ダンジョンと隠居 (柑橘系饅頭)
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懐かしい顔

闇魔法はこういう時に便利だ。

音は鳴らず、見つかりにくく、威力が高い。

矢がシュッと飛んで、猪が倒れる。

 

チャージボア。

肉体の全面の表皮が硬く、突進によって木々すら倒す危険な魔物。

しかし、その肉は食べ応えがあり、旨い。

 

店主に頼んで、ステーキにしてもらおう。

 

手際よく、猪の血が抜かれ、解体されていく。

あの街に隠居してから幾度となく行った動作だ。

周辺の確認は済ませている。

この辺りに血の匂いに釣られる魔物は居ない。

 

「内臓は私の好みではないけれど...売れるから取って行くか。」

 

ブヨブヨとした、あの噛み切りにくい内臓は、呑み込むタイミングも分からず、苦手である。

 

 

 

距離にして店一つ分、10メートルそこら程度表通りから離れるだけで、喧騒が遠く感じる。

 

チャージボアの素材と内臓は、そこそこの金になった。

肉はいつも通り持ち込みで、薄暗い路地裏を、少し歩けばいつもの看板が見えてくる。

 

「やあ、店主さん、繁盛してるかい?」

 

ガチャリとドアを開けて入れば、カウンターにいつもの顔が見える。

 

「いつも通りだよ、セレスさん。」

 

店主のエルフが答える。

 

「今日も持ち込みかい?あるなら受け取っておくよ。注文はいつもので良いかい?」

 

「ああ、それでで頼むよ。それと、追加で炒り塩豆と酒もお願いね、とびっきり冷えたやつ。」

 

ガタガタと店主が料理の支度をする音がする。

此処はカウンターで料理をする店なのだ。

カウンター席しかないから目の前で料理過程を見れるよ、とは店主の談である。

 

「セレスさんが酒なんて珍しいね。何かあったのかい?取り敢えずスープだよ。こないだの肉は上等でね。今回は少し値を上げた方が良かったかもしれん。」

 

「へぇ?それは期待ができそうだ。三本の矢の所の奴でも来たのかい?それと、これから事が起きるのさ。」

 

スープには野菜も肉もゴロゴロと入っている。

スプーンで掬って食べれば、どちらもホロホロと崩れて、柔らかい。

しっかりと染み込んだ味は後から煮込まれた具材の証拠だ。

柔らかく、しかしてしっかりと形を保っている。

脂が溶けた甘味と、肉の味が混ざり合い、良いハーモニーを奏でている。

 

「厄介事は持ち込まないでくれよ?はい、鳥焼きと炒り塩豆。後、お茶。」

 

焼き鳥では無く、鳥焼きなのは此処では常識だ。

エルフの方では鳥焼きと言う。

あちらでは、肉は大抵米と共に焼く。

故にこの言い方になるのだ。

この店では普通の焼き鳥だが...。

 

あっさりとした鳥肉は脂が少ないが、しっとりとした食感と、塩味が効いて旨い。

そして、スッキリとした茶に合うのだ。

 

ガチャリと音がする。

 

そちらに目を向ければ、見知った巨躯が顔を覗かせていた。

 

「お、来た来た。こっちだよ、ギガリア。」

 

その声に反応して、狭いの小さな椅子に、巨体を収める。

 

「お久しぶりです、先輩。」

 

変わらず無愛想な男はそう言って、こちらに軽く頭を下げた。

 

「そう畏まらなくて良いよ、私はもうあそこには居ないからね。ほら、この炒り塩豆と酒は奢りだ、久々にゆっくりしようじゃないか。」

 

「有り難く頂きます。」

 

私が皿とジョッキを寄せると、太い指を器用に扱い、豆を摘まんでいく。

 

「それで...どうしたんだい?君の力量ならジャイアントの討伐で生きていけると思うのだけれど。」

 

彼は酒を呷って、口の塩気を濯ぐ。

わかるよ、炒り塩豆はそれ単体で食べると塩辛いんだ。

 

「見てわかる通り、試練を抜け、この大剣を得たのですが...以前の武器と使い勝手が変わりすぎてしまったので、腕試しと慣らしを兼ねて、ダンジョンに、と。」

 

見飽きた武器を指差して、彼はそう言った。

 

「ああ、やっぱりそれ、『巨躯』の奴か。君がトチ狂って似た武器を担いだのかと思ったよ。とはいえ、考えればそうだね。君にはあの試練は簡単すぎる。」

 

