変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々 (ウヅキ)
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第1話 始まり

『東人剣遊奇譚』の次章プロットがかなり難航して、気分転換に書いてみました。

 何番煎じか分かりませんがオリジナルのウマ娘を走らせます。




 

 

 ウマ娘がレースに追い求めるモノは幾つかある。

 勝利の栄冠。

 他者からの高い評価。

 己の全てを出し切った先に見える最速の景色。

 誰かの夢になりたいという願望。

 勝利の後に煌びやかに踊り歌うウイニングライブの舞台。

 それ以外にもウマ娘の数だけ無数の夢と目的があり、己の望みを叶えるために走る。

 そのためには自分以外の競技者を負かし、夢を砕き、精神をへし折って先へと進んでいく。

 

「じゃあ、貴女の名前を名簿に書いてね」

 

 年配の女性職員が指差した、一枚の紙きれの上詰めに自分の名を簡潔に書いた。既に五名が上に名を記していて、紙自体も二枚目だった。

 女性職員は自分と同じように頭上に一対の尖った栗色の動物の耳を持ち、スカートの腰部から出た長い毛におおわれた尾を揺らしている。

 彼女もまた人族に属しながら異なる身体的特徴を有するウマ娘だった。おそらくこの学園の在校生がそのまま事務職で就職したのだろう。

 

「…はい、アパオシャさんね。芝3000メートルの二回目だから、それまでに準備体操をしておいて」

 

 職員に言われるまま他のウマ娘達と同じように、練習スペースに移動して柔軟体操をしつつ、周りの様子を観察する。

 自分と同じ年頃の、同じように体操服を着たウマ娘達は大なり小なり緊張している。無理もない。

 今から行われるのは≪トレセン学園≫に入校してから最初の学内選抜レースだ。ここでレースに勝つか、例え負けても自分の長所をアピールすれば、有力なトレーナーの目に留まって質の良い指導を受けられる。

 外野はたったそれだけかと思うかもしれない。しかし、その差が五年間の競技者生活を優位に過ごせるかの明暗を分ける事が多い。

 何しろトレセン学園に所属するウマ娘は二千人を数える。単純に一学年に四百人は居る計算で、新入生はさらに多く、毎年五百人は入校する。

 それら全てのウマ娘を専属指導するには、トレセン所属のトレーナーの数は圧倒的に足りない。

 トレーナーはウマ娘を指導するが、個人の方針は大きく偏り、一対一で付きっ切りで指導するケースもあれば、大抵は三人から五人程度を指導する形式が最も多い。

 中には一度に十人のウマ娘を指導して、全員をG1レースを始めとした重賞レースで実績を残すような敏腕指導者もいる。まあこれは例外なので除外すべきか。

 ともかく一人のトレーナーで数人のウマ娘の指導が限度であり、所属する定員の数を考えると半分は専属指導を受けられない計算になる。 

 その時点で学園から最低限のトレーニングしか教授されず、我流のまま鍛えてレースに出たところで、専属指導を受けて効率的に強くなったウマ娘に勝てる見込みは激減する。

 勝てなければ自らに絶望してシューズを捨てる。または負け続けて規定により中央トレセンを去り、運が良ければ地方トレセンに移籍して走れるが、ここに比べれば待遇はずっと悪いし、レースに勝っても華やかな場とは無縁になる。

 今日この後に行われるレースこそが、多くの夢を持ってトレセンに来たウマ娘の将来を占う分水嶺となるのだから、身の入り方と緊張も分かる。

 しばらく体操をして体が温まった頃にスピーカーからアナウンスが流れた。

 

「これより新入生の選抜レースを始めます。まずは短距離芝1000メートル参加者の生徒はレース場に集合してください」

 

 五十~六十人ものウマ娘が緊張したまま校内レース場へ向かう。中には尻尾をビンっと立てて、ガチガチに固まったまま歩いている。あれだけ緊張していては満足に走れないだろう。本番で一気に雰囲気が変わる子もたまに見かけるが、多くはそのまま実力を発揮できずに負ける。

 とは言っても負けて腐らず、失敗を糧に次の模擬レースで結果を残せれば道は開ける事もある。後は本人次第だ。

 中にはさほど緊張せずに黙々とストレッチをしてレースに備えるウマ娘も幾人かいる。

 例えばウマ娘の中でも特に珍しい白毛のボブカットの少女は、ボケーとした雰囲気でやる気が無さそうに見える。レースを前にあれはきっと大物だ。

 別の方を向くと長身プラチナブロンドの美少女がごく自然体のまま静かに闘志を滾らせている。確か尾花栗毛という珍しい色だったはず。右耳には青色のリボンを付けていた。

 そのウマ娘と目が合った。彼女は何を思ったのかこちらに近づき、物怖じせずに話しかける。

 

「アタシが何か気になるの?」

 

「あー不躾に見たのはすまん。あまり緊張してないように見えたから、勝つ自信があると思って。俺はアパオシャ」

 

「最初見た時男の子みたいと思ったら、話し方も男っぽい!あっ、気にしてたらゴメン」

 

「いいよ、よく言われるし。俺は特に気にしない」

 

 男みたいと言われるのはいつもの事だ。さすがにウマ耳と尻尾が見えるから、すぐにウマ娘と気付くが、そうでなかったら黒髪バズカット(超短髪)に俺と名乗れば大抵は男みたいと思う。

 

「そっか。ところでアンタはどのレースを走るの?アタシは芝の1600だけど」

 

「俺は芝の3000」

 

「えっ、マジで?凄い自信あるんだ」

 

「スタミナになら。速さとパワーはイマイチだよ」

 

 ブロンドの子が驚きと尊敬めいた目で見る。

 実際は凄くも何ともない。長距離は単にスタミナ配分がメインのレースになるからアピールポイントが少なく、それにトレセンに来たばかりの新入生はスタミナの鍛錬が足りずに大抵間延びした地味なレースになってしまう。だからこうした大事な選抜レースには向かないから、選択する者が少ない。

 さらに負ける時は大抵スタミナを切らしてヘロヘロなままゴールという醜態を晒す。そんな距離をあえて選ぶのだから、余程の自信があるとブロンドの子が思ったのだろう。

 しかし距離で言えば1600メートルのマイルも苦難の道に違いない。

 

「むしろ君の方が自信家だろ?マイルは新入生のレースで一番人気なんだから、競争率は高いぞ」

 

「まあね。でもアタシは勝つつもりで走るから」

 

 不敵に笑う様は女優かモデルかと思うぐらい似合っている。余程の実力があるのか、単なる自信過剰かは短距離レースが終わってからのマイルレースではっきりする。

 一つ言える事は、マイルレースは中距離レースと並んで、現在のトゥインクルシリーズの主力レースを担っているため、ウマ娘の上澄みが集まりやすい。その中で自らの力量をアピールするのは結構大変である。適性距離や脚質絡みの生来有する資質は容易に変えられない事実があっても、競争率の激しい部門に挑戦する姿勢は評価したい。

 それから自信家の子とちょっとした身の上話をして、マイルレースの案内放送が流れた。彼女も百人の走者の一人としてレース場へ向かう。

 

「よっし、じゃあ頑張って来るね。あっ、言い忘れてたけどアタシはゴールドシチーっていうの。またねアパオシャ」

 

「ああ、勝って来いよゴルシー」

 

 手をヒラヒラ振ったゴールドシチーは、途中からなぜか目元が少し引き攣っていた。

 

 

 マイル走者が居なくなり、さらに中距離レース参加者が百人ばかり減った練習場には三十人程度の長距離走者が残っている。俺を含めたこの三十数人が午前中最後の芝のレース参加者だ。

 あと百人程度の新入生が午後からダートレースを走る。芝に比べてダートは人気が無いから人数が少ないのは仕方がない。ただ、人気が無いというだけで、実力が劣る連中と決めつけるのは間違いだ。芝に劣らぬダート走者も多い。現にアメリカではダートの方が主流だ。あくまで脚の向き不向き程度に考えた方が良い。

 さて、そんな事を考えながら、どうレースを走るか残った自分以外の三十人のウマ娘を見て組み立てる。

 三分の一は緊張が解けずに動きが固い。さらに三分の一は緊張を解くために必要以上にアップを繰り返して息が上がっている。

 今挙げた二十人程度はレースをするメンタルが整っていないので、さして怖くは無い。彼女達は走る前から既に負けに近い。

 となれば残る十人が実質的な競り合う相手で、今日の模擬レースは一度に十人程度が走るから、多くても一緒に競うのは四~五人程度だろう。今のうちに彼女達の顔を覚えておく。

 その間に離れたレース場からは、歓声が何度も聞こえて静かになった。中距離レースが終わったのが分かる。

 

「お知らせします。3000メートル長距離レースに参加の新入生はレース場に集まってください。繰り返します―――――」

 

 さて、いよいよ本番。最後に屈伸運動とアキレス腱をほぐして準備完了だ。

 こんな入り口で躓いてはいられないが油断もしない。負けて実家の『笠松』に泣いて帰るなんて絶対にゴメンだ。俺は勝つべくして勝つ。

 隣に居座る扱いの面倒な同居者も歯を見せて不気味に嗤っていた。

 

 




拙作を誰かの目に晒すのはかなりドキドキします。


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第2話 スカウト

 

 

 トレセンのレース場は観客席の半分まで埋まっている。観客はトレセンの制服を着た先輩ウマ娘と、背広やジャケットを羽織るトレーナーと思われる大人達。

 生徒にとってはいずれライバルになりそうな後輩を、トレーナーは育て甲斐のある教え子を求めて見に来ていた。

 彼女達も気になるが、それより今はレースの方に集中したい。

 ボードを持った職員が長距離レースの走者を呼んでいた。

 

「これから長距離3000メートルの説明をします」

 

 要約するとレースは芝の2000メートルコースを一周半してゴール板を目指す。一回の走者は十一人で行い、俺は第二レースの外枠九番のゼッケンを割り当てられた。

 特に難しい事は無い。コースを一周半走って、一番早くゴールすればいいだけ。

 問題はターフの状態だ。思いっきり荒れてコースの内側の芝生がめくり上がっている。今日だけで都合三百人を超えるウマ娘がレースしたから当然だろう。

 第一レースを走っているウマ娘も不良バ場にはかなり苦労していた。中には多少距離のロスを覚悟で、比較的芝の荒れていない外側を走っている娘も一人いる。外側を走るタイムロスを選ぶか、荒れ場でメンタルを消耗をするか、二択の正しさはゴールを先に駆け抜けた方で分かる。

 結果は内側を走ったウマ娘の方が早かった。さすがに3000メートルともなると数メートル外を走り続けるだけでもロスが大きかった。それとも単純に実力差が大きかったのかまでは判断が難しい。どちらにせよコースは自分で走って初めて状態が分かるのだから、他人任せはよした方が良い。

 そしてレースに勝ったウマ娘はさっそく何人かのトレーナーと話をしている。勝者の報酬と言いたいが、負けて泣いている娘にも別のトレーナーが契約を持ちかけていた。負けても何か光るものがあったのだろう。それすら無いウマ娘達は肩を落として早々にコース上から退散した。

 

「第二レースを始める。走者はスタート位置について」

 

 赤い旗を持った凛としたウマ娘が俺を含めた十一人をピタリと並ばせた。見た顔のウマ娘だったが、今は意識の外に出しておく。

 一列に並べるとよく分かる。並んだウマ娘の四人に落ち着きが無く、明らかに走る用意が出来ていない。これには外側で寝転がってる同居人も鼻を鳴らして笑っている。

 半分は捨て置いても自滅するから構わない。実質気を付けるのは六人だけだ。

 スタートを担うウマ娘が赤旗を頭上に掲げ、数秒後にスタートの声と共に振り下ろした。

 全員が一斉にスタートを切らず、案の定半分が出遅れた。そしてその出遅れを挽回するように、初っ端から全力で先頭に立とうとする。

 そんな奴等に付き合いはせず、バ群の後ろ十番目に付けてコースのやや外側に陣取った。

 長距離レースは焦れたら負けるし、何より後ろから機を見る、差しと追込みが最も合っている。

 最初の1000メートルで、かかった四人の内の二人が先頭を争うようにスタミナを無駄に消費して破滅的な逃げを演じている。後の二人は冷静さを取り戻して徐々にペースを落として前方に位置付けている。

 ちなみに俺は順位を落として今は最後尾。先頭とはもう二十バ身は離れている。

 差がここまで開いたのは、一番の理由は爆逃げした二人に引っ張られてレース展開がかなりハイペースになっているから、後半のために余計なスタミナ消費を避けたからだ。それが分かっている冷静な走者は同じように後方で展開を伺っている。

 レースに新たな動きがあったのは一周目の三分の二の距離の第二コーナーに入った時だ。無謀な逃げの二人がスタミナを使い果たして一気に速度が落ちて、三番手、四番手に抜かれた。

 既にレースが後半に入ったのを機と感じ、一段ペースを上げる。

 100メートルごとに一人ずつ追い抜き、死に体のアホ二人も抜き捨てて、順位を六番まで上げた所でコースを一周した。ゴールまであと1000メートル。

 スタミナは体感的に半分以上残っている。ここでさらにギアを一段上に入れて徐々に、だが確実に先頭とのバ身差を減らしていく。

 途中で掛かって前半でスタミナを浪費した二人をコーナーで抜いて、四位にまで上がった。

 残りあと500メートル地点で先行者との距離は目と鼻の先。先頭とも七バ身まで縮まった。

 

「そろそろ本気で行くぞ」

 

 短い宣言の後に一気に足に力を込めて加速。二番三番を最終コーナー終了間際で、荒れの少ない大外から抜き去った。

 そして最終直線で先頭を走る姫カットの栗毛と一瞬並ぶ。相手はスタミナを粗方使い切って息が荒い。ここまで長く頑張ったようだな。

 

「…だが無意味だ。ではな」

 

「むーりー!!」

 

 最後の相手を無慈悲に置き去りにして、ようやく先頭を走れた。

 後ろから聞こえる足音はさっき抜いた一つだけ。それでも足から力を抜かず、ペースを維持して入れ替わった二番手との差を確実に広げて行き、練習用の簡素なゴール板を通り過ぎた。

 

「ゴーーール!!勝者は九番のアパオシャ!」

 

 判定役のウマ娘の勝利宣言と歓声の中で、徐々に脚を緩めて歩く程度の速度まで落とす。

 振り返ればそこでようやく二番手がゴールして、後続が二人、三人と続いた。二着と大体八バ身差のゴールかな。

 さらに三十秒以上経ってから、最初に掛かった四人がヘロヘロになって走り切った。長距離で冷静さを欠くと悲惨なものだ。

 息も絶え絶えの敗者に見向きもせず、職員にゼッケンを返して軽く息を整えてから、レースに満足した同居者を伴って観客席に行くと、五人ぐらいの男女混じったトレーナーに囲まれた。

 

「いやぁ凄いスタミナだね君。その様子ならまだまだ余裕があるのかい?」

 

「レース運びも冷静沈着で視野が広い。私の下で走法を磨けばもっと早く走れるよ」

 

「今度は私と一緒に菊の舞台に上がりましょう。それどころか貴女なら春の盾だって手が届くわ」

 

 などなど。トレーナー達は色々と美麗の賛辞を並べて俺をスカウトしようとしている。正当な評価を受けるのは気分が良い。

 けれど、彼等から一人を選ぶのは結構難しい。とりあえず今まで育成したウマ娘の主な功績を聞いてみると、全員が最低一人は重賞ウマ娘を育てていた。中でも年配女性のトレーナーは十年以上前に宝塚記念を勝ったG1ウマ娘を育てた事もある敏腕らしい。こういう実績を示してくれると選択もしやすい。

 あれこれ話を聞いて五人の内、候補に残ったのは二人。3600メートルのステイヤーズステークスと3000メートルの阪神大賞典を勝った、長距離走者育成に長けた三十歳前の男の中堅トレーナー。もう一人は先程の宝塚記念ウマ娘を育てたベテラン女性。どちらも実績のあるトレーナーなので悩むところだ。

 

「………あの……お話し中…失礼します」

 

 俺やトレーナー達の視線が声をかけた相手に注がれる。

 声をかけたのは制服を着たウマ娘の学生だった。腰まで伸びた艶のある黒髪の天辺に立つ一本の白い房、光沢の薄い黄金色の不思議な瞳。右耳には特徴的な緑色のカフスが着いている。ミステリアスな雰囲気で、どこか浮世離れした印象を受ける。

 

「君はマンハッタンカフェ君か。出来れば大事なスカウトの時は遠慮してほしいんだけど」

 

 男のトレーナーが可能な限り穏やかな口調で相手を気遣いながら、仕事の邪魔をしたウマ娘を制止した。

 マンハッタンカフェ。菊花賞、有マ記念、春の天皇賞を制覇したシニア級ウマ娘の中でトップを走る長距離走者だ。さしもの腕の良いトレーナーとて、G1を三勝した現シニア級最高のステイヤーウマ娘を邪険に扱うのは難しいのだろう。

 

「……時間はあまり取りません。………アパオシャさん……貴女は視えていますか?」

 

 マンハッタンカフェさんは最初に俺の隣にいたアイツを指差した。他の人からは誰も座っていない座席を指差しているようにしか見えない。

 それから彼女は今度は自分の右肩を指でトントンと叩く。

 あぁ、この人も視えているんだ。

 

「俺の隣は生まれた時から。マンハッタンカフェさんの方は、ボヤっとしたヒト型の輪郭ぐらいしか見えないよ」

 

「…やっぱりですか……『お友だち』から教えてもらいました………変なのが新しく入って来たと」

 

 変なの扱いされた同居者は気分を害して、マンハッタンカフェさんの右側の揺らぐ空間に向けて歯をガチガチ鳴らして威嚇していた。実際お前は変なのだから仕方がないだろ。

 それに気づいているのかいないのか分からないが、マンハッタンカフェさんは上機嫌に微笑んでいる。

 

「それと……レース一着……おめでとうございます。………気が向いたら私の物置部屋に遊びに来てください。………お邪魔しました」

 

 彼女はぺこりと頭を下げて去って行った。

 俺達の不思議な会話に置いてきぼりにされたスカウト目的のトレーナー達は、この場でスカウトの話をする気が無くなったのか、とりあえず名刺を渡して、指導を受ける気になったらぜひ訪ねて欲しいと言い残して、第三レースの観戦に回った。

 この手の対応には慣れているから今更気にしない。それより初めて同類に逢えた喜びの方が余程大きい。レースで勝つ事よりもだ。

 

「マンハッタンカフェさんか」

 

 社交辞令とは違い、本当に歓迎してくれたのだから近々遊びに行こう。

 レースに勝ち、同類にも会えた。今日はこんなにもいい日だ。トレセンに来て本当に良かった。

 

 



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第3話 ダブルゴルシスターズ

 

 

 ――――目が覚めた。

 ベッドの上から手探りにスマホを寄せて時刻を確認した。まだ夜明け前で朝練には三十分は早かったものの、昨日の模擬レースの興奮が冷めず、目が覚めてしまったので布団から這い出る。

 春先は室内でも肌寒いが、我慢してジャージに着替える。

 着替えたらルームメイトの先輩を起こさないように、そっと同居者と部屋から出た。

 寮の外で柔軟体操をしてまだ寝ている体をほぐす。それから外に走りに行く。

 トレセン学園に入学してから早くも一週間。その間にあちこちランニングをして周辺にはそれなりに詳しくなった。

 今は川沿いの堤防道を半分程度の速度で走っている。ウマ娘の脚力は生身で時速70kmを叩き出すので、公道制限速度は自動車と同じように時速50km以下と決められていた。

 早朝の朝もやを貫くように走るのは気分が良い。時折犬の散歩をする近隣住民とすれ違えば挨拶をする。

 5kmほど走り続けて陸橋の側で足を止めた。

 ここまでが片道。次は堤防を下りた川沿いの草むらで休憩がてら軽いストレッチをする。

 たまに同居者がちょっかいを出してくるが無視だ。四六時中一緒に居るからこいつに構ってやる必要は無い。

 適度に体を休めてから堤防の上に戻ると、トレセン指定のジャージを着た栗毛のウマ娘がこちらに走って来た。寮で見た顔の先輩だ。

 

「ふう、おはようございます。お互い早いですね」

 

「おはようございます。同じ美浦寮の人ですね」

 

「ええ、グラスワンダーです。貴女は新入生?」

 

「はい、アパオシャと言います。これからよろしくおねがいします」

 

 アイサツは大事。古い本にもそう書かれている。

 ロングヘアーの奥ゆかしい物腰から育ちの良い良家の優しいお嬢さまという雰囲気を出している。ただ、同居者がちょっと警戒しているので、温和な外見通りの中身というわけではなさそうだ。

 

「アパオシャ…?もしかしてセイウンスカイさんの新しいルームメイトかしら」

 

「ウンスカ先輩の友達ですか?」

 

「ウンスカ……ええ、同じクラスの友達よ」

 

 あのゆるーいルームメイトの先輩と、しっかり者に見えるグラスワンダー先輩は、かなり性格が違うように見えるがそれでも友達になれるのか。

 それから二人で寮までの帰りを話しながら並走する。

 隣で走る先輩の綺麗なフォームを時々見て、自分の姿と比べて拙さが恥ずかしく感じる。

 何とか参考にしようと真似てみるのを先輩に苦笑された。

 

「ふふ、去年の私と同じような事をしてますね。今の己に甘えず、常に上を目指す姿勢は素晴らしいと思います」

 

「先輩だってデビューまであんまり時間無いから、こんな朝早くから練習してるだろ?負けたくないから」

 

 グラスワンダー先輩は瞳の奥に、闘争の炎を灯して頷いた。頭上を踊りながら翔ける同居者の見立て通り、外と中の乖離が激しい闘争心に溢れる人みたいだ。

 聞けば先輩は、学園で最も実力のあるチーム≪リギル≫に所属しているそうだ。クラシック三冠を達成した≪皇帝≫シンボリルドルフ生徒会長が所属するチームでもある。皇帝以外にも≪女帝≫エアグルーヴ、美浦寮長の≪女傑≫ヒシアマゾン、栗東寮長フジキセキ、≪皇帝≫に比肩する≪怪物≫マルゼンスキーなど、そうそうたるメンバーを要するトレセンきっての最強チームに属しているのだから、この先輩も相当な実力者と思った方が良い。

 むしろこの闘争心は強いチームメイトの先輩を見続けたからこそ磨き上げられた面があるように思える。

 話し込んでいる内にいつのまにか寮の前まで戻っていた。この時間になると、入れ替わりに朝練に出る生徒が多い。

 そのままグラスワンダー先輩とシャワーで汗を流して別れた。

 部屋に戻るとルームメイトのウンスカ先輩はまだベッドでスヤスヤ寝ている。超マイペースなこの人と、さっきの先輩の落差を見て気が抜けてしまう。

 と思ったらこっちの先輩が起きた。

 

「ふわぁ、おはよー後輩ちゃん……朝からがんばってるね~」

 

「おはようウンスカ先輩。あっ二度寝は無しで」

 

「え~セイちゃんは二度寝の至福の時間が大好きなのにー」

 

 ブーたれる先輩の布団を引きはがす仕草をすると、観念してベッドから出る。

 この芦毛のふわっふわな先輩のマイペースには数日で慣れた。放っておくといつまでも寝ているから、口よりは態度で動かした方が手っ取り早い。

 

 先輩はタオルや歯ブラシを持って顔を洗いに出かけた。俺は制服に着替えて食堂に行く。

 食堂は食欲旺盛な年頃のウマ娘の胃袋を満たすために、朝から大忙しで食事の用意に追われていた。

 学園や寮の食事は基本的にビュッフェスタイルで配膳の手間を省いている。ウマ娘の方も自分に合った量の食事を好きに取れるから好評だ。

 今日はパンをメインに、オムレツとソーセージにサラダを多めに取り、付け合わせにはヨーグルトとフルーツを。それに忘れないよう茹でたニンジンを皿いっぱいに持って行く。

 アスリートは体が資本と両親にも言われた。沢山食べられるのも才能の内。かのオグリキャップ大先輩も並のウマ娘の数倍を食べて数多くのレースを勝ち抜いたのだから、トレーニングと割り切って腹に収まるだけ食べ切った。勿論味は申し分ない。

 食器を返して部屋に戻って、今日の授業の準備をしたらもう登校の時間になった。

 

 トレセン学園はアスリート養成学校の形式をしていても、基本的な授業は普通の学校と変わらないように思う。当然、日々の授業を怠ったら期末や中間テストは散々な結果になり補習地獄が待っている。

 というか漠然と体を鍛えて、ただ走るだけで勝てるほどレースは甘くない。日常的に頭を使うほどトレーニング効率も上がり、レースで勝てる比率も向上すると、多くの選手が語っていた。

 それにトレセン所属のウマ娘全部は卒業後にレースで生計を立てられない。99%は最終的に別の業種に就くと言われている。一応人より優れたウマ娘の力を活かして肉体労働者になったり、自衛官や警官といった体力を要求される職も人気だ。

 身体能力に優れたウマ娘の時点で採用されやすいものの、最低限の学が無いと高い地位に就くのは難しい。

 選択肢を多くするためのトレーニングと思えば、勉強もそんなに辛くは無い。

 よって気を抜かず、授業中のうたた寝などもっての外。教壇の横でこれ見よがしに寝ている同居者を苦々しく思いつつ、しっかり授業を受けて、いつの間にか昼休みになった。

 

 学園内の昼食は二千人を擁するウマ娘の胃袋を賄うために、幾つかの場所で個人が好きに食べられるようになっている。食堂やカフェテリア以外にも、持ち帰り用も充実していて、外で食べられるような配慮もされている。

 毎日食べる場所を変えられるから、トレーニング漬けの生徒の気分転換も兼ねているのだろう。

 今日はどの場所で食べようか考えながら歩いていると、見た顔とばったり出くわす。

 

「アパオシャじゃん」

 

「ああ、ゴルシーか」

 

 昨日顔見知りになったブロンドの髪が眩しいゴルシーが声をかけてきた。ただ、ちょっと元気が無いように見える。

 

「なあ、誰かと予定が無かったら一緒に昼ごはん食べる?」

 

「アタシと?うん、じゃあ一緒に食べよっか」

 

 そういうわけで学園内のカフェに来た。昼時とあって中は混雑していたが、何とか席が取れて食事も確保した。俺がロコモコで、ゴルシーはサンドイッチとニンジンジュース。

 モシャモシャ食べながら昨日のレースの話をする。

 

「昨日のレースさ、アタシ五着で負けちゃった」

 

「悔しいけど次のレースを頑張って勝て。俺達のデビューは一年以上先なんだから、まだまだこれからだろ」

 

「アパオシャは勝ったんだ、おめでとう。スカウトの話もあったんでしょ」

 

「ああ、何人か声をかけてきた。まだ選んでる最中だよ。ゴルシーだって次のレースで勝てば向こうから声をかけてくれるさ」

 

「それなんだけどさー」

 

 ゴルシーがベーコンレタスサンドを一つ食べ終えてからポツポツ話してくれた。

 要約するとレースに負けても、何人かのトレーナーから指導の打診はあったらしい。ただ、それは負けてもレース内容が良かったからではなく、モデルをしている容姿が目立っていたから声をかけたのが見え見えだったから。

 

「アタシはここに走りに来たのに、見られてるのは顔だけなんだもん。嫌になるわよ」

 

「ゴルシーも大変だな。俺はこんな見てくれだから、そんな話は分かんねえけど、お前が嫌がってるのは分かるよ」

 

「あん?お前ら、今ゴルシちゃんの話をしたかー」

 

 唐突に話に割って入ったのは、長身でスタイル抜群の芦毛銀髪美女だった。クールビューティーと称するのがこれほど相応しいウマ娘は他に見た事が無い。一緒に居るゴルシーも整った顔立ちをしているが、こっちの人の方がより洗練されていると思った。ただし帽子と一体化した変な顔当てを除く。そしてあのへんな帽子は雑誌やテレビで何度も見た事があった。

 

「………もしかしてゴールドシップさん?」

 

「おいおい!先にアタシを呼んだのはそっちだろ。今更知らない振りしたら、ゴルシちゃんは悲しくて泣いちゃうぞ~えーんえーん」

 

 手に持った山盛りの焼きソバと、六匹のたい焼きをテーブルに置いて盛大に泣き始めた。焼きソバはともかくたい焼きはカフェのメニューにあったか、デザートのコーナーを確かめたが、やはり無かった。

 そして周囲から一気に人が遠ざかった。明らかに俺達と関わり合いを避けている。

 隣のゴルシー(金髪)と一緒にどうしていいかあたふたしてると、唐突にゴールドシップさんが泣き止み、俺達のテーブルの席に座って焼きソバを食べ始めたから、なし崩しで一緒に食事をする事になった。

 食事をしながら簡単に名乗って新入生なのを伝えると、ゴールドシップさんは納得した。

 

「なーんだ、お前もゴルシって名前だったのか。じゃあこれからは生き別れの妹で良いな!」

 

「何でですか。―――ちょっとー、アパオシャのせいでややこしくなったじゃないの」

 

「俺が悪いのかよ。いや、まあ俺のせいなのか」

 

 金のゴルシーに小声で非難された。さすがに名前が紛らわしいとは言えないし、相手は有マ記念や春の天皇賞を勝利したGⅠ六勝ウマ娘。七冠の≪皇帝≫シンボリルドルフに準ずる超一流のウマ娘に舐めた態度を取ったら、明日には学園から席が無くなる。

 

「で、妹ちゃんは何か困ってんのかー。今ならお助けゴルシちゃんが相談に乗ってやるぜっ!」

 

「そこまで困ってるわけじゃないんですけど、昨日のレースに負けたから……」

 

「なーんだ、そんな事で妹はシケた面してんのかよ!アタシだって宝塚でドベ2になった事あんだぜ。一回負けたぐらい気にすんな。ほれ、たい焼き食って元気出せよ」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 銀のゴルシさんから、たい焼きを一つ貰った金ゴルシーは早速たい焼きを食べて噴き出して、むせた。

 

「いえ~い!ゴルシちゃん特製のロシアンたい焼き大当ったり~!!」

 

 鼻を抑えて涙目で咳き込むゴルシーの食べかけのたい焼きの断面からあんこの代わりに緑色のペーストが見えてた。周囲にはツーンとする臭いが漂ってる。中身はわさびかな。

 

「へへっ、お前運が良いな。リアクションもおもしれぇから、うちのチームに来いよ。≪スピカ≫っていうんだぜ」

 

 返事すら待たずにゴルシさんはポケットから取り出したズタ袋にゴルシーを入れて担ぐ。

 暴れるゴルシーを無視してカフェから出る際、ゴルシさんはチラっと俺を見た。

 

「お前はほっといても大丈夫だから程々に頑張れよ。じゃ、またなー」

 

 やりたいことだけやってゴルシコンビは居なくなり、カフェに平穏が戻った。

 拉致られた金ゴルシーの事は多少心配だったが、どうにもできないので忘れることにした。代わりに手を付けていないサンドイッチを美味しく頂いた。

 ―――――うむ、カフェの方は今度から米よりパンを食べよう。

 

 



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第4話 幸運と希望の星

 

 

 今日の授業が終わった。クラスメート達は退屈な授業から解放されてノビノビとしている。幾ら学生にとって学業は必須でも、ここにいる生徒は全員が速く走る事を求めてトレセンの門を通ったのだから、やはり走っている方が性に合う。

 彼女達は幾つかのグループに分けられる。

 二割は既にトレーナーと契約して専属指導を受けて、二割は自分からトレーナーを探して売り込み活動をしている。五割は友達やクラスメートと集まって、地道な自主トレに励んで毎月の選抜レースに備えていた。

 さらにもう一割は脱落組と呼ばれている。最初は自らの夢のためにトレセンの門をくぐったものの、全国から集まる猛者たちの強さに心をへし折られて、競う事を放棄した脱落者達だった。彼女達は早々に退学届けを提出して学園を去り、レベルが落ちる地方トレセンに移籍したり、地元に戻って普通の学生として青春を味わう事が多い。中にはトレセン学園にあるサポート科やデザイン科、芸能科などに籍を移して、今後も学園内でウマ娘に関わって過ごす事もあった。

 脱落したとはいえ彼女達を蔑むような事はしてはならない。そもそもアスリートとして大成出来るのはごく僅かなウマ娘だけ。レースを十名が走れば、必然的に一人の勝者が生まれて、残りの九人は全員が敗者になる。

 デビュー戦以降、未勝利戦に出走しても一度も勝てずに学園を辞めていくウマ娘はかなりの数に上る。そして一度勝利しても、その後に小さなレースに勝てる者はさらに数を減らし、G3のような重賞レースを勝利できる選手はもっと少ないし、国内最高峰のレースのG1レース優勝者など、ピラミッドの頂点の石ほどの数しか一年に出ない。

 勝利の栄光を掴めるのはほんの一握り。多くは栄誉を一度も手に入れられず、レースから遠のく人生を歩む羽目になる。それが嫌だからウマ娘達は必死に己を鍛える。

 

 

 そして俺はというと、先ほど挙げた場合のどれとも異なり、校舎内をフラフラしていた。既にスカウトの話は来ていて、複数から選んで数日中に返答するから少し時間に余裕がある。その間に済ませておきたい件があった。

 放課後で人気の無くなった校舎の一室の前で大きく息を吐く。

 ここはかつて理科室として使われていたが、今はマンハッタンカフェさんが物置として使っている部屋になっている。昨日選抜レースが終わってから寮に戻ると、彼女にコーヒーを御馳走したいから放課後に呼ばれた。

 緊張しながらドアをノックすると、ドアが開いてマンハッタンカフェさんではない、制服の上から白衣を纏った濁った眼をした年上のウマ娘が出迎えた。

 

「おや、どうしたんだい。私に何か用かな?」

 

「……あの、ここはマンハッタンカフェさんが使ってる部屋と聞いたんですが……というかアグネスタキオンさん?」

 

「そうだよ、私はアグネスタキオンさ。ここは私とカフェが共同で使っている部屋だから、間違ってはいないねぇ。それで見知らぬ君はカフェに用があるのかい?」

 

 予想外の人が出てきて思考が纏まらずに、ただ頷いた。

 アグネスタキオンさん。マンハッタンカフェさんと同期でかつチームメイト。皐月賞、天皇賞秋、大阪杯、宝塚記念のG1四冠を達成した中距離を専門にする超一流のウマ娘。それと詳しく知らないがウマ娘に関する技術特許を幾つも持っている才女らしい。

 

「ふぅむ。残念だけど、今日はまだカフェはここに来ていないね。私も今は実験の途中で立ち話をしている暇も無いから、中で待っているといい」

 

 言われるままに部屋に入ると、中は何とも言い難い不思議な空間だった。

 元は理科室なので、理科用の手洗い場とガス栓のある机があるのはいい。薬品や書籍が並んでいる棚も自然だ。蛍光色に発光するフラスコと様々な実験器具も、部屋の主の来歴を知っていれば納得はする。

 ただし、拘束椅子に縛り付けられて、全身を七色に発光している顎髭を生やした成人男性の、ぐったりした姿を見て悲鳴が漏れた。

 

「ひぇっ!」

 

 なにこれ。怖い。同居者も俺の前に立って、唸り威嚇している。普段はイライラする事もあるが、こういう時は頼もしい。

 

「安心したまえ、彼は私達のトレーナー兼モルモットくんさ。今は開発した新薬の被検体になってもらってるだけだから、何の心配もいらないよ」

 

「今の説明にどう安心しろと」

 

「クフフフフ♪……」

 

 あからさまに悪の科学者のような笑い方で誤魔化された。一流のウマ娘は大なり小なり癖が強いと聞いた事はあるが、超一流のウマ娘になるとぶっ飛んでいないとダメなのか?

 正直恐怖を感じても今更部屋から出て行けないので、出来るだけ発光トレーナーや実験器具を見ないように反対を向く。

 すると目に付く部屋の反対側は何とも不思議な空間だった。マッドな科学者の部屋に似つかわしくない、壁には蝶や花を模した壁紙が貼られ、抽象的な夜空の絵画が飾られている。家具には品の良いソファとテーブルの他に、アンティーク調の照明スタンド、ガラスランプにコーヒーミルまで置いてある。

 マッドの部屋に似つかわしくない、占いの館のように幻想的な雰囲気をしている。

 

「そうそう、そちら側は全てカフェの私物だから、むやみに触ると酷い目に遭うよ。私も勝手に弄ったら研究資料を焼かれて泣いた」

 

 つまり座る事も出来ず、すぐそばで発光体を弄り回して、たまに笑い声をあげるマッドサイエンティストに耐えながら待っていないといけないのか。

 やばい、泣きたくなってきた。せめてもの救いは味方がいることだけ。

 しかし救いの主は意外と早く来てくれた。

 

「なぜ……タキオンさんとトレーナーさんが……ここにいるんですか?今日は……プールでトレーニングの予定と……聞いています」

 

「やあ、カフェ。さっき思いついた新薬をどうしても試してみたくなってねぇ。君こそ右も左も分からない新入生を部屋に連れ込んで、いったい何をするつもりだったのかな」

 

 湯気の立つポットを持ったマンハッタンカフェさんは、俺とアグネスタキオンさんの間に立って視線を遮った。

 そしてあのぼやけた人型がアグネスタキオンさんに近づいて、白衣の長い袖をグルグルと縛ってしまう。

 

「あぁ、やめたまえ『お友だち』くぅん。手が使えないと実験がこれ以上続けられないよ」

 

「……貴女が…妙な事を言うからです」

 

 あの『お友だち』は俺の同居者と違って現実世界にも干渉するのか。

 そしてマンハッタンカフェさんはアグネスタキオンさんの抗議を無視して、棚からコーヒー豆を取り出してミルで挽き始める。

 丹念に挽いた豆にお湯を注いでドリップする。待っている間にマンハッタンカフェさんはアグネスタキオンさんの戒めを解いてあげた。

 

「トレーナーさんも起こしてください」

 

「はいはい、分かったよ」

 

 自由になった彼女は白衣のポケットから注射器を取り出して、まだ光っているトレーナー?の首筋に差した。

 すると光が徐々に消えて、トレーナー?が首を振って目を覚ました。

 

「………うぅ。今日のは一段と効いたな」

 

「今日も助かったよトレーナーくん。おかげで良いデータが採れたよ」

 

「タキオンがやる気になってくれたならそれでいいさ。カフェに………君は?」

 

「新入生のアパオシャです。マンハッタンカフェさんに誘われました」

 

「カフェが新入生を誘うのは初めてだな。…………もしかして『お友だち』の関係?」

 

「トレーナーさんも≪こいつ≫らが見えるんですか?」

 

 地元には俺以外に誰も同居者の姿を認識出来なかったのに、ここには二人もいるのに驚きしかない。さすが東京人は笠松人とは一味違う。

 と思っていたが、どうもトレーナーにはマンハッタンカフェさんの『お友だち』や俺のは見えていないらしい。でもそこに居る事は認めているような口調だ。

 

「カフェがそう言ってるから俺は信じてるんだよ。まあ、後はこの四年近く不思議な事には事欠かなったからな。見えなかったり世の中に認知されなくても存在するモノは確かにある」

 

「私も『お友だち』に散々な目にあってるからね。貴重な研究対象として認識しているのさ。ハッハッハッ、いずれは全てを解明して見せようとも!」

 

「……タキオンさんは自業自得です」

 

「科学者なのに、こんな見えもしない変なのを信じるんですね」

 

「アッハッハハハッ!そもそも私達ウマ娘とて君の言う所の『変なの』の一例にして深淵じゃないか。人から生まれた高性能な耳と尾を持つ亜種であり、華奢な体格に付いた筋肉量に見合わぬ圧倒的な身体能力!特に走力は動物の中でも上位に位置している。――――ワハハハハハッ!私はねぇ、新人君。科学者として私やウマ娘がどこまで早く走れるか、その限界と可能性を突き詰め、信じて、その上で知りたいのさ!!」

 

 それこそ可能性などというものは最も不確か極まりない、『見えないモノ』だと言われては頷くしかない。

 あと、濁ったギラギラした眼で近づかないで欲しい。純粋に恐い。

 

「……タキオンさん………煩いです。……アパオシャさん……コーヒーが出来ましたよ」

 

 マンハッタンカフェさんの差し出した、陶器製のカップから立ち昇るコーヒーの香ばしい匂いのおかげで、イカれた空気が飛散した。

 俺とマンハッタンカフェさんが壁側のソファに座り、アグネスタキオンさんは紅茶を二人分用意して、トレーナーとテーブルを挟んだ椅子に座った。コーヒー派と紅茶派で別れた形になる。

 淹れてもらったコーヒーを啜る。G1ウマ娘二人に囲まれた状態で飲んでも、味はよく分からないがどこか落ち着く。

 トレーナーが脱いであった背広の上着を羽織って、崩れたネクタイを戻した。こうして見ると意外と若い。まだ三十歳前に見える。この年でG1ウマ娘を指導しているのは驚く。

 

「それで、アパオシャさんだったね。確か昨日の第一回新入生選抜レースで3000メートルを勝ってる」

 

「は、はい。そこでマンハッタンカフェさんに声をかけられて、今日はお邪魔しました」

 

「……もし呼び辛かったら…カフェで良いですよ」

 

「私の事は好きに呼びたまえ」

 

「分かりました、カフェさん、オンさん」

 

「……ふふっ……オンさん……」

 

「カ~フェ~なぜそこで笑うんだい」

 

「まあまあ、好きに呼べと言ったのはタキオンだぞ。それで話を戻すけど、誰に指導を受けるか決まったのかい?」

 

「とりあえず二人まで絞りました。三日以内には返事をするつもりです」

 

「ほう、まだ決まっていないのなら、いっそ私達のチームに来たまえ。トレーナーくんもまだ一人ぐらい指導する余裕はあるだろぉ」

 

「えっ、いやまああると言えばあるが……気に入ったのか?」

 

「ハハハハハハッ!勿論だともっ!私としてもカフェに続く二件目のサンプルを逃す気は無いよ!」

 

 おう、気に入られたぞ良かったな。俺は同居者の方を向いて、ニヤリと笑えば、あいつは明らかに嫌がってる。たまにはこんな扱いも良い薬になる。

 

「私も……アパオシャさんが良ければ……歓迎します」

 

 クレイジーなオンさんはアレだが、カフェさんに言われると心がかなり傾く。

 実際二人の所属するチーム≪フォーチュン≫は、シニア二年目のカフェさんとオンさんのG1複数制覇を筆頭に、菊花賞を勝利したシニア一年目のウマ娘が一人、さらにもう一人クラシックで重賞勝利を重ねる有力なウマ娘が在籍している。

 現在のトレセン学園でも三指に入る実力派チームに入れば、より実力をつけられるだろう。

 トレーナーが発光するモルモットなのは大きな心配の種だが、指導力はカフェさん達の実績で文句のつけようがない。

 結論が出て、俺はモルモットの髭トレーナーに頭を下げた。

 

「分かりました。これから指導よろしくお願いします」

 

「「「ようこそ≪フォーチュン≫へ」」」

 

 こうして俺は幸運の星、あるいは運命を冠したチーム≪フォーチュン≫所属のウマ娘になった。

 

 



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第5話 練習一日目


 あらすじを修正してタグにアグネスタキオンを追記しておきました。


 

 

 チーム≪フォーチュン≫に所属した翌日の放課後。

 今日はチーム全員と顔合わせしてから、初めての練習をする予定だ。

 その前に俺はチームトレーナー藤村、通称『髭』と共に、先にスカウトの声をかけた二人のトレーナーに断りの挨拶をした。

 こういう時は直接足を運んで頭を下げないと、相手の面子を潰して後々面倒になるから、キッチリやっておくのがレース業界の処世術らしい。

 二人のトレーナーは髭トレーナーに良い顔を向けなかったが、今度酒の一杯でも奢れと言われただけで済ませた。

 髭の人徳なのか、またはこうした選手の取り合いが日常なのかは知らない。ただ、オンさんの名を出した時に、俺へ同情の目を向けたのはあの人がトレーナー達から、どういう目で見られているのか何となくわかった。とにかく何事もなく≪フォーチュン≫で走れそうだ。

 チームの使っている部室は校舎と練習場の間にあり、他のチームの部室もそこに固まっている。授業が終わればすぐに立ち寄れる利便性が良い。

 

「最初に言っておくが俺のチームは癖が強いウマ娘が多い。というか曲者しかいない」

 

「あ、うん。それは大体分かる」

 

「俺がサブトレーナーから独立して最初にスカウトしたのがタキオンだったから、どうもチームにそういう色が付いたような気がする」

 

「七色に発光するだけに?」

 

「上手いこと言ったつもりかよ。アレはやむを得ない処置だったんだよぉ。退学するつもりだったタキオンを引き留めるために薬を飲んで、そのままズルズルと――――話が逸れたな。とにかく癖は強いが優秀で良い先輩ばかりだから楽しみにしていろ」

 

 髭トレーナーは新人の俺の緊張をほぐそうとして気を回している。日々俺達ウマ娘のために心身を削っている姿は絶対に真似したくないが信頼出来そうだ。

 そうこうしているうちに部室の前に来た。髭はドアの横に裏返しでかかっていた札を見せる。表には入室禁止と書かれていた。

 

「これは俺用だからお前は気にするな。札は着替えの時にでも使え」

 

 俺達みたいな年頃の女と場所を共有するには、男トレーナーは色々と気苦労が多そうだ。

 ともかく改めて部室に入る。

 

「お前ら、待望の新人を連れて来たぞー。仲良くしてやれ」

 

「アパオシャです。よろしくお願いします」

 

「おおっ!よくぞ≪フォーチュン≫に来てくれました!!私は学級委員長のサクラバクシンオーです!!これから一緒にバクシンしましょう。バクシーン!!」

 

 目に桜の花びらの紋様のある、おでこの広い先輩が俺の手を握ってハイテンションに力説する。

 この人はサクラバクシンオーか。今はクラシックで短距離専門に走ってる生粋のスプリンターと雑誌に載ってた。かなりの実力者で、既にG3、G2を一勝ずつ挙げている重賞ウマ娘。このままG1もほぼ確実に勝てる逸材とコラムの記者は手放しに誉めていた。

 髭トレーナーの言う通り、良い先輩っぽい。

 後ろにはカフェさんが困った様子で苦笑して、オンさんはいつものように怪しい。

 そしてもう一人、外に跳ねた栗毛のショートヘアの先輩が、何故か水晶玉を持ってこちらの様子を窺っている。なぜか髪飾りは小さなダルマだ。

 

「えっと、マチカネフクキタル先輩ですね?」

 

「ふぉおおっ!!私の名前を知ってるんですか!?」

 

 いやそりゃ、去年の菊花賞を勝ち取ったスターウマ娘なら、顔と名前ぐらいは知ってるよ。

 マチカネフクキタル先輩は去年の菊花賞を勝ったG1ウマ娘。それ以外にもG2を二度勝ってる。知ってるのはそれぐらいだが、本人は顔すら知られていないと思ってるらしい。謙虚なのか自己評価が低い人なんだろうか。

 

「ではお近づきの印に不肖ながら貴女の運勢を占ってもよろしいですか!?」

 

「はあ、じゃあ一つお願いします」

 

「ふんにゃか~、はんにゃか~!かしこみ~!エコエコアザラシ…エコエコオットセイ…シラオキハッピー!とうっ!」

 

 物凄い独特な掛け声で水晶玉を覗き込む。うん、これは髭の言う通り、良い人だが癖の強い先輩だ。

 

「―――――出ました!アパオシャさんの今後の運勢は……」

 

 やけにもったいぶってくれる。こういう引きはテレビでたまに見る占い師が良くやる手法だな。

 

「晴れです!」

 

「あっはい」

 

 吉凶じゃないけど晴れならまあ運が良い方だろう。

 

「あれ?どうして天気が出てくるんでしょう?もう一回リセマラかしこみしてみますね」

 

 リセマラって、占いはガチャじゃないんだぞ。内心で突っ込んでも聞こえる筈が無いので先輩の占いが終わるまで待っている。

 

「ふんぎゃろ!ふんぎゃろ!――――出ました。風速4メートル、スギ花粉にご注意です!……ひょえー何でですか~!!シラオキさまぁ~」

 

 やっぱり水晶型のスマホで明日の天気を見てるのかな。同居者が床に転げ回って笑ってやがる。

 

「おら、いつまでも遊んでないでトレーニングするぞ。アパオシャはジャージに着替えてから練習コースに来い」

 

 トレーナーから空いているロッカーを教えられて、残り全員は先に練習場に向かった。

 早速着替えて練習場に向かうと、先輩達は準備体操をしていたから、それに混じって体をほぐす。

 

「よーし。今日の内容を説明する。フクは今月最終日の天皇賞春に向けて坂道走破だ。3200メートルの長距離と二度の坂道は相当キツいが、辛くても数をこなせ」

 

「任せてください」

 

「バクシンはダートのシャトルランでスタートの力をつけろ。お前は初速が肝心だ」

 

「委員長はどこでもバクシーン!」

 

「カフェとタキオンは、アパオシャと軽く並走して力を見てやれ。ジュニア、クラシックで勝てるようにな」

 

「二人とも、よろしくお願いします」

 

 練習とはいえ初日からG1勝利者と並走は僥倖だ。

 二人からの提案は芝コース一周2000メートルをレース形式での並走。

 

「さて、どうして2000メートルなのか分かるかな?」

 

「ジュニアのコース最長距離が2000までしか無いからですか」

 

「……正解です。アパオシャさんは……私と同じ…長距離が得意みたいですが……長距離レースはクラシックの後半まで……ありません」

 

「それでカフェは結構苦労したみたいだからねぇ。今のうちに中距離にも慣れておいた方がいいのさ」

 

 納得の理由だ。URAの主催するトゥインクル・シリーズのジュニア、クラシック期は中距離とマイルが充実していて長距離レースは少ない。かと言って長距離レースが充実するクラシックやシニアまで走らないという選択肢は無い。

 せっかくウマ娘としてレースに出て、大金を稼ぐ機会があるなら、積極的にチャンスを利用したい。そのためにはえり好みせずに中距離でも勝てるように鍛える事は願ったりだ。

 早速三人でコースを走り、そして見事にぶっちぎられた。

 うん、まあ分かってた。相手は遥か格上の大先輩。夕陽で伸び切った影すら踏めないのは順当な力量差だと思う。

 それと、俺の同居者とカフェさんの『お友だち』も競争してるみたいだったが、同居者の方が空を飛んで俺達全員をぶっちぎった。

 だからか『お友だち』が滅茶苦茶キレて地団駄踏んで、空に向かって手を振り上げてる。輪郭がボヤっとしか見えないけど、たぶん中指立てて罵倒してるんじゃないかと思う。空を飛ぶのはレギュレーション違反だぞ。

 変な奴等は置いておき、俺は負けても挫けるつもりはなく、すぐに二回目をお願いした。

 

 都合五回の並走を終えて、息の荒いオンさんの方からストップがかかった。

 

「ちょっと休憩を入れないかい?私のスタミナは君たちほど持たないんだよ」

 

 言われて気付いた。確かに五回もコースを回れば10km走った事になる。≪超光速≫の異名を持つオンさんは、速さこそ随一でもスタミナはシニアでも平均クラスだから、生粋のステイヤーには付き合いきれないのか。

 一方、カフェさんは汗こそかいていても、息の乱れは俺より少ない。その上で俺より五バ身は先にゴールしてるから、やはり凄い。

 

「あーやっぱり楽しいなー」

 

「……練習が…ですか?」

 

「自分が上手くなるって実感してる時かな」

 

 最初はオンさんに大差で置いて行かれていたが、回数を数えるごとに差は縮まっているように思える。

 オンさんやカフェさんの走りのフォームを後ろから見続けて、一つ一つ良い点を見つけて自分なりに当てはめて身に付けていく。

 お手本を追いかける、ただそれだけで確実に速く走れるようになると実感出来るのだから、楽しくて仕方がない。

 俺は大金を稼ぎたいからアスリートの道を選んだ。勝ち負けはオマケみたいなものだと思ってるが、それでもやはりウマ娘として速く走れるのは気分が良い。

 

「クフッフッフ。一緒に走って分かったが、やはり君は逸材だよアパオシャ」

 

 オンさんはスポーツドリンクを飲みながら、瞳に怪しい光を宿して俺を見る。

 

「レースはただ速く走れるだけで勝てるものではない。短距離レースでさえ最初からスパートをかけたら、どんなウマ娘も体力が持たない。体力の消耗は思考力と冷静さを奪う。だから自分なりのスタミナ配分でペースを作る。特に長距離はスタミナと冷静さを失った者から脱落していく。しかし君はこれだけ走ってもなお私達を観察し続けて、走りに取り込むだけの頭脳的余裕を持ち続けた。いやはやデビューが楽しみだよ。―――さあ、これを飲んで水分補給をしたまえ」

 

 オンさんに褒められてちょっと嬉しかったのに、最後に勧められたボトルの蓋に付いた蛍光色の液体に気付いて手を引っ込めた。褒めたのはこれの前振りかい。

 

「そんなに怖がらないでおくれよぉ。味の保証はしかねるだけで、ただの疲労回復のドリンクさ」

 

「いいえ、俺は遠慮しておきます」

 

 幾ら疲労が回復するからと言ってサイケに光る液体を飲むほど追い詰められていない。

 横からカフェさんが差し出したドリンクを選んで一口飲む。すっと体に染み渡る感覚が心地良い。

 同時に『まだ足りない』と心の奥底から湧き上がる渇きを感じている。

 この感覚は生まれてから何度も経験している。

 何をしても満たされない。常に心が渇きを訴えて、水を欲していた。まだ飲み足りない。もっともっと、貪るように欲しいんだ。

 

「カフェさん、あと二、三本付き合ってくれますか」

 

「…はい……お付き合いしますね」

 

 カフェさんの隣にいる『お友だち』が見えなくても笑っているような気がした。

 俺の心の渇きに応えてくれる人が身近にいる。それが無性に嬉しかった。

 

 



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第6話 一流ウマ娘


評価バーが赤になりました。評価を付けてくださった方々に心からの感謝を。

タグにサクラバクシンオーとマチカネフクキタルを追加しました。




 

 

 桜が散り、四月も末になる頃。中央トレセン学園に入学してから、そろそろ一ヵ月が経つ。

 俺を含めた新入生も、慣れない新環境に順応し始めて、トレーニングの合間の学生生活を満喫していた。

 トレーニングの方は順調すぎるぐらいに上手く行っている。走行中の技術的な部分は現役最高峰のカフェさんとオンさんから存分に吸収した。

 スタートの技術を最も重要視する短距離逃げを専門にするバクシ先輩から学んだ。

 フクキタ先輩には終盤、後方から一気にスパートをかけて追い抜く、驚異的な末脚と仕掛けるタイミングをレース型式で何度も繰り返し教えられた。

 その合間に髭トレーナーからは、中距離に必要なスピードとパワーを身に付ける筋力トレーニングを課せられた。

 ウマ娘特有の圧倒的なスピードを生むには筋力が不可欠。レース中、集団に囲まれた場合に抜け出すには力でこじ開ける事も多いので、やはりパワーを求められる。

 俺やカフェさんのような長距離走者は豊富なスタミナが必須だが、同時に高い走破性を支えるパワーと、速く走るスピードもバランスよく要求されるものだ。スタミナ一つで相手をすり潰すようなゴリ押しは格下には通じても、同格以上の相手には有効打にはならない。

 毎日限界まで鍛えて体力を出し切り、疲れ果てて眠り、起きてはトレーニング。この一ヵ月はその繰り返しだ。他の年頃のウマ娘なら時には街で遊びたいと思うかもしれないが、俺はそうした欲が希薄なおかげで、修行僧のような生活にもストレスをあまり感じない。

 あまり、というのがミソである。多少なりとも精神的な疲労はある。しかしそういう時はカフェさんが気を遣ってくれて、コーヒーを淹れてくれた。トレーナーからはケーキやプリンの差し入れもある。おかげで程よくストレスを抜く事が出来た。

 それと、もう一つストレスを解消する手段がある。

 

「………あー美味い肉だ」

 

 美味い肉をたらふく食う事だ。今日の食堂の昼食は中華フェアだったので、青椒肉絲と回鍋肉を大盛にした。辛めで濃い味付けの料理が白米と一緒にすっと体に入ってくる。特に俺のような成長期の欠食児童に肉とお米はスイーツ以上の大正義だ。

 

「気持ちは分かるけどさ、ちょっとは女の子らしくしなよ」

 

 隣で焼売を頬張るゴルシーに窘められる。でも美味しい肉を前にして外面は勝てないぞ。

 

「いいじゃないか。ゴルシーも口では何のかんの言っても身体は正直。求めているんだろ、肉を」

 

「紛らわしい事を言わないっしょ!」

 

「ははっ」

 

 ゴルシーの白くて染み一つ無い綺麗な顔が赤く染まる。綺麗と言うと不機嫌になるから口には出さないが、こうやって少しつつくと反応が面白い。

 それでも遊ぶだけだと怒るから、俺の回鍋肉を一口分ゴルシーの口にねじ込んでやった。

 無理矢理入れられたキャベツと豚肉を咀嚼するたびに、怒りは散って悔しそうに「美味しい」と渋々認めた。それはそうだ。パリパリのキャベツと適度に脂を落とした豚肉の旨味を香ばしい辛味が包み込む、一流の料理人の仕事が下手なわけがない。

 それでも一方的は面白くないのか、意趣返しとばかりに今度はゴルシーが熱々の麻婆豆腐をレンゲに掬って強引に俺の口に突っ込んだ。

 あっつ!!とろみがあるから全然冷めてない!その上、山椒が辛い!

 それでも吐き出せず、我慢して飲み込んだ。でも美味い。

 

「どう?美味いっしょ」

 

「ああ、美味い。……青椒肉絲も食べる?」

 

 頷いたから、同じように食べさせた。こちらも甘辛のタレが苦味のあるピーマンと絡み合って美味と、ゴルシーも太鼓判を押す。

 なぜか周りから悲鳴が上がる。それもやたら嬉しそうな声がだ。なんでだ?

 そんなこんなで周りが煩かったが、食べ終えてからニンジンジュースを飲んでいる。

 

「ところでゴルシーは≪スピカ≫の方はどうなんだ?」

 

「うーん。良いチームと思うけど、変わった人が多いかなぁ」

 

 頬をかいて誤魔化すような仕草に、もっと過激な言葉を発したいと思っている本心が見え隠れしている。

 実際チーム≪スピカ≫は最年長?のゴールドシップさんが変人の極みにいるから、学園屈指の変人チームと思われている。あと沖野というトレーナーが、噂ではやたらとウマ娘の足を触って悦に入っていると聞いた事がある。だからうち≪フォーチュン≫程ではないが、生徒全体から敬遠されている空気があった。

 チームメンバーのサイレンススズカ先輩はシニア級重賞ウマ娘として実績もあり、一応奇行の類は聞いた事が無い。ウンスカ先輩の友達のスペシャルウィーク先輩も良い先輩と聞いている。

 

「…でも嫌じゃないかな。トレーナーは放任気味だけど、アタシがモデルやってるのも認めて、専用のトレーニングプラン組んでくれるし。先輩達も気にかけてくれるもの」

 

 不器用に笑うゴルシーの顔を見れば、嘘はついてないのは分かる。だから周りから言われているほど、変なチームではないと思う。ただし、ゴールドシップ先輩の妹扱いにはちょっと困ってるらしい。

 

「なら、次の模擬レースは勝てそうか?」

 

「うーん、少しは力が付いたけど、まだちょっと自信無いかなー。アンタはどうなの?」

 

「俺は出ないぞ。フクキタさんが春天皇賞に出るから、応援で宝塚に行く。土産は何が良い?」

 

「お菓子なら何でもいいっしょ。じゃ、お互いマイペースにがんばろ」

 

 空になった食器を一緒に返却口に返して、それぞれの教室に戻った。

 そして随分後に知った事だったが、どうやら一部の生徒達から俺とゴルシーがカップル扱いを受けていた。それも美女と野獣扱いでだ。

 マジふざけんな。

 

 

 一週間後。チーム≪フォーチュン≫は新幹線で大阪まで移動した。トレーナー曰く、当日移動は何が起きるか分からないので、関東から外の場合は前日に出来るだけレース場近くのホテルに入っておくのが基本らしい。

 在来線を乗り継いで、ようやく宝塚駅で降りて、今は徒歩で最寄りのホテルに向かっている。時刻はそろそろ夕方だった。

 大阪に来てから電車の乗り継ぎの度に人だかりが出来て驚くが、先輩達にとってはこれが普通だとか。

 俺以外はメディア露出した一流のアスリートばかりだから当然と言えば当然なのだろう。それに中央トレセンの制服を着ていれば嫌でも目立つ。

 

「私服は着ないのか?」

 

「お前達は学生なんだから人目につく時は規律を守った方が良いぞ。それにウマ娘は目立つから私服でも気付かれるし、後から服のセンスをあーだこーだ言われるよりは制服の方が面倒が少ない」

 

 髭に言われて納得。俺達の本分はアスリートでも、ウイニングライブを踊って歌うから、ある種の芸能人として扱われる。芸能は常に流行の最先端を走るので、ファッションも無駄に評価対象になる。

 レースで着る勝負服は専門のデザイナーさんが用意してくれるから、とやかく言われても平気だが、私服は当然自前になる。今までのように適当なシャツとジーンズはダメかなぁ。

 先輩達かゴルシーを参考にするか、一緒に買い物に行って買った方が良いかも。

 

「浮かない顔してますが、アパオシャさんは乗り物酔いですか?」

 

「それはいけないねぇ。せっかくだから私の開発した酔い覚ましの薬を飲みたまえ」

 

「酔ってないから大丈夫です。フクキタさんこそ体調は良さそうですか?」

 

「勿論です!今日は中吉を引きましたし、明日はきっと大吉を超える超吉です!シラオキさまが見守ってくれています」

 

 未だにシラオキさまとやらはよく分からないし、理由はともかくフクキタさんがポジティブなのは良い事だ。

 

「トレーナーさーん!私も来年は春の天皇賞を走りたいですっ!」

 

「じゃあいつかはヴィクトリアマイルと安田記念を走ろうか。どっちも1600メートルだから、合わせて勝てば3200メートル。春の天皇賞と同じ価値があるぞ」

 

「おおっ!!確かにそうですねっ!私はやってやりますよ~!!バックシーンっ!!」

 

 騙されてる騙されてるって。バクシ先輩が長距離を走りたがってるのはよく知ってるけど、これは大丈夫なのか心配になる。

 バクシ先輩、将来悪い奴に騙されないと良いけど。

 

「……懐かしいです……フクキタルさんも勝ってくださいね」

 

「分かりました!カフェさんに続いて春の天皇賞を連覇してみせますね!!」

 

 昨年の覇者の先輩から激励を貰い、フクキタさんも気合十分だ。これなら優勝も期待出来る。

 そんなこんなでわちゃわちゃ女子学生らしく、姦しい集団は騒がしく歩き、予約したホテルに着いた。

 ホテルは街によくあるビジネスホテルだ。割と新しいから綺麗で、サービスも充実している。あと髭はチェックインを済ませる時に、明日の朝に六人分のタクシーの手配をしていた。

 

「じゃあ部屋割りは渡したプリント通りだから、夕食までは各自休んで疲れを取っておくんだぞ。じゃあ後でロビーに集合だ」

 

 カードキーを渡されてそれぞれの割り振られた部屋に入る。

 俺はオンさんとバクシさんとの三人部屋だ。ビジネスホテルらしく最低限の設備だけ置いた簡素な部屋でも、遊びに来たわけじゃないから不満は無い。

 主役のフクキタさんは経験者でメンタルケアを務めるカフェさんと同室、トレーナーは男だから当然一人部屋だ。

 それから言われた通り、三人で軽いストレッチをして移動で固まった体をほぐしておく。

 時間になり、ロビーで全員集合して、ホテル近くのチェーン店のファミレスで食事をとった。

 チームのレース前は大体こんな感じらしい。練習通りのパフォーマンスを発揮させるのが目的で、出来るだけ日常と同じように過ごす事を重視するのだと。

 そういうわけで食事をした後は観光などもせず、まっすぐホテルに戻って、明日のレースの入念なチェックを全員で行い、早めに寝た。

 俺は自分がレースに出るわけでもないのに緊張して、遅くまで眠る事が出来なかった。

 

 



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第7話 春の天皇賞

 

 

 朝起きると小雨がガラスを濡らし、風が少し強かった。レース日和というには少し合わない。

 一緒に寝たオンさんとバクシさんはまだベッドで寝ている。大事なレース前でもきっちり眠れるのは、俺と違って経験豊富だからか。

 雨では外の自主練も難しいから、中で軽い筋トレをしておく。気配でバクシさんが起きたから、一緒に筋トレした。

 軽く汗をかいてから、ホテルの大浴場でさっぱりして、制服に袖を通して先にロビーに行くと、トレーナーが新聞を読んでた。

 

「よう、おはよう。昨日は眠れたか?」

 

「緊張してあんまり」

 

「自分のレースじゃないのにそんな緊張するんじゃねえよ。来年は寝不足でちゃんと走れないなんて言い訳出来ないからな」

 

「そういうあんただって、ちょっと疲れてないか?」

 

「バッカ!よくみて見ろ!ピンピンしてるわ!」

 

 腕を動かしてアピールしても、その割に目の所に疲れの皺が寄ってるのは隠せないぞ。あんまり寝ていない証拠だ。

 それだけ教え子のレースに力を入れていると思えば信頼が置ける。

 軽口を叩き合ってると、先輩達も準備を整えてロビーに集まった。そしてホテル内のラウンジで一緒に朝食をとった。

 ウマ娘の食欲は大の男のそれを凌駕する事が多い。実際男のトレーナーが六人の中で一番量を食べない。

 全員がビュッフェ形式の取り皿に山盛り取るから、ウマ娘が五人もいればあっという間に料理が空になってしまう。パンも一人で一斤ぐらいは食べるし、炊飯ジャーが一つ丸ごと空になった。

 これでもかのオグリキャップ大先輩やシンボリルドルフ会長よりは、まだ大人しい方だろう。

 フクキタさんは白米を山盛りに、玉子焼きや塩サケ、味噌汁と漬物をもりもり食べている。緊張で食事が喉を通らないようには見えないので一安心。さすが菊花賞ウマ娘だ。

 

「フクキタさんは今日の運勢はどうなん?」

 

「よくぞ聞いてくださいました!今日はカフェさんに逆占いをしてもらい、見事大優勝を飾るそうです!ビッグですよ!大開運です!こわいものなんてありません!」

 

 ハイテンションになった先輩は納豆を三つほどかき混ぜてご飯にかけて盛大にかき込んだ。

 カフェさんを見ると、彼女は首を横に振っていた。あーこれは良くない未来を見たから逆の事を言ったな。

 わざわざレース前にテンションの下がる事を言うより、調子に乗らせた方が良いと思ったのか。

 こういう時は経験者に任せた方が大体上手く行くから何も言うまい。

 多少騒がしい朝食も滞りなく終わり、出発の時間まで部屋でくつろいだ。

 

 時間になり、ホテルが呼んだタクシー二台にレース場まで送ってもらった。

 今日の舞台、阪神レース場の前は午前中にもかかわらず、多くのファンが詰めかけてお祭りのような活気に満ちていた。

 売店はタコ焼きやフランクフルトが香ばしい匂いを漂わせ、出場するウマ娘のグッズ販売所は人だかりができて盛況だ。

 客層は半分ぐらいは若い男だが、女の子や家族連れも結構多い。ウマ娘のレースは楽しいお祭りみたいなものだ。

 ウマ娘のレースは国内有数のエンターテイメントなので、G1級レースの開催場所は毎回数万人以上が集まり、相当な経済効果を生むと聞いた事がある。

 レースによっては観客の入場料だけでも一日数千万円の売り上げになり、グッズ販売も莫大な額が動いた。さらにウイニングライブのチケットも毎回売れ切れ続出。ライブ映像配信の有料登録者数も毎年右肩上がりが続いている。

 これだけ金が動けば、出走したウマ娘達への高額賞金を払っても十分過ぎる利益が見込めた。

 もっともウマ娘が受け取る賞金は全額ではなく半額程度。もう半分は所属するトレセン学園の維持管理費や全校生徒の学費に使われる。さらに所得税で持って行かれてしまい、手元に残るのは三割ぐらいだった。

 それでもG1レースの優勝賞金ともなれば、億を優に超えるので、一部の生徒は中小企業の社長クラスの資産を持っているのがザラである。

 俺も早くデビューして賞金をガンガン稼ぎたいものだ。

 あと、意外と知られていないが、トレーナーにも賞金の数%が特別報酬として給料以外に支払われている。つまり担当のウマ娘を勝たせれば勝たせるだけ儲かる。

 ただし、金目当てでウマ娘を酷使するような輩は早々に見切りを付けられて長続きしないし、トレーナー自身がウマ娘のために身銭を切って色々とケアする事も多いから、手元に多く残らないそうだ。

 例を出すと≪スピカ≫のトレーナーは過去に何度かウマ娘達に自腹で奢り続けて、一回で給料数ヵ月分をふっとばしたとかなんとか。

 うちはそこまで大飯ぐらいは居ないから髭も財布を空にされる事は殆ど無いが、代わりにオンさんのモルモットだったり、『お友だち』から色々された事があるので、迷惑料的な意味で受け取ってもらっていると、先輩達が言っていた。

 そんなわけで観客が大勢いた方がウマ娘は走る甲斐がある。観客もレースとライブを楽しめる。地元は興業が盛り上がって金になる。URAとトレセン学園も儲かる。と良い事が多い。

 

 さて、生臭い金の話はここまでにして、レース場に入る。するとスマホやグッズを持ったファンたちに群がられるが、彼等は決してウマ娘に直接触れようとはしない。カメラもフラッシュはウマ娘の多くは嫌がるからオフにしてある。実に訓練されたファン達だ。

 

「フクキタルちゃん、応援してるからがんばってねー!」

 

「菊花賞のすげえ末脚をまた見せてくれよー」

 

「マンハッタンカフェさ~ん!写真撮らせてー」

 

「アグネスタキオン、この前の大阪杯凄かったな」

 

「サクラバクシンオー!今度もあの逃げっぷりを期待してるから」

 

 さすが先輩達はファン達の声援が凄い。彼等に適度に愛想を振りまいて、関係者用の区画に入る。スタッフに控室まで案内してもらって、トレーナーとフクキタさんは本番までトレーニングルームで汗を流し、俺達は先にレース場へ向かう。

 

 雨はほぼ止んでいた。おかげで傘を差さずに済む。レース場の観客席は午前中でもう満員だ。今はメインレースの前座に、クラシック級のダート未勝利戦をやっていた。

 未勝利戦とは字のごとく、デビューからまだ一度も勝っていないウマ娘達が集う、格下のレースと世間でみなされている。

 基本的にウマ娘は六月にデビュー戦を飾るので、一年近く経った五月になっても一度も勝てない選手がどう見られるかを想像するのは容易い。

 ただ、走っているウマ娘が無気力だったり、負けてもいいと思って走ってるのかと言うと、断じて違う。寧ろ全員が飢えた目をギラギラと血走らせて、接触事故スレスレの荒っぽいレースをしている。

 競技者なら誰だって勝ちたいのは当たり前。けれども想いだけで勝てるほど勝負の世界は甘くない。今走っているのは、それでも夢と希望を捨てず、心を折る事無く足掻き続ける遭難者達だ。

 そんな遭難者の群れにも、ただ一人は自らの力で窮地を脱した者が居る。雨の後の泥にまみれた体操服で最初にゴールを駆け抜けた見知らぬ先輩は、天に拳を突き上げ泣いて喜んだ。観客にとっては単なる一勝。されどあの人にとっては、欲しくてたまらなかった輝かしい一勝。

 それでも客からまばらに拍手が起き、気付けば俺や先輩達も拍手をしていた。そして栄光には程遠く、されど小さな祝福の中で、泥に塗れた一人の勝者と十余人の敗者はウイニングライブへと向かった。

 

 それから多くの無名ウマ娘の涙を見続けた。

 見ごたえのある接戦もあれば、一方的な展開もあった。そのたびに観客は感動して、興奮と共に勝利者を祝福した。それらは全て本日最後のレース≪天皇賞・春≫を盛り上げるためと言っていい。

 天皇賞は日本のG1レースの中でも、国際レースのジャパンカップ等を除けば最高峰に位置する栄誉あるレース。

 唯一無二、一帖の盾を手にするのは只一人のウマ娘。

 その出走者達が万雷の拍手の中でパドックに姿を見せた。十八人のウマ娘、それぞれが己の夢を背負う堂々とした顔つきを見れば、走りもしない自分の心臓が跳ね上がった。

 

「本当にフクキタ先輩があの中にいるんだ」

 

 普段はふんぎゃろ~はんぎゃろ~なんてふざけた事を言ってるおちゃらけた先輩でも、これほど大きな舞台に立って緊張すらしない。堂々とした佇まいには、嫌でも格の違いを見せつけられる。

 まあ背に大きな招き猫のぬいぐるみを背負う、セーラー服風のふざけた勝負服はどうなんだと少し思うが。

 

「バクシンオー、アパオシャ。お前達だっていずれ同格の舞台に立つんだ。今日はよーく見ておくんだぞ」

 

 いつの間にか来ていたトレーナーが叱咤とも激励にも聞こえる言葉を投げかける。

 お披露目が終わると、出走者達はレース場で、それぞれ準備体操して足の具合を確かめたり、蹄鉄の具合を入念に調べている。中には蹄鉄が緩んでいたのに気付いて、その場で慌てて打ち直した。途中でシューズから蹄鉄が外れたら、芝に足を取られて勝ちが大きく遠のく。

 近くの観客が出走者の人気順と着順予想をしているのが耳に入った。

 

「フクキタさんは二番人気か」

 

 下バ表の人気=実力と思うのは素人だ。しかし人気最下位やそれに近いウマ娘が優勝する事は珍しい。

 人気はつまるところ、それまでのウマ娘の積み上げた勝利の実績を元に弾き出される参考値。勝ち数が多いウマ娘ほど人気は高くなる傾向がある。それ以外に勝ち方と適性距離も参考とされるし、何よりウマ娘本人の魅力が加味される。

 フクキタさんの人気が高いのは天性の明るさとキャラクター性に加えて、去年の菊花賞を制したのが大きい。天皇賞春と菊花賞の距離は近い。それだけの長距離で勝てたのだから、今回も勝つとファンから思われいる。

 三番人気は名門メジロ家の一員メジロパーマー。これまでの成績はG3を一度しか勝っていない、名門出としてはパッとしないウマ娘だったが、昨年のG1有マ記念を制した事で一躍トップクラスの知名度を獲得した。しかもそのレース運びはスタートからゴールまで先頭に立ち続けて走る『逃げ』。その分かりやすさと博打めいた豪快さが人気の秘訣だ。

 そして一番人気はミホシンザン。こちらも名門シンザンの一族で、クラシック期は体調不良を抱えたまま皐月賞を制した逸話を持ち、菊花賞も勝った二冠ウマ娘。ただ、怪我が多く、二年前は骨折の治療で一度も走れず、去年はG1に複数回入賞してはいても勝利は無し。引退も囁かれたが、今年に入って重賞二連勝を引っ提げて、天皇賞に挑戦となれば人気は高い。

 それ以外も全員が重賞勝利を得た一流ウマ娘ばかり。人気に差はあれど、誰しも勝つ目はあった。

 

 



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第8話 勝利の代償


 公式サイトの用語集を読み直して、模擬レース、選抜レースの使い分けて訂正しました。



 

 

 レース場にファンファーレが鳴り響き、観客の興奮は否応なく引き上げられた。

 そして走者は一人、また一人とゲートに入り、フクキタさんも運命の瞬間を待っている。

 ゲートが開き、ウマ娘達が我先に飛び出した。

 観客から悲鳴が上がる。二人出遅れた。

 先頭に立ってるのは予想通り逃げのメジロパーマー。もう一人の逃げウマ娘と競り合うように、後方を五バ身引き離して彼女達がレースを作る。

 先輩は後ろから三番目ぐらいでペースを保っている。落ち着いているから今の所は大丈夫そうだ。

 隣ではバクシさんがバクシンバクシン言ってる。応援の掛け声なんだろうが、今から驀進したら体力持たないからあかんて。

 カフェさんとオンさんは静かに見守っている。二人は性格上、声を張り上げるのは苦手だから、俺とバクシさんで四人分を賄った。

 

「ミホシンザンは最後尾か。このまま沈んでてくればいいんだが」

 

 髭が祈るように最後尾に目を向ける。鹿毛の彼女は資料で見た限りは差し以上に、後方からの末脚で追い抜くレースを好む。追い抜くタイミングを誤ると追いつけずに惨敗する『逃げ』並に難しく、見る者には爽快感を与える走りで魅了してきた。

 レースは1000メートルを通過した。まだ三分の一も過ぎていない。 

 走者たちは順位を常に入れ替えて常に出方を伺い、駆け引きに終始している。3200メートルの長丁場で勝負に出るには早いが、ある程度好位置をキープして、いつでも集団から抜け出せるように気を配ったり、競り合いを避けてスタミナ消費を減らす工夫は、見ているだけでとても参考になる。

 状況が動いたのは1500メートル地点のコーナー。中団の一人が雨と前座レースで剥げた芝に足を取られて、よろけた煽りで数人の走りが乱れた。

 チャンスとばかりにすぐ後ろがペースを上げて一気に順位が入れ替わった。

 

「いけないねえ。レースはまだ半分なのに、もう勝負所と決めつけてしまう」

 

「その心は?」

 

「今加速してもすぐ先の急な登坂で減速してしまうよ。さらにせっかく上げた順位を落としたくないから余計な足を使ってしまう」

 

 つまり冷静さを欠いて掛かってしまうわけか。相手のミスは美味しいが、それで自分のペースを乱してしまうのは本末転倒。

 先頭のメジロパーマーが二度目の登り坂を最初に踏み、後続も次々坂に入った。

 パーマーの顔が苦しそうだ。これまで逃げで多くスタミナを消費した上に、登り坂でどんどんスタミナを奪われる。だが、それでも彼女は必死で先頭をひた走る。どんなに辛くても最後は勝つためにだ。

 フクキタさんも坂を踏みしめ駆け上がる。脚は衰えない。むしろ加速すらして一人、二人と抜いた。その後ろにミホシンザンがピタリと付いている。

 

「凄い」

 

「……ずっと練習で……走ってました。トレーニングは……嘘をついたりしません」

 

 カフェさんの言う通りだ。練習の数だけレースで力が出る。

 300メートル超の登坂を走り切った先は下り坂のコーナー。加速を得られる代わりにコーナーで膨らんでしまうとロスが生まれる、足取りが難しい場面だ。

 フクキタさんがここで下りを利用して一気にペースを上げた。ゴールまでまだ700メートル、スパートをかけるには距離があるが、先頭のパーマーを捉えるには今から動かないと追いつけない。

 

「スタミナが持ってくれれば――――」

 

「心配ありません!!フクキタルさんは強い人ですからっ!今ですバクシンッ!!バクシィィンッ!!」

 

 こういう時にバクシさんのポジティブ姿勢はありがたい。

 フクキタさんは下りの外からガンガン前を抜いて順位を上げて七番――今、六番に立った。

 コーナーが終わり最後の直線は400メートル。

 パーマーもスタミナをほぼ使い切って、既に失速しかけていたが未だに先頭を譲らない。だが後続との差は確実に埋まっていく。

 会場は贔屓のウマ娘の名前が混ざり合ってまともに聞き取れない。俺だって懸命に応援する。

 フクキタさんは残り100メートルで、凄まじい末脚を発揮。ぐんぐん前のウマ娘を抜き去り、ゴールの50メートル前でとうとうパーマーに並び、抜いた。

 

「っしー!!」

 

「バクシン!バクシーンっ!!」

 

 大歓声の中、フクキタさんが最初にゴール板を駆け抜け――――――さらに後ろからもう一つの影が迫る。

 

「やられたね。ここで来るのかい」

 

 オンさんの呟き通り、信じられない速さでミホシンザンが猛追。ラスト10メートルで先輩に並んだ。

 それでも先輩は最後の力を振り絞り、差し返そうとするが、相手は逆に一歩だけ先に出てゴール板を駆け抜けた。

 

「くそーーーー!!!!」

 

 髭の絶叫の後、掲示板に着順の数字と着差が点灯する。先輩はハナ差で同タイムの二着。どれだけ接戦でも一歩遅ければ負けは負けだ。

 俺達は落胆しても、会場は勝利したミホシンザンへの歓声と拍手で満ちていた。

 

「……お前ら、拍手してやれ。勝ったミホシンザンと二位のフクキタル。それ以外のウマ娘にもだ」

 

 俺達はトレーナーに言われるまま、拍手で今日のレースで死力を尽くした全ての走者を讃えた。

 しかし、勝利したミホシンザンがレース場で膝を着いて倒れた事で会場は騒然となった。

 彼女のトレーナーが観客席から飛び出して寄り添う。

 すぐ後に、待機していた救護班が担架で彼女を運び、負けた十七人が勝者を心配そうに見送った。

 しばらくして運営からアナウンスが流れた。

 

「お知らせします。一着のミホシンザンは疲労困憊により自力歩行が困難とみなされたので、表彰式とウイニングライブは欠場します」

 

 観客からは落胆と、それ以上に骨折のような重大事故ではないと分かり、安堵の声が上がった。

 勝者の心配はもういい。俺達は会場を離れて、先輩を労うために控室に行く。

 フクキタさんは控室の椅子に力無く座ってボケーっとしていた。悔しくて泣いていると思ってたが、予想と違った。

 

「お疲れフクキタル。ミホシンザンだけじゃない、みんな強かったな」

 

「……そうですねぇ。トレーナーさん、今日の私は強かったですか?」

 

「ああ、良い走りをしていたぞ。ただ、何で負けたのか俺にも分からん」

 

「私、調子に乗ってたんでしょうか?占いが大開運だから、全力を出さなくても勝てるなんて思って、最後に気が抜けて追い抜かれて――――」

 

「…フクキタルさん……実は朝の占いは……逆だったんです。……今日の運勢は最悪で………最下位になる……未来でした……」

 

 カフェさんの暴露でフクキタさんが飛び上がって驚いた。

 

「つまりだよフクキタル。運が最悪でも君自身の実力とやる気で、惜しくはあったが素晴らしいレースをしたのさ。決して手を抜いて走ったわけじゃあない」

 

 それでも負けるのなら、相手がただ強かったとしか言えない。さしずめ己の限界を超えた実力以上の速さで勝利を掴んだと言うべきだ。その代償が自力歩行不可のウイニングライブ欠場。むしろあれだけの速さの末脚を使って骨折しなかったミホシンザンこそ幸運だろう。

 

「フクキタさん、負けたのは悔しいけど、今日のレースは凄かったです。俺もあんなレースを早くしたい!」

 

「アパオシャさん……」

 

 先輩の顔に力が戻った。

 しばらく後に会場スタッフがウイニングライブの説明に来た。今回はフクキタさんが勝者不在の繰り上がりでセンターを務める事になった。負けた自分がと躊躇いを見せたが、URAの決定とファンへの感謝と説かれれば否とは言わない。

 そして先輩はライブ会場で見事な歌とダンスを披露。ファンの熱い声援を受けて、笑顔で春の天皇賞を締めくくった。

 

 



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第9話 憧れの人

 

 

 天皇賞春の観戦を終えて、月曜日の昼にはトレセン学園に戻り、午後からいつも通り授業を受けて放課後になった。

 この時なにかクラスの雰囲気がピリっとしているのに気付いた。土産に買ったクッキーをクラスメートに渡すと、先週まで自主トレに励んでいた数人が、トレーナーの指導を受けると嬉しそうに話してくれた。

 そいつらは昨日の選抜レースで良い結果を出してトレーナーと契約を結べた。そして他の連中も負けていられない、次は自分だと気合を入れているから空気に張りがあった。

 競い合うのは良い事だ。俺もウカウカしていられないから、今日もトレーニングに励むとしよう。

 

「アパオシャ。お前は今日から暫く、バクシンオーとレース形式で短距離並走しろ」

 

「いや、俺短距離苦手なんだけど」

 

「誰も勝てなんて言ってない。一緒に走れる役がお前しかいないんだ」

 

 髭の命令に反対したが、事情を知って引っ込めた。

 バクシさんは今月末に愛知でG3葵ステークスに出走する。その練習相手が俺しか居ないとあらば、拒否は出来ない。

 カフェさんも月末に東京でG2目黒記念2500を走るし、オンさんは研究に没頭してトレーニングには出てこないと言い張ってる。フクキタさんは昨日の激戦の疲れがあるから、暫くトレーニングは休みだ。

 

「ついでだからスタートの練習と逃げ対策を考えながら走れ。欲を言えばピッチ走行も覚えて欲しいが、そっちは後でいい」

 

 この髭は無茶苦茶言うな。だが、距離は違えど逃げの達人のバクシさんから学ぶ事は多い。言う通りに並走の準備に入った。

 

 

 東京に帰って来た翌日は土産を渡すついでに、ゴルシーと一緒に昼ご飯を食べている。今日のメニューはみんな大好きニンジン&ハンバーグ。食堂は大盛況だ。

 二段重ねの肉の塊の真ん中にニンジン一本を丸ごと刺した豪快なハンバーグを、箸で切り崩して食べる快感はここでしか得られない。

 

「それで昨日からスプリンターに転向してるってわけ?無茶振りされてるわね」

 

「うちのチームは中~長距離に偏ってるからしょうがないさ。つーか五人居てマイラーが一人もいないのが珍しい」

 

 マイル~中距離が日本のレースの主流の中で、誰もマイルを走れない五人チームは珍しい。しいて言えばバクシ先輩が頑張って走るだろうが、あの人の基本は短距離だ。

 ゴルシーのいる≪スピカ≫のマイラーはシニア級のサイレンススズカ先輩が有名だ。驚異的な逃げ脚を活かした、レース開始から絶対に先頭を譲らない走りで重賞勝利を重ねてきたため、密かに≪先頭民族≫の異名を付けられている。まだG1勝利は無いが、今年は何かしらのレースを獲ると期待されている。

 

「いっそアンタがマイラーになったら?アタシとレースで走れるよ」

 

「俺にはマイルは短すぎる。中距離なら走れるから、クラシック三冠にしよう」

 

「いいじゃん!アタシはデビューしたらクラシック三冠バになってやるわ!」

 

 まだデビューもしていない育成期が何を言ってるかと思われるが、俺達ウマ娘はこれぐらい勝気で良いんだよ。しかしゴルシーはティアラを目指すかと思ったら、クラシックを走るのか。何か強い思い入れがあるんだろう。

 そんなこんなで二人で先の事をあーだこーだ言い合いながら、並の二倍の量のニンジンハンバーグランチを平らげた。

 

「ところでゴルシーに相談したい事があるんだけど」

 

「何よあらたまって?」

 

「専門的な事は専門の奴に聞くのが一番だからさ。俺に流行りの服とか教えてくれないか」

 

「アパオシャに?どうしてよ?」

 

 至極当然の疑問に、関西に行った時に思った事を素直に話す。ゴルシーは頷いて納得したみたいだ。

 

「確かにアタシ達は色々見られる側だから、オシャレの一つもしてないとバカにされるわね」

 

「俺はあんまり気にならんが、それで先輩達まで色々言われるとむかつくよ」

 

「オッケー!そういうことなら付き合うわ。えっとースケジュールは―――――」

 

 スマホを出してこれからの予定を調べている。この年でモデルとアスリートをやっていると、俺達以上にスケジュールやスタイルの管理が大変なんだろうと、ゴルシーを見て思ってたら、何か急に良い笑顔になってた。

 

「じゃあ、今週の土曜日の午後を空けておいてね。お土産ありがと」

 

 ゴルシーは先に食器を持って席を離れた。

 なーんか悪い事を企んでる気がするな。頼みごとをするのは早まったかもしれない。

 

 

 ゴルシーとの買い物の約束は一旦置いて、日々のトレーニングは大変だ。

 毎日バクシ先輩との並走はかなり疲れる。適性の合わない短距離で、なるべく競り合うような形のレースにするには、こちらも走り方を変えないとダメだった。

 俺の走り方はレース後半までは後方待機して、後ろからレース全体を把握して仕掛け時に加速して、最後に差すか追込む。長距離は間延びする展開になりやすいし、俺は加速に時間がかかるから、距離が長い方が都合が良い。

 反面、短距離は加速距離が足りな過ぎて何も出来ないままレースが終わってしまう。昨日はそれで大差の負けばかりだった。

 だから思い切って、バクシさんと同じ逃げで、最初からスパートをかけてスピードをガンガン上げて走った。

 そんな無茶なスタミナの使い方をしたおかげで競り合うとまでは言えないものの、何とか追従してレースの形になる程度まで差は縮まった。

 その分、練習が終わる頃にはクタクタで、ここ数日は風呂に入ったらいつの間にか寝てしまう生活になっている。

 学園内は毎週開催されるG1レースの話題で持ち切りでも、話についていく余裕が無くなっていた。

 

「来週はNHKマイル、次はヴィクトリアマイル、その次はオークス、でもって最後は日本ダービー。うちは誰も出ないから関係無いけどな」

 

 マイラーかクラシック期なら夢見る五月も、≪フォーチュン≫には関わりが大して無かった。

 そんなわけで今日も並走練習に励んで、片づけをしてから半分寝ながら寮に帰る。一応、同居者が先導してくれるから危険は無いと思う。

 浮遊感のあるフワフワした感触の足を動かしていると、同居者が止まれと意思を伝えて来た。

 

「アパオシャさんでねえか。大丈夫だべか?」

 

「あーヤ……ユキノビジンか?お疲れー」

 

 声をかけたのは同じクラスのユキノビジン。確か岩手の盛岡から東京に来たウマ娘。四月の選抜レースでも良い走りをしていて、早速トレーナーと契約していた。クラスであまり話した事は無いが、カフェさんの新しいルームメイトという事で多少知っている。

 

「よがった~。寝ながら歩いでると思ってたけんど、起きてだんべぇ」

 

「悪いな。疲れて頭がぼーっとしてる」

 

「暗い道は危ねぇべ」

 

 そう言ってユキノビジンは俺の手を引っ張って歩く。一緒に寮に戻り、そのまま風呂場に直行だった。

 半分寝ながら熱い湯に浸かっていると段々意識が冴えて、風呂から上がる頃には眠気は消えていた。

 それからユキノビジンと寮の食堂で一緒に夕食を食べる。

 

「さっきは助かったよ。先輩と並走でスタミナすっからかんだったから」

 

「同じウマ娘なンだから気にしねぇでがんす」

 

 いかにも純朴な田舎娘で着飾らない朗らかな笑いは、それだけで好感が持てる。まあ俺も出身は割と田舎なんだが。

 食べながら色々な話が出る。都会は何でもあってキラキラしてるとか、料理の味付けに塩気が少ないけど味がついてて不思議とか。

 地元の味と言えば、また笠松レース場のどて煮が食いたい。関東の味噌はなんか甘いんだよ。あーあ、赤黒くて濃い味の豆味噌が恋しい。

 甘い味噌汁を啜っていると、向かいのユキノビジンが何か聞きたそうに俺を見ている。

 

「どうした?何か聞きたい事ある?」

 

「あっ…えっと、アパオシャさんはゴールドシチーさんと友達なんだべ?」

 

「友達と聞かれたらそうだな。たまに一緒にご飯食べる程度の仲だけど」

 

「はぇ~あのゴールドシチーさんと仲良しなンて羨ましいべ」

 

 なぜかすごく憧れの目で見られてる?

 なんでゴルシーと思って聞いたら、ユキノビジンがトレセンに行く決め手が、友達から見せてもらった雑誌の記事に乗ってた、幼年クラブで走ってるゴルシーの写真とインタビューだった。

 キラキラして、カッコいいゴルシーに憧れて、立派な≪シチーガール≫を目指してトレセンに来たと。

 

「別にあいつは普通なんだから、そんなに憧れなら直接本人と仲良くなればいいだろ」

 

「あたしがゴールドシチーさんとなンてぇ!そンな夢みてぇな事ぉ……」

 

 同じ年の奴に憧れが過ぎると思うんだけどなぁ。

 

「……ユキノビジンは今週の土曜日時間ある?」

 

「土曜日ならトレーニングも入ってねぇですが、どうしたべ?」

 

「明日また教室で話すわ」

 

「?」

 

 ちょっとした悪だくみを思いついた。楽しくなって箸が進み、あっという間に夕食を平らげて、まだ疑問符を浮かべるユキノビジンと別れた。

 部屋に戻ってからスマホで、相手に連絡を付けてOKを貰った。向こうも乗り気だったのは幸いだ。

 ちょっと良い事をしたその日の夜はよく眠れた。

 

 



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第10話 騙されてアルバイト


 お気に入り登録が100人を超えました。ありがとうございます。



 

 

 春の天皇賞からほぼ一週間が経った土曜日。世間はゴールデンウィークで連休を楽しんでいる。

 俺は髭トレーナーに友達と一緒に学園の外に出かける事を伝えて、練習は午前までにしてもらった。

 渋い顔をされると思ったが、むしろ逆に楽しんで来いと言われた。どうも入学してからトレーニングとレース観戦以外、一度も外に出ていないのを心配してたらしい。

 よくよく思い出すと、土日はトレーニングばかりしてランニング以外に一度も外に出た記憶が無かった。先輩達と走って上達するのが面白かったから気にならなかったが、年頃の女としてはちょっとまずいと思った。

 危機感を感じつつ、トレーニングを午前で切り上げて、同じ美浦寮のユキノビジンとシャワーで体を汗を流して私服に着替える。今思うと部屋着以外で私服を着たのは一ヵ月ぶりだった。

 と言っても色が褪せたジーンズと、白シャツの上から黒地に赤のラインを入れたジャンパーを羽織っただけ。アクセサリーの類は一切付けないオシャレとは無縁だ。

 寮の共有スペースでゴルシーとスマホでやりとりして待っていると、ユキノビジンも来た。こちらはピンクのセーターと青いスカートの出で立ちで、簡素だが俺よりは余程女の子らしい。

 

「おまたせだべ。それで今日はどこに行くさぁ?」

 

「もう一人と合流するから、とりあえず正門にいくぞ」

 

「友達と都会で“しょっぴんぐ”なんて、あたしもシチーガールの仲間入りか~」

 

 ユキノビジンはいつもよりかなりテンションが高い。くくくっ、まだ誰か言ってない一緒に出掛けるもう一人を知ったら、たまげるに違いない。

 二人で学園の正門で待っていると、最後の一人が来た。真紅のワンピースに七分袖の上着を羽織って、俺達より明らかにスタイリッシュだな。特に青のネクタイにセンスを感じる。

 

「あれぇ、もしかしてゴールドシチーさんでねぇか!ゴールドシチーさんも、どこかお出かけですか」

 

「何言ってるのよ?アタシとアンタ達で出かけるっしょ」

 

「言ってなかったけど、今日一緒に行くのはここにいるゴルシーな」

 

 ユキノビジンの時間が止まった。俺はもう一人が誰と言ってなかったが、まさか憧れの相手がそうだとは思いもしなかったから、思考停止したのだろう。

 

「じゃじゃじゃじゃっ!?そんなあたしみてぇな田舎もんが、雑誌に載るカワイイゴールドシチーさんとだなンてっ!!」

 

「っふふ、可愛いなんて嬉しい。アタシの事はシチーでいいから、ユキノって呼んでいい?」

 

「どどどどうぞっ!!」

 

「じゃあ俺はビジンって呼ぶわ」

 

 初顔合わせは成功だな。ゴルシーはあれで面倒見が良いし、ビジンは純朴で奥ゆかしいから相性はいいと思っていた。

 

「じゃあ行く所はアタシに任せて。迎えはもう来てるみたいだから」

 

 迎え?バスを使うと思ってたが、タクシーでも呼んだのか。

 ゴルシーが校門を出てそれに俺達も付いて行くと、路肩に一台のセダンが路駐していて、側にパンツスーツの二十半ばのキリッとした女性がゴルシーと話していた。

 

「紹介するわね。アタシのモデルのマネジよ」

 

「出美よ。今日は二人ともよろしくね」

 

 俺とビジンは出美マネージャーに挨拶をする。もしかしてマネージャーを買い物に付き合わせるのかな。さすがに休日にプライベートな事までこき使うのは悪いと思ったが、出美さんは俺達を見て妙にウキウキしている。

 

「シチーから聞いた通りの良い娘達ね。姿勢も良いし、飛び入りでも十分よ」

 

「そっ、よかった。じゃあ、スタジオまでお願いね」

 

「待って、スタジオってなんだ?今日は店で買い物するんじゃないのか」

 

「えっと、シチー。あなた、友達に撮影のこと言ってないの?」

 

 あっ!謀られた。マネージャーの話で気付いて、ゴルシーを見たらクソムカツクぐらい良い笑顔だった。

 

「実はアタシ、今日はファッション誌の撮影だったんだ。アパオシャのお願いを聞いた時に、なら一緒に撮影して使った服をそのまま譲ってもらえば良いって思ったの」

 

「おい…おいっ!俺が雑誌に載るのかよ!」

 

「デビューしてレースに出たらその内乗るっしょ。こういうのも経験しなって」

 

「あの…どうしても嫌なら先方にも断りを入れるけど……」

 

 出美さんが控えめに助け舟を出してくれるが、本当に断ると二人の仕事の評価が下がるだろうなぁ。

 流行のファッションに意見を求めたのは俺だし。くっそ~断れねえ。

 

「いや、良いよ。買い物じゃないのは困ったけど、友達を困らせるのは出来ればしたくない。でもビジンのほうは嫌ならさせたくないんだけど」

 

「あたし、むっためがしてがんばりますンでっ!!これもシチーガールへの一歩ですっ!」

 

 マジか、俺より乗り気じゃねえか。思ったより根性ある娘だ。

 観念して車に乗る。三人も車に乗って予定外のドライブだ。

 撮影スタジオは意外と近く、都内にある四階建ての小さなビルのワンフロアを丸ごと使っていた。

 中は既に撮影スタッフが準備に追われていて、レース前とも違う独特の熱気とピリピリした雰囲気に満たされていた。

 最初にスタッフとの挨拶をした。雑誌の編集、服のデザイナー、メイク担当、スタジオスタッフなど。服の撮影一つでも十人を超えるスタッフが関わっている。ここからさらに実際の雑誌を作るまでには、何十倍もの人間が必要と思うとご苦労が偲ばれる。

 挨拶が済むと、今回の撮影の説明があった。撮影用の服は今年の夏から秋用で、一人に大体十種類程度を用意してある。撮影が終われば服はそのまま譲ってもらえる約束。それと給料が少し出るらしい。

 飛び入りの身だから俺は服だけで十分と言ったが、雑誌の人からタダにすると製作費の税金計算が面倒になるから、むしろ受け取って欲しいと言われた。だから金に関しては扱いに慣れた出美マネージャーに一任した。

 契約の確認が済んだら次は実際の撮影の簡単な打ち合わせをして、メイク担当の女性に控室まで案内してもらった。

 部屋の中は大きな化粧台が備え付けられて、奥には新製品の服がぎっしりハンガーに掛けられている。まるで小さな服店だ。

 

「では皆さんメイクをしますね」

 

 メイク自体はプロに任せて簡単に済んだ。元々中高生向けの雑誌だから過度なメイクはせず、あくまでカメラ写りを良くする程度の処置だ。

 それでもリップクリームぐらいしかしたことのないビジンや、それすらしない俺にはものすごい新鮮な経験だった。メイク後を見たゴルシーがやけに満足した顔をしている。

 

「やっぱ二人とも元が良いから、少しの手間で栄えるわ」

 

「君には負けるよ」

 

「知ってる。これでもプロだから」

 

 しれっと言って嫌味にならないのがゴルシーの良い所だ。

 メイクが終わると、次は夏服を手渡された。下着になった時に、ゴルシーが俺の尻尾に注視しているのに気付いた。

 

「前から思ってたけど、アンタは尻尾まで毛を切ってるんだ」

 

「俺のは元から。無毛症だから、生まれた時から殆ど毛が生えないんだよ。髪は十年でかろうじてこれだけ伸びた」

 

「……その、無神経でごめんね」

 

 後悔で泣きそうなゴルシーの頭を撫でた。

 実際毛が生えないデメリットは目立つ以外に大して無い。目が見えなかったり手足が欠損した人に比べたら、ウマ娘の分でプラスなぐらいだと思ってる。

 だから泣くなと言って友達を元気付けた。

 それから一度目の着替えを済ませた時には、もういつもの調子に戻っていた。さすがプロはメンタルの切り替えが早くて上手い。

 写真撮影は意外とすんなり進んでいる。俺やビジンにはスタッフが難しいポーズと演技の注文をせず、出来るだけ自然なままの表情で撮影しているおかげだ。それにダンスレッスンやトレーニングで体幹を鍛えてあるおかげで、ポーズがブレないから撮り直しが少なくて済むとカメラマンが褒めていた。

 撮影コンセプトはそれぞれ俺がスポーティーでパッション、ゴルシーはハイティーン用のちょっと大人向けクール、ビジンがピュアでキュートらしい。見立てはゴルシー。大体合ってるから言う事は無い。

 撮影自体は順調だったものの、服の数が多いから結構時間がかかっていて、全ての写真を撮り終えたのは夜の七時を過ぎていた。

 寮の門限を過ぎていたが、出美さんが前もって寮に電話して帰るのが遅れると伝えてくれた。仕事の出来る女はかっこいいね。

 仕事を終えると夕食に、映画に出てくるような木目調のアメリカンレストランに連れて行ってもらえた。基本のハンバーガーとクラブサンドにステーキも充実している、大食いのウマ娘も満足出来る量と味が売りの良い店だ。しかも今はジャズの演奏までしてくれる。

 

「東京はこったなオシャレなお店が沢山あるンだなはん」

 

 ビジンは拳三つ分はある巨大なハンバーガーにかぶり付く。チーズたっぷりカロリーお化けのハンバーガーは思春期の女の子には天敵でも、アスリートのウマ娘にはちょうどいい。

 ゴルシーは1kgぐらいある照り焼きチキンステーキをモリモリ食ってる。鶏だから低カロリーで満腹になれてお気に入りだそうだ。

 俺はTボーンステーキの合間に塩気の利いたフライドポテトをつまむ。撮影中はジュースしか口にしていないから、カロリーが美味い。

 出美さんは常識的な量のクラブサンドを食べている。挟んだローストビーフが絶品らしいので、俺達に毟られて半分取られてしまった。お返しにこちらの料理も少し分けたから、差し引きプラスになった。

 四人でワイワイ食べて満腹になり、後は学園まで送ってもらえた。

 

「二人とも今日はありがとう。シチーとこれからも仲良くしてあげてね」

 

 出美さんに何度も頭を下げられた。頭を下げなくたって、ゴルシーは友達なんだから仲良くするよ。

 そう言ったら満足して帰って行った。

 

「今日は楽しかったよ。また撮影したかったらアタシに言ってね」

 

 ゴルシーは栗東寮だから門前でお別れした。

 ビジンと寮に戻り、自室に入るとウンスカ先輩がベッドでダラけながら迎えてくれた。

 

「おかえりー。今日は結構遅かったね。おやおや~アパオシャちゃん、お化粧してるんだ」

 

「ただいま先輩。ゴルシーのオマケで色々と……はー慣れないと疲れるわ」

 

 両手に抱えた新作の服を床に降ろす。今日はこれだけ服貰えて、おまけにモデル料まで出してもらえた。幾らかは知らないが小遣いが大幅に浮いただけでも結構嬉しい。

 

「たまには友達と遊ぶのもいいでしょ?セイちゃん先輩は明日は釣りに行くからもう寝るね。じゃ、おやすみ~」

 

 もしかして俺の顔見るまで寝ないで待っててくれたのかな。

 優しい先輩を起こさないように着替えだけ持って、浴場でシャワーを浴びた後は早々に寝た。

 

 



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第11話 試験勉強

 

 

 梅雨の時期は毎年イマイチ気分が乗らない。速さに違いは出ないけど、遠慮無しに振り続ける雨と身体に絡み付く湿気に腹が立つ。

 トレーニングはまあまあ順調。六月初めに選抜レースとは異なる、生徒の有志が集まって走る模擬レースの中距離2000に参加して、アタマ差の二着。得意距離でもないし、色々試しながらのレースだったから、負けてもあんまり悔しいとは思わなかった。

 俺に勝ったのはナイスネイチャという、なんか自虐的と言うか卑屈な態度取ってる奴だった。

 

 数日後、本番の選抜レースに勝って、温和で優しそうなトレーナーとスカウトの話をして≪カノープス≫というチームに加わったみたいだ。勝ったんだから少しぐらい調子に乗ればいいのに。

 俺は負けたがチーム≪フォーチュン≫のレースは上々。

 五月末にバクシさんが葵ステークス1200メートルを快勝。翌日にはカフェさんも目黒記念2500メートルを5バ身差で圧勝した。

 世間ではそれより、オークスと日本ダービーに湧いた。オークスはカワカミプリンセスさんが競り勝ち、今クラシック世代三強BNWのウイニングチケットさんがライバル達を押しのけてダービーを制覇した。

 そして今月末にはG1宝塚記念をオンさんとフクキタさんが走る事になる。それ以外にも天皇賞春で三位入賞したメジロパーマーさん、≪スピカ≫のサイレンススズカさんが出走する豪華な顔ぶれだ。

 さらに俺達の一年上の先輩達のメイクデビューレースがぼちぼち始まり、学園全体が活気に満ちている。ルームメイトのウンスカ先輩も、この時ばかりは程よく緊張感を持ってトレーニングに励んでいた。

 ≪フォーチュン≫のトレーニングは二手に分かれて、オンさんとフクキタさんが宝塚に向けての実戦トレーニング。残りの三人は降雨を利用した重バ場走行を繰り返している。

 レースは常に乾いた芝を走れない。時には土砂降りの中で走る事もある。そういう時に備えてのトレーニングは必要と分かっていても、毎日泥だらけになるのは気が滅入る。それどころか髭は俺だけ水を吸ったダートで走れとまで命令した。

 もはや沼のようになったダート場は一歩踏み込むだけで脚が沈んで走るどころじゃない。泥から足を引っ張り出すだけでスタミナを吸われて、跳ねる泥が顔にかかって前が上手く見えない。

 芝はダートより水ハケが良いから、ここまで酷いバ場にはならないと思うが、最悪を経験しておけば対処もしやすい。トレーナーの言い分は理に適ってる。納得出来る理由があれば指導者に従うしかない。

 普段は一緒に走って先を譲らない同居者も、こういう時はそっぽ向いて屋根のある場所で雨を避けてしまう。こいつが雨を嫌うから俺も雨が嫌いになったようなものだ。

 カフェさんの『お友だち』は一緒に走ってるから、仲の良さが羨ましい。

 そして俺には、毎日練習後にチーム全員の泥に埋まったシューズを洗う仕事が待っている。下っ端だから仕方ないが、これも結構な手間で重労働だった。

 さらに厄介だったのが七月頭からの期末試験の勉強だ。トレセン学園はスポーツ学校でも最低限の学力を身に付ける事を生徒に義務付けている。赤点を獲った場合は普通校と同様に追試と補習が待っていて、しかもそれはレースに優先しているから、追試で出走取消などと新聞やレース雑誌に書かれたら死ぬまでネタにされてしまう。

 だから俺達は練習の合間に時間を見つけて出来るだけ勉強しないといけなかった。

 

 ある日の昼休み。昼ご飯を早めに食べてから、教室に戻ってビジンを含めた仲の良いクラスメートと一緒にテスト勉強をする。毎日ほんの三十分程度でもしておけば、五点十点ぐらいは違う。赤点を取って補習と追試地獄でトレーニングの時間を削られるのは全会一致で否決した。

 午後からの授業五分前になり、勉強を切り上げた。

 次の授業の準備をしていると、別のクラスメート二人が俺に雑誌を見せてきた。

 

「ねえねえ、これアパオシャさんだよね!」

 

「いつの間にモデルになったの!?」

 

 その発言でクラス中が俺の側に寄ってきた。そして雑誌の中の黒髪ウマ娘の写真と俺を見比べて、ワイワイ騒ぎ始めた。

 やっぱりすぐ分かるか。一応実名を避けて『AP』と記載してもらったが実物と顔を見比べたらすぐ分かる。その流れでビジンもモデルになったのがバレた。

 後は質問攻めだ。あくまでゴルシーのついでで、不本意でモデルのバイトをしたと言っても、なかなか興奮は収まらない。

 大体の意見は羨ましいとか、撮影現場がどうだったとか軽い話が多い。

 

「撮影現場は見慣れないから面白いとは思ったよ。それとメイクのプロにやり方を少し教えてもらえたのは良かったかな」

 

「わたしは憧れのシチーさんと同じ仕事がでぎてぇ、えがったべ。これで“シチーガール”に一歩近づげたぁ」

 

「「「わーわーいーなー」」」

 

 ここで自分も雑誌に載りたいからゴルシーに口利きをしてくれと言わないから、珍しい体験を羨ましがって、本気でモデルをやりたいってわけじゃないんだろう。それに堅実というか気遣いが出来る娘ばかりで助かる。

 クラスメートとわちゃわちゃ盛り上がってると教師が来て着席を求めたので話はお開きになった。

 授業が終わって部室に行くと、カフェさんとバクシさんが教科書を広げて勉強していた。

 

「今日はトレーニングしないんですか」

 

「……バクシンオーさんが追試になって……来月のレースに出れないと……困ります」

 

 Оh……意外と身近にがけっぷちの人がいたかー。

 バクシさんは来月末に新潟開催≪アイビスサマーダッシュ≫に出走予定だったな。学力不足で出られないのは恥ずかしいし、悔しい想いはしたくあるまい。

 ついでにカフェさんが俺の勉強を聞いたから赤点は無いと言っておいた。

 

「時間を見つけてコツコツやりますから、中より上ぐらいで何とかなります」

 

「良かった……これで後は……フクキタルさんだけ……」

 

 まだいたのか。しかもレース日と期末テストの時期がほぼ一緒で勉強する暇が無い。これはもうだめかもしれんね。

 オンさんは研究者だから俺達が心配するような成績じゃないだろ。心配なのは研究に没頭し過ぎて試験日を忘れて欠席になりそうだが、その程度ならトレーナーが無理に引っ張って行けば済む問題だ。

 そういえば今年の日本ダービーウマ娘のウイニングチケットさんは補習と追試の常習犯と聞いたな。それに皐月賞ウマ娘のナリタタイシンさんも、一時は学科の成績が相当酷かったと噂があった。三強BNWは学業を犠牲にレースに勝つウマ娘なんだろうか。

 まあ、どうでもいい事に思考を割く時間も惜しいから、今日は俺もトレーニングの代わりに一緒に勉強をする事にした。

 一緒に卓を囲んで勉強会をすると、何でバクシさんが試験に弱いかよく分かった。この人は問題を熟考しない。ひたすらバクシンバクシン言って、早解きしてるから間違いが異様に多い。単純に頭が悪いとか勉強嫌いとかの問題ではないんだ。

 おかげでカフェさんは四苦八苦しながらバクシさんを押し留めて、どうにか考える時間を作らせて問題を解かせている。

 俺やカフェさんのような長距離タイプは、レース中にペース配分や仕掛け時をあれこれ考えながら走るから、大抵思考が遅巧になりやすい。制限時間が多い試験なら優位に働くが、バクシさんみたいにとにかく速さを求めるレース思考が理解しづらいために苦労していた。

 二年上のバクシさんに俺はどうこう言えないから、黙って勉強しているとオンさんとフクキタさんが部室に来た。

 フクキタさんは勉強しているのを見て、思いっきり動揺した。一応テストがやばい自覚があったみたいだ。

 そしてオンさんはカフェさんの苦労を見て、なぜかバクシさんに壁にかかったアナログ時計の秒針を見るように言うと、急にバクシさんが眠り始めた。

 

「時計を使った催眠導入は済んだ。次は軽く砂浜を歩くとしよう。ゆっくりだよ」

 

「……はい。ゆっくり歩きます。ゆっくり、バクシン。バクシン、ゆっくり」

 

 うわごとの様に呟き続け、オンさんが手を叩けば、ピタッと起きた。

 

「バクシンオーくん。時には立ち止まって考える事も必要だよ。さあ、この問題をよく考えて解いてみたまえ」

 

「はいバクシン」

 

 バクシさんが用意した数学の問題をさっきの五倍の時間をかけて解き、カフェさんが答え合わせをすると、合ってた。

 

「フッフッフッ……これは私が考案した催眠走行向上理論の応用だよ。催眠で速度を引き上げるなら、判断力を遅くするのも理屈の上では同じ」

 

「いえ、そうはならないと思います」

 

「現になっているじゃないかカフェ」

 

 証拠を見せてしまったから、これ以上は反論出来ない。

 ただし、オンさんの話では催眠はあまり長く続かないから、試験期間内ずっと催眠を続けるのは難しいらしい。やっぱり世の中そんなにうまくいかないか。

 

 



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第12話 異次元の超光速

 

 

 七月初週の日曜日。チーム≪フォーチュン≫は二ヵ月ぶりに阪神レース場に足を運んだ。目的はもちろん宝塚記念を走るオンさん、フクキタさんと二人の応援をするためだ。

 前と同じホテルで一泊した後、午前中にレース場入りして午後のレースに備えた。

 観客席に居ると、知ってる顔がちょこちょこ見える。

 会場の上の方でシンボリルドルフ会長と、栗東寮長のフジキセキさんがいた。あの二人はチーム≪リギル≫メンバーだったな。それともう一人、小柄な黒髪の子が側に居る。その子は俺が見ている事に気付いて、じっと見つめていたが、すぐに興味を失ってレース場に視線を戻した。

 宝塚記念を二連覇したトレセン一の自由人ゴールドシップさんの隣にゴルシーが居る。あの二人はチーム≪スピカ≫メンバーで、今日出走するサイレンススズカさんの応援に来ていた。何で二人してトレセンの制服のまま、お好み焼きの売り子をしているかは分からない。

 それと、今レース場で出走前にこちこちに固まっているのがスペシャルウィークさん。彼女は今日がメイクデビューレースで、これから前座の一人として走る。≪スピカ≫は出来れば今日は、二人とも勝って祝杯を挙げたいと思っているだろう。

 十人がゲートに入る。あっ、スペシャルウィークさんが出遅れた。最後尾から追っかけて、中盤で着実に順位を上げていく。あの人結構早い。

 ラスト100メートルでガンガン追い抜いて、最後の50メートルで芦毛の眼帯の人と並んで、競り合った末にそのまま差し切った。出遅れをものともしない末脚の強さは凄いな。

