スーパーロボット大戦The Inheritors (oneshot<a>man)
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序章
御使いの光輪が地球へと迫っていた。
その巨大なリングの中で、マーガレット・ハリスは機体を急がせていた。
外ではすでに地球連邦軍艦隊による攻撃が始まっている。
情報によれば独立部隊ロンド・ベルまで合流している…そうなれば陥落も近い。
「冗談きついわよ…」
ヘルメットのバイザーを上げ、汗で額に張り付いたブロンドの髪をはらう。マーガレットの仕事はDC残党に乗っ取られた巨大リングに潜入し、盗み出した構造や戦力配置の情報を連邦軍に流したらお終いだ。
しかし地球に迫るリングの脅威に焦ったのか、連邦軍は艦隊が合流しきるよりも前に攻撃を敢行してきた。
こちらの脱出など当然待ってなどくれない。
混乱に乗じMS(モビルスーツ)に乗り込んだはいいが、全長20キロメートルの超巨大構造物だ。そう簡単に出口には辿り着かない。
壁を吹っ飛ばすのも手だが、無駄な被害を拡大させてしまう。それはもう最終手段だ。
しばらく進んだところで、機体のマップ表示に見慣れない区画の存在を見付け、マーガレットは思わず目を見張った。
(わたしの把握してないブロック!?)
かなり機密レベルの高い情報まで抜き取ったというのに、それでも表示されなかった箇所だ。
極一部の…つまりトップレベルの人間専用の脱出路の可能性は充分にある。
迷ってる暇などない。マーガレットはそこに向け機体を再加速させた。
*
「何よ、ここ…」
多重ロックの先にあった区画。
その光景にマーガレットは唖然とした。
MSも悠々と動ける広いフロアの真ん中に、コールドスリープ用のカプセルだけが置かれている。
まるで神殿に飾られたご神体のようだが、それにしても飾り気がない。
「子ども…男の子…?」
ガラス越しに見える姿はまだ幼い少年に思えた。
(放ってはいけないわよね…)
決断し、カプセルを外すと機体の手で極力優しく覆う。
どうやらここがお偉いさん達の脱出ルートの一つであることは違いないようだ。
奥に大型エアロックが見える。
エアロックを通り抜けると、MSも搭載可能なサイズの大型輸送艇に護衛用なのかSFS(サブフライトシステム)まで用意してある。
「よし…」
マーガレットは機体を輸送艇に乗せた。
「さあ、後は出たとこ勝負!」
*
「議長!」
ノックもなしに部屋に飛び込んで来た秘書の姿に、ゴップは眉をひそめた。
ここ数日、作戦立案に艦隊編成と攻撃準備のために忙殺されほとんど寝ていない。
その上攻撃作戦の成否を待つ状況だ。
内心いら立ちを覚えながらも口を開いた。
「どうかしたか?」
「そ、それが…!」
秘書からの報告を聞き、ゴップは眠気が完全に吹き飛んだ。
「ロンド・ベルが、あのリングごと消滅した…?」
*
マーガレットは目の前の光景をただただ見るしかなかった。
あの巨大構造物が、急に発光したかと思えば跡形もなく消滅してしまったのだから。
もしあと少し脱出が遅れていれば…その想像に全身がぞっとする。
「もしかしたら、君のおかげかしら」
マーガレットの膝の上の少年は、いまだ目覚めることなく静かに寝息を立てていた。
*
「隊長、攻撃目標がいきなり消えちまったがどうすりゃいい?」
呆然とする小隊員の中で真っ先に動いたのは、ΖプラスC型に乗るレッド・ウェイラインだった。
「あ、ああ…とりあえず母艦に…」
その時レーダーが反応しけたたましい警告音を発した。
「敵機接近!」
「ええい!次から次に!!」
索敵機からの報告に、隊長機ネロに乗るジル・ブロッケン・フーバーはすぐさまデータリンクを指示した。
確かに敵機が接近してくる。
「なんだこの速度は…!?」
敵機を指し示す光点が凄まじい勢いで向かってくる。
高機動MSかMA(モビルアーマー)か、もしくは異星人の機動兵器の危険性もある。
「機体照合…え…?」
「ゲルググだと!?」
機体のコンピュータが弾き出した結果に小隊一同唖然とした。
「何かの間違いでは…旧式のゲルググにこんなスピード出せるはずが」
「とにかく敵が来ることには違いない。各機迎撃に…おい、レッド!」
レッドのΖプラスがWR(ウェイブライダー)形態に変形し、目標に向かって加速していた。
「何している!戻れ!」
「この中ではこいつが一番速い!隊長たちの鈍足じゃやられるだけだ」
「俺の機体だって高機動型だ!」
フーバーが機体の推力スロットルを全開にしてレッド機を追う。
「おまえたちは援護に回れ!絶対に無理はするな!」
*
「クソ!マジでゲルググかよっ」
迫る敵機をモニターに捉え、レッドは困惑していた。
ゲルググ…しかも深紅にその全身が彩られている。
「赤い彗星の真似っこってか」
レッドは照準を合わせビームスマートガンを発射した。
迫り来るビームの束をゲルググは機体をローリングさせ避ける。
「まだまだ!」
今度は二門あるビームカノンを交互に連射する。
雨のごとく降り注ぐビームの猛攻を、ゲルググは流れるように避ける。
さらに加速し、ジグザクな軌道を描きながらレッドのΖプラスに接近する。
「何なんだよこいつは!!」
紅い閃光の尾を引いて、稲妻のような軌跡を宙に刻み付け、ゲルググがついにレッドを捉える。
「くッ!」
咄嗟に機体をMS形態に戻す。
1秒にも満たない変形時間だが、目前のゲルググにとってそれは充分すぎる時間だった。
ゲルググが手にしたビームライフルを撃った。
そのビームの速度も大きさもレッドの知るゲルググのものではない。やはり大幅なカスタマイズが施されているようだ。
「なんでわざわざゲルググなんだよ!」
レッドが毒づくと同時に、ゲルググのビームがZプラスの右腕をスマートガンごと撃ちぬいていた。
これではWRに変形することもできない。
機体のダメージを認識した直後、視界いっぱいに深紅のゲルググが迫っていた。
「う、うおおおおおおおおお!!」
思考を超越した行動だった。咄嗟にビームサーベルを展開し、がむしゃらに振るう。
その直後、モニターにビームの光が走った。
それがゲルググの物だと認識するよりも前に、レッドの意識は闇の深い底に沈んでいった。
*
「レッド!」
追いついたフーバーの眼前で、レッドのΖプラスと紅いゲルググは互いにビームサーベルを突き立て動きを止めていた。
まるで時間が止まったかのような光景にフーパーの背筋に悪寒が走る。
「どけぇ!」
スラスターを全力噴射しゲルググに体当たりをぶちかます。
先ほどまでの猛攻が嘘のように、ゲルググのボディがあっさりと吹き飛ばされる。
体勢を崩したゲルググを一瞥し、フーバーは傷付いたΖプラスに自機を寄せる。
「レッド!無事か!?」
見るとΖプラスの肩から胸部にかけてがビームに焼かれ、ばっくり大穴が開いている。
幸いコクピットにまでは到達していないようだが、レッドからの反応がない。
「おい、冗談だろう!?レッド!返事をしろ!!」
フーバーの悲痛な叫びが宇宙に響く。
その姿を、微動だにしなくなったゲルググのモノアイが静かに見守っていた。
「レッド!何とか言え!レッド・ウェイライン!!」
そして、半年の時が流れた。
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オールズ
「ベル!ベル・ファリア!」
自分を呼ぶマーガレットの声を聞き、その少年ベルは振り返った。
「メグ、どうかしたの?」
「どうかしたの、って…もう、全然返事しないんだから…」
マーガレットを愛称のメグで呼ぶこの少年、ベルと共にリングを脱出してから半年。
脱出の翌日、目を覚ました少年は何も覚えていなかったのだ。
なぜあんな場所にいたのか。自分の年齢や名前ですらだ。
ベル・ファリアという名前も、カプセルに刻まれていた文字から辛うじて読み取れた『B』と『F』からマーガレットが名付けたに過ぎない。
穏やかで純粋無垢。間違いなくいい子なのだが、のんびりとマイペースそのもののベルにはマーガレットも少々手を焼くことがあった。
今もぼんやりと港から海を眺め、まったく反応が無くなっていたのだ。
「まあいいわ。さ、行きましょ」
「うん」
濃い茶色の瞳を輝かせ、ベルが駆け寄る。
背丈はマーガレットの胸ほどくらいだ。
子犬のような動きにマーガレットは思わず頭をくしゃくしゃと撫でる。
「メグ!やめてよ髪めちゃくちゃになっちゃうよ!」
「あっごめんごめん」
悪戯っぽく笑いながら自分たちの輸送艇へと急いだ。
*
「船の修繕メンテナンス。保管料、管理料、燃料に水に食糧、あとは細かい日用品…っと。全部注文通り揃ってるよ。チェックと問題無しならサイン頼むね」
ドッグ内で管理業者の壮年の男がマーガレットにリストを手渡す。
輸送艇はリングから脱出した時に使ったものだ。
脱出時に乗っていたMSは連邦軍に引き渡したが、こいつと、そしてベルの存在は隠しておいた。
どう考えても面倒なことになるし、何より輸送艇は改めて調べてみると全地形対応型の超高性能機だ。素直に軍に渡すのはあまりに勿体ない。
とはいえかなり無理をさせたためあちこちダメージが見られたので、休暇も兼ね修理と共にオーバーホールにかけ、今日やっとすべての準備が整ったのだ。
「しかし、この船規格品じゃないからね。あちこち構造的にわからん箇所が多くて、申し訳ないがそこは手を付けてないよ」
男はしわの刻まれた顔で申し訳なさそうに説明する。
「ああ、そこは大丈夫。航行には問題ないんでしょう?」
「そりゃあ勿論。弄れる箇所は新品同然のピカピカさ」
「なら何も問題ないわ」
打って変わって自信満々な男を見て、マーガレットは安心して小型のケースを取り出した。
「支払いは、おや?今どき現金かい」
「迷惑?」
「まさか。むしろ助かるよ」
地球圏はまだ混乱の最中にある。
