神様転生したけど、冷静に考えたら幽霊とかお化けが怖いので超絶除霊チート能力をもらった。 (尋常時代)
しおりを挟む

神様転生!

 転生をしました。怖い。

 

 というかなにもかもが怖くない? 

 

 死後の世界で偉そうな神様みたいなのに出会ったんだが、全然嬉しくなかったね。だって神様とかいるってことは、良く考えたら天国とか地獄とかあるのでは? めちゃくちゃ怖くないか? 

 

 一週目なら全然いいんだよ。今までの積み重ねとかさ、自業自得の結果だし。でもさ、天国と地獄とかあるっって思ったうえでの人生二週目ってめちゃくちゃ生きるの怖くない???? 

 

 俺、もしかしたら地獄行きなんじゃないかと心配で仕方がない

 

 悪いことしたら地獄行きと思うとさ、そんなん人生イライラ棒とかそんなレベルだよ。少しでもずれたら「うっひゃ~!!!! おめぇ、地獄行きだべ~!」になりそう。

 

 いやさ、功徳だっけ? 良いことを積み重ねすればいいのかもしれんけどさ、人生って良いことするだけで生きていけないよなぁ……とか思うわけですよ。

 

 でも、人間って欲深いからね。少しぐらいは良く生きたいなぁ…………と思うわけですよ。

 

 御天道様は見ている。じゃないんだよ! こっちは毎日御天道様に怯えながら暮らしてンだぞ! いや別に悪いことしてないけどさ! 

 

 あの偉そうなのが、神か仏か知らないけどさ。そんなのがいる世界にいるって分かってるならお化けとかもいるんだろうなあ……とか思うじゃん! 怖いわ! マジで怖いわ! 

 

 いや怖いだろ! 来ないで超常現象! 

 

 そんな風に考えちゃったら少しでも怖いことを遠ざけるっていうか、自分の身を守りたいってなる。なるよね??? 

 

 生きてる人間より、殴れない幽霊とかさ! どうにもできないし! 

 

 ホラー映画とか見れなくなっちゃうよ! 

 

 だから神様にお願いしたよね。超常現象ドンと来い! 全部祓える能力を! 

 

 ポンとくれました。やったぜ!

 

 そして俺は考えました。

 

 人を助ける方法と、お金を稼ぐ方法を。

 

 俺が考えたのは化物*1退治をして人を助ける! そして金を稼ぐ! 

 

 単純だね! そのまんま! 頭が悪いのかな? 

 

 でも、これなら行けるはず。そう思ったんだよね。

 

 神様によると、幽霊退治はめちゃくちゃ需要があるらしいのだ! 

 冷静にならんでも怖いくね?

 

 つまり、人生の目標は人を助けて金儲け!

 

 そして地獄行きの回避!!!

 

 御天道様! 俺は悪い人間じゃないよ!!!

 

 ということで、俺の人生二回目を始めたのだった。

 

 

 

 

 まあ大人になるまでお金稼げない*2けど!!! 

 

 ということで一日一善、悪いことしてる幽霊とか妖怪とか除霊してお金稼ぐぞ♥️♥️♥️ って思っても「うっひゃ~!!!! 幽霊だ!!! お金払うから除霊して♥️」とはならない。

 

 なぜなら小学生だから! 

 

 というかね、そりゃどれだけ需要があったとしても普通は小学生には頼まないよね。プロに頼むよ。当たり前だね。

 

 困ってる人の所に直接助けにいっても他の除霊師とかが先に依頼を受けてたりして「横取りだ!!!」とか面倒臭いことや怖いお兄さんが来たりするらしい。

 

 なぜならお金が関わっているから*3とても面倒臭いのだ。

 

 欲まみれの俗物ども*4がよ!!!! 大切なのはお金じゃないだろ!!!! 

 

 なので自分から探してっていうのも難しい。

 

 これはコツコツと身の回りの相談に乗ったり、他の除霊師より先に解決したりすることで、信頼を獲得していくしかないのだが、ここで問題が起こった。

 

 まあそもそもの話だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 需要あるって言ったじゃないですか!!! ナンデ!!!??? *5 

 

 超常現象に巻き込まれた人間はともかく、大多数の人間の意見は「幽霊なんていなくね? マジウケる(笑)」「幽霊に襲われた? 釣り乙w」「視線を感じる? 幻聴が聞こえる? 病院行きましょうね~♥️」などである。確かに、幽霊なんてものは実在しないというのが、一般的な常識である。幽霊という存在は、科学的に証明できないからこその都市伝説であり、幽霊が存在すると信じることはすなわちオカルトマニアか電波ちゃんでしかない。

 

 なぜか? 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 というのも一般人には解決したか分かりづらい上に需要があって大金が関わるので詐欺師が滅茶苦茶いるのだ.

 

 つまり需要があるけど表の世界では信じられていないのだ。ラノベか? 

 

 なので「将来の夢は除霊師です! 悪い幽霊をたくさん祓ってたくさんの人を助けていきたいです!」とか小学校で言ったらだめだぞ*6

 

 幼稚園までは不思議ちゃんと思われていたので周囲の目が暖かかった*7ので誤解していたが、小学校に上がったらとんだ落とし穴*8だった。

 

 悲しいね。廃業して? 

 

 まあ世界観に関してはよく分かってません。

 

 まあ世界観なんてどうでもいいのだ。このままではお金はともかく人助けが出来ない! 

 

 この世のすべてを超越した神様が、彼の魂に放った一言は、彼を人助けへとかり立てた。

 

 天国行のチケットか? 欲しけりゃくれてやる。

 

 探せ! この世のすべてを現世へ置いてきた!! 

 

 男は天国行を目指し幽霊を追い続ける。

 

 世はまさに、大除霊師時代!

 

 

「というわけで、何か困ってることないか? 格安で解決してやるぞ」

 

「詐欺っち*9、何言ってるの? はやく掃除してよ」

 

「はい……」

 

 というか俺の周りに幽霊や妖怪なんて今までの全然でてこないぞ!!!! 

 

 どうなってるんだ! *10

 

 

*1
主に幽霊

*2
無慈悲

*3
重要

*4
ブーメラン

*5
俺は怒った

*6
1敗

*7
主観

*8
友達100人夢の果て

*9
俺のあだ名

*10
理由がない限りに悪霊や妖怪は逃げているので周りの人間は余計に見えないし信じない



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宗教上の理由です!

 俺がこの町に来て、初めての正月だった。

 

 夏休みにこの町に引っ越してきてからずっと悪い幽霊に出会ってない*1

 

 小さなころからコツコツと少しずつ悪霊を退治して除霊師としての経験と信頼を稼ごうともくろんでいたのだが、大誤算である。こんなことならもっと早く悪霊退治を始めていればよかったと思うくらいだ。

 

 そうすればこの一年で悪霊退治の依頼が百件以上も来ていたかもしれないのに! まあそんなことを言っても仕方がない。

 

 このままではいけないと思ってそこらじゅうを探し回ったりするのだが、なかなか見つからないものだ。

 

 困っている爺さん*2や婆さん*3や、迷子の子供*4だったり、落し物*5を拾ったりするくらいで除霊師としての経験は零なのだ。

 

 おかしいね? 

 

 ということで、困った時の神頼み。近くの神社まで来たのであった。

 

 頼む神様仏様! 人助けさせておくれ~!

 

 

 

 

「宗教上の理由で、君の参拝は禁止です」

 

「そんな理由ありゅ???」

 

 神社に入る前に神主さん、巫女さん総出でお断りされました。なんで? いじめか? 

 

 宗教上の理由なら仕方がないのか? というか神社出禁なんてどういうこと? 

 

 この近くで一番大きな神社に来たのだが、さすがにこの扱いには涙が出ますよ。 

 

 でも、巫女さんは全く動じることなく無表情だ。機械のように淡々と説明を続ける。

 

「現在、当神社では神様たちがお怒りになっております。そのため、参拝客の方々にも被害が出る恐れがあり、大変危険です。安全のため、申し訳ありませんが、参拝は控えていただきたいのです」

 

 嘘つけぇっ! 絶対嘘だろ! そんなことで個人を出禁にするわけないだろうが! 絶対に何か裏があるぞ。

 

「本当に申し訳ないのですが、宗教上の理由で今後一切の参拝は禁止されています」

 

「今後一切の参拝が???」

 

 隣にいる幼馴染ちゃんがとんでもなく冷たい目*6でこちらを見てくる。

 

 そんな目で見るな……! 冤罪だ……! 

 

「あの……確かにこの子は少し変ですが、そこまで言われる謂れはないと思うのですが」

 

 流石に見かねたのか、幼馴染みの両親*7がそう伝えると*8

 

「宗教上の理由です!」

 

 無敵の呪文か? 

 

 だが、どうやら本気で言っているらしい。嘘偽りなく本当のことを言っているようだ。

 

 巫女さんの瞳からは感情が全く感じられない。人形のような無機質な目だった。

 

 だからといって引き下がるわけにはいかない。せっかくここまで来たんだからな。

 

 とは思うが、流石に壊れた機械のように呪文を繰り返すのをみていると、流石に自分の中の良心が傷んでくる。

 

いや、俺なにも悪いことしてないけど? 心当たりなんもないけど? 

 

 まあ俺は大人なので*9寛大な心*10で許してやるかと思っていると

 

「もういいよ、行こう?」

 

 そういって幼馴染ちゃんが手を引いてくる。

 

 壊れた機械には付き合いきれないと思ったのか、それとも飽きたのか。

 

 その様子を見て神主は酷く疲れた顔をして、そして安心した表情を浮かべる。

 

「君は今後永遠に参拝は禁止ですが、何か困ったことがあったら是非ご相談ください。絶対に参拝は禁止ですが」

 

 俺は泣いた。心の中で。

 

 だが目の前の神主の顔は、危機を乗り切ったような、やりきったような。達成感を感じさせるものだった。

 

 

 

 近くの公園で遊んでくると両親に伝えて、幼馴染ちゃんと一緒に近くの困っている人探し*11をしていると、一匹の狐を見つけた。

 

 おや、こんな人里に狐なんて珍しいと思っていると、動物好きな幼馴染ちゃんが袖を引っ張ってくる。

 

「あのキツネさん、怪我をしているみたい」

 

 手負いの獣は危ないですよ! とは思うものの、幼馴染ちゃんの何かを期待するかのような視線に負け、近づいてみる。

 

 確かに、よく見ると右足を庇うように歩いているように見える。

 

 真っ白な毛並みを血で汚し、ふらふらと歩いている*12狐に追いつくと、もう体力の限界だったのか、倒れてしまった。

 

 俺は少し考えてから、ポケットからハンカチを取り出した。

 

 そしてそれを細長く裂いて、包帯代わりにしてあげることにしたのだ。

 

 俺ってば優しすぎるぜ! すると、その行動を見た幼馴染ちゃんも、同じように自分のハンカチを破って応急処置を施し始めた。

 

 え? なにこの子優しい……。

 

 こんな正月に狐なんてまさか神様の使い*13か? とは思うが、幼馴染ちゃんが見えている*14ということは超常現象ではなさそう*15だ。

 

 傷口を洗って、ハンカチで縛った。幼馴染が家から持ってきたドッグフードを食べさせ安静にさせた。

 

 とりあえず、できることはこれくらいだなというと、幼馴染ちゃんが大丈夫かな*16という。

 

 まあ大丈夫だろ。たぶん。

 

「孤太郎……大丈夫かな?」

 

名前つけたの? と聞くとだって可愛いじゃないと帰ってくる。いや、うんまぁいいんだけどさ……。

 

「またね孤太郎」

 

 名付けられた狐は、コンと鳴いた。

 

 

 

 

「うむむ、今日は大変だった……まさかあの【神亡】がこの町に来るとは」

 

 あの【神亡】が来てからこの地域は大変だった。あの災害のような子供が来るというので神から妖怪まで底からひっくり返したような騒ぎが起こったのだ。

 

「しかし、話に聞いていたよりもずっと大人しい子供だった」

 

 それこそ嵐の前触れかと思わせるほどには恐ろしい存在だと聞いていたのだが、実際に会ったらとてもそうは見えない普通の少年にしか見えなかった。

 

 そうだとしても絶対に神社の、神域に入れるわけにはいかないのだが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは到底信じられないが、信託*17は絶対なのだ。

 

「そういえば、あの妖怪狐はどうなったのか。かなりの深手を負わせたから、もう生きてはいないだろうが。もしかしたら【神亡】に滅ぼされているのかもしれんな」

 

 そう思った。そして思い至る。

 

「【神亡】は生まれ故郷の神や妖怪を滅ぼしたという。その力は木っ端妖怪を吹き飛ばしただけで終わるのか?」

 

 もしかしたらこの神域にまで余波が届くのかもしれない。信託にはなかったが想像するだけで背筋が凍る。

 

 ゆえに、屋敷内にいた式神の一体を案内役にして、神主、≪土御門 忠輝≫は山へと足を運んだ。

 

 ちなみに、忠輝が使役している式神には二種類ある。ひとつは、小鬼たちのような低級の雑魚妖怪だが、もうひとつは鳥や獣といった比較的大型の生物だ。

 

 後者は、霊的な力も強く知能も高いが、代わりに術者の命令に縛られることになる。

 

 今回は後者だった。つまり、忠輝の言に従い、その背についてきているわけである。

 

「……で? こっちか?」

 

『はい』

 

 先導する鳥の式神に尋ねると、すぐに返事があった。

 

 忠輝とは長い付き合いになるこの鳥は、忠輝の言葉を正確に理解し、忠輝の望む場所へ導いてくれるのだ。

 

 そこは、鎮守の森の中でも奥まった場所にある、小さな社だった

 

 そして古びた祠を視界に収めたとき、忠輝は思わず足を止めていた。

 

「……まさか」

 

 それは、いつも忠輝たちが見ている祠だった。ただし──

 

「開いている……」

 

 

「わが娘よ、お前に重大な任務を与える」

 

 有無も言わさぬ口調で告げる父親に対して、少女は眉一つ動かさずにうなずいた。

 

 幸か不幸か、自分の最愛の娘のうち一人があの【神亡】と同じ年齢である。

 

 自分の娘に危険な役割を与えるとともに、神主の心に休まる日は長い間訪れないのであった。

 

 

 

*1
出会っても気づいていない。主人公は鈍感

*2
泣きながら逃げた

*3
助けようとすると猛スピードで逃げた

*4
顔を見ていない

*5
かわいい日本人形や西洋人形

*6
最近ずっとこの目

*7
優しい

*8
うちの両親はお前また何かやったのかって顔。何もしてないが? 

*9
体は子供

*10
実は狭い

*11
日課。一日一善のため

*12
逃げようとしている

*13
妖怪

*14
現世の狐の体に憑依しているので見える

*15
節穴

*16
ピクリともしない。死んだふり

*17
来たら滅ぶので絶対に追い返せ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

変わり者の幼馴染

 アタシの幼馴染は変わり者だ。小さなころから周りに「悪いことをするな。地獄に落ちるぞ!」とか「一日一善が人生を救います。レッツ人助け!」とかなんとかいってたのを覚えている。

 

 そんな変な幼馴染なんて、普通は関わりたくなんてないし嫌いになってしまうものだと思う。

 

 だって普通じゃないなんて、変でしょ? おかしなことは、変なのだ。

 

 アタシも普通だったら距離をとってしまったと思う。

 

 でも、そんな変な幼馴染だけど、変なだけではないのだ。

 

 これは変わり者の幼馴染とアタシの、初めてあった日の話。

 

 

 

「なあ、なんか困ってることはないか? 格安で解決してやるぞ」

 

 その日も、彼は、同じことを言っていた気がする。

 

 雨の日で、公園の隅で泣いていたアタシを見つけて彼は明るく*1聞いてきたのだ。

 

「誰あんた……放っておいてよ」

 

 泣きすぎて声がガラガラになりながら、アタシは目の前の子供を睨み付けて言った。知らない子供だった。

 

 その子は少し困った表情で、雨に体を濡らしながら、風邪を引くから家に帰ろうと言ってきた。

 

 アタシはその言葉を無視して、また膝を抱えて顔を伏せる。するとその子は、何を思ったのかアタシの隣に座ってきたのだ。

 

 なんなのこの子……。

 

 アタシはもう放っといてほしくて、でも何も言わずにただ隣にいるその子にイラついて、顔を上げてその横顔を見た。

 

 そこには、さっきまでとは打って変わって真剣な眼差し*2をした男の子の顔があった。

 

 アタシは思わず息を呑む。

 

 だけどアタシはその表情が無性に腹が立ちそっぽをむいた。

 

 誰とも会いたくない、一人になりたいからこの公園で、一人ぼっちでいるのだ。

 

 何も知らないくせに、と思った。誰なんだお前は、と思った。だけどその気持ちを言葉にはしなかった。

 

 そのままどれだけ時間がたったのか、困った表情の彼は*3ずっと傍にいた。

 

 だから、このままずっと居られるのも嫌だから、仕方がなかったから、ちょっとだけ理由を話した。

 

「ヒーちゃんがシんじゃったの」

 

 話したくなかったけど、はやく一人になりたかったから、話した。

 

「アタシの代わりになったんだって、みんなが言ってた」

 

 お父さんも、お母さんも言ってた。ヒーちゃんが守ってくれたんだって。そう言ってた。

 

「ヒーちゃんが代わってくれたから、ヒーちゃんがいなくなっちゃった」

 

 仕方がなかったはずなのに、どんどん言葉が出てくる。

 

「ヒーちゃんがいなくなっちゃったのは、アタシが悪いの」

 

 ヒーちゃんは、いつも傍にいたから、一人でいると迎えに来てくれたから、余計に悲しくなった。悲しくなってどうしようもなくなって。

 

「だから一人ぼっちにならないといけないの」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だから、どっかにいって」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな矛盾したことを思いながら、意味の分からないことを思いながら、アタシを心配してくれているその子を拒絶した。きっと、意味が分からないでしょ、と思った。関係のないあんたには関係がないでしょ、と。

 

 わかんないでしょ? だから、どこかに行ってと思った。

 

「そうか*4……」

 

 だけど、拒絶してもその子はどこにも行かなかった。アタシの隣でずっと黙って座っていた

 

 ヒーちゃんが迎えに来てくれなくなるから、一人ぼっちにならなくちゃだめだから、今度はその子の顔を見て、どこかに行ってと、伝えようと思った。

 

「よくわからんが、こんなところにいてもヒーちゃん? はいないぞ*5

 

 だから、その言葉を真正面から受けてしまった。

 

 もう会えない、みんなに言われた言葉が耳から頭に突き刺さる。今まで必死になって目を逸らしていたのに。

 

 悲しくなって、苦しくなって、怒鳴りたくなって、でも何の言葉も出てこなくて。

 

 だから、何もかも信じられなくなって、心が壊れそうになった。

 

「だからさ、探しに行こうぜ」

 

()()()()()()()()*6だから、見つけられるさ、と彼は笑いながら言った。

 

 そう言ってアタシの手を握って、一緒に雨の中を探し回った。

 

 みんな、幽霊なんていないという。だから、探しても見つからないのだという。

 

 みんな、天国で見守ってくれているという。だから、もう会うことはできないのだという。

 

 だけど、アタシは信じたくない。あの子は絶対にどこかにいると。

 

 だって、アタシがあの子を見つけてあげられなかったら……あの子がかわいそうだから。

 

 あの子ともう一度会いたい。ただそれだけを思った。

 

 ──それが無性に悲しくて、苦しくて。

 

 だからさ、見つけられる*7という彼はきっとおかしくて。

 

 だからさ、きっと会える*8という彼は変なのだ。

 

 

 

 そうして、雨の中を、二人でずっと歩き回った。

 

 子供二人で雨の中をテクテクと、知ってる場所も知らない場所も。

 

 そんな風に歩いていたら、いつの間にか日が暮れていた。

 

 お腹が減って来て、そして寒くなって来た。

 

 ずっと探して、それでも見つからなくて、でも、一人じゃないから少しだけ心が軽くなった。

 

 だから、このまま見つからなくても、大丈夫だ。

 

 ヒーちゃんが守ってくれたから、一人ぼっちになったんじゃない。

 

 ヒーちゃんが守ってくれたから、一人ぼっちにならなくなった。

 

 だから、もういいよ。と彼に伝えようとした。

 

「ごめんな、全然見つからないわ」

 

 だから、彼の表情を見て、驚いた。

 

 見つからなかったことを、ほんとに悔しそうにいった。

 

「また明日、探そう*9

 

 なんだか、その顔を見ていると、また少しだけ心が軽くなる。

 

「もういいよ、ありがとう」

 

 今度こそ、きちんと言えた。

 

 一緒に探してくれてありがとう。

 

 一人ぼっちじゃないから、もう大丈夫なのだ。

 

 見つからなくてガックシと肩を落とす彼の手を取り、家路につく。

 

 きっと、お母さんもお父さんも、心配しているだろう。

 

 その後、アタシとその子は滅茶苦茶怒られた。止まった涙がまた出てきた。

 

 だけど、アタシよりお父さんも、お母さんも泣いていた。アタシよりボロボロになった靴を履いて、アタシよりビシャビシャの服を着ていた。

 

 いっぱい泣いて、いっぱい怒られて、いっぱい抱きしめられた。不安はなかった。

 

 朝が来て、日差しの温かさを感じられるまでお父さんも、お母さんも一緒にいてくれた。一人じゃなかった。

 

 だから、ヒーちゃんがいないままの朝が来ても、きっと大丈夫。

 

 だけど、ごめんね、一人ぼっちにして。いつかまた会おうね。

 

「ヒーちゃん、またね。バイバイ」

 

 

 翌日、あたしの前に再び現れた彼は笑いながら言った。

 

「もう一回探そう! 格安で解決してやるぞ!」

 

 なんだこいつ、と思った。だから笑って言った。

 

「ばーか」

 

 

 そういえば、彼はどうしてアタシのところに来たのだろう。

 

 誰にも行先なんて伝えていないのに、アタシの秘密の場所なのに。

 

 不思議に思って彼に聞いてみる。

 

 彼は不思議そうな顔をして答えた。あんなに五月蠅かったのにと彼は言った。

 

 ずっと公園で、犬が吠えてたんだよ、だから、何かあったのかなって来た。

 

 そしたら、泣いてる子供がいたんだと、子供が言って笑った。あぁ、それでか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 小学生になっても彼は変わらない。変わらない、けど、変わり者

 

 おかしくて、でも困っている人を放っておけない人。

 

 変わり者で、泣いている子を放っておかない人。

 

 そんな、変だけど、変なだけじゃない幼馴染のことを、アタシは放って置けないのだ。

 

 

*1
困っている人を見つけてご満悦

*2
獲物を見る目

*3
一日一善の獲物を逃したくない

*4
ヒーちゃんって誰? 友達?

