アクタージュのママの人 (色々残念)
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歳の近い相手に母親だと思われる男子高校生

アクタージュを読んだ勢いで書いてみました
評判が良ければ続くかもしれません


石杖綱吉は役者である。

 

しかもただの役者ではなく、男性でありながら様々な母親の役をやっている役者であり、ママの人として有名になっているのである。

 

何故そんな奇妙なことになっているのかというと、石杖綱吉が子役時代に、あるドラマで、生まれ変わって女児になった母親の役に選ばれたことが最初の切っ掛けだったと言えるだろう。

 

完璧に母親の役をやり遂げた石杖綱吉が大人気となり、ドラマはシリーズ化され、数年間続いた。

 

成長した石杖綱吉が見事な女性の声を出すことが可能であったこともシリーズ化された理由の1つであったらしい。

 

また石杖綱吉の母親が見たいと思った業界関係者がいたようで、男子中学生でありながら母親の役がまわってきたことに困惑しながらも母親の役をこなした石杖綱吉。

 

今度は別のドラマで、身長差のある息子を叱る肝っ玉母ちゃんという役だったが、快活な母親の役をこなした石杖綱吉に業界関係者は、石杖綱吉の演技の幅が思っていたよりも広いことに気付く。

 

それでもやっぱり母親の役を石杖綱吉にやってもらいたいと思った業界関係者は、ある映画の主人公の母親役に石杖綱吉を抜擢した。

 

映画の主人公が幼い頃に病で死んでしまうが、主人公の心に残る折れない芯となる言葉を遺す重要な役であり、最終的に全てを護りきって宿敵を倒し、死の寸前の主人公の前に現れて、主人公が頑張ったことを褒めて消えていく母親という役。

 

母親に褒められて子どものように純粋な笑顔で死んだ主人公は、とても良い顔をしていたようで、業界関係者は他者の素晴らしい演技を引き出す石杖綱吉の可能性に更に期待していたようだ。

 

石杖綱吉の次の役はドラマで、悪役である母親であり、優しく育てられてきた子どもに、その優しさが嘘であったことを伝えて絶望を与えるという役だった。

 

しかし母親役をやった石杖綱吉の演技が凄すぎて、子ども役の役者がガチ泣きするというアクシデントがあってお蔵入りになるかと思われたが、そのガチ泣きが絶望の表情にベストマッチしていた為に、そのまま使われることになって、視聴者達には伝説の回と言われるようになったようである。

 

様々な母親の役を役者としてこなし、男性でありながら母親の役なら、右に出るものはいないと言われるまでになった石杖綱吉。

 

有名になっていたとしても様々な母親の役をやることに躊躇いがなくなっている石杖綱吉は、今日はCMの撮影に来ていた。

 

CMは親子で作るカレーのCMであり、その母親役に選ばれた石杖綱吉は服を着替えてメイクをしてカツラを被り、エプロンを着用して子ども役の相手を待つ。

 

料理上手な娘役は誰が選ばれるのかと思っていたら、高校の同級生である夜凪景が現れて驚いた石杖綱吉だが、いつもとやることは同じだと気を引き締めた。

 

石杖綱吉が娘役の夜凪景と一緒に料理を作る母親の役をこなしていると、料理を作り終えたところで「お母さん」と言いながら夜凪景が石杖綱吉に抱きつく。

 

「あらあら甘えん坊ね」と言いながら優しく微笑んで夜凪景の頭を撫でる石杖綱吉は、まるで本当に夜凪景の母親であるかのように、誰の目にも見えていたようだ。

 

夜凪景が本当の母親を思い出してしまう程に、石杖綱吉は母親を演じる役者として完成されていた。

 

CM撮影は無事に終わり、後は帰るだけとなった役者達。

 

カツラを取って、メイクを全て落とし、服を元に戻した石杖綱吉が帰ろうかと思っていたところに近寄ってきた夜凪景。

 

何の用かと思っていた石杖綱吉に「本当に男の人だったのね」と驚いていた夜凪景は「貴方のおかげで、本当のお母さんのことを沢山思い出せたわ、ありがとう」と言って感謝をする。

 

「それとその」と言いづらそうにしていた夜凪景を石杖綱吉が促すと「お母さんってまた呼んでも良いかしら」と言ってきた夜凪景に「構わないわよ」と女性の声で言って笑った石杖綱吉。

 

カツラもメイクもしておらず服装も男性のものであったが、夜凪景は、そんな石杖綱吉に優しい母親の姿を見たようだ。

 

黒山墨字は、石杖綱吉と夜凪景のやり取りを見ていたが、苦々しい顔をしていた。

 

どんな母親でも母親であるなら演じられる石杖綱吉と、まだ未熟な夜凪景を共演させてみた結果、石杖綱吉に全部喰われたと黒山墨字は感じていたらしい。

 

今の夜凪景では敵わない役者であると石杖綱吉を認めていた黒山墨字は、まだ原石である夜凪景を磨いて成長させる必要があると考えていた。

 

それから数日後、ウルトラ仮面に出演することになった石杖綱吉は喫茶店を経営する母親の役をやることになり、迷っていたウルトラ仮面にコーヒーを提供しながら道を示すという役をこなす。

 

この1回だけの出演で終わりかと思えば、ウルトラ仮面で喫茶店は何回も使われるようになり、準レギュラーとなった喫茶店の母こと石杖綱吉。

 

その関係でウルトラ仮面役の星アキラとも交流することになった石杖綱吉は、星アキラを友人と呼べるくらいには仲良くなる。

 

色々な話をした石杖綱吉と星アキラは、最後に自分達という役者についての話をすることになり、真剣に話をした。

 

星アキラには主役になる才能はないのかもしれないが、脇役として主役を輝かせる才能はある。

 

その結論に至ったのは、ウルトラ仮面で喫茶店の母親がメインになる話があった時に、普段の主役の時よりも星アキラの演技が良かったからだった。

 

スターズの役者としてそれで良いのかと葛藤する星アキラに、石杖綱吉は「アキラは本物の役者になりたいって言っていたね、脇役だって大事な本物の役者だ」と大切なことを教えていく。

 

「脇役がいるからこそ輝く主役だっている。アキラが星アリサの息子だから絶対に主役をやらなきゃいけないって決められてる訳じゃない」と言いながら石杖綱吉は星アキラを真っ直ぐな眼差しで見ていた。

 

「脇役でも主役でも役者であることには変わりはない。母親しかできない俺とは違ってアキラには可能性がある」と言った石杖綱吉の言葉を真剣に聞く星アキラ。

 

「だから、アキラは、なりたい自分になって良いんだよ」と言って笑った石杖綱吉に、実の母親には感じたことがない母性を確かに感じた星アキラは「綱吉は本当に優しいお母さんみたいだな」と思ったらしい。

 

それから役者として一皮剥けた星アキラは、ウルトラ仮面としても活躍していき、脇役として主役を輝かせる役者にもなった。



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歳上に母親だと思われる男子高校生

お気に入りが10人を越えていたので続きを書いてみました
気が向いたら更に続きを書きます


劇団天球の舞台に参加することになった石杖綱吉は、やっぱり母親の役をやることになる。

 

明神阿良也に「石鹸の匂いがする」と言われた石杖綱吉は、稽古で優しい母親の役を見事に演じて、劇団天球の面々に母親のことを思い出させていた。

 

「臭く思わないのに気になる匂いって初めてだ」と石杖綱吉に興味を抱いた明神阿良也。

 

「今日石杖の家行っていい?」と言い出した明神阿良也に戸惑いながら「この人は、いつもこんな感じなんですか?」と近くに居た劇団天球の面々に石杖綱吉は聞く。

 

「気になる共演者がいると阿良也は、いつもそんな感じだよ」と劇団天球の面々に言われて、明神阿良也という人は独特な人なんだなと石杖綱吉は思っていた。

 

まあ、付きまとわれるよりかは招き入れた方がダメージは少なそうだと判断した石杖綱吉は、明神阿良也を連れて家まで帰ると2人分の食事を用意する。

 

手早くオムライスを作った石杖綱吉に、色々なことを聞きながら、オムライスを食べていった明神阿良也は、このオムライス美味いなと思っていたりもしたようだ。

 

石杖綱吉は答えられる質問には答えていきながら、ケチャップで汚していた明神阿良也の口元を優しく拭いていく。

 

色々と世話をされながら「石杖はさ、どうやって母親の役をやってるの?」と聞いた明神阿良也。

 

「どんな時も想像力を働かせて、その時に相応しい母親の姿をしっかりと考えてから、母親という役に入って演じてますよ」と答えた石杖綱吉。

 

「そうなんだ。俺とは違うね」と言った明神阿良也は「おかわり」と言って皿を差し出す。

 

またオムライスを作った石杖綱吉は、おかわりのオムライスを食べ終えた明神阿良也に「デザートにプリンが作ってありますけど食べますか?」と聞いてみた。

 

「良いね、貰うよ」と答えた明神阿良也に、冷蔵庫から取り出したプリンを提供した石杖綱吉。

 

ちょっと大きめのプリンも食べ終わった明神阿良也が「じゃあね石杖、また明日」と言うと石杖綱吉の家から立ち去っていく。

 

それからしばらく何日か石杖綱吉の家に飯を食いにきた明神阿良也の役づくりは、成功したようだ。

 

劇団天球と共に舞台上で母親の役を演じた石杖綱吉は、誰が見ても母親だと思える演技力で、優しい母親としての芝居をこなした。

 

役を終えて、舞台から下がった青田亀太郎が石杖綱吉のことを思わず母ちゃんと言ってしまう程に素晴らしい演技をした石杖綱吉。

 

三坂七生が、この人はお母さんだと思ってしまう程、優しい母親の役を完璧以上に演じきった石杖綱吉は、母親の役を終えて舞台から下がり、明神阿良也の演技を見ていく。

 

憑依型カメレオン俳優と言われる明神阿良也が、たった一人で、僅かな一瞬で、観客を虜にする純粋な演技力による力技を見せた。

 

本能的な心の芝居を、身体を使って観客に表現する術を熟知している明神阿良也の芝居を見て、確かな力があると石杖綱吉は感じたようだ。

 

カーテンコールで全員で挨拶しにいく時に、誰が石杖綱吉の隣になるかでちょっと争った劇団天球。

 

大人気だったお母さんの隣は、三坂七生と明神阿良也がゲットしたらしい。

 

劇団天球での仕事を終えて去っていく石杖綱吉を見ていた明神阿良也が「母親ってあんな感じなんだね」と寂しそうに呟いていて、他の劇団天球の面々も少し寂しそうにしていた。

 

そんな劇団天球の面々に、巌裕次郎が「いい加減切り替えろ、手前等」と言いながら近くに居た青田亀太郎の頭を勢いよく小突く。

 

「普通に痛い!」と言って倒れた青田亀太郎を見て笑った劇団天球の面々だった。

 

CMで、受験勉強を頑張る息子の為に夜食を作って部屋に持っていく母親の役をやることになった石杖綱吉。

 

それは30秒のCMであり、勉強を頑張る息子が映ってから、夜食を作る母親の姿が映されて、皿に載った夜食のおにぎりと味噌汁を机の端に置き、微笑む母親で終わりとなるCM。

 

息子役には18歳の俳優が使われていたが、歳下の石杖綱吉が母親役をやっていることに誰も違和感を感じることはない。

 

CM撮影は無事に終わり、今度は映画の仕事が入る。

 

悪の組織と戦っている主人公である息子が、母親を人質に取られそうになったところで、実は強かった母親があっさりと悪の組織の手下達を倒していくという場面を石杖綱吉が演じていく。

 

元傭兵であった強い母親を演じた石杖綱吉は、凄まじい迫力がある演技を見せた。

 

母親が強いことに説得力を持たせる石杖綱吉の演技力は素晴らしいものであり、カットされることなく全て撮影されたようだ。

 

そんな母親の演技を見ていた監督に「是非とも映画の続編に参加してほしい」と頼まれるほど石杖綱吉は気に入られたらしい。

 

映画の続編の撮影は来年からになるようで、予定が入っていないことを確認した石杖綱吉は「母親の役であるなら参加します」と監督に言った。

 

「石杖くんには今回と同じく、主人公の母親役を頼むから、何も問題ないね」と笑顔でサムズアップした監督。

 

ちょっとテンションが高めの監督であるが、嫌いではないと思った石杖綱吉。

 

映画で出番のある場面の撮影も全て終わり、撮影をしていた場所から立ち去ろうとしていた石杖綱吉に、映画の主人公役の俳優から花束が渡される。

 

「お疲れ様でした。またお母さんと共演できる時を楽しみにしています」と言って笑った主人公役の俳優。

 

「ありがとうございます」と感謝をして花束を受け取り笑顔を見せた石杖綱吉は「こちらこそ続編で共演できる時を楽しみにしています」と言いながら一瞬だけ、映画の主人公の母親の顔を見せた。

 

その顔を見て、石杖綱吉が主人公の母親の役を再びやってくれるなら、映画の続編は素晴らしい作品になりそうだと主人公役の俳優は思ったらしい。

 

石杖綱吉の次の仕事はドラマの撮影であり、夫が息子に虐待まがいの稽古を行っているところを止めようとするが止められず、追い詰められていき、夫に似ている息子に煮え湯を浴びせてしまう母親という役をやることになる。

 

最初は息子を護ろうとする母親の姿を見せていき、徐々に精神的に追い詰められていく母親の姿を見せるという難しい芝居を難なくこなした石杖綱吉。

 

煮え湯を息子に浴びせてから我にかえり、悲痛な顔で息子に謝る母親という壮絶な役をやり遂げた石杖綱吉の迫力は凄まじいものがあったようだ。

 

石杖綱吉の迫力が凄すぎて息子役の子役がガチ泣きしていたこともあり、本当に煮え湯を浴びせられたんじゃないかと思われるほどに迫真の演技を見せた息子役の子役は石杖綱吉に演技を引き上げられていた。

 

今回のドラマの最後に「お母さんがおかしくなったのは、お前のせいだ」と憎悪に満ちた顔で父親役に言い放つ息子役の子役は、演技力が向上していたらしい。

 

そのドラマでは父親に憎悪を抱いたまま成長した息子役を別の役者が演じることになり、病院に入院している母親役を石杖綱吉が演じることになる。

 

定期的に母親に会いに行く息子の顔には火傷の痕が残っていて、それを見る度に罪悪感を感じる母親を見事に演じた石杖綱吉。

 

そんな母親を笑わせようと頑張る息子を演じた役者は、本当にこの人を笑わせてあげたいと思いながら演技をしていて、それは確かに石杖綱吉に伝わっていた。

 

涙を流しながら笑う母親を演じた石杖綱吉を、とても儚く美しいと誰もが感じていたようだ。

 

撮影されたドラマがテレビで放送されていくと父親絶対許せねぇという声が多かったようである。

 

父親役を演じた役者は「実際に嫁さんできたら大事にしますよ」と弁明しなければいけないことになり、物凄く困っていたらしい。

 

そんなこともありながら、オフの休日にパソコンで自分の名前を検索してみた石杖綱吉は、石杖綱吉ママにオギャるスレというスレッドを発見。

 

しかもpart300であり、そのスレッドが長く続いていることを理解した石杖綱吉は、オギャるの意味がいまいちわかっていなかったがスレッドを覗く。

 

色々と凄いことが書かれていたスレを見なかったことにした石杖綱吉は、パソコンを閉じた。

 

気分転換に散歩にでも行こうと考えていた石杖綱吉の家の呼び鈴が鳴り、玄関を開けてみると明神阿良也の姿がある。

 

何の用かと思っていたら「オムライス喰わせて」と言ってきた明神阿良也。

 

どうやら明神阿良也は、石杖綱吉が作るオムライスが食べたくなって家まできたらしい。

 

それからオムライスを作っていった石杖綱吉は、明神阿良也が満足するまでオムライスを作ることになった。

 

まあ、料理が気分転換にはなったかと思った石杖綱吉は明神阿良也を怒ったりはしない。

 

満足して去っていった明神阿良也は「やっぱり石杖は母親っぽい」と思っていたようだ。

 

誰かの世話をしている石杖綱吉は本当に母親であるかのように見えていたからだろう。



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石杖綱吉と共演者の演技その1

続きというか繋ぎの話です
思いついたので書きました
しっかりとした続きは、また今度ですね


数え切れない程戦ってきた男は、自分をいつも支えてきた母の言葉を忘れることはない。

 

男が幼い頃に病で亡くなった母が遺した言葉は、両の足に力を込める気力を与えてくれた。

 

だから今も戦えているのだろうと男は思う。

 

剣を振るい、放たれる宿敵の拳を弾く。

 

何度腕を斬り飛ばそうと再生する宿敵を倒すには首を斬り落とすしかない。

 

男の片眼は既に潰れていて、視界は狭まっていた。

 

それでも1歩も退くことなく戦い続ける男の背後には護るべき人々がいる。

 

「貴方はとても強いのですから、誰かを護ってあげなさい」

 

病床で辛いだろうに顔に出すことなく、布団から上半身だけを起こしてそう言っていた母の言葉を思い出す。

 

それは確かに男の力となった。

 

「俺は俺の責務を全うする!」

 

力強く地を蹴り、素早く間合いを詰める。

 

突き出した剣が宿敵に突き刺さるが、拳で半ばからへし折られてしまった。

 

剣の間合いが半減したとしても男は諦めることはない。

 

拳と剣の打ち合いが続く。

 

傷ついていく男とは対照的に傷が再生する宿敵は、動きが衰えることはなかった。

 

満身創痍でも戦い続ける男。

 

嘲笑う宿敵。

 

遂に男の腹部を宿敵の拳が貫いてしまう。

 

だがそれは男の狙い通りでもあった。

 

最期の力を振り絞り、腹部から左腕を引き抜けないように力を込めた男は、顔面を狙って放たれた宿敵の右拳を左手で右腕を掴んで止めて、半ばから折れている剣を宿敵の首に食い込ませていく。

 

徐々に断たれていく宿敵の首。

 

「うおおおおおおおお!」

 

叫びながら首を断ち斬る剣を進めていく男の剣は、止まることなく宿敵の首を切断して斬り落とす。

 

男の勝利を祝うかのように日が昇り、夜が明けた。

 

首を斬り落とされた宿敵の肉体が消滅していき、男の腹部を貫いていた宿敵の腕も消滅する。

 

腹部から大量の血を流しながら男が地面に膝をついた。

 

男は宿敵の首を斬り落として倒したが致命傷を受けた男の命もまもなく消えるだろう。

 

そんな男の前に、幼い頃に亡くなった母親が現れる。

 

長い黒髪の美しい母親。

 

それは幻なのか、幽霊なのかはわからないが確かに男には見えていたようだ。

 

「母上、俺は最期までしっかりとやれただろうか」

 

思わず母親に聞いてしまっていた男は、戦っていた時とは違う、幼い少年のような顔をしていた。

 

「ええ、貴方は、しっかりと最期までやり遂げましたよ。よくやりましたね」

 

誇らしい息子に向けて、確かにそう言った母親は、僅かに頬を緩めて微笑んだ。

 

あまり母親に褒められたことのない息子だった男は、母親からの褒め言葉が、とてもとても嬉しかったようだ。

 

ああ、そうか、俺は最期までしっかりとやり遂げられたのだな、そう思った男は、嬉しいことがあった少年のような笑顔で最期の時を迎えた。

 

笑顔で死んだ男に駆け寄る護られていた人々を映して映画は終わりとなった。

 

武器を持った少年と、何も持っていない母親が対峙する。

 

母親は楽しげな笑みを浮かべていて、少年は今にも泣きそうな顔をしていた。

 

「ママは、いつも僕の好きな料理を作ってくれた」

 

母親と過ごした今までの全てが嘘だったとは信じたくない少年は、必死に言葉を選ぶ。

 

「昨日は、ハンバーグを作ってあげたわね」

 

優しい声で言う母親は笑みを崩すことはない。

 

「運動会だって一緒に走ってくれたんだよ」

 

思い出を思い出す度に泣きそうになってしまう少年。

 

「あの時は一緒に走って、1着になれたわ」

 

思い出したことを語る母親は、とても楽しげな顔をしている。

 

「この帽子だってママが買ってくれたやつだよ」

 

被っている帽子に触れながら母親を見る少年は、大切にしていた帽子に触れた。

 

「ええ、帽子を欲しがっていたでしょう」

 

少年の帽子を見ながらそう言った母親の笑みは揺るがない。

 

「嘘だよね、僕を利用する為だけに育てていたなんて」

 

すがるような声で言う少年の前に立つ母親。

 

「貴方の好きな料理を作ってあげたのも、運動会で一緒に走ってあげたのも、帽子を買ってあげたのも、全部全部、貴方の為じゃないわねぇ」

 

亀裂が走るような邪悪な笑みを浮かべて、母親は言い切った。

 

「うわあああああああん!」

 

泣き叫びながら武器を振り回した少年を吹き飛ばした母親は、邪悪な笑みを崩すことなく愉しそうに歩いていく。

 

後には、地面に倒れたまま泣き続ける少年だけが残された。

 

ドラマの1場面は、こうして終わりとなる。

 

家族の為にカレーを作っていく母親と娘。

 

料理上手な娘と一緒に料理を作っていく母親は、とても楽しげに笑う。

 

料理を作っている途中。

 

「お母さん」

 

そう言って母親に抱きついた娘。

 

「あらあら甘えん坊ね」

 

抱きついてきた娘の頭を撫でながら笑う母親。

 