散発的な戦闘が続く宇宙に比べ、地上はまだ落ち着いている方だがそれでも流通や経済は大きく影響を受けている。
差し出された紙幣を手にし、男は目を見開いた。
「こりゃあ驚いた!新品の札なんて久しぶりに見たよ。しかも連邦政府の発行証明書付きとはね」
「こっちのチェックも問題ないわ」
「だけど海に出るにも宇宙に出るにも、クレジットに変えといた方が身のためだぜ嬢ちゃん」
「でしょうね」
この現金はリングの情報料に加え、敵から奪取したMSの引き渡し分も含めかなりの金額になる。
今の連邦からしてみれば、完全動作する無傷のMSは喉から手が出るほど欲しいのだろう。
驚くほどの追加報酬を与えられ、おかげで半年もの間ベルと二人で何不自由なく過ごせたのだ。
「管理事務所の隣にちゃんとした銀行の支店があるから、そこで手続きしときなよ」
男の忠告にマーガレットは素直に従うことにした。
何かのトラブルで船を捨てることになった場合、現金ごと沈んでしまえば完全に失ってしまう。
その点クレジットに入れてしまえば生体認証で預金は間違いなく保証されることになる。もしも現金取引を持ち掛けられた場合は不便だし、少々もったいないがこちらの方が安全面では確実だ。
「じゃあ行ってくるわ。ベル、お留守番お願いね」
「うん、いってらっしゃい」
マーガレットが去った後も、子供のような顔で新品のお札を透かしたり眺めていた男が、ベルの視線に気付きばつが悪そうに頭をかいた。
「ええっと、チョコレートでも喰うか?」
その時、遠くで警報音が鳴り響いた。
*
「接近してるのはMSで間違いないんだな!?」
マーガレットたちのいる港の対岸。
連邦軍基地は敵機の接近に備え、迎撃態勢が整えられていた。
「まったく、こんな小さい基地まで狙うか普通」
ジェガンのパイロット達は愚痴りながら、機体を外に出す。
そこに波しぶきを上げ、敵MSが姿を見せた。
「はぁ!?」
目の前には、フロートを切り捨て武器を構えるザク、グフ、そしてドムだった。
「舐めやがって!そんな旧式で!」
そう言いながらもジェガン数機が教練通りフォーメーションを組み、 次々にビームライフルを撃つ。
その動きは目の前の骨董品…オールズMSよりはるかに速く、そして鋭い。
ビームの閃光が旧式MSに次々とヒットする。
「な、なんだと…!?」
ジェガンのパイロットたちは愕然とした。
直撃を受けた目の前のMSのいずれもが、まるで何事もなかったかのように佇んでいるのだから。
ザクがマシンガンを放つ。それが呆気に取られていたジェガンの足に叩きこまれる。
するとその弾丸が装甲はおろか内部フレームまでを砕き、わずか数発でジェガンは行動不能へと追い込まれた。
「な、なんだこの威力は!?こいつら…なんなんだ!?」
混乱し、挙動の乱れたジェガンの群れに向かい、ドムがジャイアントバズの照準を合わせた。
*
「攻撃されてるの!?」
銀行から戻ったマーガレットは、対岸から上がる爆炎を目にし、すぐさま状況を理解した。
「ベル!とにかくシステムを立ち上げるわ!すぐに動ける様にだけは…」
輸送艇のコクピットに向かうマーガレットを、ベルが遮った。
「ベル…?」
「メグ、格納室の『A-1』を使おう」
その突然の提案にマーガレットは言葉を失いかけた。
「ベル、あなたこんな時に何を…あれは武装もないSFSよ」
マーガレットの訴えも聞かずに、ベルは後方の格納デッキへと向かう。
その先には扉に『A-1』と記された格納庫がある。
ここにはリングから脱出するときに輸送艇に積まれていたSFSを保管してある。
ベルの真意を図りかねていると、その小さな手が扉のコントロールパネルにかざされる。
「あれは、SFSじゃないよ」
ベルの言葉に応えるように、扉がゆっくりと開いていく。
その中から現れたSFSの外装が剥がれ落ち、見たこともない大型戦闘機が姿を見せた。
「どういう、ことなの…!?」
「この機体は可変PT(パーソナル・トルーパー)、ART-1」
「ART-1…ってPT!?」
PTは地球連邦の研究機関であるテスラ・ライヒ研究所の開発する対異星勢力用人型機動兵器の総称だ。
実験的な機体が多く、まず一般兵が触れる類のものではない。
そんなものがなぜあんな場所の輸送艇内に、しかもSFSに偽装してまで置いてあったのか。
様々な思考が駆け巡る。
そうこうしてるうちに、機体のコクピットが解放されベルは迷いなく操縦席に飛び移った。
「ちょっと!?」
見るとこの機体は二人乗りのようだ。前方の小さな席にベルが収まっている。
(迷ってても仕方ないわね…)
そのままマーガレットも後部座席に体を滑り込ませた。
二人の乗った機体は格納デッキからエレベーターに乗せられ、そのまま輸送艇上部デッキまで誘導された。
どうやらこれが発進システムのようだ。
(つまり、この輸送艇自体がこの機体、ART-1用…?)
わけのわからないことだらけだが、とにかく今は出るしかない。
「メグ、行こう」
「そうね…テイクオフ!」
*
上空から見える基地は、燦燦たる状況だった。
迎撃部隊は全滅。防御を失い、MSたった三機に壊滅寸前に追い込まれている。
ART-1の基本操作はMSと大差ないようだ。
マーガレットはミサイルを眼下の敵機に向かって発射する。
「ウソでしょ!?」
爆炎の中から無傷の三機が飛び出し、ART-1に向かって反撃を仕掛けてきた。
「くぅ!」
機体を増速、旋回し回避する。
「あれは、たぶんG鉱石…」
「何ですって!?」
G鉱石。それは北極で発見された超高硬度物質である。
加工し、装甲材として用いればおそらく地球圏でこれに勝る物質はないだろう。
「残党がいったいなんでそんなものを」
「わかんないけど、とにかくこのままじゃ無理だよ」
そう言うとベルは大きく深呼吸し、目を閉じ、ゆっくりと口を開き、そして凛とした叫びをあげた。
「T-LINK、フルコンタクト!フィールド展開っ」
コクピットに何らかの装置の駆動音が鳴り響く。
「メグ、これで大丈夫!PTモードにチェンジ!接近戦でいこう!」
「もう!とにかくなるようになれよ!」
ART-1が人型に変形し、急降下する。
両腰からHGリボルヴァーを抜き、真下に迫るザクへ連射する。
突然のことにザクは動作が遅れたようだ。直撃したリボルヴァー弾がザクの頭部を砕き、機能停止に追い込む。
「効いた!?」
驚きつつも機体に急制動をかけ着地の衝撃を消し去る。
「メグ!」
ART-1の左後方から、グフがヒートソードを手に迫っていた。
「見えてるわっ」
振りかぶったグフの腕を、ART-1の左腕のシールドが弾く。
瞬時にバックパックから短刀コールドメタルブレードを抜き、一閃する。
グフの右手首から先がヒートソードごと宙を舞った。
次の瞬間、HGリボルヴァーが火を噴き、グフの胸から上を吹き飛ばした。
「あと一機!」
機体の姿勢を立て直そうとした直後、真横を砲弾が掠めた。
慌ててスラスター機動でその場から離れる。
直後、そこに砲弾が直撃し大穴が穿たれた。
「なんて威力!」
「たぶんあのバズーカの弾もG鉱石製!」
「でしょうね!」
ホバリング機動で移動しながらドムがバズーカを撃ってくる。
それに向かいHGリボルヴァーが放たれ、直撃する。
しかしドムは機体を仰け反らせこそするものの、すぐに体勢を立て直した。
どうやら分厚い装甲で弾丸が食い止められているようだ。
「これを使おう!」
ベルの声に呼応し、ART-1右腕の装甲がトンファーの要領で前方に展開した。
さらにそこからサメの歯を思わせるギザギザのノコギリ刃が展開する。
「チェーンソー!?」
その見た目の物騒さにマーガレットは唖然としたが、とにもかくにも今はこれに頼るしかない。
チェーンソー・トンファーを構え、スラスタースロットルを目いっぱいに押し込む。
爆発的な推力でドムへと一気に接近する。
まさか真正面から来るとは思っていなかったのだろう。
ドムが巻き添えを恐れ、バズーカの発射を躊躇する。
「遅いわよ!」
バズーカの砲身が真っ二つに叩き斬られる。さらにマーガレットは振り下ろしたチェーンソー・トンファーの刃をアッパーカットの動作で今度は真上に振り上げる。
その駆動する刃はドムの強固な装甲をずたずたに切り裂き、本体深部にまでダメージを与えた。
ドムのモノアイから光が消え、そのまま真後ろに倒れ込んだ。
「終わった…」
呼吸の乱れだけを整え、ART-1をウイング形態に戻しその場を飛び立った。
「メグ…?」
「残ったままだと絶対に面倒なことになるわ。今のうちに船に戻って出発しましょう」
ベルに聞きたいことはそれこそ山ほどあるが、とにかくさっさと姿をくらますのが先決だった。
(なんだか、妙なことになって来たわね)
まだ動作に硬さの残る操縦桿を握り直しながら、マーガレットは胸のざわめきを抑えるので精いっぱいだった。
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宇宙の嵐
「メグ…?」
目を覚ますと、柔らかな温かさに包まれていた。
「起きた?ちょっと心配したわよ。いきなり立ったまま寝ちゃうし、しかも体温までかなり下がってたんだから」
薄暗い室内に、計器類の灯りだけが見える。さらにエンジンの駆動音がうっすら聞こえてくる。
飛行形態の輸送艇が自動操縦モードで進んでいるのだろう。
その間、マーガレットは操縦席の上でブランケットに包んだベルの体を抱きしめ、温め続けていたようだ。
「もう起きれると思う。心配させてごめん」
「無理しちゃだめよ」
マーガレットは本当に心配した様子でベルの頭を優しく撫でた。
「大丈夫、ありがとうメグ」
立ち上がってみると眩暈もない。
その様子を見て、マーガレットもようやく安心したようだ。
「僕、どれくらい寝てた?」
「4時間ってところかしらね。今ユーラシア大陸の上空から東に向かってるわ」
「大陸の上?」
「ええ」
