中央トレセン生徒の男友達 (SS)
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街中で見かけたら手を振る程度の仲


タイムリープ要素は次回からになります


 

 

 

 放課後の行動に深い理由は無い。

 高校生とは往々にして無軌道であり、定石通りに勉学に励む者もいれば、中間試験が近づいているにも拘わらずこのようにカフェのテラスで談笑する愚か者も存在する。

 暇潰しだが、厳密に言うと暇潰しではないのだ。テストが近いのだから多少は勉強しなければならないため、本当は遊んでいる暇などあるはずがない。

 しかし、やはりそこは未熟な若人。

 後先考えず動けるのが悪いところであり、良いところでもある。

 少なくとも今この時点においては、学年順位を上げようと躍起になっている生徒よりかは精神状態に余裕がある──もちろん、後で苦しい思いをするのはこっちなのだろうが、今の自分には目先の利益が全てだ。

 環境に対して順応し、周囲の相手に緊張する事もなくなり、焦って考えなければならない目標も存在しない、高校一年生の秋。

 

 そんなまさしくぬるま湯に浸かるが如く時間を浪費している学生が多い中で、彼らと同じように起伏の無い毎日を過ごしていたはずの俺に、これがどうしてつい最近になってから、大きな変化が訪れた。

 

「あっ、見ろよ樫本(かしもと)。あれ中央トレセンの制服じゃね?」

 

 ダラダラとのんびりパンケーキを貪っていると、友人が道行く少女に視線を動かした。

 釣られて見ると、そこにあったのはテレビやら何やらでよく見る顔だった。

 ん、と適当に相槌を打つが、してもしなくても友人は俺の反応など気にも留めなかったのだろう。すっかり彼女に目を奪われてしまっている。

 

「さ、サイレンススズカ……レースとライブ以外で生で見たの初めてだ……」

 

 そう呟いた友人が見ている先では、なにやらファンらしき少女とサイレンススズカがやり取りをしている。

 何の気なしにこっそり観察を続けていると、ファンであろう少女が呆然としたまま涙を流し始めてしまった。

 どうやらファンサービスでサイレンススズカから蹄鉄をプレゼントされたらしく、歓喜のあまり感情が追い付かなかった結果あぁして呆然としたまま静かに泣き始めてしまったようだ。

 いわゆる神対応という類の行為なのだろう。

 友人も眼前の光景に感嘆し、また歯痒い思いも抱いてしまっている様子だ。

 

「あの子蹄鉄貰ってら……羨ましすぎる」

「……頼めばくれるんじゃないか」

「は、おまっ、そんな不躾なお願いできるかよ。てか話しかけるのすら無理だわ」

 

 分かりやすく肩を落としている。

 別に、応援していますと話しかけるくらいなら迷惑ではないと思うのだが、彼には彼の矜持があるようだ。

 少しだけ耳を澄ませてみると、彼女たちの会話の内容が聞こえてくる。

 

「いつも見てくれてありがとう──だとさ。お前も同じように応援してる感じのアピールすればいけるんじゃないの」

「いいぃいやいや、確かに俺もライブは欠かさず最前列で見てるけどさぁ! ……その、声のかけやすさとか、男子と女子じゃ違くね? やっぱきついって」

「あぁ、そう」

 

 尻込みする態度を前にしていると、段々と背中を押すのも面倒になってきた。

 もう好きにすればいいと切り上げ、さっさと会計を済ませるために席を立ちあがる──すると、偶然にもサイレンススズカと視線がぶつかった。

 

「ぁっ。──……ふふっ」

 

 彼女は小さく手を振って微笑んだ。

 それを目の当たりにして、友人は何故か俺の分の金額までトレーに乗せて、こちらに突っかかってくる。

 

「おいおいおいおいヤベぇって樫本。こっちに手ふられちまった」

「そ、そうだな」

「見たかあの笑顔とさりげない手の振り方っ!? マジでヤベぇって、俺サイレンススズカに認知されてたんだよ! いつも見てる人の中で俺の事も覚えててくれたんだよ……! うぉっ、お゛」

 

 興奮しすぎてよく分からない状態に陥っている友人と共に退店すると、件の有名人はファンの少女に一言告げて、優雅にその場を去っていく。立ち振る舞いにカリスマオーラを纏いすぎだ。

 

「はぁ……一生推す……まさか認知されてるとは……」

「良かったな」

「ホントだよ! 中央のウマ娘との繋がりを持てる男なんて、それこそトレセンのトレーナーぐらいだろうし、マジで嬉しい……」

 

 情緒が見事に破壊された友人を軽く受け流しつつ帰路に就く。

 中央トレセンは確かに有名エリート校ではあるものの、距離はあくまで最寄りの駅から二駅程度なので、見に行くこと自体のハードルは低い。

 一般向けの模擬レースなんかも時々開催されることを鑑みると、彼女たち中央トレセンの生徒に声をかける機会は決して無いわけではないのだ。

 だが一般的な認識として、普通の男子高校生からすると中央のウマ娘は雲の上の存在であり、一流の彼女たちと触れ合うには自分たちもそれに相応しい資格を得なければならない、と考える男子がほとんどだ。

