生徒会の一存~もう一人の優良枠~ (ふゆい)
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生徒会の一存
駄弁る生徒会(上)


 どうも初めまして。ふゆいと申します。既に知っている方もいるかもしれませんが、以後お見知りおきを。
 さてさて、本作は以前にじファンの方で連載していた『生徒会の一存~もう一人の優良枠~』のリメイク作品でございます。できるだけムチャぶり展開をなくしつつ、のんびりまったり進めていこうと思いますので、どうか最後までお付き合いいただけると幸いです。
 それでは、新たな紅葉蓮の日常をお楽しみください。


「世の中がつまらなくなったんじゃないの。貴方がつまらない人間になったのよ!」

 

 超絶ロリ女子高生桜野くりむはいつものように絶壁の如き胸部をえへんと張ると、パクリ名言を堂々と言い放っていた。

 普段の桜野からは考えられないほどマトモな名言だな、とか感心しつつ、俺は先ほどから目を通していた愛読書『縛法大百科』を閉じると彼女の方を向く。

 

「やっと自分がつまらないと自覚したか」

「第一声が黒いわよ蓮(れん)! 仮にもほのぼの系ライトノベルでその発言はあまりにもダークだわ!」

「つまらない人間。つまらない社会。つまらない人生。……鬱だ。死のう」

「唐突すぎて突っ込みづらいわ! って、鞄から縄出して何やって」

「首つり自殺だが?」

「アウトォオオオオオオオオオ!!」

 

 ダダダッ! と向かい側の席から慌てて走ってくる桜野。輪っかを作りかけていた縄を取り上げると、生徒会室の隅に置かれているゴミ箱へと綺麗にダンクシュートを決めていた。……あぁ、俺の縄が。

 

「というか、なんで縄が常備してあんのよ。知弦も鞭持ってたし。アンタ達姉弟は不要物の概念を知らないの?」

「縄がねぇと好きな時に姉さんに縛ってもらえないじゃないか」

「はいソコおかしいね。そもそも縛られたがっている時点で健全たる高校生からは全力で遠ざかっているのだけれど」

「そう言われてもな。お互いの趣味だし」

 

 愛すべき双子の姉である『紅葉知弦』は、自他共に認める極度のサディストである。鞄に鞭を常備しているのは当たり前。生徒会室にチェーンソーを配備し、靴は常にブーツ。その殺傷力の高さは多くの下僕達を言い知れない興奮で包み込むのです。あぁ、踵で思いっきり踏まれたい!

 ここ『碧陽学園』に通い始めて早三年となるが、姉さんによる被害者は既に全校生徒の半分に及ぶ。先月より趣味で始めた『レンレン何でも相談ダイアル』には電話線がパンクするほどのお問い合わせが殺到しており、姉さんがどれだけ暴れ回っているかを窺うことができる。被害者の多くが生徒だが、相談者の二割ほどに教師が入っているという奇妙な事実に俺は驚きを隠すことができない。そろそろ自重してもらわねば、その内この学校は内側から崩壊していくのではないだろうか。生徒会メンバーが原因だなんて、死んでも笑えない。

 『縛法大百科』を読み終えると手持ち無沙汰になってしまったので、生徒会室の備品であるオセロを探し出すと普段ならば姉さんが座っている桜野の左前方へと腰かける。

 

「……生徒会活動中に遊ぶのはどうかと思うのだけど」

「過半数がいないんだから活動自体成り立ってねぇよ。揃うまではいいじゃん」

「でも……雑務もまだあるわけだし……」

「お前がやっても無駄足だ。というか、迷惑」

「そこまではっきり言われると落ち込む気力も湧かないわね……」

 

 そうは言いながらもしっかり黒石を置く桜野はやっぱり子供だと思う。

 さて、本来ならばこの生徒会室には俺と桜野を合わせて六人の生徒会メンバーが揃うべきなのであるが、今日はどうやら揃いも揃って用事があるらしく俺達しかいない。副会長二人はクラスのレクリエーション。会計はゲーム部で同人ゲーム制作。そして書記でもある姉さんは進路指導の真っ最中だ。生徒会なのにこの集合率の悪さ。碧陽学園の今後を案じているようで心配になってくる。大丈夫かこの学校。

 しかし、さすがにこのままオセロをするだけだと先ほどの名言(By桜野)が海の藻屑となってしまうので、石を置きながらも俺は俺なりに見解を述べることにした。

 

「まぁでも、桜野の言いたいこともなんとなく分かるよな。世界の面白さってのは不変なわけであって、自分の捉えようによっては、どんな世界でも楽しくなる。『住めば都』とも言うくらいだし」

「そうそう。今現在は刺激的で楽しくて仕方がないかもしれないけど、半年くらい経ってから周囲の環境が当たり前だと感じてくると思うと、ちょっとねぇ」

「でも人間ってそういうもんだろ? 最初の方は楽しいけど、段々と飽きてくる。一発屋の芸人が消えていくのと同じだよ。俺達はそういう環境に対して、いつまでも『楽しい』気持ちでいられるような生物じゃないってことだ」

 

 何事も初めてがいいという点は本当であろう。初めて百点を取った時は努力の意味を知ったし、初めて彼女ができた時は異性の尊さを知った。初めてだからこそ分かるものがある。そう考えると、やはり初体験というものは大切にすべきかもしれない。

 碧陽学園生徒会に相応しくない議論的な空気が流れる。そもそも在籍しているメンバーが頑固な桜野と理屈的な俺なので、そうなるのは避けられないことなのだが。

 二人して渋面をすると、同時に大きく溜息をつく。

 

「……やっぱ、私達だけだとどうもねぇ」

「ムードメイカーが誰一人としていないからな。そもそも俺はそこまでボケ担当じゃない」

「リアルな『優良枠』だもんね、蓮は」

「人気投票一位なのに会話力低いとかマジでないわ」

「余計なお世話よ!」

 

 痛いところを突かれた桜野はバン! と机を叩くと涙目で叫んだ。痛いならやめておけばいいのに。

 ……さて、今会話に出てきた『優良枠』及び『人気投票』について説明しておこう。

 ここ『碧陽学園』の生徒会選抜方法は、他所と比べると著しく特徴的だ。普通ならば立候補者が出て、彼らに対して信任及び不信任かを投票するのだろうが、碧陽は少し違う。毎年年度初めに、学園全体で『生徒会役員選抜人気投票』が行われるのだ。

 この人気投票では、一年生から三年生までの全生徒を対象に、自分の憧れの人を投票用紙に記入してもらう。その結果で、メンバーを決めるのだ。勿論本人が認可しないことには生徒会入りすることは無いので、この人気投票自体に絶対性はない。不公平じゃないかと思う人もいるだろう。……しかし、この投票制度は何気に理に敵っているのだ。

 勝手に立候補した生徒が上に立っても、一部の生徒は反感を覚えるだけで言うことを聞こうとはしない可能性がある。日頃目立たない類の人物ならば、それが顕著に表れるかもしれない。

 だが、人気投票による生徒会メンバーならば、生徒達は自分の好みで選んだ結果であるので、それなりに言うことも聞く。同時に、そういったことで選ばれる生徒というのはカリスマ性も持ち合わせているので、滞りなく活動を行うこともできる。PTAには少しばかり評判がよろしくないが、生徒間及び教師においてはそれなりに評価を得られているのだ。

 しかし、やはりそういった『人気』に欠ける人に対する妥協案も存在する。それが『優良枠』だ。

 前年度の学年末テスト。その結果で学年一位だった者には、漏れなく生徒会入りするチャンスが与えられるのだ。これならばたとえ人気が無くても、自分の努力次第でどうとでもなる。ナイスな案と言えるだろう。

 だけども、そこら辺のいわゆる『秀才』は往々にして生徒会なんていう余計な活動には興味を示さないわけで。基本的には辞退する人が主である。こんな制度使う物好きなんていやしない。

 ……だがまぁ、そんな物好きの一人が俺ではあるのだが。

 

「去年の初めはそこまで成績良くなかったのにね。よく学年一位なんて取れたと思うわよ」

「姉さんの猛特訓のおかげだな。正直、血反吐吐く寸前まで追い込まれた。去年一年間は勉強漬けの毎日だったよ。テスト後に久しぶりにゲームをした時は、感動で一晩中咽び泣いたなぁ」

「……受験生かアンタは……」

 

 容姿端麗である姉さんの生徒会入りは確実。自他ともに認めるシスコンである俺は、姉さんと同じ空間で生活するために生徒会入りを決意した。その頃は学年でも真ん中程度の成績だったんだが、一位を獲るには到底及ばない生徒でもあったので、姉さんの地獄のような指導を頼りに一年間頑張ってきた俺である。日を追うごとに増えていくミミズ腫れにクラスメイトが戦慄したのはいい思い出だ。

 白石を置く。気が付くと角を三つ占領していた。お、これはいい戦況じゃないか。

 

「あと一つで勝利確定だよ」

「ぬあー! なんだってアンタなんかに負けるのよもー!」

「碧陽学園内におけるワースト2が騒いだところで悲しいだけだがな」

「私は全知全能たる生徒会長・桜野くりむなのよ!? なのに……こんなのってないわよ……! 死に切れないわよ……!」

「残念ながらここはSSSではないのだよ、ロリ娘」

「ロリ娘!? 響きが良すぎて聞き逃すところだったわ!」

 

 いい渾名だと思うんだけどな、ロリ娘。五文字だから発音的にも良いし。等々力友子と肩を並べる素晴らしさだと思う。

 それから数分に渡り黙々とオセロを続行した結果、

 

「一個差で俺の勝ちでしたやったー」

「勝利宣言に喜びが微塵も感じられない! 接戦のくせになにその余裕! 一時期の『やべぇ……! これはやべぇ……!』はどこに行った!」

「幻覚は中学二年生までにしてもらおうか」

「ドヤ顔やめなさい! あぁっ、くそっ、ムカつくわねアンタ!」

「……はっ」

「何その意味不明なしたり顔。なんでいきなり見下されてんの私」

「……ふっ」

「連続でやった!? お、落ち着きなさい桜野くりむ。相手はただのマゾな変態よ。クールになって対応すればきっと素晴らしい明日が開けるはず」

「……バーカ♪」

「むきぃいいいいいいいいいいいいいい!!」

 

 生徒会長は三秒で瓦解しました。

 心底ムカついたような表情を浮かべている桜野は鞄から教科書を取り出すと、テニス選手もかくやといった動きで攻撃を加えてくる。……いや、ごめん。誇張表現だわ。ぶっちゃけ、子供のチャンバラごっこ並の痛さ。

 

「必殺・チェリーアタック!」

「痛々しいかつ幼稚な必殺技が出たな。どうせならそこはブロッサムだろ」

「ぶ、ぶろ……え、なに?」

「そろそろ桜野の留年を考える時期か……」

「地味にガチで不安になるからやめてくれない!? あぁその表情! ちょっと前に先生が見せたのとまったく同じ! そんなに私は落ちこぼれか!」

「無論」

「クリティカルヒッツ!」

 

 胸を抑えて「うぅ……」と蹲る落ちこぼれ一号。いや、そんなに落胆するなら勉強すればいいのではないかと思う今日この頃だが、このお子様生徒会長が自ら苦行に挑むわけもないのでとりあえず放置。こうやってまた負のスパイラルに囚われていくのだろう。哀れ桜野。

 何気にそれが一番心に突き刺さったご様子の桜野は未だに四肢を床に付けて這いつくばっている。見ようによっては背徳的でないわけでもない。写メって友人に流したら高値で売れるかもしれない。

 そういう腐った考えに行き着くと行動が速いと評判の俺は、すぐに携帯電話を取り出すとカメラモードにし、ピントを合わせてシャッターを押そうとしたところで、

 

「ディープサマーソルトキック!」

 

 突如飛来した美少女の飛び蹴りにより、長机を巻き込んで盛大に吹っ飛んだのであった。

 

 




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駄弁る生徒会(下)

 こんにちは。ふゆいです。
 オリジナル展開って難しいですね。まぁ、楽しいから良しとしましょう。
 さて、それでは早速。お楽しみください♪


「ぐっふぅ――――――――――――!」

 

 鳩尾に度し難い激痛が走り、長机ごと飛んでいく俺。ガラガッシャーン! と耳を塞ぎたくなるほどの騒音が生徒会室に鳴り響く。あまりの五月蠅さに呆然としていた桜野は思わず耳に両手を当てている。しかし、なんだ。……俺的には、ご褒美です。

 

「れ、れぇ――――――――――――ん!」

「……ふぅ、またつまらぬものを蹴ってしまった」

「盗撮行為に対する対処が死刑レベルだな、深夏よ」

「ご、ごほっ……」

 

 呆然と立ち尽くしていた桜野が俺の方へと慌てて駆け寄ってくる中、俺の耳に二人分の新たな声が届いてきた。幸い(?)にも、どちらも俺の知り合いのようだ。というか、生徒会メンバー。

 一人は俺を蹴り飛ばした茶髪の美少女(そもそもこの生徒会に入っていることから分かることではあるが)。自身の活発さを表すかのようなツインテールが特徴的だ。

 彼女の名前は椎名深夏。二年B組に在籍する、この生徒会の副会長である。性格は先ほどの発言から察せる通り、男勝りなボーイッシュ美少女だ。……実際の所、ボーイッシュではすまない完全無欠の超暴力少女なんだけどな。人類を超越していると言われても頷いてしまいそうなほどの戦闘能力を誇る女子高生。どこの一騎〇千だと声を大にしてツッコみたい。

 そして、もう一人。深夏の暴行に対して冷静にツッコミを入れた忌々しいイケメンは杉崎鍵だ。深夏と同じ二年B組の生徒で、副会長。性格は……エロエロ大魔神。以上。異論は認めない。

 倒れ伏す俺に冷徹な視線を向けながら、深夏が溜息をついている。……ゾクゾクしてきた。

 

「遅刻したから急いで来てみれば……アンタは相変わらずの変態だな」

「違う。俺はただのマゾヒストだ。決して盗撮犯などではない!」

「蓮さん蓮さん、そこ威張るところじゃないですよ」

「黙れクズ。ハーレム語る無節操男に意見を言われる筋合いはないわ!」

「どストレートにひでぇ! そして痛ぇ! なまじ図星なだけに傷が深いわ!」

「はっ、軽いだけのチャラ男が俺にモノを言うなんて百年早いんだよ!」

「……いやいや、あたしからしてみればどっちもクズだから」

「馬鹿な!」

「自覚がねぇのかよ!」

 

 堂々とハーレム宣言しているような厨二病野郎と、崇高なるマゾヒストな俺が同列だと!? 突然下された衝撃的判決に俺は驚きを隠すことができない。なんてことだ……くっ、これだから世間ってのは!

 

「マゾヒストを自称している時点で危ないってことをまず理解しなさいよ、蓮」

「何を言うんだ桜野。自分の詳細を述べることの何が悪い! マゾだからって、他人に迷惑がかかることはないだろう!」

「現在進行形で三人にかかってるわよ、迷惑。それも割と酷く」

「…………深夏、もう一回蹴ってくれ」

「受け入れ体勢抜群のヤツ蹴っても気持ち悪いだけだから拒否!」

「蓮さん流石にそれは引きます!」

 

 あろうことか顔面真っ青にして俺から距離を置く生徒会副会長ズ。つか、おい杉崎。お前はこういうタイプのネタで最も引いてはいけない存在じゃないのか? 仮にも生徒会の誇る変態枠なんだから、そこはフォローするなりなんなりして空気を戻すべきだろう。

 

「変態枠!? いやいや、俺は誰が見ても明らかにハーレム王の主人公枠じゃないっすか!」

『いやそれはない』

「全否定! 今まで笑顔・泣き顔・恍惚の表情を浮かべていた人達が同時に真顔で全否定!」

「だって、杉崎だもんねぇ」

「碧陽学園の誇るクズだもんな」

「良くてサンドバッグ枠だろ。あたし専用の!」

「アンタらだけには否定する権利はねぇ!」

 

 なんか若干涙目で必死に抵抗の意を示しているハーレム枠(笑)がいるが、いつものように全スルー。初日に衝撃の全員告白を成し遂げた前代未聞の馬鹿野郎には、これくらいしてやった方がいい薬になるというものだ。……後で感想を聞いておこう。

 杉崎弄りに興じていた俺達だが、さすがに数分経つと飽きてしまった。桜野はゆるゆる成分全開でウサマロを頬張っており、深夏と杉崎はレクリエーションの思い出を語り合っている。かくいう俺は、宿題の真っ最中だ。……なんだこの驚くべき協調性のなさは。一応生徒会と言う集団での活動なのだから、もう少し皆でワイワイ取り組むべきではないだろうか。

 もはや救いようのない状況を打開すべく俺がうんうん頭を捻っていると、再び生徒会室のドアがガラガラと開かれた。

 

「ごめんなさい、話が長引いちゃって」

「お、遅れました」

 

 入室してきたのは、これまた美少女の二人。

 先に入ってきたのは黒髪の美少女……いや、美人と呼ぶべきか。長身かつグラマラス、いわゆる『大人のフェロモン』を全力で振り撒いている。街を歩けば、確実に万人が振り返ってしまうであろう美貌を持つこの女性は、俺が世界で最も愛している双子の姉、紅葉知弦だ。

 見た目は包容力のあるお姉様な感じの姉さんなのだが、中身は超がつくほどのサディスト。鞄の中には鞭を常備し、履いているブーツも主に標的を踏むために特化した一品。俺を始めとして、今まで何人の下僕があの靴の前に平伏してきたのか想像もつかない。あぁ、今日もなんて嗜虐的な輝きを放っているのだろう!

 そして、姉さんの背後でペコペコと頭を下げながら入ってきたのは、深夏の妹である椎名真冬ちゃん。姉は絵に描いたような活発系美少女だが、真冬ちゃんはこれまた典型的な病弱キャラである。色白で、色素の薄い黄色染みた髪。姉は茶色なのに……遺伝子の神秘を感じるな。

 この真冬ちゃん。見た目に忠実と言うか、案の定人見知りであり、生徒会が発足して二週間が経つ現在においてもこうやって少し距離を置いた挨拶をしてくる。俺達はもう少しファミリーな関係を持ちたいのだが、真冬ちゃんにはまだ難しいようだ。まぁ、急かすようなことでもないため温かく見守っていくとしよう。

 二人が席に着くと、俺はコホンと咳払いしてから姉さんの元へと歩み寄る。

 

「……お帰りなさい、姉さん」

「えぇ、ただいま蓮。……早速だけど、靴を舐めてくれない? ちょっと汚れちゃって」

「お望みとあらば」

 

 身を屈め、姉さんの足へと顔を近づける。このアングルならば下着を見ることもできる(実際、見えている)が、今の俺に与えられた使命は靴の掃除だ。ロボットのように、任務を果たさねば。

 ギラリと鈍い輝きを放つブーツにゴクリと唾を飲み込みつつも、俺は舌を出すとゆっくりと顔を近づけ――

 

「――って、生徒会室で何やってんのよこの変態姉弟!」

「あぅ」

「あら」

 

 顔を真っ赤にした見た目ガキンチョの同級生に顔を抑え込まれ、妨害された。うぅ、後少しだったのに……。

 桜野は「あわあわ」と動転している様子で俺の襟首をつかむと、ぐわんぐわん揺さぶり始めた。……って、これは酔う! 痛みじゃないから快楽にもならないし、気持ち悪い!

 

「ここここここは清く正しい生徒会室なのよ!? そ、それを……アンタ達はぁっ!」

「落ち着け。一旦落ち着け桜野くりむ。苦しいし、顔が近い。キスでもする気か生徒会長」

「ふざけてないで真面目に聞けっ!」

「いやいや、でもそろそろ放してあげなさいよアカちゃん。蓮の顔が、青を通り越して紫になっちゃっているから」

「変態姉弟に向ける耳は無い!」

『それはいろいろとショックだ!』

 

 俺も姉さんも自分達の性癖が多少ひん曲がっていることは理解しているが、こうやってド直球に言われると傷ついてしまう。人間、目を逸らしたくなる残酷な事実もあるんだよ。分かるだろ? 世間一般には顔向けできないような、そんな特殊な趣味が人には一つや二つある。……だから、そっとしておいてくれると嬉しいんだよ桜野!

 

「そっとして欲しい割には蓮さんも知弦さんもオープンだよな」

「え? いや、これでもセーブしているつもりなのだけれど」

「セーブしても滲み出るって……お二方、中身はどれだけダークなんですか。さすがの俺もドン引きですよ」

「四六時中性欲丸出しな童貞不能野郎には言われたくないな」

「男子高校生にその罵倒は禁句だぁああああああああああああああ!!」

 

 号泣しながら桜野の放した襟を再び掴んでくる童貞(杉崎)。気持ち悪い。美少女の桜野なら胸倉掴んでくるのも大歓迎なのだが、なんでこんなむさ苦しい野郎なんかに詰め寄られねばならんのだ。俺はMだが、あくまで美少女に責められるのが大好きなだけの純粋なMなのである。性別関係なしな、見境のない変態とは違う。俺は俺なりの信念を持ってマゾを貫いているんだ!

 

「……お姉ちゃん、なんか紅葉弟先輩がすっごく怖いよぅ」

「真冬ちゃん、そんなリアルに怯えられるとガチで傷つくからやめてくれないかな?」

「大丈夫だ真冬。こんな社会のゴミは今からあたしが焼却してやるからな!」

「誰がゴミだ! お前もう少し年上に払う敬意を覚えろよ!」

「アンタのどこに敬う部分があるってのよ。変態がよく言うわね」

 

 何気に酷い真冬ちゃんと相変わらず暴力的な深夏のタッグ攻撃に思わず冷や汗が吹き出てくる。年頃の男子にとって、女子に本気で引かれるというのは致命傷にもなり得る事態なのだ。事実、今俺は心が折れかかっている。その後に向けられた桜野の毒舌のせいで、さらに傷は深くなっているが。

 なんかいろいろとアウェー感がハンパない空気になってきたため、逃げ道を確保すべく話題を桜野の名言へとシフト。

 

「そ、そうそう。杉崎や姉さん達は、『初めての時は良かった』なんていう思い出話とかないか?」

「なんだよやぶからぼうに。宗教団体の誘いか?」

「違ぇよ! お前何処まで俺の事蔑んで見てんだよ!」

「鍵の数十倍は変態だと思って毎日接しているが?」

「……さて、話を戻そう」

「逃げましたね」

 

 う、五月蠅い! イケメンは黙ってろよ杉崎! 俺はこう見えても内心ピュアで打たれ弱いんだ!

 マゾヒストは精神面をやられると、常人の三倍の速度で傷つくのだ。Mな奴がどんな打撃に対しても鉄壁の防御を持っているとは、思うなよ!

 俺の決死の話題変換にメンバー全員が冷たい視線を送っているが、おそらくこの中で最も優しいハートの持ち主である真冬ちゃんがおどおどしながらも意見を述べ始めてくれた。

 

「え、えと……真冬はお化粧。コスメですかね」

「化粧? へぇ、真冬ちゃんでもそんなことに興味を持つときがあったんだね」

「……会長さん、真冬のことを馬鹿にしていますよね?」

「真冬ちゃん、続けて」

 

 逃げやがった。自分の体裁が悪くなってきた瞬間、丸投げして降参しやがった。なんて野郎だ桜野くりむ。自分が責められているからって、逃げるのは最低な行為じゃないのか!

 

「ツッコミ待ちだろうが、あたしは全力スルーの方向でいかせてもらうからな」

「せめて殴ってください深夏さん」

 

 ボケが流されるのは精神的にも社会的も辛い。

 

「小さい頃、お母さんがお化粧しているのを見て『いいなー』って思って。誰もいない時にこっそりやってましたね。今はなんか面倒くさくてやってないですけど。あの頃は鏡見る度にちょっとはしゃいでいた記憶があります」

「化粧ねぇ。でも、真冬ちゃんは今も充分綺麗だから逆にいらないでしょ。真冬ちゃん本来の魅力を消してしまうような化粧は、無い方がいい! ですよね蓮さん!」

「同感だな。まぁ多少は化粧っ気もあった方がいいと思うけど……でもやっぱり、真冬ちゃんは真冬ちゃんなりの魅力があるんだから、余計なことはしない方がいいと思うぞ」

「……いやいや、なに男二人揃って真冬口説いてんだよ。やめろよ汚らわしい」

「嫉妬か? 相変わらず可愛いな深夏よ」

「五月蠅ぇよ歩く猥褻物陳列罪。真冬に近づくな妊娠するから」

「じゃあ深夏も妊娠させてやろうか? 大丈夫。ハーレム王たる俺の遺伝子を引き継げば将来安泰だから!」

「ニートの未来しか浮かばんわ!」

 

 真冬ちゃんを庇いつつ言い放つ深夏。まぁ確かに、杉崎の遺伝子なんざ継いだ日には人生終わる。こんな四六時中盛っているような変態は、早いとこ始末しておくべきではないだろうか。

 

「聞こえてますよ、蓮さん」

「おっと。謝らないからな、杉崎」

「謝れよ! アンタに1ミリでも悪かったって心があるなら、即効謝れよ!」

「だが断る」

「何故!?」

 

 相変わらずのオーバーリアクションが煩わしい。あぁ、早く姉さんに調教されてしまえばいいのに。

 

「……それはちょっと惹かれますね」

「あら、好感触ねキー君。でも、いいの? 私の調教は少しばかり過激だけど」

「美人のお姉さんにやってもらえるなら、どんなものでも大歓迎ですよ!」

「そう。……三日三晩飲まず食わずのまま暗室に放置されて精神を悉く崩壊させた後、全身を拘束して少しづつ蝋燭を垂らし火傷を増やす。そして、最後には死ぬ一歩手前までの激痛を伴うことになるのだけれど……それでも、キー君は私の調教を受けたいのかしら?」

「すみませんでした」

 

 目にも止まらぬ速さで頭を擦り付ける杉崎。……うん、今のは仕方ないよな。ちょっとグロすぎた。慣れている俺ならともかく、初心者もいいところな生徒会メンバーには刺激が強すぎたと思う。他の女子三人なんて、お互いに抱き合ったままガタガタと震えているし。ごめんみんな。ちょっとやりすぎた。

 生徒会室の惨状を見て、姉さんは憂鬱そうに溜息をつくと、わざとらしくポツリとこんなことを呟いた。

 

「……個別指導、始めようかしら」

『!?』

「姉さんタイム。そろそろ死人が出る」

 

 結局、その後は姉さんの恐怖により精神の崩壊した四人が戦闘不能となったので、ドクターストップということで会議は終了した。

 

 




 駄弁る生徒会、これにて終了です。……え? 終わり方が中途半端? ははは、何を言いますか。気のせいですよ。
 次回は『放送する生徒会』。ラジオだけど頑張ります。
 それでは、次回もお楽しみに♪ 


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放送する生徒会①

 『生徒会の一存Lv.2』始まりましたね。自分はまだ『杉崎メモリアル』しか見ていませんが、前作よりは期待できそうで何よりです。さて、楽しみだ。
 それに触発されて、超特急で書き上げました最新話。作成時間およそ一時間半! 頑張った俺!
 それでは早速いきましょう。
 『放送する生徒会』
 どうぞ~♪


「他人との触れ合いやぶつかり合いがあってこそ、人は成長していくのよ!」

 

  超絶ロリ女子高生桜野くりむはいつものように絶壁の如き胸部をえへんと張ると、パクリ名言を堂々と言い放っていた。

 杉崎を始めとした他メンバーは桜野の言った意味が分からず呆然としているようだったが、俺は俺なりに解釈を深めたので立ち上がると盛大に言い放つ!

 

「つまりSMプレイも成長過程の一環として捉えてもいいってことだよな桜野!」

「えすえっ!? れれれ蓮! アンタ冒頭からいきなり何トチ狂った発言してんのよ! 変態!」

「無駄だ。すでに自覚しているから、その暴言はご褒美でしかない!」

「もう誰かこのマゾ野郎連れ出してよー!」

 

 ぐぐいと机に上半身を乗り出して力説する俺から全力で距離を置く桜野くりむ生徒会長。その顔にはあからさまな『拒絶』の意が見て取れる。だが、俺はそんな桜野の怯える姿を見てもこの性格を捨てはしない。怯懦によって吐き出される罵倒には、普通の悪口とはまた違ったテイストの快楽があるのだからな!

 

「うぅ……紅葉先輩、弟さんがすっごく嫌な笑顔浮かべてますぅ」

「うーん、ちょっと深く育てすぎたかしら。もう少しソフトなMを目指して育成したはずなのだけれど」

「せめて一般人に育ててくださいよぅ!」

「紅葉家に生まれた以上、平凡な人間に成長するのはご法度なのよ」

「先輩の家はどこの範〇家ですかぁ!」

 

 俺の勢いにあてられた真冬ちゃんが涙目で姉さんに助けを求める。しかし俺関連のボケで姉さんが役に立たないことは前回実証済みのため、これといった成果もあげられずに作戦は失敗となっていた。ドンマイ、真冬ちゃん。

 最愛の妹が撃墜されたのを流石に見かねたのか、碧陽学園生徒会の誇る二大シスコンの片割れ、椎名深夏が満を持して立ち上がった!

 

「いや、誰が二大シスコンだ誰が」

「勿論お前だよ深夏。ちなみに、もう一人は俺」

「世界三大不名誉な称号に入るよなソレ!」

「何を言う。家族を愛する者の称号に、不名誉も何もあるものか!」

「ぐっ……それは確かに……」

「シスコンだろうがブラコンだろうが、根本的な部分では『家族愛』! ゆえに、歪んだ愛情などではない! 俺は確固たる自信を持って、シスコンは素晴らしき愛の形だと断言することができる!」

「なんだこの人……言っていることは明らかにおかしいのに、台詞の端々に言い知れない説得力を滲ませてきやがる……!」

「自分勝手な解釈で他を否定するなんて、三下のすることだぞ深夏!」

「く、くっそぉおおおおおおおおおおお!!」

 

 ダン! と机に思い切り拳を叩きつけるとそのまま自己嫌悪に陥り始める副会長。耳をそばだてると、なにやらブツブツ「真冬への愛も、否定することになるのか……!?」という風に呟いているご様子。そこまで追い込む気は無かったのだが、どうやらやりすぎてしまったようだ。俺の作戦では、多少憤った深夏がそのまま俺を殴ってお互いにハッピーエンドになるはずだったのに。どこで間違った。

 残るは姉さんと杉崎。いや、別に全員を戦闘不能にする必要はないんだけどさ。なんというか、この流れだとそうせざるを得ないかもしれない。

 しかし、姉さんと杉崎ねぇ……。

 …………。

 

「パスで」

『はいぃっ!?』

 

 あまりにも拍子抜けな俺の発言に、二人して立ち上がる残留組。その顔にはどこか消化不良気味な表情が浮かんでいる。なんだこの二人。何気に期待していたのか。

 なんだかやるせない感じの二人を見て、俺は一応理由を説明しておく。

 

「姉さんは相手にしても負けるのが目に見えているし、杉崎は下ネタ使うのが明らかだからさぁ。ぶっちゃけ、新鮮味に欠けると言いますか」

「雑談が売りの作品でよくもまぁそんな事が言えるわね貴方は! いや、別に虐めて欲しかったわけじゃないのだけど、ソレは何か違うでしょう!」

「そうですよ蓮さん! 喋ってこそ、弄ってこそ生徒会じゃないですか!」

「碧陽学園生徒会の活動を綴るだけの活動日誌なんだから、そんな要素は必ずしも必要じゃないと思うんだよね」

『地味に説得力のある意見!』

 

 頑張って抗戦するものの、結局は正論の前に敗れて膝を着いてしまう二人であった。あらら、結局全滅エンドか。

 もはや死屍累々の生徒会室。なんだこの地獄絵図は。これが日常系の最先端を走る作品の末路とでもいうのだろうか。もしそうならば、この作品は世紀末的な終局を迎えることになる。

 湧き上がる恐怖に身を震わせながらも、俺は一人淡々と呟く。

 

「こうなったら、このまま生徒会メンバー全員をマゾヒストとして覚醒させるしか……」

『させるかぁああああああああああ!!』

「ギャオス!」

 

 俺の素晴らしき未来構成を聞いた途端、死体になっていたはずのメンバーが団結して襲い掛かってくる。なんか目が血走っているが、そこまで全力で回避したいものなのだろうか。ちょっと傷つく。

 ……結局、俺自ら持参していた縄で椅子に縛り付けられ、猿轡まで噛まされる羽目になってしまった。むぐぅ。

 

「むぐむぐぐむぐぐ……(でもこれも捉えようによってはご褒美に……)」

「猿轡噛ませても思考がだだ漏れな蓮はもう救いようがないわよね。どうにかしてよ知弦」

「もう私の手に追える範疇を超越してしまっているから無理よ。拘束するのが精一杯」

「そういうところに特化して人間やめているから厄介なんだよなぁ」

「俺が自分を見直すくらい酷いですからね、蓮さんは」

「真冬、紅葉弟先輩を見て更に男性恐怖症が深まった気がします……」

「むぐぐぐー!(好き勝手言いますねアンタ達!)」

 

 この生徒会が俺のことをどう思っているか、心身ともに痛いほど分かった気がする。もう死んでやるー!

 俺を捕縛したことで生徒会も落ち着きを取り戻した。桜野は仕切り直すかのように咳払いを一つすると、さっそく本日の議題について述べ始める。

 

「変態のせいで今日はやけに時間がかかっちゃったけど、今からラジオ放送をするわよ!」

「アカちゃん、はいウサマロ」

「うにゃー。ウサマロ美味しいよぉ」

 

 あまりにもちょろすぎやしませんか桜野生徒会長。

 厄介事を察知した姉さんがお菓子を利用して華麗に話題変換を狙うが、そこそこの効果が出たあたりで正気に戻った桜野は姉さんの手を振りほどくとホワイトボードにキュッキュと「らじおほーそー」と書き綴った。平仮名なのは、桜野クオリティ。

 しかしラジオ放送とは……誰が予想しても『崩壊』の二文字しか浮かばない。この会長は俺達をどうしたいのだろうか。

 このままでは決壊は免れない。そう皆が理解した時、動くのは決まって我らがハーレム王だったりする。

 

「ちなみに会長。一応ラジオをやろうと思った理由だけでも聞かせてもらっても良いですか」

 

 そう、俺達の運命は杉崎鍵に懸かっていると言っても過言ではないのだ! 決して、責任を擦り付けようとしているのではない。断じてそのようなことはありません。はい、当方では、そのように理解しております。

 桜野は杉崎の問いに「よく言ったわ!」などと心底ムカつく笑みを浮かべると、堂々たる面持ちでつらつらと台詞を並べ立てていく。

 

「生徒会っていわば学園の与党でしょ? 人気投票で勝ち残った者達が集まる最大政党。負け組を従えた、最強の集団よね」

「言わんとしていることはなんとなく分かりますが、とても生徒を束ねるリーダーの台詞とは思えないことをさらっと言いますね会長は」

「政党と言えば政見放送。というわけで、我らが生徒会も日本政府にあやかって政見放送を行いたいと思います。正直、人気取りです」

「ぶっちゃけましたね。そして現在考え得る中でも最低な言い訳ですね。政見放送なんて覚えたてのくせして、偉そうに使うから矛盾が生じるんですよ」

「う。ち、違うもん! 覚えたてじゃないもん! 一億年と二千年前から知ってたもんねー!」

「究極ロリババァなんて需要ありませんよ今時」

「さっきから罵倒が酷いよ杉崎!」

「じゃあ悪口言いませんからラジオやめてください」

「ん? それは却下。だって会長命令だし」

「畜生この小娘! 権力の使い道だけは心得てやがる!」

 

 日頃世間知らずな子供を振る舞うくせに、こういう時だけやけに手強い桜野。なんだこの面倒くさい生物は。扱いづらい、どこぞの核融合八咫烏並に扱いづらいぞ!

 全員が深く、本当に深く溜息をついた。……どうせこのお子様会長は言い出したら絶対に退かない。それならば、提案に乗ったうえで被害を最低限に抑えることにしよう。

 おそらく全員の中で最も嫌そうな顔をしているであろう深夏が、面倒くさそうに口を開く。

 

「どうせ言っても聞かないんだろうが、どうしてラジオなんだ? 会長さんならビデオ撮影とか言い出すかと思ったのに」

「本当は私もプロモーションビデオを撮るつもりでいたのだけれど、放送部に押しかけたら涙目で『お願いします。ビデオ機器は勘弁してください。ラジオ道具貸しますから、ビデオ機器だけはご勘弁を!』って土下座されたから、仕方なくラジオなの」

「……あぁ、そう」

「まったく、礼儀知らずな放送部だよね! 仮にも生徒会長相手に放送機器を貸し渋るなんて。マナーがなっちゃいないよ!」

 

 少なくともいきなり押しかけて強盗まがいの暴挙に走る生徒会役員よりは百倍モラルに溢れていると断言できる。というか、現在の生徒会室を見渡す限り彼らはラジオ機器の設営までやらされたらしい。どこまでも可哀想な放送部に思わず涙が溢れてきた。……今度お中元持っていこう。

 というか、そろそろ拘束を解いてほしい。このままではマトモにラジオも出来ない。

 精一杯の訴えを込めて、姉さんを見やる。

 

「……はぁ、仕方ないわね。滞りない進行の為に、縄を解いてあげるわよ」

「……ぷは。ありがと、恩に着るよ姉さん」

「ふん。奴隷の世話は女王様の仕事なの、勘違いしないでよね!」

「知弦さん知弦さん。キャラを見失ってはいませんか」

「うっさいキー君。縛るわよ」

「脅しが直球すぎて怖いですよ!」

 

 赤面しながら言うあたり、杉崎に対して気があることを前面に押し出してしまっていることにいい加減気が付いてほしい今日この頃である。

 

「うぅ、ラジオなんて緊張します……」

「大丈夫だよ真冬ちゃん。俺が先導するから、少しずつでも慣れていこう」

「さっきまで縛られていた先輩に言われても説得力に欠けるんですが……」

「でも信じよう。きっと、それが素晴らしい明日に繋がるはずだから」

「アンタはどこの宗教団体だ。あたしの妹を勧誘するな」

 

 謂れのない誤解はやめてほしいところである。

 

「生徒会のPR及び人気獲得のためにも、全員気を引き締めて取り組むよーに! オーバー?」

『ラジャー』

「よろしい。皆、喉の準備をしておきなさい!」

 

 なぜかそこだけ言われた通りに各々喉をケアし始める俺達。なんだかんだで結構乗り気なのが、この生徒会の面白いところである。なんかこういう活動って、初めはぶーぶー文句言うけどいざ始めると楽しくなるんだよな。こういう気持ちを覚えた人達が、将来のパーソナリティになったりするのだろう。

 姉さんは「コホン」と上品に喉の調子を確かめ、杉崎と深夏は軽く雑談しながらウォーミングアップ。真冬ちゃんは『トロ〇チ』を舐め終えて準備万端だ。かくいう俺も、『喉ヌ〇ルスプレー』で清涼感はマックスである。

 全員の様子を再確認すると、桜野は手元にあるスイッチを押して高らかに宣言した!

