OrverLord ─始祖の吸血鬼─ (ブラック×ブラック)
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第一章 始祖
第一話  夜明け


こちらのHPを見つけ素敵な作品にふれる事で、自分も書けたらなと思いで投稿してみようと書いてみました!
アニメで本作をしる事になった「オーバーロード」を題材とした二次創作となります。
筆者は原作を拝読しておりませんので、おかしな点も多々あるかも知れませんが、原作のイメージを損なわないように注意しますので、温かく見守って頂ければ幸いです。
ご拝読頂ければ、大変嬉しく思います。


目覚めは、最悪である。

 

長年に渡りプレイしてきたDMMORPG『ユグドラシル』のサービスが終了したのだ。

 

 公式サービス開始からすぐさま爆発的な人気、圧倒的な自由度、数多くのプレイヤー達、

華やかな時代がいつまでも続くと誰もが信じて疑わなかった。

 コアプレイヤー達にとって、間違いなくそこにこそ『リアル』があった。

ただ、始まりあるものには、終わりもある。そんな当たり前の事を忘れさせられる程熱狂した。

 

 

 

((はぁ~おわったなー…))

 

 

 

 未だ思い出と共に布団にくるまり、出社するか、病欠するか(勿論仮病だが)悩んでいる。

 

((ナザリック凄かったなーあの地下大墳墓ってカッコイイよなぁ。

 まぁ、うちもそれなりのギルドハウスは持てたし満足よな。

 アバターの作りこみと設定にも拘った、後半にはNPCビルドにも力いれたっけな…。))

 

 ギルド『グリモワール=ファミリア』の仲間達は、主に対人戦で出会ったパワープレイヤー達が自然と集うようになり旗揚げされたギルドだ。

俗に言う『重課金ゲーム廃人』だが、家族とも言える仲間達だった。

そんな仲間達も過疎化が進み、一人また一人と引退していった。

その際、彼等は所持していたワールド・アイテムや希少アイテムの数々、素材やゴールドを

私に託し去って行った為、個人では消費しきれない程かなりの数を所有している状態だ。

 

しかし、対人戦をする人もほぼいない、生産職の仲間も既に引退した。

モンスター狩りは飽きていたので、強力な武具を発揮する事は数少なかった。

9つの広大な世界も知らない場所はもうないのか…。

 

 そう考えると遊び尽したのかも知れない。しかし、このモヤモヤ『ユグドラシル』への未練…

 

「私の名は、バルディア・ブラッゼ・アンティウス。始祖の吸血鬼にしてノーライフキング!」

    ((ハズッ!!さぁ~て、出社準備でもしますかー。さらばユグドラシル!))

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、バルディア様。」

 

 

 

 

「………ん?」

 

 

 

((…だっだれかいるー!!!部屋の中に誰かいるぞー!!!))

 

艶のある僅かに低く感じられる女性の声が室内に響く。

社員の独身寮一人暮らし、家族もいない…。

そこにいる筈の無い人物に恐怖し恐る恐る布団から顔を出すと…。

なにかフタをされたような空間にいる?

 

 

 

((…おや?これはまるで棺のようだけど…ふむ…なかなか良い棺だ…。

 普通こういう暗いところだと目が慣れるまで時間かかるよな…。

 しかし…なにっ!この快適空間!!))

 

 

 

 先程迄、侵入者に対しあれほど不安や恐怖といった不の感情に支配され冷静でいられなかった筈

だったのだが…。

不思議とそれは徐々に薄れており、快適空間に後ろ髪引かれる思いで棺から出る事にした。

そこに先程の声の主であろう美しい女性が、こちらを凝視している。

 

 

 

 

「ヒルデリア・クロス…か?」

 

 

 

 

 ユグドラシルで自分が作ったNPCにそっくりな女性に、思わず問いかけてしまったがもう遅い…。不法侵入者がボロボロと涙を流しながら深々と跪いた。

 

「ははっ!御身の前に!!」

 

((おや…どうやら、男装の麗人にして執事設定のNPCで正解なのか?

 これは、もしかして…。

 

「ヒルデリア、私は眠っていたのだな?」

 

 寝落ちしたのだから当然だ。

当然の事を聞き、当然の答えが返ってくるものだと思っていたのだが、想定を遥かに超えた返答に驚かされた。

 

 

「左様で御座います。

 バルディア様が御休みになられてから、300年が経過致しました。

 お目覚め心よりお喜び申し上げます。」

 

「目覚めたのは私一人か?」

 

その問いに彼女は沈黙で答えた。

 

((おぉ…単純に現実世界の歳と合わせると…。ほぼ眠ってる感じか…仲間は誰もいないと…))

 

 こう言う時は切り替えが大事である。ずは現状把握だな。

様々な検証(モモンガとほぼ同じ検証をする)から、ここがユグドラシルとは別の世界で自身の

外見や能力等はゲーム時代のそれでありながらも『リアル』であると結論付ける事にした。

 

((よきっ!いーぞー最高じゃないか!!そーかーそーかーふっふっふー転生ってやつだな!!))

 

 聞きたい事は山ほどあるが、その前に300年間と言う途方なく長い時をいつ目覚めるとも知れない主人の傍らで待ち続けたヒルデリアを労わねばならないだろう。

 

 

「ヒルデリア、300年間と言う途方もない時を待ち続けてくれていた事、素直に嬉しく思うよ。」

 

 

 ヒルデリアが大号泣してしまった。女性を泣かせたのは生まれて初めてだ。

彼女が落ち着くまでしばらく子をあやす様に抱きながら待ち私は転生に対する興奮収まらぬまま、

次いで「眠っていた」とされる空白の300年間の主だった動きから現在の世情等を聞き、さらに

驚愕する事になる。

 

 かつてのギルドハウスは、ドライアド幼女(NPC)が管理する大迷路とその中央にある屋敷がその

ままの状態でバハルス帝国領内北東部に転移したそうだ。

 

 大迷路は、「グリモワール=ファミリア」に属する者以外転移魔法、アイテム無効エリアでドラ

イアドの許可が無い限り永久に彷徨う事になる作りである。

 勿論、空からの侵入も不可能である。

今は、国内屈指の大貴族として名を連なれ、それなりの影響力を有しているそうだ。

一体何があったのやら当時の話しも聞いてみたい。そして…。

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン?」

 

「左様で御座います。100年前の事でございます。」

 

ヒルデリアは、主人の目覚めに喜びを隠せないと言った表情を浮かべてはいるが、少し不満そうに

アインズ・ウール・ゴウン魔導国の成り立ちと進撃、バハルス帝国が属国となった経緯等を詳しく

語ってくれた。

 

((私の知る『アインズ・ウール・ゴウン』なのか?

 仮にそうであるならプレイヤーは何人いる?

 まさか彼等が100年前に覇権を制していたとは…。

 確かあのギルドもギルドマスター以外ほぼログインしていなかった筈だよな…。

 正確な情報が欲しいな。

 

 一人で、いやNPCも含めた戦力で世界を制したならそれは武力によるものだよな?

 恐怖支配なのか?

 友好、敵対、傍観のいずれを選ぶか?

 こちらの世界で何かしらの力に目覚めたか?

 或いはアイテムか?

 いや仲間を得たのか?

 支配される事になれた現在の皇帝は無能なのか?

 現状では賢い選択なのか?))

 

 いずれにせよ警戒は必要だろう。思考が回転するのがわかる。

 

「バルディア様、随分と楽しそうに微笑んでいらっしゃいますね。」

 

「そうだね。少し忙しくなるかも知れないよ。手伝ってくれるかな?」




次回は、本作主人公バルディア・ブラッゼ・アンティウスが気にしていたの300年前のギルド『グリモワール=ファミリア』転移直後のお話しです。
グリモワールのNPC達紹介って感じになります。


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第二話  ファーストコンタクト

アインズ様や他の守護者達とどのように関わらせるか考えるだけで楽しく書き進める事が出来ます。今回は本作の主人公が目覚める300年前のお話です。


バルディアがこの地で目覚める300年前、それは突然訪れた。

空が落ち大地が砕けたかと思える程の凄まじい衝撃が『ユグドラシル』全土を襲った。

視界が白銀色に発光した刹那、信じがたい変化が身を包む『感覚』を感じ取る事が出来た。

 

 

ユグドラシルの世界においてギルド『グリモワール=ファミリア』の執事(NPC)として創造され

たヒルデリア・クロスの種族はドラゴニュートであり様々なAIを搭載され、設定された執事業は勿

論の事、戦闘訓練ではプレイヤーの攻防のおおよその改善点を蓄積されたデータベースから通知し

てくれる超高性能NPCである。

 

そんな彼女があの衝撃の後、紛うこと無き真実の命を得たのだ。

 

この世界が何処でこの現象は何であるのか?

そんな当然の疑問はあるが、自身の『意思』で確かめなくてはならない事が彼女にはあった。

凄まじい衝撃の天変地異であると推察するしかないのだが、窓から見える大迷宮と御屋敷は無事の

ようであり、とても凄まじい衝撃の後とは思えない程静かな光景である。

 

主は先程の衝撃を受けご無事なのだろうか?

 

彼女の創造主がそう簡単に…。

最悪の状況、そのイメージを追いやり声に出し叫んでいた。

 

 

「それだけは、あってはならない!!!」

((バルディア様、バルディア様、バルディア様!!!どうか、どうかご無事で!!!))

 

 

不安と恐怖、主の無事だけを祈る思いが彼女を支え、主人が眠る間まで駛走する。

この胸の内にあるのは何だろうか?*ドクン・ドクン*と先程から違和感を感じる。

両開きの扉の前、室内からは何も聞こえない。

 

*コン・コン*

 

しばらく待つも応答が無い…。

再度ノックするが結果は同じで静寂だけが辺りを包む。

 

ただ御休みになっているだけと信じ、意を決し扉を静かに開き深々と頭を垂れ主人に礼を尽くす。

 

「失礼致しますバルディア様。ヒルデリアです。

 先程の天変地異が何であったのか未だ判明しておりませんが、

 御身の御側に控えさせて頂きたく参上致しました。

 何なりとご用命下さいませ。」

 

 

室内奥にある豪華な棺から主人の気配は感じとる事は出来る。

だが、あれだけの天変地異だったにも関わらずヒルデリアの主人が目覚める気配は無い。

一先ず、最悪の状況では無い事は確認が取れたが胸中は不安で一杯だ。次いで他の方々のご無事

も確認しなくてはならない。急ぎ100室近い全室の確認を急いだ。

 

途中、御屋敷内で狼狽する使用人達に冷静に通常業務に当たる様支持を出しながら確

認を急いだ。

 

結果、他の主達(プレイヤー達)の気配は無かった…。

 

既に外出されているのだろうか?それとも…。ヒルデリアは静かに廊下を歩きながら歯を食いしば

り両手を強く握りしめる。

 

 

 

「ダメだ!」

 

 

 

嫌なイメージが不安を煽る。それを打ち消すかのように叫び自身に活を入れる。

執事として屋敷の管理業務もある。

主人が普段起床する時間帯に御側に控える事とし、御屋敷外の者達(NPC)がどうしているかの現状把握に努める事にした。

 

第一に御屋敷防衛は必須。

 

広大な大迷宮管理者に*メッセージ*の魔法を試してみる。

 

 

 

***ルゥちゃん、無事ですか?***

 

 

 

彼女が無事である事も重要事項であり、一早く確認を取りたかった。

 

 

 

***ヒルデ!!ヒルデだ~!!!わからん!なんか体の中が変!ヒルデ助けろ!***

 

 

 

((つながった!どうやらユグドラシルの魔法は使えるようね。))

 

 

 

通信に応えたルゥちゃんことドライアドのルゥ=ルゥ(NPC)は、この大迷宮を一人で管理する御

屋敷防衛の要とも言える存在である。

見た目は幼女、防衛戦略に関しては悪魔的に残忍な方法を取る。

 

ルゥ=ルゥの創造主もヒルデリアと同じバルディアである。

 

かつて、この大迷宮を『グリモワール=ファミリア』が攻略した際に入手しギルドハウスとした。

その時、大迷宮を防衛管理するNPCが欲しいねと言う話になり、創造されたNPCである。

初のNPCと言う事もあり、外見の設定はギルド会合が行われ全会一致で幼女となった。

彼女もまたアップデート毎にAIを更新し、かなり作りこまれたNPCであり何よりその容姿と残

忍さのギャップからギルドのマスコット的存在でもあった。ヒルデリア・クロスが創造された際に

は、ヒルデリアに対しては命令口調だが姉のように慕っていると言う設定が追加されている。

 

 

 

***わかりましたルゥちゃん。二時間後に大迷宮入口で合流しましょう。では、後程***

 

 

 

大迷宮入口へ向うヒルデリアの姿を見付けた庭師でワーウルフのロベルト・ダン(NPC)が彼

女を呼び止めた。彼を創造したのは、サブマスターだが少なくとも御屋敷内で彼女の気配を感じ取

る事はできなかった。

 

「ヒルデリア殿、先程のあれはいったい何なのだ?それにこの体…。」

 

「残念ながら、原因不明としかお答えする事ができません。

 これから大迷宮入口でルゥ=ルゥと待ち合わせているのですが…。

 ロベルトもご一緒しますか?」

 

ロベルトは、顔を引きつらせながら頷きそれに応えた。なぜかルゥ=ルゥの名を聞くと本能的に身

構えてしまうようだ。

ロベルトの創造主は(英)ガーデンが好きで、この御屋敷にそうした空間を設けたいと言う事で、

御屋敷内の邸宅周辺は、ほぼ全てが美しい庭園となった。

当初は、対人ギルドには不要と言う否定的な意見もあったが、美しく剪定された庭園と言うのは

リラックス効果もあり徐々に受け入れらたのである。

庭師がなぜワーウルフなのかと言うと、これも創造主の趣味らしくその設定も少々雑な所がある。

 

この世界においてガチガチの設定があるより、余白がある分『成長』と言う概念がNPC達に適応

されるのであれば伸びしろは有るかもしれない。

大迷宮の管理者が残忍な性格である為、このワーウルフは人型時は温和な性格でニヒルなオヤジに

設定されている。

他のギルドメンバーの手伝いもあり獣人化の際はヒルデリアとほんの少しは戦える戦闘力を有している。

 

 

「お~ヒルデ~待ったかー?」

 

「いえ、先程到着したばかりですよ。」

 

「ルゥ殿、ご無沙汰しております。」

 

「おぉーワンコロもな。で、これは一体どういう状況だ?」

 

 

大迷宮入口からの光景は、軍隊らしき集団が陣取りこちらの様子を窺っているようにも見える。

グリモワール=ファミリアとバハルス帝国のファーストコンタクトである。

帝国領内北東部に突如出現した大迷宮の一報をもたらしたのは、偶然付近を探索していた高位の冒

険者チームだった。

目撃談の真偽を確かめる為、急遽騎馬隊が編成され派遣される事となった。

 

その数千騎からなる大部隊である。

 

 

「私が対応します。ルゥちゃん、ロベルトと共に大迷宮内へお急ぎ下さい。」

 

 

ルゥ=ルゥは自らも戦う意思があると物申そうとしたが、ただそこに直立しているだけのヒルデリ

アが既に臨戦態勢である事を本能的に理解し口にしようとした言葉を飲み込みロベルトと共にヒル

デリアの指示に黙って従った。

ヒルデリアは二人の姿が大迷宮の中へ入り見えなくなるまで見守り、ゆっくりと軍隊らしき集団に

向き合った。

 

彼等は、帝国領内に突如出現した大迷宮の調査に来たと説明し大迷宮への立ち入り調査と女が口に

していた「休んでいる主人」なる人物との面会を要求してきた。

 

承諾しないのであれば実力行使も辞さないとの事だ。

 

軍隊を相手にするのは初めてだ。

ヒルデリアは死を覚悟し、心の中で先に逝く事を主人に詫び覚悟を決めた。

 

 

 

 

…一陣の風が吹き、腰まで伸びた黄金色の長い髪が陽光を受け煌めきたなびく…

 

 

 

「かかってきなさい下郎共!!至高なる我が主の地を汚す愚者には万死すら生ぬるい!!」

 

 

 

女のものとは思えないその咆哮と覇気。

 

軍馬が恐れ嘶き騎兵は慌てて手綱を引き締めた。

愚かな女だと帝国軍の誰もが思い馬鹿にするような笑みすら浮かべている。

ただ一人で生意気な大口を叩き立ちふさがる愚かな女。

どんな声で泣かせてやろう。

許しを乞うてもう全力で滅ぼしてやろう。

帝国騎馬部隊の進撃と共に、凄まじい地響きが奏でられ疾風の如くヒルデリアに突撃

を開始した。

 

女は、微動だにしない。

その構えに隙を見つける事は困難だが今は問題ではない。

 

疾走する騎馬隊で踏み潰し滅ぼせば良いだけなのだから。

女の主人とやらも愚かなものだ。

女を生贄にした程度でバハルス帝国騎馬隊の進撃は止まらない事を思い知らせてやろう。

あの大迷宮も燃やして灰にしてやろう。数的優勢にある事でバハルス帝国騎馬隊は狂乱している。

 

 

 

 

 

((どれだけ減らせるかしら…。ルゥちゃん後はお任せします。))

 

先頭馬の胸部を蹴り飛ばし、陣を崩すし落馬させ数騎戦闘不能にさせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、そのつもりだったが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒルデリアの渾身の一蹴りで戦況は決したのである。

 

彼女の蹴りは真空派をうみ、凄まじい衝撃音と共に後続に続く千の騎兵人馬もろともバラバラの肉

片と変え血が舞い上がり霧のように漂う光景を遠方から別の帝国の部隊が目撃していた。

 

ただただ美しく恐ろしい光景だった。

 

一方的に凄惨な結果として本件はそのまま帝国首脳陣に報告されその対応に迫られる事となる。

そして本件を不名誉かつこれ以上は有用性が無いと判断した帝国はこの事実を隠蔽し歴史の闇に葬

る事にした。

 

数日後、再び帝国の使いが現れ、屋敷の主人を大貴族として帝国で優遇したいと言う申し出がなさ

れた。

先日の件で『休んでいる主人』の怒りをかわない為の危機回避処置と言ったところだろう。

それに対し一応承諾したが、主人が目覚めてから正式な返答をすると言う事で決着したのである。




御屋敷の中で狼狽する使用人とありますが、こちらはナザリックで言うところの一般メイドと同程度の存在です。いずれフォーカスしたいと考えていますが今のところまだまだ先になるかも知れません。


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第三話  グリモワール大迷宮と来訪者

かなり独自設定入ってます。楽しんで頂ければ嬉しく思います。


 忙しくなる前に、彼女達がどのようにしてこの300年と言う長い時を過ごしてきたのか興味があるし、聞いておかねばならない事でもある。

長くなるだろうが最初の300年前の話を聞かされ、驚かされたが僅かな情報を得る事は出来た。

 

 千の騎馬兵等想像もつかないが、ヒルデリアが一掃出来るのであれば自分にも異なる方法ではあるが可能だと確信した。

しかし、大量虐殺を成した女に対し嫌悪感を全く感じない。

むしろ誇らしく楽しんでいる自分自身に驚かされるのだから本当に愉快だと心底思う。

それにしても、この外見で千の騎兵を一掃したって信じられない話しだけどNPCいや今は命ある者なのだろう。いずれにせよ彼女が自分に嘘をつく道理は無い。

 

 自分で作ったとはいえ、間近で見ると可愛いと言うより美人の部類だと改めて思う。

スタイルも良く容姿に関して文句の付け所が無い。

NPCビルドに力をいれていた過去の自分を誉めてやりたい気分である。

まじまじとヒルデリアを見ていると、彼女の顔がみるみる紅潮してしまったので別の事を考える事にした。

 

 先ずは、現状において良い点が幾つあり、それがどの程度の物かを考える事にした。

拠点がそのままこの地に転移している事について、ワールドアイテムや財産と資材もそのまま転移してきたようだ。宝物庫と資材置場の中の確認を済ませた後ヒルデリアの手により封印されたと聞く。

 

 ルゥ=ルゥの防衛システムが機能している事で、外敵の進入は皆無と言って良いだろう。

ルゥは、大迷宮場所縛りにした分ワールドアイテムも保有し防衛に特化したビルドだ。

ワールドアイテム等で侵入出来たとしても無事ではいられない筈だ。

 

 ユグドラシル由来のスキルと魔法が使えるのも喜ばしい事だ。

万一戦闘になった時、使えなければ意味が無い。

自身が所持しているスキルや魔法、ステタース、ヒットポイント、マジックポイントも意識をそちらにむけると全て確認できる。

ユグドラシル最終日、寝落ちしてから変動はない様だ。

 

 ルゥ=ルゥにも後で会いに行こう。

設定どおりだとヤバイガキだけど、私の覚醒を喜んでくれるだろうか何だか少し不安だが楽しみである。

 

 ロベルトが周辺諸国の情報収集を行っていると聞き一抹の不安を覚えた。

あれは庭師の筈だが、ヒルデリアの話では問題ないとの事だが…。

あのサブマスが作ったNPCだから予想できない。

その方が楽しめると考えると良いのかも知れない。

情報収集は上手くいっておりその報告によると、どうやら歴史上(プレイヤー)の存在を書物や

口伝等で確認したそうだ…。

この時点ではまだ情報不足なので極端な行動は避けるべきだと判断しよう。

ただ、大迷宮の誰か一人でも害を受けたなら話は別だ。

 

帝国の大貴族か…。

 

これはどうなのだ?

面倒事に巻き込まれないだろうか?正式な返答をしなくてはならないのだったか…。

気が進まないが一度帝都へ出向く事にしよう。

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国への対応だが頭が痛い。

かつてユグドラシルの仲間達と集めたデータをヒルデリアが所持している。

ナザリック地下大墳墓に挑んでみたいと言う思いからモモンガや他のメンバーの情報を買ったりも

したが、実行される前にギルドメンバーが次々に引退していったのだから、一人では敵わないだろう。デュエルと言う形であれば、問題ない筈だがこの世界でデュエル戦は問題ないのだろうか…。可能であるならお手合わせ願いたいものだ。

 

 問題なのはNPCの方だ。

データが一切ない。ワールドアイテム持ちNPCは、悪手を取らず確実な方法で攻撃してくる。

そこに隙があるのだが、その隙を放置しておくようなギルドでは無いのは何となく解る。

ロベルトは後で誉めてやろう。あんななりだが、今は頼れる庭師兼諜報員なのだから。

彼の情報収集力を侮っていた事を深く反省した。

 

 そう言えば、100年前魔導国はこの大迷宮に侵略行為を行わなかったのだろうか?

これについては、ヒルデリアも少し苦笑いをし当時の皇帝の判断が比較的早く亡国『リ・エスティーゼ王国』と異なる姿勢を取る事により自治権を認められた形で属国化したそうだ。その後、表面的には良い関係を築いているとの事だ。であるなら、これは大貴族の話は立ち消えていると考えた方が良いだろう。

帝都には行ってみたいし、その時に確認すれば良いだけだ。

大貴族というものに興味は無いしなりたいとも思わないので問題ないが、約定を違えたと意地悪を言う程度の楽しみはありそうだ。

若干不鮮明な点もあるが良い報告だと思う。

 

後は自分で確かめるしかないだろうな。

 

 

「庭園はどうなっているのだろう?」

 

ロベルトの情報収集の仕事に関心しつつ、ふと庭園の事が気になりぽつりと呟くと同時に

ルゥ=ルゥからメッセージが入る。

何でも客人らしく『シャルル』と名乗る少女だと言っている。

気配は真祖の吸血鬼か。この地で従属化した者はいない。

 

「真祖か。目覚めたばかりだと言うのに面倒だね…。」

 

「ご命令とあらば、いつでも私が滅ぼして御覧に入れます。」

 

冷静に恐ろしい事を口にする彼女にこちらに来るように手で合図し頭を撫で落ち着かせ話を続けた。

 

「だめだよ。一応同族だしね。

 ここへ来た目的も不明なまま滅ぼせば後の対応も出来ないだろう?

 それとあれが帰るまで私の名を呼んではいけないよ。」

 

「御意のままに。では、何とお呼びすれば宜しいのでしょうか?」

 

「お好きにどうぞ。では客人を出迎えるとしよう。」

 

 前を歩く主様は、威風堂々とし御美しい御姿である。我々グリモワール=ファミリアの主様の

下僕一同が、この日をずっと待ち侘びていたのだ。

使用人達は作業の手を止め、主様へ深々と腰を折り忠義の意を示しその表情は満たされているではないか。

 艶やかな白とも白銀色ともいえる長い髪が歩を進めるたびに輝き揺らめく。

黒を基調とした御召物、夜空を切り取ったかのような漆黒のロングコートは気品があり、天空に輝く星々を閉じ込めたかの様な輝きを時折みせ、見る角度によっては本当の夜空のようにも見える。端正なお顔立ちと不思議な緑の瞳は猫のようでもあり、魅了の効果でもあるのではないかと感じさせられる程魅力的だ。物腰は柔らかで、我々下僕達に分け隔てなく接して下さる。そんな主様にお仕えする事こそが我等の至上の喜びである。どこまでもお供致しますと心の中で今一度かたく誓い、それを脅かす者には慈悲無き制裁を与えてやろうとも誓った。

 

 客人を迎える道中で主様は吸血鬼について教えて下さった。

なんでも、吸血鬼には格があるそうだ。

我が主は始祖と呼ばれ吸血鬼の頂点に座しておられる存在である。

やはり主様は素晴らしいお方だ。(えっへん)

 

 始祖様の血を分け与えられ、それに耐える事の出来る者のみが真祖と呼ばれる吸血鬼となり、

その総数は生まれ持った適正等からかなり少なく希少種であるとの事らしい。

 真祖は吸血し、その才ある者達が人間達の世界で知られる一般的な吸血鬼という事らしい。

吸血鬼社会は、貴族社会のようなものだと仰られる。

数少ない真祖達が貴族にあたる。

彼等が実質吸血鬼達をまとめているそうだ。

 

 真祖となった者達が再び始祖様に会う事は非常にまれでありほぼ無いそうだ。

真祖が吸血鬼社会に害悪と判断される行為をとった場合にのみ、主様はその個体や組織を滅ぼしに行くそうだ。

 

 グリモワール大迷宮へ訪れたのは真祖の吸血鬼。

主様の真祖ではないので、丁重にとの事なのでそうする他ない。

それにしてもこれが真祖なのか?ありんすありんすと少々煩いけど我慢すると致しましょう。

 応接室で御待ちの主様に粗相が無いように質問には素直に答える事だけは忠告して差し上げましょう。怪訝な顔をしているが、構わず応接室の扉を開くと突然背後にいたシャルルなる真祖が跪いた。

 主様は上座にある一段高い場所に設置された玉座に腰を下ろしておいでだ。

なんと御美しい御姿か…。

 しかし、なんだこの真祖は、主様に礼を尽くすその態度は良いが表情が一致していない。

 

 

 

 

 

「まず、君の名は?どこの者か話しなさい。」

 

 

 

 

 シャルルは、圧し潰されそうな重圧を感じている。

自身の主と似て非なるもの…意に反して体が勝手に跪きひれ伏している状況に気付いたのは名を問われてから少し時間が経過した頃だろうか…。

 

 危険信号が鳴り響く…。

 

 シャルルは主人にまた迷惑をかける事になると考えると不安と恐怖、過去に犯した罪からくる罪悪感が蘇りそれに苛まれる。『それだけは嫌だ』その思いだけが強い意志となり何とか意識を保たせ情報を得る事だけに徹しようと判断する事が出来た。

以前聞いた事がある吸血鬼の始祖なる存在なのだろうか。自身の主人以外の者にひれ伏すなど考えられない。

 私の創造主はぺロロンチーノ様であ・り・ん・す!そして至高なる我が主はアインズ様ただお一人だけ!自分は『始祖様』の眷属等では無いと何度も強く否定した。

この私を見下した態度も気にいらない…名を聞かれた?シャルルと答えた筈だ、偽名である事が既にばれているのか?

今更だが、ここまで案内してくれた執事の女が質問には素直に答えるようにと忠告してきたのを思い出した。偽名を名乗るのは得策では無いと瞬時に理解した。

 

 

「ア、アインズ・ウール・ゴウン魔導国所属、シャルティア・ブラッドフォールンと申しんす。」

 

 真祖である自分自身が一番よく分っている筈だった。

『嘘は禁物だ』だ。更に圧し潰されそうな重圧がシャルティアを襲う。

そんな中、歯をガチガチと鳴らせシャルテイアは今尚、情報を引き出そうと試みている。重力系のスキルか、魔法だろうか?

一体この状況は何なのか、偉大なる御方以外の『御方』にひれ伏す等あってはならない。『始祖様』は何もしていないようだ…。

先程から『始祖様』と呼んでいる事にシャルティアはハッとした。

 

 

「シャルルは偽名なのだね。随分と早いお出ましだ。

 アインズ・ウール・ゴウン…ペロロンチーノ…誰の指示だい?」

 

 

 

「!!!ど、ど、ど、独断であ、ありん……ご、ございます!」

 

 シャルティアは一度も口にしていない彼女の創造主であるぺロロンチーノの名が出た事に驚愕し

完全に冷静な判断が出来ない状況に陥ってしまった。

バルディアにとっては、なんて事はない。ぺロロンチーノはパワープレイヤーだ。何度かPvPで対戦する機会もあった。偶然、本当に偶然ぺロロンチーノの事を思い出しただけなのだから。

だが、シャルティアにとっては違った。頭の中を覗かれていると誤認してしまったのだ。

 

 

 

 

 

「来訪の目的は?」

 

 

 

 

「ど、同族のつ、強い気配を感じ、き、興味を持ち、アインズ様の許しを得た上で参りん…

 参らせて頂きました…。」

 

 

 そう答えると先程迄シャルティアに圧し掛かっていた重圧が嘘のように消えた。シャルティアは思う。ナザリックの情報を引き出そうと敢えてそうしたのだと…。

しかしなぜと言う疑問は残る。頭の中を覗けるなら敢えて質問する意味は無い。しかし、下手の嘘は逆効果になり、アインズ様やナザリックの皆に迷惑を掛けてしまうのではないか。頭を空にしなければならない。そして問われた事だけに答えるように努めるように決意する。

 

 だが、その決意も次の質問で瓦解してしまう。

 

 

 

「ところでアインズとは誰の事だい?モモンガでは無いのか?他に誰がいる?」

 

((アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターはモモンガだろ?誰がアインズ・ウール・ゴウンを

 名乗っているんだ…))

 

 

 

 

 アインズ様の真名をご存知だ!!ぺロロンチーノ様の事もご存じであらせられた。アインズ様と同格の存在であると考えるべきでなのだろう。

シャルティアは完全に動揺してしまっている。暴力ではなくただの言葉だけでここまで追いつめられるとは思い至らなかったからだ。

他と言うのは至高の41人の方々の事であろう…。

しかし、流石と言ったところだろう。100年前にこの世界の覇権を握った者の配下としての意地をみせた。

シャルティアは自らの意思で、この情報だけは漏らしてはいけないと確信のようなものを得ていた。

 

 

 

「…も、申し訳御座いません始祖様。

 お答えして良いものか私には判断致しかねますので、なにとぞご容赦頂きたく存じ上げます。」

 

 

「そぅ…だね。残念だ。

 まぁ良い、同族の来訪嬉しく思うよ。

 魔導王陛下には近く御挨拶に伺うと伝えてくれるかな?

 それと君達と敵対する意思は今の所ないと言う事も付け加えておくれ。

 また来ると良い、もう帰って良いよ。」

 

 

 

「し、失礼ながらお尋ねしたい事がありん…ございます。」

 

 

「私に答えられる事であれば、どうぞ。それと、私にとっては初めての客人だ。

もっと楽にしていいよ。」

 

 

 シャルティアは、自分より遥か上位に座する吸血鬼の存在について興味があった。ヴァンパイアの始祖様…。

真祖として創造されたシャルティアにとっては、始めて会う存在である。

 ぺロロンチーノ様はバードマンと呼ばれる種族だ。

創造主の事を話すNPCは本当に嬉しそうに語るものだと驚かされる。ルゥ=ルゥやヒルデリアも同じなのだろうか…。ぺロロンチーノさんも来ているのかな。来ているなら君の事を語る今の彼女を見せてあげたいものだ。

 話しを続けようと言い始祖様は語りだした。

始祖以外から真祖が誕生するのは珍しいと言うより、あり得ないそうだ。

勿論、これはバルディアのちょっとした意地悪であるが、そんな事を今のシャルティアには理解できない。

シャルテイアの表情がコロコロと変わり楽しませてくれるので、バルディアはすっかり気に入っていた。

 NPCビルドの種族選択で設定すれば真祖を作る事は可能である。

始祖は種族Lv最上位といくつかの条件で得られる隠し要素なので余り知られていない上位種であるが、これは秘密だ。

シャルティアが無条件でひれ伏し重圧を感じたのも、この種族間序列が関係し上位者は無意識なので何も感じていない。むしろシャルティアが膝を折る姿を見て礼儀正しい子だと感心している程だ。

魔導王陛下の御許可を頂き時間に余裕があるようなら、遊びにきて良いと伝えるとシャルティアは意気揚々と帰って行った。

 

((伝言大丈夫だろうか…あれだけ礼儀正しい子だ、きっと大丈夫に違いない。))

 

「ヒルデリア、あの子は酷く緊張していたようだけど、どうしてだろう?」

 

 その問いに答える事無く、ヒルデリアはなぜか誇らしく、それでいて飽きれているかのように微笑んでいる。どういう事だろう…。

何かやらかしてしまったか?シャルティアを緊張させてしまうような事を何か言ったのだろうかと反省する事になるが、客人と言うのは良いものだと感じた。

外でルゥ=ルゥが屋敷の中を心配そうにうかがっているようだと知らされた。おぉ…想像した通り可愛いじゃないか…。ヒルデリアにも当てはまるが、創造したNPC達は想像を上回った存在となっている。この300年苦労したのだろうな…。

 

さぁ、ルゥに遊んでもらうとしようかな。

 

 本当の家族を知らない自分にとって、ギルドメンバーの皆が家族であると感じていた。

今NPC達、いや命あるグリモワール=ファミリアの者達に対する感情はかつての仲間達とはまた別のもの。家族とはこう言うものなのだろうかとふと思うバルディアだった。




シャルティア様の登場です。
今後、シャルティア様との交流も記していければと考えております。
お楽しみ頂けたなら嬉しく思います。


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第四話  ナザリック地下大墳墓-1

ナザリック地下大墳墓きました!
本編のイメージを損なわないように注意しました


──────────────

  第十階層 玉座の間

──────────────

ここに集った階層守護者、プレアデス達はただ静かに待ち続けている。

シャルティアの報告を受けたアインズが『始祖』なる存在の対応を協議する為の緊急招集である。

しかし、玉座に腰掛けたアインズは沈黙を続けていた。

守護者達は、その沈黙の意味を理解していた。

アインズが守護者達の自主的な発言を待ち続けているであろう事に…。

そう、理解は出来てはいるが、ここにいる全ての者が初めて経験する『100年の揺り返し』は知恵者達に迂闊な発言が行えないよう強制させている状況でもあった。

 

 

これより先は未知との対峙。

 

 

より慎重な対応策を熟慮する必要性が強いられている。

誰一人言葉を口にしない、頭の中で対応策を思案し穴があれば再考を繰り返しているが肝心の情報が少なすぎる。

その為かナザリックの知者達がそろって口を噤む事で他の守護者達もおいそれと発言できない重たい空気が玉座の間を支配している。

そんな中、今回の報告をもたらした張本人が元気な声と共に挙手し、発言の許可を求めている。

そんな彼女に一同の目が集まる。

 

 

そして…。

 

 

「シャルティア~~あなた本当に分かっているのかしら?

 今、あなたの報告に対して私達は『始祖』なる存在を『重大な脅威』と認識し熟考し慎重な対応

 に迫られているのよ?

 そもそも、あなたは、いつもいつもいつも!問題事を持ち込んで、アインズ様に対して申し訳な

 いと感じないのかしら?」

 

 

 

アルベドがシャルティアの挙手発言権の許可に対し、通例通りに対峙する。

この通例行事とも言える二人の問答が結果的にその場を支配していた重圧から皆を解放させたのもまた事実である。

 

 

 

「そうだよ、シャルティア。君の報告によるとその『始祖』なる存在だったね。

 その力の一旦は私の『支配の呪言』とは別の…考えたくは無いが更に強大な何か得体のしれない

 ものである事は容易に推察できる。間違いなくそれだけでは無いだろうねぇ。

 

 つまり、我々ナザリックが警戒するに足る『化け物』と言う事さ。

 

 君が託された伝言を思い出して欲しい。

 

 彼の者は、我らが『絶対なる支配者』であらせられるアインズ様に近く挨拶に来ると言うではな

 いか。

 また敵対者であるかどうかと言う事だが…。

 

 …これは我々の出方次第だろうね。

 

 ただ現状で『今の所は敵対の意思が無い』そぅ表明しているのだよ。

 それほどの力を持つ者の言だ。私はその言葉を信じて良いと考えるね。

 

 …シャルティア、先に謝っておくよ。

 君の報告は、今後のナザリックの方針を左右する上で重要な案件である事は明白だろう。

 しかし君が持ち帰った情報だけでは判断を決定付けるには早計であろう事は、アインズ様も既に

 お考えなされているのだよ!

 だから、今まで敢えて沈黙を守り我々の自主性を重んじ議論の場を設けて下さり、更にはその開

 始を忍耐強くお待ち下さっていたのだよ!

 ここは一度相手の出方を見た上で、より建設的な協議を行った方が良いと考えるのだが皆はどう

 だろうか?