マーガレットは操縦席の照明を点け、モニターに地図を表示した。
その地図上に赤い光点が多数表示される。
「これはさっきみたいに襲撃を受けた連邦軍基地の場所よ。時間持て余してたから情報集めて全部入力しちゃったわ」
「海岸沿いか、海の近くばっかりだね。あ、つまり残党軍は、MSを内陸に輸送する手段を持ってない?」
「そう考えるのが妥当ね。油断はできないけれど、安心材料ではあるわ。本当なら、ゆっくり海の旅のつもりだったのに」
タイミング最悪っと言葉を続け、マーガレットはモニターの光点表示を切った。
「東、って話してた予定とはだいぶ違うね」
「ええ、いろいろ考えてみたんだけど…」
パネルを操作し、今度は別のものを表示する。
先ほどまで乗り込んでいたART-1の概略図だ。
「コンピュータにいきなり登録されてたわ…いえ、封印が解除されたっていったほうが正確かしらね」
表示されているデータはART-1と、保管されているA-1格納室のリアルタイムの状況のようだ。
「戻ったらデッキ内で勝手にメンテと補給作業が始まったわ。やっぱり、この輸送艇自体がART-1のために作られたもののようね」
モニターを見ると、機体の推進剤や弾薬の補充がすでに完了しているが、輸送艇内のストックのメーター表示がしっかりと減っている。
「とまあ、そういうことよ。幸い消耗品は連邦軍の規格と同じだけど、当然使った分の弾薬や燃料はそのうち補充の必要があるわ」
「けど、武器の弾なんて手に入る?」
「普通じゃ無理ね、こんな状況でもあるし…裏ルートじゃうっかり残党軍にバッタリもあり得るわ。なので、昔のツテを頼ってみるつもり」
「…ねえ、聞かないようにしてたけどメグって前にロンド・ベルとかにいたの?」
「まさか」
それを聞いてマーガレットは思わず噴き出した。
「そのうち機会があったら話すわ。とりあえずの目標は北米よ」
「今ユーラシア大陸を東にってことは…えっと、このままアラスカを経由して北米大陸に入って、陸伝いに南下する、でいい?」
「正解。さすがに太平洋を横断する勇気はないわね」
説明を終え、マーガレットが今度はモニターの表示を完全に落とした。
「ベル…あなたのことだから、自分から言わないってことは、記憶が戻ったとかじゃないのよね?」
「…うん」
一転して静かに問いかけるマーガレットに、ベルは気まずそうに答える。
「A-1格納室のことも、ART-1のことも、思い出したっていうよりも…なんだろう…『わかった』って言った方がいいのかな…状況に合わせて、急に頭に浮かんだんだ」
「そう…」
「信じてくれるの?」
「ベル」
マーガレットは優しく微笑んで、ベルの小さな体を優しく抱きしめた。
「君が嘘をついたり、隠し事をしない子だっていうのは半年一緒にいてよくわかってるわ。いつでも、ベルのことは信じてる」
「メグ…ありがとう」
「さあ、時間もちょうどいいし、夕食にしましょう。食べれる?」
「うん。お腹すいてる」
「よし、じゃあ食べたらシャワー浴びて、今日はもうさっさと寝ちゃいましょう。新しいベッドの寝心地も確かめないと」
*
一方、宇宙での戦闘は激化していた。
ベルフ・スクレットは、激震に見舞われながらも自分の機体へと急いでいた。
ラーカイラム級戦艦エイブラム。『ある物』を受領し、本隊合流を急ぐ最中にDC残党の襲撃を受けていた。
「くっ!旧式ばっかりの連中に、なぜここまで苦戦してるんだ!?」
襲撃部隊の内訳はザクを中心に、隊長機らしきリックドム。
エイブラムに配備されているジェガンでも十分対処できる戦力だ。
しかし先行して出撃した部隊からは悲痛な救援要請が次々と送られてきていた。
不運なことに機密作戦中で無線封鎖を行っているエイブラムには、地球での惨状はまだ伝わっていなかった。
自分のジェガンが視界に映った時、MSデッキに凄まじい爆風が巻き起こった。
「うぅ!」
逃げ帰って来た味方機が爆発を起こしたのだろう。
幸いベルフは廊下に弾き飛ばされ事なきを得たが、MSデッキ内は悲惨な有様だった。
自分が乗るはずだったジェガンはもはや見る影もなく、スクラップ同然に宙を漂っている。
「あ…?な、なんだ…!?」
そのかつてMSの部品もの、艦内構造物の慣れの果てが散乱する中、唯一佇む一機のMSの姿をベルフは見た。
MSデッキ奥に隔絶され、秘匿されていたものが爆風によって姿を見せていた。
そこれこそが、エイブラムが受領し、本隊へと輸送していた『ある物』であった。
「ガンダム…!」
吸い寄せられるように、ベルフはガンダムへと近づき、コクピットハッチを開放する。
「確か、F90…こいつを運んでいたのか」
中へ入り込み、コンソールを操作するとシステムが立ち上がった。
(灯が入る…!)
機体状況をチェックする。ダメージ表示なし。推進剤はタンクいっぱいにまで充填済み。電源も戦闘用のものが投入されている。
ジェネレーターを戦闘出力まで上げる。
「おまえ、戦えるのか…!俺はパイロットなんだ!こんなところで、何もしないで死ぬつもりはないぞ!」
*
「くそ!くそ!なんで墜ちないんだよ!」
ジェガンのパイロットががむしゃらにビームライフルを連射する。
その直撃を受けても、ザクは一切怯むことすらなくマシンガンで反撃を仕掛けてくる。
最初は機動性の差で対処していたものの、次第に追い込まれ、一機また一機と姿を消していく。
じりじりと戦線が押し下げられていく。距離を詰め、残党部隊がエイブラムを射程に収めたその時だった。
突如、エイブラムから凄まじい速度で飛び出した一機のMSがビームライフルを放った。
ジェガンのそれよりもはるかに速い。
それが三撃。最も前に出ていたザクに襲い掛かる。
ひとつ、ふたつと避けたザクだったが、三発目が直撃する。
そのビームがG鉱石で強化されたザクのボディを粉砕し、真っ二つに引き裂いた。
「一機撃墜!ガンダムのパワーなら、こいつらにも通用するのか!」
墜としたザクの間を縫うように、ベルフの駆るガンダムF90が敵部隊の間に割り込んだ。
圧倒的優位を切り崩されたその光景に動揺し、残党の動きがわずかに鈍る。
ガンダムの照準が、次の目標を捉えていた。
*
「久しぶりに良いニュースだ」
エイブラムからの報告を受けゴップは胸を撫でおろした。
自分の計画をこれで推し進めることができる。
エイブラムにはそのまま本隊へ合流を急ぐよう指示を出した、
数日ぶりに愛用の葉巻を取り出し、ゆったりとカットし火をつける。
時間をかけ、口内で香りを堪能する。
その煙にしばらく包まれながら、ゴップはぽつりと呟いた。
「しかし奴ら、どこでそれだけの量のG鉱石を手に入れた…?」
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始動(前編)
《宙域データ送信完了。状況知らせ》
「こちらF90Ⅲ、宙域データ受領。予定通り目標宙域に進入する」
暗く狭いコクピットの中で、レッド・ウェイラインは淡々と答えた。
《了解。F90Ⅲ、ポイントA3まで巡行モード継続…接近警報。MS反応あり》
同時にコクピット内にも警報音が鳴り響く。
「データリンク途絶。バックアップを要請する」
ミノフスキー粒子による妨害だろう。通話スピーカーにも雑音が混じり、一瞬だが途切れた。
《レーザー回線に切り替えました。データリンク再接続》
「再接続確認」
《光学観測による敵機解析完了。ザク、3機小隊。後続でドム、3機小隊》
それを聞いてレッドは頭を抱えた。
「おい、リミア!いくらなんでも敵さんの数多すぎだろ。ちゃんと設定したのか!」
《レッド!こっちだって考えてるわよ!シミュレーションテストなんだしきちんとやりなさい!》
「ったく…」
通信機越しにまくしたてるリミアの声に辟易し、レッドはこっそりスピーカーを数秒だけミュートにした。
後からシミュレーター内のログでバレるだろうがその時はその時だ。
*
「目標視認」
《現在は従来型のビームライフルが設定されてるから、まずそれで攻撃して》
「了解、攻撃開始」
ビームライフルが直撃するが、ザクにダメージの様子はない。
「射撃精度優先のヘビーガン型のライフルとはいえ…マジかよ。リミア、これ設定値ミスってないんだよな?」
《交戦データのレコードから割り出した、おおよそのパラメータを反映させてるわ。内部構造まではわからないから、細かいバランスはともかく、装甲強度に関しては信頼できるデータよ》
「こいつは確かに、ジェガンなんかじゃ相手するには苦しいな」
ザクがマシンガンを撃ってくる。精度の高いデータ所得のため、戦闘行動を取るようにプログラムされているのだ。
「っと、危ねぇ」
レッドは最小限の挙動でそれをやり過ごす。
《使用弾丸もG鉱石製って報告が上がってるから、それを想定したダメージ数値になってるわ。F90でも直撃したらひとたまりもないから気を付けて》
「もたもたしてたらドムの部隊まで合流しちまうな。リミア、こいつらがやばいのは充分わかったから反撃させてくれ!」
《ええ。ライフルのデータをF90Ⅲのものに変更。変更完了》
「よし」
コンソールの武装表示がF90Ⅲ専用ライフル切り替わったのを確認し、レッドはトリガーを引き三連射した。
全弾直撃。先ほどまでの堅牢さが嘘のように三機のザクは一瞬で沈黙した。
「残りはドム…ってもう来やがったか!」
機体が放つ警報と同時に、F90Ⅲの真横を砲弾が掠め飛ぶ。
レッドはオーバーブーストをかけ機体を旋回させ、側面からビームライフルを撃つ。
一発がドムにヒットするが、撃破には至らない。
「耐えやがるか」
それを確認するや否や、レッドはさらにもう一射を浴びせる。
今度はドムの巨体を貫き撃破。
「ドムだとこいつのライフルでも二発か。効率悪ぃぞこれ」
《そういうデータ取るテストなの!愚痴んないの。続いて新型のメガビームバズーカのテストよ》
「こいつ人使い荒いよなぁホント」
レッドはぶつくさ言いながらも武装の変更操作を行う。