*5
近くに子供の幽霊はいないので

*6
見つけたら除霊する気満々。幽霊は現世にいてはいけないので

*7
幽霊はいるので

*8
幽霊はいるので(強調)

*9
依頼失敗したくない。なお手遅れ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

私にいったい何ができるんだろう

 私には自慢の父様がいる。威厳に満ちた父様だ。でもそんな父様の様子が最近変だ。何か隠し事をしている気がする。

 

「どうしたんですか?」

 

「……いや」

 

 私の問いかけに言葉を濁す父様。いつもならすぐに教えてくれるはずなのに目を逸らされる。その顔はどこか暗い。

 

「なにかあったんですか? 父様がそんな顔をしていると、私も悲しくなります」

 

「すまない。だが、今は言えないんだ」

 

 いつか話すから、もう少しだけ待っていてくれないだろうか、そう言って父様は微笑む。

 

 私はそれ以上何も言えなかった。だって私を安心させるような、優しい笑顔だったから。だからこれ以上聞くことが出来なかった。

 

 そして、そんな父様を見て胸騒ぎを覚える。嫌な予感がするのだ。父様に何かあるんじゃないかって。

 

「……分かりました」

 

 だけど私は納得して、うなずく。今の父様に、これ以上聞くことはできそうもなかったから。

 

 それに、話してくれると言ったのだ。信じよう。

 

 父様はほっとしたように微笑むと、私の頭を撫でる。

 

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね」

 

 くすぐったくて、私は思わず笑ってしまった。すると、父様もつられて笑う。

 

「無理しないでね」

 

「うん。わかった。じゃあそろそろ仕事に行かないとだから行くね」

 

 やっぱり父様といる時間は好きだ。こうやって笑い合えるだけで幸せな気持ちになる。きっとこの時間が好きなんだと思う。ずっと続けばいいなって思うけど、最近の父様はあまり笑ってくれない。だから、もっと笑ってほしいなとも思った。

 

 でも私に何ができるのだろう。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それがとても悔しかった。だからせめて私が守れる範囲では守りたいと思った。

 

 でもそれはただの自己満足かもしれない。本当に守ることが出来れば良いんだけど…………。

 

 

 父様を見送ると、また部屋に戻る。

 

 今日は父様がいないから、1人でゆっくりしようかなと思った時だった。

 

 部屋の扉をノックされた。

 

 ガチャッとドアを開けるとそこには姉さまがいた。

 

「あら、お出かけするところだったかしら?」

 

「ううん。ちょっと休憩しようと思ってただけ。それよりどうしたの姉さま?」

 

 姉さまの方から私を訪ねてくるなんて珍しい。少しだけびっくりして固まってしまったが、なんとか返事をする。

 

 すると姉さまは少し不安そうな表情で私を見た。その様子に私は首を傾げる。姉さまが私を訪ねるときは大抵何かしら理由があるからだ。

 

 しかも私にしか頼めない事*1というのがほとんどなので、用件は何だろうと身構えてしまう。……どうしたんだろう? 不思議に思いながらも私は姉さまの言葉を待つ。またプリンを買ってくればいいのだろうか?

 

 だけど姉さまは何も言わずにじっと私を見つめるだけだった。

 

 しばらく沈黙が続く。私は痺れを切らして声を掛けようとしたその時、やっと姉さまが口を開いた。

 

 そして出てきた言葉は──―

 

 信じられないものだった。

 

 

 

「あなた、次の学期には転校して、自分とこの神様、妖怪、魑魅魍魎ぶっ殺した核弾頭みたいな少年と一緒に人生過ごすことになりそうだわよ」

 

 

 姉さま*2は真剣な表情で言う。正直、何を言っているのかよく分からなかった。

 

 えっと……。いきなりすぎて頭がついていかないというか……。……あれ? なんか聞いたことがある単語。それって確か……。

 

 混乱しながらも私は何とか思い出そうとするが、頭が回らずに結局意味がわからず聞き返すと。

 

「え? まだわからないの? だからあなたがあの神殺しの少年と組むことになるって言ってんの!」

 

 

 

 

 姉の言葉が真実であったとわかるのは、正月の事だった。

 

「わが娘よ、お前に重大な任務を与える」

 

 有無も言わさぬ口調で告げる父親に対して、少女は眉一つ動かさずにうなずいた。前よりも焦燥しているように見える父様を助けたいと思ったからだ。

 

 しかし、父様の話を聞くと、私は唖然としてしまった。

 

 

 

 

「そういうことだ。だから今のうちに心の準備をしておきなさい」

 

 父様は言うだけ言って去って行った。残された私は呆然として立ち尽くすしかなかった。

 

 どうしてそんなことになったのか訳が分からない。姉さまの話ではあの男の子とペアを組むということらしいけど……。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 おそらく何か考えがあってのことだろう。

 

「でも……」

 

 本当に大丈夫なのかな。父様と別れた後、私は一人自室で悩んでいた。

 

 私は父様みたいに強くないし、賢くもない。

 

 それでも私は父様の娘だから。

 

 大切な家族を守りたい。

 

「このまま何もしないで後悔するくらいなら、私は動く」

 

 だって私は父様を信じてるから。きっと私達を守ってくれる。

 

 だって父様は私達の事を愛してくれているもの。だから大丈夫だよ。

 

 でも私は……

 

 

 

 

「この度は宗教上の理由でこの学校に転校してきました。宗教上の理由で特定個人には名前を知られたくないので名前は教えられません。仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」

 

 こうして私の長い長い学校生活が始まった。でもやっぱりこの理由は難易度高くない*3

 

 神様? 

 

 

*1
パシリ

*2
未来予知が使える

*3
たぶんベリーハード



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ミステリアスなクールビューティ

 流行りなのか? その理由? 

 

 聞きなれぬ自己紹介をするその女の子を見ながら俺は思う「トンでもねえ奴と、同じ時代に生まれちゃったナ」と。

 

 

 

 冬休みが終わって、やってきたのは一月。

 

 始業式の日、教室に入ると、いつものように席に座っていた幼馴染ちゃんの表情が少しだけ嬉しそうに見えた。

 

「どうしたんだ?」

 

「転校生が来るんだって」

 

 知らないの? と首を傾げる彼女。その顔には可哀そうなものを見る目*1が見え隠れしている。

 

 クラスの大多数*2ではすでに噂になっていたらしい。少し周りを見渡すと、その話題で持ちきりのようだった。

 

 なるほど、俺は少し考えて、この世界に来たときから変わらない笑顔で、彼女に笑いかけた。

 

「ああ、俺はボッチだからな」

 

 俺は泣いた。だってそうだろ! 友達ができると思ったんだよ! だけど現実はいつだって非情だ…………。

 

 俺は自分の机の上でうずくまってメソメソしていた。

 

 隣の席の彼女はそんな俺を見て、呆れたように溜息をつく。

 

 そして俺に向かって手を差し伸べた。

 

 それは、とても小さな手だったけど、今の俺にとってはどんな宝石よりも輝いて見える。

 

「早く友達作ってね、見てて悲しくなるの」

 

 俺はまた泣いた。あまりにも若すぎる周りに合わせられないわが心。これもまた青春というべきか……? 

 

 なんて考えながら彼女の手を掴んで立ち上がる。

 

「ありがとう」

 

 お礼を言うと、悲しそうに視線を逸らす彼女。かわいいぜ、まったく! その時、教室の扉が開いて先生が現れた。

 

 彼女は、トコトコ椅子に戻って行く。俺はまた座った。なんで立ったの*3? 

 

「皆さんおはようございます。今日も元気に行きましょう!」

 

 教壇に立った見知らぬ女教師の言葉を聞いて俺は思わず呟く。というかうちの担任*4は? 

 

「あれっ? だけどなんか見たことあるような……」

 

 どこか懐かしい声に記憶をたどるが、思い出せない。

 

「えーっと、それでは、皆さんに新しいクラスメイトを紹介します。さあ入って」

 

 俺の考えを無視して話は進む。

 

 まあいいか。

 

「はじめまして」

 

 聞こえてきた透き通るような声に、教室が静まり返る。

 

 黒く艶やかな髪に白い肌、大きな瞳に桜色の唇。腰に日本刀を佩く堂々とした佇まい。

 

 まるで精巧に作られた人形のような美少女がそこに立っていた。あと巫女服。

 

 しかし彼女の姿を見ているとなぜか、不思議な感覚に陥る*5

 

 初めて会うはずなのに、初めてじゃない*6気がするのだ。

 

「それじゃあ、黒板に名前を書いてくれるかな?」

 

 彼女はゆっくりと首を振って拒否して話し始めた。

 

「この度は宗教上の理由でこの学校に転校してきました──―」

 

 こうして俺の新しい学園生活が始まった。

 

 ──────

 

 

 

 いや!? どういうことなの!? というかあの女教師は誰なの? ほんとに何? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とは違って、休み時間のその巫女服の子はクラスの人気者になった。

 

「ねえねえ名前は?」

 

「ごめんなさい、どうしても教えられないの。なにかあだ名を考えてくれたら嬉しいわ」

 

「どうして転校してきたの?」

 

「絶対に成し遂げないといけないことがあるの。ごめんなさい、詳しくは言えないの」

 

「好きな食べ物は?」

 

「……内緒です」

 

 などと会話をしている。次々と質問を投げかける生徒たちにも動じず、淡々と答えていく彼女。

 

 いや、ほとんど答えてなくない? それでいいの? 

 

 でもその姿は、まさにミステリアスでクールビューティーといった感じだ。

 

 その刀は何? という質問になぜかこちらを見ながら「刺し違えても為さねば為らぬ使命があるのです」と答えるのはなぜ? 

 

 次々と話しかけられる彼女を見ていると少し複雑な気分になる。

 

 自己紹介でやらかした俺とお前、何が違う*7の?

 

 別に悲しいとか思ってないからな! 美少女無罪か? でも俺も美少女のほうが好きなので言葉には出さない。

 

 転校生バフがあるからみんな物珍しさだろう。最初だけだ! 

 

 そういうことなんだろう。きっと。多分。

 

 まあでも俺には関係ないことだ。ボッチだし。俺はそう思いなおして、授業の準備を始めた。

 

「ねえ、隣の席の人。ちょっといいかしら?」

 

 突然の問いかけに俺はビクッとして*8振り向いた。そこには巫女服の彼女が微笑みながら立っている。

 

 俺は驚いた。なぜならこのクラスで俺に話しかけてくれるのは幼馴染ちゃんだけだからだ。

 

 それすらも、もう飽きてきたのか最近はあまり喋ってくれない。友達が増えてきたから割り振り時間が短くなったのだ……。

 

「な、なんだ?」

 

「そんなに警戒しないでほしいのだけど……。あなたに聞きたいことがあるのよ」

 

 彼女は苦笑しながら言った。

 

「ぼっちのこの俺に聞きたいことだって……? 一体何を聞こうってんだ……」

 

「あなたは、幽霊って信じる?」

 

 俺は思わず固まった。おいおい、ヒロインの登場か?

 

 この世界に来てから、幽霊の類には出くわしていない。だけど転生させてきたやつがいたのでいると思っている。

 

 だが……。

 

「どうしたの? 黙り込んでしまって。大丈夫?」

 

 彼女は小首を傾げて俺の顔を覗き込む。俺の目と彼女の目があった。俺はゴクリと唾を飲み込み、口を開く。

 

「いや、すまない。俺は見たことがないけど、いるんじゃないかなって思っている」

 

 俺は慎重に答えた。かつての自己紹介のトラウマを思い出してしまったからだ。

 

 彼女はそれを聞くと嬉しそうに「そうなのね!」と言った。

 

 そして、続けて言う。

 

「私は霊を見ることが出来る*9んだけど、最近変なものが見えるの」

 

「へー、へ、へんなもの……? それはいったい……?」

 

 俺は少しワクワクしてきた。新入生に帯刀巫女服霊感少女が入ってきたからだ。おいおい、俺の時代が始まっちゃうのか? 修正パッチ来たなこれ。というかほんとに幽霊いるんだ。いや、信じてるけど、()()()()()()()()()し。おいおいテンション上がってきたぜ、まるで異世界に来たみたいだぜ。

 

「それはね……、黄昏時に現れるの。気持ち悪くてこの世と思えない醜い体をした男の話」

 

 俺は思わず、彼女に近づいてその手を握った*10。彼女の体はとても冷たく感じる。

 

 すると、俺の手もひんやりとした感覚*11に包まれる。

 

「なあ、なんか困ってることがあったらさ、格安で解決してやるよ」

 

 俺は真剣な表情を作り、この新鮮な依頼人候補を逃さまいとした。

 

 

*1
いつもの目

*2
俺以外

*3
雰囲気

*4
冴えないおっさん

*5
クールジャパン

*6
この前追い返された

*7
ミステイクでイカレポンチ

*8
ボッチしぐさ

*9
悲しい嘘

*10
依頼人の気配に敏感

*11
気のせい



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この世の終わりのようだ……

設定ミスで2話同時に投稿いたしました。ストックが減りました。
次の話では実験的に注釈なしで書いてみました。
皆様がみてくださるのがとてもうれしいです。ありがとうございます


 いや俺はやっぱり納得いってないけどね。何あの美少女無罪? 

 

 俺だって「幽霊見えるよ!」って言ったら「すごーい」とか言ってほしいに決まってんだろ! どう考えても俺よりも自己紹介事故ってるだろっていうか何あの属性過多!? デザインは引き算って聞いたことあるけど何を引き算したの? うちの元担任? 

 

 というかうちの元担任はどこに行ったの? なんで俺だけボッチなの? 

 

「ああもう意味わかんねえよおおおおおおお!!」

 

「うるさいですわよ、ワタクシがせっかく説明して差し上げているというのに!」

 

「お前の説明がわかんねぇんだよ!」

 

「ぐっ……!」

 

 逆切れしてやるとお嬢様っぽい女*1は悔しそうに歯噛みする。どう考えても聞いてない俺が悪いのだが。

 

 というかなんでお前までここにいるんだ。

 

 俺が今居る場所はなんと中学校である。なぜ俺が自分の学校でもない別の学校、それも中学校にいるのかと言えば、あの転入生、巫女服ちゃんの依頼を受けたからだ。

 

 なんでも「気持ち悪くてこの世と思えない醜い体をした男」が夕方、この校舎に現れるという。

 

 その男は黄昏時にいきなり現れ、廊下を歩いている「男の先生」を見付けてはその手を握るのだそうだ。最初は握手をされた先生は嫌そうな顔をしていたものの次第に顔色が青くなり意識を失うのだという。その後男は消えてしまうため犯人は不明だったのだが今回初めて犯行現場に居合わせた者がいたらしい。それがあの転校生の巫女服少女だと言う訳だが……。

 

 しかしいくら巫女服の少女が属性過多のミステリアス少女だったとしてもなんで小学生が中学校にいるの? いやそんな話知り合いの中学生*2から聞いたことないけど? と俺が言えば巫女服少女はむすっとしながらこう答えた。

 

 ──証拠を見せましょう、あなたが信じるか否かに関わらずね。……という流れで現在に至り、目撃情報があったという中学校の二年B組にいるわけだ。因みにこのお嬢様もなぜか一緒に二年B組にいる。ちなみに名前は確か……。忘れた……。なんかきれいな西洋人形*3を拾ってあげた時から懐いてきたのだ。

 

 俺は自分の隣の席に座っているお嬢様に目を向けた。

 

「で、ほんとにこの中学校でそんな事件は起こってないんだよな」

 

「あ、当り前ですわ。というかそんな不審人物、普通は警察沙汰ですわよ」

 

「だよなぁ……」

 

「ただ……」と彼女は言葉を続ける。「最近学校の様子がおかしいのは確かですわね。人がいなくなるとか、突然物がなくなったりだとか……」

 

 そうなのか? そんな話があればもっと話題になってもおかしくないだろうに。

 

「ワタクシの中学校でも教員も突然学校に来なくなったというお話もありまして……」

 

「うげっ! マジで?!」

 

 まあお辞めになったのかもしれませんが、と彼女は言うけれどそんな話ならもっと話題になってもよさそうだが……うちの担任も何か巻き込まれているのか? 

 

「まぁ、先生方も人間ですから色々と事情があるんでしょうけど……ただ……ワタクシの中学では結構な人数の教師がいなくなったと聞いてますわ」

 

 ……これは少し調べてみる必要がありそうだな。はぁ~、とため息をつく。

 

 というかなんで小学生である巫女服の少女がその事件に関わってるんだよ、もっと警察とか大人に頼れよ、と思ったがそう言えば彼女は霊感が強らしく、それで色々相談を受けてたりするんだっけか? でもそれなら尚更大人に助けを求めるべき*4なのでは? 俺は求められないけど? 

 

「……ん?」

 

 俺は何か違和感を感じて視線を動かした。教室内の空気がどこかおかしい気がする。

 

 まるで何かを警戒しているかのような張り詰めた緊張感のようなものがある。なんだこれは。

 

 

 

「どうしましたの?」

 

「なんか変じゃないか」

 

「何がですの?」

 

「え、だってほら……」

 

 俺は廊下を見て固まってしまった。そして思わず呟く。

 

「なんだよあれ……」

 

 そこにはあり得ない光景が広がっていた。

 

「ちょ、ちょっと! あれ!」

 

「え? ……きゃああっ!?」

 

 お嬢様も気付いたようだ。悲鳴を上げて身を縮める。 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 中肉中背、どちらかと言えば太ってきたかな? って感じの体格をしているおっさんだ。その男がゆっくりと歩きながらこちらに向かってくるではないか。ちがう、それだけじゃない、そいつの周りには何人ものおじさんが倒れていた。しかも全員コート姿のおじさんばかりだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まさかこいつが例の男なのか? いやそうじゃなかったら逆に怖いけど! 

 

「ど、どうしてこんなところに、いえ、こんなにおじさんがいるんですの!」

 

「わからないけど、とにかく逃げよう!」

 

「で、ですわね!」

 

 俺たちは急いでその場を離れようとした。するとその時、後ろから肩に手が置かれた。

 

「「うわああああああああああああ」」

 

「お、落ち着き給え、私だ。君の担任だった男だよ」

 

 振り返ると確かにそれはうちのクラスの元担任だった。しかし、その服装が問題だった。

 

「せ、先生? いつからそこに? なんですかその恰好は?」

 

「ああ、これか。似合っている*5だろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君も一緒にどうだい? 私の()()をあげようか?」

 

 ちなみに着たのはついさっきだよと、そう言ってにこやかに笑う元担任は、しかし目が笑っていなかった。……この人もしかしなくても危ない人なんじゃなかろうか。いなくなって正解だった? 

 

 いやまあそれは今はいいとして。よくないけど。もしかしたら会話ができるということはこの男は正気なのかもしれない*6

 

「せ、先生。あの男の人達*7は、一体なんなんですか?」

 

「さあ、知らないね。あんなの初めて見たよ。きっと変質者なんじゃないかい?」

 

即答だった。その目はいかれていた

 

 くそっ! なんでこの学校にはこんな奴らが居るんだ!

 

 巫女服ちゃんの依頼だから仕方がないとはいえ、もう帰りたい! ていうか今すぐここから逃げ出したい!! だけど逃げるにおっさんの群れ。今俺達が来た道はあのおっさんの群れによって塞がれてしまっているのだ。つまり俺達はここで捕まるのを待つしかできないということなのだ。というかこの元担任からも一刻も早く離れたい。

 

 ──くっ、万事休すか……。

 

 あのおっさんどもが幽霊の類ならパパっと除霊してお終いなのだが、そうでなかった時、というか先生がいることであいつらが生身の人間という可能性が出てきたのダメージがでかすぎる。

 

何よりあのおっさんどもの霊気に触りたくない!  

 

 

 

 俺がそうして絶望していると怖いのかい? と担任が話しかけてきた。

 

「心配はいらないよ。君は私が守ってあげるから」

 

 そう言って担任はにっこり*8と笑いかけてくる。

 

 ──……は? 何言ってんだこの変態教師は。どう考えてもお前のお仲間だろうが。

 

 ナチュラルにお嬢様を守護対象から外したこの変態男の熱視線を受けながら俺は泣いた。というかこんな状況で笑えるなんて、この人はやっぱり見た目通りまともではないらしい。お嬢様はお嬢様でこの変態に関わる気はないらしく、なにやら電話をしていた。「御婆様! ターボで来てくださいまし! ターボで!」とかいってる。ご老人に無茶さすな。

 

「それより早く逃げよう。ここは危険だ」

 

 危険なのはお前じゃ。

 

 手を取ろうとする変態教師を振り払うと、悲しそうな顔*9をした元担任は扉まで向かうとドアを開けた。担任は教室の外に出て、そこで倒れた。

 

 は? 何しに来たの? 