 友好関係の構築かそれとも敵対か、そのいずれかを選択するにしても情報が乏しい今の段階で敵

 対するのは愚の骨頂と言えるだろうね。

 速やかな情報収集こそ我々が最優先に行わなければならない事なのさ。」

 

 

 

 

デミウルゴスは、大げさに両手を広げ守護者達に向き合う。

そしてそのまま偉大なる御方に向き直り深々と腰を折りながら主の言を待つのであった。

周囲からは、デミウルゴスの意見に対する賞賛や同意、あるいはアインズが守護者達の自主性を重んじ沈黙を守り続けた慈悲深さ、あるいは数手先を見通す賢智の偉大さに感嘆している。

 

ただ一人、アインズだけは本当にその対応で間違い無いのか今尚決めかねていた。

デミウルゴスは良くも悪くも『力ある者』を過大評価する傾向がある。

相手を侮らないと言う点においては良いが、我々『プレイヤー(人間)』と言う生物はデミウルゴスが考えるような崇高な生物ではないのだ。

本来の姿は、弱くずる賢く卑劣でどうしようもない『クズ』なのだ。

 

100年前のアインズであれば、あの伝言を素直に信じ喜んで出迎えた事だろう。

しかし、今の彼は100年前とは決定的に異なり絶対なる支配者としてあるべく日々研鑽を積んできたのだ。

当然、デミウルゴスの言は正しいし、相手を信じたいと言う気持ちもある。

だが、それは愚者の行いだとも考えている。

 

友好関係を敢えて伝えてきたのはブラフではなかろうか?

そもそもあちらのプレイヤー数、ワールドアイテムの有無、スキルや魔法攻撃手段等、相手の戦力がどの程度なのか何一つ掴んではいない状況である。

 

 

対して相手はこちらの、ナザリックの情報や戦力を熟知しているかのようでは無いか。

その上でのあの伝言だとするならば…。

 

誰でも簡単PK術を見事に実行している相手だ。

 

チェックメイトをかけられた状態と言っても過言では無いだろう。

デミウルゴスの言う通り先ずもって情報収集は必須である。

その手段こそ今考えなければならない筈だ。

 

アインズにとり、ここに集う全ての者達はもはやNPC等ではない。

かけがえの無い大切な存在なのだ。

彼等の為なら数度戦い負けを演じる事は苦でも無いし実際そうしてきた。

ただ、今回ばかりはこの方法が通じる相手ではなさそうだ。

 

 

 

「さすがはナザリック一の知恵者だ。感心したぞデミウルゴス。

 しかし、少し足りないぞ。また『ディスカッション』しようではないか。」

 

「おぉ…流石はアインズ様。私の至らなさをそのような形で補って頂けるとは…。

 このデミウルゴス、アインズ様の賢智に及ばずともしかと学ばせて頂きます!」

 

「アインズ様!私もその『ディスカッション』の参加をお許し願いえないでしょうかぁ!」

 

「ん~~ではぁ~!!んわたくしもぉ~宜しいでしょうか?ん~~~~アインズ様!」

 

 

「良いだろう。アルベドとパンドラズ・アクターも加え、今回の協議進行をデミウルゴスに任せる

 事とする。

 アルベド、パンドラズ・アクターはデミウルゴスの案に対し改善案が必要であると感じた際は、

 デミウルゴスに断った上で協議を一時中断し自身の意見を述べよ。

 無論、私もそうさせてもらおう。

 場所は私の私室、時はこれより二時間後とする。

 お前達、楽しみにしているぞ。」

 

配下の者達の動揺をかき消す一言を残すと絶対なる支配者アインズ・ウール・ゴウンは私室へ転移魔法を使い玉座の間より消え去った。

こうして一度休憩を挟み二時間後に四者協議が行われる事となった。

他の者達もそれぞれ何が出来るか考える事にしそれぞれの階層に戻る事にしたのであった。

 

──────────────

  第六階層 円形闘技場

──────────────

この第六階層に集まったのは、アウラ・ベラ・フィオーラ、マーレ・ベロ・フィオーラの第六階層守護者とシャルティア・ブラッドフォールン、コキュートスの計四名である。

先程迄『玉座の間』で行われていた協議の続きを、彼女達なりに続行しようとしているのだ。

 

 

 

「それで、始祖ってどんなヤツなのさ~。直接会ってるのあんただけなんだよ~。

 なんかこ~もっと他にないの~?」

 

「何かと言われても、そぅでありんすねぇ~。始祖様は…。」

 

「シャ~ル~ティ~ア~~!あんたねぇ~始祖様ってなによ!ほんと大丈夫なの~?

 また洗脳でもされてるんじゃないの?」

 

「ち・が・う・で・あ・り・ん・す!」

 

「フタリトモ、オフザケハソノヘンデイィダロゥ。ワレワレモ、ケンセツテキナキョウギヲオコナ

 ウベキダ。」

 

「ぼ、ぼくもそう思いますぅ~。シャルティアさんは『始祖』って人の事どう感じたのですか?

 良い人でしたか?悪い人でしたか?」

 

「そ~でありんすね~…。

 まず初めに断っておくでありんすけど、私の主は偉大なる御方アインズ様ただお一人だけであり

 んすぇ。

 そこの所はちゃ~んと皆にも分かっていて欲しいでありんす。」

 

「そんなの当然じゃない!で、何が言いたいのさ?」

 

 

 

 

シャルティアは、偉大なる御方アインズ・ウール・ゴウンに報告したように始祖との会談の一部始終を語り終え、『始祖様』と呼んでしまうのは種族間序列によるものではないかと推察を語り、仮にその推察が正しければ本能的なもので今回彼女自身は戦力にならないどころか、自身の意思は打ち消されナザリックに敵対行動をとるかも知れないと付け加えた。

それに対しアウラは種族間序列になるのであれば、他の種族に影響しないので問題無いのではないかと口にしたが、その言葉を制しシャルティアは更に続けた。

 

 

 

その種族が『アンデッド種』であればどうだろうかと…。

 

 

 

これは流石に過大評価しすぎでは無いかと言う意見がしめたが、この時点でコキュートスは自身の勝利絵図を描く事が困難になってはいた。

だが、彼は知っている。強者をも恐れぬ弱者の存在を。

そして今、彼等と同じ強者との一戦を控え武人としての誉を貫き通す決意をする。

何があってもどんな相手であろうとも怯みはしないと。

 

シャルティアは続けた。

 

それは始祖の人となりが寛大であった事、得もいわれぬ圧倒的な存在感があり実力の程は底が見えないと言う事、その姿を目にしただけで強制的にその場にひれ伏してしまった事、嘘が通じず思考は全て暴かれてしまう事、加えて実力ある配下の存在、大迷宮について情報を得られなかった事、彼女が得た出来る限りの情報をはき出していく。

不敬ではあるが主と同格かそれ以上の存在として語られ、いもしない魔王像が彼女達の中に蓄積されていく。

そして、ある恐ろしい結論にたどり着く事になるのである…。

 

 

 

 

 

「…真祖の軍勢…」

 

 

 

 

 

シャルティアの言葉に場の空気が凍てつく。

格は違えど、同種のシャルティアだからこそ導き出せたナザリックにとって最悪なシナリオである。

真祖の軍勢…。力の程は不明だが、真祖の吸血鬼を現地人を使い幾らでも創造する事は容易いだろうと言うとんでもない話しだ。

シャルティアも吸血による下位種の創造が出来る。

始祖の下位種は真祖となる。始祖がそのような行為に及べば吸血鬼の社会は一気に広がるだろう。そうなればこれ迄積み上げてきたナザリック、魔導国100年の歴史の幕は閉じられる事だろう。

 

四人の知者達は、おもに始祖個人の能力に対する対処法を情報の無い状態で考えているのではなかろうか、この恐ろしい可能性を完全に見落としているのではないか?

アウラ、マーレ、シャルティア、そしてコキュートスは血の気の引く思いで互いの顔を見合わせた。

 

偉大なる御方アインズ様だけは違う。

 

しっかりと御考えになられている筈だとここにいる四人は考えていた。

玉座の間でデミウルゴスに発した「すこし足りない」と言う御言葉こそがその根拠となっている。

が、万が一の可能性もある。

偉大なる御方は絶大な力を御持ちだ。だからこその見落とし…。

ナザリックの力無き者達は対処できないだろう。

 

これは偉大なる御方アインズ様に進言すべき事だと確信したした四人は無言で頷き主の私室へ急いだ。

 

 

──────────────

   第九階層 食堂

──────────────

この第九階層にある食堂に集ったのは、セバス・チャン、ユリ・アルファ、ルプスレギナ・ベータ、ナーベラル・ガンマ、ソリュシャン・イプシロン、シズ・デルタ、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ達戦闘メイドプレアデスとペストーニャ・S・ワンコ、エクレア・エクレール・エイクレアー、シホウツ・トキツ、クラヴゥ、そして一般メイド41人である。

ここでは、セバスを中心に有事に備え各自の役割分担を明確にし確認作業が行われている。

今回戦闘メイド達は、混乱が予想されると仮定し一般メイドの退避誘導を任されている。

一般メイドを先導するのはペストーニャであり、エクレアは退避先の衛生管理を任されて、料理長、副料理長は避難先でナザリック同様の仕事をこなせるだけの準備に追われている。

そしてセバスは一般メイドとその誘導にあたっているプレアデスの護衛し終わり次第、主の元へ速やかに移動すると言う退避計画をたてた。

それぞれが完璧な仕事をなすべく余念がない。

退避訓練は定期的に数度に分け行う事とし不備があればその都度修正する事とする。

セバスは、一抹の不安を感じていた。

あの騒動後、シャルテイアは敵を侮る事無く積極的に様々な事を学び成長している。

その彼女が手も足も出ないとは、どんな隠された能力があるのか見当もつかないからである。

未知なる脅威は迷いを、恐れを、様々な負の感情を招くものである。

 

好奇心を抱けるのは、ごく一部の…そう偉大なる御方アインズ様のような御方だけだろう。

 

アインズ様はどこまで見通されておいでなのだろうか。

今我々はナザリック始まって以来の警戒態勢をとっている。

ナザリック防衛責任者のデミウルゴス様やアルベド様でさえも対応策を協議する程だ。お二人だけにお任せしておくべき事ではありませんね。

 

 

 

「プレアデスの皆さん、少々よろしいでしょうか?

 ペストーニャさん、しばらくそちらをお任せいたします。

 エクレアさんも彼女のお手伝いをして頂けると非常に助かります。」

 

「うけたまわりました・ワン。」

 

「このエクレアが、ナザッ!!!」

 

 

エクレアがペストーニャに引っ張られていく様子を見送り、セバスは集まったプレアデス達と向かい合いナザリック防衛について先程迄考慮していた事をプレアデス達に伝えた。

 

「セバス様の仰ることは御尤もですが、なぜ我々が一般メイドの退避誘導なる任務に就かなければ

 ならないのでしょうか?

 我々は戦闘メイドです。

 例え敵の力が強大でも総力を挙げ戦闘でナザリックに貢献すの事こそ本分であると愚考致します

 が?」

 

ソリュシャンの言は戦闘メイドとして創造された彼女達の総意で当然の主張だ。

それを否定したくないがそうせざる得ない状況である事も事実なのだ。

あのシャルティア様が手も足も出ない相手が仮に敵対者であるならば我々では盾にすらなれない、逆に操られアインズ様に危害を加えようと意に反し試みるかもしれないのだ。

アインズ様は常より実力差のある敵と対した時は撤退するよう仰せだ。

それはアインズ様が慈悲深い御方であり、常に我々の身を案じて下さっての御言葉だ。セバスも主の盾となれるのであれば本望だろう。

 

アインズ様は蘇生の術を御持ちだがナザリックの誰一人も死なせたくないと御考えになられるのは慈悲深い主人であるからこそその考えに至れる。

自身の力不足を不甲斐なくも感じるが、アインズ様の御意思を、御慈悲を反故にする事は許されないのだ。

 

「わかりませんか?はっきりと申し上げましょう。

 始祖なる存在が敵対者であった場合、我々ではアインズ様の足を引っ張るだけで『邪魔』にし

 かならないのですよ。」

 

そう口にしたセバスの拳は強く握りしめられ、白く清潔な手袋が赤く染まり血が滴っている。

それに気付いたのか事態の深刻さと今回の任務の重要性、偉大なる御方の思慮深さと慈悲深さに改めて畏敬の念を抱く一同であった。




デミウルゴスのセリフって大変だなぁ~っと感じました。
次回もナザリック地下大墳墓です!


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第五話  ナザリック地下大墳墓-2

アインズ様と守護者達様です!!
後書きに記しますが、独自設定ありです。


──────────────

  第九階層 アインズ私室

──────────────

四者協議前、アインズは頭を抱えていた。

同族の気配がするので調査に行きたいとシャルティアが願い出た。

彼女の戦力ならば充分だと判断し許可を出したのは俺だ。

『100年の揺り戻し』の情報はあり、嘗て俺以外のプレイヤーがこの地に訪れている事は紛れもない事実である。

ナザリック地下大墳墓がこの地に転移してきて丁度100年経過していた事にもっと

 

注意を払うべきだった。

 

 

 

シャルティアが無事戻った。

 

 

 

挨拶に来る?

今は敵対の意思は無い?

なかなか大胆な伝言だ。

 

明らかにユグドラシルの上位プレイヤーか相当な規模のギルドだろう。

1500人を迎撃したナザリック地下大墳墓の話は知れ渡っている。

 

知った上でナザリックに挨拶に来る?

 

あの討滅隊に参加していなかったギルドである事は確定だろう。

シャルティアは、ありのままを報告してくれたが肝心の情報が抜け落ちている。

 

 

ギルド名とアバター名だ。

 

 

吸血鬼の始祖と言う種族クラスはおそらく最高位の吸血鬼と言う事だろうが俺は知らない。

実在するのであれば…いや、あの『ユグドラシル』だ。

実在すると考えた方が良さそうだ。

せめてユグドラシル内の能力さえ把握しておけば、もう少し余裕が持てたのだろうが…無いものねだりだ。

実際に相対したシャルティア以外の全員がナザリックを脅かす存在など最早いないと信じている中でこの状況だ。守護者達の成長を喜ぶべきだろうが悠長な事は言ってられない。

危機的状況にあるこの事実をいかに『支配者』らしく…。

あぁ…先代皇帝ジルクニフもこんな思いだったのだろうか…。

 

 

 

 

 

 

『剣を取る者は剣で滅ぶ』…か…。確かマタイの福音書だったか…。

 

 

 

 

 

帝国領内にそんなのいたのかよ~。

聞いてないぞ~。

しかも、300年前に帝国領内に大迷宮が存在していた事をフールーダからつい今しがた聞いたところだ。

厳重な機密事項で、何でも帝位についた者のみがその機密にふれる事が出来るとか…。

隠された帝国の歴史とか何とか言ってたっが、300年前に何があったんだ。

 

 

 

 

ん…おかしい…

 

 

 

 

300年前には既に大迷宮が存在していた?

であるなら100年前我々は大迷宮の情報を得ている筈だ。

帝国が属国化した事でろくに調べなかった?

100年前の俺の凡ミスならまだ納得出来るが、あのアルベドとデミウルゴスに任せた仕事だ。

彼等がそんな凡ミスましてや手を抜く等あり得ない。

 

 

 

一体どうなっている?

 

 

 

数種の多重結界系ワールドアイテムを使えばどうだろう?

アルベド達が気付けなかったとしても自然だ。

その場合、相当数のワールドアイテムを保有している事になるのか?

ジルクニフは知っていたのか?我々への対応に追われ余裕がなかったのか?

いや、あのジルクニフだ。使えるものは何でも使った筈だ。

強大な力ゆえ主導権を得られなかった。協力を仰いだが断られた。そんな所だろうか…。

強大な力を保有しながら属国化を選択した理由が他に思い当たらない。

 

100年前は動ける状態ではなかった、或いは100年間我々の動きを監視し満を持して現れたか、いずれかとも考えられる。

降って湧いて出たような話をこの時点で確証を得るのは難しいだろう。

 

 

 

 

 

「クソッ!解らない事だらけではないか!!」

 

 

 

 

 

勉強熱心で頑張って成長を重ねたシャルティアが手も足も出なかったんだよな…。

それで楽しめたって変態設定はこんなところにも影響するのか…。

俺の名前、ぺロロンチーノさんの事、どうやらユグドラシル時代のナザリックにも精通しているようだ。

 

 

 

始祖……種族名はノーライフキングになるのか?……カッコいいじゃないか……。

 

 

 

そう言えばぺロロンチーノさんが確かどこかのギルドマスとPvP仲間でたまにデュエルしてるとか聞いた事がある。

珍しくエロゲネタ以外で興奮していた事があった。

ユグドラシル時代はよそのギルドと友好的な関係はなかったと言うより嫌われていたからそう言う存在は忘れない筈だけど、身内でなければ100年もたてば忘れて当然…か…。

 

まずは、シャルティアが世話になった事に対する礼状だ。

強制的に平伏させられたとは言え、後半は緊張したが楽しめたそうだしな。

内容は眉唾だがシャルティアが楽しめたと言う事が重要なのだ。

シャルティアに書かせてみるか。問題があるようなら一緒に考えれば良いだけだ。

それとナザリックへの招待状を司書長に作成させてみよう。

問題なければ、次から似たような仕事をそちらに回すのも良いかもしれない。

ナザリック運営を任せているアルベドにはもう少し頑張って貰わないといけないが、今度何かの形で埋め合わせすれば良いだろう。

彼等の目的がナザリック地下大墳墓攻略ならこれは無意味だが、これで武力によるナザリック侵攻の根を断てれば良いのだけど…。

シャルティアはいつでも遊びに来て良いって話だよな。

えらく気に入られたものだ。

同族だからか?

付添人を同行させた方が良いだろうか…。

行かせたく無いが情報収集の為には行動しなくてはならない。

未知を既知とする冒険者達もいる事だ、ギルドに任せ人間達を使うのはどうだ?

流石に非礼だよな…。

 

対等な関係が望ましいが、ナザリックの者達に害をなした場合は徹底的に滅ぼす!

 

これから先現れる全ての敵対者は、例え相手が何人いようと、どれだけ強かろうとナザリックの者達全てを俺が守ってみせるさ!

 

 

 

 

*コンコン*

 

 

 

 

決意を新たにしたアインズの私室に予定していた時間より少し早く扉を叩く音が聞こえた。

ナザリックの者達の時間前行動にはいつも関心させられる。

 

 

 

「入れ」

 

 

そこへ入室してきたのは、アルベド達では無く、アウラ、マーレ、シャルティア、コキュートスの四人の守護者達だった。

それぞれが、いつもと違う雰囲気で同居する筈の無い異質なオーラを漂わせている。

何があったのかは分からないが感情のコントロールが上手く働いていないようにも見えるが…。

 

 

 

 

「どうした?間も無く協議が始まるのだが緊急を要する……。」

 

 

 

コキュートスはともかく、アウラ達の表情から一目瞭然だ。

…成程、そう言う事か。

 

 

 

「余り良くない報告があるのだな。聞かせてもらおうか。」

 

 

 

四人はあの後、第六階層で彼女達なりに協議を続けある推論に辿り着いたと口火を切ったかのように一気にその内容を語りだした。

 

まぁそうくるだろうとは思っていたが…。

 

『真祖の軍勢』か…。

 シャルティアがいっぱいって感じだろ。流石にもてあますな。

 

 

 

「気付いたか。」

 

 

ここにいる守護者達の心から一切の不安を取り除く為、そして何より彼等の主人として威厳ある態度で短く答えた。

コキュートスは解らないが、アウラ、マーレ、シャルテイアの表情はここへ来た時とはまるで違っている。

 

 

 

「アウラ、アルベド達に玉座の間に至急来るようにメッセージを頼む。我々も向かうぞ。」

 

 

「はぁ~い。お任せください!アインズ様!」

 

──────────────

  第十階層 玉座の間

──────────────

アインズは、数パターンに増えた支配者然とした座り方で玉座に腰をおろした。

ずらりと並ぶ守護者達の統率の取れた無駄の無い動きは、そこにひれ伏すと言う動作だけでも芸術の域に達している。

 

「各階層守護者、御身の前に平伏し奉る。ご命令を、至高なる御身。

 我らの忠義の全てを御身に捧げます。」

 

初めはなれなかったこの忠誠の儀にもアインズは日々の変化を見出していた。

その僅かな変化から守護者達の調子を把握するまでに至っている。

正確には、ゲーム時代にパーティーメンバーのヒットポイントとマジックポイントを把握出来るように、スキルでも魔法でもない『100年の絆』と呼称しているそれは、意識を向けるだけで確認できるようになっている。

守護者達の忠義にアインズは今日も気を引き締め方針を語ろうとしたまさにその時である。

 

 

 

「セバスからメッセージが入った。『客人』だ。」

 

 

 

**間も無く第一階層へ足を踏み入れようとしておりますが如何なさいましょうか?**

 

 

**セバス、退避訓練を行うのだ。今回は『本番同様』と銘をうて。その後お前はプレアデス達

  と共にその場で待機せよ**

 

 

不意をつかれたが、緊急時のマニュアル作成は必須であると心底感じた。

おかけでセバスに慌てる事無く指示を出す事が出来た。

アインズは交信を終えると矢継ぎ早にデミウルゴスに命じた。

 

 

「デミウルゴス!ナザリック防衛時のトラップを解除!

 第三階層の転移門を第十階層玉座の間の扉前に設定するのだ!

 「始祖」が来た時のリハーサルをあの人間で行う。」

 

 

デミウルゴスは迅速に行動し全ての作業を終え即座に定位置へ移動する。

他の守護者達は既に定位置についている。

あとは『客人』を待ち構えるだけだ。

 

 

 

 

 

「皆、お楽しみの時間だ。覗いてみようではないか。」

 

 

 

 

 

アインズはミラー・オブ・リモート・ビューイングを取り出すと、それを大型モニターとリンクし階層守護者達全員と観るような形で様子を窺う事にした。

守護者達は、悪魔的な笑みを浮かべこれからおこるであろう惨劇を今か今かと楽しみにしている。

たまにはこうした娯楽も必要だとアインズは感じ定期的に行う事を真剣に考え始めた。

 

 

映し出された『客人』は執事服の人物。

モニターには、胸の前に左手を当て腰をおり一礼すると迷いなくナザリック地下大墳墓の入り口へ歩み始める女の姿が映し出されている。

それだけでも信じがたかったが、更に衝撃的な光景が映し出される。

第一から第三階層の配下達はただひれ伏し『客人』に道をあけている前代未聞の光景が映し出されている。どう見ても普通の光景じゃない。

一体何がおこっているのだ…。

 

 

 

 

「この女、『始祖様』…の…執事です!」

 

 

 

女の正体は、シャルティアの口から答えが出た。

運よく人間が迷い込み「始祖」対策のリハーサルが出来ると考えていたが甘かった。

ナザリック地下大墳墓の場所迄知っているのか…。

しかし執事一人で来たとしてアンデッドが道をあけるのは変だ。

 

まぁ来てしまったものは仕方がない。

相手は始祖の執事と言う事だし事を荒立てるのは得策では無いだろう。

 

 

 

 

 

 

*カツ・カツ・スタッ*

 

 

 

 

ハイヒールの歩行音が響き玉座の間入り口前で止まった。

 

「魔導王陛下、このたびは、突然お伺いさせていただきまして誠に申し訳ございません。

 わたくし、ヒルデリア・クロスと申します。入室の御許可を頂けますでしょうか?」

 

 

さて、どうしたものか…。

あの細腕では、堅牢かつ重厚な扉だ。

開けるどころか、一ミリも動かす事は出来ないだろう。

 

 

アルベドが意地悪な笑みを浮かべる。

 

「アインズさまぁ~、入室を許可されても宜しいのではぁ。宜しいですわよね?」

 

「そ、そうだな。入室を許可しよう。」

 

 

玉座の間が静まり返る。

しかしその静寂は長くは続かなかった。

 

*ゴゴゴ*と言う大きな音と共に開く筈が無いと思われていた重厚な扉がいとも容易く開かれたではないか。

アルベドが苦い顔をし、ここにいる全員が驚いたと同時に女が人間ではない事が確定した。

女は扉を開き再び一礼すると、甲高いハイヒールの歩行音を玉座の間に響かせながら歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

*カツ・カツ・カツ・カツ*

 

 

 

 

 

 

優雅に堂々と歩み寄ってくる女の姿をアルベドが睨みつける。

玉座の前に立ち止まり一礼する女の身のこなしから只者で無い事は容易に判断できる。一切の隙がないのだ。

頭の中で幾通りもの手段で殺害を試みたがどれも失敗に終わり反撃に転じられるイメージしか湧かない。

女の容姿は、アルベドとは異なる美しさを持つ美女だが恐ろしく強いのだろう。

優雅に堂々と佇み、部下達の些細な動きでさえも見逃す事は無いだろう。実際、誰も動けないのだ。

 

 

「魔導王陛下、本日窺わせて頂きましたのは…。その前に、今一度名乗らせて頂きます。

 わたくしヒルデリア・クロスと申します。以後お見知りおきを。」

 

「遠方よりよくぞ参られた、ヒルデリア・クロス殿。本日は如何なる御用向きかな?」

 

ここで、デミウルゴスの忠誠心が表に出てしまう。

 

 

「アインズ様の前で不敬であろう!」

 

 

>>>平伏したまえ<<<

 

 

 

「失礼。不敬でしたか?

 当方としましては魔導王陛下への礼を尽くさせて頂いたつもりでしたが?」

 

デミウルゴスは驚愕し、ただ女を見る事しか出来ないようだ。

彼の『支配の呪言』は強い強制力を持ちこれまで通じない相手は存在しなかったが目の前の女は涼しい顔をしているので余計に衝撃は大きい。

 

 

笑っている?あの女、笑っているのか?

 

 

「無礼にも程があるりますよ女!

 偉大なる御方であらせられる私の愛しき御方アインズ様に対しその顔はなんです!」

 

アルベドがいつか爆発する事は想像できたが、このタイミングで…いや、それを狙っての『笑み』なのか?

 

不味い…非常に不味い!あの女の目は非常に不味いぞ!

アインズは瞬時に悟りデミウルゴスとアルベドの非礼を即断で詫びる事にした。

これで、面会の主導権は奪われたな…。始祖の名も聞けずか…。

 

 

 

 

 

「騒々しい!静かにせよ!!」

 

 

 

 

 

アインズの言葉でデミウルゴスは冷静に目前の現実と向き合い。

アルベドもこれ以上の追及を控え主の側で静かに控える事にしたが、これ以上の非礼を許す気はないと女に殺気を放っている。

 

「申し訳ないヒルデリア殿、部下達の非礼を許して欲しい。

 許してくれると言うのであれば可能な限りそちらの要望に応えたいと考えている。」

 

「いえ、謝罪の必要は御座いません魔導王陛下。

 当方にも至らぬ点があったのでしょう。

 それ故、御二方に不快な思いを抱かせてしまった。

 

 さて、では早速本題に移らせて頂きます。

 本日窺わせて頂いたのは、そちらが所有するワールドアイテムの幾つかを譲り受けたく主の名代

 として参った次第で御座います。

 現在主は多忙を極め誠に残念では御座いますがこちらに来る事叶わず。」

 

 

 

ヒルデリアの主『始祖』が直に来訪し、面会の場が設けられていたら少しは守護者達の怒りも和らいだと思うが、仕えている主の名も名乗らずたった一人でこのナザリック地下大墳墓玉座の間で堂々と我々と向き合っているのだ。

 

 

 

 

「ほぅ。その対価にヒルデリア殿、そちらの主殿は何を支払うのかな?

 支払えるものがないのであれば、謝罪を受け取ってもらい話は終わりとしようではないか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギルド、アインズ・ウール・ゴウン残り40名の強制召喚。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

((!!!!!!!!!!!!!不可能だ!!!!!!!!!!!!!!!!))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで少し魔導王が驚く姿を見たかったヒルデリアだが、どうもこの骸骨には動揺等と言う『感情』を持ち合わせていないようだ。

それどころか挑発したところで意味が無いだろうと考えたヒルデリアは、主より聞かされていたアインズ・ウール・ゴウン魔導王の真名を用いる事で揺さぶりをかける事にした。

これは下手をすれば殺されるかも知れないが、主の為、期待以上の働きをしたいと言う欲求がそうさせてしまうのだろう。

 

 

 

 

 

「魔導王陛下、いえモモンガ様のかつての御仲間達を我が主が呼び覚まして下さいます。

 正確には、我が主が所持するアイテムをギルドマスターである魔導王陛下が使用する事でギルド

 メンバーの皆様方へ呼び掛けると言うものだと伺っております。」

 

 

 

 

ギルドマスター権限によるメンバー招集と言う事か。

しかし、あれはログイン中のメンバーに限り相手が認証する事で初めて可能となるゲームシステムの一環に過ぎない。

アイテム仕様による強制召喚とは一体どういう事だ…。

また俺の知らないユグドラシル由来の何かなのか。

始祖と言い、今回のアイテムと言い本当にユグドラシルは広かったのだな…。

 

 

「ほぅ。興味深い話ではある。詳しく説明願えないだろうか?」

 

「魔導王陛下はご存知の筈で『アイテムを所持していないだけ』と我が主は申しておりました。

 わたくしより魔導王陛下(プレイヤー)の方が御詳しいかと存じ上げます。

 それにわたくしはこれ以上の詳細を主より窺っておりませんので。」

 

「勿論知っている。だが、私の知るそれは『アイテム』によるものでは無いのだよ。だから困った

 事に私もアイテムの詳細を知らないのだ。」

 

((ブラフは断ち切らせて貰う。

そのような『アイテム』があると仮定し、なぜ俺が『かつての仲間達との日々』を欲していると…?

いや、これは部下達の願いを叶える主としての役回りを演じさせるつもりなのか?))

 

アルベドは何としてもこれを阻止したかった。

しかし、他の守護者達は口には出さないが、自身の創造主降臨と言う叶わない魅力的な夢そんな『餌』を目前にぶら下げられ煌煌と瞳を輝かせている。

アインズは更なる可能性を幾通りも思案する。

複数のワールドアイテムの対価として仲間達との再会は十分釣り合うが…。

思案するアインズにその時間を与える事無くヒルデリアは口火を切った。

 

 

「どうやら、破談のようですわね。

 魔導王陛下、本日はお時間を割いて頂き誠にありがとう御座いました。

 皆様方も御無礼失礼致しました。」

 

 

 

そう言うと女は来た時と同様にハイヒールの甲高い歩行音を響かせ、優雅に堂々と立ち去ったのである。

階層守護者達は甘い希望からその術を失った事による落差からうな垂れてしまっている。

 

 

 

ただ一人アルベドを除いて…。




*1ぺロロンチーノさんの交友関係は独自設定です。
私の経験ですが、ゲーム内同スタイルのプレイヤーであれば結構接点があったからです。
*2ゲーム時代のパーティーメンバーの詳細が確認できる。
*3ゲーム『ユグドラシル』においてギルドマスター権限によるメンバー招集システム。

お楽しみ頂けたなら嬉しく思います。


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第六話  ナザリック地下大墳墓-3

ナザリック地下大墳墓
そこに住まう者達に様々な感情が…。
上手く表現できると良いな。


──────────────

  第十階層 玉座の間

──────────────

「行ったか…」

 

今ここに各々の思いを抱いた。いや、抱かされた者達が沈黙の中、主であるアインズの次の言葉を待った。

客人が帰った事を聞かされ、玉座の間に駆け付けたセバスは主の側、彼の定位置につく。

 

デミウルゴスは己の愚かさを呪っている。

((私の忠義はアインズ様だけに…。))

 

この素晴らしき主、至高なる御方アインズ・ウール・ゴウン様に仕える機会を与えて下さった己の創造主には感謝の念しかない。

他の至高なる御方々が御隠れになった後も慈悲深く我々を見捨てず導いて下さった御方。

万年先をも見通す感嘆すべき叡知を持ち、まさに神をも凌ぐその存在を表す言葉が無い我々が唯一忠義を尽くせる御方。

ただ命を下すだけでは無く、常日頃から、何が最もナザリックに利益をもたらすかを考えるようにと仰せになり我々の成長を促して下さった御方。

御方の御力に僅かでも御役に立つ事が出来るのであれば、使い捨ての駒とされたとしてもその事自体に至福の時を与えて下さる御方。

数えればきりが無い程の恩恵を与えて下さった御方。

 

第一に考えなければならないのは、アインズ様御身の安全。

第二にアインズ様が取られるであろう最善策を選択出来るように、我々が細心の注意を払いほんの僅かでも御力になれるように努める事。

第三に…。ここまできてデミウルゴスは自身のとった愚かな行動を償う方法が一つしか残さていない事に胸が張り裂けそうで、目頭から流れる初めての感覚が『涙』なのだと理解した時、どうにかなってしまいそうになった。

 

「あ”ぁ…あ”ぁ…」

 

女の主から突きつけられた選択を選ぶ間も無く失ってしまった。

ナザリックの僕全ての創造主降臨と言う嘗てない程の奇跡の到来は、もう二度と訪れないだろう。アインズ様にとっても間違いなく重要な案件であったに違いない。

『ナザリックの知恵者』等とんでもない。これだけの失態…もはや取り返しがつかないのだ。

 

…とても欲張りな願いかもしれない…。

叶うのであれば万年先、幾星霜の時を偉大なる御方アインズ様にお仕えしたかった…。

 

「申し訳ございません!アインズ様!

 愚かな私にはこの命で償う他もはや手段が御座いません!

 僅かな時では御座いましたがお仕え出来た事、このデミウルゴス最大の喜びで御座いました!」

 

 

その言葉、その覚悟を目にした他の守護者達は身動き出来なかった。

 

 

 

 

>>悪魔の諸相 鋭利な断爪<<

 

 

 

 

自らの命を絶つため、勢いよく鋭利な断爪を自身の首めがけ突き立てた。

((おさらば致します。アインズ様……))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

筈だった…。

 

 

 

 

 

 

 

だが、その爪がデミウルゴスの首に突き刺さる事はなかったのである。その手を掴み、すんでの所で止めたのは他の誰でも無い先程迄玉座に座していたアインズだったのだ。

 

「デミウルゴス、お前の全てを許そう。

 そして厳命する。二度と己の命を無駄にするな!

 これは、お前達も同じだ。わかったな!!」

    …間に合って良かった…

 

アインズは、その場の守護者達のうな垂れる姿を確認し、再度玉座に深く腰をおろした。

デミウルゴスはアインズの安堵した呟きを聞いてしまった。いや、アインズ様は御聞かせ下さったに違いない。

崇拝と忠義をただ偉大なる御方アインズ様にのみ全力で注ぐ事を今一度この忠心の悪魔は誓う。

 

その思いは、この世界に来た誰もが僅かながら経験する成長。

それを大きく上回る真なる覚醒へ導く事になるのだが、まだ随分先の話であり今は当の本人もそしてアインズでさえも知る所ではない。

 

 

「皆、お前達の創造主の降臨は私のミスで叶わなくなってしまった。お前達には本当に申し訳な

 く感じている。すまなかった。」

 

 

アインズは深々と頭を垂れ自らの非である事を明らかにし、守護者達に謝罪の意を示したのである。

守護者達は、そんな主に駆け寄り謝罪など必要無い事を何度も言葉にし、配下を思いやるその慈悲深さに感謝の意を口々に伝えた。

そしてなんとか、玉座の間はもとの静けさを取り戻したのである。

 

 

 

「皆に聞いて欲しい事がある。」

 

༄༅꧁༻グレーター・ブレイク・アイテム༺꧂༅

 

 

アインズが突如唱えた魔法。

それはかつてこの玉座の間で守護者達に改名を告げた時とよく似ていたが砕かれた旗印は、偉大なる御方々の紋章が入った旗であった。その行為に一同は唖然とする。

あれほど、御自身の御仲間を大切にしていた慈悲深き御方がなぜこのような事をなさるのか思考が追いつかない。

シャルティアも、コキュートスも、アウラも、マーレも、セバスも、アルベドとデミウルゴスですらも…。

 

 

 

「あそこにお前達の旗印と名を掲げる事とし、新生ナザリックの幕開けとする。」

 

アインズは静かに守護者達に告げるが、守護者達は茫然としている。

そしてアインズは、その場に立ち上がり守護者達に向け力強く告げるのである。

 

「仮にお前達の創造主が降臨したとしても、その旗を降ろす事は今後無いだろう!

 私がそれを許さない!

 お前達こそナザリックを支えこれまで尽力してきた私の『大切な仲間』となる存在なのだ!

 

 この先、私と『肩を並べ歩む』意思ある者のみにだけ、この場で宝物庫への道を開く。

 その意思を携え宝物庫へ進み、保管しているお前達の創造主『親』が残した遺産である装備アイ

 テムを託す。

 あれらの至宝は意志を持ち進んだお前達の物だ。

 私は、ただ保管していただけに過ぎないのだからな。

 

 そして再度厳命する!

 

 ナザリック地下大墳墓が主…。

 

 お前達がそう呼ぶ『アインズ・ウール・ゴウン』の名を不変の伝説とせよ!

 ナザリックの力とお前達自身の意思の力でナザリックに貢献するのだ!

 考えよ!何が最もナザリックに利益をもたらすかを!

 お前達の創造主である親を超えて見せるのだ!

 

 私に見せてくれ、お前達の成長を!

 そして示して欲しい、お前達が真に私と『肩を並べ歩む者』であるその姿を!