背面ラックに設置された長物、メガビームバズーカを構える。
「FCS(火器管制)の照準補正が甘い。そっちで調整してくれ」
《まだセンサーの現物がないから難しいのよ…はい、補正したわ》
「コンデンサ電圧安定。メガビームバズーカ、発射」
射出された巨大なビームの帯がドムのボディを貫いた。
「撃破確認、さすがにこいつなら一撃か」
《続いて、ハードポイント連結。最高出力モードでの試射やってみて》
メガビームバズーカがF90Ⅲの腰に存在するハードポイントを介し接続される。これによって本体からエネルギーの供給を受け、より高威力のビームを発射できるのだ。
「エネルギーバイパス正常。チャージ完了、出力最大。発射」
今度は戦艦の主砲を思わせるほどの凄まじいビームが発射され、ドムの姿を跡形もなく消し去った。
「こりゃとんでもないぞ。戦艦用のビームシールドも余裕でぶち抜けるだろ」
《理論上はね。これでテストメニューは終了よ。システムを落とすから少し》
*
「おい、待て!敵機の反応が復活したぞ!」
レーダーに一機分だけ反応が再び表示されていた。
先ほどライフルで仕留めたザクの一機だ。
《え、何言ってるのよレッド!こっちではそんな》
そこまで聞こえたところで、リミアの声がぷっつりと途絶えた。
どうやら通信が切れてしまったようだ。
慌ててモニターで視界に捉える。すると、ザクだった機体はゆっくりとその姿を変えていった。
敵と言ってもCGで再現したシミュレーション上のものだ。
操作さえすればこういう状況も再現できるだろう。
しかし担当してるリミアがテスト中にこの手の悪ふざけをしないのはレッドもよくわかっていた。
「なんだこいつ…ゲルググ…?」
ザクだったものが、すっかりゲルググ…しかも深紅にその全身が彩られている。
「赤い彗星の真似っこってか」
困惑しながらもレッドは照準を合わせメガビームバズーカを発射した。
迫り来るビームの束をゲルググは機体をローリングさせ避ける。
「まだまだ!」
今度は本体と連結を解除し、ライフルと交互に連射する。
雨のごとく降り注ぐビームの猛攻を、ゲルググは流れるように避ける。
さらに加速し、ジグザクな軌道を描きながらレッドのF90Ⅲに接近する。
「何なんだよこいつは!!」
紅い閃光の尾を引いて、稲妻のような軌跡を宙に刻み付け、ゲルググがついにレッドを捉える。
「くッ!」
ゲルググが手にしたビームライフルを撃った。
そのビームの速度も大きさもレッドの知るゲルググのものではない。どうやら大幅なカスタマイズが施されているようだ。
「クソ!シミュレータがバグってんのか!?」
レッドが毒づくと同時に、ゲルググのビームがF90Ⅲの右腕をライフルごと撃ちぬかんと迫る。
しかしレッドはそれを咄嗟に機体のアポジモーターの噴射による姿勢変更でやり過ごした。
その隙に、眼前まで紅いゲルググが迫っていた。
「う、うおおおおおおおおお!!」
それは人知を超えた幻獣の反応だった。瞬時にビームサーベルを展開し、完璧な距離と、完璧なタイミングで一閃した。
サーベルの閃光がゲルググの肩から胸にかけてを切り裂く。
「止まった、か?」
呼吸を整え、警戒を解かないままモニターを凝視する。
すると機体にダメージを受けたにもかかわらず。ゲルググはF90Ⅲ…いや、レッドを真っすぐに見据えていた。
<帰還せよ>
「な、なんだって…?」
<帰還せよ、ジョニー・ライデン。我々は、貴方の帰還を待ち続ける>
*
次の瞬間、周囲が完全な闇に包まれた。
呆然としていると、ハッチが解放されリミアが凄まじい形相で飛び込んできた。
「何やってんのよレッド!!」
「え…あ…リミア…か」
「ちょ、どうしたのよ…まさか頭でもぶつけたの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが」
周囲を見渡す。テスト前と同じ、0G対応の重力制御付きシミュレーションルームだ。
何も変わっていない。それがかえって不気味だった。
「あのゲルググ、なんだったんだ」
「ゲルググ…?やっぱりちょっと変よレッド」
さすがに心配げなリミアの声も聞こえぬまま、レッドはヘルメットを脱ぎ、静かに呟いた。
「ジョニー・ライデン…いったい、誰のことを言ってるんだ…?」
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始動(中編)
北極、ポーラー・ステイション.。
北極地下で発見されたG鉱石を採掘し、研究のため民間企業の合同出資で建設された大型の採掘基地である。
「今すぐG鉱石の貯蔵庫を確認しろだなんて、どうして地球連邦軍がそんなこと気にするんですかね」
「世界各地の連邦軍基地が、DC残党軍の襲撃に合ったのニュースは知ってるだろう?あくまで噂だが、どうやらそいつらのMSにG鉱石が使われているらしい」
「残党に!?そりゃあ何かの間違いでしょう。現在地球圏でG鉱石が見つかってるのはここ北極だけ…それも我々がすべて管理してるんですから」
「ああ、だが要請とあれば調べるしかない。連邦はステイションの直接の出資者ではないが、スポンサーには連邦筋だったり関連の強い企業だって少なくはないからな」
「やれやれ…」
職員たちはそんな会話を続けながら貯蔵庫前までたどり着いた。
コンソールを操作すると、大型の隔壁が解放される。
「なっ…!?」
「そんな馬鹿な!?」
解放された貯蔵庫の奥。そこには何もない空間が広がっていた。
いや、正確には中心部に黒い穴が広がり、すべてを飲み込み生き物のように脈動していた。
「こ、こんな…なぜこんな異常に気付かなったんだ…!」
「とにかくスタッフを集めろ!緊急対応マニュアル通りに…」
慌てふためく職員たちに、大きな影が差す。
「君たちもついに気付いてしまったようだね」
「だ、誰だ!」
振り替えると、人間の背丈を優に超える巨大な女が彼らを見下ろしていた。
その腹部から胸にかけてしつらえられた王座のごとき椅子に、銀の髪を揺らし細身の少年が優雅に腰かけている。
「ここのG鉱石はすべて私の亜空間テレポートで頂いたよ。君たちは私の作った幻覚にずっと騙されていたのさ」
少年がそう告げると、周囲の光景が見慣れた採掘基地から禍々しく不気味なものに変化する。
さらに職員たちを全身を機械で作られた兵士と、奇妙な姿のミュータント達が取り囲んでいた。
「う、うわぁぁぁ!」
恐怖に襲われる職員たちをあざ笑う声が響く。
「ここはもはや我らが前線基地、蛇牙城(ベガゾーン)よ。おまえ達には世界中に我々の恐怖を伝える重要な役目を与えてやろう」
哄笑と共に一人の老人が姿を見せた。頭部は機械へと繋がれ、その目には狂気のみが宿っている。
「あ、あなたは…プロフェッサー・ランドウ!?」
「ロボット工学とコンピュータ開発の権威が、なぜここに…!?」
ランドウはそれに答えることもなく、銀髪の少年に向かって指示を出す。
「ナルキス、やるのだ!」
「では」
ナルキスと呼ばれた少年がぱちりと指を鳴らす。
すると職員たちの足元に黒い穴がぽっかりと現れた。
「うわああ!」
「何が、何が起きてるんだ!」
「安心したまえ。邪魔な君たちをテレポートで送ってあげるだけさ…亜空間でどのような恐怖を味わうか、私にも想像できないけれどね」
「やめてくれええええ!!」
数秒後、悲鳴や絶叫すら掻き消え、職員たちは完全に姿を消していた。
「よくやったぞナルキス。おまえのその絶大な念動力のおかげでG鉱石に加え、完成した兵器まで自在に転送が可能となった」
「ですが、私の能力も無限ではありません。特に亜空間テレポートは強く力を消耗します」
「わかっておる。完成したMSやメタルビーストはこれまで通り逐次投入しかあるまい。さあ時は来た!ナルキスよ、おまえには子爵の位を与えよう!これからも存分に働くがよい!」
「ありがたき幸せ」
「ヤシャよ!」
「はっ!ここに!」
一つの体に二つの顔を持つ、奇怪なミュータントが前に出る。
「メタルビースト・ギルガを与える!これで極東地区を壊滅させてくるのだ!」
「極東地区、でございますか?」
「ああ!あの地はかつて数多くのスーパーロボットが開発された場所だ。そこを徹底的に破壊し、スーパーロボットがすでに存在しない事実、そして我らの恐怖を世界中に知らしめるのだ!!」
「承知しました」
「地球に、もはや我々の敵などいない!」
*
「メグ!これ見て!」
輸送艇がユーラシア大陸の東に到達し、北上を開始してしばらくのことだった。
ベルが大慌てで操縦席に飛び込み、モニターを操作する。極東地域の放送電波を受信した映像が表示される。
「何よこれ…機械獣ともメカザウルスとも雰囲気が違うわね」
大型のロボット怪獣とでも呼ぶべき存在が大都市を襲撃していた。
ロボット怪獣は口にあたる部分の左右にそれぞれ機銃、肩にミサイルを備え、右腕は鎌に、そして左腕は大型のキャノン砲となっていた。
何者かが攻撃意思を持って製造し、送り込んだのには間違いない。
「連邦軍の攻撃が全然効いてない…G鉱石製だよ」
「こんなものまで出てきたのね…ってベル、まさかあなた」
ベルがマーガレットをまっすぐ見つめる。
その目には強い意志が宿っていた。
「今の僕たちの位置からなら、そんなに時間はかからないよ」
「ベル、前回の基地の時とは状況が違うわよ。自ら戦いに飛び込むなんて、反対ね。わたし達は軍人でも無ければましてヒーローでもないんだから」
「わかってる。けど…」
ベルが改めてモニターを見る。そこには恐怖に逃げ惑う民衆の姿があった。
誰もが様々な思いを抱え、ただ日常を生きてきた普通の人々だろう。
「あれは直接街を狙ってきている。しかも軍事施設も何もない、ただの街だ。あそこには、戦えない人しかいない…僕より小さな子どもだって沢山いるんだ!それをこんな近くにいて見過ごすことなんて、やっぱり僕にはできないよ」
「ベル…」