 

 もうわけがわからん。俺はお嬢様の手を引いて走り出した。

 

 途中廊下に所狭しと並べられたおじさんを踏みつけ、乗り越えながら進む。

 

 そのまま階段を駆け上がり、屋上へと向かう。もうこの階より下はおじさんに埋め尽くされていた。

 

「ありがとうございます!」「生きててよかった!」「おじさんの金のコートをあげよう!」

 

 踏みつけるたびに倒れたままのおじさんから声を掛けられたが無視した。くたばれ。

 

 そしてなんとか屋上へと辿り着く。するとそこには先客が居た。

 

 巫女服姿の少女だ。彼女はフェンスの向こう側に立っていた。

 

 ──どう? 私のこと信じられたかしら? 

 

 彼女が言った言葉を思い出す。どうやら彼女の言っていたことは本当だったようだ。というか嘘であってほしかった。

 

 グラウンドを埋め尽くすのは多種多様な、倒れ伏したトレンチコートのおっさん。

 

 空にはなにか半透明な膜*10なようなものが空を覆っている。

 

 それは世界の終りのようであった。

*1
金髪ツインテールのお嬢様中学生

*2
お嬢様

*3
お嬢様そっくり

*4
父様に負担をかけたくない

*5
常習犯

*6
一縷の望み

*7
あと先生

*8
その目はいかれていた

*9
でもちょっとうれしそう

*10
人除けの結界。姉さま特製



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嘘と虚飾と勇気と希望。露出を添えて

ちょっとだけ注釈なしバージョンも書いてみました。すこし長くなりましたがよろしくお願いいたします。


 市立十月学園の教師であった私は、何やら奇怪な事件に巻き込まれているのだと思う。

 

 留置所内で何やら恐ろしいコートの男に手をつかまれたと思ったら気を失い、いつの間にかどこかの学校へと隔離されていた。

 

「……まったく意味が分からない」

 

 私にとってはそれが正直な感想だった。

 

 おかしなことが起こり始めたのは去年の夏休みからだった。それまではただ漠然とした違和感があっただけで、はっきり異常だと認識したのは今年の二学期が始まってからだ。

 

 ある日、私が学校に出勤すると、既に登校していた生徒たちが騒いでいたのだ。

 

 なんでも校門の前に不審人物が立っていたとかで警備員とひと悶着あったらしい。

 

 その時は私の趣味のこともあり、まあまだ暑いからなとは思っていたのだけれど、その後も同様のことが何度も続いたことでさすがに疑問を持った。

 

 二学期が始まって一ヶ月ほど経った頃だろうか。職員室で朝の挨拶をしている最中、ふいに視界の端に見慣れぬものが映った気がしてそちらへ顔を向けると、そこには誰もいなかったのだが、そのとき確かに何かを見たという確信があり、その日一日ずっと落ち着かなかったことをよく覚えている。

 

 そしてその日の放課後には、またも見間違いかもしれないと思うような出来事に遭遇した。

 

 それは帰り支度をしていたときのことだった。教室を出て廊下を歩いている途中、窓の外を見るとグラウンドの向こう側に人影のようなものを見つけたのだ。慌てて窓から身を乗り出して確認したが、やはりそこには何もなかった。

 

 しかし次の瞬間、背後から肩に手をかけられて思わず悲鳴を上げてしまったことは今でも申し訳ないと思っている。振り返るとそこにいたのは私のクラスの男子生徒であり、どうやら様子がおかしい私のことを気にかけてくれていたようだった。

 

「先生、何か困っていることがあったら格安で受けてやるから、気軽に言ってくれな」

 

 そう言ってくれた彼に嬉しさを感じなかったといえば嘘になるだろう。しかし、私は大人なのだ。このような小さい子に頼るのもバツが悪い。彼の名前を思い出そうと思ったが、出てこなかったことを申し訳ないと思いながら感謝しつつその場を離れようとしたところでさらに不可解なことに気が付いた。彼が私の後ろをジッと見ていたことである。

 

 今思えばこの日から少しずつおかしくなっていったように思う。

 

 

 それから数日の間、趣味の散歩をしていると私は毎日のように誰かの視線を感じていた。誰もいないことを確認してからコトを行っていたので、最初は気のせいで済ませていたが、次第にそうではないと確信していった。なぜなら明らかに何者かによる監視を受けているからだ。

 

 はじめのうちは気にしないようにしていたが、それも三週間ほど続くと恐怖の方が勝ってきた。だからといって相談できる相手などいるわけもなく、私は一人で悩み続けた。しかしそんな日々にも終わりが訪れる。

 

 きっかけは些細なことだった。いつも通り散歩をしていると、自宅マンションの前を通り過ぎそうになったときに突然声をかけられたのである。

 

 驚いて立ち止まり振り向くと、そこにいた人物を見て絶句した。なんとその男はつい先日まで近くの中学校で教鞭をとっていた教師だったからである。しかもそれだけではなかった。彼は私に向かってこう言ったのだ────と。

 

 

 

 あの時感じたのは言い知れぬ悪寒だろう。背筋が凍るというのはああいうことを言うのかと思ったものだ。

 

 だがそれ以上に衝撃的だったことといえば、彼の口から語られた話が本当であれば、私が──を行っているということを知っているということになる。これはもう決定的だった。そして、彼もまた……

 

 私が──を行うに至った経緯についてはここで語るつもりはない。ただ言えることがあるとすれば、私にとって他人とは自分を理解できない生き物だという事だ。本音を隠し、建前で世界を生きる彼らのことが怖い。なぜ自分のありのまま生きることができないのか、と。

 

 教師として、自分もまた生徒に向かって建前と虚飾を口にする私が、どんなに非常識で矛盾したことを口にしているか分かっていながらも思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 だからこそ、私がこうしてここにいることが不思議でしょうがない。

 

 ここは一体どこなのか? 私は何故こんなところにいるんだろう。

 

 不可解な二学期を乗り越え私を待っていたのは町を張り込む警察との激突。全国裸トレンチコート通信の突然の廃刊。同志たちが突如連絡を絶ったことなど。それらの冒険を経て、たどり着いた留置所生活だったが、それでもまだわからないことだらけだった。

 

 

 

 

 そしてあの不気味なトレンチコートの男である。彼はいったい何者だったんだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 今までのことを思い返しながらも、私はとにかくこの不気味な状況から逃れるために行動を起こすことにした。

 

 まずは周囲の確認を行うべきだろう。私は直接肌を刺す冷気に身を震わせつつ身を起こした。

 

 どうやら今は夜らしい。部屋の中は薄暗く明かり一つ点っていないため真っ暗だった。

 

 室内には小さな机とイスがあるだけで他には何もなく殺風景な部屋ではあるが、外に続くドアがあることだけは確認できた。

 

 とりあえずここから出るしかなさそうだ。

 

 私は立ち上がると、足下に注意しながらゆっくりと外へ出た。

 

 するとそこには驚くべき光景が広がっていたのだ。

 

 私はしばらく言葉を失っていたことだろう。目の前に広がる異様な景色を前にして呆然としていた。そして、その景色が何を意味するものかを頭の中で整理するのにかなりの時間を要した。

 

 そして、その結論に至ると同時に、私は全身の血の気が引いて行く感覚を覚えたのだ。

 

 目の前にあるものは、到底信じられないような出来事だった。

 

「露出老子!?」

 

 紫コートの老人を見つけて思わず叫んでしまったのも無理からぬことだ。

 

 なにしろそこには、間違いなく露出狂の聖人とも言える有名な人物が倒れていたのだから! しかし、よく見ればそこかしこに見覚えのある人物が倒れ伏している。露出年数によって階級分けされた色とりどりのコートが目に厳しい。

 

「な、なぜあなたほどの人が……?」

 

 思わず呟いてからハッとした。まさか彼らまで私と同じ境遇に陥ったというのだろうか……? 

 

 しかし、そんな私の疑問はすぐに解消された。

 

 なぜなら、その答えを示すように一人の男がこちらへ歩いてきたからだ。

 

 スーツ姿の男は私達の姿を見つけると笑顔を浮かべて言った。

 

 

「やあ社会のごみども、君たちには失望したよ。やはり人間は愚かだ」

 

 なにをいうか! 平然と他人を馬鹿にするその姿に思わず叫びそうになる。

 

 だが、すぐに冷静さを取り戻す。なぜなら、この男の笑みはどこか邪悪なものだったからだ。

 

 私は警戒しつつ相手の出方をうかがう。

 

 

 しかし、私の予想に反して、彼は特に何もしてこなかった。それどころか両手を上げて降参の意を示したのである。

 

 どうやら戦う気は無いようだと判断した私は、慎重に口を開いた。

 

 この異常な状況下では少しでも多くの情報が必要だからだ。私は相手が何者かも分からない状態で、相手を刺激しないように細心の注意を払って話しかけた。

 

 できるだけ刺激しないように心がけながら、私は相手に質問を投げかける。

 

「私たちをどうするつもりですか」

 

 誰だとは聞かなかった。顔を隠した相手に誰何したとして、帰ってくることはないだろう。私も答えたことはなかった。

 

 しかし、男から帰ってきた返答はあまりにも予想外のものであった。

 

 男は私に向かってこう告げたのである。

 

 

「お前たちにとある少年を──―してもらいたいのさ」男はそう言うと、私達に背を向けた。

 

 そのまま立ち去ろうとする彼の背中に向けて、私は慌てて声をかける。

 

 このままではいけない、なぜか私は直感的に思ったのだ。

 

「そんな非道なこと!! 誰がするものか! 卑劣な心で人を傷つけようなど、許せるはずがない!」

 

 露出老子や露出太師も、露出貴公子も、最悪の露出世代と呼ばれた若者たちも、おそらくこの尊敬すべき同志たちは正しい勇気を胸に、正しき怒りと友とし、この恐ろしい男に立ち向かったのだ! 

 

 倒れ伏した勇士たちの姿を見て、私は決意を新たにする。

 だが、男は振り返ると、そんな私を見て、彼は馬鹿にしたかのような表情で鼻を鳴らした。そして 私に向かってこう言った。まるで悪魔のような表情で──

 

 ──もう遅い。

 

 

 

 その言葉とともにあの恐ろしいトレンチコートの男が現れ、倒れている仲間を次々と連れ去っていく。

 

 体を支配するかのような悪寒に、動けなくなった私はただそれを見ているしかなかった。

 

 やがて、仲間の露出達が全員連れ去られるのを見届けた後、私の意識もまた闇に飲み込まれていった。

 

 

 

 

 薄暗い廊下を彷徨いながら考える。考えることをやめてしまえば恐ろしいことになる気がした。

 

 いったいここはどこなんだろうか? なぜ私はこんなところにいるんだろう? 先ほどから同じ事ばかりを考えてしまう。

 

 ぼんやりとした頭で、それでも必死になって考えるが、何もわからなかった。

 

 ただ一つだけ言えることがあるとすれば、いつの間にか学校にいて、誰かを探しているということだ。二つあった。

 

 どんどんと増える、色褪せたトレンチコートの男達、彼らもまた誰かを探しているようだ。彼らは私を見ると何かを言ってきた。

 

 しかし、彼らが何を言っているのかわからない。

 

 私は彼らの言葉を理解できないまま、ひたすら探し続ける。

 

 ふと気がつくと、私の前には階段があった。それを上りきれば屋上に出られるだろう。

 

 不思議なことに、そう、私はきっと自分の意志ではなく、なにかに操られているのだ。とわかる気がした。

 

 だが、私がこうしてなにかに操られていながらも探しているのは、自分の無意識に従っているのだと思う。探しているものが、あの邪悪の、この恐ろしいものを打ち砕く、正しき勇気を持った希望の光だと。そう信じるのだ。

 

 私は恐怖を感じながらもゆっくりと歩を進める。そしてある扉の前へとたどり着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 その中にいたのは、()()()()()()小さく震えている子供の姿があった。私が近づくとその子は怯え、後ずさった。

 

 その時、私はその子の悲鳴を聞いた気がしてハッとする。頭の中の霧が消え去った気がした。

 

 そうだ、私はこの子を守らねばならないのだ!  私は正しい勇気を胸に、この小さな子を守るために立ち上がったのだった。

 

「お、落ち着き給え、私だ。君の担任だった男だよ」

 

「せ、先生? いつからそこに? なんですかその恰好は?」

 

 彼はいきなり現れた私に混乱しているようだった。無理もない、この異常な状況では信用できるものが少ないのだから。

 

「ああ、これか。似合っているだろう? 最近はトレンチコートおじさんが流行りじゃないか。君も一緒にどうだい? 私のお古をあげようか?」

 

 私はなぜか色褪せてはいるが、赤色の分厚い生地のロングコートに身を包んでいた。しかし、暖房のついていないこの状況は小さな子供にはあまりに酷だろう。真冬のこの季節だ。寒いだろう。

 

 そう思い私はこの肌を刺すような冷気から少しでも身を守れればいいと、警察に追いかけられた時の変装用に持っていた黒トレンチコートを渡そうとしたが、彼は私を気遣ったのだろう。それを拒否した。やはり優しい子供だ。

 

 だが、そんなことは今はいいのだ。目の前に立っているこの少年こそが私の教え子であり、この学校でたった一人の守るべき、優しきこの少年を無事この学校から脱出させなければならない。

 

 私は彼を安心させるために優しく微笑みながら、ちなみに来たのはついさっきだよと、そう言ってにこやかに笑った。

 

 だが、この子を守るべく気を張っていたから、うまく笑えていたかはわからない。

 

「せ、先生。あの男の人達は、一体なんなんですか?」

 

「さあ、知らないね。あんなの初めて見たよ。きっと変質者なんじゃないかい?」

 

 少年の不安を少しでも取り除こうと、私は彼の言葉に即応した。もちろん知っていたが、事実を話しても余計に彼を混乱させ、不安にさせてしまう。決して彼を傷つけるつもりはない。

 

 嘘や虚飾は嫌いだ。だが、忌々しいことに時に必要なのも事実なのだ。露出行為する私をトレンチコートが時として体を隠すように。

 

 私も怖い、だが彼はもっと怖いだろう。不安にさせることなど、少ないほうがいい。

 

 大丈夫だと何度も言い聞かせてあげると、彼は少し落ち着いたようだ。

 

 私の言葉を聞いて、確かにそうかもしれないと納得してくれたのかもしれない。

 

 今更ながら私はそんな彼を見て、警察に連絡しようかとも考えたがそれは止めておくことにした。

 

 そんなことをすれば、あのスーツ姿の男や、トレンチコートの怪人によってこの子にも危険が迫ってしまうかもしれない。

 

 それは避けたかった。きっと朝が来れば、この状況も解消されるはずだ。私も朝までには止めていたからわかるのだ。

 

「心配はいらないよ。君は私が守ってあげるから」

 

 それに、私はこの子のことをよく知っている。

 

 彼は正義感が強く、勇敢で、そして何より心優しい男の子なのだ! きっと助けが来るまで、朝が来るまで大人しく待っていてくれるはずだ。

 

 私はそう信じた! 名前は知らなくてもわかるものがあるのだ。

 

 彼を、守らなければ。

 

「それより早く逃げよう。ここは危険だ」

 

 私は彼の手を取り、廊下へと続く扉を開けようとした。

 

 

 

 だが彼に拒絶された。自分一人で歩けるということだろうか。手を振り払われた悲しみとともに、彼の勇気を少し頼もしく思った。

 

 その時だった。彼に拒絶された際に何か体から良くないもの、あの恐ろしい男に植え付けられたなにか悪いものが彼のほうへと抜けていく感覚とともに、私の体もまた、何かが抜けるように力が入らなくなった。

 

 思わずその場に倒れそうになるが、ここで倒れれば彼を不安にさせてしまう。

 

 だから、私は廊下の扉を背に、なんとか踏ん張ることに成功した。廊下を開けて、彼を安全な場所へ……

 

 この子の前では決して倒れるわけにはいかない……と、その時だった──―

 

「……へ、変態!?」

 

 

 

 廊下を出た瞬間、巫女服をまとった少女が私に向かってそう叫び、私は全身を駆け巡るような衝撃を受けた! このトレンチコートを身に纏った私の姿を見て、その一言を発したのだ!! なんということだ。まさか、こんなことになろうとは──―!!! 私はあまりの興奮とショックに頭が真っ白になり、意識が遠のくのを感じた。

 

 まずいこのままでは──―

 

 廊下へ倒れこみながら、巫女服の彼女を見やる。子供だ。彼女もまた、彼と同じく私たち大人が守ってあげるべき子供だった。

 

 誰か……誰かいないのか……子供たちを守ってあげなくては……

 

 薄れゆく意識の中で、誰かの助けを呼ぶ声を聞いた気がした。

 

 

 

「御婆様~! この数の変態はワタクシ一人では何にもできませんわ~! ターボで来てくださいまし~!」

 

 そんな彼女の悲痛な願いを聞き届けたのは、果たして誰だったのか。

 

 私はそこで完全に力尽き、床に倒れた。

 

 だが、その時私の頭の中にはなぜか愛すべき我が生徒たちの顔が浮かんできたのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そりゃ! 怪異は消え去った。

感想……嬉しすぎます。全部ニコニコして見てます。
評価してくださるかた、めちゃくちゃ嬉しいです……励みになります。
誤字報告、すごく助かります。皆様の優しさに助けられてばかりですね……
そしてUAが一万を突破いたしました。
皆様、本当にありがとうございます。
日刊ランキング16位!?皆様、応援ありがとうございます……


 

 

 ──どう? 私のこと信じられたかしら? 

 

 この世の終わりのような状況で、巫女服の彼女はこちらを指差してそう言った。

 

 いや、まあ信じるもくそも何にもなくない? 突然現れてこんなこと言われても。

 

 そもそもなんで彼女がこの場にいるのかもよく分かってない。

 

 

 

 世界を埋め尽くすかのようなおじさんと、美しい人形のような彼女。

 

 俺は目の前の光景に圧倒され、言葉を失っていた。俺は夢でも見ているのか? 俺は泣きたくなってきた。もっとカッコいい状況でさ、「君を……助けに来た」とか言いたいわけよ。男の子だからさ、格好つけたいんけど、これは無理じゃない? いくらミステリアス美少女って言ってもこんな状況じゃときめくものもときめかないだろ。

 

「というか顔赤くない?」

 

 暗くてよく分からなかったが、彼女の顔が赤くなっているのに気付いた。

 

 俺の視線に気づいたのだろうか、彼女は慌てて顔を背ける。……え、照れてるんですかねこれって。なんだこの子可愛いぞ。くっ、ときめいてしまった。えっ?俺こんなおっさんだらけの状況でもときめけるんだ。美少女お得すぎるだろ、こんな状況でかわいくなることある? 畜生め、俺も美少女なら今頃は最強霊媒少女として一躍有名になっていたのに! 

 

 しかし、彼女に構う余裕は今はなかった。なぜかと言えば、背後に迫る謎の影があったからだ。

 

 振り返ると、そこにいたのは真っ黒な何かだった。それは、まるで影絵のように輪郭しか分からない。だが、それがコートを着た人のように見えた。

 

 その人物は、ゆっくりとした足取りで近づいてきているようだった。

 

 そのことに気が付いた瞬間、心臓がどくんと跳ねた。もしかして、目を逸らしていたけれど、俺の初めての怪異現象ってこれなの!? いや変態どもフェスティバルだとしても嫌だけど俺の初めてがこんなのも絶対に嫌なんだが!? 

 

 なぜだかわかんないがヤバそうな気がする……!! そう思った次の刹那には体が動いていた。

 

「こいつ……キモイっ! 逃げろ!」

 

「……? 何をしているのですか?」

 

 目を逸らしていたからだろうか、状況がまだよく分かってない様子の彼女に声をかける。

 

 だが、それに返事をする間もなく、()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、消えた場所から数秒後にパァンッ!!! という大きな音が鳴り響いた。遅れてやってきた衝撃波に、思わずその場にしゃがみ込む。

 

 一体何が起こったんだと立ち上がってみると、先ほどまでの暗闇が嘘かのように辺りは明るくなっていた。

 

 そしてその眩しさの中に、()()()()が立っていた。

 

 その男は、手に持っていたハンマーのような物を振り下ろしていた。その足元は、地面が陥没していてクレーターのようになっている。

 

 ただ振り下ろすだけであんなことになるとは到底思えない大きさである。

 

 そしてその男は、俯いて表情こそ見えないものの、明らかに正気ではなかった。

 

 それはそうだ、あれだけのことをやってのけた人物の様子が正常であるはずがない。

 

 それを証明するように、肩を大きく上下させながら荒々しい呼吸を繰り返している。

 

「なぜあの子がここにいる? ()()()()()()のではなかったのか……」

 

 そして、ゆっくりとその男が首を上げた。その瞳には、狂気と殺意が宿っていた。

 

 彼はそのまま、ゆらりとこちらに向かって歩き始めた。その手には、いまだに凶器が握られている。

 

 前からは一歩一歩、こちらに近づく男。

 

 後ろからは黒い影。どちらも、この世のものとは思えない形相をしている。……ああもう、マジかよ。どうしてこうなったんだよ……。

 

 こいつらはどうにでもなるが、俺は、依頼人がどこかに行ってしまったことに頭を抱えた。

 

 ────────────

 

 

 

「あ、私は()()() ()()()と申します。少々事情が異なってしまったので、改めてご挨拶させて頂ければと思います」

 

 そう言って、先ほどの狂気はどこへ行ったのか、スーツ姿の男性はにこやかにこちらに名刺を差し出してくる。

 

 そこには、陰陽師 安倍晴明の子孫 陰陽道一門 土御門家()() と書かれていた。

 

 どうやら、本物の陰陽師のようである。いや、最近の陰陽師って名刺あるんだ。すごいな。

 

「すいません、どうにも昔から人の名前を覚えるのが苦手でして」

 

()()()()()()()()()()()。大丈夫です。お気になさらないでください」

 

 俺は、少しだけ警戒しながらも彼の言葉を待つことにした。

 

 なんでも、今回の件は俺の力を見たかったという理由で起こしたことらしいのだが、どうにも状況がよくわからない。

 

「いやはや、本当なら後ろの怪異を払うところを見させていただいて、お礼をさせていただくつもりだったのですが」

 

 イレギュラーが起きてしまって、中断せざるを得なかったのだという。

 

「それは、あの巫女服の彼女ですか?」

 

 と聞くと、はい、()()()()()でしてと返ってきた。しかし、その割には随分と物騒だったような気がする。仲が悪いのか? 

