ダイワスカーレットと異世界勇者トレーナー (グリングリン)
しおりを挟む
序章
異世界勇者とウマ娘
初投稿です。最後まで読んでくれると幸いです!
魔王城、王座の間。そこで世界の命運をかけ魔王と勇者の二人が戦っていた。
「だぁりあああああああ!!」
「くっ……!」
勇者の渾身の一撃が命中し魔王が大きく後ろにふきとばされる。すかさず勇者は勝負を決める一発を放つため、腰を落とし両手を合わせ脇腹の方に腕を持っていき必殺技の構えをとる。
そう、誰もが知っているであろうあの必殺技の構えを。
「か〜め〜は〜め〜」
勇者の両手に青白く光る球が生まれる。それは徐々に発する光を強めていき、終いには球を中心に渦巻くように強烈な風が発生する。
「波ッッッッッ!!!」
勇者は腕を突き出し両手に溜めたエネルギーを放出する。全てを込めたかめはめ波は一直線に魔王に向かって突き進んでいく。
対する魔王もただやられるのを待っているわけではない。
「フレイヤー・フラッシャー!!」
両腕を弓のように引き絞り一気に前に押し出し、手の平から赤く光るビーム状のエネルギーを発射する。
勇者の青と魔王の赤。両者の必殺が衝突する。
「ぐ、ぎぎぎぎぎぃ……!」
「ぬううううぅぅ……!」
二人の力が拮抗しどちらも一歩も譲る気はない。このままエネルギーが相殺しあい爆発を起こすかに思われたが。
(こんなもんじゃないはずだ……!神さまから貰ったサイヤ人としての力は……!こんなもんじゃないだろ!!)
「うあああああああああああああ!!!」
「なにぃ!?」
勇者が叫ぶと共に急激にかめはめ波のパワーが増していく。文字通りの全身全霊、勢いのついたかめはめ波は魔王のフレイヤー・フラッシャーを飲み込み、魔王の体に直撃する。
「フッ……ハッハッハッハッ!!……さすがだな、勇者よおおおお!!」
どこか清々しい顔をしたまま魔王は青い光に飲み込まれ、その体は完全に消滅した。
魔王と勇者の闘いは勇者の勝ちに終わった。
「はあ……!はあ……!遂にやったのか……!これで俺の役目も終わる……」
立っているのもやっとな満身創痍の勇者は、闘いの影響で破壊された城の天井から覗く空を見上げながらぼんやりとこの後のことを考える。
(俺はこの後どうなるんだろう……。元の世界に戻れんのかな?あんましこの世界にはいたくねぇなぁ……)
魔王を倒したことによる達成感と今後の自分に対する不安とが混ざり、なんとも言えない気持ちになっていた時。
急に空が眩く光り、目を開けていることすら出来なくなり自然に目を閉じた瞬間。そこで勇者の意識はプッツリと切れてなくなってしまった。
──トレセン学園──
ヒュューーン…
ドォォーーーン!!
「いてて……いったい何がおきたんだ……?」
(ついさっきまで自分は魔王城にいたはず。魔王を倒した後、なんか光に包まれたってとこまでは覚えてんだけど……。ここは一体どこだ?どーやら空から落っこちてきて地面にぶつかった感じだが。……どういうことやねん。いや、まさか……)
「神さまの仕業か?」
「何事ッ!!グラウンドにクレーターができているぞ、たづな!」
「理事長!危険ですからあまり近づかないでください!」
そんなことを考えていると、いつの間にか俺が落ちてできたクレーターを覗くように二人の女性が立っていた。
とりあえず現状確認をするべきか、上の二人に話を聞くため地面を蹴り空中に飛んで二人の元にゆっくりと着地する。
「驚愕ッ……!人が空を飛んでいる!!」
「う、宇宙人とかでしょうか……?」
困惑する二人をこれ以上驚かさないようにできるだけ優しく、友好的な態度で話しかける。
「ひとまず俺はおめぇさんらに危害を加えるつもりはねえ。それだけは信じてくれると助かる。」
「理事長……」
緑色の制服を着たとんでもなく美人なお姉さんが、理事長と呼ばれた小さな少女を不安げな目で見つめる。
「……質問ッ!君は一体何者だね?」
どうやら一応俺と対話をしてくれるみたいだ。ホッと胸を撫で下ろし、理事長と呼ばれた少女の質問に正直に返す。
「俺は大神勇斗。…こことは違う異世界で勇者として闘っていた男だ。さっき空を飛んだのも空から落ちてほぼ無傷なのも、勇者として神さまから貰った特別な力のおかげだ」
「異世界……勇者……そっ、そんなの信じられるわけないじゃないですか!!理事長!この人は……」
案の定お姉さんの方はさらに取り乱してしまうが、
「たづな……大神くんが言っていることはたぶん本当だろう……」
「理事長!?何を言っているんですか!?」
「冷静ッ!落ち着いて考えるんだたづな……大神くんの言葉が事実ならこれまでの奇怪な事柄も説明がつく。何より!彼がここで嘘をつくほど器用な人間には思えない!」
予想に反して少女の方は俺の言葉信じてくれるみたいだ。こんな怪しさ100%の男の言葉を。
なんておもしろ…じゃなくていい子なんだ!後で飴ちゃんあげようね〜……持ってないけど。
「しかし!信じるとは言っても君自身を信用したわけではない!!大神勇斗くん……君の目的はなんだ!」
「目的って言われてもな…前の世界では魔王打倒が目標だったけどそれも達成しちまったしな…強いて言うなら職かな!今の俺、無一文の無職だしな!そーいやここはどこなんだ?見たところ学校とかそういう感じの施設っぽいけど」
少女の質問にこれまた正直に答えて、俺もまた聞きたかった疑問を投げかける。
「……ここはトレセン学園。トゥインクル・シリーズを目指すウマ娘達が通う全寮制の学園です」
意外にも答えてくれたのはたづなと呼ばれていたお姉さんのほうだった。いろいろと初めて聞く単語が出てきてさらに疑問が増えたが。しかしホントに美人だなこの人、永遠に見てられんだけど。
「なっ、なんですか……?こちらをジロジロと見て?」
「いやっ、悪りぃ。あんまり美人なもんでついな、すまなかった」
「なっ、ななっ……!!」
いやめちゃくちゃ顔真っ赤にして照れてんだけど、かわいすぎんだろ。なにこの人無敵か?
そんなやりとりをしていると不意に少女が口を開く。
「大神くんの話はよく分かった!そこでッ!提案ッ!君さえよければここでウチの職員として働いてもらいたい!!」
「理事長ッ!?何を言ってるんです!?一体どうしてそんな結論になるんですか!気でも狂ったんですか!?」
「傷心ッ!さすがにそこまで言われると傷つくぞ、たづな!いやなに彼なら何かウマ娘達の役になってくれる気がするのだよ!それにたまには勢いだけで行動してもバチはあたらないだろう!」
「いや理事長は普段から結構勢いだけで行動してますよね!?」
どうやらこの学園で働かせてもらえるみたいだ。ありがたい話だけど本当に大丈夫なんか?もしかしてこういうこと結構あったりすんのかな…?
二人の微笑ましい言い争いを眺めつつ考えを整理していると、ひと段落ついたのか俺に話を振ってくる。
「それでどうかな?君にとっても悪い話ではないはずだ!」
「ああ!お言葉に甘えてその提案受けさせてもらうぜ!」
「理事長〜……」
俺と理事長はがっしりと握手を交わし、たづなさんは頭に手を当て大きくうなだれていた。
「失敬ッ!そういえばこちらの自己紹介を忘れていた!私は秋川やよい!ここトレセン学園の理事長をやっている!そしてこっちが……」
「はあ……理事長秘書の駿川たづなです。決まってしまったものはしょうがないので、これからよろしくお願いします。で す が!!私はまだあなたのことを信じていませんからね!少しでも怪しい態度をとったら即刻この学園を去っていただきますからね!!」
二人に自己紹介をしてもらってようやく名前がわかる。やよいちゃんは本当に理事長らしい。あんなに小さいのにすごいな。
たづなさんは当然だがまだ信頼を得られてないようだ。この人の信頼を得られるよう頑張らなくては。
「ところで職員って何をするんだ?それにウマ娘?のことも俺よく分かってないんですけど」
「決定ッ!君にはこれからそのウマ娘を導く、トレーナーになってもらう!!」
『ウマ娘』。ウマの耳と尻尾を持ち、超人的な走力を持つ人間とはちょっと違った種族。彼女達は走るために生まれてきており、国民的人気を誇る『トゥインクル・シリーズ』にデビューするために、ここトレセン学園で日々ライバル達と切磋琢磨し自分の走りを磨いている。
ウマ娘は全て女性であり、容姿端麗な者が多くアイドル的な存在になっている。
そんな彼女達を一番近くで支え、トゥインクル・シリーズへと導く者達。それがこれから自分がやることになった、トレーナーと呼ばれる職業だ。
いわゆる監督やコーチのような立ち位置の存在で、トレーナーになるにはいろいろと難しい試験を突破しなくてはならないのだが、「気にするな!こちらでどうにかしておく!」とのことらしいので、ちゃっかり俺はなんの苦労もすることなくトレーナーとしての道を歩むことになった。
その際、たづなさんがまた頭を抱えていたのは言うまでもない。
「しっかし、ウマ娘ねぇ……俺が元いた現代日本によく似ているけど、やっぱここは違う世界なんだなぁ」
理事長室でウマ娘について話を聞いて、貰い受けた制服とトレーナーバッジを身につけ、俺は今学園内の廊下を歩いていた。
偶に通り過ぎる女生徒達は皆、頭に耳を、腰から尻尾を生やしており、ここがやはり異世界なんだと実感させる。
(……ん?なにやら外が騒がしいな?)
窓から見えるレース場の一角に、かなりの人だかりができていた。
一体何があるんだろうと立ち止まってそこを見つめていると、校内の至る所に設置されたスピーカーからアナウンスが流れる。
『これより選抜レースを行います。参加する生徒、観戦するトレーナーの皆さんは、レース場にお集まりください』
(選抜レースか……!年に四回ある、デビューしていないウマ娘が、スカウトしに来たトレーナー達にアピールをすることができる、学園の一大イベント……とんでもない時にやってきたもんだな、俺は……!)
選抜レースについても、たづなさんから話を聞いてその重要性について知っていた俺は、他の生徒やトレーナー達と同様、レース場へと足を運ぶのだった。
(ふう……どうにかいい場所につけたな)
レース場に着いた俺は、たまたま空いていた前の方に陣取り、これから走るウマ娘達を眺める。
その中でも一際注目を浴びる二人の少女がいた。
「よろしくお願いしまーすっ!」
「っしゃーす」
「あれがダイワスカーレットとウオッカ……!!二人共いい仕上がりだ!」
「先日の模擬レースでどちらも素晴らしい成績を残している。果たして今日はどっちが上なんだ……!」
緋色の髪を二つに纏め、誰もが羨むようなスタイルを持った少女、ダイワスカーレット。
片目を隠すように伸びた髪と、ボーイッシュな雰囲気が特徴的な少女、ウオッカ。
この二人がトレーナー達の視線を一心に集めている。かくいう俺もダイワスカーレットから目を離せないでいた。
(すげぇ綺麗な子だな……さて、もうレースが始まるみたいだ。一体どんな走りを見せてくれんだ……?)
ガコン!!
ゲートが開きレースが始まる。ダイワスカーレットはスタートから先頭に立ち、終始レースの主導権を握っている。だが、最後の直線で勝負が大きく動いた。
「ハァッ!!!」
最終コーナーを曲がってウオッカが勝負を仕掛けてくる。一気に上がってくるウオッカの末脚は驚異的で、残り200mの時点で前を行くダイワスカーレットに並びかける。
「くっ……!?一番はっ!……っ、アタシのものなんだからぁぁーっ!!」
「うおらあぁああああっ!!」
粘るダイワスカーレット、追うウオッカ、ゴール板が迫っていき──決着がついた。
「はあっ……はあっ……」
「はー……へへっ。今日は俺の勝ちだな。スカーレット!」
勝ったのはウオッカ。本当にギリギリの僅差だったが、ウオッカが差し切ったのだった。
「…………っ!」
「あっ、おい!?」
ダイワスカーレットは下を向いたままその場を走り去ってしまった。よほど悔しかったのだろうか、目には涙が溜まっているようにも見えた。
その後、トレーナー達が走り終わったウマ娘達をスカウトする中、俺は声をかけたい相手がいなくなってしまったので、そそくさとその場を後にした。
こうして選抜レースは幕を閉じた。
その日の夜。俺は学園近くを一人散策していた。
(にしても、すげぇ一日だったな…………はあー……とりあえず理事長とたづなさんに恩を返すためにも、トレーナー頑張んなきゃなー……)
ぼんやりとそんなことを考えながら歩いていると、道の横に大きな階段が続いているのを見つける。
(神社か!……そーいや、前の世界では教会で神さまと会話できてたし、もしかすると神社でも同じようなことができるかも……!)
勇者として戦っていた時、教会にて祈りを捧げることで神さまとテレパシーを交わすことができた。その要領で神社でも同じことができるかもと思い、階段を登っていく。
(神さまと話すことができれば、何故自分がこの世界にきたのか、この世界で何をすればいいのか教えてくれるはず…………!!頼むぜ……神さま!)
長い階段を登り終え、神社へとたどり着く。すると奥の方からなにか声が聞こえてくる。どうやら先客がいるようだ。
「はあっ、はあっ、はあっ……!ダメ、こんなのじゃ……!もっと、もっとスタミナを……!もう二度と、あんな思いは……!」
「おめぇは……」
「ひゃっ!?だ、誰!?」
そこにいたのは、全身から汗を流し息も絶え絶えな、ダイワスカーレットだった。
「って、……トレーナー、さん?確か、選抜レースにも来てた……。申し訳ありません。自主トレーニング中なので、お引取り頂けますか?」
「と言われてもな……俺も用があってここに来たわけだし……。ってかおまえさん、時間は大丈夫なのか?もう門限は過ぎてるはずたぞ?」
ここを立ち去るよう促してくるダイワスカーレットに対し、こっちも門限のことを指摘する。
痛いところをつかれたのか、ダイワスカーレットはバツが悪そうな顔をして押し黙ってしまう。──が
「……っ!か、関係ありません……!アタシは……!一刻でも早く、今の自分を叩き直さなきゃいけないんです!!」
「それって……今日のレースで負けたからか……?だとしても2着だし、そこまで焦る必要ねーんじゃねぇか?」
「2着じゃダメなのよっ!!アタシは1番じゃなきゃいけないの!!」
何か俺の言葉が気に障ったのだろうか。ダイワスカーレットは大きく声を荒げる。
「あっ……す、すみません。」
「……お前さん、それ本気で言ってんのか?2着じゃダメだって……」
「っ!……失礼します。」
「あっ、おい!……行っちまった……」
急に会話を切り上げ、神社を後にするダイワスカーレット。一人残された俺に冷たい夜風が吹いてくる。
(1番じゃなきゃいけない……か。ダイワスカーレット、思った以上におもしろそーなやつだな。……って、もしかして2度も避けられてる俺って、もうスカウト絶望的!?ああぁっああーーー!?やっちまったぁぁああああ!!もっとイケメンな感じで答えりゃよかったああああぁぁぁ!!)
そんなこんなで、大神勇斗とダイワスカーレットの初の邂逅は、なんとも微妙な感じで終わったのだった。
「つーか!神さまも答えてくれないんですけどぉ!?」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ダイワスカーレットと始まる3年間
思ってる以上に、多くの方に読んで頂けているみたいで、嬉しい限りです!
トレセン学園にトレーナーとして、やってきて数日。未だ担当は見つかっていないものの、少しずつこの学園の一員として認められ、生徒たちや他の教職員とも軽く交流を持つくらいには上手くやれていた。
「よし。これで全部だな?」
「は〜い。ありがとうございま〜す!」
「ホントに助かりました!トレーナーさん!」
俺は今、生徒たちと一緒にトレーニング用具を片付けている。現状の自分が出来る仕事は、簡単な雑用と力仕事ぐらいなもの。トレーナーの勉強をしつつ、暇な時間は手伝えることに片っ端から手を出していた。
そのおかげか、生徒との距離はかなり近づいていた。それこそ、近所の気のいい兄ちゃんぐらいには。
「トレーナーさ〜ん。私の担当になってくださいよ〜」
「そうです!今担当いないんですよね!?わたしもお願いしたいです!」
「おう。今気になってるやついるから、そいつのスカウト失敗したら、そん時は担当にしてやるよん」
「うわ〜、さいて〜い」
「ホントに最低ですね!?」
「へへっ、よせやい。照れるぜ。ってか、もう昼休みだろ?早く飯食ってこいよ。こんなとこで俺と駄弁ってないで。」
「は〜い。じゃあ、またね〜」
「失礼します!トレーナーさん!」
二人のありがたいお誘いをやんわりと断って、自分もトレーニングルームを後にする。
『2着じゃダメなのよっ!!アタシは1番じゃなきゃいけないの!!』
あの日から、ダイワスカーレットとは一度も会えていない。何度か会いに行こうとはしたのだが、タイミングが悪かったり、他のトレーナー達のスカウトを受けていたりと中々話しかけられずにいた。
幸い、まだ誰かと契約を交わしてはいないらしいが。
「はあー……どうしたもんかなぁ……」
「どうしたんですか?ため息なんかついて?」
「んえ?」
後ろを振り向くと、緑色の制服を着た超絶美人のお姉さん、理事長秘書のたづなさんがいた。
「なんだ、たづなさんか。……いやまあ、ちょっーとな?考え事っつーか」
「あら?あなたでも悩むことがあるんですね。意外です。」
「いや、ひどくない?ひどいよね?たづなさんの中で、どんだけ能天気キャラになってんの俺。」
最近の頑張りのおかげか、たづなさんの態度は最初に会った時から、だいぶ柔らかいものになっていた。嬉しい反面、冷たさに拍車がかかっているのは気のせいだろうか。
「まあ、大神さんも頑張っているみたいですし、お話聞きますよ。何かアドバイスできるかもしれませんし」
なんのかんの話を聞いてくれるらしく、彼女の隠しきれない優しさが垣間見える。
なんだこの人。天使かよ。惚れるぞコラァ。
「……ダイワスカーレットって子をスカウトしたいんだけど、なかなか声をかけられてなくてさ」
「ダイワスカーレットさんですか……先日の選抜レースからかなり注目を集めていますけど、誰かと契約を交わしたという話は、まだ上がっていませんね。ですがそれも時間の問題です。彼女ほどの逸材でしたら、ひっきりなしにスカウトの話は舞い込んで来るでしょうから。」
「うーん……やっぱそうだよなぁ」
たづなさんから話を聞いて、さらに焦る。今の段階で一度もアタックできていないこと、仮にアタックできても他のトレーナー同様、断られる可能性の方が高いはずだ。
「……?何を迷っているのか知りませんが、いつもみたいに空気も読まず彼女に話しかければいいのでは?」
「なんか一々言葉に棘がある気がしますけど……それが出来たら苦労してねーすっよ。俺結構人見知りなんですぜ?」
「えっ……!?」
たづなさんが信じられないものを見たような目で、俺を見つめている。いやまじでたづなさんの中で俺の存在ってどう写ってるわけ!?一度ちゃんと話し合いたいですね!もちろん二人っきりでね!
「冗談はさておき、……それならもう、彼女が一人っきりの時を狙って、落ち着いてスカウトを持ちかけるしかないのでは?……これは内密にして頂きたいのですが……近頃、ダイワスカーレットさんが門限を過ぎても寮に戻ってこないことが多いみたいで。スカウトついでに様子も見てきてくれませんか?」
(もしかして、あの時の自主トレーニング……!あいつ、まだ続けてたのか……)
おそらく、神社での自主トレを今のいままで続けているのだろう。思ったより、悠長にことを構えている時間はないようだ。
「そーいうことならまかせてくれ!俺もさっさとスカウトを持ちかけたいしな。今晩にでも探してくるよ」
「ええ、よろしくお願いします。期待してますよ、勇者さん♪」
「……っ!あっ、あんがとな、話聞いてくれて。助かったよ」
フフッとあどけない笑顔を見せるたづなさんに、ドキッとしてしまう。たぶん素でやってるんだろうな、この人は。一体何人の男性トレーナーの心を釘付けにしているんだろうか。
そんなたづなさんと話して、次の目的が決まった。今度こそダイワスカーレットをスカウトしなくては。俺は一層気合いを入れ直す。
「あっ、ところでたづなさん!明日の夜とか暇だったりします?せっかく日本にいるんだから、寿司でも数年ぶりに食いたいなーって思って!二人で行きませんこと?もちろん!ここの先輩である、たづなさんの奢りでいい……」
「それでは大神さん、スカウト頑張ってくださいね。」
「いや無視ッ!?俺への対応慣れすぎじゃない!?ちくしょー!!もっと優しくしてくれぇええええ!!」
夜になり、俺は先日ダイワスカーレットと遭遇した神社に向かって歩いていた。昼間の間に、彼女をスカウトしに行ったトレーナー達から話を聞いたら、口々に「礼儀正しい優等生と聞いていたが、かなりの気性難」、「あの態度じゃ、ちょっと厳しい」だとか言われていた。
他のトレーナー達も手を焼いているみたいで、最初よりもだいぶスカウトに訪れる数は減っているらしい。俺としてはありがたい話だが。
(っと、着いたか。……おっ!やっぱりいたな、あいつ)
「はあっ……はあっ……こんなのじゃ……!足りないっ!!……もっと、もっと……!」
予想通り、ダイワスカーレットは神社にいた。この前と同じように、体に無理なトレーニングを続けて。
「よお。ずいぶんとまあ、無茶してるみたいだな」
「!?……あっ、アンタは……、あの時の?……いっ、一体何の用よ!」
「そりゃあもちろん、こんな時間まで外に出てる不良生徒をー?連れ戻しにきたわけですよ。」
「アンタには関係ないって言ったはずでしょ!?……それともなに?数日前のことも忘れちゃうくらい、お馬鹿さんなのかしら。」
俺が急にやってきたことに焦っているのか、優等生もびっくりな口調で俺に口ごたえしてきた。しかも何気に俺のこと馬鹿にしてるし。
「……もしかして、そっちが素なんか?なんか優等生って聞いてたけど」
「…………そうよ。優等生、なんてそういう『フリ』してるだけ。ほんとのアタシはこっち!……他のトレーナーが言ってる通り、頑固でワガママな気性難よ。どう?幻滅したかしら?アタシはアンタの言うことを素直に聞く気はないわ。わかったら、とっとと居なくなって!」
「悪いがそれはできねぇな。連れ戻しにきたってのは建前で、本当はお前に聞きたいことがあってきたんだよ」
「なっ、何よ……?」
俺が真剣な目でダイワスカーレットを見つめると、彼女も察したのか喉をごくりと鳴らし、話を聞く態勢に入った。
「おめぇ前に、言ってたよな。2番じゃだめだ、1番じゃなきゃいけないって。……なぜそこまで1番であることにこだわるんだ?」
彼女が何故1番にこだわるのか。一体何が彼女を掻き立てているのか。その思いを、気持ちを、ダイワスカーレットの本心を聞いておきたかった。スカウトをする前に。
「……この学園に来るまで、アタシにとって1番であることは当然で、誇りだった。1番になることで、アタシはアタシを認められるし、家族も喜んでくれるから、アタシは1番であることが好きだった……。でも、それもただの驕りで、結局……ここに来たら、ウオッカみたいな『本物』の速い子に、あっさり負けて……」
ダイワスカーレットがゆっくりと、自身の思いの丈を吐いていく。拳をギュッと握り、目に涙を溜め、強く、強く、悔しさを滲ませながらさらに言葉を続ける。
「1度ウオッカに負けたぐらいで、拗ねてヤケになって、自分でもバカだなって思うわ。それでも……それでも……!アタシは1番じゃなきゃ許せない!!納得いかないの!!1番速くて1番強い!1番みんなに認められる、1番注目されるアタシじゃなきゃ嫌なの!……そうじゃなきゃ絶対満足できないんだから……そういうふうになっちゃったんだから、しょうがないじゃない……!アタシはっ、アタシのために1番だけを取り続けなきゃいけないのよ!」
「そうか……」
彼女はどこまでいっても、ワガママで不器用な女の子だった。誰よりも負けず嫌いで、決めたことには一直線で、自分の思い通りにいかないと満足できない、なかなかに面倒くさい女の子。
だけどそれは、俺の心を釘付けにして、さらにスカウトしたい欲求を最高潮まで高めさせた。こんなおもしろそうなやつ、見逃す手はねぇ。
だが誘う前に一つ、話しておかなくてはいけないことがある。
「おめぇの気持ちはよーくわかった。……ただ一個だけ、おまえさんに言っときたいことがある。」
「……何よ?」
「1番にこだわんのはいいが、1番以外を否定すんな。お前以外も一生懸命走ってるやつはいんだから。2着にも3着にも、もちろん最下位にだって意味はある。……だからよ、2着じゃダメだなんて言うなよ。じゃないとお前に負けた、他の子たちに怒られるぜ?」
「っ!……それは……!」
「今の自分を受け入れてやれ、ダイワスカーレット。今の自分を受け入れて、明日の自分を信じんだ!そしたらきっと上手くいくさ。今の自分を受け入れられなかったら、明日もずっとそのままだろ?……急がなくていいからさ、その後にまた1番を目指せばいいさ。」
「今の自分を……受け入れる……」
そう、2着だっていいのだ。何着だって。その結果を受け入れて、次に活かせばいい。そうすれば、1番にだって、何にだってなれるはず。
一度の失敗に心を悩ませるより、そうやって前向きに考えていた方が、絶対に楽しいからな。
「まっ、こんなとこだな。俺が言いたかったことは。……あんまり真に受けなくていいぜ、完全に俺の主観だしな」
「……そんなことないわ、今のアタシがどれだけ周りが見えてなかったかわかったもの。……そ、その……ありがと。すぐには無理だけど、今のアタシを受け入れてみるから……」
「おう!それでいいさ」
どうやら少しでも、俺が伝えたいことが彼女の心に届いたみたいだな。
さて!こっからが勝負だ。どうやってスカウトしよう。キザっぽい口説き文句で、カッコよくいくか?それともいっそのこと、シンプルに「俺の担当になってくれ!」とか……
「ふう……それじゃあ、ありがたいお説教はこれで終わりかしら?アンタももう帰りなさい。アタシも……いや、やっぱりちょっとだけ走っていくわ。安心して、軽く流すくらいだから、すぐ帰るわよ!それじゃあね!」
「ちょっぉぉぉぉぉおおと!?まってええええぇぇえ!?俺まだお前のことスカウトしてないんだけどおおぉぉぉおお!?」
「…………は、はぁ!?」
「あっ、いや、その〜……」
やっべぇぇ、あまりにもスムーズにあいつがこの場を立ち去ろうとするから、つい勢いで言っちまった。
どうする?いや、このまま押し切るしかない。いけ!大神勇斗!このチャンスを掴み取るんだ!
「アンタ、アタシの話聞いてたでしょ!?アタシは1番にこだわる事しかできない、ただの頑固で面倒なヤツだって!他のトレーナー達だってそんなアタシに呆れて、もうほとんど話しかけに来なくなったわ!……それなのに、なんで……?」
「…………知ってるよ、お前がどれだけ面倒なヤツかぐらい。……そーいうとこひっくるめて、俺はお前に惚れたんだ」
「………………ふぇ!?」
ボンッと音を立てて、みるみるうちに顔が真っ赤になっていくダイワスカーレット。そんな彼女をよそに、さらに言葉を紡ぐ。
「俺は惚れたんだよ、お前の走りに。馬鹿みたいに1番を目指すその心に。初めて見た時から、ずっと目が離せなかった。こいつといっしょにいたら、どんだけおもしろい事が起きるんだろうって。……だから、改めてもう一度言うぜ」
俺は姿勢を正し、今一度ダイワスカーレットの目を見て、1番言いたかったことを伝える。
「俺にお前のトレーナーをさせてくれ、ダイワスカーレット!」
「〜〜〜〜っ!!」
伝えたいことは伝えきった。俺の心からの思い。勢いで喋ったため、かなり恥ずかしい言い方になってしまったが。後はもう彼女の答えを待つだけだ。
「……アタシは、そうやすやすとアンタの言うことなんか聞かないわよ……!」
「ああ、だろうな」
ダイワスカーレットは涙ぐみながら、ポツリポツリと口を開く。
「納得いかなきゃ、トレーニングメニューにもめちゃくちゃ口出しするんだから!……その覚悟、できてるわけ!?」
「おう、俺も反論しまくるからな!ドンときやがれってんだ!」
「…………な、なんなのよ、アンタ。本気で……アタシと……一緒に……」
「そう、一緒にだ。1番のウマ娘を目指すんだろ?なら俺はお前にとって、1番のトレーナーになってやるよ!」
「…………ッ!!」
ああ、そうだ。俺はこいつと一緒に1番を目指してみたいんだ。他の誰でもない、彼女と共に。
「……ふん。ヒトの口癖取らないでくれるかしら?それに、アンタ自分で1番にこだわりすぎるな、みたいなこと言ってたじゃないの」
「それはそれ、これはこれ、だ!どーせやるんだったら、1番がいいに決まってるだろ?」
「ほんと……っ、変なヤツに、捕まっちゃった……っ。」
ダイワスカーレットは、俺の前だというのに、今まで抱え込んでいたものが決壊したかのように思いっきり泣いた。
そうして、思う存分泣き終わった後──
「……人前で泣くとか、いつぶりかしら。それに、よりによってアンタの前でなんて」
「一丁前に照れてんのか。ハハッ!かわいいとこあんじゃねぇか」
「うっさいわね!……ほんと、なんでアンタなのよ……。はあっ〜……アンタ、名前は?」
目を赤く腫らしたまま、彼女が名前を聞いてくる。そういえばまだ名前を言っていなかったのか。スカウトするのに夢中になって、忘れていた。
「俺は大神勇斗!つい最近、トレセン学園に来たばっかの新人トレーナーだな!」
「あっ、そう。……じゃあ、改めて。アタシはダイワスカーレット、1番を目指すウマ娘よ。……これからよろしく。トレーナー。」
これからよろしく。それはつまり、俺を彼女のトレーナーとして認めてくれたということで。
「っ!ああ!こっちこそ、よろしくな!スカーレット!!」
こうして、大神勇斗とダイワスカーレット、二人の1番を目指す3年間が始まったのだった。
「それで?これからどうするわけ?トレーナー?」
「うーん、……そうだなぁ」
ある程度吹っ切れたようには見えるが、スカーレットに以前のような自信に満ちた覇気は感じられない。
この状態を改善しないと、この先には進めないだろう。ならやるべき事は一つ。取られたものは取り返せばいいのだ。
「……ウオッカに勝つぞ、スカーレット」
「…………はあっ!?いきなり何言って……!?」
「ウオッカに折られた自信は、ウオッカに勝って取り戻す!ウオッカに勝負を仕掛けるぞ!スカーレット!!」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ダイワスカーレットとリベンジマッチ
お気に入り登録、ありがとうございます!本当に嬉しいです!
「で?ウオッカに勝つってどういうことよ?」
俺はトレーナールームで、念願の担当となったダイワスカーレットと共に、今後の動きについて話し合いをしていた。
「前にも言ったろ?ウオッカに負けて折られた自信ならば、ウオッカに勝って取り戻すしかねぇ」
「……アンタの言い分はわかったけど、アイツに勝つなんて簡単なことじゃないわよ。なにか算段はあるんでしょうね?言っとくけど、普段の先行策じゃなくて、脚をためる策に切り替えたって無駄よ。そんな付け焼き刃でアイツに勝てるわけ──」
「いや、この前よりもっと早く、仕掛けるだけでいい。いわゆるロングスパート?みたいな感じで。具体的には1ハロンぐらい前かなぁ」
「はあっ!?アンタ、馬鹿なのっ!?スタミナ管理って言葉知らないわけ?そんな前から全力出したら、普通バテるに決まってるじゃない!」
スカーレットが俺の出した作戦に抗議する。当然だ、普通に考えれば、1ハロン(=200m)も前から仕掛け出したら、スタミナがなくなるに決まってる。だが──
「でも、そうしないとウオッカには勝てねぇぞ?末脚勝負になったら、勝つのは絶対無理だ。したらもう、こっちのスタミナでゴリ押して、押し切るしか道はねぇ」
「それは……そうだけど……でも……!」
「1番のウマ娘になるんだろ?スカーレット、お前なら必ずできる!信じろ自分を」
「う……。っぁぁああああもう!!わかったわよ、やればいいんでしょ、やれば!」
半ばやけくそ気味に、スカーレットは俺の作戦に同意する。実際、相当厳しいものだが、スカーレットの自信を取り戻すにはやるしかない。
「ほら!ぐすぐすしてないで、さっさとトレーニング行くわよ!スタミナ重点で鍛えるメニュー、当然考えてきてるんでしょうね!?半端な指示なんか出したら許さないんだからっ!!」
「おお!やりますかっ!!」
こうして、俺達はウオッカにリベンジを果たすため、気持ちを新たにトレーニングに向かうのだった。
「ねえ、トレーナー?さっきトレーニングするって言ったわよね?」
「ん?そーだけど?どうした?」
「……どーしたも、こーしたもないわよ!!トレーニングするって言って!なんで!こんなところにいるのよ!アタシ達は!!」
叫ぶスカーレットと俺は、学園からほど近い郵便局に来ていた。彼女が怒るのも無理はないが、もちろんトレーニングのために、この場所に来たのだ。
「落ち着けよ、スカーレット。ちゃんとトレーニングはするから。……あっ、こっちです。今日はよろしくお願いします。」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。……しかし、本当によろしいのですか?やはり、やめておいたほうがいいのでは?」
事前に連絡を取り合っていた、従業員さんとあいさつを交わす。彼は心配そうな顔で、これからやることに対して、やめるよう促してくる。普通ならやっぱ、そう思うよなぁ。だけど──
「大丈夫ですよ。やらないとトレーニングになりませんし。それで、お願いしていたものは?」
「そうですか……。よっ……と。頼まれていたもの、こちらになります。」
「お!ありがとうございます!」
「トレーナー、それって……?」
「ああ、夕刊だな。よし、スカーレットもこれ持て」
俺が従業員さんにお願いしていたもの──それがこの夕刊だ。両手いっばいに持てる分だけ持った俺は、スカーレットにも同じ様に持つよう促す。
「結局何するのよ?これから」
未だ何をするかわかっていないスカーレットが、素直に夕刊を持ちながら、ジトーっと俺の方を見つめる。機嫌を損ねない間にさっさと、これからやることを説明しないと。そろそろ本気で怒られそうだ。
「よし!それじゃあこれから、東京23区を回って、この夕刊を届けるぞ!もちろん、走ってな!」
「…………は?」
「制限時間は18時まで!つまり、あと2時間で全部配るぞ!あ、あと負荷かけるために……ほい!この甲羅を背負って走るぞ!さあ、がんばるぞーおー!」
「アンタ馬鹿なのっ!?やっぱり馬鹿よねっ!?東京23区を回るのだって無茶な話なのに、こんな重い甲羅を背負ってなんて!普通に考えて無理に決まってるじゃない!!」
説明しても怒られた。いや、わかっていたけれども。スカーレットの言う通り、普通なら無理だろう。こんなトレーニングともいえない、体を壊す可能性の方が高いような、無茶な走り込み。
しかし、スカーレットは普通とは違う。1番を目指すことができる、才能とメンタルを持った天才だ。彼女ならできると信じたからこそ、このトレーニング方を提案したのだ。
「スカーレット、1番を目指すお前ならできる。絶対に。それに、これをクリアできたら必ず、お前の力になるはずだ。だから頼む、何も言わず一緒に走ってくれ」
「っ!」
こちらの真剣な眼差しを感じとったのか、スカーレットも落ち着きを取り戻し、ゆっくりと一度目を閉じる。そしてそのまま考えるようなそぶりをして、覚悟を決めたように俺を見る。
「……はあ。わかったわよ、やってやるわよ。その無茶なトレーニング。効果がなかったら、タダじゃおかないわよ!そこんとこ、わかってるんでしょうね!?」
「ハハッ!わかってるよ!……よし!んじゃ、ちょっくら行くとしますか!」
スカーレットの了承を得て、さっそく俺も甲羅を背負って走り出す。ちゃちゃっと回ってやんないと、18時までに終わらないからな。少し急がんと。
「ちょっ!?アンタも走るのっ!?」
「当たり前だろ!?トレーニングもできて、バイト代も出るんだ。やらなきゃ損だろ!」
「ちょっと!待ちなさいよっ!!……ああっ!もお!!」
「はあっ……はあっ……はあっ……!」
体が、重い。喉は焼けるようだし、腕も上がらない。終いには足の感覚がなくなってくる始末。
それでもアタシは、走ることをやめない。なぜなら、アイツが、トレーナーがムカつくからだ。常人には到底、達成不可能なトレーニング法を、さも良い方法を思いついたと言わんばかりの笑顔で、叩きつけてきたあのトレーナーが。
元々、アタシの本性を知ってなおスカウトしてくる、変なヤツだとおもっていたけど。まさかここまで、変で、馬鹿な人間とは思っていなかったわ。
スタミナには、そこそこ自信があったアタシが限界に近づいてきてる。というより、正直もう、キツい。それでもまだ走れているのは、アイツに情けないところを見せたくないという、意地があるからだった。
なぜか知らないけど、あのトレーナー無自覚に煽ってくるのよね。「おっ?もう休憩か?」とか、「これじゃ、俺が後ろから押して走った方が、速いかもしんねぇな!」とか。思い出しただけで、腹が立ってきたわ。あんなヤツになんか、絶対負けたくない!
そもそも、なんでアイツは息の一つも切らさずに走ってられるわけ!?アタシも速度は抑えて走ってるけど、40kmは出てると思うわよ!?普通人って、こんな速度で走れないわよね?なんかもう、さも当然みたいに一緒に走ってるけど、おかしいから。人がウマ娘と一緒に走るなんて。
ああ!もうっ!こんなこと考えてたら頭痛くなってきた。ホント、規格外というかなんというか。このトレーナー、大丈夫なのかしら?今更だけど思わずにはいられない。
そうこうしてる内に、どうやらゴールが見えてきたみたいだ。よくやったわ、アタシ!偉いわよ、アタシ!今日だけは手放しに誉めてあげていい気がする。
「よし!スカーレット!ゴールだぞ、学園に戻ってきた」
「はあっ……はあっ……!よっ、ようやく……っ、終わった……のね……はあっ……はあっ……!」
「ああ!にしてもすごいぞ、スカーレット!まさか、初回から完走しちまうとは。おめぇ、やっぱり天才だな!」
一つも息切らしてないアンタに言われても、嬉しくないわよ!皮肉にしか聞こえないわ!本来なら言っていたセリフも、呼吸を整えるので精一杯なアタシは、口には出せず心の中で叫ぶ。
「さて、これで今日のトレーニングは終わりだな。おつかれさま!あっ、もう甲羅は下ろしていいぞ」
そういえば、背負ってたわね。この甲羅。走ることに集中しすぎて、忘れてたわ。というか重いわね、コレ!?20kg近くあるんじゃないの?……よく走りきったわね、アタシ。
「それじゃ、早く帰って飯食って寝ろ!明日も同じことやるから、なるべく疲労を残さないようにしないとな。宿題とかもやれたらで構わねぇから。それよりも体を休めることを優先しろよ?」
「明日もやるのね、これ……。わかったわ、正直すぐにでも横になりたい気分だもの」
本当はいますぐにでも、体を投げ捨てて倒れ込みたいくらい、立っているのがやっとって感じ。これ以上何かしろって言われても、無理よ、さすがに。息を整え終わったアタシは、ゆっくりと寮の方に足を向ける。
「あっ!伝え忘れてたけど、朝練はなしな!たっぷり寝とけよ!」
「朝練なしってどういうことよ!?」
「言葉の通りだ!今はまだ、このトレーニングに体を慣らさないといけねぇ。無理に練習量を増やすのは体がキツいだけだ。それに……どうせ朝練なんて出来やしないしな。まあ、明日になればわかんだろ」
色々と聞きたい事はあったけど、もうそんな気力も残ってない。アタシはトレーナーに背を向けて、寮へと歩き始めるのだった。
寮に戻って、着替えをしてからご飯を食べて、お風呂に入って宿題をやってから、ようやくベッドへと飛び込んだ。もうここから一歩も動けそうにないわ。襲いかかってくる睡魔に身を任せようとした時──
「ただいまー」
ガチャリとドアが開き、ウオッカが部屋に入ってくる。最近、ウオッカにも専属のトレーナーがついたらしく、少し遅い時間までトレーニングをやっているみたい。
「……なんだよ、もう寝てるのか。珍しいな。」
「……まだ、起きてるわよ。」
選抜レースで負けたあの日から、ウオッカとは気まずい空気が流れている。もちろん、同じ部屋にいる時もずっとだ。アタシがただ、いじけていると言われたらそれまでだけど、今のままでウオッカにいつも通り接することは出来そうにない。
「スカーレット、お前にもトレーナーついたみたいだな。それに、早速勝負を申し込んでくるなんて。……まあ、何度やっても結果は同じだけどな。俺が勝つ。今のお前に負ける気はしないからな。」
アタシだって、二度とアンタには負けないわよ。1番の座は、誰にも譲らないんだから。その言葉は声になる事はなく、アタシはとうとう限界を迎え、深い眠りについた。
──翌日
「〜〜〜〜〜〜っ!!!いっっっっったああぁぁああっっ!?」
目を覚ましたアタシを襲ったのは、全身に巡る、筋肉痛だった。
(明日になればわかるってこういうこと!?あの馬鹿トレーナー!ぜっっっったいに許さないんだからぁぁぁぁぁぁ!!)
スカーレットとスタミナトレーニングを始めてから2週間が経ち、とうとうウオッカとの勝負の日がやってきた。天気にも恵まれて、絶好のレース日和だ。
「いやぁ〜、遂に来たな。この日が!……なんだ、スカーレット?緊張してんのか?」
「…………してるわよ、うるさいわね。そういうアンタも珍しく緊張してるじゃない。」
「ハハッ、やっぱわかるか。……俺にとっても初めての、担当と挑むレースだからな。この勝負で俺とお前の力が、どこまでのものかが分かる。でもまあ、今のお前なら負ける事はねぇはずだ。取り戻してこい!1番の座を!」
「……ふふっ。分かってるわよ、そんなこと。勝ってくるわ、必ず!」
どうやらそこそこは、緊張が解けたみたいだな。彼女の元気な笑顔に安心していると、あちらさんも準備ができたのか、ウオッカがスカーレットに近寄ってくる。
「スカーレット。……そろそろいいか?」
「……ええ。じゃ、行ってくるから。……そこでちゃんと見てなさいよね、トレーナー。」
スカーレットとウオッカがゲートに向かって歩いていく。後はもう、彼女が勝つのを信じて待つだけだ。二人を眺めていると、俺の元に一人の男がやってくる。
「今日はよろしく頼む」
「ああ!こっちこそよろしくな!それに、本当にありがとうな。急な勝負にも応じてくれて」
高身長でくっきりとした目鼻立ちに、堅実な雰囲気を持った美男、今回の勝負を快く受け入れてくれた、ウオッカの担当トレーナーが挨拶にやってきた。
「別に構わない。ウオッカも、ダイワスカーレットのことを気にしていた。……それに、負ける気もしないからな。」
「……それは俺もだ。」
二人してニヤッと笑うと、彼は満足したのか元の位置に戻っていく。やっぱり、どこのトレーナーも自分の担当に自信を持ってんだな。そりゃそうか。
ふと後ろを振り向くと、かなりの数の観客が集まっていた。この二人の対決という事で、そうとうな注目が集まっているようだ。よく見ると、生徒会副会長のエアグルーヴや、スカーレット達の同級生のトウカイテイオーの姿もある。
大観衆が固唾を飲んで見守る中、遂にゲートが開きレースが始まった。
「あ、スカーレットが前に出た!やっぱり今回も先行策かー。でもそれじゃ、前と同じ展開だよね?また、最後の直線でウオッカに差されちゃうんじゃないかな〜。」
「いや、待て。どうやら──同じ展開ではないようだぞ。」
「ここっ……!」
「は!?ちょっ……!!」
選抜レースの時とは全く違う。スカーレットは伝えた作戦通り、前回よりもさらに速くスパートをかけていく。普通に考えれば、暴走にしか見えない無茶な走り。しかし──
「フッ……フッ……フッ……!!」
(足が軽いっ!!スタミナもまだまだ余裕があるし、もっと……もっと……いけるわっ!!)
「くっ……そお!!なんで……差が縮まらねーんだっ……!?」
この2週間、スカーレットはあの、地獄のスタミナトレーニングだけを行ってきた。最初のうちからは想像できないほど、スカーレットの体は順応し、以前までの倍ぐらいのスタミナを手に入れていた。
「1番はアタシなんだからぁああああああああっ!!」
「うぉおおおおおおおおおおおおっ!!負けてたまるかぁああああああっ!!」
懸命に追うウオッカに、さらにスピードを上げていくスカーレット。レースを制したのは──
「はあっ……はあっ……フッー……!!〜〜〜〜〜っ!!アタシ……!勝ったのね……!!」
勝者は、2馬身差で力を見せつけた、スカーレットだった。
「……っだぁあああー、くそっ!負けた負けた、ちくしょー!!」
「ウオッカ……。」
「ふん……けど、このままじゃ終わらせねーからな。いいか、次に勝つのは俺だ!絶対負けねーぞ……優等生!」
「……ふふっ。いい度胸じゃない、かかってきなさい!次も1番を取るのはこのアタシよ!……そうでしょ、トレ──きゃっ!?」
「スカーレット!!おめぇやっぱすげぇよ!!さっすが、1番のウマ娘だぜ!ハハッ!ハハハッ!!」
喜びのあまり、俺はスカーレットを両手で持ち上げ、その場でぐるぐると回る。よく見るとスカーレットが顔を真っ赤にして「下ろしなさいよ、バカッ!!」とか色々言っていたが、気にする余裕はなかった。二人の力が証明されたのが、本当に嬉しかったから。
ようやく満足した俺は、スカーレットを地面に下ろす。そして俺がしたことに説教をするスカーレットの話を聞いていると、ウオッカのトレーナーがまた俺に話しかけてきた。
「対戦ありがとう。……まさかここまでやるとは思わなかった。次は必ず勝つ。ではな、行くぞウオッカ。」
「おう!またよろしくな!」
俺とスカーレットの初コンビの、初レースは、最高の結果で幕を閉じたのだった。
「いい?もう二度と人前であんなみっともない事しないこと!アタシがどれだけ恥ずかしい思いをしたか、わかってるわけ!?」
「みっともないって……そこまで言わんでも……」
「何ですって?」
「いや……ごめんなさい。もうしません。」
トレーナールームに戻っても、スカーレットのお説教は続いていた。笑顔で凄んでくるスカーレットに反論はできず、俺はもう謝るしかない。
「はあ……まあ、もういいわよ。アンタにも悪気があったわけじゃないのはわかってるし。そっ、それに……。」
スカーレットがなにやらモジモジしながら、こちらをチラチラと見てくる。何だろうと眺めていると、やがて意を決したのかこちらを真っ直ぐに向いて、口を開く。
「アンタのおかげでウオッカに勝てたんだもの。あんな無茶なトレーニングで強くなれるなんて、思ってもみなかったわ。だから……ありがと。こんなアタシを信じてくれて。」
「スカーレット……。」
どうやら素直に感謝を伝えるのが、気恥ずかしかったようだ。こうやって素直にお礼を言われると、頑張ってきた甲斐があるってもんだ。それに、よほどウオッカに勝てた事が嬉しいのか、尻尾はブンブンと揺れているし、耳もピクピク動いてる。なんだか年相応の少女って感じがして──
「可愛いなぁ!お前はぁ!!」
「なっ!?」
また顔が真っ赤になるスカーレットを見ながら、もう大丈夫だなと思う。ウオッカに勝って自信を取り戻したスカーレット。これでようやく、俺達はスタートラインに立ったんだ。目指すべき、トゥインクル・シリーズに向けて!