 ゆえに、友人のこの反応の仕方は頷ける。

 男であれば中央のライセンスを取得したトレーナーくらいしか関われないであろうアイドル的な存在の少女から、手を振って認知されたとあれば、狂喜乱舞もやむなし……なのかもしれない。

 

 実際のところ、男子高校生という立場で彼女たち中央トレセンの女子たちと関わることが、どれほど難しい事なのか──俺には分からない。

 

『樫本くん』

 

 スマホに受信されたメッセージを眺めながら、そう思ってしまった。

 実際に彼女たちと既に関わりを持ってしまっている自分では、ラインがどの程度なのか正確な判断ができないのだ。

 

『手、ふってたの気づいた?』

『それはまぁ』

『やっぱり。カフェから見ていたようだけど』

『悪かった、覗くつもりじゃなかったんだが』

『もしかして樫本くんも蹄鉄、欲しい?』

『いや別に……』

 

 決してそんな事はないのだが。

 彼女の蹄鉄を欲しているのは、どちらかと言えば隣のコイツだ。

 

『そう何個もポンポンとあげていい物なのか?』

『消耗品ではあるから』

 

 それなら──と、途中まで打ちかけた文字を消していく。

 友人だからと言って、知り合いにプレゼントを送ってくれと頼むのは筋違いな気がしたからだ。

 蹄鉄が欲しければ本人が声をかけるべきだろう。それをしなかった友人は貰えず、勇気を出したファンの少女は手に入れることが出来たというだけの話なのだ。

 学校も近く、彼女がよく通っている店も付近にあるので、会おうと思えば会えないことはない。友人には自分自身で頑張ってもらおう。

 

『蹄鉄は遠慮しとく』

『そう?』

『欲しがってるであろう他のファンにあげてくれ』

『はい』

『じゃあまたバイト先で』

『また』

 

 スズカから了承の意味でかわいいウサギのスタンプが送られた辺りで一連の流れが済み、スマホを胸ポケットにしまい込む。

 すると少し冷静さを取り戻した友人が気になった様子で声をかけてきた。

 

「あれ、誰かに連絡してたん?」

「ん、他校の友達」

「生でサイレンススズカ見たぞって自慢か」

「……あー、まぁ」

「いや、性格悪いとは思わないぜ。俺でも自慢しちゃう場面だからな。まぁ俺は目撃しただけでなく、本人に認知されてるんだが……」

「お前いい加減うぜぇぞ」

「妬むな妬むな」

 

 いつもの軽いやり取りをしつつ、電車に乗って空いている場所に腰を下ろした。

 この通り、サイレンススズカと連絡先を交換し合っているという事実は、彼には伏せている。もちろんこの友人だけでなく、知り合いには全員隠しているのだが。

 スズカとしても、レースぶっちぎりでファンの増加も絶好調なこの時期に、トレセン外の男子とこっそり会っている事実は担当トレーナー含め知られたくない相手がそこそこいるらしく、互いの為に公の場では声をかけないことにしているのが現状だ。

 だからこそ今日みたいに、こっち見て手を振られたりすると非常に困るわけだが。

 

「んんっ……」

 

 またスマホが揺れた。

 取り出すと、メッセージの上には”殿下”と表示されている。

 

『樫本樫本樫本!』

『はい』

『ラーメン食べいこ!』

『どこ』

『あのあそこ、この前帰りに寄った駅前の』

 

 俺の学校と中央トレセンの間に位置する駅付近のラーメン屋の事を指しているのだろう。

 いわゆる家系と呼ばれるタイプの店だが、かため濃いめ多めの俗に言うマックスで注文すると、喰い終わった後必ず「もう二度と行かない」と思わせてくれるほどの油で出迎えてくれるのだ。

 確かに美味い。

 美味いのだが、食い終わった後の事を考えるとキツい。正直に言うと行きたくない。

 

「またメッセージ来てんのか。今度は何だって?」

「中央商店に集合とのこと」

「うえぇ、マジか。こんな時間にアレを……いや、まぁ、頑張れ」

 

 そんなこんなで、友から憐れみを向けられた俺は彼より一つ手前の駅で降車し、中央商店と呼ばれる地獄のラーメン屋へと赴いた。

 するとサングラスで雑に変装した中央トレセンの制服を着た少女が遠目に見えた。本当にあれでバレてないとでも思っているのだろうか。

 

「あっ、樫本~!」

 

 此方に手を振る彼女の名はファインモーション。

 一ヵ月ほど前から二人でラーメン屋へ行く仲になった、れっきとした中央の女子生徒だ。

 彼女の変装の理由は、隠れてラーメンを食べているところを担当のトレーナーに見つからない為である。

 

