遊戯王GX 徒然アカデミア日記 (mobimobi)
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第一話 こんにちは入学試験
ふと気付いたらテスト中だった。な、何を言っているか分からないと思うが以下略。
はふ、と溜め息を一つ吐く。おかしいな、俺は何でこんなところにいるんだろうか?
俺は確か、さっきまでデッキの調整をしていたはずなのだけれど。ゲームで。
もう一度言っておこう。ゲームで。
デッキの調整をするためだけにカードを購入すると高く付いて仕方がないので、ちょっと前のカードだけで組めるデッキの調整はゲームで済ませているのだ。
誰だってそーする、俺もそーする。いやあ、タッグフォースシリーズは便利でしたね……。
と、そんな事は如何でも良い。とりあえずは現状認識をしなければならない。とりあえず周囲を見回すと試験官っぽい人に怒られそうなので、目の前にあるテスト用紙へと目を向けた。
第一問:青眼の白龍の攻撃力、守備力、レベル、属性、種族を答えなさい。
第二問以下も似たようなモンだった。要するに遊戯王OCG関係の問題がわんさかである。
あからさまに現実世界じゃあ有り得ないテストだと言わざるを得ない。はいはい、わろすわろす。
……って言うかなんぞこれ? 夢? 幻? さっぱり分からん。とりあえずほっぺたを抓ってみたら痛かった。
その後は現実感のないままでテスト終了。埋めるだけは埋めておいたよ。
しかし、サクリファイスの設問は微妙に意地が悪かったな。現実世界でも答えられる人間そんなにいないんじゃないのか?
試験場なう。ここまでの道すがら、軽く所持品をチェックしてみたらバッグの中から出るわ出るわ、カードの山。デッキもいっぱい。
って言うかおい、何処にこんなに詰まってるんだ。各種最大で九枚までしかないとは言え……って、時械神とかシンクロとかエクシーズとかこの時代に存在して良いカードじゃねえぞ!
その上でオベリスクとかオシリスが3枚ずつとかお前……。あ、ライフちゅっちゅギガントさんは出来ればTF4までの効果で出直してきてください。ぶっちゃけ名前変えれば普通に存在していても許されるレベルの弱さだ。
――と、まあそんなことはともかくとして、これで何となく理解できた。自分はタッグフォース、それも最新作であるTF6で所有していたカードを所持したままで此処に居るらしい。
これなんてご都合主義?許されるの?ライフ8000環境で戦えちゃうデッキが山盛りですよ? いやまあ、ファンデッキ依りの構築ばかりだからワンキルヒャッハー! とか有り得ないけどさぁ……。でも逆に4000だと速攻で片を付けられる事も有り得るのか。
ふむ、なかなか難しい……ってサバティエルまでありやがる。封印だ封印。禁止カードとか封印するべき。ああ、でも苦渋ネクロスならちょっと作ってみたいかも。
とか懊悩していたら何時の間にか自分の番だった。ちょっくら行って参ります。
「受験番号23番、倉沢克己くんだね?」
「あ、はい、そうです。よろしくおねがいします」
まだ現実感がないせいか、Yes,I am! チッチッ、とかやりたくなったりしたが、そこは抑えて無難なお返事で返しておいた。
あ、名前は変わってませんでした。やっぱり夢だからだな、うん。多分そうだ。
「うん、ではデュエルを始めよう。試験の一環ではあるが、いつものようにリラックスして、デュエルを楽しみなさい」
「はい、分かりました」
さーせん、お心遣いは嬉しいんですが、デュエルディスクでのデュエルとか初めてなんでいつものようにって言われても困ります。
内心で突っ込みながらも左手を掲げる。ガシャン、と音を立ててデュエルディスクが変形した。
ああ、よかった。これで起動しなかったら物笑いの種だったぞ。正直起動の仕方とか全く分かってなかったし。
モーションセンサーなのかデュエルエナジー? とか言うのを検知しているのか、なんだか分からんがKCの超技術万歳だ。
さて、と。それじゃあ――…
「「デュエル!」」
開始の掛け声と共にデッキからカードを五枚ドロー。手札を確認。うん、悪くない――…悪くないと言うか良すぎるくらいなんだが、うわあ、使用デッキの確認忘れてたぜ。
これ召喚して良いのか? ペガサスさんとかに目を付けられやしないか? 何とも言えない存在感をかもし出す、●が写し出されたマイフェイバリットと、その隣に鎮座するガチャピン様をじっと見詰めていると、試験官の先生から優しい声が掛けられた。
「大事なデュエルとは言え、緊張していても始まらない。どうするかはドローしてから考えなさい」
うわあ、マジでこの先生男前やわあ……。って言うか俺が先攻だったのね。
こくんと頷いてから、無言でカードをドロー。ちらりと視線をやった先にあるのは、マイフェイバリットカードその2だった。
くすりと笑う。夢か現実か定かではないが、それでもここは遊戯王の世界。もしかしたらこいつにも精霊が宿っているのかもしれない。
緊張を解すためにこいつがやってきてくれた、と思うと何だか面白いじゃないか。――いや、実際に精霊がこいつだったら凶悪すぎるけど。
っていうか洒落にならないけど。こいつらの精霊とか三幻魔に(笑)が付いちゃうレベルでやばいだろ。特に真●様とか倒せる気がしない。
と、それよりもデュエルを先に進めねば。遅延行為は宜しくない。
「モンスターをセット、リバースカードを一枚セット。ターンエンド」
「モンスターをセット……リバース効果モンスターか?――私のターン、ドローだ!」
いやまあ、それもありますが、表守備じゃ反射ダメージとか狙えないでしょ。まあ、アニメみたいに表守備で出せるとありがたいモンスターも一杯いるけど。
とにかく、相手を警戒させるには裏側守備表示は良い形式だ。
実際、先生も警戒心を露にしつつ、カードをドローした。
「私はジェネティック・ワーウルフを攻撃表示で召喚する!」
ジェネティック・ワーウルフ。レベル4、デメリットなしのアタッカーでは最高攻撃力の獣戦士族モンスターか。
これを見るに先生のデッキは凡骨ビートか、はてさてビーストデッキか、どちらにせよビートダウンデッキなのは間違いないだろう。
そう思考を纏めている内に、バトルフェイズに入っていたらしい。
「攻めなければ敵は倒れない! ジェネティック・ワーウルフでセットモンスターを攻撃だ!」
まあ、ビートダウンならそうだろうな。攻撃宣言と同時に伏せられたモンスターにジェネティック・ワーウルフが突撃する。
伏せられていたモンスターはピラミッド・タートル。その守備力は1400ポイント、ジェネティック・ワーウルフの攻撃力である2000には遥かに及ばない。
が、しかし――ピラミッド・タートルは元より戦闘破壊される事で真価を発揮するモンスターだ。
「ピラミッド・タートルが戦闘破壊された事により、効果発動。デッキより守備力2000以下のアンデットを召喚します。――出ろ、ダブルコストン!」
ぬるり、と破壊された亀の躯から二つの影が生れ落ちる。舌を出した間抜けな面構えがちょっぴりユーモラスなダブルコストンがフィールド上に現れ、けひひと笑った。
「む、ダブルコストモンスターか……。私はリバースカードを一枚セットし、ターンエンドだ」
ああ、やっぱ効果は知られてるのね。アドバ、…生贄召喚全盛の時代だしなぁ。やっぱり便利に使われているのかもしれない。カイザー海馬さんとかも。
「では、俺のターン。ドロー」
と、言うことは先生が伏せた、一枚のカード。恐らくあのカードは召喚されるであろう最上級モンスターに対応できるカードだろう。
召喚反応型か、攻撃反応型か、はたまたコンバットトリック用のカードか……まあ何にせよ、俺のやることは一つだけ。
「手札からレベル10のモンスター、地縛神 CcapacApuを捨てる事でハードアームドラゴンを特殊召喚!」
墓地へと送られたモンスターの強大な力を用いて、フィールド上に一匹のドラゴンが舞い降りた。
骨を剥き出しにした痛々しいとすら思える姿を誇るように、一声鳴いてその存在を誇示してみせる。
「高レベルモンスターを墓地へと……!? 生贄召喚が目的ではないのか…?」
いいえ、生贄召喚が目的ですとも。ただ、生贄が二体では足りないだけで。先のターンに引いたカードを手に取り、にやりと笑う。
「ダブルコストンは闇属性モンスターのアド、…生贄召喚を行う際、二体分の生贄に出来る。ハードアームドラゴンと、二体分のコストとなったダブルコストンを生贄に捧げ!」
「三体分の生贄…!?」
闇色の渦が、二体のモンスターを包み込む。生まれ出でるのは漆黒の闇。巨大なそれを割り開き、中心部から生まれ出でる巨体。
悪魔の骨で身を飾った神が、絶大な存在感を振り撒きながらフィールドへと降り立つ。瞬間、建物そのものが揺れ動いたような気がした。
それほどのプレッシャーを感じさせるこのカード、このモンスター。そう、これが、これこそがマイフェイバリットカードの一!
「君臨せよ、恐怖の根源――…! 邪神、ドレッドルートォッ!!」
俺がその名を呼ぶと同時に、彼の神もまた咆哮を上げた。
大気が震え、大地が悲鳴を上げる。――その感覚が錯覚か、真実か、自分には分からない。ただ、とても気分が良かった。
お気に入りのカードを自分が呼び出して、ソリッドヴィジョンがその威圧感溢れる姿を映し出している。その事実こそが重要なのだ。
「邪神、攻撃力……、4000……!?」
丁度良い具合に盛り上げてくれる人も居る訳だし。
――ああ、テンション上がってきた!
「ドレッドルートはフィールド上に存在するモンスターを恐怖の深淵に叩き込む! ドレッドルート以外の全モンスターの攻撃力、守備力は半減!」
「なんだと!?」
邪神の姿に対してか、それともその強力な効果に対してか、そこかしこから響くざわめきをかき消すように、今一度ドレッドルートが吼える。
その声が、姿が、理性を破壊されたはずの人狼をすら恐怖させ、その能力を減少させた。
屈強な狂狼の姿は立ち消えて、今そこにいるのは怯えて竦む一匹の獣だけ。その姿を見据えながら、大きく手を掲げる。
「行くぞ、バトルフェイズッ!」
声を張り上げて、下すのは攻撃命令。振り下ろした手に合わせて叫んだ。
「ドレッドルートの攻撃、フィアーズ・ノックダウンッ!!」
合わせて振り下ろされる、邪神の豪腕。全てを打ち砕くだろうその拳が到達する寸前に、先生の声が負けじと響く。
「罠発動、ジャスティブレイク! 場に攻撃表示で存在する通常モンスター以外を全て破壊するッ!」
ワーウルフを守るように大きく広がる、落雷の渦。絶大な威力を秘めたそれが、邪神の巨体をも飲み込んでいく。
フィールドをまばゆい光が染め上げて――…だが、しかしっ!
「ハードアームドラゴンの加護により、ジャスティブレイクはドレッドルートには通用しないっ!」
俺の声に合わせて広げられた翼の影が白光を打ち払った。巨体に被さる様に映し出されたのはハードアームドラゴンの幻影。
ハードアームドラゴンを生贄に捧げて召喚されたレベル8以上のモンスターは、効果破壊に対する耐性を得る。
本来の神には及ばずとも、ドレッドルートもこれによってそれなり以上の耐性を得ているため、その突破は容易ではない!
「なっ……」
「改めて! 打ち砕け、フィアーズ・ノックダウン!」
再び繰り出された一撃がワーウルフを粉微塵に吹き飛ばした。攻撃力の差は3000ポイント。ライフの四分の三が一撃で消し飛んだ計算になる。
逆転のカードはその意味を為さず、そしてレプリカとは言え、邪神の放つ圧倒的な威圧感。それを考えれば、先生の意志は折れてもおかしくはない。だがしかし。
「くぅっ…!」
彼の目には未だ力がある。――やべえ、この先生に教わりてえ。良いデュエリストじゃないか……。
「リバースカードを一枚セットし、ターン終了」
「私のターン、ドローだ!」
次のターン。しかし、俺のフィールドには効果破壊を受け付けず、戦闘には無類の強さを誇るドレッドルートが存在する訳だが――…。
「っ……リバースカードを4枚伏せ、暗黒の狂犬を守備表示!ターンエンド!」
ふむ。なるほど、確かにあのうちのどれかが破壊を介さずにドレッドルートを処理できるカードであれば逆にこちらが拙い状況になりうる。
その上、的は4枚。大嵐でもない限りはそのカードを破壊できるかどうかは運次第でしかない。無論、ブラフの可能性もあるし、ただの時間稼ぎかもしれない――が、しかしだ。
「先生のエンドフェイズ、リバースカードをオープン、終焉の焔。終焉トークンを二体特殊召喚する。このカードを発動したターンはセット以外の召喚を
封じられますが、エンドフェイズならデメリットはほぼ無意味。…さて、俺のターン」
引いたカードが何であれ、やることは変わらないんだな、これが。
「残り一枚のリバースカードオープン、リビングデッドの呼び声。ハードアームドラゴンを特殊召喚」
「っ、また三体のモンスターが…!? まさか――…」
そう、そのまさかだ。
「三体のモンスターをリリース。……全てを写し出す深き闇の神!現れろ、邪神アバター!」
リリース、って言っちゃったけど雰囲気、雰囲気。渦を巻いて飲み込まれていく三体のモンスターたちの後に残されたのは、漆黒の闇。
深く、静かにそこに在る。それこそが邪神アバターの本来の姿。だがしかし――アバターは写し身の神。その姿は場の状況によって千変万化する。
「邪神アバターは、フィールド上に存在する中で最も高い攻撃力を持つモンスターの攻撃力を写し取り、それを100ポイント上回る攻撃力と防御力を得る!」
暗き闇が静かにたゆたい、その姿を変えていく。この場で最も強き者の姿を、悪魔の骨で飾られた巨体を闇が形作り、そして生まれ出でるのは二体目のドレッドルート。
攻撃力4000。それに100を加えた4100が邪神アバターの攻撃力となった。
ドレッドルートとアバターの効果はかち合ってしまっている。
この処理だが、お互いに一番最後に適用される永続効果であるためか、後に出た方が優先される。
既に召喚されたアバターに後出しでドレッドルートをぶつける事で、攻撃力4100から半減され、攻撃力2050となった邪神アバターを戦闘破壊できるのだ。
……閑話休題。
「バトルフェイズ、ドレッドルートの攻撃! フィアーズ・ノックダウン!」
とりあえずは攻撃である。今一度振り上げられた豪腕が、怯える獣へと向けて振り下ろされる。
対して先生、リバースカードを発動しようとしたものの――…
「馬鹿な、罠カードが発動できない…!?」
「邪神アバターは召喚成功から2ターンの間、相手の魔法・罠カードの発動を封じます。幾らカードを伏せようとも無意味です」
まあ、ぶっちゃけこんな効果付けるくらいなら普通に耐性が欲しかったけどね。ともあれ、暗黒の狂犬、粉☆砕。
「これでとどめ!アバターの攻撃、フィアーズ・ノックダウン! 第二打ァッ!」
続けて打ち放たれた第二撃が、残り1000ポイントとなっていた先生のライフをざっくり削り取った。
デュエル終了。静かにドレッドルートとアバターが消えていく。ありがとう、俺の切り札たちよ。
レプリカだけあってリアルアタックにはならなかったらしく、先生も元気だ。ありがたい話である。
「…ふぅ。見事なデュエルだった。この内容なら、文句なしに合格だろう。一足早いが見事だった、と言わせてもらうよ」
「あ、はい。ありがとうございます。手札がよかったお陰だと思いますけど」
「はは、謙遜することはないさ。私はよく考えられたデッキだと思ったし、本当に強かった。しかし、邪神か…」
ぎくり。やっぱあれか、三幻神を連想しちゃうのか。
「……ゼミアの神とかも邪神ですよ?」
「ああ、確かに…。しかし、うん。君の持っているそれは神の名に相応しい強さのカードだ。良い物を見せてもらった」
とりあえずそんな会話でお茶を濁してから、俺は観客席の方へと向かっていった。しかし、うん。
「やっちまったぜ…」
現実だったら間違いなくKCとかI2とかに目を付けられるよね。三幻神のカウンターだもんね、こいつら。
その上に地縛神とかまで所有してるとか。こっちはバレてないけど、邪神だけで十分に危ないデュエリストです、本当に以下略。
召喚した邪神様のプレッシャーその他でボケていた頭が正気に戻り始めたのもあり、この先の展望に色々と不安を隠せない俺だった。
召喚補助的には神属性じゃないのが利点になってるけど、でもやっぱり耐性欲しかった。そう考えているのは自分だけじゃないと思います。
ドレッドルートに耐性あったらオベリスク涙目?ははは、こやつめ。
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第二話 サブデッキのテストをしよう
俺です。試験が終わったのは良いけれど、どうすれば良いか分かりません。まず家が何処にあるかも分からないしね! オウチドコー?
なんてなってたのも今は昔。携帯電話で家族に助けを求めた結果、あっさりと帰り付く事が出来ました。
ちゃんと登録してあって良かった……。覚えてるから良いや、って登録しなかった事もあったからなぁ。
携帯に家族の連絡先が登録されていなかった場合、街の中でこれが俺のブルーアイズだ! フハハハハー! をやって黒服の人たちに連行されると言う最終手段を取らざるを得なかった。
仮に海馬社長がその情報を耳にしたらまず間違いなく俺の連行を命じるだろう。ブルーアイズ大好きだし。そんな事にならなくって一安心である。
あ、二週間くらい経ったけどI2社からもKC社からも出頭命令とかは出なかった。
まあ、そりゃそうだよなぁ。テスト受けた子が珍しいカードを使ったらしいよ、くらいでいきなり出頭命令とか有り得る筈もない。
そのレアカードが邪神でなければだが。まあ、凄いレアカードを使った新入生が居るらしい、くらいの情報しか広まらなかったのだろう。多分。
邪神の存在が発覚するまでには多少の時間が掛かりそうだし、暫くはまったりやることにしておく。
…こっちも色々覚悟を決めたいし。何せ、二週間以上も続く夢なんてあるはずもない。痛みも感じれば、味も感じる。
ベッドに小指をぶつけた時はマジで痛かった。あの痛みを夢の中で味わうとかマジで有り得ん。
救いがあるとすれば、こっちの家族も“向こう”の家族と然したる差はなかったことだ。ちょっと若返ってるけれど。まあ、そこは俺も同じだし、仕方あるまい。
一人暮らしには慣れている事だし、これからアカデミアで過ごす四年間でゆっくりと折り合いを付けて行こう。焦ることはない。
……って、四年間だったよな? 一期に付きアカデミアの一年、だったと思うんだが。ううん、微妙に自信がない……。
でもまあ、なるようになるだろう。チートドローな十代だって居るんだし。と言うか十代に任せておけばあいつが全部やってくれるよ!
もう全部あいつ一人で良いんじゃないかな。
と、色々と考えながら過ごしている内に制服が届いた。色は黄色である。まあ、順当だよな。邪神様大暴れしてたし、テストもそこそこの出来だっただろうし。
アカデミアへのフェリーは一週間後に出航だとか。それまでどうしたもんか。邪神以外の当たり障りのないデッキでも調整しておくのも手かも知れない。
何をするにせよ、とりあえずは外に出てから考えるとしよう。デッキケースを腰の左右に一つずつくっ付けると、俺は気だるげに立ち上がった。
カードはどうやらデッキケースから取り出せるらしい。それも、特に制限はなしに、だ。他人が持ってもただのデッキケース、だがしかし俺が手にすると四次元ポケットとか…。
なんかもう色々便利すぎじゃね? いや、ありがたいけどさ。……やっぱりこんな便利な補正?みたいなもんがあるって事は夢なんじゃないか、と思うが、世の中には胡蝶の夢と言う言葉がある。
ここに来る前に俺が居た世界と、こっちの世界。どっちが夢かなんてそこに居る人物からしたら分かったもんじゃないのだから、流されるままに過ごすが吉だ。深く考えずにそう言うもんだ、と思っておこう。
……と、つらつら考えている内に外出準備完了。そろそろお昼の支度でも、と立ち上がろうとしていた母親に一声かけて、俺は外に出た。
目指す先はカードショップだ。週末の昼だし、まあデュエルスペース的な場所には幾人かいるだろう。
――さて。目的の店へと辿り着き、入店した俺の視界にまず飛び込んでくるのはカウンターに飾られたレアカードの群れである。
現実ではどんなに高かろうが五千には届かなかったはずのカードが、0を一つ二つ増やして並んでいる様はまさに圧巻だと言わざるを得ない。
レッドアイズ数十万とか。0が三つくらい増えてるじゃねえか。それなら九枚あるから売るぞここで。
……何度かこの店には足を運んでいるが、それでも思っちゃうんだよなぁ。この世界のカードの値段設定にはツッコミどころしかない。
そんな認めたくない現実に、はふ、と溜め息を吐いて横の道へと折れる。
今日は売り場に行く必要はない。現実には存在しなかったカードをバラ売りの中から探し出す作業は前にやったし、今回の目的はデッキの調整も兼ねたデュエル……おお、いるいる。
デュエルスペースは十分に賑わっていた。デュエルディスクが普及している事もあり、店側からしても空間だけ確保しておけば良いので楽だろうしなぁ。むしろスペース的な問題以外では設置しない理由がないだろう。
そんな事を考えながらたむろしている小学生くらいの少年たちの方へと足を向けると、どうやら手持ち無沙汰だったらしい彼らの方もこちらに気付いたようだった。
「よっ、兄ちゃん。今日はカード漁りはおやすみ?」
「ああ、まあな」
バラ売りの箱の中身を楽しそうに探し回る姿は、既にデッキを持っている人間から見ると微笑ましげに映るらしい。
お小遣いが少ない少年たちなら更にその上、同族意識すら抱く。デッキを作り上げた後も尚、彼らはより良いカード探しに余念がない。
それ故の必然と言う奴だろう。同じ箱の中をがさごそと漁っていたのが縁となって、この少年たちとは一応は顔見知りになっていた。
一区切り付いた後の雑談の中でアカデミア入学が内定している事を伝えてやったらちょっとデッキ見せて、アドバイスしてと纏わり付かれたのは記憶に新しい。
え、どうアドバイスしたかって? いや、レアカードの値段とか酷い事になってるし、自動的にカードプールが少なくなっちゃうから……。
サーチカードやドローカードって重要だぜとか、リクルーターで場を繋げとか、特殊召喚を上手く使えとかそのくらいは言ったけれど。
いやまあ、今はそんなこたぁどうでも良いのだ。
「今日はデッキの調整でもしようかと思ってな。人は居るだろうと思ってきたんだが」
「んー、そういや兄ちゃんとデュエルってしたことなかったなあ」
そーだなー、と相槌を打つ少年たち。いや、だってお前らンな暇くれなかっただろ。誰のせいだと思ってるのか。
「あ、じゃあ俺やる!」
「お、そうか。んじゃ頼むわ」
そんな中で元気良く声を上げた約一名。確か……あー、確かだけど戦士族デッキだったかな、こいつは?