 

「それじゃあ生徒会ラジオ、始めるわよ!」

『おぉー!』

 

 こうして、世にも前途多難なラジオ放送が幕を上げた。

 

 

 




 次回もお楽しみに♪


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放送する生徒会②

 更新遅れました! 一か月半! 遅れすぎだ俺!

※注意! 今回は蓮が異常にぶっ壊れております。お気をつけて読み進めてください。

 次回はもっと早めに更新します。

 それでは、どうぞ~♪


桜野「桜野くりむの、オールナイト全時空!」

 

杉崎「放送範囲でけぇ!」

 

 

♪ オープニングBGM ♪

 

 

蓮「さぁ始まりました、桜野くりむのオールナイト全時空。司会は我らが会長、桜野くりむ。そして罵られ役は不肖この紅葉蓮が務めさせていただきます。ウッス」

 

桜野「なんかナチュラルに主導権握られた! 私のラジオなのに!」

 

知弦「蓮にこのテの企画をやらせた時点で手遅れよアカちゃん。この子こういうの大好きなんだから」

 

桜野「だからって司会強奪するのはどうなのよ!」

 

蓮「違うぞ桜野。俺は【罵られ役】だ」

 

桜野「そんな気色悪い役職要らないよ!」

 

杉崎「すげぇ……蓮さんが最初っからフルパワーだ」

 

深夏「このラジオで蓮さんがボケに走ったら誰が止めるんだよ……」

 

真冬「紅葉弟先輩の真冬内評価がどんどん下がっていってます……」

 

蓮「ぐふふ、いいぞ……どんどん蔑め、罵れ、虐げろ。俺のボルテージはマックスだぁーっ!」

 

杉崎「……会長、変態は放っておいて先進めましょう」

 

蓮「先輩を平気で変態扱いするとは大物だな杉崎」

 

桜野「それもそうね、こんな馬鹿変態の相手する時間なんてないし」

 

蓮「ぐふぅっ! 露骨な嫌悪の視線……だが、それがまたいい!」

 

深夏「身体の芯まで変態だなアンタは」

 

桜野「それじゃあ一通目のお便り。ラジオネーム【あなたの奴隷】さんから頂きました」

 

知弦「こんなところにも蓮の手が回っているなんて……」

 

真冬「この学園は大丈夫なのでしょうか……」

 

桜野「『生徒会の皆さん……いえ、僕の高貴な女王様方、ご機嫌麗しゅう』」

 

蓮以外『……こ、こんばっぱー……』

 

蓮「お前達恐怖のあまり挨拶がおかしなことになってるぞ」

 

杉崎「いやいやいや! 最初からリスナーが末期すぎるでしょう! なんですかこのド腐れ学園は!」

 

蓮「そんなこと言われてもな。お前もこの学園の一生徒なわけだし」

 

杉崎「どういう意味だそれは!」

 

桜野「『僕は最近悩んでいます。というのも、最近ご主人様……紅葉知弦様の御顔を拝見できていないからです。あのお方にお会いするためだけに僕は存在するというのに……残念でなりません』」

 

知弦「……ごめんなさい、ちょっとエチケット袋使うわね」

 

杉崎「どう考えてもアンタの仕業なのに自分で気持ち悪がらないでください!」

 

知弦「ち、違うわキー君! 私はあそこまで人を貶めたりはしない女よ!」

 

杉崎「すでにアンタの弟が人類史上最大の変態に成り下がっているでしょうが!」

 

蓮「おいおい杉崎、そんなに褒めるなよ。……濡れるだろ?」

 

真冬「ひぃっ!」

 

深夏「少し黙ってろこのマゾ!」

 

蓮「はぁはぁ。もっと言ってくれ深夏」

 

深夏「嫌だこの人マジで怖えよぉおおおおお!!」

 

杉崎「バイオハザ〇ドですか貴方は! 話す人全員の精神を汚染しないでください!」

 

知弦「……キー君ごめんなさい。これからはホントに気を付けるわ」

 

杉崎「あまりのカオスっぷりにあの知弦さんが改心した!?」

 

桜野「え、えーと。ちょっとみんなテンパっちゃってるみたいだから、ここらで軽くコーナーいっとこうか。うん、それがいいよ!」

 

杉崎「会長、目がすっげぇ泳いでます」

 

桜野「う、うるさーい! コーナー! 【紅葉蓮の、殴るなら俺を殴――」

 

蓮「ドンと来い!」

 

桜野「――と思ったけど、波乱を呼びそうだから変更! やめ! 取り消し!」

 

真冬「今会長さんは人類史上最も賢い選択をしたと真冬は心から思います」

 

桜野「それじゃあ改めまして。コーナー! 【椎名姉妹の、姉妹でユリユリ♪】」

 

深夏「飛び火したぁ――――――――っ!」

 

桜野「このコーナーは、リスナーから送られてきた台本を元に、椎名姉妹にユリユリな演技をしてもらうという至極斬新で男子のハートをキャッチするであろう間違いなしのコーナーです」

 

杉崎「よし、男子生徒諸君よ。録音の準備をするんだ早く!」

 

知弦「なんでキー君はこういうときだけ行動が早いのかしらねぇ」

 

真冬「というか! なんで真冬達が被害を受けるんですかおかしいですよ!」

 

桜野「大丈夫。どうせ全員受けるんだから。私以外」

 

真冬「これが会長さんのラジオだということを忘れてました!」

 

蓮「そして俺は蔑まれ役だ。覚えておけよ?」

 

真冬「弟先輩は黙っててくださいです!」

 

桜野「あぁもー文句言わないの! ほら、台本――」

 

蓮「よりディープなものに変えておきました、閣下」

 

桜野「うん、ありがと――って、この生徒会を潰す気かこの馬鹿!」

 

蓮「は? いや、より十八禁の方が男子生徒が喜ぶと思ってだな」

 

桜野「女子生徒は戦慄するけどね!」

 

杉崎「やべぇ……この変態留まるところを知らねぇぞ……!」

 

知弦「これはもう椎名姉妹の無事を祈るしかないわね」

 

椎名姉妹『あたし(真冬)達いったい何をやらされるんだ(ですか)!?』

 

蓮「ほら、つべこべ言わずに台本だ。ちゃんとやれよ? 生徒の望みを叶えてこそ、生徒会なんだからな」

 

深夏「言ってることは凄く正論なのに、やらされる内容が内容だから素直に聞けねぇ……」

 

真冬「人生の理不尽さを感じます……」

 

桜野「とにかくちゃっちゃといってみよー!」

 

 

♪ 耽美なBGM ♪

 

 

『真冬……』

 

『お姉ちゃん……』

 

『あたし、もう我慢できないっ。お前と姉妹なままでいるなんて、耐えられない!』

 

『真冬も……真冬も、もう限界だよ!』

 

『あぁ、あたしの可愛い真冬……。……ほら、脚を開いて』

 

『ふぁっ……おねぇ、ちゃん……んっ』

 

『ほらほら、もっと可愛い声で鳴いてごらん?』

 

『んあぁ……ふっ、あぁんっ!』

 

 

 

 

蓮「……オゥケイ」

 

知弦「なにボイスレコーダー片手に満面の笑みを浮かべているのよ」

 

蓮「いやぁ、美少女同士の絡みは最高だね快感だねエクスタシーだね! おそらく今の数分間でおよそ六割の生徒がティッシュペーパーに手を伸ばしたと推測でき」

 

深夏「下ネタぁっ! そして、天誅!」

 

蓮「俺達の業界ではご褒美です!」

 

杉崎「……なんか、いろいろとどうしようもないですね」

 

桜野「うん……椎名姉妹の百合疑惑がさらに深まった上に、蓮の変態度も限界を知らないことが分かっちゃったからね……」

 

真冬「真冬達はそんな無駄なことの為に身体を張ったのですか……?」

 

杉崎「いや、身体は張ってないけどね。声は張ったけど」

 

知弦「……とりあえず、拘束はしたわよ。手錠と猿轡。どうせ二分もしたら脱出してくるでしょうけど」

 

杉崎「あの人はどこまで人外なんですか……」

 

桜野「気を取り直して、次のコーナー行こうか」

 

杉崎「そうですね。次こそはマトモなコーナーができることを信じて――」

 

桜野「フリートークしようか!」

 

杉崎「コーナーですらなかった!」

 

知弦「アカちゃん。フリートークっていうのはその名の如く、ただ喋るだけのものなんだけど」

 

桜野「わかってるよ。でも、もう時間がそんなにないんだもん。どっかの変態が突っ走ったせいで」

 

深夏「蓮さん……直接的にも間接的にも傍迷惑なんだな」

 

桜野「そういうことだからフリートークするよ! 誰か話題振って、話題!」

 

真冬「話題って強制されて出すものではないと思うのですが……」

 

蓮「だったら今日のマゾヒストの社会的立場について熱く語ろうじゃないか」

 

杉崎「本当に二分ちょっとで抜け出してきたぞこの人!」

 

知弦「まさかここまで成長していたなんて……嫌な意味で恐ろしい子っ……!」

 

真冬「亀甲縛りでもしておくべきではないでしょうか」

 

深夏「全身の関節粉砕してでも出てきそうだからやめておこうぜ」

 

桜野「じゃあここは無難に恋バナでもする? 定番でしょ?」

 

杉崎「蓮先輩以外の生徒会メンバーが大好きです。結婚してください」

 

女性陣『断る』

 

杉崎「わかっていたけど辛いなチクショー!」

 

蓮「そんじゃあ次は俺の番か。真冬ちゃん、好きなんだ。俺と付き合ってくんね?」

 

真冬「は、はいぃっ!? 唐突過ぎてついていけないです!」

 

蓮「いやさ、ほら、一目惚れってあんじゃん? それだよ。キミが生徒会室に来た時から、恋に落ちていたんだ」

 

真冬「……何故でしょう。すっごくロマンチックな台詞を言われているはずなのに、弟先輩が言うことによってその魅力を台無しにしてしまっているように感じるのは。……と、とにかく! そういうのはもうちょっと仲を深めてから……」

 

蓮「ん? なに真に受けてんだよ真冬ちゃん。冗談だって冗談。イッツアカナディアンジョーク」

 

真冬「…………」

 

深夏「落ち着け真冬。気持ちはわかるがとりあえずその知弦先輩から借りたチェーンソーを置け。さすがに死人が出るとマズイ」

 

真冬「よくも、人の純情を……恋心を弄んでくれましたね弟先輩っ……!」

 

蓮「? 何を言っているのかよく分からないけど、お茶でも飲むか?」

 

真冬「いらないですよ、うわぁあああああんっ!!」

 

蓮「情緒不安定だなぁ」

 

杉崎「……とりあえず一発殴らせてください、蓮さん」

 

蓮「言う前に殴ってるってげぶぅっ!」

 

桜野「……さすがに今のは酷すぎたわね」

 

知弦「本人いたって無意識だから質悪いのよねぇ」

 

深夏「あたし、絶対この人には真冬はやらない。地球が滅亡しても絶対に」

 

桜野「……あ、もうそろそろ時間だね。エンディングに行こうか」

 

杉崎「思いのほか短かったですけど……同じくらい思いのほかディープな番組でしたね」

 

知弦「蓮以外が全員ツッコミに回るという奇跡的なラジオになったことが一番の驚きよ。なにこの子、残念な方向にスペック高すぎでしょう」

 

深夏「その蓮さんを作り出したのはほかでもない知弦さんだけどな」

 

真冬「うぅ、弟先輩の馬鹿ぁっ……」

 

蓮「なんだかよく分からないけど、ごめんなさい?」

 

知弦「……あっちはあっちでなんかよく分からない関係になりそうね」

 

桜野「じゃあ最後は【今日の知弦占い】でお別れです。それではみなさん、また次回」

 

 

♪ 神秘的なBGM ♪

 

 

知弦「それでは今日の知弦占いを。

   当校のさそり座のあなた。今週中に学校中の女子から暴力を受けるでしょう。総スカンをくらうかもしれません。休学することをお勧めします。ホモサピエンスとしての最後の砦、人権を守るために、一週間は休むことを心がけましょう。

   ラッキーカラーは白。周囲を白に囲まれた部屋で休学中を過ごすと尚良し。誰とも合わずに心を改めましょう。

   ラッキーアイテムは聖書。新約・旧約どちらも読破するように。きっと心が洗われて、聖人君子になれるはずです。

   最後に一言アドバイス。

 

 

            『ごめんなさい』

 

   以上、知弦占いでした♪」

 

杉崎「いやいやいや、それって完全に蓮さんに向けての占いですよね!? 注意とかそういうのじゃなくて、完璧に言い聞かせてましたよね!?」

 

蓮「ちなみに11月22日生まれの俺はいて座でありさそり座であるのだよ」

 

杉崎「いりませんよそんな豆知識! というか知弦さん、一言アドバイスに謝罪コメントぶっこむのやめてもらえませんか!? 生徒達首を捻りますよ! 意味分かりませんよ!」

 

知弦「……ホント、ウチの弟がごめんなさい」

 

杉崎「殊勝な知弦さんキタァ――――――――ッ! でもこういう形は望みたくなかった!」

 

蓮「じゃあまた次回、あでゅ~♪」

 

杉崎「アンタが締めるなぁあああああああああああああああああ!!」

 

 

♪ エンディング【弟はマゾヒストになっていた】 ♪

 

 




 次回もお楽しみに♪


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放送する生徒会③

 あけおめことよろこんばっぱー!
 今年一発目の生徒会。初笑いはコレで決まり!

 さぁ、どんどん上げますよー。ハードル上げまくりますよー。感想欄で『面白くなかった』とか書かれても、上げますからねー!

 それでは新年一発目。どうぞー!


「さぁって、どうだったんだみんなのクラスは? ちなみに我らが3年E組では大絶賛だったぜ!」

 

 生徒会書記が一人、紅葉蓮先輩が輝かしい笑顔で興奮気味に語っている。いつもの蓮さんらしくないハイテンションに戸惑いつつも、俺――杉崎鍵を始めとした残りの生徒会メンバー達は同様に俯いたままおそらく同じことを考えていた。

 

『(素晴らしく不評だったなんて、この人の前じゃ言いづらい!)』

 

 あの会長までもが口を噤む始末である。ラジオ放送への反応なぞ、今更各人に問うまでもない。どう考えても、大不評だ。

 しかし蓮さんが所属するのは碧陽でも随一の変態が集まる3年E組。かの新聞部部長、藤堂リリシアも在籍するという事実からお分かりの通り、マトモな感性を持った人間が微塵もいない碧陽きっての問題児クラスなのだ。そんな彼らだから、あんなカオスなラジオ放送でも受け入れられるのだろう。後は蓮さんの人柄及びキャラ故か。予想以上に好評だったらしく、6人の中で明らかに異質な『喜び』を表現している蓮さんだった。

 そんなスーパーハイテンションなマゾヒストを他所に、俺達はアイコンタクト会議を開始する。

 

(……さて、どうする?)

(どうするも何も、これは確実に詰んだだろ……)

(そうね。単純一途な強化系アカちゃんならいざ知らず、相手は馬鹿だけど賢い私の弟。よっぽどの良策がない限り、欺くのは至難の業よ)

(ちょっと待って知弦。今ナチュラルに私が貶された)

(確かに会長さんと比べるまでもありませんです。会長さんがス〇イムだとすると、紅葉弟先輩はゾ〇マですもんね)

(だからなんで私が虐められるのよ! 理不尽の極みじゃない!)

(落ち着けよ会長さん。つーか、黙れ)

(深夏あなた落ち着かせる気ないでしょう!)

 

 「うがー!」と一人吠えまくっているロリ少女は一旦放っておくとして、まずは打開策を考えなければ。

 そもそもいつもなら会長が暴走して、紅葉姉弟がやんわりと収めるっていう展開だったはずなのに。最近暴走が著しい蓮さんがボケに回ってしまったから、収拾がつかなくなっている。アンタ第一話まではツッコミ役だっただろう。

 他メンバーを見ると、知弦さんや深夏など頼りになる人達は悉く頭を抱えてしまっている。真冬ちゃんは相変わらずおろおろしているだけだし、会長に至っては俺達のイジリで戦闘不能だ。しまった、囮が減ってしまった。

 すでに満身創痍の地獄絵図と化している俺達を眺め、何を勘違いしたのかピッカピカの明るいスマイルで話を振ってくる蓮さん。

 

「杉崎と深夏のクラスはどうだった? 俺の活躍っぷりにフィーバーしていたろ?」

『う!』

 

 この人の勘違いっぷりが今だけは苦しい。いつも暴走するだけのドMだから、こういう素直な喜びの表情を見慣れていないのだ。だから、その笑顔を壊してしまうのがどうしても嫌だ。なんで普通にしてても厄介なんだアナタは!

 こっそりと隣の深夏とアイコンタクト。……結果、俺が答えることに。

 キラキラと少年のように瞳を輝かせる三年生に気まずい思いを抱えながらも、俺は精一杯の職業スマイルでなんとか場を取り繕う!

 

「えぇもうそれは大人気でしたよ! モンスターハ〇ターにおけるゲリ〇スの人気くらい!」

「おぉ! ……おぉ? それは人気なの、か?」

(ナイスです杉崎先輩!)

 

 モン〇ン仲間の真冬ちゃんが密かにサムズアップ。見ると深夏や知弦さん、会長までもが俺を讃えるように盛んに頷いていた。蓮さんは首を傾げているが、ここは勢いで畳み掛けるしかない!

 俺に続くようにして、知弦さん、会長、深夏、真冬ちゃんが一気に立ち上がると、叫ぶ!

 

「ハリーポ〇ター作品の中の『炎の〇ブレット』くらい」

「お菓子の中の『タラタラしてんじゃね〇よ!』くらい」

「ドラゴンボ〇ルのピ〇フくらい」

「ドラ〇エ8のト〇デ王くらい」

『それはそれは大人気だったよ(わよ)(ぜ)(です)!!』

「……お、おぉ、そうか。それは何より」

 

 どこか腑に落ちない様子の蓮さんだったが、四人の苦し紛れの笑顔に押し切られたのかしぶしぶと席に座った。同時に安堵の溜息をつく五人。疲れた……ある意味でラジオ放送よりも疲れた……。

 蓮さんを抑え込むことに成功したのを機に、会長が司会を奪う。いつもの通り感想から。

 

「でもやっぱりアレだよね。たまにはこういうレクレーション的なことも楽しいよね」

「会長、レクリエーションです」

「い、いちいちうるさいよ杉崎! 私はこれでいいの! レクレーションなの!」

「学園を代表するアカちゃんがそれだと、碧陽の教育力を疑われるわよ?」

「代表の生徒会役員、過半数が変態だから別にいいんだもん。特にそこの腐女子脳と被虐趣味」

『いきなり貶された!』

 

 二人仲良く立ち上がるが、全員無視。あのコンビは組むと厄介なだけだから、スルーしておくに限るのだ。

 会長の言葉に、椅子をゆらゆら傾けながら深夏が同意する。

 

「まぁそうだよな。いっつも授業や行事ばかりだとつまらねぇし。碧陽ももっと遊び的な取り組みを増やした方がいぃんじゃねぇの?」

「いや、ここって一応学びの場だからな? 深夏の期待するような遊び優先な学校じゃないから」

「でも忍者とか最強風紀委員とか七色の声を持つ演劇部員がいる学園だぜ? もうちょっと非日常要素……いや、バトル要素があっても構わないんじゃないかとあたしは思うわけだ」

「構うわ! バトル要素が満載な学園ってどういう場所だよ!」

「箱庭学園とか」

「この学園には異常性も過負荷も悪平等もいません!」

「【私の靴を舐めなさい(イェス・ユア・ハイネス)】やら【痛覚快感変換(俺達の業界ではご褒美です)】やらが生徒会に存在するのにか?」

「その姉弟は一般生徒から除外してくれませんかねぇ!? 規格外が過ぎるんで!」

『どういう意味だ杉崎(キー君)!』

 

 碧陽学園生徒会が誇るSM姉弟が俺に詰め寄ってくるが、やはり相手をしない。なんか鞭とか縄とか蝋燭とか取り出し始めているのは気のせいだろう。俺の視界には映っていない。断じて。

 会長はなにやらうんうんと一人唸っている。……おそらく、次回もやるのかどうかを悩んでいるのだろう。普段通りなら会長が一人盛り上がって、俺達が嘆息しながらも巻き込まれるのが流れなのだが、今回に関しては会長が被害者のうえに蓮さんの独壇場だった。そりゃあ次回へのやる気も半減すると言うものだろう。

 様子を見守っていると、突然蓮さんが立ち上がった。会長の元へと歩いていき、肩をポンとたたく。

 いきなりの行動に、会長は目を丸くして蓮さんを見上げた。

 

「れ、蓮?」

「桜野。別に他人の意見とか世間体とか、建前とかはどうでもいいんだ。お前のやりたいように、好きなように行動すればいい」

「え、えーとぉ……そもそも貴方が勝手な行動に走ったから悩んでるわけで……」

「俺なんてどうでもいい! 大事なのは、お前がラジオをやりたいのかどうかなんだ!」

『(なに煽ってんだこの人ぉおおおおおおおおおおおお!!)』

 

 生徒会メンバーに戦慄が走る! このマゾヒストは何を考えたのか、会長に次回の可能性を後押ししてやがるのだ! なんて男だ紅葉蓮! こんなにも貴方が憎いのは初めてだ!

 

「ちょっ、ちょっと冷静になりなさいよ二人とも。ほら、早く今日の会議を始めましょう? いつまでもラジオの余韻に浸ってないで。ね?」

 

 さすがに見かねた知弦さんがやんわりと三年生二人を諫めはじめる。やはり生徒会の頭脳は伊達じゃない。こういう時に行動してくれるから、俺達はこの人に対して尊敬の念を抱けるのだ。

 知弦さんの言葉に二人が黙り込む。……次の瞬間、高らかに叫んだ。

 

『第二回オールナイト全時空開催を、ここに宣言します!』

『今の数秒間になにがあったぁあああああああああああああ!!』

 

 知弦さんの言葉に考え直していたんじゃないのかアンタ達! 無駄足か! 知弦さんの説得は何の効果も及ぼさなかったのかっ!

 驚愕する俺達を他所に、バカ二人がなんか盛り上がっていく。

 

「いやー、私としたことが不覚だったわ蓮。まさか自分の気持ちを見失うなんてね」

「そういう時のための俺だろう? 会長をサポートする、それが生徒会役員の使命だ」

『(できればストッパーの方でサポートして欲しかった!)』

「うん、やっぱり蓮はデキる男ね! これからもずっと私の右腕として頑張ってちょうだい!」

「ありがたき幸せ」

『(なんか変な主従関係が出来上がってる!)』

 

 基本的に従うことに快感を覚える蓮さんと、絶対王者根性な会長だからこそできるやりとりだった。世界で最も余計なお世話なコンビの結成に、俺達は頭を抱えるしかない。あぁ、なんてこった……。

 

「よし、そうと決まれば作戦会議よ! 次回をよりよくするために、みんなでどんどん意見を出しあっていこー!」

「了解です閣下!」

『……おー』

 

 何やら燃え盛っている二人と、力なく項垂れる俺達四人。こんなにも温度差のある会議は初めてかもしれない。

 会長が仕切り、蓮さんが書記をこなしていく中、俺達は来る地獄の恐怖に身を震わせるしかなかった。

 

 




 次回もお楽しみに♪


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恋する生徒会①

 に、二か月ぶりでございます……申し訳ございませんでございます……。
 言い訳は致しません。ただ、次回こそは遅れぬよう精進する所存でございます!


「恋、だけじゃ駄目なのよ! 愛に昇華してこそ、ホンモノの《恋愛》なの!」

 

 

 超絶ロリ女子高生桜野くりむはいつものように絶壁の如き胸部をえへんと張ると、パクリ名言を堂々と言い放っていた。

 今回はいつになくロマンチックな名言だなと思いながらも、そういえば桜野らしくはないことに気がついたので隣でゲームに没頭していた真冬ちゃんに声をかける。

 

「桜野が恋を語るなんて十年早いと思わないか?」

「真冬的には百年経っても早いと思います。あのお子様生徒会長はどこまで年とってもお子様でしょうし」

「だよなぁ。ガキだよなぁ」

「聞こえてるわよそこの変態二人!」

『誰が変態か!』

 

 あまりにも失礼な呼称を付けてきた桜野に二人して立ち上がる。何故か他のメンバー達が冷たい視線を送ってきていたが、俺達は気にしない。杉崎と姉さんに虫けらでも見るような目をされているが、そんなことは気にしない! というか、俺にとってはご褒美でしかない!

 

「もっと見ろ、お前達!」

「会長さんに文句言う流れじゃなかったのですか!?」

「はっ。す、すまん真冬ちゃん。俺、実はマゾヒストなんだ」

「これ以上ないくらい今更なカミングアウトが来ましたね!」

 

 なんだかとっても切実な感じで溜息をつく真冬ちゃん。最近この子も俺に対して何気に酷い態度なのが気になる。まぁいいけど。逆に嬉しいからいいけど。

 俺と真冬ちゃんに逆襲を終えた(?)桜野は本来の標的であったのだろう恋の化身杉崎の方を向き直ると、ハンパなくいやらしい笑顔を貼りつけてニマニマと攻撃を始める。

 

「杉崎。恋は愛に昇華してこそホンモノの恋愛なんだよ」

「そ、そうっすね。ホンモノってのは大切なことです」

「そうだよねー」

「う……は、はい……」

「ねー」

「……ぐぅっ!」

 

 悔しそうに拳を握り込み、血涙を流す杉崎。普段好き勝手に弄っている相手なだけあって、復讐に遭うとそれなりに悔しいのだろう。それが四六時中幼稚さマックスな桜野ともなれば尚の事だ。俺だったら縄で縛られて三角木馬に乗らなきゃ気が済まないくらい腹が立つ。ご褒美だとか、そういうわけでは決してない。

 久しぶりに被害者な杉崎に、悪戯っぽい笑みを浮かべた深夏が楽しそうに絡む。

 

「仕返しされてやんのー、だっせぇー」

「うるせー。あの人たまに正論ぶつけてくるから反論できないんだよ」

「その正論にも返せるような生き方をしていないからそういう目に遭うんじゃないのか?」

「少なくとも人生三回は踏み外しているような蓮さんにだけは言われたくないっす」

「そうか。そんなにゲイサイトに個人情報を流してほしいか。よし、実行」

「全力ですみませんでした――――って、メール来た!? なんか鳴り止まないんですけど蓮さんマジですか!? マジでやっちゃったんですか!?」

「悪気はあった。誰でもよくなかった。反省はしているはずがない」

「タチ悪ぃ!」

 

 許容メール数を余裕でブッチして受信し続ける電話にあたふたする杉崎を満足げに見ながら、俺は宿題に取り組んでいた姉さんへと話を振る。眼鏡をかけて問題を解いているその姿はまさに女王様。思わず跪きそうになったのはここだけの話だ。

 

「姉さん、桜野が恋について語りたいんだってさ」

「アカちゃんに恋していいのは全宇宙で私だけよ」

「どんな規模よ知弦! ていうか、私に恋するのなんて自由じゃない!」

「はぁ? 何言っているのかまったく分からないわ。というか、理解したくもないわね」

「理不尽!」

 

 最近百合化が著しい姉さんの桜野を見る目が非常に怖い。部屋に飾ってある桜野の写真が日に日に増えていることもあって、ちょっとずつ距離を置こうか悩んでいるのは致し方ないことだろう。いくらマゾでも、百合だけはちょっと勘弁してください。

 姉さんにまさかの「私の物」宣言されて若干引き気味だった桜野は、ここぞとばかりにホワイトボードに議題を書いて空気の流れを変えようと試みた。キュッキュと相変わらず丸っこい子供みたいな字で書かれたのは、

 

「『校内の風紀の乱れ』について、ですか……俺的にはもうちょっと性的な乱れについて議論し合いたいところですね」

「後で俺がじっくり夜まで議論してやるから今は黙ってろ元凶」

「凄い言われ様だ!」

「紅葉弟先輩! 二人で語るときには是非真冬も同席させてくださいです!」

「そしてBL脳がフルスロットル!」

 

 ノート片手に興奮する真冬ちゃんは放っておくとして。

 杉崎は馬鹿正直に反応していたが、俺、姉さん、深夏の三人は議題を見た瞬間それぞれ首を捻っていた。あまり問題にするような内容ではないと思えたのだ。

 そもそもここ碧陽学園はそこまで風紀の乱れが目立つような学校ではない。生徒の自主性を最優先としているため、生徒それぞれにそれなりの自覚とモラルが備わっているからだ。そのため、多少の微笑ましい事件はあるとしても、生徒会でわざわざ議題として取り上げるような大事件などは滅多に起こらない。

 それなのになぜ彼女は今回このような議題を提示したのか疑問に思いながらも次の言葉を待つ。

 桜野は徐々に顔を赤くしていくと、恥ずかしそうに口を尖らせる。

 

「最近碧陽の風紀が乱れてきているわ! 特に……その……せ、性が!」

「性が乱れてるってなんだよ……」

「副会長とか書記のせいかもしれないけど、カップル達のデレデレ感がエキサイトしているように感じるの!」

「呼ばれてるぞ、副会長」

「だってさ、書記」

『いや、どう考えてもお前達(貴方達)だろう(でしょう)』

 

 姉さんと深夏によるダブルツッコミによって逃げ場を失ってしまう。男同士で目を合わせて肩を落としていると、右側の変態少女が妄想を爆発させてしまってまた気持ちが荒んだ。生徒会から真っ先に追放すべきなのは杉崎や俺ではなく誰よりも真冬ちゃんなのではないかと真剣に思う。

 

「校舎内で手を繋いだりとか、腕を組んだりとか……不謹慎よ!」

「それくらいそんなに目くじら立てることかね……」

「許されざる行為なの! 学び舎たる校舎で、そんな不埒な行いは絶対に許さない!」

「どちらかというと俺の日頃の行動の方が不埒なような気がするんだが……」

『自分で言うなら直せよ』

 

 全員で言ってくるのは反則だと思う。

 しかし今回の議題、俺達と桜野の間で認識の誤差が生じているようだ。脳内年齢の違いなのか、純粋さの差なのか、俺達が言う《性》と桜野の言う《性》では限界のレベルが著しく食い違っているように感じる。

 同じ考えに至っているであろう深夏は「はーい」と手をあげると、人によっては衝撃的なことを口走った。

 

「会長さんは知らないかもだけど、最近の高校生じゃそれ以上の事なんてけっこう当り前な感じになってきてるぜ? 放課後の校舎なんかを徘徊してみろよ。キスやハグはおろか、それ以上のいわゆる性行に及んでいる生徒達だってうじゃうじゃと……」

『なにぃっ!?』

「ひゃうぅっ! そそそ、そんなのダメー!」

 

 桜野は顔を真っ赤にして大きくバツを作っていたが、俺と杉崎はそんな場合ではなかった。男子高校生として聞き逃せないことを深夏は言ったのだ。これに反応せずして、なにが童貞高校生かっ!

 俺達はそれぞれ顔を見合わせると、勢いよく立ち上がって高らかに叫ぶ!

 

『その話、詳しく!』

「黙りなさい! そして座りなさいそこの馬鹿二人! ウチの風紀が乱れてきているのは貴方達のせいだって言ったばかりでしょっ!」

「馬鹿なっ! 俺はこんなにも潔白なのに!」

「マゾが今更なにを言ってるのよ!」

「会長俺は!? 俺はピュアでクリーンな高校生ですよね!?」

「アンタが一番ドピンクでしょうがこのおバカ!」

「なんてこったい!」

 

 衝撃の事実だった。碧陽学園真面目で誠実ランキング第一位の自覚がある俺としては、痛恨の極みだった。別に男根とか切り取られていないけど、痛恨の一撃だった。

 

「くそぅ、こんな腐った世の中俺が粛清してやる……!」

「蓮、どうせ無理だから諦めなさいな」

「でも姉さん! こんなのってないよ! 俺だって潔白さを証明したいよ!」

「大丈夫。貴方は私から見てもこれ以上ないほど骨の髄から腐っているから♪」

「身内から追い打ちを食らうのは予想外だったぜ!」

 

 唯一の味方だと思っていた姉さんに裏切られ、俺の精神はもうズタボロだ。遊〇王的に言うなら〇賀のライフはもうゼロだ。それでもモンスターカードを引き続ける姉さんはやっぱりサドだと切に思う。

 そして深夏から衝撃的なカミングアウトを受けた桜野は、やっぱり顔を赤くしたまま想像通りの台詞を叫びだす。

 

「こ、今後そんな破廉恥な行為に及ぶような馬鹿な生徒達がいたら、問答無用で退学よ! 退学! 学校をどういう場だと思ってるの!?」

「そりゃあもちろんフラグを建てる場――――」

「杉崎は黙ってて! マヤ文明の予言が当たるまで!」

「地味に長い!」

「じゃあ俺の意見は――――」

「蓮は地球が滅ぶまで発言禁止!」

「せめて何かボケてから発言を遮ってくれよ!」

 

 最近口を開く前に存在を否定されているような気がして滅入ってしまう。なんだよぅ、クラスじゃ藤堂のヤツに弄られるから生徒会じゃ桜野を虐めようとしているだけなのにぃ……。

 

「いや、悲劇のヒロインぶって落ち込んでますけど、紅葉弟先輩の考えてることってぶっちゃけ悪役ですからね?」

「キミは意外とズバズバモノを言う子だね真冬ちゃん。当初の病弱キャラはどこに置き忘れてきたんだい?」

「真冬は確かに病弱キャラですが、最近では毒舌キャラも視野に入れているのです!」

「そうか。つまり真冬ちゃんは藤堂ばりのサブヒロインを目指しているというわけか。いつ出番がなくなるのか気が気でないけど、キミが自分で望むのなら止めはしないよ。じゃあね」

「なんか壮絶な勘違いをされている気がします!」

 

 主要メンバー脱却を決意した哀れな一年生が何やら吠えていたようだが、俺はあえてその発言を全てスルーしておく。こういう面倒くさい腐女子はマトモに相手するとロクなことにならない。後は杉崎辺りにフォローを任せて、俺はみんなに罵倒してもらうとしよう。

 だが、未だに勢いの衰えない桜野は独裁者のように演説を続けている。

 

「見つけたら退学! 噂を聞いても退学! 学校は学ぶ場であって、愛を確かめる場ではないのよ!」

「……アカちゃんの言い分も分かるけど、少し落ち着きなさいな」

 

 桜野が一人で暴走する中、やはりというかなんというか、ストッパー役を買って出たのは我らが知弦姉さんだった。

 

 

 




 次回もお楽しみに♪


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恋する生徒会②

 今回はちょっとギャグ少な目でお送りいたします。


 姉さんは普段通りの落ち着いた様子で軽く息を吐くと、艶めかしい美脚を組み替えてから桜野を諭し始める。

 

「アカちゃん。一応一般論から言ってみるけど、こういう性の乱れとかの問題は私達生徒会が動いたところでどうこうなるようなモノじゃないと思うわよ?」

「どうこうならなくても、してみせるのよ! それが私達生徒会の使命! 碧陽から歪んだ愛を排除するの!」

「でも、そうしちゃうとかなりの生徒が消えちゃうような気がするのだけれど。特にウチの弟とかハーレム王とか」

「大義を成すための尊い犠牲よ。大きな利益のためには小さな代償も仕方がないの」

「……アカちゃん。生徒会長っていう集団はいったい誰のためにあるのかをもう一度考えてみない? あくまでアカちゃんは、《生徒》の《会》の《長》なのよ。それが生徒のことを考えないで一人で突っ走っちゃったら、本末転倒もいいところじゃない」

「う」

 

 相も変わらず大人な姉さんの正論に、多少行きすぎた感は否めないのか表情を固まらせてたじろぐ桜野。視線を泳がせて俺達を見ている辺り助けを求めているのだろうが、そもそも反対派に立っている俺達に救助を請うという行動自体無意味を通り越して無謀だ。今回に限っては、桜野は一人で頑張らないといけない。

 ……しかしなぁ、見た目お子様な桜野が若干涙目で困りきっている姿は、なかなか俺達の保護欲を擽るわけで。このまま放置と言うのも些か罪悪感が残る。

 俺と同じ考えに至ったであろう真冬ちゃんがこそっと手を上げようとしていたが、俺はあえてそれを諫める。怪訝な視線を向けられたので、桜野達にバレない程度の声量で会話を開始。

 

「(どうしたのですか紅葉弟先輩。真冬が折角会長さんを助けようとしていたのに)」

「(今回の会議は、明確な答えが出ない堂々巡りなんだ。今更アイツを助けたところで付け上がるだけだし、反対しても会議が停滞するだけだ。だから、これ以上の意見交換はやめておいた方がいい)」

「(でもでも、このままだと本当に会議が終わらないんじゃ……)」

「(俺に、考えがあるんだ)」

「(考え?)」

「(あぁ)」

 

 真冬ちゃんが疑問符を浮かべて首を傾げる。他の三人は先程と似たような会話を繰り返していたが、俺はそんなことにはお構いなしに手をあげると、桜野から呼ばれるのも待たずに口を開いた。

 

「一応ここまでの状況を再確認したいんだけど、構わないか?」

「え、えぇ……どうぞ」

「ありがとう。学園内での不純異性交遊を失くしたいっていうのが桜野の意見だよな? 別に恋愛ご法度にまでするつもりはないんだろ?」

「それは……うん。私は、ケジメをもって学園生活を送ってほしいだけだから」

「その意見は至極真っ当だよ。正論だ。間違ったことは何も言っちゃいない」

「ぁ……で、でしょう! ほら、さすが蓮はよく分かってる――――」

「でも、お前は生徒会長という点では間違っているよ」

「……え?」

 

 桜野の表情が笑顔のまま固まる。それは他のメンバーも同様で、驚きを顔に貼りつけた四人は目を丸くして俺を見つめていた。「こいつは何するつもりなんだ」という疑問を込めた視線が浴びせられる。そして、姉さんと杉崎からは、桜野と対立するような立場に立った俺を非難するかのような眼差しが向けられる。

 俺は二人に軽く微笑むと、桜野の方を改めて向いた。彼女の敵対心に溢れた視線が全身を貫き、少しだけ胸が痛くなる。……落ち着け、俺。【こういう事】を乗り越えるために、俺は被虐趣味なんて道を選んだはずだろ? これくらいの痛み、快感に変えてみせろ。

 生徒会室が静寂に包まれる。俺一人だけが孤立した空間の中、意を決して口を開く。

 

「桜野、お前は生徒会長をなんだと思っているんだ?」

「……この学園を治める最高権力者よ」

「だろうな。確かに、生徒主権のこの学園じゃその答えが最適だろうよ。……でもな、最高権力者だからって好き放題我儘放題していいってことじゃないんだぜ? 生徒の利益を最優先に考えて、そのためには自分の意見も妥協しながらも最善の案を選ぶ。自分が気に入らないからってだけで排除して、理想の学園を作ろうってのは、ちょっとばかし独裁が過ぎるんじゃないのか?」

「……独裁じゃないわ。私は、碧陽のためを思って言っているのよ」

「それは分かる。性の乱れから碧陽の株が下がったりしたら大変だ、防がなきゃっていうお前の気持ちは大いにわかるさ。でも違うんだ。全排除なんか駄目だ。それをやっちまうと、【どんな奴でも受け入れる】っていうウチの方針を曲げちまうことになる。お前は、碧陽の学風を変えてまでも不純異性交遊を失くしたいのか?」

