日向を照らす彼岸花 (シャングリラ)
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きっさ☆リコリコへようこそっ! どきどき人体実験で大パニック?

「才能」というキーワードが出る以上、誰かが書くかなと思いつつ出てこなかったので書きたくなるのを抑えきれませんでした。
どうぞゆっくりお楽しみいただければ。


法治国家日本、その首都である東京。

この都市には危険などない。

社会を乱すものの存在を許してはならない。

 

――存在していたことも許さない。

 

消して、消して、消して……綺麗にする。

 

 

そんな都市の一角に、喫茶「リコリコ」はあった。

 

 

 

 

 

「どうも」

「おやいらっしゃい」

 

そんなリコリコに最近、新たな常連が一人増えた。

普段は黒いネクタイに黒いスーツ、手にはカバン。見た目はどこにでもいる社会人だ。

顔つきはそこまで整っているというほどではないが不細工というわけでもない、いわゆる普通の顔。

しいて特徴をあげるとすれば、頭の一部だけアンテナのように尖っているようなその髪型だろうか。

 

彼の来店にまず声をかけたのは喫茶「リコリコ」の店主であるミカ。

褐色の肌に口ひげ、縮毛を長く垂らした髪型と見た目だけであればいかつい男性ではあるが、その顔に浮かべる表情はいたって穏やかなものだ。

また、彼の淹れるコーヒーの味はなかなかのものである。

 

「今日もお疲れのようだな」

「ええ、まぁ……コーヒーをお願いします」

「あぁわかった。ゆっくりしていきなさい……日向くん」

 

えぇ、と頷いた青年の名は、日向(ひなた) (はじめ)といった。

 

「おや? おやおや? 日向さんじゃないですかー」

「あぁ、久しぶりだな、千束」

 

のんびりコーヒーを待っていると、今度日向に声をかけてきたのは店員の一人である千束。

最初は名字の「錦木」で呼ぼうとしたのだが、

 

「ちょいちょーい、錦木とかそんなよそよそしいじゃん? ち・さ・と、でオッケー♪」

 

とまあ、千束本人からぐいぐいと名前呼びを強制されたので、流されるように彼女を名前で呼ぶようになったのだ。

他の客も同じように千束を名前で呼ぶので、むしろ名字で呼んでいる人間がいない。

皆がそうしているなら、それで、いいのか……。と流されてしまったのは大衆心理によるものだろうか。

 

「ほら、できたぞ。コーヒーだ」

「ありがとうございます……それと、草餅を」

「草餅だな。しばらく待っていてくれ」

 

出されたコーヒーをゆっくり飲みつつ、せっかくだからと日向は甘いものも注文する。

リコリコは和風の喫茶店ということもあり、メニューにあったのを見つけてからお気に入りの品だ。それこそ、初めてきた時から日向はしばしば草餅を注文している。好物があるなら頼まない理由もないのだから。

 

「千束スペシャルの桜餅はいかがですかー? 桜がきれいな季節だし?」

「いらないよ、やめてくれ。桜餅は好きじゃないんだ……前にも言っただろ」

 

反面、日向の嫌いなものは桜餅。

なぜ嫌いかと言われると説明に困るのだが、なぜか好みにはあわない。

 

他にも客はいるので、千束はそれ以上日向にちょっかいをかけ続けることはなく他の客の方へと応対にいった。

そのままぼんやりとしているところで、目の前に草餅が出されたことで現実へと意識を戻す。

顔をあげると、いつも通り穏やかな表情を浮かべるミカの顔があった。

 

「本当に大丈夫か? 疲れているなら休んだ方がいいぞ?」

「いえ、ただぼんやりしてただけですから」

 

笑ってごまかしながら添えられていた爪楊枝を手に持ち、草餅に刺して口へと運ぶ。

こうしていられる時間は、今の自分にとってとても大事だと日向は感じている。

 

――自分が、紛れもなく”日向創”であると実感できる。

 

今の自分が、通常ではないと実感しているからこそ。

本来なら、自分が今ここに()()()()()()()からこそ、今自分がここに存在していること。それを実感できるのはとても大事なことなのだ。

 

例えそれが、仮初のものだったとしても。

 

「あっら、若い男が」

「またそれですか……」

 

もう一人現れた店員がいきなり発した言葉に、日向は思考を戻してげんなりとした目を彼女に向けた。

黄緑色の制服を着た女性は中原ミズキ。千束同様リコリコの店員である女性だが、結婚願望が強いらしく日向にも何かと絡んでくるので日向はしばしば迷惑を被っていた。

正直日向のタイプではない。

 