 

 異論ある者は立ってそれを示すと良い!」

 

 

 

 

 

 

しばらくの沈黙の後、守護者達に語り掛けられたその言葉の意味をようやく彼等は理解した。

玉座の間に歓喜とも呼べる声が響くと共に守護者一同は姿勢を新たに見事に揃った芸術的なその動きで彼等の主に跪く。

 

 

    「ご尊名伺いました。いと尊き御方に絶対の服従を誓います!!!!!!!」

 

 

この日から守護者達は、明確なそれでいて確固たる思いで『肩を並べ歩む者』となるべく成長する事を目標に事にあたるのである。

彼等に託された遺産は今はまだ使えないと守護者達の総意でその時が来る日まで、各自が厳重に保管する事にした。

そしてその保管状況を各自がアインズに確認して貰い定期的にパンドラズ・アクターによるメンテナンスを要請し実施してもらうと言う御許しを頂く事で、ようやく守護者達は手元に『遺産』を保管する事を受け入れるのだった。

 

勿論全員が、アインズの言葉に応え宝物庫へ足を運んだ。

主から賜りし大いなる遺産の品々。

だが、宝物庫より他に安全な保管場所はないのでここで保管して欲しいと主に頼んだのだが、それは認められなかったのである。

 

「余程の事が無い限り破損しないので装備しても問題ない。」

 

彼等の主はそう言い各自に『遺産』を持たせると私室へ転移の魔法で消えてしまった。

自信を持ってこの素晴らしき『遺産』を身に着けるには残念ながら今はまだ力不足であり資格がないと考えたのである。

 

──────────────

  第九階層 アインズ私室

──────────────

((これだ、これだよ!))

 

アインズは自室の豪華なベッドに身を委ね、当番のメイドに席を外す様に命じた。

鎮静化され抑圧される感情を何度も繰り返し、普段であれば感じないフワフワとした心地よさを感じている。

それは『喜び』と言える感情だろう。

この機会をくれた『始祖』には感謝し共に相反する思いを感じた。

 

「ご愁傷様」

 

最高潮に達した士気の高さをもてばナザリックに最早敵はない。

これからは『支配者達』の時代である。

今更だが、アインズは『部下』ではなく『仲間』が欲しかったのだと実感した。

実在するかどうかも怪しいアイテムに頼る事はもうない!

ただ、現実問題として浮かれてばかりも居られない。

 

圧倒的な強さを感じた。

 

地下大墳墓にただ一人で乗り込み、去って行った女の実力は認めたくないが現状では太刀打ちできない程だった。

密かに唱えた探知系魔法がバグったのかと思った程なのだから…。

 

いや…アイテムか?

 

これは希望的観測だとすぐに否定する。あの女の実力だけは紛れもなく本物だ。

不明な点はまだ数多くあり、やはり情報収集は急務だろう。

 

こちらの戦力はほぼ暴かれてしまったと考えるべきか?

ナザリック地下大墳墓はほぼ見せていない。これは大きい。

ワールドアイテムに関しては、俺が身に着けている物は暴かれた可能性はあるな。

 

他の情報はどうだろうか…。

 

あの女は守護者達の能力(スペック)確認でも出来るのか?

考えれば考える程、『始祖』の存在が強大で恐ろしいものに思えてくる…。

 

…なるほど、情報を出さないのは疑心暗鬼をうむ為と考えるべきだろうな。

 

((守護者達はもう少し自分に甘くても良いのに…。そうすれば直ぐにでもナザリック全盛期最大戦力の部隊編成が完了するのだが無理強いはしたくない。))

 

まだ先の話になるのかな…。

 

しかしこれからだ。これからだよ…ノーライフキング殿。

 

──────────────

  第九階層 ショットバー

──────────────

グラスを傾け、しみじみと酒を味わう二人の姿がそこにあった。

先程、それぞれに『遺産』を託され管理する事になり何を思い何を感じているのだろう。

デミウルゴスとコキュートスは、静かに後で合流するシャルティアを待っているのだ。

この店のマスターであり副料理長クラヴゥは、そんな彼等の姿を背にグラスを丁寧に磨き上げている。

 

「お待たせしたでありんすかぇ~?」

 

シャルティアがようやく合流した。

アルコールを完全無効化するシャルティアも『あの時』からこの店を利用し常連客となっていた。

待たされていた筈の二人だが、それは些細な事でしかない。

ここにいる守護者達は満たされているのだ。つい今しがた偉大なる御方と過ごした至福の時を噛みしめているのである。

その時を味わっていたなら、クラヴゥが作るカクテルはナザリックの誰をも虜にする酒となるに違いない。

三人の守護者達は、先程迄の時を口の中でころがす様に余韻を味わい決意を新たに席を立つ。

 

「さぁ、お二人とも。忠心を尽くし一刻も早くアインズ様と共に歩めるように励みましょう!」




1行空けは難しいです。
提案下さったのに申し訳ございません。
読みやすいように区切って構成してはみました。
よければ、読みやい構成かどうか等のご意見も頂ければ嬉しく思います。

楽しんで頂けたなら嬉しく思います。


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第七話  魔導国旧帝都アーウィンタール自治区-1

原作を読んでいないので帝国が魔導国の属国となり、旧帝都の名が解らないので自治区とさせていただきました。
ご存知の方がいらっしゃいましたらコメント下さると嬉しく思います。(変更します)
自治区名が長すぎたので

魔導国旧帝国領内アーウィンタール自治区
        ↓
魔導国旧帝都アーウィンタール自治区

に変更しました。


嘗て栄華を極め繁栄の一途を辿ったバハルス帝国。

無能な貴族達を排し、鮮血帝と恐れられながらも国民の暮らし向きを良くする為の改革を断行した人物。

 

能力主義─。

 

それを謳うだけなら簡単だ。

才ある者は例え平民でもと言う皇帝に対し貴族達や保守派閥が妨害工作をしてきたであろう事は想像に難くない。

暗殺計画が密かに計画されていたかも知れないだろう。

そんな困難な状況下で彼は、見事にやり遂げた。

 

バハルス帝国 最後の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 

この改革に関して言えば、好感を抱ける尊敬すべき人物だ。

彼は、指導者としてあるべく理想の姿を追い求め、施策を実行する事でより良い暮らしを国民に届けたのだろう。

最後の皇帝と呼ばれた男は、日々仕事に明け暮れていた苦労人だったと報告を受けている。

魔導国の属国としての道を選んでからは彼にも余裕が出来たのだと聞く。

亜人種のペ・リユロと言う、生まれて初めての親友を得る事が出来たそうだ。

 

対して私はどうだろうか…。

 

ただ、この地で始祖として覚醒し、知能や身体的能力は特別な事をしているわけでも無く、極めて高い『ユグドラシル』時代のステータスを引き継ぎ、正直『化け物』である。

ゲームを楽しむ為に時間と多くのお金を費やした。

まさに『重課金ゲーマー』『ゲーム廃人』ここに極まれりと言わんばかりの人生だ。

だからこそ『ユグドラシル』サービス終了が告げられた時のショックは今でも忘れない。

 

正直に言ってしまえば、課金の為に働いていた。

知らない誰かが他の趣味や何かにお金を費やす様に、私には『ユグドラシル』がそれだった。

 

そう考えるとジルクニフの苦労に比べれば、私のそれはちっぽけなものだろう。

街外れの歴史深い教会が今は彼の寝室であり安らかに眠る墓となっている。

羨ましいとは思わない。

彼の功績を考えると当然の事だろうと素直に思えるからだ。

彼は人生をしっかりやり終えた。

そして眠りについたのだろう…。

 

 

((まったく大したものだよ。))

 

 

旧バハルス帝国の帝都アーウィンタールを散策してみると誰もが目にする事が出来る。

街のいたる所にかの皇帝の業績を称える石板があり、その内容が記されている。

彼の功績、そして生きた証と言う訳だ。

散策を終えここに辿り着いたのは、太陽が没しようと喘ぎ空を赤く染める黄昏時だった。

 

 

この地へ来て抱く初めての罪悪感。

転生万歳と喜んでいた。

勿論今も変わらないが、こんな思いを抱くとは思ってもみなかった。

当然だ、かつての現実では架空の種族。

映画、小説、漫画、アニメやゲームに登場する彼等は、悪の権化として描かれる事が多い。

 

そんな彼等が眷属を作る時の心情はどんなものだったのだろうか。

長い時を孤独に生き抜く術として寂しさを紛らわせる為だろうか。

食事をとった副作用として意図せず眷属と言う形になったのだろうか。

それともよくある吸血鬼貴族の派閥拡大の為か。

ただの作業でしか無かったのだろうか。

その全てか、想像もつかない何かがあったのだろうか。

 

この罪悪感も、この地で始祖として長く生きていく時の流れの中、薄れていくのだろうか。

『本物の化け物』になる前に、人間らしさが残っているほんの少しの時だけは、この罪悪感を抱きそれと向き合おう。

 

「私は、始祖の吸血鬼。」

 

彼等の頂点に君臨する存在として、胸の内にある憂いを断ち切ろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジルクニフ。君をこんな形で起こしてしまった事、申し訳なく思うよ。」

 

 

 

埋葬時には、きっと豪奢な衣服をまとっていたのだろう。

それも腐食し原型が解らない様になっていた。

装飾品はそのままだが、こちらは汚れが酷い。

遜色の激しい衣服であったろう布切れの下には、しわ枯れた肌では無く、白く若返りを果たした肌が覗く。

最後の皇帝ジルクニフは、眩しそうに顔に手をあて夕日を遮っている。

まだ、夢の中にいるような顔だ。

 

そろそろ、ナザリック地下大墳墓から帰還したヒルデリアが待ち合わせの場所にいる頃だろう。

アイテムボックスからスーツ一式とコートを取り出しジルクニフに投げ渡す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本来であれば、ここでお別れなのだけどね。」

 

 

そう伝えると途端に不安そうな顔をする。

訳もわからない状態で放り出されたら誰でもそうなるだろう。

ゲーム時代、対人戦だけでなくロールプレイも好きだった。

私は、『種族:始祖の吸血鬼』を獲得した時、自分のアバターに勝手な始祖設定を作っていた。

それをさも当然かのごとくジルクニフに伝る。

君の知らない事を知っているのだよ。

どうだい、博識だろう?と、笑みを浮かべてみる。

 

自分設定のプロフィールを他人が、しかもゲームを知らない人間が知る術は無いのだから当然であり、博識でもなんでもない。

ジルクニフはポカンと口を開け、私と異なる吸血鬼の赤い目で私を見ている。

 

((それは、あれか?

 痛い奴を見る目か?

 それだけはやめてくれよ!

 この世界でそんな目で見られたら耐えられないじゃないか!))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの…。」

 

 

見た目の年齢は、おおよそ二十五から九といったところか。

ジルクニフにも聞きたい事は山ほどあるだろう。

困難な人生を終え最後にはきっと達成感にも似た何かを抱き逝ったのだろうから。

勝手に蘇らされて憤慨しているかも知れない。

ナザリックに物見遊山で挨拶に行くのは、本来私だったのだがヒルデリアとルゥがそれを止めた。

代わりにヒルデリアが行くと言い出す始末だ。

彼女の自主性を尊重しようと決めたのだけど…。

 

なぜ止めるのかは分からない。

 

対人戦好きの私がナザリックに一人で戦争を挑むと考えたそうだが失礼な話である。

こんな素敵世界で、家族すらいない私が『娘達』を持ち家族を得たのだ。

無暗に彼女達に危険が及ぶような行為は取らないと思うのだけどな…。

それでも止められたのだから他にも理由があるのだろう。

ヒルデリアはよく出来た子だ。

私には見当もつかないので後で聞いてみる事にした。

 

 

「ジルクニフ。

 聞きたい事は山程あるだろうし、私はそれに応えたいとも思っている。

 勝手に起こされて、私によく無い感情を抱いているのかもしれない。

 だけど、今はこう言わせて欲しい。

 

 『真祖への覚醒おめでとう』と。

 

 私はこれから大切な用があってね。

 いつでも構わない、君も知っているだろう『グリモワール大迷宮』の事は。

 いつでも歓迎するよ。」

 

 

 

 

そう言うと夜空を切り取ったかのようなロングコートと腰まで長く手入れされた白銀色の髪を持つ

男は、見た事も無い優雅な動きで立派なシルクハットを取りジルクニフに挨拶をする最中に、どす黒い煤に姿を変え北東の空へ去った。

端正な顔立ちをした男の瞳が不思議な緑色をしており、猫のような縦線があった事に気付いた。

その瞳を覗いた時、かつて感じた事のある『凄まじい恐怖と絶望』とは異なる『畏敬の念』を感じ

た。それは最早、『崇拝』と呼べるものだろう。

 

徐々に意識が明確になり思考が回転をはじめる。

 

 

なんだ…なんなんださっきの男は…。

皇帝である俺を呼び捨てに…。

 

違う!そんな事ではない!

 

最早人間では無いジルクニフには本能的かつ身体的にあの男が上位存在だと理解していた。

この若々しい体も彼がもたらしてくれたのだろう。

 

 

それに、彼は『グリモワール大迷宮』そう言ったのだ。

 

ん……そうだ。グリモワール大迷宮だ。

 

 

アインズの出現と共に色々調べた。

あの『御方』に俺は、かつて助力を乞う事を提案したが誰かが止めるので疑問に思ったのだが…。

あれは、確か…フールーダだ!爺が止めたのだ!

 

帝位につく事で初めて知らされる帝国を裏で牛耳る大貴族が大迷宮にいた筈だ。

 

あの『御方』は一部の者しか知らないその名を口にした。

すると先程の『御方』がグリモワールの主なのか?

強大な力を抑えているような印象も受けた。

 

…あの『御方』は不老不死の化け物…なのか…?

 

 

いや、アインズの例もある…。

アインズ・ウール・ゴウン魔導国、アイツはどうなった!!!

 

 

間違いなく俺は死んだ。魔導国の属国として終えてしまったが人生を全うした。

その筈だ…。

だが、もっと時間が欲しかった。力が欲しかった…。そう願っていた。

 

ジルクニフの頭の中は”グワングワン”と言った感じで激しい頭痛にみまわれ、時間間隔が狂いそうになりながら生前の記憶を思い出そうとする。

自身に向けた激しい感情に支配されそうになった。

アインズに従属化を告げた後は気楽に過ごせたし、存外悪い事ばかりではなかった。

リ・エスティーゼ王国のような結果にはならなかったのだ。

友人も得た。

万々歳ではないか…。

 

 

 

 

 

 

 

「何が万々歳なものか!!!」

 

 

 

ジルクニフは愚かではなかった。

自身の変容は既に理解している。

人間とは違う、『何か』に変わった事を。

力が漲るこの肉体、だがその能力は解らない。

解らなければ、力が無いのと同然だ。

頑丈な若々しい肉体。

ただ、ジルクニフはそれだけで満足するような男では無いのだ。

説明を求める程度であればあの『御方』はお許しくださるだろう。

何をすべきか、どこへ向かうべきなのか、与えて頂いた衣服を着用しながらグリモワール大迷宮のある北東へと歩み始めた。

 

 

 

──────────────

   どことも知れぬ街

──────────────

 

『蒼の薔薇』

 

その名を関する冒険者達。

彼女達と過ごした時は、大切な宝となり今も鮮やかな思い出として彼女の中で生き続けている。

 

『国堕とし』の二つ名を持つ大吸血鬼。その二つ名を知る者はもういないだろう。

 

悠久の時を生きる吸血鬼にとり、彼女達の様な仲間と呼べる者達との出会いはそう無いだろう。

 

 

不老の化け物なのだから…。

 

 

魔導国にくみすれば…。

街の人々の安全を守るため、魔導国の傘下に与した憧れの『漆黒の英雄モモン』の詳しい話しを聞けるかもしれない。

だが、人類最強の英雄であれ人間種であれば寿命がある。

彼が生き続けられるであろう時は既に過ぎさっているのだ。

 

きっと死後も冒険に明け暮れているのだろう。

彼を思い出すたびに自然と柔らかな表情になる一瞬を彼女は愛しているのだ。

 

魔導王はきっと復活呪文を使えるだろう。

だが、彼女の知る彼は、誇り高く決して人間を捨てるような人物では無いのだから。

 

魔導国が王国を滅ぼしにきたあの日、イビルアイと呼ばれた少女の姿をした吸血鬼は、かつての素晴らしい仲間達と共に逃げた。

そして王国から遠く離れた土地で、しばらくの間は仲間達と冒険者を続けていた。

やがて仲間達も老い、そして今は安らかに眠っているのだろう。

仲間達に吸血鬼化を薦めた事が一度だけあった。

彼女達は、礼を告げた後にその申し出を断り、自分達と言う仲間がいた事を時々で良いので思い出して欲しいとイビルアイに告げたのだ。

吸血鬼化を薦めたのは、その時一度きりだ。

嘗ての仲間達もまた人として誇り高く生き、そして逝ってしまったのだ。

彼女達との約束を胸に、吸血鬼は旅に出たのであった。

 

 

 

 

「私が生き続ける限り、オマエ達は私と共に生き続けるんだからな…。」

 

 

 

 

キーノ・ファスリス・インベルン。

怪しい仮面をつけ、大切な仲間達といた当時の姿そのままでいるのだから、少しぬた所はあるが、今の彼女は、『イビルアイ』の名を捨てていた。

 

イビルアイの生存。

 

そんな話が魔導国に伝われば、冒険者を集めていた魔導王だ。

『蒼の薔薇』に所属していた人外の者の存在は把握していて当然だと考えるべきだ。

だが、永遠の時を生きる吸血鬼であるとは知られていない筈だと彼女は考えている。

ゆえに、旧リ・エスティーゼ王国付近。魔導国領内にはなるべく近付かないようにしているのだ。

 

漆黒の英雄モモンの情報は、吟遊詩人達が今尚謳い続ける英雄譚でのみ聞く事が出来る。

極大級魔法詠唱者の気配を消しさり、酒場の隅にある暗がりの席を選ぶと少しのアルコールを嗜むようにグラスを口に運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは突然の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酒場の隅にある暗がりの席、そこで聞いていた吟遊詩人が奏でるモモンの英雄譚。

『実際は、もっと凄かったんだぞ。』と、ほくそ笑みながらアルコールを口に運び瞳の裏に焼き付いた『漆黒の英雄モモン』の勇ましい姿を思い浮かべていたその瞬目、凄まじい力に抑え込まれた。

その圧に潰されそうになりながら”ガタン”と大きな音をたて眼前のテーブルに両手を置き体を支える。現状の把握に努めるよう心掛けるが何も出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

((まさか、魔導国か…!この圧は…魔人…魔導王…一体なんだ…!!!))

 

 

グラスは、テーブルの上でクルクルと回り、液体である筈のアルコールは零れ落ちる事もなく、まるで透明の物体と化し、元からそこにあった装飾のようにグラスと一緒にありえない程ゆっくり回転している。

 

冒険者を集めていた魔導王。

キーノは、魔導国に対し良い印象を抱いていない。

そんな者がかつてアダマンタイト級冒険者として知られていた。

 

ならばここへ訪れた目的はただ一つ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

((滅ぼされる!!))

 

 

 

 

 

そう感じたが、不思議と恐れはなかった。

仲間達の元へようやく逝けるのだ。

そして、叶うなら『あちら』でも蒼の薔薇として冒険を続けたいと願った…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ。君、人間ではないね?」

 

 

そう尋ねられた。

その後、先程迄彼女を支配していた圧し潰すかのような途方もない力は消えさっていた。

即座に立ち上がり周囲を見回すが、先程迄と同じく酒場は賑わいを見せ、アルコールに酔い饒舌に仲間達と語り合う酔っ払い共の姿を確認できる。

吟遊詩人も変わらず漆黒の英雄譚を謳っている。

 

((一体先程の『アレ』はなんだったのだ…。))

 

アルコールを飲んだせいなのだろうか…。

で、あるならば今日は飲み過ぎている。

アルコールを完全無効化出来ないまでも耐性はある。

だからアルコールを楽しむ事が出来る。

小さな体で無理をして2,3本のボトルを空け、ようやく酔いを楽しむ事が出来るのだから今日は相当飲み過ぎたのだろう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*カツ・カツ・カツ*

 

 

 

酒場の喧騒の中、やけに鮮明に聞こえるピンヒールの歩行音が近づいてくるのが分かる。

 

 

((酔っていたのでは無い!!何かが近づいてくるぞ!間違いなくここへ来る…。

 なんだ、このオーラは…。魔人か!?))

 

 

混乱していたが、この場から即座に立ち去らなければならない事だけは理解できる。

 

 

((あんなモノに滅ぼされるなら魔導王に一矢報いた方がまだマシだ!!

 一刻も早く転移魔法で立ち去ろう!

 モモンの英雄譚を謳っている吟遊詩人、酒場の人達………。))

 

 

 

 

 

「クソッ!!!」

 

 

 

 

キーノは、最大級の威嚇と警告を込め叫び凄んだ。

 

 

 

 

「おい、お前!そこで止まれ!

 い、いや…外に出ろ!!!」

 

 

 

酒場の喧騒の中、キーノの声が特出して響く事は無い。

賑やかな場所と言うのはこう言う時に問題だと思う。

近付いてきた女は、少し困ったような表情を見せその場で立ち止まった。

 

 

 

「何者だ!

 オマエ魔導国の手先か!?」

 

 

 

『魔導国』この単語がいけなかった。

 

アルコールを楽しんでいる酔っ払い達の酔いを一気に覚ましたのである。

せっかくの気分を台無しにしてくれたのはどこの誰だと酔っ払い達は周囲を見渡し酒場一角の暗がりで目がとまり釘付けとなった。

テーブルの奥には、怪しげな仮面をかぶった旅人風の少女が、少し離れた場所には背中が割れ素肌が露わになっている豪華なドレスをまとった金髪の女と対峙している。

この状況は余り宜しく無いのではなかろうか…しかし、人間とは残酷なものだ。

怖いもの見たさからか『魔導国』の手先と呼ばれた女が旅人の少女に何をするのか注視し、ただその時を待っている。

 

 

まるで見世物小屋かのように…。

 

 

 

「…人間と言うのは…。

 外ですか…申し訳ございませんが、お断りさせて頂きます。

 私は魔導国如きの手先ではありません。

 貴女の元に訪れたのは主様の願いだからです。主様は、貴女とお話がしたいそうなのです。

 主様の元迄、素直に来て頂けると私としては助かるのですよ。」

 

 

『魔導国如きの者ではない。』ただそれだけを答え、淡々と主の意向を有無を言わさず伝え、主の言に従うのが当然だとでも言うかのような態度だ。

目前に現れた豪華なドレスをまとった女は、胸の前に手を当て腰を折るとクルリと反転し、キーノにその後に続かせるよう優雅に歩き出した。

この女が歩くその先には『主様』とやらがいるのだろう。

 

((魔導国如きだと…ふざけているのか…))

 

先程の『人間では無いね』とキーノの正体を言い当てた声の主。

低いが決して威圧的ではなく、なぜか心地よいとさえ感じた声の持ち主がこの女の『ご主様』と言う事なのだろう。

前を歩く女は、社交界等にいる淑女とは違う。

高価なドレスをまとってはいるが一部の隙も無い。

仮に後ろから攻撃姿勢に入ろうものなら即座に確実な『死』が待ち受けているだろう。

 

まだ死ねなくなった。

 

この女の『主様』とやらを見てみたくなっていたからだ。

キーノを二階席へ案内すると、奥の暗がりに端正な顔立ちをした不思議な双眸を持つ男が優雅に腰をかけている。

 

 

 

 

 

 

 

「かけて欲しい。」

 

男が静かにキーノに席にかける様にうながした。

 

先程聞いた声と同じだ。

キーノは、即座に先程の言葉に魔法が込められているのだと理解した。

自身が極大級魔法詠唱者であるからこそ導き出せた考えである。

これは重力系の魔法だろう。

 

((無詠唱で魔法を行使するとはとんでもない…。『化け物』どころの話ではないぞ…。))

 

 

 

 

 

「私の名は、バルディアだ。

 そして君をここへ案内した彼女は、ヒルデリア。

 私の娘だよ。綺麗な子だろ?

 

 なんでも好きな物を頼んでくれても構わないよ。

 安酒場で申し訳ないのだけどね。」

 

 

 

 

((ん~?なんだ?この状況は一体なんなんだ!!!

 この男は間違いなく魔導国の者だろう!))

 

 

 

 

「なら、厚意に甘えさせてもらうぞ。」

 

 

その言葉にドレスの女が形の良い眉を僅かにひそめたのが分かったが、注文の品が届いていない状況で話を終えるとは思えない。

何か明確な目的がある筈だ…そう、例えば…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君、吸血鬼だね。」

 

 

 

 

((なっ!!!!))

 

 

 

 

 

「ははは…吸血鬼だと…?」




皇帝様とイビルアイちゃんの登場
ジルクニフはよく頑張ったと思います!

キーノ・ファスリス・インベルンと言う名前を少しの間つかわせて頂きます。

楽しんで頂けたなら嬉しく思います。


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第八話  裏切りと言う名の行為を嫌う

前回の続きと『グリモワール大迷宮』日常の一コマです。
楽しんで頂けると嬉しく思います。



翌朝目覚めると、そこは一週間前に拠点とした安宿の一室だった。

狭く、かび臭いベッド。

小さな丸テーブルには、空になった水差しとグラスが配されている。

人間が一日の疲れを癒す程度の環境ではあるが、決して快適な空間とは呼べないだろう。

 

大きなため息をつきながら、ベッドに横たわり天井を仰ぐ。

ひらかれた小さな手を天井にかざし、あの酒場での出来事を思い出していた。

強大な存在感に圧し潰されそうになり席についた。

そこまでは、ただ力を誇示する『暴力こそ絶対の真理』と考えている人物なのだと確信していた。

 

 

 

 

 

しかし、その後だ…。

 

 

食事はどうかとか?

娘自慢とか?

あの凄まじいプレッシャーの正体が何であったのか疑問は残るが、本当に気が抜けた。

あの時の確信は、一体何だったのだと…。

 

そこから話の流れでキーノは『蒼の薔薇』として経験してきた事を誇らしく自慢気に語った。

勿論、全ての経験談では無い。

彼女の生きてきた年月は一夜で語られる程ちっぽけでは無いのだから。

 

なぜ、あんなにも楽しめたのだろう?

 

『蒼の薔薇』の様に、気の置ける仲間達とは違う。

しかし、彼等と過ごした僅かな時間とその空間は、決して彼女にとり不快なものでは無かった。

 

寧ろ、心地よく充実した時を過ごせたとさえ感じている。

 

久しぶりに、誇れる仲間達『蒼の薔薇』の事を話せたからだろうか?

『漆黒の英雄』の勇ましさを語る事が出来たからだろうか?

それとも『あの話』なのか…。

 

例えるなら、誰にでもある未熟な時代。

優しく物知りな大人達と遊んでいた幼少期。

そんな昔の事等、記憶の彼方であるから正しい表現になるのかは分からないが…。

とにかく。そんな感覚を得たのだ。

 

彼は終始、聞き手に徹していたかのようだ。

こちらの話を上手く聞き出し、経験談を語る『キーノと仲間達の冒険譚』を真剣に、時に驚いたかの表情を見せてくれたのだ。

そんな主を見て、最初は威圧的だった美しい女も時折微笑みすっかり打ち解けていた。

 

そして、あの言葉だ…。

 

 

 

 

 

 

 

「君が『誇れる仲間達』そう語る彼女達…

 …

 君は、そんな存在と交わした約束を胸に生きているのだよね? 

 そうであるなら、『イビルアイ』の名を捨てるのは如何なものだろう?

 私は、悲しく思うよ。」

 

 

 

 

彼の言う事は最もだ。

『蒼の薔薇』アダマンタイト級冒険者チームの一員。

それはキーノ本人の核として、あるのだから…。

他人に言われる迄もない事だ。

しかし今は、キーノと名乗っている…。

わかってはいた。

理解してはいるが…感情は別である。

 

 

 

 

 

「…それは!!

 …

 …ワタシは魔導国が大っ嫌いだ!

 ……

 仲間達と過ごしたあの場所は、かけがえの無い場所だったんだ!!!

 ………

 それを、それを!!!!

 

 ワタシだって…ワタシだってな!!

 …………

 …戦わず逃げ出した…。

 それだけは、変えようの無い事実だ。

 …

 だがっ!!!

 

 ワタシでは…どうする事も出来ないんだ!!

 

 …仲間達の安全を最も優先すべきだと考えた!

 ワタシは、あの時の自分の判断が間違っていたとは今でも考えていないぞ!

 …ワタシだってな…。

 ……

 …『国堕とし』等と大層な二つ名で呼ばれてはいたが、実際はこんなものさ…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐れているのだね。」

 

 

泣いているかの様にしゃくり上げる声でキーノは、この100年誰にもぶつける事が出来ず、

ヘドロの様に心にへばりついた激情を…思いのたけを吐き出す様に叫んでいた。

これまでキーノの話を聞き、先程の言葉が彼女にどんな剣より鋭利なもので残酷なものなのか、

彼は理解した上で口にしたのだろう。

バルディアと名乗った男は、その激情を受け入れ短く答えたのだ。

 

彼は、キーノの心情に理解を示し、無神経な事を聞いていしまったと陳謝していた。

その謝罪を受け入れない程、キーノは狭量ではない。

ただ、結果的に蓄積されていた不の感情を大声で叫び誰かにぶつける事で、ほんの少し僅かではあるが心が軽くなっている様に感じていた。

 

((…グリモワール大迷宮かぁ…。))

 

そこへ行けば彼等に会えるそうだ。

 

「どうしても辛く耐え難い困難が君の前に立ち塞がり道を見失っているならば…。

 …

 そうだね…。

 一度、『グリモワール大迷宮』に足を運んでみて欲しい。

 歓迎するよ。

 仮面の下の素顔を私が知る事は無いのかも知れない。

 だが、君に笑顔で満たされる日の訪れを心から願っているよ。

 大迷宮であれば『長い孤独』を恐れるような事は無いのだから。」

 

初めて聞く地名だ。

旧帝都付近に新しく娯楽施設(テーマパーク)でも出来たのだろうか?

それは、魔導国旧帝都自治区から随分離れた北東にあると話していた。

 

((そんな物あったか?))

 

無いなら無いで良かった。

仲間達との別れ、憧れた英雄の背中、魔導王へ挑む力も無い不甲斐なさ。

悲しい出来事が多く、耐えがたい屈辱を味わった。そんな事が続くと嫌でも下を向いて生きてしまう。

 

惰性で過ごしてきた長い長い孤独の日々…。

 

ただただ彼女の世界をモノクロへと化し、そこから得られるものは何もない。

そんな彼女の体が、心が、再び鮮やかな色彩を取り戻す事を望んでいる事に気付けたのだから。

一週間前に拠点と定めた安宿の主人に別れを告げ、外に出る。

上を向き思った事は、空はこんなにも広く青く美しいものだったのだと、当たり前すぎる事実に感動していた。

 

 

「ワタシの名は、イビルアイ!!」

 

 

 

──────────────

    大迷宮 御屋敷

──────────────

 

最近では、転生前の自分よりバルディアとしての立ち振る舞いの方が馴染んできていた。

それが何によるものなのか判明していないのが、ほんの僅かな不安材料ではある。

ただ、漠然と人間では無くなった事による物では無いかと考え、結論の出ない事に時間を費やすのを止める事にしたのだった。

 

ロベルトが御屋敷の庭師としての全ての仕事を終えた頃、少し離れた場所でバルディアがその手際の良さに感心していた。

その姿に気付いたロベルトは、彼の恐ろしい主である始祖の吸血鬼バルディア・ブラッゼ・アンティウスの元へ歩み寄った。

 

「お帰りなさいませ、旦那様。」

 

「君もお帰り、それといつもご苦労様。

 君は、本当に素晴らしい庭師だよロベルト。」

 

朝の何気ない風景である。

旦那様は、いつも自分の仕事を誉め労ってくれるのだ。

覚醒した頃と少し雰囲気が変わった様に感じるのだ。何より圧倒的な存在感だ。

力を抑え隠していも大迷宮内や付近にいるのであれば、旦那様の存在を感じ取る事が出来る。

旦那様が手にしたバスケットには御屋敷で調理された朝食と貯蔵されていたワイン。

そして逆側の手にはグラスを二脚手にしている。

 

旦那様と朝食を取り同じ時を過ごす。

 

自身の創造主では無い。

 

ただ、それだけの理由で他の二人に気を使っていたのだが、それはただの杞憂でしかなかった。

ヒルデリアもルゥ=ルウも主と過ごす時間を重要だと考えているからだ。

 

ロベルトは、もう一つの仕事についての報告しようとした時、バルディアはそれを遮った。

 

「朝食を楽しもう。」

 

短くそう言うと旦那様が突然この大迷宮に現地の者が加わると言うではないか。

驚きを隠せない私を見て、とても愉快そうに笑っている。

こうした飾り気のない所もまた旦那様の魅力の一つだろうな。

だた、このグリモワール大迷宮の一員として迎えると仰せだ。

それなりに有能でなくては困る。

旦那様の御力になれる存在だろうかと考えていると、難しい顔をしていると指摘されてしまった。

ただ、この地に来て初の眷属と同族が仲間に加わるだろうから、よろしく頼むとの事である。

ヒルデリア殿との戦闘訓練で死なない程度には鍛えなくては…。

ルゥ殿にもお願いしてみるか…。と考えているとまた難しい顔をしていると指摘されてしまった。

 

バルディア様は裏切りを許さない御方だ。

 

小さな裏切りは裏切りでは無い。

ただ力不足だったのだと許容して下さる御方ではある。

 

単に『裏切り行為』と言うものが御嫌いなだけらしい。

 

国家を転覆させる程の裏切り行為を行ったのは、私の調べでは二名だ。

ただ、その両者共にかの魔導国に所属しているのではないかと言う事が問題だろう。

報告すべきかどうか迷っていると旦那様は、私の肩に手をあて悩む事は何も無い。

ただありのままの事実を教えてくれれば良いと仰せになられた。

 

「今現在、私の調べでは、この二名と従者が一名となっております。」

 

 

「よく調べてくれたね。…ありがとう。」

 

 

 

((!!!!雰囲気が変わった!!!!))

 

先程迄、朝食をご一緒していた旦那様とは思えない。

あの優しく端正で美しい御顔が、ほんの僅か雰囲気が変わるだけで、こんなにも恐ろしく感じてしまうものなのか…。

 

背筋が凍る思いである。

 

生物としての防衛本能だ。全身の毛が逆立ち身動き取れない状態に陥る程の絶対的な恐怖。

『蛇に睨まれた蛙』そんな言葉が旦那様の元の世界にはあるそうだ。

成程、これがそれなのだろう…。

そして、本当に何も出来なく、終わるのだと実感した。

 

すると私の様子に御気付きになられた旦那様が、慌てて先程迄と同じ御優しい表情で怖がらせてしまった様で申し訳ないと謝罪されるので、恐れ多い事であると御伝えすると困った顔をされてしまった。

 

どうやら旦那様は、私と友人関係を築きたいと御考えておいでだそうだ。

 

身体能力や知力等の差異は関係なく、尊敬に値する人物であるかどうかが全てだと仰るのだ。

 

旦那様の話では、確証は無いが十日から長くても二十日以内には、両名がグリモワール大迷宮へ訪れるであろうとの事だ。

ルゥ=ルゥに連絡を入れておくようにと、何かと私をルゥ殿と関わらせようとする。

 

ルゥ殿は、なぜか怖いのだ。

 

それを知っているのだろうか…。

旦那様はルゥ殿との連絡役を私に任せる事が多い。

 

「頼んだよロベルト。

 今夜、屋敷のテラスで一緒に飲もう。

 約束したからね。」

 

そう仰せになると、その姿が煤に変わり飛散してゆくと御屋敷の邸宅へと消えていった。




楽しんで頂けたなら嬉しく思います。

出来るだけ早めの更新を心掛けますが、ちょっとした諸事情により多少遅れる事があるかも知れませんが、引き続きお楽しみ頂ければと思います。


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第九話  グリモワール大迷宮ー1

今回からグリモワール大迷宮のお話にが本格化します。

楽しんで頂けたら嬉しく思います!


───────────────

 大迷宮中央 御屋敷 邸宅前

───────────────

大迷宮の管理者ルゥ=ルゥは、最近姿を見なかったロベルト・ダンと御屋敷邸宅前の木陰で寝転びながら空を見上げていた。

ルゥは、300年前に覗き見た帝国騎兵団とヒルデリアの戦を思い出すだけで、人間種嫌いに拍車が増しイライラする。

ただ、あれ以来グリモワール大迷宮に近づく人間種は少なくなったので、最近では退屈していると言う事だ。

まったく、わがままな姫君だとため息がもれる。

見た目は、お子様だがこの『グリモワール大迷宮内』ではヒルデリアでさえ勝てない恐ろしい存在として誰もが知る人気者。

横でブーブー言ってる幼女よりヒルデリア派だが、そんな事は口が裂けても言えない。

ロベルトは、情報収取として周辺諸国に足を運ぶ事が多くなったと横で不貞腐れている姫君に構わず話し続けた。

 

「ルゥも外に行きたいぞ!

 ブッコロス!

 ギッタンギッタンにケチョンケチョンにブッコロス!

 わがまま言わないルゥは偉い!」

 

ロベルトには、この小さな悪魔…もといドライアドのルゥ=ルゥが『わがままでは無い』と自称する意味が分からなかった。

旦那様がルゥ殿の事を話し、気遣って欲しいと私に仰せになられていたなぁ…。

 

『ロベルト、この地へグリモワール大迷宮が転移してから300年経つのだね。

 随分と長い時を君達は過ごしてきた。

 これから訪れる未来、ルゥの世界はこのグリモワール大迷宮が全てなのだよ。

 だから君にお願いしたい。

 彼女の力になって欲しい。』

 

((私など、ルゥ殿の足元にも及ばないと言うのにどうすれば良いのだろうか…。

 ヒルデリア殿も旦那様と同じような事を口にしていたよな。))

 

『ロベルトさん、ルゥちゃんと遊んであげて下さいね。』

 

まったく恐ろしい事を言う方だ。

血塗れに成っている未来しか見えないのだ。それ程までにロベルトは、ルゥ=ルゥを恐れていた。

ルゥ殿は、本当に愛されているのだと知った。それがグリモワール大迷宮への貢献度合い、つまり能力差の違いでは無いだろうかとも考えた事もあった。

だが、旦那様より私に大変栄誉ある事に形は違えど同じように考えている。そういった語り口調でお話しを受けた事もある。

あの言葉は、ロベルトには大変ありがたかく感じていた。

高い能力を有する他の皆の中で、自分の能力もまた誇りに出来る物なのだと卑屈にならずにいられるのだから。

改めて考えるとルゥ殿が知る人間は、300年前大迷宮前で勃発した出来事に起因し、人間種を攻め込んでくる敵対者としか認識出来ていないからなのかも知れない。

その後、へり下る人間の対応はヒルデリア殿がなされていたのだし…。

 

((まぁ、あれじゃ好きになれないよな…。))

 

先ずは300年間、目を背けてきた存在、ルゥ殿を知る事から始めなければいけない。

今の所『残虐な大迷宮管理者』としか認識していないのだから…。

彼女の事を知らないから恐れてしまう。多少知る事が出来れば少しは違うかも知れない。

 

「ルゥ殿、外は危険ですよ。」

 

「そうなのか!?」

 

「いえ、ルゥ殿であれば大丈夫だと思いますがね…

 人間達の組織力は馬鹿に出来ませんぜ。

 それを管理している魔導国も恐ろしいですし、怖いものばかりです。」

 

「むぅ…そうか…。

 ワンコロが虐められたら私が助けてやるからな!」

 

「その時は、私の事はわす…いえ、ありがとうございます。

 …

 ……

 ルゥ殿!