 チームメイトのダブルゴルシスターズが、大喜びでスペシャルウィークさんの名前を叫んでいる。

 

「メイクデビューか。カフェさんとバクシさんはどんな感じでした」

 

「私は…三着で……次の未勝利戦で……勝ちました」

 

「私は勝ちましたよっ!あれが学級委員長としての第一歩でした!」

 

「そっかー。俺はあと一年後。早くデビューしてレースを走りたいな」

 

 こればっかりは年が足りないし、仮に今すぐ走れたところで、あのスペシャルウィークさんにまだ勝てそうにない。あと一年は地道に練習しないとダメだよな。

 レースへの渇きを感じてちょっと鬱屈していると、甘いソースと香ばしい匂いが鼻を刺激する。

 

「アパオシャ~、アンタもこれ買ってくれない?全部売り捌かないと終わんないのよ」

 

「似合ってるぞゴルシー。先輩達も食べよう」

 

 泣き顔でお好み焼きを売りに来たエプロン姿のゴルシーに、食欲と良心を刺激されて十個ばかり買った。ウマ娘なら一人三つは軽く食べられる。残り一つはトレーナーの分だ。

 早速食べてみる。具はオーソドックスにキャベツ、豚肉、ネギ、卵、天かす。甘めのタレと青のりの塩気が程よく美味しい。基本に忠実で万人受けするお好み焼きだな。

 

「美味しい。これ、ゴルシーが作ったのか?」

 

「ううん。ゴールドシップさんが全部焼いたの。アタシはただの売り子の手伝いよ」

 

 店の出店から具材の手配、保健所の許可まで全部やってるらしい。マジか。

 それに秋の感謝祭では毎年、焼きそば、お好み焼き、タコ焼きでローテーションを組んで屋台を出してると、バクシさんが教えてくれた。ほんと何者なんだあの人。

 しかもよくよく考えたら、後輩の大事なデビュー戦とG1レースなのに、食い物売ってる時点で色々とおかしい。

 

「あの人は……真面目に考えたら……疲れます………『お友だち』は………面白そうに見てますが」

 

 これは深く考えたら負けな事柄なんだろう。お好み焼きが美味しいから、もういいや。

 美味しかったからさらに追加で五個買って、三人でワイワイ食べた。ゴルシーも纏まった数が売れたから喜んでいた。

 いくつかの前座レースが終わり、トレーナーが七色に発光して戻って来た。ウイニングライブにはまだ早えよ。

 

「トレーナーさん!二人はどうでしたか?」

 

「ああ、バクシンオー、調子は良さそうだったぞ。どっちが勝ってもおかしくない。で、美味そうなお好み焼きだな」

 

「ゴールドシップさん特製だぞ。かなり美味しい」

 

 トレーナーはちょっと呆れた顔をしたが、「ゴールドシップだし」の一言で気にせずお好み焼きを食べて、美味いと言ってる。七色の発光する男がお好み焼きを食う光景は超がつくほどシュールだよ。そして俺達の周りから一気に観客が遠のいたぞ。

 髭は≪スピカ≫トレーナーの沖野さんとはそこまで親しくないが、『気性難』のゴールドシップさんをある程度制御している手腕は尊敬していると漏らした。さらに最近は『起床難』のゴルシーも指導しているから、色々と有名になっているらしい。むしろアンタの方が有名だよ。

 まあ七色発光はさておき、トレーナーらしい仕事として、今日のレース展開を予想してもらった。

 

「宝塚記念はスタートが下り坂でスピードが出るから、先行と逃げが有利なコースだ。そこはタキオンが有利だが、2200メートルの若干長い距離とゴール前の坂を登るスタミナのあるウマ娘が勝ちやすい。つまり長距離も得意なフクキタルの事だな」

 

「なら対抗バは?」

 

「メジロパーマーとエアグルーヴが有力だ。それと逃げのサイレンススズカをちょっと警戒してる」

 

 春の天皇賞でフクキタさんと競り合った有マ記念ウマ娘のメジロパーマーさんは言うに及ばず、G1の入賞常連でオークスとエリザベス女王ウマ娘の≪女帝≫エアグルーヴさん。二人とも実績のある有力なウマ娘だ。

 それと今年からシニア入りした重賞経験のあるサイレンススズカさんも、何気にフクキタさんと対戦経験もあり、勝ったり負けたりの関係だった。警戒して損をする相手ではない。

 幸いと言っていいのか分からないが、五月に春の天皇賞を勝ったミホシンザンさんはレースの疲労が抜けず、未だ休養中で今レースの出走を取りやめにした。強力なライバルが一人減るのはありがたい。

 それ以外も油断のならないシニアの強豪ぞろい。今回もヘビーなレースになりそうだ。

 

 

 今日のメインレース、宝塚記念がいよいよ始まる。

 ファンファーレと共に、華やかな勝負服を纏うウマ娘達がレース場に姿を現すと歓声が沸き起こる。

 

「先輩ー!早く早く、始まっちゃう!!」

 

「へいへい妹よ!そんなに急いだってレースは逃げないから心配すんなよー。そんなにスピード勝負がしたかったら、今からレースに飛び入り参加してやろうぜ!」

 

「二人とも…モグモグ……待ってくださいよ~。モグモグ…このお好み焼き美味しぃ~」

 

 賑やかな三人組≪スピカ≫が俺達の隣に来た。メインレースで空いてる席はこの周辺だから仕方ないか。しかしうちの発光トレーナーは虫除けか目印だな。

 後から黄色のシャツに黒いベストを着た沖野トレーナーも来て、うちの光る髭のありさまに顔が引き攣っていた。

 

「よう藤村、目立ってるぜ」

 

「どうも沖野さん。鼻から血が出てますよ」

 

「えっ、マジで?――んなわけねえだろ!」

 

 何かよく分からないテンションでトレーナー同士が握手をする。共にウマ娘を導くライバル同士だが、決して険悪な仲ではない。寧ろ互いを尊敬しあう良好な関係に見えた。

 俺達もチームは違えども、ゴルシーは友達だ。十個ぐらいお好み焼きを食ってるスペシャルウィークさんだって、ウンスカ先輩と仲の良い友達なんだよ。

 ゲートに入った主役達もライバルだが、レース場から一歩出ればきっと仲の良い友達だろう。でも、勝者は一人。お手々繋いでゴールなんて無い。

 誰もが勝つために、一斉にゲートから飛び出た。先頭争いはメジロパーマーさんとサイレンススズカさん。続いてオンさんが続く。フクキタさんはいつものように後方待機。≪女帝≫は真ん中ぐらいか。

 レースは最初から下り坂だから、かなりのハイペースで進んでいる。半分を過ぎてもあまり順位は変動せず、特に先頭から五番までは順位不動のままだ。

 

「トレーナー、もしかしてこのまま先頭取られたまま?」

 

「それは無いだろう。あのハイペースでスタミナは続かない。最後の最後で失速するか、末脚で捕らえられる…はず」

 

 髭も自分の言葉に自信が無いから、最後はどうしても尻すぼみになってしまう。 

 対して≪スピカ≫面々は自信満々だ。まるでこのままのペースで最後まで突っ切ってしまうと信じた目をしている。

 

「わりぃけどよぉ、今回はスズカの勝ちだぜ。なにせあたしが延々並走に付き合ってたから、この距離でスタミナ切れは期待すんなよ」

 

 ゴールドシップさんが髭トレーナーに、電源コードを付けて家庭用ホットプレートでお好み焼きを焼きながら(!?)、スタミナ切れは無いと断言した。普段の言動からはまったくイメージが湧かなくても、GⅠ六勝した怪物の言葉の重みは凄まじい。

 最後のコーナーをサイレンススズカさんが先頭で抜けて、後は直線400メートル。後続がどんどん速度を上げていき、メジローパーマーさんがタキオンさんに抜かれた。先頭は後ろを三バ身離して疾走する。

 

「……サイレンススズカさんと…タキオンさんの……差がそのままです……」

 

「えっ、いやまさか」

 

 カフェさんの言葉を疑うように、相対距離を確かめると、確かに殆ど差が縮まっていない。

 

「何で『逃げ』が終盤加速してるんだよ」

 

「モグモグ…スズカさんは凄いですからっ!!」

 

「それにしたって『逃げ』でオンさんと同等のスピードだなんて」

 

 オンさんは≪超光速≫の異名を持つほど、スピードに秀でた走者だぞ。それでも追いつけないなんて。

 逃げは常時ハイペースで先頭を走る性質上、どうしても後半の爆発的な加速力には乏しい。まして、追われる者としての重圧も加われば、下手をするとスタミナを奪われて終盤失速する。オンさんが捉えられない加速力とスタミナをまだ持っていたのは驚くしかない。

 ゴールまであと200メートル。後団のフクキタさんも一気に加速を始めているが、明らかに差が開き過ぎている。これではもう間に合わない。

 サイレンススズカさんはまだ加速していた。ウマ娘が速いのは当たり前だ。でも、あの人の速さは俺達の知ってる速さじゃない。まるでバクシさんが中距離を走ってるみたいだ。

 オンさんも負けじと僅かずつ差を縮めて追い続ける。しかし、完全に捉える事は叶わず、サイレンススズカさんが一着でゴール。今年の宝塚の勝者が決まった。

 三位入着はエアグルーヴさん、四着にはフクキタさんが入った。

 

「タキオンは一バ身差か。こいつはとんでもないウマ娘を育てましたね、沖野さん」

 

 とんでもないウマ娘。この言葉の真意は学生の俺でも分かる。

 サイレンススズカさんが先頭で逃げ続けた場合、小賢しい駆け引きなど全くの無意味でしかない。

 勝つにはあの人以上のハイペースに無理矢理付き合わせて『逃げ』同士のスタミナ勝負ですり潰すか、オンさんやバクシさんを超えるスピードでぶち抜くかの二択だ。

 

「悔しかったらお前も、うちのスズカに勝てるウマ娘を育てろよ」

 

 うちのトレーナーは負けを認め、それでも再戦を宣言する。≪スピカ≫の三人は大喜びで、今日の王者の名を呼んでいた。あとなんかハイテンションで、その場で作ったお好み焼きを食べ始めたぞ。シチーもだ。

 レース場でオンさんがサイレンススズカさんに何か話をしている。それも超いい笑顔でだ。

 

「カフェさん、あれはもしかして」

 

「……ですね」

 

 二人で納得し合う。ウマ娘の可能性を追い求めるオンさんに研究対象として目を付けられたな。かわいそうなサイレンススズカさん。

 負けはしたが、うちは二人とも入賞。今日のウイニングライブの主役は四着までだから、バックダンサーはギリギリ免れた。

 レースの興奮冷めやらぬライブ会場は、ファン達で埋め尽くされて、ウイニングライブは大成功に終わった。

 チームの先輩達が勝って大喜びするゴルシーを見ると、自分が負けなくても結構悔しいと感じた。

 何だかんだで俺はこのチームが好きなんだと思った。

 

 



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第13話 夏の終わり

 

 

 トレセン学園は新学期早々、二日目だろうが選抜レースが組まれている。

 世界に羽ばたくアスリートを養成する教育機関だから、ある意味当然なのだろうが中々にスパルタと思う。

 生徒にとっても夏休みの間に自他がどれだけ力を付けたかを知るのにいい機会だから、願ったりだ。逆に怠けた奴は一気に脱落していく。

 学園は学生が夏季休暇中に帰省するのは各自に任せている。残ってトレーニングに励むもよし、実家で休養するも良しとしている。寮で食事は出すし、身の回りの世話は最低限補助する。

 

 俺も実家に何度か連絡を入れただけで帰省は見送った。メイクデビューすらせず、数か月で家に帰るほど実家が恋しいと思わない。

 事実、新入生で過半数は学園に残った。帰省している間に自主トレしても、トレセンの練習に比べて質が落ちる事が多いから、置いて行かれたくなかったら休みだろうがトレセンで鍛え続けるしかない。

 

 例外は名門と呼ばれる、代々名選手を輩出する一族に所属する生徒達だろう。メジロ家やシンボリ家がこれに該当する。彼女達は実家にあるコースやトレーニング施設で、トレセンと同等の練習を続けられる。実家の雇った一流スタッフによる、徹底した食事管理やスケジュール調整は、却って自由な校風のトレセンに居るよりも実力が伸びやすい。

 もう一つの例外は、契約したトレーナーの実家で鍛える事だ。実はトレーナー業も代々引き継がれる稼業でもある。トレセン学園は教育機関だが、設立以前は個々の家でウマ娘を養成していた。多くはかつての貴族や大名の家臣の役割だった名残だったが、積み上げた歴史とノウハウはトレーナー資格を取って雇われた学園スタッフなど足元にも及ばない。

 そうした知識と積み上げた経験は値千金。門外不出の秘伝として一部の限られたウマ娘にしか教授されない。現在学園で該当するのは桐生院トレーナーと契約した同期のハッピーミーク他、ごく僅かなウマ娘だった。

 人はそれを不公平、不平等などと誹るだろうが全く以って見当外れだ。公平、公正はあくまで学園への入学規定とレースに出場する権利を手に入れる機会だけだ。

 それ以前の優れた指導者に巡り合い、教えを受けられるかは本人の運と才覚の問題。中央トレセン学園に入学する能力と意欲を示し、選抜レースでトレーナーに自らの資質を知らせ、多くの指導者から自らに最も利を与えてくれる者を選び取る観察眼は、結局は自らの才能に起因する。

 極論を言うなら全てが自己の才覚と責任でしかない。もっとも、まだ十代の少女達にそのような重大な責任を課すのは、幾らなんでも酷である。だから学園が間に立って出来る限りの支援を行っているのも事実だ。それでも足りないが故に、生徒が自治、自助努力を促す生徒会が活動している。全ては『ウマ娘の幸福』のために、だそうだ。

 そんな遠大な話は一般生徒には関係無い。日々速く走る事を追求するのが俺のような普通のウマ娘の日常だ。

 

 

 今回の生徒主催の模擬レースも2000メートルの中距離レースを走る。七月のレースは条件の同じ中距離で二バ身差で一着を取った。そこから夏休みの苦しいトレーニングの成果がどれほどか確かめるにはやはり同じ条件で走る必要があったし、確認したい事があった。

 ゴルシーとビジンはマイルを走るから、一足先にレース場に行っている。あの二人も夏休みは一度も実家に帰らずに、時間の許す限りトレーニングを積んで実力を付けていた。

 マイルレースが終わり、今度は中距離レースの番だ。

 何度かのレースが済み、出番が回って来た。

 同じコース上に居るウマ娘の中には、明らかに俺を疎んじる視線がある。既に頭一つ抜けてる実力を持ってると思われる俺と走りたくないのだろう。

 俺やゴルシーがそれに該当する。自分達より才能があって、速く走れるから邪魔で嫌な相手に見られている。

 逆に言えば、そうした悪感情の中でレースが出来るので、より実戦に近い環境と思えば好みの環境だ。

 

 絡み付く敵意の視線の中、レースが始まった。

 一歩目から一気に加速して先頭に立った。この時点で他の走者に動揺が広がった。俺の走りがいつもと違うからだ。

 前に誰も居ないレースの景色は、まだちょっと落ち着かないが、後ろの足音の大きさで後続の位置を把握しつつ、常にハイペースを心がけて走り続ける。いつものように同居者が先を走っているのがちょっと目障りだな。

 足音で後ろの連中に焦りが広がっているのが手に取るように分かる。このままのペースに付き合わされたら、最後まで持たないと全員が気付いていた。

 だが、手心なんて加えない。徐々にペースを上げ続け、三分の二が過ぎた頃にはスタートから追従していた二番手が失速して後ろの集団に飲まれた。

 独走状態のまま最終直線に入り、さらにスタミナを使い切るつもりで足を加速させてゴール板を駆け抜けた。

 息を整えてから後ろを振り返ると、後続がフラフラになってゴールしている。

 非公式のレースだからタイムオーバー規定は関係無いが、あのペースなら俺以外は全部失格だ。

 全員がゴールしたのを見届けてから、コースを後にする。ちらりと後ろを振り返れば、何人かが泣いて膝を折っていた。その内また一人二人学園の生徒が減るだろう。

 

 

 レース場から直行でチームが練習している近くの神社に走って行く。

 既に先輩達は数百段ある石の階段を登っていた。一定の歩幅で足を上げるピッチ走行を覚えつつ、根性を鍛えるのが練習の意図だそうだ。

 

「アパオシャ、『逃げ差し』の出来はどうだった?」

 

「悪くはないよ。選択肢の一つに入れておくと幅が広がるし、相手も動揺してペースが崩れるから、使えると困らないね」

 

「そいつは良かった。デビューまでに使えるようにタキオンと一緒に練習内容を考えておいてやる」

 

 トレーナーに頼んで、練習に参加した。

 夕方まで続いた階段トレーニングでクタクタになった俺達は、トレーナーの奢りで買ってもらったタイ焼きを齧って、学園まで歩いて帰っている。

 

「アパオシャさん!バクシンロードはどうでしたか!?気に入ったなら、私と一緒にバクシンしましょう!!」

 

「レースに使うにはまだまだ練習しないとダメですね」

 

「ならば、明日から一緒に練習しましょう!バクシーン!」

 

 最近バクシさんのテンションが気持ち、いつもより高い。チームで『逃げ』を使う人は居なかったから、仲間が出来て嬉しいのだろう。

 宝塚記念が終わってから≪フォーチュン≫は期末試験を挟んで、いつも以上にハードなトレーニングを課している。サイレンススズカさんにあれだけ鮮やかに負けて、フクキタさんが是が非でも借りを返したいと熱を入れて練習に励んでいるから、どうしたってやる気が伝播した。

 そこで下っ端の俺は夏休み中、もっとも間近で宝塚記念のサイレンススズカさんの走りを見たオンさん監修の元、逃げから終盤加速『逃げ差し』を再現した並走パートナーの役目を押し付けられた。

 先輩達との並走トレーニングで、スピードはあまり伸びなかったものの、スタミナは並のシニア級ぐらいに付いたと思う。それとまだ粗も多いが『逃げ』を覚えた。その結果が今日の模擬レースの、スタミナの暴力による轢き潰し。結果的には強くなったのだから良しとしよう。

 それと夏休みの練習で一番不安だったのがフクキタさんの追試だった。

 七月の期末テストは酷いありさまだったが、辛うじて赤点は一つで済んだから、少しの補習で練習時間を割かれずに済んだのは本当に不幸中の幸いだった。

 

「フクキタさんは調子どうですか?」

 

「シラオキ様のお告げで絶好調です!ハッピーカムカム!三日後の新潟記念は必ず勝ちますよー!」

 

 相変わらずふんにゃか、はんにゃか言ってるのはよく分からないけど、三日後の新潟のG3レースは大丈夫。新潟記念は秋の天皇賞の前哨戦扱いだった。

 新潟のG3といえば、バクシさんが七月末のアイビスサマーダッシュで勝ったから、続けて勝利といきたいものだ。

 

 翌日、新潟に発つフクキタさんとトレーナーを見送った。

 俺達は残って練習を続けて、次の日の夕方にはレース結果も出て、新潟の二人に連絡を入れて勝利を祝った。これで秋の天皇賞への弾みがつく。

 

 



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第14話 怪物の影

 

 

 新潟記念の翌週。チームにレース新聞の記者が取材に来た。以前から何度か取材に来ているのを見ていると、癖しか無いようなうちのチームも一流なのだとしみじみ思う。

 今回は新潟記念を勝ったフクキタさんの取材がメインだったが、他の先輩達の取材にも結構時間を取っていた。

 オンさんは今月末にG2オールカマー戦に出走、バクシさんは来月頭に自身の初になるG1スプリンターズSに出走する。カフェさんも来月中頃にG2京都大賞典が控えていた。改めて思うと、先輩達三人も取材する価値は大きいな。

 変人の集まりのチーム≪フォーチュン≫は忘れがちだが、G1優勝者を三人抱えて、もう一人は複数重賞勝利者が所属している。超実力派チームだから取材もひっきりなしに申し込まれては、学園の方でろくでもない記者や週刊誌の依頼は門前払いをしているらしい。

 今回の記者は学園から合格点を貰ってるから、こちらが下手な発言さえしなかったら何事もなく取材は終わるはず―――ちゃんと終わるのかなぁ。

 でも、うちの髭トレーナーが発光している記事は見た事無いから、あれで取材は真っ当にやってるんだろう。

 デビューすらしてない俺には取材は来ないし関係無いから、軽いランニングをして時間を潰しておくか。

 

 一人で広い学園内をふらふら走り、練習コース場まで行くとチーム≪リギル≫がトレーニングをしていた。思わずコース上の十人に目が惹き付けられて足が止まる。

 今はグラスワンダー先輩とエルコンドルパサー先輩が、トレーナーの女性にフォームの指導を受けている。

 しかし改めて思うとチーム≪リギル≫の十人近いウマ娘を、あのトレーナーが一人で指導しているのか。うちの倍の規模を受け持ちつつ、G1をコンスタントに勝たせる指導力は物凄い高い。しかも元は≪皇帝≫を育てた人のサブトレーナーだったんだよな。

 

 そんな事を考えてコースを見続けていると、俺の視線に気づいた一人がこっちに目を向ける。何を思ったのかその人は、俺に手招きをして降りて来いと仕草で伝えた。しかもその人はシンボリルドルフ会長だった。これは無視したら色々とまずい。

 観念してコースに降りて、最初に練習を邪魔した事を謝る。

 

「呼び止めたのはこちらだよアパオシャ。それに見られて困るような練習はしていないさ」

 

「俺はあなたと面識は無いのに名前知ってるんですね」

 

「生徒の顔と名前を覚えるのは生徒会長としての嗜みだよ」

 

 学園の生徒は二千人規模だぞ、すげえな生徒会長。その上無敗のクラシック三冠達成して、G1七冠。負けはたった三回。最高のウマ娘の評判に誇張は無かった。

 

「直接話をするのは初めてね。私は≪リギル≫のトレーナーをしている東条ハナよ」

 

「初めまして、アパオシャです。練習の邪魔にならないように大人しくしています」

 

「……貴女、本当に≪フォーチュン≫のメンバーなの?苦労してたら相談ぐらいは乗るわよ」

 

 どういう意味の発言かと思ったが、多分癖の強さがパッと見て無いから、チームに馴染めないと勘違いしてるのか。大体認識は合ってると思うし、善意の発言と思えば東条トレーナーがお人よしなのは分かる。

 お人好しならそのままトレーニングを見学させてもらった。

 ≪リギル≫の練習を間近で見ると、突出した実力に衝撃を受ける。伊達で学園最強チームと言われていない。みんなカフェさん達と同等クラスの実力者ばかりだ。

 ただ、一人だけ俺とそんなに変わらない実力の子がいる。宝塚の時にルドルフ会長達と一緒に居た、黒髪を荒縄でポニーにした子だ。

 

「ナリタブライアンが気になるかしら」

 

「うーん、同じ年だから多少は」

 

「…なら、一緒に走ってみる?」

 

 東条トレーナーの発言に驚く。パッと見て堅物というか管理の厳しい人だと思ってたのに、案外気安い人なのかな。

 ナリタブライアンを呼び、俺との一対一のレースを指示した。

 

「面白い」

 

 彼女は飢えた肉食獣のような獰猛な笑みを俺に向けてきた。

 

「距離はアンタの好きな長さで良い」

 

「いいの?じゃあ3600で」

 

 おっ、東条トレーナーとナリタブライアンが明らかに動揺した。そりゃそうだ、3600メートルは国内レースで最長距離。デビューもしてないウマ娘にとって未知の距離で、走り切る事すら保証出来ない。

 

「走れないなら2000メートルぐらいにしてもいいぞ」

 

「いや、3600でいい」

 

「駄目よブライアン。せめて3000にしてくれるかしら」

 

 東条トレーナーから待ったがかかり、ナリタブライアンは不服そうな顔をして「3000でいい」とぶっきらぼうに言った。一度言った事を自分から引っ込めないから、負けん気が強い性格なのかな。競技者には向いてるけど、冷静さはちょっと無いかな。

 条件が決まり、メンバーの練習は一旦休止して、俺とナリタブライアンのレース観戦になった。

 距離を聞いて全員が何かしらの否定的な感情を見せていたが、本人がやると言った以上は口を出さない。

 

 コースに立ち、スタート役のエアグルーヴさんが手を振り下ろしたのを合図にレースが始まった。

 まずは先行して相手の前を走る。すると負けじとペースを上げてこちらを抜く。ならば俺もペースを上げて再度抜いて先を走ると、やっぱりナリタブライアンは負けん気を出して前へ行く。

 1000メートルぐらいこんな競り合いを続けると、大体彼女の事が分かった。なら、とことん付き合ってやろう。

 2200メートルまで抜き合い競り合いを続けた結果、ガクっとナリタブライアンの脚が鈍った。

 これだけの距離を一定のペースを保たずに、緩急を付けて走らされたら余計にスタミナを使って足が付いてこない。むしろもっと早く足が鈍ると思ったが結構手強い。

 

「じゃあ、ゴールで待ってるぞ」

 

 戦意をへし折るため、すれ違う時に一気に加速して前に出た。

 ハイペースを維持したまま2500メートルを超え、2600、2700と距離を刻んでも、ナリタブライアンはまだ五バ身ぐらいで食い下がっていた。マジかよ。まだ持つのか。

 いや、それでも顔は青くなり、血の気が引いている。俺だって結構キツいんだから、さすがに向こうはもう限界なはずだ。

 止めを刺すために少し早いが溜めた足を使って、残り200メートル直線でラストスパートをかける。

 ナリタブライアンは遥か後方。これでもう安全圏だと思った時、背中に冷たい汗が落ちる。

 俺じゃない足音がどんどん大きくなって近づいてくる。後ろを振り返って確かめたいが、それをしたら本能と隣を走る同居者が負けると囁く。

 心臓を締め付けられる重圧感を振り切り、酸素を無理矢理押し込んで動かす。

 見えない怪物の影に追われながら、100、50、20とゴールのヒシアマゾンさんの姿が近づくにつれて、見えないプレッシャーは遠のき弱くなった。

 

「ゴール!!勝ったのはアパオシャだーー!!」

 

 勝利宣言を聞いてホッと一息吐けた。すぐ後にナリタブライアンもゴールして、チームメイトの先輩に声をかけられている。

 フジキセキ先輩が俺に水のボトルを渡してくれた。

 

「君は強いねポニーちゃん。一対一でブライアンに勝てる同年代は居ないと思ってたよ」

 

 水をガブガブ飲んで乾いた喉を潤して礼を言う。それと何バ身離れてたか聞くと、二バ身だった。予想よりかなり苦戦したな。

 

「もっと距離が短かったら勝てなかったです。中距離じゃ、アレの相手はしたくない」

 

「そうだね。ブライアンの得意距離はマイルから中距離だから、今回はかなり不利なレースだったと思う」

 

 先輩の意見には全面的に同意する。その上でスタミナ勝負で押し切るつもりが逆に追い込まれた。こんな奴が同じ年代に居て、競うのは嫌だよ。もっと楽に勝たせてくれ。

 俺はまだ長距離が本領だから良いけど、マイルと中距離連中はほぼ全滅かな。ゴルシーやビジンは泣きを見るぞ。

 落ち着いてから、座り込んだ敗者に声をかけた。悔しそうにしてるが、どこか喜びを感じてるような、楽しそうな顔に寒気がする。

 

「アンタ、強いな。私とまた走ってくれるか?」

 

「疲れるからもう嫌だよ。どうしても走りたかったら賞金が出る公式のレースにしてくれ。タダはゴメンだ」

 

「っ!!良いだろう。それまでに私はもっと強くなっている」

 

 おう強くなれ。俺はお前が出ないレースか有利な長距離で勝つぞ。

 期せずしてギリギリのレースが出来て大きな収穫を得たが、厄介なライバルがいるのは喜べない。

 二年後はどうしようか。マイル中距離が得意みたいだし、多分皐月賞やダービーに出るだろうな。

 クラシックG1は優勝賞金が多いからなるべく勝ちたいけど、菊花賞を除いてこいつ相手に勝てる目はかなり少ない。あーあ、困ったぞ。

 勝っても苦い気分のまま≪リギル≫メンバーとトレーナーに礼を言ってコース場から離れたら、東条トレーナーに呼び止められた。

 

「あなたには感謝するわ。ブライアンは常に強い相手と走る事を目的で走ってる所があるから、良い目標が出来たもの」

 

「俺はもっと楽に勝てる相手とレースがしたい」

 

「そうね、どうせ走るなら勝てるレースを走りたいのはみんな同じよ。でもあの娘と同じ世代に生まれた以上は、どこかで争う事になる。怪物の影からは逃れられないと覚悟しておきなさい」

 

 最悪の予告をしてくれたよ。まあ、どうせシニアになったら上の世代とも戦うんだから、やる事は変わらないか。

 練習して強くなって、誰であれ試合をして勝つ。アスリートにとっては、ただそれだけの事だよな。

 

「しょうがない。頑張るか」

 

 



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第15話 苦い余韻

 

 

 天高くウマ娘肥える秋の十月末日。府中には十二人の鍛え上げられたウマ娘が集った。

 彼女達はこれから盾を求めて死力を尽くすレースをする。そして彼女達を見たいが為に、俺達を含めた万を超える観客が東京レース場に集結した。

 

 観客席を見渡せば、そこかしこにトレセン学園の制服を着たウマ娘の姿が見える。彼女達は大抵店で買った食べ物を持ってて、半ばお祭り気分でいた。

 何しろ東京レース場はトレセンの隣にあって、今日は日曜日だ。ある種のお祭りをトレーニングだけで済ますのは、俺達ぐらいの年には拷問に近い。

 だから多くのトレーナーはレース観戦も立派なトレーニングと称して、昼からは休みを与えてウマ娘を自由にさせた。

 

 かく言う俺達≪フォーチュン≫も全員レース場に居る。もちろん遊びで来たんじゃない。今日のメインレース秋天皇賞を出走するフクキタ先輩を応援するためだ。

 バクシさんがわたあめと格闘して、カフェさんがドーナツを食べているのも、単に腹が減っては戦も見れないから。G1焼きなるアンコたっぷりの大判焼きおいしい。

 

 隣には≪スピカ≫が一緒にいる。今日はゴルシーもゴールドシップさんに振り回されず、チームのみんなでホルモン煮を食ってた。チョイスが女子学生らしからぬが、選んだのはスペシャルウィークさんなので何も言うまい。

 

 少し離れた所には、今年のクラシックを騒がした三人組BNWの姿もあった。皐月賞のナリタタイシンさん、ダービーのウイニングチケットさん、そして先週激闘を制してコースレコード『3分04秒7』と共に菊花賞ウマ娘に輝いたビワハヤヒデさんの三人。レースでは鎬を削り合うライバルでも、勝負から離れたら仲の良い友達か。

 特にビワハヤヒデさんは、あの≪ナリタブライアン≫の姉と聞いている。姉妹と言ってどうこう特別な感情は無いが、何となく目が向いてしまう。……チョコバナナを食ってるな。

 

 他に目を向けると、やはり≪リギル≫の姿もある。今月初めに、うちのバクシさんとスプリンターズSで競ったタイキシャトルさんは、ナリタブライアンと豪快に串肉を頬張っている。レースは惜しくも二着に終わったが、その日の夜に寮でバーベキューをするぐらいポジティブの塊みたいな人だ。余談だがスプリンターズSはニシノフラワーさんが優勝して、うちのバクシさんは着外六位だった。

 

 しかし負けたと言えば、先日の京都大賞典は惜しかった。カフェさんが後方から捲るゴールドシップさんに内ラチギリギリからぶち抜かれて惜敗したのはまだ覚えてる。芝が荒れに荒れた内側の際から突っ込んでくるとは思わなった。カフェさんも久々の負けにションボリしてたよ。

 今日のレースはその雪辱戦というわけでないが、フクキタさんには昨年以来遠ざかっているG1勝利を得て欲しいとチーム全員が思っている。

 ちょうど10レース目のダートOP戦が終わり、いよいよメインレース天皇賞の出走者がパドックに堂々と姿を見せた。

 一人一人のウマ娘にそれぞれのファンが声援を送り、彼女達もその声に精一杯応えようとする。

 俺達もフクキタさんに声を送り、いつものように猫のぬいぐるみを背負った先輩は元気ハツラツに手を振ってくれた。

 

「トレーナー、オンさん。フクキタさんは勝てるよな?」

 

「勝つさ。これまでのトレーニングは無駄じゃない」

 

「フゥーハハッハッ!!勿論だとも!フクキタルくんはこれ以上ないぐらいに万全だよ!!」

 

「勝つのはスズカさんです!!」

 

「そうよっ!スズカ先輩は誰よりも速いんだからっ!!」

 

 隣のスペシャルウィークさんとゴルシーから反発の声が飛ぶ。そうだよな、誰だって自分のチームの先輩が勝つって思うよ。でもそれを譲る気は無い。

 

「お前ら熱くなるなよ。レースが終わればどっちが正しいか答えは出る。俺達は信じて応援すればいいんだ」

 

 沖野トレーナーが熱が入る俺達をひとまず落ち着ける。確かにここでどうこう言っても最後はレースで決着が付く。結局、俺達は応援して見届けるしかない。でもあんただって自分の教え子が一番だって思ってるよな?

 出走する十二人のウマ娘がターフに集まる。一番人気は今月の毎日王冠を勝った宝塚記念王者サイレンススズカさん。今年の天皇賞の出走者が少ないのは、彼女を恐れて出走を避けたというのがもっぱらの噂だ。

 二番人気は≪リギル≫のフジキセキさん。しかしあの人の胸部の開いた勝負服は何とかならんのか。

 そしてフクキタさんは三番人気。でも大丈夫だ。今のあの人ならサイレンススズカさんにだって勝てる。

 

 全員がゲートからスタートした。出遅れは居ない。

 先頭に立つのは相変わらずのサイレンススズカさん。他に先頭を争う人はおらず、あの人の独走を前提にしてレースを運ぶつもりか。

 他の十一人は互いに出方を伺いつつも、早いレース展開の中で牽制し合っている。サイレンススズカさんに引っ張られて全体的にペースが早い。

 当人はもう後続を十五バ身以上離して一人旅を満喫中。今のうちに先頭の景色を楽しんでくれ。最後の最後でうちのフクキタさんが抜くからな。

 そのフクキタさんは後方十番でジリジリ順位を押し上げて、周囲に圧力をかけている。うん、大丈夫。練習と同じ予定通りのペースで走ってる。俺に「逃げ差し」を覚えさせて、実際のレースに近い状況を再現までして練習した甲斐はあった。

 コース半分の1000メートルを超えて、徐々に先頭以外の選手もギアを一段上げていく。

 ジリジリ差は縮まり、第三コーナーを回る頃には先頭と二番手とは十バ身差まで近づいている。

 

「―――――あれ?スズカさんどうしたの?」

 

 一番早く気付いたスペシャルウィークさんが困惑の声を上げ、すぐ後には観客の一部にも波紋が広がった。

 第四コーナーに入る寸前に、サイレンススズカさんが曲がらず急減速して、外側の柵に寄りかかった。

 

「左足を庇ってるのか?あっ、おいスペ!?」

 

 ゴールドシップさんの声も耳に入らず、スペシャルウィークさんは動けないサイレンススズカさんの元へ走って行き、沖野トレーナー、ゴルシーズも後に続く。

 俺達だって心配でもレースはまだ続いていて、フクキタさんの勝ちを見るまでは、この場を動けない。

 当のフクキタさんだって、まだレースを止めていない。先輩は後方から日本刀の様に鋭い切れ味の末脚を以って、一気にごぼう抜きして先頭を走るフジキセキさんに迫った。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 俺は今、チームの部室でバクシさんとカフェさんとで後片付けをしていた。みんなで前もって、フクキタさんの戦勝祝賀会と残念会の両方を予定して、ある程度準備をしてあったが、主役が来ないなら意味が無いから片付けてる。

 

「せっかくフクキタルさんが勝てたのに、祝えなくて残念です」

 

 普段からハイテンションで、レースに負けてもポジティブなバクシさんでさえ、今日は気分が沈んでいた。

 今日の秋天皇賞はフクキタさんの二分の一バ身差でフジキセキさんを下して、堂々の優勝ウマ娘に輝いた。実に一年ぶりのG1優勝だった。

 ゴールした瞬間、会場の視線と湧き起こる拍手は全てフクキタさんに注がれた。

 しかし担架で運ばれるサイレンススズカさんの姿に、観客の興奮は一気に冷めて、動揺と彼女を心配する声の方が大きくなった。

 怪我人の心配を優先するのは慈愛の精神に富んでいると言えても、勝者への祝福を後回しにされたようで、何となく気分が良くない。

 それでも勝ったフクキタさん当人がウイニングライブを終えたら、友人を心配してすぐに病院に直行したのだから、俺達が何も言う事は無い。

 ゴルシーに連絡を入れたいけど、詮索するみたいで気が引けるから放置してる。明日以降に顔を見たら話をしてみるか。

 

「オンさんは何してるんだろう?」

 

「…研究室で……何かしているみたいですが……あの人は放っておきましょう」

 

 マイペースの塊みたいな人だし、一番付き合いの深いカフェさんがそう言うんだからそのままだ。

 結局、髭トレーナーやフクキタさんから連絡が来たのは片づけが終わって午後六時を過ぎてからだった。

 

「―――――――というわけです」

 

「骨折かぁ。でもさぁ治るんでしょ?」

 

「また聞きの医者の話だと治るそうですね」

 

 今はウンスカ先輩と部屋で、今日の事を話している。先輩はレースを見ずに釣りをしてたから、今日の事は夕方のテレビで知ったらしい。

 

「セイちゃんもまだ経験無いけど、私たちウマ娘は怪我と隣り合わせで走ってるからね~。どれだけ気を付けてても完全には防げないし、あんまり気にし過ぎない方がいいよ」

 

「ですよね。なら、せっかく対サイレンススズカさん用に練習したのが無駄になったぐらいの気持ちでいます」

 

 俺やウンスカさんはサイレンススズカさんとやや距離が遠い。あくまでフクキタさんの友人、ゴルシーのチームの先輩。ウンスカさんも友達の先輩なだけで、直接的な関わりは薄い。だからどんな凄いウマ娘でも事故は起きるとだけ思うしかない。

 あとは部外者として、落ち込んでそうな友達や先輩にそれとなく気を配りつつ、いつも通り自分のトレーニングを続けるしかないんだ。

 

 次の日にフクキタさんが部室に来た。

 

「天皇賞ウマ娘のフクキタさんだーすげー」

 

「ニャハハハ……なんだかくすぐったいですね」

 

 割と棒読みでイマイチ心がこもってない賞賛でも、先輩は意外と喜んでくれた。この様子なら昨日の事はそんなに尾を引いてないな。

 

「スズカさんの怪我は悲しいけど、勝ちは勝ちです。それに怪我が治ればまた走れるようになるんですから、その時改めてレースで勝つために、私は練習を頑張ります!」

 

 それから先輩は練習をしつつ、たまに休息を兼ねてサイレンススズカさんの見舞いに行くのが恒例になった。

 同じように見舞いに行くゴルシーからは、毎度珍妙な開運グッズを持ち込む、良い人だけど困った先輩と認識されるようになった。

 

 



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第16話 光の先の姫君


 今日は特別に一日二回更新します


 あとアパオシャの『二つ名』はどんなのがいいか悩みます




 

 

「なんだよこれ……ありえねえだろ」

 

「どうやったらそうなるんだ……」

 

「俺達は奇跡か夢でも見てるのか」

 

 東京レース場には、興奮の歓声と共にあちこちから観客達の呻きが上がった。俺達だって同じ気持ちだよ。

 十一月の末。日本の国際競争招待レース≪ジャパンカップ≫。俺を含めた数万の観客は、そこで歴史が塗り替えられる瞬間を目の当たりにした。

 俺はターフの上の勝利者を食い入るように見つめる。

 日常的に奇行を繰り返す、トレセン学園でトップクラスの変人かつ超実力派のウマ娘。怪しい蛍光色の液体の詰まった試験管をあちこちに差した、異様に袖の長い白衣を纏ったアグネスタキオンさん。

 世界中から招待した各国の強豪ウマ娘を、一纏めに撫で切りして王冠を手にしたバケモノ。

 ただの勝利者なら毎年記される、レース史の一ページに名を連ねるだけの人になった。

 だが、今日のオンさんは違った。これからもあの人の名は数十年は語り継がれる伝説の人になった。

 レース場の電光掲示板に表示される数字は≪2.18.98≫。この数字を理解出来る者ほど、自分の正気を疑った。

 ジャパンカップのレコード2分22秒1を大きく上回り、芝2400メートルの世界レコード2分21秒98すら、そっくり3秒も塗り替えていた。

 後続の二着とは大雑把に二十バ身は離れていたように思うが、掲示板には大差とだけ表示してある。

 

「お前ら、今日この瞬間を絶対に忘れるな!タキオンは名の通り、光を超えて駆け抜けたんだっ!」

 

 トレーナーの上擦った声に俺や先輩達は無言で頷いた。

 そしてオンさんはゆっくりした足取りで地下通路へ消えた。観客達はウイニングライブのために移動し始める。俺達も行こうとしたがカフェさんだけは険しい顔をする。

 

「あの人……足を庇って歩いてました……痛めているかもしれません」

 

 カフェさんの言葉でトレーナーは我に返り、オンさんの控室にすっ飛んでいく。それに先輩達と俺も続いた。

 選手控え室に入ると、オンさんは椅子に座り、タイツを脱いで素足を晒していた。極限まで鍛え上げつつも微細なバランスと美しさを失わない、ある種の芸術品めいた細脚は、今は無惨にも赤く腫れ上がっていた。特に左足首の腫れが酷い。下手をしたら靭帯損傷だけでなく骨折してる可能性だってある。

 

「やあ、みんな。ウイニングライブを楽しみにしていたようだけど、残念ながらこのザマだよ。トレーナーくんは悪いけど、ライブ不参加を伝えてくれたまえ」

 

「それもだがすぐに病院だ!」

 

「ああ、そうだね。多分骨に罅が入っているから、誰か私を担いでほしい」

 

 オンさんが出した手を真っ先にカフェさんが握り、そのまま真っすぐ目を見つめる。後ろ姿には怒気を纏って、凄い怖い。

 

「……気は済みましたか?」

 

「勿論だとも。私は今最高に気分が良いっ!古い常識を突き破り、ウマ娘の限界を超え、可能性の先の『果て』に脚を踏み入れたのさっ!!」

 

「この脚を見てもですか」

 

「むしろ、予想よりかなり軽度の代償だよ。それについてはトレーナーくんをモルモットにして、日々研究を続けた甲斐があった。さあ、そろそろ痛みが酷くなるから病院に連れていってくれ」

 

 それでもカフェさんは何か言いたそうにしていたが、無言でオンさんを抱き上げた。

 殺到する記者陣を無視して、トレーナーの運転する車で俺達は病院へ行き、検査と治療が終わるのを待った。この無為の時間が俺は嫌いだ。

 あまり関係無いが、サイレンススズカさんが入院しているのもこの病院だ。

 

「オンさんはどうなるかな」

 

「レースが終わってしばらく自分で歩いていましたから、足はきっと治りますよ」

 

「私の占いでも今のタキオンさんは大吉です!シラオキさまはきっと怪我を治してくれます」

 

 フクキタさんとバクシさんが弱弱しくもポジティブな事を言ってくれるおかげで、病院特有のシケた空気が少しは良くなった。

 待ってる時間が苦痛だったから、今日のレースを思い直し、途中でオンさんの周りに変なモノが見えたのを思い出す。

 

「あれは何の数式だったんだろう」

 

「数式……もしかしてアパオシャさんも、タキオンさんの周りに浮かんだ光る数字が見えましたか?」

 

「バクシさんも?」

 

 隣の同居者や『お友だち』とは感覚が違ったから、錯覚と思ってたが他にも見えてたのか。

 それにフクキタさんもたまに見えると言ってる。けど今日のはいつもと違ったらしい。

 

「あんなにはっきり光って見えたのは、今日のレースが初めてでした」

 

「他の人も見えたり、レースで浮かんだりするんですか?」

 

「うーん………そういえば春の天皇賞で、私がミホシンザンさんに抜かれた瞬間には山が見えたんですよ。何なんでしょうねアレ」

 

 フクキタさんの疑問に俺達は答えられない。少なくともレース中の観客が俺達と同じようなものを見ていたら騒ぐし、何かしら情報が出るはず。しかも俺達はオンさんに同じモノを見た。

 今度は隣のバクシさんが額に指を当てて、ウンウン唸って何かを思い出す。

 

「思い出しました。私も宝塚記念の時に、スズカさんの周りにターフと違う草原がちょこっと見えたんです」

 

 サイレンススズカさんもか。

 俺達三人の情報を突き合わせると、分かったのはウマ娘がレース中に見せる光景。走る人によって現れるイメージは異なるが、受け取る側が見るモノはたぶん一緒らしい。以前、二人がカフェさんに聞いたら『お友だち』とは違うが見えたそうだ。

 あとオンさんと何年も一緒に居る先輩達も練習では一度も見てない、レースでは過去に一回か二回しか見えなかったらしい。そして髭トレーナーは見えない。

 

「で、結局アレは何だったんでしょう?」

 

「「分かりません」」

 

 結論はそうなるか。もう少し見えてる人が居たら何か手がかりがあったのにな。

 

 検査を始めて一時間は経った頃、トレーナーが戻って来た。その顔は自分を責めているように歪んでいる。

 

「検査は終わったがタキオンはしばらく入院する。着替えとか持って来る前にお前達も顔を見ておけ」

 

 病室に入るとオンさんがベッドで体を起こして俺達に笑みを向ける。見た目は結構元気そうだが、左足に着けたギブスが目に入ると、嫌でもこの人が重傷と分かってしまう。

 

「左足首は亀裂骨折と靭帯損傷。両足も筋組織の断絶が複数個所ある。歩けるようになるには、ざっと三ヵ月だそうだよ」

 

 本人の口から改めて聞かされると、重くのしかかるモノがある。俺はオンさんに、ここまでしなくても勝てたんじゃないかと尋ねた。

 

「勝つだけならその通りだよ。私はトレーナーくんとの三年で『普通なら』壊れない脚を手に入れた。けどねぇ、私は研究の成果を自ら証明した上で、限界の先の『果て』を見たかった。先月のサイレンススズカくんのように……過去のウマ娘が皆そうしてきたように。………それが出来る時間は残り僅かだった。だから怪我をしようがしまいが、今日やらなければならなかったんだよ」

 

 寂しそうに足を擦るオンさんは、感謝と別れを惜しむような痛ましさを抱えていた。

 時間は残り僅か―――――この言葉は俺達ウマ娘全員の胸に突き刺さる。

 ウマ娘は『本格化』という身体能力の向上が始まってから、衰えが始まるまで平均五年と言われている。俺はまだ半年程度だったが、オンさんとカフェさんはちょうど五年目に入っていた。つまり今が全盛であって、今後は足が衰えることになってしまう。

 例外的に六年を過ぎても衰えが緩やかなウマ娘もいる。そういう例外はドリームトロフィーへと進み、活躍の場を広げる。シンボリルドルフ会長とオグリキャップさん、それにマルゼンスキーさんがその例外だ。あるいは≪スピカ≫のゴールドシップさんも、今後そちらに進むのではないかと言われている。

 しかしそれはあくまで例外。多くのウマ娘が衰えを感じて、惜しまれ祝福を受けて引退していく。

 

「……トレーナーさんは……前から知っていたんですか?」

 

「ああ、秋の天皇賞が終わってから聞かされたよ。言っておくが反対はしたんだぞ。もしレース中に重大事故になったら、足どころか命だって失うと。でもタキオンが言ったんだ。『私と君が積み上げた三年間の研究成果を信じたまえ』ってな」

 

「クフッフッフ!そして私は命と足を失わずに済んだ。完治しても今日の速さは戻らないが、トレーナーくんには心から感謝しているよ」

 

 オンさんはトレーナーに深々と頭を下げた。この人が誰かに頭を下げたのは知ってる限り、これが初めてだと思う。先輩達を見れば、俺と同じように驚いていた。

 

「そういうわけで拾った命はこれからも有効的に使わせてもらうさ。見舞いとお弁当の差し入れは、随時受け付けているからね」

 

 今の言葉でちょっと安心した。この人は俺達とまだ関わろうとしているし、走れなくなって自暴自棄になっていない。すぐに学園から去るなんて言わなくて良かった。

 そしてオンさんから着替えや身の回りの物を寮に取りに行くように頼まれたので、面会はお開きになった。

 寮に向かう車の中でトレーナーはポツリと弱弱しく呟いた。

 

「お前達はあいつと同じ選択をしないでくれ」

 

 『無事之名バ』という言葉がある。多少足が遅くても怪我をせず引退まで過ごせた者こそ優れたウマ娘である、という意味だ。

 それほどウマ娘のレースは怪我が頻発する危険なスポーツだ。しかしそれでも俺達は走る事を止めようとはしない。

 ウマ娘にとって走り競う事は本能に刻まれた宿業に近い。魂の欲求を否定し続ければ、先に精神が病むほどに走る事を求めていた。

 その本能を押し留めて効率的に鍛えるのがトレーナーの仕事なんだろうが、オンさんは制止を振り切って限界に挑み、足を壊した。オンさん自身はそれを悔いていないし、今までのトレーナーの献身に感謝もしている。

 けど、そんなものは髭には何の慰めにもならない。オンさんと同じ事をするなというのはそういうことだ。

 

「レースに出なくたって人生は長いんだ。そう何度も命を投げ出されたら、俺はトレーナーを続けられない」

 

 トレーナーの言葉を大袈裟と笑う事は誰も出来なかった。

 栗東寮の駐車場に車を止めると、砂糖に群がるアリの様に待っていた記者たちが俺達に群がってオンさんの事を聞き出そうとした。

 

「こっちは俺が担当するから、お前らは部屋に行って荷物を頼む」

 

 言われた通り、寮のオンさんの部屋に行って、ルームメイトのアグネスデジタルさんに断りを入れてから、渡されたメモ通りに荷造りした。

 それをカフェさんが持つと、俺達にはもういいと言った。

 

「あとは……私が持っていきます……皆さんは寮に戻ってください」

 

 確かに荷物を持つだけなら一人で済む。同期生として、同じ理科室を物置に使っていた親友にしか話さないことだって、きっとあるはず。

 三人で顔を見合わせて、言われた通りあとはカフェさんに頼んで今夜は寮に帰った。

 

 



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第17話 新年を迎えて

 

 

 トレセンに来てから初めての正月は雑煮から始まる。東京の雑煮は華やかというか具沢山だ。餅をメインに、ニンジンや鶏肉に海老団子まで入ってる。海鮮出汁が利いて美味い。里芋と菜っ葉だけ入れる地元の雑煮がやけに貧相に思えた。

 いつもこの時間なら食堂は結構混んでいるけど、流石に正月ともなると帰省する人は多いから、席の空きが目立つ。

 うちのチームでも、バクシさんとフクキタさんは帰省組だ。オンさんはまだ入院中だし、まともに残ってるのはカフェさんぐらい。年中忙しいトレーナーでさえ、今は一息ついて実家に帰っていた。

 俺は居残り組だ。帰って親に報告するほどの事はしていない。それに今年の夏からデビュー戦を控えている。せめてそれに勝たないと格好がつかないと思って、正月もトレーニングを続けている。

 学園もそういう生徒を受け入れつつ、せめて気分だけでも正月を味わってほしいと思って、食事は雑煮やおせち料理を出してくれるんだから、気遣いには感謝している。

 

「あけましておめでとう!隣座って良いかアパオシャ」

 

「どうぞ、ヒシアマゾンさん。あけましておめでとうございます。それと、有馬記念おめでとうございます」

 

「へへっ!面と向かって言われると、やっぱり結構照れくさいねぇ」

 

 ヒシアマゾン寮長の、褐色肌の艶やかなワガママボディと無邪気な笑みが眩しい。女の俺でもこの人に結構ドキドキするわ。シニアでも高い人気(特に露出度が高いから男からの)を誇る理由がよく分かる。

 そのヒシアマゾンさんが、クラシックで鎬を削ったBNW三人を纏めて蹴散らして、昨年末の有馬記念を制した。女傑に相応しい豪快なレースに観客達は総立ちだった。

 一緒に雑煮の餅をすする。うん、よく伸びる良い餅だ。

 

「モチャモチャ―――――アンタは正月の予定はあるのかい?」

 

「ング―――三日までは昼前に練習を終わらせて、今日は午後から友達と出かけます」

 

「正月ぐらいは朝からゆっくりしても良いと思うけどね」

 

 そうは言っても、ある程度体を動かさないと落ち着かない。

 それに食堂のテレビで流れている、URAが年末に発表した最優秀ウマ娘達の特集を見るとどうしても気が逸る。

 昨年度の最優秀ジュニアウマ娘には、G1朝日杯ステークスを無敗で制したグラスワンダー先輩が紹介されている。世間はあのお淑やかな風貌に騙されがちでも、身近で接してる俺達には熱い闘魂は隠せていないから、陰では女武者扱いをされてた。

 クラシックウマ娘にはオークスと秋華賞を勝ったカワカミプリンセス先輩が選出された。

 そして最優秀シニアウマ娘は大阪杯とジャパンカップの栄冠を手にしたオンさんだった。チームの後輩として誇らしい。

 

 しかし明るい話題の影で、怪我の話題もテレビで流れている。

 春の天皇賞ウマ娘のミホシンザンさんは、レース後は体調悪化で走れなくなり、引退を表明。天皇賞が実質の引退試合となった。

 秋の天皇賞で骨折したサイレンススズカさんは、昨日の大晦日に外泊許可を貰って一時退院した。≪スピカ≫のメンバーが迎えに行く時に、便乗してオンさんの見舞いのために病院に連れて行ってもらい、その後はカフェさんと一緒に鍋を頂いた。ギブスも取れて、見た感じ少し元気になってたと思う。ただ、スペシャルウィークさんにやたらと世話を焼かれて困ってたのはちょっと笑えた。

 そしてオンさんは病室では実験ができないから、結構ストレスを感じていたように見えた。カフェさんは良い薬とバッサリ斬り捨てていたが、友人だからこそ心配させた事を根に持ってるのかもしれない。

 テレビのコメンテーターは、オンさんがこのまま現役引退するのではないかと語っている。

 脚の怪我に加えてシニア三年目は引退を考える年でもある。仮に怪我が完治しても脚の衰えは確実にあり、いっそ偉大なワールドレコードと共に、このままレースを去った方が美しいまま終われるのではないか。そういう論調だった。

 正論ではある。無理に現役にこだわってレースに負け続ける姿は、ファンとしても見たくない辛い光景だろう。

 皐月賞、秋天皇賞、大阪杯二連覇、宝塚記念、ジャパンカップのG1六冠達成した偉大なウマ娘なら、引退してもレース評論家、解説者、指導者としても引く手数多。レースをする傍らで幾つもの特許を取得したオンさんには研究者としての道も明るい。

 コメンテーターもそうした事を言及しているから、決してオンさんを貶める意図は無いように思う。

 

「んー?アグネスタキオンの事を考えてるのか?」

 

「はい。オンさんはこれからどういう道を走るのかなーと思って」

 

「さぁてねえ。それは本人に聞かないと分からないことだよ。一つ分かるのは、アンタはアンタのやりたい道を行きなよ」

 

「分かりました。取り敢えず俺はデビュー戦を勝ってジュニアG1を獲ります」

 

「おおっ!その意気だ!」

 

 バンバン背中を叩かれて痛い。何というかうちの母親みたいな人だよ。寮生から母親扱いされるのがよく分かる。

 

 

 正月が無事に終わり、俺達トレセン学生はまたトレーニングとレース三昧の日常に戻った。

 暦の上で節目を迎えて、雰囲気が変わった人が多い。

 ジュニア期からクラシック期になった先輩達の多くが、デビューしてから未勝利のまま年を越して、焦りと諦観を覚えている。

 最初のメイクデビューは色々と緊張で実力を出せなかったと思う。二度目のレースも何か運が悪かったと思う。しかし三度負けると、一度も勝てないと焦ったり実力差を知り心が折れてしまう。

 そこに帰省して家族から何か言われて、これからの進退を考え始める。

 重賞勝利どころかOP戦出走すら許されない状況でも、諦めずレースに勝つために足掻くか、自分に見切りをつけて別の道を模索する、すっぱり諦めて退学を考える人もいるだろう。

 まだ選択する時間はある、けれど有限。学園にはそうした自分のこれからを悩み、考える先輩達が増えた。

 一方で、勝ち続けて年を越した先輩達も確かにいる。ルームメイトのウンスカ先輩はデビューレースを勝利で飾り、今月末のOP戦に挑む。

 ≪スピカ≫のシャル(スペシャルウィーク)さんも初戦を勝ち、来月のG3きさらぎ賞のために特訓中だ。

 他にもG3を勝ったキングヘイローさんやエルコンドルパサー先輩など、既に高い評価を受けている先輩達はこれから重賞レースを控えている。

 特にクラシック期の花形、クラシック三冠とトリプルティアラはウマ娘にとって一生の誉れ。誰もが栄光の冠を得ようと必死だった。

 

 そこにきて、うちの≪フォーチュン≫の年始の動きは比較的ゆっくりしている。

 何しろ俺以外のメンバーは全員シニアになってて、一番近いレースでも二月の中頃だから、十分にトレーニングする時間があった。

 

 そのトレーニングが大概おかしいと気付いたのは、三月に入ってからだった。

 

「ヒゲェ……やっぱり俺のトレーニングおかしくないか?」

 

「えーぜんぜんおかしくないよー。おまえはまだいくせいきだから、いろいろやることがおおいんだよー」

 

「その棒読みは胡散臭い。俺は長距離走者なのに、何で未だにバクシさんと短距離走ってんだよ」

 

「しょうがないだろ。お前以外はレースを控えてるから、負担をかけたくないんだよ。それに並走トレーニングはスピードと瞬発力を鍛えるから、お前の短所を補えるんだ」

 

 むぐぅ。実際にスピードが上がっているから反論出来ない。入学した頃は人より足が遅かったが、並走を重ねるにつれてタイムがかなり速くなっている。たまにゴルシーやビジンと中距離2000で模擬レースをすると大体俺が勝ったから、トレーニングの効果はちゃんとあると思う。ただ、あの二人はどちらかと言えばマイルを好むから、2000でもちょっと長くて、逆に俺がマイルを走ると八割ぐらいは負けた。

 やっぱりどれだけ短距離やマイルを練習した所で、俺の適性は長距離とサブに中距離なんだと思う。

 それと今年に入ってから二月にバクシさんが阪急杯を、フクキタさんがダイヤモンドステークスをそれぞれ勝っていた。カフェさんは今月に阪神大賞典を走り、問題が無ければ二年ぶりに春の天皇賞を走る予定だ。バクシさんも今月に高松宮記念を予定して、二度目のG1挑戦に闘志を燃やす。

 オンさんも先日に無事退院して、今はリハビリを兼ねて俺達の隣で軽いランニングや筋力トレーニングに勤しんでいる。

 

「お前の並走トレーニングのおかげで、あいつらも勝てたんだ。それは感謝してるぞ」

 

「そりゃあチームなんだから助け合うのは当たり前だろ」

 

 そうでなかったらチームが寄り集まる理由なんて無いんだし。

 当たり前のことを言ってるのに、隣の同居者がニタニタ笑ってやがるのがすげえウゼえ。なんでだよ。

 

 そしてカフェさんはG2阪神大賞典を危なげなく勝ち抜き、バクシさんも接戦の末に念願のG1優勝ウマ娘に輝いた。

 これで育成期の俺以外の現役メンバー全員がG1ウマ娘という、傍から見たら凄まじい戦績のチーム≪フォーチュン≫が誕生した。

 冷静に考えたら、俺への期待はバカみたいに高くなってる気がする。

 まあ、負ける気はサラサラ無いがな。

 

 



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第18話 ガラス細工

 

 

 俺がトレセン学園に来てから丸一年が経ち、また桜の舞い散る季節が廻って来た。

 学園と寮は新入生の受け入れ準備と卒業生の送り出しにゴタゴタして忙しい。

 それだけでなく、四月はクラシック期の晴れ舞台、桜花賞と皐月賞が開催される。一世代の頂点を決める最初のレースとなると、トレーナーや出走する先輩達の気合の入れようは傍から見てても怖いぐらいだ。

 

 特に今年のクラシック世代は一人の抜きん出たウマ娘ではなく、数人の並び立つライバル達が限界まで競り合う、熾烈なレースが多くなると世間から注目度が高い。

 皐月賞の優勝候補は、先月のG2弥生賞を勝った≪スピカ≫のシャルさんを筆頭に、ウンスカ先輩とキングヘイロー先輩が出走予定。

 ≪リギル≫のエルコンドルパサー先輩は四戦無敗のままNHKマイルCを予定している。同じチームで昨年ジュニア最優秀ウマ娘を受賞したグラスワンダー先輩は、残念ながら左足の骨折で休養しているが、いずれ完治すれば戦線に参加して、より華やかで激熱のレースを繰り広げてくれるに違いない。

 

 それにシニア期も苛烈なレースが続いている。昨年クラシック三冠を巡って激しいレースを繰り広げたBNWの三人、ティアラを奪い合ったカワカミプリンセスさんやスイープトウショウさんが加わり、今年も見ごたえのあるレースが多いと評判だ。

 もちろんうちのバクシさんとフクキタさんだって負けて――――いや、フクキタさんは三日前の大阪杯を、エアグルーヴさんに僅差で負けて優勝杯を逃してたな。

 バクシさんの方は晴れてG1ウマ娘となり、今後はマイル戦にも積極的に出ると表明した。五月開催のヴィクトリアマイルと六月の安田記念を視野に入れて、既にスタミナ向上に明け暮れている。

 みんなそれぞれ自分のレースを懸命に走っている。

 

 その中で俺はと言うと、トレセン内のレース場で雑用をやっていた。別に悪い事をして罰当番をしたり、整備係に転身したとかそういうのはない。

 単にこの時期は人手が足りないから、選抜レースの用意や運営を生徒がある程度肩代わりしている。クラスのくじ引きで、たまたま俺を含めた数名が当たったから仕事をしてるに過ぎない。

 ちょっと運が悪い程度で愚痴を言うほどでもない。それにレース自体も小規模で走る生徒も少ないから、面倒なのはダートの砂を平らにする時ぐらいだ。

 何しろ俺達の学年の選抜レースだから、一年かけて目ぼしいウマ娘は殆どトレーナー契約してしまい、残り物扱いの生徒ばかりだった。

 フクキタさんなら「残り物には福がある」と言うかもしれないが、例え素材が極上でもメイクデビューまでもう時が無いのに、今まで基礎練習しか出来なかった選手を数ヵ月で鍛えて勝たせるのは並のトレーナーでは困難極まる。

 悪く言えば、一年かけても目の出ない落ちこぼれのウマ娘に、形だけでもチャンスを与えているポーズに近かった。それでも稀に諦めない筋金入りの根性ウマ娘がその後に活躍した前例はあったらしいので、学園も万に一つと思ってレースを続けていた。

 

 そんなレースだから見る者も参加する者も過疎った寂しいレース場で、受付をしていた事務員に頭を下げて去っていく、ウェーブのかかった長い芦毛の人が気になった。

 

「なあ、イクノディクタスさん。さっきの人知ってる?」

 

「芦毛の人ですか?彼女はメジロアルダンさんです。あの様子ではまた出走取りやめでしょうか」

 

 眼鏡をかけてキリッとした、イケメン女子のイクノディクタスさんが教えてくれた。レース取りやめか。怪我でもしたのかな。

 

「うち(カノープス)のトレーナーから少し聞いた程度ですが、彼女は身体が弱く怪我も多いので、入学してから殆ど選抜レースを走っていないそうです。だからトレーナーは誰も契約していないとか」

 

「それで今回も事情があってレースに出れないのか。……マズいのでは?」

 

「拙いと思いますよ。メイクデビューまでもう時間が無いのに、選抜レースすら出ていないとなると、事情があっても退学勧告すらあり得ます」

 

 淡々と語る彼女の声に、多少同情の色がある。ウマ娘として走りたいのに走れない辛さは、俺やイクノディクタスさんみたいな怪我知らずには、想像でしかモノを語れない。

 トレセン学園は基本的に生徒の自由を尊重する校風だが、レースを走らない者、学業を蔑ろにする者には厳しい姿勢を取る。

 実はオンさんもデビュー前は授業に出ない、選抜レースもサボる、毎日薬物実験をするなど、滅茶苦茶な事をしていたから学園から退学勧告を受けた事があった。その時はうちの髭トレーナーが体を張って、契約する(モルモットになる)事で選抜レースで結果を出して、どうにか在学を続けてメイクデビューを果たした。

 あのメジロアルダンさんはそうした奇特なトレーナーがいないんだろう。いやまあ、頻繁に七色発光するトレーナーなんて早々に居て堪るかと思うが。

 

「せめて一度でも選抜レースを走れればスカウトもあると思います。彼女が練習で走ったのを見た事がありますが速いですよ」

 

「どれだけ速くても怪我ばかりして、レースに出れないウマ娘と契約したいかって言うと――――」

 

 俺達は顔を見合わせて溜息を吐いた。髭から聞いたが、ウマ娘に怪我をさせるトレーナーの評価は、なまじ勝てないウマ娘を担当するより悪いらしい。

 去年オンさんがジャパンカップで左足を折った時は、髭の人事評価は多少下がったらしい。多少で済んだのはオンさんの普段の奇行が度々問題視されていたため、その後処理に何年も駆けずり回った事を考慮して、マイナスが大部分相殺されたそうだ。それでもウマ娘の怪我は大きなマイナス評価になった。

 ウマ娘本人の資質の問題があるにせよ、一流のトレーナーなら体調管理は出来て当然。無茶な事はさせない。何より怪我は走る俺達の一生の問題になることだってある。評価対象になるのは当たり前だ。軽く扱われて人生を棒に振るような真似になったら、誰もトレセンに行きたいなんて思わない。

 だからあのメジロアルダンさんは素質はあっても担当が居ない。おそらく名義貸しするだけのトレーナーも断るだろう。

 断らないような評価を気にしないのは、うちの髭や沖野トレーナーみたいな変人で、本人の体を何とか出来そうな人……なんだ身近にいるじゃないか。

 後はどうやってその気にさせるかか。

 

「どうかしましたかアパオシャさん?」

 

「あーうん、ちょっとした思いつきを。今は仕事仕事と」

 

「はぁ」

 

 仕事を放り出して思い付きを優先するのはまずいから、今は我慢してレース場の雑用を続けた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 数日後。俺達は校門前で待機していた。確かな情報ではターゲットはそろそろ学園に戻って来る時間だ。

 情報通り、学園の路肩に高級車が止まり、車から目標が老婆と一緒に降りた。

 老婆は何度も相手を心配する声をかけてから、車に乗り去っていく。

 

「よし、行きましょう。ブロッサムさん、ラッキーさん!!」

 

「はい!バク……バクーー!!」

 

「はんにゃか、ふんにゃかー、フンギャロー!」

 

 サングラスにマスクをして顔を隠した俺達三人はターゲットを囲んで足止めをする。

 

「あのー、どなたでしょうか?」

 

「最初に謝っておく。すまん!」

 

 俺は彼女に麻袋を被せて、二人は袋の上から縄で縛って自由を奪った。無抵抗のままの相手を三人がかりで担ぐ。

 

「ングー!」

 

「「「エッホエッホエッホエッホ」」」

 

 思いっきり犯罪者の姿でも、顔を隠していれば多分大丈夫だ。

 

 人目に付くたびに悲鳴を上げられたが無事に部室まで行けた。

 それから拉致したターゲットを椅子に座らせてから、麻袋を脱がす。

 

「あのーここは一体…あら、チヨノオーさん?」

 

「こんな手段でごめんなさい、アルダンさん」

 

 見知らぬ顔ぶればかりの中で、唯一知った顔のサクラチヨノオーさんに出会えたメジロアルダンさんは少し安心したようだ。

 拉致された彼女は周囲と俺達の顔を見渡して、ここがどこなのか気付いた。

 

「みなさんはチーム≪フォーチュン≫ですか?なぜこのような真似を――――」

 

「それは私から説明しよう!」

 

 袖の長い白衣を纏ったオンさんがメジロアルダンさんの顔と足を交互に見比べて、ボードにあれこれ書き込む。

 

「メジロアルダンくん、君には二つの選択肢がある。このまま一人で足掻き続けて高い確率で学園を去るか、私のモルモットになって確実にトゥインクル・シリーズを走るか。さあ、選びたまえ」

 

「オンさん、ちょっと飛ばし過ぎです。俺がもうちょっと噛み砕いて説明します」

 

「そうだねえ。元はと言えばアパオシャくんが話を持ち掛けてきたんだから、まずは君が説明する方が筋だ」

 

 いきなり悪魔みたいな選択を迫るオンさんを落ち着かせて、代わりに俺が説明する事になった。

 

「俺はアパオシャ。数日前の選抜レースで雑用してて、君が出走を止めたのを見たよ」

 

「はい。確かに私はレース前に捻挫をして走れませんでした」

 

 右足を悲しそうに擦る。

 

「でも走りたい。デビューして、レースに勝ちたい。そう思ってるから練習をして、何度も選抜レースに出ようとしている。けど、そのたびに怪我や病気で走れない」

 

「っ!そうです。それがなにか」

 

「レースを走って、勝てないと嘆くなら俺は気にしない。でも、走る事すら許されないのは見てる方も辛い。だからちょっとお節介を焼いて、似たような悩みを抱えてたオンさんに相談したら、面白そうだから連れて来いと言われたんだ」

 

 初対面の相手に囲まれると警戒されるから、ルームメイトのクラチヨさんにも協力してもらった。実はクラチヨさんはバクシさんと親戚同士だったから、かなりスムーズに話が進み、情報提供もしてもらえた。

 

「そこで最初の選択に戻るわけだよ。私が開発した薬を飲み続ければ、君の体は今よりかなり頑強になり、レースを走れるようになるはずだ。そして私もモルモットが増えて研究が進む。どうかな?お互いに利のある提案と思うよ」

 

「お話は理解しました。私の体を慮って頂いたのは感謝いたします。ですが、私の体は皆さまが思う以上に弱く脆く、例え今より頑強になっても、レースに出られるかどうか……」

 

「それは実際に試してみないと何とも言えないねぇ。しかし、このまま一人で練習を続けても、光は差さないと思うよ。他ならぬ足がガラスの様に脆かった私自身の経験談さ」

 

 オンさんの鋭い一言で、メジロアルダンさんの目に悲しみが浮かぶ。専属トレーナーや助けてくれる先輩も居ない中で、幾ら知恵を絞って足掻いても限度があると、他ならぬ彼女自身も分かっているのだろう。

 そして目の泳いだ先の髭トレーナーに視線を定めた。

 

「トレーナーさんはチームの方々が所属もしていない私に時間を割いてもよろしいのでしょうか」

 

「うちはこいつらのやりたいようにやらせる方針だし、君が正式にチーム入れば問題無いぞ」

 

「ですが私は選抜レースで結果を出していません」

 

「なら今は仮入部して、二か月後の六月の選抜レースで勝て。仮入部は結構どこでもやってる。それなら君自身と周囲も納得する」

 

「二ヵ月なら十分さ。ハァハッハッ!よもやトレーナーになって最初に契約するのが、私自身と似た体質のウマ娘とはねぇ。運命的なモノを感じるよ」

 

「失礼ですが、アグネスタキオンさんはトレーナーになられたのですか?」

 

「入院中に暇を持て余して、トレーナー資格の勉強をして先日試験を受けたんだよ。合格発表はまだだけど、私なら余裕さ」

 

 オンさんはさらっと言ってるけど普通出来ないからな。そもそも中央トレセンのトレーナー資格取得は、国立大学の医学部に入学するレベルの知力を要求される。それを高等部在学中のウマ娘の取得は、過去に数件しか例が無い。まあ学生中に幾つも特許取るオンさんだから、常識でモノを考えるのは無駄と思ってる。

 そんなわけで今後、チーム≪フォーチュン≫は髭を主トレーナー、オンさんをメンバー兼サブトレーナー体制で活動する事になる。

 

「実質現役引退した私は、君にプランBを発動する。早速これを飲みたまえ。ねん挫の回復を劇的に早めてくれる薬だ」

 

 オンさんは試験管に入った虹色に輝く怪しい液体をメジロアルダンさんに差し出し、彼女はそれを躊躇いなく飲み干した。

 

「漢方薬の味がします」

 

「よく分かったねぇ。味の調整はまだだけど、薬効は確かだよ。――――後は私に任せたまえ」

 

 オンさんが差し出した袖を、メジロアルダンさんはしっかりと握った。

 

「ようこそチーム≪フォーチュン≫へ」

 

 



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第19話 新入生は面白くてかわいい

 

 

 四月も下旬になり、新入生たちも新しい環境に慣れ始めたのと同時に、トレセン学園は激しい動きを見せていた。

 まずレースでは、クラシック三冠の始まりの皐月賞を、ルームメイトのウンスカ先輩が逃げ切って勝利した。普段はゆるゆるの先輩がG1ウマ娘の栄冠を勝ち取ったのは驚きだった。

 

「弥生賞でスペちゃんに負けちゃったからね~。二度は負けたくなかったんだ」

 

 そのまま先輩は五月の日本ダービーを勝って二冠を獲ると珍しく気合を入れている。

 三着だった≪スピカ≫のシャルさんも、このまま負けてなるものかと毎日激しい練習に励んでいるらしい。ただ、ゴルシーが言ってたが、なんでも体重が増えたのが気になってて、ダイエットを敢行してるとかなんとか。多分増えたのは筋肉だから必要あるのかと思った。

 あと、去年骨折したサイレンススズカさんはまだリハビリ中で、復帰戦を夏から秋に目指して頑張ってる。

 そうそう、≪スピカ≫に何人か新入生が入ったらしい。勧誘のポスターとチラシのセンスは最悪だったから、ちょっと信じられなかったが本当だった。

 うち≪フォーチュン≫にも新入生が入ったから良いんだけどな。

 

「じゃあ外にランニング行こうかクイーンちゃん」

 

「はいアパオシャさん!」

 

 元気よく、それでいて上品な姿勢を崩さない返事をする芦毛の少女。彼女は新入生のメジロマックイーン。名前で分かる通り、先日仮入部したメジロアルダンの親戚でもある。

 この子がうちのチームに来たきっかけはメジロアルダンの様子を見に来た事だった。

 姉の様に慕っている病弱な人がトレセン学園で上手くやっているのか気になり、見極めと称して一緒にトレーニングをしたところ、思いのほかうちと相性が良かったのか、そのままチーム入りする事になった。

 それに彼女は俺と同じように生粋のステイヤー気質で、G1長距離レースで活躍しているカフェさんやフクキタさんに憧れている。そんな人達と一緒に鍛えられるとあって、喜んでチームに入った。勿論最初の四月選抜レースでは長距離を余裕で勝って実績もある。

 あと、なぜか分からないがカフェさんの『お友だち』がこの子をやたらと気に入ってるような仕草を見せている。なにせ『お友だち』はカフェさんの側を離れないのに、練習の時に隣を走っているぐらいだった。これにはカフェさんも周りから心配されるぐらいに分かりやすく動揺した。

 

 『お友だち』の事は置いておくが、今のところは先輩達がレースの調整で忙しいから、俺と一緒に基礎トレーニングをして慣れてもらっている。

 名前はメジロで被ってるから、俺は『クイーン』と呼んでる。メジロアルダンの方は『ダン』と略した。

 外で一緒にランニングをしてると、この子の事が大体分かってくる。スタミナ量は5kmのランニングが準備体操扱い。走るフォームが綺麗で殆ど崩れないのは、しっかり基礎を学んだ証拠だ。こういう所はダンと似ているから、名門の英才教育という奴だろうな。これだけでも同学年では大きな差になる。

 スピードと力も平均ぐらいはあり、弱点と呼べるものはパッと見て見当たらない。強いて言えば―――――

 

「クレープ、ドーナツ、ケーキ、たい焼き、はちみー……はっ!?」

 

 トレーニング中でもスイーツ店に目移りするぐらい甘いものが好きってところか。その上太りやすいから体重管理が結構大変だと、ダンから聞いた。

 

「さすがにトレーニング中は我慢しなよ」

 

「と、当然ですわ!名門メジロ家がトレーニングの最中に買い食いなんてしませんっ!」

 

 プイっと目を逸らした後に、もう一回ケーキ屋をチラ見するのがすげえカワイイ。

 俺も金持ってねえし、今は諦めてもらってランニングに専念してもらった。そのうち何か奢ってあげよう。

 ランニングから帰ってきたら、次は基礎の筋トレをまんべんなく行う。

 クイーンちゃんは通常の筋トレを、俺は隣で逆立ちして腕立て伏せをする。これは普通に腕立て伏せをするより全身の負荷が強く、しかもバランス感覚を養えるので効率的だ。腹筋と背筋のトレーニング時は鉄棒に足を引っかけて逆さで行い、やはり強烈な負荷をかけて筋力と体幹を鍛えた。

 筋トレが終わったら、走る時のフォームを確認したり、ゲートスタートの練習が入る。

 大体の練習で去年の俺よりミスが少なくて、要領良くメニューを消化してるのは流石だ。

 

 次の日、俺はバクシさんと並走トレーニングだ。三日後に初のマイルレースを控えた調整のパートナーを務めて、何度もコースを走り続けた。いやほんと短距離よりマシだがマイル適性の人が代わってくれ。

 一応ダンは中距離とマイルが適性だが、今は六月の選抜レースに向けて慎重にトレーニングしてて、まだ無理はさせられない。最近はオンさんの薬で調子はすこぶる良いらしく、今はクイーンちゃんと一緒にプールトレーニングをしている。

 それと月末の春天皇賞を控えたカフェさんは、フクキタさんとレース形式で3200メートルを走ってる。シニア三年目で最後の天皇賞に、やる気を漲らせるカフェさんは悪鬼のようで、見ていておっかない。

 最近カフェさんは、トレーナーとオンさんとで何か話しているのを見かける。内容は教えてくれなかったから多分重要な事なんだと思う。もしかしたら卒業後の進路相談なのかも。

 同期のオンさんは無事にトレーナー試験に合格して、正式に中央トレセンのトレーナーとしても登録された。今後の去就を考える時期で、色々と進路相談をしてたら、俺達には聞かせられないのも分かる。

 

 そんな感じでトレーニング漬けの毎日は過ぎて行き、三日後にバクシさんは人生初のマイルレースを完勝した。OP以下の格下レースだったが、手ごたえは十分得られた。これならマイルも勝てると早々に、六月中旬のマイルG3エプソムカップへの出走を決めた。

 

 

 そして今月末。いよいよ栄えあるG1レース春の天皇賞の日がやって来た。

 今回もレーススケジュールに余裕があったから、去年と同じようにチーム全員が応援に同行した。それと仮入部中のダンも一緒だ。

 実はチームがメンバーの応援に行く場合、交通費や宿泊費は学園から経費として一定額が支給してもらえる。けど、仮入部のダンはそこに入っていないから、トレーナーが自腹を切って支払った。

 最初はダンは自分で払うと申し出たが、髭は笑って断った。

 

「俺はお前達がレースに勝ってくれるおかげで沢山報酬を貰ってる。それを少し還元してるだけだから、遠慮しなくていい」

 

 担当ウマ娘がレースに勝つと、賞金の一部がトレーナーにも支払われるのは知られている。

 うちの髭トレーナーにも先輩達が得た賞金の数%が懐にある。数%なら微々たるものだと思うだろう。しかし先輩達はG1の常連ウマ娘。オンさん、カフェさんを筆頭に勝ったG1レースの合計は十を超えている。さらにG2、G3はその倍勝ってるんだから、単純計算しても億に届く報酬を貰っていた。

 それだけ金を貰いつつ、学園からもトレーナーとしての給料を受け取って、金銭的余裕はかなりあった。

 後で知った事だが、学園から支給されるチーム活動費だけでは賄えないから、チームの細かい消耗品の半分はトレーナーが自費で補填していたらしい。

 大丈夫なのか尋ねても、

 

「多すぎて使い切れない金の使い道にちょうどいいんだよ。子供がそんなこと一丁前に気にするな」

 

 そう言って俺の頭をグリグリ撫でまわした。うん、あんたはかっこいい大人だよ。

 

 金の話は一旦置き、俺達は去年と同じようにホテルからタクシーで阪神レース場に向かう。

 タクシーの中で、クイーンちゃんがポツリと呟いたのが気になった。

 

「……阪神レース場から甲子園球場は意外と近いですわね」

 

「車で三十分あれば行けますからね。お客さん、今日のレースが終わったらナイター見に行きますか?」

 

 タクシーの運転手に冗談を言われて、クイーンちゃんは思いっきり動揺していた。

 

「……はっ!?何でもありません!別に今日がにっくき金満球団と対決だって、野球を見たりしませんわ!」

 

 これは語るに落ちるって奴なのかな。一緒に乗っていたダンが苦笑している。オンさんはあまり興味が無さそうだ。

 

「残念ですが今日はレース観戦のために来ていますから、野球はまた今度の休みに行きましょうねマックイーン」

 

「クイーンちゃんは野球が好きなのか。レース以外にも趣味とか好きなものがあるのはいいんじゃねえの」

 

「そ、そうですわね!スポーツの観戦は健全な趣味ですもの!」

 

 俺の消極的な肯定に強気になったクイーンちゃんは強引に野球好きを誤魔化した。

 

「でも夜に野球を見に行くのはやめた方が良いね。一応今日は休日で学生に自由時間が許されているけど、私達はレースを見に学園から支給された経費を使って他県まで来ている。問題児の私が言うのもなんだが、アウト寄りの判定だよ」

 

 オンさんの鋭い指摘にクイーンちゃんが沈んだ。ここまで言われたら、名門のお嬢さまが夜にこっそり抜け出して野球を見に行くことはあるまい。かわいそうだが今日はレースの応援だけで我慢してもらおう。

 ホテルからレース場までの短いタクシーの内部で起きた、ちょっとした微笑ましい出来事のおかげで気が緩やかになれた。

 クイーンちゃんは案外ムードメーカーというか癒し枠のペットみたいに思えてきた。

 

 



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第20話 幻影の世界


 あらすじにメジロアルダンとメジロマックイーンを追加しました


 日間ランキング85位になってました。読んでくださった皆様に大きな感謝を。




 

 

 年に何度目かの阪神レース場は、毎度の様に盛況ぶりだった。

 駆け付けた数万の観客のお目当てはもちろん春天皇賞。今年のレースの注目点は、昨年クラシックを大いに盛り上げたBNWの内の二人、ナリタタイシンさんとビワハヤヒデさんが、二年前に勝利者となったカフェさんを倒して新たな王者になるか、それともかつての覇者が再び至高の盾を手にするか。未だG1の栄冠を手にしていない贔屓のウマ娘が下剋上を果たすのを期待する観客も数多い。

 前座のレースで盛り上がり、段々と迫るメインディッシュへの期待で胸を膨らませた観客達の声も、出走するウマ娘の控室までは届かない。

 俺達≪フォーチュン≫のメンバーは、レース前のカフェさんへ激励の言葉を届けに来た。

 

「エコエコアザラシ…エコエコオットセイ…シラオキハッピー!―――出ました、今日のカフェさんの運勢は超吉です!!」

 

「ありがとう……フクキタルさん………でもそのおみくじは五回目ですよ」

 

「さあ今日も張り切ってバクシィィン!カフェさん、今日も学級委員長とバクシンしましょう!!」

 

「はいバクシンオーさん。でも観客席で大人しくしててください」

 

 カフェさんはテンション激高の二人を適当にあしらい、コーヒーを一口含んでリラックスしている。

 今更だが勝負服の黒いブレーザー黒タイツ、黄色のネクタイのカフェさんを初めて身近で見たよ。黒髪に全身黒く染まった姿は、まるで影の世界そのものだ。雑誌やネット、イベントで見た事は何度もある。でも個人の勝負服はG1レースでしか着用しないから、俺が入学してから一度もG1を走ってないカフェさんのレースは体操服しか見ていない。そう思うとなんか新鮮な気分だ。

 

「どうしたんですかアパオシャさん」

 

「カフェさんの勝負服姿が似合ってると思って」

 

「ふふ……ありがとうございます。貴女の勝負服も……早く見たいですね」

 

 勝負服は数いるウマ娘の中でも、G1レースを走れるごく一部しか着る機会が与えられない特別な衣装。カフェさんは先輩として俺が檜舞台に立てるのを心から願ってくれる。

 ジュニア期で最も早く走れるG1は年末の阪神ジュブナイル、朝日杯、ホープフルSの三つ。そのどれかで走る姿をカフェさんに見てもらいたいな。

 そもそも勝負服のデザインとか全く考えてなかった。早ければ今年中に必要になるから、今のうちに大雑把でいいから考えないと。うちには何人もG1経験者がいるから、アドバイスには事欠かないのが良い所だ。

 その後もリラックスしてもらうための、他愛もない話をして時間が過ぎ、レースの時間が迫るとトレーナーが俺達に退室を促す。

 

「アパオシャさん、マックイーンさん………今日のレース……決して気を抜かず……私を見逃さないでください」

 

「えっ、はい。必ず見届けます」

 

 なぜ俺とクイーンちゃんだけ念を押したのか、ちょっと分からなかったがカフェさんに返事をして控室を出た。

 観客席に戻る際、客の予想が耳に入る。大方の予想はやはりカフェさんの勝つ声が多い。対抗者には昨年菊花賞を制し、ヒシアマゾンさんに負けたが有馬記念を二着で健闘した、新たなステイヤーのビワハヤヒデさんを推す声が強い。

 ターフに姿を見せたウマ娘達を歓声が迎えた。

 各人がゲートに入り、スタートを待つ。

 静寂の後、ゲートが開き、十六人が一斉に飛び出した。

 

「いけーカフェさん!!」

 

 レースはややスローペースで始まった。G1最長距離となると駆け引き、読み合いが特に重要視されるため、序盤は全員が出方を伺う。

 カフェさんは典型的な差しウマ娘だから、今は後団で影のように潜み続けている。

 

「んー、今日のカフェはちょっとペースが早いか。かかってるわけじゃなさそうだが」

 

 髭がオペラグラスでカフェさんの顔を確かめている。言われてみればいつもより、少し順位が上だな。

 レース全体がスローだから、カフェさんが前に行きやすいだけかもしれないから、髭もあまり心配はしていない。

 1000メートルを通過して、二番人気のビワハヤヒデさんは四位で先行中。三番人気のナリタタイシンさんは最後方でスタミナを温存している。

 このまま終盤まで静かな駆け引きが続くと思われたが、俺とクイーンちゃんは言われた通り、カフェさんだけを見続けた。

 

「あら―――変ですわ。どうしてマンハッタンカフェさんが二人に見えますの?」

 

 カフェさんが2000メートル地点を通過した時、クイーンちゃんが自分の目を擦って訝しんだ。

 

「クイーンちゃん、もう一人のカフェさんは何処にいる?」

 

「マンハッタンカフェさんの少し前を走ってますが……どっちが本物ですの?」

 

 隣のダンは顎に手を当てて、上品な仕草で首をかしげて、レースよりクイーンちゃんを心配するような目で見ている。

 俺にはカフェさんの前に、いつものようにボヤっとした輪郭の『お友だち』が走ってるようにしか見えない。―――あれ?もしかして『お友だち』ってカフェさんと姿が同じなのか?

 髭に聞いても見えないと言ってる。フクキタさんとバクシさんもだ。オンさんは無言で反応が無い。

 ともかく瞬きを忘れてレースを食い入るように見続けると、カフェさんの周囲が黒く染まり始めた。

 

「なんだアレ――――猫に星と鏡が浮いてて……あーもう分からん」

 

 言葉に出来ないよく分からないモノが夜みたいな暗がりから浮かんで消える。分からんから無視だ無視っ!!

 ともかく何かよく分からない闇がカフェさんの周りに生まれてる。それとカフェさんの前を走ってる人が『お友だち』に抜かれたら、やたらと窮屈で走り難そうで落ち着きを失ってる。むむ、先を走ってるビワハヤヒデさんも一瞬顔が歪んだ。

 あの闇が見えるようになって、カフェさんのペースがかなり上がってる。前から練習で『お友だち』を追っかけてる事はよくあった。でも今は何が何でも追いついてやるという、桁違いの気迫が顔に出るほどの走りを見せている。

 気迫に圧されたのか、先行集団はわざわざ道を開けるかのようにカフェさんに先を譲る。

 さらに最終コーナーを回り切って直線に入った残り400メートルの時点で、カフェさんは三位にまで順位を繰り上げていた。

 

「滅茶苦茶なペースだぞ、スタミナ持つのか」

 

 髭が呻くような声を搾り出す。幾ら長距離でも差し足のカフェさんが残り400メートルで三位は前に行き過ぎている。

 というかあの人は『お友だち』しか見ておらず、もはや他の走者なんて眼中に無い。

 300メートルを切った時には二番手をあっさり追い抜き、二バ身差で先を走っているのはビワハヤヒデさんだけ。

 彼女も必死で差を広げようと走るが、スパートをかけた『二人』に抜かれて、あっという間に後方へと置き去りにされた。

 観客には独走状態の楽勝ムードに見えても、俺やクイーンちゃんにはカフェさんが痛ましいまでに『お友だち』を追いかけているのが見えてしまう。

 『二人』のレースは一バ身を保ったまま残り50メートル。

 カフェさんが加速する。二分の一バ身に縮まった。

 さらに加速する。残り20メートルで、三分の一バ身。

 さらに加速。残り10メートル、クビ差。

 残り3メートル、アタマ差。

 ゴールだ。

 レース場は歓声に沸き返り、電光掲示板に表示されたレコードタイムで静まり返った。

 掲示板の数字は≪3.11.2≫。昨年までの春天皇賞のレコード≪3.13.4≫を二秒以上塗り替えた大記録が生まれた。

 

「……ハナ差『紙一重』で追いつけなかったか」

 

「あのマンハッタンカフェさんは何だったんでしょう?でも……不思議と懐かしさを感じます」

 

 俺とクイーンちゃんがレースそっちのけで『お友だち』の事を考えてたら、髭や先輩達が体を揺らしてもっと喜べと言った。

 ゴールしたカフェさんは大きく息を吐き、心あらずといった風体のまま地下通路へ行ってしまう。

 しかし、『お友だち』とはまた違う感覚の、あの黒い幻影は何だったのか。クイーンちゃんは見えていないと言うし、先輩達も見えなかった。レース前にカフェさんが見逃すなと言ったから、意図的に見せていたんだと思うが。

 

「あっそうだ。カフェの奴、足大丈夫か。ちょっと様子を見てくる」

 

 トレーナーはカフェさんを追って控室に向かった。

 足取りはしっかりしてるように見えたから大丈夫だと思うが、昨年のジャパンカップのオンさんの様にタイムを秒単位で縮めれば、どうしても心配になるか。

 みんなで控室に行くとカフェさんはタイツと靴を脱いで、トレーナーに足を見せていた。

 

「まさか怪我をしたんですか!?」

 

「親指の爪が少し割れてるだけだ。カフェは元々爪が弱くてな。そこまで深刻じゃないから心配するな」

 

「薬を塗って、テーピングをして………激しく動かなければ……ウイニングライブは出られます」

 

 安心して息が漏れた。

 

「ふぅん、その様子だと満足してないみたいだねえ。『お友だち』を追い越せなかったのが不満かい?」

 

「………あと一歩足りませんでした」

 

「私の様に足を折る覚悟で走っていたら、届いていたと思うよ。まあ、お勧めはしないさ」

 

「ライブを終えるまでがレースです。タキオンさんのように…割り切れません」

 

 足が折れるのを分かってて走るオンさんほどのクレイジーなウマ娘は居ない。

 それに見た限りでは『お友だち』はカフェさんを害するような事は一度も無かった。むしろ怪我をするようなら、きっと止めに入るはずだ。

 トレーナーが割れた爪に薬を塗り、テーピングで足を固定した。何度か歩いて具合を確かめて頷き、タイツと靴を履き直す。

 

「……アパオシャさん、マックイーンさん。今日のレース……見てくれましたか?」

 

「はい。言葉に出来ない不思議な景色でした」

 

「マンハッタンカフェさんと同じ姿の方は、とても速かったですわ」

 

 返事に、カフェさんは笑みで返す。その隣で『お友だち』がクイーンちゃんに両手を振ってる。ボヤけてるから分かり辛いけど、やけにテンション高いからピースしてるのかも。もしかしてクイーンちゃんにレースをよく見るように言ったのは『お友だち』の方だったのか。

 

「……あの景色が私が見えているモノです………初めて誰かと見えているモノを共有出来ました。これで後は―――――」

 

 カフェさんが何かを言う前に、ドア越しにスタッフがウイニングライブに呼びに来た。

 ここで一旦話は打ち切って、全員でライブ会場に向かった。

 

 ウイニングライブは大声援で始まり、興奮のまま無事に終わった。

 翌日、俺達は東京に戻り、カフェさんは病院で検査を受けて、爪の治療のためにしばらく静養を言い渡された。

 世間では春の天皇賞を二度制覇した、『皇帝』に比肩する現役最高のステイヤーが次はどのレースに出るか好き勝手に想像しては、メディアは飛ばし記事を乱発していた。

 連日学園には取材の依頼が舞い込むも、休養を理由に全て断り、代わりにトレーナーが当たり障りのない対応で凌いでいた。

 

 



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第21話 メイクデビューを控えて

 

 

 春の天皇賞がカフェさんの二度目の勝利で終わり、世の中もゴールデンウィークの休み疲れが一息ついた五月の中旬でも、トレセン学園の熱気は衰える事を知らない。

 先週のNHKマイルカップは≪リギル≫のエルコンドルパサー先輩が快勝を決めて、いよいよ一強のいない今年のクラシック世代の戦いは激化し始めている。

 来週はティアラ二冠目のオークス、月末には最も栄えある日本ダービーと、昨年のBNW争いを超える熱狂ぶりだ。

 さらに俺達の学年は来月の六月から、いよいよメイクデビューレースが始まる。栄冠を掴み取る第一歩を控えて、既に未来を語る生徒がちらほら見えた。

 そこで今日はクラスのホームルームを使って、一時間まるごとメイクデビューの出走日程を選ぶ時間に貰えた。

 クラスで仲の良いグループを五~六個作り、スケジュール表を見ながらワイワイ話し合う。

 

「私は六月にすぐデビューするつもり。場所は関西がいいかな」

 

「えー、どうせなら暑くなる七月に北海道で走る方がいいじゃん!」

 

「アタシはじっくり八月まで鍛えて、九州の小倉で勝ってくるわ!」

 

 まるで旅行の日程を立てるようにウキウキする友達に苦笑しつつ、俺もどのレースを走るかスケジュールと睨めっこしてる。

 隣のビジンもウンウン悩みつつ、ダートレースのスケジュールを確認していた。

 

「ビジンはダートを走るのか?」

 

「あたしは盛岡でぇ、ダートをよく走ってたから、こっちも悪くねえかなと」

 

 目の付け所は悪くない。昔から慣れた環境で走る事で緊張せず本来の実力を出せる事もある。それにダートは芝より人気が低いから、競争率もやや低く、初戦を確実に勝利で飾って弾みをつけたいなら、そういう選択肢もあると思う。

 

「アパオシャさんはどのレースにするの?」

 

「距離は2000メートルかな。場所はあんまり気にしないけど、雨が嫌だから梅雨を避けて――――――あっ、これだ」

 

 俺はスケジュール表から合致する条件のレースを見つけて指を差し、他の子が覗き込む。

 

「七月末日の札幌メイクデビューレース。芝2000メートル。ちょっと遠いけど、これなら俺の適性に合う」

 

「おー。じゃあ北海道土産よろしくねー」

 

「勝って賞金出たらご祝儀にたんまり買ってきてやるよ。みんなも勝って土産よろしく」

 

「オーケー!」

 

「あたしは東京で走るから、勝ったら何か奢るわ」

 

 遊びに行くんじゃねえよと思ったが、今からこれぐらいの軽口を叩ける余裕が無いと、レースにだって勝てやしないか。

 それにデビュー戦だって一位になれば、友達への土産代が端数になるぐらい結構な賞金が入ってくる。最初ぐらいけち臭い事は考えないようにしてる。

 中央のデビュー戦の優勝賞金は大体七百万円。俺達ウマ娘は税金やトレセン学園の天引き分で、手取り三割ぐらいが残っても、中等部の子供に持たせるには桁が一つ、二つは大きい。

 だから大部分の賞金は、俺達が一定年齢になるまで学園側が預かっている仕組みが出来ている。その金を引き出すには結構制約があって、生徒の実の親でさえ、容易に使えないように学園が入学時に誓約書を書かせていた。

 そういう誓約書が必要になるぐらい色々あったんだろうなあ。大金を見せられた人間が何を考えるのか、知りたくも無い事を知って一つ大人になった気がした。

 一応中等部、高等部で額は違うが、小遣い程度は自由に使えるよう許可はされるから、さっきの話みたいに周囲に土産を買うぐらいは何とかなる。

 

「しかし、中央の賞金って地方と桁が違うな。俺が笠松トレセンの幼年クラブに居た時に聞いたけど、地方じゃ勝っても賞金額が一桁少ないってよ」

 

「マジ?地方ってそんなに儲からないの?」

 

 それでも笠松はオグリキャップ先輩が人気になって、ぬいぐるみなんかのグッズが滅茶苦茶売れたりスポンサーが見つかって随分マシになったんだぞ。設備も新しく買い替えて、ライブ会場だって大きくなった。レース場の職員たちはマジでオグリキャップ先輩に足向けて寝られないって言ってた。

 

「重賞は結構賞金出るんだけど、それ以外はさっぱり。何しろ観客数が中央のトゥインクル・シリーズと比べて一桁、下手したら二桁少ないから、グッズやライブソフトの売り上げも全然違う。笠松はオグリキャップ先輩が居なかったら、今頃経営がヤバかったって」

 

「盛岡もぉ最近はお客も沢山来てくれるども、昔はガラガラで寂れでらったって聞いだぁ。んだども先輩達がけっぱってくれだおがげで、なンとがあたしも走れンだよ」

 

 俺とビジン以外の友達は、あからさまに腰が引けていた。地方の厳しさが思った以上で、もし自分達が中央で勝てなかったら、そんな場所に移籍出来るだけでもまだ運が良いと気付いたのだろう。同時にデビュー戦で躓いたら、その可能性が一気に高くなると危機感が煽られた。

 おかげで、旅行気分で初戦を選んでいたのを改めて、少しでも自分に有利なレースを探してスケジュール表と睨めっこし直してる。

 後は契約したトレーナーが承認するかの問題もある。いくら本人が希望しても、トレーナー目線で勝てるか否かはまた異なる。実際の所、今日のホームルームは生徒自身のレースを選ぶ眼を養うための遊びに近いと思う。

 結局他の子はスケジュール表を調べ続けて、時間切れになってしまった。後はトレーナーと相談して何とかするだろう。友達でも全員がライバルなんだが、出来れば初戦ぐらいはみんな勝ってほしいと思う。

 

 放課後。いつものように部室に行って、先輩達にもデビュー戦の一覧表を見せると、ワラワラ集まってはみんな懐かしい目をして見ている。先輩達も今はG1の常連になってても、最初は誰もがデビュー戦があったんだよな。

 

「それでアパオシャさんは、赤でチェックした七月末の札幌戦を希望ですか」

 

「はいフクキタさん。距離も合うし、時期も早すぎず調整する時間もあるから良いかなって」

 

「なるほど、それでは次は運勢を占ってみましょう!――――ふんにゃか~、はんにゃか~!かしこみ~!」

 

 相変わらず水晶玉を覗き込んで妙な呪文で占い始めてるよ。これで神社の宮司の娘なんだから、ご両親はもうちょっと教育に力を入れてもいいんじゃないのか。

 

「―――とうっ!!出ました!アパオシャさんの今後の運勢は………商いなら良し!遠方に幸有り…です!」

 

「遠方は北海道だから良いですけど、レースって商売でしたっけ?」

 

「……一応お金が入ってくる行為ですから……レースも商いになると……思います」

 

 意外とまともな占い結果が出て拍子抜けしたけど、内容も良い感じだから信じても良さそうだ。後は髭が何て言うかだが、うちのトレーナーは放任気味だし、余程変な選択をしなかったら追認してくれるだろう。

 先輩達とワイワイ騒いでると、ダンがちょっと羨ましそうにしている。まだ学園内の選抜レースでさえ満足に走ってない彼女にとってデビュー戦は憧れに近い。しかしオンさんの発光薬と体調管理もあって、かなり体調は良くなってるから、来月の選抜レースは必ず勝てるはずだ。そうすれば大体の同期生がデビューを終える九月までには、ダンも同じように走れるだろう。

 

「ではアパオシャさんのメイクデビューレースは、みんなで応援に行きましょう!私の時も皆さんが見ていてくれたおかげで勝てました!」

 

「いやでもバクシさん、北海道は遠いですよ。隣のレース場や中山なら近いから良いけど飛行機まで使うのは――――」

 

「水臭いですよ!こういう時こそ委員長を頼ってください!頼って一緒にバクシン勝利を掴みましょー!」

 

 ……うん、良い先輩だよ。ちょっと目が湿ってきた。

 たまにテンション高すぎて面倒くさいと思うけど、やっぱり良い先輩に感動してたら、トレーナーも部室に来た。

 早速レース表を見せて、七月末の札幌戦を希望する。髭は少し考えてから『良し』と言って、レースの申込用紙を渡してくれた。

 

「メイクデビューは時期が集中するから、早めに申し込むと学園側が飛行機のチケットやホテルの手配を纏めてしてくれるんだよ。だから俺は楽が出来る」

 

「へー、そうなんだ」

 

「トレーナーさん!私達も札幌に応援に行きたいです!」

 

「お前らもかよ。メイクデビューの応援は経費あんまり出ないんだが……あっ」

 

 何か閃いたトレーナーは七月のレーシングカレンダーを見て、何度か頷いた。

 

「バクシンオー、お前アパオシャと同じ日の札幌G3クイーンステークスに出るか?エプソムカップと同じで1800はちょっと長いぞ」

 

「おぉ!!良いですねえ!短距離より長くてもバクシンしてやりましょう!バクシィィン!!」

 

「ならアパオシャとバクシンオーの二人分の応援って事で、経費申請も全員分が余裕で通る」

 

「やるじゃないかトレーナーくん」

 

「こんなの小手先の知恵だ。タキオンもこれからトレーナー業やるなら覚えておくと便利だぞ」

 

「あの、トレーナーさん、よろしいですか?」

 

「どうしたマックイーン?」

 

「メジロ家が所有する保養所が北海道にありますが、そちらはコース場やトレーニング施設が充実しています。夏休みの間、チーム全員で合宿をしてはいかがでしょう」

 

 うわっすげえなメジロ家。さすが名門は持ってるものが違う。ただ、チーム全員となると八人か。トレーナーも休み中に充実したトレーニングを行えるのは魅力だと考えてるが、人数と期間の事を考えてちょっと悩んでる。

 悩むトレーナーの背を押したのは同じメジロ家のダンだった。

 

「私のメイクデビューを万全に期すには、環境の良い場所でのトレーニングが必要です。皆さん、どうか私の我儘を聞いて頂けませんか?」

 

「あぁ、いや、そうだな!気付かなくて悪かったよアルダン。勝つために万全を期すのは当然だった!マックイーン、アルダン、ご実家に世話になるように、先に連絡を入れてくれるか」

 

 するっと話が纏まった。今のはダンのお願いという形で皆の了承を得たのか。トレーナーもそれを分かってるから、何となく申し訳ない顔をしてるんだな。

 それでも今年の夏は涼しい北海道で過ごせるのは結構嬉しい。合宿を申し出てくれたクイーンちゃんやダンには、今度何か奢ってあげないと。

 

「よしっ夏の話はここまでだ!今はトレーニングを優先しよう。特にフクは来月すぐに鳴尾記念、アルダンは最後の選抜レースが待ってるんだ。勝ちに行くぞ!」

 

「ふんぎゃろー!」

 

「はい。皆様のご厚意を少しでも返すために、必ず勝ちます」

 

 チームで円陣を組んで気合を入れた。

 

 



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第22話 ラストチャンスを掴む者

 

 

 日本ダービーが≪スピカ≫のスペシャルウィークさんの勝利に終わり、熱気冷めやらぬ六月初め。トレセン学園内レース場も、異様な熱気と緊張感に包まれていた。

 選抜レースと言っても、今日のは新入生のためのレースではない。二年生のための最後の選抜レースだった。

 今月に入り、二年生はメイクデビューレースを控えている。それでも契約するトレーナーが見つからず、デビュー出来ない生徒が崖っぷちに立たされてもなお、諦めずにレースへの想いを示す最後の機会だ。

 俺達≪フォーチュン≫は全員で観客席でコースを見守る。二日後にG3レースを控えたフクキタさんも、この時ばかりはトレーニング中の休憩と言い張って、仲間を応援する事を選んだ。

 ダンのレースはもう少し後だ。今は十人で短距離レースをしている。今走っている子達の必死な形相は外で見ていると、ほんの僅かだが憐れみと共感を抱いてしまう。

 彼女達は悲しいぐらいに足が遅い。俺と同じ年に入学して、同じ時間を与えられたのに、明らかに遅い。フォームが乱れる、足運びが甘い、位置取りも悪い。徹底して技術力が足りないんだ。一年かけても基礎的なトレーニングしか行わないと、ここまで差が出るのかと愕然とする。

 

「あの子達だって怠けてたわけじゃないのにな」

 

「こればかりはめぐり逢いの運とウマ娘としての才能だからねえ。私達が理解するのは難しいよ」

 

 オンさんが淡々と濁った眼で彼女達の走りを評価する。言う通り俺達は明らかに『持ってる』側のウマ娘だ。

 的確な指導をして肩を並べて歩いてくれるトレーナーが居れば、才能に乏しくても技術は身に付き速く走れる。

 生まれついての圧倒的な才能があれば、磨いてくれる指導者が居なくても才能の暴力で圧倒できる。

 その二つとも欠けている彼女達は、悲しいが俺達よりずっと遅いんだ。

 それでも、先頭でゴール板を駆け抜けた子は涙を流して勝利を喜んだ。まばらな拍手の中で、彼女に近づくトレーナーが一人居る。

 二人は少し話して、握手を交わした後に、並んで歩いて行く。あの様子なら最後の最後でチャンスを掴めたようだ。これからあの二人がどうなるかは知らないが、お互いに良い結果になれば良いと思う。

 残った九人は無言でコースを離れた。彼女達はどうするんだろう。

 レースを諦めずに適当なトレーナーに名義貸ししてもらって、メイクデビューを果たすのか。

 それとも実力不足を認めて地方のトレセンに移籍するのか。

 いっそレースそのものに見切りをつけて、学園の他科に編入して在学を続けるか、一般学校に転校するのか。

 

「家の者からレースの世界は厳しいと聞かされましたが、見てて辛いですわ」

 

 クイーンちゃんは暗い顔をする。名門と言っても実力が無ければ、あの九人の敗者の様に顔を俯いてコースを去って行く例はそれなりにあったんだろう。

 それに今日だってもしかしたら、姉のように慕っている人が九人の一人になるかもしれない。世の中紙一重で何かが決まる事は珍しくない。

 

「大丈夫ですよマックイーンさん!!アルダンさんはきっと今日のレースを勝ちます!学級委員長が保証しましょう!!」

 

「そうですよ、アルダンさんは勝ちます!今から占いましょう!」

 

「……今からは………余計な事をせず……ただ見守りましょう」

 

 カフェさんの一言で俺達は静かに仲間を待ち続けた。

 二回目の短距離レースが終わった頃に、トレーナーが合流した。ダンの事を聞くと、調子は良いと答えが聞けた。

 コースに新しく十名が姿を見せ、その一人にダンがいる。

 

「これよりマイルレースを始めます。一回目の出走者はスタート位置についてください!」

 

「アルダンさーん!頑張ってくださーい!!」

 

 俺達の声援も集中しているダンの耳には届いていないみたいだ。これならいける、彼女は今最高のコンディションにある。

 十人が位置に着き、スタート役が赤旗を振り下ろした。

 ウマ娘達が最後のチャンスを掴むためのレースが始まった。

 最初に一人の栗毛が飛び出し、先頭を走る。ダンはその後ろについて二番手のまま走る。

 ダンは先行して常に二~三番手で、最後に抜き去る先行型の走りを得意とする。今のところは順調だ。

 静かなレースが続き、三分の一を通過した。この時を前後にダンがペースを上げ始めた。じりじりと先頭とバ身を縮め、1000メートルを過ぎた頃には彼女が先頭に入れ替わった。

 

「掛かった顔じゃないな。先頭が遅いから抜いただけ?」

 

「多分な。アルダンの実力ならまだ遅いぐらいのペースだぞ」

 

 ストップウォッチを見ているトレーナーが断言した。

 

「当然さ。彼女は怪我と病気に悩まされただけで、本来は『我々の側』だよ。独学とはいえ一年間、最小の労力で最高の効率の練習を続けてきたんだ。私が完璧に管理して不安要素さえ取り除けば、今も残っている子達と比べたら才能の分だけ差があるよ」

 

 オンさんの言う通り、十全に体調を整えさえすれば、適性の合うマイルレースでダンが負ける要素はほぼ無いのか。才能の差は悲しいねえ。

 レースはそのまま1200、1300と進み、二位と三バ身ほどに差が広がった。

 残り100……50メートル。差はそのまま三バ身。

 このままダンが最初にゴール板を駆け抜けた。

 

「おめでとうアルダンさーん!」

 

「ハッピーカムカムッ!やりましたねー!」

 

 ここでようやく彼女は俺達の居る観客席に手を振って応えてくれた。

 そして観客席に来たダンはみんなに笑顔で迎えられて、特に親戚のクイーンちゃんは感極まって抱き着く。

 

「おめでとうございます、アルダンさん」

 

「ふふ、ありがとうございます、マックイーン」

 

「これで仮入部は取れて、晴れてチーム≪フォーチュン≫のメンバーだな」

 

「はい。これからご鞭撻のほど、お願いしますトレーナーさん。皆様もこのような身ですが、ご迷惑をおかけします」

 

 ダンはクイーンちゃんを体から放して俺達に深々と頭を下げた。

 さらに彼女は俺に真正面から向き直る。

 

「こんなにも清々しい気持ちになれたのは、チームに連れて来て頂いたアパオシャさんのおかげです。本当に感謝します」

 

「俺はチームのみんなに相談しただけで、大した事はしてないよ。君の健康を維持したのはオンさんだし、実際にトレーニングを付けたのはヒゲ。部室で説得したのはルームメイトのクラチヨさんだよ」

 

「それでも、貴女が最初に動いてくださらなかったら、私は失意のまま学園を去っていたかもしれません。本当にありがとうございました」

 

「よせよ、俺達はとっくに仲間だぞ。仲間なら助け合うのが当たり前の事だ」

 

 さすがにちょっと恥ずかしくなったから、ちょっと語気が強くなった。するとダンは口元に手を当てて、女の俺でも見惚れるぐらい綺麗に微笑んだ。

 

「お前らぁ!!今日は俺の奢り―――――はまだフクとバクシンオーのレースが今月あるから、終わったらお祝いに好きなだけケーキやパフェを食べさせてやる!」

 

「おしるこっ!!おしるこもお忘れなくっ!」

 

 真っ先にクイーンちゃんがトレーナーの甘いもの食べ放題発言に反応した。この子はほんと可愛いな。名門メジロは伊達じゃないわ。

 ともかくまだまだレースを控えた以上は練習を怠るのは困るから、これからすぐに練習再開。お祝いはまた今度だ。

 この日からチーム≪フォーチュン≫はトレーナーを含めて、八人体制で頑張って行く事になった。

 

 後日、フクキタさんはG3鳴尾記念を、バクシさんもG3エプソムカップを完勝した。

 そして約束通りチーム全員で都内のスイーツ食べ放題を売りにする店に行き、店側が泣きつくまでスイーツを食べまくってお祝いをした。なおクイーンちゃん推しのおしるこは無かったから、代わりに和スイーツをたっぷりと食べて、翌日体重計の前で魂の抜けたクイーンちゃんを見かけた。

 食べ過ぎだよ。

 

 

 みんなでお祝いした日から三日後、カフェさんから衝撃の事実を伝えられた。

 カフェさんの次のレースが決まったのだ。

 なんとそれはヨーロッパ最高峰のレース、十月にフランスのパリで行われる凱旋門賞。その話題に日本中が沸騰した。

 

 



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第23話 遊びも競争なら練習

 

 

 梅雨の時期は嫌いだ。雨ばかり降って、身体に湿気がへばり付くのに、全然渇きが満たされない。いっそ砂漠のような乾いた土地なら、水など無い物と思って割り切れたというのに。なまじ雨の多い国だから不快な思いをする羽目になる。

 それに雨が降っているとトレーニングも屋内になりやすい。特に今の時期はメイクデビュー戦のために、ダンスレッスンが増えた。ダンスは好きじゃない。出来ないとは言わないが、ダンスをしている時間があったらレースをしたい。

 レース中の怪我を理由にウイニングライブを欠場したいが、毎度やってるとすぐにバレるから、嫌だ嫌だと駄々をこねても結局はライブもやるしかない。こういう時に怪我知らずの頑丈な身体が恨めしい。

 ダンスと歌の出来栄えは並からちょっと下。あまり期待はしないでもらいたい。元からやる気が無いのだから、上達のスピードが遅い。意欲というのは上手くなる一番の近道なんだろう。

 まあ、色々ネガティブな事を考えていても――――――

 

「さあ、アパオシャさん!今日は晴れましたから、ランニングに行きましょう!」

 

 友達や慕ってくれる後輩にカッコ悪い所は見せたくないから、ライブもちゃんとやるんだけどね。

 

「そうだな。今日は雨で鈍った体を乾かすとしようか」

 

 元気いっぱいのクイーンちゃんに急かされる形で、今日もトレーニングが始まった。

 

 トレセン学園周辺のランニングコースにしている道は東京だけあって、街には美味しそうな食べ物が溢れ返ってる。特に甘い物は視覚と匂いで、こちらを罠に掛けようと虎視眈々と機会を狙っている。

 

「ゴクリ……くっ!名門メジロ家の私が惑わされてはいけません!」

 