もっとも、そもそも自分がここで結婚できるなんて思っていない、というのもあるのだが。

 

「俺みたいな人間に絡んで何がいいんですか」

「アンタみたいな冴えない男でも粉をかけない理由はない! 数うちゃ当たる!」

「俺に対して失礼すぎだろ!?」

 

初対面でならさすがにここまでは言わないだろうが、何度もミズキが日向に絡み、そして断られていることで多少なりとも冗談を言い合えるくらいの間柄にはなっている。

そんなわちゃわちゃとしていた時間もあったが、草餅を食べ終えた日向は休憩ができたと少し伸びをして支払いを行う。

精算を担当した千束はにっこり笑うと

 

「毎度ありー! また来てよね!」

「あぁ、また来させてもらうよ。ありがとうな」

 

ひらひらと手を振って日向を見送る。それに日向もこたえて手を振り、喫茶リコリコを出るのだった。

 

 

 

 

 

リコリコを出た日向の顔は、それまで浮かべていた笑顔から一転して表情のない真顔になっていた。

 

「千束……あいつも、か」

 

リコリコから離れて歩きながら、日向はスマホで検索をかける。

検索のキーワードは、いつもと同じある言葉。

そして、その結果はやはりいつもと同じ。

 

「該当するものが見つかりませんでした、か。そうだよな。やっぱり、そうなんだな……」

 

検索できなかった、という結果を見て日向は空を見上げる。

日向のスマホの画面には「検索:希望ヶ峰学園」という言葉と、それが()()()()()()()()()()()ということを意味する「該当するものが見つかりませんでした」という言葉だけが表示されていた。

 

 

 

 

 

私立希望ヶ峰学園。

それは、全国から様々な分野に秀でた才能を持つ少年少女を迎え入れていた学園である。

「現役の高校生であること」「その分野において「超高校級」の才能を持つこと」が入学の条件であり、生徒は皆スカウトによってのみ入学する。

スカウトのみの入学であるため一般入試は存在せず、卒業生たちは各界における超一流の存在となっていることから学園名自体が強力なステータスになっているほどだった。

 

日向もまた、希望ヶ峰学園の生徒の一人である。

では、彼の「超高校級」の才能は何か?

 

結論をいうと、日向創にそんな才能はなかった。

 

希望ヶ峰学園は多くの才能を集め、そしてその才能を研究し、最終的には自分たちの手で“あらゆる才能を備えた万能の天才”を人工的に作り出すという悲願を抱えていた。

 

しかし、研究というのはとにかく金がかかる。

いくら超高校級の才能を集め政財界にも太いパイプを持っていた希望ヶ峰学園ですら、財政難に悩まされるようになってしまった。

 

その結果設立されたのが、「予備学科」である。

才能を見込んで集められた本科と違い、予備学科は高額な学費と引き換えに希望ヶ峰学園の生徒の肩書を得られる、ただそれだけの言わば金ヅル集め。

 

それでも、人は集った。

才能に憧れ、希望ヶ峰学園の生徒になることを夢見ていた日向創もまた、予備学科の一員だったのだ。

 

 

 

 

 

(……結局、俺には何の才能もなかった)

 

日向は空を眺めながら静かに思う。

そんな自分の今の立場は……あまりにも皮肉で、それでも、一縷の望みが捨てきれないもので。

自分にとってやけに都合がいいと自覚はしているが、それでも。

 

「本来ならここにいるどころか、消えていなくなっていたはずなんだ。だったら、今の状況は幸運と思わないといけないよな……」

 

本来ならいなくなっていたはずだった。

その意味は言葉通りの意味である。本来、”日向創”という存在は……消えてなくなっているはずだった。

 

 

 

 

 

希望ヶ峰学園上層部は、長年の悲願である「あらゆる才能を持った人工の天才」を作り出すことに着手しようとしていた。

その上で必要だったのは、「才能のない人間」。

 

人工的に才能を植え付け、才能を持った天才を作り出そうというのだから当然素体としては才能のない人間が必要だったわけだ。

そして白羽の矢が立ったのだ。日向創に。

 

当然、彼だって迷った。

だが、どうしても捨てきれなかった才能への憧れ。そして希望ヶ峰学園の生徒として過ごしている中で起きたいくつかの出来事……それらが、日向を最後の一歩へと踏み出させた。

 

才能を得るうえで、才能の獲得に邪魔となり得る思考や感情、感性や趣味、更には記憶といったものは一切彼から排除される。

つまり、才能を得る代償として日向創という存在は消えるはずだったのだ。

 

