物は見つかったの?」

 

 

話を逸らされた。

 

 

「…見つかってないです」

 

「ここら辺に置いといてたんだけどなぁ」

 

「そんなに大事な物なんですか?」

 

 

沙花叉さんの必死さから探し物の重要性が垣間見える。その後も手当たり次第探したてみたが一向に見つからず、探し始めてから1時間半経過していた。見つからないと半ば諦めていた頃、僕の足にコツンと何かが当たる感覚…下を除くと探し物らしき箱が目に入る。

 

 

「もしかしてこれじゃないですか?」

 

 

僕はその箱を持ち上げ、沙花叉さんの方へ見せた。

 

 

「うん!ソレっ!ソレだよ!ありがとう!」

 

 

僕は箱を沙花叉さんへ渡す。沙花叉さんは喜びながら受け取る。

 

 

「そういえばその箱の中身っていったい何なんですか」

 

「ぽぇ?」

 

「ぽえじゃなくて」

 

「ぽえぽえ〜ぽえ〜」

 

 

急に言語能力が落ちた沙花叉さんはぽえ〜と叫びながらその箱を持ち部屋から逃げ出した。そんなに僕に見られたくなかったのかと思うと少しばかり心が傷ついた。沙花叉さんを追いかけるように部屋を出ると偶然もう1人の怪物に出会う。

 

 

「「あっ」」

 

 

お互いの存在を気付き声を出した瞬間、僕は総帥が居る方向とは逆の方へ走り出したが、腕を掴まれてしまった。

 

 

「おい待てや!なんで逃げようとするんだよ!」

 

「1日に二つの汚い部屋は体が持ちません!今HP残り1で魔王に挑むみたいなモンですよ!」

 

「新人の部屋よりかはましな方だろ!てか汚いゆーな!吾輩泣くぞ!」

 

「比べてる者のレベルの差が酷いんですよ!離してください!」

 

「ご飯まだぁ?」

 

 

総帥と小競り合いをしていると言語力を戻した沙花叉さんが現れたが手にはあの箱は持っていなかった。

 

 

「ラプラスと海くんは何をしているの?」

 

「バイトに吾輩の掃除を手伝わせようとしているだけだ!」

 

「えー!駄目だよ!海くんはこれから沙花叉の部屋を掃除するって言ってくれたんだから!」

 

「えっ?言ってない!そんなこと言ってない!」

 

 

何故か記憶が改ざんされている沙花叉さんが目の前にいた。あの一瞬で何があったんだ。

 

 

「吾輩だって約束してるもん!」

 

「総帥は見栄張らなくて良いですから!」

 

 

すると総帥から引っ張られている腕と逆の方を沙花叉さんが引っ張る。

 

 

「やあだ!やだやだ!沙花叉の部屋の方が汚いんだから優先度はこっちの方が高いでしょ!」

 

「それ自分で言います?」

 

 

僕の前で怪獣バトルが繰り広げられていた。

引き裂かれそうな自分の体を労わる。

 

 

「あの、僕を引っ張る意味ってあるんですか?」

 

「無いけど、離したら負けな気がするから離さない!」

 

「おいおいおい新人!引く力落ちてるんじゃないか?離したって良いんだぞ!」

 

ぜっっっったい離さない!

 

「これなんの勝負をしてるんですか?って痛い!痛い!痛い!」

 

 

お互い負けまいと引く力が増す。

このままでは体がどうにかなってしまうと思った矢先、隣の部屋から「ご飯できたよ〜」と声が聞こえてきた。瞬間、2人の引っ張る力が弱まる。

 

 

「「うわーーい!」」

 

 

2人は喜びながら隣の部屋へ小走りで向かった。

 

 

「…嵐の様に去っていった…」

 

 

疲れからか自分のお腹から空いていると分かる音が出る。僕も隣の部屋へ行くと既に他のメンバーが座っており机の上には6人分のお皿が並べられていた。空いている席に座りメンバー全員で食材に携わってくれた方々へ向け言葉を出す。

 

 

 

「いただきます」

 

 

 


 

 

「そう言えば結局あの箱の中身って何だったんですか?」

 

 

皿の上の料理を食べている手を止め沙花叉さんへ質問した。

その質問に総帥が割って入る。

 

 

「箱?何の話をしてるんだ?」

 

「いや、沙花叉さんの大事な物らしくて…」

 

「あーー…それってこんぐらいの大きさか?」

 

 

なにやら覚えがある様子の総帥が沙花叉さんと同じようなジェスチャーをする。

 

 

「お前知らないのか?あの箱の中身」

 

 

総帥の言葉に焦りを見せる沙花叉さん。

 

 

「ちょっ、ちょっと中身なんてどうでも良いでしょ?」

 

「…総帥その話、詳しく…」

 

「えっとね…あの箱には…」

 

「ねぇーーーー!やめてよ!」

 

 

っと総帥の口を手で塞ぐ。

 

 

「はふぉにはふぁふぉふぉが」

 

「ちょっと!邪魔しないでくださいよ!今僕は沙花叉さんの話を密談しようとしてるんですから!」

 

「話題の当人がいる目の前で密談もくそもないだろ!」

 

「むーー!むーー!」

 

「えっ?なんて言いました?」

 

「むーー!ぷは!」

 

 

沙花叉さんの手をどかした総帥の怒号が飛ぶ。

 

 

「お前!吾輩を殺すきか!あと近付くなら風呂入ってからにしろ!」

 

「おい!それ沙花叉が臭いって言いたいのか!」

 

 

ぎゃいぎゃいと言い争う2人を無視して僕は再び食べ始めた。

 

 

 

 




中身は秘密です


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

楽しい自家栽培

 

 

「ねええ!やめてよその攻撃!」

 

「うわははは!博士!僕にも負けれない時ちゅうもんがあるんですわ!」

 

 

とある休日。

暇を持て余していた僕と博士はアジトにある据え置きゲーム機で遊んでいた。内容としてはよくある格闘ゲームで僕自身昔からやっていた馴染みあるゲームだったが博士の方は初めてやるらしく、操作が何処かぎこちない。

 

博士へ攻撃の仕方などあれこれ教えながらやっていくと自信がついたのか「海君に勝てるかも!」と言いだし今にいたる。

 

 

「大人気ない!こよ初心者だよ?接待とかないの!」

 

「僕、勝ちに貪欲なもんで…」

 

「あ“ぁああ”!」

 

 

画面から出る効果音と共に僕の勝利が表示される。

 

 

「たいありでしたあ“っ!」

 

「ありがとうございました」

 

 

勝利の余韻に浸っているとトコトコと何かが駆け寄ってくる音が聞こえてきた。

 

 

「ぽこべぇ?」

 

 

駆け寄ってきたのはとある人物のお供をしている可愛らしい狸の”ぽこべぇ“だった。見るからに焦っている姿を見て何かあったのだと気づく。するとついて来てと言わんばかりに別室へと移動し始めた。

僕と博士がぽこべぇについていくと焦りの原因であろう人物が目に入る。

 

 

「風真さん⁉︎」

 

 

そこにはholoxの用心棒、侍の ” 風真(かざま) いろは “が床に倒れていた。僕らはすぐに駆け寄り丁寧に体を起こす。

 

 

「大丈夫ですか⁉︎風真さん!」

 

「こ、これは!」

 

 

博士がこの現状について何か知っている様子を見せた。

 

 

「博士。風真さんに何が起きてるんですか?」

 

「ナスがきれたね」

 

「ナ、ナス?今ナスって言いました?」

 

 

風真さんが野菜全般が好きだというのは知っていたがこの場面でナスという単語が出るとは思ってもいなかった。

 

 

「最近、ナスを食べれてなかったからね。ナスメーターが空なんだよ」

 

「ナスメーター…」

 

 

溜まっていたら強いとかあるのかな。

必殺技ゲージみたいなノリで。

 

 

「風真に変な設定を加えるのやめてもらえるでござるか?」

 

 

そう言いながら風真さんは立ち上がる。

取り敢えず何事もなかったと理解し安心した。

 

 

「ただ物に躓いただけでござるよ」

 

 

床に置いてあるダンボールに指を差し、起き上がる風真さんの方へぽこべぇが近づいた。

 

 

「あ!ぽこべぇ!何処に行ってたでござるか?」

 

「多分、風真さんが倒れたから僕たちを呼びに来たんだと思います」

 

「そうなんでござるか?心配かけて申し訳ないでござる…」

 

 

謝る風真さんに対し僕らは「無事なら大丈夫」と言葉をかけた。

 

 

「でも最近、ナスを食べれていないのは事実でござるなぁ…」

 

「増えるのはお金じゃなくてもやし料理のレパートリーだけですもんね」

 

 

悲しそうに話す風真さんを見て深刻さが伝わってくる。確かに偏りのある食事は体に悪い。

 

 

「こうなったらつくるしかない!」

 

「何をですか?」

 

「ナスを!」

 

ナスを⁉︎

 

「自家栽培でござる!」

 

 

意気揚々と話す風真さん。

 

 

「ナス栽培キットでも買う気ですか?」

 

「畑を耕す気でござるよ?」

 

「思った以上にスケールがデカ過ぎて驚いてます」

 

「こよ、美味しい野菜食べたーい」

 

 

畑を耕す事自体、自分たちにいくつかメリットはあるが問題なのが何処でつくるかである。そんな問題に対して博士が案を出してくれた。

 

 

「アジトの裏庭に大きなスペースがあるよ。あそこなら敷地内だし、日光も当たって良いんじゃない?」

 

「うまく作れますかね?野菜を栽培とか難しいんじゃないですか?」

 

「ノウハウは山田さんから教わるから大丈夫でごさるよ」

 

「えっ⁉︎いろはちゃんあの山田さんと知り合いなの?」

 

 

…いったいどの山田さんなんだろう。

博士の反応からそうとう凄い人なのだろうと分かる。

 

 

「すみません。山田さんって何者なんですか」

 

「海殿は山田さんをご存知ないのでござるか?」

 

「いやどの山田さんなのかが…」

 

 

そう聞くと「いつか会えるでござるよ」っとはぐらかされ、結局山田さんの正体は分からないままだった。

 

 

「材料とか道具はどうします?今のholoxにそれらを揃えるお金とか無いですよね?」

 

 

そう聞くと2人の目線が僕の方を見る。

 

 

「…なんすかその眼差し…」

 

「いや〜風真たちは無一文でござるからなぁ」

 

「頼れるのは海君だけ…」

 

  

目をキラキラとさせた2人の横目に自分の財布の中身を確認する。

 

 

「…また何日間か夜ご飯お世話になります」

 

 

2人の喜ぶ顔を見れただけでも御の字だろう。

 

 

 


 

 

 

あれから数日後、材料や道具などを揃え準備万端の状態で風真さんと裏庭に集まっていた。運が悪いのか博士は用事があるらしく来れないらしい。

 

 

「取り敢えず山田さんからマニュアルを貰ったでござるからそれを参考に…」

 

 

風真さんが表紙に"安い!うまい!早い!家庭内菜園"と焼き鳥屋のキャッチコピーのようなものが書かれ、国語辞典程の厚さのある紙の束を見せてきた。このこだわりを見せ付ける辺り本当に山田さんは何者なのだろう。

 

一枚目を捲ると目次と書かれ様々な野菜の育て方が載っており、終尾のページにはフロクとして"スゴロク"が付いていた。

 

 

「ナスとか人参とか…いろいろとありますね」

 

 

お目当てのナスの記載ページは16。僕たちはその内容に沿って作業を始めた。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「…出来た!」

 

 

最後の作業を終えた風真さんは喜びの声を上げ、壁にもたれかかる。

 

 

「結構時間がかかりましたね」

 

 

僕は終わった後の疲労感と空腹感が襲ってくる感覚により今にも倒れそうになっていた。改めて世の農家さんは凄いのだと理解する。

因みにナスだけ植えるのは寂しいという事で人参も一緒に育てることにした。野菜たち、絶対に美味しくするから覚悟しろ。

 

 

「それにしてもお腹すきましたね」

 

「風真、おにぎり作ってきたでござるよ?食べる?」

 

「食べます!」

 

 

僕が頷くと風間さんは自分の持ってきたバッグから竹の皮に包まれた二つのおにぎりを僕の手のひらの上に乗せた。

僕は一つを手に取り、口へ運ぶ。

ちょうど良い塩のしょっぱさと中の具である梅干しの酸っぱさが口の中に広がる。

 

 

「すんごく美味しいですよ!」

 

「本当!うれしいでござる〜。風真も一つ食べる!」

 

 

褒められたことに素直に喜ぶ風間さんを見てそのままでいてほしいと思った。もう一つの方のおにぎりを頬張り幸せそうな顔を見せる。

少し休んでいると何かを思い出したのか風真さんがバッグから一つの瓶を取り出した。

 

 

「これ、こよちゃんから貰った野菜の成長を促進させる薬らしいんだけど…」

 

 

緑色の液体の入った瓶を僕へ見せ、どこかで見たことある薬に既視感を感じる。よく見ると薬には"今回は本当に成長します!"と書かれていた。

 

 

「どうします?僕は使わない方が良いと思いますけど」

 

「…風真もそう思う…」

 

 

お互いの意見が一致する。

 

 

「危なそうだから別の所に置いておくでござるね」

 

 

風真さんは薬を手に持ち反対の方へ歩き出す。その瞬間、下にある石に躓いてしまう。

 

 

「「あっ」」

 

 

手に持っていた薬は放物線を描きながら地面へ落ち、パリンという音と共に割れてしまった。

 

 

ああああああ⁉︎

 

「もうここまでくると呪いか何かですね。大丈夫ですか?」

 

 

毎回博士の薬が関与してくるのはいったいなんなんだ。

2人の目線は薬がかかってしまった場所へ移る。やはり運が悪いのか、ちょうどナスを育てている場所と被ってしまっていた。

 

 

「おおー。ピンポイントにかかってますね」

 

「なんでぇ…」

 

「でも見た感じ何も変化はないですけど」

 

 

僕がナスの方へ近付く。

刹那、何かに足首を掴まれ、浮遊感を感じる。

 

 

「えっ?」

 

 

「海殿⁉︎」

 

 

自分の右足を見ると植物の根っこのようなものが絡みついており、今自身がいる高さは地面から3mほど離れていた。

 

 

「何これ⁉︎根っこ⁉︎」

 

 

何処から出ているのかと思い、周りを見渡すと土の中からそれは伸びていた。片足で吊るされ逆さまになっている為か目に圧力がかかるのを感じる。

 

 

「風真さん!助けてください!」

 

「今助けるでござる!」

 

 

啖呵を切った風真さんが愛刀チャキ丸を鞘から抜きこちらへ走る。それと同時に土の中から一本、また一本と大きな根っこが姿を表し、風真さんの方へ襲いかかった。

 

 

「風真にそんな攻撃通用しないでござるよ!」

 

 

正確によけ、当たりそうになれば斬る。

用心棒として雇われたというのが納得出来る身のこなし。

 

辺りを見れば斬られた根っこが数多と転がっていた。

順調に僕までの距離を詰める風真さんに対し、僕は限界を迎えそうになっていた。

 

 

「風真さん…助けてもらう身なのであまり、要望したくないんですが」

 

「どうしたの?」

 

「早く助けてもらわないと口からさっきのおにぎりが…うぷっ」

 

「ちょちょ!ちょっと!」

 

「口からおにぎりが世界へ羽ばたきそうです」

 

だめだめだめ!おにぎりにこの世界はまだ早すぎるでござる!

 

 

そんな会話をしていると、土の中から根っことは別のものが現れる。そのフォルムたるやナスであったが…普通のサイズの約10倍ほどの大きさをしていた。

 

 

「ナス!こんな立派な姿に成長して!」

 

「いやこれ成長した姿じゃなくて進化した姿でござる!違う生物に!」

 

 

目の前にある成長した野菜に感動する僕と敵対視する風真さん。双方の意見がどうにも食い違ってしまった。

 

 

「きっとこのナスが本体!」

 

 

っと言いながら刀を構える。

 

 

「やめてください!僕の野菜を傷つけないで!」

 

「助けて欲しいのか欲しくないのかどっちなんでござるか⁉︎」

 

 

瞬間、僕を掴んでいる根っこの動きが変わる。…投げ飛ばす気だ。予想は的中し、遠心力を感じながら風真さんの方へ飛ばされる。

 

 

「ちょっと!これはまずいでござる!ぽこべぇ!!

 

 

お供の名を叫ぶ風真さんの前にその名を持つ狸が現れる。

 

 

「ぽこべぇ!大きくなって!」

 

 

主人の願いを聞いたぽこべぇが体を大きくなり、僕はぽこべぇにぶつかる。大きくなったぽこべぇが衝撃を吸収してくれた為、風真さんに当たることはなかった。

 

 

「ありがとう!ぽこべぇ!あとは風真に任せるでござる!」

 

 

風真さんが本体へ向かって走り出す。

先程よりもさらにスピードを上げ、僕が気が付いた時には本体の目の前に居た。

 

 

「まって!」

 

 

───っと言ったときにはズドンという轟音と共に砂埃がまっていた。衝撃により立った砂埃から風真さんが姿を表す。

 

 

「峰打ち?でござる」

 

 

自信がないように峰打ちと言った。

そして風真さんの背後に倒れ込んでいる大きなナスが目に映る。

 

 

「当分ナスには困らないでござるな」

 

 

 


 

 

 

「やったー!風真が一番でござるな!」

 

「いやそのマスは初めに戻るですよ」

 

「ええええ⁉︎」

 

「なんでこよも巻き込まれてるの?」

 

「博士のせいで大変だったんですからスゴロクぐらいやっても良いじゃないですか」

 

 

今僕たちはフロクのスゴロクで遊んでいた。

 

 

「海君は吊るされていたんだっけ?」

 

「吊るされていなくても何も出来なかったですよ」

 

「こう殴ったりとか!」

 

 

キレのあるパンチの動きを博士が見せてくる。

 

 

「風真は頼ってくれて嬉しかったでござるけどね」

 

「いざとなった時には助けてよ?」

 

「善処します」

 

 

それはそうと問題なのは

 

 

「あの大量のナスをどうします?」

 

 

僕はダンボールに詰めた切り分けられたナスの使い道を聞く。

 

 

「良い食べ方とかありません?風真さん」

 

「風真は生のまま食べるのが好きでござるな」

 

「holoxってそのまま食べるのが流行ってるんですか?」

 

 

マヨネーズしかりナスしかり…

 

 

 

 

 




ナスのお浸しをめっちゃ食べてた時期がありました。
あれほんと美味しいですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

皆んなの姉さん

 

 

休日、アジトの扉を開くとカタカタとタイピング音が鳴り響く。

 

 

「今日もお疲れ様です。"鷹嶺さん"」

 

「お疲れ様。海君」

 

 

話しかけたのはholoxの女幹部であり、鷹の翼を持つ " 鷹嶺(たかね) ルイ "だった。

 

 

「どうしたの?今日はバイトは休みのはずだけど」

 

「総帥に頼まれていた"スイギョウザ観察日記"を書かないといけないので」

 

「何その仕事」

 

「いつか労基って言葉で脅そうか迷い始めてます」

 

 

僕はスイギョウザが入れられている鳥籠の方へ歩き、小さくした餌を与えた。一体何処から餌を食べてるのか不思議でたまらないが詮索するつもりはない。

日記には今日も元気だったとだけ書いておこう。

ふと違和感を覚えた僕は鷹嶺さんへある質問をした。

 

 

「そう言えば他のメンバーはどうしたんですか?」

 

 

普段のワイワイしている面影が感じられなかった。

 

 

「沙花叉は寝てる。こよりは買い物でラプといろはは釣りに行ったよ」

 

「えっ?釣り?」

 

「魚が食べたいからって…"サメ釣ってくるわ!"って言ってた」

 

 

僕の知らないところでワイワイしているようだ。そう思いながら台所の冷蔵庫を開ける。

 

 

「鷹嶺さん、何か飲みます?」

 

「お水あったっけ?」

 

 

僕はお水の入ったペットボトル2つとり片方を鷹嶺さんへ渡す。

 

 

「ありがとう」

 

「鷹嶺さん何の作業をしてたんですか?」

 

 

鷹嶺さんのパソコンを覗くと、今月の売り上げやら何処かとの契約やらの資料をまとめていた。幹部という位を与えられている鷹嶺さんのクールかつ仕事が出来る「頼れる上司」という僕のイメージが見事に一致している。

 

そんな鷹嶺さんがミスを犯すという想像が出来なかった。

 

 

「あっ!間違えて資料をデリートしちゃった!」

 

 

ミスを犯さない筈なんです。本当なんです。信じてください。

 

 

「あぁー…やり直しかぁ」

 

「僕も手伝いましょうか?パソコンはからっきしですが資料をまとめるぐらいなら出来ますよ」

 

「ほんと?じゃあこれだけお願いしようかな?」

 

「分かりました」

 

 

僕は渡された資料を見ながら作業を始めた。

 

 

 


 

 

 

「だいぶ赤字ですね」

 

 

ホッチキスで資料をまとめているとholoxの悲惨な状況を目にする。窓ガラスの修理で資金が底をついていた。

 

 

「別の稼ぎ口を探さないと…」

 

「holoxは今まで何で稼いでいたんですかね」

 

「基本はこよりの薬で生計を立ててたけどね。最近、クライアントが失踪しちゃって…」

 

「失踪って…只事じゃないじゃないですか!」

 

「どうも他会社からの圧が原因らしいけど詳細はよく分からないよ」

 

 

そう言いながら頭を悩ませる鷹嶺さん。

そんな中でも僕お腹は空気を読まない。

空腹を感じるのもそのはずで時計の針を見ると1時を指していた。

 

 

「取り敢えずお昼にしようか。何か食べたい物とかある?」

 

「あっ自分、麻婆茄子食べたいです!」

 

「ナス沢山あるからね。美味しいのいっぱい作るから待ってて」

 

 

そう言うと、鷹嶺さんは台所へ向かった。

率先して料理に取り掛かろうとする姿で察せられるかもしれないが鷹嶺さんはとても料理が上手である。一人を除いてholoxのメンバーは料理が出来る。一人を除いて。その中でもこの人の料理は格別に美味しかった。

 

鷹嶺さんを追いかけ、台所で料理が出来るのを楽しみに待っていると、とある質問をしてきた。

 

 

「海君は一人暮らしだっけ?自炊とかしたりするの?」

 

「自炊はしないですね。基本インスタント系で済ませてます」

 

「インスタントばかりじゃ体に悪いよ。今度私が作りに行ってあげようか?」

 

 

直感で感じた言葉が口から出る。

 

 

「…もしかして生き別れた姉さん?」

 

「うんうん。違うよ?」

 

 

ペラッペラな会話をしていると部屋に広がる香辛料などのスパイシーな匂いが漂ってきた。匂いに釣られたのかとある人物の部屋の扉がガチャリと開く。

 

 

「おはよぉ…」

 

 

今起きたのだろうと分かる寝癖を付け、あくびをしながら出てきた沙花叉さん。

 

 

「おはよう沙花叉」

 

「おはようございます」

 

「良い匂い〜…歯磨いてくるぅ」

 

 

寝ぼけた口調で喋りながら沙花叉さんは洗面台へ向かった。それと同時に料理が完成したのかほかほかと湯気が立つお皿がテーブルへ並べられる。

 

 

「僕も運ぶの手伝いますよ」

 

「ありがと。じゃあそこのお皿を運んでほしいな」

 

 

頼まれた分のお皿を運んでいると、歯磨きを終えた沙花叉さんが戻ってきていた。

 

 

「ルイ姉〜私も食べるぅ」

 

「沙花叉ぁー、お風呂入らないと食べさせないって前に言ったでしょ」

 

「い、いやー昨日入ったから…」

 

「嘘ですよ!昨日"今日お風呂入らなーいぽーえぽえぽえ!"って言ってましたもん!」

 

「おいばらすなよ!それに最後のは言ってないし悪意あるだろ!」

 

「入ってない事は否定しないんかい」

 

 

沙花叉さんは分が悪そうに「はぇ〜…」と言う。

 

 

「私のご飯が食いたきゃお風呂に入りな!」

 

「やあだ!やあだ!いや…いやなのかな?」

 

「いや僕に聞かないでくださいよ」

 

 

お風呂に入りたくない欲よりもご飯を食べたいという欲の方が勝っているからか、何かを悟ったように僕の方を見ながら本当に嫌なのか確認する。

 

 

「食べたいんだったら入れば良いじゃないですか」

 

 

「ぽぇー」と言いかなが、沙花叉さんはお風呂場へ向かい「沙花叉が出るまで待ってて!」と要求される。

 

 

「…沙花叉さんが出るまで我慢しないといけないんですか?」

 

 

目の前に広がるご馳走を前にそれは拷問でしかなかった。今にも僕の腹の虫が暴走してきそうだ。

 

 

「待ってるだけなのも退屈だから料理でも作ってみる?」

 

「僕がですか?」

 

 

僕の返しに頷く鷹嶺さん。

いわく経験してみるのも良いかもしれないとのこと…台所に立つのは久しぶりであまり乗り気ではないがここで断るのもなんだか味気ない。

 

 

「自信のほどをお聞かせください」

 

「旨さで気絶させてやります」

 

 

 


 

 

 

「あれぇ…」

 

 

完成した物を見て唖然とする鷹嶺さん。

 

 

「何だろうねこれ」

 

「…食べ物だったやつですね」

 

 

フライパンから皿に移したものは真っ黒になっていた。

 

 

「違うんですよ!よく焼いた方が良いんじゃないかって!」

 

「焼きすぎて真っ黒けじゃん!」

 

 

…いや違う。

見た目が悪いだけで味は美味しいかもしれない。僕はそれを箸でつまみ口に入れる。

瞬間、僕は床に倒れ込む。

 

 

うおおおお!

 

「海君⁉︎どうしたの!」

 

「あ、あやうく気絶するところでした」

 

 

気合いでどうにか気絶しないですんだ。

 

 

「美味しいのか美味しくないのが分からないのが怖い!」

 

「し、刺激的な味です」

 

 

故に味は美味しくない。もう何を食べているのか分からないほどだった。

自分の料理の下手さに絶望する。なんかもう嫌になってきた。

 

 

「さ、さあ次は鷹嶺さんの番ですよ…」

 

「えっ⁉︎私⁉︎」

 

 

僕は皿に乗った何かを指差す。

しかし鷹嶺さんは少し遠慮気味になっていた。

 

 

「だ、大丈夫です。愛はマシマシでも黒めなんで」

 

「なんでラーメン屋の注文の仕方みたいに言ってんの!黒いのが一番駄目なんだよ!」

 

「この黒いのも愛ですよ」

 

「愛情過多で胃もたれするわ!」

 

 

その時、タイミング良くお風呂から上がった沙花叉さんが姿を表す。

 

 

「お腹空いたぁ」

 

 

沙花叉さんの目線は机の方を向く。

 

 

「さすがルイ姉!どれも美味しそう!…んっ?なんか混じってない?」

 

 

異様なオーラを放つ僕の手料理がやけに目立っていた。

僕は気にせず椅子に座る。

 

 

「早く食べましょう」

 

「何で海くんは顔色が悪いの」  

 

「気にしないでください元からこんな感じです」

 

 

僕の手料理にはいっさいふれず3人とも椅子に座り「いただきます」と言いながら合掌する。すかさず手を伸ばしたのは鷹嶺さんの麻婆茄子だった。唐辛子の辛さと山椒の痺れのある辛さの中に水々しいナスがマッチしており、ご飯がとても進む。 

他にもナスのお浸しや、毎度お馴染みのもやしナムル、どれもこれも絶品な物であり、必然的に残るのは僕の料理だった。

 

 

「あの…これ僕が作ったものなんですよ」

 

 

取り皿僕の手料理を乗せ、沙花叉さんへ渡す。

 

 

「えぇ…」

 

「姉さん!沙花叉さんが僕の料理を食べてくれない!」

 

「あらそう、可哀想に」

 

「姉さんこの料理、沙花叉さんに売ってくださいよ」

 

「私、相手にメリットがあるものしか売りたくないんだけど…」

 

 

鷹嶺さんの特技が営業であったことを思い出す。間近で見た事はないがかなり優秀な様だ。

 

 

「沙花叉ぁ、これ美味しいよ」

 

「えっ?でも黒いよ?」

 

「これはね愛なの」

 

「愛?」

 

「そう愛で出来てるの」

 

「ルイ姉の愛…うへへへ」

 

 

照れているが鷹嶺さんの愛とは言われてない。

 

 

「これ食べてくれる?」

 

「うん!たべりゅ!」

 

 

ちょろ叉クロヱの爆誕であった。

その時、僕のポケットに入れていたスマホの通知音がなる。宛先は総帥からで一枚の写真が送られていた。

 

 

「…今日の夜ご飯はカジキマグロらしいですね」

 

「「えっ?」」

 

 

大きなカジキマグロを持った笑顔の風真さんとドヤ顔の総帥の写真を見ながらそう思うのであった。

 




海君の手料理は海君が全て食べました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1.文化祭編
学校の面談は闘いである


低気圧にやられました。
どなたか助けてください


 

 

アジトで学校から配られたプリントの整理をしていると一つの紙に目がいく。

上の方には"三者面談のご案内"っと書かれた保護者宛の内容だった。

 

両親とは離れて暮らしている為、無論参加は出来ない。

僕には必要のないものだと思いアジトのゴミ箱の中へその紙をまるめて捨てる事にした。

 

 


 

 

学校のチャイムが鳴り他の生徒はそれぞれ部活や帰宅などをする一方、僕は自分の面談の番が来るのを教室の前で待っていた。

保護者が来れない為、面談自体出来ないと思っていたが先生いわく「保護者が来れなくても問題はないから」とのことだ。

 

廊下の天井を見ながらボーッとしていると、教室の扉から「ありがとうございました」と感謝の言葉を述べながらクラスメイトとその親が出てくる姿が見え、僕の番が来たと悟る。

 

僕は教室の扉を数回叩き扉を開け、先生と対面するよう設置してある椅子に座る。自分だけなのか分からないがこういった場面になると何故か緊張する。

 

 

「最後は上山君だね。大丈夫、今日話すのは学校に慣れたかどうかだけだから」

 

「…分かりました」

 

 

僕が緊張してることに気が付いたのか気遣いの言葉をかけてくれた。

 

 

「じゃあまず始めに…」

 

 

先生がそう言い出した瞬間、前方の扉がガラッと勢いよく開いた。

 

 

遅れてすみません!

 

 

その声に聞き覚えがあった僕の背中から、汗がどばりと出てきた。

 

 

「あっ。お母様でお間違えないですか?」

 

 

 

「はい!母のかざ…上山いろはでござる!」

 

「先生違います!全然知らない人です!追い出してください!」

 

「なんでぇー⁉︎邪険に扱わないでよ!」

 

「お、落ち着いてください!貴方はお母様ではないんですか?」

 

 

すると今度は後方の扉が開く。  

 

 

「面談室はここで合ってますか?」

 

「ルイ姉⁉︎」

 

「ど、どちら様で…」

 

先生!一回席を外します!

 

 

僕は風真さんと鷹嶺さんの2人を連れて教室の外へ出る。

 

 

 

 

なんでここに居るんですか⁉︎

 

 

 

 

僕は1番の疑問も2人に問いただした。

 

 

「風真は応援したくて…」

 

「私は優勝してほしくて…」

 

「学校の面談を大会と同等に分類にしてる文明の方々ですか?」

 

 

事情を聞くと先日、僕がゴミ箱に捨てたあの紙が目に入ったらしく、面白そうだからという理由らしい。僕はあの紙をアジトに捨てたことを後悔した。2人の格好を見るとピシッとしたスーツを着た就活生のような鷹嶺さんと冠婚葬祭の場面で着るフォーマルな和服を着た風真さん。

 

 

「まさかルイ姉も来るとは思っていなかったでござるよ」

 

「私も風真が来るとは思わなかったなぁ。ネタが被っちゃったね」

 

「僕の面談をネタ呼ばわりしないでもらえます?」

 

 

今度から学校の書類は家で捨てることを徹底しよう。そう思いながら僕たちは今の状況の打開策を考える。

 

 

「どうするんですか?今、浮気現場の修羅場みたいな絵面になってますよ?」

 

 

可哀想なのは困惑しながら待たされている先生である。

 

 

「僕の高校、バイトは禁止の決まりなんで"バイトの人でした!"なんて言い訳出来ませんよ?」

 

 

故にholoxでバイトしているという事は誰にも言っていない。そもそもバイトがokだとしてもこんな場面には絶対ならないだろ。

 

 

「こうなったらフォーメーションCだね!」

 

「そうでござるな!」

 

「なんですかフォーメーションCって!僕そんなの知りませんよ!」

 

 

僕の知らない作戦を決行しようと鷹嶺さんが僕の背中を無理矢理押し、教室の中へ入れる。

 

 

「えっ!ちょっと!」

 

 

フォーメーションCという概要を教えられず、僕は先程と同じ席に座り、鷹嶺さんは隣の席に座った。

 

 

「…戻ってこられたということは今、上山君の隣にいる方がお母様ということですか?」

 

 

鷹嶺さんの方を見るとその問いに"肯定してほしい!"っと伝わってくる頷きを見せる。

 

 

「はい、そうです…」

 

じゃあ最初の人は誰っ⁉︎

 

 

予想してた通り、先生は風真さんへの疑問を持っていた。

僕は隣に居る鷹嶺さんへ小声で質問する。

 

 

「どうするんですか?先生の不信感をどう解消させるんですか?」

 

「大丈夫だよ。そろそろ来る頃だから…」

 

「来るころ?来るころってなんですか?」

 

 

すると勢いよく開く扉の音と、数分前に感じた冷や汗。まさかと思い後ろを振り返ると

 

 

「風真のルイ姉に何しくれちゃってるでござるかぁ⁉︎」

 

「自ら修羅場創りにきたよこの人!」

 

 

目線を風真さんから先生へ変える。

あっ、駄目だ。頭の処理が追いついてないのかポカーンとしていた。贖罪の意味も込めて僕この人授業だけはしっかり聞くことにする。

 

 

「早くルイ姉から離れるでごさる!」

 

「えっ⁉︎僕⁉︎」

 

 

風真さんは僕の方へ敵意を向けてきた。

 

 

「さっ!帰るでござるよ!」

 

「やめてよ!私は海君と優勝するって決めたのよ!」

 

「だから何を勝ち取る気なんですか⁉︎」

 

「風真と一緒に学校の面談出るっていったのは嘘だったんでござるか⁉︎」

 

「今、行われてる僕の面談と向き合ってくださいよ!」

 

「面談室の砂を取ろうって約束したでござるよな!」

 

「クラスの清掃係のおかけでピカピカの所から砂が取れるわけないでしょ!取れるとしたら僕がさっき落とした消しカスぐらいだわ!」

 

「鉛筆と掛けまして、消しゴムの角と解く」

 

「その心は?」

 

 

風真さんの掛け声と共に鷹嶺さんが言う。

 

 

「どちらも書ける(欠ける)でしょう!」

 

「もう帰ってくれません⁉︎」

 

 

僕は2人を教室の外へ押し出し、扉の鍵をかけた。

僕は目線を先生の方向へ向ける。

 

 

「…先生…バイト駄目な理由分かったかもしれません」

 

「…先生は少なくとも今さっきの光景とは関係ないと思うよ」

 

 

教室の中に静けさが戻った。

 

 


 

 

面談も終わり、いつものようにアジトの扉を開く。

一番最初に目に入った光景は総帥が頭に付いている二つの角を扉の方へ向け、うつ伏せで倒れているところだった。その見た目は、まさにクワガタであった。

 

 

「どうしたんですか?総帥…」

 

「…」

 

 

黙ったままだが見たところ、怪我などが原因でうつ伏せになってるようではない。

 

 

「い…た……かった…」

 

「えっ?」

 

「うがあーー!吾輩も幹部のようにバイトの学校に行きたかった!」

 

 

うつ伏せのまま手足をジタバタとさせる総帥。

 

 

「なんで鷹嶺さんが僕の学校に来たのを知ってるんですか?」

 

「…大会優勝させたんで迎えに来てくださいってバイトの学校から電話が来たんだよ」

 

 

もうどうでもよくなってきた。

僕あの学校あと3年も通わないといけないと思うとなんだか億劫な気持ちになるな。

 

 

「今、博士と新人で迎えに行かせてるけどさ…なんだよ大会って⁉︎」

 

「いや、僕が聞きたいですよ」

 

「そんな楽しそうなことを吾輩抜きでやるなんてずるいだろ!」

 

 

うつ伏せになってた顔を上げながら大きな声を出す。先程の光景を思い出してみたが、楽しいと思えた場面は一切なかった。

 

 

「吾輩だって青春感じたいよ!地球の学校でやる"体育祭"やら"文化祭"を体験してみたい!」

 

 

どうやら宇宙から来た総帥は地球の文化に興味があるらしい。総帥が発したワードで一つ、引っかかるモノがあった。

 

 

「文化祭ですか?それなら再来週に僕の高校でやりますよ?」

 

 

僕が言い放った言葉を聞き、総帥はぴょいっと飛び上がる。まって今どうやって飛んだの?