「それは……」

 

 一気に捲し立てられ、考えが纏まらない様子の桜野。……でも、それでいい。

 今の俺が並べ立てたのは、紛れもなくただの屁理屈だ。桜野の真っすぐな意見に比べれば、塵ほどの優しさも正当性もない。我儘なのは、俺の方だ。

 でも、今回はそれでいい。コイツは生徒のことを本当に考えてくれている、その形式さえ残っていれば、この会議はどうにでも立て直せる。

 

「蓮、もしかして貴方……」

 

 俺の真意に気付いた姉さんが思わずと言った様子で呟いていたが、俺はあえてそれを無視すると、言葉を続ける。

 

「今答えを出せとは言わない。とりあえず、今度プリントでも配布して注意を呼び掛けておこうぜ。風紀委員と連携して放課後の巡回も厳しくすればいい。全面禁止にしなくても、それだけやれば少しは減ると思うぜ?」

「でも、プリントとかだと見ない人もいるし、それに風紀委員の仕事を増やすわけには……」

「大丈夫。その点についても考えている」

「え?」

 

 桜野は顔を上げると、まじまじと俺を見つめた。期待を顔一面に浮かべ、子供のように目を潤ませている。……あぁ畜生。こんなヤツを一瞬でも傷つけねぇと物事を収拾できない俺はやっぱり未熟者だ。杉崎の馬鹿の方が、何千倍も要領がいい。不器用だな、俺。

 自分の不甲斐なさに溜息をつきそうになるが、なんとかそれを飲み込むと、生徒会中の視線を一身に受け、俺は高らかに宣言する。

 

 

「今度の全校集会の時に、俺が直々に呼びかけるよ。『不純異性交遊、変態行為は自重しましょう』って」

『…………はぁ!?』

 

 ガタタッ! と激しく椅子を鳴らして勢いよく立ち上がるメンバー達。予想外の意見に驚いているのか、はたまた「お前が言うな」的考えに囚われているのか分からないが、それぞれが驚きのあまり口をパクパクと魚のように開閉している。なんか面白いな。

 俺が一人勝ち誇った様子で胸を張っていると、しばらく黙りこくっていた深夏が震える指先で俺を示しながら口元をヒクヒクと痙攣させていた。

 

「あ、アンタ……アンタ自分が何言ってんのかわかってんのか!?」

「おう。俺様のようなパーフェクトガイが全校に向けて警鐘を鳴らしてやるんだ。これは碧陽から日本、果ては世界中の学校に広まり、地球全体を不純異性交遊の少ない惑星に変えることだろう!」

「いやいやいやいや! 結構大層なこと言っているけど張本人に説得力が皆無だから! ある意味この惑星全体で最大級の変態だから、蓮さんは!」

「よせよ。濡れるじゃねぇか」

「やっぱりどうしようもない変態じゃん! そんなヤツがどの面下げて『不純異性交遊、よくない』とか言うつもりなんだよ! 無理だっつうの!」

「……俺みたいな変態に言われるから、こんな奴に注意されるくらい酷いなら直そうと思えるんじゃないのか?」

「あっ……」

 

 さらりと入れ込んだその台詞に、ツッコミの弾幕を展開していた深夏はおろか他の四人までもがポカンとした表情で俺を見上げる。目から鱗が落ちる顔とはこういうことを言うのかと一人感心してしまった。特に桜野。お前表情明るすぎだろう。

 皆の注目を一身に受け、俺は今回の解決策を俺なりに頑張って纏めながら説明していく。

 

「最初からできてねぇ奴が注意すりゃ、対抗心燃やして気を付けようとするだろ。引き締まるっていうのか? 学園一のマゾヒストである俺が言うことで、生徒達の怒りを煽って不純異性交遊をなくさせりゃあいい。それなら、被害受けるのは俺だけで済むし、注意も効果的で万々歳だ」

「蓮……」

「そんな顔すんなよ桜野。俺は天下のマゾヒストだぜ? 一時の怒りを食らうくらいどうってことねぇよ。それに、この学園の生徒はそんなにねちっこい奴らじゃない。俺の注意も分かってくれると思うし、嫌ったままにされるとは到底思えねぇよ。俺達が積み上げてきた友情は、そんな程度で崩れるもんじゃねぇだろう?」

「……うん」

「だから、安心しろ。俺が最小限の被害で、最大限の効果を上げてやる。俺のトーク力を舐めんなよ? 全校集会が終わったら総出で拍手されるくらいの素晴らしい演説にして見せるさ」

「……馬鹿ね。アンタが何言っても罵倒しか返ってこないわよ」

「それはそれでご褒美だよ」

 

 我慢しきれなくなったのか、桜野は少しだけ俯くとくすっと小さく笑みを零した。そこでは先程までの憔悴した様子はなく、いつも通りの明るい桜野くりむが楽しそうに笑顔を見せている。

 見ると、杉崎や姉さん、深夏、真冬ちゃんまでもが困ったようにではあるものの、それでも素直な笑顔を浮かべていた。それぞれが笑い声をあげ、殺伐としていた雰囲気を消し去っていく。

 そんな中、杉崎は俺に視線を向けるとわずかに頭を下げる。

 

「(……ありがとうございます。やっぱり、蓮さんには敵いませんね)」

「(そんなことねぇよ。俺はお前のサポートをしただけだ。けど、今回は俺が汚れ役を引き受けてやったんだから、今度は覚えてろよ?)」

「(お手柔らかにお願いしますね)」

 

 くつくつと苦笑交じりに喉を鳴らす杉崎。それでも次の瞬間には、桜野の方へと向き直って馬鹿な話題を振り始めていた。

 

「会長、そういえば会長が想像していた不純異性交遊ってどんな感じなんです? 俺、詳しく聞きたいんですけど」

「えぇっ!? そ、それは……えと……」

『…………(ニヤニヤ)』

「それは?」

「う、うぅ……せ、セクハラはダメぇ――――――――っ!」

 

 杉崎がからかい、桜野が叫び、姉さんがフォローし、深夏が諫め、真冬ちゃんが苦笑する。

 俺が望んでいた生徒会の姿が、確かにそこにはあった。自分を犠牲にしてでも守りたい日常が、ようやく戻ってきた。

 

(あーぁ、面倒だなこういう役目。もう絶対やらねぇ)

 

 殺伐とした生徒会は嫌いだ。どうせならば、笑顔の絶えない仲良し集団を維持したい。それが周囲にどう言われようとも、俺はこいつらの笑顔を守って見せる。

 誰よりも他人の笑顔を求める杉崎のハーレムが、暗い雰囲気に包まれていちゃいけねぇんだ。

 普段通りの笑い声が生徒会室に響き渡る中、俺は全校集会で生徒全員を幸せにできるような原稿を目指してパソコンを立ち上げた。

 

 

 




 次回は蓮の演説です、お楽しみに♪


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恋する生徒会③

 久しぶりの更新です、お待たせいたしました。

 前半ギャグ、後半シリアスの二段構成となっております。シリアスは評判悪いですが、『生徒会の一存』という原作上シリアスは外せない要素ですので、ご了承ください。


 それでは次に、生徒会からのお知らせです。

 

「おっす、俺、レンレン――――ってっぶねぇ! オイ誰だ今いきなり包丁投げつけた馬鹿野郎は! いくら俺が碧陽を代表するマゾヒストだからって、顔を出した瞬間に刃物投げつけるとか常軌逸してんぞコラァッ! 杉崎でもそんな扱いされねぇだろ! 仲間殺そうとすんなよ仲間をよ。

 ……おい、そこの一年坊主共。何揃いも揃って大富豪始めてやがんだ? 特にC組とD組、お前ら俺を差し置いて盛り上がり過ぎだろう! なんだ誰が煽ってやが――――聞くまでもねぇか。少し落ち着けそこの腐女子と文芸部副部長、そして平均的容姿の地味女。お前らなに三人揃って俺の話妨害してんだ? 今から展開される俺の有難いお話を聞こうとしないなんて、愚の骨頂だぞ? 分かったらさっさとトランプ仕舞え。あ? ウノ? そいつも直せ。つか聞くまでもないだろうが自分で判断しろ馬鹿。

 

 なんだよお前達。俺様の異常性(アブノーマル)痛みを快感に(イェスユアハイネス)】を以てしても上手く対処できないくらいのカオスを撒き散らしてんじゃねぇよ。どこのめだかちゃんならこの状況を打破できるんだ? 俺はどちらかというと大嘘つき側だからこんな阿呆な集団とは戦えない。だから話聞け、話を。これ以上停滞すると姉さんから折檻食らっちまうんだから、大人しくしろ。……あん? 『お前にとってはむしろご褒美じゃねぇか』だと? おうともさ。確かに俺にとっては蝋燭も縄も鞭もご褒美でしかねぇよ。だけどな、今回俺が言っているのはお前達に対しての折檻だ。精神崩壊するレベルの虐待くらいてぇ命知らずがいるんなら、歓声上げてみせろコラ。

 

 ……うん、ごめん。ちょっと予想はしていたけど、三年E組は黙っててくれ。お前らは変態しかいないんだから、こういう系の質問には解答しないでくれ。俺もお前達は頭数に入れてないんだからさ。な? お願いだから放っておいてくれよ。ただでさえ授業中&休み時間に俺を弄り倒してるんだからさ。

 とりあえず、真面目に話をさせてくれ。そろそろステージの端で成り行きを見守っているちびっ子親友と姉さんの視線が凄まじいものになってきてるからさ。俺の命の灯がマッハで消えかかっているから。――――ってE組ぃいいいいいいいいいいいいい!! そのタイミングでの大歓声は俺に対する宣戦布告と受け取っていいんだな!? 俺と全面戦争をやる気があるって思っていいんだな!?

 ……いや、やっぱりやめよう。普通に考えて勝てる気がしない。特にそこの風紀委員長。嫌な笑顔でトンファー振り回すな。いくら幼馴染と言っても許容できる範囲というものがある。

 

 さて、それじゃあ話すからな。桜野に怒られたくなかったら真面目に聞けよお前達。

 

 最近、我らが私立碧陽学園内の性的風紀が乱れている。狂乱していると言ってもいい。乱辱レベルの可能性だってある!

 

 ……オイ待て、引くな。全校生徒して一歩ずつ下がるな。最後尾の三年生が滅茶苦茶窮屈そうにしているだろ? 一見何も問題はないように見えているかもしれないが、よく見ろ。特にE組の方を見ろ。化学部の部長が窮屈さのあまりに縮み薬を取り出し始めてんじゃねぇか。やめさせろ。そして元の位置に戻れ。

 

 ……下ネタで言ったんじゃねぇからな。そこんところ勘違いすんなよ。

 とにかく、さっきも言ったようにここ最近お前達乱れすぎだ。思春期だからそういうことに好奇心旺盛だってのは重々承知しているが、それにしても乱れが過ぎる。この前目撃したカップル――――そう、お前達だお前達。二年生の隅の方で肩を寄せ合って一瞬ビクッて反応したそこのバカップルだ。お前ら仲が良いのは分かるが、いくらなんでも放課後の理科準備室でいちゃつくのはやめろ。人体模型を取りに行った俺が思わず模型の股間をむしり取っちまうくらいにムカついたんだよ。独り身のダークパワーを見せてやろうか? 独り身&マゾヒスト&オタクのトリプルミックスパワーで成敗するぞコラ。

 

 ……な、なんだよお前達。なんで一部ハンカチで目押さえてんだよ。やめろ! そんな憐みの視線を向けるな! 俺は別に悲しい意味であんなことを言ったんじゃない! ジョークだ! パキスタンジョークで言ったんだ! ――――って藤堂! お前なんで人一倍泣いてんだよ! あん? 『婿の貰い手がいなかったら私の所に来なさい』? 魅力的な申し出だが断らせてもらおう! 奴隷になる気は毛頭ないんでな! というか姉さんの下僕人生で手一杯だからな!

 

 話が逸れたな。いや、むしろこっちが大筋かってくらいにぶっ飛んだな。お前ら才能あるよ。会議とかに絶対向いてないよ。

 とりあえず、お前達事の重要性を理解しろ。このままだと俺達生徒会が直接鉄槌を下すことになるぞ? 俺や杉崎みたいなむさ苦しい男から罰を受けることになるんだぞ? いいのか?

 ……おい、今俺に向かって草食系万歳って言ったバカ女どこのどいつだ。性別しか判別できなかったけど、お前これ終わったら3年E組の教室まで来い。上下関係ってものを分からせてや――――っぶない! E組ぃいいいいいいいいいいいい!! 異端審問的な組織立ち上げているのは知っていたが、まさか斧が飛んでくるとは夢にも思わなかったぞ! つーかよく投げられたなこんな重いモン! マゾっ子レンレンも驚きだぜ!

 

 ……いい加減にしろよ。さすがに怒るぞ俺も。次はないからなマジで。

 

 俺達が動くってことが何を意味するか分かるか? 男女の距離を規制されて、お互いに窮屈な学園生活を強いられる可能性が出てくるってことなんだぞ? そんな堅苦しい、面白みのない高校生活送りたいか?

 俺は女の子が大好きだ。杉崎程じゃあないが、女子に対しては優しく接しようと心に決めているし、そうすることで女の子達の魅力的な姿が見られるって思っているよ。そのためなら、俺はどんなことでも我慢する。

 男子相手だってそうだ。一緒に汗流して、馬鹿やって、笑い合うのって気持ちがいいよな? 三年生は去年の修学旅行の時のことを思い出してみてくれ。男子総員で女子風呂に突撃しようとして、女子勢と戦争したのはいい思い出だったよな? 怒りながらも、怒られながらもお互いに笑っていたよな? あんな状況だったけど、馬鹿やって健全な付き合いをするのが楽しかったよな?

 何も交際禁止とは言わねぇよ。恋愛も好きにやればいい。ただ、何事にも限度があるってことだ。俺だってそれなりに節度を持って過ごしている。俺の本気のマゾを見たことある奴は知っているだろうが、あんなもんじゃないぜ? 並大抵のサディストじゃ相手にならないくらいのカリスマなんだよ俺は。姉さん直伝だからな。

 

 お前達は高校生だ。中学生と違って責任が付きまとうし、大学生と違って制約が多い。そんな複雑で窮屈な職業だ。人生で最も大変な時期だろうよ。

 でもさ、そんな窮屈で大変な時間だからこそ、ルールを守って楽しく生きないか?

 遊びとかも同じだよ。野球で例えてみようか。

 野球ってのは、九人対九人で成り立つスポーツだ。お互いに打って守って走って、表裏で得点を奪い合うのが大筋だよな。それは根本的なルールだし、それを守らねぇとそもそも試合が成り立たない。

 でも、その野球を十人対九人でやられたらどう思う? 表裏なんて無視されて、ひたすら打席に立たれたらどう感じる?

 俺なら普通に嫌な気分になる。なに自分勝手なことをしてこの楽しい野球ってスポーツを邪魔してくれてんだって怒るだろうよ。当り前だ。みんなで楽しんでいた時間を妨害されたんだからさ。

 今のお前達の生活は、当たり前のルールで成り立ってんだ。中には納得できない規則もあるだろうさ。人間だからそういうのは仕方がない。不満もぶつけたくはなるだろう。

 だけど、もう少し落ち着いて生きてみないか? ルールの中で、許される範囲内で最大限に羽を伸ばして飛んでみないか? お前達にはそれができるはずだ。

 

 何事も《適度》ってのは大事なもんだぜ? やりすぎ、やらなさすぎはよくない。みんなが納得できるラインで精一杯生きていかねぇか?

 まぁ恋愛事だから、うまく自制が働かなくなるってのは分かるよ。好きな相手のことを考えるとどうしようもない気持ちになっちまうってのも理解できる。俺だってそうだった。中学生の時、好きな相手と倫理的な観点で揺れ動いたこともあったよ。その時の気持ちも、まだ忘れちゃいない。

 でもさ、その時も今も俺はこう思っているんだ。『できる範囲で、やれることを最大限やろう』ってさ。

 人間ってのは小さな生き物だから、出来る事なんてものは限られている。だからたまには自分の身の丈以上のことをしたりするもんだ。無駄に張り切って、社会に敷かれたルールの上から脱線してみたりするもんだ。

 でも、それじゃあ駄目なんだ。抗って、反抗するだけじゃ駄目なんだ。それだけじゃ何も生まれないんだ。

 

 譲歩することが大切。我慢することが大切。昔から馬鹿みたいに言われ続けてきたことだ。いい加減にしてくれってくらいにさ。

 だけど、なんでずっとそれを言われてきたのかもう一度考えてみようぜ。大切なことだから、大好きな仲間達を傷つけないために最重要なことだから言われ続けてきたんじゃないのか? 人類が紡いできた長い長い歴史の中で築かれた倫理だからじゃないのか?

 お前達なりに、俺が今ここで言ったことを考えてみてくれよ。十人十色、どんな意見が出るかは知らないが、お前達は俺が愛する碧陽学園の生徒だ。きっと良い考えに行き着くのを祈ってるぜ?」

 

 以上、生徒会書記、紅葉蓮の「生徒会からのお知らせでした」

 

 

 

 

 

                      ☆

 

 

 

 

 

「……お疲れ様、ですわ」

「ん、藤堂か」

 

 全校集会を終え、ホームルームも終了した放課後。E組の生徒が駄弁りながら帰り支度をしている中、クラスメイト兼新聞部部長である藤堂リリシアが俺の机の前に歩み寄ってきた。相も変わらず綺麗なブロンドをなびかせて、外国人系統特有の整った顔を少し卑屈そうに歪ませている。普通にしていたら超美人なのに、なんでいつもそんなに不機嫌かねぇ。

 藤堂は机の上にちょこんと優雅に座ると、右の方にすらりと伸びた美脚を放り出して脚を組み直す。

 

「……相変わらず気持ちが悪いくらい綺麗な脚してんな」

「あら、欲情でもしまして?」

「少しはな。でも心配すんな。襲うなんていう馬鹿な真似はしねぇよ」

「それは残念。少しくらいなら触ってくださっても結構ですのに」

「遠慮しとくよ」

 

 くすりと口元に人差し指を当てて妖艶に笑う藤堂。どこか楽しそうな雰囲気を纏ったその笑顔に、俺は思わず顔を逸らしてしまう。窓から差し込む夕日の光を浴びているせいか、彼女の美しさが数倍にも増しているように思えた。

 俺が黙り込んでしまったせいか、藤堂も話を切り出す切欠を掴めずにそのまま口を噤んでしまう。わずか数センチの距離で座っている仲良しな俺達なのに、静寂が気まずい雰囲気を作り出してお互いの心を掻き乱す。すでにクラスメイト達は一人残らず教室から立ち去っていて、物音一つしない空間がさらに静けさに拍車をかけた。

 

「……あの、紅葉蓮」

 

 そんな口を開くことすらままならない重苦しい空間の中で、彼女は意を決したように俺の名を呼んだ。緊張しているのか、ぷっくりとした柔らかそうな唇を震わせて、少しづつ言葉を紡いでいる。

 

「……な、なんだ?」

「い、いえ、その……」

「……ど、どうしたんだよ。らしくねぇぞ?」

「…………」

 

 なぜかそこで再び黙り込んでしまう藤堂。顔を赤らめ、膝の上で握り込んだ両拳をもじもじさせている。

 いったいどうしたのだろうか。普段からどんなに失礼な事でも遠慮せずにずばずば言う彼女らしくない反応だ。歯に衣着せないことで有名な藤堂リリシアが、今目の前でなぜか恋する乙女のように奥ゆかしげな挙動を見せている。

 あまりにも見慣れない光景に俺は呆気にとられるしかない。どうしたんだ、藤堂のヤツ。

 ――――そして数分経った頃だろうか、藤堂は溜まった唾を飲みこむように喉を鳴らすと、ようやくといった様子で口を開き――――

 

 

「……いい加減に、告白の返事を聞かせてくれませんこと?」

 

 

 そんなことを、言い放った。

 

「――――――――」

 

 黙り込む。先ほどとは違った意味で、緊張とか、気まずさとか言う意味ではなく、純粋に言葉を出せずに黙り込む。

 

 ……藤堂に告白されたのは、去年の暮れの事だ。

 生徒会に入るため、一心不乱に勉強をしまくっていた俺。それでも休み時間などは、クラスメイト達と遊んだり駄弁ったりしていた。藤堂は去年も同じクラスで、もちろんそれなりに仲もよかった。異性間では、桜野と肩を並べるほどに交流があったと言っていいだろう。

 そんな親友ともいえる彼女に、俺は告白された。

 

『一生懸命に頑張る貴方が、大好きです』

 

 誰もいなくなった教室。そう、まるで今のこの空間のような場所で、藤堂は顔を真っ赤にしてそう俺に言ったのだ。全身を恥ずかしそうにもじもじとくねらせながらも、しっかりとその碧眼で俺を見据えて。

 嬉しかった。俺の頑張りを認めてもらえて。しかも仲のいい女子に、好きだと言ってもらえて。その一年間の中で、一番嬉しかった瞬間だと言ってもいい。

 

 

 でも、俺はその告白に返事をすることはできなかった。

 

 

 『考えさせてほしい』

 その台詞がどれだけ彼女を傷つけるのか、壊すのかを知ったうえで、俺はその返事を保留した。答えることを恐れるように、自分の気持ちをぶつけることを避けるように、俺は彼女の好意から逃げた。

 そうして、俺は今も返事をできずに藤堂の前にいる。

 

「……返事を、していただいてもよろしいかしら?」

 

 あくまでも気丈に、高貴な態度で詰め寄る藤堂。彼女の瞳を見つめ、充血していることに気付く。

 ――――嗚呼、最低だ。

 親友が泣きそうになっているのに、俺は手を差し伸べる事すらできない。完璧に決着をつけて、諦めさせてしまえばそれで解決するのに、彼女を傷つける事を恐れるあまりにそうすることさえできない。それが一番彼女を壊すことだと分かっているのに、俺は仮初の友情を言い訳にして彼女を傷つけてしまっている。

 藤堂のことは、好きだ。客観的に見れば去年の告白に即決するレベルで、俺は彼女に好意を持っている。

 ……だが、俺には彼女の愛を受け入れる権利がない。というよりも、誰かの愛を受け取る立場に立っていない。

 胸の奥で引っかかる、アイツの存在。誰かを傷つけているのに、大好きな親友を傷つけてしまっているのに、俺の心からアイツのことが離れない。

 藤堂が頑なに俺を見据えている。もう先延ばしにさせる気はないと言うように、彼女は自身の悲しみを押し留めて俺の返事を待っている。

 彼女のいつになく真剣な気迫に押され、俺は絞り出すようにしてか細い声を出し始めていた。

 

「俺、は……」

 

 

「やめなよ、リリシア」

 

 

『!?』

 

 突如響いた幼い声に、俺と藤堂は同時に教室の前方に視線を投げた。

 そこにいたのは、桜色の少女。とても高校生とは思えない小さな体躯に碧陽の制服を纏った彼女は、悲しみと怒りの入り混じった瞳で俺と藤堂をそれぞれ見つめていた。

 俺のもう一人の親友――――桜野くりむが。

 桜野は俺達の前まで歩いてくると、即座に藤堂の手を取って机から立たせた。

 

「な……何をしますの桜野くりむ!」

「帰るよ。蓮、困ってるじゃない」

「そんなこと! ……まだ、話は終わってませんのよ!?」

「二度は言わないよ、リリシア」

 

 桜野はそこで言葉を切ると、普段の天真爛漫さからは想像できないほどの暗い感情を視線に乗せて、藤堂を射抜く。

 

 

「帰るよ」

 

 

「ッ……わかり、ましたわ……」

「うん、ごめんねリリシア。邪魔しちゃって」

「いえ……私の方こそ、無神経に……」

「あは、ソレは言わない約束でしょ?」

 

 お互い笑顔で、それでいてどこか噛み合わない会話をしながら帰り支度をする。藤堂が荷物を纏めている様子を、桜野は寂しそうな顔で眺めていた。

 俺は……俺は、そんな桜野に、声をかける。

 

「桜野――――」

「ねぇ、蓮。……『彼女』に責任感じるのは自由だけど、私やリリシアの気持ちも考えてよね」

「っ。……あぁ、分かった」

「話はそれだけ。じゃあね」

 

 鞄を持ち直した藤堂を伴って、桜野は教室を出て行った。姿が見えなくなる直前にちらりと向けた顔には、形容しがたい複雑な感情が込められていたように思える。

 俺以外、誰もいなくなった教室。生徒会もあっていないために騒がしい物音が聞こえない校舎の中で、俺は一人ぼんやりと天井を見上げる。

 

「どうすりゃいいんだよ……。『奏』……」

 

 ポツリと漏れた俺の呟きは、誰にも聞かれることもないままに夕焼けへと吸い込まれていった。

 

 

 

 




 次回もお楽しみに♪


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生徒会の二心
冒険する生徒会(上)


 お久しぶりです。えぇもう、リアルにお久しぶりです。
 ようやく更新できましたふゆいです。ギャグセンスが衰えてるとか、そういうスランプに悩まされながらもなんとか更新です。お待たせしました。
 べ、別に生徒会の祝日でテンションが上がったとか、そういうんじゃないんだからねっ!


「怖くても、一歩踏み出してみる勇気! それこそが人類を繁栄させたのよ!」

 

 超絶ロリ女子高生桜野くりむはいつものように絶壁の如き胸部をえへんと張ると、パクリ名言を堂々と言い放っていた。

 「怖くても」なんてちびっこらしい発言に俺と姉さんの頬がだらしなく緩みかけるが、そこはなんとか理性を総動員して表情を抑える。こんなところで変に桜野をからかって、クリムミン摂取を中止されるわけにはいかない。SとMという反対方向にメーター振り切った精神を持っている俺達紅葉姉弟は、桜野の純粋なピュアハートを愛でることによって日々の糧を得ているのだ。……意味が被っている? そんな些細なことはどうでもいいんだよ。いいから、そんなこと言う暇があるのならとりあえず俺を殴れ。

 さてさて、冗談はさておき、真面目に会議に取り組むとしよう。見れば、俺以外のメンバーは結構冷めた視線を桜野に向けている。「どうせまた面倒くさいことを提案するんだろ」的感情がひしひしと伝わってくる辺り、彼らも疲弊しているのだろう。第三十二代生徒会が発足してまだ一か月ほどだが、桜野の無茶振りにそろそろ限界を迎えてきたらしい。後は、日本国民共通の五月病が影響していると思う。信憑性は無い。だが、姉さんが言っていたから真実だ。異論は認めない。

 

「最近は生徒会活動もマンネリ化してきたと思うの。ここいらでそろそろ、新しい活動内容をガツンとぶち込まないとね!」

 

 副会長以下五人中四人が活動意欲を失っている中でもまったく気が付くことなく考えを言える桜野は正直凄いと思う。 

 しかし、桜野は気付いていない。今の発言によって生徒会室の「やるきねぇ度」が三割上昇したことに、彼女は全く気付いていない。これ以上ない程、コンパチブルない程気付いてはいなかった。目の前で「ぐでー」と声に出しながら机に臥せっている薄幸系美少女にちらと視線を向けると、思わず溜息が漏れた。とりあえず耳元に息を吹きかけると、俺は桜野がホワイトボードにペンを走らせる姿を微笑ましく見やる。

 

「ひゃぁんっ! いいい、いきなり何をするのですか紅葉弟先輩!」

「んあ? いや、可愛らしい耳があったから、ちょっと出来心で」

「先輩は出来心で人の耳に息を吹きかけるような変態だったのですか!? 真冬、ちょっとガッカリです! 先輩に抱き始めていた尊敬の念を返してください!」

「そんな元からないようなもんを返してとか言われても……俺に尊敬なんて抱くから駄目なんだって」

「堂々と自虐ネタを挟まれると真冬としては反応がしづらいのですが!」

「あ、自虐キャラが被っちゃうっていう心配? そうだな。Mキャラと自虐系って、結構共通点多いよね」

「真冬を先輩みたいな変態と一緒にしないでください!」

「ちょっと! うるさいから黙ってよそこのサブキャラ達!」

『誰がサブキャラか!』

 

 ぎゃーすか騒いでいた俺達に浴びせられる桜野の辛辣な評価。最近真冬ちゃんと一纏めで怒られている気がするのだが、それは俺の気のせいであろうか。こんなゲームしか能のない引き籠り系少女と一緒にされるなんて、俺のマゾヒストとしての矜持に関わるぜ!

 

(先輩にだけは絶対言われたくないです!)

 

 顔を真っ赤にして小声で怒鳴るという離れ技をやってのけた病弱少女は、この際スルーしておく。これ以上彼女と争っても得られるのは『虚脱感』だけであり、決してプラスの物は獲得できない。彼女と知り合ってからの一か月間で俺は学んだ。真冬ちゃんとは適度に接しよう!

 俺達を怒鳴りつけて満足したのか、桜野は非常に明るい笑顔を浮かべるとホワイトボードを盛大に叩いた。

 

「生徒会の新しい活動を模索しましょう!」

「じゃあ早速業者に頼んで三角木馬と水車を――――」

「深夏!」

「任せろ会長さん。変態は拳で黙らせるに限る!」

「ありがとうございます!」

 

 最初から一応予測済みだったのか、俺の提案を遮るように叫ぶ桜野である。彼女からの指示を受けて立ち上がった狂戦士は目にも止まらぬスピードで俺の鳩尾を貫いた。先程までの無気力っぷりが嘘のような機動力である。こいつはやはり野放しにしていては人類の為にならない気がする。

 腹部を中心に鈍痛が全身へと広がっていくが、俺はこの十七年間で培ってきたスキル【痛みを快感に(イェスユアハイネス)】を発動してそのすべてを快感へと昇華させた。脳髄を直接揺らされたような不思議な感覚が俺の心を支配する。あぁヤバイ。やっぱり深夏の攻撃は快感の度合いが桁違――

 

「それ以上余計なことを言ったら除名するわよ、蓮」

「申し訳ございません会長様。私は貴方の忠実な下僕です」

「よろしい」

 

 音速で桜野の前に跪くと、手を取って頭を垂れる。手を握った瞬間に桜野が素で頬を赤らめていたが、それにはあえて触れずに俺は彼女への忠誠を誓った。除名だけは、マジで勘弁してください。

 一通りの騒動を終え、席に戻る。どうやら今の騒ぎで全員がようやく会議に臨む決心をしたらしい。放っておいては巻き添えになることを察知したのだろう。腐っても生徒会役員である、その危機察知能力は他の追随を許さない。……まったく嬉しくない能力だけどなっ!

 全員が気合を入れたところで、杉崎が今回の会議内容を軽く纏め始める。

 

「それで……生徒会の新しい活動内容を考えるってことっすよね?」

「そう! 我らが第三十二代生徒会だけの、オンリーワンなアクティビティを始めるの!」

「いや、アクティビティはまた意味が違うと思いますが」

 

 やけに楽しそうな響きがする活動だ。同時に、なんて地雷臭がする活動なんだ。

 

「ちなみに、会長はどんな活動をやりたいと思っているんですか?」

「私? 私はねぇ……やっぱり世界征服――」

「さて深夏。次はお前の番だ」

「最後まで聞いてよ杉崎! 最近貴方私に対して冷たすぎない!?」

「そんな馬鹿な。俺はいつでもどこでも愛する会長の言葉に耳を傾ける努力を全力で行っているつもりです」

「そ、そう? でもその割には、私の発言を片っ端から遮っているように思うんだけど……」

「何を仰いますか会長。不詳私杉崎鍵は、性欲とエロスと欲望で構成されているこれ以上ない程の純粋生物なんですよ! そんな俺が、会長の妨害をするはずなんてありません!」

「まったく信じられないよ! というか、逆にもっと信じられなくなったよ! ある意味生物史上最大の汚点だよ杉崎は!」

「ははは。会長は冗談が上手だなぁ」

「これが冗談に聞こえるのなら耳鼻科に行くことをお勧めするね!」

 

 へらへらと笑顔で桜野を弄り続ける杉崎は心底幸せそうだ。息切れ寸前で肩を上下させているちびっこ会長に萌えを感じているのかもしれない。まぁ桜野自身も杉崎との会話を楽しんでいる節があるから、迷惑ではないのだろう。今の時間で俺達も思考を整理できるし、メリットは多分にある。……その度に姉さんから異様な密度の嫉妬オーラが放出されるのだが、そちらに関しては不干渉ということで。

 

「最近知弦さんに対しての対応が巧みになってきたよな、蓮さん」

「まぁ地球一のシスコンを自称する俺でも、あの人のバイセクシャルっぷりに毎度毎度付き合うわけにはいかないからなぁ。縛られて鞭打たれるくらいが許容範囲だよ」

「いや、それは一般的に言うと結構な範囲じゃねぇか? あんまり常識的とは言えない性癖なんだが……」

「何を言う。俺と姉さんはこれ以上ないくらいWIN-WINな関係じゃないか」

「そんな相互利益な関係があってたまるか!」

「またまたぁ。深夏だってシスコンでレズなんだから、毎晩真冬ちゃんとムフフなことしてんだろぉ?」

「ぶっ! あ、アンタはまだラジオネタを引っ張ってくるのか!? ていうか! 蓮さんの書いた台本のせいでクラスメイトに盛大な誤解されてんだからな! 宇宙姉弟とか、どうしてくれるんだよ!」

「なんだ、すっかり有名人じゃないか」

「一ミリたりとも望んでない方向だけどなっ!」

「それよりも急に巻き込まれた真冬の扱いに異論を唱えたいのですが!」

 

 真冬ちゃんが何やら騒ぎ立てていたが、俺達の耳には届かない。

 基本巻き込まれ体質な椎名姉妹が周囲に誤解されるのはいつものことだが、以前のラジオ回では相当の被害を被ったらしい。深夏に関しては女子からの告白数が五倍に膨れ上がったそうだ。大量のラブレターとプレゼントを抱えた深夏が教室に乗り込んできたときは、さすがの俺もマジでビビった。変態クラスと名高いE組生徒ですら軽く戦慄するほどの光景だったということを、ここに書き記しておこう。

 深夏弄りを充分楽しんだので視線を桜野達に戻すと、何やら杉崎と姉さんが彼女を全力でからかっている場面だった。なんでも、「ブレインストーミング」が言えないとか知らないとかいう内容で弄っているらしい。高三らしくない奴だとは思っていたが、ブレインストーミングを知らないとは思わなかった。来年大学生なのに大丈夫なのかアイツは……。

 

「うぅ、ぶれ……ぶれすみ……」

「一年生の真冬ちゃんでも知っているのに、もしかしてアカちゃん知らないの?」

「し、知ってるもん! ぶれいんすとーむにゃむにゃくらい、知ってるもん!」

「言えてませんよ会長」

「あぁもぉ……うるさーい! いいからさっさと意見出して! じゃあまずは蓮から!」

「何故そこで急に俺……」

 

 最近桜野から一番手に選ばれる頻度が高すぎるような気がする。や、別に緊張感とプレッシャーは心地良いから構わないんだけどさ、それにしても高頻度すぎるだろう。

 まぁ愚痴っていても仕方がない。親友が困っているのなら助けるというのが友情と言うものだ。この場の空気を作り上げるべく、俺はゆっくりと立ち上がると、全員の視線を全身に浴びながら澄ました顔で盛大に言い放つ!

 

「碧陽学園のカリキュラムに、『調教学』を組み込もうぜ!」

『これ以上ないくらい蓮さん(蓮、紅葉弟先輩)らしく、かつとんでもない意見を放り込んできただと!?』

 

 俺のあまりにも素晴らしい提案に姉さん以外のメンバーの顔が硬直していた。そういう系に免疫のない桜野は勿論の事、多少は知識のある椎名姉妹、そして知識だけは一丁前な童貞野郎杉崎までもが驚愕の表情を浮かべている。……姉さんだけは、全力で俺の側に立つ気満々だったが。

 

「なんだ皆。そんなに俺の発案が衝撃的だったか?」

「色んな意味でね! でも絶対にプラスの意味じゃないけどね!」

「何を言う桜野。人間ならば誰しも多少のSっ気とMっ気を持っているもんなんだぞ。だから、そいつを解放してやれば碧陽学園はもっと暮らしやすい学園になる!」

「アンタら姉弟だけでしょうがっ! これ以上この学園に女王様と奴隷を増やしてたまるか!」

「腐女子とレズビアン、ハーレム野郎に違法ロリの集まりに言われても説得力なんてない!」

「地味に反論しづらい核心を突くのはやめなさい! 杉崎はともかく、私達をそんな括りで呼ばないで!」

「いやいや! 俺もできれば擁護の方向でお願いしたいですけどねぇ!」

「ダメよキー君。貴方は私のモノなのだから、問答無用でこっち側♪」

「何故だろう、今だけは知弦さんの誘惑を身体が全力で拒絶している!」

 

 恐ろしい輝きを灯した瞳で杉崎を見つめる姉さん。獰猛な肉食獣でももう少し穏やかであろう迫力に、杉崎だけではなく他の女子勢までもが全身を震わせている。かくいう俺も、震えが止まらなかった。……性的な意味で。

 結構魅力的な意見を放り込んだつもりだったが、この流れでは可決されることはまずあるまい。自分で言っておいてなんだが、一般人である彼女達には少々ハードルが高すぎたのだろう。次からはもう少し気を付けなければ。桜野でもかろうじてついていけるほどのマゾっ気で行くことを心に決めておく。

 俺のターンが終了したので、流れは自然と攻撃側に立っていた姉さんへと移っていた。ある意味で俺より恐ろしく、あらゆる意味で俺以上に濃いキャラを携えた女王様を前にして、俺達は自然と息を呑んでしまう。……あれ、これって確か生徒会の会議だよな? なんで普通に意見聞くだけなのにこんなに緊張してんだろうか――――あぁ、キャラが濃いからか。

 一人で変に納得してしまいながらも、姉さんの方へと耳を傾ける。なんだかんだでブレインストーミングという形式上、どんな意見でも聞く必要があるからだ。批評が禁止されているので、彼女の意見から話題を発展させていかないといけない。これは基本的に俺と杉崎の役目だった。

 姉さんは優美に髪を梳くと、全ての物を魅了する微笑みを零し、女神様のような慈悲深い表情で柔らかに発言した。

 

「やっぱり、ゾンビを放つのがいいと思うのよね」

 

 ――――いや、それはマズいんじゃないだろうか。

 

 




 次回も続きます。


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冒険する生徒会(下)

 お久しぶりです。えぇもう、本当に御久しぶりです。
 最近別の方の作品にかかりっきりで疎かでした。べ、別に忘れていたわけじゃないんだからね!
 全ライトノベル内で一番好きな作品なので書いていると凄く楽しいんですけどね。皆さんを笑わせようとするとどうしても時間がかかってしまうわけで。
 まぁ何はともあれ最新話。お楽しみください。


「やっぱり、ゾンビを放つのがいいと思うのよね」

『ゾンビ!?』

 

 姉さんが珍しく渾身の笑顔で放った提案に生徒会メンバーが驚愕する。普段からこういったトンデモ発言に慣れている俺は別に驚くほどでもないのだが、まだ発足二か月ほどの彼らには刺激が強すぎたらしい。全員が目を丸くして、かつ顔面蒼白な状態で全身を震わせていた。

 桜野は『ゾンビ』という単語に結構な恐怖を覚えているらしくガクガク震えたまま口を開こうとしない。他のみんなは何故かこういう時に限って俺にアイコンタクトを大量に送ってくるため、どうすりゃいいのかくらいは分かるのだが。蔑視じゃない視線とか嬉しくもなんともねぇ……。

 だがこのままでは会議が進まないのもまた事実。ここは仕方なくとも俺が姉さんの相手をするしかないだろう。

 俺は何度か咳払いをして会話できる程度に喉の調子を整えると、姉さんにだけ向ける人懐っこいと評判の笑みで会話のバトンを受け取った。

 

「ゾンビって……そんな某バイオでハザードなゲームみたいな絶体絶命的状況にわざわざしなくてもいいじゃないか姉さん」

「何言ってるのよ蓮。血沸き肉踊り、いつ自分もゾンビになってしまうのか分からない緊迫した恐怖感。並大抵の精神力ではすぐにでも崩壊してしまいそうな絶望的な状況下を生き抜いていくなんて、これ以上ない程の快感を得られるに違いないじゃない! あぁっ、想像しただけで胸の高鳴りがうふふふふふふ」

「ごめん姉さん。俺実はそこまでホラー映画好きじゃないんだ」

 

 両頬に手を当てて軽くトリップしかけている姉さんに聞こえているのかは知らないが、一応ツッコミを入れておく。マゾヒストとして激痛に苛まれながら日々を過ごしていくと言う状況には多分の興味を惹かれている俺ではあるが、さすがに相手がゾンビとなると若干の抵抗が残る。美人のお姉さんに調教されるならばドンと来いだが、血の通っていない死体に殴られても大して嬉しくないのだ。多少のエロスと背徳感が織りなすサドとマゾの世界。それが俺の掲げるマゾヒスト道なのである。無秩序な暴力なんて誰が望むか!