 

 まあ死んでいることはないだろう。あの子が消えてから地面を殴っていたし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いや、今はそれよりも気になることがあった。俺は、目の前の人物に質問を投げかける。

 

 そもそも、なんでこんなことしたんですか? と。

 

 すると、目の前の男性は困ったように笑いながら、 実は、あなたを試すための悪戯のようなものだったのですと告白してきた。

 

 は? ……え? つまり、あの大量のおっさんはあんたの仕業だっていうのか。大した趣味だな。ここまでくると少し尊敬してしまう。

 

 すると、そこでようやく彼が真剣な顔に戻った。どうやら、ここからが本番のようだ。

 

 そして、彼は俺に問うた。……さて、本題に入りましょう。単刀直入に聞きます。

 

「あなたはどのようにして怪異を払うのですか?」

 

 ……はぁーん? どういうことだ? 俺が困惑しているのを見て取ったのだろう、目の前の男性は言葉を続ける。

 

「要は、私にあなたの力を見せていただきたいのですよ」

 

 なにか、特別な能力を持っているのではないですか? と聞かれる。

 

 しかし、そんなことを言われても、何と答えればいいのだろうか。ほかの霊媒師のやり方なんて知らないしな。

 

「例えば周りの妖怪が自動的に払われるのか、どのように対処するのかですね」

 

 こちらが黙っていると、男はどんどんと言葉を繰り出してくる。どんだけ質問したいことがあるのだ。

 

 というか俺の能力は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し、厳密にいえば()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「おいおい、それなら先にすることがあるんじゃないのか」

 

「おや……ああ、確かに。霊能力者へ依頼を出すには礼儀が足りていませんでしたね」

 

「ああ、困ったことがあるならまずは依頼しな。格安で受けてやるからよ」

 

 

 

 

 

「それで、事の顛末はどうなったのかしら?」

 

 そう言いながら私は、妹がいる例のクラスへと潜入させたからの部下から報告を聞くため、連絡を取っていた。

 

 事の原因はロングコートの妖怪というべきか、夜道に出没する露出狂へのイメージを利用して()()()()()()だった。

 

 中身はなく、「おじさんの体、綺麗?」と道行く人へ語り掛ける妖怪だったらしいのだがなぜか全国の変態どもに共鳴し「怪異 トレンチコートのおっさん」に最もふさわしい中身を探して人をさらう妖怪へと変貌したのだという。

 

 中身が本体ではなく、トレンチコートの妖怪であったので、もしかしたら妹には裸のおっさんが埋め尽くす光景が広がっていたのかもしれないが、まあいい勉強になっただろう。

 

 運がよかったというべきか、あのクラスの担任が冬休みに逮捕されたため、裏工作がしやすい状況になっていたからこそ、こうして簡単に情報が入ってくる。

 

 私は部下からの聞き取りを終え、その情報をもとにして次の作戦を考えていたのだが、私は苛立ちを抑えきれず、机に置いてあったマグカップを手に取り、中のコーヒーを一気に飲み干した。

 

「あんのバカ兄貴、いい加減大人になれってんだ」

 

 苦い。だが、これで少しは冷静になれる。

 

 私はゆっくりと息を整え、再び思考をめぐらせた。

 

 あのバカは、本当に救いようのない愚か者だ。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 まあ、だからこそ私が動かなければならないのだけれど。

 

 まったく、バカ兄貴はいつも私の手を焼かせてくれる。

 

 しかし、妹も妹だ。なぜあんなにもこんな力に執着するのだろうか? 巫女には……霊能力には不思議な力がある。それは私も認める。

 

 だが何よりあの子は優しすぎる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、あの子には似合わないのだ。あの子は自分の意志で生きていくことができるのだから。私はあの子にもっと自由に生きて欲しかった。

 

 私はあの子には幸せになって欲しいのに。だから私は……

 

 

 

「あの……恐れ入りますが、桔梗さまは自らお動きにならないのでしょうか」

 

 

 

 そう言って部下は私に、≪土御門 桔梗≫へと尋ねてきた。なるほど、未来を見ることができる私であればもっと良い策を思いつくのではないかと、そう思ったのだろう。はたから見ていると、私が動いているようにも見えまい。

 

 確かに、私は未来を見ることのできる。だがそれはあくまで神から授かった力なのだ。()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()。私に課せられた使命はただ一つ。あの少年が神に近づく未来を予知し、それを防ぐことだけだ。

 

「私は見ての通り、この身を動かすこともままならない。それに、あの子たちならきっとうまくやってくれるでしょう。あの子は私の自慢の妹なのだから」

 

 私はそう答えた。だが、部下はまだ納得していないようだった。

 

 確かに、私もあの子のことが心配じゃないわけではない。

 

 だがあの()()()()()()()()()()()()()()()。彼がいなくなるまではそのほか全てが些末事なのだ。

 

 この世には、決して触れてはいけないものがあるということを。そう、()()()()()()()()()()()()()()もあるということなのだ。

 

 

 

 そして、神や妖怪があの少年へ関わることなんて、ありえない。

 

「君は、どうして肉を持たない幽霊や妖怪がこの世に留まれると思う?」

 

 私はそう尋ねた。これは、決してあの子には聞かせられない話だ。そしてこれは部下からの話を聞いて思い至った部分もある。

 

「それは……妖怪であれば人間たちが持つ恐怖や畏怖によって、幽霊であれば残念や無念といった強い情念によってこの世に留まってしまうからだと聞いています」

 

 彼女はそう答える。だが、それは半分正解で、半分間違えている。

 

 この世の理として、肉体を失った魂はやがて消えてしまうもの。それが摂理であり、道理である。

 

「私は、()のようなものがあると聞いているわ」

 

 それは形のないものをこの世へと()()()()()()()()()。そしてその種が、あのトレンチコートの男のような存在をこの世界に生み出すのだ。

 

 畏怖や恐れを、無念や残念を光と水としてこの世に怪異として、時には神として生まれ出てくるのだ。そして、この世界にはそういったモノたちが人知れず存在している。

 

 人はそれを見えないものとして過ごしているが、本当は見えて当たり前の存在なのかもしれない。

 

 だが、彼らは人には決して触れることのできない存在であるがゆえに、誰にも知られることなくひっそりと生きている。

 

「彼はね、その()()()()()()のよ。それを糧にして成長する。彼の持つ力はそういうものだわ」

 

 トレンチコートの怪異はただ存在が許されなくなり、消えたのだという。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()。何も残らなかったという。

 

 彼の能力には善悪はない。ただ自分の仕事を全うしているだけ。人間にとって何の害もないものだ。

 

 だが、力あるものはその存在を許しておくわけにもいかない。

 

「彼に刈取られたものは、この世から消滅する。()()()()()()()()()()()。だから、万が一にもこの神域に彼を入れるわけにはいかないの」

 

 焼き払われても根が残れば元にも戻ろうが、根付くものがない地面にどれだけ水をやろうが意味がないのだ。

 

 そう。それは神ですら例外ではない。彼が力を行使すれば、抵抗すら許されることなく。それは神への冒涜でもある。神が赦すはずがない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私はそう思いながら、窓の外を見つめる。今日も相変わらず雪が降っている。だが、そんな景色もいずれ私の目では見れなくなってしまう日がくるだろう。

 

 私は二度とこの家から出ることはないのだから。

 

 子供の頃から私は神様の声を聞くことができたし、他の誰よりも霊力が優れていた。

 

 そのため私は神様から御神託を賜り、巫女として人々のために尽くしてきた。

 

 しかし、神は私たちのため動くことはない。

 

 なぜならあと百年もあの少年をやり過ごせばどうとでもなるのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私はあの子のことが大好き。私の妹。あの子が幸せになるならそれでいい。たとえ私が犠牲になろうとも。

 

「私の仕事は彼が神社に、神域に近づかないかを監視すること。彼がいなくなるまでね」

 

 私の命は、神に捧げるために存在するのだから。それが私の使命なのだから。

 

「だから、あのバカげた目的に、あの子を利用するなら許さないわ。たとえ兄貴でもね」

 

 外を眺めていると、インターフォンが鳴った。誰か来たようだ。誰だろうと不思議に思いつつ玄関を開けると、そこには、件の少年の姿があった。

 

すぐに扉を閉め、私は叫んだ。

 

「なんかいる!?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お使いの携帯には、GPS機能が入ってます。位置情報を共有しますか?

注釈について、ありバージョンとなしバージョンを書いてみました。
反応を見ながらどっちも少しずつやっていこうと思います。
難しい…
お気に入りが500を突破しました……凄すぎる……そんなに見てくださってるのですね……
みんなそんなにトレンチコートのおじさんが好きなのですか?
私は皆さんが好きです……


 黒スーツのお兄さんの用事が終わった後、俺は全裸で満ちたグラウンドから目を逸らしながら「疲れちゃったナ……早く家に帰って寝ようかな……」とか考えつつ、校舎に戻ろうとした。大量のおっさんはあの黒スーツのお兄さんが何とかするそうだ。というかこれ以上おっさんを視界に入れることが苦痛で仕方ない。というかお嬢様がいつの間にかいなくなってる。もう帰ったのだろうか。

 

 俺が今すべきことは、さっさと帰宅することだ。しかし、そう思った矢先だった。

 

 背後に何かの気配を感じて振り返ると、そこにいたのはなんと、全身真っ白の女の子だった。

 

 髪は白く、瞳は紅い。身長は小学生くらいだろうか。まるで作り物のように整った顔立ちをしており、可愛らしい少女だった。だが、その白い着物を着た美しい少女を見た瞬間、俺は思わず息を呑んだ。

 

 彼女の肌や着ている服に至るまで、全てが純白だったからだ。

 

 そして、その白い少女を見て、なぜか既視感を覚えた。

 

(あれ? あの子の腕に巻いている布、どこかで見たような気がするような……)

 

 

 

 なぜこんな時間に子供が一人でいるのか。

 

 とりあえず彼女をこのまま放置していてもまずいと思った俺は、声をかけようとした。

 

 だが、それよりも先に、彼女が口を開いた。

 

 その透き通るような綺麗な声で、彼女はこう言った。

 

 ──―お腹が空いたわ。

 

 第一印象は、なんだこのガキは、だ。いきなり現れて、空腹を訴えるとはどういうことだ。この状況分かってんのか。このクソ寒い中、いつまでもいたいわけではないのだ。とにかく事情を聞こうとする。

 

 だが、彼女は再び同じ言葉を繰り返しただけだった。

 

 一体何がしたいんだよこの子は……。

 

 そう思って頭を抱えると、彼女は突然、こちらに向かって駆けてきた。目の前で止まって、じっとこちらを見上げてくる。そして、そのまま動かない。これはつまりアレですか。もしかしなくても、俺について来たいということなのか。ラブコメ始まった? やめてくれよ、まだ脳内をおっさんに支配されてるんだ。整理する時間をくれ、明日また来てくれよ。

 

「彼女は()()()さ。何かあったら呼ぶといい」

 

()()()()()()()さ、黒スーツのお兄さんが、そう言ってくる。まだいたのか。なんかこういう人って用事済ませたらぱっといなくなるイメージだった。意外と律儀な人なのか? 

 

 ……式ねえ、まぁ、確かにそれっぽい感じはするが、見た目はただの少女にしか見えない。式というのは、陰陽師が使役している使い魔みたいなものだと思うのだが、それにしては随分と幼い。「いらなくなったら壊してくれればいい」と言われたが、貰い物を壊すのってなんか嫌じゃない? そもそも連絡手段は携帯でよくない? 陰陽師のイメージ戦略なのだろうか。なら名刺とかも結構イメージを壊すと思うけれど。

 

 だが、ここで食い下がるのも面倒なので、大人しく従うことにした。

 

「まあ、よろしくな。えっと……」

 

 名前を聞いていなかったことに今更気付く。どうしようかと思っていると、 彼女の方が自ら名乗りを上げた。

 

 ──()()()()()。そう言って、にっこりと微笑む。

 

 こうして、携帯扱いの美少女との奇妙な同棲生活が始まったのであった。

 

 もちろん噓である

 

 そんなん親が許してくれないからな。うちの両親になんて説明するんだ。話によるとどんな扱いをしてもいいらしいので普段は近くの茂みに放置しておくことにする。だが、一つだけ問題がある。どこに行こうにもずっと後ろからついてくるのである。

 

 ──おなかがすいた。外に住まわせるのはやめろ。人権を守れ。

 

 そう言いながら、俺の後ろをついて回るのだ。()()()()が贅沢を言うものだ。どうせお前は人間じゃないし、別にいいだろうが。

 

 だが、そんなことを言うたびに、少女は頬を膨らませて怒るのだ。

 

 しかし、どうしたものか。このままでは日常生活に支障が出る。

 

 そこで俺は閃いてしまった。そうだ、クーリングオフしよう。

 

 というわけで、俺はこの前もらった()()()()()()()()()までやってきたのだった。

 

 

 

 そこは普通の一軒家であり、表札には土御門と書いてある。はえー、陰陽師も思ったより普通の家に住んでるんだな。

 

 インターホンを押した。しばらくすると、ドアが開いて、すぐ閉じられた。すごい勢いで閉められた。そして何か怒鳴り声のようなものが聞こえてしばらくした後、一人の女性が顔を出した。年齢的に、二十代くらいだろうか。黒髪に眼鏡をかけた、優しげなお姉さんのように見える。この人が、黒スーツのお兄さんの家族だろうか? 

 

 彼女は、俺の顔を見た途端、ものすごい表情を浮かべたが、すぐに元の優しい顔に戻った。

 

 そして、にこやかに挨拶してくる。

 

 ──初めまして。()()()()()()()。何か御用ですか? 

 

 その口調からは敵意は感じられない。だが、その目は明らかに俺のことを警戒していた。

 

 まるで、得体の知れない虫を見るかのような視線だ。ひどくない? 母さんがカーテンにカメムシがついていた時の顔してるんだけど。

 

 だが、俺は負けじと笑顔で返した。

 

「実は、お宅の娘さんを預かっているんですけど」

 

 黒スーツのお兄さんから渡された少女を彼女に見せると、彼女は眉間にシワを寄せ、険しい顔をした。

 

 そして、俺に向かって、冷たい声で言ったのだ。

 

あなた、騙されてるわよ

 

 ……はい? 俺は耳を疑った。いやいや、まさか。いくらなんでもそれはないだろう。

 

 この子は確かに似てないがこの子も一応は陰陽師の関係者なのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう思い、反論しようとしたのだが、その前に彼女が口を開いた。

 

「あなた、どうしてここに来たの?」

 

 その問いに対し、いや、この不良娘、不良品という意味だが。を返却しに来たと正直に答えると、彼女は違うわ、と言った。

 

「この家にどうやってたどり着いたの? この家の住所、知らなかったでしょ」

 

 そういわれ、黒スーツのお兄さんから渡された名刺を見せながら、ここに来た理由を説明する。

 

 だが、彼女は首を横に振って否定する。

 

 そして、彼女はこう続けたのだ。

 

()()()()()()()()。偽物ね」

 

 ……はい? 思わず素で聞き返してしまった。え、どういうこと? どういうことなの? 彼女の説明はこうだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。うちの名前を騙る詐欺師が多いこと。そもそもそんな胡散臭い名刺を信じるな。バカ、間抜け、クズ。とっとと引っ越してどっかに行け。そんな罵倒が飛ぶ。いや、そんなに言うことなくない? 

 

 しかし、目の前の女性は至極真面目な顔で言うのだ。

 

 だから、今すぐ帰って。そう言って、玄関を指差す。

 

 ……いや、この娘返却しに来たんですけど。そう言って抗議すると、

 

 ──―帰れ! そう言って、扉を思い切り閉められてしまったのであった。

 

 俺は泣いた。あの人の好さそうな黒スーツの人に騙されていたのだと知って、ショックで泣きながら帰った。帰り道、公園の前を通りかかると、ベンチに座っている少女を見つけた。その子は巫女服を着ていたが、転入生とシルエットが違った。猫耳がついている。

 

 眼鏡とマスクを着けているせいで誰かはわからない。そもそも俺は傷心中なのだ。人の顔なんてよく見ない。

 

 後ろをついてくる白い疫病神を引き連れて、俺は家に帰って布団かぶって寝た。

 

 明日はいいことがありますように…………

 

 

 

 

「ふん……、いくら巫女へ手を出されようが、やはり神域以外には手を出しては来ないのだな」

 

 神域とは、神々が住まう場所。つまり神の領域である。この世界には、神域と呼ばれる領域が幾つか存在している。

 

 そして、それら神域にはそれぞれ神がいる。例えば、北欧神話ではアースガルドという神界が存在するとされているし、ギリシャ神話ならばオリュンポス山があると言われている。また、神道においては高天原と呼ばれているらしい。

 

 ちなみに、私が今いるこの場所は、地球上に存在する神域の一つ。

 

 この神社の主の名は、スサノオノミコト。日本神話における最強の男神であり、アマテラスオオミカミの弟でもある。

 

「しかし彼も容赦がないというか、年頃の少女を家の外に放置するかね……普通」

 

 あれでも私の大事な相棒なのだがね。私はあの少年に渡した式、()()()()()()について考える。

 

 先日、私は彼女にとある頼みごとをした。それは、彼女にしかできないことだった。

 

 それは彼の傍での情報収集。彼がどのような人間なのかを見極めることだった。

 

 だが、それは結果として難航した。

 

 何を考えているのか悟らせないためか、用心しているのか、決して自身に近づけさせることをしなかったからだ。結果は芳しくなかった。

 

 しかし、収穫がなかったわけではない。私が妖狐に持たせたのはただの紙切れではない。呪符の一種だ。

 

 それを肌身離さず持っておくことで、ある程度の場所を私の元へ教えてくれる。G()P()S()()()()()()()()

 

 だが、あくまである程度だ。それに、私が作ったものなので完璧に安全とは言えない。

 

 それでも、無いよりはましだろう。何せ、相手はあの神殺しだ。下手に刺激してはこちらの身が危ない。

 

 だから、まずは様子見。そして、彼がどのように動くのかを知る必要があった。

 

 私にできることは限られているが、それでもできる限りのことはしよう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし……贅沢を言うならばその内面を少しでも知りたかったのだが。

 

 彼は、私を理解してくれるのだろうか。

 

「それにしても……イレギュラーなことが起こりすぎるのは何故なんだ……」

 

 そう独り言ちると、背後から声をかけられた。

 

 振り向くとそこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの出来事のあと、息を切らして屋上へとやってきた彼は周りの惨状を目にし、私に対して食って掛かってきたのだ。

 

 

 

 その男の背筋はピンと伸びていて、その瞳は鷹のように鋭い眼光を放っていた。

 

 一見すると、威圧感のある人に見えるかもしれない。だが、それは決して見た目だけではない。

 

 その身に纏うオーラは、まるで熟練の武闘家のような気迫を感じさせるものだった。

 

 ──あの少年をどうするおつもりですか。

 

 そう問うてきたその人物に、私は答えなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし、この変態はあの少年と一体何の関係があるというのか。加害者と被害者か? 