 

 

「本当か⁉︎吾輩、皆んなで行きたい!」

 

 

キラキラと目を輝かせる総帥へ僕が言葉を投げかける。

 

 

「僕は構わないですけど…うちの文化祭、他所から入れる人数が限られてるらしくて、事前に応募しないといけないんですよ」

 

 

僕の高校は学業は勿論、行事にも力を入れている。

その為か、体育祭や文化祭といったイベントは地元では人気であり、毎年多くの人が見に来られる。僕はスマホで学校のホームページを開き、文化祭抽選応募の欄をタップし人数分を選択する。

 

 

「…取り敢えずこれで応募は出来ましたけど本当に人気なんで当たるか分かりませんよ?」

 

「なんでそんなに人気なんだ?」

 

 

僕はある一つの理由が思い浮かぶ。

 

 

「多分、ライブ公演が大きな理由ですね」

 

「ライブ?」

 

「なんでも有名なアイドルの方が毎年来られるらしいですよ」

 

 

学校がどのような事でアイドルを呼べているのかは知らないが、アイドルが来るとなればそれは人気になるだろう。

僕がそう言うと総帥がへぇーっとボタンを押す動作をする。

 

 

「まぁ後は運に任せましょう。当たらなければ残念でしたということで

 

「吾輩良い子だから絶対当たるぞ!」

 

 

自信があると言わんばかりに胸を張る。

 

 

「良い子は人のアイス食べないですよ」

 

「いやだからごめんて…」

 

 

僕は恨みを込めて総帥へ言った。

その数分後に、"ルイ姉の浮気者!"と言う沙花叉さんとトロフィーを持った風真さんたちが帰ってきた。

 

 

 


 

 

 

昼ご飯を食べた後の授業というものはどうも眠くなるもので僕は5限が終わる頃にはフラフラとしていた。次の6限が始まる前に担任の先生から話があると前を向かせられる。

 

 

「ちょっと急で悪いんだけど、転校生を紹介します」

 

 

周りが騒つく。僕は先生の言葉で目が覚める。

えっ?今のタイミングで?普通朝のホームルームとかでやるものじゃないのかと疑問に思っていると「入ってきてー」っと先生が言う。

 

 

「じゃあ自己紹介から」

 

 

 

 

 

 

 

「どうも田島ダークネスです。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

僕は自分の頭を机の上に自らガンッとおもいっきりぶつける。

 

 

 

 

夢ではなかった。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

総帥、学校へ行く

 

 

 

目新しいものには興味が湧くからか、クラスの人が我が校の制服を着た総帥の周りに集まっていた。

耳を澄ますと何処から来たのか、何が好きなのかと質問攻めにあっていることが分かる。

僕が総帥の方を見ていると気が付いたのか隣に座るクラスメイトが僕の肩を叩く。

 

 

「やっぱり上山君も転校生の事が気になるのか?」

 

「…いやまぁ」

 

 

会うのが初めてでは無いなど僕の口からは言えなかった。

 

 

「背丈は小さいけど可愛いよなぁ」

 

 

下心を持つような発言に何故だか腹が立つ。少しだけ娘が取られそうになる父親の気持ちが分かったかもしれない。

僕は何も答えずもう一度総帥の方を見ると、どうやら家では何をしているのかと質問をされているようだった。

 

 

「家では好きなお紅茶を飲みながら読書をしてます」

 

 

ガンッ!

僕は机に頭をぶつける。

 

 

「上山君⁉︎」

 

 

続いて休日の過ごし方

 

 

「わが…私は綺麗好きで、休日は掃除とかしてますね」

 

 

ガンガンッ!

2発連続でぶつける。

 

 

「上山君!大丈夫⁉︎」

 

 

自分の額に手をやると血が付いてる事に気が付く。

 

 

「だ、大丈夫」

 

 

ふらふらとする中、僕は再度耳を澄ませ、聞こえてくる総帥の解答。

 

 

「健康を維持する為、毎日人参などの野菜を食べてますね」

 

 

ゴンッ!

トドメの大きな1発。

 

 

「すまん!俺の言い方が悪かった!頭大丈夫か!」

 

 

いつもの総帥とのギャップに頭がクラクラとする。

ふと教室にかかっている時計を見ると六限目が始まる時間になっている事に気が付き、その瞬間チャイムが鳴る。

総帥の周りに集まっていた人たちは自分の席に座る。

時間割を確認すると六限目は化学と書かれていた。

僕は自分の鞄からノートと教科書を取り出し机の上に置く、あとは先生が教室に来るのを待つだけだ。

すると教卓の方の扉が開き、先生が姿を表す。

 

 

 

 

 

「こんこよぉ!じゃあ今日の授業は…」

 

 

 

 

 

 

 

ここの学校のセキュリティーはどうなってんだ⁉︎

 

 

僕の大声が教室中に響き渡った。

 

 

「お前の精神がどうなってんだよ!」

 

 

そうツッコミを入れる隣に座るクラスメイト。

あと一人でholoxがコンプリートされる。

 

 

 

 

 


 

 

カッカッとチョークで黒板を叩く音が教室に響き渡る。

 

 

「これは分子間力によって…」

 

 

存外、博士の授業はとても分かりやすかった。

重要な点をまとめ、ノートに板書がしやすい書き方をする。偶に描かれるコヨーテのような可愛らしいイラストでポイントを説明してくれる。流石はholoxの頭脳だ。

 

 

「でもって正六角形の平面が重なってるのは…じゃあラプラスさん!」

 

 

名指しによる生徒の解答を聞く。

総帥の方に目をやる。

 

 

「ふほぁい!」

 

 

机の上に立てている教科書の後ろに弁当を隠し、箸を持っている総帥が居た。僕は手で顔を覆う。

何をやっているんだあの総帥わ。

 

 

「あれ?ラプラスさん?」

 

 

総帥が口に含んでいた物を飲み込む。

 

 

「お弁当たべてました」

 

「なんでだよ!」

 

 

もう嫌だ。

 

 

「授業中にお弁当をバレないように食べるのに憧れていたんだよ!良いだろ!」

 

 

"いや良くないだろ!"と言いたかったがこれ以上目立ちたくない。

 

 

「こより先生も食べる?」

 

「えっ!良いの!」

 

「ほれ人参」

 

「苦手なもんじゃねぇーかぁ!」

 

 

博士が総帥の箸を取り上げ、小さなハンバーグを掴む。

 

 

「あっ!それ吾輩の豆腐ハンバーグ!」

 

「ふはは!防御が甘いぞ!ラプちゃん!」

 

 

授業中に何をしているんだこの二人。

よく見ると二人とも僕の方をチラチラと、早くツッコメと言わんばかりの眼差しが向けられる。

 

 

「あと黒鉛です」

 

今言うの⁉︎

 

 

…あっ。

 

 

クラスの人たちの目線は急に立ち上がった僕へ集まる。

 

 

バーンッ!

僕は立ち上がった状態から机へ頭をぶつける。

 

 

 

お前、机と頭に何の恨みがあるんだよ!!

 

 

隣の席の声を聞きながら僕はそのまま気絶した。

 

 

 

 


 

 

 

 

目が覚めると僕はベッドの上に寝ていた。

見渡すと見覚えのある天井が広がっており、ここが保健室であることに気が付く事に時間はかからなかった。

 

僕はベッドを仕切る為の間仕切りカーテンに手をかけ開ける。

 

 

「あっ起きたか?それ…」

 

 

シュッとカーテンを閉める。

 

 

「おい!変なもの見たみたいな感じで閉めるな!」

 

 

無理に開けてこようとする総帥とそれに対抗する僕。

 

 

「うおおー!勘弁を!ご勘弁を!」

 

「何をだよ!」

 

「なんで僕の学校にいるんですか⁉︎もう怖いよ貴方達!」

 

「説明するから一回開けろ!」

 

 

そう言いながらカーテンが勢いよく開く。

辺りを見渡すと当部屋の先生は席を外していた。

 

 

「取り敢えず先生の代わりに包帯巻き直してやるから。ほれ」

 

 

ここに座れと椅子をぽんぽんと叩く。

僕は指示に従い椅子に座り総帥へ質問する。

 

 

「…それで総帥は何しに学校へ?」

 

 

先生の代わりに僕の頭に包帯を巻いてくれている総帥へ質問をする。

 

 

「抽選落ちた」

 

「はい?」

 

「だからぁ、文化祭の抽選落ちたからバイトの高校に入学した」

 

「"汚れ落ちたから掃除を辞めた"みたいなノリで僕の高校に入らないでもらえます?」

 

 

先日、応募した抽選結果が落選という悲報であったらしい。確かにここの生徒なら無条件で文化祭は楽しめるがあまりにも脳筋過ぎる考えに頭が更に痛くなる。

因みに博士は総帥が"一人じゃ寂しい"との事でついて来させられたらしい。

 

 

「他の高校の文化祭に行けば良かったじゃないですか。僕の高校に固執する理由とかあります?」

 

「いや、知らない人の学校に入るのは抵抗あるだろ。バイトの文化祭に行きたいんだよ!吾輩わ!」

 

 

よっぽど悔しかったのかぎゅっと包帯を巻く力が増える。力があまりないからかさほど痛くはなかった。

 

 

「ほれ、巻き終わったぞ?」

 

「ありがとうございます」

 

 

しかし僕の疑問は全て解消されていなかった。

 

 

「それで…どうやって僕の高校へ入学したんですか?」

 

「在籍証明書とかを偽造して、博士の薬で記憶改竄」

 

「総帥、僕も罰を受けるんで自首しましょう」

 

 

やっている事が思ってた以上にえげつなかった。

 

 

「2週間ほどの短い付き合いだから良いだろ?」

 

「僕の高校とは遊びだったんですね!」

 

「その言い方やめろ!」

 

 

頭を叩かれてしまった。

 

 

「そういえば田島ダークネスでしったっけ?…なんでラプラス消してダークネスは変えなかったんですか?」

 

「お前!吾輩の大切な苗字を消せるか!」

 

「ダークネスが苗字だったんですね」

 

 

初めて知った情報だった。

正直、名前はあまり気にならなかったが質疑応答に関しては別だ。少なくともあの回答では僕の知っているラプラス・ダークネスは紹介されていない。

 

 

「それよりなんですか!皆んなの質問に対してのあの返答!あのせいで今僕の頭に包帯巻かれてるんですから!」

 

「大人っぽかっただろ?幹部がカンペをくれたんだよ」

 

 

総帥はポケットから一枚の紙を取り出した。

 

 

「幹部が"これ言えば間違いない!"って言ってたからな」

 

 

内容を確認するとそれぞれの質問に対しての回答が書かれていた。

最後の方には"これを言えば人気者間違いなし!鷹嶺ルイの駄洒落集!"と書かれていた為、僕はその部分だけ破いた。

 

 

「あっ!返せよ〜!それ吾輩のだぞ!」

 

「総帥!これ絶対言っちゃ駄目なやつです!」

 

 

初日で駄洒落なんてハードルが高過ぎる。

自分のスマホを見ると下校時間に近づいている事に気が付く。

 

 

「そろそろ帰りましょう」

 

「バイトは頭怪我してんだからもう少し休んだ方が良いだろ」

 

 

そう言うと総帥は保健室のベッドに僕を寝かせつけようとしてくる。

 

 

「いやもう大丈夫なんですけど」

 

「吾輩の優しさを素直に受け取っとけ。なんなら子守唄でも歌ってやろうか?」

 

 

ニヤニヤと僕の方を見ながら言う総帥。

 

 

「…見守られるならスタイルの良いお姉さんが良いです…」

 

「もう一生、バイトなんかに子守唄なんて歌ってやんねぇからな!!バイトのバーーーカ!

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

その後、何事もなく総帥の学校初日は終わり、僕と総帥はアジトへ戻っていた。

制服からいつもの服装に着替えた総帥は喉が渇いたのか飲み物を要求してくる。

 

 

「バイトぉー、コーラってまだ残ってたっけ?」

 

 

僕は冷蔵庫の中を確認する。

しかし、総帥のお目当てのものは入っていなかった。

 

 

「ちょうどきれてますよ。昨日まで一本残っていたんですがね」

 

「うぇー…吾輩この為だけに今日の学校頑張ったのに…」

 

 

残念そうに項垂れる総帥を眺めながら僕は椅子に座る。

 

 

「なぁバイト」

 

「なんですか」

 

「なんでコーラって無くなるんだろうな」

 

「総帥が飲んでるからです。哲学みたいに言わないでください」

 

 

総帥は空を眺めながら何かを思いついたのか「あっ!」っと声を出し、部屋の端っこに置いてあるホワイトボードと総帥が使う為の足場を持ってきた。

すると足場の上に乗りそのホワイトボードに何かを書き出す総帥。

 

 

「コーラ育てるか!」

 

「却下で」

 

 

ホワイトボードには"コーラは育ててなんぼ"と書かれていた。

見解は昔に使った博士の力作、木に食べ物を生やす薬を応用し、コーラを生やそうとのことだ。

 

 

「普通に買ってくれば良いじゃないですか。下の自販機にペットボトルのやつ売ってましたよ」

 

「バイトは分かってないなぁ…キンキンに冷えた缶のやつが美味いんだよ」

 

 

こだわりがあるからかそう言う総帥。

ここから近くの缶ジュースが売っている場所は少し離れたコンビニだと察する。

決して遠くはないが面倒だと言われれば納得できる。

 

 

「バイト買ってきて!」

 

「嫌ですよ!総帥が行けば良いじゃないですか!」

 

「自転車漕げばすぐ着くし別に良いだろ!5円やるから好きなの買ってこい!」

 

「お使いで報酬は5円はおかしいでしょ!だったら50円くださいよ!穴空いてるよしみって事で!」

 

「お前5円玉様なめるなよ!チョコレートとか飴買えちゃうからな!侍は喜んで受け取ってたぞ!」

 

「もしかしてまだ風真さんの給料5円チョコなんですか⁉︎いい加減、しっかりとした金額を与えてあげてくださいよ!」

 

 

昔に"風真は5円チョコが給料でござる〜"と聞いたときには涙を流した。

僕は言い争っても何も変わらないと思い、総帥へ提案する。

 

 

「分かりました!じゃあジャンケンで決めましょう!」

 

「良いだろう!吾輩、ジャンケンではグーのラプラスって異名がついてたからな!」

 

「えっ?それ心理戦に持ち込もうとしてるんですか?」

 

「いくぞ!ジャンケン!」

 

 

ぽんっと同時に手を出す。

 

 

僕がパーを出し、総帥が服の長い袖を出す。

 

????

 

 

「やったぁ!吾輩の勝ち〜!ガハハ!」

 

「いやずるくないですか⁉︎袖で隠れて何出したか分かんないですよ!」

 

「負けた人は早く買ってきてもらって良いですか?」

 

 

真顔で言われる。

 

 

「ちょっと袖の中見させてくださいよ!」

 

「やだよ!吾輩の袖ギャラクシーは安くないぞ!」

 

「なんですか袖ギャラクシーって!カッコよく言えばなんでも良いってもんじゃないんですよ!」

 

「吾輩の袖の中には宇宙が広がってるからな」

 

 

袖ギャラクシーが何かを詳しく教えてもらえず、総帥に背中を押され、アジトの外へ出されてしまった。

携帯の着信音からメールが届いている事に気が付きメールを開くと、総帥から"買ってくるまで中に入れない"と書かれていた。

 

 

仕方なく買いに行った僕は腹いせに買ったコーラを思いっきり振り、総帥へ渡すと見事に命中したが、帰ってきた風真さんにこっぴどく怒られてしまった。

 

 

 

 

 




ラーメン屋とかにある瓶コーラってなんかわくわくしますよね


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

kzmの大冒険

いつも読んでくださり誠にありがとうございます!本当に頭が上がりません!
感想など書いてもらえた日にはホワホワしながら喜んでます。
今後ものんびりと書いていきますのでどうぞよろしくお願いします。


 

 

4限目の終わりを知らせるチャイムが教室に鳴り響く。

本日の学業は午前に終わる事を知っていた僕は先程使っていた授業の教材を鞄へとしまい帰宅の準備をしていた。

しかしそれを良しとしようとしない人物が目の前に現れる。

 

 

「バイト、吾輩と少し付き合え」

 

「…愛の告白?」

 

「違うわ」

 

「今日のholoxのバイトは休みの筈ですよね?僕、家帰ってやりたい事あるんですけど」

 

 

携帯でシフト表を確認すると今日の日付に休みという太字。ふとクラスメイトの視線が僕たちの方に向いている事に気がつく。

 

 

「なんだかここじゃ喋り辛いな」

 

 

腕をひっぱられそのまま教室の外へ連れ出されてしまった。廊下へ出ると同時に総帥は僕に言う。

 

 

「買い物行くぞ」

 

「えっ?拒否権…」

 

「だめっ」

 

 

毎回何かしらで僕の休日が無くなっているような気がする。

 

 


 

 

僕と総帥は学校の近くに建てられているそこそこ大き目なショッピングモールへと来ていた。周りを見渡すと平日だとは思えない人の数が訪れている辺りそれなりに人気があるのだろう。

 

 

「総帥、迷子にならないでくださいね」

 

「だから子供扱いするなって」

 

 

総帥から聞いた話によるとアジトの洗濯機が壊れてしまったらしく、替えの物を買うのが理由で此処へ来たとのこと。なんでも壊れた原因はどこかの総帥が洗濯機でスライムを作ったせいらしい。

 

すると総帥から唐突にとある話題をふられる。

 

 

「お前好きな人とか居る?」

 

「やっぱ総帥僕に気があるでしょ!」

 

あるわけないだろ!

 

 

そんなにはっきり言われると傷付く。

 

 

「バイトらへんの年頃だと恋愛エピソードとか沢山出てくるだろ?バイトの恋愛話はないのか?」

 

「僕のですか?」

 

 

思い返してみればそれなりに楽しく過ごせた学校生活…そんな中でも苦い思い出の一つぐらいはある。

 

 

「…一応、中学の時に好きな子は居ました」

 

「その話聞かせてくれ!」

 

 

ワクワクと目を輝かせる総帥は僕の話に興味津々のようだ。

 

 

「三年間クラスが同じで仲が良かった○○さんって人なんですけど」

 

「うん」

 

「趣味とかも同じで話がよく合うなぁみたいな…気が付いたらこう…好きっみたいな」

 

「お前が照れながら言うとだいぶきついな」

 

「これから悩み事を総帥には相談しません」

 

「それで?告白しちゃったの?」

 

「…夏に告白…してフラれました。」

 

「ひゃー…」

 

 

僕は真顔で言った。

 

 

「友達としか見られないって言われ、そっから一言も喋ってないです」

 

 

なんだろう…今日の天気は晴れのはずなのに顔が濡れてしょうがないや。

 

 

「んーーバイト……ドンマイ!」

 

「まじで一生相談しません!絶対!」

 

 

親指を立てる総帥に対して僕はそう決意した。

空気が気まずくなったからか総帥が別の話題をもちかける。

 

 

「思ったんだがバイト。お前もしかして友達居ないのか?」

 

 

瞬間、僕の動きが止まった。

 

 

「い、いーーや…と、友達の1人や10000人ぐらいは軽くいますしー…」

 

「桁数バグってるだろ。あと目をそらすな。数日だけしか見てないが、バイトが学校で人と喋ってるところを見たことがないぞ?」

 

「それは総帥が見てないだけでもしかしたら影で話してるかもしれませんし、それに学校以外の場所で友達の関係を築いてる可能性だってあるわけですので曖昧な根拠で物事を決めるのは良くないかなぁって僕は思いますけど…他にも…」

 

「すまん吾輩が悪かった!もう何も考えなくて良いからな!吾輩が居るからな!」

 

 

何かを察したのか慌てて口を塞がれてしまった。

そういう気遣いが逆にオーバーキルになるですよ。総帥。

 

 

「てかなんでこんな話題を振ったんですか⁉︎僕の心の傷に大ダメージですよ!もう瀕死ですよ!」

 

「いやだって恋愛話なんて定番だろ?吾輩一回やってみたかったんだもん」

 

「修学旅行とかのノリを今持ってきます?」

 

 

確かに高校に友達は居ないが、中学の時には多少そう呼べる人物は居た。

殆どの知人は別の高校へ進学してしまった為、"今"は話せる人が居ないだけである。しかし僕はある事を思い出し小声で呟いた。

 

 

「…いやでも1()()()()まだ連絡を取り合ってる子が居たな」 

 

「何の話だ?」

 

 

思わず口に出してしまった為「なんでもないです」と言い、はぐらかすと総帥の携帯がけたたましく鳴り響く。総帥がポケットから取り出した携帯の画面には"サムライ"とかかれた電話番号が表示されていた。

 

 

「そう言えば侍も来るって言ってたの忘れてた」

 

 

すかさず総帥は携帯をスピーカーの設定に変え僕にも声が聞こえるように電話に出る。

 

 

 

ここどこでござるか!

 

 

 

今にも泣き出しそうな風真さんの震えた声が携帯から聞こえてきた。

 

 

「…風真さん迷子になってません?」

 

「あいついつも道迷ってるよな」

 

『たすけてぇ〜』

 

 

僕らは現状を打破する為にも情報を集める事を目的に風真さんに今周りに何があるかを問いただす。

 

 

『ええっと…目の前にお城があるでござる』

 

「お城?もしかして東京の外行ってます?」

 

『いや日本のお城というか…西洋のお城なのかなぁ?』

 

「総帥、ついに風真さん…迷子で海越えました」

 

「あいつ凄いな」

 

 

今までの記録を凌駕(りょうが)したな。

 

 

越えてないでござるよ⁉︎流石の風真もそこまでは出来ないよ!』

 

 

風真さん曰く、気が付いたらお城の前に着いていたらしい。風真さんにとってそれが日常なのだろうか。

 

 

「近くの人に話しかけたりとか出来ませんか?そこで風真さんの現在地が分かるかもしれません」

 

『…分かったでごさる』

 

 

了承したと同時に近くに居た人と会話を始めたのか風真さんの声が遠くなる。会話をしている相手は声から女性だと分かった。話終えた風真さんが会話の内容を説明し始める。とある女性の発言を要約すると風真さんの現在地はとある王国の城下町とのことだ。

 

問題なのが風真さんの口から発せられた王国の名はこの世界にはないこと。

 

 

「…総帥これ多分あれですよ。風真さん異世界転生してます」

 

「海越えるじゃなくて次元越えてきたか…あいつやべぇな」

 

『意味分からないでござるよ!なんで道に迷ったら異世界転生してるでござるか⁉︎』

 

 

そんな事僕らに聞かれても答えられるわけがない。

何したら次元を超えられるんだろう。

 

 

「取り敢えず近くの家の中に入ってビンを破ったり、タンスを物色してみるのはどうですか?」

 

『風真を山賊か何かにしたいのでござるか?』

 

「確かに最初のやる事と言ったらそれだよな。偶にお金とか手に入るし」

 

『あれ?それが普通なの?』

 

 

よく考えればゲームの中とはいえ、やってる事は結構えげつない。普通に住民からしたら溜まったもんじゃない。

すると先程の女性の声が再度聴こえてくるが話の内容は聞き取れないまま。数分後かにやっと風真さんの声が近づいた。

 

 

『もしもし?聞こえるでござるか?』

 

「大丈夫だ。聞こえるぞ〜」

 

 

風真さんは先程の女性との会話を話す。

 

 

『先程の女性この国の聖騎士団の団長を務めているらしく、今から魔王を討伐しに行くらしいでござる』

 

「イベント入った?」

 

「イベント入りましたね。その団長さんはどんな見た目の人ですか?」

 

『見た目?え〜っと、鎧を着てて、腰に見たことない武器を付けているでござるな。こんぼう?のような…』

 

 

僕は携帯で"中世ヨーロッパ こんぼう"と調べ、とある武器の名前が上がっる。

 

 

「もしかしてメイスですかね?」

 

「他に特徴とかあるか?」

 

『特徴でござるか?う〜ん…大胸筋が…すっごい?』

 

 

間髪入れず僕は言う。

 

 

「ビデオカメラって出来ましたっけ?」

 

「お前がフラれた理由、なんとなく分かったわ」

 

 

何かを悟られてしまった。

風真さんはゴホンっと咳払いをし、話を戻す。

 

 

『それで風真も一緒に行かないかって…』

 

「行けば良いんじゃないか?」

 

『…なんかさっきから2人とも適当過ぎではござらんか?』

 

「いやだって次元が違かったら僕らなんも出来ませんし…」

 

 

よく分からない現状で一つだけ分かるのは次元が違くても携帯は繋がるって事が凄いぐらい。

 

 

「多分あれだ。魔王倒したらなんかくれると思うぞ、そこで元の世界に戻して!って言えば帰れる筈だ」

 

『帰れなかったらどうするつもりでござるか?』

 

「そん時はそん時だ。じゃっ!頑張れよ!」

 

うえっ!ちょっと!

 

 

風真さんの言葉を最後まで聞かず、総帥は電話を切ってしまった。僕は総帥へ疑問に思った事を聞く。

 

 

「…大丈夫なんですか?」

 

「何がだ?」

 

「いや万が一、風真さんに何かあったら」

 

「あいつは弱くない。吾輩が雇った用心棒だぞ?魔王なんかもうこうだ!」

 

 

ズバッと刀で何かを切るジェスチャーをする総帥。

 

 

「あいつから電話がかかってくるまで気長に待とうや」

 

「…そうですね。何か甘い物でも食べますか?僕心の傷を糖分で中和させたいです」

 

「吾輩ドーナツ食べたい!」

 

「フードコートにあると思うので行きますか」

 

 

そうして僕と総帥は目的のある場所へ歩き出した。

 

 


 

 

「あま〜〜」

 

 

幸せそうにドーナツをほうばる総帥を見ながら、僕はタピオカミルクティーを飲んでいた。久しぶりに飲んだが案外美味しいものだ。

僕のタピオカミルクティーが残り僅かとなった頃に総帥の携帯に先程と同じ番号の電話がかかる。

総帥は躊躇なく電話に出た。

 

 

「もしもし?魔王倒したか?」

 

「…何この会話」

 

 

こんなやりとりはじめて見た。

 

 

『一応、倒したでござるが…』

 

 

もごもごと何か気まずそうにしている風真さん。

 

 

「どうした?帰れなかったのか?」

 

『いや元の世界にはいつでも帰してくれるらしいのでござるが…』

 

「何か帰れない事情でも?」

 

『か…が…まお…に』

 

「えっ?」

 

『風真が新しい魔王に…』

 

「「なんでぇ⁉︎」」

 

 

急展開過ぎるだろ。

 

 

『いやね?風真、魔王に最後の一撃を喰らわして世界救ったでござるよ。そしたらその魔王が"次は貴様だ!"って…』

 

「いやなんでその指示従ってるんですか⁉︎早く帰ってきてくださいよ!」

 

 

何でこの人僕たちが呑気にタピオカミルクティー飲んでる間に世界救って魔王になってるんだ。この一日だけで経歴凄い事になっちゃったよ。

 

 

『違うよぉ〜。この世界のモンスターが可愛くて見放すのが可哀想なんでござるよぉ〜』

 

「あれ?僕たちの目的ってモンスターを飼うことでしたっけ?」

 

「洗濯機を買う事だろ!」

 

『とくにこのスライムがぁ』

 

「総帥、伏線回収ですよこれ!」

 

「どこがだよ!侍!お前は取り敢えず早く帰ってこい!」

 

 

その後、胸に勲章を付け腕にスライムを持った風真さんが帰ってきた。ぽこべぇの背中にはお土産らしき饅頭を背負っており、その美味しさから先程までの事は綺麗さっぱり洗い流された。

 

 

 

 




最近爪切りました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

社内恋愛は禁止!でござる。

 

 

「holoxは社内恋愛禁止なんでござる!」

 

 

先日、風真さんが拾ってきたスライムと戯れている僕にそう言ってきた。

 

 

「何の話ですか?」

 

 

すると風真さんは一枚の紙を見せてきた。

見覚えのある紙に懐かしさを感じる。

僕がバイトとして雇われる前に見せられたholoxの禁止事項一覧表、その中の社内恋愛禁止という欄に赤線が引かれていた。最後の方を見ると"バイトが吾輩に逆らう事"と書いていた。おいこんな規約最初無かったぞ。

 

 

「…それで誰のことを言ってるんですか?」

 

「沙花叉とルイ姉の事でござるよ!」

 

 

思い返してみると確かにあの2人は一緒にいることが多い。

 

 

「よく一緒には居ますけど…それで決めつけるのはどうなんですかね」

 

「そこで風真、考えました!」

 

 

するとポケットの中からデジタルカメラと黒いサングラスを取り出した。

よく見ると横に立っているぽこべぇは既にサングラスをかけていた。あらやだかわいい。

 

 

「これで証拠写真を撮って真相を明らかにする!」

 

「成る程、良い考えですね。じゃあ頑張ってください」

 

 

僕がスライムを抱き抱え、部屋から出ようとする。その瞬間、僕の腕を掴まれてしまった。

 

 

「多々益々弁ず。多い方が有利でござるよ?」

 

 

ぽこべぇへ助けを求めようとしたが僕の足を掴んでいた。

 

 

…そっち側なのか…ぽこべぇ。

うきうきしているぽこべぇを見ながらそう思った。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「いたでござるよ」

 

 

風真さんの目線の先に鷹嶺さんと沙花叉さんの後ろ姿があった。

僕、風真さん、ぽこべぇは体を電柱に隠しながら顔だけ出し、2人の姿を観察する。

 

 

「あっ!海殿のサングラスを渡すのを忘れてたでござる!」

 

 

そう言うと僕用のサングラスを渡されたが僕はそれを受け取り驚愕した。

 

 

「ありが…ちょっと待ってください!なんでフレームが星形なんですか⁉︎」

 

 

ぽこべぇと風真さんが付けているのはよくあるウェリントン型のサングラスでありそれに対して僕は星形。

 

 

「それしか無かったでござるよ…」

 

「こんなの付けたら嫌でも目立ちますよ!気分はパーティですよ!」

 

 

すると風真さんとぽこべぇはしょんぼりとしながら自分たちの付けていたサングラスを取り、僕へ渡そうとしてきた。

 

 

「じゃあ風真のやつと交換するでござるか?」

 

 

2人を見て何故か心が痛む。

 

 

「い、いや!ありがたくかけさせてもらいます!」

 

 

瞬間、2人にニパっと笑顔が戻った。

僕はサングラスを受け取り装着する。すると虹色に光りだした。光りだした⁉︎

僕はサングラスを外し、それを地面に叩きつける。

ふと横を見ると再度2人が涙目になっていた。僕はピカピカと光っているサングラスをそっと拾い上げまた装着した。

 

 

「それで…鷹嶺さん達は今どういう状況ですか?」

 

「そうでござるな…あっ!手を繋いだ!」

 

「いや手を繋ぐのはよくあると思いますけど…」

 

「もう少し様子を見てみるでござるか…」

 

 

僕らは鷹嶺さん達の尾行を続けた数分後、人通りの多い商店街へ出た。

平日の夕方だからか夕食の準備をしようと多くの人が買い物へ来ており、周りからはヒソヒソと話し声が聴こえてくる。

 

 

「なんか視線を感じるでござるなぁ」

 

「そりゃあパーティメンバーにカラフルにパーティしてるサングラスをかけてる奴が居ますからね。あっ光り方が変わりましたよ。凄い凝ってますねこのサングラス」

 

 

僕はこのサングラスを受け入れた方が気が楽だと思い、何も考えないことにした。

逆に鷹嶺さん達にバレないのが不思議なくらいだ。

すると鷹嶺さんと沙花叉さんはとある喫茶店に入っていく姿が見えた為、僕らも少し間を開け、同じ店に入店。

 

中へ入るとほんのりと香る珈琲の匂いと昔ながらの喫茶店のような雰囲気から、無意識にも心地が良いと感じる。こんな所が近所にあったのかと驚いてしまった。

 

僕らは鷹嶺さんと沙花叉さんが座っている席の壁で遮られている反対側の席に座る。横からは談笑をしているのか沙花叉さんの笑い声が聞こえてきた。席に座ったと同時に店員さんがメニュー表を渡してくれ、僕の方を見るや否や驚いた顔をしていた。バイトよ…分かるぞ、その気持ち。

 

 

「取り敢えず何か注文しましょう」

 

 

何も注文しないのは迷惑だと思い店員さんを呼ぶ。僕はブレンドなどよく分からなかった為、適当に選んだ珈琲3人分を店員さんへ注文した。

 

 

「話し声とかって聞こえますか?」

 

「ここからじゃしっかりと聞こえないでござる」

 

 

運が良いのか壁の高さが椅子から膝立ちすれば反対側が見られる程であり、顔をそっと出し覗き込んだ。

沙花叉さんと鷹嶺さんのテーブルには珈琲が入っているであろうマグカップと小さなケーキが2人分置いてあった。

 

すると鷹嶺さんがケーキの一口分のサイズをフォークで刺し、沙花叉さんの口の方へ運んでいた。

 

 

「これだ!」

 

 

決定的瞬間だと言わんばかりに"今だ!"だと思ったのか、すかさず風真さんはカメラを目の前の光景へ向ける。

次の瞬間、カメラからボンっと嫌な音がし煙が立ち上がった。

 

 

「なんでこのタイミングでカメラが壊れるのーー⁉︎」

 

「うえっ!風真さん!大丈夫ですか!」

 

お客様⁉︎

 

 

事態に気が付いた店員さんが手に持っていた僕達が注文した珈琲を手に持ちながら駆け寄って来た。

 

 

「その煙…も、もしかして火事ですか!え、ええっと…あっ!こ、この珈琲で!!」

 

 

狼狽している店員さんは案を出したのかそれを実行する。

マグカップに入った珈琲を煙が出てる方へかけようとするが、かかったのは僕の頭だった。

 

ここのマスターが愛情を込めて淹れてくれた珈琲。勿論、それは火傷しそうなほど熱かった。

 

 

あっっつ!!

 

海殿⁉︎

 

 

熱いと感じた感覚が脳へと伝わり、運動へ変換される。

僕はその場に立ち上がり、足を滑らしてしまった為、壁を乗り越え、反対側のテーブルに背中を思いっきりぶつけてしまった。

 

 

ぐわっ!

 

 

髪はずぶ濡れ、顔には光るサングラス…こんな人が急に来たら

 

 

うわーーーーー⁉︎

 

うえええええ⁉︎海くん⁉︎

 

 

この反応になるだろう。

 

 

「海殿!」

 

「お客様!申し訳ございません!」

 

 

駆け寄ってくる人たちを見ながら来なければよかったと後悔した。

 

 

 

ーーーーーー

 

 

「ううっ。風真のせいで…ごめんでござるぅ」

 

「いや別に風真さんは悪くないですよ」

 

 

風真さんとぽこべぇが僕の頭に泣きながら保冷剤を当ててくれた。

 

 

「どう!似合う?」

 

「いやぁ〜…沙花叉は外した方がいいと思ってるよ…」

 

 

反対側に座る鷹嶺さんは僕のサングラスをかけて遊んでいた。

 

 

「それで?なんでいろはちゃん達は沙花叉とルイ姉を追ってたの?」

 

「確かにまだ私聞いてなかった」

 

「ええっと」

 

 

風真さんは尾行していた理由を説明する。

それに対しての回答を鷹嶺さんが出す。

 

 

「なるほどねぇ。いやいや、私らは大親友なだけだよ」

 

「エッ…」

 

 

沙花叉さんの方を見ると鷹嶺さんの方を見る目から光が無くなっていた。

逆に鷹嶺さんの目は僕のサングラスで煌びやかに光っており、取らずにまだ付けていたらしい。

 

 

「えっいや、だ、大親友?」

 

「うん。大親友」

 

「も、もっと、う、上…なんなら…ねぇ」

 

 

より目の光を無くす沙花叉さん。

僕はある提案をした。

 

 

「鷹嶺さん。そのサングラス沙花叉さんにかけてあげてください」

 

「いい案だね!沙花叉、これ似合うよ!」

 

 

鷹嶺さんはサングラスを外し、沙花叉さんへかける。

これで目の光は大丈夫になった。

 

 

「おい!沙花叉で遊ぶなよ!火傷した所、突っついてやろうか!」

 

「僕は怪我人ですよ!優しくしてください!」

 

「こら、2人とも!ここは店の中だよ?静かにしないといけないでしょ!」

 

「ほら!海くんのせいでルイ姉に怒られちゃったじゃん!」

 

「これ僕のせいなんですか?サングラス!似合うと思った!だけなのに!」

 

「五・七・五みたいに言わないでよ!」

 

「物事をこ"まめ"に考える…珈琲"豆"…いや違うなぁ」

 

 

鷹嶺さんはダジャレのレパートリーを増やそうと努力していた。

 

 

「それじゃあ真相も分かった事だし、風真たちは帰るでござるな。いくよぽこべぇ」

 

「私と沙花叉はもう少し残ってるよ」

 

 

風真さんは手を振り、店を後にした。

腰を強打し動けなかった僕は大きくなったぽこべぇの頭の上に乗せてもらいながら帰路を辿る事にした。

 

 


 

 

holoxのアジトへ着くと総帥と博士が暇そうに椅子に座っていた。

 

 

「おお。侍、今帰ってきたのか」

 

「おかえり〜。あれ?海君と一緒に居たんじゃないの?」

 

「博士、僕はここです」

 

 

そう言いながらぽこべぇから降り、そのまま床に倒れる。

 

 

「すいません。腰をやっちゃって動けないんです。アジトに湿布ってありましたっけ?」

 

「確かあったはずだけど…ちょっと待ってて!」

 

 

博士は立ち上がり、別室へ湿布を探しに行ってくれた。

 

 

「何があったんだ?あいつ」

 

「色々あったでござるよ」

 

「ん?…てか侍!なんで吾輩と同じスマホケースをもってるんだ!」

 

 

よく見ると風真さんが使っているスマホケースと総帥の使っている物が全く一緒だったことに気がつく。

 

 

「えっ⁉︎い、いやこれは違うでござるよ!」

 

「何が違うんだよ!」

 

「そ、そっちだっていっつもお揃いにしようとしてくるじゃん!」

 

「バカ!何でここで言うんだよ!」

 

「あれ?なに動揺してるでござるか?」

 

「お前!まじ許さないからな!」

 

「お待たせ!見つけてきたよ…なんか言い争ってない?」

 

「仲が良いだけですよ」

 

 

僕と博士はそのまま風真さんと総帥の言い争いを見ながら親指をぐっと上げた。

 

 

 




辛いもの食べすぎてお腹壊しました


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

部活は決めました?