「お待たせしました、王女殿下」

「堅苦しい!」

「……こんな時間からラーメン食って、寮では夕食とらないのか」

「ふふん、心配ご無用だよ。あっちでも食べるから」

「どういう心配されてると思ってる?」

 

 しかし、このラーメン屋を食った後に、まだ胃の中に何かが入ると考えているところが甘い。

 前回はすべて普通で注文していたせいでこの店の恐ろしさを知らんのだ、この女は。

 現実というものを教えてやろう、ということで入店し、有無を言わさず俺とファインの二つをどちらもマックスで注文しておいた。

 数分後に提供された器の中身を目の当たりにして、さしもの殿下も慄いている。油の層が一センチはあるのだ。おかしい。

 

「では、スープから──」

 

 一口。

 

「…………世界一美味い」

「おいし~!」

 

 そう、ここのラーメンはバチクソに美味いのだ。

 席に着くまでは憂鬱でもひとたびスープを口にすれば脳が弛緩する。

 

「美味しすぎて食べ物じゃない!」

 

 この通り王族の語彙力をも破壊するパワーを秘めたラーメンであり、これに勝る料理はこの世に存在しない。

 感動しながら黙々と食べ進め──気がつけば二人とも完食していた。

 そして店の外へ出ると同時に、俺の口から自然と一言こぼれて出てきた。

 

「マジで二度と来ねぇ」

「うっぷ……」

 

 最低だった。気持ち悪すぎる。もう金輪際この店には近づかないことにする。

 とりあえず一旦目的を果たした俺たちは解散し、帰路へ就くことにした。もうしばらくこの店にはいかないからな、とファインに強く念押しをしてから。

 

 ……

 

 …………

 

 帰る間も、スマホは彼方から飛来せしメッセージを受け取り続け、自宅のソファに寝転ぶ頃には、着信の数字は優に百を超えていた。

 その全てが中央トレセンの女子たちからだ。この状況には流石に眩暈がしてくる──が、元を辿ればアプローチをかけ始めたのは俺からなので、文句の言える状況ではない。

 辟易とため息をもらしてスマホをテーブルの上に放り投げると、またしても着信音が鳴り響き、とんでもなく気力が削がれた。

 メッセージではなく電話の方の音なので、無視することもできず鉛のように重い体を動かし、やっとの思いでスマホに手を伸ばす。

 表示されていた名前は、俺の状況を正確に把握してくれている唯一無二の協力者のものであった。

 

『もしもし……樫本君。いま大丈夫ですか』

「問題ないよ、マンハッタンさん」

 

 マンハッタンカフェ。

 偶然と偶然が重なった結果、俺が一番初めに面識を持つ事になった、中央トレセンのエリートウマ娘だ。

 彼女だけは、俺がたくさんのウマ娘たちとやり取りしている事を知っており、今の俺にとってなくてはならない大切な仲間で──なによりトラブル続きで困憊に陥っている俺の、精神的な拠り所になって貰っている。

 

『今回は……中等部の方が、怪異に憑かれてしまったようです。詳細は追って説明するので、今から会えますか』

「門限は大丈夫なのか?」

『ダミーを置いといたので今夜は誤魔化しが効くと思います……』

 

 一般人からすれば、まるで何を話しているのか理解できないであろう会話だ。

 しかし俺たちは既に数回ほど”異常な体験”を経験しているため、いろいろと端折った情報共有になるのは致し方ない。

 元より混乱しない程度にはこの状況を受け入れてしまっているのだ。もう純粋な男子高校生だったあの頃には戻れない。

 

 

『──()()()()も……そこにいますね』

 

 

 マンハッタンの言葉に反応して、後ろからソファに座り込む擦れた音が聞こえてきた。

 振り返ると、そこにはマンハッタンカフェと非常によく似た容姿の、漆黒のロングジャケットを羽織った少女が座っていた。

 

 ──この少女に名前は無い。

 

 聞いても答えてくれず、またマンハッタンカフェも彼女をお友だちとしか呼称しないため、今は俺がつけた仮の名前で呼んでいる。

 好きなアルファベットは何かと質問した際に答えた単語で、だ。

 

「エス。多分またタイムリープする事になるぞ」

「……ん」

 

 生返事だ。やる気が無いのが見て取れる。

 様々な事情が重なった結果、交通事故で死にそうなところをこの幽霊もどきに助けてもらって今があるわけだが、俺も彼女を助けるためにいくつもの苦労を課せられているため、純粋な恩人とも言い難い不思議な関係性だ。

 一旦マンハッタンから聞いた情報をメモしつつ、彼女と俺以外には見えないエスを連れてもう一度自宅を出ていった。

 

「らくちん」

「……マンハッタンさん、いつもの河川敷でいいか」

『あ、はい』

 

 異常に体重が軽いのをいい事に、おんぶのように俺の背中に引っ付いたエス(お友だち)に構うことなく、俺は足早に駅のホームへと急ぐのであった。

 

 

 



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