彼の武器は確かそれに比べれば細身の剣だった筈だ、大木のような幅と長さを持つそれに変えたのならば、使い勝手は変わる所では無いだろう。

 

「所で、前の剣はどうしたんだい?今は持っていない様だけど。」

 

追加の酒で豆を摘まみながら、答える。

豆も追加になりそうな勢いだ。

気に入った様だ。

此処の飯は旨いからね、わかるよ。

 

「あの剣は実家に置いてきました。元々は親父から借りた剣だったので...。今更か?と呆れられましたが。」

 

「ふぅん。」

 

スープを啜りながら聞く。

飯を食う音がする。

今の客は二人だけの様で、店主も暇してるらしい。

 

「面倒事じゃなくて良かった、良かった。ところで、ギガリアさんはその紋章からしてあれかい?傭兵かい?会話からしてダンジョンに行くみたいだけれど。」

 

店主は暇しすぎた様で、こちらに話しかけて来た。

 

「ええ、そうです。纏まった金と暇な時間が出来たので。腕試しに。」

 

こいつはマトモに見えて(実際にマトモだが。)戦闘狂なのだ。

 

「こいつは戦闘狂だからね。未知の敵や環境が現れると聞いて飛んできたのさ。」

 

口を拭きながら、店主に話しかける。

 

「おや、そこらの荒くれよりマトモだと思ったけど...意外と彼らより危ないのかい?」

 

軽く笑いながら言う。

厄介事が嫌いだと言っておきながら、乱闘が起きれば一番に観戦し始めるのは彼なのだ。

 

「いえいえ、そこらの連中の様に酒を呷ればすぐに暴れる連中とは違いますよ。」

 

追加の酒を頼みながら話す。

こいつ、私の奢りなのを忘れてないだろうか

 

「嘘を吐け。私との初陣で真っ先に先陣を切ったのは何処の誰だっけ?」

 

ウッと痛いところを突かれたような顔をする。

無愛想な癖に、酒が入ると表情が豊かになるのがこいつの癖だ。

 

「あの時は...私もまだ若かったんですよ。今はそんな事はしませんよ。」

 

恥じるように言う。

血の気が多いのは若者の特権だろうに。

 

「さて...再会して早速だけれど、もう夜だ。この続きは明日にしよう。」

 

そう言って、席を立つ。

 

「ええ、ではまた今度。」

 

店主がこちらを向いて。

 

「代金は今度また肉を持ち寄って来てくれたら良いよ。部屋代は今度の満月の日だからね、忘れないでよ。」

 

「あいよー。」

 

夜が更け、日が昇る。

部屋にはまだ、音は無かった。

 

 

 



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依頼と登録

鴨は美味しい。


時は金なり。

再開した翌日には、彼はダンジョンへ向かう方針でいるらしい。

 

「ところで、君は此処のダンジョンについてどれくらい知ってるんだい?」

 

翌日、朝食を済ませた後に聞く。

 

「概要程度には。ただ、情報屋を通していないので正確な事はあまり知りません。」

 

平然とした顔で言う。

あの後もしこたま酒を飲んでいたようだが、二日酔いの兆候すら見せない。

こいつ、更に酒に強くなったんじゃないか?

 

「成程、じゃあダンジョンに向かいながら話そうか。」

 

ラヴニソミのダンジョン。

言わずと知れた超巨大ダンジョンであり、早期に発見されながらも未だにどこまで探索できたのか不明のダンジョンである。

 

10階層刻みにがらりと変わる環境や、0が付く階層毎に居るフロアキーパーの影響で、その攻略は中々に進んでいない。

 

幸いにして、金を払えば使える10階層毎の転移門がギルドによって設置されている為、行き来は楽なのだが。

 

「まずはギルドで登録するのが良いね。転移門は登録者しか使えないし、素材の買い取りもあそこが一番楽だから。」

 

「ギルドの建物はわかるね?ダンジョンに続く大路の中で一番大きな建物だ。」

 

彼は気恥ずかしそうに言う。

 

「そこまで言われなくても分かりますよ。もうあの頃のような、小さなガキでは無いので。」

 

 

 

 

男達の騒音と、ジョッキがガチャガチャとぶつかる音で満ちる。

飯は不味いが、安酒が飲めるギルドは、いつも誰かしら知り合いが居る。

『硬き盾』の連中なら言わずもがなだろう。

 

「いや〜、今日は稼ぎましたね!先輩!」

 

「ああ、いつに無く豊作だったな。」

 

この新人の影響もあって、最近は仕事終わりにギルドでひっかけてくのが習慣になった。

 