割とスタンダードなビートダウンデッキだし、ありがたいと言えばありがたい。
お互いに空いているデュエルスペースへと入り、デッキをセット。ディスクを掲げる。
「おっし、それじゃあ――…」
音を立てて変形するディスク。お互いに相手を見据えて、始まりの言葉を口にした。
「「デュエル!」」
五枚のカードをデッキからドロー。手札は、……うん、悪くはない。
先行を取ったのは少年。さて、何を出してくるのやら。
「ドローだぜ! よーし、アックス・レイダーを攻撃表示だ!」
現れたのは斧を手にした軽戦士。攻撃力1700のバニラモンスターだ。
効果はないが、下級モンスターとしてはそこそこの能力を持っている。そう悪くない出だしだと言えるだろう。
「更に永続魔法、連合軍! 場にいる戦士、魔法使いはその数×200ポイント攻撃力がアップ!」
そこに加えられるのが永続魔法での強化。これで攻撃力は1900ポイントになる。もうこの時点で俺の下級モンスター単体では突破不可能になってしまった。
……いや、うん。素でも突破できなかったんだけどね。下級は攻撃力1600までしかいないからなぁ。
「俺はこれでターンエンド。兄ちゃんのターンだぜ」
「あいよ。それじゃあ俺のターンだ。ドロー!」
まあ、それは問題ない。その気になれば上級モンスターは容易く召喚できるし、そもそもこの手札であれば殴り合う必要は然程ない。。
「永続魔法、種子弾丸を発動。植物族モンスターを召喚する度にこのカードにプラントカウンターを一つ載せる。更に永続魔法、世界樹を発動する」
ぽん、と音を立ててフィールド上に生まれ落ちたのは見るからに刺々しい植物だ。ぶつかったら実に痛そう。
しかし、そんな小さな植物などその後を追うようにして生えてきた巨大な樹の前では存在そのものが霞んでしまっていた。
青々と茂った葉が、太く逞しい幹が鳴動する大地から生え、大樹より舞い落ちる粒子がきらきらと光を反射させる。
実に美しく、壮大な光景にちょっと感動してしまった。やっぱりソリッドビジョンぱねぇわ。
「植物族モンスターが破壊される度に、世界樹にはフラワーカウンターが乗る。キラートマトを守備表示で召喚し、ターンエンド」
が、その後に出てきたのは何とも場違いな気がする顔付きのトマトが一つ。何とも可愛らしい姿のそれがフィールドに飛び出し、ぽよんと跳ねた。
合わせて、プラントカウンターの増加により種子弾丸の植物がぷくりと膨らむ。臨界点ではどんな大きさになるんだろうなぁ、これ。
ともかく、俺のターンはこれにて終了である。
「よーし、俺のターン!ドロー! ……よし、切り込み隊長を召喚だ!更に、切り込み隊長の効果で隼の騎士を特殊召喚!」
現れたのは鎧を纏った歴戦の戦士と、二刀を携えた異形の騎士。頭部を隼に置き換えた姿は――…あれ、なんか可愛いぞ?と、そんな事はさておきまして。
切り込み隊長は、召喚時に手札から追加で下級モンスターを召喚できるカードだ。確かに、モンスターを展開するには便利なカードだと言える。
更に、そこから現れてきたのは隼の騎士。こちらは低ステータスだが二回攻撃を行えるモンスター。……畜生、早速教えた事を生かしてくれやがって。
「後続を呼べるモンスターは便利だけど、大抵攻撃表示で特殊召喚される。そこを上手く攻撃できれば一気にダメージを与えられる――って、兄ちゃんからの教えだぜ!更に俺は重力の斧-グラール-を隼の騎士に装備だ!」
空中から降ってきたバトルアックスを、隼頭の騎士が持ち上げる。アックスレイダーのそれよりも遥かに重量があるはずのそれを、木の葉の様に振り回して見栄を決める姿は迫力があって実に良いと言わざるを得なかった。モンスター効果由来だと分かっていても、何か凄いモンスターに見えてくるんだよなぁ、ああ言う事されると。
まあ、それはそれとして。連合軍が場にある状態で、相手フィールドには3体のモンスター、よって600ポイントの全体強化。隼の騎士はグラールによって更に500ポイントアップと来た。攻撃力はアックスレイダー、切り込み隊長、隼の騎士の順で2300、1800、2100ポイント。……何と言う。
「バトル!切り込み隊長でキラートマトに攻撃!」
バトルフェイズ。その名の通り、切り込み役が真っ先に向かってきた。哀れキラートマトは真っ二つにされ、爆散する。
キラートマトの守備力は1100ポイント。抗えるはずもなかった。
「言うまでもないがモンスター効果!闇属性、攻撃力1500以下のモンスター、キラートマトを特殊召喚! 世界樹にフラワーカウンター、種子弾丸にプラントカウンターを一つずつ載せる!」
「まだまだぁ!隼の騎士でキラートマトに攻撃だぁ! 疾風一閃!」
続いて向かってくるのは隼の騎士。戦斧を携えたその姿が、新たに召喚されたキラートマトの直前でふっ、と掻き消えた。
直後、その背後に現れるのは既に斧を振り切った騎士の姿。音も残さずに両断されたキラートマトが弾けて消える。
攻撃力2100からキラートマトの1400を差っぴいて700ポイントのダメージ。結構痛い。
「くっ……続けてキラートマトを召喚する!」
「こっちも続けて疾風一閃!」
振り返った隼の騎士が横一閃。真ん中から真っ二つに断ち切られたキラートマトが再び弾け飛ぶ。
「キラートマトは種切れだ! イービルソーンを特殊召喚!」
更に700ポイントのダメージだが構ってられるか! 続けて召喚されたのは棘棘とした実を携えた小さな植物だ。攻撃力は100。盾にもならねえよ畜生!
「アックスレイダーで攻撃ぃ!」
LP:4000-700 → 3300-700 → 2600-2200 → 400
豪腕から振り下ろされた斧の一撃があっさりとイービル・ソーンを打ち砕く。
2200のダメージ、同時に爆風のソリッドヴィジョンが俺に叩き付けられ、衝撃などないのに思わず顔を庇ってしまった。
ダメージの合計は3600ポイントだ。――8000環境なら笑ってられるダメージなんだがなぁ。
「カードを一枚伏せてっと…ターンエンドだぜ兄ちゃん!」
ああ、輝くような笑顔が眩しいぜ。でもこれじゃあ調整にならないじゃないか。目的忘れてないか、お前?いいけどさぁ。
「あいよ! 俺のターン、ドローだ!」
このカードは……と。フラワーカウンター、プラントカウンターの数はトマト三体、イービル・ソーン一体の召喚及び破壊で共に4。
手札も4枚、十分にある。よし引き次第で十分にいける!
「世界樹の効果だ! フラワーカウンターを取り除き、その個数で効果を決定する! 三つ取り除いてイービル・ソーンを墓地から特殊召喚! プラントカウンターも乗るぞ」
ふわりふわりと舞い落ちていた粒子が渦を巻き、小さな植物が生まれ出た。
その背後では今にも弾け飛びそうな棘棘植物が聳えている。頃合だな、うん。
「種子弾丸に乗るプラントカウンターは5つまでだ。種子弾丸を墓地に送り、プラントカウンター×500ポイントのダメージを相手に与える!」
「んなぁ!?」
LP:4000-2500 → 1500
パァンッと音を立てて爆ぜ割れた植物から、嵐のように種が少年へと吐き付けられていく。地味に痛そうだな、あれ。それと怖そう。
少年も心なしか涙目になっているような? まあ、それはそれ、これはこれだけど。……まだまだ続くぜ。
「イービル・ソーンを生贄に捧げる事で、相手ライフに300ポイントのダメージだ!」
「またかよー!」
LP:1500-300 → 1200
今度は大分可愛らしい音だった。ポンッと言う音と共に棘が飛ぶ。が、さっきのに比べたら可愛い可愛い。
「更に、デッキから同名カードを特殊召喚できる。二体のイービル・ソーンを召喚だ! ――あ、この効果で召喚したイービル・ソーンは効果の発動はできないぞ」
何か微妙にいやそうだったので一応注釈を入れておいた。さて、これで準備オーケーだ。
「魔法カード、トレードインを発動。レベル8の椿姫ティタニアルを墓地に送って、カードを二枚ドローだ」
先にこれを使ってイービル・ソーンを引いちゃうとあれだからなぁ。ドローした二枚に視線をやる。……よしよし、良いカードだ。
「イービル・ソーン二体を生贄に捧げて、俺はフェニキシアン・クラスター・アマリリスを召喚する!」
二体のイービル・ソーンが燃え上がり、灰となっていく。その中心からゆっくりと、翼を広げた不死鳥が生まれ出た。
炎に包まれて生誕するその姿の美しさに思わず口元が緩む。いやあ、本当に綺麗だわ。
実はこのカード、通常召喚も可能なのである。特殊召喚に制限はあるけどね。地味に使うことがあるので覚えておいても損はない。
「いくぞ、バトルフェイズ! フェニキシアン・クラスター・アマリリスで切り込み隊長を攻撃する! フレイム・ペタル!」
攻撃力2200で戦闘ダメージは400ポイント。更にこいつにはとある効果がある!通れば勝ち!
不死鳥を象った花が大きく身体を広げ、幾つもの炎を弾丸として打ち放った。標的とされた相手に逃げようなどない。その筈だった。が――…。
「へへっ、最上級にしちゃ攻撃力が低いぜ、兄ちゃん! 罠発動! 鎖付きブーメラン!」
投げ放たれたブーメランが不死鳥へと絡み付き、それを支点に戦士が高く跳躍する。炎の弾丸が空しく虚空を貫き――その直後、振り下ろされた一刀が花開いたアマリリスを散らしていた。
アマリリスの攻撃力は2200、ブーメランで強化された切り込み隊長は攻撃力2300。僅か100ポイントの差ではあるが、このゲームにおいては厳然とした結果として現れる。
「フェニキシアン・クラスター・アマリリス撃破!」
LP:400-100 → 300
「100ポイントのダメージ、と。……喜んでるところ悪いが、モンスター効果だ。フェニキシアン・クラスター・アマリリスは破壊された時、相手に800ポイントのダメージを与えるぞ。スキャッター・フレイム!」
LP:1200-800 → 400
が、それだけで済みはしない。散ったアマリリスの花が燃え上がり、再び弾丸と化して降り注ぐ。その爆撃が少年のライフポイントを削り取り、残されたライフは400ポイント。これでライフは並んだ!
「と、並んだな。世界樹にフラワーカウンターが一つ乗る」
「けど、兄ちゃんのフィールドにはモンスターはいないぜ! 次で俺の勝ちだ!」
「さて、それはどうかな。カードを一枚伏せて、エンドフェイズに移行する」
一度は言ってみたかったこの台詞。フェニキシアン・クラスター・アマリリスには更にもう一つ効果が存在する訳で、と。
「エンドフェイズに墓地に存在する植物族モンスター1体を除外する事で、フェニキシアン・クラスター・アマリリスは復活する。再び咲き誇れ、フェニキシアン・クラスター・アマリリス!」
燃え尽きたアマリリスの灰が再び炎を巻き上げ、不死鳥が再誕する。無論、効果も健在だ。
「うええっ!?」
「仮にも二体生贄が必要なモンスターがあの程度で済む訳ないだろうが。復活したアマリリスは守備表示だし、守備力は0だが破壊されれば勿論800ポイントのダメージは発生するぞ」
実際は墓地に送るだけで湧いて出てくるけどな!
「それじゃあもう勝てないじゃないかよう…」
「貫通ダメージ持ちなら何とかなるな。ほれ、カード引け」
まあ、あれだけ削られればなぁ。頭を抱える少年に声を掛け――その手がドローを終えた瞬間、このタイミング!
「ドロー終了時に罠発動、火霊術-紅-だ。炎属性モンスターを生贄に捧げ、その攻撃力分のダメージを相手に与える。――行け!」
「え、ちょっ」
引導火力は元の手札にあったんだよね。轟、と音を立てて燃え上がったアマリリスがフィールドから飛び立つと少年を両翼で包み込み、ライフを綺麗に削り取った。
試合終了後、第一声。
「兄ちゃん、効果ダメージばっかりじゃないかよー!」
ああ、やっぱ文句言われるのね。趣味的な構築だからギガプラとかも入ってるし、傾向的にはビートバーンなんだけど今回は完全にバーンオンリーだったから……。
「あー、今回はなぁ。手札がそっちよりだったんだよ。本当ならこういうのも出てくる」
ほれ、と手渡したのは予備の椿姫様。攻撃力2800とか半端ない。これがカード一枚で飛び出てくるとか色々おかしい。
うわあ強っ!?などと騒いでいる少年になんだなんだとギャラリーが集まってくる姿に苦笑が零れる。レアカードには皆興味あるんだなぁ。
そんな人々を後目に、俺は次の相手を探すべく周囲に視線を向けたのだった。
最後に決め手になるはずの霊術を伏せさせるのを忘れていた、と言うポカミスを修正しました。
手札から罠カードとか、インチキ効果もいい加減にしろって言われても仕方がないね。
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第三話 原作キャラと遭遇なう
今回はデュエルがないので、興味ない方は飛ばしてくださいまし。
あの後で何回かデュエルをしてみたところ、ライフ4000と言う環境も相俟ってバーンで大半のライフが吹っ飛ぶと言う事が続出した。
そうでない場合はロンファで呼び出され、上手く倒してもロードポイズンから繰り返し現れるギガプラと椿姫様に圧殺されるのが規定路線。……そう言えば現実で植物族って長らく不遇だったもんなぁ。まともな上級がギガプラくらいだったし。
だからこそのロードポイズンか。ほぼ戦闘破壊オンリーなこの環境ではチートすぎワロタ状態である。
アマリリスビートバーンもあんまり良くない。800バーンがマジで強すぎる。五回で勝負決まっちゃうとか。
その結論に至ると俺は協力頂いたデュエリストたちに礼を言い、後はまた少年たちにアドバイスをねだられたりして過ごした。
その中で、最近切り込み隊長の効果から切り込み隊長、場合によっては荒野の女戦士の特殊召喚から自爆特攻による切り込みロックを食らうんだけど、どうやって破ればいい? と言う質問をいただいたのがちょっぴり嬉しかったり。
なんかなあ、アニメ見てるとこの世界、アカデミアですら自爆特攻(笑)みたいな意識が抜けてないんだよな。そんなんで大丈夫なのか、デュエリストとしての水準?
いや、1:1交換が出来るモンスター除去が制限されていたり、物によっては結構なレアカードだったりする分だけ高ステータスモンスターを置いておけば安心、と言う風潮が蔓延していたり、ライフが少ないせいなのかも知れないが。
とりあえず少年にはコントロールを奪っての処理や、攻撃強制効果を持つカードを薦めておいた。立ちはだかる強敵とかはリクルーターに使えばちょっとした防御効果もある訳だし。守備表示にされたら困る? シールドクラッシュ使いなさい。あれは守備モンスター処理用なせいか、制限されてないようだし。
こういった小技を上手く使えるデュエリストが増えてくれたら、きっとこの先も楽しくなるんじゃないかなーと思う俺だったりする。
尚、切り込みロックとは“このカードが居る限り他の○○族モンスターに攻撃できない”、“他のカードが存在する限りこのモンスターに攻撃できない”などの効果を持つモンスターを並べたりする事での攻撃制限の通称である。
まあ、実際は切り込みの部分は可変するんだが、メジャーどころなので。……あえて命名するのであれば攻撃誘導ロックといったところか。何かイマイチしっくりこないけれど。
昆虫族への攻撃制限効果を持つ植物族モンスター、棘の妖精とDNA改造手術を組み合わせた棘ロック、他に炎族が居る限りこのカードに攻撃できないという効果を持った炎族モンスター、プロミネンスドラゴンを並べるプロミネンスロックなどが存在したりするがその辺りは余談と言う事で一つ。
……プロミネンスロックには良く焼かれたなー。セイコさん、絶対初心者じゃねえよ。この世界でもあのデッキ使うんだろうか。
うん、絶対に売店の店員には喧嘩売らない。
そんな事を考えている俺の現在地はアカデミアに向かう船の上である。しかし、なんでアカデミアは絶海の孤島にあるんだったっけ? 三幻魔の封印目的で上に立てたんだったっけか?
ともかく、とっても不便な場所にあるというのは確かだ。見るべき場所が何にもない。休みの日とか、本気で暇そうである。――原作組と関係すると、逆に暇がなくなりそうだけれど。
トラブルと冒険を量産するからなあ、十代は。そこが面白いと言えばそこまでの話だけどさぁ。それに折角この世界に来たんだったら、主役である彼らともデュエルしてみたいし。ううん、悩む。
と、海を眺めながら物思いに耽っていると、不意に背後から声が掛けられた。
「君は確か……受験番号23番、倉沢克己くんだね」
何か聞き覚えがある声だ。そう思って振り返ると、イエローの服を着たあの人が。デッキ破壊のブレオさんと同じ声を聞くに、間違いない。
「そう言う君は三沢大地くん」
受験番号一番の彼である。散々空気呼ばわりされてネタにされていたあの人だ。と言っても、今はライバルキャラ始めました、ってな時期だったはずだが。
「君もラーイエローだったのか。……いや、考えてみれば当然だな。三体の生贄を必要とする重量級のモンスターを、君は巧みに操っていた」
「そっちこそ、守備に重点を置いていたはずの試験官を綺麗に倒してたじゃないか」
確か相手は超防御デッキとか言うのを使っていたはず。正直、記憶としてはおぼろげだったが。――いや、だって所持品チェックに忙しかったんだもの。
「攻撃をされなかった分、落ち着いたデュエルが出来たのも勝因の一つだろうからね。そう褒められたものでもないさ」
そう言って謙遜してみせる三沢。――やだ、こいつイケメン。だが恐らくその癖のないイケメン具合のせいでこの先、新キャラたちに飲み込まれ――、……いやこいつも大概アレだったな。全裸ダッシュとか。
アニメ内でのあれやそれを思い出したせいか、無意識の内になんか微妙な目になっていたのかも知れない。ふと気付いたら怪訝そうな視線を向けられていた。とりあえず弁解を図っておこう。
「あ、すまん。ちょっと最近あった事を思い出してたんだ。――んーっと、それで、何か用でも?」
「あ、ああ。実は君のデュエルを見せてもらった時に気になった事が……」
三沢が言うに、やはりモンスターの裏側守備表示は気になったらしい。まあ、そうだよな。アニメでは殆どの場合、表側守備表示でモンスターを召喚してる訳だし。セットされてたのってデスコアラくらいじゃね?
その疑問に対して、俺は幾つかの実例を挙げて応じた。表側表示のカードに効力が限定するカードでメジャーどころと言えば、ライトニングボルテックスや地割れ、地砕きなどが存在する。
ピラミッドタートルは戦闘破壊をして欲しいモンスター。表側表示で出すとそれらの除去によって効果破壊される可能性がある。悪ければ強奪や洗脳などを食らい、上級モンスターの生贄にされて処理されるかも知れない。
裏側守備表示なら、それは防げる。無論、正体不明のモンスターと言う事で敬遠され、破壊してもらえない可能性もあるがそれらのメリットに比べればそう大した問題でもない、と――まあ、そんな感じに。
三沢は理論家肌なだけあって、その説明だけであっさりと納得してくれた。その後はリバース効果を持ったモンスターと戦闘破壊される事に意義があるモンスターを混ぜ込んで、裏側守備表示を徹底的に生かすデッキも面白そうだな、なんて話題にシフト。
サイクルリバースモンスターの存在にも会話の矛先は及び、結構楽しい会話が出来た。この世界では一般的ではない裏側守備表示に関しての話題だったのもあって、基本に近い部分があったがそれはそれでよきかな、である。
フェリーがアカデミアに付くまでに、俺と三沢はお互いに気安く呼び合える程度には親交を深めていた。
この世界での、初めての友達が出来ました。――なんかちょっと嬉しい。
あ、それと強奪はこっちでも禁止カードだそうです。仕方がないね。
そんなこんなで現在、イエロー寮なう。
特にすることもなく普通に歓迎会に出て、普通に部屋に居る。そしてそんな状況でする事と言ったら――。
「まあ、デッキ弄りなんだけど」
他に誰もいない部屋で一人、そう呟いた。
一応は新しいデッキも幾つか作り上げてある。
例えば、光属性メタのA・O・J。破滅の光、サイバー流とこの世界では光属性をメインとしたデュエリストが強かったりするので二種類組んでおいた。
除去カードとしてハングドマンとデビル、スートオブソード Xが存在するアルカナフォース相手なら、光属性を問答無用で破壊するコアデストロイと効果破壊への対策カード、ストレングス及びチャリオットのコントロール奪取対策をそれぞれ大量に仕込み、おまけにフィールド魔法対策すら施してメタりにメタった無情仕様。
だって、こんなカードがほぼメリット効果で、デメリット効果も場合によっては使い分ける形でフィールドにぽんぽん出てくるんだぜ? メタらないとやってられないだろ。
《アルカナフォースⅤⅢ-STRENGTH》
効果モンスター(TF3以降改定)
星5/光属性/天使族/攻1800/守1800
このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、コイントスを1回行い以下の効果を得る。
●表:相手フィールド上のモンスター1体のコントロールを得る。
●裏:このカードを除く自分フィールド上のモンスター1体を相手が選択してコントロールを得る。
《アルカナフォースⅩⅡ-THE HANGED MAN》
効果モンスター(TF3以降改定)
星6/光属性/天使族/攻2200/守2200
このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、コイントスを1回行い以下の効果を得る。
●表:自分のエンドフェイズ時、自分フィールド上の表側表示モンスター1体を破壊し、
自分はその攻撃力分のダメージを受ける。
●裏:自分のエンドフェイズ時、相手フィールド上の表側表示モンスター1体を破壊し、
その攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
《アルカナフォースⅩⅤ-THE DEVIL》
効果モンスター(アニメオリジナル)
星7/光属性/天使族/攻2500 /守2500
このカードは特殊召喚できない。このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、コイントスを1回行い以下の効果を得る。
●表:このカードの攻撃宣言時、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して破壊する。
この効果で破壊されたモンスターのコントローラーは500ポイントのダメージを受ける。
●裏:このカードの攻撃宣言時、フィールド上のモンスターを全て破壊する。
《スート・オブ・ソード Ⅹ》
通常魔法(TF2)
コイントスを1回行い以下の効果を適用する。
●表:相手フィールド上のモンスターを全て破壊する。
●裏:自分フィールド上のモンスターを全て破壊する。
出すだけで永続コントロール奪取確定とか、インチキすぎるぞ運命力全開STRENGTH。ソードはサンダーボルトだしなぁ。
しかも相手フィールド上にモンスターが存在しない場合は破壊不確定なので、スタダで防げない。正直に言って、面倒すぎるカードだ。
何はともあれアルカナフォースを擁する斎王相手の場合、俺が洗脳されたらやばいカードが色々と流れてしまうので万一にも負ける訳にはいかない。まあ、まだ一年は先の話だけどさ。……部下には氷関係のカードが使われてたようだし、忘れない内に水属性メタも作っておかなければなるまい。
さて、それはそれとして。残ったデッキはアマリリス軸ビートバーンと邪神デッキ。
前者はビートダウン全盛のこのご時世ではちょっと受けが良くないし、後者は――何と言うか、ビートダウン環境ではハードアームドラゴンをリリースして召喚したドレッドルートやアバター一枚でデュエルが終了しちゃう可能性があるんだよね。
ハードアームドラゴンをリリースして召喚された邪神は効果破壊への耐性を得る。そしてドレッドルート、アバターはそれぞれが戦闘に置いて無比の強さを持つモンスターだ。
アバターに関しては言うまでもない。フィールドに存在するモンスターの能力を必ず上回る効果を持っているのだから、効果を無効にでもしない限りは戦闘破壊は不可能。
そして、ドレッドルート。これもまた厄介すぎる効果を持っている。
ドレッドルートの攻撃力、防御力の半減効果は必ず一番最後に処理されるのだが、それの何が面倒かと言うと――突進やリミッター解除、オネストなどのその時点の数値に対して能力を増減させるカードが発動した場合の処理が曲者なのである。なんと半減状態からの強化・弱体化の処理が終了すると、そこから更に攻守を半減させてくるのだ。
装備魔法、永続魔法に関してはその処理が終わった時点での攻守を半減させるのに、どうしてこうなったし。
リミッター解除を使ったのに攻撃力が上がらなかったとか、スカイスクレイパーの効果で攻撃力を上昇させる事で倒せるはずが、攻撃力が下がって逆にぶちのめされていたとか……なんかもう、ねえ?
その上、基本的に彼らの除去手段は破壊効果。原作組に関しては相手モンスターをバウンスできるカードがそれこそ鬼畜モグラくらいのものなのだから、ネオスが出るまでは本当にもうどうしようもない。楽しいデュエル(笑)。
本来攻撃力8000のパワーボンドサイバーエンドドラゴンを出しても最高で相打ちまで。そんな代物をぶつけてのワンサイドゲームとか、なんか色々と……。それに俺も楽しくないし……。一応、十代ならミラーゲートや英雄変化でライフを削ることはできるけどさぁ。
まあ、そんな訳なので彼らは暫くお蔵入りである。
あ、カイザーの場合は光属性モンスターの攻撃力を500上げるフィールド魔法、シャインスパークを使っていたらパワボンエンドでドレッドルートは倒されるな。
十代の場合は……現状だと、ヒーローが19枚墓地にある状態でのシャイニングフレアウィングマンくらいか?これで攻撃力8200だ。いや、流石に無理だろうけどさ。
まあどっちにせよ、アバターが降臨したら彼らのカードでは恐らく太刀打ちできない。
……済まない、俺のフェイバリットたちよ。絶対に負けられないデュエルではお前たちの助けを借りるけれど、――普段使うにはお前たちは余りにも戦闘において強すぎた。
ぽん、と邪神デッキに掌を置くと、改めて考える。
さて、それじゃあ何を使うべきか。……出来れば被らないようなテーマデッキが良いんだがなぁ。いっそ地縛神でも使おうか。全種積んで。
……考えてみたらハードアーム地縛神祭りとか、この環境だとそれなんて無理ゲ?状態だった。戦闘が出来ない分だけ邪神より性質が悪いわ。原作と違って無視してダイレクトなんて真似も出来んし。
これも没。と、なると――…。ここはこいつらを使うべきか。ホルダーから六枚のカードを引き抜いて、見据える。
一体一体は低レベル、低ステータスのモンスターだ。こいつらを使いこなせば、多少はステータス至上主義な風潮を抑える事もできるだろう。
いや、実際は単にソリッドビジョンでこいつらを見てみたいだけなんだけどね!とりあえず、今日は寝よう。
部屋の電気を消すと、俺は静かにベッドへと潜り込み、目を閉じた。
で、そんな具合にデッキを作り上げた後はまったりと調整をしながら数日を過ごした。
授業の方は特別、言う事もなし。細かい裁定に関して補足があったりするので、結構面倒ではあったけれど。
調整の相手をしてくれたのはラーイエロー寮の方々である。そこそこ以上に成績が良かった連中なので、デッキ調整に関しては話せる事も多い。
まあ、理論家肌っぽい連中以外はフィーリングで良いんだよ! って感じだったが。で、そう言う奴に限って引きが良いのよね。
おかしいですよ大地さん!