「今は料理してる最中よ、甘えてばっかりじゃ、お母さんカレー作れなくて困っちゃうわ」

 

困ったような顔をする母親を見て、娘は母親から離れると料理を続けていく。

 

母親と娘が一緒に作ったカレーはとても良い出来だった。

 

蓋を閉じて、母親と娘が顔を見合わせて笑う。

 

その姿は、とても仲の良い親子に見えていた。

 

カレーのCMの撮影は、そこで終わる。

 

変身はしていないウルトラ仮面が悩みながら喫茶店に入ると、出迎えてくれた女性は、数人の子どもを育てる母親であり、この喫茶店を経営しているようだ。

 

「何かお困りのようですね」

 

ウルトラ仮面が悩んでいることを見抜いた女性は、注文されたコーヒーを机に置くとウルトラ仮面に助言をしていく。

 

「思いきって真正面から突破してみるのも悪くはないかもしれませんよ」

 

喫茶店の女性からの助言を受けて突破口が開けたような気がしたウルトラ仮面は、コーヒーを飲み干し、感謝してからお代を支払って店を飛び出していった。

 

「若い内は、元気なのが1番ですね」

 

そう言って笑う女性は、空になったコーヒーカップを下げていく。

 

ウルトラ仮面の1場面は、これで終わりだった。

 

「どうだったかなけいちゃん、これが石杖くんと、けいちゃん含めた共演者さん達の演技の1部だけど」

 

一緒に全ての映像を見ていた柊雪の言葉に、ようやく反応した夜凪景。

 

「凄かったわ、お母さんが全員別人に見えたもの」

 

感想を言った夜凪景は、興奮が抑えられない様子である。

 

「お母さんは、色々な演技が出来るのね」

 

石杖綱吉だけに注目していた夜凪景は、自分にもあんな演技が出来るかと考えていたらしい。



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天使からも母親だと思われる男子高校生

スターズの天使と呼ばれる百城千世子と共演することになった石杖綱吉は、どんな場面でもリテイクさせたことがない百城千世子と親子を演じる。

 

当然のように母親の役をする石杖綱吉もNGを出したことはなく、リテイクすることがなかったので2人が登場する場面の撮影は順調に進んだ。

 

百城千世子にも想定外だったのは撮影が終わった瞬間に天井の一部が落ちてきたことだろう。

 

避ける間もなく落ちてきた瓦礫からは、異変を察知して事前に素早く動いた石杖綱吉に庇われたことで顔に傷がつくことはなかった百城千世子。

 

娘を護る母親の役をやっていた石杖綱吉は、母親の格好のままであったが、百城千世子に覆い被さる形で庇い、背中に落ちてきた瓦礫によって負傷したが、百城千世子を護りきった。

 

「怪我はない?」

 

百城千世子に笑いかけた石杖綱吉が、本当に娘を護る母親に見えた百城千世子は「お母さん」と言いそうになってしまったらしい。

 

しかし石杖綱吉の背から落ちた瓦礫に付着していた血液を見て、石杖綱吉が怪我をしていることに百城千世子は気付く。

 

「石杖くん!病院行くよ!ちょっと誰か救急車呼んで!」

 

スターズの天使の仮面は破れていなかったが声を張り上げて、固まっていた現場の人々に指示を出す百城千世子。

 

石杖綱吉が登場する場面の撮影は全て終わっていたのでお蔵入りになることはないだろうが、しばらく休業することになった石杖綱吉は病院に入院することになる。

 

瓦礫が直撃した背中の打撲と切り傷があり、重傷ではなかったがスターズが全面的に費用を負担するということになったようで、スターズが用意した立派な個室に入院していた石杖綱吉。

 

百城千世子を護ったことに後悔はないが、この個室は大袈裟な気がするな、と考えていた石杖綱吉だったが、スターズの社長が直々に見舞いにきたことで、この個室に関係者以外が入れないようにする為か、と悟ったらしい。

 

「感謝するわ綱吉、千世子を護ってくれて」

 

頭を下げている星アリサに「頭を上げてくださいアリサさん、俺は何も気にしていませんし、全く後悔もしていませんよ」と笑いかけた石杖綱吉は、何も嘘は言っていなかった。

 

「女優の顔に傷がついたら大変ですからね、俺で良ければ幾らでも盾になりますよ」

 

真剣な顔でそう言い切った石杖綱吉は、真っ直ぐな眼差しで星アリサを見る。

 

「貴方は、変わっていないわね」

 

昔から変わらないどこまでも真っ直ぐな石杖綱吉を見て、星アリサは僅かに微笑んだ。

 

「千世子が直々にお礼を言いたいそうだから、許可を出したわ。明日見舞いに来るそうよ」

 

「別に気にしないでも良いんですけどね」

 

「そういう訳にもいかないでしょう、庇われた本人からすれば女優生命の顔を護ってくれた恩人よ」

 

「確かにあのままだと顔に瓦礫が落ちていましたね、護れて良かったと本当に思います」

 

「怪我をしてしまった綱吉には悪いけれど、迷わず千世子を護ってくれる綱吉と共演で本当に良かったと思ったわ」

 

「まあ、とりあえず、天井の一部が落下してくるあんな現場を選んだ人達が悪いですね」

 

「何も無しで済ませるつもりはないわ」

 

冷徹な顔で断言した星アリサの凄みがある声には、確実に怒りが込められていた。

 

アリサさん怒ってるな、百城千世子の顔に傷がついていたかもしれないから怒ってるんだろうな、と考えていた石杖綱吉だが、実際は半分当たりで、もう半分は石杖綱吉が怪我をしたことに星アリサは怒っていたようだ。

 

「それじゃあ、ゆっくり休みなさい綱吉」

 

「見舞いに来てくれてありがとうございましたアリサさん」

 

立ち去っていく星アリサに笑顔で手を振って感謝をしてから、ベッドに横になった石杖綱吉は、明日は百城千世子が来るから早めに寝ておこう、と考えていたらしい。

 

 

翌日になって、サングラスとマスクを着用して顔を隠している百城千世子が、石杖綱吉が入院している個室の病室に現れた。

 

有名人は大変だな、と思った石杖綱吉は、不審者スタイルの百城千世子にも動じることはない。

 

サングラスとマスクを外した百城千世子は、普通に元気そうな石杖綱吉の姿を見て、少し安心できたようだ。

 

「あの時は、護ってくれてありがとう石杖くん」

 

心からの感謝の言葉を石杖綱吉に伝えた百城千世子。

 

「貴女が無事で良かった」

 

そう言って笑った石杖綱吉が、まるで娘の無事を喜ぶ母親のように見えた百城千世子は、石杖くんは石杖くんのままでもお母さんみたいなんだね、と納得する。

 

「色々果物買ってきたけど、何か食べたいものある?石杖くん」

 

「じゃあリンゴをください」

 

「皮剥いて切ってあげるから待っててね」

 

「どうもありがとうございます百城さん」

 

「石杖くんが重傷じゃなくて本当に良かった」

 

「まあ、ちょっとの間は入院することにはなりましたけど、重傷じゃなくて良かったと自分でも思いましたよ」

 

「迷わず誰かを庇える人に庇われたのは2回目になるけど、庇われた側は、結構気にするんだよ」

 

「それでも貴女を護れて良かったと、俺は思いますよ」

 

子役の時から変わらない真っ直ぐな眼差しで百城千世子を見る石杖綱吉が、とても眩しく見えた百城千世子は眼を細めた。

 

「変わらないね、石杖くんは」

 

スターズの天使、百城千世子は笑みを浮かべながらリンゴの皮を剥いていく。

 

皮を剥き、切り分けたリンゴを皿にのせた百城千世子は、爪楊枝を切り分けたリンゴの1つに刺して持ち上げた。

 

「はい、あーん」

 

「いや自分で食べれますよ」

 

「はい、あーん」

 

「いやだから自分で」

 

「はい、あーん」

 

「ちょっと押しが強いですねスターズの天使さんは!」

 

百城千世子によって口元に差し出され続けるリンゴを避け続けていた石杖綱吉。

 

数十回にも及ぶ攻防の末に、ようやく諦めた石杖綱吉が口を開くと百城千世子が差し出したリンゴが石杖綱吉の口内に入っていく。

 

甘酸っぱいリンゴを食べていき、飲み込んだ石杖綱吉に、次のリンゴが差し出されていった。

 

これ全部食べないと終わらないのかな、と思った石杖綱吉は、何かちょっと恥ずかしいなと考えていたらしい。

 

そんな石杖綱吉を見ながら楽しそうにしていた百城千世子は、恥ずかしそうにしてる石杖くんが可愛い、と考えていたようである。

 

ひたすら石杖綱吉にリンゴを食べさせ続けていた百城千世子は、ずっと笑顔だったようだ。



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一回り歳上に聖母だと思われる男子小学生

背中に傷痕が残ることもなく、全快して退院した石杖綱吉は自宅に向かう。

 

入院していて不在の間、合鍵を渡して自宅の管理を任せていたマネージャーと鉢合わせになり、掃除をしていたマネージャーを手伝うことにした石杖綱吉。

 

退院したばかりなんだから休んでいてほしいと思っていたマネージャーだったが、石杖綱吉が頑固なことを知っていたので、諦めて簡単な掃除だけをさせることに決めたらしい。

 

テーブルの拭き掃除をしている石杖綱吉に、換気扇の掃除をしていたマネージャーが振り返って問いかけた。

 

「何故百城千世子を庇ったんですか?」

 

テーブルを拭く手を止めて少し考えた石杖綱吉は、マネージャーと目線を合わせて答える。

 

「俺以外に天井が崩れかけていることに気付いていた人が居なかったし、俺以外に瓦礫から庇える人が居なかったからかな。庇ったことは後悔してないよ」

 

目線を逸らすことなく答えた石杖綱吉が嘘偽りを言うことはない。

 

「貴方が入院することになったと聞かされて、私は心配しました」

 

自分が思っていたことをはっきりと言葉にしたマネージャーは石杖綱吉をじっと見つめる。

 

「女優生命とも言える百城千世子の顔を護ったことは正しいことなのかもしれませんが、私は貴方に怪我をしてほしくはありませんでした。他の誰かを犠牲にしたとしても、貴方には無事でいてほしいと私は思います」

 

マネージャーとしての願いだけではなく、彼女自身の個人的な願いも含まれているそれは、マネージャーが俳優に向けるものではないのかもしれない。

 

それでも確かに石杖綱吉を大切にしていることだけは、本人にも伝わっていた。

 

「ありがとう花子さん」

 

だからこそ石杖綱吉は、マネージャーの山野上花子に感謝をする。

 

「花子さんが居たから俺は役者になれた」

 

石杖綱吉のファン第1号であり、かつて石杖綱吉が子役になると決めた理由の人である山野上花子に感謝をする。

 

山野上花子と石杖綱吉の出会いは偶然であり、2人は山の中で出会った。

 

8歳の石杖綱吉と22歳の山野上花子が北海道の山の中で出会うことになった切っ掛けは、山野上花子が描いた絵を燃やしていた煙を見た石杖綱吉が山火事かと思ってバケツに水を入れて煙が出ていた場所まで向かったからだ。

 

石杖綱吉以外に煙に気付いていたものはおらず、山の中で絵を燃やしていた山野上花子と出会った石杖綱吉は「山の中で何やってるのお姉さん」とバケツ片手に山野上花子に問いかけていく。

 

「絵を燃やしています」と答えた山野上花子に「焼きたいほど気に入らなかったから絵を燃やしてるの?」と石杖綱吉は聞いた。

 

「そうですね、描くことしかできないから描いてるだけで、自分が気に入る絵を描くことはないと思います。今描いてる絵も、きっと燃やすでしょう」

 

そう答えた山野上花子が、とても寂しそうに見えた石杖綱吉は、この人を笑わせてあげたいと強く思ったらしい。

 

寂しそうに見えるこの人を笑わせるにはどうすればいいか考えた石杖綱吉は、幼稚園の頃、寂しそうにしていた女の子が笑った瞬間を思い出す。

 

ああ、確かお母さんが迎えに来ていた時に、とても嬉しそうに笑っていたな、と思い出した石杖綱吉は、あの時のお母さんを想像していき、娘から見た母親も合わせて表現して演じることにした。

 

石杖綱吉が纏っていた空気が瞬時に変わる。

 

単なる少年だと思っていた目の前の相手が変わったことに気付いた山野上花子。

 

たった8歳の少年が、まるで聖母であるかのように見えた山野上花子は、石杖綱吉の本気の演技を初めて見た最初の人となった。

 

外見は少年のままでも、確実に違う存在に変わっている目の前の相手が、初めて間近で見た本物の役者だと理解した山野上花子は、この人を描きたいと考えていたようである。

 

自分だけに微笑んだ石杖綱吉が、今まで見てきた何よりも美しく思えた山野上花子は、急いで用意した紙に、情熱を全て込めた絵を一心不乱に描いていった。

 

山野上花子が描き終えた絵は、微笑む石杖綱吉をモデルにした聖母のような絵であったが、その絵を燃やす気にはなれなかった山野上花子。

 

むしろようやく描きたいものを描くことができたと満足して笑っていた山野上花子は、目の前で微笑む相手に感謝をしたい気持ちで一杯だったようだ。

 

怒りも憎しみもなく、ただ相手を慈しみ微笑む聖母のような母親を演じた石杖綱吉。

 

それから石杖綱吉と山野上花子の2人は、ようやく自己紹介をして互いの名前を知った。

 

石杖綱吉が素人であることを知って驚いた山野上花子は、役者になるべきだと石杖綱吉を説得することを決めて、石杖綱吉の家族にまで直談判して子役になることを薦めていく。

 

「マネージャーが居ないなら私がなります」と断言した山野上花子の熱意に圧倒された石杖綱吉の両親は、石杖綱吉が子役の道を選ぶなら応援することを決めた。

 

「花子さんが言うように、俺に才能があるなら、役者をやってみようかと思うよ」

 

「きっと貴方なら素晴らしい役者になれます」

 

それが子役、石杖綱吉の始まりであり、ずっと1人ぼっちだった女性が、何よりも大切な生き甲斐を見つけた時のことだ。

 

そんな8年前のことを思い出した石杖綱吉は、山野上花子に感謝をする。

 

「花子さんが居なかったら俺は役者になろうとは思わなかったし、自分に演技の才能があるとは考えてもいなかったと思う。だからありがとう花子さん、俺と出会ってくれて」

 

真剣な表情で真っ直ぐ山野上花子を見て感謝を伝える石杖綱吉に、思わず顔を真っ赤にした山野上花子だったが、それでも感謝を伝えてきた石杖綱吉に応えた。

 

「此方こそ貴方と出会えて感謝しています。ありがとうございます綱吉くん」

 

互いに感謝をした2人。

 

8年間の長い付き合いがある2人は、互いを大切に思っていた。

 

「そういえば何年か前に花子さんに付きまとってた小説家ってどうなったのかな、俺が警察呼んで追い返してからは見てないけど」

 

「さあ、私は知りません。興味もありませんから」

 

「花子さん美人だから気をつけないと駄目だよ」

 

「びじっ、美人ですか、綱吉くんから見て私は」

 

「うん、とっても美人で綺麗な人だと思うよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

顔を真っ赤にして照れている山野上花子を、可愛いなと思いながら笑顔で見ている石杖綱吉は、とても優しい顔をしていた。



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歳下にも歳上にも母親だと思われる男子高校生

復帰して直ぐに役者としての仕事が入った石杖綱吉は、食器用洗剤のCMの仕事をこなす。

 

フライパンの油汚れや食器の汚れを食器用洗剤で綺麗にする母親の役を見事に演じた石杖綱吉。

 

その仕事が終わって直ぐに、今度は別のCMで、石杖綱吉は新商品の調味料を使って料理する母親の役を演じることになった。

 

料理上手な母親を演じていき、実際に新商品の調味料を使った料理を作った石杖綱吉の料理が、とても美味しそうに出来上がる。

 

問題なく出来上がったので、料理だけを別撮りする必要はなく、石杖綱吉が母親の役で作った料理はCMにも使われたらしい。

 

復帰してから連続で仕事が入る石杖綱吉の次の仕事は、2時間サスペンスであり、殺人事件が起きる旅館の女将の役を演じることになった。

 

旅館の女将は一人娘がいる母親という役で、娘役はスターズ所属の子役の山森歌音。

 

殺人事件を解決していく警察官の役は熟練の俳優である白石宗であり、今では任侠映画御用達のヒール俳優となっていた白石宗が、とても久しぶりに警察官の役を演じるようだ。

 

共演をして一緒に親子を演じた石杖綱吉が、本当に母親のように思えた山森歌音は、母親の役を演じる石杖綱吉の笑顔に安心感を覚えていた。

 

しっかりと旅館の女将という役を演じながら、母親としての姿も見せる石杖綱吉と初めて共演した白石宗は、石杖綱吉という役者が、母親という役であるなら何でも演じることができる役者であることを実感していたらしい。

 

母親という役を演じることで誰よりも輝く石杖綱吉という役者が、圧倒的なカリスマ性を持つ王賀美陸すら呑み込んでしまうような演技ができる役者であることに白石宗は気付いた。

 

そして白石宗は、今では日本を離れて海外に行ってしまった王賀美陸のことを思い出す。

 

スターズを裏切った男に手を出す事務所は無く、日本では完全に干されていた王賀美陸には海外から声がかかり、現在の王賀美陸はハリウッドで活躍している。

 

天性のスター性を持つ王賀美陸にも負けずに共演できる役者と組ませて貰えなかったことが、王賀美陸がスターズを辞めた理由だ。

 

きみに負けない役者が、此処に居たよ王賀美くん、と思っていても顔に出すことなく警察官の役を演じていく白石宗。

 

そして撮影は進んでいき、石杖綱吉が演じる旅館の女将が、娘を庇って犯人に刺される場面の撮影を見た白石宗は、石杖綱吉が完全に母親に見えていた。

 

誰が見ても完璧に娘を庇う母親に見えていた石杖綱吉の演技は、更に進化していく。

 

娘を庇う瞬間の覚悟した表情、刺された痛みに歪む顔、流れる血糊が、まるで本物の血液であるかのように見える迫真の演技は、石杖綱吉の見せ場だった。

 

娘を庇う母親の強さを見せた旅館の女将役の石杖綱吉に、駆け寄る警察官役の白石宗。

 

母親にすがり付いて泣く娘を演じている山森歌音は、石杖綱吉に演技を引き上げられていて、しっかりと本物の涙を流しており、泣く娘を演じることができていた。

 

救急車に乗せられて運ばれていく旅館の女将を見届けた警察官は、旅館の女将の娘に、犯人を必ず捕まえることを約束する。

 

それから犯人を追い詰めた警察官が、激しい格闘戦の末に犯人を捕らえて手錠をかけるとパトカーに犯人を連行していく。

 

最後に、病院には入院しているが元気そうな旅館の女将と、その娘が病室で抱きしめあっている姿を見た警察官が微笑んで終わりとなった2時間サスペンス。

 

最後の親子が抱きしめあっている場面を見た白石宗は、自然と微笑むことができていた。

 

白石宗には、石杖綱吉と山森歌音が本当に母親と娘に見えていたからだ。

 

引き上げられた山森歌音の演技と進化していった石杖綱吉の演技が調和しており、どう見ても互いを大切に思っている親子にしか見えない場面。

 

そんな場面を見て、この2人と共演できて良かったと白石宗は思っていたらしい。

 

とても優しい顔で、娘を抱きしめる母親の姿は、何よりも美しく見えており、とても嬉しそうな顔で母親に抱きつく娘の姿は、思わず笑顔になってしまうほどに微笑ましい姿だ。

 

全ての撮影が終わりとなり、ちょっと疲れていた山森歌音に自販機でジュースを買ってあげていた石杖綱吉を発見した白石宗は、思わず話しかけていた。

 

「石杖くん、とても素晴らしい演技でした」

 

そう言った白石宗は、お世辞ではなく本心からの言葉を言っていたようで、それは石杖綱吉にしっかりと伝わる。

 

「白石さんに、そう言ってもらえると嬉しいですね」

 

白石宗からの褒め言葉に、缶ジュースを片手に持ちながら素直に笑顔で喜んでいた石杖綱吉は、とても嬉しそうな顔をしていた。

 

「確かに石杖さんの演技は凄い演技でした」

 

山森歌音も缶ジュース片手に、素直な感想を言うと、石杖綱吉を見て頷く。

 

「ありがとう山森さん」

 

感謝をしながら穏やかに笑う石杖綱吉の笑顔が、演技をしていなくても、まるで母親のようだと思った山森歌音と白石宗。

 

素の石杖綱吉自体が母親のような雰囲気を持っており、ふとした瞬間に、母親に見える石杖綱吉。

 

母親の役を演じる為に生まれてきたかのように思える石杖綱吉が、素晴らしい役者であることは間違いないと白石宗は考えていた。

 

山森歌音は、うっかり石杖綱吉をお母さんと呼んでしまわないように気をつけていたようだ。

 

白石宗と山森歌音の2人と話していた石杖綱吉の携帯に、マネージャーである山野上花子からの連絡が入り、次の仕事が入ったことを伝えられた石杖綱吉は、持っていた缶ジュースを一気に飲み干す。

 

「どうやらもう次の仕事が入ったみたいです」

 

そう言いながら空き缶をゴミ箱に入れて携帯をポケットにしまった石杖綱吉。

 

「それじゃあ失礼します。お2人とも今回は共演ありがとうございました」

 