スタミナトレーニングは、ドラゴンボールで亀仙人の修行でやっていたもののオマージュですね。亀仙人の修行、大好きなんですよね。他にも参考にするかもしれません。
次回からはやっとトゥインクル・シリーズ編が始まります。どうにか大神勇斗君の力を腐らさずに書けるよう、頑張っていきます。よろしくお願いします!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ダイワスカーレットとメイクデビュー
遅れてすみません。第4話です。
ウオッカとの勝負から時間が経ち、スカーレットのデビュー戦があと3週間と近づいてきたある日。今日も今日とて日課である、東京23区に夕刊を届けるトレーニングをやっていた。
「おっけい!一旦、休憩な。だいぶ慣れてきたんじゃないの!感心、感心。」
「フウー……ええ、本当に。誰かさんのおかげでね。」
最初は時間内に走り切るのが精一杯だったが、今では背負う甲羅も50kgに増え、時間も半分ほど短縮できるようになっていた。
「でもこのままで大丈夫なわけ?デビュー戦までもう時間はないのに、基礎トレばっかでレースに関するトレーニングしてないわよ?アンタのことだから、何も考えてないってことはないでしょうけど。」
スカーレットの言うように、レースに対してのトレーニングは一切行っていない。それでもそこまで不満を言ってこないのは、先日の勝負に勝ったことで少しは信用してもらえているからだろうか。だとしたら、ふつーに嬉しい。
「まあな、そこんとこは心配しなくていい。今俺たちがやっていることは、この先やることになる、さらに厳しいトレーニングに向けて体を作り変えている段階だ。この状態でさらに負荷をかけると、体のバランスを崩しかねないからな。だから、しばらくはこのままこれ以上、他のことはあんまやる気はねぇな。だけど──」
「……だけど?」
「その体を作り変えている状態ですら、今のお前はそこらのウマ娘と次元が違うくらい、強くなっているはずだ。それこそ、G1レースで勝ち負けができるくらいはな。」
「!!」
そう、今のスカーレットは相当強い。俺とのトレーニングで、眠っていた力と才能が呼び起こされ、徐々に力と体が合致し、馴染んできた頃合いだ。すでにスカーレットの能力は、同じ時期の同世代の娘たちと比べて、2、3倍はあるだろう。
「ま、そんなわけで正直、次のデビュー戦でおめーが負ける事はないだろうな。だから次のレースは、自分自身の力がどんなもんか確かめてこい!別に本気で走らなくてもいい、今の力を確認するだけで十分だ。……他の娘たちを舐めてるわけじゃねぇけど、それだけで余裕で勝てちまうだろう。それぐらい、圧倒的な差があるんだ。」
「わかったわよ。アンタがそう言うんじゃ、きっとそうなんでしょうね。でも悪いけど、アタシは本気で走るわよ。他の娘たちを圧倒して、アタシの力を魅せつけて、鮮烈なデビューを飾るわ。1番になるウマ娘が誰なのか、知らしめてやるんだから!」
「ははっ!それもそうだな!よし、そしたら時間余ってるし、ウイニングライブの練習でもしとくか!」
圧倒的な力で勝利することを宣言したスカーレット。そうしたら今やるべき事は、勝った後の事。つまりウイニングライブの練習だな。レース後のライブも、ウマ娘にとって重要なもの。レースもライブも完璧にこなしてこそ、一流のウマ娘、だそう。
ダンスや歌のレッスンなら、体にも余り負荷はかからないし、気分転換にもなるからちょうどよさそうだな。
「それはいいけどアンタ、ライブのレッスンなんてできるわけ?一応、授業と空いた時間でやってはいるから、アンタの指導なんていらないくらい完璧よ?」
「まあ、待ちな!この、最強超絶究極天才敏腕トレーナーの俺が!歌とダンスのなんたるかを教えてやるぜ!」
「いや、不安しかないわよ。」
そんなわけで、ダンススタジオにやってきた俺達は、さっそくレッスンを始めることにした。今回やる楽曲は『Make debut!』。デビューしたウマ娘たちに贈られる始まりの楽曲らしく、トゥインクル・シリーズを代表する一曲だ。
とりあえずスカーレットが通しで踊ってくれているが、自分で完璧と言うだけあってかなり洗練されている。……どうしよ、マジで俺の出番ないかも。
それでも!俺はトレーナーなのだ。どこか、どこか無いのか。小さな事でいい、俺がスカーレットに指導できるとこ。血眼になって、それを探す自分と、何やら視線を感じながらも笑顔を絶やさず踊るスカーレット。そんなこんなで、曲が終わった。
「夢の〜先ま〜で〜……ふふん、どう?文句のつけようがないくらい、完璧な出来でしょ?アンタもアタシのダンスに釘付けだったみたいだし、これは本番も期待できそうね!」
「……ええ、確かに良かった。ダンスも歌も素晴らしいものだったわ……。でもね!それだけじゃダメ!!貴女には決定的に足りないモノがあるッ!!」
「何その気持ち悪い口調。頭でも打ったわけ?で、アタシに足りないモノって何よ?」
ヒステリックな口調で話す俺に、呆れながら続きを促してくるスカーレット。必死になって探した、スカーレットのライブパフォーマンスに欠けている部分、それは──
「それは、愛よ!スカーレットさん!貴女には愛が足りないわッ!!」
「……愛?」
「いいこと?まず、ウイニングライブは一体誰に向けて行うのか……。そう!レースを観て声援を送ってくれた、ファンのみんなよ!!遠い所から貴女たちを応援するために、わざわざ会場まで足を運んでくれたファンのみんなに、感謝の気持ちを伝えるためのライブなの。その人たちが楽しめるよう、貴女はありったけの愛を、心を、歌とダンスに込めなければならない。込める義務があるのよッ!!」
「アンタの言い分はわかったわ。要するに、ファンのことを考えて、もっと気持ちを込めろってことね。」
「そゆこと〜」
ファンの方々はレースだけではなく、ライブも楽しみにしている。トゥインクル・シリーズにとって、ライブもなくてはならないもの。ならばこちらにも、レースと同じぐらいの熱量で挑まなくてはならない。歌や踊りが完璧だからといって、気持ちが伴ってなければ観ている側も楽しくないだろう。
「じゃあ次は、もっと本番を意識して、アタシの想いを目一杯込めてやるわ。他にもアドバイスある?ないなら、また通しでやっちゃうけど。」
「もう一個だけあるぞ。今度は動きについてだな。もっと体を大きく動かしてもいいと思うぞ。具体的には上半身だな。今のままでも良いんだけど、もうちょいこう、グワッーって感じで……」
「?……こういう感じ?」
俺の動きをマネして、素直にスカーレットも体を動かす。上半身もさらに大きく動かすことにより、元々目を引くほど大きく育った胸が、殊更強調されて──
「そう!それでいいぞ、スカーレット!ああ、もっとこう、体全体を真上に揺らすような感じで……そう、それでいい!それがベストッ!!これならファンの視線を釘付けにすること間違いなしっ!特に男性ファンは喜ぶこと請け合いだな!いやぁ、ナイスおっぱ──ぶべぼっ!!」
「こぉんのっ!変態トレーナー!!最低!最ッ低よ!!アンタのアドバイスなんて聞くんじゃなかったわ!!」
怒りに震えたスカーレットの渾身の右ストレートが、俺の顔にめり込み壁までぶっ飛ばされる。ったく、可愛いジョークだったってのに。スカーレットだって途中まで、ノリノリだったんだけどなぁ。ま、いいもん見れたし、そろそろおふざけはこの辺にしてと。
「いちち……悪かったって。それだけスカーレットが魅力的だったってことで、許してくださいな。」
「ふん、今のアンタに言われても嬉しくないわよ!」
「と、ともかく!次は本番を意識して練習すんだろ?ならより臨場感を出すために……よっ、と。」
少し力を込めると俺は、2人に分身した。
「…………は?え?……ちょっ、ふぇ!?」
「じゃ、俺は横で踊るから、スカーレットはさっきと同じで、センターのポジションで踊ってくれ。よし、それじゃ曲かけるぞー」
「いや、説明しなさいよっ!?なんでアンタが2人になってるの!?いろいろ展開が早すぎて理解できないんだけどっ!」
「まあ人間なんだし、そういう日もあるだろ。あんま気にすんな、ハゲるぞ。」
「気にするわよっ!!馬鹿ッ!!」
結局、理解することを諦めたスカーレットは、分身した俺と共に本番さながらの環境で、日が暮れるまでレッスンを行ったのでした。
「やってきたなー、京都レース場!ここから始まるんだな、俺たちのトゥインクル・シリーズが。」
ここ京都レース場で今日、スカーレットのデビュー戦が始まる。小雨が降ってはいるが、バ場状態は良らしく、普段通りのパフォーマンスを発揮できるだろう。
「にしても、G1レースでもないのにこの人の入りよう、ほんっとすげぇな」
観客席は満席とはいわずとも、かなりの人が入っていた。さすがは、アイドル的人気を誇るウマ娘といったところか。この世界でのトゥインクル・シリーズの注目度が窺える。
一通り会場内を見て回った俺は、スカーレットが待機している選手控室に向かう。会場入りは一緒だったが、スカーレットが「アンタといると集中しづらい」とのことで、しぶしぶ1人で歩き回っていたのだ。
まあ、初めてくるレース場に興奮して、都会に来た田舎の中学生ぐらいテンションが上がっていたから、文句は言えないけど。
「おーい、スカーレット。入っていいか?」
「ええ、いいわよ。」
ドア越しにスカーレットから許可を得て、部屋に入る。そこには体操服を着て、準備万端といった様子の彼女がいた。
「もう、大丈夫みたいだな。落ち着いてるみたいだし。」
「おかげさまでね。バッチリよ!今日はもう、1番以外になる気がしないわ!」
「そうか。なら安心だな。……にしても。」
「なっ、何よ?ジロジロこっち見て。なにかおかしいところある?」
「いや、ブルマ初めて見たんだけどよ……。超エロ可愛いな!スカーレット、似合ってるぜ!」
「……アンタってセクハラ発言しかできないわけ?」
上は半袖の体操服に、ウマ番が書かれたゼッケンをつけ、下はブルマというスタイル。ブルマから覗く、程よく筋肉がついた白く綺麗な足に、俺の視線が吸い寄せられる。
つーかこれ、パンツだよね?エロだよもう。この世界の男はなんなの?これを見て何も思わないわけ!?こんな少女たちに着させてさぁ!最高だよ、異世界!ありがとうございますだよ!
「はあ……。まあいいわよ、もう時間だからそろそろ行くわね。」
「おう、行ってこい。……スカーレット!ぶちかましてこいっ!!」
フッと笑い、手をひらひらと振って控室を後にするスカーレット。彼女を最後まで見送ってから、自分も観客席の方へと移動する。すると、そこには見知った顔があった。
「あれ?たづなさんじゃん。お疲れ様!たづなさんも来てたんだな。」
「お疲れ様です、大神さん。デビュー戦はなるべく観に来るようにしてるんです。彼女たちにとって大事な、初めてのレース。この目に焼き付けておきたくて。」
ウマ娘を誰より愛し、見守ってきたたづなさん。レース場を眺める彼女の目は、とても暖かく、どこか寂しさを感じさせるものだった。
「そういえば、ダイワスカーレットさんはどうですか?今日のレース、なかなかに強敵が揃っていると思いますが。」
「そこんところは安心してくださいな!他の娘には悪いけど、うちのスカーレットがぶっちぎりで勝ちますよ!」
「ふふっ、それじゃあ楽しみにしてますね。」
たづなさんと会話をしていると、選手達の本バ場入場が始まった。スカーレットも落ち着いた様子で入場している。彼女が負けるとは微塵も思ってはいないが、やはりどうしても緊張してしまう。
実況席から各ウマ娘の紹介が入ると、いよいよゲート入りが始まる。スカーレットは3枠3番、何事もなくゲートに入り出走を待つ。全員がゲートに収まり、一瞬の間の後、レースがスタートする。
『各ウマ娘一斉にスタート。綺麗に揃いました。ハナを取ったのはやはり、ダイワスカーレットです。』
いつも通りスカーレットは1番前を走る。スタートの練習は特にやってはいないが上手く飛び出せたのを見るに、生まれ持ったセンスがそうさせているのだろう。
『おっと、ダイワスカーレットかなり飛ばしています。後ろとの差は5バ身程、距離は持つのでしょうか?』
実況が驚くのも無理はないが、スカーレット的には特に飛ばしている気はないはずだ。普通に走ってあのスピード。この時点で勝負が決まったといっても過言ではなかった。
『少しづつ差が縮まって、第4コーナーに入ります。先頭は依然、ダイワスカーレット。おおっと!?ダイワスカーレットここで仕掛けてきたか!?一気に差が広がっていく!まだスタミナは持つのか!?後ろからコンテストライバル、リボンエチュードも追い上げているが!直線、まだ伸びる!まだ伸びます!ダイワスカーレット、他を一切寄せ付けません!圧倒的な力で今、堂々と、ダイワスカーレット、ゴールイン!』
2着との差は、8バ身。1番を目指す彼女のデビューに相応しい、華々しい勝利だった。観客達もあまりのレース内容にどよめき、そして、新たなスターウマ娘の誕生を確信した。
「すごい……。ここまで強いなんて……。一体どんなトレーニングをしたんですか?」
「なははっ!でしょ!すごいでしょ、うちのスカーレット!でもまさかあそこまでとは、俺も驚いてますよ。トレーニングに関しては、たづなさんにも教えられないですねー」
たづなさんに言ったら絶対怒られそうだし、あのトレーニングは。「そうですか」と笑うたづなさんが、急にレース場の方を指差す。そこには真っ直ぐこちらを見つめる、スカーレットの姿が。
「行ってあげてください、大神さん。彼女が待っています。」
「ああ!ありがとな、たづなさん!」
たづなさんと別れ、観客席からスカーレットのいる場所まで急いで走る。人混みをかき分け、たどり着くとそこには、無表情を装っているが明らかに喜びを隠し切れないといった様子のスカーレットが立っていた。
「見てた?アタシの走り、アタシが1番になるところ。」
「おう、もちろん。」
「ふふん♪ならいいわ。……始まったのね、アタシが……アタシたちが1番を目指す道のりが。」
「あんまのんびりしてっと置いてっちまうぜ?」
「こっちのセリフよ、ちゃんとついてきなさいよね?」
軽口を言い合い、自然と笑みが溢れる。2人してレース場を眺めていると、心地よい風が吹いた。走ったばかりのスカーレットの体には、一段と気持ちの良いものだろう。
「じゃあ、アタシ行くわね。この後ライブもあるし、急がないと。」
「そうか、ちゃんと汗拭けよ!」
スカーレットが走りだしたのを見て、俺もその場を離れようとする。が、スカーレットは立ち止まって、こちらを振り向いた。
「トレーナー!」
「ん?」
スカーレットは人差し指だけを立てた手を突き出し、今日1番の笑顔で宣言する。
「次も、その先も、全部勝つわよ!!」
「ああ!!」
その後のライブもスカーレットは完璧にこなし、次の日のスポーツ新聞各社の紙面を、彼女が独占した。こうして、ダイワスカーレットは鮮烈なデビューを果たしたのだった。
この作品のダイワスカーレットは、アプリで自分で育成したものを基準にステータスが決まっています。メイクデビュー時点でスピスタ賢が200後半、パワ根が200近くといった感じ。他のモブ娘と比べるとだいたい2倍くらい差があるので、普通に圧勝します。この先もゲーム基準でステータスが上がっていくので、目標レースはほとんど余裕で勝っていきます。そこのところはご了承いただければ。
どうでもいい話ですが、投稿が遅れた理由は、ライザのアトリエをやっていたからです。太ももに釣られて買ったわけですが、面白すぎる!面白すぎるんですよ!RPGは!ドラクエやFFもやりたくなってくる始末。モンハンもアプデが来ているし、ゲームもっとやりたいんじゃあぁあああああ!
執筆もそれに負けずに頑張ります。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
クラシック編
異世界勇者と歪みはじめた世界
秋競馬始まりましたね。楽しみです。サリオスッ!!
『ウオッカ届かない!ウオッカ届かないか!?先頭までまだ2バ身!やはり、ダイワスカーレット!ダイワスカーレットです!連戦連勝無敗のまま、桜の女王へ一直線!チューリップ賞を制したのはダイワスカーレットだ!』
メイクデビュー戦から時間が経ち、スカーレットは桜花賞の前哨戦である、チューリップ賞を危なげなく勝利していた。ウオッカも出走していたが、あれからさらにトレーニングを重ね強化されたスカーレットには、さすがに勝てなかったようだ。
(あの日のウオッカは負けたのにもかかわらず、その目は闘志に燃えて、己をさらに高めることを決意した戦士のようだった。ありゃそうとう強くなんな。今すぐにとはいかねぇが、ウカウカしてっと簡単にウオッカの方に軍配が上がりかねないな。……これが「ライバル」ってやつか。)
「よし。んじゃラスト行くぞ、スカーレット。ちゃんとついてこいよ!」
「ふん、当然でしょ!今日こそアンタに勝ってやるんだから!」
俺たちは今、朝のトレーニングで軽めのランニングを行っていた。軽めといっても、全力ダッシュと普通に走るのを交互にやって、体に負荷をかける。これを10〜20kmで、その日のコンディションで距離を決めて走る。放課後に行う、本格的なトレーニングよりはかなり優しいモノだろう。
初期と比べて体が出来上がってきたスカーレットは、夕刊届けのトレーニングだけでなく、朝トレや筋トレなど、少しずつトレーニングメニューを増やしていった。このままいけばスカーレットが目指す、トリプルティアラ、『桜花賞』『オークス』『秋華賞』の3つは手に入るだろう。
恐ろしいほどの成長スピードに内心ビビっている俺。ウマ娘という種族の身体能力に、その中でも指折りの才能を持ったスカーレット。ほんの数ヶ月鍛えただけでここまで強くなるとは。そのうち戦闘能力でも俺をこえてしまうのでは!?それだけのポテンシャルを、ウマ娘は、スカーレットは持っている。
(俺も修行再開するかなぁ。女の子に負けたんじゃ、勇者としての面目が立たねぇしな。)
密かに俺が意気込んでいる内に、ランニングコースを走り終えて学園前まで帰ってきた。すると、正門の所に、何かキョロキョロしながら辺りを見回す1人の生徒がいた。
「ん?あれは……?」
「スーパークリーク先輩ね。どうしたのかしら?……お〜い、クリークせんぱ〜い!」
「あら〜?スカーレットちゃん、それとスカーレットちゃんのトレーナーさんですか?おはようございます〜。うふふ、朝から精が出ますねぇ〜」
スーパークリーク。確かオグリキャップや、タマモクロスといった有名ウマ娘が所属する最強チームの一角、チームレグルスの一員。彼女自身もとてつもない実力で、G1タイトルを複数、獲っているらしい。
「おはようございます。クリーク先輩はここで何をしているんですか?」
「それが、私もオグリちゃんと一緒に朝のランニングをしていたんですけど、いつの間にかはぐれてしまって。偶にあることなので、ここで待っていれば戻ってくると思っていたんですけど……」
「まだ帰ってきてないのか」
「はい……。一度探しに行ったんですけど、見つからなくて。電話にも出ませんし、そのうち帰ってくるとは思うのですけど、心配で……。」
話を聞くと、どうやらオグリキャップが行方不明らしい。迷子ならまだしも、何か事件にでも巻き込まれていたら洒落にならない。それにスーパークリークの不安そうな顔を見たら、放っておくわけにはいかなくなった。スカーレットも同じ気持ちのようで、こっちを訴えるような目で見てくる。
「ねえ、トレーナー。」
「ああ、スーパークリーク。俺たちもオグリキャップを探すのを手伝わせてもらうぜ。」
「い、いいんですか?本当に?……ありがとうございます。一緒にオグリちゃんを探してください!」
「それで、オグリキャップが行きそうなとこあるか?さっき見てきたのかもしんねぇけど、何か見落としがあるかもしんねぇし、もう一度行っといた方がいいと思う。」
「そうですね……。なら、近くの公園に行きましょう。あそこはオグリちゃんのお気に入りの場所ですから」
そうして俺とスカーレット、スーパークリークの3人は、オグリキャップを探すため公園に急ぐのだった。
「なんだ……?ここは……。」
「大丈夫?アンタ、顔色悪いわよ?調子悪いの?」
「いやっ、大丈夫だって!俺のことよりさ!探すぞ、オグリキャップをよ!」
「え、ええ……そうね。」
明らかに異常だった。この公園に着いて初めに感じたのは、まるでこの空間だけ別の世界のような異物感。ほんのわずかだが、感じとれる魔力の残滓。幸い、二人には何の影響も見られないが、ここに長居するのは危険だろう。早めにここを立ち去らないと。
「オグリキャップはよくここに来るんだな?」
「はい。えっと……、あ!あの子です!ハツラツちゃんです。オグリちゃんに懐いてる野良猫ちゃんで、この子に会いによく来ているんですよ〜」
「ニャー」
スーパークリークが紹介した野良猫は、彼女の足に擦り寄ると、そのまま公園の奥、小さな森のようになっている区画に行ってしまう。森に入る直前、猫はこちらをチラッと振り向いた。まるで俺たちを誘っているように。
「……行くぞ。あの猫を追う」
「ちょっ、ちょっと!いきなりどうしたのよ、もう!」
「まっ、待ってください〜!」
急に走りだした俺を慌てて追いかける二人。猫が入った森には、微かに人の気配がする。確信は持てないが、この気配を出している人物がオグリキャップだろう。無事でいてくれ、その一心で、走る脚のスピードを上げた。
一応人の手が入っているのか、大雑把に整備された道を走っていると、急に開けた場所に出る。円を形成するようにこの一帯だけ木が生えておらず、不気味なまでに空気が静かだった。
「ここの公園にこんな場所あったかしら……?」
「なに?」
スーパークリークが何やら気になることを呟く。どういうことか──。問いただそうと、隣にいるスーパークリークに話しかけようとするが。
「ちょっと、あれって!オグリ先輩じゃない!?」
すぐにスカーレットの声に意識を引き戻される。スカーレットが示した場所には、確かにオグリキャップが地面に横たわっていた。よく見るとさっきの野良猫もいる。
すぐさま、俺たちはオグリキャップに駆け寄る。どうやら眠っているようで、スースーと寝息が聞こえる。体に目立った外傷はなく、少し土汚れが付いているぐらいだ。
「オグリちゃん!大丈夫ですか!?起きてください、オグリちゃん!」
「ん……んん……。ふわぁ……。ん?ここは……?」
「オグリちゃん!!無事だったんですね〜!本当によかったです!」
「うわっ、クリーク、どうしたんだ?そんなに抱きつかれたら少し苦しい。」
スーパークリークが体を揺らすと、オグリキャップは普通に目を覚ました。本当に眠っていただけのようだ。それでも、感極まったスーパークリークはオグリキャップに抱きつき、オグリキャップもそれを受け入れ、どこか安心したような顔をしている。
「これで一件落着ね。よかったわ、オグリ先輩が見つかって。あんなに不安そうなクリーク先輩初めてだったし、アンタも偶にはやるじゃない」
「ああ、そうだな……。」
「そういえば、オグリちゃん。どうしてここにいたんですか?」
俺がスカーレットに対し、歯切れの悪い答えを返していると、スーパークリークがオグリキャップに当然の疑問を投げかける。
「そうだ!あの子を追いかけて、私はこの公園に来たんだ」
「あの子?」
オグリキャップの発言に、一同頭の中にハテナを浮かべる。しかし、すぐにその疑問は解消された。
「ああ、この辺にいたはずなんだが──」
「がーうぅ」
「「「がう?」」」
声がした方──オグリキャップの肩の後ろから出てきたのは、サッカーボール大の体に、ふわふわの白い毛が生え、尖った耳にまん丸の目玉、短い手足に、背中に生えた翼、とてつもなくファンタジーで愛くるしい、謎の生物が翼をパタパタとはためかせ、宙に浮いていた。
「お!いたのか、がうがう!ははっ、やはりお前はすごいもふもふだな」
「……トレーナー、なんなの?これ?」
「俺だってわかんねぇよ……。初めて見たわ、こんなん。マスコットキャラみてーだな、こいつ」
「あらあら〜、とっても可愛らしい子ですね〜。でも、何の動物なんでしょうか?……猫?犬?よく見ると羽が生えてますし、う〜ん……。」
がうがうと呼ばれたまん丸生物は、オグリキャップにめちゃくちゃもふられて気持ちよさそうにしている。スーパークリークは、こいつが何の動物なのか判断に迷っているが、当たることはないだろう。それは、これがこの世界に存在しないはずの生物──魔物だからだ。
(この公園の異様な空気感……。こいつがいたからか。見た感じ、悪意や敵意はないし、魔力に至ってはほぼゼロだ。こいつが何かする可能性は低いだろう。けんど、何故魔物がこの世界に?一体どうやってここに来たんだ?)
「がうがうはたぬきだろう。もふもふ感が似ている気がする。な?がうがう?」
「がうぅ〜……。」
「そうですか〜。ふふっ、がうがうちゃんっていうんですね。よろしくお願いしますね〜」
「どうしよう、トレーナー。アタシ、もう全然理解できないんだけど。どうすればいいの?」
二人の先輩が作り出すゆるふわな空間に、困惑しっぱっなしのスカーレット。まあ、オグリキャップは無事だし、スーパークリークも元気が戻ったみたいだから良しとしてやってくれ。さて、目的も達成したし、一刻も早くここから離れないと。これ以上ここに居るのは、良くない気がする。
「とりあえず、だ。オグリキャップも見つかったことだし、さっさと学園に戻るぞ。もう授業が始まっちまう。おめぇら、遅刻したくなかったら、とっとと走って行くぞ!」
「そうですね〜、急ぎましょうか。スカーレットちゃん、トレーナーさん、本当にありがとうございました。オグリちゃんを見つけられたのは、お二人のおかげです」
「私からも、ありがとう。みんなが探しに来てくれなかったら、ずっとここで眠っていただろう。本当に助かった」
二人のお礼の言葉を聞いて、俺たち四人は急いで学園に向かった。遅刻には全員、ギリギリ間に合って、慌ただしい朝は終わったのだった。
(やっぱり、あの公園は一度詳しく調べておかないとな……)
学園内の掃除の手伝いをしながら、俺は今朝あった出来事について考えていた。オグリキャップが倒れていた場所──公園の奥地について、スーパークリークは知らない様子だった。
(がうがうとかいう魔物、あいつのせいであの空間は出来上がったんだろうか?いつの間にか、あいつの姿は消えてるし。オグリキャップが言ってたけど、ランニング中にがうがうを見つけて、追いかけていたら公園にいたらしい。いつ寝たかも覚えがないとも。)
話を聞けば聞くほど、謎が深まるばかりだ。しかし、一つだけ確実にわかることがある。
(魔物がここにいるということは、この世界が別の世界と繋がっている、ということなんだよな。それが、俺が勇者やってた世界なのか、はたまた全く別の所なのか……。ったく、わかんねぇことが多すぎらぁ。スカーレットには悪いけど、今日のトレーニングは1人でやってもらうしかねぇな)
校庭の掃除を終わらせて、俺はスカーレットの教室へと歩き始める。放課後は自主トレにするのを伝えるためだ。中等部が勉強している棟に着くと、スカーレットがいる教室あたりのベランダ目掛けて、軽くジャンプして飛び上がる。
ベランダに降り立って、空いていた窓から教室に入る。もちろん、今は5限目なので、めちゃくちゃ授業中。先生と生徒の目線が俺に集まりまくってる。さすがに、空気読まなすぎたな。
「すんません、すぐ出てくんで。スカーレット!いるか?……おい、スカーレット。なんで無視してんだ、こらぁ」
手短に用を済ませようと、スカーレットを呼ぶ。が、スカーレットは俺に気づいているにもかかわらず、視線は黒板の方を向いたまま微動だにしない。仕方ないのであいつの席まで歩いていくと、一つため息をついた後に、無理矢理作ったと思われる笑顔を顔面に貼り付けて、ようやくこちらを向いた。
「何の用ですか?トレーナーさん。見ての通り、今は授業中です。それを妨害するなんて、大の大人が、ましてやトレーナーのアナタがやるべき行為ではないと思いますけど。分かりますよね?ん?」
完全に怒っていますね、これは。よく見ると、こめかみに青筋ができてるし。こりゃ早くここから逃げないと。用件伝えてから。
「ごめん、それについては俺が悪かった。言わなきゃいけない事があってな。今日のトレーニング、おめぇ1人でやってくれ。いつも通りのメニューで構わねぇから、無理さえしなけりゃ好きにやってもいい。俺はちょいと用事があるから行けねぇんだわ。ごめんな、よろしく頼むぞ」
「……わかりましたけど、それならスマホに連絡入れればいいのに」
「ばかたれ、こういう大事な事は、ちゃんと面と向かって言わないと意味ねーっての。お前もそうしろよ?わかったな?」
「わかったわよ……。用が終わったなら、さっさと戻りなさい?授業が進められないわ」
「おう。んじゃあな、スカーレット。みんなもお騒がせしました、じゃ!」
スカーレットに言いたいことは言えたので、この教室を出る。来た時と同じように、ベランダから飛び降りて教室を後にした。
「ねえねえ、スカーレットさんのトレーナーって凄い人だね!ここ三階だよ?ピョーンって来て、ピョーンって帰ってったよ!」
「それに意外と律儀な人みたいだったし!けっこー、かっこよかったかも!」
「「「わかるー!」」」
「はは……、そうね……。はは……」
俺がいなくなった後のクラスは、それはもう盛り上がったとかなんとか。
「ホントにもう、あの馬鹿トレーナー。明日会ったらお説教なんだから。……あら?アンタ、がうがうだっけ?なんでここに?」
「がーう」
「ちょっ!くすぐったいわよ、ふふっ!……そうだ!一緒にトレーニングする?今日は1人でちょっと寂しかったのよ。ほら、アタシの頭に乗りなさい。……よし!これでいいわね!」
「がうー!」
「……それにしてもアイツ、何してるのかしら。……まったく、早く帰ってきなさいよ、馬鹿……」
──公園にて
「くそっ、消えてやがる。あの空間。魔力の痕跡は残ってないが、時空が歪んだ名残りがあるな。すると、オグリキャップが倒れてた場所は、他の世界がこの公園に紛れ込んでいた可能性がでかいな……」
時空が歪んで、世界と世界のゲートが開き、一時的に公園にあの場所が現れたのだろう。そして、時空の歪みが直り、元の世界へと消えた。この状況から判る一連の流れはこんな感じだ。
(だけど、それが何故起こった?偶々自然に発生した可能性もなくはないが、十中八九引き起こした人物がいるはずだ。だとしても、一体何の目的で?それにあの魔物。俺が前いた世界で、見たことも聞いたこともないモンスターだった。あいつも関係あるのか?)
考えれば考えるほど、疑問が湯水のように湧いてくる。こんな時、神さまがいてくれれば、どれほどよかったか。
「この世界に、何が起こってんだ……?」
俺の不安を煽るように、さっきまで晴れていた空は、今にも雨が降りそうなくらい、一面灰色の雲に覆われていた。
「そういえばスカーレットちゃんのトレーナーさん、とっても足が速かったですね〜。驚いちゃいました」
「そういえば、そうだな。もしかしてあのトレーナー、ウマ娘なんじゃないか?私たちより走るの速かったぞ。すごい才能の持ち主だ」
「う〜ん?そうでしょうか?男性だったと思いますよ?女の子ではないと思いますが」
「じゃあ、ウマ息子か!初めて見たぞ、ウマ息子……!」
「なるほど、ウマ息子さんでしたか!でしたらもう一度、会ってお話したいですね〜……。あれ?でも、耳がなかったような……?」
「次は本気の勝負がしたいな……!ウマ息子……!!」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
異世界勇者とダイワスカーレット
感想、お気に入り登録、ありがとうございます!
初のまともなバトル回です。よろしくお願いします!
一切の光が差し込まない、どこまでも暗く黒い空間。常人がいたら、すぐにでも気が狂いそうになる漆黒に1人の男が佇んでいた。
その男は、人の姿をしているが人ならざる者。背中からは真紅の翼が生え、頭には鋭利な角が2本付いており、手足には頑強な鱗がある。
──魔族だ。
魔族の男が手を前にかざすと、何も無かった空間に男の全身が映るほど大きな鏡が現れた。
男が鏡に魔力を注ぎ込むと、波打つように鏡面が揺れ、ある人物が映し出される。
「ようやく……!ようやく見つけたぞ……!!勇者
映ったのは楽しそうに談笑している、
「今すぐに殺してやるぞ……、勇者!待っていろ、必ず、必ずッ!!魔王様の仇を……!魔界の意志を……!ハハッ……!ハッーハッハッー!!」
果てしなく続く闇の世界に、一際通る笑い声。その声は男が満足するまで鳴り響いていた……。
────────────────────────
「ふう、これでよし、と。後は桜花賞に勝つだけね!」
アタシは、大きなビルやら建物やらが立ち並ぶ、学園からほど近い街にやって来ている。
目的はママへのプレゼントを買うため。
ママは世界を飛び回って仕事をしているんだけど、来週、アタシのレースを観に帰って来てくれるの。「娘の初めての大舞台なんだから、絶対この目で見なくちゃ!」って。あんなに嬉しそうなママは久しぶりだ。必ず桜花賞に勝って、もっと喜ばせてあげなきゃ。
(そういえば、姉さんも遠征から帰ってくるのよね?たぶん。 体調崩してなければ、だけど。姉さんにも会えてなかったから、みんなで会えればいいけど。)
歩きながら家族のことを考えて、今日買った、みんなへのプレゼントが入った袋を覗く。
(ママには手帳、姉さんには髪飾り、どれもデザインが良くて普段使いができる物だから、きっと喜んでくれるわ!…………それと、これも)
もう一つ、家族に渡すのとは別に買ったモノがある。アイツに、トレーナーに渡すモノ。中身は財布が入ってる。
(アイツに何かあるわけでもないけど、まあ、一応?日々の感謝を伝えるというか、アイツも頑張ってくれてるみたいだし?そう!ご褒美よ、ご褒美!それにアイツ、使ってる財布が100均のガマ口だし!アタシのトレーナーなんだから、それ相応のものを使ってもらわないと困るわ)
アイツのこと、ママたちに紹介した方がいいのかしら?ブッとんではいるけど、世話にはなってるし。アタシが成長できてるのもアイツのおかげだしね。
アイツは少し、いやかなり、常識外れだけどトレーナーとしての腕は確かだと思う。アイツのトレーニングはとんでもなくキツいけど、本当に無理な事はさせてこない。しかも、メニューをこなしたら馬鹿みたいに褒めてくるし。毎回飽きずに褒めてくるからちょっとウザったいけど、でもなんだかそれが、無性に、心地よくて。
「アイツ……最近何やってるのよ…………。アタシのトレーナーなんだから、傍に居なさいよね…………」
そんなことを愚痴っていると、
「!!」
唐突に──空が、割れた。
「なによ……あれ……!?」
空が割れている。正確に言えば、切り裂かれてる、というのが正解なのか。まるで、漫画とかである時空の裂け目みたいな。
その裂け目に収束するように、強い風が集まっていく。立っていられないくらいつらい。周りの人たちも耐えきれなくなって、吹き飛ばされている人がいるくらい。
数秒の間、吹いていた風がようやく止んだ。建物の窓ガラスや道に植えられた木などが、一様に破壊されている。ケガ人も少なくないみたいだ。
どうしよう。突然の事に頭が回らない。焦りは不安になり、何をすればいいか分からず戸惑っていると──信じられないものを見た。
「うぅん、成功したようだな。素晴らしい……。ようやく、この世界に来ることが出来た……!」
空に浮かぶ裂け目から、人が出てきた。あまりの出来事にさらに困惑してしまうアタシ。
(人が空を飛んでる!?よく見ると翼があるし!!それにあの穴は何なの!?怪我をしてる人もいっぱいいるし、街も壊れてる。一体どうすればいいのよ!?)
「さて、ここでも力を普段通り使えるのかな?…………どれ、試してみるか」
浮かんでいた男が何か呟いたと思ったら、急に光を放ち、レーザー音のようなものが辺りに響く。すると──
「え?」
辺り一面が、爆発した。
「なるほど、十全に力を使えるようだな。」
「キャーーーーー!?」
「うわぁああああああああ!?」
「逃げろぉぉおおおおおおおおお!!」
ビルは崩れ、地面は抉れ、あちこちで火災が発生している。アタシの目に映る光景は、地獄のようだった。一体今ので何人死んだのだろうか、生きていることが奇跡に思えた。
「はあっ、はあっ、……キャ!?」
立ち尽くすアタシの横で、ここから逃げようとした女の子が転んだ。さらに、不幸にも頭上から崩れたビルの瓦礫が降ってきている。このままいけばあの子は、死ぬ──
「いっ、イヤッーーーー!!助けてッーーーー!!」
「くっ、こんのぉおおおおおおおお!!」
自分でも驚くくらい、体が勝手に動いた。全身に力が入り、一気に距離を縮める。なんとか間に合うと、これまた自然に拳を突き出していた。
「はあぁああああ!!」
アタシのパンチで瓦礫は粉微塵になり、女の子の命は助かった。少し拳がジンジンするけど、手には傷ひとつ付いてない。一か八かだったけど成功してよかったわ。
振り返って転んだままの彼女に手を差し伸べる。
「大丈夫だった?ほら、立てる?」
「ありがとう、ウマ娘のおねーちゃん!」
アタシたちも速く逃げなくちゃ。彼女を立ち上がらせると、二人で走り出す。が──
「おや?そこの女、どこかで見たような……?そうだ!ウツシの鏡であの男と共にいた女だな!くっはっはっはっ!!ちょうどいい、奴を誘きよすための餌になってもらおう」
あの男が完全にアタシを見てる。また何か喋っていたみたいだけど、聞き取れなかったから理由は解らない。けど、アタシを狙ってる?なら、この子だけは、この子だけは逃してあげないと!
「いい?ここからは一人で行きなさい。ちゃんと逃げるのよ?」
「でもっ!おねーちゃんは!?」
「アタシは大丈夫だから、ね?行って。お願い。」
戸惑いながらも、うなづいて走り去っていく女の子。せっかく助けたのに死なれたらバツが悪いものね。
「ん?一人になったのか。なかなか殊勝な女だ。美しい顔立ちもしているし、奴を殺したら私の側にでもおいてやろうか?」
なに意味わかんないこと言ってんのよ、コイツ。でも少しずつ男が近づいてくるとわかる。アタシがもう、どうしようもないことを。街をめちゃくちゃにしたコイツに、アタシは何も出来ないことを。
(アタシ今から死ぬのかしら。あーあ、まだやりたいこといっぱいあったんだけどな。レースでもっと勝って、ウオッカにさらに勝って、先輩たちにも勝って、勝って、勝って、1番のウマ娘になって……。あ、プレゼント渡さなかったな。せっかく選んだのに、ママ、怒るかしら。姉さんは、パパと一緒にずっと泣いちゃうかも。それに、それに………………)
走馬灯って言うんだっけ。時間が止まったように一瞬の内に、アタシの頭の中をいくつもの映像が浮かび上がってる。色んな人や色んなモノが巡ってく中、最後に見えたのは──
(トレーナー……、アイツに会ってアタシは変わった。アイツがいたからアタシは強くなった。アイツと一緒に…………、一緒に、1番、なりたかった……! …………というか!なんでアイツこういう時に限っていないのよ!アタシが1番不安な時ぐらい隣にいなさいよ、馬鹿ッ!!)
「たすけなさいよ、トレーナー……!」
アタシの願いが届いたのかは定かではないけど、
「さあ、私と共に来てもらおうか……!くはっ!くっはっはっはっはっ──ごばぁ!?」
「え……?」
本当に来てくれた、
「大丈夫か、スカーレット」
アタシのトレーナーが。
「おそいのよ……このばかぁ……!」
───────────────────────
(まさかこんなに速く、事が起きるとは……!くそったれが……!!)
先日の一件について調べ回っていた大神は、強い魔力反応を感じて急いでこの場に駆けつけた。全力で飛んできて、まず最初に目に入ったのが、魔族がダイワスカーレットを襲おうとする光景だった。
飛行スピードの勢いを利用して、脚を突き出してそのまま魔族を蹴り飛ばす。ギリギリ間に合ったのか、スカーレットには傷ひとつない。
だが、それでも遅かった。見回せば、街は元の華やかな姿は見る影もなく、犠牲になった人も少なくないことが一目で分かる。
(俺がもっとはやく気づいていれば……!すまねぇ、みんな……!)
大神が後悔の念に苛まれていると、先ほど蹴り飛ばした魔族が、不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと舞い戻ってくる。
「随分とお早い到着だなぁ、勇者ァ!おかげで探す手間が省けたよ。ありがとう」
「貴様……、魔族だな?一体この世界に何の用だ?」
「フン、それはお前自身が誰より知っているはずだろう?」
大神の質問に、魔族が憎しみを隠さない声色で答える。
「勇者オレオスッ!お前を殺すためにはるばる、こんな世界までやって来たのだ!!魔王様の右腕である、この、ライアムが!我が手で!お前の息の根を止めるためになァ!!」
魔王の右腕を名乗る魔族、ライアムの目的は勇者オレオスの抹殺。つまり、大神勇斗を殺しに異世界を転移してきたのだ。
「そうかよ。でも、魔王を倒した俺に勝てると思ってんのか?思い出したけどお前、俺に一撃でやられた奴だよな?さすがに無謀すぎるぜ」
二人は一度面識があり、闘いもしている。しかも、大神が言ったように圧倒的な力の差で、ライアムが負けていた。
「……私はもう、昔の私ではないッ!魔王様は死ぬ間際、私に会いに来てくれた……!魂だけの姿になって、私に会いに来てくれたのだッ!!そして私に魔王の力を授け、言ったのだ……。魔族を、魔界を、導いてやってくれと……」
「……」
冷静に話を聞いている大神と、大袈裟なぐらいの身振り手振りで話すライアム。徐々にボルテージが上がっていくライアムの目は、狂気に満ちていた。
「だからッッッ!!!魔王の力を継承した私が!貴様を殺し、魔界の権威を!力を示す!!そうして、魔族が世界を支配するのだァ……!魔王様の悲願を、この私が達成する……。ああ、魔王様……、見ていますか?もうすぐ、もうすぐで全てが手に入ります……!」
この男は完全に狂っていた。魔王を盲信するあまり、魔王の言葉の真意を読み取れず、自分が思い込んだことを是とするモンスターと成り果てていた。
「というわけだ、勇者よ!!喜べ、今日が貴様の命日だ!派手に殺してやるッ!!」
喋り終えて満足したのか、とうとうライアムが攻撃を仕掛けてくる。馬鹿正直に、正面から突っ込んでくるライアム。それでも、そのスピードは途轍もないモノで、さすがに魔王の力を取り込んだだけはある。
「死ねぇいっ!!」
「!」
「がッ……!?」
突撃してくるライアムに対し、大神はノーモーションで脚を振り上げ蹴りを繰り出す。ライアムの攻撃より速く、大神の蹴りが顔面にヒットする。カウンターが見事に決まり、ライアムは飛んで来た道を戻るように、弾き飛ばされた。
「くっ……!!なにが!?」
「……おめぇ、本当に強くなったんか?」
「ッ!?」
ライアムは理解が追いつかなかった。力を継承し、もはや魔王になったと言ってもいい自分が、よもや反撃をくらうなどと。
それに、一撃を受けただけなのにあり得ないほどのダメージを負ったことも、ライアムの困惑に拍車をかけていた。頭は揺れて、視界が歪む。鼻の骨はギリギリ折れてはいないが、ダラダラと鼻血が溢れていた。
否が応にも分かってしまう。彼我の絶対的な実力差を。覆すことのできない、世界の理を。
「元が大した力でもないんだ。魔王の力を手に入れても、俺を超えるには足りなすぎる。今ので分かっただろ?勝算なんて一つもないって。諦めて大人しく帰るんだな。その力があれば、魔族を統一して魔界を再興できるだろう。……魔王はお前に、そういうことを期待してたんだと思うぜ。復讐なんかじゃなくてさ」
「ありえん……!ありえん、こんなことがっ……!!こんなことがっ……!!」
大神の諭す言葉に戦意を喪失したのか、ライアムはぶつぶつとうわごとを繰り返すばかり。
これで、無駄な戦いは避けられるか。そんな大神の思いは一瞬で砕かれることになる。
「私は、魔王様を超えたんだぞ……!勇者如きにっ……!負けるわけがないだろぉおおおおおおおおっ!!」
半ば半狂乱になりながら、ライアムは右手の人差し指を大神に向け、指先にエネルギーを集め始めた。
「その程度の攻撃で、俺は殺せないぞ」
苦し紛れに咄嗟に出した技か。この攻撃で自分がやられることはないが、何をしてくるか分からないので一応、気を引き締める大神。
パワーが溜まったのか、ライアムはニヤッと邪悪な笑みを浮かべると、指先からレーザーを放つ──
「しゃあっ!!」
大神に向けられていた指を、下にいる、まだこの場を離れていなかったダイワスカーレットに向けてから。
「しまったッッッ!?」
「ふぇ……?」
ダイワスカーレットへ一直線に突き進むレーザーに追いつくために、一気に力を爆発させて超スピードで彼女の元へ飛ぶ大神。レーザーより速くダイワスカーレットにたどり着き、彼女とレーザーの間に割って入る事に成功する。
大神は右腕でガードするために、体の前に出しそのままレーザーを受ける。ギリギリ間に合った。ダイワスカーレットに当たることはなく、レーザーを受けた腕も、表面がほんの少し焦げただけでダメージはほぼゼロだ。
「な……、な、な……!?」
「どこまで、クズなんだっ……!!てめぇは!!」
「くっはっはっはっはっはっ!!私に敵う者などッ……!誰もいないのだよッッッ!!」
驚きのあまり腰を抜かして、ぺたんと尻もちをつくダイワスカーレット。無関係な彼女を狙った卑劣な行動に、怒りを隠せない大神。一際大きな笑い声を上げながら、ゆっくりと空を登ってゆくライアム。
一定の高さまで来ると動きを止め、大神を見下しながら両腕を挙げた。すると、この街を覆い尽くすほどの大きさを持った球が、作られていく。
「見ろ、オレオスッ!!先程言ったように、この技で貴様を殺してやるっ!!これが魔王の力……、私の力だぁっ!!おっと?別に避けてもかまわんぞ?その場合、この世界が木っ端微塵に消えるがなァッ!はっはっはっはっ!!魔王である私を馬鹿にした罪……、その身で味わえッッッ!」
小さな太陽にも見える、赤く光る恐ろしいほどの質量を持ったエネルギーの塊。これが地面に衝突したら、ライアムが言うようにこの世界は無事では済まないだろう。
しかし、その光景を見ても微動だにしない大神を確認したライアムは、一気に勝負を決めにかかる。
「どうしたァ?さすがの勇者様も、ビビって何も出来ないかァァ!?なら……!そのまま、死ねぇいッッッ!!」
腕を振り下ろし太陽が落とされる。あと数秒後には、地面にぶつかり世界が消滅するだろう。だが、そうはならなかった。
「スカーレットだけでなく、この世界までも……!許せねぇ…………!」
大神は右手に力を込める。すると、手のひらいっばいに青く光るエネルギーの球ができる。
「それに……、てめぇ、少し舐めすぎたぜ?……魔王の力を!」
さらに光は勢いを増し、大神の体に青白いオーラが発生する。
「そして!魔王を倒した勇者の力を!!!」
「ほざけぇええええええええええええッッッッッッッッッ!!!」
「死ぬのは、てめぇだ!!」
大神は力強く腕を突き出し、ライアムのエネルギー弾に向けて、自分の気弾を発射する。凄まじい速度で射出された気弾は、回転を生みながら突き進む。
「フンッ!そんなちっぽけなモノで、私の【スーパーフレア】に勝てるわけがないっ!!」
ライアムの思惑通りにはならなかった。二つの力がぶつかり合い、小さな大神の気弾がライアムのスーパーフレアに飲み込まれると思いきや。
「へっ!?」
大神の気弾はかき消されるどころか、さらに回転を強め勢いを殺すことなく進み、逆にスーパーフレアをかき消してライアムの元へ向かって行く。
避けることなど許されず。反応する間も無く、気弾が直撃する。
「あがっ……が……が……!こっ……のぉ……!わ……たし……がっ……!まっ……おう……さっ……ま…………!」
直撃した気弾が炸裂し、ライアムの体と共に爆発する。大神が魔力を探るも、奴の気配はない。呆気なくはあるが、これで世界の脅威は去ったのだった。
「バカやろーが…………」
やるせない表情のまま、大神はライアムがいた場所をジッと見つめていた。
───────────────────────
「ふう……。無事か?スカーレット?」
戦いが終わり、俺はスカーレットの元へと戻る。大丈夫だとは思うけど、一刻も早く彼女の無事な声を聞きたかった。でも──
「…………」
「ッ!?」
俺を見るスカーレットの目は恐怖にまみれ、怯え切った体はガクガクと震えていた。
俺はこの目を知っている。あの世界の住人が俺に向ける、化け物を見る目と同じなんだ。
『いやっ!!こわいっ……、こわいよぉ……!!』
『この村から出て行ってくれ!この悪魔めっ!!』
『やめてっ!?来ないでっ!こっちを見ないでぇ!!』
思い出したくない事を思い出してしまうが、しょうがないよな。あんなもんを見せられたら、怖がんない方がどうかしてる。スカーレットには悪いことをしちまったな。
トレーナー業も終わりだな。さすがに俺がいたらスカーレットが安心できないだろうし。理事長とたづなさんに怒られそうだ。仕方がないけど、許してほしい。
「じゃあな……、スカーレット……。」
「えっ……?」
スカーレットに背を向けて、俺はこの場を飛び去ろうとする。が──
「まっ、待ちなさいよっ!アンタ!!何処へ行く気!?」
なんかスカーレットに呼び止められた。振り返ると、足がぶるぶる震えてへっぴり腰だし、涙目でありながらどこか怒った様子のスカーレットが、俺に捲し立てる。
「アタシ、本当に怖かったんだからねっ!!楽しく買い物してたら、急に変なの出てくるし!そいつが街を壊すわ、アタシを狙ってくるわでホントに怖かったんだからっ! ……アンタもアンタよっ!なんか空飛んでくるし、戦い始めちゃうし、ビームとか出してるし!もうめちゃくちゃよ!ほんっっっと、死ぬかと思ったんだから…………!」
「スカーレット……。」
「でも……」
スカーレットは一度息を整えると、俺を真っ直ぐ見つめ口を開く。
「アンタのおかげで、アタシは助かったのよね……。アンタのおかげで、アタシは生きてる……。ありがとね、アタシを助けてくれて……!」
「ッ!!」
スカーレットの素直な感謝の気持ちに、俺の心の陰が晴れていくのを感じる。そうだ、俺は知っていた筈なのに。口は多少キツくても、とても心優しい女の子だってことを。あの人たちとスカーレットは違うのだということを。
この時のスカーレットの笑顔を、俺は一生忘れることないだろう。そう思えた。
「なあ、スカーレット」
「ん?なに?」
「俺はまだ……、お前のトレーナーでいて、いいのか?」
柄にもないことをスカーレットに聞いてしまう。彼女がなんて答えるかなんて、分かりきったことなのに。
「はあっ!?当たり前でしょ!アンタ以外に、誰がアタシのトレーナーやるのよ?それに、約束したでしょ?アンタとアタシで1番になるって!アタシが1番のウマ娘に、アンタが1番のトレーナーに、それが叶うまで離したりなんてしないんだからっ!わかった!?」
「ああ……、そうだな……!」
俺は今一度強く思う。スカーレットを1番にすることを。それまで、彼女を必ず守りきることを。神さまに、誓おう。
「あと、今日のことを一から十まで全部教えなさいよね!今すぐに!いい?」
「あー、はいはい。わーたっよ!」
「で?勇者オレオスって何?あの変なヤツが、アンタに向かって何回も言ってたけど」
「ああ、それな。俺が転生した世界で新しくもらった名前だな。大神勇斗は元々の名前で、オレオスは勇者としての名前だな」
「…………ん?」
「いや、まずそっからだな……。スカーレットって異世界転生って知ってるか?」
「え、ええ。漫画とかであるやつでしょ?トラックとかに撥ねられた人が神様に力を貰って、ファンタジーな世界に飛ばされちゃう的な」
「そうそう、それが俺ね」
「ふーん…………。いやっ、えっ?」
「まあ、俺はトラックじゃなくて、高齢者ドライバーの暴走車だったんだけどな!なっはっはっはっ!!」
「いや、死因なんて聞いてないわよっ!?というか、異世界転生って本当なの!?」
「まあな、そんで俺は勇者オレオスとして転生して、魔王をぶっ倒してきたんだ。で、今日の敵はその残党だな。……すまなかった。俺のせいでこんなことになっちまって」
「それは……別に気にしてないわよ。完全にあの変なのの逆恨みっぽかったし。アンタは悪くないと思うわ。でも、アンタが勇者ねぇ……。なんか納得。」
「あり?もう受け入れちまうんか?こんな話お前ならもっと、ワーキャー言いそうなもんだけど」
「アンタ、アタシをなんだと思ってんのよ……。しょーがないでしょ!目の前であんなの見せられたら、信じないわけにはいかないわ。それに、普段のアンタの奇行を見てたら、すぐ納得いくわよ」
「奇行っておい……!まあ、そんなんで魔王を倒した後、このウマ娘の世界に何故か転移して、スカーレットのトレーナーになったってわけだ!」
「何故かって……。この世界に来た理由わかってないわけ?」
「うん。気づいたらここにいたんだ。まっ!別になんでもいいけどな、スカーレットに会えたんだ。それだけで、お釣りがくらぁ!」
「ふふっ、なに調子のいいこと言ってんのよ。はあっ……まだいろいろ聞きたいことはあるけど、今はこれぐらいにしといてあげる。後でアンタのこと、もっと話してもらうから。そのつもりでね」
「はいよ。じゃあそろそろ帰るか。寮まで送ってってやるよ、歩けるか?」
「いや、無理。まだ、体に力が入んないわ、情けないけど。……そうだ!アンタ、空飛べるのよね?それでアタシを連れて行きなさい!アタシも一度、空を飛んでみたかったのよね!」
「りょーかい、お姫様っと!」
「ちょっ!?いきなりお姫様抱っこなんて……!心の準備が──ギャアァアアアアアアアッッッ!?もっとゆっくり!飛びなさいよぉぉ!!」
「なっはっはっはっはっはっはっ!!」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ダイワスカーレットと桜花賞
牝馬三冠惜しかったけど、坂井瑠星ジョッキーの初G1制覇が見れたからOKです!