「いや、俺に言われてもな」
で、現在。授業終了後にデュエル場へと向かっている。
同行者として三沢がいるのは、これから最終調整を兼ねてのデュエルを行うからだ。
三沢は各属性のデッキを所持しているので調整相手としては実に得難い。いや、本当にね。見た事ないモンスターも見れるし。
そんな感じでデュエル場に行ってみると、数人で集まっている人々が視界に入った。
――原作主人公と弟分、そして男前ヒロインとそのお付の方々である。
ついに遭遇してしまった。いや、三沢と仲が良い時点で何時までも無関係でいられるとは思ってなかったが。
まあ、出会ってしまったものは仕方がない。とりあえず、と……こいつらが一緒に居ると言う事は既に覗き事件は終結したと言う事か。
制裁タッグデュエルの話は聞いた事ないし、テストもまだだし。うむ、大体時期は把握した。
「おーい、三沢ー! ……と、誰だ?」
おっと、向こうも気付いたらしい。三沢の名を叫びつつ駆け寄ってきた十代が、きょとんとした目をこちらに向けてくれたのについつい苦笑が漏れた。
しかし、人懐っこい犬みたいな目をしてるなぁ。こりゃあ憎めんわ。後、デュエル脳だってのも雰囲気で分かる。
「ああ、十代。こっちのは俺の友人の倉沢克己と言う。克己、こいつが十代だ。お前にも話したことがあっただろう」
「どうも、倉沢だ。三沢の言う通り、話は色々と聞かせて貰ってるよ、一番くん。なんか随分ライバル視されてるようだが――こいつ、対策立てるの上手いから気を付けろよ?」
実際三沢、アニメだと封魔の呪印とか使ってたしね。融合封じに。嫌がらせかと。
更に言うと俺も一回メタられて憤死しました。デッキそのものをメタられたら調整にならんだろうがこの野郎!? って叫んだのは秘密。
涼しい顔で、そう言う状況での対応策は必要だろう? とか言われたがな。ごもっともだよ本当によ!
まあ、それ以降は自重してくれているが。苦い記憶を思い返して、眉を顰める。
が、そこは流石のデュエル大好き人間、遊城十代。全く臆する事なく、逆に目を輝かせる始末だった。
「むしろそっちの方が燃えてくるぜ。よろしくな、克己!」
「ああ、こちらこそ。…と、悪い。ちょっと用事があってな。んじゃ、三沢」
何と言うアグレッシブさ。思わず笑ってしまう。……っと、会話ばかりに時間を掛けていても仕方がないんだった。
今回はデッキの調整に来たのだから。忘れてしまわない内に隣の三沢に声を掛けた。
「そうだな。そろそろ始めると――、……ん、いや……。……なあ、克己」
「何だよ、なんか用事でも思い出したか?」
「そう言う訳じゃないんだがな。俺とはもう何度かデュエルをして、お互いに手の内も読めてきているだろう。せっかくだし、調整に付き合ってもらったらどうだ?」
――…のだが、三沢の奴が突然に相手の変更を提案してきた。
まさか三沢の奴、十代の情報収集のために俺をぶつけるつもりじゃあなかろうな。
何を言いだすんだとばかり、視線に力を込めて見詰めてやる。すると、――三沢はにやりと笑ってみせた。やっぱりか、こんにゃろう。
けれど、それでこっちも毒気を抜かれてしまった。
……まあ良い、貸し一って事にしといてやるよ。そんな想いを込めて、こちらも肩を竦める事で応じると、口を開く。
「ん、良いなそれ。なあ、良かったら相手してくれないか?」
と言う訳で、俺からも十代にお誘いをかけてみた。多分、釣れると思うんだが……っと。
「お、良いのか?丁度デュエルしたかったところなんだよな!」
ほら、やっぱり。まあ、チートドローな十代に勝てるとは思えんけどな。ここは一つ胸を借りる気持ちで行くとしよう。
――なら頼む。十代の背中越しに声が聞こえて来たのは、そう答えるべく、俺が口を開こうとした瞬間だった。
「待って。――私にやらせてくれないかしら?」
ヒロインさん、割り込みながらの登場である。……って、なんで割り込み?別に目を付けられるような事して、――ああ、してたね。普通にしてたわ。試験会場にいたもんね、あんたも。
「明日香?」
「明日香さん!?」
「あらあら、驚きですわー」
だがしかし、遅刻した十代と、今しがた追い付いてきたお付のジュンコ&ももえはそれを知らない。それ故のこの反応なんだろう。
――とりあえず、俺としては異存はない。ぶっちゃけ身から出た錆びだしなぁ。とは言え、邪神様目当てならば期待には応えられないのだが。
「いいのか? 俺、今日はあのデッキ使わないけど」
「構わないわ。あなたがカードパワーだけで突き進んできたのか、確かな実力があってのあの結果なのか、それも確かめたかったところだから」
……ふむ。邪神様が目的でないと言うのならその辺りも問題なしと。
ちらりと十代に視線をやると、ちょっぴり残念そうにしながらも“明日香がやりたいんだったらしょうがないぜ”と笑っていた。三沢の方も、まあ仕方がないな、といった様子で苦笑している。
だがしかし、明日香様親衛隊の内、ジュンコの方はそうも行かなかったらしい。
何か色々と騒いでいたが――結局、明日香の“私の手で実際に確かめてみたいのよ”と言う台詞で押し切られていた。……お疲れさん。
「ところで君誰よ?」
「丸藤翔っす。追い付いた頃には蚊帳の外になっちゃってて…」
「――強く生きろ」
まあ、知ってたけどね。無視されっぱも可哀想だしね。
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第四話 VSオベリスクブルーの女王
デュエル場に立つ。
眼前にてディスクを構えるは天上院明日香。オベリスクブルーの女王。
俺が初めて真剣に戦う原作キャラだ。――その引きの強さは、融合+儀式なんてデタラメなデッキをサポートカードなしでぶん回している事からも知れる。
自分がどの程度やれる人間なのか。それを確かめるための相手としては十分すぎるくらいだ。全力でぶつからせてもらおう。
お互いに腕を掲げた。音を立てて変形するディスク。示し合わせたように、叫ぶ――。
「「デュエルッ!」」
五枚のカードをドロー。手札――…ありがたい、時間稼ぎはしなくて良いようだ。
本来ならかなり手札事故率の高いデッキなのだが、今まで問題なく回すことが出来ているのはやはり補正なのだろう。俺への、ではなくて、多分、この世界においての。
「私のターン、ドロー!」
先攻は向こう側。さて、どう出る。
「私はブレード・スケーターを守備表示で召喚。カードを一枚伏せ、ターンエンドよ」
ブレード・スケーター。銀の身体を持った戦士族モンスター。特殊な効果は持ち合わせていないし、ステータスもそう高くはない。
……が、このカードは明日香のエース、サイバー・ブレイダーの融合素材だ。壁として召喚した?いや、流石にエースを呼ぶために必要なモンスターをただ捨て駒にするとは考えにくい。
となると、手札にサルベージの手段があるのか、或いは――リバースカードで守り切る算段か。まあ、どちらにしてもまずはカードを引いてからだ。
「俺のターン、ドロー」
ちらりと引いたカードに目を落とす。残念ながら、このターンで攻めかかる事は出来ない。向こうに先手を許す事になるか。
「モンスターをセット。リバースカードを二枚伏せて、ターンエンドだ」
「三沢くん、あれって…」
「ああ、お前たちはまだ馴染みがなかったようだな。守備モンスターのセットは克己が好んで扱う戦術だ」
見慣れない表示形式を前にした翔の呟きを、三沢が拾い上げた。
その言葉が切欠となり、観戦者たちの視線が自分へ向いたのを感じた三沢は、腕組みをしたまま言葉を続ける。
「セットしていれば、相手はモンスターの能力値すら分からないからな。表側表示だとその守備力をギリギリ上回るモンスターで倒される場合が多い。結果として受けるダメージは大きくなりやすいが、裏側表示なら――」
「なるほどなあ。守備力が幾つか分からない分だけ判断に困るって訳か」
「攻撃力の低いモンスターから攻撃して、倒せなかったらその攻撃が無駄になってしまいますものねー」
納得したように声を漏らした十代とももえに、まあそれだけでもないがな、と笑うと改めて、三沢はフィールドに目を向けた。
何度か克己とのデュエルをこなしてきたイエロー生以外には、まだ未知の部分が多いタクティクス。それに、オベリスクの女王はどう対応していくのかも含めて、興味は尽きない。三沢は静かに瞳を細めた。
「私のターン! ……なるほど、確かにこうして相手取ってみると、セットモンスターは面倒ね。その上で二枚の伏せカード――…どうしたものかしら」
「とか言いながらも戦意溢れる表情。男前じゃないか、天上院さん」
言葉の内容に似合わぬ楽しげな口振りに、俺もまたにやりと笑って返す。
攻めるにせよ、待つにせよ、一通りの対処は出来る布陣をこちらは敷いたつもりだ。
それをどう切り崩してくるか、正直に言って楽しみでならない。牛尾さんじゃあないが、ビリビリ来るぜ!と言う奴だ。
「それ、褒めてるつもり? ……まあいいわ。私はエトワール・サイバーを攻撃表示で召喚!」
現れたのは微妙に全裸にも見えなくもない、女性型のモンスターだった。艶やかな髪を靡かせてフィールドに降り立った彼女が、闘士も露わにこちらを見詰める。
――エトワール・サイバー。攻撃力は1200。ダイレクトアタック時に攻撃力を500ポイント増加させる効果を持った、戦士族のモンスターだ。こいつを攻撃表示で出したということは……。
「攻めてくるか」
「ええ、臆していても何にもならないもの。ブレード・スケーターを攻撃表示に変更して、バトル! ブレード・スケーターでセットモンスターに攻撃!」
片足を上げ、地面を滑るようにして迫り来る戦士。その刃が伏せられたモンスターへと迫り、直撃する寸前になって――やっと、その正体が露になった。
白く輝く卵形に、その表面を彩る幾何学模様。その中心に湛えられた光が輝きを増し、僅かに食い込んだ刃を弾き飛ばして見せる。
しかし、受け止められた側も然る者。後ろに跳び退り、綺麗に着地を決めてみせた。
流石はスケート選手だ。今度はトリプルアクセルを見せてくれ。
「ワイズ・コアの守備力は0だが、1ターンに1度、戦闘破壊を無効にする!」
「…っ、エトワール・サイバーで追撃するわ」
だがしかし、防げるのは一撃まで。続いて踊りかかってきたエトワール・サイバーの拳がワイズ・コアの殻をひしゃげさせ、見事に打ち砕いていた。
――が、この段階での破壊は寧ろありがたい。三体以上のモンスターで攻撃されたなら、ダメージを受けざるを得なかったのだから。
「ターンエンドよ」
「このエンドフェイズ、リバースカードをオープン。永続罠、リミット・リバース!」
そして、ここからが本当の勝負!
「攻撃力1000以下のモンスター……ワイズ・コアを、墓地から攻撃表示で特殊召喚する。そして俺のターン、ドロー!」
引いたカードを一瞥。……む、と思わず声が漏れた。あまり来て欲しくなかったんだがなぁ、このカード。まあ、それはそれとして、だ。
「ワイズ・コアを守備表示に変更する」
「守備表示ぃ? 明日香さんを前にして壁ばっかり出してても勝てないわよ!」
んなこたぁ分かってるんだよ、外野さん。
ちらりと視線を向けてから、反撃の狼煙となる一声を謳い上げる。
「リミット・リバースの効果により、守備表示にされたモンスターは破壊される。だが、ワイズ・コアにはカードの効果によって破壊された時に発動する、隠された能力がある!」
○○には~された時に発動する隠された能力がある。この世界で、一度言ってみたかった台詞である。と、それはさておき。
「なんですって!?」
今回声を上げたのは対戦相手である明日香の方だ。
恐らくは、ワイズ・コアを上級モンスター召喚への布石だと読んでいたのだろう。だがしかし、このデッキに上級モンスターなど入っていない。
デッキに入っているのは、その殆どがレベル1の低レベル、機械族のモンスター。そしてその力を束ね、君臨するのがこのカード!
リミット・リバースのデメリット効果によって砕け散っていくワイズ・コアが眼も眩むような輝きを放ち、その中心部から幾つもの影が生まれ出る。
「ワイズ・コアの効果発動! カード効果によって破壊された時、自分フィールド上のモンスターを全て破壊し、手札、デッキ、墓地より機皇帝ワイゼル∞! 更にワイゼルT、ワイゼルA、ワイゼルG、ワイゼルCを特殊召喚!」
「一度に五体のモンスターを召喚だって!?」
今度は……ああ、翔か。いやま、確かに衝撃的だよなぁ、この効果は。だがしかし、この程度はまだまだ序の口! お前たちはこれからこいつらの真の魅ry……能力を思い知るのだ!
現れたのは蛇のような形をした小さな機械と、三機の戦闘機らしき物。そして中心にて浮遊する、機械球体。
その姿を確認した俺は、手を掲げ、叫んだ。
「――さあ合体しろ、機皇帝ワイゼルッ!」
俺の声に呼応するように球体の中心部のシャッターが開き、それぞれのパーツが虚空へ向けて舞い上がる。
ワイゼルGが、ワイゼルAが、折りたたまれていた腕部パーツを解放して鋼の豪腕を形作る。
ワイゼルCが、中枢たるワイゼル∞の下方へと回り込み、推進部を回転させて隠されていた内部構造を展開、脚部へと変形。
左右、下方から回り込んだA,G,Cのパーツが四肢となり、重々しい音と共に各部にジョイントされ――最後に、頭部をワイゼルTが形作る。
蛇の身体を首に見立てて合身したワイゼルTのフェイスガードが下がり、能面のようだった顔から赤く輝く紋様が露出した。
五つのパーツが合わさって生まれた我が身の力強さを確かめるように、機皇帝がその拳を握り締め、振り上げた左腕の刃を、右腕の盾を、交互に振り下ろしての決めポーズ! 合わせて背後で輝くは∞の一字。これが、これこそがッ! 機皇帝ワイゼル∞だッ!
「合体ロボー!?」
「うおおおおおお!? カッコいいーっ!!」
「ふははははは、翔! 十代!お前も分かってくれるか! こいつのカッコ良さを!」
「やっぱり十代たちも気に入ったか。何度見てもいいな、克己のこれは…」
俺も初めて変形及び合体シーンを見た時は目を疑ったからな!いつからバイクカードアニメがロボアニメになったのかと正直悩んだぞ!
……いやま、カッコいいだけなんだがな。正直、こいつには弱点も多い。シンクロモンスターが存在しない現状ではフルスペック出せんし。
そんな具合に盛り上がっている俺たちに女性陣は微妙に冷めた目をくれてたが、気にしない。
「それはさておき。――機皇帝ワイゼル∞は五枚のカードより成るモンスター。その攻撃力はワイゼルAの1200、ワイゼルTの500、ワイゼルCの800ポイントを合計した2500ポイントだ! ……さあ、バトルフェイズ!」
ブン、と音を立ててワイゼルの顔を彩る紋様に輝きが灯る。
左腕の刃にエネルギーを集中させ、前傾姿勢で構えたワイゼルの下肢より、轟、と言う音と共に噴射炎が放たれた。その頭部が向いた先に在るのは、ブレード・スケーターの姿。
「この一撃で砕け散れ!機皇帝ワイゼル∞でブレード・スケーターに攻撃ッ!」
「この瞬間…ッ、な、発動できないッ!?」
「機皇帝ワイゼル∞はカード効果の対象にならない! どうやらその伏せカード、対象を取る効果のようだな! …さあ、攻撃続行だ!」
実はこの機皇帝(TF版)、アニメ版とは違い、効果対象にならない効果を持っているのである。機皇城涙目。
更にパーツも攻撃可能であることを考えると、アニメ版よりも明らかに性能が良いと言わざるを得ない。
一瞬にして接近したワイゼルが彼の戦士を打ち砕かんと巨大な刃を振り下ろす。
打ち放たれた一撃はブレード・スケーターを容易く両断し、巨大な爆炎を巻き上げた。
ブレード・スケーターの攻撃力は1400ポイント。助けがなくば、勝負にもなりはしない。
LP:4000 - 1100 → 2900
「ブレード・スケーター粉砕! ……カードを一枚伏せ、ターンエンド」
エトワール・サイバーにワイゼルAで攻撃すれば相打ち取れるが、今発動できなかった罠カードで何かされてもなんだし、ここまでにしておこう。
噴き上がった炎の中よりその姿を現したワイゼルがゆっくりと退いていく。
それに遅れる事少し、黒煙の内より姿を現した明日香の口元には面白い、と言わんばかりの笑み。
ここから仕掛けてくるか。先手を取ったことで緩みかけた顔を引き締めて、相手の動きを待つ。
「私のターン、ドロー! 魔法カード、強欲な壷! カードを二枚ドロー」
ここで壷とな。これで手札は6枚、潤沢すぎる。サルベージからの融合を意識していたが、儀式召喚も視野に入るぞ、これ。2500ぽっちで耐えれるか?戦々恐々としつつ、次なる一手を待ち受ける。
「サイバー・ジムナティクスを攻撃表示で召喚。手札を一枚捨て、サイバー・ジムナティクスの効果発動!」
現れたのは褐色の肌をした女性戦士。体操選手のような体のラインが出やすい服装と、そのプロポーションがちょっぴり目の毒だが――仮面ェ。なんかもうそれだけで台無しである。
と、そんな事はさておき、サイバー・ジムナティクスの効果は、手札をコストとした表側攻撃表示のモンスターの破壊である。
「だが、中枢部である機皇帝ワイゼル∞は相手のカード効果の対象にはならない」
「けれど、ワイゼル∞以外のパーツは対象として選択可能だったわ。――ワイゼルAを破壊!」
チッ、気付いていたか。
と言うか、まあ対象が居なかったら発動できないしね。宣言と同時にワイゼルの左腕が爆発し、哀れ機皇帝は片腕になってしまった。こんな事ならエトワール・サイバーと相打ちを取っておけば良かったか?
これで攻撃力は1200ポイントダウン。一気にほぼ半減とか……これはこのターンで撃破される事も視野に入れとかないと……
「更に魔法カード、機械天使の儀式!」
「げえっ!?」
「手札に存在するレベル6モンスター、サイバー・プリマを生贄に捧げてレベル6、サイバー・エンジェル -韋駄天-を儀式召喚! 韋駄天は特殊召喚時に墓地の魔法カードを一枚、手札に加えられるわ。強欲な壷を選択!」
まさか本当に儀式召喚するとは。しかも韋駄天とか、こんなドロー加速は流石に想定外だぞ。手札消費も馬鹿になってはいないが……いや、強欲な壷の効果で更に2ドローがあることを考えると元は取れているんだろうけどさぁ!
ブースターから噴射炎を靡かせつつ現れた機械天使がフィールドへと現れ、明日香に向けて手を翳す。同時にディスクが輝きを帯び、墓地よりカードが一枚、排出された。
「強欲な壷を再び発動、カードを二枚ドロー! ……魔法カード、戦士の生還。墓地に存在するブレード・スケーターを手札に加えるわ」
しかもここでサルベージカードである。抱えてたのか? それとも引いたのか!? これで続いて融合が行われる可能性が高まってきた。もう笑うしかないね。
自分の顔が引きつっているのが分かる。いやマジで、どんな引きだよこれ。デュエリスト怖い。ヒロイン怖い。
「魔法カード、融合! エトワール・サイバーとブレード・スケーターを融合し……来なさい、サイバー・ブレイダー! 」
そして案の定だよ! 二体のモンスターが翡翠色の光に呑まれ、その中心から新たな影が現れる。
これまたスケート選手のような、体の線が浮き出るような衣装に赤いバイザー。艶やかな青色の髪を靡かせ、明日香のエースモンスターが場に降臨した。
やっべ、冷や汗だらだら出てる。相手のフィールドには伏せカードが一枚。手札も一枚存在している。
伏せカードは攻撃反応型なのは分かっているので問題ない。だがしかし、もしも手札が蘇生カードであれば……伏せカードを全て使えば何とか生き残れるが、それをやると次のターンが……。
ワイゼル出しただけで負けとか情けなさ過ぎるだろ常識的に考えて。じりじりと、焦げ付くような気分を味わいながら相手の宣言を待つ。
「更に装備魔法、リチュアルウェポンを韋駄天に装備。……行くわ、バトル!」
その上で駄目押しとな。この攻撃力、後に控えるサイバー・ブレイダーの存在を考えると、通せば勝負が決まるのは明白だ。
「サイバー・エンジェル -韋駄天-でワイゼルCに攻撃!」
やはり決めに来たか! この後にワイゼルTをジムナティクスで、本体をサイバー・ブレイダーで攻撃すれば俺のライフは確かに0になる。だがしかし、その攻撃は通さん!
「ワイゼルGの効果発動! 攻撃対象をこのカードに変更する! ワイゼルGは守備表示、ダメージはない!」
その名の通り高速で飛翔する韋駄天が天へと駆け上がり、その右腕に装着された弓をワイゼルへと向けた。放たれるのは光の矢。一条の閃光が敵を穿たんと宙を裂く。
それに対するのは右手を掲げた機皇帝。盾を象ったその腕より光を発して受け止めんとするが、守備力にして1200でしかないその守りは、数値にして3100の威力を持った一撃を弾くには余りにも脆弱に過ぎた。
一瞬の拮抗の後に打ち砕かれる右腕。両腕を捥がれたワイゼルがそれでも残る敵へと立ち向かう素振りを見せ――だがしかし。
「…凌がれたわね。サイバー・ジムナティクスでワイゼルTに攻撃!」
何時の間にそこに居たのか、天高く飛翔していた褐色の戦士の蹴りがその頭を跳ね飛ばした。ひしゃげて吹き飛んだワイゼルTが爆発し、引き千切られた部分からスパークが散る。ジムナティクスの攻撃力は800、ワイゼルTは500。
その差、300ポイントに等しいダメージが俺のライフを削っていく。これだけなら良いのだが、問題はこの後の一撃だ。……すまん、耐えてくれワイゼル! この一撃を受けた後、お前にはもっと過酷な運命が待っているが、それでも頼む!
「これであなたのフィールドのモンスターは二体。サイバー・ブレイダーは相手フィールド上のモンスターが二体の時、攻撃力が倍になるわ。パ・ド・ドゥ!」
これでサイバー・ブレイダーの攻撃力は4200ポイント。ワイゼルC以外のパーツを失った機皇帝の攻撃力は、800ポイント。明らかに太刀打ちできません本当にありがとうございました。
「サイバー・ブレイダーで機皇帝ワイゼル∞に攻撃!グリッサード・スラッシュ!」
主の命を受けたサイバー・ブレイダーが滑らかな動きでワイゼルに迫り、垂直に地を蹴った。
華麗に飛翔した彼女の身を翡翠の旋風が包み込み、合わせて身体を高速回転させながらの蹴りが横薙ぎ一閃となってワイゼルに迫る。
両腕と頭部を失った機皇帝がその一撃に対応できるはずもない。放たれた蹴撃が腰部分を両断し、機皇帝を単なるスクラップへと変えていた。
「本体が存在しない時、機皇帝パーツは自壊する……!」
同時に砕け散るワイゼルC。……よもや、あの事件の過去であるはずのGXの時間軸に置いてこいつが真っ二つになってしまうとは。
プラシドともども、何か呪われているんじゃなかろうか、ワイゼル。
ワイゼルが粉砕され、ワイゼルCが爆発する光景を現実逃避気味に眺めていた俺を、巨大な爆風――ただし、ソリッドビジョン――が包み込んだ。
LP:4000 - 300 → 3700 - 3400 → 300
「さっすが明日香さん! 明日香さんの場には攻撃力3100の韋駄天に、サイバー・ブレイダー! これはもう決まったも同然ね!」
横から聞こえてくる声に、三沢はちらりと視線を向けた。
確かに、ライフポイントの差は歴然。
明日香のフィールドにはエースであるサイバー・ブレイダー、更に攻撃力が3000を越えた韋駄天の二体に加え、攻撃表示モンスターを破壊できるサイバー・ジムナティクスが存在している。
比べて克己のフィールドにはモンスターが存在せず、あるのは二枚のリバースカードだけ。劣勢も劣勢だ。だが、しかし――…。
「……まだだな」
「ああ、俺もそう思うぜ。手札もあるし、ライフは残ってるんだ、あいつはきっと逆転を狙ってくる!」
勝負はまだ付いていない。隣に居る十代もそう考えているのだろう。明日香の怒涛の攻勢に目を輝かせながらも、次の1ターンへの期待を隠せない様子でいた。
「ターンエンドよ」
バトルフェイズ終了。ダメージは大きかったが、乗り切ったぞ!