10000UAありがとうございます!


 

 

虎の威を借る狐

権力のある人に頼って威張る人をたとえた言葉である。

 

そんな言葉が似合うであろう人物を噂で僕は知っていた。

自主性を重んじる我が学舎の代表───理事長という地位を肩書に持つ父の息子が思い浮かぶ。有名である事は承知の上で一つ歳が離れている所謂、上学年に当たる人だ。名前は知らない。

 

それ故今後もその人とは関わりが無いんだろうと思っていたが、そんな安易な考えは直ぐに壊されてしまった。

 

 

「カンパーイ!!」

 

「「おわーーー!」」

 

 

 

コーラを入れた結露のついたコップを片手に握る総帥と例の先輩、それを眺める僕の3人だけというなんとも言えない空気に部屋は包まれていた。

 

 

 


───数分前

 

 

 

「総帥は部活決めましたか?」

 

「部活?」

 

「一学年は部活に必ず入部しないといけないんですよ」

 

「そんなルールがあるのか」

 

 

何故このようなルールがこの学校にあるのかは分からないが従わなければいろいろと面倒な事になる。

 

 

「入部していない一年生は教頭先生の雑用をやらされますよ。印刷の手伝いとか、荷物運びとか」

 

「地味に嫌なペナルティーだなそれ」

 

 

それが理由だからか基本的に周りの同年代はサッカーや野球などの体育系。茶華道、写真といった文化系など多種多様な部活へ入部している。

 

 

「バイトは何処に入部してるんだ?」

 

「僕ですか?僕はゲーム同好会ですかね。ゲームは昔から好きなので。まぁ基本的に活動はしてないんですけど」

 

 

入部している人の過半数は幽霊部員と化している為、活動しているのは僕と部長ぐらいだった。

余談だがその部長は何をしたのか分からないが現在停学中らしい。そういえばこの前、部室を覗いた時にやけにパソコンやらなんやらと見た事ない高価な機材が揃っていたな……。

あの人、本当に何をしたんだ。

 

 

「じゃあ吾輩もそれで良いかな」

 

「あれ?総帥ってゲームとか好きでしたっけ?」

 

「別の所に入ってもすぐ辞めることになるしな。それに吾輩を舐めるなよ?巷では上Bのラプラスって言われてたからな」

 

「総帥の二つ名多くないですか?」

 

「多い方がかっこいいだろ」

 

「僕にも何か二つ名くださいよ」

 

「ふられの海」

 

「…それただの悪口ですよ?」

 

「ほれ。早く部室に案内してくれ、ふられの海」

 

「余計なこと言わない方が良いですね。学びました」

 

 

少し賢くなった僕は総帥を部室へ案内する事にした。

 

 

 


 

 

職員室から部室の鍵を受け取り、久しぶりに部室の扉を開く。

 

 

「…また豪華になってる」

 

 

前までには無かったゲーミングチェアが置いてあった。なんだよこれ。

もしかしたら扉を開けば物が増える摩訶不思議な部屋なのかもしれない。

 

 

「うおーー!カッコいい椅子だな!吾輩これに座る!」

 

 

総帥は間髪入れずにその椅子に座った。

僕は他に座る物がないか周りを見ると部屋の端にパイプ椅子が置かれているのに気がつく。僕は総帥と対面するようにそれに座った。

 

 

「せっかくなので何かやりますか?」

 

「おうっ。そうだな。例えば何があるんだ?」

 

 

僕は立ち上がり、ゲーム機などが収納されている棚を見る。

 

 

「うーん…色々ありますね。昔ながらの据え置きゲームとか携帯ゲーム機とか」

 

 

ガサゴソと漁る僕に対し総帥は回答する。

 

 

「この前、バイトと博士がやってたゲームはどうだ?」

 

「良いんですか?自分で言うのもなんですけど結構上手いですよ。自分」

 

「ふられの海に負ける気がしないけどな!ガハハ!」

 

「ボコボコにしてやりますよ!もう立ち直れないぐらいに!」

 

 

僕は2人分のコントローラーを手に取り、総帥へ渡す。手加減はしない。

テレビと据え置きのゲーム機の電源をつけ、格闘ゲームと言う事でそれぞれキャラを選び、戦闘開始のボタンを押す。

いざ勝負!っとお互いが向き合った瞬間、部室のドアがガラッと開く。

 

当然、2人の目線は音のした方へ向けられる。

 

そこに立っていたのは髪を琥珀色に染め、顔の頬にガーゼを貼った見知らぬ男性が立っていた。身長は170後半ぐらいだろうか…よく見れば耳にはピアスをつけていた。

 

 

「あれ?久しぶりに来たけど…もしかして君たち新入部員?ここの部長、今来てる?」

 

 

 


 

 

「ほら先輩!グラスのコーラ空じゃん!そそぐぞ!」

 

「およおよ!ありがとぉねぇダークネスさん!」

 

 

机の上にはパーティー開きをされたポテチと2Lの大きなコーラが置かれていた。どれも部室の中にあった物である。

 

先程述べたように総帥がコーラをそそいでいる人は理事長の息子であり普通ならば関わるタイミングなどない人物だ。

名前を聞くと知れ渡っているだろっとかいつままれてしまった。知らないから聞いたのに…まぁあまり興味も無いし呼び方は適当に先輩でいいや。

顔に貼ってあるガーゼで隠しているのは自転車で転けた時の傷らしい。

 

 

「先輩は元からこの同好会に入っていたんですか?」

 

「そうだけど基本的には顔を出さないから幽霊部員ってところだよ」

 

 

まさか噂の人がゲーム同好会に入っているとは思いもしなかった。話し方が上手いのか既に総帥と打ち解けている。しかし先輩と会話をしていくにつれとある疑問が深まった。

 

 

 

 

先輩の噂による人物像との違い…

 

 

 

聞いていたものとはまったくもって別人。威張った様子も自分の地位も自慢する事ないその真っ直ぐな姿勢。違和感を感じている僕を先輩は見て何かに気が付いたのかとある質問をする。

 

 

「ええっと…海君だっけ?その眼差しは周りが流してる俺の噂を鵜呑みにしている口だな?」

 

「えっ。いや別に…」

 

「こんな見た目だからか誤解されやすいんだよ」

 

 

先輩はそう言いながら自分の髪をいじっていた。

 

 

「すみません。正直、噂から先輩の良い印象は持っていませんでした」

 

「いいって!俺ら面識とか無かっただろ?印象付けるものがそれしか無いんだったら仕方ないしね」

 

 

そう言いながら僕の肩をポンポンと叩いてくれた。

その時、僕はある事を思い出しクリアファイルに入れていたとある紙を一枚、総帥へと渡した。

 

 

「田島さん。これ入部届です。これを書いてクラス担任に渡せば無事入部した事になります」

 

「これ書けば良いだけか?」

 

「他に提出する物は特にないですよ」

 

 

いつものやり取りをしている僕らを見て疑問に思ったのか

 

 

「…君たち同学年だっけ?」

 

「そうですけど?」

 

「同学年にしては距離感が…なんか上下関係が構築されているような気がする。上司と部下みたいな」

 

 

つい癖で使った敬語で怪しまれてしまった。

 

 

「こいつは昔からこんな感じだ。誰に対しても敬語を使う人なんて珍しくないだろ?」

 

「確かにそういう人も居るしな。親の影響なのか分からないけど深読みしようとする癖があるんだよ。嫌な思いさせてたらごめんな?」

 

「いや、全然大丈夫です」

 

 

先輩への謝罪の返答をすると総帥が僕の袖をくいくいと引っ張り"シャーペン貸してくれ"っと言われたので筆箱の中の一本を総帥へ渡した。  

 

 

「それにしても俺の噂ってどんな感じなんだ?"恐喝してる"ていうのは聞いたことがあるけど」

 

「例えば…危ない集団との関わりがあるとかですかね」

 

 

すると先輩はお腹を抱え笑い出す。

 

 

「なんだよそれ!根も歯もない噂だな!ただの学生の俺が関われるわけないだろ!休日にはボランティアにも参加してる善良生徒だぞ?」

 

「自分で善良生徒って言うんですね」

 

 

総帥の方を見ると僕達の会話に興味が無いのか僕の貸したシャープペンシルを2回ノックした後、線を引き、僕へ質問してきた。

 

 

「なぁ、私の出席番号なんだっけ?」

 

「…ラプラスさん俺の話、興味ないよね?」

 

「ん?いや興味はあるぞ?どんどん話してくれ」

 

 

先輩は"俺、一応年上なんだけど"っと不満の声を上げていた。

総帥は気にせず紙に線を3回引く音が聞こえた後、芯が折れたのか1回ノックする。

 

 

「取り敢えず俺は帰ることにするよ。部長も居ないんじゃ俺の用事は果たせないからね」

 

 

先輩は椅子から立ち上がり、扉に手をかけ"じゃあまた!"と出ていってしまった。

 

 

「よし!書き終わった!あれ?あいつ帰っちゃったのか?」

 

 

総帥は先輩が帰ってしまった事に気がついたのか、机の上に置かれていたコントローラーを手に取る。

 

 

「続きやるぞ!」

 

「そう言えば闘っていた最中でしたね」

 

 

自分用のコップに入っていたコーラを飲み干し、コントローラーを握る。

 

 

「泣いても知りませんよ?」

 

「バイトごときに泣かされる我輩じゃないからな」

 

 

そうして戦いの火蓋が切られた。

 

数分後、意外にも勝敗はあっさりと決まり、結果は僕の勝ち。

しかし事態は急変、負けた事がよほど悔しかったのか机を叩こうとする総帥とそれを阻止しようとする僕とのラウンド2が始まっていた。

 

 

「総帥!もうやめて!僕が悪かったから!」

 

「うるさい!吾輩にドンをさせろ!ドンを!

 

「それ以上"この机"を叩くのやめてください!壊れちゃいますって!」

 

 

僕は総帥の腕を掴んでいた。

学校の備品を壊したとなると弁償をしないといけないのは僕ら。そんなお金は今持ち合わせていない。

 

 

「うおおお!離せ!お前をドンしてやろうか!」

 

ドンしてやろうか⁉︎

 

 

総帥を止めるのに必死になってしまい下の階が丁度、職員室であった事を忘れてしまっていた。上の階が騒がしいと気がついたのか、外から廊下を走る一人分の足音が聞こえてくる。

扉が開くと

 

 

「何やってるの!」

 

 

博士が飛び出してきた。

 

 

「あぁ…」

 

「なんで残念そうなんだよ!」

 

「この際、博士でも大丈夫です!総帥を止めるの手伝ってください!」

 

なんだよそれ!もっと喜べ!

 

「ドンが!ドンが溢れ出る!!」

 

「まずいですよ!総帥がなんか変な物質に変わりかけています!」

 

 

ドンが溢れ出るって一体なんだ。

 

 

「ラプちゃんがこの机を叩けなくさせれば良いんだよね!」

 

「まぁだいたい合ってます!10点満点中5点ぐらいです。どうにかしてください!」

 

 

博士は何かを思いついたのか総帥の標的である机を掴み、二階にある部室の窓から校庭の方へ放り投げた。下からドンっと地面に当たった音が聞こえる。

 

 

何やってるんですか⁉︎

 

「こうすれば叩けなくなったね!」

 

「違う!そういうことじゃあない!」

 

「あぁドンがぁ」

 

 

ドンが溢れ出たのかぐでぇっと倒れ込む総帥。

机の行方が気になった僕は恐る恐る外を覗き込む。

校庭には放り投げた机と

 

 

先輩が倒れていた。

 

 

先輩⁉︎

 

「くそっ!あと少しであのスカートがっ…!」

 

「博士、今度は外さないよう僕がやります」

 

 

先輩、机が落ちてきても気がつかないその集中力、別の事に使ってください。

 

 

 




円周率に自分の電話番号混ぜ込んでもバレないって最近気付きました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ご飯作りに来てくれるってよ!

 

 

携帯の画面を見ると時刻は20:06となっていた。

基本的にこの時間は外には出歩かないが先程まで学校に残っていた事もあり帰るのが遅くなってしまった。

 

帰宅するついでに寄ったスーパーにて購入した30%引きの惣菜パンが入っているビニール袋を右手に持ちながら暗い夜道を歩く。

 

特に何事もなく住んでいるアパートへ到着した僕は二階への階段を登り、自分の名前が書かれた表札の前に立ち部屋の扉の鍵を開ける。

ドアノブを引き、見慣れた風景が目に入ると思われたが

 

 

「いらっしゃいまs……」

 

 

瞬時に僕は扉を閉める。

なんか居た。

 

部屋を間違えたかと思い、確認するがやはり合っていた。気のせいかと思い、もう一度開く。

 

 

「いらっしゃ……」

 

 

また閉める。

やっぱり居た。

 

僕は自分の携帯でとある人へ連絡する。

電話をかけるのと同時に扉の向こうからコール音が聞こえきた。

 

 

「…"鷹嶺さん"何してるんですか?」

 

『目の前に居るんだから直接喋ろうよ』

 

 

扉を開き、スーツを着た鷹嶺さんが視界に入る。

 

 

「いらっしゃいませ。お客様」

 

「いつから僕の家はホストクラブみたいになったんですか?」

 

 

少なくとも朝までは普通だったはず。

よく見れば部屋の隅っこに着物を着た沙花叉さんが立っていた。

 

 

「この前言ったでしょ?ご飯作りに行ってあげるって」

 

 

まぁ確かに言ってはいた。

慣れというものは怖いもので、holoxでバイトを始めてからの濃い生活のおかげ様なのか家の中に勝手に入られたぐらいでは驚かなくなってしまった。…いやでも鍵はかけたはずなんだけど…どうやって入ったの?

 

そう思っていると部屋の中に設置されている机へと案内される。

ちゃぶ台と座布団といった今の雰囲気とはまったくマッチしていない見た目から予算が足りなかったのだと理解する。何故だか天井には光っていないミラーボールが吊り下げられていた。

 

 

「こちらメニュー表になります」

 

 

渡されたものに目を通す。

 

 

「結構種類ありますね」

 

 

ずらりと並んだ料理の名前から悩まされているとオススメと書かれたものに目がいった。

 

 

「じゃあこの"じゃがいもほくほく肉じゃが"で良いですか?」

 

 

 

肉じゃが入りましたぁあ!!

 

 

まってまってまって!アパート!ここアパート!」

 

 

どこから持ち出したのか鷹嶺さんは手に持つマイクに向かって大きな声をだした。沙花叉さんの方を見るとタンバリンをシャカシャカしていた。

僕は鷹嶺さんのマイクを取り上げる。

 

 

「もう店のコンセプトが滅茶苦茶ですよ!クラブなのか料亭なのかはっきりさせてください!」

 

「じゃあ居酒屋で」

 

「まさかの別解が出て驚いてます」

 

 

そう言いながら鷹嶺さんは天井のミラーボールを外し、僕が気がついた時には沙花叉さんと同じ着物へ着替えていた。

 

 

「それで、肉じゃがで良いんだっけ?ご飯も食べる?」

 

「お願いします」

 

 

スタスタと台所へ向かう鷹嶺さんを見ていると、横から沙花叉さんがドリンクが書かれた紙をちゃぶ台の上に置いてきた。

 

 

「…僕お酒飲めませんよ?」

 

 

中にはアルコール飲料なども記載されていた。

 

 

「飲ませるわけないでしょ。海くんみたいなお子様はメロンソーダで十分だよ」

 

「じゃあメロンソーダで大丈夫です。あっ濃いめで」

 

 

僕がそう言うとちゃぶ台に赤い布を敷き、クープ型のグラスをピラミッド型のように積み上げていった。

 

 

「…何してるんですか?」

 

「シャンパンタワー」

 

「メ、メロンソーダでシャンパンタワー?」

 

 

それはメロンソーダタワーなのではないだろうか。

 

 

「ご不満でも?」

 

「いやなんでしょう、なんというか…もっとこう…盛り上がりというか…」

 

お客様からコールのお願いです!

 

 

シャンパンタワー入りましたぁあ!

 

 

違う!違う!違う!だからマイク使って言うのやめてください!

 

 

僕らの騒ぎが五月蝿かったのか隣人から壁をドンっと叩かれてしまった。

 

 

壁ドン入りましたぁああ

 

「怒られるの僕なんですよ」

 

 

明日、なるべく隣人と会わないようにしよう。

すると調理が終わったのか鷹嶺さんがお盆に完成した品をのせて、僕の方へ近づいてきた。

 

 

「こちら肉じゃがになります」

 

「ありがとうございます」

 

 

僕の目の前にあるのは、ちゃぶ台の上にメロンソーダが入った"シャンパンタワー?"と肉じゃがといった世にも不思議な光景である。

僕は気にせずいただきますと言った後、肉じゃがを食べ始めた。

 

どの具材も味が染み込んでおり、特にじゃがいもはほろほろで箸で簡単に崩す事が出来るほどであった。

 

 

「暖かい…」

 

「美味しい?」

 

「もう泣きそうなほど美味しいですよ」

 

「シャンパンタワーには感謝の意味合いがあるらしいんだ。これは私たちから海君への日頃の感謝だよ」

 

 

泣いちゃうってこんなん。

今までバイトを頑張った甲斐があったと思わせられる。

 

 

「うっ……因みに"材料費"とかどうしたんですか?お金が無いのによくここまで用意出来ましたね」

 

 

目からこぼれてくる涙を拭いながら聞くと、2人は僕から顔を晒した。

 

 

「…あの、なんで目を逸らすんですか?」

 

「ヒュー…」

 

「フヒュー…」

 

「なんですかその口笛」

 

 

すると鷹嶺さんが語り出す。

 

 

「お金は…バイト代から引かせてもらってます…」

 

「えっ?誰の?」

 

「海君の」

 

 

僕は持っていた箸を手から離れてしまい、カランと落ちた音がした。

僕は落とした箸を拾い上げる。

 

 

だあぁああ!

 

 

ご飯を口の中へ流し込み、空になった茶碗を鷹嶺さんへ渡す。

僕は口の中に含みながら喋る。

 

 

「ふぉうならやふぇぐいでふよ!(こうなりゃやけ食いですよ)」

 

「何言ってるか分かんないけど多分おかわりだよね!」

 

 

僕の渡した茶碗を受け取り、ご飯をよそってくれた。

今月の光熱費、どうしよう。

 

 

ーーーーーー

 

 

時刻は22:00、僕は食べ終わった食器を洗いながら鷹嶺さんと会話をしていた。一方、沙花叉さんは眠かったのか床の上で寝てしまい、風邪をひかないように上にかけた掛け布団にくるまっている。

 

 

「今日は2人とも泊まっていくんですか?」

 

「時間も遅いし泊まろうかな?」

 

「後で2人分の布団、用意しときます。僕は椅子の上で寝るので」

 

 

蛇口から出る水の音を聞きながらそう言う。

話す話題が尽きてしまい数秒間沈黙が続いた後「そういえば」っと思い出したかの様にとある質問を投げかけた。

 

 

「鷹嶺さんっていつからholoxに居たんですか」

 

「うーん、覚えてないかなぁ。ラプに誘われて入ったのは随分昔の事だし…」

 

「よく世界征服って話に乗っかりましたね」

 

「まぁ最初から世界征服が目的ってわけでもなかったんだけどね」

 

 

笑いながら少し自慢するかの様な声が僕の耳に入る。

 

 

「今じゃダラダラと何をしているのか分からないけど…」

 

「本当に世界征服をする気なのか分からないですよね」

 

「ラプはただ単に本気を出してないだけだと思うよ。あの子の力の底は私でも測れないから」

 

「総帥と1番付き合いが長い鷹嶺さんでも分からないですね」

 

 

ふと手元を見ると使用した食器は全て洗い終わっていた事に気がついた。

僕は水を止める為、蛇口のハンドルをひねる。

 

 

「皿も洗い終わったので鷹嶺さんの駄洒落をおつまみに一杯どうですか?」

 

 

僕は積み上がったメロンソーダを指差しながら鷹嶺さんへ提案した。

 

 

「良いねそれ!popな話もあるし、炭酸と合いそうだよ!」

 

 

僕と鷹嶺さんは各自メロンソーダが入ったグラスを取る。

 

 

「じゃあ乾杯しますか」

 

「カンパーイ!」

 

 

カチンっとガラス同士が当たる音が鳴る。

入れてから時間が経っているのか炭酸は弱くなっていた。

 

 

「さっきのシャンパンタワーの話だけど、感謝は本当にしてるんだよ?海君が皆んなの為に働いてる事は私が一番理解してるつもりだし、私の中で大切な人の1人だよ」

 

びっくりしたぁ!心臓に悪いんで落とそうとしないでください!急に優しくされるとドキドキで心臓はじけちゃいます」

 

「ほれpopでしょ?」

 

 

popな話ってそう言うことか

 

 

「そういえば私海君がholoxのバイトに入った理由、知らないんだよね。海君こそよく世界征服って話に乗っかったよね」

 

「あれ?総帥から聞いてないんですか?てっきり皆んな知ってるもんかと思ってました」

 

 

隠す事でもない為、説明しよう口を動かす。

 

 

 

「僕がholoxのバイトをしているのは…」

 

 

 

「うぅん、あれ?沙花叉寝てたの?」

 

 

タイミングが悪い事に僕の話を遮る様にむくりと起き上がった沙花叉さん。運が悪いのか立ち上がろうとした沙花叉さんの足に掛け布団が絡まってしまい体勢を崩してしまった。

 

 

「うわっ!」

 

 

倒れ込んだ方向にあるのはちゃぶ台。嫌な予感がする。

 

 

「沙花叉!」

 

 

沙花叉さんがバランスを整えようと無意識に手を伸ばしたのはグラスの下に敷かれている赤色の布。しかし布一枚で倒れる体を支えることなど出来るわけもなく、掴まれた布は沙花叉さんにより引っ張られる。グラスが倒れると思いきや奇跡的にテレビ番組などでよく見るテーブルクロス引きをやってみせた。いや凄いな。

 

しかし運が悪い事は変わらず沙花叉さんは赤い布を持ちながら顔を地面にぶつけてしまった。

 

 

「「おおお〜〜」」

 

 

僕と鷹嶺さんはパチパチと拍手をせざるを得なかった。

 

 

拍手してないで沙花叉の心配をしろよ!

 

 

顔を赤くしてしまった沙花叉さんは足をドスンと怒りを地面に叩きつけた。

その振動からかテーブルクロス引きで少し不安定になっていたグラスがグラグラと揺れ始める。

 

 

「あっ」

 

「まずい!これ、借りてたやつだから割ったりしたら海君のバイト代が0円になっちゃうよ!」

 

「鷹嶺さんはなんで僕のバイト代で弁償する前提で言ってるんですか⁉︎」

 

 

そうしているうちにグラスの揺れは増していく。

 

 

「このままじゃ僕の部屋がメロンソーダとガラスの破片で埋め尽くされるだけでなく、()()のお金まで飛んでしまいます!」

 

()()だけに飛ぶってね!」

 

やかましいわ!

 

 

鷹嶺さんのボケを受け止めながら考えた案掛け布団をクッション代わりにしてグラスたちを受け止める事。この際、掛け布団がびしょ濡れになるのは仕方ないな。

 

 

「鷹嶺さん!掛け布団の反対側持ってください!」

 

 

僕は倒れ込んでくるであろう場所に掛け布団を広げる。

数秒後、運がいい事に倒れてくるグラスは全て掛け布団をクッション代わりにしたおかげで割らずにはすんだ。

 

しかし掛け布団、地面はグラスの中に入っていたものでびしょびしょとなっていた。

 

 

「…すんごい甘い匂いがします」

 

「ルームフレグランスと同じって事で沙花叉的には良いかと…」

 

「蟻さんがセットで付いてきますね」

 

 


 

 

床にこぼれたジュースを拭いた後、僕はベランダにて博士へ2人が泊まる事を伝える為に電話をかけていた。

 

 

「もしもし博士?沙花叉さんと鷹嶺さんなんですが…はい……あっそうです。今日は泊まると…何笑ってるんですか?」

 

 

携帯から博士の笑い声が聞こえてきた。

 

 

「…なっ!そんな事するわけないでしょ!そういうことなんで電話切りますね!」

 

 

電話を切った事により周りは静寂だけが残る。

 

 

「夜は寒いな」

 

 

そう言いながら窓を開け、入った部屋からはほのかにメロンの匂いがした。

 

 

 




あと何話後か分からないですがシリアスな展開がきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

出し物決めましょうの会

 

 

「文化祭の日も近づいて来ましたね」

 

 

僕は教員として紛れ込んでいる博士と共に学校の廊下を歩いていた。

周りを見渡すと板にペンキを塗っている人や、衣装を作るためか裁縫をしている人とそれぞれのクラスが放課後という時間を削り精を出している様子だ。

 

 

「青春だねぇ〜。学生が一つの目標に向かって協力する光景は良いものだよ」

 

「なんか1人暴れてる人が居ますけどね」

 

 

前方を見ると総帥が他クラスの生徒へちょっかいを出していた。

 

 

「これ何を作ってるんだ?」

 

「えっ?たこ焼きの…看板だけど」

 

「たこ焼き!吾輩食べたい!」

 

 

総帥の学校での一人称が私から吾輩へ変わっているが周りは対して気にしてないらしい。すると周りの生徒が総帥に気が付くと同時に何かを手に持ちながら駆け寄ってきていた。

 

 

「ダークネスちゃん!これうちのクラスが試作で作ったチェロスだけど食べてみる?」

 

「良いのか⁉︎」

 

「田島さん!今度のお化け屋敷はびっくりさせるような演出を用意してるからね!」

 

「吾輩を驚かせようなんて一万年早いわ」

 

 

いつの間にか出来上がった総帥を囲む様に人だかりを唇を噛み締めながら眺める。

 

 

「総帥…気がついたらいろんな人から慕われてますね。僕、嫉妬で頭がどうにかなりそうです」

 

 

この高校に居る歴の長さでは僕の方が上なのに…何故僕にはお友達が出来ないんだ。メダルすら交換できないのはおかしいだろ。

 

 

「そういえば海君のクラスは何をする予定なの?」

 

「僕のクラスは屋台とかじゃなくて演劇です。因みに僕はスポットライト役で皆んなを照らしまくります」

 

 

役決めの為のオーディションで見せた自分の演じるという能力があれほど無いと痛感させられるとは思いもしなかった。

 

 

「そのおかげか今こうやって暇を持て余してます」

 

「ラプちゃんは何役なの?」

 

「台詞の少ない役として村人Bを選んだらしいです」

 

 

総帥曰く、"目立つべきなのはここの生徒だ"とのこと。

 

 

「僕と総帥は部室に行きますけど博士はどうしますか?」

 

「こよはまだ少しやる事が…あっ!思い出した!」

 

 

するとポケットから畳まれた紙を僕へ渡して来た。

内容は文化祭での出し物の企画書。何故僕へこれを渡して来たのか疑問に思っていると

 

 

「部活動や同好会も何か一つ出物をしないといけないんだよ」

 

「…聞いてないんですけど」

 

「伝達するはずの部長さんが停学中だからね。伝わるのが遅れちゃったんだって」

 

 

紙の内容を読んでみると締め切りの日付が"今月の15日"っと記載されていた。自分の携帯で日付を確認する。

 

 

「提出期限今日までじゃないですか…」

 

 

僕は駆け足で総帥の方へ向かう。

 

 

「田島さん、早急にやらないといけない事が出来ました。ほら!ありがとう言って、さようならしなさい!」

 

 

僕がそう言うと総帥はチェロスを咥え、手を振りながらそれをくれた人へ感謝の言葉を言った。

 

 

「ありがとぉ、バイバーい」

 

 

見送る人を背に僕らは部室へと向かった。

 

 


 

 

「そういう事で1人づつ出物の案を言っていきましょう」 

 

 

部室に着くと同時に出し物が必要だと説明した後、集まった人へ意見を求めた。

 

 

「メイドカフェ!」

 

「世界征服!」

 

「水族館!!」

 

「資金的に水族館は厳しいですね」

 

 

博士、総帥、沙花叉さんの順で言われる案。僕は後ろを向き、ホワイトボードに出されたモノを書いた。

今のところメイドカフェという案しか実現出来ない現状に絶望した。

しかしとある事に気がつく。

 

 

いやちょっと待って!!

 

 

僕は向いてた方向を前へ戻す。

 

 

「なに堂々と紛れ込んでるんですか⁉︎沙花叉さん!」

 

 

何故か総帥と同じ制服を着た沙花叉さんが当たり前の様に椅子に座っていた。一瞬気が付かない程馴染んでいたなこの人…いったいいつから居たんだ?

 

 

「やべっ。バレた」

 

「…まぁこの際、人手不足なので僕の高校に居る事については何も言いません。特例で」

 

 

言ったところで何も変わらないだろう。

 

 

「もう沙花叉すくいで良いんじゃないか?」

 

「沙花叉すくいってなんだよ」

 

「そもそもクロたん、水族館でなんの魚を入れる気なの?」

 

「シャチ!沙花叉のシャチショーで荒稼ぎよ!」

 

 

スイスイと泳ぐジェスチャーをする沙花叉さん。

 

 

「沙花叉さんが泳ぐんですね」

 

 

プールで泳ぐ気だったのだろうか。

 

 

「他に何か案とかあります?」

 

「マヨネーズ試食会!」

 

「ASMR!」

 

「ルイ姉と…ぐへへへ」

 

「もう私利私欲ですね」

 

 

先程と同じ順番で出さられた案を取り敢えずホワイトボードへまとめる。

 

 

「うーん…可能なものは"メイドカフェ" "ASMR" "マヨネーズ試食会"ということで」

 

「どうせなら全部合体させて"マヨネーズのASMRメイドカフェ"でいこう」

 

「夢が詰まってて良いですね」

 

 

総帥が言い出し、全てを詰め込んだ何が目的なのか分からない出し物の出来上がりである。…需要あるのかな。これ。

そんな疑問を抱いていると博士がとある提案をしてきた。

 

 

「試しにマヨネーズのASMRやってみる?」

 

「確かにどんなものなのか気になります。お願いして良いですか?」

 

 

"こよに任せなさい!"とポケットからマヨネーズを取り出し、いつも持ち歩いてるんだなっと理解した。

 

博士は僕の耳元に顔を寄せマヨネーズを吸い始め、数秒間のうちに行われたASMRから僕らは悟る。

 

 

「「「…」」」

 

 

なんとも言えない数秒間の3人の沈黙を博士が問答無用で破いてきた。

 

 

「なんかコピペ対策みたいだね」

 

なんで言っちゃうんですか⁉︎僕らあえて言わなかったのに!

 

「なんでこよの声にモザイクが入ってるの?」

 

「フハハハ!残念でしたね!ここでは"よく分からない力"によってセンシティブっぽい発言は規制されるんですよ!」

 

「おコピペ対策!」

 

「ちょっと博士!よく分からない力に抗わないで!誰かこの人を縛る紐を持ってきてください!」

 

 

教室の隅に博士を紐で椅子に縛り付けた。博士は"はなせぇ!"っと抵抗しているがこの話し合いが終わるまで我慢してもらおう。

 

 

「まぁマヨネーズASMRを取り入れるかはまた後で決めましょう」

 

「メイドカフェに対して不賛成ではないが、博士合わせても4人だけだと回転率が悪くないか?」

 

「えっ?沙花叉もやるの?」

 

「この話を聞いたからには働いてもらいますよ」

 

「なんで闇取引の現場みたいな緊張感が走ってるんだよ!沙花叉働きたくない!」

 

 

しかしその問題を解決できるであろう策を僕は持っていた。

 

 

「メイドカフェをやるとなれば人手は問題ないかもしれないです」

 

 

自分のポケットから携帯を取り出し、ある人へ電話をする。

その相手というのが

 

 

「もしもし?"先輩"ですか?」

 

 

先輩であった。

理由は文化祭のパンフレットを見た時に先輩のクラスの出し物が僕らと同じメイドカフェである為、もしかしたら利用できると思ったからだった。

 

 

『我が後輩よ。我になんのようだ?』

 

「そちらの人材、少し譲ってくれません?」

 

『なにこれ?闇取引?』

 

 

文化祭の禁止事項の欄には"他クラス、団体との協力"を指すようなものは書いていなかった。噂によればスポンサーをつけてるクラスもあるとのこと。やる気が凄いな。

 

そこで僕が考えたのが、出し物が同じである先輩のクラスの人材を借りる事であった。あの先輩の事だ、クラスの中での発言力は高いだろう。

 

 

『それって俺のクラスにメリットとかあるの?』

 

「メリットなら…」

 

 

そう言われた時、総帥が"吾輩に変われ"と僕の肩をポンと叩いてきた。

 

 

「もしもし?吾輩が変わった」

 

 

総帥が僕の携帯で先輩と連絡を取り合う。

先輩の声はこちらからでは聞こえてこなかった。

 

 

「…それでメリットだが都合の悪い事をしない事だな」

 

「それってメリットなんですかね?」

 

「……じゃあ吾輩達の利益をある程度渡すで良いか?人件費とか諸々ってことで」

 

 

数分後、話し終えたのか総帥は僕へスマホを返してきた。

 

 

「数名ここへ呼んで来てくれるってよ。あと衣装とかも貸してくれるらしい。これで人手不足は解決だな!」

 

「よく承諾してくれましたね」

 

「吾輩にかかればこんな交渉も朝飯前よ!」

 

 

っと自信満々に言う総帥。

 

 

「それじゃあ企画書に書いときますね」

 

「予算とかどうするの?」

 

「うおおーい、無視するなぁ、そこのバイトと新人」

 

「ラプちゃん凄い!」

 

「もう吾輩には博士だけだよ!」

 

 

博士へ飛びつく総帥を無視をしながらペンを動かす。

記入しないといけない箇所は書き終わり、あとは提出するだけとなった。

 

 

「最後にマヨネーズASMRを入れるかですね」

 

 

最後の難題に僕らはぶち当たった。

あれだ。模試とかで残してた難問と向き合う時間に近いヤツ。

 

 

「吾輩どっかで聞いたけど最も売上が高かった所には景品が貰えるらしいぞ?」

 

「他の所と差別化したいんだったら必要なのかな?」

 

「別に僕らは景品が目当てでもないですから…」

 

「こよは必要だと思います!」

 

 

ただでさえゲーム同好会とかけ離れている出し物なのだからこれ以上ややこしくするのはまずいと僕は思った。

このまま企画書を提出しようと机の上に置いていた紙を取ろうとするが、置いていたはずの物がそこから無くなっていた。

 

 

「あれ?総帥、ここにあった企画書の紙、何処にいったのか分かりますか?」

 

「いや?知らないが?」

 

 

嫌な予感がした僕は博士が居た場所の方へ目線を向ける。

紙と同様、博士の姿が無かった。

 

瞬間、教室から企画書と思わしき紙を握った博士が扉を開け、外へ出て行ってしまった。一瞬の出来事で僕たちの反応は遅れる。

 

 

「これでマヨネーズがタダで貰える!」 

 

「…ああぁあ!

 

「持ってかれちゃったな」

 

「持ってかれちゃったなじゃないですよ!」

 

「別に良いんじゃない?」

 

 

そこまで問題ではないと思っている2人に対して僕の見解を言う。

 

 

「あの人、絶っっ対マヨネーズASMR書きますから!あれやったら同好会の名前が変な方向へ変わってしまいますよ!部長が帰ってきた時に名前がマヨネーズASMR同好会とかになってたら可哀想でしょ!」

 

 

止めなければと自覚しているが相手はコヨーテの博士、僕一人では追いつく自信がない。

 

 

「総帥!博士を追うの手伝ってくれませんか!」

 

「嫌だよ、めんどくさいし」

 

「今日の夜ご飯、お肉を使ったハンバーグにしてもらいましょう。材料は僕が買うので」

 

 

おい!待てこら博士!!