「メグ、僕だけでも行くよ。ART-1が離脱したら、すぐに遠くに逃げて」
そういう瞳には揺るぎない覚悟が宿っている。
恐らく、いや間違いなく一人でも飛び出していくだろう。
「あー!もう!この子は!」
マーガレットはベルの頭をぐしゃぐしゃと乱暴にかき乱し、両頬を抑えて顔を近付けた。
「わたしがベルを一人で放り出すわけないでしょ…本当に頑固なんだから」
「メグ…」
マーガレットは優しい声色で言うと、すぐに操縦席に着いた。
「オートパイロット解除。ベルも座ってベルトして。全速力でかっ飛ばして、あの怪獣をぶっ飛ばしましょ」
「ごめんね、メグ。地球の裏側とかじゃなくて、これだけ近いと、ね」
そう言うが、たぶん地球の裏側でも行くと言い出しただろう。マーガレットの知るベルは、そういう子だ。
「いいわよ。わたしも、本音言うと無視してたら寝覚めがよくなかったわ」
覚悟を決め、輸送艇の進路を極東方面に変更した。
*
街の上空に辿り着くと、高度があるにもかかわらず赤く染まっているのがわかった。
「ひどい…」
「輸送艇はオートモードでここに待機させるわ。上空から奇襲をかけて、できるだけ早く仕留めましょう」
「うん」
ART-1が輸送艇を離れ、一気に降下する。
あっという間に炎に包まれる街の姿が映る。
その炎の中心に、あのロボット怪獣が見える。
まだこちらには気づいていないようだ。
「メグ、ミサイルはだめだからね!」
「ええ!」
照準を合わせ、射程に入った瞬間ART-1のHGリボルヴァーが火を噴いた。
それはロボット怪獣の頭部に直撃するも、ダメージの入った様子はない。
「さすがに硬いわね…仕方ない、接近戦よ」
ART-1がPTモードに変形し、降り立った。
ロボット怪獣もそれに気付いたようだ。
左腕の砲を構え、威嚇するような声を上げた。
「さあ、かかってらっしゃい!」
「僕たちが相手だ!」
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始動(後編)
ロボット怪獣…メタルビーストギルガの放ったミサイルが上空を旋回し、ART-1に迫る。
「メグ!」
「わかってるわ!」
ART-1の頭部バルカン砲が唸りを上げ、迫り来るミサイルを撃ち落とす。
「ミサイル全弾破壊…やっぱり回避運動が制限される街中じゃ長引くとこっちが不利ね。一気に決めるわよ」
「うん!」
HGリボルヴァーを構え、胸部に向かって連射する。
その全弾がヒットするも、ギルガの動きに変化はない。
「もう!ライフルの調整間に合わなかったのが痛いわね」
「仕方がないよ。メグ、ドムの時と同じやり方で」
「ええ」
右腕にチェーンソー・トンファーを展開し、構える。
「あれに真正面から…は、ちょっと勇気がいるわね…」
ギルガの体躯はART-1より一回り以上大きい。
しかもかなりの重武装だ。
マーガレットは意を決し、スロットルを一気に押し込む。
凄まじい推力と共にART-1がギルガに迫る。
この行動はギルガに搭載された人工知能にも予測不能なものだったようだ。
ミサイルか、主砲か、はたまた接近に合わせ鎌で迎撃か。
一瞬、ほんの一瞬だけ挙動の遅れが生じていた。
その隙を逃さず、ART-1がギルガの胸元に飛び込んだ。
「このお!」
ギルガの胸部に、高速回転を伴ったチェーンソーの刃が叩き込まれる。
凄まじい火花を散らしながらG鉱石の強固な装甲を削っていく。
しかしその装甲はドムの物よりも遥かに分厚く、強固であった。
「く…届かない…!?」
駆動系が限界に達し、チェーンソーの回転が止まる。
「メグ!まだだ!」
ベルの叫びに呼応し左腕に装着されていたシールドがパージされ、その下からチェーンソー・トンファーが展開する。
「T-LINKリ・コンタクト!T-LINKブレードナックル!」
再度チェーンソーの刃がギルガの装甲を抉る。
そのベルのパワーをさらに上乗せしたブレードは、ついにギルガの装甲を貫通し胸部の駆動部を露にした。
次の瞬間、ギルガが右の鎌を構え振り下ろす。
すぐさまART-1はウィング形態に変形、上昇しそれをやり過ごした。
「上手くいった!」
「でも決定打が足りてないわ。同じ手が通じる程、相手の人工知能もやわじゃないはずよ」
「メグ、今出した戦闘モーションを試してみよう」
ベルがコンソールを操作し、ある機能とそれに伴う戦闘マニューバを提示する。
それを見たマーガレットは思わずギョッとした。
「え…これって……そうね、これしかなさそうね」
覚悟を決め、操縦桿を握り直す。
ART-1が上空を旋回する。
「ベル!ターゲットサイトにアイツを捉えたらモード3でロックをかけるわ!いいわね!」
「うん!こっちがタイミング合わせる!メグに任せるよ」
「よし…いくわよ!」
機体が急降下し、ART-1が再び正面にギルガを視界に収める。
「モード3セット!ターゲットロック!」
「T-LINKフルコンタクト!」
ART-1が光に包まれ、さらに増速し突き進む。
「T-LINKクラッシュソード!」
まさに光の剣と化したART-1がギルガに直撃する。
その切っ先は破壊した胸部を的確に捉え、そのまま内部構造を破壊しながら突き進み、完全に貫いた。
ボディを支える主要構造を失ったギルガは、バランスを崩したかと思えばそのまま内部の火薬に引火したのか爆発を起こし、跡形もなく消し飛んだ。
ART-1がPTモードに戻り着地する。
その拍子に機体がバランスを崩し、その場に膝をついた。
「ちょっとジェネレータを強引に回しすぎたわね…出力がダウンすれすれになってるわ」
「でも…なんとか倒せたよ…。ッ!?メグ!いけない!」
「え!?」
突如として目の前のビルが吹き飛んだ。
その衝撃に撒かれ、ART-1も大きく吹き飛ばされる。
「…!フィールド全開!!」
機体をはじく衝撃と降り注ぐ構造物から展開したフィールドが防護する。
なんとか体勢を立て直そうとマーガレットは機体を操作する。
しかし限界まで出力を絞り出した機関はついにダウンし、ART-1はそのまま倒れ込んだ。
「何…が…」
機体をなんとか起き上がらせようとしながらモニターを見る。
するとそこには、破壊したはずのギルガが無傷で姿を佇んでいた。
「な、なんですって!?」
見るとギルガの武装が先ほどまでのものとは鏡に映したように左右が反転している。
「まさか…伏兵…?」
*
「ふうぅぅ…キモを冷やしたぞ」
その様子をモニターするヤシャの左の顔が息を吐く。
「くくく、念には念を入れておくものだぞ弟よ」
右の顔が得意げに告げ口の端を吊り上げる。
「さあギルガよ!その生意気なロボットを徹底的に破壊するのだ!」
*
「まずいわ…とにかくいったん機体を起こさないと…ベル!ジェネレータの再始動はできる!?…ベル?」
その時、マーガレットは前方シートのベルの異変に気付いた。
反応がない。顔は見えないが意識を失ってるのは明らかだった。
「ベル!そんな…しっかりして!」
ART-1にギルガがゆっくりと迫ってくる。
「くっ…!」
最悪の場合、ベルだけでも生き残る方法を取らなければ。
しかしどれだけ頭脳をフル回転させてもその答えが見つからない。
ギルガが右腕の主砲を向ける。
覚悟を決めた直後、何かがART-1とギルガの間に立ちふさがる。
そのまま主砲の直撃を受け、大きくその体を揺らす。
「な…!?」
マーガレット達をかばった影がゆっくりと立ち上がる。
「青い、ゲッターロボ…?」
そのシルエットを見てマーガレットは呟く。
その全身ブルーのロボットは確かにゲッターロボを思わせる面影があった。
しかしその体躯はオリジナルのゲッターロボの半分以下。
ART-1とほぼ同じ大きさだ。
さらに特徴的なマント状のウイングもなく、メイン装備であるトマホークもない素手であった。
「いったい、どこのロボットなの…?」
《大丈夫か!?》
目の前のロボットから若々しい青年の声が響く。
通信ではなく外部スピーカーで話しかけているようだ。
「ウソでしょ…」
これでは相手に自分の状況が丸聞こえだ。まるでど素人ではないか。
《おまえこそ大丈夫か號!》
見ると上空に二機のヘリの姿がある。
どうやらこのロボットの仲間のようだ。
《ダメージの表示は出てない!凱!そっちから見てどうなんだ!》
《外見上の損傷は見られない!だけど気を抜くな!》
《おう!》
《號!会話は通信機でやるんだ。今から送る周波数に合わせろ》
先ほどの声とは別の声が響く。こちらは幾分か落ち着いた響きがあった。
《あ…冗談冗談!信一さん、すぐに合わせます!》
《そっちのロボットのパイロット、聞こえますか?そちらにも情報送ります!》
信一と呼ばれたヘリからの声に合わせ、データリンクで通信の周波数情報が送られてくる。
「ありがとう。こちら…ええっとART-1!現在機体が停止して動けないわ」
《通信確認。状況はわかりました。そっちも聞こえてるな號!》
《ああ!そのアートだかなんだかを守って戦うんだな!》
ロボットが構えると、ギルガが鎌を振るう。
それが直撃するが、ロボットの装甲を破壊するには至らない。
「なんて防御力…まさか、あのロボットG鉱石製…だとしたら」
《號!》
《くぅ…!まだ大丈夫!》
《G鉱石同士では限界がある!とにかく隙を見て反撃しろ!》
《わかってるって!》
ロボットが両腕をクロスした防御態勢のままじりじりとギルガに迫る。
するとロボットの強固さに人工知能は攻撃方法の変更を選んだようだ。
主砲を構える。この近距離で一気に吹き飛ばすつもりだろう。
《いかん!》
ヘリから先ほど凱と呼ばれた男の焦った声が響く。
《うおおおおお!!》
號の叫びに呼応するように、ロボットが駆ける。
まるで人間のようにしなやかに前転し、主砲を避けるとそのままギルガに飛び掛かった。
ギルガは再度鎌を振るうが、左にステップしそれを回避し、主砲を抑え込む。
《これでどうだ!》