 クイーンちゃんは目を瞑って、首を激しく振り回して決してバターと砂糖の匂いを嗅がないように耐えている。

 いや、そんな気合を入れないとスイーツの誘惑に勝てないってどうなんだよ。俺も甘い物は結構食べるけど、ここまで食べたいとは思わないぞ。

 

「あと1kg……先月の食べ放題……ここまで落としたのにまた太っては………」

 

 そういえばクイーンちゃんは先月のスイーツ食べ放題で俺達の中で一番食べまくってたな。あれから半月は経ってるのに、まだ体重戻ってなかったのか。

 ―――――おまけに甘味処の前で立ち止まっちゃったよ。散歩を続けたくて駄々をこねる犬みたいで可愛いけど、流石にトレーニング中にはダメだぞ。

 

「マックイーン、こんなところで立ち止まって何してるのさ?」

 

「ひぇ!?あっ、テイオー?き、奇遇ですわね。貴女もトレーニングですか?」

 

 同じトレセンのジャージを着た、ポニーテールをピンクのリボンで纏めた子に話しかけられて動揺してる。名前はテイオーか。聞いた名前だな。

 

「おーい、テイオー!どうしたんだよ?」

 

「二人とも待ちなさいよ」

 

 遠くから同じようにジャージを着た二人がクイーンちゃんとテイオーちゃんの元に集まった。

 前髪の一部が白いショートヘアのダークブラウンの子と、長い栗毛をツインテールにしてティアラを付けた子か。よく見ると二人とも見覚えがある。

 

「クイーンちゃんの友達?」

 

「ええ、テイオーは私と同じクラスの友達です。後ろの二人も≪スピカ≫のメンバーですよね?」

 

「俺はウオッカだ!」

 

「アタシはダイワスカーレットよ。よろしくね」

 

「あー、思い出した。ゴルシーが見せてくれた写真に写ってた≪スピカ≫に入った新入生の三人か。俺はアパオシャ、こっちのクイーンちゃんと同じ≪フォーチュン≫のメンバーだ」

 

「アパオシャ…じゃあシチー先輩の友達の」

 

「名前を変な略し方する人って…」

 

 えっ?そんな変なの?別に普通だと思うけど。

 

「えーっと、色々話す事もありそうだけど、ここはお店の邪魔になるから、トレーニング中だし近くの公園に行こう」

 

「そ、そうですわね。ここに居続けたら餡子と白玉の匂いで、皆さんどうにかなってしまいそうですから」

 

「それはマックイーンだけだと思うよ」

 

 友達にツッコまれて動揺した。しょうがないから俺がクイーンちゃんの手を引いて、五人で近くの公園に駆け足で移動した。

 公園に行き、俺達はよく手入れされた芝生の上で休憩がてら話をする。

 

「俺以外はみんな新入生か。で、俺の名前の略し方って変?」

 

「シチー先輩とスペ先輩は微妙な顔してたぜ。スズカ先輩やゴールドシップ先輩は何も言ってなかってけど」

 

「そうかなぁ?ゴールドシチーだからゴルシー、スペシャルウィークさんはシャルでも良いだろ。メジロマックイーンはクイーンで、そんな変じゃないし」

 

「じゃあボクの名前はどうやって略すの?トウカイテイオーだよ」

 

「長いな。ウオーで良いだろ」

 

「ぶっほっ!!ウオーって!!」

 

「ちょっ、くくっ!!それ反則でしょ!!」

 

「ワケワカンナイヨー、やっぱりおかしいよっ!!なんでウオーなのさ!?別にテイオーでいいじゃん」

 

「ぶふふ、じゃあこっちのスカーレットはどう呼びます?」

 

「ダイワスカーレットだし、カレットで良くないか」

 

「うーん、悪くないけどやっぱり独特な……じゃあウオッカは?」

 

「短いからそのまま」

 

「へへっ!俺のは変える必要のない良い名前って事だな!」

 

「なによっ!」

 

「なんだよっ!」

 

 ウオッカちゃんとカレットちゃんがいがみ合う。なるほど、二人はこういう関係か。同学年で同じチームで互いをライバル視している。適性距離は分からないが、競い合う良い関係みたいだ。

 で、うちのクイーンちゃんとウオーちゃんは……普通の友達って感じか?まだよく分からないな。

 さて、休憩は済んだし、そろそろトレーニングといきたいが、このまま三人とお別れというのも、単にランニングか筋トレは芸が無い。

 あーこの公園アレがあったな。五人なら足りるか。

 

「三人とも、これから俺達と一緒にトレーニングする?」

 

「別にいいけど、ここで筋トレでもするの?」

 

「もうちょっと面白い物があるんだよ」

 

 ウオーの疑問に答えるより、俺は後輩四人を公園の奥に連れて行く。

 奥は簡単な綱の柵が引いてあって、入り口には小さな建物が立っている。

 

「ここ、アスレチック場があったんですか」

 

「そうだよ、クラスの友達がたまに使ってるのを聞いたんだ。有料だけど設備が良いらしい。おじさん、中学生五人分ね」

 

「いらっしゃい、ウマ娘さん達。利用料は一人百円だよ」

 

 五百円玉を出して払いを済ませる。カレットちゃんやクイーンちゃんは自分も出すと言いたそうだが、一応俺が年長者で誘った手前、気にするなと言っておいた。

 場内に入ると、小学生ぐらいの子が数人いる。今日は平日だし空いてるな。

 

「へー色々面白そうなのがあるな」

 

「これで百円って穴場ね」

 

 ウオカレコンビが我先にとロープ登りの競争を始めた。

 

「もーあの二人は子供だなー。じゃ、僕はあっちの面白そうなのをやってみよーっと。マックイーンもやろう」

 

 ウオーは返事を待たずにクイーンちゃんの手を引っ張って、低い壁にカラフルな石を張り付けたロッククライミング台を遊び始める。

 楽しんでるみたいで何よりだ。俺は丸太渡りとイカダジャンプでもやってみるか。

 

 五人でアスレチックを縦横無尽に跳び回って、途中からは先に居た小学生の子達と一緒になって遊んだ。

 子供達にとっては、ウマ娘の俺達がポンポンかっ跳んで行くのは、さぞテレビのヒーローみたいに思えただろう。

 四人も目をキラキラさせた小学生に気を良くして、一緒に競争したりと楽しんでいた。

 休憩を入れて水を飲むと、小学生からレースをするのか聞かれた。

 

「ボク達はあと一年先かなー」

 

「あーあ、あたしも早くデビューレース走りたいなぁ」

 

「そう言うなよ。俺だって一年以上我慢して、ようやく今月に走れるんだ。お前達も地道にトレーニング積むんだぞ」

 

「じゃあお姉ちゃんたちも、そのうちテレビに出るの?」

 

「大きいレースでしたらテレビ放送されますし、東京レース場なら近いですから、いつか見て来てください」

 

「うん!絶対見に行くね!」

 

「俺もー」

 

「あたしもー」

 

 子供達と約束して、五時の鐘が鳴るまで汗を流した。

 俺達も学園に帰ったら帰りが遅いのをトレーナーにちょっと怒られた。途中で≪スピカ≫の三人と一緒に公園で練習してたと言ったら、次からはもう少し早く帰って来いとだけ言われたから、まあそんなに怒ってないんだろう。

 たまにはこういうトレーニングも悪くない。

 

 



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第24話 いざ北海道へ


 今日は特別に二回投稿します



 

 

 トレセン学園の生徒も一応学生である以上、終業式には通信簿を渡される。数か月の自分の頑張りを客観的に数字にされて、一喜一憂するクラスメイトも多かった。

 俺は通信簿を見ても、まあこんなもんだろう程度にしか思ってない。中間と期末試験の出来から大体これぐらいと予想して、そこから大して外れてなかった。

 隣の席の子が通信簿をチラッと覗き込む。

 

「アパオシャさんはどうだった?」

 

「予想通りかな。平均より上だから親もどうこう言わないよ」

 

 さっさとスマホで通信簿をカメラで撮って、親宛てに送った。どうせ今年の夏も実家には帰らないから、今はこれで十分だ。

 正直言うとトレセン学生で学業の成績を真面目に気にするのは一割ぐらいしかいない。大抵は俺みたいに平均ぐらい取れれば十分と考えてる奴ばかりだ。特に今はメイクデビューの方が気になって、みんなそれどころじゃない。

 うちのクラスにも既にデビュー戦を走ってる生徒は何人かいる。その上で初戦を勝てたのは一人しかいない。他は入賞したり、内容が良くない子もいる。勝った子は次のレースも頑張って勝ちたい、負けた子だって次こそはと奮起する。そんな感じだから夏休みは勉強を頑張ろうとか、遊ぼうなんて思ってる生徒は一人もいない。それでもしっかり休み中の宿題が出てるんだから、俺達生徒には非常に不評だった。

 こうして終業式後のホームルームはあっさりと終わった。その後、俺とビジンは学園内のカフェテリアで待ち合わせをしていた。相手はすぐに来た。

 

「うぇーい!おまたー」

 

「ごめんね二人とも。ちょっと遅れちゃったー」

 

「大丈夫べ。ちょっと待ってらっただげだがらぁ」

 

 遅れて来た二人はテーブルに座る。一人はゴルシーで、もう一人はウェーブのかかった髪をツインテールにしたウマ娘。名前はトーセンジョーダン。ゴルシーのクラスメイトで仲の良い友達だ。

 俺やビジンとはゴルシーを通じて知り合い、こうやってたまにテーブルを囲んだり勉強会をする仲だ。俺はセンジと呼んでる。

 

「いやーホームルーム後に、休み中の補習と追試をガッツリ組まれちゃってさー。マジやばー、秒で死ねるわぁ」

 

「センジ、その顔だとガチか?」

 

「うんガチ。今月ずっと」

 

 セリフだけだと軽い口調でも、顔と声のトーンは瀕死で、悲壮感が伝わってくる。

 俺達が割と頑張って勉強手伝ったけど、本当にどうにもならなかったぐらい、センジは勉強が大の苦手だった。よって毎度テストは赤点追試のオンパレード。まだ中等部は義務教育期間だから自動的に進級出来るけど、高等部になったらどうするんだと担任の教師すら頭を抱えるほどの成績だ。

 ちなみに四人の中で一番成績優秀なのはゴルシーだ。これでモデルもやってるんだから、元から頭が良いんだろう。

 

「じゃじゃじゃあ、けっどもジョーダンさんは頑張り屋べ!今度はきっと追試しねーで良ぐなります」

 

「ユキノ、マジ優しいわぁ。うけるー」

 

 とりあえず腹を満たして元気を出せと言って、俺達は早めの昼食を食べた。

 

「―――――にしても、この中で最初の一勝はゴルシーだったか」

 

「て言っても二回目で勝ったっしょ。デビューはあんまり良い走りじゃなかったし」

 

「でも勝ったシチーさんはカッコいいべ」

 

 ゴルシーは早々と六月にメイクデビューを果たしたが、そのレースでは五着に終わった。それから先週の未勝利戦を走り、今度はしっかりと勝ちを掴み取った。最初こそ躓いても、次はしっかりと勝てたんだから上々だ。

 そして俺が十日後に札幌で、ビジンは八月に新潟でデビューを果たす。センジの奴は追試と補習が終わってさらに調整があるから、夏休みが終わってからデビューを日時を決めると言ってる。

 

「あーあーみんな羨ましーわ。シチーはチームで海行ってぇ、アパオシャはこれから北海道で休みマルっと過ごすんでしょ。マジヤッベぇ」

 

「合宿よ合宿。遊びに行くんじゃないから、ひがまないの」

 

「土産ぐらいは買ってくるよ。帰ってきたら、俺とビジンのデビュー戦の勝ち祝いをよろしくな」

 

「トーゼンだし!ユキノもビビッてひくぐらいに祝ってやるから、お土産よろー」

 

「はいでがんす!あたしも勝ってぇ、立派なシチーガールにまた一歩近づくべ!」

 

 俺達は互いのデビュー勝利と追試突破を願ってニンジンジュースで乾杯した。

 

 

 昼食を終えてから、寮に戻って部屋の簡単な掃除をしておく。一応休み中はウンスカ先輩が残るがベッドや机周りは整えておきたい。

 荷造りは昨日のうちに済ませておいたから、いつでも行ける。

 

「いやーアパオシャちゃんも、いよいよデビューかぁ。一年は結構早く経つねぇ」

 

「俺からしたら一年は長かったです。これからは同じ競争者ですね」

 

「ふっふっふー。一緒にレースに出る事もあるけど、手は抜かないからねー」

 

 そりゃそうだ。ウンスカ先輩は雰囲気はゆるいけど、レースには真摯に打ち込む人だ。そうでなかったらクラシックG1の栄冠を獲れるはずがない。

 

「それにしても夏休み中に札幌で会えるなんて偶然ですよね」

 

「私は手強い相手がいるから、あんまり嬉しくないかなー」

 

 先輩はヤレヤレと首を振る。ウンスカ先輩は八月に札幌記念のレースに出走する。実はうちのチームでも、どうせ北海道に居るならと、フクキタさんが同じ札幌記念に出走予定だった。

 向こうで会えると言っても、チームの先輩と競う仲だから馴れ合いは無いが、トレセンから離れた場所で顔見知りと会えるのは結構いいものだと思う。

 

「あっ、そろそろ時間だよ。北海道はここより過ごしやすいから、チームのみんなで楽しく合宿しなよ」

 

「はい。先輩も来月まで元気で」

 

 何度もチェックして万全に整えた荷物を抱えて寮を出た。

 部室に行き、全員集まるのを待ってから、校門の前で待ってたバスに乗って空港に向かう。

 普通なら学園はバスまで用意はしてくれないが、今回は俺のデビュー戦と、バクシさん、フクキタさんの重賞レースが含まれていて、さらにカフェさんが八月の途中からフランス入りするのもあって、気を利かせてマイクロバスを出してくれた。

 一時間後に空港に着いた。手続きを済ませて飛行機に乗るまで一時間ぐらい間があったから、適当にメンバーで話してると、北海道に行った事が無いのは俺とバクシさんだけだった。フクキタさんに至っては、そもそも実家が北海道だ。

 

「夏は涼しいから過ごしやすいですよ。東京に来た時は何でこんなに暑いのか不思議に思いましたけど」

 

「よく考えたらレースしてる先輩達は結構あちこち行ってるし、メジロの二人も家の保養地なんだから行った事あるか」

 

 日本は縦長の国だから南北で気候が結構違うから分からんでもない。

 そんな話をしつつ、ふと飛行機のチケットを見ると、席がビジネスクラスだった。先輩達のも見せてもらうと全員同じだ。

 

「学生の移動って普通エコノミーじゃないの?」

 

 トレーナーに聞くと、理由を教えてくれた。

 

「下手にエコノミー乗って体調崩したら笑えんから、重賞勝利したウマ娘は最低でもビジネスなんだよ。応援に行く時やOPクラス未満のウマ娘はエコノミーだがな。お前やメジロの二人は、学園が支給した分の差額を足してビジネスにしておいた」

 

 そりゃ納得だ。流石に在来線の短時間の電車移動はカバーしきれないが、重賞クラスになると優勝賞金は数千万円。それだけ稼ぐウマ娘をエコノミーに長時間座らせて、体調不良にしたらアホすぎる。

 それと今回の合宿はメジロ家の施設を好意で使わせてもらうから、スポンサーの二人を雑に扱えるわけがない。

 となると本来俺だけエコノミーなんだろうが、一人だけ仲間はずれなんてしたらメイクデビュー前のメンタルにどれだけ影響あるか分からない。全員一緒の扱いにした方が賢明だろう。

 

「遠慮するな。今回のデビュー戦できっちり勝てば、席の差額分なんて余裕で取り戻せる」

 

「ああ。必ず勝つよ」

 

 トレーナーだけでなく、チームのみんなの期待に応えて勝つ。何よりカフェさんに俺の初勝利を見届けてもらってから、フランスに行ってもらいたい。

 気合を入れて、俺達は新千歳行きの飛行機に乗った。

 

 



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第25話 メジロ家のウマ娘たち

 

 

 飛行機はエコノミーしか乗った事の無い俺にビジネスクラスは新鮮で快適だった。

 北海道の新千歳空港で手続きを済ませると、一人の眼鏡をかけた老紳士が直立不動で佇んでいるのが目に付いた。テレビや映画に出てくるような執事みたいだな。

 老紳士は俺達の側に来て、深々と頭を下げる。

 

「皆様、長旅お疲れでございました。私、メジロ家に仕える執事でございます」

 

「出迎え、ご苦労様です『じいや』」

 

 クイーンちゃんが執事の『じいや』を労った。名門なら執事の一人二人は居て当然か。うわー庶民の俺とは本当に住む世界が違う。

 

「当家の保養所まで、バスをご用意致しました。窮屈でございますが、今しばらくご辛抱を」

 

「あっいえいえ。こちらこそ大人数で押し掛けてしまって、それもお迎えまで出してもらえて、とても感謝しています」

 

 髭トレーナーが土下座する勢いで執事さんに頭を下げている。大人同士が頭を下げ合うのは日本じゃよくあるけど、気持ちは分かるよ。ここまで気遣いを受けたら、こっちの身が縮まる。

 

「そのようにトレーナー様が頭を低くされては私めも困ります。どうか、頭をお上げくださいませ」

 

 執事さんの気遣いでこの場は収まり、俺達はバスを待たせてある空港の駐車場に移動した。

 バスの前では執事さんと似たような年の和服を着たお婆さんが待っていた。

 

「こちらの迎えは『ばあや』でしたの。いつもありがとうございます」

 

「年寄りには勿体ないお言葉です、アルダンお嬢さま。ささ、皆様も保養所に着くまで気を緩めてくださいませ」

 

 『じいや』に『ばあや』か。歴史のある名門はすげえなあ。感心もそこそこに言われた通り、バスに乗った。

 空港から三十分ほどバスに揺られた所にメジロの保養所があった。最初見た時は郊外のレース場と老舗の高級ホテルかと思ったら、全部メジロ家の私有地と言われてちょっと腰が引けた。しかもここ以外にも同じ設備のある本家が羊蹄山の辺りにあるらしい。名門ってすげえ。

 俺がこれから獲得する総レース賞金の何人分と同額なんだよ。

 内心ビビッた俺にお構いなしに、バスは五階建ての建物に横付けした。

 

「皆様、長時間の移動、誠にお疲れさまでした。こちらは当家の宿泊所ですので、どうか自分の家と思ってお寛ぎください。アルダンお嬢さまとマックイーンお嬢さま、そしてトレーナー様はこちらに」

 

 お嬢の二人とトレーナーは執事さんに連れていかれる。トレーナーもという事は、親御さんか親族の人が来ているから挨拶するのかな?

 残りの俺達は三階の、それぞれに割り当てられた部屋に案内された。室内は広くてリゾートホテルみたいな豪華な内装だ。これを一人で使えるってのは、ちょっと落ち着かない。

 荷物を置いてから、皆と一緒にスタッフの人に建物内を案内してもらった。

 一階は医務室と、大きなスポーツジム並に整ったトレーニングルームが併設してある。更衣室とシャワー室もある。

 二階は食堂と調理室があって、毎日そこで決まった時間に食事を出してもらえる。

 三階は客室だからスルー。四~五階はここのスタッフ用だから関係無い。

 そして一番の目玉は屋上の露天風呂だ。何と天然温泉らしい。ここまで至れり尽くせりの合宿が出来るとは思わなかった。メジロの二人に感謝しよう。

 案内が終わったら、もう夕方の六時を過ぎていた。移動も多く、一度に色々あったから腹も減ったし疲れた。

 学校の制服から私服に着替えて、固まった筋肉を体操で緩くしておくと、部屋の電話で食事の用意が出来たと連絡があった。

 

 二階の食堂へ行くと、チームのみんな以外に、見た事のある顔と、知らない顔の二人が居た。三人ともウマ娘だ。

 

「あれ、メジロパーマーさんですよね?」

 

「ウェーイ!そうだよー。これからしばらく一緒だからよろしくね~アパオシャ。あーそうそう、私の事は気軽にパーマーでいいからね」

 

 そうか。よく考えたらこの人もメジロ家なんだから、夏休みに自分の家の設備を使ってトレーニングするのは当たり前だよな。

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします、パーマーさん。それと、今年の宝塚記念の優勝おめでとうございます」

 

「はっははは~。面と向かって言われるとハズいから、もっと気楽でいいよ」

 

 今年の宝塚記念を爆逃げでもぎ取った、累計G1二勝のウマ娘にしては随分気安い。同じメジロのクイーンちゃんやダンみたいなお嬢さまと結構違う、センジみたいな雰囲気の人だ。フクキタさんとは同期で、よくレースでバチバチやり合っても、普段は占いをしてもらったり相談に乗ってもらう間柄なんだとか。

 それからまだ小学生の小さなウマ娘の二人に向き合う。

 

「初めまして、俺はアパオシャって言うんだ。名前を聞いてもいいかい?」

 

「はい!あたしはメジロライアンです!アパオシャさんの事はマックイーンとアルダンさんから色々聞いてます!」

 

「その……メジロドーベルです。よろしく」

 

 ショートヘアーでいかにも活動的なメジロライアンちゃんと、ちょっと人見知りしそうなロングヘア―のメジロドーベルちゃんか。

 パーマーさんの話では、一門の親族で全員姉妹ではないが子供の頃からよく顔を合わせているから、クイーンちゃんやダンも含めて、実質姉妹みたいな仲だとか。名門らしい繋がりの子達ってわけだ。

 

「二人とも来年はトレセンに入学するから、みんな仲良くしてあげてね~」

 

「分かりました!では明日からライアンさんとドーベルさんは、私と一緒にバクシンしましょう!バークシィィン!!」

 

「えっ、その私は―――――」

 

「わー!やったー!あのG1ウマ娘のサクラバクシンオーさんと一緒に走れるだなんてっ!」

 

 無邪気に喜ぶメジロライアンちゃん。そういえばバクシさんには妹が居るから、年下の子の扱いは結構得意みたいだ。

 メジロの子達と親交を深めていると、クイーンちゃんとダンがトレーナーを伴って食堂に来た。

 妙に疲れている髭を見たメジロドーベルちゃんがパーマーさんの後ろに隠れた。元々人見知りする性格の子だし、大人の男が苦手なんだろうか。

 

「なんか疲れてるなトレーナー」

 

「メジロ家の大奥様と面接してな。うちの子達を頼むって」

 

 なるほど。大家の人が頭を下げるように見せかけて、『うちの子に酷い事をしたらどうなるか分かってるね?』と言われたのか。そりゃ移動しっぱなしの身では疲れるわ。

 でもそれはトレーナーの仕事だし、頑張ってもらわないと困る。そういうわけでトレーナーは放っておいて、俺達は席に就いた。

 ここの食事は学園の料理と同じぐらい、とても美味しかった。しかも成長期の俺達に合わせた味、量、栄養も完璧にこなした料理だった。こういう料理を日頃から食べている家なら、クイーンちゃんみたいに一つ頭抜けた新入生になるわ。

 

 夕食に満足した後は、疲れを癒すための温泉と洒落込んだ。勿論女ばかりでトレーナーはお呼びじゃない。

 満天の星空の下で温泉に浸かれば、誇張無しで一気に疲れが飛ぶ。

 そうそう、メジロドーベルちゃんは親族以外だと一番先に仲良くなれたのはフクキタさんだった。あの人は天性の明るさと同時に、妙に自己評価が低い所があるから、大人しい子とも結構仲良くなれるんだろう。

 メジロライアンちゃんはバクシさんと仲が良いみたいだ。二人とも元気というか、ややテンションが高いから波長が合うらしい。

 

「メジロは良い子達ばかりだねえ」

 

「ええ、みんな優しくて、明るくて、温かい大きな家族みたいな繋がりがあるんですよ。私もみんなが大好きなんです」

 

 のぼせると困るから、足だけ湯に入れたダンが優しい目でみんなを見ている。

 

「ところでアパオシャさんにはご兄弟はいらっしゃいますか?」

 

「兄が一人居るよ。今は京都の大学に通ってる」

 

「そうなんですか。仲は良かったんですか?」

 

「悪くは無かったと思う。それに俺がウマ娘だから、人とウマ娘がどう歴史を歩いて来たとか、そういう学術的な興味が出て、大学に行ってるんだよ」

 

「まぁ!それは素晴らしい事だと思います。私にも尊敬する姉が一人いるんです」

 

 尊敬というには、喜びの中にも固い感情が顔から滲んでいる。姉って事はメジロ家のウマ娘なのかな。

 

「私の姉はメジロラモーヌなんです」

 

「……それは随分と重たい名前だな」

 

 なんでダンが尊敬しつつも嬉しそうにしてないのか分かった。

 メジロラモーヌは≪皇帝≫シンボリルドルフより上の世代で、メジロ家で初めてトリプルティアラを達成した相当強いウマ娘だ。

 そんな偉大な姉と身体が弱くて碌にレースも走れなかった自分とを比較したら、どんな優しい子でも穏やかではいられない。

 身内に優秀なウマ娘が居ると常に評価比較されてしまう。名門に生まれたウマ娘は、幼少からこの保養所のような手厚いバックアップを受けられる引き換えに、結果を残す事を義務みたいに課せられているんだろう。

 俺みたいな一般家庭で親戚に誰もウマ娘が居ない育ちには全く分からない重さだ。

 

「メジロのみんなはすげえよ。いや、身内にウマ娘がいるような子はみんな凄い。家とか、名前とか、血とか、俺は背負いたくない面倒くさい重荷だ」

 

「そうかもしれません。でも同時にそれが、かけがえのない絆でもあるんです。決して切れない、切ってはいけない特別な絆なんですよ」

 

 速く走るなら荷物は少ない方が良いと思うけどなぁ。俺には勝手に混じって温泉を楽しんでる同居者だけで十分だ。こいつ雨は嫌いなくせに温泉は好きときてるんだから、生まれた時からの付き合いでもよく分からん。

 まあ、何を抱えて走るかは人それぞれだから自由にすればいいと思うが、レース場で顔を突き合せたら、例えチームメイトで友達でも情けなんて掛けないからな。

 

 



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第26話 メイクデビュー


 ようやく主人公がデビューしました。長かったです。



 

 

 メジロ家の保養所に来て、もう一週間以上が過ぎた。というか明日が俺のデビューレースとバクシさんのレースだ。

 これまでの間、ずっとトレーニングしてごはん食べて寝て、次の日もトレーニングしてご飯食べて寝て、を繰り返してた。やってることがトレセン学園に居た時とあまり変わってない。むしろ授業が無い分、より速く走る事だけを強く考えて過ごしていた。

 一応、チームメイト以外にメジロ家の方々と触れ合ってたから刺激はそこそこあったと思う。

 特に小学生のメジロライアンちゃんとメジロドーベルちゃんとで、一緒にトレーニングして汗をかくのは心が和む。

 パーマーさんもトレーニングに参加してくれて、おかげで頭数が揃えられて、実際のデビューレースに近い状況を作れたのはとても助かった。

 それと彼女のトレーナーは、現在貯まりに貯まった有給休暇の消化でしばらく別行動らしい。宝塚記念も勝って終わって、しばらく休養にあてるから、夏休みもあってパーマーさんが無理にでも休ませた。中央のトレーナーは大抵働きすぎだから、休める時に有休を使って休ませたいと言ってた。

 

「私のトレーナーはもう年だから、あんまり無理させたくないんだけどね~。本人はまだまだやれるって言うけどさ」

 

 うちのトレーナーも心配だなぁ。でも俺が無事デビューしたら少しは肩の荷が下りる筈だから、明日はきっと勝とう。

 あと、最近家族からも連絡が多くなった。定期的に生活の報告はしてるんだが、最初のレースを控えて色々と気になるらしい。親は札幌まで見に来ると言っていたが、遠すぎるから止めた。つーかレースはいいけど、勝った時のライブを見られたくないから、まだ早いと言って時間を稼いだ。どうせ大きなレースに出て、ライブ動画やテレビで見られると分かってても、生で見られるのは恥ずかしいんだよ。

 チームメンバーやメジロの面々にそれを言ったら、『なんで?』って顔をされて質問された。この時ばかりは皆が心底羨ましく思った。

 そんなこんなで、いよいよレース当日の朝になった。

 

 朝早くに目が覚めて、バクシさんと一緒に軽めのランニングをして風呂に入って体を起こす。今日ばかりはトレーナーから通常トレーニングの厳禁を言い渡された。

 食堂に行って皆と一緒の食事をとる。ご飯や玉子焼きの味をしっかりと味わい、昨日食べた味と変わらない事を確かめた。

 

「うん、いつもと同じ味だ」

 

「緊張はしていませんね……アパオシャさんは……メンタルが強いです」

 

「惜しかったねえ。これで食事が喉を通らないなんて言ったら、私が注射で栄養補給してあげようと思ったのに」

 

 いいえ、それは遠慮しておきます。むしろ明らかにトレーナーの方が、俺より緊張してるみたいなんだけど。また眠れなかったみたいで、顔に疲れが見える。

 

「トレーナー、俺はちゃんと勝つから心配しないでくれよ」

 

「あーすまん。タキオンから始まって、担当の子のデビュー戦はもう五回目だってのに、こればっかりは毎回慣れないんだよ」

 

「では元気の無いトレーナーくんには後で注射しておくよ」

 

 オンさんが七色に光る注射器を見せたから、ライアンちゃんとドーベルちゃんがすげえビビってる。

 なんか二人の顔を見たら気が抜けた。

 緩い空気のままいつも通りの量と味の朝ご飯を食べて、部屋に戻ってからレース場に行く準備を整えた。

 シューズよし、体操着よし、ライブ用の服よし、忘れ物無し。こいつはいらない。……嘘だから足を踏み鳴らすな。

 鼻息を荒くした同居者を宥めて、メジロ家のバスに乗る。

 中にはチーム以外にメジロの三人が乗ってた。

 

「はぁーい!私達も応援させてもらうからね」

 

「ありがとうございます。これは下手なレースが出来ないですね」

 

「あはははっ!!そんなに気負わなくたって良いよ。アパオシャちゃんは私のデビューの時よりずっと強いんだから、練習通り走れば勝てるって」

 

 パーマーさんやちびっ子二人に励まされて、気合も入った。

 メンバー全員が乗り、バスが出発した。今日の舞台、札幌レース場までは一時間ほどかかる。

 

 ふっとスマホのバイブレーションで意識が戻った。あっ、いつの間にか寝てたわ。

 俺が起きたのを見て皆が笑ってた。

 

「まさかメイクデビュー前に居眠りするとは思わなかったぞ。お前、全然緊張してないな」

 

 トレーナーが呆れと感心、半分ずつの声を出す。隣のクイーンちゃんに時間を聞いたら、あと十分ぐらいで着くらしい。

 スマホを見たら親や兄さんからの励ましのメッセージだった。簡単に返事をして後は放置する。

 街中を走り、札幌レース場に着いた。ここから俺のアスリート生活が本当の意味でスタートするんだ。

 今日は快晴、北海道らしくカラッとした風が吹く。芝もよく乾いて良バ場のレース日和だ。

 現在九時半を過ぎて、レース場は入場出来る時間だけど、観客の足は結構緩い。早い時間というのもあるが、今日のメインレースはG3だから、G1ほど客は来ないんだろう。

 それでも目敏い客は先輩達の顔を見て、歓声を上げたりスマホで写真を撮ってる。

 ギャラリーの相手はそこそこに切り上げて、俺とバクシさんは用意された控室に入った。皆は一度観客席に行く。

 体操服に着替えたら、教えられた通りレース場地下のトレーニングルームで、ルームランナーとエアロバイクで軽く身体を動かす。

 他の出走するウマ娘が何人も居るが、誰も喋らずに黙々と体を動かし、静かな闘志が肌をピリピリと触れるのが分かる。

 軽く汗が流れる程度にウォーミングアップを済ませて控室に戻った。俺のレースは正午だから、今のうちに軽くゼリーを口にして栄養と水分を補給しておく。

 

 レース場のスタッフが呼びに来た。大きく息を吐き、七番のゼッケンを着けて付いて行く。フクキタさんならラッキー7と言って調子に乗る。

 パドック前には俺以外にもウマ娘がいる。この後のメイクデビューレースは俺を含めて十人が走る。

 ざっと見た所、一人が落ち着きを欠いて、ウロウロしては他の出走者数名がイライラを募らせている。半分ぐらいは、むしろこの状況を喜んでる。レース前に集中力を切らせたらそれだけ不利になるんだから、ライバルが自滅してくれたと思ってるんだろう。

 それからゼッケン番号順に次々観客の前でお披露目して、俺の番が来た。

 パドックを歩きながら観客席を軽く見る。まだ客は半分も埋まってないが、それでも俺に向けた、数千あるいは、五千に届く歓声と一緒に突き刺さる視線は、圧倒的な熱を感じさせる。

 

 無事にお披露目が終わり、俺達十人は地下通路を通って、ターフを踏んだ。

 前もって聞いた通り、トレセンのコース場より札幌レース場の芝は固い。メジロの保養所のレース場で同じ芝で慣れておいて良かった。

 足の感覚を慣らしてゲートに入り、構えた。

 一斉にゲートが開いて飛び出す。

 逸る気を抑えながら、昨日トレーナーが言っていた事を思い返す。

 

「メイクデビュー戦は走者の実力にバラつきが大きいから、自分の体に染み込ませた走りとタイムを当てにしろ。それと緊張したまま走る子も多いから、出来るだけ間隔を広くして接触しないように位置を確保するんだ」

 

 その教え通り、俺は後方八番に陣取って他の走者を後ろから観察する。確かに何人かまだ動きが固い気がする。

 そうして観察しながら半分の1000メートルを走って結論が出た。

 こいつら『遅い』。俺が『差し』のペースで抑えて走ってるのに、中盤でもう四番まで順位が上がってる。

 いつも一緒に走ってる先輩達に比べて、めちゃくちゃ遅い。いっそ今からスパートをかけて一気にぶち抜いてやりたくなるが、大差だろうが僅差で勝とうが一緒なんだから、練習通り走って勝てばいいと冷静になった。

 ジリジリと順位を上げる俺に先団は焦り、さらにペースを上げていく。

 最終コーナーを曲がり、最後の直線250メートル余りで、ようやく窮屈な想いから解き放たれて、足に力を入れた。

 観客から見たら、引き絞った弓から放たれる矢のような加速で四番ゼッケンの子を抜き、八番もついでに抜き去った。

 あと一人、五番のゼッケンを着けた鹿毛の先頭は必死になって逃げるが、もうスタミナは残っていないだろう。この子を残り100メートル地点で追い越し、ようやく先頭に立った。

 ここから先は誰も居ない。俺だけが見ている景色だ。

 ――――訂正しよう。前にまだ俺の同居者が我が物顔で走ってやがった。しかもたまに無駄に長い首だけ動かして後ろの俺を笑ってやがる。

 カチンときたが、落ち着いてペースをキープし続ける。あいつが居た所で今日のレースは俺が勝ち。前より後ろの足音だけを気にしていればいいんだ。

 後ろから追い上げてくる足音はまだ小さい。

 ゴール板がゆっくりと近づき、後ろの圧力が少し強くなっているが、致命的に遅かった。

 観客席からの沸いた声で、いつの間にかゴールを駆け抜けていたのに気付く。

 足を緩めてゴールから離れた場所で立ち止まり、観客席に顔を向けた。一万の目が俺一人に注目して、拍手を送る光景に浮かされ、無意識のまま両手を天に突き上げていた。

 そうか、この光景が見たくて先輩達や名も知らないウマ娘達は命懸けでレースをしていたのか。これは賞金とはまた違う喜びがある。

 何よりもチームの皆やメジロの人達の喜ぶ姿は胸が熱くなった。

 そしてこれからライブをしないといけないと気付いて、我に返って頭が冷えた。

 

 ライブは初戦に相応しい、曲名≪Make Debut≫を歌い切って、大きなミスも無くまあまあ盛り上がった。俺達みたいなデビューしたてのウマ娘なら、ライブは集まっても三百人ぐらいと思ったら、倍近い五百人ぐらいが来たらしい。G1レースの前座ならそういう事もあると思ったが、何でだろうな。

 あと、終わったら三着になった金髪縦ロールの派手な子に、一方的にライバル宣言されたけど適当に流した。そういうのはせめて俺に全力を出させてからやってくれ。

 

 控室に戻って汗を拭き、トレセンの制服に着替える。ここでようやく気が抜けた。今は昼の一時半を過ぎている。途中でゼリー飲んだだけだから腹が減った。

 空腹のまま観客席に戻ると、みんなが笑顔で俺を迎えてくれた。先輩達の時やダンが勝った時もこんな感じだったな。

 

「やったなアパオシャ!メイクデビューで三バ身差勝利は上出来だ」

 

「おめでとうございますアパオシャさん」

 

「「「おめでとう(ございます)!」」」

 

「みんな、ありがとう!公式戦で勝つのって、模擬レースや選抜で勝つのと全然違うわ」

 

「良い気分だったろう。これ、お前の分の弁当だけど、食べられるか?」

 

「食べるよ」

 

 トレーナーからメジロ家のシェフが作ってくれたお弁当を貰い、ダンからお茶も貰って、席に座る。

 手軽に食べられるようにおにぎりと玉子焼き、それとウインナー。遠足の定番メニューだったが、一流の料理人の弁当はかなり美味い。

 半分ぐらい食べた所で、無駄に感度の良い俺のウマ耳が観客の声援に紛れた、ちょっと聞き逃せない単語を拾って、食べる手が止まった。

 

「―――――――おーい、涼花ぁ!」

 

 声のする方を向くと、二十歳前ぐらいのいかにも大学生という風体の男が手を振ってこちらに近づいて来た。

 俺以外のチームメイト達は自分達とは無関係と思って気にしてないが、弁当を一度片付けて立ち上がる。

 

「何で兄さんが北海道にいるのかな」

 

 全員がレースそっちのけで俺か兄に視線を向けた。

 ほんと何でここで身内と一年ぶりに再会するんだろうな。

 

 



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第27話 祝勝会

 

 

「えっ兄さん?アパオシャの?」

 

「そうだよトレーナー。俺の兄」

 

「初めまして皆さん。涼花…ああウマ娘のアパオシャの兄です。妹が大変お世話になっています」

 

「………アパオシャさんの本名……『すずか』……だったんですか」

 

 そうですよカフェさん。トレセンに居ると本名を名乗らないから言う機会が無いけど、俺の名前は涼花(すずか)なんです。

 だからかサイレンススズカさんは親近感を覚えると同時に、名前を聞くと無意識に反応するから嫌なんですよ。

 兄はまず、髭トレーナーに俺の面倒見てくれた事を親に代わって感謝していると、深々と頭を下げた。

 

「いえいえ、そこまで畏まらなくても良いですよ。妹さんはトレーニングは真面目で、面倒見も良くてチームによく馴染める子ですから」

 

「そう言って頂けると助かります。それと、チームメイトの皆さんも妹に良くしてくれたのは、レースの時と、ここに座ってるのを見ればよく分かります。本当にありがとう」

 

 こういうのがあるから恥ずかしくて嫌なんだよ。しかもチームの皆が俺の事を色々話すから、兄さんすげえ良い笑顔で聞いている。どうせ後で家で話すんだろうなあ。

 一通り俺の事を話し終えたから、何で北海道に居るのか問い詰める。

 

「三日前に大学が夏休みに入ったから、そのままお前の晴れ舞台を見に来たんだ。宿は昨日から、北海道出身のゼミの友達の実家に泊めさせてもらったよ」

 

「では京都から応援にお越しになられたのですか。アパオシャさんは大事に想われていますね」

 

「そうでもないよダン。俺の応援が終わったら北海道観光したいんだろ?」

 

「それもある。せっかく遠くに来たんだから、休み中はウマ娘の郷土史を探すんだよ。特に北海道は色々伝説もあるし、明治期の厳しい開拓だってウマ娘が居なかったら、きっと成功しなかったって言われてるんだぞ。機会は逃さない」

 

 相変わらずウマ娘への歴史的興味の塊みたいな人だよ。妹の俺がウマ娘じゃなかったら、こうはならなかったはず。

 

「さて、妹の元気な顔を見れたし、そろそろお暇します。あっ今年の暮れは家に帰ってくるのか?母さんも会いたがってたぞ」

 

「あと、一回二回勝ったら帰ると思う」

 

「そっか。―――――最後に両親に送って見せたいから、妹と皆さんの写真良いですか?」

 

 提案に全員が快諾して、俺を中心に全員の集合写真を撮られた。なぜかフクキタさんは魂を取られると変なポーズしてた。じゃあなんで許可したんだよ。

 それから俺の頭を乱暴に撫でて、兄さんは離れた席で騒いでるグループの中に入って何か話してる。あれが大学の友達か。あっちも上手くやってるみたいだな。

 

「妹想いの良いお兄さんですねぇ。私も妹ですから分かります」

 

 フクキタさんにしみじみ言われて、口がへの字に曲がる。兄は嫌いではないけど、チームメンバーに知られると背中がムズムズする。

 

 あれこれ話してたらもう午後三時だ。そろそろバクシさんのレースが始まる時間だ。

 メインレース前になると観客席もかなり埋まってる。残りの弁当を食べながら、パドックの上の出走者を見る。

 バクシさんの番になったら、全員で声援を送った。流石に一番人気だとレース場の声援も一番大きい。

 ファンファーレの後、十六人の走者がゲートに入る。彼女達の中で今日のクイーンがレースで決まる。

 全員が綺麗にスタートを切った。その中で頭一つ先を行くのは、我が先輩バクシさん。

 後を追うように残る十五人が集団を作り、レースは始まった。

 ――――――――レース終盤。バクシさんはただの一度も先頭を譲らず、二位と四バ身差を付けて最後の直線を走り続けている。

 しかし後続は徐々に差を縮めて初めている。残り100メートルでは『差し』の走者がガンガン末脚を使って追い込みをかけていた。

 バクシさんは顔が苦しい。やはりスプリンターに1800メートルはかなり長い。

 それでも、あの人は決して諦めず、スタミナが枯渇する寸前でゴール板を最初に駆け抜けた。

 肩で息を吸いながら、バクシさんは俺達を含めた会場に手を振って声援と拍手に応えてくれた。

 電光掲示板の着差はクビ差。最後はかなり追い込まれたみたいだが、辛くても勝ちは勝ち。胸を張って帰れる。

 

 今日はあと一回レースはあるが、今のがメインレースだったから、大半の観客はバクシさんのウイニングライブ目当てに移動した。

 俺のライブと一桁違う動員のライブは盛況で終わった。

 

 バクシさんのライブが終わっても、着替えとかの時間を待ってるついでで最後のレースを見ておく。賞金の額や実績の違いはあっても、ウマ娘の走る姿に貴賤は無い。特に俺達のようなウマ娘には、OP以下のダートだろうと、G1も大きな違いは無い。

 精一杯走った彼女達に、まばらで小さな拍手が送られた。

 最後のレースの走者がライブに行く頃にバクシさんが戻った。

 

「よし、俺達も帰るか!今日は祝杯を上げるぞっ!」

 

「主役はもちろん、アパオシャさんと委員長の私ですよっ!!今日は一緒に遅くまでバクシンしましょう!!」

 

「うぇーい!遊ぶ道具なら一杯あるからね!」

 

「保養所のシェフに連絡を入れてあります。今日は腕によりをかけてご馳走を作ってくれますわ。もちろんスイーツもですわ!チョコが一番ですわ!」

 

「わーい!今日はパーティーだね」

 

 お祝いムードの俺達は会場から出ると、五~六人記者達に囲まれた。そりゃそうか。ここには今日のメインレースの勝者が居るし、あの凱旋門へ挑戦するカフェさんが居るんだ。レースが終わるまで取材を待ってたから、最低限のマナーを守れる記者って事かな。あっ、ドーベルちゃんがダンの後ろに隠れた。女の記者は一人しかいないから、しょうがないか。

 最初の質問先は当然、今日のメインレースを勝ったバクシさん。一年ぐらいこういうレース後の取材を見てるが、バクシさんは常時テンション高いだけで、意外と毎回基本を外さない受け答えをしてる。

 要約すると、今回はエプソムカップ同様に1800メートルの比較的長いレース展開で、スタミナが切れかけてヒヤヒヤしたが、何とか勝てた事を喜ぶ発言だった。

 次は俺への初勝利を祝う言葉と共に、これからのレースの展望はあるのかという質問。これは髭と前もって打ち合わせしてあったから淀みなく答えた。

 

「次は2000メートルのOP戦を考えています。そこで勝てれば、さらに上を目指します」

 

「となると、やはり年末のG1ホープフルステークスを視野に入れていると?」

 

「全てが上手く行けば走りたいですね。まだ勝負服も決まってないから、そっちの方が先ですけど」

 

「「はははっ」」

 

 ここで俺の取材は終わった。最後にオチを付けると記者は満足するという髭の話は本当だった。

 さらにフクキタさんには来月にここで開催するG2札幌記念への自信等を聞かれ、運勢を絡めたエキセントリックな回答で記者に笑いを提供する。一流ウマ娘は大なり小なり癖があるのは知ってるから、これぐらいなら愛嬌で済ませているんだろう。

 最後にカフェさんへは、当然凱旋門賞への意気込みを聞かれたが、それは髭が遮断して代わりに答えていた。

 

「やはり異なる土地でのレースですから難しさはありますが、現在可能な限りトレーニングと調整を繰り返して、勝利を目指しています」

 

「では勝つ自信はあるわけですか」

 

「最初から負けるつもりでレースを走らせたことは、ただの一度だってありませんよ。我々トレーナーは担当のウマ娘を勝たせるために、常に全力を尽くしています」

 

 カフェさん本人には聞けなかったが、トレーナーの自信に満ちた回答に満足した記者達は、レースを楽しみにしていると言って引き上げていった。

 

「……ありがとうございます……トレーナーさん」

 

「こういうのも仕事だからいいさ。カフェは外野の声なんて気にせず、自分の思うように走れ。俺はそれを助けるだけだ」

 

「はい」

 

 おーおー、かっこいいじゃないか。やっぱり責任をもって生きてる大人ってのは尊敬出来るよ。カフェさんもすごい嬉しそうに尻尾動いてる。

 でも、こんなところで甘い空気吸うより、甘い物が食べたいから、とっととメジロ家が呼んでくれたバスに乗るように急かした。

 

 保養所に戻って、皆で風呂に入って汚れを落とした。食堂にはシェフがお祝いに、豪華な食事をテーブルに乗らないぐらい用意してくれた。クイーンちゃんの要望で、何種類ものケーキを始めとしたデザートも充実している。

 ご馳走をみんなで食べて疲れを癒したら、次はパーマーさんが持ってきたボードゲームやカードで夜遅くまで遊んだ。

 いつもはトレーニングがあったから疲れて早めに寝てしまうけど、今日だけはトレーナーも好きに遊べと言ってくれた。

 おかげで次の日は全員、一時間は起きるのが遅くなってしまった。

 

 



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第28話 夏はまだ熱さを残している

 

 

 あー東京の九月は暑いなー。

 北海道から帰ってきて最初に思ったのは、項垂れるような暑さの過ごしにくさだった。

 七月末に俺が初勝利を飾ってからも、チーム≪フォーチュン≫はメジロの保養所で合宿を続けていた。

 至れり尽くせりの温泉付き合宿は、このままトレセンに帰りたくないと言い出しそうになるぐらい、実に快適だった。

 八月に入って少し経ってから、カフェさんはフランスに飛んだ。凱旋門賞までは二ヵ月近くあったが、少しでも向こうの環境に慣れるよう、早めの現地入りだった。

 実は夏休みが始まってすぐに渡仏してはどうかという意見もあったらしい。でもカフェさんは、俺のメイクデビューを見届けてから行きたいと言って、半月遅らせた。勝てて本当に良かったよ。

 そういうわけで、カフェさんは学園には戻らず、保養所から直接フランスに飛んだ。トレーナーとしてオンさんが付き添った。カフェさん自身は微妙に嫌そうだったが、チーフトレーナーの髭は俺達を放ってはおけないし、先に現地入りした学園スタッフが居ても、単身海を渡るには不安が大きい。そこで親友?のオンさんが同行して、サポートする事になった。

 未だ日本ウマ娘に栄冠の渡っていない凱旋門賞へ――――準備は万全と言いたいところだが、どうも出発前にカフェさんの体調が良くなかったのが気になる。

 未踏の挑戦にプレッシャーを感じてというのとは違う。『お友だち』と何か上手く行ってないような雰囲気だった。本人は何も言わなかったけど、いまいちしっくりこない旅立ちだった。

 色々不安はあるが、もう向こうに行ってしまった以上は俺は何も出来ないから、たまに電話で連絡があった時は励ましの言葉をかけ、勝って無事に帰ってきてもらうのをチームの皆と神社で祈るばかりだ。

 あと、八月中旬に札幌レース場開催のG2札幌記念に、フクキタさんとウンスカ先輩が出走して、ウンスカ先輩が僅差で逃げ切って勝利した。

 確かに当日フクキタさんは黒猫に横切られたり、カラスに糞を落とされてテンションダダ下がりだったのはあっても、弱ければ地力でねじ伏せられて終わる。本当にウンスカ先輩が強いから勝てたんだ。

 フクキタさんも負けは負けと受け入れて、次のレース≪アルゼンチン共和国杯≫に照準を定めて力を付けている。

 俺も負けないように頑張るか。

 

 新学期が始まって二日が経ち、俺は昼休みに北海道土産を持って、友達のゴルシー達と学園の食堂に集まった。

 

「アパオシャ、ユキノ~、デビュー勝ったじゃん!おめ~!」

 

「ありがとう。これ、北海道土産な」

 

「ありがとがんす。あたしも新潟土産いっぱいあります」

 

 俺はキャラメル、ビジンはモナカを、みんなに渡す。

 

「うわーありがとー!アタシも海に合宿行ったから、これお土産ね」

 

 ゴルシーからはサブレを貰えた。センジは学園に残ったから土産は無いが、代わりに実家から帰って来られない娘へと、色々なお菓子が送られてきて、おすそ分けということで色々貰った。美味しそうだけど、さっき昼食を食べたばかりだから、後で楽しもう。

 ニンジンジュースを飲みながら互いに夏休みの報告をする。センジは補習地獄だったから「ちょーしぬぅ」としか言ってない。

 ビジンは新潟のデビュー戦を順当に勝ち、地元の友達や多くの知り合いから祝福の電話を貰って喜んだ。

 ゴルシーはチームで半月、海合宿してかなり鍛えられたと言ってる。ただ、食事は美味しかったけど宿がボロかったらしい。しかも≪リギル≫は隣の高級ホテルに宿泊してたから余計に悔しかったとか。

 それと、去年の秋天皇賞で骨折したサイレンススズカさんが、ようやく本調子に戻ったから嬉しかったと喜んだ。復帰戦は今月のOP戦を予定していて、さらにレースの出来によっては、すぐさま重賞に挑むと意気込んでいる。

 俺の事は合宿でも温泉入って涼しい所でトレーニングしてたから、すげえ羨ましがられた。特に学園に缶詰めになってたセンジは、自分の頭の悪さに物凄い凹んだ。

 

「でも、何とか追試もクリアしたんだから、次はいよいよデビュー戦だろ?」

 

「まーねー。今月めっちゃ気合入れて走るんでぇ、勝ったらパーティーよろしくぅ!」

 

「アタシは来月初めに中山で一勝戦走るからね」

 

「それってサフラン賞?」

 

「あっ知ってたの、それそれマイルのやつ」

 

「なら、チームで応援に行くよ。同じ日に、うちのメジロアルダンのデビュー戦と、メインのスプリンターズSをバクシさんが走るから」

 

「へぇ、じゃあ≪フォーチュン≫に無様は晒せないわね。アンタとユキノは次は何走るの?」

 

「ゴルシーの前日にOP芙蓉ステークス2000メートル」

 

「あたしは来月の中に東京でダートのぷ、プラタナス賞?を走ります」

 

「そっか。じゃ、みんなで自分のレースを頑張ろうっか。特にジョーダンは勝って、早くアタシらの所に来なよ」

 

 ゴルシーの言葉で締めくくり、俺達は互いの健闘をジュースで願った。

 

 

 その日の放課後。チームの部室に行くと、髭とチームメイトが緑の帽子をかぶった同色のスーツを着た女性と話している。

 

「おーアパオシャ待ってたぞ。こちらの方は知ってるな?」

 

「理事長の秘書をしてる駿川さんですね。顔と名前ぐらいは知ってます」

 

 駿川たづなさん。トレセン学園のちびっ子理事長の秘書をしている女性だ。朝に校門で挨拶するぐらいには知っている。

 俺はそんなに関わった事は無いが、一部の生徒からやたらと恐れられているらしい。何でも門限破りをすると捕まえに来るとかなんとか。色々胡散臭い噂だから、話半分にしか聞いた事が無い。

 生徒よりはトレーナーや教師の方が関わりが深いから、髭に仕事の用があると思ったら、俺にも用があるそうだ。次のレースの申請に不備でもあったのかな?

 

「実は、アパオシャさんの勝負服の制作の申請書類も持ってきました」

 

 そういえば勝負服も申請しないと作ってもらえないのか。

 G1に出走するウマ娘だけが着ることができる、個人専用の勝負服。

 着用したウマ娘の力を引き出すなんてまことしやかに言われるが、トレセン学園の汎用勝負服と明らかに走る気の入れ方が違うらしいので、案外本当なのかも。

 申請書には身体の測定データを書き込む欄がものすごく多い。自分の体にフィットするように作るオーダーメイドだから当然と言えば当然か。

 でも俺達って成長期だし、トレーニングして体型が変わったら合わなくなると思うが、そこはアスリートのユニフォーム。ある程度伸び縮みする柔らかくも耐久性に富んだ素材で作るから問題は無いそうだ。

 測定データ以外に、生地のメインカラーの項目。スカートかパンツ、ワンピースあるいはレオタードなども選択可能とある。他にもモチーフやイメージがあれば、可能な限り考慮してもらえるらしい。

 

「いますぐ申請する必要はありません。といいますか、規定で最低でも二勝、あるいはG1への出走権を獲得していただかないと制作は致しません。現時点ではあくまで希望の受付という事を覚えておいてください」

 

「自分だけの勝負服を着られるように頑張って勝て。そういうやる気を上げるための……目に見えるご褒美ですか?」

 

 餌と言いそうになったのを寸前で止めて、マシな言い方に変える。

 学園の規定も理解は出来る。生徒全員に勝負服を支給するには予算が掛かり過ぎる。それに碌に勝てずに袖を通す機会も無い服など、作ってくれたデザイナーへの不義理にあたる。せめてOP戦に勝つか重賞レースに入賞でもしないと、勝負服を支給する資格は無いというのは納得する。

 

「厳しいかもしれませんが、レースのように結果を出してこそ優先権は得られます。それでは、アパオシャさんも頑張ってください」

 

 駿川さんは帰って行った。貰った申請書類を眺めて、弄んでからカバンにしまった。

 

「今書かなくていいのか?」

 

「取らぬ狸って奴だから、来月のOP戦に勝ったらでいいよ。それに漠然としたイメージはもうあるから」

 

「よし分かった!なら今日もトレーニングするぞ!」

 

 髭の掛け声でチームの皆も気合が入り、その日のトレーニングも充実した内容になった。

 

 

 半月後、センジは宣言通り、メイクデビューで危ういながらも勝って、俺達と同じ舞台に上がった。

 約束通り、休日は四人で街で遊び、次のレースのための英気を養った。

 それとゴルシーやビジンも勝負服の話は来ていて、二人はもう申請だけはしてあると言ってた。

 

 



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第29話 次は負けない

 

 

 十月初週の土曜日。俺にとっては二戦目の≪芙蓉ステークス≫が中山レース場で開催される日だ。

 朝食の味もいつもと変わらず寝不足も無し。体調は万全に整えた。昨日小雨が降ってたから、レース場に水が少し残ってるかもしれない。

 今日はトレーナーは不在のままレース場に向かっている。うちの髭は明日のダンのデビュー戦と、バクシさんのスプリンターズSで掛かり切りだ。去年も似たような事はあったからあまり気にしない。担当するウマ娘が多いと、こういう事はよくある。

 代わりに引率者には、年長のフクキタさんが来てくれた。普段の言動はちょっとアレでも、経験豊富な先輩だから頼りにしてる。それと応援にはクイーンちゃんが居る。

 中山は千葉県でトレーナーが居ないから車は使えない。俺達は電車で行くしかないのだが、クイーンちゃんから、ならば車を出すと言って、執事の『じいや』さんが車で送ってくれる事になった。レースの時は家族の助力を得る事もあるから、送迎もたまにあると聞いているけど、やっぱりお嬢さまと一般人の考えは違う。

 そういうわけで俺達三人は執事さんの快適な運転で、中山レース場まで疲れもせず無事に来れた。

 レース場はのどかな雰囲気で、人通りもまばらだ。俺がデビューした時の札幌レース場より人気が少ない。

 

「重賞レースが無いとこれぐらいですよ。まだ土曜日だから、家族連れが居て人が多いぐらいです」

 

「確かに。笠松の平日レースなんて、本当に開催するのかってぐらいガラガラでした」

 

 地方に比べれば観客の数が多いだけ中央のレース場は恵まれているよ。

 いまさら観客の数を気にしても始まらないから、会場へ向かう。途中、明らかに執事さんの姿が浮いてて、G1ウマ娘のフクキタさんより目立ってた。クイーンちゃんはそれを全然気にしないんだから、この子は将来大物になるよ。

 三人と別れて控室に入る。俺のレースは午後二時、今は正午前。体操服に着替えてから、軽めにおにぎりを食べて栄養補給。その後、トレーニングルームで程々に体を温めてレースに備えた。

 時間があったから、スポーツドリンクを飲みつつ今日の出走表を確認しておく。俺は四番人気か。一回しか走ってないのに、みんなどこを見て投票してるんだろう。

 芙蓉ステークスの欄には見知った名前は載っていない。戦績を見ると、出走者の七割は二戦以上している。その中に一人だけ二戦二勝の文字がある。『フリーズレイク』という名前か。一応注意はしておくか。

 ただ、俺達ジュニアは出走期間とレース数が少なすぎて、数字だけ見ても実際の実力は測れない。それに一回の勝利で大きな経験をして『化ける』ウマ娘が居たり、一ヵ月後には見違えるほど強くなる事もあると髭は言ってた。それにクラシックやシニアに比べるとメンタルにムラがあるから、絶好調の時は実力以上の力を出す事もある。

 結局は実際に走ってみないと何も分からないに近いということだ。

 

「あまり相手を意識せず、自分の走りをするのが勝つ事に繋がるってことかな」

 

 レースをするなら勝って優勝賞金が欲しい。観客席で見ている、フクキタさんとクイーンちゃん、それと車で送ってくれた『じいや』さんをガッカリさせたくない。

 よし、気合は入った。いつでもいける。

 しばらくしてスタッフが呼びに来た。貰ったゼッケン番号は12番。今日はフルで18人出走だから外よりのスタートだ。

 パドックは初戦の時に比べると浮いた空気が無い。他の走者も緊張はしているみたいだけど、前の様に落ち着きを失ってウロウロするような子は見当たらない。程よくレースに慣れたのか。初戦のような走る前から負けてるような子は居ないか。

 ゼッケン番号順にパドックでお披露目をしていく。

 俺の番になって何事もなく姿を観客に見せて、程々の声援を受けて終わりだ。

 地下通路を通ってコースに向かう時、一緒に歩いていた同居者が後ろを振り向いた。

 

「そこの12番の人、ちょっといいかしら」

 

「…俺か?」

 

「ええ貴女よ、アパオシャさん」

 

 振り向くと栗毛のロングヘアに黒色メンコ、3番ゼッケンを着けた子が立っていた。

 

「私はハートタイム!今日のレースは私が勝つわ!」

 

「そうか。で、俺だけに宣言する理由は?」

 

「貴女は忘れてるけど、私は四月の選抜レースで負けたからよ。だから今日はリベンジマッチ」

 

 なるほど。トレセンは生徒数が多すぎて、クラスメイトでもないといちいち顔と名前なんて覚えきれないから、こういう風に相手に一方的に覚えられる事もあるのか。同居者は面白がってるけど、俺には微妙に面倒臭い。

 

「俺も負ける気は無いよ。言葉よりお互い本気で走った上で、勝ち負けを決めようか」

 

「くっ、余裕ね!必ず勝ってみせるからっ!」

 

 3番の子はそれだけ言って先に行った。今日は一緒に走る相手が17人も居るのに、俺ばっかり意識してていいのかなぁ。人ごとだから、別にいいか。

 コースに出て歩きながら芝の状態を確認する。雨はほぼ乾いて芝は軽い。走りやすくていい。

 観客が色々なウマ娘の名を呼んでる。OP戦となると結構ファンがレース場まで見に来るんだろう。

 たまに俺の名を呼んでる男の声がある。地元でもレースの時はよくあったから、気にするだけ無駄だな。

 足の調子を確かめて、ゲートに入る。

 意識を集中して、扉が開いた瞬間に前に行く。出遅れなし。

 走者達が次々前を走りながら内柵へ寄せる。コースは出来るだけ内側を走って距離的ロスを抑えるのが基本。その時点で外枠スタートのウマ娘は若干不利になるが、もともと序盤は後方待機で2000メートルならそこまで影響は無い。

 今は僅かに外側の十四番の位置でじっくり全体を把握する。先頭は数名の『逃げ』が先頭争いに忙しい。中団は少しでも内側を走ろうと、ポジション争いで体をぶつけるようにねじ込もうとしている。

 

「甘いっ!」

 

 内側が一人分空けてあった俺の横を一人抜いて行く。序盤の順位はさして意味が無いから気にしない。

 最初の坂が来た。普通に走ってたが、さっき抜いた子を抜き返した。坂が遅いのはあまりパワーが無いのかな。

 登り切った先でコーナーを曲がりつつ、曲線を利用して前の走者達をよく見ておく。まだ三分の一も走っていないのに、既に苦しそうな顔が何人かいる。

 苦しい顔のゼッケン番号は、さっきポジション争いしてた子だな。良い位置を取るのに集中し過ぎて余計な体力使ったか。

 カーブを曲がり切った先は下り坂だ。ここで俺も加速して、ちょうど1000メートルの中間点までに、外側から四人ばかり抜いて中団まで位置を押し上げた。

 初戦よりは『速い』がまだ先輩達よりは遅い。

 さらにコーナーに差し掛かる前に一人抜いて、コーナーを走行中にスピードを出し過ぎてコースが膨らみ、内側を空けてしまった迂闊な奴を二人抜く。

 七番手で最終コーナーを曲がり、残りは350メートル。

 ここでペースを二段ばかり上げて、固まって走ってた三人を纏めて抜いた。あっ、塊にさっきの3番ゼッケンの子が居た。先頭はあと五バ身ぐらい。

 残り200メートルで名物の坂に入った。前を走ってる三人は全員序盤から逃げながら競り合ってたから、加速する力は残ってない。坂で残りのスタミナを喰われて、ズルズルと速度が落ちていた。

 逆に俺は今まで温存していたスタミナをガンガン使って、坂道だろうがお構いなしに加速する。

 

「なーんで~!」

 

「まーけないー!!」

 

「まだいけるっ!!」

 

 負けん気はあるけど、君達はサイレンススズカさんじゃないから無理だよ。

 坂を登り切った所でやっと先頭だ。相変わらず前を走ってる同居者が目障りだけど、それ以外に誰も居ない光景は気持ちが良い。

 後ろからの足音が聞こえないのは、多分坂で音が遮られているからだろう。つまり、後ろはまだ坂を登り切ってない。

 残りは五十メートル。このままペースを崩さず走り続け、そのまま一人ゴール板を駆け抜けた。

 ある程度ゴールから離れて立ち止まり、息を整えて歓声を上げる観客席に握り拳を上げた。

 電光掲示板には二着と五バ身と表示されてる。初戦よりはスタミナを大目に使ったから、結構差が付いたか。

 

「よしっ。今日も勝った」

 

 コースから地下通路に入った時、後ろから呼び止められた。あー、また3番の子か。名前はハートタイムで良かったか。

 

「今日も負けたけど、次こそ勝つからっ!!」

 

「年末のホープフルステークスに出るから、俺に勝ちたかったら勝負服を用意しておいてくれ」

 

「絶対っ!絶対に勝つからっ!ぐすっ……」

 

 挑むなら好きにしなよ。勝たせる気は爪の垢だって無いけどな。

 控室に戻って体を拭いてから、ライブ用の服に着替えて会場に行く。

 一緒に踊る二位と三位の子は、俺にぎこちない笑みを向ける。負けた恨み言を言わないだけ優しくて良い子だね。

 観客は結構入ってて子供がちょっと多かった。1500~1600人ぐらいかな。

 おっ、フクキタさんとクイーンちゃん発見。どっちもサイリウムを振って盛り上げてくれる。あと『じいや』さんも頑張ってる。俺より明日のダンのために体力は残しておいて。

 

 二回目のライブはまあまあの出来かな。歌もちょっと感情が乗り始めた気がする。

 着替えて観客席に戻ると、クイーンちゃんが俺の手を握って勝利を祝ってくれた。

 フクキタさんはレースを俯瞰して、改善点を幾つか見つけてくれた。同じ差しの走りをする先輩の助言は凄いありがたい。

 あとはレースを最後まで見てから、執事さんの運転で学園まで送ってもらった。フクキタさんがチームの皆に、SNSで俺が勝ったことを伝えておいてくれたから、車の中でお祝いメールが一杯来た。

 寮に帰ってからはウンスカ先輩やビジンに祝ってもらい、勝利の味を噛み締めた。

 

 



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第30話 ガラスの脚なんかじゃない

 

 

 昨日の芙蓉ステークスを余裕をもって勝った俺は、二日連続で中山レース場に来ていた。

 今度はトレーナーの運転で、フランスにいるカフェさんとオンさんを除いた、チーム≪フォーチュン≫全員がいる。

 今日は昨日と違ってG1レースの開催があるから、朝から観客の入りも多く、出店やグッズ販売店は忙しそうに働いてる。

 チラッとグッズ店の品揃えを見ると、うちのバクシさんの商品が山積みになってて、それを手に取る人も多い。

 他にも≪リギル≫のタイキシャトルさんと、昨年のスプリンターズS勝者のニシノフラワーさんの商品が人気みたいだな。あちこち張られているポスターの主役はこの二人で、さらに挑戦者の立ち位置でバクシさんがいる。

 客のレース予想の会話も、昨年負けたタイキシャトルさんが、ニシノフラワーさんに雪辱を果たして王座奪還するか、逆に二連覇をするという予想がメイン。そこに割り込んでバクシさんが新王者に輝くと言う話もよく聞こえる。

 

「バクシンオーさんはファンの方々から熱く語られる素晴らしい方ですね」

 

「そうですとも!何と言っても私は委員長ですから!今日はやってやりますよー!バークシィィン!!」

 

 ダンの称賛にテンションガン上げで叫ぶから注目が集まって、客から写真撮られて声援を受ける。そろそろこの光景には慣れてきた。

 あと、昨日の今日だからレースで勝った俺にも応援の声をかけるファンがちょこちょこ居る。無難に礼を言って次も勝つと言っておいた。

 一旦、出走するダンとバクシさんに付き添うトレーナーと応援班に別れて、俺達は席を確保する。

 しばらく未勝利戦やメイクデビュー戦を見ていると、俺達を呼ぶ声がした。振り向くと≪スピカ≫の新入生三人組が居た。

 

「やあ、君達もゴルシーの応援に来てたか」

 

「うん!ボク達の応援でシチーさんも頑張れるからねー」

 

「俺達の声でシチー先輩を元気づけてやるぜぇ」

 

「隣失礼しますね」

 

 三人増えて、さらに姦しくなった。ゴルシーの奴も結構慕われてて良かった。あとうちの髭も戻って来た。

 ≪スピカ≫の年長三人は学園に残ってトレーニングをしているみたいだ。来週はサイレンススズカさんの復帰後初の重賞≪毎日王冠≫があり、シャルさんも月末はクラシック三冠最後の菊花賞を控えていた。ゴールドシップさんはその監督役で残ってる。

 サイレンススズカさんが復帰して一番喜んでいるのは同期で友達のフクキタさんだった。

 

「やはりシラオキ様のお告げ通り、開運グッズをたくさんお見舞いの品に持って行ったおかげですね!ハッピーカムカム!」

 

「いえ、あのよく分からない置物とかお守りが多すぎて、病院側から注意受けたんですけど」

 

 カレットちゃんのマジツッコミにも、フクキタさんはまったく懲りていない。見舞いのたびに両手で抱える荷物を持って行くんだから、そりゃあ病院だって怒るよ。

 今となってはサイレンススズカさんが完治して、また元通り走れるようになったんだから、楽しい笑い話の類だな。

 わいわい話しながらレース観戦してると、時間は過ぎ、昼頃になると髭の落ち着きがちょっと無くなってる。そういえばダンのレースはそろそろだったな。

 すぐ後にアナウンスでレース案内が流れ、パドックにはメイクデビューするウマ娘が一人一人姿を見せた。その一人に4番のゼッケンを着けたダンの姿もあった。

 

「アルダンがんばれー!」

 

「アルダンさーん、ファイトですわー!」

 

 懸命に声を上げてダンを応援すると、向こうもこちらに気付いてニコリと笑い返してくれた。

 

「あの子、調子は良さそうだな」

 

「沖野さん。やれることは全部やりました。あとはアルダンの勝ちたいという気持ちを信じます」

 

 後ろから来た沖野トレーナーはうちの髭の隣の座る。

 コースに十人のウマ娘達が集い、レースを前に落ち着かない様子を見せる。ダンは余計な事をせず、ただ芝のコースを見つめていた。

 ファンファーレが鳴り響き、十人はゲートに入る。これから1800メートルを最初に走り切った者が栄誉を一身に受ける。

 

「頑張れアルダン…」

 

 髭トレーナーのか細い声の後、レースは始まった。

 一人が先頭に立ってハイペースで逃げる。それを追うように集団が作られた。ダンはスタート位置から坂になったコースの内側を上手く確保して、今は三番で順調に走ってる。

 500メートルを超えた時点でタイムを見ると、いつもより僅かにダンのペースが早い。

 中山レース場の1800メートルはスタート位置に坂がある構造的に、序盤のペースは遅くなりがちだぞ。

 

「先頭に引っ張られてペースが早くなってる。大丈夫かな」

 

「いや、全体的にペースが早いから、そこまで心配はしなくていい」

 

 確かに先頭と最後尾の差は八バ身ぐらいで、ある程度集団が固まっているから、荒れた展開ではない。

 後半に差し掛かり、さらに1000メートルを超えると、今度は逆に追い抜き追い抜かれを繰り返して、順位がガンガン変動して慌ただしいレースに変わっていく。ダンも何度も競り合って順位が入れ替わり、そのたびにポジションを修正して疲労が顔に出始めていた。

 それでも最終コーナーを回って、最後の直線まで三番手を堅持していた。あとは最後の坂を登り切る気力と根性がウマ娘に要求される。

 逃げ続けてスタミナを切らした一人を抜き、二位に上がった。さらに坂を必死で登り、一人を抜く。ようやく先頭に立った。

 

「頑張れっ!頑張るんだアルダンっ!!」

 

「アルダンさーん!負けないでくださーい!!」

 

「「がんばれー!!」」

 

「後ろから一人来てるぞー!登れ登れっ!」

 

 後ろから猛追する芦毛の7番との差は二バ身。逃げるダンと徐々に差は縮まって行く。

 坂を登り切ったが二位とはもう半バ身。粗方スタミナを使ったダンは苦しいが、まだあいつは諦めていない。

 

「勝てっ!勝てよダン!ガラスの脚じゃないのを証明して勝てぇ!!」

 

 声が届いたのか、再度ダンの脚に力が加わり、残り20メートルで僅かに差を広げて突き放した。

 そのまま二人はゴール。電光掲示板には堂々とダンの4番が一着の位置に出た。二着は7番の芦毛さん。

 

「やりましたわ!!アルダンさーん!貴女の勝ちですわー!」

 

 ≪フォーチュン≫と≪スピカ≫両方から拍手と声援を受けて、ダンは宝石のように輝く笑顔を俺達に向けた。

 席に座り込んで脱力した髭トレーナーに沖野トレーナーが背中を叩いて気力を入れる。

 

「おらっ!自分の担当が初勝利したんだぞ!もっと喜んでやれぇ!」

 

「……おっおおおおおっ!!!やったぞアルダン!」

 

 立ち上がって雄叫びのような声援を送った。

 それからうちのチームは≪スピカ≫に席を確保してもらって、ダンの初ウイニングライブを楽しんだ。

 デビューライブだったが観客は千人近くいたと思う。G1レースが控えているのもあるが、純粋にダンのファンとして来ているのは分かった。

 

 ライブから戻ると、元の席にさらに見た顔が増えていた。チーム≪リギル≫のトレーナーとシンボリルドルフ生徒会長、あとナリタブライアンだ。

 

「おめでとう。あのメジロアルダンという子、結構速いわね」

 

「東条さんにそう言ってもらえると恐縮です」

 

「良かったじゃない。ああいう素直な子が増えて、チームの癖者度が薄れたんじゃないの?」

 

 冗談めいた東条トレーナーの言葉に、うちの髭は曖昧に笑って誤魔化した。

 立ってると邪魔だから俺達も座る。俺の隣はナリタブライアンだった。

 

「よう」

 

「ああ」

 

 短い応答に周りから呆れだったり、ウオッカちゃんが『かっけー』って言ってる。えっ何で?

 

「やはり、アンタは強い」

 

「知ってる。ナリタブライアンは函館ジュニアステークスは三位だったけど、次は勝つんだろ?」

 

「当然だ。もっと強い奴と戦いたいからな」

 

 相変わらず飢えた獣みたいな面をしている。潜在能力はとんでもないのに、その上で闘争心の塊みたいだから参る。

 

「まったく、参ったね」

 

「ブライアンの得意距離はマイルだから『参る』な」

 

 くっそ下らないギャグがシンボリルドルフ会長の口から放たれて俺達は固まった。

 

「強い相手と戦い勝利を『お芋とメロン』ブライアンと比肩するアパオシャの対決は、私も期待しているよ」

 

「カイチョー……」

 

 ルドルフ会長の隣に座ってるウオーちゃんが何とも言えない困り顔をしていた。クイーンちゃんが言ってたが、ウオーちゃんは七冠シンボリルドルフに憧れてトレセン学園に入学したそうだ。さらに目標は無敗でクラシック三冠を獲る事だと。

 七冠を獲り、生徒会長も担っている完璧超人がこんなダジャレ好きと知って、どうしていいか分からないだろう。

 

「ごほんっ!えーっとおハナさんは来週の毎日王冠は自信あるの?」

 

「うちのグラスワンダーとエルコンドルパサーなら完璧よ。グラスも骨折は完治したから、貴方の所のスズカにだって勝つわ」

 

「そりゃあ良かった。うちのスペの友達だしな。でもスズカはもっと強くなったぜ」

 

「まあ、見てなさい。吠え面かかせてやるわ」

 

 トレーナー同士の静かで熱い戦いで雰囲気が戻った。

 それと、着替えてきたダンが観客席に来て、クイーンちゃんと抱き合って喜ぶ。俺達も賛辞を送り、ルドルフ会長も拍手してくれた。

 

「良いレースだった、メジロアルダン。一人のウマ娘として勝者の君を祝福したい」

 

「ありがとうございます、シンボリルドルフ会長」

 

「困ったことがあったら何でも相談してくれ。小さな事でも『メジロ』アルダンなら、め(く)じろを立てたりしないよ」

 

「重ね重ねありがとうございます。では、その時はお力をお借りいたします」

 

 言われたダンは深く頭を下げて席に座った。渾身のギャグに全く気付かれていないので、会長は難しい顔をして自分も席に就く。

 それから三つのレースを挟んで、ゴルシーの出走するジュニア一勝クラス、マイル芝≪サフラン賞≫のコースが整備された。

 

 



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第31話 強者の饗宴

 

 

 ウマ娘がパドックで姿を見せるたびに歓声が上がるのはいつもの事なんだが、ゴルシーの時だけスタンドの声が他のウマ娘の数倍は多い。ただ、その声の多くは綺麗だの、美しいとか、レースへの声援とは明らかに異なってる。

 

「相変わらずうちのシチーは人気者だねえ」

 

「百年に一度の美少女ウマ娘なんて雑誌で持て囃されてるもの。ファンは無邪気なものよ」

 

 髭以外のトレーナー二人がちょっと呆れを含んで話している。速く走ってレースに勝つ事を望むトレーナーからすれば、容姿を第一に褒められるのは筋が違う。

 ゴルシーが公式で走るのを見たのは今日が初めてだが、友達がずっとこの視線の中で走ってたのかと思うとイラつきが態度に出て舌打ちした。

 俺達の感情なんて構わず時間は進み、十六人のウマ娘による≪サフラン賞≫はスタートした。

 三人が出遅れた。ジュニアの一勝クラスだから俺の時と同じように、まだ走者の質にバラつきがある。

 ゴルシーは中団で機を伺い力を溜めている。

 中山のマイルは三分の一を過ぎると下り坂があるから速度が出しやすいが、調子に乗り過ぎると後でスタミナが足りなくなる。

 沖野トレーナーはストップウォッチ片手に、今の位置と比べて一人頷く。予定通りの展開というやつか。

 下り坂を終えてコーナーを曲がり、最終直線300メートルからゴルシーは動いた。

 腕を大きく振って人より長い足で一歩一歩を跳ぶように加速して、そのまま登り坂に入ろうがお構いなしに駆け上がって行く。あれはストライド走法だと思うけど、なんか違う。

 その走りに既視感を覚えた数人が、走りの正体に気付き、東条トレーナーが代表して沖野トレーナーに尋ねた。

 

「ゴールドシップの走りじゃないの。いつの間に覚えさせたの?」

 

「俺はアレを教えてねぇよ。ゴルシの奴がいつの間にかシチーに仕込んだんだ」

 

 坂道なのに平地並みの加速で一気に先団を抜き切り、ゴルシーは他を圧倒したまま先頭でゴール。掲示板には四バ身と表示がある。

 レース場はゴルシーの名前一色となり、勝者は手を振って声援に応えた。

 この後はウイニングライブだが、観客席から一気に人が動いたぞ。

 

「あっ、俺ライブ行ってきます」

 

「ボクもー」

 

「「あたし(俺)もいくー」

 

 ≪スピカ≫の三人組と沖野トレーナーと一緒にライブ会場に行く。

 会場はジュニア一勝クラスとは思えないぐらいのファンが入ってた。俺の時より倍ぐらいは多いぞ。これがモデルもやってるゴルシーの人気か。

 ――――――――数はともかく、ライブの出来は俺とどっこいかな。それでも客は楽しめたんだからそれでいいか。

 

 レースの勝利者が笑顔で戻って来た。チームの三人と沖野トレーナーに、もみくちゃにされてる。

 

「速かったな。もうマイルじゃゴルシーには勝てそうもない」

 

「あたりまえじゃん!アパオシャには中距離だってもう負けないから!」

 

「おい」

 

 ゴルシーの強さが心の琴線に触れたナリタブライアンが鋭い目つきで向かい合う。

 

「私もマイルが得意だ。同学年なら、そのうち一緒に走る事になるだろう」

 

「いいっしょ!アタシは相手が誰でも負けないからっ!」

 

 質は違えど笑みを見せる二人。程よい緊張感を孕むライバル関係はアスリートに必要な養分。トレーナー達は歓迎すべきものとして見守った。

 俺は基本中長距離だからこの二人とは多少住み分けが出来るけど、ダンはモロに適性距離が被るから、結構苦労するよ。いっそビジンみたいにダートも走れるなら、そっちを主軸にするのも一つの手だろう。いや、それはメジロの名が許してくれないか。まったく、名門は面倒くさい事だ。

 

 それからレースを一つ挟んで、ようやく今日のメインイベント≪スプリンターズステークス≫が始まろうとしていた。

 スタッフによりスタートゲートがスタンドの向かいのコースに用意される。1200メートルは短くコースを半周する形で、スタンド前のゴールを目指す。

 パドックには麗しくも強いウマ娘達十六人が姿を見せて、その都度大きな声援が送られた。

 中でも、小柄ながらも前回覇者のニシノフラワーさんには、その愛らしさから男女ともに人気がある。今日は彼女が一番人気だ。

 うちのバクシ先輩も豪快な『逃げ』の走りで多くのファンを魅了する、最速スプリンターとして今日の王座を推す声が大きい。惜しくも三番人気。

 さらにもう一人、露出の高いカウボーイの勝負服から早撃ちのパフォーマンスで会場を湧かす≪リギル≫のタイキシャトル先輩。シニア最後の栄冠を奪い返す、新旧王者対決を願われ、二番人気になった。

 今日のレースはこの三人が主役だが、他にも油断のならない走者は多い。レースは何が起こるか最後まで分からない。

 

 走者が現れて、それぞれゲートに入る。一瞬の静寂の後、ゲートが開き、全員が綺麗に飛び出した。

 大歓声の中、一番に飛び出したのはピンクの勝負服を纏うバクシさん。今日も最高のスタートダッシュで魅せてくれる。

 それに続くように集団が作られ、一番人気のニシノフラワーさんは中団から少し後ろにいる。二番人気のタイキシャトルさんはバクシさんを追従して三バ身ぐらい離されて二番手。

 今のコースはスタートから下り坂になってるからガンガンスピードが上がり、バクシさんの作ったペースで超が付くハイペースの展開だ。

 正直言って、バクシさんのスタミナが持つのか心配になる。それでも俺達≪フォーチュン≫はみんな先輩が勝つと信じている。

 スピードが乗り切った状態でコーナーに入った。後ろのタイキシャトルさんとは、さらに差が開いて四バ身。

 チラっと東条トレーナーを見ると、眼鏡をかけてキリリとしたポーカーフェイスを崩さない。むしろ、予想通りに展開になったと余裕すら感じさせる。大人の女という雰囲気がかっこいいなあ。

 コーナーは速度を出し過ぎると遠心力で外に膨らんでしまうから、上手に回らないとロスが大きく、ここでバクシさんは若干後続に差を縮められてしまう。あの人は直線的だからコーナーは割と苦手だった。

 それでも先頭は決して譲らず、コーナーを回り切った。これで後は直線と最後の難関の坂道のみ。

 直線を逃げるバクシさんをジリジリ追い詰めるタイキシャトルさんのすぐ後ろには、ニシノフラワーさんを始めとした後続が横並びで追い立てる。

 

「いけーいけー!逃げろ逃げろバクシンオー!!」

 

「バクシンオーさーん!もっと早く走ってくださいっ!!」

 

 中山名物の坂道に入り、急にバクシさんの足が衰える。いや、バクシさんは坂でも失速してない。タイキシャトルさんは常識外のパワーで坂を平地の様に走ってるんだ。

 さらに後続集団からニシノフラワーさんも抜け出して、タイキシャトルさんのすぐ後ろまで来ている。

 それでも坂を懸命に登ったバクシさんはまだ先頭を保っていた。

 最後の50メートル直線で三者が己の限界に挑む。一歩先を行く挑戦者と、追い抜こうとする新旧王者二人。

 

「抜きなさいタイキシャトル!二度も負けてはダメよっ!」

 

 叱咤激励が届いたのかタイキシャトルさんが一歩差を縮め、残り10メートルでクビ差まで迫る。

 だがバクシさんは諦めない。百分の一秒でも早くゴールを翔ける事だけを目指して、死ぬ気で足を動かして、最後はほぼ同時に両者がゴール板を駆け抜けた。

 最初にゴールを駆けた三人が真っ先に膝から落ちて、その場で荒く息をする。

 スタンドからの歓声はまだ出ない。アタマ差で三着のニシノフラワーさんの番号は出ているが、一着と二着はまだ決まっていない。

 電光掲示板に写真判定の文字が出て、どよめきが起きる。観客はどっちが先だったか自分の希望を語っているが、全ては判定が終わってからだ。

 二分近くが経って、走者達の息が整った頃、ようやく掲示板に確定の文字と共に一着のウマ娘の数字が出た。

 

「やったー!!バクシンオーが勝ったぞー!!」

 

「いよっしゃーーー!!!」

 

 一着にはバクシさんの数字が堂々と表示された。その瞬間、スタンドが沸き返り、コース場でかつての王者タイキシャトルさんが、新しい王と昨年の王に抱き着いた。

 凄まじいデッドヒートを演じた三人にスタンドからは惜しみない拍手が送られた。俺達三つのチーム全員も、素晴らしいレースを見せてくれた十六人のウマ娘に拍手を送り続けた。

 

「……ねえ藤村」

 

「どうしました東条さん?」

 

「サクラバクシンオーはマイルも走れるんでしょう?次のマイルチャンピオンシップ行けるかしら」

 

「勝ち逃げは許してくれませんか」

 

「当然でしょ。負けっぱなしでタイキシャトルに引退なんてさせないわ。私はウマ娘に悔いを残させたくないのよ」

 

 タイキシャトルさんは本来マイル適性のウマ娘。マイルとなるとバクシさんの方が不利だ。トレーナーは本人に聞いてみないと分からないと言葉を濁したが、きっと出ると言うに違いない。

 それよりも今は新たな最速の王のライブに参加する方が先。今度は学園三指のチーム全員がウイニングライブに参加して、三人の王の華々しい歌とダンスに喝采を挙げた。

 

 

 今日のレースが全て終わり、俺達はトレーナーの運転する車で心地良い気分に浸っていた。このまま寮に帰ってぐっすりと眠りたい。でも今日はまだ終わってない。最大のメインイベントがまだ夜中に残っていた。

 

「凱旋門賞の始まる時間って何時でした?」

 

「夜の十一時からです。寮は消灯時間を過ぎてますね」

 

 隣に座ってるフクキタさんが教えてくれた。寮長のヒシアマゾンさんに頼んだら特別に見せてもらえないかなぁ。日本のウマ娘の希望の星を録画で見るわけにはいかないとか言いくるめて。

 

「俺は見るけど、お前達は明日は学校があるんだから大人しく寝ておけ。特にアルダンとバクシンオーはレースをしたんだから、ちゃんと休むんだぞ」

 

 二人ともトレーナーの言う事を聞いて返事をした。スマホで中継を見ようと思ったが、先に髭に釘を刺された。

 まあいい。こっそり起きててカフェさんの優勝する姿を見てやる。

 

 それから俺達は帰り道で、そこそこ良い焼き肉屋を見つけて打ち上げをした。

 ダンは肉を自分で焼く形式の焼肉は初めてだったから面白がって、色々肉を焼いてマイペースに食べている。

 バクシさんは牛肉はまだマシで、ホルモン系を碌に焼かずに食べようとして、俺と髭に止められてしょんぼりしてた。

 クイーンちゃんは肉は適度に食べつつ、サイドメニューのアイスやパフェに気が向いてて、〆の時に俺らの三倍はパクパク食ってた。

 俺と髭とフクキタさんは特に言う事は無い。普通に食ってただけだ。

 会計は札が二十枚ぐらい飛んでたけど、土日の二日で桁の違う賞金を稼いでるから、ほとんど端数扱いだった。

 たらふく食べて学園に着いた時には、みんな眠気が限界に達してしまった。辛うじて寮で風呂に入ったのを覚えてたが、次に意識が戻った時は早朝、自分のベッドの上だった。

 凱旋門賞を見逃したのを後悔しつつ、スマホでレース結果を検索した。

 

「おいマジかよ」

 

 フランス―――パリ・ロンシャン凱旋門賞、マンハッタンカフェ三着の文字に、俺はしばらく頭が空っぽになった。

 

 



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第32話 虚脱感

 

 

 翌朝、寮の食堂のテレビで、フランス・ロンシャンレース場を前にレポーターが何か喋っているのをぼんやりと眺めながら、朝食を食べる。

 周囲も昨日の凱旋門賞の結果を色々話しているみたいだけど、俺の耳には雑音みたいにしか届いていない。同居者の蹄の音も大して変わらない。

 教室に行ってもみんな凱旋門賞の事ばかり話してて、俺にもクラスメイトが話を振ってくるけど、自分でも何言ったか覚えてなかった。

 授業は後から見たらノートに内容は書いてあったから、一応話は聞いてたみたいだ。

 昼になって、惰性で食べ物を腹に押し込んで、また授業をぼんやり受けて、いつの間にか放課後になっていた。

 そのまま何も考えなくても、一年以上繰り返した習慣で自然とチームの部室に来ていた。

 

「おはようございます!アパオシャさんは昨日はよく眠れましたか?」

 

「おはようございますフクキタさん」

 

「?……大丈夫ですか?レース明けで調子が悪かったら、今日は休んでも良いですよ。アルダンさんも今日は家で診断を受けてるそうですから」

 

「俺はいつも通りです」

 

 ジャージに着替えてから、クイーンちゃんとバクシさんも来た。

 トレーナーが来るまで時間があるから、レースの予定表を見ておく。既にOP戦は勝ったから、次はいよいよG1ホープフルステークスに挑めるわけだ。ただ、年末までは三ヵ月近くあるから、もう一戦ぐらいは走れる余裕がある。

 ――――もう2000メートルのレースでOP戦以上は、十一月末にあるG3京都ジュニアステークスだけか。後で髭に申込みの書類をもらっておこう。

 それと、先月に秘書の駿川さんから貰った勝負服の申請書も出しておかないと。

 

「身体測定しないといけないな」

 

 クイーンちゃんが白紙の申請書を覗き込む。

 

「あら、勝負服を考えているんですか。アパオシャさんはどんなデザインにするか、もう決まっていますか?」

 

「……漠然としたイメージは子供の頃からあるよ」

 

 先に服装の方針を書いておく。全体に肌の露出は抑えめ、下はズボン、アクセサリーの類は最低限、靴は自由に、帽子も有無は自由、マントは不要。

 一つ一つチェックを入れて、反対は自由欄になってたから、服の基本イメージを書く。

 

「――――乾いた土と黒い太陽ですか?」

 

「うん、子供の頃からよくそういう夢を見るんだよ。こう…水が一滴も無い、カラカラに乾いた土と石の世界に黒い太陽が浮いてるイメージ。砂漠みたいなんだけど、ちょっと違う?」

 

「どうしてアパオシャさんはこの光景を夢で見たんでしょうか。むむむ……分かりました!これはシラオキ様がダートを走るように夢でお告げをしたんです!!」

 

「なるほど!!アパオシャさんは、これからはダートでもバクシンするわけですねっ!!」

 

「あー笠松でダートは走ってたから、出られそうなレースがあったら走っても良いけど、クラシックまでは大きなレースがある芝の方が良いかなって」

 

 アメリカやドバイなんかはダートレースが盛んで、優勝賞金も高額のレースが多いから、シニアになったら海外遠征もいいかもしれない。……海外か。

 

「――――――なんだ、アパオシャはダートも走りたいのか?」

 

 後ろを振り向くと、いつの間にか髭トレーナーが部室にいた。なんか目が腫れて疲れが酷そうだ。寝てないのか?

 

「ところでお前ら、昨日は夜更かしせずにちゃんと寝たか?特にバクシンオーとアパオシャ」

 

「私はお風呂で寝てしまって、怒られました!」

 

「風呂に入った後にいつのまにか寝てた」

 

「そうだ。疲れてたら寝るのが一番だ。……カフェは残念だったがレースはいつも勝てるわけじゃない。だからあまり気にするな」

 

 トレーナーは俺を見て分からせるように言い聞かせた。―――分かってるよ。認めたくないけど、カフェさんは負けたんだ。

 我ながら情けないと思う。カフェさんが凱旋門賞で負けたのを認めたくないから、朝のニュースや周りの言葉を意識的に無視して、なるべくレースの事を考えないようにしてたけど、いざ自分のレースの事を考えたら無視は出来なくなった。

 

「お前達はまだまだ走れる。まずは自分の次のレースを考えていろ。…例えばバクシンオーは来月のマイルチャンピオンシップだな」

 

「おおっ!!マイルのG1レースですか!?ようやく走らせてくれるんですね!!」

 

「タイキシャトルからの挑戦状だ。勝者として受け取るか?」

 

「勿論です!!私のバクシンロードはまだまだ始まりに過ぎませんよー!!」

 

「そうだ、初心を忘れずにいつも全力で走り続けられるお前は立派な委員長だ!フクもまだ走り足りないだろう?」

 

「ハイ!もっと走りたいです!」

 

「マックイーンもいずれ名門メジロの名に恥じないレースをしたい。そうだな?」

 

「その通りです。私はメジロの名を背負い、必ず天皇賞を勝ってみせます」

 

「アパオシャ、今お前が書いている勝負服の要望書は、お前がG1に出て勝ちたいから書いている。ならもう少し気合を入れろ」

 

「分かったよ。じゃあG1の前に来月の京都ジュニアステークスに出るから、申込書をくれ」

 

「よしっその意気だ!………お前達は自分の事を考えて、鍛えてレースを走れ」

 

 髭の言う通りだ。俺がカフェさんの事を気にしても、今更どうにもならない。それに俺はもう一人のアスリートとして、先輩達と同じ舞台に立った以上は、みんながライバル。その人達の事を考えるより、自分のレースに勝つ事の方が大事なんだ。

 気合を入れ直して、納得した所でフクキタさんとクイーンちゃんは普段通りの練習を、俺とバクシさんは今日は休養に充てるように言われた。

 ちょうど良いからバクシさんに手伝ってもらい、身体測定をして勝負服の申請書を全部書いておいた。ついでに髭から貰ったレースの申込書もだ。

 後は二人でチームの洗濯物を洗ったり、買い出しに行ったり、ドリンク用意したりと細かい雑用を一緒にする。

 色々働いているといつの間にか夕方になって、フクキタさん達のトレーニングが終わり、部室に戻ってくる。

 いつもは着替えが済むまで入ってこないトレーナーも、今日は珍しく一緒に来た。

 

「お前達に言っておくことがある。ここで話す事はまだ外に漏らすな」

 

「なんですの?そんな改まった口調で」

 

「いいから聞くんだ。―――――カフェがレース後に骨折しているのが分かった」

 

「ヒゲェ!面白くない冗談はルドルフ会長だけで十分だぞ」

 

「こんな冗談俺が言うと思うか?レースが終わって、少し経ってから痛みを訴えて診察を受けたと、深夜にタキオンから連絡があった」

 

「そんなぁ。怪我の具合はどうなんですか。すぐに治りますよねっ!?トレーナーさぁーーん」

 

「全治二ヵ月だフク。それに時間はかかるが、リハビリすればまた走れるようにはなる。まだマスコミにも伏せてあるから、本来ならお前達にだって言うなと理事長から言われてるんだ。だからここで言った事は一旦全部忘れろ」

 

 なんてこった。カフェさんまで怪我をしたのか。ちくしょう!オンさんの事もあって、レースをしてたら誰でも怪我をするのは分かってたのに。いざ仲間がそうなるとガツンと胸に痛みが響く。

 

「さっきも言ったが、誰が怪我をしてもお前達は自分達のレースがある。仲間が怪我をするのは辛いが、それを言い訳にしてトレーニングを怠けたり、レースで負けるのはカフェを侮蔑する事だと思え」

 

「分かったよ!帰ってくるカフェさんに怒られないように、いつも通り練習してレースに勝つ」

 

 そこまで言われたら腑抜けてなんていられない。明日からまたトレーニングだ。同居者がヤレヤレと首を振っているのが何かむかつく。

 

 

 五日後。車いすに乗って帰国したカフェさんと付き添いのオンさんが学園に顔を出した。

 カフェさんは心配をかけた事を申し訳ないと謝ったが、誰も彼女を責めたりはしなかった。

 

 その翌日には、≪スピカ≫のサイレンススズカさんの復帰後二戦目となる、G2毎日王冠が開催された。

 ≪リギル≫のエルコンドルパサー先輩と、同じく骨折から復帰したグラスワンダー先輩も出走して、世間は盛り上がっていたが、結果はサイレンススズカさんの圧勝。

 俺達はそれをテレビで見ていた。去年の秋天皇賞から諦めずにリハビリを続け、見事完全復活どころか、さらに速さのキレが増したサイレンススズカさんの姿に、カフェさんの姿を重ねて希望が湧いたような気分になった。

 

 さらに十月はクラシック菊花賞と、昨年フクキタさんが制した秋天皇賞もあり、大変な盛り上がりだった。

 菊花賞はウンスカ先輩、シャル先輩、キングヘイロー先輩が競り合った末に、ウンスカ先輩が昨年のビワハヤヒデさんのレコードを上回るタイムを叩き出して、クラシック二冠目となる菊花賞ウマ娘になった。ルームメイトとしてちょっと誇らしい気分になれた。

 もう一つ、天皇賞はとんでもない結果になった。今年の秋天皇賞はG1ウマ娘が多数出走する大混戦だった。パーマーさん、ヒシアマゾンさん、ウイニングチケットさん、ナリタタイシンさんなど精鋭が鎬を削る中、至高の盾を手にしたのはなんと、アグネスデジタルさんだった。

 フェブラリーステークス、マイルCS南部杯、安田記念を勝った事もある、芝ダートを選ばない実力は確かな人だが、言動がうちのオンさん並にぶっ飛んでる人でもある。噂ではあのゴールドシップさんすら、ヤベェ奴扱いして近づく事を躊躇うとも。

 そのぶっ飛んだキャラ性は記者会見の時にも遺憾なく発揮され、多くのファンや記者を戦慄させて、十月のレースは終わった。

 

 



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第33話 課題の多いレース

 

 

 何を食べても美味しい十一月。トレセン学園でも秋の味覚フェアで、獲れたてのサンマや旬のさつまいもを使った限定メニューが数多く並んだ。勿論年頃の女の子にも好評な、栗を使った限定スイーツが多数用意された。

 そして生まれたのが毎日見苦しいぐらいの争奪戦だ。授業が終わった瞬間に、どこのクラスでも生徒が大挙して食堂やカフェテリアに行き、地獄の餓鬼が群がるようにスイーツを取り合っているのは、実に嘆かわしいと思った。

 しかもその中にうちのクイーンちゃんも居て、『パクパクですわ』などと言って、人の五倍ぐらいの量のマロンスイーツを食いまくっているのを見てしまった。

 後輩ちゃんの甘い物好きは知ってるけど、普段のお嬢さま然とした優雅をゴミ箱に投げ捨てるような光景はあんまり見たくない。

 同じメジロ一家のダンやパーマーさんと一緒に食事をした時は、二人とも常識的な量だった。昔からクイーンちゃんは、スイーツを前にしたらそんな感じらしい。

 今日も彼女は『パクパクですわ』と言ってスイーツを堪能して、後から体重計を前に絶望に打ちのめされるんだろう。何で学習しないのかなー。

 

 かわいい後輩ちゃんが死んだような目で減量トレーニングを敢行している日々の裏で、ウマ娘のレースは大きく盛り上がっている。

 まずうちのフクキタさんが月初めに出走したアルゼンチン共和国杯は、≪リギル≫のグラスワンダーさんを下し、堂々の一着になった。久しぶりの重賞勝利にフクキタさんは大喜び。前座にはジュニア一勝の百日草特別レースがあり、それをセンジが勝って二勝目を挙げた。あいつもレースぐらい勉強が出来たら、もっとトレーニングの時間が増えて強くなるのに惜しいなあ。

 さらに下旬に入ると、マイラーの祭典『マイルチャンピオンシップ』が阪神レース場で開かれた。

 『マイルチャンピオンシップ』には、多くのマイラーとスプリンターが参戦。タイキシャトルからの挑戦状を受け取った、うちのバクシさんも出走。さらに完全復活を遂げたサイレンススズカさんとの激走となり、最終的に勝ったのはサイレンススズカさんだった。タイキシャトルさんは二着、バクシさんは惜しくも三着で終わった。

 やっぱりマイルは長かったと、学園に帰って来た髭がボヤいていたが、後悔はしてなかったように思う。無敗のウマ娘は歴史的にも稀な存在なんだから、いちいち気にしてたら次のレースだって走れやしない。

 こうしてバクシさんのシニア一年目は七戦中、六勝一敗の好成績で終わった。真面目に考えると一年でG1を二勝、重賞は三勝して、G1入賞一回はすげえわ。

 同日の東京では、一勝クラスの赤松賞でダンが出走した。結果は辛勝で、ダンはこれで二勝だ。体調の事もあって、このレースで今年はおしまい。重賞レースの参加は年明けに持ち越しとなった。

 

 

 さて、チームメイトの半数が今年を走り切っても、俺にはまだまだレースは残っていた。

 今はサブトレのオンさんとダンとで阪神レース場に向かっている途中だ。勿論レースのためだ。

 明日開催のG3京都ジュニアステークスへの出走のために、金曜日の放課後から新幹線で関西へ向かっている。

 同じように明日レースに出走する学園のウマ娘を何人か見かける。同学年もいるし、上級生も何人かいるはずだ。たまたま乗ってる新幹線の時間と車両が一緒なだけで、偶然と言うほどでもないか。

 その中で、十個ぐらい前の座席の上に突き出た特徴のある白耳は見覚えがあった。明日のレース表を見て、名前を確かめた。

 

「あの子も一緒か」

 

「どうなさったんですか?」

 

「同じレースを走る子が前の座席に居ただけ。白毛のハッピーミークって子」

 

 ダンも俺の前に目を向けて、頷いて合点がいったみたいだ。白毛のウマ娘は結構珍しいから、外見ぐらいは知ってたみたいだ。

 オンさんがタブレット端末を操作して、学園の生徒のデータを呼び出す。ざっと見たオンさんはニヤニヤして俺達にも見せてくれた。

 

「面白い子だね。まさか私のルームメイトのデジタルくんを超える資質を持ってる子とは」

 

 ―――――芝とダート両方の適性あり、短距離から長距離も可能って、こんなウマ娘がいるのか。

 芝とダートを選ばない器用なウマ娘は時々居る。先月の秋天皇賞を勝ったアグネスデジタルや、オグリキャップ先輩もそういう広い適性を持つウマ娘達だ。友達のビジンも割とその例に入っている。

 だが、その上で全ての距離を苦手にせず、自由に走れるウマ娘は見た事が無い。こんなレアな才能の持ち主とは思わなかった。

 驚く俺とダンに、しかしオンさんは含みを持たせるように、『勝つのは君だよ』と言った。

 

「私もこのハッピーミークくんほどの汎用性を持つウマ娘は他に知らないが、それはあくまで資質であって積み上げたトレーニングと経験とは別物さ」

 

 オンさんはタブレットに表示した戦績に指を差す。

 デビュー戦・芝1200メートル三着、未勝利戦・ダート1700メートル勝利、G3新潟ジュニアステークス・芝1600メートル三着。通算戦績三戦一勝か。

 全部入賞しているが、一貫性が見られない。とりあえず色々走れるから走らせて、広く経験を積ませようとしている意図が見える。

 おそらくトレーニングも芝とダートを両方やってるはずだから、その分だけ時間も半分になってるはずだ。

 トレーナーは桐生院という名門の人だから、効率的なトレーニング法で鍛えているだろうが、それでも倍の効率での鍛錬は難しいはずだ。

 

「さらに今回は彼女が未経験の最長2000メートル。対してアパオシャくんは、全て同じ距離を走っている。この経験の差は大きいよ」

 

 言われてみるとそうだ。俺はもっと長い距離を走りたいけど、無いから仕方なく2000を走っているが、それでも二度走り切って勝った経験は相当に大きいと思う。

 

「もちろん重賞ともなれば、勝ち上がった多くのウマ娘がいるから、彼女だけを意識するわけにはいかない。気張りたまえ」

 

「アパオシャさんなら、きっと勝てると私は信じています。どうか私にあなたの勝利を見せてください」

 

「そこまで言われたら、負けるわけにはいかないな」

 

 『パクパク』しない正統派お嬢さまにお願いされたら仕方がない。明日はきっと勝つよ。

 

 学園を出発して、毎回使っているホテルに着いたのは夜の八時を過ぎていた。夕食は新幹線の中で駅弁で済ませていたから、後はシャワーを浴びて寝るだけだ。

 ダンは長距離移動が結構響いたのか、疲れて眠そうにしている。先に部屋の風呂を使わせて、ベッドに放り込んだ。

 俺とオンさんは一緒にホテルの浴場でゆっくり入って、簡単な明日の打ち合わせをして、午後十時には寝た。

 

 

 翌日。いつもより少し遅く起きて、ホテルの周囲を少し散歩してから風呂に入った。空はどんより雲が厚い。冷たい風が吹いてるから、午後からは一雨来るかもしれない。雨は嫌だなぁ。

 部屋に戻ると二人も起きていた。三人でホテルの食堂で朝食をモリモリ食べて、ゆっくりしてからタクシーでレース場へ送ってもらった。

 

 午前中のそこそこ遅めの時間にレース場に着いた。この時間にもうポツポツと雨粒が降っていた。

 

「アパオシャくんには不利になったかな?」

 

 この人はたまに知ってて意地悪な事を言う。俺は雨が嫌いなだけで不利や弱点ではないを知っているのに。

 

「雨が嫌いなだけですよ。走りやすいとは言わないけど」

 

「いつでも思い描いたレースを走れたら―――そう思う時はありますが、なかなか上手く行きませんね」

 

「G1を走る前に悪天候の経験を積めると思えば、むしろ今日降ってくれて良かったとも言える」

 

「そう言う事だよ。練習で不良バ場を経験しても、レースとはまた違う。レースの経験はレースでしか積めないからねえ」

 

 好ましいコンディションとは違うが、嘆いても仕方がない。ここはポジティブな思考でレースに挑もう。

 レース場を歩けば観客は大抵オンさんの顔に集中して、俺やダンにはまだ少ししか向いていない。さすがに現役引退してもG1六勝と、ジュニア二勝では顔の売れ方がまだまだ違う。

 それでも多少は俺に今日のレースを頑張れと声をかける客もいるから、勝ちを重ねると言うのはこういう事なのかと思った。

 控室に行き、昼まではオンさんとコースのデータを何度も確認して、坂道やコーナーの距離等を頭に叩き込む。

 終わったら食事をとって、二人がスタンドに行ってから、着替えてウォーミングアップ。

 今日の出走は午後三時半だから、それ用に体を温めて水分と栄養も適度に補充しておく。

 時々外の様子を見て、スタッフにも芝の状況を聞いておく。本降りで結構雨が降ってるらしい。この分だと芝は稍重ぐらいか。これはオンさんと話した通り、プランBを選んだ方が良いかもしれない。

 

 時間になってスタッフが呼びに来て、11番ゼッケンを貰った。18人出走だから、真ん中より外よりか。そしていつものようにパドックで客に姿を見せる。

 ここから見ると雨は結構降って芝が重そうだ。それ以上に内側の芝が前のレースで荒れている方が問題かな。あと、晩秋の雨は氷水みたいに冷たくて、身体の体温を奪っていく。

 お披露目は終わり、コースに出て芝の重さを確認する。それと走者の何人かは模擬レースで見た顔がいる。中には俺を敵視するような目で見てくる子も居る。睨むだけならタダだから良いぞ。

 雨の冷たさに震えていると、案の定同居者は雨を嫌がって、屋根のあるスタンドのオンさんとダンの隣に居た。ふん、今日はゴールの前に誰も居ないから気分良く走れそうだよ。

 

 スタートゲートに入り、意識を集中。

 ―――――よしっ!いいスタートを切れた。

 そのまま一気にスピードを出して、先頭に立った。後ろで何人かが動揺している息遣いが耳に届く。

 そりゃそうだ。俺はたまに模擬レースで逃げを試した事はあっても、今まで公式戦と学園の選抜レースで一度も『逃げ』は走っていない。事前データをきっちり揃えた奴ほど違う事をされて戸惑う。

 先頭に立ったまま荒れた内側を走らずに、ハイペースで最初の坂に突入。ガンガンスタミナを使って、坂で後ろの足音を引き離してコーナーに突入した。

 コーナーで後ろを確認。後続は七バ身ぐらい離れている。内側の走ってる子は重くて荒れた芝でちょっと走り難そうだ。

 直線に入り、加速する。半分の1000メートルを通過した地点で息の荒さを確かめた。……よし、十分以上にスタミナは残ってる。

 直線が終わり、再びコーナーへ突入。ここも内側を避けて走ると、後ろから五人が荒れた内側を構わず走って、差を縮めている。六バ身ぐらいか。まだ大丈夫だ。

 あっ、一人が穴に足を取られて大きく離された。これがあるから内側を走らない方が良いんだ。

 残り400メートルで最終コーナーが終わり、後は直線を残すだけ。

 最終コーナーで最後に確認した時は、五バ身は差があった。このままのペースで走り、ラスト220メートルから一気に踏み込んで登坂に突入―――――しまった!!力を込めすぎて雨を吸った芝で軽く滑った!

 幸いすぐに体勢を直して加速し直した。ただ、そのせいで後ろから聞こえる足音が一気に近くに来ている。

 坂を登り切った時には、もう息遣いが聞こえるほどに差が縮まっていた。

 それでも焦る気持ちを抑え、冷静に息を整えて、残ったスタミナをありったけ使って加速。残り100メートルを『差し』本来のスパートで後続を突き放し、何も考える余裕も無いまま、とにかくゴール板を走り切った。

 足を止めて、自分が何着でゴールしたのかも分からず周囲を見渡す。そこで観客が俺の名を叫んでいるのに気付いて、いまさら俺が勝ったんだと気付いた。

 念のために掲示板を見て、俺の11番が一着に表示されたのを確認してから、雨空に向かって拳を突き上げた。それに呼応するようにスタンドは拍手で応えてくれた。

 

 控室に戻って体を拭き、一息吐く。これまでの三戦で一番疲れた。というか練習以外でスタミナを出し切って走ったのは初めてだった。

 今日は『逃げ』で後続との差が大きく開いてたから、持ち直して逃げ切れた。いつもの『差し』で終盤加速してたら、滑って転んで多分負けてた。今日のレースは運というより作戦勝ちだな。

 反省会はここまでにして、濡れた体操服からライブ用の服に着替えて会場へ向かう。

 ウイニングライブは俺の他に、一緒の新幹線に乗っていたハッピーミークも居る。彼女は二着だったか。

 さすがにG3のライブともなると規模も大きく、ライブはそれなりに好評だったと思う。

 

 トレセンの制服に着替えて控室を出ると、トレーナーバッジを付けた黒髪の女性とハッピーミークに出くわす。

 

「アパオシャさん、レースお疲れ様です。今日は負けましたが、次はうちのミークが勝ちますよ」

 

「…負けないよ」

 

 この人がウマ娘のトレーニングに追従出来る桐生院トレーナーか。

 

「俺より強かったら誰でも勝てるよ。負けるつもりは無いけど」

 

「…次のレース楽しみにしていてください。それでは優勝おめでとうございます」

 

「バイバイ」

 

 それだけ言って二人は去った。宣戦布告と言うほどでもないか。というかトレーナーの方がやる気なだけで、ハッピーミークのほうは負けの悔しさはあっても張り合うつもりは無いみたいだ。

 今度こそスタンドに行って、オンさん達と合流。勝った事を喜んでもらえた。ただ、やはりオンさんから終盤で足が滑ったのを指摘された。二着のハッピーミークとは半バ身しか差が無かったから、本当に危なかった。

 

「次からは雨でも足を滑らせないように体幹を鍛えて、濡れた場所で走るトレーニングも組んでおこう」

 

「お願いします」

 

 勝ちは勝ちでも完璧な勝利なんてなかなか無いね。分かってる課題だから改善しやすくて良いんだけど。

 それでも今日はもうおしまい。練習はまた明日だ。

 帰りに記者達に捕まった。今日のレース展開を聞かれたから、雨で滑って苦戦した事実を素直に答え、『逃げ』は選択肢の一つとして今後もあると言っておく。

 

「では最後に、次のレースはやはり年末のG1ホープフルステークスですか?」

 

「はい、このままの勢いで勝ちを目指します」

 

「もう勝負服は完成しましたか?」

 

「先月の初めに申請はしたから、多分レースで着れると思います」

 

「どんな服か教えてもらえますか?」

 

「それは見てからのお楽しみと言いたいけど、実はデザイナー任せでよく知らないから無理です」

 

 記者達はクスリと笑うだけで気を悪くしない。勝負服に事細かに注文を付けるウマ娘は毎年少し居るけど、多くは大雑把なイメージだけで後はデザイナー任せだから、実物を見るまではウマ娘本人だって分からない。ほんと、どんな服になるか楽しみでもあり、怖くもあった。

 取材は無難に終わり、ある程度観客が減ってからタクシーでホテルまで戻った。

 

 ホテルの部屋でしばらく休み、日が落ちてから外に食事に行った。

 

「今日はアパオシャくんが頑張ったからねぇ。好きな物を食べたまえ」

 

「じゃあ寒いから鍋かおでんで」

 

 要望通り、ホテル近くの鍋を出してる和食店があったから、そこに三人で行って鶏鍋を頼んだ。

 

「私、誰かと鍋を囲む事は初めてなんです。とても楽しみです」

 

 さすがにお嬢さまは家族でも鍋をつついたりはしないか。そして意外と仲間と同じ鍋から食べる事への忌避感は無い。むしろ本人の言う通り、楽しみで仕方ないみたいだ。

 具材が来たから、年長のオンさんが鍋を仕切るかと思ったら誰も手を付けない。ダンは初めてだから分かるけど、何でオンさんが俺を見てるの?

 

「どうしたんだいアパオシャくぅん?早く鍋に具を入れたまえ」

 

 えっ?俺が鍋仕切るの?今日レース走ったばかりなのに?