だから。

実験が始まり、彼があらゆる才能を持った「超高校級の希望」となるために。

 

日向創という存在は消えて――

 

いなくなる――

 

はず、だった――

 

 

 

 

 

表示されることはなかった検索結果の画面を消し、今度は「才能」という別の言葉で検索をかける。

自分の記憶の中では「希望ヶ峰学園」という言葉が多く見られたはずの検索結果では、代わりに別の言葉が何度も表示されていた。

 

ピリリリリリリ

 

「!」

 

前までは聞き覚えがなかった、そして今では何度も目にした言葉を見ていたスマホから突如電話の着信音が鳴る。

画面に表示された名前に日向は一瞬顔をしかめるも、その表情はすぐに消えた。

何度も会話したこともある人物からの着信に、日向は特に迷うこともなくそのまま電話に出る。

 

「……もしもし」

『もしもし、日向くん。千束には会ったかい?』

「えぇ、会ってきましたよ、あなたの指示通りに……吉松さん」

『そうか。君から見て彼女はどうだった? 我がアラン機関が支援した、社会に送られるべき”才能”を持つ彼女は』

 

 

 

 

 

アラン機関。

それが、今のこの世界において「才能」を大きく支援する組織の名であり……

 

 

 

日向創が保護され、現在まがりなりにも所属している、組織の名である。




ここでの日向くんは、ダンガンロンパ3絶望編の3話時点の日向くんだと思ってください。


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羨望トロピカル①

リコリコ最終回、南国とかビーチが終盤舞台だったのはすごく幸運でした。
あれならラストからスーパーダンガンロンパ2にって流れにつなげやすそう……!

あとお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、本作のサブタイトルはスーパーダンガンロンパ2のチャプター名をもじったものにしています。


才能があれば、胸を張れる自分になれると思っていた。

 

自分がどこにでもいるようなただの高校生ではなくて。

俺にはこんな立派な才能があるんだって、自分を誇ることができると思っていたんだ。

 

それだけじゃない。

 

才能があれば、意味もなく自分をよく見せようとする必要なんてなかったかもしれない。

才能があれば、手段を選ばずに夢をかなえようとして、人の憎しみを煽ることはなかったかもしれない。

才能があれば……胸を張って友達の横に並べたかもしれない。

 

そう。

けっきょく俺には、才能なんてなかったんだ。

スポーツも、芸術も、幸運も。何もなかった。

でも、だからこそ。空っぽの俺だからこそ、できることがあった。

 

だから、俺は――

 

 

 

 

 

「喉乾いたな……」

 

太陽がのぼった空の下を、一人の青年が歩いていた。

黒いスーツに黒いネクタイ、どこにでもいるような社会人の一般的な服装は彼が通り過ぎた誰もが振り向くことのない、平凡な容姿を彼に与えている。

 

十代の少女が制服を着ていれば社会の中で目立たないように。

彼の服装もまた、社会の中でなんら取り留めのない、目立たない服装だった。

 

人通りが少ない朝に歩いているのは、仕事……といえばそうなのだが、どちらかというと雑用を押し付けられたのに近い。

かといって、”異分子”である自分がこうして普通に生活ができているのも、自分に雑用を命じた人物のおかげ……。そう考えれば飲み込むしかないか、と頭を振って邪念を振り払う。

 

そして次の瞬間、

 

バリバリバリバリ!!

 

「うわっ!?」

 

突然聞こえたビルの窓ガラスが砕け散る音と、それ以外の”何か”の音。

音もひどいが何よりガラスが割れて破片が上から降り注いでいる光景が見えたものだから思わず彼は声を出してしまっていた。

 

幸い彼がいた場所からガラスが割れたビルは離れており、あくまで遠目で見えた程度、特に被害があるわけではない。

 

「何だよ、危ないな!?」

 

もしガラスが落ちてきた真下に自分がいたら……そう考えるとぞっとする。

ガラスが割れた時に同時に発生した音が何か、そこまでは彼にはわからなかった。注意を向けていたわけではないからわからなかったのも仕方ないかもしれないが……。

 

一緒に鳴った音が銃声だったと、青年……日向創にはわからなかった。

さらに言えば、その銃声の元が社会から秘匿された存在「リコリス」によるものだとは。

先日その存在を知ったばかりの日向には、知る由もなかったのである。

 

 

 

 

 

「リコリス?」

『そうだ。この日本において犯罪を未然に防ぐため、犯罪者を処分する非公開のエージェント。それがリコリスだ』

 