 他の誰にも真似が出来ない大切な仕事があるじゃないですかい?

 私とゆっくり話していて大丈夫なので?」

 

ロベルトがそう口にすると、大迷宮の小さな管理者ルゥ=ルゥは”シュタッ”っと身軽に立ち上がり、未だ空を眺めているロベルトを見下ろし親指を立て”ニカッ”と笑った。

小さな悪魔は、ロベルトを助けてくれると言った。

 

その言葉が素直に嬉しかった。

 

今日迄の300年間、背を向け積極的に関わろうとしなかった大迷宮の小さな『守護神』を敬礼で見送り願う。

 

この先、ルゥ殿が戦う日が訪れない事だけを。

 

「ご健闘をルゥ殿!」

 

*てっく・てっく・てっく*

 

てくてくと歩いて行く後姿は、本当に愛らしい。

今迄、どうしてあれ程ルゥ=ルゥを恐れていたのか疑問にさえ思えてくる。

だが、この日を境にルゥは、ロベルトに『ちょっとした悪戯』を仕掛けるようになるのだ。

大迷宮管理者の一日は、多忙を極める筈なのだが…。

結果、ロベルトを鍛える事に繋がっているのだが二人は気付いていない。

 

「上よ~っし!

 右よ~っし!

 左よ~っし!

 後ろよ~っし!

 前よ~…むっ!なんかおるぞ!!」

 

前方の異変をルゥ=ルゥは、メッセージの魔法を使い即座にあるじに伝えた。

男と女二人が大迷宮入口に立っている。

 

**あるじ~。大迷宮の入り口~なんかおるぞ~。

  男と女だ~。アレ人間じゃないぞ~ブッコロスか?**

 

**ルゥ、慌てなくて良いよ。きっと彼等は、新しく家族になる者達だ。

  ルゥは、あの二人の姉と言う事になるね。

 

  さぁ、大迷宮入口から中央の邸宅迄、道を作って欲しい!

 

  勿論、彼等が通った後は即座に迷宮構築も忘れないようにね**

 

**あいわかった~。あるじ~姉として頑張るぞ~**

 

───────────────

  大 迷 宮  入 口

───────────────

鮮血帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス

ようやく辿りつく事が出来た大迷宮。

まず驚かされたのはその規模だ。

かつて、自身が統治していたバハルス帝国の大貴族。

ここに帝都が幾つ入るのだろうか…そんな事を考えてしまう程だ。

 

((魔導国に対抗しうると考えたから、爺は協力要請を止めたのか?))

 

大迷宮の入口に、怪しい仮面に赤い外套を羽織った少女が立ち尽くしていた。

真祖に覚醒したジルクニフには、目の前の少女が人間種でない事に気付く事が出来た。

生前であったなら、こんな化け物と遭遇していたら腰が引けていただろう。

だが、少女の存在に怯む事は無い。

ここで引き返すと言う選択肢を持ち合わせていないからだ。

彼には彼の目的がある。自身の変容、漲る力の正体、己の変化全てを理解しなければならないと考えている。

 

ここに辿り着く迄、飲まず食わずでやって来た。

空腹感は無い。

喉は乾くが対して苦にならない。

ただ夜間と比べれば、日中は若干行動が阻害されているように感じたが動けない程では無かった。

 

『真祖』とは、一体何なのか知りたかった。

そして何より、あの『御方』に御会いしたかった。

 

 

蒼の薔薇イビルアイ

大迷宮…。

こんなものがあったのかと自身の目を疑った。

 

((実在したのか…))

 

魔導国考案の娯楽施設程度にしか考えていなかったイビルアイにとっては衝撃的な光景である。

視界でその規模を測る事は困難…いや、不可能と言える巨大迷宮。

招待を受けたのは良いけど迷路になっていては辿り着けるか分からない規模だ。

おそらく、転移、飛行の魔法やアイテムは使用不可能になっているのだろう。

入口は解放されている。

 

((まるで、地獄の門だな…。))

 

そんな事を考えていると背後から、迫り来る巨大な存在を感じた。

イビルアイは、ゴクリと唾を飲み込む。

あの酒場で感じたものに比べれば耐える事は可能だ。

しかし力の規模に比べ、それは不自然な程不安定に感じられる。

ここまで来たら何が現れても驚かない。既にそんな次元の話では無いのだから。

あれこれ考えている間にも事態は動いている。

 

後方の注意対象を見失ってしまった事に気付く。

そして、それは当然かのように真横に存在しているのだ。

 

真横に立つ男の顔に見覚えがあるが、羽織っている衣服のせいだろうか上手く思い出せない。

黒一色の衣服に色白で赤い目…赤い目?

 

((コイツ吸血鬼か!?しかしこの顔…。見覚えのある顔だぞ!))

 

真横の存在に注意を払いながら、入り口を見ていると男が話しかけてきた。

 

「お前、吸血鬼だな。あの御方と会うつもりか?」

 

「お、お前ではないぞ!イビルアイだ!それにワタシは、招待されたからな!」

 

イビルアイと言う名は聞き覚えがあったが、この女はあの御方に招待を受けた方だ。

思い出した方が後々良い関係を築けるのでは無いか…帝国の絶対者であった頃のジルクニフには無い思考回路だが属国化した判断を下せた彼の思考は柔軟である。

生前より遥かに多くの事を同時並列化し、その結果を導き出せるよう昇華する事。

バルディアは、ジルクニフにそれを望んでいた。

 

「それは失礼したイビルアイ殿。私はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスだ。」

 

こいつ最後の皇帝か!

イビルアイは、その名を聞き男の顔を今一度注意深く見る。

彼の皇帝は、魔導国の属国化の道を選んだ人物だ。

そんな男がなぜ吸血鬼化し、ここにいるのだと言う疑問が浮かんだ。

それを見越してだろう、ジルクニフは言葉を続けた。

 

「私は、こちらの御方に『真祖』として覚醒させて頂いた。

 彼の御方に今一度拝謁願いたくこうしてここにいるのだよ。」

 

もう、驚かないぞと決めていたイビルアイだが、その決意は硝子の様にいとも容易く粉砕された。

 

((真祖として覚醒ってなんだ!?

 真祖は、最上位の吸血鬼ではないのか!?

 

 …違う!!

 

 ジルクニフの言葉は、更なる上位種が存在するとでも言うかのような口ぶりじゃないか!

 では、あの酒場でバルディアと名乗った男がそうだと言うのか?))

 

「ち、ちなみにその『御方』はだが、ど、どんな容姿をされていたのだ?」

 

((なぜそんな事を聞く?

 直接御会いした事がないのか?

 招待は、招待状のような形で受けたのか?

 私が偽証しているかどうかの確認か?))

 

多くの可能性が頭の中でぐるぐる回るが、こうしてこの大迷宮の入り口前に立っている。

その事実が重要なのだ。

招待を受けたと言う彼女が、私の偽証を確認する為の質問であるならば…。

偽証はしていない。途中から考えるのをよし、同族のよしみと言う事で彼の御方の容姿を語ろうとした正にその時であった。

イビルアイが地獄の門と例えた大迷宮。

その迷路の壁が、入り口の幅だけ不気味に動き中央の邸宅迄の道が形成されたのだ。

 

「君は、招待を受けていたから当然だろうが、私は違うのだよ。だが、大迷宮への入場をお許し下

 されたようだ。」

 

コイツ、ほんとに皇帝だったんだよな?

ジルクニフの『鮮血帝』と言う異名が嘘では無いかと思える程だ。

少なくともイビルアイには、ジルクニフの表情は純真無垢な子供が浮かべる笑顔そのものに見えた。

 

「ヨカッタな!行こうじゃないか!」

 

王国と敵対していた帝国の主。

だが、イビルアイには同族の存在が素直に嬉しかったのだ。

二人並んで遥か先に見える邸宅へと歩き出すと、これまで歩いて来た道は既に無く大迷宮の名の通り迷路の壁が構築されてゆく。

どれだけ歩いただろうか分からない。

ただ目の前の道を真っ直ぐ歩いているだけで、ざっと六時間は経過しているだろう。

 

───────────────

  大 迷 宮  庭 園

───────────────

ようやく、庭園に辿り着くとそこに現れたのは女性の執事である。

イビルアイは、この顔を知っている。あの酒場で場違いなドレスを身に着けていたヒルデリアと名乗っていた女性だ。

ヒルデリアは左手を胸に当て、少し腰を折ってから背筋を正した。この一連の無駄の無い美しい動作を皇帝であったジルクニフでさえ見た事がなかった。

 

「ようこそおいで下さいました。 

 ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様

 そして、イビルアイ様。

 我が主バルディア・ブラッゼ・アンティウスが御二方のお越しをお待ち申しておりました。

 我が主の元迄、このヒルデリア・クロスがご案内させて頂きますが…。

 その前にイビルアイ様。」

 

「なんだ?」

 

「確認させて頂きますが『イビルアイ』。そうお呼びしても宜しいのですね?」

 

イビルアイは、その問いに頷き答えた。

すると他の使用人がヒルデリアに美しい装飾が刻まれたグラスを渡した。

グラスに注がれているのは、煌めく液体。

アルコールの類では無い美しい『赤』。

 

吸血鬼である二人には、それが血液である事を瞬時に理解出来た。

 

「ジルクニフ様は既に頂いているとの事なので、こちらはイビルアイ様へのウェルカムドリンクと

 言う事になりますわ。」

 

ヒルデリアが笑顔でイビルアイにそれを勧めるので、素直に頂くことにした。

ゴクリと喉を鳴らし一気の飲み干す…。

身体制御を失い”グラリ”とその場に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

!!!!!

 

 

次にイビルアイを襲ったのは、体中の血液が沸騰するかのような感覚。

火傷程度の痛みでは無い。

 

 

 

 

 

 

 

「グゥアァァァァァァァァァ~~~~~!!!!!」

 

 

 

 

 

 

ジルクニフは、目の前の現象が、何がおこっているのか、招待を受けた筈の女が今凄まじい悲鳴をあげ苦しんでいる事に理解が追いつかない様な顔をしている。

彼の『真祖』覚醒は、彼の遺体にバルディアの血液を零した結果である。

遺体であるから当然意識は無い。ジルクニフがあの痛みに襲われる事は幸運にも無かったのだ。

 

ただ、才があった。

今の彼にとっては幸運とも呼べる『真祖』へ覚醒出来る才があったのだ。

 

だが、イビルアイは違う。意識あるまま『始祖』の血を口にした。

これに耐えるのは容易ではない。これに耐えて初めてイビルアイは『真祖』としての覚醒が成るのだ。

イビルアイは、かつてある青年に口にした事があった。

 

『才ある者は、最初からそれを持ち合わせている。』

 

自身が発した言葉が頭をよぎった。自分は、一体どちらなのかを考える暇も無く絶え間なく激痛がイビルアイを襲う。

始祖の血は、劇薬なのだ。

イビルアイの言葉通り、才ある者は『真祖』へ覚醒し、そうでない者は灰と化し泡の様に消えていく…。

 

地面でのた打ち回るイビルアイの姿をヒルデリアは、そのままの姿勢で見下ろし成り行きを見守っている。

他から見れば冷酷無慈悲ともとれる姿勢とその眼差し…。

だが、彼女の胸中は別である。

 

((イビルアイ、耐えて下さい!

 貴女なら真祖への覚醒が成った時、シャルティアさん同様の力を得る事が叶うのですから!

 消えないで!耐えなさい!))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**御主人様、イビルアイは、様々な思いを胸に覚悟を決めこの大迷宮へ訪れたのだと考えます。

  しかし、誠に残念ながら彼女の覚醒は、難しいかも知れません…**

 

**…そう…か…。

  とても悲しく思うよ…。

  私の判断は間違っていたのだね。真祖覚醒の強要は過ちだった。ジルクニフで上手くいったか

  ら当然元々吸血鬼であるイビルアイも覚醒出来るものだとばかり…**

 

 

**私がいます!

  バルディア様!私がいつまでも御側に!!**

 

**…ヒルデリア、君は悪い子だね。

  弱った相手にそれは…。でも、君の存在に私はいつも救われているよ。

  本当にありがとう、ヒルデリア**

 

 

御主人様との通信が途絶えた時に初めて時刻の経過に気付く。

周囲はすっかり闇に包まれていた。

イビルアイの声はもう聞こえない…。

彼女がのた打ち回わっていた場所には、彼女が羽織っていた色と同じ赤い煤のような物があった。

ジルクニフは、未だイビルアイがいた場所を茫然と見つめていた。

 

((あいつは消えたのか…。あれが同族の死の形なのか…何も残らないのだな…))

 

「ジルクニフ様、我が主がお待ちです。

 これより主がお会いになるそうですが、本日はお休みになり後日になさいますか?

 我が主は、ジルクニフ様が落ち着いてからで構わないと仰せです。」

 

「あ、あの…。

 ヒルデリア殿。

 う、後ろを…後ろをご覧に!!!」

 

イビルアイが感じていた様にジルクニフも同族の存在を嬉しく頼もしかったのだ。

数時間程度共に過ごしただけだが、それでも喪失感は否めなかった。

 

 

赤い煤は、不自然な動きをみせている。

そもそも吸血鬼の死は灰と化し散り逝くものである。

風で拡散する事も無く、ただその場にあるのだ。

 

ヒルデリアは、この時点でイビルアイの覚醒が成ったと確信した。

それは、バルディアの美しい漆黒の煤と似ていたからである。

先程迄イビルアイがいた場所にあった赤い煤が一気に集結しイビルアイの姿を形成する。

 

 

イビルアイの真祖への覚醒は成ったのだ!

 

 

茫然と立ち尽くすイビルアイにヒルデリアは駆け寄り抱きしめた。

そしてきっと悲しんでおられる御主人様に吉報をいち早く届ける為メッセージの魔法を使い彼女の覚醒を伝える。

 

**御主人様!!イビルアイの覚醒…成功です!!**

 

その一報にバルディアは心底喜んだ。

最高の形で二人と再会出来る。

今回の事で『真祖』を安易に増やすのは、今後よそうと考えを改めたのであった。

 

「ヒルデリア!オマエ、殺す気だっただろ!?

 アレは一体なんの血だ?一体何を飲ませやがったんだ!

 ウエルカムドリンクだとぉ~~~この~~~~絶対殺す気だっよなオマエ!!!

 何か最後しんみりしてやがったな!

 煤状態でもしっかり見えてるんだぞ!」

 

「えぇ。ですが、運よく覚醒されましたわ…

 ほんと運よくね。

 私としては、どちらでも良かったのですよ。

 真祖覚醒、本当におめでとうございますイビルアイ!」

 

「クソッ!なんなんだお前達は!」

 

イビルアイは、ヒルデリアの最後の言葉が本心なのだと彼女の表情を見てなんとなく気付いたので何となくヒルデリアと言う女性に好感を持ち始めていた。

ジルクニフは、目の前の出来事に驚愕している。あれは、あの時見た煤化なのではないだろうか…

だが、こう言わずにはいられなかった。

 

「イビルアイ殿、真祖覚醒おめでとう!」




楽しんで頂けたなら嬉しく思います!

イビルアイちゃんパワーアップです!

次回もグリモワール大迷宮のお話になります。


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第十話  グリモワール大迷宮ー2

戦闘シーンは、書いていても盛り上がります

楽しんで頂けたら嬉しく思います!


───────────────

 大迷宮中央 御屋敷 邸宅前

───────────────

あの日、二人をグリモワール大迷宮へ招き入れた日

イビルアイが奇跡的に真祖へ覚醒を遂げ、彼女が一段階種族として上位の存在となった日

その一段は、天と地程のひらきがあるとイビルアイ自身がその感覚を話してくれた。

 

ジルクニフは、大迷宮を目指すのでは無く別の道を選択する可能性も大いにあったが、この地へ訪れるように上手く興味を引けたのではないかと仰せになられていた。

彼の真祖覚醒については、その話の中で知らされていたのでその動向を見張るようロベルトさんにお願いしていた。

 

こうして、この地でバルディア様は二人の『真祖』を創造なされたのである。

 

あの夜は、大迷宮のほぼ全ての者達が集い『歓迎の宴』が催され大騒ぎで大変だった。

ジルクニフとイビルアイは、過去の関係性や出来事を語り合いネタにしながら打ち解けており順応性の高さが伺える。

これも始祖である御主人様の御力なのだろう。

ルゥちゃんは、仕事柄不参加なので後で様子を教えてあげると目をキラキラさせていた。

 

あの二人は『真祖』の能力、力について御主人様から御教授賜れたそうで、不明な点があったら

その都度質問する事を許されていた。

 

御主人様と同族である事が羨ましく思えてくる…。

 

以前シャルテイアがここへ訪れた時、彼女が御主人様と同族である事に何も感じなかった。

ただ、いざ身内に…『グリモワール大迷宮』に…御主人様の美しい血液を賜り真祖となったあの二人には多少複雑な思いがあり、胸のあたりが”モヤモヤ”する。

知らない間にデバフ攻撃を受けたのかと心配になり、その違和感を打ち消す事も出来ず持て余している状態なのだ。

 

((どうして私は、吸血鬼ではないのだろう…。))

 

そんな憂いを頭の外へ追いやる事が出来るのは、彼女が執事としてプロフェッショナルな仕事をこなし忙しく過ごしている時だけなのだ。

そして、今日も全ての仕事を終え明日の予定を確認する。

大迷宮の四方にある南東パレスをジルクニフの拠点、南西をイビルアイの拠点とし御定めになられた。

 

パレスとは、このグリモワール大迷宮の四隅に点在する要塞である。

大迷宮の迷路を通らなければ到達出来ない要塞であり、このパレスもルゥちゃんの管理下により守護されている。

御主人様達がこの大迷宮を支配された折に『パレス』と呼称されるようになったもので現在は、彼等が住みやすいように内装の再構築(リフォーム)現場監督として指揮を執っている。

 

過去、これらの要塞には『中ボス』なる存在がいて、御主事様達はそれを四方から同時に陥落させる事で、中央の御屋敷へ通じる道が出現したと話して下された。

そこで、『ボス』なる存在を降し膨大な金銭をユグドラシル世界に支払う事で、大迷宮の所有権を得たのだと教えて下さった。

 

大迷宮は、他の方々『プレイヤー達』には不人気で攻略対象と言うより観光名所的な場所だったと聞かされた。

 

((300年前のあの騎兵達のような存在が大迷宮を取り囲んでいたのだろう…。

 バルディア様、今の私であれば全てを一掃致して御覧に見せますとも!))

 

ユグドラシル内の変化は、定期的では無いにしろ世界の意思『アップデート』なる現象を引き起こす事で新たな地図が発見されたり、希少アイテムが入手出来るダンジョンが発見される等と随分と変化に富んでいたそうだ。

そんな変化の中で、大迷宮は地味な施設として訪れる者も少なくなったのだと仰せになられていた。

 

((ルゥちゃんは、当然『パレス』と呼称される要塞を守護しているのだから存在は知っているで

 しょうが、あそこで何があったのか迄は知らない筈です。

 この大迷宮で、御主人様が教えて下さった私だけが知る秘密なのです。

 決して教えてあげませんよ。))

 

そうして、二人の要望を聞きながら住まいとしてパレスを完成させた所で一段落。新たな仕事だ。

 

 

 

 

 

 

((さて、二人にはこれから地獄を味わって頂きましょう。))

 

新たな仕事として、イビルアイの能力向上を目的とした訓練を私が受け持ち、ロベルトさんにはジルクニフの担当が任されたのであったが…。

 

二人は、成長に苦戦していた。

正しくは、力の制御に苦戦していた。

 

獲得した膨大な力(ステータス上昇)は、彼等を戸惑わせるだけの物だったらしい。

特にジルクニフに関しては、種族が変わった上に私の調べでは彼自身『暴力より知略』を活かしてきた人物である。

初めて剣を振る少年のようなものだ。

 

彼は、今自身の得意分野を活かす為に何をすべきか悩んでいるとロベルトさんが話していましたが、既に答えが出ている状態で何を悩む必要があるのか理解に苦しむ。

ただ、それがこちらの人間達にとって必要な儀式で、その行為事態に意味があるのだろうと考え、口を挟むのを止める事にした。

彼の知略も魔導国に敵わなかったようだが、真祖となり大幅に能力が向上した今の彼であれば少なくともナザリック地下大墳墓、玉座の間にいた間抜けな赤いスーツの男と同程度には成長するのは確実だ。

 

イビルアイは、『極大級魔法詠唱者』や『国堕とし』等と本当に大それた異名を持っている。

これをイビルアイに言うと大声でそれを否定し何やら恥ずかしそうに”ワタワタ”と暴れる、そんな彼女の仕草が面白い。

戦闘の才に関して言えば、確かに得た力を正しく行使する事が出来たならその異名は真実の物となるだろう。

順応さえしてしまえば早いのでしょうが、そこに至るには彼女が生きてきた時間と同様の時が必要なのかも知れない。

ただ、私の受け持ちである以上は半端な事は出来ない。

毎日ボロボロになる彼女を見ていると、どうしてこんなに弱いのか不思議でならない。

彼女の場合センスはある。小柄であると言う事で受けるダメージも大きいのだろうか聞いてみると単純に私の攻撃を防ぎきれないのだそうだ。

 

───────────────

 大迷宮中央 バルディア私室

───────────────

「以上がジルクニフ殿の現状となっておりますが…。」

 

「ありがとう、ロベルト。

 ところで、ジルクニフの努力だけどね。間違った方向へ進んでいないかな?」

 

「と、言いますと?」

 

ロベルトの報告を聞く限り、真祖の基本能力は既に備えている事だろう。

だが、ジルクニフに求めているのは特化した能力だ。

大迷宮には、ヒルデリアを筆頭に、ルゥ、ロベルト他にも素晴らしい人材がそろっている。

真祖の基本能力だけであれば、気は進まないが代えは幾らでもいる。

代えの効かない存在になって貰いたい。

ジルクニフはそうあるべき人材だと願っている。

 

バルディアは『鮮血帝』と謳われた彼を尊敬しているのだ。

 

そんな彼を使い捨ての雑兵程度の存在として扱いたく無い。

人としての脳内処理能力の限界値には到達出来ていなかった。

従者を従えた裏切者の方が彼の遥か上だろう。

だが、現在の彼は人間種では無い。伸びしろはまだまだあるのだ。

寧ろこれからが進化の時と言っても良い。

 

「…そうだねぇ。

 彼は、知略を活かしてきた人物だろう?

 ステータ…能力の割り当ては、個々が得意とする分野の成長を促した方が良いのではないかな?

 ただ、真祖として最低限の『力』は維持してもらわないと困るけどね。」

 

「なるほど、確かに旦那様の言葉を聞けば腑に落ちます。

 ジルクニフ殿は統率者…。

 しかし、そんな事をしたら旦那様…。

 彼は、覇権的な思想の持主です。反旗を翻す恐れはありませんか?」

 

「ロベルト、本当にそんな事があると思うかい?

 彼は、頭が良い。

 早晩、その答えに辿り着くだろうね。

 彼が成長を遂げたなら、それこそ私など『知略』において足元にも及ばないよ。」

 

「!!旦那様!それは、過大評価にも程があるのでは!?

 …

 ……

 ………それを口に出来ると言う事は『始祖と真祖』の関係にあるのでしょうか?」

 

その質問に旦那様は、優雅な振る舞いと共に笑みを浮かべた。

旦那様は、あれから私室で過ごす事が多く何をされているのか分からない。

聞いてみると『フレイバーテキスト効果』なる物の改変とその実証実験だとかで、私にはさっぱりだ…。

旦那様の不思議な瞳は、生物を含む様々な物を見ると、それがどのような物であるか分かってしまうそうだ。

そこにあるのが『フレイバーテキスト』なる物だと言う。

その解明は、更なる力の獲得も期待できる重要な事案だそうだ。

 

以前、旦那様とテラスで過ごした折、旦那様は物造りを生業にしていたと教えてくれた。

制作物に対する背景や設定等に異常なまでに執着し拘りを御持ちだったそうだ。

周囲からは、『変わり者』だの『変人』だの囁かれていた事を御存じだったそうで、その様な声にどんな心境をお持ちになったか尋ねると、それは誉め言葉だと笑っておられた。

 

((いま行っている実験が実を結ぶ事をグリモワール=ファミリア大迷宮一同が祈ってますよ。))

 

次は、ヒルデリアの報告だ。

こちらは屋敷の管理やその他多くの仕事を任せているので時間がかかりそうだけど…。

ヒルデリアはうつむき、何か言いにくそうな表情を浮かべている。

 

「ロベルト、ジルクニフには、南東パレスの命名と発展も彼の責任の元で行うように加えよう。

 その為の使用人は、現地の人間を雇用する事にしようか。

 一度、この大迷宮に入れば彼等が生きて出る事は不可能だからね。

 

 ジルクニフによる意図的なもの以外、情報漏洩を気にする事は無いので安心して良いよ。

 

 彼の『鮮血帝』は、どのように人間を使うのかな。

 食事にしても良いのだけどね、まぁ、どうなるか楽しみだよ。

 そう、ジルクニフに伝えて欲しい。

 それを伝えたら、今日は休んでくれて良いよ。

 

 おやすみ、ロベルト。」

 

「御意!

 お先に休ませて頂きます。おやすみなさいませ旦那様。」

 

次は、ヒルデリアの報告だ。こちらは屋敷の管理やその他多くの仕事を任せているので時間がかかりそうだけど…。ヒルデリアはうつむき、何か言いにくそうな表情を浮かべている。イビルアイに関する報告を受ける準備を整え自作の資料を取り出し、これ迄の状況に目を通しながらヒルデリアの報告を待った。

私は、日記も付けている。そう言う人間、今は吸血鬼なのだ。

 

「先ずは、イビルアイに関する報告を聞かせてくれるかな?」

 

「バルディア様、『恋』とはどの様な物で御座いましょうか?」

 …

 ……

「…ん…?」

 ……

 …

ヒルデリアの思いもよらない質問は、バルディアを動揺させるだけの威力があった。

『恋』をした事は当然あるし、『愛』も一般教養として知っているつもりだ…。

 

私は、家族愛を欲していた。

だから、ギルド名に『ファミリア』と言う単語を付けた。

しかし、今ヒルデリアが聞いているのは『恋』と言う事で、それとは話は違う。

一体なぜ彼女がそのような言葉を口にし疑問に感じているのか…。

 

「いえ、イビルアイと戦闘訓練後の休憩中に話していたのです。

 御主人様の事を考えると胸の辺りがモヤモヤとして何者かからデバフ攻撃を受けていると…。

 すると彼女がそれは『恋』だと笑うのです。」

 

((イビルアイめ…私を困らせる事が目的なのだろう。

 未だに真祖覚醒時の事を強要のネタにするとは。

 ヒルデリアの言葉は、さぞ良い素材だった事だろうね。

 ただ、私はモテない男では無かった。

 そう!普通に恋だけは出来たと思う…。))

 

「賢いヒルデリアは『恋』と言うものが何であるのか既に調べているのだろうね。

 難しい質問だね。

 ((全く難しい質問だ…)) 

 

 恋か…。

 

 ((……これだな!)) 

 恋を経験したのは私も随分と昔の事でね。

 だから正確に恋の正体を今は答える事が出来ないんだ…。

 ただ、これだけは言えるよ。

 それは君自身の思いであって、デバフ攻撃等を受けたからでは無いのさ。

 だから、安心して良いのだよ。

 それと、ありがとう。

 君が私にそうした思いを抱いてくれている事をとても嬉しく思うし光栄だよ。」

 

そう答えるとヒルデリアは、顔を真っ赤にしているがデバフ攻撃では無い事に安心した様子を見せると、いつもの理知的な顔を取り戻しイビルアイの報告をはじめた。

 

イビルアイはオリジナル魔法が使えるそうだ。

 

((ユグドラシル由来の魔法では無いのだよな?))

 

そのオリジナル魔法は上手く使える。

その魔法を駆使し設置型の魔道具を作れないか打診しているのである。

 

私室の隅でササッと動く黒い影をみた時にはまさかと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう…この世界にもいるのだ…。

あの黒い恐怖の一族ゴキブリが!

 

 

 

 

 

 

 

 

快適空間である棺の中に入ってきたら嫌だし、あの空間でアレが疾走する姿を想像するだけで身の毛もよだつ思いだ。

逸早い魔道具の完成を願うしかない。

 

───────────────

  大 迷 宮  入 口

───────────────

**あるじ~シャルティアきたぞ~。なんかデカイのもいる~あいつブッコロスか~?**

 

**ルゥはぶっ殺すのが大好きなのだね。

  …そうだねぇ…

  彼の武器を全てこちらに預け敵意が無い事を証明させてみよう

  従わないようなら、ルゥの好きにして構わないよ。

  それと、ジルクニフとイビルアイにはそれぞれのパレスで待機するように伝えて欲しい。**

 

**あいわかった~ジルと赤い子わたしがまもる~**

 

 

シャルティアは、あの四者協議で落ち着いていたように見えたコキュートスを付添人として同行させる事の許可をアインズに求めた。

誰を付添人に指名するか悩んでいたアインズにとっては渡りに船であったのだ。

 

「シャルティア ワタシガ、ツキソイデヨカッタノカ?」

 

シャカシャカと音を立てながら話す、同僚の守護者コキュートスがシャルティアに声をかけてくるが、どうやらお互いに何か話していないと落ち着かないようである。

ここへ来てコキュートスに落ち着きが無いと悟るシャルティアだった…。

 

シャルティアは、前回の礼状とナザリックへの招待状を届ける為に今ここにいる。

だが、嘗て訪れた時と同じ人物の存在は、遥かに巨大な物へと変貌していた。

加えて、シャルティアと同格程度と考えられる吸血鬼の存在が二つ。

おそらく『真祖計画』は既に開始されているのだと考えた。

以前ナザリックに単独で訪れたあの執事の存在も感じられる。

 

「そんなの、わかる筈無いではありんすか。

 勉強はしているでありんすよ?

 ただ、アインズ様の域迄考えが及ぶかどうかと言えば答えはお互い同じでありんしょ?」

 

コキュートスが大きくうなずく。

そして、とんでも無い事を口にしたのだ。

「アノ、シツジ…カノジョ ト タタカエルダロウカ?」戦う事を目的としてここに来ているのではない。

友好関係の構築とナザリック侵攻にくさびを打つ事が目的であるにも関わらずだ、この武人気質の守護者は…。

 

「アノ、シツジ…カノジョ ト タタカエルダロウカ?」

 

「コキュートス!

 そんなでありんすから、デミウルゴスに先を越されるでありんすよ?

 もっと慎重に考えないとあの時と同じでありんすえ?」

 

「ムゥ~。」

 

シャルティアとコキュートスは、訪問先の主からの応答をその場で静かに待った。

入口は解放されているが、この規模の大迷宮である。

二人の攻撃力であればオブジェクト破壊で突き進むと言う選択も或いは可能かも知れない。

 

ただその場合は、ナザリックがグリモワール大迷宮へ宣戦布告したのと同義である。

 

ナザリックに世界の生物全てを真祖化した大軍勢が侵攻してくる可能性も捨てきれない…。

そうなればナザリックは崩壊する。

二人は、以前その可能性をアウラ、マーレを加えた四人で導き出している。

相手の正体が不明な分、警戒しなければいけない。

二人の意識を現実に引き戻したのは、場違いとも言える幼女の声である。

 

「デカイの~敵意が無い事の証明として武器を全て入口におけ~

 隠しても無駄だぞ~

 言う事聞かないとブッコロスぞ~ブッコロ~ス!

 帰る時に返すぞ~心配ないぞ~

 ブッコロ~ッス!!」

 

 

!!!!

 

 

どうすべきかなのか…。

コキュートスの武器、これは全て創造主である武人武御雷様から授かったものだ。

武人として創造主より賜った武器は、魂と言っても過言では無いだろう。

それを一時的とは言え、手放さなければいけないのか…。

コキュートスは頭を抱えている。

 

シャルティアは、その頭脳をかつて無い程回転させ、この場を切り抜ける手段を方法を何でも良い何か無いか思考する。

……

………

考えろ考えろ!!切り抜けなければアインズ様に、ナザリックの皆に!!考えろ早く考えろ!!

………

……

「始祖様、本日は前回の御礼状とナザリックへの招待状を我が主アインズ様より受け御届に参った

 次第で御座います。どうかお受け取り下さいますよう願い申し上げます。

 我々は、主の命によりこれより───。」

 

シャルティアが考えに考えたこの場から立ち去る策は、最後まで発する事無く幼い声に遮られた。

 

「あるじに会わないのか~? おまえ~あるじ嫌いなのか~?」

 

先程とは違う…明らかに声に殺意がある!!!

 

「め、めっそうも御座いません!!!始祖様は、御多忙な身かと考えた次第で御座います!!!」

 

凄まじい圧が二人を襲う。

あのシャルティアがここまで恐れる相手…。

甘く見ていた…。

シャルティアばかりに任せておけない。

 

自分も守護者なのだから…。

 

創造主へ謝罪し、所持している全ての武器をコキュートスは大迷宮入口へそっと置いた。

 

**スマナイ、シャルテイア。サイショカラ、コゥシテオクベキダッタ**

 

武器を置き引き返してくるコキュートスは、メッセージの魔法を使い自身の愚かさをシャルティアに詫びた。

シャルティアは、コキュートスに非が無い事はわかっている。

これは、コキュートスにとり一時的に魂を捧げる行為。

 

「あるじに会うか~?ど~すんだ~?」

 

「ゼヒ オアイシタイ。

 ワタシノ ナハ、コキュートス。

 アインズサマ ノ ハイカガ ヒトリ。

 コンカイハ、シャルティア ノ ツキソイトシテ マイッタシダイ。

 アナタサマ ノ アルジニ ソゥ オツタエネガエナイダダロウカ?」

 

「あいわかった~。

 武器はオマエが生きて出てきたら返すぞ~。

 それ迄は、ちゃ~んと大事に預かっておくから心配するな~。」

 

「ゴコウイ、イタミイル。」

 

シャルティアは、信じられないとでも言うかのような表情を浮かべコキュートスを見上げている。

武人の潔さ、それだけでは片付けられない事をやってのけた同僚に感心した。

創造主から賜った武器を一時でも預ける事など考えられないからだ。

 

だが、コキュートスはそれをした。

 

それは、ナザリックの為。そして何より、アインズ様の為。

 

その様子を自室で眺めていたバルディアは、この青い巨体の武人に興味を抱いたので久しぶりの客人と付添人に会う事を決めた。

 

───────────────

 大迷宮中央 御屋敷 邸宅前

───────────────

「御主人様、シャルティアが付添人のコキュートスと名乗る巨漢の虫と共に遊びにくるそうです。

 何でも以前の礼状とナザリックへの招待状を持参し御主人間へ届けに来たそうです。」

 

ヒルデリアは、シャルティアの訪問を喜んではいるが、その付添人に関しては別のようで僅かに

それを感じ取る事が出来る。

バルディアの前に二人のナザリック階層守護者が並び立つ。

シャルティアが一歩前へ出て主以外の者に頭を下げる。

 

「始祖様。ご機嫌麗しゅう御座います。」

 

シャルティアの声が僅かに震えている。膝を折り挨拶を終える、持参した礼状と招待状を側に控えるあの執事の女に手渡している。

その様子をただ眺めていると、突然屋敷の主の顔が眼前にあった。

 

凄まじい存在感である。

 

主とおもしき御仁が口を開くと信じられない言葉を口にしたのだ。

 

「君を創ったのは、武人武御雷か。」

 

「ナゼ…ワガソウゾウシュサマ、ノ オンナ ヲ!?」

 

彼の御仁は、それに答える事は無く笑みを浮かべている。

 

「私はね、君に好感を抱いているのだよ。

 この場に訪れる為、君の魂とも呼べるこれらの武器を預けてくれたろう。」

 

そう言うとアイテムボックスから先程預けた武器を手に取りコキュートスの前に突き出した。

 

「どうだい、この武器を取り私と戦ってみるかい?

 君は、武人なのだろう?」

 

挑戦を断る事などない。

相手がいかに強大な存在であれ、それはあり得ない事なのだ。

しかし、横でシャルティアが止せと言う表情を浮かべている。

 

((スマナイ、シャルティア…。ワタシハ、カノゴジント、ト タタカッテミタイ。))

 

強者からの挑戦…それは武人にとっての誉なのだ。

 

「ゼヒトモ オネガイシタイ。」

 

「コキュートス!!!

 始祖様!御戯れでございましょう?

 …どうかこの戦いおさめて頂くわけには参りませんか!!」

 

「シャルティアさん、お黙りなさい!