黒煙に包まれながらもターンエンドの宣言を耳にして、にやりと笑った。
「…エンドフェイズ、再びリミット・リバースを発動。ワイズ・コアを蘇生する」
しかしお付きどもめ、あれこれと言ってくれやがって。だがしかし、まだだ、と言うのには同感だ。
条件反射的に咳き込みながらも、エンドフェイズに逆転を賭けた一手を打っておく。
今の手札には逆転の手はない。だがしかし、それを呼び込む可能性を高める事なら出来る!
「俺のターン、ドロー! ワイズ・コアを守備表示に。今一度君臨せよ、機皇帝ワイゼル∞!」
……やはり、引けなかったか。仕方がない。そう呟いて規定の行動を取る。
砕け散るコア。呼び出されるワイゼルパーツ。この時忘れてはならないのはキーカードを引く確率を高めるために、可能な限りデッキからパーツを落とすことだ。
ただし、パーツを落とし過ぎて己の手札に眠るカードを発動できなくなるようになっては困る。そのバランスを考えて、――デッキから呼び出すパーツは3枚までに抑えた。
「またそのカード……。けれど、そのモンスターではサイバー・ブレイダー、サイバー・ジムナティクスは倒せても韋駄天を倒すことは出来ないわ」
「ああ、分かってるともさ。このままじゃあ倒せない。だからこそこのカードを使う!残る一枚のリバースカード、オープン!」
そう、このカードのために。これこそが勝利の鍵!
すまん、ワイゼル。……勝利を目指すための礎となれ!
「――罠発動、ハイレート・ドロー! 自分フィールド上の機械族モンスターを全て破壊し、破壊したカード1枚に付き、カードを1枚ドロー!俺のフィールドに存在する機械族モンスターは5体! 5枚ドローする!」
その宣言と共に轟音が響いた。巨体の内部より吹き上がる炎、砕け散っていくワイゼル。
崩落していく機皇帝の姿を背に、五枚のカードをデッキより――…引く。
俺には原作キャラのようなチートドローはない。
ジムナティクスの攻撃寸前でリミット・リバースによってワイズ・コアを召喚し、ハイレート・ドローによって完全な形の機皇帝を召喚していれば確かにダメージは低く抑えられ……、……あっ!?
駄目じゃねえか! その時点での俺のフィールド上に居るモンスターは三体、サイバー・ブレイダーの効果で無効化される!? しかもワイゼルの攻撃力も0だ!
……発動するなら韋駄天の攻撃直前だったか。――ま、まあ、結果は変わらないしな。ワイゼルGには攻撃対象を変更する効果がある訳だし、コアを殴られる可能性は0だ。
しかし、攻撃力0になったワイゼルに見向きもせず、パーツを減らしての最大ダメージを狙うとは……カードのテキストはデュエル中に確認できないようだし、俺の言った中枢と言う言葉だけで自壊の可能性に気付いたのか?とんでもないな、明日香。
ま、まあそれはそれとしてだ。完全な機皇帝を召喚した直後、俺の場にはワイゼルGが存在する。それである以上、ジムナティクスの攻撃は取り止め。続くサイバー・ブレイダーが盾を捥ぎ取るだけで終わっていただろう。
だがしかし、それではドロー出来るカードが減ってしまう。逆襲のためのキーカードを呼び込めない可能性が増加する。そうなった場合、恐らくはごり押しで負ける。
それ故に、ライフを犠牲にカードを引く選択をした。いや、本当だよ? 格好付けて誤魔化したりしてないよ? ……こほん。ともかく! このドローはライフポイント、そしてワイゼルと引き換えに得たドローだ。あのカードが来てくれれば!
引いたカードに視線を向けて、確認。……来た!
「行くぞ!魔法カード、ダーク・バースト! 墓地に存在する攻撃力1500以下の闇属性モンスターを手札に加える! 俺が選択するのはワイズ・コア! そのまま召喚!」
三度生まれ落ちる機械の卵。この後の流れは当然、ワイズ・コアの効果破壊!
「魔法カード、カオス・ブラスト! デッキよりレベル1の機械族モンスター3体を墓地に送り、フィールドのレベル4以下のモンスター1体を破壊する! 俺はワイズ・コアを破壊し――三度現れよ、機皇帝ワイゼル∞!」
墓地へと送り付けたのは残るワイゼルパーツだ。そして光の中から再誕する機皇帝。先の痛々しい姿が嘘のように、完全な状態でフィールドへと現れる。
「またぁ!? もういい加減に諦めなさいよ!」
「馬鹿の一つ覚えですわね~」
いい加減うるさいぞ外野。十代みたくわくわくした面は出来ないのか。
……畜生、見てろよ。度肝を抜いてやる。
引き当てたカードをディスクに差し込み、高らかに宣言。機皇帝の最大の力、それを引き出すのがこのカードだ!
「永続魔法、一族の結束を発動! 墓地に存在するモンスターの種族が一種類の場合、その種族のモンスターは攻撃力が800ポイント上昇する。俺の墓地に存在するのは機械族モンスターのみだ!」
「えーっと、ワイゼルは攻撃力2500だから……」
「800アップすると3300……韋駄天の攻撃力を超えたな」
おい三沢、翔に教えるのは良いがにやにやしてんな。この後の結果知ってるだろお前。
「なんですって!?」
「そんな…」
で、さっきとは裏腹にびっくりしてるお付きが面白すぎる。何この極端な人たち。
「けれど次に攻撃力の高いワイゼルAの攻撃力は1200だろ? パワーアップしても2000……攻撃してもサイバー・ブレイダーは残っちまうぜ」
十代は素直に疑問点を口に出している。まあ、そうだな。
明日香も同じ結論に達したのか、あるいはワイゼル以外に伏せカードを使って片を付ける気なのか、闘志はまだ消えていない。……だがここまでだ!
「機皇帝ワイゼル∞の攻撃力は各パーツの攻撃力の合計。――フィールド上に存在する全てのパーツの攻撃力が800アップした事で、機皇帝にはその上昇値分の攻撃力も結集される! よってワイゼルの攻撃力は自らに及ぶ攻撃力上昇効果と合わせて4000ポイントアップし、6500となる!」
「なっ……」
「攻撃力……」
「6500ぅぅぅ!?」
「その通りだ! さあ、バトルフェイズ!」
宣言と同時に上がる驚愕の叫び。それに笑みを浮かべつつ、フェイズの移行を宣言する。
明日香の場に伏せられたカードは攻撃反応型、それも対象を取る効果。もうなにもこわくない!
明日香も自らの敗北を悟ったのか、僅かに口惜しげに――けれど何処となく晴れやかな表情で、聳え立つ機皇帝を見詰めていた。
「機皇帝ワイゼル∞でサイバー・エンジェル -韋駄天-を攻撃ィッ!」
先程よりも圧倒的に力強さを増したワイゼルの巨体が空を駆ける。
迫る機皇帝に向けて幾本もの光の矢を放つ韋駄天。だがしかし、その全てが前方へと突き出されたワイゼルの刃に敢え無く弾き飛ばされ――その身体を粉微塵に打ち砕かれて、韋駄天は散った。
LP:2900 - 3400 → 0
同時に決着を知らせるブザーが明日香のディスクより、鳴り響いた。……何とか、勝てた。
Q:なんでサイバー・ブレイダーの攻撃にリミリバ使ってダメージを抑えなかったの?
A:サイバー・ブレイダーの効果は以下の通りです。
《サイバー・ブレイダー/Cyber Blader》
融合・効果モンスター
星7/地属性/戦士族/攻2100/守 800
「エトワール・サイバー」+「ブレード・スケーター」
このモンスターの融合召喚は上記のカードでしか行えない。
相手のコントロールするモンスターが1体のみの場合、
このカードは戦闘によっては破壊されない。
相手のコントロールするモンスターが2体のみの場合、
このカードの攻撃力は倍になる。
相手のコントロールするモンスターが3体のみの場合、
このカードは相手の魔法・罠・効果モンスターの効果を無効にする。
リミリバを使うと克己のフィールドにはワイゼルC、ワイゼル∞、ワイズ・コアとモンスターが三体になります。戦闘のまき戻しからワイズ・コアを殴られた場合、効果無効によってそのまま戦闘破壊され、次のターン、自壊によるワイゼル召喚からのハイレート・ドロー(TF効果)に繋げません。
と言う理由を書き終わってから思いつきました。
Q:明日香の伏せカードなんだったの?
A:ドゥーブルパッセです。攻撃モンスター一体の攻撃をダイレクトにする、って辺りで対象を取る効果だろうな、と睨みました。
モンスター三体時の効果を忘れて解説ミスってたのに気付いたので、修正しました。サイバー・ブレイダー、色々面倒なモンスターだなぁ……。
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第五話 月一テスト
ううん、キャラを崩さないようにするのが難しい……。
デュエル終了。血を払うかの如き仕草で左腕を振り払った後、ワイゼルがゆっくりと虚空に消えていく。
やはり機皇帝は良い。何より変形合体が格好良いしな! 特にワイゼルに関してはパーツの変形がダイナミックなのもあって、見た目が素晴らしいのでお気に入りである。
……スキエルやグランエルもそれぞれ良い点はあるのだが、人型ロボットはやはりロマンだと言わざるを得ない。それに変形のギミックがなぁ。微妙に劣ると言うか。
性能的な事にも触れておくと、4000環境だとグランエルは原作効果のが良いんだよね。TF版はライフの半分になっているので、4000環境ではライフ回復ギミックを積まない限りは攻撃力2000までなのだ。
パーツの攻撃力合計で攻撃力が決定される訳ではないため、一族の結束との相性が然程良くない事もあり爆発力に置いてスキエル、ワイゼルに劣る。
パーツ全てがメリット効果を持っているのは利点なんだがなぁ……。利点になっていた最大攻撃力でもワイゼルに負けてしまう訳だし、うーむ、この世界だと運用が難しい。
スキエルはGパーツの攻撃を無効にする効果が利点だが、風属性のサポートは意外と使いにくい。しかし、闇属性のワイゼルは使い易いサポートが多く、安定性の上昇に繋げられる。
と、意識が脇に逸れていた。しまったしまった。
ディスクが格納されたことを確認すると、拳を握って左肩を叩く。いや、凝るんだよ、左肩。結構ディスクって重いんだぜ?
「……ふう、デュエル終了。ありがとうございました。いや、ひやひやさせてもらったよ」
「こちらこそ。意外と礼儀正しいのね」
「剣道の試合だって終わったら礼くらいするだろ。勝負ってのは礼に始まり、礼に終わるもんさ」
とか言いながら少年とした後にしてないだろうって? だって第一声がアレだったし。
と、そんなやりとりをしている内にエキサイトした十代が走り寄ってきた。あーあー、目をキラキラさせちゃってまあ。
隣に居る人も同じ様な感想を抱いたようで、お互いに視線を合わせてこっそりと、苦笑する。
「明日香、克己ー! すっげえデュエルだったぜ! 」
「そいつは良かった。楽しんでもらえたなら幸いだ」
キングのデュエルは以下略。…って言っても、俺は一介の凡骨なんだけどな。
お互いにモンスターが派手な動きをしてくれてたから、見ていて飽きないのは確かだっただろう。
俺も同じ様な経験あるしなぁ。フォーチュンカップのジャンクさん対DDBの作画には心躍った……。
最高に格好良かったよ、アレ。だがDDB、てめえは絶対に禁止から戻ってくるな。
と、それよりも今にもおい、デュエルしろよ的な台詞を言いそうな十代を何とかしなければならないんだった。
ちょくちょく明後日の方向に飛んでしまう思考を無理やりに捻じ曲げて笑顔を浮かべ、言う。
「でもまあ、まだまだ完成系じゃないしな。出来上がったらその時は、十代も付き合ってくれよ」
「お、…そうか。まだまだ強くなるんだな。楽しみだぜ!」
先手を取って完成したらな、と言う事で先延ばしにする策はどうにか実を結んでくれたようで何より。
正直、チートドロー組と二連戦とか、あまりの展開に“認められるかこんな事!?”って口走ってしまいそうな気がするしなあ。
明日香の機械天使の儀式からの流れでもSAN値が削れそうだったのに、十代のドローブーストなんか見せられたらどうなることか。
「良い勝負だったな、克己」
「ああ。…お膳立てしてくれた誰かさんのお陰で、随分冷や汗をかかせてもらったよ」
直後に追い付いてきたらしい三沢の声に振り返ると、打って変わって今度はじと目を向けてやった。
お前が急に妙な事言い出すから、とちょっとした皮肉を交えてやったが、苦笑一つで流された。良い性格してるなこんにゃろう。
その後からやってきた翔や明日香様親衛隊の元からさり気なく距離を取ると、改めて視線を三沢へと遣る。
「まさか、口にも出してない内からパーツの自壊効果を見抜かれるとは思わなかった。流石はブルーでも名の通ったデュエリストって事なんだろうな」
「そうだな。あの状況なら攻撃力が0になった本体を攻撃してダメージを稼ごうとするのが当然だ。――恐ろしい判断力だよ」
ワイゼル∞を破壊し、攻撃力が倍になったサイバー・ブレイダーでパーツを始末すればライフゼロ。
僅かな情報からその思考を切り捨て、正解の道を選び取ってくるとか怖すぎる。どういう頭してるんだ。
きっと、サイクロンを持たせたら破壊して欲しくないカードを正確に狙い打ってくるんだろうなぁ。
三沢の言葉に頷きながら、お付きと戯れている明日香へと視線を向けた後、示し合わせたように俺と三沢は顔を見合わせていた。
「でもま、だからこそ参考にもなるし?」
「戦ってみたいと思うんだがな」
まだ二月も経っていないと言うのに、自分も随分この世界に毒されてしまっていたらしい。
デュエル脳らしい台詞を吐いてお互いに笑うと、俺たちは改めて十代たちの会話の輪に加わっていったのだった。
その後はまあ、そこそこに親交を深めてお開きとなり、特に何が起こる訳でもなく日々は過ぎた。
初めての月一テストは同じイエローの奴となぁなぁで済んでしまったし、廃寮の事件は俺が関わることもなく終わっていたようだ。
その後の十代と翔の制裁タッグデュエルは原作通りにユーフォロイド・ファイターがダーク・ガーディアンを粉砕して終了。
……しかし、ダーク・ガーディアンか。ゲート・ガーディアンが墓地にあるなんて緩い条件だけであんなモンスターが出せるとか、インチキ効果もいいとこだ。
ライフを半分払うのもワンキル的に考えればご褒美以外の何物でもない。何せ、世には巨大化と言う装備カードがあるのだから。
ダーク・グレファーなり終末の騎士、あるいはこっちでは使えるらしい苦汁の選択、天使の施しを用いてゲート・ガーディアンを墓地に送る。
次のターンに、魔法で送ったのならそのターン内にダーク・エレメントでライフを半分払ってダーク・ガーディアンを特殊召喚。巨大化があればそのまま使用、ないならアームズ・ホールでサーチして装備。
後は相手をぶん殴れば良い。守備モンスターがいるなら適当に除去するか、メテオストライクで問題ないだろう。伏せカード対策はお触れかトラップ・スタンで良し。
ダーク・エレメントにはそのターンに通常召喚・特殊召喚を行えない制限が付いているために8000環境でのワンキル成立は少し難しいだろうが、4000環境なら完全にオーバーキルだ。そうでなくても一枚で攻撃力3800の超大型モンスターがぽんと出てくるとか、何と言うぶっ壊れカード…。
正規召喚したゲート・ガーディアンではなく、とにかくゲート・ガーディアンが墓地にあれば良いと言う条件なのが悪いよなぁ。
などと思っていた訳ではあるが。制裁タッグデュエル終了後、何とはなしに船を見送りに行った時に迷宮兄弟の方々を見かけたのでその辺を聞いてみた。
やはりかなりのレアカードらしい。ゲート・ガーディアンともども手に入れるのが非常に難しく、揃えるのには苦労したのだと言っていた。
あ、効果を鑑みると三魔神バラバラで使った方が強くないですか? と言う質問もしてみたのだが、それでもそこは譲れないと力強い返答が帰ってきた事を此処に記しておく。
つよいカード よわいカード そんなのひとのかって と言う事なんだろう。これからもロマンデッキを巧みに操っていくのだろう、流浪の番人たちに幸あれ。
思わずフェリーが見えなくなるまで港に佇み、彼らを見送ってしまった俺の気持ちを皆もきっと分かってくれると思う。
さて、それは置いておきまして。それまでにもワイゼルデッキで幾度かデュエルをしてみたのだが、思う事があった。
ラーイエロー寮の人間以外とは然程デュエルしていないのだが、全体的にモンスターカードの展開速度が遅い気がするのだ。特殊召喚ギミックを全然積んでいない。有ってもリビデか死者蘇生くらいってどういうことなのか。
調整をしていた時からの癖で同寮の奴とはデュエル後反省会っぽい事をやっていたのだが、手札、墓地からの特殊召喚ギミックでリリース要員を確保できれば引っ繰り返せるような状況で、手札の上級モンスターが腐って死亡とかが良くあった。
後はモンスター一体しか置けなかったせいでコア→ツインボルテックス→ワイゼル降臨→総攻撃オラァ!で終了とかね。いや、機皇帝が一度回ると展開が速いデッキだってのも一因なんだろうけどさ。
後はシンクロのせいで強力モンスターがポンポン出てくるのに俺が慣れてしまったと言うのもあるかも知れない。寒波サモサモキャットベルンベルンDDBDDBダイレクトダイレクト以下略。
あ、俺が手札事故で憤死した事も勿論あった。言い忘れてたけど。
……自壊するパーツ8枚にシンクロがいないと0/0の効果なしになるモンスター2枚積んでりゃ、そりゃ事故る時は事故るわ。
でも思ったよりは事故る回数少ないんだよなぁ。何でだろ?
何はともあれ、色々考えている内に十代やカイザーが別格レベルになる訳だと納得したよ。
HEROは言うまでもなく融合を用いて、サイバー流はサイバー・ドラゴン自身の効果や各種融合サポートによって強力なモンスターを容易に特殊召喚できるが、他の生徒は律儀に生贄から通常召喚しているのだから、一度上級モンスターを破壊されてしまえばリカバリーが間に合う筈もない。
考えてみればアニメでも強いデュエリストとして描かれていたキャラはほぼ例外なく上級モンスターの特殊召喚を行っていた訳だしなぁ。今はダークネスな感じだと思われる吹雪さんなら黒竜の雛からレッドアイズ、明日香なら融合と儀式……。ううん、そこらを梃入れしていけばアカデミアの環境は大分変わるんじゃないか?
とりあえず、通常召喚するならって事で彼らには血の代償を薦めておいた。手札消費が加速すると思われるので、手札を補充するカードも忘れずにな、とも。
まあ言わずと知れた強欲な壷とか、チートそのものな天よりの宝札とか、壷の中の魔術書とか、強力なドローソースがこっちでは一杯あるみたいだしね。意外とどうにかなるだろう。
さて、それはそれとして、俺も他の奴の事を心配してる場合じゃあなかったりする。
二度目の月一テストは既に目前に迫っている。具体的に言うと明日に。
ルールやなんかは当に頭に入ってるし、メジャー所のモンスターも大体覚えてるから筆記が駄目駄目って事はないだろうし、とりあえず問題になるのは実技だ。
流石にテストで手札事故なんてアホな姿を晒したくはない。それを考えるとワイゼルデッキは少しアレな気がするんだよな。それに先月からずっと使ってる訳だし、そろそろ他のデッキが恋しくなってきた。
うーん、……かと言って今からデッキ考えるのもめんどいんだよなぁ。三幻魔は使えないし、形だけ整えておいたヘリオスデッキを使うのも……大徳寺先生が居る間に使うのはなんかちょっとアレな気がするし。
まあ、良いか。テストで使うためのデッキを適当に組み上げる訳にも行かないし。
明日は今まで通りにワイゼルで何とかしよう。そう結論を出すと、俺はベッドへと潜り込んだ。
――で、次の日。筆記を終わらせて実技テストをする事になったんだけれど、目の前にいるのが誰かと言うと。
「……カイザー?」
「ああ。――色々と話を聞いていたら、君とデュエルをしてみたくなってな。……迷惑だったか?」
いや、そんな事はないんですけどね。って言うか、話を聞いた? 何処で、――…あ、灯台部経由か、もしかしてっ!?
……つまり明日香かー。そっかー。過大評価してくれたんだろうなー、きっと。
あはは、と乾いた笑いを漏らす俺の顔を、アカデミアの帝王が訝しげに見詰めていた。
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第六話 VSカイザー
なんかもう色々とありがとうございます。
思い付きで書いているような駄文ではありますが、これからも宜しくご愛顧いただければ幸いです。
アカデミア最強の人間がデュエルするともなると、周囲の視線が集まるのは当然だった。
そして、その対戦相手に同情の目が向けられるのもまた、至極当たり前のことであって――つまり、すっごく居心地が悪い。
四方八方から向けられる“ああ、あいつ終わったな”的な視線が、こうね? 突き刺さってきてね? 何とも言えない気分になるんだよ。
そんな事をしても意味はないと知りつつも、向けられる視線を僅かでも散らそうとついつい身動ぎしてしまう。そんな俺を見つめていたカイザーの視線が、ふっと緩んだ。
「――…無用な注目を集めさせてしまったかも知れない。済まないな」
「あ、いえ。単にこう言う雰囲気に慣れてないってだけなんで、お気になさらずに」
気遣いの言葉を向けられると逆に恐縮してしまうんですが、とは流石に言えず、曖昧に笑って応じながら俺は思考を回転させた。思う事は唯一つ。どうしてこうなった?
……確か、第一期の大きなイベントは制裁タッグデュエルの他にはノース校との代表デュエル、一連のセブンスターズに関する事件くらいだったはず。
制裁デュエルは終了。ノース校関係の出来事はまだ起こってはいない。自然、その後に起こっていたセブンスターズ関係は影も形も――、……あ。
ああ、そうか。第一期の大きな事件はその殆どが一年の後半に集中している。前半は事件と言えるような事は殆どない、学園生活の延長上とも言えるような出来事ばかりだ。
ちょっとしたトラブルにも首を突っ込みまくる十代に引っ張り回されてる人はともかく、それ以外の人間は生活に追われるような事は殆どないと言っても良い。アカデミアナンバーワンのデュエリストであり、優等生であるはずのカイザーならば尚更とも言える。
そんな状況で、親しい人間から面白そうな話を聞いたらどうなるか、と言うそれだけの事なのだろう、多分。
ここ一ヶ月で俺が使っていた機皇帝は5体のカードから成立する特殊なモンスターだ。その上、試験会場では邪神の姿すら見せている。そんなデュエリストが、自分も腕を認めているデュエリストを――天上院明日香を――倒したのだと聞いたなら?