 次なる言葉への対策をあれこれ練っていた俺だったが、どうやら姉さんは満足してしまったらしくそれ以上深いボケをしてくることはなかった。何やら意味深な笑みを浮かべて静かに顔を綻ばせている。どうしたんだろうか、いつもの姉さんらしくない。

 まぁ本人が満足しているのに発言を強制するのもアレだから、とりあえず深夏あたりにでも話を振っておこう。どういう流れになるかは火を見るより明らかだが。

 机に足をかけて相変わらず行儀悪く椅子を揺らしているお転婆娘に声をかける。

 

「深夏はなんかしたいこととか――――」

「バトル! 決闘! 対決ぅううううううううう!!」

「騒がしい! 後全部結局バトルじゃねぇか!もうちょっと変化球投げろよ!」

「でも熱い戦いの末に得られる鈍痛の快感は蓮さんも理解できるだろ?」

「まぁそこらへんの痛み関係はおそらくこの世界の誰よりも熟知しているけどさ」

「いやいやいや、そこ素直に認めちゃったら駄目でしょ蓮さん! 不肖この杉崎鍵、遅ればせながらツッコミさせていただく所存ですけども!?」

竜破斬(ドラグ・ス〇イブ)超電磁砲(レー〇ガン)の衝突によって生じる衝撃波なんて最高じゃねぇか鍵!」

「規模がでかいわ! 一発で村一つ潰すくらいの破壊力なのにトンデモねぇ技を放つんじゃねぇ! しかもぶつけんな! 村どころか北海道が世界地図から消滅するわ!」

「そこら辺は大丈夫だ、杉崎。衝撃と破壊力は全部俺が受け止めるから」

「もし止められたらアンタもう人間じゃねぇよ! 核シェルターかなんかだよ!」

「拘束具着用の上で、だがな」

「どうでもいいですよ! なんで付け加えた今の心底どうでもいい情報!」

 

 杉崎が立ち上がってギャースカ騒いでいるが、俺としては結構好きな提案だったんだがなぁ。深夏のバトル展開も結局は痛みを誘発するわけだし。中身痛いけど外見いたって無傷です的な暴力を会得している戦闘民族深夏にかかれば俺の望み通りの快感を得ることが出来そうなのに。姉さんの鞭捌きも捨てがたいが、やはり拳の激痛も……うぅむ、迷いどころだな。

 

「そんな変態的な選択肢で迷わないでくださいです……」

「うん、そういう台詞は予想済みなんだけど、その手に持った二冊の本はいったい何なのかな真冬ちゃん?」

「え? 『世界〇初恋』と『国崎出雲〇事情』ですけど」

「なんで両方ダブルでコンビでボーイズラブなんだよ! 説得力ねぇよ! 俺の変態行動を諫める資格、今の真冬ちゃんには渡されてねぇよ!」

「ま、真冬の趣味を紅葉弟先輩の被虐癖と一緒にしないでください! これは日本全国津々浦々、どんな場所でもヒハハーアーンなジャンルなのですよ!」

「最新のブラ〇ヨ名言を混ぜれば誤魔化せるとでも思ったか! いいからその物騒なものを早く仕舞いなさい!」

「まぁ蓮さんにも真冬ちゃんを注意する資格はまったくないんですけどね」

「杉崎、冷静なツッコミは地味に傷つくから勘弁してくれ」

 

 望んでもいない野郎からの精神攻撃に涙しながらも真冬ちゃんから漫画を没収。生徒会室の隅にあるパソコンデスクの上に積み上げておいた。これで会議が終わるまでは手が出せないだろう。同性愛は俺の守備範囲外だ。

 愛読書を没収されて若干涙目の真冬ちゃんが上目遣いでさっきから俺を睨みつけているが、可愛いだけなので別段怖がることもない。ニッコリスマイルを送ってから、杉崎へと向き直る。

 ……さて、

 

「ハーレム発言なしで他メンバーに負けない独特の濃い提案をしてもらおうか」

「なんというプレッシャー! なんですかその無茶すぎるハードルの上げ方は! イシンバ〇ワでも飛べないくらいの高さですよそれ!」

「いや、だってお前主人公だし? 自称ハーレム王だし? 俺みたいな何の外見的特徴もないただのマゾヒスト野郎じゃ及びもしないようなさぞかしユニークでウィットに富んだボケを披露してくれるんだろ? ほら、カモンカモン」

「やりづらい! 生徒会史上あり得ないレベルでやりづらい! それにアンタはまったく無個性じゃないでしょうよ! サディストな姉がいて無敵の風紀委員が幼馴染にいるマゾヒスト野郎って時点で個性の塊じゃないっすか! 箱〇学園でもやっていけるレベルですよそれ!」

「でも俺の異常性(アブノーマル)って【痛みを快感に(イェスユアハイネス)】くらいしかないからなぁ」

「あるんかい! しかも滅茶苦茶使い勝手よさそうな異常性だ! 痛みをなかったことにするレベルじゃ済まされませんよねぇ!?」

「ちなみに姉さんは二つ持ってるな、特殊能力」

「化物か! どこの生徒会長ですか知弦さんは!」

「【完成(ジ・エンド)】と【愚行権(デビルスタイル)】だったかな」

「相殺してんじゃないっすか! 最強と最弱併せ持つなよ役に立たないでしょうよそれ!」

「だって姉さんだし。どうにかするだろ」

「それはそうですけども!」

 

 相変わらずの鋭いツッコミが冴えわたる杉崎。やはりコイツはボケよりもツッコミの方が生きると俺は思う。根が真面目だしな。変なキャラ付けでハーレム変態キャラを押し通すよりは自然体でいられるのだろう。生徒会唯一の常識キャラと言っても過言ではない。普段の発言が非常にアレなチャラ男だからあんまり認めたくはないが。

 結局変態的提案をすることはなく杉崎は腰を下ろした。叫びすぎて体力を消費しすぎたのだろう、なんかめっちゃ疲れ切った顔で背もたれに身体を預けている。ありゃりゃ、ちょっとボケすぎたかねぇ。

 次は誰に話を振ろうか、と生徒会室を見渡すが、真冬ちゃんは何やら見覚えのある二人の男性(俺と杉崎と思われる)がくんずほぐれつする漫画を描いている最中だし、姉さんはホクホク笑顔で傍観している。深夏は深夏で新しい技を考察中でトリップしているし、桜野に至っては珍しくうんうん首を捻っているところだ。もはや誰もボケを捻りだせる状況ではない。俺がボケりゃあいい話なのだろうが、姉さんのやる気がない以上俺がボケても空回りするだけだ。空気を白けさせるのだけは非常に避けたいところである。

 打開策が思いつかずに黙り込んでしまう。

 ――――と、ここでようやく、頭を抱えていた桜野が口を開いた。

 

「いろいろ意見出過ぎてこんがらがってきたから、やっぱり新しい事考えるのやめ!」

『……えー』

 

 ここにきてまさかの中止発言だった。誰のせいでみんながボケまくっていたのか分かっているのだろうかこのお子様会長は。みんな疲れていたとはいえ、多少はノリノリだったせいか落胆を隠せない様子だ。もう少し自分の欲望を曝け出したかったのかもしれない。なんて迷惑な生徒会だと思うかもしれないが、かくいう俺もまだ調教学をカリキュラムに組み込むことに成功していないのでプレゼンし足りない状況だ。もうちょっと時間と機会をくれれば理事長にアピールするところまではいけるというのに。

 メンバー達のあからさまな拒絶感丸出しの表情に桜野は一瞬「う……」と呻くものの、そこは生徒会長としての威厳を立てて会議の中止を宣言した。一度決めたことは曲げたくないらしい。これ以上の意見が飛び交うのが面倒くさかったという気持ちが大いにあるようだが。

 桜野が頭の上で大きくバツを作る中、不意に姉さんが「ふふっ」と笑みを零した。思わずメンバーの視線が姉さんへと集中する。

 

「アカちゃんの言うとおり、やっぱり今のままの生徒会でいいんじゃないかしら」

「どうしたんですか知弦さん。いつもなら率先してボケに走る側でしょうに」

「その認識は甚だ遺憾だけれどもね。みんなが元気に騒ぎまくる生徒会も好きだけど、私はやっぱり今のままのみんなが大好きなのよ。新しいことを始めるよりもありのままの私達でいた方がいいと思うの。せっかく個性的なメンバーが集まっているのだしね」

「ま、真冬は一番無個性ですよ! ですよね皆さん!」

『いやそれはない』

「なんでハモって即答なのですかぁーっ!」

 

 顔を真っ赤にして自身の無個性をアピールし続ける真冬ちゃんだが、普段の言動が言動なので信憑性に欠けてしまう。というか今更無個性とか無理にも程がある。もう君は色んな道を踏み外しているよ。

 必死に訂正を要求する真冬ちゃんを見て再び姉さんが微笑む。まるで我が子を見守る母親のように穏やかな様子で、彼女は口元を綻ばせていた。

 こういう生徒会を、姉さんは愛しているのだろう。

 桜野が毎度のように子供じみた議題を発表して、杉崎が仕切って、深夏が叫んで、真冬ちゃんが弄られて、俺が悶えて。そして姉さんが妖艶ながらも無邪気に微笑む。なんでもない日常。ありふれた展開。日本中どこにでも転がっているような日常風景ではあるが、姉さんはそういった当たり前の日常が大好きなのだろう。普段の猟奇発言やドS言動から想像もつかないかもしれないが、本当の彼女は可愛い物好きの純粋な乙女だ。暴力や非日常なんて本当は望んでいない。仲のいい友人達と平和に暮らせて、いつまでも楽しく喋っていられたらそれだけで満足するような人間なのだ。

 

「アカちゃん、ちょっとキー君と抱き合ってみない?」

「イヤだよ! 変態が感染っちゃうもん!」

「どういうことですか感染しませんよ別に! というか俺を普段からどういう目で見てんですか会長は!」

「いやー、でも鍵のエロさは伝染しそうだもんなぁ。病原菌みたいだし」

「それこそTウイルスじゃねぇかよ! 本当に噛んでやろうか!?」

「先輩、それやっちゃうとリアルに警察呼ばれるやつですよ」

「マッポはご勘弁ー!」

「……ははっ」

 

 好き勝手に騒いで笑顔をばら撒くメンバー達を見ていると、俺も不思議と笑い声を漏らしていた。

 なるほど。姉さんが大好きなのは、こういう生徒会なのか。みんながずっと笑顔でいられるような、こんな明るくアットホームな生徒会だったのか。

 新しいことをする必要はない、と姉さんは言った。確かに新たな方針を打ち立てるのは現状打破には欠かせない事だ。今までとは違ったことがしたいと思い立つことは悪いことではない。だが、時には後ろを振り返ってみるのも悪くはないだろう。先輩達が培ってきたことを続けていくのもまた一興なのかもしれない。

 みんなと一緒になって笑っていた姉さんが、俺の方を見て一際明るい笑顔を浮かべる。家でもあまり見せることのない純粋無垢な笑顔に、俺はちょっとだけ胸が高鳴るのを感じた。

 ――――やっぱり、姉さんには敵わないや。

 相変わらずどこまでも完璧な双子の姉に心の中で白旗を上げつつも、俺は溜息を一つつくといつも通りのマゾヒスト発言でみんなをドン引きさせていく。深夏に殴られ快感に身を震わせながら、紅葉蓮として生徒会を盛り上げていくのだ。

 

 そんなわけで、我らが生徒会は今日もまったり平常運転だ。

 

 

 




 次回もお楽しみに!

※大学受験に伴って
受験が終わるまで更新を停止します。
読者の皆様にはご迷惑と心配をおかけすることになりますが、終了次第最新話をお届けしたいと思っておりますのでご容赦下さい。
それでは、良いお年を。



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仕事する生徒会(上)

 は、半年ぶりです……ようやく身の回りが落ち着いてきたので、更新再開します。
 どれだけいるか分かりませんが、心待ちにしてくれていた方々、本当に申し訳ございません。


「力を伴わない正義は、真の正義とは呼べないのよ!」

 

 超絶ロリ女子高生桜野くりむはいつものように絶壁の如き胸部をえへんと張ると、パクリ名言を堂々と言い放っていた。

 若干悪役っぽい台詞を半ば自棄気味に叫んでいる我が親友を見兼ねた杉崎が嘆息しながら声をかけていたが、その視線は完全に長机に散らばる無数の用紙――――端的に言って部活動からの嘆願書に向いている。あまりにも数が暴力的に多すぎる嘆願書は見るだけでストレスを誘発する危険物だが、俺達が生徒会に所属している以上避けては通れない案件だ。諦めて仕事に取り組むしかあるまい。

 その中の一枚。男子テニス部からの嘆願書を取り上げると、杉崎は溜息交じりに内容を読み上げる。

 

「『無我の境地に至りたいから、部費を増やせや、生徒会』ですって」

「無我の境地って経済的に辿り着けるものなのかしら」

「むしろ金掛けるよりは姉さんに調教してもらった方が断然早いと思うけど」

「いやその考えはおかしいし、何よりアンタみたいな変態を生む結果にしかなからないから迅速かつ確実に別の意見を考えてください」

「うぅ、杉崎がなんかいつもに比べて厳しいよ真冬ちゃん」

「自業自得じゃないですか」

 

 結局真冬ちゃんも冷たかった件について。

 まぁそんな戯言は置いといて、目の前に散らばる嘆願書は程度に差はあれどどれも酷いものばかりだ。今姉さんが見ている男子バスケ部の嘆願書は某スラムダ○ク的名言を書き殴っているだけだし、深夏が持っている野球部に至ってはタ○チの台詞を丸パクリしている。この学園の生徒達は嘆願書の存在意義を少々勘違いしているのではないだろうか。一応進学校なんだからもう少し考えろよ部活生。

 生徒会室に溜息が充満する中、俺は嘆願書の山の中から適当に一枚取り上げる。

 

「サッカー部のご要望。『桐島、部活やめるってよ』」

「勝手にやめなさいよぉおおおおおおおおおお!!」

「うわぁ! だ、ダメですよ会長さん! 嘆願書破っちゃ!」

「いいのよ! こんなふざけた要望書くような輩の嘆願書なんて、燃やしてしまえばいいんだわ!」

「いや、それは生徒会長としてどうなんだ」

 

 明らかにボケを狙ってきている内容にとうとう堪忍袋の緒が断裂した桜野が奇声を上げながら嘆願書を両手で粉微塵に破っていく。無数の紙片となって宙を舞う嘆願書のなれの果てに真冬ちゃんが「あぁ……」と額に手を当てて良心の呵責と戦っていたが、俺を含む他のメンバーが桜野を止めることはなかった。正直に言って、俺達自身も桜野と同じ意見だったからだ。

 部活動の予算に関しては、年度初めに各部長と生徒会が話し合って決定した。教師立会いの下双方同意のまま無事に会議は終了したはずなのだが、いざ年度が始まってみると次々と届く嘆願書の山。中には至極真っ当な理由から部費の増額を要望してくる部活動もあるが、大半は先程のようなふざけ半分の内容である。ウケを狙っているのかは知らないが、処理する立場から言わせてもらうと迷惑でしかない。

 俺と同じようなことでも考えていたのか、杉崎は大きく肩を竦めると運動部の嘆願書を眺めていた深夏に話しかける。

 

「ちなみに、そっちはどんなのが来ていたんだ?」

「バドミントン部。『翼をください』!」

「羽で我慢しろ!」

「ラクロス部。『猫を追いかけさせてください』」

「耳をすませばいいんじゃないかな!」

「空手部。『女子部員を入れてください』」

「切実! そして下心が見え見えだぞ格闘家達よ!」

「調教部。『蝋燭の在庫が切れたんで補充したいです』」

「誰だこんな物騒な部活作ったのは!」

「どう考えても私の親友二人だと思うのだけど」

「紅葉先輩方……」

「ちょっと待ちなさい! 勝手に決めつけないでもらえるかしら!」

「俺達がその部活を立ち上げた証拠は? 言ってみろ!」

『この名前と活動内容が紛れもない物的証拠だろうが』

『その通りですごめんなさい』

 

 大人しく頭を下げる。くそ、まさか適当に立ち上げた調教部がしっかり活動しているとは思いもしなかった。ていうかあの清楚で気弱な真冬ちゃんでさえも冷徹な視線で俺を睨んでいたという事実が非常に気まずい。普段大人しい人が怒りを視線に乗せて睨みつけてくるなんて……御馳走様です!

 そんな絶賛女王様モードだった真冬ちゃんだが、呆れた様子で鼻を鳴らすと手元に積まれた文化部の嘆願書を読み上げていく。

 

「ぶ、文化部も結構酷い内容のものが来ていますね」

「知り合いの顔ぶれからして嫌な予感しかしないんだが……」

「化学部。『僕の爬虫類コレクションを学校内に放ってもいいかな?』」

「放った瞬間そいつら全部動物園にぶち込んでやる」

「料理部。『カツ丼を食べても口から光線が出ないのですが』」

「ミスター味○子か!」

「そして例の新聞部ですが……『雑用として紅葉蓮を寄越せ』と端的に命令が来ています」

「蓮さん送りつけるだけでいいなら許可だろ」

「待てい。さらっと俺を新聞部に渡すな深夏よ」

「でも嘆願書は尊重しないとですよ、蓮さん」

「目の前に嘆願書破り捨てた最高権力者がいるんだが」

「いいじゃない、蓮。マゾなんだから雑用大好きでしょ?」

「それは偏見だ!」

「承認、っと」

「知らぬ間に判子押されたぁああああああ!!」

 

 「これ採用で職員室に回しといて」「了解です」何やら会長と副会長によって無理矢理気味に俺の新聞部配属が決定しているが、これはいわゆるパワハラとかいうやつではないだろうか。主張云々全部無視のクセして俺が被害を受ける内容の嘆願書だけはしっかり承認する我らが会長の優しさと気遣いに怒りの地団太が止まらない。このまま貧乏ゆすりで生徒会室の床を抜いてやろうか。

 

「(ドンドンドンドンドンドンドンドン!!)」

「騒がしい! 落ち着きのない小学生かアンタは!」

「すまんすまん。ちょっとマナーモードだったわ」

「携帯電話のバイブレーション!?」

「いや、俺自身がマナーモード」

「傍迷惑な! せめて揺れるだけにしなさいよ!」

「揺れてたじゃねぇか」

「足踏みは違うでしょ!」

「……揺れるような胸も持ってねぇ奴が何を偉そうに」

「むきー! 聞こえてんのよこのマゾ蓮!」

「最高の褒め言葉だ!」

「あぁもう、相手が悪すぎる!」

 

 俺が織りなす屁理屈の戦慄に頭を抱える桜野くりむ十八歳。そもそも口八丁な俺を相手にして口論で勝利できると思っているのが浅はかでしかないのだが、馬鹿正直に真正面から勝負を挑んでくるこのお子様生徒会長は本当に単純だなぁと常々思う俺である。「うぁーっ!」と絶賛絶叫中の親友を微笑ましい表情で眺めている我が双子の姉もおそらく同じことを思っているのだろう。

 新聞部を皮切りに文化部の嘆願書が次々と読み上げられていくが、その内容はどれも酷い有様だ。あまりの惨状に全員が溜息をつく中、杉崎が思わずと言った様子で呆れたように言葉を漏らす。

 

「碧陽学園の部活腐敗はどこまで末期なんだよ……」

「キー君が溜息をつくなんて、よっぽどのことよね」

「その言い草は大層遺憾でありますが、まぁいいでしょう。ところで知弦さんは部活やってませんけど、入りたい部活動なんて言うのは心当たりないんですか?」

「私? 私はあまり特定の趣味を続けようとかは思っていないから、あまりないわね」

「紅葉先輩なら、文芸部なんてお似合いだと思いますけど」

「文芸部はねぇ……弟分みたいな存在が所属しているけれど、結構な惨状らしいわよ?」

「嘆願書には『世界の真理を手に入れたいです』とか書かれているな。大丈夫か大雨(ひろさめ)のヤツ」

「弟分って、水無月君のことだったのですね……」

 

 まぁアイツなら余程のことがない限り大丈夫だとは思うが。

 

「そういえばアレね。今思いついたんだけど、心当たりならないこともないわ」

「へぇ。知弦さんの入りたい部活って、興味あるぜ」

「えっとね……SM倶楽部なんていいと思うの」

「なんですかそのすすき野辺りにありそうな組織は」

「S行為をして、なおかつ部費までもらえるなんて……もう至福よね。人生最大の充足感を得られるかもしれないわ」

「あなた達調教部はどうなったのよ! そっちでいいじゃない! いや、よくはないけど!」

「それってマゾの方でも入部可能だよな?」

「蓮さんまで食いつかないでくださいよ話が拗れる!」

「姉さんが鞭を振って、俺が叫んで、なおかつお金まで貰える。完璧じゃないか!」

「アンタら姉弟は本当に問題児ね!」

「あら、だって私達の将来の夢は女王様と奴隷ですもの」

「碧陽学園二大秀才がとんでもない二大変態に進化してやがる!」

「つーかそれならホント調教部に入ればいいじゃねぇか!」

 

 頬を赤らめて倶楽部での活動を妄想する俺と姉さんの姿に生徒会メンバーが露骨に戦慄の表情を浮かべているが、この顔ぶれに変態呼ばわりされるのだけは極めて遺憾だ。そもそもマトモな人材がいない以上この生徒会は例外なく変態の集まりであり、俺達だけ変態扱いされるのは納得がいかない。

 そういうわけで、深夏にも話を振ってみよう。

 

「深夏は入りたい部活なんて無いのか?」

「そうだなぁ……あたしも特定の趣味ないし、できるなら色々なスポーツを好きな時にしたい感じだし」

「お姉ちゃんは運動部の助っ人でいっつも活躍しているもんね」

「あたし的にはあれくらいで丁度いいくらいだよ」

「その運動には性的な意味も含まれるのか?」

「ぶはっ! ふ、含まれねーよ! いきなり何言ってんだ蓮さんは!」

「いや、だってさ。やっぱり人類にとって一番重要な運動っていうのは性的繁殖なわけだしさ」

「意味わかんねーから! 別にそこまで重要視するもんでもねーだろ!」

「見ろよ。杉崎なんて今の話を聞いて深夏をベッドまで追い込む作戦を立て始めているぜ?」

「何やってんだこのエロ魔人!」

 

 怒り心頭な様子で杉崎からノートを奪うと、憤怒の形相で八つ裂き。そのままゴミ箱へ勢いよくダンクシュートを披露する深夏。

 

「あらあら、キー君大号泣ね」

「男の涙安すぎねぇか!?」

 

 長机に顔を伏せて大声あげて泣いている男子役員その1。相変わらずエロが絡むと凄まじい行動力を披露するな杉崎は。そこら辺は見習いたいところだ。行動目的が心底しょうもないという欠点もあるけれど。

 意外にも泣いてしまうとは思っていなかったのか慌てた様子で杉崎を慰め始めた深夏を尻目に、俺は隣の席で真面目に嘆願書に目を通していた真冬ちゃんに話しかける。

 

「真冬ちゃんはやっぱりゲーム部に入ってるの?」

「あ、はい。そうですね。真冬はゲーム部員です」

「ちょっと待とうか真冬ちゃん。なんで君はそんな学校の目を盗んで発足したとしか思えない集団の一員にしれっと仲間入りしているのかな?」

「いやぁ、でもですね……真冬はただの会計ですし」

「生徒会の財布を握っているくせによくもまぁぬけぬけと!」

「……てへっ♪」

「でも可愛いから許す!」

『それでいいのか生徒会副会長!』

 

 今日も杉崎の脳内はパーフェクトに桃色だった。

 しかしまぁ、昔から薄々勘付いてはいたが、さすがにこの腐敗っぷりは酷いなぁ。文化部然り運動部然り、生徒達それぞれが個性的すぎるから、各々が奇天烈な要望を生徒会に送り付けている。田中部とかセレ部とか、空を飛部なんていうお遊び部活動なんかはもちろん論外だけれども、それらを抜きにしてもこの嘆願書の内容は酷いの一言に尽きた。生徒会も仕事せずに放課後駄弁っているだけだから文句は言えない立場かもしれないけれど、学校から部費とかいう資金をもらっていないだけマシと言えよう。……まぁ、仕事しない生徒会に存在価値はあるのかと言われればそれまでだが。

 逆にこういう状況下でしっかり成績を残している新聞部なんかが要望しているのを見ると複雑な気持ちにもなる。幸い藤堂がアホだったおかげで馬鹿らしい(俺自身には被害あり)要望で終わっているが、これが普通の部活動らしい内容だったならおそらく優先的に嘆願書を処理することになっていただろう。他の部活動が酷過ぎるとはいえ、結果を残しているからと言って新聞部を優先すれば生徒達の不満も募るだろうし。

 結果的に言って、面倒くさいの一言だ。

 おそらくこういう不真面目な要望に対して一番怒りを覚えているのは桜野くりむだろう。変な部分無駄に生真面目で頑固な彼女の事だ。今頃頭の中は灼熱地獄かもしれない。現に彼女の方に視線をやれば、椅子と共に身体をカタカタ揺らして苛立ちを隠そうともしない。

 そして、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか。桜野はバン! っと長机を叩いて立ち上がると、右手を握って天井に突き上げて、

 

「こうなったら、あまりにも酷い部活動は生徒会権限で一斉に廃部にするわっ!」

 

 誰もが恐れていた、そんな宣言を堂々と言い放つのだった。

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!


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仕事する生徒会(下)

 ……更新でーす。


「こうなったら、あまりにも酷い部活動は生徒会権限で一斉に廃部にするわっ!」

 

 怒り心頭なご様子で声を荒げる桜野に、俺と姉さん、そして杉崎がやれやれと揃って大きく溜息をつく。真面目な桜野の事だからもしかしてとは思っていたが、まさか本当にその結論に至ってしまうとは。正直ここからの流れは面倒くさいことこの上ないのでできれば遠慮したいところではある。

 しかしまぁこのまま放っておくわけにもいくまい。三人で目配せをした結果、知弦姉さんが溜息と共に口火を切った。

 

「アカちゃん……アカちゃんの気持ちも分からないではないけれど、そんな無理矢理な手段を取るのはもう少し対策を練ってからでも遅くはないんじゃないかしら。生徒達から余計な反感を買うのも嫌でしょう?」

「う……それは、確かに……」

「まぁそもそも仕事しない俺達が強制手段を言い渡したところで素直に聞いてくれるとは思わないしな」

「仕事しない一号が何言ってんのよバカ蓮」

「直球が酷ぇ! でもストレートな罵倒ありがとうございます!」

「最近マゾヒストに磨きがかかってきましたね紅葉弟先輩……」

 

 一人興奮気味に息を荒げる俺に隣から真冬ちゃんがドン引き&冷たい視線を浴びせてくるが、今の俺にはそれすらもご褒美であるため問題はない。罵倒と冷笑、軽蔑はいくら受けても受けたりないというくらいだ。どんどん、どんどん来い!

 

(あの、紅葉弟先輩……)

(ん?)

 

 二人の罵倒を心の中で何度も反芻しながら悶えていると、真冬ちゃんが何やら神妙な面持ちで耳打ちしてきていた。桜野には聞こえないようにと言う配慮なのか、こちらに少々身を乗り出して声を潜めて話し始める。

 

(この話題って、たぶん話し合っても無駄に終わると真冬は思うのですが……)

(あー、まぁ、確かにそれはそうだよね。ちなみに真冬ちゃんはなんでそう思う?)

(えっと……やっぱり人間っていうのは好きな事には我武者羅に、欲張りになってしまうものなので……真冬達が注意したところで、今更改善するとも思えないのですよ)

(うん。俺も真冬ちゃんと同じ意見だよ。好きな事に対して一生懸命に……盲目的になっている人には何を言っても変わらない。ま、一言で言ってしまえば無駄だね)

 

 同時進行で姉さんと桜野も似たような話をしていたが、人間と言うのは自分が好きなことに対してはとても我儘になる生き物だ。趣味の延長と言うと聞こえは悪いけれど、基本的に部活動は好きでやっているのだから、我儘をやめろと言っても大人しく聞いてくれるとは思えない。そもそもが問題児ばかり集まった碧陽学園生徒達である。何よりも騒動を愛する彼らが真面目に嘆願書を書くとは思えない。真冬ちゃんもそれを分かっているから、今のような発言をしたのだろう。

 だが、それでも俺は今回の会議を止めようとはしない。

 

(最初から無駄だと分かっていても、まずは解決に向けて取り組むってことが大切だと思うんだよね。その結果意見が纏まらなかったらそれは仕方がない。大人しくお手上げして解決を放棄すればいいさ)

(そんなテキトーな……)

(いいんだよ。それが俺達碧陽学園生徒会なんだから)

 

 基本的に何もせず、その割には無駄に我儘を言いまくる集団。それが碧陽学園であり、碧陽学園生徒会だ。面白ければ万事OK。無駄だからって早々に切り捨てるのなんて、それこそナンセンスだ。

 だから今回は大人しく会議を進める。どうせこのメンバーが行う会議だから、マトモな意見なんて出やしないだろうしね。

 

(……そうやって普通の事を言っている時はそこそこカッコ良いのに……)

(ん? 下向いて何言ってんの真冬ちゃん)

「会長さーん。紅葉弟先輩が部活動対策について何か意見があるみたいなのですー」

「無視した上に俺を犠牲にしやがった!」

「んー? 何よ、蓮。なんか部活動について良い案でも思いついたの?」

 

 若干顔を赤らめて俺を人柱にした一年生には言いたいことが山ほどあるが、結果的に桜野の標的になってしまった以上このまま無視しておくわけにもいくまい。杉崎達の視線もこちらに向いているため、それなりに気の利いたことを言わないと村八分にされてしまう可能性大だ。いくら俺が真性のマゾヒストだとは言っても、さすがに仲間外れは勘弁願いたい。

 やれやれ。そうと決まればやるしかない。俺はバンっと机を叩いて盛大に立ち上がると、

 

「じゃあもういろいろ面倒臭くなってきたから、とりあえず我らが調教部に部費の大部分を回すってことで解決しようぜ!」

『予想通りの意見をありがとう! そしてしばらく黙ってろ!』

「むぎゅぅ」

 

 全員から一斉に投げつけられた学生鞄が俺の顔面を襲う。何気に角が集中的に激突してきた衝撃で、俺は為す術もなく意識を手放していく。

 

「本当にアホですね紅葉弟先輩……」

 

 最後に聞こえた真冬ちゃんの呆れたような呟きが、今回ばかりはやけに嬉しかった俺こと紅葉蓮であった。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「おーっほっほっほ! ようやく目を覚ましましたわね、紅葉蓮!」

 

 気がつくと目の前に金髪美少女が腕を組んで仁王立ちで俺の前に立っていました。

 ……イマイチ何が起こったのか理解が追い付かない俺は思考が停止した状態ながらに彼女を見上げると、ようやく言葉らしい言葉を放り投げる。

 

「……Pardon?」

「なんですのそのやけに流暢な発音は」

「イマ、オカシイ。オレ、セイトカイシツニイタハズ。ココ、シンブンブ」

「何故急に片言になったのかは理解に苦しみますが……私はしっかり嘆願書に書いたはずですわよ? 紅葉蓮を新聞部に貸し出しなさいって」

「嘆願、書……?」

 

 聞き覚えのある単語に思わず首を捻る。確か今日の生徒会会議は部活動についてで、その中で嘆願書を扱ったような――――

 

「あいつら……! あの後結局勝手に俺をレンタルしやがったなっ……!」

「あら、勝手にだなんて人聞きの悪い。私はしっかり借用書を書いたうえで貴方をお借りしましたわ!」

「俺にとっちゃ一ミリも変わらねぇよこのスクープ大好き女!」

「な、なんですって!? 言うに事欠いて、スクープを馬鹿にするなんて……! あ、貴方なんて四六時中快楽を求めるような非生産的なクソマゾヒストじゃありませんの! 私を悪く言う資格はありませんわ!」

「この野郎! だがしかし罵倒されても俺を喜ばせる結果にしかならんぞ藤堂! はぁはぁ」

「この生徒会役員リアルに気持ち悪いですわぁーっ!」

 

 鮮やかなブロンドと大きなリボンを振り乱しながら顔を青褪めさせる新聞部部長兼俺の親友、藤堂リリシア。コイツは相変わらずリアクションが大きいのでからかい甲斐がある。知弦姉さんが桜野を虐めるのと同じような理由だが、俺がコイツにつっかかるのはからかっていて面白いからだ。変に生真面目なところがあるから楽しいんだよなぁ。

 

「とにかく! 今日は我が新聞部が……というか、この藤堂リリシアが個人的に貴方をレンタルしたのですから、好き勝手に自由に使わせてもらいますわよ!」

「オイ待て藤堂。俺の人権及び意見を少しは尊重してもらいたいんだが」

「断りますわ!」

「理不尽か! まったく意識がないままに拉致された挙句理不尽か!」

「? 今更何当然の事を再確認しておりますの?」

「そして俺に対する一般認識の酷さに絶望した! これに関しては俺の性癖云々関係なく絶望した!」

 

 キョトンとした呆け顔でさらりととんでもない暴言をぶつけてくる藤堂に驚愕が止まらない。加えて碧陽学園生徒が俺をどう思っているかも再確認できて正直悲しい。なんだ、なんだこの凄まじい扱いは。マゾ的なアレとはまた違ったベクトルの虐めを受けているような気がするぞ。これはアレか。桜野が生徒会で受けている仕打ちと似たようなものか。

 ……今度からもう少し桜野には優しくしてやろう。

 何気に日頃の行いを反省しつつも、適度に諦めを覚えてきた俺は目の前でニコニコ笑っている親友へと溜息交じりに声をかける。

 

「それで? 俺を拉致したどこぞの新聞部部長様は今からどんな悪行を俺にやらせようとしているのですかな?」

「む。なんですのその私は悪行しかしていないみたいな誤解を与えかねない台詞は」

「人のスクープ隠し撮りして捏造染みた記事を作って生徒会に喧嘩売るような馬鹿が悪行以外の何をすると?」

「ひ、酷い言われようですわね……まぁ、八割方事実ですから否定する気も起きませんけど」

「事実を認めるならもう少し改善する努力をしてくれ……」

「それは貴方達生徒会に一番してほしい努力ですわ……」

 

 ほっとけ。

 

「まぁ今回は女子更衣室を覗かせようとか女子にセクハラしてこいとかそんな内容ではございませんわ」

「むしろ痴漢行為ばかりさせようとしたお前に驚きが隠せないわ」

「コホン。さて、肝心の内容ですけれど……私と今から放課後ショッピングをしてほしいのですのよ!」

「……さて、今日は姉さんと勉強する日だったかな」

「お待ちなさいな」

 

 すぐさま踵を返して新聞部部室を後にしようとする俺を光の速さで引き止める藤堂。今だけは人生最速で動けていた自負があったのに……コイツは相変わらず変な部分で超人的だな。 

 肩を掴む彼女の手をゆっくり外しながら、俺は適度に呆れの感情を乗せた視線をジト目でぶつける。

 

「なんで俺が生徒会後の放課後にわざわざお前の買い物に付き合わんとならんのだ……」

「あら、こんな見目麗しいご令嬢との放課後デートはご不満?」

「自分で見目麗しいとかいう自意識過剰娘なんてお断りだ」

「……本当に、ご不満?」

「のわぁっ!? 急に腕を取って胸に当てるなこの痴女め!」

「ち、痴女でも何とでもお呼びなさい! 今から私は全力で貴方を色仕掛けで籠絡する所存ですから、どうぞ反抗できるものならばその無様な男の性に逆らって見せてくださいな!」

「このっ……よりにもよってエロ方向で攻めてくるとかお前らしくねぇっ……!」

「……ぁん」

「変な声出すのやめろぉーっ!」

 

 俺の腕を抱え込むようにして上目遣いで下から顔を覗き込んでくる体勢に正直胸の高鳴りが止まらない。腕を通して感じる胸部のプニプニ感や高貴な感じがする独特のシャンプーの匂いとか、日本人離れした碧眼が吸い込まれそうな感じがしてうわぁぁ。

 ……結局、五分後。

 

「おーっほっほっほ! 結局貴方はこの藤堂リリシアの魅力には勝てなかったということですわ!」

「くそぉ……色々な柔らかさに敗北した……」

 

 そこには腰に手を当てて高笑いする藤堂とその足元で惨めに四肢を付く俺の姿があった。……うん。まぁ薄々分かってはいたけどね。男が女性の性的誘惑に勝てるわけないもんね。そんなこと杉崎を見ている時点で既に気が付いていたけどね。はあぁぁ。

 あまりにもちょろすぎる自分に半ば自己嫌悪を覚えてしまう。今度からはもう少し色々我慢するようにしよう、と心の中で固く誓いながらも、どこかそんなに悪い気はしていない自分がいた。心のどこかで喜んでいる自分がいた。

 だって……

 

「ふふっ。紅葉蓮とデートなんて……どこに行こうかなぁ……♪」

「……まぁ、いっか」

 

 普段見せない子供みたいな笑顔を浮かべてはしゃいでいる藤堂なんていう珍しいもんを見られたのだから。

 

「さぁ、そうと決まれば早速出発しますわよ!」

「はいはい。どこまでも着いて行きますよー」

 

 手を取られ、部室を後にする。

 

「……ありがとな、藤堂」

 

 俺への告白の返事を保留にされ、本来ならば恨みの対象であるはずの俺を前にしても健気に明るく振舞ってくれる藤堂に、俺はこっそりお礼の言葉を呟くのだった。

 

 

 




 ぐあぁ……ごめんなさいぃぃ……。


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動き出す生徒会

 生徒会というか、新聞部部長というか。


 紅葉蓮とデートをすることになった。

 

(って、結構冷静に言ってますけど実際にこの場に立ってみると凄まじいくらいに緊張が止まらないですわぁあああああ!!)