 

 

僕の提案を聞いた瞬間、総帥は勢いよく教室から飛び出した。

僕と沙花叉さんも同じように教室を飛び出し、辺りを見渡す。教室を出て右側の廊下を走る総帥と博士の姿が目に入った。

 

廊下を走るなと言う側の人が走ったら駄目だろ。

すると総帥が走るスピードを落とし僕へ話しかけてきた。

 

 

「多分このままじゃ博士には追いつけない。だから新人、吾輩を博士へ向かって思いっきり投げろ!」

 

「偶に言ってる事がおかしいって自覚あります?」

 

「任せて!ラプラス!」

 

もういいや!やっちゃってください!沙花叉さん!」

 

 

言われたとうり、沙花叉さんはひょいっと両手で総帥を持ち上げ、博士に向かって投げられた総帥は頭から放物線を描きながら博士の方へ向かう。しかし運が悪い事に総帥が投げ飛ばされた前方の教室から見知った人が姿を現した。

 

 

「あれ?海君じゃん!さっきの話だけど…ん?」

 

 

そこには女性用であろうメイド服を着た先輩の姿があった。なんであの人が着てるんだ。

 

 

「先輩!前方ダークネス!飛んで来ます!」

 

「えっ?なんのこと…ブホォッ!!

 

 

そう言った時に総帥は既に先輩の目の前だった。

真正面から総帥の角が当たりゴンっと鈍い音がなる。

何事もなかったかのようにむくりと総帥は立ち上がるが、先輩はピクリともしなかった。

 

 

先輩⁉︎

 

「捕まえたぞ!博士!」

 

「うええええ!!ラプちゃん⁉︎」

 

 

僕は先輩の方へ駆け寄り、倒れている体を起こす。

 

 

「先輩大丈夫ですか⁉︎」

 

 

意識はまだあるようでプルプルと震える手で顔を覆いながら

 

 

「俺が何したって言うんだ」

 

 

っと小声で言った。

 

 

 




どうもよく分からない力です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お菓子作れる人は凄いと思うんだよ


今回はクッキーを作るだけです。

読者の方々に笑顔を


 

 

とある日曜、学校も休みという事で僕はholoxのアジトの中で暇を持て余していた。

特にやる事も無いので総帥から勧められた本を読んでいると

 

 

「バイトぉ、暇だから面白い話してくれよ」

 

 

ソファーで寝転がる総帥が僕へそう言ってきた。

僕は本を読むのを止め、総帥へとある話を語り始めた。

 

 

「ここ最近の話なんですけど」

 

「うん」

 

「家の中の回線が悪くなっちゃって電話が出来ない状態が続いたんですよ」

 

「そりゃまた災難で」

 

「そこで業者さんに" 電話をかけたいんですけど "っと相談したらこう言われたんですよ。かけるのは醤油だけにしとけって」 

 

「いや海鮮だけにゆーてな!」

 

「「ガッハッハ!」」

 

 

 

 

「どうしてくれるんですか?この空気」

 

「100%お前のせいだろ」

 

 

摩擦0で直線運動した僕の話は遥か彼方へ飛んで行ってしまった。

そんなやりとりをしていると台所の方から香ばしいバターの香りが漂ってきた事に気がつく。

 

 

「なんか良い匂いしますね」

 

「さっき昼ご飯食べたばっかだぞ?」

 

 

満たされたお腹ではあるがスイーツとなれば別腹。

気になった僕らは台所方へ向かう。

台所に着くと同時に覗き込む為、僕と総帥は顔だけ出し匂いの理由を確かめようとした。

 

 

「よし!あとは焼き上がるのを待つだけでござるな!」

 

 

そこにはオーブンを見つめる風真さんの姿があった。

すると「んっ?」っと僕らの気配に気が付いたからか視線がオーブンから僕たちの方へと変わる。

 

 

「うわぁああ!びっっくりしたぁ!」

 

「何作ってるんだ?侍」

 

 

顔だけ出している僕らに驚く風真さんを気にせず総帥がそう尋ねる。僕らが疑問に思っていると、とことこ歩いてくるぽこべぇがとあるお菓子のレシピ本を開き()()()()()()()() ()と書かれたページを見せてくれた。

 

 

「クッキーですか。どうりで良い匂いがするわけですね」

 

 

オーブンから漂う甘い香りから自然にお腹が空いてしまう。

 

 

「近所の人から薄力粉とバターを貰ったのでござるよ。皆殿が甘い物食べたくなるかなぁって思ったからクッキーでもつくろうかと…」

 

「僕から85点」

 

「吾輩から90点」

 

「それ何の点数?」

 

 

風真さんは合計175点の風真ポイントを叩き出した。

 

 

「でもお菓子作りなんて凄いですね。僕が作ろうとすると全てが黒になっちゃいますから」

 

「クッキーは結構簡単に作れるでござるよ?」

 

 

風真さんはぽこべぇからレシピ本を受け取り、僕へ渡してきた。

 

 

「材料も余ってるから風真と一緒に作るでござるか?教えるのには自信があるでござるよ!」

 

 

元気よく自信満々に風真さんがそう言ってきた。

 

 

「僕、89点」

 

「吾輩、おまけの91点」

 

「…本当に何の点数?」

 

 

過去最高の180点の風真ポイントである。

 

 

ーーーーーー

 

 

手を洗った僕らはそれぞれエプロンを身につけ、準備満タンの状態で台所に立っていた。

 

 

「気をつけろバイト、キッチンは戦場だからな。油断したらやばいと思え」

 

「yes my dark」

 

「風真はそんなに気張らないでいいと思うのでござるがなぁ」

 

 

僕はクッキーのレシピに目を通す。

ある程度の工程は覚え、後は風真さんの指導の元、作るだけだ。

 

 

「じゃあまずは薄力粉をふるうでござるな」

 

「すまん…薄力粉…お前とは付き合えない」

 

「粉をふってどうするでござるか!」

 

「トラウマなんでやめてください。それ」

 

 

お手本を見せる様に風真さんは薄力粉をふるい機を使い、ふるう姿を真似ながら僕も作業をしてみたが意外にも楽しいと思えてしまった。案外、僕はこういう細かな作業が好きなのかもしれない。

 

 

「あとは溶かしたバターに砂糖、卵黄を混ぜ、ふるった薄力粉を入れヘラでよく混ぜ合わせるだけでござるよ」

 

「やっぱ愛とか込めた方が良いんですかね?」

 

「風真はいつも目一杯込めてるよ」

 

「総帥、僕らも負けてられませんね」

 

「吾輩の愛にこの(クッキー)が耐えれるか見ものだな」

 

「かっこいいですよ総帥」

 

「だぁろ!」

 

 

僕は総帥とパチンとハイタッチをする。

しかし、そんなやり取りは風真さんにスルーされてしまった。

 

 

「それじゃあ混ざるでござるよ」

 

「やるぞバイト」

 

「分かりました」

 

 

僕らはとある物も取る為にも一度台所を離れる事にした。お目当ての物を台所へ運ぶと同時に風真さんの表情が変わる。

 

 

「…何を持ってきてるでござるか?」

 

「何って…」

 

 

僕らは持ってきた物を見せながら風真さんへの質問に答えた。

 

 

「「(うす)(きね)」」

 

「も、餅つき⁉︎ヘラでやるって言ったでしょ!」

 

「「誠心誠意込めて打ち込ませていただきます」」

 

多分、風真誘う人、間違えたかも!!

 

 

総帥が杵を持ち、僕は間の手の役割。

勿論、美味しくなる為の愛を込め忘れてはいけない。

 

瞬間、総帥が材料が入れられた臼へ向かい杵を振り下ろし、ペチンという音が鳴る。その行動を何度も繰り返す。

 

 

おらっ!おらっ!美味しくなれ!

 

 

僕の掛け声に総帥が合わせる。

 

 

おらっ!ここが良いのか!

 

「なんかその愛歪んでない⁉︎」

 

「さぁ始まって参りました!第一回、何を作っているのか分からなくなってしまった大会!!司会進行は匂いに釣られたこの"博衣こより"が務めさせて貰います!」

 

「横に同じく匂いに釣られた"鷹嶺ルイ"と"沙花叉クロヱ"が実況、解説をさせもらいます」

 

「いつから居たんでござるか⁉︎」

 

 

横を見るといつの間にか博士達が椅子の上に座っていた。

発言からただ単にクッキーが食べたいのだろう。

 

 

「ちょっと!この数のボケを風真一人では捌き切れないでござるよ!さ、沙花叉なら!」

 

 

自分の役割が人手不足だと判断した風真さんは沙花叉さんへ助けを求める。

 

 

「現在、沙花叉は私の隣で寝ております」

 

「んん〜…お魚ぁ…」

 

何しにきたんだよ!!

 

 

しかしそんな小さな願いも叶わなかったようだった。

 

 

「おっと!ここでクッキー生地が完成したのか臼から取り出しましたよこよりさん!」

 

「次の工程は型を取るですねぇ!」

 

 

流れる様な作業をとある理由で風真さんが止めようとする。

 

 

「いや一度冷蔵庫で生地を冷やさないと…」

 

「冷やされたのがこちらになります」

 

 

冷蔵庫から冷やされた生地を総帥が取り出した。

 

 

摩訶不思議な冷蔵庫!これ仕組まれてるでござるよな⁉︎

 

 

僕と総帥はクッキーの生地をまな板の上に乗せ、めん棒で伸ばし、型が取りやすい状態にする。僕は総帥へどんな形が良いかを尋ねた。

 

 

「どんな形の物を作りますか?無難に星とかハートにします?」 

 

「吾輩の形とかが良い」

 

「難易度凄く上がりましたね」

 

「そっちの方が燃えるだろ?」

 

「総帥…一生ついていきます」

 

 

僕は総帥と肩を組む。

 

 

「こ、これわ!二人だけの円陣ですね!解説のルイ姉はどうお考えですか」

 

「やってやろうっていう意気込みが感じられますね!これは強いですよ!」

 

「もう風真帰って良い⁉︎」

 

「残念ながら帰る家はここでございます!私たちの家です!」

 

「だあ"あ"あ"!」

 

 

そうこうしているうちに僕らの型抜きの工程は終わりを告げ、星形、ハート型、総帥型と様々な形を作り上げ、達成感に浸っていた。しかし最大の難所、焼きという工程がまだ残っている。

 

オーブンの中へ型取った生地を並べ、後はスタートボタンを押すだけ…だが僕の手が震えていた。責任という重荷を感じ僕が緊張していると気が付いたのか総帥の手がそっと僕の手の上に乗っかる。

 

 

「お前だけにこんな大役、任せるわけないだろ。吾輩も一緒だ」

 

「そ、総帥」

 

 

そしてスタートボタンを押した。

 

 

「だぁああ!押したぁああ!これはもう優勝です!こよ感動しました!」

 

「最後に感動もくれた両選手に盛大な拍手を!」

 

 

パチパチと響き渡る拍手が僕たちの勝利を示してくれる。なんと心地いい音なのだろうか。

 

 

 

 

「……なんなんでござるか!これ!!

 

 

 

オーブンからチンと焼き上がる音と共に風真さんの声が周りの拍手の音で消えていった。

 

 


 

 

「何はともあれ美味しく出来て良かったでござるな」

 

「美味しいねこれ。いろはまた腕あげたんじゃない?」

 

「うへへ〜。褒めてもなんも出ないでござるよ?ルイ殿〜」

 

「…ラプちゃんの形をしている…」

 

「吾輩だと思って食べてくれ!」

 

「食いづらいわ!こよをなんだと思ってるだよ!」

 

「…沙花叉さん、寝ながら食べてますよ」

 

「おいしー」

 

 

無事焼き上がったクッキーをholoxのメンバーで食べていた。きっと今まで作ってきた手料理の中で一番の出来だろう。そう思っていると一つの案が僕の頭の中に浮かび上がった。

 

 

「…文化祭でこのクッキー出しますか?この美味しさなら十分に出せますよ」

 

「へへっ」

 

 

風真さんは気恥ずかしいそうに喜んでいるがお世辞なしに風真さんのクッキーは美味しかった。

 

 

「ん?良いと思うぞ。飲食を出す許可は降りてるんだろ?」

 

「一応申請はしてます」

 

「名前は風真クッキーで良いんじゃないか?」

 

「恥ずかしいんでござるが?」

 

「せっかく作るのでいろんな人に食べてもらいたいですよね」

 

 

僕の案に答える様に総帥が一つ提案してくれた。

 

 

「じゃあこんなのはどうだ?このクッキーをいろんな人に渡して回るみたいな」

 

 

そんな総帥の考えを聞いた風真さんが

 

 

「……UBER GOZARU?」

 

 

っと言った。

 

 

「僕、100点」

 

「鷹嶺、100点」

 

「こより、100点」

 

「ひゃくうぅー」

 

「吾輩、120点!」

 

 

だから何の点数でござるか!

 

 





一周年おめでとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

こよとクロ

台本形式のタグを付けていませんでした。
申し訳ないです。

(追記・本作は台本形式なしに変更しました)

あっ今回、じゃっかん沙花叉さんの圧があります。


 

 

「だからなんで協力しないんだよ!」

 

「ぽえぽえ〜?」

 

「…二人ともゲームぐらい仲良くやったらどうですか?」

 

 

放課後、アジトに居るのは僕と博士、沙花叉さんの3人だけ。他のholoxのメンバーはそれぞれ用事があると出かけてしまっている。

 

何もしないのは暇という事でゲーム同好会の部室から借りてきたとある協力ゲームをやっているのであるが…何故かこの2人、うまく噛み合っていないように見受けられる。

 

 

「コンビネーションが悪いんですかね?」

 

「これ完全に狙ってやってるだろ!」

 

 

博士はそう言いながら画面に表示されている沙花叉さんのゲームの中での裏切り行為を指差す。

 

 

「ぽえ〜〜?」

 

「くぉあ"あ"!そのぽえ〜腹立つ!」

 

 

2人とも仲が悪いというわけでもない。

むしろお互い信頼してるからこそこんな言い合いが出来るのだろうかと思うとその関係性が少しだけ羨ましい。

 

 

もうこよクロは" 解散 "だぁああ!!

 

 

たった今、その信頼関係が崩れそうになった。

 

 

「こよちゃん。沙花叉から逃げれると思わない方が良いよ。いつまでも、ず〜〜〜っと一緒だよ?」

 

「怖いわ!」

 

「シャチジョークですか?」

 

「シャチジョーク!」

 

 

沙花叉さんが満面の笑みでピースをしながらそう言う。

 

 

「なんというか会話をしようとすると、お互い" どうもこんにちは、さぁ思う存分殴り合おうぞ! "みたいな感じになりますよね」

 

「何その物騒な例え方」

 

「出合い頭、右ストレートです」

 

「沙花叉はコークスクリュー・ブロー!」

 

「そういう事じゃないんですよ」

 

 

睨み合う2人を横目に僕はバックからホッチキスで止めてある紙の束を取り出した。それが気になったのか沙花叉さんが声をかけてくる。

 

 

「海くん、それ何?」

 

「これですか?クラスでやる出し物の台本ですよ」

 

 

とは言ってもどのタイミングで照らすのかが書かれた照明係用の物である。本番に間違わないよう覚えるまで読むつもりだ。

 

 

「そういえば海君は演技が上手じゃないんだっけ」

 

「自分以外の気持ちや考えを体で表現出来ないんですよ。昔から嘘をつくのも下手くそでした」

 

 

博士の質問から思い出す中学生時代、怪我をしてないと嘘をついたら一瞬でバレたのは良い思い出だ。あの保健室の先生は今頃何をしているのだろうか。

 

 

「それに比べて、2人は様々な事を演じる能力が長けてますよね。尊敬してます」

 

「そ、そうかな〜」

 

「うへへへ〜」

 

「どっちの方が上手いんですかね?」

 

 

 

こより!」「沙花叉!

 

 

 

それぞれ自分の名前を叫ぶ。

 

 

「あぁ…」

 

 

今の状況で聞く事ではなかったと反省する。

自分の誤った質問に後悔しているとアジトのドアを誰かが開ける音が聞こえてきた。

 

玄関の方へ視線を向けると手に買い物袋を握った鷹嶺さんの姿があった。

 

 

「ただいまぁ…って、何してるの?」

 

 

ギャーギャーと言い争う2人を見て鷹嶺さんが僕へ質問してきた。

 

 

「あっ。おかえりなさい。実は…」

 

 

重たそうにしていた買い物袋を受け取りながら僕は鷹嶺さんに事の発端を説明した。

 

 


 

 

「なるほどね…」

 

 

現状を理解したのか再度、博士と沙花叉さんの方を見る。

どうやら未だ話は平行線のままのようだった。

 

 

「僕の方が良いもん!」

 

「いいや沙花叉の方だよ!ほら!茶柱だって立ってる!」

 

「沙花叉さん、それは縁起です」

 

「水に溶けたら水酸化物イオンが生じるし!」

 

「博士!それは塩基!」

 

「今日はキノコ料理だよ」

 

「エリンギ!って何言わせてんですか鷹嶺さん⁉︎

 

 

このバイトをやり始めてからツッコミの技術だけが上がっているような気がする。

そう思っていると鷹嶺さんがとある提案を出す。

 

 

「このままじゃ埒が開かないし、どうせなら海君にどちらが上手いか決めて貰えば良いんじゃない?」

 

「ちょっと待ってくださいよ!なんで面倒事を僕に押し付けるんですか⁉︎」

 

「だって火種は海君なんだよね。それになんだか面白そうじゃない?」

 

「いやまぁそうですけど…」

 

「沙花叉は賛成!」

 

「こよも!」

 

 

確かに責任を負うべきなのは僕であるが、果たして無事に終わらせる事が出来るのだろうか。いや、あの人たちのことだ。終わらせられる気がしない。

 

 


 

 

机の上に置かれた2枚の小さなホワイトボード。

どのような方法を用いて決めるか話し合った結果、それぞれの演技の上手さを数値化し、書かれた点数が高い方が勝利といった単純なルールが採用された。

 

採点者は僕、鷹嶺さんは審判をやるらしい。

 

 

「やるからにはしっかり採点します。最初はどちらからですか?」

 

 

僕がそう聞くと自信があるからか、元気よく沙花叉さんが手をあげる。

 

 

「沙花叉から!」

 

 

博士もそれを了承しているようだった。 

 

 

「じゃあ沙花叉さんからでお願いします」

 

 

僕がそう言うと沙花叉さんが近付いてきた。

 

 

「海くん」

 

「はい、なんですか?」

 

 

一拍おいたのち沙花叉さんが口を開く。

 

 

 

沙花叉が一番だよね?

 

 

 

瞬間、周りの空気が変わったことに僕は気がついた。

背筋がゾッとするような感覚、僕が今まで経験したどの感覚とも一致しない…そんな思いをさせる声色を放つ。

 

 

「さ、沙花叉さん?」

 

「ねぇ」

 

 

気がついた時には沙花叉さんの顔が僕の目の前に来ていた。恥ずかしさからきたのか僕は自分の顔を沙花叉さんの顔から逸らす。

 

 

「目を逸らさないで」

 

 

しかし、そんな行動も無意味だったようだ。

 

沙花叉さんは僕の顔を両手で掴み、無理矢理自分の顔を見せるように動かしてきた。僕の目と沙花叉さんの目が見つめ合う。よく見ると沙花叉さんの目からハイライトがoffになっている。

 

ただ今感じるのは沙花叉さんから放たれる圧力と顔を掴んでいる手の暖かさだけであった。 

 

 

「海くんは沙花叉のこと好き?」

 

「えっ?好き?す、好き⁉︎

 

 

思いもしなかった唐突な質問から僕は動揺を見せる。

 

 

「好きっていうか…えっ?びょ、平等な審査を…」

 

「海くんは沙花叉以外の女の子をとるの?」

 

 

顔を逸らそうにも動かせないもどかしさが僕を襲う。

 

 

「は、博士のものを見て決めないと…」

 

「ねぇ。なんで別の女の子の話が出てくるの?今話してるのは沙花叉だよね?関係ないよね?ねぇ……なんで?

 

レ、レフリー!レフリー!!

 

 

鷹嶺さんへ助け舟を求めたが両手を広げセーフのポーズをしていた。

 

 

「セーーフ!」

 

「こんなのありですか⁉︎」

 

「ほら早く沙花叉が一番だって証明してよ。ここにあるホワイトボードで」

 

 

すると沙花叉さんは僕へ油性ペンを握らせてきた。

 

 

「満点だよね?」

 

「い、いやちょっと…」

 

「返事は" ぽえー "だけだよ?」

 

「ぽ、ぽえ〜…」

 

 

僕は気がついた時にはホワイトボードに100という数字を書いていた。

 

 

「やっったぁ〜!こよちゃん見て!見て!沙花叉100点取ったよ!」

 

「ぐぬぬぬぬ!!」

 

 

博士が悔しがる一方、僕は膝から崩れ落ちていた。

なんかよく分からないけどこう胸がギュッとなる感じで苦しいんだよ。

 

 

「た、鷹嶺さん…ぼ、僕は、これで良かったんですか?」

 

「よく頑張ったよ海君」

 

 

慰められる僕の目から涙が溢れそうになる。

 

 

「だけどまだ1人残ってる」

 

「僕の精神がどうにかなります」

 

 

僕があの発言を再度後悔する時間を博士は遮ってきた。

 

 

「次はこよの番だね!」

 

「心の準備をする為にコンセプトを教えてもらっていいですか?」

 

「あっ!海君!その前にこの薬飲んでくれない?」

 

 

そう言うと博士は緑色の液体が入った試験管を僕へ渡してきた。

 

 

「…何ですかこれ?」

 

「こよが言ったこと何でも聞く薬!」

 

「おい!おい!薬とか卑怯だろ!審判!」

 

 

この博士、勝負は建前で僕を実験台にしようとしていたな。

そして沙花叉さんの訴えにレフリーは答える。

 

 

「まぁ使っちゃダメっていうルールは無いからね…」

 

「この審判だいぶ適当だぞ!可哀想だろ沙花叉が!」

 

 

それは納得できる。

 

 

「実は親友が最後に残した薬で…海君に飲んでほしいって頼まれてたの…」

 

「重さのジャンルが変わりましたね。嫌ですよ。その薬飲むの」

 

 

僕はバッサリと拒否したがそれがまずかったのだろう。

 

 

こよの薬が飲めないってのか⁉︎

 

 

探究心に火がつき、ヤケになった博士はその試験管を飲ませようと僕へ近付く。

 

 

「審判!これは止めてくださいよ!失格ですよこんなの!」

 

「あっ夜ご飯の準備をしないと」

 

審判⁉︎

 

 

そう言うと鷹嶺さんは台所の方へ行ってしまった。

 

 

「さ、沙花叉もやる事あるんだったぁ」

 

 

身の危険を感じ、どさくさに紛れて逃げようとする沙花叉さんを博士は見逃さなかった。

沙花叉さんの腕を博士はガシッと掴んだ。

 

 

「こ、こよちゃん⁉︎」

 

 

引きずった笑顔で沙花叉さんがそう言う。

 

 

「クロたんにも試したい薬があったんだよ。こよクロでしょ?」

 

「か、解散!」

 

「却下!」

 

なんでだよ!

 

「…沙花叉さん。こうなった博士はもう止められません。ここは笑って薬を受け入れましょう。ワッハッハ!」

 

「お前本当は演技上手だろ!ぽえっ!」

 

 

 

 

「あっ実験が終わった後はこよクロ解散で」

 

 




タイトルが思いつきません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

文化祭と書いて非日常と読む part1

 

 

いつもと違った雰囲気が漂う学校。

 

それもそのはず、今日は文化祭当日。

あと数分で始まるという事でどのクラスも自分達の出し物の確認やワクワクから盛り上がっている中、僕らゲーム同好会だけ空気が重かった。

 

 

「良いですか?怒ってはないんです」

 

「ハイ」

 

 

僕の目の前に正座をしコヨーテの耳をへにゃんとした博士。

 

 

「勿論、僕もなるべく博士の意見も尊重したいです」

 

「それはまたお優しい事で…」

 

「でも!僕!マヨネーズASMRは駄目って言いましたよね!なんで僕らの出し物の名前、メイドカフェからマヨネーズASMRに変わってるんですか⁉︎」

 

「よ、妖精の仕業かなぁ?」

 

コヨーテの仕業だよ!

 

 

どうやら気が付かないうちに企画書の内容を変えられていたらしい。

 

その証拠に教室の隅に置かれたマヨネーズの詰められたダンボールとパンフレットに書かれた出し物の名前が物語っていた。

 

 

「あぁ…もう駄目だ」

 

 

部長すみません。ゲーム同好会はマヨネーズASMR同好会かセンシティブ同好会に名前が変更かもしれせん。

 

 

「しかし、よくもまぁあのよく分からない企画内容が通りましたね」

 

「ず、ずのー」

 

「博士。文化祭終わったらマヨネーズ、一週間禁止でお願いします」

 

「があ"あ"ああ!」

 

 

いよいよ何が目的か分からなくなってしまった僕らの出し物。先輩のクラスからの助っ人も困惑していた。

 

 

「…取り敢えず今更、変更も出来ないと思うのでメイドカフェとマヨASMRを同時並行で運営しましょう」

 

 

僕がそう提案したその時、出し物の衣装(メイド服)を着る為に更衣室へ行っていた総帥が戻って来ていた。

 

もともと接客をしてもらう予定では無かったが運が良い事にサイズがピッタリな物が見つかったらしく「吾輩も着る!」との要望。時間にも余裕があった為僕はそれを了承していた。

 

 

「どうだ?似合う?」

 

 

総帥は着ている服を見せびらかす様にくるっと回った。

 

 

「…悔しいですけど似合います」

 

「なんだよ悔しいって!」

 

 

思ってた以上に似合っている総帥を前に一つ問題があった事に僕は気がつく。

 

 

「総帥。接客なんて出来るんですか?」

 

「我輩をなめるなよ。ガキンチョの心なんて簡単に掴めるんだよ」

 

「…ちょっと心配なんで試しに僕をお客様だと思って総帥なりにやってみてくれませんか?」

 

「腰抜かしても知らんからな」

 

 

それほどの自信はどこから来ているのだろうか。

僕は用意されている椅子に座る。それと同時に総帥が歩み寄って来た。

 

 

「じゃあお願いします」

 

 

僕が合図をする。

 

 

「へいらっしゃい!お客さん!今日は何にするんだい!」

 

「まてまてまて!」

 

 

開始早々、僕の嫌な勘が当たってしまった。

 

 

「なんだよバイト。良いとこで止めやがって」

 

「ここはラーメン屋じゃないんですよ!コンセプトはメイドカフェ!ラーメン屋の大将は今は出さなくて良いんです!何で勝負するつもりだったんですか⁉︎」

 

「うちの決め手は自家製の豚骨スープだよ!」

 

ラーメンの話じゃない!あとわりと本格派なの何なんですか⁉︎もしかして味玉追加注文とかある感じですか⁉︎

 

「あるよ!」

 

「あるのかよ!」

 

「まぁ文句言う前に食ってみなよ」

 

 

そう言うとコトッと机の上に湯気の立ったラーメンの入ったどんぶりと箸、そしてレンゲが置かれた。今何処から出したんだ。朝から食べるには重すぎる食事ではあるが昨日の夜から何も食べていない僕のお腹は正直者であり、目の前の物を求めていた。

 

 

「…出された物はしっかり食べる主義なので…」

 

「ツンツンすんなって」

 

 

始めに僕はレンゲでスープをすくい飲み込んだ。

 

 

…普通に美味しいの腹立つなぁっ!!

 

 

僕はすかさず麺を啜る。

しっかりとしたコシの有る太麺と絡み合う豚骨ベースのスープ。トッピングで乗っかっている分厚めの焼豚もほろほろとしており食べ易い。

正に絶品という言葉から箸が止まることを知らず、気が付いた時にはどんぶりに入っていた物は空っぽになっていた。

 

 

「これアジトの近くのラーメン屋の人がくれたレシピを元に作ったんだよ」

 

「僕、多分常連になります」

 

「…思いついた!ラーメン食べてる時にASM…」

 

「絶対駄目です」

 

 

何を考えているんだこの博士。

 

今のところ僕らが今、提供出来るであろう物は風真さんのUber GOZARUとラーメン、マヨASMR…いやまて何なんだこの手札は。風真さんだけが唯一の救いってどういうことだよ。

 

頭が痛くなっている僕へ先輩からの助っ人が僕へ質問してきた。

 

 

「…結局、ここの出し物ってなんなの?」

 

 

そんなの決まっている。

僕らは声を合わせて解答した。

 

 

 

「「「メイドカフェです」」」

 

 


 

 

校内のスピーカーから実行委員によって文化祭の開催が告げられた。

 

僕らの文化祭は二日間。1日目は屋台などの出店が主体となり、2日目は演劇や後夜祭がある。来校する殆どの人は2日目のアイドルが目的であるだろう。

 

 

「以外と繁盛してますね…」

 

 

僕らのメイドカフェ?に興味を持った人が多いおかげか席が一瞬にして満席になっていた。なんでだよ。

 

こんな状況になる事を想定していなかった僕らにアクシデントが起こる。

 

 

「…あれ?紙皿が少ないよ?」

 

 

資材の不足。もう少し多めに発注しておけばと後悔する。

 

知り合いのクラスから分けてもらえないかと頼んでみたが「こっちも余裕がない」っと断られてしまった。博士はマヨネーズ、総帥は接客、風真さんはGOZARUってて、沙花叉さんは…あれ?あの人何処いった? 

 

 

「…今手が空いているのは僕だけか」

 

 

紙皿なら近くのコンビニにも売っているだろう。

僕はそう思い、博士に出かける身を伝え、学校の外へ出た。僕の高校から一番近いコンビニまで歩いてかかる時間は約20分。遠いのか近いのか分からない距離だ。

 

横断歩道の信号が赤に変わった為、僕はその場に止まる。その絶妙なタイミングで僕の携帯が鳴っている事に気が付く。携帯に表示されている番号を確認し、あちらからかけてくるとは珍しいと思いながらも僕はその電話に出ることにした。

 

 

 

 

 

「…急に連絡なんてどうしたの?」

 

 

 

 

 

電話の相手は中学時代の同級生。

メッセージなどでのやり取りはあったものの、声での会話は卒業以来だった。

 

 

『いや…何してるかなって』

 

「学校…っというか文化祭だよ」

 

『えっ!文化祭⁉︎…聞いてない』

 

「そっちの学校から僕の所は距離があるから難しいかと思って…」

 

 

無理に来てもらうのもなんだか心苦しい。

 

 

『…言ってくれれば皆んなで行ってたよ』

 

「…それはごめん。今度、何かあれば誘うよ」

 

『うん』

 

「…皆んな元気にやってる?」

 

『皆んな元気だよ。偶にはこっちにくれば良いのに…』

 

「バイト始めたからあんまり時間作れないんだよね」

 

 

僕がそう言うと電話の相手は狼狽した。

 

 

バ、バイト⁉︎だから()()()()聞いてない!

 

 

ふと前を見ると信号が青に変わっていた。

 

 

「じゃあ僕はやる事あるから切るね。また今度」

 

『えっ!ちょっと!』

 

 

電話を切る為、僕は携帯の画面をタップした。

友人だとしても久しぶりの会話となるとやはり緊張する。

 

…今度の休日は久しぶり同級生に会いに行こうかな。

そう決心しながら横断歩道を渡ると僕の右側からバイクのエンジン音が近付いて来ている事に気が付く。

 

横を見ると

 

 

むすこおおお!

 

 

「た、鷹嶺さん⁉︎」

 

見覚えのないバイクに乗った鷹嶺さんが凄い勢いでこちらへと近付いてきた。学校での僕と鷹嶺さんの関係は親子という設定ではあるが学校外でその設定を守る必要は無いと思うんですよ僕は。

 

僕の前でバイクを止め親指でタンデムシートを指差しながら僕へこう言った。

 

 

「乗りな!」

 

「か、かっこいい…」

 

 

素直にそう思った。

 

 


 

 

鷹嶺さんのおかげで予想していたよりも随分早く目的地であるコンビニに着く事が出来た。

 

 

「鷹嶺さんバイクを運転できたんですね」

 

「どうも爪を隠してた鷹です」

 

 

鷹嶺さんが迎えに来てくれたのは総帥から「手伝ってやれ」と連絡が来たからのこと。

 

 

「わざわざ来てもらってありがとうございます」

 

「お礼なんていいよ。私も文化祭に行く予定だったから近くに居たんだよね」

 

「そうなんですか?だったら是非、僕たちのメイドカフェに来て、マヨネーズの音を聞きながらラーメン食べてください。味玉付きで」

 

「…どういうこと?」

 

「僕にも分かりません」

 

 

この誘いを一度聞いて「あぁ成る程」っとなる人は果たして居るのだろうか。

 

僕らは雑貨品などが置かれているコーナーまで歩き、お目当ての紙皿を見つけた。ついでに横にあった紙コップも念の為、買うことにしよう。

 

 

「ジュースでも飲む?」

 

「いや僕は水があるので…」

 

 

瞬間、鳴り響く轟音。

僕と鷹嶺さんは反射的に耳を塞いでしまった。

 

 

 

平日の午前中だったからか、その音のせいだからか…やけにコンビニの店内BGMが煩く聞こえた。

 

 

初めて聞いたのは小学生の頃だっただろうか。

競争でビリになった思い出だからよく覚えている。

 

火薬による衝撃波によって聞こえる音。

 

 

 

発砲音だ。

 

 

 




本当に関係ないんですけど梅おにぎりが最近のマイブームです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

文化祭と書いて非日常と読む part2

少し投稿が遅れてしまいました。申し訳ないです。


今回、最後の方に残酷な描写があるので、残酷な描写が苦手な方は「ここを押せば読み飛ばせます」という所を押していただければ読み飛ばせるようにしています。




 

 

「「…」」

 

 

現在、僕らは窮地という場面に出くわしていた。

 

発砲音が鳴ったと共に音源から死角となる場所へ隠れた咄嗟の行動で僕らの存在は気付かれていないだろうっと顔だけをそっと出し、レジの方を見る。

 

そこには黒の帽子を深く被り、顔にはサングラス、マスクをつけた"いかにも"と言える強盗犯が銃口を店員に向けていた。確証はないが僕は肩幅から男性だと推測する。

 

 

「…あれってコンビニ強盗ですよね?」

 

「それが妥当だよね」

 

 

規制が厳しい世の中で銃とはまた恐ろしい。

そう思いながら携帯に備わっている緊急SOSの信号を送ったと同時にタイミング良く鷹嶺さんが僕へ質問してきた。

 

 

「警察に連絡はした?」

 

「たった今携帯に備え付けのSOS信号を送った所です」

 

 

質問に答え携帯を握りながら僕の脳裏を一番によぎったのは身の安全などではなく総帥であった。

 

 

「少しだけ後悔しています」

 

「ん?どうして?」

 

「僕が通報した事によって文化祭が中止になるんじゃないかと危惧していまして…」

 

 

この距離感での犯行だ。可能性は0ではない。

 

 

「僕はただ総帥に文化祭を楽しんでほしいだけなので…何というか…」

 

 

僕が言葉を選ぶのに悩んでいると鷹嶺さんに手で口を塞がれてしまった。

 

 

「海君の気持ちは伝わった。警察の事は私に任せて!どうにかして誤魔化してあげるから」

 

「…そんな事出来るんですか?」

 

「むむむ?私を信用してないと?」

 

「い、いや信用はしてますけど」

 

 

頼りになる事は間違いないだろうが自分の我儘で迷惑をかけていると思うと申し訳なさを感じてしまう。

 

 

「まぁ今は文化祭以前にあの店員さんを助けないとね。あと頼もしい応援も呼んどいたから」

 

 

っと言いながら誰かへメッセージを送っている。

誰へ連絡をしたのか疑問に思っている質問が飛んできた。

 

 

「何か作戦とかない?実は手からビームが出るとか」

 

「出来るわけないでしょ!そりゃ小学校の時、授業中に教室へ入ってくる不審者を倒す妄想とかしましたけども!」

 

 

ぼーっとしている時によくやっていたと思い出す。懐かしさを感じていると鷹嶺さんが耳を疑うような事を言い放った。

 

 

「…数発なら避けれるかな?」

 

「今なんて言いました?」

 

 

「数発なら避ける」。そんな現実的ではない言葉が耳へ入ってきた。銃弾の速さは音速を超えるとも言われている。そんな速さを見切るなんて限りなく不可能に近い。

 

そう思っていると鷹嶺さんが秘策を語り始める。

 

 

「私、目が良いからさ。相手の視線とか動きである程度は予測できるんだよね」

 

 

瞬間瞳の色が水色から黄色へと変化し、見てと言わんばかりに鷹嶺さんは自分の目を指差す。そして

 

 

 

 

「この目のことを人呼んで()()()()()!!ドヤァ…」

 

 

 

 

小声で言い終えた顔はやけに満足げだった。

 

 

「途中までかっこよかったんですが最後のドヤァで減点ですね」

 

「辛口審査員め」

 

 

どんな時でもしっかりと審査するのが僕のポリシー。

 

 

「…目を主張したって事は何か作戦があるんですか?」

 

「よくぞ聞いてくれました」

 

 

待ってたと僕が持っていた紙コップを人と見立て説明が始まる。

 

 

「まず初めに、どうにかして店員さんから距離を離さないと。そんなお困りの貴方!」

 

 

───この感じ…あれだ。通販番組のやつだ。

 

 

「今回ご紹介するのはこちら!こより印のこんこよブザー!」

 

「こ、こんこよブザー?」

 

「防犯ブザーのこよりのボイスが収録されているバージョンです」

 

「あの博士何でも作れますね」

 

 

聞くところ巷ではそれなりに人気らしい。

ピンを抜けば物凄い音が鳴る一般的な防犯ブザーと同じ仕組みだ。

 

 

「そして今回使うのは多少改良されてまして普通のやつよりも倍以上の音が鳴ります。あっあとこれ耳栓ね」

 

 

鷹嶺さんは二つの耳栓を僕へ渡してきた。

 

 

「要は音響スタングレネードみたいなもんって事ですか」

 

「その通り!しかも何と特別ボイスx8本付きです!試しにこのボタン押してみて」

 

 

渡されたこんこよブザーをよく見ると隅の方に赤い小さなボタンが付けられていた。試しに僕はそのボタンを押してみる。

 

 

こんこよで〜す

 

 

ブザーから博士の声が聞こえて来た。

 

 

ちょちょちょ!