ロボットが右腕を主砲の中に叩き付ける。
行き場を失ったエネルギーが主砲内で誘爆し、主砲と、そしてロボットの右手を巻き添えにして大爆発を起こす。
《號ー!》
《まだまだぁ!》
吹き飛ばされ、右前腕の半分を失ってなお、ロボットは闘志を失わず立ち上がる。
《號!奴の胸だ!さっき上空でART-1の戦いを見ただろう!胸の装甲を破壊し、攻撃するんだ!》
《よし…行くぞ!》
信一の声に押され、ロボットがギルガの胸装甲を掴み、一気にもぎ取る。
しかしその無防備なボディにギルガの大鎌が直撃する。
《うわあああああああああ!》
ロボットが大きく吹き飛ばされる。
《號!大丈夫か!》
ヘリがミサイルを発射し援護する。
しかしその攻撃が当たってもギルガの装甲は物ともしていない。
《ま、まだ平気!けど、これ以上は…》
「なら、次で、決め、よう…」
「ベル!?」
ベルが震える体を無理やり起こし、モニターを見据えていた。
「メグ、ウィングモードに…」
「ベル、無茶よ!」
「まだ、だよ…僕が、やるって決めたんだ!」
「ベル…」
ART-1が機能を取り戻していた。完全ではないが、しばらく動かすことはできるはずだ。
マーガレットはART-1をウィング形態に変形させる。
「T-LINK…リ・コンタクト…」
ART-1が上昇、旋回し、立ち上がったばかりの號のロボットの背後に近づく。
するとまるで磁力で吸い寄せられたように背面にぴったりと張り付いた。
《な、何が起きてるんだ!?》
號の戸惑いをよそに、ART-1を背負ったロボットが上昇、接近する。
「お願い、します。僕も…もう限界が…」
《ああ、必ず決めてやる!》
「ベル…!」
上空でドッキングが解除され、ロボットが再び地面に引っ張られる。
ギルガのミサイルが迫る。それを避け、ロボットがキックの体勢で突撃する。
ギルガが最後の抵抗に鎌を振るうが、それをすり抜け、胸部にロボットの体重全てをかけたキックが直撃する。
胴体に巨大な穴を穿たれたギルガは、最後の咆哮を上げ爆発した。
*
「な、なんだとぉ!?」
ヤシャが驚愕に目を開く。
「弟よ、すぐに戻りランドウ様にご報告するのだ!」
右の顔は緑の顔に汗を流し、モニターに映る光景を睨みつけた。
「我々に抵抗しうる、ロボットの存在をお知らせせねば…!」
*
「ベル!ベル!返事をして!」
マーガレットが前方のシートに移動し、ベルを抱き上げる。
意識が無いだけではない。呼吸は浅く、その全身はまるで血が通っていないかのように冷たい。
《ART-1!どうしたんですか!》
ただならぬ様子に、信一のヘリから通信が入る。
「ベル…同乗者の意識がありません!それに…とても危険な状態です!」
《…!我々は国際航空宇宙技術公団ネイザーの所属です!輸送ヘリで我々の医療施設に負傷者を搬送します。付いてこれますか!?》
「はい!」
《先導します!》
ベルを膝に乗せ、マーガレットはART-1の操縦を前方シートに移し、機体を上昇させた。
(ベル…)
*
ヤシャの報告を聞いたランドウは、狂気の目を細めた。
「新たなロボットだと…」
「は!ですが奴らもすでに満身創痍…どれほどの脅威となるか…」
「いいや、油断はならぬ。だがよく戻った。我々の勝利で飾れなかったのは無念だが、今日はついに決起の時だ」
「な、なんと!ではついに」
「ああ!我々の存在を、全世界に示すのだ!」
*
《地球圏の諸君。すでに我々のことは知っているだろう。そう、連邦軍基地を襲ったオールズMS。そして私の作り上げたロボット怪獣メタルビーストだ!》
その放送は地上、宇宙を問わずすべての場所に一気に流れ始めた。
狂気の科学者プロフェッサー・ランドウが、大きく腕を振り上げる。
《これらはすべて散発的な攻撃ではない!一つの大いなる組織、そしてそれらを束ねる大いなる意思の元に行われたのだ!我々は新たなるDC!マーズDC!》
ランドウはさらに言葉を続ける。
《私は地球攻撃司令プロフェッサー・ランドウ!そして我らの新たな指導者の声を聞け!
マーズDC総統、ジョニー・ライデンの声を!》
*
FSSのオフィスでその放送を見ていたレッドは、手にしていたコーヒーを思わず離し、派手に床へぶちまけていた。
「ジョニー・ライデン…だと…!?」
*
それは映像もなく、そして機械合成音と思しき声明であった。
しかしその異様なまでの力強さは、明らかに血の通った人の意志を感じさせるものだった。
《かつて、DCを創設した偉大なる科学者ビアン・ゾルダークは、理想と共に永遠の眠りについた。
道を違えたザビ家、パプテマス・シロッコは、思想を抱き散った。
野望を抱いたメガノイド・コロス、そしてドン・ザウサーは狂気の果てに倒れた。
我々は違う!我々はDCが目指した真の目的のため、再び立ち上がったものだ!
いまだ混迷冷めやらぬこの地球圏を大いなる意思で統一し、新たなる脅威に立ち向かうのだ!
既に我々は、かつて異星人に蹂躙されたこの赤き大地を取り戻し、聖十字の御旗を立てた!
心あらばこの御旗の元へ集うのだ!
私の名はジョニー・ライデン。我々マーズDCは、ここに地球連邦政府へ宣戦を布告する!》
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幻獣部隊
マーズDC対策会議のため議事堂を訪れたオクスナー・クリフは、呼び出しを受け議長室を訪れていた。
オクスナーの正面に座るゴップは笑みこそ浮かべているが眼光は鋭い。
「大切な会議の前に、忙しいだろう首相補佐官の君を呼び立ててすまないね」
「いえ…」
オクスナーは気圧されることなく言葉を続けた。
「ジョニー・ライデン…のことですね?」
それを聞き、ゴップの口の端がかすかに吊り上がる。
「君のそういうところを、私は高く買っているよ」
「ありがとうございます」
「ならばいらぬ駆け引きなどなしだ。改めて確認するが、幻獣部隊…『キマイラ』。そして『ジョニー・ライデン』。この二つの情報が流出した痕跡はない、と見ていいな?」
「勿論です」
「我々が幻獣どもを確保した時以来、徹底的に秘匿し、そしてこれらのワードそのものを、一種の警報装置とした。連邦の内外を問わず網を巡らせ、不穏な動きを監視するには持って来いだったからな」
「その警報も約十年、一度も鳴らず内心ほっとしておりましたが」
オクスナーが目を伏せる。本音であった。
「だが、現実にジョニー・ライデンが動き出した…これをどう見るか、だ」
ゴップの言葉に厳しさが増す。
事実、ジョニー・ライデンを名乗るものが表れてしまってはもはや警報装置の意味などなさない。
ライデンを名乗るものが真にジョニー・ライデンであろうとも、なかろうとも。
それが大きな問題であった。
「ジョニー・ライデン。そしてライデンの指揮するキマイラは存在そのものがDC内部ですら隠されていたと聞いております」
「まさに幻獣だな。さすがにビアン・ゾルダークやシュウ・シラカワ辺りは存在を認識していただろうが、今となっては確認する手立てもない」
「調査した限りでは、キシリア・ザビが結成したのは間違いないでしょう。キシリアは別に親衛隊も保有していたようですが、恐らくこれはDCの中でもキマイラの隠れ蓑だったと考えられます」
「しかし妙なのはその部隊を動かした痕跡があまりにもないことだな」
オクスナーの言葉を受け、ゴップが積年の疑問を口にする。
「DC戦争はおろか、ザビ家そのものの危機となった『インスペクター事件』の時ですらキマイラを動かそうとしなかった…元キマイラですら、その詳細は分からぬのだろう?」
「キシリアの部隊、とされていますがキマイラの命令指揮系統そのものは、内部に委ねられていたようです。最終決定権を持つ数人の意志で、部隊は動かされていた、と」
「その一人が、ジョニー・ライデン、か」
「キマイラの指揮官にしてトップエース…部隊内では『真紅の稲妻』、もしくは『紅い稲妻』というコードネームだったようです」
「赤い彗星との類似といい、あえて誤認を誘導させるような意図を感じるな」
「事実、私たちの情報網にノイズとして混じることもありました。シャア・アズナブルがそれをどこまで認識し、利用していたかまではわかりませんが」
「その幻獣を我々は幸運と偶然の重なりで手にすることができた。だが、我々の手にしたキマイラは約半分…そしてその中にジョニー・ライデンは含まれていない。つまり残り半分の何かが今回の事態を引き起こした可能性を、私は最も恐れているのだよ」
「残り半分、と言いましても手元に置いていないだけで常時監視の目を光らせてあります。存在さえ知られていない元最強部隊…上手く二分できたとはいえ残りの半数でも野放しにしていては充分な脅威となります」
「では、元キマイラも含めて、ジョニー・ライデンの所在が掴めていなかった。そう考えていいと?」
「はい」
正面を見据える。それはゴップの鋭さをさらに増した眼光にもいっさい怯むことはない。
「ふむ…私も君と協力する見返りにキマイラの分け前を手にした身だ。ある程度はスケール感の予測もできている…。しかし君の持ち分と合わせ半分。これはきっちり二つにわかれたわけではなく、バラバラになった断片をかき集めそれを分け合ったにすぎん」
「おっしゃる通りでございます」
「これではパズルに例えるなら互いの持ち分のピースを並べたところで、空白地帯があまりに多すぎる。我々の知らぬところに、思わぬ絵が隠れている可能性も充分に考えられる。オクスナー君、私は君がこの空白を埋める大きな断片を最近手にしたのではないか、そう疑念を抱いているのだよ」
「議長…失礼ながら、そうお感じになった理由を伺っても?」
「勘…などと言っては怒られるな。冗談だ」
ゴップはグラスを取り出し、水を注ぐ。
そうしてカプセル剤を取り出し一息に飲んだ。
「この通り、私もすっかり薬が必要な年寄りだ。だが常に武器としてきたもの…つまり情報を使った戦い方にはまだまだ自信がある。根拠は、半年前の『リング事件』…その時の君の元部下たちの動きだ」