「おーい、スカーレット、入るぞー」
「いいわよー」
控室の扉を開くと、勝負服を身に纏い準備万端の様子のスカーレットがいた。
「どう?この勝負服!1番のアタシにふさわしい、最高の勝負服でしょ?」
「そうだな、似合ってるじゃねぇか」
いつもの体操服ではなく、鮮やかな群青色の勝負服を着て気合いが入りまくっているスカーレット。
今日は桜花賞。トリプルティアラの最初の一つ目にして、スカーレットにとって初めてのG1レースだ。
「がうがー」
「あら?がうがう、アンタも来てたのね。ふふっ、アタシを応援しにきたのかしら。」
「がうぅ」
どこからやってきたのか、白いふわふわのモンスター、がうがうがスカーレットに体を擦り寄せている。
「この子、魔物、なのよね……? がうがうは大丈夫なの?」
「まあな、そいつからは特に悪い気は感じねぇ。人畜無害だろ、ペットみたいなもんだと思って大丈夫だよ」
先日の魔族襲来から一週間、スカーレットのメンタルが心配だったが、思いの外元気みたいだ。がうがうのことを教えた時も、そこまで拒否反応はしなかったし。
この世界の方も逞しいようで、あんな事件があったにも関わらず、誰もが希望を失わず復興にあたっている。トゥインクル・シリーズをはじめとした、エンタメ業界も人々に笑顔を与えようと、さらに力を入れているようだ。
「にしても、すげぇ気合いの入りようだな。本番前に疲れんじゃねぇぞ?」
「当たり前でしょ!?桜花賞よ、桜花賞! 最初のティアラ……、ここから始まるのよ! トリプルティアラへの第一歩が! それに、今日はママが来てるし。恥ずかしいレースなんてできないわ」
「ん?母さんが来るのか」
スカーレットの母親はバイタリティ溢れる人のようで、世界を股にかけて仕事をしている。そのため、顔を合わせる機会も少ないらしい。娘の応援に帰国してきたのか、想像以上に良い人みたいだな。
「んじゃ、なおさら勝たなきゃな」
「元より、負ける気なんてさらさらないけどね」
スカーレットの目に力強い焔が宿る。これならもう、彼女は大丈夫だろう。いつも通りに勝利を手に入れてくるはずだ。
というか、俺の方が緊張してるっぽいのなんか悔しいな。最初はスカーレットの方が不安に押しつぶされそうになってたのに、今じゃこんなに頼もしくなっちゃって。
そんな俺を見て何か察したのか、スカーレットは優しい笑顔で話しかけてくる。
「アンタはどっしり構えてアタシの帰りを待ってればいいの! そんな不安そうな顔してないで、いつもみたいに馬鹿らしく笑ってなさい。 アンタが育てたダイワスカーレットは、1番のウマ娘よ。 誰にも負けないわ!」
「……ははっ!そうだな! よし、ぶっちぎってこい!スカーレット!」
「がう!」
スカーレットのおかげで肩の力が抜ける。これじゃどっちがトレーナーなんだか。でも、いい雰囲気と流れのままレースに臨める。覇気を纏ったスカーレットを、俺とがうがうは笑顔で見送ったのだった。
「今日こそ俺が勝つ」
パドックから本馬場へと続く薄暗い地下道で、ウオッカがダイワスカーレットに宣戦布告をしてくる。
「あっそう。残念だけど、万が一にもアンタの勝ち目はないわ。諦めることね」
「はっ、寝言は寝て言え、優等生」
レースが始まる前から火花を散らす二人。傍から見れば一見、仲が悪そうにとれるがその実、互いが互いを認め合うライバル同士。
言葉とは裏腹に、楽しみを抑えきれないといった顔のウオッカとダイワスカーレット。ライバルが全力を尽くして向かってくる。それだけで彼女たちの気持ちの昂りは、ピークに達していた。
一生に一度のクラシック、ティアラ路線。たった一つの桜の女王の座をかけて今、桜花賞が始まる──
──────────────────────
『さあ、やってきました、クラシック級最初のG1桜花賞。 一つ目のティアラを手に入れるのはどのウマ娘になるのか、楽しみですね下橋さん』
『はい、そうですね。 今年もなかなかのメンバーが揃っていますし、その中でも今まで無敗のダイワスカーレット、ジュニアG1を制したウオッカがどういったレースをするのか。どちらが勝つのか、それともまったく別の新勢力か、楽しみです』
『連戦連勝のダイワスカーレットか、ジュニア級女王のウオッカか、はたまたダークホースが現れるのか。さあ、それでは桜花賞、ファンファーレです』
「うおっ!?やべぇ!!もうファンファーレかよ、ちくしょう!トイレ混みすぎだろぉ!急げ、がうがう!」
「がうぅ……」
トイレが想像以上に並んでいて、駆け足で観客席に向かう俺とそれを呆れた様子で後ろをついてくるがうがう。
人の波をすり抜けて常人には感知できないほどのスピードで走る。そんな中、ある一人の女性に目を奪われ足を止めてしまう。
(なんだ……あの美人!?)
長く伸びた赤色の髪に、横顔からでも分かる端正な顔立ち。大人の女性特有の色気を醸し出す姿に、スカーレットが成長したらこんな風になるのかもと思ってしまうぐらい、彼女に雰囲気が似ていた。
「がう!」
「っと、そうだな。女に見惚れてる場合じゃねぇ!」
がうがうに促され再び走り出す。さっきの女性のことを忘れ、最前列に一目散に進む。ようやく辿り着くと、選手たちのゲート入りが始まっていた。
(スカーレットは大外18番、ゲート入りは1番最後だ。 落ち着いてるみたいだし、勝てよ、スカーレット!)
順調に枠入りが進み、観客たちの熱気も上がっていく。17人が入り終わり、最後にスカーレットがゲートへと向かっていった。
『ゆっくりとダイワスカーレット収まって、今年の桜花賞、いざスタートです!』
ゲートが開きレースが始まった。大きな出遅れはなく、全員キレイなスタートを切っている。
『さあ、先頭は誰が行くか。ダイワスカーレット、上がって来ますが3番手、3番手の位置です。 ハナには立ちませんでした。 それを見てウオッカも上がってくる、中団やや前目6番手あたりの位置です。』
スカーレットはいつもの先頭に立つ逃げではなく、番手に抑えた先行策でレースをしている。
大外から無理にハナを狙わなくてもいいから、自分のペースで走れと事前に伝えておいた。作戦通りスカーレットは動いているし、無駄にスタミナを消費している様子もない。
『第3コーナー中間点、未だ隊列に変化はなく、淀みなくレースが進んでいって第4コーナーに入っていきます。 がっしりとダイワスカーレット3番手、その後ろウオッカが上がってくる! 現在4番手!!』
(スカーレットが動かないなら、こっちが先に仕掛けてやるッ!!ここで一気に加速して、ぶち抜くッ!!)
「うぉおおおおおおおおおっっっっっ!!!」
第4コーナーを回ってダイワスカーレットの外を、ウオッカが上がっていく。加速をつけたウオッカの末脚が炸裂する──しかし、
「ここッッッ!!!」
「なっ!?」
ウオッカとほぼ同時にスカーレットもスパートをかける。コーナーで膨らんだ体を内に戻そうと進路を少し変えたウオッカに、スカーレットの加速が重なる。
そのため、ウオッカが進もうとした道の前にスカーレットが先に現れることになる。一瞬、ウオッカの加速が緩むことになり、これが勝負をきめた。
『ウオッカ外から上がってきた!ウオッカ上がってくる! ダイワスカーレットも先頭に立つが、ウオッカ! 少し苦しいかウオッカ、ウオッカ苦しい! ダイワスカーレットまだ先頭で、ウオッカは捉えきれないか! 前2人突き抜けましたが、勝ったのは、ダイワスカーレット! ウオッカは届きませんでした! 桜の女王は無敗のまま、樫の舞台へ挑みます!!』
最終直線、後続と大きな差をつけ、唯一ついて来たウオッカも振り切ってスカーレットが最初にゴール板を駆け抜けた。
スカーレットが初のG1を、桜花賞を制したのだ。
俺は喜びを抑えきれず、観客席を飛び出してスカーレットがいる本馬場へと走り出してしまう。
『いやぁ、ダイワスカーレット強かったですね、下橋さん』
『ええ、ウオッカの末脚を封じた完璧な走りでした。普段の逃げではなく、番手でも走れるというのはこれからのレースで大きな強みになると思います。』
『なるほど、オークスでどんな走りを見せるのか楽しみですね。……おっと?誰か馬場に入ってきましたね? ダイワスカーレットに近づいていきますが……?』
『ああ、彼女のトレーナーですね、あれは。彼は明るく、感情的な人でしたから、喜びのあまり、といったところでしょうか』
『そうでしたか。あ!今軽々ダイワスカーレットを持ち上げてグルグル回っていますね。すごいパワーです。どこか微笑ましい──「チョットハナシナサイヨー‼︎」「グワァアアアアアアツツツ⁉︎」 ……ははっ、仲良さそうですね』
──────────────────────
「ファンのみんなが見てるんだから、ああいう恥ずかしいコトしないで!わかった?」
「なはは……すまん、すまん。嬉しすぎて体が勝手にな」
「ほんっと、子供っぽいんだから」
鳴り止まない歓声の中、コースのど真ん中でスカーレットに怒られる俺。機嫌を損ねてしまったかと思ったが、尻尾はブンブン振ってるし、耳もピクピクと動いている。
喜びを隠しきれないスカーレットを見て、自然に口角が上がる。初のG1タイトルなのだからもっとはしゃぎたいだろうに、自分のイメージを崩さないためにそれを抑えている。
どこまでも真面目なスカーレット。なら彼女の分までトレーナーの俺が、喜んでやる。彼女には悪いが、G1勝ったら毎回これやってやるからな、覚悟してろよ。
「はあっ……はあっ……スカーレット」
「ウオッカ……」
スカーレットの元に、未だ息が整っていないウオッカがやってきた。その顔は悔しさを滲ませながらも、どことなく晴れやかなものだった。
「負けだ、俺の。まさかあそこで仕掛けてくるとはな、完敗だ。今のお前は俺より強い、認めるよ」
「ふふん、当然でしょ! アンタにだけは負けるわけにはいかないの。というか、やけに素直ね? アンタが負けを認めるなんて、どういう風の吹き回し?」
レースに負けたとはいえ、普段とは違うウオッカの態度に違和感を覚えるスカーレット。一度フッと笑うとウオッカは観客席の方を向く。
「そう……だな……。俺は負けた……、だから、だからこそ」
そう呟きどこか遠くを見ているウオッカ。やがて、何かを決心したのかスカーレットへと向き直り、真剣な表情で衝撃的な発言をした。
「スカーレット……、俺は……ダービーに出る……!」
ダービー。それは世代の頂点を決める最高のレースの一つ。この特別なレースに選手生命の全てを懸けるウマ娘も少なくはない、三冠路線の栄光。
ティアラ路線が美しさを求める女王の道だとすれば、三冠路線は強さを求める王者の道。そこにウオッカは挑むという。路線を途中で変更する例は珍しくはないが、その悉くが結果を残さずに終わっている。
ましてや、ティアラ路線のウマ娘がダービーを制した事など、片手で数えるほどだったはず。正直、そうとう厳しい話だし、スカーレットと同じくオークスに出ると思っていたからかなり驚いた。
スカーレットも取り乱すと思ったが、俺とは対照的に冷静にウオッカの言葉の続きを待っている。
「今日のレースで俺は思ったんだ……、このままお前の後ろを追っかけてるだけじゃ、一生お前を追い越せねぇって。俺は俺の道を行かなきゃいけない。お前が1番を目指して自分の道を歩むように、俺も……俺の目指すカッコいいウマ娘になるため、俺の夢……ダービーを獲りにいく……!」
ウオッカは拳を強く握り、思いの丈を熱く語る。スカーレットに勝つため、自分の夢を叶えるため、ダービーに挑戦する決意を見せる。その気迫は、本当に勝ってしまうのではないかと思わせるほどで。
「だから……すまねぇ、スカーレット。オークスには出られない……。」
腰を折り誠心誠意謝るウオッカ。その姿を見て、スカーレットは呆れながら口を開いた。
「はあ……、顔上げて。そんなことだろうとは思ってたけど、アンタが行きたいなら行けばいいでしょ。アタシにそれを止める権利なんてないわ」
「知ってたのか……?」
「そりゃ、ね。アンタ最近、部屋の中でも何か言いたげにソワソワしてたし、前からダービー走ってみてぇって言ってたじゃない。分かるわよ、さすがに」
「スカーレット……」
スカーレットも本当はウオッカと走りたいはずだが、それを押し付けるほど子供ではない。ライバルが夢を掴もうとしている、その背中を押すのもライバルの役目だ。
「ただ……」
「ただ?」
「必ず勝って。アタシ以外に負けることは許さないわ。そして、秋にまたアタシと勝負しなさい! 強くなったアンタと、アタシは戦いたい! だから、ダービー獲ってきなさいよね」
「…………へへっ、まかせろッ!!」
自然と笑みを浮かべる二人。次の勝負のため、それぞれ強くなることを誓い合う。なんだかすごく青春してるな、スカーレットは本当に良いライバルを持った。
ウオッカは言いたいことを言い切って、清々しい表情で戻っていった。
「こりゃ、負けらんねぇなぁ」
「ふふっ、アタシは負けないわよ、誰にもね!」
いたずらっぽく笑うスカーレットに、俺もまた笑みを返す。俺たちにとって初めてのG1は、新たな戦いを予感させつつも最高に充実した一日になった。
──────────────────────
「おし、もう準備できたか?」
「OKよ、行きましょ」
「んじゃ、帰っか」
ウイニングライブも無事に終わり帰り支度をする俺たち。G1ということもあり、普段のレースよりスカーレットもくたくただろう。かくいう俺も朝からの緊張で疲れ切っている。
(はよ帰って寝たいとこだが、よくやってくれたスカーレットに美味い飯でも食わせてやりてぇな。聞いてみっか)
「スカーレット、この後時間あるか? 飯食いに行こうぜ。今日の打ち上げでよ、奢ってやるぜ!」
「えっ、ホント!? 行きたい……けど、この後ママと会う約束してるから、その……」
「そういや、お袋さん来てるって言ってたな。ならしゃーない、飯はいつでも行けるし、気にすんな」
「うん、ごめんね……。行きたいのは山々だけど、やっぱりママとの時間は大切だから……」
「ならみんなで行けばいいんじゃない? その方が楽しいわよ、絶対!」
「「えっ?」」
会場から出ようと歩きながら話していると、急に後ろから声がかかる。振り向くとそこには、スカーレットに似た美人の女性、もっというと観客席で見かけたどストライクな女がいた。
「ママッ!!」
「ハロー、スカーレット。久しぶりっ!」
「ママっぁ!?」
スカーレットが興奮した様子で、ママと呼んだ女性に抱き着く。それはもう幸せそうな顔で。女性の方もスカーレットを抱きしめ返し、聖母のような温かい表情で頭を撫でている。
にわかには信じられないが、この美人な姉ちゃんがつまり……
「なあ、スカーレット……。もしかしなくてもその人がお前の……」
「ええ、アタシのママよ」
「はい、私がこの子の母です。スカーレットのトレーナーさんですね? 娘がいつもお世話になってます」
「あっ、いやいや、こっちこそ娘さんには世話になってて……。改めて大神勇斗です、彼女のトレーナーをやらせてもらってます。よろしくどうぞ」
驚きつつも、どうにか最低限の礼儀を果たす。まさか本当にスカーレットの母親だったとは。よく見ると顔立ちも似ているし、親子と言われれば納得しかないのだが。
「……にしても若ぇな、おめぇの母さん。ぶっちゃけ超タイプなんだけど」
「あらやだ、褒めてもスカーレットの好きな男性のタイプぐらいしか出ないですよ、ふふっ」
「なにサラッと娘の個人情報暴露しようとしてるのママ」
どうやらだいぶおちゃめな人のようだ。うーん、困ったぞ。どんどんこの人に惹かれていってるね、ワタクシ。いや待て、落ち着けぇ。相手は既婚者だぞ、旦那もいる。倫理的にアウトなんだ。
それに、俺はNTRが大ッッッ嫌いなはずだろォ!
「今日のレース見てたわよ、スカーレット。あなた本当に強くなったのね、ママ嬉しいわ。とってもかっこよかった、メジャーも来れたらよかったんだけど、ごめんね。あの子また風邪ひいちゃったみたいで」
「ううん、姉さんが応援してくれてるのは分かってるし、ママが来てくれただけでも十分だわ。それと……アタシが強くなれたのはトレーナーのおかげよ。一人じゃきっと、ここまで来れなかった……」
「うん……、そっか。ふふっ♪あなたも素敵な人に出会えたのね。ねえ大神さん、これからもスカーレットのことよろしくお願いします。娘にはトレーナーさんが必要みたいですから」
「そっ、それはもちろんっ。まっ、任せてください!」
つっかえながらもなんとか答える。完全に俺の心はスカーレットの母親にやられていた。彼女がスカーレットに向ける笑顔は心の底から喜んでいるようで、こっちも嬉しくなってしまう。
「でへへ……」
「っ! なに鼻の下伸ばしてんのよバカッ!!」
「いってえええええっっ!!」
母親にデレデレしていると、ハグし終わったスカーレットが俺の腕を思いっきりつねってくる。抗議の声を上げようと彼女の方を向くと、不機嫌そうな目で俺をじっーと見ている。
冷静に考えると担当の母親に惚れかけてるって、かなりヤバイな。危ねぇ、助かったぜスカーレット。俺は正気に戻ったぞ、うん。
「二人とも仲がいいのね、よかった。さっきも言ったけど、ご飯食べるなら大神さんも一緒にどう? その方が楽しそうだし、ね? スカーレットもそっちの方がいいでしょ?」
「うん……と……、ママがそう言うなら……」
「いや、俺は遠慮させてもらいますよ。自分が居たんじゃ話したい事も話せないでしょうし、スカーレットは。それに滅多にない家族水入らずの時間を潰すほど、俺の肝は座ってないですから」
「アンタ……」
そう。俺が居たんじゃスカーレットは恥ずかしがって、話せる事が少なくなっちまうだろう。俺がこの親子の間に入るのは邪魔なだけだ。
ああそうだ。断じてこれ以上この母親と一緒にいたら、ガチ恋してしまうとかそんな理由じゃなくて、心からこの母娘を思ってのことだ。
「そうですか……。なら、またの機会にしましょう! 次は絶対来てもらいますからね。そうだ! その時は家族みんなに会ってもらいましょ!」
「ははは……、じゃあ俺はこれで。スカーレット、しっかり休めよ。そんじゃあ、またな」
「アンタこそ、きちんと休みなさいよね! えっと……またね♪」
スカーレットと母親に手を振ってこの場を去る。なんか最後にとんでもねぇ約束をさせられた気がしたが、まあ実現しないだろう。スカーレットの母親はかなり忙しいみたいだからな。
ふと空を見上げると、星たちが輝き始めていた。残り二つのティアラ、スカーレットが必ず掴み取れるようにと、何とも無しに星に願うのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
おっぱいとオークス
天皇賞・秋は1番好きなG1で、1番嫌いなG1でもあります。
シャフリヤールもイクイノックスもジオグリフも好きすぎて選べねー!
トレセン学園、練習コース場。今日も今日とてウマ娘とそのトレーナーたちが、様々なトレーニングを行い賑わいを見せている。
「なあ、スカーレット。お前っていつからおっぱい大きくなったんだ?」
「刑務所に行きたいならそう言いなさいよね。ちょっと待って、今警察呼ぶから」
「あれぇ!?弁明の余地すら無いんですかっ!? ちょ、ちょい待ってくれよっ!! 話を聞いてくれぇ!! 頼むからスマホから手ェ離してぇえええええっ!!」
今日も今日とて一人のトレーナーの叫びが、トラックに響くのだった。
「一度だけアンタの話を聞いてあげる。手短に分かりやすく話しなさい」
スカーレットがひどく冷め切った目で俺を見下ろしている。まるで犯罪者でも見るかのように。
どうにか警察を呼ぶのを止めてもらい、反省のために正座をさせられている。そしてここから話す言葉によって、俺の今後の人生が終わるか否かが決まる。
慌てるな。きちんと言葉を選んで喋ればスカーレットも、俺が言いたいことが理解できるはず。よし、行くぞ。
「つ、つまりですね。その、スカーレットさんの大きすぎる胸が負担になってですね、走る際のフォームが身体に合ってないのではと思った次第でありまして……」
「………………それがさっきの発言とどう繋がるのよ」
セーーーフッ!! めちゃくちゃ間があった気がするけど、一応俺が言うことがレースに関係あるって分かってくれたみたいだ。
未だにスカーレットの機嫌は治ってはないが、まあいつも通りのテンションで話しても大丈夫かな。元気を取り戻した俺は、彼女の質問に答える。
「それは、スカーレットがガキの頃から今まで同じ走り方でいたってことが重要になってくる。小さい時にお前が身につけたフォームは、成長することによって大きくなった胸の重さを考慮してねぇ。無意識の内にスカーレットは胸を庇うように走ってる。今のフォームは、色々とでかくなったお前の身体には適してない。だから知りたかったんだよ、いつ頃から胸が成長したかを」
スカーレットは昔からのフォームを変えないために、本人でも気づかない所でおっぱいを支えるように体を使って走っている。
これが最近、俺が気づいたスカーレットの弱点だ。次に走るオークスは2400m。これまでで最も長い距離だ。少しでも体に無理はさせたくない。これが俺が考えていることの全てだ。
「ふーん、なるほどね。アンタの言い分はよく分かったわ。アタシもこの胸どうにかならないかなって思ってたし」
「だろぉ!?俺は徹頭徹尾お前のためを思っての発言しかしないんだ! だから許してくれよ、スカーレット!」
「あっそ。で?本音は?」
「お前のおっぱいが気になって練習に集中できねぇ!!」
「フンッッッ!!」
「あびばぁ!?」
スカーレットの腰が入った右ストレートが、俺の顔面を貫いた。さすがは俺が鍛えたウマ娘、戦闘能力も格段にアップしてやがる……。
──────────────────────
「ま、まあ、実際の所今から走り方を変えるってのは現実的には厳しいだろうな」
「じゃあどうすんのよ?」
「というわけで! 豊満なおっぱいを持ちながらも、その無尽蔵なスタミナで常に結果を残してきた偉大なる先輩ウマ娘! 最強チームレグルスの一人、スーパークリークさんをお呼びしました!!」
「はーい、よろしくお願いしますね〜」
大袈裟な手振りでスーパークリークを紹介する。ニコニコしている彼女の横には、オグリキャップとタマモクロスも立っている。
「付き添いのオグリキャップだ」
「なあ、オグリ。なんでウチもここにおるんや?」
「先輩たち!?なんでここに?」
困惑するスカーレットとよく分かってない様子のタマモクロス。スカーレットに対してスーパークリークは、優しく説明を始める。
「なにやら胸の事でスカーレットちゃんが困っていると大神さんから聞いたので、この間のお礼も兼ねて私がお役に立てると思ったんです。きっとアドバイスできることがあるはずですから、先輩の私にどーんとお任せくださいね」
「私も何か手伝えるかもしれないからな。クリークと一緒に来たんだ」
「そうだったんですね、ありがとうございます! クリーク先輩、オグリ先輩!」
「なあ、やっぱウチがいる意味あるんか? 胸の話ならなおさら、ウチいらんやろ」
スカーレットが先輩たちの好意に目を輝かせている裏で、タマモクロスは未だここにいることに納得がいっていない様だ。正直俺も、彼女がいる理由は知らない。というか初めて会ったし。
「タマ」
「ん?なんやオグリ?」
「タマもそのうち胸が大きくなるかもしれないからな、聞いておいて損はないだろう。たぶん、きっと、来るはずだ、成長期が」
「嫌味かっ!! ウチにこれ以上成長期が来るわけないやろっ! 自分で言ってて悲しくなるわ、アホッ!!」
あ、これ、ただ友達をイジりたいだけだわ。ただの仲良しさんですわ。笑い合う3人組を見ていると、長年積み重ねてきた親友同士の絆がどれほど強固なものか分かる。
「そういうわけでクリークに来てもらったってこと。俺よりも、同じウマ娘で胸がでかいクリークの方が話しやすいだろうし、色々と教えてもらえることも多いだろ。女の体については分かることの方が少ないしな、俺」
「アンタ……、ただ胸が好きな変態野郎じゃなかったのね」
「ちゃんとスカーレットちゃんの事を考えてあげてるんですね。とっても偉いですよ、大神さん。いい子、いい子〜」
スカーレットの俺に対する認識にツッコミを入れたかったが、クリークが急に手を伸ばして俺の頭を撫で始めたのでその考えはぶっ飛んだ。
皆の目があって恥ずかしいはずなのに、どこか落ち着くし、安心感がある。年が近いとはいえ年下の女の子に母性を感じるというか、バブみを感じてオギャるというか、私の母になってくれるかもしれない女性というか。
「でへへ〜〜」
「……なにデレデレしてんのよ」
「デレデレしてんじゃねぇ!! バブバブしてんだっ!!」
「アンタ反省って言葉知ってる?」
さすがにスカーレットとタマモクロスの視線が痛いので、名残惜しいがクリークから離れて話を進めようと彼女に促す。
「スカーレットちゃんはいつ頃から胸が成長し始めたんですか?」
「えっと……、この学園に入った頃だから2年前?ぐらいだったはずです」
「う、ウソやろ……!? たった2年でそこまで大きくなったっていうんか……?」
「タマは6年あっても変わらなかったからな」
思ってた以上におっぱいの成長スピードが速いな。そりゃ無理した形で走ることになるわ。体の急激な発達に、アジャストしていくのが間に合わなくなっていたんだろう。
「そうでしたか〜。それだったら、スポーツブラのサイズは合っていますか? なかなか合うものも見つからないんじゃないでしょうか?」
「そうなんですよ。すぐにサイズが変わって、キツくなったりしちゃって。その度に新しいのを買ったりしてるんですけど、これといったものがまだなくて」
「なるほどな、そしたらクリークはどうしてんだ?」
クリークもスカーレットに負けず劣らずってか、それ以上に強力なおっぱいをお持ちだ。単純にその胸をどうやって対処しているのか気になる。
「私の場合は行きつけの専門店があるんです。ウマ娘専用にスポブラなどを仕立ててくれて、とってもいいお店なんです。オグリちゃんやタマちゃんもそこで作ったものを着ているんですよ」
「ほえ〜そんなとこがあったんか」
「はい。少し値段は張りますけど、その子の体に合わせたものを調整して作ってくれます。普段使いのジャージとかも取り扱っていますから、まずはここに行ってみるのが良いと思います」
スポブラの専門店か。よくよく考えてみれば、スタイルのいい子が多いウマ娘にとってそこら辺は死活問題のはず。少し調べればすぐに分かるはずだし、これは俺のミスだな。
「あそこの店なぁ……、確かにいいもん売ってるんやけど……。ウチはあんまりおすすめせえへんで……?」
「確かに、変わった店ではあるが行った方がいいのも事実だろう。それに慣れれば面白いぞ」
「アンタは慣れたんか?」
「いや、全然」
「慣れてへんのかいっ!!」
オグリとタマモッティーがなにやらその店に対して不安を口にしている。一体何のことなのか聞きたかったが、クリークがまた話し出したのでそれは叶わなかった。
「それと私はサラシを軽く巻いてるんです。ブラの前にサラシを巻いて胸を固定してます。あんまりキツく締めちゃうと良くないので、本当に軽ーくですけどね。その上でブラを着ければ揺れもほとんど無くなりますし、重さもかなり軽減されます」
「そんな手があったんですね……! ありがとうございます、クリーク先輩! 早速試してみますね!」
クリークに尊敬の眼差しを送るスカーレット。やっぱり彼女を頼ってよかった。これでこの問題も解決できそうだしな。
というか、スカーレットのそんな目初めて見たんだけど。俺にそんな目線向けたことないよね。俺ってそこまで慕われてないの?
それにいつの間にか俺抜きで会話始まって盛り上がってるし。スカーレットなんてめちゃくちゃキラキラした目で話聞いてるし。4人共楽しそうだな、ちくしょー。
「せや! せっかくやし、ウチらと併走でもせえへんか? 世代最強の力をこの脚で測ったる!」
「いいんですか!?」
「あら〜それはいいですね、タマちゃん。一緒に走りましょ、スカーレットちゃん」
「タマも偶にはいい事を言うな」
「それギャグで言っとんのか、オグリィ」
タマモッティーの提案でこれから一緒にトレーニングをしてくれるみたいだ。シニア戦線の最強角の3人とやれるなら、スカーレットにもいい刺激になるだろう。
どうでもいいけどみんながタマモクロスのこと、タマ、タマって言うからなんてゆーか。
「タマモッティーよ」
「いや、なんやねんタマモッティーって。クセありすぎやろ」
「今度からキン◯マモクロスに改名しない?」
「…………スカーレット、コイツ殴ってもええ?」
「いえ、タマモ先輩。先輩の手が汚れるのでアタシがやります」
「あらあら、今のはちょっといけないですよ〜」
「やっ、冗談だって今のは! 悪かったです! もう二度と言いませんから、ゆるし──」
「はあぁああああああっ!!」
「ばべぇ!?」
この後、俺抜きで始まったトレーニングはとても充実したものになり、スカーレットも今までで1番清々しい表情で練習を終えたのだった。
ちなみに、スカーレットに殴られた顔はクリークがこっそり治療してくれた。マジ天使。
──────────────────────
「ここがクリークが言ってた店か」
ウマ娘専門スポーツショップ『ファンロン』。商店街から少し離れた場所にあるこの店に、俺とスカーレットはやってきた。
「外観はふつーにオシャレな店だが……」
「何ボケッとしてんのよ。さっさと入りましょ?」
「あ、ああ。そうだな」
タマモッティーとオグリが何か不穏なことを言っていたのを思い出し、少し警戒しながら扉をくぐる。
外と同じく内装も綺麗に纏まっており、まともな印象を受ける。見れば見るほど、どこかおかしい所など見当たらない。
2人は一体何に怯えていたのか。腑に落ちず色々と考えていると、1人の店員が俺たちに気付きこちらにやってくる。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなあぁアアアアアアアアアアアアアァアアアア!? アッ、アアアアァアアアア!?」
「「!?」」
「あなっ、貴女、ダイワスカーレットちゃんよねっ!? キャアアアアァァアアアア!! 本物っ! 初めて見たわ!! なんて可愛いの、なんて美しいの、なんてカッコいいのぉお!! この前の桜花賞も見てたわよ、もう、すっっっっっごっく強かった! あんなの見たら惚れちゃうに決まってるわ!! いつかウチの店に来てくれないかなって妄想してたけど、本当に来てくれるなんて!! ファアアアアアアアアァアアッッッ!!」
「あっ、いやっ、ちょっと……」
絶対こいつだわ。この店の欠点。なんかもうすんげぇ形相でスカーレットに詰め寄っている、眼鏡を掛けたブロンド髪の女性店員。
限界オタクを超えた限界突破オタクな彼女が落ち着くまで、スカーレットはその熱量を一身に浴びた。
途中興奮しすぎて、スカーレットのツインテを握ってブンブン回していた。楽しそうだった、俺もやってみたい。
「なあ、そろそろいいか?」
「はっ! 私ったら興奮しちゃって、申し訳ございません!」
俺が声をかけると冷静さを取り戻し、これまでの様子が嘘のように変わり、丁寧に腰を折り自己紹介をしてくれた。
「ここ『ファンロン』を経営しております、すきよ、と申します。本日はどのようなご用件でしょうか? ダイワスカーレットさん、それと大神トレーナーさん」
「ん? スカーレットはともかく、俺のことも知ってたんか?」
「それはもちろん。貴方ほど規格外なトレーナーさん、トゥインクル・シリーズを見ていたら知らない人はいないと思いますよ?」
「マジ?」
「マジよ」
スカーレットが呆れた顔で肯定する。この世界のSNSは殆ど触ってこなかったため、俺なんかの知名度がそこそこあるなんて知らなかった。後で調べておくか。
「ま、いいや。今日はスカーレットのスポブラを作ってもらいたくてさ、クリークに紹介されてここに来たんだ」
「クリークちゃんが……。今度お礼を言わないといけませんね。それで、スポブラでしたよね? スカーレットちゃんの胸の大きさだとサイズが合うものがなくて大変だったでしょう? 採寸からやっていきますので、少し時間がかかりますけどよろしいですか?」
「ああ、よろしく頼みます」
「げへへ……、それじゃあスカーレットちゃんはこちらのお部屋へ。へっへっへっ……」
女の子がしちゃいけない顔をして、スカーレットに近づくすきよさん。すると、スカーレットがガシッと俺の腕を強く掴んできた。
「どっ、どうした?」
「なっ、なんか、この人から身の危険を感じるわ……。今日はやめとかない? なんなら別の店でも……」
スカーレットが珍しく怯え切っている。よく見ると耳も尻尾もピンっと逆立って、毛もブワッと広がっているし、顔も青ざめている。
「ゔぇへへ……」
確かにすきよさんからはヤベェ人の匂いがプンプンするが、クリークが紹介したんだし腕は本物なんだろう。となればスカーレットには悪いが、ここは我慢してもらう他ない。
「スカーレット……。ここで体に適したスポブラを作って貰えれば、お前の走りに負担はなくなり、今までの倍以上に走りやすくなるだろう。そうなりゃ、お前の強さはさらに絶対的なモノになるはずだ……。だからよ、スカーレット。お前は未来のための犠牲となれ!」
「アンタァッ!?」
スカーレットの腕を引き剥がし、すきよさんの方に彼女を押し出す。それを待ってましたといわんばかりに、気持ち悪いぐらい蠢くすきよさんの指に絡め取られ、スカーレットは捕まってしまう。
「ぐへへ……。さあ、スカーレットちゃん。私と一緒に『楽しい事』しましょうね〜、うぇへっへっへっ……」
「アンタ! 後で覚えてなさいよぉおおおおおおぉぉぉぉぉ…………!」
すきよさんに連れられて別の部屋に消えてゆくスカーレット。ありがとう、ダイワスカーレット。ここの支払い俺が持つんだからこれぐらいは許してくれや。
そして──
『ダイワスカーレット! ダイワスカーレットだ!! 後続の差が縮まらない! 何バ身開いているのか、これは圧倒的! これほどまでに強いのかっ! ダイワスカーレット、今悠々とゴールイン! 樫の女王も緋色の女王! ダブルティアラだ、ダイワスカーレット! 世代最強は格が違った!!』
ぶっちぎりの大差勝ちで、スカーレットはオークスを制したのだった。
「うおおおおおおおおおおおおお!! スポブラすげぇええええええええええ!!」
「…………なんか納得いかないわよっ!!」
「なあ、クリーク。いつの間にあのトレーナーと仲良くなってん?」
「大神さんのことですか?」
「せや。こないだオグリを助けてもらったって話は聞いたけど、それだけであそこまで仲良しにならへんやろ」
「それが、この間買い物中に通り過ぎたゲームセンターで……」
『なはははっ! 弱いなあ、ガキども!! そんなんじゃいつまで経ってもこの俺には勝てないぞぉ!!』
『うわーん!! にいちゃん、ひどいよぉーー!!』
『ずるいぞっ、にいちゃん! そんなレアカードばっかり使って!! 勝てるわけないだろ!!』
『はっ! 素直に負けを認めないと大人になれないぜ、君たちぃ!!』
「と、子供たち相手に大人気ないことをしていたので、メッ、ってしたんです。それから、偶に会ったりしてました」
「何やってんや、あのトレーナー……。だとしても、少し入れ込みすぎやないか? その後も何回か会っとるんやろ?」
「……あの人にはもっと幸せになってもらいたい、ならなきゃいけない気がするんです。だから……」
「…………惚れたんか?」
「ちっ、違いますっ! 違いますよっ!? からかわないでください、タマちゃん!!」
「はあ……、まさかウチらのトレーナーより先に、クリークに春が来るとはなぁ……」
「なあ、タマ」
「なんや、オグリ?」
「キン◯マモクロス」
「オグリィィィィッッッ!!!」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ダービーと新たな来訪者
ほーん、ドラゴンボールヒーローズ12周年かぁー。
…………じゅうにしゅうねん…………?
what!?
俺はあの日、父ちゃんに連れられて東京レース場に来ていた。
レースについて存在自体は知っていたけど、そこまで興味があるわけじゃなかった。
だからそんなに楽しくはなかったな。人は馬鹿みたいに多いし、天気は悪いし、結構暑かったしで、ここに来るまで父ちゃんに乗せてもらったバイクの方が楽しかったぜ。
あの、日本ダービーが始まるまでは。
たったの2分半。それだけの時間の光景が、俺の脳に焼き付いて離れることがなかった。
18人の誰もが、ただただこのレースで勝つことだけを、どんな奴より先にゴール板を駆け抜けることだけを考えていた。
ギラギラと燃え盛る瞳達に俺は釘付けになっちまった。
それまでの不満なんて何処かにぶっ飛んでた。父ちゃんすらも押し退けて、自分でも気付かないうちに身を乗り出してその結末を見守ってた。
最後の直線、東京525m。寸分違わず思い出せるほど今でも覚えてるな。
前のみんなが横一列に並んで誰が勝つのか分かんねぇ中、ただ1人一瞬の内に抜け出して、たった1つの頂点を奪い去っちまった。
俺はもう放心状態。まるで夢ん中にいるみたいだった。我に戻ったのは、観客の怒号のような歓声が耳に入ってから。
右手を上げたあの人の姿を見て、俺は憧れた。レースを走る選手達に、日本ダービーに。
そして憧れはいつしか夢に変わった。俺の全てを懸けて叶えたい夢に。
誰もが無理だと、無謀だと言っていたけど、関係ねぇ! その誰かが決めた常識なんて俺がぶち壊してやる!
そんで証明する。俺がどれだけカッコイイウマ娘かって事を! 俺と相棒が最強のコンビだって事を!
夢の舞台、日本ダービー! 勝つのは俺だ!!
──────────────────────
「ひゃあ〜、とんでもねぇ人の数だな。酔いそう」
「当たり前でしょ? ダービーよ、ダービー。トゥインクル・シリーズで最も盛り上がるとも言われるレースなんだから、我慢して」
普段着ている学園支給の制服ではなくラフな格好をした青年、大神勇斗。その隣を歩く緋色の髪のウマ娘、ダイワスカーレット。こちらも可愛らしい私服を着ている。
2人は日本ダービーが開催される、東京レース場にやってきている。
もちろん、ダイワスカーレットのライバルであるウオッカのダービー挑戦を見届けるためだ。
会場の熱気は凄まじく、先週行われたオークスも超えるほどの人の波に、昔から人混みが得意ではない大神は辟易してしまう。
なるべく人が少ない場所へと顔を青ざめながら歩を進めると、大神はよく見知った顔を見つける。
「おっ、和也! ここにいたんか〜」
「大神、それにダイワスカーレットも。来てくれたのか」
大神が親しげに話しかけた、背が高く誠実さを感じさせる男、霧島和也。ウオッカの担当トレーナーだ。
「いやなあ、スカーレットがどうしても行きたい〜って駄々こねるからよー。仕方なくだよ、仕方なく」
「ちょっとトレーナー! 何捏造してるのよ! アンタだって乗り気だったじゃない! ウオッカと霧島さんが心配だから行くしかないなって言ってたくせに!」
「いっ、言ってねえしそんな事! 第一、そんなツンデレみてーな事俺がやるわけねぇだろ、スカーレットじゃあるまいし!」
「それどういう意味よ!!」
「ははっ、何はともあれ来てくれてありがとう。ウオッカも喜ぶはずだ」
2人のコテコテの茶番に霧島は微笑むが、すぐに硬い表情へと戻ってしまう。
「……やっぱ不安か?」
「まあ……な……。本当にこの選択で良かったのか、自分はまだ迷っているのかもしれない……。ウオッカが望んだ道だというのにな」
路線変更というのは珍しくはないが多くもない。どうしても結果を残せる者が少数だからである。
ティアラと三冠では求められる適正が大きく違う事と、路線変更を行うとそれまで闘ってきた相手がガラッと変わってしまう。これは本人が思っている以上にストレスを与え、本来の力を発揮できずに終わってしまう事がほとんど。
それに加え、ファンや関係者も期待をしていない事が大きい。今までの結果から誰もが勝てる訳がないと諦めてしまっている。挑む事すら馬鹿馬鹿しいと。ましてや日本ダービーなどと。
実際、ティアラ路線で優秀な成績を残してきたウオッカが、今回のレースで一つも注目されていない。一部のロマンを追い求める人間以外、ウオッカの存在を歯牙にも掛けていない。
完全なるアウェー。この空気の中では不安になってしまうのも無理はないだろう。
どんどん表情が厳しくなっていく霧島に、スカーレットが凛とした声で言う。
「……アイツは、ウオッカは勝ちますよ、必ず……。昔から馬鹿の一つ覚えみたいにダービー、ダービーって言ってた奴が本当に夢の舞台に立ったんです。ひたすらこの日のためだけに生きてきたアイツが、アタシの最強のライバルが、ここで負けるはずがないんです」
「ダイワスカーレット……」
霧島と同じかそれ以上にウオッカの事を考え、見てきたダイワスカーレットだからこそ言える言葉。その絶対的な信頼に霧島も調子を取り戻していく。
「そうだな……。ここまで勝った時のカッコよさが尋常じゃないレースでウオッカが負ける事なんてないか……! ウオッカの走りを俺は信じるだけ……。ありがとう、ダイワスカーレット。君のお陰で大切な事を思い出せた」
「いえ、そんな……、アタシは思った事を言っただけですから」
「ほんっと、ウオッカのこと好きだよなースカーレットって、結婚でもすんの?」
「は?」
「いや、なんでそんなキレてんの……?」
「まったく……、これだから乙女心がわからん阿呆は」
「そこまで言いますぅ!?」
ツッコミできる程に元気になった霧島を見て、安心する大神とダイワスカーレット。
気づけば時間は15時35分。あと5分で待ち望んだダービーが始まる。会場のボルテージは最高潮に達し、どこもかしこも今か今かと待ちきれない様子だ。
「頼むぞ……ウオッカ……!!」
ゲートの前に立つウオッカの目に灯された焔は静かに、しかし確かに力強く燃え盛っていた。
(不思議だ……念願のダービーを走ってるっていうのに、怖いくらいに冷静だぜ俺。それになんか変だ。俺だけ別の場所を走ってるような感覚、体が勝手に走るとこを選んでやがる。このままここを走ってれば、勝てるって言ってる気がする)
ウオッカはどこまでも落ち着いていた。頭は冴え渡り、体は羽のように軽い。彼女の走りは、過去の自分を遥かに超えて洗練されたものになっていた。
極限まで高められた集中力によって、限界以上の力が引き出され、一種のゾーンのような領域にウオッカは到達していた。
現在、向正面から大欅を越え第4コーナーへと集団は向かう。ウオッカはちょうど中団、8、9番手に位置付けスタミナを保ちながら、自分のペースを崩さずに走っている。
少しずつ勝負を仕掛け始める者が増えていく中、ウオッカはまだ動かない。最後の直線に賭けるしかないからだ。
(他の奴らに比べて俺はスタミナが多いわけじゃねぇ。少しでも仕掛けどころをミスっちまえば、一気に置いてかれる。……でも、それでも、今日の俺は負ける気がしないぜ! 分かるッ! どうすれば勝てるか分かっちまう!)
直線向いて全員が魂を込めた力比べが始まる。後方勢は溜め込んだ末脚を解放し、前目につけた者達は抜かされまいと執念の粘りを見せる。
大地が割れんばかりの歓声が鳴り響く中、ウオッカの視界から色が消えていき、音も遮断されていく。
無意識に体が走る事に要らない情報をシャットアウトしたのだ。そうする事により、全ての力が走るという事に集約され爆発的な末脚を生み出した。
(俺の全力全開ッ!! アクセルベタ踏みだぁっ!! この日本ダービーを勝って俺は証明する! 俺の強さを! もう誰にも負けたくねぇ! アイツに勝てるのは俺だけなんだよッ!!)
バ場の真ん中突っ切って、驚異的なスピードで駆け上がってくるウオッカ。それは一瞬で前を走っていたウマ娘を置き去りにし、先頭へと躍り出る。
「ぶっち切れぇえええええええ!! ウオッカッッッ!!」
色も音も無くなった世界に1人の男の声が響く。相棒である霧島和也。彼の声はウオッカの最後の一押しになり、さらに速度を上げた。
「はあぁああああああああぁぁああああああっっっっ!!!」
『ウオッカ先頭! ウオッカ先頭だ! なんとなんと、64年ぶりの夢叶う! ウオッカ先頭! ウオッカが見事に決めましたぁ!! ウオッカやったぁー! これは恐れ入りました! ジュニア女王はなんと、クラシックの頂点へ! 今年のティアラ世代は一味違いましたぁ!!』
前評判も常識も、何もかもをぶち破って日本ダービーを制したウオッカ。終わってみれば彼女の完勝、ただ1人だけ格が違った。
64年ぶりの快挙に観客達は湧き上がる。無理だと見限っていた人々がこれだけの熱狂なのだから、ウオッカを信じ応援していたファン達の喜びはひとしおだろう。もちろん、彼女のトレーナーも、彼女自身も。
「はあっ、はあっ……! 勝ったのか……? 俺がっ……! ダービーを……! くうぅぅぅぅぅぅっっ!! うおぉおおおおおおおおおおおおおおっおおお!!!」
右手を上げて喜ぶウオッカに、歓声がさらに強くなる。あまりの感動に涙を流す者もチラホラ。それだけ目の前の光景は奇跡に近かった。
「…………」
「……なにボッーとしてんだ、和也!」
「あっ、ああ……」
「はよ行ってやれよ、待ってんぞおめーの相棒がよ」
「……そう、だな。すまない、行ってくる」
意識が抜け落ちたように突っ立っていた霧島を、ウオッカの元へ促す大神。律儀に礼をしてから彼はコースへと走っていく。
やがてターフで再会した2人は、思いのままに力強い抱擁を交わし、さらに観客達の熱を上げる事となった。
「しっかしまあ、あそこまで強い勝ち方とはねぇ。こりゃ秋が楽しみだなぁ、スカーレット」
「……帰るわよ、トレーナー」
「えっ? もう帰るんか? せめてウオッカに会ってからでも」
「アイツにはいつでも会えるでしょ。……それに、あんなの魅せられてのんびりしてる暇なんてないじゃない」
ウオッカに感化されて、今すぐにでも体を動かしたくてたまらないダイワスカーレット。その姿を見て大神は嬉しい悲鳴をあげる。
「ったく、今日は休日だっつーのに。明日起きれなくなっても知らねーぞ?」
こうして日本一の祭典は、新たな時代の到来を知らせ、興奮冷めやらぬまま幕を閉じた。
──────────────────────
歴史を変えた日本ダービーから数日、あの日からスカーレットの気合いは乗りに乗りまくっていた。脂の乗った旬のブリみたいだ。
「……アンタ、また何か失礼な事考えてるんじゃないでしょうね?」
「そんなわけないだろぉ? むしろ、お前のコトを褒め称えていたくらいだぜ」
「それはそれで気持ち悪いわね」
「もう俺には正解がわかりませぇーん!!」
そんなこんなで、いつも通り2人でトレーニングを行っていると、本当に唐突に空から何が降ってきた。
それは学園の校庭に衝突し、大きな衝撃音をもたらした。まるで俺がこの世界に来た時と同じように。
「なっ、なに!? 今の!? まさか、また魔族って奴らがやってきたの!?」
「あー、いや……こいつは違うから安心しろ。ホントに。つーか無視してもいいくらいだ、マジで」
「……? どういう意味よ、それ?」
スカーレットを宥めながら俺は嘆息する。今落ちてきた奴が完全に俺が知っている人物だからである。正直会いたくない。
しかし、正義感の強いスカーレットがそれを許すはずもなく、渋々俺と彼女は現場へと向かうのだった。
「すっ、すごい……! こんな大きなクレーター初めて見たわ……! これ落ちてきた人無事なの?」
「まあ、大丈夫だろ。俺と同じくらい強いしあいつ。こんなんで死にはしねぇよ」
バリバリ、ヤツの気を感じるしな。
俺とスカーレットはクレーターに近づいて、中を覗き込んだ。すると中心から何かが飛び出し、クルクルと体を回転させながら俺達の側に着地した。
その人物は目立つほど逆立った黒髪に、鍛え抜かれた肉体、ムカつくぐらい整った顔立ちを携えた、俺よりちょびっと身長が低い男。俺はこいつをよく知っている。前の世界からずっと。
「やっと……見つけたぞ……! オレオスッ!! 貴様ッ、今まで何をやっていたぁ!!」
男は激昂しながら、拳を突き出し俺に向かって突っ込んでくる。あの時の魔族より素早い一撃に、俺は冷静に右手で受け止めた。
あまりに突然な襲撃に、隣にいたスカーレットは驚き戸惑っている。つーか俺もびくったんだけど。何やってんのこいつ?