「馬鹿みたいに頭抱えてどうした藤堂」

「なんでもないから少し黙りなさいこのマゾヒスト!」

「急に酷ぇ!」

 

 「なんだよ……」と少し不貞腐れた様子で口を尖らせる親友を尻目に、私は心の内から迫りくる羞恥心及び歓喜と盛大に火花を散らしていた。

 生徒会に送り付けた我儘満載の嘆願書。ほとんど自立して活動できている新聞部じゃマトモに使う機会もないから冗談半分に紅葉蓮を要求したわけなのだけれど、碧陽学園生徒会は私が思っていた以上に相当の馬鹿が揃っていたらしい。却下されるとタカを括っていた私の前に実の弟を担いだ紅葉知弦が現れた時は割と全力で焦ったのは記憶に新しいことだ。「貴女になら任せても良いわね」とか聞く人によっては勘違いを招きかねない発言を残して部室を去ったのだが……彼女はいったいどういう意図であぁ言ったのだろうか。誤解してもいいのならそれに越したことはないのだけれど。

 先程の罵倒に悪態をつきながらも、どこか恍惚とした表情を浮かべている真性のマゾ男をちらりと見やる。

 碧陽学園に入学したばかりの頃は、まだ普通の男子学生だった。少しばかり姉に対して依存が強いだけの、どこにでもいるような高校生。マゾの片鱗はあったものの、クラスの中心としていつも笑顔で周囲を明るくしていたムードメイカー。二年生に進級して生徒会入りするために猛勉強を始めた時も、彼は私達と接するときには絶えず笑顔を向け続けてくれた。自分も辛いだろうに、それをおくびにも出さずに。

 この男性は、なんでこんなにも強いのだろう。

 彼と関わっていく内に、私はいつしかそんなことを思っていたのだ。

 

「どうしたよ藤堂。さっきからずっと黙りこくってるじゃないか」

「昨年以前の貴方と現在の貴方を比べて幻滅している最中ですのよ……」

「おいこら。どういう意味だよそれは」

「額面通りの意味ですがそれが何か?」

「なんか今日は俺に対して辛辣じゃありませんかねぇ! お前が嘆願書出したくせに嫌か! 俺と出かけるの嫌なのか!?」

「そ、そんなわけありませんわ! 私はいつだって紅葉蓮と一緒にいたいと思っておりますのよ!?」

「っ……!?」

「あっ……」

 

 失言した、とは瞬時に思った。私の告白に対する返事を保留していることに引け目を感じている彼に対して、致命的とも言える台詞をぶつけてしまった、と。

 言葉を詰まらせて黙ったままの彼の顔を、おそるおそる覗き込む。

 

(あ……)

 

 思わず目を丸くする。

 頬を微かに赤く染め、子供のようにそっぽを向きながらもちらちらと私の方に視線を飛ばしている天邪鬼な彼の様子が、普段の大人ぶった態度からはあまりにも想像できなくて。そして、彼は彼で私を意識してくれているのだということを真正面から感じて。罵倒し合い、互いの傷を舐め合う負け犬根性丸出しな私達でも、互いに対してそれなりに特別な感情を抱いているのだということを再認識して。

 紅葉蓮が恥ずかしそうに口を噤んでいるのを目の当たりにして、私もなんだか恥ずかしくなってしまう。

 

「な、何を真剣に捉えておりますの! じ、冗談ですわ! イッツアリリシアンジョーク!」

「ば、バッカじゃねぇの!? べ、別に真面目に捉えてなんかねーし! 分かってましたよ? 蓮さん最初から分かってましたよー!」

「そ、そうですわ! 今回の放課後ショッピングだって校内新聞のネタ取材のためなのですから、変に深読みしてドギマギする必要はありませんのよ! お、オーッホッホッホ!」

「だ、だよなー! あっはっはー!」

 

 明らかに不自然な高笑いを大空に放ちつつ、肩を組んで歩いていく馬鹿みたいな私達。先程から傍を通り過ぎていくご近所様方の視線が異様に痛いのだけれど、これはヤケクソが極まった末の行動なので今更どうしようもない。大人しく井戸端会議のネタにされようと開き直る私である。帰ったらまた世話役のメイドにからかわれるのだろうが……そこはまぁ、仕方がない。

 ひとしきり笑い終えると逆に色々な邪念が吹き飛んだのか、紅葉蓮は直前とは打って変わって満面の笑みを浮かべると子供のような弾んだ声で意気揚々と言い放つ。

 

「そんじゃあ早く行くか! その取材とやらにさ!」

「……え、えぇ! そうですわね!」

「よっしゃぁー! 遊ぶぜー。じゃんじゃん遊ぶぜー! 付き合えよ、藤堂!」

「勿論ですわ! 私の財力を甘く見ていると、遊び死にしますわよ!」

「なんだよそれ、最高だな!」

 

 一周回って気が狂ったのではないかと錯覚するほどに無理矢理気味なハイテンションで通りを走る私と紅葉蓮。……うん。やはり私達の関係はこうでないといけない。変に考え込んで、気を遣いあうなんて親友のやる事ではないのだ。もっと素直に、笑顔で馬鹿をやっていくべきだと思う。

 紫陽花が咲く路地を走っていく彼の背中を追いかけながら、私はおそらく今年最高の笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 そして現在、私は独りで迷子センターにいた。

 

「これは……どういう状況ですの!」

 

 両手を握って天に突き上げながら腹の底から怒りの声を上げる。唐突に大声を出した私に驚いた迷子仲間達(幼稚園生)がびくっと肩を震わせて目の端に涙を浮かべ始めたために慌てて積み木遊びを再開しつつ、頭の隅で同行者に対して呪詛を呟き始める私。

 おかしい。私は今日紅葉蓮と二人で駅前に出かけ、ショッピングや食事を楽しみながら距離を縮めているはずではなかったか。そしてあわよくば別れ際にせ……接吻、などという崇高な行いをまっとうしようと決意したはずだ。私なりに勇気を出してデートに誘ったはずの今、私は何故迷子センターで幼稚園生達を相手に年甲斐もなく積み木遊びに精を出しているのだろう。

 

「お姉ちゃんも迷子なのー?」

「ち、違いますわよ! 私はただ、迷子になったあのバカマゾヒストをここで待っているだけですわ!」

「迷子になった人はみんなそう言うんだよねー」

「だまらっしゃい!」

 

 へっ、とあからさまに大人ぶった笑いで高校生を小馬鹿にしてくるクソガキに割と真剣にキレる十八歳。エリスという可愛い可愛い妹を持つ私は年下に対してはそれなりの寛容さを持ち合わせていたはずなのだが、なぜだろうか、紅葉蓮と関わり始めてからどこか言動の端々に幼さが垣間見られるようになってきたのは。最近例のメイドにも「女の子らしくなってきましたね」とか馬鹿にされる始末だし、自分が思っている方向と真逆に成長している気がしてならない。……って!

 

「す、スカートを捲るんじゃありませんのこのガキ!」

「うわっ、すっげぇ派手なパンツ! へんたいだー!」

「へっ、変態なんかじゃありませんわ! イマドキのレディーならばこれくらいは当然の嗜み……」

「こんなガサツなレディーいねーよー」

「こんのクソガキャァアアアア!!」

「うわー! 金髪のお姉ちゃんがキレたぁあああ!!」

 

 乙女の聖域を汚した命知らずの常識知らずを両手で持ち上げると、頭上でぐるぐると振り回して制裁を加える。運動不足の身としては幼稚園生と言えど腕に負担が来るのだが、そんなことを言っている場合ではない。どこぞの副会長に通ずる変態性を持ち合わせているこの変態坊やを野放しにしておいては日本の未来の為にならない。ここで修正しておく義務が、私にはある!

 

「その腐ったエロ根性を叩き直してやる、ですわっ!」

「姉ちゃんあんまし暴れるとパンツ見えるぞー?」

「っ……!?」

「あ、座った」

「うるさい!」

 

 怒れるリリシア終了のお知らせ。

 ……うん。自分でも何やってんだろうとは思うこの状況。若干六歳メンバーの中で何一つ違和感なく溶け込めている状況が芳しくないことは明らかの上に、手玉に取られている情けない事実。紅葉蓮に見られたら爆笑されること間違いなしの光景に自分でも恥ずかしくなって涙目になる。うぅ、なにやっているの私……。

 ニヤニヤ笑いを続ける男の子を赤面涙目で睨みつける高校生と言う特異な方々が見れば興奮ものである状況に置かれてどうしようもない中、そんな私を救ってくれたのは思いもよらない方向から飛んできた女の人の注意だった。

 

「こーらたっくん。あんまりお姉ちゃん虐めちゃだめよ?」

「い、いじめてなんかねーし! カナデ姉ちゃん変なことゆーなよな!」

「はいはい。強がりは良いからさっさとみかちゃん達の面倒見てきなさい。伯父さん達が来るまでちゃんとお手伝いできたら、なんでも好きなもの買ってあげるから」

「マジで!? 約束だぞねーちゃん!」

 

 先程までアナウンスで迷子のお知らせを繰り返していた係員のお姉さんに諭されて顔を真っ赤にしながらも同年代の子達へと駆け寄っていくたっくん。どうやら彼は迷子ではなくお姉さんの親戚の子であるようで、一時的に預かってもらってる立場であるようだ。

 

「大丈夫? ごめんね、ウチの子が迷惑かけたみたいで」

「あ、いえ……こちらこそ、ありがとうございますわ……」

 

 苦笑交じりに謝罪の言葉を口にする係員のお姉さん。カールのかかった焦げ茶色のボブカットに、整った顔立ち。女性にしては長身な背からどこか紅葉知弦を連想させる。落ち着いた雰囲気と大人びた風貌が自分にはない魅力を感じさせて、気がつくと私は彼女に目を奪われていた。別に同性愛の気があるわけではないが、女性の自分から見ても綺麗だと断言できる容姿に軽く見惚れてしまう。

 

「それで、どうして迷子になったのかな? 大きな迷子ちゃん?」

「うっ……十八歳に迷子ちゃんは精神的にクるものがあるのですけれど……」

「大丈夫よ。世の中には赤ちゃんの格好をして女性に世話をしてもらうことが大好きな大人だっているのだから」

「それはおそらく限られた性癖をもつ紳士方の話ですわ!」

「幼児退行って、様式美よね」

「何の!?」

「好きだった幼馴染がひょんなことから記憶を失くして、自分の都合がいいように記憶を刷り込んでいくときの気持ちよさと言ったら……ねぇ?」

「ウチの生徒会役員に通ずる何かを感じますわぁあああああ!!」

 

 容姿だけで人を判断してはいけないとは良く言われるが、目の前の女性は誰よりもその格言に当てはめるべき人間だと思う。言葉の端々からサディズム感がひしひしと伝わってくるし、ヤンデレ度を測定すればおそらくは上限いっぱいにあてはまるだろう。先程の幼馴染発言をした時の目がギャグのそれではなかったことが何よりの証拠だ。なんですのこの人。過去に幼馴染を洗脳したことでもおありですの?

 

「藤堂リリシアちゃん、だったわね?」

「は、はいぃっ!」

「……なんでそんな怯えた声で返事するのよ」

「や、だってぇ……」

 

 無理もない。そんな露骨に傷ついた顔で言われても今のは無理もないと思われるのですわよお姉さん。

 何を考えているのか分からないヤンデレ女を前にして正気で返答できる図太い人間なんて生徒会役員くらいしか見たことが無い。特にあのマゾヒストならば喜んで飛びつくだろうが、私はゴシップ好きなただの一般高校生だ。特に変な性癖を持つわけでもない常識人にとって、ヤンデレ女性は恐怖の対象でしかない。

 肉食動物に追い詰められた小動物のように身を震わせる私にようやくやりすぎた感を覚えたのか、少々気まずそうに頬を掻くと「あはは」と乾いた笑いを浮かべる。

 

「ごめんごめん。ちょっとふざけすぎちゃったわね」

「じょ、冗談には思えなかったのですけど……」

「まっさかぁ、さすがの私もそんな犯罪一歩手前の行為に走ったりはしないわよぉ」

「そ、そうですわよね。さすがにそんなことは……」

「せいぜい、スクールデ○ズ的な展開くらいしか興味ないから♪」

「ヤンデレですわぁあああ!!」

「あ、後は未来○記? ひぐらしの○く頃にも好きね!」

「もはや言い逃れする気もないですわこの人! ヤンデレ! 紛うことなきヤンデレですのよぉおおお!!」

「失礼しちゃうなぁ。この宮代奏を捕まえてあろうことかヤンデレだなんて」

「いや、反論の余地はないと思うのですが……って、え?」

 

 今、何か引っかかった。

 直前に放たれた台詞の中に、聞き捨てならない名前があった気がして、思考が一瞬止まる。まさか、いや、そんなわけ……でも……。

 嫌な予感に全身を支配されながら、私は恐る恐る彼女の名前を問う。

 

「申し訳ありません。失礼ですが、貴女の名前は……?」

「うん? あ、そういえばまだ名乗っていなかったわね。ごめんごめん」

 

 にへらっと表情を崩して笑う彼女。だが、おそらくは彼女のことを人伝いで知っている私はそんな笑顔でさえも鬱屈したものに見えてしまい、頬を引き攣らせてしまう。笑顔を、返すことができない。

 そんな私の心境をまったく知らないであろう彼女は笑顔を浮かべたまま、何もかもを見通していそうな亜麻色の瞳で私を見つめつつ、確かにこう名乗った。

 

「宮代奏。貴女の学校で生徒会書記をやっている紅葉蓮の幼馴染よ」

 



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邂逅する生徒会

(土下座)


 宮代奏。

 紅葉蓮、紅葉知弦の幼馴染にして、親友。そして、現在進行形で紅葉蓮の心にトラウマとして住み着き、私の恋路に立ちはだかっている最大の敵。水無月大雨や翡翠雲雀といった幼馴染メンバーからの又聞きではあるが、彼の人格形成に大きな影響を与えていると言っても過言ではないであろう人物。

 いつか彼女とは話をつけなくてはならないとは思っていたが、まさかこういった形で邂逅するとは夢にも思っていなかった。先入観のせいか、ニッコリと微笑みかけてくる彼女の笑顔がどこか歪なものに感じられて全身に冷や汗が浮かび始める。

 

「あ、貴女が宮代奏、でしたの……?」

「あれ? 私のこと知ってるんだ。レンかアカちゃんから聞いたのかな?」

「アカちゃん……? いえ、桜野くりむからは聞いた覚えはないのですが」

「あー、違う違う。私がアカちゃんって呼んでるのは紅葉知弦の方なのよ。紅葉の『アカ』からアカちゃん。いい名前でしょう?」

「は、はぁ……」

 

 ニコッと目を細める宮代奏とは対照的に、私はただただ虚を突かれて戸惑いの表情を浮かべていた。紅葉蓮の背負った過去であり、彼にとっても大切な存在である彼女。私や桜野くりむの告白への返事を保留している最大の原因。日頃楽観的で思いのままに行動している彼がそこまで思いつめるような相手なのだから、もう少し性格が破綻しているとか、人間的に危険だとかそういうのだと思ったのだが……予想とあまりにも違う人柄すぎて理解が追い付かない。

 どうしましょう。まさかこんなところで出会うとは思いもしなかったから、うまく対処ができませんわ。

 冷や汗が背中に浮かび始めるが、このまま黙り込んでいるわけにもいかない。今は会話を続けて、彼女と紅葉蓮の情報を少しでも得なければ。震える唇を目一杯開きながら、私は頑張って言葉を紡ぎ出す。

 

「あ、紅葉蓮とは幼馴染と言っていましたが、具体的にはどういう……」

「んー? まぁ、幼稚園からの長い腐れ縁みたいな感じかな。私、ちょっと家庭的にいろいろあってね。そんな地獄から私を救い出してくれた彼は、命の恩人というかヒーローというか。まぁ、とにかく大好きな男性よ」

「だ、大好き、ですか……」

「そ。まぁ中学の頃にちょっと色々やりすぎちゃって、今は正直微妙な関係ではあるんだけどね。あ、連絡とかはたまに取ってるよ? ただ、昔ほど仲良くはないかな」

「微妙な関係……?」

 

 首を傾げる。確かに、紅葉蓮の様子を見るに何かしらの因縁があり、今もそれを引きずっているのだろうとは思っていたが、そこまで仲が良かった幼馴染とここまで疎遠になるほどの出来事とはいったい。このことについて彼に聞こうとすると表情を曇らせて話題を変えようとするから、決して喜ばしい内容ではないだろうということは分かるが。

 本来はこういうプライバシーに関わることは聞くべきではないのだろう。本人から許可を得たわけでもない上に、その当人から直接話を聞こうとするなんて、卑怯と言われても否定はできない。それほどまでに最低な行為だという自覚はもちろんある。

 ……しかしながら、気になってしまうのだ。それは今まで培ってきた記者魂も手伝ってはいるが、なにより。

 

 自分が好きな相手のことは、何が何でも知っておきたいという、複雑な乙女心。

 

「……宮代奏、さん」

「うん? どうしたの、藤堂リリシアさん?」

 

 こちらの呼び方に合わせるようにしてフルネームで私の名前を呼ぶ彼女。紅葉知弦や紅葉蓮といった面々と旧知の仲であるという彼女の事だから、もしかしたら私の思惑や本音など党の最初からお見通しなのかもしれない。だからこそ、皮肉を込めて呼び方を真似したんだと思う。そういうことをやってのけるだろう雰囲気を、目の前の女性は纏っていた。

 だけど。いや、だからこそ。

 私は。

 藤堂リリシアは。

 今このタイミングで、彼女に向かって一歩踏み出すべきなのだ。

 宮代奏を真正面からしっかり見据える。何度か大きく深呼吸。溜まった唾を嚥下するように喉を鳴らすと、私は。

 

「失礼を承知で、お聞きしたいことがございますの」

「聞きたいこと? それは、レンやアカちゃんに関係することかな?」

「……中学時代、彼らと何があったのか。貴女が紅葉蓮に何を行い、何を残したのか。そのすべてを、私に話してもらえませんでしょうか」

 

 ――――絶対に触れてはならないだろう禁忌に、あえて自分から飛び込んでいく。

 

「……私がリリシアさんに過去の事について話さないといけない理由は? 今ここで会ったばかりの他人においそれと話すような軽い内容でもないんだけど」

「確かに、その通りですわ。私と貴女はあくまでも赤の他人で、そんな深い事情を話し合うような親しい間柄では絶対にない。ましてや、おそらくは秘密にしておきたいだろう過去を話すべき相手でもないことは重々承知しておりますの」

「ふぅん。だったら、どうして?」

 

 ツゥ、と切れ長の瞳を細めて私の方を見てくる宮代奏。蛇のようなその視線に思わず背筋に寒気を感じてしまうが、これくらいで慄くわけにはいかない。ただでさえ色々な意味で置いて行かれているのだから、多少無理をしてでも真相に迫らなければならない。それに、私は碧陽学園を代表する新聞記者だ。スクープを追い求める根性だけは、誰にも負けるつもりはありませんの!

 彼女の威圧的とも取れる視線を精一杯の虚勢で受け流すと、私は自慢の胸をえいやと張って自信満々正々堂々己の気持ちをぶつける!

 

「私が……私が、紅葉蓮のことを一人の男性として慕っているからに決まっていますわ!」

「…………」

「……あ、あれ?」

 

 返ってきたのは予想だにしない静寂。確かに自分でも相当無茶な言い分だとは分かっているが、まさか一言も返ってこないとは思わなかった。何か間違えてしまっただろうか。普段から打てば響くような会話の応酬の中で生活してきたから、こういう無視やスルーは苦手ですわー!

 一人あわあわと目を白黒させる私。しかし、ひょんなことから私はようやく本来の平静を取り戻す。

 

「……ふふっ」

「はい?」

 

 不意に聞こえた、小さな笑い声。その方向に視線をやれば、口元を押さえて静かに肩を震わせる宮代奏の姿。まさか笑われるとは思っていなかった私はポカンと間が抜けたように口を開けたまま呆然と立ち尽くすしかない。それなりに見栄を切っただけに、少々恥ずかしさで顔から火が出そうだ。

 おそらくは顔が真っ赤になっているであろう私を置いてけぼりにしたまましばらく笑っていた宮代奏だったが、ひとしきり笑い終えると目の端の涙を拭いながら再び会話を続ける。

 

「ごめんなさいね。まさか、堂々とそんなことを言うなんてまったく予想してなかったから、つい」

「う……は、恥ずかしいのは承知で言ったのですから、蒸し返されると困りますの」

「そう? 私は可愛いと思ったけれど」

「か、可愛いって……」

「ふふ。そうやって恥じらう姿も可愛らしいわね。どおりでレンが揺らぐわけだわ」

「ん? ん!? い、今なんと……」

「それはなーいしょ。いいわ、貴女の啖呵と素直さに免じて話してあげる。ただ、あの姉弟には話したことは秘密にしておいてくれない? バレたら後で何をされるか分かったものじゃないもの」

「それはまぁ……なんとなく分かりますの」

「でしょ?」

 

 半ば焦るかのように引き攣った笑みを浮かべる宮代奏。彼女の心配は至極もっともだ。あの超弩級サドマゾコンビが本気を出せば、軽く意識が飛ぶ以上の拷問が待っていることなんて想像に難くない。むしろ、どんな地獄が待っているかを想像したくもない。無駄に凸凹や緩急がはっきりしているだけに常人の精神ではまず間違いなく耐えられる気がしない。

 私が想像していることを目の前の彼女も想像したのだろうか。互いに視線を交差させると、労うように肩にポンと手を置き合う。おそらくは彼女も私と同様に苦労してきたのだろう。変な仲間意識が勝手に私の中で芽生えていく。あぁ、苦労人仲間がついにここに……。

 しばらく健闘を讃えあっていた私達ではあったが、さすがに迷子センターのど真ん中で込み入った話をするわけにもいかない。宮代奏は同僚らしき女性に休憩に入ることを伝えると、そのまま一旦更衣室に向かう。なぜか、私の手を引っ張りながら。

 

「……あの、着替えるだけなら私を一緒に連れて行く必要はないと思うのですけれど」

「一人じゃ寂しいでしょ? それに、せっかくだから親睦も深めたいじゃない? ほら、仲を深めるためには裸の付き合いも大切って言うし」

「着替えるのは貴女だけですし裸になんてなりませんわよ!?」

「ふふっ。今だから言えるけど……実は私、バイなんだ」

「どこまでも紅葉知弦にそっくりですわー!」

 

 ふふふと不敵な笑みを顔全体に張り付けながらゆっくりと私を更衣室に引きずり込んでいくバイセクシャル宮代奏。なんとか助けを求めようと周囲に救援要請を出すものの、迷子センター内における力関係の主軸を彼女がどうやら握っているらしく、全員が全員さっと私から視線を逸らしてしまう。先程私にセクハラまがいのイタズラを仕掛けていたたっくんなるお子様でさえ、宮代奏に睨まれて全身を竦ませてしまっている始末だ。彼女、今までどういう所業を繰り返してきたのだろうか。興味は湧くが、経験はしたくない。

 抵抗虚しく、ずりずりと地獄の釜が開けられていく。

 

「い~や~! だっ、誰か助けてくださいましー!」

「ほらほらぁ、優しくしてあげるから力を抜いてぇ」

「全年齢対象の作品で誤解を生むような発言は控えてくださいですのー!」

 

 身の危険及び貞操の危機を感じながらも、更衣室の扉は閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 一方その頃、迷子状態の紅葉蓮はというと。

 

「お姉さんすみません……そのすべてを見通すような麗しい瞳で、俺の事を虫けらを見るかのように見下してくれませんか?」

「は、はい?」

 

 どこかで見たことがあるような、巫女服が似合いそうな茶髪の女性にSMプレイを提案している最中だった。

 

 

 

 

 

 




 ……はい、更新です。一年ぶりです。それも大して話進んでおりません。土下座物ですね、はい。
 ごめんよぉー! 本当はこんなに待たせるつもりはなかったんだけど、いかんせんいろいろ取り込んで(意味深)たんだよぉー! ……はい、ごめんなさい。怠慢です。謝る以外の選択肢はございません(吐血)
 次回は、もう少し早く更新したいなぁ(フラグ)

 こんなマトモに更新もしないダメダメ作者ですが、これからもお付き合いいただけると幸いです。うぅ。


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知らされる生徒会

 後半、形式上すごくダレてるのでご了承くだせぇ……。


 更衣室を出て、私達が向かったのは迷子センター近くにある有名な某喫茶店。中に入るや否や、コーヒーの独特な香りが鼻孔を擽る。

 店員さんに促され、窓際のテーブル席に案内された私達。とりあえず椅子に腰を下ろすと、見慣れない風景に若干視線を泳がせる。普段あまりこういった施設を利用しないから、新鮮な環境にやや緊張感に包まれてしまう。借りてきた猫のように縮こまっている私に何かを察したのか、宮代奏は軽く微笑むと口の端を吊り上げた。

 

「もしかして、こういう場所は初めて?」

「う、うぐ……」

「見た感じお嬢様っぽいからそうだとは思ったけど、イマドキ本当にいるのねぇ」

「は、恥ずかしながら、こういったショッピングモールに来ることすらほとんど初めてなのですわ……」

「通りで迷子になるわけだわ。その歳で箱入り状態だったらそりゃあ好奇心旺盛にもなるわよね」

「は、恥ずかしいですの……」

「いーじゃない可愛い可愛い。それじゃあ今回は私が注文してくるから、お姫様は大人しく座ってなさいな」

「か、可愛いって……い、いや! 私も手伝――――!」

「いいからいいから♪」

 

 そう言うと私を置いたまま、店内カウンターの方へと歩いて行ってしまう宮代奏。おそらくはあのカウンターで注文を行うのだろう。ニコニコと微笑む店員さんに向けて慣れた様子で注文を行っていく彼女の姿が遠目に確認できる。そこまで大声を出しているわけではないのだろうが、静かな落ち着いた雰囲気の店内であるせいか注文の声がここまで届いてきた。

 

「えーっと。じゃあとりあえずこのトールアイスライトアイスエクストラミルクラテを一つと、グランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノを一つお願いします」

「畏まりました。トールアイスライトアイスエクストラミルクラテをお一つとグランデノンファットミルクノンホイップチョコチップバニラクリームフラペチーノをお一つですね? 完成次第お隣のカウンターでお渡しいたしますので、少々お待ちください」

(全然かしこまりませんですわぁ!?)

 

 聞こえてきたカタカナの羅列に自らの聴覚を割とガチな方向で疑う。え、え? 呪文? 魔法の呪文ですの? ここはもしかすると喫茶店ではなくて異世界からチェーン展開されたマジックショップとかそういう類のお店でしたの!? 

 その商品名とは思えないあまりにも長ったらしい詠唱を前にして庶民の喫茶店という施設への認識が私の中で大きく揺らぎ始める中、宮代奏は先程注文したらしいとーるなんちゃらとぐらんでなんちゃらを両手に持ってテーブルへと戻ってきていた。どうやら完成したらしい。

 冷や汗を流し口元を引き攣らせている私を不審に思ったのか、彼女は少し首を傾げると、

 

「なんか異世界に迷い込んだ転生主人公みたいな表情になってるけど、大丈夫?」

「そのたとえはイマイチよく分かりませんが、大丈夫なような大丈夫ではないような」

「どっちなのよ」

「とりあえずここが現実世界とは隔絶された剣と魔法の入り乱れる異世界だという認識は大丈夫ですわ」

「ぜんっぜん大丈夫じゃないじゃない! 本当に転生したみたいになってるわよ!?」

「安心してくださいませ。生きてますわよ?」

「目が死んでるー!!」

 

 お互いにドタバタ騒ぎを数分程続けながらも、周囲から向けられる奇異の視線に気が付いた私達は恥ずかしさのあまりに無言で席に座る。少々箱入りを拗らせてしまったらしい私としては羞恥心の極みなのだが、そんな浮世離れした私の様子に、宮代奏はやや苦笑が混ざったように表情を綻ばせた。

 

「ふふっ。レンから話だけは聞いていたけれど、思った以上に面白い人ね。リリシアさん」

「あ、あの……さっきから疑問なのですけれど、もしかして私の事、知ってらっしゃいますの?」

 

 今の台詞といい、迷子センターでの言葉といい、どうにも私の事を知っているような口ぶりで話している宮代奏。最初名乗った時は初対面のような雰囲気だったのに……もしかしてわざと知らないふりをしていたのだろうか。何か、彼女なりに思う部分があって。

 私の質問に宮代奏は少々驚いたように目を見張ったが、どこか観念したように溜息をつくと目の前のミルクラテを一口煽った。

 

「ご明察。貴女の事はね、元々レンから聞かされていたわ。とっても面白い親友がいるって」

「し、親友……」

 

 別段マイナスな表現ではないはずなのだが、【親友】という枠組みに入れられていることに少々傷ついてしまう。そんな枠に入れられてしまっては、彼と恋仲になれる可能性がまったくゼロになってしまうではないかとよからぬ心配が浮かび上がる。ただでさえ告白の返事を先延ばしにされているのに、これ以上私の気持ちを否定するような考えを抱いてはいけないのに。

 無意識に、膝の上に置いた拳を握り込む。そんなことを考えていたら、何故だか目の奥が熱くなってきた。駄目、こんなことでいちいち涙を流しては――――

 だが、そんな私の葛藤は、宮代奏が放った一言によって一気に霧散することになる。

 私の変化を悟ってか、彼女はやや焦ったように、こんな事を言ったのだ。

 

「あー、なんか勘違いしているようだから一応言っておくけど……あの子、たぶんリリシアさんのこと大好きよ?」

「…………は?」

「いや、だから……レンは、貴女の事を一人の女性として好いていると思うわよ?」

「……はいぃ!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げる。話の流れが分からない。私は彼に告白の返事を先延ばしにされていて、桜野くりむの想いにもあえて答えていなくて、それなのに紅葉蓮が本当は私の事を好き? 筋が通ってなさすぎて、頭の理解が追い付かない。だったら、何故彼は私の気持ちにすぐにでも応えてくれないのだろうか。

 理解ができない紅葉蓮の行動に首を捻る。私の気持ちを組んだのだろう、宮代奏は「わかるわかる」と言わんばかりにうんうんと何度も頷いていた。

 

「レンは昔から何事においても考えすぎる節があってね。直感で行動すればいい部分でも無駄に考えて考えて、どんどん卑屈になっていっちゃうのよ。リリシアさんの件に関して言えば、『こんな俺が藤堂からの好意を受け取っていい訳がない』かしらね」

「卑屈になる、ですの……?」

「そ。まぁそれについては私にも非があるのだけれど……ようするに、馬鹿なのよ、あの子は」

 

 困ったような、それでいてどこか懐かしそうな。様々な感情が入り混じった表情で、まるで昔を思い出すかのように話す彼女。彼女の話し方、態度だけで、宮代奏が紅葉蓮のことを好いているのが感じられる。そして、かつては相当に仲が良かったのだろうことも。

 ここまでの仲でありながら、どうして。どうして彼らは、彼女らは、道を違えてしまったのだろうか。

 黙り込んだ私の内心を悟ったのだろう。少し驚いた顔をしながらも、一度ドリンクで喉を潤すと、先程までとは違う、明らかに真面目な表情、雰囲気で、口を開く。

 

「じゃあ……話しましょうか。私とレンに、かつて何があったのかを」

 

 凄まじい緊張感に喉を鳴らす私と共に、彼女の独白が始まった。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 私はね、親から虐待を受けていたの。

 

 ……いえ、虐待を受けていたっていうのは、最近自覚したのよ。あの時の私は、親から受けた暴力の数々を虐待だとは思っていなかったし、そのすべてを愛情の一種だと勘違いしていた。普通に考えれば有り得ない話なんだけど、昔の私には、その行為全てを愛情だと思い込まざるを得なかった。だってそうでしょう? 親から虐待を受けているなんて、信じたくないじゃない。これも愛だ、愛情だと思わなければ、心が壊れていたはず。もしかしたら、もうとっくの昔に私の心は砕けていたのかもしれないけれど。

 それでね? レンとアカちゃんと……貴女の学校で風紀委員長をやっている雲雀は、幼稚園からの幼馴染だった。後一人、年下のヒロがいたけれど、それはまぁいいわ。レンはね、いつも傷だらけの私を心配して、友達になってくれたの。もしかしたら、私が虐められていると勘違いしたのかもしれない。彼は優しいから、私みたいな人を見過ごせなかったんでしょう。

 

 彼はいつも私の傍にいてくれた。小学生になって周りからからかわれても、中学生になって異性として意識し始めても、ずっと隣にいてくれた。その頃には私が傷だらけの理由も薄々勘付いていたみたいだったけれど、余計な詮索をすることもなく、親友として過ごしていたわ。

 

 そしてある日、私はレンに告白された。

 

 嬉しいというよりは、当然かという気持ちが湧いていたかしら。何年も親友として過ごしてきた私達は、周囲から見れば付き合っていないということがそもそも異様だった。私自身も、今までの関係の延長線上としかとらえていなかったわ。私達が付き合うことにアカちゃんも賛成してくれたし、何一つ障害はなかった。

 ……でもね、私が幸せを掴んだことを知った両親は激怒したわ。

 その頃、パパ達の夫婦仲は酷いの一言に尽きた。パパの会社が倒産して、毎日夫婦喧嘩。離婚の話題もちょくちょく出ていたかしらね。一触即発と言っていい関係にまで冷え込んだ二人にとって、自分達を差し置いて一人で幸せになろうとしている私は裏切り者に見えたんじゃないかしら。

 虐待はさらに酷くなっていったわ。日に日に痣も増えて、化粧だけじゃ誤魔化せなくなるほどに。当然レンには心配されたんだけど、私はなんでもない風を装った。心のどこかでまだ、この痣は彼らからの愛情の証だって信じていたのよ。馬鹿みたいだけれど。

 でもね? 私はやっぱり幸せだった。たとえレンを騙していたとしても、彼との日々はかけがえのないものだったから。私が我慢していれば、この幸せな時間を奪われることはないはずだから。それだけが心の支えで、私の糧で……楔だった。

 だけど、そんな嘘だらけの生活はすぐに崩壊してしまう。所詮中学生でしかない私達の虚勢は、ちょっとしたことで崩れてしまった。

 

 パパが、私の腕を折ったの。

 

 勢いだった、とは思うわ。いつもの虐待の末に、今までの鬱憤が爆発してしまったんでしょう。普段は素手での暴行だけだったのに、その時だけはエスカレート。たまたま居間に置いてあったゴルフクラブで、パパは私の腕を殴りつけた。当然、マトモに鍛えてもいない私の腕はパッキリと。

 痛い、とか、苦しい、というよりも、どうしようっていう感情が真っ先に浮かんだ。さすがに骨折までは隠しきれない。今まで騙し騙しやってきたけれど、ただでさえ察しが良いあの姉弟を躱すことは不可能に等しい。本当はしばらく入院か何かして休めばよかったんだろうけど、ウチにはそんなお金はないし、なによりレンと会えないのは耐えられなかった。彼は、私の精神安定剤だったから。

 そこから先は、たぶん貴女が想像している通り。

 

 私の骨折を見たレンは、今までに見たことがないくらい激怒した。それはアカちゃんも雲雀も一緒で、彼らは私には理由を聞くこともなく怒っていた。レンに至っては手が付けられない程で、私の制止も振り切ってパパを殴りに行ったわ。私が家に辿り着いた時には、彼は馬乗りになってパパを殴り続けていた。十年以上一緒にいたけれど、彼があそこまで怒ったのを見たのは初めてだった。

 結果的に、私の両親は親権も放棄して離婚。今は伯父さんにお世話になっているわ。レンは一か月間の停学。その場にいたけど止めなかったアカちゃん達と私は厳重注意の処分。まぁ、当然と言えば当然の処罰だけれど、退学にならなかっただけマシだったんじゃないかな。まだ義務教育課程だったってこともあるんだろうけど。

 

 ……レンが私に負い目を感じているのは、私にとっては凄くしょうもない事。でも、それは彼にとっては大きなことらしい。

 

「好きな人の痛みを分かってやれず、守ることもできなかった自分が、他人を好きになる資格はない」

 

 馬鹿みたいだけど、そう言われたの。停学明けに、私はフラれた。気にしないでいいと言ったのに、彼は頑なに私を拒んだ。「俺は奏を幸せにはできない」って泣きながらね。そんなに辛いなら、ずっと一緒にいてくれればよかったのにって今でも思うわ。

 私と別れた後、彼はあからさまに私との交流を避けた。まるで、私の記憶から『紅葉蓮』という存在を消し去るかのように。レンは、私と関わるのをやめた。

 アカちゃんはずっと親友でいてくれたけど、レンに避けられる怒りから、私は彼女に危害を加えてしまった。それは俗にいうイジメと言って差し支えない行為で。彼との距離が離れるほどに、それは酷さを増していった。アカちゃんが抵抗しないことがさらに私の怒りを煽った。

 その行為は、まさにかつて私が受けていたものと似通っていたわ。愛情だと信じていたその行為は、どう贔屓目に見ても暴力でしかなかった。

 

 虚しかった。何もできない自分が、どうしようもなく嫌いだった。

 

 アカちゃんへのイジメは、私達が卒業するまで続いた。たぶん彼女とレンが碧陽学園に行ったのは、私と別の道を歩む為だったんじゃないかしら。真実は分からないけれど、ね。

 

 

 

 

 

 

 




 ドラマガの生徒会短編でモチベを維持。


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無責任な生徒会

「――――以上っ。お互いに不器用な男女が擦れ違いの果てにトラウマを抱えた物語でしたっ」

「…………あの」

「まぁ今は雲雀とヒロのおかげで交流もそこそこに回復したし、レンが一方的に負い目感じてるだけなんだけどねー」

「重い話の割に、態度は軽いですわね……」

「私的には過去の話だからねぇ。レンとの仲も昔ほどじゃないけど修復はできたし、彼が勝手にトラウマってることを除けば、大団円? って感じなのよ」

 

 あまりにものほほんとそんなことを言ってのける宮代奏に開いた口が塞がらない。内容としては衝撃的だったし、紅葉蓮が恋愛に対してトラウマを抱えている理由も分かったのだが、当の宮代奏が既に吹っ切った感じを出している為、なんかこう、うまく自分の中で処理ができない。納得がいかない訳ではないけれど……。

 そういえば、現在の彼女は紅葉蓮に対してどんな感情を抱いているのだろうか。一方的にフラれたと言っていたから、未だに好意を抱いていてもなんら不思議ではない。

 ふらぺちーのとやらを啜る彼女に向けて問いかける。

 