先日の電話において、日向はアラン機関の人間である吉松からリコリスについての説明を受けていた。

ついさっきまで喫茶リコリスで話していた錦木千束もまた、そのリコリスの一人であるのだと。

 

『リコリスは戸籍のない孤児の少女たちで構成されている。千束もその一人だ。彼女はリコリスの中でもトップクラスの実力と素晴らしい才能を持っている』

 

また、才能か。

無意識のうちに、日向の携帯を持つ手に力が入る。

あれほど憧れ、焦がれたものを持っている人間がまた自分のすぐ近くにいる。それは今になっても、彼の胸を締め付ける。

 

「それで、俺にどうしろと?」

『……まずは確認したいこともある。千束と顔をつないでおいてくれればそれでいい。いずれ君にお願いすることもあるかもしれない、詳細は追って伝えよう』

 

ピッ、と小さな音を立てて電話は切れた。

 

「…………」

 

吉松は確かに言った。

いずれ、()()()()()()()()()()かもしれない、と。

それが意味することはわかっている。日向はポケットに手を入れると、そこに入っている小さなものをゆっくりと握りしめた。

まるで、藁をも掴むかのように。

 

 

 

 

 

数日後。

喫茶リコリコに、大きな変化が訪れていた。

 

「本日配属になりました、井ノ上たきなです」

 

喫茶リコリコにやってきた一人の少女、井ノ上たきな。彼女は、DAに所属していたリコリスの一人である。

そもそもの話。喫茶リコリコもまた、DAの支部の一つだ。

 

たきながリコリコに来ることになったきっかけは日向が目撃したガラスが割れた時の事件。実はそこでは銃取引が行われるとの情報から武器商人とリコリスとの間で銃撃戦が行われていた。

リコリスの一人が人質に取られたうえ、そのタイミングでリコリスの司令部に対しハッキングが行われ指示機能が停止。

そんな混乱状態の中、一人のリコリス、たきながビルに持ち込まれていた機関銃を掃射し、武器商人たちを一掃。事件は解決した、かに見えた。

 

だが……

 

「あぁー……DAクビになったっていう」

「クビじゃないです」

 

ミズキの言葉に、即座に否定の言葉をかぶせてくるたきな。彼女は、自分が本部からリコリコへ配属となったこの人事に納得できていなかった。

 

もちろん、たきなにも責任の一端はある。本来武器商人は生きたまま捕らえたかったというの司令部の意向だったが司令部と連絡が取れない間に、たきなは独断で彼らを射殺してしまった。指示を待たず、またリコリコのメンバーを危険にさらしたというのは司令部にとっても同じリコリスにとっても厄介者扱いされることになったのだ。

さらに厄介さに輪をかけたのが、今回の銃取引の商品である銃1000丁がどこにもなかったということ。DAはハッキングされたという事実も含め、重大な不手際を明るみにはできない。そのため、内情を知っていたであろう武器商人を独断で殺してしまったたきなに命令違反としてすべて責任をかぶせてしまったというのが真相である。

 

「ここの管理者のミカだ」

「井ノ上たきなです」

 

喫茶リコリコの店長であり、DAではかつて教官を勤めていたミカとたきなは握手をする。

その後も彼らは会話を続けるが、やがて喫茶リコリコ最後のメンバーが買い出しから戻ってきた。

 

「先生、大変! 食べモグの口コミでこの店、ホールスタッフがかわいいって! これ私のことだよね!?」

「アタシのことだよ!」

「……冗談は顔だけにしろよ酔っ払い。あれ? リコリス? てかどーしたのその顔?」

 

見知らぬ顔にきょとんとした表情を見せる千束。一方のたきなは彼女がDAで名前を聞いていたリコリスかと表情を引き締める。いったいどれほどの人なのかと。

そんな覚悟にも近いたきなの気持ちは、ミカの言葉を聞いた千束によって一発で吹き飛ばされた。

 

「例のリコリスだ。今日からお互い相棒だ、仲よくしろ」

「この子が~~!? よろしく相棒! 千束でぇす!」

「井上たきな、です……」

「たきな! 初めましてよね!?」

 

相棒に嬉しさが爆発している千束に対し、ぐいぐい来る彼女にたきなはほとんど押されっぱなし。とまどい顔になりながらも自己紹介を続けていく。

 

「は、はい。去年京都から転属になったばかりで」

「転属組! 優秀なのねぇ、歳は!?」

「16です」

「私が一つお姉ちゃんか、でもさんはいらないからね、ち・さ・と、でオケー♪」

 