 まあ、先輩を使うのはアレだからと納得して、鶏肉と豆腐から入れて、火の通りにくい野菜も入れておく。

 追加でご飯も注文して、煮えてからどんどん取っては俺が具を補充しては食べて、また入れてを繰り返しての、とにかく鍋奉行として忙しい食事だ。汁が足りなくなったら追加してもらう。

 一時間は食べ続けて、全員腹が八割満たせた所で、〆はラーメンかうどんと聞くと、ダンはキョトンとしてる。

 

「鍋は具を食べ終わったら、旨味を吸った汁に麺を入れて食べるんだよ。米を入れて雑炊にする家もあるけど、俺は麺の方が好きかな。ダンが選びなよ」

 

「そうなんですか。余さず食べる良い知恵ですね。ではうどんをお願いします」

 

 店の人にうどんを五人分頼んで、よく煮てからみんなでうどんを分け合って、汁まで残さず食べ切った。

 支払いはオンさんに任せた。これだけ食って札二枚でおつりがあれば、まあまあ安い方だろう。

 熱い物を食べて温まった体に夜の風が気持ちいいい。

 

「みなさんと鍋を囲むのがこんなに楽しくて、温かくなるとは知りませんでした」

 

「私も楽しく食事が出来て良かったよ。次はチームの皆で食べようじゃないか」

 

 なんかいい話っぽく纏めてるけど、動いたのは俺なんですけどねえ。オンさんに家事その他は期待しないでおこう。

 ホテルに帰って、風呂でサッパリして、三人ともそのまま夜更かしせずに寝た。

 翌日は新幹線に乗る昼まで短い時間で大阪観光して、タコ焼きを食べたり土産を買って楽しんだ。明日から期末試験だけど何とかなるか。

 

 



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第34話 出来立て勝負服

 

 

 師走の東京は寒くて雪が滅多に降らない。岩手出身のビジンや北海道生まれのメジロ家の面々は、どうして東京に雪が無いのか不思議だと言ってた。

 実家の岐阜もそこそこ雪は降るから、この時期に雪が降らないのはちょっと寂しい。

 そんな雪が降るような寒さの十二月でも、俺達ジュニア期のウマ娘にとっては雪すら溶けそうな熱気が渦巻いている。

 何しろ今月はジュニア期の集大成になる、G1レースが四つ開催される。そのどれか一つに出走出来るだけでも、一生自慢していいほどの栄誉だ。さらに入賞、その上の優勝してG1ウマ娘として歴史に蹄跡を残せるとなれば、誰もが輝かしい未来を思い描いて熱に浮かされる。

 そういうわけで、この時期にトレセン学園で最も練習に熱を入れるのは、有馬記念を控えたクラシックやシニアより、俺達ジュニアとトレーナーが言ってた。それ以外にクリスマス前でそわそわしているウマ娘もいるらしいが。

 

 俺もそんなに人の事をとやかく言えるほど今日は落ち着いていない。なんと、今日勝負服が届くらしい。

 もう四日後にはジュニア最初のG1阪神ジュベナイルフィリーズが始まるのに、まだ来ないのかとやきもきしたものだ。実際は俺の出走するホープフルステークスはG1の中で一番最後だから、結構日数の余裕はあるが、先月にはゴルシーやビジンの勝負服が届いて、見せびらかしていたからちょっと羨ましかった。

 ビジンの雪の白を基調として青のアクセントを入れた、ふわっとしたドレスタイプの可愛らしい勝負服。本人のイメージ通りで凄い似合ってた。

 ゴルシーの方はデニムのショートパンツに、青と白のボーダー柄のチューブトップの上から黒ジャケットを羽織った勝負服だった。すげえ露出の高いと思ったけど、本人は気に入ってるから敢えて何も言わなかったし、一緒に居たセンジも自分のも似たような物とか言ってた。

 うんまあ、露出高い勝負服の先輩達も結構いるから普通なのか。一応肌面積抑えるように要望出してあるけど大丈夫かな?ちょっと心配になって来た。

 

 期待と不安を胸に、部室へ行くと何人かが勉強中だった。訂正しよう、勉強してるのはバクシさんとフクキタさんだけだった。何でこの二人かって言うと、追試の可能性があるのがこの二人だからだ。

 期末試験は先週で、今週には全部答案が返ってくる。その中で既に赤点だった教科を必死に勉強している。教師役は上級生のオンさんとカフェさんだった。

 カフェさんも今はギブスが取れて、杖付きなら自力で歩ける程度まで回復している。怪我さえなかったらシニアを卒業して、来年からドリームトロフィーリーグに参戦するつもりだったのに、つくづく惜しい。本人はこれからもレースを続けるかまだ迷ってるみたいだけど、俺は出来ればまだ走って欲しいと思う。

 追試で思い出したが、センジの奴どうするんだろうか。先週の土曜日に一勝クラスのレースを勝って累計三勝したから、ホープフルステークスの出走も多分通ると思うが、追試になったらレースの出走取消の可能性だってある。せっかくのG1を追試で辞退なんて勿体ないだろうに。

 手助けしてくれそうなゴルシーとビジンは四日後の阪神ジュベナイルでそんな余裕無いし、俺だって自分のトレーニング時間まで割いて追試の勉強に付き合うつもりは無いぞ。

 

「フクキタさんはほんと頑張ってくださいよ。追試で有マ記念を辞退なんて情けなくて俺は泣きますからね」

 

「ひょえぇぇ!頑張りますから、プレッシャー掛けないでくださいっ!!」

 

 心配だなぁ。あとクイーンちゃんとダンは大丈夫らしい。お嬢さまが追試と補習の常習犯は似合わないから、そのままでいてくれ。

 

 ついでに宿題をしていると、髭が大きめの箱を抱えて部室に来た。あれはもしや――――

 

「待たせたな!アパオシャの勝負服が届いたぞ!」

 

「おおっ!待ってたよ!トレーナーは見たか!?」

 

「まだだよ。お前が最初に見なくてどうするんだ」

 

「おめでとうございます、アパオシャさん。私も来年こそは自分だけの勝負服を着てレースに挑みたいです」

 

「そう言うなアルダン。お前はお前のペースでゆっくり実績を積めばいいんだ」

 

 羨ましそうにするダンには申し訳ないが、今日だけは譲れないんだよ。

 髭から箱を受け取り、紐を震える手で解いた。チームの皆も勉強の手を止めて箱を覗き見る。

 ゆっくりと箱のふたを上げると、そこにはキラキラと輝いて見える世界に二つと無い服が入っていた。

 

「おぉー!!なんかすげー!!」

 

「あっ剣が入ってますわ」

 

「こっちは靴だね。色は土色というより砂色か」

 

 とにかく箱から全部出してみる。

 

「一度仮のサイズ合わせはしてあるから、大丈夫だと思うが試着はしておくんだぞ」

 

 髭が気を利かせて部屋から出た後に、早速着替える。

 みんなでキャッキャワイワイしながら着て、部屋にある大きな鏡で自分の姿を確かめた。

 ノースリーブの白シャツに、スネまでの長さの群青色のパンツ、砂色のスニーカーには所々に揺らめく黒い炎のような模様が入れてある。

 シャツの上から赤いベストを着る。ベストの前側には鏡合わせの白薔薇の刺繍がしてあり、なかなかオシャレ。

 腰には黄色いシースルーの腰帯を巻いて、スニーカーと同じ黒炎の模様が入った白鞘の反りのある短剣を差す。

 頭に深い青色のベールを被る。こちらはキラキラ輝く加工がされているから、生地の青と合わさって星空のような印象を受ける。

 両腕には金のブレスレットを嵌めた。

 

「おおーこういう服になったのか。悪くないな」

 

「……お伽噺の……アラビアンナイトに出てきそうです……よく似合ってますよ」

 

「ベールの青はラピス・ラズリをイメージしているみたいだねぇ」

 

 くるりと回って全体を確認する。みんなワイワイ喜んでるみたいだから、なかなか良いじゃないか。同居者も歯を見せて笑って見せた。この仕草はまあまあ似合ってると言いたいんだろう。

 髭も寒い中で外で待っているから、中に呼んで披露した。チームのみんなと同じように、反応は良かった。

 デザイナーの人は、俺のイメージ注文にある『乾いた土と太陽』で砂漠を連想して、そこからアラビアンナイトにコンセプトが発展したんだと思う。

 俺の中のイメージも近いと言えば近いから、これでいいかと納得してる。

 それに一番気に入ってるのがベールを除けて見える、ベストの背中側に施した黒い太陽だ。

 

「太陽を背に走る……いいね!」

 

 クイーンちゃんにスマホで写真を撮ってもらって、ゴルシー達に送った。今は練習中だから後で返事が来るはず。

 気分が乗ってると髭はこのまま勝負服を着て練習をしろと言ってきた。汚れたら困るんじゃないかと思ったが、実際に着て走ってみないと、レースのぶっつけ本番で着ることになるから、少しは慣らした方が良いのは確かだ。

 そういうわけで今日はレース本番を想定して、ダンやクイーンちゃんと並走練習した。

 着心地はなかなか良かった。練習が終わるまで着ていても疲れないどころか、何となくもっと走れるという気力が湧いてくる。そんな不思議な感覚にさせてくれる服だった。服を作ってくれたデザイナーに感謝してレースで使わせてもらおう。

 勝負服でのトレーニングはもう一、二回して慣らすように言われた。明日からのトレーニングが楽しみだ。

 夜に寮の自室でデザイナーへの感謝の手紙を書いて、ウンスカ先輩と勝負服の服の話をすると、先輩も俺と同じような気分になったと言ってた。

 

「私も勝負服を着るG1と、それ以外のレースはやる気が結構違うねー。勝とうって気持ちが出るのさー」

 

「クラシック二冠を獲った人が言うと説得力が違うなぁ。有マ記念も勝てればいいですね」

 

「みんな勝つ気で勝負服を着て走ってるから難しいけどねー。アパオシャちゃんもホープフルステークス頑張りなよ」

 

「はい。頑張ります」

 

 そうだな。みんなが勝負服を着るんだから条件は同じだ。

 手紙を書き終えて、スマホを弄るとゴルシー達から返事が返ってた。

 似合ってると言ってくれたが、空飛ぶ絨毯と魔法のランプが足りないと書いてある。ランプはともかく絨毯は抱えて走れるか。

 センジの奴はカレーが食いたいと書いてある。なんか違う物を連想してないかそれは?

 あとは実際にレースで走る所を見せてやりたいね。一緒に走れば嫌って程に見る事になるんだろうけど。

 

 

 週末。ジュニア期の最初のG1レース、阪神ジュベナイルフィリーズが始まった。俺は寮のテレビで観戦した。

 18人のウマ娘の中にはゴルシーとビジンも居る。

 ビジンにとっては憧れの相手との最初の直接対決だったが、負ける気は毛筋も無く、全力でぶつかると聞いている。

 寮内は寮生のビジンを応援する声が多く、固唾を飲んでレースを見守った。

 結果は残念ながらゴルシーの一バ身差勝利で、ビジンは二着だった。

 惜しかったが、それでもみんなが全力で挑んだ良いレースだった事もあり、寮内とスタンドは拍手で包まれた。

 それにしても、ゴルシーの奴また速くなってる。さすがゴールドシップ先輩の妹だ。俺ものほほんとしてたら負けてしまうな。

 でも、冬場にその露出の高い腹まる出しの勝負服は寒いだろ。俺はとてもじゃないけど着れないな。

 

 



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第35話 一年の総仕上げ

 

 

 世間はクリスマスが終わって年末ムードで羨ましい。それどころか学園の大半が年末モードになって気が緩んでいる。

 何しろ年末の祭典、有マ記念は昨日終わっている。張り詰めた気のまま練習しているのは、全体の二割ぐらいだ。

 俺も二日後のG1ホープフルステークスを勝つために、気の抜けた練習はしない。

 うちのフクキタさんが出走した今年の有マ記念でグランプリウマ娘に輝いたのはグラスワンダー先輩だった。ゴールドシップさんが三着、ウンスカ先輩は四着。フクキタさんは着外十着と惨敗だ。

 国際G1レース≪ジャパンカップ≫を制したエルコンドルパサー先輩といい、今年のクラシック世代は精鋭揃いだよ。

 先輩の無念を少しでも晴らして新年を迎えたい。そう思って今年最後のレースに備えて、暗くなってもトレーニングに打ち込んだ。

 

 

 ホープフルステークス当日。チーム≪フォーチュン≫は三日ぶりに中山レース場に来た。今度は八人全員での観戦だ。

 駐車場は粗方埋まっていて、有マほどではなくても、ファンの数は数万は居る。

 

「今日も流行ってるね。あー結構ドキドキしてきた」

 

「おいおい、まだ外だぞアパオシャ。コースでビビって縮こまるんじゃないぞ」

 

 メイクデビュー前に居眠りしてたことを思い出せとか言われてもなあ。

 ……なんだよ、そこで笑うなよ。あぁカフェさんと『お友だち』もなんか一緒になって笑うし。

 

「はいはい。分かったよ、いつも通り走りますよっと」

 

「ふふん!レース前からビビってるなんて、今日はうちのイクノの勝ちだね!!」

 

「えっ誰?」

 

 隣にはいつの間にか、トレセンの制服を着た青色の髪の子が腰に手を当てて仁王立ちしていた。チームメイトや髭を見ても誰も知らない。

 あれ?さっきイクノって言ってたよな。

 

「こらぁターボ!いきなりどこ行ったのよぉ。―――あっ≪フォーチュン≫だ」

 

 もう一人トレセン生が走って来た。明るい茶髪を両サイドでふわっと結んだウマ娘だ。見たことあると持ったら、俺に勝った奴だ。

 

「ナイスネイチャで良かったか?」

 

「えっ?あ、あたしの事知ってたの?」

 

「去年模擬レースで俺に勝っただろ」

 

「い、いやあ、あれは何と言いますか、たまたまって言うか、調子が良かったって言うか……」

 

 歯切れが悪いな。相変わらず自信が無いのか。

 さらに後からスーツを着た優男が、帽子を被った子とイクノディクタスさんとこっちに来た。なるほど、この青髪の子はイクノディクタスさんの所属するチーム≪カノープス≫のメンバーだったのか。

 

「よう、南坂も来てたか」

 

「今日はよろしく藤村。うちのイクノディクタスは強いですよ」

 

「うちのもだよ」

 

 トレーナー同士でがっちり握手を交わして視線で火花を散らしてる。後で分かったがこの二人、同期だった。そりゃあ対抗心ぐらいはある。

 そしてイクノディクタスさんも俺に手を出したから握手した。

 

「アパオシャさん。今日は私が勝ちます」

 

「俺より強かったら勝つさ」

 

「じゃあイクノディクタスが勝つね!悔しくても泣くんじゃないぞ!!」

 

「はいはい、もう行きますよターボ。みなさん、騒がせて申し訳ありません。今日は良いレースをしましょう」

 

 ≪カノープス≫は先にレース場に行った。やれやれ台風みたいなチームだったな。

 俺達も気を取り直してレース場に向かい、控室に荷物だけ置いて、俺も昼頃までは前座のレースを観戦した。

 途中『まんまる焼き』なる物を売ってたエプロン姿のシャルさんがいた。よく見たら御座候だった。何でまんまる焼きなんだろう。

 

「またゴールドシップさんが沢山焼いて、余ったら私達が食べて良いって言ったんです」

 

「分かりました。では全部いただけるかしら?」

 

 クイーンちゃんがノータイムで財布から札束を出そうとしてダンに止められた。どう見ても百個も無いから札一枚で買い占められるって。

 結局トレーナーの財布で支払って、その場で俺達が全部昼飯代わりに食べ切った。つーか三割ぐらいはクイーンちゃんが食べてたぞ。

 でも全部売り切ったシャルさんがなぜかションボりして帰ったけど、もしかして売れ残りを期待したのか。ダービー勝って、菊花賞とジャパンカップ入賞して賞金たんまり入ったんだから、美味しい物を好きなだけ買えるでしょ。

 

 良い感じに腹を満たせたから、準備のために俺は控室に行き、トレーニングルームで汗を流す。

 途中、センジも来たから、一緒にルームランナーでランニングする。

 

「良かったな、レースに出走出来て。追試と補習でG1欠場は、なかなか無いぞ」

 

「その話やめろしっ!あたしはレース終わったらまた補習なんだから!」

 

 それだけ補習地獄でトレーニング時間取れないのに、三戦三勝してG1出場してるんだから大したもんだよ。こいつの才能、下手したら俺やゴルシーよりあるんじゃないのか。

 

「みんなにテストじゃ勝てないけど、レースでは勝つし」

 

「勝つのは俺だぞ」

 

「あたしっ!」

 

 センジと言い合って目が合い、互いに笑う。こういう言い争いして、レースで全力でぶつかっても友達で、仲が悪くなったりしないから不思議だな。

 隣同士で汗を流しつつ、さっきゴルシーとビジンに会ったら売り子やってたとか、小学生の時の担任が応援しに来てたとか、色々話が聞けた。

 適度に体が温まったから、ウォーミングアップを切り上げて控室に戻る。

 勝負服に着替えて水分と糖分を補給して、いつものように時間まで静かに待ち続けた。

 

 スタッフが呼びに来た。他の出走者とも何人かは廊下で一緒になる。みんな個性のある勝負服を着て、化粧もしてる子もいる。

 パドック裏にイクノディクタスさんも居た。イケメン女子らしく英国紳士みたいなキリッとした勝負服に、他のウマ娘が見とれている。魔性の女だなイクノディクタスさん。

 後からセンジも来た。うーん、こっちはゴルシー並みに露出が高く、配色がラメ入りの緑と紫は一発でこいつだと分かるぐらいインパクトがでかい勝負服だ。

 

「アパオシャの服って結構派手よね」

 

「鏡見て言える?」

 

「これぐらいふつーだし」

 

 まあ俺の服も赤、青、黄、白、黒と原色バリバリに金のアクセサリーあるから、あんまり人の事言えないか。

 さて、時間になってパドックでお披露目だ。今日は18人中16番の外枠だから結構後だ。

 俺の番になり、観客の前に出ると、その大観衆の熱気に圧倒された。先輩達はいつもこの光景を見ていたのか。これが選ばれたウマ娘にしか見る事を許されない景色。

 同じ舞台に立ち、同じモノが見れたのが無性に嬉しかった。

 客への顔見せも済ませて地下通路を渡り、コースへ出る。今日はよく晴れて芝も乾いている。コース状態は芙蓉ステークスの時とあまり変わらない。

 ファンファーレが鳴り、スタートゲートへ入る。いつものように一番外には同居者がいる。また今日も競争か。

 ―――――ゲートが開いて飛び出した。ワンテンポずれたが、この程度なら誤差だ。

 今日はプランA…いつも通り『差し』ってことだ。先行する連中と競わず、後方で隙を窺う。

 最初から坂のコースでゆっくりと始まる。坂だから直線でも先団の様子が見れて楽だ。先頭はイクノディクタスさんか。

 それを追いかける五人の集団。ちょっとペースが早いから、あの六人はみんな『逃げ』なのかな。

 センジは六人の前集団からちょっと離れて、真ん中の七~八番で場所を競り合ってるか。そして俺は十五番と。

 坂を登り切って、最初のコーナーを駆ける。身体に叩き込んだタイムでペースを維持しつつ、一つ順位を上げる。十四番。

 コーナーが終わり長い直線へ入る。下り坂を利用して全員が速度を上げて、次のコーナーへと入る寸前に、先頭集団の何人かがペースを落として中団へと下がってしまった。

 さらにペースが落ちて、コーナーの途中で抜いたすれ違いざまに顔を見たら、息も絶え絶えだった。これは掛かったか緊張でスタミナ使い切ったか。

 自滅した四人と、コーナー中でペースアップして抜いた二人を合わせて六人抜いて、八番まで順位を繰り上げる。センジは三バ身、先頭のイクノディクタスさんは七バ身ぐらい離れてる。

 コーナーが終わり、中山の短い最終直線に入った。ここからが本番だ。

 今まで溜めた足に力を入れて、温存したスタミナを使い加速。坂までの100メートルで三人を抜き去り、100メートルで2.2メートル上がる急こう配の坂へ突入。

 足をピッチ走法に切り替えて、小刻みに足を使ってさらに加速。スタミナ切れで失速した二人を置き去りにする。これであと二人。

 先を行くイクノディクタスさんは『逃げ』でスタミナをほぼ使い切ってる。坂を登り切った所で、俺とセンジが抜いた。これで残り一人!G1ウマ娘が見えてきたぞ。

 後続は足音もしない。あとは友達との最後の競り合いだ。

 残り100メートルで先頭のセンジとは一バ身。スタミナ残量から計算して余裕で抜いて、一バ身差で勝てる。

 ジリジリと近づき、残り50メートルで横に並び、隣の息の荒さで残りスタミナを把握する。

 

「まけない……あたしはまけない」

 

「…俺もだよ」

 

 内心では最後はイクノディクタスさんと一騎打ちと思ってたが、やっぱりお前は俺より才能あるから足が速いよ。でも練習不足でスタミナが全然足りない。

 最後までスタミナを使い切るつもりで最後の加速。友達を置いてきぼりにして、一人で走って同居者の黒いケツを見ながらゴールを駆け抜けた。

 勝った喜びと負けた不快感を同時に味わいながら、ウイニングランだ。

 足を止め、大きく息を吸って吐く。G3を超える数の客の目が全て俺に集中する。

 

「今だけは全部俺のモノだ」

 

 空へ拳を高く向けたのを合図に、スタンドから耳が割れるような大歓声と拍手が沸き起こる。

 チームの皆と≪スピカ≫の連中も俺に声援を送ってくれるのが見えた。

 

「今日は負けましたが、もっとレースに出て強くなって、次こそは勝ちます」

 

「ああ、待ってるよ」

 

 イクノディクタスさんが握手を求めたからそれに返す。

 それからセンジも俺の所に来て、次は負けないと宣言した。だから補習に使う時間をトレーニングに充てれば勝てるとマジレスしたら、滅茶苦茶悔しそうな顔をしていた。正直に言っただけだからな。

 地下通路に行くと、スタッフからトロフィーの授与式があると言われて、連れていかれた。そういえばG1レースはURAの偉い人からトロフィーが渡されるんだったな。

 レース場のホールで背広の偉い人が俺に『おめでとう』と言って、大きな優勝カップを渡した。カメラのシャッター音がカシャカシャ煩いが我慢だ。テレビカメラもあるから、これ生放送されてるのか。うわぁ失敗出来ねえ。

 次は隣にうちの髭トレーナーを立たせてツーショットだ。

 あとは記者団から質問が飛ぶ。

 

「おめでとうございますアパオシャさん。この勝利の嬉しさを最初にどなたに報告したいですか」

 

「最初なら、チームの皆ですね。特に今まで指導してくれた先輩達全員に優勝カップを早く見せたいです」

 

「今日のレースはどうでしたか?前の京都ジュニアステークスでの、最初から最後まで先頭を譲らないレース展開と違いましたが」

 

「今日は晴れてて芝が痛んでなかったから、荒れないレースになると思ってじっくり後ろで機会を窺える余裕がありました。展開が違うのはそういう理由です」

 

「では今日の出走者の中で手強いと思った方はいますか」

 

「センジ……あー最後に競り合った友達のトーセンジョーダンが強かったです」

 

「アパオシャさん、次のレースの展望は何かありますか?やはり狙うのはクラシック三冠でしょうか?それも、現在無敗ならシンボリルドルフ以来の無敗三冠をと」

 

 ここで一度髭を見て、頷くのを確認した。言っても問題は無いな。

 

「三冠は狙えるなら狙いますが、同期が強いから総取りは相当難しいですね。みんなトリプルティアラを狙ってくれるなら、クラシック三冠バになれるんですけど」

 

 記者達にどよめきが起きる。四戦無敗のジュニアG1ウマ娘なら、大抵シンボリルドルフを目指すものだと思っていたんだろう。弱気と見るか、謙虚と見るかは記者次第かな。

 

「では、誰がクラシック路線に参戦して冠を争うと思いますか?」

 

「阪神ジュベナイルフィリーズを勝った、ゴル…ゴールドシチー。学園での最初の友達です」

 

 記者達は納得して、喜んでメモを取ってる。

 俺たちの世代の中でも実力があり、かつ百年に一人の美少女なんて持て囃してるんだ。同期のG1勝者が持ちあげたら、良い記事になると思ってるんだろう。

 

「アパオシャさんのような無敗のG1バが弱気とは意外です。これからいよいよクラシックへ突入すると言うのに、それでは気持ちの上でライバルには勝てませんよ」

 

 髭が言ってたが記者の中には、わざとこちらを怒らせて本音を引き出そうとする性格の悪い奴が居ると言ってたが、そういう奴もいるな。予想通りなんだけどね。

 

「勘違いしないでください。俺は常に勝ちを目指して本気で走ってます。負けていいなんて思って走った事は一度だって無い。それでもチームの先輩達と練習で走ってるといつも負ける。そういう時は、もっと強くならないと……常にそう思って練習して、レースで走ってます。自分を強いと思って驕った瞬間から負けが始まる」

 

「……なるほど。ありがとうございました」

 

 これも髭が教えてくれたが、大口を叩く奴より相手を、特に先輩を立てる発言をする奴は好まれやすいそうだ。全部事実だから、不自然にキャラ作るわけでもないし。

 

 ウイニングライブも控えている事もあって記者会見はこれで終わった。

 ホールから直行でライブ会場へ行って、センジとイクノディクタスさんを従えて歌ったのは覚えてるけど、会場の熱気で興奮し過ぎて全然覚えていない。やはりG1は色々違う。

 

 着替えてチームと合流した。その間も歩くたびに声援を受けたりカメラで写真を撮られた。俺はアイドルでも芸能人でもないんだけど。それに、こんな男みたいな外見だぞ。もっと可愛い子を追っかけた方が良いんじゃないのか。あっ、でもイクノディクタスさんみたいなイケメン女子も人気あるし、似たようなものか。

 人に群がられる前にそそくさと車に乗って学園に帰った。

 

 翌日はニュースで俺の事を特集してた。あのオグリキャップ先輩以来の、笠松から来た≪怪物の再来≫か?というテロップで色々好き勝手に言ってる。疑問符なのはまだジュニアだからだな。

 寮に残ってた同じクラスの子からは会うたびに『おめでとう』と言ってもらえたのは嬉しい。

 朝ご飯を食べて部室に行く。練習は二日前で終わりだから、例年通り今日は部室の大掃除だった。

 チームのみんなで手分けして、昼には終わった。部室も一年ご苦労様。

 あとは昼ご飯を食べたら年末オフになる。今回はダンの要望でおでんになった。寒いしみんな賛成だ。

 学園近くのおでん屋に行って、昨日の祝勝会も兼ねて大いに食べまくって、店の食材を粗方食べ切って暖簾を畳まれた。ウマ娘七人ならそうもなろう。

 

「みんな、今年も一年よく頑張ったな。次のチームでの練習は正月過ぎになる。それまではゆっくり休むも良い、さらに鍛えるのも自由だ。一年、本当にご苦労だった」

 

 トレーナーの言葉でチーム≪フォーチュン≫の一年は締めくくられた。

 後はみんな各自の判断で正月を過ごす。今年もトレーナーは実家に顔を出すから、学園に残れば自主トレか、正月休みを満喫する。

 今回は俺も実家の岐阜に帰る。というか親から、いい加減顔ぐらい見せて欲しいとお願いされた。デビューしてG1も勝ったから、ちょうどいい機会だと思う。

 明日新幹線で帰るから、夕方までに荷造りした。ルームメイトのウンスカ先輩は残って自主トレするみたい。有マ記念で友達のグラスワンダー先輩に負けたのがよっぽど悔しかったんだな。

 代わりに正月を楽しんできてと言われたから、岐阜のお土産を用意すると返して、その日は早めに寝た。

 

 



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第36話 年末年始の過ごし方

 

 

 年末最後のG1ホープフルステークスから二日経った、十二月三十日の朝。

 俺は髭トレーナーと一緒に、名古屋行きの新幹線に乗っていた。二人なのは大きな理由じゃない。

 たまたま髭が帰省する実家が岐阜と同方向だから、じゃあ途中まで一緒に行くかという話になって、席が並んでいるだけだ。

 それと、どうせ新幹線は名古屋までだから、実家が経営している喫茶店に寄って飯を食って行けと誘われた。勿論ご馳走になると快諾した。

 

 二時間で名古屋に着いた。関西に行く時に何度も通っているけど、名古屋に降りるのは随分久しぶりだ。

 髭の実家の喫茶店は駅からちょっと離れてるから、それまでは歩く。今日は私服でニット帽を被ってるから、たまに首をかしげて怪しむ奴は居ても、誰もG1ウマ娘とは気づいていない。

 駅から歩いて十分足らずの所に髭の実家があった。外見はガラス張りで三~四十年は経ってる結構古くからやってる喫茶店だった。

 

「ただいま、帰ったぞー」

 

「あら、おかえりなさい大河。まあまあ、可愛らしいお嬢さんも一緒ね」

 

 俺の母より結構年上の、エプロン姿の女性がお盆を手に礼をする。歳と距離感で髭の母親と分かる。

 

「アパオシャです。トレーナーにはとてもお世話になってます」

 

「まだ中学生なのに礼儀正しくて良い子ね。ささっ、好きな席に座ってね。うちは喫茶店だから、あるものなら何でも食べていいわよ」

 

「じゃあコーヒーと、小倉トーストの生クリーム入り」

 

「あら、もしかしてこの辺の子なの?」

 

「こいつは岐阜の笠松育ちなんだよ。あっちもモーニングは盛んだから」

 

 髭の母さんは納得して、厨房で注文した料理を作ってくれた。

 出てきたのは焼いたトーストを斜め切りしてあんこと生クリームを挟んだ、愛知の名物料理『小倉トースト・生クリーム足し』。髭も同じものが出てきた。

 二人でトーストを齧る。あんこと生クリームの甘さが口いっぱいに広がって幸せだ。

 俺にとっては二年ぶりの味だ。東京のトレセンでは自分で作らないと食べられないから、すげえ美味く感じる。

 岐阜は名古屋に近いから、喫茶店に行くと大抵これが置いてあるぐらい、認知された料理だけど、クラスメイトは誰も知らなくてカルチャーショックを受けた。

 『あんパンでいいじゃん』と言われたけど違うんだよ。トーストにあんを塗らないとダメなんだよ。

 懐かしすぎてバクバク食べて、苦めのコーヒーで甘さをさっぱり流した。

 髭母は俺の食べっぷりに、ナポリタンも食べるか聞いたからお願いした。

 ケチャップたっぷりのウインナー入りナポリタンの大盛りが出てきた。―――うん、この麺のクタクタ感が喫茶店のナポリタンで良いな。

 

「まあ、まあ。さすがウマ娘はいい食べっぷりね。そういえば何年か前にもあんたが生徒を何人か連れてきたわね。確か綺麗な黒髪の子と茶髪の子が二人だったかしら。ほら、ダルマの髪飾りをしてた子」

 

「あー確か関西にレースに行った時に途中下車して、飯を食べに来たんだったな」

 

 茶髪二人はオンさんとフクキタさんかな。まだバクシさんがチームに入る前の話か。

 

「うちの子は女の子を連れてくるのは良いけど、みんな教え子なのがねえ………」

 

「生徒の前でそういう話はやめろよ!!」

 

「モグモグ……ヒゲって結婚とかしないの?」

 

「お前も乗るなよ……今はお前達を育てるのが楽しくて仕方が無いんだよ。だから結婚はまだ考えてない」

 

「アパオシャちゃんがお嫁に来てくれるとか?」

 

「無いです。うちのトレーナーは尊敬出来るかっこいい大人だけど、そんな事考えた事も無い」

 

 つーか髭はもう今年30歳になってて、親ぐらい離れた相手にそんな気になるかよ―――――いや、カフェさんは何か髭を見る目がちょっと熱っぽい時があるけど、たぶん気のせいだろう。

 

「おふくろも子供に何を言ってるんだ。………教え子に尊敬してもらえるのは教育者として嬉しいけどな」

 

 急にデレるなよ。髭がそんなこと言っても可愛くないからな。

 

 髭の実家の喫茶店には二時間ほど滞在して、色々髭の話をしたり、聞かせてもらった。ナポリタンの他にもカレーを御馳走になって腹も満たされた。

 お代は息子の教え子なら身内みたいなものだから、受け取らないと言われた。今度何かお土産を持って行こう。

 名古屋駅までは髭に送ってもらい、電車に乗った。笠松まではあと二十分ぐらいだな。

 

 笠松駅を降りた。相変わらず、人気があんまり無い田舎の駅だな。東京の駅は全然違う。まあ一年と半分なら大して変わらないか。

 家まで歩いて十五分。寒いけど我慢我慢。

 歩いた先の、表札に『南』と書かれた、小さめの一軒家は最後に見た時と全然変わってなかった。

 

「ただいまー」

 

 脱いだ靴を整えて居間に行くと、いつものように父さんと母さんがそこには居た。

 

「ああ、おかえり。レースは何度か見たよ。よく頑張ったな」

 

「おかえりなさい涼花。久しぶりだから何を話していいか分からないわね。お昼ご飯はもう食べたの?」

 

「トレーナーが名古屋の実家の喫茶店で食べさせてくれたよ。だから、夜まではいいかな」

 

「あらそうなの。じゃあ、お母さん達も今度行ってお礼を言いに行った方が良いわね」

 

「そうだな。名古屋なら近いから、土産の一つも持って行くか」

 

「それは任せるよ。兄さんは今年は帰ってくるの?」

 

「光太郎は今年は大学の研修があるから帰れないと言ってたぞ。そう言えば涼花は札幌で会ってたな」

 

 いきなりでビックリだったよ。あれでデビューレースの後のウイニングライブは微妙に恥ずかしかった。

 あー札幌か。デビューしてからもう半年近く経ったのか。

 

「あの時のライブも動画で見たわ。ダンスは良かったけど歌と笑顔はまだまだね」

 

「そこは昔から変わらなくて、笑うべきか困るべきか母さんと話してたよ」

 

 ダンスはともかく歌はあんまり好きじゃないし、もともと俺はレースがしたいだけで、ライブはそんなにやる気なかったのは二人も知ってるくせに。

 そもそも俺を笠松レース場の幼年クラブに通わせたのも、男みたいな格好と口調を心配して、ライブでオシャレをさせて少しでも女の子らしくさせるためだったからな。

 結局その目論見は殆ど効果を成さずに、もっぱらレース熱に費やされた。おかげで中央トレセンまで行けるんだから結果オーライだろ。

 

「今じゃその娘も街で二番目に有名なG1ウマ娘か。職場でも末は無敗の三冠ウマ娘だーなんて言われて、嬉しくもあり期待され過ぎてちょっとなぁ」

 

「町内会でバスツアー組んで応援に行こうなんて話も出てるのよ。オグリキャップさんの時もそうだったから」

 

 あーそんなこともあった。俺が見たのは京都のマイルチャンピオンシップの時と、愛知の高松宮杯の時は電車で見に行った。

 期待するのは勝手だけど、そう簡単に中央のレースは勝てないぞ。素人さんは無邪気で羨ましいと思ったけど、俺もオグリキャップさんの時に同じことしてたから、そういうものなのかな。ゴルシーの気苦労がちょっと分かる。

 

「あと、たまにグッズは無いのか聞かれるんだ。そのうち出るのか?」

 

「それはURAの領分だから俺は知らないよ。G1勝ったからそのうち作ると思うけど、先に売れそうな方から作ると思う」

 

 ゴルシーとかゴルシーとかゴルシーとかな。というか俺のグッズ作って売れるのか?可愛くないから、あんまり売れないと思う。

 

「そうか、出来たら良いなあ。さて、話す事も多いけど今はゆっくりしなさい。母さん、夕食は涼花の好きな物を作ってあげて」

 

「何が良いかしら?」

 

「まずはうちの味噌汁が飲みたいよ。東京の味噌は何か違う。あと肉」

 

「ふふっ、肉はともかく味噌汁はお兄ちゃんと同じこと言うのね。じゃあお肉で色々作りましょう」

 

「今日は米もたっぷり炊かないとな。母さんと二人だとあんまり米が減らないんだよ」

 

 家にいた時は高校生の兄さんも沢山食べたけど、俺の方が食ってたから、二人とも居なくなったらそりゃ食べないわ。

 トレセンの忙しくも楽しい学校生活も好きだけど、こういうゆったり時間を過ごすのもやっぱり良いね。

 

 



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第37話 新年のレース

 

 

 実家に帰ってからはダラっと過ごして気を抜いてる。元々年末にレースをしたばかりだから、トレーニングはジョギング程度で済ましている。

 大みそかは家族と近所の寺に除夜の鐘を突きに行き、小学校の時の同級生に会ってもみくちゃにされた。そりゃあ同級生がテレビやネットに出ていれば蟻みたいに集るか。

 あと勝負服から『アラジン』とか『ランプの魔神』扱いされた。多分そう言われると思ってた。

 正月は雑煮を食べてお年玉を貰ってまったりしていると、テレビに俺が映ってた。ジュニア期の新星の一人として紹介されてる。

 

「おおっ!涼花が紹介されてるな。正月から娘の姿をテレビで見られるなんて思わなかった」

 

 父さんが喜んでるのは良いけど、何年も会ってない親戚とか、寄付を求める団体が急に家に来るのが困ると母さんがボヤいてたから、こんなに有名になるのはちょっと嫌だな。

 俺のレースシーンが終わって、ジュニア世代の四つのG1レース勝者の特集に移った。

 レースの開催日順に、ゴルシー、ナリタブライアン、ハッピーミーク、俺の主な戦績をつらつら流してる。

 

 ≪ゴールドシチー≫

 

  デビュー戦            五着

  未勝利戦             一着

  サフラン賞      一勝クラス 一着 

  東京スポーツ杯ジュニアS  G2 一着

  阪神ジュベナイルフィリーズ G1 一着

 

 ≪ナリタブライアン≫

 

  デビュー戦              一着

  函館ジュニアステークス     G3 三着

  アイビーステークス       OP 一着

  デイリー杯ジュニア       G2 一着

  朝日杯フューチュリティステークスG1 一着

 

 ≪ハッピーミーク≫

 

  デビュー戦            三着

  未勝利戦  ダート        一着

  新潟ジュニアステークス  G3  三着

  京都ジュニアステークス  G3  二着

  全日本ジュニア優駿 ダートG1  一着

 

 ≪アパオシャ≫

 

  デビュー戦           一着    

  芙蓉ステークス     OP  一着 

  京都ジュニアステークス G3  一着

  ホープフルステークス  G1  一着

 

 

 こうしてみるとジュニアG1勝者で全勝は俺一人だったか。ただ、最優秀ジュニアウマ娘はナリタブライアンだった。一敗してもG3入賞しつつG2に勝ってるのが評価対象になったのかな。

 そして世間つーかテレビの取り上げと人気度はゴルシーが頭一つ抜けてる感じ。まあ、あいつはテレビ栄えする外見だから注目を集めやすいんだろう。本人は嫌がるし、怒るから言わないけど。

 あとハッピーミークが何気に凄い。俺には負けてるけどダートで優勝してるし。

 負けたと言えば、ナリタブライアンに負けて二着だったクラチヨさんがちょっとピックアップされてる。マイルG3のアルテミスステークスに勝ってたからか。ビジンやセンジもちょっとだけ映ってたり、名前は出ている。

 ジュニア期はここで終わり、映像はクラシック世代に移る。三冠やティアラ以外にもNHKマイルとジャパンカップを勝った≪怪鳥≫エルコンドルパサー先輩や、昨年最優秀ジュニアウマ娘を受賞しつつも、骨折からの長期治療を経て有マ記念を制した、不屈のグラスワンダー先輩などのダイジェストが流れている。

 ダートはスマートファルコンという先輩が猛威を振るってG1をガンガン制覇してた。何だこの人は、やべぇ。

 シニアも復活したサイレンススズカさんや、スプリンター勢の王座交代劇などを脚色して流してる。うちのバクシさんがどんな人か知ってると、外からはこう見えるのかと何となく笑える。

 カフェさんの凱旋門賞挑戦と骨折の事も触れてたけどテレビを消した。外野がどうのこうの言うのは見る気がしない。

 

「涼花はこの後はどうするんだ?父さん達はショッピングモールで福袋を買いに行くが」

 

「家でゴロゴロするのも飽きたから、レース場を見に行くよ。正月は特別レースやってるから」

 

「あなたもお正月はちびっ子レースで走ってたわねえ。じゃあお昼ご飯はそこで食べておきなさい。あそこのどて煮が好きだったんでしょ」

 

 そう言って母さんが二千円くれた。

 貰った札を財布にねじ込み、スマホとコートを持って出かける。おっと、帽子も忘れずに。

 笠松レース場は家から歩いて二十分ぐらいの所にある。途中で小さな子供を連れた夫婦や、酒の入った爺さん連中がレース場の方へ歩いて行く。

 この光景も相変わらずだな。そこそこ田舎だから、正月には色々催し物があるレース場に集まりやすい。

 

 レース場は一年半前に見た時と全く変わっていなかった。入り口の所々剥げた看板とか、東京レース場とは比べ物にならないぐらい小さな入場口。今日は正月だから無料開放されてて素通り出来た。

 入ってすぐに良い匂いを漂わせる露店が出てた。焼き鳥、串カツ、おおぅ、味噌のどて煮だ。どれも一本百円でお安い。早速どて煮串を三本おばちゃんから貰って食う。追加で買った串カツはどて煮の鍋に突っ込んで味噌味にして食う。こっちも美味い。

 

「あー懐かしくてうめえ」

 

「はははありがとね、お嬢ちゃん。友達の応援に来たのかい?」

 

「んー近所だから見に来ただけで、知ってる子か分からないよ」

 

「おや、近所……あぁ!覚えてるよ。アパ―――んぐ!」

 

「わりぃおばちゃん。今日の主役は俺じゃないから」

 

 手でおばちゃんの口を塞いで声を殺す。気付かれてはいないな。

 やっぱり地元だとまだ顔を覚えている人は居るか。俺が目立ちたくない事を分かってくれたおばちゃんは頷いて、一本串カツをサービスでくれた。人情が腹に染みるね。

 ついでにどて煮丼ぶりと味噌田楽も買ってレース場へ行く。相変わらず小さなダートコースだ。スタンドも所々外壁に亀裂が入っていたり、手すりには錆が浮いてる。座席も安っぽいプラスティック製で、夏は暑くて座れそうにない。

 オグリキャップ先輩のグッズ販売のおかげでかなり潤って、ライブ会場や照明なんかのナイター設備を新設したけど、まだまだ手を付けられない場所は多いな。

 

「お嬢ちゃん、正月だからお餅のおすそ分けだよ」

 

 レース場のジャンパーを羽織ったおじさんがビニール袋に入った小さな紅白餅をくれた。名前は知らないけど何度か見た事ある人だ。

 

「ああ、ありがとう。今日のレース表はまだある?」

 

「正月用のパンフレットはあっちにあるから、好きに持って行きなよ」

 

 指さす方にパンフが積まれてる。礼を言って机の上にあるパンフを手に取ってスケジュールを確認。小学生以下の自由参加ちびっ子レースはもう終わって、それから昼過ぎに大食い大会を挟んで、正月レースが距離別で三回。ウマ娘トークショーをして、クイズとビンゴ大会か。

 子供の頃もこんな感じで、イベント的な面白さ重視の正月レースだったな。

 レース場は砂を均してから机と山になった紅白饅頭を用意している。あれが大食い大会の会場ね。時間までに饅頭一人30個を最初に食べ切った人が勝ちか。

 パンフには飛び入り参加も可とある。ここでクイーンちゃんやシャルさんなら喜んで参加すると思う謎の信頼感があったが俺はやめておこう。

 

 席に座ってどて煮丼を食べていると、大食い大会が始まった。

 十人ぐらいの参加者が横並びで席に就く。殆どは成人男性だけど、二人はウマ娘だ。常人がウマ娘に食欲で勝てるかと思ったけど、二人の饅頭は他の参加者の二倍の量が置かれている。ハンデ戦ってわけか。

 それとウマ娘の一人に見覚えがある。幼年クラブの先輩だった人だ。今は笠松トレセンで走ってるのかな。

 大食いが始まってみんなバクバク饅頭を食ってる。応援の声はレースに匹敵する。みんな勝負事は何であれ大好きなんだね。

 勝負が始まって既に三人の動きが鈍ってる。甘い物の大食いは何気にキツいんだよ。アメリカなんかの大食いはホットドッグやハンバーガーだから結構数を食えるけど、饅頭みたいな重めの甘味は舌が鈍るし腹に溜まる。

 半分の男達がギブアップする中、ウマ娘二人は快調に饅頭を減らしていく。ヒートアップするギャラリー。君らレースより盛り上がってないかい?

 トップを走る男の人は既に25個を食べているが、甘味にやられて相当苦しそうだ。対して、ウマ娘二人は40を少し超えたぐらい。ハンデがあると結構いい感じの勝負になってる。

 二人のウマ娘の目が合い、互いにスパートをかけ始め、食べた数は一気に50個を超えた!死にかけの男達をごぼう抜きして、逃げ切りを図る28個を平らげたトップの男を猛追する。いったい何が挑戦者達をそこまでさせるんだ。

 トップの男の手が二つの最後の饅頭に触れた。人がウマ娘に勝つ瞬間が見られるかもしれない。観客の興奮は最高潮に達した。

 男は両手の饅頭を交互に齧り、着実に小さくしていく。驚異的な速度で追い上げるウマ娘二人も55個目で明らかにペースが鈍った。ようやく甘味の辛さが効いてきたか。それでもただの人間に負けてなるものかと、無理矢理小さな口に饅頭を放り込んで、咀嚼して減らしていく。

 観客は既に声を抑え、勝負の行く末を見守る中、ウマ娘の一人の手が止まり、机に突っ伏した。

 あとはトップ男と、先輩ウマ娘の一騎討ち!逃げる男は残り半分。先輩はあと2個だが咀嚼するスピードは数倍速い。

 ダートの上で繰り広げられるスイートデッドヒートを制したのは―――――――

 

「現役トレセン生から逃げ切ったーー!!新春大食い大会の優勝者は安田さんだーーーーー!!!」

 

「「「おおーーーーーーー!!!」」」

 

 ハンデがあるとはいえ人がウマ娘に勝った。スタンドは大喝采が起き、優勝者の安田さんは負けた先輩ウマ娘とがっしり握手を交わした。

 勝負が終われば互いの健闘を讃え合う。なんて美しい勝負なんだ。

 優勝者の安田さんには賞品として『笠松レース場の一年間フリーパス』が贈られた。二位の先輩ウマ娘には饅頭型クッションが贈られて、苦笑いで受け取った。

 

 大食い大会が終わると、次はいよいよ正月特別レースが始まる。

 スタンドには食い物を持ったウマ娘が大勢来た。俺と同じぐらいの年や、幼年クラブぐらいの小学生も結構いる。あっ、通ってたクラブの小松先生だ。挨拶しておきたいけど、レースが終わってからの方が良いな。

 あぁ、同居者が勝手にダートを走り始めた。あいつ、昔から芝よりダートの方が好きだったからな。まあ、足跡付かないから良いけど、久しぶりの砂ではしゃいでるよ。

 レースは800、1200、1600メートルの三戦。非公式のお祭りレースだから賞金は出ないが、走る側は結構本気だ。

 出走者は見た顔もいるが、知らない顔の子がずっと多い。クラブだって全員がトレセンに行くわけじゃないんだし、他県からも来ていれば当然かな。

 レースは結構盛り上がってる。中央の子と比べたらお世辞にも速くも無い、フォームも粗いが、ウマ娘と観客のレースへの情熱は同じだ。

 三度のレースが終わり、ウイニングライブのためにみんな移動するのを見計らって、かつての先生に近づく。

 

「小松先生。口に手を当てて後ろを向いてください」

 

「えっ?……むぐっ!!」

 

 先生は口から洩れそうになった俺の名を必死で抑えた。

 

「先生、どうしたの?」

 

「……何でもないわ。みんなは先にライブ会場に行っててね」

 

「?はーい。先生も早く来てねー」

 

 未来のスターウマ娘達は不審に思いつつ、ライブを見に行った。

 俺と先生はスタンドの隅っこに座る。

 

「アパオシャちゃん、笠松に帰って来てたんだ」

 

「お久しぶりです小松先生。相変わらず生徒に慕われていますね」

 

「あなたも相変わらず、ライブより走る方が好きみたいね。元気みたいだから安心したわ」

 

 先生は朗らかに笑う。幼年レースクラブを開く前は名古屋トレセン学園のダンス教師だから、レース指導はオマケに近い。それでも基礎技術を教えてくれたこの人には感謝している。

 

「最近は笠松もあなたの事で持ち切りよ。私も教え子がG1ウマ娘になったから、引っ切り無しに指導の連絡や記者の面会があるのよ」

 

「目立たないようにしてて正解でした。名乗り出たら、せっかくの正月イベントが俺のワンマンショーになってた」

 

「そうねえ。残念だけど中央で活躍するあなたと、ここの子達とは注目度が天と地ほど差があるもの。邪魔をしてはいけないわ」

 

「――――東京は面白い所ですよ。俺より強い人が幾らでもいる。俺と同じ人も……マンハッタンカフェさんも見えてる人でした」

 

「えっ、あのシニアの長距離四冠が?だから同じチームに居たのね。笠松の人はみんな驚いていたわ。うちから出た子がいきなり中央のトップ3チームに入ったんだもの」

 

 先生は驚きつつも納得した。先生は家族以外で俺の同居者の事を信じてくれた数少ない人だ。

 

「その上ジュニア無敗のG1勝者。URAの規定でオグリキャップさんの果たせなかったクラシック三冠を、って声は大きいわ」

 

 人がどんな夢を見るかは勝手だけど、それを人にまで押し付けるのは筋が違う。先生はそんな事を思ってるんだろう。

 かつてオグリキャップ先輩は笠松トレセンで走り、後から中央トレセンに移籍した。その時にクラシック登録をしてなかったから、日本ダービーのようなクラシック三冠を走る事すら叶わなかった。

 実際あの人は『怪物』という二つ名に相応しい実力があった。途中参加でありながらG1四冠達成、URA年度代表ウマ娘にも選ばれた。

 だから笠松の人は思うのだ。『もしオグリキャップが日本ダービーを走っていたらきっと勝っていた』

 その想いと夢を引き継げるだけのウマ娘が本当に現れたら、その時は正気ではいられないんだと思う。

 

「……本音を言えば笠松に留まって走る所を見たかったけど、あなたにここは狭すぎるものね」

 

「今からでも3000メートル超のレースを作ってくれたら考えても良いよ」

 

「無茶言わないの。アパオシャちゃんのスタミナに付き合える子は中央にしかいないわ。あの特別レースでそれがよく分かったの」

 

 あー俺が無理言って3200メートルのレースを走った奴か。あの時は1対4で、クラブの子が800メートルを四人リレー形式で俺一人と競ったレースだった。結果は俺の圧勝。

 笠松じゃ意味の無いスタミナだった。それどころか地方で頭一つ抜けた隣の名古屋でも3000メートルレースなんて無い。だから先生に中央トレセンへの推薦書を書いてもらった。

 

「あの時からオグリキャップの二代目が笠松から出るんじゃないかって話は出てたわ。それだけアパオシャちゃんには才能があった」

 

「先を走った先輩達の事は凄いと思うけど俺は俺。誰かのために走るわけじゃない。勝てるレースを走るよ」

 

「ええ、それでいいわ。他の誰でもない。自分が勝つために走りなさい」

 

 それから一緒にウイニングライブを見て、トークショーを見ながらトンチャン食って、ビンゴ大会をして最後まで当たりが揃わず、参加賞だけ貰えた。

 残った金でもう一回どて煮を食べに行って、サービスしてくれたおばちゃんにサインを頼まれたから、こっそりしてあげた。何気に一番最初のサインだったのを書いた後に気付いた。

 東京に戻ってから、母さんから聞いたが、いつの間にか俺のサインが笠松にあったから、正月に来ていた事がバレで大騒ぎになったらしい。

 

 



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第38話 グッズの話

 

 

 正月休みを満喫して学園に戻ってからそろそろ一ヵ月が経った。

 年が新しくなると周囲の環境もそれなりに変わる。三年間のシニア期を過ごした先輩達はほぼ全員がレースを引退して、普通の高校生になった。これから一年と数か月は勉学を重視して、問題が無ければ学園を卒業していく。

 例外的に優れたレース成績を残し、ウマ娘としての衰えが緩やかな生徒はドリームトロフィーリーグへと進み、さらなるレースを続けていく。今年は≪スピカ≫のゴールドシップさん、≪リギル≫のフジキセキさん、ヒシアマゾンさん、エアグルーヴさんがそれにあたる。

 タイキシャトルさんはレースを卒業して、いずれアメリカの牧場を継ぐために色々と勉強するそうだ。

 うちのオンさんとカフェさんも同じ年だが、オンさんはもう引退してトレーナー業を始めている。残るカフェさんはリハビリをして骨折が完治すればレースを続けられるが、どうもレースへの熱意が薄らいでいるような気がする。最近は『お友だち』もカフェさんの側に居ない時がある。

 いつまでもチームの皆とワイワイやれると思ってたのに、いつかお別れが来ると思うと寂しい。

 そういう時は、笠松の小松先生との話を思い出して、『自分のレース』を勝つ事だけを考えてトレーニングをした。

 それに、チームの仲間のレースもある。

 同年のダンが年明けからすぐにレースに出走した。本人にとって初の重賞マイルレース、G3フェアリーステークスだ。結果は残念ながら一着を逃し、二着だった。勝ったのはハッピーミーク。やっぱり彼女も強い。

 負けたとはいえ初めてのG3で二番なら健闘だ。負けた悔しさは次のレースに活かせばいい。さっそく次のレースに三月中旬のG3フラワーカップを見定めて、練習に励んでいる。

 バクシさんも二日前にG3東京新聞杯を走り、見事に勝った。最近はマイルレースも安定して勝てるようになって、次は中距離だとバクシン!バクシン!言ってる。せめて並走で俺に中距離で勝ってから挑んでね。

 俺も三月初めのG2弥生賞に向けて絶賛トレーニング中だ。今年はクラシック三冠が待っている。一日だって無駄にしていられない。

 

 そんな二月の寒い日の放課後。学園の事務員から所用があると言われて、校舎の一室に連れていかれた。

 部屋に入ると中にゴルシー、ハッピーミーク、ナリタブライアンの同学年の三人と、理事長秘書の駿川たづなさんが居た。

 

「待っていましたアパオシャさん。貴重な放課後に呼び立てて申し訳ありません」

 

「いえ、学園から呼ばれたんじゃ仕方ないです。それで、この集まりは?」

 

「それは今からご説明いたします」

 

 着席を促されたので空いてる椅子に座る。

 駿川さんから冊子がそれぞれ配られる。表紙は――――なるほど、そういう話だったか。

 

「グッズ化計画書か。アタシ達なら当然この話も出てるわよね」

 

 ゴルシーが俺達の代表面して得意げに言う。この面子の共通性は昨年ジュニアG1ウマ娘。一定の功績か人気があるウマ娘なら大抵グッズ化されるから、俺達もURAからその話が来たわけか。

 

「はいゴールドシチーさん。ここに集まった四人は全員が昨年優れた成績を収めた事は、学園とURAが認めています。よってグッズ化により十分な売れ行きが見込めると判断されました。おおよその概要はお手元の資料に纏めてあります」

 

 資料をパラパラとめくってグッズのサンプルを拝見。ウマぐるみに始まって、マグカップ、携帯ストラップ、スマホカバー、ポスター、ブロマイド、缶バッジ、文房具などなど。レース場のグッズショップで見かける基本的なラインナップだな。クラシックに入ったばかりのウマ娘ならこれぐらいだろう。

 それでも普通のウマ娘ならキャーキャー喜んでいつグッズが出来るか聞きまくるんだが、俺達四人だとそんな反応する奴が誰も居ない。

 ゴルシーは元からモデルでメディア露出が多いから、評価されて多少得意げな顔をしてるけど騒ぐほどと思ってない。

 ハッピーミークは元からボーっとした顔であまり感情が表に出ないからよく分からん。

 俺はむしろ、俺のグッズ出して売れるのかと懐疑的な目になってるし、ナリタブライアンは面倒くさそうな顔を隠しもしない。

 

「こんなもの、そちらの好きにしてくれればいい。私はレースを走るだけだ」

 

 ナリタブライアンがぶっきらぼうに言った。

 しかし駿川さんは笑顔のまま圧力を強めたから、ナリタブライアンがちょっと委縮した。

 

「ナリタブライアンさん、そのレースもこうしたグッズがファンの方々に買ってもらえて、運用費に充てられるから走れると認識してください。皆さんに支払われるレース賞金もこのグッズの売り上げの一部です。それが巡り巡って、学園の維持費や生徒の学費諸々になって、日々の充実した練習と三食満足するまで食べられます。それを軽々しく見るのは間違いですよ」

 

「……分かった。なら出来るだけ簡単に説明してくれ」

 

 凄みのある笑顔で迫られたナリタブライアンはビビって折れた。この子って実は結構臆病な性格してるのかな。レースでの負けん気の強さも、繊細さの裏返しなのかもしれない。

 駿川さんは一度咳払いして雰囲気を一掃した後に、柔らかい笑みで説明を続ける。

 グッズの制作はもう少しかかり、実際に発売されるのは四月前後になる。

 ポスターやブロマイドは実際にレースで走っている姿を撮影したバージョンと、ポーズを決めた立ち姿の複数種類を用意するから、後日撮影日を設けるから、その時は学園が協力要請をする。

 俺達個人にも、ロイヤリティーとして売り上げの一部が支払われる契約を交わす事など、かなり踏み込んだ内容だった。内訳は60%が販売店の利益、30%が制作を請け負う企業とURAの分、5%がチャリティー等や福祉団体への寄付、残りが俺達本人の報酬となる。

 税金の控除は全部学園とURAが肩代わりして、明細は六ヵ月に一回俺達に直接渡す。

 レース程ではないが結構な額のお金になるから、こちらも学園が預かって管理する。

 そのための契約書も今渡された。ざっと文章を追うだけで目が痛くなる細かな文章だった。見ても俺には判断しづらいから、後で経験者のトレーナーと先輩達にも見てもらおう。

 

「概要の説明は以上です。あとは質問があれば、今でも後日でも事務室に来て頂ければお答えします」

 

 ……質問は無い。というか今は言われた事を理解するだけで結構一杯だ。

 駿川さんもそれが分かっているので、後は各自のトレーナー達への相談を勧めて部屋から出て行った。

 俺達も部屋を出て部室まで四人一緒に歩く。

 

「グッズと言っても、俺のなんて需要無いから、身内と地元民ぐらいしか買わないだろ」

 

「何言ってんのよ。アンタは結構人気あるっしょ」

 

「俺がー?ゴルシーみたいな可愛い娘なら分かるけどよぉ」

 

「下級生には人気あるみたいよ。ストイックでカッコいいって。そっちのナリタブライアンも同じみたいよ」

 

「そんなものレースには関係無い」

 

「そう言う所がカッコいいって憧れられるっしょ。うちのウオッカだってアンタら二人の事カッコいいって言ってるし」

 

「そんなもんかねえ。ハッピーミークはグッズ出来て嬉しい?」

 

「…ちょっと嬉しい」

 

 殆ど話した事は無かったけど、この子は表情の変化が少ないのと自分から話さないだけで普通の子だな。

 

「なんにせよ難しい事は大人に任せて俺達はレース走るだけだよ。みんなは次のレースとかG1路線決めた?」

 

「アタシはマイル重賞走ってから、クラシック三冠路線行くっしょ!アパオシャもでしょ?」

 

「そうだぞ、俺は弥生賞経由で皐月賞に出る。ナリタブライアンとハッピーミークは?」

 

「私もマイルからクラシック三冠を走る。ようやくあんたに負けた借りを返せるから、今から楽しみにしているぞアパオシャ」

 

「私はチューリップ杯からクラシック三冠出て勝つよ。勝ったらトレーナーも喜んでくれる」

 

 みんなクラシック三冠行きかよ。やれやれ、ちょっとは楽なレースがしたかったな。

 ここにいる連中以外にもクラシックG1を勝ちたい奴は沢山いる。そういう奴等に全部勝たないと優勝して賞金が満額貰えない。

 やっぱり練習して鍛えて勝つしかないか。

 俺達四人はそれぞれのトレーナーとチームの部室に行き、グッズの事は一旦忘れていつものように練習をした。

 

 

 一週間後の二月中旬。ナリタブライアンはマイルG3≪共同通信杯≫に出走。センジとクラチヨさんを捩じ伏せて優勝した。二人はそれぞれ二着と四着で入賞はしたものの、強さの違いを見せつけられる結果になった。

 

 



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第39話 桜は未だつぼみなり

 

 

 三月になって少し寒さが衰えて、春の兆しが見え始めていた。おかげでトレーニングがしやすい。

 学園はこの時期になると、毎度卒業生の送り出しと新入生の受け入れ準備で忙しそうにしている。

 はて、去年も似たような光景を見たような気がすると思ったが、年中行事なんだから当然か。

 

 似たようなと言えば、先月のバレンタインもチョコレートが飛び交って学園中がチョコレート一色に変わってたな。

 ここは女子学校だから、バレンタインのチョコを送る相手は大抵同性になるんだけど、その同性相手でさえ妙に気合を入れて作る子も居るのがビックリだった。

 俺は無難に、友達やチームの皆に買った普通のチョコを送って、相手からも貰ってワイワイ食べ比べしてそれでおしまいだ。

 今年は見知らぬ下級生からチョコを貰う事も多かったけど、ああいうのはトップレースを走るアスリートへの激励だと思って受け取ってる。言ってみればアイドルに毎年チョコを送る子と変わらない。

 チームの先輩達も色々貰った経験があるけど、既製品はともかく手作りは食べないように言われた。下手な作りの物を食べて腹痛になる事もあるし、過去に変な薬物入りの贈り物を食べてレースから追放処分を受けかけた事例もあったらしい。まだ日本のトレセン学園内なら数例だが、海外は有力な相手選手への妨害工作として常套手段だとか。

 優勝賞金とグッズのパテント料が億を超える興行に関わると、そういう考えに至る者も一定数居るんだろう。

 レースに勝った途端に親戚を名乗って近づいたり、寄付を求める輩が増える事もある。大金が絡むと人間性がモロに出て嫌だ嫌だ。

 

 そんなレースの影の部分を教えられると、純粋に好意を伝えるためにチョコレートを渡そうとする行為は、見ていて落ち着く。

 ウマ娘が異性の担当トレーナーに手作りチョコを渡すのがそこそこ見られる。何年も苦楽を共にして側に居続けてくれる頼りになる年上の男となると、恋愛感情を抱いても不思議じゃないんだろう。

 男トレーナーの結婚相手の何割かは担当したウマ娘という統計が実際にある。大体はウマ娘側から迫られて、押し切られる形になるらしい。トレーナーから見たらただの教え子でも、俺達ウマ娘から見たら色々と違うのかも。

 うちの髭はまだ結婚してないし、去年実家にお邪魔した時も浮いた話が無かったみたいだから、もしかしたらチームの誰かとなんて考えてしまう。

 特になー、カフェさんが何かそれっぽいんだよ。この前のバレンタインの時も買ったチョコじゃなくて、本格的なチョコレートケーキで、髭に食べてもらって美味しいと言ったら、めっちゃくちゃ尻尾振ってて喜んでたし。『お友だち』も色々動いてるから、もしかしてと思ってしまう。

 髭の方は全然気づいてないみたいだけどな。良くも悪くも俺達の事は学生で教え子にしか思ってないんだろ。カフェさんが来年高等部を卒業したら、どうなるか分からないけどな。

 そのカフェさんは最近正式に引退表明して、これからは普通の学生をしつつ、高等部卒業後は調理師免許を取って、コーヒーショップか喫茶店を始めたいと聞いている。その上でチームにはまだ在籍して、マネージャーとして色々トレーニングを手伝うと言ってた。もうその時点でどんな目論見があるかは大体見当がついた。オンさんやフクキタさんも何となく察してる。

 本当にそうなったら力の限り応援と祝福しよう。

 

 

 甘ったるい話はそこそこに切り上げよう。何しろ今日は俺がクラシック期に入ってから最初のレースだ。

 三月初週の今日のレースは中山で行われるG2弥生賞の芝2000メートル。芙蓉ステークスやホープフルステークスと同じ場所と条件で走る慣れたレースだ。

 付き添いにはトレーナーと、バクシさんにクイーンちゃん。他はレースを控えてトレーニング中。

 中山レース場に行くと、俺のポスターがあちこち貼ってあった。

 

「≪ブラックプリンス≫に≪つぼみ桜≫ねえ。URAも色々宣伝が上手い」

 

「アパオシャさんは同年代の女の子に凄い人気がありますから。王子扱いも納得しますわ」

 

 髭トレーナーとクイーンちゃんがポスターを見て、それぞれ感想を述べる。≪ブラックプリンス≫は俺に付けられた宣伝用の二つ名だ。黒はそのまま髪と尻尾の色。王子は普段から男みたいな髪の短さと振る舞いからだろう。勝負服も男用だからな。

 そして≪つぼみ桜≫は今日一緒に並走するクラチヨさんのことだ。G3は一度勝ってもナリタブライアンに二度負けてるから、開花前のサクラというわけだ。それでも戦績に比べて評価が高いのは、最優秀ジュニアを獲得したナリタブライアンの強さ故だ。相手が違えば、結果も違う。結構な数の人がそう思ってる。今日の弥生賞のポスターでも、G1ウマ娘の俺に次いだ人気なのはそういう理由だ。

 実際俺から見てもクラチヨさんはかなり強くて、G1を勝てるだけの実力はある。でも俺ほど強くはない。だから今日のレースだって負けるつもりは無かった。

 一緒に来たバクシさんはチームメイトの俺と、親戚のクラチヨさんのどっちを応援すべきか多少迷ったようだが、最終的に俺の方を優先したみたいだ。

 昼前に着いたから、先に昼食にレース場グルメを堪能する。ここのキーマカレーは美味しくて良い。

 適度に腹を満たしてから、皆と別れて控室に行き、いつも通りトレーニングルームで汗をかく。

 

「こんにちはアパオシャさん。今日は私が勝ちます」

 

「やあ、クラチヨさん。桜の開花にはまだ早いよ」

 

 隣にクラチヨさんが座って一緒にエアロバイクをこぐ。

 しばらく一緒に運動してクラチヨさんのデータを思い返す。

 確かこの人は俺と同じように『差し』で最後に強い末脚で先頭を取る走りだった。あと、周りのペースに流されず、我慢強くチャンスを待つ粘り強いレースをする。親戚のバクシさんも車の中で同じことを言ってて、頑固なぐらい我を通すレースをするらしい。

 ルームメイトのダンも、普段の練習は派手な事をせずとにかく基本に忠実に、何度も同じ練習を続けて一つ一つ改善点を探して良くしていく、スタンダードな選手だと評していた。

 逆にナリタブライアンみたいな凄まじい強みは持たない。俺も過去のレースを見て、安定した良い選手でも爆発力には欠ける子だと思った。

 それでも油断していい相手じゃないがな。

 一時間ほどウォーミングアップして控室に戻り、レースの準備をする。

 

 スタッフが呼びに来て、ゼッケンを渡す。今日は2番か。

 バドックの裏側でウマ娘が集まると、皆が視線を向ける。大抵は俺への対抗心混じりの目で、他に委縮した目もある。同期のG1ウマ娘ならそういうのものか。―――トレーナーの言った通りだ。

 

 表に出て観客達への顔見せが終わり、地下通路を通ってターフに出る。

 冬の寒風から少し暖かくなり、芝もよく乾いている。これなら良さそうだ。

 足の感覚を慣らしてゲートに入る。

 左右から感じる視線の重みが邪魔だな。でも、それもすぐ無くなる。

 一斉にスタートを切ったら、俺はハナを取って一気に加速する。後続の舌打ちがかすかに聞こえた。

 そのまま、坂道に入ってもペースを落とさない。

 今日の俺は全員からマークされてるのに気付いてたから、髭の言う通り『逃げ』を選んで先頭に立つ。

 

「先頭走ったらマークも何も関係無いよな」

 

 先頭のままコーナーに突入。後ろからペースを上げてくる子の足音が聞こえるが、遅い遅い。バクシさん並のペースでないと先頭は奪い返せないぞ。

 コーナーが終わり、長い下り坂のストレートに入る。内側から一人抜けて俺に並ぶ。『逃げ』なら多少ペースを崩してでも『差し』の俺から先頭を奪い返したいか。

 包囲さえされなければ、それでもいいさ。二番手に落ちても構わずペースを保って再度コーナーへ入る。

 俺と先頭以外の距離は5バ身ぐらい。意外と離れていないな。俺がハイペースを作ってるから全体的に早いのか。

 一番後ろにクラチヨさんが居る。彼女は自分のペースを貫いているからあの位置か。

 最終コーナーが終わり、後は直線と急な登り坂のみ。後ろの連中もどんどん加速して俺との距離を縮めていく。

 坂道に入った時には、俺と三番手の距離は一バ身差だったが、後ろの足音がどんどん遠くなっていく。前を走っていた子も坂で失速して後退した。

 俺がスタミナの暴力でハイペースに付き合わせたから、前の子と先団はもう坂を登る力が殆ど残ってなかったみたいだな。

 後はペースを崩さず後方で耐え続けた『差し』と『追込み』連中がどんどん追いかけて来るが、仕掛けるのがちょっと遅いぞ。

 最初に坂を登り切って、後はラスト100メートル。

 すぐに後続が坂を上がってきたけど、残ったスタミナを注ぎ込んだ『差し』の末脚で容易に追いつかせない。

 ジリジリと足音は大きくなり差は縮まる。それでも最後の最後まで抜かせる事無く逃げ切ってゴール板を通り過ぎ、スタンドからの声援を最初に受けた。

 

「よっし!いくぜ皐月賞!」

 

 拳を天に突き上げた。

 掲示板を見たら、二着の数字はクラチヨさんだった。俺が居なかったら勝てたんだろうが、そういう事もある。

 

 その後はいつものようにライブに出て、最後のレースを見てから、帰り際に待ってた記者には皐月賞への意気込みを語り、学園に帰った。

 

 

 数日後、ネットニュースで小さくクラチヨさんが桜花賞への出走を決めた記事を見た。

 勝てそうなレースに出て勝つ。それも一つの選択だろう。でも、桜花賞はビジンが出るから楽には勝てないぞ。

 

 



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第40話 やれることはやっておく

 

 

 三月の末日。ぼつぼつ桜が咲き始めて花見の季節になっても、俺達みたいなウマ娘にはそんな暇が無い。

 春休みで授業が無いから、練習コースを朝から晩まで走り続けて、百分の一秒でも早く走る事だけを考えて、身体を鍛える事しか頭に無かった。

 目指す最初の頂はクラシック三冠≪皐月賞≫。どのウマ娘も一生に一度しか走れない栄誉ある舞台に立ち、勝利の誉れを得るにはいくら時間があっても足りない。

 それに同じチームのダンは先々週にG3フラワーカップを競り勝ち、本人初の重賞勝利を飾った。

 先週もフクキタさんが阪神大賞典を勝ったんだから、俺も負けてはいられない。

 

 本日三回目の本番を想定した2000メートル走を走り切って、タイムを計ってくれたカフェさんに結果を聞く。

 

「……駄目ですね。予想タイムより……0.1秒遅いです」

 

「くっそ!またか」

 

 悪態一つ吐いてから頭を冷やすためにドリンクを飲む。―――ふぅ、少し落ち着いた。

 ここ一週間ずっとこんな感じだ。皐月賞の勝利予想タイムにまだ並べない。走り方を『差し』から『逃げ』に変えて色々試しているけど、どうにもタイムが縮まらない。

 

「アパオシャさんは私と同じように……スピードを上げるには距離が必要ですから……2000メートルは短いんです」

 

「分かってますけど、レースに出たら条件はみんな同じですから」

 

 慰められても事実は変わらないし、タイムもそのままだ。

 それに本番は18人が出走すれば、他のブロックや芝の悪さもあるから、せめて一人走行で設定した時間を達成しない限りはナリタブライアンには勝てない。ゴルシーやハッピーミークだって容易に勝てる相手じゃない。

 俺にオンさんやバクシさん並の速さがあれば………。こういう時にスタミナ以外は、あくまで平均レベルのスピードとパワーが恨めしくなる。

 

「…あまり走り過ぎても……身体に良くありません……少し休憩を入れてください」

 

「あぁ……そうですね。じゃあちょっとナリタブライアンのレースを見直してみます」

 

 受け取ったタオルで汗を拭いて、カフェさんと一緒にタブレット端末でナリタブライアンが出走したレースを全て見直す。

 

「―――――やっぱり速いな。スピード、パワー、コーナリング。どれも俺より上だ」

 

「シニアでもこれだけの才能の人は………殆ど居ません」

 

 俺が勝ってるのはスタミナ量と精々メンタルぐらいか。不必要に競り合うあの負けん気をどうにか突いて、疲れさせて勝てないかと思ったが、これまでのレースを見ると、しっかり矯正されている。東条トレーナーの仕事は一流だな。

 ならば雨降りの重い芝ならと思って、重バ場だったデビュー戦と、三着だった函館ジュニアステークスのレースを見直してみる。

 ――――函館レースは負けはしても水吸った重い芝と泥を苦にしないか。

 

「この人の強さは……足腰の強さとバランス感覚です。……重心を低くして走るから……コーナーのロスも無く、末脚も凄く速い」

 

 カフェさんの言う通りだ。ナリタブライアンの天性の足腰の強さとバランス感覚は、悪路を物ともせずコーナーで重心を下げて遠心力を小さくしてロスを減らす。さらに姿勢を低くして前に行く力を生み、あの驚異的な末脚が使えた。

 

「こいつは単純に強いんだよ。弱点とか無いのかなぁ」

 

 何度もレースを見返して弱点が無いか探っていると、ちょっと気になる点を見つけた。

 函館ジュニア戦の、ゲート前のナリタブライアンの耳がしきりに動いたり、耳を前に倒して塞いでいる。他の走者も何人か似たような耳の動きをしていた。

 レースが始まっても周囲を気にしたり、時々尻尾が跳ね上がる時もある。

 何でかなーと持って、繰り返し映像を見続けると、はっと気づいた。

 

「雷鳴ってるな。落ちた音が煩くて集中しきれないのか」

 

 もう一回耳が動く場面と雷の音のタイミングが重っているのを確認した。雷が苦手かは分からないが、少なくとも煩くてレース中も集中しきれていない。負けたのはこれが理由か?

 弱点と言えなくもないモノを見つけたはいいが、レース当日に都合よく雷雨が降ってくれるとは限らないしなあ。

 

「でも何もしないよりはやっておくべきかなー」

 

「雷を呼ぶのは……無理だと思いますよ」

 

「ダメ元でやってみよう。ちょっと行ってきます」

 

 俺は必要なモノを揃えるために校舎に向かった。

 

 

 ―――目的の物は半分も手に入らなかったが仕方がない。

 今度はプールで練習している他のメンバーに会いに行く。

 

「ん、アパオシャか。コーストレーニングはどうした?」

 

「ちょっと休憩と対策を考えてた。フクキタさーん!ちょっと良いですか」

 

「はいはい。何ですか」

 

 水着のフクキタさんが俺の側に来たから、ポケットから出した封筒を差し出す。

 

「これあげますから、雨乞いして皐月賞の日に雨を降らしてください。フクキタさんは巫女さんだから、儀式だって出来ますよね」

 

「えぇ~。いやでも、私は実家でそういう儀式は教えられてないんですけど。それにこの中身は……ちょ、お金じゃないですか!」

 

「だってタダでやってもらおうなんて、虫の良い事は言いませんって。それにお供え物だって必要じゃないですか。それはとりあえずの支度金二十万で、上手く行ったらさらに追加で払いますからお願いします」

 

 フクキタさんに渡したのは俺のレースの賞金の一部。学園の事務で頼んで少し降ろしてもらった。ただ、本当は百万円ぐらい欲しかったけど、理由を言っても許可は下りなかった。レースに必要な経費と頼み込んで、粘った末に何とか二十万円は引き出せた。本当に雨が降れば、後で残りの八十万を出す約束も取り付けた。

 

「お前何考えてるんだ。フクが神社の娘でも雨は降らせられないぞ」

 

「やれることは全部やっておきたいんだよ!ナリタブライアンに勝つには天候も味方につけないとダメだ」

 

「―――――アパオシャ」

 

「なんだよトレーナー」

 

「今日はもう練習するな。一日休んで頭をスッキリさせろ。これはトレーナー命令だ」

 

「なぁっ!俺は真面目に考えてるの!」

 

「真面目に考えた答えが神頼みだから休めって言ってるんだ。お前は今、思うように結果が出ずに迷走してるんだよ!とにかく今日は筋トレも走るのも無し!返事っ!!」

 

「……分かったよ。今日はここまでにする」

 

 くっそー!何だってんだよ。

 

 

 髭にトレーニング禁止を言い渡されてから、昼飯を食って学園内をフラフラしている。

 休めと言われたけど、遊びに行くわけにもいかず、ともかく時間を潰すために歩き回ると、いつの間にか≪リギル≫が練習してるコースに来ていた。

 芝のコースでナリタブライアンが走ってる。並走するエルコンドルパサー先輩とグラスワンダー先輩を、コーナーの立ち上がりから追い抜いてそのままゴール。

 大外から抜いてもスピードが落ちず、ぐんぐん加速する脚の強さは過去のレース以上の切れ味だ。

 

「厄介だよ。また末脚のキレが増してる」

 

 何か弱い部分は無いかな。

 何度も何度もナリタブライアンの走りを見て、皐月賞を走っているのを脳内で再現し続けて、結局は勝てなかった。

 

「――――――聞こえているか。君の事だよアパオシャ―――――」

 

「……あぁ?誰だ……ビワハヤヒデさん?」

 

「ふう。やっと気づいてくれたか。無視されていたら少し傷付いたよ」

 

「あーすみません。考え事をし過ぎて聞こえてませんでした」

 

 素直に頭を下げる。買い物袋を持った先輩のビワハヤヒデさんは冗談だと言って薄く笑う。

 

「うちの妹を見ていたのか。君も皐月賞を走るなら、偵察ぐらいは当然かな」

 

「そんなところです。正直、中距離で勝てる見込みは相当薄いですよ」

 

「……ふむ。少し話をしようか」

 

 ビワハヤヒデさんは近くの桜の木の下のベンチに腰掛ける。俺もそれに続いた。

 先輩は袋からバナナを出して俺に一本渡し、自分も一本食べる。

 

「バナナはいい。ビタミンとミネラル、食物繊維が豊富で、脳の栄養になる糖分を多く含む。疲れている時は食べるべきだ」

 

「先輩から見て俺は疲れていますか?」

 

「誰が見ても疲れているよ。トレーニングはあまり詰め込み過ぎても、却って身体に悪い」

 

 やっぱりそうか。髭が休めって言ったのも、時には休むことも必要だからか。

 なんでビワハヤヒデ先輩がわざわざバナナを持っているのかは謎だが。俺がバナナを一本食べている間に、先輩はもう三本食べ終わってた。

 

「姉としては嬉しくもある。妹に本気で勝つ気でレースをしてくれる君に礼を言いたい」

 

「?レースをするなら相手が誰でも勝つつもりで走るのでは?」

 

「少なくともトレセンに来る前に妹と走った子は、みんな勝つ事を諦めたよ。ブライアンが強すぎるから」

 

 先輩は困ったような、寂しいような、少し誇らしげに口にする。

 幼稚園の遊び、小学校の体育の授業、幼年レースクラブ。それら全てで、ナリタブライアンが強すぎて誰も勝てなかった。

 強い子が居ると聞いて幾つもの幼年クラブを渡り歩いたが、みんな才能の差を痛感して走る事すら拒否する始末。

 相手が見つからず、走る事を辞める事すら考えていた時に、最後に辿り着いたのが姉のビワハヤヒデさんが居る中央トレセン学園だった。

 

「入学した妹はそれなりに満足してたよ。学園トップの≪リギル≫には、年上とはいえ自分より速いウマ娘ばかりだった。―――それに君が居たからね」

 

「俺が?…あぁ一度模擬レースしてました」

 

「距離が長かったとはいえ、同学年に一対一の真っ向勝負で負けたんだ。あの時のブライアンはここ数年で一番喜んでたよ。妹は常に強い相手と走り、競い合う事を求めている。その相手が現れた事が何よりも嬉しかったのさ」

 

「もしかして競う相手が強ければ強い程、ナリタブライアンは強くなるんですか?」

 

「そう思ってくれて差し支えない。私の分析でもアパオシャ、君は適性こそ違えど妹に匹敵する才能がある。その上、距離適性の不利を分かってなお競って勝つ気もある。頼もしい後輩がいて、私も嬉しいよ」

 

 好きであんな怪物と同年に生まれたわけじゃないんだぞ。それでもG1に勝てば億単位の賞金が手に入るから、勝つ気で走るがよぉ。

 しかし怪物は昔から怪物かよ。あぁ、でも昔からナリタブライアンを知ってる姉なら何か攻略の糸口になりそうな情報を持ってるかもしれない。話を続ける価値はある。

 

「先輩、あなたの妹は昔から負けん気が強くて、隣で誰か走ってる方が速かった?」

 

「ある程度大きくなった頃はそうだったよ。でも、おかしな話だが、今はあんな感じのぶっきらぼうだが、小さかった時はずっと臆病でな。自分の影がオバケのように見えて怖くて泣いていた時期もあったんだぞ。クククッ、あのブライアンがだ」

 

「じゃあ雷も怖かったとか?」

 

「雷はあまり怖がっていなかったが、うるさいから嫌いだったな」

 

 ふむ、雷は決定打にならないか。精々が集中力を少し乱すだけか。こりゃ雨乞いした所で勝率が数%上がる程度だったな。

 俺や先輩達との並走で薄々気付いていたが、ナリタブライアンの末脚の強さは、誰かと競うほどに速さを増す負けん気というのも確証が得られた。これは大きい。

 それと相手が弱かったり途中でやる気を失くすと、妹は一気に走る気を失くして負ける……というより走る事を放棄してしまう事があって幼年クラブのトレーナーが困ってた、という話も聞けた。

 俺みたいに楽に勝てて賞金貰えれば喜ぶって性格じゃないな。

 

「さて、これで勝つ目が少しは出てきたかな?」

 

「んー多少は。分かってて教えてくれたんですか」

 

「姉として妹が喜ぶのを見たかったからな。君がこれからもブライアンのライバルであって欲しいのさ」

 

「シニアになったら俺は長距離に逃げますからね」

 

「その時は一年だけだが、私がお相手しよう。これでも菊花賞ウマ娘だ」

 

 はた迷惑な姉妹だな。けど、勝つ方針は少し定まった。

 

「話を聞けて、色々参考になりました。バナナもご馳走さま」

 

「何か悩んだらバナナを食べて、気分を落ち着けるといい。では、クラシック三冠を楽しみにしているよ」

 

 ビワハヤヒデさんは去った。あの人結局ここでバナナを五本は食ってたぞ。どんだけバナナ好きなんだよ。

 でもおかげで助かった。今の俺ではこれ以上速く走れないが、≪怪 物≫ナリタブライアンに勝つ方法は見つかった。―――――正気でやるような策じゃないけどな。

 

 翌日。髭は俺がやけに機嫌が良いのを不思議に思ったが、迷いが無くなったのを喜びいつも通りのトレーニングを許可した。

 

 



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第41話 期待と怒り

 

 

 決戦の日がやって来た。

 今日はクラシック三冠最初の≪皐月賞≫の開催される日だ。

 天気は春の温かさを感じる青天なり。数日は雨の気配すらない。神様は恵みの雨を降らせてくれなかったよ。

 出走するウマ娘と観戦希望の学生がトレセン学園の用意したバスに乗り、中山レース場へと向かう。

 本来学園が送迎バスまで用意する事は無いのだが、今年の皐月賞は昨年のジュニアG1バ四人全員が出走する、例年に無い盛り上がりを見せた。

 よってちびっ子理事長の提案で、新入生の遠足を兼ねた形で多くの生徒がレース場に行くことになった。新入生全員と希望者を合わせると、生徒の半数の千人以上が希望して、大所帯での観戦となった。

 バスは基本的に同クラスで振り分けられたから、俺の隣はビジンが座ってる。

 

「は~シチーさんと、アパオシャさん。どっち応援するべぎが悩むべぇ」

 

 朝から大体こんな感じだ。複数の友達が一緒のレースで走るのはよくある事。俺も先週の桜花賞はちょっと悩んだけど、皆を応援した。

 今年の桜花賞は横に居るビジンと、ダンのルームメイトで色々手を貸してくれたクラチヨさん、それとイクノディクタスさんも出走した華やかなレースになった。

 結果はクラチヨさんが勝ち、ビジンは惜しかったが二着に終わった。二度目のG1も二着に終わった。それでもめげずに、翌日にはオークスへの申込書を提出したのは根性あると思った。

 ナリタブライアンはそのクラチヨさんを二度負かし、先月にはG2スプリングステークスではゴルシーに勝ったため、堂々と今日の一番人気に推されている。

 そういえばセンジの奴も共同通信杯であの≪怪物≫に負けてたんだよな。そのレースが原因で酷い爪割れを起こして、現在は長期療養を言い渡された。

 仇討ちというわけではないが、ゴルシー自身の雪辱戦もあって、今日はかなり気合入ってるみたいだ。

 

「アパオシャさんは、普段通りだね。さすが無敗の≪王子≫は違うなぁ」

 

「面と向かって言われると恥ずかしいからよせって」

 

 後ろのクラスメイトがからかい半分に言ってくる。どうも弥生賞あたりから、俺の事を≪王子≫呼ばわりする子が増えた。URAのポスターとかで盛んに俺を王子扱いするから、どんどん周囲が乗せてきやがる。それと男の少ない環境だから、少数の同性を王子扱いしてキャーキャー言いたいんだろ。

 そういうのはフジキセキ先輩の領分だけど、あの人はドリームトロフィーリーグに行ったから、俺に役回りが来てしまった。男扱いは構わないが≪王子扱い≫は大変迷惑である。

 

「えー、いいじゃん。みんなーアパオシャさんは王子だと思う人~」

 

「「「「はーい」」」」

 

 バスの中の半分以上が手を挙げた。クスクス笑ってる奴が多いから、悪ノリでやってるのが丸わかりだっての。

 まったく、走らない外野は気楽でいい事だ。

 

 バスは中山レース場に着いた。生徒のウマ娘がゾロゾロ降りて、ワイワイ騒いでいるからクラス担任の先生が四苦八苦して統率を取っている。

 今日のレースに出走する俺を含めた選手は、トレーナーと一緒に一足先にレース場に行く。途中で新入生から応援を受けたから、ほどほどに手を振って応えておいた。

 あっ、メジロ家のライアンちゃんとドーベルちゃんが居た。そういえば今年トレセンに入学して、チームにも挨拶に来てたな。どちらも≪フォーチュン≫には入らず、自分でトレーナーを探すと言ってた。

 二人とも今月の選抜レースで勝ってて、有望な新入生とトレーナー達に目を付けられているとか。

 ちらっとダンから聞いたら、去年の夏合宿で見たオンさんの七色注射器が怖くてチームには入りたくないらしい。オンさんぇえ……

 過ぎた事は言っても仕方がないし、チームがメジロ一色になるのも考え物だから、別の新入生が来る事を期待しよう。

 レース場の控室に行って、ちょっと髭と話す。

 

「相手はみんな強いが、お前なら勝てるさ」

 

「ああ、そうだね。勝って賞金たんまり貰うさ。でも、負けたって文句言わないでくれよ」

 

「負けたら俺の責任にしろ。それがトレーナーの仕事だ」

 

 心からそう思って言ってくれるからアンタはかっこいいんだよ。カフェさんが惚れるのが何か分かる。取ったりしないけどな。

 今回に限ってはそれも――――――おっと、顔に出すのも良くないな。

 ともかく、レースまでは結構時間がある。たっぷり時間を使って準備を万全に整えた。

 

 

 時間になり、パドックへ行く。

 薄壁一つ隔てた先のスタンドの熱気と期待がひしひしと伝わってくる。今日は15番を引いたからお披露目は後の方だ。

 一番最初はハッピーミーク。勝負服は水色のブラウスとスカートの上から白いコートを羽織って、赤い眼と白髪によく映える。

 さらに何人か続き、ナリタブライアンの出番だ。何というか勝負服は露出が高いのにサラシや包帯を巻いているから学ラン番長みたいな印象がある。男前なんだけどスカートだから女の子さもある、奇妙なバランスの服だな。

 その後にゴルシーも客に顔を見せた。一番人気のナリタブライアンより声援が大きい。流石、モデルやってて見栄えがすると反応が違う。

 そして俺の番が回ってきた。パドックの先は去年の末に見た光景よりさらに刺激的だ。よく見るとテレビカメラの台数もかなり多い。それだけ注目を集めたレースというわけか。

 ふと目を向けた先に懐かしい言葉が書かれた横断幕を見つけた。掲げている周囲には、近所の人や笠松トレセンの人がいる。あっ、小松先生だ。本当にツアー組んで応援に来てたのか。

 

「『カサマツの英雄・アパオシャ』ね」

 

 オグリキャップ先輩の時は『カサマツの星』だったから、ちょっと変化を付けたのかな。

 

「――――やりにくいねえ」

 

 期待に応えたいという心の欲求と、冷淡に冴えた理性とがぶつかり合ってる。

 これ以上見ると天秤が傾きそうだから、踵を返してパドックから引き揚げた。

 コース場までの地下通路にナリタブライアンが佇んでいる。

 

「待ってたぞ。アンタに負けた時から、この日を楽しみにしていた」

 

「俺は来てほしくなかったぞ」

 

 ツンツンした言葉さえ相手には届かず、虎みたいな獰猛な笑みを俺に向けてくる。おまけに拳をバキバキ鳴らして喧嘩をするような仕草までしやがって。

 

「俺には2000メートルだって短い距離だからな。手ごたえが無いと思っても文句言うなよ」

 

「そうはならんさ。アンタなら距離がどうあれ全力の走りをしないと勝てない」

 

 持ち上げすぎだっての。何でこうも俺にあれこれ期待するんだか。

 言いたい事だけ言ってナリタブライアンは先に行く。まったく、勘弁してもらいたい。

 ターフは相変わらず程よい緊張感に満たされている。いつものように芝と足の確認をしてから、スタートゲートに入る。

 

 

 ―――――――予想通りってところかな。

 ゴールを駆け抜けた俺は、先を走った二人の後姿を冷静に視界に留めた。荒く息を吐き出し、スタンドを見る。

 

「なるほどなぁ」

 

 観客は俺ではない勝利者の名を連呼して、歓声を上げている。これまで五回とも俺の名を聞いたのと比べると、寂しさを感じるな。そうか、俺に負けた人達はこういう感情を抱いたのか。

 特にカサマツの横断幕を掲げた人達の落胆ぶりは結構なものだった。気合を入れて応援しているからこそ負けた時の落差が酷い。

 

「よう、お互い残念だったなゴルシー」

 

「ハァハァ……分かってたけど、ナリタブライアンはマジ強いわ」

 

 二着だったゴルシーは歯を食いしばって悔しさを滲ませる。同じ相手に何度も負けるのは悔しいよな。それでも俺より順位は上なんだぞ。一着じゃなかったら賞金以外は二着と三着も等しく負けだけどな。

 四着はハッピーミークだった。これでひとまずのクラシック四強の格付けは出来た形になる。

 おっと、勝利者が来なすった。

 ナリタブライアンは1メートル離れて俺を睨みつける。ゴルシーは不審に思ったが動かない。

 

「どういうつもりだ?なぜ本気で走らなかった」

 

「本気で走ったさ。走った上で今日は負けた。レース結果が全てだよ」

 

「ふざけるなっ!!アンタはもっと強いはずだ!なぜ私とあの時のように競り合おうとしなかった!!」

 

「今日の所はここまでだよ勝利者。まだウイニングライブが残ってるんだから、早く行けよ」

 

「~~っ!またか、また私と走るのを諦めるのかっ!くそっ、くっそ!!」

 

 怒りと失望を滲ませたナリタブライアンは、俺に興味を失くして地下通路に歩いていく。

 勝手に期待されて失望されるとかさあ、正直困るぞ。

 ゴルシーは俺の事を心配そうに覗き込む。

 

「大丈夫?」

 

「ああ、平気だ。負けた奴が勝った奴を恨むのはよくあるけど、逆はそう無いぞ」

 

「……そっか。ほら、アンタもライブっしょ。お互いセンターは立てなかったけど、行こう!」

 

 ゴルシーに手を取られて、俺もライブ会場へ向かった。何も聞かずにいてくれるゴルシーは優しい奴だよ。

 

 ライブはまあ盛り上がった。新入生も力強いナリタブライアンの歌とダンスに拍手喝采。負けはしたが、入賞した俺達にもそれぞれ声援が送られた。

 ライブが終わって着替えが済み、控室を出ると、髭トレーナーが待ってた。

 

「すまんトレーナー。負けた」

 

「……今日は何を考えて走ってた」

 

「勿論レースに勝つ事を考えてた。いつもと同じだ。俺は勝つ事だけを考えて走ってる」

 

「………分かった。お前を信じる。次は日本ダービーで良いか?」

 

「ああ、次はナリタブライアンにだって勝つさ」

 

 トレーナーは俺の頭をガシガシ撫でる。慰めてるのかな?いやぁ、今日はそんなに悔しくないぞ。

 その日のスポーツニュースはナリタブライアンの≪皐月賞≫勝利一色に塗り替えられたが、本人は凄まじく機嫌が悪かったと翌日に聞いた。

 

 



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第42話 日本ダービー前編


 日間ランキング67位に入っていました。評価した方、感想を書いてくださった方、お気に入り登録してくれた沢山の方々に感謝します。



 

 

 皐月賞から一ヵ月余りが経った。あれから世間のレース熱は加速し続けている。

 四月末の天皇賞はフクキタさんやビワハヤヒデさん、ウンスカ先輩も走り、盛り上がったが勝ったのはシニアに上がった≪スピカ≫のシャルさんだった。

 さらに二週間後のヴィクトリアマイルにはサイレンススズカさんが出走。こちらも圧倒的速さで勝った。骨折してなお速さは衰えない強さは凄まじい。本当はバクシさんも四月のダービー卿CTに続いて出走したかったが、安田記念と間隔が狭かったので悔しいが出るのは断念していた。

 しかしうちのチーム≪フォーチュン≫も負けておらず、クラシック三冠とティアラの裏で行われたNHKマイル杯にダンが挑戦。見事に勝ち、メジロ家として恥ずかしくないG1ウマ娘に輝いた。

 彼女はこの勢いのままオークスに出て、ビジンおよび同室のクラチヨさんと直接対決をした。かなりレース間隔が短く、トレーナーのオンさんも難色を示したが、本人たっての希望だったので渋々認めて、体調管理を万全にした。

 実際、中距離適性はあってもマイルばかりを走ってたダンにオークスの2400メートルは長く、三着が限界だった。

 勝者のクラチヨさんもかなり無理をして走ったために、右足を骨折してしまい、長期療養を余儀なくされた。せっかく桜花賞に続いて勝ち、トリプルティアラにも王手をかけた矢先のニュースに、世間は大いに落胆した。秋の最後のティアラ≪秋華賞≫までに完治して走れるようになるか、時間的に微妙な所だ。

 ビジンはまたもティアラG1二着となり、惜しいと言う声にも次は勝つと気丈に振舞ったので、その健気さが世間には受けて、より人気を獲得していた。

 

 さて、五月のG1レースも粗方片付き、最後の目玉となったクラシック三冠の二戦目≪日本ダービー≫が明後日に迫っていた。

 皐月賞で負けた時は、家族や周囲から励ましや慰めの言葉が度々送られてきた。

 

「どんなに強くても負けることだってある」

 

「クラシック三冠はまだ始まったばかりだ」

 

 笠松の人もオグリキャップ先輩がフジマサマーチさんやタマモクロスさんに負けた事を知っている。だから負けた所で罵倒なんてしない。むしろ次はきっと勝てると激励をしてくれた。

 まったく、負けたら手のひらを返すような輩も居る中で優しい事だ。

 そんな励ましの中で、この一ヵ月はひたすらトレーニングに明け暮れて、皐月賞に比べて幾らか速くなってる。さらに日本ダービーは400メートル長いから、多少は俺に有利なレースになると思う。相手がナリタブライアンじゃなかったらの話だが。

 それでも勝つために走るつもりだ。それはずっと変わっていない。

 

「神様も悪戯心を見せてるし」

 

 ともかく結果は出してもらえたしな。スマホを弄びながら、色々と動いてくれたフクキタさんに感謝した。

 

 

 日本ダービー当日。昨日の夜から天気は大荒れで、今も横殴りの土砂降り雨が壁を叩き続けている。遠くでは時々雷の音も響いてた。

 

「いやー今日は絶好のレース日和だな」

 

「えーアパオシャちゃんは雨嫌いだったのに、いつの間に好みが変わったの?」

 

 ルームメイトのウンスカ先輩が耳をペタンと倒して、騒音レベルの雨音を少しでも塞ごうと努力している。

 さっき顔を洗いに行った時は、大半の子が同じように耳を倒すか、寝不足で不機嫌になっていた。聴覚に優れたウマ娘にこの豪雨は安眠妨害に近い。

 

「今日だけは特別ですよ。神様も面白がって雨を降らせたな」

 

「……ふーん。まあ、頑張りなよ。セイちゃんは今日は寮で寝てるから、レースはテレビで見るね」

 

 先輩はそう言って二度寝を始めた。今日ぐらいは寝かせておいてあげよう。

 ジャージに着替えて食堂でたっぷり朝飯食べて、部室に行く。今日のレースは学園の隣のレース場だから、ギリギリまでこっちでトレーニング出来た。

 

 昼過ぎまで本番レースに疲れを残さない程度のトレーニングをして、チーム≪フォーチュン≫は東京レース場に向かう。

 外は相変わらずの雨で傘なんか役に立たないから、全員合羽を着て歩いてる。

 トレーナーが土砂降りの雨を心配して声をかける。

 

「さっきレース場の情報見たら、不良バ場だったぞ。足を滑らせないように気を付けろ」

 

「分かってるよ。雨降りでも走れるようにトレーニングはちゃんとしたからな」

 

 前にも一度滑らせて、危うく負けかけたから心配と同時に、濡れた芝対策もきっちり整えた。さらに念を入れて、転んだ時の対処法も多少だが身に付けたから大丈夫だよ。

 

「うーん、アパオシャさんに雨乞いを頼まれてずっとやってましたが、本当に降ると思いませんでした。私、儀式の才能がありますねっ!」

 

 フクキタさんが雨乞いの成果を信じ始めて調子に乗ってる。チームの皆は内心無いと思ってるけど、実際に雨は降ってるから何も言わない。

 成果も出してもらえたんだから、俺は大変感謝してますよ。

 レース場はG1開催日とは思えないぐらい閑散としている。出店は閑古鳥が鳴いてるし、入り口に人気も無い。今の時間ならG1ウマ娘を見たらスマホ片手に囲むのが普通なのに、この時は誰も居ない。

 東京一帯に大雨注意報と雷注意報が出ているから、出歩くのも嫌なんだろう。それでも気合の入った五万人のファンはとっくにレース場に入っている。

 

「さーて、いよいよ日本ダービーだ。前回は負けたが、今日は勝つぞアパオシャ!」

 

「言われなくとも!」

 

「「「せーの、頑張れアパオシャさん(くん)!!」」」

 

 チームの皆から激励を受け取り、選手控室に行く。

 合羽を脱げば、とっくに勝負服になってる。この雨ならどうせ行きである程度濡れるから前もって着ておいた。

 すぐ後にスタッフに呼ばれてパドックに向かう。

 裏で待っていた出走者の数名が相変わらずの雨模様にイラついて、耳を後ろに伏せたり、耳をあちこち動かしている。

 ナリタブライアンは……いつも通りかな。メンタル調整は万全か。俺の視線に気づくと、顔を別方向に向いてしまった。なまじ期待してただけに、余計に嫌われたな。

 ゴルシーは耳にちょっと元気が無いな。寝不足って程じゃないが、雨音が気になる感じだ。

 ハッピーミークはいつも通りか。この子は結構メンタルが強い。

 おっと、俺の番が来た。今日は18人中の4番。内枠が優位の日本ダービーなら運が良い方だ。

 雨に打たれながらお披露目して、さっさと地下通路を通ってコースに出る。

 ターフは所々に水溜りが出来て、歩くたびに水を吸った重い芝が靴に絡み付くような感覚がする。おまけにこれまで散々に踏み付けて所々芝が剥げ上がってるから、泥も見えている場所が多い。

 これはレース中に何人か滑って転びそうだ。気を付けよう。

 

 



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第43話 日本ダービー後編


 今回は諸事情により三人称で書きました



 

 

 雷雲渦巻く東京レース場のスタンド最前席。十人を超えるウマ娘が風雨に晒されるのも気にせず陣取って、レースの行方を見守っていた。

 トレセン学園のチームでも三指に数えられる≪スピカ≫≪フォーチュン≫のメンバーが揃い踏みで、チームメイトの勝利を信じている。

 

「か~こんなんでホントに走れるのかよ」

 

「中止になってないんだから、走るんでしょ。アンタはこの程度の雨でレースを辞めるの?」

 

「んだよ!俺が雨如きで怯むかよっ!!」

 

「ウオッカさんも、スカーレットさんも落ち着いて。でも、ライスも雷はちょっと苦手……」

 

 ≪スピカ≫に新しく入った新入生のライスシャワーの仲裁で、先輩二人は口喧嘩を止める。普段からいがみ合う仲のウオッカとダイワスカーレットも、後輩のライスシャワーの前では大人しくすることが多い。あのゴールドシップすら、破天荒な行動を多少でも控えるのだから、≪スピカ≫の中でこの娘の影響力はかなり大きい。

 

「藤村、お前のとこのアパオシャは雨が苦手だって聞いたぞ」

 

「大丈夫ですよ沖野さん。あいつは雨が嫌いなだけで苦手じゃないんです。いつも通り走れます」

 

「そうかい。シチーの奴が割と気にしてたからな。今度は全力でぶつかって勝ちたいってよ」

 

「覚悟しておいてください。今日のあいつはかなり手強いですよ」

 

 教え子の勝利を疑わない二人のトレーナーはお互いを見て笑った後に、ターフの選手達に視線を向けた。そろそろレースが始まる。

 横殴りの雨の中、ファンファーレが鳴り響き、観客の視線はゲートに入るウマ娘達に集中する。

 多くは圧倒的な強さのナリタブライアンが二冠目を獲得するのを期待しつつ、心のどこかでゴールドシチーを始めとした、スター性のあるウマ娘達が番狂わせをするのを求めていた。

 クラシック三冠の中で最も幸運なウマ娘が勝つと言われる、栄光の日本ダービーが今始まった。

 一斉に飛び出したウマ娘達―――いや、二人出遅れた。

 

「先頭はアパオシャか。一気に加速して『逃げ』を選んだか」

 

 沖野トレーナーの言う通り、先頭はアパオシャが取って後続がそれに続く。ゴールドシチーは後方、ナリタブライアンは5番程度で中団をキープしている。

 

「あの子速いわ。このペースのままで行くのかしら」

 

 サイレンススズカがアパオシャのペースの早さに眉をひそめる。アパオシャは現在二番手と十バ身以上離して一人旅状態。序盤の、しかも不良バ場でこれはペースが早過ぎる。

 現日本ウマ娘の中で最も『逃げ』を熟知した彼女の目から見て、今のアパオシャは掛かって暴走状態に近い。

 コーナーに入ってもその速さは落とさず、バ身差は変わらない。

 普通ならこんな序盤でスタミナを使い切るような超ハイペースは無謀に近い。しかし、今レースをしているウマ娘達は焦りを覚えた。

 相手はあの無尽蔵のスタミナを持つアパオシャだ。もしかしたら、万が一≪宝塚記念≫のサイレンススズカのように、最後の最後までこのペースでスタミナが持つかもしれない。不安に駆られた一部のウマ娘が一気にペースアップを図って、先頭との差が縮まり始めた。

 ペースを変えなかったナリタブライアンやハッピーミークのような数名は、どんどん追い抜かれて後方へと追いやられる。

 

「トレーナー、シチーさんのペースは大丈夫なの?ボク、まずい気がするんだけど」

 

「俺もそう思う。今日のあいつは雨音で寝不足気味だから、ちょっと神経質になってるな」

 

 レースが動いたと同時に、スタンドから悲鳴が起きる。中間点の1200メートルを走り、後半に突入していたアパオシャが足を滑らせて転倒しかけた。こんな不良バ場では珍しくないが、みるみるスピードが落ちている。

 

「ふんぎゃろー!!どこか足を痛めたかもしれません!!」

 

「アパオシャさーん!大丈夫ですかーー!!」

 

 チームメイトから悲鳴と心配の声が上がる。その間にもアパオシャのペースはグングン落ちて行き、とうとう後続に抜かれてしまい、直線が終わってコーナーに入る頃には最後尾近くまで順位を落としていた。既に先頭とは七バ身は離されたが、それでも彼女は走るのを止めない。

 入れ替わった先頭集団は重バ場を物ともせず、快調に3~4コーナーを走り続ける。

 先頭が最終コーナーを過ぎて、500メートルの最終直線へ入った。さらに後ろからは先頭を奪い取ろうと。何人ものウマ娘がペースを上げて熾烈な競り合いを始める。

 ここにナリタブライアンも参戦、その優れたバランス感覚と足の強さで悪路を物ともせず、後方から地を這うような走りで、一気に順位を上げていく。

 それに負けじとゴールドシチーも、ゴールドシップ仕込みのストライド走法で加速してトップに躍り出た。

 

「いけー!!シチーさん!!」

 

「勝て、ブライアンさんに勝てー!!」

 

 ≪スピカ≫のメンバーは懸命にゴールドシチーへ勝利の念と声を送り続ける。スタンドの特別観覧席にいた≪リギル≫もまた、ナリタブライアンの勝利を願った。

 一方アパオシャのチームメイトは、まだ後方でコース中央を走るアパオシャに必死に声援を送っているが反応は無い。

 しかしここで先頭を競った三人の一人が足をふらつかせて濡れた芝で滑り転びかけた。その煽りで外側の一人が転んでしまう。

 

「危ない!!」

 

 会場から悲鳴が起き、コースの走者も慌てて避けて、連鎖的な動きでバ群の中で競っていたナリタブライアン達のポジションがかなり乱れた。

 その動きが発端になったように、走者の半数以上のペースが落ちている。

 

「あいつらフラフラじゃないか。もうスタミナが残ってないのか?」

 

「アパオシャがレース全体を引っ掻き回しましたからね。最後までまともに走れるのは、引っかからずにペースを保ったナリタブライアン含めて数名ですよ」

 

 沖野の疑問に藤村が不敵に答えた。

 後輩トレーナーを問い詰めようとした沖野は、教え子のシチーもペースが落ちているのに気付いた。ゴールまではまだ300メートル近くあるのに、これでは『差し脚』が使えない。

 ナリタブライアンが脚色の衰えたシチーを置き去りにして先頭に立つ。スタンドはナリタブライアンの勝利を確信した。

 ここで後方に置き去りにされたアパオシャとハッピーミークが動いた。

 一気に加速してスタミナ切れを起こした連中を纏めて抜き去り、先頭のナリタブライアンに追従する。

 ハッピーミークはともかく、一度は足を痛めて沈んだと思われたアパオシャの復活に、観客達は度肝を抜かれた。

 

「いけーアパオシャさん!!バクシン!バクシイイン!!」

 

「ホームに一直線大逆転サヨナラ勝利ですわー!!」

 

 二人はジリジリとトップのナリタブライアンに追いつき、残り100メートルで三者が並ぶ。内ラチ近くのナリタブライアンと、外側で競い合うアパオシャとハッピーミーク。奇妙な距離感の三者の、最後のデッドヒート。

 ゴールまで残り僅かな距離でも三者の身は重なり合ったまま。

 このまま写真判定かと思われた瞬間、ゴール手前でアパオシャが走り幅跳び選手の如く跳んだ。

 そして左足の着地の瞬間、もう一度跳ね、空中で回転しながら、勢いそのまま地面を転がった。

 東京レース場に風雨と雷の音だけが響く。ターフに転がったアパオシャは動かない。幾ら頑強なウマ娘でも、全力疾走は時速70km/hに達する。そんな速度で転がったら、無事では済まない。

 スタッフが救護班の手配を叫んだのを皮切りに、スタンドから割れんばかりの歓声と悲鳴が交じり合う。

 その声に応えるかのように、アパオシャはターフに寝ながら天に拳を突き上げた。

 藤村トレーナーや≪フォーチュン≫のメンバー全員がアパオシャに駆け寄った。

 

「無事かアパオシャ!!まだ起きるんじゃないぞ!!」

 

「聞こえてるよトレーナー。大丈夫だよ、受け身は取って頭と足は保護したから」

 

「最後のは聞いてないぞ!!怪我どころか死んだらどうするんだ!?」

 

「だから転んだ時の対処法に、柔道の受け身の基礎を学んだんだろ。俺は元から頑丈だし、雨を吸った芝生と泥は柔らかいから大丈夫だって」

 

「ったく!タキオンといい、カフェといい、毎度ヒヤヒヤさせるんじゃねえ!」

 

 トレーナーの怒りと不安を払うように、立ち上がって自分の手足や胴に異常が無いか丹念に調べて、多少打ち身をしたが大丈夫と答えた。

 それよりアパオシャが気になったのがレース結果だ。電光掲示板には写真判定の文字が出ている。

 遅れてきた救護班は断って、判定を待ち続けた。

 ―――――結果が出た。一着にはアパオシャの4番がアタマ差の文字と共に爛々と輝いていた。二着にはハッピーミークが三着ナリタブライアンとハナ差だった。

 あとは大きく差が開いて四着にゴールドシチー。五着も出た。

 今年のダービーを制したのは≪ブラックプリンス≫アパオシャ。レース場は大歓声に包まれた。

 

 

 日本ダービーが終わった夜。全ての片づけを終えて、部室の施錠を済ませた藤村は、後ろに気配を感じて振り向いた。

 

「脅かさないでくださいよ東条さん」

 

「ああ、ごめんなさい。こちらから声をかけた方が良かったわね」

 

 振り返ると先輩トレーナーの東条ハナが立っていた。まさかレースに負けた腹いせに闇討ちは無いと思ったが、藤村はちょっと身構えた。

 

「ちょっと付いてきてくれるかしら。今日の事を色々聞きたいのよ」

 

「あーそういうことですか。良いですよ」

 

 敗因の答え合わせをしたいと言う事か。酒も出すと言われて、断れなかったから黙って付いて行く。

 藤村が連れてこられたのはトレーナーの仕事部屋だった。トレセンのトレーナーは複数人で一つの部屋を割り振られる。店で飲むよりは、こう言う所の方が静かに話せると思ったのだろう。雨の中で遠くまで出歩きたくないし。

 ただ、差し向かいで飲むと思っていたら、部屋に入ると見知った顔が先に居た。

 

「よう、お疲れさん。初ダービー勝利おめでとう」

 

「こ、こんばんわ。今日は良いレースでした」

 

 部屋には同僚の沖野と桐生院が居た。机にはビール缶やらウイスキー瓶の他につまみが各種置かれている。

 集まった四人は昨年のジュニアG1を勝利して、皐月賞と今日の日本ダービーに出走したウマ娘の担当トレーナーだった。

 

「レースが終わればウマ娘とトレーナーは怨みっこ無しという事ですか」

 

「そういうこと。今日は俺達全員お前にしてやられたから、飲みたい気分なんだよ」

 

「俺のせいじゃないですよ。全部アパオシャの思惑通りです」

 

「へぇ。それは面白そうな話が聞けるわね」

 

 後ろの東条が酷く愉快そうに喉を鳴らした。捕食されそうな気配を感じた藤村は、さっさと酒の置かれた席に就いた。

 最初に四人はビール缶を開けて一口飲んで舌を湿らせる。

 それから最初に口火を切ったのは沖野だ。

 

「最初のヤケクソみたいな『逃げ』はブラフか?」

 

「ええ、アパオシャの『逃げ』はサイレンススズカの『逃げ差し』と似てますから。あいつのスタミナと合わせて他の走者を慌てさせるのが目的です」

 

「それで逃げ切る事は出来なかったんですか?」

 

「あのペースはいくらアパオシャだってスタミナが持たない。練習でそれをしても目標タイムに届かなかったんだ。ナリタブライアンには最後に抜かれると分かってたから、ペースを乱す揺さぶりに留めた」

 

 実際序盤で滅茶苦茶なペースで走られて、逃げられると思った多くの選手が引っ張られる形でペースを上げた。自分のペースを維持したのはナリタブライアンやハッピーミークぐらいだ。

 

「そこがあいつの悪辣な所で、実は他の子がペースを上げた時に、あいつもこっそりペースを上げてたんですよ。それでレース全体をかなりのハイペースに誘導してから、本人は滑って足を怪我したと思わせて、後ろに下がって息を整えた」

 

「今日の重くて荒れた芝なら滑るのは珍しくないもの。レース場は全員まんまと演技に騙されてたってわけね」

 

「うちのミークは気付いてたみたいですよ。だから最後までアパオシャさんに引っ付いて警戒してました」

 

 沖野が口笛を吹いて、ツマミのサラミを放り込んでビールで流し込む。モデルのシチーさえ騙されたのに、あのボーっとした子が見破るとは。

 そうして気付かないうちにペースを狂わされていた大半の走者は、最終直線でスタミナ切れを起こした。

 でも、と桐生院は疑問に思う。なぜそんなスタミナ配分を間違えるほど、冷静さを欠いた子ばかりだったのか。

 疑問には東条が代表して答えた。

 

「一つは雨と雷ね。ウマ娘の聴覚は私達より鋭くて、余計に音を拾って苛立つもの。昨日からの豪雨で、うちの子も何人か寝れずに眠そうにしてたわ。芝も重くて余計に体力を使うし、距離の問題もある。青葉賞を除いて誰も公式戦の2400メートルを走った経験が無い。いくら練習で走ってても、G1の緊張もあるから、レース中に気付くのは難しかったのよ」

 

「で、ナリタブライアンやハッピーミーク以外はゴール前で失速。フラフラになって走りの乱れた子を躱したり、ポジションを直すのに左右に動くから結構疲れるし、手間を食う。その隙に後ろから再加速して抜き去る目論見だった」

 

「最後の直線でアパオシャ達は外よりを走ってたが、あれは荒れていない芝を走るのが目的でわざわざ遠い所に陣取ってたのか?」

 

「それもありますけど、距離のロスを覚悟しても、ナリタブライアンの傍で走らない事が一番重要だったそうです」

 

 沖野と桐生院は首を捻ったが、東条だけは「しまった」という顔をした。

 

「アパオシャが言ってましたが、ナリタブライアンは負けず嫌いで隣で誰かが抜こうとすると、ムキになって競り合おうとする癖があります。東条さんが矯正したみたいですが、追い詰められたら癖が出かねない。下手にやる気を引き出させては競り負けるから、離れて走る必要があった。特に自分と戦わずに諦めたような奴なんて眼中に無いだろうと、念を入れて」

 

「……それは皐月賞の時の事か。レース後にブライアンが怒ってたとかシチーに聞いたぞ」

 

「その時からマーク外しの仕込みはしてたそうです。どうせ負けるレースなら無理に競り合わずに、次の日本ダービーの仕込みに使ってやろうと。そっちはかなり後で聞きましたよ」

 

 トレーナー全員はなんて事考えるんだと、呆れと共に感心すら含む怒りを抱いた。一生に一度しか走れないクラシック三冠の一つを罠を張る道具に使うとは。

 

「正気の沙汰ではないですよ。怒りと失望を利用してまでレースに勝ちに来るなんて。しかもそれでうちのミークにも勝つなんて」

 

「三つの内、一つを取られても残り二つ取れれば勝率六割六分だから良いだろ、なんて言ってましたよ。最悪あるいは、三回のうち一回ヒットかホームラン打てば、クリーンナップ張れる一億円プレイヤーとも。菊花賞はアパオシャの適性距離だから、勝つ目は今日よりもありますし」

 

「それで本当に勝つ奴があるかよ。あーもう、やってらんねえ!」

 

 沖野は不貞腐れて、ウイスキーの蓋を開けて、グラスに注いでストレートで煽る。後輩トレーナーどころかウマ娘一人の掌の上で転がされてたなんて、飲まないとやってられない。

 

「けど、今日雨が降らなかったら、もう少し分が悪いレースになってたとは言ってましたよ。最後は桐生院さんのハッピーミークともギリギリで、無茶な跳び込みなんてやって……アイツの体が飛び抜けて頑丈ってのは知ってるけど、あれは俺も心臓が止まるかと思った」

 

 さすがに三人もゴールの跳び込みを見せられた藤村に同情した。反則にはならないがあんな無茶なやり方で勝っても、骨折どころか下手をすれば二度と走れない障害を負っていた可能性だってある。いくら転んだ時に受け身を取れるように練習してあっても、絶対にさせようとは思わない。

 

「あいつは普段は冷静で視野が広いくせに、土壇場であんな無謀な事をやりやがる。タキオンもだが、見ているこっちの身にもなれってんだ」

 

 東条は何も言わずに空いた二つのグラスにウイスキーを注いで、一つは自分、もう一つは藤村の前に置く。二人ともきつい酒に口を付けて喉を鳴らした。

 桐生院は自分も強い酒を飲まないといけない流れなのかと悩んだが、その前に気になる事があった。

 

「雨と言えば記者会見の時、アパオシャさんがフクキタルさんの雨乞いのおかげで勝てたって言ってましたけど、冗談ですよね?」

 

「一応雨乞いの儀式はしてたよ。わざわざお供え物まで買い揃えて、工事する時の地鎮祭に使うような神棚まで作って。本人達は信じてるけど、俺は偶然だと思う」

 

「「「それはそう(だ)(ね)(ですよ)」」」

 

 初めて四人は笑った。

 今日のレースの答え合わせが済み、後はトレーナー同士の普通の飲み会になった。普段の仕事の愚痴だったり、思春期のウマ娘との付き合い方の悩み、特に沖野と藤村は男だから色々と気を使って大変だとか。

 東条も最近チーム入りした新入生のエイシンフラッシュというドイツ留学生の、自分以上の秒単位まで徹底した管理主義を改めさせるのに苦労しているとボヤく。

 桐生院はハッピーミーク一人でも、トレーナーとして稀有な才能を持つ教え子を、これから導いてあげられるか弱音を吐いたりもした。本人は口にしなかったが、あるいは名門の実家からの圧力が強くて気苦労が多いのを、先輩達は何となく察して聞いている。

 指導者達は普段、教え子には打ち明けられない悩みや苦労を、この時ばかりは打ち明け、共有して遅くまで語り合った。

 

 



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第44話 ワクワクのドキドキ


 この作品を書くきっかけというか、一番最初に考えたナリタブライアンとの日本ダービーを書き終えて、ちょっと山場を越えた感があります。
 ですがまだまだ書きたい事は沢山ありますので、これまで読んでくださった方々はもうしばらくお付き合いください。


 

 

 六月上旬。日本ダービーの死闘から十日が経った。今日からようやく練習再開だ。いつもはレースがあっても三日あれば練習をしているが、今回は激戦だったのと最後の大ジャンプにトレーナーが怒り、検査入院と称して病院に叩き込まれた。おかげで二日間暇を持て余す羽目になった。

 反面、その間は記者達の相手をしなくて良かったのは感謝してる。それでもスマホにはレースが終わってから、引っ切り無しに地元の家族や知り合いからお祝いメールやら電話やらが入ってきて、返事をするだけでも面倒臭くなった。嬉しいのは分かるけど加減ぐらいしてほしい。

 笠松にとってはURAの規定で走りたくても走れなかった日本ダービーを、オグリキャップさんの代わりに走り、勝った俺を讃えたくて仕方が無いのだろう。父さんの話では、笠松トレセンや地元のURA直営店に並んだ俺のグッズは結構な売れ行きらしい。あわよくば先輩に次ぐグッズ収入源にして、さらに設備に金を掛けたい思惑があると思う。グッズが売れれば俺にもパテントが入るから良いんだけどね。

 

 それと三日前の安田記念に出たバクシさんは三着入賞に終わった。二着には昨年有マ記念ウマ娘のグラスワンダー先輩が入賞した。

 そして勝ったのはゴルシーのルームメイトの先輩のバンブーメモリーさん。学園の風紀委員長をやってる人で、よく竹刀片手に取り締まりをしている熱い人だ。

 俺も風紀委員長としか知らなかったが、これまでのレース戦績はお世辞にも良いとは言えず、シニア一年目の今回の安田記念まで一度も重賞を走れず、勝ち星も少なかった。それでも諦めずに走り続けて、ようやく掴んだG1勝利に、ゴルシーも大喜びだった。

 バクシさんも素直に負けを認め、次も学級委員長と風紀委員長対決をしようと握手を交わした。

 

 今はそれより次のレースに備えた練習の方が重要だ。ダービーは策が嵌まったのと雨のおかげで勝てたが、そろそろスタミナのゴリ押しで勝てるレベルではなくなった。パワー、スピード、コーナリングなど一つ一つを磨き上げないと簡単に負けてしまう。

 そのため、ひたすらコーナーをロス無しで走る練習を続けている。参考にするのは何度も研究したナリタブライアンの走り。あの重心を低くした低姿勢のまま走り続けるイメージを体に馴染ませて走っていた。

 何度か続けて少し速くコーナーを走れるようになったが、結構ふらついてバランスを崩してしまう。根本的に体幹を鍛えないと使い物にならない。

 トレーナーにバランス感覚を鍛えるメニューを相談していると、いつの間にか明るい栗色の髪をした見知らぬ生徒が練習コースに居て、こちらを見てるのに気付いた。

 

「おーい、そこの子。練習中はコースに入ったらダメだぞ」

 

「あなたがダービーでブライアンさんに勝ったアパオシャさん?」

 

「ああ、そうだけど。新入生?」

 

「新入生のマヤだよ!……うーん、マヤ分かんないなー、どうしてブライアンさんより遅いのに、アパオシャさんが勝てたんだろう?」

 

 初対面で割と失礼な事を言う子だな。ただ、怒るよりも何故そう思ったのか気になり、ちょっと話を聞いてみたくなった。

 

「皐月賞を見て俺の方が遅いと思ったのか?」

 

「ううん。あの時のアパオシャさんはちょっと力を抜いて走ってたから、見てもしょうがないよ。ダービーの時は最初から色々やってたのは『分かった』けど」

 

 全力で走ってなかったのを見抜いていたのか。あのレースで気付けたのはナリタブライアン本人とゴルシーに、うちの髭ぐらいだぞ。何でほぼ初見の新入生が気付けるんだ。

 

「君はマヤノトップガンか」

 

「トレーナーはこの子を知ってるのか?」

 

「ああ、新入生なんだが、4~5月の選抜レースは勝ったがトレーニングをサボりがちで、今月から全レース禁止令を出されてる子だ。トレーナー契約もしてない」

 

「だってレースは楽しいけど、トレーニングは同じ事ばっかりでつまんないんだもん!」

 

 不貞腐れて、柵に上がって足をブラブラさせる。まるっきり子供の駄々みたいだけど、それだけじゃないように思える。

 選抜レースで二度も勝てると言う事は相応の実力は備わっている。走ることかレースで勝つ事は楽しんでいる。

 トレーニングが嫌いなのは単に飽きやすい性格なのか、しなくてもいいぐらい才能の塊で必要無いと思ってるのか、あるいはオンさんみたいに足が弱いのを隠しているのか。

 何より皐月賞での俺の仕込みを気付いた洞察力の高さは驚きの一言。ともかく普通の子じゃないのは確かだ。

 トレーナー連中もこんな才能ある子を放っておくのは、トレーニング嫌いで扱い辛いと思ってるから、関わろうとしないのかな。

 

「トレーニングは辛くて疲れますが、しないと本当に強い人達には勝てません。だから私達は同じトレーニングをずっと繰り返しているんですよ、マヤノトップガンさん」

 

「えー、でもでも、トレーニングなんて一回すればマヤ『分かっちゃう』もん!」

 

 ダンの優しくも厳しい助言も、この子にはあまり効果が無い。

 そしてなーんかこの子の事が分かってきたぞ。

 マヤノトップガンは漫画やアニメに居る感覚で理解する天才タイプだ。それも一回でコツを掴んだり理解してしまうから、大抵が事は出来てしまう分だけ、普通の努力が理解出来ない子だ。

 同じ天才タイプのオンさんなんかは自分で理解しても、再度検証して理論化する事を最後に据えるから何度も練習するけど、この子は自分が分かった瞬間、トレーニングや勉強を終えてしまう。だからサボる子扱いを受けてしまう。

 トレーナー連中がこの子と契約しなかったのはそれに気づけなかったか、あるいは気付いても自分には扱いきれないと思って手を出さなかったんだろう。

 普通のトレーナーじゃ指導は無理だわ。うちの髭はちょっと放任気味だけど、基本を大事にするタイプだし、≪リギル≫の東条トレーナーは管理型だから、この子の性格とは相性が悪い。強いて言えば、個々のウマ娘に合わせた独特のトレーニング法を採用している沖野トレーナーの≪スピカ≫なら上手くやれると思う。

 そういえばイクノディクタスさんがいる≪カノープス≫はとにかくレースに出て実戦で鍛えろなんて、脳筋方法を採用しているとか聞いた事あるなぁ。

 レースが楽しいならレース形式のトレーニングなら楽しいのか?