 御主人様の御言葉を戯れとは、いくら客人として認められた貴女でも滅ぼしますよ?」

 

ヒルデリアが”ピシャリ”とシャルテイアの言葉を制す。

最早、シャルティアは沈黙し事の成り行きを見守る事しか出来ないのだ。

始祖の力に抑圧され、眼前にはナザリックに単独で訪れた執事…

周囲からは得体のしれない気配…

大迷宮入口で聞いた少女のものだろう…

 

慈悲深いアインズ様は、こういった時、撤退するようにと厳命し、私達の事を考えて下さっていたのに大迷宮内部ではそれも出来ない…

目の間で、同僚が滅ぼされるかもかもしれない…

 

いやだ…確実に滅ぼされてしまう…いやだ…ナザリックの仲間が…

 

…私はアインズ様に何と報告すれば良いのだろう…

仲間が殺されるのをただ黙って見ていたと報告する事になるの…

コキュートス、武人としてあるべき姿なのかも知れない…でも、ここは引いて欲しかった…

私はまた、ナザリックに不利益をもたらす事になってしまうのだわ…

 

 

「恐れる事は無いさ、言ったろう私は君に好感を抱いている

 

 滅ぼしはしない

 …

 …

 …

 さぁ、はじめよう!」

 

 

彼の御仁は、両腕を大きく広げ、全てを受け入れるかのように優雅に、だが絶対的強者として向き合っている。

おそらく、自身の勝利を確信しているのだろう…

だが、嘗て敵を侮り油断し軍を采配した自分とは全く違う…

力量差は明らかだと感じ取れる…だが、彼の御仁からは、一切の油断や隙を感じとれない!!

 

 

 

 

((コウエイ ノ キワミ!!))

 

あの時、情報不足であった事も反省すべき点だったではないか!

彼の御仁は、少なくとも見える範囲で武器の類を所持していない…

一体なんだ…

ここまできて、あれこれ考えるのはよそう

 

 

私は武人!

武人武御雷様を創造主とし、アインズ様に仕えるナザリックの守護者なのだ!

 

 

「ワガナハ、コキュートス!ナザリックシュゴシャ ニシテ、アインズサマ ノ シモベ!」

 

コキュートスは名乗りを終え、全ての手に武器を持ち構えると短く咆哮する。

 

「デハ マイル!!」




次回は、いよいよバルディアの戦闘シーンとなります!

楽しんで頂けたなら嬉しく思います!

コキュートスさんのカタカナのセリフ…
心情だけは、普通に書かせて頂きました。


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第十一話 グリモワール大迷宮ー3

コキュートスさんのスキル等色々調べているうちに沼にハマりUP遅くなりました。
ゲームであれば面白いスキルですね。

調べた物は後書きに記しておきます。

では、お楽しみいただければ嬉しく思います。


───────────────

 大迷宮中央 御屋敷 邸宅前

───────────────

庭園に咲き誇る花々が揺れる。

大迷宮の主からの申し出。このような機会は、もう二度と訪れはし無いだろう。

一対一の死合において、成長したコキュートスは、冷静に戦いながら情報を収集し戦闘の主導権を握る事に長けている。

あれこれ考えはしない、既に大迷宮の主を降すイメージは、出来上がっている。

想定可能なイレギュラーも含め、確実にこの勝負は勝てる筈だ。

 

冷気攻撃は、相手がアンデッドである以上通じない。

こちらの攻撃手段から冷気属性は除外する。

 

今回の場合は、単純に物理攻撃による粉砕はフェイク。

超音速によるハルバートの一撃で大地を叩きつける。

まともにくらえば、粉みじんだろうが確実に回避される筈だ。

目くらまし程度に考えるべきだろう。

次は、ハルバートを叩きつけた勢いを利用した追撃だ。

 

繰り出すのは、予備動作無しの二ノ太刀。

勢いを受けた追撃は速度を増し、超高速で絶対不可避の刃となるり命中する。

これを受ければ多少ダメージを与える事が出来ると考えている。

防御系スキルを使用しダメージ軽減、或いは無効耐性があると考えてもこの流れに絶対の自信があった。

ここまではスキルを使用した攻撃では無く純粋に身体能力を活かしたものだからである。

絶対的強者に僅かでも回避行動を取らせる事で、スキル発動攻撃へ転じる数秒にも満たない時を

得る事が可能になる。

この時間さえ稼げれば、コキュートスの勝ちは揺るがない。

 

((一切の油断はない!))

 

既に大迷宮の主の元へ駆け出し、渾身の一撃を浴びせる為の姿勢は整えられている。

 

((アインズ様の為、私がナザリックの威を示して見せよう!))

 

コキュートスは、怒涛の如く突進し、ハルバートによる痛烈な一撃を叩きつける!

 

 

 

 

 

 

 

”ドッゴ──────────────ン!!!”

 

それは大地を奏でるかの如く、しかし楽器と呼べる物ではない凄まじい轟音と共に大地は抉られた。これまで静かであった大迷宮の庭園が、戦場と化したのである。

庭園土質のせいだろう黒い粉塵(ふんじん)が舞い上がり視界を遮る。

 

「ヤハリ!!テゴタエ ハ ナイ!」

 

想定通り初撃はかわされた。

 

"キィ───────────────ン!!!"

 

 

次いで繰り出した二ノ太刀は大気を割くかの如く、不快な金属音を奏で耳鳴りを残す。

絶対不可避の攻撃を振り抜くが、手応えを感じられない…。

 

「マサカトハ オモウガ、ショゲキデ、フンサイシタカ?」

 

少し計算が狂ったが問題無い!

絶対的強者に対し過剰攻撃は、過ぎて当然のこと!

スキル攻撃に移る時間は充分ある。

 

 

>>不動明王撃(アチャラナータ)<<

 

 

コキュートスの背後に厳めしい表情を浮かべる揺ぎ無き守護神、不動明王が出現すると粉塵で未だ姿が見えない攻撃対象を睨め付けているかのようである。

 

 

>>倶利伽羅剣(くりからけん)<<

 

 

その名の通り、不動明王の象徴とされる貪・瞋・痴(とん・しん・ち)の三毒を破る智慧の利剣の

名を冠するスキルを粉塵目掛け連続使用する。

耐性があろうと切り刻まれれ徐々にダメージが蓄積されるだろう。

無傷でいられる筈がない、漂う粉塵の中は刃の嵐なのだから。

 

((存在の痕跡すら残しはしない!!))

 

スキル使用回数の全てを注いだ容赦ない連撃である。

吸血鬼、それも始祖ともなればカルマ値は相当低い筈だ。

コキュートスが放った『倶利伽羅剣』は、相手のカルマ値が低ければ低い程にその破壊力を増す

威力変動型のスキルなのである。

 

((過剰等では無い、アインズ様の為、ナザリックの為!))

 

そして強者と渡り合える喜びを胸に徹底的に斬り付ける。

 

…勝敗は決したとコキュートスは確信した。

 

攻撃地点を確認しようにも視界が悪く難しい。

ただ、未だ漂う粉塵の中で動く者の気配が無い事だけは確実である。

 

戦闘が開始しされ初撃を与えた辺りから、あの巨大で禍々しい気配は消えうせていた。

舞い散る粉塵はどす黒く空を被い、日中である事を忘れさせられる程だ。

日光を遮る粉塵が辺り一帯を包む闇も、やがては風で離散し大地へ帰る事だろう。

 

マーレが養分が豊富な土地は、黒い土である事が多いのだと教えてくれたのを思い出す。

この庭園の土も庭師の手入れにより、よい土になっていたのだろう…

それを考えると庭園を管理していた庭師に申し訳なく思った。

 

「ヤリスギテシマッタヨウダ…。テイエン ヲ カンリシテイルモノニハ、シャザイスル。」

 

 

彼の御仁…。大迷宮の主の肉体強度は、それ程高く無かったのだろう。

そこにマイナスカルマの存在には効果を増す攻撃を加えたのだ。

終始一方的な戦いとなってしまった事を残念に思うコキュートスだが、二度と負けられないと言う強い思いがある。

 

この結果は、その思いの証。

戦闘を止めようとしたシャルティア…身を案じてくれての事。

始祖から受ける力で不安な表情を浮かべるシャルティアに勝利したと向き合い、ナザリック守護者としての威厳を示す。

 

しかし、主人が倒れたと言うのに大迷宮の者達…この落ち着き払った様は一体なんなのだ…。

忠心の武人コキュートスにとり異常な光景でしかない。

主を頂く配下として忠義は無いのか…

庭師には申し訳ない事をしたと思うが、他の者達に対しては苛立ちさえ覚える。

 

我等がアインズ様は、支配者としても大迷宮の主より勝っている。

それが誇らしくもあり、また当然であると感じた。

 

清々しい気分である。

 

先程迄、周囲を包んでいた粉塵は綺麗に消え去り、今回の戦いを振り返りながら太陽を眺めるように空を仰ぐコキュートス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”ゴスッ!!!ズシャズズズズズ!!!”

 

 

勝利した…

大迷宮の主、凄まじい存在感を放っていた御仁に勝ったのだ…

何か、『違和感』を感じるがシャルティアには、心配をかけた事を詫びなければいけないだろう。

ナザリックに貢献できた事になるのだろうか…

 

シャルティアは、何がおこっているのか理解できないと言った表情を浮かべている。

始祖による抑圧は、もう無いのだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

執事は、戦闘開始時から変わらずシャルティアの横に立ち、ナザリック地下大墳墓へ訪れた際に

見せたあの優雅な動作…

左手を胸に当て僅かに腰を折り何者かに向けて……冷笑?

 

 

…一体誰に?…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこへ行く?」

 

少し低い男の声だ

 

((…この声は、聞き覚えがある…))

 

背後に突如出現した巨大な気配は、振り返る事を躊躇(ちゅうちょ)させる程に禍々しい…

先程迄一切感じ取る事が出来なかった

そう、少し前に聞いた声…間違いなく『滅ぼした筈』の大迷宮の主のもの…

 

 

「…ナゼダ…」

 

 

自身の四本の腕に武器が握られていない事に気付く。

スキル連撃で握力を失ったのか…

 

「ブ、ブキハ……?」

 

 

 

 

 

 

((…体が宙に…浮いているのか?…

…空を見上げていたのではなかったのか?…))

 

 

『違和感』の正体にようやく気付き理解する事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

((…背後から胸を突き破る貫通攻撃……飛び出している…

……これは……腕か?))

 

 

ナザリック地下大墳墓第五階層守護者にして湖の統治者コキュートスは、敗北を悟る。

 

 

「ワタシハ…ヤブレタノ…カ…」

 

 

そう言葉にし、コキュートスは、嘗て戦った尊敬に値する戦士達の事を思い出している。

誇り高き戦士達…。

この手で彼等の尊厳と命の華を斬り落としてきた。

敗れた者は、去るのみ…

 

しかし、背後の男はそれを許さなかった…。

 

 

 

 

「君は、まだ敗れて等いないよ」

 

シャルティアが目前の光景を受け入れるには、すこしばかり時をようするようだ。

これまでのナザリックの進撃を考えれば、信じ難い光景なのだから…。

シャルティアへと向き直ったコキュートス…。

その胸には、そこにある筈のない『モノ』があった。

 

始祖様の右腕が、コキュートスの背後から胸へ貫通している。

 

御自身よりも大柄である筈のコキュートスの足が地面より少し浮いた状態を維持し、何かを

コキュートスに告げていたかの様にも見えた。

直後、巨漢のコキュートスが綿の様にふわりと浮き後方へ投げ捨てられ、次の瞬間にはその重量から大きな音を立て大地に転がる。

 

コキュートスの巨漢で隠れていた始祖様の御姿が現れる…その御姿は何とも、御美しい…。

ただ、最悪の状況である事は理解出来た。

 

それは、ナザリック地下大墳墓の者達にだけ許された力…

アインズ様に仕えるナザリックに所属する者以外の全てを…他種族を嘲り、搾取し、利用し、

殺す事を許されたナザリック地下大墳墓だけの力だった筈だ…。

 

絶命しそうなコキュートスの姿は、先程まで彼が攻撃地点と定め連撃を繰り出していた場所にある。コキュートスは今、丁度空を見上げるような形で仰向けになり完全に無防備な状態をさらしているのだ。

 

コキュートスが眺めている景色は粉塵が晴れ、美しく澄み渡る青の世界…

だが、それも僅かな時だった。

アインズ様に捧げられた美しい空を今はもう見る事も出来ない…。

 

白銀色の長い髪、不気味な笑みを湛える端正な顔立ち、不思議な緑の双眸…大迷宮の主…名も知らぬ始祖の吸血鬼。

今コキュートスは、青い空を眺める事も許されず、恐ろしい表情を浮かべる男に見下ろされ、そこから目を背ける事も出来ない。

 

「ヒットポイントが徐々に減少しているのが分かるかい?

 このままでは、君は崩壊する。

 だから、蘇生しよう。

 …

 …

 …

 そして、また滅ぼす。

 君が灰になる迄、何度でも繰り返そう。」

 

あの瞳、瞳孔が猫の様な縦線に変化するその様は、妖しい光と不思議な力を湛えているかのように感じられた。

大迷宮の家臣達が、涼しい顔をしていたのか…成程、あの時点で結果は見えていたと言う事か…。

 

「招待状、ありがたく受け取らせて貰うよ。

 魔法を施した招待状ね…。

 魔導王陛下は、君が置かれている現状を御存じのようだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 君は死ぬ。」

 

((今、この様子をアインズ様は、お聞きになられているのか…。

 あの招待状には、慈悲深きアインズ様が我々二人の身を案じ魔法を施し持たせて

 頂いた物だったのか…

 …軽率な行動を取ってっしまった…お許しくださいアインズ様…))

 

挑発に乗り、闘争へと駆り立てられた。自身の感情を優先してしまったと薄れゆく意識の中で

コキュートスはぼんやりと考え反省した。

 

 

でっち上げた魔法。

この状態下で、実在しない魔法を聞かされてもコキュートスがそれを疑う事も無ければ考える事も無いだろう。

ただ、バルディアはコキュートスが次に何を口にするのか楽しみでならないと言った様子だ。

事実、彼の頭の中は目の前に転がる『材料』で『フレイバーテキスト効果改変』の研究成果を実証する事しか考えていなかった。

その様子を見てヒルデリアは、何かが違うと得体の知れない思いが渦巻き始めていた。

 

((同情して差し上げましょう。ナザリックの武人。

 ただ、それだけです。

 彼がどうなろうと問題では無い。

 

 魔導国と戦になるなら、一番の戦果を挙げる自信はある。

 ナザリック玉座の間にいた者達であれば魔導王を含め容易いだろう。

 問題は数ですが、こちらも何とか対応出来るでしょう。

 シャルティアは戦えない。

 …

 …そんな事より御主人様の様子が何か…))

 

グリモワール大迷宮の住人達は、何かしらの変調を感じ取っていた。

説明は付かないが『災い振りまく何か大きな存在が身近にある不安』を同時に感じていた。

実際にその様子を目の当りしているヒルデリア達は、より感じているのだろう。

 

仮に私が何者かの手に落ち、あそこに転がる虫の立場であったら…。

滅びを宣告されるだけならまだ良い。

自分が忠誠を誓う相手、慕う相手へ、二度と…完全に…その御姿を見る事も、御声を聴く事も許されない…

そして貢献する機会は、未来永劫閉ざされると言う現実を突き付けられたなら…それは地獄だ。

 

あの御優しい御主人様が『何か別のモノ』に変わってしまう!

そう直感した瞬間には体が勝手に動いていた。

 

「御主人様!

 その辺りで、御許しに為されては如何でしょう?

 寛容さもまた、御主人様の大切な魅力の一つでございますわ。」

 

ほぼ同時だっただろう。

ロベルトも同様の事を感じ取り行動に移していたのだ。

 

「旦那様、私もヒルデリア殿と同じ考えです!

 旦那様の御考えを私如き者には、到底図り知る事は出来ません。

 それが悔しいです。

 ただ!

 戦意を失った相手をいたぶるような御姿は、旦那様には似合わない!…です。」

 

防衛上の理由から姿を見せないが、ルゥ=ルゥも心配そうにバルディアに呼び掛ける。

 

「あるじ~…怖いぞ~…あるじ怖い~~」

 

ヒルデリアとロベルトは、主人に異を唱え、片膝を付き深々と頭を垂れ願い出ている。

NPC者達には、考えられない行動だ。

グリモワール大迷宮の皆にとり300年と言う長い時間経過は、彼等をNPCとは異なる存在へと昇華させていたのだ。

ただ忠誠を誓うだけの人形とは違うのである。

バルディアも彼等をNPCとは異なる存在として接する事を決めていた筈だった。

 

説明の付かない事は世の中いくらでもある。

グリモワール大迷宮の住人達は、長い間眠りにつく主人の事を想い彼の元へよく訪れ願っていた。

それは、生物として他へよせる『想い』であり『愛』を抱き続けた300年。

ナザリック地下大墳墓のNPC達との違いは、この一点のみなのだ。

この差異に気付く者は、この先現れない。

 

 

バルディアは、ゆっくりと二人の前へ歩み寄り、右手をヒルデリア、左手をロベルトの肩へおくと二人が僅かに震えているのを感じ取れた。

大迷宮の主人が、二人に立ち上がるように促した。

それに従い見た主人の表情は、以前と変わらない優しいものに戻っていた事に心から安堵したのである。

 

((…私は、既に本物の化け物になってしまった様だ…))

 

「皆を怖がらせてしまったようだ。

 無自覚とは言え、申し訳ない事をした。

 ヒルデリア、ロベルト、ルゥ、進言感謝するよ。

 

 ありがとう。

 

 ただね、彼等ナザリックの面々の記憶操作は行う。

 戦闘で得た情報を削除し、別の記憶を植え付ける事としようか。

 それで良いかな?

 後の事は、ヒルデリアとロベルト、君達に任せるよ。」

 

そう言い終えると大迷宮の主は、私室に戻ると伝えその場を去った。

 

始祖の重圧から解放されたシャルティアが、同僚の名を叫ぶ。

 

 

 

「コキュ────ト───────ス!!!」




お楽しみ頂けたなら嬉しく思います。

三毒
【貪】(とん)は、仏教における煩悩のひとつで、 貪り、心にかなう対象に対する欲求を意味する。別名を貪欲(とんよく)、我愛といい五欲の対象である万の物を必要以上に求める心である。
貪欲:非常に欲深い事。

【瞋】(しん)は、仏教が教える煩悩のひとつ。瞋恚(しんに)ともいう。怒り恨みと訳される。憎しみ。嫌うこと、いかること。心にかなわない対象に対する憎悪。自分の心と違うものに対して怒りにくむこと。
瞋恚:自分の心に逆らうものを憎み怒ること。

【痴】 (ち)は、パーリ語およびサンスクリット語のMoha(モーハ)に由来する。
苦痛や毒を示す概念であり、「妄想、混乱、鈍さ」を指す。時には無明(Avidyā )と同義である。別名を愚癡(ぐち、愚痴)、我癡、また無明ともいう。
癡は貪、瞋と共に、渇愛につながる要素(三毒、三不善根)だとされて、それは生存の輪である十二因縁の一部となっている。
そのシンボルは豚であり、チベットの六道仏画では中心に描かれている。

【無明】(むみょう)とは、仏教用語で、無知のこと。真理に暗いことをいう。
法性(ほっしょう)に対する言葉である。この概念は、形而上学的な世界の性質、とりわけ世界が無常および無我であることの教義についての無知を指す 。
無明は苦の根源であり、最初の因縁の輪に結びつき、繰り返す転生の始まりとなる。
無明は仏教の教えの中で、様々な文脈での無知・誤解として取り上げられている。

from by Wikipedia 
本作の筆者が無宗教な為、調べたものです。
Wikipedia説明文にある[1]等のリンク部等一部削っております。
本作の筆者が、見やすいように削ったので御興味のある方はそちらでお願いします。

ちなみに倶利伽羅剣(くりからけん)は炎が巻き付いた不動明王様が右手に御持ちの剣です。
倶利伽羅竜王が燃え盛る炎となって剣に巻き付いた姿からついた名との事。


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第十二話 グリモワール大迷宮ー4

ルビ機能を使えるようになりました!
コキュートスさんが使用したスキルの読みが異なるものにつけていこうと思います。
他にも色々んな機能がありそうですね!

ご拝読ありがとうございます!

今回
前回の話しの結果を知らされたイビルアイちゃんとジルクニフさんのお話になります。

お楽しみ頂けると嬉しく思います。


───────────────

   大迷宮 南西パレス

───────────────

「本当なのか?…信じられないぞ…

 …

 本当に間違い無いのだな?

 やってくれたのだな!?

 

 おぉぉぉ~~~~!!!

 

 やってくれたぞ!!!

 … 

 ……スゴイ、スゴイゾ!!素晴らしいじゃないか! 

 本当に魔導国の一角をやっつけたぞ!!!!」

 

待機命令を受けていたイビルアイは、興奮していた。

大声を上げ、小さな体で”ピョンピョン”と跳ねては大声を上げるを繰り返す姿を見て、ルゥちゃんも同じように喜びを表す事があるのだからと、彼女が落ち着きを取り戻すのを待つ事にした。

彼女の長く惰性(だせい)で生きてきたモノクロ世界は、バルディア達と出会う事が刺激となり彩りを取り戻していた。

そして今回受けた知らせは、その世界に奥行と言う幅を取り戻させるに充分な結果だったのだ。

 

*ドゴゴゴゴゴゴゴゴ*

 

そんな二人のいる南西パレスが突如、地響きと共に地震のような揺れに襲われた。

突然の天災にイビルアイは、慌ててヒルデリアを見るとパレスの外へ出るように出口へ向け指をさしている。

それを指示し一切動じる様子の無い彼女は、誰かとメッセージの魔法で通信しながらイビルアイの後に続く。

 

先に外へ出たイビルアイがなぜか立ち止まっている…。

ヒルデリアは、迷わず彼女の小さな体を小脇に抱え、パレスから一定の距離を取り振り返った。

 

そこに広がる光景を目の当たりにし、小脇に抱えていた小さな吸血鬼の存在を忘れてしまったのだろう…。

突然地面に落ちる事になってしまったイビルアイが『バフッ!』と何とも言えない声を上げたが、文句を言うでも無くヒルデリアの視線を追う。

そして、眼前に広がるその光景を眺め息を飲んだ。

これまで、パレスに名を付けるでもなく生活空間以外特に注文を付けなかった堅牢な要塞。

 

その要塞の外壁には『茨』が所狭しと巻き付いている。

 

「…イビルアイ。…これは、貴女が?」

 

この光景には、流石のヒルデリアも驚いている。

茨に覆われた要塞、その茨は、一つ、また一つとつと(つぼみ)をつけはじめたのである。

そして咲き誇るのは…

 

 

数多の蒼薔薇

 

 

この花を象徴する特別な想いが彼女にはあるのだ。

地面に落ちた衝撃で仮面が外れ、その下の素顔が露わになっていた。

その瞳から、自覚は無いのだろう自然に涙が溢れている。

嘗ての仲間達アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』

 

 

「い、いや…”グスン”…違う…私では無い…と思うが…。

 …

 ただ、素晴らしい出来事が続く事もあるのだな!!」

 

 

ヒルデリアには、イビルアイの言葉が理解出来なかった。

イビルアイから『蒼の薔薇』と言う名の冒険者チームの事は、出会ったその日に聞きこの大迷宮でも訓練の休憩中に時折話していたので覚えている。

彼女の核は、それなのだろうと言う事も理解できる。

大切な『想い』は誰にでもあるのだから…ヒルデリアにもそれは理解できる。

だが、この現象は彼女による物で無いと言う。

こんな事、大迷宮に前例が無い。得体の知れない茨と蒼薔薇がパレスに巻き付いているのだ。

何が素晴らしい事なものか…。

 

「…そうですか。

 貴女では無いと言う事であれば得体が知れません。

 焼却します。」

 

あたかも当然の如く焼却処分すると言う、ヒルデリアの言葉にイビルアイは…

 

「おい!まてまてまてまて!!!!

 見ろ!このナ・ミ・ダ!

 

 ワタシうれしい!

 

 わかるか?

 わかるよなヒルデリア?」

 

「大迷宮に害なすものは、ルゥちゃんが滅しま…

 ルゥちゃんの防衛システムが機能していない?

 …

 …イビルアイ、貴女の涙の意味、あの花への思いは理解しているつもりです…。

 しかし、前例が無く大迷宮に害を成すかも知れない物を私は放置出来ないのですよ。」

 

焼却するしないの問答が続く中、連絡を受けていたルゥ=ルゥとロベルトが到着した。

庭師のロベルトの答え一つで、この美しく咲き誇る蒼薔薇の運命が決まってしまう。

だが、ロベルトの知識の中にそれは無かった。

突如出現し、あっと言う間に蕾をつけ咲き誇る植物等ない…。

それこそ、自分達と同じ部類に属する『モノ』ではないのか…。

 

焼却を決定付け実行に移そうとするヒルデリア、それを止めようとなんとか足にしがみ付きもがくイビルアイ…。

その様子を見てルゥ=ルゥがケタケタと笑っている景色はとても平和だとロベルトは感じた。

 

ロベルトが旦那様なら或いはと三人に告げ、この南西パレスへ足を運んで頂く事になった。

主人が訪れると言う事もあり、その場は一先ず落ち着きイビルアイがヒルデリアに何やら言っている。先程の続きだろうと。ロベルトは、改めて家族が増えたのだと実感する。

 

しばらくすると、バルディアが現れ眼前に広がる光景に目を細め微笑んでいる。

新たな出来事と言うものは誰の胸にも刺激を与えてくれるものなのだ。

 

「これは、美しいね。

 これの正体を答える事は出来るけど、それでは詰まらないだろう?

 考えてごらんよ。

 ヒルデリア、害は無いから安心して良いよ。

 いつも、ありがとう。

 ロベルトも、よく報告してくれたね。

 ルゥは驚いたかい?

 

 イビルアイ、これでパレスの名は決まったのではないかな?」

 

「あぁ。そうだな!

 このパレスに命名する『蒼薔薇の棺邸』だ!

 

 どうだ!!

 

 カッコいいだろ!?」

 

単純に『蒼の薔薇邸』とか『蒼の薔薇要塞』等ならわかるが『棺邸』とは何だ?

余りにも弾んだ声で命名したので何か意味があるのだろうと三人は考える事にしたが…。

ルゥは、イビルアイと似た感性を持っているようで、イビルアイに親指を立て”ニカッ”と笑っている。それに応じるようにイビルアイも親指を立てルゥ=ルゥと向き合った。

 

「そ、そうか…素晴らしい名だね…。」

((どうなんだロベルト?わかるか?))

 

「本当に素晴らしい、まさにこの景観に相応しい名ですね…。」

((わかる筈ないですよ!

 ヒルデリア殿はイビルアイと過ごす時間も多いですし当然分かりますよね?))

 

「棺邸とは、つまり『アレ』ですよね。素晴らしい響きだと思いますよイビルアイ…。」

((わかりませんよ!

 『アレ』とは言ってみましたが何て言うかこう…ルゥちゃんは分かるのですよね?))

 

「蒼薔薇の棺邸!!カッコいいぞ!!」

((カッコイイ!あるじ~、ヒルデ~、わんころ~、カッコよくないか?))

 

ルゥの問いに三人は、何も答える事が出来なかった。

かくして、ここ南西パレスは『蒼薔薇の棺邸』と命名される事になったのである…。

 

───────────────

   大迷宮 南東パレス

───────────────

最後の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの元にも魔導国の一角を打ち破ったと言う一報はロベルトによりもたらされた。

彼の魔導国…。その守護者コキュートスをバルディアが打ち破り、彼の生殺与奪は大迷宮の主が握っているのだ。

 

ジルクニフは、イビルアイの様に喜ぶ事は出来なかった。

『過去のトラウマ』と言う生ぬるい一言で簡単に片付けられる問題では無いのだ。

彼にとり『アインズ・ウール・ゴウン』は恐怖の対象でしかなく、関わりたく無い存在として深層心理に刻まれている。

 

ただ、押し黙り豪奢な椅子に腰かけ考える。

彼は、この大迷宮の中で唯一魔導王の恐ろしさを肌で実感してきた男なのだ。

今回の件を黙って受け入れる魔導国では無い事も想像に難くない…。

人として生きたジルクニフは、魔導国と長く付き合ってきたので『コキュートス』の存在も当然知っている。加えてヤツが部下達の事を『過去の仲間達の子供』として預かっているのだと話していた事を思い出していた。

その内の一人『コキュートス』の生殺与奪を握る等…

正気の沙汰では無い!

 

((これは、ただでは済まないぞ…また、魔導国の大量虐殺が始まるのだな…ここは住みやすく良い

 場所なのだが…))

 

 

 

南東パレスのリフォームも終え、その命名をジルクニフは決め兼ねていた。

帝国旗は、盾のエスカッシャンに翼ある獅子がサポーターとして向き合った物だったが…。

 

((同じ轍を踏んでなるものか!

 あれは敗者の印なのだ!))

 

このパレスは、嘗て住まいとしていた帝城よりも煌びやかで豪華絢爛。豪華な家具や調度品の品々は、どれをとっても超一級品である。

この地の資産家達から見ても贅の極みを尽くしたジルクニフの私室が完成していた。

だが今の彼は、その部屋に相応しくない程に戦々恐々としている。

 

パレス入り口、その大扉が開かれ二つの影がジルクニフの私室へ向かっている。

ピンヒールの歩行音、そしてその背後の存在…。

今回の事件を聞かされる前のジルクニフであれば、この二人の前でたじろぐ事も無かった。こんな情けない姿を晒すような事も無かったのだ。

 

 

 

*カツ・カツ・カツ・スタッ*

 

 

 

「ジルクニフ、バルディア様が御見えですよ?

 …

 ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス!!」

 

怯えて椅子の上で両膝を抱え(うつむ)くジルクニフにヒルデリアは、冷ややかな目で彼を見下し大迷宮の主の到来を告げる。

 

「…し、失礼しました。始祖様、ヒルデリア殿…。

 あ、あの、コキ────。」

 

コキュートスの件について事実確認をしようと問う言葉は、途中で遮られ『脅え切った少年』に目線を合わせるようにバルディアが腰をおりジルクニフに問う。

 

「何に脅えている?」

 

心に響き染み渡る少し低い声。

その質問に対して目の前にいる銀髪の男に顔を引きつらせる事しか出来ない。

何もかも見透かしているかの様な不思議な緑の双眸だ。

答えられないジルクニフを中心にゆっくり円を描く様に歩きだした大迷宮の主は、私の回答を待っているのかそれとも他に何か意図があるのか…。

この状況は、アイツと対峙している時に似た…いや、より恐ろしい何かだ。

勝手に追い詰められたと思い込み、何か良い一手が無いものかと深読みしすぎる悪い癖が出てしまう。ただ、これは当然の事なのかもしれない。

ロベルトと訓練を重ねてもジルクニフは、まだ『真祖』としての自覚が足りないのだ。それ故この程度の事で脅えてしまう。

 

「あの話を聞いたのだね。

 アインズ・ウール・ゴウン…。そんなに怖いのかい?」

 

((聞きたくも無い名前!

 記憶から消し去りたい!

 アレが存在していると言う事が恐ろしい!))

 

ジルクニフが散々な目にあってきた事は誰もが知るところだ。

故に彼は、嘗ての記憶から目を背けようとする。

ロベルトとの訓練内容と成果は聞いている。

そして今の彼に最も必要な事が何であるかも解っている。

 

「ジルクニフ、帝城へ行こう。」

 

「はっ?」

 

突然の言葉に間の抜けた声を出してしまったが、次の瞬間には三人は帝城前にいた。

 

((転移魔法か…。

 相変わらず、何を考えておられるのか分からない御方だ。))

 

城を守護する兵士達が、突如現れた三人に警戒し大声を張り上げ身分を明らかにするよう叫んでいる。彼等は彼等の仕事をしているだけだ。

バルディアとヒルデリアは、そんな兵士達の声を気にする様子も無く、長い白銀色と金色の長い髪をたなびかせ、颯爽(さっそう)と城へ真っ直ぐ向かい歩き出した。

公衆の面前で、いつまでも情けない姿を晒すわけにはいかない。

ジルクニフも皇帝だった男なのだ。

直ぐに威厳ある姿勢と気迫を取り戻し二人の後に続いた。

ジルクニフの気配が僅かに変わった事を感じ取り、前を歩く二人が笑みを浮かべる。

 

「止まりなさい!ここから先は一般の方々が立ち入る事は出来ません!

 入城許可書は御持ちでしょうか?

 失礼ですが、御名前を頂けますか?

 こちらの手違いかも知れませんので直ぐに確認します。」

 

仕事なのだから怪しい人物の身元確認は、兵士として当然の事だ。

目の前の不審な三名…。

怪しいとは言え、豪華な身形に見合った畏怖堂々たる佇まいから、兵士達の言う『一般の方』では無い事ぐらい誰にでも想像がつく。

 

「必要ない。」

 

バルディアのこの言葉は、流石に兵士として看過出来る物ではなく、それ相応の対応で怪しい人物達を即座に取り押さえなければ成らない。

兵士として当然の仕事なのだが、身動きが取れないのである。兵士の誰一人として指の一本も動かす事すら出来ない。

立ち尽くす兵士達を余所に三名は、優雅に入城するのであった。

 

「始祖様、ところでなぜ帝城なのですか?」

 

「フールーダ・パラダインは生きているよ。」

 

「…で、あろうな…。奴は、魔術に魅入られた化け物だ!」

 

「それだけかい?

 君は、裏切者を放置するのかい?

 

 優しいのだね。

 私はね、裏切りと言う名の行為を嫌う。」

 

「……私にフールーダを殺せと?

 …

 無理だ!

 あんな化け物どうにか出来る者など、ヤツとその配下ぐらいだ!

 私は、そんなに強くないぞ!」

 

「御覧、城の中は、ほら、デス・ナイトだ。」

 

バルディアが指さす方向を見ると、ヤツがいとも容易く作り出した伝説級のアンデッドである

デス・ナイトが見回り兵の様に巡回している。

当然、侵入者に気付いたデス・ナイトは襲い掛かってくる。

 

「大丈夫。君の方が化け物だから心配ないよ。」

 

そう言うとバルディアはジルクニフの背中を押しデス・ナイトの前に立たせた。

人であった頃の記憶では、デス・ナイトは伝説級のアンデッドだ。

それが、帝城内で見回り兵の代わりにをしている。

笑えない冗談だ。

ジルクニフにデス・ナイトの剣が容赦なく浴びせられた。

 

((始祖様により吸血鬼として蘇り、デス・ナイトに殺されるのか…。

 なんて言うか、もうどうでも良いな…。))

 

「……」

 

デス・ナイトの剣は、確実にジルクニフの首を捉え、勢いよく振り下ろされたのは確認した。

 

「どうだい?

 君も随分な化け物っぷりじゃないか?」

 

((剣が振り下ろされるのを確認した?あの速度で振り下ろされた剣が見えていたのか…。

 それに…。))

 

そう。ジルクニフの首が落とされる事は無かったのである。

その状況を即座に理解し、ロベルトとの訓練で習得した拳による一撃を叩きつけると跡形も無く

デス・ナイトは粉砕され消え失せていた。

 

彼の中で何かが変わった。

変わらずにはいられなかったのである。

 

「この城は今、君を裏切った男が牛耳っている。

 君も君自身の内にある力の一端を理解出来ただろう?

 伊達にロベルトと訓練をしていたわけでは無いのだからね。

 

 

 さぁ、狩りを始めよう!」

 

ロベルトとの訓練の日々がジルクニフに『真祖』として最低限の力をつけさせていた事は解っていた。

彼に足りなかった物。根底にある恐怖を払拭できる事は何であるか、ジルクニフにとって、この城は丁度良い狩り場になるだろう。

後は、彼の本領の目覚めを待つだけだとバルディアはほくそ笑む。

 

自身が何に怖れていたのかさえ、今のジルクニフにはどうでも良い事だった。

伝説級アンデッドを一掻きする程度の力で迫り来るデス・ナイト共が掻き消えていく。

余りに容易いので先へ先へと進むジルクニフは、いつの間にか嘗て四騎士達と過ごしたあの部屋に辿り着いていた。

そして、目の前で読書に勤しんでる男…。

 

「フールーダ・パラダイーン!!」




お楽しみ頂けたなら嬉しく思います。

次回は、爺とジルクニフの戦いになります!