「貴女は……その、まだ紅葉蓮のことを……?」

「隙さえあれば自分のものにしたいと思っているわよ?」

「う……」

「嘘嘘、冗談よ。じょーだん。もう吹っ切ってるし、そういう恋愛対象には見ていないから。今の彼はただのお友達」

「お友達、ですの……?」

「そ。昔仲が良かっただけの、お友達。それに、私も今は彼氏いるしねぇ。あんまりこういうこと言っていると、それこそレンに怒られちゃうわ」

「えぇ……」

 

 なんかもう、すっかり置いてけぼりにされている。勝手に騒いでいる私が馬鹿みたいではないか。まぁ、宮代奏という最大のライバルが消えたことは素直に喜ぶべきかもしれないが……ここまであっけらかんとされると、現在進行形で思い悩んでいる紅葉蓮がいたたまれない。あれだけの過去を抱えて、あれだけの罪の意識に押しつぶされながら生きている彼が、報われない。

 

「……気持ちは分かるけれど、貴女が悩んだところでレンが救われるわけではないのよ? 彼が背負うと決めた十字架を、肩代わりできるわけでもないんだから」

「それは……」

 

 表情の変化を読み取ったのか、頬杖を突き肩を竦める宮代奏。一見すると残酷な台詞にも聞こえるが、彼女の言葉は正論だ。私がいくら同情したところで、彼の罪が軽くなるわけではない。かといって、彼の代わりに罪を被るというのも無理な話だ。そもそも、彼がそれを望まない。

 自然と顔が俯いていく。有益な答えは出ない。箱入り娘という訳ではないけれど、それなりに浮世離れした生活を送ってきた私には圧倒的に人生経験が足りない。少ない糧から導きだせる答えなんて、たかが知れている。宮代奏ができなかったことを、この私ができるわけがない。

 しばしの沈黙が流れる。彼女も気を使ってくれているのか、話しかけてくる様子はない。店内を見渡せば、それなりに時間が経っていたのか客足もまばらだ。時刻は七時を回ろうとしている。

 そろそろ帰らなければ……その前に彼を探さないと。

 鞄を持ち、席を立とうとしたところで、不意にテーブルに置いていた私の携帯電話が鳴り始めた。画面に表示された名前は、迷子になっていた彼のもので。

 

「そろそろ時間みたいね。ほら、王子様が迎えにきたみたいよ?」

 

 呆れたように、それでいてどこか嬉しそうに笑う宮代奏が指さす方向に視線を飛ばす。店を囲むガラスの向こう。そこにあったのは、ショッピングモールのメインストリートからこちらを見つめる、彼の姿。携帯電話を片手に、何やら微妙な表情を浮かべた最愛の人。私と彼女を交互に見ながらも、早く出てくるように手招きをしている。

 携帯を握り締める私に、宮代奏は言う。

 

「彼は馬鹿だけど、阿呆ではないわ。貴女が素直にぶつかれば、真正面から受け止めてくれる。私にはできなかったけれど、貴女なら。……貴女なら、あの男の壁を壊せるんじゃないかしら」

「……無責任なこと言いますわね」

「責任なんて余計なもの、捨ててしまいなさい。無責任くらいがちょうどいいのよ、このことに関してはね」

 

 それだけを言い残すと、彼女は席を立った。いつの間に書いたのか、メールアドレスを書いたメモを残し、店内から去って行く。その際に軽く彼に声をかけたようだったが、あからさまに不機嫌な彼は睨みを利かせるだけで挨拶を返すことはなかった。そのまま肩を竦めると、宮代奏は去って行く。

 彼女の姿を見送りながらも、私の中では先程の彼女の言葉がやけに残っていた。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「急にいなくなるとびっくりするじゃないですの。レディの手を放すなんて、紳士のすることじゃありませんわ」

「お前だって勝手にあちこち歩き回ってたじゃねぇか……しかも、よりによって奏に会うとか正気か?」

「ま、迷子センターに行って声をかけられたら、なし崩し的に……ふ、不可抗力ですわ!」

「どうだか」

 

 私の反論にふんと鼻を鳴らす紅葉蓮。ショッピングモールを出てから終始こんな感じで機嫌が悪い。聡い彼の事だから、私が自分の過去話を聞いたことに気が付いているのだろう。勝手に自分の過去を漁られて気持ちのいい人間はいない。彼が怒るのも無理はないが……何もそこまであからさまに機嫌を損ねなくても良いではありませんか。知られたくなかったとはいえ、少々大人げない。

 互いにうまく話せないまま帰路を進む。もう日はすっかり落ちている為、家まで送ってくれるらしい。怒っていてもそこは紳士的なのか、と少し嬉しくはあるものの、想像していたロマンチックさはゼロだ。仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。

 重苦しい雰囲気に包まれて歩き続ける。帰り道の途中、ちょうど碧陽学園の近くまで歩いたところで、彼がふと口を開いた。

 

「……俺の過去、奏から聞いたんだろ?」

「……一応。大雑把にではありますけれど」

「そっか」

 

 こちらに視線は合わせないまま、それでも会話を続ける意志だけは感じさせて。いつの間にか目前に迫っていた学園の門柱前で足を止めると、そのまま身体を預ける。門に寄り掛かる彼の横顔を視界に捉えつつ、私もその場で立ち止まった。

 紅葉蓮は顔を上げると、月のない夜空を見上げる。元々街灯の少ない地域であるせいか、新月も手伝って星がやけに綺麗に見える。普段ではお目にかかれない星座に驚きも一入だ。……こんなときでなければ、もっとロマンチックに天体観測ができたというのに。

 二人して星々を眺める中、ようやく言葉が紡がれた。

 

「奏から聞いた通りだよ。大好きな人一人さえ守れない、黙って見ていることしかできなかった俺に、藤堂や桜野からの好意を受け取る資格はないんだ」

「……それはあくまで昔の話ですわ。今の貴方は、その時以上に強くなったはずです。いつまでも過去に囚われる必要はないんですのよ!」

「ちげーよ。俺は少しも強くなっちゃいないんだ。……もしそう見えているのなら、俺が虚勢を張っているってだけだよ」

 

 自らを嘲るように、それでも感情が全く籠っていない完全な『無』の声質で彼が言う。何も籠っていないはずなのに、紅葉蓮の言葉が、それ自体が私の胸に重く圧し掛かる。それはまさしく、彼の自己嫌悪そのもので、自責の念の集合体で。彼と関わり出して三年目に入ろうとする私でさえ掴みきれないような重さを伴った言葉が、藤堂リリシアという一人の少女の想いを跳ね除けようとする。

 彼が……紅葉蓮が経験した過去は、それほどまでに凄惨なものだ。

 いや、凄惨という言い方には語弊があるかもしれない。彼自身の人生に関して言えば、彼の姉や、それこそ他の生徒会役員に比べれば些細なものだろう。自らがどうしようもなく追い詰められたり、存在を否定されるような出来事があったわけではないのだから。

 ただ、彼の場合は、他人からの影響が強すぎる。宮代奏という何よりも大切にしていた幼馴染が傷ついたことによって、自らを否定してしまっている。自分の人生ではなく、他人の人生に左右されているのだ。それは誰よりも偽善的で、誰よりも心優しい彼だからこそ起こり得た歪み。誰かを傷つけてしまった自分が、誰かを幸せにできるはずがないと思い込んでしまった彼の闇。こと自己嫌悪に関して言えば、私が知りうるどの人物よりも深い。

 

「俺は奏の痛みを分かってやれなかった。碧陽学園随一のマゾヒストとか称されるようになってもそれは変わらない。独り善がりで自分勝手で、好きな女の苦悩一つ気づいてやれなかった俺に、他人を好きになる資格なんて無いんだよ」

 

 どこか空虚な笑みを浮かべて言葉を漏らす。先程からぶれない彼の姿勢。何も知らない、知らなかった私が何を言ったところで揺らぐことはないだろう確固たる信念。一つの苦しみから彼が辿り着いた答えはあまりにも残酷で、それでいて正しいのだろう。倫理的、人道的観点は別にして、論理的には文句のつけようがない。私の得意な揚げ足取りも通用しない程に、それは正論だ。

 ……だけれど、どうしても引っかかる。彼の言葉と、彼の行動の矛盾さが、どうしようもなく突っかかる。

 そんな感覚。どうにもしっくりこない謎の感じに苛まれている私を他所に、彼は言葉を続ける。

 

「だから、さ。俺なんかにかまけてないで、もっと良い男と一緒になれよ。お前美人だし、面白いしさ。絶対幸せになれるって。俺が保証する」

「っ! この……馬鹿男!」

「なっ……!?」

 

 ――――気がつくと、私は彼の胸倉を掴み上げていた。日頃手を出すことはない私の暴挙に、被虐的行為には耐性があるはずの紅葉蓮も驚きを隠せないでいる。大きく目を見開いたまま、私の行動が信じられないとばかりに目を泳がせていた。私自身、慣れないことをしている自覚はあったが、そんな些細なことに気を取られている余裕はない。今、藤堂リリシアはかつてない程に激昂しているのだから。

 胸倉を掴んだままぐいと彼を引き寄せると、今にもぶつかってしまいそうな程の距離で勢いよく捲し立てる。

 

「さっきから黙って聞いていれば、自分勝手に四の五のと! 私の気持ちも知らないで、好き勝手言っているんじゃありませんわ!」

「お、お前だって勝手言ってるだろ! 人の悩みを踏み躙って無責任な事言ってるのはどっちだよ!」

「私はあくまでも私自身の心情と想いに準じて言っているだけです! 貴方とは違いますわ!」

「俺も自分の気持ちに素直に言ってるだけだ! 何も違わない!」

「いいえ、違います!」

「何がだよ!」

「自分の気持ちに準じているというのなら……何故貴方は、私や桜野くりむが告白した時に、真っ直ぐ断らなかったのですか!」

「っ!?」

 

 面白いように彼の顔が強張る。勢いに叫んで、ようやく腑に落ちた先程の矛盾。胸につっかえていたものが完全に出て行った。そうだ、今までずっと言いたかったことはこれなんだ。

 彼は「自分が他人を好きになる資格はない」と言った。そのこと自体に嘘はないのだろうし、事実そのように自分に言い聞かせていたのだろう。過去にあのようなことを経験していれば、そんな考えに陥ってしまうのも無理はない。納得はできる。

 だが、そう決心しているはずの人間が、果たして告白を保留にするようなことがあるだろうか。「誰の事も好きにはならない、なれない」と豪語している人間が、他者からの好意を拒絶するわけでもなく躊躇するだけなんてことがあり得るだろうか。

 これはあくまでも私個人の見解ではあるが、おそらく間違ってはいない。

 紅葉蓮の目を真っ直ぐ見据えながら、それでも確固たる自信と共に言い放つ。

 

「貴方は……貴方は、怖いんです」

「怖、い……?」

「えぇ。過去に他者からの好意が悲劇に変わったから……愛情を踏み躙ってしまったから、恐れているだけですの。本当はそんなこと思ってもいないくせに、たったそれだけのトラウマに縛られているだけですのよ」

「それだけ、だと……? 何も知らないお前に、何が――――!」

「分かりますわよ。だって、今まで何年も私が慕ってきた紅葉蓮という人間は、馬鹿みたいに他人に優しい愚か者でしたから」

「―――――っ」

 

 表情を綻ばせて、素直な気持ちを吐露する。真正面からの好意に慣れていないらしい彼は顔を真っ赤にすると口をパクパクと開かせていた。普段から姉と一緒に他人を手玉に取っている彼らしくない行動に、少しばかり微笑ましさを感じてしまう。

 今まで胸倉を掴んでいた両手を外すと、そのまま彼の手に重ねる。

 

「他人を傷つけたくないから、自分が代わりに傷つく。誰かの苦しみを和らげるために自分が苦しむ。他者の幸福の為に自分の不幸を望むのが、紅葉蓮という人間ですの。碧陽学園を代表するマゾヒストらしい考え方ですわよね」

「……別に、そういうわけじゃ……」

「貴方はいつだってそうですの。私達の告白を保留にした時もそう。断ってしまえば、私達が傷ついてしまう。だから、答えを保留した。それがたとえ自分の信念に反する行いであったとしても、無理を通して貴方はそういう選択肢を選んだ。どう考えても矛盾が生じているのにも関わらず。でも、それは逆に、貴方が私達に好意を……それこそ、私達を『大切な人』だと認識しているからこそ、そういう選択をしたのではありませんの?」

「……そうだよ。大切だから、傷つけたくなかった。保留っていう曖昧な状態にしておけば、この関係が崩れることはないって思ったから。お前達が傷つくことはないって思ったから……」

「まぁ現に、保留されたことでむしろ傷ついているわけではありますけれど」

「それは……」

 

 私の意地悪とも取れる揚げ足取りに言い淀む紅葉蓮。……今のは、ただの詭弁だ。彼の過去への懺悔を全部無視して、私の勝手な見解を押し付けているだけに過ぎない。事情を知る人が、それこそ紅葉知弦などからすれば一蹴されてしまうような薄っぺらい理論だ。正しさなんて一ミリもない、どうしようもない戯言だ。

 だけれど、それの何がいけないというのか。身勝手な我儘の何が駄目だと決めつけるのか。

 私は言う。たとえ間違いだらけの自己陶酔だったとしても、私はあくまでも私自身の我儘を通して言ってやる。

 

「宮代奏も言っていましたわ。『こういう事に関しては、無責任なくらいがちょうど良い』って!」

「藤堂……」

「貴方の信念が間違っているとは言いません。同様に、貴方のそういう考えが誤っているとも言えません。私はただの友達ですから、そういった核の部分にまで入り込むのは野暮というものですわ」

「…………」

「でも、これだけは言わせてほしいんですの」

 

 そこであえて一度言葉を切ると、つられたように彼が顔を上げる。様々な感情が複雑に入り混じった顔に親近感を覚えながも、私は握った手にいっそう力を込める。言葉だけでなく、想いを伝える為に。

 そうして、言ってのける。

 

「私は、私自身の勝手な想いに従って、どうしようもなく貴方が好きです。このことに関しては、貴方の過去やトラウマなんて関係ありませんわ。貴方がどれだけ逡巡しようが、私は身勝手な我儘で貴方を振り回します」

「……強引、だな」

「えぇ、強引ですわね。でも、それくらいで良いんじゃありませんこと? いつまでも過去に縛られていては何も変わらない。貴方も、少しは自分に正直に、我儘になっていいと思いますことよ? それぐらいやったって、誰も怒りませんわ」

 

 そのまま表情を和らげると、肩の荷が下りたのか、紅葉蓮も同様に口元を綻ばせる。まだ自分の中で決着はついていないのだろうが、少しでも前に進めるのなら十分だ。今この瞬間にすべてを終わらせる必要はない。

 未だに不格好な笑顔ではあるものの、それを浮かべたまま彼は言う。

 

「俺にはさ、まだどうすればいいか分からないよ。藤堂や桜野の告白に無責任に返事をしていいとも思わない」

「そうでしょうね」

「奏の事に関しても、まだ俺の中で吹っ切れてはいない。アイツは気にしなくていいって言ってくれるけど、トラウマなんだ。俺の目の前で大切な人が傷つくのをこれ以上見たくはない。俺の馬鹿みたいな鈍感さで誰かを傷つけるのも嫌だ」

「分かっていますの」

「……でもさ、やっぱり、俺は藤堂や桜野のことが好きだよ。これに関しては、嘘偽りなく、俺の本心だ。二人だけじゃない。俺に関わる全ての人が、俺は大好きだ。愛していると言っても良い」

「えぇ」

「だから、さ。もう少しだけ待ってもらってもいいかな。今度は何にも囚われない、『紅葉蓮』自身の答えを探してみるからさ。もしかしたら時間がかかるかもしれないけれど、頑張って這いつくばって、色んなものを克服しながら馬鹿みたいに抗ってみるから、さ」

 

 それは、傍から見れば何一つ進展していない言葉だったろう。結局一歩も踏み出せていない台詞に聞こえたかもしれない。実際、告白の返事がされたわけではないし、彼がトラウマを克服したわけでもない。保留の現状は変わらないし、彼はこれからも過去の罪を背負って生きていくだろう。そう簡単に変わるような軽い話ではない。それは分かっている。

 だけども、間違いなくこれだけは言える。

 紅葉蓮はこの時、確かに前を向いたのだ。今まで停滞していた自分から卒業し、ほんの少しではあるけれども、変わろうと決意したのだ。

 だったら、私の返事は決まっている。

 星が煌めく夜空の下で、ありったけの笑顔と共に、私は胸を張って大胆不敵に威張るんだ。

 

「覚悟しなさい、紅葉蓮。貴方がそんなトラウマを馬鹿らしいと思うくらい、貴方の隣で……一番近くで常に幸せになって見せますわ! そして、絶対告白の返事をさせてみせますわよ!」

 

 何一つ進まない、それでも何かが変わった、とある日の物語。

 

 

 

 

 

 




 少々強引ではありますが、「二心」編終了でございます。更新が滅茶苦茶遅れて何年もかかってしまったことに土下座する勢いです。本当に申し訳ありません。
 蓮とリリシアの関係性は何一つ進んではいません。ただ、今まで頑なに「他人第一」だった蓮がほんの少しだけ「自分に我儘」になった瞬間ではあります。まぁ、それでも無理矢理なんですけどね……。
 生徒会のSSなのにシリアス一辺倒でつまらない、とのご指摘がありまして、現におきにいり数も減っているのですが……次回からは「三振」編に突入です。ギャグが戻って参ります。やったね! でも多少のシリアスは生徒会からは切っても切れない関係にあるので、たまにはごめんね。
 それでは長々と。いつまでたってもまともに更新すらできない駄目作家ではありますが、どうかこれからも見守っていただけると幸いです。


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生徒会の三振
変身する生徒会①


 「生徒会の三振」編、スタートです。


「団結力というものは、時に全ての悪を打破するのよ!」

 

 超絶ロリ女子高生桜野くりむはいつものように絶壁の如き胸部をえへんと張ると、パクリ名言を堂々と言い放っていた。

 今回の名言におそらく特定の人物が反応するだろうなぁ、と溜息をつきつつも、とりあえずは左側でうずうずしている副会長を牽制しつつ、先に発言を試みる。

 

「それを、団結力の欠片もないこの生徒会に要求するのは些か無理な話だと思うが……」

「生徒会役員当人がそんなこと言ってどーすんのよっ! 私達は常に一蓮托生、どんなときも協力して物事に取り組んでいかないと!」

「なるほど……ということは、俺が今体験したいことベスト10に入る『涙目のロリっ娘に股間を足蹴にされたい』という願いも、桜野は協力してくれるんだな? よしこい、カモォン!」

「どうしてそういう話になるのよ!? バッカじゃないの!?」

「でも、俺はお前になら何をされても良いと思っているぜ……(渾身のイケメンスマイル)」

「えっ……そ、そんな……皆も見ているんだし、リリシアにも悪いし……」

「いい加減落ち着きなさいそこの生徒会が誇る馬鹿二人」

『誰が馬鹿か!』

「貴方達よ」

 

 見るものすべて……というか、主に藤堂と桜野を魅了する最大のイケメェンな笑顔で彼女を煽ってはみるものの、あと一押しというところで姉さんに止められてしまった。さすがは自称桜野の保護者。悪い虫が付こうとすると全力で排除しにかかるその精神は尊敬に値する。……藤堂に発破かけられて以来、彼女らの俺に対する反応が微妙に顕著になっているのは気のせいだろうか。確かに俺自身の気持ちで考えてみるとは言ったものの、ここまであからさまにされると少し照れる。

 頬を軽く朱に染めて俺から視線を逸らすというあまりにもベッタベタな反応を見せた桜野になんかこう胸の高鳴りを覚える俺ではあったが、彼女の左右……正確には杉崎と姉さんから浴びせられる無言の視線に思わず生唾を呑み込んだ。あれは、やばい。マゾの俺がやばいと思うくらいの密度を持った殺意が向けられている。二人とも桜野ラヴだから、俺に好意が向けられているのが許せないらしかった。理不尽にも程がある。

 俺の発言ですっかり逸れてしまった話題を逸らすべく、いつも通り苦労人杉崎が溜息交じりに口を開いた。

 

「それで、今日は確か、夏休み前の全校集会でやる生徒会の出し物の話し合いですよね。毎年恒例の……寸劇でしたっけ? その内容を決める会議だって聞きましたが」

「そう、なんだけど……ちょっとあんまり気が乗らないというか」

「生理ですか?」

「なんでよっ! なんで杉崎といい蓮といい、私に対してセクハラばっかりしてくるのよ! いい加減訴えても勝てるんじゃない!?」

「失敬な。俺をそこの性癖倒錯気味の被虐趣味者と一緒にしないでいただきたい! 失礼にも程がありますよ!」

「う。た、確かに、少し言い過ぎたかもだね……」

「おい」

 

 杉崎の剣幕に思わず謝る桜野だが、そこで謝罪されると俺の立場がないことに気が付いてほしい。

 申し訳なさげに杉崎を見る桜野。そんな彼女を愛おしげに見つめつつも、杉崎は胸を張って盛大にふんぞり返る。

 

「俺はあくまでも、会長のロリロリしい肢体をこれ以上ないくらいに視姦したうえで舐め回したいだけです!」

「なおのこと酷いじゃない! なに!? なんなの!? つい数秒前に抱いた杉崎への罪悪感を返してよ!」

「ロリが涙目で謝ってくるのって正直萌えますよね」

「分からないよ!」

『分かる』

「分かるな! 知弦と蓮は話がややこしくなるから黙ってて! 具体的には真冬ちゃんが体育の成績で5を取るまで!」

『半永久的に喋るなと!?』

「ちょっと! それはそれで真冬に失礼じゃありませんか先輩方!」

「いや、確かにそれはほぼ確実に無理だとは思う」

「お姉ちゃん!?」

 

 何やら話の流れで特定の腐女子が胸を痛めていたが、俺達には関係のない話なので流しておこう。視界の右端で膝を抱えて死んだ魚みたいな目で俺を見てくるゾンビがいるようにも思えるが、ここで触れると面倒くさいことになるのは火を見るよりも明らかなので無視しておく。深夏がスルーを決め込んでいるから、おそらくはその対応が正しい。というか、実の姉にまで言われるって相当だぞ真冬ちゃん……。

 落胆の境地から未だに返ってこない会計は置いといて、今回の議題に戻ろうと思う。

 夏休み前の全校集会で生徒会が行う寸劇。かつての生徒会が「堅苦しいことばっかしなくてもよくね?」とかいう思い付きの元始めたのがきっかけとなっており、それ以降は後世の生徒会が流れで受け継いだ結果、伝統となってしまったものなのだ。正直な話、今年でやめていいと思うのだけれど……、

 

「美少女達がステージ上で脚光を浴びるまたとない機会を失くすなんて、そんなの絶対駄目ですよ!」

 

 ……とまぁ無類の女好きであるハーレム王が食い下がるので、仕方なく寸劇の内容を決める始末であった。まぁ確かに杉崎の言い分も分かる。俺だって、生徒会メンバーみたいな目を見張るほどの美少女達がスポットを浴びて活躍するのは見てみたいし、おそらくは碧陽学園の男子生徒ほぼ全員が同じ気持ちだろう。人気投票で決まったメンバーだけあって、それぞれの役員への固定ファンは多い。少々言い方は悪いが、娯楽的な意味で言うならばやった方が良いに決まっている。

 だけど、杉崎はどうやら一つ勘違いをしているようだ。まったく同じ考えに至ったらしい深夏が、テンションアゲアゲな杉崎に対してあっけらかんと言い放つ。

 

「すげぇ盛り上がってるとこ悪いんだけどさ、鍵。お前も今年はあたし達と一緒にステージに立つ側だぜ? もちろん蓮さんも」

「…………ゑ?」

「まぁ、そうだろうなぁ」

「えぇえええええええっ!! そんなっ、聞いてねぇよそんなの!!」

「逆になんでお前は出なくていいと思ってたんだ……」

 

 もっともな指摘をしながら頭を抱える副会長の片割れ。客側として彼女達の寸劇を楽しめないことが発覚した杉崎は見ているこっちが悲しくなるほどに落ち込んでいるが、どうしてそこに気が付かなかったのか理解に苦しむ俺である。お前も生徒会メンバーなんだから出るに決まってるだろ……。

 あまりにも惨めで可哀想になってきたから、後で藤堂に録画のお願いでもしてやろう。代わりに何をやらされるか分かったものじゃないが……たまには数少ない男後輩に恩を売るのも悪くない。この借りはいつか十倍にして返してもらおう。

 

「それじゃあ演目を決めましょうか。意見のある人から挙手していってー」

「会長珍しいっすね。いつもなら自分からやりたいって言うくせに」

「台詞覚えるの苦手だからこういうのあんまりしたくないのよ」

「会長さん、そんなしょうもない理由でやる気失くすのはどうなのですか……」

「真冬ちゃんは前会長を知らないからそんなことが言えるのよ。無駄に真面目なあの人にどれだけこってり絞られたか……」

 

 顔を真っ青にして身震いしている桜野の様子に、前会長を知る俺と深夏、そして姉さんはなんとも微妙な苦笑いを浮かべることしかできなかった。姫椿先輩は悪い人ではないのだけれど、どうにもあらゆることを淡々とそつなくこなす傾向があったため、あまり生真面目な雰囲気が得意ではない深夏や桜野は彼女の事を少々苦手としているらしい。生真面目というか、不器用というか……一生懸命さは伝わってきていたので、おそらく姫椿先輩も碧陽学園特有の残念さを持ち合わせていただけだと結論付けた。ウチにマトモなやつはいない。

 閑話休題。桜野と姉さんは特にやりたいこともないようで、そうなると意見を出すのは男二人に椎名姉妹というラインナップになってしまう。自分で言うのもなんだが、まともな人選とは思えない。カオスになる予感がビンビンだぜ。

 

「それじゃあまずは杉崎から――――」

「俺と生徒会メンバーの蜜月な日々を描いたハーレムサクセスストーリーとかどうっすかね!」

「うん、なんかもう予想通り過ぎて驚きもないよね。あまりにも杉崎らしい答えだったから、もはや伝統芸だよね。でも却下」

「ひどい!」

 

 まずどうしてその内容が女性多数の生徒会で可決されると思ったのか問い詰めたいところではある。

 

「次は真冬ちゃん――――」

「やはりここは生徒会が誇る二大男子、杉崎先輩と紅葉弟先輩の甘く切ないボーイズラブショートストーリーで行くべきだと真冬は思いますです! むっふぅー!」

「ボケが一辺倒すぎるよ! 真冬ちゃんまで杉崎側のボケをし始めたら、ツッコミの私はお腹いっぱいだよ! 『ファイナ〇ファンタジー風の冒険活劇やりましょう』とか言ってくれた方がまだ話題が広がったよ! そういう特定の少人数しか喜ばないようなコアなネタは却下! 駄目!」

「で、でもでもっ、会長さんだって紅葉弟先輩が顔を赤らめて喘ぐ姿は見たいですよね!? ね!?」

「……………………えっと」

「目一杯悩んだ末にちょっと迷うのやめろ桜野! その反応はあまりにもガチだ!」

 

 だから俺の話になるといつもの調子を失って恋する乙女脳全開になるのはやめてくれ! 俺は俺で、立場上反応がしづらい! お前とか藤堂とかのアピールに毎回毎回胃を痛めているこっちの身にもなってくれよ!

 

「いや、蓮さんの場合は自業自得だろ」

「正論はときに人を傷つけるだけだと学ぶがいい、深夏よ」

「どこのラスボスだアンタは」

 

 わ、分かってらい! 俺だって自分が悪い事くらいは百も承知だっつーの!

 冷静に客観視してみれば相当なゲス野郎である俺にこれ以上ない程の蔑みの視線を送ってくる深夏。俺はその視線を脳内で快感に変換しつつ、名前を呼ばれてもいないのに寸劇のお題を提案しようと試みた。

 

「じゃあ次は俺の番だな!」

「生徒会全員でアンタを虐めるっていう方向性を除いたうえで発言してもらいましょうか」

「…………」

 

 俺は静かに笑みを浮かべたまま無言で立ち上がると、生徒会室の奥にあるスペース――――壁で仕切られた倉庫のような空間に降り立ち、そのまま膝を抱えて顔を埋めた。あぁ、この仄暗さが心地よい……。

 

「って! アニメ版で急遽追加された生徒会室の倉庫に身を潜めて一人で黄昏るのはやめなさい! そこ一段下がったところにあるから、私の場所からだと胸から上しか見えなくて怖いのよ!」

「だって……桜野がいじめるから……」

「アンタの発想力はほんと駄目な方向に偏ってるわねぇ!?」

「あ、でもロリっ娘にいじめられるのって思った以上に快感だわ。ふふ、下品ですが……少し興奮してしまいましてね」

「いやぁ――――っ! もう嫌だよこのセクハラマゾヒストォ――――ッ!」

「はぁはぁ、もっと甲高い声で心の底から言ってくれ!」

「少しは懲りなさいよこの馬鹿!」

『逆効果なんだよなぁ』

 

 俺の対応に涙目になりながら叫び倒す桜野が愛おしくて仕方がない。マスコット的な意味で。

 いつまでも倉庫で不貞腐れているわけにもいかないので、五分ほど体育座りを続行した後に席に戻る。椅子のゆがみを軽く直すと、そのまま座禅を組み三点倒立を決めて桜野に会話を促した。

 

「続けてくれ」

「目の前に修行僧もびっくりな姿勢の馬鹿がいる状況で会議進められるわけないでしょーがっ! アホか! アンタは真性のアホなのか!?」

「アホじゃない。マゾヒストだ!」

「今世紀最大の不必要な宣言やめなさい!」

「……蓮。話が全く進まないからそろそろふざけるのやめなさい」

「うーい」

 

 さすがに見兼ねた姉さんに止められて大人しく姿勢を正す。確かに少々やりすぎた感は否めない。だが、止まらなかったんだ。実に二年ぶりのギャグパートで今まで溜まっていた鬱憤がハジケてしまったんだ。悪気はない。

 にしても、議題が全く進んでいない。八割方暴走した俺のせいではあるけれども、寸劇のお題が決まる前に司会役の桜野がグロッキーだ。元々体力のある奴ではないからツッコミ疲れしているのだろうが……ここはまとめ役を傍観に徹している姉さんに頼むとしよう。おそらく、俺達の手綱を一番握れるのが彼女だろうし。

 アイコンタクトで内容を伝えると、溜息をつきつつも会話を仕切り直す姉さん。

 

「はい、いい加減話進めるわよ。キー君達は戦力外ってことが分かったから、深夏、貴女だけが頼りだわ」

「俺に意見が求められていない件について」

「変態は黙ってなさい」

「ありがとうございます!」

『うわぁ……』

 

 杉崎と椎名姉妹が割とガチめに引いていたが、今更その程度の反応に堪える俺ではない。

 指名された深夏は「そうさなぁ」と豊かな胸の前で腕を組み、考え込む。いつも脊髄反射で答える彼女にしては珍しい黙考の末、深夏は再び立ち上がると胸を張って意気揚々と告げた。

 

「戦隊モノっていうのは、どうだろう!」

 

 ……長考しようがしまいが、彼女の思考回路に変化はないらしい。

 

 

 

 

 

 



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変身する生徒会②

 三日連続更新だぜ!


「戦隊モノっていうのは、どうだろう!」

『……戦隊モノ?』

 

 深夏以外の四人が揃って首を傾げる。確かに定番ではあるが、ある意味では彼女以外のメンバーが思いつくことはなかっただろうプランだ。高校生の出し物で戦隊モノというのは、少々気恥ずかしいものがあるし。

 いまいちしっくりこなかった俺達の微妙な反応を受けて、深夏は意気揚々と立ち上がると提案を続ける。

 

「そう! 〇〇レンジャー的なさ! 日曜の朝からやってるアレをあたし達がやれば、絶対ウケると思うんだよ! ほら、自分で言うのもなんだけど、美少女戦隊っていう肩書自体にレア感あるし!」

「え、と……深夏? さすがに高校生にもなって戦隊モノというのはちょっと……」

「今更恥ずかしがってんじゃねぇよ知弦さん! 去年の馬鹿真面目な内容に比べりゃ、随分やりやすいお題じゃんか! 生徒達も絶対食いついてくるって!」

「まぁ、そう言われると確かに……」

 

 いつも以上にテンションが上がっている様子の深夏に珍しく言いくるめられる姉さん。基本的に今回の出し物に対してやる気がなく、かつ自分から提案するほどのモチベーションでもない姉さんはこれ以上反論しても泥沼だと判断したらしく、大人しく深夏の提案に従うことにしたようだ。周囲を見ると、桜野を初めとした他メンバーも同様の表情を見せている。俺は元々そういう馬鹿みたいなノリは大好きな人間なので、反対する理由はない。

 その後アイコンタクト会議の結果、深夏の提案に従って内容を決めることに落ち着いた。

 

「よっしゃ! それじゃあ戦隊モノで決まりな!」

「あ、深夏よ。ちょっと提案というか配役希望があるんだけど、いいか?」

「ん? 珍しいな蓮さん。いいぜ、言うだけ言ってみろよ!」

 

 希望が通りすっかり上機嫌の深夏。このまま配役を決める流れになるだろうことは容易に想像できたため、話が進む前に意見を聞いてもらうことにする。会議が進んでしまうと、流れを変えることが難しくなるためだ。

 話が始まる前に意見を出されたのにやや驚いた様子の深夏に促され、提案する。

 

「戦隊モノは基本的に五人だろう? だから、俺には敵の怪人役をやらせてくれないか?」

「…………マゾなのか?」

「いや、マゾだけども。それとこれとは話が違ってだな。俺は至極単純に、怪人役がやりたいんだよ」

「なんでだよ! 戦隊モノと言えばヒーローだろ! それをわざわざ怪人やるだなんて……」

「分かっていない……分かってないぞ深夏ぅ!」

「へ?」

 

 大声を上げて立ち上がった俺に、深夏が目を丸くする。見れば、他のメンバーも「何言ってんだこいつ」と言わんばかりの表情でこちらを見ていた。なかなかに心地よい視線だが、この件に関しては俺は退くわけにはいかない! 溢れんばかりの愛を持って、反論させてもらう!

 

「いいか! 確かに戦隊モノの華はヒーローだろう、そこは否定しない。だけどな、戦隊モノってーのは怪人がいて初めて成り立つコンテンツだ! ヒーローと同じ……いや、それ以上に大切なのが怪人なんだよ! 後言わせてもらうと俺はあらゆるコンテンツにおいて敵役やら脇役が大好きだ!」

「た、確かに……怪人がヒーローを引き立たせるのは自明の理……それに、一般生徒に怪人をやってもらうよりも、生徒会メンバー、しかもその中で最も悪役臭が凄い蓮さんにやってもらう方が盛り上がる……!」

「悪役臭とかいう不名誉な言われようはさておき、そういうことだ! 俺は……俺は、お前達ガクエンジャーに対抗する悪の秘密結社【アカバーン】の幹部、【マゾマゾ怪人レーン】として君臨させてもらう!」

『名前が絶望的にダサい!』

「失敬な!」

 

 俺の超絶イケイケネーミングセンスにケチをつけてくる不届き者達に睨みを返しておく。ダサい……ダサいのか、結構いい感じの名前だと思ったのに……。

 

「いや、どう考えても……というか、今まで真冬が出会った人の中でぶっちぎりでネーミングセンス欠けてるですよ……」

「そこまでか! それはさすがに言い過ぎだろう!? なぁ皆!」

『…………』

 

 全員が一斉に俺から目を逸らす。

 

「もういい、もういいよ……どうせ俺は【ダサダサ怪人ネムラー】だよ……」

「いや、だからそれがダサいのよ貴方」

「肉親から言われると最高に傷つくね! 気持ちいいからいいけどさ!」

 

 同情めいた視線を送られながらの指摘に精神面でノックアウトされかける。マゾはそういう方向性の攻撃に弱いってことをそろそろ分かってほしい今日この頃。打撃面では最強だけど、打たれ弱いんだぞぅ!

 勝手に落ち込む俺を他所に会議は進む。次はタイトルを決めようという話になったが、紆余曲折の末に【生徒会戦隊ガクエンジャー】に決定した。【美少女戦隊ラブレンジャー】とか【BL戦隊ヤオレンジャー】とかいう破壊力抜群センス皆無な命名を行いこっち側に脱落してきた某ハーレム王と腐女子については触れない方向でいく。これ以上俺達のセンスをひけらかすのは人類的によろしくない。

 後日三人で呑みに行くことを計画していると、次の議題へ。

 

「シナリオは後で作るとして、次は配役だな。蓮さんは怪人をやるとして……やっぱり、リーダーたるレッドはあたしだな!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ深夏! リーダーと言えば生徒会長、つまりレッドは私でしょ! そこは譲らないわよ!」

「桜野は赤ちゃん的なレッドだからそれは違うんじゃなかろうか」

「黙りなさいダサダサ怪人ダサゴン」

「ダサさしかねぇ!」

「じゃあダサリエルでいいわよ、天使っぽいじゃない」

「名前の割にカッコ良さが伝わってこねぇな! チクショウ馬鹿にしやがって!」

 

 親友の俺に対する毒舌が最近酷い件について。

 しかし、戦隊モノに乗り気じゃなかったくせにこういうところは譲れないってんだから、桜野はつくづく子供だよなぁ。

 

「うるさいわね。蓮は罰として全校集会後に一人で体育館のモップかけを命じるわ」

「ありがたき幸せ」

「わっかんねぇな……」

 

 俺と桜野の会話に頭を抱える深夏。ふん、貴様のような普通の人間に、俺の高尚なるマゾヒズムが理解できるわけなかろう! この小童がぁ!