デュエル脳な人間なら、考える事は唯一つであるはずだ。即ち、デュエルしてみたいと思うに違いない。
まあ、大体そんな流れでこの場は形作られているんだろうなあ。
幸いと言うべきか、思考を纏める過程で幾らか落ち着きも取り戻せた。……取り戻せたからと言って勝てる自信はないけれど、まあ少しはマシなデュエルもできるだろう。
うん、と自分自身に頷いて、明後日の方向に向いてしまっていた視線を改めて、対戦相手であるカイザーへと振り向けた。
「…落ち着いたようだな」
「はい、お陰様で。……一応は用意もしていましたし」
どちらともなく苦笑を漏らすと、ディスクを掲げる。
音を立てて変形し、光が灯ったそれを一瞥すると、俺は腰のデッキケースへと手を伸ばした。
蓋を開けて、以前に組み上げておいた対カイザー用とも言えるデッキを取り出す。具体的に言うと光属性メタの尖兵、A・O・J。
出足が遅くなる事のあるワイゼルデッキよりはこちらの方が良いはずだ。仮にワイゼルデッキを用いたとして、コアを引き損ねた場合、俺は帝王の猛攻をパーツだけで凌がなければならなくなる。
そんな事が出来ると思うほど俺は相手のドロー力を軽視しちゃいないし、自分のドロー力を過信してもいない。既にセットしてあったデッキに変わってそれをディスクに差し込むと、一度深呼吸をしてから改めて、前を向いた。
「非才の身ではありますが、カイザーと言う名の壁、ぶち抜くつもりでぶつからせてもらいます」
「……良いだろう。来いッ!!」
「「デュエル!!」」
決闘の始まりを告げる叫びと共に、カードをドローした。先行は――、……うわ、こっちか。小さく舌打ちが漏れた。
サイバー流ドローが齎す積み込みじみた初期手札の事を考えると、先行は譲っておきたかったんだがなあ。まあ、仕方がない。
「俺のターン、ドロー」
手札を確認。……うん、悪くない。下級の中では使い易いモンスターが来てくれた。
融合とサイバー・ドラゴンの効果による特殊召喚をメインに据えたカイザーのデッキに対しては、かなり刺さってくれるはずだ。迷う事なく一枚のモンスターカードを手にすると、ディスクへとセットする。
「A・O・J D.D.チェッカーを召喚!」
フィールドへと生み落とされたのは、六機の小型機械だった。
各々浮き上がった小型機が滑らかにフォーメーションを組み上げ、それぞれに向かってエネルギーを照射する事で正八面体を象ったフィールドを作り出すと、軸をランダムに歪ませながら静かに回転を始める。
恐らくは、そうする事で検知器を多方向へと向けているのだろう。怨敵たる何者かを捜し求めて、機械の瞳が緩やかに周囲を睥睨する。その様を後目に、俺は更に二枚のカードを手に取ってディスクへとセットした。
サイバー流と言えば圧倒的な攻撃力での速攻。D.D.チェッカーでモンスターの展開を防げるとは言え、保険は掛けて置いて損はない。
「更に永続魔法、機甲部隊の最前線を発動。カードを一枚伏せ、ターンエンド」
「俺のターン、ドロー。サイバー・ドラゴンを――」
そして、カイザーのターン。…何と言うか、案の定の流れについつい溜め息が漏れた。
この人、必ずサイドラ引き込むんだもんなぁ。怖いわー。そんな風に内心で溜め息を吐きつつも、焦りがないのは――D.D.チェッカーの存在故に。
カイザーの宣言に合わせてディスクへとカードが寄せられ、その縁がセンサー部分に触れた、その瞬間。六つの検知器が敵意も露に、カイザーのデュエルディスクを見据えた。刹那の後、180度反転する。
“敵”へと向けられたのは六つの発信器。そこから奔った青白い光がサイバー・ドラゴンのカードへと集中し、直後――パチン、と言う音と共に、カイザーの手はディスクから弾かれていた。
あ、弾かれたのはデュエルディスクの機能である。条件を満たしていないカードを使おうとすると軽く弾かれるのだ。どういう訳かは知らないが。――分解してみたいな、ディスク。知識があればやったんだがなぁ。
「何ッ……!?」
「D.D.チェッカーがフィールドに表側表示で存在する限り、光属性モンスターは特殊召喚できません」
驚愕の声を漏らすカイザーに、俺は淡々と告げた。
宇宙より降り注いだ光の侵略者、ワームたちに対抗する為に生まれたのがA・O・Jと言うカテゴリのモンスターだ。
彼らの効果は光属性モンスターを弾圧する為だけに存在していると言っても良い。いや、約一枚闇属性以外は死ね! と言わんばかりの効果を持ったモンスターも居るが、……まあそれはそれと言う事で。
そんな彼らの中でも使い易い部類に入る一体、それがD.D.チェッカーである。ステータスは1700/1200と下級としてはそこそこ。類似効果を持つコアキメイル・ドラゴに比べるとステータスやメタれる範囲に措いて劣るが、維持コストを必要としない。
その属性以外の特殊召喚を封じる効果を持つ各種結界像よりはステータスが高いので、そのまま立たせておいてもある程度なら大丈夫。それで居て闇属性・機械族という恵まれた属性と種族を持っているモンスターなのので、使い勝手は悪くない。
先に俺が発動したモンスターが戦闘破壊された際に同属性、且つそれよりも攻撃力の劣る機械族モンスターをデッキより呼び出す永続魔法、機甲部隊の最前線から殆どの下級A・O・Jを呼び出す事も出来る。
特殊召喚を抑制する効果も相俟って、対サイバー流のモンスターとしては最有力の一体だと言えるだろう。如何に攻撃力が高かろうが、召喚ができなけりゃあただの紙。怖くも何ともない。
が、この程度で安心していられる相手ではない、と言うのが正直な見解だ。
面白いとばかり笑うカイザーの表情を見ていれば、誰だってそう思うだろう。さあ、どう出てくる。それだけを考えて、相手を見据える。
「……なるほど、対策は練っていたと言う事か。ならば――俺はサイバー・ドラゴン・ツヴァイを召喚! サイバー・ドラゴン・ツヴァイは手札の魔法カード、一枚を相手に見せる事でカード名をサイバー・ドラゴンに変更できる。俺はエヴォリューション・バーストを見せる事で効果を発動!」
鳴き声と共にフィールドへと生まれ出たのは、一体の機械竜だった。量産型なのだろうか、細身で洗練されたデザインが目を引くそのモンスターの攻撃力は1500。ただし、攻撃時に300ポイント、攻撃力をアップする効果を持っている。
それ単体でもD.D.チェッカーを破壊する事は可能だが、見せられたカードを考えるそれだけで済ませてくれるとは考え辛い。そしてその思考の通り、続いてディスクにセットされた一枚が俺のモンスターに終わりを告げた。
「更に魔法カード、エヴォリューション・バースト! 自分のフィールドにサイバー・ドラゴンが存在する時、カードを一枚破壊する! サイバー・ドラゴン・ツヴァイのモンスター名はサイバー・ドラゴンとなっているため、発動条件は満たしている。…D.D.チェッカーを破壊!」
簡素な造りの口を開いた機械竜が、眩き光の奔流を陣を組み直したD.D.チェッカーへと吐き出す。六機は一溜まりもなくその輝きに飲まれ――光が通り過ぎた後には何も残らなかった。
ちっ、と小さく舌打ちが漏れる。機甲部隊の最前線のリクルートは効果による破壊には対応していない。これで俺を守るモンスターは存在しなくなった。一撃を打ち込む好機だ。
エヴォリューション・バーストを使用したターン、サイバー・ドラゴンは攻撃できない。よって、現在はサイバー・ドラゴンとして扱う事になるサイバー・ドラゴン・ツヴァイも攻撃は行えないが――展開を阻む邪魔者が消え、手札にもサイバードラゴンが存在しているこの状況、融合をしない理由が何処にある。
八割方、いやそれ以上の確率で融合を引き入れているはず。その公算は、勿論、当たっていた。実に困った事に。
「魔法カード、融合を発動。フィールドのサイバー・ドラゴン・ツヴァイと手札のサイバー・ドラゴンを融合し――…現れろ、サイバー・ツイン・ドラゴン!」
宣言と共に宙へと黒い渦が湧き上がる。その中心へと吸い寄せられた二体の機械竜が溶け合うように一つとなり、生まれるのは混沌とした銀色。滑らかに形を変えるそれが双頭の蛇竜を形作り、刹那の後に――力強い咆哮がデュエル場に響き渡った。
これこそがカイザー、丸藤亮のエースカード、サイバー・ツイン・ドラゴン。
ソリッドヴィジョンによって立体的に映し出されたその威容。使い手の気迫すら感じられそうな迫力に思わず一歩を退きかけて、如何にか持ち直す。
いかんいかん、ドローパワーで負けている上に気圧されていたら勝負にならない。この世界だと気の持ち様すらもデュエルに影響してくる可能性があるのだから、常に余裕を持っておかなければ。
心の中で念仏のように平常心だと繰り返しながら、改めて目の前の機械竜へと視線を向けた。今度はちゃんと、落ち着いてその姿を見ることができた。……ああ、これは。実に――
「――格好良いなぁ」
「……ふ」
つい、そんな言葉が零れてしまっていたことに気付いたのはカイザーの笑い声が耳に届いてから。
くうっ、つい子供みたいな台詞を吐いてしまった! 慌てて視線を対戦相手の方に振り向けると、そこにあったのは微笑ましげに口元を緩めた表情。
やっべ、超恥ずかしい。
「えー、あー、……す、すみません。先に進めていただけるとですね?」
「ああ、そうしよう。――…行くぞ、バトル!」
若干の気まずさを感じながらもお願いを致しまして、デュエル続行。
そしてバトルフェイズなのだが、この攻撃を通すと負ける。サイバー・ツイン・ドラゴンの攻撃力は2800だが、その効果は二回攻撃だ。通してしまえば受けるダメージは5600。俺のライフを0にするには十分すぎる。
故に、俺はフェイズ移行の宣言に合わせて伏せていたカードを発動させた。
「だが断るッ! 罠カード、威嚇する咆哮!」
威嚇する咆哮。フリーチェーンの罠カードであり、相手の攻撃宣言を封じる効果を持つ。
戦闘破壊を無効にし、ダメージを0にする和睦の使者といわゆる相互互換の関係にあるカードだ。
前者は戦闘を介さずに、後者はリバース効果などを発動させながらモンスターを守ったりする事が出来る。
ちなみに、このデッキには後者三枚、前者一枚の割合で採用してあったりする。A・O・Jには戦闘を介して効果を発動させるモンスターが多いのだ。
「いなされたか。俺はカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー!」
だがしかし、どうするべきか。後続は呼べず、相手のフィールドには二回攻撃が可能なサイバー・ツイン・ドラゴン。
手札の消費も相応だったとは言え、その損失を一気に回復させられるカードを引き当てないとも限らない。
かと言って、攻め崩すにはリソースが――、……と、あいつが一枚入ってたか。伏せカードが気になるが、ここは一つ攻めさせてもらおう。ツイン・ドラゴンを場に残しておくのも怖い。
「A・O・J ブラインド・サッカーを攻撃表示で召喚。…バトルフェイズ」
現れたのは蜘蛛の如き下半身を持つ多脚機械。呼び寄せたそれに視線をちらりと見遣ると、俺はフェイズの移行を宣言する。
ざわざわと周囲から響く声は、攻撃力の劣るモンスターで攻撃しようとする素振りを見せたからか。自棄になったのかなんて声まで聞こえるが、気にしても仕方がない。
「ブラインド・サッカーでサイバー・ツイン・ドラゴンを攻撃!」
「――迎え撃て、エヴォリューション・ツイン・バースト!」
背負った砲を反転させる事でバーニアとして、ブラインド・サッカーが強壮な竜へと立ち向かっていく。
だがしかし、迎撃に放たれた光輝がそのボディへと突き立てられた。光に下半身と右腕、そして片肺を捻じ切られて、だがそれでもせめて一太刀とボロボロになった身体で突撃するブラインド・サッカー。
それを鬱陶しいと言わんばかりに振るわれたツイン・ドラゴンの尾が薙ぎ払わんとしたのだが――瞬間、残された推進器が一際強い炎を吹き上げた。
空を切る尾、跳ね上がる速度。機体そのものを弾丸として、半ば残骸と化したブラインド・サッカーはツイン・ドラゴンの頭の一つをスクラップへと変えてみせた。
LP:4000 - 1200 → 2800
攻撃力2800と1600の差は1200ポイント。ライフがざっくりと削り取られる。だがしかし、結果としてツイン・ドラゴンの連続攻撃効果は失われた。
ブラインド・サッカーには戦闘後に光属性モンスターの効果を封じる効果が存在する。この熱い攻防は恐らくその表れなのだろう。――良い挺身だ、感動的だな。あんまり意味ないけど。
「ブラインド・サッカーと戦闘した光属性モンスターの効果は無効になる。更に永続魔法、機甲部隊の最前線の効果を発動! 機械族モンスターが戦闘破壊された事により、それよりも攻撃力の劣る機械族モンスターを1ターンに1度だけ、デッキより特殊召喚する。出でよ、A・O・J コアデストロイ!」
本命はこっちだし。
「A・O・J コアデストロイでサイバー・ツイン・ドラゴンに攻撃!」
「っ、何……!?」
相対していたカイザーの目に僅かな驚きの色が宿ったように見えた。
自爆特攻の目的に関しては、永続魔法が関係していると読んではいたのだろう。その時点では動揺の色はなかった。
しかし、その効果が1ターンに1度に限定されている上、更に攻撃力の劣るモンスターで攻撃をかけると言う行為。何かしらの効果の発動を狙ったとしても、あまりにも無謀が過ぎる――と考えていたのだろう。恐らくは。
それは正しい。俺だって、他のモンスターを召喚したのだったら決して取らない行動だ。だがしかし、このモンスター、A・O・J コアデストロイならば話は別である。コアデストロイは戦闘を行う時、相手モンスターが光属性ならばダメージ計算を行わずに破壊する効果を持つモンスターだ。どれほど攻撃力に差があろうとも、問題はない!
四足の獣を模したコアデストロイのカメラアイが煌いた直後、その一点より収束された闇が迸る。
呼応してツイン・ドラゴンから放たれた白光を切り裂いたそれが、白銀の巨体へと突き立とうとしたその刹那――カイザーの声が響き渡った。
「罠カード、攻撃の無力化ッ! モンスター一体の攻撃を無効化し、バトルフェイズを終了させる!」
「っな!?」
流石に怪しすぎた!? それとも、脆弱なはずのコアデストロイの攻撃にツイン・バーストが切り開かれていく違和感に即応した!?
絶句する俺の眼前で、ツイン・ドラゴンを滅ぼすはずだった闇が時空の狭間に飲み込まれて消えていく。その光景に一瞬呆然としてしまった。……判断力ぱねぇ。
「……カードを二枚伏せてターンエンド」
もうやれる事はない。小さく唇を噛みながらそう宣言する。
「俺のターン、ドロー! その反応、やはりサイバー・ツイン・ドラゴンを倒せるモンスターだったか。出し惜しみしなくて正解だったな」
「ええ、まあ。詳しくは申し上げられませんけど」
「その辺りはデュエルが終わってから聞かせてもらうとしよう。――俺は魔法カード、壺の中の魔術書を発動。お互いにカードを三枚ドロー」
壺の中の魔術書はお互いに三枚のカードをドローする魔法カードだ。お互いに手札が枯渇しかけているこの状況、アドバンテージとフィールド上に存在するモンスターの相性を考えれば有利だったのはこちらだった。
カイザーにとっては福音だろうが、此方にとっては嫌な展開だ。苦々しい表情になっているのを自覚しながらも、効果に従ってドローする。……即戦力になってくれそうなカードは一枚だが、腐るカードもまた一枚。思わず溜め息が零れた。
「アーマード・サイバーンを召喚する。アーマード・サイバーンはサイバー・ドラゴン及び、サイバー・ドラゴンを融合素材としたモンスターの装備カードとなる事が可能! サイバー・ツイン・ドラゴンに装備!」
フィールドへと召喚された戦闘機が、機械竜へと装着される。
アーマード・サイバーンはユニオン効果を持ったモンスター。装備モンスターが破壊される時、それを肩代わりする効果ともう一つ、攻撃力を1000下げる事で相手モンスターを破壊する効果を持っている。後は、言うまでもないだろう。
「アーマード・サイバーンの効果発動。装備モンスターの攻撃力を1000ポイント下げ、フィールドに表側表示で存在するモンスター一体を破壊する! A・O・J コアデストロイを破壊。ジャッジメント・キャノン!」
戦闘に置いて負ける要素はなくとも、それを介してもらえなければどうしようもない。
機械竜の翼となったアーマード・サイバーンの砲口より迸る光が、容赦なくコアデストロイを吹き飛ばしてくれた。――殴ればサイバーンを身代わりに、大ダメージを与えられる。しかし、最前線の効果で面倒な後続が出てくると見たんだろう。
流石と言うべきか、ミスをしてくれないのが非常に困る。コアデストロイの攻撃への対応はミスとかそう言う次元じゃない気もするけどな!
さて、それはそれとして俺のフィールドにモンスターはいない。再び手痛い一撃を加えるチャンスな訳だが、そうは問屋が卸すかっ!
「バトル、サイバー・ツイン・ドラゴンでダイレクトアタック!」
「通すかあっ! 永続罠、血の代償を発動! 500ポイントライフを支払い、モンスターを通常召喚する! A・O・J ガラドホルグを攻撃表示で召喚ッ!」
LP:2800 - 500 → 2300
「――攻撃力1600か。……そのまま行け、サイバー・ツイン・ドラゴン! エヴォリューション・ツイン・バースト!!」
「だがダメージステップ! ガラドホルグは光属性モンスターとの戦闘時、攻撃力を200ポイントアップする!」
三度放たれた機械竜のブレスの前へと現れたのは光の剣を両手に携えた、ずんぐりむっくりとした人型ロボット。一刀を以って迫り来る光を防ぐ傍ら、鋭く閃かせた片手からそのサーベルを投げ放ち、攻撃力を1800に落とした機械竜の翼を射止めてみせた。
だがしかし、健闘もそこまで。対光属性モンスターとの戦闘時に攻撃力が上昇すると言っても、単体では1800でしかない。負荷に耐えかねてサーベルの発信部が爆ぜると同時、光の濁流に包み込まれてガラドホルグもまた破壊される。
だがしかし、後詰となる存在がこれで呼び出せる!
「機甲部隊の最前線の効果! A・O・J アンリミッターを守備表示で特殊召喚!」
A・O・J アンリミッター。その名の通りに、自身をリリースする事でA・O・Jのリミッターを外すモンスター。ネックとなっていたアーマード・サイバーンは消えた。これで次のターン、下級モンスターを引き当ててツイン・ドラゴンを排除できれば――!
「…ふ、なるほど。このターンで決められるかとも思ったんだが――そうも行かなかったか。速攻魔法発動、融合解除」
「……は?」
と思っていたんだが、甘かった。予想外の宣言に目を見開いて惚けてしまった俺の眼前で、ツイン・ドラゴンがその姿を分裂させていく。
破壊された首はサイバー・ドラゴン・ツヴァイに。健在だった方は、サイバー・ドラゴンに。フィールドに並ぶ二体のモンスターが、追撃の命令を、と促すように吼え猛った。
俺の手札には、通常召喚できる下級モンスターはいない。伏せカードも、このターンはもう使えないカードだ。否応なしにサイバー・ドラゴンのダイレクトアタックを貰わなければならない状況である。
「サイバー・ドラゴン・ツヴァイでA・O・J アンリミッターを攻撃。その後、サイバー・ドラゴンでダイレクトアタック」
アンリミッターの守備力はたった200。ワイトの攻撃力にも劣る。あっさりとその姿が吹き散らされた直後、眩き光芒が俺に叩きつけられた。
LP:2300 - 2100 → 200
ダメージを受けるのにはもう慣れたが、この展開はないわ。どんな神引きだおい!?
内心でドローの神と言う居るんだか居ないんだか分からない存在を盛大に罵りながらも、顔を上げる。
丁度、カードを伏せている姿が目に入った。この上で、相手の攻撃への備えまで出来る手札だったのか!? どういうことなの……。
「カードを一枚セットし、ターンエンドだ」
「俺のターン。……ドロー! 魔法カード、マジック・プランター! フィールドの永続罠一枚を墓地に送り、二枚ドローする。血の代償をコストに、ドロー!」
ま、まあ、愚痴ってばかりでも居られない。ライフ的にもう使えないカードをコストにしての手札の増強を行った後、改めてフィールドをチェック。
……幸い、腐るかと思っていたモンスターが有効活用出来そうだった。ここは使っておくべきだろう。
「相手フィールド上に光属性を含むモンスターが2体以上存在する時、手札からA・O・J コズミック・クローザーは特殊召喚できる!」
壺の中の魔術書の効果でやってきてくれたのはいいものの、強力モンスター一体で圧倒するスタイルになっていたカイザーにはいまいち噛み合わない感じがしていたカードを、俺は迷わずフィールドへと召喚した。
降り注ぐワームを吸い込み、閉じ込めるためのその存在は――あー、何と言うか。カッコ良い名前の割に非常に見た目があれなモンスターだった。どんな感じにかって言うと、控えめに見ても足の生えたバキューム装置、って言うか。
うん、まあ、でも一応上級モンスターだし。
そう自分に言い聞かせると、一つ咳払いをして敵へと向き直った。
「このままバトルフェイズ! ……コズミック・クローザーでサイバー・ドラゴンを攻撃!」
LP:4000 - 300 → 3700
無論、攻撃に関しても見た目相応のアレでしたとさ。物凄い勢いで渦を巻く暗黒空間へとサイバー・ドラゴンが吸い込まれていく。
コズミック・クローザーの攻撃力は2400、サイバー・ドラゴンは2100。悪ければここでカウンターを貰って死亡だと思っていたのだが、幸いにもカイザーは伏せカードを発動させる事はなかった。良かった、助かった。
「カードを二枚セットして、ターンエンド」
それはそれとして、次辺りが正念場だろう。手札に集まってきた罠カードを纏めて伏せると、俺はカイザーのターンに備え、身構えた。
身構えた、のだが。
「俺のターン。……魔法カード発動、命削りの宝札。手札が五枚になるようにドローし、五ターン後に手札を全て捨てる」
おい。おいまて、おい。そのカードはチートすぎるだろう色々な意味で! ゲームエンドまで持ってく気満々にしか見えねえぞ!
思わず頬が引き攣る俺。そして、そんな俺と自分の手札を交互に見やったカイザーが、不意に小さく笑った。
「……えー、っと?」
え、なに? 勝利宣言? いや、俺も全然勝てる気しないけど。
「いや、このターンでは決着を付けられないらしいと思って、ついな。……俺は速攻魔法、サイバネティック・フュージョン・サポートを発動する。ライフを半分払い、このターン、融合素材を墓地から除外する事で代用できる」
LP:3700 ÷ 2 → 1850
違ってた。と、それはさておき。サイバネティック・フュージョン・サポートはサイバー流の融合サポートカード。
この状況でそれを使うと言うことは、それはつまり、あのモンスターが来ると言うことなのか。思わず息を呑む。
「サイバー・ドラゴン・ツヴァイの効果を発動する。手札のパワー・ボンドを見せる事でカード名を変更。そして、魔法カード、パワー・ボンドを発動。手札、墓地にそれぞれ存在するサイバー・ドラゴン2体とフィールドのサイバー・ドラゴン・ツヴァイを融合! 現れろ、サイバー・エンド・ドラゴン!!」
三体のモンスターが、生まれ出た次元の狭間に吸い込まれていく。そして数瞬の後、暗かった内部から眩い光が溢れ出た。光の中より羽ばたき、迫って来る、三つ首の巨竜の影。
これが、サイバー流継承者の証とされるサイバー・エンドの勇姿か。フィールドへと舞い降りたその姿を、一心に見詰める。その瞬間だけは他の何も目に入らなかった。神々しいとすら思える輝きに見蕩れてしまって。本当にカッコ良い。社長風に言うと、ふつくしい。
「パワー・ボンドによって召喚されたサイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力は二倍となる。――バトルフェイズ」
だが、今はデュエルの最中な訳で。カイザーの宣言に頭を振って意識を引き戻すと、俺もまたディスクへと手を掛けた。アホな事はもっと後で考えるべきだ。
「サイバー・エンド・ドラゴンで、A・O・J コズミック・クローザーを攻撃! エターナル・エヴォリューション・バーストォ!」
サイバー・エンドの三つの口から放たれる光。一つ一つでも十分すぎる威力を持っている筈の輝きが束ねられ、巨大な光の槍となってコズミック・クローザーを薄紙の如く貫いた。
そのまま己へと迫る光輝。立体映像だと分かっていても怖気づきそうになる光景。だが、まだだ。それを受け切る札はこの手にある。伏せていたカードの一枚を発動させるべく、宣言。
「罠発動! ガード・ブロック! 戦闘ダメージを無効にし、カードを一枚ドローする! 更に機甲部隊の最前線の効果……っ、いや、最前線の効果は発動しない」
そして、ドロー。引き抜いたカードを確認して、少しだけ笑った。良く来てくれた。これで、多少は勝ちの目も出て来たぞ。
最前線は少し考えたが、――この状況を覆せるモンスターはデッキにはいない。発動したい伏せカードがある事を考えると、ここは置いておくのが吉だろう。
さて、と。前のターンに伏せたカードはこちらから攻撃する際にこそ効果を発揮するカードだし、墓地にはあいつがいる。次のターンで上手くこいつの攻撃を通せれば。
――まあ、取らぬ狸の皮算用でしかないのだが。
「やはりか。俺はサイバー・ジラフを通常召喚し、効果発動。こいつを生贄にする事でこのターン、俺が受ける効果ダメージは0となる。更にカードを一枚伏せ、ターンエンド」
「エンドフェイズに速攻魔法、終焉の焔を発動! 終焉トークン二体を特殊召喚し、俺のターン!」
そしてこちらのターン。当然のように効果ダメージによる自爆を回避している事に言うべき事は特にない。ただ、伏せカードが更に増えたのが怖い。
――まあ、恐れていても始まらないのだが。それはそれとして、カードをドロー。確認。……都合の良い事に、一番引きたかったカードが来てくれた。これでもう少しだけ勝率が上がる。
これはもはや神の導き。サイバー・エンドが如何に強大であろうとも突っ込むしかあるまい。全速前進だ!