「チャージボアにドリルディアー、ビッグスネークまで一度に狩れたからな、暫くは安泰だろうさ。」

 

「ですね!自分、今日の稼ぎで新しいナイフ代が揃うんすよ〜。いつもの店の奥の奴です。前から欲しかったんですよね〜。」

 

「ああ、あれか?お前が使うにはちとデカい気がするが...ベルトも変えた方が良いんじゃ無いか?」

 

こいつとの他愛無い会話も、酒が入れば楽しくなる。

 

ガチャリと騒音の端で入店の音が聞こえた。

ドッドッと歩く音は聞こえ慣れない物であり、見てみると筋骨隆々の如何にも戦士って見た目をした男が受付に向かっている所だった。

 

「先輩先輩、あの見慣れない人デッカいっすね〜。背負ってる大剣もデカいっすよ。『硬き盾』の新メンバーですかね?」

 

酒が入った後輩が言う。

気づけば、酒場は普段の熱気は何処へやら、男共が雁首揃えてヒソヒソ話し込んでいた。

 

「違うだろうよ、あのネックレスを見たか?ありゃ、『ジャイアント・キリング』の紋章だ。おそらくダンジョン目当てだろうよ。」

 

「えっ!?あの『ジャイアント・キリング』っすか!?てことはあの人スゲー強いって事っすよね...。」

 

後輩が小声で驚きながら話す。

そんな器用な真似出来たのかお前...なのに罠作りは苦手なのかお前...。

 

「まあ、俺たちにゃあ関係の無い話さ。ほら、もっと飲め。金は今しか無いぞ。」

 

「あっ!俺の肉取らないで下さいよ先輩〜...まったく...。すいませーん、ボアステーキ2枚追加でお願いします。」

 

 

 

 

 

 

 

外から聞こえた喧騒は、中に入ると妙に小さく聞こえた。

まあ、いい。

ギルドに登録しに来たのであって、酒を飲みに来たわけでは無いからな。

 

「此処がギルドですか?登録をしに来たのですが。」

 

受付と思しき女に声を掛ける。

 

「はい。登録希望の傭兵の方ですね?こちらの用紙に記入をお願いします。それと、登録費用として、100ゴル必要になります。」

 

名前。

ギガリア・ダニゾエル。

職業。

傭兵。

クラン(加入している場合はご記入下さい。)

ジャイアント・キリング。

 

滞りなく記入し、受付に金と共に渡すと、何処か驚いたような雰囲気がした。

 

胸元のネックレスを見て納得した顔をして

 

「はい、ギガリアさんですね?確かに承りました。ギルドの使い方についての講習はお受けになりますか?」

 

「ええ、お願いします。」

 

「では、担当の者を呼びますので、あちらでお待ち下さい。」

 

頷いて、受付を離れる。

どんな所でも、一度説明を受けるのは大事だ。

特に、これから何度もお世話になるだろうギルドについてなら、尚更だ。

 

 

 

 

 

 

鳥の声、連続して何羽か撃ち落とせばバサバサと逃げる音がする。

 

「1、2、3...良し、依頼の量は充分だね。」

 

撃ち落とした鳥の羽を処理しながら数える。

今日は店主からの依頼で、23層に鳥撃ちに来た。

23層は綺麗な湖があり、鳥だけでなく、他の動物も寄ってくる狩場だ。

此処では鴨が取れる。

スープにすれば出汁が出て美味いし、焼いても美味い、黒い小鳥亭御用達の鳥だ。

自分用を鞄に収納しつつ、納品用の鴨をチャッチャッと捌いて収納する。

 

「内臓は店主も使わないし埋めておくかな。」

 

土魔法。

最近、魔法を戦闘に使っていない気がする。

そもそも最近戦闘したっけ?訝しみながらも、店のスープの味を楽しみに、地上に戻る事にした。

 

 

 

 

 

 



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踏破

短いのか長いのか


「おや、今からかい?」

 

見知った顔があったので声を掛ける。

 

「ええ、ギルドでの講習も終わったので多少の偵察に。」

 

どうやらこれから制覇する気でいるらしい。

冷静に見えて、瞳孔が開いている。

興奮が抑えられないようだ。

 

「その様子なら31階層位まで行けるんじゃないかな。まあ、その辺りまでなら日帰りでも行けるし、転移門もついでに登録してきなよ。」

 

「ええ、そうします。ではまた。」

 

挨拶もそこそこに、彼は走って行った。

あの様子だと暫くは帰ってこないだろう。

 

「やあ、爺さん。元気してるかい?いつも通りだ、申請頼むよ。」

 