 

 

思った以上に大きな音に僕は動揺する。

 

こんな大きい音が鳴れば強盗犯に聞こえるのは当たり前だ。レジの方から「誰かいるのか!」っと声が響く。

 

 

「いやぁ押すとは思いませんでしたよ!」

 

「押してみてって言ったの鷹嶺さんじゃないですか!」

 

 

押した僕が悪いと思うけれども。

 

 

「どうするんですか!凄い怪しまれてますよ!」

 

「落ち着いて。確か収録ボイスの中に『これは防犯ブザーです』って言葉があるはず。それで誤魔化せるかも」

 

 

人って焦るとこうも冷静な判断ができなくなるモノなんだな。

 

 

「そんなんで誤魔化せます?…まぁ一応やってみますけど…その音声はどうやったら出せるんですか?」

 

「赤いボタンからランダムで出ます」

 

「8分の1⁉︎えっ?運に任せろって事ですか⁉︎」

 

「ほら!早く!自分の運を信じて!」

 

「もうどうなっても知りませんからね!」

 

 

藁にも縋りたい思いでボタンを押す。

そして8つのうちの1つのボイスが流れる。

 

 

『スンドゥブが食べたい!』

 

 

なんでだよ!

 

「スンドゥブが食べたかったんだろうね」

 

「ちょっと待ってください!もしかして他のボイスもこんな感じだという説が浮上してきましたよ!」

 

「ほら!早く引き当てて!」

 

「まだやるんですか⁉︎」

 

 

もうここまでくればやけくそだった。

僕はもう一度、ボタンを押す。

 

 

『スンドゥブどこ!』

 

 

「スンドゥブ探し始めちゃいました」

 

「こよのスンドゥブ大冒険譚だね」

 

 

もう一度押す。

なんだか楽しくなってきた。

 

 

『スンドゥブ見つけました〜!美味しそうですねぇ』

 

 

「なんかスンドゥブ見つけちゃってますわ」

 

「良かったねこより」

 

 

果たしてこんこよ以外にまともなものはあるのかともう一度押す。

 

 

『プルコギ美味しい!』

 

 

スンドゥブわ⁉︎スンドゥブはどこへ行った!

 

「韓国料理にハマってるのかな?」

 

 

こうなればスンドゥブの行方が分かるまでボタンを押したいがそうは問屋が卸さなかった。

 

背後に立つ人物で造られた人影が僕らを覆う。咄嗟に目線を上へ向けると銃口が僕らの方へ向いており、それに先に反応したのは鷹嶺さんだった。

 

 

 

 

 

 

「海君危ない!」

 

 

 

 

 

銃声と共に鷹嶺さんに押された方へ僕の体は倒れる。

 

 

「鷹嶺さん!」

 

 

僕は立ち上がり、鷹嶺さんへ視線を向ける。

 

 

「大丈夫!当たってないよ!」

 

 

弾が当たらなかった事に安堵しながらも残念な事に肝心のこんこよブザーは押された衝撃で手から離れてしまったようだった。

 

よく見るとブザーは強盗犯の背後に転がっている。

 

 

「いやぁ真正面で拳銃とやり合うなんて場面、そんなないぞぉ」

 

 

鷹嶺さんは笑いながら言っているがその声からあまり余裕はなさそうだ。

 

犯人と5m程の距離で対面する鷹嶺さんの頭へ銃口は以前、向けられたままだった。

 

 

「そういえばまだ作戦言っていなかったね」

 

「えっ?こんこよブザーが作戦じゃないんですか?」

 

「あれは店員さんから犯人との距離を作る為の物であって本当の作戦は今から!スマートにいこう!」

 

 

瞬間、鷹嶺さんの雰囲気が変わった。

 

 

「いい?相手の手には飛び道具。こんな時、一番信じられるものは…」

 

 

手を握り締め啖呵をきる。

 

 

己の拳だけだあぁああ!

 

 

 

 

何がスマートだ!結局脳筋じゃないですか!

 

 

鷹嶺さんは瞳の色を変え、強盗犯に向け走り出す。

それと同時に一発の発砲音。

銃口は向けられていた。しかし放たれた銃弾は鷹嶺さんへ当たることなく、後ろに設置されているドリンクコーナーのガラスを貫いた。

 

バリンと破れる音と共に鷹嶺さんの強く握られた拳は強盗犯の顔の前にある。

 

 

たかねぇパーーンチ!

 

 

決まる。と思ったが

 

 

「あっ、そこジュースの缶が…」

 

「えっ?」

 

 

カロンとジュースの缶に躓き、地面に倒れ、拳はからぶってしまう。

 

 

瞬間、僕は何を考えて行動したのだろう。

 

 

鷹嶺さんの身が危険だと感じた故なのか…きっとあの時は陽動になればとかそんな理由だ。気が付いた時には既にこんこよブザーの方へ走り出していた。撃たれたらどうしようなど懸念は今の僕にはない。

 

 

僕が走り出したと共に銃口は僕へ向けられ、躊躇いなく引き金を引かれる。運が良いのか悪いのか、銃弾は僕の足をかすめただけで済んだ。しかし痛いものは痛い。

 

僕は衝撃でよろけるも手にはブザーを握りしめられていた。

 

店員さんは強盗犯が僕らへ意識が行っている隙に逃げている事は確認済み。つまり今、このコンビニにいるのはこの3人だけ。

 

誤って隅にある赤いボタンを押してしまったが気にせずピンを抜こうとする。

 

 

鷹嶺さん!耳塞いでください!

 

 

鷹嶺さんが耳を塞いだ事を確認し、ピンを抜く。そして投げると共に博士のボイスが聴こえてきた。

 

 

 

 

『スンドゥブ美味しい!』

 

 

 

 

「あっ。スンドゥブ食べれたんですね。」

 

 

瞬間、ブザーからの轟音。

 

耳栓をつけ耳を塞いでいてもこの音は辛い。

 

ブザーは10秒ほどで鳴り終わり、直であの音を聞いた強盗犯の足はフラフラとなっていた。

 

 

「鷹嶺さん。とどめ、お願いします」

 

「任せな!」

 

 

鷹嶺さんは容易く強盗犯の背後を取り、首へ手刀をする。すると相手は眠るかのように気絶した。

 

 

「最後は拳じゃないんですね」

 

「流石に可哀想でしょ」

 

 

時計を確認すると学校を出てまだ20分ほどしか経っていないという事実に驚愕する。体感では1時間ほどであった。

 

鷹嶺さんは気絶している強盗犯をガムテープでぐるぐる巻きにしながら僕へ聞いてきた。

 

 

「足の傷は大丈夫?結構血が出ちゃってるけど…」

  

「思った以上には痛くないですよ」

 

「…ごめんね?私がヘマしちゃったから…」

 

「いや鷹嶺さんが意識を逸らしてくれていたから銃弾に貫かれず取りに行けたんですよ。命の恩人を咎めたりはしませんって」

 

「息子…成長したね。何か食べたいのある?」

 

「スンドゥブでお願いします」

 

 

 


 

 

 

 

 

僕は学校へ戻る事を伝えコンビニの外へ出た。

鷹嶺さんは警察からの事情聴取や犯人の素性調査の為に、残るとのこと。

 

引き金を躊躇いなく引いた点など気になる事は沢山あったが、取り敢えず、報告は大事だと言う事で僕は総帥へ連絡をする事にした。

 

 

 

 

僕が携帯を耳に当てたその瞬間

 

 

 

 

ここを押せば読み飛ばせます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お腹に鋭い痛みが走る。

 

僕の携帯は手からするりと離れ、地面に落ちた。

 

 

横を見るとコンビニに居た強盗犯と同じ格好の人物が僕のお腹に何かを刺していた。 

 

 

ゆっくりと抜かれるそれが小さなナイフだと理解するまでに数秒もいらなかった。

 

 

手から落とした携帯を踏んで壊している人物を見ながら、刺された箇所を手で触れると生暖かい液体の感触、いっきに鳥肌が立った事を理解する。

 

 

赤い色をした小さなナイフ。全てを悟った僕は痛みからなのか膝から崩れ落ち、地面に倒れてしまう。

 

 

元から2人居た、お腹を刺された、何故刺された、鷹嶺さんへ連絡を…

僕の頭の中は混乱状態であった。

 

 

ふとナイフを持った人物を見ると、コンビニの中へ入ろうとしていた。

 

 

 

…それを見た時だった。

 

 

 

 

 

僕は地面に倒れている状況で、相手の足を掴む。

 

 

 

 

 

「鷹嶺さんの所へは行かせない」

 

 

 

 

 

ただそれだけの理由で僕は意地を張る。

 

 

16年間の人生の中で一番、力を入れたんじゃないだろうかと思うほどの力で足を引っ張る。勿論そんな事をされれば相手も抵抗するだろう。

 

 

強引にも片方の足を掴んでいる手を離させようと企てたのか、もう一方の足で力強く腕を何度も踏みつけてきた。

 

 

 

…きっと最初の3回程度で既に折れていたのだろう。

 

 

 

はっきり言ってアドレナリンドバドバの状態の僕には痛みなどとうに無くなっている為、折れているかどうかなんて分からなかった。

 

 

しかし痛みが無かろうと蹴られれば腕の力は次第に弱くなる。そうなると必然的に手は相手の足を離してしまう。

 

 

もう一度掴もうと試みるも僕の腕は鉛のように重く、上げたくても上がらなかった。

 

 

どうすれば良いか思考を巡らせる中、頭の中には一つの言葉。

 

 

 

 

 

「絶対に行かせない」

 

 

 

 

ただその言葉で埋め尽くされてた脳内が僕へ指示を出す。きっともっと良い策があったはずだろうにと思いながら操られたかの様にそれに従った。

 

 

カッコわるい悪あがきだと理解しているが相手のズボンの裾口に噛み付く。噛む力を謝ったのか少し口の中から鉄の味がした。

 

 

少年漫画とかならここで覚醒して、盛り上がり、最高にカッコいいシーンだろう。しかし生憎僕はただのholoxの()()()だ。悪あがきぐらいがちょうどいい。

 

 

すると僕は胸ぐらを掴まれ倒れ込んでいる状態から無理矢理起こされてしまった。

 

 

散々、足止めを食らい続けストレスが溜まっていたのだろう。

 

 

そのまま相手の拳は僕の顔を殴る。

 

 

感じるのは口の中が切れた事により、さっきよりも増した鉄の味。

 

 

ぶらっと腕が垂れるなか抵抗する事も出来ず、意識が遠のいていく。

 

 

そんな事はお構いなしにそれは続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度目だろうか…ピタリと僕を殴る2人目の強盗犯の拳が止まった。

 

 

目は開けられないが声が聞こえてきた。僕はその声に聞き覚えがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばっくばっくばく〜ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その声ではっきりと理解した。

 

あぁ…鷹嶺さんの言っていた頼れる応援ってこの人の事か…

 

僕は捻り出した声で話しかける。

 

 

「…()()()さん。バトンタッチでお願いします」

 

 

微かに開く目にハーフマスクで目を隠した沙花叉さんが視界に入った。かっこいいマスク…。後で何処で買ったか聞いておこう。

 

僕の意識は沙花叉さんの一言と共に失っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まかせな」

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は文化祭要素マシマシでいかせてもらいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

文化祭と書いて非日常と読む part3


最近、「きつめの課題 無限不眠編」に突入してまして投稿が遅くなってしまいました。

今月はあと一話更新出来れば良いなと思っています。


 

 

 

 

目が覚めると視界に入ったのはholoxのアジトの天井だった。

 

現状を確認しようと周りを見ると掛け布団がかけられているあたり、どうやらベッドの上で寝かされているようだ。

 

もう少し視野を広げてみると試験管やら謎の実験道具が並べられている机を見て、今僕が居る場所は博士の部屋だと理解する。

 

そう確信してしいると横から声が聞こえてきた。

 

 

「海君!」

 

「博士…」

 

 

そこには包帯を握っている博士の姿があった。

すると博士は僕の方へ近づき

 

 

「おわああぁあ!」

 

 

よく分からない声を出してながら肩を掴まれ、ぐわんぐわん揺らされる。

 

 

「心配したんだから!」

 

 

博士はポロポロっと涙を出しながら僕へそう言ってきた。

そんな中、僕は思った事を言う。

 

 

「…こんな状況ですけど一言言って良いですか?」

 

「うえっ?何?」

 

「布団、凄い良い匂いがします」

 

 

「むふん!そうでしょお」

 

 

数秒後、赤面した博士が「恥ずかしいので出てもらえませんか?」と懇願してきた。

 

 


 

 

「他の方々は見かけないんですがどうしたんですか?」

 

 

沙花叉さんへの礼がまだ済んでいない。

 

 

「ラプちゃんといろはちゃんは学校でルイ姉とクロたんは強盗犯についての調査で出かけているよ。なんでもルイ姉が言ってたのが計画的な犯行の可能性があるとか」

 

「てことは鷹嶺さんか僕が狙われていたって事ですか?」

 

 

躊躇いがなかったのはそれが理由なのだろうか。

 

 

「詳しい事は帰ってから聞く予定だよ。こよは海君の治療の為お留守番ってところかな?」

 

「博士。面倒を見てくれて本当にありがとうございます」

 

 

感謝の意を伝え、僕は鷹嶺さんが作り置きしてくれたお手製のお粥を食べながら、僕が眠っていた間の出来事を博士から教えてもらった。

 

簡単にまとめると僕が気絶したのち、沙花叉さんが犯人を無力化。その後、鷹嶺さんが博士へ連絡しアジトにて傷の処置を施し、僕は丸一日眠っていたようだ。

 

病院ではなく博士に連絡するというのは信頼上の行動であったのだろう。

 

博士曰く、処置の内容は僕の細胞をうんたらかんたらで増やし、修復と再生、所謂、自己再生力を上げる回復薬のようなものを投与したらしい。お腹を見てみると傷は塞がり少しだけ跡が残っていた。正直、話が難し過ぎてよく覚えていない。分かったのは化学の力って凄いって事だけだった。

 

文化祭の方は残念ながら1日目は中止となった。

しかし、2日目…つまり今現在は学校の交渉により開催出来ているとのこと。僕らのクラスの出し物である演劇などは時短の影響で無くなり、出店と後夜祭がメインへ変更されたが2日目が残っただけでも御の字だろう。

 

お粥を食べている僕へ博士が少しばかり嬉しそうに文化祭1日目の事を話してくれた。

 

 

「僕らの出し物、結構人気だったんだよ?」

 

「そうなんですか?」

 

「売上一位とまではいかないけど五本指には入るぐらいかな?」

 

「喜んで良いのかよく分からないです…」

 

 

同好会、改名の危機へ一歩近付いた現実を噛み締めながら僕は博士へ質問した。

 

 

「僕はもう動いても良いんですか?」

 

「傷は塞がっているし動いても良いよ。…いやぁでもなぁ。こよは安静にしてた方がいいと思うけど…」

 

 

僕にはどうしても文化祭へ行きたい理由が二つある。

僕は携帯でとある名前を検索し、博士へ見せた。

 

 

「今年の来てくれるアイドルの方が僕の推しなんです」

 

「へぇ〜。海君、アイドルとか好きだったんだ」

 

「中学の時からハマってました。なので後夜祭だけはどうしても行きたかったんです」

 

 

そして僕は二つ目の理由を言う。

 

 

「それに総帥と一緒に回る約束をしてますので」

 

「えっ⁉︎ラプちゃんとそういう関係なの⁉︎」

 

「違いますよ!変な誤解をしないでください!」

 

 

どうしてそうなるんだ。

僕の願望を聞き、博士は顎に手を当て少しの間悩んだ末に結論を出した。

 

 

「…年に一度の行事だしね。うん!海君が行きたいなら行っておいで!」

 

「ありがとうございます」

 

「でも走ったりとか激しい運動は控えてよ!傷が開いちゃう可能性があるから!」

 

 

左右の人差し指をクロスさせバッテンを創りながらそう言う博士。

 

 

「博士は行かないんですか?」

 

「行きたいのは山々だけど…報告書とかが…」 

 

 

チラッと見た机の上に束になった紙が置かれているのを見て全てを察した。本当迷惑かけてすいません。

 

 

「じゃあ気を付けて行ってきてね」

 

 

僕は頷き支度をする為、洗面所へと向かう。

目的の場所へ着き、顔を洗おうと目の前の鏡を見る。

 

 

「吾輩惨状!」

 

「ぽえぽえ〜?」

 

 

っと顔に黒色のペンで落書きをされていた。

 

 

 

誰か縄持ってきてください!一狩りしてきます!

 

 

 

だから激しい運動は駄目って言ったでしょ⁉︎

 

 

 

 


 

 

 

学校に到着した僕は身軽になる為にも荷物を置こうっと教室へと向かう事にした。

 

中へ入ると見知った人物が紙パックのリンゴジュースを飲みながら暇そうに窓の外を眺めている事に気がつく。僕の存在に気が付いたのか飲み終えたであろうリンゴジュースをゴミ箱に捨てこちらへ近付き、話しかけてくる。

 

 

「おぉ。バイト。傷はもう大丈夫なのか?」

 

「一応、塞がってはいます」

 

「アジト戻ったらお前がボロボロになってた時は驚いたぞ?」

 

「いやぁちょっと見栄を張っちゃって…」

 

「幹部から詳細は聞いてるよ。ありがとな。幹部守ってくれて。偶にはかっこいい事すんじゃん!」

 

「いつもカッコいいって言ってくださいよ」

 

「ところで幹部には会ったのか?」

 

 

スルーされてしまった。

 

 

「アジトに居なかったのでまだ会ってないですね」

 

「後で幹部にお礼言っとけよ。一晩中様子を見ててくれたんだから」

 

「…そうだったんですか?」

 

「一番近くに居たのに "何も出来なかった" って言って責任感じちゃってんだよ。だからメールでも良いから無事って事を早く知らせてやれよな」

 

 

周りを心配させるというのはこんなにも言葉にし難い嫌な思いになるのだと痛感する。僕が落ち込んでいると察したのか総帥が話題を変えようとしてくれた。

 

 

「まぁ辛気臭い話はこれぐらいにしようか」

 

 

パンっと手を一度叩く。

 

 

「吾輩はずっとお前の事を待っててお腹が空いてんだ」

 

 

すると総帥は僕の腕を引っ張り、勢いよく教室を出る。

 

 

「こっからは楽しい時間だ。文化祭回るぞ!」

 

 

廊下を走りながらいつもの返事をする。

 

 

「返事はyes my darkだ!」

 

「yes my dark」

 

 


 

 

「うわぁ美味しそう!」

 

 

クレープの屋台に置かれているメニュー表を見ながら総帥がそう言う。

 

 

「クレープですか?色々とメニューがありますよ。苺とかバナナとか…何これ?あの日の初めてのキス味?」

 

「甘酸っぱいってことか?じゃあそれで良いや」

 

 

その味が気になったのか即答だった。

 

 

「あっ。じゃあ僕も同じ物でお願いします」

 

「申し訳ないんですが、そちらの商品告白が失敗した方は注文できないんですよ。話は聞いてます」

 

「バイト。ここジャンケンで勝てばもう一個貰えるらしいぞ!」

 

「分かりました総帥。最初はグーがからぶって相手の顔面に当たってもお咎めなしって事ですね」

 

「やめとけよ。バイト」

 

 

誰だ情報を漏洩した奴。

 

 


 

 

「…なんでそんな驚かないんですか?」

 

 

目の前には白い布の様なものを見に纏い、僕らを驚かせようとしている人物が急に現れたとしても総帥は微動だにしなかった。

 

 

「いやだってあんまし怖くないから…」

 

「あっ!ほら!総帥がそんな事言うからお化け役の人泣いちゃったじゃないですか!」

 

「いやだって…何というか…ねぇ?」

 

「まぁ確かに…」

 

 

「こちとら文化祭で出せるだけの費用で頑張ってんだ!そっちが怖がらなかったら急に出てきたヤバい奴みたいになっちゃうって!こんなの続いたら悲しさの心の受け皿何枚数えても足りないわ!」

 

 

「僕だったらあそこの角に大きな音が鳴るようにしますね」

 

「吾輩はあそこになんかしらぶら下げるな」

 

 

「改善点を上げるな!こっちが虚しくなるだけだよ!」

 

 

「「恨めしいですか?」」

 

 

お前らもう帰れ!

 

 


 

 

「コルク弾で倒したものが貰えます」

 

 

説明を受け、僕らはコルク銃を渡される。どうやら弾は10発のようだ。

 

 

「吾輩、あのでっかいぬいぐるみが欲しい」

 

「あれをコルクで倒せますかね?」

 

 

総帥はぬいぐるみへ狙いを定め、コルク弾が放たれる。それは見事命中したが、ポンっと音が鳴っただけでぬいぐるみはびくともしなかった。

 

 

「おい!本当に倒れるのか⁉︎あれ!」

 

「まぁ大きいのは無理だと思うんで僕はあの小さいお菓子の箱でも狙います」

 

 

同じようにお目当ての物へ、コルク弾を飛ばす。

しかし突如下から現れた壁によって弾は防がれてしまった。

 

 

「おかしいだろ!なんで壁が下から出てくるんだよ!」

 

「ワッハッハ!こっちも商売なんでね!」

 

「バイト。holoxに雑用係とか欲しいよな」

 

「奇遇ですね総帥。僕もちょうど思っていた所です」

 

「…おニ方?コルク銃を俺に向けるのはやめてもらって…い、痛い!痛い!ちょっ!撃つのやめて!

 

 


 

 

「バイト!ハート作るぞ!ハート!」

 

「いやちょっと恥ずかしいです…」

 

「じゃあフュー○ョン?」

 

「少しハートの形変わっただけじゃないですか!」

 

「なんだよ!合体とかめっちゃかっこいいだろ!角お前にやるからさ!」

 

「自分のアイデンティティ大事にしてください!他人に容易くあげちゃ駄目ですよ!」

 

「いいから早く!映え〜な写真撮るぞ!」

 

 


 

 

「…あれ風真さんですよね?」

 

 

たこ焼きの屋台に着くと同時に目線の先にたこ焼きを焼く風真さんの姿があった。

 

 

「あー。そういえばあいつ手伝うとかなんとか言ってたなぁ」

 

 

僕らに気が付いたのか風真さんが手を振る。

 

 

「ラプ殿〜。海殿〜」

 

「こんにちは風真さん」

 

「海殿は元気そうで何よりでござるな!」

 

「侍。たこ焼きくれ!」

 

「はいはい待っててくださいね。ラプ殿」

 

 

そう言いながらたこ焼きを焼き出す。

慣れた手つきで次々と完成させ、あっという間に6個入りのたこ焼きを2人分作り上げた。

 

 

「うおー!美味そうだな!」

 

 

総帥は「いただきます」っと言ったのち箸で一つ摘む。

 

 

「あっ総帥、出来立てを一口で食べちゃったら…」

 

 

 

 

あっっっつ!!

 

 

 

 

言わんこっちゃない。

 

 

「ワハハっ!」

 

「ふぇー、舌がヒリヒリするぅ」

 

「そんないっきに食べるからでござるよ。風真がふーふーしてやろうかぁ?」

 

「その子供扱いやめろよ!」

 

「ラプ殿は子供でしょ?」

 

「どう見ても立派なレディだろぉ!」

 

「ん?」

 

「ん?じゃねーわ!よく見せてやるからこっちこい!」

 

「やーい!捕まえれるなら捕まえてみろでござる!」

 

「まてや!この侍!」

 

 

くるくる追いかけ回る2人を見ながらたこ焼きを一つ食べる。

 

 

「うん!ダシが効いてて美味しい!」

 

 


 

 

僕が思っていた以上に時間はあっという間に過ぎていった。

 

気付けば空は夕日により橙色へと変わっており、遊び疲れた僕らは部室へと戻る。夕日の光が部室に射し込む中、僕は総帥へ質問した。

 

 

「文化祭楽しんでますか?」

 

「おおん。あたぼーよ!バイトの高校に潜入した甲斐があったってもんだ!」

 

 

総帥はヨーヨー釣りで釣り上げた物を返事をするかの様にタポタポと上下に動かす。

 

 

「なら良かったです」

 

「この後はライブとかの後夜祭だろ?」

 

「そうですね。僕の隣の席の上島くんが歌います」

 

「吾輩、上島くんと話した事ないから分かんないんだけど」

 

 

少しの沈黙の後、何かを思い出したのか総帥が口を開く。

 

 

「そういえば、バイトに見せたい物があるんだよ」

 

「僕にですか?」

 

「ちょいと待ってな」

 

 

そう言いながら総帥は部室から姿を消す。

数分後、学生服からメイド服へと着替えた総帥が僕の前に現れ、よく見ると手を後ろにやり背後に何かを隠しているようだった。

 

 

「見せたい物ってそれの事ですか?」

 

 

僕は総帥の衣装へ指を指す。

 

 

「それなら一度見てますけど…」

 

「着眼点が甘い。羊羹みたいに甘いよバイト君」

 

「和菓子みたいで悪かったですね」

 

 

すると総帥は腕を前に出し背後で隠していたであろう物が僕の前へ出される。発祥の地は確か日本。調理された米をオムレツのように包む料理の名を僕は知っている。

 

 

「オムライス…ですか?」

 

 

ラップで包まれたオムライスが乗った皿を総帥によって机の上に置かれる。

 

 

「形は不恰好だが味は心配するな」

 

 

不恰好だと総帥は言うが、上にかけられている焼かれた卵が少し歪なだけで普通のオムライスと何ら変わりなかった。

 

 

「…総帥が作ったんですか?」

 

「博士に手伝ってもらったが基本的には吾輩だぞ」

 

 

総帥はラップを外す。

 

 

「メイド喫茶ならやっぱこれだろって思ってな。楽しませてもらったお礼としてお前に食わせてやりたかったんだよ」

 

「…料理出来ないって信じてたのに…」

 

 

総帥はこちらを見ながらドヤ顔で言う。

 

 

「これでお前との差が出来ちゃったってわけ!ガハハッ!」

 

「僕を置いてかないでくださいよ!一緒に足並み揃えよって約束したじゃないですか!」

 

「んな約束した覚えはない。吾輩は高みでお前の事を待っててやるよ」

 

 

悔しいが先に行かれてしまったのは事実であり何も言い返せない。目線を変えると電子レンジで温めたのかラップを外したオムライスからは湯気が立ち上がっていた。

 

 

「早く食べたいだろ?ほれ。これスプーンな」

 

 

見透かされたかのように渡されたスプーンを手に持つ。

いざ実食と行こうとした時、とある違和感に気がつく。何かが足りないと思い部室の隅にあるマヨネーズを見て違和感の正体が判明した。

 

 

「オムレツの上にケチャップがかかってないですね」

 

「あー、ラップするからかけてなかったんだよ」

 

 

すると総帥はポケットからケチャップを取り出し僕へ渡してきた。普通ならここで受け取り、自らかけるだろう。

 

でも今、この場面で、自分でかけるのは違うと悟る。

せっかく目の前にメイド服を着た総帥が居るんだ。頼む事は一つ。

 

 

「総帥。僕は更に美味しくなる不思議な言葉を所望です」

 

 

僕はケチャップを受け取る事を拒否した。

瞬間、何かに気が付いたのか総帥がこちらを見る。

 

 

「…萌え萌え的なアレが欲しいのか?」

 

「萌えっとキュンなアレが欲しい感じです」

 

 

そう言うとノリノリに「任せろ!」っと言いながらケチャップを握る。

一呼吸を入れたのち、台詞を唱え始める。

 

 

「美味しくなぁれ!もえm…いや吾輩はこれじゃないな」

 

 

しかし総帥はケチャップを出すのを一度やめる。

そして僕の方へ近づき、耳元で囁かれる。

 

 

「…」

 

「っ⁉︎」

 

 

反射的に囁かれた耳を塞いでしまう。

総帥の方を見るとその顔はニヤついていた。

 

 

「照れたな?」

 

「あんな事、耳元で言われたら誰でも動揺しますって!」

 

「ガハハッ!」

 

 

自分で見ずとも顔が赤くなっていると分かる。

負けた気分になっている僕を横目に総帥は勝ち誇った顔をしながらオムライスにケチャップでクロワッサンを描く。

 

恥ずかしさを和らげたいからか僕はそれに対しての疑問を問う。

 

 

「毎回思ってたんですけどそのクロワッサンのイラストって何ですか?」

 

クロワッサンちゃうわ!吾輩の角!

 

「あっそれ角だったんですね」

 

 

そう思いながら総帥の角が描かれたオムライスをスプーンですくう。口へ運ぼうとした時、総帥からある提案をされた。

 

 

「あーんで食わせてやろうか?」

 

「…いや自分で食べます」

 

「断るのかよ」

 

「何されるか想像も出来ないので」

 

「うわぁ。警戒心maxっときましたか。まぁ気にせずぶち壊すのが吾輩だけどな」

 

あなたただ僕で遊びたいだけでしょ!

 

 

僕の訴えに聞く耳を持たず、スプーンですくったオムライスをこちらへ向ける。

 

 

「ほら。あ〜ん」

 

 

近くにある総帥の顔を見ないように目を瞑りながらスプーンに乗った物を食べる。

 

 

「どうだ?」

 

「美味しい…」

 

どぅあぁぁろぉ!

 

 

卵で包まれたチキンライスはしっかりと味が付けられていて、お店で出されてもおかしくない程の味だった。

 

 

「なんか…どっかで食べたことがある味がします」

 

「そりゃあ再現したからな」

 

「再現した?」

 

「いや、気にすんな」

 

 

僕はオムライスを数分で平らげ、気が付けば後夜祭が始まる時間となっていた。

 

後夜祭は体育館内で行われる為、使った食器を洗った後、僕らはそこへ向かおうとした。

しかし総帥が足を止め、僕へ告げる。

 

 

「吾輩はやる事があるから先に行っててくれ」

 

「こんな時間にやる事ですか?もう後夜祭始まっちゃいますよ?」

 

 

基本的には生徒は体育館へ集合する時間。やる事とはいったいなんだろう。

 

 

「なんなら用事が終わるまで待ちますけど」

 

「いや大丈夫だ。遅くなると思うからバイトは先に体育館に行って席を取っといて欲しい」

 

 

そう言いながら夕暮れの校舎へ戻る。

いつもなら待ってて欲しいと言うのにと不思議に思いながら見た総帥の後ろ姿は、いつもと雰囲気が違っていた。

 

 

 

 




次回で文化祭の話は終わりでございます。
それとあおさの味噌汁にはまっております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

文化祭と書いて非日常と読む part4

5、5分前だから許してください。
今回、最初の方は海君視点ではなく先輩の視点となっています。


 

 

───先輩side

 

 

屋上にてとある人物を待っていた。

 

あちらから呼び出しておいて五分の遅刻とは大した度胸だ。

 

屋上に設置されている椅子に座りながら夕日に照らされた街を見る。無意識にも「綺麗だな」と口から発せられる。

 

すると屋上に上がる為の扉が開く音が聞こえてきた為、そちらへ目線を向けると呼び出した本人が立っていた。

 

 

「悪いな呼び出したりして」

 

「…別に構わないよ。何?愛の告白?」

 

「見てほしいものがあるんだ」

 

 

華麗なスルーを披露されてしまった。

 

 

「うちの優秀な幹部に調べてもらった資料のまとめがここにあってな」

 

 

手に持つ一枚の紙を見ながら目の前の少女はそう語る。

 

 

「ええっと…なになに。…うわぁ…凄いなこれ」 

 

 

あからさまに演技だと分かる表情をする。

 

 

「思いつく辺りの犯罪は殆どコンプリートしてるぞ?お前のパパさん」

 

「…何の話をしているんだ?」

 

「注目するのは違法に入手した武器の売買だな」

 

 

持っている紙をしまい少女は質問してきた。

 

 

「24。これ何の数字か分かるか?」

 

「…さぁ?」

 

「今年に入ってから約6ヶ月間で吾輩達が見つけた拳銃やらの物騒な物の数だ。つまりはこの街にそれらが出回ってるんだよ。まぁ殆どが粗悪品だったけどな」

 

「だから何の話を…」

 

「探すのに苦労したよ。なんせ名前、戸籍すら変更してんだから。ましてやバイトの通う高校の理事長を勤めてるなんて思いもしなかった」

 

 

コツコツとこちらへ目の前の少女は近付いてくる。

 

 

「本当に知らないだけか…しらばっくれてるだけなのか…」

 

「…」

 

「どんな手を使ってるのか知らないが、そいつの居場所だけが見つからなくてな。そこで吾輩、ちょっとばかし閃きましてね。内部から調べるのが手っ取り早いと思い立ちこの高校に潜入したわけよ」

 

 

そしてまた一歩近く。

 

 

「でも、悔しい事に理事長の方が一枚上手だったな。高校に潜入した時にはもぬけの殻。どうやら同じタイミングでその座を辞任したみたいだ」

 

 

また一歩。

 

 

「ここで重要なのが何故バレたかだ。この事に関してバイト以外のholoxのメンバーにしか言っていない筈なのに…。まぁこれは別に大した問題じゃない」

 

「…」

 

「100%機密を守るなんてほぼ不可能だからな。何らかでリークでもしたんだろう。…少し話が脱線した。お前を呼び出した理由だが結論から言うと…」

 

 

一歩近く。

 

 

「それ以上近づくな」

 

 

 

「ん?あぁそうだった」

 

 

 

「俺だって一応所持してるんだ」

 

 

護身用で隠し持っていた拳銃を少女へ向ける。

 

「目は口ほどに物を言う」ということわざがあるように人は無意識のうちに目で感情を表す事がある。特技と言えるものなのか分からないが自分はこれを読み解く力が長けていた。

だから基本的に嘘などは見破れるし、何を考えているかだって大抵は分かる。他人よりも優位な位置に立てると少しばかり優越感というのも感じていた。

 

しかし、目の前の少女。こいつだけは初めて会ってから何を考えているのか全く分からなかった。

流石のこいつでもこれを向けられれば動揺の一つや二つは見せるだろう。

 

 

その考えはどうやら合っていたようで、表情に変化が起きる。

しかし想像していたそれとはかけ離れていた。

 

 

撃てるもんなら撃ってみろと…そう目で語るようにこちらを覗く。気圧されたのは自分の方だった。

 

 

「おぉ、怖い怖い。幼気な少女に向けるもんじゃないだろ。それ」

 

「…それは本心なのか?普通狼狽えたりするだろ」

 

「ん?撃たないのか?てっきり躊躇いなく引き金を引くと思っていたんだが…吾輩の予想が外れたな」

 

 

見透かされたかのように感じた自分は何故か無性に腹が立ち、下唇を少し噛む。そして挑発に乗るかのように引き金に指をかけた。

 

…躊躇う気は毛頭ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめとけ。侍」

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、首元に光る何かが現れた。

 

漫画とかを読んでいると気が付かないうちに背後を取られたなんてシーンがあるが現実ではあり得ないだろうっと実体験するまではそう思っていた。

 

現実でもあり得るに訂正だ。

今…自分の命は背後の少女に握られていると悟る。

 

 

「…銃刀法違反だろ」

 

「お前が言うな」

 

 

何度か博物館などで見た事はあるが本物の日本刀を見るのは初めてだ。それにこんな近くで…

 

 

「悪いがそのままで良いか?そうじゃないと撃たれそうで怖いんだ」

 

「…こんな状態、こっちから願い下げだ」

 

 

自分は拳銃を握る手の力を弱める。

 

重力に従いそれは地面へと落ち、カタンと音が鳴ったと同時に首元に向けられていた刀もなくなり「続けるぞ」っと少女が言う。

 

 

「結論から言うと先日、幹部とバイトを襲った事件の首謀者及び現在の理事長の居場所を教えてくれ」

 

「…先日の事件?あぁコンビニでのやつか。それだとまるで裏で操ってる奴が居るみたいな言いようだな」

 

「そりゃそうだろ?ここ最近上手く出来過ぎている。吾輩の見立てはこうだ」

 

 

そして少女は語り出す。

 

 

「まず初めに吾輩らの資金源とのコネクションを遮断。協力関係を結んでいた所も買収し、吾輩らを孤立。その次により確実に潰す為、司令塔である幹部を無力化を企てようと先の事件を起こしたんだろ?しかし2人の前にイレギュラーな存在(バイト)が居た。作戦が失敗した焦りからかバイトへ致命傷…まぁ雑多こんな感じだろ」

 

「…」

 

「次に吾輩らを狙う理由だが考えられるのは2つ。1つはただ単に邪魔な存在であるから。2つ目は吾輩の組織に欲しい人材が居る。つまり手段を選ばない強引な引き抜きだな」

 

「…それはただの予想に過ぎないだろ?根拠もなしに言うのはどうなんだ?」

 

「根拠なんてどうでもいいんだよ。傷付けたっていう事実だけが残ってんだから」

 

「…何が言いたい?」

 

 

ため息を吐きながらまた一歩近付く。

 

 

「良いか?簡単にまとめてやる」

 

 

少女は目の前に立ち、肩に手を置く。

 

 

「っ⁉︎」

 

 

瞬間、何もされていないはずの足の力が抜け膝から崩れ落ちる。

そして校則として付けていたネクタイを少女によって捕まれ、少女を見上げる体勢になった。

少女は見下ろしながら怒気が込められた言葉を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

「お前らが営利目的でばら撒いた物で吾輩の周りに居る大事な奴らが傷ついてんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

目の前にある冷たい眼に恐怖を覚える。

言葉を言い合えた後、少女によって掴まれていたネクタイは自由を取り戻した。

 

 

「…まぁこれを言ったところでただの八つ当たりになるかぁ」

 

 

自分の足は依然、力が入らないままだった。

 

 

「今…何をしたんだよ」

 

「何もしてない。お前が勝手に倒れただけだ。それで情報は?ないんだったら吾輩帰るぞ?時間の無駄だからな」

 

「…先日の事件に関しては何も知らない。親父は…ここ1年間は会ってない。ただ目星はいくつかある」

 

「なんだ。素直に答えれるじゃないか」

 

「意地を張ってただけだ。あんたの手の上で踊らされてるようで気に食わなかったんだよ。だけど実感した。無駄な足掻きだったって」

 

「…なんというかお前らって似てるな」

 

「何の事?」

 

 

そう言うと「何でもない」っとかいつままれてしまった。

 

 

「いやでもこれじゃ吊り合わないな。おいお前。お肉奢ってくれお肉」

 

「えっ?お、お肉?」

 

「そうだよ!言っただろ資金源のコネクション切れてるって!吾輩、美味しいお肉を最近食べてないんだよ!」

 

「いやまぁ別に良いけど」

 

「うおおおおお!やったな侍!」

 

「風真はナスが欲しいでござるな!」

 

 

喜ぶ2人を見ていると数字が書かれた一枚の紙を渡される。

 

 

「まっ話は以上だ。お前とは友好関係を続けたいしな。気が向いたら連絡でもしてくれ」

 

 

そう言いながら校舎へ戻ろうとする2人へ質問をする。

 

 

 

 

「なんなんだよ…あんた」

 

 

 

 

「ん?自己紹介をしてほしいのか?だから田島…」

 

「ラプ殿…。多分偽名じゃない方だと思うでござるよ?」

 

「あぁ。そう言う事…」

 

 

一拍置き、こちらを振り返る少女は自信に満ちた顔で言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吾輩の名はラプラス・ダークネス

 

 

 

エデンの星(地球)を統べる者だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー海視点ーーー

 

 

「…来て良かった」

 

 

体育館のステージで行われた現役のアイドルによるワンマンライブが終わりを迎えていた。感動から出たのか涙により、持参したハンカチがびしょ濡れだ。やはり音楽プレイヤーなどで聴くのと生で聴くのでは違うんだなと理解する。

 

この感動を共有と言うなの自慢を友人のメールに送った。

 

ふと総帥のメールを見ると数十分前に僕が送ったメールにまだ既読が付いていない事に気がつく。結局、後夜祭が終わるまでに戻ってこなかったな。あの人。

 

後夜祭の残すプログラムは閉会の言葉のみ。

進行役がマイクスタンドの前に立ち、閉会の言葉を述べようとする。

 

 

「これをもちまして…」

 

 

突如、マイクがスピーカーの音を拾った事で生じる「キーン」っとなる現象、所謂ハウリングが体育館内に響き渡る。

突然そんな音が鳴った事により周りはそちらの方へ視線を変えていた。するとハウリングをやったであろう張本人がマイクを使い声を出す。

 

 

『あっ。あっ。あ〜〜。えっ?これ聞こえてる?』

 

 

…なんか聞き覚えがある気がする。

 

 

『違うよ!これ押しながらだって言ったでしょ!』

 

『押しながら言ったぞ?なんなら今も押し続けてる』

 

『これ…声入ってるって』

 

『えっ?まじ?やべ』

 

 

…ちょっと待って…

 

 

『ごほん。すー』

 

 

 

 

 

刮目せよ!