「正面からぶつからせてもらうからな、カイザー! 終焉トークン二体を生贄に最上級モンスターを通常召喚! 起動せよ、A・O・J サンダー・アーマー!!」
空間がスパークし、稲光の中心より両の腕に雷光を携えた戦機が生まれ出る。
赤いボディに、細い多脚。背部に雷を呼び寄せる為なのか、避雷針を備え、放熱板と思しき赤い翼を背負ったそのモンスターこそが、A・O・J サンダー・アーマー。このデッキにおける俺の最大戦力だ。
とは言え、攻撃力8000を誇る現在のサイバー・エンドに比べれば、その能力は貧弱もいいところだ。攻撃力は2700、最上級モンスターとしても十分満足な数値、とは言い難い。だがしかし、目を付けるべき点はこいつがA・O・Jの名を冠したモンスターであると言う点である。
「更に魔法カード、死者蘇生! A・O・J アンリミッターを墓地より特殊召喚し、効果発動! このカードを生贄に捧げ、フィールドのA・O・Jと名前の付いたモンスター、一体の元々の攻撃力を倍にする。リミッター解除!」
効果を発動する事無く葬られたアンリミッターの効果を、今こそ使う。
その能力によって枷を外されたサンダー・アーマーの纏う雷光が、目に見えてその勢いを増した。
だがまだまだだ。届かない、このままでは届かない!
「だが、それで終わりではないはずだ」
「それは勿論、その通り。続けて罠、発動! メタル化・魔法反射装甲! サンダー・アーマーに装備する!」
何処となく楽しげなカイザーに短く応じて、続く二枚目の――最後の伏せカードを発動させる。
メタル化のカードがもたらすのは300ポイントの能力上昇効果と、攻撃時に相手の攻撃力の半分を得ると言う効果。
現在のサンダー・アーマーの攻撃力はアンリミッターで2700、とメタル化で300ポイント強化された事で5700。それにサイバー・エンドの攻撃力の半分、4000を加えればその攻撃力は9700にまで上昇する。
その事をカイザーも察したのだろう。僅かに表情を動かしたのが目に入ったが、狼狽の色は全くなかった。その事に、小さく溜め息を吐く。
展開、読めちゃったよ。
サイバー・ドラゴンを攻撃する際に発動しなかったカードはとりあえず除外。こちらが1700の差を埋め得る攻撃力上昇カードなら、コズミック・クローザーの攻撃に対して発動していればジ・エンドだ。温存する必要はない。
となると、新たに伏せられたカードがそうである可能性がある。そして、機械族においてそれだけの強化値を得られるカードと言えば、言わずと知れたリミッター解除だろう。エンドフェイズの自壊を代償に自分のコントロールする機械族モンスターの攻撃力を倍にする、超強力カードである。
もしそうだった場合、どうなるか。メタル化の強化はチェーンブロックを作らないが、リミッター解除によって攻撃力16000に達したサイバー・エンドの攻撃力の内、8000を得たとしてもサンダー・アーマーの攻撃力は13700。その差、2300ポイント。俺のライフを消し飛ばすには十分すぎるダメージだ。
だが、仮にそうだったとしても俺にはそれを超える手立てが一つある。さっき引き入れた。故に、問題となるのは沈黙を守っているもう一枚の伏せカードだが――こちらに関しては考えても正体が掴めない。単に条件付だった可能性もあるし、除去する手段もない。よって、考えるだけ無駄だ。
とにかく、突撃あるのみッ!
「行くぞ、カイザー!! A・O・J サンダー・アーマーでサイバー・エンド・ドラゴンを攻撃するっ!」
「迎え撃て、サイバー・エンド・ドラゴン! エターナル・エヴォリューション・バァァストッ!!」
両の腕を頭上にて重ね、巨大な雷の剣を生み出したサンダー・アーマーが、それを振り下ろす。
応じて、機械巨竜もまたその身に秘めた破滅の輝きを解き放った。雷光を容易く飲み込み、銀に染まった機体へと直撃する光。
だがしかしその身を鎧う白銀が、徐々に、徐々に、その光を雷光へと変換し、それに連れて――何者をも打ち砕く巨竜の息吹が、雷の刃に切り裂かれ始めた。このまま行けば敗北するのは、サイバー・エンド・ドラゴンだ。
だがしかし、あんたならそれを見逃したりしないだろう、カイザー!
俺の内心の叫びに呼応したかの如きタイミングで、鋭い声が空を裂いた。
「速攻魔法、リミッター解除を発動! サイバー・エンドの攻撃力を二倍にするッ!」
轟、と音を立てて光がその圧力を増した。雷の刃が再び散らされようとするのと同時、サンダー・アーマーを包んだ銀の色が剥げ落ちて赤い地肌が覗き始める。
耐えかねた様に一歩、二歩と退き始めたサンダー・アーマー。それに出来る最後の援護として、俺は寸前で引き入れたカードをディスクに叩き付けた。
「――チェーンして、速攻魔法ッ! リミッター解除ォッ!!」
崩れかけた身体から唸りを上げて、彼がその身を持ち直した。
負けてなるものかとばかり、ゆっくりと脚部を上げて、踏み出す。刃が散らされると言うのなら距離を詰め、零距離で切り裂いてやると一歩ずつ、一歩ずつ、互いの距離を詰め始める。
アンリミッターによって枷を外された事で100%の力を振り絞り、既に限界を迎えていたはずのサンダー・アーマーの主機が敵を討てと吼える音が、デュエル場に響いた。
――リミッター解除によって、サンダー・アーマーの攻撃力は倍増し、11400となる。
そこにサイバー・エンドの攻撃力の半分を加えれば、その攻撃力は19400。サイバー・エンド・ドラゴンを打ち砕き、ライフを残らず奪い取るには十分な数値だ。
前へと進み始めたサンダー・アーマーの姿を見た一瞬は、これで、と思った。だがしかし、――アカデミアの帝王は更にその先を行く。
その事をディスクに手を伸ばすカイザーの姿から察した俺は、思わず天を仰いだ。……届かなかったかあ。
「更にチェーンして速攻魔法、決闘融合 -バトル・フュージョン-! 相手モンスターの攻撃力分、融合モンスターの攻撃力をアップさせるッ!」
逆順処理によって、サイバー・エンドの攻撃力はまず5700アップして13700。
そこからサンダー・アーマーの攻撃力は倍になって11400。
その後、リミッター解除が適用されることで、27400となったサイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力の半分、13700を得たサンダー・アーマーの攻撃力は25100ポイント。サイバー・エンド・ドラゴンには届かない。
辿り着くまで後一歩の距離で、放たれる光が更にその圧力を増した。
脚部が内部より爆ぜる。次に、頭部が。胴体が。次々に砕け散る機体。サンダー・アーマーは静かにくず折れようとして――それでも尚、刃を巨竜に突き立てようと倒れ込むように腕を前へと突き出した。
だが、その一瞬前に腕部が爆発する。光に抗っていた雷刃が消えると同時、サンダー・アーマーもまた光の中に融け消えて、後には何も残らなかった。
同時に俺のライフ0を告げるアラームがデュエル上に響く。
その音が何と言うか、サンダー・アーマーの頑張りには見合ってないように思えてしまって、俺は深い溜め息を吐き出したのだった。
感想欄であったご指摘にそった修正をさせていただきました。
プロト・サイバー・ドラゴン→サイバー・ドラゴン・ツヴァイ
それに伴う微修正が行われています。感想に返信した後に気付くとかカッコ悪すぎるorz
感想より
Q:コズミックやられた時に最前線でコアデストロイ出せば勝てたんじゃね?
A:申し開きのしようもございません。その通りでございます。
なのでデッキに一枚と言う部分を挿入し、適当な奴を引っ張ってきました。
せこい修正ですが、お見逃しくださいませ。
A2:良く考えたらフロントラインを使ったら終焉の焔が発動できませんでした。再修正しました。
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第七話 決着の後のお話
お待たせした上に独自設定祭りでデュエルもなし、恐らくは穴も多々あるであろう申し訳ないことしきりの出来ですが、お目こぼし頂ければ幸いです。
燃え尽きたぜ、真っ白に。
今の自分の状態を言葉にすると、そんな感じだった。
いや、だってさ。最後の最後で神引きが来て、攻撃力同士の比べ合いになればいける! と思ったら正面から粉砕されたんだぜ? そら真っ白くもなりますがな。流石は最高攻撃力36900をマークするサイバー流正統継承者と言うべきか……。
いやま、でも良いデュエルだった。あそこでああしていれば、なんてミスをやらかしてもいないし、実に清々しい決着だったと思う。
まだディスクにセットされたままのサンダー・アーマーを労う様に、カードの表面を制服の袖で軽く拭う。今はこれが精一杯だが、帰ったらちゃんと綺麗にしてから仕舞ってやるからなー。
この世界にはカードの精霊がいるのだ。自意識を持っている可能性があるのなら、大事にしてやるべきだろう。
俺がそんな思考に至ったのは、アカデミア入学寸前のことだった。
デッキ弄りをしているその最中に、ふっとそういう気分になったのである。
それ以来、朝と夜、その日に使う予定のデッキと、実際に使ったデッキの手入れを欠かしていない。
当初は自分でも三日坊主になるだろうと思っていたのだが、これが不思議と癖になってしまったのだ。
それ以来、何かちょっと引きが良くなってる気がするんだよなあ。精霊は憑いていなくとも、何かしら恩恵があるのかもしれない――と、そんなことは置いといて。
静かにディスクを下ろしたカイザーに向き直ると、俺は頭を下げた。
楽しかったとか、良い勉強をさせてもらいましたとか、後は今度はもっと食らい付ける様に、あわよくば勝ちを掻っ攫えるように努力しますだとか、言葉に仕切れない思いを込めて、無言で――笑いながら。
そんな俺を見て、言葉は無粋だとでも思ったのか、カイザーもまた微笑むと軽く頭を下げてから背を向けた。
その背を見送った後、俺もまたデュエル場から退室するべく歩き出した。
超攻撃力による真っ向勝負のインパクト故にか、しんと静まり返った中のことである。
沈黙が痛い。けれど、気分も良かった。それだけ魅せるデュエルが出来たんだなあ、と言う実感を感じた。満足感があったのだ。
――まあ、メタデッキ使っといてこのザマだぜ! とか思うと凹めるけどね。そこら辺は措いておきまして。
これからもこう言うデュエルがしたいなあ、などと考えつつ、俺はイエロー寮の友人たちの元へと歩みを進めたのだった。
「よう、お疲れさん!」
「あいよ、ありがとさん」
観客席に到着すると、早速と言った様子で声が掛けられた。
同時に、掌も。数人が同時に掲げたそれに順番に掌を当ててから座席へと腰を下ろすと、漸く気が抜けたような気がして、腿に肘を乗せるようにして頬杖を突いた。
その様を見て、まあ友人たちも気疲れしている事を察してくれたんだろう。どうやら質問その他は後回しにして、デュエル場で始まった次のデュエルにそれぞれ視線を向けていた。
行われているデュエルに関しては特筆する事もない。お互いにビートダウンデッキで、単純なドツキ合いばかりである。が、上級モンスターの召喚ギミックがそれぞれ違っていて割と面白かったり。
ある者がコストダウンを使えば、またあるものはトークンを生贄にし、……って基本生贄召喚なんだよな。分かってたつもりだけどさ、なんか違和感が。
……うわ、血の代償から謎の傀儡師召喚、ライフ補填しつつ三色ガジェ並べてモイスチャー星人とかカッコ良いな。バルバロスとかギルフォード・ザ・ライトニングじゃないとこが素敵だ。
ギミック流用させて貰って俺も何か作ってみようか。とりあえずガジェと謎の傀儡師、そいつらをリクルートできる巨大ネズミにガジェットを戻すスクラップ・リサイクラー辺りは採用決定として、最上級モンスターで強い奴。
ガジェットをフル投入するのならリミッター解除も生かしたいし、機械族であるのが望ましい。機械族最上級モンスターか……。
言わずと知れたマシンナーズ・フォートレス。ガジェットと同じく地属性だし、相性もかなり良い。腐った最上級モンスターの処理もできるし、フロントラインで更にガジェなりスクラップ・リサイクラーをサーチ……入れない理由がないな。
パーフェクト機械王、――微妙。ガジェットと一緒に並べれば攻撃力は1500上がるが、だったら団結の力でもつける。
デモニック・モーター・Ωは、モータートークンの攻撃力200ってのがなあ。的にされそうで嫌だ。攻撃力1000アップは割と魅力的だけど……。
ガンナー・ドラゴンはわざわざ生贄召喚する必要がない気がしてならない。
リボルバー・ドラゴン、……割と優秀なんだよなあ。考えておこう。機甲部隊の最前線を使う場合、ガンナー・ドラゴンを入れる理由も出てくる。
となるとそこからリクルートする対象としてブローバック・ドラゴンやサイコ・ショッカーも選択肢に入るか? クロスソウルも使いやすくなる。これはありだな。
後は、と。ああ、The big SATURNも闇・機械か。効果破壊への対策もあると言えばあるし、ダブったガジェをコストにして効果も使える。候補、と。
……あ、でもプラネットシリーズなのか。漫画だと世界に一枚だったけど、こっちだとどうなんだろう? 後で調べてみよう。
とりあえずはフォートレスを混ぜつつ、上級は闇属性・機械族で固めていく感じが良さそうだ。
きっとそうやってあれこれと考えていたせいで、周囲への注意が散漫になっていたのだろう。
「シニョール倉沢。ちょっとお話があるノーネ」
「へあ?」
不意打ちで声を掛けられたことで妙な声が出てしまったが、それはそれとして。
声が聞こえた方に顔を向けると、そこに居たのはデュエルアカデミア実技最高責任者、クロノス・デ・メディチ教諭だった。
「シニョール倉沢。まずは先程のデュエルですが、素晴らしいものだったノーネ。これからも期待していまスーノ」
「あ、はい。ありがとうございます。次はもっと頑張ろうと思うので、ご指導ご鞭撻を頂ければ幸いです」
「任せておきなサーイ! 生徒を立派なデュエリストに育てるのーは、教師としての義務デスーノ!」
廊下に場所を移して会話中なう。行きしなに缶ジュースも買いました。
並んで椅子に腰掛けると、まず口を開いたのは当然と言うべきか、クロノス先生の方である。
褒め言葉を頂いて、ちょっぴり気分も上昇。いや、嬉しいよ、本当に。この人、序盤では嫌味なところが多かったけれど、先生としてもデュエリストとしても一流だしね。大好きなキャラですとも。
上機嫌なクロノス先生を横目に眺めつつ、ずずー、とウーロン茶を啜る。ああ、落ち着くなあ、この味。
「さて、本題なノーネ。実はシニョール三沢と、それに次ぐ成績のシニョール倉沢をオベリスク・ブルーに昇格させては、というお話があるノーネ。今回呼び立てしたのは、そのお話をするためなノーネ」
「はあ、昇格ですか。でもなんか、ちょっと早くありませんか?」
「確かにそういう意見もありまスーノ。デスーが、それだけシニョールたちが優秀だ、と言うことなノーネ」
いやまあ、ルールは大体把握しているし、メジャーどころのカードも大体網羅している。
更に言えば、高校レベルの勉強は一度済ませているから一般教養の方も復習しておけば問題ないとくれば、確かに座学の成績は良いだろう。
デュエルの方も、まあそれなり以上だしなあ。
とりあえず、三沢の昇格許可がサンダーにカードを捨てられた回に出てたはずだから、その周辺の時期だとして……ああ、そう言えばちょっと前にカードがなくなったとか言ってたな。
俺は他の寮生と試験対策してたから探してやれなかったが、そうか、あの時にか。うん、流れとしては有り得なくもない。大体把握。
「ちなみーに、シニョール三沢はドロップアウトボーイを倒してからにするーと、ブルー昇格は辞退してしまったノーネ。……ガクリンチョ」
「あー、あいつは十代をライバル視していますからね。自分も対抗デッキの調整に駆り出されたりしてるんで、その辺は分かります」
「全く、あんなドロップアウトボーイの事なんて放っておけばいいですノーニ、シニョール三沢も物好きなことなノーネ。フンッ!」
あはは、と愛想笑い。でもまあ、確かに実技以外での十代の態度は不真面目だからなあ。
カードに体育、この辺りはまだ良いんだが、座学においては瞼に目を描いて寝てるなんて真似もしている訳だし。
それを考えると、目の敵にされても仕方がない、とは思うけどなあ。
口に出したせいでまた不満が再燃してきたのか、鬱憤を晴らすように愚痴る先生の話を聞きながら、俺は飲み物で口を湿らせた。
「見た感じ、あいつ……十代は理論家寄りの三沢とは対照的な、直感的な強さって言うんですか? そういうものがありますから、三沢も気になるんでしょう」
「それにしたって、あまりにも不真面目なノーネ! ドロップアウトボーイに限った話じゃありませんーノ。オシリスレッドに残る生徒は、怠惰で無気力な生徒ばっかりなノーネ!」
「……残る生徒?」
「生徒はあまり知らないようデスーガ、実はレッドからイエローへ上がるノーハ、そんなに難しくないノーネ」
視線を向けたその先では、ついさっきまで不満をぶちまけていたクロノス先生が打って変わって溜め息を吐いていた。
オシリスレッドに残る生徒とはどういうことなのだろう。その横顔を見詰めながら言葉の続きを待っていると、ずずーと音を立ててミルクティーを啜った後、先生がゆっくりと口を開いた。
「オシリスレッドはギリギリで合格を許された人間が入るトコロと言うイメージが先行していますーガ、惜しくも入学時、ラーイエローの定員から漏れてしまった新入生が一時的に入れられる寮でもあるノーネ。イエロー寮にはまだまだ空き部屋があるノーハ、シニョール倉沢も知ってるかも知れませんーノ」
「あ、はい。知ってます。この前の月一テストの時にも何人か上がってきてましたけど、まだ部屋には余裕があるみたいですね」
「そうでーしょう? それは編入生を受け入れるためのものでもありますーが、本来はオシリスレッドからの昇格者のためのモノなノーネ。今のイエロー寮でも、レッド生を全員受け入れてまだ少し余裕があるはずなノーネ!」
ほほう。……となると、四期でいつの間にかいなくなってたレッド生たちがラーイエローに放り込まれてた可能性が浮上、――とそんなことは今は関係ないんだった。
では、昇格はそれほど難しくないらしいイエロー寮に、何故にこんなに空きがあるのだろうか。
その疑問を解消する為に、問いを紡ぐ。
「じゃあ、なんでイエローの空きが多いんでしょう?」
「……勉強、実技。共にそこそこできていれーば、イエローまでの昇格は簡単なノーネ。だと言うのにレッドに残留してしまうのは、学ぼうとする意欲が足りないからだと私は思っていますーノ」
その後に滔々と語られていく言葉の数々に、俺は相槌を打つだけに留めた。
クロノス先生曰く、成績としては下位ながらもアカデミアと言う名門に入ったという事で満足でもしたのか、歩みを止めてしまった生徒の成れの果てがレッド残留組になったのだと言う。
アカデミアはデュエルについての学校だ。授業を聞き、勉強をしていればデュエリストとしての実力は増していき、実技でもそこそこ結果を出せるようになる。
ギリギリで入学した生徒でも目的意識や上昇志向がある生徒は押し並べて熱心であるために、殆ど間を置かずイエローへと昇格するし、入学時にイエローから漏れた生徒も大抵は本来あるべきだった位置へと上っていく。
だがしかし、何もしない、しようとしない無気力だったり怠惰だったりする人間は吹き溜まりとも言えるレッドに延々と居座り続けるのだそうだ。
そりゃ扱いも悪くなるわ。ドロップアウト言われるのも仕方がない。
じゃあバイタリティの塊な十代については別に敵視する必要はないんじゃないか? とも一瞬思ったが、その辺りはさすがに聞くのは憚られた。
でもまあ、一応推測はできた。
恐らく、十代はデュエルを楽しむと言う方面に一転突破しすぎていて、学ぶという意識が希薄なのが問題なのだろう。俺ですら十代はアカデミアが学校だって事を忘れてるんじゃないか、と思うくらいだ。
アカデミアと言う名門校にて教鞭を取る事に誇りを持っている教師からしたら、授業は全力でサボり、デュエルは楽しんでいるあいつの姿は遊んでいるようにしか見えないのではないか。
だとしたら、深い付き合いがない内は嫌われるのも無理はない。
でもメンタルはデュエリストとしての理想系の一つとも言える。それ故に、長く関わる内に周囲の見る目も変わって行ったんじゃあなかろうか――。
まあ、俺の勝手な想像だけれども。
それに、本編での描写だとレッド寮も十代たちが活躍するに従ってモチベーション高くなってたような気がするし。
十代と言う台風に巻き込まれて鬱屈とした空気も吹き飛ばされ、カリスマ的存在な万丈目サンダーによって引っ張られていくんだろうさ。多分、きっと。
……あれ? そう言えば、カードポイ捨て事件が終わってるって事はもう万丈目さんアカデミア出てんのか?
「気付いたら随分話が逸れていたノーネ! さっきの話ーは、オフレコでお願いしますーノ。――さて! シニョール三沢はブルーへの昇格は希望しませんでしたーが、シニョール倉沢はどうしますーノ?」
「あ、はい。それじゃあ、俺もなしで。なんだかんだで満足してますし、出来たばかりの友人たちと疎遠になるのもちょっと、遠慮したいですから」
そんな風に逸れていた思考を先生の言葉に引き戻されて、軽く咳払い。
そうして気を改めると、クロノス先生の問いへと真っ直ぐに答えを返した。
あそこ雰囲気悪そうだし、と言う言葉が出そうになったが、そこは何とか堪えて当たり障りのない理由を付け加える。
一応、真っ当そうな理由だったせいだろうか。先生の表情に落胆の色が浮かぶ事はなかった。
「シニョール倉沢も昇格は希望しない、ということで了解なノーネ。――シニョール倉沢」
「はい」
お互いに立ち上がった所で不意に名前を呼ばれ、俺は姿勢を正した。
まだ何かあるのだろうか? そんな事を考えていると、向けられたのは予想外の言葉。
「タイプは違えーど、ワタクシも機械族のデッキを使っているので、何か相談があったらいつでも相談するといいノーネ。シニョール三沢を含め、あなたたちには特に期待していマスーノ」
「――はい! ご期待に沿えるよう、頑張ります!」
一瞬きょとんとしてしまったが、ある意味では憧れの人でもあったクロノス・デ・メディチ。
彼が目を掛けている、と言う言葉を自分にくれたのだ。嬉しくない訳がない。
そのせいだろうか、返事も妙に殊勝なものになってしまったが、先生は上機嫌だったのでよしとしよう。
けれど、ただ一つだけ言いそびれたことがあるのが心残りだった。
俺、別に機械族にこだわりを持ってはいないです。
その言葉は、先生の背を見送る俺の胸中にのみ響いた
総評。優等生やってると得だなあ。そんな事を実感する一日でした、まる。
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第八話 休日
過分な評価を頂いているような気も致しますが、嬉しいです。ありがとうございます。
更新も遅い拙作ですが、これからもご愛顧くださいませ。
あれから一週間と数日。特に何事もなく日々は過ぎた。
今日は休日、外で軽く友人とデュエル中。酷いコンボが出来た! ちょっと見てくれ! と言って強引に付き合わせている。
――いや、こっちでパックを買ってみたらさ。当然だけれど俺が持ってない、アニメ登場カードなんかも出てきたりするんだよ。
その中で悪用の方法を簡単に思い付いたカードがあったので、それを使ったデッキを組んでみたのである。
デュエルは俺の先攻になった。五枚ドローして手札を確認。
……ああ、うん。こう言う時にはあの台詞を言うべきだろう。
おいおい、これじゃあ……Meの勝ちじゃないか。
「俺のターン、ドロー。ダーク・グレファーを召喚。んでもって効果発動。手札の闇属性モンスター一体を墓地に送り、デッキからも闇属性モンスター一体を墓地に送る。G・コザッキーを手札から捨てて、デッキからG・コザッキーを墓地へ。んでもって魔法発動、ネクロ・サクリファイス。俺の墓地から相手フィールド上に二体までモンスターを特殊召喚し、このターン、その数だけ上級モンスターを召喚するのに必要な生贄の数を減らす。G・コザッキー二体を奢ってやろう」
「え、あ、了か……ってちょっと待て! 自爆モンスターだろうがそいつは!」
「その通りでございます。G・コザッキーはフィールドにコザッキーがいない場合自壊して、一体に付き2500ポイントの効果ダメージがコントローラーに発生するんで宜しく」
「理不尽だあああああああああっ!!」
デュエル終了。思わずどや顔をしたくなったがそこは我慢した。偉いぞ、俺。
それでも終わった後で散々愚痴られたけどね。仕方がないね。
いやあ、しかしアニメで出てきたカードって悪用できそうだとは思ってたけど、これだもんなあ。4000ライフだととんでもない。
ネクロ・サクリファイスのテキストに効果を無効にして、の一節があればまた違ったんだが――まあ、その場合は皆既日触の書でリセットし、強引に効果を発動させれば済む話だ。必要になるカードが増える分だけ成功率は下がるが、誤差の範囲だろう。
と、そんな具合にコンボを決めたことでこのカードの危険性を友人も認識したらしく、二人で揃ってI2社に陳情してみる事にした。
サーチやドローや墓地落としが容易なこのご時世、このワンキルは成功率が高すぎるのである。先攻ワンキルも余裕だよ!