「ちっ……! 俺がどれだけ探したと思っているっ!! このバカ勇者がぁっ!!」
一度の攻撃では飽き足らず、男は俺の前から一瞬で消え後ろへと回り込む。そのまま、後頭部を狙うように蹴りを入れようとしているみたいだ。
もうめっちゃ本気ですやん。さすがにこいつを喰らったら痛そうだし、こっちもちょいと本気で迎撃しなくては。
ヤツの攻撃よりも速く振り向き、男の顔面を鷲掴んで地面へと叩きつける。
「一旦落ち着けぇい! おめーはよぉ!」
「ぶべぇ」
頭から硬い土にめり込んで男は動かなくなった。……やりすぎた感はあるけど、まあ、大丈夫だろ!
「ちょっと……、アンタこれ、大丈夫なの? この人知り合いなんでしょ?」
「生きてはいる……から……。問題ないはず……」
「自信なくしてんじゃないわよ……」
騒ぎを聞きつけたのか、周りに生徒達が集まってくる。その中に青ざめた顔をした理事長とたづなさんも混ざってるし、後はあの2人が来てから話を進めよう。
まさかこのタイミングでもう1人の転生者がやってくるとは。どうなってんだ、本当に。
あの男は八雲風太、俺と同じ転生者であり、もう1人の勇者だ。
勇者としての名はミータリ。こいつも神さまから新たな命とサイヤ人としての力を授かっている。
俺と共に【イルラニア】の世界を旅し、魔王討伐を目指した仲間──なんだが、ヤツはどうもそうは思っていないらしい。
事あるごとにライバル視してくるから、あんまり友達みたいな関係にはなれなかったんだ。ずっとツンツンしてるから、こっちの対応もテキトーになっていって、なんだか不思議な距離感に収まっちまった。
風太は今、理事長達と話をしている。あいつが何者なのか、この世界の事やこれからの事など色々と。
俺は現場に残って、クレーターが出来た校庭の修復作業中。スカーレットには残りのトレーニングを1人でやってもらっている。
せっせこ土を運んでクレーターを埋めていると、後ろから声がかかる。
「オレオス……。思った以上に元気そうだな、貴様は」
「……その名で呼ぶのはやめろ、風太。今は勇者でも何でもねぇ、唯の大神勇斗でやってんだ」
「なら貴様もミータリと呼べ。俺は勇者の誇りを捨てた覚えはないのでな」
「いいじゃねぇか風太くん。お前の親が泣くぜ? そんな自分の名前を嫌ってたらよ。可愛いじゃねえかよ風太くん、レッサーパンダみたいで」
「貴様がそうやって茶化すから嫌になったんだろうが!!」
懐かしいなこんなやりとりも。クールな雰囲気出してんのに、すぐ頭に血が昇っちまうんだから。この脳筋男子。
「それで? もう話は終わったのか?」
「ああ……、理事長の計らいでこの学園で働けることになった。ここの安全を守る警備員としてな」
「そうか……。まあ、お前にはトレーナーよりそっちの方が合ってるわな」
理事長も俺という前例があったためか、話が進むのが速い。こちらとしても風太が目の届く場所にいるのはありがたい。これで結構この男はバカだからな。見張っとかないと何をやらかすか分からん。
「貴様にだけは言われたくないな」
「おっと、そういやお前さん心が読めるんだったな。すまんすまん」
正確には相手が考えている事がなんとなく分かるぐらいの力だったか。本人曰く、この能力は生まれ持ってのモノだそうで、そのせいか昔から他人を信用する事が出来なかったらしい。
今ではある程度折り合いをつけて、どんな人にもフラットな対応を出来る様になったとか。
「フンッ…………。なあ、オレオス」
俺の隣に立ち、学園の校舎を見つめる風太。その顔はとても優しく、しかし寂しさも同時に混在していた。
「この世界は暖かいな……。俺達のような余所者を受け入れ、居場所まで用意してくれた……。何より、【ウマ娘】という本来なら迫害されてもおかしくない存在が当たり前の様に共存している」
風太の言いたい事は分かる。俺達がいた世界【イルラニア】はお世辞にも良いところだとは言えない。あっちと比べるとここは桃源郷と言っても過言じゃないだろう。
ウマ娘という超常の存在。彼女達が他の人間と変わらず暮らしている、あの世界に俺より長くいた風太なら驚くのも無理はない。
それだけこの世界は暖かい。人の優しさで満ち溢れている。
「だろ? ウマ娘達は可愛いし、人々も優しい奴らばっかだしよ。これぞ俺が求めてた異世界転生って感じだ」
「……貴様のそんな楽しそうな顔、久しぶりに見たな」
穏やかな笑顔で話す風太。こっちだってお前のそんな顔久々に見たっての。
一度会話が途切れ、2人の間に静寂が訪れる。特に気まずいわけではないが、差し込む夕日も相まって柄にもなく黄昏てしまう。
「なあ……どうしたら……、俺はあの世界で悟空みたいに、みんなから愛されて、頼られる勇者になれたんかなぁ……」
「…………そもそも、現代日本で生まれ常識という不自由に縛られて育った貴様が、孫悟空という規格外の存在になれるわけがないだろう」
「……それもそうか」
「ただ……」
「ん?」
「少なからず貴様に救われた者がいることを忘れるな。いつだって他人のために貴様が命を懸けていた事を、そいつらは知っているはずだ。……紛れも無く貴様は勇者だった。それに、こちらにもいるのだろう? 貴様に助けられた運の悪い者が」
「風太くん……」
慣れない事をしたせいか、風太の頬は真っ赤だ。まさかお前に励まされるとは、やっぱ俺のこと好きだろコイツ。
でもおかげで元気出たわ。やはり持つべきものは気の許せる仲間ってことですかね。
「そーいや、おめぇどうやってここに来たんだ?」
「神に連れて来られたんだ。オレオスを探していると言ったら、ここに転移させられた」
「ええっ!? 神さま、俺がこの世界にいるの知ってたんか!? ならなんで俺にコンタクトとってくれなかったんだ?」
「どうやら、神の力が干渉出来ないらしい。ヤツの力が弱くなっている事もあり、俺を呼ぶので精一杯だそうだ」
「えーー……。あの人マジで神さま失格だろー……」
2人して神さまの不満をあーだこーだ言っていると、1人の女性が校舎からこちらに向かってくるのが見える。
あれはクリーク達が所属するチームレグルスの担当トレーナー、櫻井芹奈さんだ。大きく手を振って走ってくる彼女に、俺も手を振り返す。
「櫻井さん、どうしたんだ?」
「ふぃー……、大神さんにこの間の会議の資料を渡し忘れていたので……どうぞ、こちらを」
「わざわざ届けに来てくれたのか、悪いな、助かったぜ」
「いえいえ、ウチのクリーク達がお世話になってますからこれくらい何ともないです! ……ところで、そちらのお方は?」
「ああ、こいつは八雲風太。俺の友人で、明日から学園の警備員をやってくれる男なんだ。……って、どうした? 何ボケっとしてんだ?」
風太の様子がおかしい。櫻井さんを見つめたまま動きが止まってる。彼女も彼女で、キョトンと首を傾げ見つめ返しているが……。
なんやこれ。何とも意味のわからない空間に、居た堪れなくなっていると、風太がゆっくりと櫻井さんの方に近づく。
「…………名前はなんと言うんだ?」
「あっ、私ですか……? えっ……と……、櫻井芹奈……ですけど……」
「櫻井……芹奈……」
彼女の名前を呟くと、風太は櫻井さんの手を取り叫んだ──
「俺はお前に惚れたっ!! 櫻井芹奈、俺と付き合ってくれ!!」
──愛の告白を
「………………はへぇ?」
「えっ」
あ、あの雲わたあめみたーい。おいしそーう。思考回路が停止した俺より先に、櫻井さんは言葉の意味を理解したのか、みるみる内に顔が茹で上がっていく。
「かっ…………、考えさせてくださーーーーいっ!!!」
「待ってくれ! もう少し俺はお前と話がしたいのだがっ!!」
逃げ出す櫻井さんを追いかける風太。あっという間に2人に置いていかれた、私、大神勇斗。
今日の夕飯は何にしよう。そんな現実逃避をしながら、俺は1人虚しく穴を埋める作業に戻るのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ダイワスカーレットと夏合宿
「前回のぉぉぉぉおおおお!!! あらすじぃぃぃいいいぃいいいああああぁぁぁああああっっ!!! 新キャラが増えたぜぇいえいえい!!」
「霧島和也、ウオッカの担当トレーナーをしている。名前が出たのは前回が初めてだな、よろしく頼む」
「八雲風太……もとい、勇者としての名はミータリだ。あのバカとはイルラニアで共に旅をしてきたが、断じて友などと甘ったれた関係ではない」
「さっ、櫻井芹奈ですっ! 一応チームレグルスの担当をさせてもらってますぅ! えへへ、ちなみに私24歳なんです。みんなより2つ年上で、これでもお姉さんなんですよっ!」
「櫻井! 今度一緒に食事でも行かないか? この間、いい店を見つけたんだ!」
「ふへぇ!? ミータリさんっ!? あのっ、そのっ……、考えさせてくださーーーーいっ!!」
「ああっ!? 待ってくれ、櫻井!!」
「んーーー…………。あまぁーーーーーーいっ!! てめぇが1番甘いってんだよ、この色ボケレッサーパンダ! 硬派なのは見た目だけってかぁ!? 動物園に売るぞコラァ!!」
「うん、仲が良さそうで何よりだな。それでは本編、スタート!」
「夏合宿じゃーーーいっ!!」
学園からバスで2時間。海と山に囲まれた学園お抱えの宿泊地で、毎年恒例2カ月間の夏合宿が行われる。
参加は個人の自由だが、ほとんどの生徒、トレーナーがやってきている。それだけ有意義な時間だということだ。
期間中の行動は割と自由で、遠征してレースに出るもよし、トレーナーとワンツーマンでトレーニングするもよし、愛を育むもよしといった感じだ。
全体で行われるトレーニングメニューもあるので、デビュー前のウマ娘達も安心して合宿に励めるとの事。
そんなわけで俺とスカーレットも普段とは違う環境で鍛えられるのだ。海とか砂浜なんかはもってこいだ。
いつもより質の良いトレーニングができそうだし、うら若き乙女達の水着姿も拝めるしで良い事づくめ……のはずだったんだけど。
「…………なんで俺達、山ん中にいんの?」
そう。今俺はスカーレットに連れられて、宿からほど近い山の中にいる。木々に囲まれ木漏れ日が差し込むこの場所は、休日に来たのなら最高に気持ちがいいのだろう。
しかし、あいにく今は夏合宿中なのだ。標高が高く酸素が薄いならまた話が別だが、ここはそうではない。観光地として有名なくらい、比較的易しい山だ。もうぶっちゃけ森。景色が良い森なんだわ。
海の方が圧倒的にトレーニングに向いているはずなんだが、スカーレットは一体何を考えるんだ?
当の本人は目を閉じ、腕を組んで佇んでいる。目的は何か、問い正そうとする前にスカーレットが答えを口にした。
「ねえ、トレーナー……。アタシに……、戦い方を教えてくれない?」
「はあ…………。はあっ!? 何言ってんだ、おめぇ!?」
スカーレットの言葉に驚かざるを得ない。俺達は激化する秋のレースに向けての合宿をしに来たはずなのだ。それがどうして戦い方を教える事になんだ!?
彼女の言葉の真意が読めず困惑していると、何か決意した瞳を向けてスカーレットは真剣な声色ではっきりと告げる。
「……前から考えてはいたの。またあの時の魔族みたいなのがやってきたら、アタシはアンタに守られるだけなのかなって……。そんなのは嫌。アンタが闘うのならアタシだって戦いたい! トレーナーだけに全てを背負わせたくない……、アタシも隣で、一緒に背負っていきたいの!」
スカーレットは感情的に思いの丈を叫んでいく。それは嘆きや後悔が色濃く反映され、彼女が感じていた気持ちが痛い程伝わる。
「それに、戦ってた時のトレーナー、凄く辛そうな顔をしてた。……アンタのあんな顔、もう見たくない。アタシが隣に立って少しでもアンタの心が軽くなるなら、喜んで戦うわ。無茶な話なのは分かってる、でもお願いトレーナー。アタシに闘う力をちょうだい!」
知らなかった、彼女があの魔族襲来の日からそんな事を考えていたなんて。どれだけ俺が心配されていたのか、気づかなかったのが恥ずかしい。
あ、もうなんか泣きそうです私。こんな俺の事を気遣って、共に闘いたいなんて言ってくれるヤツ初めてなんだもん。
スカーレットはずっと、悩んでいたんだろうか。俺のために何が出来るのか。そうして出た答えが、今の言葉。
最近、スカーレットに冷たくあしらわれすぎて、好感度下がりまくってたのかと思ってたけどそんな事もないのかもな。だとしたら嬉しい。嬉しいのだが。
「…………ありがとな、お前の気持ちはよく分かったよ。でも、戦いを教えるのは出来ねぇ。いや、正確には教えたくねぇ。スカーレット、おまえさんがいくらウマ娘だとしても、今まで普通に暮らしてきた唯の女の子なんだよ。そんな子を俺の問題に巻き込みたくねぇんだ。だから、スカーレットの願いは聞けねぇ。ごめんな」
スカーレットの申し出は有り難いが、彼女を戦わせる訳にはいかない。
俺は笑顔で走るコイツの姿が好きだ。レースで1番を獲ったときの顔なんて、何回だって見ていたい。
本人には恥ずかしくて言えないが、俺の中でスカーレットはいつの間にか命を懸けても守りたいほど大切な存在になっていた。
そんな彼女を、何が起こるかわからない魔族との殺し合いに参加させたくない。つーわけで、スカーレットにはこの話は諦めてもらって通常のトレーニングに戻らないと──
「…………トレーナー契約を破棄するわ」
へ?
「修行をつけてくれないなら、アタシとアンタの関係を解消する。言っとくけどこれは本気よ。アタシがトレーナーの隣に立てないのなら、そんなのに意味はない。アタシの横にアンタが居るように、アンタの横にアタシが居ないとダメなの。だからアタシをトレーナーと一緒に戦わせて、お願いよ」
「スカーレット……」
まさかここまで覚悟が決まっていたとは。分かってんのか? トレーナーが居ないとレースにすら出られない事を。分かってんだろうな、だからこそこの提案を言ってきたわけで。
というか、俺もスカーレットの担当外されるなんてそんなの嫌ですよ。
どうしたものか、彼女の意思は固そうだし、ここで拒否るとマジで一緒に居られなくなるだろうし……。
「んー……、あー……、むぅ〜………。ああっ! もう! 分かった、分かったよ! スカーレット、おめぇに稽古をつけてやるよ! ただし、やるからには厳しくいくかんな! 目指すは最強! 誰にも負けない戦士にしてやる!!」
「……っ!! 当然でしょ! 何だってアタシが1番なんだから、そのつもりでやりなさいよねっ!!」
嬉しそうな顔しちゃってまあ。こっちはあんま喜べないだけどなあ。決まっちまったもんは仕方ない、今回の合宿は戦闘訓練も追加だ。
「ありがとね、トレーナー……!」
頭を抱える俺と、笑顔のスカーレット。一体この夏合宿、どうなることやら。
「さて、スカーレット。まず初めに、俺の事を力いっぱいぶん殴ってみろ」
「……は? なんで? 修行するんじゃないの? 変態なの? 変態だったわね」
「いや変態じゃないわい。お前も薄々気づいてるとは思うが、力の基礎は俺とのトレーニングの中で殆ど出来上がってんだわ。だから俺がこれから教えていくのは、その力の使い方や実戦での戦闘方法なんよ。俺を殴って欲しいのはお前の力を正確に測りたいからで、この方法が1番手っ取り早い。こっちの見立てだと戦闘力53万ぐらいあると思うぞ、スカーレット」
「いや、基準が分からないわよ」
いまいち納得がいっていないスカーレットだったが、強引な俺に押し切られ、渋々構えをとった。
腰を落とし、左腕は前で右腕は腰に置く。武闘家とかがよくやってる、あの構えだ。
「よーし、ばっちこーい! いいか、本気でやれよスカーレット、本気だぞ!!」
「はいはい、今やるわよ。…………ふぅー」
大きく深呼吸をして精神統一をするスカーレット。そこから爆発的に力を上昇させた。まるで、
(ん? あれ? なんかヤバくねこれ? 待て待て待て待て、俺、気の使い方なんて教えてないよな? しかも、フリーザ様並みの力があるといってもそれは潜在能力込みの話だぞ。あくまで現時点では、そんなに強くねぇはずだ!? こんなの冗談じゃ済まねぇぞ! それになんか魔力も混じってないかこれ!? おいおい、流石の勇者ちゃんもこの一撃を喰らったら危ねぇぞ!!)
しかし、そんな俺の焦りをスカーレットは知る由も無いわけで。力を溜め終わった彼女は、とてつもないスピードでこちらに向かってくる。
「待って、スカーレット! ちょっと待ってくれぇ!! 一旦ストッ──」
「はあぁああああああああぁぁぁああああっっっ!!!」
「もみもぉ」
音を置き去りにするほどの速さで放たれた拳は、漫画みたいに顔にめり込み、そのまま遥か後方へと俺を吹き飛ばした。
「…………………………えっ?」
──22年か。長いようで短かったな、俺の人生。じいちゃん、ばあちゃん元気にしてかっな。父ちゃんも母ちゃんも何してんだろな。
勇者としての2年間もあっという間だった。あの世界の奴らちゃんと平和にやってるかなあ。せっかく魔王を倒したんだから、穏やかにやってるといいけど。
スカーレットとも、もうちょい一緒に居たかった。教えたい事が沢山あったんだけど。まあ、あいつなら1人でも大丈夫だろ………………。
「……ハッ!? 走馬灯っ!? 初めて見たぞっ!? 油断してたとはいえ、あの一撃で死にかけんのかよっ!」
今現在、俺の体は殴られた勢い衰えず、海の上を高速飛行している。飛ばされた速度と時間から、地球半周ぐらい行ってるっぽいな。
恐ろしい女だぜ、ダイワスカーレット。鼻血が止まんねぇぞコラァ。
「フンッ! ……っと、やっと止まったか。とりあえず、スカーレットの所に戻らねぇと。くそー、あのヤロー本気で殴りやがって……。待てって言ったのに」
完全な八つ当たりの愚痴を吐きながら、俺は気を解放してスカーレットの元へと飛んで戻るのだった。
────────────────────────
「あっ、帰ってきた」
フラフラと空を浮遊しながら戻ってくると、呑気な顔したスカーレットが待っていた。
俺の心配なんて一つもしてない様子。死にかけたんだぞ、こっちはよ。
「痛かった…………。痛かったぞ、マジで!! おめぇ、加減って言葉しらねぇのかよ!? もう、ほんっとに、俺がドMじゃなかったら死んでたかんねっ!? 反省しなさいよっ、もう!!」
「いや、アンタがやれって言ったんでしょ。ってかやっぱり変態じゃない。……それで? アタシの力分かったわけ?」
素っ気なく返されてしまった。いやまあ、俺が十割悪いんだけどね。
とりあえず、彼女に攻撃されて判明した事や、その他諸々説明していかなくては。
「ああ、そんで色々と教えなきゃいけない事がある。まず、お前達ウマ娘の力の源、気と魔力についてだ」
「気と……魔力……?」
「俺が空飛んだり、手からビームみたいなの出してただろ? それを可能とさせる神秘のエネルギーが、気と魔力。これはどんな奴もでも持ってるんだ。量の違いはあれどな」
実際に両手の手のひらに、気と魔力で生み出したエネルギーの弾をふよふよと浮かべる。それを興味深く眺めているスカーレットに続けて話す。
「気は正のエネルギー、魔力は負のエネルギー、って感じでそれぞれ属性が違うんだ。もちろん、出来る事も変わってくる。まあ、どちらか片方極めちまえば基本的に大抵の事は出来ちまうから、あんま気にしなくてもいいんだけどな」
気は身体能力を強化したり、絶大なエネルギーを放出する事が出来る。
対して魔力は火や水といった様々な属性の力や、テレポートや物を増やしたりなどの、特殊能力を使える。魔法みたいなもんだな。
さっきも言ったが、どっちか片方を極限まで高めちまえば、何でも出来てしまう。俺の場合は気の方で、魔力の扱いは少し苦手だ。
「…………ねえ、その気と魔力って誰でも持ってるんでしょ? ならなんで、誰も使ってないの? おかしくない?」
話を静かに聞いていたスカーレットが、至極当然の疑問を口にする。彼女が思った通り、この世界の住民は力を使っていない。ある
「そう、そこが重要なんだ。普通の人間は、自分がそんな力を持っているなんて気づかない。総量が少なすぎて、感じる事もできないんだわ。それこそ魔族のような生まれ持っての強者だったり、力を授かった勇者だったりしないとな。まあ、クソほど修行して一定の強さを手に入れれば話は別だが」
「普通の人間は感じられない……。それって、もしかして……!」
スカーレットが驚いたように声を上げる。彼女も気づいたのだろう、俺が言わんとしている事が。
「……最初に言ったよな、ウマ娘の力の源は気と魔力だって。さっきスカーレットの一撃を喰らって確信したんだけど、お前らウマ娘は無意識に2つの力を使ってるみたいだ。レースの時とかな」
目を見開いて驚愕するスカーレット。そりゃそうだ、知らず知らずのうちにとんでもない力を使用してたんだからな。
「ウマ娘自体が持っている力の大きさはそこまででもないんだけど、潜在能力がヤバいっぽいのよ。トレーニングでスカーレットはそれが解放されていって、俺の想像以上に強くなってたんだわ。ウマ娘ヤバい」
「確かに、最近体の調子がすこぶる良かったのよね。走ってる時も不思議な感覚があったし、あれは気と魔力を使ってたのね……」
ぶっちゃけると、ウマ娘が2つの力を行使しているのに気づいたのはごく最近だ。
スカーレットが大幅に強くなったから感じる事が出来ただけで、通常は俺が頑張って気を張らないと検知出来ないぐらい微量な力しか流れていない。
あと地味にとんでもないのが、気と魔力、2つを同時に使っているという事。魔族だったら魔力を、勇者とかの人間の戦士だったら気と、1つの力を主力に使う。というか、使えないのだ。
2つの力を同時に使用するのは、めちゃくちゃ技術が必要になる。それをウマ娘達は種族特有の天性のセンスで扱っているのだろう。俺には無理だ。
「ま、こんなもんだな。おめぇが持ってる力についての説明は。だいたい分かっただろ?」
「一応、なんとなくは……ね。それで? ここからどう修行するの?」
「まずはスカーレットが力を自覚して、自在に操れるようにする。お前さんの場合、魔力と気を一辺に使えるからもういっそのこと、そいつらを融合させて新たな力にしていくぞ。魔気力ってとこだな」
「そんな難しそうな事できるの?」
「安心しろ。今まで無意識にやってた事を、意識的にやるだけだ。そこまで難しい事じゃねぇ。大事なのはイメージすること、自分を信じて力を制御した姿を想像しろ。そうすりゃ、結構簡単に出来るからよ」
思い込みって割と馬鹿にできないもんで、信じ込めば信じ込むだけ己の力になってくれる。気とかはそれが顕著なので、そこまで不安になる必要はない。
「そんじゃスカーレット、魔力か気力、どっちでもいいから形にしてみい? 俺が今やってるみたいにエネルギーの弾とかにしてな。お前なんか火属性っぽいから、火とか出してみれば?」
「アンタそれ、アタシの髪色見て言ってるでしょ……」
呆れ顔をしながらも、俺と同じく手のひらを上にして力むスカーレット。むむむと唸っているが、なかなかエネルギーは出現しない。
「ま、そんな焦んなくてもいいさ。時間はたっぷりあるんだ。今日一日かけて、この課題がクリアできたらいい方──」
「あっ、出た」
「ええええぇぇぇぇええええええええええええ!!??!?!?!!」
見事な炎が、スカーレットの手の中でメラメラと燃えている。しかもよく見ると、既に気力と魔力が融合した、魔気力になっているではないの!
空いた口が塞がらないとはこの事で、簡単とは言ったものの2日、3日はかかると考えていたんだが。
易々と俺の予想を超えてきやがったぞ、このウマ娘。
「すごいわ、これ! 応用したら日常生活にも使えそうね!」
「あっそう、そうすか……。ええい! そしたら次、次じゃあ!!」
「アンタ何キレてんのよ」
「キレてないっ!!」
ちくしょう、俺の計画がパアだ。せっかく、上手くできないスカーレットに、俺が色々とカッコよく力の使い方を教授して尊敬度爆上げしようと思ってたのに!
この天才め。俺が気弾を出すのに一週間もかかったのに、一発で完成させてしまうとは。
しかし、次の課題はそうはいかないだろう。
「よし、そしたら今度は剣を作るぞ!」
「剣?」
「スカーレットはレースにも出るんだから、なるだけ体に負担はかけたくない。俺みたいに素手で戦うなんて言語道断だ。だからお前には武器を使って戦ってほしい。そのための剣だ。魔気力で生成してみろ、絶対に折れず最高の切れ味を持った剣を!」
「……わかったわ、やってみる」
スカーレットのパワーがどれだけ強くても、体の耐久力が伴わなければ自分がダメージを負ってしまうだろう。ましてや彼女はスポーツ選手、その体に余計な怪我は好ましくない。
剣を持てば拳や脚を使わずに、絶大な威力を発揮できるはずだ。それに魔気力で作る事によって、細かい力のコントロールも覚えられるしな。
まさに一石二鳥。断じて、断じて! 俺でも難しい武器の生成をふっかけて、困ってるスカーレットにカッコよく助け舟を出したいとか考えてはいない。
「うむむむむ…………!!」
「スカーレット、まずは俺の手本を見せてやる。いいか、まず剣の形状を頭の中で決めて──」
「出来たわっ!! 見てよ、コレ! 結構カッコよくない!?」
「うわああああぁぁぁぁああああああ!!!! なんかわかってたけどよぉ!! ちくしょう!! なんなんだよ、この天才美少女! 才能の塊かよっ、くそったれ!!」
一目見ただけでわかる業物、赤い刀身に豪奢な柄を持った長剣。魔気力を帯びた、完璧な作りの剣にスカーレットは子供のようにはしゃいでいる。
通常状態の俺がアレで斬られたら、流石にひとたまりもないだろう。もう、なんか、天を仰ぐしかないですよ。
「ええい! スカーレットッ!! その剣、構えろ!!」
スカーレットに半ばやけくそに言い放ち、俺も気で錬成した剣を抜く。
「っ!」
「さっきも言ったが、スカーレットは既にある程度の基盤は出来ている。お前さんに足りてないのは経験、圧倒的に戦闘経験がねぇ。だからもっぱら、俺がつける修行は実戦形式の試合だ。この夏合宿にいる間は毎日、俺と戦ってもらう! 死ぬ気でこいよ、スカーレット。じゃねぇと一生、俺に追いつけないぜ?」
「……当然っ! アンタこそ、油断するんじゃないわよっ!!」
二つの剣がぶつかり合い、凄まじい衝撃音が山中に鳴り響く。俺の名誉と、スカーレットの1番を懸けた地獄の修行が幕を開けた。
ウマ娘の世界について
人とはちょっぴり違う種族、ウマ娘が住んでいる平和で優しい世界。
ウマ娘達の超人的なパワーは、本人達も気づいてないうちに、魔力と気力を体内でエネルギーに返還しているため。
総量は普通の人間と変わりないが、潜在的に秘めている力はその比ではない。
人との絆を育んでいく事で、その力は少しずつ解放されていく模様。ウマ娘とトレーナーという関係は、特に適していると言える。
自分、大神勇斗からしたらこの世界は天国のようだ。住民達が自分なんかを受け入れてくれるのは、ウマ娘という可愛くて、カッコいい奇跡のような女の子達を見て育ったからだろう。
やはり、カワイイは正義なのか。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ダイワスカーレットと修行の成果
サリオス前が壁ェ!!
夏合宿から早くも一ヶ月が経ち、八月に入ったある日のこと。
俺とスカーレットは体を休めるために、いつも修行をしている山の中ではなく海にやってきていた。
「白い砂浜に輝く太陽、それに透き通る海! くぅー! 最高だな、これぞ夏って感じだっ!」
「子供みたいにはしゃいじゃって……、アンタ本当に元気よね」
テンション爆上がりの俺とは正反対に、顔に当たる日差しを手で避けながらどこか憂鬱そうなスカーレット。
「せっかくの休みなんだからな、そりゃ元気にもなるって。スカーレットもそんな顔してないでよ、もっと楽しそうな顔しろよ? な?」
「アタシだってそうしたいわよ。でも、今は修行中でアタシはアンタに一度も攻撃を当てられていないのよ? 1番を目指してるアタシがそんな様じゃ、能天気に遊んでる余裕なんてないわよ。あれだけアタシのこと戦わせたくないって言ってたんだから、少しは手加減してくれたっていいじゃない」
スカーレットがご機嫌斜めだったのはこれのせいか。この一月の間、俺との手合わせでスカーレットの剣は空気を斬るだけに留まっていた。
決してスカーレットが強くなっていない、というわけではない。現に彼女の力は既に修行が始まる前から何倍にもなっている。魔気力の使い方も上達の速度が尋常ではないほどだ。
ではなぜスカーレットの攻撃が俺に当たっていないのかと言うと、
俺も同時に成長してしまったからである。
スカーレットが思いの外強すぎたせいで、こっちも死ぬ気で戦う事になり、その結果俺も一緒に強化されていく謎のサイクルが完成した。
2人共強くなっていくので、その間の溝が埋まるのはなかなかに時間がかかっているという事。こんな状況では彼女が休日を楽しめないのも無理はない。
しかし、スカーレットの言い分も分かるが勘弁してほしい。お前の剣が当たったら、まあもう無事では済まないのです。血がドバドバ出るのですよ。
この事を言ったら情けなすぎるので言わないが。とりあえず、スカーレットを励まして今はリフレッシュしなくては。
「そんな焦んなくても大丈夫だって! お前は確実に強くなってんだ、自信持て! それに、んなストレス溜まってんなら尚更遊んで解消しちまった方が、修行捗ると思うぞ?」
「…………まあ、それもそうね。よし! じゃあ今日はパァーっと遊ぶわよ! トレーナー、アンタもちゃんとついてきなさいよねっ!」
いつもの調子を取り戻したのか、両手をグッと握って気合いを入れるスカーレット。今日は水着姿でいるため、その動きはいい具合に胸元が強調されて目が吸い寄せられる。
フリルが付いた赤い水着に、普段のツインテールをほどき髪を下ろした姿のスカーレット。
15才とは思えない抜群のプロポーションに、砂浜と海が映えること映えること。通り過ぎる人達が一様にスカーレットの方を振り向いてしまっている。
かくいう俺も目を離せないでいる。こいつ本当に学生なんか? 体だけならそこらのグラビアアイドルと遜色ないぞ。
これでまだ成長途中らしいからな、ヤバいぜウマ娘。そりゃみんな好きになるわ。
「……ちょっと見過ぎ。そこまで見られると流石に恥ずかしいわよ、この変態」
「仕方ねーだろ、今日のお前すげー可愛いんだもん。水着も似合ってるし、髪下ろしてんのも超良いし。もはや無敵かよテメー、最強じゃねえか」
「ふっ、ふーん。そっ、そういう事なら許さない事もないけど? アンタがどうしてもって言うなら、もうちょっとぐらいなら見てもいいわよ? それに……トレーナーもその……、結構……」
「んへ?」
褒められて分かりやすく照れていると思ったら、今度は体をモジモジさせながらこちらをチラチラ見てくるスカーレット。
具体的には俺の上半身あたりを、頬を染めながら見ているっぽい。
「すごくいい体してて見惚れちゃうじゃない…………」
「なんて?」
小声で何か呟いたようだが、ギリギリ聞き取れなかった。一体何を言いたかったのか分からない。
だが、スカーレットの表情と態度、視線が俺の体に向いている事から推察できる答えは一つだけある。
「はっはーん! 分かったぞ? お前さん、俺の体が意外とムキムキだから見惚れてただろ?」
「そっ、そそそそそそそんなわけないでしょ!? アッ、アンタの引き締まった体なんか見て、うっとりなんてするわけないじゃない!? 全然カッコいいとか思ってないし? 勘違いしないでよねっ!? この変態トレーナーッ!!」
凄い早口で捲し立ててそっぽを向くスカーレットだったが、やはり俺の体が気になるのか、横目でちょこちょこ見ているのが隠しきれていない。
(前々から思ってたけど、スカーレットって男に対する免疫弱くない? チョロいってもんじゃねえぞ。可愛いポイントではあるんだけど、流石に心配になるというか。悪い男に引っかかりそ────いや、この世界で悪い男見た事ねえや、逆に俺がその筆頭だわ)
「ほっ、ほら! とりあえず、こんなところでウダウダやってないで遊びに行くわよ! 久しぶりの海なんだから、楽しまなくっちゃ!」
何はともあれ、スカーレットが乗り気になってくれてよかった。この休みで彼女の日々の鬱憤を晴らすために、俺も楽しみ頑張りますか!
────────────────────────
何をするにもまずは腹ごしらえ、という事で。俺とスカーレットは近くにあった海の家に足を運んでいた。
店に入るとかなりの盛況のようで、慌ただしく動く店員と食事を摂る客達の活気で満ち溢れている。
働いている人の多くがウマ娘で、皆アルバイトでもしているのだろうか。店内が華やかでとてもいい感じだ。
それにみんな水着姿だし。スタイルが良い子ばかりで嬉しい限りだぜ。眼福、眼福。
「……馬鹿」
「いたいんっ!」
スカーレットにお灸を据えられていると、奥の席から見知った奴らの声が聞こえてきた。
「はむ、んむ、んむ、んむ……。うん、こっちもおいしいな」
「ホンマにぎょーさん食うなぁ、アンタは。腹壊しても知らへんで?」
「ふふふっ、そこがオグリちゃんの良いところですからね〜。食べてる時の顔、とっても素敵ですよ」
「あの……ミータリさん、本当にいいんですか? ウチのオグリがそれはもう沢山食べてますけど……。お金大丈夫ですか? やっぱり私も払った方がいいんじゃ……」
「なに、心配するな。俺は普段金は使わんからな、むしろありがたいくらいだ。それに……、惚れた女の前でくらい格好つけさせてくれ」
「〜〜〜っ!!!」
「はっー! ようそんな歯が浮くようなセリフ、サラッと言えるなぁ〜」
「でもトレーナーさん、嬉しそうですよ〜」
「…………何やってんの? おめぇ?」
チームレグルス一同と、何故か一緒にいる八雲風太が並んで座って飯を食っていた。
しかも、ちゃっかり櫻井さんのこと口説いてるし。彼女も彼女で、なんか満更でもなさそうだし。いつの間に仲良くなってんだおい、俺知らないんだけど。
「なんだ、貴様か。用がないなら帰れ。今俺は忙しいんだ」
「いや、飯食いに来てんだよこっちも。おめぇこそ、乳繰りあってねぇで見回りとかちゃんとやれや」
「ふっ、2人共! 喧嘩はダメですよっ!?」
性懲りも無く風太と言い争いをしている隙に、スカーレットはしれっとオグリ達の隣に座りメニューを選んでいる。
悪態を吐きながら俺も空いている場所に腰を据える。ちょうどクリークの真前の席だ。座ろうとすると、クリークがどこか惚けた顔をしているのに気づく。
「どうしたクリーク? ボケっとして、大丈夫か?」
「……あっ!? おっ、大神さん!? ごめんなさい、急にボッーとしてしまって……。もう大丈夫ですから、気にしないでください。…………一体どうしちゃったんでしょうか、私……?」
「いつの間にかチームが色ボケの巣窟になっとって、ウチは悲しいで」
「恋を知らないタマに言われても、虚しいだけだと思うのだが」
「アンタもそうやろがっ! オグリィ!!」
結局クリークの様子がおかしかった理由は分からなかった。今もやけに頬が紅潮しているが、体調が悪いんじゃないだろうな。
まさか、スカーレットと同じく俺の体を見てそうなったとか? いや、そんなわけないか、スカーレットじゃあるまいし。
というか、先ほどからそのスカーレットからめっちゃ見られてるんだけど。何、何なの、怖い。何を訴え掛けてんの、その目は。
とりあえず今のは見なかった事にして、俺もメニューを開いて何食べるか決めてしまわないと。
「がうがうがっ!」
「……んっ!? おめぇ、がうがうじゃねえか!!」
何処から現れたのか、白い毛玉の魔物、がうがうが俺の隣でメニューを見ている。しかも器用に短い手を使って、メニュー表の一点を指差しているし。
「もしかして……これ食いたいのか? スーパーウルトラデラックスかき氷パフェ……」
「がうっ!」
元気よく返事をするがうがう。俺の予想通り、どうやら本当にこれを食いたいようだ。いやこれ、結構値段すんぞ。
まあそんな事モンスターのこいつが分かるはずもなく、期待に満ちた目で俺の顔を覗き込んでくる。くそ、カワイイじゃないの。
「はあ……ちゃんと全部食えよ」
「がっがーう!」
結局がうがうの可愛さに負けて、俺の注文に加えてパフェも買う事になってしまった。かなりの金額になってしまったが、風太が奢ってくれるらしいので問題ないだろう。
数分後、俺とスカーレット、追加注文したオグリの品々が届けられ、ようやくゆっくりとお昼を摂ることが出来た。
「ウワッーーーーーーー!?」
食事を終えてみんなと話しながら休憩していると、外から誰かの叫び声が響き渡った。
「おいスカーレット、今の声って……!」
「ええ……ウオッカのだわ……!」
急いで席を立ち、店から出る俺とスカーレット。それに続いて他の面々も走って追いかけてくる。
浜辺へと向かうと、多くの人々が何から逃げるように海から離れていく光景が目に入った。その中で逃げる人とは正反対に、立ち止まる人物が2人。ウオッカとそのトレーナー、霧島和也だ。
「おい、お前ら! 何があった!」
「ウオッカ、何みっともない声上げてんのよ!」
「大神かっ!? 何故こんな所に! いや、そんなことより──」
「スカーレット見ろよあれっ!? 馬鹿でかい
「「え?」」
やけにテンションが高いウオッカが指差す方を見ると、海の水が徐々に迫り上がってくるのが目に入る。
「やっと、追いつきました〜。もう2人共、急に走ったら危ないです……よ…………えっ?」
遅れてやってきたクリーク達も海の異変に気づき、目を見開いて驚き戸惑っている。
一体何が起きるのか。皆が固唾を飲んで見守っていると、盛り上がった水のヴェールが剥がれ落ち、中から巨大な何かが現れる。
「こっ、これって……!」
現れたのは、三角の頭に丸い口のような突起物、ヌメヌメとした赤い体表に8本の吸盤が付いた触手を持った、20mは軽くありそうな特大の怪物。
タコなのかイカなのか判別がつかない謎の生物が、こちらを見据えてウネウネと動いている。
「イカ……なの……?」
「いや、タコだろう。足が8本だし、体が赤いからな」
「せやかてオグリ、体はイカのフォルムまんまやで? イカちゃうか?」
「うーん……どっちなんでしょう? イカと言われればイカですし、タコと言われればタコですし……。迷っちゃいますね〜」
「先輩方、やっぱイカだと思うッス! イカの方がカッケーし、美味いですし!」
「みんなそんな場合じゃなくないっ!? 早く逃げないと、危ないよっ!?」
ウマ娘達がこの怪物がイカかタコかの考察で盛り上がる中、混乱しつつも彼女らの安全を優先してこの場から逃げようと促す櫻井さん。
俺も櫻井さんと同じく生徒達を安全な場所に促そうと動き出した瞬間、突然イカタコもどきが動きを止め、言葉を放った。
『アチキはタコ、タコなんでゲソ! あんなイカとかいう野蛮な奴らと同じにしないで欲しいゲソ! まったくもう!』
(((((えっ、喋んの?)))))
予想外の出来事に思考が一致する俺達。呆然としながらも何が起こるか分からないため、臨戦態勢に移る俺と風太、そしてスカーレット。
「なんつーデタラメなヤツだ。魔物なんか、こいつ?」
「いや、魔力を感じない。おそらく、こいつはこの世界の固有種だろう。ウマ娘という不思議な存在がいるんだ、こんな化け物がいてもおかしくない」
「…………」
「なっ、何だ? まずい事言ったか?」
「……風太くんって、偶に頭いいよな」
「偶には余計だっ!!」
言われてみれば確かにそうだ。タコを自称するこの生物からは魔物の特徴である、魔力を使用した気配が感じ取れない。風太の見立て通り、ウマ娘の世界の生き物で間違いないだろう。
モンスターではないとはいえ、この大きさだ。あの触手で攻撃されたらひとたまりもないだろう。敵対する意思があるならば、素早く対処しなければならない。
『それにしても、アチキをイカに間違えるなんて無礼な人間達でゲソ。これはお仕置きが必要でゲソな。ちょうどお腹も空いていたし、アチキのご飯にしてやるゲソ! ありがたく思うでゲソ!』
「わ〜お……。殺る気マンマンじゃないですか……」
「っ! 避けろっ!!」
『ブッシャッーーー!!!』
風太が叫ぶと共に、タコが口っぽい所、漏斗と呼ばれる器官からタコ墨を勢いよく噴出した。
風太の忠告のおかげで俺とスカーレットは空にジャンプして、ギリギリ躱す事ができた。風太も同様に宙に身を投げて事なきを得ている。
しかし、それ以外のメンバーは反応する事も叶わず墨をモロに受けてしまう。
「うわっ!? なんやこれっ!?」
「真っ暗だ……急に夜になってしまったぞ……!」
「あわわわっ……! タマ、オグリ、クリーク! みんな無事ですかっ!?」
「くそっ!? ウオッカ、どこだぁ!! 何も見えんっ……!」
「ウワッー! 相棒! 何かヌメヌメするっー!?」
どうやら体にダメージはないようだ。よく見ると、風太が咄嗟に気弾を投げて威力を相殺したらしい。墨は飛び散ったようだが。
どちらにしろ、好都合だ。皆が墨で目が見えなくなっている内に、このタコ野郎をぶちのめさなければ。俺達が力を使っている場面を見られるのは、色々と面倒くさいからな。
「さていっちょ──うおおおおおおおおおおおっ!?」
「なっ!? 離せっ!!」
『ゲッソッソッソッ! 捕まえたでゲソよ〜!』
「トレーナーッ!?」
油断した。空に飛んだと同時に、タコが触手を伸ばして俺と風太を掴んできた。まんまと捕まってしまったが、俺達なら簡単に抜け出せるだろう。実際、風太が既に力を込めて引きちぎろうとしている。
その前に、テレパシーを送って風太にやめさせるよう伝えた。
(風太、待てっ! 今思いついたんだが、このタコはスカーレット1人に倒してもらう!)
(オレオスッ!? 何を言っている! なにやらダイワスカーレットを鍛えていたようだが、ここで彼女を戦わせるのは危険すぎるっ! 馬鹿なのかっ、貴様は!)
(分かってる! だが、頼むっ! 信じてくれっ!)
風太の心配はごもっともだが、今のスカーレットなら十分やれる筈だ。彼女が自信を持つためにも、修行の成果を見せる時なんだ。
「ちっ……! 分かった、ただし危なかったらすぐ俺も出るぞ!」
風太からの了承も得た。後は何とか戦えない理由をでっち上げて、スカーレットをその気にさせるだけだ。
「スカーレット! お前が1人で戦うんだっ!」
「なっ、何言ってんのよ! アンタッ!?」
「この触手に捕まると、力が抜けちまうみたいなんだっ! だから、俺と風太は戦えねぇ! スカーレット、お前がやるんだ……いいな……?」
「で、でも……アタシッ…………!」
『ピーピー、ピーピーうるさい男でゲソね。さっさと死ぬでゲソ!』
スカーレットが逡巡していると、タコが触手による締め付けを強くしてくる。正直、痛みなど何一つ感じないが、今の俺は水着を着て上半身が裸なのだ。
何が言いたいのかというと、触手の吸盤が露出した乳首に吸い付いてきて、とてつもなく感じてしまう。
痛みではなく、快感をっ!
「うわあああああああああああああああっ♡♡♡♡♡」
「気持ち悪い声を出すなっ! この変態がぁっ!!」
快楽に悶える俺、嘆く風太、墨に塗れゾンビのように蠢くウマ娘とトレーナー、ゲソゲソ言ってるタコ。この地獄絵図の中、スカーレットはわなわなと体を揺らし、静かに魔気力を上げていく。
『そこの宙に浮いてる女も、こいつらと同じ様に絞め殺してやるゲソ! さあ、アチキのご飯になるでゲソッ!!』
言うや否や、2本の触手をしなるように伸ばしスカーレットに向けて放つ。触手がぶつかる直前まで来た瞬間、スカーレットの怒りが爆発した。
「……アタシのトレーナーに……! 手ェ出してんじゃないわよっ!!」
スカーレットが練り上げた剣の斬撃によって、斬り落とされるタコの触手。刹那の内に二度剣を振り、見事にどちらの触手も一撃で斬ってみせた。
普段の修行以上の力を見せているスカーレット。おそらく、俺がダメージを負ったと勘違いして怒り、限界を超えた能力を出しているのだろう。
自分の腕をあっさりと切断され、何が起こったか分からず困惑しているタコに向かって、間髪入れず突進していくスカーレット。
「大人しく、やられなさいっ!!」
『ゲソッーーーー!?』
「はあぁああああああああああああっ!!」
剣を大きく振り上げ上段に構えてから、また一気に振り下ろす。海をも斬り裂く必殺の一撃を防御する事もできず、タコは脳天から真っ二つに割れて水の中に沈んでいった。
「なっ……何だ、あの強さはっ……?」
「知らん。唯、スカーレットを怒らせちゃアカンってことしかわからん」
スカーレットの活躍により、海での騒ぎは一件落着となった。
──────────────────────
その後、倒したタコは勿体無いので食材として再利用し、パーティーとして振る舞う運びになった。
もちろん、他の生徒達や教師陣も一緒にだ。
俺は主催側としてバーベキューコンロの前で、せっせと肉やら野菜やらタコやらを焼いている。かなり忙しいが、海を見ながらのBBQも存外楽しいもんだな。
スカーレットはウオッカと仲良く喧嘩しながら楽しそうに食ってるな。それを後ろから暖かく見守る和也。
相も変わらず櫻井さんを口説く風太に、めっちゃ食べてるオグリとがうがうにツッコミを入れるタマモッティー。
各々楽しんでいる中、クリークだけが見当たらず探していると、波打ち際に1人立っているのを見つけた。ある程度焼き終わったので、肉を持ってクリークの所へ向かう。
「うい、楽しんでっか? ほれ、俺が焼いた肉だ美味いぞお〜」
「大神さん……ありがとうございます。いただきますね……」
やはり、いつもの元気がない。何があったか聞いてしまいたいが、担当でもないのにそこまで深掘りするのも違うだろう。
それにクリークも子供じゃないんだ、言いたい事があればそのうち言ってくれると思う。
「あの……大神さん……その……。このお肉とってもおいしいですね〜!お料理も出来るなんて、すごく偉いですよ〜、ふふっ」
「だろ? 意外とできる男なんだぜ、俺は!」
無理した笑顔、ではなさそうだ。何か言いかけていたが、今はこれでいいだろう。静かな波の音を聞きながら、思いの外大騒ぎだった休日が終わっていくのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
トリプルティアラと進む侵食
新キャラ、ウオダスじゃねえかぁ!!
(くそっ! なんでだっ、なんでなんだよっ!? 俺はダービーに勝って強くなった……、夏の間も相棒と特訓を重ねて強くなったはずなのにっ!)
『さあ、直線を向いた! 切れ味勝負、先頭はダイワスカーレットだ! ダイワスカーレット、踏ん張るかっ!? 外からダービーウマ娘が襲ってくるぅぅぅぅぅぅぅっ!! ウオッカが来たっ! 弾けるかっ!? 残り100ッ!!』
(この距離がッ……縮まらねぇっ!! あの脚にッ……届かねぇっ!!)
『ダイワ粘るかっ!? いや、突き放すっ! ウオッカ上がってきたが、差は縮まらないっ!!』
(スカーレットッ……!! 俺はまた負けるのかっ……?)