 

「私は、あの子の教師です。それは教職を辞しても、一度私の教え子となった以上、あの子を危険な目に合わせたくない」

 

 ふむ、教師……ね。…………なるほど、そういうことか。いや、こんな変態教師がいてたまるか! 思わず内心で突っ込んでしまったが、それも仕方ないだろう。

 

 ……ふざけた男だ。子供を教え導く教師が、露出などという異常なことを望むとはな。

 

 貴方は間違っている。そう告げてやった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、目の前の男に言ってやる。すると、男は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。

 

 何か思うところがあったのか、それとも別の理由があるのかまではわからないが。

 

 すると、今度は男が口を開いた。

 

「なるほど、あなたも苦しんでいるのですね。おそらくは……自身の使命と、そしてそれを果たせないことへの苦悩」

 

 ……何の話だ? 全くもって意味が分からん。何なのだ、こいつは。

 

 私はただ──しようとしているだけだ。なのに、この変態は一体何を言っているんだ。

 

「どうやら私たちの間には相互理解が足りないようですね……。よろしいでしょう、お話をしましょう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ………………

 

「失敗したかなあ」

 

 私は後ろで何やら張り切っている変態の視線を受けながらそう独り言ちる。私は、あの変態が嫌いだ。生理的に無理だ。だが、この変態には()()()()()()()()()。いや、そういうと語弊がすさまじいのだが。

 

 だからこそ、こうする羽目になっている。

 

 この変態は、私と同じように人の道から外れた者だ。

 

 そして、私と同じく、人の道を外れてしまった者の気持ちが分かる人間だ。

 

 自分の理想と、現実との乖離。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、それはきっと、誰もが乗り越えなければならない壁なのだ。

 

 だが、それでも人はその壁に何度もぶつかり、そして折れてしまう。

 

 しかし、この男は、違った。

 

 その度に立ち上がり、前を向いてきた。

 

 それは、並大抵の人間ではできないことだろう。

 

 だが、それでもこの男は諦めなかった。

 

 どんなに絶望的な状況であっても。

 

 それは、凄まじいと素直に称賛に値する。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんなことを考えながら歩いていると、目的の場所へと着いた。

 

 そこは、先日訪れた場所だった。神域であるここには、いくつもの鳥居が存在している。だが、そのどれもがボロボロだったり、汚れていたりと、あまり綺麗なものとは言えない。まあ、私は正月に来たことがあるので別に感慨深いこともないのだが。

 

 そこは、鎮守の森の中でも奥まった場所にある、小さな社だった。

 

「こんなところに社があるとは……」

 

 そう呟き、辺りを見回す。知らないのも当然だ。ここは、普段誰も訪れることのない場所だからだ。

 

 私は、この場所を知っている。

 

 ここに祀られているのは、土地神だ。

 

 この土地の守り神であり、同時に厄除けの神でもある。そして神がおわすその場所は聖域とされており、神主以外は立ち入ることが許されていない。そして誰かが侵入した際、すぐさま知らせが入る。

 

 つまり……

 

「何をしに来た()()。貴様は、ここで何をしている」

 

 そう言い放ち、私の目の前に現れた人物は、俺の良く知っている人物だった。

 

 その身には巫女装束を纏っており、腰まで伸びた黒髪は、艶やかでとても美しく見える。

 

 だが、その瞳は冷たく、鋭い眼光を放っていた。

 

 気に食わない。ここにたどり着くまで()()()()()()()()()()()もそうだ。()()()()()()()()()()()()のもそうだ。

 

 おそらく警報を聞いてから、急いでやってきたのだろう。

 

 だが、それも仕方のないことだと思う。何故なら……

 

 神にとって俺の存在は、正しく些末な事なのだ。

 

()()……」

 

 俺は目の前の、実の父親にそう声をかける。すると、その目は更に鋭くなり、射抜くような視線を向けてきた。

 

 そして、ゆっくりと口を開く。

 

 その言葉は、冷たいものだった。

 

「自ら出ていったお主が、──────今更何用じゃ」

 

 そう言われ、思わず苦笑してしまう

 確かに、何もかも捨てて家を出た身だ。それに、今まで連絡一つしなかった。

 

 それがいきなり帰ってきたと言われれば、そうなるのも仕方ないと思う。

 

 だが、今はそれどころではないのだ。そう思い、事情を説明しようとしたところで、先に口を開かれた。

 

 親父は、少しだけ()()()()()をしていた。

 

 しかし、それも一瞬のことだった。すぐに元の表情に戻り、話を続ける。

 

「お主が何をしたところで()()()()()。お主の行動に何の意味も価値もない。そうであろう?」

 

「ああ、そうかもしれないな。でも、やってみないとわからないだろ? 」

 

 すると、親父の方からため息が聞こえてくる。

 

「……好きにせい。わしには関係ない。わしにもまた、できることなど、何もないのだ」

 

 その顔に諦めのような感情が見え隠れする。それは、今まで見たことがない表情だった。疲れ果てた男の表情だった。

 

 そして、最後に一言だけ、こう言った。

 

「だがな、お前は、間違っている」

 

 その目には、確かな怒りの色があった。

 

「お主が()()()で何を見て、何を知ったのかは聞かぬ。

 

 だがな……

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、それだけ言うと、親父は踵を返し、その場を去った。

 

 去り際に、こちらを一睨みしてから。

 

 宣戦布告のようなものをしに来たのだが、予想に反し、何事もなく終わってしまった。

 

 私は、あいつが嫌いだ。いや、あの男自体が嫌いだ。あの男は、私と同じだ。

 

 私と同じで、人とは違う存在だ。異常な力を持って、異常な姿でいる人間だ。

 

 なのに、あの男は、私とは違い、人のために行動できる人間だ。

 

「あの人が、あなたのお父様ですか……。なんとも、()()()()()()()()ですね」

 

 後ろで黙って話を聞いていた変態は、私に向けて、そう告げる。

 

 私は、この男が苦手だ。私と違い、人の気持ちがわかる人間だからだ。

 

 そして、私がかつて持っていたものを持っている人間だからだ。

 

 だが、それでも、その気持ちを表に出してはならない。

 

 この変態の前では、絶対に。気持ち悪いし。

 

「しかし、あの御年で全身ピンクのフリフリ巫女服、きらきら光る魔法のステッキ、しかも魔法少女物。そして極めつけにロリババアキャラの父親ときましたか……、ふむ…… 意外とありですね」

 

 こいつの前でだけは、絶対に!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

属性は足し算すればいいって思います。

少し長くなりました。感想、評価、本当にありがとうございます。全部見てます。


 

「なーんで、こんなことになってしまったのかのう……」

 

 と嘆くように言った。

 

「むむむ……妖怪め! こうしてくれる!」

 

「痛いですわ~!!!! 何をなさいますの?!」

 

 目の前の光景に思わず頭を押さえる。黒髪ロングを靡かせて刀を振り回す巫女服を着たちんまいのと、金髪ツインテールのゴスロリドレスを着たちんまいのがチャンバラごっこをしているのだ。世も末じゃな。

 

 いやはや、この世界はどうなっておるんじゃ?

 

 あの核弾頭みたいなガキが生まれてからどうにも生きづらい世の中になってしまったものじゃ。

 

 あの子が生まれるまでは、まだマシだった。わしもまだ元気に生きていたからのう。嘘じゃ。わしはずっと妖怪じゃ。

 

 だが、わしはあの小僧の故郷の者どもを思い返して笑う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 力とは怖いものよの。身の丈というものがあるということを知らん。

 

 身のほどを知らぬ神は消え去り、身の丈を知らぬ妖怪はすべて滅びた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それにしても、こやつら、いつまでチャンバラしとるんじゃ? 巫女服のほうはまだ分かる。あやつは神の子孫であろう。だが、力は受け継いでおらぬ。おそらくは、()()()()()()()()。もし受け継いでいたならば、その力は計り知れないじゃろう。

 

 まあ、ようやく()()()()()()()()()()()()()のじゃ。興奮しておるのじゃろう。

 

 対して、あの金髪のちんちくりんのバカはただの木っ端妖怪。吹けば飛ぶようなヤツじゃ。つまりは雑魚じゃ。録に抵抗できとらん。

 

「これこれ、そこらへんにしときなさい」

 

「お婆様!? 止めるのが遅くありませんこと!? しこたま殴られましたわ!」

 

 そんなん知りゃあせん。お前が弱いだけじゃ。

 

 まぁ、これで大人しくしてくれれば良いが……。

 

 しかし……面倒臭いのう……この子らは。わしらがここに来てからずっとこんな調子じゃ。

 

 あの小僧の関係者じゃと思ったから、この無能力の巫女をあの場からかっさらってきたのじゃ。まさか、ここまでポンコツだとは思わんかったわい。

 

「おい爺さんや、アンタもなにかいいなはれ」

 

「うう……もうだめじゃ……わしはここで死ぬんじゃ……」

 

 と、老人は泣き崩れた。なんじゃこいつは。全く、使えぬジジイめ。使えぬジジイは若者に嫌われるのじゃ。Twitterで書いてあったのじゃ。

 

「いい加減にせんと、その目と耳のを引っこ抜くぞ?」

 

「そ、それはやめてほしいです……」

 

 そう、コヤツがわしら妖怪を見れているのは、とある道具のお陰なのである。

 

 そう! 今やコヤツはただの()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 帯刀巫女服霊感少女Withメガネ、猫耳、ネコさんマスクなのじゃ! 

 

 動物憑きの妖怪をいい感じに道具に憑依させて作成したこの世に一つしかない逸品。

 

 この道具の名は……

 

 名付けて、妖怪ウォッ◯じゃ!! さて、冗談はこれくらいにして、話を戻すとするかのう。

 

 まずは、この娘っ子に説明せねばなるまいて。この小娘のことだ。何も言わずにここに連れてきたのじゃろう。まったく、困ったもんよ。

 

 わしは、ため息をつきながら話し始めた。

 

「わしらあんな場所にいたお主を助けにいったのじゃ。そんなに暴れられると困ってしまうわい」

 

 すると、巫女服の子は俯いて言った。

 

「誰も助けてなんて言ってません……私は、父様の代わりに妖怪を倒さなければならないんですから」

 

 ……やはり、なにもわかっとらんようじゃのう……

 

 これは、あれじゃ、アレ。いわゆるアレよ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()() そして、お説教が始まった。

 

 目の前には、金髪ツインテールのゴスロリ美少女が正座をしている。なぜお主が正座しとるンじゃ。

 

「誰に、どう聞いてきたのかは知らん」わしはそう前置きして話し始める。何を聞いて来たのかは知らないが、どうにも勘違いしているようだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のじゃ」

 

 そういうと、巫女服の少女は顔をしかめる。

 

 それを見て、わしは言葉を続ける。

 

 どうやら、自分の無力さに腹を立てているらしいが、()()()()()()()()()()()()()()。なんの力も持たずに生まれてきたのだ。それを悔しく思う気持ちはよくわかる。じゃがな、それでどうする? 無力でもいいじゃないか。別に悪いことじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、口には出さず、言葉を続ける。

 

「お主がしたのは、考えなしに危険な世界に首を突っ込み、ただ命を危険にさらしただけじゃ」

 

 おそらく、この者の家族もこの娘が裏世界へ首を突っ込むことなぞ望んではおらんじゃろう。それは我が子を想う親心というものじゃ。

 

 だが、その想いはこの娘には届かぬ。何故なら、その者にとっての世界は()()だからだ。

 

 ここは、表と裏を隔てる境界線。決して交わることのない平行線。民草を守るべき巫女として、そして守られるべき力なき人として生まれてきたのじゃ。

 

「もし、あそこにいたのがあの変態どもだけでなく、もっと危険な妖怪じゃったら、お主、死んでたかもしれんぞ」

 

 もちろん、そんなことは起こらぬ。あの少年が近くにいる限りは、起こるはずがないのじゃ。

 

 じゃが、そのことを教えても、この娘は理解できまい。

 

「そもそも、()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()? ん?」

 

 巫女服の子は、ハッとした表情を浮かべた。

 

「なぜ……それを……?」

 

 そもそも、あの神社は忙しくはあっても人手不足ではない。間違ってもなんの力を持たぬ小娘を駆り出すことはない。神として、それは恥じゃ。

 

 つまり、誰かが無理矢理やらせたということじゃろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まぁ、この娘が動いたのは仕方がない。なにしろ、この娘は普通の人間じゃからな。自分が持たぬ力を、他人が当たり前のように持っておるのが許せないのであろう。

 

「父様には……ただ有事の際の連絡を……それだけを……頼まれました」

 

 つまりは、力あるものに害されぬように、より大きな力の元へと向かわせた。要らぬ騒動に巻き込まれようと、どうか、命だけは助かるようにと。

 

 実際、今まであの小僧の近くには力の大きな妖怪は寄ってこんかった。それは今回裏で動いたヤツらが干渉せぬ限りずっと続いたじゃろう。

 

「だけど……」

 

 おそらく、この娘も薄々気づいているじゃろう。この娘の父親がどういう思惑で送り出したのかを。

 

 それでも、この娘はそれを認められなかったのじゃ。そうしなければ、この少女は自分の存在意義を見失う。自分は、父のためにここにいるんだと思わなければ生きていけないから。それが、父の役に立つことが自分の生きる意味なのだと信じているから。それを否定することは、自分の存在そのものを否定してしまうことになるから。

 

 この娘は、今までの人生において、常に周りと自分を比較してきたに違いあるまい。

 

 自分よりも遥かに優れた家族に。そして、父が自分を褒めるたびに克服できない劣等感に苛まれたじゃろう。

 

 ……なーんでわし、こんな娘を説教しているのじゃろう。説教する婆は嫌われるってテレビでやってたぞ。

 

 いかん、話が脱線した。

 

 とにかく、この娘がやろうとしたことはただの自殺行為じゃ。それを止められなかったのであれば、わしが代わりに止めるのじゃ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お主が行おうとしていることはわかっとる。妖怪退治じゃろ」

 

「……」

 

「黙っていてはわからん」

 

「……」

 

「どうしたらいいと思うのじゃ」

 

「……わたしが……妖怪を倒せば……みんなが、父様が喜んでくれると思ったんです」

 

 そうか、やっぱりそういうことなのか。この娘は、自分を父親に認めてもらいたいのじゃ。

 

 だがな、そんなものは所詮、()()()()()()()()じゃよ。

 

「残念ながら、それは間違いじゃな。たとえお主が誰もかなわぬ力を持ったとしても、父親は喜ばぬであろう」

 

「えっ?」

 

 巫女服の少女は驚いた顔を浮かべる。

 

 そんな顔をしても無駄じゃ。わしは嘘などつかぬ。つく必要がないからのう。

 

 それにな、お主の父親だって、お主に幸せになって欲しいと思っておる。だが、それはお主が力を手に入れることではなかろう。

 

「妖怪退治や幽霊退治は、本来、人間がやるべきことじゃない。お主のような一般人が行ってよいものではない」

 

「でも! 私は父様の、娘です! 姉さまも、兄様も妖怪を祓っています」

 

 確かにそうじゃ。だが、それはあくまで裏世界の住人としての役目じゃ。巫女としての力を持たぬ、、力なき民草の役目ではない。

 

 だからこそ、わしはあえて言うことにした。

 

「違うぞ。人間にできる力など、たかが知れておる。あれは神の力じゃ。神の力なしに、人は怪異にはかなわぬ」

 

「そんな!」

 

 当然の反応じゃな。

 

「事実じゃ」

 

「だったら、だったら私だって!!」

 

 巫女服の少女は声を荒げるが、すぐに我に返った。その目からは涙が溢れている。

 

 そうか、この娘は、自分が役立たずだと言われたと思っているんじゃろう。父親にとって、自分は必要ないのだと。だから、自分の価値を示そうと……。

 

 まったく、困ったものじゃな。これではまるで、昔の自分ではないか。まあ嘘じゃが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「無理じゃ。お主には力がない。それに、その力がどんなものかも知らぬじゃろう。己が無知なまま、力を振るうのは愚か者のすることじゃ」

 

「…………じゃあ、どうすればいいのですか!?」

 

 少女は泣き叫ぶように言った。

 

 ふむ、ここまで言ってもまだわからないのか。仕方がない。感情の起伏の激しい奴じゃ。

 

 じゃが、その問いに対する答えなら用意してある。

 

 そして、これはこの娘にとっても必要なことだからのう。

 

何も出来ぬものは、何もせん事じゃ

 

 少女の目が大きく見開かれる。何か言いたげだったが、そのまま口をつぐんだ。

 

 そう、それがこの娘の為になる。おそらく、この娘をあの場所へ送り込んだものの願いでもあるじゃろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この娘は、今までずっと劣等感と戦い続けてきたのだろう。そして、傷つきながらも前に進んできたのじゃろう。

 

 だが、それはもう終わりにするべきじゃ。このままでは幸せになることはできぬ。

 

 じゃからわしは……この娘に、一つの提案をする。

 

「じゃがな、そんな人生つまらんじゃろう? わしの話に乗らんか?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() ()

 

 笑いながらそう言ったわしの言葉に、巫女服の少女は首を傾げた。この娘には理解できんかもしれんが、わしにとっては大事なことじゃからのう。

 

 わしは、この娘に問いかける。この娘が本当に望むものを、見つけるために。わしの目的のために。

 

「あの……そろそろ足がきつくなってきましたわ……」

 

 いつまで正座しとるんじゃお前は。

 

 




これで大体の登場人物が出てきたことになります。
知らないキャラばっかり出てきて読みづらい部分もあったと思います。
本当にありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

これはちょっとしたお話

ほのぼの会です。
誤字報告ありがとうございます。ほんとに助かりました。
それにしても、こんなに多くの方に見てもらえて、ほんとにうれしいです。
ありがとうございます。
もう少し、私の物語にお付き合いください。


 

 

「だからさ、人の属性っていうのはさ、その人の魅力の一部でさ、時間をかけて育んでいくのであって、どんどん増やしていくってどうなのって俺は思うのよ。ほら、あれだよ、最近流行りの量産型ってやつ? みんな同じ髪型してさ、同じような服装着てさ、似たような性格になってさ、それでいて個性がないんだよね。でもそれってさ、ある意味一番の個性じゃないかなーとか思ったり思わなかったり。皆自分の個性って何だろうって考えながら生きてるんだろうけど、結局は他人との比較の中でしか自分を見出せないわけじゃん? でもその比較対象が他人の中にあっても自分の中になくて、自分の中の基準でしか判断できない。だから自分の本当の姿が見えてないんだよ。だって自分の姿が見えないんだからね。まあそういう意味では俺も同じかな。自分って何なのかなって考える時もあるんだけどさ、結局わかんないから結論は出ないわけ。それに、答えが出ちゃったとしてもそれはもうすでに誰かの作った価値観でしかないから、本当の自分が出した結果じゃない気がするんだよね。だから結局は自分で見つけるしかないのかなって思って。だけどさ、それが難しいから悩んじゃう訳で、なかなか上手くいかないから苦労しちゃったりしちゃうんだと思うんだ。ああ、ごめん、ちょっと話が逸れちゃったみたいだ。えっと何の話をしてたっけ? そうだそうだ、そういえば魔法少女物の話をしていたんだったね。違うっけ? いやぁ、まさかこんな話になるとは思っていなかったからびっくりしたよ。なんていうかさ、ほとんどの人は俺と似たようなものなんじゃないかな。きっと、普通の人と違うことに苦しんでいると思う。もちろん、それは悪いことなんかじゃない。むしろ素晴らしいことだと言える。普通とは違うということは、つまりは特別であるという証なんだ。特別な人間には必ず意味がある。そう、それは、世界に選ばれたという証明だ。だからこそ、俺達は世界をもっと楽しむべきだと思う。俺達にしかできないことをやっていこうぜ! 」

 

「……何の話?」

 

「なんで俺はボッチ何だろうって話」

 

「……聞き飽きた」

 

「そっか、じゃあいいや」

 

 俺は幼馴染ちゃんにひたすら愚痴っていた。ちなみに内容はないようです。なんでかって聞かれたら、転入してきてすぐ属性を三つも付け足してきた巫女服ちゃんが妬ましかったからだ。俺がこの学校に来て、ついた属性は詐欺師だったから余計に妬ましい。いや、属性は足し算すればいいってものじゃなくない? いや、属性って大事だとは思います。はい、大切です。しかし、その組み合わせはちょっと……、うん、まあ、その、なんだ、ね? ほら、色々とアレじゃん? 段階っていうものがあるじゃん。ミステリアスな雰囲気あったよね? それはもういいの? ミステリアスなの? キュートなの? どっちなの? 

 

 えっ? どっちか選べないよぉ! 的な感じじゃないの? 

 

 隣でぎゃんぎゃんわめく俺を虫を見るような目で見てくる幼馴染ちゃん。やめて、そんな冷たい目を向けないで。お願いします。

 

 しかし、本当に巫女服ちゃんは何者なのだろうか。見目麗しいただの可愛い女の子なのに、外見が特殊すぎる。まさか転入生に俺のキャラを完全に食われるとは。もっとキャラを差別化しろ! 俺を優遇して魅力をもっと前に押し出せ! と、俺は声高々に叫びたい。

 

 いや、別に巫女服ちゃんが悪いわけではないのだけれど。

 

 俺はため息をついて、幼馴染ちゃんの方に向き直る。

 

 ちなみに、今は放課後である。授業は終わっている。

 

 教室には俺たち以外に誰もいない。みんな帰って行った。

 

 机の上には筆記用具やノートが散乱している。

 

 そして、俺が幼馴染ちゃんに一方的に愚痴っている間に時間が経ち、夕日が差し込み始めている。

 

 ちなみに、幼馴染ちゃんはずっと俺の隣にいた。

 

 何をしていたかというと、一緒に勉強していた。

 

 幼馴染ちゃんは俺よりも成績が良いので、こうして俺が勉強を教えてもらっていたりする。は? 小学生の勉強なんて楽勝だろ? と思っているそこの君。小学生より勉強できないの? とか思ったそこの君。まあ俺もどうかとは思うけどさ、でも俺には前世の記憶があるから微妙に違う地理とか歴史に滅茶苦茶手間取るんだよね。なんか物理法則とかもちょっと違うしさ。「俺、転生物の主人公みたいだ」とか思ってちょっとうれしかったけどでも実際面倒なだけだよ。まあ、そういうわけで、俺は幼馴染ちゃんに泣きついているというわけである。

 

 ちなみに幼馴染ちゃんは学年一位だ。滅茶苦茶頑張ってる。それなのにこうして放課後まで勉強しているのは将来の夢はお医者さんだかららしい。すげぇ。天才かな? 誰かのように、困っている人を助けられる人になりたいのだそうだ。俺のことかな? 