白石宗と山森歌音に頭を下げて感謝をしてから、忙しそうに立ち去っていく石杖綱吉を見ていた2人は、かなりの売れっ子である石杖綱吉に負けないように頑張ろうと思っていた。

 

短期間で撮影された2時間サスペンスが放送されると最後の場面が良かったという感想が多かったようで、再放送を希望する視聴者の声も大きかったようである。

 

世間でも石杖綱吉が母親役を演じることは当然のように思われていて、違和感を感じる人は全く居なかった。



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石杖綱吉と共演者の演技その2

日夜悪の秘密組織と戦っている男子高校生の家に、悪の秘密組織に所属している特殊部隊が向かっていることを知った男子高校生。

 

家に居る母さんが危ないと焦っている男子高校生は、全速力で家まで走る。

 

辿り着いた家の玄関が荒々しく破られていて、家の中に入った男子高校生が見たのは、悪の秘密組織の特殊部隊によって人質に取られた母親の姿だった。

 

「母さん!」

 

「おっと動くなよ、今お前が少しでも動けば母親の命は無いぜ」

 

近付こうとした男子高校生を牽制するように片手に持ったナイフを母親に近付ける特殊部隊の1人。

 

「母親の命が惜しければ、大人しく我々に捕まるんだな」

 

人質を取られて動けない男子高校生を見ながら特殊部隊が言い放つ言葉に、従いそうになる男子高校生を見ていた母親。

 

追い詰められた男子高校生が、悪の秘密組織に屈してしまいそうになってしまった瞬間。

 

母親が微笑みを浮かべたまま、瞬時に取り出した拳銃で自分にナイフを向ける特殊部隊の眉間を正確に撃ち抜いていた。

 

特殊部隊の1人が死亡して、倒れ込むよりも速く動いた母親が部屋の中に居た特殊部隊全員の頭部を早撃ちで撃ち抜く。

 

「か、母さん?」

 

母親の行動に驚き過ぎて状況が良くわかっていない男子高校生は、戸惑いを隠せていない。

 

「貴方、母さんが人質に取られて諦めそうになっていたでしょう。駄目よ、そんな簡単に諦めちゃ」

 

息子である男子高校生に、普段通りの態度を崩さずに叱る母親は、物凄く手慣れた様子で拳銃の弾倉を交換する。

 

「いや、母さん、その拳銃は?」

 

母親の持つ拳銃を指差す男子高校生は、何で母さん拳銃持ってんのと言いたげな顔をしていた。

 

「備えあれば憂いなしとも言うでしょう」

 

そう言って笑う母親は、息子に拳銃の入手ルートを話すつもりはないようだった。

 

「そろそろ家を監視してた連中が追加の部隊を送り出して来るわ、さっさと片付けて夕飯にしましょう」

 

「夕飯って、凄いな母さん」

 

こんな状況でも落ち着いている母親は、いつもと変わらず普段通りのままであり、非日常の中でも変わらない母親が、とても頼もしく見えた男子高校生。

 

正確無比な母親の拳銃によって容易く撃ち抜かれていく特殊部隊達の頭部。

 

なんとか死体を盾に接近した特殊部隊が近付いたところで、母親が持つナイフによって首を切り裂かれていく特殊部隊。

 

「こいつは傭兵の」

 

接近戦も全く隙がない男子高校生の母親の動きを見ていた特殊部隊の隊長が、動きを見て気付いたことを叫ぼうとしたが、言葉は途中で止まる。

 

「お喋りな男は好きじゃないわ」

 

瞬時に隊長の背後に回り込んでいた男子高校生の母親によって、特殊部隊の隊長は息の根を止められてしまったからだ。

 

「全部片付いたわ、それじゃあ夕飯にしましょう」

 

悪の秘密組織の特殊部隊達が死体になって転がる中で、そう言った男子高校生の母親は、いつも通りの笑顔を浮かべた。

 

石杖綱吉が登場している映画の場面は、これで終わりとなる。

 

「やめてください!この子は、まだ8歳ですよ!」

 

「口出しするんじゃない!」

 

息子に虐待まがいの厳しい稽古を行わせる夫を止めようとする妻であり母親は、止めることはできずに夫に殴られることになった。

 

そんな日々が続いていき、精神的に追い詰められていってしまった母親は、徐々にやつれていく。

 

「お母さん、駄目なの、夫に似ているあの子が段々醜く見えてくるの」

 

自身の母に電話しながら、キッチンで母親は自分の息子について話していくが、それを息子が聞いていた。

 

「お母さん」

 

母親のことは嫌いではなかった息子は、精神的に追い詰められておかしくなっている母親に無警戒で近付いてしまう。

 

キッチンではヤカンでお湯を沸かしているところであり、沸騰した証としてヤカンからは蒸気が吹き出ている。

 

おかしくなっていた母親は、夫に似ている息子に思わずヤカンの煮え湯を浴びせてしまった。

 

「ごめん、ごめんねぇ」

 

自分のやってしまったことに正気を取り戻した母親は、泣きながら息子に謝る。

 

息子は左目の目元に火傷の痕が残り、母親は病院に入院することになってしまったが夫は、妻がそんなことになってしまっても何も気にしている様子はない。

 

「お母さんがおかしくなったのは、お前のせいだ!」

 

そんな父親に対して、剥き出しの憎悪をぶつける息子の形相は8歳とは思えない程の迫力があった。

 

時は過ぎていき、息子が高校生になった頃、入院している母親に会いに行った息子。

 

左目の目元に火傷痕が残っている息子に、苦しそうな顔をする母親は、残ってしまうような火傷をさせてしまったことを間違いなく気にしている。

 

母親のことは全く嫌っていない息子は、つらそうな母親を笑わせようと頑張っていた。

 

お母さんには、笑っていてほしいと思っていた息子は、できる限りのことをして母親を笑わせようとしていく。

 

息子のその努力は実り、母親を笑わせることはできたが、笑っていても涙も流していた母親。

 

優しい息子の思いが伝わって泣きながら笑う母親に息子は慌ててしまう。

 

「ありがとう」

 

涙を流して笑って、息子に感謝をした母親は、とても儚く美しく見えていた。

 

このドラマで石杖綱吉の登場する場面は、これで終わりとなる。

 

「いらっしゃいませ」

 

笑顔でお客を出迎える旅館の女将は、娘がいるとは思えない程若々しい。

 

旅館で殺人事件が発生し、警察官達が旅館を訪れると、毅然とした対応をする女将。

 

殺人犯が、まだ見つかっていない旅館で女将の娘が女将に構ってもらいたがっていた。

 

犯人である殺人犯は、女将の娘に殺人をした瞬間を見られたと思って顔を隠した状態で娘をナイフで殺害しようとしたが、女将によって阻止される。

 

犯人は女将の腹部をナイフで刺したが女将はナイフを掴んで離すことはない。

 

「私の娘は、私が護る!」

 

ナイフを諦めた犯人が素手で娘を狙おうとしたところで、女将は体当たりして、犯人の行動を防ぐ。

 

刺された痛みに顔を歪め、腹部から血を流しながらも女将は犯人から娘を護りきる。

 

「お母さん!お母さん!」

 

女将にすがりついて大きな声で泣く娘の声で人が寄ってくると判断した犯人は逃げ出した。

 

犯人が逃げ去ってから、到着した警察官が女将に応急手当てを施して救急車を呼んだ。

 

「必ず犯人を捕まえてみせる」

 

まだ泣いている娘に、力強く言い切った警察官。

 

謎を解き、アリバイを崩していくと、警察官は犯人を追い詰めていき、崖っぷちで犯人と殴りあうことになったが勝利する。

 

犯人を捕まえた警察官は、パトカーに乗せられていく犯人をじっと見ていた。

 

それから花を買って病院に向かった警察官は、女将が入院している病室を覗く。

 

病室の中では、女将と娘が互いを抱きしめあっていて、2人とも幸せそうに笑っている。

 

「お母さん」

 

「なあに」

 

「護ってくれてありがとう」

 

「母親なんだから当然よ」

 

お互いを大切に思っている女将と娘を見ていた警察官は、自然と微笑んでいた。

 

それで2時間サスペンスは、終わりとなる。

 

石杖綱吉が出演している映画やドラマを熱心に見ていたスターズの天使、百城千世子。

 

「石杖くんは、完璧に母親になっているけど、役に引き摺られていないということはメソッド演技ではないのかな?」

 

口に出して考えを巡らせていった百城千世子は、石杖綱吉を研究していく。

 

「それが母親であるならどんな母親でも演じられるけど、母親以外の役ができない役者なのは弱点である筈。だけど石杖くんの母親役が凄すぎて、業界の人は石杖くんを使いたいと思ってしまう。弱点が弱点になってない」

 

ゼリー飲料を片手に寝ずに、石杖綱吉という役者について考えていた百城千世子は、しっかりと頭を働かせていた。



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演劇界の重鎮にも母親だと思われる男子高校生

巌裕次郎は、自分が長くは生きられないことを知っていて、それでも劇団天球の面々には話すことなく黙っていた。

 

劇団天球の舞台である「銀河鉄道の夜」を成功させる為に、主演の夜凪景が演じるカムパネルラの役の為に、巌裕次郎は死が近付いている自分のことを夜凪景だけに教えていく。

 

カムパネルラは死者を乗せて走る銀河鉄道の乗客であり、自分の死を自覚している。

 

だからこそ巌裕次郎は自分の死の体感を語り、夜凪景を演出していくつもりだった。

 

自分が演劇の為だけに生まれたろくでなしだと自覚している巌裕次郎。

 

膵臓に悪性の腫瘍が見つかり、余命が近付いている巌裕次郎は、苦しみながらも自分の命の使い方を決めている。

 

「ほんとうにいいこと」をしていれば、死んでしまっても許してくれると信じていたカムパネルラのように、最高の舞台を役者達に演じさせるという巌裕次郎にとっての「ほんとうにいいこと」をしようとしていた。

 

夜凪景に自分の死を喰わせて、死者を演じる夜凪景を役に没入させるつもりで、巌裕次郎は余命を夜凪景と過ごす。

 

食事をしながらテレビをつけて、夜凪景と巌裕次郎がテレビを見ていると石杖綱吉の出演するCMが流れた。

 

「お母さんだわ」

 

「綱吉のこと、お母さんって呼んでんのか夜凪」

 

「だって、お母さんにしか見えないもの」

 

「確かに綱吉の演じる母親は、どう見ても母親にしか見えねぇからな。前に劇団天球の演劇で綱吉を使ったことがあったが、全員綱吉を気に入ってたぞ」

 

「やっぱり、お母さんは凄い役者なのね」

 

「ああ、綱吉に本気で母親を演じさせたなら、現役だった頃の星アリサを越えることもできるだろうな」

 

「それは凄いわ」

 

短時間のCMであっても、とても印象に残るCMに出演していた石杖綱吉について話していった巌裕次郎と夜凪景。

 

「予定が合えば、綱吉をジョバンニの母親役にしたんだがな、売れっ子の綱吉は忙しいらしい」

 

「お母さんは、いろんなお母さんを演じているものね」

 

会話をしていく巌裕次郎と夜凪景は、石杖綱吉に関する話題で盛り上がる。

 

「酔っ払った七生に絡まれて困ってた綱吉を見て、面白がった亀が携帯で写真撮って劇団天球の全員にメールで送信した時の写真がこれだな」

 

そう言って巌裕次郎が夜凪景に見せた携帯の画面に映されていたのは、石杖綱吉の腹筋を緩んだ顔で触っている三坂七生の姿だった。

 

「お母さんがセクハラされてるわ」

 

写真を見て真顔で言った夜凪景が面白かったのか、巌裕次郎は普通に笑う。

 

「銀河鉄道の夜」という作品は作者の死後に発見された作品であり、恐らくは遺作であろうと思われているらしい。

 

「ほんとうのさいわいってなんだろう」という言葉は「銀河鉄道の夜」に繰り返し出てくるが、それは病床に伏していた作者の最後の人生の疑問である。

 

劇団天球と夜凪景に囲まれて、一緒に弁当を食べている時に巌裕次郎が心の底から思った言葉が勝手に口から出た。

 

「ああ、これが幸せか」

 

自分がそう言っていたことにも気付いていない巌裕次郎は「ほんとうのさいわい」を見つけることができていたのかもしれない。

 

明日から舞台「銀河鉄道の夜」が始まる。

 

役者達に伝えたいことを伝えた巌裕次郎が、帰宅してから翌日の舞台初日。

 

容態が急変して病院に運ばれた巌裕次郎は、病院のベッドの上で眠っていた。

 

黒山墨字が巌裕次郎の眠る病室で椅子に座って巌裕次郎に話しかけていると石杖綱吉が現れて、椅子を用意して座る。

 

「石杖、舞台見に行かなくて良いのか?」

 

「巌さんに本気の演技を見せるって約束してましたから、見せに来ただけです」

 

「もう、目を開かないかもしれねえぞ」

 

「それでも待ちますよ、一瞬でも目が開けば、見せてみせます。巌さんに本気の演技を」

 

「そうか、じゃあ俺は「銀河鉄道の夜」を見てくるぜ。本物の役者が看取ってくれる方がジジイも嬉しいだろうしな」

 

「意外と黒山さんって優しいんですね」

 

「意外とは余計だ。ジジイを頼んだぞ、石杖」

 

「任されました」

 

会話が終わり、病室から出ていく黒山墨字。

 

巌裕次郎が眠る病室に残る石杖綱吉は、瞬時に本気の演技ができるように全神経を集中していた。

 

眠っていた巌裕次郎が目を開いた瞬間、石杖綱吉は本気で母親を演じる。

 

演じるのは家族と過ごす母親。

 

自然に微笑む母親の姿を巌裕次郎は確かに見る。

 

微笑んだ石杖綱吉の美しさに、痛みすらも忘れた巌裕次郎は、最期にとても美しいものを見ることができた。

 

そうか、本気の演技を見せてみろと約束をしていたな、と思い出した巌裕次郎は、石杖綱吉の本気を最期に見ることができて満足していたようだ。

 

別れの言葉は「さようなら」じゃなくていいと思った巌裕次郎は、もう言葉を出すこともできなかったが、確かに石杖綱吉へ「ありがとう」と感謝をした。

 

それは石杖綱吉に伝わっていて、石杖綱吉は本気の演技を続けたまま、子守唄を優しい声で唄う。

 

目を閉じた巌裕次郎の耳に届くのは、優しい母親の子守唄。

 

確実に死が近付いているとしても穏やかな気持ちにさせる石杖綱吉の声を聞いていた巌裕次郎は、意識が徐々に薄れていく。

 

最期に巌裕次郎が思い出すのは劇団天球での日々。

 

本当にいろんなことがあったが、確かに俺は幸せだったと考えていた巌裕次郎。

 

こんなにも幸せに満たされた気持ちで終わりを迎えることができるとは思っていなかった巌裕次郎は、眠るように息をひきとった。

 

「巌さん、ありがとうございました」

 

巌裕次郎が亡くなってから演技を止めた石杖綱吉は、それだけ言って深々と頭を下げてから医者を呼びにいく。

 

「銀河鉄道の夜」の舞台が3日目を迎える頃、巌裕次郎の葬儀・告別式が開かれることになり、三千人を超える参列者が見守る中、演出家巌裕次郎が出棺された。

 

参列者の中には石杖綱吉の姿もあり、喪服を着用して、出棺を見守っている。

 

著名人ばかりがいる巌裕次郎の葬儀・告別式。

 

見知った顔と挨拶をしていた石杖綱吉は、あまり関わらない方が良いと言われていた天知心一の姿を見かけて、天知心一の狙いが夜凪景であることを理解していたが、走る黒山墨字も見かけたので夜凪景のもとに向かうことはない。

 

黒山さんが夜凪さんを守るだろうと思った石杖綱吉は、巌裕次郎の葬儀・告別式に最後まで参加してから立ち去った。



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スターにも母親だと思われる男子高校生

日本ではなく海外で活躍する映画俳優の王賀美陸は、海外でも放映された映画に出演していた石杖綱吉の芝居を見て、石杖綱吉という役者に興味を持った。

 

自身の芝居を世界の財産だと考えている王賀美陸の目から見ても、石杖綱吉の演技は、演技だと思えないほどに自然に感じられて、石杖綱吉が演じる母親は、どう見ても本当の母親にしか見えないと思った王賀美陸。

 

石杖綱吉が出演した日本の映画は海外でも高く評価されたようで、母親の演技が素晴らしいと石杖綱吉のことを大絶賛する声もあり、国際的にも知名度が高まった石杖綱吉。

 

そんな石杖綱吉を直接見てみたいと考えた王賀美陸は、日本へと向かうことを決めて飛行機に乗り込んだ。

 

数時間後に日本に到着した王賀美陸は、スマートフォンで石杖綱吉が所属する事務所を調べて、事務所までタクシーで移動。

 

石杖綱吉の所属する事務所に真正面から堂々と入ってきた王賀美陸を見た受付がパニック状態になりながらも「ご用件はなんでしょうか?」と聞くと「石杖綱吉に会いに来た」と答えた王賀美陸。

 

事務所の受付から上役に連絡が行き、上役から石杖綱吉のマネージャーの山野上花子にまで連絡が繋がり、何故か王賀美陸が事務所に来ていることは石杖綱吉にまで伝わる。

 

「何故?」

 

困惑する山野上花子は王賀美陸が日本に来ていることよりも、王賀美陸が「石杖綱吉に会いに来た」と言っていることに物凄く困惑していた。

 

「とりあえず電話代わりましょうか花子さん、事務所の人とちょっと話したいんで」

 

役者が突拍子もなくとんでもないことをすることを知っていて山野上花子よりも落ち着いていた石杖綱吉は、困惑している山野上花子からスマートフォンを受け取ると事務所の上役と話しをしていく。

 

「今日は仕事終わりで疲れているかもしれないけれど、できるなら綱吉くんには事務所まで来てほしい」という上役からの懇願に、事務所の人には世話になってるから仕方ないと思った石杖綱吉は、山野上花子と一緒に事務所まで向かうことにしたらしい。

 

到着した事務所の中で石杖綱吉は、王賀美陸と初めて出会うことになった。

 

「なるほど、化粧無しでも花束が似合いそうな顔だ。薔薇の花束でも買ってきておくべきだったか」

 

石杖綱吉を見てからの王賀美陸の第一声は、容姿についてのことであり、悔やむような口ぶりには悪気は全くない。

 

「薔薇の花束は結構ですよ王賀美さん。貴方からそんなもの渡されたら妙な噂が立ちそうなんでやめてくださいね、いや本当に」

 

止めておかないと誰が見ていようがお構い無しに薔薇の花束を渡してきそうな王賀美陸にストップをかけておく石杖綱吉は、王賀美陸に悪気がないことは理解していたので、嫌そうな顔をすることはなかった。

 

「石杖綱吉、昨日初めて、お前が演じる母親を見た。今まで見てきた様々な役者の母親の演技の中で、俺には誰よりもお前が1番、母親に見えた」

 

「それはどうも、ハリウッドのスターに褒められるような演技ができていたことを誇りに思います」

 

「石杖綱吉、何か台本を持ってないか?お前と共演をしてみたい」

 

「いずれ演じようと思っていて、いつも持ち歩いてる台本ならありますけど」

 

「よし、それを貸せ」

 

「はい、どうぞ。こっちは覚えてるんで、王賀美さんは台本持ったままでいいですよ」

 

王賀美陸に石杖綱吉が常に持ち歩いている台本を渡し、台本を読み込む王賀美陸から少し距離を取る石杖綱吉。

 

「じゃあ王賀美さんは、孫悟空の役でお願いしますね。俺は羅刹女をやります」

 

王賀美陸に渡された台本は、山野上花子が石杖綱吉の為に書き上げたものであり、いずれ石杖綱吉を主演にして演劇をやる時に使われる台本である。

 

そんなものを引っ張り出してまで王賀美陸と共演しようと思った石杖綱吉は、俺に興味を持って日本にまできてくれた王賀美さんに応えようと考えていた。

 

ただそこに立っているだけで人心を掴む、生まれついてのオーラを持つ役者である王賀美陸。

 

それが母親であるなら、どんな母親であろうとも演じることができる石杖綱吉。

 

どんな演技をしても王賀美陸は、王賀美陸であり、そのスター性と存在感は失われるものではない。

 

芝居が上手いというよりかは、芝居が良いと評価される王賀美陸には観客を虜にする力がある。

 

そんな王賀美陸が、芝居で圧倒されていた。

 

石杖綱吉の演じる羅刹女は、紅孩児の母親であり、天の風の神という人知を超えた存在だったが、その美しさと恐ろしさを見せつける石杖綱吉は、本物の羅刹女としか思えない演技を見せていく。

 

大量の冷や汗をかきながら、身体を大きく使った演技を見せる王賀美陸は全力で芝居をしていたが、それでも石杖綱吉には届かない。

 

スターである王賀美陸が助演すらもできない石杖綱吉の羅刹女は、凄まじい領域に到達していた。

 

石杖綱吉が演じる羅刹女と対峙しているだけで、凄まじく体力を消耗していた王賀美陸が膝をついてしまう。

 

それでも王賀美陸は立ち上がり、孫悟空の演技を続ける。

 

全ての台詞を短時間では覚えることができなかったようで、台本にはない王賀美陸のアドリブが飛び出したが、アドリブにも対応した石杖綱吉は、堂々と羅刹女として振る舞った。

 

王賀美陸以上のオーラを放ち、凄まじい存在感と演技を見せる石杖綱吉から目を離すことができない山野上花子。

 