出口の爺さんに頼む。

彼は仕事が一番早いが、口煩いせいで若者からの人気が低く、いつも空いているのだ。

 

「よう、あんたか。さっきの奴は知り合いか?礼儀はともかく、行儀がなっとらん。もちっと老人を労うって事を覚えないかね?」

 

やっぱりぶつくさ言っている。

遠くに巨体が見えた時からそうじゃないかと思ったが。

 

「彼は戦闘狂でね、我慢ができなかったんだろうさ。最近は燻ってたみたいだしね。所で、いつものスープは食べたかい?この前は良い肉が入ったって店主が言ってたよ。」

 

老人は多少機嫌が良くなったようだ。

普段よりも声音が高い。

 

「ほう!あのスープで良い肉が食えるか!今日は酒も飲むとしよう。ほれ、仕事は終わった。ワシは予定が出来たのでな!行った!行った!」

 

「はいはい、調子が良いんだから。」

 

 

 

 

轟音が迷宮に響く。

 

 

 

森林にまた一つ大樹が横たわる。

 

 

 

粘液が蠢く音が流れる音に変わる。

 

 

 

 

「こんな物か...。」

 

転移門の解放には、格層にいるジャイアントから取れる、証明部位が必要となる。

粘液に塗れた蒼い核を手に取りながら、次の階層へと足を向ける。

 

これで、11、21、31階層の転移門が解放された。

ギルド曰く、現在探索済みの最深部は34階層までだった筈だ。

ひとまずは此処までとして、明日から31階層以降に向けて情報を集めるとしよう。

 

 

 

 

「よう。交代の時間だぜ。」

 

「おっもうそんな時間か?じゃあ先に上がってるわ。おっさんも後で酒場に来ねーか?クランの連中で呑み比べ大会やるんだってよ。」

 

「へえ?賞品は?」

 

「次の新作の試食だってよ。なんでも前々から仕込んでた煮込みが完成したらしいぜ。」

 

「おっ!遂に来たのか!あれには俺も関わったんだが、一つだけ言える。最高に旨いぞ。」

 

ニヤリと笑って言えば、後輩は驚いた顔で

 

「おっさん料理できたのか!?てか言ってくれよ!料理の手伝い頼まれたんだったらよ〜。」

 

狡い奴を見た!と言わんばかりに言う。

 

「おめーは食い意地張ってるからダメだ。つまみ食いで全部無くなったら恨まれんのは俺だしな。ほれ、大会があるんだろ?早く行きな。」

 

「ほいほい。」

 

傭兵が来ているのを見て、俺はさっさと準備にかかる。

 

「此処が転移門か?登録は此処でも出来るのか?」

 

デカい。

2メートルは超えている。

背中の大剣もこれまたデカい。

 

「此処でも登録は出来るぜ、仮だけどな。本登録をするならギルドでやりな。そうすりゃあ地上からでも飛べるからよ。」

 

意外と礼儀があるな?

大抵此処まで一人で来れる輩は性格に難があるやつが多いんだが...

 

「では、仮登録を。所で、この先の階層について、情報はあるか?此処までは余り手応えが無かったが...この先からはどうも雰囲気が変わっている。慎重に行きたいのでな。」

 

ほう!コイツはかなり手練れだな?腕前だけではないと見える。

 

「こっから先か?そうだな...何処まで知ってる?前提で結構変わるんだが...。」

 

男は仏頂面で答える。

 

「概要のみ知っている。地上ではその程度しか無かったからな。」

 

「なら詳しく説明するか、この先の環境が海である事は知ってるな?たが基本的に海に行く事はオススメしない。水中戦は専用の魔道具が無ければ殆ど自殺行為だし、何より奴が居るからな。だから、基本的には砂浜にある砂岩の洞窟の中を進む事になる。此処に地図が有るが買うかい?「ああ。」まいど!さて、地図を見ればわかるが、途中から砂浜から岩礁に変わる。それが35階層から先だな。その手前のこの広い所に中間地点がある。一旦は其処を目指しな。そっから先は俺じゃなくて其処の情報屋を頼ってくれ。海の探索は俺にはキツイせいでな、其処までしか知らないんだ。ほれ、仮登録が終わったぞ。右のやつが脱出用だぜ。そういや、ギルドで飲み勝負をやるんだってよ、あんたみたいな強者なら優勝できるかもな。」

 

偉丈夫は片手で挨拶をして、去って行った。

 

「ああいうのを見てると俺も復帰したくなるねぇ...まあ、家庭持ちにゃ無理な願いか。」



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