 

 俺は立ち上がって、ぐっと背伸びをする。

 

 窓から見える空は、綺麗にオレンジ色に染まっていて、思わず見惚れてしまうほどだ。

 

 俺は、ふぅっとため息をついて椅子に座っている幼馴染ちゃんの方を見て、笑いかける。

 

「もう暗くなってきたし、そろそろ帰ろう」

 

 幼馴染ちゃんは少し不満そうな顔をしていたが、こくりと小さくうなずいた。どんだけ勉強が好きなんだ。俺はできるだけ勉強をしたくないのに。

 

 そうして俺と幼馴染ちゃんは帰り支度を済ませて、教室を出ていく。

 

 廊下に出ると、ひやりとした空気が頬を撫でた。

 

 季節は冬。吐く息は白く染まり、外気に触れている肌の表面が冷たくなっていくのを感じる。

 

 寒いなぁと思いながら、玄関に向かって歩いていく。もうすっかり誰もいない校舎はとても静かだった

 

 学校というのは不思議な空間だと思う。いつもは大勢の生徒がいる場所だが、誰もいないときに限って、まるで世界から切り離されてしまったかのような感覚に襲われる。俺はこの雰囲気が嫌いではない。普段とは違う光景を見るたびに、非日常を感じられてわくわくしてくるからだ。

 

 

 

 幼馴染ちゃんと一緒に帰る途中、河川敷に寄った。土手の上に立って、川を眺めながら歩く。

 

 水面が黄金色にきらきらと輝いて、とてもきれいだ。

 

 川の向こう岸では子供たちがサッカーをしている。元気の良い掛け声がここまで聞こえてきた。

 

 俺と幼馴染ちゃんは手を繋いで歩いている。手をつなぐことは幼いころからの習慣みたいなものだ。俺たちが物心つくころにはすでにこうしていた気がする。

 

 夕暮れ時になると、急に冷え込んでくる。幼馴染ちゃんの手は冷たい。氷を握っているのかと思ってしまうくらいに冷たい。

 

 だから俺は彼女の手を温めるように、ぎゅっと握ってみる。

 

 幼馴染ちゃんはびくりとして、こちらを見上げてくる。

 

 俺はそれに構わずに、そのまま歩き続ける。

 

 幼馴染ちゃんは相変わらず無表情のままだったが、心なしか嬉しそうであるように思えた。

 

「それにしてもさ、よくそんなに頑張れるよね。将来何になるにしても、今からしっかり準備するって、大変じゃない?」

 

 幼馴染ちゃんはこくりとうなずく。

 

 彼女はあまりしゃべらないタイプなのだが、なぜか会話が成立する。不思議だ。

 

 幼馴染ちゃんの夢は、お医者さんになることだ。それもただのお医者さんじゃなくて、優秀な外科医になりたいのだそうだ。

 

 幼馴染ちゃんは、小さいころからずっと、自分の夢のために努力を重ねている。毎日遅くまで勉強して、休日も遊ばずに、勉強ばかりしている。彼女が目指しているのは、国内有数の超難関大学だ。

 

 でも、わざわざそこまでしなくてもいいんじゃないかとも思う。

 

 だって、幼馴染ちゃんは頭が良いし、成績優秀だし、優しいし、性格も良いし、料理もできるし、家事全般も得意だ。

 

 幼馴染ちゃんは容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能、品行方正、眉目秀麗、才色兼備、深窓の令嬢、立てば清楚座れば大和撫子、歩く姿は百合の花、まさに完璧超人である。まあそれは言いすぎだけど、とにかくすごい女の子だということは間違いない。

 

 これだけ何でもできたら、将来は何になったとしても成功すると思うけどなぁ……。

 

 俺は彼女に質問を続ける。

 

「なんでそんなに頑張れるの? やっぱり、自分の決めた道だから?」

 

 幼馴染ちゃんは再びこくりと首肯した。その顔は無表情だが、どことなく誇らしげに見える。

 

 きっと、自分の意志を貫くことが、嬉しいのだろう。

 

 俺は彼女の横顔を見ながらそう思った。

 

「人助けがしたいの?」俺がそのことを口にすると、決まって幼馴染ちゃんはこんなふうに答える。

 

 ──人を助けたいわけじゃない。人を助けることのできる人間になりたいの。

 

 このセリフを聞くたびに、幼馴染ちゃんらしい考え方だなぁと感心してしまう。鬼リピしてしまう。

 

 幼馴染ちゃんはクールな性格なので感情表現が苦手だが、本当は優しい子だ。

 

 俺は幼馴染ちゃんのことを知っている。

 

 俺は幼馴染ちゃんのことを誰よりも理解できているはずだ。たぶん。

 

 それなのに……俺は幼馴染ちゃんの力になれていない。

 

 もっと力になってあげたいんだけど、俺にはできることが少ない。

 

 何か幼馴染ちゃんの助けになることはできないだろうか。

 

 こんな時、俺の特別な力なんて何の役にも立たないのだ。

 

 俺が悩んでいると、ふと視界の端に動くものを見つけた。

 

 そちらに目を向けてみると、一匹の猫が歩いていた。

 

 黒い毛並みの、キジトラ柄の子猫だった。

 

 まだ生後数か月といったところだろう。子猫はゆっくりとこちらに向かって歩いてきていた。

 

 俺は子猫を驚かさないよう注意しながら近づき、そっと抱き上げる。

 

 

 

 子猫は嫌がる様子もなく、大人しく抱かれてくれた。

 

 子猫を抱きかかえるのは初めての経験だが、子猫はおとなしいので、特に問題なく捕まえることができた。

 

 幼馴染ちゃんはその様子を見て、わずかに微笑む。

 

 俺はそんな彼女を見て、ほっとする。

 

「可愛いね」

 

 幼馴染ちゃんはこくりとうなずいて、子猫に手を伸ばす。

 

 彼女は子猫の頭を優しくなでると、とても穏やかな声で言った。

 

 ──かわいい。

 

 そしてまた、俺と幼馴染ちゃんは手をつないで歩き出す。

 

 夕日が沈むころ、俺たちは家にたどり着く。

 

 玄関を開けると、母親が出迎えてくれていた。

 

 どうやら、今日は早く帰ってこれたようだ。

 

 

 

 母親と幼馴染ちゃんが仲良さげに話し始める。幼馴染ちゃんが楽しそうな笑顔を見せるのは珍しいことだ。

 

 俺には全然見せないその笑顔にジェラシーを感じながら、リビングへと向かう。

 

 ソファーに腰掛けると、幼馴染ちゃんも隣に座った。そのまましばらく、無言の時間が続く。

 

 やがて幼馴染ちゃんが口を開いた。……わたし、おなかへった。

 

 確かに、もうすぐ夕食の時間だ。

 

 俺は立ち上がるとキッチンへ向かう。

 

 冷蔵庫から取り出した食材を使って、手際よく料理を始める。

 

 幼馴染ちゃんはそんな俺の姿をじっと見つめている。

 

 いつものことなので、別に気にしない。料理ができるまでの間、幼馴染ちゃんはずっと俺のそばを離れなかった。 ちなみに、今日のメニューはオムライス。幼馴染ちゃんの大好物なのだ。俺は幼馴染ちゃんの視線を浴びつつ料理を作るという体験をしながら、料理を完成させる。

 

 出来上がったオムライスをお皿に盛りつけ、テーブルの上に並べる。

 

 最後にケチャップをかけると完成だ。

 

 料理が完成すると、両親と幼馴染ちゃんの四人で一緒に食べる。

 

 食べ終わるころには、すでに夜の9時を過ぎていた。

 

 ピンポンとチャイムが鳴った。

 

 幼馴染ちゃんはインターホンを取る。

 

 画面に映っているのは幼馴染ちゃんのお母さんだった。

 

 幼馴染ちゃんは少しだけ嬉しそうに頬を緩ませる。

 

 ──お母さん! 

 

 ──あら、香織! 遅くなってごめんなさいね。元気にしてた? 

 

 ──うん。……ちょっと待っててね。今開ける。

 

 幼馴染ちゃんは玄関の鍵を開けると、扉を開く。幼馴染ちゃんのお母さんはスーツを着て、手に買い物袋を下げている。

 

 幼馴染ちゃんの両親は共働きなので、こうして帰ってくるのが遅い。帰ってくるまで一人にならないように俺の家に来ている幼馴染ちゃんをこうして迎えに来るのだ。

 

 幼馴染ちゃんのお母さんは、俺の姿を見ると、小さく頭を下げる。

 

「こんばんは。いつも娘がお世話になっております」

 

「いえ、こちらこそ」

 

 幼馴染ちゃんのお母さんは、幼馴染ちゃんに似て美人だ。背が高く、スタイルも抜群で、モデルのような体型をしている。

 

 俺の母親なんかよりよっぽど美人だ。正直うらやましいと思うことがある。

 

 幼馴染ちゃんのお父さんは、仕事が忙しくてあまり家に帰ってこない。お父さんは大変だ。家族のために働くってのは、なかなかできることじゃない。

 

 俺もそういう父親になりたいと思っている。

 

 

 

 幼馴染ちゃんのお母さんは、スーパーのレジ袋から、いくつかの食材を取り出すと、俺に手渡した。

 

 そして、俺の母親の方を見て、軽く会釈する。

 

「それじゃあ、今日もありがとうございました。お邪魔しました。……ほら、香織、帰るわよ」

 

 幼馴染ちゃんは、名残惜しそうな表情を浮かべながらも、素直にうなずく。

 

「わかった……。また明日ね、──くん」

 

 幼馴染ちゃんは俺に別れを告げると、俺のお母さんにも挨拶をして、玄関を出ていく。

 

 幼馴染ちゃんのお母さんは、もう一度俺に礼を言うと、幼馴染ちゃんと一緒に帰っていった。

 

 ……。 さて、俺もそろそろ寝るとしよう。

 

 俺は自分の部屋に戻ることにした。

 

 階段を上り、部屋の中に入る。なんか窓が開いて寒いし紙が散乱してる。

 

 拾い上げてみると、その中には「飯食わせろ」「遊べ」などと書かれた紙が散乱している。

 

 俺はため息を吐くと、それらのメモを破り捨て、掃除を始めた。

 

「それにしても、俺にできることって何なんだろうな」

 

 ふと、そんな疑問が湧いてきた。すごい力を持ってたら、もっと悩まなくて済むと思ってたんだが。

 

 幽霊とか、妖怪とか、悪魔とか、神とか、天使とか、宇宙人とか、異世界人とか、未来人だとか、超能力者だとか、霊能力者だとか、予言者だとか、預言者だとか、魔法使いだとか、呪術師だとか、陰陽師だとか、魔術師だとか、忍者だとか、召喚士だとか、錬金術師だとか、サイキックだとか、エスパーだとか、そんな特別な存在になったとしても、特別な力を持っていたとしても、結局のところ、目の前の傷ついた人にはハンカチぐらいしか渡せないのだ。そんな力がなくても助けられるなんて、前世では当たり前にみんなしてきたことなのに。

 

「勉強もできないしな」

 

 これは前世からそうだったけど。でも、まあ。

 

「とりあえず、俺にできる範囲のことをやってみるか」

 

 それが一番いいような気がした。たぶん、それでいいのだ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔法神主登場

 その出会いは必然だったのか。それとも偶然か。だが、それがどちらであろうと関係ない。

 

 だってもう決まっていることだから。

 

 そして──

 

 そして、物語は始まる。

 

「なぜ君が、ここにいる……?」

 

「そりゃあ、こっちのセリフだぜ、神主さんよお」

 

 

 

 ──────────―

 

 

 

 

 

 

 

 あの式畜生の抗議のお手紙を破り捨てて、寝ようかと思い布団にはいったところまでの記憶はあるのだが、ならば次に目にはいるべきものはすっかり慣れた我が部屋の天井であるはずだ。だがしかし、俺の目に入ってきたのはやけに解放感に満ち溢れた、というか溢れすぎて天井が壊れたのか、そこにはあるべき暖かな天井ではなく、あまりの寒すぎる満点の夜空が広がっていた。

 

 俺が当然ながら疑問をもった。ここは何処? まるで記憶喪失か、酔いどれて前後不覚になった大学生のような、まるで面白さのない感想が頭のなかを占拠した。

 

 はてさて、俺をここにつれてきたのはいったいなにの仕業なのか。神隠しなのか妖怪の仕業なのか、それとも狐に化かされたのか。なんともまあバラエティーにとんだ容疑者の数々である。これが前世ではあればもっと数を減らしたに違いない。

 

「体がいてえ……」

 

 寝床とするにはあまりにも固すぎる地面から身を起こす。

 

 体についた汚れを落としながら首を回して見る。どうやらここは、公園らしい。見覚えのある遊具があるので、どうやら家の近くらしいことがわかった。だが、ここにいる理由だけが全然わからない。

 

 くしゃりくしゃりと、身動きと共に、ポケットの中から紙が擦れるような音が聞こえてくることに気づいた。おいおい、やるじゃないか。俺は過去の自分を誉めた。今の状況からして、さしずめこれは過去の自分からのメッセージに違いない。

 

 これを見れば、聡明な過去の自分によって犯人が明かされるに違いない。そう思ってポケットの中にあるくしゃくしゃの紙を取り出して読む。

 

「お前も外で寝て体を痛めろ シロより」

 

 因果応報。そこに書いたあったのは、呪詛の言葉だった。というか、昨日掃除したときの紙と同じ筆跡だった。というか、隠す気など毛頭ない犯行予告状ならぬ犯行遂行状だった。よく見れば、犯人の名前も添えてあった。犯人は明白だった。

 

 俺はキレた。居候の癖にこのような暴挙に出るとは。家の中にすら入れてはいないのだが、俺の現状をどこかでほくそ笑みを浮かべ、受かれているであろう少女を思い浮かべると、怒りがあふれてきた。

 

 俺は自分のことは棚にあげ、少女を探すのだが何処にも見当たらない。上手く隠れやがって。どうやら茂みに隠れるのは相手が一枚上手らしい。一日の長があるのだ。

 

 しかし、ここで怒りをぶつけていても仕方がない。相手がいないのであればとんだ一人相撲である。見物人もいないのであれば滑稽この上ないだろう。次に見かけたなら絶対にクーリングオフしてやるぞと、改めて心に刻み、現状を把握するために考え始める。

 

 時刻は午前二時。場所は公園。自分以外に人間の姿はない。

 

 この状況、普通なら家に帰ってもう一度寝れば良いと思うのだが、時間的に家に帰りインターホンを押すのも憚れる。というかどうやって説明すれば良いのか全然わからない。だが、幸いというべきか、うちの親は二人とも朝早くからの出勤なので、俺を起こすことなく家を出ていくのだ。俺の不在はバレないだろう。

 

 つまり、俺はこの公園で時間を潰し、なんとかして朝早くから家を出る親の隙をついて家に戻らなければならない。いや、普通に考えて無理じゃない? 普通に帰れば? とかなんとか外野の皆様方はお思いになっているのだろうが、よく考えてほしい。一月のこの時間は普通に人が死ぬ気温である。つまり寒すぎて頭が回っていなかった。

 

 あまりに寒すぎたのか、それとも余りの怒りに気がくるってしまったのか。いつの間にかこの無人の公園にいた子供のような人影がいた。あまりの寂しさに生み出した幻覚なのかもしれない。

 

「ねえ、君誰なの?」

 

「……」

 

 無視されてしまった。

 

「ねえってば」

 

「……」

 

 やはり無言のままだ。一体全体どうしたものなのか。とりあえず、この子も寒さに震えているようだ。このまま放っておくのは忍びない。しかし俺も凍えるのはごめんなので、何とかならないものかと考え、ふとあることを思い出す。そうだ、あれがあったではないか。俺はポケットから先ほどの紙を取り出して彼に見せる。そして紙飛行機を作って彼に飛ばして見せた。子供は紙飛行機が好きなのだ。

 

 彼はやはり無反応だった。

 

 もはや俺に打つ手はなかった。友達が少ない俺は、遊びのレパートリーがあまりに少ないのである。伊達に生まれてこの方友達というものを作れたためしがないのだ。俺は悲しくなった。自分が生み出した幻覚にまで無視されてしまうとはどれだけ自分はつまらない人間なのだろうか。

 

 その時だった。

 

「下がっていなさい」

 

 公園の外から、渋く低い声が聞こえてきた。俺が突然のことにびっくりしていると、その言葉が発せられた瞬間、まるで時間が止まったかのように、その少年は動きを止め、声を発した人物へと向き直った。

 

 そこにいたのは、闇夜に溶けているかのような、黒く艶やかな髪をたなびかせ、きらきら光る魔法のステッキを携えた、全身ピンクのフリフリ魔法少女物の巫女服を着た壮年の男性だった。というかあの神社の神主だった。

 

 何してんのこの人? この町には成人の儀式のために自分の変態性をアピールするイベントでもあるのだろうか。自分の中の変態を見据えて、受け入れることが大人になるということなのだろうか。

 

 そんなことを考えていると、神主さんは、手に持っていたステッキをクルリと一回転させると、地面に突き刺しこう言った。

 

「へんし~ん! 魔法神主マジカル☆ブラックスター参上! 神に代わってお仕置きじゃ!」

 

 どうやら俺の知り合いでは無いらしい。よかった。どうやら俺は幻覚を見ていたらしい。いや、夢だと考えたほうがいいのかもしれない。でなければどうしてこんな時間にこの人は外にいるのだろうか。ああよかった、これは夢なんだな。

 

 俺は現実逃避をした。自分のほっぺたをつねりにつねって夢から覚めようとした。痛かった。そして夢から覚める気配もなかった。というか現実だった。俺は泣いた。何もかもが嫌になって泣いた。というよりなんで神社で働いているはずのこの人が深夜に魔法少女のコスプレをしているんだろう。というかもう変身しているのに魔法少女の変身バンクを俺に見せようとしていたように思えるのだが、俺は幻覚を見ているだけであって、もしかして俺は自分でも知らないうちにストレスを溜め込んでいて、心の中で魔法少女に憧れていたりするのだろうか。

 

 魔法少女はいるんだよ! とでも言いたいのだろうか。そう考えるとこっちまで恥ずかしくて死にたくなるので止めて欲しい。

 

「大丈夫だったかのう? もう大丈夫じゃ! 魔法神主マジカル☆ブラックスターが来たからにはもう安心なのじゃ!」

 

 そう言って目の前の神主はこっちを見た。そして言った。

 

「なぜ君が、ここにいる……?」

 

「そりゃあ、こっちのセリフだぜ、神主さんよお」

 

 

 

 それは、考えられる限り最悪の再開だった。

 

 神主さんの衝撃的な登場により、凍えることも忘れて立ち尽くしていた俺だったが、少し落ち着いてきたところで、ようやくまともに観察できるようになってきた。

 

 ──どうしてこんなことになったんだろう。

 

 俺は、目の前にいる男の顔をまじまじと見つめる。男は俺よりもずいぶんと高い背丈をしていた。黒く艶やかな髪は腰まで届くほど長く、毛先まで整えられている。体格もよく、顔立ちも整っている。きっと女性にはモテるタイプなんじゃないだろうか。俺も別に自分の容姿が悪いとは思っていない。むしろ、良い方だと自負している。しかし、この男に勝てる気はまったくしなかった。まるで、大人と子供だ。まあ、その通りなのだが。

 

 というよりもその恰好が問題だった。なんなら社会に問題提起した方がいいんじゃないかと思うぐらいに問題があった。

 

 神主さんは、その格好にまったく違和感がなく、それが当たり前のように、そのコスチュームに身を包んでいた。その姿に俺は呆れ返った。確かに、その服は素晴らしいものだ。どこから見ても完璧に仕上げられている。

 

 だがしかし、それは、あくまで普通の女の子が着ていた場合の話だ。この男は違う。それこそ、どこからどう見てもコスプレにしか見えないのだ。そんな男が深夜に歩いていたらどうなるだろうか。答えは簡単だ。警察に通報される。それだけでは済まない。間違いなく逮捕されるだろう。それに、神主さんは今、魔法神主と名乗っている。そんなものを信じるのは余程の馬鹿か、頭がおかしい奴だけだ。

 

 俺も初めは幻覚だと思い、無視しようとした。しかし、幻覚は俺に話しかけてきたのだ。その時点で、すでにこの世界は非現実的なものだったが、これ以上非現実的になってもらっては困る。というか俺の常識が壊れてしまう。なので、この男の存在自体を否定しようと思ったのだ。しかし、その行動を起こす前に、俺が声を発するよりも先に、神主さんはこう言った。

 

「魔法神主マジカル☆ブラックスター参上! さぁ! 覚悟しろ! 悪霊ども!」

 

 なんで同じ口上を繰り返したの? 何か反応したらよかったの? 俺はもう何も言わなかった。俺は何も見ていないし聞いていない。そうやって現実逃避をしてやり過ごそうとした。だって無理でしょ。こんなのどうしようもないじゃん。

 

 そもそもこの人なんなの? なんで神主が魔法少女のコスプレしてるの? しかも何気に完成度が高いし、動きにも隙がない。無駄なこだわりを感じる。というかどうしてそこまでするの? 本当に意味がわかんないんだけど。というか何しに来たの? 俺の疑問は尽きないが、神主さんは話を続ける。

 

「お前たちの思い通りにはさせないのじゃ! さあ! 大人しく成仏するがいい! うぉーりゃああああああああ!!!」

 

 なんか、よくわからないけど必殺技っぽい掛け声を発しながらステッキをクルクルと回し始めた。ステッキを回すたびに辺りに星が飛び散り、ステッキの先で火花が散る。俺は、その様子をただじっと眺めているしかなかった。