 

 

 

 

『やぁやぁお集まりの諸君。何やら騒がしいくなっている所悪いが、今日(こんにち)この学舎は吾輩らがジャックした!』 

 

 

一人称、声、喋り方。完全に僕が知っている人と一致している。

 

 

『えっ?急に何言ってるんだ?この人?って思った奴も居るだろうが質疑応答の時間は設けてなくてね。その言葉はぐっと胸の中にでもしまっといてくれ。あっ因みに言うと諸君らは今はここから出れないからな』

 

 

その発言を聞いた入り口付近の人が扉を開けようと試みる。しかし扉は開かなかった。勿論、その影響で体育館内は大混乱だ。

 

 

『はいはい落ち着いてねぇ。今はって言ったでしょ。別にこれからデスゲームとか始めてもらわないから』

 

 

嫌な予感がする。

 

 

『先程のライブ。もう本当に良かった。いやね?吾輩のハンカチびしょ濡れだもん。この熱狂をこのまま終わらすのは勿体ないと思わないか?』

 

 

同感したからかパニックだった館内は盛り上がりを見せる。

 

 

『嫌な事が多い世の中かもしれないが、微小でも面白い事はある。そんな時間を全力で楽しまなきゃ損だ。中途半端になんてさせない』

 

 

「…っ」

 

 

『まぁ吾輩自体、目立つのはここの生徒だって言及してたけど…やっぱ主役ってのは憧れるものでね。今この学舎の主導権は吾輩にあってこの来客数ときた。こんな好条件は滅多にない。諸君、延長戦といこうじゃないか!』

 

 

そして声の主は大きな声でこう言う。

 

 

 

 

こっからは吾輩達が主役(アイドル)だ!

 

 

 

 

いっきに館内の人々のポルテージが上がる。

 

 

 

おいおいおいおいおい!!

 

 

 

瞬間、体育館の電気が突如消える。

騒ついていた館内が静かになった。

次にはスポットライトによりステージが照らされる。

 

 

 

そこには5人分のシルエット。

 

 

 

静まり返った体育館には似合わない音がスピーカーから流れ出すも、無論、観客全員はステージの方を見ていた。

 

 

 

 

 

混乱で頭が回っていない僕を差し置いて容赦なく彼女達は始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこに跪け!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「掃いて棄てるような現実を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「一刀両断ぶった切る!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりなき輪廻に迷いし子らよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「漆黒の翼で誘おう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我ら、エデンの星を統べる者…。秘密結社…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

holox!でござる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやもう秘密にする気ないだろ!

 

 

見事に息のあった連携を見せ、観客の盛り上がりを加速させる。一方僕は目の前の景色が現実なのか疑い始めた。

 

 

「あ、あれ?これ夢?」

 

 

すると僕の足を何者かに叩かれる。

 

 

「ぽ、ぽこべぇ⁉︎」

 

 

そこには「風真命!!」っと書かれた鉢巻を付け、両手にペンライトを握るぽこべぇの姿があった。どうやら僕の分のペンライトもあるらしい。

 

取り敢えず僕はペンライトを受け取り、ステージの方を見る。輝く5人を見ながら僕は少し考え込んだ。思い返してみればあの5人と比べて僕は何も持ってい。

 

するとぽこべぇが再度僕の足を叩く。

 

 

「えっ?僕はあの舞台に出ないのかって?」

 

 

 

…よく考えてみれば何故僕はあの人達と一緒に居られるのだろうか。

 

 

総帥みたいに統括できる力は無い。

 

沙花叉さんみたいに強くはない。

 

風真さんみたいに刀は使えない。 

 

博士みたいに頭は良くない。

 

鷹嶺さんのように仕事は出来ない。

 

 

なんでバイト採用されたんだろ。いや本当に。

…でもこんな何の取り柄もない僕にも役目はある。

 

 

あの人たちが主役で僕は舞台に立たず総帥達を照らすスポットライト。スポットライトだって重要な役割だ。その役目で一緒に居られるならそれだけで十分。

 

 

「…僕はただのバイトだよ。少しでも総帥達の助けになれればそれで良いんだ。照らしまくるのが僕の役目なので」

 

 

そして総帥達によるライブは終盤に差し掛かる。

 

 

「さぁっ。ぽこべぇ。一緒に応援しよう」

 

 

観客のポルテージは最高潮。

そしてステージに立つ総帥は観客に向い声を出す。

 

 

 

 

 

 

 

返事は yes my darkだ!

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「あっ!それ僕のネギ塩牛タンですよ!我が子のように育ててたのに!返してくださいよ沙花叉さん!」

 

「へへーんだ!隙を見せるのが悪いんだよ!」

 

「海君。我が子を食べようとしてたんだ。私も食べよう」

 

「鷹嶺さんは悪ノリしないで!」

 

「こよちゃんこれ美味しいよ。ほれあーん」

 

「あーん。うん!おいひぃ!」

 

「おい誰だよ!吾輩の牛カルビ食べたの!」

 

 

文化祭の後、僕らは打ち上げとしてアジトの中で焼き肉パーティをしていた。後日聞いた噂によると総帥達のライブはSNS上で少しだけ有名になったそうだ。

 

あとクラスでの打ち上げがあったらしいが僕は呼ばれてない。もう一度言います。僕は呼ばれてない。

 

 

「今のholoxに焼き肉が出来るお金なんてあったんですね」

 

「まぁちょっとだけボーナスが入ったんでね」

 

 

何かあったようだがあまり深掘りはするなと言わんばかりの顔つきを総帥は見せてきた。

 

 

「文化祭が終わったという事は総帥達はもう僕の高校には来ない感じなんですか?」

 

「まぁそうだな。特にやる事もないし」

 

「僕はもう少し教員として残るよ。教えるのが意外と楽しかったからね!」

 

 

そんな会話をしていると総帥からある紙を渡される。

 

 

「…何ですかこれ?」

 

「何って退職届」

 

うぇっ!海君バイト辞めちゃうの⁉︎僕聞いてないよ⁉︎」 

 

「あんな事があったからな。辞めようとしている事を視野に入れている可能性があると思ってな」

 

 

そう言うと他のメンバーは黙ってしまった。

僕はその紙を受け取り、少しの間考え込んだ。

そして…

 

 

 

「…総帥、最近鷹嶺さんに了承を得ずお菓子とか食べてましたよね?」

 

えっ!なんでお前それ知ってんだよ!

 

「博士。夜な夜な風真さんの部屋に忍び込んだとか…」

 

「えっ⁉︎」

 

「こよちゃん⁉︎風真にいったい何したの⁉︎」

 

「つ、続きはWebで…」

 

「鷹嶺さん最近発注ミスをしたらしいですね。何でしたっけ…」

 

「あぁー!ダメダメ!それ言っちゃ駄目!」

 

「風真さん。最近ぽこべぇを吸うのにハマってますよね?」

 

「…ナンノコトデゴザルカ?」

 

「沙花叉さん…のを言うのはやめときます」

 

おいなんでだよ!そういう気遣いが一番怖いんだよ!

 

「てなわけで今はバイトとしてリークしないようにしますがこんな総帥達の情報を持った怪物が世に放たれちゃいけないと思いません?」

 

 

すると総帥は紙を僕から取り上げ、退職届はビリビリに破かれてしまった。

 

 

「お前のそういうところが気に入ってんだ。つまりは辞めたくないって事だろ?」

 

「これからもよろしくお願いします」

 

「吾輩たちを退屈させるなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラプラス…一週間、おやつ抜きね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

えっ⁉︎ふぇええ…幹部ぅ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




課題が終わったら何があるって?
新しい課題だよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.hololive事務所編
夏休みの宿題で出る日記って後回しにしがちだよね


あっどうも作者です。
なかなか書きたい話が決まらず、気が付いたら二月が終わってました。申し訳ないです。

今月は3〜4話ほど投稿出来ると思います。

一応、今回から新しい章です。


 

 

 

「バイト見て!見て!」

 

「どうしましたか?総帥」

 

 

スイギョウザ観察日記を書いている時、総帥が自慢げにA4サイズのノートを開き、僕へ見せびらかしてきた。

 

 

「コーラの成長日記つくった!」

 

「ま〜た変なの作りましたね」

 

 

コーラの成長という異質なワードから頭が痛くなる。

ノートをよく見ると内容は意外にもしっかりと書いてあった。

 

 

「まぁ僕もholoxのバイトを始めて時間が経ちます。大抵の事では驚きませんよ」

 

「こんなにも立派なコーラが咲きました」

 

「変化球ときましたか。危うく驚く所でした」

 

 

僕は大きく息を吸い込み吐き出し、言葉を投げかける。

 

 

 

 

「…コーラが咲くってなに?」

 

 

 

 

すると何処から持ってきたのか総帥の手には小さな植木鉢。

そこから生えている草木にはアルミ缶のような物が実っていた。

 

 

「うわっなんだこれ。本当に咲いてる」

 

 

いやこれどういう原理で咲いてるの?

予想の斜め上が来た事を驚いている僕を横目に総帥は実っているコーラを一つもぎ取る。プルタブを引きプシュっと炭酸の音が響いた瞬間、ぐびっと中身を飲み込んだ。

 

 

「ぷはっー!やっぱ美味しい!」

 

「…あんまり考え過ぎない方が楽な気がしてきました。総帥、僕も一つください」

 

 

そういえばこの前にコーラ咲かせるとか言っていた様な気がするし、大方博士の薬が関与でもしているのだろう。

 

 

「ん?いいよ〜」

 

 

「ほれ」っと言いながら総帥のとは別の物を渡される。僕は受け取り、総帥を真似、コーラを喉へ流し込む。炭酸が強かった為か少しだけ喉が痛んだが、味は普通のコーラとなんら変わりなかった。

 

 

「普通に美味いっすね」

 

「吾輩の優しさで包まれてますんで」

 

 

考え過ぎない方が良いと言ったがどのように育ったかは気になってしまうのは至極真っ当な事であるだろう。

 

いやだってコーラが咲いてるんだもん。

 

 

「すみませんがその観察日記、借りても大丈夫ですか?」

 

「勿論だ。吾輩の力作に感激するなよ?」

 

「御意」

 

 

自信満々に渡してきたノートを受け取り、表紙を捲る。

日にちが書かれ、数行の文字が書かれた日記から僕は小学校の時代を思い出した。確かアサガオを一瞬で枯らしていた気がする。

 

そう思いながら最初のページに視線を向けた。

 

 

 

 

○月3日

今日から日記を書いていくぞ。

博士から貰った薬も有るし、成功するのは確実だろ。

咲かせた後はバイトにでも高く売る

驚かせよう。

 

 

簡潔にまとめられた作文。

斜線が引かれていた所は見なかった事にしよう。

 

 

○月5日

2日目にして薬の効果が出てきたな。流石こより印。

もう芽が出てきてるわ。

コーラとのご対面も時間の問題だとみた。

 

 

「意外と早く芽が出てたんですね」

 

「吾輩、愛情込めてるんで」

 

 

○月8日

おぉ〜!

結構成長してきたぞ!吾輩植物育てる才能あるかもしれないな!

 

買う物

・人参

・玉ねぎ

・ナス

・ラプのお菓子

 

 

 

「いやなんかこのページだけ買い出しのメモ書きとして使用されてますよ⁉︎」

 

「幹部が使っていた気がする」

 

「なんでここにメモしたんだよ鷹嶺さん!」

 

「確かこの日はカレーだったな」

 

 

…少し雲行きが怪しくなってきた。

日記だからと軽視していた僕を殴りたい。著者はあの総帥だ。普通な物のはずがない。

 

 

○月10日

書くの面倒くさくなってきたし新人にでも書かせよう。あいつ暇そうにしてるし

 

 

「あれ?こっから先は総帥が書いてないんですか?」

 

「途中だけな。飽きちゃって新人に任せちゃった」

 

 

月12日

なんで沙花叉がにっきをかかないといけないんだよ!!こんなのてきとうにかいてやる!らぷらすはこども!QED!ぽぇぽぇ!

 

 

…なんか総帥馬鹿にされてる。

 

 

「吾輩読めなかったんだよね。これ」

 

「いやまぁ読めなくて正解だと思います」

 

 

その言葉に総帥は首を傾げていた。

メモ書きを除けば思っていたよりも普通の成長日記だという事に僕は少しばかり疑問を感じる。

 

 

「なんというかここまでは普通の植物と大差無いですね」

 

「最初の方は普通の植物と同じだったな」

 

 

最初の方という言葉から特異な箇所が少なからずあると予測する。

 

 

「てことは何処で変化があったって事ですか?」

 

「コーラを育てるぐらいだからな。一つや二つぐらいはあって当然だろ」

 

「その時の日記を見せてほしいです」

 

「あぁ〜。いつ頃だったっけ…ちょっと貸して」

 

 

持っていたノートを持ち主へ返し、総帥は思い出す様にノートをペラペラと開く。お目当てのページを見つけたのか「あった!」っと声を出し、僕へ見せてきた。

 

 

 

 

 

 

○月20日

 

 

…コーラは当分飲みたくはないな。

 

 

 

 

 

 

 

何があったの⁉︎

 

 

「吾輩は真理を知っちゃったんだよ…ハハッ」

 

 

乾いた笑みを出しながら上手く笑えていない総帥を見て、僕の背筋が凍る。

 

 

「今バイトが持ってるそれ…フハハッ」

 

「怖い!怖い!怖い!」

 

 

その発言により一瞬にして、今握っている物が値の知れない物に見え、溢れないように机の上に咄嗟に置いた。

 

 

「慣れって怖いな」

 

今はあんたが一番怖いよ!

 

「新人が書いてくれたやつもあるぞ」

 

 

月22日

 

 

しゃちはこーらがすきですゆるしてください

 

 

 

 

「沙花叉さん⁉︎」

 

 

「新人はこっち側だったな」

 

「いやこれかなりトラウマ植え付けられてますよ⁉︎海の王様頭下げちゃってますもん!」

 

「あと変化があった所は…」

 

 

○月25日

 

 

あんなの見たくなかった。

コーラを咲かせるのは禁忌だったんだろう。

 

 

 

 

 

だから何を見た⁉︎

 

 

「この世には知ってはいけない事もあるんだよ」

 

「愛情込めて作ってくれた物をこう言うのは悪いと思うんですが!ちょっと飲んだ事後悔してます!」

 

「バイトはそっち側なんだな」

 

 

総帥は視線を僕の背後に向けながらそう言う。

 

 

「えっ!何々⁉︎何が見えてるんですか⁉︎」

 

「あっ…」

 

「なんのあっ⁉︎後ろ⁉︎後ろに何か居るんですか⁉︎黙ってないで言ってくださいよ怖いから!」

 

 

自分のsan値がゴリゴリ削られる感覚に陥る。

 

すると僕の怯えを遮るかのように隣の部屋の扉が勢いよく開けられる。そこから姿を現したのは

 

 

「いや〜こんな立派成長させちゃってからに」

 

「た、鷹嶺さん?…どうしたんですか?」

 

「やべっ!」

 

 

鷹嶺さんの姿を見た総帥はコーラが実った植木鉢を庇うように自分の体で隠していた。しかし総帥の体のサイズでは隠せない程に成長している植物…無論、丸見えだった。

 

 

「駄目だよー。コーラ咲かせちゃあ」

 

「や、やめろぉ!これは吾輩が1人で一生懸命育てたコーラだ!」

 

「いや沙花叉さんに手伝わせてたじゃないですか」

 

「飲み物とか食べ物にこよりの薬を使うのはholoxの規約違反だって知ってるでしょ?」

 

「だ、脱法だ!バレてないから脱法!」

 

 

んな無茶な。

 

 

「なんならバレちゃってるよ?」

 

「合法性が仕事してない気がしますけど…。ていうかそんな規約、最初から有りましたっけ?」

 

 

規約自体は高い頻度で更新されてる為、規則が増減したとしても不思議には思わない。前なんて"海君は週2で沙花叉の部屋掃除をする"っと付け足しされていたから黒ボールペンで消しておいた。

 

 

「餃子の生物化の影響で生じた多大なる損害と向き合ってね」

 

「それで追加したって事ですね」

 

「だったら幹部!バイトだって外で育ててる野菜に博士の薬かけてたぞ!」

 

「いやまぁ…バレてないから」

 

 

僕は視線を総帥へ向け、ドヤ顔をする。

 

 

「うわっ!その顔腹立つ!」

 

「最近教えてもらった相手を煽るスキルです」

 

「誰から教わったんだよ!」

 

「某シャチさんです」

 

 

名前は秘密です。匿名性を出さないと怒られそうだし。

コツは口角を少しだけ上げる事。

 

 

「取り敢えずその植木鉢は没収だね」

 

「こ、こんな所で吾輩の大切なコーラ(我が子)が取られてたまるか!」

 

 

そう大きな声を出し、植木鉢を持ちながら外へと逃げ出した。

 

 

「あっ逃げた」

 

「あっ!ラプラス!」

 

「捕まえれるもんなら捕まえてみろ!」

 

 

慌てて鷹嶺さんも追いかけるように外へ出る。

 

初めの静かさに戻ったアジト。1人取り残された僕は何を思ってか机の上に置かれていたコーラ観察日記の最後のページを開き、近くにあったペンを握り文字を書き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○月30日

 

 

 

コーラ育てて怒ーられる

 

 

 

 

 

 

「…後で鷹嶺さんに採点してもらおう」

 

 

そう言いながら残っていたコーラの缶を握る。

何故か僕が握っている缶はやけに冷たかった。

 

 




幻のバレンタインの話をどうするか考えてます。

因みに自分の最初で最後のバレンタインチョコは同性の友人から貰ったやつです。先生にバレないようにと受け取った場所はトイレでした。軽くトラウマです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

博士と楽しい釣り体験。

どうも先月あと3話ぐらい投稿すると言って投稿しなかった作者です。

ふと焼きそば食べている時に思ったんですけど「」の隣に喋ってる人の名前を書く、所謂台本形式なんですけど無い方が読み易いですか?
試しに今回は台本形式じゃなくしてみました。

個人的にはこれの方がなんかこうシュッってなってかっちょ良かったんで無しに変更したい所存です。



 

 

 

「…釣れないですね」

 

「…ずのー」

 

 

現在、僕と博士が居るのはアジト付近の潮の香りが漂う防波堤。

アジトでゴロゴロしている僕へ「釣りに行こう」っと突如誘われ、大漁という淡い期待を抱いていたが…現実は空のクーラーボックスを見ながら竿を握っているだけだった。

 

 

「にしても博士から誘ってくるなんて珍しいですね。何かあったんですか?」

 

「少しだけこの地域の海の生態系が気になってね。何匹か採取しときたかったんだ」

 

「だから自分で釣ろうってことですか?」

 

「うん!海君を誘ったのは僕1人だけだと寂し…海に落ちちゃったら助けてもらう為!」

 

 

そんな期待を向けられてしまったが、一点残念な知らせがあった為、僕は告げる。

 

 

「…僕、泳げないんですよ」

 

「えっ?そうなの?」

 

「僕の泳ぎを観たら子供が泣くぐらいです」

 

「…こよの麩菓子(ふがし)食べる?」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 

僕は誰よりも泳ぎが下手くそな事を自負している。

あまりの下手くそさについたあだ名は悪○の実を食べた漢。海賊王だって夢じゃない。

 

気まずい空気の中、貰った麩菓子を(かじ)りながら青色に何処までも続く水平線を眺める。

このまま釣りをするのが少し寂しいと考えた僕は博士へ話題を振った。

 

 

「実はここの海、巷では少し有名なの知ってましたか?」

 

「ううん。知らなかった」

 

「変な物を見たという証言が数多くあるらしいです」

 

「例えば?」

 

 

僕の話に興味を持った姿を見ながら学校のクラスメイトが話していた内容を思い出す。

 

 

「…よく聞くのは…喋るサメ、ぬるぬる動く大きな影、あと海賊コスプレ女ですかね」

 

「待って最後の何?」

 

「僕もよく分かりません」

 

 

この話は所謂、都市伝説みたいなもので信憑性はそこまでない。だけど最後のやつに関しては現実味があって逆に怖い。

 

現実に戻ろうと先程と変わらない空の箱を見る。

このまま坊主で帰るなどと考えるとため息が自然と出てしまった。

 

 

「…釣る場所が駄目なんですかね?」

 

「塩焼き…お刺身…お味噌汁…」

 

「いや博士。気が早いですって。釣れてから考えるやつですよ。それ」

 

 

約3時間、ここで座っているが魚が食いつく気配すら無い。ただ運が悪いだけなのか…はたまた何か理由があるからか。僕は博士へとある見解を言う。

 

 

「もしかしたらコヨーテの博士に怯えて魚が近寄って来ないんじゃないですか」

 

「なに〜?お魚さんこよにびびっちゃってるの〜?」

 

「…頭ピンクコヨーテだから?」

 

 

ぼそっと言ったそんな僕のデリカシーの欠けた言葉を聞いてしまったのか、博士は無言で近寄り、両手で僕のほっぺたをぐいーっと引っ張ってきた。

 

 

「うひょでひゅ!うひょでひゅ!ひょーふぁん!」

 

「最近はピンクじゃないでしょ!」

 

「わかりまひぃたから!ひっふぁるのひゃめて!」

 

 

ヒリヒリと痛む自分のほっぺたを労りながら今度から言葉選びは慎重にやろうと結論付けた。

ふと握っている自分の釣り竿に違和感を覚える。

一瞬戸惑ってしまったが今日、初のHITだと理解した。

 

 

「あっ。やっとかかりましたよ!」

 

 

咄嗟にロッドで相手の動きに合わせる。

体が持ってかれる感覚を味わい、もしかしたら大物だという期待から胸が高鳴った。

数十秒間のファイトのおかげで水面に魚影が見える所まで接近する。

 

攻防の末、餌にかかった物が水面から姿を現した。

力み過ぎたからか釣り上げたものは僕らの背後へ飛んでしまう。

 

 

「意外と大きかったんじゃないですか?」

 

「…なんか人みたいな形してなかった?」

 

「人?」

 

「んー?こよの気のせいかなぁ」

 

 

気になった僕らは後ろをぐるっと振り返り、釣れた獲物を見る。

 

 

 

 

 

 

 

「あっどうも。シャチの沙花叉クロヱです」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「そういえばコレそういう感じのヤツだ!!」」

 

 

 

 

 

釣れたのは魚を咥えた沙花叉さん。

なんかもう色々と嫌になってきた。

 

 

「あっ!餌にしてたお魚食べてる!」

 

「シャチなもんで…」

 

「"通なもんで"みたいに言わないでくれます?」

 

「…泳げ沙花叉くん…」

 

 

何処かで聞いた様なフレーズを言う博士。

 

 

「さっきので十分過ぎたのに海に逃げ込んだたい焼きの歌の主人公みたいな新キャラを今出さないでくださいよ!」

 

「そもそもなんでクロたんが海で泳いでるの?」

 

「魚を獲ってた」

 

「もしかしてシャチの本能、目覚めかけてます?」

 

 

よく見れば沙花叉さんが手に持つバケツに沢山の魚が入っていた。魚が釣れなかったの沙花叉さんの所為な気がする。

 

僕はバケツを手に取り、凝視した。

 

 

「…見た感じだと鷹嶺さんが言っていた魚はいないですね」

 

「海君、ルイルイに何か頼まれてたの?」

 

 

鷹嶺さんへ釣りへ行く旨を伝えた際、食べたいと頼まれていた魚が一匹居た。僕はメールで送られた写真を見せながら博士の質問に答える。

 

 

「シーバスって魚です。なんでも夏が旬で美味しいらしいですよ」

 

「あーすずきかぁ。この時期は太ってて美味しいって聞くからねぇ」

 

 

僕たちの会話を聞いた瞬間、沙花叉さんの目の色が変わる。

 

 

「分かった!沙花叉頑張る!シーラカンス見つけてくる!」

 

 

そう言いながら意気揚々と海へと飛び込んで行ってしまった。

多分あの人、鷹嶺さんが壺売ったら買う気がする。

 

 

「…なんか生きた化石探しに行っちゃいましたよ?」

 

「クロたんは何年後に帰ってくるんだろう」

 

 

なるべく僕が生きているうちに見つけてほしい。

僕は目線を変え、沙花叉さんのバケツを指さす。

 

 

「どうしますか?僕たちの目的が果たされちゃいましたけど…」

 

 

この量ならこれ以上釣りを続ける意味も無い。

しかし博士の方は止める気は毛頭無いようだった。

 

 

「…こよだけ釣れていないのは悔しい…」

 

「あっ。僕は釣れたことになってるですね」

 

 

果たしてシャチが釣れたことはカウントしても良いのだろうか。

そんな事はお構いなしに博士から負けたくないというメラメラと燃え上がる思いが僕へと伝わって来た。

 

 

「博士。僕はいつまでも付き合いますよ」

 

「待ってて!僕が美味しい魚釣ってあげるから!」

 

 

気合のこもった声を聞きながら、新しい餌を付ける為、僕は自分の釣り竿を持つ。

その時ふと思ったことを質問した。

 

 

「そういえば博士はどの餌を使っているんですか?」

 

「餌?えっとねぇ」

 

 

博士は淡々とリールを回す。

僕が予想していたのは虫エサやイカの切り身などだと思っていたがどうやらそうではないらしい。

 

水飛沫と共に海から上がってきたのは…

 

 

「スロット」

 

 

スロット⁉︎

 

 

ドデかいスロットだった。

 

 

「なんでスロットを餌にしてるんですか⁉︎普通機械を餌にしないでしょ!」

 

「ギャンブル好きの魚もいるかもでしょ!」

 

「思考がギャンブラー!」

 

「大丈夫!設定は6だから!」

 

「そういうことじゃないんですよ!ていうか精密機械なのに海水に浸して大丈夫のんですか⁉︎」

 

「完全防水に改造しているんで大丈夫です!」

 

「くそ!意外と対策して来てやがる!」

 

 

沙花叉さんが獲っていたのもそうだけど、今まで魚が寄ってこなかったのコレも要因の一つな気がする。

ピカピカ光っているし。

 

 

「そりゃスロットを餌にしているなら魚達も戸惑って近寄れませんよ!」

 

「分かんないよ!研究結果がない以上、可能性は0じゃない!」

 

「多分誰もやろうとしないからですよ!"よし釣りしよう!餌ならスロットの方が効率が良いかも!"って普通はならないでしょ!」

 

「これで釣れるまで、こよは帰らないよ!」

 

「いつまでも付き合うなんて言わなければ良かった!」

 

 

またもや自分の発言を誤ったことに後悔していると、博士の釣り竿が揺れていると気がつく。

つまり、スロットに魚が食いついたという事を表していた。

 

 

「あっ食い付いた」

 

「んなあほな」

 

 

そんな間の抜けた返しを僕はしてしまう。

そりゃスロットで魚を釣れたら誰でも驚くだろ。

 

瞬時に博士は釣り竿を握り、僕と同じ動作をする。

釣られそうになっている物は弱っている様に思える程、抵抗はしてこなかった為、案外簡単に釣れてしまった。

 

一番重要なのは何が釣れたか。

 

恐る恐るスロットと共に上がってくる物を僕らは見つめる。

 

 

 

 

 

「なんで設定6で当たらないんだよ!収束してよ確率!」

 

 

 

 

 

慣れた手つきでスロットを打つ沙花叉さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

「「またか!!スロ叉!!」」

 

 

 

 

 

 

 

「誰がスロ叉だ!」

 

 

 

 


 

 

 

数匹の魚が入ったクーラーボックスと釣り道具を持って僕らは帰路を辿っていた。流石にあの量は食べきれないという事で、3分の2は海へと返す事にした。

 

夕焼けが眩しく感じる中、僕は博士へ感謝の意を表する。

 

 

「初めての釣りで色々と心配でしたけど結構楽しかったですよ。誘ってくれてありがとうごさいます」

 

「海君初めてだったんだ」

 

「中学時代の友人と海水浴には行ったことがあります。けど釣りは無かったですね」

 

 

海水浴といっても泳げないからずっと砂遊びをしていたな。職人技というのだろうか、砂遊びを極め過ぎて立派なお城を作ったこともある。

 

そんなどうでもいい事を思っていると沙花叉さんが僕の心を抉る言葉を言い放つ。

 

 

「海くん…友達居たの?」

 

「ゴホッ」

 

 

吐血する思いで僕は自慢するかの様に言い返す。

 

 

「か、片手で数えれるぐらいですけどね」

 

「どんな人が居たの?」

 

 

ふと中学時代を思い出す。

 

 

「…多分写真見た方が早いです」

 

 

…思い返してみれば僕の友人は個が強すぎて言語化出来ないような気がする。

僕は自分の携帯を取り出し、写真フォルダのアプリを開く。上の方へスクロールし、お目当て物を見つけ沙花叉さんへそれを見せた。

 

 

「どうぞ」

 

「集合写真?」

 

「おぉ海君ボロ泣きだ」

 

「涙腺がゆるゆるなんです。卒業式なんて我慢出来るわけないですよ」

 

 

見せたものは卒業式の際に撮った僕を合わせた六人の集合写真。

今思えば結構充実した学校生活が送れていたと思う。

そんな感傷に浸っていると沙花叉さんが僕の服の袖を引っ張って来た。

 

 

「…ねぇ海くん…この子…」

 

 

そう言いながらとある人物に指を指す。

 

 

「…この子がどうしたんですか?」

 

「ど、どんな子だったの?」

 

 

指されたのは頭に帽子を被る紫が似合いそうなとある少女。

 

 

「えっと…専攻で魔法学を学んでいましたね。その分野に関してかなり優秀で地元では結構有名でした」

 

 

僕自身、選んだ専攻は違えど、何度か教わった事はある。才がないからか使えなかった時は「こんなんも出来ないの〜?」っと煽られたのはいい思い出だ。…なんかどっかの総帥と似てるかも。

 

確か今は推薦入学で魔界の方で勉学を励んでいると知り合いから聞いた。何度かお邪魔したことがあるが…あっちの世界はどうも僕の体が受け付けず苦手なんだよな。

そんな事を思っていると、突然沙花叉さんからとある提案をされる。

 

 

「こ、この女の子の写真…貰っていい?」

 

「えっ?いやまぁ別に構いませんけど…何に使うんですか?」

 

「ふへへ〜秘密!」

 

 

僕は沙花叉さんの携帯へ写真のデータを送る。

途端に喜びステップする沙花叉さんを追いかける為、僕と博士は又歩き出した。

 

 




偶に自分も釣りに行きます。
あと深い意味はないんですが私目のノートパソコン、何処行ったか知ってる人いますか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

飛び方を忘れた鷹

気が付いたら2ヶ月経ってました。申し訳ないです。

それと同時にアンケートの投票ありがとうございました。取り敢えず今後は台本形式は無しの方向で行かせてもらいます。


 

 

 

「…何してるの?海君」

 

 

僕の現状を見て別室から現れた鷹嶺さんがそう呟く。

 

 

「何って…博士の実験に付き合ってるだけですよ?」

 

「こんこよ~」

 

「いやぁ…そういう事じゃなくて…」

 

 

気まずそうに僕の頭の上に指を指す。

 

 

「…既視感あるんだよ。それ」

 

「これですか?」

 

 

僕はそう言いながら頭に付けている見た目は小型のプロペラのような形をしている機械を外し鷹嶺さんへ見せびらかす。

 

 

「これ凄いんですよ?空を自由に飛べるんです」

 

 

今は充電されていない為、動きはしないが科学もここまで進歩したと思うと少しばかり感動してしまう。

科学の進歩を純粋に喜んでいると鷹嶺さんがとある見解を言ってきた。

 

 

「…発明品の名前に"タケ"ってワード入ってたりする?」

 

「おぉよく分かりましたね!」

 

 

手に持つ名称の一部を見事言い当てる。

何か確信が持てる要素でもあったのだろうか。

 

 

「この発明品の正式名称ってなんでしたっけ?博士?」

 

「えっとね…タケコp」

 

「ああぁあ!言わなくて良いから!」

 

 

いきなり慌てた様子を見せ、何故か博士の口が防がれてしまっていた。

そんな状態でも何か言いたげな博士は鷹嶺さんの手をどかし、目を光らせながら僕へ語る。

 

 

「これなら魔法に劣ってるなんて言われないはず!」

 

「劣ってる?」

 

 

戸惑いを見せる鷹嶺さんの為に僕は一つ補足した。

 

 

「最近"科学と魔法学のどちらが発展しているのか…"という論文で飛行手段の例が挙げられてたんですよ」

 

一長一短な部分があるなかで足並みを揃えながら成長しようとしたとしても、やはり様々な差は生まれてしまう。例えば箒一本か飛行機かのように。

 

 

「魔法学は便利だから優先的に発展させた方が良いって言われてるけど…それじゃ平等じゃないよ」

 

「あれは完全に才能の分野で使えなかったらそれでお終いですからね」

 

 

ある科学者が見つけた研究結果によると体内の血液中に普通は流れていない成分…人呼んで魔力というものがある場合、魔法を使うことが可能となるらしい。

 

問題なのは後天的にその成分が現れたという事例はないという事。つまり魔法の不可は生まれた時に選別されている。

 

それと比べると均等に分け与えられている科学は誰でも磨けば輝くモノになる。博士が没頭するのも無理もない。

 

そんな事を思っていると博士の発明品に興味を示す人物が1人。

 

 

「いや〜でもこれどういう仕組みで飛べるの?」

 

 

 

 

「あっ!駄目です鷹嶺さん!」

 

 

 

 

そんな何気ない質問にいち早く耳をピンとさせた人物が1人。

 

 

「気になる⁉︎ルイルイ!」

 

 

尻尾をフリフリと揺らす博士。

僕はその姿を見て「…遅かった」っと無意識に言葉が出る。

 

目線を変えると既に用意されていたホワイトボードを用い説明が始まろうとしていた。

 

 

「まずこんな小さなモノで飛べている原理を説明する為にも飛行機を例として挙げるね!そもそも飛行機は飛んでいるというより吊るされているって…」

 

「あっすごい情報量!」

 

 

…経験者だから分かる…きっと丸一日説明コースだろう。

 

長くなると確信した僕は近くに置いていた掃除機を手に取り、慣れた手つきで電源を入れ2人の邪魔にならないよう掃除を始めた。

 

ふと意味も無く窓を覗くと二つの羽で自由に飛んでいるいたって普通の鳥が視界に入ると共に掃除機の電源を止め、そういえばと鷹嶺さんへ一つ質問した。

 

 

「…飛ぶといえば鷹嶺さんは鷹ですよね?」

 

「そうだよ?」

 

「じゃあやっぱり飛べるんですか?」

 

 

瞬間、場が静まり返る。

…あれ?もしかして僕、変な事言った?