「くッッッッッッそォォォォォォォォォォォォッ!!!」
『ダイワスカーレット! 勝ったのはダイワスカーレットだっ!! トリプルティアラです、ダイワスカーレット! ティアラ最強世代の頂点はダイワスカーレット!』
『G1の舞台でまたしてもウオッカを破りました! 4コーナーから早め先頭、そのまま堂々と押し切りました! 文句なし世代の頂点です!』
『ウオオオオオオオォォォォォ…………!!』
「『圧倒的な先行力』『史上最強のトリプルティアラウマ娘!』ねぇ……おい、スカーレット見ろよこれ。どこの記事もお前一色だぞ、つい全部買っちまったぜ。この写真とか超カッコよくね? 俺がっ!!」
「ちょっとアンタ、デスクの上散らかしすぎ! 嬉しいのは分かるけど、少しは落ち着きなさいよね。ほら、片付けるから手伝って」
「はいはい、わかったよお母さん」
「は?」
夏合宿終了から一月半の時が過ぎ、一回りも二回りも成長したスカーレット。
彼女はレースの感覚を思い出すため、前哨戦である「ローズステークス」に出場し勝利。
そして最後のティアラ「秋華賞」を、ライバルであるウオッカに打ち勝って、トリプルティアラの座を手に入れていた。
まだ秋華賞から一日しか経っていない事もあり、国民達の熱は冷めやまず、国全体がお祭り騒ぎだ。
それだけスカーレットが掴んだ称号は大きく重い。これからはその名に恥じぬ走りをして力を示さなければならない。さらに厳しいレースが続くだろう。
まあ今は素直に喜んでいていいだろう。スカーレットも口ではああ言っているが、口角は上がりっぱなしで尻尾も振りに振りまくっている。嬉しさを隠し切れていない。
それもそうだ。ずっと目指していた目標を達成した、その喜びは俺なんかの比じゃないはず。本当によかった。
「どうしたの? ニヤニヤしちゃって。ちゃんと手も動かしてよ」
「いやぁ、俺のスカーレットは今日も可愛いなと思ってよ」
「アンタねぇ…………いつアタシがアンタのものになったのよ? まだ早いわよ、もうっ」
スカーレットの発言に若干違和感を覚えるも、聞かなかった事にして片付けを進める。広げたスポーツ誌をしまい、ついでにトレーナールームの掃除も軽くする事にした。
俺が床を箒で掃いていると、テーブルを拭いていたスカーレットが何か思い出したように話しかけてきた。
「そうだトレーナー、この前貰ったペンダントのトップが割れちゃったの。これ、直せる?」
そう言うとスカーレットは首に下げたアクセサリーを手に取り、俺に渡してきた。見るとチェーンに繋がれた石が、ぱっくりと割れているのが分かる。
「トップ? ああ、石の所な。まかせろ、すぐ直る。だからそんな申し訳なさそうな顔すんな、怒ってねえからよ」
渡されたペンダントを握り魔力を注ぎ込む。すると、みるみる内に割れ目が修復していき綺麗に元通りになった。
「ほれ、直ったぜ」
「あ、ありがとうっ! よかった……本当に……!」
「しかし何で壊れたんだ? 昨日は割れてなかったよな?」
「うっ……それは…………昨日帰ってから魔気力の特訓をしてたら……その、壊れちゃって……。ごっ、ごめんなさい!」
なるほど、それでか。大方、レースで興奮した勢いそのままで魔気力を使い、魔石の許容量を超えたパワーで修行を始めてしまったんだろう。
「気にすんなって。俺がスカーレットの成長力を見誤ってただけだ。前よりその魔石も強化してあるから、もう大丈夫だよ」
この魔石のペンダントは俺の魔力で作った特製のアクセサリーで、夏合宿の終わりにスカーレットにあげた物だ。
これはスカーレットの魔気力を抑える事が出来る優れ物で、こいつを身に付けていれば他のウマ娘と同じく、純粋なフィジカルだけで競い合えるのだ。
俺との修行で人の領域を超えた彼女は、このままレースを行ったらどんなウマ娘でも相手にはならないからな。そこでスカーレットには制限をかける事にしたってわけだ。
ちなみにスカーレットが強く想えば、少量の魔気力は扱える。これで力の修練は可能なのだが、今回はその際に彼女の魔気力が高まり過ぎて、魔石の方が耐えきれなかった。
つまり、当初俺が想定していた量を超えて、スカーレットの魔気力が成長した結果というわけである。一月半でここまで強くなるとは読めなかった、この勇者の目をもってしても……。
というか、やけに心配してたなスカーレットのやつ。今も直ったペンダントを心底大事そうに握りしめてるし。
「なあスカーレット、別にそこまで大切にしなくてもいいぞ? それいくつでも作れるし。普段からつけてろって言ったけど、最悪レースの時だけつけてればいいしな」
「アンタがよくてもアタシがダメなの! これがトレーナーからの初めてのプレゼントだったのよ……大切にしたいじゃない…………」
そういえば俺から何かあげたのって、こいつが初めてだったか。スカーレットからは財布だったり貰ってたしな、俺はもうちょい日々の感謝を形として伝えた方がいいのかもしれない。
「そっか……。んじゃ、今度ちゃんとしたプレゼントを贈るよ。ちょうどクリスマスももうすぐだしな! 楽しみにしてろぉ〜」
「ほっ、ホントにっ!? 絶対、絶対よ! 言質とったからね! あっ、でもアンタのセンスって結構ぶっ飛んでるわよね……ちょっと心配だわ、ふふっ」
思った以上に喜んでるな……。今の内に考えておかないとヤバそうかもしれん、何をプレゼントするか。いやでもまだ一月以上あるし、未来の俺に任せても大丈夫かな?
その後、ウキウキしたスカーレットが俺の3倍のスピードで掃除を進めていき、見事なまでに部屋が綺麗になった。
「よし、こんなもんだろ。それじゃ今日は終わりだ、スカーレット帰っていいぞ」
「え? トレーニングは? まだ時間あるわよ?」
「おめぇは今日休みだ休み! 昨日思い切り走ったばっかだし、エリ女も近いんだ。休める時に休まないとだめなの! それに俺、これから用事あるからお前のこと見れねぇし」
「用事?」
「ああ、何でも近くの森に熊が出たらしくてな。俺と風太で見てくるようたづなさんから言われてんだ」
正確には熊に似た化け物って目撃情報らしいが。まあこんなとこに熊がいるはずもないし、十中八九──
「魔物──なの? それって……?」
「おそらくな。ったく、最近平和だと思ったらこれだよ……」
「ねえ! それアタシも──」
「行かせません! 休みだって言ったろ? それに本来こういう事に巻き込みたくねぇんだこっちは。大人しく留守番してなさい、わっーたな?」
「わっ、わかったわよ……。気をつけてね、怪我しないでよ?」
渋々了承し、俺の事を心配してくれるスカーレット。彼女の気持ちはありがたいが、まだその時ではないんだ。わかってくれ。
それにスカーレットが出るまでもないしな。風太くんが全部やってくれんだろ、たぶん。
「じゃ、行ってくるわ。スカーレットはちゃんと体休めろよ〜?」
──────────────────────
『グワアアァァアアア…………!!』
「やっと倒れたか、少々手間取ったな」
「いやー疲れた疲れた。結構タフだったな、コイツ」
「貴様は何もしていないだろうが」
学園から北に5km程、都会にしては珍しく人の手が入っていない森の一角で、俺と風太は目的の魔物の討伐を果たしていた。
俺達の目の前でうつ伏せになって倒れている魔物は「ギガーズ」。熊のような見た目に、鋭利な牙と頭に生えた短い角が特徴的なモンスターだ。
こいつの危険性は極めて高く、人間の事も当然のように襲ってくるので被害に遭った人がいないのが奇跡なぐらいだ。
まあそこまで戦闘能力が高いわけではないので、ウマ娘10人ぐらいで囲めばなんとか倒せる程度の強さなんだけど。
そんな事を考えながら死体を眺めていると、不意にギガーズの体が光の泡になって消えていく。体が魔力でできているモンスターは、命を落とすとこんな感じに空気中の魔力と融け合って霧散してしまうのだ。
「しっかし何でまたこんなとこに魔物が現れたんだ?」
「わからん。時空の裂け目、【ゲート】と呼ばれる世界と世界を繋げる扉が開かれた形跡はないしな……。案外、この間のイカと同じくこの世界で生まれたのかもしれん」
「いや、確かあいつタコって言ってたぞ」
「む、そうだったか。どちらでもいいが」
風太の言ったように、この近くでゲートが使われた様子はない。数ヶ月前にやってきたライアムって魔族はちゃんとゲートを通って来てたんだけどな。
それに風太の話によると、魔物が現れたのは今回だけではないらしい。俺が気づく前に風太が速攻で対処していたようだ。なんと2回もあったそうで。
そいつらもゲートを使ってないらしく、一体誰が、どうやってこのウマ娘の世界に魔物を送ってきているのか。正直検討もつかない。
「なんか嫌な感じはするが、これからも魔物が現れてからすぐ倒すしか方法はなさそうだな。後手に回るのは避けたい所だが、いかんせん俺達だけじゃどうしようもねぇし」
「神の奴に協力を仰げないのがここまで痛いとはな。ままならん」
この場にいる2人の力は戦闘に特化しすぎているため、こういう調べて答えを出すという局面でクソほど役に立たない。勇者時代も神さまからお告げを聞いて解決する、という流れが大半だったし。
ここで嘆いていても仕方がないので、最悪の事態にならぬよう頑張るしかないんだけどな。
「話は変わるが貴様、今どこまで変身できる?」
風太が突然そんな事を聞いてくる。変身という言葉が指す意味は、サイヤ人である俺達からすれば一つしかないだろう。
「あー……。2までだな」
「ほう、やはりそうか。では今の時点で俺と貴様ではそこまで差はないのだな?」
「よく言うぜ。俺に一度も勝ったことないくせに」
「ふん、平和ボケして鍛錬を怠った貴様と、ストイックに修練を続けた俺ではどちらが強いかは明白だがな」
何故か勝ち誇った顔をして胸を張る風太。急に変なこと聞いてくるし、何がしたいんだこいつ。まさか、前より強くなったのを自慢したいのか?
「まあ、戦えば分かる話だ。構えろオレオス、その腑抜けた精神叩き直してやる!」
やっぱりかよ。俺が3に変身できないのをいい事に、勝負して勝つつもりだな。卑怯すぎない?
風太の方は戦うつもりマンマンだし、これは拒否するのは難しそうだなこりゃ。
「ちょっと待て! 本気でやるつもりか!?」
「当たり前だろう! さっきの戦闘で何もしなかったんだ、少しは付き合え!」
「ちっ、わかったよ。でも、変身するのはなしだ! 目立ち過ぎるからな」
それに、そこまで本気でやったらここら一帯がぶち壊れるし。俺と風太がやり合うだけでかなり危ないのだから、通常形態でギリギリ安心できるって感じだな。
「別にそれで構わん。変身せずとも、俺は貴様より強いのだからな!」
というわけで、急遽始まった風太との手合わせ。こちらが準備を整えて気を高めていると、近くに
(この気は……何でこんな場所にいんだ、あいつ!?)
木の陰に隠れているのか、俺のよく知る人物がこの場にいるのに驚いていると、風太はそれに気づかず気を溜め終えて攻撃を仕掛けてきた。
「いくぞっ!!」
掛け声と共に風太が俺の視界から消え、気づくと後ろに回っている。
そのまま死角から右足での蹴りを放ってくるが、当たる前に空中へと飛んで回避する。風太も飛んで追いかけて来るがそのスピードは俺より速く、追い抜かれた。
「ざぁっ!!」
「ぎっ!?」
俺より高く飛び上がった風太は、回転しながら足を振り下ろし踵落としを浴びせてくる。頭の上で十字を作り腕での防御がギリギリ間に合うが、あまりの威力に地面に叩きつけられる。
なんとか踏ん張って着地に成功するが、腕がビリビリと痺れダメージをかなり負ってしまった。
「本当に強くなってるじゃないの……、想像以上だぞ……!」
「はっ、この程度で驚かれては困るな。これから更に上げていくぞ?」
(こりゃ本気でやらないと駄目みたいだな。アイツは…………よし、ここから離れたな。流石に危ないって分かったか、これなら思う存分やってもいいだろ)
気を探って隠れていた子が居なくなったのを確認し、俺もこれで何の憂もなく戦える。
こっちも本気で気を解放し、パワーをぶち上げる。
「はぁっ!!」
「っ! どうやら衰えたわけではなさそうだな……!」
「たりめーだ。てめぇに負けるなんて事があったら、末代までの恥だぜ」
「なら貴様を末代にしてやるっ!」
俺の言葉が逆鱗に触れたのか、怒りを露わにして突っ込んでくる。
目前まで迫ってくると、またも超速移動して後ろに回ってきた。先程よりも速く重い蹴りを繰り出すが、俺はその一撃が入る前に風太の後ろへと移動する。
「ふっ!」
「があっ!?」
ガラ空きの背中に肘打ちを一発。綺麗に入った肘は風太の肺から空気を奪い、体勢が崩れる。それはさらに隙を晒す事になり、俺の追撃を許す羽目になる。
横に回り込み腹に右足の蹴りをぶち込む。避ける間も無く打ち上げられた風太に飛んで接近し、今度は顔面に拳がめり込む程のパンチをおみまいした。
「くぅっ!!」
縦回転しながら空中に吹き飛ばされた風太は、どうにか力を入れて体勢を立て直す。だが、目に見えて体力も気力も落ちているのが分かる。
肩で息をしてるし、今ので相当ダメージを負ったようだな。
「はぁっ! はぁっ! やれば出来るじゃないか……!」
「減らず口だけは一丁前だな、昔っからよ。無理はしない方がいいんじゃないの? 手加減するのも楽じゃないんだぜ?」
「ぬかせっ! 本番はこれからだっ!」
一段階ギアを上げたのか、さらに気を強める風太。これは長くなりそうだ。内心辟易しながら、俺は向かってくる風太に迎撃の姿勢をとるのだった。
そして1時間後…………
「だあああああああああああああっ!!」
「ちぃやあああああああああああっ!!」
『ピピィ! ピピィ! ピピィ!』
「っ! 待てっ! オレオスッ!!」
「ああああああ────っと! なっ、なんだよっ! 今いいとこだっただろ!!」
戦闘が始まってから1時間弱。風太の驚異の粘りによって両者共ボロボロになり、次の一撃で勝負が決まるという時に突然鳴り響くアラームの音で戦いが止まった。
納得がいかず風太に問い詰めようと近づくと、あの野郎ポケットからスマホを取り出して熱心に画面を見てやがる。どうやらアラームは風太のスマホから鳴ったらしい。
「何見てんだてめー」
「悪いがこの決着はまた後でだ。俺は時間が来たのでおさらばする」
「はあっ!? おめぇから誘っといてそりゃねえだろ!? 第一、時間が来たって何だ!」
「芹奈と食事の約束がある。遅れる訳にはいかん」
「んだそれっ!? なら最初から手合わせなんかしてんじゃねぇ!!」
「うるさいっ! 元はといえば貴様が無駄に強いのがいけないのだっ! 俺は今まで勝てなかった貴様に勝ち、気持ちよく芹奈とのデートに臨めたはずだったのに……!」
つまりなんだ? 櫻井さんとのデートを上手くいかせるために、ゲン担ぎで俺に勝とうとしてたって事か?
ふざけてんだろこいつ。なんなん? すげームカついてきたんだけど。
あと地味に櫻井さんを名前呼びしてんのが腹立つ。前まで苗字で呼んでただろてめー。仲良くなんの早すぎんだろ、もう付き合ってんじゃねえだろうな、ああ?
風太のあまりの恋愛脳に呆然としていると、当の本人は傷ついた服と体を魔法で元通りにして既にここから立ち去る気マンマンだった。
「では俺はもう行く。貴様も彼女の一人や二人、作ったらどうだ? 人並み以上の幸せを享受する権利が貴様にはある。女を侍らせてハーレムを作っても、誰も文句は言うまい」
「急に真面目な顔で変なこと言うな、今で十分幸せだっての。さっさとお前は櫻井さんと仲良くやってろ、ボケ」
「そうか、ならいい。ではな、次は必ず俺が勝つ」
そう言うとすぐに飛び立っていく風太。まさかヤツがここまで女に首ったけになるとは、思わなんだ。
それにハーレムって。あいつなりに俺の事を心配してくれてるみたいだけどよ、発想がぶっ飛んでるわ。ウマ娘の世界に来ただけで幸せ過ぎるぐらいなんだけどな。
「ま、いいや。俺も帰ろっと……ん? 何か落ちてるな?」
用も済んだし帰路に着こうかとした時、地面に何かが落ちているのに気づく。近づいて拾ってみるとそれはスマホだった。
風太が落としたのかと思ったが、あいつはきちんとポケットにしまっていた。なら一体誰の物なのか。
よくよく思い出してみれば、この場所は戦闘前にある
まさかと思い、俺のスマホで電話をかけてみると、やはりさっき拾ったスマホが反応した。
「はあ……何してんだ、
俺と風太の戦いをこっそり覗いていたスーパークリーク。彼女の落とし物を渡しに行った際、さらに面倒な事態になるのをこの時の俺はまだ知らないのだった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
番外編 クリスマス衣装と回らないガチャ
本編とはまったく関係の無いお話です。
「ねえトレーナー! 遂にアタシの新衣装が届いたわよっ!」
「……なぜ……なぜ俺の端末には……」
「見てよこれっ! クリスマスに相応しい素敵な衣装でしょ? とっても可愛いし、特にこの部分とか──」
「……ライス……シャワー……許すまじ……」
「あとあと耳の所もショートケーキの苺みたいで──って、聞いてる?」
「もう何も信じられない……」
「ちょっとアンタ! 何俯いてんのよ、こっち見なさいって!」
「…………」
「いっ!? なんて顔しんてのよ、アンタ……」
「ああ、スカーレットか。その衣装似合ってるじゃねぇか!」
「そっ、そうでしょ、ふふっ♪ なんたって、待望のダイワスカーレットの新衣装なんだから! この服に合わせて髪も下ろしてみたし、自分でも惚れ惚れするくらい完璧な仕上がりだわ! 作ってくれた人には感謝してもしきれないくらい!」
「そうか、よかったな!」
「ウマ娘のアプリがリリースされて早1年と9ヶ月……ようやく掴んだ新しい勝負服、ホントに嬉しいわ! アンタも当然引いたんでしょうね?」
「…………」
「ひっ、引いたんでしょ? 当たっ……た……のよね……?」
「すり抜けありえんマジ何なん?」
「あっ、駄目だったんだ」
「控えめに言ったって災難」
「いや、歌わなくていいから。っていうか天井してないの? アンタ何回ガチャ回したのよ?」
「40回」
「はぁっ!? そんなの当たる方が珍しいじゃない! アンタ、普段あんまりガチャ回さない方でしょ!? なんでこのタイミングで石がないのよ!」
「いや、だってよ……。直近にマルゼンスキーとクリークの復刻があったからさ……なあ?」
「そっちを回して石が無くなった……と。アンタってさ、チャンピオンミーティング参加してるわけ?」
「いや、もう半年ぐらいやってねえな。因子厳選とか大変でさぁ、毎回やってる人はすげぇよ。尊敬する」
「…………じゃあなんでサポカの方回してんのよっ! エンジョイ勢のアンタが完凸目指してんじゃないわよ馬鹿っ!」
「うるせー! クリークもマルゼンも可愛いんだから仕方ねえだろ! それにすり抜けでライスシャワーが来たのがいけないんだ! ちゃんとスカーレットが当たってたら、今頃俺は最高に幸せだったのに!」
「ライス……悪い子だよね……」
「ちょっと! ライス先輩泣いちゃったじゃない! 謝りなさいよ!」
「はっ! 誰が謝るかってんだ! おっ、そうだ。こうなったらライスにスカーレットの衣装を着せて、それをクリスマスダスカにするしかねぇ。我ながら天才的発想だな!」
「なるわけないでしょ!!」
「シルカッ、サッサトフクヨコセッ!」「ワタスワケナイデショ!テイウカ、アンタガアテレバイイダケジャナイ!」「イシガナインジャ!」「カキンシナサイヨッ!」「ライスワルイコ‥?」
「アイツら、本当に仲良いよなー」
「そうだな、案外あの仲の良さこそが強さの秘訣なのかもな。俺達も見習わなければいけないな、ウオッカ」
「そっ、そうだな! えっーと……その……、あ、相棒はさ……引いたのか……? 俺のクリスマス衣装……」
「もちろん、引いたに決まってる。お前は俺の相棒なんだからな。その衣装似合っているぞ、ウオッカ」
「そっ……そっか……! へへっ、そうだよなっ! これすっげーカッケーよな! 動きやすいし、スタイリッシュだし! 正に俺の為の衣装って感じで──」
「ああ、可愛いぞ。ウオッカ」
「かわっ……! なっ、何言ってんだよ相棒、そんなことあるわけ……」
「ん? 普段の勝負服もいいが、今回の衣装もウオッカの違う良さを出していて可愛いと思うぞ。そうだな、特に──」
「う、ウワーッ!? もういい、もういいから! これ以上は俺が耐えられねえ!」
「はあっ……! はあっ……! 観念なさい、トレーナー。アンタは課金してアタシを引くのよ……!!」
「くっ! わかったよ、そこまで言うならやってやる。大人の力を舐めるなよ……!」
\ウマムスメプリティーダービー/
「ふん、ようやくやる気になったわね。さっさと当てちゃいなさい!」
\ピチョリン/
「よし、課金したぜ」
「どれどれ……? って、10連分しか入れてないじゃない! 舐めてるのっ!?」
「ええい、こちとら金が無いんじゃ! それに一発で当てればいい話だ、これで決めてやるっ!」
「ええ……? 嫌な予感しかしないんだけど……」
「よし、準備完了! 頼むぜ、たづなさん! この一押しにオラの全てをかけるっ!」
「ゴクリ……」
「いっけええええええええええええええええっ!!!」
\ピカリン/
\激熱ッ!/
「ねえ、これって……!」
「理事長きたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
\テッテテーテッテッテーテテー/
「ひょっとして、ひょっとするんじゃない!」
「待たせたなスカーレット! とうとうお前を迎えに行く時がきたみたいだぜっ!」
「トレーナー……!」
\カンッ/ \カンッ/ \カンッ/ \カンッ/ \カンッ/
「なかなか虹にならないわね」
「こりゃ、最後の確定枠だな」
\カンッ/ \キンッ/ \カンッ/ \キンッ/ \プリンッ/
「はい、オッケィ!!」
「ドキドキしてきたわね……!」
「チケゾー、ネイチャ、ネイチャ、キング、バクシン、ライアン……!」
「ウオッカ、それにタキオンさん……。しかも、通常のアタシッ!? トレーナー、これって……!」
「ああ! 流れが来てるぜっ! これは必ず、スカーレットが当たる! 大神勇斗大勝利! 希望の未来へレディーゴーッ!!」
\ポチッ/
((ん? なんかシルエット違くない?))
『噛んだら痛いから……噛みつくのは、勝利にだけ!』
「「え?」」
【Make up Vampire!】ライスシャワー☆☆☆ NEW!
「「………………」」
「ライス、悪い子……?」
「ライスシャワーじゃねえかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ライス先輩、何してるんですかっ!? 今の完全にアタシが出る流れだったんですよっ! 今からでも遅くないのでゲートに戻ってください!」
「これからよろしくね……? トレーナーさん……!」
「ああああああああああ!! でもかわいいじゃねえかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
有馬記念と騒乱の中山
サリオスは不滅おじさん「サリオスはみんなの心の中で走り続けるからサリオスは不滅。それはそれとして一週間寝込む」
「エリザベス女王杯制覇おめでとうございます、ダイワスカーレットさん。これでまた連勝記録が伸びましたね!」
「ありがとうございます。これもひとえに応援してくださるファンの皆さんのおかげです」
幾つものカメラとマイクに囲まれ、フラッシュの音と光がスカーレットに集中する。俺の隣に立ちインタビューを受けるスカーレットは、レースが終わった直後だというのにもう呼吸が落ち着いている。
「初のシニア混合のレースでしたがそれを感じさせない圧巻の走りだったと思います。自分のレースプラン通り走れたのでしょうか?」
「そうですね、普段通りの感じで走れたと思います。シニア戦というのはあまり気にせずにやれましたし、京都も慣れている方だったので。それにウオッカがいませんでしたから、余計負けたくなくて」
「ウオッカとの対決を期待していたファンは多いと思いますが──」
スカーレットが言ったように今回京都レース場で行われた【エリザベス女王杯】にはウオッカは参戦していない。今朝になって右足を軽く怪我した事が発表され回避したからだ。
レースに勝ったというのにスカーレットの気分がいつもより上がっていないのはそのためで、ウオッカが控室を訪ねて来た時はプンスカ怒っていたな。
俺としてもウオッカと競えなかったのは消化不良だ。秋華賞でコテンパンに負かしたんだ、次は死に物狂いで挑んでくると思っていたからかなり残念。
今のスカーレットに喰らいつけるのはウオッカぐらいなもんで、現に今日のレースも余裕があるぐらいの勝利だったし。過ぎた事を悔いても仕方がないが。
にしてもスカーレットの奴本当に外面いいよな。今もめっちゃ丁寧に受け答えしてるし。インタビュアーさん達もなんか尊敬の眼差しを向けちまってる。優等生ってよりヒーローとかそんな感じの扱いだな。
「──ありがとうございます。では次に大神さん、今後の展望についてお話しいただければ」
ひとしきりスカーレットへの質問が終わったのか今度は俺の方にマイクが向く。展望と言われればやはり──
「そうですね……。スカーレットの状態によりますが、やっぱり【有馬記念】ですかねー。ファンも有馬の舞台でスカーレットを見たいだろなって勝手に思ってるんで。それに──」
言いながらスカーレットを見る。見られてるのに気づいたのか、首を傾げながらきょとんとするスカーレットの頭を乱雑に撫でながら、俺は最高の笑顔を作り宣言する。
「うちのスカーレットが最強だって事を証明しないといけないんでね! 世代だけじゃなく現役最強の座も貰いにいかないと気が済まないんで、スカーレットが」
おおーと俺の強気な発言に沸く記者達とは対照的に、険しい顔になるスカーレット。明らかに機嫌が悪くなったな。
「ちょっとトレーナーさん? あまり勝手な事を言わないでくれますか?アタシはそんな事思ってないですから。そんな大口を叩いている暇があるなら公の場でのマナーをもっと学んでください」
鬱陶しそうに俺の手を払い、怒気を孕んだ声で言い放つスカーレット。さっきまでの愛想笑いは何処へやら、俺への対応が氷点下以下になる。
こんな態度ではスカーレットのイメージが崩れるのでは?と思うかもしれないが、デビュー初期からこんなやりとりなので案外受け入れられている。この場の記者達も「いつものか」と慣れっこな感じで、逆にみんなほのぼのし始めているし、ファンの間でも『この関係が尊い!』との事らしく評判はいいみたいだ。スカーレット本人は納得いかないみたいだが。
「まあ、いいじゃねえか。別に言うだけタダなんだしよ。勝てばカッコいいし、負ければダサい、そんだけだ。ま、一人ぐらいビックマウスなヤツがいた方が盛り上がるからな。それによ?」
「?」
払われた手をまたスカーレットの頭に持っていき、クシャクシャと撫で回しながら彼女の目を見て優しく告げる。
「俺は信じてる。お前が誰にも負けない、1番のウマ娘だって。俺と一緒に強くなったダイワスカーレットは、過去を全部置き去りにするぐらいすげぇウマ娘なんだってな!」
俺の本音の言葉を聞いて目を見開いて驚いた後、手を後ろで組み伏し目がちで体をゆっくりと揺らすスカーレット。そのまま極力感情を乗せぬよう努めてぼそっと口を開いた。
「…………あっそ。アンタがそう思ってるなら別にいいけど。でも自分の言葉なんだから責任持ちなさいよね、まったく…………」
(デレたな)(デレた!)(デレましたね)(デレきた)(ご馳走様です)
なんか記者達の心の声が一致した気がするが、気のせいだろう。
スカーレットへの対応は今ので正解だったらしい。尻尾は元気に振ってるし耳もふにゃっとしてる。心なしか頬も赤くなってる気がする。照れているのか、チョロ可愛いったらありゃしない。
こいつがもう3つぐらい年が上だったら本気で口説いていたかもってぐらい俺に刺さりまくりだからな、スカーレットの言動。ガキで良かったと思う反面、残念な気持ちも拭えないというのは我ながら情けない話ですけども。
一先ず馬鹿な考えは振り払って、インタビューを締めにかかる。
「てなわけで、次俺達が目指すのは有馬記念! ここの勝利も掻っ攫っていく予定なんで皆さん応援よろしく!」
「──とは言ったもののなあ……」
エリザベス女王杯からほぼ一月、早くも12月になり有馬記念まで3週間となったある日。俺はトレーナールームのデスクに突っ伏しながら1人ため息を吐いていた。
この間の威勢は何処へやら、俺がここまで憂鬱になっているのは何故かというと。
「有馬記念芝2500m中山レース場……外回りからスタートして内回りコースへ、初っ端からコーナーがあって全部で6回もコーナーを回る事になる……。しかもスタンド前の坂を2回も登んなきゃならんとか……」
「結構なクソコースじゃないすかね、これぇ〜〜〜……」
流石に1年を締めくくる大舞台なだけある。単純な地力だけではなくテクニックも要求されるレースであり、観てる分には面白いが、走る分にはこれほどキツいモノも中々ないだろう。
コーナーが多い分上手く走ればマイラーでもワンチャン好走できるみたいな話もあるが、裏返せば適正がなければまともに走り切るのも難しいという事。
最後の直線が短い事もありウオッカのような末脚が自慢のウマ娘にとってはだいぶ厳しいんじゃねえかな。それに比べればスカーレットは問題ないとは思う。あいつの安定感は抜群だし現役の中でもステータスは群を抜いて高い。
「だとしてもローテを詰めすぎたな……。有馬も出るとなると秋4戦、正直心配だぞ……。ここはやっぱ休んだ方が──」
「──出るわよ、アタシは」
「ぶえっ!? スカーレットいたのかっ!?」
一人悩んでいるといつの間にか部屋に入っていたスカーレットが俺の独り言に割り込んできた。慌てて机から体を起こすとスカーレットは腕を組みジト目でこっちを見下ろている。
「あれだけ大見得を切った挙句、今更怯えてんじゃないわよ。アタシ言ったわよね? 自分の言葉に責任持てって、アタシのトレーナーならカッコ悪いことしないでよね。そ・れ・に!」
親に怒られた子供みたいに小さくなっている俺に、スカーレットはずいっと顔を近づけて右手の人差し指を立てながら力強く言い放つ。
「アンタがアタシをその気にさせたんだから嫌でも付いてきてもらうわ!だからいつも通り馬鹿みたいに笑ってなさい。心配しなくてもアタシは勝つわ、絶対。アンタが信じてくれれば必ずね……!」
「スカーレット……。そうだな、今までもなんとかなったんだ! 次もなんとかするために頑張るだけよな! 有馬記念もチョチョイのちょいでやっちゃいますかぁ!」
「ふふっ。ほんっと、調子いいんだから」
スカーレットの並々ならぬ想いに触れ、弱気な自分を吹き飛ばし普段の楽観的思考に戻って気合いを入れ直す。そんな俺を見て小さく笑うスカーレット。
こいつの笑顔を笑顔を見ると自然と力が湧いて何でも出来そうになるのは何故なのだろう。それだけスカーレットが俺の中で大きな存在になってしまったという事なのか。なら尚更頑張らねーとな!
今日はミィーティングの日なので、気を取り直して真面目モードで話を始める。スカーレットをソファの方へ促し、俺が持っている資料と同じ物を彼女にも渡す。ついでに俺も隣に腰を下ろす。
「隣座っていいかー?」
「聞く前に座ってるじゃない。ま、いいけど」
間を開けて座りソファのふかふかを楽しんでいると、スカーレットがその距離をわざわざ詰めてきた。電車で席が空いてんのに何故か人の隣に来るやつみたいに。
「何故近づいてくるのじゃ、お主は」
「こっちの方が情報共有しやすいでしょ。アンタがどこ話してるかすぐ分かるし、いいことづくめじゃない」
そうかな、そうかも。スカーレットが言うならそうなんだろ。
とりあえず資料に目を通し情報を整理していく。
「まずは出走条件だ。有馬記念はファン投票で10位以内に優先出走権が貰えるが、スカーレットは人気も実績も十分だからここは大丈夫だな」
「ウオッカに負けてるのが納得いかないわ。なんでアイツが1位なわけ?アタシの方が勝ってるじゃない」
「まああっちはダービー勝ってるし、勝ち方も派手だったからな。それに普段の言動と走ってる時のギャップがバチクソ女性受け良かったのがデカい。ただ前突っ走って蹂躙してくスカーレットのつまんねえ勝ち方じゃ、ウオッカに人気で負けるのも、さもありなんと言ったとこだ」
「少しはフォローしなさいよ。ぶった斬るわよ」
手元に剣を顕現させるスカーレットに冷や汗をかきながらも、紙をめくって次の話題に無理矢理繋げる。
一応剣は閉まってくれたが、スカーレットを怒らせないように言葉を選びつつ煽る時は煽らないとな。
「で、メンバーだな。天皇賞春・秋連覇のメイショウサムソンや、お前の姉ちゃんでG15勝のダイワメジャー。人気どころで出走表明してんのはここら辺か。ウオッカも出るっぽいな、だいぶ相性悪そうなのに」
「なんか、走ってみるまで分かんねぇしファンの期待を裏切れねーって逆に意気込んでたわ。アイツらしいけど今回ばかりは分が悪いわね」
警戒しないというわけでもないが、今回に限ってウオッカは脅威になり得ないだろう。そこはトレーナーである霧島和也も分かっているはずだしメイチで仕上げてくる事はない気がする。
(あと気になるのはマツリダゴッホというウマ娘……。実力的には一見、スカーレットに劣っているようにしか見えないが……)
マツリダゴッホ。未だG1勝利はないが、こと中山に限っては圧倒的な勝率を誇っている先輩ウマ娘。中山を走るために生まれたような戦績をしていて、かなり不気味な存在だ。
力関係ではスカーレットが遥かに上にいるとは思うが、有馬記念は「なんやお前ぇ!?」みたいな大番狂わせが少なくない。足元を掬われる可能性はあり得るが、今のスカーレットはやる気に満ち溢れているし余計に不安を煽る必要はない。指摘しない方がいいかもしれん。
結局この事について言及はせず、時々俺がスカーレットを茶化しながら話し合いは順調に進んでいった。
「うっし。こんなとこか、今日のミィーティングは。あとは本番に向けて調整していくだけだな」
「了解。まだ時間あるし軽く体動かした──ん? 誰かここに走ってきてるわね」
一段落ついてソファから動きだそうとした時、スカーレットが誰かの気配を感じ取った。ウマ娘の優れた聴覚で走ってくる誰かの音を聞き分けたのだろうか。
俺もちょっと意識して気を探ってみると確かにこの部屋にやってくるウマ娘が、かなりの速度で廊下を駆けているのが分かった。しかし一体誰なのか、俺の知ってる奴じゃねえぞ。
2人して扉を見つめ誰が姿を現すのか待っていると、遂にその人物が勢いよくドアを開いてトレーナールームに入室した。
「スカーレット! お姉ちゃんだよっ! 元気してた!?」
「メジャー姉さんっ!?」
現れたのは透き通った紅緋の髪をショートボブに切り揃え、スカーレットによく似てはいるが何処か柔らかい印象を受ける顔立ちのウマ娘だった。彼女は部屋に入るなりスカーレットに一目散に抱きついて頬を擦り寄せ始めた。
彼女達の言葉と距離感、それにさっきまで読んでいた資料や映像で見た情報から照らし合わせるとこのウマ娘の正体は──
「ダイワメジャー……、お前さんがスカーレットの姉ちゃんか!?」
「はいっ! 私がダイワメジャー、この子のお姉ちゃんです! 貴方がスカーレットのトレーナーさんですよね? 妹がお世話になってます!」
「あ、ああ、こちらこそスカーレットには世話になってるというか……」
ダイワメジャーはスカーレットから一度離れると元気よく自己紹介をしてくれた。急に部屋に飛び込んできた突拍子の無さとは裏腹に、思いの外丁寧に挨拶をした彼女に若干たじろいでしまう。
「姉さん、急にどうしたの? ていうか帰ってきてたんだ」
「そうなの〜。やっと体調が良くなってね、今日帰ってきたんだ〜。それでスカーレットが有馬記念に出るって聞いたから私、もう居ても立っても居られなくなっちゃって!」
「分かったから姉さん、一回抱き締めるのやめて。そろそろ苦しいわ。あとアタシのトレーナーが珍しく、姉さんの勢いについていけてないから落ち着いてくれると助かるわ」
話している間に感情が抑えきれなくなったのか、一層強くハグをするダイワメジャーと慣れた手つきで引き剥がすスカーレット。溌剌な姉とそれを宥める妹。傍から見ればどちらが姉か勘違いしてしまうが、そんなダイワメジャーのお陰でスカーレットが今の少し大人びた性格になったのだろう。
仲睦まじい姉妹のじゃれあいが続く事数分、ダイワメジャーが唐突にとんでもない事を口走った。
「あ、そうそう。次の有馬記念が私とスカーレットの姉妹対決最初で最後のチャンスだから、ぜぇぇぇぇぇぇったい! 出走してね! お姉ちゃんの力、その身を持って味わうがいいっ! なんてね♪」
「…………えっ? 姉さんそれって…………?」
姉の言葉を理解したのか、スカーレットの目が驚きと困惑に揺れる。まるで信じられないモノを見たかのように。というか俺もそんな感じだ。最初で最後のチャンス、その言葉の意味するところは──
「──引退するってこと?」
「うん、次のレースがラストラン! えへへ〜、びっくりしたでしょ? まだ誰にも言ってないからね、トップシークレットってヤツだよ!」
ピースをしながらにっこりと無邪気に笑うダイワメジャー。トップシークレットのくせにめっちゃ軽く言っちゃってますけど。
だが実際、どこのメディアにも彼女が引退するなんて話は上がっていない。これが本当ならとんでもないニュースなのだが、如何せん冗談の線が拭いきれない。
「残念だけど事実だと思うわ。姉さんは見ての通りかなりぶっ飛んでるけど、嘘を付いた事がないの。その姉さんが言うなら間違いないわ、悲しいことに」
スカーレットが俺の思考を先読みして知りたかった答えを口にした。妹が言うのだから引退は冗談ではないのだろう。しかしそうなると何が理由で引退という道を辿る事になったのか、地味に気になってしまう。どうせだし、聞いてみるか。
「なあ、引退の理由はなんなんだ? やっぱ体に限界がきたのか?」
ダイワメジャーは生まれつき体が弱く、一度体調を崩すと何週間も療養してしまう事が少なくないらしい。そのため学園にいる時間は少なく、遠征先でバタンキューなんてこともざらだとか。
クラシック期には
その彼女も流石にこれ以上の無理は出来ないと判断したんじゃないか、と俺は思っていた。
するとダイワメジャーが何故か恥ずかしそうにモジモジと人差し指で頬を掻きながら、俺の質問に答えた。
「それもあるんですけど……。実は私、結婚することになりまして……でへへ〜」
「「──なんて?」」
血痕。血の跡。聞き間違いかな、ダイワメジャーが急に意味のわからない事を言い出した……わけないよね、うん。だって彼女、めちゃくちゃ笑顔だもん。これ以上ないってぐらい幸せな顔してるもん。
結婚だよ、結婚。愛し合う男女が夫婦関係になる方の結婚。中々にはちゃめちゃな奴だと思っていたがこれ程とは、開いた口が塞がりませーん。
つーかスカーレットが妙に大人しいな。真っ先に叫んで問い詰めそうなもんなのに。
「姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが結婚姉さんが──」
あ、駄目だこりゃ。あまりの出来事に脳がバグって思考する事を放棄してやがる。数分はこのまま立ち直れないだろう。とりあえずスカーレットは放置して、未だに照れ照れしているダイワメジャーにもう一つだけ質問をする。
「ちなみにお相手は誰なん?」
「私のトレーナーさんです。本当はこんなに早く結婚する予定じゃなかったんですけど、私がもう我慢出来なくなっちゃって。あの人には無理言ってこの運びになったんですよ〜!」
「そ、そうか……。よかったな……!」
まさかのトレーナーとですか。いやそういう事例は珍しくも何ともないらしいが、実際にそれを目にすると吃驚仰天する他ない。
その後、復活した妹に絞られるまで問い詰められたダイワメジャーは少しげっそりした顔で帰っていき、スカーレットも「今日はもう無理」だそうで寮にトボトボ戻っていった。
(なんだか知らんが次のレース、思いもよらねぇことが起きそうだな……)
嵐のような姉に心を掻き回された俺は、何か一抹の不安を抱えながら有馬記念までの3週間を過ごすのだった。
そして──
『ダイワスカーレットは届かない! なんと経済コースをスルスルと!』
──その不安は的中する事になる。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
敗北と再起
──あの日の事は悔しいぐらい鮮明に覚えてる。
師走の澄み切って冷たい空気が肌を刺し、夕暮れに染まるレース場が人の熱気を帯びていく。
それと反比例する様に熱が下がっていく体と、もつれるんじゃないかと思う程回らない脚にアタシはもうどうする事も出来ない。
12月23日の中山で、アタシはトレーナーと出会ってから初めての敗北を喫した。
『お姉ちゃんに花道を贈るために手加減しちゃダメだよスカーレット! 本気の勝負じゃないとお姉ちゃん許しません!』
『言われなくても、姉さんこそ手を抜かないでよ。アタシが引導を渡してあげるから、安心して引退してね』
勝つ事に慣れすぎて、それが当たり前だと思ってしまった。自信ではなく慢心。自分が1番だと自惚れて、負ける可能性を微塵も考えなかった。
トレーナーが特別な人だから、他とは違う力を持った人だから、そんな人に教わったアタシも特別なんだと心の奥底で決めつけて、自分以外の選手を下に見て。
『いいかウオッカ。今回のレース勝率はゼロかもしれないが、最後まで諦めるなよ。死ぬ気で走って、死ぬ気で負けてこい。それで、あわよくば勝てっ!』
『おう! やれるだけやってくるぜ、相棒! 今までの俺の全て、ぶつけてやるっ!!』
トリプルティアラを取ったアタシが負ける訳ない。今日のレースもアタシの相手になる人なんていないって、本気で、思って。
アタシの意識は最初からレースになんて向いてなくて。姉さんに強くなったねって言ってもらえるかなとか、ママとパパがどれだけ喜んでくれるかなとか。
トレーナーに、アイツに、いつも通り馬鹿みたいに笑って褒めてもらえるんだろうなって、頭の中はそればっかりで。
──あんなにレースで1番になりたかったのに。そのためにトレーナーと一緒にやってきたはずなのに。
『なあスカーレット、大丈夫か? 今日のお前普段より調子悪そうに見えるんだが……それに……』
『むしろ絶好調なくらいよ。それにしても、また不安になってるの? アンタはどっしり構えてアタシの勝利を待ってればいいの!』
『そ、そうか……。ならいいんだけどよ、あんま油断すんじゃねぇぞ。このレース一筋縄じゃいかねぇ気がすんだ』
今思えば、アタシはトレーナーに腹が立っていたんだ。何度も心配してくるから嫌気が差して、何でアタシを信じてくれないのって内心駄々を捏ねて。
だからアタシはアイツの警告は聞かずに、無駄なプライドに凝り固まった自分を正当化したままターフに立った。
『ダイワスカーレットは2番手で落ち着いたか、ハナは譲る事になりました』
そのまま一年を締め括る一戦が始まり、ゲートが開く。良いスタートを決めたけど先頭に立つ事はせず、番手に抑えた。無理に前に行かなくても、十分やれるはず。自分の力を過信したアタシは余裕たっぷりでポジション取りのターンを終えたっけ。
──結果的にここでアタシの勝ちの目は無くなった。
あの日の中山は外のバ場が荒れていて伸びを欠く状態だと、事前にトレーナーが言っていた事が完全に頭から外れていたアタシは、先を行く選手に内の進路を奪われ外を回るハメに。
このロスによってアタシのスタミナとパワーの消費が激しくなり、脚の回りが拍車をかけて悪くなる。
『内に3番マツリダゴッホが行っています。その外──』
何より予想外だったのが、マツリダゴッホ先輩のアタシを射殺すばかりに放つ圧倒的なプレッシャー。異常な程──いや、あれがレースに挑む者としては正しいのだろうその威圧を一身に受けたアタシは、背中を伝う嫌な汗でやっと自分が窮地に立たされているのに気づく。
貪欲なまでの勝利への執念。勝負において1番大切なモノを失くしたアタシと、極限まで高めた先輩。どちらが強いのかなんて一目瞭然で、アタシが負けるのは必然だった。
『3、4コーナーの中間、さあ問題の勝負所バ場の良い所経済コース、どこを通ってくるか!』
先輩の圧に気圧されたアタシは外に持ち出して逃げるように前に出る。そのアタシの焦りを見逃される訳がなく、先輩も内を掬うように上がって悠々とアタシに並び立った。
それどころか、あっという間にアタシを抜き去って先頭に踊り立つ。外バ場を選び続けたアタシに、先輩を追い越す力はもう残されていなかった。
『先頭はダイワスカーレットか! インコースからマツリダゴッホ! 経済コースを取った、マツリダゴッホがインコースから伸びてきている、残り200を切りました!』
なんで。どうして。アタシの体が、心が、悲鳴を上げる。
『マツリダゴッホ先頭だ、マツリダゴッホ先頭だ! そしてダイワメジャーも来た! 妹に追いつくかっ!?』
あとちょっと、もう少しだけなのに。前を行く背中に追いついたのはゴール板を過ぎ去ってからの事だった。
『マツリダゴッホだ! ダイワスカーレットは届かない! 経済コースをスルスルとなんと、マツリダゴッホだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 経済コースをスルスルと、マツリダゴッホのマジック炸裂!!』
走り終えてすぐは理解出来なかった。自分が負けたという事に。体が火照っているはずなのに、不気味なまでに寒さを感じる。真実を知るのが怖くて、俯いたままターフビジョンに顔を向けられない。
知りたくないと思っていても、観客席の湧き上がりとこの場でたった一人、勝鬨を上げた声の主によって否が応にも分かってしまう。
『やった……! やりましたよ、トレーナーさん! 私っ……勝ったんです、G1を! 夢じゃ……ないんですっ!!』
『よくやった……よくやったぞ、ゴッホ! 最高に輝いてるぞ、今のお前は!!』
『うわぁ〜ん! トレーナーさぁん!』
差し込む夕日がターフの上で抱き合う二人を照らす。同時に中山レース場全体から巻き起こる拍手の嵐。
その光景は今のアタシにはあまりにも眩しすぎて、呆然と空を見上げることしかできない。結局、勝者を称える余裕もなく、放心状態のままアタシはターフから去る。
デビューから初めて経験した敗北はアタシの胸に強く強く突き刺さり、一生この身を縛り続ける鎖となった。
自分の不甲斐なさに打ちひしがれていると、いつの間にかトレーナーの元へと辿り着いていて、アイツの顔を見たら張り詰めていたモノが一気に弾けて、涙が、溢れる。
『ごめん……ね……。アタ……シ……負けっ……ちゃっ……た……っ!』
トレーナーの胸に飛び込んで泣きじゃくるアタシを、何も言わずただただ受け止めてくれる。その優しさが余計ツラくて、申し訳なくて。自分がこんなにも脆くて弱いことにやっと気づいた。
早く涙を引っ込めていつものアタシに戻らないと。この後もまだ出番があるんだから。思えば思うほど、流れる雨は勢いを増し、トレーナーのスーツを握りしめる手の力が強くなる。
その日のライブはアタシ史上最低のパフォーマンスを更新した。
──────────────────────
──有馬記念から2日。街はクリスマスムード一色で行き交う人々は恋人や家族、大切な人達と聖なる夜を楽しんでいる。
こんな事思える権利は無いけど、やっぱり羨ましいわ。アタシも本当なら今日はママとパパと姉さんと、実家でクリスマスのお祝いをする予定だったから。
まだ気持ちの整理ができていないアタシは家に帰らず、学園周辺をあてもなく走り回っていた。何時間走ってたんだっけ、汗で髪が張り付いてるし脚の感覚が無くなってきたわ。
走れば走るほど、心の穴がどんどん広がっていってる。虚しくなって涙が溢れそうになるけど、無理矢理ジャージで拭って顔を上げる。もっと走らなきゃ、どうしようもない焦燥感に駆り立てられてアタシはさらにスピードを高めていく。
街の喧騒が遠くなり街灯の光が灯されてきた頃、一台の乗用車がアタシを追い越して少し先で停車した。アタシが車の横を通り過ぎようとした瞬間、窓が開いて今1番会いたくないヤツが話しかけてきた。
「ちょいとそこのお嬢さん? 大神サンタのトナカイさんに乗って、ちょっくらドライブでもやんねぇか?」
「いやあ、偶然にもクリスマスにスカーレットと会えるなんてな。運命ってやつも中々粋な事をするもんだな」
嘘つき。アタシのことなんて気を探ればすぐ分かるくせに。なに偶然装ってるのよ、このバカ。
探しに来てくれてホントは嬉しいはずなのに、素直になれないアタシはわざと不機嫌な顔をして、トレーナーの言葉に反応せず助手席から窓の外を眺める。
「……無視かぁ? まあこんな日まで俺に会いたくないってのは分かるけどよ、そこまで露骨に嫌がられるとワシ耐えられない。泣いちゃう」
泣きたいのはこっちよ、まったく。仕方ないから無視するのだけはやめてあげるけど。
そういえばコイツ、免許持ってたのね。この世界に来てもう2年近いんだっけ、その間に取っててもおかしくないか。横目で見た運転するトレーナーは意外と様になってて、その……ちょっとカッコよかった、かも。
「トレーナー……車、持ってたんだ」
「俺の、だったら良かったんだけどな。残念ながら学園の車なんだよな、これー。クリスマスだっちゅーのにたづなさんに仕事押し付けられてよ。その帰りにスカーレットを見つけたって訳だ」
アタシの質問に苦笑いしながら答えてくれるトレーナー。その間も運転を疎かにする事はなく、正面を向いたままアタシの方は見てくれない。
なんだかそれが無性に悔しくて、理不尽にトレーナーに冷たく当たってしまう。
「話す相手の顔ぐらい見て話しなさいよ。失礼でしょ」
「うえっ!? 私、今運転してるんですけどスカーレットさんっ!? 絶対事故るからね、んな事したらぁ! 俺だってできることならスカーレットの美少女顔見て会話したいけどよぉ!」
「そこまでいくと気持ち悪いから遠慮するわ」
「はい、キレそうでーす」
いつの間にか普段の空気に戻っていて、とっても心地良くなってくる。さっきまで顔も合わせたくなかったのに、不思議。トレーナーと一緒に居ると嫌な事もすぐ忘れちゃうみたい。
他愛のない会話を続けてアタシの心が軽くなってきた頃、目的の場所に着いたのかトレーナーが車を停めた。
「ここって……」
「よし、登るぞスカーレット。このハロンタワーに!」
ハロンタワー。街の中心に聳え立つシンボルで、商業施設としても人気のスポット。そんな所に連れ出されて、登ろうとか言い出したこのおバカは、無邪気にワクワクしながら塔を見上げてる。
正直、もう疲れたし帰りたいわ。着替えたいし。まあでも、トレーナーなりにアタシを励まそうとしてるのは分かるし、無下にできないわね。
それにしてもハロンタワーなんてトレーナーにしてはセンスいいじゃない。今日はクリスマスで特別なライトアップもするはずだし。でも一つだけ、心配な事があるのよね。
「ねえ、トレーナー。登るのはいいけどアタシ、お金持ってないわよ?」
「…………ん? ここって入場料取んの?」
ほら、やっぱり知らなかった。ホントこの人は最後まで詰めが甘いんだから。
「当たり前でしょ? 上に行くにはお金かかるわよ。アンタが連れて来たんだから、アタシの分も払ってくれるんでしょうね?」
「…………………………しゃあ! 飛ぶぞ、スカーレット!」
トレーナーはそう言うと浮遊を始め、タワーのてっぺん目掛けて飛び立ってしまう。
「はあっ!? ちょっと待ちなさいよっ!!」
アタシも周りに人が居ない事を確認してから体を浮かしトレーナーを追いかける。ライトアップされたタワーをぐるぐると回るように、気を発しながら飛翔していくアタシとトレーナー。下から見れば綺麗な演出に見えているのかも。
頂上に着地してトレーナーの横に立つ。無計画すぎるパートナーに文句の一つでも言おうとしたけど、塔の上から覗く街の景色に目を奪われて声を出せなかった。
車の光や建物の光、街路樹に施されたイルミネーションの全てが、街を彩り大きな芸術を創り上げている。
「……きれい……」
「だろ? 俺はこれを見せたかったんだよ、うん。最初からね、こっちだから本命は」
「ま、そういうことにしといてあげる。次からはちゃんと調べときなさいよね…………はくちっ」
夜の寒さに耐えきれずくしゃみが出てしまう。高所なだけあって風が吹いているし、汗が冷えた今のアタシには少しつらい。腕を抱いて体を縮こませていると、トレーナーが着ていたコートを肩から被せてくれた。
「……あったかい。ありがと、アンタは寒くないの?」
「俺は気を纏えるからな、−50℃の極寒地帯でもポカポカだし絶対零度もその気になれば耐えれるのよ。だから気にすんな」
自慢げに言ってるけど、体が震えてるのバレバレよ。見栄なんか張らなくてもカッコ悪いなんて思わないのに、変なところで子どもっぽいんだから。
しょうがないからトレーナーの腕に捕まって身を寄せる。体を寄せ合った方が2人とも暖かくなれるからで、別にトレーナーに甘えたいとか、くっついてイチャイチャしたいとかじゃないから、たぶん。
「こうした方があったかいからやってるだけで、他に他意はないわ。だから……あんまり気にしないで」
「いや、おっぱいが当たって気が気じゃねえ」
「…………もうやめるわよ?」
「すみません、このままでお願いします」
目の前に広がるロマンチックな光景には似合わない、ふざけたいつものやりとり。でもアタシ達にはそれが1番しっくりきて、家族と一緒にいる時みたいに落ち着くのよね。
ふと目線を横に持っていくと、トレーナーは何も言わずただ真っ直ぐ前を見つめている。アタシがレースに負けて下を向いている時もそうだった。
何があってもこの人はずっと、今みたいに顔を上げ続けてきたんだろう。その強さがアタシに力をくれて、また立ち上がる勇気をくれる。
一時間前までウジウジと悩んでいたのに、トレーナーが隣に居るだけでこんなに気持ちが楽になるなんて、自分の単純さにちょっと笑っちゃうわ。でもそのお陰でアタシがこれからどうすべきか分かった。
「アタシね……驕ってた、自分の力に。トレーナーと特訓したから、誰もアタシには敵いっこないって思ってた。だから勝った後の事ばかり考えてレースに真剣に向き合ってなかったんだって、終わってから気づいたわ」
トレーナーの肩に頭を預けながら、アタシは淡々と胸の内の想いを言葉にしていく。
「アタシ一人でレースに挑んでるんじゃなくて、トレーナーと一緒に居たからここまで来れて、負けたくないって思えるライバル達がいたから全力で走る事が出来た。こんな簡単な事に負けてから気がつくなんてホント、マヌケだわ」
目は潤むし鼻声にもなってきた。あの日の事を思い出すと、どうしようもなく悔しくて、苦しくて、情けなくて自分が嫌になる。それでも、トレーナーには伝えなきゃいけない。
「……アタシは1番のウマ娘になりたい。もう二度と負けたくない、誰より強くなりたい……強くなり続けたい……! だからねトレーナー、アタシもう泣かないわ。この悔しさを忘れない。アタシが目指す1番のウマ娘になる日まで……!」
これがアタシの想い。たった一つの黒星から手に入れたアタシの覚悟。誰にも負けないために、強くなり続ける。トレーナーに励ましてもらって導き出した、アタシの答えだ。
「そうか……もう立ち直ったんだな。よかったぜ、俺の考えてきた励ましの言葉が要らなくなったみたいでよ。なあ、スカーレット……今度は勝とうな、前より強くなって、絶対に」
「……うん……!」
トレーナーと一緒なら何があっても大丈夫。そう思えるほどアタシの中でこの人の存在は大きくなっていた。
そんな事を思っていると、何か思い出したのかトレーナーが急に慌てだした。
「やべっ!? 忘れるとこだった! スカーレット、手を出してくれ!」
「……出したけど、何するのよ?」
「よし、そのままでいろよ……ほいっと」
トレーナーが魔力を使ったと同時に、差し出した手の平の上に赤と白で装飾されたプレゼントボックスが現れた。
「トレーナー、これって……?」
「クリスマスプレゼントだよ。前に約束してただろ?」
「でもそれは、有馬記念に勝ったらの事で……!」
「いいから、いいから! 開けてみろよ、それ」
箱の大きさは片手で持てるくらいなのに、やけに重い。中身は何が入っているのか、言われるがまま丁寧に封を開けていく。トレーナーに貰った物なら何でも嬉しいが、彼のセンスは少し変わっているのでおっかなびっくり蓋を外し中を覗く。
すると──
「これ……って……、蹄……鉄……?」
中に入っていたのは、一組の蹄鉄だった。銀色に輝く鉄の塊に、アタシは目をときめかせる。鉄頭には「scarlet」とアタシの名前が刻まれていた。
「お前専用の蹄鉄だ。もちろん、オーダーメイド。どうだ? 結構いいだろ?」
なんかもう、嬉しすぎてどうにかなっちゃいそう。トレーナーがアタシの事を考えて選んでくれた、アタシだけの蹄鉄。こんなの、喜ぶに決まってるじゃない。
正直、この人の事だから冬でも生きられる昆虫とか、馬鹿みたいにダサい何処かの部族のお面とかが入ってると思ったから、余計に嬉しいわ。
「うん……ありがと……大切にするわ、ずっと。絶対、これ使って勝つから……!」
「ああ、楽しみにしてる。そいじゃ、仕上げといきますかぁ!」
そう言ったトレーナーは腕を上げて、天に向かって白い弾を放つ。弾は凄い速度で雲の上まで飛んでいき、一瞬で目視できなくなった。
何をしたのか聞いても、すぐ分かると答えを濁すトレーナー。しかしその言葉通り、数秒もしない内に世界に変化が訪れた。
「あっ……雪……」
「へっへっへっ、初めてやった割には上手くいったな! ホワイトクリスマスってヤツだ。一回やってみたかったんだよなー」
街全体に雪が降り始めた。トレーナーは魔法で天候を操作したみたいで、眼下で人々が盛り上がってる声も聞こえてきた。
今日のトレーナーは気が利きすぎてちょっと怖い、別人なんじゃないでしょうね。
「なあ、スカーレット」
「ん?」
「メリークリスマス!」
無邪気に笑うその顔に、アタシの胸は痛いくらいに高鳴って──
「ふふっ♪ メリークリスマス、トレーナー!」
──この人のことが好きなんだって自覚した。
ここまで読んで頂きありがとうございます。ちょいと後書きを。
今回、ステータスでぶっちぎってたスカーレットが負けたのは運命の強制力、みたいなやつです。
100回やっても100回負ける感じ。ゲームで例えると、やる気絶不調で道中掛かりっばなし、スキル全不発でどうしようもない状況に確定でなっちゃいます。
でもあの日のマツリダゴッホは強すぎるので、万全状態でも勝てない気がしますね。
そんな急に出てきたマツリダゴッホさん、並びにダイワメジャーさんですが、今後出番はほぼ無いのでキャラ設定が雑です。お許しください。
それとこのお話でクラシック編は終了で、次回からシニア編が始まります。
いろいろとぶっ飛んだ展開が続く予定なので、最後までお付き合い頂けると幸いです。
あと、サリオス引退がつらすぎるんですけど!誰か助けて!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
シニア編
ダイワスカーレットと新年の挨拶
有馬記念はタイホとイクイにクリスマスケーキ代を賭けるぜ!