こうしてはしゃぐ千束を見て、いったい誰がこの少女のことを犯罪者を処理するエージェントだと気づくことができるだろう。

いったい誰が、この少女のことを●●の才能を期待された少女だと気づくことができるだろう。

 

一通り落ち着いた後、早速千束とたきなはリコリスとしての仕事を始めることになる。

しかしそれはたきなが想像していたような犯罪者たちを次々に襲撃するような血生臭いものではなく、幼稚園の手伝いや日本語教室の講師、喫茶店の配達などといったどこにでもありそうな日常。

いつもと違う仕事にたきなは驚き、これで本当にDA本部への復帰がかなうのかと疑問に思う。

 

だからこそ、リコリコ常連の刑事から頼まれた依頼が銃取引の事件に偶然にも関わっていると判明すると、護衛対象を囮に使うような暴挙に出てしまうのだが……。

復帰への焦り故だろうか、事件の一部始終を、見ている者がいたことに深く思考を割くことができなかった。

 

 

 

 

 

千束が気づき、たきなが銃で撃ち落としたドローン。そのドローンはとあるハッカーによって運用されており、彼女たちの動向をしっかりと撮影していた。

 

『この距離のドローンに気がつくか』

 

映像はドローンが撃ち落とされる前の流れを巻き戻していくが、ドローンに気づいたであろう少女の顔がアップされた時、映像を見ていた男は思わず撫でるように映像の彼女へと手を伸ばしていた。

 

「千束……か」

『リコリスと知り合いか?』

 

映像は少女の顔から無機質な画面と、その中心に表示されたリスを模した特徴的なマークへと切り替わる。

そこから流れてきた音声は加工された電子音で男へと問いかけていた。

 

『国家に仇なすものを消してまわる噂の処刑人が、まさかこんな少女だったとは驚きだ』

「さすがはウォールナット。博識だな」

 

ウォールナットを名乗るハッカーが秘匿されているはずのリコリスについて発言しても、男は全く気にした様子がない。

ウォールナットはインターネット黎明期から活動しているハッカーだ。ダークウェブ界隈ではよく知られている凄腕のハッカーであるために、秘匿情報を知っていてもおかしくはなかった。

 

『無知であることは嫌いなんだ。だから、もっと知りたいことがある』

「報酬だね? 依頼したDAへのハッキングには満足している。十分報いる額を用意しているよ」

 

まるで話題を避けるかのように、男はウォールナットの音声に発言を重ねる。

現在男は車の中におり、運転席には女性、後部座席には男。そしてもう一人車内にいたがその全員がこれから先ウォールナットが何を言おうとしているかを薄々察していた。

 

『そうじゃない』

「……何かな?」

 

少しだけ、男の声がこわばったものになる。だがそれに気づいてか気づかずか、ウォールナットはそのまま思ったままの疑問を男へとぶつけた。

 

『どうして銃取引なんぞに関わる。施しの女神はタブー無しなのか?』

 

そして、決定的な言葉をウォールナットは口にする。

 

『アラン機関』

 

それが限度だった。

男は何も言わずに手だけを動かす。男の無言のサインに従い、運転席の女性はカーステレオの部分にある画面を操作し、男の横に座っていた人物は手元のノートパソコンを操作する。

 

次の瞬間。

車から見える距離にあったビルから突如爆発音が響き、その4フロアほどから明かりが消えた。

正常に爆発が起こったことを確認し、女性は静かに車を発進させる。

 

「無知である方が、人は幸福なんだよハッカー。君もそう思わないかい?」

 

男……吉松シンジは、自分の横に座っている人物へと問いかけた。

問われた青年は静かにノートパソコンを閉じると、いつもの黄土色とは違って真っ赤になっている目をゆっくりと閉じる。

 

「…………」

 

次に目を開いた時には、彼の目の色は少しずつではあるが元に戻っている。それに伴い、意識が少しずつもどってきた日向創はかつての自分を思い出していた。

 

『才能がないから、だから何だって言うんだ! 命に違いはないだろ!』

『違いはあるんだよ、諦めろ』

 

『人生は才能だけじゃない……!』

『ほぉ、いいこと言うじゃねぇか。その通りだよ。無能は無能らしく、才能をうらやむ暇があったら、歯車みたいに生きていけってことだ』

 

 

 

『お前みたいな才能がない人間はな、何も考えずに、だらだら毎日這いつくばって生きているのが、何よりの幸せなんだよ』

 

 

 