 

あたふたとしていると鷹嶺さんが僕の元へ近付き質問への回答を答えようとする。

 

 

「海君…私ね…」

 

 

深刻そうな表情から飛べない理由があるのかと固唾を飲む。

そして本人の口から衝撃の事実が告げられた。

 

 

 

 

 

 

「飛び方忘れちゃった!」

 

 

 

 

 

 

僕は掃除機の電源を再び付け直した。

 

 

「ちょちょ!なんで興味なくしちゃうの⁉︎」

 

「だってただの忘却のフライアウェイじゃないですか」

 

「忘却のフライアウェイって何⁉」

 

 

果たして鷹が飛び方を忘れてしまって良いのだろうか。

 

 

「勿体無くないですか?空飛べるなんてめっちゃかっこいいですよ?」

 

「いやー最近は歩く方が楽な事も多いよ?」

 

「僕なら飛びまくりますけどね」

 

「…海君は翼で空を飛びたいの?」

 

 

翼の生えていない僕からすればそれは夢物語でしかなく、鷹嶺さんの問いの意味を深く考えずに定型文の様な返しをした。

 

 

 

「まぁ飛べるものなら飛びたいですけど…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ教えてもらう?」

 

 

 

 

 

 

 

「…えっ?」

 

 

数分後、言葉の意味を理解した。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

「うおおぉおお⁉︎」

 

 

 

 

 

 

現在、僕はholoxの屋上、すなわちビルの六階ほどの高さの位置にて体に巻かれた紐により吊るされていた。軽薄な発言を後悔しながら足場の無い浮遊感を体感する。

 

 

「いやいやいや!飛びたいとは言いましたよ!ええ言いましたとも!でもこれは違いますって!」

 

 

涙目をしながら訴える目線の先に鷹嶺さんと抱えられている一匹の鷹 がんも。

 

がんもの大きさはリンゴ約三個分。

まんまるとした可愛らしいフォルムを持ち、キリっとした目で僕を覗く。あと特徴はかっこいい…。男の僕が惚れそうなほどイケメンな鷹だ。

鷹嶺さんとの付き合いは長いらしく、風真さんのぽこべぇ的存在である。

 

先程の「教えてもらう?」は、がんもから学ぼうという意味。

確かに翼を使いこなしている者から教えてもらうのは合理的だろうが…

 

 

「おかしい!これは絶対おかしい!」

 

 

そろそろ労基って言葉が出るぞ?僕の口から。

 

 

「がんも曰く、体で覚えるのが一番早いとの事」

 

「僕羽生えてないんですよ!某ネコ型ロボットの力がないと飛べないか弱い一般市民なんです!」

 

「がんも曰く、黙って従えとのこと」

 

「がんも怒ってる⁉︎僕もしかしてなんかした⁉︎」

 

 

ふいっと顔を背けるがんも。絶対怒ってるじゃん。

心からの訴えが周りに響くと同時に強風が僕を襲う。

紐一本で吊るされている為か振り子の様に体が揺らされた。

 

 

「無理無理無理無理!」

 

「風を感じるんだよ!海君!」

 

「風感じてる暇なんてないんです!このままだと風と一緒にさよならですよ!一緒にランデブーですよ!」

 

 

風の力で揺れは増す。

 

 

「がんも大先生!僕飛べなくて大丈夫です!」

 

「"つべこべ言わず羽を動かせ"とのことです」

 

 

 

「だから羽生えてないつってるだろ!」

 

 

 

…いやもう考えるのは止めよう。

早く終わってほしい一心でどうにでもなれと腕をパタパタ動かす。

ビルの下を歩くおば様が僕の姿を見ているがプライドなんて履歴書と共にholoxへ置いてきている。怖いモノなんて僕には無い。

 

僕の哀れもない姿を見て鷹嶺さんが助言を授ける。

 

 

「別に落ちても大丈夫だからね?」

 

 

そう言いながら何食わぬ顔で地面の無いはずの空を歩き始めた。

 

 

「…透明な…床?」

 

 

安全を証明する為かガラス板のような床をコンコンと叩く。

足場がある事に対し、安堵はするが

 

 

「…これただ僕が惨めな姿を晒しただけじゃないですか」

 

「いいや?そうでもないよ」

 

 

僕を吊るす紐を解きながらとある事を言い出す。

 

 

「海君が体を張ったお陰で今度利用するこの紐の強度が分かったからね」

 

「強度実験なら他のやり方でも良いでしょ!」

 

「やっぱりスリルって大事じゃん?」

 

「いらない!今絶対いらないです!」

 

 

ツッコミを入れながらも"利用"というワードが気になり、何に使うのかと尋ねても「まだ言えない」っとはぐらかされてしまった。

 

 

「というか…いつの間にこんな床設置したんですか?」

 

「だいぶ前からあるよ」

 

「えっ?そうなんですか?」

 

「壊れないほど強度な床を作ろうって意気込んでたら本当に壊れなくなっちゃった奴なんだ。この床は」

 

「発案者はもしかして角が生えてますか?」

 

「ご名答」

 

 

的中した僕は発案者に感謝しながら地面の有り難みを噛み締める。

 

空を散歩していると思わせる床に感動を覚え、辺りを歩き回った。そんな一瞬の出来事の中、足で床を踏んでいたはずの感覚が無くなる。

 

 

 

「…あれ?」

 

 

 

突然の浮遊感。

…体が下へ落ちている。

 

 

 

 

 

 

「海君!!」

 

 

 

 

 

鷹嶺さんの叫びと共に僕の脳内はパニックに陥る。

 

 

まずいまずいまずい!

 

 

体が急速に落下しているのが分かる。

六階という高さから落ちればまず助からないのは確実。

 

何かないかと自分のポケットを漁ると例のタケコpと充電器があった。

…少しでも飛べればそれで良い。僕は藁にも縋る思いで充電ケーブルを刺そうとする。

 

…しかし僕の願いは叶わなかった。

それもそのはず、対応している充電器は…

 

 

 

 

「タイプcじゃないのかよ!」

 

 

 

 

タイプcとは別のモノだった。

 

 

 

 

まさか最後に言った言葉がタイプcになるとは思いもしないだろ。

 

 

 

なんか走馬灯の様なモノが見えてきた…。

 

 

楽しかった学生生活。

 

初恋の人に振られたあの日。

 

色々とあったholoxのバイト。

 

波乱の文化祭。

 

そして山田さん。

 

 

おい待て最後の誰だよ。

もしかして最後の思い出が山田さんで終わらないといけないの?

 

 

 

 

そう諦めていた瞬間。

地面に向け、落下し続ける僕の体を覆う黒影。

 

 

逆光を浴びながら近付くそれは今まで見てきたどの鳥よりも明媚な翼を羽ばたかせていた。

 

 

近付くにつれ逆光も弱まりはっきりとその姿が目に映る。

 

 

 

 

 

「…綺麗だなぁ」

 

 

 

 

 

ポツリと言った言葉と自分の体は上へと持ち上げられる。

 

 

「あっ待って…意外と海君重いかも…」

 

 

前言撤回。

ふらふらと降下しています。

 

 

「た、鷹嶺さん⁉︎今結構良い雰囲気なんですよ!久しぶりに飛べたっていう感慨深い場面なんです!勝手な事言いますけど頑張ってください!あと助けてくれてありがとうございます!」

 

「そ、そんなこと言っても!わ、私久しぶりに飛んだから…あっまずい!」

 

「何が⁉︎何がまずいんですか⁉︎」

 

「もうしょうがない!海君!アジトに投げ込むよ!」

 

「投げ込む⁉︎」

 

 

いきなりとんでもない宣言をされ時には投げる体制は既に整っていた。この人、本気でやる気だ。

 

 

「待ってください!まだ心の準備が!」

 

「よいっっしょぉお!」

 

「おぉおお⁉︎」

 

 

間髪入れずに僕は空いている窓へ投げ込まれる。

 

運が良い事に着地した地面に何故か置かれているゴミ袋がクッションになったのか体は全く痛くなかった。

 

そんな安心も束の間、目の前には部屋の住人らしきシャチ。

頭に鍋を被り手にはお玉が握られていた。

 

 

「ま、まったかねぇ?」

 

 

 

 

「待ってないわ!」

 

 

 

 

投げられたお玉は僕の頭に命中した。

 

 


 

 

 

アジトのリビングにて僕は頭に出来た傷を鷹嶺さんに治療してもらっていた。

 

 

「ありゃたんこぶ出来てるね」

 

「…それで済んだだけマシです」

 

 

頭以外に目立った傷がないのは紛う事なきこの人のお陰だ。

 

 

「にしても床がある場所からなんで落ちたんだろう?」

 

 

…僕の間違いじゃなければ足を滑らし落ちたというか…急に床が無くなったように思えたが…多分ただ単にドジをしてしまっただけだろうと割り切る。

 

ふと机の上に置かれているあるモノに目がいた。

 

 

「鷹嶺さん。この封筒、なんですか?」  

 

 

指を指す方にはA4サイズの茶封筒。

どうやらポストに入っていたらしく、博士が持ってきていたとのこと。

 

 

「中身は確認したんですか?」

 

「いいや?まぁ多分仕事依頼とかなんだと思うけど…」

 

「holoxに仕事の依頼なんて久しぶりな気がします」

 

 

「中身を確認する」と言い、封筒を手に取り中身を確認した鷹嶺さんの表情が変わる。

 

眉間にしわを寄せ、何やら意外なモノを見た時の様なしぐさを露骨に見た僕の興味はその封筒の中身へといった。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「…いやぁまさかここから来るとは思っていなくてね」

 

 

余裕のない表情を見せながら確認するかの様に過去の出来事を振り変え始める。

 

 

「えっと…餃子を生物にしたら強いんじゃね?って覚えてる?」

 

「財政難に陥った元凶のヤツじゃないですか」

 

 

僕自身、加担したい為かどれぐらいの被害、何処の窓ガラスが割れたかなどの詳細は知らないが…

 

 

 

 

 

 

…いや待て。

 

 

 

 

 

何故鷹嶺さんは今その話を出したんだ?

 

 

 

意味も無く関係の無い話題を出すタイミングであったとも考えられない。

憶測が絡まる嫌な予感を感じ鷹嶺さんから目線を外した僕は手に持つ封筒を見つめる。

 

 

「お呼び出しくらっちゃった…窓ガラス破った所から」

 

 

無意識に震える手を無理やりにでも抑えようとしながら封筒に書かれている内容を確認する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『hololive』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書かれていた名は今や知らない人など居ないアイドル事務所だった。

 

 




そういう事で次回、星の方が登場します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彗星の如く現れた



投稿が遅くなり申し訳ございません。

諸事情につき現状かなり多忙な為、空いている時間を見つけてはチマチマ編集をしていました。
今日までに話のストックを何個か制作したので今後の投稿区間が極端に開く事はない見込みではあります。多分



 

 

 

季節は夏。

 

受験生にとっての天王山と言われる季節だがそれに該当しない学生からすれば日頃の勉学から解放される至福の時でもある。

 

海やBBQ、夏祭りなど過ごし方の例を挙げてみればキリがない。僕自身も同上の該当しない者の1人な訳でこの莫大な休みをどう消化しようか頭を悩ませていた。

 

 

「暑いっすねぇ。総帥」

 

「吾輩太陽壊そうかな?」

 

「沙花叉さんなんて溶けかけてますよ」

 

「ぷえっ」

 

 

鷹嶺さんに買い出しを任された帰りの夜道を歩きながらもたわいも無い会話をする僕たち。夜とはいえ流石は夏。自らの立場をよくご存知だ。

 

 

「そういえばバイト。お店で何か雑誌を買ってたよな?何を買ったんだ?」

 

「えぇっ〜⁉︎海くんもしかしてぇ〜」

 

「健全な男子高校生なめないでくださいよ?」

 

 

沙花叉さんのそんな期待を裏切る為にも僕は先ほど買った物を袋から取り出す。所持者は僕な訳で説明など容易い。

 

 

「求人雑誌8月特別号です。一人暮らし故に出費が多いのでバイトを増やそうかなと…」

 

 

その瞬間───

 

 

 

 

 

 

ふんっ!

 

 

 

 

総帥ご自慢の角により貫かれてしまった。

 

 

求人雑誌8月特別号くん!

 

「お前っ!holoxっていう最高にダークネスな職場があるっていうのに!」

 

 

もしかしてブラックって意味なのだろうか。

 

 

「新人!これはどう思う!」

 

「いや〜もう浮気っすね!」

 

「浮気⁉︎」

 

「吾輩悲しいですよ!こんなかたちで裏切られるとは!価値観の違いってヤツですか⁉︎」

 

「本当に価値観の違いですよ!世間一般的に掛け持ちバイトの事を浮気って言わないでしょ!」

 

「あんな熱烈なアプローチを受けたのに!」

 

「志望動機の事ですか?」

 

「同じ屋根の下一緒に居た!」

 

「まぁ仕事場なんで」

 

「印鑑だって押した!」

 

「そりゃあ契約書にサインしないと…」

 

 

 

 

 

ほらぁ!浮気じゃん!

 

 

 

 

 

「だからどこが⁉︎」

 

 

何が「ほらぁ」だ。

お付き合いするまでの過程と少し似ているだけだろ。

 

 

「holoxのバイトを辞めるわけじゃありませんし…単発バイトってのも有るんですよ?」

 

「そんなっ!取っ替え引っ替えなんて!」

 

「やめてくださいよその言い方!それじゃ僕がただの屑男みたいじゃないですか!」

 

「現実じゃ無理だからってバイトで浮気するの見苦しいぞっ!」

 

「おっと喧嘩ですか?上等ですわっ!買ってやりますよ!

 

「ガッハハハ!吾輩に勝てると思いで?バックには侍や博士…そして幹部が居るんだぞ!」

 

「えっ?沙花叉は?」

 

「絶対勝てる気しないので半額クーポンとかありますか!」

 

「諦めるの早くね?」

 

ねぇ!沙花叉はっ⁉︎

 

 

考えてみればholoxメンバーへの勝算など皆無に近いんじゃないか?もしも勇者パーティにでもなれば討伐される魔王に同情すら出来る。打算も何もかも思い浮かばない僕は降参の意味を兼ねて白旗を上げる様に総帥へ質問した。

 

 

「というか2人とも、僕についてきても大丈夫だったんですか?」

 

「んっ?なんで?」

 

()()()でholoxはてんやわんやって言ってましたよね。ただでさえ人手不足なのに買い物に人員を割くのは鷹嶺さんが困るんじゃ…」

 

 

僕が言い放った例の件というワード。無論、先日にアジトへ送られてきた封筒が関係している。端的に述べると書かれていた内容はシンプルなモノでアイドル事務所であるhololiveから指定された日時での会合の誘いだった。

 

呼ばれた理由として思い付く悲観的な内容から吉報という線は薄いのかもしれない。が、この願ってもいなかった機会を無下にするのは勿体ない故、設けられた場を利用し有効的な関係が結べれば我らがholoxの忘れかけていた野望…世界征服に利用出来るのでわっと見立てた総帥はこれを了承した。

 

名付けられたのが「外堀うめうめ大作戦」

一刻も早く改名させたい。

 

そんな第一責任者的存在の総帥がこんな場所に居ても良いのだろうか。

 

 

「安心しろバイト。吾輩たちただのサボりだから」

 

 

親指をグッと上げる2人。

多分駄目そう。

 

ふと耳に入る祭囃子の音…辺りを見渡してみると視線の先にある境内から光が漏れ出していた。それが提灯によってのモノだとといち早く気が付いたのは総帥のようだ。

 

 

「おぉ!夏祭りか!」

 

 

『桜神社』っと書かれている社号標。

人混みの数に憂鬱な気持ちになる僕とは裏腹に総帥は屋台の方に興味津々のご様子。

 

 

「行くか⁉︎行くよな!じゃあ行くぞ!」

 

「三段活用みたいに言うのやめてください」

 

「ラプラスってやっぱ子供っすね」

 

 

妙なテンポで刻まれたリズムと共にいつでも行けると準備万端。しかし僕はそれを拒否する。

 

 

「僕は行きませんよ?カップルのプルプル現場観るくらいなら家に帰ってプリンの下にあるあのよく分からないヤツをプッチンしてた方がましです」

 

「なんだよプルプル現場って」

 

「いつにも増して海くんの周りへの嫉妬が凄いわ」

 

「それに買い物袋の卵が割れたら大変です。僕は近くで待機してるので2人で楽しんできてください」

 

 

総帥は不貞腐れた顔をしながら「バイトが言うなら…」っと呟き、沙花叉さんと共に神社の中へ入って行った。

2人を見送ったのち近くに設置されていたベンチに僕は座り込む。

 

座ると同時に謎の疲労感が自分を襲う。

首をガクンっと傾け上を見上げると、視界を謎の引力に吸い寄せられるかの様に周りに立ち並ぶ家屋よりも雲一つ無い夜空が惹きつけた。

 

 

その中でも一際目立っていた一つの流れるように線を描く白い光。姿を見せたと思うと直ぐに消える一瞬の現象…今の季節を思い出し僕は腑に落ちた。

 

 

「───彗星かぁ」

 

 

目を惹きつけたのもなんとなく納得出来た。

何気に自分の目で見たのは初めての経験でもあるし、僕から…というか僕らからすればタイムリーなモノが多く連想できる印象が根強くある。

 

願い事を3回言えば叶うやらなんやと迷信など謳われる中…僕の中での一番はやはり───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───隣。良いですか?」

 

 

突然の呼びかけに戸惑いはしたものの動揺を押し殺し、自分の喉から声を押し出した。

 

 

「大、丈夫ですよ」

 

 

弱々しい言葉を返すと共に僕は隣に座る人物を見つめる。

 

その人物は顔が見えない様にかフードを深々と被り、なんとなく少し他の人とは違う…総帥と似たオーラ的なモノを感じる。これがカリスマ性というものなのだろうか。

 

声からして女性だと分かったが、少しの異変を感じ取った僕は目線を下へと向けると右足を労っている事に気がつく。

 

 

「いてて…サンダルで靴擦れしちゃって…」

 

「大丈夫ですか?」

 

 

そう言葉を投げかけることしか出来ない無力な僕だがどうやらそんな親切は不要な様だ。

 

 

「ふふんっ!こんな時の為にと思って絆創膏を用意しているんですよ!」

 

 

自慢げな態度をしながらうさぎのイラストが描かれたごく普通の絆創膏を鞄から取り出し見せつけてきた。

 

 

「可愛いでしょ?」

 

「へぇ〜最近はそんな感じのやつも売ってるんですねぇ」

 

「一個いる?絆創膏のお裾分け」

 

「…そんなワード初めて聞きました」

 

 

いつの間にか自分の片手に置かれた絆創膏。人の優しさを無碍にするのは自分のポリシーに反するので自分の財布の中に入れることにした。

 

 

「…余計なお世話なら申し訳ないですが…何故この時期にフードを?」

 

「んっ?あぁ。私の職業柄あまり目立っちゃダメなんだ。まぁ変装みたいなもんよ」

 

「それ暑くないんですか?」

 

めっっっっちゃ暑い!!

 

「いや暑いんかい」

 

「本当は来る予定は無かったけど…ここの神社に知人が居てね。仕事の合間で足を運んだんだ」

 

 

どうも本来の目的は祭りを楽しむ為ではない。

一つの話に区切りがついたわけだが更なる話題も浮かばない僕は必然的に黙ってしまう。そんな状況を見兼ねたのか隣の女性がとある提案をしてくれた。

 

 

「ねぇ。じゃんけんしようよ」

 

「…急に?」

 

「負けた方がラムネ買ってくるで!喉乾いたし」

 

 

そう言いながら今座る位置とは反対に設営された屈強なお兄さんが1人で切り盛りしているラムネの屋台を指差す。

 

 

「いや自分で買ってくれば…」

 

「じゃん!けん!」

 

「えっ!あっちょっ!」

 

「ぽん!」

 

 

僕が咄嗟に出したグーに対し相手はチョキ。どうやら勝敗は僕の勝ちの様だ。

 

 

「ありゃ。負けちった」

 

「会話のキャッチボール、グローブなしでやるタイプですか?」

 

 

自分の負けをあっさり認めたのか屋台の方へ歩き出し、数秒後には二つのラムネ瓶を持って先程の場所へ戻ってきていた。

 

 

「ほれ」

 

「ありがとうございます。あっお金…」

 

「良いって。私の奢り」

 

「…良いんですか?」

 

「ほらほら!ぐびっと!」

 

 

蓋に挟まっているビー玉を下に押し出すと同時にシュワシュワと炭酸の泡が溢れ出してしまった。ラムネを開ける際はいつもの事だと気にせず僕は飲み口に口をつけ、それを喉に流し込む。

 

 

「どうっ⁉︎」

 

「…美味しいです」

 

「先輩冥利に尽きるよ」

 

「どういうことですか?」

 

「なぁんでもない」

 

 

そしてまたお互い喋らず静かな時間が過ぎる中、僕は再度首を傾け上を見上げ始める。

 

祭りの来訪者なモノなのだろうか。静かな空とは正反対の周りから聞こえる子供たちの騒ぎ声。

今は炭酸の音すらうるさく感じた。

 

 

「星に何か思い入れが有るの?」

 

「えっ?」

 

「さっきから感慨に浸っているような顔をしていたから」

 

 

やはり自分は顔に出やすいタイプらしい。

 

 

「…感慨。まぁ確かに思い入れは有りますよ」

 

「ほう?どんなの?」

 

 

手に持つラムネを一口飲み話し始める。

 

 

「比喩的な表現になるんですが昔…と言っても一年ほど前、彗星の様な人が身近に居たんです」

 

「へぇ〜…」

 

「当時、星の様に輝いていたあの人に憧れて色々真似したりしてました。歌い方とか立ち振る舞いとかを。今じゃもう"住む世界が違う"と感じる程に遠い存在ですけどね」

 

「よくお喋りな事で」

 

 

…いつもなら初対面の相手との会話は上手くできない僕ではあるが、今日に限ってそんな様子は一ミリもなく少しばかり安堵感も感じていた。それも何処となくあの人に似ているからだろうか。

 

 

 

声のトーンや喋り方など───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒュッと喉が締まる。

一瞬にして僕の思考が止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は隣に座る人物を知っている。

 

 

 

 

故に知人。

そう知人なのだ。しかし立派な角や耳…刀などは持たず、此処に普通なら居るはずのない人物。

僕は確認の為にも横を向きその名を口にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───星街先輩っ?」

 

 

 

横に座る女性は徐にフードを外し、よく似合った水色のサイドテールを(なび)かせる。

 

 

 

 

「よっ。久しぶり。海君」

 

 

 

 

───"星街(ほしまち) すいせい"

歳が一つ上の中学時代の先輩に当たる人。

 

 

 

 

 

 

 

 

hololive所属スターの原石

 

 

 

───現役のアイドル様だ。

 

 


 

 

 

 

「いやー偶然ってあるもんですねぇ。それにしても…へぇ〜〜〜。海君すいちゃんに憧れてたんだぁ」

 

「…もうお婿に行けない」

 

 

鏡を見なくても分かる。

自分の顔が真っ赤な事を。

 

本人曰くスタッフと岐路を辿っている際、椅子にべったりと座り込んでいる僕を偶々見かけ正体を隠しながら僕の反応を楽しんでいたらしい。

 

 

「まさか本人が居るとは思わないじゃないですか…」

 

「あっプレイリストにすいちゃんの曲入ってる」

 

「ちょっと!勝手に見ないでくださいよ!」

 

 

いつの間にか取られていた自分の携帯。僕はそれを奪い返し星街さんへ威嚇する。

 

 

「なんだかんだ言ってちゃんと聴いてくれてるんだね。先輩嬉しいぞ!」

 

「い、いやそれは…」

 

「赤くなってらぁ」

 

「煩い!それよりもこんな所で油売ってても良いんですか?確か次のLiveあと数日でしたよね」

 

「Liveの日まで把握してるとな⁉︎先輩涙出ちゃうよ」

 

 

…これ以上何を言ったとしても墓穴を掘る自信がある。

 

 

「…久しぶりに中学時代の人と会いましたよ。少し感動してます」

 

「あれっ?同期とも会ってないの?」

 

「まぁ簡単には会えませんからね。高校は離れてますし魔界なんて申請だしてから通行許可が降りるまで時間がかかりますから」

 

「ほ〜ん。じゃあ()()()()とかのことも知らないんだよね」

 

 

とある友人の名が耳に入る。

 

 

「…何かあったんですか?」

 

「悲報とかそういう類のモノじゃないから安心しな」

 

 

嫌な想像から心臓がドクッと脈打ったが星街さんの言葉に胸を撫で下ろす。

 

 

「詳細は自分で聞いてもろて…。それを踏まえてさ。今度地元戻ってくれば?お姉ちゃんも会いたがってたし」

 

「…なんか浦島太郎状態になりそうで怖いんですよね。ほら。同窓会行ったら誰も自分の事覚えておらず気まずくて途中で帰る的な」

 

「例が生々しいな。一年ぐらいじゃ皆んな変わんないよ」

 

「星街さんは相変わらず野菜食べれないんですか?」

 

「うっせ」

 

 

図星だったのか肩を軽く叩かれてしまった。

 

 

「そういえば最近バイト始めたんだっけ?」

 

「えっ?まぁはい」

 

「なんのバイトしてるの?」

 

「ば、バイトですか?えぇっと…」

 

 

 

 

 

 

───まずい。

 

今一番聞かれたくないランキング第3位「なんのバイトしてるの?」。一見特段困る要素のない素朴な質問だが僕からすれば手汗ダラダラ刮目ものだ。

 

馬鹿正直「せかいせいふくっ!」なんて口が裂けても言えないし、holoxという名を使うと今後の会合に支障をきたす可能性だってある。ならばここは嘘も方便…知恵を振り絞る時だ。

 

 

 

 

 

 

「…YMD製造工場です」

 

「YMD製造工場⁉︎」

 

 

やっぱ僕って嘘が下手だ。

 

 

「えっ⁉︎何⁉︎YMDを製…はっ⁉︎何それ実用的なのモノなの⁉︎すいちゃん見たことも聞いたこともないって!」

 

「そりゃYがMしてD的なモノですから鑑賞用から改造用…あとご、ご飯のお供に…」

 

「なんなんだよYMDって!なんか響きが危ない薬みたいだよ⁉︎」

 

「YMDのおかげで友達が出来ました!」

 

「友達が出来たの⁉︎」

 

「高収入!」

 

「高収入⁉︎大丈夫そのバイトっ⁉︎」

 

最高にダークネスです!

 

いや駄目だろそれ!

 

 

誰か助けて。

 

口下手なせいで方向性がえらいことになってしまった。日頃他力本願な自分を悔やみながらもどうにか弁明しようと頭を回す。

 

 

 

そんな中、耳に入る携帯の着信音。

微動だに動かない自分の携帯…つまるところ鳴っているのは星街先輩の携帯だと悟る。本人がそれに気が付いたと同時に着信の内容を確認したのか少し焦りを見せ始めた。

 

 

「あぁ〜。海君ごめん。今から仕事だぁ…」

 

 

そう言いながらフードを再度深々とかぶる。

 

 

「私はおいとまするけど…海君はどうするの?」

 

「僕は待ち合わせをしているので残る予定です」

 

「…夜道をか弱い女の子1人で歩かせるんだぁ」

 

「いや近くにスタッフさん待機してますよね?それに"星街すいせい熱愛報道!"ってデタラメな記事を描かれるよりかはマシだと思います」

 

「海君は本当に勘弁…キツイです…」

 

「うわぁ凄い。辛口で1蹴り。僕ご自慢の豆腐メンタルがズタボロになってアツアツの麻婆豆腐完成するところでした」

 

「あっ車来た」

 

 

道路側から一回のクラクションが鳴り響く。どうやら送迎の車が迎えに来たようだった。

 

 

「ほんじゃもう行くわ」

 

 

手を振りながら颯爽と走り街灯のない暗闇へ消える姿を眺め、また遠くへ離れていくような虚無感に苛まれる。

そんな中、星街さんは振り返り声を出す。

 

 

「海君!」

 

「なんですかっ?」

 

 

 

 

 

またねっ!

 

 

 

 

 

 

 

何か言い返そうとした頃には既に星街さんの姿は無かった。

 

…誰しもが口にしたことがあるなんの変哲もないその言葉。その場で結ぶ軽く思われがちな口約束。「また会えるかも」っと子供じみた発想かもしれないが…ただ無性にその口約束が嬉しかった。

 

 

「またね…っか」

 

 

 

 

 

───もう少しだけこの場でゆっくりしていたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大変だよ海くん!ラプラスが近所の子供にカブトムシだと間違われて連れてかれちゃった!

 

 

もうやだ帰りたい。






えっ?もう9月終わってたんすか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

取り敢えずお風呂には入った方が良い

 

 

某日、暇つぶしにとholoxのアジトに足を運んでいた僕。クーラーの効いた涼しい部屋にてアイスを食べながらのんびりと過ごすという目論見だったが、そんな夏っぽい事よりも目が惹かれたのはソファーで眠る沙花叉さんだった。

 

 

「…なんか膨らんでますよね」

 

「…そでござるな」

 

 

目線の先は勿論沙花叉さん。

 

一見いつもと変わらない様に見えるが明瞭な違和感が当人の頭にあった。深く被られたフードに一つの膨らみ…その中に何かがあるという事は明らかであり、こういうモノは気になってしまうのが人の性だ。

 

 

「気になっている気持ちを紛らす為にチャキ丸の手入れをしていたけど…なんか磨き過ぎて発光し始めたでござる」

 

「いつしか音が鳴る様になるんじゃないですか?」

 

「かっこいい効果音が良いでござるな」

 

 

更なる進化に胸が躍るがそれよりも今はこの謎の凸だ。

 

 

「正直凄く捲りたいです」

 

「…風真も。でも了承なくフードを取るのは少し気が引けるでござるよ。ここは沙花叉に直接聞くのが得策じゃないかな?」

 

「僕は風真さんの意見に従いますよ」

 

「よし!そうと決まれば話題変更でござるな!海殿はこの夏で何かした?」

 

「───イチャコラ楽しそうにやってる線香花火を片手に持つハサミで切ることですかね」

 

「なんかとんでもない化け物が爆誕したでござるな」

 

「闇堕ちルートです」

 

「これ話題の選択間違えたかなぁ?」

 

 

そんな冗談混じりの会話をする最中、寝言を言いながら寝返りを打つ沙花叉さん。運が良いのか頭に被っていたフードがソファに擦れ、ぺらりと捲れてしまったではありませんか。

 

 

「お風呂入らなかったら普通髪ってゴワゴワになる筈なんじゃないんですか?」

 

 

フードの中から姿を現したお風呂に入っていないとは思えない露わになったサラサラかつ綺麗な白髪。

 

 

「沙花叉にそういった物理法則とかが効かないんじゃない?」

 

「…沙花叉パラドックス」

 

「沙花パラでござるな」

 

 

そして大本命、沙花パラの謎に満ちた凸の正体。

一体何が隠されているのかとドキドキしながら僕らは覗き込む。そしてソレが何なのか一瞬で理解した。

 

 

 

 

 

そこにあった───というより正確に言えば生えていたのだ。普通ならば生えるはずのない箇所から誰しも見た事があるであろうモノ…分類学上カビに近いと言われているソレが。

 

 

 

端的に言うと沙花叉さんの頭には…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───キノコが生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「キノコが生えていた⁉︎」」

 

 

沙花パラが極みがかっている。

もう意味が分からない。

 

 

「えっ⁉︎頭にキノコって生えるもんなんですか⁉︎」

 

「いや知らないよっ!」

 

「これ沙花叉さんの活力奪って体乗っ取る系キノコじゃないですよね⁉︎」

 

「結構見た目乗っとる気満々だけど⁉︎心なしかさっきよりも大きくなっていて"やってやろう!"っていう意気込み凄いでござるけど⁉︎」

 

 

色合い的には毒キノコそのもの。

少しずつ大きくなるキノコをからこのままだと沙花叉さんの身が危ないと垣間見える中、僕はとある可能性について考えてしまっていた。

 

もしも…もしもだ。

このキノコが食用ならば…

 

 

「───食べれるなら食費が浮くんじゃ」

 

うおぉいそこっ!沙花叉使って節約しようとしない!おばあちゃんでもそんな知識知らないよ!」

 

「あの方々の知恵袋の守備範囲なめないでください!凄いんですから!」 

 

頭皮栽培なんておばあちゃんの知恵袋ブラックリスト入りでござるよ!それよりもコレを早く取らないと!」

 

「でも無理矢理引っ張ってなんかこう…大事な箇所が…」

 

「あぁ想像したくない!」

 

 

どのようにしてキノコを取り除くかと頭の中で模索し始めてから数秒後、金属が擦れる様な音が僕の耳に入る。

恐る恐る首を横へ動かすと、風真さんの手に握られているチャキ丸の刃が既に沙花叉さんへと向けられていた。

 

 

 

「か、風真さん?も、もしかして…」

 

……斬るしかない!

 

 

あっ。

この人本気だ。

 

 

「いやそれ大丈夫なんですか⁉︎」

 

「風真の腕を舐めてもらっちゃあ困るよ!海殿!」

 

 

自信に満ち溢れた目。

誤りなど犯さないと信用するにはそれだけで十分過ぎる代物だ。

 

しかし僕らには声を大にし煩くしてしまったという徹底的なミスがあった。運が悪い事にむくりと目を擦りながら起き上がる沙花叉さん。これにより僕らは頭に生えているキノコを斬るというタイミングを失ってしまったのだ。

 

 

「ん〜っ?あれっ?海くん来てたの?」

 

 

寝ぼけながらも目の前の人物が誰かと認識出来る程に意識は覚醒している。咄嗟に刀を鞘に納めたおかげか僕らが何をしようとしていたかはバレていない。隠そうとしない身振りから自分自身の頭にキノコが生えている事に気づいてないのだろう。

 

 

「さ、沙花叉おはよ〜」

 

「ん〜…おはよぉ…いろはちゃん…」

 

「ぐ、ぐっすりと寝てたでござるな?」

 

「うーんちょっと寝不足でね…。昨晩ラプラスと夜通しゲームしてたから…」

 

「へぇ…」

 

「うぅ…顔でも洗お…」

 

 

それは非常にまずい。

 

洗面台になど行けば否が応でも鏡を見てしまう。キノコが頭から生えているなど知ったら何をするか分からない。ここは気が付かれず、かつ穏便に済ませたいところ。

 

僕は風真さんへアイコンタクトで意思の疎通を試みる。「足止め」というメッセージを伝えたところ、親指と人差し指で丸の形を作ってくれた。

 

 

「さ、沙花叉!!」

 

 

そう言いながら洗面台へ向かおうとする腕を掴む。

 

 

「どうしたの?いろはちゃん?」

 

「スイカ割りやろ!」

 

「す、スイカ割り⁉︎」

 

 

…本当に伝わったのかな?

 

 

「えっ?いや…顔洗ってから…」

 

「スイカ割りすれば大丈夫だから!」

 

「いや魔法の言葉みたいに言ってるけどスイカ割りにそんな効力ないでしょ!」

 

大丈夫だからっ!!沙花叉そのままでも可愛いからっ!