俺は大神勇斗。ひょんな事からウマ娘の世界へとやってきた俺は、トレーナーになりダイワスカーレットと共にクラシック戦線を走り抜いてきた。
デビューから無敗で挑んだ有馬記念で負け一時はどうなる事かと思ったが、スカーレットは無事に立ち直りもう二度と負けない事を誓い合ったのだった。
んなわけで、新たに始まるシニア級での勝負に備えるため、俺は去年と同じく正月を部屋でゴロゴロと自堕落に過ごそうと思っていたのだが──
「次の信号左ね」
「このお菓子も美味しいですよ! 賢治さん、はい、あーん!」
「うぅ……。メジャー、僕もうお腹いっぱいなんだけど……」
何故か俺はハンドルを握り、スカーレット、メジャー、メジャーのトレーナーであり婚約者の賢治さんを乗せて、彼女らの実家へと車を走らせています。
「なんでじゃァァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ!?」
「うっさい。急に大声出さないで」
「あ、はい」
──それは昨日の事。
「はぁっ? 実家に行くだぁ?」
「そ、ママとパパが帰ってきてるのよ。クリスマスの時にはもういたんだけど、アタシが行かなかったでしょ? だからお正月は実家に戻って会いにいきたいのよ」
「そうかそうか。家族が集まるなんて滅多にねぇんだろ? 楽しんでこいよ、別にトレーニングに支障はないしな」
ヨギポウのクッションに身を預け、テレビでゲームをしながら空返事をする俺。その横でこれまた同じく俺のヨギポウに可愛らしく座って、一緒にゲームを見ていたスカーレットが耳を疑う発言をする。
「アンタも行くのよ、トレーナー」
「…………どーしてそーなんだ」
「メジャー姉さんが結婚するでしょ? そのお相手も来るのよ、新年の挨拶って事で。そしたらママとパパがアタシのトレーナーにも会いたいって言い出して、ついでにアンタを連れて行く事になったの」
どうやらスカーレットの親御さんが俺に会いたがっているらしい。自分達の娘がどんな男に師事しているか知りたいってところか。姉であるメジャーがトレーナーと結婚する事もあり、尚更気になるし心配になってるだろうからな。
しかし実家にお呼ばれとは……。お袋さんとは一度会ってるとはいえ、気まずいってレベルじゃねぇぞ。どうしよ、親父さんがめっちゃ娘大好きでお前なんかトレーナーと認めん、みたいな事になっちまったら。
……ぶっちゃけメンドくせぇな。それがなくたって俺はこの正月、家でゴロンゴロンしてぇんだ。数少ない休日を悪いがこんなんで消費したくねえ、この提案は却下だ。
「……俺は行かねーぞ。そもそも、年頃の女の家に恋仲でもねえ大人の男が行くのはやべぇだろ」
「あら残念ね。アンタの為にママとパパったら、気合い入れて料理やらおもてなしの準備してたのに、全部無駄になっちゃうわね。まあ、強制するわけじゃないし、仕方ないけど。分かったわ、家にはアタシ一人で帰るから」
待てやおい。聞いてねぇぞ、そんな事。俺の為に張り切って準備しているだと? それじゃこのままいくと俺は、人の善意を踏み躙り、挙句の果てに意気消沈した両親と微妙な空気の正月をスカーレットに送らせた、最低最悪のトレーナーになるじゃねぇか!
というか人としてもヤバい奴じゃん! くそ、仮にも俺は勇者をやっていた男だぞ、こんなの許せるわけねぇ。こうなったら覚悟を決めてやるしかない。
「やっぱ俺も行く……。それでいいな、スカーレット?」
「! ええ、大丈夫よ、ママ達にもそう伝えておくわ!」
花が綻ぶように笑うスカーレットに、俺も思わず軽く笑みを返してしまう。彼女的には俺が邪魔かと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
スカーレットが楽しそうならそれでいいか。どうせ泊まるってわけでもないんだし、友達の家に遊びに行くぐらいのノリで十分だろ。
「てか、わざわざそれを言いに俺ん家まで来たのか? 新年一発目に見る顔が俺で良かったのかよ」
「わざわざって……。一応、アンタには世話になってるんだから挨拶にくるのは当たり前でしょ! それにアタシが来なかったら、アンタ大掃除終わらなかったじゃない! 少しは感謝して欲しいくらいなんですけど。あと今年初めて見た顔は、トレーナーじゃなくてウオッカよ」
「ぐ……! まあ、そうなんですけど……」
スカーレットの言う通り、元旦になったというのに俺の家は掃除を終わらせていなかった。部屋もそこまで大きくもないし、置いてある物もゲームやスカーレット達ウマ娘のグッズしかないので、真面目にやれば一日かからずに終わる量だ。それが何故、スカーレットに手伝ってもらう事になったというと。
「しゃーねぇだろ、このゲームやりたくなっちゃったんだから。でもありがとうな、掃除手伝ってくれて。スカーレットが来なかったら俺は一生このゲームに囚われたままだった」
深刻そうな表情で感謝を述べる俺にため息をつくスカーレット。俺は掃除中に積んでいたゲームを発見し、我慢できずにプレイを始めてしまったのだ。我ながら馬鹿らしい理由だが、こうしてスカーレットと掃除を終わらせ、今そのゲームを一緒にやっているという流れである。
ちなみに、やっているのは「アイ
これアイ◯スじゃねぇか! と、思って買ったが、そもそもこの世界にアイ◯スなどなかった。あるのはこのアイ鱒だった。やってみたら意外と面白かったけど。
「ま、いいけど。このゲーム意外とシナリオ面白いから見てて楽しいし。にしても……アンタって、ホント胸大きい子好きよね。アタシの胸もいっつもジロジロ見てくるし、今年は少し自重した方がいいと思うわ」
「今言う必要あるそれぇ!?」
「あ、ちょっと!? 何変な選択肢選んでんのよっ!? ニジマスちゃん凹んじゃったじゃない!」
スカーレットが急にあらぬ疑いを掛けてきたので、反射的に声を上げてしまう。確かに今攻略してるニジマスちゃんも巨乳ヒロインだし、スカーレットの胸も見てはいるが、俺は巨乳好きな訳ではない。好きになる女の子が偶々、おっぱいが大きい子が多いだけである。
しかも、驚いた際にボタンを押していたようで、ニジマスちゃんの好感度が下がる選択肢を選んでしまった。スカーレットにもギャーギャー怒られるし、踏んだり蹴ったりだわ。
「突然お前が変な事言うからだろ! それに俺はおっぱいだけじゃなく、尻も好きだし太ももも好きなんじゃい!」
「要するに変態なんじゃない。アンタ、ママに変な目向けないでよ? そんな事したら、流石にパパが怒っちゃうわ。最悪、トレーナーだけ家の外で寝る事になるからね?」
「なっはっはっはっ。さしもの俺もそこまで馬鹿じゃないぜよ…………、ん? 俺、泊まんの?」
スカーレットは今、家の外で寝ると言った。寝る、つまりスカーレットの家に泊まるという事。日帰りではなくて、お泊まり。いや、聞き間違いの可能性も──
「え? そうだけど?」
聞き間違いじゃなかった。スカーレットはさも当然かの様に淡々と答える。それはつまり、彼女の家で寝食を共にする事を、スカーレット自身が肯定したという事で。
「うそでしょ!?」
「あれ、言わなかったけ? アンタも一緒に泊まるからね。安心して、ちゃんと部屋は用意してくれるみたいだから…………って! また選択肢ミスってるじゃない!!」
──そして今に至る。
助手席にスカーレット、後部座席にメジャーと賢治さんが乗り、もうかれこれ一時間は車を走らせている。レンタカーは金が勿体無かったので、車は学園からパクってきた。バレなきゃOKだ。
賢治さんとは会議とかで顔を合わせる機会はあったのだが、まともに話したのは今日が初であり、その見た目通り温和で気の良いお兄さんだった。そりゃモテるわなって感じで、自分と比べてちょっと落ち込んだのは内緒である。
「今日は本当にありがとうございます、大神さん。僕もメジャーも免許は持っていないので、電車で行くつもりでしたから。大神さんの車に乗せてもらえて助かりましたよ」
「気にしなくていいすよ。運転するだけなら労力は変わらないですし、俺からしたら旅行みたいなもんなんだ、みんなで行った方が楽しいに決まってます」
「そうですよ〜賢治さん。大神さんもああ言ってるんですから、遠慮せずもっと楽しみましょう! ほらほら、次はポッキーゲームしましょ! ポッキーゲーム!」
「メジャーはもう少し遠慮しようね……?」
ダイワメジャーはずっとこんな感じではしゃぎ続けている。このテンションで喋り続けているのもさる事ながら、俺達がいるにも関わらず賢治さんとイチャつきまくる彼女に、呆れを通り越して感心すら覚える。
スカーレットが言うには、メジャーは今幸せの絶頂期にいるため普段の三倍は喧しいらしい。賢治さんも顔が疲れてきてるのに付き合ってあげてるのを見ると、本当に愛し合っているんだと俺でも分かる。
でもポッキーゲームはやめてくんないかな。ルームミラーからちょこっと見えちまって、逆にこっちが恥ずかしいぞ。しかもキスまでいくんかい! 結婚を控えたカップル、恐るべし。
「姉さん! アタシ達も居るんだからイチャイチャするのも程々にして!」
スカーレットも流石に耐えきれなかったのか、顔を真っ赤にして抗議の声を上げる。それに対しメジャーは悪びれもなく、さらりととんでもない事を言ってくる。
「えー? そこまでイチャイチャしたつもりはなかったよ? あ、分かった! スカーレットもポッキーゲームしたかったんでしょ! じゃあ……はい、お姉ちゃんのポッキーあげるね。これでスカーレットも大神さんとイチャイチャできるよ〜!」
「なっ!?」
見た事ないくらい、スカーレットの顔が紅潮する。凄いよこの姉貴、悉く妹のペースを壊してきやがる。
「俺運転してんだから無理だからね、メジャーさんよ。第一、俺とスカーレットは付き合ってもないんだ、やらねぇぞ最初から」
差し出されたポッキーと俺の顔をアワアワしながら交互に見るスカーレットに代わり、俺がその提案を拒否する。その際、何故かスカーレットがショックを受けた表情をしていた気がしたが。
「えっ!? スカーレットと大神さんって付き合ってなかったの!?」
「そうだったんですか……。てっきり付き合っているものかと……」
メジャーはともかく、賢治さんまでそんな事を思っていたのか。やっぱりトレーナーと担当が仲が良いと、そう思われるのがこの世界では普通なのかな。
「そーゆう事です。あいにく俺は生まれてこの方、彼女なんて出来た試しないんでね。あんたら二人が羨ましい限りですよ」
「ふーん……。アンタ彼女いた事ないんだ、そっか……ふーん……」
え、何その顔。さっきまで何か落ち込んでたじゃん。何でそんな嬉しそうな顔してんの、君。もしかして、スカーレットに煽られてるのこれ。彼女いない俺を見て面白がってるのこれ。
「そっかー。じゃあじゃあ、本当に付き合っちゃえばいいんじゃないですか! スカーレットも大神さんの事好きみたいだし、お似合いだと思いますよ! そうだ! 一緒に結婚式やったら楽しそう!」
このお姉さん恋愛脳すぎるでしょ、どんだけ俺とスカーレットをくっ付けたいのよ。ちょっと賢治さん、貴方のお嫁さんなんだからどうにかして下さい。
「駄目だよメジャー。スカーレットさんはまだ結婚できる年齢じゃないんだ、一緒に結婚式を挙げる事はできないよ?」
駄目なのはアンタの方だよ、賢治さん。薄々勘づいていたが、この人も天然さんみたいだ。お似合いすぎるわ、このバカップル。
「いくら姉さんが言ったって、トレーナーと付き合う気なんてないわよ。はい、これでこの話はお終い! いいわね?」
スカーレットがこれ以上話を広げる前に無理矢理話題を終わらせる。またも顔は真っ赤になってはいるが、もう当分はメジャーも恋愛話はしてこないだろう。
「でも、好きでしょ? 大神さんの事」
「すっ、すすすすすすす好きな訳ないでしょ!? こんなバカで変態で、やることなすこと全部ぶっ飛んでて、子どもっぽくて私生活だらしなくて金遣いも荒くて悪い女に騙されそうな男、誰が好きなもんですかっ!」
「なんで急に俺の悪い所全部言ったぁ!?」
「そんなにいっぱい見てるんなら、やっぱり好きなんじゃない?」
「ああ、もう! だから違うってば!」
──────────────────────
「やっほー、みんな久しぶり! 遠路はるばるありがとうね!」
「お母さん、来たよー!」
「ママ、ただいま」
「はーい、お帰りなさい! 外寒かったでしょう? 早く上がって!」
長い道のりを乗り越えて辿り着いた俺達を心良く出迎えてくれるスカーレットのママさん。玄関から中に入ると外の寒気を押し出す様に、体中を温かい空気が包み人心地ついた気分になる。
桜花賞ぶりに会ったママさんに賢治さんと共に挨拶をする俺。相変わらずエネルギッシュで可愛らしい姿を見ると、なんだかこっちも元気になってくる。さっきまで散々メジャーに振り回されてたんだけどな。
ふと一つの物に目が止まる。右手にあった収納棚の空いたスペースに置かれた、写真やトロフィー。スカーレットやメジャーがまだ小さい頃に取った物だろうか。埃ひとつないそれらを見ていると、彼女達への愛情がひしひしと感じられる。
「どうしたの、大神さん? 早く行きましょ? パパが貴方に会いたくてウズウズしてるから!」
「すんません、今行きます」
ママさんに促され、靴を脱いで先に行くみんなを追いかける。1番後ろにいた賢治さんの横に並ぶと、俺はずっと気になっていた事を聞く。
「なあ、賢治さんってスカーレット達のパパさんに会った事あるんだよな? どんな人なの?」
「結婚の報告をした時に一度だけですけどね。とてもいい人でしたよ、僕達の結婚も喜んで受け入れてくれましたし。大神さんが思い描いていそうな、怖いお父さん、という事はないから大丈夫ですよ」
「そ、そーなんか……」
にこやかに笑いながら、俺に怖がる事はないと言ってくる賢治さん。しかし、逆に不安が増してしまう。
(それってもしかして……、単に賢治さんが優良物件を超えた優良物件だったからじゃねえのか……? 俺が賢治さん並にできた大人なわけないし、これはヤバいのでは……!?)
考えれば考える程憂鬱になってくるが、逃げ出す事もできず無慈悲にもパパさんが待つリビングへと着いてしまう。緊張で口の中が乾き始めた俺は、覚悟を決めて扉の先へ向かう。
リビングに入るとテーブルの椅子に腰掛けた男性がこちらへ気づき、浮かれた様子で近付いてきた。俺より身長が高くがっしりとした体付きながら、眼鏡をかけた理知的な顔で満面の笑みを披露しているこの人が──
「やあ、みんないらっしゃい。メジャーにスカーレット、賢治君も久しぶりだね、元気かい? そして……君が大神君だね! いやあ、会えて嬉しいよ。改めて、初めまして、僕がメジャーとスカーレットのパパです。よろしくね、大神君」
パパさんは俺を確認すると、少年のようにキラキラした目で握手を求めてきた。まるで有名人に会ったかの様な興奮っぷりだ。
「は、初めまして、大神勇斗です……。スカーレットのトレーナーやらせてもらってます。今日はお世話になります……」
恐る恐る握手を返し挨拶をする。第一印象は賢治さんが言っていた通り優しそうな人ではあるが、まだ油断はできない。ボロを出さない様に発言には気を付けなければ。
「まあまあ、そんな固くならないで。君はもう家族同然なんだ、僕にも遠慮はいらないからね、実の父親と思って接してくれていいよ。それと……来てそうそう悪いけど、大神君にして欲しい事があるんだけどいいかな?」
「はあ……何でしょうか……?」
俺に何を要求してくるのだろうか。ゴクリと喉を鳴らし続く言葉を待っていると、パパさんがモジモジしながら恥ずかしそうに言ってきた。
「その……いつもレース後にスカーレットを持ち上げてグルグルと回っているだろう? あれを僕にもやって欲しいんだ! テレビで見ていて僕も一度経験してみたかったんだよ!」
「ああ、分かりました…………え!?」
一瞬理解が追い付かず、反射的に肯定してしまったが、この人急に何言い出してんだ。確かにスカーレットには毎回、勝った後にそんな事はやってはいるが。それを自分にもやって欲しいなんて、もしかしてパパさんもメジャーに負けず劣らずの天然さんなのか?
パパさんはもうやる気十分の様で、腕を広げ今か今かと待ち望んでいる。助けを求めスカーレットの方を見ると、諦めろと言わんばかりの表情で顎を使って促してくる。メジャー達は見向きもせずにテーブルについているし、誰も俺に救いの手を差し伸べてはくれない。
半ばやけくそになった俺は、思い切ってパパさんの脇の下に手を差し込み、ご所望通り体を持ち上げ回りだす。
「おお! 本当に大神君は力持ちなんだね! これはスカーレットが喜ぶのも分かるなぁ、はっはっはっはっ!」
俺は一体何をしているのか、考えると悲しくなるからやらなかったけど。結局、パパさんが満足するまでやる羽目になり、今日イチでどっと疲れを感じる事となった。
「はーい、二人とも遊ぶのはその辺にして! みんなお腹空いてるだろうし、おせち食べましょ? 腕によりをかけて準備したから、お腹いっぱい食べてね!」
まあ、ママさんのおせち料理が美味しすぎて、そんな事どうでもよくなったんだけれども。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ダイワスカーレットと秘密のお泊まり
遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます!
「さあさあ、賢治君も勇斗君も、もっと飲んで飲んで! いやぁ、僕にも息子が出来るなんて夢みたいだよ! ママー、まだお酒あるかい?」
「待っててー、今持っていくから!」
ダイワ家に到着して数時間、俺はパパさんに付き合わされ、賢治さんと共に飲み始めていた。まだ一時間も過ぎていないのにも関わらず、既に賢治さんは泥酔しており、パパさんも十本以上缶ビールを開けている。
スカーレット達女性陣はキッチンで後片付けをしており、楽しそうに話しながら手を動かしている。パパさんと賢治さんの惨状を誰も気にしてないとこを見ると、この二人は酒を呑むと毎回の如く今みたいになっているのだろうか。
一方で俺はパパさんのペースに合わせながら、体内のアルコールを気で中和させながら何とか意識を保っていた。俺も酒はあまり得意ではないのだが、パパさんが気分良く呑んでいるのを害したくはないからな。賢治さんが速攻でダウンした分、俺が最後まで残っていなくては。
「それにしてもメジャーがもう結婚かぁ……。時が過ぎるというのは本当に速いんだねぇ……。嬉しいんだけど、やっぱり寂しいなぁ。いつの間にか子供の時間は終わっていたんだね、賢治君みたいな良い男を捕まえてくるんだもん。賢治君には感謝してもしきれない……って、そういえば寝ちゃってたか」
パパさんがビール片手に思いを馳せる。変わった人ではあるが、娘を想うその顔は間違いなく父親の物であり、メジャーの幸せを心から祝っていた。しかし同時に娘が巣立っていくのに寂しさを感じているのが分かり、こっちもセンチメンタルな気持ちになる。
「メジャーの結婚、やっぱ寂しかったんすね、パパさんも」
「それはもちろん! 寂しくない父親なんていないと思うよ? 特に……メジャーはさ、体が弱かったからねぇ。今でこそ元気で居てくれてるけど、昔は本当に酷くてね。しかもトレセン学園に行くって言い出すんだもん、吃驚したよ……あの時は珍しくメジャーが頑固でね、「ママみたいにレースを走るの!」ってそればっかり。結局、僕達が折れて学園に行く事になったんだよなぁ……」
過去を懐かしむ様に優しい声音で語るパパさん。最初はぼんやりと聞いていた俺も、徐々にパパさんの声に惹かれて聞き入ってしまう。
「僕に似てメジャーは少し抜けている所があるだろう? それで余計不安だったんだけど……賢治君のお陰で杞憂に終わったよ。あの子にとって運命の出会いだったんだ、賢治君との出会いは。賢治君と組んでからのメジャーは最高に幸せそうだった、あの子のあんな顔は僕には引き出せなかったよ……」
(この人、自分が抜けてるの自覚あったんだ……。にしてもメジャーがここまで大切に育てられてたとは、そりゃパパさんも賢治さんの事信用するわな。今ぶっ倒れてるけど)
「そしてね勇斗君……君もそうなんだよ?」
「えっ?」
賢治さんを見ながら話していたパパさんが、今度は俺の方を向いてにっこりと笑う。
「メジャーが僕に似てるとしたら、スカーレットはママに似てるんだ。一人で全部やろうとして、他人に甘えようとしない。僕達が家に居ない事が多かったから、スカーレットが家の事やメジャーの事を率先してやってくれてね。そのせいかスカーレットは弱音を吐かなくなってしまった……僕達を不安にさせたくなかったんだろうね……。まったく、親として情けないよ」
スカーレットの事を語るパパさんの顔は後悔に彩られ、少しずつ声も弱々しくなっていた。確かに初めて会った時のスカーレットは色々と一人で背負い込んで、その重さに押し潰されそうな危うさを纏っていたのを覚えている。
両親が忙しいのは聞いていたが、こういう経緯で今のスカーレットが出来上がったのか。年のわりに大人びているが、子どもっぽいとこも沢山ある、俺の、大切な担当が。
「でも、そんなスカーレットも勇斗君には頼って、甘える事が出来た。テレビで一瞬しか映らなかったりするけど、それだけで十分分かるんだ……君の隣にいる時のスカーレットは年相応の女の子になっているってね。嬉しかったよ、この子もやっと素の自分を曝け出せる相手が見つかったんだって……!」
「パパさん……」
「だから、ありがとう。スカーレットのトレーナーになってくれて。君が一緒に居てくれたからあの子はここまで強くなれたんだよ。本当にありがとう、勇斗君」
丁寧に体を折って、俺に感謝を伝えてくるパパさん。この人はどこまでも娘を愛し、幸せを願っているんだな。だからこそ、自分では与えられなかった物をもたらしてくれた賢治さんと、俺なんかも優しく受け入れてくれるんだ。
最初、怖がっていた自分が恥ずかしいぜ。父親としてこれ以上素敵な人はいないとすら感じる。パパさんの家族になれる賢治さんが少し羨ましいぐらいだ。まあ、パパさんが変人だって事は間違いないけど。
「はい、追加のお酒持ってきたわよ……って、アンタ何で泣きそうになってるの?」
ママさんの代わりに酒を運んでくれたスカーレットが、俺を見てギョッとする。指摘されてやっと、瞳に涙が溜まっているのに気づいた。どうやらパパさんの話を聞く内に涙ぐんでいたようだ。
「ああ、気にすんな。久しぶりに親の愛情ってヤツを身に浴びて、感傷的になってただけだからよ」
「ふーん、アンタって意外と涙もろいのね。はい、これパパの分ね」
「ありがとう、スカーレット。あ、そうだ! 二人の結婚式は海外がいいな、パパは。メジャー達は国内だからね、スカーレットは思い切ってハワイとかいいんじゃない?」
「ブーッ!!」
「何言ってるのパパァ!?」
パパさんの不意打ちの発言に驚いた俺は、口に含んでいたビールを勢いよく吐き出し、隣で寝ていた賢治さんにぶちまけてしまう。スカーレットは顔を真っ赤にしてパパさんに食い掛かり、当の本人は呑気に酒を楽しんでいた。
メジャーもそうだったが、どうにもこの親子は俺とスカーレットをくっ付けるのが好きらしい。パパさんに至っては式会場に言及してくるなんて、ちょっと飛躍しすぎじゃろ。というかスカーレットはまだ結婚できる年じゃねぇし、そもそも付き合ってすらいないんですけど。
「アタシ達、まだ付き合ってもないから! 変な勘違いしないでよ、パパ!」
その事を俺が言うより早く、スカーレットが早口で訴える。そうだ、もっと言ってやれ。
「え〜そうなの? でもさ、スカーレットは勇斗君が好きで、勇斗君はスカーレットが好き。両想い〜って感じにしか、僕には見えないんだけどな」
「「えっ」」
パパさんは納得いかない様子で俺とスカーレットを指差し、それからハートマークを手で作りながら言う。俺達が両想いにしか見えないと。
(いやいやいや、んなわけないだろ! 俺がスカーレットを異性として好きなはずねぇ! 確かに、四六時中スカーレットの事は考えてるし、アイツと一緒にいると楽しくて言葉にできない幸福感は感じるし、命を懸けても守ってやりたいぐらい大切な存在ではあるが……! あれ……? これ、スリーアウトじゃね……? いや待て! スカーレット! スカーレットが俺なんか好きになるとは思えねぇ。そうだろ、スカーレット!)
パパさんに言われて気づきかけた真実に無理矢理蓋をして、俺は最後の希望であるスカーレットの方に首を回す。が──
「…………」
(なっ、なんじゃその顔はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?)
恥ずかしさからか伏し目がちで下を向くその顔は、照れて仄かに赤みがかかり誰がどう見ても恋する乙女の顔に他ならなかった。両手を前で組みモジモジしながら俺をチラチラ見てくるスカーレット。
パパさんに反論するでもなく唯々押し黙っている彼女に、こっちも恥ずかしくなって顔中が熱くなってくる。
「うん! やっぱりお似合いだね!」
この後、流石に居た堪れなくなったのか、スカーレットはそそくさとキッチンの方へと戻って行った。俺はというとスカーレットのあの顔が忘れられず、パパさんの話も酒の味も何一つ覚えていなかった。
────────────────────────
「ふいーっ、さっぱりしたー」
男三人の酒盛りがようやく終わり、俺は大好きな風呂の時間に移行していた。この家の風呂場は自分の部屋の物より広く、充分すぎるぐらいにくつろぐ事ができた。
ちなみに順番は最後だ。一番風呂は復活した賢治さんとメジャーが貰って行った。酔っていて一人が危険だったとはいえ、彼女の実家で共に風呂に入るとは、賢治さんも賢治さんで肝が据わっている。あと単純に女の子と風呂に入れるなんて羨ましい。俺も洗い合いっことかしてみてぇなぁ!
風呂に入って体はあったまったのに心は冷たくなるとは。微妙に悲しみを覚えながら、俺は湯船を出て体を拭き寝巻きに着替えた。喉が渇いたので脱衣所を出てリビングに向かう。水でも貰えないかな。
「あら、大神さんお風呂終わったのね。喉渇いてるでしょ、お水用意するわね」
「すんません、ありがとうございます」
リビングに行くと、一人ゆっくりしていたママさんが気を利かせて水を持ってきてくれた。何という気遣い、優しさの塊だ。
「他のみんなはもう寝たんすか?」
「ええ、流石に騒ぎ疲れちゃったみたいでね。お風呂の後、すぐに部屋に行っちゃったわ。ふふっ、久々にあんなに楽しそうなあの子達を見たわ! 来てくれてありがとうね、大神さん」
「俺も楽しかったですし、こっちがお礼言いたいくらいですよ」
受け取った水を飲み干して、ママさんに今日呼ばれた事に対して感謝を述べる。ママさんも疲れているだろうに、嫌な顔せず俺を待っていた事を考えると感謝してもしきれない。
「そういえば、まだ寝る部屋教えてなかったわね。付いてきて、案内するわ」
ママさんが寝室に案内してくれるそうなので後を追う。二階に上がり最奥の部屋にたどり着いた。
向かいのドアからは楽しそうな話し声が聞こえてくる。恐らく、メジャーと賢治さんの声だろう。あの二人一緒に寝んのか、すげぇな。
「じゃあ大神さんの部屋はここね。もう空いてる部屋ここしかないから、多少窮屈でも我慢してね。くれぐれも、この部屋以外で寝ようなんて事考えないでね!」
「はあ……分かりまし……た……?」
妙に念押ししてくるママさんに違和感を覚えるも、すぐに「私も寝るから」と言って自分の部屋に戻ってしまったため、質問をする事ができなかった。
まあ考えすぎかな。せっかくの厚意を疑う事もしたくないし、とりあえず部屋に入るか。そう思い、ドアノブに手を掛け扉を開けようとした瞬間、誰かがこのドアの向こうにいる気配を察知した。それも俺がよく知っている相手のものだ。
この時点でママさんの言葉の意図を理解した俺は、時戻しの大魔法とか練習しておけば良かったなと後悔の念に苛まれ、今すぐにでも逃げ出したかった。
中途半端に開けたドアをそのまましておく訳にもいかず、覚悟を決めて彼女の待つ部屋へと足を踏み入れる。
「あ……遅っ……かったわね……。さっ……さっさとこっち来なさいよ、アンタも……もう寝るだけなんでしょ……?」
「スカーレット……」
予想通り中には、枕を両手で抱き抱えたスカーレットがベッドに腰を掛けて待っていた。髪を下ろしモコモコのパジャマを身に纏った彼女は、普段よりもしおらしい態度で俺に声をかけた。
見回すと置いてある物は女の子らしい物ばかりで、この部屋の持ち主がスカーレットだと分かる。
ママさんはここで俺に寝ろと言っていた。つまり俺はスカーレットと共に一晩を明かさなければならないらしい……。どうして?
「なあスカーレット、俺ママさんにこの部屋に案内されたんだが、あの人が間違えたって訳じゃないんだよな?」
「うん……、アンタは今日、アタシと一緒に寝るの……」
「何でそうなったんだ!? おめぇだって嫌だろ! 俺と寝るなんて!」
「しょうがないでしょ! ここで寝ないとアンタが外で寝る事になるってママが言うんだもん! 仕方なかったの! アンタの為なんだから逆に感謝して欲しいわ!」
何故かママさんに脅されたって口振りだが、明らかに騙されていると思うのは俺だけなのだろうか。つーかあの人は何を考えているんだ。娘と付き合ってもねぇ男を一緒に寝させようとするとか、頭くるくるぱーなの?
「それに……」
「ん?」
「アタシは別に……そこまで嫌じゃないから……。アンタと寝るの……」
「〜〜〜〜っ!?」
その顔は反則だろ、なんでそんな艶っぽい表情してんだ。それに俺と寝るのが嫌じゃないって、何されても文句言えねぇぞ。
さっきのパパさんとの一件もあってか、余計に意識してしまう。この場に漂う雰囲気はヤバい、越えてはいけない一線を越えちまいそうだぞ。なんか下腹部に血が集まってきてるし、俺のちんぽこくん意志弱すぎない?
「待て待て待て! やっぱ駄目だって、こんなの! もう一回ママさんと話してくるから、お前は一人で寝ろ! いいな?」
苦し紛れにここから立ち去る理由を言い放ち部屋から出ようとするが、何故か怒った様子のスカーレットが詰め寄ってきた。スカーレットの鬼気迫る表情に圧倒され、俺は壁に押しやられてしまう。
そのままスカーレットは俺の顔の真横に手を伸ばし、体を近づけてくる。いわゆる「壁ドン」の態勢である。
「なっ、なんでい」
動揺しすぎて江戸っ子になった。
「アンタはアタシと寝るの嫌なの!?」
「いやっ……それは……」
江戸っ子になった俺を気にも留めず、視線を合わせてそんな事を言うスカーレットに俺はたじろいでしまう。
「嫌なの? 嫌じゃないの? どっち!!」
「いっ、嫌じゃ……ないです……」
スカーレットに気圧されてつい一緒に寝る事を肯定してしまう俺。それを聞いて満足したのか、スカーレットはベッドへと戻っていき掛け布団を被る。そして布団を腕で持ち上げると、空いたスペースをポンポンと叩き俺を招き入れる格好を取った。
ここまで来て今更引く事は叶わず、心を落ち着かせてからスカーレットの隣へと体を差し入れる。流石にスカーレットの方は見れないので、彼女には背中を向けているが。
「アンタも恥ずかしがる事ってあるのね、意外だわ」
「うるせー、恥ずかしくなんてないわいっ」
「ならこっち向きなさいよ」
「それは無理」
「どうして?」
「絶対……お前にエッチな事しちまうから」
「それは……まずいわね……」
自分の担当に本気で発情しちまうなんて、俺この先どうやって生きていけばいいんでしょうか。しかも相手は7つも年下だし、俺ってロリコンだったんだな。
スカーレットも俺の事を気遣ってか特に何も言及はしてこないし、むしろ他愛もない会話までしてくれていてありがたい限りです。でも、最初からこの状況にしてくれなかったらもっと良かったです。
スカーレットとどうでもいい会話を繰り返す内に、やっと冷静さを取り戻してきた。先程まで自分の理性を抑えるのに必死だったため気づかなかったが、このベッド、むっちゃふかふかである。
スカーレットがいて少し手狭なのを差し引いても、このベッドの快適さは尋常じゃない。今日はずっと気を張っていたから、もう眠気が限界だった。
「悪い、スカーレット……。俺もう寝るわ……」
「うん、今日はお疲れ様。ありがとうね、アタシの無茶いっぱい聞いてくれて」
「こっちこそ、ありがとな。俺もすげー楽しかったから……」
少しずつ意識が薄れていく中、スカーレットがモゾモゾと動き出し俺の背中にピッタリと体を密着させてくる。もう殆ど眠りかけていた俺はスカーレットの行動に反応できず、背中あったけぇなぁぐらいにしか思えなかった。
「ねえ、トレーナー……?」
「……ん……?」
「アタシがいつか1番のウマ娘になったらさ……、その時は……」
「………………うん」
スカーレットの声は心地よく、子守唄のように俺を眠りへと誘う。まだ彼女が話しているのに、俺の意思に反して瞼はゆっくりと降りていく。
「今度はこっちを向いて、ギュッってアタシを……抱きしめてよね……」
「…………ああ…………約束だ…………」
眠りながらも何とか振り絞って言葉を返す。スカーレットの言葉の真意を推し量る事はできなかったが、その時が来ればきっと分かるのだろう。
背中越しに伝わるスカーレットの温もりに感じた事のない幸福感と安心感に包まれながら、俺は今年1番の眠りについた。
「パパさん、ママさん、お世話になりました!」
「帰りも気をつけてね。メジャーとスカーレットはあんまり迷惑かけないように」
「はあ、寂しくなるなぁ。いつでも帰ってきていいからね、賢治君も勇斗君も! 君達はもう、僕らの家族なんだから」
一夜明けて俺達はお世話になったダイワ家から帰る運びとなった。色々と予想外の事が多かったが、パパさん達のお陰で最高に楽しい時間を過ごせた。
それにスカーレットとの距離もさらに縮まった気がするしな。思ってもいなかった方向にだけれども。
「お母さんもお父さんも元気でね!」
「お二人ともありがとうございました。お体にはお気をつけて」
「パパ、ママ、会えて嬉しかったわ。この一年、今まで以上に頑張るから、二人には見てて欲しい。アタシが1番になるところを!」
各々別れの言葉を告げて、車に乗車していく。スカーレットも動き出そうとするが、それをママさんに呼び止められた。どうやらまだ伝える事があるようで、スカーレットは両親に近寄って幾つか言葉を交わしていた。
「ねえ、スカーレット?」
「どうしたの、ママ?」
「次はトレーナーとしてじゃなく、彼氏として大神さんを紹介してね?」
「なっ!?」
「パパ的にはもう一押しで勇斗君は落とせると思うから、頑張るんだよ、スカーレット!」
「パパまで……。でも、わかった……アタシ、頑張るわ。必ず、トレーナーを捕まえてみせる!」
「うん、それでこそ私達の娘よ!」
なんかめっちゃ盛り上がってんな。流石に内容までは聞き取れないが、両親に気合いを入れられてるみたいだ。一瞬、俺の方を見たけど何話してんだろ。
運転席でナビの準備をしながら待っていると、話終わったスカーレットが助手席にやってくる。さっきまでの寂しそうな顔とは打って変わって、やる気に満ち溢れた表情をしたスカーレットに、何故か若干の身の危険を感じた。
「おめぇ、何話してたんだ?」
「ふふっ♪ なーいしょ!」
小悪魔のように笑う彼女にドキッとしまう俺。新年早々、彼女に振り回されそうな予感がしているが大丈夫だろうか。
平穏な一年を願いつつ、パパさん達との別れを惜しみながら俺達はいつもの日常へと戻っていった。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
若返りの薬と覚醒する母性①
ユタカが勝つとやっぱり嬉しいですね! しかし、財布は寂しいんですけど!
なんでじゃあ、なんでDAIGOのワイドを信じなかったんじゃあ!