クラスメートが謎の死を遂げた、あの事件。学校側は不審者によるものだとして全てをもみ消した。

本当にそうなのか、何かおかしいと食い下がったが無駄に終わる。才能のない自分には、何も知ることは許されなかった。

そしてあの事件が、自分が最後の一歩を踏み出す決断をするきっかけになった――。

 

「どうでしょうね」

「ん?」

 

吉松の言葉に、日向は静かに答えた。

 

「知らなければ幸せでも、それがわからないから知ろうとして、結局幸せにはなれない」

「……そうかい」

 

車は静かに、夜道を進んでいった。




第1話部分、詰め込んだかなー感はありますが、こうしないとテンポ悪いかなと。
特に序盤、日向はリコリスと直接的にはかかわりそうにないですからね。

リコリコのあたりは原作通りでも、アラン機関としてアニメで表に出てないところを、日向視点で書いていってみたいなと思っています。


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羨望トロピカル②

部屋を模したような電子世界でのチャットルーム。

そこには二人の人物が向かい合っていた。いや、電子世界内なので厳密には向かい合ってはいない。

あくまで二人のハッカーが通信をしているというだけだ。

 

片方はリスを模したアバターを。もう片方はイラストでよく見るような典型的なロボットのアバターを使ってい……

二人の間にある画面には、白い背景にフクロウをモチーフとしたデザインが表示されていた。このデザインが示すところこそ、今回二人が話題にしているものである。

 

『アラン機関とはぁ! 世界的に展開する謎の支援機関だ。実際、個人か組織かもよくわからんなぁ! 貧困や障害などを抱える天才を探しだし、無償の支援を施している。スポーツ、文学、芸能や科学など幅広い』

『そんな子供でも知ってるようなことを聞きに来たわけじゃない』

 

テンションが高いロボットのアバターに対し、人型のリスのアバターから出る音声はあくまで平坦なもの。

 

『つまり、殺しをやるような連中ではないってことだよ』

『奴が僕を消そうとしたことは確実だ。問題は、なぜ僕のアジトを特定できたかだ』

『ヘヘッ……』

 

意味深な笑い声と共に、アラン機関について表示されていた画面が切り替わる。

切り替わった画面はとある情景を撮影したビデオ映像だった。リスのアバター……ウォールナットはその映像に当然覚えがある。

 

『ドッカーーーン!!』

『よく撮れているなー』

 

どこかのビルが突然爆発した映像が、4分割、16分割の画面に変わりながら繰り返し再生される。

この爆破映像は、つい最近ウォールナットのアジトが爆破された時の映像だ。DAのAI、ラジアータをハッキングするという依頼についての報告の後、依頼人と撮影された映像についての会話をしていた時に突如爆破されたのだ。

 

ウォールナット自身、依頼人……アラン機関の人間との会話の中で相手の動向を探るような質問もしたため、踏み込みすぎたかと思う部分はある。

 

『そうだろう? このためにドローンを新調したからな』

 

ロボットのアバターの目が怪しく光る。声に込められた感情も当初より笑いをこらえきれなくなっているような、喜色が混じった声になってきている。ウォールナットに対し自分が優位に立っているような、そんな驕りが見える声だ。

実際、彼はウォールナットへ笑いながら問いかけた。

 

『今いる場所はダミーじゃないんだろう? ウォールナット』

『……やはりお前か』

 

自分の予想が当たっていたことに対し、ウォールナットはどこか落胆したような、それでいて自分の感情は見せない淡々とした声で

 

『お前が、奴に僕を売ったのか』

 

それなりに付き合いのあったハッカーとの、決別を口にした。

 

 

 

 

 

「ひゃーっはぁ!」

 

某所にて。

自分が使っているアバター同様、ブリキのロボットのような顔の被り物を付けた男は椅子に座ったまま勢いで後ろに倒れこんだ。

しかしそれで痛がる様子は見せず。被り物の下で喜色満面になりながらバタバタと床の上で手を振り回す。彼がそれだけ喜びを隠しきれないのは、念願だったからだ。

 

「特定した! この国のトップハッカーが入れ替わる時がついに来た! 老人よさらばだぁっ! ハーッハァ!!」

 

彼の使うハンドルネームはロボ太。

ロボ太は自分のハッキング技術に相当な自信を持っており、それ故に自分以上にハッカーとして名声も評価も持っているウォールナットが気に食わなかった。

だから、今回”とある話”を受けた時に、これはチャンスだと思わずにはいられなかった。目障りだったウォールナットを排除し、自分がハッカーとしての頂点に立つのだと。

 

『最後に聞きたい』

「あ?」

 