 ちょっと答えが知りたくなってきた。

 

「じゃあ、俺達と今から走るか?」

 

「えっいいの!?」

 

「おいアパオシャ、この子はレースを禁止されてるから模擬レースはダメだぞ」

 

「俺は走るとしか言ってないよ。ただの並走トレーニングだ」

 

 トレーニングと言い張れば何とかなるもんだ。チームの皆も面白そうだから集まってきて、急遽≪フォーチュン≫全員――――オンさんとカフェさんも参加する――――とマヤノトップガンの八人が、2000メートルのレース形式で走るトレーニングが始まった。

 

 結果は言わなくても分かるだろう。デビュー前のクイーンちゃんを除いて全員がG1ウマ娘の中で、新入生が勝てるはずがない。

 中距離適性の無いバクシさんにも抜かれて、最下位でゴールしたマヤノトップガンは、しかし目を輝かせて楽しかったとご満悦。

 

「すっごいすごーい!!みんな大人のウマ娘でキラキラしてたっ!!マヤちん、ずっとワクワクして『分かっちゃう』事ばかりだけど、今日は全部『分からなかった』!!」

 

 あーやっぱりこの子の洞察力は相当高い。走るたびに新しい事を学んで、すぐに走りに取り入れられる天才だ。

 でも、基礎能力が全然足りないから、俺達にはどうあっても勝てない。センスだけでレースは勝てないのに惜しいね。

 

「どう思うトレーナー?うちのチームで鍛えてみたらどうだ」

 

「才能が文句無しにあるのは認める。ただ、通常のトレーニングを嫌がるのは、俺じゃ扱いきれるかどうかだな」

 

「ではトレーナーくんの代わりに私が一肌脱ごうじゃないか」

 

 オンさんはマヤノトップガンに怪しく濁った瞳を向けて意味深に近づく。

 

「やあやあ、マヤノトップガンくぅん。私達とのトレーニングは楽しかったかい?」

 

「うん!マヤこんなに楽しい時間は初めて!」

 

「フッフッフッフ、それは良かった。ところで私なら君に退屈なトレーニングはさせないで済むんだけどねぇ」

 

「ほんとっ!?」

 

「ああ、本当だとも。私と契約すれば、誰も体験した事の無いワクワクドキドキの体験を約束しよう。キラキラだよぉ」

 

「やるやる!!マヤ、アグネスタキオンさんと契約したいっ!!」

 

「クフッフッフ!契約成立だ。では今すぐ専属契約の書類を書こうじゃないか!」

 

 オンさんは何も知らないマヤノトップガンの手を引いて、学園の事務所の方に連れて行った。

 

「―――――ぶっちゃけ、あれ詐欺の手口だよな」

 

「嘘は言ってないから詐欺じゃないぞ。タキオンなら俺が思いつかないような、傍から見たらドキドキするようなトレーニングとか、キラキラ光る薬を処方してくれる」

 

「タキオンさんは無体な事はしないから大丈夫ですよ。私も新しい後輩が来てくれて嬉しいです」

 

 髭トレーナーはオンさんが指導するから、ちょっと不安だけど大丈夫だろうと思ってるし、ダンは最初から疑いもしない。

 俺が言い出した事だけど、ちょっと後輩ちゃんが哀れになってきたよ。

 

 



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第45話 メンバー対決

 

 

 宝塚記念が終わり、まだまだ蒸し暑い梅雨が続く七月に入った。

 今年の宝塚記念はグラスワンダー先輩、シャルさん、ビワハヤヒデさん、ナリタタイシンさん、スイープトウショウさん、カワカミプリンセスさん、パーマーさん、そしてうちのフクキタさんが出走したシニア期の大混戦だった。

 熾烈を極めたレースの末に宝塚の優勝をもぎ取ったのは、アタマ一つ差でビワハヤヒデさんだった。フクキタさんは着外の八着に沈んだ。

 このレースの後からフクキタさんは、時々物思いにふけるようになったり、急にテンションが高くなった――――いや、テンションは元から高いか。

 ともかく練習をしていても、ちょっと調子が悪いような時がある。ただ、本人が何も言わないから、俺達も話してくれるまで待つ事にした。

 

 夏休みまであと十日に迫ったある日の放課後。今日も今日とてトレーニングと言いたいが、残念ながら今日は学園の設備の予約が全て埋まっているので、部室でレースの研究をしたり、追試のための勉強をしている。追試の勉強はフクキタさんとバクシさんの二人だけだが。

 新しく入ったマヤノトップガン―――――長いから俺はガンちゃんと呼んでる―――――も成績優秀者だ。時々数学の数式をすっ飛ばして解答だけ書いて減点を受けてるが、基本的に回答の間違いは少ない。こういう所が良くも悪くも天才肌なんだろう。

 レースの勉強の休憩中に、俺はレースカレンダーをパラパラとめくって、これからの予定をあれこれ考える。クラシック三冠の最後≪菊花賞≫までは、あと三ヵ月はある。それまでに一回二回はレースをしておきたいと思って、ちょうどいいレースを探している。

 クイーンちゃんも六月からデビュー戦を走れるが、本人の希望で慌てず、少し鍛えてから万全にしてのメイクデビューを希望している。

 そのクイーンちゃんとダンのおかげで、去年と同じように、今年もメジロ家の保養所で合宿をさせてもらう予定だ。

 ガンちゃんも北海道の温泉付きの施設で夏休みを丸々過ごせると知って、目をキラキラさせていた。

 今年も賑やかで良い夏休みになりそうだ。

 

「あのアパオシャさん……次のレース決まりましたか?もし決まってなかったら、私と重賞レースを走りませんか?」

 

「フクキタさんと一緒にですか?」

 

「私はタキオンさんやカフェさんとレースをした事があっても、チームの後輩と走った事が無かったので。今年シニア三年目ですし、一緒に走れる機会があるうちに、アパオシャさんと走りたいんです」

 

 よく考えたら俺はもうクラシックだから、先輩達のようなシニアと混じってレースをする時期に来ていた。練習でいつも一緒に走ってるけど、公式の場で競い合うライバルになる事もあるんだったな。

 これも胸を借りる良い経験の一つだろう。

 

「良いですよ。フクキタさんとなら距離の適性も合いますし、俺もチームの先輩後輩対決はやってみたい」

 

「でしたら、八月の札幌記念を走りましょう!去年は私、負けちゃいましたからリベンジマッチです」

 

「俺だって負けませんって」

 

「むむむ、何という素晴らしい光景……アルダンさん!私も後輩とレースがしたいですっ!!今度マイルで勝負しましょう!」

 

「そのお誘いお受けしますバクシンオーさん。でしたら来年、お互いにシニアに上がってから走りませんか?」

 

「約束ですよっ!!これぞ模範的な先輩後輩の付き合い方ですっ!!」

 

「チームメンバー対決か……まあ、時にはそれもアリか」

 

 髭トレーナーがちょっと悩んだ後に了承した。

 日本のレースはレースはあくまで個人の戦いとみなして、互いに全力でぶつかる事が善しとされる。同じチーム内で勝ち負けが生まれるから、なるべくトレーナーが避ける傾向があっても、本人達が希望すればたまに見かける。

 一方で海外では同じチームメイトにラビットというペースメーカーや、妨害要員を使ってチームメイトを勝たせるような戦術的なプレイも日常的に行われる。

 カフェさんもフランスで、そうした行為を実際に目にしており、文化の違いを見せつけられた気分だったらしい。

 断っておくが、同レース出走が違反でもないし、直接選手に危害を加えるような妨害でもなければペナルティは無い。

 フランスで思い出したが≪リギル≫のエルコンドルパサー先輩は今、フランスでレースしてたな。五月にはマイルG1を二着、今月初めにフランス版宝塚記念と称されるG1サンクルー大賞を勝ち、日本レース界を驚かせた。これはいよいよ凱旋門賞の勝利を日本にと、URAはメディアを使って盛り上げていた。

 去年のカフェさんも盛り上がったが、今年こそはという執念が伝わってくる。もはや日本の凱旋門賞への想いは呪いに近いよ。

 ここで言っても仕方が無いか。フランスは一旦置き、来月のフクキタさんとの対決を楽しみにした。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 十日なんてあっという間だ。チーム≪フォーチュン≫は夏の終業式を済ませて、現在東京の空港で搭乗手続きを待っていた。今年で二回目となると楽なものだ。

 

「マヤちん、これからテイクオーフ!」

 

 一番年下の子は元気で良いね。なんでもガンちゃんの父さんは民間飛行機のパイロットで、親の職場にたまに遊びに行って飛行機の事を覚えたらしい。流石に運転はさせてもらえなかったけど、一緒に飛行機に乗って交信に使う色々な飛行機用語は自然と覚えたとかなんとか。

 どんな紙でも紙飛行機にして飛ばせると豪語したから、試しにコーヒーショップでコーヒーを買った時に貰った柔らかい紙を渡したら、結構飛ぶ飛行機を作ってくれた。すげえ特技だ。俺もレース以外で何か特技を覚えてみようかな。

 

「それにしても、まさかマヤがタキオンさんと契約するとは思わなかったよ」

 

「怖いもの知らずなのが羨ましいわ」

 

 向かいの席でライアンちゃんとドーベルちゃんが、パーマーさんと一緒に『うぇいうぇい』言ってるガンちゃんを見て苦笑いしてる。

 メジロの三人も今年は俺達と一緒に北海道の保養所に行く。トレーナーも一緒だ。

 パーマーさんとドーベルちゃんのトレーナーは年配の女性で、そろそろ引退を考えている年だったが、ドーベルちゃんを見て、最後の仕事として彼女を育てる事を決めたそうだ。

 ライアンちゃんのトレーナーは四十歳過ぎの男性で、今までの教え子に重賞を勝った人は一人だけだが、全員を大きな怪我も無く無事に育てられた事を誇りにするトレーナーと聞いている。他人事ながら初のG1ウマ娘がライアンちゃんだったら良いなぁと思った。

 

「おーい。そろそろ搭乗時間だ。行くぞー」

 

 髭に呼ばれて、俺達は飛行機に乗った。

 そしてあっという間に北海道に着き、メジロ家の迎えのバスで保養所へと送られた。

 

 



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第46話 いつか来る選択

 

 

 八月中旬の札幌レース場はよく晴れて気持ちが良かった。

 去年と同じようにメジロ家の保養所からバスで送ってもらい会場に入る。

 調子は朝から良い。終業式の翌日から保養所でひたすらトレーニングを続けて、実力もかなり伸びた実感がある。

 今日一緒に走るチームメイトのフクキタさんは、いつものテンションで占いをしている。昨日までは人が変わったみたいに、やけに静かにトレーニングに打ち込んでたのは何だったんだろう。

 ともかくみんなはスタンドに行き、出走する俺とフクキタさんは控室に入った。

 

 いつものように体操服に着替えて、ウォーミングアップを済ませてから、静かに出番を待つ。

 スタッフが呼びに来て15番のゼッケンを渡した。今日の出走は16人だから外枠か。北海道のレース場は内側の芝が剥げやすいから、距離のロスと芝の具合で差し引きトントンだな。

 パドック裏は出走する人達の視線が俺に集まり、居心地が悪いと思った。観察する視線の中に一部、忌々しいと感じる敵意も感じた。

 そうか、この人たちは殆どシニアで、クラシックの俺を異分子のように見てるのか。出走表の中には札幌記念を走る同期は俺とあと二人しかいない。その上、G1ウマ娘は俺だけだ。ダービーウマ娘に対抗心以上の嫉妬すら抱いているのかも。

 違うのは4番ゼッケンのフクキタさんだけだな。先輩と目が合うと、何も言わずに頷いたから俺も頷いて返す。今はチームの先輩後輩じゃない。一人のアスリートとして堂々と競い合うライバルだ。

 客への顔見せを済ませてターフに出る。

 去年メイクデビューを走った時より芝が荒れている。少し走りにくいな。

 

 足を少し慣らしてからゲートに入る。今日ぐらいは邪魔をするなと同居者を言い含めてあるから、さすがにアイツも空気を呼んで大人しくしてる。

 一斉に飛び出し、六人が先頭争いをしながら集団を作る。今日は六人が『逃げ』狙いか。ちょっと珍しいな。

 俺は後方13番手ぐらいに留める。フクキタさんはさらに後ろ。

 スタートからの直線は様子見に留め、第一コーナーに入ってから少しペースを上げていく。

 姿勢をやや低くしたままコーナーを曲がる。緩やかなコーナーに沿って小さく曲がってもバランスは崩れない。良い調子だ。練習の成果が出ている。

 そのまま内側から前の一人を抜くつもりだったがブロックされた。さすがにシニアはブロックが固い。

 まだ序盤だから慌てず、コーナーが終わってから直線の外側から、ペースを上げて二人抜いた。

 中間点の1000を過ぎて、1200に到達。さらに第三コーナーに入る時には順位を上げて8番手になっていた。

 いつもより早めにペースを上げても、スタミナはまだまだ七割ぐらいは残ってる。新しい走法のおかげだな。

 

 日本ダービーが終わってから、策を弄せずともナリタブライアンに勝つ方法を模索していた時、トレーナーやカフェさんと一緒に過去の資料や映像を片っ端から調べて、一つの興味深いウマ娘を見つけた。

 かつてオグリキャップ先輩やタマモクロスを下して、ジャパンカップの勝利者になった、アメリカの伏兵≪WILD JOKER≫オベイユアマスターの走法。走行中の上下運動を極端に抑えて無駄を省いた、『流水』のような滑らかな走り。この人の走法を参考にする事を思いついた。

 上下に動けばその分だけ無駄にスタミナを消費して、走行バランスも悪くなる。だから夏休みの合宿中は殆どをバランス感覚を鍛えつつ、フォームを体に染み込ませる事だけに終始して、上半身をブレないように固定しながら走る事を身に付けた。

 ナリタブライアンのように下半身が頑強で、地を這うような低姿勢でも崩れない優れたバランス感覚は俺には無い。ゴルシーのような長い足を使ったストライド走法も、平均的な体格の俺には相性が悪い。

 あるいはオグリキャップ先輩のような柔軟な膝も無ければ、タマモクロスのような負けん気の強い勝負根性だって持ち合わせていない。

 しかし姿勢さえ矯正すれば、ある程度の低姿勢を維持したままコーナリングも無理なく出来て、速く無駄なく力強く走れる。この走法は俺に相性が良かった。

 

 そのままコーナーへ突入。第三コーナー中に追い抜きを仕掛けるも、前を走る『逃げ』集団にブロックされた。最終コーナーに入り、何度か抜こうとしても横に広がって抜かれてくれない。

 まるでクラシックの俺などお呼びじゃないとばかりの排他的行動。なるほど、年下の俺には意地でも勝たせたくないのか。でもな――――

 

「無駄無駄」

 

 内側がブロックされてるなら、最終コーナーの終わりでスパートをかけて、外から一気に抜き去ればいい。多少の距離的ロスぐらい余ってるスタミナ上乗せで何とでもなるんだよ。

 最終直線の外側を走り、邪魔な集団から離れた場所で悠々と先頭を奪取。札幌レース場の260メートルの短い直線に最初に踏み込んだ。まだまだスタミナは十分残してある。

 さーて、このまま終わらないよね、フクキタさん。

 残り150メートルで、空を飛んでる同居者の声が聞こえた。真打登場ってな。

 強烈な足音を鳴らして段々と近づいてくるプレッシャーで背中がチリチリ焼かれるみたいだ。これがシニアG1ウマ娘の圧力。ナリタブライアンの圧力も嫌だったが、こっちも同じぐらい嫌な感じだよ。

 最後の100メートルで残ったスタミナをありったけ注ぎ込んで、足の回転を一気に上げる。追いつけるなら追いついて―――――おい!

 内側の荒れた芝など物ともせずに、フクキタさんが内ラチギリギリから抜きにかかった。

 …待て、なんであの人はお守りや鈴をジャラジャラ付けて、金色のダルマや招き猫を引き連れてるんだよ。

 いや、そんな事はどうでもいい!いくら先輩だからって負けてたまるかっ!!

 

「ふにゃーー!!」

 

「おあああーーー!!」

 

 隣なんて見ている暇はない。ただひたすら勝つ事のみを求めて足を動かし、息を忘れるほどに駆けた末に、俺はとっくにゴールを駆け抜けていた事に気付いた。

 後ろを振り向くと、天を仰ぐ体操服姿のフクキタさんが目に映った。……さっきのはカフェさんやオンさんの時の幻影に似てたな。

 それも重要だが、今は勝ち負けだ。

 電光掲示板には一着に大きく4の数字が出ていた。その上コースレコード≪1:58.4≫を記録。フクキタさんの文句無しの一着入賞だった。

 

「やったー!」

 

「はぁはぁ……くそ、負けた…」

 

 距離の短さは言い訳にはならない。仕込みと割り切って走った≪皐月賞≫の時とは違う。全力でぶつかった結果の初めての負け。

 ……悔しいな。悔しいよ。でも――――

 

「おめでとうフクキタさん」

 

「にゃはは!ありがとうございます。今日はアパオシャさんと一緒に走れて本当に良かったです」

 

 フクキタさんは俺に抱き着く。握手かと思ったから、ちょっと焦った。

 それから勝者の先輩はスタンドに手を振って声援に応えた。

 

 地元出身のフクキタさんがセンターを務めた事もあって、ウイニングライブは大盛況。俺も負けはしたが、先輩と同じステージで歌う経験が出来て、まあまあ満足してる。

 保養所に帰ってから風呂に入って、メジロの方々にお祝いパーティを開いてもらった。

 ご馳走やケーキを食べて、合宿生活にちょっとした潤いを得た。

 そして、今日の主役から一言挨拶があると注目を集めた。

 

「あーあー。ごほん!……えー私、マチカネフクキタルは本日のレースを持ちまして、正式にレース生活から引退します!」

 

「「「えええええーーーーー!!!」」」

 

「なんでっ!?まだ今日みたいに走れるじゃないですか!!フクキタさんならドリームトロフィーでも勝てますよ!」

 

「いえいえ、今日の私は人生最高の走りでした。後はもう衰えていくばかりです。それも全力でぶつかったアパオシャさんのおかげです。今は走り切った満足感で一杯なんです。本当にありがとうございました」

 

 深々と俺に頭を下げた。狼狽えて髭を見ると、全部知ってた顔をしていた。

 

「夏休み前に話を切り出されてな。俺も引き留めたんだが、本人の好きにさせた。今日のレースで負けてたら、もしかしたら撤回するかと思ったが、お前とのレースは多分勝ち負け関係無しに満足してたと思うぞ」

 

「そうだね~。私も今日のレースは凄かったと思うよ。フクキタルさんの同期として結構一緒に走ってるけど、今日ほど強かったレースは無かったなぁ。ちょっとアパオシャちゃんに嫉妬するし、物凄く強い後輩と限界まで競えたフクキタルさんがとっても羨ましい」

 

 パーマーさんが涙声で語る。同期として思う所は多々あるんだろう。

 

「私も……アパオシャさんと走れた……フクキタルさんが羨ましいです……あと一年だけ歳が違えば……私だって」

 

「それは言わない事だよカフェ。みんなそう思う事は一度はある」

 

 珍しくカフェさんの方がオンさんに諭された。

 

「私は今日でおしまいですけど、アパオシャさんアルダンさん、マックイーンさんマヤノさんはこれからも沢山トレーニングして、レースに勝って、いっぱい笑って、楽しんで………たの……しんで…ください」

 

 フクキタさんはとうとう泣き出してしまった。俺も自然と涙が出て止まらない。

 

「お前らもう二度と会えないわけじゃないんだからな。暫くはチームの練習にも顔を出してもらう事も多い。だから戦勝パーティーで泣くんじゃねえ」

 

「アンタだって泣いてるだろうが!」

 

「うるせえ!教え子が怪我無しで無事に引退出来たんだぞ。泣かせろ」

 

 結局チーム≪フォーチュン≫はオンさんとカフェさんを除いて全員泣いた。そしてもらい泣きでメジロ家全員泣いた。

 たっぷり泣いた後はすっきりして、パーティーを続けて次の日は全員寝坊した。

 

 

 G1二冠ウマ娘マチカネフクキタルの引退は九月一日付で世間に正式発表されて、その明るい性格と強さを惜しまれながらも、無事にレース生活を終えた事を祝福された。

 それと同期の引退を傍で見ていたパーマーさんも踏ん切りが付いたのか、十月の京都大賞典を最後に引退する事を決めた。

 

 



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第47話 クラシック同期模擬レース

 

 

 居心地の良かった北海道のメジロの保養所から、学園に戻ってきて既に一週間。東京の項垂れる暑さに辟易しながら学校生活を過ごしていた。

 トレセンに来てからもう三度目の夏休みになるが、毎回長い休みになると周囲のみんなが一回り成長したように見える。

 休み中ひたすら練習に明け暮れた子もいれば、レースを走り勝ち負けに拘らず、大きく成長したような子も居る。

 そしていよいよ上級生達と混じってレースをする時期に来て、さらなる力を得ようと一つの催しがトレーナー達の提案で始まった。

 

 今日の放課後は通常の練習を取りやめにして、俺は何人かの同級生たちと一緒に学園のレース場に集まった。

 それに制服姿の生徒達や、どこからか今日の事を聞きつけた記者やらカメラマンがスタンドに集まって、ちょっとしたお祭り騒ぎになってる。あっ、またゴールドシップさんが食べ物売ってる。今度はアメリカンドッグとドーナツのセットか。

 これだけギャラリーが居て、ウマ娘がレース場に集まってやる事なんて一つしかない。トレーナー主導のクラシック期限定ウマ娘の模擬レースだ。

 しかも出走条件は最低でも重賞に一回は入賞経験がある事という、ほぼ俺達の学年の上澄みが一堂に集まる、注目度の高いレースになった。学園内の模擬レースなのにメディアが寄ってくるのも分かる。

 参加者は主だったメンバーに俺、ダン、ゴルシー、ビジン、センジ、イクノディクタスさん、ナイスネイチャ、ハッピーミーク、ナリタブライアンなどなど。

 距離はスタンダードにマイルと中距離の芝を想定。片方走るだけでも良いし、両方出ても構わない。俺はマイルは苦手だから中距離限定だけど、半分くらいの参加者は両方走るみたいだ。

 今はマイルレースをやっている。やはり頭一つ抜けているのはナリタブライアンか。日本ダービーから、また一つ二つが速さと力強さを増している。まったく、参るな。おっと今はルドルフ会長は側に居ないな。

 

「なにキョロキョロしてんのよ?」

 

 隣に座ってたナイスネイチャが不審に思って話しかけた。この子も今日の中距離に参加する。

 

「いやあ、ルドルフ会長が居たら『ブライアンがマイルを走ったら周りは強すぎて≪参る≫な、って言いそうだと思って」

 

「ぶっふぉ!!ちょ、マイルを走ったら『参る』って……くくくお腹苦しぃ」

 

 えぇ。何でそれで笑えるの?ナイスネイチャはお笑いのハードルが低いのかな。

 これでこの子も六月の鳴尾記念と八月の小倉記念、G3を二つ勝利している。同期の中でも二十番以内に入る有望なウマ娘として世間で認知されてる。

 なのに本人の自己評価は結構低くて、変に卑屈なんだよ。G1に勝てなきゃウマ娘にあらずとか、理想が高すぎるのかもしれない。

 

「それで笑えんのはアンタだけだしぃ。マジうけるー」

 

 後ろの席で足の爪の手入れをしていたセンジが、今も笑ってるナイスネイチャに呆れてる。

 センジは今まで酷い爪割れの治療で走れなかったが、夏休み明けにようやく医者からレースの許可が出た。半年ぶりの復帰レースは来週のOP戦を予定して、今日のレースで調整する。

 

「あーあ、いま下で走ってるアイツらマジやべえぇわ。シチーもユキノもめっちゃ速くなってんじゃん。何なの、あれでアタシとタメなんですけどー」

 

 ―――ふむ、現状の力量差は分かってるみたいだな。半年のブランクの大きさを正確に把握して、悔しそうに顔を歪めている。才能は一流でも、怪我で練習出来なかった期間で置いてきぼりにされて、どうやって取り戻すかな。そこらへんは友達のトレーナーに期待しよう。

 怪我と言えば離れた所で、ダンと一緒に見学しているクラチヨさんもか。オークスで骨折したのがまだ治っていない。ルームメイトのダンは何も言ってなかったが、あの顔では最後のティアラに間に合わないかな。もっと悪いと今年いっぱいは無理かもしれない。

 俺は頑丈な身体を親から貰って心底良かった。どれだけ才能が有ったり足が速くても、怪我ばかりで走れなかったら意味が無い。

 おかげで八月に札幌で走ってから、また今月下旬にG2オールカマーを走れる。その次はいよいよ菊花賞が見えてきた。

 ナリタブライアンとハッピーミークは今月にG2セントライト記念を、ゴルシーはG2神戸新聞杯をやはり今月に、ビジンはG2ローズステークス出走と聞いてる。ダンの奴は直接、秋天皇賞を出走すると言ってた。

 そういえばハッピーミークは七月のジャパンダートダービーを優勝してたな。あの子、ホント走る環境を選ばない唯一無二のウマ娘だよ。

 

「ナリタブライアンも菊花賞を走るんだろうな。ゴルシーはどうだろう?ビジンは最後のティアラを取りに行くと思うが」

 

「……ネイチャさんも菊花賞は走るけど、正直勝てませんわーアハハ」

 

「アタシは走りたいけど、トレーニング時間が取れないからトレーナーに止められて、アルなんとか杯を走る事になったしぃ」

 

「アルゼンチン共和国杯な。シニアも参加するG2長距離レースだから、手強いぞ」

 

「ふん!やってやんよぉ!!アパオシャも菊花賞勝ちなよ!」

 

 言われずとも勝つよ。

 さて、レースの方は順当にナリタブライアンが勝ったか。二着がビジン、三着はイクノディクタスさん。あの人も何気に強いな。

 三十分の休憩を挟んで、次が中距離レースだ。

 俺達も下に降りてウォーミングアップを始めた。

 

 中距離の模擬レースは非公式と思えないほどに盛り上がった。勝ったのはナリタブライアン。ほぼ同時にゴールを抜けて判定が難しかったが、体勢がちょい有利だったから俺がハナ差で二着になった。模擬レースだからこれぐらい緩くても構わない。

 元より俺はレースに勝つより、本番のレースに備えて調整や勝負勘を刺激しておくために走るのが目的で、満足いく結果なんだから何も言う事は無い。

 

「よう、二回目のレースお疲れ」

 

「ちっ、2000メートルならアンタに余裕で勝っておきたかった」

 

 ナリタブライアンは納得いかないと顔と態度に出てた。日本ダービーで俺にしてやられてから、前にも増して俺への対抗心が強くなってる。

 たまに≪リギル≫のトレーニングを見る事があるが、最近はスタミナ向上のプールトレーニングを重点的にしていたり、3000メートルのコースで本番さながらの並走を先輩達と繰り返していた。明らかに菊花賞への準備をしている。

 同じ寮のグラスワンダー先輩が話してたが、俺とナリタブライアンがクラシック三冠を一つずつ勝った状態だから、最後の一つを獲って、どちらが強いか納得したいらしい。俺はどちらでも良いと思うんだけど、それを言っても納得してくれそうもないか。

 

「ははは、やっぱり二人とも強いねえ」

 

「ネイチャも三着なんですから、十分強いですよ」

 

「二バ身も離されての三着じゃ、強いなんて実感湧かないよ、イクノディクタス」

 

 レースの展開はナイスネイチャの言う通りだ。三着以下は大体似たような差で一緒にゴールしてる。それだけ参加した連中の実力が伯仲していると言えるし、その中で俺とナリタブライアンの実力が頭一つ飛び出ている証拠でもある。

 

「どんな強い奴でもレース中にミスの一つはするもんだぞ。それで負けることだって珍しくない」

 

「相手のミスを望むようなレースしてたら、強い人にはいつまでたっても勝てないって」

 

 ナイスネイチャの言ってる事は大体正しい。俺が日本ダービーでやったように、自分で積極的に動いてレース展開をコントロールして相手のミスを作るなら、実力が劣っても勝つ目はある。そうでないならただ、口を開けて親鳥が餌を放り込んでくれるのを待つ雛鳥と変わらない。

 こいつはどうするつもりかな。このまま地道に鍛え続けて勝ったり負けたりを繰り返すのか、それとも何か俺達が思いつかない手段で勝ちを目指すのか。

 どちらにせよこれからはちょっと警戒して見てた方が良いかもしれない。

 模擬レースの収穫は沢山あり、満足だった。

 

 



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第48話 残暑の中山

 

 

 まだまだ夏の盛りの九月下旬は暑い。

 中山レース場も朝から暑気が強く、汗が背中を伝う。今日は俺がG2オールカマーを、クイーンちゃんが晴れてメイクデビューを果たす。

 よってチーム≪フォーチュン≫は来月すぐに三度目のスプリンターズステークスを走るバクシさんと、練習に付き合う髭トレーナー及びカフェさん以外は全員が応援に来ている。

 さらに親戚という事でメジロのパーマーさん達も同行した。十人を超えたから学園にマイクロバスを借りて、ちょっとした遠足のようになった。運転はライアンちゃんのトレーナーの音尾さんに頼んだ。

 現在午前十時前。クイーンちゃんの出走まであと二時間。

 控室にはクイーンちゃんとサブトレーナーのオンさんに、親戚の中で一番年上のパーマーさんが付いて行く。後の面子はスタンド席で応援だ。

 今はちょうど第一レースのジュニアダート未勝利戦が始まる所だ。

 

「あーあーマヤも早くこんな場所でドキドキするレースがしたいなー」

 

「そう焦る物ではないよマヤノくん。待つほどに楽しみが増すと思いたまえ」

 

「…はーいタキオンさん」

 

「それに私のトレーニングは毎回ドキドキしているだろう?」

 

 ガンちゃんは頷く。この子は普通のトレーニングだと飽きるから、ちょこちょこ趣向を凝らした独特のトレーニングをオンさんと髭が考えて、ガンちゃんに割り振っていた。クイズ大会はともかく、瓦割とかルービックキューブに効果があるか疑わしいが、おかげで毎回面白いと言ってトレーニングを受けてくれたから良しとしよう。

 そして定期的にキラキラ光る薬を処方してもらい、なんかいつも以上にハイテンションになってるガンちゃんを見るけど、本人が嫌がってないからチームメイトの多くは見ないふりをしている。

 

 それからいくつかのレースが始まっては終わり、少数の勝利者と多数の敗者が量産された昼頃に、ようやくクイーンちゃんの走る芝2000メートル、デビューレースの時間になった。

 パドックには次々と緊張する後輩ウマ娘達が姿を見せ、中でも4番ゼッケンのクイーンちゃんが他の子とは明らかに違うオーラを纏っていた。

 観客からは大きな声援が送られた。メジロ家の前評判もあって、あの子の人気はかなり高い。それでも緊張した様子も無いのだから、格が違うというのかな。

 

「やっぱりマックイーンは凄いなー。あたしも来年あそこで緊張せずに走れるかな」

 

「……私はこんなに人に見られて、自信無いよ」

 

 ライアンちゃんとドーベルちゃんは、羨望の眼差しで一歳年上の親族を見る。この二人は意外と自分に自信が無い所があるけど、俺から見たら十分才能あると思うよ。

 それぞれのトレーナーも俺が感じたように優しく諭している。

 

 クイーンちゃんを含めた十名がターフに集まり、落ち着かない様子で足と芝の確認をしている。

 全員がゲートに入り、俺達も固唾を飲んでスタートの瞬間を待った。

 そしてゲートが開き、各ウマ娘がバラバラに飛び出した。

 三人が出遅れても各々のペースでレースを作る。クイーンちゃんは先行して三番手。先頭から四バ身離れて一定のペースを保つ。

 あの子は『逃げ』と『先行』のレースを好むが、メイクデビューで『逃げ』は万が一緊張からオーバーペースになるかもしれないので、終盤までは多少順位を抑え気味に走るように髭に言われている。今の所は落ち着いて言われた事を守ってるな。

 レースは大きな動きを見せず、中間点の1000メートルを過ぎて展開に変化が起きた。

 後方がペースを早めて順位を上げてくる。それに連なって負けじと何人かがペースを上げた。クイーンちゃんはまだ動かない。

 一団が第三コーナーに入り、後方の順位が激しく変動する。ここでクイーンちゃんがジリジリと前に近づいて圧力をかけ始める。

 二番手はそれに気づいてペースが上がり、連鎖的に先頭も速くなって高速状態のレースに変わりつつある。

 第三~四コーナーで熾烈な争いが繰り広げられ、最終直線に入ってすぐに、先団を走っていた子達の足が鈍り始めた。後方でも明らかに数人のフォームが崩れている。

 デビュー戦の緊張からポジション争いで余計にスタミナを使ったり、クイーンちゃんの掛けた圧力でペースを狂わされた前の子が脱落していく。

 ゴールまで残り200メートルの坂道でクイーンちゃんがトップに立ち、二番手との差は一バ身。

 そのままジリジリと差を広げ、二バ身の余裕を見せつけてゴール板を走り切った。

 

「よーし!!いいぞークイーンちゃーん!!」

 

「やりましたね、マックイーンっ!」

 

「頑張ったよマックイーン!」

 

 スタンドのマックイーンコールに、勝者は手を振って応えた。

 それから俺達と観客は、新しいメジロのヒロインの、もう一つの晴れ舞台を見にライブ会場に移動する。

 ライブは盛り上がった。去年の俺の時よりミスも無く、そつなくこなすクイーンちゃんらしい良いライブだった。

 よし、次は俺の番だ。

 そのまま控室に行って、着替えてから昼食を軽めに食べてウォーミングアップを済ませ、いつもより水分を多めに摂取して備えた。

 時間があったから今日のレース表をちょっと見ておく。

 

「クラシックは俺だけか」

 

 札幌記念の時も同年は数人しかいなかったが、今日は俺以外の全員がシニアか。

 そりゃあそうだ。今月にクラシック限定の重賞レースは幾つもあるんだから、わざわざシニア混合のレースに出るような物好きな奴は少なかろう。

 しかし俺は菊花賞に向けて少しでも経験値を積んでおきたかったから、敢えてシニアと走る事を望んだ。それに確実に菊花賞に出てくるナリタブライアンとの前哨レースを避けられるからな。

 反面、確実に勝てる見込みが無いから賞金が減るデメリットもあるけど、菊花賞で負けるよりは損失が少ないと割り切った。優勝賞金、一億五千万と七千万足らずなら迷う必要は無い。

 

 ―――――スタッフが呼びに来たからゼッケンを貰ってパドックに行く。今日は10番だ。

 パドック裏は暑い。それに年上ばかりで居心地がちょっと悪い。その中でも特に目ぼしい人は二人。二年前に世間を賑わせたBNWの二人、ビワハヤヒデさんと、ウイニングチケットさんが目に付く。

 それ以外にも重賞勝利者が多いから、ハードな戦いになりそうだ。

 俺の順番が来てパドックで顔を見せて、さっさとコースに出る。

 今日の芝は暑さでよく乾いて軽い。クイーンちゃんのレースと同じように、今日は高速展開になりそうだ。

 芝と足の具合を確かめていると、一人が話しかけてきた。

 

「ねえねえ!!君がアパオシャちゃん!?あたしウイニングチケットっていうの。今日はよろしくねっ!!」

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

「この前の日本ダービー見てたよ!凄かったぁ。あたしも日本ダービーウマ娘だから負けないぞーー!!」

 

 うーん、バクシさんとはちょっと違うけどテンション高い。でもこの人もG1ウマ娘だから気を付けよう。

 そのウイニングチケットさんを窘めるように、芦毛のビワハヤヒデさんがこちらに来た。

 

「やあ、アパオシャ。妹と対戦する前に君と走る事になるとはね」

 

「ビワハヤヒデさん、あの時はありがとうございました。おかげで日本ダービーでナリタブライアンに勝てました」

 

「ふっ、あれだけの情報でブライアンに勝つのは不可能だよ。つまり君の実力が妹と互角に近かったのが一番の勝因さ。おかげで三冠バならずだが、あの子はそんな事は気にするまい」

 

「ハヤヒデはこの子と仲良いの?」

 

「私というより妹にとって、私達やタイシンのような関係だよ」

 

「じゃあ最高の友達ってことだね!!」

 

 いやー、俺には友達ってほど仲良くないかな。まだゴルシーやビジンの方がお二人に近いからね。

 

「俺とナリタブライアンって、同じレースを走ったら食うか食われるかのライバルなんですけど」

 

「私達だってそうさ。常に相手に勝とうと死力を尽くす、対等なライバルと同時に友人だと思ってる」

 

「そうだよ~。あたしとタイシンとハヤヒデは三人友達でライバルだからねっ!」

 

 今はそういう事にしておこう。それより今日のレースだ。

 ファンファーレが鳴り響き、俺を合わせた18人はゲートに入る。

 ゲートが開いたと同時に駆ける。

 位置取りは基本通りに後方待機のまま、全体を把握する。

 今日は『逃げ』が二人でペースを作っている。その後ろに少し離れてビワハヤヒデさんが先行位置に居る。ウイニングチケットさんは俺のすぐ前だ。

 スタート位置から暫く走り、一度目の坂を通常のペースで駆け登る。前の先輩達とは殆ど差は開かない。俺とこの人達の実力差はさほど無いと思う。

 順位を維持したまま14番手ぐらいで一度目の坂道を登り切った。

 そこから第一コーナーに入る。今日のコースはいつも走ってる2000メートルと違って、下り坂の続く外側を走るから、仕掛け時を間違えないように気を配る。

 ここでウイニングチケットさんの後ろにピッタリ張り付き、風除けに使ったまま一緒に前の3番ゼッケンの人を内側から抜く。さすがダービーウマ娘だけあって、コーナリングも一流だ。

 さらに直線が続き、スピードを維持したまま今度は第二コーナーへ。ここでも速度を上げて外に膨らんだ一人を内から抜く。これで12番手になった。

 コーナーが終わって中間点を過ぎ、そこから先は長い下り坂に入る。そろそろ仕掛け時かな。

 ウイニングチケットさんの外側に移動。下り坂を利用して速度を上げて四人ばかり大外から纏めて抜き、直線が終わる数十メートル前に減速して第三コーナーに入った。現在は8番手。

 前で俺を抜かせまいとブロックする人は一度内に寄せてから、すぐに外に位置を変えて抜く。残り600メートルで7番まで順位を上げる。

 そのままのペースで最終コーナーに入り、最終直線はやや外側に位置取りをする。残り300メートル。

 後ろもペースを上げ始めた。俺も同様にペースを上げて、先行していた二人を外から抜いて五番手で二度目の登り坂へ入る。

 ここで足の回転を上げて、坂で加速しながら二人を抜いたが、内ラチギリギリからウイニングチケットさんがガンガン追い立てて、俺とサンドイッチで『逃げ』の片割れを抜き去った。しかしなんて末脚持ってるんだ。さすがダービーウマ娘。

 だが、あとは先頭のビワハヤヒデさんのみ。あのフワっとしたボリュームのある芦毛は一バ身先にいる。

 俺は二番手。しかし僅差の後続を引き連れて、坂を登り切り、残り50メートルでありったけのスタミナで脚を速めてビワハヤヒデさんを抜いた。

 

「データ通りの突出した強さだよアパオシャ。しかし――――」

 

 隣のビワハヤヒデさんが再加速した!?クソがッ!まだ余力があるのか!?

 それでもここまで来たら負けるつもりは無いんだよぉ。もう一度追い抜くつもりで懸命に足を動かしたが、加速する距離が足りずにその前にゴール板が先に来てしまった。

 荒く息を吐き続けたまま電光掲示板を見る。一着はビワハヤヒデさんの番号。俺がクビ差二着で、三着はウイニングチケットさん。

 あと100メートル長ければ……いや、言い訳はしない。

 

「クソッ!ハァ負けたぁ」

 

「フゥフゥ……君は本当に強い。来年になったら、もう私は勝てなくなってそうだよ。だが、まだ鍛え方が足りない。詰めが甘い」

 

「さすがに姉妹だけあって強さは似てる。なら言われた通り、また鍛えて出直します」

 

 札幌記念に続いて二連敗か。シニアの強さは俺が思ったよりずっと凄い。ただ、負けはしたが今のうちにそれを知っておけて良かったよ。

 

「ああ、その時も全力でお相手しよう。私は今年の有マ記念に出るつもりだ」

 

「うわー!アパオシャちゃん強いねー!!あたし全力で走ったのに追いつけなかったよ」

 

「ウイニングチケットさんも強いですよ。それに序盤は後ろで楽させてもらいました」

 

「今度は負けないから!うおぉー!ハヤヒデにも負けないぞーー!!」

 

 ウイニングチケットさんはレースを走り終わっても、まだまだ元気だった。

 控室に戻って着替えて、ウイニングライブに出た。

 ライブも終わり、着替えてスタンドに行き、チームの皆に惜しかったと労われた。

 

「チームで二連勝といきたかったんだけどなぁ。俺もまだまだ弱い」

 

「そんなことは無いです。アタシ、今日のアパオシャさんのレース感動しました!」

 

「あたしも今日みたいな凄いレースがしたいです!」

 

 ドーベルちゃんとライアンちゃんが俺を慰めてくれる。君達は良い子だね。

 うっし、元気が出た。負けは負けとして受け入れて、菊花賞を勝つ燃料にしよう。

 オンさんが俺に必要なトレーニングプランの素案を既に考えてくれた。少し休んでからトレーニング再開だ。

 

 

 翌週。バクシさんの三度目にして二連覇のかかったスプリンターズステークスは、王者バクシさんが十七人の挑戦者を叩き伏せて、二連覇の偉業を達成した。これで現役最強のスプリンターの評価に、誰も異論を唱えられなくなった。

 

 



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第49話 肉無しバーベキューパーティー

 

 

 菊花賞が今週の日曜に迫った十月中旬の肌寒い夜。俺達は美浦寮の前で火を焚いていた。

 

「やっぱりこの時期はこれだよな」

 

「ハイでがんす!やっぱり焼ぎだでのおイモが一番だなはん」

 

 目的は暖を取るのではなく、食べ物を焼くためだ。もちろん地面で火を焚くと危ないから、寮のタイキシャトル先輩からバーベキューコンロを借りて、炭火を使っていた。

 道具はバーベキュー用だったが焼いているのは肉ではなく、秋の味覚の栗やサツマイモである。

 

「焼けるまでまだ時間かかるから、先にこっち食べなっしょ」

 

「柿とリンゴも剥いたから食うし」

 

 ゴルシーが大粒のブドウを、センジが綺麗に剥いた柿とリンゴを勧めたから、俺とビジンは一口摘む。甘くて美味しい。

 俺達がこんな夜中に何をやってるかと言うと、お祝いだ。

 昨日、ビジンが秋華賞で一着入賞を果たし、晴れてG1ウマ娘になったのをお祝いしたいと、俺とセンジで企画した。ついでに二日前にはゴルシーがG2府中ウマ娘ステークスを勝ったので、オマケで祝う事にした。

 普通なら街のどこか店で行えばいいが、菊花賞が今週日曜日にあるから、練習を休んで行くのは困る。昼間にカフェテリアでお祝いも味気無いと考えて、捻り出した提案がトレーニングの終わった夜に、秋の味覚を楽しむ事だ。

 そういうわけで近くのスーパーで食材を買ったり、元から親が送ってくれた芋やらリンゴで、ちょっとしたパーティーをしていた。

 

「あーあーユキノもとうとうG1勝っちゃったかー。これで勝ってないのはあたしだけだし、マジやっばー」

 

「ボヤくなよ。センジならそのうち勝てるよ。この前のOP戦だっていい走りしてた、来月のアルゼンチン共和国杯も上手くいくさ」

 

「その前にアパオシャの菊花賞よね。アタシは走らないけど頑張りなよ」

 

 ゴルシーが俺にちょっと複雑な笑みを見せる。ゴルシーは元々クラシック三冠を獲る事を考えていたが、既に皐月賞はナリタブライアンに、日本ダービーは俺が勝った。

 その上、次の菊花賞は俺が最も得意とする長距離で、勝ち目がほぼ無いと分かって、予定を変更して来月のエリザベス女王杯を走る事を決めた。それもシニア勢と競う茨の道だが、距離適性でまだ勝ちやすいと、チームの沖野トレーナーと悩んだ末に決断した。

 

「ああ、ダービーから二回負け続きだから、そろそろ勝つつもりだよ。ゴルシーとビジンもエリザベス女王で良い走りを期待してる」

 

「今度はシチーさんに勝ぢます!」

 

「あら、アタシだって負けないっしょ」

 

 憧れて模範したり追いかけるだけなら誰もがする。でも、勝とうと挑む子はずっと少ない。

 ビジンの良い所はゴルシーに憧れた上で、勝つ気概を持って競おうとする事だと思う。

 ライバルが良い雰囲気になってる間に、炭の中に放り込んである栗を火バサミで一つ取り出して、熱々の外皮を剥いて食べてみる。

 

「アフアフ……うまっ!!栗は焼けたぞ。食べるひとー」

 

「「「はーい!」」」

 

 全員が元気よく手を上げたから、二十個ばかり取り出して、熱い熱い言いながら皮を剥いて甘くてホクホクの栗を食べた。

 当然だろうが、こんな寮の前で美味しそうな匂いを漂わせていて、食欲旺盛なウマ娘が気付かないはずがなく、寮の方が騒ぎになり始めた。

 

「―――――こらー!!貴様らこんな時間に何をやってるんだー!!」

 

 最初に怒鳴り込んできたのは、副生徒会長のエアグルーヴ先輩だった。大体予想通りだ。だから言い訳はちゃんと考えてある。

 

「友達のビジンが秋華賞に勝ったから、門限までの間にお祝いしてます」

 

「ほう、それは友達想いの良い心掛け――――――などと言うと思ったかぁ!!せめて寮の中でやらんかー!!」

 

「大丈夫です。寮長のヒシアマゾンさんには許可を得ています」

 

「なにっ!?ヒシアマが許可したのか」

 

 噂をすれば、寮から荷物を持った人達がワラワラと出てきた。

 ヒシアマゾンさんと一緒にルドルフ会長、道具を貸してくれたタイキシャトル先輩、先日の凱旋門賞を二着入賞したエルコンドルパサー先輩やグラスワンダー先輩、コーヒーポットを持ったカフェさん、ジュースを抱えたウンスカ先輩、ライアンちゃんとドーベルちゃん、ダンやクラチヨさんもいる。それ以外にも結構な数の人が何かしら食べ物を持ち寄っていた。

 

「会長、ヒシアマ」

 

「そう目くじらを立ててはダメだぞエアグルーヴ。時にはこういうのも良い物だ」

 

「大丈夫だって。前にタイキシャトルがやった時は、無許可だったから叱ったけど。今度は許可取ったし、火の不始末をしないように水は用意するよう言ってあるから」

 

「しかしだなぁ……」

 

 ルドルフ会長が出てきたから、エアグルーヴ先輩の剣幕がかなり弱くなった。

 ここはもう一つ畳みかけておこう。火の中から三つの丸いアルミ包みを取り出して、皿に乗せてフォークと一緒に三人に差し出した。

 

「まあまあ、これを食べて落ち着いてください」

 

「なんだそれはジャガイモか?」

 

 要らないとは言わず、包みを開けて出てきたモノに三人は目を輝かせる。

 

「ほう、焼きリンゴとは良い物を作ったな。私はリンゴが好物なんだ」

 

 ルドルフ会長は喜んで柔らかくなったリンゴを食べる。ヒシアマゾンさんもそれに続いて、美味いと言ってくれた。エアグルーヴ先輩も最初は躊躇っていたが、二人に合わせるように口にする。

 

「――――む、これはマシュマロを中に入れたのか。なかなか手が込んでいる」

 

 特製のマシュマロIN焼きリンゴに満足してくれたようだ。

 

「みんなも芋とか栗は焼けてるから、好きに食べていいよ」

 

「代わりにニンジンを沢山持ってきました。ここで焼きましょう」

 

「ソースはエルの特製デース。いっぱい使うのデース!」

 

「コーヒーも……あります」

 

「ターボもお菓子持って来たよ!」

 

「Oh~!!お肉無しでもバーベキューは楽しいデース」

 

 四人だけのパーティーはいつの間にか二十人ぐらいの大宴会になり、各自が持ち寄ったジャガイモやらニンジンなどの野菜を焼いたり、タイキシャトルさんは肉の代わりにマシュマロを焼いてくれた。バナナにお菓子とジュースもある。

 単純にビジンをお祝いしてる人の方が少ないけど、これはこれで本人も喜んでいるから良いか。普段はトレーニングとレースばかりかもしれないが、こういう楽しいことだってみんな好きなんだよ。

 一通り美味しい物を食べて、盛り上がった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、ルドルフ会長からそろそろパーティーはお開きと言われて、みんなは素直に従った。

 後片付けも済み、みんなが解散した所で、会長達に俺達四人は呼ばれる。

 

「楽しかったよ。君達四人は競い合いながらも友人として、これからも仲良くしていくといい」

 

「「「「はいっ!」」」」

 

 ゴルシーとセンジは栗東寮に帰って行った。何事もなく終わって良かった。

 ビジンや途中参加した人たちも喜んでくれて良かった。俺も息抜きが出来て満足だ。

 ただ、さっきルドルフ会長が友達と仲良くするようにと言ったが、あの人に友人は居るのかと、ふと思う。

 無敗のクラシック三冠達成した七冠ウマ娘は尊敬を集めたり、エアグルーヴ先輩のように役職から親しくする人は居る。しかし対等に接する人の話は聞かない。まあ、俺が知らないだけで交友関係は広いかもしれない。

 会長に憧れるウオーにもクイーンちゃんやウオカレコンビみたいな友達が居るんだから、同期の友人ぐらい居ると思い直した。

 それに今は菊花賞の方が大事だ。トレーニングは順調、心身ともに充実した。来週は必ず勝つ。

 

「よーし、やるぞー!」

 

 



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第50話 最後の冠のゆくえ

 

 

「………朝か」

 

 そろそろ見慣れてきたホテルの天井を見つめて、寝ぼけた脳みそを少しずつ起こす。

 備え付けのテーブルの上に置いたスマホを見ると、今は午前6時を過ぎたぐらいだ。朝練の時間よりは多少遅い。

 横を見るとカフェさんが静かな寝息を立てている。お友だちもベッドの中に入っている。俺と違って仲が良いね。

 ずっと先輩の寝顔を見ているわけにもいかないから、ささっと起きてカーテンの隙間から外を覗く。

 

「本日は曇りなり。芝は乾いて良バ場でしょう」

 

 日差しも遮られて絶好のレース日和だな。寝間着からトレーニングウェアに着替えて、秋の肌寒い宝塚の町を散策した。

 散歩から帰るとカフェさんが起きてて、着替えてる最中だった。

 

「おはようございます、アパオシャさん……調子はどうですか?」

 

「おはようございます。結構良い感じです。これなら今日の菊花賞は期待してください」

 

 自信ありげな返答にカフェさんは微笑む。『お友だち』も手を振って応援してくれている。

 うちのチームはカフェさんを初めに、フクキタさんも菊花賞を勝った。今年は俺が勝って三人目になり、さらに来年のクイーンちゃん、そのまた次はガンちゃんに繋げたいところ。

 俺も着替えて下の階のロビーに行く。ロビーには既にメンバーが粗方いた。今日は来週に秋天皇賞のあるダンと並走相手のフクキタさん、それにトレーナーのオンさんがトレーニングのために学園に残ってる。

 姿が見えないのはトレーナーだけか。―――と思ったら、奥で新聞を読んでた。

 

「おう、おはよう。調子良さそうだな。飯はいつも通り食えそうか?」

 

 頷くと髭はニッカリ笑い、チーム全員でラウンジに行き、ウマ娘五人で出来たばかりの料理を次々と空にして、ホテルのキッチンスタッフを慌てさせた。

 部屋で準備を済ませ、タクシーでレース場まで送ってもらう。

 阪神レース場は午前中の早い時間帯でも既に人だかりが出来ていた。

 

「見て見て~!!アパオシャさんとブライアンさんのポスターだよ!『黒い王子VSシャドーロールの怪物』だって」

 

 ガンちゃんは俺とナリタブライアンの向かい合う構図のポスターを指差す。お互いクラシックG1の勝者だから一番大きく取り扱ってる。今回は俺が一番人気で、ナリタブライアンは二番だ。

 その次に三番人気のハッピーミークも大きく写ってるけど、この子は可愛らしさ重視だから浮いてるな。

 

「またえらくカッコよくなったじゃないか、王子様?」

 

「やめろってヒゲ、恥ずかしい」

 

 盛り上げたいURAの思惑は分かるが、これは大分持ち上げ過ぎじゃないのか。

 観客も俺を見たら、すぐにスマホで撮影許可を求めてくる。グッズ店には俺とナリタブライアンのグッズがワゴンに山と積んであって、小さな女の子が親に俺のウマぐるみを買ってとせがんでいる。親御さんは買ってあげなさい。そして俺にロイヤリティを入れてくれ。

 観客に適度に親切にしてやりつつ、スタンドに行くと、もう半分ぐらいの席は埋まっていた。

 適当に席を取って暫く未勝利レースを見てから、スタンドを見渡すと笠松の人達を発見した。遠目に父さんと母さんも見つけた。行くとメールを貰ったから、今は気にしない。

 昼はホテルに用意してもらった弁当を食べて、そろそろ控室に行く。むっ――――兄さん発見。大学の友達っぽい人達も居る。京都は近いから来ると思ってたよ。

 控室で体操着に着替えて、ウォーミングアップのためにトレーニングルームに行ったら、ナリタブライアンがもう居た。俺を見ても気にせずランニングを続けてるから、俺も気にせずエアロバイクで汗を流す。

 後からナイスネイチャやハッピーミークも見かけた。みんなこちらに気付いても誰も声を掛けない。張り詰めた空気で声をかけるほど、俺達は仲良くないから仕方ないね。

 適度に汗を流して控室に引き上げ、汗を拭いて勝負服に着替えた。

 レース前の記者会見や雑誌の撮影を除いて、こいつに袖を通して走るのも結構久しぶりだな。

 同居者が「勝てるか?」という顔をする。余計な心配するなよ。

 

「……分かってるよ。そろそろ負けは嫌だから今日は勝つさ」

 

 俺の言葉に満足したのか、隅っこでうたた寝を始めた。こいつは暢気で羨ましい。

 時間になり、パドックに行く。先に居た出走者達は一部を除いて、ちょっと委縮している。原因はナリタブライアンの放つ殺気混じりの威圧感か。出走前でこれとは、やっぱりこいつだけ別格のウマ娘だ。

 生まれた年が違ったら、クラシック三冠獲れる強さがあったと思う。あるいは≪皇帝≫シンボリルドルフに匹敵する記録を建てられたかもしれない。

 おっと、顔見せの時間だ。俺は今日は3番だが、実は2番がハッピーミーク、4番がナリタブライアンというG1経験者が固まった、かなり珍しい順番になっていた。だからか1番のナイスネイチャが超嫌そうな顔をして、パドックから逃げるようにターフに行ってしまった。

 俺も客に顔を見せると、大歓声で迎えてくれた。流石に日本ダービーを勝ってるから、固定のファンが多く付いてきたな。

 おや、チームの隣に≪カノープス≫がいる。あそこの青髪の子と、帽子の子はどっちも初戦を勝ってたな。しかも帽子のホイザって子はレコード出したとか。ナイスネイチャもウカウカしてると後輩に置いて行かれるぞ。

 パドックから地下通路を通ってターフに出る。

 芝の具合良し、足の調子良し、風も弱くて走りやすい。今日はコースを一周半以上走る3000メートルの長丁場だ。

 

「むしろ、ようやく走れるのかな」

 

「何が?」

 

 いつの間にか後ろに居たハッピーミークが首を傾げる。

 

「俺の適性距離。大体3000メートルから得意な長さなんだ。おかげで今まで結構窮屈だった」

 

「そうなんだ」

 

「そういう意味だと、どの距離でも走れるハッピーミークが羨ましい時があるよ」

 

「えへん!でも、得意だからって負けないからね」

 

 お互いに自分の勝ちを信じて、ファンファーレの後に隣り合うゲートに入る。

 十七人の鼓動と吐く息が手に取るように感じられた。

 開いた瞬間に飛び出し、ハナを取った。

 すかさず加速して後続を引き離しにかかる。

 3000メートルの長距離で逃げを打つウマ娘は少なく、俺以外は誰も付いてこない。

 スタートからおよそ500メートルで、最初のコーナーに入った時点で後ろのハッピーミークから六バ身は離れている。

 コーナーで後ろを確認すると、ナリタブライアンは五番手ぐらいにいる。あの顔はちょっと不満そうだな。俺が競り合わないと気付いている。

 第一~二コーナーまではやや速度を落とし気味にして、スタミナを僅かでも温存しておく。その分差を詰められて二番手のハッピーミークと四バ身まで迫られた。

 コーナーが終わってからもペースは上げず、ジリジリと後続との距離が縮まっていく。それでも先頭は譲らず第三コーナーへ突入。背中越しにナリタブライアンの圧力を一段と強く感じた。

 第三コーナーの終わり掛けには、後ろと二バ身まで縮まり、ナリタブライアンは三番手に繰り上がっていた。

 そろそろ仕掛け時と判断して、俺は再度加速を初めて後ろを引き離しにかかる。

 スタンドからはどよめきが広がってる。そうだろう、3000メートルのセオリーで言えばまだ中間点を過ぎた程度で、ペースを上げる時ではない。それでも俺が動いたのは、焦りか作戦か判断が付かないからだ。

 後ろもそう思ってるから、ペースを上げるか迷いが見える。それに以前、日本ダービーで俺がレース全体をかき乱した事は知れ渡っている。何かの策略と思い、警戒心が強まってる。同時に俺のスタミナが他を圧倒するレベルなのも知られているから、余計に迷いが生じていた。

 と言っても今日は策も何も無い、スタミナのゴリ押しでの『逃げ』だけどな。

 選択を迫られた後ろに構わず、ペースを上げてスタート地点に戻ってきた。あと1300メートル程度だが、まだまだスタミナは十分残ってる。

 ここから徐々に加速を続け、後続が焦りでペースを乱し始めたのを確認しながら差を広げていく。

 二週目のコーナーに入った時点で二番手のハッピーミークから八バ身を離す。

 傍からは楽勝ムードに見えても、実際はそこまでの余裕は無い。何しろ相手はナリタブライアンだ。決して侮ってはいけないし、競り合ってもいけない。接戦に持ち込まれたら負けるのは俺の方。絶対に油断せずに広げた優位を維持し続け、最終コーナーを先頭で回り、最終直線に入る。

 残りはあと400メートルを切った!今日は『差し』足を残せるほどスタミナに余裕は無い。このまま少しずつペースを早めるのが一杯だ。

 残り300メートルでスタンドからのブライアン、ハッピーミークコールに、歯を食いしばって加速する。怪物相手に逃げ切れるか危うい戦いはまだ続いている。

 残り200メートルでコールにナイスネイチャも加わった。

 耳を後ろに回して、迫る足音の数と距離を把握する。まだ六バ身差は確保している。……いける。

 残り100メートルで末脚を発揮し始めた一人の足音と、ナリタブライアンのどっしりとした足音がガンガン競り合ってるのが聞こえる。

 あと50メートル。また足音が近くなった。怪物の影に食い殺されそうな恐怖に耐え続けて、残りカスのスタミナを全部使い切るつもりで足を動かす。

 もうゴール板は30メートルだ。

 あと20メートル………焦るな。まだ怪物の牙と爪は届かない。

 もう少しだ。10……5……3メートル。

 ゴール板を駆け抜けたと同時に、スタンドからの大歓声で気が抜けた。

 なまじ勝つ目が五分に近かった日本ダービーより、優位に立ってた今日の方が疲れたぞ。やっぱり同格以上相手の逃げは、姿が見えない分だけ心臓に悪い。

 それでも勝ちは勝ちだ。俺はスタンドを向いて、いつものように空に拳を突き上げて歓声に応える。

 そして横を見ると、多分二着になった怪物が仏頂面で近づく。

 

「よう、怪物。今日も俺の勝ちだ」

 

「ちっ!アンタが逃げを打つのは分かってても、追いつけなかった」

 

「今日は『差し』だったら競り負けてたよ。次はどのレースに出る?」

 

「……有マ記念だ。それまでに鍛え直して、アンタや姉貴に勝つ!」

 

 ふむ、マイルチャンピオンシップやジャパンカップには出ないか。なら今年は―――――

 

「悪いが俺は有マには出ないぞ。年末にもっと面白そうなレースに出るから」

 

「なに?」

 

「≪ステイヤーズステークス≫国内最長3600メートルの平地レースだ。俺にはこっちの方が面白そうに思えてな」

 

 出るか?そういう視線を向けると、ナリタブライアンは考え込んで首を横に振った。有マ記念とステイヤーズSは開催日が近い。両方出るのは不可能ではないものの、難しいから東条トレーナーも反対するはず。

 

「というわけで、また来年走ろうか。今年の年末は姉妹対決を楽しみにしてるよ」

 

「……良いだろう。先に姉貴と勝負をしてから、今度はアンタに勝つ!」

 

 シャドーロールの怪物は割と満足してコースを後にした。

 上手く怪物からの興味を逸らして一息ついた時に、やけに観客が騒いでいるのが気になって掲示板を見ると、コースレコードの表示が見えた。

 

「二バ身差で、3分02秒6か」

 

 確か去年のウンスカ先輩のレコードは≪3分03秒2≫だったな。速攻で記録破ったから、後で何か言われるかもしれない。……ん?もしかして俺が居なかったら、ナリタブライアンもコースレコードだったのか。

 それに、よく見たら三着がナイスネイチャになってる。俺やナリタブライアンには及ばないが、やっぱりあの子もかなり強いわ。

 スタッフにトロフィー贈呈と記者会見があるから呼ばれた。この時間も三回目か。

 

 偉い人からトロフィーを手渡しで貰い、一緒に写真を撮られた。髭も来てインタビューが始まった。

 入りの質問は大体似たようなものだ。誰に最初に喜びを伝えたいと聞かれたから、地元から応援に来ている両親や笠松の人達と答える。

 その後も当たり障りのない質問を答えて、クラシック二冠ウマ娘として次の展望を聞かれた。

 

「次はステイヤーズステークスを考えています」

 

「「「えっ?」」」

 

 意外な回答に記者達が騒ぐ。普通ならジャパンカップか有マ記念を選ぶと思うだろう。カフェさんも菊花賞勝利から有マ記念に行き、春の天皇賞を制して、最高のステイヤーの評価を得た。

 俺がカフェさんと親しいから、同じ道を辿ると勝手に思ってたんだろうが、憧れていても同じ道を歩くとは限らないからな。

 

「…確かにアパオシャさんは長距離が最も得意なようですが、今年の有マ記念を走らない理由には弱いように思われます。あっいえ、決してステイヤーズステークスを卑下する意図はありません。ですが、せっかくのクラシック二冠がG1に挑戦しないのは、如何にも惜しいとファンの方々は思われるのでは?」

 

「そういう意見もあると思いますが、有マ記念はシニアになれば三度走れますから、今年はいいかなっと。後は姉妹対決の邪魔をしたくないという気持ちが強いんですよ」

 

「姉妹と言いますと、もしかしてビワハヤヒデさんとナリタブライアンさんですか?」

 

「はい。あの姉妹が有マを走ると、本人達が言ってたから、これは自分で走るよりギャラリーとして見たいと思ったので」

 

 俄かに記者達が色めき立った。予想通りだ。俺以上に話題になりそうな餌を前にして、貪欲な記者が何もしないはずがない。

 きっとこの後のネットニュースには『世紀の姉妹G1ウマ娘対決』とでもテロップ付けて流れる筈だ。これで俺への記者の張り付きは多少なりとも減らせる。

 

「そういうわけで今年のレース予定は十二月のステイヤーズステークスです。来年はまた今度考えます」

 

「分かりました。ところでアパオシャさんはナリタブライアンさんとの競り合いを避けていると、レース評論家の方の意見も聞こえますが、そこのところは事実でしょう?」

 

 髭の顔がちょっと強張った。まあ、レースを見てると気付く奴は気付くからな。バクシさんみたいに最初から逃げ一択なら、そういう意見もあまり出ないが、俺は『差し』

と『逃げ』を選んでる時点で、判断基準があると思われるのは仕方がない。

 

「それはトレーナーである私の指示です。ナリタブライアンとラストで競り合った場合、アパオシャのスピードでは競り負ける可能性があったために、決して彼女と並ばないように、最初から『逃げ』を指示しました。この子は私の指示通りに走っただけです」

 

「それは正々堂々とレースをする他の競技者への不義理に当たるのではありませんか?今日二着で敗れたナリタブライアンさんも、さぞ無念だったのでは?」

 

 クソうぜぇ質問だな。どうせこっちを怒らせてネタを作りたい三流記者如きの浅知恵だろう。付き合ってやる義理は無いが、『逃げ』っぱなしも気分が良くない。

 

「他の走者は知らないけど、さっきナリタブライアン本人と話したら、競り合わない事は気にしてなかったですよ。『逃げ』と分かってても、俺に追いつけなかった力不足を悔しがってたみたいだけど。それに、『逃げ』を選ぶのは反則と誰か決めたんですか?」

 

「確かに反則ではありませんが、それはスポーツマンシップに反する行為と取られても仕方が無いと思いますよ」

 

「なるほど、つまりあなたはスプリンターズステークス二連覇や高松宮記念を勝った、うちのバクシンオーがスポーツマンシップに反する、相応しくない走者と言いたいのですか?あるいはG1二冠を達成した≪スピカ≫のサイレンススズカさんも『逃げ』の得意なウマ娘ですが、凄い選手すら蔑むんですね。他の記者さん達はこの記者に同意しますか?」

 

 髭が記者達に視線を向けると、何人かは苦笑したり、アホな質問をした記者に嘲りの視線を向けた。誰も味方してくれないアホな記者は逆恨みでこちらを睨みつけるが、レース場のスタッフがウイニングライブの時間になったから質問を打ち切ると、気を利かせてくれた。

 まったく、せっかくの勝ちに泥を投げつけるんじゃねえよ。

 気を取り直してウイニングライブに出て、レース場に来てくれたファンに愛想を振りまいた。ナイスネイチャは違うが、メインが俺とナリタブライアンの可愛くないコンビだったから、客がちゃんと楽しめたか自信は無い。

 

 ライブが終わって、着替えてからスタンドに戻ってきた。なんか髭やチームの皆がニヤニヤしてると思ったら、俺のいない間に両親や地元の人が挨拶に来て、よろしく頼むと頭を下げていったらしい。

 悪気は欠片も無いんだろうけど、そういうのはちょっと恥ずかしいんだよ。

 ……ふう、済んだ事は仕方ないから忘れよう。それに今日はせっかく勝った日なんだからお祝いもしたい。

 

「トレーナー、今日はG1勝ったからお祝いしても良いよな?」

 

「ああ良いぞ――――と言いたいが、ホテルの近辺でマスコミが張ってそうだから、今日はホテルでケーキを頼むだけにしてくれ」

 

 けっ!余計な事しかしないな。まあ、仕方がない。本当のお祝いは明日以降に東京でやろう。

 この後はいつものようにタクシーを呼んでホテルに戻った。そして中でケーキを食べてささやかなお祝いをして、翌日に東京に帰った。

 

 昼過ぎに学園に戻ってから、残ってたチームの三人、クラスのみんな、他にも美浦寮の人達から沢山祝われた。ゴルシーやセンジからも、お祝いとして化粧品とか制汗スプレーを色々貰った。

 夜にはウンスカ先輩から、お祝いに焼き菓子を貰った。昨日のうちに買っておいてくれたみたいだ。

 

「いやー同室の後輩が同じ菊花賞ウマ娘になるとはねー。お互いクラシック二冠かぁ」

 

「でも皐月賞は負けてるから、全くの同じじゃないですよ」

 

「私もダービーは負けてるからねぇ。なんだか不思議な気分だよ」

 

 二人してクスクス笑う。ちょっと違うが同室でクラシック二冠が揃うのはかなり珍しい。

 

「ただ、シニアは結構厳しい所だからね。アパオシャちゃんも来年は覚悟しておきなよー」

 

「はい。先輩は来週の秋の天皇賞でしたね」

 

「チームメイトのメジロアルダンちゃんも出るんだよね。クラシックで出走は厳しいけど頑張るねぇ」

 

 前に聞いたがメジロ家にとって天皇賞は特別重要視するレースらしいからな。ダンも秋華賞を蹴ってでも出ようとするぐらいには重く見ている。

 

「隣ですから、来週は見に行きますね」

 

「応援しに行くと言わないのは、チームメイトを優先させたいからかな――――あー冗談だから本気にしちゃダメだよ」

 

 トレセン学園に居るとこういうことはよくある。友達同士が同じレースでライバルになるんだから、今更恨みっこは無しだとみんな分かってる。

 

「レースですから勝ち負けは納得してますって。まあ、先輩とダンの両方が負けることだってありますからね」

 

「まーねー。シニアってほんと強いから、いい加減私も一勝ぐらいはG1で勝っておきたいなー」

 

 もう二勝してるんだから十分と、俺もウンスカ先輩も言わない。常に勝ちを求める貪欲さを持たないウマ娘は決してレースに勝てないと知っているからだ。

 それでも中央で一度でも勝てるのは、全校生徒の中で一~二割かそこらだ。本当にレースの世界は厳しい。

 

 



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第51話 シニアになったら

 

 

 秋が深まり、すっかり紅葉の色濃くなった十一月の中旬。東京に来てから秋はもう三回目だ。

 世間はハロウィンが終わり、店には冬物が並び、そろそろクリスマス商戦も始まる時期だった。

 俺達トレセン学園の学生には、毎週のように開催するG1レースへの対応で色々と忙しい時期でもある。

 ただ、そんな時にも休みぐらいはある。特にレースを終えたばかりなら休息を与えられて、学生らしい遊びも積極的にしてリフレッシュをするよう、それぞれのトレーナーから言われている。

 そういうわけで、今日のトレーニングは休み。授業が終わってから、買い物に出かける約束をしてある。

 俺とビジンが学園の正門に行くと、もうゴルシーとセンジの二人が先に待っていた。

 

「二人ともごめん、待ったか?」

 

「心配すんなし、あたしらもさっき来たばっかだって」

 

 センジとゴルシーが笑って流す。そして四人で近くの駅まで行って、電車に乗った。

 下校時間だからか、電車の中は俺達ぐらいの学生が結構乗ってる。周囲の視線も結構感じるし、ウマ娘特有の優れた耳でヒソヒソ話も大体聞こえる。

 内容は有名人の俺達について。特にゴルシーは一番目立つからなー。

 

「女王様は人気だねえ」

 

「うっさいわよアパオシャ。あんただって最強の≪ブラックプリンス≫って言われてるっしょ!」

 

「あっちはユキノを≪雪の天使≫って言ってるし、あたしだけオマケかぁ」

 

「こっちょがしいから堪忍してジョーダンさん。あたしが≪天使≫なンてぇ、おしょうすう」

 

 三者三様の反応で面白いわ。

 ゴルシーは昨日の阪神レース場で行われたG1エリザベス女王杯で、かつての女王達を筆頭に、シニアの強豪を叩きのめして新女王に輝いた。そのニュースは全国に流れて、今日は学園でもその話で持ち切りだった。

 同じく出場したビジンは残念ながら入賞を逃したが、それでもG1ウマ娘でもあり、ひたむきに頑張る姿に多くのファンを抱えている。

 それとイクノディクタスさんも、エリザベス女王杯に出走して四着に入ってた。何気に実力ある人だものな。

 

「センジだってアルゼンチン共和国杯を勝ったんだから、結構顔は売れてるぞ。次は有マ記念だろ?」

 

「まあね。これからどんどんやってやんよ!」

 

 センジは俺の一言で気分を良くする。こいつも才能あるから、重賞の一つ二つは獲れると思ってたよ。次の有マは、ナリタブライアンやビワハヤヒデさんが出るから苦しいだろうが、来年はG1も勝てるかもしれないな。

 四人でワイワイ話したり、同年ぐらいの学生の子から握手を求められたりしつつ、三十分ぐらい揺られ続けた。

 電車から降りて、駅の外に出てショッピングを楽しむ。

 女四人ともなると買い物は靴とか服とかアクセサリーも、化粧品を一つ一つ手に取って、あーでもないこーでもないと姦しい。自分で使うボディーソープやシャンプーだって拘りがある。化粧品とかにそこまで詳しくないから、流行に敏感なゴルシーやセンジが居て結構助かってる。

 俺は冬のコートが結構小さくなってるから、帽子と一緒に新調した。

 この時ばかりと両手に抱えるぐらい買いまくった後は、秋のスイーツを出すカフェで休憩する。

 レースが近い俺はケーキ一つでセーブしていたのに、三人はこれ見よがしに、栗やサツマイモ、ブドウをたっぷり使った何種類ものケーキを遠慮無しに食べていた。

 

「んー!レース後の疲れた体にはこれが一番。ねっユキノ」

 

「はいでがんす!」

 

 ……悔しくなんてないぞ。ぐすん。

 ケーキ一つを食べ終わるのに時間なんて大してかからず、早々に食べてしまったから、ケーキをバクバク食ってる三人を見ないように、さっき書店で買ったレース雑誌をパラパラと眺める。

 

「――――秋の天皇賞を制した≪日本総大将≫スペシャルウィークか」

 

 特集は先月末の天皇賞。その勝者に輝いたシャル先輩。今年の春天皇賞に続いて秋も盾を手にして、春秋連覇の偉業を達成した。タマモクロスに続いて史上二人目とは凄い人だ。

 ルームメイトのウンスカ先輩は惜しくも二着。三着はサイレンススズカさんで、うちのダンは悔しいが四着だった。本人は悔し涙を流して、また来年鍛え直して挑むと言ってる。是非とも勝ってもらいたいものだ。

 

「ゴルシー、シャル先輩はジャパンカップ勝てそう?」

 

「先輩は勝つつもりよ!≪モンジュー≫にだって、スペ先輩なら勝てるってアタシは信じてる」

 

 口にクリームが付いてるまま格好つけてもイマイチ締まらないが、元が良いからあんまり気にならないな。

 ゴルシーの言う通り、今の日本の現役ウマ娘で一番強いのはシャル先輩だろう。今年の凱旋門賞でエルコンドルパサー先輩を撃ち落とした、あの欧州最強の≪モンジュー≫に対抗出来る日本のウマ娘はあの人だけと、世間も評価している。

 あるいはビワハヤヒデさんなら勝てるという意見もあるが、残念ながら本人が有マ記念で妹との対決を第一に考えているから、寄り道している余裕は無い。

 

「地の利はこっちにあるから勝機はあるしな。あーあー俺もジャパンカップの翌週にレース予定無かったら出れたのに」

 

「アパオシャならワンチャンいけるかも?」

 

「アタシらの学年じゃ一番強いから、可能性はあるっしょ」

 

「ナリタブライアンさんに二回も勝ってがらね」

 

 ビジンの出したナリタブライアンの名に、ゴルシーとビジンが頷く。俺達は全員が最低一回ナリタブライアンに負けている。その上でリベンジを果たせたのは俺だけだ。

 一応ダービーと菊花賞を勝った俺が暫定で学年一番になってるけど、有マ記念の結果によっては評価はあっさり逆転する程度の差でしかない。

 他人と評価を競う事に興味は無いけど、有マ記念やジャパンカップの賞金はとても魅力的だよ。もしくは海外の高額賞金レースでもいい。

 

「シニアになる来年か再来年は、いっそ海外レース出てみるかな」

 

「すっげー!大物発言ー」

 

「その前に春の天皇賞が先だけど。……でも、ここもいいなー」

 

 みんなに今月初めにオーストラリアで行われたG1メルボルンカップの記事を見せる。

 

「おー芝3200メートルのレースだべ。海外にもこったなレースもあるんだなはん」

 

「ビジンはダート走れるから、アメリカやドバイ挑戦も考えたらどうだ?」

 

「そったなあたしみだいな田舎者が海外だなンてぇ……」

 

「いーじゃん!アメリカ。かっけー!」

 

「ユキノだってもう立派なG1ウマ娘なんだから、日本代表でアメリカで走ってもいいっしょ!」

 

 みんなで雑誌に載ってた海外レースを見ながら、フランスが良い、イギリスだ、とわいのわいの騒いだ。

 俺達だってもうすぐシニアになる。日本ばかりがレースを走る所じゃないから、外に目を向ける事だって良いと思う。

 ケーキを食べた後は、帰るまでの時間が少し余ったからゲームセンターに行って、UFOキャッチャーやダンスゲームで遊んだ。

 また明日からはトレーニング三昧なんだから、時間の許す限り遊ばないと。

 

 この週の日曜日はトレーニングの休憩を兼ねてチームの皆で、阪神レース場でやってるマイルチャンピオンシップをテレビ観戦した。

 安田記念王者のバンブーメモリーさん、同期のハッピーミークも出走する見応えのあるレースを勝利したのは、一年先輩のキングヘイローさん。

 同期のG1勝者達に比べても遜色無い強さでG1入賞常連ではあっても、いまいち勝ちきれない印象のある人がようやく掴んだ栄光に、レース場は拍手で溢れた。

 二着はバンブーメモリーさん、ハッピーミークは三着だった。ゴルシーや桐生院トレーナーはガッカリしてるだろう。

 来週のジャパンカップもどうなることやら。

 

 



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第51.5話 閑話・クラシック三冠を見届けたファン達


今回は実験的に掲示板機能を使ってみました。苦手な方は飛ばしてください。



 

 

 

 今年のクラシック三冠を見守るスレpart334

 

 

 

54:名無しのレース好き 2021/10/24 18:24:27 ID:Exo9V+LVm

俺のネイチャが負けてしまった

ぐすん

 

55:名無しのレース好き 2021/10/24 18:25:08 ID:rbRF/4APH

ドンマイ

 

56:名無しのレース好き 2021/10/24 18:25:47 ID:pss7xoJE/

でもナイスネイチャもG1連中に食い下がって三着は頑張ってたよ

俺は結構あの子を好きになったよ

 

57:名無しのレース好き 2021/10/24 18:26:28 ID:5Z41Bi2AI

>>56

ネイチャは俺のものだ!

 

58:名無しのレース好き 2021/10/24 18:27:05 ID:1Gxn7H5PP

厄介ファンすぎてキメエ

 

59:名無しのレース好き 2021/10/24 18:27:37 ID:jZAyd5z/E

キモファンは置いといてツートップが強すぎなんだよ

 

60:名無しのレース好き 2021/10/24 18:28:18 ID:NJUi/n/eW

専門家の予想でもアパオシャ優勢だったからな

 

61:名無しのレース好き 2021/10/24 18:28:49 ID:dVngK2zkG

ブライアンも凄かったけどアパオシャの距離だから仕方ない

これでアパオシャが二冠にブライアンが一冠か

 

62:名無しのレース好き 2021/10/24 18:29:23 ID:Sp3Qbv4rn

去年のセイウンスカイのレコード更新してるし

スタミナがクラシックじゃねえよ

 

63:名無しのレース好き 2021/10/24 18:29:57 ID:tivu+jwMW

ハッピーミークは三着にもなれないのはちょっとどうなの

 

64:名無しのレース好き 2021/10/24 18:30:33 ID:3/NMwdSJ8

どこでも走れる強みがあっても器用貧乏じゃモンスターには勝てないよ

 

65:名無しのレース好き 2021/10/24 18:31:08 ID:Tj6FRvBnY

ダートはG1二勝してるんだけどなあ

 

66:名無しのレース好き 2021/10/24 18:31:40 ID:1KXOTQRLd

デジタン並の変態になるかは今後次第だ

 

67:名無しのレース好き 2021/10/24 18:32:14 ID:H7FCck6Qs

アレ並になったら失望してファン辞めます!

 

68:名無しのレース好き 2021/10/24 18:32:47 ID:LKne4KkAQ

デジタンは凄い変態なんだからあれでいいんだぞ

 

69:名無しのレース好き 2021/10/24 18:33:22 ID:GttC3HKGu

変態性の違いでケンカすんなよ

 

70:名無しのレース好き 2021/10/24 18:33:54 ID:REONLn8RG

今日もスレは平和です

 

71:名無しのレース好き 2021/10/24 18:34:26 ID:hEOPras/f

ちょっと話し戻そうか

えっと、アパオシャに勝つ方法でも挙げる?

 

72:名無しのレース好き 2021/10/24 18:35:02 ID:FvsQ9ad2T

2000メートルで走れ

 

73:名無しのレース好き 2021/10/24 18:35:43 ID:lUBM7rCVm

最後の末脚勝負

 

74:名無しのレース好き 2021/10/24 18:36:20 ID:RghMx0uA9

サイレンススズカ並の逃げ

 

75:名無しのレース好き 2021/10/24 18:36:57 ID:saqUCmW2c

案外まともな案でフイタ

 

76:名無しのレース好き 2021/10/24 18:37:36 ID:l3NpInR7j

実際そうだからな

アイツは距離短いとスピード出せないし

 

77:名無しのレース好き 2021/10/24 18:38:12 ID:t5bTRfb9X

札幌記念とオールカマーもそれで二着だった

 

78:名無しのレース好き 2021/10/24 18:38:49 ID:LcOHEqu95

皐月賞でも三着でゴールドシチーにスピードで負けてる

 

79:名無しのレース好き 2021/10/24 18:39:22 ID:LrOA6rQ7t

スタミナバグってるレベルでもスピードとパワーは並よりちょい上

 

80:名無しのレース好き 2021/10/24 18:39:56 ID:cI1jgn8xJ

なんで日本シリーズ勝てたんだろう

 

81:名無しのレース好き 2021/10/24 18:40:37 ID:T+9YEJn4h

なんJ民紛れてるぞ

日本ダービーな

 

82:名無しのレース好き 2021/10/24 18:41:15 ID:cI1jgn8xJ

スマン

 

83:名無しのレース好き 2021/10/24 18:41:56 ID:gR1X4u4x6

豪雨で大荒れだったのをさらに引っ掻き回してペースぶっ壊したかららしい

上位三人以外レース終わったらヘトヘトだったからな

 

84:名無しのレース好き 2021/10/24 18:42:36 ID:ZbNfWyyuS

そこもセイウンスカイと似てるな

 

85:名無しのレース好き 2021/10/24 18:43:16 ID:Rn9vgRRju

スカイちゃんだって雨乞いはやらねえよ

 

86:名無しのレース好き 2021/10/24 18:43:54 ID:GeQ+jnlkf

雨乞いってなんぞ?

 

87:名無しのレース好き 2021/10/24 18:44:26 ID:rSLIKZNOx

チームの先輩のフクキタルと一緒に皐月賞と日本ダービーの前に雨乞いしてるんだよ

 

88:名無しのレース好き 2021/10/24 18:45:03 ID:4yoWxy72x

うせやろ

 

89:名無しのレース好き 2021/10/24 18:45:39 ID:TEnKl8ybw

過去のインタビューとかトレセン生のウマスタ探してみろ

 

90:名無しのレース好き 2021/10/24 18:46:11 ID:+m0Ys1wsA

俺も前に見たぞ

てるてる坊主どころじゃなかった

 

91:名無しのレース好き 2021/10/24 18:46:50 ID:DyL33K+2x

何でフクキタルとなの?

 

92:名無しのレース好き 2021/10/24 18:47:22 ID:UqJ9WIvxZ

実家が神社だから

 

93:名無しのレース好き 2021/10/24 18:47:56 ID:K3UPWePWI

>>89

見てきた

本当に儀式やってるじゃねーか

 

94:名無しのレース好き 2021/10/24 18:48:34 ID:QilVMZwqX

フクちゃんの巫女服姿prpr

 

95:名無しのレース好き 2021/10/24 18:49:09 ID:olxIR0y6/

ストイックそうに見えてアホなことしてるのが最高にカワイイなアパオシャ

 

96:名無しのレース好き 2021/10/24 18:49:51 ID:Ae85b/J8e

世間は王子扱いでもこういうの見ると年頃の女の子だからいいね

 

97:名無しのレース好き 2021/10/24 18:50:27 ID:Btvg+lcJe

年頃の子はここまで本格的な雨乞いしねえ

 

98:名無しのレース好き 2021/10/24 18:51:09 ID:+MjzTdDx4

それな

 

99:名無しのレース好き 2021/10/24 18:51:48 ID:9RcBXodpn

レースの神様はナリタブライアン嫌いなのか

絶対クラシック三冠行けると思ったのに

 

100:名無しのレース好き 2021/10/24 18:52:27 ID:Xu0hfakYe

実力はここ十年でもトップクラスって言われてたしな

 

101:名無しのレース好き 2021/10/24 18:52:58 ID:0eUzm5hhr

俺もジュニアの時にブライアンの走りを直に見たがルドルフに並ぶと思ったよ

 

102:名無しのレース好き 2021/10/24 18:53:28 ID:uvj7o98RZ

今日のレース見たら菊花賞は無理だったと思うぞ

 

103:名無しのレース好き 2021/10/24 18:54:06 ID:wbhJEpkY+

チヨノオーちゃんも骨折で秋華賞出られなかったし三冠は難しいよ

 

104:名無しのレース好き 2021/10/24 18:54:43 ID:kuyNeGD5D

ゴールドシチーは菊花賞回避からのエリザベス女王杯だって?

 

105:名無しのレース好き 2021/10/24 18:55:12 ID:m/dFVLLDF

見に行きたいけど流石にシニア相手は勝てねえよ

 

106:名無しのレース好き 2021/10/24 18:55:42 ID:1HEh6hZnS

でもあの百年に一人の美顔は生で見たい

 

107:名無しのレース好き 2021/10/24 18:56:20 ID:MjDirlcpJ

ブライアンはそのまま有マ記念に直行だとさ

 

108:名無しのレース好き 2021/10/24 18:56:58 ID:YnG84JR/G

アパオシャはステイヤーズステークス行き

 

109:名無しのレース好き 2021/10/24 18:57:34 ID:CqE8m9V/P

今年は去年みたいにジャパンカップでクラシックが暴れるのは無いか

 

110:名無しのレース好き 2021/10/24 18:58:14 ID:gT2kchhmZ

代わりにスペシャルウィークが頑張るから

 

111:名無しのレース好き 2021/10/24 18:58:53 ID:nXa19beKp

有マ記念はクリスマスにビワハヤヒデとの姉妹対決だから徹夜組も出るな

 

112:名無しのレース好き 2021/10/24 18:59:26 ID:vViGyqp8f

真冬の夜に徹夜は死ぬからやめろよ

 

113:名無しのレース好き 2021/10/24 19:00:06 ID:8y80xgiFp

死んでも見たい

 

114:名無しのレース好き 2021/10/24 19:00:40 ID:TGXm9Qq25

成仏してクレメンス

 

115:名無しのレース好き 2021/10/24 19:01:19 ID:GFvIX1a7v

はえーよハゲ

 

116:名無しのレース好き 2021/10/24 19:01:55 ID:gNdZva/aZ

ハゲちゃうわ!

 

117:名無しのレース好き 2021/10/24 19:02:33 ID:j/pDslof8

また髪の話してる

 

118:名無しのレース好き 2021/10/24 19:03:08 ID:a/5vEYBvN

髪をあがめよ

 

119:名無しのレース好き 2021/10/24 19:03:42 ID:dxie1nW/O

崇めても生えてこないから嫌です

 

120:名無しのレース好き 2021/10/24 19:04:18 ID:3ofSfXrKu

涙吹けよハゲ

 

121:名無しのレース好き 2021/10/24 19:04:59 ID:1nEekAseE

ループしてるからヤメレ

 

122:名無しのレース好き 2021/10/24 19:05:32 ID:ocKndtvjQ

ちょっと話題をずらそう

他にスレに名前が出てない今年のクラシック勢で強い子はあと誰かいた?

 

123:名無しのレース好き 2021/10/24 19:06:10 ID:9BLsvKvld

メジロアルダンとユキノビジンぐらいだな

 

124:名無しのレース好き 2021/10/24 19:06:51 ID:JsUmpKoee

ユキノビジンは秋華賞頑張ったよ

 

125:名無しのレース好き 2021/10/24 19:07:32 ID:CL5FpJUPr

田舎っぽい純粋な子がやっとつかんだG1勝利におっちゃん涙が出た

 

126:名無しのレース好き 2021/10/24 19:08:03 ID:6vqcLuB0T

そのユキノビジンもエリザベス女王杯に出るってよ

 

127:名無しのレース好き 2021/10/24 19:08:39 ID:Es2dgfBze

頑張って欲しいな

 

128:名無しのレース好き 2021/10/24 19:09:11 ID:bF2/Cq8cU

それは出る子みんな一緒だぞ

 

129:名無しのレース好き 2021/10/24 19:09:49 ID:hIs95JZpC

ゴールドシチーとユキノビジンの友達対決か

 

130:名無しのレース好き 2021/10/24 19:10:22 ID:6S2W2z8Zd

これも見ごたえあるレースだよな

 

131:名無しのレース好き 2021/10/24 19:10:56 ID:9vmlD6hzC

友達って言ったらアパオシャも二人と友達なんだって

 

132:名無しのレース好き 2021/10/24 19:11:28 ID:rz6wKuSLZ

そうなん?

 

133:名無しのレース好き 2021/10/24 19:11:59 ID:lu/BtXiKq

おう、たまに一緒に写真に写ってたり街で買い物してるらしい

 

134:名無しのレース好き 2021/10/24 19:12:30 ID:pYiMq9zfj

あとトーセンジョーダンってギャル子とも仲良いってよ

 

135:名無しのレース好き 2021/10/24 19:13:06 ID:UWlTqzX5C

純朴少女とイケメン女子とギャルズか

 

136:名無しのレース好き 2021/10/24 19:13:39 ID:LF2i85s5s

閃いた!

 

137:名無しのレース好き 2021/10/24 19:14:15 ID:c+68+l3r7

通報したぞ

言い訳は無駄だ

 

138:名無しのレース好き 2021/10/24 19:14:56 ID:LF2i85s5s

見逃してください!家族がいるんです!

 

139:名無しのレース好き 2021/10/24 19:15:27 ID:dEUzoYpzO

>>136 >>137 >>138

お前ら仲いいな

 

140:名無しのレース好き 2021/10/24 19:16:03 ID:qDETxYsK6

何を閃いたかは聞かないでおく

 

141:名無しのレース好き 2021/10/24 19:16:35 ID:scXYb2/9k

メジロアルダンは来週の秋天皇賞出るって

 

142:名無しのレース好き 2021/10/24 19:17:09 ID:BGxpnncbG

天皇賞はメジロ家にとって特別だからな

 

143:名無しのレース好き 2021/10/24 19:17:48 ID:GMX71/lvH

そのメジロアルダンはどうなの?

 

144:名無しのレース好き 2021/10/24 19:18:27 ID:G612A2rLU

うーん、強いけど微妙?

 

145:名無しのレース好き 2021/10/24 19:19:04 ID:1jpf4hN3e

NHKマイル勝ったのは凄いけど、アパオシャやブライアンに比べると……

 

146:名無しのレース好き 2021/10/24 19:19:35 ID:OhQYjjXCc

oh

 

147:名無しのレース好き 2021/10/24 19:20:10 ID:pUWFnMyJS

パーマーもとうとう天皇賞勝てずに引退しちゃった

 

148:名無しのレース好き 2021/10/24 19:20:51 ID:MnJv0MR1q

どっちもG1勝っただけでもすげえよ

 

149:名無しのレース好き 2021/10/24 19:21:31 ID:NfJfmm9YI

ジュニアに一人メジロの子がいるね

 

150:名無しのレース好き 2021/10/24 19:22:10 ID:Fee/lW7oY

アパオシャの後輩のメジロマックイーンか

 

151:名無しのレース好き 2021/10/24 19:22:48 ID:fMCRHMU96

まだデビュー戦勝っただけだからこれからに期待したい

 

152:名無しのレース好き 2021/10/24 19:23:27 ID:IMSR7k8oh

それよりアルダンだろ

あの儚いお嬢さま然とした姿は応援したくなる

 

153:名無しのレース好き 2021/10/24 19:24:07 ID:jCUf/t5yo

アグネスのヤバい方がトレーナーだけど大丈夫か?

 

154:名無しのレース好き 2021/10/24 19:24:38 ID:UdReKWCP8

どっちのアグネスもヤバい定期

 

155:名無しのレース好き 2021/10/24 19:25:20 ID:G+1+339ke

タキオンがトレーナーやってるからG1勝ったんだよ

 

156:名無しのレース好き 2021/10/24 19:25:51 ID:rPc94FGUa

在学中に中央トレセンのトレーナー資格試験合格して

学生やりながらトレーナー兼業って色々おかしい

 

157:名無しのレース好き 2021/10/24 19:26:24 ID:ISf7bJ70T

タキオンだし

 

158:名無しのレース好き 2021/10/24 19:27:04 ID:R0C6jtIuz

タキオンだからな

 

159:名無しのレース好き 2021/10/24 19:27:39 ID:qgFywdFPa

選手として超一流、指導者としても一流、学者としても一流の超ヤバイ奴

 

160:名無しのレース好き 2021/10/24 19:28:11 ID:wvfwUaTid

担当トレーナーを時々発光させる○○○○

 

161:名無しのレース好き 2021/10/24 19:28:40 ID:IMSR7k8oh

やめろよアルダンの事が不安になる

 

162:名無しのレース好き 2021/10/24 19:29:13 ID:WReUffPHU

タキオンだってウマ娘に酷い事はしないから安心しろ

 

163:名無しのレース好き 2021/10/24 19:29:43 ID:vBo/TfrCo

トレーナーは犠牲になったのだ

 

164:名無しのレース好き 2021/10/24 19:30:13 ID:zf8xGasci

あんな美少女達に囲まれてる髭なんて犠牲になれ

 

165:名無しのレース好き 2021/10/24 19:30:47 ID:XVkIkckVg

嫉妬は醜い

 

166:名無しのレース好き 2021/10/24 19:31:27 ID:sET1FOfmM

≪フォーチュン≫は色物過ぎてそんな気にならねーだろ

 

167:名無しのレース好き 2021/10/24 19:31:57 ID:BTeRzne6d

アグネスタキオン、マンハッタンカフェ、マチカネフクキタル、サクラバクシンオー

アパオシャ、メジロアルダン、メジロマックイーン、一人新人

色物は半分だからギルティ

 

168:名無しのレース好き 2021/10/24 19:32:39 ID:A47ytCidC

中央の男トレーナーは教え子のウマ娘と結婚する率が割と高いらしい

 

169:名無しのレース好き 2021/10/24 19:33:14 ID:MLj8Du+Vc

ギルティ

 

170:名無しのレース好き 2021/10/24 19:33:50 ID:GtPPqFFpC

もげろ

 

171:名無しのレース好き 2021/10/24 19:34:22 ID:h4dyby++D

爆ぜろ

 

172:名無しのレース好き 2021/10/24 19:34:56 ID:6vHXoWXdo

〇ね

 

173:名無しのレース好き 2021/10/24 19:35:27 ID:4K9fO6ema

辛辣過ぎて芝3000メートル

 

174:名無しのレース好き 2021/10/24 19:36:06 ID:yOODWqDLk

でも年頃の女の子が何年も一緒に苦楽を共にして

常に献身的に尽くしてくれたら惚れるのは割と分かる

 

175:名無しのレース好き 2021/10/24 19:36:37 ID:9AoNsADYH

おまけに中央のトレーナーは高給取りだからな

 

176:名無しのレース好き 2021/10/24 19:37:08 ID:ZQ4O+sPbd

俺中央トレセンのトレーナーになって担当ウマ娘と結婚するんだ

 

177:名無しのレース好き 2021/10/24 19:37:42 ID:ZPsto1cME

フラグ乙

 

178:名無しのレース好き 2021/10/24 19:38:18 ID:lp0gZGaoI

そもそもトレーナー資格受からねえから

 

179:名無しのレース好き 2021/10/24 19:38:58 ID:ZD8hvJIkM

T大合格するのが最低ラインの知力だぞ

 

180:名無しのレース好き 2021/10/24 19:39:30 ID:ZQ4O+sPbd

絶望したーー!!

 

181:名無しのレース好き 2021/10/24 19:40:05 ID:19y5ym260

フルボッコニキ涙拭けよ

 

182:名無しのレース好き 2021/10/24 19:40:43 ID:FIT8ItFhq

高給取りって言ったら今日の菊花賞も賞金の一部トレーナーの懐に入るんだよな

 

183:名無しのレース好き 2021/10/24 19:41:24 ID:tKYHMj346

賞金の3%ぐらいだから今日だけで450万入る

 

184:名無しのレース好き 2021/10/24 19:41:53 ID:WQBV/GBDB

トレーナーってそんなに儲かるのかよ

ならチームほぼ全員G1ウマ娘なら3%でも総額で億超えてるんじゃ

 

185:名無しのレース好き 2021/10/24 19:42:29 ID:IcGWEhJZu

重賞とかもろもろ賞金積み上げたら超えるな

 

186:名無しのレース好き 2021/10/24 19:42:58 ID:agiilWI4J

っても金目当てでトレーナーやってる奴はすぐに嫌われて寄り付かないらしい

ウマ娘も金を稼ぐ道具として酷使されたいなんて思わんからな

 

187:名無しのレース好き 2021/10/24 19:43:33 ID:GCUXT0RM4

あれでウマ娘側もちゃんと人を見る目を養ってるんだよ

 

188:名無しのレース好き 2021/10/24 19:44:10 ID:IMSR7k8oh

じゃあアルダンは大丈夫なんですね!?

 

189:名無しのレース好き 2021/10/24 19:44:40 ID:aIzfy0EqC

大丈夫だから安心しろって

 

190:名無しのレース好き 2021/10/24 19:45:15 ID:oGcsYNxd3

今帰った

今日のレース宝塚で見てきたぞー

ライブも最高だった

 

191:名無しのレース好き 2021/10/24 19:45:53 ID:7laAUMSrS

うらやましい

 

192:名無しのレース好き 2021/10/24 19:46:24 ID:1oW4fprhU

俺も今日出勤じゃなかったら

 

193:名無しのレース好き 2021/10/24 19:46:54 ID:LppiJ/SIj

サービス業ニキはお疲れ

 

194:名無しのレース好き 2021/10/24 19:47:35 ID:BWdkEA1AI

現地はどうだった?

 

195:名無しのレース好き 2021/10/24 19:48:08 ID:oGcsYNxd3

人は例年通りで盛り上がってたけど今年は女のファンがやけに多かったな

 

196:名無しのレース好き 2021/10/24 19:48:39 ID:JAVDSlnlM

アパオシャとブライアン目当てだな

 

197:名無しのレース好き 2021/10/24 19:49:11 ID:3llRE/ZGV

あの二人は女人気すげえ高いから

 

198:名無しのレース好き 2021/10/24 19:49:43 ID:GMHz1KidX

フジキセキ並のイケメン同士のライバルだからそうなるか

 

199:名無しのレース好き 2021/10/24 19:50:25 ID:vICZG2nfU

ポスターで間に挟まれてたミークが場違いだったな

 

200:名無しのレース好き 2021/10/24 19:50:58 ID:oGcsYNxd3

ライブも三着のネイチャが何か気まずそうだった

 

201:名無しのレース好き 2021/10/24 19:51:29 ID:Exo9V+LVm

俺のネイチャ…

 

202:名無しのレース好き 2021/10/24 19:52:00 ID:MnhIGni81

>>201

だからお前のじゃねえよ

 

203:名無しのレース好き 2021/10/24 19:52:30 ID:oGcsYNxd3

みんなレースを本気で走って、勝っても負けてもキラキラしてて最高だった

やっぱりウマ娘は生で見るのが一番だ

 

204:名無しのレース好き 2021/10/24 19:53:04 ID:LLGnqOWNU

いいなー

 

205:名無しのレース好き 2021/10/24 19:53:40 ID:tfH7jzZ1v

いいなー

 

206:名無しのレース好き 2021/10/24 19:54:15 ID:O8kz1FD7O

いいなー

 

207:名無しのレース好き 2021/10/24 19:54:45 ID:xF7NdAQhr

三つ子さんは一緒に手近なレース場に行きなさい

 

208:名無しのレース好き 2021/10/24 19:55:15 ID:tfH7jzZ1v

手近なら高知か

 

209:名無しのレース好き 2021/10/24 19:55:55 ID:LLGnqOWNU

俺は盛岡だな

 

210:名無しのレース好き 2021/10/24 19:56:32 ID:O8kz1FD7O

俺笠松

 

211:名無しのレース好き 2021/10/24 19:57:11 ID:jS9CKJt2a

全員バラバラかよ

 

212:名無しのレース好き 2021/10/24 19:57:47 ID:MAPXA4tJE

おっ笠松ニキおるんか

 

213:名無しのレース好き 2021/10/24 19:58:21 ID:MFb4vNGek

笠松はオグリとアパオシャの地元だな

見た事ある?

 

214:名無しのレース好き 2021/10/24 19:58:56 ID:O8kz1FD7O

アパオシャの方なら数年前の正月のちびっ子レースで走ってたのは見た事ある

 

215:名無しのレース好き 2021/10/24 19:59:38 ID:LX+hMXWgI

マジ?貴重な話聞けそうだぞ

 

216:名無しのレース好き 2021/10/24 20:00:08 ID:jXiXxLQW2

囲め!

 

217:名無しのレース好き 2021/10/24 20:00:41 ID:iiOfie1Iu

囲め!

 

218:名無しのレース好き 2021/10/24 20:01:17 ID:SXpk70Go7

逃がさん!

 

219:名無しのレース好き 2021/10/24 20:01:57 ID:O8kz1FD7O

逃げないから心配すんなよ

と言っても大した事は知らないぞ

串カツをどて煮の味噌に漬けるのが好きとか

今年の笠松トレセンの正月イベントにこっそり居たとか

 

220:名無しのレース好き 2021/10/24 20:02:33 ID:3qjrYL1vr

オグリキャップも地元のどて煮が好きらしいな

 

221:名無しのレース好き 2021/10/24 20:03:14 ID:O8kz1FD7O

夢がどて煮になる事だったか

 

222:名無しのレース好き 2021/10/24 20:03:47 ID:FFDPGxjF8

どて煮になるってなんだよwww

 

223:名無しのレース好き 2021/10/24 20:04:27 ID:O8kz1FD7O

哲学だろ

 

224:名無しのレース好き 2021/10/24 20:04:58 ID:AahAboFUv

お前らO8kz1FD7Oニキの話を聞くんだ

で、正月のイベントって?

 

225:名無しのレース好き 2021/10/24 20:05:29 ID:O8kz1FD7O

毎年笠松トレセンがやってる地元向けのイベントで小学生がダート走ったり

ビンゴとかクイズ大会やってトレセン生もレースする、どこにでもあるイベント

今年そこにアパオシャが参加者の中にいたらしいんだ

 

226:名無しのレース好き 2021/10/24 20:06:03 ID:TsRC6o66v

らしいってのはどういうこと?