寒さ深まる一月後半。外に出るのも億劫なこの季節だが、ウマ娘達は今日も元気に走り回っている。中には半袖短パンの子もおり、見てるこっちが寒くなってくる始末だ。
備品整理のため校庭の端に置かれた倉庫で作業をする傍ら、横目で見ていた生徒達の熱に感心してしまう。俺も気や魔力を使って寒気を遮断する事もできるが、それをするくらいなら普通に体を動かして温めた方が楽である。
寒さに震える体に鞭を打ち、せっせこせっせこ物を運んで綺麗に並べていく。終わる頃にはちょうどスカーレットとのトレーニングの時間になっていた。
倉庫の鍵を閉め、彼女が待っているだろうトレーナールームへと向かう。さっさと暖かい部屋に行きたかったので少し飛ばして走り出すが、もう着くって所で一人のウマ娘に呼び止められた。
「やあ、そこの君! スカーレット君を担当している大神君だね?」
「ん? お前さんは確か?」
「ああ、すまない。私はアグネスタキオンだ。それと──」
俺を呼び止めたのは、何処か狂気を孕んだような瞳をしたウマ娘、アグネスタキオンと──
「この黄緑色に発光しているのが私のトレーナーだ」
「……ウス」
全身黄緑に淡く光るスキンヘッドの男、彼女のトレーナーの二人だった。
「……いや、ツッコミ所が多すぎねぇか?」
「さて? 私のどこにおかしな点が有ったかな? 自分では大丈夫だと思っていても、他人から見ると指摘したい部分があるのはおかしくないからね。遠慮なく意見を言ってくれたまえ」
「おめぇじゃねぇよ! 隣にいる奴の方だっ! なんで光ってんだよコイツ!? 蛍かてめーは! あとこっち見んな、こえーよ!」
一心不乱に俺を見つめる男に恐怖を感じながら、声を荒げてツッコミを入れる。そんな俺を見て合点がいった様子のタキオンは、良い笑顔で俺のツッコミに対する答えを返してきた。
「なるほど、気になっていたのはトレーナーの方か! すまない、私とした事が自意識過剰だったようだ。安心したまえ、彼は実験の副作用で一時的に発光しているだけで特段害はない。少し目に五月蝿いがね」
「……ウス」
「すげー悲しそうなトーンでウスって言ってるけど!? これ本当にいいのかっ!? つーかさっきからウスしか言ってねーけど、シャイなのこの人?」
「いいや、普段はもっとユニークな男だよ彼は。今は薬の副作用でこれしか言えなくなってはいるが」
「……ウス」
「いやてめぇのせいなんかいっ! 自分のトレーナーぞんざいに扱いすぎじゃない!?」
「ちなみに禿げているのも同じ理由からだ。明日にはいつものヘアスタイルに戻ってしまうから、今の内に存分に鑑賞した方がいい」
「……ウス」
さらっとひでぇ事実を告げてきた。スキンヘッドじゃなくて、ただハゲてただけなのかよ。髪の毛一本もねぇじゃん、辛すぎるよ。ほらもう泣きそうだもん、この子。さっきよりウスの元気ないもん。
「あと、こうやって右の尻を叩く……っと」
「ウッ……ス」
「ほら、光り方が変わるんだ。面白いだろう?」
タキオンがトレーナーの尻を叩くと、体全体を覆っていた光が頭頂部だけに凝縮していく。しかも次々と色が変わっていく仕様になっており、ゲーミングPCみたいになっていた。
「もはやびっくり人間を通り越して哀れだよもう。悲しきモンスターだよ、おめぇのトレーナー」
「まあそんな事はどうでもいいのだよ。私は君に、ムフッ、用があって、フフッ……。用が……ククッ……あって、呼び止めたんだ」
「もう笑っちまってんじゃん、ゲーミングトレーナー見て。自分でやって自分で笑うな!」
「……ウス」
「アッハッハッハッハッ!」
七色に輝く自分のトレーナーを見て、耐えきれなくなり吹き出すタキオン。彼も彼で楽しそうな担当を見て柔らかく笑っている所を見ると、なんのかんの信頼し合ったパートナーだと言うことが窺える。
ひとしきり笑い終わったタキオンは息を整えて、ようやく話の本題へと入った。
「実は先日、スカーレット君に頼まれていた物があってね。何でも、トレーニングの効率を上げるため疲労回復を促進するアイテムを作れないかと。可愛い後輩の願いだ、少々気合いを入れて作ってみたんだが……ほら、これだよ」
タキオンから手渡されたラベルの付いていないペットボトルの表面には、油性ペンで「スタミナドリンク」と手書きされていた。中身は黄色の飲料が入っており、見た目だけなら市販のエナジードリンクと何ら変わりはない。
「へぇ……スカーレットがそんな事を……。わざわざありがとな! これをアイツに渡してほしいって事か」
「ああ、そうしてもらいたいのだけど……、一つ問題があってだね……」
「問題?」
「そのドリンク、まだ誰も飲んでいないから副作用がどの程度のものか把握できてないんだ」
タキオンは肩をすくめながら鼻で笑う。いや笑い事じゃないんですけど。
「問題しかねぇじゃん。やだよ、スカーレットがこの人みたく光り出すとか。返すよコレ、いらないよ」
「落ち着きたまえ、私としても効果が不明瞭な代物をスカーレット君に渡す気などさらさらない。そんな事をしたら彼女からの尊敬が揺らいでしまうからね……。そ・こ・で・だ!」
意味ありげに言葉を溜めて、俺を指差してくるタキオン。彼女の考えが分からずにいると、横にいるゲーミングトレーナーがどこか達観した目で俺を見ていた。
彼のお陰でタキオンが俺に何をしようとしているのか、何となく察する事ができた。
「大神君、君にそのドリンクを飲んで効果のほどを実証してもらいたい!」
ですよね、そうなりますよね。一体俺が何をしたっていうんだ、ハゲたくねぇし光りたくもねぇぞ。
「というか何で俺なんだ? 自分でやりゃいいだろ。それかその人使ってよ。俺は普通にやりたくねぇぞ」
「そうしたいのは山々なんだが、私の体は色々と試しすぎて耐性ができてしまってね。薬の類いは一切効果が得られない。モルモット君も既に他の薬の副作用が出てしまっているからね、今は駄目なんだよ。……カフェに頼もうとも思ったんだが、彼女は自分のトレーナーと旅行に行ってしまったからね……。そこで! 君に白羽の矢が立ったというわけだよ!」
「えぇー……」
大袈裟な身振りで力説するタキオンに若干引き気味な俺。つーか実験しすぎて耐性できるとか、どんだけ無茶してんだよコイツ。一周回って馬鹿でしょこの人。
「なに、心配は要らないさ。副作用が分からないといっても、モルモット君のようにはならないよ。精々、元気になりすぎて一日眠らなくてもよくなるぐらいだろう」
「うーん、まあそれくらいなら……」
「……それにウマ娘と同等、いやそれ以上の身体機能を持つ君なら何一つ問題はないはずだ。正直、私としては君自身の方を隅から隅まで研究し尽くしたくてたまらないのだが……まあ、またの機会にするとしよう」
タキオンの瞳が怪しく光る。まさか俺の力が人知を超えた物だって気づいているのだろうか。そんな事はないと思いたいが、彼女の不適な笑みを見るとあり得るのかもしれない。
「さあ、ではそろそろ飲んでくれていいよ。私も早く結果が知りたいんだ! ほらっ、グイッと!」
「ウスウス!」
「ちょ待てって! 分かった! 飲むから、飲むからよ!」
二人に急かされ、渋々ボトルの中身を口に含む。味はまんまエナドリだな、可もなく不可もなくって感じだ。ホントにこれ効果あるのかな、飲んで数秒経ったが体に変化は訪れていない。
タキオンも訝しげにこっちを見てるし、失敗作だったのかな。それならそれで良いんだけれども。
「あれ? タキオンさんとトレーナーさん? それにアンタまで。一体、何をしているんです……か…………え?」
「おやおや、これは……!」
「……ウス!?」
偶々通りすがったスカーレットが俺達の元へやってくる。それと同時に、
「あり? なんかおめぇらでかくなってね?」
「ふむ、それは違うよ大神君」
冷静さを装ってはいるが、興奮を隠し切れてない様子のタキオンが俺の言葉を否定する。彼女のトレーナーも驚きすぎて動きが止まっているし、スカーレットに至っては化け物でも見たかのような顔をしている。
何が起こったのか理解ができない中、スカーレットが声を荒げて答えを叫んだ。
「アタシ達が大きくなってるんじゃなくて……! アンタが
「へ?」
スカーレットの言葉はにわかには信じられなかったが、自分の体を見回すと腕が、足が、子供の頃と遜色ないものになっているのに気づく。
思わず顔をペタペタと触ると、今の俺からは考えられない程モチモチとした感触が返ってきた。まるでガキの時のような肌の柔らかさに俺は確信してしまう。
「……マジでおれ、チビになってる……!?」
声も高い気がするし、体に力が上手く入らない。どうやら本当に俺は子供に戻ってしまったらしい。
「何がどうなってるのよアンタ!? 一体どうして、そんなに可愛らしくなっちゃってるわけ!? なんかアタシ開いちゃいけない扉、開けそうになってるんだけど! どうしてくれんのよっ!?」
「おれもわかんねぇよ! おい、タキオン! これ、ひろうかいふくのジュースじゃなかったのか!? なんでおれがガキにもどってるんだ!? あとてめぇら、せがたかいんだよ! くびがいたい!」
「……推測の域を出ないが、君の常人を超えた再生力と今回の薬が想定を凌駕する化学反応を起こし、驚異的な肉体の再生を促したと考えられる」
「……どーゆうこと?」
「まあつまり、回復しすぎて肉体が若返ったという事だ! いやぁ、ファンタジーだねぇ、SFだねぇ! どんな原理でこの現象に至ったのか、根掘り葉掘り調べたいねぇ! 一回、服を全部脱げるかい?」
説明を聞いてもよく分からなかった。どうやら思考能力までも、肉体の年齢に引っ張られているらしい。というかタキオン、さりげに服を脱がそうとするんじゃない。今の俺じゃウマ娘のパワーに抵抗できないんだぞ。
俺の体を遠慮なくまさぐるタキオン、悩ましげに何かを逡巡するスカーレット、どうしたらいいか分からずあたふたしているゲーミングハゲ。はっきり言ってこの場は地獄だった。誰か助けて。
もはや死んだ目でされるがままになっていた所に、冬場特有の強烈な突風が吹いた。
「きゃっ!?」
「あ……くろだ……」
その風は、ちょうど前にいたスカーレットのスカートを見事に捲り上げ、中の黒いレースショーツが俺の目に飛び込んでくる。
あまりの突然の事に目を逸らす事もせず、ただ純粋にこの光景を目に焼き付けていたが、すぐにスカーレットがスカートを押さえつけ見えなくなってしまう。
「ッ!! 何見てんのよっ!!」
随分大人っぽいパンツ履いてんだなぁとか呑気に考えていたら、顔を真っ赤にしたスカーレットが右足を振り上げ、そのまま──
「べがっ!?」
──凄まじい勢いで俺を蹴り上げた。
体が軽くなっていた俺は蹴りの威力に踏ん張る事が出来ず、宙に体が浮いてこの場から吹き飛ばされてしまった。
「これまた景気良く飛んでいったねぇ……」
「ウス……」
「……ハッ!? つい、いつもの癖で蹴り飛ばしちゃった……。どうしよう、アイツ死んでないわよね……!?」
(それにしても、スカーレット君も大人の階段を登っているんだねぇ。あんなに派手な下着を身に付けるなんてねぇ。まるで娘が親元を離れてしまったかのような寂しさを感じるねぇ……)
(……ウス)
─────────────────────
「…………ぁぁぁあああああああああうおぉぉぉおおおおおっ!? ぶばあっ!?」
スカーレットにぶっ飛ばされ空高く打ち上がった俺は、地面に超高速で衝突するのを回避するため全身に力を込める。地面スレスレの所で気の放出に成功し、どうにか転んで顔をぶつけた程度の衝撃に抑える事ができた。
「いちちち……! スカーレットのやつおもいっきりけりやがって、あやうくしぬとこだったな……。くそー、ここうらにわか? いちおう、がくえんないでよかったな」
どうやら校舎側から真反対の裏庭まで飛ばされたらしい。敷地外ではない事に安堵していると、近くに誰かがいる気配を感じる。大樹のウロがある辺りだな。
「……おもしろそーだし、ちょっとみにいこ!」
この時間はみんなトレーニングしているし、大樹のウロに想いを叫ぶにはうってつけの時間だ。一体どんな奴が叫んでいるのか、折角だからと野次馬根性で見に行く事にした。
バレて邪魔してしまうのは流石に申し訳がないので木の裏から様子を窺う。少しだけ木の影から顔を出し、大樹のウロで叫んでいる人物を目に捉えた。
(ん……? あれって……!?)
「わたしも友達が欲しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!! 偶には何も考えずに、一杯遊んでみたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああいっ!!」
「りっ、りじちょうじゃねぇかっ!!」
「ふぇ!?」
井戸のような切り株に頭を突っ込んで想いをぶちまけていたのは、ウマ娘達のため身を粉にして学園を運営する秋川理事長、その人だった。
思いもよらない人物だったため、衝動的に姿を晒してしまった。俺の存在を確認した理事長も驚きの表情のまま固まってしまっている。
(しまった! これじゃのぞきみしてたのがいいのがれできない! こうなったらにげのいってだ!)
理事長にバレた俺は焦りのあまり、ここから逃げる事を選択する。
「待てッ! 少年ッ! 君はここで何をしているんだ!? この学園に君のような子供は在籍していないはずだッ!」
しかし理事長に肩を掴まれ、それは叶わなかった。さらに俺が大神勇斗だと気づいてないらしく、自分の正体について疑問を投げかけてくる。詰め寄ってくる理事長に、観念して本当の事を言ってしまおうとも思ったが、ふと先程彼女が叫んでいた言葉を思い出す。
──友達が欲しい。普段は学園のためその敏腕を振るう幼い少女が見せた、年相応の願い。今の俺ならそれを叶えてやる事が出来るのでは?
そう思い始めたら何だかやってやれる気がしてきた。よーし、お兄さん頑張っちゃうぞー!
「俺は君と友達になりに来たんだ! やよいっち!」
体がようやく馴染んできたのか、口が上手く回るようになった。これは決まっただろう。
「ぎっ……疑問ッ! 全くもって意味が分からない!? そのためだけに君はこの学園に忍び込んだというのかッ!? 事実なら即刻、ここから立ち去ってもらう! それと、否定ッ! わたしは別に友達など欲しくはないッ!!」
案の定というか、逆に理事長を怒らせてしまったようだ。まあ確かに、知らない奴から急に友達になろうって言われても信じられんわな。
が、しかし。今の俺は無敵である。子供特有のノリと勢いで押し切れると判断した俺は、理事長の手を取って走り出す。
「わっ!? 急に何をするッ!?」
「いーから、いーから! 遊ぼうぜ、一緒に!」
「まっ、待って! わたしまだ遊ぶなんて一言も……っ!!」
理事長の制止も空しく、俺は彼女を連れて遊び始めるのだった。
「おい……! バレたらタダじゃ済まないぞ……! こんな所をたづなにでも見られたら……!」
「だからバレないように行くんだろ……? よし、あっち向いたな! 今だ、行くぞっ!」
それから俺と理事長は生徒や職員達に気付かれぬよう敷地内を駆け巡った。
「よっしゃ! とりあえず、軽く投げてみろよー!」
「こ、こうだろうか……?」
「えっ? 意外とはや──ぶっはぁっ!?」
時には倉庫に忍び込み手に入れたボールでキャッチボールをしたり──
「じゃあ、やよいっちが鬼な!」
「ぬぬっ、逃しはしないっ!」
「へっへーん! 俺だって足の速さには自信が……って、やよいっち足も速いのかよ──あびぼぉっ!?」
鬼ごっこだったり、かくれんぼだったりと二人で出来そうなものは片っ端から遊んでいった。
遊んでいる時の理事長はいつもの豪快な口調ではなく、何処にでもいるような生意気なガキンチョと同じ砕けたモノだった。初めて目にする見た目通りの子供っぽい言動に、無理矢理遊びに連れ出して良かったと心底思う。
「ほい、飲み物買ってきたぜ。これやよいっちの分」
「あ……ありがとう……!」
「んくんく……ふぅー。次は何すっかぁー…………ん?」
「……理事長ぉー! いらっしゃいませんかぁー!?」
人気のないベンチで休憩していると、遠くから誰かが理事長を呼ぶ声が響いた。おそらくたづなさんだろうか。もう遊び始めて結構時間経っているし、心配して探しに来たのだろう。
「たづなか……。少年、わたしはもう行かないとダメみたいだ……」
「そうみてぇだな。俺、楽しかったよ! やよいっちと遊べてさ!」
「うん……! わたしも……楽しかった……!」
短い時間だったが、理事長が少しでも楽しめていたなら良かった。俺も本当にガキに戻ったみたいで面白かったし、win-winってヤツだな。
たづなさんに俺の存在がバレたら面倒そうなので、先にこの場を去ろうとするが、理事長が名残惜しそうに俺を見ているのに気づく。そんな彼女を見て、俺は子供としてではなく、今度は大人として伝える。
「なあ、理事長? 次はみんなで今みたいに遊ぼうぜ?」
「え……?」
「お前さんは誰よりもウマ娘達のために頑張ってる。そして、その事を学園にいる奴らは全員知ってんだ。だから、偶には息抜きをしたっていいんだよ……。もっと周りの奴らを頼っていいし、甘えていいんだ」
「頼って……甘えて……。でっ、でも……! わたしは……!」
「理事長、なんだろ? なら命令しちゃえばいいんだよ。みんなお前さんが大好きだから、喜んで言う事聞くぜ? 遊ぼう、なんて言われたら授業ほっぽり出して理事長と遊びたがると思う。だからよ……今度はもっと大勢で遊び倒そうぜ! そん時はまた俺も来るからさ、きっと!」
「…………うん、わかった。必ず……みんなで遊んでみる……!」
理事長が今日1番の笑顔を見せる。彼女の小さな背中にどれだけの重荷があるのかは分からないが、これから学園のみんなで少しでも軽くしていけたら嬉しい。
もう少し彼女の傍に居てやりたいが、たづなさんが迫っているので別れの言葉もそこそこに俺は走り出す。
「じゃあな、やよいっち! 理事長頑張れよ!」
「まっ、待って! 少年! 最後に君の名前を教えてくれッ!」
「ハハッ! そいつはまた会った時なー! バイビー!」
大きく手を振って、たづなさんとは逆方向に向かっていく。こうして俺と理事長の秘密の時間は誰にも知られる事なく、密かに終わっていった。
「まったく……、本当に自由な少年だった……」
「あっ! 理事長、ようやく見つけました! そろそろ次のお仕事が……って、何か良い事でもあったんですか?」
「ふふっ、極秘ッ!! たづなには内緒だッ!!」
「やべぇ〜、完全に遊び過ぎたな!? スカーレットのとこ早く戻んねぇと、怒られちまう──ぶぶっ!?」
俺はスカーレットの元へ急ぐあまり、曲がり角から出てくる人に気付かず、衝突してしまう。小さな俺の体は尻餅をつくが、ぶつかった相手は微動だにしない。
ウマ娘だろうか? 顔を上げて謝ろうとするが──
「あらあら〜? あらあらあらあら〜!」
目の前にいたのはスーパークリークだった──。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
若返りの薬と覚醒する母性②
「っちちち、すまねぇ! 大丈夫だったか……ん?」
「あら〜? 大神さんこそ、怪我はありませんか?」
「何だ、クリークか! って、俺の事分かんのか?」
理事長と遊び終わり急いでスカーレットの元へ戻る途中、俺はスーパークリークと遭遇した。しかも彼女は、タキオンの薬で子供になった俺を、一目で大神勇斗だと気づく。
「私が貴方を見間違える訳がありませんから〜。でも、どうしてそんな姿に?」
「ああ、まあちょっとな……」
特にクリークに隠す理由もないので、事の顛末を彼女に話す。目を細めて俺の話を聞くクリークは、保母さんが子供の言葉を優しく待つ様に、慈愛に満ちていた。
(つーかこれ、傍から見たら完全に母と子だな。クリークの包容力がデカすぎて、俺より年下だって事忘れそうになるわ)
「──ってわけだ。スカーレットじゃなくて、こうなったのが俺で良かったのが不幸中の幸いだな」
「それは大変でしたね〜。でも理事長を想って行動したのは、とっ〜ても立派でしたよ。よしよ〜し」
「まっ、まあな! なんたって俺は勇者やってたんだ、こんぐらい当然よっ!」
クリークは身を屈めて俺の頭を撫でる。彼女の温かい手に包まれていると、母親に全てを委ねている様な安らぎを感じると共に、何処かいけない気持ちになってくる。
いわゆる、そういうプレイみたいで。赤ちゃんプレイ的なね。正直、俺の性癖にブッ刺さりであるため、無意識に気持ちの悪い下卑た笑みが出てしまう。まあ今の俺は小学校低学年のガキンチョにしか見えないし、可愛いもんだろ、たぶん。
「とりあえず、俺はスカーレットのとこに戻っからよ。騒がせて悪かったなクリーク、じゃあな!」
本当はもう少しクリークに甘えていたいが、流石にそんな訳にはいかないので彼女の手をそっと避けてこの場を立ち去る、が──。
「うふふっ、待ってください大神さん。その姿のまま学園を動き回ったら、目撃した子達が驚いてしまいますよ?」
クリークを横切って道を進もうとした瞬間、彼女が俺の動きより素早く移動し、正面に立ち塞がる。その一瞬のスピードは明らかにウマ娘のモノを超えていた。何故か不敵な笑みを浮かべるクリークに、ゾクっとした寒気を感じ顔が引き攣ってしまう。
「お、おう……。そうかもしんねぇけどよ、アイツんとこ戻らねぇと怒られちまうし、スカーレットと一緒にいるはずのタキオンに治す方法教えてもらわないといけないかんな……」
「そういう事でしたら、私に任せてください! 大神さんのお世話は、私が責任を持ってやらせて頂きますので〜。さあさあ、私と一緒に行きましょ〜?」
「ちょっ!? 何で俺を抱き抱えるっ!? おい、クリーク! 話聞いてたぁ!? 俺、戻るって言ってたんだけどぉ!!」
若干、話が通じていない様子のクリークは、俺を両手で抱き上げるとスタスタと歩き始める。突然そんな事をし出した彼女の目は、普段の温厚な瞳でありながら、抑えきれない衝動に染め上げられた狂気の色をしていた。
(どうしちまったんだ、今のクリーク!? いつもと違って自分を制御出来ずに、感情の赴くままに動いてるって感じだ……。そういや前に、子供好きって言ってたけど……。もしかして、今の俺の姿が何か彼女の琴線に触れたのか? いや、んな事より早く脱出しねぇと!)
「こ〜ら! 暴れちゃメッ、ですよ〜。は〜い、大人しくな〜れ……。ふふっ、いい子でちゅね〜。偉い偉いでちゅよ〜」
「なっ!? 体が動かねぇ……! クリークおめぇ、いつの間にこんな魔法覚えたんだ!?」
抱き上げられた腕の中で暴れ出す俺に、ゆっくりと手をかざすクリーク。すると、どうした事か俺の四肢に力が一切入らず、彼女に抵抗する事が出来なくなった。
クリークが俺にかけた金縛りの魔法、対象の行動を完全に停止させ身動きを封じる、かなり高レベルの魔法である。俺はクリークに教えた事もないし、彼女はこんな魔法がある事も知らないはずだ。
(まさか、独学で習得したのか? この短期間でこの魔法を? 天才を超えた天才、俺じゃなきゃ心が折られてるね!)
クリークの底知れない才能に涙目になりながら、為す術もなく俺は彼女に連れて行かれるのだった。
────────────────────────
──時は遡り、十月下旬。八雲風太と共に魔物討伐に出掛けたあの日、俺はクリークに会っていた。理由は彼女のスマホを届けるため。何故かは知らないが、俺達を覗き見ていたクリークが現場に落としていった物だ。
寮に侵入しクリークの部屋の前まで来る。中には彼女とルームメイトの子がいる様で、上手くクリークだけを呼ばないと厄介な事になりそうだ。
(……まっ、いっか! 出て来るのがクリークじゃなくてもどうにかなるでしょ!)
考えを放棄した俺は、クリークがやって来るのを願いドアを叩く。すると部屋の中の二人の内の一人が動き出す。これはクリークの気だ、助かった。
「は〜い、どなたですか〜…………えっ?」
「よっ」
扉を開けたクリークは俺の姿を目にすると、驚きのあまり固まってしまった。困惑するクリークに説明してやりたいところだが、長居して寮内の生徒に気付かれてしまってはまずい。
さっさと要件を済ませてこの場を立ち去るために、未だ目を白黒させているクリークの手を取ってスマホを渡す。
「これ、忘れ物な。次からは気を付けろよ、んじゃ」
手早く用を済ませ来た道を帰ろうとするが──。
「まっ……! 待ってくださいっ!」
気を取り直したクリークに腕を掴まれてしまった。しかも、その際に彼女にしては珍しく大きな声を上げたので、部屋の奥にいたルームメイトが心配して声をかける。
「クリークさん、何かあった?」
「だ、大丈夫ですよ、タイシンちゃん! ちょっと大声を出してみたくなっただけですから〜! 気にしないでください〜」
「……? そう、ならいいけど」
不審に思いながらも特に気にかける様子のないルームメイトに、ホッと胸を撫で下ろすクリーク。ナリタタイシンが此方を見ていないのを確認した彼女は、俺に近づき耳打ちする。
「ここでは何ですから、場所を変えましょう。お話したい事があります、いいですよね?」
「……わかった」
その後、寮近くの人気のないベンチへと移動し、クリークに問い詰められた俺は今日の事、そして俺自身の事を洗いざらい話した。正直なところ彼女に話す気はなかったのだが、泣きながら「本当の事を教えて下さい」と懇願するクリークに今更隠す気にはなれなかった。
俺と風太の闘いを覗いていたからか、意外にもクリークは驚く素振りも疑う事もしなかった。唯々俺の話を静かに聞いていたクリークは、全てを聞き終えると俺の体を優しく抱きしめる。
「ごめんなさい……貴方に過去を話させてしまって……貴方の近くに居たのに気づく事が出来なくて……。そして……何も知らないというだけで、大神さんが闘っている所を見て、怖いと思ってしまって……本当に……ごめんなさい……!」
「クリーク……」
涙を流しながら謝る彼女の事を自然と抱きしめ返す。クリークの体から伝わる体温の温かみと共に、俺を想ってくれる優しい気持ちが流れ込んでくる。
母が子に向ける様な無償の愛。クリークから感じられる情念は正しくそれだと言える。何故彼女がそこまで想ってくれているのかは分からないが、久々に受け取る愛情に俺の心が満たされていく。
それから泣き止んだクリークは恥ずかしそうに俺から離れる。いつもお姉さん然としている彼女にしては珍しく、少女の様に恥じる姿はめちゃくちゃ可愛かった。
落ち着いたクリークは、どうして俺達を覗いていたのか教えてくれた。何でも、夏合宿の際に倒したタコもどきとの戦いを見ていたらしく、俺が一体何者なのかを確かめる為に尾行したらしい。あの時は敵が放った墨に全員視界を塞がれていると思っていたが、どうやらクリークだけは難を逃れていた様だ。
「そうだったのか……ごめんな、心配かけて。不安だったろ、答えを知るまで。俺もお前の気持ちに気づいてやれなかったんだな……」
「いいんですよ、私が勝手に不安がっていただけですから〜。それに……ようやく分かりましたから、私が貴方の為にやるべき事を……。ねえ、大神さん……?」
「……何だ?」
先程の可愛らしい顔とは打って変わって、何処か覚悟を決めた凛々しい表情で俺を見据えるクリーク。空気感が変わった事に戸惑うが、俺もクリークに合わせて真剣な面持ちで話を聞く。
「私にも教えて下さい……戦える力を……!」
「っ! 本気で言ってんのか……クリーク……!」
「……本気……です……! 貴方を支える力を……貴方を護れる力を……それが自分にあるというのなら、私は手に入れたいんです……!」
何の因果か、スカーレットと同様にクリークからも戦う力の修行を頼まれてしまう。正直断りたいのだが、クリークの意志は固く中々折れてくれそうにない。
「初めて大神さんと初めて会った時から思っていました……この人は数え切れない悲しみを抱えているんじゃないかって。明るく元気に振る舞っていても、時折見せる陰りのある笑顔に私はどうしようもなく胸が締め付けられました……。だからその悲しさを、寂しさを、埋めてあげる為にスカーレットちゃんが選んだ様に、私も貴方の隣で戦って護っていける力を手に入れないといけないって思ったんです……!」
どうして力を欲しいのか理由を聞くと、クリークは包み隠さず話してくれた。徹頭徹尾、俺の事を想ってくれている言葉を聞いて目頭が熱くなる。こんな事を聞いて受け入れない訳がなく、結局俺はクリークにも修行をつけることになった。
基本はスカーレットとのトレーニングがあるので、放課後の空いている時間や休日をどうにかやりくりしてクリークと修行を始めた。日数的にはスカーレットと雲泥の差があったが、クリークの覚えの早さは驚異的で、メキメキとその力を自分のモノにしていった。
彼女は回復や補助、防御や妨害など、サポート力に長けた能力を開花させ、攻撃型のスカーレットとは真逆の成長をしていく。世話好きでみんなのお母さん的存在なクリークらしい力だ。
──そして現在。
「喉、渇いていませんか? 少し待ってください、今用意しますから〜」
力を蓄えたクリークによって、俺はその身を囚われている。どうして。
「おっぱいは流石に出せませんから、この哺乳瓶で我慢して下さい。はい、あ〜ん。んっ、よくできまちた! ふふっ!」
俺を抱き抱えたままベンチに座ったクリークは、何処から取り出したのか哺乳瓶を俺の口に突っ込み、優しく頭を撫でてくる。未だ彼女にかけられた魔法を解く事が出来ない自分は、大人しくクリークの指示に従うしかない。
仕方なく哺乳瓶を吸うと中身はミルク、ではなくスポーツドリンクだった。しかもめちゃくちゃ美味い。クリークのお手製なのだろうか、一気に飲み干してしまった。
「あらあら、もう飲み切っちゃったんですか? 気に入ってくれたみたいで良かったです! まだおかわりもありますから、沢山飲んで下さいね〜」
空になった瓶を見たクリークは喜び、中身を追加して俺に渡してくる。地味に魔法を使って補充していたし、魔力の扱いが上手すぎないですかね。
(うーん、どうすりゃこの赤ちゃんごっこから抜け出せるんだろ。見たところ、クリークはまだ満足してなさそうだしな……もしかすると、元に戻れなかったらずっとこのままなのか……? そいつだけは御免被りたいな……いや、それはそれでいいかも……)
慣れた手つきで哺乳瓶を口に含みながらそんな事を思っていると、クリークが俺のお腹をさすってくる。温かいクリークの手で触られていると、安心するし落ち着いてきて何だか眠くなってくる。
もういっその事こと全てを委ねてしまおうか。そう思えてしまう事に違和感すら感じなくなった俺は、もう考える事をやめてクリークに身を預けたくなるが──。
「クリーク……俺……、トイレ行きたいから離してくんない?」
一瞬にしてその考えは吹き飛んだ。さっきまで何事もなかったのに、急に襲い掛かってきた尿意に焦りを隠せない。一刻も早くトイレに駆け込まなければ漏らしてしまう程だった。
「ようやく効いてきたみたいですね〜。心配しなくても大丈夫です! おむつの用意はありますから、ぜ〜んぶ私に任せて大神さんはリラックスしていて下さい」
「は……? クリーク、なに……言って……?」
この緊急時にクリークは笑顔のまま、俺を離そうともしない。それどころか、何もない空間からおむつを取り出し、俺に履かせようとしてくる。抵抗しようにも彼女の魔法の効果がまだ続いており、簡単にズボンを剥ぎ取られてしまった。
「お前……! もしかして、俺が飲んだドリンクに盛ったのか……? こんなすぐに小便したくなるなんておかしいぞ……!」
「うふふ、よく分かりましたね〜。そうなんです、さっきのドリンクには利尿作用のある、カフェインとカリウムがちょっと多めに入っているんです。人体には害のない程度の量ですから、安心してくださいね〜」
「ならさっさとトイレに行かせてくれ……! このままだと、目も当てられない事に……!」
「それは駄目です。今の大神さんは赤ちゃんなんですから、おむつを履いてここでしーしーしなきゃいけないんです。ほら、ママが準備してあげますから、暴れないでくだちゃいね〜」
彼女の目が、笑顔が、狂気に彩られる。普段のクリークが聖母ならば、今の彼女は母である事に飢えた悲しき魔物にしか見えない。
まずい、そろそろ我慢の限界だ。このままいくと俺は、人として、そして大人としての尊厳が消え去ってしまう。それだけは、それだけは避けなければ。この一線を超えてしまったら、一生クリークの玩具確定な気がする……!
「うおおおおおおおおおおっ! そんな情け無い男になりたくない! クリークの前でぐらいはカッコいい俺でいさせてくれぇ!!」
「ああん! もうっ、大人しくしてください! いい子ですから、ねっ?」
どうにか身じろいで脱出を試みるが、彼女が手をかざすと何故か俺の反抗する意志が小さくなっていく。段々とクリークに反発するどころか、赤ちゃんになってしまうのを受け入れる気になってくる。
(い、意識が薄れる……!? なんかクリークが本当にお母さんに見えてきたぞ……? これ、もしや暗示か催眠の魔法でもかけられたのか……! くそっ、もう拒絶できない……っ!!)
「は〜い、パンツを脱いでおむつを履きますよ〜。そーれっ!」
クリークの指がパンツにかかり、俺の下半身がすっぽんぽんになる──
「──待ちなさいっ!!」
「あ、貴女はっ!?」
「……スカーレット……か……!?」
俺のちんぽこがこんにちはする直前、我が愛しの担当、ダイワスカーレットが肩で息をしながら現れた。
「やっと見つけたわ、トレーナー! それに……クリーク先輩も……!」
「スカーレット……!」
思わぬ救世主の登場に、もう諦めていた俺の心が立ち直る。クリークも表情に一切変化はないが、頬に汗が伝うのを見ると少なからず焦っているらしい。
「どうしたんですか、スカーレットちゃん? そんなに慌てて、何かあったんですか?」
「…………」
クリークの問いかけには応じず、スカーレットは無言で俺達に近寄ってくる。しかも感じた事がない程の強烈な威圧を放って。クリークも途轍もない圧を発してスカーレットに対抗するし、さっきまでの穏やかな空気が嘘の様に、殺伐としたモノになった。
二人のウマ娘が目を合わせること、いや、睨み合うこと数秒。スカーレットがおもむろに右手を上げ、目にも止まらぬ速さで振り下ろした。その際、彼女の武器である長剣をその手に顕現させて。
「ッ!!」
真っ直ぐにクリークへと振り下ろされる剣。しかしそれは彼女に到達する事はなかった。
「スカーレットちゃん、危ないですよ? 急にこんな事したら、私以外だったら怪我しちゃいます〜」
「やっぱり……! クリーク先輩も修行をつけてもらってたのね……!」
クリークが手を前に出すと、魔力で練り上げた障壁が展開し、スカーレットの剣が魔力の壁に阻まれる。余裕の表情で攻撃を受け止めたクリークに、スカーレットは敵意を向けたまま一度距離を取る。
「おかしいと思ってたのよ……最近、アンタが放課後に何かコソコソしていたから……! まさか、クリーク先輩と二人きりで修行していたなんで……担当であるアタシを差し置いて……! 二人で! イチャイチャしてたんでしょ! アタシのトレーナーのくせに! この浮気トレーナー!」
違うわこれ、敵意向けてるの俺にだわ。不倫した男に向ける様な冷ややかな目で俺を見ないでくれ、スカーレットよ。
「まあまあ、落ち着いて下さいスカーレットちゃん。大神さんの1番は今もスカーレットちゃんですから! 私は2番目でも全然大丈夫なので、仲良くしましょう? ね?」
「そっ、そんなの認められる訳ないですっ!! 第一、コイツはアタシのトレーナーなんです! 人のトレーナーに勝手に手を出しておいて、都合の良い事言わないで下さいっ!」
「えっ? これってそういう話なの?」
「はい、そういうお話ですよ〜」
(まさか俺を巡って二人の美少女が言い争う事になるなんて、こんな日が来ようとはな……もしかして、俺今モテ期が来てるのかっ!? でも二人共学生だから、諸手を挙げて喜べねぇよちくしょう!!)
「アタシのトレーナーを返して下さい、クリーク先輩……!」
「三人でずっと仲良くする、という条件ならいいですよ〜」
んなアホな事を考えている内に、二人の空気がさらに悪化し今にも戦いの火蓋が切って落とされそうになる。スカーレットは剣を構え、クリークは魔力を練る。
両者共、頭に血が上っている様で止まりそうにもない。このまま彼女達が衝突したら、その余波で学園が壊れかけない。どうにか二人の矛を収めなければ。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!」
「うふふ〜!」
「待てっ、おめぇら! こんなとこで喧嘩なんかすん──あっ」
二人の間に割って入り、喧嘩の制止をするが──。
「うそ……!」
「あらあら〜……!」
俺は忘れていた。クリーク特製ドリンクのせいで、俺の膀胱が崩壊寸前だったという事を。少しでも動けば何もかもが漏れ出てしまうという事を。
「あぁ、ああああああああああ…………」
結果的にこの俺の
「見ないでくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
「はぁ、ほんとに災難な一週間だったぜ……。やっぱこの体が1番いいや……」
「まさか一週間も子供のままとはね。アンタも大変だったわね」
「マジでな。タキオンには実験と称して身体中いじくられるし、クリークは懲りずに俺をお世話しようとするし、お前も俺の事着せ替え人形にするしよぉ……」
「し、仕方ないでしょ! アンタが可愛すぎたのが悪いわよっ!」
「なんじゃそりゃ……。たまーに遊んだ理事長との時間が、1番の癒しになるとはな……後でやよいっちにお礼言っとかないと」
「まあいいじゃない、元に戻れたんだし。結果オーライでしょ?」
「……いやまあ、漏らしたとこお前らに見られたって事実がなければ、な……」
「う……で、でも! あれは事故みたいなモノだから、アタシもクリーク先輩も気にしてないし、恥ずかしがる事ないわよ!」
「それだけなら俺もそこまで気にしてなかったんだが……」
「なに? どういうこと?」
「……あの時、二人に見られながら漏らした事に、ちょっと興奮を覚えてしまった事が1番恥ずかしいというか……自分の変態性に我ながら情け無いというか……」
「…………アンタ、一回死んで心洗い直してきたら?」
「一回死んでも直んなかったつーの!!」
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
チョコとお返し
「はい、これ。何って、チョコに決まってるでしょ。言っとくけど義理じゃないから。お返し、ちゃんと用意しときなさいよね!」
「大神さんバレンタインのチョコです。おかわりも沢山ありますから、いっぱい食べて下さいね! ふふっ、お口に合ったようで良かったです!」
「うひょひょひょひょひょひょひょ!! まさか自分がバレンタインのチョコを二つも貰える日が来るとはなぁ!! 世も末じゃない?」
「そうか、良かったじゃないか」
ある日の昼下がり、食堂の一角で同僚の霧島和也と飯を食べていた俺は感情のままに叫ぶ。余りの音量に周りにいた生徒達は何事かとこちらを振り向いているが、隣に座った友人は慣れていると言わんばかりに済ました顔で食事を続けていた。
「ねえ、もっと反応してくれてもよくない? 『もしかして今まで貰った事ないのか?』とか『お前ほどの男がチョコ二個で浮かれるとは、まだまだだな』とかよー!」
「そんな反応を俺に求められても困る。それにどうせ義理なのだろう? ダイワスカーレットとお前と仲が良いスーパークリークあたりか。そこまで珍しい訳でもなくないか?」
「いやそれが……どっちも本命っぽい感じでさ……」
それまで淡々と箸を進めていた和也の手の動きが止まり、指から落ちた箸がカタンと音を立てた。
「な、なんだよ……? なんか言えよ……」
盛り付けられた皿を向いていた首をぎぎぎと回し、俺を驚愕の瞳で見つめる和也。一瞬の静寂が訪れたかと思うと、すぐに和也が動き出し先程の俺に負けず劣らずの声量で叫んだ。
「それをはやく言わんかいっ!!」
「えぇ……急になんなんよ……?」
身を乗り出して食いかかってくる和也に若干引き気味の俺。しかしそんなのお構いなしに和也は俺を問い詰める。
「それで! 返事はどうしたんだ!?」
「いっ、いやまだしてねぇし……する気もねぇけどよ……」
「なんだ……そうか……」
露骨にテンションが下がった和也は落とした箸を拾って椅子に座り直し、そのままおしぼりで箸を拭いて食事を再開する。初めて見る友人のジェットコースターの様な勢いに俺は面食らってしまう。
「和也って恋バナとか好きだったの……?」
「色恋沙汰が嫌いな者なんて男女問わず少ないと思うぞ。俺だって人並みには興味はあるんだ。しかも学園裏掲示板で絶大な盛り上がりを魅せる『おまえらいつくっつくんだステークス』で断然1番人気の大神とダイワスカーレットのコンビに進展があったんだぞ! これが興奮せずにいられるか!!」
「待って、情報が追いつかない」
いつもクールでどんな事にもフラットに対応する和也が恋愛話が好きだったのも意外なのに、その口から聞き慣れない単語が続出しまくりで脳がパンク寸前だ。
何、学園裏掲示板って。何、おまえらいつくっつくんだステークスって。怖いよ。
「それで? わざわざこの話をしたんだ、何か聞きたい事があるんじゃないのか?」
「急に元に戻ったな……まあそうなんだけどよ……」
冷静さを取り戻した和也は俺の考えを読んでいたのか、箸を置いて話を聞く態勢を取る。その目は至って真剣で数秒前の有り様が嘘の様だった。
「和也もウオッカからチョコ貰ってんだろ?」
「ん? まあそうだが……?」
「その……よ……。お前はホワイトデーに何渡すんだ?」
「ああ、そういうことか」
まだ本当の目的を言ってもいないのに、俺の話の意図を察して頷く和也。自分はそこまで分かりやすいのかと疑問に思っていると、和也が質問に答えてくれた。
「俺はウオッカとツーリングに行く。あいつがバイク好きなんでな、ついでに観光もしていく感じだ」
「なるほどな……ほぼデートだな……」
思っていた以上に甘々だった。しかも物を贈るもんだと勝手に考えていたからデートなんて目から鱗である。流石モテる男はやる事が違うってばよ。
「でだ、大神はバレンタインのお返しを未だ決めかねているんじゃないか?」
「うっ……そうなんだよ……。二人へのお返しが全然思いつかなくてさ、どうすりゃいいか分かんねぇんだ! 和也〜、助けてくれぇー!」
和也の言う通りホワイトデーで何を渡すか決まっておらず、アドバイスを貰うためにこの話を振ったのだ。バレンタインからまだ数日しか経っていないが今の内に考えておかないと当日に困る事は明白。だからこそ経験豊富そうな和也に相談したのだが。
「別にそこまで深く考えなくてもいいんじゃないか? 何でもいいと思うぞ俺は」
期待していた返答は返ってこず、随分と淡白な解答に俺はがっくりする。和也のウオッカへのお返しはぶっちゃけ参考にならないしアドバイスも碌に貰えないとなると、やはり自分で決めていかないといけないのか。
スカーレットとクリーク。二人に渡すのだからその間に差があってはまずいし、両者が喜ぶモノとなると何が最適なのだろう。一人唸りながら考え込んでいると、それを見兼ねた和也が口を開く。
「例えばお前はダイワスカーレットやスーパークリークにプレゼントで特に必要のない物を貰ったとして、彼女達への好感度が下がると思うか?」
「いや? 何とも思わねぇし、ふつーに嬉しいけどな」
「そういうことだ。一定以上の友好関係がある相手には余程ふざけた物でなければ殆ど許容できるもんだ。相手が本当に欲しい物なんて分かる訳ないし、贈り物なんて言ってしまえば自己満足なんだ。自分が納得できた物を渡せばいいんじゃないのか?」
「……自己満足かぁ……。それもそうだなー……」
急に真面目な話をしてきたので戸惑ったが、確かに和也の言い分も一理あるというか十理ある気がしてきた。それにスカーレットもクリークも人から貰った物なら何でも喜びそうなくらい人間できてるからな。俺がウダウダ考えていても結果は変わらない気がする。
「よし、なんかいける気がしてきたぜ! ありがとな和也!」
「お役に立てたのなら結構だ。まあ、一つ言うと……」
「……?」
「彼女達が欲しいのは大神からの愛の告白だと思うぞ」
「無理無理カタツムリ」
──────────────────────
ホワイトデー当日。俺はスカーレットとクリークを学園の裏山に呼び出した。友人のありがたいお言葉により気を負わずにプレゼントを用意できた俺は自信満々で彼女達の前に立つ。
「こんな所に呼び出して何するわけ? アタシだけじゃなくクリーク先輩もいるし」
「そうですね〜。今日はホワイトデーですし、それに関係あるんでしょうか〜?」
「おう、そのとーりだクリーク! この前貰ったチョコのお返しをするために二人には来てもらいました! いえーい!」
「やけにテンション高いわね……」
怪訝そうな顔のスカーレットと苦笑いのクリーク。二人の反応は想定内である。しかし今から何をするかを聞けば否が応でも心が沸き踊る筈だ。でなければここまで連れ出した意味がない。
「色々考えたんだけどな、やっぱお菓子かなと思いまして……よいしょ……っと。ほら、ケーキを用意しました〜!」
俺は空間魔法でしまっておいたケーキを取り出す。光沢のある真っ白の生クリームに水々しい赤い苺が幾つも乗ったホールケーキ。シンプルながらも一目で分かる高級感を放つ芸術品を前に、二人の目の色が変わる。
「アンタッ……! そのケーキって……!」
「もしかして『ロロワ』のケーキですか? それも一日10個しか作られないという苺のホールケーキ……!」
クリークの言う通り、俺が買ってきたのは超有名店ロロワのケーキ。朝イチで並んでどうにか手に入れた至極の一品だ。若者の間でもかなり人気の様で、それを証明するかの如くスカーレットもクリークも興奮に胸を弾ませている。
「ただし! こいつを食わせるのには一つ条件がある!」
「「条件?」」
俺の意味深な発言に息ぴったりに首を傾げる二人。そう、ここからが本題なのだ。ケーキを渡すだけならここじゃなくてもいいのに、わざわざこの場所を選んだのは今から行う事の為だ。
人目がつかず、どれだけ大きな音を出しても心配のいらないこの裏山だからこそできる事柄。それは──。
「俺と闘って二人が勝ったら、このケーキをプレゼントするぜ!」
「はぁ!? 何よそれっ! そんなの無理に決まってるじゃない!」
「スカーレットちゃんの言う通り、その条件はかなり厳しいと思いますよ……?」
俺が提示した条件に二人はやる気を出すどころか弱気になってしまう。スカーレットなんて逆に怒り出してしまうほど。プンスカ怒るスカーレットを宥めて、彼女達を納得させるために話を続ける。
「確かに普通にやったらお前らは勝てないだろう。仮にも俺はお前達の師匠だからな。でもそれは一対一の場合だ。今回はスカーレットとクリーク、弟子二人で協力して俺と闘ってもらう。どうだ? これならちょっと勝ち目がありそうじゃないか?」
「ま、まあ……それなら何とかなる……かも?」
「攻撃型のスカーレットちゃんとサポート型の私。相性で言えばバッチリですし、可能性はなくはないですねぇ……」
個人戦ならば確率はゼロに近いだろうが、二人がペアを組むとなると勝率は一気に跳ね上がるはずだ。それにこの先、もしも敵が現れた場合に彼女達が共闘する事はあり得るはず。その時に備えて今からコンビネーションを育てるのも悪くない。これは特訓の意味合いも兼ねているのだ。
そしてもう一つ。肝心な事がある。俺がホワイトデーに似つかわしくないこんな発想をするに至った理由だ。
「それにさ、スカーレットもクリークも最近こう思ってんじゃないか? 思いっきり闘ってみたい、自分がどこまで強くなったか試してみたいって」
「「!」」
胸の内を見透かされ驚きを隠せない二人。やはり思った通りである。ウマ娘は人よりも闘争心が強い種族であり、その衝動をレースにぶつけて昇華する。しかも第一線をひた走る彼女らは尚更この想いが強いはずだ。
レースに向けてトレーニングを行う様に、修行を続け成長を重ねた二人はこの力を思う存分発揮する本番が欲しい筈だ。だからこそ俺はこの提案をした。スカーレットとクリーク、二人のくすぶるハートに火を点けること、これが真の目的だ。
まあぶっちゃけストレス発散だな。おまけにご褒美のケーキも付けてやる気も上がる、一石二鳥で俺らしいホワイトデーのお返しである。
「おめぇたちは全力で闘えるしケーキも食べれる。俺はおめぇらがどれだけ強くなったか身を持って知れる。win-winだろ?」
「……わかった、やりましょクリーク先輩。アタシも自分がどこまでやれるか試してみたい……!」
「そうですね……大神さんと闘うのは気が進みませんけど、ケーキがかかっているとなると話は別です。私も本気でいかせてもらいます……!」
二人の目に闘志の炎が宿る。どうやら闘う気になってくれたみたいだ。二人が上着を脱ぎ軽くストレッチをしている間に、俺は彼女達に渡した魔石のペンダントの抑制効果を一時的に消す。これで全力で闘う事ができる。
クリークの前にスカーレットが立ち、構えを取る。クリーク自体は攻撃手段が乏しいので、後衛でスカーレットを支え彼女に前衛を任せるつもりだろう。
「私が後ろから補助魔法や防御魔法でお手伝いしますから、スカーレットちゃんは好きな様に闘って下さい!」
「……わかりました、お願いします……!」
「準備はよさそうだな……じゃあ、始めるぞっ!!」
二人が呼吸を整えたのを見計らって試合開始の合図を出す。一瞬の静寂の後、スカーレットは魔気力を、クリークは魔力を一気に全開まで解放した。
「【ブーストアップ】」
「……ッ!」
「へっ!?」
初手クリークが発動した魔法により、スカーレットの魔気力がグンと跳ね上がる。見たことも無い技で面食らったが、おそらく対象の力を倍増させる補助魔法だろうか。
魔法を受けたスカーレットは自信に満ちた顔で拳を握り、さらに力の出力を上げていく。
「これなら……いける……!」
「くっ……!?」
ニヤリと獰猛な笑みを見せると同時に力強く踏み込み俺に突貫するスカーレット。大地を蹴る衝撃で地面はひび割れ、超高速で移動する彼女の後には突風が吹き荒れる。
勢いのままにスカーレットは右の拳を振ってくる。あまりの速度に反応が遅れるが、ギリギリのところで腕を十字に出して彼女の拳を受ける。ワンテンポ遅れていたら一発で意識を持っていかれただろう埒外の威力を抑える事が出来ず、俺はガードした態勢のまま後方へと吹き飛ばされる。
痺れが残る腕の回復を待つ間も無く、スカーレットの追撃が迫る。一足で間合いを詰めたスカーレットは、先程俺を殴った右手に魔気力をこれでもかと込め、拳に纏うエネルギーが緋色に燃える焔の様に唸る。目に入るほど凝縮された力に危機感を覚え、ガードを崩し避けようとするが──
(体が……動かねえ……! まさか……!)
俺の体は完全に硬直してしまっていた。もしやと思いクリークの方を見ると、両手を前に出し何か魔法を発動しているのが分かる。十中八九金縛りの魔法だろう。この間受けたものとはレベルが違うこの技を解除するために、すかさず体の芯から気を爆発させる。
これによりどうにか体の自由を取り戻したが、あまりにも遅すぎた。時間にすれば刹那にも満たない僅かな隙。しかしそれは今の俺達にとって大きすぎる隙だった。
「やあああああああああああああああああああああああっ!!!!」
「ぎっ……!?」
スカーレットは一瞬の硬直を見逃さず拳を振り抜いた。ガードの下をすり抜けて腹に直撃し、拳に込めた魔気力が炸裂する。全身を巡るエネルギーの奔流に俺の体は焼かれる様な痛みに襲われる。
またも停止した俺に手を緩める事なく、スカーレットは自分の体を逆さに一回転してサマーソルトキックを放つ。彼女のつま先が俺の顎を捉え、空中へと投げ出された。
華麗に着地したスカーレットはそのまま脚をバネの様に曲げ、俺を追いかけて跳び上がる。弾丸の様な速度でやってくるスカーレットは、彼女愛用の長剣を顕現させトドメを刺しにかかってくる。
「ちいっ……! 止まってくれい──って、うそぉ!?」
何とか態勢を立て直し一度息を入れるために、牽制で気弾を放つ。少しでもスカーレットの動きを止めるために打ったのだが、剣で振り払う事も、避ける動作をする事もなく、彼女に当たる手前で気弾が掻き消えてしまった。
一体どうして。原因を探していると、スカーレットの周りに何か薄い膜の様なものが展開されているのが分かる。
(クリークの防御魔法!? 信じらんねぇ、結構本気で放ったんだぞ! そいつを完璧に防いじまうなんて、なんつー強度だよっ!?)