観客が山野上花子の1人しかいない2人の共演は、王賀美陸に体力の限界が来て終わりを迎える。

 

「俺が助演すらできないとは、綱吉は、とんでもねぇな」

 

床に倒れ込んで疲れきった様子の王賀美陸は、共演したことで石杖綱吉を気に入っていたが、助演すらもできなかった自分を不甲斐ないと考えていた。

 

「無理しないで休んでてくださいね王賀美さん」

 

体力にはまだまだ余裕がある石杖綱吉は、羅刹女を演じた後でもそれほど疲れておらず、王賀美陸を気遣う余裕すらもある石杖綱吉。

 

そんな石杖綱吉を見て、まだ余裕がある綱吉は全力じゃなかったと確信した王賀美陸。

 

俺が全力でぶつかっても、まるで揺るぎもしない、こんな役者が日本に居たなんてな、と考えていた王賀美陸は、日本に来たのは無駄じゃなかったか、と思いながら楽しげに笑う。

 

「綱吉、また今度、同じ役で共演しよう」

 

床に倒れたまま、そう言った王賀美陸は、石杖綱吉の羅刹女を見ても折れることなく闘志を燃やしている。

 

「今度は手加減しませんよ、それでもいいですか?王賀美さん」

 

まるで試すような石杖綱吉の問いかけに応える為に、王賀美陸は震える脚で立ち上がると真正面から言い放つ。

 

「望むところだ!」

 

力強い王賀美陸のその言葉に、石杖綱吉は、嬉しそうに笑った。



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実際に居たら絶対に嫌な母親を演じていく男子高校生

安定して売れる映画を撮る映画監督として有名な手塚由紀治は、新しい映画の撮影を行っていた。

 

以前撮影したデスアイランドと同じく漫画原作だが、祖父から教わった三味線を弾く主人公が様々な出会いを経て成長していくという作品である。

 

スターズ所属の俳優が主人公を演じるこの作品が、失敗できない作品であると考えていた手塚由紀治は、脇役にも優秀な役者を選んでいた。

 

しかし主人公の母親役を演じる予定だった女優が、現場に向かう途中で交通事故に巻き込まれて入院することになり、手塚由紀治は物凄く困っていたらしい。

 

母親役の代役を探していた手塚由紀治が駄目元で石杖綱吉に連絡してみると、ちょうどギリギリ予定が空いていた石杖綱吉は代役を快く引き受けた。

 

スターズ所属の演出家でもある手塚由紀治が撮る映画にも度々出演している石杖綱吉は、代役であるが今回も母親の役でスターズ所属の俳優達と共演していく。

 

今回撮影される映画の主人公の母親は、祖父から主人公が受け継いだ三味線の演奏だけを評価していて、主人公独自の三味線の演奏には価値がないと考えているという人でなしだ。

 

頑張った主人公を褒めることもなく、完全に自分のことしか考えておらず、優しさの欠片もない非道な母親を演じることになった石杖綱吉。

 

主人公が三味線の大会で3位となり、大会の運営側の役職に就いている母親が主人公に表彰盾を渡すことになったところで、わざと渡す瞬間に表彰盾を落として表彰盾を壊す。

 

何故そんなことをしたかというと、主人公の演奏が主人公の祖父と同じ演奏ではなかったからであり、自分に恥をかかせたと判断した母親からの主人公への嫌がらせである。

 

自分のことしか考えていない自己中心的な母親を見事に演じた石杖綱吉。

 

主人公の母親が登場するシーンを全て撮り終えた映画監督の手塚由紀治は、代役の石杖綱吉が想像を遥かに超える素晴らしい演技をしてくれたことに感謝した。

 

必要なシーンの撮影が終わったところで、忙しいスケジュールの石杖綱吉は次の仕事がある現場に向かうことになる。

 

「お先に失礼します手塚さん」

 

「ありがとう石杖くん、今回もきみに助けられたよ」

 

「役者としての仕事をしただけですよ」

 

そう言って穏やかに微笑んだ石杖綱吉が、頭を下げて立ち去っていく姿に、石杖くんは変わらないなと思った手塚由紀治は笑みを浮かべた。

 

デスアイランドが放映されてから数日後に宣伝されることになる今回の作品が、売れる映画になることは間違いないと確信していた手塚由紀治は、石杖綱吉という役者の力を確かに感じていたようだ。

 

また別の作品で主人公の母親を演じることになった石杖綱吉。

 

今回は料理が下手というレベルではなく、絶対に真似をしてはいけない凄まじいものを作る母親という役であるが、こんな母親も嫌な母親であるのかもしれない。

 

餃子を作る時に接着剤を使い、玉子をかき混ぜる時にドリルを使ってかき混ぜるという、狂気すら感じる母親を演じていく石杖綱吉。

 

バレンタインデーの時に作ったハートのチョコレートはメタルな銀色で、獣の臭いがするという感じで、様々なとんでもない料理を作る母親の役を石杖綱吉は完璧に演じていった。

 

実際に放送される際には、絶対に真似をしないでくださいというテロップと、本物の食材は使っていませんというテロップが流れていくであろう最中にも、主人公の母親の料理と言えない料理は続く。

 

最終的には爆発して四角いケーキのようなものが出来上がって料理は終わりとなり、主人公と会話をした母親が四角いケーキのようなものを主人公に渡そうとするが、受け取りを拒否する主人公。

 

結局食べられないそれは庭石として使うことになり、四角いケーキのようなものが置かれた場所は草が生えなくなっていた。

 

最後に主人公が、それを見て遠い目をしているところでカットとなり、全ての場面の撮影が終わる。

 

ちなみに今回の話の題名は、デスクッキングであったようだ。

 

スケジュールに空きが少ない石杖綱吉は、翌日には別の現場で撮影することになっていた。

 

今回石杖綱吉が演じるのは、自分の息子を自分の2週目だと考えている母親であり、思い通りにならなければ息子に当たり散らす、嫌な母親という役である。

 

最近嫌な母親の役が続いているなと思いながらも、演技に支障をきたすことなく、しっかりと演じた石杖綱吉。

 

NGを出すことなく1回の撮影で終わらせた石杖綱吉は、手早く現場を後にすると家に帰って明日の学校の準備をしていく。

 

学業と役者の仕事を両方疎かにすることはない石杖綱吉は、高校では真面目な生徒として認識されていた。

 

帰宅後に現場に直行することも多く、着替える速度も早くなっている石杖綱吉は撮影現場に遅刻したことは1度もない。

 

今日も石杖綱吉は、役者として母親の役を演じていく。

 

黒山墨字が撮影したミュージックビデオがインターネットで話題となり、知名度が凄いことになった夜凪景。

 

曲に合わせて自由に動く夜凪景の呼吸を読んで、しっかりとビデオカメラを合わせた黒山墨字の実力と夜凪景の魅力が、ミュージックビデオで表現されていた。

 

そんな夜凪景と、スターズの百城千世子を主演にしてダブルキャストで演劇を行うことが決まったようで、夜凪景に宣戦布告した百城千世子。

 

同じ役を演じるダブルキャストでは、どちらの芝居が上か、明確に決まることになるだろう。

 

天知心一がプロデュースするダブルキャストの演劇には主演の2人以外にも様々な役者が参加することになる。

 

その中には、ハリウッドスターの王賀美陸の姿もあった。



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同級生にも母親だと思われる男子高校生

家に帰ってきた吉岡新太がテレビを見ていると同級生の石杖綱吉が登場しているCMが始まった。

 

テレビの画面の中には別世界が映されていて、石杖綱吉が演じる美しい女王と、その娘役を演じる少女が一緒に優雅に食事をしている姿が僅かに映された後に画面が切り替わる。

 

使用人がトレイに載せているチョコレート菓子が大画面で映されてから「新商品でございます」と言って女王と娘に菓子を献上していく使用人。

 

チョコレート菓子を一口食べた女王と娘が満面の笑みを浮かべる姿が映された後に、商品の名前が紹介されて終わりとなるCM。

 

石杖綱吉が演じた女王の美しさに思わず見とれていた吉岡新太は、続けて映された洗濯洗剤のCMで息子達の服を洗う母親の役を演じる石杖綱吉を見て意識が切り替わっていく。

 

汚れていた衣服が綺麗になって喜んでいる母親を演じていた石杖綱吉が、吉岡新太には本当の母親のように見えていた。

 

演技だと思わせない演技をする凄い役者さんだと吉岡新太が思っていた役者が同級生である石杖綱吉だとは気付いておらず、先程のCMで石杖綱吉が女王を演じていたことにも気付いていない。

 

基本の顔が変わっていないとしても、完全に別人に見える石杖綱吉の演技のレベルは凄まじいものとなっていた。

 

必ず母親の役を演じる石杖綱吉は女装することが当然であり、普段の男子高校生の時とは別人に見えていることも、吉岡新太が気付かない理由の1つだろう。

 

学校では優等生であるが目立とうとしない石杖綱吉と接点がないことも吉岡新太が気付かない理由かもしれない。

 

素顔で役者として有名になっている夜凪景と女装姿で役者をしている石杖綱吉では素顔の認知度にも違いがあるようだ。

 

学校には友人が居ない石杖綱吉だが、スターズには何人か友人が居るので特に困っていたりはしないようである。

 

朝陽ひな、夜凪景と石杖綱吉の同級生である彼女には、お気に入りのドラマがあり、そのドラマには石杖綱吉が優しい母親の役で出演していた。

 

怪我をして帰ってきた息子の手当てをする優しい母親の姿を見ていると、本当に母親みたいだと思った朝陽ひな。

 

綺麗で優しい母親を見ていると心が暖かくなるような気がした朝陽ひなは、将来こんなお母さんになれたら良いなと考えていた。

 

理想のお母さんを演じているのが同級生の石杖綱吉だとは気付いていない朝陽ひなだったが、気付かない方が幸せだろう。

 

自分にとっての理想像な母親を演じていたのが同級生の男子高校生だと知ったら、精神的なダメージを受けていた可能性が高い。

 

役者をやっているということを高校では特に宣伝したりしていない石杖綱吉が役者をしていると知っているのは教師達と夜凪景くらいだが、席がかなり離れているので石杖綱吉と夜凪景は高校では会話をしたことがなかった。

 

実際は夜凪景は石杖綱吉と会話をしようと試みているが、夜凪景が人に囲まれている内に石杖綱吉が居なくなってしまっていたりするので会話のタイミングが掴めていないようである。

 

花井遼馬の趣味はスマホでの映画鑑賞であり、今日も映画鑑賞をしようとしていたが、登録している動画サイトで人気が高い邦画が気になって再生してみた。

 

思っていたよりも引き込まれるストーリーに夢中になって邦画を鑑賞していた花井遼馬。

 

悪の組織と戦っていく主人公達の戦いがアクション満載で見応えがあり、日常と非日常の対比となっていたりもして魅力を感じる作りとなっていた邦画。

 

石杖綱吉が演じている主人公の母親が美人だと思っていた花井遼馬は、美人なだけじゃなくて本当に母親に見えると驚きを隠せない。

 

二転三転するストーリーを見続けていると、人質にされそうになっていた石杖綱吉が演じる主人公の母親が思っていたよりも強かったことに思わず笑った花井遼馬。

 

「このお母さん強いな」

 

主人公達とは身のこなしが違う主人公の母親のアクションが、段違いであり、あっという間に悪の組織の構成員が倒されていく姿を見ていた花井遼馬は気付かない内に言葉が口から出ていた。

 

邦画を見終わってからエンドロールまで見て、登場している役者を確認していた花井遼馬は、母親役を演じていた石杖綱吉に興味を持って、スマホで色々と検索してみたようだ。

 

他にも石杖綱吉が出演している映画を調べてみて、登録している動画サイトで見れる他の映画に石杖綱吉が出演していることを知った花井遼馬。

 

休日で暇だったので迷わず映画を再生してみる花井遼馬のスマホに映されたのは、石杖綱吉が演じる病床でも気丈な母親が主人公である息子に言葉を遺す冒頭の場面。

 

花井遼馬が美しい母親を演じる石杖綱吉に見とれそうになりながらも、映画を真剣に見ていくと場面が切り替わった。

 

悪辣な手を使う主人公の宿敵との戦いを剣1本で切り抜けていく主人公に惹き付けられる場面ばかりが続く。

 

ああ、この主人公は頑張ってる奴だな、と花井遼馬が思ってしまう程に主人公は輝いていた。

 

人々を護りきって宿敵を倒したが致命傷を負った主人公が最期に見たのは、かつて幼い頃に病で死んでしまった母親の姿であり、そんな母親に褒められて最期を迎えた主人公。

 

「ああ、ここで出てくるのは反則だろ」

 

主人公が頑張ったことを褒めて微笑む母親の美しさと優しさが目に焼きついてしまった花井遼馬の目から涙が溢れていた。

 

映画で泣くことなんてないと思っていたのに、泣いてしまっている自分に驚いていた花井遼馬。

 

冒頭と最後だけに登場する母親の演技で泣かされてしまったと思った花井遼馬は、石杖綱吉という役者の凄さを実感したらしい。

 

洗面所で顔を洗ってから石杖綱吉について更に詳しく調べてみた花井遼馬のスマホの検索履歴は石杖綱吉に関する内容ばかりだったようだ。

 

杉並北高校の映像研究部の面々がそれぞれの休日で、石杖綱吉が演じる母親を見た翌日。

 

高校に登校した生徒達が話題に出す内容は様々であり、その中には石杖綱吉の演じた母親に関する話題もあった。

 

昼休みになり弁当箱片手に教室を出ようとした石杖綱吉と一緒に弁当を食べようと思った夜凪景が人の壁を乗り越えて、石杖綱吉に声をかける。

 

「待って、お母さん!」

 

夜凪景の第一声に戸惑うクラスメイトは何で夜凪は石杖を「お母さん」って呼んでいるんだろうと考えていた。

 

周囲が戸惑っていようと夜凪景にとって石杖綱吉は、自身の母親以外に唯一「お母さん」だと思う存在であるようだ。

 

そんな夜凪景を仕方がない子だと思いながらも訂正させたりはしない石杖綱吉は、微笑みながら夜凪景に応える。

 

「はいはい、なあに」

 

そう言いながら夜凪景に微笑んで見せた石杖綱吉が、教室に居たクラスメイト全員には母親のように見えていたらしい。

 

「一緒にお弁当食べましょう、お母さん!」

 

自分の弁当箱を見せながら石杖綱吉に近付いた夜凪景は、積極的に距離を詰めていく。

 

「じゃあ屋上に行きましょうか」

 

頷いて了承した石杖綱吉は、弁当箱を持って屋上まで夜凪景と一緒に向かっていった。

 

そんな2人を見ていたクラスメイト達は、石杖ってあんな母親みたいな顔をするんだ、と驚きを隠せていない。

 

それはそれとして、夜凪景が石杖綱吉を「お母さん」と呼んでいたことにクラスメイト達は納得する気持ちもあったようである。

 

確かにあれは「お母さん」だと思ったクラスメイト達は、石杖綱吉の異質さにようやく気付いた。

 

教室がそんなことになっていようと自分のペースを崩すことはない夜凪景と石杖綱吉は、日当たりの良い屋上で弁当のおかずを交換したりする。

 

お互い自作の弁当であるが、互いに料理が上手な2人であり、弁当箱に不味いおかずなどは入っていない。

 

「お母さんは、やっぱり料理も上手ね!」

 

夜凪景は幸せそうに、石杖綱吉と交換したおかずである豚肉のアスパラ巻きを食べて笑った。



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スターズにも母親だと思われる男子高校生

スターズ所属の和歌月千にとって石杖綱吉は、役者として別格だと言える存在だった。

 

和歌月千が尊敬しているスターズの百城千世子は若手のトップ女優であるが、そんな百城千世子と共演しても全く負けていない石杖綱吉が役者として自分よりも上だと感じていた和歌月千。

 

以前、百城千世子と夜凪景がダブルキャストで主演を務めた演劇に出演した和歌月千は役者として成長したが、それでも石杖綱吉に追い付けたとは思えていなかったらしい。

 

そんな和歌月千だが、役者としての仕事は増えており、今日も役者の仕事で現場に向かっていた。

 

今回は女剣士として殺陣を行う和歌月千が現場に到着したところで先に現場に居た石杖綱吉に気付いて、迷わず挨拶をしに行った和歌月千は、ガチガチに緊張しながら石杖綱吉に挨拶をする。

 

「今日は宜しくお願いします!石杖さん!」

 

気をつけをしてから直角90度に頭を下げた和歌月千は、見るからに緊張しているのが丸分かりだったが、真面目さが伝わる挨拶であるのは間違いない。

 

和歌月千が誠実な人柄だということが良く分かった石杖綱吉も挨拶を返すことにして頭を下げておくと、和歌月千に負けない声で挨拶した。

 

「此方こそ宜しくお願いします和歌月さん!今日は共演なので頑張りましょうね!」

 

大きな声ではきはきと挨拶を返して笑顔を見せた石杖綱吉の顔を見て、安心感を覚えた和歌月千は緊張が少し解れたようだ。

 

それからしばらくして撮影が始まり、時代劇で女剣士を演じる和歌月千と茶屋を営む母親を演じていく石杖綱吉。

 

和歌月千の得意な殺陣の場面を1度撮影してから、町の茶屋に立ち寄る女剣士を演じた和歌月千と共演する石杖綱吉は、茶屋を営む母親を完璧に演じていった。

 

まるで本当にその時代の茶屋を営む母親であるかのように見えた石杖綱吉が凄い役者であると感じた和歌月千は、まだまだ石杖さんの域までは遠いと考える。

 

それでも自分は自分ができることをやるだけだと開き直れるようになっていた和歌月千は、役者としての仕事をしていった。

 

茶屋の娘が悪党に人質に取られたところで、救出に向かった女剣士を演じた和歌月千が大立ち回りをして娘を救出する場面が撮影されていき、キレのある良い殺陣が撮れたと喜ぶ監督。

 

茶屋の娘と母親が再会して抱きしめあう場面を見守っていた女剣士が微笑んで立ち去っていくところで撮影が終わりとなり、和歌月千と石杖綱吉が登場する場面の撮影は全て終了したらしい。

 

スタッフが用意していた飲み物を飲んで休憩していた石杖綱吉と和歌月千の2人。

 

最初に和歌月千から切り出したことで始まった会話は、演技についての話題になっていき、互いの演技についての話に変わっていく。

 

「以前拝見した映画だと石杖さんは、しっかりとアクションもできる方ですよね。そんな石杖さんから見て、今日の私の演技はどうでした?」

 

「そうですね、素晴らしい殺陣だったと思いますよ。アクションが全くできない俳優さんもいますから、しっかり動けて演技もできる和歌月さんの強みが活かせていましたね。流石はスターズの俳優さんです」

 

「石杖さんから見てそう見えたなら、なんとかスターズの俳優として恥じない演技ができて良かったと思います」

 

「和歌月さんは、殺陣が得意ですからアクション関係が特に安定した演技ができてますよね」

 

「ありがとうございます。激しいアクションも巧みにこなす石杖さんに、そう言ってもらえると嬉しいですね」

 

「和歌月さんは、夜凪さんと百城さんのダブルキャスト主演の演劇に出演してから、役者としては別人のようになりましたけど、黒山さんのおかげだったりするんでしょうか?」

 

「はい、黒山さんのおかげで私は殻を破れたような気がします。石杖さんも黒山さんを知っているんですか?」

 

「夜凪さんが所属している事務所の人で、海外で賞を貰ってる映画監督でもある人ということは知ってますよ。後は、母親の役は、お前に決まってると黒山さんに言われたことがありますね。黒山さんには撮りたい映画があるみたいですよ」

 

「あの黒山さんが撮りたい映画ですか、いったいどんな映画なんでしょうか」

 

「主演は夜凪さんに決まってるみたいですけど、それ以外は、まだわからないですね。まあ、いずれわかるとは思いますから楽しみにしておきましょう」

 

互いの演技についての話から黒山墨字についての話題に変化していった会話だが、最後に和歌月千は気になっていたことを石杖綱吉に聞く。

 

「石杖さんは、いつも母親という役を演じる時、どうやって演じているんですか?」

 

「どんな時も想像力を働かせて、その時に相応しい母親の姿をしっかりと考えてから、母親という役に入って演じてますね。役柄を演じる為に、その感情と呼応する自らの過去を追体験する演技法であるメソッド演技とは、また違う演技法ですよ」

 

「そうやって石杖さんは演じているんですね。今日は実際に間近で演技を拝見しましたが本当に母親にしか見えませんでした」

 

「和歌月さんに、そう言ってもらえると嬉しいですね。今日もしっかりと母親になることができたみたいで良かったです」

 

「石杖さんの母親の演技は、とても素晴らしいと思いますよ。私には真似できません。それでも私は役者として石杖さんと共演できて良かったと思います。今日は、ありがとうございました石杖さん」

 

石杖綱吉とは役者として差があると感じていても和歌月千は、正直な感想と感謝の気持ちを石杖綱吉に伝えていく。

 

「此方こそ和歌月さんと共演できて良かったと思います。ありがとうございました和歌月さん」

 

そう応えて、手を差し出した石杖綱吉の手を掴んで握手をした和歌月千は石杖綱吉のことを、本当に綺麗な人だと思っていた。



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石杖綱吉と共演者の演技その3

ちょっと匿名で他の話を書いていたので、此方は放置していましたが、一段落したので此方も書き始めようかと思います


流れるように日本を渡り歩き、三味線を弾いていた青年は、様々な出会いをしながら自分だけの音を探していく。

 