だがそんなロボ太に、ウォールナットからの声がまだ聞こえてきた。

自分の喜びに水を差されたような気持ちになりロボ太は不機嫌そうな声で返事をするが、ウォールナットがそれを気にした様子はない。

ただ、ウォールナット自身が気になったことを聞くだけだ。

 

『さっきの映像の爆破の後、僕に対してハッキングを仕掛けたのは誰だ?』

「……え? 何それ」

 

ウォールナットからの質問は、ロボ太にとって寝耳に水だ。

 

現在自分に依頼を出している者が何者かは知らないが、その依頼人によって目障りだった相手を引きずり落とす算段がついた。それはもちろん歓迎すべきことなのだが……。

 

自分の知らないハッカーが動いていた? それは知らない。しかもウォールナットが気にするほどの?

 

自分以外にも依頼人がハッカーを準備していた、というのはない話ではない。しかしウォールナットを追い詰めるという大一番において自分ではなくそのハッカーが使われていた、というのは面白くない。

ウォールナットに代わり、

 

()()()知らないか。まぁいい。じゃあな』

「あ、ちょっと待」

 

ブツリと音をたてて接続解除され、あとは砂嵐のような画面が移るのみ。

依然としてロボ太は背中を床につけたままで、しばらくそのままの態勢でポカーンとしていた。だが状況を頭が整理するとウォールナットへの怒りが再燃し、再び腕をばたつかせ始める。

 

「な、な、何なんだよぉぉぉぉぉ!!」

 

ひとしきり騒いだ後、ロボ太はゆっくり立ち上がると椅子を戻し、そこに座るとキーボードを勢いよく叩き始める。

彼のハッキング技術で標的の位置を再度特定しなおしながら、追い詰めるための人員も確保していく。

全ては、自分が頂点に立つために。

 

ウォールナットを、殺すために。

 

 

 

 

 

ロボ太との通信を終えた直後。

彼が腕をばたつかせて騒いでいる間に某所ではウォールナットが動き始めていた。

 

「やはりロボ太じゃないか……まぁわかっていたけどな。ハッキングのクセも違うけど何より技術が違う」

 

ラジアータへのハッキングを依頼してきた人物……アラン機関の人間と話しているときも警戒は怠らなかった。しかし、爆発するまで全然気づくことができなかった。

それだけではない。その爆発の後にハッキングを仕掛けられ、自分のところからも情報を吸い出されそうになった。幸い、意地で致命的な情報を奪われることは阻止してみせたが、全てを守り切ることはできず奪われた情報もある。事実、ウォールナットのセーフハウスの一部が潰されていた。

 

(まるで熟練のハッカー……いや、違うな。能力と才能はあるが経験の浅いハッカー、そんな印象だった)

 

できそうだからやってみて、実際にできた。そのようなちぐはぐさが感じられたのはウォールナットがインターネット黎明期から活動している経験の長さゆえだろう。

 

才能、と考えるとやはりアラン機関の手の者に思える。

この自分が一部とはいえ情報を守り切ることができなかった? このウォールナットが?

そう考えると並のハッカーとはとても思えない。間違ってもロボ太ではない。経験が浅いような雰囲気があったならなおさらだ。一方でただ技術があるだけのハッカーに押し切られかけたとは考えたくもない。

 

「全く、僕としたことが情けない。このウォールナットが才能程度に負ける? そんなことあってたまるか。だがまずは逃げることを考えないと」

 

そして、金髪の()()は大急ぎで愛用のノートパソコンなどを手早くスーツケースの裏ポケットに詰めていく。

もう一つ用意するのは……視線の先にあったのは、リスの着ぐるみだった。

 

 

 

 

 

「最近多いですね」

「ん? 何がだい?」

 

夜、とある車の中。吉松の秘書のような存在である姫蒲が運転する車の中では吉松と日向が会話をしていた。

つい先ほど日向は吉松へと報告を終え、そのまま車で移動している最中だった。向かっている先が喫茶リコリコだと気づいた日向は最近吉松がリコリコへ通っていることを姫蒲から聞いていたことを思い出していた。

 

「リコリコへ向かうのがですよ。千束に会いに行くんですか?」

「もちろんそれもあるがね。ミカという旧知の間柄もいる。私があそこに行くことが何かおかしいかね?」

 

リコリコの店長であるミカは吉松の旧友である。それこそ、千束をアラン機関として支援する前からの付き合いだ。

だが一方で、アラン機関には「所属員は支援対象者に接触してはならない」という規則がある。

()()()()()、日向は吉松に言われてリコリコに通い始めたのだから。

日向は厳密にいえばアラン機関の完全な所属員とはいいがたい。そのため、アラン機関が支援した千束以外の人物の活躍についても調査を任されたりしているのが現状だ。

 