「あの艦隊は、特にあの事件に関与しては…」
「ではなぜ、後方にいながらMSが一機損耗している?」
オクスナーはこの日初めて言葉に窮した。
それでも動揺を見せることなく、視線を逸らさず耐えた。
「今は、まだお話しできる段階にはございません」
「否定はしない、か」
もはや俗人めいた仮面を捨て、ゴップは狡猾そのものといった顔で笑みを浮かべる。
「君が言うならそうなのだろうな」
そうとだけ言ってゴップは葉巻を取り出し並べ始めた。
「長々とすまなかったね。もう結構だ」
「いえ…それでは失礼いたします」
「ああそうだ」
扉に手をかけたオクスナーの背中にゴップは声をかける。
「『ダブルG計画』のことだ。本来はこちらが本題だったのだがね…ガンダム再建計画は私の方で進める。君には、もう一つの『G』の確保をやってもらいたい」
「承知しました」
「首相選の票集めは任せ給え。実現すれば、地球連邦軍から初の首相誕生だ。平時ならいろいろうるさく言う連中もいるだろうが、この混乱状態だ。民意の支持も得られやすかろう」
「はい。ありがとうございます」
「期待しているよ」
葉巻の煙を背中に浴びながら、オクスナーはようやくこの恐ろしい部屋から出ることができた。
*
「スモリアノフ、私は一度オフィスに戻る」
オクスナーは秘書のスモリアノフにそう告げ、足早に議事堂を出る。
「ですが、会議は」
「なるべく急ぐ。できれば少し開始を遅らせてくれ…それと、『猟犬』に連絡だ」
「…!承知しました」
「会議が終わり次第、私のところに来るよう伝えるんだ」
オクスナーの様子に、スモリアノフも事態が呑み込めたようだ。
専用車に乗り込むと、オクスナーは備え付けの受話器を取り出し、専用回線をコールした。
「フーバーか」
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接触
オクスナーが会議を終え事務所に戻ると、オフィスには既に『猟犬』…ジャコビアス・ノードが待ち構えていた。
「ずいぶん、緊急の要件のようで」
「ああ、急を要する」
対面する席に座りながらオクスナーはジャコビアスを見据える。
眼光鋭いこの男は、形式上はオクスナーの文字通り猟犬として働くものの、決して気を許していい相手ではない。
「ジョニー・ライデンの件だ」
「ライデンの…?」
「ああ」
「それは例の決起放送の件で?それとも…」
ジャコビアスがそこで言葉を切り、オクスナーの様子を伺う。
魑魅魍魎の跋扈する政治の世界で生き、首相補佐官であり次期首相候補にまで上り詰めた男だ。
眉のひとつも動かす様子はなかった。
「あなた方がジョニー・ライデンの名を監視のための一種の符丁とし、網を張っていたのは知っている。それがライデンを名乗る新たなDCの誕生で瓦解したことも含めてだ。だが、その警報は結局一度も鳴らなかったと聞くが?」
「…実は警報は一度だけ鳴ったことがある」
「なんですと…?」
「ごく最近、そのたったの一度きりだ」
オクスナーが一枚の写真を取り出し、示す。
「警戒網はもう一つあったのだよ。連邦のシステムとリンクしたMSが、ジョニー・ライデンの『兆候』が見られたパイロットを察知した場合にあるテストを仕掛ける。そのテストを切り抜けた者こそ」
「ジョニー・ライデンの、可能性があると?」
「この約10年間、一度たりともその領域に達する者はいなかった。その中であって、唯一の反応だ。無視するわけにもいかん。何よりライデン決起の直前という、狙いすましたようなタイミングも気になる」
「なるほど、この男が?」
ジャコビアスは示された写真を手に取る。
「ああ、レッド・ウェイライン。連邦軍所属のMSパイロットだ。現在はFSSに出向している」
写真の金髪の男を見る。
「何かわかるか?」
「これだけでは、なんとも」
「だろうな…彼らは今、極東方面に向かっている」
「極東方面?」
「ああ。こちらにも、もうひとつ無視できない事情がある。詳しい資料はスモリアノフから受け取ってくれ。君には『表』の業務でもやって貰いたいことがあるからな」
「やれやれ…それでは、『猟犬』として『剣』として動かせていただく」
「頼んだ」
立ち上がり出口に向かいながら、ジャコビアスは振り返らず訪ねた。
「私を向かわせる、ということはあの放送を行った『火星のジョニー・ライデン』。補佐官…あなたは奴が偽物であると判断している、そう解釈しても?」
「…そうだ」
「なるほど。では」
口の端を吊り上げ、ジャコビアスは部屋を後にした。
「そうだ、直接確かめて欲しい。元キマイラの、おまえの目でな」
*
「信一さん。『G』の修理、やっぱり難しいんですか?」
ネイザーのドッグ内、パイロットである號が姿を見せた。
見上げる先のロボット。『G』は戦闘から丸一日が経過しているにも関わらずまだ完全な修復が完了していない。
各部の整備パネルは解放され、吹っ飛んだ右手もそのままで配線はむき出しになっている。
「號、怪我はいいのか?」
「ええ。軽い捻挫。この程度平気です」
「そうか、なら良かった。おまえの言う通り、『G』の修理に必要なG鉱石が不足している」
「くそぉ…奴らがまたいつ来るかわからないってのに!」
「まあ落ち着け號。翔たちメカニック班も頑張ってるんだ。信じてやらなくてどうする」
信一が怒りにわななく號の肩を優しく叩く。
それで號も少し落ち着きを取り戻したようだ。
「はい…ところで、あのアートだかエートだかってロボットの」
「ART-1」
「ああ、そうですそれそれ。あれのパイロットは?」
「…機体は持っている輸送艇で自動修復できるらしいが…パイロット、女性のマーガレットさんは平気だが」
「あの男の子の…」
「ああ。ベル君だったか…彼は消耗がひどい。集中治療室で今でも意識不明だ」
「あの子のおかげで俺も『G』も勝てたんだ…頑張ってくれよ」
*
「なんですと!?『G』を、新しいゲッターロボに!?」
ネイザー所長である橘博士は、訪問者であるリミアの提案を聞いて愕然とした。
「いえ、あくまでそういう強化プランもある。と提案しに来ただけです」
リミアは資料を提示しながら言葉を続けた。
「あの『G』…正式名称GT-R PT・1は、現在地球圏において、DCに与していない唯一フルG鉱石製のロボットです。それを武装化、強化改造しゲッターロボにするという案です」
「確かにあの『G』は、早乙女博士のゲッターロボの理念に感銘を受けて開発したものです…ですが、それはあくまで本来の宇宙作業用…平和利用のためのロボットなのです。G鉱石を使ったのも、宇宙空間という環境下で耐えうるためなのですよ」
「…わかっています」
リミアも眉をひそめながら返す。無理を言ってるのは自分でもわかっていた。
「申し訳ない…失礼ですが、ここはお引き取り願えないでしょうか…」
「いえ…急な訪問で失礼いたしました」
リミアが資料をまとめ、退室する。
橘博士は自分のデスクに肘をつき、壁面に飾られた完成したばかりの頃の『G』が写されたパネルを見つめた。
「戦闘用ロボット…ゲッターロボ…か…」
*
「はああ、疲れたわ…」
所長室から出たリミアは、ロビーのソファーにドカッと身を預けた。
FSSの要請とはいえ、相当な無茶ぶりをしている自覚はあったのでとにかく精神的に疲弊している。
「お疲れ様」
そのリミアに缶コーヒーを差し出される。
「スコット!?あなたもこっちに?」
それはFSSの同僚のスコットだった。
「ああ。もし要請が受け入れられたら、搬送作業が必要になるから後追いでね。もし決まればアシュレイの手伝いさ。レッドは?」
「暇だからそこら辺ぶらぶらしてくるって」
「やれやれ相変わらずだな…隣いいかい?」
「どうぞ」
スコットはリミアの隣に腰かけ、自分の缶コーヒーを開ける。
「それにしても、どうしてFSSが民間団体に協力要請するのかしら」
「ああ、そのことかい」
スコットは少しばつが悪そうに続ける。
「このネイザーは連邦政府とは人材面でも資金面でも繋がりのない、完全な民間施設だからね。主な出資元は波瀾財閥と神重工業だったかな…そんなところに連邦政府が圧力をかけて、保有するメカを戦力として接収するのはいくらこの状況下でもまずい。後々どんな突っつかれ方するかわかったもんじゃないしね。かといって、地面に頭を擦り付けて協力をお願いするのも体面上よろしくない…そこで一応は独立した外郭団体である俺たちFSSにお鉢が回って来たってことさ」
それを聞いてリミアは大きく息を吐いた。
「大人の事情ってやつね…」
「理解が早くて助かるよ」
スコットはにっこり微笑みながら、ファイルを取り出し中身を示した。
「それと、この機体…こいつもここにあるようだしね」
取り出された写真には、ART-1の姿が映っていた。
そこに一人の男が近寄って来た。
「失礼。あなた方はFSSの?」
「あ、はい!あの、ええっと」
「申し遅れました。私はこのようなもので」
男が名刺を取り出す。
「『テミス』…民間軍事会社ですか。そちらの社長さん?」
「ええ、ジャコビアス・ノードと申します」
「失礼ですが、なぜこちらに?」
「営業活動です。こちらに、わが社を防衛戦力として雇わないか、と」
「防衛戦力?」
「ここは形はどうあれDCに喧嘩売っちまったんだ。遅かれ早かれ、あの『G』がある以上は狙われる可能性がある。その時のための備えってことだろう?」
「レッド…あんたいつの間に」
「集まってきな臭い話してりゃいやでも気になるさ」
頭を掻き、飄々としながらもその仕草には妙な緊張感がある。
それを見て、リミアにはジャコビアスの表情がほんのわずかに変わった気がした。
「こちらの方は、パイロットで?」
「え?ええ。よくわかりましたね」
「職業柄、ですかね」
「?」
*
「翔、調子はどうだ?」