 

227:名無しのレース好き 2021/10/24 20:06:38 ID:O8kz1FD7O

本人って分かったら騒ぎになるからこっそり一参加者として楽しんでた

どて煮売ってたおばちゃんが気付いたから黙っててもらうように頼んだって

 

228:名無しのレース好き 2021/10/24 20:07:17 ID:vW2fH0TMZ

たしかに今年ならホープフルS勝ってG1ウマ娘になったばかりで本人いたら周りが騒ぐな

 

229:名無しのレース好き 2021/10/24 20:07:58 ID:O8kz1FD7O

で、それが分かったのはどて煮のおばちゃんがサインを欲しがって書いて

店に飾ってあったのが正月終わった頃にバレたから

 

230:名無しのレース好き 2021/10/24 20:08:30 ID:5JXPsuzHE

プライベートならそういう振る舞いも大事だな

 

231:名無しのレース好き 2021/10/24 20:09:07 ID:/d7cYa+JV

中学生なのにお気遣い紳士(淑女)

 

232:名無しのレース好き 2021/10/24 20:09:39 ID:O8kz1FD7O

近所でも昔から優しい子って言われたらしい

ただし勝負にはすげえ塩で年下に多少手加減した以外は

相手を負かして泣かしても平然としてたとか

 

233:名無しのレース好き 2021/10/24 20:10:18 ID:ZrUnyf9yE

今とそんなに変わらないのか

 

234:名無しのレース好き 2021/10/24 20:10:49 ID:cv+v1Cg36

勝つために全力を尽くす根っからのアスリート気質だな

 

235:名無しのレース好き 2021/10/24 20:11:23 ID:j5cd+MQt3

相手に舐めプレイして負けるのは失礼だから当然だろ

 

236:名無しのレース好き 2021/10/24 20:12:03 ID:/9QtMLgFB

俺はウマ娘を舐めたい

 

237:名無しのレース好き 2021/10/24 20:12:42 ID:c3zBZDEOn

>>236

〇ね

 

238:名無しのレース好き 2021/10/24 20:13:13 ID:8556/Po+W

>>236

〇ね

 

239:名無しのレース好き 2021/10/24 20:13:45 ID:VmrOUq7Xn

>>236

地獄に落ちろ

 

240:名無しのレース好き 2021/10/24 20:14:21 ID:uRjf0crkY

>>236

この屑が

 

241:名無しのレース好き 2021/10/24 20:14:55 ID:9879cqDMA

フルボッコも残当すぎる

 

 

 

 

 



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第52話 菊の娘達

 

 

 十二月に入り、寒気が厳しくなり始めた初冬の早朝。

 温いベッドから頑張って抜け出した。

 

「うーん、寒い。……ありゃウンスカ先輩がもう起きてる」

 

 隣のベッドが空になっているのに気付いて、珍しい事もある物だと思った。一緒の部屋になって二年半以上経つけど、俺の方が起きるのが遅かったのは、G1に出走する日ぐらいで、数えるほどしかない。

 俺とのレースを重要視してるのか。

 悪い気はしないが同じぐらい警戒されてるって事だよな。

 気合を入れに、冷水で洗顔すると眠気が吹き飛んだ。

 部屋に戻るとウンスカ先輩がトレーニングから帰っていた。

 

「おはよーアパオシャちゃん」

 

「おはようございますウンスカ先輩。今日は気合入ってますね」

 

「まーねー。同じ部屋の後輩と走るなんて、中々経験無いからさー。スペちゃん達と違った意味で、楽しみにしてるんだ」

 

「お互い勝っても負けても恨みっこ無しですから」

 

「フフフー、簡単に勝たせてはあげないからねえ」

 

 相変わらず緩いけど、この人も強いんだよなあ。

 今日は俺は中山レース場で国内最長距離を誇るステイヤーズステークスに出る。同じくウンスカ先輩もだ。

 菊花賞ウマ娘同士かつ、ルームメイト対決は過去にもなかなか組み合わせが無いため、ジャパンカップの激闘が終わってから、G2レースでもそれなりに大きくメディアに取り上げられていた。

 先週のジャパンカップは歴史に残る大激闘の末に、≪日本総大将≫スペシャルウィークさんが≪欧州最強≫のモンジューに打ち勝った。この快挙に日本中が浮かれた。ゴルシー達≪スピカ≫も暫くは祝勝会のどんちゃん騒ぎに明け暮れていた。

 かく言う同級生のウンスカ先輩もお祝いに色々やってたし、ライバルでも友達を祝える良い人なんだよな。

 それでもレースでは全力で競うんだけど。

 それから一緒に着替えて、食堂で向かいに座って朝食を食べた。

 後はそれぞれのトレーナーやチームの所に行く。

 

「おはよう、クイーンちゃんはよく眠れた?」

 

「はい、おはようございます。レースは二回目ですから、十分眠れました」

 

 今日はクイーンちゃんも中山で一勝クラスのレース≪葉牡丹賞≫があるから、彼女も一緒に行く。

 

「二人とも調子は良いみたいだな。じゃあ、俺達は中山に行くから、トレーニングはタキオンに任せたぞ」

 

「安心したまえ、バクシンオーくんの事はしっかり指導しよう」

 

「二人とも頑張って勝ってください!私もトレーニングを頑張ります!」

 

 バクシさんは今月の阪神カップを控えているから、オンさんと一緒にトレーニング。

 フクキタさんは勉強で忙しく、カフェさんは所用で今日は来ていない。

 あとは応援にダンとガンちゃん、そこにパーマーさん達、メジロの親戚の三人も同伴する。過半がメジロ家になり、いつもと違うメンバーでの遠征となった。メジロ家って仲いいなあ。

 それとシニア三年目のパーマーさんは、十月の京都大賞典を最後に引退した。ラストランの結果は芳しくないが、仕方あるまい。

 

 何事もなく中山に着いた。駐車場は昼前で七割ぐらい埋まってる。

 

「ありゃ、予想より混んでるな。お前とセイウンスカイのレース、結構注目されてるみたいだな」

 

 髭の話ではステイヤーズステークスはあまり人気が無いから、例年は他の重賞レースに比べて観客数も少ないらしい。開催日がジャパンカップと有マ記念の間で、G1級ウマ娘は出場しづらい時期的ともなれば、人気が低いのは仕方が無い。

 今年は新旧菊花賞ウマ娘二人の対決があるから、URAもテコ入れして宣伝してたみたいだし、いつもより賑わってるわけだ。

 グッズ店も俺とウンスカ先輩の商品が殆どで、他のウマ娘の品が隅に押しやられている。

 

「ねーねー、アパオシャさん。セイウンスカイさんはワクワクする人?」

 

「直接走るのは今日が初めてだけど、普段の感じだとなんつーか、結構走り方に癖がある人で、外から見ると面白いと思うよ」

 

「おー!じゃあワクワクする人なんだね!」

 

 ガンちゃんは楽しそうにしてるけど、一緒に走るとやり辛い人だと思うぞ。ジャパンカップ勝ったシャル先輩も結構やられているから。

 それはさておき、昼を食べにレース場のフードコートに行く。そこでカレーやらラーメンを食った。

 腹を満たしたら、レースを走る俺とクイーンちゃんは控室に行き、着替えて一緒にウォーミングアップをする。

 クイーンちゃんの出番は一時間早いから先に上がり、俺はもう少し長めに体を温めてから控室に戻った。

 後輩のレースは気になるが、まずは自分のレースだ。時間までじっくり気持ちを整える。

 

 時間になり、スタッフからゼッケンを貰いパドックに行く。今日は2番か。

 パドック裏の他の出走者達は、言ってなんだがウンスカ先輩を除いてパッとしない。髭の言う通り、有力な選手は軒並みG1の方に行くから、それより一枚実力が落ちたり、生粋のスタミナ自慢しか出ないわけだ。

 しかも俺と先輩のG1バ二人が出るから、今日は出走数が12人しかいない。その分やりやすいからいいけど。

 パドックで客に顔を見せて、ささっとコースに出る。スタンドに居るみんなを発見。クイーンちゃんが俺に笑顔を向けてダブルピースしてる。あの様子なら勝てたな。

 心配事が一つ減って気が楽になった。あとは俺が頑張るだけだ。

 

 早めにゲートに入り、気を落ち着ける。

 ―――――よしっ!スタートはまずまず。そのまま加速して先頭近くを取れるようにキープ。

 予想通り、ウンスカ先輩は坂を登る前にハナを取った。俺はその後ろ一バ身を付かず離れず二番に留まる。

 ウンスカ先輩に勝つには、この位置でマークするのが最適解。俺と髭の意見は一致している。

 去年の皐月賞と菊花賞、今年勝利した重賞タイムを検証した結果、この人は常にレースを支配して、自分以外のペースを操っている節があるのが分かった。

 先頭に立ってペースメーカーになり、時にバ身差を利用して超スローペースでスタミナを温存したり、超ハイペースに付き合わせてスタミナ切れを起こさせる。緩急をつけるクレバーなレースプランニングこそ、この人の最大の持ち味だ。

 つまりそれは、俺と似た走り方が出来るという事。だから対処法も分かりやすい。勝つなら徹底してこの人の後に付いて、最後の直線で抜く。それだけで良いんだ。

 幸いウンスカ先輩以外に警戒するような相手は居ない。単純にスタミナのゴリ押しで勝てるから、後ろは気にする必要は無かった。前評判通り、実質今日は俺と先輩の一騎討ちに近い。

 レースの中盤に、ウンスカ先輩がペースを上げれば俺も追従、コーナーで意図的に脚を遅くすればそれに続く。

 二週目に入っても常に一定の間隔を維持したまま、徹底して二番手を保ち続けた。

 レース終盤になると、もう後ろは付いていけず、俺と先輩の二人旅。だがそれもそろそろ終わりだ。

 最終コーナーを回って直線に入った瞬間に加速。先輩に並び、そして抜き去り先頭に立った。

 単純なスタミナなら、俺の方が上。後はゴールする時に一歩でも前にいればそれで良かった。

 坂に入って足を小刻みに動かし加速。後ろの足音の大きさは変わらない。

 そのまま最後の直線も譲らず、俺が先にゴール板を通った。

 

「……ふぅ。よしっ!勝ったぞ」

 

 スタンドを向き、いつものように拳を天に突き上げる。ファンからの拍手と声援を受けてから、ウンスカ先輩と向き合った。

 

「いやーアパオシャちゃんは強いよ」

 

「今日は先輩のおかげで走りやすかったです。また一緒に走りましょう」

 

「まーそのうちねー」

 

 苦笑して先輩は先に控室に戻った。あの様子はちょっと悔しいと思ってるかな。

 この後は通常通りウイニングライブをして、着替えてからスタンドに戻った。

 トレーナーとガンちゃん、メジロ家の面々も勝利を喜んでくれた。

 

「クイーンちゃんも二勝目おめでとう。やー、チームで連勝して良かった」

 

「ありがとうございます!トレーナーさん、今日は帰りにお祝いしてよろしいですわね!?」

 

「分かった分かった。帰りにケーキを食べて、学園に戻るぞ」

 

「「「わーい!!」」」

 

 みんな喜んで髭に礼を言った。

 帰る時に記者達に捕まって、今日のレースの事を聞かれたから、トレーナーの読みが当たって勝てたと言い、新旧菊花ウマ娘対決は決して楽なレースではなかったと、ウンスカ先輩を持ち上げる。実際一番先輩を警戒しての徹底マークだから、嘘は言ってない。

 その次に多かったのが、このまま有マ記念に滑り込み出走も可能じゃないかという質問。

 こちらには髭が代わりに答えた。

 

「今から調整は難しいですから、予定通り今年はこれまでにします」

 

「それは残念ですね。では次のレースは、やはり長距離の春の天皇賞でしょうか?」

 

「大きな目標ならそうです。ただ、その前に一度か二度はレースを挟んで、調子を見ると思います」

 

「アパオシャさん、春の天皇賞に勝つ自信のほどは?」

 

「菊花賞より距離は長いから、結構有利なレースです。ただ、スペシャルウィーク先輩のようなシニアの先輩達も出ますし、ナリタブライアンが出るなら、かなり厳しい展開になるかな」

 

「なるほど。優位はあっても、油断はしないということですね」

 

 俺は頷く。少なくともウンスカ先輩一人をマークするだけで勝てた今日よりは、ずっと難しいレースになる。それでも勝てる算段はそれなりにある。

 記者達はそれなりに満足して帰って行った。

 俺達も車に乗ってレース場を後にした。

 その帰りには約束通り、美味しそうなケーキ屋を見つけて、みんなで祝勝会を開いて、勝利の味を堪能した。

 

 



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第53話 姉妹対決のゆくえ

 

 

 ステイヤーズステークスが終わってから一週間が経った。

 そろそろ今年のジュニア期の総まとめになるG1レースが始まる頃だ。うちのクイーンちゃんは出走しないけど≪スピカ≫のウオカレコンビは出ると聞いてる。出来れば勝ってもらいたいね。

 うちの今年の予定は、バクシさんがG2阪神カップをクリスマス前に走るだけになった。レースには髭ではなくオンさんの方が同行する事なってる。その時にオンさんがカフェさんに小声で『貸し一つだよ』と囁いたのが聞こえた。チームでも口には出さなくても結構気付いてる人はいるか。

 でもそれは本人達の問題だから変に茶々を入れるべきじゃないよ。だから俺は何もしない。

 他にチームで、メジロの二人は家関係のチャリティーパーティーに出席するとかで、クリスマスの予定が埋まってる。名門は大変だな。

 フクキタさんは引退した同期の友達とお疲れパーティをすると言ってる。そういう繋がりも大事だね。

 そういうわけで、今の所クリスマスに予定が無いのは、俺とガンちゃんの二人。どうしようか考えていたら、ガンちゃんがナリタブライアンの出る有マ記念を見たいと言っている。

 確かセンジやナイスネイチャも出走するんだったな。応援に行ってもいいかもしれない。問題は中山レース場は遠いんだよ。電車使うと学園から結構かかるしなあ。

 ならいっそ他に巻き込んで便乗するかと考えて、ビジンに聞いてみたら彼女のトレーナーから即答でOKが出た。ついでにゴルシーも話に乗って、結果五人で中山レース場に行くことになった。持つべきものは友達だ。

 とりあえず年末の予定は立った数日後の夜、今度は実家から電話があった。ウンスカ先輩はちょうど風呂に入ってるから煩くしても構わない。出たら父さんだった。

 

「どうしたの?年末の予定聞きたかった?――――――――――ああ、そういうことか。まあそういう話も来るか」

 

 嫌なら断ってもいいと言うが、少しは地元を気遣ってやらないと家が色々言われるからなあ。一応了承はしておき、もう少し詳しく内容を聞いてみる。

 

「―――――――――うわ、マジか。そういう事なら喜んでやらせてもらうって言っておいて。―――――うんうん、年末には帰るよ。じゃあ、おやすみ」

 

 思いがけない話が出て、ちょっと気分が昂ってる。今回の年末年始はなかなか忙しくなりそうだ。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 クリスマスの当日。うす曇りの朝から中山レース場は大混雑していた。早めに学園を出ていたから駐車場に入れたけど、もう少し遅かったら危なかった。

 やれやれ、前もってバンブーメモリーさんに話しておいて良かったよ。ゴルシーだけじゃ大幅に遅れてた。うちのガンちゃんも朝が弱いから、俺が呼びに行って何とかなった。

 

「運転ありがとうございました」

 

「ユキノの友達なら気にしないで。それに最高峰のレースを見るのもトレーニングの内だから」

 

 ビジンのトレーナーの久保田さんがやんわりと言う。この人は上京したばかりで色々と不馴れだったビジンを、トレーナー契約する前から何かと手助けしている世話焼きな女性だ。東条トレーナーのような、いかにも仕事が出来る雰囲気は持ってないけど、ウマ娘への優しさと指導力は決して劣らない。担当のビジンを何度か負かしているゴルシーにも、何の隔たりも無く接しているんだから信頼出来る人だと思う。

 駐車場でたむろっても仕方が無いから、席が埋まらないうちにレース場に入る。

 案の定、観客席はもう八割は埋まってた。まだ第一レースが始まったばかりだぞ。良い席取った人は始発電車で来たか、真冬に徹夜で並んだのか?姉妹対決効果は凄まじいな。今日は雪が降らない予報だから良いけど。

 席を確保したら、みんなで朝食にコンビニで買ったパンやらおにぎりを食べて、ブランケットに包まる。全員が同じような格好だから怪しい集団みたいになってる。

 

「秘密結社ブランケット」

 

「プッなにそれ?」

 

「いや、なんか言わないといけない気がして」

 

「マヤ知ってる!女の子がキャンプして美味しい物を食べるドラマだよ」

 

「へーキャンプがぁ。みんなでトレーニング以外で行ってみでなー」

 

 ビジンの声に、みんなも頷いた。俺達はみんなそれぞれのレースがあるし、トレーニングを怠けてたら周りに置いて行かれしまうのが嫌だから、長期で遊ぶ予定は立てない。だから普通の学生みたいな休みはなかなか取り辛い。

 でも、いつかはみんなで走る事を忘れて、ゆったり過ごしてみたいよ。

 それから俺達は冬の冷たい風に震えながら、お菓子を食べたり温かいお茶で体を温めつつ、前座のレースを見て昼まで過ごした。

 

 昼は交代でフードコートで食事をした。今はビジンと久保田トレーナーに席をキープしてもらってる。

 ガンちゃんとゴルシーの三人で熱いラーメンを啜っていると、センジと担当トレーナーが一緒に歩いてた。

 こちらが手を振ると、向こうも気付いてこっちに来た。

 

「モゴモゴモゴ…」

 

「いや、食ってから何か言えって」

 

「やっほージョーダン。応援に来たよ」

 

 口がふさがってたからゴルシーが代わりに言ってくれた。センジも今からご飯みたいだ。

 

「ユキノも来てるんだって?後で今日は勝つって言っといて」

 

「あいよー。センジも負けるなよ」

 

「当たり前じゃん!ここで勝ってみんなを一気に追い越してやんよ!」

 

 センジは大胆不敵に笑ってトレーナーとトンカツを食べに行く。

 

「トーセンジョーダンさん、すっごくキラキラしてたね!マヤも早く有マ記念を走りたいなー」

 

「ガンちゃんならすぐに走れるどころか、有マ記念も勝てるよ」

 

 この子は才能の塊だから、クラシック三冠も夢じゃない。まったく、これからが楽しみな天才だよ。

 おっと、麺が伸びるからさっさと食べないと。

 

 昼を食べて、少し暖かくなった午後。メインイベントの有マ記念の時間が迫り、観客達の緊張感は否応なく高まった。

 前評判の一番人気は、やはり去年の勝者グラスワンダー先輩。その次が経験豊富なビワハヤヒデさん。ナリタブライアンは三番手で、それにナイスネイチャやセンジも続く。

 周囲の観客も贔屓のウマ娘が勝つと気炎を上げている。

 

「ワクワク、ワクワク」

 

「マヤノちゃんはめんこいべ」

 

 今か今かとレースが始まるのを待つガンちゃんを見て、ビジンが顔をだらしなく緩くした。気持ちは分かるよ。

 後輩の可愛さに緩くなってると、いよいよパドックからメインのウマ娘達が姿を現した。

 一年を締めくくるスター選手が次々と現れると、そのたびに観客は歓声を上げた。

 一番人気のグラスワンダー先輩も、清楚な外見からは比べ物にならないほど強烈なプレッシャーを感じる。やっぱりあの人、大和なでしこより鎌倉武者だよ。

 ビワハヤヒデさんもオールカマーで競った時より存在感が増している。ただ、勝負服の露出は低いのに妙に色気を感じる。特に腰の両側の隙間はヤバイ。

 その後も、ナイスネイチャやナリタブライアンのようなクラシック世代も現れて、シニアに負けない輝きを見せていた。

 

「ジョーダン、調子良さそうみたいだから、イケるわよ」

 

「…確かに最近は補習が少なかったから、トレーニングも十分積んでた」

 

 爪の弱さも最近は表面化していないから期待していいと思う。後は本人の根性を信じてやるだけだ。

 年末を彩る16人がコースに集まる。

 友達が一足先に上った晴れ舞台だ。どうか最高の結果を頼むぞ。

 

「センジーーー勝てよっ!!!」

 

 俺の声が届いたのか、あいつは親指を立てた。

 そしてファンファーレが鳴り響き、走者はゲートに入る。

 ―――――――ゲートが開き、16人の優駿が一斉に飛び出した。

 青鹿毛の人が先頭に立って一気に差を広げ、他は集団を形成する。

 センジの奴は先団六番手ぐらい。ナリタブライアンとビワハヤヒデさんも先団の三番四番に付けている。

 グラスワンダー先輩やナイスネイチャは、後方で様子を窺ってるか。

 

「形はまずまずかな。2500は結構長いからしばらくはこのままか」

 

 先頭を走る人が十バ身差以上を付けているが、500メートルのタイムが明らかに早い。何かの作戦か?

 1000メートルを超えた頃から徐々に後ろがペースを上げたり、中団にも先頭の人に十五バ身離されたのを焦れて、追いかけようとする雰囲気が出てきた。

 

「はわわ、ジョーダンさんは大丈夫べ」

 

「……1000メートルタイムは平均ぐらいね。落ち着いてるから大丈夫よ」

 

 ゴルシーの言う通りだ。まだ前半だから慌てるような場面じゃない。それに先頭の爆逃げは只の逃げだ。いずれペースを落とすか、スタミナ切れを起こす。

 中間点を過ぎ、1500メートル付近から先頭と先団の差が徐々に縮まり始める。後方もペースを上げて、いよいよ熾烈なデッドヒートが始まってる。

 センジは五番手で機を窺っている。ナリタブライアンやビワハヤヒデさん相手に一瞬の隙だって見逃すなよ。

 最終コーナーに入った時点で先頭を走ってた青鹿毛の人は失速して、先頭はビワハヤヒデさんに代わった。

 その後ろをピッタリとナリタブライアンが追従して、センジはペースを上げて三番手。後ろのグラスワンダー先輩は周囲にガンガン圧力をかけている。

 ビワハヤヒデさんを先頭に、後続も最終コーナーを次々回る。あと300メートルちょっとで全てが決まる。そこで、またあの感覚に気付いた。

 

「ん……あっ、またか」

 

 そのビワハヤヒデさんの周囲に何か赤と青の四角いグリッド線が見え始めて、一気に加速を始めた。

 あの人のアレはああいう形なのか。さらにその外側からナリタブライアンが地を這うような低い体勢で黒い影を靡かせて、ビワハヤヒデさん以上の速度で加速。姉に並び、追い抜いた。しかしそこからビワハヤヒデさんがさらに盛り返す。

 世紀の姉妹対決に、観客のボルテージは最高潮に達する。

 

「おい、アンタもかナリタブライアン」

 

「アパオシャさんもブライアンさんとハヤヒデさんの周りに何か見えるの?」

 

「ああ、たぶんガンちゃんと同じものが見えると思う」

 

 見えてるのが二人って事は、この子も俺や先輩達と同じか。

 あの姉妹はアレが出た瞬間から、とんでもない加速で三番以降を後ろに置き去りにする。中山の名物の坂に入っても脚は衰えず、センジは懸命に脚を動かして前に出ようとしても、却って差が開く。

 

「けっぱれージョーダンさんっ!!」

 

「ジョーダン!!負けるんじゃないわよー!!」

 

 二人からの声援もむなしく、センジはさらに後ろから末脚を利かせたグラスワンダー先輩と、ナイスネイチャに抜かれた。

 一歩も譲らぬ姉妹を追う、旧王者と伏兵。だが、決定的に伸びない。

 坂を登り切った怪物姉妹は最後の直線まで競り合い、しかしほんの僅かにナリタブライアンが前に出た。

 

「うわああああああああっ!!!!」

 

 獣のような咆哮が聞こえた気がした。そのまま差が開き、クビ差で先にナリタブライアンがゴール板を駆け抜けた。

 スタンドから地を揺るがすような大歓声が湧き起こる。数バ身開いて、ナイスネイチャとグラスワンダー先輩が三、四着に入る。センジは五着入賞か。

 

「ああーんっ!!もう、負けちゃったわよー!」

 

「初めての有マ記念で五着なら上出来と言いたいけど、悔しいなあ」

 

「ジョーダンさん……」

 

 悔しくても負けは負けだ。しかし、アレを姉妹で見せつけられるとは思わなかった。

 コースでは姉妹が何か話をして、並んでターフを去った。

 

「……ねえ、アパオシャさん。マヤさっきの『分かんない』」

 

「俺もよく知らないけど、カフェさんやオンさん、あとフクキタさんもレースの時に似たような事をしてた。それにバクシさんも見えてたな」

 

 そういえば、先月のジャパンカップで、シャル先輩とモンジューの時にも、今日みたいにハッキリとは見えなかったが、何か見えてたな。ほんと、アレは何なんだ?

 考えても答えが出ないうちは、無駄だし下手に考えないようにしよう。

 それより早くライブ会場に行かないと締め出される。

 ライブ会場にはどうにか入れて、ウイニングライブを見た。

 あとはラストのレースを見てから、スタンドで待っていると、着替えを終えたセンジがこちらに来る。

 

「お疲れ様。良い走りだったけど、残念だったね」

 

 ゴルシーが皆を代表して頑張った友達を労った。

 

「うん。次はもっと速くなって負けねー!」

 

 センジが耐え切れずに涙を流す。俺達は友達の肩や頭に手を当て、優しく撫でて落ち着かせた。

 その後は学園までの帰り道で見つけた良さそうな喫茶店で、皆で打ち上げ会をしてベリーとホイップたっぷりのパンケーキを食べた。

 

 

 翌日。チームの部室に行くと、髭トレーナーとカフェさんの雰囲気がちょっと変わってるのに気付いた。

 あの様子なら、上手く行ったらしい。本人達が納得してるなら外野が煩くする必要も無いから見守ってあげよう。

 

 



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第54話 地元のお付き合い

 

 

 今年もあと三日になった年の瀬。例年通り、今日は朝から部室の大掃除だった。

 みんなで手分けして一年の汚れを落として、昼前にはすっかり綺麗になった。これで来年も健やかに過ごせそうだ。

 今年はチームの皆は実家に帰省する。来年の一月中旬にレースがあるクイーンちゃんも、自主トレだけなら実家のメジロ家でもトレセンと同等のトレーニングは行えるから帰省組になる。

 これから昼食で打ち上げをして、今日はおしまい。去年はおでんだったから、今年はガンちゃんリクエストのビーフシチューという事で、学園近くの洋食屋を打ち上げ場に選んだ。

 洋食屋なら色々種類があるから、みんな好きな物を頼んで和気あいあいに食べて、最後はデザートで締めて今年一年の苦労を労った。

 特にレース生活を大きな怪我無しで走り切れたフクキタさんは、誰よりも幸運なウマ娘だったと称賛されて、みんなから祝福を贈られた。

 

 打ち上げが終わったら、俺はその足で部屋にまとめておいた荷物を持って駅に向かう。今回の帰省はちょっと忙しいから、今日の内に実家に帰っておきたかった。

 府中駅から東京駅まで行き、予約した新幹線で一気に名古屋だ。そこから普通電車に乗り換えて笠松駅まで行けば、もう夕方で辺りは真っ暗だった。

 年末の暗い夜道をとぼとぼ歩いて、一年ぶりの我が家に帰ってきた。

 

「ただいまー」

 

「おかえり。寒かっただろ、こっちで温まりなさい」

 

「おかえりなさい涼花。ご飯はもう少しで出来るからね」

 

「よう、おかえり。一年頑張ったな」

 

「ありゃ、兄さんも帰ってたのか」

 

 よく考えたら年末なんだから里帰りぐらいはするか。久しぶりに家族全員揃ってご飯が食べられる。

 荷物を置いて、上着を脱いでコタツに入る。あー温かいなー。学園の寮はコタツが無いから困る。トレーナーの中には部室にコタツを置いている人もいると聞いたが、本当なのかな。

 

「これ、東京土産」

 

「ああ、ありがとうな。浅草の雷おこしか」

 

「直接行った事は無いけどね」

 

 結構な期間を東京で過ごしているけど、名所とか廻った事が無いのにお土産ってのも何だか変な感じだよ。貰った人は喜ぶから良いけど。

 コタツでまったりしてると、晩ご飯が出来たと呼んでる。父さんがテーブルのカセットコンロに大きな鍋を乗せて、火にかける。

 

「今日はみそ鍋ね」

 

「寒いし、みんな好きでしょ」

 

 家族みんなで頷く。どて煮とはまた違う、味噌仕立ての豚鍋は大変美味しい。

 それに家族四人のご飯は、チームの皆や友達と一緒に食べるご飯とも、また違った美味しさがあって良い。

 食材を足しては食べて、足しては食べる。あと兄さんが父さんと一緒に酒を飲んでるのは、ちょっと驚いた。

 

「そういえば兄さんもう20歳になったから、普通にお酒を飲めるんだ」

 

「なんだ、今更気付いたのか。大学じゃあ飲み会なんて三日に一度はあるから、結構付き合うのも大変だぞ」

 

 よく考えたら兄さん大学二年生だし、俺も中等部三年生だった。普通の学校なら高校に向けて受験勉強してる時期だよな。小学校の時の友達だって、今は受験生だ。あぁ、町の成人式もあるから帰ってきたのか。

 トレセンはレースとトレーニングばかりだから、時々世の中の当り前の事だって忘れてしまう。

 

「あなた達も昔はあんなに小さかったのに大きくなったわ。時間が経つのは早いわねえ」

 

 母さんにしみじみ言われた。確かに昔は家ももっと広かった気がしたけど、いつの間にか狭くなった気がする。

 ご飯も兄さんと一緒に何度もお代わりしたら炊飯器が底をついたし、大きくなったのはその通りだ。

 まだ食べられるから、鍋にラーメンの麺を入れて煮込んで、みんなで食べた。

 

「家のご飯も美味しいよ」

 

「ふふ、そう言ってもらえると作った甲斐があったわ」

 

「明日から慣れない事をして色々疲れるから、しっかり食べておくんだぞ」

 

「分かってるって。学園でこういう時の指導は受けてるから、多分大丈夫だよ」

 

 父さんは心配そうにしてるけど、むしろ一般人の皆の方が心配だよ。俺達トレセン学生は前もって授業でカリキュラムに組み込まれてるし、レースに勝った後には偉い人と話す機会だって多いんだから。

 

「でも今日は午前中大掃除して、東京から帰ったばかりだから、さっさと寝るよ」

 

「そうしなさい。お布団は今日干しておいたから、お風呂も先に入りなさい」

 

「ありがと母さん」

 

 言われた通り、ご飯を食べたら最初に風呂に入って早めに寝た。

 

 

 翌日、早朝に軽めのランニングをしてから、朝ご飯を食べて、トレセンの制服に着替える。

 休日なのを忘れて制服を着たわけじゃない。今日は公式の場に行く必要があるから、正装を着ているだけだ。

 これから地元の町役場に行って、町長に表彰を受ける事になってる。オグリキャップ先輩に続いてG1ウマ娘になったとあっては、町側も何もしないわけにはいかないという大人の事情があるとか父さんは言ってた。

 正直面倒臭いと思っても、地元を蔑ろにするともっと面倒臭くなるから、トレセンでも出来れば貰っておけと教えられた。寄付とか求められるわけじゃないし、義務と割り切ったよ。

 九時ぐらいに予定通り、町役場の職員さんが車で迎えに来た。年配の職員さんが頭を下げる。

 

「おはようございます、アパオシャさん。今日は貴重な休みに申し訳ありません」

 

「いえ、役場の皆さんも娘のために、年末にご苦労様です」

 

 三人とも頭を下げたが、向こうも仕事の終わった年末に面倒だと思ってるんだろうな。俺と父さんも面倒くさいと思ってるし。

 それ以上は話す事も無く、俺と背広を着た父さんは車に乗って、歩いて行ける距離にある町役場に来た。駐車場には新聞社やテレビ局の名の入った車が結構停まってる。

 車から降りて役場の入口すぐにカメラが何台か置いてあり、カメラマンがシャッターを切ってる。ニュースでこんなシーンは見た事ある。

 庁舎中に入ると別の職員が俺と父さんを別室に招いて、今日の段取りを伝えられる。

 やる事は単純。町長に会って賞状とメダル貰って写真撮るだけ。あと出来るだけ笑顔という注文に応えればそれでおしまいだ。

 

「あとは町長の長い話がありますけど、最後に『これからも頑張ります』とだけ言ってください。それで今日の『町民栄誉賞』授与式は終わりです」

 

「……はい、分かりました」

 

 学生の表彰に多くを求めないんだからこんなものだろう。笑顔もライブ用の同じ顔を作れば用足りる。

 それからお茶を一杯飲む程度の時間を待って、広いホールで町長っぽい人に賞状を貰い、首にメダルをかけてもらって、職員に言われた通り、話の最後に『これからも頑張ります』と言って授与式は終わった。

 実に無駄な時間だった。レースに勝ち続けると、こういう面倒くさい事も引っ付いてくると思うと嫌だな。先輩達も、きっとこういう事を沢山してきたんだろう。

 でも、もう終わったから良いや。後は明後日の元旦イベントを楽しみにしておこう。

 

 家に帰ってコタツでダラーっとして、昼ごはん食べて買い物行ってその日は終わった。

 次の日はちょっと家の大掃除手伝って、正月の用意をして、除夜の鐘を突いて寝た。

 

 



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第55話 ≪領域≫


本日は明日の分も投稿します



 

 

 元旦の朝は早い。夜明け前に起きて、ランニングしながら近所の神社に参拝に行った。身を切るような寒さの神社はどこか神聖で、自然と身が引き締まる。

 一緒に走ってる同居者は、毎度のことだがこういう寺社仏閣を鼻で笑って近づこうともしない。どうもこいつは雨と同じぐらい宗教施設が嫌いらしい。

 何となくあの黒助は悪魔の類なんじゃないかと思う時がある。

 カフェさんの『お友だち』はどうなんだろう?一緒に除夜の鐘を突いたり、初詣に行ってお賽銭を入れたりするのかな。あとでSNSで聞いてみよう。

 待ちぼうけを食らって不貞腐れてる同居者を適当に宥めてから、ランニングを続けて家に帰った。

 

 家に帰って朝風呂に入ってから、家族でおせち料理と雑煮を食べた。

 新春テレビは相変わらず年末の有マ記念の話題で持ち切りだった。

 

「もしかしたらあそこに涼花が居たのかも」

 

「どうだろう。あの姉妹とんでもなく強いから、勝てる見込みは低かったよ。今年は出て勝ちたいけどね」

 

「そこまでは高望みだよ父さん。涼花だって、クラシック二冠獲った立派なウマ娘なんだから」

 

 立派と言われれば立派な戦績ではあるな。昨年はG1二勝、G2二勝、重賞三回入着した七戦四勝。

 それでも最優秀クラシックウマ娘はナリタブライアンだったが。あっちは七戦五勝で有マ記念勝ってるから、評価は上になるしな。

 同じG1二勝してるクラチヨさんも、後半は骨折で走れなかったから評価が低くなってしまった。

 過ぎた事は今更どうにもならないし、そもそも重賞を一回でも勝ったり、G1に出走出来た時点で一生自慢していい成績だぞ。

 なまじ俺が才能あるから、父さんも色々期待してしまうんだろうな。あるいはオグリキャップ先輩が有マ記念勝ってるから、周りの圧力も強いのか。

 

「有マ記念の前に春の天皇賞だよ。そっちも強い先輩達ばかりだけど、勝ちに行く」

 

「勝つのは大事だけど、勉強も走る事も健康でないと出来ないんだから、あまり無理はしないでね」

 

 母さんの言う事はその通りだけど、俺は頑丈だからそんなに心配しなくてもいいよ。

 雑煮のお代わりを貰って、お節を食べて健康の願掛けをして、正月の朝は過ぎていく。

 

 雑煮を食べたら、今年も特別レースをやってる笠松レース場に行く。ただ去年と違うのは、家にわざわざ笠松レース場のスタッフが車で迎えに来た事だ。

 何しろ今回は笠松トレセンからゲスト出演のオファーが来ている。こちらは年末の表彰と違って純粋に楽しいイベントだから快諾した。

 ついでとばかりに家族みんなも乗せてもらった。相手方も俺の家族なら便宜を図るし、イベントには一人でも多く参加して盛り上げて欲しいから、否とは言わない。

 レース場に着くと、俺はスタッフに呼ばれ、父さん達は一般ゲートの方からレース場に入った。

 トレセンの中を歩くと時折笠松トレセン生とすれ違う。大抵は俺を見たら声援とか握手を求められるけど、一部からはどこか敵意というか妬みの混じった視線を向けられる。地元を出て、中央でスター街道を登り続ける同世代への羨望と嫉妬だろう。流石にトレセンが呼んだゲストに何か言う事も無く、視線だけが虚しく消えていく。

 控室に通されて、お茶を出してもらう。説明の方は今日のもう一人のゲストが来てから一緒にすると言われた。

 ちょっとと言うか、かなり緊張して喉が渇く。最初のG1レースより心臓ドキドキするなー。

 少し待っていると、ドアが開いてもう一人のゲストが入ってきた。

 

「すまない、少し遅れてしまった」

 

 その人は俺より結構年上の、芦毛のウマ娘だった。笠松なら知らない人は居ないどころか、日本中に知られた時代のスターウマ娘。

 

「初めまして、オグリキャップ先輩。今日はよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしく頼むよ、アパオシャ。君のレースはよく見ている」

 

 笠松トレセンは正月のゲストに、俺とオグリキャップ先輩の二人に出演依頼をしていた。それで断る理由は欠片も無い。

 挨拶も終わり、スタッフから今日のスケジュール説明を受ける。

 簡単に言うと、レースが終わった午後からのトークショーで俺と先輩が色々喋る。それだけ。

 

「トークのお題だけこちらで用意してますから、それに沿ってお二人の自由に話していただいて構いません」

 

 そう言ってスタッフは十個ほどのお題を書いた紙を渡す。

 ――――――ふむ。妙なお題は書いてないな。大体笠松での思い出とか、レースや学園での楽しい思い出、これからのウマ娘へのアドバイスなどなど。常識的な事ばかりだ。

 

「質問がある。私は大食い大会に参加出来ないのか?」

 

「えぇ、いやぁ、ゲストの方が参加なさると、他の方々が緊張してしまうので、ちょっとご遠慮してもらえませんか」

 

「そうか……」

 

 あからさまにテンションが下がってる。そういえば学園のコック達には、オグリキャップ先輩の健啖家ぶりは伝説だったな。あのシャル先輩の数倍を平らげるとか。

 

「代わりにお昼はこちらでご希望通りご用意いたしますから」

 

「わかった!それなら構わない」

 

 あっ、すぐに元通りになった。

 出番まではあと一時間以上あるから、部屋で自由に過ごして欲しいと言われた。

 昼ご飯までにまだ時間があるから、先輩と適当に雑談する。

 

「日本ダービーと菊花賞、どちらも良い走りだったよ。笠松から凄い後輩が来たと聞いて嬉しかった」

 

「そう言ってもらえると嬉しいですけど、俺はまだまだですね。札幌記念とオールカマーでは、シニアの先輩達にやられました」

 

「私も秋の天皇賞とジャパンカップで、タマやオベイに負けた。それでも私はさらに強くなれたんだ。君も今よりもっと強くなれる」

 

 オグリキャップ先輩にそう言ってもらえると、なんだか本当に強くなれると思えてくる。

 ただ、ジャパンカップの時のオンさん、春天皇賞のカフェさん、札幌記念で俺を抜いたフクキタさんのような信じられない強さには、単にシニアに上がっても届かないような気がする。

 あるいはレース中の≪アレ≫が何か関係あるんじゃないのか。有マ記念でナリタブライアンとビワハヤヒデさんの姉妹が見せたラストのデッドヒートを思い返すと、より強く思うようになった。

 トレーナーに聞いても答えは帰って来なかった。でも、もしかしたらオグリキャップ先輩なら、同じモノを見た事がある、いや出来るかもしれない。

 今この場で聞いてみたい。

 

「あの、変な質問かもしれませんが……」

 

「どうしたんだ?」

 

「先輩はレース中に、他の走者からよく分からないモノが見えた事はありませんか?俺は今まで何度かチームの先輩達のレースで見た事があるんです」

 

「…………」

 

「オグリキャップ先輩も見える、いや、アレを使えるんじゃないんですか?アレが見えた時、オンさんやカフェさんは信じられないタイムを叩き出して、去年の札幌記念で俺はフクキタさんに負けました」

 

「君が言うアレというのと私が知ってるモノが同じとは限らないが、多分それは≪領域≫の事かもしれない」

 

「≪領域≫?」

 

「六平…私のトレーナーから聞いた話では、『時代を創るウマ娘は必ず使いこなす超集中状態』。タマやオベイ、ディクタもレース中にこの≪領域≫に入っていた」

 

 タマはタマモクロス、オベイはオベイユアマスター、ディクタはこの人と同期のディクタストライカの事か。

 最後の人はマイルチャンピオンシップ勝者ぐらいしか知らないが、前の二人の凄さはデータを漁った時に知っている。

 なるほど、時代を創るほどの強さのウマ娘なら使いこなせる、極度に研ぎ澄まされた状態という事か。道理で先輩達が使えるわけだ。

 

「じゃあ、オグリキャップ先輩も?」

 

「うん。私もタマと走った有マ記念で≪領域≫に入った。君もアレが見えているなら、私と同じ場所に届くはずだ」

 

 それは朗報だ。俺はまだまだ強くなれると保証してくれたようなものだ。でも、ナリタブライアンは一足先に、その≪領域≫とやらに間違いなく入っている。俺以上の才能を持ってる奴が、さらに上の段階に踏み込んでいるとなったら、距離適性を容易く覆して≪春の天皇賞≫だって負ける。

 正月が終わったら、カフェさんやオンさんに相談して俺も≪領域≫に踏み込めるようにトレーニングしないと。いや、そもそもオグリキャップ先輩の話を読み解くと、練習で身に付くような技能なのかすら定かじゃない。どうしたもんだか。

 頭の中で色々な事が浮かんでは消えていく。――――良いと思う案はそれなりにあるものの、それが正解かどうかは分からない。

 先輩を放っておいて、しかめっ面で考え込んでいると、やけに大きな音が聞こえて、音の方を向くとオグリキャップ先輩の腹の音だった。

 

「クククっ……すいません」

 

「そろそろお昼にしよう」

 

 ちょっと顔を赤くした先輩が可愛い。内線でスタッフに昼食をお願いした。

 そして運ばれてきた料理の量に何度も目を擦って、見えている光景が事実なのを確かめた。

 なんかどて煮を寸胴鍋で持ってきて、串カツとエビフライが五十本以上も大皿に乗ってるんですけど。保温ジャーも業務用のを三つ、焼きそばが中華鍋に山盛りで、焼きニンジンは百本を超えてる。おでんも鍋ごとだぞ。

 

「とりあえずこれだけ用意しています。追加があったらまた内線電話で教えてください」

 

「ああ、ありがとう。お代わりは後で伝えるよ」

 

 何でこれだけの量の料理を前にお代わり前提なんだよ!やべえ、シャル先輩も相当大食いと思ってたけど、オグリキャップ先輩の足元にも及ばない。

 

「さあ、アパオシャも食べよう」

 

「は、はぃ」

 

 ≪芦毛の怪物≫と呼ばれた人は胃袋も怪物だと、今日は否応なしに教えられた。

 

 



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第56話 スターの条件

 

 

 ≪怪物≫の昼食に戦慄した後、いよいよお仕事の時間になった。

 なおかなり後で聞いた事だが、俺達の食事を作ってくれた笠松トレセンのコック達は死屍累々になったらしい。俺は悪くねえ。

 レース場の内側に特設会場を設けてのトークショーだった。去年は別の場所でもっと小規模だったけど今年そうなったのは、オグリキャップ先輩と俺のゲスト出演が決まって、ホームページのアクセス数の桁が跳ね上がったのを見て、他県からも大挙してファンが押し寄せると予想して、笠松トレセンで一番広い場所を確保したからだそうだ。

 それでも場所が確保出来なかったら、急遽ダートのレース場を立ち見席に解放した。スタンドもとっくに満席だ。三~四万人ぐらい居るんじゃないか?

 事実、笠松の駐車場はとっくにパンパンになって、警備員が四苦八苦してるらしい。電車も普通の正月は、岐阜から豊川稲荷や熱田神宮への初詣に行く客は多いのに、今年は逆に東西から岐阜に大挙して人が集まってて、駅員の悲鳴があちこちから聞こえている。

 普段は寂れている笠松に少しでも活気が入って来るんだから良い事だと思う。

 俺と先輩が姿を現すと、いつもレース前に聞いている規模の歓声と拍手で迎えられた。

 特設ステージは簡単なテントにパイプ椅子とマイクが置かれている。一応両端にストーブがあるから、屋外でもまあまあ温かい。

 席に就くと早速司会の人が俺達を紹介する。

 オグリキャップ先輩は笠松トレセンから、十勝して中央トレセンへと移籍。クラシック登録をしなかった故に多くの制約を受けながらも、そこで数々の重賞を勝ち続け、G1有マ記念を二回、マイルチャンピオンシップを一回、安田記念を一回優勝した。地方出身者の星とまで言われたアイドルウマ娘。さらにシニアからドリームトロフィーリーグへ進み、何度も素晴らしいレースを繰り広げ、昨年多くの人に惜しまれながら、アスリート生活を引退した。現在は中央トレセンの附属大学で勉学に励んでいる。

 次に俺は、地元の笠松幼年レースクラブで学び、中央トレセンへ進学。ジュニア期はG1ホープフルステークス、昨年クラシックでは悲願のG1日本ダービー、菊花賞を勝ち、それ以外にも幾つかの重賞勝利をした、期待の新鋭と紹介された。

 

「これがお二人が今まで歩んできた道筋です。どちらも地元笠松が誇るスターウマ娘と言えます。―――――――それでは皆さま、今日はそんなお二人のトークを心行くまでお楽しみください」

 

 拍手が沸き起こる。

 

「それでは最初のお題は―――トレーニングで楽しかったこと、辛かったことです。それではアパオシャさんから、楽しかった事をお願いします」

 

「トレーニングで楽しい事は…新しい事を覚える時ですね。特に先輩達と並走して、高い技術を肌で感じて、それを真似て自分のモノにするのが楽しかったです。他にもチームの皆で過去のデータから使い物になる技術を探して、自分に合ったトレーニングを組む時も面白かったです」

 

 観客席から良い反響が出ている。無難な事を言ってるが、チームの仲が良い事を宣伝しておくのは必要な事だ。

 

「君は凄いな。私はただ速く走る事だけを考えて走って、トレーニング案はトレーナーやベルノに任せっきりだった」

 

「うーん、役割分担が出来るならそれでも構わないと思いますよ。俺はレース中でもあれこれ考えながら走るタイプだから、理論立てて自分の中で納得した方が覚えが早いってだけですから」

 

「そうなのか。―――おっと、今度は私の番だな。私は子供の頃は足が悪くて立つ事も出来なかった。それでも、これまで皆の期待を背負い応えられたのは、お母さんが懸命にマッサージをして、自分の足で歩けるようにしてくれたからなんだ。『立って走る…私にとってはそれだけで奇跡』だから走るトレーニングは全て楽しい事だと思ってた」

 

 この人の記事を何度か読んだ事あるから、足が悪かった事やそれを懸命に支えてくれた母親の事は知ってたけど、実際に本人の口から聞くと心に響く物がある。特に俺は生まれてから病気と怪我からは無縁だから、失礼かもしれないけど余計に不憫に思ってしまう。

 観客もどこか湿っぽい雰囲気が出ていて、感受性の高い人にはもう鼻をすする人もいた。

 

「ただ、プールで泳ぐのだけは苦手で辛かった。私は泳ぐのが苦手なんだ」

 

「あートレセンにもそういう人はちょっと居ますね。ゴールドシップさんがプール嫌いで有名ですし、ルームメイトのウンスカ先輩もビート板使ってトレーニングしてますから」

 

「私の時もクリークと一緒にビート板を使って泳いでたよ」

 

 それでも嫌がってトレーニングをしないよりは余程良いでしょう。

 周囲からはちょっと笑いが零れてた。

 

「次は俺の番ですね。トレーニングで苦手だったのは、チームの先輩のバクシンオーさんと短距離並走でした。うちのチームはバクシさん以外誰も短距離走れないから、入学したてで下っ端の俺が担当だったけど、適性が無くて練習として成立させるだけでも毎日スタミナを使い切って辛かった」

 

「君はマイル適性すら無いんだったな。これを聞いている人には意外かもしれないが、距離が短くても適性が低いと上手く速さが出せないから、走るのは難しいんだ」

 

「でも、おかげでスプリンター王者の先輩から『逃げ』の技術を学んで、レースでも使えるレベルになったから、苦労に見合うだけの練習だったと思ってます」

 

「道理で不思議な走り方をすると思ってた。私は基本『差し』と『先行』の脚質だが、君は『差し』と『逃げ』だものな。それで脚質をある程度変えられる君も器用だよ」

 

「小手先の技術ですから、器用って程でもないですよ。本当に凄いと『逃げ』『先行』『差し』『追込み』をちょっと練習しただけで自由に変えられますから。うちのチームにいる新入生の子がそれやれる、誇張無しの天才なんです」

 

 観客からどよめきが起きる。普通は脚質が一つか、出来て二つまでと言われている。四つの脚を使い分けられるウマ娘なんて居るとは思わない。ガンちゃんは、ある意味全距離かつ芝ダートを選ばない、ハッピーミーク級の希少性の子だ。

 

「――――おっと、俺の話からちょっと逸れちゃいましたね。えっと、次の話題に行きます?」

 

 司会の人から許可が出た。次の話題は――――普段のファッションと勝負服かぁ。

 

「正直俺はファッションに興味無いから、基本は友達任せですね。ゴルシーやセンジ…モデルやってるゴールドシチーと、流行に敏感なトーセンジョーダンと一緒に買い物した時に意見を聞いて買ってます」

 

「私も似たような物かな。でも、私は出来れば可愛い物が好みだ」

 

 ほう、ここは意見が分かれる所か。そして先輩の意外なギャップに観客から可愛いとか、色々声が聞こえた。

 

「確かにオグリキャップ先輩の勝負服は、セーラー服タイプの可愛いデザインでしたね。あれは自分でデザインを希望したんですか?」

 

「いや、ろっぺいトレーナーが秋天皇賞の時に用意してくれたんだ。徹夜で作ってくれたと言ってた」

 

 マジかよ。雑誌で見た事あるけど、かなり強面の人が自ら作るなんて。人は見かけによらないとは、よく言ったものだ。

 

「アパオシャの勝負服は、見ていると空飛ぶ絨毯が欲しくなるな」

 

「それは友達からも結構言われました。割と夢のイメージに合うデザインだから気に入ってますよ」

 

「アラジンになるのが君の夢なのか?」

 

「うーん、正確には夢でよく見る場所が砂漠とか乾いた荒地みたいな風景だから、ちょっとした思い入れがあるんですよ。いつかそこに行って走るのも悪くないかなと」

 

「それは素敵な夢だと思う」

 

 夢ってほど大層な目標じゃないけど。行くだけなら、戦争やってるような場所でなければ、トレセン卒業すれば今まで稼いだレース賞金使って行ける程度の場所だし。

 

「いっそ、砂漠の国のドバイにレースしに行けば手間が少ないですが。まあそれは日本一になってからでないと話にならないけど」

 

「?日本一になればいいだけじゃないか。君にはそれだけの才能があると思うぞ」

 

「簡単に言わんでください。少なくともナリタブライアンが居るから五分五分ですよ」

 

「確かにあの子は昔の私やタマと同じぐらい強い。でも、そういうライバルがいるからこそ真剣勝負をして、君はもっと強くなれる。私もそうだった」

 

 ギャラリーから歓声が起こる。偉大な先輩からの日本一になる保証と激励。同時に比肩するライバルがいるからこそ強くなり、レースが盛り上がる。

 一強状態では如何にスターウマ娘が居ようとも、ファンは飽きる。かつてのシンボリルドルフやマルゼンスキーさんも、強すぎた故に孤高にならざるを得なかった。

 そして絶対王者が走り、結果の見えるレースほど、観客が退屈なものは無い。見る者、金を払う者が居なくなったコンテンツは悲惨な末路を辿る。

 そういう意味では競い合う相手がいるのも良い事なんだろう。お互いのファンが熱を上げてグッズを買ってくれるし、応援のためにライブチケットがたくさん売れる。

 

「……むう、先輩にそう言われたら何もしないわけにはいかないですね」

 

「そうだ。私達ウマ娘は、いつも誰かの想いと夢を背負ってレースを走ってる。周りで支えてくれる仲間、レースで競う宿敵、応援してくれたファン、みんなのおかげで私は走り切れた。君もそれを忘れないでくれ」

 

 レース場に拍手と先輩の名が響き渡る。

 この人がなぜ時代を代表するスターウマ娘になれたのか少し分かる。この人はただ強いだけじゃない。レースを見る人の心を揺さぶる天性のナニかを持っているんだ。上っ面だけ取り繕って得られる人気じゃない、なまじ理屈を積み重ねて結果を得ようとする俺には決して持ち合わせない、真に人から愛される魂がある。

 

 それから幾つかのお題を貰い、笑いや感動、トレセンやレースの裏話など、ここでしか聞けないような珍しい話をして、遠方から駆けつけたファンを楽しませた。

 トークショーが終わり、今年は参加者が多いと予想してクイズ大会が行われた。

 最初はメジャーな中央ウマ娘の簡単な問題を出し、時々ディープなお題でふるい落としたり、オグリキャップ先輩の笠松トレセン時代の知識を要求される事もあった。

 大体二十個の問題を最後まで勝ち抜いて賞品を貰えたのは、数万人の参加者の中で十人ぐらいだった。その中にはオグリキャップ先輩の笠松時代の友達で、今は笠松トレセンのトレーナーをしているウマ娘もいたらしい。

 身内参加は良いのかと思ったけど、現役の笠松トレセン生も参加してるんだから、地方のお祭りなら緩くOKなんだろう。

 こうしてイベントが全て終わり、参加者も概ね好評で、混雑からの迷子や忘れ物トラブルなんかは多かったが、正月イベントは成功したと言っていい。

 これで少しは地方トレセンを知ってもらい、知名度が上がって『カサマツの星』オグリキャップに続く、アイドルウマ娘がまた出て欲しいと本心から思う。

 出番も全て終わり、客がボチボチ帰り始めた頃に、トレセンのスタッフや理事長が直々に挨拶に来た。形式的な礼かと思ったら、本心から俺達に感謝してる。

 

「お二人のおかげでまた笠松の名は全国に広がった。本当にありがとう。何か私達に出来る事はありませんか?是非とも力になりたい」

 

「なら、一つお願いがあります」

 

 オグリキャップ先輩が躊躇わずに申し出る。

 

「空いてる時間で構わないから、一~二日トレセンのレース場を貸してもらいたい」

 

「レース場をですか?貴女が走るんですか」

 

「私とアパオシャが走るためです」

 

「えっ、俺と?」

 

 唐突なレースの申し出に疑問しか出てこなかった。

 

 



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第57話 『証明』

 

 

 正月二日目の午後の笠松トレセンは、元旦ほどの人は集まらなかったが正月イベントは盛況だ。

 串カツやおでん片手に地元の子供達のレースを見て、大食い大会に声援を送ったり、ビンゴやクイズをしてウマ娘やレースを身近に感じる催しこそ、地方トレセン本来のお祭りだと思う。

 一方で地方レースの経営は苦しく、注目を集めて人を呼び寄せないと施設の維持管理、働くスタッフの給料すら払えないような経営難に陥りやすい。

 だから今年のように、中央で活躍する地元出身のウマ娘を客寄せに使って宣伝する行為も、時には必要な事だと理解している。

 笠松トレセンが今日と明日のイベントが終わってからレース場を貸したのは、来年もゲストに呼ぶ事を考えて、恩を売っておく腹積もりと思われる。

 元旦のイベントが終わってからオグリキャップ先輩は、俺と笠松レース場で走る事を希望した。ただ、走るべきだと理由はその場で教えてもらえなかった。それでも断る事はしなかった。

 一応髭にも電話で、オグリキャップ先輩と模擬レースをする事は伝えておいた。俺の頑丈さなら怪我はしないと思ってるが、あまり無理はするなとだけ言われて、許可は貰えた。

 イベントが終わり夕暮れ時になって、人気がまばらになったのを見計らって、ジャージ姿の俺と先輩がダートに立つ。既にウォーミングアップは済ませている。ダート用のシューズは念のために練習用のを東京から持ってきて良かった。

 ……おい、お前も一緒に走るのかよ。―――――はいはい、久しぶりに一緒にダートで走ってやるよ。

 

「距離は分かりやすく、コース丸二周の2200メートルの模擬レース。君もダートは走れるな」

 

「ええ、幼年クラブは基本ダートで、東京でも練習でよく走ります」

 

 専門に比べたらそれなりに速さは劣るが、多少は走れると思う。オグリキャップ先輩も今はウマ娘としての力は減退して引退しても、元はダートで地方十勝している。

 もろもろ込みで考えたら、彼我の力は互角に近いと思われる。

 

「今から一緒に走って≪領域≫を教えよう。環境は少し合わないが、本気のレースなら多分関係無い」

 

「≪領域≫の条件が極限状態なら、一流のウマ娘同士がぶつかり合えば、自然と入るという事ですか」

 

 先輩が頷く。かつてディクタストライカさんと模擬レースをした時に≪領域≫に入りかかった事があったらしい。つまり今日と明日でその再現をすると説明された。

 あとは走って自力で気付けと言われた。こういうのは口で説明しても習得は無理らしい。

 ともかく、スタート合図は機械任せで、模擬レースを始めた。

 お互いにスローペースで始まりダートを走る。芝と異なり砂に沈み込む脚の違和感はあるが、身体に染み込んだ距離とタイムは正確に刻んでくれる。

 そして俺の同居者はさっさと前を走ってしまった。

 中間点の1100メートルを過ぎても先輩はまだペースを保ったまま。俺はそろそろ足が温まってきたから速さを一段上げて前に行く。

 1200、1400、1800と距離を刻むたびに少しずつ先輩の足音は離れていくが、決して油断はしない。あの人は元からスロースターターの『差し』ウマ娘だ。少しの出遅れ程度はゴール手前で、暴力的な末脚によってぶち抜いて勝ってしまう。

 だから落ち着いて少しずつ加速して距離を広げていく。

 最終コーナーを過ぎ、残り200メートルになった瞬間、後ろから尻尾をねじ切られるような痛みと恐怖を感じた。

 

「ヌルいぞアパオシャ。そんな走りでは≪領域≫には到底届かない」

 

 次の瞬間、ガス爆発でもしたような爆音が聞こえ、外からオグリキャップ先輩が俺を抜いていた。その後ろ姿は陽炎のように歪み、灰を纏うバケモノのように見えた。

 なんだこいつは……≪怪物≫と言われるナリタブライアンと走っても、こうまで恐れを感じなかったし、震えもしなかった。

 これが誰からも愛される、あのオグリキャップ先輩の本当の姿なのか。

 ―――いや、恐れている場合じゃない。俺はこれから、同じバケモノ達とレースを走るんだ。

 

「こんなところで立ち止まれるかよーッ!!」

 

 吼えて加速。

 だが、先輩との距離は縮まらない。これはただの脚の性能と技術の差じゃない。これが≪領域≫!

 懸命に脚を動かしても届かない。息が出来ない。目がチカチカする。周りの音も良く聞こえない。分かるのは俺の心臓の音だけ………

 あの同居者の黒助がとっくに居たゴールでせせら笑っていやがる。それのクソッタレで忌々しい顔に、体中の血が沸騰する。

 

(なんだぁ、お前ここまでかよ?ずっと面倒見てきた俺を失望させるんじゃねえよ)

 

『ブチッ!!』

 

 俺の中で何かが千切れた。

 

「テメエはいい加減そのニヤケ面をヤメローーーーー!!!!!」

 

 咆哮と共にダートと違う赤い砂塵が俺の身体を纏い、前を走るオグリキャップ先輩の身体にも伸びて纏わりついた。

 もうレースなんてどうでもいい。俺はあの黒助を蹴り飛ばす事しか考えていない。

 一瞬でも早くゴールの先でニヤついてる野郎の顔を蹴り飛ばすために限界を超えて疾走する。

 途中で何かを追い越した気がするがどうでもいい。

 ゴールが目前に来たところで、足に再度力を溜めてた瞬間、野郎が空に逃げやがった。

 

「……くそっ!―――――――あっ、レースしてたんだった」

 

 いかんいかん。同居者への怒りで本来の目的を忘れていた。隣に居たオグリキャップ先輩を見る。

 

「……ふう。掴めたみたいだな」

 

「あの感覚が≪領域≫。―――――ちっ!」

 

 空を見上げてドヤ顔の同居者を睨みつける。あいつの手助けで≪領域≫に踏み込めたと思うと納得いかない。

 

「アパオシャ………その大丈夫か?さっきかなり怒ってたみたいだが」

 

「あー大丈夫です。先輩とは関わりの無い怒りで吼えただけです」

 

「怒りか…。君の≪領域≫は私やタマと違う、ディクタに近いのか?」

 

「怒りで踏み込むのはダメなんでしょうか?」

 

「それは分からない。でも、私は何のために走るか答えが見つかった時に≪領域≫に入り、有マ記念でタマに勝てた」

 

 先輩の顔はとても晴れやかで綺麗な笑顔だった。きっと怒りで歪んでいた俺の顔とは全然違う。

 

「アパオシャ、私は走るために生まれてきたんだ。走る事で私自身を『証明』し続けた。それはレースを引退した今でも変わってない」

 

「…………」

 

「タマ、オベイ、ディクタ。たぶん君のライバルのナリタブライアンや多くの友達も、レースで『何か』を証明したかったんだ。君もその『何か』に気付いて、走ってくれる事を期待している」

 

「はい。なら、もう何度かレースしていいですか?」

 

「勿論だ。ふふふ、やっぱりレースは楽しいな」

 

 それから俺と先輩は日が暮れて、ライトアップしたダートコースを何周も走り続けた。

 ≪領域≫に意識的に入るのはまだ難しい。だが、感覚は走るたびに掴めてきている。あとは数をこなすか、実際のレースで走るしかない。

 

 翌日も正月イベントが終わってから二人で走る予定だったが、トレセンの方に話が伝わって、正月に残っていた笠松の生徒が見学に大挙してスタンドに集まっていた。

 それどころか、俺達と一緒に走らせてほしいと頼み込むトレセン生も居る。

 

「私は構わないが、アパオシャはどうする?」

 

「走る数が多い方が実際のレースに近くなるから良いですよ」

 

 許可が出て笠松のウマ娘達が湧き返る。ただし条件として距離は2000メートル以上と決めたら、大抵の子が委縮した。

 地方レースは基本的に距離が短い。笠松なら800メートルの超短距離から始まって、長くてもマイルの1800までだ。殆どの子が2000メートルは未知の距離になる。

 一部、名古屋や別の地方開催の重賞レースで2000メートル以上を走った経験者も居るが、そういう上澄みはごく少数に留まる。

 仕方が無いから俺と先輩がコース二周の2200メートル、トレセン生の多くは一人1100メートルで二人リレー形式で走る事になった。

 マイルの子は先輩が一人で担当して、2000メートル超えの希望者は俺が担当した。

 

 ――――都合コースを十周ばかりした。結果は俺とオグリキャップ先輩の全勝。ダートの不得手を込みで平均三バ身差の勝ちなら、中央ウマ娘の面目は立った。

 笠松トレセン生とレースをしていて分かった事は、力量差があり過ぎると≪領域≫に入りにくく、不利な条件を課せられた方が精神集中しやすく≪領域≫に入りやすい。

 個人的な感覚では≪領域≫に入った時は、自分以外が止まったように見えるどころか、後ろを走る相手すら見えているように把握出来た。おかげで、位置取りや集団からの抜け出しが極めて容易になった。

 それとスタミナ消費がやけに減って、殆ど息切れをしない。むしろ相手の方が俺のプレッシャーで息が上がったように見えた。

 反面、いつもより加速性能が上昇しているのは確かでも、オグリキャップ先輩やナリタブライアン姉妹のような、異様な加速は見られなかった。この辺は個人差として納得するしかない。

 基本的な状態は把握出来た。あとは意識的に入れるかどうかだ。

 ともかく模擬レースはこれでおしまい。ヘトヘトになった笠松の子達と一緒にトレセンの風呂に入って、食堂で夕食もご馳走になった。

 笠松トレセン生はオグリキャップ先輩の食欲を伝説として聞いていても、実際に怪物染みた食べっぷりを目の当たりにして、誰もが箸が止まった。

 そして今日の食材を全て使い切って、コックからストップがかかり、急遽始まった二日間の正月模擬レースは無事に終わった。

 先輩のタクシーを待っている間に、ちょっと話をした。

 

「三日間、ありがとうございました。おかげで俺はまだまだ強くなれそうです」

 

「私も同じ故郷の後輩と走れて楽しかった。あとは君次第だ」

 

 その後はどて煮が美味かったとか、友達が笠松のトレーナーになってたとか、軽い雑談をしてお別れをした。と言っても、俺とオグリキャップ先輩も正月が終われば東京に戻るから、また近いうちに会える。

 俺も明日は東京だから、家に帰って早めに寝た。

 翌日、チームの部室に顔を出したら、髭トレーナーが俺を『別人のようだ』と称した。カフェさんやオンさんも、一目で察したみたいだ。≪領域≫に入るとそう見えるのか。

 実際に、クイーンちゃんやダンと並走する通常トレーニングも、明らかにキレが増して速くなって驚いた。それで慢心なんてしないが、ちょっと嬉しい。

 ガンちゃんも俺が何で速くなったのか分からず、何度も並走を挑んでは首を傾げてウンウン唸ってる。流石に育成期で≪領域≫に入られたら、俺も自信失くすからもうちょっと後で追い付いてね。

 

 正月気分も抜けて、レースも再開。うちのチームは、今月の三週目にクイーンちゃんが初の重賞レースに出走した。中山で行われたG3京成杯を快勝。クラシック期を最高の形でスタートした。

 同期生も昨年に骨折して休養していたクラチヨさんが久しぶりに年始のOP戦を走り、勝利を飾ってファンに元気な姿を見せた。

 去年の有マ記念で三着と善戦したナイスネイチャも、G2日経新春杯をハッピーミークと競り合って勝利。強さを示した。

 さらにセンジもG2アメリカJCCに出走。これも一着入賞を果たし、順調に強豪ウマ娘の道を走り始めている。

 みんな一年の最初を良い形でスタートして良かった。俺も来月はG3ダイヤモンドステークスの出走を決めて、トレーニングに打ち込んだ。

 

 



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第58話 それぞれの動機

 

 

 年始行事が立て込んでいた一月が終わり、二月になっていた。

 今日は節分で、学園でも豆まきのイベントが行われたり、昼食には恵方巻きが出て、無言で太巻きを頬張る奇妙な光景が食堂でそこかしこに見られた。同時に、悪戯心を刺激された一部の生徒が、友達をどうにか喋らせようと苦心するシーンもたびたび見られた。

 刺激のあるイベントは、レースとトレーニング漬けのトレセン学生の心の潤いだから、ほどほどに楽しみつつ次なるレースへの糧とした。

 その次のレースは今月中旬に東京レース場で行われる、G3ダイヤモンドステークス。芝3400メートルという、やや変則的な長距離レースだ。今のところ俺以外に出走願いを届け出ている有力選手は居ない。おかげで≪領域≫の調整にはもってこいのレースになる。

 しかし日本の長距離レースは少なくて困る。G2クラスならそこそこあっても、G1となると春の天皇賞と有馬記念しか無い。カフェさんも結構苦労してたし、俺も同じ苦労をしそうだ。

 ただ、それについては一つ考えがあるから良いんだけど。

 その考えについて意見を聞いておきたいから、練習が終わってから髭とオンさんの使っているトレーナー室に来ていた。

 

「それで、アパオシャは今後のレースについての相談だったな」

 

「ああ。今月のダイヤモンドステークスは順当に勝てるから、『春の天皇賞』以降の話になる」

 

「ふぅむ。些か気が早いようにも思えるが、今の君なら勝つ事もそう難しくはない。先を見据えるのも悪くはないね」

 

 オンさんに淹れてもらった紅茶を一口飲んで気を落ち着ける。カフェさんによく淹れてもらうコーヒーとは、また違った風味だが美味しい。油断しているといつの間にか七色発光するお茶になるから油断は出来ないがな。時には紅茶の匂いなのにラーメン味だったり、ニンニクみたいな味がするんだから、どうやって作ってるのかすごく気になる。口に出したら実験に付き合わされるから、絶対言わないけど。

 

「春の天皇賞が終わったら、一度海外で走ろうと思うんだ」

 

「そうか、お前も海外を視野に入れるようになったか。多分違うと思うが、凱旋門賞を目指すのか?」

 

「いや、長距離レースを考えてる。凱旋門賞は俺じゃ無理だろ」

 

 適性が近いカフェさんが三着、海外の芝に対応出来たパワーに優れるエルコンドルパサー先輩でさえ二着が限界だった。中距離適性の一枚劣る俺では、走る前から結果は見えている。

 

「うーん、クラシック二冠獲ったお前なら学園も反対しないと思うが、ちなみにどのレースを希望するんだ?」

 

 俺は図書館で色々拾ってきた資料のコピーを二人に見せる。

 二人とも、少々難しい顔をしてる。希望するレースの難しさを分かっているから、この反応もやむなしだ。

 

「――――――お前、これ本気で勝つつもりだな?とりあえず挑戦とか軽い気持ちなら俺は許可しないぞ」

 

「当たり前じゃないか。俺は常に勝つつもりでレースを走ってるぞ」

 

「クッフッフ!いいじゃないかトレーナーく~ん。今のアパオシャくんなら厳しいが、まだ時間はある。これから鍛えれば、十分勝算はある」

 

「……分かった、学園側には俺が話を伝えておく。ただし、春の天皇賞で優勝とまで言わないが、最低三着までに入って学園を納得させられる結果を示せ」

 

「見くびるなよ。俺は優勝するつもりだぞ」

 

「分かった、お前を信じよう。やれやれ、また海外とはな」

 

 口では不満そうにしてても、口元がつり上がってるぞ。あんただってカフェさんの時の悔しさを忘れてないんだから、また挑戦するチャンスと思ってるんだろう。

 オンさんも早速タブレットからデータを引っ張り出して、何かを始めている。何だかんだでこの人もカフェさんを勝たせてあげられず、骨折して実質引退に追い込んでしまったのを気にしていたのは知ってる。走るレースは違えど再挑戦が出来ると思うと力が入るんだろう。

 

「じゃあ、明日も練習頑張るよ」

 

 邪魔しちゃ悪いから、トレーナー室から早々に引き上げた。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 バレンタインデーも通り過ぎた、二週間後の土曜日。今日は隣の東京レース場で出走予定のダイヤモンドステークスが開催される。

 移動時間を加味しても、午後二時以降に学園を出れば十分間に合うから、朝から疲労を残さない程度にトレーニングをして本番に備えた。

 昼食も学園の食堂で食べておく。今日は友達も各自トレーニングをしてたり、休日で出かけてるから久しぶりに一人の食事だ。

 

「アパオシャ先ぱ~い。一緒に食べて良いですか?」

 

「んー、ウオッカちゃんと、カレットちゃんウオーちゃんに、もう一人はライスシャワーちゃんか。遠慮しなくて良いぞ」

 

 ジャージ姿の≪スピカ≫の下級生達四人が俺と同じテーブルに付く。それぞれの食事を見ると、一番年下のライスシャワーが他の子の倍の量を持ってた。なかなかの健啖家だな。

 

「先輩は今日は隣でG3レースですね。頑張ってください」

 

「ありがとカレットちゃん。君ら三人も調子いいみたいだな。カレットちゃんはOP戦勝って、ウオッカちゃんは阪神ジュベナイルフィリーズ勝って、ウオーちゃんは三戦三勝」

 

「へへっありがとうございます!」

 

「当然じゃん!ボクはカイチョーみたいに無敗でクラシック三冠獲るんだからねー」

 

「アタシだってトリプルティアラ目指してますから!ウオッカにだって負けないわよ!」

 

「いいぜー!俺が受けて立ってやるよ!」

 

 仲良き事は良き哉。こうやって切磋琢磨する友達やチームメイトが居ると強くなりやすい。隣のライスシャワーちゃんにはそういう子が居るのかな。

 一気に騒がしくなった、普段と違う昼食もなかなか良い。

 話す話題はレースの事が多いが、ゴルシーの事もそれなりに上がる。四人とも悪く言ってないから、慕われているな。G1二冠でモデルをしつつ、後輩の面倒見も良い。多少朝が弱い事を除けば、頼れる先輩だもの。

 思い出したがゴルシーの奴は都合の良いモデル人形を辞めたいから、ウマ娘としてレースに勝って『人形じゃない事』を証明したかったと言ってたな。

 

「―――なあ、妙な事聞くけど、みんなはどうしてレースの道に入ったんだ?」

 

「アタシはママが凄いウマ娘で憧れてます。私が着けてるティアラもママがG1で勝った証明なんです。だから私も一番綺麗で凄いウマ娘になりたいからです!」

 

「へん!俺が一番すげーカッコイイウマ娘になるから、お前は二番だぜ!レースじゃ負けないからな!」

 

「なんですってー!見てなさいよ!」

 

 なるほど。この二人が友達なのがよく分かる。どっちもレースで勝って凄いウマ娘になった『証明』が欲しいのか。

 ちらりとウオーちゃんの方を見る。

 

「ボク?ボクはねえ、クラシック二冠獲った時のかっこいいカイチョーを見て、憧れて、同じ場所に立ちたいって思ったんだー。そのためには無敗でクラシック三冠を勝つ!それがボクの走る理由」

 

「それは随分と困難な道を歩くんだな。それだけの才能はあると思うが」

 

「ふふん!才能だけじゃないもんねー。努力して運もあるから出来るんだよー」

 

 運は分からないが、努力は本人の言う通りだろう。今までの戦績から努力の跡は簡単に見て取られる。

 

「そうだな、悪かったよ。ウオーちゃんは努力してる才能ある子だ。あとはライスシャワーちゃんか」

 

「う、うん。ライスはね、レースに勝って、キラキラ輝くところを、レースを見てくれる人に見せたいから走るんだ」

 

「へえキラキラか。うちのガンちゃんも似たような事を言うんだ。まあ、うちの子は自分がワクワクして楽しみたいからレースしてるけど」

 

 確かに俺達ウマ娘のレースとウイニングライブは、世界が誇る一大興行として多くの人に輝きと夢、それに希望を見せている。

 そうした輝きの一つになりたいというウマ娘はとても多い。ありきたりだが、良い『証明』だと思う。

 

「みんな、色々な理由を抱いてレースを走ってるんだなぁ」

 

「アパオシャ先輩だって、何か特別な理由とかあるからレースを走ってるんじゃないですか?そうでなかったらクラシック二冠だって取れないですよ」

 

「俺かー。俺、レースは優勝賞金目当てで走ってるぞ」

 

「えっマジで?」

 

「俺達ウマ娘は食費が人よりかかるから、金はあれば困る物じゃないからな。走る事も好きだから、レースやトレーニングに不満は無いけど、君達や周りのように強烈な動機ってのは今まで持った事が無い」

 

 四人がポカンとした。そりゃそうだ。金目当てで走るウマ娘はたまにいるけど、大抵はそこそこのクラスで落ち着いて、重賞勝利まではいかない。稀にタマモクロスさんみたいに実家が経済的に困窮して、何が何でも金を欲しいという強烈な動機の子もいるけど、俺はそこまで金に貪欲でもない。

 厳密に言えば、生きてく上で金は必要になる。だからせっかくウマ娘として生まれたんだから、効率的に稼ぎたいという程度の理由でレースをしているに過ぎない。

 

「それで滅茶苦茶強いのも、ちょっと普通じゃないわね。しかも先輩って名門とかの生まれじゃないんでしょ?」

 

「ああ、親戚に一人もウマ娘居ないし、四~五代遡らないとウマ娘は居ないぞ。そのウマ娘だってたぶんレース経験ゼロだし」

 

 ウマ娘は両親が人でも生まれてくる。ただ、母がウマ娘でレースに強いウマ娘だった場合、その子や親族のウマ娘は、同じように強くなる傾向が強いという統計は昔から存在している。

 メジロ家やシンボリ家、サトノ家などがそうした著名な名門である。そういえばフクキタさんの姉もすごく強いウマ娘だったと、本人が言ってたな。強い血統というのは確かにある。

 そこにきて俺みたいな全く関わりの無いウマ娘がG1勝者になるケースも少数あるものの、レアな部類になるだろう。

 カレットちゃんが言ってるのはそういう理由があるからだ。

 

「ただなー、どうも最近になって金以外でレースをする理由が俺にもあるように思えてきた。で、君達にも動機を聞いてみたんだよ」

 

 きっかけは正月のオグリキャップ先輩との模擬レース。あの人とのレースで≪領域≫に入る感覚は掴めた。そして先輩の話から推測すると、走る事で何かを『証明』したいという己の意思が≪領域≫への条件。なら、まずはそれを知る事。ただの同居者への怒りでは不安定なままだ。

 

「それでアパオシャさんはライス達の話を聞いて、理由が何か分かったの?」

 

「全然。やっぱり話聞くだけじゃ、心やココに響く物じゃない。レースしないと分からん。みんな、ゴメンな」

 

 胸に手を当てても鼓動はそのまま。オグリキャップ先輩とのレースのように、体中の血液が沸騰するような熱さにはならない。

 手間を掛けさせた後輩達に頭を下げる。ほんとどうしようかな。

 

 昼食を終えて後輩達と別れて、軽く運動してから東京レース場に向かう。

 いつものようにゼッケンを貰って、3400メートルのレースを走って勝った。

 ≪領域≫には入れて、レースもレコードを更新したが、どうにも納得いかなかった。勝った喜びはあれど、同居人のケツを見せられたまま走るのは、やはり気に食わない。

 レースが終わってから、トレーナーに相談した。

 

「『春の天皇賞』前に、もう一度レースして調整したい」

 

「なら、来月の『阪神大賞典』を走るか。たぶんスペシャルウィークやナリタブライアンも出るぞ」

 

「いいよ。強い奴と走った方が得られるモノも多いはず」

 

 なかなか上手くいかないなあ。

 

 



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第59話 見つけた答え

 

 

 寒い二月が終わり、そろそろ春の足音が聞こえる三月の一日。トレセンに来てから、三度目の卒業式になる。

 そして初めてチームの先輩が巣立っていく卒業式だった。チーム≪フォーチュン≫のカフェさんとオンさんが今日この日、高等部を卒業する。

 他にもヒシアマゾンさん、エアグルーヴさん、タイキシャトルさん、フジキセキさん、など一緒に卒業する事になった。

 栗東寮、美浦寮の両方の寮長が揃って卒業とあって、後任者が先日選ばれた。栗東寮はビワハヤヒデさんが、美浦寮からは何とうちのバクシさんが寮長に選ばれた。

 どういう人選なのか困惑したが、本人は学級委員長との兼務ながらやる気に満ちており、生徒からも殆ど反対の声が無かった事から、無事引継ぎは成された。

 卒業予定者も順次部屋の明け渡しのために引っ越し先を選んだり、ため込んだ私物の処分に追われている。

 カフェさんは無事に都内の調理師専門学校の入学が決まり、新しい部屋も決まった。

 オンさんと二人で共同使用していた元理科室は、当初の約束通り学園に返還されるので、こちらも私物は持ち出すか処分しないといけなかった。

 私物はそのまま持って行くが、一部の調度品などはファンの下級生に譲ってほしいと頼まれて、そのまま譲渡の流れになった。

 俺もアンティーク調の電気スタンドを譲ってもらった。机やソファのような大きめの家具は運び入れるのも手間だから、チームの部室に寄贈してもらい、そのまま使われる。

 オンさんの方は卒業してもトレセンのトレーナーとして在籍する。だから退寮して今度は学園の女性トレーナー寮に引っ越すので、私物は自宅とトレーナー室に分けた。

 ただ、あの人はトレーナー業務を行いつつ、九月から通信教育で外国の大学生も兼ねるらしい。

 中央トレセンも大学課程は一応あるんだが、レベルが低いと一刀の元に斬り捨ててしまった。相変わらずの自由奔放さに学園も腹を立てているみたいだが、アスリートと学者とトレーナーとして積み上げた実績の塔を見ると何も言えない。天は二物を与えず、なんて言うけど、四つ五つもなら気前よくくれるらしい。

 そうして多くの卒業予定者がそれぞれの道を歩む準備に追われ、今日晴れて卒業を迎える。

 

 式は滞りなく進み、卒業生代表としてエアグルーヴ先輩が在校生への訓示を述べて、無事に終了した。

 午前中に卒業式は全て終わり、あとは友達同士やチームの仲間とお別れ会を催したり、それぞれの形で別れを惜しんだ。

 チーム≪フォーチュン≫の場合は、次のレースが半月後だから、今日ぐらいは羽目を外していいという事で、前々からフクキタさん、俺、クイーンちゃんで計画した、トレーナーも含めての一泊の温泉旅行と相成った。

 数日前にG2中山記念を走った、ダンとバクシさんの慰労にもちょうど良かった。なお、勝ったのはダンで、バクシさんは三着。二着にはクラチヨさんが入着した。

 ゆったりと温泉に浸かって美味しい物を食べて、チーム結成時から頑張り続けた二人とトレーナーの苦労を盛大に労わった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、次の朝になっていた。

 みんなが気にしつつも、敢えて触れないチームの変化があった。カフェさんとうちの髭トレーナーの距離が近いというか、雰囲気が変わっている。

 全て言うのは野暮の一言に尽きる。お互いが納得してるならそれで良いじゃないか。そして二人以外のチームの皆は、心の中で親指を上に立てた。

 

 そうした人付き合いの変化がありつつ、俺達ウマ娘のアスリート生活は何ら変わる事が無い。

 学園に帰ってからは、トレーニングの日々だ。特に俺は今月後半にG2阪神大賞典が控えている。ナリタブライアンだけでなく、≪日本一≫のシャル先輩も走るんだ。一秒だって無駄にしている時間は無い。

 ≪領域≫に関してはあまり進展が見られない。あれから、時間を見つけてはチームの皆や知り合いにレースを走る動機や理由をそれとなく聞いたり、自分なりに考えてはいるが、結局何も変わらない。

 ただ、カフェさんとオンさんは二人揃って『答えは意外と近くにある』とだけ言った。幸せの青い鳥じゃないんだからと思ったが、俺よりずっと前から≪領域≫に踏み込んだ先輩二人の言を無視するのは難しく、一人悩み続けていた。

 そうやって悩みながらトレーニングを重ね続けて何日も経ち、いよいよレースの当日になっていた。

 

 

 阪神レース場は、春時雨の降り注ぐ生憎の天気でも、多くのファンが詰めかけて盛況だ。

 今回はG1四冠のシャル先輩、有マ記念勝者のナリタブライアン、クラシック二冠の俺が出走するとなると、G2でも満員御礼になる。

 チームからの応援はガンちゃんとトレーナーとして付き添うオンさんだけだ。他は近日中にレースを控えている人もいるから、学園に残った。特にバクシさんは来週に高松宮記念だから調整で忙しい。ダンも大阪杯が控えている。

 スタンドで場所を取って、昼までは前座のレースを観戦してリラックスする。さすがにG2だと地元笠松の応援団は来ていない。と思ったら、兄さんとはバッタリ会った。しかも女の人連れで。大学の一年後輩の人と付き合ってるとの事。兄さんだって二十歳超えてるんだからそういう話もあるか。

 レース前だから多くは聞かなかったが、楽しくやってるならそれで良いよ。

 あとはいつも通り、昼飯食ってからウォーミングアップを始める。

 トレーニングルームでシャルさんと一緒になり、軽い世間話をする。

 

「先輩と公式戦は初めてですね。得意な長距離ですから負けませんよ」

 

「私だって同じダービーウマ娘として負けません!」

 

「ところで以前レース場で売ってた『まんまる焼き』はこの辺りだと『御座候』なんですよ。知ってました?」

 

「あれは『まんまる焼き』ですー。北海道ではそう呼ぶんですぅ」

 

 同じ北海道出身のメジロ家の面々も確かに最初は『まんまる焼き』と呼んでたけど、東京に来てからは『大判焼き』や『今川焼き』に順応してるぞ。

 何か妙なこだわりを感じる。意外と頑固な人だな。

 それから少し話をして、あとは自分のペースで身体を温めて部屋に戻った。

 

 時間になりスタッフが呼びに来て、6番ゼッケンを渡す。今日はG1勝者が三人居る加減で回避する選手が多く、出走者は12人しかいない。

 パドック裏は程よく温かい。気温の事ではなく、一番人気のシャル先輩の朗らかな雰囲気が伝播して、走者全体の空気が和やかになっている。俺やナリタブライアンじゃあこうはいかない。

 いつのもようにお披露目してから地下通路に行くと、2番ゼッケンを着けたナリタブライアンに待ち伏せされた。

 

「よう、レースは菊花賞以来か」

 

「ああ。今度はあんたの距離でも勝ってみせる」

 

「ふふ、いいよ。今日はとことんやろう」

 

 ナリタブライアンは眼を鋭くして獰猛な笑みを見せる。こいつがレースをする動機は『常に強い相手と戦いたい』だったか。優れた才能以上に生まれついての挑戦者だから、俺達の世代の中でいち早く≪領域≫に踏み込めた。

 強敵なのは分かっている。だからと言って負けてやるつもりは無いぞ。

 コースに出て芝を踏むと、雨を吸ったせいで若干重い。内側の芝も多少荒れている。今日はナリタブライアンもいるから、気持ち外側を走るか。

 同居者も小雨を嫌って、今日はスタンドの屋根の下で高みの見物。居ないなら居ないで構わない。

 スタートゲートに入り、気持ちを整える。

 

 ――――――まずまずのスタートを切れた。

 一人出遅れた以外は、それぞれ自分の好みの位置を得ようと苦心する。

 今日は俺は後方で様子見。ナリタブライアンは中団で悠々走っている。シャル先輩は俺のさらに後ろにいる。

 それとよく見たら、俺の前がナイスネイチャだった。この子もいつの間にかG1入賞してるから、多少気を付けて見ておかないと。

 レースが動いたのは最初のコーナーを超えて直線に入った1200メートル付近。最後尾の人が焦れてペースを上げて、俺達を順々に抜いていく。

 ふむ、ちょっと突いてみるか。俺もその人に乗っかって、ペースを上げる。ただし、スタミナ残量を必要以上に減らさないように気を配る事は忘れない。

 中間点を超えて、中団まで順位を繰り上げて、ナリタブライアンの後ろにピッタリ張り付く。

 後続は何人かが焦って俺に続くようにペースを上げて、先団も後ろがガンガン追い立てているのに気付いて、ペースを上げるか迷い始めた。

 先団の一人が我慢出来ずにペースを上げると、少しでも前に行こうと争いが激しくなり、それに引っ張られる形でレース全体が乱れ始めた。

 2000メートルを超えて、第五コーナーに入った時に、自分のペースを維持しているのは俺やナリタブライアン、シャル先輩など半分以下になってる。

 それに、まだ≪領域≫には誰も入っていない。

 オグリキャップ先輩は言っていた。≪領域≫は優れた空間認識力や驚異的な脚力を発揮するが、精神力やスタミナの消耗が激しく、長続きはしない。

 有マ記念とジャパンカップの時の、ナリタブライアンやシャル先輩も≪領域≫に入ったのは最終コーナーを過ぎて、最終直線でのことだ。まだ早い。

 後団で機を窺い、最終コーナー手前の残り400メートルで≪領域≫に入った。

 俺の周囲に赤い砂塵が舞うイメージが生まれ、周囲に広がって他の走者の身体に纏わりつく。

 その瞬間から周囲が止まって見えて、後ろにも目があるように誰がどこの位置に居るのかも手に取るように分かる。

 前を走る一団を追い抜くのに最適なラインが視覚化され、自然に身体を滑り込ませて一気に順位を上げる。

 さあ、どうするナリタブライアン、シャル先輩。

 走る、走る、走る。息苦しさも消え、音も聞こえず、ただ先を走る障害物をどう抜くかしか頭に無い。

 残り200メートル地点で、全ての邪魔者を抜き去り、俺が先頭に立った。

 来るなら早くしてくれ。あるいはこのまま先に行っちまうぞ。

 ……あぁ、来たか。

 光の道を突き進む≪日本一≫のウマ娘と、対照的に影を従えた≪怪物≫ウマ娘の二人が、解き放たれた矢の如き速さで俺を捉えようとしている。

 

「追い抜けるものなら追い抜いてみやがれーーーっ!!」

 

 ≪日本一≫がなんだ!≪怪物≫は倒されるべき役だろうが!お前達は砂に埋もれていろ!この景色は誰にも譲らん!

 走る、走る、走る、走る。

 残り100メートルで後ろは半バ身。ジリジリと差を詰められるプレッシャーに、吐き気がこみ上げる。

 ………おい、ふざけるなよ!いい加減俺に近づくな!なんで俺より前に出る!?負けるのはムカつくんだ、俺が勝つんだよ!

 クソがっ!俺にお前らの背中を見せるな!動け、俺の脚!何でそんなにゆっくりなんだ!もっと早く動け!動けってんだ!

 待て…待て……

 ――――――俺が負けるのか?

 ――――――悔しいなあ。

 

 漫然と俺より先にゴールした二人に視線を向ける。どっちが勝ったかなんてどうでも良い。俺が負けた事に変わりはない。

 ――――はて、なぜ負けたら悔しいのか。……勝った方が気持ちが良いからか。どうせレースをするなら勝った方が良い。

 それでいいのかな。何か大層な理由なんかなくても、ただ走って勝って気持ち良く〆ればそれでいいか。

 ウマ娘がレースで何かを『証明』したいというなら、勝つ事が気持ちが良いのを『証明』すれば良いだけじゃないか。

 ああ、そうだ。同居者に怒りを覚えたのは、俺に勝っていたからだ。負けた俺自身に怒りを覚えて≪領域≫に入った。

 なんだぁ、カフェさんやオンさんが『答えは意外と近くにある』と助言したのはそういう事か。悩んでたのがバカバカしくなったぞ。

 難しく考える必要は無かった。ただ、『勝つ』で十分じゃないか。俺はアスリートだ。走って勝って気分が良くなる。

 オグリキャップ先輩も言ってたよ。『私は走るために生まれてきた』って。

 そうだよ。そうだとも。俺に大層な理由なんて『重荷』でしかない。何物も背負わず、ただ一番速く走ること。『証明』はそれだけで十分だったよ。

 

「フッ、ククククク、ハハハハハハっ!!」

 

 小雨の降り注ぐ春天に向かって笑う。なんて清々しい気分なんだ。生まれ変わったような、というのはこういう心の晴れようなのか。

 

「えっと、そのぉ……アパオシャさん、大丈夫ですか……?」

 

「ああ、シャル先輩。大丈夫ですよ。ククク」

 

 何ですか先輩、そんなに怯えないでくださいよ。そしてもう一人、ナリタブライアンに目を向けた。

 

「シャル先輩、ナリタブライアン。二人に礼を言っておく。今日負けたおかげで、俺は誰よりも強くなれると分かった」

 

「アンタは一体なにを――――」

 

「『春の天皇賞』出てくれるか?今日みたいな腑抜けた走りはしない事を約束する」

 

「……いいだろう。私を熱くさせてくれるなら何でもいい」

 

 あんたならそういうと思った。なら望み通り、熱くさせてやるよ。

 

 ウイニングライブは無事に終わった。ナリタブライアンは一着、二着がシャル先輩で、俺が三着。ナイスネイチャも何気に四着入賞はしている。

 まあそんな事はどうでもいい。次だ次。

 ――――なんだ?楽しそうだって?言ってろ。そのうちお前も俺の背中の太陽を見て走るようになるからな。

 あー早くレースがしたい。この魂の高鳴りを余すところなく開放したいんだ。

 

 



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第60話 春の新生活

 

 

 桜が咲き誇り、また希望と夢を抱いた新たなウマ娘達が中央トレセン学園にやってきた。

 校舎の廊下から練習コースでトレーニングに励む後輩たちを見下ろす俺も、思えば三年前は希望に満ちた子達と同じだったな。それがもう高等部になり、世間からは女子高生扱いだ。

 三年と一言で片づけるには、随分と重たい歳月だったと思う。

 見知った同学年の子は半分以上が居なくなってしまった。

 クラシック期の夏までに一度も勝てなければ、その時点で在籍資格を失って中央トレセンには居られない。

 そうした未勝利のウマ娘が取る道は大きく四つある。

 一つ目は地方トレセンへ移籍して、レースを続ける事。多少レベルが落ちて待遇も悪くなるが、地方で活躍してそれなりに満ち足りたレース生活を続けられる。

 二つ目は障害レースへの転向。障害レースは平地レースと違って在籍資格の喪失は無い。日本では障害レースはダート以上にマイナーで人気は無くとも、中央トレセンでレースを続けられるために、こちらを選択するウマ娘は意外と多い。

 三つめはトレセン学園の他の科への転入試験を受けて合格する事。トレセン学園には芸能科、サポート科、デザイン科なども充実している。必要な学力と知識を有していると見なされれば、途中からでも歓迎されて、以後もウマ娘とレースに関わっていく事は許される。

 最後の四つ目は高等部へ行かず、一般の高校へ進学してレースに関わらない。

 こうして同じ机で学び、同じ寮で寝起きして、共に汗を流した仲の友人やクラスメイトは、櫛の歯が欠けたように半数以下に減ってしまった。

 一年と半年前にワイワイ言いながらデビュー戦を選んでいたのが遠い日のように感じられる。

 

 今年も例年通り、五百人以上の新入生が全国から集まり、既に第一回の選抜レースが行われた。そこで実力を示した子は早速トレーナーと契約して、一年数か月後のデビューに今から備えている。

 力が足りない子は諦めずに己を鍛え直して、次の機会を待つ。それを急ぐ事は無い。誰でも自分のペースがある。

 それに早くトレーナーと契約した所で誰もがG1に勝てるとは限らない。一年契約出来ずに燻っていたウマ娘がG1バに輝いたのを俺は知っている。シニアに上がるまで一度も重賞を走れなかった落ちこぼれが、いきなりG1勝者に咲き誇る事だってあった。

 レースに絶対は無い。だから励め。あるいは何者でもない無名から≪皇帝≫を超えるウマ娘が生まれるかもしれないぞ。

 

「どうなさったんですかアパオシャさん?」

 

「あぁ、ダンか。ちょっと未来のシンボリルドルフが居ないか探してたんだ」

 

「まあ、ルドルフ生徒会長をですか?それは心が躍る光景ですね」

 

 隣で一緒に新入生を眺める。まだまだ拙い走りに、ダンから笑みがこぼれた。決して下手な下級生を嘲っているわけではない。自分も学園に来た当初は同じぐらい下手だったのを思い出しただけだ。

 

「今年はメジロの子は入ってこないんだったな」

 

「はい。寂しいと思いますがこればかりは仕方のない事です。来年にはブライトという子が入って来るかもしれません。ちょっとボンヤリしてますが、とても良い子なんですよ」

 

「そっか、それは楽しみだな。……体の調子どうだ?大阪杯で結構無理したみたいだが」

 

「まだ少し疲れは残っていますが、そろそろトレーニングは再開出来ます。次のヴィクトリアマイルは、負けるわけにはまいりません」

 

 この子も結構頑固だよな。ルームメイトのクラチヨさんと似てる。

 先週ダンは大阪杯を走り、五着入賞した。優勝はウイニングチケットさん。日本ダービー以来の三年ぶりのG1勝利に、その場で大泣きした映像が全国に流れた。

 もはやシニア三年目で衰えが始まった身で、執念の二冠目には日本中が驚きに沸いた。レースに絶対は無いという言葉はこういう時にも当てはまる。それはうちのバクシさんも、逆の意味で証明してしまった。

 先月末の高松宮記念に一番人気で出走した先輩は二着で敗れた。勝ったのはシニア二年目のキングヘイローさん。昨年のマイルチャンピオンが続けて短距離を制覇した。

 かつて実力がありながら同期の影に隠れがちだった不遇の人が、スプリンター王者から奪った二つ目の冠を手に栄光の道を堂々と歩き始めたと、ファン達の喜びは殊の外大きかった。

 バクシさんも酷く悔しがり、次のヴィクトリアマイルはダンと共に、絶対に勝つと気合を入れて既にトレーニングに励んでいた。

 

「そうだったな。俺も次のレースまで時間が無いし、そろそろ練習に行こうか」

 

「そうしましょう。春の天皇賞、必ず勝ってください」

 

 返事の代わりに、口元を吊り上げて笑顔で返した。

 

 今日はプールトレーニングなので、水着を持ってプール棟に行く途中、校舎裏で筋トレするチームを見かけた。

 

「よう、精が出るな。≪カノープス≫」

 

「こんにちはネイチャさん。皆さんも頑張ってますね」

 

「やっほー、アパオシャ、アルダン。まーね、みんな今月にレースがあるから、気合十分ってね」

 

 確か帽子のマチカネタンホイザちゃんは来週に皐月賞、青髪のツインターボちゃんがうちのクイーンちゃんと同じ青葉賞だったな。

 皐月賞なら現在無敗のウオーちゃんと勝負か。この子も結構強いから、レースはどうなるかな。

 ナイスネイチャは今度も俺と同じ春の天皇賞で、イクノディクタスさんは読売マイラーズカップと聞いている。

 おや、そういえば≪カノープス≫は四人だったが、今は一人多い五人だ。

 

「うちにも待望の新人が入ってきましたから、我々上級生も身が引き締まる思いです」

 

 イクノディクタスさんが、微笑んで一人の腹筋運動していた新入生に視線を向ける。

 垂れ耳鹿毛のショートヘアに、頭頂部から元気よく白髪のアホ毛が突き出ている。右耳には青いリボンを付けている。

 俺とダンが視線を向けると、ちょっと委縮したように視線が泳ぐ。

 

「わ、私メイショウドトウと言いますぅ。私なんかがG1ウマ娘のアパオシャさんとメジロアルダンさんと口を聞いてごめんなさい~」

 

 いやあ、挨拶しただけで謝られてもこっちが困るんだが。あまり人のことは言えないけど、また癖の強い子が入ってきたな。

 そして立ち上がって謝った拍子に、足を持っていたマチカネタンホイザちゃんと頭をぶつけた。

 

「ふおおおおっ!!」

 

「ごめんなさいごめんなさい!!ドジな私でごめんなさーい!」

 

 マチカネタンホイザちゃんの鼻から盛大に鼻血が出て、南坂トレーナーが慌てて怪我の具合を確かめた。

 挨拶だけで流血騒ぎってすげえなこの子。

 幸い怪我は大した事は無く、ティッシュだけ鼻に詰めるだけで済んだ。

 

「こんなドジでグズな私でも、見捨てずにチームに入れてくれた皆さんは優しいですぅ」

 

「大丈夫ですよドトウ。貴女は人一倍頑張り屋なんですから、自信を持ってください」

 

 ネガティブオーラをまき散らすメイショウドトウちゃんを、イクノディクタスさんは優しく抱いて励ます。さすがはイケメン女子。惚れるぜ。

 こんなドジっ子でも、この前の選抜レースは芝マイルで2着だったらしい。普段の言動とレース結果は一致しないな。

 あと、超自信家でポジティブな同級生に憧れて、少しでもその人に追いつけるように頑張ると言ってる。ゴルシーとビジンみたいな関係なのかな。

 

「…テイエムオペラオーね。ダンは知ってる?」

 

「確か≪リギル≫に入った新入生の事だと思います」

 

 今年のリギルは面白い新人が入ったな。一応覚えておこう。

 そしてこれ以上トレーニングの時間が減ると困るから、ナイスネイチャにお互いレースを頑張ろうと言って、俺達はプール棟に向かった。

 

 チームみんなで利用時間一杯までプールで泳ぎ続けて引き上げた。何時間も泳ぎ続けてクタクタで腹も減った。

 これで終わりではなく、まだ部室でそれぞれ次のレースのデータのおさらいが残ってる。

 途中でクッションを枕に寝ている、前髪の真ん中が白い栗毛の子が居たけど、今は春だからそういう子も一人ぐらいいるか。ウンスカ先輩も似たような事やってるし。

 

「あーあ、マヤお腹ペコペコだよ」

 

「お疲れさん。あとでカフェが差し入れしてくれたクッキーがあるから、それ食べて夕食まで我慢しろよ」

 

「おっ、さっそく彼女自慢かよ。最初は何のかんの言って断ろうしてたのに調子が良いねえ」

 

 俺の茶々に髭は鼻を一度鳴らして誤魔化した。

 あれから髭とカフェさんは正式に付き合う事になった。学園からお咎めは無し。同僚のトレーナー連中からは『ああ、またか』程度にしか思われていない。在学中にそんな事やったら処分ものでも、既に卒業している相手だからとやかく言わない。

 むしろうちの髭とカフェさんは、きちんと卒業まで待つ健全で我慢強いケースらしい。どういう意味での健全なのか、知りたくない事例が過去に沢山あったんだと察した。

 そのカフェさんは今は都内の調理師専門学校に通いつつ、三日に一回ぐらいは学園に顔を出して、授業で作ったお菓子とかをお土産に持ってきてくれる。

 さらに激務になりやすいトレーナーの、寮の部屋の掃除やら夕食作りをする事もある。あとチラッと聞いたら弁当も作ってるみたいだ。まるっきり通い妻してるんだから、段々カフェさんに頭が上がらなくなってる。末永く幸せになれよ。

 それと卒業しても、チームのトレーナーのオンさんとは、腐れ縁が続くとボヤいても友人関係は続いている。

 新しい子が入って来たり、立場が変わり人間関係は変化しても、これまでと変わらない関係も確かにあると先輩達が教えてくれた春だった。

 

 



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第61話 春の盾のゆくえ

 

 

 春の天皇賞の日が行われる、四月の最後の日曜日の朝。見知った天井を見上げて、ベッドから体を起こした。

 カーテンを開けて外を眺める。宝塚の空は薄雲がかかって、隙間から朝日が差し込んでいる。この分なら雨は多分降らないだろう。

 

「……ん。朝ですか……」

 

「おはようございます」

 

 同室のカフェさんと『お友だち』に挨拶する。

 それから顔を洗って身支度を整えて、二人で朝の散歩に出かけた。ガンちゃんはまだ寝かしておいた。

 朝のひんやりした空気で身が引き締まる。隣で俺の同居者と『お友だち』が取っ組み合いしているのは無視する。

 ホテルの周囲を歩くと、時折今からレース場に向かうファンとすれ違って、声援を受けた。まだレース場は開場する前だが、徹夜組も出るほどに今回のレースは盛り上がっている。

 途中の自販機で温かいコーヒーを買って、歩きながら飲む。

 

「チームで初めて応援に来たのも、春の天皇賞でした」

 

「……フクキタルさんの時でしたね………あれから……もう三年ですか」

 

「カフェさんから見て、その時から俺は成長しましたか?」

 

「勿論ですよ。今のアパオシャさんは……私より強いです」

 

 世辞でもカフェさんに言ってもらえると本当だと思える。

 そこまで言われた今日のレースは勝たないと格好がつかない。

 来月のヴィクトリアマイルを控えて練習に励むバクシさんとダン。昨日東京で青葉賞を勝ったクイーンちゃん。指導に残ったオンさんとフクキタさん。一緒に来たトレーナーとガンちゃんに、自腹で付き合ってくれたカフェさん。東京に残ったチームのみんなに良い報告もしたい。

 それに故郷の笠松からは、両親を含めて町内の応援団と、京都からは兄さんが応援に来てくれる。みんな俺が勝つ瞬間を見たいのだ。

 自分が勝って最高の気分を味わいたいからレースをするのは譲らないが、そんな人達の声を切り捨てるつもりは無い。出来れば応えてあげたいと思う。

 

「勝って……お祝いしましょう」

 

「はいっ!」

 

 激励はそれだけ貰えれば十分だ。

 それからホテルに戻って、朝食をガッツリ食べて、準備を万全にしてタクシーでレース場に送ってもらった。

 

 阪神レース場は午前中でも集まった観客でパンパンになりつつあった。外に並んだ出店には引っ切り無しに食べ物を買いに来る客が並び、グッズを扱うURA直営店には今日のレースに出るウマ娘達のグッズを買い求めるファンが列を作った。

 そこかしこで見かけるポスターには、六人のG1二冠以上のウマ娘が激突する、十年に一度の最高のレースと煽り文句がデカデカと書かれていた。嘘ではないな。

 去年の王者であり、現役最強と言われるシャル先輩、菊花賞ウマ娘のウンスカ先輩とビワハヤヒデさんと俺、エリザベス女王のゴルシー、昨年の有マ記念王者のナリタブライアン。

 その六人が一挙に会するレースともなれば、ここ数年でもっとも質の高いレースになるに違いない。その分、贔屓のウマ娘への応援は熾烈で、時折ファン同士で険悪な雰囲気になっているのが見えた。

 当然一般席は残りそうも無いから、今回は学園に前もって関係者席を確保してもらった。

 レース場に入るたびにファンが俺に声援を送る。それにほどほどに手を振って返して、スタンド上層の関係者席に入る。

 

「よう、お前らも来たか藤村」

 

「こんにちは沖野さん」

 

 ≪スピカ≫の沖野トレーナーが先に席に就いていた。テーブルにはゴールドシップさん、サイレンススズカさん、ライスシャワーちゃんも居る。そして今日の主役のシャル先輩とゴルシーも。クラシックトリオは来月のオークスと日本ダービーを控えて来ていないか。

 桜花賞はカレットちゃんが勝ち、惜しくもウオッカちゃんが二着。皐月賞はウオーちゃんが余裕の勝利。今年のクラシックは≪スピカ≫が主役なんて言われてる。そうやって言ってるのも今のうちだぞ。ティアラはそっちで頑張ってくれればいいけど、日本ダービーはうちのクイーンちゃんが貰うからな。

 

「二人とも、今日は俺が勝つから」

 

「勝つのはアタシっ!」

 

「私だって今日は二連覇しますからね!」

 

 走る前からバチバチやり合うも、取っ組み合いにはならないし、それ以上口汚く罵り合いもしない。あくまでレースで決着を付ければそれで済む。

 その後はチーム≪リギル≫も勢揃いで来た。噂の新人のテイエムオペラオーちゃんも一緒だ。何というかポジティブより煩いという方がしっくりくる。フジキセキ先輩とは方向性が多少違うが、やたら芝居がかってるのが目立つ。新人でこれとは、東条トレーナーの苦労が偲ばれる。

 それから3チームで一緒に前座のレースを観戦して、出前で昼食を食べて、出走する俺達は控室に向かう。

 トレーニングルームにウォーミングアップに行くと、既にナイスネイチャとウンスカ先輩が居た。

 軽く挨拶したら、各々のペースで身体を温めて、それぞれ控室に戻った。

 いつも以上に念入りに水分と糖分を補給してから、着替えを済ませて静かに出番を待つ。

 

 ノックと共にスタッフの声が聞こえた。――――――よし。メンタルは十分に整った。

 部屋を出て、パドックに行く。

 静かに出番を待ち、他の17人の走者にも目を向けない。今日のレースは己との限界を競り合うモノだ。

 順番が来た。今日は9番。パドックを回って帰って、さっさとコースに出る。

 レースはまだか。早く走らせろ。いい加減我慢するのは辛いんだよ。俺に勝利の喜びを感じさせろ。

 途中でウンスカ先輩と話したような気がするがよく覚えていない。多分頑張ろうとかそんな内容だろう。どうでもいい。

 ようやくファンファーレが鳴り響き、それぞれゲートに入る。

 ゲートの中で気が満ちていくのが感じられる。今なら全員の息遣いと心臓の鼓動も全て聞き分けられる。

 ――――開いたゲートから一瞬の遅れもなく飛び出て、素早く好位置を確保する。

 十八人がそれぞれの思惑で順位を決め、幾つかの集団を形成する。

 先頭は定位置のウンスカ先輩。先団にはナリタブライアン姉妹、中団にゴルシー、俺はそこからやや離れて後方、シャル先輩の二つ前。ナイスネイチャも後ろの方か。

 同居者も先頭に立って、俺以外に人知れずレースに参加している。今日はそのケツより先にゴールしてやるよ。

 序盤はゆったりとしたペースで進む。春天皇賞は3200メートルの長丁場だ。ペースメーカーのウンスカ先輩もまだスローペースを保っている。

 500メートルほど走り続けて徐々に全体のペースが上がり始めた。誰かが仕掛け始めたらしい。まあいい。誰かが作ったペースに興味は無い。

 外側を回って1000メートルを超え、順位が変動して、中間点の一週目のゴール板を通過した。

 

 そろそろ準備体操は終わりにしようか。

 神経を研ぎ澄ませ、血の流れを感じ取れ、魂を震わせろ。俺が一番強いんだ。

 赤い砂塵が俺を包み込み、ターフの一部を乾いた荒野へ変えてしまう。周囲の走者は息苦しさを覚え、喉を押さえる者も出てくる。

 後ろを走るシャル先輩は俺の≪領域≫に気付いたな。そして信じられないという顔をした。

 なぜ驚く?≪領域≫は終盤にしか出てこないと思ったのか?ああ、アンタやナリタブライアンはそうだよな。

 ≪領域≫への突入は体力と気力の消耗が大きいから、長期戦には向かないと思う。けど、カフェさんは二年前に残り1200メートル付近から≪領域≫に入っていた。十分なスタミナと≪個人差≫を把握していれば、中間点からでも余裕で持つんだよ。

 そして俺の≪領域≫はアンタらみたいに、速さの向上はさほど無い。代わりに背中に目が張り付いたような広い視界と認識力の向上、強烈なプレッシャーで周囲への≪渇き≫を誘発させる。それこそ唐突に灼熱の砂漠に放り出されたように、本能的に水を求めるようになる。

 さあ、渇いた喉で1マイルを走らされる拷問を味わってもらおう。

 現在俺は13位。残りは1500メートル。だいたい100メートル刻みで、一つ一つじっくりと順位を上げていこうか。

 ゆっくり、ゆっくりとペースを上げて、そのたびに俺の存在に恐怖と渇きを覚える走者の心情が、まるで自分の事のように感じられる。

 また一人、また一人と喉を押さえて後ろへと追いやられていく。

 

「悪いなゴルシー」

 

 優しい言葉すら、友達には正体不明の怪物の鳴き声に聞こえただろう。涙すら浮かべた友達に別れを告げた。

 残り800メートル。6位で第五コーナーへと入り、前の人が自然と道を開けてくれる。

 さらに前にあの姉妹か。

 ああ、ビワハヤヒデさんとナリタブライアン。そろそろ道を空けてもらおうか。

 俺の接近に気が付いて、二人が≪領域≫に入った。二人とも最終コーナーから入るつもりだったんだろう。

 

「賢い選択だよ」

 

 前のレースで分かったが≪領域≫には≪領域≫を以って相手のプレッシャーに対抗するしかない。だがそれは俺とここからスタミナ勝負をするに等しいぞ。

 姉妹が俺から逃げるように赤と青のグリッド線と黒い影を生み出し、加速していく。それを俺の赤い砂が絡めとって離さない。

 逃がさん。

 俺達三人が最終コーナーからスパートをかけて、未だ『逃げ』続ける先頭三人を追い立てていく。

 その誰もが恐怖と渇きに顔を歪め、諦観の境地へと追い立てられた。

 この場で走り続けるには俺達と同じ≪領域≫にいる者だけ。

 最終コーナーを過ぎ、最後の直線へと入った。

 今も競り合い続けるアンタ達は凄い姉妹だよ。でも、そろそろ限界が見えてきたぞ。

 徐々に差を縮め、残り200メートルでスタミナが切れた二人を抜き去った。

 これで後は前を走る同居者のみと言いたいが、まだアンタが残ってたよなシャル先輩。

 直接見えなくても、耳で、鼻で、足から伝わる振動から、凄まじい末脚でグングン追いかけてくる、光を纏った先輩の姿がはっきりと分かる。

 

「さあ、来い!」

 

 残り100メートルで五バ身まで迫られたが、それ以上は伸びてこない。≪領域≫も末脚も関係無い。純然たる距離適性の差とスタミナ残量で、俺の方が勝っている。

 さらに足に力を入れて、ラストスパートでシャル先輩を突き放し、同居者だけを見据えてグングン加速していく。

 ふふ、今日は後ろを見る余裕が無いんだな。

 もっとだ、もっと速く、もっともっと―――――――――

 あぁ、もうゴールだ。何でこんなに短いんだよ。

 

「やっぱ、もっと長くないとダメだな」

 

 また追いつけなかったか。カフェさんが『お友だち』に追いつけずに、悔しそうにする気持ちが少し分かる。

 振り向き電光掲示板に目をやる。タイムは≪3:12.5≫。以前カフェさんが更新したタイムより結構遅いか。俺は≪領域≫に入っても、そこまで速く走れないから、こんなものか。代わりに足へのダメージも皆無だから良しとしよう。

 二着は八バ身差でシャル先輩。三、四とナリタブライアン、ビワハヤヒデさん。そこから離れて五着はウンスカ先輩か。

 スタンドを見て、喝采を挙げる観客に応えるように拳を空高く突き上げる。

 ファンは新たな王者の俺を拍手で迎えてくれた。

 

 その後は表彰式で、偉い人から木製の大きな盾を渡された。髭トレーナーと一緒に盾を持ったのを写真に撮る。

 記者会見では最初に今の気分を聞かれた。

 

「まだ走り足りないから、今からでももう一度レースがしたいですね」

 

「えぇ、いやそれは何とも凄いですね」

 

 記者達が取り繕うように笑う。普通G1勝って物足りないと言われたら、返しが難しいよな。

 

「では今日の優勝を誰に伝えたいですか?」

 

「東京に残って次のレースに備えているチームの仲間達に早く教えたいです」

 

「アパオシャさん、次のレースは何を想定してますか?長距離のG2ですか、それとも宝塚でしょうか?」

 

 一度髭の方を向いて、頷いたのを確認する。ある程度は言っていいって事だな。

 

「次は海外レースを考えています。学園には前から話を進めてもらって、今日のレースの走りで是非を決める事になってました」

 

 記者達から矢継ぎ早に、どの海外レースか質問攻めにあったが、それはトレーナーが後日正式にトレセン学園から通達するまでは黙秘すると突っぱねた。

 ウイニングライブが待ってるのもあって、記者会見はここでおしまい。

 ライブ会場には沢山のファンが待っていて、シャル先輩とナリタブライアンとで、声援にライブで返礼した。

 ライブが終わり、ナリタブライアンを捕まえた。

 

「痛かったら我慢せずに病院行けよ」

 

「なにを……」

 

「隠しててもレースの時より動きが悪くなってるぞ」

 

「余計なお世話だ。次は私が勝つから、アンタこそもっと強くなっていろ」

 

 意地っ張りめ。まさか注射が怖いから病院に行きたくないのか。まあいい、忠告はしたからな。

 出番が全部終わって、控室に戻り着替えを済ませる。

 スタンド席に戻ると、ガンちゃんが真っ先に迎えてくれた。

 

「すっごーい!アパオシャさんのレース、マヤちんとってもワクワクしたよー!!」

 

「ありがとう。ガンちゃんも今年デビューだから、参考にしてくれ」

 

「うん!マヤもアパオシャさんみたいにキラキラになるねっ!」

 

 ガンちゃんの頭を撫でて、カフェさんと向き合う。

 

「……とても良いレースでした」

 

「カフェさんと走れたら、もっと良いレースになってたと思います。俺がもっと早く生まれてたら……」

 

 つくづく歳の差というのは腹立たしい。

 

「それを悔やむのは間違いだよアパオシャ」

 

 シンボリルドルフ会長が厳しい顔を向けて、俺の嘆きを否定した。

 

「マンハッタンカフェは自分のレースを走り切って、自らの意志で引退した。それを無理に引っ張り出すべきではない。そして今を走る者達にもっと目を向けるべきだ。これからも君が競う者達は沢山いる。そんな、今いるウマ娘達を否定してはいけない」

 

「あー……そうだな。いや、そうですね。これからもっと強いウマ娘は出てくる。来年はうちのクイーンちゃんとも、有マ記念や春の天皇賞を競えます」

 

「トウカイテイオーもだ。私こそ、見どころのある後輩の壁となって立ち塞がれる君が羨ましいよ」

 

 そうか、そういう考え方もある。下の世代が育って俺に挑んでくる。上も同年も下とも走れるシニアというのは、意外と良い立場じゃないか。

 このスタンド席にも、何人もの綺羅星みたいに輝く未来のマンハッタンカフェさんがいる。それを待つのも楽しみの一つかもしれないな。

 

 全てのレースが終わってから、マスコミを避けて、その日のうちに東京に戻った。

 お祝いは次の日の放課後に、チームのみんなでやった。

 俺への取材の依頼が激増したが、ほぼ全てを学園側が突っぱねてくれたおかげで、面倒な相手をせずに済んだ。

 学園も俺の海外遠征の要望を全面的に認めてくれて、相手との交渉と準備を一段と進めている。マスコミ対策もその一環だろう。下手にストレスを掛けられて良い結果を出せなかったら、学園だって損失が大きい。

 レースに勝つごとに面倒事が増えていく。俺をただ走らせてくれよ。

 

 



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第62話 猫を追って迷子


 アパオシャの≪領域≫をゲームの固有スキルに設定するとこんな感じです


 固有スキル『渇きの半身』

 レース中盤から視野が広くなってコース取りがすこし上手くなり、周囲のウマ娘のスタミナを削り続ける。



 

 

 春の天皇賞から数日が過ぎ、世間はゴールデンウィークに突入した。

 しかし大半のトレセン生は休み返上でトレーニング漬けの毎日を送っている。

 うちのチームも半月後のヴィクトリアマイルに、ダンとバクシさんが出走するから休んでいる暇なんて無い。

 クラシック期のウマ娘も今週中にNHKマイル、半月後にはオークス。その後には日本ダービーが控えているとあって、鍛錬に余念が無い。

 ≪スピカ≫のウオカレコンビはお互いをライバル視している。桜花賞を勝ったカレットちゃんに対抗して、チューリップ賞でカレットちゃんに勝ったウオッカちゃんがオークスを必ず勝つと息巻いている。

 同じチームのウオーちゃんは無傷で皐月賞を勝ち、順調にシンボリルドルフ会長の通った無敗のクラシック三冠道を歩いている。しかし、次の日本ダービーはそうはいくかな?