 

「えっ⁉︎…い、いろはちゃんがそんなに言うなら…」

 

「…チョロマタフロハイレ」

 

「おいそこの一般市民C!聞こえてるぞ!」

 

 

半ば強引だが何とか洗面台へ行かせないという目標は達成。風真さんのことだ。何か意図があってのスイカ割りの提案なのだろうっと結論付ける。

 

 

 


 

 

 

床に敷かれたビニールシート。

その上に載せられた一つの大きなスイカ。

ご丁寧に用意されたスイカ割りセットの様だが僕はとある疑問を声を大にして叫ぶ。

 

 

 

 

なんでスイカの隣に僕らを置くんですか⁉︎

 

 

 

 

腕と足を縄で縛られスイカを挟む様に僕と沙花叉さんは配置されていた。頭の情報処理が終わらない一方、いつもこの様な状況になれば素早くツッコミを入れる筈の人物がやけに静かな事に違和感を覚える。

 

 

「ちょっと!沙花叉さんも何か言ってくださいよ!」

 

「…ふふっ…いろはちゃんに…叩かれる…ふひ…」

 

「あ、あれ⁉︎なんか満更でもなさそう!」

 

「い、いやぁなんというか…いろはちゃんに叩かれるのは…そのぉ…嬉しいというか…寧ろありがとうございます?」

 

「いやこれ叩かれるとか生優しさものじゃないでしょ!」

 

 

命中でもすれば脳天がかち割れるだろ。

 

 

「まぁ落ち着きなさいよ一般市民C君」

 

「誰がモブだ」

 

「考えてみ?流石のいろはちゃんも沙花叉たちが居るって事で手加減くらい…」

 

 

そんな期待を裏切る先程と同じ金属が擦れる音。僕らは冷や汗を流しながら首を前へと向ける。

 

 

「…なんか風真さん、刀持ってません?」

 

「ん〜…か、刀に見える棒かもよ?」

 

 

試し斬りの為か近くに置いてあった林檎を手に持つソレで一瞬にして真っ二つにする。間違いなく本物の刀である事が証明された。そしてスイカ割りのルールを忠実に守る様に一枚の布で目を覆い一言

 

 

「さっ!スイカ割りをやるでござるよ!」

 

 

 

 

 

 

 

「「まて!まて!まて!まて!」」

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたでござるか?」

 

「"どうしたでござるか?"じゃないよ風真いろは!なんだその手に持ってる物!スイカ割りやったことあるのか⁉︎他の人から見たらただの切腹現場だよ!」

 

「そうですよ!刀なんて下手すりゃスイカを斬るじゃなくて僕らをkillなんですよ!」

 

「それに目隠ししてるいろはちゃんを誰が誘導するの!」

 

「風真の方向感覚?」

 

「「うわっ!不安しかない!」」

 

 

 

 

 

───いや待て。

 

本題をすり替えてはいけない。

僕らの目的は沙花叉さんの頭に生えているキノコを取ること。

 

確かにこの状況なら違和感なく、どさくさに紛れて対象を斬ることが可能…風真さんはコレを見越してスイカ割りと称したのだろう。きっと僕も縛られているのは沙花叉さん1人だと不自然になるからだ。

 

そんな名案に関心していたのも束の間、僕らの方へと歩み寄る風真さんの一刀目が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

───僕の頭上に

 

 

 

 

 

 

 

「うおぉおおっ⁉︎」

 

「あれ?手応がない…」

 

「風真さん!もっと左!左!」

 

おいっ!こっちの方に誘導するな!沙花叉を斬らせる気かっ⁉︎」

 

「そうだけどそういう事じゃない!」

 

いやどういう事だよ!沙花叉になんの恨みがあるの⁉︎

 

「これも優しさなんですって!」

 

「どんな優しさだ!いろはちゃん!右だよ!右!」

 

「違います!左です!」

 

「えっ。えぇ〜〜…」

 

 

2人同時に喋りかけたせいなのかアタフタとし始めクルクルと回り出し、そして覚悟を決めたのか刀を構え歩き出した。

 

しかし歩き出したのは僕らとは真反対の方角。

 

 

「いやなんで僕らとは反対方向に歩き出すんですか!」

 

「そっちじゃないよ!こっち!」

 

「えっこっち?」

 

「いやそっちは外!外出ちゃいますって!」

 

 

なんかもう修正不可能な場所まで歩いてしまっているんだけど。

 

 

「おい!何処に行く!風真いろは!」

 

「…もう見えない所まで行っちゃいましたよ」

 

 

止めようにも手足は縛られている為動かせない。

きっと何かを斬るまで止まらない暴走状態だ。

 

 

「───沙花叉たちいつまで縛られた状態なの?」

 

「誰か帰ってくるまでじゃないですか?」

 

「ぽえぇ…」

 

「……お腹すいk」

 

「煩いよ。海くん」

 

 

こういう場面では「急がば回れ」っということわざが使えるのだろうか。よくよく考えてみれば誰しもキノコの一つや二つぐらい頭に生える事ぐらいあるだろう。後ろめたさなんてない。回りくどい事はせず正直に伝えるのが1番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…沙花叉さん。頭にキノコ生えてます」

 

 

 

 

 

 

 

 

「───えっ?マジ?」

 

 

 

 

 

数分後、角にチャキ丸が刺さった状態の総帥と目隠しをしたままの風真さんが一緒に帰ってきた。因みにその日食べたシチューの中によく分からないキノコが入っていたがそれはまた別のお話。

 

 




昔おばあちゃんに「スイカを割って良いのは割られる覚悟のある奴だけ」っと教え込まされました。
今思うと平然とスイカを割っていたおばあちゃんは一体何者なんでしょうか。

因みにスイカは塩をかけて食べる派です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エリートとは何か(哲学)

あけましておめでとうございます。
どうかお体にお気をつけてお過ごしください。
今年も少しずつですが投稿頑張っていこうと思います。


 

 

やけに多い人口密度と車道を走る車。

平均的に見ても高い建物がが建ち並ぶ風景はまさに()()という二文字がこれ程似合う街中のとある社屋ビル───hololive事務所にて僕は…

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ〜〜…悩ましいにぇ〜…」

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…っ…はぁっ…」

 

 

 

 

 

 

 

息を切らし冷や汗ダラダラになっている僕と対面するhololiveが誇るアイドルと五目並べをしていた。

 

 


 

 

 

 

 

「バイト。お前hololive事務所に潜入してこい」

 

「…はいっ?」

 

 

お昼時、holoxにて間食のたらこおにぎりを食べていた際総帥から言われた言葉だった。

 

 

「すみませんが今たらこ食べてる領域を展開してるんで余計な情報入れないでください」

 

「なんで吾輩との会話よりもたらこの方が勝ってるんだよ。おかしいだろどう考えても」

 

「総帥もおにぎり食べます?」

 

「うん。食べる」

 

 

肯定の言葉を返しながら僕の横に座ると共におにぎりが何個か詰められた袋からツナマヨと書かれたソレを取り出す。自ら選んだおにぎりを両手に持ち、口いっぱいに頬張りながら先程の話の続きを語り始めた。

 

 

「吾輩たちって秘密結社だろ?」

 

「まぁそうですね」

 

「性質上、不特定要素の多い団体との不用意な接触はリスクが伴う危険性があるから極力避けているんだが…今回は今後の関係を考えた際のメリットが大きくてな?」

 

「一理あります」

 

「ならば吾輩らがやる事は一つ!情h…」

 

「情報を集める事ですね」

 

「…すみません。吾輩今カッコつける所だったんですけど?」

 

詰まる所hololive事務所に潜入したのち情報を抜き取ってこいとの命令なのだろうが、最後まで言おうとした台詞を奪ってしまった僕を睨みつける総帥の目線を物ともせず、自分の意見を投げかけた。

 

 

「───荷が重過ぎません?」

 

 

どう考えても僕が任される様な仕事ではない。

 

 

「もっと沙花叉さんとか適任者いっぱい居ますよね?」

 

「言いたいことは分かる。でも人選の理由もしっかりあるんだ」

 

「理由?」

 

「バイトはそもそも何故hololive事務所がholoxの名を知ってると思う?これでも吾輩たちは最低限、秘匿でやってきた身だ」

 

「…やっぱり窓ガラスじゃないんですか?」

 

「やっぱそう思うよな」

 

 

思いつく辺り1番有力なものを述べた。

そんな意見の反例を出すかの様に総帥は携帯を僕へ見せ、とある動画を再生させる。

 

 

「……文化祭の映像?」

 

 

見せられたのはとあるSNSサイトに上げられた我が高校が誇る文化祭の後夜祭の映像だった。…秘匿って言葉が1番似合わない秘密結社だな。

 

 

「これそれなりに再生されていてさ。これがもしもの可能性」

 

「…認知した経緯が動画って事ですか?」

 

「そっ。その場合映像に映っていないバイト以外のメンバーは把握されているんじゃないかって危惧しているんだよ」

 

 

呼ばれた経緯がなんであれ注意を払うという点で僕が選ばれたのは合理的ではあるが、ここで問題となるのが技術的面から見て役不足という点だ。

 

 

「人選については納得しました。でも潜入と言われましてもステルスとかそんな高等技術、一端の高校生である僕には出来ませんよ?」

 

「最初潜入って誇張はしたけど別にスパイ映画とかあんな凄い感じのヤツを頼んでるわけじゃないからな?」

 

「じゃあどうやって入り込むんですか?」

 

「正面から」

 

「…へっ?」

 

「だから正面からだって」

 

 

きょとんとしている僕を差し置き以前購入したポッカリと穴の開いている求人雑誌8月特別号を徐に机の上に置き開き始める総帥。ペラペラとスムーズに捲られていく雑誌であったが特徴的な三角マークが描かれているとあるページにてその動作は止められた。

 

 

「これって…」

 

「この夏の期間、多忙期故かhololive事務所が簡単な映像編集などで短期バイトを求人していてな。…バイト。お金に困ってるんだろ?」

 

 

悪知恵を働かせてやったぞっと言わんばかりに口角を上げながらとある提案をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

掛け持ち(浮気)…するか?」

 

 

 

 

 

 

 

生活費を稼ぐ題目で掛け持ちバイトというのは喉から手が出る程の交渉材料ではある。

 

 

「こっちとしては欲しい情報さえ抜き取ってくれるなら以前の発言を取り消すつもりだぞ」

 

「……うわっ。結構良い時給してますね」

 

「だろっ?吾輩これ見た時気絶しそうになったもん」

 

「…転職しようかな」

 

「おいっ!当たり前だけど戻ってくる前提で許してるからな!一定数に需要ありそうな展開は吾輩守備範囲外だから!」

 

 

自分自身、現金な性格である事は理解している。

しかしこのままでは偏りのある誤解がされそうという思いが込みあがり少し補足を入れる事にした。

 

 

「…まぁ元から断る気なんてありませんけどね」

 

「えっ。そなの?」

 

 

そんな弁明を聞いた総帥は意外だと言わんばかりに目を丸め、分かりやすい程動揺していた。

 

 

「そもそも手が後ろに回るぐらいの覚悟を持ってここに入ったんです。今更怖気付いたりしません」

 

「あら。意志が固いようで」

 

「でも捕まる時は一緒ですよ」

 

「お前偶に怖いこと言うよな」

 

「…まぁ断るも何も採用されるかはまた別の問題ですがね」

 

 

了承はしたは良いがまずは「採用」という吉報を僕は掴み取らなければならない。これだけの好条件なバイトだ。それなりの倍率は叩き出してくるだろう。

 

 

「正直あまり自信ないです」

 

「一応別途の作戦も用意してある。だからあまり責任を背負い込むな。確か面接選考会は今週の土曜日だっけかな?その間まで幹部にみっちり対策してもらえ」

 

「…仕事増やしている様で申し訳ないんですけど」

 

「いや?今回の作戦自体が成功すれば幹部の仕事量もかなり減少するんだよ。間接的に自分の仕事が減るって喜ぶと思うぞ?なっ?幹部」

 

「えっ?幹部?」

 

 

今のは僕に向けられた共感ではない。

背後から感じた途轍もないオーラに背筋が凍る事を感じ後ろへ視線を向けるとメラメラと何かが燃えているかの如く凄味のある鷹嶺さんの姿があった。

 

 

「た、鷹嶺さん?」

 

「…海君。私、厳しいよ?」

 

「えっ」

 

「この数日間で海君を面接合格獲得マシーンに改造してあげる!」

 

それ比喩的な意味ですよね⁉︎物理的じゃないですよね⁉︎

 

「…そりゃ海君の頑張り次第かな?」

 

ご教授!よろしくお願いします!

 

「頑張れよ〜バイト〜」

 

 

受からないと危ない。僕の体が。

 

 


 

 

 

最近どうにも時間が経つのが早く感じる。

気が付けば面接当日。

気が付けば既に面接会場であるhololive事務所に足を運んでいた。こんな経験滅多に出来ないだろう。

 

僕らの街から乗り換えを加えて10駅ほど離れただけでここまで街並みがガラッと変わる物なのか。など呑気に考えているが現在僕は面接の真っ最中。意識は依然" 友人A "っと書かれた社員証をぶら下げ、眼鏡をかけた女性へ向けていた。

 

 

「───質問は以上になります。お疲れ様でした」

 

 

面接の終わりを告げられ肩の力が少しばかり抜けた事を実感する。言葉通り死ぬ気で受けた鷹嶺さんのサポートのおかげか質疑応答に対してもつまらず答えられた。根拠はないが不思議と自信もある。

 

 

「ありがとうございました」

 

「合否については後程ご連絡致します。採用された際は配布致しましたプリントに記載されている内容に従う様お願いします。何か最後に質問などはありますか?」

 

 

…取り敢えず一つ目の課題は終わらせられた。

これ以上僕が出来る程の事は無い。最後の質問に関しては鷹嶺さんから教えてもらったテンプレでも聞く事にしよう。

 

ふと以前の三者面談で起きた事を思い出す。

そういえばあの時、風真さんや鷹嶺さんの乱入で話し合いどころではなかった。

 

流石のあの人たちでもこの面接会場までは踏み込んでこないだろう。っと心の中でありもしない出来事を妄想する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間。

勢いよく開けられた扉。

 

まさかっと扉の方へと視線を向けるがどうやら僕が想像した人物とは違う様だった。

 

 

「あれっ?えーちゃん?何してるの?」

 

 

少し崩れた巫女服を着飾り、鈴の様な髪留めをワンポイントに持つ桜色の髪を靡かせながら扉の前に立つ少女は意気揚々とそう聞く。

 

 

「ちょっと!()()()さん!今日はここの部屋入っちゃ駄目って言いましたよね⁉︎」

 

「あっやべ。忘れてた…」

 

 

どうも" さくら "さんという方が間違えて入ってきてしまった様であるのだが、見た所社員証は首にぶら下げられていない辺りタレント…つまりhololiveで活動している方なのだろうか。

 

 

「面接選考の当日はもう一つ上の階って昨日あれ程…」

 

「おん?てことはこの人が面接受けに来た子?あんまり()()と年齢変わんなそうだにぇ」

 

「…みこさん」

 

「えっ!なんでみこの名前知ってるの!まだデビュー前なのに!」

 

「……まぁ超能力ですかね」

 

「超能力っ⁉︎かっっけぇええ!」

 

 

…自分で言っていた事気が付いていないのかな。

それに「デビュー前」というワードが口から出た辺りやはりタレントの方という事。同じ事務所のアイドルとはいえ星街先輩とはまた違った雰囲気が漂っていた。

 

 

「ねぇねぇっ!他に何が出来るの!」

 

「空飛べます」

 

「空飛べる⁉︎うおおおお!」

 

 

きゃっきゃしてる赤ん坊みたいな姿を見て知人である角が生えてる宇宙人が横切ったがまぁ気のせいだろう。

既視感を感じている中、友人Aさん…っと言うより呼び方はAさんの方が良いのだろうか?Aさんは僕の方へと近付きとある助言をしてくれた。

 

 

「…みこさん。あぁ見えて上山さんよりも歳は一つ上なんですよ」

 

「えっ。年上なんですか?」

 

 

一つ上。つまり星街先輩と同い年という事になる。

 

 

「あっすみません。気が抜けてたいぶフランクに接していました…」

 

「面接自体は先程で既に終わっています。ここから先の事は合否には関係ないので安心してください」

 

「…ありがとうございます」

 

「上山さんは現在、hololiveのタレントがどの様な組み分けをされているかご存知ですか?」

 

「…確か0期生、1期生の2つで分けられていますよね。最近2期生が加入するという情報も出回っていますし…みこさんは2期生に位置するんですか?」

 

「よくご存知ですね」

 

「箱推しなもんで」

 

「付け加えるとみこは少し特殊でにぇ〜。0期生の方に加入するんだぁ」

 

 

…訂正を教えてくれる事自体はありがたいのだが

 

 

「こういうのって社外秘なんじゃ」

 

「まぁどの道数日後には公表するモノですので支障はそこまでありません」

 

「…なんだか得した気分です」

 

「与えてばかりは釣り合わないので情報の代金はみこさんへの精一杯の応援でお願いします」

 

「善処します」

 

 

損得を天秤にかけたそんな会話をしていると何かを思い出したかの様にAさんはみこさんへとある質問を投げかけた。

 

 

「そういえばみこさん」

 

「んっ?何?えーちゃん」

 

「要件の方は?」

 

「……あっ!そうだったそうだった!えーちゃんに用事があるからこの部屋に来たんだった!」

 

 

何やら肝心なことを忘れていた様子。

 

 

「実はえーちゃんにボードゲームの練習に付き合ってほしくてさっ!」

 

「ボードゲーム?なんのですか?」

 

「五目並べ!」

 

 

五目並べ。

確か碁石を使い先に5個で形成された列を先に作った方が勝ちのシンプル且つ分かりやすいルールの遊びだった気がする。

 

 

「お相手したいのは山々なんですが私は自分の仕事がまだ残っていまして…他の方は相手にしてくれないんですか?」

 

「違うんだよ!ひっそりと練習して皆んなを驚かせたいの!みこは!」

 

「ハハッ!」

 

おいなんで今笑ったんだよ!

 

「だって…ふふっ…み、みこさんが…」

 

「笑い過ぎだろ!決めた!えーちゃんもいつか倒す!じゃいあんとくりーにんぐしてやんよっ!」

 

 

いや綺麗にしてどうするねん。

 

 

「…みこさん…クリーニングじゃなくて多分キリングだと思います」

 

「えっ?し、知ってるし!わ、わざと間違えただけだし!」

 

 

…本当なのかな。

 

 

「あっ。そうだ。折角なのでどうです?上山さんが相手をするってのは」

 

「えっ?僕がですか?」

 

「うおぉ!良い案だよえーちゃん!」

 

「今日担当する面接の人は上山さんで最後でしたし、時間があればみこさんの練習相手になってあげてください」

 

「囲碁盤はもう持ってきてるにぇ!上山くんは何色の碁石が良い?みこは白が良い!」

 

 

そう言いながら囲碁盤を机の上に置き、五目並べの準備を颯爽とするみこさん。

 

 

…これあれだ。断れない空気のやつだ。

 

 


 

 

仕事をこなすAさんを横目に僕は頭をフル回転させていた。

 

Aさんは先ほど面接は終わっていると発言しているが合否はまだ決まっていない。ならば今この五目並べ自体も審査の内に入る可能性だってあるわけだ。その際、見られる分野は僕が思うに大きく分けて二つ。

 

一つは戦略などを即座に思い付けるか否か。

もう一つは人間性ではないかと考えている。

 

後者に関しては相手を傷付けずにどうやり通すのか…そういう課題が裏にあるのではと僕は想定していた。

その為、一度は相手に勝たせる場面を設けていたのだが…

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

「ん〜…ここだっ!」

 

 

   ●

 ● ◯ ●

  ●◯●◯◯◯←パキッ

  ◯◯ ●

   ◯  ●

 

 

何故だ!何故勝たない!さくらみこ!

こんなにも綺麗に白が隊列を組んでこんにちわしてるのに!なんだ⁉︎僕は今何を試されているんだ⁉︎

 

 

「あ…あのぉみこさん?」

 

「ふふん!海くん!みこの策略に踊らされないでよねぇ!」

 

「…っ!」

 

 

やはり何かを企んでいるのか!

一体何を⁉︎この場面で勝たない策略って一体なんなんだ!

 

…良いや落ち着け上山 海!頭を回せ!起こりうる現象を頭の中で造りパターン化させ幾つかの対策を模索しろ!もしかしたら本当に気が付いていないだけかもしれない!

 

…そうだ!

心理学の中に混雑する情報中に自分が興味のある部分だけが上手く処理されるカクテルパーティ効果たるものがある。盤面全体ではなく一部の盤面へ条件を絞り込めば…!

 

   ●

 ● ◯ ●

  ●◯●◯◯◯

  ◯◯ ●

   ◯  ●

       ●←パキッ

 

どうだ!みこさん!

これなら5個が揃いそうな黒色に意識がいく!それと同時に自分の勝利が確実だと気がつくはずだ!

 

 

「ん〜。ここっ!」

 

 

   ●

 ● ◯ ●

  ●◯●◯◯◯◯←パキッ

  ◯◯ ●

   ◯  ●

       ●

 

 

さくらみこぉおお!!

 

勝ちに貪欲な所が仇となったか!

いや!違う!次にみこさんのターンになれば彼女が狙う勝ち方が出来る!

 

ここで僕がわざと外し負ければ…

 

いや落ち着け自分。

もしかすればその行動が仕事を適当にこなす人材と判断されかねん。かと言ってみこさんの一手を封じたとなればまた更なる読み合いへと発展する。

 

 

「あっ!海くんごめん!置き直しても良い?」

 

「あ。だ、大丈夫ですよ」

 

 

ま、まさか自分の勝利に気がついたのか!

 

   ●

 ● ◯ ●

  ●◯●◯◯◯

  ◯◯ ●

   ◯  ●

       ●

        ◯←パキッ

 

「ふぅ〜危なかったぁ…」

 

 

さくらみこぉおおぉお!!

 

いややってることは間違ってない!間違ってないんだけど違うんだよ!

 

 

「…あっ!」

 

 

…今一瞬みこさんの方から歓喜に満ちた声を僕は聞き逃さなかった。そして僕は碁石を少し離れた場所に置く。

 

   ●●←パキッ

 ● ◯ ●

  ●◯●◯◯◯

  ◯◯ ●

   ◯  ●

       ●

        ◯

 

さぁみこさん。貴方が勝つ道は既につくられている。その一手でこの心理戦に幕を下そう。

 

 

「…海くん」

 

「はいっ?」

 

「手を抜いたでしょ?」

 

 

…もしかして最初から気が付いていた?

今気が付きましたよみたいな反応はブラフ…つまりあれは僕の行動を見る為の罠!

あの一瞬にいくつかのフェイント。

 

 

 

 

 

…この人───策士だ!

 

 

「みこは真剣に闘いたいの!」

 

「すみません…みこさん」

 

「次はちゃんとやるよ!海くん!」

 

 

…っ!

一度の過ちを許してくれる寛大な心!そして博士に負けぬ頭脳!

 

 

「みこさn…いや!みこ先輩と呼ばせてください!」

 

「にぇ?よく分からないけど…良いよ!まぁみこはえりーとだからにぇ!」

 

「エリートみこ先輩!」

 

「うへへへへ…」

 

 

そんなやり取りをしているならパソコンをタイピングしているAさんがぼそりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

「───あの2人五目並べのルール知ってる?」

 

 

 

 

 




読み直してみて変だと感じた部分や地の文サボってた回の話は空き時間を見つけ編集するつもりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

剣を持てば誰でも勇者

 

 

昼頃、アジトにてとある場所からの支給品であるノートパソコンを無表情かつ慣れない手つきで操作をする。

 

現在座っている机の向かい側には何やら難しそうな本を読む眼鏡をかけた鷹嶺さんの姿。タイピング音がうるさく感じるこの静かな空間でこそ作業の効率は上がると僕は考えている。

 

ふと今日までのノルマは既に終えている事に気が付いた僕はデータを保存した後、特にパソコンを使って何かをする訳でもない為、そっと畳むことにした。

 

 

「海君。何か面白い話して」

 

「…偶にくるこの地獄みたいな無茶振りなんなんですか?」

 

 

いつの間にか本に栞を挟み込みこちらを見つめる鷹嶺さんの姿。期待の眼差しを向けられた以上、応えるのが漢というモノだ。

 

 

「最近お隣さんの部屋からテレビの音が煩いと苦情が入りまして」

 

「ほう」

 

「その内容が"俺は10時にいつもは消灯。頼む少しは静かにしてくれ願望"という一文でして。そもそも僕、テレビ持ってないんですよ」

 

「確かに以前家に行った時には無かったね」

 

「だから僕はこう言ってやりましたよ。それは韻暴論(いんぼうろん)だって」

 

「5点」

 

「…自信あったんすけどね」

 

「全体的にキレが足りない」

 

「キレが足りないかぁ」

 

 

ズボンのポケットに入れていた小さなノートを取り出し、5/10と示された点数を少し落ち込みながら書き足す。そんな習慣的な行動をしているとふと込み上がってきた不安を僕は口に出す。

 

 

「…今回の企画、上手くいきますかね」

 

 

最初の段取りであるhololive事務所のバイトに受かるという項目は達成…参考理由などは分からないが何故だか採用という形になった。このパソコンも映像編集をする為と渡された代物だ。

 

しかし課される作業内容としてはどうしても在宅ワークで事足りてしまう。今回の企画を成功するには事務所に入る事が前提である為、流石にその辺りは対策されていた。

 

雇用される1ヶ月の期間内に本部へと足を運ぶ瞬間が数回程ある。会合までに間に合わせるとなればチャンスは2、3回程になるだろう。詰まる所、その数回によって今回の成否が決まる。

 

 

「かなり賭けにはなるけどね。それに付近に沙花叉さんがサポート役として待機してくれるらしいから色々と助けて貰いな?」

 

「あっ。沙花叉さん来てくれるんですね」

 

 

僕が直々、頭を下げて頼んだ際は「その日新台あるから無理っ!」って断られたのに。

 

 

「というか…さっきから気になってたんですけど…」

 

 

視線を鷹嶺さんから外しとある方向へと変える。目に入った異質とも言える堂々と床にある()()へと僕は近付く。

 

 

 

 

 

 

「なんでアジトの床に剣が刺さってるんですか?」

 

 

 

 

 

 

選ばれた勇者のみが抜ける魔王討伐を命じられそうなデザインをした西洋の剣。ゲームで出ればそれなりに強そうな見た目だが、生憎文字通り次元が違う。

 

自分の携帯で一枚写真を撮り、現在お出掛け中の総帥へとメールで送信すると数秒程で「欲しい!」っとの返答。

どうやらお気に召したようだ。

 

僕は徐にその剣を抜き取る。

深々と刺さっていそうに見えたが簡単に取れたことには少しばかりの落胆。それに見た目とは裏腹に軽いあたり材質はきっと鉄や鉛などでは出来ていないのだろう。

 

 

「…誰ですかこんな所にマス◯ーソードぶっ刺したの」

 

「あー。確か昨日沙花叉がハンガーラックとして使ってたヤツだね」

 

「他所様の勇者の剣を勝手にハンガーラック代わりはまずいでしょ!てか何処から抜いてきたんですか!」

 

「いや通販でポチッと…」

 

「夢がない!」

 

 

最近の通販ってこんなモノも売られているんだ。

そんな感心を露わにしているとある部屋の扉が勢いよく開かれ、何やら何処かで聞き覚えのある声と台詞が耳に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

「こよりが現れたっ!」

 

 

 

 

 

 

「なんか出てきたっ⁉︎」

 

 

自らナレーションを入れ、独特なポーズで僕らの行く手を阻む博士が姿を現した。突然の事におどおどとしている僕を正気に戻す為か鷹嶺さんが軽く肩を叩く。

 

 

「海君!戦闘に入ったよ!」

 

「えっ?せ、戦闘⁉」

 

 

思いもしなかった流れにより一層僕の動揺は増える。

 

 

「なんで急にRPGゲームみたいなノリが始まるんですか⁉︎」

 

「今日そういう回だからっ!」

 

「そ、そういう回?」

 

「さぁ海君!剣を構えて!」

 

 

あたふたとする中、僕は言われた通りに剣を両手で持ち、昔プレーしたゲームでの記憶を頼りにそれっぽく構えてはみた。

 

 

「こ、こんな感じですか?」

 

「よし!こよりの攻撃が飛んでくるよ!」

 

「えっ?テンポ早くない?」

 

 

どうやら相手のターンの様で既に博士は攻撃のモーションに入っている。どのような攻撃をされるのかと思い、博士の手元を見ると握られていたのは西洋の剣や盾、将又(はたまた)魔法の杖でもなく…

 

 

 

FPSゲームで出てくる様な機関銃が握られていた。

 

 

「かかってこい!」

 

 

 

 

 

 

 

「ずるいって!あれはずるいって!」

 

 

 

 

 

 

僕は博士に指を刺しながら駄々を捏ねた。

 

 

「飛び道具かぁ。こりゃ不利だね海君」

 

「飛び道具って!何であの人だけ文明結構進んでるの⁉︎こういうのって普通弓矢とか魔法使うでしょ!時代設定どうなってるんですか⁉︎」

 

「最近の魔王軍も本気出してるのかな?ほら。働き方改革的な」

 

「あんなの向けられたら勇者白旗上げるしかないじゃないですか!文明の差に完敗ですよ!」

 

「飲み物は?」

 

「乾杯!」

 

「8点!」

 

「今じゃない!」

 

 

点が取れた事に対しては嬉しかったが今ではない感覚が凄まじく、もどかしい気持ちに苛まれてしまった。

 

 

「ふはははっ!科学の力を思い知れ!」

 

「どうするんですか鷹嶺さん!絶対勝てませんて!科学の力思い知らされちゃいますって!」

 

「いや諦めるのはまだ早いよ海君!」

 

 

どうやら何か秘策があるようだった。

 

 

「相手は所謂マヨネーズ属性!」

 

「マヨネーズ属性って何⁉」

 

「その剣にはその属性に有効な特性がある!」

 

「と、特性?」

 

「触れれば勝ち」

 

「「えっ?」」

 

「触れれば勝ち」

 

 

2度間髪入れず発せられた鷹嶺さんの言葉と共に一瞬、場が静まり返る。

 

 

 

 

 

 

 

「いやずるい!ずるい!ずるい!」

 

 

 

 

 

 

 

数秒の静寂の後、そう言いながら涙目の博士が僕らに指を指す。なんか勝てる気がしてきた。

 

 

「なんだか自信が出てきました!」

 

「おいおいおい!そんなの聞いてないよ⁉」

 

「まぁその代わりこよりの属性以外はダメージ0だけどね」

 

「こよに対して効果抜群過ぎでしょ!マヨ属性絶対倒す剣じゃん!」

 

 

この剣の設定…退魔ならぬ退マヨの剣なのかな?

 

 

「い、いや。当たらなければただの剣!勝つなんてこよからしたら造作もない事!」

 

「それって実弾なんですか?」

 

「いや?スポンジ製のやつ。だから安心して当たってね!」

 

 

博士の言う通り当たって初めて発動する特性故、近付けば有利なのは僕だがそれをやってのけるのは至難の業。

だとすれば…。

 

 

「あっ!背後の風真さんがなんか凄い感じの姿にっ!」

 

「うぇっ!いろはちゃんが釣られたな!な姿に⁉︎」

 

 

ぐるんっと背後を振り返る博士。

無論、なんか凄い感じの姿をした風真さんなどは居らず、僕の放った言葉が嘘だと気が付いた時には既に僕の勝利は確定していた。

 

瞬間、博士はこちらへ錆びついたネジの様にギコギコっと顔を向ける。

 

 

「ず、頭脳?」

 

「まぁ頭脳です」

 

 

ガクンと膝を崩す博士。

よっぽど僕に手の内で転がされたのがショックだったのだろう。なんというか少しばかり達成感を感じてしまった。

 

 

「…こよが…海君に頭脳で負けた?」

 

「純粋さが仇になりましたね」

 

「こよに嘘なんか付いて期待させやがって!この鬼っ!鬼畜っ!悪魔っ!ケチャップ!」

 

「最後の別に悪口じゃないですよね?…いやでも…そこまで言われるとなんだか心が痛みます…」

 

「海は心に5のダメージを受けた」

 

「うるさいですよ。鷹嶺さん」

 

 

勝ち方がまずかったのか博士の落ち込み具合はかなりのモノだった。自分で言って悲しくなるが心へのダメージは僕の比ではない事は分かる。だって負のオーラ的な何かを放ちながら体育座りしているんだもん。

 

 

「…マヨ飲みます?」

 

「…うん」

 

 

どうにかして元気付けようと試行錯誤していると…

 

 

 

 

 

 

「沙花叉が現れた!」

 

 

 

 

 

 

先程の博士がして見せた独特なポージングと共に颯爽と現れた沙花叉さんであるが現状を更にややこしくするのは物凄く面倒くさい。ならここは気が付いていないフリをするのが得策。

 

 

「…博士。立てますか?」

 

「おいおいおい!無視するなよ!沙花叉を!」

 

 

しかし失敗した。

 

 

「やっぱこれ戦わないといけないんですか?」

 

「まぁエンカウントしちゃったからね」

 

「ふふふっ!博衣こよりは我ら四天王の中でも最弱!魔王の右肩甲骨辺りだと言われたこの沙花叉がお相手しよう!」

 

「…なんかさっきよりも設定凝ってきましたよ?」

 

 

なんだ四天王って。

あと右腕じゃなくて右肩甲骨辺りなんだ。…それって凄いのかな?

 

 

「沙花叉は5のダメージを受けた」

 

「さぁ剣を構えな!海君!」

 

「沙花叉は5のダメージを受けた」

 

「いや僕持ってるのマヨ特攻の剣なんですけど…」

 

「沙花叉は5のダメージを受けた」

 

「ちょちょちょっと待って!ルイ姉!なんでさっきから沙花叉ダメージ受けてるの⁉︎」

 

 

何故か毒攻撃を食らったかの様に会話の節々にダメージを受ける沙花叉さん。相手は心当たりがない様だが、僕には思い当たる事が一つある。

 

 

「…いやまぁ。シャチだからじゃないですか?」

 

「ぽえっ?シャチだからって?」

 

「えっと…陸上なので…デバフ的な…」

 

「沙花叉は5のダメージを受けた」

 

 

 

 

「───…もしかして干からびてる⁉︎」

 

 

 

 

どうやら沙花叉さんは自分の置かれた状況を把握した様だ。

 

 

「沙花叉は5のダメージを受けた」

 

「いやだっ!沙花叉こんなかっこ悪い負け方したくない!ねぇ!助けてよ海くん!!」

 

「いや僕にどうしろって言うんですか?」

 

「名前海でしょ!出してよ海!」

 

「そんな神の御業みたいな事"はいどうぞ"のノリで出来るわけがないでしょ!」

 

「じゃ、じゃあせめて海君の剣で!」

 

「だからこの剣じゃマヨ属性以外は倒せないんですって!」

 

「なんだよマヨ属性って!」

 

「僕も知りませんよ!貴方魔王の右肩甲骨辺りの人なんでしょ!もっと意地ってモノを見せて下さい!」

 

「沙花叉は10のダメージを受けた」

 

「あああぁあ!ダメージ増えてる!」

 

 

ぐわんぐわんっと僕の肩を揺さぶる沙花叉さん。

他の方法で倒すにしても僕の持っているモノはマヨネーズ属性意外には0ダメージの退マヨの剣だしどうしようもない。

そんな事を思っているといつの間にか鷹嶺さんによるダメージの報告の声は聞こえなくなっていた。

 

すると鳴り響く自分の携帯。

表示された番号を拝見し総帥からのモノだと把握する。通話開始のボタンを押すと共に電話越しから聴こえる総帥の活気溢れる声が耳を通り抜けた。

 

 

『おぉバイト。吾輩の右肩甲骨辺り倒した?』

 

 

全てを知っている様な口ぶり。

僕は少し間を置きとあることを総帥へ質問した。

 

 

「…これもしかして総帥が考えたシナリオですか?」

 

『ガハハっ!よく出来た設定だろっ!博士と新人にはアドリブって無茶振りしたけどなっ!』

 

 

…どうやら全て仕組まれていたらしい。

そうなのかと疑問をナレーション役の方へと向けると親指をぐっと上げ肯定のサイン。

 

 

『バイトなら何かしら吾輩に合図を送ってくれると思ってな?』

 

 

合図───きっと僕が送ったあの写真がそれに該当するのだろう。大方、博士と沙花叉を配置させタイミングを見計らい僕へと電話…手に踊らされていたのは自分の方だったと思うと無性に腹が立つ。

 

 

「…鷹嶺さん。ナレーションお願いします」

 

「───…こうして魔王ラプラスは討たれ、世界に平和が戻ったのであった。めでたしめでたし…」

 

『えっ?ちょっと鷹嶺さん!吾輩まだ色々と用意してるんだけど⁉︎勝手にエンドロール流して終わらせようとしないでくれません⁉︎ねぇっ!ちょt』

 

 

何か最後に言いたそうにしていたが切ってしまったものは仕方がない。僕は机の上に置いていた私物などを鞄にしまい、深くは考えずに帰路を辿ることにした。





卵焼きはしょっぱい派です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。