 

 そして、ついにクライマックスの時が来たようだ。

 

「悪を滅せ、聖なる雷よ、今ここに集え、悪しきものに裁きの鉄槌を、悪を滅ぼす光となりて、我が敵を撃て! マジカル☆ブラックサンダー!!!」

 

 そして、杖から放たれた雷撃が悪霊を直撃した。悪霊は一瞬にして消え去ったように見えた。というか俺は、神主さんが何をしたのかまったくわからなかった。何もかもが突然過ぎて理解が追い付かなかった。俺はもう考えることを放棄した。というか考えたくない。もう全部夢であって欲しい。お願いだから。俺は祈った。俺は願った。俺は必死に目を閉じて現実逃避をしたのだった。

 

 

 

 

 

 だが、この悪辣なる現実がそのような生ぬるい考えを許すはずもなく、悪夢のような時間が過ぎ去るのを待つ俺に対して、神主さんはとどめの言葉を放った。

 

「さて、次は君だね」

 

 ふざけろ! 俺は心の中で叫ぶ。そして、全力で拒否した。嫌だ! 絶対に嫌だ! 俺はこのまま平穏無事に暮らしたいんだ! 俺は叫びたかった。だが、叫べなかった。声が出せなかった。恐怖のあまり体が震えている。足がすくんで動けない。呼吸が乱れ、動機が激しい。目の前には得体の知れない男がいる。幽霊や妖怪ならばともかく、このような人間の変質者に対して俺には戦う力はない。俺には対抗する手段がない。俺は、無力でちっぽけな存在だ。

 

 神主さんは俺に近づいてくる。その手にはいつの間にか棒のようなものが握られていた。淡い光が溢れている。俺は思わず後ずさりする。神主さんはそんな俺を見て微笑む。とても穏やかな笑みだった。

 

「大丈夫だよ。怖くないから。痛いのは最初だけさ。すぐに気持ち良くなるから

 

 神主さんは俺にゆっくりと近づき、そして……俺はその光景を見続けることしかできなかった。

 

「あれ? なんともない」

 

 

 

 おかしい。体が暖かい。先ほどまで寒くて死にそうだったのだが、何か棒のようなものを押し込まれたかと思うと体の中からじんわりと暖かさが伝わってきた。気がつくと寒さもなくなり気分爽快になった。

 

 俺が戸惑っていると神主さんは説明を始めた。

 

「それは私が作った魔法のステッキだよ。私の力を込めたね。名前はマジカルステッキ。 誰かを助けるための道具なのさ」

 

 神主さんは得意げに語る。

 

「私のエネルギーを君に注いだのさ。どうだい? 少しは楽になったかい?」

 

 神主さんの言う通り、身体は軽くなった気がする。確かに体は軽いし、なんだか力が湧いてきそうな感じがする。気分は最悪だが。

 

 何で魔法少女のコスプレをしている奴に霊的な力を注入されないといけないのだ。意味不明すぎるだろう。そもそも俺はこんなの望んでいない。というか何で神主さんはこんなことをしているんだ? 謎だらけだ。俺が考えていると神主さんは質問してきた。

 

「ところで、君はどうしてこの公園にいるのかな?」

 

 何でって言われても説明に困るんだけど。まさか家を追い出されたとも言いづらい。だから俺は黙った。だって、黙ってたほうがカッコいいのだ。この状況で何もわかってませんなんて言いづらくて仕方がない。なので、ここはあえて、自信満々な態度でいこうと思う。

 

 神主の、その視線はまっすぐにこちらに向けられている。俺がどう答えるのか、期待しているのかもしれない。

 

 だが、その気持ちに応えることはできない。

 

 

 

 俺が黙ったままでいると、神主が先に言葉を発した。

 

「できれば、今後、このようなことには、君は、手を出さないでほしい」

 

 真剣な眼差しである。俺のことを心から心配してくれているのだろうか。そうだとしたら、ちょっと嬉しいかもしれない。

 

「君のような子供が、関わってはいけないことなのだ」

 

俺が、子供だから手を出すなってこと!? 

 

 俺は怒らなかった。いや、確かにその通りでは? 俺だって小さな子供に命の危険があることを頼まないしな。俺は目の前の男を少し見直した。変な格好をするだけの変態ではないのだ。いや、その恰好は変態だろ! 

 

 とも思ったが、とりあえず今は置いておこう。

 

 できるだけ偉そうな感じの声を意識して出した。

 

「ふん、お前の指図を受けるつもりはない」

 

 決まった! 俺は心の中でガッツポーズをした。しかし、神主さんは厳しい表情のままだ。

 

「君には、力があるのはわかる。でも、それは、使い方によっては、大変なことになる」

 

 まあ、そりゃそうだよな。そんなこと言われなくてもわかっているけどさ。

 

「それに、そういうことは、大人に任せるべきだと思う」

 

 ごもっともです。俺は思わずうなずいた。だが、ここで引き下がるわけにもいかない。

 

「だけど、それじゃ神主さんが危ないときに、助けられないだろ?」

 

 神主さんは驚いたような顔をした。そしてしばらく考え込んだあと口を開いた。

 

「私が、危なくなったときか……。それはいつのことかな?」

 

 えっ、それはわからないけれど、警察に捕まりそうになったときとか?  俺を助けてくれた人が逮捕されてしまうというのは避けたいところだ。神主さんは何か考え込んでいる様子だ。そして、ふと顔を上げた。

 

「君が、どれだけ、すごい力を持っていたとしても。どれほど簡単にことを済ませることが、できるのだとしても。それでも、私は、君に頼みたくはない。これは私の問題だ。私がなんとかしなければならない。だから、お願いだ。君だけは、何もしないでくれ」

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺は、もう何も言わなかった。神主さんは俺のために、俺を巻き込まないために言っているのだ。俺もそこまで言われたらこれ以上は何も言えない。

 

 俺はおとなしく神主さんの言う事を聞くことにした。

 

 神主さんはほっとしたような、どこか残念そうな、複雑な表情をしていた。

 

「だけど、俺は助けられるなら、助けます」

 

 俺はそう言った。別に神主さんのためじゃないし、自分本位なだけだ。

 

 俺の言葉を聞いた神主さんはため息をついた。それから少し笑った。

 

 俺もつられて笑ってしまった。

 

 俺と神主さんはお互いの顔を見て笑い合った。

 

 

 

 何となくいい雰囲気だったから、気になっていたことを聞いた。

 

 

 

「その恰好は、何か意味があるの?」

 

「いや、趣味のようなものさ」

 

け、警察!!!!!!!! 

 

 

 あの恐ろしい変態との出会いによって、俺が警察に駆け込んだのかといえば、そうではなかった。仮にも俺を助けようとしてくれたのだし、通報するのは可哀想に思ってしまったのだ。まあ人様の趣味にとやかく言うのは今の世の中では難しい。人に迷惑をかけない趣味なら許されるべきなのだ。

 

 結局、夜が明けるまで神主と一緒だった。俺が通報しなくても、見てしまった勇気ある一般市民の人によって逮捕されるのは時間の問題だと思ったので、事情を説明するために残ったのだ。

 

 捕まってほしいのか捕まってほしくないのか。俺だってこの平和な日常生活を脅かすものはいなくなって欲しいのだが、人の性癖を貶めるのは良くないと思う。ただ、俺は怖いもの苦手なので、できればやめてほしい。

 

 夜明けとともに神主さんは立ち去った。何やら用事があるらしい。ちなみに親には勝手に家の外にいたのがばれて滅茶苦茶怒られた。

 

 

 

 

 

 その日の夜に、テレビを見ていると、何でも変態が逮捕されたそうだ。まあ、時間の問題だったしな。目の前にいないと助けられないし、これは、避けられないことだったのだろう。やはり俺が通報しなくて正解だった。

 

「怖いわね~ 変態戦隊モロダシなんていたのね~」

 

 いや、別口なのかよ! 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

これはとある少年の故郷のお話

感想を見るたびにハアハアとうれしくなりながら頑張ろうと思ってしまいます。
ですがストックがもう少なくなってきました…
皆様、いつもありがとうございます


 金髪お嬢様は言いました。

 

「革命ですわ~! 邪知暴虐! 悪逆非道! 下劣外道の極みであるお婆様を改革いたしますの!」

 

「そうですか、応援しています」

 

 私は素っ気なく答えた。この人は何を言っているのだろうか? どうせまたアホみたいな考えをしているに違いない。

 

「あなたも一緒に来なさい! 巫女さん!」

 

 私は彼女の言葉に耳を傾けなかった。別に私はお婆ちゃんに対して恨みはない。むしろ、私にとっては恩人だ。

 

 しかし、無視し続けると、やがて諦めて、泣きながら一人でどこかへ行ってしまった。

 

 ──こ、心が弱すぎる……! あの子大丈夫かしら……。

 

 私は心配になって後を追ったが、そこにはもう彼女の姿はなかった。

 

 しばらく家の中を探したが見つからない。仕方なく元の部屋に引き返すことにする。

 

 ──あ、そういえば、()()()のこと聞くの忘れちゃった……。

 

 まぁ、いいや。また今度聞こう。その時でもいいよね。

 

 私はお婆ちゃんの家の、居間の扉を開ける。すると、どこかで見たことがある顔がいた。

 

「君は、誰だい? ……ああそうか。君が源清さんの妹の、霞ちゃんだね」

 

 初めまして。私は君のお兄さんの友人だよ。そういうと彼は手を差し出してくる。

 

 その顔は、この前の全裸の変態の顔だった。

 

「け、警察!」

 

 そしてそのまま後ろを向いて、走って逃げた。

 

 ……どうして、どうしてあいつがここにいるの! 早く警察に通報しないと! でもどうやって連絡すればいいのかな……。スマホは鞄の中だし、公衆電話は近くにない。交番まで走っていくにしても、距離がありすぎて間に合わないかもしれない。

 

 ──そうだ。お婆ちゃんに頼めばきっと何とかしてくれるはず。

 

 そう思って振り向く。そこにあったのは、さっきまでの家ではなく、ただの壁。

 

 あれ? おかしいなと思いつつ周りを見渡す。ここは森の中で、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 よく見ると、足元に小さな穴がある。覗き込むと真っ暗でよく見えない。

 

 これはいったい何だろうと思っているうちに、中から恐ろしいものが出てきた。

 

 ──ひっ!? 思わず悲鳴を上げそうになる。そこに現れたのは、トレンチコートの変態だったからだ。

 

「こらこら、マヨヒガから出てしまったらいけないよ」

 

 男はこちらに向かって歩いてくると、優しく語り掛けてくる。恐怖を感じて逃げようとするが、体が動かない。まるで金縛りにでもあったかのように動かなかった。男が近づいてきて、目の前に来ると、ようやく体の自由が戻る。私は男から離れるように後ろに下がる。

 

 怖い。この人すごく怖い。生理的に無理。私の怯えた様子に気づいたのか、男は慌てて両手を上げる。

 

「どうしたんだい? そんなに怖がらないでくれよ。ほら、私は何もしないよ」

 

 笑顔を浮かべて話しかけてくる。とても優しい口調なのに、なぜか寒気が止まらなかった。

 

 私が黙っていると、男は困った顔をする。

 

「ごめんなさい。正直言って気持ち悪いです。それに臭いです。できれば近づかないでください」

 

 私はゆっくりと後ずさりをする。この場から離れたかった。

 

「なーにをやっておるんだお前らは。娘っ子、家から出るなと言っておいただろう? それと、そいつはお主の兄貴の友人じゃぞ?」

 

 背後からお婆ちゃんの声が聞こえた。振り返ると、お婆ちゃんがいた。

 

 ほっとしたのと同時に、お婆ちゃんの後ろに何かがいることに気づく。

 

 それは()()()()()()()()()で、それが人の形をしているのだと気づくまでに少し時間がかかった。

 

 その存在を見た瞬間、私は全身が震え上がるのを感じた。()()()()()()だと悟ったのだ。

 

 ──こ、これが、()()って奴なんだ……。

 

 今までに感じたことのない感覚だった。カリカリと、何か、大切なものが崩れていくような音が、頭の中で、なった気がした。体の奥底が冷たくなっていくような気がした。何かどろどろとしたものが、体の奥から溢れ出すような気がした。吐き気がして、涙が出てくる。自分の何かが壊れていく。喉の奥で膨れ上がる恐怖が、私の口から飛び出しそうに、狂人のように叫びたくなる。私はその場に座り込んでしまう。足腰に力が入らなくなったのだ。

 

 ──ダメだ……私、もうここで死ぬかも……。

 

 そんな私の様子に気が付いたのか、お婆ちゃんは私を見て呆れたように溜息を吐いた。

 

 お婆ちゃんが手を振ると、黒い影が消え去る。

 

 私はまだ体の震えを抑えられずにいた。心臓が激しく鼓動しているのを感じる。

 

「こんな様子じゃあ、先が思いやられるわい。まぁ、仕方がないといえばそれまでだが……」

 

 お婆ちゃんはぶつくさ言いながら、懐からお札を取り出すと、それを地面に置いた。

 

 すると地面に魔法陣のようなものが現れ、そこから光の柱が立ち上った。

 

 眩しくて目を閉じていると、しばらくして光が収まる。

 

 恐る恐る目を開けると、そこには先ほどまで居た家の姿がそこにあった。私は驚いて、家の方に駆け寄る。扉に手をかけると、普通に開いた。

 

「おや、マヨヒガは一度外に出ると二度と戻ってこれないはずでは?」

 

「ふんっ、わしの力があれば、この程度のこと造作もないわ!」

 

 男は感心した様子で何度もうなずく。お婆ちゃんが胸を張って自慢げにしている。

 

 私にはよくわからないけど、とにかく助かったということだけはわかった。

 

 ──よかった……! 本当に良かった! 私は安心して、その場に座り込んでしまう。

 

 あの黒い影を見た瞬間、死を覚悟していた。もう駄目だと思った。

 

 でも、お婆ちゃんのおかげで助かった。もし、お婆ちゃんがいなければ、私は……。

 

「お婆ちゃん、あの黒い影は何だったの?」

 

 私は立ち上がりつつ、お婆ちゃんに尋ねる。するとお婆ちゃんは、不機嫌そうな顔になった。

 

 そして私の頭を軽く小突く。痛い。結構本気で叩かれた。私は頭を押さえて、涙目になる。

 

 どうして怒られたのかわからなかった。

 

 すると、男が口を開いた。

 

「仕方ないでしょう。幽霊に出会ってしまえば。あまりの恐ろしさに私も身動き一つとれませんでした」

 

 男はぶるりと体を震わせる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを聞いて、お婆ちゃんは鼻で笑った。

 

「当り前じゃ、この世に残るほどの無念の、怨念の塊じゃ。普通なら見るだけで呪われるわい」

 

 人が死ぬと、特に強い想いが、この世に残ってしまうことがあるのだという。それがいわゆる、残念と呼ばれるものだそうだ。

 

 幽霊とは、そのような残念や無念が積もりに積もったものらしい。恨みつらみである。今までたくさんの人が無念の中死んだ。

 

 人間が憎くてたまらない、人間を殺したくてたまらない、人間の苦しむ姿を見たい、そういった感情だけが、()()()()()()()()()

 

 その人間の感情の闇が吹き溜まり、積み重なり、澱となって溜まる。底なし沼のようにすべてを埋め尽くす感情だ。

 

 そのような感情が、山のように大きく、海のように深い怨念が、人に害するためだけに、形を持ってしまったもの。それが幽霊の正体なのだという。だから、生きている者は、見るだけでも恐ろしい。

 

その者が発する悪意が、言葉が、視線が、存在そのものが、どうしようもなく人を呪い、殺そうとする。

 

 だから、そんなものに出会って、見てしまったら最後、どうしようもなく怖くなって動けなくなる。そうすれば、後はもうなす術なく殺されてしまうしかない。もしも、そういうものに出会ってしまったならば、すぐにその場から離れるべきなのだろう。そうしなければ、殺される。

 

 私は、黒い影のことを思い出す。あれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なのに、まるで、こちらを睨んでいるかのような、そんな気配を感じた。

 

 それが、幽霊というものだ。出会ってしまえば終わりの存在だ。

 

「……まあ、何か温かいものを飲みながら話そうか。あんたもそれでいいね?」

 

 

 

 台所に向かうと、お湯を沸かす。その間にお茶の準備をする。

 

 お婆ちゃんは戸棚からお菓子を取り出した。それをテーブルの上に並べると、椅子に座って足を組んだ。

 

 私とお婆ちゃんは、向かい合って座っている。男の人は、お婆ちゃんの隣に立っていた。

 

 ──なんなんだろ、この状況……。

 

 私は困惑しながら、お婆ちゃんを見つめる。

 

 お婆ちゃんはお茶の入ったコップを手に取ると、それを一口飲んだ。そして、ふうっと息をつく。

 

 ──さて、どこから説明したものかな。

 

 お婆ちゃんは腕を組んで考え込む。その間、私はずっと黙っていた。

 

 しばらくすると、お婆ちゃんは思い出したように手を打った。

 

「ああ、そうか。お前さんには、まだ何も言ってなかったなぁ」

 

 お婆ちゃんは私を見る。何を言われているのか、よくわからず、首を傾げた。

 

「わしの友人なんじゃよ。お前の兄、源清はな」

 

 人間が大きくなるのは早いもので誰かわからんかったわい。とお婆ちゃんは笑った。

 

 ──え? 私は驚いて、お婆ちゃんを見る。隣に立つ男はにっこりと微笑んで、私を見ている。キモイ。

 

 それにしても、兄というのは、私が知っている兄様のことだろうか。私は混乱して頭がぐるぐる回るような感覚を覚えた。

 

 兄さまは優しくて、物知りで、何でもできて、いつも私のことを気にかけてくれる、大好きな人。そして……

 

 父様のようにはなりたくないと、家を出た。

 

 私は、自分の右手を左手でぎゅうっと握りしめた。私は、お婆ちゃんの言葉が信じられない気持ちだった。

 

 お婆ちゃんは続ける。

 

「もう何年も前のことになるが、忌名深沢というところで、あ奴と出会った。今はもう滅んだ場所じゃ」

 

 お婆ちゃんは何かを思い出しているようだった。懐かしそうな顔で遠くを見つめていた。

 

 忌名深沢とは、どこだったか。確か、兄が最後に向かった場所だった気がする。

 

 お婆ちゃんの話によると、そこには大きな神域があったのだという。それは人の手が及ばないほど神聖な場所で、そこでしか採れない貴重な薬草などもあったらしい。

 

 そこには、ある風習があった。

 

「そこでは名前を、口に出してはいけない場所だった。だから、名前の代わりに忌名で呼び合っていたのさ」

 

 その土地では、名は神様のもので、人間が口にするのは禁忌とされているものだったらしい。だから、その名を口に出すと呪われるという迷信があるのだという。誰に呪われるのか。否、神に祟られるのだそうだ。

 

 そして、その土地の人間たちは、皆その迷信を知っていた、信じていた。だから、互いに名前を呼び合うときは、おいとか、おまえとか、あだ名とか、どうしても呼ばなければならない時も、忌み名でしか呼び合うことはなかったという。

 

 名前を支配する祟り神だった。その場所では人間は神の所有物なのだ。そして、神なしでは生きられない場所だった。

 

 忌名の深沢とは、そういうところなのだそうだ。あらゆる厄災から守られる場所。そして、あらゆる自由が剝奪された場所だったという。

 

 忌名深沢のことは、あまり知られていないが、お婆ちゃんはよく覚えているという。

 

 そして、兄様はそこを訪れた。

 

 兄様は、そこで出会ったのだ。忌名深沢の神である、鬼に。

 

 ──鬼。

 

 その言葉を聞いた瞬間、ぞわりとした寒気に襲われた。

 

 お婆ちゃんは、そんな私の様子に気づいていないようで、話を続ける。

 

 兄がそこにたどり着いたのは信託があったからだという。そこは、この町からは随分と離れた地にあったらしい。

 

 忌名深沢には、何重にも結界が張られていたという。そして、その中には神がいる。そして、その場所で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 お婆ちゃんは、兄様のことを思い出すように目を細める。

 

 兄様は、そこで神に出会った。

 

 そして……

 

 

 

 ──助けてくれ、消されてしまう。

 

 

 

 そこを支配する神が、そう言って、助けを求めた。まるで幼子のように泣きわめきながら、そう言った。何か恐ろしいもの見たかのように、怯えて、震えながら。

 

 その神のために建てられた社の中で、祟り神は何かに怯えて泣いていた。頭を掻きむしり、涙を流しながら。嫌じゃ、嫌じゃと喚きながら。

 

 ──消えてしまう。このままじゃ、消えるしかない。

 

 祟り神はそう言った後、黙ってしまった。そしてそのまま、動かなくなってしまった。そして、消えてしまった。

 

 すると、突然、社の扉が開いた。

 

 そこから出てきたのは、小さな女の子だった。その子は白い着物を着ていて、髪が長く、おかっぱ頭をしていた。

 

 少女は手に持っていた種のようなものを放り投げると、まだ足りないなと呟いた。

 

 兄様は動けなかったという。先程の鬼よりも、圧倒的な力の差があることが感じられたからだ。恐ろしさや、畏怖を通り越して、ただ、目の前の少女に。

 

 少女は社に向き直ると、両手を広げて叫ぶように言った。

 

 ──出てこい、魑魅魍魎よ。わかるな、悪鬼妖怪どもよ。それ、まだ神の力はここに残っておるぞ

 

 神は消え去り、だが力のみが残った。それを見て、身の丈を知らぬモノドモは力に群がった。集まり奪い合い、殺しあった。

 

 だが、それは無駄なことだった。

 

 少女はその様子を見て満足そうに笑うと、また新しい種を投げ入れた。そして、まだ足りぬと繰り返した。

 

 そうしていくと、ただひとつの妖怪が残った。ボロボロの体で、種を飲み干す。

 

 そして、力に耐えきれずに、膨れて弾けた。

 

 ──ははっ、ははははは! 見よ、人間。愚かよのう、身の丈を知らぬものほど、面白いものはない! 選ばれぬものに、価値などないのだ! 