 何しろ、うちのクイーンちゃんもダービーに出るんだぞ。距離適性は俺とほぼ同じだが、これまでのレースで決して中距離は不得手ではない事を証明している。油断なんてしたら、あっさり負けるからな。

 

 

 そのクイーンちゃんと俺は、現在新宿で買い物したり美味しい物を食べ歩いて休日を満喫している。

 何で大事なレースを控えているのにトレーニングをしてないかと言われたら、単純に数日前にレースしたばかりで、まだ疲れが抜けてないから。

 そんな状態で本格的なトレーニングなんてしたら、怪我をするだけだから全力で休んでいるだけ。時には遊んで、疲れを取るのもトレーニングの内である。

 そして疲れを取るには甘い物が一番と、クイーンちゃんは目に付いたスイーツを手当たり次第にパクパクしている。

 今はカフェで旬のイチゴをたっぷり使ったケーキや、ベリータルトを幸せそうに頬張ってる。俺はイチゴのミルクレープを味わって食べる。甘酸っぱくて美味しい。

 たまに近くの客が俺達に視線を向けるが、そこまで大事になっていない。

 クイーンちゃんは重賞勝利ウマ娘でも、まだG1には出走していないから、世間の知名度は意外と低い。

 ディープなファンなら一目で気付くだろうが今は私服だし、ニュースぐらいしか見ない一般人なら、そこまで騒ぐこともないのだろう。

 あと、今月には日本ダービーに出走するから、既に勝負服は用意してある。白を基調にして緑をサブカラーにした、ノースリーブでヘソ出し、太もも出しのショートパンツスタイルという中々に露出の高いデザインになった。頭に乗せた小さなシルクハットが可愛いから、ファンは驚け。

 

「……意外とバレないものですわ。ここにア…涼花さんがいるのに」

 

「俺が無毛症のウマ娘なのは公表してて、バズカット(超短髪)のイメージが張り付いているからね。ちょっと髪を長くしてしまえば碌に気づかないよ」

 

 俺は今ウィッグを着けて、クイーンちゃん並の黒ロングヘアにしている。おまけでジョークグッズのウマ娘尻尾を本物尻尾に付けて偽装していた。ここまですれば、少し見た程度で見抜けはしない。

 そして流石に名前を言われると気付かれるから、クイーンちゃんには本名の方を呼んでもらってる。

 世間的に見たら、俺は先日の春の天皇賞で≪日本一≫のシャル先輩をぶっちぎった現役最強ステイヤーである。さらに海外遠征を計画中とあって、様々な憶測を呼んでいるから、連日ニュースやワイドショーで俺の特集を流し続けていた。

 一番マスコミが望んでいるのはフランスの凱旋門賞のリベンジだ。昨年はエルコンドルパサー先輩が2着の惜敗だったため、今度こそという希望を俺に押し付けている。

 それを補強しているのが二年前のカフェさんの3着敗退だ。俺とカフェさんの仲の良さは結構知られているから、先輩の悔いを後輩が果たす。という、シナリオを世間は望んでいる節がある。

 実に迷惑である。俺にもカフェさんの無念を晴らしたい想いはある。しかし、距離適性が合わないので勝てる見込みが低いレースを走るのは気乗りしない。他のウマ娘なら『みんなの夢』を背負ってなどと言って挑戦するかもしれないが、俺は俺のために走るんだから押し付けられても困る。

 そんなわけで無用に注目されたくないから、ちょっとの手間をかけて休みを全力で楽しんでいる。

 

 栄養補給も済ませて、次は靴を見たいとクイーンちゃんのお供で、幾つかの靴屋を巡って、お互い気に入った靴を見つけられた。

 さらにアクセサリーや日用品を幾つか購入して買い物を済ませたら、いよいよ本日のメインイベントのために、午前中に買った物を新宿駅のコインロッカーに預けて、電車に乗る。

 

「ついにやってきましたわ!この神宮球場にっ!!」

 

 おーおークイーンちゃんのテンションが激高になってるわ。この後輩ちゃんの趣味が野球観戦なのは結構前から知ってたけど、スイーツ以外でハイテンションになったのを見るのは初めてだ。

 しかも今日は贔屓にしているビクトリーズというチームの試合だから、否が応でもやる気に満ちている。

 

「去年はあのにっくき不良ペンギンに優勝を奪われましたが、今年はそうはいきませんわよ!今年の猛虎魂は燃え上がりますわ!!」

 

 でも野球場ならいいけど、ここはまだ最寄駅だから、ちょっとは抑えて。

 

「クイーンちゃん、周りがドン引きしてるから、球場までちょっと抑えてね」

 

「…はっ!?申し訳ありません!つい楽しみで、テンションマックスに上がってしまいました」

 

 我に返ったクイーンちゃんが恥ずかしそうに謝る。分かってくれればいいよ。

 落ち着いたから徒歩で球場まで行く。

 間近で見る野球場は結構迫力がある。今までレース場ぐらいしか見た事無かったから、別種のプロスポーツ会場は新鮮だ。

 入り口でチケットを見せて中に入る。俺達はアウェーのビクトリーズ側の内野指定席だ。

 先に昼ごはん用に弁当を売店で見ておく。結構色々種類があって選べる楽しさがあって良いな。一人二つぐらい買った。

 場内はレース場の五分の一以下の広さでも、却って選手との距離が近くて親しみが持ちやすいように思える。

 

「きゃー!!ユタカ~!!ユタカ~!!今日は私が応援しますわっ!!頑張ってくださーい!!」

 

 縦縞の黒と黄色を基調とした虎色ユニフォームを着た、練習中の選手に目一杯の声援を送る。

 まだ練習中なのにこの入れ込みようは、ルールもあんまり知らない素人には異様に思える。

 とりあえず試合開始にはまだ一時間あるから、席を探してご飯を先に食べる。

 

「こういう所で食べる弁当も結構美味しいね」

 

「はい。この球場は相手チームによって限定弁当も変わるんですよ。私はもちろんビクトリーズのなにわ弁当です!やっぱりこれですわ!」

 

 へー野球界も色々工夫してるんだな。

 色々話しながら弁当を食べ終わって練習風景を見ている。そして選手たちは練習を終えて引き上げていく。

 同時にクイーンちゃんもちょっと席を外すと言ってどこかに行った。トイレかな。

 しばらく一人でボケっとしてると、着ぐるみがパフォーマンスを始めた。太ったペンギンがビール缶を持ってホームベースに寝そべってる。えっ、あれでマスコットなの?

 ビクトリーズファンからヤジが飛んでるけど、ペン四郎とかいうペンギンはむしろケツを掻いて挑発している。えぇ……

 見かねた縦縞の虎顔マスコットが退くように注意するが我関せずの態度を崩さない。そして怒った虎がジャイアントスイングでペン四郎を投げ飛ばして、球場内が笑いに包まれた。ああ、これは待ち時間に飽きさせないパフォーマンスなんだ。レース以外の興行だとこういうことをしてファンを楽しませるのか。異種スポーツも結構勉強になるな。

 

「――――いいわよーやっておしまいなさいトランポリン!!ペンギンごときに舐められてはなりません!」

 

 あっちで聞き覚えのある声がしたから、見たら野球帽を被って、メガホンを腰に吊るして縦縞ユニフォームの上を着たクイーンちゃんがいた。完全武装の応援スタイルだな。

 そして何食わぬ顔でクイーンちゃんが席に戻る。ついでに俺にジュースの入った紙コップを差し出した。

 

「レモネードが売ってたので買ってきました」

 

「うん、ありがとう」

 

 受け取って一口飲む。美味しい。もはや何も言うまい。

 その後はマスコットの寸劇を見たり、チア軍団のダンスを見て、あっという間に試合時間になった。

 野球はボールをバットで打って沢山点を取った方が勝ち。空振り三回、打った球をノーバウンドで捕ったり、一塁に早く投げてアウトを三回取ったら攻守交替ぐらいしかルールを知らないけど、結構面白かった。

 走るよりもルールが沢山あって覚えるのが大変だけど、日本で野球は相撲とウマ娘のレースとを三分する人気興行なのがちょっと分かった。

 点が入るか入らないかのギリギリのシーンでは、クイーンちゃんをはじめとしたガチファンの殺気立った応援には内心ビビった。

 

 試合自体は残念ながら4-2でペンギーズの勝ち。でも負けてしまったビクトリーズにファン達は励ましの声を送った。こういうところは俺達のレースとそんなに変わらないな。

 試合が終わって観客が駅に引き上げる。俺とガッカリしているクイーンちゃんは、みんなへのお土産を色々買ってから最寄り駅まで行く。

 

「負けたのは悔しいけど、野球も面白かったよ。今度はチームのみんなを誘って、行ってもいいかも」

 

「!そうですわね!!休みにみんなで行きましょう!」

 

 ふふっ、元気が出たみたいだ。

 駅に着いたけど、電車は帰り客でパンパンだから、まだ乗らない方が良いか。いっそ新宿駅まで歩いてもいいかという話になって、ゆっくり歩いた。

 そして道なりに歩いていると、なぜかトレセン学園のジャージを着た栗毛の子が、肩を落として歩いているのとすれ違った。

 

「ちょっ!?えっ、ちょっとそこのトレセンの子!何でこんなとこに居るんだ!?」

 

「本当ですわ!?貴女どうしてこんなところに?」

 

「………うえーん!!」

 

 泣き出した子をとにかく落ち着かせて、自販機で買ったジュースを渡して飲ませた。少し落ち着いたトレセン生はポツポツ話し始めた。

 

「ぐすっ……私、新入生のアドマイヤジャパンって言います。実はランニングしてたらネコを見つけて、追いかけてたら知らない所にいて。でもそのまま気にせずランニングを続けて、疲れたから近くの公園で寝てたんです」

 

「学園からここまで20kmはありますわ。随分長く走ってらしたんですね」

 

「えへへ。それで起きたら夕方で、お腹が空いて走れなくて、帰れなくなって泣いてたんです。ぐすっ」

 

「その後ろに背負ってるクッションは?」

 

「これがあればどこでも眠れるから、いつも持って走ってます!」

 

 それは胸を張る所じゃないだろ。途方に暮れているって事は、クッションは持っても金もスマホも持たずに走りに行ったな。時々トレセン学園の子が迷子になる話は聞くけど、実際にお目にかかるのは初めてだ。

 

「あー俺達もトレセン学園の生徒だから一緒に帰るぞ。電車賃はこっちで出してやる」

 

「ふえええ!!ありがとうございます!!このご恩は一生忘れません!―――あと出来れば何か食べる物を持ってませんか」

 

 ……意外と図太いなこの子。助かったと思ったら遠慮無しに要求しやがる。

 球場で買ったお土産には手を付けたくないから、駅までに見かけたコンビニで、パンを二つ三つ買って食べさせた。

 

「モシャモシャ…ごくん。そういえばお名前をまだ聞いていませんでした」

 

「私はメジロマックイーンと申します」

 

「あのクラシックのメジロマックイーンさんですか!青葉賞は凄く格好よかったです!」

 

「俺は……とりあえずスズカと呼べ」

 

「はいスズカさんですね。……あれ、でもどこかで見た事あるような??」

 

 街中でバレると厄介だから、とにかく早くパンを食わせて駅に行かせた。

 コインロッカーに預けた荷物を回収して、そのまま電車に乗って府中駅まで無事に戻ってきた。

 今は午後六時か。夕食には間に合ったな。

 それから歩いて学園の敷地に着いた。このアドマイヤジャパンは栗東寮だから、クイーンちゃんが連れていく。

 

「やれやれ、今日は色々あったな」

 

「でも私は楽しかったですわ。また一緒に遊びに行きましょうアパオシャさん」

 

「えっ?アパオシャ?」

 

「ああ、最近街中だと目立つから、これ着けてたんだよ」

 

 そう言って、ウィッグを外していつもの短髪に戻す。

 

「高等部のアパオシャだ。じゃあ、今度は迷子になるんじゃないぞ。クイーンちゃんはおやすみ」

 

「はい、おやすみなさい。さあ、一緒に寮に行きましょう」

 

 後はクイーンちゃんが何とかしてくれる。俺は自分の寮に帰って飯を食って、今日の土産をウンスカ先輩に渡して早めに寝た。

 

 

 翌日も騒動は続き、クイーンちゃんに付き添われたアドマイヤジャパンがチームの部室に来て、≪フォーチュン≫で走りたいと土下座した。

 なんか助けてくれた俺とクイーンちゃんに懐いたって。餌をあげたら懐く犬じゃないんだぞ。

 選抜レースの成績は、四月に芝2000メートルで一着獲ったらしい。それでも契約しなかったのは、トレーナー連中の匂いにビビっと来なかったから断ったとか。どういう理由だ。

 髭も微妙に困ってるみたいだけど、今年の新入生はまだチームに居ないし、突き放すのもという理由で、ひとまず仮契約で様子を見る事になった。

 さらに俺が原因ということで、暫くは俺が面倒を見なければならなかった。助けなければ良かった…なんて言うつもりは無いが、自分から厄介事を招いた気分だった。

 

「皆さん、よろしくお願いします!」

 

「はいはい、よろしくなジャン」

 

「ジャン?」

 

「アドマイヤジャパンは長いから、ジャンと呼ぶ」

 

「はい分かりました!アパオシャ先輩!」

 

 やれやれ、これから一層騒がしくなるよ。

 

 



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第63話 遠い黄金を目指す

 

 

 変な新入生のアドマイヤジャパンの『ジャン』が≪フォーチュン≫に仮加入してから、二週間ほどが経った。

 ジャンは変な子なりにチームに馴染んでいた。元々図太いというかお調子者で人懐っこい性格だから、みんなからしょうがない子だと思われつつ、何かと世話を焼かれる末っ子体質な所がある。それだけでなく、雑用とかも率先して動くから、結構可愛がられる子だ。多分計算でやってるんじゃなくて、天然なんだと思う。

 だって面白そうだからと言って、オンさんが調合した新薬を躊躇いもせずに飲んで七色発光するんだから、この前の迷子の件といいアホの子なのは確かだ。

 それでも素質もまずまずあるから、G1はどうか分からないが、重賞勝利は確実に出来るだろうと髭トレーナーとオンさんは予想している。

 まだ仮契約は解いていないが、そのうち髭と本契約して正式に≪フォーチュン≫のメンバーになると思われる。

 

 新人がアホな事をやってる間にも雨模様の東京レース場で、マイルG1のヴィクトリアマイルが開かれた。うちからはダンとバクシさんが出て、ビジンやハッピーミーク他、多くのシニアが参加する見た目には華やかなレースになった。

 実際は貪欲に勝ちを求める猛獣の喰らい合いに等しいが、それを含めての美しさと言われれば肯定しよう。意志の強さには美しさも宿るのだから。

 その祭典の勝者は、足に儚さを宿したまま走り続けるメジロアルダン。昨年のNHKマイルから一年遠ざかったG1の栄冠を久しぶりに手にした。

 先輩のバクシさんは惜しくも二着。二月の中山記念でもダンに負けて、同チーム対決はマイルで二敗を重ねている。

 それでも二人は楽しそうだ。負けるのは悔しいだろうが、同じチームでG1を走れる喜びは勝負とはまた別と二人は言っていた。

 俺もフクキタさんと一緒に走った時は負けても楽しかったから、その気持ちは分かってるつもりだ。早ければ俺も今年中にクイーンちゃんと勝負出来るから、結構楽しみにしている。

 なおレースの三着はハッピーミーク、四着がビジンだった。

 外目には気丈に振舞ってるがビジンもまだG1一勝だから、友達の俺達にはそろそろもう一勝が欲しいと時々呟く事があるのは知っている。アスリートが勝ちたいと思うのは本能だよ。

 

 終わった話はここまでにしよう。俺達はまだまだシニア一年目。走る機会はこれからもたくさんある。

 俺も次のレースの準備に入らないといけない。

 そういうわけで、俺は今日、学園の大会議室でテーブルを挟んで五十人は集まった記者達を前にしている。

 何をしているかと言ったら、予定していた次のレース発表の会見だ。ただの発表に大仰と思うかもしれないが、学園にとっても俺の価値はかなり高まっているから、それなりに場を整える必要があった。

 今まで海外遠征をするとだけ情報を出して、それっきりお預け状態を食らったマスコミが大挙して押し寄せたのを見れば、世間も俺の動向を気にしているのは確かだろう。すでに紙切れ一枚の通達では収まらない。

 学園側で会見に出席したのは、チビッ子理事長で親しまれる秋川理事長、生徒会長シンボリルドルフ、当事者の俺とトレーナーの髭。それに司会進行役の駿川秘書。

 当事者以外の顔ぶれで、既にただ事ではないと記者達は感じた。これはいよいよ凱旋門賞挑戦かと期待が高まる。

 

「えー、本日は御足労頂きありがとうございます。これから日本ウマ娘トレーニングセンター学園による会見を始めさせて頂きます」

 

 司会の秘書さんが厳かに挨拶した後、チビッ子理事長が今日の会見の趣旨を述べる。

 要は俺の海外遠征について。記者達も分かっているが、緊張から唾を飲み込む者も多い。

 

「発表!我が学園の生徒、アパオシャの行き先はイギリス!そして、出走するレースは―――六月開催アスコットレース場のゴールドカップ!既に開催者への出走手続きは進んでいる」

 

 一瞬記者達はポカンと口を開けたまま呆ける。その数秒後にはシャッターを切る音や、ざわつきで一気に喧騒になる。

 イギリスのゴールドカップと言えば、日本ではロイヤルアスコットと呼ばれる、イギリスレースの祭典の一つを担う、ヨーロッパレース界で最も長い歴史と長い距離のG1レースだ。フランスのカドラン賞芝4000メートルと同等の、約4000メートルの超長距離レースとして、先月行われた春天皇賞のモデルにもなっている。

 近年は世界トップ100レースからは外れてしまったが、未だその格式は世界随一と言われている。何しろ主催者がイギリス王室ともなると、出走するウマ娘への栄誉は計り知れない。

 レースにはイギリスだけでなく、アイルランドやドイツといったヨーロッパ中から一流のステイヤーが集まる、ヨーロッパの最強ステイヤーウマ娘を決める祭典に等しい。

 

「悲願!かつて二十年以上前に日本のウマ娘が挑み、悔しい想いをした。その挽回の機会が巡ってきた!アパオシャなら、必ず勝ってくれると信じて、我々は彼女を遠い地に送り出す!」

 

 理事長の魂の慟哭に記者達は気圧された。二十年前とは、過去に一度同じようにトレセンが春天皇賞優勝ウマ娘を送った事があったらしい。彼女の名前はイングランディーレ。残念ながら彼女はゴールドカップを九着で失意のまま帰国。ほどなく左足の屈腱炎を発症して、長期療養の末に引退を余儀なくされた。

 今回はその悲しみと悔しさを返上する機会として、トレセン学園も俺の希望を了承した。まあ、そんな過去の話は俺には関係無いのだが。

 

「ウマ娘レース発祥の地であるイギリスは、私達にとって憧憬を持つ地。そこにアパオシャも足跡を残せると私は信じています」

 

 ルドルフ会長が力強く宣言した。

 この人も機会があれば、きっとヨーロッパの地を自分で走りたかったんだろう。それをひた隠しにして後輩達を見守り続けているんだから、大した人だよ。

 それから記者達の質問に移った。全員が一斉に手を上げて、適当な人を駿川さんが当てる。

 

「ゴールドカップ出走は、アパオシャさん本人が希望したんですか!?」

 

「そうです。去年の菊花賞が終わってから、ちょこちょこ情報は集めていました」

 

 次の記者の質問が飛ぶ。

 

「なぜゴールドカップを選んだんでしょうか。何か特別な理由があるんですか?」

 

「単純に春天皇賞が終わって、国内に大きな長距離レースが無く、時期と適性距離が合致したからです。俺は長い距離ほど優位を取れますから」

 

 不満があるとすれば、賞金額が日本のG1の半額以下で安いって事だ。ヨーロッパのレースは名誉が第一で、興行と見なされないから仕方ないけど。

 

「ヨーロッパのレース環境は日本とかなり異なりますが、それでも勝つ自信があると思っていいですか?」

 

「勿論ですよ。チームメイトの言葉を借りるなら、『常に自分に都合の良い環境で走れるわけでない。それでも勝利を目指さない理由にはならない』ですかね。俺はいつでも勝つつもりで走ってます」

 

 ちょっと≪領域≫に入る要領で気を強めると記者達が息を呑む。野暮な事聞くなよ。

 隣のルドルフ会長がなんか良い笑顔してるな。この人も当然『出来る』から、頼もしい後輩と思う程度なんだろう。

 駿川さんが咳払いをした。やめろって事かな。秘書さんも強い。

 気を取り直して、質問が再開する。

 

「アパオシャさんはゴールドカップ以外に予定しているレースはありますか?」

 

「七月末のG1グッドウッドカップ芝3200メートルも、ゴールドカップの出来栄え次第で走るつもりです。レース間隔は一ヵ月ですから、疲労の心配はありません」

 

 こちらはイギリスウマ娘レース統括機構、通称BRAの主催するレースになる。格で言えばこちらの方が下なんだが、賞金額は上なんだ。どっちにせよ日本のよりずっと安いが。

 

「ではこの両方のレースに勝った場合。アパオシャさんの名はヨーロッパに響き渡りますね。その後も海外挑戦は続けられますか?」

 

「出来れば11月のオーストラリアのメルボルンカップも出たいです」

 

 こちらも記者達に強い反応があった。やはり3200メートルの長距離レースだが、海外G1に日本のウマ娘が挑むのは、それだけで大きな話題になる。

 さらに別の記者が――

 

「年末の有マ記念を走る予定はありますか?」

 

「有マ記念は走ると思います。去年ナリタブライアンが一緒に走りたかったみたいですから」

 

 大体こんな感じで記者会見は進み、大きな滞りは無く進んだ。一部の記者はフランスフランス煩かったけど、何がそこまで連中をフランスの凱旋門賞に駆り立てるんだ。

 URAの一部も未だにフランスでの勝利を求めてるみたいだけど、凱旋門賞はそんなにお宝なのかねえ。世界を見たらドバイやアメリカだって決して見劣りはしないのに。

 むしろウマ娘レース発祥のイギリスG1レースの方が、余程格式と名誉が得られると思うんだけどなあ。特にキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスとか。

 

 その辺りの生臭い話は、俺に関わりの無い事だ。俺はただレースを走るだけ。だから準備は可能な限りしておきたい。

 今年のゴールドカップの開催は約一ヵ月後の六月二十一日。現地には来月初めに行くから、準備はあと半月しかない。

 そしてグッドウッドカップは七月末だから、二ヵ月近くイギリスに留まるんだ。必要な物を出来るだけ用意しておかないと。海外戦の経験のあるオンさんとカフェさんに、色々話を聞いておいて助かった。

 

 まず休日に大型スーパーで好みの味噌と醤油、七味唐辛子や山椒、カレー粉に出汁粉を沢山買っておく。オンさんはあまり気にしなかったが、カフェさんは日本食がたまに恋しくなる時があったらしい。でもフランスに日本食を食べられる店は中々無いか、パチモンばかりでウンザリしたとも。

 だから俺は前もって日本の調味料を持ち込むつもりだ。最悪向こうで自分で作ればいい。レシピは母さんから教えてもらってるし、味噌汁みたいな基本的な料理ぐらいは自分で何とかなる。

 それ以外にもコーヒーや紅茶はあっても、緑茶は見かけなかったから、一応茶葉と抹茶を用意する。

 口にする物はとりあえず揃えた。

 あとは石鹸やシャンプーなんかも拘りがあると、持ち込んだ方が良いらしいが、そちらは俺はあまり気にしないから平気だ。

 そういえば海外は電源の規格が違うから、スマホの充電器も互換性のある機器を使わないとダメって聞いたな。

 服だって厳格な決まりがあるからドレスコートもきっちりしないと。今までは学園の制服と勝負服で何とかなったけど、今回ばかりはパーティーにも出席するから、ドレスも用意しないといけない。

 今回のために、前もって学園を通してドレスの発注をしてある。こういう時に先例があると非常に助かる。俺はヒラヒラしたスカートは苦手だけど、この際我慢しよう。

 一応未成年だし、あんまりとやかく言われないのが救いかな。

 

 まったく、やる事が多い。それもこれも国内に長距離G1レースが少ないからだ。日本でもっと長距離レースが流行ればわざわざ外国まで行かなくてもよかったのに。

 でも、これでもダートよりはマシだからなあ。長距離は国内で人気の有マ記念と春天皇賞があるし、G2ぐらいでバンバン走れるだけ恵まれている。俺も中距離はそこそこ走れるから、いざとなったらそちらを走ってもいい。

 おっと下を見ても仕方がない。今は慣れない土地でのレースを万全に走れるように全力で準備を進めるとしよう。

 

 それと、イギリスにはオンさんが一緒に来てくれることになった。髭が行くと言ったが、同じウマ娘で機微が分かるトレーナーという意味では、オンさんの方が長期遠征には適している。それに敢えて言わなかったが、二ヵ月も海外となるとカフェさんが髭が居なくて寂しがると気を利かせた部分もある。

 既に学園を卒業しても、二人には今も強固な友情の絆があると分かって、ちょっと羨ましいと思った。

 

 



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第64話 遠い異国の地

 

 

 五月の末日。世間では衝撃的な記者会見になった、ゴールドカップ出走の意志表明から半月が経ち、明日日本を離れる。

 クラシック期のレースの方はオークスはウオッカちゃんがティアラを勝ち取り、カレットちゃんは二着に沈んだ。桜花賞とは順位が入れ替わった事になり、近年まれにみる一進一退の名勝負になった。

 そして数日前に行われた日本ダービーは、ウオーちゃんの二冠目達成で日本が湧いた。クイーンちゃんは惜しくも二着で終わり、三着は≪カノープス≫のマチカネタンホイザちゃんだった。

 これでシンボリルドルフ会長以来の無傷でのクラシック三冠達成に王手が掛かり、一時的に俺の話題を消し飛ばした格好になる。

 ところが話はここで終わりじゃない。翌日に足の痛みを訴えたウオーちゃんは、病院で左足の骨折が判明した。しかも全治六ヵ月の重症で入院。

 これにはさすがに世間は落胆を隠せなかった。去年もトリプルティアラに王手をかけながら、骨折で無念の療養をせざるを得なかったクラチヨさんに引き続いて、今回のウオーちゃんの骨折。

 ≪スピカ≫も日本ダービー勝利の喜びは吹っ飛び、完全にお通夜状態になっていた。

 うちのクイーンちゃんも、ライバル視していた友人の突然のクラシック離脱に動揺した。それでもすぐさま菊花賞は走り、必ず勝つと意気込みを見せた。この子はメンタルも強いから大丈夫だろう。

 

 クラシック勢の事は当人達に任せよう。俺は俺のレースがある。

 ここ最近は引っ切り無しに記者が俺への取材を申し込んでいるが、学園側が全部カットしてくれたおかげでトレーニングに支障は無い。

 ただ、地元からは多少連絡が増えた。家族や元居た幼年レースクラブの友達、小松先生からの激励は良いが、会った事も無い県議会議員が面会とかしようとするのは、学園とルドルフ会長、それにURAも組んで全部突っぱねた。

 たかだか一地方の議員程度では、全国に根を張って一大興行を取り仕切るレース界の相手にもならない。なるほどなぁ、こういう余計なモノを排除して、俺達がレースに専念出来るのも偉い人が仕事してくれたおかげか。

 そういうわけで余計な事は気にせず、渡英前日までトレーニングに専念し続けられた。

 それでもチームのみんなからは何かと気を使われた。特にクイーンちゃんはダービーを負けて、俺をガッカリさせてしまった事が悔しかったらしい。ライバルが骨折しても勝っていた事を少し気にしているのかも。

 

「俺だって皐月賞を負けて、みんなをガッカリさせたぞ。あまり気に病まずに菊花賞を勝とう」

 

 そう言って励ましたり、ジャンのワンコみたいな言動で空気が和んでチームは上手く纏まった。ジャンもアホの子なりに、みんなの事を考えている。

 こういうムードメーカーは集団に一人居ないと意外と困る存在なのかもしれない。

 

 そして今は寝る前に自室で最後の準備をしている。向こうで使うドレスや帽子、トレーニング用のウェアや普段着の多くは全部前もって現地に送った。他にも買い溜めした調味料や薬味なども一緒。あと向こうで食べるかどうか分からないが、ゴルシー達やチームのみんながくれたお菓子とかも纏めて送った。

 明日持って行くのは財布にスマホとパスポート、あとは簡単な化粧品とか身の回りの物が少しだけ。いつもの夏合宿より荷物が少ないぐらいだ。

 

「ウンスカ先輩はお土産何が良いですか?」

 

「ん-釣り竿」

 

「ちょっと大きいから郵送で送っておきますね」

 

「ウソウソ!もう、本気にしないでよ。そんなに気を使わなくても後輩が無事に帰って来てくれれば、先輩はそれでいいんです」

 

 二人でくすくす笑う。現地で何かいい物を見繕って買って帰ろう。

 

「でもほんと外国は気を付けなよ~。エルちゃんもフランスで大変だったからねぇ」

 

 同期の友達の苦労を知ってる先輩は軽い口調で忠告する。

 基本フランス語だから、微妙に意思疎通が出来ずに困ったと聞いている。

 俺は長くても二ヵ月だし、現地の英語もどうにか片言なら話せる。それに英語が堪能なオンさんがいるから、いざとなったら助けてもらえる。まだマシな遠征だと思う。ウイニングライブの時は………頑張ろう。

 あとは食事かぁ。イギリスの飯はあまりいい話を聞かないけど、仮にも英国王室主催のレースに参加するんだから、美味しいものは食べられるだろうが、口に合うかどうかは別問題だ。最悪現地の中華料理屋を探して食うか、米だけ手に入れて自炊する事も考えよう。

 うーむ、レースをしに行くが今から思うと、慣れない土地で諸々の問題を抱えたまま走るのは想像以上に困難だ。

 色んな人のバックアップが無いと俺一人が行った所で、レースに出られるかすら怪しい。レースは一人でする物じゃないと誰かが言ってたのは本当だったな。

 

「おやー今更外国が怖くなったのかな~」

 

「怖いとは思いませんが、いろんな人に助けてもらわないと、レース場で走る事すら出来ないんだと思っただけです。あとはレースに限った話じゃないけど、海外のアウェーでの試合はすげえ大変だなと」

 

「そうだねぇ。私達は基本日本だから、最悪一人で電車乗って現地で走って帰って来られるけど、外国は気軽に行けないからね。それでもアパオシャちゃんが行くって決めたんだから、後悔しないように走りなよ」

 

「はい。じゃあ、準備はここまでで、もう寝ます」

 

「うん、おやすみ」

 

 早めに電気を消してもらって眠りについた。

 

 翌朝。いつも通り起きて、軽いランニングだけして、シャワーを浴びて身支度を整える。

 食堂で食事を普段通り食べていると、すれ違う人みんなが俺に頑張ってと挨拶をしていく。

 寮長になったバクシさん、同寮のビジン、ダンやクラチヨさんにも激励を受けた。

 長期海外遠征の先輩になるエルコンドルパサー先輩からもチリソースを餞別に貰った。使うかどうか分からないが一応持って行こう。

 時間まで支度を整えて学園に行くと、後からオンさんと髭も来た。

 

「やあ、アパオシャくん。準備は良いかい?」

 

「大丈夫です。オンさんが居てくれて心強いですよ」

 

「出来る限りのサポートはしよう。あとは君次第だ。もっとも、君は私やカフェと違って心身が頑丈だからねえ。余程の事が無ければ心配はしないよ」

 

「俺からもアパオシャを頼んだぞ。本当は俺が行かないといけないんだけどな」

 

「トレーナーくんにも大事な仕事があるからねえ。私こそアルダンくんやマヤノくんを頼むことになる。しっかりと指導してくれたまえ」

 

「心配するなよトレーナー。俺は何事もなく帰って来るさ。で、俺に言う事は?」

 

 ヒゲェ、この期に及んで遠慮するな。トレーナーなら教え子の強さを信じろ。

 

「―――勝てよ!!お前は俺や≪フォーチュン≫の皆が育てた日本最強のステイヤーだっ!!」

 

「おうっ!勝って優勝トロフィー持ち帰ってやるよ!」

 

 親指を立てて承った。

 オンさんと学園が用意した車に乗り、これから空港まで行く。さーて長い旅の始まりだ。

 

 

 飛行機に乗って約15時間。ようやく俺とオンさんはイギリスの大地を踏みしめた。

 これだけ長い時間地面と離れたのは初めてだから、まだちょっと足元に浮遊感が残っている。同居者は何か落ち着かない様子だ。こいつ意外と臆病だな。

 

「えーっと日本が今午前3時だから、イギリスの時差が9時間で、今は夕方か」

 

「最初の三日ぐらいは時差ボケがあるから、調子がおかしいと思ったら素直に私に言うといい。薬は万全だよ」

 

「はい、辛いと思ったらすぐに言います」

 

 こういう所は髭トレーナーよりもオンさんの方が頼りになる。飛行機のファーストクラスは快適だったが、それでも疲れはあるから、今日はさっさとホテルで休もう。

 ホテルには先に現地入りしたトレセンのスタッフが連れて行ってくれる。それらしい人はまだ見えていない。

 代わりに俺達に近づいてくるカメラを持った外国人の二人組がいる。記者っぽい雰囲気だ。

 

「はじめまして~アパオシャ=サン。ワタシ、ロンドンニュースのジャックです。おはなしよろしいですか?」

 

「おやおや、もう取材が来たみたいだねえ。どうするんだいアパオシャくん?」

 

「待ってる間は暇ですからね。少しなら良いですよ。それと『日本語が難しかったらこちらが英語で話しますか?』」

 

 おっ、向こうがちょっと驚いてる。真面目に英語の授業受けておいて良かった。オンさんにもかなり前から教えてもらってたから、簡単な会話になら不自由しない。

 

『お気遣いに感謝します。早速ですが、初めての海外レースで栄誉あるG1は大変では?』

 

『大変だけど、走って勝つのがアスリートです。それはどの国のレースでも変わらない』

 

『大胆ですね。ヨーロッパから集まった、世界最高のステイヤー達に勝てる自信があると?』

 

『自信は関係無いですよ。相手が誰でも走って負けたら悔しいから、勝って喜びたい』

 

『……遠方からはるばる来て、世界最高のロイヤルミーティングに参加出来るだけでも望外の名誉ですよ。その名誉は極めて重いと理解してください』

 

 なるほど。小さな島国の小娘が勝つなどと生意気言わずに、うちの伝統あるレースを走れるだけでも泣いて喜べと。

 

『ブリティッシュジョークというのも新鮮ですね。勉強になります』

 

 記者が怒りか失笑か分からない顔になってる。カメラマンの方は面白そうだと思って俺とオンさんの写真を撮り続けている。

 そして次の質問が出る前に、オンさんが迎えが来たと言って取材を打ち切った。

 トレセン学園スタッフの車でホテルに行く。ヒースロー空港から少し離れた、ウィンザーという小さな都市のホテルに滞在するそうだ。レースの舞台になるアスコットレース場にも近いから便利らしい。

 本当は地元のトレセンに短期滞在するつもりだったけど、残念ながら部屋の空きが用意できなかったから、アスコットミーティングの間はホテル暮らしになる。

 あとスタッフの森崎さんの話だと、イギリス王族の住む城があるから観光地として結構有名らしい。

 着いたのは日本でレース前に使ってるビジネスホテルの数倍は大きい高級ホテルだ。ゴールドカップまでの間はここを拠点にする。

 部屋もかなり広く、一人で使うには勿体ない気がするけど、払いはトレセン学園だからこの際気にしない。隣のオンさんの部屋も俺と同じ間取りだ。

 荷物を置いたら、二人でホテル内のレストランで夕食を食べる。メニューは全部英語だけど、大体のイメージは掴めるから、適当に注文して食べて覚える。

 食べてみて分かったが、不味いと聞いたイギリス飯は予想より美味しい。

 

「味はそれなりに舌に合います。肉料理と、パイが美味しいです」

 

「それは良かった。私はさして食事にこだわりはしないが、異国の食べ物で苦労するウマ娘は意外と多いからねえ」

 

 これなら持ち込んだ調味料で自炊は必要なさそう。心配事が一つ減って安心した。

 あと、デザートのケーキが美味しかった。

 異国の最初の料理に満足して、部屋に引き上げた。

 移動の疲れと満腹感から、着替えをする前に寝てしまい、起きたら夜明け前だった。

 

 



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第65話 アスコットレース場

 

 

 イギリス・ウィンザーで迎えた朝は肌寒くて、薄い霧も出ている。

 昨日は疲れて着替えもせずに寝ていたから服がヨレヨレだ。

 とりあえず風呂に入ってスッキリするために、部屋の浴室に湯を張る。

 待ってる間にストレッチをして体の具合を確かめる。

 

「―――――まあまあだな。時差ボケはどうだろう」

 

 実際に走ってみないと分からないか。先に風呂に入ろう。

 熱い風呂で目を覚まして着替えを済ませて、テレビをつける。

 

「分かってたけど全部英語か。ほんとここ日本じゃないな」

 

 思えば遠くに来たものだ。

 ちょっと走りに行きたいけど、トレセンスタッフから今日は迎えに行くまで大人しくしてと言われてるから、暫く部屋で大人しくしている。

 そういえば時差が九時間あるから、まだ日本だと昼の三時か。メール送っても大丈夫だな。

 一先ず、トレセン関係者と家族全員に、イギリスの夕食は予想より美味しかったと生存報告だけしておく。

 数人から返事が返ってきた。

 

「―――無事について良かった、か」

 

 あとイギリス飯が美味しいとか本当か?なんて疑問が返ってきた。まだ一食目だから、たまたまかも?

 一通りニヤニヤにしてから、オンさんの部屋に行ってみる。

 オンさんは起きてて、着替えを済ませたところだ。

 

「やあおはよう。その様子なら、よく眠れたようだね」

 

「はい、おかげさまで。オンさんも平気そうですね」

 

「まあね、じゃあ朝食を食べに行こうか。今日はさっそくレース場に行くから、しっかり食べておきたまえ」

 

 一緒にホテルのレストランで、伝統的なイングリッシュ・ブレックファストを食べる。

 焼きたてのパンと、カリカリに焼いたベーコンとマッシュルーム、目玉焼きが美味しい。ただ、米も合うメニューだから、ちょっと不満だ。

 一応イギリス料理にもライスプティングがあるけど、あれは主食というよりデザート感覚だからな。試しに食事の最後に頼んで食べてみたけど、甘いお粥と思って食えばそこそこ食えるという程度だった。

 

「米が恋しくなりそうですよ」

 

「そういう時はインド料理店でカレーを頼むか、イタリアレストランでリゾットやピラフを食べたまえ」

 

 その手があったか。日本のカレーも、元はインドを植民地にしていたイギリスがシチューをベースに考案した料理。ちょっと探せば見つかるはずだ。

 数日ぐらいならパン食でも我慢できるから、それまでに探しておこう。

 たっぷり食べて、部屋に戻って今日の準備をしておく。

 

 朝の九時に予定通り、トレセンスタッフの森崎さんが車でアスコットレース場まで送ってくれた。

 実際に見る海外のレース場は日本と全然違う印象だ。日本はどのレース場も最初から作った印象が強いけど、イギリスのレース場は、元からある広い草原にスタンドを作って利用している感じがとても強い。

 

「オンさん、パリのロンシャンレース場もこんな感じ?」

 

「うーん、そうだね。日本のレース場とはかなり趣が異なるよ。その上ここは日本とは全く異なる形状のコースだから、まずは慣れる事だ」

 

 なら、まずはコースを上から見てみようか。

 俺達は警備員に許可証を見せてレース場に入り、スタンドの上部からコースを俯瞰する。

 

「はー本当にコースが三角だな。日本と全然違う」

 

 しかも一周が約2800メートルととても長い。スタンドから見て右手には、三角コースにくっつくように伸びたロングストレートがある。あれも俺の出るレースでは、最初に1200メートルのストレートを走る。

 今まで日本で走ったコースとは全く異なる、異質な走りを要求される。これは慣れないとまともに走れまい。

 でも、俺の同居者は我が物顔でコースを走り始めたぞ。まったく、勝手な奴だ。

 

「確認はしたね。じゃあ、次は着替えて実際に芝に触れてみようか」

 

 オンさんに言われた通り、更衣室でトレーニングウェアに着替えて、一緒にコースに降りる。

 一歩目で大きな違和感を感じた。芝が長い。よく刈られた日本の芝とかなり違う。ただ、何となく前にも触れた事があるように思った。

 

「札幌レース場とメジロの保養所の芝に少し似てる」

 

「あそこの芝はヨーロッパの芝に似せてあるという話だからね。でもあくまで似てるだけだから、結局は走って慣れるしかないよ」

 

 その通りだ。まずは走って自分の身体に感覚を叩き込まないと。隅っこで十分に体操をして準備してから、軽く走り始める。

 よく日本で言われる、沈み込んで絡み付くような芝というのはそこまで誇張じゃない。走るには結構パワーがいる。しかし、ここしばらく晴れで芝が軽いのもあるから、そこまで走りにくいとは思わない。

 三十分ほど走ってある程度慣れたから、八割の速さで直線コースを過ぎて、三角コースへと入る。

 走っている内に気付いた。勾配がかなりきつい。

 第一コーナーを回った第二コーナーまでの間の直線は高低差20メートルの下り坂。コース奥の第二コーナーを回ってから、ゴールまでの1マイルの間は高低差が最大22.5メートルの登り坂なのをデータで知っていたが、実際に走ると常に坂道を走らされるレースだと思い知らされる。

 勾配がきつい中山ですら4.2メートルなんだから当然だな。それでも日本にいる間は、ずっと坂道トレーニングを重点的にしてたから多少はマシだ。

 まるっと一周してから一度オンさんの所に戻る。スポーツドリンクを受け取り息をつく。

 

「どうだった?」

 

「常に坂道を走らされるような気分ですね。ある意味俺向きのレース場です」

 

「だろうね。日本で最高の持久力のあるアパオシャくんなら、合う地形をしている」

 

 二人でニヤリと笑う。坂道はスピードより持久力が要求される。パワーが必要な沈む芝はちょっと辛いが、それを補えるタフな坂路はスタミナモンスターの俺に向いてる。

 それから休憩を挟んで、コースと芝に慣れるために三回ほど軽く走って体に馴染ませた。

 既に他のレースに参加するウマ娘も集まっていて、休憩中に簡単な会話は出来た。

 分かってるだけでも、地元イギリス以外に、アイルランド、フランス、イタリア、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、カナダ、バーレーン、サウジアラビアなどなど。とにかく国際色豊かで、世界中から三百人以上のウマ娘が集まるオリンピックみたいな祭典だよ。

 それと、面白い事が分かった。実際に走る俺よりオンさんの方がウマ娘の中で顔が知られている。

 よくよく考えたら、オンさんはジャパンカップでワールドレコードを、一気に三秒縮める記録を叩き出したバケモノだ。

 約2400メートルG1レースは、イギリスならキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、フランスは凱旋門賞、アメリカではブリーダーズカップターフ、と世界に数多くある。引退したとはいえ、そのワールドレコーダーともなるとウマ娘の中ではかなり有名だ。

 昼前の休憩中、俺とオンさんに近づくウェーブのかかった栗毛のロングヘアのウマ娘がいる。俺よりも結構年上の人だ。トレーニングウェアにイギリスの国旗があるからイギリスの人だけど、見た事ある顔だな。

 

『久しぶりだなアグネスタキオン。現役の内にまた会う事になるとは思わなかった』

 

『やあ、ストレイトヴァイス。凱旋門賞以来だねえ。今年もゴールドカップを走るのかい』

 

 ストレイトヴァイス。道理で見た事のある顔だと思った。二年前までのイギリスの誇るスーパーステイヤーだ。

 現在成績20勝。それも俺が走る予定のゴールドカップ三連覇、グッドウッドカップ四連覇、他重賞レース多数勝利の怪物である。長距離なら間違いなく日本のシンボリルドルフ会長を超える超大物ウマ娘。

 さらにこの人は今年でシニア5年目で、昨年は負けてしまい連覇記録は途絶えたが、今回のゴールドカップの優勝候補だ。

 

『マンハッタンカフェの事は聞いている。引退とは寂しい限りだ』

 

 確かこの人は二年前の凱旋門賞でカフェさんとレースをしていたな。順位は7着だったか。オンさんとはそこで知り合ったのか。

 

『君はさみしいだろうが、意外とカフェは今の生活を楽しんでいるよ。それに、今年はきっと寂しいとは感じない。―――アパオシャ』

 

『初めまして、アパオシャです。今年は俺がゴールドカップとグッドウッドカップを走ります』

 

『ほう、君がか。では、あの時のマンハッタンカフェと同じぐらい強い事を期待している』

 

『それは心配しなくてもいいよ。この子は私達が何年も鍛えたんだ。長距離ならカフェと同じか、それ以上に強い事を私が保証しよう』

 

『面白い。ならば私が後で世界を見せてやろう』

 

『後で?』

 

『もう昼だ。並走はランチの後でしよう』

 

 意外と気安い人だな。でも、お堅い人よりは付き合いやすいかも。

 ストレイトヴァイスさんに誘われて、彼女のトレーナー(五十歳過ぎのナイスミドル)とレース場のレストランで同席する。ここはレース関係者に無料開放されていて、食欲旺盛なウマ娘の胃袋に何人ものコックが真っ向から挑んでくれる。

 基本はヨーロッパの料理だが、米料理も幾つか扱っていた。それにイギリス式カレーがあったから、付け合わせに米を選ぶ。他に白身魚のパイとニンジンたっぷりの野菜スープ、フルーツジュースもだ。

 カレーの味はまろやかなチキンカレーかな。米は細長いインディカ種でも米には変わりがないし、何より美味しい。これなら毎日でも食べられる。

 

『イギリスの食事を気に入ってもらえたようだな』

 

『美味しい料理は好きですから』

 

 美味い料理に国籍は関係無いよ。それにここの料理は東京トレセンの食堂並みにレベルが高い。

 これだけ美味しい料理を無料で食べさせてくれるんだから、英国王室万歳と言わせてもらいたい。

 

 腹が満たされたら、いよいよかつての絶対王者と並走だ。

 今回は俺が初日でここの芝に慣れていない事もあって、軽めで済ませてもらうように頼んである。オンさんからも九割の力を超えるな、≪領域≫も絶対禁止を言い渡されている。オーケー、情報はなるべく隠せって事だな。

 過去のレース映像を見たら、身体能力や走り方はある程度研究されてしまうけど、≪領域≫は実際に走った所を見られないと分からないらしい。ギリギリまで隠すに越したことはない。それと予想していたがストレイトヴァイスさんは≪領域≫に入れる人だ。

 スタート地点は直線の中ほどから、コースも一周。つまりゴールドカップとシチュエーションは同じだ。

 スタートの合図は向こうのトレーナーに頼んで、位置に着く。

 

 ――――――――レース一回分を走り終えて、ゴール地点で軽く息を吐いた。結果は二バ身さで俺の負け。初日で場に慣れるためだから、特に悔しいとも思わない。向こうも軽い調整程度に思ってるから本気は出していない。

 でも、この人が強いのはよく分かった。カフェさんやシャル先輩とだって引けを取らない。これでシニア5年目なんだから、二年前はもっと強かったんだろう。その時に戦わずに良かったと言うべきか、惜しむべきか。

 

『さすが強いです』

 

『君もヨーロッパのレース場が初めてにしては速くて相当タフだよ。今度のレースが楽しみだ』

 

『あと二周ぐらい付き合ってくれますか?』

 

『はははっ!君は本当にタフだ。だが、初日でそこまでする必要は無い。また明日にしよう』

 

 断られてしまった。でも確かに本番までは半月ある。並走は明日にして、後の時間は他の走者を研究するのに留めよう。

 スタンドでオンさんと一緒に、今回のアスコットミーティングに参加するウマ娘の走るフォームなどを見て、取り入れられそうな技術は記録しておく。今回のレースには間に合わないが、来年にチームの誰かがここに来るかもしれない。出来るだけデータを持ち帰る価値はある。

 

 ある程度データが集まったら、もう一度軽いランニングして芝に慣れて、シャワーを浴びた。

 その後にストレイトヴァイスさんのお誘いで、オンさんと一緒に本場のアフタヌーンティーを体験した。

 ルールは大体知っている。メジロ家でみんなで体験した経験が意外な所で役立った。

 そして予想より堅苦しい物ではなく、同年代のウマ娘達のお喋りだからか、住む国は違ってもチームメイトやゴルシー達と駄弁るのとそんなに変わらない。

 お茶会の参加者には、執事を連れているガチ貴族の出自のウマ娘なんかも当たり前のように居るけど、意外と堅苦しさが無い。何となくダンと喋ってるような感覚だ。

 こういう時は極東の田舎者扱いしたり、家格を引き合いに出して笑いものにするのが普通じゃないのかな。

 その辺りをかなり控えめな表現で聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

 

『私達は生まれ育った国が違っても、同じレース場を走るウマ娘、いわば同朋です。ならば私達は対等ですよ』

 

『それにお二人は、どちらも日本のレースで多くの実績を残した尊敬すべきウマ娘ですわ。軽んずる理由は何もありません』

 

『というわけだ。ここでは最低限のマナーさえ守れば、後はレースの勝ち星が尊ばれる世界だよ』

 

 イギリス長距離レースに未来永劫破れそうもない偉業を打ち立てた人が言うと説得力が違う。

 俺もその方が合ってるから文句は全く無い。

 こうして俺のイギリスでの練習初日は大きな収穫を得て終わった。

 

 



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第66話 切れない繋がり


 この作品を書き始めた頃は情報出てなかったんですが、最近セイウンスカイの同室がサクラローレルと知ってちょっと困りました。
 けど年齢設定弄ったり、出てないウマ娘も多いからこのままフワっと行けばいいかと開き直って続けます。



 

 

 イギリスに来てから十日が経った。その間ずっと寝起きするホテルと、練習するアスコットレース場を往復する毎日だ。

 十日も走っていれば、そろそろヨーロッパの芝にも慣れてくる。特異な形状のコースも体に馴染んできて、今は95%の力で本番を想定してタイムを計測している。

 

「ふむ、≪4:24.6≫か。まあまあのタイムだね。昨年の優勝タイムは≪4:20.3≫だけど、余力を残しての走りなら十分勝つ見込みはある」

 

 オンさんの言う通り、全力で走ればあと2秒は楽に縮められる。レース展開によってはそれで優勝は可能だ。

 ただ、自分の思い通りの展開に進められたらの話だ。それを許してくれるほど、世界最高峰のウマ娘達はぬるくない。

 ちょっと休憩にタブレット端末を使って、今回ゴールドカップに出走する他の走者のデータを確認する。

 今回の出走者は俺を含めて10人。初日に会った一番人気のストレイトヴァイスさんを筆頭に強豪揃いだ。

 

「三番人気のモーニングスター。去年の英ダービー2着で、英セントレジャーも二着。凱旋門賞ではエルコンドルパサー先輩とも走ってる」

 

 紫の燕尾服を着こなす地元イギリスのウマ娘。俺と同じシニア1年目で1勝だけど、G1入賞が多いからかなり強い。

 

「二番人気はふむ……アイルランドのキュプロクスか。アパオシャくんと同年で四勝。G3一回勝利」

 

「四番人気にオーストラリアのサーペントタイタン。二年前の英ダービーを優勝している。強いなーこの人」

 

「五番人気のドイツから参戦する、8勝のプリンセスゾーンも中々だよ。二年前のゴールドカップは二着、去年のフランスカドラン賞も二着」

 

「七番人気のスパニッシュフェイス。去年は三着だから、この人も侮れない」

 

 世界中から最高のウマ娘が集まるんだから、全員警戒に値するライバル達だ。

 ちなみに俺は六番人気。実績はこの中でも上位にいるが、やはりヨーロッパでのレース経験ゼロでは評価が低くなる。それを覆してこそ挑戦する価値があるし、勝てば最高に気分が良いだろう。

 

「勝つには、なーんか策が要りますね」

 

「そこは私より君の方が上手いから自由にやるといい。私が出来るのは最適なトレーニングをさせる事と、君のコンディションを完璧に仕上げる事だけだから」

 

「十分ですよ。本番で体調不良でまともに走れませんじゃ、情けなくて日本に帰れない」

 

 トレーナーの仕事はそこまでにウマ娘を完璧な状態で送り出す事。レースは俺が走るんだから、自分に合った走りをするだけだ。

 まだレースまでは十日ある。じっくり頭から知恵を捻り出してやる。

 そうそう、日本では安田記念が行われて、ナリタブライアンが勝った。これでG1は四冠目か。やっぱり強いなあ。ただ、レース後に腰の不調が見つかって、長期の療養が必要と診断された。

 やっぱり春の天皇賞の時から我慢してたか。それでもG1勝つんだから、並の強さじゃない。しかしそうなると宝塚はもちろん、秋の天皇賞とかも間に合うのか。

 これから日本のレースも荒れるな。

 

 

 さらに五日が過ぎた。この頃になると三日後に控えたアスコットミーティングへの準備のために、レース場には多数の業者が入って会場設営に追われている。

 俺達も前日の開催パーティーに出席する事になっている。

 例年通りイギリス王族の多くが出席して、ヨーロッパ中から王侯貴族が呼ばれる中で、俺のような庶民が居るのは内心場違いだと思っているが、今更仕方がない。

 幸いここ半月で仲良くなったウマ娘の子達から色々マナーとかルールを聞いて、即席でも恥をかかない程度の振る舞いは身に付けられた。

 トレーニング以外の慣れない事に神経をすり減らす日々に、そろそろストレスが溜まり始めた。これはちょっと息抜きしないと、本番に支障が出るんじゃないかと思い、一つの解決法に辿り着いた。

 

 アスコットミーティングの開催二日前。今日もトレーニングを終えた俺は、レース場のレストランの責任者に頼んで、設備と食材を幾らか使わせてもらった。

 材料は、コックに頼んでボイルして灰汁を抜いてもらった豚のホルモン、ニンジン、大根の代わりにカブ、ごぼうの代わりに西洋ごぼう(サルシフィ)、ショウガ、みりんの代用にコックの私物の日本酒(ロンドンなら手に入るらしい)、あと八丁味噌と砂糖、ゴマ。代用品が多いのは仕方がないが、味噌は匂いと味が強いから何とかなるだろう。

 何を作るかレストランのコックは興味津々。

 最初にニンジン、カブ、西洋ごぼうを小さく切る。切った具材とホルモンを、大鍋に水と一緒に入れて火にかける。

 灰汁を取りつつ、三十分煮込み続けてから、湯を全部捨てて中身を別の鍋に移す。

 移した具材に水を入れて、酒で溶いた味噌と砂糖をたっぷり加える。ショウガは薄切りと擦った物をたっぷり入れて、焦がさないように注意して煮込む。

 途中味見をして、味噌の辛みが強いから砂糖を足して味を調整。三十分煮込んで、水分をかなり飛ばしたらゴマをふりかけて完成。

 

「よーし出来たぞ。どて煮だー!――――ふむ、ちょっと味が違うがまあいい」

 

 ネギが無いのと代用品が多いから味がちょっと違うのはこの際諦めよう。

 材料を分けて厨房を使わせてくれたコックにも味見してもらう。何人かは首を捻ったが、大半がもっと食わせろと言ってきた。濃厚なみそ味の臓物は意外とイギリス人の舌に合うのか。

 かなり多めに作ったから、礼に半分を譲って、厨房じゃ落ち着いて食べられないから、残りは皿に入れて丼用に蒸した米も持って食堂の方に行く。

 そして二十人ぐらいの各国のウマ娘達に囲まれた。

 

『なんで、ここで待ってる?』

 

『この匂いの原因を知りたかったんです。それは何ですか?』

 

『故郷の料理。豚の内臓を日本の味噌と酒と砂糖で煮た』

 

『『『『ごくり』』』』

 

 おい、ちょっと待て。くっそ嫌な予感がするんだけど。

 嫌な予想はよく当たるわけで、他の連中がどて煮を食わせろと要求してきた。やめろよ、何でそんな圧をかけてくるんだ。中には貴族の令嬢だっているけど、そういうキャラじゃねえだろ。

 ―――――結局俺専用のどて煮は餓鬼ウマ娘共に殆ど食い尽くされた。俺が食えたのは二口ぐらいだった。ちくしょうめ。

 その上もっとよこせとかさあ。由緒ある貴族がそれでいいのか。しかも七味唐辛子の刺激にハマって滅茶苦茶使う子も居るし。

 

『調味料はまだ日本から持ってきた分があるけど』

 

『ぜひもう一度作ってくださいませ!』

 

 まったくもうしょうがないな。

 

『アスコットミーティングが終わったら、沢山作るよ』

 

 大喝采が起きた。そこまで食いたいか。でも、彼女達も自分達の国の料理を持ち寄って、みんなで食べようという話になってる。あーつまり、レースが終わったら打ち上げパーティー形式にしようって事ね。それなら俺だけ苦労するわけじゃないから良いだろう。

 レースではみんなライバルだけど、そこから離れたら同世代の女の子だ。誰でも楽しくワイワイやりたいのは分かるよ。

 日時や集まる場所とかが決まって、レース場の近くに別荘を持ってる地元の子が取り仕切る事になった。基本持ち込みで、直接パーティー場で作るならキッチンは用意すると言ってる。俺はどうするかなぁ。

 こういう繋がりも悪い物じゃない。レースだけ走って、はい、さよならはいかにも寂し気だ。世界中に切れない繋がりを作るのは、これから何かの役に立つかもしれない。

 それと、ロスタイムに楽しく過ごすのも、祭りの楽しみ方かな。

 どて煮は殆ど連中の腹に収まってしまったが、色々楽しみが出来たから良しとしよう。

 

 



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第67話 前日祭

 

 

 とうとうアスコットミーティングの前日になった。今日は出走者全員トレーニング禁止の上、王室主催の前日祭に出席が義務付けられている。

 俺とオンさんも関係者として出席しなければならない。しかも俺のような出走者は主役として、ロイヤル・エンクロージャーという区分を守るドレスコートできっちり正装しての出席だ。

 ホテルの自室で、学園の勧めで作ったオーダーメイドのフォーマルドレスに袖を通す。長袖、脛までの長さの裾の、藍色のワンピースタイプのドレスと対になる、花飾りのついた大きなツバの帽子。テレビやニュースで時折見かける、貴族とかが着るドレスを俺が身に付けていると思うと口が曲がる。そして普段やらない化粧も最低限した。こういう時にゴルシー達に付き合って化粧の練習をしておいて良かったと思う。

 準備が出来て、オンさんの部屋に行くと、こちらは仕立ての良いフォーマルの黄色いパンツスーツを着て、机には同色のツバのある帽子が置かれている。

 

「おや、似合うじゃないかアパオシャくん」

 

「オンさんもよく似合ってますよ」

 

「今日は君が主役の一人だ。精々気張りたまえ」

 

「今更ながら学園の制服のありがたみが分かります」

 

「全くだよ。私も卒業して一応社会人になってから、服装規定の煩わしさにため息が出る」

 

 トレセン学園は大学部でも制服の着用も許されているので、日頃から学園にいるルドルフ会長なんかはそのまま制服を着ている。

 と言ってもそれは少数派で、大抵の人は私服で大学部に通っている。みんな自由におしゃれをしたいんだろう。

 オンさんはトレセンの大学には行かなかったから、制服の代わりにスーツを自前で揃えないといけない。それがめんどう臭くて仕方ないと、たびたび髭や俺達にボヤいている。それも今更仕方がないし、大学だって永遠に在籍出来ないんだから遅いか早いかで受け入れるしかない。

 二人で文句を言いながら準備を済ませて、森崎さんに車を出してもらった。この人も付き添いとして会場に出入りするから、略式ながらスーツで固めている。

 

 

 いつもなら楽に通れるアスコットレース場の入り口はすごい混んでた。しかも殆ど高級そうな車ばかりがずらっと並んでる。これは長時間待たされるんだろうと思ったら、検問の警備の人に許可証を見せたら、別の入り口に誘導された。

 それから屋外パーティー会場までは三人で行き、SPっぽい誘導員が案内を担当して、森崎さんはそこで別れた。さらに中のエリアに入り、オンさんが許可証を見せて俺だけが奥へと通された。

 奥のエリアにはざっと二百人ほどの、煌びやかなドレスで着飾ったウマ娘達が集まっていた。トレセン学園の一学年の半分ぐらいの人数でも、全員がドレスを着ていると華やかさは比較にならん。メジロ家から聞く社交界というのはこんな感じなのか。

 しかもあと百人ぐらい追加があるんだから、ウマ娘の世界の縮図みたいなものだ。

 

『やっほー、アパオシャ!ちょっと遅いぞー』

 

『ああ、エンプレスオブノウズか。君は早いな』

 

 赤いドレスの褐色ウマ娘が会話を一時中断して、俺に手を振っている。彼女はエンプレスオブノウズ。バーレーンから来て、同じゴールドカップを走るウマ娘だ。レース場でよく一緒に並走するぐらい仲は深まった。

 それから彼女は俺の手を引いて、さっきまで一緒に話していた数人に俺を紹介する。彼女達も当然明日からのレースを走るが、俺達と違ってクラシックのマイルと短距離だった。

 エンプレスオブノウズが俺を日本から来たウマ娘と紹介して、さらに戦績を大雑把に教えると、みんな俺を尊敬のまなざしで見る。

 

『私より年下だけど、ずっと強いから参っちゃう』

 

『ヨーロッパは初めて走るから、どうなるか分からないよ』

 

『ストレイトヴァイスさんの練習に付き合えるんだから大丈夫だと思うけど』

 

 それは向こうも本気で走ってないからだぞ。本番がどうなるか分かったものじゃない。

 ウェイターにアップルジュースを貰って口を付ける。今更だが、どうして今日のお祭りが夜会じゃないのか気付いた。主役の俺達がほぼ未成年で、年齢から酒を飲ませられない国もあるからか。おまけに明日からレースだから、夜遅くまで付き合わせてコンディションを悪くさせないための配慮もあるんだろう。

 それから少し話して互いの健闘を祈って、他の顔見知りを探しに別の場所へ移った。

 

 適当にフラフラしていると、結構顔見知りに合う。中には俺のどて煮を貪ってくれた貴族のお嬢さま達に出くわして、集団へと引きずり込まれてあれこれ話をした。

 ファッションの話題にはいまいち付いて行けなかったが、俺が美味しい日本料理を作れる話になると、皆やけに食い付きが良くて、あれこれ聞いてくるのが意外だった。

 特にフルートマスターというアイルランド出身の人がやけに詳しく日本食の事を聞いてくる。

 

『あの、アパオシャさんにお伺いしますが、ラーメンという料理をご存じでしょうか』

 

『えっと、日本の大衆が食べる料理ですよ。日本ならどこの土地でも食べられます』

 

『そうなんですか。殿……こほん。親戚の子が妙に食べたがっていまして、日本に行って食べたいとよく駄々をこねるんです』

 

 たまに日本食を食べに日本にまで来る外国人の話を聞くけど、その子供もそういうケースなのかな。

 

『それは大変ですね。インスタントのラーメンならヨーロッパでも買えますから、まずはそれを自宅で作って食べてもらったらどうですか?』

 

『やはりそうなりますか。………お願いは可能な限り叶えるのが私達の務めですが、日本まで行くとなると何かの公務の空き時間を利用して、警備とマスコミ対策を万全に数年準備に……』

 

 なんか自分の世界に入ってるからそっとしておこう。

 

『―――――失礼、貴女は日本のアパオシャか?』

 

 声の方を向くと、黒いドレスを着こなしたショートヘアの鹿毛ウマ娘が佇んでいる。

 

『名乗りが遅れて申し訳ない。私はモーニングスター、貴女と同じレースを走る者だ。レース前に挨拶をしておきたかった』

 

 ご当地で三番人気のモーニングスターか。立ち振る舞いがフジキセキ先輩とエアグルーヴ先輩を足したような子だな。いわゆるイケメン女子だ。

 

『アパオシャだ。悔いの無いレースをしよう』

 

『貴女の冒険精神は尊敬に値するが、イギリスのレースは貴女が思っているほど簡単ではない。それを私が教えよう。ではレースで』

 

 モーニングスターはスカートの裾をつまんで一礼して去って行く。気取った宣戦布告かな。全員に勝つつもりだからどうでもいいけど。

 しかしトレセン学園にも劣らない個性の強い集まりだな。強いウマ娘ほど癖のあるのは万国共通なのか。

 

 そうして色んなウマ娘と友好を深めていると、スタッフから主催者のイギリス王室から挨拶があると言われて、飲食を中断して姿勢を正す。

 ニュースで見た事のある、庶民の俺にも分かるぐらいすごいロイヤルオーラを放つ年配の夫婦が色々喋っている。俺達みたいな外国から来るウマ娘にも分かりやすいように、割と簡単な英語で話してくれるから理解はしやすい。

 

『わざわざ遠い所から来てくれてありがとう。勝っても負けてもうちのレースは参加出来るだけで凄い栄誉だから、五日間楽しんでいってね』

 

 要約すると大体こんな感じである。十代の子供に長々と説教染みた話なんかしても、面白くも何ともないからこれでいいよ。世の中の校長は、あの人のスピーチを見習うべきだ。

 スピーチが終わったら、あとは色々催し物と美味しい食事が沢山あるから、皆で楽しんでくれと言って立ち去った。

 スタッフからも後は自由にしていいと言われて、出走するウマ娘達はそれぞれ仲の良いグループを作って、演劇や演奏会を見に行った。

 俺もどて煮をたかった貴族のお嬢達に誘われて、色んな催し物に連れ回された。俺達は見るだけだったが、犬にレースさせるドッグランというのも初めて見た。実はあのレースは賭博らしい。

 そして美味しい食事を食べて夕方には解散した。

 

 合流したオンさんは酷く疲れていた。なんか外国からのスカウトが凄かったらしい。

 富豪に白紙の小切手を差し出されて好きな金額を書いてと言われたり、爵位のある貴族が専属契約したいとか言ってきたり、中には砂漠の王族が直接アプローチを掛けてきたりと、モテモテだったとか。

 この人の才能ならどこの国も喉から手が出るぐらい欲しがるのは納得する。本人は面倒な事この上ないと辟易してるけど。

 

「まったく、暫くはああいう連中に近づくのは御免こうむるよ。アパオシャくんも明日からホテルのトレーニングルームで最終調整をするから」

 

「はい。あと三日ですね」

 

「そうさ、泣いても笑ってもあと三日だ。私も悔いの無いように全力を尽くそう――――カフェのようにはさせないよ」

 

 小さな呟きが聞こえたけど、俺は聞こえていないふりをした。

 

 



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第68話 栄光のゴールドカップは誰の手に

 

 

 イギリスでもっとも華やかな時期と言われるアスコットミーティングも、今日で三日目となる。

 前二日間のレースの様子はホテルのテレビで、トレーニングの合間に見ている。

 そこでは誰もがドレスとモーニングで着飾り、ワインや料理を楽しみながらレースを観戦する。法被を着てサイリウムを振って応援する日本のレース場とは根本的に異なる趣を感じさせる。

 調整はオンさんのおかげで完璧に仕上がってる。レース場はここしばらく天候に恵まれて、良バ場判定。あとは俺の実力で全てが決まる。

 本番のレースは午後四時から。昼までゆったり過ごして、食事をしっかりとる。味はいつもと変わらないから、緊張はしていない。

 全ての準備を済ませて、開催者が用意した送迎車に三人で乗る。護衛にはパトカーが数台ついている。相当物々しい迎えだが王室主催の主役に何かあっては国家の恥。

 同じ街に滞在していた他の走者の車とともに、パトカーに挟まれてレース場まで送られた。

 

 外まで着飾った人で溢れ返るレース場に行き、オンさんと共に控室に入る。トレーニングルームで見知った顔のライバル兼友人と視線だけで言葉を交わし、ウォーミングアップをした。

 部屋に戻り、汗を拭いていつもの異国風の勝負服に着替える。そこでふと疑問を持った。

 

「俺の衣装って中東とかの土地のデザインだから、これを着てたら俺を日本のウマ娘と思わないですね」

 

「確かにそうだけど、私だって日本的なデザインの勝負服ではないからねえ。日本らしさを求めるなら、学園に申請して新しい勝負服を自前で用意するか、年度代表ウマ娘に選ばれて贈呈してもらえばいい。それか今日のレースで勝ったら、ご褒美に貰えるかもしれないよ」

 

 そういうことも出来るのか。レースが終わったら考えてみようか。

 レースまではまだ幾ばくか間がある。今のうちにゼリーで水分と糖分を補給して、もう一度他の出走者やコースのデータをおさらいした。

 俺のレースプランは、オンさんに言わせればコイントス並の博打と言われた。でも、1着以外なら2着でも最下位でもあまり変わらない。入賞狙いなんてハナから願い下げだ。なら伸るか反るかの大博打と行こうじゃないか。

 

 時間になり、スタッフに呼ばれた。オンさんは何も言わずに背中を押して激励した。分かってるよ先輩。俺は勝って帰ってくる。

 パドック裏には三人ほど先に来ていた。

 最初に目に付いたのは、紫を基調にした燕尾服の、気取り屋モーニングスター。

 もう一人は藍色の革ジャンとパンツの、大柄なサーペントタイタン。この場で革ジャンは中々お目にかかれない。

 さらに白のラインの入った黒いドレスと帽子のキュプロクスか。この子は何かポケーとしてるから、ハッピーミークみたいだ。

 次に入ってきたのは白のビキニトップと太ももまでしか無い赤いデニムパンツのエンプレスオブノウズ。褐色肌で肉質の身体だから、やたら煽情的だ。確かこの人出身が中東だけど、宗教的に大丈夫なのか。

 すぐ後にはストレイトヴァイスさん。黄色いシャツの上から羽織った黒のパンクスーツがロックローラーっぽい。なんかウオッカちゃんみたいな勝負服だな。

 さすがにこの場では、仲が良くてもライバルとは言葉を交わさない。『後は走りで語り合う』そういう意図を感じる。

 それから黄色と紫のディアンドルを着るプリンセスゾーン。黒いシスター服のスパニッシュフェイス。茶と黄色のストライプワンピースを着たアルセニックも来た。

 これでゴールドカップを走る十人が揃った。

 

 一人一人がゲート番号順に呼ばれ、そのたびに拍手と声援を受ける。

 そして九番目に俺の名が呼ばれ、表舞台へと姿を見せた。

 

「これが世界のレースか」

 

 上辺は今まで走った日本のレースと全く違うが、観客達の根底に流れる想いは何一つとして変わらない。

 

 『ウマ娘の全てをかけた走りを見たい』

 

 ただ、それだけだ。

 いいだろう。今から俺の全力を余すところなく見せてやる。

 無事にお披露目を済ませて、地下通路を歩き、スタンドから離れた直線コースに赴く。

 今この時間は日本は深夜だけど、チームの皆や友達はテレビで見ているのかな。もし見ていたら、明日寝坊しないと良いけど。

 後で思い返したらきっと暢気な事を考えていたと苦笑いするような事を考えながら、スタート地点に着いた。

 芝は相変わらず長くて、踏むと足が沈む。でも、もう慣れたよ。足の調子も良好だ。これなら全力で行ける。

 同居者もそこらを走り回って、レースを楽しみにしている。そろそろ俺が勝たせてもらうぞ。

 

 軍服を着た音楽隊の演奏が始まった。そろそろ時間だ。

 俺達十人はスタートゲートに入り、時を待った。

 ―――――――ゲートが開き、俺達は綺麗に飛び出し、一個の集団を形成する。俺はその中の最後尾に付く。予定通りだ。

 そのまま三角コースまでの長い700メートルの直線を駆ける。

 ヨーロッパのレースに日本の『逃げ』のような数バ身離して一騎駆けは少ない。最初はみんなスロースタートで、集団の中での駆け引きがメインになる。特にゴールドカップのようなスタミナを要求される長距離はその傾向がより顕著だ。

 全く以って『俺に向いた』レース展開だ。

 最初の直線700メートルは全員が腹の探り合いだったが、コースに入った所で俺は神経を研ぎ澄ませ、魂を震わせて≪領域≫へ突入した。

 赤い砂塵がターフを覆い隠し、荒れ野へと作り替え、俺達全員の身体に砂埃が張り付いた。俺とストレイトヴァイスさん以外の八人全員の顔に怯えが見える。

 やはりな。俺達十人の中で、≪領域≫に入れるウマ娘は二人だけだ。それはこれまでの全てのレースの映像から分かっている。≪領域≫は映像に残らなくとも、一緒に走るウマ娘の顔の怯えを見れば、ある程度予測は可能。

 そしてストレイトヴァイスさんも、≪領域≫への突入は最終コーナーを抜けた最終直線のみ。こんな序盤から他のウマ娘に仕掛けられた経験はおそらく無い。だからどうすべきか迷いが生まれる。

 八人は俺に追い立てられるように、コース最初の直線の登り坂で速度を上げ始めた。ストレイトヴァイスさんはペースを下げて、俺から発せられる威圧感と渇きを避けて、かなり離れた最後尾に陣取った。

 観客はこんな序盤からペースを上げる珍しい展開と、優勝候補の不可解な動きに困惑の色を深めている。

 俺達は第一コーナー手前に取り付けられたゴール板を超えて、下り坂に突入する。そこで俺は一旦≪領域≫を止めて、第一コーナーを回った。

 第一コーナーから第二コーナーの間の直線は下り坂だからペースに注意しつつ走る。

 前の八人と最後尾のストレイトヴァイスさんは、俺のプレッシャーから解放されて平静を取り戻す。

 これで終わりと思ったら大間違いだぞ。

 俺は下り直線の終わりがけで再度≪領域≫へと入り、二度目の圧迫を実行。

 二度目の奇襲を食らった八人は下り坂を利用して、追い立てられる恐怖と喉を焼く渇きから逃れたい一心で、なりふり構わぬペースアップを図った。

 先団は例年に無い早さのタイムで、ほぼ中間点の第二コーナーを回り、次第に直線の登り坂へと突入していく。ここからがこのアスコットレース場の、地獄の高低差22メートル超えの坂道だ。

 俺も二度目の≪領域≫を止めて息を整える。ここまで結構スタミナを消耗してしまった。俺はスタミナに絶対の自信を持ちつつ省エネの走行をしているが、それでも800メートル近い≪領域≫に入った後の登坂走行は負担がかかる。

 ここからゴールまで前半以上の繊細なペース管理が要求される。

 先の八人は既にまともなペースが作れなくなっていて、ゴールドカップとカドラン賞に入賞経験のあるプリンセスゾーンとて先頭をポツンと離れて走ったり、何人かは既に息が上がっている。

 俺は把握したスタミナ残量と自分の身体に刻んだペースを信じて、ピッチ回転を保ちながら登坂を走り続ける。

 ストレイトヴァイスさんは、まだ俺を警戒して最後方で待機している。アンタはそのまま大人しくしていてくれ。――――――というわけにはいかないよな。

 あの人は俺にもう切れる札が無いと判断して、前半押さえていた分だけ登坂を物ともせずペースを上げて、徐々に集団の前へと順位を押し上げていく。

 日本のレース場ではお目にかかれないキツくて長い坂で、十人の内半数が後方へと流されている。あと残りは1200メートル。

 先頭はどうにかプリンセスゾーンが走っているが、既に彼女は限界に近い。二番手はまだ余裕のあるストレイトヴァイスさん。三番手にはモーニングスターだが、こちらもかなり息が苦しそうだ。四番手が俺で、まだまだ行ける。

 残り1000メートル………800メートル。くそっ、まだ二割も残ってるのか。同居者も俺以外に見えていないが先頭を走って、時々後ろを振り向いて俺を見ている。ちっ、余裕だな。

 残り700メートルで先頭のプリンセスゾーンが沈んだ。あと二人だ。俺達三人のバ差は殆ど無い。

 最終コーナーの手前に3ハロン棒が見える。あそこであと600メートルか。

 その棒をストレイトヴァイスさんが通った瞬間、彼女から音楽が聞こえた。聞いた事の無い異国の軽快なミュージック。ロックか?俺はあまり詳しくないから判断なんて出来ないけど、この音楽が何を意味するのかは痛いほどに分かる。

 

「これがアンタの≪領域≫か」

 

 ようやく切り札を切ったな。あの人が加速して、コーナーに入る。なら俺も最後の札を切らせてもらうぞ。

 俺もすぐさま三度目の≪領域≫へと入り、俺達に挟まれる形になったモーニングスターが涙を浮かべて苦悶に喘ぎ、スピードが落ちていく。

 さあて、あとは気力とスタミナ勝負だぞ。

 俺とストレイトヴァイスさんが横並びで最終直線へと入り、二つの異なる≪領域≫が激突する。

 軽快な音楽に砂塵が擦れ合う音が混じり、不協和音が聴覚を刺激する。

 相手が一歩先を行けば、俺が盛り返して先を行く。互いに苦しいのは分かっている。相手の心臓が必死で血液を全身に送り続ける感覚だって、自分の事のように感じられる。

 あと残りは300メートル。相変わらず黒助の野郎は俺の前を走っているが、これまでよりずっと近くにいる。今日はもう少し頑張れば、手が黒いケツに触れそうだ。やらないけど。

 残り200メートルで、ストレイトヴァイスさんの足が鈍り始めた。そろそろ限界だと思ったよ。アンタは二年前の絶対王者だけど、もうシニア5年目だ。去年のレースを見て僅かだけど衰えが来ているのは分かってた。それでもここまで粘られたのは驚嘆に値する。アンタのことはチームの先輩達と同じぐらい尊敬するよ。

 ……けどなあ、勝者は一人でいいんだ。

 かつてのイギリスの絶対王者を抜き去った。残り100メートル、ようやくお前と一騎打ちが出来そうだぞ。

 ――――――いや待て。後ろから強烈なプレッシャーを感じる。芝を引き千切り、泥を撥ねつけた凄まじい足音。

 直接見ずとも、音だけで何が起きたのかおおよそ分かる。

 

「そうそうイギリスは陥ちてくれないか」

 

 後ろから黒いドレスの栗毛の子が鬼気迫る獣のような顔で、俺を食い殺さんばかりに追従している。

 それも花びらを纏い、俺の砂塵を悉く削り取っている。

 間違いない。あの子は―――――キュプロクスは≪領域≫に入っている。今まで隠していたわけじゃあるまい。この土壇場で生まれ変わったのか。

 ナリタブライアンやシャル先輩に匹敵どころか超えかねない、神がかった末脚で俺へと牙を突き立てんばかりに追いつこうとしていた。

 ふざけるなよ!ここまで来て負けて悔し涙を流せってのか。

 冗談じゃねえぞ!俺にまだ力が足りないなら、寿命でも命でも削って速くなってやる!足が砕けたって構やしない!

 

「絶対に負けてやるかよーーー!!!」

 

 ラスト50メートルでさらに一歩引き離し、残り20メートルでもう一歩。

 あと10……5………倒れ込むようにゴールに飛び込んだ。

 慣性のまま走り続け、足が動かなくなったら酸欠で膝が落ちた。

 

「はぁはぁ……」

 

 もう走れねえよ。それでも首から上は動くから、電光掲示板に目をやると、一着には俺の9番が爛々と記されていた。

 それで今更に俺の名を呼ぶ観衆の声に気が付いた。

 あぁ、俺は勝ったのか。異国の人が俺の名を叫ぶのを、どこか遠くの出来事のように受け止めていた。同居者が勝ち誇ってるけど、今はどうでもいいや。

 膝をついた俺を、敗者のキュプロクスが見下ろす。

 この構図は間違いだな。勝ってる奴が負けた奴に見下ろされるのは正しくない。

 息を入れて立ち上がり、同じ目線で互いの目を見る。

 

『今日は俺の勝ちだ』

 

『はい、悔しいですが貴女が強いから私は負けました』

 

『俺はグッドウッドカップに出る』

 

『私もです。では二回戦はそちらで。それまでに私はもっと強くなっています』

 

『知ってる。でも二回目も勝つのは俺だから』

 

 キュプロクスはニコりと笑って俺に握手を求めた。俺はその手をしっかりと握る。

 そして彼女は背を向けて去って行く。

 ふと握手した手がやけにヌルっとしたから、見たら血が付いていた。

 俺の血じゃない。さっきのキュプロクスを見たら指先から血がポタポタ垂れて、芝を赤く染めていた。

 血が出るほど悔しくて手を握り締めてたのか。

 

「そうだよな、負けたら悔しいよな」

 

 あー勝てて良かったよ。負けてたらきっと、さっきの彼女のようになってた。

 それから次々ゴールするライバル達の何人かに挨拶をして、勝った賞賛とリベンジ宣言を受けた。

 死力を尽くして堂々と走り切った俺達全員に、観客達は万雷の拍手を送り、勝者も敗者も等しく名誉を胸にコースを後にした。

 

 控室に戻ると、オンさんが体に不調は無いか尋ねた。

 疲れたと答えたら、抱きしめられた。

 

「君は素晴らしいウマ娘だよ。先輩として誇りに思う」

 

「良かった。これでまた一歩尊敬する人達に近づけました。オンさんもその一人ですよ」

 

 それを聞いたオンさんは苦笑して、身体を離した。

 その後は念のために俺の身体をあちこちチェックして、本当にどこにも怪我が無いのを確かめてから、先輩はようやく安堵の息を漏らした。

 

「例え勝っても、カフェのようにはなってほしくないからね。もし異常を感じたらすぐに私に言うんだよ」

 

 分かってますって。俺はナリタブライアンみたいな事はしないよ。

 アスコットミーティングのウイニングライブは、一日の全てのレースが終わってから始まる。今日のレースはまだ三つ残っているから、ライブにはまだ時間がある。

 その間に少し仮眠をとって、シャワーを浴びて、届けてもらったサンドイッチで少し腹を満たしておく。

 

 全てのレースが終わり、しばらく経ったら控室にスタッフが呼びに来た。

 円形劇場を模した日暮れのライブ会場は、まるでこれからクラシックコンサートをするような気品を感じさせる。

 バックヤードに集まったウマ娘達70人余りが、今か今かと自分の出番を待っている。順番は基本的にレースの格付け順だから、俺の出番は最後だ。

 裏側からこっそり他の子のライブを覗いたり、順番を待つ子と話したり、もちろん今日のレースで死力を尽くしたライバル達とも話をする。

 

『アパオシャ。貴女に先日の非礼を詫びたい』

 

 燕尾服のままのモーニングスターが俺にそう言った。レース後は気付かなかったが彼女が三着になったのか。ストレイトヴァイスさんはバックダンサーの衣装を着ている。

 

『貴女こそ、イギリスの栄誉を一身に受けるに値する強さを持った人だ。私は誠に尊敬する』

 

『だったら、日本に来て走って勝て。それで引き分けだ。俺と走ったら俺がまた勝つけど』

 

『ふはははは!分かった。いずれ、また共に走ろう!次は私が勝つ』

 

 気取った仮面を脱ぎ捨てて、俺と同年の自然な笑顔を見せた。なんだ、それが素の顔か。

 その後も走ったレース、その勝ち負けに関係無く、俺達は何年も共に過ごした親友のように笑い、再会を約束して、ライブを歌い切った。

 

 三日目の全日程が終わり、帰り支度を済ませたら俺達ウマ娘は駐車場で数百人の記者に囲まれたが、SPと警備員が全力で押し留めてくれた。

 その隙に車に乗って、行きと同じようにパトカーに護衛してもらった。それでも記者を乗せた車が大挙して押し寄せたが、流石にホテルにまでは入って来られず諦めたようだ。

 自室に入ってすぐにベッドに倒れ込んで、目を閉じたらいつの間にかスマホのアラームが鳴っていた。もう朝か。

 お知らせを見たら未読メッセージが百件超えてる。全部おめでとうメールだ。面倒だったから一斉メールで返信して済ませた。

 今日は朝トレするほど体力が戻ってないからランニングは休む。

 ただし、今日は昼前に昨日のレースの授賞式があるから、もう一度レース場に顔を出さないと。

 しかもまたドレスを着て行かなくちゃいけない。その上、同じものはなるべく着るなと、場慣れしたウマ娘達から聞いている。

 一応予備で白色の二着目を持ってきているから平気だけど、本当に面倒臭いな。

 まあいい。着替えるのは後にして、先にシャワーを浴びて頭をスッキリさせてから、オンさんと一緒に朝食を食べよう。何は無くともまずは腹を満たす事。全てはそこからだ。

 

 



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第69話 一期一会のパーティー

 

 

 五日間にわたるアスコットミーティングが終わった。

 出走者の俺にとっては何だかあっという間の出来事だったように思える。実質的な出番のレースが五分足らずなんだから当然なのかもしれない。

 けど、その五分のために、今月初めから二十日間もイギリスに来ていて、さらにその下準備には何ヵ月も掛けていたんだから、人生でも指折りの濃密な五分間だったと思う。

 その証拠のトロフィーがホテルの部屋のテーブルに置かれている。レースのあった日の翌日の昼に、イギリス国王から直に渡されたものだ。まだ日本では誰も手にしていない勝利の証。

 それを手に取ってみる。俺が日本のレースで貰った他のトロフィーと形が違うだけで何も変わらない。こんなものは単なる記念品だ。過ぎた過去を眺めても、勝った瞬間の喜びに比べたら、場所を取るだけのオブジェと一緒。

 生まれた場所、話す言葉、食べる物――――――何もかもが違うウマ娘達と全身全霊を賭してただ走り、己が一番強い事を証明した記憶に比べたら、何とも無価値なものに見えてしまう。

 流石に雑に扱うと、あらゆる所から苦情が来るからそれなりに扱うけど、俺にはどうでもいい物だ。

 

「次のレースは来月のグッドウッドカップか。その前に、明日は五日目レースの表彰式と閉幕式があるけど」

 

 さらに明後日は個人的に集まるパーティーもあるから、約束通りどて煮を作ってやらないと。オンさんはどうするかなぁ。一応誘ってみるか。

 

 

 そして二日後。俺はトレセンスタッフの森崎さんの運転で、オンさんと一緒にアスコットレース場の近くにある、知り合いのウマ娘の別荘に向かっている。

 意外にもオンさんは今回の打ち上げパーティーの参加に乗り気だ。その上、俺と同じように自作の料理も持ち込んでいる。

 今回のレースには参加していない引退したウマ娘でも、輝かしい記録を持つ人とあらば、主催のウマ娘もぜひ参加してほしいと快諾してもらえた。単に俺の顔を立てた可能性もあるけど、手土産もあるから無碍にはされまい。

 その子はカシーという名で、今回はG1マイルのコロネーションステークスを走り、結果は五着だった。俺のどて煮が食いたい為に別荘を会場に提供するんだから、貴族令嬢だけど面白い子だ。

 

「ふあーあ。眠い」

 

「アパオシャくんは気合を入れて作り過ぎだよ。それも二品も」

 

「うん、作ってる最中に面白くなっちゃって。それにウマ娘三十人分となると数を作らないと」

 

 オンさんの少し呆れた視線が、俺が抱えているでかいシチュー鍋に向けられる。

 先方との約束通り、全員それなりに食べられる量のどて煮を、利用しているホテルと交渉してレストランの厨房で作らせてもらった。この鍋もそこからお借りした物だ。

 現地でキッチンは用意してもらえると聞いているけど、こいつは煮込むのに時間がかかるから、前もって作って後は温めるだけ。もう一つの料理はそのまま食べられる。

 仲間に楽しんでもらえるなら、この程度の苦労は大した事無いよ。

 

 何事もなくパーティー場に着いた。別荘と言ってたけど、警備員が車を誘導してる。丘の上に行ってくれと言われた。

 それとなく聞いたら、ここら辺一帯はその子の家の土地らしい。レース場ほど広くないけど、神宮球場三つ分ぐらいは余裕である敷地だ。メジロ家といい、これが世界の格差か。

 丘の邸宅の傍にも警備の人がいて、駐車場という名の原っぱに誘導してくれた。

 その後はカシーの家の使用人に持ってきたどて煮の鍋を渡して、後は焦がさないようにかき混ぜながら温めるだけと注意した。もう一つとオンさんが用意した物もそれぞれ簡単に説明して渡す。

 土産を渡したら、パーティー会場に行く。そこはアスコットミーティングとは違い、ラフな服装のウマ娘達がワイワイ好きに喋ったり寛ぐ楽しい場所だった。椅子とテーブルも用意されてるけど、基本は立食パーティー形式で好きに食べられる。

 

『あっ、アパオシャさん。よくお越しくださいました』

 

『誘ってくれてありがとうカシー。料理も持って来たから、後でみんなで食べよう』

 

『わざわざ作って頂いて感謝します。アグネスタキオンさんも、本日はどうか楽しんでください』

 

『そうさせてもらうよ』

 

 ホストへの挨拶を終えて、参加者にも挨拶して回った。半分ぐらいはどて煮の事を聞いてきたり、互いの国の美味しい料理を聞いてはそれに答えていたら、いつの間にか面子が揃った。

 カシーが簡単な挨拶をして、後はなし崩しに皆が興味を持った料理に群がる。

 俺も各国様々な料理に目を惹かれる。一番参加者の多いヨーロッパの肉や魚料理が目立つが、中には見た事の無い料理も多い。

 

「炊き込みご飯ぽいけど何だろう?――――――おっスパイシーで美味しい。カレーピラフみたい」

 

『それ私が作った米料理だよ。マチュブースって言うけど美味しいでしょ』

 

 後ろからエンプレスオブノウズが声をかける。

 

『ああ、鶏肉とスパイスが入ってて美味しいよ。君は何を食べる?』

 

『うーんと、豚肉とお酒の入ってない料理を探してるんだ。絶対に食べちゃダメって事も無いけど、なるべく避けたいよ』

 

 あーこの人はやっぱりイスラムの戒律があるのか。俺のどて煮も避けてたからな。そうだと思って、もう一つを用意しておいてよかった。

 

『じゃあ、これを食べなよ。米と豆と木の実ぐらいしか入ってないから』

 

 俺は持ち込んだもう一つの料理を見つけて、彼女に差し出す。

 

『なにこれ?≪ルゲマート≫みたい。――――――へえ、これ結構美味しい』

 

 気に入ってくれたらしい。俺が渡したのは米の団子を、砂糖を加えて焼いた味噌と和えて、ゴマや胡桃を振りかけた五平餅モドキだ。

 

『アパオシャの料理って面白いね。トレーナーのアグネスタキオンさんも何か持ってきたんでしょ?』

 

『あの人のなら、あっちの子が食べてるな』

 

 視線を離れた方向に向けると、ウマ娘の何人かがオンさんに勧められた物を食べて、ビックリして尻尾を立たせた。ヨーロッパ人には食べ慣れてないから、驚くのは仕方ないな。

 

『お茶のジャムだよ。かなり苦いから驚いてるな』

 

 日本の味という事でオンさんが振舞ってるのは、抹茶を溶かした水に砂糖をたっぷり入れて煮詰めた自家製抹茶ジャム。

 あの人、ケミカルは専門だから、やろうと思えば分量と手順が絶対的なお菓子作りもプロ並みに出来るんだよな。

 昨日味見させてもらって、俺達には美味しいと感じても、やはり食べ慣れた苦味じゃないから驚くか。

 

『えっ、ジャムが苦いの!?何で?』

 

『日本のお茶は苦いのが好まれるから。あのジャムはたくさん砂糖を入れて、甘くして食べやすくしたんだけど』

 

 世界的にはお茶やコーヒーに砂糖を入れるのが主流だから、日本人好みの苦いお茶は初めての経験なんだろう。でも嫌がってないし、お代わりしてるから意外と受け入れられるのかな。

 さて、俺も早々お目にかかれない国際色豊かな料理をたっぷりと食べさせてもらおうかな。

 みんなで、これが好き、こっちも美味しい、と料理を褒めたり、どうやって作るのかレシピを聞いて、ワイワイ食事を楽しむ。拙い料理もあれば、シェフが作った本格的な料理が混ざったって、誰も気にしない。

 俺のどて煮もかなりの勢いで減って、もう殆ど残っていない。作った甲斐はあったな。

 それにみんな年頃の女の子だから甘い物が大好きで、持ち込んだ料理の半分はお菓子だ。

 地元イギリスはイートンメス、トライフル、スコーン。次に多いフランスの子はマドレーヌ、ペ・ド・ノンヌ、マカロン、エクレア。ドイツからはキルシュトルテ、ケーゼトルテを。アメリカはドーナツ、アップルパイ、変わり種にエルビスサンドなんてカロリーモンスターを作った子も居る。他にも多種多様なお菓子を食べられて、みんな満足している。

 それから各々好きな紅茶やコーヒー、ミルクを使用人に淹れてもらって、ゆったりとした時間をお喋りして過ごす。

 ここにいる子の大半は明日には国に帰るし、イギリスの子もそれぞれの所属トレセンに戻る。

 さらにそこからグッドウッドレース場で、俺が来月末に参加するグロリアス・グッドウッドで走るのはごく一部だ。つまり、もう二度と会う事の無い子も多い。

 ヨーロッパ所属で、国を跨いでレースをする子なら会う機会にも恵まれるが、特に俺やエンプレスオブノウズみたいに、それ以外の地域から来ていると、ここで会えてこんな風に楽しく食事をして話す事が出来たのが奇跡の様だ。

 

「一期一会か」

 

 俺のポツリと呟いた言葉に、皆が首を傾げる。日本でもこれの意味を正確に知ってる人は意外と少ないからな。

 

『遠くに住む知らない人と人が出会って、食事をして、楽しい話をする時間は生きている間に二度と来ないから、一度の楽しい時間を大切にしろ。っていう日本の言葉』

 

 英語だと微妙に通じるか分からないけど、とりあえず分かりやすい単語で言ってみる。オンさんも大体意味は通じていると保証してくれた。

 その言葉の意味を知って、寂しい気分になる子が多い。人の一生は出会いと別れの連続だから、俺達もあと数時間もしないうちにお別れをしないといけない。

 

『ですが、私は皆さんの事をずっと覚えていますよ。同じレース場で己の尊厳と国の栄誉を賭けて走ったレースを。私達はもう会う事は無いかもしれませんが、競い合うライバルであり、仲間であり、かけがえのない友人だと、私は決して忘れません』

 

 カシーが俺達の心を代弁するように語ってくれた。その言葉に誰からでもなく自然と拍手が起き、レースが楽しかったと口々に上る。

 その後は目一杯楽しく、別れを惜しみつつ、良い思い出になるように過ごし、皆それぞれのレースのために、再び故郷へと帰った。

 

 俺達もホテルに戻り、荷造りの準備に追われた。明日このホテルからグッドウッドトレセンに移動して、そこで部屋を用意してもらってレースまでの間は生活する事になる。

 ああ、ホテルのレストランには、ちゃんと鍋を返してお礼を言って、感謝の気持ちにチョコレートとかを差し入れした。

 

「アパオシャくん。荷造りは終わったかい?」

 

「はい、大体終わってます」

 

「明日の昼には着きたいから、朝食を食べたらすぐに出られるように準備をしておいてくれたまえ」

 

 ここの生活は飯が美味かったから、結構名残惜しい。そして増えた荷物を持って行くのが面倒くさい。特に優勝トロフィー。こいつだけ先に東京に送ったらダメかなー。……ダメだよな。

 

「グッドウッドカップはまだ一ヵ月あるから、調整する時間は沢山あるからね。あと、期末試験もしないといけないよ」

 

「……あっ!」

 

「忘れていたようだね。レースと学業の両立はトレセン学園の方針で、特例は認められない。私の端末にいずれテスト内容が送られてくるから、向こうで受けようか」

 

 ぐわー。楽しい時間を二十日間も過ごしていたら忘れてた。授業を受けられなかった俺用にテストは作ってくれたと思うけど、暫くはレースの疲れを取りつつ勉強漬けの毎日か。

 なまじ通信手段の高度化と情報伝達性能が高くなった弊害だよ。世界中の大抵の所で連絡が付けられて、データのやり取りが出来るんだから。

 観念して明日からまじめに勉強する事にした。

 人生は楽しい事ばかりじゃないな。

 

 



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第70話 おいしい料理は人間関係の潤滑剤

 

 

 俺達はウィンザーの町を離れて、現在イギリス南部ウェスト・サセックス州チチェスターのグッドウッドに来ていた。

 ウィンザーやアスコットレース場は結構街中だったけど、ここは正直言ってかなり田舎だ。トレセン施設やホテルのような宿泊施設はそこそこ目立つんだが、山の山頂付近だから、それ以外にはレース場しか見当たらない。下手したら笠松より田舎のトレセンだ。こんなところでも毎年イギリス中の貴族や金持ちが集まるというから、不思議なものである。

 

「景色は良いですね。南に海が見える」

 

「何も無い環境だから、それだけトレーニングに打ち込めるのは良い事だよ。もっともアパオシャくんぐらいの子達には、退屈過ぎるかもしれないけどね」

 

 確かに東京トレセンは都内だから、娯楽施設が沢山あって買い物も簡単に出来るけど、ここは最寄りの町も人口数万人程度の小さな都市だ。満足に遊べもしない。

 でも俺達はあと一ヵ月ぐらいしかいないんだから、そんな心配をしても仕方ないか。どうせやる事は勉強とトレーニングとレースだし。

 さて、こんな駐車場にいつまでも居ても仕方がない。さっさと荷物を持ってトレセンの方に行くとしよう。

 

 まるでおとぎ話のお城だ。

 グッドウッドトレセンを最初に見た時はそう思った。ウィンザーの城ほどの大きさは無いけど、古さと外観はここも負けていない。

 建物から出てきたスタッフに案内されて中に入る。外と違って内装は結構新しい。荷物は用意した部屋に運ぶと言われたから全て預けた。

 着いた部屋のドアは『理事長室』と書かれている。

 中に入ると、年嵩の女性が座ってこちらを待っていた。壁には何枚もの肖像画と顔写真が掛かっていて、全てにチャールズ・レノックス=リッチモンド公爵と書かれている。

 

『ようこそ、アパオシャさん、アグネスタキオンさん、ミスター森崎。私メアリ=レノックスを初め、グッドウッドは皆さんを歓迎します』

 

『アグネスタキオンです。こちらこそ、七月末までお世話になります。ここはトレーニングしやすい良い場所ですね』

 

『設備は些か古いですが、レース場は国内で一番の自負があります。お望みとあらばお二人の移籍も手配いたしますよ』

 

 にこりと笑って平然と引き抜きをしてくる。この程度はこの人達にとっては挨拶でしかないんだろう。

 

『滞在中はどのような要望にも、可能な限りお応え致します。ゴールドカップ王者に不自由な思いは決してさせません』

 

『ありがとうございます。では、後日レース場やトレーニング設備を自由に使わせてもらいます』

 

『もちろん許可します。他に何かあれば学園スタッフにいつでも申し出てください。ところで昼食は済まされましたか?』

 

『いえ、まだですが』

 

『では私とご一緒に致しませんか?』

 

 断る理由は無かったので承諾する。

 

 食事は……腹は満たされたとだけ言っておく。オンさんは平気そうだけど、森崎さんは俺と同じような顔をしている。

 さすがホテルの飯は、高い金を払ってたから美味しかったんだ。

 アスコットレース場も王室主催だから、外国の客人をもてなす為に気合入れて何種類も作ってたんだと気付いた。

 とどのつまり日本人の連想するイギリス飯はこういうものかと納得した。

 野菜や魚がクタクタで食感が悪い。茹で過ぎて素材の味が抜けているから、とりあえず塩をかけて味付けしている。芋とパンは美味しいけど、味がしないものを食べ続けるのは辛い。

 内心、これは日本から持ち込んだ調味料の出番があると、密かに決意を固める。

 

 苦痛な食事が終わって、宛がわれた部屋で一息ついた。部屋は日本のトレセンの自室を一人で使っている感じの、家具の少ない普通の一人部屋だ。

 オンさんと森崎さんは、職員宿舎のほうに部屋を用意してもらって、俺は学生用の宿舎に分けられた。

 荷物を出して生活空間を整えてから、ちょっと外に出てレース場を見学に行く。

 スタンドからグッドウッドのレース場を見渡す。トレセン生と思われるウマ娘達がトレーナーと共に練習している。

 

「資料で見たのと一緒だ。まだアスコットレース場の方が日本のレース場に近い」

 

 他人に説明しづらいが、いびつな数字の8の下の部分に直線がくっ付いているとでもいうのか。右回りコースの第一、第二コーナーも直角と思うぐらいカーブがきつい。おまけに山の上をそのまま利用しているから高低差がえぐい。

 アスコットレース場の高低差も辛かったが、こちらも日本の整備された人工的なコースより難易度はずっと高い。

 当面はあの直角コーナーを上手く走る練習から始めよう。

 

 部屋に戻って夕食までの空いた時間は、昨日のうちにトレセン学園に連絡を入れて、タブレット端末に送ってもらった期末試験までの範囲の教科書のデータを出して勉強する。

 日暮れになったら食堂に行く。すれ違うトレセン生や食堂にいる子は俺を見て興味を持ったり、ヒソヒソ話をしているが向こうから声をかけることはない。

 ここの食堂も日本のトレセンやアスコットレース場と同じで、自分で好きなだけ食事をとって食べるスタイルだ。

 そして昼間と同様にレパートリーの少ないおかずとパン、ニンジンたっぷりの野菜スープに牛乳を持って適当な席に座る。

 スプーンでスープを掬って一口。………野菜の味が薄い。一回茹でたら全部煮汁を捨てたな。

 溜息を吐いて、隠して持っていた七味唐辛子を一振りかけて、もう一口。うむ、大分マシになった。

 

『……同席してよろしいですか、クイーン?』

 

『俺の名はアパオシャだけど、座ればいいよ』

 

 暗褐色の艶のある髪をした制服姿のウマ娘が俺の対面に座る。向こうの夕食も俺と同じメニューだ。

 

『私はダンシングナイト、高等部一年生の監督生をしています。名誉あるゴールドカップ王者に、何かお力になればと思って声を掛けました』

 

『それは良かった。トレセンの事はここのスタッフに説明してもらったけど、生徒の事は生徒に聞かないと分からないから。誰か同席する人を待ってた』

 

 自分から尋ねる事も出来たが、向こうが委縮したら困るから、物怖じしない子かそういう役目を割り振られた子が来るまで待ってた。

 まずは双方一口二口料理を食べてから話を始める。

 俺からの質問は利用する設備や道具の優先権、コースを使う時に生徒との並走は可能かどうかなど。

 

『教師陣や理事長から、貴女の要望には可能な限り応えるように言われています。施設は貴女が最優先で使ってください。生徒は……希望する子でしたら大丈夫だと思いますが、G1勝者が満足するかは分かりません』

 

『じゃあ、トレーニングは七月から始めるから、希望者をリストアップして。後で俺のスケジュールと合わせるよ』

 

『分かりました。ここのトレーナー達に言っておきます』

 

 それから二人で食事をしながら、距離感を探り合うような日常的な会話を進める。

 ダンシングナイトはパンにバターを塗るけど、料理には何もかけずに淡々と口に入れている。あれでよく食べられるものだ。俺はテーブルにある胡椒で味を変えて何とか食ってる。

 

『この学校やレース場はどう思われますか?』

 

『映画に出てくるような建物だと思ったよ。レース場の景色は良かったけど、初めて見る形だから慣れるのに時間がかかる』

 

『貴女でしたらすぐに慣れますよ。ところで、先程スープに何かを入れていたように見えました。アレは何ですか?』

 

 バレたか。隠していてもそのうち知られると思ったから、ポケットからヒョウタンに入った七味唐辛子を見せて、日本のスパイスと伝えて勧める。

 彼女は恐る恐るスープに入れて一口飲む。何度か頷いて二口三口と飲む。

 

『この国のチリペッパーと似てますね。こちらの方が味が優しいのと、匂いが良いです』

 

『良ければここに置いて誰でも使えばいいよ。俺はまだ二つ持ってるから』

 

『ありがとうございます。皆さん、アパオシャさんが日本のスパイスを譲ってくれました。使ってみたい方はどうぞ』

 

 その言葉に、様子を窺っていた一人二人が料理を持って傍の席に座り、七味をサラダやマッシュポテトにかけて食べる。評価はそれなりに良いみたいだ。

 二人の顔を見た生徒は自分達も使いたいと、どんどん近くに座り、場が一気に賑やかになった。

 その後は控えめに日本やレースの事を質問する子が段々と増えていく。

 俺から色々な事を話したり、聞く事は多かった。その中で分かった事は、ここの子は大なり小なり娯楽や刺激に飢えている事だ。

 立地的にやる事は勉強とトレーニングばかり、外部からの来客は限られた時だけ。レースへの出走を除いて、外出許可を出さないと街には行けない。外からの情報は新聞が基本で、テレビどころかネット環境すら許可を取った上での利用。噂に聞くミッション・スクールとて、ここまで閉鎖的ではあるまい。

 日本のトレセンは基本的に自主性と独立性を重んじる風潮だから、この規律の厳しさはかなり驚く。

 

『ここのトレセン生は大変だな。俺がいる一ヵ月と少しは何かあれば協力するよ』

 

 俺の言葉を聞いた周囲の生徒は、顔を見合わせて新聞の書いた事は嘘だったと言う。

 ほーん。イギリス人の書いた記事ねえ。そういえば空港で記者がいたな。どうせマスコミは碌な事を書かないだろう。

 ダンシングナイトも言うべきか言わざるべきか迷った末に、新聞の内容を教えてくれた。

 

『実は貴女は乱暴な礼儀知らずで、イギリスの栄光を受ける価値の無い『暴君』と。負けて泣いて日本に帰るのがお似合いだ、なんて新聞には書かれてました』

 

『マスコミはどの国でも同じだな。新聞に書いてある事は天気と日付以外は信用しない方が良いよ』

 

『そうですね、貴女は優しく強い淑女です。これから仲良くしてください』

 

 差し出された手を握り、友好を示した。

 グッドウッド・トレセンの初日はまずまずの出来だった。

 

 



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第71話 世界の広さ

 

 

 机に向かい、一枚の紙切れに黙々と字を書き続ける。それが正しいという保証はどこにも無く、ただ己の信じる真実と記して、時に疑い書き直す。

 何度も何度も繰り返し、背中に受ける視線と刻まれる針の音に焦燥感を抱きつつ、最後までやり遂げた達成感を味わった。

 それでも何か見落としが無いか疑い、何度も見比べて大きく息を吐いた。おそらくはこれで良い筈だ。確信が持てない己の不甲斐なさが恨めしい。

 

「はい、そこまでだよ。お疲れ様」

 

「あー。ようやく終わったー」

 

 シャーペンを投げ出して、椅子に背中を預ける。解放感が一気に全身を駆け巡る。

 何をしていたかと言ったら一学期の期末試験。東京のトレセンとほぼ同日の六月末に、ここグッドウッドトレセンの一室を借りて二日間かけて行った。

 俺から答案用紙を回収したオンさんは、答案用紙を写真に撮って東京のトレセンに送った。後日答え合わせをしてデータを送ってくれる。

 

「これでようやくレース場でトレーニングが出来ますよ」

 

 トレセンが学生の本分の勉学を大事にするのは分かるが、外国にいる時ぐらいは試験も免除してもらいたいものだ。

 ゴールドカップの疲れを癒すための期間も兼ねているから、軽い運動ぐらいしか出来なかったのもあって、走りたい欲求が日に日に高まって辛かった。

 

「と言っても学習時間は一日に数時間は取るから、休日以外にずっとトレーニングは駄目だよ」

 

「分かってますって。明日からみんなでトレーニングするぞー!」

 

 イギリスの学校は基本五月末に試験をして、七月下旬から夏休みに入る。それまではここの生徒と一緒にトレーニングが出来る。

 そしてその夏休み初めは、ここのグッドウッドレース場で、俺の走るグッドウッドカップを始めとした重賞レースの祭典『グロリアス・グッドウッド』が五日間に渡って開かれる。一年で最も華やかな時期を共に過ごせるのは喜ばしい。

 さて、腹も減ったから昼食を食べに行こう。相変わらずここの料理の味には不満しか無いけど、腹を満たさないと明日からトレーニングだって出来やしない。

 

 

 翌日、昼からトレーニングウェアでレース場に顔を出した。天気は曇りで一雨来そうな気配を感じる。

 ヨーロッパの雨を吸った芝は日本と段違いの悪路になるから、出来れば雨は降ってほしくない。

 準備体操を入念にして、まずは軽く一走りしてみる。

 ここの芝の触感は練習出来なくても、毎朝歩いてそこそこ掴んでいる。自然の山をそのまま利用したコースなだけあって、山道を走っているような気分がする。

 

「でも、日本のレース場より開放感があって悪くない」

 

 北海道出身のフクキタさんは地元の草原を走っていたと聞いた事がある。多分こんな感じで走っていたんだろう。

 コースの奥へ行き、例の8の字の上の部分のカーブを曲がり、内ラチから外ラチへと位置を変える。

 日本やアスコットのレース場と違って、ここのコースは内ラチと外ラチが入れ替わる箇所が幾つかある。スイッチするタイミングを見極めて、時にはコースの中央を走る必要もあった。今までの常識が通じない特殊な位置取りは世界の広さを感じさせる。

 過去の映像を参考に、自分なりの位置取りで走って、感覚を馴染ませて一周してきた。

 ゴールで待っていたオンさんが感想を聞く。

 

「ゴールドカップ以上に仕掛ける場所が多いテクニカル……いやタクティカルなコースですよ。単純な速さだけじゃ、絶対に勝てない」

 

「それはそれは。君に合うコースだけど、馴染む時間があるかどうかだねえ。こちらでもデータを揃えて検証はするけど、クッフッフッフ楽しくなってきたよ」

 

 オンさんが楽しそうで何よりだ。この人はウマ娘の速さの『可能性の果て』を証明したいから今もトレーナーとしてレースに関わっている。

 その速さだけで勝てないと言われたら、学者として難題に挑まずにはいられない。

 データ解析はこの人に任せよう。俺は少しでも走る回数を増やしてコースに馴染みたい。

 

『さて、お待たせ。みんな、練習に付き合ってもらって助かるよ。シングもメンバーを集めてくれてありがとう』

 

 俺との並走に集まってくれた、二十人ほどのグッドウッドのトレセン生と、彼女達のトレーナーに礼を言う。

 ここに来て最初に話しかけてきたダンシングナイトと既に打ち解けて友人になり、俺はシングと呼ぶようになった。

 

『私達こそ、ゴールドカップ勝者と一緒に走れるなんて光栄です』

 

 この中に直接グッドウッドカップに出走した子は居ないものの、毎年行われるレースを見ていて、練習でなら何度か走った事もあって、多少は本番に近い練習が出来ると思う。

 早速半数の十名が俺と一緒に、約3200メートルのグッドウッドカップ用のスタートラインに並ぶ。

 スタート役のトレーナーが赤旗を振り下ろして並走トレーニングが始まった。

 

 休憩を挟みながらの、都合四度の並走トレーニングで位置取りの基本は掴めてきた。

 オンさんもスタンドからレースを俯瞰してデータを集めて、幾つかの改善案を示してくれる。それを取り入れて実際に走って確かめないと。

 

『みんな、休憩したらあと二回ぐらい一緒に走ってくれ。初日だから今日はそれでおしまい』

 

 なぜかみんな俺の事をバケモノみたいな目で見てくる。今日はこれでも控え目なぐらいだぞ。慣れるの優先で『逃げ』も使ってないんだから。

 でも、しょうがない所もあるか。ここのトレセンは重賞に勝った子がシング他数人いる程度で、現在はG1に出走経験のある子が居ない。世界トップレベルを今日初めて知ったようなものだ。

 イギリスのトレセンは、日本のように中央トレセン一極集中と十ほどの地方トレセンではなく、各地にグッドウッドのような大きなトレセンが十数ヵ所、さらに日本の地方トレセンのような小さなトレセンが七十~八十は点在している。

 ここも所属するウマ娘は百五十人ぐらいで、うちのトレセンが二千人在籍していると言ったら、滅茶苦茶驚かれた。

 だからか各地のトレセンのレベルはある程度均一化されて、田舎でもG1ウマ娘がいるのは珍しい事じゃない。

 イギリスは基本的に貴族が優雅な趣味としてトレセンを運営するから、貴族の分だけ存在すると言っていい。ここもリッチモンド公爵家が管理運営していて、初日に会ったメアリ=レノックス理事長も親族らしい。