ある時、青年は自分の母に見つかってしまい、母に従うスーツの男達によって強制的に連れてこられた三味線の大会で三味線を弾くことになった。

 

その大会で最初は祖父から受け継いだ演奏をしていた青年だったが、演奏の途中から祖父とは関係ない自分だけの音で三味線を弾いていたようだ。

 

それは自分だけの音を探している青年にとっては必要なことであったのだろう。

 

しかし審査している最中に演奏が変わってしまったことは減点の対象となっていたらしい。

 

それでも3位という好成績を残した青年だが、青年の母親は3位という成績にも、青年が自分の音を奏でたことにも納得していなかったようである。

 

青年が祖父から受け継いだ演奏を続けていれば減点されることなく1位となり、優勝していた可能性は高かったからだ。

 

祖父から青年が受け継いだ音だけに価値があると思っていて、青年だけの音を認めていないからこそ、青年の母親は、息子に恥をかかされたと判断したことは確実だった。

 

「あたしに恥かかせやがって」

 

青年にだけ聞こえる声でそう言った青年の母親は、3位の表彰盾を青年に渡す瞬間にわざと落として割ってしまう。

 

そんなことをされても特に青年が怒ったりしないのは、母親自体にも表彰されることにも青年は興味がないからであるのは間違いない。

 

青年にとっては自分の音を掴めたような気がすることだけが、大事なことだった。

 

母親からの仕打ちにも、3位だったことも気にせず自分だけの音を探していく青年が映されて、この映画の1場面は終わる。

 

料理が好きな少年の母親、それだけ聞くと悪いことではないように思えるが、実際問題ちゃんと食べられるものを作ってくれるかどうかが問題となると、少年は思っていた。

 

「今日は私がご飯作るから」

 

母親のその一言が、この家庭で少年が1番聞きたくない言葉であるようだ。

 

「まずは準備をしないとね」

 

楽しげに鼻歌を歌いながら様々なものを買い込んでいく母親を、それは本当に料理に必要なものなのかという顔で見ていた少年。

 

山のようにものを抱えて家に帰ってきた母親と、これから何が起こるのか覚悟していた少年は、キッチンに2人で移動した。

 

「まずは卵を混ぜます!」

 

そう言いながら卵を割らずに殻ごとドリルでかき混ぜ始めた母親。

 

始まった、と思った少年は、もう止められないと諦めてしまっていたみたいだ。

 

「次は粉を入れます!」

 

殻ごとかき混ぜられた卵に様々な粉が入っていくと、母親は再びドリルでかき混ぜていく。

 

ついでに絶対に真似しないでくださいというテロップが大きく表示される。

 

明らかに食べられない粉が大量に入っていても、母さんの料理だから仕方ないと少年は完全に諦めていた。

 

「次は、よく膨らむように色々入れます!」

 

卵と粉が混ざったところに膨らむようなものとして様々なものが入れられていたが、その中に風船が入っていたことは間違いない。

 

「母さん、何で風船まで入ってんの!?」

 

流石にそれはスルー出来なかったのか、風船が入っていたことを突っ込んだ少年。

 

「風船は膨らむでしょ、だから入れときゃ膨らむわよ!」

 

母親は、少年に言葉を返している間も作業の手は止まらずに動いていく。

 

「次は、これを焼きます!」

 

オーブンに押し込むように混ぜた物体を入れていく母親。

 

絶対に真似しないでくださいというテロップは全く消えずに映っている。

 

「結局何作ってたの母さん」

 

「ケーキよ」

 

少年からの問いに答えた母親は何故か自慢気な顔をしていた。

 

爆発したオーブン、キッチンで倒れ伏す少年と母親の前にオーブンから飛び出した四角い何かが転がってくる。

 

「さあ、このケーキを持っていきなさい」

 

息子である少年に向かって、拾い上げたケーキのような何かを差し出す母親。

 

「母さん、それは嫌です。勘弁してください」

 

普通に断った少年は、まだ死にたくないですと言わんばかりな顔をしていたようだ。

 

「それは残念ね、じゃあ勿体ないし庭石にでもするわ。結構固いみたいだから」

 

その言葉通り、翌日には庭に置かれて庭石になっていた四角いケーキのような何か。

 

しかも四角いケーキのような何かが置かれている場所は、全く草が生えていない。

 

それを見た少年は、やっぱり食べられるものじゃなかったか、と思いながら遠い目をした。

 

絶対に真似しないでくださいというテロップと、食べられるものは今回一切使っていませんというテロップが大きく表示されて、デスクッキングという題名だったこの回のドラマの話は終わる。

 

自分の子どもを自分の二週目だと考えている母親は、子どもが自分の思い通りにならないとヒステリックに喚いて怒鳴り散らした。

 

母親である自分が思う通りに髪を伸ばさせて、自分が思う通りの学校に行かせ、自分が思う通りの進路に進ませようとする母親。

 

それは母親の自分が出来なかったことを子どもにやらせることで、満足感を得る為の行為であり、子どもの意思など全く考えていない。

 

自分だけが満足できればそれでいいと考えている自己中心的な母親の子に生まれた子ども。

 

それでも子どもは成長していき、母親に対して自分の意見を言うようになった。

 

子どもが自分の二週目から離れていくことを嫌がる母親と違い、自分の道を自分で決めようとする子どもは、確実に親離れしていることは間違いない。

 

最終的には母親と住んでいた家を出ていき、一人暮らしを始める子どもは、母親から完全に独立していた。

 

「離れていく、私が私から」

 

そんな子どもを見て母親が言った言葉が、これであり、母親の方が子どもに依存していたということになるだろう。

 

それで今回のドラマのこの話は終わりとなった。

 

画面に映っていた石杖綱吉と共演者の演技を見ていた三坂七生は、こんな嫌な母親の演技もできる綱吉は相変わらず演技の幅が広いと思っていたようだ。

 

3種類の別ベクトルで実際にいたら嫌な母親を見事に演じてるけど違和感は全くない、とも考えていた三坂七生。

 

まあ、最初と最後の母親はイラッときたけど、真ん中の料理がヤバい母親は、コミカルな演技してたから面白かったと三坂七生は思い出し笑いをしていたようだ。

 

「確かにあのテロップは必要かもね。真似されたら困るし、食べられるもの無駄にしてたら色々言われるから」

 

デスクッキングで頻繁に表示されていたあのテロップのことを思い出して、石杖綱吉が演じていた母親のことも思い出し、やっぱり三坂七生は笑っていた。

 

「料理する度、思い出しちゃうかも」

 

そう言った三坂七生は、壊滅的な料理下手な母親を演じてた石杖綱吉を思い出したらツボに入ってしまって、しばらく笑いが止まらなかったらしい。



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女優にも物凄く母親だと思われる男子高校生

朝野市子は石杖綱吉の熱烈なファンであり、石杖綱吉が役者として登場している作品を全て網羅している。

 

特に好きな作品は石杖綱吉という役者が子役時代に初めて主演を務めたあの作品。

 

生まれ変わって小学生になった母親と年齢的には母親よりも上になった子との日々を描いた作品が、朝野市子のお気に入りだった。

 

ちなみに様々な母親を演じる石杖綱吉のことをファン達は石杖ママと呼んでいたりもするようだが、朝野市子も家で石杖綱吉が登場している作品を見ている時は、石杖ママと呼んでいるみたいだ。

 

熱烈なファンがかなり多い石杖綱吉の大ファンである朝野市子は、いずれ共演する時が来たら絶対にサインをもらうと心に決めていたらしい。

 

そしてそんな朝野市子の願いが叶うかもしれない時は訪れた。

 

ドラマで石杖綱吉と共演することになった朝野市子は、内心で狂喜乱舞していてもそれを表に出さないように気をつけながら、早めに現場に到着。

 

現場の人々や共演者達への挨拶も欠かさない礼儀正しい石杖綱吉が挨拶回りをしているところを見て「生石杖ママだ!」と内心で大興奮していた朝野市子。

 

若干そわそわしていた朝野市子の元にも挨拶に来た石杖綱吉が「おはようございます。今日は、よろしくお願いします朝野さん」と笑顔で挨拶すると「おはようございます石杖くん!此方こそよろしくお願いしますね!」と朝野市子は食い気味に返答してから手を差し出す。

 

挨拶という形で石杖綱吉に触れられると思った朝野市子は、大ファンとして握手をしたくて堪らなかったみたいだ。

 

差し出された朝野市子の手に応えて、自然に握手をした石杖綱吉。

 

「キャッホオオオオオ!石杖ママと握手しちゃった!手がスベスベしてるう!」という感じで内心ではハイテンションになっていた朝野市子だが、それを表に出さずに微笑むだけで終わらせている辺りは流石に女優だと言えるだろう。

 

しかし石杖綱吉が戸惑いながらも「すいません、他の人への挨拶もあるので、そろそろ手を離してくれませんか」と言い出すまで朝野市子は手を離さなかった。

 

そんなことをしてしまった朝野市子は、大ファンである役者の石杖綱吉とずっと手を握っていたいという気持ちが確かにあったのかもしれない。

 

大ファンだった石杖綱吉と手を握りたい一心で行動した結果、サインをもらうという目的を忘れてしまっていた朝野市子。

 

握手したい欲求を抑えることが出来なかった自分の責任だと受け止めた朝野市子は、休憩時間か撮影が終わってから石杖綱吉にサインをもらおうと考えていたようだ。

 

ドラマの撮影が開始されていき、華道を教える美しい義理の母親を演じる石杖綱吉と、その母親と歳の近い娘を演じる朝野市子は、義理の母と娘でありながら、まるで姉妹のような関係を見せるようになる。

 

石杖綱吉と近い距離で演じることになった朝野市子の脳内はカーニバル状態になっていて、凄まじい多幸感に満たされていた。

 

「石杖ママは、やっぱりとっても綺麗だわ!美しい!」なんてことを考えながら、芝居の範疇で可能な限り石杖綱吉をガン見していた朝野市子は、大ファンとして感無量な気持ちだったらしい。

 

凄まじく集中できていた朝野市子はNGを出すことがなく、全くNGを出さない石杖綱吉が居ることで、スムーズに進んだ撮影は更に続いていく。

 

朝野市子が演じる義理の娘が義理の母親を演じている石杖綱吉のことを初めて「お母さん」と呼ぶ場面から続いて、そう呼ばれた石杖綱吉が演じる義理の母親が嬉しそうに微笑む場面が撮影された。

 

微笑んだ義理の母親は、誰が見ても美しく見えていたようで、現場に居た全ての人々が見とれる程に美しい微笑みであり、監督が一瞬カットを忘れてしまうほど美しかったようである。

 

その微笑みを間近で見た朝野市子は「生の石杖ママの微笑みは破壊力が段違いに凄い!う、美し過ぎるわ!」と思いながらも必死に緩みそうな顔を堪えて演技を途切らせないようにしていたが、限界は近い。

 

ようやく監督が我に帰って撮影をカットし、石杖綱吉と共演していた朝野市子は安堵の息をついた。

 

最後に監督がカットを忘れてしまうということはあったが、順調に進んだ撮影は一旦終わって休憩時間となり、現場の各々が休憩を始めていく。

 

この時を待っていたと言わんばかりな顔をした朝野市子は、自分の手荷物から色紙と油性マジックペンを取り出すと、休憩中の石杖綱吉の元へと素早く移動。

 

「朝はちょっと言えなかったけど大ファンです!サインをください石杖くん!」

 

色紙と油性マジックペンを石杖綱吉に向かって差し出しながら言った朝野市子。

 

「サインですか、いいですよ。石杖綱吉から朝野市子さんへって書きますね」

 

休憩時間でも快く色紙にサインした石杖綱吉は、ファンをいつも大事にしている。

 

丁寧に色紙にサインをした石杖綱吉に感謝をした朝野市子は、サインが書かれた色紙を抱きしめて物凄く嬉しそうに笑った。

 

「石杖くんに書いてもらったサインは、私の家宝にしますね!」

 

そう言っていた朝野市子が嬉しそうにしていてくれたから、サインを書いた石杖綱吉も嬉しくなっていたようだ。

 

休憩時間は、まだ充分にあり、実際に石杖綱吉と会えたらファンとして話したいことが沢山あったらしく「ちょっとお話しませんか」と提案してみる朝野市子。

 

「まだ時間もありますからいいですよ朝野さん」と気軽に了承した石杖綱吉。

 

そんな石杖綱吉の熱烈なファンである朝野市子の熱量は凄まじいものであり、初期の石杖綱吉から今の石杖綱吉まで、全てを見てきた朝野市子のファン魂が間違いなく爆発していた。

 

これまで石杖綱吉が登場した作品全てを見てきている朝野市子が語る内容を聞いて、大ファンだということは嘘では無さそうだと石杖綱吉も思ったみたいだ。

 

それから撮影が再び開始されるまで会話をしていた石杖綱吉と朝野市子が、ただ1人の役者とその大ファンになっていたことは間違いない。

 

撮影が開始されると直ぐに切り換えた2人は立派な役者であり、撮影でミスをすることは1度も無かった。

 

義理の母親を演じる石杖綱吉と、血の繋がらないその娘を演じた朝野市子は、とても見事な演技を見せていたらしい。

 

「石杖ママが見ている前で駄目なところなんて見せられない!」と普段よりも気合いが入っていた朝野市子。

 

共演した石杖綱吉によって演技が引き上げられていたこともあり、朝野市子の演技は素晴らしいものに変わっていく。

 

石杖綱吉は更にその上を行き、美しい義理の母親の役を演技と思えない程の完成度で、そんな義理の母親が本当に存在しているかのように演じていった。

 

全ての撮影が終わりとなり、石杖綱吉と朝野市子が共演する場面の撮影は全て終わったようだ。

 

帰り支度を整えていた石杖綱吉に最後に伝えたいことがあった朝野市子は、迷わず石杖綱吉の元へと向かう。

 

「石杖くんをファンとして、これからもずっと応援しています!」

 

伝えたいことを確かに伝えた朝野市子のその言葉は石杖綱吉にとっては、とても嬉しいものだったようである。

 

「応援ありがとうございます。これからも頑張りますね」

 

ファンである朝野市子に応えた石杖綱吉のその顔は、とても嬉しそうに微笑んでいた。

 

そんな石杖綱吉を見て「やっぱり石杖ママは、とっても綺麗だわ!メイクしてなくても、お母さんって感じがする!」と思っていた朝野市子。

 

今日石杖綱吉と共演できたことがファンとして素晴らしいことだったと感じながら、朝野市子は嬉しそうに帰っていったらしい。



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自称和製ジ○・キャリーにも母親だと思われる男子高校生

試しにチラシの裏から移動してみました



知名度が上がった明神阿良也によって人気が低迷していた状態から復活した劇団天球。

 

今は次の舞台に向けて稽古を始める前に、役者達の顔合わせをしている段階だ。

 

劇団天球に所属する役者である青田亀太郎は、久しぶりに舞台で共演することになる石杖綱吉に突撃していき「よう、久しぶりだな綱吉!」と元気に挨拶した。

 

「お久しぶりです青田さん」

 

笑顔で挨拶を返した石杖綱吉に青田亀太郎は、機嫌良く石杖綱吉の肩を軽く叩いて笑う。

 

「相変わらずテレビでも映画でも大人気だよな綱吉は、ちょっと前に見たドラマ凄かったぜ。デスクッキングは爆笑した」

 

「ドラマを見てくれてありがとうございます青田さん。テロップが良い味出してたって三坂さんも言ってくれましたからお2人とも見てくれたみたいですね」

 

「ああ、確かにあのテロップは良かったと思う。誰も真似しねぇよって思わずツッコんだしな。というか七生も見てたんだなデスクッキング。見てたって俺には言ってくれなかったけど」

 

「相変わらず三坂さんが青田さんに当たりが強いのは変わってないみたいですね」

 

「当たりが強いというか、ないがしろにされてるような気がするのは俺だけ?」

 

「そんなことはない、といいですね青田さん」

 

気まずそうに顔を逸らして言った石杖綱吉に対して、青田亀太郎は「何で気まずそうに顔を逸らして言うんだよ綱吉!」と言いながら石杖綱吉の両肩を掴んで揺らす。

 

「大丈夫ですよ青田さん。神様は見てます」

 

揺らされながら石杖綱吉は優しい声で青田亀太郎にそう言って微笑んだ。

 

「何かそれは駄目そうな感じがするから止めてくれ綱吉!」

 

言動が怪しくなってきた石杖綱吉を揺らすことを止めない青田亀太郎の背後に近付いた三坂七生が、青田亀太郎の後頭部を未開封の缶コーヒーで殴打する。

 

ゴスッと音を立てて叩き込まれた缶コーヒーの一撃。

 

「痛っ!何すんだ七生!」

 

「綱吉に無駄に絡んでんじゃないよ亀!」

 

「無駄じゃねぇよ。俺がないがしろに扱われてるかどうかを確認する為になあ」

 

「優しくすると調子に乗るから、亀の扱いは雑でちょうど良いって皆言ってるよ」

 

「えっ、いやそれ酷くない?」

 

「酷くないでしょ別に」

 

言い争いを始めた青田亀太郎と三坂七生から離れた石杖綱吉に劇団天球に所属する他の役者達が近寄ってきて挨拶をしていった。

 

挨拶をしていった劇団天球の面々が笑顔だったのは、以前共演した石杖綱吉という役者のことが嫌いではないからだろう。

 

最後に近付いてきた明神阿良也が石杖綱吉に対して「相変わらず石鹸の匂いがするね石杖は」と言い出す。

 

「俺は構いませんけど、女性相手に匂いのことを言うとセクハラになりますから、気を付けてくださいね明神さん」

 

「臭い相手に臭いって言って何が悪いの?」

 

「その言い方は完全に誤解されますから本当に気を付けてくださいよ明神さん。知り合いがセクハラで訴えられるのは普通に嫌ですからね俺は」

 

「じゃあ、あんまり女には言わないようにすれば良いのかな。俺がセクハラで訴えられたら劇団天球に迷惑がかかりそうだから」

 

「以前お会いした時とは、ちょっと変わりましたね明神さん」

 

「巌さんの代わりに俺が劇団天球を守らないといけないからね。低迷してた人気が回復した今は、大事な時期だし」

 

「責任重大ですが、劇団天球の人気が戻ったのは明神さんのおかげですから、皆さん明神さんに感謝しているみたいですよ」

 

「そっか、なら頑張らないと」

 

「ええ、今回の舞台も成功させましょうね」

 

会話をしていた石杖綱吉と明神阿良也に近付いた青田亀太郎と三坂七生は、ようやく言い争いを終わらせて、稽古の開始を2人に伝えに来た。

 

今回の舞台は劇団天球の面々に石杖綱吉を加えただけなので、役者達の顔合わせは明神阿良也と石杖綱吉が顔を合わせたところで終わっていたことは間違いない。

 

舞台の稽古が始まり、全員が用意された部屋に移動して台本の読み合わせを開始していく。

 

読み合わせの段階で既に別人のように見える明神阿良也は、深く役を掴んで、それを丁寧に伝えてくれる芝居をした。

 

憑依型カメレオン俳優と言われるだけはあり、役作りの幅も広く、今回の役の感情も掘り下げて、ちゃんと表現する技術を持っている明神阿良也。

 

銀河鉄道の夜の舞台で芝居をしてから更に素晴らしい役者となった明神阿良也は、もう自分を見失うことはない。

 

台本の読み合わせは続いていき、石杖綱吉の出番となると劇団天球の面々全員が石杖綱吉を注目して見る。

 

既に表情が完全に母親となっていた石杖綱吉は、優しい母親の声で台詞を言った。

 

誰が見ても優しいお母さんにしか見えない石杖綱吉の演技力は、以前劇団天球の舞台に立った時よりも向上していたようだ。

 

特にメイクもされておらず衣装もない単なる台本の読み合わせの段階で、完全に別人に見える石杖綱吉のことを母親だと思わない役者は劇団天球には居ない。

 

和製ジ○・キャリーを自称する青田亀太郎も、そんな石杖綱吉を見て、間違いなく優しい母ちゃんだと感じていた。

 

読み合わせの段階で完成度が違う明神阿良也と石杖綱吉の2人に負けてられないと奮起して気合いを入れた青田亀太郎。

 

母親の役を演じる石杖綱吉の生き生きとした顔を見ていた青田亀太郎は、綱吉が共演だからだけど劇団天球の面々のやる気も上がってるな、と周囲の変化を敏感に感じ取っていたみたいだ。

 

ムードメーカーでもある青田亀太郎は、周囲がどんな状態であるか察知する力も高い。

 

初日の読み合わせは、それからも続いていき、気合いが違う全員がしっかりと演技をしていた。

 

読み合わせが終わったところで解散となり、それぞれが帰っていくところで石杖綱吉を呼び止めた青田亀太郎は「一緒に飯食いに行こうぜ綱吉」と誘う。

 

「良いですよ、行きましょうか」と快く了承した石杖綱吉に喜んだ青田亀太郎は「良い店見つけたんだよ」と言いながら石杖綱吉を案内していく。

 

石杖綱吉と青田亀太郎が一緒に食事に行った場所は、とても手頃な値段で食べられるイタリアンの店だった。

 

手頃な値段の割りには、美味しいイタリアンの店に満足した石杖綱吉は、良い店を紹介してもらった礼として支払いは俺が受け持とうと考えていたようだ。

 