「君が考えている通り、アラン機関として千束に会いに行くことが好ましくないということは理解している。現に彼女が以前のことをはっきり覚えていないようだからこそ、私はこうして顔を見せることができている側面はある」

 

かつて、千束が幼い頃に吉松と千束は顔を合わせたことがある。その時は吉松も名乗ってはおらず千束に対し「君の救世主だ」とごまかしたが、もし千束が覚えていたらすぐにその時のことを口にしたはずだ。ミカからも千束が「救世主さん」を探していることは聞いていた。

 

「だが一方で、アラン機関として私が確かめなければいけないこともある。君に任せてもいいとは思うが、やはり支援した人物としては、その才能が社会に送り出されているかしっかり確認しておきたいんだよ」

 

吉松の顔は真剣だ。本気で、才能というものを神聖視している。

それが日向から見ればかつての自分にそっくりで、しかしながら自分とは全く逆の方向を見ているようだった。

 

そうこうしているうちに車はいつもの駐車場に止まり、そこから吉松は歩いてリコリコへと向かうのがいつもの流れ。日向と姫蒲は車で待機だ。

車から降りた吉松は、視線を日向へと向ける。

 

「社会に才能を送り届けることこそ、我らアラン機関としての使命なのだ。そしてそれは……君に対しても、例外ではないよ。日向創くん」

 

吉松の視線が日向に向けられると、日向はそうですか、と肩をすくめた。

 

 

 

 

 

「おぉ、いらっしゃい」

 

リコリコに入った吉松はミカの声に出迎えられる。夜だからか店内にはミカと何やらパソコンを見ているらしいミズキの姿しか見えず、その代わりに店のバックヤードの方から千束らしき女の子の声が聞こえていた。きっと新しく入ったという店員とじゃれているのだろうと吉松は思った。

 

「賑やかだね」

「最近よく来てくれるね」

「君のおはぎはうまいからね。前はコーヒーもまともに淹れられなかったのに」

「10年もたてばな。忙しいんじゃないのかい」

 

10年。その期間が何を意味するかは吉松も理解している。

アラン機関が支援したことによって猶予を得た千束は、ミカと共にDAからリコリコへと移った。それからもう10年にもなるのだ。

 

ミカの労いの言葉に対し、吉松はやれやれと肩の荷が下りたような声で答えた。

 

「ようやく仕事が一段落したところさ。掃除に手間取ってね。()()()()()()すばしこい奴だったよ、ハハハ」

 

まさかこの店の裏にそのリスが潜んでいるとは、吉松は想像もしていなかった。

 

一通りミカと話をすると吉松は奥の千束へと声をかける。しかし千束にしては珍しく、今忙しいからまた後でね! とすぐ裏に引っ込んでしまったので思いがけないような表情になる。

ならば、と笑みを浮かべながら吉松はミカへと問いかけた。

 

「ミカ」

「うん?」

「千束とここで……どんな仕事をしているんだい?」

 

今回の本題でもある、確認を。

 

 

 

 

 

その頃。

車の中に残った姫蒲は、後部座席で外を眺めていた日向に声をかけていた。

 

「お伺いしたいのですが」

「は、はい」

「あなたの才能というのはハッカーとしての才能なのですか? 先日ウォールナットに対しハッキングを車の中からしていたようですが」

 

まさか姫蒲からこのような質問が来るとは思っていなかった日向は、目を丸くした。

 

「吉松さんから聞いていないんですか?」

「詳細については、何も。正直意外だったんですよ、あなたがあの時ハッキングを始めたのは。私はてっきり、別方向の才能だと思っていました」

 

姫蒲は初めて日向と会った時のことを思い出す。

ハッキングを始めたときと同じ真っ赤な目をした彼に、()()()()()()()()()を見せつけられ、追い詰められた時のことを。

 

それを口にすると、日向は驚いたような、そして困ったような悲しいような顔をして答えた。

 

「悪いけど、そのことは覚えてないんです」

「え?」

「俺には……才能を使っているときの記憶がないんですよ」

 

だから、日向創は羨ましい。

今もなお、自分にも才能があると自覚できない彼は……才能を持つ人間が、自分には才能があると自覚できる人間が。

羨ましくて仕方がないのだ。




今の日向には、自分の意識下において自由に才能を使うことはできません。
詳細については、話が進むにつれ少しずつ出していきます。

今回千束やたきなが少なかったですが、次話からはしっかり出します……!


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