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第十三話 魔導国旧帝都アーウィンタール自治区-2

過去の真実を知る二人の元帝国人ジルクニフと爺
現在の旧帝都で暮らす人々、そんなお話です。
楽しんで頂ければ嬉しく思います。


───────────────

     魔 導 国 

アーウィンタール自治区 旧帝城 

───────────────

 100年前に帝国は国としての形を失い、今は魔導国の一部としてそこに疑問を抱く者は誰一人として居ないのでないだろうか…。

過去の悲惨な出来事は書物に残されているが、直接被害を受けた訳では無いので『ゴシップ記事』の類として扱われている。

あの惨劇を目の当りにした帝国騎士達は、その生涯を遂げ『悪夢』から解放されたのである。

 

 生活環境の向上を遂げた事も大きく影響し、これを成したのは彼の『鮮血帝』であり、魔導国が改善改良を加える事により、人々は豊かに暮らしている。

街のいたる所にある先帝の偉業を称えた石碑は、国内における背策を記した物であり対魔導国に関する物等ある筈は無い。

 

 真実は闇の中へ消えて行く…。

 

 絶対的な象徴として旧リ・エスティーゼ王国の王都を廃墟のまま残す事を決定付けた魔導王の考えは、余り意味を成さなかった様で『遺跡』の類として、瓦礫崩壊が危ぶまれながらも観光名所になっており、一部では天変地異による物だと博す者迄現れる始末である。

 

 人間種の寿命と100年と言う時の流れは、そうした意味でも魔導国に対する反乱分子を削ぎ落し、新たな反魔導国・反全体主義の運動を抑え込む一定の効果があった。

実際、戦争を知らない今のアーウィンタール自治区の人々が、過去の出来事を実感する事は無いのだから…。

 今尚、世界のどこかで魔導国による侵略行為が行われているにも関わらず、魔導王に作り上げられた『甘く蜜のような世界』に浸り自治区に住む者達の生活は営われている。

ナザリック第一主義を掲げ『世界と言う宝石箱』を魔導王アインズ・ウール・ゴウンに捧げる為、その支配域を広げ行動を続けている事等に興味を持つ者等この自治区にはいないのだ。

 

 故に彼等が過去の戦争や魔導国の侵略・大量虐殺と言った暴挙を痛感しそれを唱える者もおらず、オカルト、陰謀説等々一部の人々の娯楽要素の一部と成り果ててしまうのも当然の事なのかも知れない。

たとえその脅威が身近にあり、薄皮一枚の上に成り立つ仮初の平穏だとしても…。

 

 

 そしてここにも、自己の欲求だけを優先する男がいる。

深淵を覗き僅かでもその域へ近づこうと情熱を注ぐ小柄な老人。

その肌は、乾ききった大地や荒い布を連想させる物だが、対照的に獅子の(たてがみ)にも似た白く長い髪と見事な髭を蓄えた老人が一人城内で過ごしていた。

 彼の長い人生を大きく変えた『あの日』、あれから100年が経過し時代を共に生きた者はいないが、孤独を感じる事はなかった。昔と違い、皇帝育成に割く無駄な時間は最早必要無く、彼の邪魔をする者はこの城内に誰一人いないのだ。

それも当然の事、アインズ・ウール・ゴウン魔導王を師と仰ぎ、嘗ては死を(ほの)めかすだけで他国を威圧出来た人物の邪魔を好き好んで行う者等いない。

仮に現れたならその存在は、『魔導国に弓引く者』としてナザリック地下大墳墓の方々が担ってくれると聞かされている。

 

 生物であれば誰にでも平等に訪れる『死』をただの状態異常かの如く仰せになられた深淵の主、いと尊き御方の力が絶対である事を固く信じて疑わない。

師より賜った『死者の本』の解読に勤しみ、僅かでも深淵を覗く日の訪れを願い研究を続ける。

漠然と魔法の質が向上したように感じているが、ただの『錯覚』である事に気付く事は永遠に無いだろう。

 

 未だ、師より賜った本の解読に進展は無い…。100年前、師が所有するマジックアイテムを借りほんの少し読む事が出来た。

その一文は、偶然にも彼が求めていた知識に該当し、それを解読し理解する事で初めて深淵を覗く事が出来ると仰せになられた師の言葉を信じている。

 

 彼の情熱は全てが無駄───。

 

 その事実に気付く事無く、未来永劫答えを得る事が出来ない賜りし宝『死者の本』を片手に解読を試みる事を何よりも愛した。

 それが、この男フールーダ・パラダインである。

 

 

 

 今日と言う日の訪れは、そんな彼の平穏な日々に新たな刺激を与えた。

城内に使役し配置したデス・ナイト達が、次々と消滅してゆくのを感じ取り、彼が愛する解読の手を止めざるを得ない事態になってしまったのだ。

フールーダ・パラダインの表情は、戸惑いながらも明らかに怒りに満ちた眼光を放っている。

 これだけ容易くデス・ナイトを(ほふ)れるのはナザリック地下大墳墓の方々の他であれば…彼のドラゴンが操ると言う鎧であろうか…。

『白金の竜王』であれば、フールーダの手に負えないのは自明の理である。

 始原の魔法についての知識欲もあるのだがその前に『報・連・相』が出来て当然の事で重要な事であると師から聞かされている。この状況は、魔導国のどなたかからの指示を受けた方が無難であると判断し至急連絡を取る事にした。

その結果、デミウルゴスから城に留まり襲撃者の正体を掴み次第退避、その正体を再度連絡するようにと命令を受ける。

 フールーダには、ナザリック陣営が下す決定にしては慎重過ぎると感じ、不満を抱えたが素直に従う事にしたのだが…。

 

…始原の魔法…知識欲を抑制できない…

 

 現時点における彼自身の能力と実力がどの程度の物なのか十三英雄を遥かに凌駕している事の証明をしてみたいと徐々に考えが傾く…。

襲撃者の存在が何であれ、その欲求を抑える事は最早出来なくなっており、読書に集中しているように振る舞いその到来を待つ事にしたのだ。

 

 

 

「フールーダ・パラダイーン!!」

 

 

 

 彼の名を呼ぶ若々しい怒号、その声の主には覚えがあった。

数世代にわたる皇帝の中で、フールーダが最も優秀であったと考える人物。

 

最後の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 

 そして属国後、フールーダは彼に興味を失い、観察対象に値する存在から除外していた。

その男が、当時を遥かに凌ぐ覇気を発している。その人物は、黒衣を(まと)い若かりし日の姿で現れ自分の名を叫んでいるのである…。

 

これほど、心躍る事は無い!

 

 フールーダが最後に見た皇帝は、豪奢な衣を身に纏い華美な装飾を施された老衰し棺に収まった姿であった。目の前の存在に興味を抱かずにはいられない。

 

「おぉ…おぉ……陛下…私の可愛いジル~。」

 

 その顔、その声、その言葉、老人の全てが不快でしかなかった。

ジルクニフにも多少は、老人を想う気持ちはあった。

裏切りの理由も爺らしい…。

フールーダに匹敵する程の力を持たない当時のジルクニフは、裏切りに目をつむりそれでこそ爺だとさえ感じていた。

ただ、いざその姿を目の前にしてみると、全く別の感情がふつふつと湧き上がる。

 

 真祖の吸血鬼として覚醒したが自覚が足りない。そんな彼にデス・ナイトを容易く消滅させる事が出来るのだと理解させる事で、バルディアの考えとは違えど強引な手法で自信を取り戻させる事が出来た。

そんな彼が誰も敵う事が出来なかったフールーダと向き合い、その力を行使しようとしている。

彼が取り戻した自信が『今なら…』そんな気にさせているのかも知れない。

 

『私は裏切りと言う名の行為を嫌う。』

 

 裏切りを許容できる者がいるだろうか?

ささいな裏切りなら許容できると仰る始祖様だが、私にはそれさえ許す事等難しいだろう。

バハルス帝国が帝国として存在していた頃『主席宮廷魔術師』として国に大きく貢献した男。

 感動の再会シーンである。これをバルディア達が邪魔する等無粋な事はしない。

気配を完全に消し、特等席で観戦する事にしており、既にこの部屋の中では比較的マシな椅子に腰かけ、そのすぐ脇にヒルデリアが控えている。

連絡が途絶え現状把握に訪れた男…隣に座り観戦しようと提案されたデミウルゴスは、フールーダに指示も出せず『観戦客』としての役回りを強要されていた。

 

「裏切りの訳を御聞きにならないのですね、陛下。」

 

「分かり切っている事を聞いてどうする?爺も耄碌(もうろく)したな。」

 

「では、私から宜しいでしょうかな?」

 

「構わぬ。答えられる事ならな。」

 

「陛下は間違いなく崩御されました。

 どのような手段で、若かりし日の御姿で復活を遂げたので?」

 

 デミウルゴスは、その答えを肌で感じていた。隣に座るこの禍々しい男の手によるもので間違いないだろう事を…。

しかし、今のジルクニフがシャルティアと同じ『真祖の吸血鬼』であるのか。それはまた別の話であり、確認しなければならない事案でもある。

ジルクニフの肌や目の色を見ればシャルティアと同じように見えるが、ユグドラシル由来のスキル迄は流石に習得していない筈だ。

 

 この執事…単独ナザリックへ訪れヒルデリア・クロスと名乗り『支配の呪言』を異に返さず涼しい顔をしていた女…。

その女の態度から間違いなく、隣で優雅に腰かける男こそが『始祖』と言う事で間違いないだろう。凄まじいプレッシャーに圧し潰されそうにな気分だ。

 

 客人として認められていないコキュートスを伴い大迷宮へ訪れたシャルティア達は、未だナザリックへ帰還していない。

アインズ様がこちらに来て得た『100年の絆』なる力でコキュートスのHPが危機的状況にある事、シャルティアの状態が不安定である事を残りの守護者各位は知らされている。

それを行った張本人が真横にいるこの男であるとしたなら…。

 

 この状況で最優先すべきは情報収集。

名を含む男の情報だ。

次いでジルクニフの力だが、こちらは直ぐに確認出来るだろう。

フールーダの質問にジルクニフが答える事は無く、不敵な笑みを浮かべている。

 

 彼は、語らないとデミウルゴスは考えている。

自ら情報を開示するような愚考を冒す真似はし無い筈だ。

 

「君は、魔導王陛下と君達の差異を知っているかい?」

 

 思考するデミウルゴスに横から不意に問いが投げかけられた。

そしてこの問いの内容もまたおかしな物だった…。

バルディアは、ヒルデリア達の勇気ある行動に助けられた。

本当に知らないからこその情報収集なのだ…。

 

 そう、この男は違う…。

デミウルゴスはそうは考えない。

我々は、至高なる御方々から創造された存在である。

この事実だけは間違い無いと承知している。

質問の意図が分からない…。

創造された者として我々は主人の為にだけ存在する。

なんなんだ…この問いの目的は何だ?

 

「その前に、御名前をお伺いしても宜しいでしょうか?何とお呼びすれば良いのかと…。」

 

「今は駄目だ。ほら見て御覧。始まるよ。」

 

 

 

 一瞬の出来事だった。

 

 

 ジルクニフがフールーダとの間合いを詰めたのだ。

それも僅か数ミリと言う距離だ。

フールーダは慌てて回避の魔法で距離を取り、攻撃に転じる魔法の詠唱を始めるが、その都度距離を詰められるので、まともに魔法を詠唱する事すら出来ない。

 

((これは不味い!ここまでとは…。

 直ぐにアインズ様に御知らせしなければ!!))

 

執事がこちらを見下し行動を制限してくる。

 

「御主人様の言葉が聞こえなかったのですか?あれをご覧なさい。」

 

 メッセージの魔法を使う事は出来ない…。

バルディアの横で固まったかの様に座るデミウルゴスは、己の無力さを呪った。

 

「本当に齢をとったな。爺そろそろ休んだらどうだ?」

 

 ジルクニフに”トン”と肩を押されたフールーダがその場で、へたり込むように腰を落とした。

この様子を見てデミウルゴスは、今のジルクニフがシャルティア級の『真祖』であり、自分が戦い勝利を収める事の出来る相手か正確に掴みきれなくなった。

ジルクニフは、ただ間合いを詰めフールーダの肩を押した。

ただ、それだけなのだから…。

 

「なんとも…凄まじい力ですな、陛下…。」

 

 襲撃を受けた際、フールーダ・パラダインは、ナザリックへ連絡していた。

誰も来ないと言う事は、遠くでこの様子を見て自分を捨て駒にするつもりなのだろうが、全てを捧げた身である。当然その使いようも含まれる。

床の上に座ったまま、嘗ては非力であった皇帝を見上げ、これ程の力を授けた者の存在が気になるが、最早それを知る術が無い事が残念でならないようだ。

 デミウルゴスはこの場にいるが、それを知らせる事を隣の男が許されないだろう。

勝負は完全についたようだ。

 

「私は、裏切りと言う名の行為を嫌う。」

 

 ジルクニフは、大迷宮の主、始祖様が用いる言葉の中から最も印象的な言葉をフールーダにそのまま告げた。

起き上がろうと立ち上がったフールーダ・パラダインの首根っこを掴み締め上げ、自身の目線に合う高さまで持ち上げると、彼が絶命するその瞬間迄、老人への思いを語りだした。

 

「爺の判断は、己の信念に従った純粋な物だろう。

 だが、それは許されない事だ。

 ただ同時に、変わらない爺の姿勢に私は学ばせて貰ったよ。

 

 それなりに、長い付き合いだったのだから当然と言うものだ。

 

 帝国への貢献度で言えば、爺は突出している。

 爺に頼り、それに応えてくれた。

 感謝しているさ。

 

 だがな、先にも述べたがお前を許す事は出来ないのだ。

 すまぬな…。」 

 

 主席宮廷魔術師フールーダ・パラダインは絶命した。

ただその顔は、苦痛に満ちた物ではなく、穏やかなものであった。

その穏やかな死に顔の意味を知るのは、この場でジルクニフただ一人だけだろう。

その様子を見ていた三名が視界の後ろから、見事に復讐を遂げたジルクニフに称賛の喝采をおくる。

 

「素晴らしかった。見事に復讐を遂げたね、ジルクニフ。」

 

「ジルクニフ、おめでとうございます。」

 

「…や、やぁ…久しぶりと言えば良いのかな。」

 

 振り返るとそこには、ナザリック大幹部の言葉で人を支配する悪魔デミウルゴスもいたのでジルクニフは驚愕した。

 

「…なぜ…お前がいる…。」

 

 慌てて説明を求めようとバルディアへ視線を送ると、ヒルデリアがジルクニフの疑問に答えた。

 

「この男は、まぁ言えばフールーダの上官のようなものである事はご存知でしょう。

 貴方が殺害したその老人は、我々がここへ到着し狩りを続けている際、この男の指示で我々の

 正体を暴くよう命令を受けていたそうです。

 その後、連絡が無いので愚かにも直接見に来たと言うわけですよ。」

 

「な、なるほど…。では、その悪魔を殺して良いのだな?」

 

 この問いにはバルディアが答えた。

彼等魔導国への積もりに積もった憎悪を発散したい。そうした顔付を今のジルクニフはしている。

 

「それは、困るのだよ。彼にはメッセンジャーとしてナザリックへ帰還して貰いたいのさ。」

 

 そう言うとバルディアは、ナザリックの今後の行動を決定付けるかのように語りだした。

 

 第一に、廃墟のままある王都の土地を要求し、美しい街並みを見たいと言う願いからナザリック

     地下大墳墓の責任の元で2年で復興させる事。

     人が定住する都に育て上げる事。

     土地を所有する大迷宮に対し、土地使用料と得られる収益の10%を献上する事。

 第二に、従者を従え国家を裏切った者。その二名の身柄を速やかに引き渡す事。

     二名の身柄について、魔導国、ナザリック地下大墳墓は一切関与しない事。

 

「君の意見は、求めない。ただ伝えるだけで良いのだよ。

 我々は、新たに迎えた家族が受けた屈辱や悲しみに対し報いたい。ただそれだけなのだから。

 急いだ方が良い。

 コキュートスが完全に滅びる迄そう時間は無い。

 

 私は、彼を救いたい…。

 

 だが、君達の手が遅いと救えた筈のコキュートスは、君達自身の手で奪った事になる。

 これは、仲間殺しだ。

 私から見ればそれは『うらぎり』なのだよ。

 私は裏切りと言う名の行為を嫌う。

 以上だ。

 しっかり伝えて欲しい。」

 

 デミウルゴスは、大迷宮の主を甘く見ていた。だが、大迷宮の主もまたナザリック地下大墳墓を甘く見ている様に感じられる。

仲間殺し、自らの死等、アインズ様の為であれば、ナザリックの皆が迷わず選ぶ道だ。

 

((そんな事も知らずに愚かな大迷宮の主よ。次に会う時が楽しみですよ。

 しかし、印象的な言葉だ『裏切りと言う名の行為を嫌う。』か…。

 では、それを唆した側への思いはどうなのか…。

 とにかく急ぎナザリック地下大墳墓へ帰還し、アインズ様へお知らせしなければ!))




お楽しみ頂けたなら嬉しく思います。


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第十四話 魔導王の決断ー1

前回のUPよりだいぶ経ってしまいました。

今回の物語は、タイトルそのままです!
アインズ様は、今何を思うのでしょうか。

お楽しみ頂ければ嬉しく思います。


──────────────

  第九階層 アインズ私室

──────────────

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王は、玉座の間から自室へ直接転移魔法で移動すると、悠然と豪

華な椅子に腰かけ、静かに回想に耽(ふけ)る事にした。

初心に立ち帰る事で、何か重要な見落としが無いか探りながら振り帰る事にしたのである。

 

★覇権を握る魔導王を瞠目し、その言を『誇大妄想』であると嘲笑(ちょうしょう)する者等はいない。

この世界の人間達は余りにも脆弱であった。

人が小虫を踏み潰し、その事に気付かないのと同様に、彼等にとっての小虫が人間と言うだけの話だ。

ただそれだけなのだ…。

国家存亡、愛する家族、自己愛、それらを守る為に誰しもが魔導王に平伏する世界。

そして、誰しもがそれを喜びと感じる歪な世界。

 

 転移後の約四十年は、様々な出来事に謀殺されるのではと感じる程充実しており、目まぐるしく

日々を過ごせていた。彼自身が魔法を使い闘争に明け暮れ、指揮を執る事もあったのだ。

 ある程度魔導国による支配が進むと、彼自身が現場で指揮を執り大魔法を行使するような機会は

無くなってしまった。

 

 魔導王とナザリック地下大墳墓の軍勢に仇なすは、これすなわち『愚の骨頂』である。

 抗う者達の信念、そこへ至る迄の鍛錬の日々、その一切合切を容易く奪い去る。

 知略に長けその叡知は、遥か万年先をも見通す至高なる御方アインズ・ウール・ゴウン魔導王。

 

 過去、対魔導国を掲げその旗印の元に集結した者達達は存在したのだ。

最初の勇者は、国家であった。

廃墟と化した王都は、今や遺跡として観光名所となった『リ・エスティーゼ王国』。

その中で愚者の象徴として名高いのが、ランポッサⅢ世である。

魔導王に決闘を申し込み、(まばた)き一つ出来ずに倒れた王国最強の戦士なる存在もあったらしい…。

抗う事で、彼等はその都度思い知らされる事になる。

 

 決して人が敵う存在では無いと言うその事実に…。

 

 ただ、脆弱で下等種の愚かで無駄な自己満足として幕を閉じるのだから…。

奮起し戦いを挑み、多くの死を生む罪深き行いだったと絶望を味わいながら朽ちていく。

そんな彼等を人々は何と呼ぶのだろうか…。

 

  それは、魔王に挑む『勇者』ではなく、神に仇成す『罪人』の所業とされるのだ。

 

 多くの人々は、抗う者達へ積極的に関わる事を嫌うようになっていった。

魔導国へ与し生活面が向上した事で、誰しもが魔導国の民として幸福であると心から実感している

のだから当然だ。

 

 

 『甘い蜜に浸したような優しい夢の世界、永遠に支配されていたいと思えるような世界』

 

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王は、百年前にメイドに告げた己の言葉を有言実行してみせた。

それほど圧倒的であり、魔導王と魔導国の力が揺ぎ無い事を周知の事実として浸透させたのだ。

 

 現在は、魔導王は表舞台から姿を消しナザリック地下大墳墓で静かに暮らしていた。

そして、『ナザリック流教育』を終えた現地の者達で編成された機関が設立され早三十年になるだ

ろう。試験運用をお終え、現地の者達による魔導国末端組織と位置付けられた。

機関に勤務出来るのは、現地の人間や亜人達と定められている。

 

 ナザリックの知識が与えられる訳では無い。

最早心配する必要の無いテロリスト(反乱分子)を取り締まる組織を雇用問題解決の一環として考

案され、街の美化や飲み屋街等の治安維持をこの組織が努めているが、真の目的は別の所にある。

 

 組織名は、『ナザリック・パトリオリズム・クレスト』と命名された。

 

 通称N.P.Cと呼ばれるこの組織の存在意義と必要性について…。

それは、国民の生活が『蜜に浸した夢の様な世界』であり過ぎた為、堕落しきった魔導国の民が

本当に夢心地で生活できてしまうのだ。

 

 何も考えず、ただ魔導王を敬愛し妄信するだけ。

 

 虚ろな目をした人形が徘徊する有様は、魔導国の民として相応しくない。

既に未知を既知とする冒険者組合も機能していないのでは無いだろうか。

国家の発展、街の賑わい、そう言った諸々を失えば、国として立ち行かなる。

その成れの果てが三十年前、国民と言う名の肉を陳列する人形棚を作り上げてしまった…。

 

 結果、抜け殻のような国民性は改善すべしと、ナザリック幹部や善属性の者達を含んだ協議が開

催された過去があった。

 現地の者達が、自らの手で乗り越える事が出来る困難と言う『人生における谷』を奪った張本人

達が、改めてそれを強制したのだ。

ただ視界に入るだけで不快極まりない国民をどうにかする為に考案された結果である。

 

 何もしなくても暮らしは保証され、趣味を持つ事で得られた刺激も長く続ける気力が無い。

ただただ、魔導王を敬愛し妄信する事だけで良かった国民達に与えられた最初の困難。

だが、本来生きる上で必要不可欠な事であると誰しもが失念しているのだろう。

 

 実質、夢の様な世界が続いたのは約四十年間。後半の三十年間は国家建て直しの期間となる。

アインズの言葉通りの国家の歴史は、短い期間で幕を引く事になってしまったが、例の如く忠心の

悪魔デミウルゴスにより曲解されアルベドも成程と頷くのであった。

 

 国民には、何か一つ職に就く事を義務付けた。

不満は無いが何をすれば良いのか分からない。交付した時はそんな様子の民だった。

そこで、幾つかの職業訓練施設も新設され、骨抜き国家の建て直しに三十年間を要した。

 恐怖による統治であれば直ぐに片付いただが、アインズ自身が禁じた為の苦肉の策だ。

放置しておけば、早晩魔導王が築き上げた魔導国は崩壊していただろう。

 

 N.P.Cは、そんな中の機関の一つで、以下が職務内容となる。

 各施設にはナザリック流教育で優秀な成績を収めた者に対し『情報収集統括官』の任に就かせ、

集約し精査された情報がナザリックへ報告される様になる。

 広大な魔導国の運営に、それなりに便利な組織としてナザリックに貢献しているのだ。

この仕組みの欠点は『誤認・偽・嘘の情報』が報告される所にあるが、情報の精査が義務付けられ、地道な裏取りを行う為の人員も雇用されている。

隠蔽(いんぺい)や私益、間違いでしたでは済まない。

当然、過ちを犯した者とその部下、家族に至る迄厳罰が設けられ、施設全員に異動命令が下る。

そして、彼等の異動先だが、ナザリック地下大墳墓第二階層の恐怖公の住居、又は第六階層の餓食狐蟲王(がしょくこちゅうおう)の元で巣として貢献する事になる。

施設で働ける最低限の教育をナザリックが保証している為、人員不足に困る事は無い。

 

これに眉を(ひそ)めるナザリックでは数少ない善属性の者達もいるのだが、アインズが考案し可決

された案件である以上決定事項である。

アインズは(カルマ)高い者達の意見も取り入れている事もあるので、これ以上望む事では無い

だろうと彼等も納得してくれている。

 

 ここまでの政策等に関しては、改善しながら進めてゆく事で決議案が採択された。

あの廃墟に関しては、人々の間で遺跡観光等と言う名目で訪れ、天変地異を唱える者迄現れる程に

なり、魔導国の威光が薄れている問題も含んでいる為、対応策を講じる必要はある。

内政について、支配域の拡大に伴い、アルベド、デミウルゴス、パンドラズ・アクター達と協議し

難しい事案も多数あったが手応えも感じられ、それなりに充実はしていた。

 

 ただ、マジックキャスターとしては、物足りなさを感じざるえないのだ。

対等に渡り合える者がいて初めて戦を戦として実感し楽しむ事が出来る。

死霊系特化型のマジックキャスターとしての魔導王は、空虚な想いを抱えていた。

従来戦闘を好む者達が、第六階層の闘技場を賑わせているのもそうした理由からだろう。

今尚、アルベドに編成された少数の部隊が新たな国や集落へ侵攻を続けている。

下等種の脆弱性を考えると、その部隊で充分事足りるのだ。

 

 

 

 

 

 そこへ現れた、始祖の吸血鬼。

 

 シャルティアが同族の気配を感じ、意気揚々と出向いたは良いが持ち帰った情報は少な過ぎる。

更に、少なすぎる情報の内容が驚愕すべき事だった。

降って湧いたような存在に当初頭を抱え、フールーダに真偽を問うと正確な事は何も分からない。

ただ、三百年前には既に大迷宮は存在しており、帝国有数の大貴族として一部の者しかその存在を

知る事も許されず、大きな影響力を持つ家系であると話していたが…。

貴族社会特有の何かそうした物であれば今のアインズでも知る事は出来ない。

 

 始祖は、我々より二百年前にこの地に転移したプレイヤーだろう。

そして、魔導国の歴史をおそらく観察していた存在と考えるべきだ。

 

 そんな始祖が、ついに動き出したのだ。

 

 戦への渇望だろうか。この虚しさを埋めてくれるのであれば望むべくだ。

ただ、それだけの存在と考え、久しぶりに『遊べる』とさえ考えていた。

魔導王までもが、脅威度合いを見誤るよう仕向けられていた事になる。

 

 当初、始祖の存在を聞いた時は、これほど悠長に構えていなかった。

彼等の動向が余りにも緩やかな物であり、目立った行動も無く他の仕事もある中、徐々に警戒

レベルが下がっていた。

加えて、ナザリックの軍事力の上に胡坐をかいていた。

 

 これは、嘗てのギルドマスターモモンガとしては考えられない過ち、慢心していたのだ。

 

 脅威度で言えば、要監視である事を皆で協議し、その考えは共有されていたにも関わらず…。

過去、千五百人を迎撃したナザリック地下大墳墓である。

『攻めて来るなら攻めてこい』とさえ軽く考えていた節もある。

守護者達であれば、並みのプレイヤー達であれば過剰戦力なのだ。

 

 

 ところが、あの執事服の女だ…。

単身ナザリックに訪れ、ピンヒールの歩行音を玉座の間に響かせながら我々の前に立ち、優雅な身

のこなしで礼をした女。

 

ヒルデリア・クロス

 

 あの場で恐怖するどころか、意に介さず一切の隙も見せず堂々と立ち涼しい顔をしていた。

更には、スキャニングでもしているかの様に守護者各位を見て笑ったのだ。

 

 あれは、間違いなく『挑発の笑み』だ。

 

 それに、俺に向けたあの表情…。

あれは、ナザリックの者達が下等種に見せるそれだった。

デミウルゴスの『支配の呪言』もレジストされていた。

ここにいる者達なら簡単に滅ぼす事が出来るとでも言いたげな、搾取(さくしゅ)する側の笑み。

俺ですら(・・・・)頭の中で何度も攻撃を試みたが、決定的な勝利のイメージを掴めなかった。

そもそも、情報が無い。

その能力が分からない上に、あのバグっているようなステータスだ。

あれは、おそらく探知魔法阻害系の魔法かアイテムの筈…。

 

 女の目を見ればわかった。

あれは、嘗てユグドラシル時代に、幾度と無く経験した事のある暴力。

プレイヤーを狩る事を目的とした者達特有の目をしていた。

戦闘能力や練度、そうした基本的な物に加え、何か別の『モノ』もあるのだろう。

 

 ナザリックに欲しい人材ではあるが…。

 

 あの場でギルドとギルドマスターのアバター名が聞けていたら、対処可能な物であるか判断出来

ただろうが、無い物ねだりはよそう。

 

 気になるアイテムの存在も口にしていたが、流石にあれは無いだろう。

ただ、あの女が楽しむ為にだけ口にした『デマ』であると考えるべきだ。

それとも次の百年の揺り返しに影響するアイテム、その手の物なのだろうか…。

仲間達を強制的に呼び出し会いたいと言う思いは既に薄れている。

それに…今更感もあるのだ。

 

…夢を叶えた人もいるのだ。

 

 それよりも『新制ナザリック』の体制強化こそ考えるべき重要案件である事は間違いない。

真祖の軍勢によるナザリック侵攻と言う最悪の想定すら話し合われた。

念の為に一般メイド達には、始祖対策として避難訓練を定期的に行わせている。

あの執事の出現から始祖に対する脅威度は、要観察から超警戒へと一気に跳ね上がった。

 

 あの日の事を思い返すと違和感しかない。

始祖の存在情報を無事持ち帰る事が出来たシャルティア。ただ、気に入られている程度。

そんなあり得ない考えの元、情報収集の一環として礼状とナザリック地下大墳墓への招待状を持た

せ愚かにもコキュートスを伴わせた。

 

 事前通達が無ければコキュートスは、招かれざる客だ。

俺が派兵したと受け取られても、それはこちらの落ち度になる。

そもそも、シャルティアの訪問も無作法なものだったろう。

仮にナザリックにシャルティアの様な訪問形式を取る者が現れたなら、生還の道は無い。

同族だから許されるなんて事は無いのだ…。

 

 その点、守護者達は違っていた。

彼等は、『始祖』が確実に脅威であると明言していた。

あの場で確か、デミウルゴスは『始祖が敵対するかはこちらの出方次第だろう』と話していたが、

コキュートスを伴わせた事が過ちだとするなら…。

 

 始祖達の宣言、『今の所は敵対する気はない』とわざわざ伝えに来た。

それを信じる事は出来なかったが、どこかで『安心』していた。

今思えば、シャルティアの話も眉唾物だと聞き流していた節もあった。

 

 反省すべきは多々あるが、今はコキュートスだ。

冷静になり過去の更なる見落とし、過ちを探る事に徹し半瞑想状態に入ろうとしたその時、ふと、

ある資料の存在を思い出し慌ててアイテムボックスから取り出した。

 

 アインズは、この世界で個としては世界屈指の戦闘能力を有している事は間違いない。

だが、ユグドラシルのモモンガは違った。

 モモンガがアインズと名乗っている事を玉座の間で確認したのだ。

いずれにせよ、俺の名がアインズでは無く『モモンガ』である事は、既に知られた事になる。

 

 モモンガのビルドは、所謂『浪漫ビルド』死霊系特化アバターである。

 

 余程レベル差が無い限り、始祖のビルドがガチ対人仕様で且つプレイヤーキラーであれば、相性

も関係なく如何なる策を弄した所で、嘗ての仲間達不在の今のナザリックであれば始祖一人に滅ぼ

されるかもしれない。

個として勝てなくても数で圧し潰せる等、そんな次元では無いのだ。

 

 刺激するのは愚策でしかない。ないのだが…

 

 

 

 …どんな相手からも守ると誓った筈だ。これは自己の誓い!これだけは裏切れないぞ!…

 

 コキュートスの状態から、始祖は間違いなくカンスト(カウンターストップ)され鍛えられた高

レベルアバターであり、プレイヤースキルの練度も相当高い事は間違いない。

それに、執事としてここへ来た女もプレイヤーかもしれない。

ナザリックのNPCとは異なる違和感のようなモノを感じた。

 

 そんな事を考えながら、先程思い出しアイテムボックスから取り出した資料をひろげる。

 

『プレイヤーキラー名鑑』

 そう記されたアイテムは、その名の通りの情報が記されているプレイヤー作成アイテムである。

そこに、モモンガが新たに加えた名簿だが、一通り目を通すもめぼしい情報は無かった。

 

 当然、ヒルデリア・クロスの名も記載さえていない。

そもそも、ここに名を連ね情報公開されているプレイヤーキラー達であれば、対処可能なのだ。

いくら情報を隠そうとしても末端のメンバーが、こうした名簿に載る事もあるので注意深く確認す

るがギルドハウス等の欄に記載される土地に、大迷宮に繋がりそうなものは一切ない。

 

 多くの被害報告はあるが、所属不明や無所属等の者は、多くの欄が『不明』と記されている。

使用スキルや魔法の記載はあるが、どれも『始祖の吸血鬼』に結びつきそうな物では無いように感

じられる。

 

 そうしたスキルを使用しなくても狩りが出来るのだろうか…。

 

 『百年の絆』で確認するとコキュートスのヒットポイントの減少は、回復アイテムの使用を自分

の意思で使用出来なく、ギリギリ生かされている状況と考えられる。

コキュートスからすれば、恥辱であり自死を選び兼ねない状況にある…。

 

…いや、コキュートスであれば『命を無駄にするな』と言う厳命もナザリックの利益の為であれば

 と自死を選択する武人だ。

 何か他に理由がある…。

 自死を許されずに生かされているのだとすれば、それはなんだ…。

 

 何れにせよ、生きている事が何より重要だ。

 

 過去、世界征服の舵を取った時、『部下を御せませんでしたと、謝れば良いか。』程度に軽く考

えていたが、ここまで魔導国の支配が進んだ状態でそれは通用しない。

 

*コン・コン*

 

「アインズ様、デミウルゴス様が至急お目通り願いたいとの事でございます。」

 

 これ迄には無かった事だ。ほんの僅かだが恐れや不安、そうした感情が汲取れるメイドの口調に

予想以上の何かが進行している事に腹を括った。

 

「通せ。」

 

 当番のメイドが扉を開くと、重々しい雰囲気が伝わってくるのが分かる。

コキュートスの状態は把握しているが、デミウルゴスが只ならぬ表情で入室し、粛々と始祖の要求

を報告した。

 更に彼の『鮮血帝』が真祖として覚醒し、始祖の配下となっているそうだ。

裏切者のフールーダ・パラダインは、ジルクニフの手により殺害された事。

そしてそれが余りにも一方的であった事。

フールーダが反撃の魔法一つ詠唱する暇さえ無かった事を聞かされた時は、流石に冗談だろうと

デミウルゴスの顔を見たが、冗談を口にする余裕すら無いと言った表情だ。

 

 

「要求を全て受諾する。」

 

「そんな!!!

 …畏まりました。

 ……成程そう言う事ですね!」

 

「先に言っておくが今回は、お前が考えている以上だ。

 ここまでされては、素直に従う方が賢明だろう。

 …猶予は二年か…。

 それで、リ・エスティーゼ王国王都の復興だが、どの程度時間は必要だ?」

 

「アウラの偽ナザリック建築を行った部隊と緑化にはマーレの力が、更にアインズ様のデス・ナイ

 ト、ナザリックのゴーレムをお借りしフル活動させて一年半、定住者付きとなると更に一年程必

 要ですが、各地から連れ去って来たモルモットを住まわせると言う事で一年短縮できます。

 ただ、彼等は実験を受け、見た目にも精神状況にも少々問題があります。

 彼の始祖がそれをどう受け取るかにもよりますが…。

 

 アインズ様、彼の大迷宮を攻め落とす事でシャルティア、コキュートスのサルベージは、難しい

 のでしょうか?」

 

「残念だが無理だ。

 シャルティアはまだ無事だが、コキュートスは人間にでも滅ぼせる程弱っている。」

 

「成程。それは…。アインズ様の新たな御力。『百年の絆』による御業ですね。」

 

「そうだ。急ぐしか無い。

 コキュートスを我々の手で殺す事にならないようにだ。」

 

「始祖と交渉の余地があれば良いのだが、裏切者の引き渡し時にお伺い(・・・)してみるか。

 アルベドに二人を連れて来るように伝えてくれ。」

 

「申し訳ございません、アインズ様。始祖を甘く見ておりました。」

 

「構わない。私も同じだよデミウルゴス。」

 

「それともう一つ。

 始祖の言葉に印象的なフレーズが御座いました。

 

 『私は裏切りと言う名の行為を嫌う。』

 

 何か始祖には重要な事のように感じられました。

 アインズ様は、お耳にした事が御座いますでしょうか?」




組織の名前をNPCにしたくて
Nは、Nazarickはナザリック
Pは、Patriotismは、パトリオリズム(愛国心)
Cは、Crestは、クレスト(極致)
何だそれと言うネーミングですね!

お楽しみ頂けたなら嬉しく思います。


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第十五話 魔導王の決断ー2

 前回の御感想の中から、ユグドラシルでクラウン時代は、『弱者救済PKK』がアインズ様達の
行動理念し教えて頂きましたので取り入れてました。
 感想にてこうだよ~と教えて下さり、ありがとうございます!