青田亀太郎がトイレに行っている間に支払いを済ませておいた石杖綱吉に「綱吉に全部払わせたって知られたら、劇団天球の連中に怒られそうな気がするんだけど!」と物凄く動揺しながら言った青田亀太郎。

 

「黙っておけば大丈夫ですよ、内緒にしておきましょうね」

 

口の前で人指し指を1本立てて、ウインクしながら言った石杖綱吉が、茶目っ気のある母親に見えた青田亀太郎は、演技してなくても綱吉は母親に見えるんだな、と思ってとても驚いていた。



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憑依型カメレオン俳優にも母親だと思われる男子高校生

石杖綱吉が母親の役で参加する舞台の稽古は順調に続いていき、昼休憩に入ると全員で輪になって弁当を食べていく劇団天球の面々と石杖綱吉。

 

会話をしながら仲良く弁当を食べる劇団天球の面々を見て、優しい顔で微笑む石杖綱吉を見た明神阿良也は「演技してない時も石杖は母親に見えるね」と思わず話しかけていた。

 

「よく言われますよ。意識していなくても自然と素が母親っぽいらしいですね」

 

「俺は嫌いじゃないし、良いと思うよ。それが石杖の武器の1つになってるんじゃないかな」

 

「確かに武器にはなってますね。イメージした母親の役に入るのに特に抵抗がないのも、素がこんな感じだからかもしれません」

 

「経験を喰って、他人を喰って役作りする俺とはやっぱり違うよね石杖は」

 

「明神さんの役作りは役者の中でも独特なような気がしますよ。以前、舞台の西遊記で孫悟空を演じる時に、実際の猿から動きを取り入れて完全に獣の動きをしていましたよね」

 

「猿と一緒に暮らそうかと思ったら流石にそれは止められて駄目だったから、仕方なく間近で猿の動きを観察するだけ観察して取り入れた獣の動きは、孫悟空には合ってたと思うよ」

 

「明神さんの孫悟空は野生のリアリズム芝居って感じでしたね。西遊記の舞台も大成功してたみたいで良かったです」

 

会話をしながらも弁当を食べていった石杖綱吉と明神阿良也は、食べ終えた弁当のプラ容器を捨てると、身体を軽く動かしてほぐす。

 

それから昼休憩も終わりとなり、劇団天球の舞台の稽古は更に続いていった。

 

家族にとって、まるで太陽みたいな母親を演じる石杖綱吉は、眩く輝くような素晴らしい笑顔で台詞を言う。

 

明神阿良也と共演する場面でも、太陽のように優しい母親を自然に表現していた石杖綱吉。

 

読み合わせの段階を越えて、格段に質が向上した明神阿良也の芝居に負けることのない石杖綱吉の芝居に、稽古を見ていた劇団天球の面々は喜んでいた。

 

芝居をする時、明神阿良也には、心の中で声が聞こえている。

 

それは劇団天球の皆の声であったり、亡くなった巌裕次郎の声であったりするようだ。

 

心の中の皆の声が、自分が自分だと忘れさせないでくれるからこそ明神阿良也は芝居に飲み込まれることはない。

 

現実と芝居の狭間で危うい演技を見せることもなく、自分を見失うこともない明神阿良也は、憑依型カメレオン俳優として見事に役を演じていく。

 

大袈裟なのにリアルで、動作から感情が伝わってくる芝居を見せている明神阿良也は、以前行った舞台の銀河鉄道の夜を経て、役者として一皮剥けていた。

 

今までとは比べ物にならない明神阿良也に見劣りすることなく、張り合っていた石杖綱吉という役者を劇団天球の面々が認めていることは確かだ。

 

優しくてお茶目で、トロピカルフルーツに詳しい母親を演じていく石杖綱吉。

 

マンゴーやパパイヤにキウイに関する詳しい情報をすらすらと教える母親は、まるで植物図鑑のようである。

 

太陽のような笑みを浮かべながら母親の役を演じる石杖綱吉が、本当に母親のようだと、この場に居た誰もが思った。

 

それは明神阿良也も例外ではなく、芝居をしている石杖綱吉が完全に優しい母親に見えていて、それがあまりにも自然だと思った明神阿良也。

 

まるでそんな母親が現実に存在しているかのように自然で、それが芝居とさえ感じさせない。

 

芝居が上手いというレベルでは表せられない程にリアルで、そこに母親が居ると誰もが思う。

 

そんな役者と共演できることに喜びを感じていた明神阿良也の目には、メイクも衣装もカツラもない石杖綱吉のことが、完全に母親にしか見えていなかった。

 

劇団天球の面々は舞台の稽古で日数を費やしていき、全員が真剣に稽古に取り組む。

 

舞台の公演までは残すところ、あと1ヶ月となり、今日は屋形船を貸し切って全員で宴会をすることになったようだ。

 

飲んで食べて騒いでいる劇団天球の面々を眺めていた石杖綱吉に向かって「楽しんでるか綱吉!」と話しかけてきた青田亀太郎。

 

「未成年ですから酒は飲めませんが、宴会の雰囲気だけは楽しんでますよ」

 

笑顔で答えた石杖綱吉に、完全に酔っぱらってできあがっている青田亀太郎は「船の先頭でタイタニックやろうぜタイタニック!」と提案してきた。

 

「やろうぜやろうぜ」と石杖綱吉の手を引っ張る青田亀太郎を蹴りで押し退けた三坂七生が「ボディチェックの時間よ綱吉!」と言いながら石杖綱吉の身体を触り始めていく。

 

「相変わらず良い腹筋してるじゃないの綱吉!」

 

にやけながら腹筋を撫で回す三坂七生の手から逃れた石杖綱吉は、隅っこに素早く避難する。

 

そんな感じで酔っぱらい達に絡まれながらも再び静かに宴会を眺めていた石杖綱吉に近寄ってきた明神阿良也。

 

「亀と七生に絡まれてたね。大丈夫?」

 

「何故か、また腹筋触られましたけど大丈夫です」

 

「七生は石杖の腹筋気に入ってるみたいだから」

 

「何故」

 

「何でだろうね、俺にもわからないよ」

 

首を傾げる明神阿良也は、本当に不思議そうな顔をしていた。

 

正座で座っている石杖綱吉の近くに横になった明神阿良也は「石杖はさ、子守唄も歌えるのかな?」と聞く。

 

「歌えますよ、歌いましょうか」

 

「是非とも、聞いてみたいね」

 

明神阿良也がそう言ったので子守唄を歌うことにした石杖綱吉。

 

声色を女性の声に変えて歌い始めた石杖綱吉の子守唄を聞いていた明神阿良也は、とても綺麗な声で歌われる子守唄をいつまでも聞いていたいと感じていたようだ。

 

瞼を閉じて子守唄を聞いていると意識が徐々に遠のいていく明神阿良也は、寝てしまいそうになる意識を必死に繋ぎ止めていく。

 

しかし石杖綱吉が歌う子守唄が終わりに差し掛かる頃には、耐えきれなかった明神阿良也は眠ってしまっていたらしい。

 

明神阿良也のその寝顔は、まるで子どものような顔をしていた。

 

貸し切りとなっていた屋形船から降りることになった時に眠っている劇団天球の面々を揺らして起こしていく石杖綱吉。

 

目覚めた明神阿良也は「石杖の子守唄の睡眠導入効果は凄いね」と感心した様子で言う。

 

翌日から本番の公演まで、稽古を続けていく石杖綱吉と劇団天球の面々。

 

日に日に良くなっていく全員の演技が、稽古の成果であることは間違いない。

 

そして遂に劇団天球の舞台が始まる時が来た。

 

稽古の成果を見せていく劇団天球の面々に加えて、石杖綱吉が演じる母親が舞台の上に現れると観客は息を飲む。

 

まるで太陽のような母親の姿、その優しさと美しさに、観客達は完全に魅了されていた。

 

主演の明神阿良也と共演していく石杖綱吉は、自然な母親の姿を見せていく。

 

トロピカルフルーツに妙に詳しい母親に笑ったりする観客も多数であり、石杖綱吉の演じる母親が観客達の心を鷲掴みにしていたことは確かだろう。

 

そんな太陽のような母親が、子どもを庇って亡くなる場面もしっかりと演じた石杖綱吉。

 

大切な母親を失った子ども達を演じた劇団天球の面々の悲痛な演技は観客達の涙を誘った。

 

母親が遺していた手紙を見つけた子ども達が、手紙に書かれていた母親の想いを知り、前を向いていく姿に感動する観客達は多かったようだ。

 

大盛況のまま終わった劇団天球の舞台。

 

カーテンコールで役者達が観客達に頭を下げてから、笑顔を見せていく。

 

笑顔で手を振っていた石杖綱吉は最前列の観客席に朝野市子を発見して、朝野市子と目を合わせた状態でウインクをしてみたりもしたらしい。

 

石杖綱吉のファンサービスは、しっかりとファンに届いたようで、大興奮していた朝野市子。

 

そんな石杖綱吉を見ていた明神阿良也もウインクしてみたりもしたようだった。

 

「石杖、また明日もよろしく」

 

「此方こそよろしくお願いします明神さん」

 

カーテンコールの最中に小さな声で会話していた石杖綱吉と明神阿良也の2人は、観客達の反応を見て、初日の舞台が成功したことを喜んだ。



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ウルトラ仮面にも母親だと思われる男子高校生

特別に作られる劇場版のウルトラ仮面にも、喫茶店の母親役で出演することになった石杖綱吉は、久しぶりに共演することになる星アキラの元に挨拶に行く。

 

今回のウルトラ仮面は、生身の状態で戦うことになるシーンが幾つかあるので、星アキラ本人のアクションにも期待されているようであり、少し緊張している様子だった星アキラ。

 

そんな星アキラの首もとに、自販機で買ったばかりの冷たいミネラルウォーターを軽く押し当てる石杖綱吉。

 

「うわっ!何するんだ綱吉!びっくりするじゃないか」

 

冷たいミネラルウォーターに突然首もとを冷やされて驚いた星アキラは振り返って、自分の首にミネラルウォーターを押し当てた犯人の名前を呼んだ。

 

「緊張がほぐれるかと思って」

 

悪びれることなく笑みを浮かべる石杖綱吉は、星アキラの首もとに押し当てていたミネラルウォーターを星アキラに渡す。

 

星アキラは感謝してミネラルウォーターを受け取り、封を開けてミネラルウォーターを少し飲んで口を開いた。

 

「そんなに緊張しているみたいに見えたのかな僕は」

 

「ガチガチって程じゃないけど、少し緊張してるなって感じには見えたかな」

 

「まあ、緊張していないって言われたら嘘になるよ」

 

「劇場版のウルトラ仮面の主演でアクションシーンも幾つかあるみたいだから、緊張するのも仕方ないと思うけど、動きが固くならないように気を付けないとね。ちょっと一緒に軽くストレッチでもしようか」

 

「そうだね、身体をほぐしておいた方が良いかもしれないから軽いストレッチをやろう」

 

星アキラを誘って一緒にストレッチをやり始めた石杖綱吉は、真剣にストレッチをやりながらも「どうだ、ここにストレッチパワーが溜まってきただろう」と良い声で言い出して星アキラを笑わせる。

 

軽いストレッチと思いきり笑ったことで緊張が完全にほぐれていた星アキラは、緊張を吹っ飛ばしてくれた大切な友人である石杖綱吉に感謝をしたようだ。

 

それから挨拶回りをしていく石杖綱吉に着いていって一緒に挨拶をしていった星アキラ。

 

しっかりと挨拶をする石杖綱吉と星アキラに好印象を持った他の役者達。

 

今回の劇場版ウルトラ仮面で重要な敵役を演じる堂上竜吾も緊張していたが、挨拶に来た石杖綱吉と星アキラと少し話して緊張がほぐれたみたいだ。

 

童心が忘れられない堂上竜吾にとってウルトラ仮面という特撮作品に出演できることは嬉しいことだったらしい。

 

石杖綱吉と星アキラの挨拶回りも終わり、劇場版のウルトラ仮面の撮影が始まっていく。

 

ウルトラ仮面に変身する前のアクションシーンをスタント無しで星アキラ本人が演じていき、見事な身体能力を見せつけると監督は、とても喜んでいた。

 

それから様々な場面が撮影されていくと、敵役のアナザーウルトラ仮面というもう1人のウルトラ仮面に堂上竜吾が変身して、星アキラが変身するウルトラ仮面を圧倒する場面も撮影された。

 

敗北とウルトラ仮面に変身不能という状況に追い込まれて何とか逃げ延びるが、ボロボロになって倒れ込んだウルトラ仮面を演じる星アキラ。

 

そんなウルトラ仮面を喫茶店を営む母親を演じる石杖綱吉が助けて介抱する。

 

アナザーウルトラ仮面との戦いに敗北し、変身不能の状態にされてしまったウルトラ仮面を演じる星アキラは、折れてしまいそうになるウルトラ仮面の弱さをしっかりと演じた。

 

そんなウルトラ仮面を演じる星アキラに、石杖綱吉が演じている喫茶店の母親は、ヒーローを奮起させる言葉を言って、折れそうなウルトラ仮面を立ち直らせていく。

 

石杖綱吉のその演技を見ていた堂上竜吾には、確かに石杖綱吉が道を示す母親に見えていたようだ。

 

ヒーローを立ち上がらせるのはヒロインの役割のような気がするんだけどな、と思いながらも石杖綱吉が演じる喫茶店の母親から目が離せない堂上竜吾。

 

今の堂上竜吾が見ている石杖綱吉は朝に挨拶に来た石杖綱吉とは完全に別人であり、本当に女性の母親にしか見えない石杖綱吉を実際に見てみて、凄い役者だと理解した堂上竜吾は石杖綱吉を役者として尊敬していた。

 

再び立ち上がったウルトラ仮面を演じる星アキラが生身での戦いの末に手にしたのは、試作タイプの変身アイテム。

 

それを使って劇場版だけの特別なウルトラ仮面であるウルトラ仮面ゼロに変身した星アキラは、堂上竜吾が変身するアナザーウルトラ仮面との激しい戦いを今度は声で演じる。

 

戦っている最中の声を入れていく星アキラと堂上竜吾は、とても真剣だった。

 

ウルトラ仮面ゼロによってアナザーウルトラ仮面が倒されて戦いが終わりとなり、星アキラが演じるウルトラ仮面は、ウルトラ仮面に変身する力を取り戻す。

 

戻ってきた穏やかな日常を過ごしていくウルトラ仮面を演じた星アキラ。

 

しかし穏やかな日常を脅かす新たな敵が現れ、襲われる人々を助ける為にウルトラ仮面を演じる星アキラは戦い続ける。

 

新たな敵と対峙した星アキラが再びウルトラ仮面に変身したところで終わりとなった劇場版。

 

ウルトラ仮面関係の人から、劇場版が放映される時辺りにはウルトラ仮面のテレビシリーズのシーズン2が開始されることも知らされていた石杖綱吉と星アキラ。

 

劇場版のウルトラ仮面の撮影が終わってからも、石杖綱吉と星アキラは、しばらくシーズン2のウルトラ仮面で共演することが続く。

 

ウルトラ仮面で石杖綱吉が演じる喫茶店の母親を見る度に、星アキラは石杖綱吉という友人の凄さを見ることになる。

 

まるで本当にそんな母親が存在しているかのように思える程、完全に母親にしか見えない石杖綱吉の演技。

 

それを見ても役者として折れることのない星アキラは、心がとても強くなっていた。

 

友人である石杖綱吉が星アキラに言った言葉が、星アキラの支えになっていたことは間違いない。

 

本当の母親である星アリサにも感じたことのない母性を感じた石杖綱吉の言葉に、星アキラは役者として吹っ切れることができたのだろう。

 

星アキラは石杖綱吉を大切な友人だと思っている。

 

石杖綱吉も星アキラを大切な友人だと思っていることは確かだ。

 

互いを大切な友人だと思っているからこそ、遠慮するようなことはない友人関係を築けている2人。

 

年齢相応の友人関係を築けている2人は、悪い関係ではない。

 

かけがえのない友人である石杖綱吉に、言っていないことがある星アキラ。

 

それは、いずれ石杖綱吉が主演を務める作品に脇役として出演したいという夢だった。

 

ダサかろうが泥臭かろうが、影から他人を輝かせることができる脇役として、石杖綱吉という大切な友人を、そして石杖綱吉という役者を輝かせてみたいと思っていた星アキラの夢。

 

本物の役者になりたいと思っていた自分に、脇役という役者の道を示してくれた石杖綱吉へ、星アキラは感謝をしているからこそ、自分にできる全力で応えたいと考えていた。

 

たとえ自分が輝く星になれないとしても、星を輝かせる夜空になれればいいと考えられるようになったのは、友人である石杖綱吉のおかげだと星アキラは思っている。

 

だからこそ星アキラは、自分にとって1番の星を輝かせたいと願って夢を見るのだろう。

 

自分が登場するウルトラ仮面の劇場版が放映される時を楽しみにしている堂上竜吾は、童心を忘れることはなかった。

 

流石にスターズの役者である堂上竜吾が普通に映画館に行くのは難しいので、変装して映画館に向かうつもりであるようだ。

 

ウルトラ仮面の劇場版を観に来た子ども連れの人達に混じって、やたらとテンションが高くて顔を隠している怪しい人がいたら、堂上竜吾だったりするかもしれない。



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石杖綱吉と共演者の演技その4

旅をする凄腕の女剣士は、襲い来る悪漢達を見事な剣捌きで倒していく。

 

全ての悪漢を倒し、鞘に刃を納めた女剣士は旅を続ける。

 

旅の途中で女剣士が立ち寄った町の茶屋では、茶屋を営む母親とその娘が元気に働いていた。

 

茶屋で、お茶と団子を注文して待っていた女剣士。

 

「注文されたお茶と団子です、ゆっくりしていってくださいね」

 

茶屋の母親が女剣士にお茶と団子を渡して快活に笑う。

 

元気に働いている茶屋の母親を見ながら、茶屋で穏やかに過ごす女剣士も僅かに微笑んだ。

 

女剣士が茶屋で静かな一時を過ごしていると、茶葉を買いに行った娘が帰ってこないことに気付いた茶屋の母親。

 

慌てた様子で駆け込んできた町人が「娘さんがガラの悪い奴等に連れ去られていくところを見たって奴がいるらしい!」と茶屋の母親に言った。

 

「私の娘は、何処に連れ去られたの!?」

 

町人が後ずさる程の迫力で言う茶屋の母親に、動揺しながらも町人は詳しい状況を語り出す。

 

娘が町外れの場所にまで連れ去られたことがわかり、いてもたってもいられない様子の茶屋の母親。

 

そんな茶屋の母親を安心させるように、茶屋の母親の肩に優しく手を置いた女剣士。

 

「貴女の娘は、拙者が必ず助け出してみせよう」

 

力強く言い切った女剣士は、町外れへと駆けていく。

 

町外れで現れたガラの悪い男達を相手に剣を振るっていく女剣士の剣に、迷いはない。

 

ガラの悪い男達の頭目が槍を持って女剣士に襲いかかったが、槍による突きを潜り抜けて回避した女剣士が槍を半ばから剣で断ち切って、返す刃で頭目を斬る。

 

全ての敵を倒した女剣士が縄で縛られていた娘を助けると、娘は町外れまで来ていた茶屋の母親の元まで駆けていった。

 

抱きあう茶屋の母親と娘を見て、優しい顔で微笑んだ女剣士。

 

その場面で、女剣士が主役のこの時代劇は終わりとなる。

 

華道を教えるお花の先生は結婚して義理の母親となった。

 

母親と年齢が近い義理の娘と母親の関係は最初、親子関係というよりも姉妹関係に近かったらしい。

 

それでも義理の娘に対して母親として接していこうとする真面目な義理の母親。

 

どんな時も真っ直ぐな義理の母親は、義理の娘の母親になろうと努力していたことは間違いない。

 

そんな義理の母親のひたむきさに根負けする形で、娘は義理の母親を母親として認めたようだ。

 

「お母さん」

 

娘が義理の母親のことをそう呼んだ時、義理の母親は物凄く嬉しそうに微笑む。

 

とても美しい義理の母親の微笑みは、まるで花が咲くような微笑みだった。

 

その日から義理の母親と娘は、親子になれたのかもしれない。

 

姉妹のような関係から母娘の関係に変わった2人は、仲良く母と娘として過ごしていく。

 

穏やかな義理の母親と娘の関係を映したこのドラマは、それで終わりとなった。

 

まるで太陽のような母親を中心にして、家族は生きている。

 

母親に振り回されるようなことがあっても、それが幸せだと感じてしまう程に好かれていた母親。

 

そんな母親はトロピカルフルーツが大好きで妙に詳しい。

 

「マンゴーは原産地のインド北部では6千年も昔から栽培されていたのよ。葉は長い楕円形で、多数の小花をつける常緑喬木で、大きさは10mから30mくらいにまで大きくなるの。果実は品種によって、0.1kgから1.5kgになって、偏平な勾玉状になったり卵形になったりするわ」

 

トロピカルフルーツについて物凄く詳しくて、語り始めると長い母親は、1度話し始めると全く止まらなかった。

 

透き通るような美しい声で語られていくマンゴーに関する知識達。

 

「マンゴーの果実の皮の色は、黄色に赤紫色など色々あるけど、中身の色は基本的に黄色ね。糖分やビタミンAが豊富だけど大きい種も入っているわ。だけど未熟な身は、うるしを含んでいるのよ。だから早まって食べると口がかぶれてしまうから、マンゴーを食べる時は気を付けましょうね」

 

それからも時おりトロピカルフルーツについて語る母親は、とても楽しそうにしているようだ。

 