更に言えば必要になるカードもレアリティが低いものばっかりだったり。成功率が高いコンボであることもあり、ライフ4000制のこの世界においては、勝利だけをリスペクトする連中が使いまくって環境を席捲しかねん。
苦渋の選択でG・コザッキーとネクロ・サクリファイス落として魔法石の採掘からぶっぱとか、天使の施しから以下略とか、幾らでもルートは作り上げられる。
まあ、とは言っても俺たちができることなんて、I2社のお問い合わせ先に手紙を送るくらいなんだけどね。
序でに見かけた、えーっと、……名前なんだっけ? とにかく、カレーを作るのが異様に上手いイエローの寮監の先生の前でもう一回これを実演し、署名を頂いておいた。名門校の教師の名前まであるとなれば適当に流されることはあるまいて。
直接的なバーンカードは厳しく締め付けられているが、こういったコンボになると緩々なのはどうなんだろう? いや、カードの種類が多いせいで手が回っていないんだろうけどさ。
やりたかったことはやったので、今日の予定を済ませるとしよう。
新しく組み上げたデッキを慣らしたかったので、デュエル場に行く。
付き合ってくれてた友人にそう言うと、なら付いていく、と返されたので、一緒に行く事にした。
「で、倉沢。新しいデッキが出来たって言ってたが、どんなデッキを使うんだ?」
「んー、儀式召喚だな。なんか使ってる人、そんなにいなかったし。お前は?」
「今はVtoZだな。ただ、万丈目がいないお陰で……」
「お前、最初はなりきりから始めないと調子出ないもんなぁ」
「ああ、自分でも不思議なんだがイマイチ乗り切れないんだよ。いっそいない奴を気にするよりも思考を切り替えようとも思ってるんだが、ユニオンは初めて使うカテゴリなんだ。なかなかな……」
「俺が知ってる限りだと、ユニオン回すならゲットライドと前線基地だろ。後は万丈目も使ってた異次元格納庫、光属性だからシャインスパークに、YZWをリクルートできるシャインエンジェル辺りか。後は機械サポートでも入れときゃいいんじゃないか?」
「なるほどな。戻ったら改良するか……後はプレイングを練り上げたい。その時は頼むぜ、倉沢」
「あいよ。俺もデッキの調整したいしな。でもまあ、二人でデュエルし続けても身にならんし、他の奴らにも声かけようぜー」
道すがら、雑談に花が咲いた。自然とデュエル関係の会話になるのは場所柄と言う事で、仕方がないね。
ああ、内容から分かるかもしれないが、友人こと同行者はなりきりデュエリスト神楽坂くんでございます。
理論の三沢、直感の十代とはまた違って、こいつは見取る事で強くなるタイプのデュエリストだ。本人も戦術の研究に余念がない。
そんなこいつからすると、幾つかデッキを持っていたり、不定期ながらも新しいデッキを使う人間と言うのは魅力的に見えるらしく、こうして行動を共にする事も割と多かったりした。
どうやら今は万丈目ベースのVtoZデッキを使っているようだが、お手本がアカデミアから去ってしまったことでなりきりにも身が入っていないのか、成績は今一つらしい。
……本編では他人の真似事しか出来ないとかなんとか言ってたっけなあ、確か。
まあ、この世界ではそんな事にはならないだろうが。
今の神楽坂はコピーデッキを一通り回して理解を深めた後、自分用に少しずつデッキをカスタマイズして練り上げていくと言うスタイルを確立している。
デュエル後の反省会では指摘を受ける事もあれば、する事もある。神楽坂もその例に漏れる事はなかった。
そしてこいつ、強い相手と見れば躊躇わずコピーデッキを作り上げる辺り、割と執着心は薄いようなのである。指摘に関してもそうした方が良いと理解できれば、あっさりと受け入れていた。
反省会での指摘に従い、自分なりの改良を加えてまたデュエル。再びの反省会、もう一度改良、デュエル。そしてもう一度。
そうやってデュエルを繰り返す内に、コピーデッキは徐々に神楽坂のデッキへと移り変わっていく。それも研究に熱心な分、元デッキよりも練り上げられたデッキに、だ。
まあ、流石にドロー力なんかはどうしようもないんだが、それを勘定に入れたとしても現ラーイエローで一、二を争う腕前なのは間違いない。俺も大分、砂を舐めさせられた。
カードプールが同じと言う条件でこいつとデュエルするとなったら、俺は勝てる自信は全くないです。
まあ、余談だけれどね。
そうこうしている内に、デュエル場に到着した。
休日でもちらほらと人の姿が見えるが、さて、どうするか。
適当に声を掛けてもデュエルしてもらえる気がするが、うーむ。
「……お?」
「どうした?」
「いや、知り合いがな。ほれ、あそこ」
「どれ、――っておい、オベリスクの女王じゃないか!? 一体どこで……」
男前なヒロインとそのご友人がいたので何とはなしに話題に出してみると、意外なくらい反応があってついつい苦笑が漏れた。
「オシリスレッドに遊城十代って、強い奴いるだろ?」
「あ、ああ」
「加えて同室の二人と三沢、それに天上院の五人でよくつるんでるっぽいんだよな。俺は三沢といた時に偶然知り合いになった」
神楽坂が愕然とした顔でこっちを見た。
こいつも三沢とは割と良く話してるんだが、寮以外で行動を一緒にすることはなかったっぽいからなあ。気付いていなかったんだろう。
俯きがちに何かぶつくさと呟き始めたので、少し耳を澄ませてみると今度少し一緒に行動してみるか? いやしかし……なんて言っている。
やっぱ、明日香って人気あるのな。まあ、しゅっとした立ち居振る舞いにはちょいと憧れるけどさ、俺も。そこらの男よりイケメンだよな、明日香。
どっかに意識を飛ばしている神楽坂を生暖かい視線で一瞥すると、明日香たちに視線を戻――ってあれえ、なんかこっちに近付いて来てるんだけど。別に指差したりしてないぞ?
さて困った。基本的にチキンな俺は、話題に出していた人間がいきなり現れたりすると後ろめたくなるのである。
自分の世界に入っている神楽坂を置いて逃げ出すか? いやしかし、そしたらデュエルが……。
そんな風に迷っていたせいで機を逸してしまったようだ。気付けば、もう結構近い距離にいらっしゃった。
「あー、……よう、天上院さん。後、ジュンコにももえだっけ? 今日は十代たちと一緒じゃないんだな」
そこまで来られたら、声を掛けないといけない気がする。知り合いな訳だし。
第一声に迷いながらも、こちらから挨拶を。ただ、お付きの方々の名前が咄嗟に出て来なくて、ワンクッションを置く羽目になったが。
「仲が良いのはそうかも知れないけど、毎日一緒、って訳じゃないわよ。それより、ついで扱いはどうかと思うんだけど?」
「仕方が無いだろ、自己紹介されたわけじゃあないんだから。……ほら、神楽坂」
「……おわっ!? 何するんだ、お前は……って天上院さん!」
未だにお二人からは名前をお聞きしておりません。知識として名前は覚えているが、苗字は全くだ。
そうなの? とばかり明日香が振り向く。
その隙に、まだぼーっとしてる神楽坂の背を握りこぶしで押し、軽く胸を張らせるようにしてやった。
それに反応してだろう。はっとして俺の顔を見た神楽坂だったが、明日香の姿を確認してわたついていた。慌てすぎだろ、お前。
その様子に生暖かい視線を送ってから、改めて前へと向き直る。
すると、面白そうな視線が二つと、きつく眇められた視線が一つ、此方へと注がれていた。神楽坂だけでなく、俺にも。何でよ?
「……その、なんだ。そっちも神楽坂のこと知らないだろうし、皆で自己紹介でもどうよ?」
微妙に居心地の悪いそれに、俺は取り敢えず愛想笑いで応じることにした。
それから十数分。改めて名前を名乗り合ったのは良い物の、その後が続かなかった。
神楽坂は憧れの女王様が直ぐ近くにいらっしゃると言うことで固くなってるし、俺はと言えばジュンコからの視線が気になってしまって仕方がない。
いや、そりゃさ、前のデュエルで俺が明日香に勝てたのは偶然かも知れないさ。多分まぐれだろうとは俺も思ってるよ?
でもさ、もう一ヶ月は前の事で睨まれるとか。正直、居心地が悪くて堪らんわ。
平気な顔をしているのは明日香とももえくらいのものである。
十代への対応も似たような感じだった、とかで慣れたのか? できれば窘めて欲しいんですが。
とか、そんな事を考えていたんだが、そしたら明日香がさ。デュエリストなんだから、後はデュエルで自己紹介しない? とか言い出したのである。
しかも、変則バトルロイヤル。五人での。……ジュンコさんが俺を集中攻撃してくる未来しか見えないんだけど。
けどまあ、それもありかなあ、と思ったんだが、ここでまずももえが抜けた。
わたくしのデッキはロックデッキですから、全体の流れを阻害してしまいますわー、と言って離脱。
そして、神楽坂も困り顔になった。
研究熱心と言う性が、既に大規模改良案の出てしまっているデッキでのデュエルを躊躇わせているらしい。
そんな訳で、大急ぎで改良してくると言って神楽坂も一時離脱。物凄い勢いでイエロー寮へと走っていった。
結果、残された側は先に始める訳にも行かずにすっかり手持ち無沙汰だ。
そこで、じゃあ待ってる間は普通にデュエルでもしてる? とそう口にした瞬間である。
ジュンコが食い付いた。
そして、こてんぱんにしてやるわ! と言わんばかりの視線をこちらに向けてきたのである。
――なんでじゃ。
あれか? 十代には勝てる気がしないから俺を虐めようって言うのか? それとも他に理由でもあるのか?
何はともあれ、結果として俺は枕田ジュンコとデュエルする事に相成ったのだった。
で、現状。向かい合ってデュエル場に上っている。――なんだかなあ。
「聞きたいんだが、なんでそんな怖い目で見るんだ。俺、なんかしたっけ?」
「別にしてないわよ。……あんた、周りから自分がどう見られてるか知ってる?」
「いや、知らん知らん。どう見られてるんだ、一体」
「――イエローの座敷童」
「は?」
「だから座敷童よ。付き合いがあるだけで実技の成績が上がるって噂になってるの」
どういうことなの……。
いやまあ、確かにイエロー寮の友人たちと過ごしている時、デュエルする度に手強くなってるなあ、と思ったことはある。
だがしかし、それは俺が原因って訳じゃあないだろう。単に感想戦をやるようになったからだ。
と、その考えが顔に出ていたのか、向けられる視線がまた厳しいものになった――ような? なぜだ。俺悪くないよね?
そんな意を込めて、壁の花になっている二人に視線をやる。苦笑していらっしゃった。
ああもう、訳分からんっ!
「……一応、どう言うやり方でやってるかは知ってるわよ。意見を言い合うだけじゃなくて、デッキまで見せ合ってるって聞いたわ。確かに有効でしょうけどね。あたしにはそこまで晒せないから」
僅かな間。その間には恐らく、デュエリストとして、と言う言葉が入るように俺には思えた。
……あー、つまりあれか。こっちだとお互いのデッキを全部見せて意見を出し合うってのは、つまり自分の手札と言うか、手の内をぶちまけることになる訳か。
それを、俺は元いたとこの感覚でやっちゃっていた、と。
じゃあなんで友人連中はそれに付き合ってくれてるのか、と言う疑問も湧く。が、それはきっと、恐らく、連中がいい奴らだったからだろう。
相手が勝手に晒したとは言え、自分だけ見せてもらってそのままと言うのは、デュエリストとしての誇りが許さない、とかそんな具合に。
……でも、そうしたら、だ。
俺ってもしかしなくても、とんでもなく非常識な真似してた?
息をするようにしていた行為が問題だらけだったと気付き、冷や汗がだらだらと流れる。
そんな俺に向かい、ふんと鼻を鳴らしたジュンコが話は終わりだ、とばかりデッキに手を掛けた。
だがしかし、良く考えたらまだ質問に答えてもらってない。
「……いやちょっと待て。それでなんでこうなる?」
「あんた、ここがなんの学校だと思ってるわけ? ――強くなりたいからに決まってるじゃない」
「まるで意味が分から……、いや、待てよ」
もしかして、デュエルして見えた問題点とかを指摘しろって事なのか? そうなのか?
「つまり、一戦交えてから感想戦しようぜ、って事か?」
「……まあ、大体そうよ。デッキは見せないけど」
「睨んでたのは?」
「本気でデュエルしようって時に、へらへらしてられる訳ないでしょ」
それにしたって喧嘩腰すぎるだろ! とツッコみたい。心の底からツッコみたい。
けどツッコムとろくな事にならない気がする。
でもま、一応理由も分かったしなあ。すっきりしたから、もう良いや。
軽く息を吐き出してから、俺もまたディスクを構える。デッキトップに手を添えて、デュエルの構え。
デュエルの構えって何だ、って思うかもしれないけど、まあ、あれだ。フィーリングと言う事で。
互いにその体勢になったからには、言うべき言葉はただ一つだ。
視線を重ねて、同時に宣言する。
「「デュエルッ!!」」
五枚ドロー。手札は……キーは来ていないが、マンジュ・ゴッドでサーチもできる。
その他もバランス良く揃っているし、滑り出しとしては上々、と言ったところだろう。
先攻は……っと、こっちか。
「俺のターン、ドロー。メインフェイズ、モンスターをセット。更にリバースカードをセットしてターン終了」
壁を出し、カードを伏せる。極一般的な一ターン目である。
マンジュ・ゴッドは先攻で出すにはステータスが心もとない事もあり、まずは壁を出しておくに留めた。
次のターンで儀式に必要なカードのどちらかが引ければ、その時点で攻めに行くつもりではいるが、はてさて。
「私のターン! フィールド魔法、伝説の都 アトランティスを発動するわ!」
む、アトランティスか。
ジュンコってゲームではハーピーデッキだったけど、アニメでは海系のデッキだったんだっけ?
彼女がカードをディスクにセットすると、周囲の風景ががらりと変化した。
ソリッドヴィジョンが映し出すのは海底に沈んだ石造りの都市と、その中を暢気に泳いでいる魚の群れ。水面より差し込む光が幻想的だ。
しかし、そんな光景を見ていると水の抵抗や圧力を感じない事に違和感を覚えてしまう俺だったりする訳で。
軽く掌を振ったり、肩を回したりなどしてしまって、明日香たちから少し笑われた。……畜生、おのれKC!
茶番はさておき。
伝説の都 アトランティスは手札及び場に存在する水属性モンスターのレベルを1下げ、攻撃力・防御力を200上げる効果を持っている。
その影響下では本来は生贄が一体必要になるレベル5モンスターをノーコストでフィールドに出せるし、グラヴィティ・バインドやレベル制限B地区などのレベル4以上で引っかかってしまうロックパーツを下級モンスターにすり抜けさせる事もできる。更に、最上級モンスターを生贄一体で召喚する事も可能だ。
総じて非常に優秀なフィールド魔法だが、どの戦術を軸に据えるかで役割が変わるカードでもある。さて、どう出てくることやら。
「更にマーメイド・ナイトを召喚! このカードはフィールドが海の時に二回攻撃できる。そしてアトランティスは名前を海として扱うカードよ!」
マーメイド・ナイト。昔はアトランティスデッキでのメインアタッカーを張っていた事もあるカードだ。
攻撃力は1500、守備力は700。グリズリーマザーからリクルート可能な事もあって使い勝手は悪くないが、素のステータスが少々貧弱ではある。
「お互いに効果が適用され、攻撃力は1700まで上昇。更に二回攻撃か」
「そうよ。そのモンスターを倒して、ダイレクトアタックを叩き込んでやるわ! マーメイド・ナイトで裏守備モンスターに攻撃!」
命を下された人魚の騎士が、滑らかにその尾をうねらせて海中を駆けた。
一瞬にして詰められた距離。振り翳された刃が一枚のカードを両断しようとして、その寸前でカードが反転する。
「セットモンスターは弾圧される民だ。守備力は本来2000だが、こいつは水属性モンスター。よって200アップして2200になる!」
瞬間、現れたのは見るからにやせ細った農民だった。
吹けば倒れてしまいそうな彼に、刃が振り下ろされる。普通なら切り伏せられてそれで終わりになるだろう光景なのだが――何故かその守備力は2000ポイント。
彼は手に持った鍬でその剣を受け止めると、思いっきり人魚を押し返してみせた。思わぬ反撃に面食らったのか、後ろに流された人魚がジュンコに勢い良くぶつかる。
合わせて、ライフの減る音が彼女のディスクから響いた。
LP:4000 - 500 → 3500
「っく……ほんっとに面倒ね、その表示形式っ!」
「守備モンスターに対しちゃ褒め言葉だろうさ。仕事した証拠だ」
「……カードを一枚伏せてターンエンドよ!」
マーメイド・ナイトでは民を屈服させることはできない。二回攻撃しても手傷が増えるだけである。
ジュンコがその事実に眉をしかめ、ターンエンドを宣言したのを確認してから、俺はデッキトップのカードを引き抜いた。
「俺のターン、ドロー。…マンジュ・ゴッドを守備表示で召喚する。モンスター効果を発動! このカードが召喚に成功した時、デッキから儀式モンスターか、儀式魔法を手札に加える。俺が手札に加えるのは高等儀式術!」
ドロー、スタンバイ、メイン。ディスクの灯りがフェイズの移行を知らせたのを確かめてから、一枚のカードをディスクにセット。
本来ならば攻撃表示でなければ効果を発動できないモンスターだが、この世界では表側守備表示が可能なのでそれを行い、そして迷いなくキーカードをサーチ。
最も重要な一枚であり、このカードがなければデッキは回らない。故に、体勢が整った今、いち早く確保して起きたかったカードだ。
だがしかし、まだ攻めには移れない。呼び出すべきモンスターが手札に来ていないのだ。まだまだ、ここは我慢の時。
「……ターンエンド」
どちらか片方が来てくれていれば、そのまま攻めに移れたんだが。
詮無いことを考えながら、エンド宣言をしておいた。
「私のターン! 水陸両用バグロス mk-3を攻撃表示で召喚するわ!」
「そいつは……っ!」
海が場にある時にダイレクトアタックが可能なモンスターだ。元世界では然したる脅威でもないが、ライフ4000制だと非常に危険なモンスターと言える。
素の攻撃力は1500。マーメイドナイトと同じく強化されて、その値は1700だ。
三発通せば勝負が決まる。適当な装備魔法と合わせれば、二発で終わりだ。
その上、グリズリーマザーの存在から場に残す事も容易と来た。……め、面倒臭い。グリマザに安易に攻撃できないじゃないか。
ともかく、こいつは次のターンで早々に排除しなければならないだろう。
「行くわよ、バトル! まずはマーメイド・ナイトでマンジュ・ゴッドを攻撃!」
再び剣を振り翳し、踊りかかるマーメイドナイト。振り下ろされる刃が万手の神を両断する。
――神って名前の割に攻撃力1400、守備力1000と並みのリクルーターレベルの攻防なんだよな、こいつ。攻撃力1600くらいあっても良いと思うんだけど。
とか思っている間に、追撃が来た。
「続けてバグロスでダイレクトアタック!」
機体横の推進器が勢い良く気泡を噴き上げ、バグロスが上方へと昇っていく。
そして、その位置から勢い良く急降下を行ってきた。弾圧される民の頭上を越え、何も守るもののない俺へ向けての体当たりがごっそりとライフを削り取った。
LP:4000 - 1700 → 2300
「ターンエンドよ」
「俺のターン!」
カードをドロー。残念ながら、儀式カードではない。
……ここはアドバンス召喚に拘らず、アタッカーとしてこのカードを運用するべきだろう。
手札の内の一枚に視線をやった後、まずは露払いとばかりカードをディスクにセットした。
「速攻魔法、サイクロンを発動。その伏せカードを破壊っ!」
「……っ!」
旋風に巻き上げられ、墓地に送られたのは――忘却の海底神殿か。海として扱うカード、と。なるほどね。
まあ、何か面倒なモンスターが出てきた時に逃げられてもアレだし、コダロス辺りが湧いてきてこれをコストに効果を使われても困る。破壊できて良かった、と思う事にしよう。
憂いを廃した事もあり、安心と共に一枚のカードを手に取ると迷わず召喚する。
「神獣王バルバロスを生贄なしで召喚! このカードは元々の攻撃力を1900にして妥協召喚できる!」
このデッキにおける切り札とも言えるモンスターであり、妥協召喚をするのは本来の用途ではないが、この状況で優先するべきはダイレクトアタッカーの排除である。
俺の声に合わせて下半身を獣の身体とした戦士がフィールドへと現れると、猛々しく吼え声を上げた。
獅子の鬣を象ったのか、腰と顔を飾る黄金の飾りが勇ましい。実に頼りになる姿だ。
「バトルフェイズだ。バルバロスでバグロスを攻撃! トルネード・シェイバー!」
命令と共に、獣の四肢が地を蹴る。
互いの間にあった距離を疾風のように詰めての、突き技一閃。槍先がキャノピーを突き破り、それを追って生まれ出た螺旋の水流が機体そのものを捩じり切った。
一瞬にしてスクラップと化したバグロスが水圧に呑まれて砕け散る。
その光景を後目に、獣の王は悠々と俺のフィールドに凱旋した。
攻撃力差は200。一瞬の間を置いて爆発したバグロスの破片がジュンコの身体を掠り、そのライフを僅かに削っていく。
LP:3500 - 200 → 3300
さて、これ以上はやることはない。手札にあるのは、今使っても仕方がないか、あるいは条件に合わないカードばかりだ。
「俺はこれでターンエンド」
「私のターン、ドロー! ……来たわ。私はマーメイド・ナイトを生贄に――」
カードを引き抜いた瞬間、ジュンコの瞳に喜びの色が閃いた。
切り札を引き当てた、と言うことか。
アトランティスデッキにおける切り札と言えば、ぱっと思い当たるのは三種類だが――仮にその内の一体が出てきた場合、俺の敗北は確定だ。
じっと息を潜めて、その時を待つ。
「海竜‐ダイダロスを召喚ッ!」
人魚の騎士が光に包まれて消えうせた、その直後、海底都市が激震に襲われた。
幾つかの建物が崩れ落ち、静かにたゆたっていた海水が竜巻の様に渦を巻く。
その中心部で、長大な影が揺らめいた。激流が弱まるに連れて、その威容が明らかになっていく。
兜の様な厳めしい甲殻に包まれた頭部、巨大な杭のような牙。
蛇に似た長い身体を雄大にうねらせながら、獣の神とその隣で震えるちっぽけな民を四つの目で見下ろした竜が吼える。震える水が衝撃波のように、バルバロスと民の身体を打ち据えた。
これこそがアトランティスデッキの切り札の一、海竜‐ダイダロス。
フィールド上の「海」をコストに自分を除いたフィールド上のカード全てを破壊する効果を持った、暴虐の竜だ。
……って、あれ? こいつこっちだとパラレルレアじゃなかったっけ? まあ、良いか。
こほん。ともかく、出てくるのがこいつまでなら良い。
攻撃力2600のダイレクトをそのまま通せば負けるが、こちらにも一応リバースカードがある。このターンを凌ぐ事は恐らく可能だろう。
問題なのは更に上の階梯へと進み、神の名を冠したダイダロスが存在していることだ。
海竜神‐ネオダイダロス。その身に備わった力はフィールド上のカードに限らず、お互いの手札すらも全て墓地へと埋葬する。
儀式モンスターの召喚には基本的に多くのカードが必要になる。手札の全てを墓地に送られ、ゼロからの立て直しを強制された場合、俺のデッキでは絶対に間に合わない。
よしんば間に合うとしても、その間に再び海を引き当てられネオダイダロスに効果を使われればそれだけでジ・エンドだ。
パラレルレアのダイダロスを更に強化したモンスター。そんなとんでもないレアリティのカードを持っているとは考えにくいが……可能性は、ゼロじゃあない。
――頼むから、来ないでくれよ。
祈るような気持ちでダイダロスを、その操り手であるジュンコを見詰める。
視線の先で細い指先がディスクへと延ばされた。触れた先は、音を立てて開かれたフィールドカードのゾーン。
……つまり、ダイダロスの効果を発動する、と言うことだろう。これで多分、次のターンまでは持ち応えられるっ!