 よりwiki知識を活用しようと思いました。が、独自解釈、独自発想の部分が多く含まれています
 お楽しみ頂ければ嬉しく思います。



──────────────

  第九階層 アインズ私室

──────────────

 デミウルゴスの問いを受け、確かに独特な言い回しだとアインズも考えていた。

単純に『裏切者』ではなく『裏切ると言う行為』この二つの何に違いがあると言うのだろうか…。

 それに、この既視感(きしかん)…。

独特なフレーズから、朧気(おぼろげ)に想起させられる危機感の正体について考え込んでいる。

 

 デミウルゴスがアルベドと始祖が要求する二名を連れ、魔導王の私室前で待機しているメイドへ

入出許可を取り次いで頂くように頼んだが、アインズから入出の許可が下りない。

 今、室内にはセバスが控えている。

 デミウルゴスとセバスの関係が良くないのは周知の事実だが、セバスは論理的に執事長としての

職務を優先する人物である事はデミウルゴスにも解っているし、個人的な事は今は二の次である。

 深い集中状態にあり策を弄していると察したデミウルゴスは、アルベドと残り二名と共に室外で

待機する事とし室内に控えているセバスからのメッセージを待つ事にした。

 

───────────────

  旧 王 国  廃 都

───────────────

 それは、突然訪れた。

 

 旧王都に現在、アウラとマーレが現場責任者として着工に取り掛かる為の視察に訪れていた。

同時に、二年後の完成を目途に旧王都への移住者の募集が行われているが、こちらは一度滅びた都

への移住に二の足を踏むのか申し込みは、五割程度に留まっている。

良案が無いものかアルベドの考えを聞いている最中、アウラから緊急メッセージの魔法が届いた。

そして、その内容に身の安全を確保せよと命じたのだが…

 

**アインズさまぁ~。申し訳ございません~。**

 

 復興事業に取り掛かる為、行政執行を取り廃都は『立入禁止区域』として蟻一匹入り込めない様

にアンデッド兵を配置させていた筈だが…。

 あの執事であれば簡単に突破出来るだろう。

 問題は、アウラとマーレ迄もが連れ去られる事だ。そんな事は許されない。

復興事業自体が足枷となり、シャルティア、コキュートス救出の根も完全に奪われてしまう。

 

**直ぐに向かう。丁重に持成して欲しい。**

 

 流石に面喰い、アルベドとデミウルゴスには、共にナザリック地下大墳墓の警戒レベルを最大限

迄引き上げる事。加えて、万が一陥落すると判断した場合に備え、緊急事における避難行動へ即座

に移行し、ナザリックの者達全員に対して非難指示を出す事と厳命したが、おそらくそうした事態

に陥っても最後迄交戦するのだろうな…。

ともあれ、急ぎ転移しアウラ達の元へ向かわされる形となった。

 

 どうやら…メッセージの魔法が入る前に一戦あったようだ…。

アウラにしては珍しいミスだ。

シャルティアやコキュートスの件で思う所があったのだろう。

相手が同数であった場合、即座に偽のナザリックへ帰還する。

この百年間で、俺を含め皆が相手の力を軽視し慢心していたのだ。

今後絶対厳守すべき課題だが、アウラとマーレの心情は理解できる。

 

 転移後目にした光景は散々なものだった。

マーレの範囲魔法で広大に破壊され、砂塵まみれる旧王都。

アウラの魔獣達は、生きているのか死んでいるのか分からない状態だ。

 

 結果は、一目瞭然───。

 

 魔導王が周囲の状況を確認している様子を嘲笑うかの様に遠巻きに眺める二つの影。

アウラと魔獣、そしてマーレの対応をしたのは、あの執事だけだろう。

双子のコンビネーションでも太刀打ち出来ないとは、まったく恐れ入る。

執事の足元に、アウラとマーレがワールドアイテムを奪われた状態で拘束されていた。

 

 アウラは、魔獣達の事が心配でならない様だ。テイマーにとっての魔獣はただの戦力では無い。

友人であり戦友なのだ。涙を浮かべながら必死に耐えている。

マーレは、そんな姉に寄り添うように今出来る抵抗と言わんばかりに執事の女を睨みつけている。

 

 

 眼前に突如現れた暗黒。

 

 

 転移し状況確認をとる魔導王へ奇襲を加えず、ただ様子を眺めた後に始祖は姿を現した。

そして、オペラの一幕を演じるかの如く魔導王を中心に円を描く様に優雅に歩き始めると、緩やか

な口調で静かに語りだした。

 その姿は、聴衆は黙って観ていろ『演舞に魅了された観客の如く姿勢であれ』と強制させている

様であり、魔導王の発言を許す気は微塵も感じ取れ無い。

 

(( 威圧的では無いが、脅威を感じ畏縮してしまう何かがある。

 口を挟めば、全てが終わる。そんな予感すらある。

 ユグドラシルで異業種狩りが流行した事を思い出す…。

 『強い職業(クラス)を得る条件として、一定数の異種族プレイヤーをPKする』と言うふざけた内容だ。

 しかし目の前の男は、そうした者達とはまるで違う。

 その、一挙手一投足から歴然とした差があるのは明らかだ。

 本物のPKをはじめて見た。ただのプレイヤーキラーでは無い。

 存在自体が闇そのものだ。

  ぺロロンチーノさんは、どこでこんな男と知り合ったんだ…あの人、交友関係多そうだし…。

 エロネタ以外で興奮していた相手は間違いなくこの男の事だ。

 流行りの異種族狩りPK。

 異業種の弱者救済を旗印に自警団的なPKKをしていた事もあった…。))

 

 始祖の語りは、この世界における当たり障りの無いどうでも良い話しだ。所謂世間話である。

これに付き合わされる事となった今も僅かな情報を得ようと魔導王は沈黙し男を観察している。

 

(( さて、この人がモモンガさん…。

 …今は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下だね。

 有名人に会えると言うのは良い物だ。

 浪漫ビルドでありながらの対人でも実力者と聞いている。

 面白そうだけど…

 彼がこの地に転移して百年経過しているし、あの男から聞いた人物像と一致するかな。

 いつまで、聴衆で居続ける気なのだろうね。

 確か彼等の行動理念、詳しく覚えてはいないけど弱者救済のPKKだったような?

 弱者救済を謳った男が今やこの世界における『魔王』とは、笑えない冗談だ。

 それとも、私の『アレ』に対する考えのような物から、そう成ったのか?

  さて、新しい家族の為に働く事にしようかな。

 お互いに身勝手な正義を振りかざすものだ。))

 

(( この男が、コキュートスを苦しめている大迷宮の主、始祖の吸血鬼。

 そして、俺の敵だ!))

 

 始祖は、魔導王の周囲を歩くのを止め、一定の距離が保たれて静かな時が流れる。

すると、元から配置されていたかに思える程自然に相対する豪華な椅子がその存在を示していた。

 何も意に介さず優雅に腰かけ当然かの様に着席を促すので、魔導王はここぞとばかりに支配者然

とした身振りで腰掛けると、始祖がその様子をほくそ笑みながら見やっている。

 

 

 白銀色の長い髪、端正な顔立ち、不思議な緑の双眸、夜空のようなコートを纏う始祖。

 対して、その容姿は死神そのもの。数多の装飾を身に着け、豪奢な漆黒のローブを纏う魔導王。

 

 

 廃都中央、周囲はマーレの範囲魔法の傷跡残す中、アインズとバルディアが相見えた。

 

 始祖は、魔導王の言葉を待っているかの様に足を組み先程とは打って変り沈黙を守り続ける。

本来であれば両者の間にはテーブルがあり、贅沢で気の利いた飲食物が並べられて歓談し時を過ご

す以外なにものでもない風景なのだが、双方の間にテーブルは無く時だけが過ぎてゆく。

足を組んで座っていられる状況で無い筈だが、そうしているには何かがあるのだろう。

 最初に疑ったのは罠だ。相対し椅子に座る事が条件。そんなトラップは聞いた事がないが慎重に

最大限に警戒しつつ魔導王は、始祖に攻撃を仕掛けるわけでも無く同じく沈黙を守る事にした。

そんな心配を見透かしたのか、何も無いとただ一言告げ魔導王の言葉を更に待つ。

 

 アインズには最悪の状況である事は変わらない。

 ぺロロンチーノさんが対人訓練をしていたPKギルドのマスターだったか…。

毎回デスペナルティを受けながら帰って来てはレベル上を繰り返していた。

その都度、最適なスキル構成を模索していたので何にでも全力なのだなと感心させられたものだ。

彼が、興奮し話していたその内容。当時の記憶が鮮明に想起させられる。

 

 模擬戦で一度も勝てなかった事、それと…外部の者が滅多に遭遇する機会が無い出来事。

PKギルドの拠点や店が軒を並べるプレイヤータウンの住人達が『儀式』と呼んでいたソレ。

 その内容は確かこうだった。

裏切りを行った者は裏切られた者によりデスペナルティとアイテムドロップを繰り返し殺され続け

る…そんな内容だった。

 裏切られた者は、最後までそれを成しその代償を支払わせなければ成らない。

そして裏切った者は、最後迄それに抗い続けながらも確実に代償を支払う事になる。

何故なら、目の前にいる邪悪な笑みを浮かべる男のギルド観衆の元で行われるからだ。

 

 その日のメニューは、裏切られた者が生産職。裏切りを行ったのが高レベルの暗黒騎士だ。

余りない組み合わせらしく裏切り騙すのは、意外にも生産職、商人プレイヤーの方が多いそうだ。

本来なら報復出来る筈の無い双方の関係性だが…。

 

 高レベルの暗黒騎士は、当番制の『執行人』なる者によって死ぬギリギリ迄ヒットポイントを削

られ生産職の裏切りを受けた者が、最後に止めの一撃を与えると言う物だった…。

これを何度も繰り返しデスペナルティによるレベルダウンで、高レベル暗黒騎士が初期レベル戦士

見習いになるのを見届ける。そんな儀式だと教えてくれた。

このタウンでは、それが日常でありソレを悪趣味と感じる者は誰一人いないと言う。

 騙される方が悪いと言うが、ここでは真逆で道理に従った行いだが『見世物小屋』のようだ。

ぺロロンチーノさんも興奮せずに『儀式』の件を語る事が出来なかったのだろう。

 この話を聞いた、正義を愛する人たっち・みーさんが、ぺロロンチーノさんに珍しく激しい口調

でPKギルドとの関係を直ぐに絶つように薦めていた。

 秘密厳守で、教えられないと言うぺロロンチーノさんにたっち・みーさんがギルド名を問いただ

すので、面倒になったのか口に出したギルド名。

 

 

 

 

 

 

              『グリモワール=ファミリア』

 

 

 

 

 

 この名はプレイヤーなら一度は耳にするギルドやクラウンだ。

ただし、『グリモワール=』の名を冠したギルドやクラウンであり、『=ファミリア』では無い。

 

 ユグドラシル内では、立地の良い場所で『充実した商品』を並べる貴重な商店である。

生産職を初めほぼ全てのプレイスタイルに合った団体が存在するとも言われている。

高価な一部アイテムを除き全てが共有財産とされ、ログイン日数や貢献度に応じて各プレイヤーに

は金貨が分配される仕組みである。勿論、ログインだけでは得られない。

 この仕組みにより生産職を選んだ者は、危険な場所へ素材集めに行かなくても済む代わりに、そ

れら素材を使用した武具作成や修復を通常より安く請け負う事になっている。

ポーション等の消耗品は、プレイヤー作成品の方が断然性能が良いので、ウィンウィンの関係を築

いているのだ。

 それぞれの団体が『グリモワール=』の名を冠したギルドやクラウンの大連合である。

 

 俺もグリモワール商店にはよく足を運び、幾つか質の良い掘り出し物や高価な商品を購入した事

がある。どちらかと言えば、常連客に近い部類だった。

 店のサービスも良く、勿論店内は対人禁止区域に設定され、店を出てすぐPKされアイテムを奪

われる事が無いような配慮もされていた。

 購入者には、商品に付属している個室の使用券が配布される。

この個室では、転移魔法やスクロールが使用可能で任意の場所へ転移可能なのだ。

だいたい各々がギルドやクラウン拠点へ移動するのだが、それはお勧めしないと注意書き迄記され

ている。そうした諸々の行き届いた配慮ある商店としても有名であった。

 

 彼等は、母体が『ファミリア』であり、自分達が下部組織である事を知らないのだ。

当然『グリモワール=』の名を冠したPKギルドは、(かすみ)がかった程度の与太話…。

 

 グリモワールそれぞれの団体リーダーと『儀式』を経験した者達以外…。

 

 儀式を経験した者達は、PKプレイヤータウンの住人になり、ファミリアの名が出る事は無い。

口にした所で、ユグドラシルの都市伝説の部類として誰も信じない。

質の良い商品を揃え、行き届いたサービスにより購入者を守る商店に対する流言飛語(りゅうげんひご)として、大

手掲示板では相手にされる事が無い。

高品質な商品を買えない一部プレイヤー達の嫌がらせとして扱われている。

 

 そんな都市伝説『ファミリア』の名を聞いた途端に白銀の騎士は、口を噤んだのだ。

ワールドチャンピオンの称号と相応の実力を持ち、特別な白銀の鎧を纏った俺の恩人。

その会話がそれ以上続く事は無く、俺が次の狩り場や冒険先の話しか何かで話題を変えたのだ。

その後、ギルド内でこの話題は無くなった。

同じギルドメンバーとは言え交友関係に口を出すのは、流石に快く思わなかったのもあるが…。

 

 そして今、猫の様な緑の双眸が魔導王の発言を求め、死神の頭蓋を見据えている。

たっち・みーさんの話を聞いておけば良かったと心底後悔するが切り替えるしか無い。

 

 

「私は、アインズ・ウール・ゴウン。死の支配者にして───。」

 

「知っている。」

 

 魔導王の名乗りは、短く途中で制止され再び沈黙が訪れる。

始祖の視線は変わらず魔導王を見据え、それは興味よりも半ば蔑みの眼差しに変わっていた。

 

「部下達の拘束を解いて頂きたいのだが、可能だろうか?」

 

 始祖が右手を軽く上げると、ヒルデリアがその場に(うずくま)る双子の拘束を解き、回復アイテムを

使うと双子のダーク・エルフの手を取り立ち上がらせた。

その時見せたヒルデリアの表情は、柔らかくとても暖かみを感じられたが違和感しかない。

 そんな事よりも、アウラにとって今は、魔獣達の回復を急ぎマーレもそれを手伝っている。

 先程迄の柔らかな表情とは一転し、双子の様子をまるで獲物を狙う鷹のように眺めている。

ここまでコケにされた事は無いが、今迄の魔導王も同じようなものだ。

『力と知恵』だけが正義であると百年間示して来た。

 

「間に合いそうかな?」

 

 この問いでようやく対話が出来ると考えた魔導王は、視線を始祖へ戻すとそこには、大きく開か

れた掌らしきものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

               *ドォゴォ────ン*

 

 

 

 

 凄まじい轟音を立て砂塵が舞う。

 

 この事態に、双子の視線が一斉に注がれた。

そこには…。

始祖に顔を鷲掴みにされ地面に押し付けられ、仰向で転がる主人の姿を確認する事となった。

 

 凄まじいダメージと同時に幾つかのデバフを受けている。

通常であれば追撃で仕留める処だが、始祖は動けない魔導王を支え再び椅子に座らせると、背を

向け自身の席へ戻ろうと砂塵を払いながら歩き出した。

このあり得ない事態を目の当りにし、アウラとマーレが黙っている筈が無い。

 

 言葉は無い。

 双子は同時に頷き、迅速に主人の元へ駆け寄ろうとしたが、それは許されなかった。

 

 ヒルデリアが背後から二人の小さな背中を同時に強打すると、双子は地面に叩き落され、その

勢いで跳ね上がり、咽ながら小さく痙攣している。

 

 

 アウラとマーレは呼吸困難に陥いりダメージも相当大きい。

これでは、先程の回復は死なない様に配慮したと言っているようでもある。

 

「ア、アインズ様~」

 

 双子の悲痛な叫び声が主人であるアインズの名を弱弱しく呼ぶと…同時に意識を失った。

執事の女は双子の髪を鷲掴み、ズルズルと引きずり歩くと乱暴に魔導王の足元へ放り投げる。

 

「これが貴方方が、魔導国が行ってきた行為ですわ。

 わたくし個人としましては、これすら生ぬるいと思うのですが…。

 我が主の望み決して反故に為さらないようお願い申し上げますわ。

 …

 魔導王陛下。」

 

 ヒルデリアは、案じていた。

主人が魔導王と同じく『魔王』の道を辿る事を…。

そして、既に充分過ぎるが魔導王を刺激しすぎているのでは無いかと判断し、主人が冷静であ

る事を願い、間近で確認する為に双子を利用した。

 

((あぁ、そうだ…。

 思い出した…。

 ワールドチャンピオンの称号を得たばかりの、たっち・みーさんがPKされたって…。

 誰にでも敵わない相手はいる。

 それは相性であったり、練度の差や才能であったり…。

 だから、慢心する事無く生きる事だと一度だけ話していた。

 グリモワール=ファミリアは実在したのだ…。

 白銀の騎士が口を閉ざす…。俺が出会う前、『儀式』を経験したのか…?))

 

「二年後の復興を約束する。

 その後で構わない、シャルティアとコキュートスを無事に帰すと約束して貰いたい…。」

 

 何もかもが甘かった。

 慢心しこの世の全てを手中に収めたと錯覚していた。

 

「勿論約束するよ。

 それとこれは、私からの提案なのだけどね。 

 私達は友人になれるのではないかな?

 

 君は、死の支配者だったよね。

 

 だから一度、死んでみるかいアインズ魔導王陛下?」




ようやく本編主人公とアインズ様の御対面となりました。

ここで、第一章終了です。
応援ありがとうございました!
要望があれば、また書いてみたいと思います!


楽しんで頂けたなら嬉しく思います。


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第二章 揺籃
第十六話 グリモワール大迷宮ー5


 今回は、アニメの雰囲気だけでは無く、ナザリックNPCについても調る事が出来ました。
 感想でも教えて下さり、ありがとうございます!
今回も独自設定ありありです!

 お楽しみ頂ければ嬉しく思います。


───────────────

  大 迷 宮  入 口

───────────────

 二年後─。

 眼前に広がる大迷宮の規模に息を飲む。

この拠点は、ただ広いだけの迷宮とはまるで違う。

プレイヤーであり嘗てギルドマスターを務めていたアインズだからこそ解る事がある。

大迷宮は、間違いなく三千レベル級規模の拠点である事が見て取れた。

 

 嘗ての世界ユグドラシル──。

拠点設定可能なダンジョンが幾つもあり、当然難易度もそれぞれ異なる。

あの世界におけるグリモワール大連合の規模を考えると当然の事なのだろうか…。

 

 

 正式名称『原初の大迷宮ノストラーゼ』

 

 

 長期滞在型のダンジョンで、数ギルド合同攻略となれば『ホームの占有権』入手をどのギルド

が取得するのか揉める事が多くなる。

長期滞在型の攻略ダンジョンならではの物で、攻略時は意気揚々とダンジョンに挑むが、慣れな

い環境、長期に渡る他団体との力関係。

 始まりは、回復アイテム等の消耗品の分配から始まる。プレイヤー間トラブルは、ストレスと

なり徐々に疲労が蓄積され、更なる軋轢(あつれき)を生み追い詰められる。

高難易度のギルドホーム系ダンジョン攻略を考えるプレイヤーが攻略を一度は躊躇(ためら)う。

 

 『原初』を冠するダンジョンは、全部で七つあり『原初シリーズ』と呼称されていた。

攻略を試みようと考える者はいなくなり、ネタで入ってみた等と言う記事や動画は有ったが、

ほんの少し入る程度に留まる物ばかりである。

 

 アップデートを重ね、世界が広がるにつれ比較的短時間で占有権を得られるダンジョンが増えた

事、原初シリーズの下方修正が一向に行われない事、現実時間とプレイ時間の兼ね合い等諸々の状

況もあり、誰が言うでも無く観光名所と化し、廃れた経緯を持つそんなダンジョンである。

 

 原初シリーズの難易度は下方修正される事は無く、運営の悪意とも取れる公式サイトコンテンツ

未攻略ダンジョン一覧が追加され、他の高難度ダンジョンと肩を並べ名を連ねていた。

 そして、サービス開始から約五年経過した頃になると、公式サイトから次々に原初シリーズの名

が消え、攻略された事が示されていたが、今更感もあり誰しも興味を持つ事はなかった。

 

 ただ、そこに眠っていた秘宝の存在が明らかにされた時、公式サイトは大炎上したのだ。

 

 バランスブレイカーとなるソレに対する運営陣の姿勢は、観光名所として秘宝を眠らせる選択を

取ったのはプレイヤー達の意思であり、ごく一部のプレイヤーが攻略に成功し秘宝を得たと説明。

原初シリーズに眠る秘宝については仕様、今後下方修正や調整は行われないと対応を一貫して、

公式サイトで発表された。

 

 大炎上の原因となるその秘宝は、公式チート秘宝の中で最悪なものである。

 

 その名は『原初素体』と言われるワールドアイテム全七種。

世界の始まり、最も古き強者にして永劫の猛者達と言う設定である。

それぞれが、原初の火・水・風・地・星・光・闇の属性を持つ『ワールドアイテム素体』だ。

 

 ゲーム開始時に誰もが自由に選択し、自由度の高い細部にわたる迄創り込みが出来る。

ユグドラシル内では、自身の分身として鍛え各々に愛着があるアバター。

有料でイメージ通りのアバターを作成する人気作家までいた。

原初素体は、使用時にそのアバターに溶け込み、攻守に優れたバランスブレイカーとなる。

それだけで無いのは当然だ…。

運営がここまで頑なに下方修正を行わなかった理由があった。

 

 それは、アバター種族の未公開を含む最上種への進化覚醒が可能となり、通常攻撃であっても、

貫通能力のオン・オフ機能とステータス、所有スキル・魔法の頭には『原初の』と追加された。

防御面では、物理、魔法はレベル九十五以上で無い限り攻撃されてもダメージやデバフを無効化す

る所謂『コワレ』であった。

 

 大炎上だ。

 ワールドエネミーは除外されるが、モンスター、対人共に相性関係なく無双である。

 

 仮に虚数の彼方に勝てる見込みが合り勝利したとする。

アバターに溶け込んだワールドアイテムはドロップされない為、奪う事が出来ないのだ。

使用者が相手を指定し譲渡すると言う形で、このアイテムの所有権は初めて変わる仕様である。

長い時間をかけ原初シリーズを攻略し、原初素体を所有するプレイヤーは全コンテンツにおいて、

無双となる筈だった。

 

 

 

 

 しかし『タイトルホルダー』は存在しない。

 

 当初調整無しとしていた運営が多くの意見に譲歩する形で、素体持ちに対する新実装コンテンツ

ワールド公式大会の参加権剥奪が発表されると大炎上も次第に収まり、彼等は、公式大会に参加で

きない最強プレイヤーとなった。

 

 ただ、余りにも酷である。

彼等の気の遠くなる様な冒険が、タイトル戦への参加権剥奪…。

 運営の原初コンセプトチームと携わった開発チームが納得しなかった。

歪な熱が入りコンセプトチームと開発陣は、更なる『コワレ機能』を追加し、従来通り下方修正は

一切無く更なる上方修正迄もが決定され容認された。

 

 属性に見合う最高水準特殊スキルと魔法が一日当たり七回迄使用できる。

通常魔法やスキルは、リキャストタイムは無く、無詠唱が標準完備された。

 これは、長い冒険で得た一部アイテムを所持した末に公式大会に参加できない。と言う不合理を

解消する救助作となり、今後新たに追加される全てにおいて最上水準が保たれると告知し、内容は

公式サイトからは発表しないとされた。

こうして歪な熱は、誰しもが思わぬ方向へ進みゲーム自体の天井が決定付けられる事で終結した。

 流石に『救助作』と銘打たれてはアンチも激減する。

 

…過度な上方修正は、彼等を退屈させてしまう物でしかなかった。

 ゲームにおける無双程つまらない事は無いだろう。

 運営チームも他プレイヤー達もこの事に気付く事無く、サービスは終了された…。

 

((まさか、グリモワール=ファミリアで独占している何て事は流石にないよな…。

 ヒルデリアのバグったようなステータス値…アレの可能性は高いのか…。

 仮にそうだとして、NPCであったヒルデリアに使用する物か?))

 

 しかして、百年間の無双の虚しさを味わいながらも、因縁により起こるこの世の現象が常に変化

し不変なるモノでは無く、自分だけが選ばれたとは微塵も考えていない事を知りながら、中には、

例外も存在する事を知る男が一人…。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王は、大迷宮の入り口前にて一人、呼び掛けがある迄静かに佇み

部下達の事を想うと共に、あの日の出来事を振り返っていた。

 

 強烈な一撃。

だが、『ようやく』と言う思いもあった。

決してマゾヒズム的な意味合いでは無く、この憂いを共感し或いは超越する存在の出現に対する

素直な感情なのかも知れない。

 魔導王は、ナザリックの危機的状況と相反する想いを自身の内に抱いていた。

 

 

 期日半年前─。

 大迷宮よりナザリックへ書簡が届いた。

その内容は、現在のシャルティア、コキュートスの詳細な記述…そして映像データである。

映像データを見れば、充分伝わる内容であり緊急性が高い物だと理解出来た。

 

 『新制ナザリック』にあの二人は不可欠な存在である。

そこで、件の二名引き渡しについての詰め合わせと、復興猶予期間延長を交渉すべく一人訪れた。

 

(( 始祖と対峙し、実感した事…。

 守護者達には、始祖と一定の距離を保つ事を徹底させなければ成らない。

 無理な要求以外は可能な限り対価に見合う交渉をし受諾する事。

 不可能であれば、皆で考え代案を用意し、俺が交渉する。

 ナザリック最大戦力であれ、確実な勝利絵図が描けない現状では、あちらが油断や隙を見せ情報

 漏洩でもしない限り組織として戦うべき相手では無いだろう。

 少なくとも今のナザリックでは、対等な友人として関わる事が出来ない危険な存在。

 

 あの時、本気で俺を滅ぼそうとしていた。

 そして、それも可能だっただろう。 

 あの目を見れば、その程度の事誰にでもわかる…。

 ヒルデリアは、なぜそれを邪魔するような形を取ったのだ…。))

 

 そろそろこちらの存在に気付いて貰わなければ困ると考えていると、視界の隅に解放された大迷

宮地獄の門内側に立つ男の姿を捉えた。

 

 バハルス帝国最後の皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 

 出会った当時の若々しい姿をした最後の皇帝がこちらを見ているのに気付き、大迷宮入口へ歩み

寄る魔導王にジルクニフが一礼する。

 

「魔導王陛下、御久しぶりと言うべきなのだろうか…。

 私の葬儀に参列下さったと聞いている。

 感謝するよ。」

 

「当然では無いか。

 我々は友人だったわけだしな。

 旧友との再会程嬉しく思える事は無い。

 …本当に久しぶりだ、ジルクニフ殿。 

 

 聞くところによると真祖の吸血鬼に覚醒したそうだな。

 私と同じアンデッドになった訳だが、気分はどうかね?」

 

 ヴァンパイア特有の紅の瞳と白い肌。

デミウルゴスの報告通りであるが、二年の歳月を経て未だ自身の変貌には慣れていないと言った

複雑な表情を浮かべている。

 

「ふむ…。

 人として生を全うした私には、酷であり難しい質問ではある。

 回答は、しばらく保留とさせて貰うが構わないかな。

 

 すまないが、先に訪問理由を訪ねたいのだ。聞かせてくれるだろうか?

 そう仰せつかっているのだ。」

 

 ジルクニフは親指を後ろの大迷宮へ向ける。

魔導国へ属国化を宣言した事で彼は、魔導王との争いを回避する事が出来た。

この世の全ての重責を背負っていたかのような心境で魔導王と対峙していた。

だが、それも心配する事が無くなり、肩の荷が下りどこか気が抜けた雰囲気さえあった。

嘗ての自信家であった男とは異なり、亜人種の友人が出来たと聞いた時は驚かされたものだ。

 

 しかし、眼前に立つ最後の皇帝は、真祖の吸血鬼へ覚醒を遂げ種族が変わった事による影響なの

か、属国後のつまらない男とは明らかに異なっている。

何か大切なモノを取り戻し、鮮血帝と呼ばれ歴代最高と称えられた皇帝の本来あるべき姿を取り戻

したのだろうか…。

魔導王に脅える素振りを見せる訳でも無く、堂々とアインズと向き合い問いかけてきた。

 

「あぁ…そうだったな。

 始祖殿に御会いし、詰めたい話があるのだが可能か?」

 

 ジルクニフは、王都復興事情を知っているかのような笑みを浮かべ大迷宮へ向かい、胸の前に左

手を当て軽く腰を折り一礼すると、アインズを見やる。

 動作を模倣しろと言う合図だろうと理解したアインズもジルクニフと同じ姿勢をとる。

すると元から解放されていた入口奥の迷路が、何者かの手により形容し難い動きを見せた後、最奥

へ通じる一直線のレンガ道が現れた。

この最奥に城か邸宅があるのだろうが、この場から確認するのは難しいようだ。

 

 御屋敷と呼ばれる敷地迄は、この道を進み更に数日かかるので途中で休む事になると説明を受け

た折に転移等の魔法使用は出来ないのかと問うが、凡その答えは解っていた。

ジルクニフが大迷宮内で移動魔法が使用出来るのは一部の者だけだと困ったように言う。

ナザリックではそれが当然であり、ジルクニフの様に不満を口にする者はいない…。

魔導王が考え事をし歩いていると察し、しばらく両者の間で言葉が発せられる事は無かった。

 

 先程迄歩いて来た道は、迷宮と化し綺麗に消失している様子を確認する魔導王。

更に、隙だらけのジルクニフに一切手出し出来ない程、強制力のある何者かの視線。

先に口を開いたのは、後続のアインズだった。

 

「ジルクニフ殿、私の部下達は無事なのだろうな?」

 

 ジルクニフが彼の魔導王が部下想いである事に対し意外そうな表情を浮かべている。

 

「それについて確認しておきたい事がある。」

 

 過去の皇帝では考えられない魔導王に対する応答である。

質問に対して、何か確認を取るような事は嘗て無かったのだから…。

 

「なんだ?」

 

 その変貌に魔導王は、若干の苛立ちを覚えたのか短く答えジルクニフの言葉を待った。

 

「魔導王陛下の部下。

 フールーダ・パラダインは私が殺害した。

 問題あったかな?」

 

「あぁ…確認と口にするから何かと思ったぞ。

 その事か…。

 いや、構わないさ。

 元は、帝国宮廷魔術師だ。

 君も良く知る通り、アレは魔法の事となれば見境が無くなってしまう。

 あの様な行為は、誤解を招くだろう。

 誤認(・・)であれ、君は、裏切者へ然る死の鉄槌を降しただけだ。

  そんな事より、私の部下は無事なのかと聞いているのだ。

 私は、君の主人の名さえ未だ知らされていないのだ。」

 

「誤認だと?

 …下らない挑発は私だけに止めておいた方が身の為だとは告げておく。

 魔導王陛下、これは同じ時代を生きた者としてのよしみとして受け取って欲しい。

  それと始祖様の名は、自分で尋ねた方が良いだろう。

 部下達の話も同様だ。

 私の今回の仕事は魔導王陛下の先導。

 ただ、それだけだ。」

 

───────────────

  大 迷 宮  庭 園

───────────────

 二日後─。

 御屋敷敷地に入るとそこは美しい庭園であった。

ここまで来てようやく始祖が住まう邸宅を確認する事が出来た。 

 

 廃都となった王都を復興し、美しい街並みはどうにか取り戻せた。

ただ、未だ入居者は八割に満たない。

こちらは要求を完全な形で応じる事が出来なかったのだ。

 邸宅前の門で、ヒルデリアが左手を胸に当て軽く腰を折り魔導王に一礼する姿が確認出来た。

ジルクニフに案内役を任せた執事服を纏った女が労いの言葉をかけ、何やら指示を受けている姿

を見て魔導王は、改めてジルクニフが始祖の配下である事を認識させられたのだ。

 

「ようこそ、魔導王陛下。

 御主人様が、陛下との面談を待望しておりますわ。

 こちらへ。」

 

 そう言うと、ヒルデリアが先導をはじめた。

ヒルデリアは、隔離され彫刻が施された石の柱と鍛造鉄門の前に立つと、女の細腕では到底開く事

すら出来ない巨大な門を難なく開く姿は、とても不均衡に映る。

ナザリックに訪れた際に確認した女のステータスは異常な数値を示していたが…。

 

「こうした時は、何か会話があった方が良いと思うのだが、どう思うね?」

 

 アインズは、あり得ないであろうが確証が得られない事を確認しておきたかったのだ。

最悪を想定した可能性について、確証を得たかった。

そこで会話と言う方式で情報を引き出せないかと考えたのだ。

 

「御主人様について、わたくしの口から申し上げる事は御座いませんわ。」

 

 ジルクニフと違い、初めにナザリックへ訪問した頃と何一つ変わらず、全く隙が無いが優雅に歩

を進める優美な姿である。

 

((ヒルデリアの創造主は、尻フェチだろうな…。))

 

「私は、始祖殿の名すら知らないのだ。

 会談とも成れば、相手の事をどのように呼べば良いか知る必要があると思うのだ。

 どのように呼ぶのが適切だろうか?」

 

 遠回りだが、邸宅迄は幾分か余裕がありそうなので、不明な点を可能な限り引き出したい。

 

「なるほど…。

 そうで御座いましたか。

 先程の『始祖殿』でよろしいのでは無いでしょう?」

 

((ナザリックで見せたあの危険な挑発の微笑みだ。

 始祖について何も語る気無しか…。

 しかし、ここで挑発する意味は無いだろうに…。

 別の切り口からよくある会話の如く原初シリーズについての確認へ話を切り替えるか…。))

 

「それにしても、始祖殿の大迷宮は立派だ。

 私が元いた世界にも似た様な場所があったのだよ。

 確か名を『原初の大迷宮ノストラーゼ』だったか…?

 そちらも立派な迷宮だったよ。」

 

 ノストラーゼの名を出した一瞬だ。

あの完全無欠の執事の歩みが常人では見抜けない僅かな程度に乱れた。

 

「左様でございましたか。

 わたくしは、存じ上げません。

 そのような場所があるとは世界は広いですわね。」

 

((決まりだ。

 この大迷宮は、原初シリーズで確定だろう。

 そして先導する執事の女ヒルデリアは、『原初の大迷宮ノストラーゼ』の名を知っている。

 ヒルデリアは、対探査系魔法等でステータス情報操作を行っている訳では無い。

 すると、始祖はどうなる…。))

 

 

 ここから、一切気の抜けない領域である事を改めて思い知らされる。

次いで第二、第三の門を経てようやく邸宅へ到着するとレベル一の使用人達がずらりと並び、魔導

王訪問に対し一糸乱れず軽く会釈を取り出迎えた。

 

 執事ヒルデリアの手により、原初の大迷宮ノストラーゼ邸宅の扉が開かれる…。




 大迷宮の正式名称を考えていたら、掲載がとても遅れてしまいました。
ノストラーゼに意味は無く、自分的に響きがそれっぽい!と思えた名称です。
 原初シリーズに関しては、強いだけでは無くゲーム時代に公式試合参加権剥奪と言うデメリットを与える事で調整を取った形になります。

お楽しみ頂けたなら嬉しく思います。


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第十七話 小さな管理者の夢

 ルゥ=ルゥについて、書きたいなーっと思っていたので、これから始まる会談の挟みに書かせて頂きました。

お楽しみ頂けると嬉しく思います。


───────────────

  大 迷 宮 ルゥの秘密基地

───────────────

 そこには、背の高い常緑の茂みがあり、茂みの奥中央には寝転ぶと空を仰げる快適な茂みライフ

を満喫できるそんな場所があった。

この広大な大迷宮の何処とも知れない場所にひっそりと。

 ドライアドである彼女にとって、広大で緑豊かな大迷宮内に限り、凡そ距離と言う概念は無く、

自由に行き来できてしまう。

バルディアの邸宅や他のどこへ行くにも、てくてく歩けいて行ける距離と変わらないのだ。 

 この茂みは、ルゥのお気に入り空間であり、ここから大迷宮の全てを管理する事が出来る。

大迷宮の中で、この場所を知るのはルゥ=ルゥの他にバルディアしかいない。

 

 ルゥがこの二年の間、時折訪れるバルディアと共にお喋りや、食事、昼寝等、多くの事を共有し

過ごしてきたそんな場所である。

残忍な大迷宮管理者ルゥ=ルゥの笑顔を見る為だけに土産を持ち大迷宮の主が訪れる事もあった。

 その中に、ルゥのお気に入りの品が出来た。

こちらの世界で似た物を見付ける事が出来たと、あるじが喜んでいたそれは、珈琲と言う名の飲み

物を作る為に必要な種である。

 

 あるじが前世とか言う場所で好きだったと教えてくれた。

 それをジワジワと甚振る様に焙煎し、正確な分量を取り、あるじの道具で種を挽く。

 

*ガリ・ガリ・ガリ*と、音を立て種が粉みじんになる。

 

 ルゥは、あるじと種を挽くこの工程が大好きなのだ。

そこから今度は違う道具を使い、粉みじんになった種にゆっくり熱湯地獄湯を滴らせるのだ。

これを『ドリップ』と言い、大切な工程であるとも話していた。

ゆっくりジワジワとだ。

 

 すると…ドス黒い液体に変わったのだ。

 

 最初に出来た珈琲を見て『流石は、あるじ…飲み物まで黒とは!』と内心驚きながら、その禍々

しく黒い液体を小さなカップに入れ、勧めてきた時にはあるじが鬼に見えた。

だが、その禍々しい黒の飲料は、実に魅惑的な『深みある良い香り』を漂わせているのだ。

 ルゥは、あるじの様な大人を気取らせてくれるであろう黒い液体を一緒に飲む事を決意した。

カップを受け取り口に含むが『ニガイ!』としか言えなかった。

 

「フッ…あれも今では、良い思い出なのだ。」

 

 今では、ルゥがコーヒーノキと言うアカネ科の植物を育て、実った果実が赤く熟した頃に収穫し

種をとる事でグリモワール大迷宮産の珈琲が頂けるようになった。

これは、ルゥの新しい仕事と言うより趣味になっている。

 ルゥ=ルゥがこれを初めた時、バルディアは大喜びしただろう。

今では、ルゥの方が上手く珈琲を入れる事が出来る。

この茂みで過ごし、あるじと一つ一つ様々な遊びをしてきた場所と思い出がルゥの宝物なのだ。

 

 ここは、ルゥとあるじ二人だけの秘密基地。

 

 そのお気に入り空間で、珈琲片手に大人気分を味わいながら、魔導王立ち入りの許可を出した。

ジルクニフを守護し何かあれば、あるじは『ブッコロして良い』と言っていた。

これは、暇を持て余していたルゥ=ルゥの曲解である…。

 バルディアが鼻息荒くする大迷宮の小さな守護神に伝えたのは『拘束し報告するように』と娘を

甘やかす親そのものの姿でしかなく、ルゥの頭を撫でお願いしていた。

 

((あるじは、強いし、カッコイィ、大好きだっ! 

 ルゥの知らない外の世界や他の色んな話も聞かせてくれる。

 遊んでくれるし、昼寝だってした!

 新しい趣味も出来た!

 頭も撫でてくれるしなっ!))