「パパイアは数年で2mから8mになる常緑小低木で、掌状に裂けた葉はゾウの足跡よりも大きいのよ。花は葉っぱの根元に生じて、適温の25度から30度であれば1年中咲いているわ」

 

パパイアについても語る母親は、とても楽しそうであり、誰も止めるものはいない。

 

ずっと聞いていたくなるような美しい声で語られるパパイアに関する知識。

 

「パパイアの果実は品種によって0.3kgから6kgまで大きさが違って、球形や長球形と様々な形になるの。実の中身も黄色に橙色や赤色になるのもあるわね。パパイアの果実はビタミンCやビタミンAが豊富なのよ。未成熟な身はタンパク質分解酵素のパパインを含んでいるから、肉類にまぶすと肉が軟らかくなるのよね」

 

すらすらと淀みなくパパイアに関する知識を披露する母親は、まるで植物図鑑のようである。

 

トロピカルフルーツのマンゴーにパパイアと続いて、最後はキウイについて話し始める母親。

 

「キウイは猫が喜ぶマタタビの仲間なのよ。中国のオニマタタビが20世紀初め頃にニュージーランドに渡って改良されたものがキウイね。蔓性の落葉樹で、葉は楕円形で花は白色なの」

 

誰もが聞いていたくなるような母親の美しい声で語られていくキウイに関する知識。

 

「キウイの果実は5cmから8cmの卵形で、こげ茶色の短い毛が表面に生えているけど、中身はビタミンCが豊富な果実ね。外見がニュージーランドにいる翼のない鳥であるキウイの後ろ姿に似ているけれど、果実のキウイの中身は、とても綺麗なエメラルドグリーンをしているのよ」

 

楽しそうに語り終えた母親が満足気に笑う顔が見たくて、トロピカルフルーツについて語る母親を家族が止めることはない。

 

母親が笑顔であれば家族の皆も笑顔である、幸せな家庭がそこには存在していた。

 

しかし子どもを庇って母親が亡くなると、太陽のような母親を失った家族は暗く淀んでしまう。

 

いつも楽しく自分達を振り回してくれた母親が、もう居ないことを受け入れられない家族達。

 

家庭が完全に崩壊するかと思われた時、家族は母親が遺した手紙を発見する。

 

その手紙には、もし自分が死んでしまっていたら読んでくださいと書かれていたようだ。

 

息子には、夢を諦めないようにと息子を励ます言葉がしっかりと書かれていて、読み上げられた言葉を聞いていた息子は「母ちゃん」と言って熱くなった目頭を押さえていた。

 

娘には、綺麗なお嫁さんになって幸せになってほしいと母親としての願いが込められていて、読み上げられた言葉に「お母さん」と言いながら娘は涙を流す。

 

夫には、私のことを覚えていてくださいね貴方、と妻としての言葉が遺されていて「忘れるもんか」と泣きそうな声で言った夫。

 

家族ひとりひとりに言葉を遺していた母親の言葉を読み上げる家族は、しっかりと母親の想いを胸に刻んだ。

 

最後に、私が居なくても皆はきっと幸せになってね、ずっと私はそう思っているから、お母さんとの約束よ、と書かれていた母親からの手紙。

 

俯いていた顔を上げた家族達は母親の遺した言葉で立ち直ることができたらしい。

 

それでこの舞台は終わりとなる。

 

ウルトラ仮面と対峙するもう1一人のウルトラ仮面であるアナザーウルトラ仮面。

 

ウルトラ仮面を禍々しく生物的なデザインに変えた姿をしているアナザーウルトラ仮面に圧倒されたウルトラ仮面は手痛い敗北をすることになった。

 

ウルトラ仮面に変身する力もアナザーウルトラ仮面に奪われてしまい、変身が解けてしまったウルトラ仮面はボロボロになりながらもなんとか逃げ延びる。

 

道端で力尽き、倒れ込んだウルトラ仮面を発見して介抱した喫茶店を営む母親。

 

目を覚ましたウルトラ仮面は、敗北して変身する力も失ってしまったことで心が折れかけていた。

 

「戦う力を失った僕は、もう、皆を守ることはできないかもしれません」

 

そんなウルトラ仮面に紅茶を用意した喫茶店の母親は、ウルトラ仮面を真っ直ぐな眼差しで見ながら言葉をかけていく。

 

「貴方は戦う力があったから戦ってきた訳じゃないでしょう。皆を守りたいと、助けたいと思っていたから戦っていた筈です」

 

喫茶店の母親の言葉を静かに聞いているウルトラ仮面に、届くことを願って、言葉は更に続いた。

 

「今日まで貴方が選んで進んできた道が間違っていたと、決して私は思いません。正しい道を貴方は進んできました」

 

ウルトラ仮面に親身に寄り添って言葉を発していく喫茶店の母親。

 

「挫けそうになることも、折れそうになることもあるかもしれません。それでもまた立ち上がれる強さを、きっと貴方は持っていると私は信じています」

 

穏やかな笑みを浮かべながらウルトラ仮面を励ます言葉を言っていく喫茶店の母親は、確かにウルトラ仮面の心を動かしていく。

 

「私達は生まれてから、いずれ死ぬまで生きなくてはいけません。だからこそ瞬間瞬間を必死に生きているんです」

 

力強い言葉でウルトラ仮面に語りかけていく喫茶店の母親は、ヒーローを奮起させる言葉を言った。

 

「もしも誰かが助けてほしいと、助けを求めていた時、貴方はどうしますか。私の知っている貴方なら、どうするかは決まっている筈ですね」

 

「助けに行きますよ。誰に言われたからでもなく、僕がそうしたいと、そうするべきだと思ったからです」

 

「さっきよりも良い顔になりましたね。これならもう大丈夫そうで安心しました」

 

「ありがとうございました。僕は行きます」

 

「無事に帰ってきてくださいね。常連さんが居なくなると寂しいですから」

 

「僕は生きて、また紅茶を飲みに来ます。だから、待っていてください」

 

「待っていますね」

 

立ち直ったウルトラ仮面が喫茶店を出ていく姿を見送った喫茶店の母親。

 

変身していない生身の状態で敵の基地に潜入したウルトラ仮面は、生身で戦いを続けていき、捕まっていた人々を助け出す。

 

基地の奥で、失われていたとされていた試作品の変身アイテムを発見したウルトラ仮面。

 

アナザーウルトラ仮面は試作品の変身アイテムを元にして作り出されたという情報を知ったウルトラ仮面は、試作品の変身アイテムを持っていくことにした。

 

基地の内部で再び対峙することになったウルトラ仮面とアナザーウルトラ仮面。

 

「力を失ったお前に何ができる」

 

嘲笑うかのように言い放ったアナザーウルトラ仮面の言葉にも、折れることなく前を向いたウルトラ仮面は、試作品の変身アイテムを構えて叫んだ。

 

「たとえ何度挫けても、何度折れそうになっても、僕は何度だって立ち上がって戦うんだ!変身!」

 

試作品の変身アイテムでウルトラ仮面ゼロに変身し、アナザーウルトラ仮面に突撃していくウルトラ仮面ゼロ。

 

眩い光を放つウルトラ仮面ゼロの拳と、禍々しく紅く輝くアナザーウルトラ仮面の拳が激しくぶつかり合った。

 

「吹けば飛ぶような、か細い人間を何故守る!」

 

アナザーウルトラ仮面の言葉に、迷いなくウルトラ仮面ゼロは言葉を返す。

 

「瞬間瞬間を必死に生きている大切な命を奪わせたりはしない!」

 

喫茶店の母親の言葉を思い出しながら答えたウルトラ仮面ゼロは、強い想いの込められた拳をアナザーウルトラ仮面に連続で叩き込んでいった。

 

「消えて無くなれぇぇぇぇぇ!」

 

アナザーウルトラ仮面は叫びながら構えた両手から紅く禍々しい光線を放つ。

 

高く高く跳躍してそれを避けたウルトラ仮面ゼロが、足に力である光を集中させて飛び蹴りを繰り出していく。

 

腕を動かして光線の軌道を変え、ウルトラ仮面ゼロに向けて光線を放ったアナザーウルトラ仮面。

 

放たれていく紅く禍々しい光線を砕きながら飛び蹴りの体勢で突き進んでいくウルトラ仮面ゼロの足が強い光で輝いた。

 

アナザーウルトラ仮面に叩き込まれたウルトラ仮面ゼロの光を纏う飛び蹴りによって、アナザーウルトラ仮面は爆発して消滅。

 

酷使された試作品の変身アイテムも粉々に砕けてしまったが、アナザーウルトラ仮面が居た場所から飛び出した光が、ウルトラ仮面に近付いてくる。

 

ウルトラ仮面が光に触れると、光はウルトラ仮面への変身アイテムへと姿を変えた。

 

力を取り戻したウルトラ仮面は日常に戻っていき、喫茶店へと顔を出す。

 

「紅茶をお願いします」

 

「はい、ちょっと待っていてくださいね」

 

紅茶とケーキを用意して、ウルトラ仮面が待つテーブルに運んでいく喫茶店の母親。

 

「ケーキは頼んでいませんが」

 

「無事に帰ってきてくれたからサービスです」

 

ケーキがあることに戸惑っていたウルトラ仮面に、笑顔で喫茶店の母親は言った。

 

穏やかな日常が帰ってきたことを噛み締めていたウルトラ仮面だったが、そんな穏やかな日常は長くは続かない。

 

突然騒がしくなった喫茶店の外には、見たこともない新たな怪人が現れているようだ。

 

手早く料金を支払ったウルトラ仮面は、急いで喫茶店から飛び出していく。

 

「変!身!」

 

変身して、怪人と対峙するウルトラ仮面が映されて、劇場版のウルトラ仮面は終わりとなった。

 

「石杖ママが沢山出演していてファンとしては嬉しい限りだわ」

 

石杖綱吉が出演していたものを連続で見て、とてもテンションの高い朝野市子。

 

「どれも良かったけど、劇団天球の舞台のお母さんと、劇場版ウルトラ仮面の喫茶店のお母さんが特に良かったわね」

 

劇団天球の舞台を実際に生で見てから、劇場版ウルトラ仮面も実際に観に行き、発売された舞台のブルーレイと劇場版ウルトラ仮面のブルーレイを即日に購入していた朝野市子は、改めて映像作品として観てみた感想を言っていた。

 

「これはファンとして石杖ママの素晴らしさを布教しなければ」

 

保存用と観賞用に合わせて布教用も買っていた朝野市子は、知り合い全員に布教するつもりらしい。

 

ちなみに布教された知り合い全員は意外と布教された作品が面白かったと思ったようで、布教してきた朝野市子にオススメの作品を聞きに行ったようである。

 

ファンとして布教が成功したことに朝野市子は、とても喜んだ。



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ブルドーザーに例えられたことがある役者にも完全に母親だと思われている男子高校生

夜凪景にとって石杖綱吉は、お母さんのような人であり、夜凪景が石杖綱吉を呼ぶ時は、名前でも名字でもなく「お母さん」と呼んでいた。

 

そんな石杖綱吉と高校の屋上で弁当を一緒に食べることが、夜凪景にとっては楽しみなことであり、互いにおかずを交換して食べている一時に、穏やかな幸せを感じていた夜凪景。

 

「このきんぴらごぼう凄く美味しい。お母さんの料理の腕が、更に上がっているような気がするわ」

 

自分の弁当箱に入れていたもやし炒めと交換し、手に入れた石杖綱吉作のきんぴらごぼうを食べながら夜凪景は感想を言う。

 

「弁当のおかずをよく交換するようになったから、美味しいと言ってもらえるようにはりきってるんだよ」

 

優しい笑みを浮かべて言った石杖綱吉の顔を見た夜凪景は「やっぱりお母さんは、お母さんね」と嬉しそうな顔で笑った。

 

「このもやし炒めも味付けがしっかりしていて美味しい。ご飯が進む」

 

きんぴらごぼうと交換した夜凪景作のもやし炒めをおかずにご飯を食べながら石杖綱吉は、夜凪景に食べたもやし炒めの感想を言っておく。

 

屋上で穏やかな一時を過ごしていた石杖綱吉と夜凪景だったが、昼食を終えて教室に戻ると真面目な生徒に戻った。

 

高校が終わってからは石杖綱吉も夜凪景も互いに仕事があり、迎えに来たスタジオ大黒天の車に乗り込む2人。

 

「今日は、お母さんも一緒の仕事なのね」

 

「前に一緒に撮ったCMが好評だったから、今回の新商品のCMも同じ組み合わせになるように頼まれたらしいよ」

 

スタジオ大黒天の車の後部座席で会話している夜凪景と石杖綱吉に対して、黒山墨字は車を運転しながら声をかける。

 

「今日演じるのも料理上手な母親と娘だ。しっかり頼むぞお前ら」

 

「お母さんが演じる優しいお母さんは、とってもお母さんって感じがするから、私もしっかり娘を演じるように頑張るわ」

 

「夜凪さんに負けないように、俺も頑張りますよ黒山さん」

 

黒山墨字に声を返した夜凪景と石杖綱吉は、気合いが入っていた。

 

2人の様子を見て、問題が無さそうだと思った黒山墨字は、疑問に思っていたことを聞く。

 

「高校でも石杖のことをお母さんって呼んでんのか夜凪」

 

「そう呼んでるわよ。だってお母さんは、お母さんだもの」

 

「石杖は、そう呼ばれて困ってないのか」

 

「まあ、お母さんみたいだと、よく言われますから、夜凪さんにお母さんと呼ばれても困ってはいませんよ」

 

2人の答えを聞いて、当の本人達が納得してるなら俺がとやかく言うことじゃねぇか、と思った黒山墨字。

 

車体にスタジオ大黒天と書かれた車を走らせて、現場に向かっていく3人。

 

到着した現場では既にキッチンが用意されていた。

 

直ぐに着替えた夜凪景とカツラを着けてメイクを施し、女装した石杖綱吉は、用意されたキッチンで演技をしていく。

 

今回2人が演じるのは以前と同じく料理上手な母親と娘であり、扱う商品が違っていても演じる内容は、そう変わるものではない。

 

以前と違っていたのは経験を積み重ねてきて成長した夜凪景と、更に進化を続ける石杖綱吉の演技だろう。

 

自分の芝居に振り回されることなく、芝居の深さと伝わりやすさを両立した表現ができるようになった夜凪景は、間違いなく成長していたことは確かだ。

 

料理上手な娘を演じる夜凪景は、メソッド演技を行っていても自分を俯瞰することができていて、自分を完璧にコントロールすることができている。

 

その役柄を演じる為に、その感情と呼応する自らの過去を追体験する演技法であるメソッド演技。

 

本当のお母さんの料理を手伝っていた時の記憶と、美味しく料理が作れた時の記憶を思い出して、演技していた夜凪景。

 

極まっているメソッド演技と、しっかりとした表現力を身に付けた夜凪景の芝居は、以前石杖綱吉と一緒にCMの撮影をした時よりも段違いに良くなっていたようだ。

 

しかし進化を続けている石杖綱吉の芝居は更にその上を行く。

 

まるで料理上手な優しいお母さんを演じる為だけに生まれてきたかのように、石杖綱吉は完全に母親の役に入っていき、最早演じているのが男性とすら思えない程に、料理上手な優しいお母さんがそこに存在していた。

 

人は本当に上手い芝居を目にした時、上手いということすら意識できない。

 

石杖綱吉が演じる母親は、あまりにも自然で、上手いとすら思わせることはなく、完全に母親となっている。

 

石杖綱吉が男子高校生であるということを誰もが忘れるほどに、どこから見ても母親にしか見えない石杖綱吉。

 

石杖綱吉が演じる料理上手な優しいお母さんと共演していると、まるで本当のお母さんと一緒に過ごしているかのように、幸せな気持ちになれた夜凪景。

 

誰よりも間近で石杖綱吉の演技を見ていた夜凪景は、惹き付けられるような魅力を石杖綱吉から感じていた。

 

料理上手な優しいお母さんを演じている石杖綱吉は夜凪景が成長していることを敏感に感じ取っていて、今の夜凪景なら飲み込まれることはないと判断し、普段は抑えている存在感を露にしたようだ。

 

ただそこに立っているだけで人心を掴むことができる役者でもある石杖綱吉が喋り、動く度に、誰もが石杖綱吉が演じる母親を見てしまう。

 

それに負けないようにオーラとしか言えないような存在感を見せる夜凪景が演じる娘。

 

ネットで流れる数十秒のCMであっても石杖綱吉と夜凪景が演じる料理上手な母親と娘の存在感は凄まじいものとなった。

 

進化していた石杖綱吉と、しっかり共演ができていた夜凪景は、成長したことで素晴らしい役者になっていたのだろう。

 

新商品の紹介をする為のCMであることは忘れていない石杖綱吉は、料理上手な優しいお母さんとして料理をしていき、新商品のルーを使ったカレーを作っていく。

 

それを手伝う料理上手な娘を演じる夜凪景は、手際よく野菜の皮を剥き、料理の手伝いをした。

 

2人で一緒に料理を作っていく石杖綱吉と夜凪景は、どちらも料理が上手な設定であり、実際の本人達も料理が上手なので問題なくカレーを完成させる。

 

出来上がったとても美味しそうなカレーを見て、料理上手なお母さんと娘は顔を見合わせて笑い、皿に盛りつけた。

 

ご飯とカレーが乗った美味しそうな皿が映されてから、新商品のカレールーが紹介されてCMは終わりとなり、カットが入ったことで演技を終わらせた石杖綱吉と夜凪景の2人。

 

2人の演技を見ていたスポンサーは、大興奮した状態で「以前と同じく、お2人に任せて良かった」と大満足していたらしい。

 

石杖綱吉と夜凪景の演技を見ていた黒山墨字は、今回は夜凪が喰われることはなかったが、まだ石杖は本気を出してねぇな、と冷静に観察していたようだ。

 

母親の役を演じさせたなら、現役だった頃の星アリサでも演技で勝てない領域まで、間違いなく石杖は到達してやがる、と思っていた黒山墨字。

 

俺の映画の母親役は、お前以外はあり得ねえよ石杖、そう考えていた黒山墨字の顔は、間違いなく笑っていた。

 

演技を終えて服装を元に戻した石杖綱吉と夜凪景は、他に仕事もないので直ぐに家に帰るつもりのようだったが、そんな2人を機嫌良く呼び止めた黒山墨字が「車で家まで送ってやるよ」と言い出す。

 

黒山墨字が運転する車に乗り込んだ石杖綱吉と夜凪景は、後部座席で会話していった。

 

弁当に入れるおかずのことだったり、今日の演技のことについてだったりした2人の会話。

 

仲は悪くない石杖綱吉と夜凪景は楽しげに会話を続けていき、何故役者の道を選んだかという話にまでなった。

 

石杖綱吉が役者の道を選んだ理由までは知らなかった黒山墨字は、運転しながら後部座席の会話に耳を傾ける。

 

「笑ってほしいなって思った人がいたことが、初めて演技をした切っ掛けで、その人に役者になるべきだと言われたから役者になろうと思って子役になったんだよ」

 

そう言って笑った石杖綱吉の笑顔が、とても綺麗に見えた夜凪景。

 

笑顔の石杖綱吉が、やっぱり優しいお母さんに見えた夜凪景は、思ったことを正直に言葉にする。

 

「じゃあ、その切っ掛けになった人には感謝しておかないといけないわね。おかけで私は、お母さんと会えたんだもの」

 

本心からそう言っていた夜凪景にとって、石杖綱吉というお母さんみたいな人に会えたことが、役者になって良かったことの1つであることは確かだろう。

 

本当のお母さんのことを思い出させる石杖綱吉のことが、夜凪景は嫌いではない。

 

優しい記憶を思い出させる優しい石杖綱吉のことを、お母さんと呼ぶこともやめることなく夜凪景は続けていく。

 

誰になんと言われようと夜凪景にとって石杖綱吉は、お母さんであるようだ。

 

夜凪景の家に先に到着した黒山墨字が運転する車。

 

車から降りる際に、石杖綱吉に向けて夜凪景は言う。

 

「また明日、学校で会いましょうね、お母さん」

 

そんな夜凪景に向かって石杖綱吉も言葉を返す。

 

「明日の弁当は豪華なやつにするから楽しみに待っててね」

 

微笑みながら優しい声で言った石杖綱吉が、まるで娘に弁当を用意する母親であるかのように見えた夜凪景。

 

「うん、楽しみに待ってるわ、お母さん」

 

そう言って嬉しそうに頷いた夜凪景は、家に帰っていく。

 

家で弟と妹に「何で嬉しそうに笑ってるのお姉ちゃん」と言われた夜凪景は迷わず笑顔で「明日は、お母さんが豪華な弁当を作ってくれるから」と答えていた。



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スターズの社長から見ても母親に見える男子高校生

スターズの社長として仕事をこなしている星アリサは、どんなに忙しくてもスターズに所属する役者が出演している作品には必ず目を通していた。

 

それがどんな作品であってもスターズの役者が出演しているなら必ず1度は見ている星アリサは、スターズの役者と共演することが多かった石杖綱吉の芝居も良く見ることになる。

 

母親であるならどんな役でも演じることができる石杖綱吉を見て、星アキラの母親である筈の自分よりも母性に溢れていると感じた星アリサ。

 

アキラに対して母親らしいことなんて何1つできていない自分が母親失格だと理解している星アリサは、それでもスターズの社長としては正しい判断をしてきたと思っていた。

 