「ダイダロスの効果を発動するわ。自分フィールド上に存在する『海』を墓地に送って、このカード以外のフィールド上のカード全てを破壊する! やりなさい、ダイダロス!」
「この瞬間、速攻魔法を発動! 収縮! ダイダロスの攻撃力を、元々の攻撃力の半分にする!」
ジュンコの宣言と共に、静けさを取り戻していた水の流れが再び荒々しくうねり始める。
それに全てが押し流される前に、俺は伏せていたカードを発動させた。
速攻魔法、収縮。戦闘補助のために入れていたカードだが、思わぬ所で役に立ってくれた。
先んじて放たれた魔法が、ダイダロスの巨体を縮小する。――だがしかし、解き放たれた破壊の力を止めるには能わない。
フィールド上の全てが打ち砕かれる。伝説の都、雄雄しき獣の王、じっと耐え忍ぶ民すらも。
後に残っているのは、僅かばかりその力を減退させた海竜のみだった。
「アトランティスの戦士を墓地に送って、効果発動! 伝説の都 アトランティスを手札に加えて、そのまま発動っ! 更に魔法カード、サルベージよ。墓地から攻撃力1500以下の水属性モンスター二体を手札に加えるわ。あたしが選択するのは、水陸両用バグロス mk-3とマーメイド・ナイト!」
アトランティスの戦士は、攻撃力1900のモンスターだが、今まで手札にあったっぽいな。
初手のマーメイド・ナイトは守備モンスターを処理すると同時にライフアドを取る為のチョイス、その後は弾圧される民の防御を抜けないこともあって温存していたと言うところだろう。
その結果、海竜は次のターンにも全体除去を発動させることが出来るようになった。流石にエリートの代名詞、オベリスク・ブルーの生徒。良い判断してやがる。
更に手札にはバグロス。ダイダロスの攻撃力は2600から半減しているが、アトランティスで200強化されて1500ポイント。
俺にはそのダイレクトアタックを防ぐ手はないため、このターンでライフポイントは1000を切る。
仮にダイダロスが排除されても、次のターンにバグロスを召喚してダイレクトアタックで勝てる、と見たのだろうが……全く以ってその通り。
俺が勝つには次のターンで決めるか、伝説の都とダイダロスの両方を排除するかしかない。
ただ、両方排除しても二枚目の忘却の海底神殿を伏せられたり、ジュンコがテラ・フォーミングと海のセットまで突っ込んでいたらまずいので――次のターンでやるだけやってみるしかないだろう。
そう覚悟を決め、息を吐くとダイダロスを見据える。――よっしゃあ、来いっ!
「バトルよ! ダイダロスでダイレクトアタック! リヴァイア・ストリーム!」
直後、ダイダロスの口から放たれた激流が俺を飲み込んだ。
とは言え、収縮の効果でその攻撃力は下級レベルまで落ち込んでいるので、派手なだけなのだが。
LP:2300 - 1500 → 800
それでも思わず顔を庇ってしまった。だって迫力凄いんだもんよ。
「カードを一枚伏せて、ターンエンド。――次のターンで決めてやるわ!」
「キーを引けなかったらそうなるな! ……ドロー!」
これで俺の手札は五枚。他のパーツは大体揃っている。
サーチカードでも引ければ御の字、と言ったところだが――…っと?
……よし、回ったっ!
「俺は魔法カード、儀式の準備を発動。デッキからレベル7以下のモンスターを手札に加え、その後、墓地から儀式魔法一枚を手札に加えられる。俺の墓地に儀式魔法はない。前者の効果のみを適用し――レベル6のライカン・スロープを手札に加えさせてもらう」
まずは準備、とはよく言ったものだよなあ、と思わず苦笑が漏れた。
このデッキは上手く回れば8000環境でもワンキルを狙えるが、その一翼を担うのがこのモンスターだ。それなり以上の火力を出すにはちょっとした準備が要るが、恐らくは最も相性の良い儀式モンスターである。
他の儀式モンスターは……ダメージを稼げる効果ではないので、ルートが限られる。爆発力が少々足りない、と言うのが正直なところだ。
と、今回は上手く行かなかったが、理想の流れに付いて少々触れておこう。
墓地には大量の通常モンスターを貯めておきたいので、デッキには可能な限り低レベルの通常モンスター、後はジェリービーンズマン辺りの能力値の高いレベル3通常モンスターを適宜投入。
儀式の準備によって高等儀式術を使い回す都合上、レベル1モンスターのみで揃えると、引きによっては儀式術を発動できなくなる事がある。
パーツが揃うまでは下克上の首飾りなりを使って戦線を維持し、時間を稼ぐのが基本戦術だが――本番はそれからだ。
まず、高等儀式術で墓地に大量の通常モンスターを送り込みつつ、ライカン・スロープを儀式召喚。
儀式術によって墓地に送られた低レベル通常モンスター三体をトライワイトゾーンで蘇生し、三体の生贄を得たバルバロスの全体除去で道を開く。
後は好みで殴れば良い。バルバロスの3000を差っぴいて、相手の残りライフは大抵の場合は残り5000。
儀式術を使い回しておけばライカン・スロープのバーン効果――墓地の通常モンスターの数×200のダメージを与える効果で2000以上の大ダメージを狙うことも容易い。
二回攻撃を行える閃光の双剣‐トライスでの連続攻撃で火力を増したり、ライフを削られているのなら巨大化で攻撃力を増強したり、儀式の準備で二体目を出してみたり、ルートとしては結構色々ある。
まあ、そんな具合なのだが、今回は割とごり押しなのよね。ついつい、苦笑が漏れた。
「そしてお待ちかね、高等儀式術を発動。儀式召喚するモンスターのレベルと合計が同じになるようにデッキから通常モンスターを墓地に送り、儀式召喚を行う。俺が墓地に送るのは全てレベル1のモンスターだ」
お前の攻撃が通れば勝てる。だから頑張ってくれよ。
携えたカードにそう念を込めると、カードをディスクへとセットし、召喚。
「さあ、頼んだぞ! こいつがこのデッキの要、ライカン・スロープだッ!!」
ふっ、と周囲が陰りを帯びる。
見上げてみれば、優しかった陽光に代わって冷たい月光が差し込んでいた。
水面で散らされ、弱弱しく海底へと落ちてくる月明かり。
一体何時から存在していたのか、その只中に一つの影があった。
硬い獣毛と逞しい筋肉で身を鎧ったそのモンスターが、高々と吼え声を上げて、その存在を誇示した。その声音に理性の色は見出せない。
……なにこれ、超カッコ良い。こんな地味なカードにこんな力の入った演出があっていいの?
思わずぽかーんとなってその姿を見ている内に、何時の間にかライカン・スロープは戦闘態勢を取っていた。
繰り返される実験の中で育まれた狂気と素体となった狼の野性に衝き動かされてか、敵を見据えた狼男が牙を剥き出しにして唸る。その様は、まるで攻撃命令をしろ、と俺を急かしているかのよう。
だがしかし、まだまだ下準備は終わっていない!
このまま突っ込んだら無駄死にするだけなのである。
妙に力の入った演出にまだ引き気味なジュンコを後目に、俺は二枚の装備カードを発動させた。
「コストとして手札を一枚墓地に送り、閃光の双剣‐トライスを! 更に流星の弓‐シールを発動し、ライカン・スロープに装備する! 攻撃力は合計で1500ポイントダウンするが、これでライカン・スロープは直接攻撃と二回攻撃の効果を得た。……さあいくぞ、バトルフェイズ!」
その両腕に細身の剣を、そして、足元に輝く弓を。
それぞれ与えられた狼男が、来るべき時が来た事を察してか、歓喜の咆哮を上げる。
攻撃力は2400から900にまで減退したが、なんの問題もない。
手札は全て使い切った。間違いなく、これが俺のラストターンになる。
「いけ、ライカン・スロープ! ジュンコにダイレクトアタック!」
俺の叫びと同時に輝く弓を大きく蹴り上げ、狼男が走り出した。
月光を受けて輝く弓に、思わず視線を向けてしまったのだろう。海竜の視線が僅かに泳ぎ――その間隙を衝いて、ライカン・スロープは俊敏に巨体の脇を駆け抜けた。
道を遮っていた巨体さえなくなってしまえば、彼にとってはこの程度の距離は無いに等しい。既に不可避の間合いだ。
だがしかし、ジュンコは余裕の色を崩さなかった。伏せられたカードの存在故にか、あるいはこいつの効果を知らないからか――。
「けれど、ダメージは1800でしょ。次の私のターンで終わりよ!」
どうやら、後者であったらしい。にやりと笑って、応じてやる。
「悪いが、その伏せカードで止められなければ次のターンは来ない。ライカン・スロープは相手にダメージを与える度、墓地に存在する通常モンスターの枚数の二百倍のダメージを与える! 俺の墓地の通常モンスターは七体だ。例え相手が無傷だろうが、残らずライフを削り取れる!」
「なっ……!? ああもう! だったら受け止めてやるわよ! 全部持ってきなさい!」
そういう反応、嫌いじゃないわ!
ライカン・スロープとジュンコとの距離は既に零。その手に携えた双剣の銘の通り、閃光の様な連撃が駆け抜けてから――、一瞬の間。
速過ぎた剣閃に衝撃が追い付かなかったのか、遅れて噴き上がった爆風がジュンコを包み込み、響くブザーがデュエルの終わりを告げた。
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九話 カードをトレードしてみよう
気の赴くままに書いてたらTFキャラが出ていた件。TFで一番好きなキャラクターだったりします。
なぜかどこでも見ないんですよね、この子。使いやすいキャラだと思うんだけどなぁ。
今回、デュエルなしです。待たせてこれかよ! と思った方、本当に申し訳ございません。勘弁してくださいまし。
「ダイダロスを切り札として運用するなら一枚じゃ足りないと思うんだよな」
「……分かってるわよ。けど、レアリティが高すぎて手が出ないの。これだって偶然買ったパックから出ただけなのよ」
「うん、それは分かる。パラレルじゃあな……。あー、ダイダロス以外に最上級は?」
「入れてないわ。……レベル8じゃいまいちコンセプトに合わないし」
「じゃあ、上級モンスター」
「幾つか入ってるけど」
「レベル5だよな?」
「当然でしょ」
「ま、そうだな。んじゃ、ロックパーツ使って一方的に殴るスタイルは合わないか……。コダロスはどうよ?」
「聞いた事ないけど。……そんなのいるの?」
「海をコストに相手のカードを二枚墓地に送れる奴。ミニダイダロス的な感じ」
「持ってないわ。トレードできる?」
「あー、まあいいか。じゃあ、ドローボーがあるならそれで。1:1で二枚までなら出せる」
「いいわ。それにしても変なカード欲しがるのね、あんた」
「いや、作ってみたいデッキがあって。決まれば強いだろ、あれ」
「決まればの話でしょ? 相手のデッキの一番上を当てるなんて条件じゃ無理がありすぎるわよ」
前回のデュエル終了後、顔を突き合わせての反省会に突入し、現在に至る。
大体の構築は想像できたので、とりあえず知識にあるカードを提案してみたのだが――…コダロス、珍しいのか? ノーマルレアだったりするんだろうか。
とりあえず、雑談を交えながらトレードのお話をしている。他にニードル・ギルマンやアビス・ソルジャーの事も話題に出してみたのだが、後者は結構なレアカードらしく、手に入らないとの話だった。
前者に付いては強化効果を持っていても1300でしょ、と言っていたのでちょっと勘違いしていたようだ。
俺にも覚えがある誤解なのでつい苦笑が漏れた。全体強化効果って、特別何も書いていない場合は自分自身も対象に入るのよね。ハーピィ・レディ1とかもその手合いだ。
というわけで、グリズリーマザーから手軽に出せるし、と言う点も合わせて伝えてみたら、今度使ってみると言っていた。
他に薦めたものと言えば、ウォーターハザードくらいだろうか。既に入っていたようなので意味はなかったけれど。
……しかし、ううん。これだけまともなデッキだったらアカデミア上位に食い込んでても良さそうなもんなのになぁ。
それだけドローパワーってのは重要なんだろうか? 際物を使ってる奴の方が強いのか? 今度リサーチしてみたいものである。
まあ、そんなことは今はどうでも良い。
本当に重要なのはトレードを承諾してもらったカードの方だ。ついに――ついにっ!
ついに ねんがんの ドローボー をてにいれられるぞ!
いや、一枚は持っていたんだけどね。
ドローボー。このカードはアニメに置いて大山平と言うドロー中毒者が使用していたカードである。
「カードの名前を一つ宣言して発動し、相手にカードを一枚ドローさせる。相手が宣言したカード名と同じカードをドローした時、相手のフィールドと手札に存在するカードを全てデッキに戻す」と言うとんでもないリセット効果を持っている。
はっきり言おう。ぶっ壊れカードだ。
相手のデッキトップを言い当てるなんて無理だ。そんなもの、発動したって当たる訳がないと言う人も居るだろう。確かに単体で使うならその通りだ。
だがしかし、コンボカードとして扱えばどうか。デッキトップに相手のカードをバウンスした後にぶっ放せばそれだけで的中率は100%になる。
適当に生贄を用意して風帝ライザーを召喚、相手のカードをバウンスした後にドローボー。
あるいはデッキを裏返す永続魔法、天変地異を発動してデッキトップを確認した状態でドローボー。
はたまた、伝説の柔術家を攻撃させて己に回った時にドローボーとか、鳳翼の爆風でバウンスしてドローボーでも良い。
幾らでもルートがあるのに決まればほぼ勝ち確の凶悪コンボだ。
いや、次のターンでバブルマンから強欲とか、天よりの宝札ぶっぱとかそう言う事されると困るんですがね。
まあ、それもドローしたカードを墓地に送らせる強烈なはたき落としなり、ドローフェイズ以外でのドローを禁止する神殿を守るものなりで対策しとけばどうにでもなる。
攻撃力2400のライザーが居座っているのだから、トドメまでさして時間は掛からないだろうし。
でも強欲な瓶とかのドローカードのチェーンだけは勘弁な!
早速、天変地異コントロール風味・爆風ライザーバウンスハンデスデッキを作ってドローボーを三枚突っ込もう!
――この時に俺が正気だったならどう考えても事故るだろ、と言う自己ツッコミをしていたのかも知れない。
だがしかし、夢が広がりまくってにやけ面になっていた俺を正気に戻してくれる優しい人は、残念ながらこの場にはいなかったのであった。
その後、戻ってきた神楽坂と明日香がデュエルし、神楽坂が僅差で敗北していた。
ざっと洗い直しただけのデッキで良くもまああそこまでやれるもんだよ、本当に。神楽坂ぱねぇな。
バトルロイヤルはなしになったものの、俺たちは次の週末に約束の物――トレードするカードを持ち寄ることにして、その場は別れることになった。
で、次の週。
俺と神楽坂が約束の場所へと足を運ぶと、そこにはジュンコとももえ、そして後一人、明日香の代わりに見慣れない女子がその場に居た。
まあ、明日香とは別に約束してなかったしな。ももえはジュンコとペア組んでるような状態なんで、一緒に来たようだが。
しかし、減る理由は思いついても増える理由はさっぱりである。なんで知らない人が来てるのか。
内心で首を捻りながらも、俺たちは彼女らに向けて歩みを進めた。
「早いな、おい。こっちも余裕見て出て来たつもりなんだが」
「まあね。結構楽しみにしてたから」
「カードを?」
「当然でしょ。……ももえ、何か言ってやんなさい」
「モブ顔からイケメンになって出直してきて欲しいですわー」
うるせえよ!? 俺だって好きで冴えない面してる訳じゃねえやい!
そんな風に心で泣いている俺を尻目に、神楽坂はお目当てが何処かにいないかと視線をあちこちに向けている。
お前……、友達が凹んでるのにフォローもなしとか。男の友情なんて儚いもんだって事をよくよく知らされたぜ畜生。
「て、天上院さんはいないのか……?」
「明日香さんなら遊城十代のとこよ」
崩れ落ちた。ざまあ。
っとと、そんな事よりも約束を果たさねば。
腰のカードケースから二枚のカードを取り出して、ジュンコに差し出す。
その二枚を受け取った後、ジュンコもまた同じ枚数のカードをぞんざいに突き出してきたので、有難く納めさせてもらった。
カードを確認。――うむ、確かに。
「どうも。品物確認した」
「こっちもね。……ありがと」
「どういたしましてだ。――ところで」
お互いに一声掛け合った後、視線をぐるりと巡らせる。
凹んでる神楽坂? スルーで。イケメンはもう少しそこで沈んでりゃあ良いんだよ。
行儀良く待っていたもう一人の女の子へと目を向けて、俺は口を開いた。
「……そちらの方はどなたさま?」
正直、気になっていました。
暗い緑色の髪にボブカット。そして、眼鏡。アニメには居なかったキャラだと思うのだが。
アニメ以外で、と言うなら多少の心当たりはある。あるのだが、――本当に合っているかどうか。
「ま、初対面よね。もういいわよ、用事済んだから」
ジュンコの言葉に応じるように、一歩踏み出してきたその子をじっと見詰める。
生真面目な表情、きびきびとした仕草、溢れ出る優等生の雰囲気。もしかしたら、この子は。
「――はじめまして、倉沢克己くん。私は原麗香と申します。今日はあなたにお話があって参りました」
その思考を裏付けるように、すっかり耳に馴染んだ音色で、覚えのある名前が紡がれた。
やはりだ。この声はもう何度も耳にしてきた。タッグフォース2から6まで、通してDPを稼ぐ際に、俺が最もお世話になってきたキャラクターに違いない。
――いいんちょ! いいんちょじゃないか!
彼女を前にして俺がまず最初にしなければならなかったのは妙な方向に振り切れてしまったテンションを元に戻す事と、口を衝いて出そうになる悪乗り全開の台詞を飲み込むことだった。
原麗香。プレイヤーからの通称は委員長。
登場はアニメではなく、タッグフォースシリーズ。
真面目な言動に眼鏡を掛けた、絵に描いたような委員長気質のキャラクターである。
使用デッキはフルバーン。魔法・罠・モンスター効果を駆使して徹底的に相手のライフを削るスタイルのデッキだ。
対策をしておかないと太刀打ちが難しい難敵なのだが、味方に付けるとその頼もしさは半端ではない。タッグデュエル時、揃ってフルバーンにしておけば手札10枚で開始したのとほぼ同様だ。相手のライフは一瞬で焼き払われる。
ライフ2000制でのフリーデュエルで稼ぎを行う場合、委員長に任せておけば良い、と言われる便利屋でもあるため、誰しもが一度はお世話になったのではなかろうか。
いや、まさかいらっしゃるとは思わなかった。
となるとあれか、帝&お触れホルスの石原姉妹とか、属性デッキ6人衆とかもいるんだろうか? ……今度探してみようか。
と、それはそれとしてだ。
流れからして俺に用があるらしいが、一体なんの用事なのだろうか。
これでも真面目にやってる優等生だし、委員長がわざわざオベリスクブルーからやってきて注意してくるような真似は多分、きっと、していないはずなのだが。
「……え、あ。はじめまして。えーっと、すみません。正直、全く心当たりがないんですけれども、何かやらかしてしまいましたかね?」
「いえ、そういう用事ではなくてですね。そう畏まったことでもありませんし、発端となったのも私の方ですから、楽にしていてください」
そうなん? と、視線でジュンコたちに確認。
頷きを貰ったので、ちょっと安心した。ふう、と溜め息を吐いて改めて向き直る。
「それじゃあ、まあ、お言葉に甘えて。……それで、お話と言うのは?」
「はい。――…倉沢君」
「は、はい?」
そうして弛緩した俺とは逆に、背筋を伸ばし、ぴしっとした姿で向かい合う委員長。
思わず釣られてしまう俺。台詞まで鸚鵡返しとか格好悪すぎて困る。そのまま、数秒の沈黙。
「ラーイエローではあなたが中心となって、自主的に実技を学んでいると聞きました」
「はあ、まあ一応――、……そうなんですかね?」
いや、ただデュエルして反省会をしてるだけでして。
学んでいるなんて言い方されると違和感が炸裂するんですが。
「ジュンコさんたちから話を聞いてみると、カードへの造詣もかなり深いようだ、と。座学でも優秀な成績を修めていますね」
「あー……まあ、それなりには」
好きでやってたゲームだしなぁ。そりゃあそこそこの知識は持っているけれども。
でもそれが一体何に繋がるのかがさっぱり分からないんですが。
今の自分の頭の上にはでっかいクエスチョンマークが出ているんでなかろうか。
その様子を見て取ったのか、不意に委員長がくすりと笑った。あら可愛い。
「すみません、ついつい回りくどくなってしまって。単刀直入に言いますと、ちょっとした勉強会を主催してみませんか、と言う用事なんです。最近、イエロー生の成績が上がっているのはこちらでも噂になっているのですが、知っていますか?」
「はい、その辺りはジュンコから聞いてますよ。イエローの座敷童って呼ばれてるんですってね、俺」
「ええ。そのお話を聞いて、どんな勉強法をしているんだろう、と私個人としては気になっていたんです。そこに今回ジュンコさんがちょっとした親交を持ったと聞きまして、渡りに船とばかりに付いて来させてもらったのですが……どうせなら身になる形で確かめたいな、と」
ふむ、見えてきたかな? 詰まるところ、気になっているのは成績が伸び始めたラーイエローと、その原因であるらしい。
真面目な優等生である委員長としては、効果的な勉強の仕方に興味津々なのだろう。それをより良い形で身に付けたい、そして他の人たちにも身に付けさせたいので、勉強会と言う形を取りたい、と。
「なるほど、それで勉強会ですか」
「はい。あまり大人数だと負担も相応になってしまうと思いますが、少人数でなら準備も然程必要ではありませんし……あ、もちろん倉沢君が良ければ、のお話ですよ」
瞳を伏せて、少し考えてみる。勉強会、自分にできるだろうか?
仲間内で学んでいるとは言っても結局のところ、俺たちがやっているのはデュエルとその感想戦に過ぎない。
座学に関しては割と投げっぱなしである事を考えると、そちらの方面で期待に添うことは難しいように思えた。
と、その辺りを素直に口にしてみると、委員長は指を一本立てて、言い聞かせるように言葉を返してくれた。
曰く、座学に関しては私は一家言あるつもりだから心配は要らないし、言い出したのは自分なのだから全て任せ切りにするつもりはない。あくまで普段通りにしてくれればいいのだ、と。
であれば、断る理由も特にはない様に思える。俺は一つ頷いて、答えを返した。
「分かりました、やってみます」
「――そうですか。ありがとうございます、倉沢君」
委員長の表情がほんのりと綻んだ。
きりっとした生真面目な雰囲気のする人だけに、柔らかい表情をされると視線が吸い寄せられそうになる。が、そこを何とか堪えて、さりげなく目を逸らす。あんまりじろじろと見たら委員長にも失礼だろうしね。礼儀、礼儀。
深呼吸を一つ、二つ。そうして気を落ち着けると、とりあえず、細かい点を詰めに掛かる事にした。
「いえいえ、こちらこそ。人数は何人くらいを予定してるんですかね?」
「それぞれ三、四人ではどうでしょう。これくらいでしたら、あまり広いスペースは必要にならないと思います」
「了解です。人選は適当に決めちゃって良いんですか?」
「はい、お任せします。ただ、学ぶ意欲を持っている人、でお願いしますね」
学ぶ意欲、ねえ。……こりゃ、内容は伏せたままでこっそりと募るしかないか。
ブルー女子と合同の勉強会やるぜ! 行きたい奴はこの指止まれ! とかやったら指をへし折られるほどの人数が殺到しそうだし。
とりあえずの候補としては三沢、神楽坂辺りだろうか。委員長と三沢が揃えばそれこそ座学では全く心配は要らないように思える。神楽坂もデュエルに関しては真摯な奴なので、まあ問題ないだろう。
……問題、ないよな? 幾ら神楽坂でもブルー女子が強かったからって女子の制服でコスプレとかし始めないよな?
一抹の不安が脳裏を過ぎる。それを払拭するべく、さっきまで神楽坂が居た方へと視線をやるとそこには誰も居なかった。
代わりに背後から、気合の入った声が聞こえる。“デュエル!”、と。……うん、大丈夫だな、あいつなら。
「了解しました、と。それじゃあ、相談はこの辺にして神楽坂たちのデュエルでも見ますか」
「――ジュンコさんが相手のようですね。早速新しいカードを使うようですし、そうしましょう。細かいところについては端末に連絡を入れますので」
その言葉に、俺は頷くことで応じた。
アカデミア生徒には、それぞれ一つずつPDAが配られている。生徒の名簿も入っているし、そこからメールも送れるし、電話もできる。連絡手段には事欠かない。
委員長はマメな性質なようだし、仮に俺が暢気してたとしてもケツを引っ叩いて働かせてくれるだろう。俺は安心して日々を過ごせる。
さて、今はライバルの新しいデッキを、そして戦術を、心行くまで鑑賞させてもらうとしよう。その後は俺もデュエルして、と。後は――…。
休日はまだ始まったばかり。残りの時間をどう使うかを考えながら、俺は彼らの元に足を向けるのだった。
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