 

 そして、最後に種だけが残った。種は宙に浮かび、ふらふらと揺れている。

 

 少女は笑い続けた。目に涙を浮かべ、腹を抱えて、心底楽しそうに。

 

 そして、種が地面におちる。その種が落ちた先に、兄様がいた。

 

 兄様は、何もできなかったという。だから種を手にすることはなかった。

 

 それを見て、やはり少女は嬉しそうに笑みを浮かべたという。

 

 そして、忌名深沢は滅んだ。神は手をだしてはいけないものに触れてしまい。妖怪は身の丈を知らず、力を欲し膨れて死んだ。名前を奪われ、持たぬ人間どもは神の支配から解かれ、そしてこの世界に止まれずに、消え去った。ただ一つ、何もかもを滅ぼした種を残して。

 

 そして。何もかもが滅んだ場所で、あの少年は産まれたのだと、お婆ちゃんはいった。誰もいないはずの場所で。たった一人だけ、生まれたのだという。

 

「それが、彼だというのですか……」

 

「──神が宿っているんだよ」

 

 お婆ちゃんはそういった。

 

「神は、己の子を欲している」

 

 お婆ちゃんはそう言って、私を見る。形はそれぞれだけどね、と。

 

「神は、人を愛してる。だからこそ、人の魂を欲する。己の巫女として、自らの奴隷として、()()()()()()()()()()()()()()()()、そばに置きたいと思っている」

 

 だから、神も妖怪も、なにもかも、あの少年に手をださぬ。触らぬ神に祟りなし、恨みもツラミも、加護も縁も、何もかもを奪われて消えてしまうのだから。

 

 そういって、お婆ちゃんはわらった。でも、私は少し考えてしまう。だから、あの少女は、少年を産み出したのだろうか。一人ぼっちは嫌だから。何もないのは、耐えられないのだ。自分一人だけ、同じものを持たないのは、悲しくて仕方なかったのだろうか。

 

「彼は、本当に……ならば、彼の両親は……いったい」 

 

 動揺したように言う男に、お婆ちゃんは笑う。

 

「神によって作られ、形整えられ、産まれた。()()()()()()()()()、残滓ほども残っているものか」

 

 

 誰であっても、存在を奪われ、居場所を塗り潰され、全ては神の、思うがまま、じゃ。

 

 

お婆ちゃんの話が一区切りついても、誰も口を開かなかった。皆一様に俯き、黙り込んでいる。

 

「なるほど。いろいろとお話を聞けて、得心しました」

 

沈黙を破ったのは、変態さんだった。

 

「何故あのような、不安定な、妖怪などを使ったのだろうかと、疑問を抱いていましたが……」

 

自作の妖怪などという、力が弱く、不安定で、扱いづらいものであったのは、そうでなければいけなかったからだ。

 

神も、妖怪も、手を出さない。幽霊など、制御できるはずもない。ならば必然、自分で用意するしかない。

 

そうしたのではなく、そうせざるを得なかったそういうことなのだろう。

 

それは、つまり――――

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その少女こそ、真に恐れるべき対象であったということなのだから。

 

お婆ちゃんを見上げる。お婆ちゃんはうっすらと微笑んでいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

警察は頑張っているようです。

 最近俺の身の回りに起こった数々の変態出没事件に疲れ果てた俺は、気分転換に公園でぼんやりしていた。いや、ここはここで忌まわしき記憶に新しいのだが、俺の話を聞いた幼馴染ちゃんがヒーちゃんのお墓参りをしたいというので着いてきたのであった。そういえは、ここだったのか。幼馴染ちゃんを見つけたのも此処だった。

 

 

 

 幼馴染ちゃんは真剣な顔をしてお花をお供えしている。俺はその様子を横目で見ていた。幼馴染ちゃんはしばらく目を閉じて祈っていた。幼馴染ちゃんは、お祈りが終わると、お線香をあげ始めた。俺は、幼馴染ちゃんの隣に座って、一緒にお線香をあげた。手を合わせて祈る。どうか安らかに眠ってくれますように。そして、幼馴染ちゃんのことを見守っていてください。

 

 しばらくすると幼馴染ちゃんが立ち上がって、こちらを見た。

 

 俺は立ち上がった幼馴染ちゃんに手を差し出した。

 

 幼馴染ちゃんは、俺の手を取って、歩き出す。手を繋いでいるだけなのに、なぜか安心感があった。

 

 そのまま、二人で並んで歩く。どうか変態に関わらずに、生きていけますように。そう、願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 今は休日。お嬢さまは、朝からテンションが高い。

 

「あなた! 動画を取りましょう!」

 

 今日も今日とて小金に輝く二本の束を振り回しながら阿呆みたいなテンションで、阿呆みたいな顔をしながら、これまた阿呆みたいなことを言い出したのだった。

 

 しかし、このお嬢様はいつも唐突ではあるのだが、今日のそれはいつもとは格が違う唐突さだった。あまりにも脈絡がなかったもので素っ頓狂な返事をしてしまったことは否定できない。お前はどこかの女子高生か。なにもわからないがお嬢様のテンションだけは無駄の高い。何が彼女をそうさせるのか。

 

「今あるこの時を、動画に残しておくのですわ!」

 

 ほら、意味不明だ。しかし、そんなこと言われても、何をどうすればいいのかさっぱりわからんぞ。そもそもなんで動画なんだ。動画なんて撮ってどうするつもりなんだ。

 

 だが、俺が口を開く前にお嬢様が言葉を続ける。俺は黙ったままお嬢様の言葉を聞くことにした。

 

 彼女は言う。

 

「失われた時間は帰ってこず、大切なものは失われてから初めて気が付くものなのですわ」

 

 いやいやいや、失ったものもないし。これから失う予定もないんだけどね。でも、彼女の気持ちはわかった気がする。確かにこの瞬間を切り取って残しておきたいと思う時があるのだ。写真だっていいけど、写真だと撮ったその場では楽しめても後から見返す時に少しばかり虚しさが漂うものだ。でも動画は、撮影者自身が楽しくなくても後々思い出せる。

 

 お嬢様は言う。

 

 彼女にとって、人の記憶は薄れゆくものであるらしい。そしてそれこそが人生において最も怖いことなのだとか。だから、記憶を形に残すために動画を撮りたいのだという。なるほど。よくわからないが、そういうものなのか。

 

「だって……忘れたくありませんもの……」

 

 その言葉で、俺はお嬢様の意図を理解した。

 

 つまり、お嬢様は俺の記憶を永遠に残したいのだろう。

 

 俺は、お嬢様が何故こんなことを言い出したのか理由がわからなかった。だが、彼女がこの行動の意味を教えてくれた。きっとそれは、彼女なりのやり方で俺のことを忘れないようにするためなのだ。

 

 お嬢様は俺にこう言いたいのだ。

 

 ──―私に恋をさせてくださいませ。

 

 それは呪いであり誓いであるのかもしれない。俺はお嬢様に愛されたくてしょうがないのだろうか。あるいは、愛したいと思っているのだろうか。それがどのような感情であるかは自分でもよくわかっていない。ただ、彼女には笑っていてほしいと思った。それだけは確かな事実だった。

 

 だからこそ、彼女のお願いを聞いてあげたい。

 

「どうして……」

 

 ん? 

 

 

 

「どうしてなんですの~! 最悪ですわ~! いつも楽しみにしていた(有)Tuberが捕まりましたわ~!」

 

 はい、違いましたね。俺とは何の関係もございませんでした。というか、(有)Tuberってなんだよ。俺は自分の勘違いに気が狂いそうなほど恥ずかしくなった。

 

 でもお嬢様はそんな俺の様子には目もくれず悲しみに暮れていた。

 

 俺はなんとかフォローをしようと思うが、うまい言葉が思いつかない。お嬢様を慰めようと伸ばした手は宙をつかむだけだった。

 

 そうこうしているうちに、お嬢様はハッと何かを思い出したように顔を上げた。

 

 俺の顔を見てお嬢様は申し訳なさそうにする

 

 お嬢さまは、昨日テレビで見た、某有名動画サイトの投稿者について、興奮しながら話し始めた。

 

 お嬢さま曰く、(有)Tuberとは、自分の好きなことを配信したり、ゲーム実況をしたり、歌ってみた、踊ってみたなどを配信する人たちのことらしい。お嬢様は、(有)Tuberの大ファンであり、(有)Tuberの配信を見るために生きていると言っても過言ではないくらい、(有)Tuberを愛しているという。

 

「変態戦隊モロダシがなにをしたっていうんですの……ただありのままの自分でいただけですのに……」

 

 どうやら、お嬢様は変態戦隊モロダシが大好きらしく、ショックを受けているようだ。変態戦隊モロダシは、お嬢様が言うには、変態であることを誇りに思い、己の欲望に忠実に生きる者たちの集まりだという。俺としてはいなくなってもらっても全然かまわない部類の存在のようだった。この世界の警察は幽霊や妖怪が出てくるような、フィクションの警察のように、うわあ、とかぎゃあ、とか悲鳴を喚き散らすだけの、あてにはならない存在と思っていたのだが、なんとも前世と同じく優秀なようで一般市民の俺は安心した。

 

 お嬢様が言うに、彼ら変態戦隊は、己の性癖を貫くことで、社会に貢献しているのだという。例えば、(有)Tuberたちは、皆、それぞれ個性的な性癖を持っているのだが、それは、視聴者たちに受け入れられているのだ。(有)Tuberは、その個性によって、多くの人を楽しませているのだ。だから、彼らの存在を否定することは、彼らの存在を全否定することと同義なのだそうだ。彼らの存在を否定しているのは法律である。いわんや生きてるだけで罪な人々なのである。

 

 お嬢様に言わせれば、(有)Tuberは、自分たちの欲求を満たすためだけに活動しているのではなくて、世の中の役に立つこともしているという。たとえば、(有)Tuberの中には、動画配信によって得た収益の一部を恵まれない子供たちに寄付をしている人もいるのだとか。お金にキレイも汚いもないのだというが、それでも何か嫌な気持ちになってしまうのは俺が恵まれた人間だからである。

 

 

 

 お嬢様は熱く語った後、捕まった変態戦隊を思い、悔しそうな表情を浮かべていた。

 

 俺はお嬢様を慰めた。しばらくして、落ち着きを取り戻したお嬢様は、何かを世の中の真実を見つけたかのような、陰謀論を信じている人間のような顔をして言った。

 

「最近はおかしなことばっかり起こっていますわ。露出界隈も最近摘発されたようですし。なにか、大きな勢力が動いている気がしますわ」

 

 たぶん警察にマークされているだけだろう。なんで誰でも見られる(有)Tubeで変態行為を配信しているんだろう。俺はそう思ったけど口に出さなかった。

 

 お嬢様の話は続く。

 

「そういえば、最近は(()V()T()u()b()e()r()というものも流行っていましてね、わたくし、(有)VTuberのファンですのよ」

 

 ほう。(有)VTuberといえば、生身ではなく、電子で作られた肉体を使って配信や動画をお届ける、(有)Tuberとは似て非なる存在であり、まああまり詳しくない人から見ればどっちも一緒じゃないの? ともなる存在であった。

 

 それにしても、お嬢様が大ファンの(有)VTuberとはどんなものなのか。ちょっと興味がある。

 

 お嬢様は、スマホを取り出すと、その画面に映っている人物を見せてくれた。

 

 

 

 そこには、どこかで見たことがあるような、ピンクの巫女服を着た女の子がいた。

 

 俺は嫌な予感がした。

 

「この方は、魔法巫女マジカル☆ホワイトスターという方でして、わたくしの大好きな(有)Tuberなのですの! あぁ……今日もかわいい……」

 

 お嬢様は目を輝かせながら言った。違った。よかった別の人だった。

 

 ふむ。お嬢様が言うには、(有)Tuberにはいろいろな人がいるが、その中でも、特に(有)VTuberの中でも上位に位置するほどの人気を誇っているのがこの魔法少女らしい。

 

 この魔法少女には、魔法少女が大好きなおじさんがファンになってくれているらしい。(有)VTuberの中で一番の人気を誇る魔法少女をおじさんが応援しているというのはなかなか面白い。でも、どうしてお嬢様は魔法少女が好きなんだ? 俺が質問すると、お嬢様は恥ずかしそうにしながら答えた。

 

 お嬢様曰く、魔法少女アニメや魔法少女の出るテレビ番組などを見ているうちに、いつしか魔法少女が好きになってしまったという。それから、魔法少女が出る小説や漫画なども好きになり、魔法少女が大好きになった。そして、魔法少女が出てくる映画を見たときに、心を奪われたのだという。それからは、ずっと、魔法少女に夢中なのだとか。

 

 お嬢様の熱い魔法少女愛を聞き終えた後、俺とお嬢様は、魔法少女に関する話題で盛り上がった。

 

「それで、この魔法少女はどんな配信をしているんだ?」

 

 それはただの好奇心からの質問だった。お嬢様は俺に画面を見せる。

 

 お嬢様が見せてきたのは、紙芝居のように写真と声によって構成された動画だった。

 

 タイトルは、"巫女ちゃんの幽霊相談! ()()()()()編前編"というものだった。

 

 動画を開くと、再生される。

 

 しばらく待っていると、タイトル通りの動画が始まった。画面に映し出されたのは、公園の写真だった。なぜか見覚えがあった。というか昨日の公園だった。というか、朝まで居た公園だった。昨日、同じ巫女服を着た変態神主と出会った場所だった。

 

 動画の内容は、公園で遊んでいた子供が突然姿を消したというものだ。怪奇現象の調査のため、公園にやってきた巫女が、調査を開始したという流れの動画だった。写真と後付けの音声とをうまく組わせて雰囲気を出している動画だと思った。

 

 お嬢様は興奮気味に語る。神社の娘である巫女は、昔から霊能力者として人々から頼られていたらしく、彼女のことをよく知る人は、みんな巫女ちゃんと呼んでいるそうだ。もちろんそういった設定である。

 

 お嬢様の熱弁が終わると、次は巫女ちゃんの現状について語り始めた。巫女ちゃんは(有)VTuberであるにもかかわらず、チャンネル登録者数は約60万人ほどいるそうだ。これはかなりすごい数字だと思う。(有)VTuberの中には、一万人を超える人がいないチャンネルもたくさんある。(有)VTuberの中では有名なチャンネルなのだろうと思う。

 

 お嬢様の話を最後まで聞く限り、個人の(有)VTuberの中のトップ10に入るチャンネルではないだろうか。ちなみに企業勢は(株)VTuberというらしい。

 

 お嬢様が話し終えると、また動画に目を向ける。動画は、前半が終わり後半に入ったところだった。

 

 前半部分は、この公園で一人で遊んでいると、誰かはわからない、子供の姿が消えたり見えたりするといった、よくある怪談話のようなものだった。後半に入ってきたところで、お嬢様が言った。どうやら、ここから先は巫女ちゃんが活躍するそうだ。

 

「さぁ、巫女ちゃんの活躍が始まるのですわ!」

 

 お嬢様は期待に胸を膨らませているようだ。俺は嫌な期待に不安を感じながら動画を見ていた。

 

 後編が始まると、先程までの穏やかな様子から一変して、緊迫した状況になっていた。

 

 場面は公園の中へと移る。可愛らしくデフォルメされた巫女ちゃんが周りを警戒しながら歩いていた。その手には、魔法少女のステッキのようなものが握られている。見覚えがあった。

 

「へんし~ん! 魔法神主マジカル☆ホワイトスター参上! 神に代わってお仕置きじゃ!」

 

 魔法巫女ちゃんは、ポーズを決めて名乗った後に、決め台詞を叫んだ。

 

 はい、お終いです。何が? 何もかも終わりです。俺は何もかもが嫌になって思考を放棄した。だが、そんな俺にかまわずに動画は進み続ける。

 

 お嬢様の方を見ると、目を輝かせて巫女ちゃんの姿を眺めていた。もうダメかもしれない。

 

 魔法少女になった巫女ちゃんは、「大丈夫だったかのう? もう大丈夫じゃ! 魔法神主マジカル☆ホワイトスターが来たからにはもう安心なのじゃ!」「魔法神主マジカル☆ホワイトスター参上! さぁ! 覚悟しろ! 悪霊ども!」「お前たちの思い通りにはさせないのじゃ! さあ! 大人しく成仏するがいい! うぉーりゃああああああああ!!!」「悪を滅せ、聖なる雷よ、今ここに集え、悪しきものに裁きの鉄槌を、悪を滅ぼす光となりて、我が敵を撃て! マジカル☆ホワイトサンダー!!!」などと言って、決め台詞を言い終わった後には、悪霊に向かって必殺技を放っていた。

 

 

 

「怖い幽霊はこの魔法巫女が滅したのじゃ! どんなに怖くて、誰からも信じてもらえないようなことでも相談するのじゃ。魔法巫女は、あなたの味方なのじゃ!」

 

 

 

 動画の最後に、巫女ちゃんが決め台詞を言う。画面が暗転し、次回予告が流れた。

 

 ──ははっ、ははははは! 俺は笑った。笑い続けた。目に涙を浮かべ、腹を抱えて、心底楽しそうに。そうしなければ、俺の脆弱な精神は壊れて元に戻らないと思ったからだ。

 

 よくできた作り話ですね、とでもいえばいいのだろうか。再現VTRみたいな動画だったので、うまく編集されたその動画に俺の姿は載っていないのだが、いかんせん耳に届くワードが耳に新しすぎる。いや、まて。まだ希望を捨てるには早いのではないか? そうだ、名前も違うし、声だって違う。

 

 俺は光明を見出した。それによく考えてみろ俺よ。この広大なネットの世界において、リアルの知り合いとである確率などゼロに等しい。あれ? この人……と思ってもそのうち99%以上が勘違いというオチに行きつくに違いない。こんなもの、以前知り合ったまったく関わりのない美少女が、実は自分の学校のマドンナで自分のことを意識しているという展開よりもあり得ない。

 

 あー、よかった。知り合いの男性がかなりきつい女装癖かつ深夜徘徊を趣味とした、超人気の(有)VTuberの中の人だったなんてことがなくてさ。

 

 俺は一安心して息を吐くと、動画を見続けた。動画の最後は、神社の名前や住所などの情報が書いてあるテロップが流れて終わる。それは知っている場所だった。というか、家の近くだった。直視したくない現実に向き合うとするなら、それはあの神主がいる神社の名前だった。

 

 俺はお嬢様の顔を見る。お嬢様は、まるで遊園地に来た子供のように目をキラキラとさせていた。

 

 

 

 

 

「いや、動画をとるって話は?」

 

 お嬢様は不思議そうな顔をすると、 当然でしょう、というような口調で言う。

 

「あなた、除霊師として、人を助けたいんですわよね」

 

 そうだ。この力を使って人助けをして、あわよくば金をもらいたい。

 

「ですが、あなたがただの子供なので、依頼が来ない」

 

 ここまではよろしいですね。そうお嬢様は言った。

 

 うん、そうだね。それがどうしたんだろう。

 

 お嬢様は言葉を続ける。

 

「つまりはこう言うことです。あなたが人を助けるための力を手に入れるためには、まずは力を証明しなければなりません。それについては理解できているでしょうか」

 

「ええと、はい、一応は……」

 

「それでいいのです。ですが、ただの子供が除霊師を名乗り出ても誰も信用しないということは先ほどご説明しました」

 

 そこで、私は考えました。

 

 お嬢様はそう言って、また何かを取りだした。

 

 俺の前に出されたのは一枚の名刺。そこにはこう書かれていた。

 

「除霊系小学生(有)Tuber 神亡 幽」

 

 俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになった。

 

 何ですかこれ。

 

 名刺を見たまま固まる俺に、お嬢様は優しく説明する。

 

 これは動画サイトの登録者に配信を行う際に配られるものです。

 

 あなたのチャンネルを登録している人がメールを送ることができる仕組みになっています。

 

 そして、名刺を受け取って動画を配信すると、あなたはその広告収入を得ることができます。

 

 はい、そこがポイントなのです。

 

 お嬢様の説明を聞きながら、俺はもう一度その名刺に目を通す。

 

 そして、そこに書かれていることに思い至った。

 

 俺の予想が正しければ、このお嬢様がやりたいことは……。

 

 お嬢様は嬉しそうに笑って言った。

 

「そう! ただの小学生ではだれも信用しない! ですが、除霊系小学生(有)Tuberとしてならば、アホみたいな人間はひっかっかるのではないか! 登録者から依頼を受けて解決すれば、と思ったわけです! 消えゆく幽霊の動画も残せるし、あなたも知名度もお金も稼げる。なんて頭のいい作戦なんでしょう」

 

 それは人間を馬鹿にしすぎだし、(有)Tubeを信用しすぎだろ。

 

 だが、これで一つ分かったことがある。

 

 コイツ、自分が(有)Tuberになりたいから俺をまきこやがった。

 

 困惑する俺に、お嬢様は微笑む。

 

 そして言った。

 

「これからよろしくお願いしますわ」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。