不幸にならない役者を育てる為にスターズという芸能事務所を作った星アリサ。

 

役者だった頃の星アリサは、まるで透明な水のように何色にも染まってしまい、放っておいたら2度と戻らないほど黒く濁ってしまうような役者であったようだ。

 

役者ではなくなった星アリサがスターズという芸能事務所を作った理由は、メソッド演技で壊れてしまった自分のような役者にならないでほしいと星アリサが考えたからかもしれない。

 

事務所のごり押しと言われようとスターズの役者達は、スターのように輝く道を進んでいた。

 

若手トップ女優と言われる百城千世子を役者として育てた星アリサは、メソッド演技とは対極の演技を百城千世子に教えており、誰が見ても綺麗に見えるスターズの天使となった百城千世子。

 

ダブルキャスト演劇で百城千世子側で演出を務めた黒山墨字のおかげで役者として成長した百城千世子が、確実に役者としての寿命を伸ばしていたことは間違いない。

 

そのことと演劇で起こったトラブルを演出に変えて乗りきったことに関しては黒山墨字に素直に感謝している星アリサ。

 

演出を務めた黒山墨字にスターズの社長として星アリサは報酬を支払おうとしたようだが、黒山墨字に「金はいらねぇが貸しにしておく」と言われて報酬の受け取りは拒否されていた。

 

黒山墨字に借りを作りたくは無かった星アリサだったが、金銭で解決できそうにないと判断し、諦めて嫌な男である黒山墨字に借りができたことを認めたらしい。

 

スターズを去った役者のことも気にかけている星アリサは、海外で活動していた王賀美陸が出演している作品にも目を通している。

 

以前、百城千世子と夜凪景がそれぞれ主演を演じたダブルキャストの演劇が終わってから、それに参加していた王賀美陸が日本でも活動を再開し、いきなり王賀美陸が主演で映画やドラマが決まったりしていた。

 

それらの作品にも目を通していた星アリサは、王賀美陸が更に成長していることを敏感に感じ取っていたようだ。

 

以前と同じままの王賀美陸ではなく、役者として成長している王賀美陸は更に素晴らしい役者となっていく。

 

それは悪いことではないと星アリサは思っていた。

 

スターズの社長業を行いながらも時間に余裕があれば、スターズの役者達が出演する作品を見ていく星アリサ。

 

スターズの役者達と共演している石杖綱吉が演じていた母親を見ていた星アリサは、自然と微笑んでいた自分に気付く。

 

優しい母親を演じていた石杖綱吉を見ていると穏やかな気持ちになれていた星アリサは「綱吉は、本当に母親のように見えるわね」と思わず言っていた。

 

元役者であった星アリサから見ても完全に母親に見える石杖綱吉は役者の中でも異質な役者だ。

 

母親の役だけに特化している役者の石杖綱吉が本気で母親を演じたのなら、現役だった頃の星アリサでも敵わないと、星アリサ自身が1番理解している。

 

母親だけを演じる石杖綱吉という役者が子役の頃から知っている星アリサは、石杖綱吉という役者のことが嫌いではなかった。

 

いつも真っ直ぐな眼差しをした石杖綱吉という役者が、星アリサは嫌いではなかった。

 

初めて出会った時から、何も変わっていない石杖綱吉が嫌いではない星アリサは、スターズの役者と石杖綱吉の共演をNGにさせることはない。

 

寧ろ石杖綱吉による演技の引き上げを狙って、スターズの役者達を積極的に石杖綱吉と共演させていたりもするようだ。

 

石杖綱吉と共演した役者は演技が良くなると業界関係者なら誰もが思っていて、密かに引っ張りだこになっている石杖綱吉。

 

それが石杖綱吉という役者の需要が絶えない理由の1つであることは間違いない。

 

2時間ドラマで百城千世子と石杖綱吉の共演が決まり、娘と母親を演じることになった2人。

 

以前石杖綱吉が怪我した時のことを覚えていた星アリサは、現場の確認を怠らせることなく行わせていき、安全であるかの確認がしっかりとできているか厳しくチェックしていく。

 

チェックが終わるまで現場に入れない百城千世子と石杖綱吉は、待機している間に会話をしていた。

 

「久しぶりだね、石杖くん」

 

「そうですね、百城さん」

 

「石杖くんが入院していた時に何回か病院で会ってから、スケジュールが合わなくて、しばらく会わなかったけど、いつもテレビに元気そうな石杖くんが映ってて安心したよ」

 

「お互い忙しい身ですから、スケジュールが合わないと会うことも少なくなりますよね。退院してからは撮影が多かったんですが、元気な証拠になったなら良かったと思えてきますよ」

 

「安全確認のチェック、結構長引いてるみたいだね」

 

「長引いてるみたいですけど、以前天井から瓦礫が落下してきた時のことを考えると、必要なことですから我慢しましょう」

 

「じゃあ待ってる間に寄生虫の話でもしようか石杖くん」

 

「それは普通に嫌なんで止めてくれませんか百城さん」

 

「まずディクロコエリウムは幼生の状態でアリの食道下神経節に入ると、宿主のアリの行動を支配して、草の先端を噛ませて身体を固定させるんだよ。羊が草を食べる夕方から朝の時間だけね」

 

「止めてくれませんかって言いましたよね!」

 

楽しそうに寄生虫トークを開始する百城千世子の側で待機していた石杖綱吉は、嫌でも寄生虫に詳しくなってしまったらしい。

 

安全確認のチェックを終えた星アリサが戻ってきた頃には、完全に目が死んでいた石杖綱吉。

 

「千世子?」

 

何をしたのと言いたげな顔で百城千世子の名前を呼んだ星アリサ。

 

「ちょっと石杖くんに寄生虫の話を聞いてもらっただけだよ」

 

悪びれる様子もなく答えた百城千世子は、笑顔だった。



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天使の仮面を被っていた役者にも母親だと思われる男子高校生

スターズの天使と呼ばれていた百城千世子は、役者として成長しており、作り上げた天使の仮面だけが武器の役者ではなくなった。

 

天使の仮面も胎の中の悪魔も飼い慣らした百城千世子は、様々な役を演じることが可能となり、天使以外の顔も見せるようになっていたようだ。

 

星アリサが直々に出向いて安全確認のチェックをした現場で、石杖綱吉と共演する百城千世子は、いたずらが大好きな娘の役を演じていく。

 

そんな娘のいたずらのターゲットにされることが多いお母さんを演じていく石杖綱吉は、ただ上手いだけではない演技を見せる。

 

まるで本当に母親であるかのように見える石杖綱吉は、いたずら好きな娘のお母さんという石杖綱吉がイメージした母親の役に完全に入り込んでいた。

 

役に引きずられることも、飲み込まれて自分を失うこともなく、母親という役を演じる石杖綱吉。

 

イメージで作り上げられた母親という役に入り込み、演じていく石杖綱吉の演技は、百城千世子の天使の仮面とは似て非なるものだ。

 

作り上げられた百城千世子の天使の仮面は、本人の努力によるものであるが、石杖綱吉のイメージによる役作りは、やってみたらできたという天性のものである。

 

母親という役を演じる為だけに生まれてきたかのような石杖綱吉の才能によるもので、そう簡単に真似ができるものではない。

 

たとえそうだとしても退くことはない百城千世子は、自分にできる全力で石杖綱吉と共演していく。

 

天使のもう1つの顔が見たいと、大衆が望んでいることを理解している百城千世子は、まるで小悪魔のように微笑んで、母親をいたずらのターゲットにする娘を見事に演じていった。

 

いたずらをした娘を叱るお母さんを演じる石杖綱吉は、誰が見てもお母さんにしか見えない。

 

それは、いたずら好きな娘を演じる百城千世子から見てもそうで、本当にお母さんに怒られているような気にさせる。

 

しかし百城千世子にとっては悪いことではないので、叱るお母さんを演じる石杖綱吉の演技に合わせて、叱られている娘を演じた百城千世子。

 

反省しているかのように見せかけて、全く反省していない娘を演じている百城千世子は、母親から見えない位置に顔を向けて、ニヤリと笑った。

 

画面映えが良く映るようにカメラのアングルから画角まで全て把握しており、自分からフレームに収まってくる百城千世子に、撮らされているような気分になった撮影担当。

 

自分を映すカメラを意識しながら芝居をする百城千世子は、今まで積み重ねてきた努力を無駄にはしていない。

 

カメラごとの性能やレンズサイズの感覚を熟知している百城千世子は、自分を映す媒体にも詳しくなっている。

 

今回使われているカメラにも詳しい百城千世子は、そのカメラに自分をしっかりと収めていた。

 

表情の作り方、言葉の選び方、服装、所作、体型、全てを調整して作り上げたスターズの天使の努力は何1つ無駄にはなっていない。

 

撮影はNGを1度も出さずにスムーズに進んでいき、いたずらが大好きな娘とそのお母さんが映る場面の撮影は終盤に至る。

 

いたずらをした娘を追いかけ回して捕まえようとするお母さんを演じる石杖綱吉。

 

逃げていた娘を演じていた百城千世子は用意していたパイを石杖綱吉が演じるお母さんに容赦なく連続で投げつけていく。

 

見事な身体能力で、投げつけられたパイの数々を避けていくお母さんを演じていく石杖綱吉は、カメラにしっかりと収まるように加減して動いていた。

 

身体能力が高い石杖綱吉の身体は引き締まっているが、太過ぎたりはしないので、母親の役も違和感なく演じられている。

 

石杖綱吉が動ける役者であることは広く知られており、今回のパイを見事な身体能力で避けていくシーンが撮影したかったからこそ激しいアクションが可能な母親役に石杖綱吉が選ばれたようだ。

 

石杖くんを選んだ自分の目に狂いはなかったと喜んでいた監督は、パイを避けていくお母さんを演じている石杖綱吉を熱い眼差しで見つめていた。

 

百城千世子が演じた娘が用意していた全てのパイに1度も被弾することなく避けきったお母さんを演じる石杖綱吉。

 

家がパイで汚れたことに物凄く怒っているお母さんを演じている石杖綱吉が、本当に怒っているお母さんに誰が見ても見えたらしい。

 

そんな石杖綱吉に思わず立ち止まって謝ってしまいそうな素の自分を抑えた百城千世子は、お母さんから逃げる娘を演じていく。

 

それから石杖綱吉が演じるお母さんに捕まった娘を演じた百城千世子は、こめかみをお母さん役の石杖綱吉の両拳に挟まれてぐりぐりされることになった。

 

あくまでも演技であるが、本当にそうしているかのように見える演技をした石杖綱吉と百城千世子。

 

痛そうに頭を押さえながらパイで汚れた家を掃除していく娘の役を演じた百城千世子と、仁王立ちしながら娘を監視しているお母さんを演じていた石杖綱吉。

 

カットが入り、終了した撮影。

 

コミカルな場面が多かった今回の撮影も無事に終わり、後は帰るだけになった石杖綱吉と百城千世子に星アリサが声をかけた。

 

「車を用意してあるから乗っていきなさい千世子。綱吉の車も別に用意してあるわ」

 

「ありがとうアリサさん」

 

「助かりますけど、俺はスターズの役者でもないのに良いんですかアリサさん」

 

「構わないわ、千世子を助けてもらった礼を返すにはまだ足りないぐらいよ」

 

「入院の費用も全て負担してもらいましたし、背中に傷も残らなかったので、そこまで気にしなくてもいいんですけどね」

 

「女優の命を守った功労者は報われるべきよ。貴方のマネージャーにもしっかりと話は通しておいたわ。乗っていきなさい綱吉」

 

「こういう時のアリサさんは意外と強引だから、諦めた方が良いよ石杖くん」

 

「そうみたいですね。わかりました。ありがたく乗せてもらうことにします」

 

用意された車に乗ることを受け入れた石杖綱吉に、どことなく満足気な顔をした星アリサ。

 

そんな星アリサを見て、石杖くんが関わるとアリサさんは表情が豊かになるような気がする、と思っていた百城千世子。

 

石杖くんはアリサさんにとっても特別な役者なのかもしれない、と内心で考えていた百城千世子は、それを言葉にすることはない。

 

「石杖くん、また会おうね」

 

とても自然な笑顔でそう言った百城千世子は、天使の仮面を被ってはいなかった。

 

「ええ、また会いましょう」

 

百城千世子に応えるように微笑んだ石杖綱吉が、優しいお母さんのように見えていた百城千世子は、笑みを深める。

 

やっぱり石杖くんは演技をしていなくても、素がお母さんみたいなんだね、と百城千世子は納得していた。



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誰が見ても羅刹女に見える男子高校生

とりあえず思いつくネタが切れたので、これが最終話になります
もしかしたら書き直すかもしれません


カットがかかるまでの、幕が降りるまでの、その僅かな時間だけ、他人の人生を生きる。

 

時に国境も時代も世界すらも超えた別人を体験する。

 

そういう常軌を逸した喜びに魅せられた人間を役者という。

 

埋め尽くされて満員の客席、役者としての大舞台。

 

本日の演目は、羅刹女。

 

西遊記に孫悟空の敵として登場する天の風の神、羅刹女を主役とした架空の物語。

 

孫悟空を王賀美陸、牛魔王を明神阿良也、三蔵法師を白石宗、沙悟浄を夜凪景、猪八戒を星アキラ、牛魔王の愛人である玉面公主を百城千世子が演じる。

 

そして主役の羅刹女を演じるのは、石杖綱吉。

 

期待に満ちた観客達が待ちわびていた中で、演劇が始まった。

 

上がることのない幕を不思議に思う観客達が、観客席の後ろから現れたそれに気付いて、息を飲む。

 

人とは思えない程に美しく、誰もが思わず恐怖を抱いてしまう程の苛烈な怒りを眼に宿した羅刹女が観客席の間を歩いていく。

 

「ああ、腹が立つ、腹が立つ」

 

美しくも恐ろしい羅刹女が口を開き、発する言葉を聞くだけで、恐ろしさに身体が震えてしまう観客達。

 

「あの人は毎年毎年妾のところへ、ああ、この怒りどうしてくれよう」

 

恐ろしくて仕方がないのに、歩みを進める羅刹女から眼を離すことが出来ない観客達は、羅刹女を視線で追い続ける。

 

観客達は羅刹女に恐怖を抱いていても、凄まじい存在感を持つ美しい羅刹女をもっと見ていたいと思う気持ちを抑えられない。

 

幕が上がり、舞台へと上がった羅刹女。

 

次に現れた孫悟空。

 

「おい!!俺だ孫悟空だ!扉を開けてくれ!」

 

スターが演じる孫悟空に安心感を感じた観客達が見守る前で、大立ち回りを見せる羅刹女と孫悟空。

 

芭蕉扇を巡る争いで孫悟空の如意棒と羅刹女の剣が打つかり合い、羅刹女の凄まじい存在感に圧倒されそうになりながらも孫悟空は役割をこなしていく。

 

誰よりも目立つ故に日本から追いやられたスターである王賀美陸が、羅刹女を演じる石杖綱吉よりも目立つ為に全身全霊で演技をしていた。

 

羅刹女から芭蕉扇を奪う為に孫悟空が化ける牛魔王を演じる明神阿良也。

 

まるで妻を愛する夫のように振る舞うのは、孫悟空が化けた牛魔王。

 

夫である牛魔王の姿で愛を騙られて思わず本物の芭蕉扇を渡してしまう程、羅刹女は牛魔王を愛している。

 

とてもとても美しい羅刹女が孫悟空が化けた牛魔王の愛の言葉に、涙を流して微笑む姿は、誰もが息を忘れる程に綺麗だった。

 

恐ろしさはなく美しさだけが際立った羅刹女から芭蕉扇を奪った孫悟空が、まるで悪役のように思えてしまう程、誰の眼にも羅刹女は美しく見えたようだ。

 

芭蕉扇を受け取った孫悟空は牛魔王の姿から、元の孫悟空へと姿が戻り、高らかに言葉を発する。

 

「頂いたぜ、芭蕉扇!!」

 

羅刹女の芭蕉扇が孫悟空に奪われてから舞台の幕が降りていく。

 

幕が降りて、舞台の準備をしている間、石杖綱吉のマネージャーである山野上花子が石杖綱吉の様子を見に来ていた。

 

美しい羅刹女の姿をしていても普段通り、にこやかに笑いながら水を受け取っていた石杖綱吉を見て安心していた山野上花子。

 

次は三蔵法師である白石宗の出番が近付いていた。

 

幕が上がり、舞台に立つ三蔵法師へと羅刹女が近寄っていく。

 

芭蕉扇を奪った孫悟空は使い方がわからずに無闇に炎を煽るばかりで火焔山の炎を消せていない。

 

火焔山の炎を消す方法を教えてほしいと頼む三蔵法師は、穏やかに子守唄のように静かな芝居で羅刹女に対抗する。

 

誰が聞いてもその言葉に正しさを感じさせる役者であった白石宗が演じる三蔵法師。

 

芝居というのは生まれ持った性格や雰囲気が、そのまま武器になる。

 

並の役者では言葉に説得力が伴わず茶番になり得る場面を、ものともせずに芝居をする白石宗は、素晴らしい役者だった。

 

今回の演劇に登場する役者は、更に研ぎ澄まされていく石杖綱吉の芝居に対抗することが出来る役者だけが選ばれていることは確かだ。

 

羅刹女と対話する三蔵法師。

 

続いていた羅刹女と三蔵法師の会話を遮るように猪八戒と沙悟浄が現れる。

 

並の脇役では相手にもならない羅刹女を演じる石杖綱吉を相手に、猪八戒の星アキラと沙悟浄の夜凪景が全力で向かっていく。

 

2対1でも圧倒する強さを見せる羅刹女に、怯むことなく立ち向かう猪八戒と沙悟浄。

 

たったの1度も本気になれないまま消えていく役者が大半の世界で、共演者を本気にさせる石杖綱吉の羅刹女。

 

石杖綱吉という輝く星を更に輝かせる為に、星アキラは全力で猪八戒を演じていく。

 

メソッド演技を完璧にコントロールして、沙悟浄となっていた夜凪景も全力で演技を続けていった。

 

芭蕉扇を持った孫悟空が現れたところで再び幕が降りていき、次に幕が上がった時には場面が切り替わっていて、牛魔王と玉面公主が会話する場面となる。

 

羅刹女について語る牛魔王と玉面公主。

 

羅刹女への同情心を強める為か、玉面公主は羅刹女を嘲るような言葉を言い放つ。

 

悪女と言えるような玉面公主を見事に演じる百城千世子。

 

そんな玉面公主に愛を囁く牛魔王へも観客達は怒りを抱いていた。

 

牛魔王と玉面公主の会話が終わり、幕が降りていく。

 

幕が上がると、孫悟空達と対峙する羅刹女が剣を構えている姿を観客達は見た。

 

争っていた羅刹女と孫悟空達だったが、羅刹女の前に倒れていく孫悟空達。

 

「仲間のこのザマを見て尚、口に出来るか!!「怒りの炎を鎮めろ」と!まだ口に出来るか!!」

 

三蔵法師に向かって怒りを向ける羅刹女が、まるで迷子になって泣いている子どものようだと感じた観客達。

 

観客達は先程の牛魔王と玉面公主の演技で、完璧に羅刹女に同情してしまっていた。

 

「答えろ坊主!!私を許せるのか!お前なら怒りに飲まれずにいられるというのか!」

 

羅刹女が怒りの声を上げる度に、羅刹女が泣いているかのように感じた観客達は、固唾を飲んで見守っている。

 

「坊主!!私を許せるものなら許してみろ!」

 

苛烈な感情を剥き出しにした羅刹女の言葉に応えるように、三蔵法師が言った。

 

「あなたを許します」

 

とても穏やかな笑顔で、そう言って羅刹女を許した三蔵法師。

 

三蔵法師の言葉を聞き、まるで迷い子のようだった羅刹女が静かに涙を流す。

 

すると倒れていた孫悟空が立ち上がり羅刹女の涙を拭った。

 

「姉御、火焔山の炎を消してはくれねえか。後生だ」

 

そう頼んできた孫悟空に、羅刹女が戸惑っていることを観客達は感じていたようだ。

 

三蔵法師と視線が合った羅刹女に頷いて微笑んだ三蔵法師。

 

「良いでしょう、火焔山の炎を消してあげます」

 

芭蕉扇を頭上に掲げてから大きく一扇ぎした羅刹女を見ていた観客達は、まるで本当に芭蕉扇で風が吹いたかのような感じがしたらしい。

 

持っていた芭蕉扇を一扇ぎした羅刹女は、怒りも一緒に吹き飛んでしまったかのように穏やかな笑みを浮かべていた。

 

その穏やかな笑みを浮かべた羅刹女は誰が見ても、この世のものとは思えない程に、美しく見えていたらしい。

 

演劇が終わって幕が降りていき、観客達は全員が拍手をしていた。

 

最後のカーテンコール。

 

羅刹女に参加していた役者全員が舞台に上がり、観客達に笑顔を見せていく。

 

揃った全員が観客達に向かって頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

そう言って頭を上げた役者達に再び拍手をしていった観客達。

 

大盛況のまま終わった初日の羅刹女という演劇。

 

「俺達には、明日も明後日も明々後日もあるから頑張りましょうね皆さん」

 

羅刹女に登場する役者全員に向かって、そう言っていた石杖綱吉。

 

そんな石杖綱吉の姿は、誰が見ても母親みたいに見えていた。

 

役者達の物語は、これからも続いていくだろう。

 

明日も明後日も明々後日も、それよりも先の遠い未来にまで、きっと物語は続いていく。



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