「兄さん…いえチーフ」
信一に声を掛けられた翔がバイパスチェック作業の手を止め、顔を上げる。
「二人の時は兄さんで構わんよ」
信一は妹を気遣い、優しく微笑む。
「『G』…やっぱり難しいのか?」
「うん…一応右手の予備パーツは用意できたけど、それでG鉱石の残りは0…動かすためのジョイント部のパーツが足りてないわ」
「そうか…とにかく少し休め。寝てないんだろう?ほら、コーヒー持ってきてやったぞ」
「兄さん…ありがとう…」
翔が受け取った途端、ドッグ内にけたたましい警報音が鳴り響いた。
「ええ!?」
「まさか、敵か!?」
*
「ベル…」
施設内の集中治療室の前で、マーガレットはずっとその眠り続ける姿を見守っていた。
(わたしに力がないから…あなたに頼り過ぎたから…)
何度となく胸の中で繰り返す。
容体はだいぶ安定したようだが、いまだに目覚める気配がない。
病棟スタッフから休むよう促されるが、それでも離れる気になれなかった。
その耳にも、警報音が聞こえマーガレットは顔を上げた。
「敵…!?」
*
「我々は戦力を展開します!よろしいですな!?」
ジャコビアスが備え付けのインカムで橘博士に確認を取る。
「状況を逐次送っていただければ…ええ」
ジャコビアスはインカムを置き、リミア達に向き合った。
「失礼。大変申し訳ないが、FSSに協力を要請したい」
「協力、ですか!?」
「我々も戦闘を想定していたわけではないのです。人員…MSのパイロットが不足している。そちらのレッド・ウェイライン氏に、是非とも手を貸して頂きたい」
「レッドに!?」
「つまり、営業プレゼン用に機体を用意しちゃいるが、そいつに全機乗れるだけのパイロットまでは連れてきてないってことだろ」
レッドがため息をつきながら立ち上がる。
「いいの?」
「しゃーねーだろ?リミア、おまえも来てくれ。たぶん俺用に機体のセットアップがいる」
「さすがパイロットだ…決断が早くて助かる。さあこちらへ」
*
マーガレットが輸送艇に戻ると、ART-1の修理と補給は完了していた。
そして、前回はまだ組み立て中だったライフルもすでに完成している。
それをセットし、ART-1のコクピットに滑り込む。
「ベル…行ってくるわ…今度はわたしが守る番よ」
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青き雷光(その1)
「これがわが社の持つ最高の機体だ」
レッドとリミアはジャコビアスの所有するガウ級の格納庫でその機体と対面した。
「これは…ジムの改修機にしてもこんなの見たことないぞ」
「レッド!これジーラインじゃないの…ジムとは別系列の機体よ」
「あ?」
その機体、ジーラインを見上げ興奮気味にリミアがまくし立てる。
「ジムシリーズと違ってガンダムの廉価版ではなく、ガンダムそのものの性能を引き継いで量産を目指した機体ね。コストとか色んな理由で試作機が少数だけ作られて計画が中止になったって聞いてるわ」
「なんだってそんなレア物を民間軍事会社が持ってんだ」
「そんなことわかんないわよ…でもわたしが知ってるジーラインよりさらに改修されてる感じね…思ったよりいけるかもしれないわ」
「お気に召しましたかな?私も自分の機体の準備があるので失礼する」
ジャコビアスがそうとだけ告げて奥に去った。
「あのおっさんもMS乗りか…」
その背中を見ながら、レッドも覚悟を決めた。
「とりあえず乗ってから考えるか…」
*
パイロットスーツに着替え、ジーラインのコクピットに入ったレッドは目を見張った。
「リミア、こいつ全天周囲モニターにリニアシートまで付いてるぞ」
<こっちも確認したわ…電子系統もジェネレーターも最新とまではいかないけどかなり改修されてるわね>
「ますますどうなってんだ…」
新品の感触がするシートに身を預けながら、レッドは機体のシステムに火を入れた。
*
<来たな。状況を説明する>
レッドのジーラインがガウを出ると、ジャコビアスから通信が入る。
<敵MS部隊は山間部を抜け陸路で接近中だ。我々テミス第一小隊が最前線に展開。ジーラインは指定ラインでの中距離支援を任せる>
ジーラインのシステムに周辺マップと指定座標が送られてくる。
<私の機体はサブジェネレーターと冷却システムを僚機に分担している。ガウで上空警戒を行いながら援護射撃を行う>
「了解」
ジーラインのスペックを確認すると、背面にはビームキャノンが二門搭載されている。
それに加えてルナチタニウム製の弾丸を装填されたショットガンに、大型ビームライフル。これなら多少はG鉱石にも対抗できるだろう。
「…!あのおっさんの機体、ゲルググか」
機体に登録されたジャコビアス機の情報を見て、レッドは呟いた。
なんだか自分以外の何かかがこの状況を利用し、動かしているような気がする。
戦闘前に嫌な感触に囚われ、レッドは舌打ちしながらヘルメットのバイザーを下げた。
*
<飛行している機体。そちらは我々と連携の意思があるか確認したい>
突然入った通信に、マーガレットはマイクのスイッチを入れた。
「こちらはネイザーの防衛のため独断で出撃しています。部隊を展開されるのでしたらそちらの指揮に従います」
<了解した。私は民間軍事会社テミスのジャコビアス・ノード。協力に感謝する>
「データリンクします。IFF(機体識別番号)の割り当てお願いします」
すぐさまART-1にデータと各機の識別番号が送信される。
通信先のジャコビアスがデータ越しにマップのネイザー本部の前方を示した。
<施設と隣接した湖は砂州によるラグーン(潟湖)のため水上から直接の強襲は考えづらいが、無警戒というわけにもいかん。航空戦力は一機でも多い方がありがたい。ネイザーのバトルヘリと共に警戒と攻撃支援をお願いする>
「了解。ですがこちらは可変機です。状況によっては近接戦闘を行います。それでも?」
それを聞いたジャコビアスが少し笑ったようにマーガレットには感じられた。
<承知した…頼もしいお嬢さんだ>
通信が終わり、データを再度頭に叩き込み機体をさらに上昇させる。
ベルのいないART-1でどこまでやれるか、未知数だがやるしかない。
覚悟を決め、ART-1を旋回させた。
「…このジーライン…これわたしが『リング』内で見付けて連邦に渡した機体じゃないの」
半年前、あのベルと出会ったときにリングで乗っていた機体がなぜかここにある。
連邦へ引き渡す前に念のため個別のID番号を控え、ART-1にも登録していた。
それにテミスから送られてきたIDが一致している。
「いったい何が起きてるの…?」
*
戦端を開いたのはテミスの部隊だった。
ジムクゥエルがビームライフルでけん制する。
ビームの雨を受け、ザクを中心とした部隊が飛び出す。
ザクマシンガンを構え、狙いを定めた瞬間に全身をワイヤーネットが絡み付く。
後方のジムクゥエルの放ったクレイバズーカ搭載のワイヤーネット弾だ。
それによって動きの鈍ったザクマシンガンに、ビームの直撃が入った。
ジャコビアスが放った高出力ビームライフルの一撃だ。
さらにそのビームが数発直撃し、ザクはついに沈黙した。
同じような戦法でテミスは次々と敵機を捉えていった。
*
「なるほど自信満々なわけだ。あのおっさん、やるじゃないか」
テミスのパイロットはかなり訓練されているようだ。レッドの目から見てもだいぶ動きがいい。
といってもG鉱石製の機体に決定打が足りていないのも事実だ。
レーダーで捕捉しているうち、数機がこちらの防衛ライン上に向かってきている。
「このまま抜けられるのはまずいな…こっちに引き付けるか」
ビームキャノンを展開し、射線が目立つよう横に薙ぐように撃つ。
進行していた部隊がレッドの存在に気付いたようだ。
レーダ光点が進路を変え、レッドの方に向かっている。
「よしいいぞ…来い」
大型ライフルを構え、エネルギーをチャージする。
ジェガンの強化プラン用の大型高出力ライフルの試作品だ。
なぜこんなものをテミスが持っているわからないが、ある物は最大限に利用するしかない。
木々の間から見える機体を狙い、最大出力でライフルを撃つ。
それに貫かれ、ザクが倒れるのが見える。
森を抜けてグフがマシンガンを構えホバー機動で迫る。
ライフルを撃つがその厚い装甲に容易くはじかれる。
「くそ!チャージしないと無理か!」
レッドはジーライン膝からビームサーベルを取り出し構える。
ブースト機動で接近。
そのまますれ違いざまにサーベルを振るうも、わずかに動きを止めただけ。
しかし、そのわずかな動きをレッドは見逃さなかった。
「これなら、どうだ!」
至近距離でチャージの済んだライフルを発砲する。
腹部を撃ちぬかれ、ドムが膝をつき倒れ込んだ。
だが安堵したのもつかの間だった。
さらに後続部隊の接近を告げる警報が鳴る。
「動きが早いな…」
ビームライフルをチャージし、構える。
三機のグフ部隊が見えた。
目標を捉え、トリガーを引く。
「!?オーバーヒートだと!」
連続使用した高出力ライフルが過剰加熱で警告音を発していた。
「まずい!」
すぐさまビームキャノンに切り替え撃つも、シールドであっさり防がれる。
「ええい!」
ショットガンを構えた瞬間、戦場に青い雷光が走った。
「何…!?」
目の前のグフ全てが一瞬にしてビームに貫かれ、さらにビームサーベルの刃で切り裂かれあっという間にスクラップと化していた。
「青い…ゲルググだと…!?」
レッドは自らの窮地を救った存在を見て、全身の血が逆流するような凄まじい緊張感を覚えていた。
(こいつ…やばいぞ…!)
「ユーマか!」
その姿を精密射撃用ゴーグル越しに見たジャコビアスは叫んでいた。
奴が現れた。
それが意味することはただ一つ。
「やはり、あのレッド・ウェイラインは…」
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