 

 そんな事を考えながら、徐々にルゥ=ルゥ本来の『ブッコロス思想』が、あの死神の如く不吉な

存在へ注がれる事となり、その時が訪れるのを固唾をのみ待ち望んでいる。

 結果。アインズは、正体不明の得体の知れない何者かの視線、或いは大迷宮に設備された機能の

一部である事を警戒し、下手な行動を取らなかった。取れなかったの方が正しいのだが…。

 

 ルゥ=ルゥの予定ではこうであった。

ジルクニフが苛められ、ルゥが魔導王を虐めて『成敗!』とカッコ良く決める。

当然勝利のポーズも忘れない。

成敗した魔導王の上に立ちカッコよく親指を突き立てジルクニフに向けニヤリと笑って見せる。

この大迷宮内であれば、彼女にはそれが可能なのだ。

 

 彼女を抑止出来るアイテムや魔法は存在しない。

グリモワール=ファミリア大迷宮へ立ち入ると言う事自体が、生殺与奪の権利をルゥ=ルゥに無条

件で託すのと同義であると言っても過言では無いだろう。

ただ、当の本人は難しい事は考えていない、至って単純にブッコロス思考がそうさせるのだ。

 唯一つ、対抗する魔法の言葉と呼べるかも知れないモノは存在する。

ルゥ=ルゥの親であり彼女自身が大好きな『バルディアのお願い』と言う何とも単純な事。

彼女を抑止するにはバルディアに頼る他無く、他の手段では困難極まりないだろう。

 

 その小さく愛らしい少女の姿をしたドライアドにして、大迷宮管理者の虐めは、愛らしい見た目

から想像を絶する程考えが及ばない残忍な手法で、それを目にした大迷宮の誰しもが口を揃えこう

言う『お相手には心底同情します』それほど凄惨な物になる。

 庭師にして、外では諜報活動をこなすロベルトが本能的に恐れていたのもそれが理由だったが、

外の仕事帰りにお土産や外の話をし二人の時間を持つ事で、その関係は変化しつつある。

 

 外の世界へ対する憧れに似た感情を抱く様になったのも、バルディア、ヒルデリア、ロベルト達

が、大迷宮から外に出る事が出来ないルゥ=ルゥに対し良かれと思い『土産話』をする様になった

事も関係しているかも知れない。

 この地へ転移して直ぐ、三百年前の出来事からルゥ=ルウは、大の人間嫌いになっていた。

 だが、その土産話の中には刺激的で興味深い事も沢山あり、その中で最も多く登場する人物。

 

                   『魔導王』

 

 その魔導王が、大迷宮へやって来たのである。

ルゥ=ルゥは、興奮せずにはいられないのだ。

 

「ブッコロ~ス…ブッコロ~ス…ふっふっふ~あれは固そうだ!」

 

 しかし、その魔導王は、不審な動きを見せる事無くバルディア邸へあっさりと入館した。

ルゥの視線がそうさせていた事にも気付かず、期待外れだと不貞腐れている。

 仕方なく彼女は、バルディア邸付近の大樹の陰へ移動し、会談が終わる迄待つ事にした。

 

───────────────

 大迷宮中央 御屋敷 大樹下

───────────────

 そこへ、外の仕事を終え帰還したロベルトがルゥの姿を見付け、その横に腰掛け土産を渡そうと

顔を覗き込むと、その表情から機嫌が悪い事だけは理解できた。

 グリモワール大迷宮の小さな管理者にして守護神は、今や小さな魔王といった雰囲気で、とても

危険な状況である。周囲の生命維持を強制的に停止させるのでは無いかと思える程の負のオーラを

放ち、邸宅を睨め付けているのだ。

 

「ルゥ殿…。どうなさったのです?」

 

「ワンコロかっ!

 あの死神つまらんぞ!

 暴れてくれれば、ルゥの出番なのに何もせん!」

 

「あぁ…魔導王ですか…。

 彼の御仁は聡明にして万年先を見通す叡知を御持ちだとか…。

 ついに大迷宮へやって来たか…。

 最近の魔導王は、表舞台から姿を消しているようで情報入手は困難でして…。

 それでルゥ殿、魔導王は実際どんなヤツでした?」

 

「つまらん骸骨だっ!ルゥの作戦が台無しなのだ!」

 

 この時点で、ワンコロと呼ばれた人間種で言う所の中年男性の姿に変身しているワーウルフであ

り庭師のロベルトは、ルゥ=ルゥが陸でもない事を考えているとのだと理解した。

 

「その作戦ですが、ルゥ殿。少しお聞かせ願えませんか?」

 

 作戦概要を聞き、旦那様の指示は『万が一の場合は拘束』と言う事を聞き、ルゥ=ルゥが曲解し

た物であるとロベルトは理解した。

実際、ロベルトの理解は正しいのだ。

 

「ルゥ殿、それはお手柄でしたな!

 ルゥ殿が魔導王にいたず…。

 魔導王を成敗しなかった事で、旦那様と会談は上手くいく筈ですよ。」

 

 ルゥは、ロベルトの『お手柄だ』と言う言葉の響きが気に入ったのだろう。

先程迄の鬼の様な形相はすっかり消え、ニカッっと笑い立ち上がるとふふんと腕組みし、腰掛ける

ロベルトと視線の高さを同じにした。

 

「そうだ!お手柄なのだ!

 そして魔導王、あれは、なかなか固いぞ!」

 

「左様ですか…。

 私等は、戦闘が始まった途端に消滅しているでしょうな。

 ハッハッハ…。

 …ところで、ルゥ殿は何かお悩み事でもあるのですか?」

 

 ルゥ=ルゥとの付き合いで、多少は彼女の心情が理解できるようになっていたロベルトが尋ねて

みると思い掛け無い答えが返ってきたので困ってしまった。

 

 外の世界を見てみたいと言う事だが、ルゥ殿にしか出来ない重要な仕事が大迷宮にはある。

 

 大迷宮を管理守護する事。それがルゥ=ルゥの仕事であり役割なのだ。

人間嫌いな彼女がなぜこの様な考えに至ったかを聞いてみると、自分達がルゥ殿へ持ち帰る外の

世界の土産話を楽しそうに話しているからだと言う。

 

 確かに、知らない事があり、外へ出る自分達はそれを実際に見聞きし知る機会に恵まれている。

我々の中で、疎外感に苛まれる事もあったのかも知れない…。

座り込み、困り果てたロベルトの頭にポンと小さな手がおかれ少女が笑顔を見せた。

 

「大丈夫だ!

 ルゥは、このグリモワール=ファミリア大迷宮の管理者なのだからなっ!」




 珈琲の話が長く説明的ではありましたが、ナザリックのNPC達が、人間を虐げる事以外の趣味を持つ事に苦戦?している様に感じました。
そこでグリモワールのNPC達にはそれぞれ趣味を持たせたいなと考えた次第です。

短めですが、お楽しみ頂けたなら嬉しく思います。


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第十八話 不死者達の会談ー1

お楽しみ頂けると嬉しく思います。

なかなかUP出来ず申し訳ないです!


───────────────

 グリモワール大迷宮 邸宅 

───────────────

 彼の始祖が住まう館は想像していた、おどろおどろしい建造物とは異なり古典的ではあるが洗練

されたゴシック建築の美しくも重みある佇まいである。

先導する執事の手により、邸宅の重厚感あふれる扉が今ゆっくりと開かれた。

 

 ナザリックは、嘗ての仲間達と作り上げ階層ごとに異なるコンセプトで作成された。

それぞれの階層は仲間達の手により完成度高く仕上げられ、全体として一定の均一化が図られつつ

多様性豊かな仕上がりとなった素晴らしい拠点である。

 一方、大迷宮は細部に至る迄統一された美を感じ取る事が出来た。

外観から感じられた通り内部も細部に至る迄洗練され、どこか(おごそ)かな雰囲気をかもし出している。

 

 この地で最初に美しいと心から素直に感じたのは、数多の星々煌めく満天の星空だ。

それは、銀河と言う名の万物の創造主。

魔導王は、この地の星空を『宝石箱の様である』と形容し素直に称賛した。

 嘗ての仲間ブルー・プラネットにも観て貰いたかった。

ロマンチストな彼であれば、この美しい大自然をどのように形容しただろう。

誰の言葉も耳に届く事無く、時を忘れ満足ゆく迄眺めていたに違いない。

そんな風に感じたものだ。

あの日の出来事を魔導王は、今も覚えている…。

 

 そこにあるのが常である事に、人はいつ迄も同じ感情を抱く事が出来るのだろうか…。

嘗ていた世界と同じ道を辿らぬよう、この大自然を脅かすモノ全てを排し守るべき『宝』である。

 ユグドラシルよりの来訪者であれば共通した認識を持てる筈なのだが…。

残念ながら今の魔導王にも、美しく広がる大自然や夜空を眺め心動かされ、星空を宝石箱と例えた

あの時と同等の感動を覚えるのは、難しくなっているのかも知れない。

残酷な百年そして、更に続く悠久なる時…。

 

 魔導王は、最大限の警戒を忘れる事無く、改めて転移後の百年を振り返る。

その間、遭遇した様々な出来事を回想し邸宅へ足を踏み入れた。

優雅に先導する黄金色の長い髪をなびかせる男装の麗人であり執事でもある女に続くのだが…。

邸内は、外部入邸者の侵入を掴む無数の亡者が(まと)わり付く嫌な負荷を感じさせられる。

亡者達の妨害を受け僅かに歩幅調整を強いられる事となる。

些細な隙すら見せる事は出来ない。これを悟られない様に後に続かなければならない。

 

 随分長い廊下だと振り返る…。

 

 するとそこは入邸時、執事の手により開かれたあの扉があり、それを背にしていた。

魔導王は、瞬時にこれが邸内に配備されたギミックの一つであると理解した。

理解はしたが…。

こちらは、曲がりなりにも邸内に招かれ身だ。

流石にこの扱いは無礼であろう。

どう言う事か執事に問い質そうと向き直ると、その姿は遥か遠くにある…。

 

 発動条件は、単純な動作における物だろう事は推察できる。

ナザリック防衛時の責任者デミウルゴスもこうしたギミックをナザリック地下大墳墓の各所に配備

していたので、これも同様の物であると悟る事が出来たのだが違和感を感じてしまう。

 

 今回の様な訪問形式であれば、ギミックの発動は解除し手の内を隠すのが定石だ。

防衛の観点から誰しもが、初めにそれを行う筈である。

だが、敢えて手の内を晒す様な愚行とも取れる真似をしているのは何故だ…。

魔導王は、違和感の正体を暴く事を考え、慎重に成らざる得なかった。

他に無ければ、敢えてギミックの存在を晒す必要は無いのだから…。

 

 自分が行い、執事が行わなかった事。

考えている間にも、執事は歩幅を緩める事無く一定の速度を保ち進んで行く。

そして、ついには角を曲がり、その姿を完全に見失ってしまった。

 そもそも先導者が後続の遅れに気付かないのも不自然極まりない。

優秀な執事であるのか判断は出来ないが、その能力や練度を魔導王は高く評価し警戒している。

 

 この行為には、何か深い意味がある。

 

 その可能性を留意し魔導王は、待合室を兼ねた玄関ホールに留まり次の一手を考えてから

先へ進む事にした。

 

───────────────

 大 迷 宮  邸 宅 応 接 室 

───────────────

 最近では、私室の前を誰が通り過ぎ、立ち止まったのか。

ノックの強弱等に至る迄、邸内の者であれば解る様になっていた。

それは、この応接室にいても同じ事。

この歩幅と力強いピンヒールの歩行音、ノックの具合は間違えようがない。

 

*コン・コン*

 

「御主人様、魔導王陛下をお連れ致しました。」

 

 この地で目覚めたその折に傍らにいたのも彼女であった。

あれから、随分時が流れた様に感じられるが、まだ二年しか経過していない。

大気汚染や未知のウィルスの脅威に脅かされ、仕事を終え帰宅しても出迎えてくれる家族もない。

そんな過去の現実世界。

孤独で淀んだ生活の中、唯一つ闘争に明け暮れ仲間達と共に充実した時を過ごせた場所。

仮想空間ユグドラシル。

あんな現実世界より遥かに、この地で過ごす日々は充実している。

 

「ヒルデリアだね。どうぞ。」

 

 主の短い入出許可の言葉を聞き終えてから、ドアノブに手をかけ応接室の扉を開いた。

室内には、珈琲の良い香りが漂っている。

豪奢な椅子が配されたその場で、黙然と腰を落ち着かせている我が主。

御主人様が魔導王の訪問に合わせ威風堂々と立ち上がり、わたくしを見て呆気に取られている。

そして、何故か微笑んでおいでだ。

何か非礼でもあったか思考を巡らせるが、思い付く事がない。

 

「いや、すまない。ヒルデリア。

 君が連れて来てくれたと言うその魔導王陛下の姿が見えないのだよ…。」

 

 ヒルデリアは、ハッとし邸内のギミック解除を忘れていた事に今気付いたようで、それを主人に

報告し謝罪すると、慌てて邸内ギミック操作班へメッセージを送っている。

 

「御主人様、申し訳ございません。

 直ちに魔導王陛下の元へ戻り、ここへ連れて参ります。」

 

「今回は、こちらの不手際だよ。

 直接、魔導王陛下の元へ行き、手違い(・・・)を詫びる必要があるだろうね。」

 

 ヒルデリアが申し訳なさそうに下を向き、分かりやすく落ち込んでいる。

きっと、後でギミック班の皆に差し入れをし、詫びに行く事迄考えているのだろう。

この二年で、彼女も随分と変わった気がするが、それは悪い意味では無い。

落ち込む彼女の肩に手をあて『一緒に行こう』とバルディアが声をかけると、先程迄の曇っていた

表情を一変させ、気を引き締め理知的な美しい表情を見せてくれた。

 

───────────────

  大迷宮 邸宅 玄関待合室 

───────────────

 違和感の正体…。

次の一手は何が最適か考えながら今回のこれは、ただのミスだと判断し迎えが来るのを待つ事にし

たのだ。

ゴシック邸宅の玄関は、ドアを望む待合室としての造りも兼ねており、快適に彼等の訪れを待つ事

が出来るだろう。

 ギミックに囚われ自滅するような事態に陥らない為でもある。

そうした可能性が僅かでもある場所で無駄に動き回るべきでは無いだろう。

魔導王が、現在地から得られる情報を全て記録し終えた頃、始祖と執事が迎えに現れた。

始祖か或いはこの執事か、意外に抜けた所があるのだと人間味ある所に少し安心する。

 

「申し訳ない魔導王陛下。

 どうも、こちらに手違い(・・・)があったようでね。

 無事で何よりだ。

 彼女を責めないで頂けると非常に助かるのだけどね。」

 ((魔導王は、変わらず慎重な男でいるようだね。

  邸内を歩き回って貰えると面白かったのだけど、そんな真似はしないか…。))

 

「あぁ。

 責めはしないさ。誰にだってミスはある。

 もし、次があるならその時は気を付けてくれれば、私は一向に構わない。」

 ((当然か、ギミックは他にもある。

  何の為にと言う疑問は残るが、ただその一端を見せた。と、言った所なのか?

  自尊心が強いだけの男では無いだろう。今回の会談で全て見せて貰うぞ。))

 

「助かるよ、魔導王陛下。

 さて、ここで立ち話と言うのも何だろう。

 応接室でゆっくり、話しを聞かせて貰えるかな。」

 

 魔導王が用心深く慎重な男である事は、誰の目にも明らかであり充分に理解出来た。

この慎重な姿勢こそが、魔導王アインズ・ウール=ゴウンと言う人物の神髄なのだろう。

後は、二年前の約定を守る事が出来たかどうかで、今後の付き合い方も変わってくる。

 先程迄の会話で始祖は、謝罪を口にしつつ、その実魔導王を観察していたのである。

それは魔導王も同じ事。始祖の言葉、仕草、全てを観察し記録していた。

 

 会談は既に始まっているのだ。

 

「あぁ。だが、その前に一つ確認しておくぞ。

 シャルティアとコキュートスは無事なのだろうな?」

 

 魔導王は、語彙を強め同格である事を強調し、囚われ理不尽な目にあい苦しんでいる仲間二名の

安否について問うたがその返答は意外な物であった。

 

「その質問に対して、私は答える事が出来ないのだよ。

 その件については、応接室で初めに彼女から説明があるだろう。

 さぁ、行こうか魔導王陛下。」

 

───────────────

 大 迷 宮  邸 宅 応 接 室 

───────────────

 室内には、珈琲の香りが漂い豪奢で落ち着きのある雰囲気がある。

 応接室中央には、先程迄始祖が座していた会談用の豪華な椅子と長机が配置され、魔導王は下座

に案内された。

始祖がゆっくり着席し、遅れて魔導王も着席した。

 

((下座か…。))

 

だが、今問題なのはそんな程度の低い話しでは無い。

 

 双方着席後ヒルデリアが起立したまま、早々にシャルティア、コキュートス二名の身柄について

魔導王に対し語りだした。

 それによると、コキュートスは始祖の手により滅ぼされる寸前であった事。

それをここにいる執事、そして大迷宮に属する他二名が、思い留まるよう進言した事で二人の身柄

が現在ヒルデリア預かりとなっている事を粛々と語る。

 今の所、彼等の生命活動が危機に晒される事は無いが、それも魔導王の復興事業報告を踏まえ、

改めて主が定める事になると説明を終えると主の脇へ移動し控え、次は貴方の番だと言わんばかり

に魔導王を見据え報告を待つ。

 

((始祖からコキュートスに誘いがあったのか…。

 その誘いに乗った。武人である彼が断る事は無いだろう。

 おそらく、そこで始祖の力の一端を暴こうとでもしたのか。

 しかし、暴く事叶わず滅ぼされる寸前迄陥ったと…。)) 

 

「始祖殿、加減は出来なかったのですかな?」

 

「加減はしたよ。

 私は、スキル一つ使わず片腕を使っただけだ。

 充分加減した筈だよ。

 そうだね、ヒルデリア。」

 

 魔導王の問いが詰らないのだろう。

 始祖は表情無く答えた。

 

「左様で御座います。

 御主人様は、最大限力を抑えておいででした。

 しかし、彼の者が脆過ぎたのです。

 彼の者達は、わたくし共が預かり現在身の安全は保証されておりますわ。

 彼等の身柄を案じるのであれば、先ずは二年前交わした我が主との約定。

 その成果を報告なさった方が宜しいですわ。

 魔導王陛下。」

 

((…なんだ、この関係性は…。

 事実『百年の絆』で確認できる二人のステータスに異常は無い。

 するとNPCが主の行いに異を唱えたと言う事になるのか?

 それを是とし、受け入れる始祖…。

 なんだこの関係性は…。

 正直羨ましくも思うが、今は復興状況の報告…だな。

 気が重い…。))

 

「それは何より。

 ヒルデリア殿とその言を受け入れて下さった始祖殿には感謝しよう。

 配下が無礼を働いたのであれば、謝罪もしよう。」

 

「無礼か…。

 …そうだね。

 あの脆さは、無礼だね。」

 

「なかなかな辛辣な…。

 当人も精進の至らなさを反省している筈だ。

 部下の失態は、主である私の失態でもある。

 始祖殿と渡り合えない部下ではあるが、大切な仲間でもあるのだ。

 申し訳ない。」

 

 なかなか旧王都の話を進めない魔導王に対し、始祖の瞳が二年前見せた物に変貌しつつあり、

退屈な表情を浮かべている。

 

「では、始祖殿。

 先ずは、謝罪させて頂きたい。

 望まれた美しい都市の景観。

 その復興は期間内に問題無く完了した。

 だが、入居者は八割程度に留まっている。

 現在も入居者募集中とし活動を行っている段階だが難しいだろう。

 この内容で納得して頂きたいのだが、可能だろうか?」

 

 始祖の表情が少し和らぎ、その(まぶた)が静かに閉ざされた。

こちらの感情は、この頭蓋から読み取る事は出来ない筈だ。

この表情は、満足していると理解して良いだろうと、魔導王は胸を撫でおろす思いである。

 

 閉ざした(まぶた)がゆっくりと持ち上げられ、その双眸が魔導王を射る様に見据えた。

二年前に見せたあの時の瞳。

アレが子供騙しであったかの様に遥かに禍々しい別の何かである。

 

「…二年。

 私は君にそう伝えた筈だよ。

 …………………魔導王陛下。」

 

 本来であれば白い筈の眼球結膜(がんきゅうけつまく)が漆黒と化し、異様な物へ変貌を遂げている。

緑の瞳孔がより際立ち、その輝きは宝石のようだ。

 始めて見る、この変調が明らかに不味い物である事は理解できる。

更なる不吉の予兆であり、ソレを迎えてはならないと直感した魔導王は、慌てて言葉を続けた。

 

「確かに二年もの猶予を頂いた。

 それに応じる事が出来なかったのは、私の落ち度である事に違いない。

 だが、始祖殿は三百年前より眠りにつき、覚醒したのは二年前だと言うでは無いか。

 私がここへ来た百二年前と比較し人口は随分減ったのだよ。」

 

 圧倒的な暴力を携えた眼差しである。

先程迄の柔らかな表情は、その双眸の変調だけで相反する物となっている。

始祖は、変わらず微笑んでいると言うのに…。

 

 

 

                『闇』

 

 これは、属性等では無く闇そのもの…。

『原初の闇』が始祖である事を魔導王は確信する事になる。

原初素体は、属性ではなく文字通りのモノなのか…。

 

「誰が減らした?」

 

 漆黒の闇に輝く緑の眼差しが魔導王に注がれ、次なる言葉を邪悪な笑みを浮かべ待っている。

嘗ての現実世界で感じた事のある、額から滲み出る何かを感じた。

 

「嘗て、旧王国と帝国の戦争があった事はご存知であろう。

 この地で静かに暮らしていた我等だが、面倒事に巻き込まれてね。」

 

 ヒルデリアも同じような事を言っていたとバルディアは想起する。

しかし、バルディアは知っていた。

魔導王が語る面倒事が自作自演による物である事をロベルトが調べ上げ、ジルクニフからの言も得

ていたからだ。

 フールーダ・パラダインを使い情報操作を行った上で、皇帝へ墳墓探索を進言した。

全ては、ナザリック地下大墳墓の活動領域、支配領域を拡大させる為である事を…。

 

「当時の帝国皇帝。

 私の友人(・・)でもあり、現在は始祖殿の御家族だと聞いているジルクニフ殿。

 彼に国を興してはどうかと提案されたのだ。

 その為であれば、帝国は助力を惜しまないと迄約束してくれた。

 これは私の推察だが、帝国は長年に渡る戦争の終結を早期に望み王国併合を望んだのだろう。

 そこで開幕の一撃に、私の最大魔法をと皇帝から申し出があったのだ。

 誰しもが平和を願う。

 違うかね、始祖殿?」

 

 魔導王は、この会談における絶望的な状況から何とか脱する為、過去の出来事と始祖の新たな

家族であるジルクニフを結び付け、大虐殺についての正当化を論じ復興への猶予期間を得ようと

考えていた。

 

「つまり世直しだと?」

 

 魔導王は、直感していた。

始祖が会談において知るべき事は全て知っている。

ここで下手な嘘の歴史を語れば、シャルティア、コキュートス、そしてナザリック地下大墳墓も

無事で済む筈が無い…。

 

「…少し違う。

 確かに、あれは我々の自作自演によるものだ。

 フールーダ・パラダインを使い、皇帝に魔導国建国への道筋を作った。

  だが、誤解しないで欲しい。

 力の一極集中を成さなければ、嘗ての我々の世界と同様の末路を辿る。

 あの環境がやがて訪れる事は何としても避けたかったのだ。」

 

「それが世界征服を行う理由か?」

 




なかなかUP出来なくて申し訳ないです。

お楽しみ頂けたなら嬉しく思います。

アインズ様の『百年の絆』について。
 お忘れの方もおいでだと思いますので、説明させて頂きます。
ゲームで言う所のパーティーメンバーのヒットポイント、マジックポイントを意識を向ける事で状態が解る、百年目にして得たスキルのようなものです。


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第十九章 不死者達の会談ー2

久しぶりの更新と成ります。
お楽しみ頂けると嬉しく思います。


───────────────

 大 迷 宮  邸 宅 応 接 室 

───────────────

 即興にしては事実に基づく、らしき世界征服の大義名分を掲げる事が出来た。

更には、賛同するように求める所迄話を進める事にも成功したのである。

だが、必要以上に滅ぼしてきた国も数多く、その説明も付け足さねば成らないだろう。

 

 戦争程、愚かな行為は無いだろう。

正しく愚の骨頂である。

互いの正義が衝突し引き起こされる最大の暴力。

文化や宗教の差異、一方的主張により引き起こされる戦争。

ただ自国の利益のみを追求し、領土拡大を行う欲深さ。

狂乱に掻き立てられた侵略と防衛による戦争。

小賢しく知識ある全ての生物は、言葉を巧みに並べ表現新たにするが、結果は同じ事。

 

 侵略者により、祖国と尊厳を奪われ隷属か、難民となり流浪する敗戦国、民衆の苦悩。

そこから始まる復讐劇、それが当事者間だけで済む筈も無く、新たな悲劇の幕が上がる。

誰しも一度は口にし耳にした事のある『繰り返される負の連鎖』と言うフレーズは、形骸化してお

り、非常に軽い言葉と成り果てている事を訴える者さえいない世界。

 その愚劣さを知りつつも、単純に『悪』と断じる事が未だ出来ない、知性ある全ての者達。

だからこそ、『知性ある者』足り得たこの矛盾…。

 

 

                 それが『戦争』

 

 全てを破壊し得る力を有し誇示する事で、新たな愚行への抑止力となり得るのでは無かろうか。

そして、それを過去百年の間で成そうとし実現してきたのは、他でも無い魔導国である。

戦下によるインフレ、民衆の飢餓も今は解消され、既に小規模派兵で事足りている。

間も無く世界征服が成就されるとナザリックの意思をはっきりと伝えるのだ。

 魔導王は、この結果に満足している。

だからこそ完全に見落としていた。

多様性を失い、世界がナザリック一色に染まりつつあるのだ…。

塗り潰された単色の絵画に足を止める者は数少なく、その荘厳なる姿を知る術はない。

本来在るべき美しい姿を塗り潰された醜い世界。

 

 愚行の末、迎える未来…その象徴が必要であった。

 

 魔導王は、熱を帯び始祖を威圧し尚も語る。

それは、まるで同調でも同意でも無く、これを是とし、受け入れる事を求めているのだ。

 その為にも破壊の痕跡残る廃都リ・エスティーゼが必要である。

本来であれば、復興すべき土地では無かった事を訴える方針に切り替えたのだ。

事実、魔導国統治下にある国民生活が向上したと言う結果も残している。

この内容であれば軍事侵略の説明も一応は納得のゆく物だろう。

考えあぐね得た、選択と結果であると…。

我ながら、良い手だと満足し、眼窩(がんか)に沈む紅が炎炎(めらめら)と燃え輝く。

 

「これで君にも理解出来たのではないかね?

 名も知らぬ始祖殿(・・・)

 

 …だからこその軍事侵攻、世界征服なのだよ。

 可能な限り凄惨に残虐な痕跡を残す事こそが必要だったのだ。

 それを目の当りにした時、人は改めて知る事になるだろう。

 

         その愚劣さを。

 

  必要悪である。

 聡明な始祖殿であれば、理解出来るのではないかね?

 

  私とて、無駄な争いは好まない。  

 

  ならば、力持つ者の使命は何だと思う?

 我々ナザリックの統治は、彼等国民を充分に満足させている。

 国民達は、以前の非では無い程、遥かに豊かな暮らしを営んでいる筈だ。

 

 それを君は、彼等から奪うのかね?

 それこそ愚行であろう。

 

  君の希望通り、我々はその願いを叶え復興を進めた。

 そして、それは八割迄なされている。

 だが、あの土地を復興してどうなると言うのだ。」

 

 漆黒の眼差しは、変わらず魔導王に注がれていた。

始祖は微笑み、優雅に、そして一切の隙無く黙然と腰を落ち着かせ耳を傾けている。

魔導王の熱を帯びた声が室内に響き、彼は更に続けた。

 

「名無き、始祖殿よ。

 我々、力持つ者が道を示し、彼等力無き愚かな者達を導く必要性。

 その価値について、君はどう考える?

 自作自演、三文芝居と非難されようと、全ては愚行に終止符を打つ為の手段でしかない。

 

  いい加減、理解出来ただろう?

 

 『すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、さらに多く要求される。』

  ルカの福音書だったか…。

 

  この地で、我等は全てにおい絶大な力を有している。

 で、あるならば世界を手中に収め、管理し導くのも我等力持つ者の責務であろう。

 

 それこそが、我がアインズ・ウール・ゴウン魔導国。

       私の望みであり使命である。

 

 君達も、我々ナザリックと共に世界を守護する者として、長しえに歩もうではないか。」

 

 魔導王の口調が徐々に大胆な物へ変わってゆく。

面と向かって主人を『名無し』と発言した事で、ヒルデリアから尋常では無い殺意が溢れ出す。

だが、何かを仕掛け準備が出来たのだと始祖は察知していた。

 

 プレイヤーキラーであり、ロールプレイを徹底していたバルディアには、何かの『サイン』とし

て容易く気付ける芝居である。

 これは、多用される古典的手法、挑発する事で相手のリズムを崩す。

更に欲を言えば、罠を仕掛ける事が出来れば尚良いだろう。

相手の感情を逆なでる行為で諸刃の剣だが、この手法の効果は絶大である。

 

 だが、始祖が、ヒルデリアの腕を強く掴み、軽はずみな行動を取らない様に妨げていた。

表情を一切変える事無く、あの化け物執事を無言で(いさ)めているのだ。

 

((チッ…。

 せめて、あの執事だけでも、この場から退場して貰いたかったのだが…。

 流石に…露骨過ぎたか?…))

 

 これぞ魔導王の真骨頂である。

隠された目的に気付かれない為、脳内で周到に構築した流れ。

冷静かつ論理的な思考、優れた状況適応力からくる自信に満ちた発言。

その全てが、会談における主導権を見事に掴み取っている。

 

 更には気付かれない様にトラップを仕掛けていたのだ…。

流石に、こちらは見破られているようだ。

これで、この手はもう使えない。

 

 百年間、仲間達(・・・)が統治を行ってきた魔導国…

 その頂点に君臨する支配者が伊達では無い事を示せただろう。

 

 決して驕り高ぶっている訳では無いのだ。

仲間達の働き、事実からくる自信漲る発言であり意思表明でもある。

 

 この姿勢で百年の時を過ごして来た。

人間としては、歪な思考。

それを無理やり捻じ曲げ正当化している事に、気付く機会は永遠に訪れないだろう。

この一点に関して言えば、始祖も同じ道を辿るのかも知れない。

 会談で主導権を握り、このままの流れで『約定』に猶予期間が必要である事を主張すれば…。

それより優れた成果、約定の改定に迫れる可能性も視野に入ってきたと感じている。

 

 先程の挑発でも、始祖は一切表情を変える事無く微笑んでいたが、内心穏やかでは無い。

それを一番感じているのは、側に控えるヒルデリアであり、邸内の使用人達である。

 ヘドロの様にどす黒い邪悪な始祖の思念が邸宅内に充満し、今にも溢れそうな程に満ちている。

 娘を罠に掛け、絡め取ろうとした魔導王…。

バルディアが、この地で得た大切な家族…。

 

 魔導王のこれを熱弁と言えるのだろうか…。

挑発し、恫喝し、約定の改定を強要し、更には罠を張り巡らせている。

今の彼では気付けない、始祖の笑みが、ただの微笑みでは無くなっている事に…。

邪悪な変貌を遂げたその双眸に警戒し続けていれば、或いは気付けていた事だろう。

 

 今この瞬間、会談前に始祖の全てを暴くと意気込み、世界征服否定の根拠と対案を出し示せと、

この話題に於ける主導権を握ったとでも言いたいのだろう。

 

 挑発的に眼窩(がんか)に沈む紅を燃え上がらせ始祖に視線を向けている。

 

 その先にある、気味の悪い漆黒の双眸を湛えた微笑み。

 

((………これ以上は不味い…だが、挑発が不十分だったのか?))

 

 魔導王は、これ以上の挑発は無意味である。

寧ろ、危険であると百年の経験と本能が判断を下していた。

始祖に感情が有るなら、仮に有るとするならば、逆鱗に触れるその天井を知る事は重要だ。

今後の関係…。

その構築にも有益なモノになるだろう。

 

 始祖の逆鱗に既に触れてしまった事に魔導王は、まるで気付いていない。

隠していた目的を遂げ、囚われている二人の身柄について議題を移し得た情報を分析しよう。

次なる流れの構築を終えた正にその時、突然、始祖がポツリと呟いた。

 

「ノブレス・オブリージュと?」

 

 変わらず端的に問う男だと魔導王は思った。

 福音書の一節からソコへ辿り着いた事に驚いた様子だが、共感を得たと考えたのだろう。

だが、ソレが大いなる誤解である事に気付く事無く、畳み掛ける様に続けた。

 

「その通りだとも、それに────。」

 

 突如、天地がゆっくりと流れる様に反転し、その中に取り残されるような感覚を味わう。

漆黒の中に浮かぶ宝玉が如く煌めく緑の瞳孔が、射抜く様な鋭さを増し魔導王に注がれている。

訪れた闇の侵略、対象を闇の奥深くへ引き摺りこみ、ある感情を刻み付ける漆黒の眼差し…。

 

 

 死の支配者にして魔導王を蝕む『闇』が存在した。

 

 最初に訪れたのは、幾万幾億もの死に瀕し助けを請いながら絶命してゆく絶叫である。

絶え間なく頭蓋に直接響くソレは、種族の恩恵からなのか頭痛程度にしか感じ無いものの煩わしい

程度のモノであった。

だが、次第に頭痛とは別の新たな異変を引き起こす…。

 

 魔導王を構成する数百の異なる骨が、カタカタと響き『恐怖』と言う名の協奏曲を奏でる。

奏者は『本能』であり耳障りな不協和音だ。

今の魔導王は、その響きの正体さえ理解出来ていない事だろう。

己の中に芽吹いた、耐えがたい恐怖をやがて自覚する事になる。

絶え間なく訪れる恐怖の波の中、その場でただ立ち尽くすしか許されない事になるだろう。

恐怖への完全耐性魔法『ライオンズ・ハート』でもこの(おぞ)ましい恐怖を打消す事は出来ない。

その場から逃れる術は無く、その事実と直面した時に味わうであろう『絶望』も、何もかも…。

 

 

 

 一刻も早く、この場から立ち去るように悲鳴の如く歌う本能に従う事さえ許されない。

ここはダンジョンと異なり拠点化され、管理されている『グリモワール=ファミリア大迷宮』だ。

その中にあり、今は更に状況が悪化している。

 平均感覚迄も失い、先程迄座っていた筈の豪華な椅子も無い、自身の指先すら見えない亜空間。

自由に動く処か、全ての光が拒絶され飲み込まれる、果て無き暗黒に隔絶されている。

 

 スキルにせよ魔法にせよ無詠唱である。

ただ、攻撃してくる様な仕草も無く、何かされた記憶も無い。

何故か暗闇の中にいる…。

完全に虚をつかれる形となり、味わった事の無い敗北感と押し寄せる不可避な恐怖の波が容赦なく

魔導王アインズ・ウール・ゴウンを拘束し、次第にソレは大きく膨れ上がる。

本来、属性加護となる筈の闇がジワジワと、だが確実に魔導王を翻弄し圧倒する。

 

<<聞こえるかな魔導王陛下(・・・・・)

  私の名は、バルディア・ブラッゼ・アンティウス。

  これで名無しでは無くなったね。

  意識を取り戻した君が、その名を覚えている事は無いのだけど…。

  ただ、君の本能は覚えているだろうね。>>

 

 業深き者をより深き闇へ誘う漆黒の眼差しは、コキュートスの威力変動スキルと似て非なる物。

何処とも知れぬ果て無き暗黒の中、感情の無い始祖の声がこだまする。

ソレは、先程迄感じていた恐怖の非では無かった。

 恐怖と言う名の『妖刀』の斬撃が如く、容赦なく本能に消える事の無い深い闇を刻み込む。

カタカタ震え物言わぬ魔導王へ語り掛け、二杯目の珈琲を飲み終え静かに語り掛けた。

 

<<君の友人であった、鮮血帝ジルクニフ。

  帝国は、王国を併合したかったと君の考えを私は聞かされたばかりだ。

  ところが、君の友人ジルクニフは最後の皇帝となり、今や帝国は存在しない。

 

  国が亡ぶ事は、実際起こり得る。

 

  …ただ、なぜだろうね。

 

  君達の武勇伝は、またの機会に聞かせて貰えるかな。

 

           あぁ…そうか…。

 

   私から世界征服の話しを振ったのか…少し意地悪だったね。

  戦争そのものに対する君個人の考え。

  その講釈を望んでいるわけではない。

  

  ただね、君達ナザリック地下大墳墓の諸君は

      私達グリモワール=ファミリアから世界の多様性を奪った。

 

   誰しもが君を神が如く称える魔導国一色の世界だ。

  世界征服目前となった今だからこそ、君は既に感じ取っていると思うのだけど…。

 

   それとも、本気で世界征服を考えたのかな?

 

   何れにせよ、私は君達に刺激を与える者として悪戯を仕掛けようと思う。

  それはちょっとした嫌がらせかも知れない。

  或いは、ナザリックを脅かす凄惨なモノになるかも知れない。

 

 

        私達から、世界を奪ったのだ…。

 

 

   それと、今回…。

  君が大迷宮へ足を運ぶ事になった理由を今一度思い出して欲しい。>>

 

 この空間では、一方的に語る事しか出来ない。

続きは、魔導王が意識を取り戻してからになるので、バルディアは新しく手に入れた珈琲を楽しむ事にした。




■眼窩(がんか)
  眼球の収まる頭蓋骨のくぼみを指す。哺乳類の眼窩は不完全に眼球を覆うものが多いが、
 霊長目の眼窩は完全に眼球を取り巻くのが著しい特徴となっている。
 また、眼窩に視神経孔を伴うのは哺乳類の特徴とされている。
                                   from by Wikipedia
■アインズの戦争、侵略に対する価値観 【独自解釈】
 世界征服については、アインズ様のポロっと発言でナザリックの面々が動き出しました。
 そしてシャルティア、コキュートスの件を除けば、問題無く事を進めるナザリック勢。
 アインズ様ご自身が感じていた人間であった頃との違い。
 アニメしか知らないので、その後大きな壁があるのかな?無いのかな?
 長年支配者として祀り上げられて居ると、更に歪な価値観が目覚めるのでは?
 と言うアインズ様百年後の設定です。
 どこぞの国と…。


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