 

「蓮さん控えめに言ってキモイっす」

「杉崎だけは見捨てないと思っていたのに」

 

 ゴミを見るような目で言い放つ杉崎に対して小動物的視線を送ってみるものの、効果はいまひとつのようだ。それを見て俺の隣で自作小説【生徒会男子達の劣情】なるゲテモノを書き進めていた真冬ちゃんからノートを取り上げてから、会議に戻るとする。涙目の後輩がポカポカ叩いてくるが知らん。俺は貞操が惜しい。

 

「しゃあねぇなぁ。じゃあレッドは会長さんに譲るよ」

「当然ね!」

「じゃあ次は真冬ちゃんの配役ね。キー君や私と違ってすぐ決まるだろうし……」

「ふ、ふぇ? 真冬ですか?」

 

 皆からの視線を受けて人見知りが再燃したのか、BL小説で顔を隠しながら赤面する真冬ちゃんが超かわいい。でもいつの間にその小説取り出してたんだいキミは。そしてその内容が生徒会に所属する先輩後輩の甘く切ない恋物語に見えるのは気のせいであることを心の底から祈りたい。

 絵に描いたような天然な反応を見せる真冬ちゃんwithボーイズラブ小説に対して、俺達はまったくズレることなく告げる。

 

『ピンク』

「ほぇ? はぇ? ぴ、ピンクですか?」

「真冬、お前はガクエンジャーピンクだ!」

「いや、ピンクは別にいいんだけど……なんでそんな即答……」

「そんなの当たり前だろ」

 

 思わずといった様子で首を傾げる真冬ちゃん。そんな彼女に向けて、実の姉は一拍おいてさらりと断言。

 

「脳内が常に煩悩ピンク色だからだ!」

「ま、待って! そんな不名誉なピンク指名はイヤ! もっとこう、納得できる理由が欲しいよ!」

「理由なんて必要ないだろ」

「カッコイイ台詞回しで誤魔化そうとしても駄目だよお姉ちゃん! それに、その理屈なら紅葉弟先輩とか杉崎先輩とかもピンクじゃん!」

「いや、あの二人はもはやピンクで済ませていいレベルじゃないというか……」

「それは、まぁ……」

『そこで納得されるのは凄く不本意だ!』

 

 確かに俺も杉崎も普通の変態度からかけ離れたところにいるかもしれないけれど、そこでマジ反応されると地味に傷つく。それも基本的に他人を傷つけたり蔑むことがない真冬ちゃんからの反応だとすれば尚更だ。たとえ最近クズ人間度が増してきた彼女とはいえ、可愛い後輩女子からそういう反応されるのは精神的にクるものがある。

 だが、とりあえず真冬ちゃんの配役は決定した。姉さんも黒で決定だから、残りは深夏と杉崎の配役を決めるか。

 

「ちょっと待ちなさい」

「どうしたんだいガクエンジャーブラック」

「さも決まったかのようにブラック呼びするのはやめなさいな! いや、おかしいでしょう!」

「どうしたんですか知弦さん。いや、ブラック」

「わざわざ言い直さなくていいわよ! 悪意! 悪意が見える!」

「もー、そんなところで時間とらなくていいじゃない知弦ぅー」

「何もおかしなところはないと思いますが……」

「貴女達……」

 

 何がショックだったのか、姉さんはその場で膝を床にガックリつくと、何やらぶつぶつぼやき始めた。

 

「ふふ……やっぱり私ってそういうイメージなのね……良いわよ別に、私だってピンクとかイエローが似合うキャピキャピした女の子だなんて思ってはいないし……でも、でもね? 私だっていっぱしの、夢に夢見る女の子……」

「その歳で女の子とか、ないわー」

「蓮貴方覚えておきなさいよ」

「誠に申し訳ございませんでした」

 

 日頃の冗談とは違う割とガチめなドスを利かせた低音に条件反射で額を床に擦り付けていた。身体に染みついた調教の記憶が彼女に逆らうことを拒絶させる……はぁはぁ、興奮が止まらねぇ。

 日頃の行いが祟り無条件でブラックに決定した哀れな姉はさておいて、問題の副会長ズである。ある意味この二人だけはイメージカラーが存在しない為、配役を決めるのに時間がかかると思われたのだが……、

 

「魅惑の青でいいよ俺は」

「神を滅ぼした怪物を一撃で葬り去った、黄の黎明ガクエンジャーイエロー!」

「この副会長たちはもっとまともな感性で色を選べないの!?」

 

 どうやら意外にもあっさり決まったらしい。完全に一人でツッコミ回っている桜野が大変そうだ。

 ヒーロー側の配役が決まってしまった為、次は流れ的に怪人役の詳細を決めることに。とはいえ、所詮は学生の寸劇である。そんな凝った役はできないので、それなりの落としどころを見つけていこう。

 

「蓮さんはどんな怪人がやりたいんだ?」

「そうさなぁ。亀甲縛りのコスチュームで、女子生徒達に鞭を持たせようとする怪人とかかな」

「ただの変質者じゃねーか! そういうのはヒーローじゃなくて警察のお世話になるやつだよ!!」

「じゃあ蝋燭でも可」

「エモノの問題じゃねーよ! アンタの方向性の問題だよ!」

「無理矢理鞭を持たされて、嫌々ながらも振るっている内に秘められたサドヒズムに目覚めていく女子高生……興奮するだろ!」

「しねぇよ!」

 

 真っ向から否定されてしまった。俺という特色を生かしたこれ以上ないくらいぴったりな怪人だと思ったんだが……何がいけなかったんだろう。

 なんか却下されてしまった為、新たな案を出してみる。

 

「じゃあ世界中の人間をマゾヒストにしようと企む怪人でいいよ」

「よくねぇよ! 学園レベルで相手にしていい規模じゃねぇし! ていうかさっきからマゾに収束するのやめろ! もっと健全な方向性でいってくれ!」

「えー……あ! 何人もの女性から好意を向けられているのに有耶無耶にして誤魔化す怪人、ウワーキとかどうだろう!」

「アンタがそれでいいならまったくもって止めないが、その後無事に学園生活が送れなくなることだけは保証してやる」

「自分で言ってて辛くなってきたからやめとく……」

 

 もう同情すらない純粋な侮蔑の目で説き伏せてくる深夏。俺は俺で自分の最低さを再認識しただけなので精神的に辛い。後、桜野がさっきから虫をも射殺せそうな殺意の籠った視線を投げてくるのが怖い。あまりの迫力にあの姉さんが完全にブルっているのも拍車をかけている。俺は俺で桜野に対して申し訳なさしかないので、こっそりメールでこの後ケーキ屋で何か奢ることを条件に許しを請うた。これ完全に二股かけてる最低男の行動だ……。

 

「もうテキトーにクモ怪人か何かやるよ……」

「落ち込んでいるところ悪いけど、完ッ全に自業自得なんだけどね!」

「あ、アカちゃんそこまでに……ほら、あの子だって悪気があるワケじゃ……」

「知弦は黙ってて!」

「はい……」

『知弦さん(紅葉先輩)が会長相手に沈黙しただと!?』

 

 世にも珍しい光景に度肝を抜かれる三人。とりあえず後で姉さんにも謝っておこうと心に決める、紅葉蓮十七歳の春。

 これ以上この話を掘り起こしても進まない為、先程のケーキ屋とは別に今度の休日を差し出すことでどうにか許してもらう、情けない俺なのであった。

 

 

 

 

 




 感想待ってます(土下座)


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変身する生徒会③

 

 滅茶苦茶な紆余曲折やら俺のお財布事情が黙示録やらあったけれども、とりあえず配役は決定した。他五人の役員で構成されるガクエンジャーと俺扮する怪人とかいうまぁ無難なラインナップ。この配役を元に今からシナリオを作っていかないといけないわけだが……。

 

「この生徒会の特色を出しつつ、王道展開に持ち込むってのは少々難しいよなぁ」

「蓮さんは執筆担当だし、鍵も二年B組の小説担当だったりするんだから、多少はシナリオ思いつくんじゃないのか?」

「いや、俺も蓮さんも事実を元に多少脚色しているだけのノンフィクション作家だから、一から物語を作っていくってのは……」

 

 深夏の質問に苦笑交じりに応える杉崎。彼の言う通り、俺も杉崎も文章は書けるものの発想力が秀でているわけではない為、このハチャメチャな生徒会の特色を出した王道シナリオとかいう無茶脚本を単独で作れるなんて思っていない。それに個人で作ってもどうせ文句を言われるのは目に見えているので、こういう時は最初から全員で話し合った方が無難に落とせる。三人寄れば何とやら、だ。

 まずは大まかな骨組みだけ作っていく。

 

「とりあえず流れとしては、怪人登場、ガクエンジャー登場、交戦、勝利、ってところか」

「所詮は学生の寸劇だから、そんなに凝る必要もないしね。ほら、みんなどんどん意見出しちゃってー」

「お前も出せよ桜野」

「わ、私は司令塔だから、皆の意見に反応する役をやるの!」

 

 痛いところを指摘してやるものの、当人は多少狼狽えながらも上手い具合に自身をいつものポジションに置いていた。まぁコイツの場合は物語を作る才能に極端に恵まれていないから、戦力外になるのが目に見えてはいるけれども。

 ふむ、と一息入れて考える。幸いにも敵の詳細は決まっているから、そんなに難しいとは思えないが……。

 

「シンプルな蜘蛛男が敵って言われると、これまた王道なシナリオにならざるを得ないような気がするんですが……」

「そうとは限らないよ真冬ちゃん。ほら、蜘蛛男っていう事は、糸を吐いて自分に亀甲縛りすることも可能なわけだし」

「動き止まってるじゃないですか! すごく華麗に自滅してますですよその怪人!」

「そんなことはないよ。人間は縛られて四肢の動きを封じられた時こそ真の力を発揮できるのさ」

「そんな人外染みたポテンシャル秘めてるのは紅葉弟先輩だけですー!」

 

 真冬ちゃんに全力で指摘されてしまう。うむむ、意外と良い案だと思ったんだけどな。周囲を絡め取りつつ自分も亀甲縛りできるなんて、最高の怪人じゃないか。

 俺が次なるマゾヒストシナリオを考えていると、満を持したように杉崎が手を上げる。

 

「はい杉崎」

「王道かつ高校生らしい対象年齢ということで、ここはひとつクイ〇ンズブレイド的要素を入れ込んでみてはいかがでしょう!」

「良くないよ! 衆人環視で生肌を晒すとか許可できるわけないじゃない!」

「でもクイーン〇ブレイドはCEROマーク『C』ですし、高校生なら何の問題もないような……」

「ここは学校! そんでもって今話し合ってるのは学校行事! えっちいのは駄目なの!」

「え? だけどこの行事って乱〇パーティですよね?」

「下ネタぁ!」

「ふごぉ!?」

 

 あまりにも行き過ぎた下ネタ発言に間髪入れず深夏の拳が飛ぶ。鳩尾に突き刺さるガクエンジャーイエローのパンチによって、ガクエンジャーブルーはいとも無残に膝をついた。あまりの衝撃に何やら顔が真っ青になっているが、あれはおそらくガクエンジャーブルーのマスクだろう。身を張って色まで合わせてくるとか流石としか言いようがない。 

 下ネタ怪人スギサーキが撃沈したところで、ようやく我らがガクエンジャーブラックが重い腰を上げる。

 

「もう、そういうお茶の間にお見せできないような設定は駄目に決まっているでしょう? 少し考えたら分かる事だわ」

「う……そう言われると言い返せない」

 

 日頃問題発言ばかりしているこの女性に文句言われるのも凄く納得はいかないが、内容としては正論この上ない。学校行事にマゾ要素とかエロ要素とかぶち込むのはそもそもお門違いではあるし、許可が出るとは思えない。いやまぁ、俺も杉崎も多少ふざけていた節はあるが……。

 しかしさすがは姉さん。こういうときにストッパーとして機能してくれる人員は貴重だ。今回もさぞ素晴らしい落としどころを見つけてくれるだろう。

 俺の期待のこもった視線に妖艶な笑みを浮かべると、手櫛で髪を梳きながら、

 

「とりあえず、ここは裸の美少年が抱き合っているところをガクエンジャー全員で言葉責めにするという展開で手を打ちましょう」

「俺の期待とその他諸々の感情を返せ!」

「あ、紅葉先輩! その案には真冬も賛成です!」

「真冬ちゃぁん!? キミこういう時だけ乗り気なのは如何なものなの!?」

「でもこの場合、抱き合って言葉責めにされる美少年の片割れは蓮になるわけだけれど……」

「素晴らしいじゃないか。この案で行こうぜ皆」

『一瞬で懐柔されてやがるこのマゾヒスト!』

 

 副会長ズからの手厳しいツッコミが生徒会室に響き渡る。いやはや、素晴らしい案じゃないか姉さん。美少年と抱き合うっていう点が少々いただけないが、言葉責めにされるという最大最高最強のメリットに心惹かれる次第だ。ふむふむ、さすがは軍師紅葉知弦。俺の予想を相も変わらず超えてくるぜ!

 だがさすがにこの案も公序良俗に反するとかいう理由でボツに。良いと思ったんだけどなぁ、言葉責めエンド。

 

「仕方ないわねキー君は。じゃあもう世界滅亡エンドでいいわよ」

「規模が一気におかしいですよ! なんでそうも人類を終わらせようとするんですか!」

「じゃあ破壊神による人類滅亡エンドならどう?」

「敵の種類の問題じゃない! しかも今回の怪人は蓮さん扮する蜘蛛怪人って決まったでしょーが!」

「待った鍵。破壊神と戦う展開は確かに熱いかもしんねぇ!」

「バトルジャンキーは黙ってろ!」

 

 杉崎のツッコミが炸裂する。この男、エロが関係しない話題に置いては相変わらず生徒会役員トップクラスのマトモさを誇っているな……根が真面目なのがこういう時に幸いしている。ツッコミ不在の恐怖は既に経験済みだから、こういう時に安定してツッコミを入れてくれる存在っていうのは貴重だ。ありがたい。

 というわけで、俺も安心してボケさせていただこう。

 

「よし、それならこれはどうだ? 俺がガクエンジャーレッドを攫うから、そのままレッドが俺の顔を踏み潰す!」

「何の進展もしてねぇよ! 貴方がただ自分の性癖暴露してるだけだよ!」

「な、なんで私が蓮の顔面踏まないといけないのよ! 不潔だわ!」

「普通に傷つくぞその言い方は!」

「そうよアカちゃん。蓮は顔を踏まれるよりも股間を踏み抜いた方がイイ反応するんだから」

「部位とか反応の話はしてないっての! 知弦もこの期に及んでわけの分からない追撃しないでよ!」

「私はアカちゃんの為を思って言っているのに……性的に」

「性的に!?」

「あ、俺もそうですよ会長!」

「なんで今知弦の台詞に乗っかったのかなぁ!? 全然いらない同意なんだけど!」

 

 桜野が泣きそうになっていた。元々は俺のマゾ性癖がどうこうとかいう話だったはずなのに、どうしてこうも弄られやすい性格をしているんだろう桜野は。俺達の言葉すべてに反応を返してくれるから、こちらも弄り甲斐がある上に自分自身墓穴を掘り続けていることにいい加減気が付くべきではないだろうか。相変わらずそんな性格しているなぁ。

 ……その後もギャースカ騒いでいっこうに話がまとまらない我が生徒会。このままだと埒が明かない為、生徒会の隅に杉崎を呼び寄せて勝手に二人で台本を製作することに。とりあえず今まで出た案を参考にしながらちまちま書いていく。

 そうして出来上がった台本が、以下の通りだ。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「わーっはっはー! 叩け! もっと俺を叩けそこの少年!」

「う、うぅ……気色悪いのに手が止まらないよぅ……」

 

 蜘蛛のコスプレをした蓮が中目黒に鞭を持たせて叩かせているシーンから開始。この際中目黒は涙目であるとなおよし。

 

「こらぁ! もっと、もっと強く叩かないか!」

「う、うわーん! 誰か助けてー!」

「そこまでよ! そこの変態マゾ怪人!」

「ぬぅ!? 何奴!」

 

 突如響き渡った声に振り向く怪人。すると、身長を誤魔化すために机の上に乗った、真っ赤なスーツに身を包んだ小さい人物。その周囲に立っている四人の色違い達。

 

「真っ赤な情熱であらゆる規則を燃やし尽くす! ガクエンジャーレッド!」

「すべては清き正しい腐女子の為に! ガクエンジャーピンク!」

「一瞬ですべて私の奴隷にしてあげる! ガクエンジャーブラック!」

「悪魔や神々でさえもひれ伏す究極生物! ガクエンジャーイエロー!」

「美少女の為ならたとえ火の中水の中スカートの中! ガクエンジャーブルー!」

『我ら! 生徒会戦隊ガクエンジャー!』

 

 ここで化学部による火薬演出。適量。

 

「小癪な! このマゾマゾ怪人レーンには敵わないことを思い知らせてやる! ゆけっ、お前達!」

『イーッ!』

 

 呼びかけに応じて現れる雑魚エネミー五人。

 それぞれがエネミーと戦闘。

 

「レッドぱ~んち……えいっ!」

「ぐは!?」

 

 低身長のレッドパンチが股間に炸裂。そのまま悶絶。

 

「はうぅ、できればそこの蜘蛛怪人と抱き合ってほしいですぅ」

「ヒィッ!?」

 

 涎を垂らしながらスケッチブックに絡み絵を描き始めるピンクに対して戦意喪失。

 

「ほらぁ♪ まだまだ私は満足していないわよぉ?」

「うぎゃー!」

 

 ブラックによっていつの間にか三角木馬に乗せられたエネミーはそのまま昇天(いろんな意味で)。

 

「必殺! アルティメットスペシャルギャラクティカロイヤルサンダァアアアアア!!」

「ぐぁあああああああ!!」

 

 イエローの何が何だか分からない超常現象染みたパワーで一人蒸発。この際死亡が確定するのでできればマネキン採用。

 

「ぐへへ……ぐへへへっへへ!」

「はぅ!?」

 

 血走った眼で息を荒げながら女性エネミーに襲い掛かるブルー!

 

 そうして、なんだかんだで蜘蛛怪人だけが残る。

 

「甘い! 今のはただの雑魚集団! この俺にかかれば貴様らなど屁の河童よ!」

「目を覚まして、蓮!」

「っ!?」

 

 両手をあげて襲い掛かろうとする怪人だが、レッドの言葉に制止する。

 

「貴方は私達の仲間……そう、ガクエンジャードス黒いブラックだったのよ! 悪の道に落ちてしまったけれど、もう一度私達の元に戻ってきて!」

「ぐ、ぐぅ……い、今更何を……」

「私達は今までも、そしてこれからも一緒でしょ!」

「ざ、戯言をぉおおおおお!!」

 

 拳を振りかぶって走り寄る怪人。そんな怪人に向けてレッドは平手を振りかぶると、思いっきり頬を打つ!

 

「いひゃい!」

「……目は覚めた?」

「な、なにを……いや、なんだこの涙は……」

「それは……それは、貴方がまだ人間だって証拠よ、蓮」

「お、俺は……俺はぁあああああああ!!」

 

 ここで怪人唐突に自爆。煙幕を焚き、その中でスーツを脱ぐ生徒会役員。

 煙幕が晴れると、役員六人が整列。

 

「友情は、何事にも負けない!」

『負けない!』

 

 デーン、という太鼓音と共に幕が下りる。ここで全員でオリジナル曲『戦えガクエンジャー!~マゾリミックス~』を熱唱。

 大盛況のまま寸劇は終わり。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「いや、正直あの劇はないですわ」

「ですよねー」

 

 その後、念の為に動画を撮ってもらっていた藤堂からの一言がすべてを表していたので、俺から言う事は何もない。

 

 




 次回の生徒会はインタビューか雑務か。


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二人だけの生徒会(上)

 お久しぶりです。今回はオリジナル。


「たとえ人数が足りなくても、個々が限界以上の力を発揮すれば何一つ問題はないのよ!」

 

 超絶美人の紅葉知弦は珍しくエベレストの如き胸部をえへんと張ると、パクリ名言を堂々と言い放っていた。

 そう、本日の名言係はいつもの桜野ではない。というか、今この場で名言を言うようなメンバーは一人もいなかった。辺りを見渡せど、生徒会室には俺と姉さんの二人しかいない。普段は六人座っている机に二人しかいない光景は、とても物足りなさを感じさせる。

 

「……というか、なんで私がアカちゃんの代わりをやらされているのかしら」

「俺がやるより姉さんがやった方が読者も嬉しいからだよ」

「メタな発言はさておき、こんな事態は珍しいわね。四月にキー君とアカちゃんが二人でいた時以来じゃない?」

「桜野は真儀瑠先生に連れられて職員室へ。椎名姉妹は母親と用事らしく、杉崎は風邪ひいて自宅で療養中。これはこれでまた示し合わせたように欠席が被って、何かの思惑を感じざるを得ないや」

「それより、私と蓮しかいないのならわざわざ生徒会室に集まる意味は一ミリもないんじゃないの……」

「まぁまぁ、たまにはいいじゃん」

 

 肩を竦めて至極正しい意見を述べる姉さんをなだめる。確かに俺と姉さんだけならば家に帰ってもやることは同じだし、生徒会室に顔を出す必要は全くない。これといって急を要する雑務もないわけで、本当にやることもなかった。かといってこのまま大人しく帰るのもなんか時間を無駄にしたようで腑に落ちない。せっかくのしえ都会としての時間なのだから、家ではすることができない何かをやってもいいだろう。

 にしても、杉崎が風邪をひくとは珍しいこともあったものだ。アイツならばたとえ全身骨折してでも生徒会に顔を出しそうなものだが……、

 

「キー君は熱が40度超えているくせに登校しようとしていたから、朝の時点で深夏と宇宙さんに強制送還してもらったわ。そうでもしないとあの子無理にでも雑務こなそうとするんだもの」

「生徒会大好きすぎるのはいっこうに構わないんだけど、そこまでいくと一種の病気だね……。俺は今さら傷病くらいでへこたれることはないから、いつも通りを装って来られる自信あるよ!」

「誇ることじゃないし、貴方も似たようなものじゃない。場合によってはキー君よりもタチ悪いわよ」

「それはショックを隠せない」

 

 至極冷静にツッコミを入れてくる姉さん。杉崎以上の悪評がつくのはできるだけ避けたい俺としては、今の姉さんの発言は非常に遺憾であり、なおかつ割と衝撃だった。杉崎は女性目当てで病気を乗り越えるが、俺は性癖的に病気をものともしないだけだというのに……一緒にしないでほしいな!

 しかしながら二人だけだと本当に暇だ。雑務もない上にお互いに提出期限の迫った宿題もないため、手を動かして時間を潰すということもできない。よって結果的には姉さんと雑談するか、その他遊び道具を見つけるしかないわけで――――

 そこではた、と何かに思い当たった俺は、期待に満ちた表情を浮かべて姉さんの顔を見やる。

 

「姉さん」

「どうしたの蓮。どこからどう見てもしょうもない考えが浮かんだみたいな顔で私のほうを見て」

「ひどくない?」

 

 もうサディストどうこうではなく、単純に口が悪くないかこの姉は。

 性癖云々では説明できない弟への辛辣さに少々傷つきはするものの、改めて口を開く。

 

「せっかく二人しかいない上に、普段なら皆がいるはずの生徒会室というこの状況……これはもう、いつもとは違うシチュエーションでSMプレイに励むしか!」

「お疲れ様でした」

「あぁっ! 嘘です冗談ですイッツレンレンジョォーック! お願いだから帰らないで姉さん! さすがにここに一人はきつい!」

「マゾが今さら弱音吐くんじゃないの。黙って逆立ちでもしていなさい」

「実の弟に対して虫ケラを見るような視線を送るなんて姉の風上にも置けないね。はぁはぁ」

「息を荒げて顔を赤らめながらノーハンド逆立ちしている人外めいた貴方だけには言われたくないわよ……」

 

 俺の惚れ惚れするほどにスムーズな行動に対してあからさまにドン引きな様子を見せる姉さん。だがそれがいい。全力で忌避したような侮蔑と嘲笑に染まったその表情が、滅茶苦茶いいよ!

 

「ツッコミ不在の状況でいつも以上に性癖を発露するなら、藤堂さんをこの場に呼んでもいいのだけれど」

「それじゃあチェスでも嗜もうか姉さん。それともここは少しアダルトにポーカーでもやるかい?」

「清々しいまでにオンオフが激しいわね」

「藤堂だけは……藤堂だけは勘弁してください……!」

「じゃあ奏ならいいのね」

「よしわかった。靴の裏までなら舐めようじゃないか」

「ご褒美じゃないの」

「ちっ……」

「揺るぎないわね……」

 

 基本サディストなくせに今日に限って妙に常識人めいた姉さんは俺の言動に逐一冷めた発言を繰り返している。そもそも俺をこんなにしたのは姉さんだろうというツッコミはここで入れると今後の生活に支障をきたす可能性があるので口には出さない。いくらマゾとはいえ、ストッパーの外れた姉さんの責めは後遺症が残る。

 というか、ここで藤堂と奏を呼ぼうとする姉さんの据わった根性に感服だ。まぁ実際にこの生徒会に奏を呼ぶなんてことは姉さんの性格的にしないだろうけど、面白半分に藤堂を呼びつけるくらいのことはしでかしそうで素直に怖い。最近俺と藤堂の仲を見ながら楽しんでいる節があるため、ここで止めておかないと取り返しのつかないことになる可能性も大いにある。というか、貴女の親友もこの件に関して一枚噛んでいるのですが、その辺はどう処理するつもりだったのでしょうか。

 その後なんとか最悪の事態を回避することに成功した俺は、状況打破のために倉庫から掘り出した書物在中段ボールをどんと机の上に置くと、その中から適当に一冊取り出した。

 

「えっと……『お子様生徒会長にも分かる心理テスト全集』だって」

「出版社どこよ。その極々限られた一部を狙い撃ちしたようなタイトルは完全に悪意あるわよね」

「富士〇書房って書いてるね」

「案の定!」

 

 最近生徒会議事録の書籍化を手伝ってくれている某出版社が日頃の仕返しをしたとしか思えない悪意100パーセントのタイトルに苦笑を隠せない。やはりあちらさんもウチの会長の横暴に耐えかねていたということか。……今度菓子折りもって謝りに行こう。

 子供の癇癪と気まぐれに振り回されている出版社さんに同情めいた何かを感じながらも、さっそく本を開いてよさげな心理テストを探す。

 

「おっ、この心理テストは姉さんに合っているんじゃないか?」

「へぇ、さぞかし乙女チックで優雅なテストなんでしょうね」

「『今まで人生を踏み外させた人間の数から分かる貴方の人間性』テストだって」

「テストするまでもなく一人でもいたその瞬間から人間性最低でしょう!? 何を競おうとしているのよそのテストは! 五十歩百歩じゃない!」

「……ちなみに聞くけど、何人くらい人生破滅させたの?」

「100人を超えたところで数えるのをやめたわ」

「大魔王クラスじゃねぇか!」

 

 内容を否定した割にしっかり最低人間していて素直にビビる。どのツラ下げてさっきのセリフを吐いたのか小一時間ほど問い詰めたいところではあるが、あまり言及してお茶の間に披露できないような事件まで漏洩してしまうと取り返しがつかない。ここは姉さんの社会的立場の確保と、俺の精神安定の為にもスルーしておくべきだろう。でもその前科持ちで今の心理テストをディスったのは本当に意味が分からないよ……。

 仕方がないので、他の項目をペラペラと。

 

「『胸の大きさで分かる男からの好感度テスト』」

「ファッション誌の巻末特集か!」

「『今まで殺した蚊の数から分かる貴方の優しさテスト』」

「どこ向けなのよそのテストは! 後そのテストは絶対優しさ求めてないでしょう!? 残酷性計測が目的でしょう!?」

「『周囲からの評価から分かる人間性テスト』」

「あらいいじゃない。まぁ私は眉目秀麗頭脳明晰な完璧JKだから、わざわざテストするまでもないと思うけれどね」

「ソーデスネ」

「全身の穴という穴から蒸発寸前の蝋燭垂らしてやるわ……」

「さすがに死ぬので勘弁してください」

 

 瞬時に床に這いつくばって土下寝を敢行。土下座ではなく土下寝。これは限られたものだけが習得することができる、究極の謝罪方法である。その際に相手の靴を舐めることができれば免許皆伝なので、習得希望の方は人間としてのプライドを捨てる覚悟を決めるところから始めよう! なお友達は激減するぞ! 気を付けよう!

 5ペロ時点でようやく許された俺は椅子に座りなおすと、心理テストの本を閉じると一息入れてぽつりと呟く。

 

「……まともなものがなかったね」

「タイトルの時点で不安しかなかったことについてはツッコまなくていいのかしら」

「というかタイトル間違っているよねこれ。お子様会長どうこうじゃなくて、最低人間に向けた限りなく下衆な心理テストだよね」

「アカちゃんディスってまで売ろうとした内容とは思えないわ……」

 

 どこまで彼女へのヘイトが溜まればこんなことになるのかと疑問には思うものの、たぶん慣れてしまった俺達がおかしいのだろうと結論付けた。その結論に至った瞬間に頭を抱えて唸る高校三年生が二名ほど生徒会室に生まれてしまったことはまったくの余談である。

 二人して溜息をつく。時計を見ると時刻はようやく5時を回ったところだ。何も仕事がないためここで帰宅してもいいのだが、少々早い。もう少し時間を潰したいところではある。

 何をしようかなー、と生徒会室のあちらこちらに視線を飛ばしていると、不意に姉さんが俺の名前を呼んだ。

 

「ねぇ、蓮。少しいいかしら」

「んー? どうしたの改まって。どうせ暇だからなんでもいいよ――――」

「蓮はさ、アカちゃんのこと、本当はどう思っているの?」

「……は?」

 

 一瞬完全に思考が止まる。この雰囲気で急に何を言い出したのか、脳が理解を拒否しそうになるが、それだけはしてはいけないと何度か彼女の言葉を噛み砕く。姉さんはさっきまでとは明らかに違う真剣な表情で俺を見据えていた。

 目を丸くする俺に対して、限りなく低いトーンで姉さんはゆっくり、それでいて確かに言った。

 

「アカちゃんの気持ちを踏みにじってる自覚はあるんでしょう? 彼女のことを本当はどう思っているのか、真面目に答えてちょうだい」

 

 ――――俺を追い詰めるように、瞳に暗い輝きを灯らせて。

 

 

 

 

 




 読了ありがとうございます。


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二人だけの生徒会(下)

 あけましておめでとうございます(遅)


「アカちゃんのことはどう思っているの? 彼女を傷つけている自覚はあるんでしょう?」

 

 二人しかいない生徒会室。先程までのおちゃらけた雰囲気はどこへやら、打って変わって真面目な面持ちで俺を見据える姉さん。そのあまりにも据わった、一欠片の冗談すら感じられない眼光に、いつものようにヘラついて軽口を返そうとした俺は思わず口をつぐんだ。今はそんな不真面目さは求めていない、と表情だけで語られる。

 ふと視線を生徒会室の入り口に向けると、視線を遮るように姉さんは言葉を続けた。

 

「私は、蓮がどんな選択をしようと貴方の勝手だと思っているわ。私がいちいち口を出すことじゃないってことも。もういい大人なんだもの、自分の責任で行動すべきなんてことも分かっている」

「姉さん……」

「でもね、貴方の選択で誰かが……それこそ、私の大切な親友が傷つくというのなら、私はその選択を……紅葉蓮を許さない。それが貴方の選んだ最善の道だったとしても、たとえ貴方がかけがえのない姉弟だったとしても」

「…………」

 

 それは、おそらく姉さんがずっと言いたかったことなのだろう。

 中学時代のトラウマを抱えたまま碧陽学園に入学した俺達。周囲から距離を置いていた俺達姉弟と必死で友達になろうとしてくれた心優しい親友を……俺達の大事な親友を、この俺自身が傷つけようとしている、その事実に対して。あまり感情を表に出そうとしない姉さんが一年近く胸の奥に秘めていた、怒りの感情。

 俺だって、姉さんの立場だったら激怒しているだろう。親友を、それもよりによって恩人を蔑ろにしようとしているのだから。姉さんに限らず、この状況を聞いた人ならばほぼ全員が俺の事を「最低」と罵るに違いなかった。それはそれで俺にとってはご褒美ではあるけれど、さすがにそんな不謹慎な状況で快感を得られるとは思えない。

 

「アカちゃんが蓮に告白したのは、藤堂さんより後だった。というより、藤堂さんが告白したのを見て、慌てて後を追ったって言った方がいいかしらね。恋愛感情というもの自体をよく理解していなかったはずのアカちゃんが気持ちを貴方に伝えたって聞いて、正直驚いたわ」

 

 桜野が俺に告白してきたのは、今年の春先。それこそ、俺の生徒会入りが確定した時期のことだ。ようやく勉強地獄から解放されて、高校生らしく青春を謳歌していた頃。ちょうど年度末にクラス会で夜中まで騒いで、彼女を家まで送り届けた時に、桜野は言った。

 

『不器用だけど、常に周囲を笑顔にしようとする蓮のことが大好き』

 

 いつも馬鹿みたいに明るくて、色恋沙汰なんかまったく興味ないような素振りだった桜野が、初めて見せた年相応の顔。月明かりに照らされながら、頬を真っ赤に染め上げて。それはとても春先の夜風が撫で上げたものだとは到底思えず。俺のコートの裾を掴んだまま、一秒でも共にいようと抗うかのように。

 ……告白の返事は、『保留』だった。

 以前藤堂に言ったように、俺は他人からの好意を受け取る資格はないし、好意を向ける権利もない。愛する人の異変に気付かず、ただ傷つけることしかできなかった俺は、誰の気持ちも向けられることを許されなかったから。だから、桜野の告白を『保留』した。……『拒否』しなかった理由も、藤堂の時と同じ。

 拒否して傷つけるくらいなら、少しでもショックが少ない保留の方がお互いにいいと思ったから。

 あの時の選択を間違っているとは思わない。何も吹っ切られていない弱い俺にとっては、最善の選択だったと思っている。それは今でも変わらない。

 

「レンの気持ちは分かっているつもり。十七年間もずっと一緒にいるんですもの。余計なことまで分かっちゃうのは道理よね」

「姉さんは聡すぎるんだよ」

「誰かさんが鈍すぎるのよ」

「悪かったな」

「罪悪感があるのなら、いい加減にアカちゃんへの素直な気持ちを教えてほしいわね」

「そもそもなんで姉さんが聞きたがるのさ」

「私はあの子の親友で、貴方の双子の姉なのよ? 知らないままだなんて許さないわ」

 

 勝手だなぁ、とぼやいてはみるものの、お喋りはそろそろ終わりらしい。姉さんの目が冗談を許さないものになっている。

 溜息をつく。こういうのは、当事者二人だけで話すような話題だと思うんだけど。言っても聞かないだろうから、いいけどさ。

 ただ静かに返事を待つ姉さんに向き直ると、いつものへらへらしたお調子者キャラを投げ捨てて、『紅葉蓮』として正直な答えをぶつけるべく俺は口を開いた。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「あーもー。真儀瑠先生、書類の片付けくらい一人でしてくれないかなー。しかも結構溜まってたし」

 

 超絶怒涛の生徒会長こと私桜野くりむはてくてくと廊下を歩く。

 生徒会を休ませてまで私を呼び出した理由が、先生の雑務の処理だというのだからまったく笑えない。話を聞くと、いつもは杉崎が手伝ってくれていたのだとか。そもそも生徒に仕事を押し付けるなよと真面目に怒りたくはなるものの、彼女の傍若無人っぷりに今更ケチをつけても一緒ではある。こんなことばかり言っていると、蓮あたりからまたツッコミを入れられそうだし。

 ある程度終わらせてから抜け出してきたのだが、すっかり遅くなってしまった。今日は椎名姉妹も杉崎も不在で、知弦と蓮の二人だけの生徒会であるらしい。根は常識人の二人だから何もトラブルは起こらないとは思うけれど、日頃の行い的に少々心配だ。生徒会メンバーはたとえまったくふざけていなくても騒動を引き起こすというのは碧陽の全員羞恥の事実。いくら私が空前絶後の全知全能常識リーダーだとはいえ、さすがにあの暴走五人衆を止められる自信はない。特にあの双子は厳しい。

 とにもかくにも急いで生徒会室に向かおう。もうすぐ下校時刻だが、今ならまだ少しは生徒会活動ができる。それに、人数が少ないということは蓮と交流する頻度も必然的に跳ね上がるということだ。そう考えると胸が躍る。

 

「えへへー。リリシアには悪いけど、これが生徒会長権限だよね!」

「あら、偶然ですわね桜野くりむ。丁度私も生徒会室に向かおうとしていたところで――」

「全力ダッシュ!」

「お待ちなさい」

 

 せっかく意気揚々と歩いていた矢先に不吉な金髪が視界に入ったので脱走を試みるも、深夏もびっくりな体捌きで見事に捕獲されてしまう。こ、この金髪……新聞部のくせに動きが鋭い!

 

「急に何をするんですか藤堂さん。私は今とても急いでいるのですが」

「他人のふりをしても無駄ですわよ。聞けば本日の生徒会は三年生のみの活動とか。あのイレギュラー下級生共がいないということは、紅葉蓮との距離を縮める絶好のチャンス!」

「最難関知弦がいることを忘れてない?」

「うっ……ま、まぁお義姉様にはしっかりとご挨拶から入らせてもらうとしまして……」

「リリシアが知弦をそう呼ぶの気持ち悪い」

「辛辣すぎやしませんこと?」

 

 さすがに同級生を義姉呼びは本当に気色悪いので丁寧にツッコミを入れさせてもらう。文句を言ってくるリリシアではあるけれど、本人もある程度のキモさは自覚が合ったようでしっかり目を逸らす始末だ。リリシアは知弦が苦手だからなぁ。まぁそりゃ、あんだけ毎回毎回あしらわれれば苦手になるのも当然だけど。

 とはいえ、一応恋敵であるこの女をむざむざ生徒会室に連れて行くわけにもいかない。ただでさえ最近リードを許しているのだし、少しは私にも花を譲ってほしい所ではある。

 

「生徒会室は役員以外立ち入り禁止なのでお引き取り下さい」

「あら、そんなこと言ってもいいのですか?」

「どういう意味よ」

「紅葉姉弟しかいない生徒会室。そこでの会話は誰も知らない。でも、中身は気になる……そうは思いませんか?」

「……まさか」

「そう、そのまさかですわ」

 

 勿体ぶるような言い方。しかし、私は悟った。彼女の真意、そしてそれがもたらす財宝を。

 リリシアは新聞部だが、同時に生粋のパパラッチでもある。盗聴盗撮はお手の物、本気を出せば国家の中枢にでも潜り込めるとは見た目が普通すぎる新聞部員の談。その真偽はさておき、彼女の取材力は本物だ。碧陽学園の情報網を支配していると言っても過言ではないだろう。一生徒がそれほどまでの影響力を持っていていいのかはこの際置いておく。

 ゴクリンコ、と生唾を呑み込む私に、あくどい表情を浮かべたリリシアが言葉を続ける。

 

「普段は見られない彼らの素顔。そして、おそらくは私や貴女のことも少なからず話してはいるでしょう。直接赴けば確かに絡みは増えるかもしれない。ですが私にかかれば、姉弟でしか話せない内容もあら不思議。瞬く間に私達の耳に入る事間違いなし!」

「た、確かに……倫理的にどうなのかはさておいて、魅力的な提案……」

「でしょう? 恋とは時に情報戦。敵を知り己を知れば百戦危うからず、と昔の人は言いましたわ。ここはひとつ、私と手を取り合うべきではありませんこと? 具体的に言うと、先に盗聴してあげるから会議に混ぜてくださいな」

「びっくりするくらい愚直に来たね」

「そりゃあもう。私だって藁にも縋りたい思いですし」

 

 リリシアがここまで素直に協力を申し出るのも珍しい。それも、一応はライバルである私に声をかけるなんて初めてではなかろうか。まぁ犬猿の仲とは言われているけど一緒に遊びに行ったりもするし、仲が悪いわけではないのだけど……手を取り合うのはなんかヤな感じがしていた。たぶん同族嫌悪。

 だけれども、今回ばかりはお互いに不利益もなさそうだ。となれば協力を拒否する道理もない。

 

「部外者を入れるのは特別だからね」

「さすがは我が好敵手。それでこそ桜野くりむですわ」

「持ち上げても甘くなったりはしないんだから」

 

 イーッとなじりつつも二人して生徒会室へ。しばらくして、見慣れたドアが見えてくる。中からはくぐもった二人の声がわずかではあるが聞こえてきていた。

 早速リリシアが何やら磁石のような機械を扉に取り付ける。そこから伸びたイヤホンをつけると、扉一枚隔てているとは思えないくらい明瞭に紅葉姉弟の声が聞こえてきた。

 

「リリシア……こんなガチの機械をいったいどこで……」

「最近はネットで何でも手に入りますのよ。覚えておくといいですわ」

「知りたくなかった真実」

 

 そういえば前に知弦が通販で三角木馬を購入していたことを思い出す。そういうアブノーマルな人達の中では通販が一般化しているのだろう。すぐに忘れよう。

 気を取り直して、二人の会話に耳をそばだてる。

 

『えっと……「お子様生徒会長にも分かる心理テスト全集」だって』

「(喧嘩売ってんのか!)」

「(落ち着きなさい桜野くりむ! 向こうにバレますわよ!)」

 

 暴れ出した私をリリシアが慌てて止める。明らかに私だけを狙い撃ちにした本のタイトルに怒りを隠せない。まったく、そんな酷いタイトルの本を出す出版社はどこのどいつなの!?