手厚すぎるクリークのサポート能力に驚き戸惑っている内に、スカーレットはその長剣に魔気力を走らせる。眩いほどに赤く輝く刀身は今日1番の圧倒的なエネルギーを秘めていた。
「これで……決めるッ!!」
スカーレットが勝負を決めにいく一撃を放つ。飛ぶ勢いを利用して体を横回転しながら剣を薙ぎる。真横に振り抜いた刀身から真っ赤に迸る斬撃が飛び出し、俺の方へと突き進む。
圧倒的な質量を持った三日月型の衝撃波が空気を斬り裂く。必殺の斬撃に避けることも叶わず、俺はスカーレット渾身の技を一身に浴びてしまった。
エネルギーが爆発し轟音が周囲に響く。爆破した余波で生まれた爆煙が一面に広がり俺は勿論、スカーレットもその中に包まれた。
一見勝負が決まったかのように見えるが、実際の所俺は無傷で事なきを得ている。それは何故か、理由は一つ。攻撃を受ける際、俺はある変身をしてダメージを無効化したのだ。
(どうやらこいつらの力を侮ってたみたいだな……。ここまで強いとなると俺も少し、本腰を入れて闘ってやらねぇと失礼ってもんだ……!)
「今のは流石の大神さんでも無事では済まないはずです……」
離れた位置で支援をしていたクリークが呟く。たった数十秒の攻防だったが張り詰めていた緊張の糸を緩め、肩の力を抜いた。長期戦になり手の内が明かされては勝ち目がないと踏んだクリークは、反撃の目も与えない超速攻の短期決着を望んでいた。
スカーレットもその意図を汲んで、この一連の攻撃に全てを出し切ってくれた。私達の作戦勝ち。そう思い胸を撫で下ろしていると。
「──スカーレットちゃん!?」
唐突にクリークの真横へ、煙の中から射出される様に凄まじい速度で打ち出されたスカーレットが地面に叩きつけられた。
「大丈夫ですかっ!? 一体……何が……?」
「くっ……! 油断したわ……あれを喰らってピンピンしてるなんて……!」
慌ててスカーレットに駆け寄り回復魔法を唱えるクリーク。対して当のスカーレットは自分を吹き飛ばした張本人のいる煙の奥へと憎ましげな視線を送っていた。
あの中で一体何が起こったのか。回復を終えたクリークも意識を空に漂う煙の方へと向ける。すると──
「ぬんっ!」
「「!!」」
煙幕の中心にいた人物から途方もないエナジーが迸り、空を覆っていた幕が晴れる。感じた事のないパワーに全身の毛が逆立ち、脳が危険信号をひっきりなしに送り始める。スカーレットとクリークは先程まで戦っていた男の変わり様に、命の危機すら感じ動けずにいた。
「なんなのよ……っ! それ……っ!?」
「本当に大神さんなんですか……?」
「そーいやおめぇらにはまだ見せてなかったな。誇っていいぜ、この変身を見せた時点でおめぇたちの力は魔王に匹敵するってことだ。すげぇぜ二人共、師匠として鼻が高いってもんよ!」
ゆっくりとこちらへ降りてくる大神は、二人がよく知る普段の彼とは全くもって異なっていた。ツンツンとした黒い頭髪は逆立って金色に染まり、いつものおちゃらけた表情はどこへやら、闘気に満ちた凛々しい顔つきになっている。
話し出すと顔が綻んで常時の大神の一面が垣間見えるが、黄金のオーラを纏い圧倒的な威圧感を放っている彼に、二人は近づこうにも近づけなかった。
「こいつが超サイヤ人。オレの強化形態の一つだ。まあ、そんな怖がんなって! ちゃんといい感じに手加減するからよ! こっからが本番なんだ、気ぃ引き締めてこいよっ! さあ、始めようかっ!」
超サイヤ人になった大神が勝手に第二ラウンドの開始を宣言する。絶望的な力の差にもはや笑ってしまうスカーレットとクリークは、半ばやけくそ気味に目の前のバカ師匠に立ち向かうのだった。
更新日が安定しなくて申し訳ないです!
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
戦いの決着と甘い誘惑
「ほらほらどうしたぁ! 太刀筋がヨボヨボしてるぜ。おばあちゃんの真似事か? だとしたら上出来だな!」
「うるっっっっさいわよ!!」
大神の煽りに呼応してスカーレットの振るう剣に力がこもる。触れればどんな物でも切り裂いてしまうほどの威力を持った剣閃。その一つ一つが必殺たり得る彼女の攻撃を大神は全て捌いていく。人差し指一本だけで。
超サイヤ人と化した大神はスカーレットとクリークの猛攻を苦にもせず、手加減をした上で軽くあしらっていた。今も指一本でスカーレットの剣を受け止めており、その余りに隔絶した実力に二人の勢いは最初に比べて明らかに削がれていた。
当の本人は「今のオレトランクスと手合わせした悟空みたいじゃん」と内心盛り上がり、超サイヤ人特有の興奮状態と合わせてテンションがハイになっているのだが。
空中で戦っていた大神はふと目線を下に送る。地上ではクリークが両腕を前に突き出して魔法を展開している。額には珠のような汗が湛えられていてその疲労が窺えた。
それもそのはず。クリークは戦闘開始からずっと魔力を全開に解放し、スカーレットへの補助、防御魔法と大神への妨害魔法の合わせて三つの魔法を発動し続けているのだ。
しかも既に三時間以上経っている。その間一度も途絶えずに行使しているのを考えると、クリークも人外を超えた領域に足を突っ込んでいるのが分かる。
(でももうちょっと妨害系の魔法はレベル上げて欲しいのぉ。決して弱い訳じゃないんだが、今のオレには通用しねぇ。格上にも刺さるように強化出来ればいいんだが、クリークは優しいからなぁ。相手に嫌がらせすんのは気が乗らねぇんだろうか)
超サイヤ人になった大神にクリークの魔法は悉く効き目がなかった。というのも金縛りや催眠などの特殊効果はある程度の実力差があると打ち消されてしまう。
それに加えクリーク生来の性格も相まって、妨害系の魔法を率先して鍛えていなかったというのもあるのだろう。現段階のクリークの力ならば充分超サイヤ人に対抗できるはずであり、これが今後の課題とも言える。
「よそ見なんかして余裕かましてぇ!!」
「おっと」
「んなっ!?」
クリークの方を見ていた隙を見逃さずスカーレットが素早く突きを打つが、剣先が当たる寸前で大神の体が消える。突然目の前で消えた大神を探すべく辺りを見回し、神経を研ぎ澄まし気配を追うがその姿は見当たらない。
当然、クリークの視界からも大神は消失しており彼の気を感知しようとするがセンサーには反応しない。恐らく気のコントロールで自分のエネルギーを限りなくゼロに近く落としたのだろう。
どこからどのタイミングで大神の攻撃がくるか分からない恐怖と緊張に包まれるスカーレットとクリーク。全神経を集中させて大神の奇襲に対応できるよう構えていたが──
「ちょっと硬くなりすぎだな。逆に隙だらけだぜ、クリーク」
「ッ!?」
クリークの背後から声がかかる。咄嗟に振り向き速攻で自分に防御魔法をかけるが、時すでに遅し。シールドが展開しきる前に接近を終えた大神は、形成途中の障壁に対し撫でる様に右腕を上げるといとも容易く破り去る。
「せいっ」
「きゃぅ」
そのまま上げた腕を振り下ろしクリークの脳天にチョップを叩き込む。軽く小突く程度の勢いではあるがその威力自体は意識を刈り取るには充分なものであり、避ける間も無く攻撃を受けたクリークは膝から崩れ落ち戦闘不能に陥った。
目をくるくると回し倒れ込むクリークを腕で受け止め地面へと寝かせる。外傷もなく一時的に意識を失っているだけで特に問題はなく、大神は彼女から目を離し上空にいるスカーレットへと向き直る。
「らああああああああああああああああっ!!!!」
「──ッ!」
しかし空には既にスカーレットの姿はなく、お返しと言わんばかりに大神の後ろに回り込み全霊を込めた一撃を放つ。
ここまで戦い続け消耗し切ったスカーレットに残された僅かな魔気力を一気に解放する。奇跡的に不意を突いた最後のチャンス。勝利への執念が生んだ渾身の一刀にスカーレットは勝ちを確信する。
この距離では流石の大神も避けることは勿論、防ぐことも儘ならないはず。スカーレットの剣が紅く染まり空気諸共大神の体を巻き込んで砕き尽くさんと唸りを上げる。
狙い通り剣は体の芯を捉え、確かな手応えを感じたスカーレットは大神の体を吹き飛ばすためさらに力を加え真横に振り抜いた。
「えっ!?」
しかし大神の体が折れることはなく、あろうことかスカーレットの剣が彼の胴体の強度に負けて中程からへし折れてしまった。
魔気力で精製された彼女の剣は無惨にも空中へと霧散してしまう。
何が起こったのか瞬時に理解できないスカーレットに大神はいつものおどけた調子で口を開く。
「いやぁ今のは惜しかったな! 気づいてないかもしんねぇけど、クリークの強化魔法がもう切れてるぞ。かかってたらワンチャンあったかもしんないけどな〜。先にクリークを倒したオレの作戦勝ちだな!」
「そんな……」
大神が言うようにクリークの魔法の効果が今のスカーレットにはかけられていない。クリークが気を失ったことにより、それまで付与されていた強化魔法が解除されてしまったのだ。
大神の後ろへと移動した時までは残っていたのだが、肝心の攻撃のタイミングでクリークの魔法は役目を終えており、スカーレットの力は極端に弱まっていた。
強化された状態ならまだしも通常時の力、更にはヘトヘトになった今のスカーレットに超サイヤ人となった大神に決定打を与えることは不可能に近い。
「というわけで、おつかれさん」
「ぐえっ」
最後の攻撃が失敗に終わり、武器も砕け残る力も使い切って殆ど戦意喪失しているスカーレット。そんな彼女に大神は勝負の決着をきっちりつけるため右手の人差し指で額を押すように突く。
抵抗することもせず受け入れるように大神のトドメの指突きを喰らったスカーレットの体はゆっくりと後ろに倒れた。
地面にぶつかる前にスカーレットの肩を抱えて優しく抱き止める。あっさりとした幕引きだが、急遽始まった三時間を超える師匠と弟子達の本気の組手は結果的に大神の圧勝で終わったのだった。
────────────────────────
スカーレット・クリークコンビとの初の本気の試合を終えた俺は、気絶している二人に回復を施し学園へと帰ってきていた。
トレーナー室へと戻りお茶とケーキを食べる準備をする。彼女達には自分に勝てたらプレゼントすると言っていたが、想像以上に強くなっていたご褒美ってことで二人に適当な理由をつけて納得してもらった。
もともと渡すつもりではあったからな。二人には悪いがあの条件はやる気を出させる為だけのものなんだ、許してくれ。その代わりケーキ死ぬほど食っていいから。
「ほれ、あーん」
「ん……っ、う〜ん! ホントに美味しい! ほっぺたが落ちるって言葉の意味が分かる気がするわ!」
「大神さん私もお願いします〜」
「へいへい、そら口開けろ」
というわけで今まさにご褒美タイムなわけだが、ソファの真ん中に座った俺は、何故か両脇でこれでもかと密着してくるスカーレットとクリークの口にケーキを運んでいた。
というのもスカーレットが言った「あんな理不尽なことをしたんだから少しはこっちのわがまま聞きなさいよね!」の言葉を受け入れたところケーキをあーんして食べさせてという、やろうと思えばやれるが中々に小っ恥ずかしい要望が返ってきたからだ。
甘えさせることが好きなクリークも珍しくこの提案に乗り気で、二人の美少女に餌付けをするという他の男が見たら羨ましがるだろう光景が出来上がっていた。
この行為自体は別にいいのだが勘弁して欲しいのは二人が馬鹿みたいに俺にくっ付いてくることだ。テーブルに置かれたケーキをフォークで一口大に掬い口の前に持っていく、それだけのことであり恥ずかしさもすぐに消えた。
しかし体が触れ合うのは全然慣れねぇ。極限まで密着した女性特有の柔らかな肢体に、男を誘惑するフェロモンでも入ってんのかと思うほどの甘い香りが俺の理性をもんのすんごい勢いで削っていく。
そして何よりやばいのが。
(おっぱいがおっぱいがおっぱいがああああああああああ! 俺の右腕に二つ、左腕に二つも柔らかい感覚が、確かな肉感が、男にはないふっくらしっとりした感触がぁ! パイパイパイパイパパーイ! うおおおおおおおお! 俺の股間が真っ赤に燃える! おっぱい掴めと轟き叫んでるぅぅぅぅぅぅぅ!!)
二人のたわわに実った果実が惜しげもなく俺の両腕に押し付けられていることだ。ただ密着しているだけならここまで取り乱すことはないはずなのだが、どういうわけか彼女達は腕を絡めその双丘が凹んで変形するほど体を寄せてきている。
そのおかげか俺は規則的に手を動かし彼女らに餌付けをしながらも、頭の中は初めてまともに接触したおっぱいのことでいっぱいだった。
(落ち着け、落ち着くんだ大神勇斗。二人は学園の大切な生徒で俺の弟子なんだ。いくらこの世界がトレーナーと教え子の恋愛に寛容だからといって、そう易々と受け入れることはできねぇ……! それにスカーレットとは7歳も差があんだぞ、色々やべぇはず……ん? 待てよ、その理論でいくとクリークは年近いし別にいいんじゃねえか……? つーかスカーレットももう体自体は大人と大差ないし、合法なんじゃ……?)
俺の理性はもう駄目だった。どうにか理由をこじつけて大切な彼女達の体に触れようと思考するその心は、かつて勇者として一つの世界を救った面影はなく呆れるほど純粋な欲望に塗れた醜い男のモノだった。
「ねえ! 聞いてるの、トレーナー?」
「あ、ああ……すまん……。おっぱいのこと考えてて聞いてなかった……」
「いや……そんな真剣に言われてもそれはそれで恥ずかしいんだけど」
ふとスカーレットの声が耳に入り我に帰る。どうやら邪な考えを巡らせている間、何やら俺に話しかけていたらしい。正直助かった。あのままでは性欲という激情に支配され、超えてはいけない一線を超えていたはずだ。
交際もしていない女性の胸を触ろうなどと、なんと恐ろしいことを実行しようとしていたんだ。おいどんは恥ずかしか、性犯罪者と言われても否定できねぇ。
まあ冷静になっても憧れは止められない訳で、結局俺はこっそりバレない程度で二人の胸に腕を押し込んで甘美な感触をさらに味わっているのだが。
「そんなことより教えなさいよ、超サイヤ人のこと。あんなとんでもないのがあるなんて聞いてなかったわよ?」
「まあな、あれは切り札みたいなもんだしおいそれと使うわけにはいかなかったからな。それを使わざるを得ないほど追い込んだんだ、おめぇたち大したもんだよほんと」
「あれほどの強大な力ですから、何か使用時にデメリットがあるのでは?」
スカーレットに超サイヤ人のことを教えるとクリークが疑問を投げかけてきた。二人とも初めて見たあの力に興味津々なのだろう。それまで一心不乱にケーキへと向けられていた目が今度は俺に注がれていた。
「いや特にデメリットはないかな。少し興奮状態に陥って態度とかがデカくなって無駄にカッコつけちまうぐらいかな」
「なにそれ。反則じゃない」
「ああ、でもなんか寿命が縮まるとか言ってた気もすんな」
「全然デメリットあるじゃないですか!?」
寿命が縮まる、その言葉にクリークは驚愕し俺を心配するあまり声を荒げる。彼女が不安になるのも分かるが俺自身はあんまり気にしていない。
この寿命が減るという説も確か原作で界王神のじっちゃんが一回言ったきりだし、ぶっちゃけ信憑性が少ない気もしない。実際減ってる感覚もないしな。そんなの分かる訳ないと言われたらそれまでだけど。
「慌てんなってクリーク。短くなってる、つってもたかが数年だと思う。人生100年、そっから少し引かれるだけだ。そんくらいなら安いもんだろ」
「そうですか……。貴方が納得しているのならそれでいいんです」
全て受け入れたというわけではないが、俺が特に気にしていない様子を見てクリークもそれ以上追求してこなかった。彼女をこれ以上不安にさせないためにも超サイヤ人の乱用は控えないとな。
「あとこれになるのにすんげー苦労したんだぜ? 最初は一つも変身できなくてよぉ」
「ふーん、修行して強くなれば出来るんじゃないの?」
「一定の強さは必要なんだが、それに加えて穏やかな心を持ちながら激しい怒りを起点にこの変身が可能になるんだよ。そいつがもう大変でさぁ」
超サイヤ人への覚醒条件はドラゴンボールを穴が開くほど読みまくっていたので既に分かっていたのだが、それを実行するのはめちゃくちゃ厳しいものだった。
特に最後の鍵となる激しい怒り。やっとこさ達成したその時のことはあまり思い出したくはない。他人をあれほどまでにぶち殺してやりたいと怒りと殺意に目覚めたのは、後にも先にもあの日が最初で最後だろう。
胸糞の悪い話だし詳細を話す気はないのだけれでも。
「てかそれを言うならおめぇらの成長ぶりにも驚いたぜ? 特にクリーク。あの強化魔法いつの間に覚えてたんだ?」
「私が大神さんと一緒に修行できるのは貴方の空いた時間だけでしたから、必然的に一人で訓練する時が多かったんです。その間に覚えた魔法は貴方を驚かせたくて秘密にしてました。ふふっ、喜んでもらえてよかったです!」
超サイヤ人の話を切り上げて今度はクリークへと質問を投げる。最初に使っていた強化魔法『ブーストアップ』他人の力を何倍にも上げてしまう強力な魔法は、どうやらクリークオリジナルの必殺技だったらしい。
話を聞くとあの技はまだ完成していないらしく、上げられる倍率は五倍まで、かけられる人数も一人が限界だそう。
それでも絶大な効果であるし未だ成長段階であることを考えるとこれほど頼りになる魔法はない。そのことを伝え手放しに褒めてやるとクリークは子供のように喜んでいた。かわいい。
スカーレットも褒めてほしそうにソワソワしていたので、剣の精度や技のテクニック、俺と戦い続けられるパワーとスタミナ、それに一瞬一瞬の判断力が予想以上にレベルアップしていたことを感じたままに褒めちぎってみた。
それを聞いたスカーレットは「当然でしょ!」と言いながらも、俺の背中に尻尾がぶつかるほどブンブン振って喜びを隠せない様子だった。かわいい。
「そもそも今回は超サイヤ人になる気はなかったからな、二人とも本当に強くなってるぞ。あとはこれを実戦でも出来るようになれば完璧なんだが……」
「実践……ですか……?」
「……最近、魔物がこっちへやってくる頻度が極端に増えてんだ。理由は分らんが近い内に何かヤバいことが起こるのは間違いねぇと思う。そん時はお前たちの力を借りることになるかもしんねぇ……」
「「……!!」」
彼女達に要らぬ心配をさせぬよう黙っていたが、今日の戦いぶりを見て大丈夫だろうと判断した俺は裏で起こっていたことを教えることにした。
今年に入ってから魔物の出現が増加している。それも異常なほどに。以前と変わらずゲートを開かずに何処からともなく現れる魔物達。俺と風太で速やかに対処できているため未だ人的被害はゼロだが、いつその守りが崩れるかは分からない。
さらに厄介なことに一度に現れる数が複数に変化しているし、二つの地点に同時に現れるなんてこともあった。
そして何より謎なのが毎回決まった所に魔物達が現れるということ。オグリキャップとがうがうに初めて出会った学園近くの公園と、ここから北にある俺と風太が前に戦った時の山だ。
何故この二箇所からしか出てこないのかは分からないが、対応しやすいのでこちらとしてはありがたかった。
「と、こんな感じでな、情けない話だが今んとこ原因がわからねぇ。だからこの先、俺達だけじゃどうしようもない時は二人にも手伝ってもらうしかない。悪いが……頼めるか……?」
「はい。もちろん」
「言われなくてもやってやるわよ。その為にアタシはこの力をつけたんだから」
二人から力強く頼もしい声が返ってくる。本当は最後まで巻き込みたくはなかったが、今の成長した彼女達なら自信を持って任せられる。俺の心配は杞憂で終わりそうだ。
「さて! ちょっと暗い話しすぎたな、悪い。まだケーキは残ってるしよ、じゃんじゃん食べてくれ!」
「それもそうね。でもその前に……」
「ん?」
「そろそろ押し付けてる腕の力弱めてくれない? 流石に痛くなってきたわ」
「え?」
俺の腕を指差してそう言ったスカーレットは、「バレないと思っていたの?」とでも言いたげな呆れ顔をしている。バレてるやん。
恐る恐るクリークの方にも顔を向けると、困ったような笑顔でこっちを見ていた。やっぱりクリークにも気付かれていたらしい。まずい。
しかも無意識のうちに俺の体はさらなる癒しを求めていたようで、腕に力が入りまくっていた。そりゃバレるに決まってる。
どうにか弁明しなければ。いつもの変態発言とは今回のは訳が違うのだ。自分でやっといてなんだが、彼女達に嫌われたくはないのです。
しかし予想に反してスカーレットは怒ることも、嫌がる素振りもせず絡めた腕を離すこともしなかった。
「アンタが女の子の胸が好きなのは知ってるけど少しは自重しなさいよね? アタシ達だからいいけど、他の子にやったらとっくのとうにぶっ飛ばされてるわよ」
「それを防止するために、私の胸ならいつでも飛び込んでくれていいんですよ?」
「いや、やらねぇよ!?」
俺に反省を促すぐらいでスカーレットは特に気にしてなさそうだし、クリークに至っては俺を誘惑してくる始末。その真面目な目を見ると二人とも俺をからかっているわけではなさそうだ。
女性経験ゼロの俺でもここまで露骨にアピールされれば流石に分かる。彼女達が俺に好意があるだろうということを。
漫画やアニメに出てくるような美少女に勘違いでなければ好かれているのだ。嬉しくないわけがないのだが、正直なところつらい。
スカーレットとの年の差だったり、生徒に手を出すといった問題を取っ払ったとしても、そもそも俺はこの世界の住人ではないし、いつまた別の世界へと飛ばされるかも分からない。
そんな不安定な状態でもし関係を持ってしまったら、俺と付き合った女性を悲しませてしまうことは目に見えてる。そう簡単に彼女達の想いを受け入れることはできない。
とまあそれっぽい理由を並べてみたが、実のところヘタレているだけである。だって怖いもん。女の子とこんないい感じになったことないし、上手くやれる自身ないわい。
そんなわけで俺は鋼鉄の心を持って二人からの積極的なアプローチを耐える腹づもりなのだが。
「アンタの筋肉ってホントに凄いわよね……。アタシの体堪能したんだから、こっちも少しぐらい触っていいわよね……」
「今度は私が食べさせてあげますね。はい、あ〜ん」
この調子だと遠くないうちに我慢の限界が来るだろうことは明白で、俺は頭を抱えるしかなかった。
──────────────────────
四月初週、阪神レース場──。
『1000m57.9! ハイペースで刻んでいますダイワスカーレット!先頭につられて後続もペースが上がっている! 今年の仁川は激しい消耗戦となるのか!』
G1大阪杯。俺とスカーレットは休み明けの大事な一線にこの舞台を選んでいた。叩きのレースを使わずにG1直行を選択したのは、秋に間隔を詰めて使いすぎたので一度大きく休養期間を取りたかったから。
相手を舐めている訳ではないが、今回のメンバーレベルはあまり高いとは言えないので実質、このレースが俺達にとっては春のグランプリに向けての叩きと言っても過言ではない。
G1が叩き扱いとは贅沢な話だが、それだけの実力が今の彼女にはあると自負している。
「にしても無茶すんなぁ。あんなラップで逃げたことないくせに、飛ばしまくっとる。こりゃスカーレットの対策してきた子たちが気の毒だな……」
今回はスカーレットに対して特にアドバイスを出していない。復帰初戦だし無理のない範囲で好きな様にやれとだけ言ってある。その結果がこの超ハイペースだった。
普段の彼女からは信じられない後先考えない飛ばしように、観客や共に走っている他の選手たちの困惑が手に取るように分かる。特に今までのミドルペースを刻むスカーレットの走りを想定していた子たちにはたまったものではないだろう。
一見、暴走としか思えない走りだが、スカーレットにはそんな常識は当てはまらない。観客席から諦めの色が見え始めるが、そんな思いを嘲笑うかのごとく彼女は先頭を軽々と走り続ける。そして──。
『ダイワスカーレットが突き放す! ダイワスカーレットが突き放す! 休み明けでも問題なし! 他を圧倒、完全勝利だ緋色の女王! 春のグランプリに向けて狼煙は上がった!!』
そのままのペースで走りぬけ、他ウマ娘を寄せ付けず完封し勝利を収めた。ターフの上で人差し指を天に上げ勝利を示すスカーレット。その姿に今まで唖然としていた観客たちが一斉に沸き上がる。
無尽蔵なスタミナで他者をすり潰す。G1という舞台でここまで鮮烈な光景を初めて見た者たちの熱気は瞬く間にレース場に広まった。
今日のレースを見て誰もが思ったはずだ。このウマ娘は今年、どこまで行ってしまうのだろうか。我々は途轍もない歴史の一ページを覗いているのではないのかと。
勿論、俺もスカーレットもこの先の未来にワクワクして、期待に胸を膨らませていた。
──しかし、数日後。その願いは魔族の襲来という最悪の悲劇によって打ち砕かれることとなる。
大阪杯のお話も色々と考えていましたが、収まりが悪かったのでほとんどカットしちゃいました。
ごめんね大阪杯くん……。でも今年の君はめちゃくちゃ豪華なレースになりそうだから許して。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ファン感謝祭と迫り来る魔の手
前回更新から一月以上経ってるんですけど!サウジもドバイも終わってるんですけど!ほんとすんませんでしたァ!!
あ、大阪杯は逃げの豊が怖いのでジャック本命で!ディープ産駒の複勝適当に買いまーす!
「大猿ベジータに骨を砕かれて叫ぶ悟空のマネやります。ぎゃあああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!! ぐわあああああああああああああああああ〜〜〜〜〜っ!!!!」
「…………狂ったの、アンタ?」
「うるせいっ。こうでもしねぇとやってらんねぇよ、ちくしょう!」
行き交う人々の姿に学園関係者よりも一般人が多く、普段の生徒たちの喧騒よりも数段賑やかな雰囲気に包まれたトレセン学園。
その正門から校舎にかけての道に様々な屋台や出し物が展開されているど真ん中で、突然の奇行に走り出した大神とそれを見てドン引きしているスカーレットがいた。
「せっかくの祭りだっていうのに、警備の仕事なんてよぉ……。大事なのは分かるけど、俺も遊びたかったぞ……」
春のファン大感謝祭。年に二度開催されるファン感謝祭のうち春に行われるこの催し物が、今まさに学園を一際騒がしている元凶だった。
日頃応援してくれているファンのために開かれるこのイベントはウマ娘は勿論、学園スタッフも総動員で準備、運営にあたる。各職員に振り分けられる役割はくじ引きで決まり、殆どは生徒が企画した屋台や体育系のレクリエーションを裏でサポートする仕事に割り当てられる。
しかしその中でもはずれとされる役職が存在する。一日中敷地内を巡回しトラブルが発生しないか見張りを続ける警備の仕事。現在大神が嫌々行っているものである。
休憩時間はきちんと確保できるものの、結果的にこの楽しそうなイベントにほぼ参加できないという事実に彼のテンションはだだ下がり、先程の意味不明な行動でストレスを発散させるのも止む無しだろう。
「ぶーたれないの。休憩はちゃんと取れるんだし、その時に一緒に回るって約束したでしょ? だからね? ほら、頑張って」
「ああ、そうだったな! 頑張るとするかぁ!!」
スカーレットが慣れた手つきで見事に大神のやる気を回復させる。その光景にいつの間にやら取り囲んでいたギャラリーたちが拍手を送っていた。「やっぱあの二人キてるッ!」とか「尊い……」などと口々に呟かれていたが当の本人たちは気づかず、ファンのみんなに手を振ってその場を後にした。
二人はそのまま「ミストレセンコンテスト」が行われるステージがある中央広場へと向かう。大神の次の持ち場でありスカーレットが参加するためだ。
「つーか、ミストレって何を審査すんの? 見た目だったらウマ娘のみんな全員可愛いから1番を決めんの大変じゃね?」
「外見も判断基準だけど、流石にそれだけじゃないわよ。ファッションセンスを見られたりレースに対するスピーチもするの。色んな角度から評価を付けられるから、ミストレで1番を取るのってすっごく難易度高いんだから!」
「ふーん、そうなんだ」
「反応薄いわねっ!? せっかく教えてあげたのに!」
自分から聞いたくせに心底興味の無さそうな大神の様子に、腹を立てるスカーレット。しかし詫びることもなく大神は頭の後ろで腕を組み笑う。
「ははっ、悪りぃな! 質問した後に思ったんだけど、どうせスカーレットが勝つんだし別に知る必要ないかなってさ」
「なっ!? なによ、それ……! そんなんでご機嫌とろーなんて、そうはいかないわよっ! まったく……ほんっとにそういう所ずるいんだから……」
口ではそう言いつつも、尻尾は絶え間なくブンブンと動き、口元もにやけるのを抑える様に少しばかり口角が吊り上がっている。
そんな彼女を見て「チョロくてかわいい」と心の中で呟いた大神は、いつも通りのスカーレットの様子を確認して大いに安心していた。この調子ならミストレも楽勝だろう。先程の言葉はスカーレットをおだてるためでもあり、本心でもあった。
傍から見ればイチャついている様にしか見えないこの光景も、2年近くも続けていれば見慣れたものであり、側を通り過ぎるファンやウマ娘たちは微笑ましいものを見る様に眺めている。
「スカーレットちゃんも出るんだ? ミストレっ!」
と、そこへ話しかけてくるウマ娘が一人。声のした方へ振り向くと、スカーレットより小柄でライトグレーの髪を短く切り揃えた、黒いメンコと赤いリボンが特徴的なウマ娘がニコニコしながら立っていた。
「……だれ?」
「カ、カレンッ!?」
スカーレットにカレンと呼ばれたウマ娘──カレンチャンは可愛らしい笑みを浮かべながらも、どこか残念そうな表情をしていて初対面の大神でも彼女が気を落としているのが分かった。
「そっかぁ〜……じゃあカレン、負けちゃうかもだね。……だってカレンじゃ、かなわないもん。相手がスカーレットちゃんなら」
「お、おい……、そんな卑屈にならんでも……」
「でもスカーレットちゃんのトレーナーさんだって私が勝つなんて思ってないでしょ?」
「いやっ……! それは……」
「それに、私なんて最初っからビリだったのかも。『普段着てる服』って聞いて制服かなって勘違いした時から、ずっと。いくらグランプリになりたくても、これじゃあダメだよね……ぐすっ」
カレンチャンは口を開くたび、どんどんとローテンションになっていき終いには泣き出してしまうほどに自分を卑下し続けた。
突然現れて自分を呪い始めた情緒不安定さに呆気を取られながらも、「俺が守ってやらないと」と庇護欲にも似た情を掻き立てられた大神は、スカーレットが傍にいることも忘れカレンを慰めに入る。
「な、泣くなって……! 確かに俺はスカーレットが勝つって信じてるけどよ、他のやつが勝つ可能性だって全然あるはずだぞ? カレン……だっけ? おめぇさんだって今日のために頑張って来たんだろ? だったらやる前から諦めんなって。制服着てたっておめぇさん凄え可愛いんだし、自信持てよ。な?」
「…………くすん、あなたって優しいんだね。ありがとう。なんだかカレン、心がポカポカしてきちゃった」
カレンが涙を拭い最初に見せていた心からの笑顔に戻る。その様子に大神はホッと胸を撫で下ろす。
しかし彼は気付いていない。カレンと二人で笑い合う後ろで、スカーレットが不機嫌そうに腕を組み無言の圧を全身から放っていることに。
そんなスカーレットの心中を知ってか知らずかカレンは大神へと一歩近づき、照れくさそうに甘えた声でスカーレットにとって聞き捨てならないお願いを言い出す。
「……あの、あのね。一つだけあなたにお願いしてもいい?」
「ん? なんだ?」
「……カレンのミストレ、応援しにきてほしいの。あなたがいれば……頑張れる気がするから」
潤んだ瞳でとんでもない要望を頼み出すカレンに絶句するスカーレット。余りの突拍子のなさに怒りすら湧いてこなかったが、すぐに焦ることはないと冷静になる。
大神はアタシの担当なのだ。あんなんでも自分に対する愛情は本物だし万が一にもアタシをほっぽって他のウマ娘の応援をする訳がない。
そう自分に言い聞かせ、さっさとこの場を去ろうと彼の腕を取って動き出そうとする。だが──。
「そんなんでいいなら、お安い御用だ。ちゃんと見てっからおめぇも頑張れよ!」
「えへへっ、ありがとっ! それじゃあね♪」
あろうことか大神は二つ返事で承諾し、それを聞いたカレンは花が開いたように破顔して足取り軽くご機嫌な様子でここから立ち去った。
そんな彼女を手を振って見送った大神は、その姿が見えなくなってようやく、後ろにいるスカーレットの存在を思い出す。
慌てて振り向いた大神の視界に映ったのは、目のハイライトが消え感情が死んだスカーレットだった。
明らかに怒りを内包した空気を放つ自分の担当に冷や汗が止まらなくなる。
「…………」
「さ、さーてと! 早く会場に行かねぇとな! 思わぬライバルの登場もあったし、こりゃ面白くなりそうだなスカーレット! はははっ……!」
「……なにデレデレしてんのよ、このバカトレーナー! アンタはアタシのトレーナーでしょ! なんでアタシ以外の子を応援しようとしてるのよ!」
「ま、まあいいじゃねぇか。別に減るもんでもねぇし。それにデレデレもしてないって。俺はお前のトレーナーだぜ? 他の子に目移りなんてしないって!」
「しーてーたー! アタシがくっついてる時と同じ顔してた! すっごいアホな顔してたし! ほんっと可愛ければ誰でもいいわけっ!? この節操なし! そんなんだから彼女の一人も出来たことないのよっ!」
「てめー! 言っていいことと悪いことがあるだろーがぁ!! 見てろよちくしょう! 今すぐにでも美人の姉ちゃん捕まえて彼女にしてやるってんだよぉ!! 待ってろマイハニーッ!!」
「何勝手に彼女作ろうとしてるのよっ!! そんなの絶対許さないんだから! アンタの1番が一体誰なのか、その体に思い出させてあげるわ!」
売り言葉に買い言葉。両者の言葉はそれぞれの逆鱗に触れ言い争いはヒートアップしていく。
元はと言えば大神がカレンにうつつを抜かしていたのが悪いのだが、彼女がいないことを煽られて頭に血が上った大神は、謝るよりも先に女を探しに行こうとする。
スカーレットはそんな大神の左腕に抱き着き、どうにかこの場に押し留めていた。
当人たちは至って真面目に喧嘩をしているのだが、周りからは仲の良いカップル恒例の痴話喧嘩にしか映らず、誰も止めようと行動を起こす者はいない。
しかしそこへ先程のカレンと同じ様にたった一人、近づいてくる者がいた。堂々と道の真ん中を歩いているのに誰の目にも止まらず、
「久しぶりおにーさん! 元気そうでよかった! 喧嘩なんかしてないで、わたしとあそぼーよ、ね? そっちの子も一緒にどーう?」
音も無く接近した彼女は空いている大神の右腕に絡み付き、気安く話しかけてきた。
その声を聞いてようやく二人は女の存在を認識する。突如霧の様に現れた人物にスカーレットは警戒心を強めるが、大神にくっ付いてるのが紺色の髪を頭の後ろで束ね、髪色と同じ耳と尻尾が生えた活発で愛らしいウマ娘であることを確認すると敵対心を剥き出しに食ってかかる。
「ちょっとアンタ、誰なのその子っ! またアタシの知らないとこで口説いてたわけっ!? このおたんこナスっ! 信じられな──」
「──うおおおおおおおおおおりゃああああああああああっ!!」
スカーレットが謎のウマ娘との関係を問い詰めるが、瞬間、大神が右腕を大きく振りかぶり掴まっていたウマ娘をぶん投げた。
「なっ、何してんのよっ!?」
流石のスカーレットも大神の行動に度肝を抜かれ非難の声を上げる。大神の力は人知を超えた領域であり、そんな彼が思いっきり人をぶっ飛ばしたのだ。一般人ならひとたまりもないだろう。スカーレットが驚くのも無理はない。
だが、予想に反して悲惨なことにはならなかった。大神に飛ばされ宙に投げ出されたウマ娘は空中で体を捻って勢いを殺し、そのままヒラリと一回転して舞を踊る様にゆったりと華麗に着地した。
あまりにも現実離れした光景に周囲の人間やスカーレットでさえ声すら発せずただ眺めていることしか出来なかった。
「急に現れたと思ったら、うすら気持ち悪ぃマネしてんじゃねぇ!! 一体何考えてんだ、くそ
「えっ……えぇ!?」
前方へ舞い降りたウマ娘へ悪態を吐く大神。さっきの愛くるしい笑顔から打って変わって見た者を魅了してしまう妖艶さで微笑む彼女にスカーレットは後ずさる。
さらに大神が口にした「神さま」という言葉にスカーレットの困惑は加速していく。
神さまは大神を転生させた張本人であり、いくつもの世界を管理する創造主でもある。
スカーレットが聞いた話によれば神さまは生きてきた重みを感じさせる皺の付いた顔に、立派な白髭を携えたいかにも神聖な出で立ちの老人だという。
目の前にいる彼女が本当にその神さまなのか。スカーレットが注視していると、その人はゆっくりと口を開いた。
「ほっほっほっ。久しぶりの再会だというに、あんまりな歓迎じゃのう勇斗。折角お主の好きなボンキュッボンのおなごに扮してやったというに。ほれ、どうじゃこの乳房? 揉みしだいて良いのだぞ?」
彼女(?)は見た目にまるでそぐわない厳格な口調に変わり、自身の胸を両手で持ち見せつける様に上下に揺らすといたずらに笑う。
その姿に大神は青ざめた顔をして珍しく本気で嫌がっていた。
「あんたに言われても一つも嬉しくねぇわ! 第一、なんでそんな格好してんだ!? 俺と会ってた時はじじいだったろ! この数年で何があったんだよ神さまっ!!」
「いやワシ性別ないからのぉ。一応威厳出すために爺さんの姿をしておったが、この世界には似つかわしくないからの。お主の目の保養のためにウマ娘になってみたのじゃ。どうだ? 可愛いじゃろ?」
「あれが……神さま……?」
俄には信じ難いスカーレットだったが、確かに眼前にいる人物からは他の者とは違う神聖さが溢れ出し、さらには誰もが持っている気や魔力を感じられないため只者ではないと認めるしかなかった。
「つーか今まで何してたんだ? こっちの世界に来るなら言ってくれよ、正直あんたの存在忘れてたしよぉ。もう会えないんじゃねぇかって諦めかけてたんだぞ」
大神は訝しげに神さまに疑問を投げる。大神にとって神さまは影ながら数年間も探していた人物であり、それが突然連絡も無しに現れたのだ。怪しさ満点だろう。
「まあまあ、積もる話は後にして、ワシがこの世界に来た理由なんて一つしかないじゃろう? お主も薄々気付いとるはずじゃ」
「……は? まさか、おめぇ……!?」
神さまの不安を煽る言葉で大神の脳裏には最悪の光景が思い浮かぶ。数ヶ月前から大神たちの間であった不安要素。
それがよりにもよって今日という、祭りの最中にやってくるというのか──。
「そのまさかじゃ。来るぞ、魔族どもが──」
「「!?」」
神さまが真剣な眼差しでそう告げた瞬間、明るく活気付いた空気が暗く重く息苦しいものに変わった。
人々のどよめきが広がる中、大神とスカーレットは世界に異物が紛れ込んだのを感じとる。
──魔族襲来。ファン感謝祭は最悪のイベントによって、ぶち壊されることになった。
────────────────────────
大神が神さまと出会う数分前。スーパークリーク、オグリキャップ、タマモクロスの面々は学園内に幾つもある広場の一角で出店を開き、せっせと働いていた。
「へいおまち! 焼きそば一丁、たーんと食べてな! おいオグリ、たこ焼き出来たか? 次3つ来とるで!」
「ふぁふぁ、ふぉいしふへぇきふぇるおぉ。……んぐっ、もっちゃもっちゃ」
「いやそれ商品やろっ!? なに食っとんねんオグリぃ!!」
「もっちゃもっちゃ……ごくん。大丈夫だぞ、タマ。んあっ、もっちゃもっちゃ……ちゃんとおいひいぞ……!」
「そういうことやないねんっ! 唯でさえ忙しいのに余計な仕事増やすなっ、アホッ! ええいっ、食うのやめやっ!!」
「そうですよ、オグリちゃん。食べながら喋っちゃダメです! それにオグリちゃんも女の子なんですから、もっちゃもっちゃ言うのは少しお下品ですよ?」
「そこなんっ!? もっとおかしいとこあるやろっ! もーっ、ダメやっ! ウチ一人じゃこの天然二人相手にできんっ! はよ戻ってきてくれトレーナー!」
それぞれが調理と接客を並行して行い店を切り盛りする中、目の前で続々と作り上げられていく出来立ての焼きそば、たこ焼きといった定番のメニューにオグリは我慢できず、それらを勝手に口に運んでしまっていた。
それをツッコむタマモクロスに微笑み見守っているクリーク。彼女たちにとって日常的なこのやりとりもファンからすれば垂涎ものであり、それを見ようとやってきた客たちによって店は大盛況であった。
しかも今はちょうどお昼時。1番客が殺到する時間であり、オグリが反射的に店の物を食べてしまうのも、タマモクロスの怒号が飛び交うのも止む無しといったところだ。
ちなみに彼女らのトレーナーである櫻井芹奈は食材を補充しに出ておりこの場にはいない。そのため全てのツッコミはタマモクロスに一任されていた。カオスである。
その後もタマモクロスの魂のツッコミが炸裂しつつもどうにか客を捌いていき、人の入りが幾許か落ち着いてきた頃。クリークがなにかソワソワしていることに気づいたタマモクロスが声をかける。
「ちょっと早いけど休憩入ってええでクリーク。あとはウチらで何とかなりそうやし」
「えっ? でもまだまだお客さん並んでますよ……?」
「ええねん。もうトレーナーも帰ってくるやろしどうとでもなるわ。それに大神の兄ちゃんに会いに行きたいんやろ? そんな顔で店に立っててもお客が心配するだけやし、ここはバシッと決めてこいクリーク!」
「そうだぞクリーク。遠慮せず任せてくれ。いつもは君に助けられてばかりだから、今日くらい私たちを頼ってほしい。その方が私も嬉しいんだ。うん……これも美味しいな。流石タマが作ったたこ焼きだ」
「いいこと言っとるとこ悪いけど、なにまた食ってんねんアンタは。もうホンマ次やったら休憩時間なしにするでぇ!!」
「なっ!? なぜそんな残酷なことを思い付くんだタマ! この鬼! 悪魔! キ◯タマ! 守銭奴!」
「キ◯タマ挟むなぁっ!!」
「タマちゃん……オグリちゃん……! ありがとうございます、お言葉に甘えて行ってきますね!」
オグリとタマモクロスの言い争いを余所に大神の元へ向かう準備を始めるクリーク。先程まで落ち着かない様子だったのは意中の相手に会えるかどうか気にしていたからであり、今はもう嬉しさを隠し切れずニヤついてしまっていた。
(これからミストレが始まってそこで警備をしてから休憩するって言ってましたから、上手く合流できれば一緒に居られる時間はかなり増えるはず……! スカーレットちゃんだけに独占はさせませんよ、ふふふっ。よし……あとはタマちゃんに一言いれてから──えっ?)
店の裏で手早く用意を済ませ二人に一言告げようと振り向き屋台の中を覗いた瞬間、クリークの思考は完全に停止した。それは彼女の目に飛び込んできたのがあり得ない光景だったため。
タマモクロスが今現在接客している相手、それが
「な、なんやえらくゴッツいコスプレしたお客さんやな……。いらっしゃい! 注文は何にします?」
「…………フガ」
「フガ……? ちょ、ちょいオグリ! メニュー表そっちあったよな? 借してくれん? お客さん少し待ってください!」
「ん? さっきまでここにあったんだが……タマ、そっちじゃないか?」
「え!? うそやろ!?」
「…………ガーフ」
全身の肌が青く大柄な身体に特徴的な一つ目と短い角。明らかに人外の出で立ちをした目の前の人物をコスプレか何かと勘違いしたタマモクロスは、言葉が通じない相手に気を利かせてメニュー表を渡そうとする。
メニュー表を探して調理台の下で顔を突き合わせる二人。その間、待たされたことに痺れを切らしたのか、はたまた最初からそのつもりだったのか、魔物はハンマーのような腕を上げ──
「あった! お客さんこん中から選んでくれればええで!」
「ガウアァァァァァァァァァッ!!」
「──えっ?」
そのまま顔を上げたタマモクロスに向けて一切の躊躇なく振り下ろした──。
「……ガガ?」
いきなり訪れた死への恐怖にタマモクロスは反射的に目を瞑りその瞬間を待つしかなかった。
しかしいくら待ってもその時はやってこず、不思議に思ったタマモクロスが恐る恐る目を開くと自分の体が光の膜に包まれているのが分かる。怪物の拳はこれに阻まれ彼女の命は助かったようだ。
一体何が起こっているのか未だ理解が追いついていないタマモクロスはなんとか状況を確認しようと辺りを見回す。すると店の裏にいたはずのクリークが音もなく横に立っているのが目に入った。
「クリーク! 逃げるんや!!」
このままでは次はクリークも命の危機に晒されてしまう。瞬時にそう判断したタマモクロスは彼女を遠ざけようとするが、クリークはそれを手で制した。
タマモクロスを安心させるため普段の優しい笑顔を見せると、クリークは魔物へと向き直り手の平を立てるように右手を上げた。
「私の大切な人たちを傷つけることは……許しません……!」
「フ……ガ……ガガァァァァァァ……ァァァ……」
瞬間的に魔力を爆発させたクリークはそのまま魔物に向けてエネルギーを送る。体内に過剰なまでの魔力を注ぎ込まれた魔物は見る見るうちに全身が膨れ上がり、耐え切れなくなった肉体は風船が割れる様にパァンと弾け飛んだ。
光の泡になって消滅したモンスターを見てポカンと口を開くタマモクロス、そしてようやく台の下から呑気に顔を出したオグリとは対照的にクリークの表情は険しいものだった。
あと一歩気づくのが遅れていたら二人の命は助からなかった事実に恐怖を覚えながらも冷静にクリークは考える。
周囲の気配を探ると幾つもの魔力を持った存在が感知できた。恐らく大神が前に言っていた魔族の襲来がこのタイミングで起こっている事は明白だろう。
となると一刻も早く大神たちと合流して態勢を整えなくては不味いのだが、タマやオグリを始めこの場には一般客など数多くの人々がいる。まずは彼女らを優先して避難させないと。
そう思ったクリークがタマモクロスたちを安全な場所へ促そうと動き出す前に、一人の女性がこちらへ走ってきて彼女に声をかける。
「クリーク! みんな無事ですか!?」
「トレーナーさん!?」
「よかった……タマもオグリも怪我はないみたいね……。クリークが守ってくれたおかげですね、ありがとうございます」
チームレグルスのトレーナー、櫻井芹奈が息を切らしてやってきた。数回大きく空気を肺に取り込むと呼吸を落ち着かせると、クリークに伝えるべき情報を手早く話す。
「さっき風太さんから連絡がありました。魔族、そして魔物の大群が学園内外に現れたと。対応する為、風太さんは大神さんたちがいる中央広場へ向かうそうです。クリークもそちらに行ってください。貴女の力であの人たちを支えてあげて……!」
「でもトレーナーさん……ここにいる人たちが……!」
「それは私に任せて! これでも勇者と付き合っている女ですから! みんなの避難は必ず私がやり遂げます。だから貴女は貴女がやるべきことをやってください!」
そう言った芹奈の目からは絶対に成し遂げるという覚悟が感じ取れた。気弱な彼女からは信じられないほど自信に満ちた目。これでもやる時はやる女だというのはクリーク自身が1番よく知っていた。
個性が強すぎててんでバラバラなこのチームを、たった一人で最強クラスまで育て上げた人なのだ。そんな彼女が任せろと言う。これほど安心できる言葉はない。
「……わかりました。ここはお願いします、トレーナーさんっ!!」
彼女の覚悟を信じクリークは事態収束のため大神の元へ向かう事にする。飛び立つ前にふと自分を心配そうに見つめるタマモクロスの視線に気づき、クリークは彼女の頭を撫で目を合わせる。
「大丈夫ですよ、タマちゃん。私は死にませんから。トレーナーさんと一緒にみんなで避難して下さい」
「でも……!」
「タマ、クリークを信じるんだ。私たちにはそれしかできない」
「オグリ……」
いつの間にか傍に寄っていたオグリがタマモクロスを諭す。いつになく本気の顔をしたクリークを見てしまうと、もう引き止める言葉も出てこなかった。
「そうやな……必ず帰って来るんやで、クリーク……!」
「はい! じゃあ行ってきますね、タマちゃん! オグリちゃん!」
己が何もできない事の歯痒さから下唇を噛みながらも笑顔で見送るタマモクロス。それを見たクリークも破顔するとすぐに戦士の顔つきへと戻り、体に白い炎を纏うと空に弧を描く様に飛んで行った。
「アイツ……空飛んでいったで……」
「ああ、あれだけ綺麗に飛べれば今年の鳥人間コンテストは優勝間違いなしだな……! ジェットエンジンも積んでいたし、流石クリークだ」
「いやアンタも予想外すぎて感想めちゃくちゃになっとるやん……」
「ちなみにですけど、私が勇者の事とか知っていたのは風太さんと付き合い始めた時に全て教えてもらったからです! えへへ〜!」
「えっ、櫻井さんもうあいつと付き合ってんの!?」
「……フンッ! 俺は貴様とは違う。年齢=彼女いない歴では無くなったのだ! その内俺と芹奈の甘々な馴れ初めが本編でも描かれるはず! 今から楽しみで仕方がないなぁ!」
「ああそれ面倒くさいから書く気ないらしいぞ」
「…………泣けるぜ」
「ウワーッ! レオン・S・ケネディ! みんなもやろうバイオRE:4!」
目次 感想へのリンク しおりを挟む