 どうやら知弦も同じことを考えたようで、呆れたように質問していた。

 

『出版社どこよ。その極々限られた一部を狙い撃ちしたようなタイトルは完全に悪意あるわよね』

『富士〇書房って書いてるね』

『案の定!』

 

 これには私だけではなくリリシアまでもがツッコミを入れた。慌てて口を噤むが、幸い二人には聞こえていなかったらしい。安堵に胸を撫で下ろす。

 その後占いやら心理テストやら、聞いているだけで正気度が削られる会話が続いたものの、ようやく私達が期待していた会話が始まるようだ。先程とは打って変わって神妙な声色で知弦が蓮へ問いかける。

 

『蓮はさ、アカちゃんのこと、本当はどう思っているの?』

『え……?』

『アカちゃんの気持ちを踏みにじってる自覚はあるんでしょう? 彼女のことを本当はどう思っているのか、真面目に答えてちょうだい』

 

 蓮の戸惑う様子が伝わってくる。かくいう私も喉の奥が干上がる思いだ。隣を見れば、居心地悪そうに俯いているリリシアの姿。当然だろう。返答次第では私を傷つけかねないこの質問。万が一の事を考えると、彼女も気が気でないに違いない。

 息を呑む。心臓がけたたましくなって騒がしい。私の意思とは無関係に身体が震え、呼吸が乱れる。見兼ねたリリシアが手を繋いでくれるが、治まる様子はない。

 あぁ、いったい今から、どんな言葉で私は打ちのめされるのか――――

 

 

『俺は、桜野のこと、大好きだよ』

 

 

 ――――呼吸が、止まった。

 冗談ではなく、本気で一瞬呼吸が停止する。呼吸どころか、生命活動が停止したようにも思えた。そんな私の動揺を他所に、彼は言葉を続ける。

 

『姉さんには前にも言ったけど、俺は藤堂の事も桜野のことも大好きなんだ。最低なこと言っている自覚はあるけどさ、優劣なんてつけられない。いつかきっちりしないといけないのは分かっているよ。でも、こんな最低な俺なんかに好意を向けてくれている最高の二人なんだ。そんな簡単に返事をしていいわけないじゃないか』

『キー君みたいなこと言っているけど、キー君と違ってうじうじしているのが低評価ね』

『お生憎様。俺は優柔不断で頼りない鈍感マゾ野郎なので、その言葉はご褒美にしかならないよ』

『はぁ……その様子だと、あの二人の苦悩は卒業まで続きそうね……』

『面目ない……』

 

 結局いつものように知弦に説教され始める蓮。さっきまでの威勢はどこへやら、すっかり普段の二人に戻っていた。

 ……だけど、こちらとしては、そうもいかない。

 

「…………あぅぅ」

 

 顔が赤い、なんてものでは済まされない赤面っぷり。リリシアも同様に、熱湯を被ったかのように火照った顔つきをしている。顔だけじゃなく全身が熱い。恥ずかしさと嬉しさが入り混じって、もう意味が分からない!

 

「あの馬鹿……そういうことは直接言いなさいよ……」

「うぅ、ずるいですわ……」

 

 二人して頭を抱える。あの最低男はどこまで私達を悩ませれば気が済むのだろう。ただでさえ告白の返事を保留にしてやきもきさせているというのに、本当にムカつく男だ。

 ……それでも嫌な気持ちがしないのは、惚れた弱みというやつだろうか。どうやら馬鹿なのは蓮だけじゃないらしい。彼の雰囲気に当てられて、私とリリシアも相当馬鹿になっているようだ。

 イヤホンを外してリリシアと顔を見合わせる。とても平常心で生徒会室に突撃できる心境ではなかった。

 

「……帰ろっか、リリシア」

「えぇ……喫茶店にでも寄りましょう……」

 

 二人に気取られないようにゆっくりと生徒会室を後にする。間もなく夏本番といった暑さが始まる夕陽の下で、それ以上に火照った私達は心臓の鼓動をBGMに下校を開始するのだった。

 

 

 

 ――――帰宅後、ベッドに飛び込んで悶絶したのは言うまでもない。

 

 

 




 応援のメッセージ、いつもありがたく読ませていただいております。
 遅筆な拙作ですが、これからもよろしくお願い致します。


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生徒会の四散
予想する生徒会


 ようやく「四散」編


「私達人間には、無限の可能性があるのよ!」

 

 超絶ロリ女子高生桜野くりむはいつものように絶壁の如き胸部をえへんと張ると、パクリ名言を堂々と言い放っていた。

 とまぁ聞きようによっては偽善にも聞こえかねない台詞ではあるものの、これに関しては割と同調できる思想だ。普段通りのセクハラトークで見事にあしらわれている杉崎に加勢する形にはなるが、桜野の揚げ足を取るように会話に乱入する。

 

「桜野の成長可能性は限りなくゼロだけどな」

「それはどういう意味なのかなぁ!? 人間としてなのか、それとも肉体的な意味なのか!」

「そんな……そんな残酷なこと、俺には……うっ」

「妙にリアルな反応やめなさい! そ、それに、人間として成長しないのは蓮も同じでしょ!? そこんとこはどうなのよ!」

「失礼な。俺は日々常に成長してんだよ」

「ど、どういう意味よ」

 

 机を挟んだ真正面から獣のようにぐるぐる唸って威嚇してくる桜野。自分自身への罵倒を認めてしまっている形になっていることに気が付いているのかいないのか知らないが、何気に聞き捨てならないことを言われているような気がする。まったく失礼な。この俺が成長しないなんて、そんなことある訳ないだろう。

 俺は呆れを含んだ表情で溜息をつくと、鞄から愛用の縄を三本取り出し、そのまま自身に巻き付け始め――

 

「なんと、セルフで亀甲縛りをできるようになったんだ! 褒めてくれ桜野! これは、マゾヒスト界に激震を走らせる大いなる一歩に……!」

「さて、それじゃあ皆の将来の夢を語っていくわよー。べ、別に私の進路志望の参考にしたいとかじゃないからね」

「…………真冬ちゃん」

「全身に麻縄巻き付けた変態さんと話すことなんて何もないのでこちらを向かないで欲しいです」

 

 あまりにも無慈悲なスルーを喰らったので沈黙するしかない。藁にも縋る思いで隣の真冬ちゃんに助けを求めてはみたものの、心底気色悪いといった視線を向けられてしまった。純度百パーセントの嫌悪に思わず心臓が高鳴ってしまう。はぁはぁ、興奮してきた。

 

「真冬に変態的な嗜好押し付けてんじゃねぇぞ蓮さん」

「押し付けてなんかいない。今のはただの生理現象だ」

「そんな最低な生理現象あってたまるか! アンタが常軌を逸したマゾヒストってだけだろ!」

「俺は三度の飯よりも罵倒と蔑みの視線が大好きだ」

「限りなく知りたくなかった情報の一つなんだが!」

「あ、後は鞭が好きです。もちろん打たれる方で」

「誰も望んでないような補足情報付け加えてんじゃねぇよ!」

 

 妹を庇うように横腹を殴ってきていた深夏が徐々に暗い顔をし始めてきていたので、そろそろ脱線から戻るとする。

 今回の議題というか、桜野の提案は、まぁ根拠としては分かりやすい。つい数日前に配られた進路希望調査表。俺と姉さんは無難に「進学」と書いて担任に提出してはいるものの、彼女は未だに記入することができずに提出締切が近づいてきているという訳だ。毎日毎日何も考えずに生きている桜野らしいといえばらしいが、彼女の性格がどうであれ締切が遠ざかるわけではない。大方、放課後に担任からせっつかれでもしたのだろう。

 ちなみに藤堂のヤツは意外にも「進学」と書いて提出していた。理由を聞いてみると、「あ、貴方ともっと一緒にいたいからに決まっているでしょう」と聞いたこちらまでもが恥ずかしくなってしまうセリフを吐かれた次第であります。複雑な関係だとは言え、あそこまでストレートに言われるとこちらとしても反応に困ってしまう。……主に、羞恥心的な意味で。

 

「なにニヤニヤしてんのよ蓮。気持ち悪いわよ」

「普通に酷いな」

 

 悪口罵倒はご褒美だとはいえ、親友からマジトーンで言われると地味に傷ついてしまう。というか、藤堂と進路希望調査の話をした一昨日くらいから俺に対する当たりが強くなっているのはおそらく気のせいではあるまい。怒っている理由もなんとなく想像はつく。理不尽だとは思うが八割方俺のせいであるのも否めないので、今は甘んじて受けるしかないのが現状だ。マゾじゃなかったら再起不能になっていた。

 さて、話を戻して進路についてだ。深夏が順当に就職やらお嫁さんやらで生徒会メンバーをほんわかラブリーな空気に陥れている中、唯一無事だった真冬ちゃんに改めて声をかける。

 

「真冬ちゃんはやっぱり、ゲーム関係とか作家さん?」

「うーん、真冬はあんまり自分の趣味を仕事にしたくないタイプなんですよね。純粋な気持ちで没頭できなくなるというか」

「先輩二人のナマモノジャンルでBL本書くのは純粋な気持ちって言っていいのか?」

「真冬の本に出てくる登場人物はあくまでフィクションであり、実在の人物とは一切関係がありませんです」

「その注意書きすればなんでも許されると思うなよ」

「ただ、真冬がこっそり制作中の挿絵は紅葉弟先輩と杉崎先輩をモデルにしていますけどね!」

「やっぱり関係あるじゃねぇか! やめろ! 俺にそっちの気はない!」

「またまたぁ、マゾヒストなんだからそれも悦んでいるって真冬には分かりますよ」

「とんでもない誤解と捻くれた認識に齟齬が生じているんだけどねぇ!」

「完成したら次回のオールナイト全時空で朗読会しますね」

「全校規模での誤解を解くのは死ぬほど大変だから勘弁してぇええ!」

「……ふぅ、ストレス発散できたから良しとするです」

「悪魔か!」

 

 完全に弄ばれた形になっているのだけれど、いつからこの後輩ちゃんはこんなに強かになってしまったのだろうか。四月に知り合った時点ではもっと健気で純情で、純粋無垢な女の子だったはずなのに……。

 

「いや、真冬ちゃんがそこまで歪んだのは間違いなく貴方とキー君のせいでしょ」

「あーあー聞こえないー」

「左右の耳を繋いであげようかしら」

「嬉しい限りだけどせめて死なない程度にお願いします」

 

 かなりのジト目で実姉から睨まれているけれど、俺としては目を逸らすしかない。身に覚えがありすぎる、なんて認めた日には自分の変態っぷりを世に知らしめすことになってしまうからだ。杉崎はともかくとして、俺は心身ともに健やかな少年少女に危害や悪影響を加えるような先輩になった覚えは……覚えは……ない!

 その後、杉崎はヒモ王だったり、我が姉は相変わらず社会の裏スレスレな妄言を叩いていたりとキャラ性にブレない発言を行っていたが、その後矛先が向けられたのはもちろん俺だ。桜野が妙に期待を込めた視線を送っているのはどういう了見か知らないけれど、とにもかくにも話題提起に協力したほうがよさそうな雰囲気だ。何やらソワソワしている親友は置いといて、さっそく口を開く。

 

「まぁとりあえずはススキノのSM界を牛耳るところからかな」

「世界的にあんまり支障が無さそうで地味に反響がありそうな世界を手中に収めようとするのはやめてください! 俺の夢も大概ですけど、蓮さんも結構アレですよね!」

「何を言う。最強のマゾヒストを目指すための足掛かりにはもってこいじゃないか。ススキノや池袋、中州の屈強なマゾヒスト達を結集し、俺は新国家を立ち上げてみせる」

「いやもうなんか一気に壮大なスペクタクルが展開されつつありますけども! イヤだそんな暑苦しい新国家! 屈折した性癖集団のクーデターなんて何の悪夢だ!」

「国名は『マッゾイ共和国』に決定だな」

『相変わらずネーミングセンスがダサい!』

 

 全員から国名をディスられて地味に傷つくものの、今更であるため軽く流すことにする。というか、いいと思うんだけどな新国家。サッドイ王国は姉さんに治めてもらって、たまに両国家で親交を深めることで究極のSMプレイを……げへへ。

 

「言っておくけど私は貴方の夢に乗っかるのイヤだからね」

「そんな! なんでだよ姉さん!」

「私はあくまでも個人的にSっ気があるだけであって、そんな大それたぶっ飛び方はしていないからよ」

『えっ……?』

「ちょっと待ちなさい貴方達」

 

 とんでもない発言を聞いた気がするのだけれど俺達の気のせいだろうか。

 

「わ、私はまだ常識のある方でしょ? ねぇ、皆?」

『……………………』

「ちょ、嘘でしょ……? き、キー君! 蓮! 貴方達なら分かってくれるわよね?」

「……ごめんなさい、知弦さん」

「いやぁ、さすがにそれは無理でしょ姉さぶぎょぁっ!?」

「……ちょっと外の風に当たってくるわ」

「いやなんで今俺にだけ鞄ぶつけたの姉さん」

 

 いいけどさ、別にいいんだけどさっ。なんか釈然としねぇ!

 自身の扱いに今更ながらショックを覚えたらしい姉さんが生徒会室から出て行ってしまったが、たぶんすぐに戻ってくるだろうし特に気にしない方向で会議を進めていく。なんなら俺と杉崎の扱いの方が圧倒的に悪いのだけれど、そこでマウントを取ったところで生まれるのは限りない虚しさだけだから言わないでおいた。虚しい。

 ……とまぁひとしきりメンバー同士のボケの応酬が終わったところで(姉さんも無事に戻ってきた)、桜野が改めて会話を切り出した。

 

「でもさぁ、みんな勿体ないよね。堅実な将来を描くのは正しいとは思うけど、もっと可能性を追いかけてもいいと思うのにさ」

「まぁ会長の言う通りですが、さすがに宇宙人とか未来人とか超能力者って書くのは常識的にどうかと思いますよ」

「いやまぁそれはそうなんだけどさ。なんか、皆、もっともっといっぱいの可能性と選択肢を持っているはずなのになって」

『…………』

 

 桜野の言葉に、俺を含めたメンバー全員が口を噤む。だが、おそらく俺だけは違う理由で二の句を告げなくなっていたのだと思う。

 おそらく桜野は、そこまで深く考えて議題を提示したわけではないだろう。しかも、その方向性は将来の夢や進路に特定されているはずだ。……だけど俺は、彼女の言葉が優柔不断な俺自身の選択のことを言っているように捉えてしまっていた。

 好かれる資格なんてない、好きになる資格なんてない。

 そんな身勝手な理由を、いつまでも過去のトラウマを引きずっている俺は、自らの可能性を狭めていることになるのだろうか。もし彼女が言うように「人間には無限の可能性がある」のなら、俺自身がまた新たな人生を歩むことも可能なのだろうか。

 ――もしそれが、本当に許されるのなら……俺は。

 

「私達には、無限の可能性があると思うの! 過去の経験がどうであれ、未来はきっと明るいわ!」

 

 それは、今回の冒頭で桜野が言った名言で。

 藤堂が、桜野が……そして、俺が。

 無限の可能性ってやつが平等に訪れるのだとしたら、それはきっと……。

 

「……きっと、俺なりの正解を持って、答えを出せると思うから」

「ん、蓮どうしたの? なんかボソボソ言ってなかった?」

「なんでもねぇよちびっこ」

「はぁ~? モヤシに言われたくないわよばーか!」

 

 子供のようにムキになって突っかかってくる我が親友。どこまでも、どんな時でも普段通りに「親友」として接してくれる彼女に、心の中で感謝しつつ――

 

 ――どうか、彼女がこれからも幸福そうに笑ってくれるような答えを出せるようにと、未来の俺にエールを送った。

 

 

 




 生徒会の新巻(周年)が面白かった。


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暴露する生徒会(上)

 気が付いたら結婚していた。


 

「豊かな教養こそが、健やかな心を育むのよ!」

 

 超絶ロリ女子高生桜野くりむはいつものように絶壁の如き胸部をえへんと張ると、パクリ名言を堂々と言い放っていた。

 第一声からすでに面倒くさい雰囲気がプンプンと出ている。だが、今回この場にいるのは俺達だけではない。我らが生徒会顧問、真儀瑠先生が本日は出席してくださっているのだ。このロリっ子がどんな無茶を言い出そうが、彼女なら一言の間に説き伏せて――

 

「あ、すまん。今日は後輩達と飲みに行く約束があるからもう帰るわ」

 

『仮にも聖職者とは思えない発言!』

 

 止める間もなく生徒会室から出て行ってしまった。そんなすぐ帰るならそもそもここに顔出す必要ないだろ、とは思わないでもないが……彼女が何を考えているのか誰も分からないので放置するしかない。

 肝心の砦がいなくなってしまったことで、桜野に向き合わないといけなくなってしまった。全員が気怠そうな雰囲気を醸す状況で口火を切れるのはどうやら俺しかいなさそうだ。……こういう時にツッコミ側へ回る決意をした杉崎は後手だし、仕方ないか。

 桜野が自信満々に広げている企画書を手に取ると、軽く目に通す。

 

「小冊子『生徒会雑学』作成って……アイドルグループみたいなことやるんだな」

「そりゃそうよ! 人気投票で集まった集団なんだもの、アイドルみたいなものでしょ!」

「それに関しては全面的に同意しかない」

 

 俺と杉崎は優良枠なのでその限りではないけども。

 だが、確かに桜野の言い分にも一理ある。学園内の人気投票で選ばれた女子生徒たちはまさに学園のアイドルだ。見えないところでは非公認ファンクラブも存在するんだとか。

 そんな彼らとしては推しの秘密や雑学が手に入るのは願ったり叶ったりなのだろう。もしかしたらクラスメイトか目安箱あたりからそんな意見が来ていたのかもしれない。

 

「意外と生徒のことも考えているんだな、桜野」

「真冬も驚きました。世間のアイドル事務所にも見習ってほしいくらいのサービス精神です」

 

 俺の呟きに真冬ちゃんが神妙に頷いている。普段の彼女の行動からは想像ができないくらい殊勝だ。普段からこれくらい献身的なら俺達としても言うことはないんだが……。

 二人して彼女の成長に保護者よろしく涙ちょちょぎれる。……だが、現実はそう美談ばかりではないようだ。

 先ほどから新聞を眺めていた姉さんが番組欄のとある項目に指を突きつけ、呆れた表情で桜野に声をかける。

 

「ねぇアカちゃん。この『雑学王決定戦』って面白かった?」

「うん! 家族みんなで熱中しちゃった! やっぱ雑学は人生を豊かにするよね~」

「……そうね」

『あー』

 

 姉さんの内心を知ってか知らずか、子供のように快活な笑顔ではしゃぐ桜野。それを見てすべてを察する俺達生徒会役員たち。結局テレビの受け売りかい! いや、そうかなとは思っていたけども! 俺と真冬ちゃんの感動を返してくれ!

 

「でも会長、この生徒会ってそんな深いことありましたっけ」

「うぐ」

「そうだぜ会長さん。だいたいもう『生徒会の一存』シリーズが出ているんだし、それで十分じゃねぇのか?」

「うるさいうるさーい! もうやるって決めたんだからやるの! グチグチ言わない!」

『ど、独裁政治だ……』

 

 副会長コンビの反抗もむなしく却下される。こうなった時の桜野が絶対に引かないのは皆が知るところだ。これ以上の反論は無意味だと本人たちも分かっているだろう。……でもできれば面倒くさいからやりたくない!

 全員で溜息をつきつつも、桜野の企画を進めることに。普通に考えるならばそれぞれが自分の雑学を言い合う形式が無難なのだろうが、ここで何を考えたのか杉崎が突然手を挙げた。

 

「会長、俺から提案があるんですが」

「お、いいね杉崎積極的」

「雑学を自分たちで言うのもなんか変な話だと思うんですよね。ヤラセ感出るし」

「むむ、確かにそれは一理あるわね。本人が言うより周りの人から言ってもらった方が信憑性はあるかも」

 

 杉崎の主張に桜野だけでなく俺達も同意する。ホラ雑学ならまだしも、生徒に配布するような内容であれば真実味を帯びた雑学の方が喜ばしいだろう。あくまで生徒会公式配布という名目上、あまりにテキトーなものを配るのは立場的にもよろしくない。

 

「でも杉崎。今から全員分の雑学を募ったら時間かからない?」

「なので、まずは対象を一人に絞るんです。そうすれば最低でも六回は雑学本を出せるので、生徒側的にも新鮮味が出るじゃないですか」

「なるほど……! シリーズ化ってことね!」

「いや、これ何回もやりたくないのだけれど」

 

 姉さんのツッコミは当然のようにスルーされる。

 

「じゃあまずは一人目を決めないとね。私は生徒会のリーダーだから大トリを飾るとして、一番下っ端となると……」

『…………』

「……え、もしかして俺?」

 

 集められた視線に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。いや、ゾクゾクはするけども。

 言われてみれば一番の下っ端は俺かもしれない。人気投票組は置いといて、杉崎は副会長だし。そうなると書記である俺が開幕スタートなのは分からないではない。

 でも、そんないうほどインパクトのある雑学が出てくるとは思えないが……。

 

「いや、蓮さんで出なかったらだいたいの男子は無理だろ」

「何を言う。俺は鞄を開くと麻縄が二本出てくるような普通の男子生徒なのに」

「普通の男子は鞄の中から拘束道具が出てきたりしねーんだよ! 知弦さんじゃあるまいし!」

「深夏? 今のはちょっと聞き捨てならないんだけれど」

「失礼な! 俺だってさすがに姉さんほど酷くはない!」

「これ怒っていいわよね? さすがの私も、怒っていいわよねぇ!?」

「どうしたんだよ知弦さん。更年期か?」

「ピッチピチの17歳よ!」

「あんまり怒ると身体に毒だよ。今真面目な話しているから後でね」

「っ――――! っ――――!」

「は、はわわ……あまりの怒りに紅葉先輩が見たことないほど般若顔ですぅ」

「ち、知弦さんステイ! ほら、あっちで落ち着きましょうね~!」

 

 後輩二人が姉さんを離れたところまで連れていき何やら落ち着かせていた。放課後だし疲れていたのかもしれない。姉さん無理しがちだからなぁ。

 杉崎と真冬ちゃんの頭を撫でられている実姉を尻目に、話を続ける。

 

「まぁ別に俺からスタートするのはいいんだが、どうやって集めるんだ? 一人に絞っても今からだと残っている生徒もそんなに多くないと思うけど」

「そりゃもう、蓮さんのことを誰よりも知っている人たちに聞くのが一番早いだろ」

「……なんか凄い嫌な予感がするんだが。あとなんで急にそんなノリ気なんだ深夏は」

「あたしに被害が及ばないイベントだからな! それならノリ得だろ!」

「こいつ腐っても生徒会役員だ!」

 

 びっくりするくらい輝かしいスマイルを浮かべられて指摘する気も起きない。いやまぁ、俺も逆の立場なら同じことを言っていただろうし、文句をつけるつもりはないんだが。チラと視線を飛ばすと、他の三人もだいたい似たような表情を浮かべていた。どうやらもう逃げられないらしい。

 でも、人気投票組以外の雑学なんて需要あるのだろうか。いや、それを言ってしまうと四人分しか出せなくなるので本末転倒感はあるのだけれども。

 至極もっともな疑問を浮かべたと思っているが、発案者の桜野的にはそうでもないらしい。

 

「蓮の雑学は需要あるよ! 少なくとも私は欲しい!」

「そんな真っ直ぐな瞳向けられるとボケるにボケれねぇ」

「あとリリシアも欲しいって言っていたし、知弦もなんだかんだ欲しいだろうし、こないだ会った宮代さんって人も欲しがっていたし、真冬ちゃんも資料に欲しいみたいなこと前に言っていた気がする!」

「若干数名は確実に不健全な使い方するじゃねぇか!」

「し、失礼なこと言わないでください! 真冬のはあくまで創作に使うだけです!」

「何の?

「…………び、BL」

「不健全じゃん!」

 

 マジで一ミリも擁護できる部分が無くて逆に笑う。だいたい目を逸らしながら言っている時点で弁解の余地はない。

 あと、奏のバカはいつの間に桜野に接触していたんだ。藤堂繋がりか姉さん繋がりか分からないが、俺のトラウマがあまりにも自由に闊歩しすぎだと思う。もう少し丁寧に扱ってくれても罰は当たらないと思うんだけど!

 

「まぁいいじゃない蓮。恥ずかしい雑学をたくさん言われてもご褒美みたいなもんでしょ?」

「時と場合によるんだよね! あと確実に俺がボケられないラインのメンバーが集められそうな気がしているんだわ!」

「何を言うの。もう声はかけてあるわよ」

「行動が早すぎる。え、誰に!?」

「奏と藤堂さん」

「考えうる限り最悪の二人だった!」

「そんでもって雑学出す側には私も回るわね。いやぁ、貯めに貯めた貴方の過去をここで全ツッパするのめちゃくちゃ楽しみだわぁ」

「……姉さん、もしかしてさっきのこと怒ってる?」

「え? 全ッ然怒ってないわよォ……?(ニコォ)」

「絶対怒ってる!」

 

 見るものすべてを魅了する女神のような微笑みで騙されそうになるが、額に青筋浮かべているのを俺は見逃さない。こういう表情を浮かべているときの姉さんはマジでブチギレている百パーセントだ。もしかしたら俺は明日を拝めないかもしれない。

 もう逃げられないだろうが、せめて生贄を増やしたい。先ほどから静かな後輩二人に向けて、全力のレスキューを求める。

 

「真冬ちゃん! 杉崎! せっかくだから二人も一緒に――」

「あ、真冬ちゃん。椅子は横に四脚並べといてね」

「分かりました。せっかくなら美味しいお茶も用意しますね」

「ノリノリすぎるだろ!」

 

 もう完全に招待する気満々だった。びっくりするくらいホスト側のメンタルだった。さっきまで桜野の提案に反対していた側とは思えないくらい裏切りの様子だった。

 ……どうやら本格的に腹をくくらないといけないらしい。

 盛大に肩を落としながらも、「むふー」と無い胸を張っている桜野に一言。

 

「せめて座る時には石抱責でお願いします」

「インタビューに江戸時代の拷問を要求する人はやっぱ普通におかしいんだよ!」

 

 




 次回もお楽しみに。


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暴露する生徒会(下)

 ツッコミに回る時の蓮のキャラ難しすぎる。


 

「チキチキ☆紅葉蓮の雑学をみんなから聞こう選手権~!」

『いぇーい!』

「これはちょっと待て茶」

 

 普段より数人多い合いの手にさすがの俺もタジタジだ。言い出しっぺの桜野は元より、いつの間にか入り込んでいる部外者二名が馴染んでいることに驚きを隠せない。というか約一名は完全に別の学校だろ!

 

「あらお言葉ねレン。昔はあんなに愛し合った仲だというのに」

『ッ!?』

「冗談を言う時と場合を考えてくれ! 一瞬で喉元にペンを突き立てられる俺の身にもなってみろ!」

「でも今の貴方はマゾヒストなんでしょう? それなら女の子たちに虐められるのは本望なんじゃないの?」

「否定しづらい攻め方しやがって」

「今の気持ちは?」

「悔しいけどゾクゾクする」

「紅葉弟先輩、めちゃくちゃキショいです」

「やめようね」

 

 真冬ちゃんの素直な感想が今だけは心に突き刺さる。それとは別に自分の性癖が騒いでいて心が二つあった。悔しい……でも悦んじゃう!

 俺と姉さんの地雷であるはずの奏がしれっと生徒会室に呼ばれている事実に正直ビビリ倒しているが、呼んだのが姉さん本人だというのだから完全に詰んでいる。あんだけ冷戦状態だったくせにいつの間に親友に戻っていたのか謎だ。

 奏は用意されたお茶を啜りながら、いつかの記憶からは数段性格が悪くなった笑みを浮かべている。

 

「アカちゃんに呼び出されたから何事かと思ったけれど、なんとまぁ滅茶苦茶面白い催しじゃない」

「さすがは私の親友。レンをイジメる時のテンションは知り合いの中でも随一ね」

「昔の罪悪感はあるから自重はするけどね。でも、アカちゃん公認ならいくらでもイケるわよ。過去話でいいならいくらでも出してあげるわ」

「俺の意思を少しでも反映していただけませんかねぇ!?」

 

 組んではいけない二人が手を結んでいる気がしてならない。あれ、これ生徒に配布する雑学集だったよな? ストッパー役いないけど大丈夫か?

 ラスボス二人は俺がハンドリングできないから諦めるとして、呼び出されたもう一人に目を向ける。

 

「……藤堂、お前言うほど俺の雑学とか詳しく無くね?」

「あら、私が誰だか忘れましたの? 新聞部部長のアンテナを舐めてはいけませんわよ」

「それ十中八九スキャンダルじゃねぇか」

 

 嫌な予感パート2。あれ、一応お前は俺のこと好きなんだよな? まさか敵には回らないよな!?

 何やらネタ帳と思われるものをペラペラ捲っているが、何が書いてあるか気になって仕方がない。これが普段の生徒会ならマゾヒストボケで乗り切れるのだが、今回は相手が悪すぎる。ボケ倒して誤魔化せる範疇を軽く超えてやしないだろうか。

 俺の不安を他所に、今回の言い出しっぺである桜野はいつもの席でふんぞり返っている。

 

「さて、集まったことだし始めようか! 司会は一番得意そうな副会長ズにお願いしようかな」

「一番楽なポジションに収まってんじゃないよ」

「それじゃあ司会は俺こと杉崎鍵と!」

「あたしこと椎名深夏でお送りするぜ!」

「他人事コンビの前向き感が今だけはムカつくぜ」

 

 二年B組はお祭り騒ぎが好きな奴らしか集まっていないようだ。

 ちなみに先ほど「選手権」と言っていたが、一番インパクトのある雑学を披露した人には景品が与えられる形式らしい。詳細は俺だけ教えられていないものの、現在椅子に縛られている状況を鑑みるに、その答えは二秒で導き出される。正直滅茶苦茶帰りたい。

 とはいえここまで来たら腹を括るしかない用だ。俺は身体を縛られたまま足で鞄を蹴飛ばすと、中から蠟燭を取り出して頭上にポタポタ垂らしつつ、

 

「じゃあ始めてくれ」

『始められるかー!』

 

 没収された。

 

「いや、全身縛られているのに平気で人外染みた動きするのはどうなってんだよ」

「深夏にだけは言われたくないけど……」

「あたしとは違うバケモノっぷりなんだよな」

 

 怪物を見るような表情でドン引きされているが、これに関しては「お前が言うな」でしかない気はする。

 先ほどより倍くらい念入りに縛られる俺を他所に、まずは奏がトップバッターを務めるらしく意気揚々と手をあげる。

 

「はいはーい。じゃあまずは私から小手調べってやつで」

「宮代さんは蓮と付き合い長いらしいし、スタートに相応しいかもね」

「ふふん。まぁ伊達に元カノじゃないからね

 

 桜野の期待を一身に受けてご満悦の奏。過去色々ありながらもなんだかんだこの中で一番の古株だ。俺の恥ずかしいことはだいたい知っているであろうこいつは、いったいどんな爆弾を放り込んでくるのか。正直不安しかない。

 予め用意されたフリップにつらつらと何かを書いていく。滅茶苦茶悪戯っぽい笑みを浮かべ、「それじゃあ――」と裏返したそこにはこう書かれていた。

 

「雑学! 紅葉蓮はこう見えて恋愛下手なのでファーストキスはまだ未経験!」

 

『ファーストキスはまだ未経験!?』

「奏テメェコラァァァァl!!」

 

 超ド級の暴露を初っ端から投げ込んでくる幼馴染に縄を引きちぎって思わず掴みかかる。ただの暴露じゃねぇ、ド級の暴露……ド暴露だ!

 杉崎と椎名姉妹が八つ裂きになった縄を信じられない顔で見つめているが、そんなことに構っている余裕はない。現在進行形で顏を真っ赤にしている桜野と藤堂も気にかけている暇はなかった。まずは目の前の悪魔を成敗しなければ。

 俺に胸倉を掴まれながらも、奏はまったく動じた様子はない。

 

「なによ蓮。事実でしょ」

「そうだね! 事実だね! でもそれはここでさらっと言っていい内容じゃないだろ!」

「内容じゃないようってコト?」

「うるっさ! じゃなくて、もっと日常的な雑学とかを言うところだろここは!」

「雑学! 紅葉蓮は最近金髪の女性キャラにハマりがち!」

「なんで知ってんだそれを!」

「アカちゃんからのタレコミだけど」

「姉さん!?」

「いや、たまたま雑談の中でね。悪気はなかったのよ」

「どう見てもあった顔じゃん! ペコちゃんみたいに舌出してるじゃん!」

 

 一番組んでほしくない二人が敵に回っている現状に涙が止まらない。少なくとも金髪キャラのことだけは今言ってほしくなかったわ! ファーストキスについても、藤堂たちがいる前で言わないでほしかったけども!

 

「あ、紅葉蓮……」

「と、藤堂? いや、さっきの奏の話は聞かなったことにしてくれると嬉しいんだけど」

 

 顔を真っ赤にして俺のシャツを引っ張ってくる藤堂。普段は気丈に振舞っている彼女がしおらしくしているのはギャップがあって胸が高鳴ってしまうけども、今だけは素直に受け止めきれない。

 こちらにチラチラと視線を飛ばしつつ、片手に隠したフリップをおそるおそる向けてくる。

 

「ざ、雑学……藤堂リリシアは金髪美少女」

「いや何の話!? 俺の雑学ではなく!?」

「ざ、雑学! 桃色髪のキャラクターにはハマってないの!?」

「だから何の話!? そもそも桜色のキャラクターそんなにいないだろ!」

「雑学。蓮は辛い物が大好きなのでデートするならそっち方面がオススメ」

「それは確かに雑学だけども! 藤堂と桜野はこんなことメモしない!」

「雑学。蓮はマゾヒストだから肉体的ダメージには無敵だけど、羞恥心的精神ダメージにはめちゃくちゃ弱い」

「その雑学だけ現在進行形で証明されているね!」

 

 雑学というより赤裸々暴露選手権だ。しかもあまり望ましくない方向性の。

 

「解説の深夏さん、どう思われますか」

「蓮さんが受け身なの珍しいから新鮮で見ていて楽しいわ」

「そこのバカ二人覚えておけよ」

 

 先輩に対して敬意のけの字も持っていない副会長ズへは後程制裁を加えるとして。

 先ほどの勢いで調子づいたのか、四名はそれぞれ凄い速度でフリップにペンを走らせていく。

 

「雑学。蓮はホラー映画を見ると未だに一人で夜トイレに行けない」

「高校三年生の威厳をいきなりぶち壊しにくるのやめよう姉さん!」

「雑学。蓮は手を繋ぐ時に照れすぎて『世間では手を繋ぐのがトレンドらしいよ』とか訳の分からないことを言い出したことがある」

「やめろ! 本気で恥ずかしい暴露じゃねぇか!」

「ざ、雑学! 蓮の好きなお菓子は暴君ハバネ〇!」

「ここにきて雑学らしいのきたけど逆に浮いているぞ桜野!」

「雑学! 紅葉蓮は普段は気怠そうにしているけれど、寝顔はめちゃくちゃ可愛い!」

「藤堂だけ方向性がおかしいんだよな! もっと新聞部らしいスキャンダラスな内容にすべきじゃねぇの!」

「いや、紅葉弟先輩がそれを言いますか」

「そうだけども!」

 

 真冬ちゃんの冷静なツッコミが突き刺さる。でもあそこはあぁ言わないと嘘じゃん!

 各々が雑学を上げ連ねているが、内容があまりにも聞くに堪えない。このままでは俺の羞恥心が悲鳴を上げてしまう。暴力にはいくらでも付き合えるが、これ以上晒し者になるのはごめんだ。

 選手権と言っている割に勝負がつく様子もないし、このまま終わりの見えない罰ゲームに付き合わされ続けるのも避けたい。

 この中で一番仲間に引き込みやすいのは……桜野か。

 参加者たちは雑学を上げ連ねることに熱中しているため、一人呼び寄せても気づかなさそうだ。彼女の肩を叩き、輪から離れさせる。

 

「桜野、カモン」

「なによ蓮。今ちょうど百個目の雑学が出るところだったのに」

「もうそこまでいくと半分はガセだろ。じゃなくて、これ以上は俺のメンタルがもたないからいい感じに終わらせてくれないか?」

「えー?」

「頼む! このアホなイベントを終わらせてくれるなら何でも一つ言うこと聞くから!」

 

 手を合わせて頼み込む。正直桜野の我儘の体でもなければこの場が治まるとは思えない。奏と姉さんは悪ノリしまくっているし、藤堂は張り合って引く様子もないし。

 桜野は納得いかないとばかりにしかめっ面を浮かべている。……が、少し考える素振りを見せると、思いついたように耳打ちしてきた。

 

「分かったわよ。じゃあ今週末に私とデートね」

「え。いや、それはさすがに……」

「ふーん、嫌ならあと三時間は続けてもいいけど」

「さっ……!? わ、分かった分かった! なんでも連れて行くから!」

「よろしい」

 

 打って変わって満面の笑みを浮かべる桜野。完全にやらかした感が否めないが、こればかりは致し方がない。背に腹は代えられないってやつか。

 

「もう飽きちゃったからこの選手権中断! その代わりにこの後蓮の奢りでファミレス行くわよ!」

「お、俺のお小遣いィー!」

「せっかく面白くなってきたところだったのに」

「まぁもう時間も遅いしお開きにしましょうか。いいストレス発散にもなったしね」

「酷すぎるだろ」

「わ、私としては紅葉蓮の秘密がたくさん知れて有意義でしたけれども」

「頼むから忘れてくれよな」

 

 なんやかんや有耶無耶に収束しそうで何よりだ。その代わり、完全に避けられないイベントが発生してしまったが。

 そろそろ色んなことの決着をつける時が来ているのかもしれない。軽口を叩き合うクラスメイト二人を眺めながら、俺は人知れず溜息をつくのだった。

 

 




 四散編もあと少し。


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