 それはいいんだが、どうもトレセン自体が伝統という名目から、レース以外は閉鎖的で外部との交流が疎かになっているようで、あの理事長はそれを問題視してるのか、徐々に伝統を時代に合わせて変えていくつもりと耳にした。俺を迎えたのも、遠い異国の王者を迎えて、トレセン全体に良い刺激を与える第一歩と思われる。

 そうした諸々の面倒事や大人の思惑は、俺みたいな学生にはまだ関係無い。もしかしたら大学生や社会に出たら、色々考えないといけない立場になる可能性だってあるんだろうが、今はまだレースを走って勝つ事だけを目指していればいい。

 というわけで、今はグッドウッドカップを勝つ事だけを考えて練習再開だ。

 

 その夜、今まで試験中で連絡を絶っていたチームの皆やビジン達に久しぶりに連絡を入れた。

 特に先日宝塚記念を走ったダン、ゴルシーとセンジには、お疲れメールを送っておいた。

 レースはグラスワンダー先輩が勝利。ゴルシーは2着、ダンが4着、センジは7着と、それぞれシニアの厳しさを味わった。ビワハヤヒデさん、シャル先輩にエルコンドルパサー先輩も出てたのに、纏めて一刀両断とは恐ろしい。あの人も≪領域≫に入れる人なんだろうか。その割に昨年の有マ記念の時には見えなかったのが不思議だ。

 ただし、その代償は大きく、グラスワンダー先輩はレース後に左足の骨折が発覚して入院した。クラシック期の右足骨折と合わせて、怪我に泣かされる先輩だよ。

 

 それから三週間、ひたすら並走トレーニングと模擬レースを続けて、十分にレース場に慣れる事が出来た。

 グッドウッドの生徒達も、俺とのトレーニングは大きな経験になったようで、かなり実力を付ける事が出来た。

 来週のグロリアス・グッドウッドはG3、G2も多く行われて、ここの子も何人か出走する。レースを前に大きく実力を高める事が出来たのは喜ばしい。

 ただ、長期間にわたる単調な食事に嫌気が差して醤油を使い始めたら、周囲が興味を持たので醤油と蜂蜜で作った照り焼きチキンを食わせたら、案の定ここでも餓鬼ウマ娘が発生して、もっと寄越せと言われた。

 しょうがないから持ち込んだ醤油を全部放出して全校生徒と理事長初め、職員にも振舞った。おかげで美味いと言って食ってくれたけど、醤油が全部無くなった。決して『しょうがない』と『醤油が無い』をかけたわけじゃないぞ。

 そして祭典が終わったら、みんなでパーティーを開く事も約束して、いよいよ今年の祭りが始まる。

 

 





 ゲームのシステム的に言うと、アパオシャの現在のスタミナ値は1300ぐらいあります。控えめに言ってバケモノですがまだ伸びる余地が残ってます。
 一方でスピード、パワー、根性はシニアの上層なだけで常識的な数値です。


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第72話 また走ろう

 

 

 二ヵ月に渡る初の海外渡英戦も、いよいよ今日で最後になった。

 今日から始まる五日間のグロリアス・グッドウッド。普段は閑散としたグッドウッドレース場は、先月のアスコットミーティングに匹敵する華やかさを見せていた。

 この日もヨーロッパ各地から着飾った紳士淑女の皆様がやって来て、華やかな社交界を始めている。

 ここのトレセンの子もこの時だけは、いつもの閉鎖的な環境から解放されて、思いっきり楽しもうと朝から盛り上がっていた。

 俺は初日からグッドウッドカップを走るから、開催式に出た後はウォーミングアップをして静かに出番を待っている。

 今回は前以上にきついレースになるのが予想される。

 

「よりによって前日に雨なのがなあ」

 

 部屋の隅でダルそうにしている同居者が『ご愁傷様』と人事みたいに冷たく言う。

 昨日は朝から雨が降っていて、会場設営の業者も四苦八苦して作業していた。予報では一応今日の明け方には雨も上がると出ていたから、開催式自体は予定通り行えたが、レースには大きく影響が出る。

 

「重バ場で走るのかよ」

 

 窓からレース場を眺めて溜息が出る。

 日本の重バ場ならここまで気にしたりはしない。水をたっぷり吸ったヨーロッパの芝の酷さは、この二ヵ月で存分に味わった。

 何で今まで数いる日本の名ウマ娘がヨーロッパで勝てないのか、身に染みて分かった。アレは断じて芝ではない。まるでレース場に『ワカメ』を敷き詰めて走らされたような感触だった。

 前回のゴールドカップは天候に恵まれて勝てたが、今回はその揺り戻しが来てしまったのかな。

 おまけに今回は前のような初挑戦の新人ではなく、俺は王者として徹底してマークを受けるだろう。

 

「しかもストレイトヴァイスさんと、キュプロクスも出るとか」

 

 地の利が得られず、相手も油断をしてくれない。おまけに≪領域≫に入れる強敵二人相手に勝ちをもぎ取る困難さに、昨日からオンさんと頭を突き合わせて悩み続けた。

 それでもどうにか勝ち筋を見つけて勝ちに行く。負けていいと思って走るなんて御免こうむる。

 やるだけやってやるよ。覚悟を決めて、勝負服に着替えた。

 

 時間になり、パドック裏へ足を運ぶ。既に出走者の半分はいる。

 

『やあ、アパオシャ。また一緒に走れるね』

 

『また会えて嬉しいよ、エンプレスオブノウズ。でも今日も俺が勝つ』

 

 一月前にゴールドカップを共に走った褐色肌の友人と握手する。そして勝利宣言により、他数名からムッとされた。特に前に対戦したプリンセスゾーンは、目に見えて不機嫌になっている。

 それから少し友人と話していると、残りの走者もやって来た。

 ストレイトヴァイスさんは声はかけなかったが俺達に笑顔を向ける。キュプロクスは一切こちらを見ずに、張り詰めた闘志を滾らせているのが分かる。

 今日のメインイベントのお披露目の時間だ。

 今日は俺が九人の中で1番最初に紳士淑女の皆様の目に晒される。

 前と違ってそれなりに人気者になったみたいで、スタンドからは声援とブーイングの両極端の声が聞こえる。

 強い者が好まれる一方で、自国の栄誉を奪っていく遠方の客人は好ましくないか。でも外野が何を言った所で俺は勝つだけだ。

 コースに出て足で芝の具合を確かめる。

 朝から多少晴れて水気が抜けているように感じるけど、それでも日本の芝とは比べ物にならないぐらい重く、ただ歩くだけでも絡み付く。

 いまさらどうにもならんから、割り切ってプラン通りいこう。

 

 楽団のファンファーレを合図に、九人がスタートゲートに入る。

 同居者は濡れた芝を踏みたくないから、今日は走る気が無い。邪魔者が居ないからそっちの方が俺には都合がいい。

 ――――――――ゲートが開いたと同時にハナを奪取!そのままカーブする左側のラチに寄せて、他の走者を抜かせない。

 この時点で半分の連中の目論見を潰せた。

 オンさんは言っていた。ヨーロッパのお偉いさんにとって、新参者の日本人の俺を二度と勝たせたくない。だからルールにさえ違反しなければ、どんなレースだってやる。ヨーロッパでよくある、チームメンバーを勝たせるために、露骨に妨害する役を担うラビットを使うはずだと。

 仮にそうした意図が無かった場合でも、マークを受けると無駄にスタミナを消耗させられるのは、今日のような重バ場ではマイナスになる。 

 よって、初手で『逃げ』を選び、俺がレースを作るのが今日のプランだ。予定通り先頭に立ち、このままペースを作っていく。

 しかし絡み付く芝で思うようにスピードが出ない。いつもよりピッチの回転を早めて、加速力を生んで何とか先頭を維持する。これはスタミナ食いのバ場だな。

 500メートル付近で徐々にコース中央へと移動するが、隣に居座る奴が露骨にブロックをかけて、身体をぶつけて来た。

 こいつはエネミーワンとかいう名だったな。体格に劣る俺は少しよろめいて先頭を奪われた。

 ――――良いだろう、そういう事ならこちらも全力でお相手しよう。

 ≪領域≫へと入り、赤い砂塵で周囲の走者を纏めて縛り上げて、恐怖で大人しくさせる。その間にゆったりとポジションを修正して、再度先頭を走る。

 800メートル付近で一旦≪領域≫を引っ込めて、そのまま1000メートル付近までに右側のラチに移動する。

 そこから8の字の直角カーブに突入して、緩やかなまま曲がり切って直線コースへと入った。

 何度も練習しているが凄まじい疲労で息が上がる。ただでさえ右に左に常にポジションを変えながら、起伏の激しい重い芝のコースを走らされて、他の走者から徹底したマークを受ける。

 ストレイトヴァイスさんは、こんな悪条件のレースをクラシックから四連覇してきたのか。俺なんかより遥かにバケモノだよ。

 そのバケモノ達を引き連れて、ようやくレースも中間点を過ぎた。

 この時点でスタミナ残量は六割を切っている。いつもより消費が激しい。だが、まだまだいける。

 今度は左側のラチへと体を寄せて後続を抜かせない。ここでなりふり構わない数人が外から俺を抜いて、無理に前に来た。おまけで真横にピッタリと着いてラチと挟むようにポジションを保っている。さすがに体をぶつけて、ラチに激突させるつもりはないみたいだが、意地でも俺を抑え込むつもりか。

 そのまま8の字の右下部へと突入。他の連中が次々右ラチへと位置を変えていくのに、俺と妨害役三人は取り残されつつある。

 ここまで露骨に妨害を受けると、この三人の方がかわいそうになってくる。多分彼女達もトレーナーより上の誰かから言われて、不本意なままやらされている。誰だって自分のレースを走って勝ちたいのに、外野から無理矢理憎まれ役を押し付けられた。

 けど、情けをかける理由は無いぞ。

 二度目の≪領域≫突入で、俺を囲む檻に綻びが生まれる。前を塞いだ一人が恐怖で右に寄れた。隙を逃さず加速して檻から脱して、かなりの大回りをしながら先団の後ろに付いて圧力をかけていく。

 カーブが終わり、残りは日本の常識から外れた最終直線1000メートル。ゴールまで≪領域≫はおそらく持つだろう。さあストレイトヴァイスさん、キュプロクス。勝負と行こうじゃないか。

 先を走る五人の背に牙を突き立てんとジリジリと迫り続ける。相手にとってはなまじ抜いてくれないだけ救いが無い。いつまでも己を刺し貫こうと背に触れた毒刃の感触が消えないに等しい。

 砂塵に絡め取られて、五人の動きが徐々に鈍り始める。だが俺は決して前に出ない。少しでも長く地獄の渇きを味わってもらおうか。

 ――――とはいかなかった。予想よりかなり早くストレイトヴァイスさん、キュプロクスが≪領域≫に入った。

 赤い砂塵、ロックミュージック、舞い散る花びらの、三者三様の≪領域≫による熾烈な争いは余人を弾き飛ばし、資格を持たない三人は恐怖に怯えたまま脇へと追いやられた。

 残り500メートルで俺達三人は荒れの少ないコースの左側へと流れ、横並びで走り続ける。後はもう気力と根性がモノを言う。

 2ハロン棒を通過した。―――――くそっ……息がしづらい。頭痛で吐き気がする。だがこのまま負けられるか。

 1ハロン棒を超えて、僅かに俺が前に出た。ジリジリと二人との差を広げる。そうだ、俺はまだいける。

 残り50メートルで背後から、今まで以上の圧力を感じた。寒気すら覚える殺気混じりの威圧感と共に、黒いドレスの女が俺達を捩じ伏せにかかった。

 

「…キュプロクスぅ」

 

 重い芝を物ともしない末脚で加速したキュプロクスが俺を突き放した。

 ふざけるなよ。このまま負けるなんて断固拒否する。

 さらにピッチを上げて加速に入った瞬間、≪領域≫が遠のいた。

 

「えっ………」

 

 意図しない≪領域≫の解除で、足から力が抜けていく。鉄のアンクルでも付けられたみたいに足が重い。

 おい、待て。俺はまだやれるんだぞ。ストレイトヴァイスさんも俺を置いていくんじゃない。動けよ俺の脚。まだやれるだろ。

 ―――――――ここまでなんて、そりゃ無いぜ。

 

 ふらつく脚のままゴール板を駆け抜けた。

 呆然と先にゴールした二人を見る。

 キュプロクスがスタンドに向けて手を振っている。ストレイトヴァイスさんは俺に近づき、手を差し出す。

 

『お互い負けたな。最後のレースだが、不思議と負けた悲しみは感じない』

 

 悔しさを感じさせないスッキリとした笑みが眩しい。俺は負けてもそんな顔にはなれないぞ。

 

『私は今日で引退するが、君はまだ走るか?』

 

『…はい。走ってもう一度キュプロクスに勝つ』

 

 手を握り、固く次の勝利を誓う。

 そして今日の勝利者が俺達の傍に来た。

 

『これでようやく一勝一敗です。アパオシャさん、また私と走りますか?』

 

『もっと強くなって走るよ』

 

 キュプロクスは勝者の誇らしい笑顔で握手を求め、俺もそれに応じた。

 

 三着の俺はどうにかバックダンサーを免れて、その日のライブのメインを彩った。

 初日のスケジュールが終わり、夜にオンさんの診察を受けて、当面トレーニング禁止を言い渡された。

 

「ふくらはぎと膝関節が少し熱を持っているからね。しばらく私の薬を飲んで大人しくしていたまえ」

 

「生まれて初めて足が痛くなりましたよ」

 

「あれだけの重い芝を力任せに走って、この程度で済んだんだ。私みたいなガラスの脚のウマ娘にとっては、羨ましいかぎりだよ」

 

 熱取りの薬を塗って包帯を巻いて、七色に光る怪しい薬を飲めと言われた。物凄い抵抗感を感じだが、意を決して飲み干した。

 味は悪いけど、髭みたいに虹色発光はしなかったから一安心だよ。

 

「結局二戦して一勝、入着一回か。なかなか上手くいかないです」

 

「私はアパオシャくんが怪我もせず日本に帰れただけで安心している」

 

「色々心配をかけてしまいました」

 

「なに、トレーナーとしての仕事をしたまでだよ。さあ、今日はもう休みたまえ」

 

 処置が終わり、自室に戻ってベッドに入った。

 ここに居るのもあと数日か。飯は不味いがそれなりに良い所だったな。でも、帰るまでは客用の美味い飯が食えるから、それまでは目一杯楽しむか。

 レースが終わって肩の荷が下りたのか、意外とすっきりして眠る事が出来た。

 

 翌日からはこちらが祭りを楽しむ側になって、グッドウッドトレセンの子達が走るレースを観戦したり、アスコットミーティングに来ていた子の何人かと再会して、会場で提供している美味しい料理を体重を気にせず食べ歩いて、短いイギリスの夏を楽しんだ。

 時に記者が俺にインタビューを申込み、まともそうな記者達だから相手をした。質問内容はゴールドカップを勝った事と、グッドウッドカップの敗北に対する感想を聞く。あるいは勝因と敗因だった。

 率直に勝った事は嬉しい、負ければ悔しいとだけ答えた。

 勝因は俺がヨーロッパでは無名で、データが乏しかった事が大きかったと答える。敗因は沢山あるが、一番は自身のパワー不足と告げた。

 記者の中には暗に、レース中の囲い込みが原因ではないかと尋ねられた。

 

『確かに数人からマークされてブロックを受けたのは事実です。ですがゴールドカップで勝ったから、警戒はされているとレース前から分かっていた。分かっていても防げなかったのは俺が弱かったからだ。むしろ彼女達が余計な人間のせいで自分の勝利を邪魔された事は、とても不幸で残念だ』

 

 ウマ娘なら自分の勝ちを捨てて誰かを勝たせるなんてふざけた真似を心からしようなんて思うかよ。チーム戦ならチームメイトを勝たせる為と納得するが、個人競技で無粋な真似を強要するなっての。

 そう答えたら、一人の女記者が意外だと顔に書いて踏み込んできた。

 

『失礼ですがアパオシャさんは、イギリスの伝統や栄誉を意に介さない人物と伺っていました。さらに粗暴で他者を気遣わないとも』

 

『貴女の言う通り国の伝統と栄誉に興味無いです。ウマ娘は自分の意志でレースを走り、勝つ事が喜びだ。その自由な意思を侵す行為に怒っているだけです。ウマ娘のレースは走るウマ娘のものだ』

 

『――――大変興味深い話をありがとうございます。では仮に、その数名が自らのレースを走り切った場合は、グッドウッドカップの勝者も変わっていたと?』

 

『いいえ、勝者はキュプロクスだったと思う。彼女の強さはストレイトヴァイスさん以上だった。雨を吸った重い芝で、パワーに劣る俺では勝率は20~30%だった』

 

『レースに≪if≫は持ち込んではいけませんが、もし数日晴れが続いていたら?』

 

『コイントスみたいなレースになってました』

 

 俺かキュプロクス、どちらが勝つか全く分からなかっただろう。

 記者達はインタビューに満足して引き上げていった。

 それから気を取り直して、祭りのグルメとレースを楽しんだ。

 

 空いた時間で荷造りを済ませて、まだ残っていた味噌や七味唐辛子をどうするか悩んだ後に、味噌、砂糖、七味、ニンニク、ワインを混ぜて、豚肉のピリ辛焦がしみそ焼きにして食べてもらった。評判は上々で、将来はグッドウッドトレセンの名物になるかも?

 そして五日間のグロリアス・グッドウッドは例年通り終わり、翌日は見慣れた閑静なトレセンに戻っていた。

 俺達三人も一ヵ月世話になったトレセンの人達に礼を言ってお別れした。その際にトレセン生から山のようにイギリス土産を持たされて、荷造りをし直したのも土産話の一つだろう。

 空港で搭乗手続きを済ませて待っていると、何人もの記者に囲まれた。

 

『アパオシャさん、初めてのイギリスレースはいかがでしたか?』

 

『みんな強かったです。またイギリスに来て走りたいです。沢山友人も出来ました』

 

『来年のゴールドカップは走りますか?』

 

『キュプロクスとまた走る約束をしてますから、多分行きます』

 

 記者達はさらに矢継ぎ早に、イギリスの思い出やレースの事を質問してくる。まともな質問には答え、そうでない物は無言で突っぱねた。

 そうしているうちにフライト時間になって、飛行機に乗り込んだ。

 森崎さんはビジネス席、俺とオンさんがファーストクラスの席で静かに離陸を待つ。

 

「――――イギリスは楽しかったかい?」

 

「ええ、日本では出来ない経験を沢山しました」

 

 レースだけじゃない。食べ物、住む場所、国の違う友人達。どれもここでしか味わえない未知の体験だった。

 負けたのは今でも悔しい。でも、また走って勝てばいい。この国での経験は絶対に無駄にならない。

 

「また来るから、じゃあなイギリス」

 

 それから何事もなく飛行機は飛び立ち、俺達は無事に東京へと戻って来た。

 

 



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第73話 東京の夏休み

 

 

 半日以上飛行機に乗り続けて、中で七月から八月になった午後に日本に戻ってこられた。日本の日差しは建物の中に居ても、ギラギラして熱い。

 

「日本ってこんなに暑かったんですね」

 

「そうだよ。私もフランスに行った時は驚いたさ」

 

 たった二ヵ月の間に日本の事を忘れていた。さすがに日本語は忘れていないから大丈夫だろう。

 荷物を回収して帰国審査の所まで行って、露骨にテンションが下がる。

 記者の群れがカメラを持って待ち構えていた。しかもレース後のインタビューと桁違いの数に加えて、ファンらしき群衆も詰めかけて、空港の警備員が四苦八苦して抑えている。ご苦労様だよ。

 

「今すぐ回れ右して飛行機に乗りたいですよ」

 

「諦めたまえ。メインは君だよ」

 

 隣の森崎さんはただのスタッフだから関われないし、逃げ場が全く無い。

 向こうもそれが分かってるから、逃げられない空港で待ち構えているのか。

 観念して、先頭に立って記者陣と群衆の中へと入っていく。

 

「アパオシャさん、イギリスはどうでしたか?」

 

「ゴールドカップ優勝おめでとうございます!」

 

「これからの展望について一言お願いします!」

 

「凄かったぞーアパオシャ!!あんたは日本の誇りだっ!!」

 

「アパオシャちゃん、こっち向いてー!!」

 

 マスコミ以外にも数百人の野次馬達が押し寄せそうな勢いを見せている。これは収拾つくのかなあ。

 仕方が無いからライブ用の笑顔を作って、歩きながら手を振ってみせる。

 

「みんなありがとうー。次はオーストラリアで走りますよ。イギリスは友達が沢山できました。良い所でしたよ」

 

 ほどほどに愛想を振りまいて、観衆の欲を満たしてあげた。まったく、面倒くさい。

 地下の駐車場にも何人か記者が張っているが、そちらも空港の警備の人が押し留めてくれている隙に、学園が用意してくれた迎えの車に乗って事なきを得た。

 

 学園に戻り、二ヵ月ぶりの自室でようやく一息入れられた。部屋に行くまで会う人会う人みんなが俺に『おめでとう』と言い続ける。それ自体は嫌ではないものの、少し騒ぎ過ぎて食傷気味になってる。

 一人で静かに荷物を整理している時間が心の癒しになった。

 

「――――あれ、机に埃が無い。ウンスカ先輩か」

 

 シーツも二ヵ月使ってなかったのに洗い立てになってる。俺が帰ってくるから掃除しておいてくれたのか。ルームメイトの先輩のささやかな気配りに心が温かくなる。

 荷物を片付けて清潔なベッドに寝転がる。暫くはレースの疲れを癒すためにトレーニングも無い。毎年の恒例となったメジロの保養所で合宿している髭トレーナーに連絡を入れたら、合宿が終わるお盆過ぎまでは好きにしていろと言われた。オンさんは明後日にはチームの皆と合流するから、短い夏休みをどう過ごすかが問題だ。

 

「遊ぶにしてもなー」

 

 ここにいる生徒の殆どは夏休みだからといって暇じゃない。常にトレーニングに打ち込んでいるか、合宿で学園を離れている。

 かと言って一人で遊びに行くのも味気ない。実家に帰ってもゴロゴロするのは同じ。

 どうしようか考えていると、馴染みのベッドの感触に眠気が襲ってきた。

 

 ふっと目を覚まして起き上がったらウンスカ先輩が机で勉強していた。

 

「おかえりーアパオシャちゃん。疲れてたみたいだね」

 

「久しぶりです先輩。あーなんか懐かしいです」

 

「ほんの二ヵ月ぐらいだって。……頑張ったね」

 

 起き上がって頷いた。今は午後五時か。夕食まではまだ時間がある。

 さっき整理した荷物から袋を一つ出して、先輩に差し出した。

 

「これ、イギリスのお土産です」

 

「――――おぉー!ルアーだねえ。それも二つも」

 

「海用と川用の二つです。流石に釣り竿は無理だけど、それならお土産にいいかなと」

 

「気を遣ってくれてありがとう」

 

 喜んでくれて何よりだ。

 それからイギリスの土産話をしたり、向こうのトレセンの子から貰った菓子を、二人で味見して首を捻ったりもした。不味くは無いが日本の菓子と結構味や匂いが違う。

 お土産に本当に美味しい物は少ないと言うから、珍しい物だと割り切ろう。

 部屋でそこそこ時間を潰して、お土産を持って先輩と一緒に食堂に行く。

 夕食に集まっていた寮の子達から一斉に、お帰りとかお祝いの言葉を貰い、返礼にイギリス土産を自由に食べていいと言って、テーブルに置いておいた。

 そして久しぶりの日本の夕食を食べて、ホッとしているとビジンが夕食を食べに来た。

 

「よぉ久しぶり、ビジン」

 

「アパオシャさんでねえが!?おがえりなさい!」

 

 パァっと花が咲いたような笑顔で俺の隣に座る。尻尾も嬉しそうにフリフリしている。

 ただ、その前にご飯を一緒に食べるように促して、ビジンも自分のご飯を持ってきて、一緒に食べながら話すことにした。

 イギリスの事を話したり、ビジンのレースの事も聞いた。昨日札幌でG3のクイーンステークスを勝って帰って来たそうだ。

 ゴルシーの奴はチームで海に合宿中。センジは今月中旬に札幌記念を走るから、今は調整に追われて忙しい。

 ウンスカ先輩も二週間後に小倉記念を控えている。

 

「みんな忙しいねえ。俺はしばらく足の休養で大人しくするように言われてるから、どうするかなー」

 

「アパオシャちゃんが足を痛めるって初めてだよね」

 

「ほえー、イギリスのレースは過酷だったンだなはん」

 

「うん、雨降った後のコースはこの味噌汁のワカメの上を走ってる感じだった。今度走る時はもっとパワー付けないと」

 

「おぉ、じゃあ来年もイギリスに行くんだ。次は二つとも勝とうね」

 

「すごいなあ……アパオシャさんも立派な≪シチーガール≫だべぇ」

 

「とはいえ、今は休養しないと。ただ、半月勉強漬けってのも味気ないしなあ。ビジンもレース終わったばかりだけど予定ある?」

 

 レースばかりで特定の趣味とか持った事無いと、こういう時に困る。

 

「あたしもトレーニングど授業が無いがらどうするべが迷ってます」

 

「じゃあ、二人で東京見物でもしてみたら。ユキノちゃんは知らないけど、アパオシャちゃんはトレセンに来ても、全然東京で遊んだこと無いでしょ」

 

 ウンスカ先輩に言われて、これまでの三年間を思い出すと、トレーニングかレースした思い出が八割だった。あとは授業と、まれにチームの皆やセンジ達と買い物したり、ちょっと遊んだ記憶しかない。

 

「そうですね。どうせトレーニング出来なかったから、寮でダラダラするのも街で遊ぶのも大した違いじゃない。ビジンは?」

 

「あたしもちゃんと東京見だことねえから、思い切って遊びに行きます!」

 

 というわけで明日から俺とビジンの田舎者二人の東京見物が決まった。そして俺達の話を聞いた寮のみんながワイワイ集まってきて、東京の名所をたっぷりと教えてくれたから、あっという間に予定が埋まった。行く場所に悩む暇もない。

 

 翌日は学園に残ってトレーニングをしていたセンジに、イギリス土産とスポーツドリンクなどの差し入れをして激励も忘れない。

 その後に、ビジンと二人で遠出して東京をあちこち見ては、美味い物を食べて思いっきり楽しんで、数年ぶりにトレーニングの無い夏休みを満喫した。

 ところが話は上手くいかず、休日二日目にして学園側からマスコミの取材要請や、URAが写真集を作りたいから撮影日を設けて欲しいと言われて、予定の半分しか巡れなかった。

 ビジンには悪い事をしてしまったが、気にしないでいいと笑って許してくれた。

 

 



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第73.5話 閑話・イギリス遠征を見届けたファン達

 

 

 アパオシャのイギリス遠征を見守るスレ part69

 

 

564:名無しのレース好き ID:IcW9czxjW

今日アパオシャが帰国するって

 

565:名無しのレース好き ID:n+arBzLs4

本当に頑張ったな

 

566:名無しのレース好き ID:lw4oJpZGg

日本レースの歴史に残る快挙だよ

 

567:名無しのレース好き ID:YpCiAS7S3

海外初挑戦の初レースでG1優勝とかすげえな

 

568:名無しのレース好き ID:0EwPBTNqm

一応イギリスG1勝利は過去にもあるぞ

 

569:名無しのレース好き ID:hwgETsYZx

テレビで流れてたな短距離と中距離で

 

570:名無しのレース好き ID:PKd/WD2ld

二十年以上前にジュライカップでアグネスワールドが

六年前にはナッソーステークスでディアドラが勝ってる

 

571:名無しのレース好き ID:LAyBAdJ4a

またアグネスの変態か

 

572:名無しのレース好き ID:FM2uZPbTy

アグネスだからって変態とは限らないだろ

 

573:名無しのレース好き ID:KJ7RLaBQF

戦績はデジタル級の変態だからな

 

574:名無しのレース好き ID:Jgz3tMUvD

全日本ジュニア優駿を勝利

ロンシャンでもG1勝ってる芝とダート両方いける変態

 

575:名無しのレース好き ID:vyKQrQMZX

すまんアグネスは変態だったな

 

576:名無しのレース好き ID:KJ7RLaBQF

分かってくれて助かる

 

577:名無しのレース好き ID:OSNngQMu9

なんだこの会話www

 

578:名無しのレース好き ID:r8551EzjL

アグネスが変態なのは今に始まった事じゃないってことだ

 

579:名無しのレース好き ID:qbmQCofEB

俺はアパオシャも十分変態だと思うぞ

 

580:名無しのレース好き ID:vJ9FIWO46

ウマ娘しゅき過ぎて日常的に昇天するような事は聞いてないぞ

 

581:名無しのレース好き ID:GrG88JrGa

トレーナーを虹色発光させもしないし

 

582:名無しのレース好き ID:qbmQCofEB

そういう意味じゃねえって

純粋にアスコットレース場をフルで走り切るスタミナを言ってんだよ

 

583:名無しのレース好き ID:Z6+E9Qziu

日本の平地レース最長3600メートルより400メートル長くて

高低差22メートルなんてイカれたコースを走り切ったのは変態だな

 

584:名無しのレース好き ID:fPdgQCRvs

しかもパワーの必要な洋芝はなあ

 

585:名無しのレース好き ID:JuMLyVJpe

パワーのあるエルコンドルパサーだって苦戦した芝を

本人はそんなに脚力無いはずなのにどうやって勝ったのか分かんねえ

 

586:名無しのレース好き ID:WwlmTx5Vt

何度も映像見直したけど変なレース展開なのは分かるけど

アパオシャが引っ掻き回したような感じじゃなかったし

 

587:名無しのレース好き ID:+93DGN9eg

俺は何かストレイトヴァイス以外の子が

アパオシャに追い立てられているような顔で走ってたように見えたぞ

 

588:名無しのレース好き ID:wysJJc/Tp

圧力をかけたのは何度か見直して何となく分かったよ

でもヨーロッパ最高のステイヤーがその程度でペース崩すのかねえ?

 

589:名無しのレース好き ID:D8wDmC6jT

今年の春天の時の選手の中にはアパオシャが滅茶苦茶怖かったって言ってる子も居るから

世界クラスでもビビらせるプレッシャーなんだよ

 

590:名無しのレース好き ID:XVOdn3pza

ヒグマかライオンに追っかけられるような恐怖を味わったのか?

 

591:名無しのレース好き ID:Q1p9vOosz

それは恐い

 

592:名無しのレース好き ID:zZXTZAOu8

熊に追われたら漏らすわ

 

593:名無しのレース好き ID:qJFD/8Twe

それぐらい突き抜けてないとゴールドカップは勝てないのか

 

594:名無しのレース好き ID:+UDafbPez

やべえな世界

 

595:名無しのレース好き ID:P1iH8pOvW

でも表彰式のドレス姿のアパオシャは良かったよ

可愛いより格好良いだったけど

 

596:名無しのレース好き ID:567yqF1dR

ああハリウッド女優みたいですげえ綺麗だった

 

597:名無しのレース好き ID:/Ns9Fz8Os

普段はイケメンニーサンって感じの子が着飾るとドキっとするな

 

598:名無しのレース好き ID:Xvhc6ZA1F

タキオンもパンツスーツが出来る女って感じで綺麗だった

 

599:名無しのレース好き ID:L3tTHmjBg

アパオシャがデビューしてちょうど二年だぞ

二年で世界のトップレベルに勝つなんて想像できなかった

 

600:名無しのレース好き ID:WSH7pRct4

そっかアパオシャはちょうど二年前の七月末の札幌がデビュー戦だった

 

601:名無しのレース好き ID:VjzefQBoL

あの頃から大きくなったよ

 

602:名無しのレース好き ID:M4KtIpjYL

後方彼氏面どころか娘が大きくなったような素振りがキメエ

 

603:名無しのレース好き ID:h8XwoUJPu

いいじゃねえか

こういう何年も見守ってる子が羽ばたいていくのを見ながら飲む酒は美味いんだぜ

 

604:名無しのレース好き ID:cfmP+HRtp

わかりみ

 

605:名無しのレース好き ID:E0Tl3/uUb

わかる

 

606:名無しのレース好き ID:e9Ks1Z82h

一定年齢を過ぎると十代の子は娘を見るような気分になるの

 

607:名無しのレース好き ID:RSXa2n7C/

もっと実の娘の事を見てやれよ

 

608:名無しのレース好き ID:su70+zKwG

俺に娘はいない

 

609:名無しのレース好き ID:Mf89SSm8e

俺も

 

610:名無しのレース好き ID:n573SrWeo

俺は息子だけだ

 

611:名無しのレース好き ID:dhwxSniYJ

うちは子供達と一緒に推しのウマ娘を応援してる

 

612:名無しのレース好き ID:ORiCfr9gf

嫁と推しが違うけどお互いの推しの良い所を褒めるから喧嘩はない

 

613:名無しのレース好き ID:zwUdSWiQZ

ウマ娘のレースは色んな楽しみ方あるんだよ

 

614:名無しのレース好き ID:jyRxaa6J/

でもグッドウッドカップは惜しかったよ

イギリス長距離G1を同年で二個制覇してたらって今でも思う

 

615:名無しのレース好き ID:yQ8rwii82

あのレースはなー

ヨーロッパじゃ妨害役のラビットはよくあるけど露骨すぎる

 

616:名無しのレース好き ID:hw3aKuho7

本気で日本のウマ娘に勝たせたくなかったんだなブリカスめ

 

617:名無しのレース好き ID:5BhSxKwF0

あれは大人げないよ

 

618:名無しのレース好き ID:DYZsvoKMY

アパオシャも結構キレてたからな

走者本人じゃなくて指示したトレーナーかその上役にだけど

 

619:名無しのレース好き ID:aL13XKbtN

>>618

そんなソースあった?

 

620:名無しのレース好き ID:YiS5oc85b

向こうの記事でそう書いてあった

英語だから頑張って翻訳しろよ

 

621:名無しのレース好き ID:Q3T857Mh0

俺も読んだよ

ウマ娘のレースは自由に走るべきだって

 

622:名無しのレース好き ID:KPANvCrI/

それだとブリカスは「じゃあ、自由に妨害するわ」

と言いそう

 

623:名無しのレース好き ID:GPiWLd/Hf

ブリカスならそう言うな

 

624:名無しのレース好き ID:Ow0bMRrpe

三枚舌の腹黒だしな

 

625:名無しのレース好き ID:xmBLh3Mk9

妨害なんてしなくても勝つ目は低かったって本人認めてるのに

 

626:名無しのレース好き ID:aL13XKbtN

やっぱり重バ場だったから足を取られてたんだ

 

627:名無しのレース好き ID:DR47cIgC5

洋芝はただでさえパワー必要なのに雨吸ったら余計に重くなるから

パワーに乏しいとどうしても不利なんだよ

 

628:名無しのレース好き ID:Qh4/kp/I6

せめてゴールドカップの時みたいに晴れ続きならもう少し良かったのに

 

629:名無しのレース好き ID:1eSNYDOjT

そこは前回が出来過ぎたと思うしかないよ

それでもブロックまでされて三着なんだから大したもんだ

 

630:名無しのレース好き ID:VA9QQmzI8

おまけに一瞬でも世界の頂点に立てたしな

 

631:名無しのレース好き ID:Lziyp5kqn

英国王から直々にトロフィー渡された日本人が歴史上どれだけいるか

 

632:名無しのレース好き ID:TN3ccay3j

来年はきっと両方勝ってくれるって信じる

 

633:名無しのレース好き ID:qH7+ru2z/

オーストラリアのメルボルンカップは行くみたいだけど

イギリスより難しいのかな

 

634:名無しのレース好き ID:Q0OW7rIN8

芝の質は日本とあんまり変わらない高速場だから

春天皇賞の感覚でいける

 

635:名無しのレース好き ID:ddPIs+9W4

十五年ぐらい前にデルタブルースって日本の子が勝ってる

 

636:名無しのレース好き ID:G1VbHJVGy

じゃあイギリスよりは楽かな?

 

637:名無しのレース好き ID:eBV5kG9gA

どうかな

今回のイギリス遠征で知名度ガン上がりしたからマークを受けるぞ

 

638:名無しのレース好き ID:K5vHiman/

早々楽には勝たせてもらえないさ

 

639:名無しのレース好き ID:6J/hCQ0Fy

でもアパオシャなら何とかなると思う

 

640:名無しのレース好き ID:qwO1rPinP

みんなそう思ってるよ

あの子めっちゃ強えから

 

641:名無しのレース好き ID:Cw4E4/jBn

今じゃアパオシャが日本最強ステイヤーだ

 

642:名無しのレース好き ID:VmumzhDjB

その割に有マ記念は走ってないけど

 

643:名無しのレース好き ID:CaME5OBup

自分が走るよりハヤヒデとブライアンの対決見たいって

完全に他人事だったからな

 

644:名無しのレース好き ID:YyLJLuuoJ

しかもジャパンカップよりステイヤーズステークス選ぶあたり

癖者だなって菊花賞終わった時は確信した

 

645:名無しのレース好き ID:vR5Z7JhaR

ステイヤーズステークスやダイヤモンドステークス選んだ時から

イギリス遠征は意識してたのか

 

646:名無しのレース好き ID:OwxU2Mrpw

菊花賞前後から考えてたって記者に話してたから確実にあった

 

647:名無しのレース好き ID:jYebR+Bpv

ステイヤーズステークスはゴールドカップの予行演習か

 

648:名無しのレース好き ID:i0Sy16QeT

フランス行きを飛ばし記事してた■□新聞は大外れだったな

 

649:名無しのレース好き ID:cibBtXJ9M

凱旋門賞行き      か?

なんて見え見えの記事だったから信じなかったけど

 

650:名無しのレース好き ID:Bi0RTVGxe

凱旋門ぶっ飛ばして世界一のレースの名誉を掻っ攫って飯が美味い

 

651:名無しのレース好き ID:YZCjHRZO8

イギリス飯は美味かったらしいけどリップサービスかな?

 

652:名無しのレース好き ID:K2Id/Pja+

アパオシャが泊ったのは外国人向けの高級ホテルで

世界中の賓客をもてなすアスコットミーティングの飯だぞ

 

653:名無しのレース好き ID:XHVyNdhjt

あっ(察し)

 

654:名無しのレース好き ID:Mxyam7Ll6

不味い飯なんて食わせたらレースに出るウマ娘だってやる気ダダ下がりだから

マトモな飯を出すだろ

 

655:名無しのレース好き ID:BxAxjQzwb

じゃあグッドウッドカップまでの飯は?

 

656:名無しのレース好き ID:oTAW02lXC

その…頑張ったんだろう

 

657:名無しのレース好き ID:bhuwYC/3+

アパオシャはウマスタとかウマッターやらないから確証は無いけど

イギリスに日本の調味料とか持ち込んでたみたいだぞ

 

658:名無しのレース好き ID:t2UHF5DcV

>>657

何でそれ分かるんだよ?

 

659:名無しのレース好き ID:bhuwYC/3+

他の国のレースに参加したウマ娘のウマスタに

日本の友達が作ってくれた料理の写真が載ってるんだよ

 

660:名無しのレース好き ID:4/OTUWAdZ

マジか

 

661:名無しのレース好き ID:bhuwYC/3+

しかもどて煮っぽいんだよ

あと焦げた味噌みたいなのが付いた団子だった

 

662:名無しのレース好き ID:WQpDnaHrg

それアパオシャだ!

味噌料理作って食わせたのかよ

 

663:名無しのレース好き ID:dpswWHrLL

笠松はどて煮が有名だし、本人の好物って話は聞いてる

 

664:名無しのレース好き ID:iODQp9s0M

外国のウマ娘も味噌いけるのか

 

665:名無しのレース好き ID:WR7/pCFQS

その画像探してきた

どう見ても味噌にホルモン入ってるからどて煮を振舞ったな

しかもフランス語で「日本の味噌美味しい」ってコメントがあった

 

666:名無しのレース好き ID:UaS2SnNuY

イギリス行ってまで自分で飯作るのかよ

 

667:名無しのレース好き ID:WB2l2oN8I

そりゃ日本人なら飯に不満があったら自分で作るだろ

 

668:名無しのレース好き ID:1bCvc0DDF

【朗報】アパオシャはメシマズにあらず

 

669:名無しのレース好き ID:BOmGt0arg

でもなんでよその子にも料理を振舞ったのかな

 

670:名無しのレース好き ID:WR7/pCFQS

食いたいってお願いされたとか?

 

671:名無しのレース好き ID:fWuJ4iwW5

日本料理に興味のある子が居たのかもな

 

672:名無しのレース好き ID:WR7/pCFQS

他のウマッター漁ったら今度はアメリカの子の書き込みに

アスコットミーティング終わってから異国の友達とパーティーして

みんなで料理を持ち寄って楽しんだって書いてある

 

673:名無しのレース好き ID:4KRRefvW3

なるほどそれでか

 

674:名無しのレース好き ID:Ct7A5cxMo

最後にお別れパーティーか

いいねえ

 

675:名無しのレース好き ID:WR7/pCFQS

しかもタキオンは抹茶ジャムを作って結構美味しかったと書いてあるな

 

676:名無しのレース好き ID:UrsmElz5z

タキオンも参加したのか

 

677:名無しのレース好き ID:eMSerxE7m

食ったら七色発光するだろ

 

678:名無しのレース好き ID:4DChJBjed

さすがにトレーナー以外に食わせないだろ

 

679:名無しのレース好き ID:zaMgay9PX

ゲーミング発光ジャムなんてトレーナーにだって食わせるなよ

 

680:名無しのレース好き ID:kfVHe63Mq

あの髭なら構いやしねえ

卒業したマンハッタンカフェと付き合ってるような奴だ

 

681:名無しのレース好き ID:XdB/ZXmSZ

>>680

もうトレセン学園生じゃないんだから良いだろうが

 

682:名無しのレース好き ID:N49/DIP6K

>>680

厄介ファンはこれだから

 

683:名無しのレース好き ID:u+/xu91Tg

変な奴に引っかかるよりは信頼出来る元トレーナーの方が安全だぞ

 

684:名無しのレース好き ID:kfVHe63Mq

チクショーメー!!

 

685:名無しのレース好き ID:wC/lLGxME

悔しかったらトレーナー資格取って自分の担当ウマ娘を育ててG1を勝たせろよ

 

686:名無しのレース好き ID:9Efd78IVc

厄介ファンは放っておいて、アパオシャがメシウマでオジサン安心した

 

687:名無しのレース好き ID:IjKcJYrtS

レースばっかやってる子じゃないのは親の教育が良かったのかな

 

688:名無しのレース好き ID:7cndpIUYC

外国の友達も出来たり社交性も結構高いよ

 

689:名無しのレース好き ID:FxKqGpA5t

英語も普通に喋れるって事だろ

 

690:名無しのレース好き ID:7XK7o3wcH

向こうのインタビュー映像見ると普通に英語で受け答えしてる

ちょっと答えに間があったり簡単な単語が多いから堪能って程じゃないな

 

691:名無しのレース好き ID:mNG7GxEON

それでも通訳無しでも何とかなるのは立派だよ

俺なんて大学出ても英語喋れる自信無いし

 

692:名無しのレース好き ID:ixyG9yAt9

日本に居たら話す機会も乏しいしな

 

693:名無しのレース好き ID:Tv2ryTnfM

外国語喋れたらその国のウマ娘とも仲良くなれるぞ

 

694:名無しのレース好き ID:S2J5wIp/H

俺今から外国語勉強する!

 

695:名無しのレース好き ID:ug2pDZL9Q

動機が不純だけど頑張れよ

 

696:名無しのレース好き ID:pa9nNagy2

>>694は頑張れ

アパオシャもイギリスで良い思い出が作れたのは良かったよ

 

697:名無しのレース好き ID:x1OPTaBuo

飯には良い思い出が無さそうだが

 

698:名無しのレース好き ID:+RbnnmOOD

イギリスにだって美味い物はあるだろ

カレーとか

 

699:名無しのレース好き ID:n4sAdESoZ

それインド料理と言いたいけどイギリス統治下時代もあったから

文化には組み込まれているな

 

700:名無しのレース好き ID:9W6k8lZJ/

元を辿ると日本もイギリスからカレーを教わったから

俺達もカレーを楽しめるんだぞ

 

701:名無しのレース好き ID:ii78d+tSF

なのにどうしてウナギゼリーなんて

 

702:名無しのレース好き ID:2Jw/mzL5X

日本のウナギの煮凝りは絶品なのにな

 

703:名無しのレース好き ID:zbhTZdzeG

アパオシャも日本に帰ったら存分に日本の飯を食ってもらいたいよ

 

704:名無しのレース好き ID:8A8DfMw5C

次のメルボルンまで丸三ヵ月あるから間にレース挟むのかな

 

705:名無しのレース好き ID:VhKxwJi8p

どうかな

レースの疲労を抜かないといけないし、これから長距離重賞レースは無い

 

706:名無しのレース好き ID:/ygGGtP7l

半端にレースに出すぐらいならトレーニングに専念した方が良いと思う

 

707:名無しのレース好き ID:l4JmuupW1

もっと日本に3000メートル超の長距離レースが多かったら

アパオシャも沢山日本で走れたのに

 

708:名無しのレース好き ID:wbgSFAzyJ

走る子の負担が大きいから沢山あっても仕方ないぞ

 

709:名無しのレース好き ID:HFVDp25Bv

アパオシャやマンハッタンカフェが例外なんだよ

 

710:名無しのレース好き ID:wgXNfYxts

ミホシンザンも三年目の春天で無理し過ぎて引退しちゃったし

 

711:名無しのレース好き ID:PsGYLeEZ2

セイウンスカイは大丈夫そうだけど最近成績がパッとしない

 

712:名無しのレース好き ID:D74a0sbkq

入賞はマメにしてるし怪我しなかったらそれでいいよ

 

713:名無しのレース好き ID:OY23VCbgF

そうだぞ

勝っても怪我で引退なんてファンにとっては辛いんだよ

 

714:名無しのレース好き ID:pOlglANU0

じゃあアパオシャも11月まではゆっくり休んでもらおう

 

715:名無しのレース好き ID:ocfy7yBBw

このスレも次スレは無いか来年新しく立てるか

 

716:名無しのレース好き ID:mM+rAHmIM

みんなお疲れ

 

717:名無しのレース好き ID:WyfWPVhV+

みんなでアパオシャを応援して楽しかったよ

 

718:名無しのレース好き ID:VzAYEZ4K8

俺も楽しかった

 

719:名無しのレース好き ID:4hRIo2QJy

じゃあまた来年よろ

 

 

 



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第74話 レベルの違うレース

 

 

 夏休みが終わり、月が変わってもまだまだ暑さが衰えない九月の末週。

 トレセン生には休みなど関係無しに、日曜日の早朝から練習が始まっている。

 俺も夜明け前から起きて、練習コースに集まって朝食前にひと汗かいていた。

 

「バクシンバクシーン!!私は次のレースも勝ちますよー!!」

 

 バクシさんが朝からハイテンションでスタートダッシュの練習を繰り返し、俺も隣で付き合い続けている。

 こんな日曜の朝でも、うちの先輩は気合十分だ。何しろ来週はスプリンターズステークスが控えている。クラシックから走り続けた四度目にして、前人未到の三連覇が掛かったレースなのだから、気合が余る事は無かろう。

 次のレースに勝てばバクシさんの名は、日本レース史上に燦然と輝き続けるだろう。チームの後輩としてこれほど嬉しい事は無い。

 俺のレース技術の一部はこの人から学んだと言っていい。特に『逃げ』の技術はバクシさんと走る事で培われた。その恩返しが少しでも出来るなら、早朝トレーニングに付き合う事など苦ではない。

 都合百本ほどダッシュをして朝食の時間になったから一旦休憩を入れた。

 シャワーを浴びてバクシさんと向かいで朝ご飯を食べる。早朝から練習をして、この後もハードトレーニングが控えているから、いつも以上にガツガツ食べて栄養補給をしておく。

 後から起きてきた寮生の子達が俺達に挨拶する。後輩たちがバクシさんに寮長の敬称を付けると何とも言えない気分になる。

 向かいの先輩も短距離オンリーながらG1を三度勝って、マイルG1も度々入賞を果たしている偉大な先輩で、寮のトップだからな。誇らしい気もするし、普段の言動も知っていると、人事でもくすぐったさを覚える。

 

「おはようございますバクシンオー先輩、アパオシャさん」

 

 俺の横の席に、山盛りのご飯を持ったビジンが座る。ジャージに石鹸の匂いを纏っているから、朝飯前に朝練をしてたようだ。

 彼女も再来週には故郷の盛岡レース場で、G1マイルチャンピオンシップ南部杯を走る。三年ぶりの故郷に錦を飾るために、いつになく気合が入っていた。

 

「おはようビジン。気合十分だな」

 

「ほにほに。ふるさとの皆にあたしの今の姿を見せてぇンだぁ。おしょすい(恥ずかしい)姿は見せねぇ」

 

「良いですねっ!遠くにいる家族や知り合いの人達に立派になった姿を見せたいユキノさんを、私は力の限り応援しますよー!!バクシーン!!」

 

「ありがとがんす~」

 

 そして後から起きて来たダンと一緒に朝食をガッツリ食べて練習に備えた。

 

 午前中もチーム≪フォーチュン≫の半数が黙々とトレーニングに励む。

 トレセンに残っているのは俺とバクシさんとダンの三人だ。後のメンバーとトレーナー二人は中京レース場にいる。

 今日はガンちゃんのメイクデビューレースと、クイーンちゃんの走るG2神戸新聞杯が開かれる。フクキタさんとジャンはその応援だ。

 特にクイーンちゃんは来月の菊花賞のトライアルレースだから、是非とも勝って帰って来てもらいたい。

 暑くなり始めた頃合いに、一度水分補給の時間を入れる。

 

「後で休憩中に、二人のレースを見ようか」

 

「そうですね。レース場まで行けない分、マックイーンやマヤノさんの応援をして励ましましょう」

 

「二人ならきっと勝って帰ってきます!そしてマックイーンさんは菊花賞も勝ちますっ!!」

 

 バクシさんの勝利宣言に俺とダンは頷いた。

 足を骨折したウオーちゃんは、まだ本格的な練習に入っていない。この時期で足が完治してなければ、菊花賞は絶望的だろう。そのせいか、うちのクイーンちゃんが来月の菊花賞最有力に推されている。

 まったくもって世間は見る目が無い。例えウオーちゃんが怪我をせず、万全の状態だろうとクイーンちゃんの勝利は揺るがない。今年のクラシック最強はうちの後輩だって日本中に教えてやれ。

 

「うちのクイーンちゃんは強い!ウオーちゃんが居ないから菊花賞に勝てたなんて寝言が言えないぐらい圧倒的なレースになる!そうだよなっ!!」

 

「アパオシャさんの言う通りです。あの子はメジロ家で誰よりも強い子ですから」

 

 俺達も負けていられないぞ。気合を入れ直して三人で練習に打ち込んだ。

 

 昼前になったら早めの昼食にして、部室のテレビにタブレット端末を取り付ける。東京で地方のデビューレースなんてテレビ放送しないから、ネットの生配信をテレビに流して見れるようにした。

 

「あとどれぐらいですか?」

 

「五分ぐらいかな。パドックのお披露目はもう終わってるはず」

 

 いやあ後輩の晴れ舞台はドキドキするねえ。

 解説の人が出走する子を読み上げている。デビュー戦は前情報も無いから、あんまり話す事も無いらしい。

 そしてカメラがターフに出た十人を映し出した。

 

「おぉ!ガンちゃんだ!」

 

「頑張ってくださいねマヤノさん」

 

「大丈夫ですよアルダンさん。マヤさんは勝ちます。何故なら私達の後輩だからです!」

 

 理由になってないバクシさんの確信的な言葉を俺達は否定しない。みんなそう思ってるからだ。

 時間になり、十人の新人がゲートに入る。

 全員がバラバラにゲートから出た。ガンちゃんはちょっと出遅れ気味だが今日は2000メートルだから大丈夫だろう。

 序盤に三番手で様子を窺っている。今日は先行で行く気か。

 先頭に近いからカメラもよくガンちゃんを映している。顔は結構楽しそうだ。

 

「楽しそうに走ってるから、大丈夫かな」

 

「そうですね。マヤノさんはワクワクするレースなら絶対勝てますよ」

 

 後輩に絶対の信頼を置くダンが確信めいた予告をする。俺もそれに異を唱えない。

 レースは順位の入れ替わりの激しい乱戦に突入する。逃げを選んだ先頭の子はペース配分を崩して最終コーナーで、ズルズルと脚色が衰えてガンちゃんが二番に繰り上がる。

 最終コーナーを抜けた所でガンちゃんがペースを上げて先頭に立った。同時に後団も次々ペースを上げていく。

 

「いけいけ、このまま先頭を譲るな!」

 

「バクシン、バクシンですよマヤノさん!」

 

 残り400メートルの直線を快調に飛ばしていき、最後の坂道でも後続を寄せ付けず、そのままの脚色でゴール板を駆け抜けた。

 

「よーし!やったなダン!!」

 

「はい。マヤノさんならきっと勝てると思ってました」

 

 三人でハイタッチして喜びを分かち合った。

 着差は一バ身半か。初戦で緊張を感じさせない余裕の勝利だな。

 その後はお待ちかねのウイニングライブ。キラキラした笑顔で観客を魅了して、初のライブは盛り上がった。

 

 後輩のデビューが無事に終わって安心したら練習再開だ。

 まだまだ暑い昼の練習にもへこたれず、三人で1200メートルの模擬レースを繰り返して汗を流した。俺が一番ドベだけどな。

 午後三時になったら今日の練習はおしまい。後片付けをしてから再び部室のテレビの前に座る。今度は今日のメインイベント、神戸新聞杯が始まる。

 流石にメインレースになると視聴者のカウントも一気に増えた。

 画面の脇に人気順が張り出されて、クイーンちゃんが堂々の一位に輝いている。

 そしてパドックに出走する体操着姿のクラシック期の子達が姿を見せる。クイーンちゃんも名門に恥じない優雅な足取りで観客に応えた。

 

「頑張ってくださいね、マックイーン」

 

 十六人のウマ娘達がコースに出る。流石にG2ともなると全員が落ち着いて、やる気に満ちていた。

 2200メートルのレース。去年はゴルシーが勝ち、うちのチームではフクキタさんが勝利した。それ以前にもビワハヤヒデさんやゴールドシップさんがこのレースを勝ち抜いて、勢いのままに菊花賞ウマ娘へと駆け上がった。

 そこにクイーンちゃんも仲間入りすると信じている。

 ファンファーレが鳴り響き、走者が次々とゲートへ入る。

 ――――――――ゲートが開き、各人が一斉に飛び出した。

 最初の直線でクイーンちゃんは先団に位置取った。そのまま5~6番手で最初のコーナーへと入り、一定のペースを保ったままレースを進める。

 

「タイムはまずまず。位置取りも良い。今のところは順調だ」

 

 コーナーが終わり、向こう正面の長い直線に入る。そこでもクイーンちゃんはペースを変えずに先団五番手を維持し続けた。

 いつもの練習通り、慌てず落ち着き、いつもの通り堅実に走り続ける。本当に練習風景を見ているような淡々とした走りだ。だからこそ、周囲との違いが明確に露になっている。

 王道、あるいは横綱相撲というのか。奇抜な事をせず、ただ力の差を見せつけるように、普通に走って普通に勝つレースをしている。

 第三コーナーに入ってもそれは変わらず、平静なままジリジリと周囲に圧力をかけて状況を動かしていた。

 クイーンちゃんより前の走者は、いつ抜かれるか過敏に後ろを警戒して、後ろの走者は壁のようにあり続ける彼女に苛立ちを覚える。

 ただそこにいるだけでプレッシャーを与え続けるのだから厭らしいことだ。

 そして最終コーナーを曲がり終えて、最終直線へと差し掛かる。

 まだクイーンちゃんは動かない。後ろは焦れて次々に末脚を利かせた加速を始め、先頭集団は逃げの一手。

 動いたのは登坂の直前だった。それまでに温存したスタミナで一気にトップスピードに乗って力任せに登坂を走り切って先頭を奪い取り、そのまま後続を置き去りにしたまま猛然とゴール板を走り抜いた。

 僅かな時間でレースを支配しての鮮やかな勝利に、会場のマックイーンコールが鳴りやまない。

 

「レベルが違うってのはこういう事か」

 

 ウオーちゃんクラスが居ないレースで負ける事は無い。当たり前に走って当たり前に勝つ。しかもまだ余力を残しての堂々一着。

 

「流石ですねマックイーン」

 

「これで来週に私が勝って、チームで三連勝と行きましょう!やってやりますよー!!」

 

 この後にクイーンちゃんのウイニングライブを見て、部室の戸締りをして寮に戻った。

 翌日、帰って来たクイーンちゃん達にお祝いの言葉を贈って、お菓子とジュースで乾杯した。本格的な祝勝会は来週のバクシさんのレースが終わってからになる。

 

 



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第75話 諦めない者が勝つ



 UAが10万突破しました。今後も拙作をよろしくお願いします。
 感想、お気に入り登録、評価は随時受け付けています。




 

 

 クイーンちゃんとガンちゃんが中京レース場で勝利を飾ってから一週間後。今度はバクシさんが中山レース場で、日本レース史上に残る偉業に挑戦する。

 スプリンターズステークス三連覇。未だかつて日本レース界で誰も成し遂げていない、短距離G1の三連覇にあと一歩の所まで来ていた。

 レース当日、チーム≪フォーチュン≫は総出で、バクシさんの応援に向かっていた。OGのカフェさんも一緒だ。

 それに親戚のクラチヨさんも一緒にバスに乗って来ている。普段はそれなりのお付き合いで留めているが、流石にこの偉業がかかった大事なレースを、テレビで済ます気はさらさらないという事だ。

 最近は骨折のブランクも抜けて、先月にはG3新潟記念を勝利で飾った。そして来月にあるエリザベス女王杯を目指して、毎日トレーニングを重ねている。

 他に同乗者でドーベルちゃんとライアンちゃん、引退したパーマーさんと、それぞれのトレーナーと一緒にいる。

 こちらの組は今日たまたま、中山レース場でレースがあるから便乗した形だ。夏合宿を一緒にした仲だから、バスに乗れる余裕もあって反対意見は無かった。

 バス内はちょっとした遠足という感じで、和気あいあいな雰囲気だ。

 主役のバクシさんは全然緊張していない。この人はいつもこんな感じだな。気合は入ってるけど、当たり前のように走って勝つ。既に王者の貫禄を身に付けていた。

 むしろ便乗してるライアンちゃんが一番緊張してるように見える。

 理由はまだ一勝を挙げていないからか。ライアンちゃんは七月にデビュー戦を走り二着だった。それから翌月に未勝利戦を走り、五着。そして今日が三度目のレースになる。惜しいところまでは行くけど、中々勝てない焦りがある。

 今も落ち着かない様子で周囲を見回したり時計を見ている。

 見かねたパーマーさんが席を立って、ライアンちゃんの手を握って落ち着かせた。

 

「落ち着きなよライアン。私も三度目でようやく勝てたんだよ。あんただって、今日はきっと勝つ。私が保証するよ!」

 

「う、うん。そうだけど、どうしても不安になっちゃって」

 

 こういう時はデビュー戦で勝てたウマ娘の出る幕じゃない。序盤で躓いた子の気持ちは同じ経験をしたウマ娘にしか分からない。

 だからか同じメジロのダン、クイーンちゃんとドーベルちゃんも黙ったままだ。

 特にドーベルちゃんは初戦に勝って、今日は一勝クラス『サフラン賞』を走る。同じメジロ一門でも、差を見せつけた相手に気遣われたら結構メンタルにダメージがある。

 

「緊張してるんだったら、そこのジャンを見てみなよ。こんな時でもグースカ寝てるんだぞ」

 

 俺が指差した席には、愛用のクッションを枕にしたジャンがイビキをかいて寝ている。出発時間が早かったから、他にガンちゃんも寝てる。

 言われた通りライアンちゃん達が、幸せそうに寝ているジャンの間抜けな顔を見て噴き出した。

 こんなんでも何度か新入生達で行った模擬レースでは勝ったり、入賞もしているんだから不思議なものだ。

 でもライアンちゃんの緊張が適度に抜けたから結果的に良しとしよう。

 

 そしてバスは中山レース場の駐車場に着いた。まだ開場して間もない時間でも、半分以上の場所が埋まっている。大半がバクシさんのレースを見に来た観客だろう。天気は多少曇っているけど少し暑いな。

 寝ていた数人を起こす。

 

「う~あと五分」

 

 ジャンがまだ寝ぼけていたから、目覚ましをかけてやる。

 

「やっと起きたか、もうレースが全部終わって帰るんだぞ」

 

「えっ!?」

 

「お前全然起きなかったから、ずっとバスに置いたまま俺達だけでバクシさんのレースを応援したよ」

 

「えええーーーーー!!!」

 

 寝ぼすけが跳び起きた。まったくもう手間がかかる後輩め。

 

「嘘だよ。ほら、さっさと行かないとレース時間が押してるライアンちゃんが困るだろ」

 

 ジャンにカバンとクッションを持たせて、バスから降ろした。

 そして足早にレース場に行って席を確保した。

 出走するライアンちゃんは一足先に控室に行った。彼女の出番は第二レースで、あと一時間半ぐらいしか余裕が無いから、急いでウォーミングアップを始めないといけない。

 レースが始まるまで、前もって用意した飲み物やお菓子でまったりしたり、何人か交代でレース場を見回ったりトイレに行く。

 俺も第一レースが終わった頃にトイレに行きつつ、レース場をフラフラした。

 そこかしこに貼ってあるメインのスプリンターズSのポスターをじっくり眺める。

 

「二人の王者の対決…ね」

 

 そこには仁王立ちするバクシさんに挑むキングヘイローさんの構図が取られていた。隅っこには他の十人の走者が小さく載っている。ハッピーミークも出走するんだけど、その他大勢扱いだった。

 二人の実績と過去の対決を考えたら妥当だろう。

 バクシさんはスプリンターズS二連覇に加えて、高松宮記念を勝利して短距離G1三勝。

 その言わずと知れたスプリンター王者を、今年の高松宮記念で真っ向から破ったキングヘイローさん。

 バクシさんが前人未到の三連覇を達成するか、あるいは新たなスプリンター女王にキングヘイローさんが君臨するか。

 両者の対決は大々的に宣伝されて、昨年の有マ記念並の注目度が集まっていた。

 

「そういえば二人とも名前に王が入ってたか」

 

 一つの距離に王者は一人で十分だからな。二人も居たら、そりゃあ争うか。

 人は不朽の歴史が作られるのを自分の目で見たいと思いつつも、心のどこかで戦う前から結果が見えている勝負を疎む、矛盾した期待感を持っている。

 強敵のいないレースで幾ら勝とうとも、水増しした勝利と認めない奴だっている。

 

『私達ウマ娘は、いつも誰かの想いと夢を背負ってレースを走ってる』

 

 前にオグリキャップ先輩がそう言っていたのを思い出す。ファンや観客達の想いや夢があるからこそ、ウマ娘のレースが興業として成り立つのは事実だろう。

 しかし、と思う。その期待が予想もしない誰かに破られたとしたら、果たしてファン達は素直に受け入れて、勝者を祝福するだろうか。

 キングヘイローさんなら、かつてバクシさんを破った事もあり、新たなスプリンター王者として受け入れられるだろう。

 ハッピーミークもダートとはいえ、G1を二勝した強豪だ。彼女ならファンも相応に納得すると思う。

 では、それ以外の実績に乏しい無名のウマ娘が勝ったら?

 G1に出走する時点で相当に強いのは疑わない。重賞勝利経験者も多い。でも、相当強いだけではバクシさんに勝てはしない。

 それでも勝ったら、果たして歴史的偉業を阻んだウマ娘は祝福してもらえるのか。

 期待は失望へと裏返り、失望は怒りと転化するかもしれない。

 勝っても怒りを向けられたウマ娘は、何事もなくレースを続けられるだろうか。

 ―――――――やめた。そんな事を考えても走る側の俺には関係無い。

 そもそもバクシさんに勝てるスプリンターは日本にほぼ居ない。勝負が始まる前から10に1つの負けのifを考えても無駄だ。俺達はただ、レースを見届けて勝った先輩とお祝いをするだけで十分だろう。

 それに今アナウンスで、ライアンちゃんが出走するマイルレースの案内が流れた。こんな場所でウロウロせず、早く戻って勝つところを見ないとな。

 

 みんなの所に戻ると、ちょうどお披露目の時間だった。パドックを歩く未勝利の後輩達の多くは、笑顔を見せていても雰囲気が刺々しい。未だ一度も勝てずに燻っている心が露になっている。5番ゼッケンのライアンちゃんも例に漏れずに表情が固い。

 

「ライアンさん~!!ファイト~ぉ!!」

 

 ジャンがクッションを旗代わりに振り回して大声で声援を送り、そしてクッションが勢いよく飛んで行ったのを見たライアンちゃんの顔に笑みが浮かんだ。ナイスだジャン。

 クッションを探しに行ったジャンを後で褒めてやろう。

 そしてパドックから移動して、勝利を渇望する十人のウマ娘がコースに姿を見せた。

 彼女達はスタートゲートに入り、ただ勝つために時を待った。

 ―――――各人がバラバラにゲートから飛び出した。ライアンちゃんはワンテンポ遅かった。

 序盤は二人の先行者がレースを引っ張っている。ただ、全体的にかなりペースが早い。ライアンちゃんは四番手でレースを窺う。

 後方は遅れないようにペースを上げる者、自分のペースの貫く者とで別れて、縦に伸びたレースになっている。ライアンちゃんは抑え気味なのか、数人に抜かれて今は六番ぐらい。

 レースは三分の一を過ぎて下り坂に突入する。さらにペースが上がり、いよいよ先頭と後方の差が大きく開いた。

 ライアンちゃんが動いたのは最終直線に入ってからだ。今まで温存したスタミナを使って徐々に加速して、外から一人また一人と抜いて着実に順位を上げていく。

 さらに坂道に入っても脚色は衰えず、二人を追い越した。あと一人だ。あと一人を抜けば先頭に立てる。

 しかし一バ身前を走る鹿毛の大柄な子との差はなかなか縮まらない。もう最後の直線は100メートルしか残っていない。

 

「ライアーン!!勝ちなさーい!!」

 

「勝つんだよライアンっ!!」

 

「いけーいけー!!もう負けるんじゃないぞ!!」

 

 俺達のライアンコールに触発された観客達が同調して、ライアンちゃんを応援する声がどんどん大きくなる。

 その声に応えたのか、脚に力が宿ったライアンちゃんが再度加速。残り30メートルで鹿毛の子と並び、最後の10メートルで僅かに前に出た。

 そのまま差を広げてゴール。ギリギリの攻防だったが、確かにライアンちゃんが先にゴール板を駆け抜けた。

 勝者のライアンちゃんはスタンドから挙がる自分の名を聞いて、初めて勝てた事に気付いて飛び上がって喜んだ。

 メジロの最年長のパーマーさんも殊の外喜んでいる。この人も初勝利までは結構レースを重ねているから、中々勝てない後輩がようやく勝てた事が自分の事のように嬉かった。

 その後はお待ちかねのウイニングライブ。クラチヨさんとそのトレーナーに留守番を頼み、メジロ家と≪フォーチュン≫全員でライアンちゃんの初勝利ライブを盛り上げた。

 それからライブを終えて、制服に着替えて戻って来たライアンちゃんが、俺達に応援のお礼を言った。特に直前に緊張を解いてくれたジャンには何度も頭を下げて感謝を述べる。

 しかし本人はよく分かっておらず『何で?』という顔をしていた。

 

 



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第76話 王者の対決

 

 

 ライアンちゃんが三度目のレースを勝利で飾った未勝利戦から、さらにいくつかのレースが始まっては終わる。

 その間に昼を挟み、バクシさんとドーベルちゃんはウォーミングアップのため、スタンドから離れた。

 

 二時間後。一勝クラスのマイル『サフラン賞』を十五人のウマ娘が走り切り、ドーベルちゃんが勝利の栄冠を勝ち取った。

 メジロ家はこれで二連勝。さすがはメジロとファン達は無邪気に喜ぶけど、そんなに単純でもないんだぞ。

 とはいえ観客にそんなこと言っても仕方がない。それよりバクシさんのレースだ。

 あともう一つクラシック期のレースを挟み、いよいよメインイベントが始まる。

 メインレース直前に、今まで姿が見えなかったうちの髭が戻って来た。

 

「バクシさんはどうだった?」

 

「大丈夫だ。あいつは普通に走って、普通に勝つ」

 

 トレーナーの自信に満ちた顔と言葉に、俺達は沸き立つ。

 そしてパドックに日本トップクラスの十四人のスプリンター達が姿を見せた。

 次々と姿を現すウマ娘達にファンからの声援が送られる。特にキングヘイローさんへの声援は大きい。

 しかしそれはバクシさんが姿を見せるまでだった。あの人への声援は桁が違った。

 それだけ大きな期待を掛けられているのに、あの人はいつも通りに振舞っていた。

 

「あの人の心臓はチタンか何かで出来てるのか」

 

「………それはアパオシャさんが……言えた台詞ではないですよ」

 

 カフェさんのツッコミに、ほとんど全員が頷いた。えっ、何でだよ。俺は毎回G1はドキドキしてるんだぞ。同じG1三連覇しろなんて言われたら緊張するって。

 そう考えたらイギリスのストレイトヴァイスさんは、よくもグッドウッドカップ四連覇、ゴールドカップ三連覇を成し遂げたよ。

 他にも探せば世界に名だたる強豪ウマ娘は沢山いる。次のメルボルンカップも楽はさせてもらえないな。

 おっと、先のレースの事は今は置いておこう。

 全ての走者が地下通路へ向かい、観客の興奮が徐々に高まって行くのが肌で感じられる。気の早い観客の中には、バクシさんの三連覇を祝うノボリや横断幕まで用意している連中もいる。レース前でそれは他のウマ娘ファンも居るんだから、流石に行儀が悪いぞ。

 ファンの一部に目を顰めている間に、スタンドからもっとも離れた向こう正面のターフに走者が集まった。

 いつになく気合の入った荘厳なファンファーレが鳴り響く。そして美麗と強さを兼ね備えた十四人がスタートゲートに入る。

 桜色の王者が歴史にさらなる名を刻むか。

 緑の新王が古き王を打倒するか。

 純白の唯一無二が新たに名乗りを上げるのか。 

 はたまた、まだ姿を見せぬ無色無名の英雄が伝説への第一歩を踏み出すのか。

 全ては一分後にはっきりする。

 

 ゲートが開き、全員が一斉に飛び出した。先頭に立ったのは八番ゲートから出た言わずと知れたバクシさん。相変わらず素晴らしいスタートの切り方だ。バクシさんのすぐ後ろに二人がピタリと追従する。

 さらにその後ろには、三バ身離れてハッピーミークがポジションに付く。

 短距離は駆け引きの場が極端に少ない。その上、一瞬たりとも気が抜けないから、見ている方も心臓に悪い。

 一団がコーナーを曲がって下り坂に入る。やはりスピードがある分、バクシさんのルートはやや大回りになってしまう。

 徐々に、徐々に後ろとの差が縮まるが、決して先頭は譲らない。

 三十秒が過ぎた。残り約半分。最終コーナーへと入り、後方がいよいよ動き始めた。

 昨年に比べて展開が早いのは、全員がバクシさんをマークして、早いうちに動かないと捕捉が困難極まるからか。

 バクシさんもそれをコーナーの曲面で確認して、さらに加速していく。

 今のあの人ならトップスピードを維持するスタミナも十分ある。俺達とのトレーニングは決して無駄じゃなかった事を、今日この場で示してくれ。

 

「走れ走れ!もっと速く走れーバクシンオー!!」

 

 髭が懸命に檄を飛ばす。俺達も力の限り声を張り上げる。

 最終コーナーを回り、先頭は未だバクシさん。しかしその差は最後方と五バ身も離れていない。

 ほかの走者も次々コーナーを回り、直線へと入る。

 後ろからは緑のドレスを靡かせたキングヘイローさんが一気に加速していた。

 それら挑戦者達を引き連れて、先頭のバクシさんが直線の先の名物、中山の坂を全力で駆け抜ける。

 多くのウマ娘が登坂で苦しい顔を浮かべる。バクシさんのハイペースに付き合った後に急こう配の登り坂は、さしもの強豪ウマ娘達の心肺機能にも大きな負担を強いる。

 半数以上が脱落してスピードが落ちていく。

 

「坂を最初に登ったのはバクシンオーだっ!!」

 

 周りの観客の一人が叫んだ。多くの観客はその声に釣られて、もはや先輩の勝利を確信したに違いない。

 だが、ここで道半ばでしかないのは、中山の坂を登った事のある俺達、中央のウマ娘なら誰もが知っている。

 最後の直線100メートルを最初に走り抜いた者こそ勝利の栄光を手に出来る。

 

「まだだ!いけー!キングっ!!」

 

「貴女はまだ走れるわッ!!勝ってミークっ!!」

 

 微かに誰かの声が聞こえた。そうだよ、走っているウマ娘も、応援している人も、誰一人として諦めていないんだ。

 いち早く坂を登り切ったバクシさんに、五人が追従する。さらにそこから二人が抜きん出た。

 白毛のボブカットのハッピーミークが、普段のボーっとした雰囲気とはまるで似つかない闘争心に満ちた顔で、必死に食い下がる。

 緑のドレスタイプの優美な勝負服のキングヘイローさんが、新たな王は自分だと言わんばかりの目でバクシさんの背中を射抜く。

 走る、走る、走る。バクシさんが、ただ前に向かって走り続けて、後ろを引き離す。

 これが王の走り。桜色の最速王が絶対王者の風格で、決して二人を寄せ付けない。

 あと30メートル。ウマ娘なら一息で駆け抜けてしまう距離。瞬きすら忘れて誰もが最後の瞬間を食い入るように見つめる。

 あと15メートル。わずかにバクシさんが二人を引き離す。

 あと10メートル。ハッピーミークが10cmバクシさんに近づいた。

 だが、そこまでだった。

 誰よりも先にゴール板を駆け抜けたのはバクシさんだった。

 

「おぉおおおおおおおおッ!!!」

 

 髭の絶叫が天を揺るがした。

 中山レース場に集った全ての観客が、日本中でテレビを見ている人達が、歴史が刻まれた瞬間を眼に焼き付けた。

 誰もがバクシさんの勝利を見ているから、電光掲示板に表示された数字を見ても蛇足でしかない。

 それでも二着がハッピーミーク、三着にキングヘイローさんの数字と共に、三年ぶりのコースレコード≪1:06.9≫を目の当たりにしたことで、二度目のバクシンオーコールと、会場に響き渡る拍手が巻き起こった。

 コースではバクシさんとハッピーミークが握手している。そこにキングヘイローさんも続いた。

 いつまでも鳴りやまないバクシンオーコールと共に、観客達は歴史に残るレースを演じたウマ娘達にも万雷の拍手を送る。

 

「――――さあ、トレーナーくん。きみの仕事はまだ残っているよ」

 

 オンさんが魂が抜けてぐったりしている髭の背中を叩いて活を入れた。

 

「あ、ああ。表彰式に行ってくる」

 

 フラフラと覚束ない足取りで、トレーナーは会場を後にした。

 

「私達も………ライブ会場に…行きましょう」

 

 カフェさんも心なしかテンションが高い気がする。後輩の達成した偉業がよっぽど嬉しいんだろう。

 さて、俺達ものんびりしてたらライブ会場に入れない。荷物はドーベルちゃん達のトレーナーに任せて、みんなでライブ会場に急いだ。

 ウイニングライブはいつになく盛り上がり、センターを務めたバクシさんのスピーディーでキレのあるダンスと歌に、ファンは大満足だった。

 今日最後のレースを見ながら、着替えを済ませたバクシさんと合流した。

 全員からお祝いの言葉を受け取ったバクシさんは、いつにも増して上機嫌だった。

 

「トレーナーさん!私、凄いウマ娘ですかっ!?」

 

「お前が凄くなかったら、他のウマ娘は全員情けないウマ娘だよ。サクラバクシンオーは俺が誇れる立派なウマ娘だっ!!」

 

「そうでしょう!そうでしょう!何と言っても私は優等生で学級委員長ですからっ!!」

 

 髭トレーナーに褒められて一層機嫌を良くしたバクシさんと俺達はレース会場から引き揚げる。

 途中で記者団に捕まって、山のような質問攻めに遭った。目敏い記者は今後を見越して、ドーベルちゃんとライアンちゃんを優先してインタビューをする。

 結構な時間拘束を受けたものの、無事にバスに乗った。

 帰り道の途中で甘味処を見つけたクイーンちゃんが、今日のお祝いをしようと提案した。バクシさんも異論が無かったので、先週のガンちゃんとデビュー戦と、クイーンちゃんの神戸新聞杯の勝利のお祝いも兼ねて盛大に祝った。

 と言っても今月にクイーンちゃんは菊花賞、ダンは二度目の秋天皇賞を控えていたので、二人はなるべく量を控えて和スイーツを味わった。

 

 



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第77話 競い合うライバル

 

 

 バクシさんが史上初の三連覇を成し遂げた、スプリンターズステークスから三日が経った。

 世間では今もバクシさんの話題で持ち切りだ。まだ誰も到達していない偉業は話題性も高く、マスコミも視聴率や部数が稼げるとあって、盛んにバクシさんを持ち上げて宣伝している。

 それ自体は特に気にするものじゃない。罵倒、罵声とは無縁で、賞賛なら幾ら受けても困る物じゃない。俺とて先輩が祝福されるのは見ていて気分も良い。

 持ち上げ過ぎて、当人が慢心し過ぎて弱くなったら困るけど、バクシさんに限ってそれは無い。

 強いて問題にするなら、どうも菊花賞を前にしても話題に上ってない事が気になった。

 毎年今の時期になれば、最後のクラシックを飾るレースの予想をどこのテレビ局でも流しているけど、今月に入ってから全く見ない。

 レース雑誌やレース新聞はそれなりの大きさで扱っていても、世間の目は菊花賞には向いていない。

 クイーンちゃんを始めとした面々を、粗雑に扱っているように思えて多少不満を感じる。

 やはり、二冠達成したウオーちゃんが不在なのが理由か。

 昨日、ウオーちゃんは今年いっぱいの休養を正式に発表した。これまで精力的な治療をしていたが、完治は間に合わなかった。辛い決断だったが本人こそが一番辛かっただろう。

 来年どうするかは、まだ話が聞こえてこない。でもシニアに上がってきたら、その時は全力で俺かクイーンちゃんがお出迎えしてあげるとしよう。

 

 さて済んだ事は脇に置いて、自分達のトレーニングが優先だ。

 俺は来月の初週にオーストラリアのG1メルボルンカップ、クイーンちゃんは今月に菊花賞を控えているから、今日もトレーニングに余念が無い。

 ダンも秋天皇賞があるが、今日はちょっと調子が良くないから大事を取って休息を取っている。バクシさんとガンちゃんは、レースが終わったばかりだから休みだ。

 そういうわけで今日は、俺とクイーンちゃんと、ジャンの三人で外にランニングに出ている。

 ただのランニングなんだが、俺とクイーンちゃんは気が抜けない。何しろ――――――

 

「あーネコー!待てー!」

 

「待つのはお前だジャン!」

 

「またですか!」

 

 手のかかる後輩がいるから、常に気を張り詰めて走らないといけない。

 ジャンは猫や犬を見かけたら、無性に追いかけたくなる癖があって、時には車に乗った犬を追いかけてはぐれた事もあった。

 そんなわけでこいつとトレーニングする時は、必ず一人にせずに誰かと一緒に行動させていた。

 散歩中の猫を追いかけようとしたジャンの首根っこを掴んで、飛び出すのを防いだ。これで今日は三回目だ。

 正直こいつと一緒に外にランニングは行きたくないが、今日は学園の設備は全部他の子が使って、外でランニングか筋トレするしかなかった。

 最悪腰に紐でも着けて、犬の散歩のようにしようか、そろそろ真剣に検討しようかと考えながらランニングをしていた。

 

 それから気の抜けないランニングを続けて、そろそろ折り返しで学園に帰ろうかと思った時。

 

「あー、トウカイテイオーさんだー」

 

「はいはい、トウカイテイオーな…ん?」

 

 駆け出しそうになったジャンの首を掴んだまま、視線の先を追うと、確かにウオーちゃんがセグウェイに乗って、どこかに向かっているのが見えた。

 

「本当ですわ。どこに行くつもりなんでしょうか」

 

「気になるなら本人に直接聞いてみようか」

 

 俺はジャンを放して、ウオーちゃんを追いかけて声をかけた。

 

「アパオシャさんとマックイーン」

 

「たまたま見かけまして、どちらに行くのか聞いてもよろしいですか?」

 

「うん、秘密にすることじゃないから良いよ。うちのライスが怪我をして入院してるから、そのお見舞い」

 

「あの子か。せっかく芙蓉ステークス勝てたのにな」

 

 スプリンターズステークスの前日にあったOP戦を勝って、ウイニングライブが終わった後に痛みに気付いたとゴルシーから聞いている。

 

「今チームで暇なのはボクだけだからね」

 

 ウオーちゃんは自虐的な笑みを作る。≪スピカ≫は来週ゴルシーが京都大賞典、カレットちゃんとウオッカちゃんは二週間後の秋華賞を予定している。シャル先輩とサイレンススズカさんはその練習相手だ。

 それでまだ本格的な練習が出来ないウオーちゃんが代表でお見舞いに行くというわけか。

 

「じゃあ私達も一緒にお見舞いに行っていいですか?」

 

 おいジャン。俺達はトレーニングの途中だぞ。

 ただ、怪我人を見舞うのにトレーニングを理由に撤回も気が咎める。それにジャンのニコニコの笑顔を見ると、強い理由も無いのに断るのは何か良心がチクチク痛むんだよ。

 

「それはいいけど…あんまり面白い物じゃないからね」

 

「退屈しているライスシャワーちゃんの気が晴れるなら、少し寄り道してもいいさ」

 

「ジャンさんが言い出したら仕方が無いですわ」

 

 反対意見は出なかったから、急遽四人で見舞いに行くことになった。

 途中、スマホで髭にちょっと寄り道する事を伝えて、見舞いの品にお菓子を購入して病院に着いた。

 病室にはライスシャワーちゃんが右足にギブスを着けて本を読んでいる。ウオーちゃんの次に、こちらを見て驚いた。

 

「やっほーライス。お見舞いに来たよー」

 

「ちょっと邪魔するよ」

 

「う、うん。でもどうしてアパオシャさんやマックイーンさんがここに?」

 

「うちのジャンさんがお見舞いに行きたいと仰って、付き添いで来ました」

 

「だって、病院って走れないからつまらないでしょ。私達が居たら少しは気晴らしになるかなって」

 

 ジャンの打算とか下心の無い笑顔に、ライスシャワーちゃんが泣き出してしまう。

 落ち着いたライスシャワーに、俺達とウオーちゃんからの見舞いの品を渡した。

 

「こんなにいっぱいのお菓子をありがとう」

 

「全部一気に食べちゃダメだぞ」

 

「た、食べないよ!ライスはそんなに我慢弱くないから!」

 

 本当か?普段から結構ご飯をモリモリ食べてるから、病院食じゃ物足りずに間食してるんじゃないの。

 それからお茶を淹れて、軽くお菓子を摘まむ。

 

「――――全治三ヵ月か。順調に治ればクラシックやティアラには間に合うな」

 

「うん。それまでには治って、レースに出たいな」

 

 ガンちゃんと同年デビューだから、勝ち負けは置いておいて、この子も万全の状態で一緒に走れればいいな。

 

「ライスはいけない子だよね。せっかく沢山の人が応援してくれたのに、心配させちゃうなんて」

 

「私達ウマ娘は怪我と切っても切れませんよ。誰しも足に不安を抱えながら走っています。私達だって、いつライスさんのように走れなくなるか分かりませんわ」

 

「そうだよ。ボクだって足折れちゃって、レース走れないんだもん」

 

 クイーンちゃんとウオーちゃんに窘められて、耳がペタンと萎れた。

 二人の言う通り、俺達ウマ娘はいつ足が壊れるか分からないままレースをしている。

 オンさん、カフェさん、サイレンススズカさん、ウオーちゃん。レース中に骨折したウマ娘は珍しくない。ダンも気を付けてはいるけど、いつ怪我をするか分からない。

 デビューしてから一度も大きな怪我も無しに引退出来たウマ娘が幸運と言われるほど、レースは怪我と隣り合わせの競技だ。

 それでも俺達はレースに『何か』を見出して、走る事を止めない。

 隣でライスシャワーちゃんの本を読んでいるジャンだって、ちゃんと目的があって走っている。

 そのためには怪我を治して万全の状態で走るべきだ。レースで怪我をするのはどうしようもない。

 ナリタブライアンが何で身体を痛めたまま、隠して走り続けたのかは知らない。でも、それは間違いだろう。

 体が悪いまま走り、勝ったところで次が無くなってしまったら、何の意味も無いと思う。

 もっとも、それは俺がとびきり頑丈で、怪我知らずだから言えるんだろうが。

 

「日本ダービーで無茶なことやった俺が言えた義理じゃないけど、しっかり怪我を治して、また走ればいいんだよ。ライスシャワーちゃんも、ウオーちゃんもだ」

 

「うん、そうだね。ボクも怪我一つしないのが不思議なぐらい、あそこまで無茶な跳び込みはやらないから」

 

「ライスも頑張って怪我を治して、クラシック勝つから」

 

 その後は三十分ほど話をして、見舞いは終わった。

 帰り道に、ウオーちゃんは俺達に礼を言った。

 

「みんなありがとうね。ライスも喜んでた」

 

「えへへ、それほどでも~」

 

 ジャンが褒められて顔がだらしなくなった。どうもこの後輩はお調子者な所があるからな。悪い子じゃないし、天然でも相手を気遣える性格だから、俺もどうこう言わないけど。

 しばらく無言で歩いていると、急にセグウェイが停まった。ウオーちゃんが降りて、クイーンちゃんと同じ視線に立つ。

 

「――――マックイーン。ボクが居ないからって、気の抜けた走りせずに次の菊花賞勝ちなよ」

 

「勿論勝ちますわ。ですが一つ訂正なさってください」

 

「何を?」

 

「例えテイオーが居ても、私は菊花賞を勝ってます」

 

 クイーンちゃん不敵な笑みでウオーちゃんを射抜く。それが何よりも嬉しかったウオーちゃんもまた、悪ガキめいた笑みで迎え撃った。

 

「ふふん、じゃあさ、来年レースで決着を付けようか。ボクは無敗の三冠バになれなかったけど、無敗のウマ娘にはまだなれるんだから」

 

「いいでしょう!返り討ちにしてあげますわ」

 

 おーおーいいねー。ライバル同士バチバチやりあって。でも、同世代に競い合えるライバルがいるのは良い事だよ。

 俺にとってのライバルは誰だろう?

 ゴルシーは友達でレースを一緒に走っても、そういう感じじゃない。

 となるとナリタブライアンなんだろうが、何となく奴とは走りたくない気持ちがある。

 あるいは俺の頭上を飛んでいる同居者か?……でも何かしっくりこない。アイツとは生まれた時から一緒にいる腐れ縁で、いずれ前を走って負かしてやる相手なだけだ。決してライバルじゃない。

 ――――そうか、まだ決着がついていないのが一人いる。

 

「どうしたのアパオシャ先輩?」

 

「俺にとってのライバルって誰かなーと考えてた」

 

「アパオシャさんのライバルでしたら、ナリタブライアンさんでは?」

 

「俺もそう思ったけど、もう一人居たよ。キュプロクスだ」

 

「その人ってイギリスの―――」

 

「来年また一緒に走るって約束したからね。次は勝ち越すよ」

 

「いーなー先輩達は。私のライバルは何処に居るんじゃろー」

 

「貴女はまだ育成期ですわ。デビューすればすぐに見つかりますとも」

 

 ジャンはののほんとしてるけど、同世代にも強い子が結構多いから苦労するぞ。≪リギル≫のテイエムオペラオーちゃんとかな。

 ガンちゃんとライスシャワーちゃんの世代も粒揃い。大きなレースに出続ければ、いずれライバルと呼べる相手が見つかるだろう。

 互いに切磋琢磨し合って、自分を高め合うのも時には良い事だろうと最近は思うようになった。

 来月のオーストラリアには、そんなウマ娘が居るのかな。少しだけ楽しい気分になった。

 

 



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第78話 勝利の女神の地

 

 

 クラシック三冠の菊花賞が明日に迫った土曜日。

 出走するクイーンちゃんとトレーナーとして付き添うオンさん、それと応援にガンちゃんの三人が昼には関西に出発した。

 来週に短距離G2のスワンステークスを走るバクシさんと、秋天皇賞を走るダンが学園に残った。あとジャンも頑張ってトレーニングしている。

 そして俺と髭トレーナーは今日の夕方の便で飛行機に乗って、オーストラリアのメルボルンに向かう。

 メルボルンカップは十日後の来月初日に開催される。

 前回のイギリス遠征に比べて遅い出発と思われるが、オーストラリアは日本のほぼ真南にあって時差ボケが生じない地理と、現地のフレミントンレース場の芝は日本阪神レース場の芝とかなり似ているのもあって、慣れる時間は少なくて済むとの事。

 出来れば明日の菊花賞を見てから日本を出たかったが、流石にそれは遅すぎるから出発は今日になった。

 午前中まではトレーニングをして、食事をして、荷物を確認したら、もう出発の時間だった。

 出発前に寮でビジンから激励を受けた。彼女も先週、故郷の盛岡開催の『マイルチャンピオンシップ南部杯』を勝ち抜いて、見事G1二冠目の錦を故郷に飾った。

 ゴルシーも同日のG2京都大賞典を快勝した。

 それとセンジは、ダンと同様に秋天皇賞を走る。今年の秋も天皇賞は灼熱のレースになりそうだ。

 俺も必ず友達に恥じないレースをしよう。

 荷物を持って学校の正門で髭と空港まで送ってくれるトレセンスタッフが待っていた。

 

「ごめん、待たせた」

 

「時間前だからいいさ。じゃあ、行こうか」

 

 荷物を車に乗せて乗り込んだ。今回は十日だから荷物もボストンバッグ二つで済んだ。

 

 空港には何事もなく着き、搭乗手続きも二度目でスムーズに行えた。

 意外にも髭はそこそこ海外に行った事があるから、俺より慣れているらしい。

 

「トレーナーになる前は色々と無茶してな。外国に行って、初日から宿が無くて道端で野宿したりもした」

 

「それは無茶っていうか無謀の類だろ」

 

「あの頃は若かったんだよ。もうやれないさ」

 

 おう、そうしてくれ。そして今回は絶対にそんな事は無いから安心しろ。

 何しろ今回は飛行機代と宿泊代諸々は、向こうが全額負担してくれるからな。

 URAとフレミントンレース場を運営するヴィクトリア州レース協会(以下VRA)が互いに、春天皇賞とメルボルンカップの優勝ウマ娘を互いに招待している。

 つまり俺とトレーナーはVIP待遇で招かれる立場にある。

 イギリス遠征の時は自費で向こうに居たから、かなりの費用が掛かってレース賞金もトレセンの取り分の多くが滞在経費で消えたと聞いた。G1優勝したのに経費で賞金が消えるなんて、日本じゃ考えられん。負けてたら思いっきり赤字だったよ。

 今回はそんな心配も無いから、トレセンの経理は胸を撫で下ろしている事だろう。それにメルボルンカップの優勝賞金は、ジャパンカップや有マ記念並の高額だから、俺も楽しみにしている。

 髭の昔話を少し聞いていると搭乗時間が迫り、オーストラリア行きの飛行機に乗った

 

 

 飛行機に乗って十時間ほどでヴィクトリア州メルボルン空港に着いた。時刻は朝七時を過ぎたぐらい。

 機内で睡眠はまあまあ取れた。身体の調子は並程度だ。

 入国手続きを済ませて、改めてオーストラリアの地を踏んだ。

 同居者も窮屈な空の旅から解放されて、広い滑走路ではしゃぎ回ってる。

 前回のイギリスは記者に絡まれたけど、今回は時間が早過ぎて誰も来てないからゆったり出来るぞ。

 フレミントントレセンの迎えは一時間後に来る予定だから、それまでは空港のカフェで朝食となった。

 食事を終えて、暇潰しにこっちのレース雑誌を買って読んでいると、メルボルンカップの記事と一緒に俺の特集も載っていた。

 

「―――日本の脅威再び、だって」

 

「十五年前のデルタブルースとポップロックに1、2決められたのを覚えてたみたいだな」

 

 髭トレーナーの年ぐらいだと割と覚えてるんだろうけど、俺が生まれる前後の事なんて持ち出されても困る。

 それに意外と知られていないけど、日本のウマ娘がオーストラリアへ遠征するのは結構ある。

 ここ数年はちょっと控えられているけど、デルタブルースに続けとばかりに、五年ぐらい前までは頻繁にオーストラリアに出向いていた。ただし勝てた回数は片手で数えられる程度だったが。

 そうして遠征が下火になった頃に、ゴールドカップ優勝者の俺が乗り込んでくるとあっては、警戒心を刺激されるんだろう。

 さらにはサーペントタイタンのリベンジマッチとも煽り文がデカデカと書かれている。

 ゴールドカップに出走してた革ジャンの人だな。ご当地に負けた相手が来たら、今度こそ勝ってほしいと思うファンはそこそこ居るんだろうが、本人はどう思ってるんだろう。イギリスの時には碌に話をした事無いから、そのうち会う機会もあるから聞いてみようかな。

 ある程度時間が経ったら髭のスマホに連絡が来た。お迎えが空港に着いたらしい。

 

 空港の入口には黒塗りのリムジンと、前後にやはり黒塗りのセダンが停まっていた。あと四人ぐらいのサングラスと黒服のウマ娘の方々が周囲を警戒していた。

 さらにもう一人、タイトスカートのスーツの妙齢の栗毛ウマ娘が一歩前に出る。

 

「お迎えにあがりました。アパオシャ様、藤村様。ようこそメルボルンに。お二人の随伴員を務めるフレミントントレセンスタッフのイゼールと申します」

 

「初めまして、アパオシャのトレーナーの藤村です。これからよろしくお願いします」

 

「こちらに居る間は何でも要望を仰ってください。我々で叶えられる事なら全てお引き受けいたします」

 

「これは御丁寧にどうも」

 

 一応こちらが英語で話せる事は向こうのトレセンに伝えてあるけど、最初から日本語で話しているのも、相当俺達に気を遣ってる証拠だな。

 空港から三十分くらいの距離にフレミントンレース場とトレセンはある。

 荷物を全て預けてリムジンに乗る。向かい席にイゼールさんがいる。

 

「―――――十五年以上前、私もこの街で日本のウマ娘とレースをしました。強い人でした」

 

「もしかしてデルタブルースさんと?」

 

 イゼールさんは頷いた。

 

「その時から随分時が経ち、また強いウマ娘が日本からやって来た。うちの国のウマ娘達にも良い経験になります」

 

 まるでお祭りを前にした子供のような、何とも純粋で楽しそうに笑う。自分の国のウマ娘が負ける事になろうが構わない―――そんな感情が漏れ出ているようにも感じられる。

 イゼールさんから、これからの生活の説明を受けながら、段々と街中になりつつある風景を車内から眺めていた。

 それから何事もなく俺達が泊るホテルに着いた。ホテルマンに荷物を持ってもらい、エレベーターで最上階に行く。

 最上階はロイヤルスイートルームが二つあって、俺とトレーナーで一つずつ使えと言われた。アスコットミーティングの時より、さらに待遇がグレードアップしてる。

 

「いい所ですね」

 

「そう言って頂けて幸いです」

 

 街中にあるから利便性が高く、すぐ近くにはフレミントンレース場があり、ちょっと車を走らせればすぐに行ける。レース場のオーナーが理事長を兼ねる、フレミントントレセンも近くにある。

 荷物を部屋に運んでもらって、ちょっと一息ついた。

 

「何かご要望はありますか?」

 

「トレーニングは今日からでも出来ますか。出来れば実際のレース場で慣れておきたいんですが」

 

「申し訳ありませんが、今日はフレミントンレース場はレースで使っていますので、利用は明日以降になります。ここにあるトレーニングジムか、トレセンでしたら幾つかの施設は使えると思いますが」

 

 髭も呼んで意見を聞く。

 

「レースまで慣らす時間は十分ある。今日は移動の疲れもあるから、トレーニングジムで軽く汗を流すだけで抑えておくんだ」

 

「分かったよ。イゼールさん、というわけで今日はホテルから出ずに大人しくしておきます」

 

「分かりました。他にご希望があれば、ホテル内に待機している私に連絡してください。それでは失礼します」

 

 そして俺と髭が部屋に残った。

 

「トレーニングは昼からにしよう。それまでは部屋で大人しくしてるんだ」

 

「分かったよ。機内で寝足りなかったから、少し寝ている」

 

 ボディーガードまで完備してるって事は、勝手に外に抜け出すのもダメって事だろう。ちょっと散歩や買い物にも行けないのは堅苦しいけど仕方がない。

 一先ず部屋でチームの皆や友達に、現地に着いた連絡を入れて昼まで寝て、起きてからホテル内のジムで軽く身体を動かすに留めた。

 そして夕方、日本のオンさんとクイーンちゃんから連絡があった。

 菊花賞は見事に優勝。クイーンちゃんは堂々とクラシックG1ウマ娘になった。

 遠く離れていてもその夜は、ささやかながら俺と髭でお祝いした。

 オーストラリアはカンガルー肉とワニ肉が有名なので早速食べてみた。意外と美味しかった。

 

 翌日からは予定通り、フレミントンレース場でトレーニングを始めた。

 レース場の芝は事前データ通り、日本の芝に結構近くて軽い。これなら雨が降ってもイギリスの重たい芝のようにはならない。

 高低差が殆ど無い、平坦な左回りの長大なコースだから、東京レース場に近い。

 初日はコースと芝に慣れるために抑え気味に走り、それなりの手ごたえは感じられた。

 フレミントンレース場が使えない時は、同じ街にあるフレミントントレセンの練習コースを使わせてもらい、トレセン生と一緒に並走する事もあった。

 その中に一人面白い子がいた。ムラサマという子で、日本語を日本人以上に操る日本大好きウマ娘だった。今週日曜日のG1芝2400メートルのヴィクトリアダービーを走るから気合が入っている。

 それと、なんか日本のゲームが凄い好きらしい。残念だけど俺はゲームを殆どしないから話が微妙に噛み合わないけど、そのうち日本に行ってレースを走ると意気込んでる。

 こういう子が少数でもいると国との交流が盛んになって、レースも今以上に盛り上がると思う。

 そういうわけでメルボルンカップまでの短い時間は、オーストラリアのウマ娘と共に汗を流した。

 

 



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第79話 あと一歩が足りない

 

 

 メルボルンカップの歴史は長い。元は小さな町だったメルボルンを大きく盛り上げようと、百年以上前に地元名士たちがオーストラリア一のウマ娘レースを開催したのが始まりだった。

 当時はまだメルボルンは片田舎の町で、レースもそれほど盛り上がらなかった。

 それでも回を重ねるごとに優勝賞金を上乗せしていくたびに、オーストラリア中から有力なウマ娘が集まった。街が大きく発展した頃には、いつしか近隣のニュージーランドや、かつての本国イギリスからもウマ娘が参加して、オセアニアで最も伝統と華やかさを持つ国際G1レースへと育った。

 メルボルンの人達はそんなレースを殊更に誇りに思い、いつしかメルボルンカップ・カーニバルという祝日にまで制定して、一年で最も華やかな春を彩る祭典になっていた。

 そういうわけで、今日は朝からフレミントンレース場近辺はパレードまで開かれている。

 ホテルの最上階からその様子を眺めて、ちょっと心が躍った。

 

 身支度を整え、昼過ぎにホテルを出た。相変わらずボディーガードの方々とイゼールさんが付いて回る。昨年日本に来ていたモンジューもこんな感じだったのかな。

 髭も今日はいつもの安めの背広ではなく、ドレスコートに対応した、見た目から高そうと分かるフォーマルのスーツを着て決めていた。

 レース場付近まで来ると、いよいよ人の波が目立つようになる。楽団が演奏していたり、人形劇を催したり、パントマイムを演じたりと、そこかしこに催し物が開かれていた。

 

「楽しそうだなー」

 

「アパオシャ様が走るレースこそ、今日のメインイベントですよ」

 

「おっと、そうでした」

 

 イゼールさんから突っ込まれて思い直した。お祭りを楽しむのも良いけど、レースに出て勝つ以上に楽しい事は無かったな。

 いつもと違い、車はレース場の関係者用の入口に横付けしたと思ったら、護衛の一人が赤絨毯を手に持って、車から入口まで広げた。

 

「うわっ、なんか凄い」

 

 ハリウッドスターみたいな扱いに、ちょっとビックリ。

 

「貴女は招待選手ですから、これぐらいは普通ですよ」

 

 そうかなー、そうかも。

 車から降りると、群衆がこちらに気付いて近づくけど、それらは警備員やボディーガードに阻まれて近づけない。

 その間に俺達はレース場に入って、用意された控室に行く。

 昼飯はホテルで済ませてきたから、すぐにレース場のトレーニングルームでウォーミングアップを始めた。

 ルームランナーで走っていると、隣に見た顔が増えた。

 

『オッス!アパオシャ!!調子はどうよ?』

 

『やあ、ペント。調子は良いよ。君こそ土曜日はお疲れ』

 

『頑丈なのがアタイの取り柄だからねっ!今日も優勝目指すよ!』

 

 栗毛の大柄なウマ娘が豪快に笑い飛ばす。彼女はゴールドカップで俺と走った事もあるサーペントタイタン。一週間前にレース場で親しくなり、俺はペントと呼んでいる。

 ゴールドカップの時には殆ど話す事は無かったが、実際に話すとそのサッパリとした性格が好ましい。英ダービーウマ娘として実績もある。

 そして三日前の土曜日に、芝2500メートルのG3アーチャーステークスを二着で走り切ったばかり。それどころか先月は重賞レースを三回も走った。さらに今日もメルボルンカップを走るという、とんでもなくタフネスな女性だ。

 おまけに昨日はハロウィンだったから、そちらも全力でお菓子を配ったり子供達の相手をしたのに、今日も元気いっぱいである。

 

『俺も負けるつもりは無い。勝った方が楽しいからね』

 

『ヘッヘー!!そうだよねっ!勝った方が気持ちが良いもんねー!』

 

 互いにニコっと笑って、拳をコツっと当てる。彼女とはこういう所で気が合う。

 

『ここに来るまで街を見たよ。お祭りが楽しそうだった』

 

『でしょ!アタイも見るのは今日で二度目だけど、華やかで気持ちがウキウキするんよっ!!』

 

 いかにも自分でお祭りを楽しみたいという様だ。

 実はこの人、オーストラリア生まれのウマ娘ではない。元はアイルランド人だったが、二年前にこの国に国籍を移して、今はオーストラリアのウマ娘として走っている。

 アイルランドで生まれ育ち、イギリスのダービーを勝ち、今はオーストラリアのウマ娘として走る。

 一生所属を変えずにそこで走り続ける日本のウマ娘とは、全く異なる思考と帰属意識にはとても驚かされた。ヨーロッパのウマ娘には、こうした国籍ごと変えてしまうケースは珍しくないらしい。

 日本のトレセンにも留学生は何人かいる。逆に日本から外国に留学したり、他国に移住するウマ娘はそんなに居ない。

 どちらが良いかは俺には分からない。でも、世界にはこのような考え方もあるというのを知るだけでも、今後選択肢は大きく増えるんじゃないかと思う。

 日本で走るならそれでも良い。外国で走りたいならそれでも構わない。ウマ娘は何処で走ろうともウマ娘。

 勝ち負けは置いておくが、自分が走りたい場所で走った方が幸せだろう。

 

『ふん、気楽なものね』

 

 俺とペントのルームランナーから一つ間を空けて走っていた、鹿毛のウマ娘が俺達の会話を聞いて、不服そうに鼻を鳴らした。

 彼女はゴールドドリームだったか。今日のメルボルンカップで俺達と一緒に走る。

 

『お祭りにかまけて気が抜けているような相手に私は絶対に負けない!』

 

 怒りすら滲ませる強い口調で俺達を威嚇する。

 ペントと顔を見合わせて、俺は首を横に振った。

 俺とゴールドドリームには大した関わりは無い。精々が二年前にカフェさんが走った凱旋門賞で、先輩より順位が下だったこと。そして去年はフランスのサンクール大賞でエルコンドルパサー先輩に負けた事ぐらいだ。

 そのサンクール大賞の後、フランスからオーストラリアへ移籍した。

 それから日本のウマ娘への対抗心が大きくなり、俺への風当たりが強い。

 面倒だな。勝てないのは自分の力不足だろ。

 

『それは今日のレースを走れば分かるよ。俺達はアスリートだ。口より足で強さを示せ』

 

『っ!!言われなくともっ!!』

 

 ゴールドドリームはそれ以上は何も言わず黙々と走る。

 俺達もそれぞれのペースでレースに備えた。

 

 

 そしてターフの上で多くのウマ娘がレースを、今か今かと待ち望んでいる。

 昨日はちょっと雨が降ったから、芝は大体稍重ぐらいかな。でもグッドウッドカップに比べれば、ずっとマシ。それどころか乾いていたアスコットの方がよほど走り難かった。

 メルボルンカップを走るウマ娘は総勢21人。イギリスのレースの半数、日本のフルゲート18人より、さらに多い数のウマ娘が3200メートルを走り、頂点を決める。

 そのうちオーストラリアのウマ娘は17人。ニュージーランドが3人。そして俺。さて、何が起きる?

 グッドウッドカップの時は十人かそこらだったのに、俺に三人の妨害役が付いた。今回は一体何人が付くんだろうねえ。

 となると、レース中の位置取りが難しくなるわけだ。かと言って俺程度の『逃げ』では死に物狂いで追いかけてくる妨害役に捉えられてしまう。

 いやー見くびられたものだな。

 

 さて楽団がファンファーレを奏でて始まりを知らせた。

 次々走者がスタートゲートに入るのを見守り、暫くその場で待ち続ける。スタッフは怪訝な顔でこちらを見ている。気にせず俺以外の全員がゲートに入ったのを確認してから、おもむろに左の靴を脱いだ。

 

『あの、アパオシャさん。そろそろスタートの時間なんですが』

 

『ちょっと待って。靴の中に石が入ってたみたいだから』

 

 嘘だけどな。こうして間を取って、他の連中の集中力を乱す事は野球でよくある手と、前に試合を見に行った時にクイーンちゃんが教えてくれた。

 そして普通の倍ぐらいの時間をかけて靴紐を結んで、ようやく俺の19番ゲートに入る。周囲が明らかに俺のせいでイラついてのが分かる。ゲートの外に並んだ同居者も、歯を鳴らして俺を咎めた。うるせえよ。

 ――――ゲートが開き、選りすぐりのウマ娘達が飛び出した。俺も遅れず、まずまずのスタートを切った。

 遠くのスタンドからは悲鳴が聞こえた。これは何人か出遅れたか。

 遅れた奴には構わず左側のラチに徐々に寄せていく。

 ただしラチから三人は余裕で通れるぐらいの幅を空けて、わざと抜かせられる位置のまま遅めのペースで走り、最後尾を確保して走る。

 まずはゴール板まで長い700メートルの直線の間、後ろからじっくり観察させてもらおう。

 ――――後団に三人ばかり後ろを気にしながら走るウマ娘がいるな。どれも視線が俺と繋がり、慌てて前に向き直った。ターゲットが気になるのかな。

 その前には青色のショートパンツと肩出しウェアを着た、トレーニングルームで絡んできたゴールドドリームがいる。

 もっと前に目を向けると、二人ばかり先団にも妙に後ろを気にする子がいる。保留と言いたいが、あれもラビットと思った方が良さそうか。

 推定五人の妨害役をこれから追い抜いて、最後に先頭に立つ。

 

「ふふ、グッドウッドより遥かに楽だ」

 

 あの悪条件に比べたら、鼻歌交じりで勝てるレースだよ。

 そのままのペースを維持しつつ、残り2500メートル地点でゴール板を過ぎた。ここからあとコースを一周してくる。

 俺は相変わらず最後尾で、そのすぐ前にはわざと三人がやや広く横並びで壁を作ってる。先頭はすでに最初のコーナーに差し掛かっている。

 先頭から十二~十三バ身ほど離されて、最初のコーナーを回る。その時に何度か壁を抜きにかかってみたが、露骨にブロックをして俺を前に行かせない。体をぶつけられても困るから、まだ大人しくしておくか。

 さらにレースは進み、長いストレートで中間点の1600メートルを超えた。

 さてと、そろそろ本番といこうじゃないか。魂の高ぶりに呼応するように、身体の周りに赤い砂が巻き上げられるイメージが生まれる。

 赤い砂が前を走る三人に絡み付き、途端に動きにブレが生まれる。右の一人は喉を押さえ、もう一人はよろめき、左は恐怖で走りながら嘔吐した。

 大きくなった隙間に身体を滑り込ませるように加速して、容易く一つ目のラビットの壁を抜いた。即席の連携なんて軽く突けば崩せるんだよ。

 ≪領域≫に入り、視界が一気に広まった。他のウマ娘全てが止まっているように見える。

 先頭からは既に十五バ身は離されたか。なら、100メートルごとに一バ身ずつ縮めよう。黒助は中団ぐらいで俺を煽ってるが、今は無視だ無視。

 そのまま少しずつペースを上げて一人を抜きつつ第三コーナーへと入り、緩やかで長大なカーブに突入した。

 カーブの外から一人、また一人と抜き、十五番まで順位を上げる。

 前を走るのは青い勝負服。ゴールドドリームだったな。彼女も俺に気付いて、左右に身体を揺らし始める。何としても俺を抜かせたくないか。

 でも、無駄だぞ。真後ろにピタリと付いたまま、左右に揺れた体の逆に動いて、外側からあっさり並ぶ。それでも彼女は俺に身体をぶつけてでも前に行かせたくなかったようだが、止まって見える相手に当てられるはずがない。

 一瞬早く加速して、逆に俺のいない何も無い空間によろけて失速した。これで十四番手、先頭からは十二バ身。まだまだ先は長い。

 ペースを上げて、さらに二人を抜いた。この時点でカーブの真ん中を超えたぐらい。残りの距離は1000メートル少々。

 まだ三分の一近く距離があるが、スタミナも半分は残っている。もう少しペースを上げても余裕はある。

 後ろは俺の放つ強烈なプレッシャーで、一定距離から入って来られない。ひとまず後続は気にせずともよい。

 脚のピッチ回転をさらに上げて、ジリジリと前にプレッシャーをかければ、今度は前を走る三人が追い立てられたように加速していく。俺もそれに続き、連鎖的に先団のペースが上がった。

 最後のスパートに明らかに早いタイミングで半数が加速を始めた事で、観客達は困惑と同時にヒートアップする。

 後方グループもこのままでは間に合わないと判断して、幾人かは脚を速める。

 高速展開になった集団は一気に最終コーナーを回る。

 450メートルの最終直線に入り、俺に追い立てられた恐怖で、より一層加速していく。中には早々にスタミナが枯渇して脱落していく走者も出た。先行していたペントもその一人だった。

 残り300メートルで俺は八番手。と言っても先団は既に一塊の集団になって、先頭とは既に三バ身差に縮めている。外から一気に抜いてしまえば、それで俺の勝ちだ。

 だがまだ早い。もう少し追い立ててスタミナを枯渇させてやる。

 さらにピッチを上げて先頭集団のケツを蹴り飛ばす勢いで煽れば、残り150メートルで五人がフラフラになって脱落した。あと二人。そして蹴り飛ばしたい黒いケツ。

 楽勝かと思ったが、後ろから猛追する足音が二つ三つ増えた。後続はまだ終わってなかったか。それでこそ国際G1レースだ。

 後ろから末脚を利かせた三人は恐怖に顔を歪めている。でも、決して勝ちを諦めずに走り続ける。

 

「その根性は認めるよ」

 

 ただし、それで勝てれば苦労は無い。

 俺は後続をさらなる絶望に叩き落すため、残るスタミナを全て注ぎ込んだ末脚で一段加速して、前の二人を抜き去った。

 残り100メートルで俺がまだ余力を残していたと知った後ろの一人は諦めた。でも、まだ二人は足掻き、魂を震わせ、追い縋る。

 そして前の同居者は一バ身半を先行している。今日こそ追い越してやるよ。

 もっとだ、もっと速く、速く動け、俺の脚よ。

 走れ、走れ、走れ!風のように、速く走るんだ。

 少し、また少し。ジリジリ近づくにつれて、同居者から余裕が消えていくのが手に取るように分かる。

 あと少しだ。あとほんの僅か――――――――まったく、3200メートルでも短いよ。

 ゴール板を過ぎた時の俺達は大体半バ身の差か。今日は晴れていても芝が少し水を吸ってたから、こいつも相当余裕が無かったみたいだな。

 ―――――今日は笑わないのか?―――ふふん、そろそろ負けを覚悟しろよ。

 おっと、レース場の客に少しは愛想を振りまかないとな。

 天に拳を突き上げれば、十万を超える観客が拍手と俺の名で応えてくれた。たまに少数が俺にブーイングをしてくるが、オマケとして貰っておいてやる。

 二着はゴールドドリームかな。俺が居なかったら勝てたぐらいには強かったか。

 ペントは………ドベ争いしてたか。三日前のレースの疲れが残ってたのかも。レーススケジュール見直した方が良いんじゃないのかな。

 

 レースが終われば、後はウイニングライブだ。ここも一日のレースが全部終わってから纏めてライブする方式だから、一旦控室に戻って休みを取った。

 オーストラリアのライブはイギリスに似ているように見えて、もっとド派手でエネルギッシュ。ファンも品が無い分だけ熱狂的で、俺達ウマ娘達もまたダイレクトに喜びを伝えられるライブになった。

 

 翌日の水曜日にレース場で表彰式が開かれて、優勝カップを手渡された。

 これでオーストラリア遠征は終わり―――――ではなく。招待選手として土曜日のレースを見届けるのが予定に含まれている。よって日本に帰るのは日曜日まで待たねばならない。

 レースが無い日は、ホテルで学校に居る時と同じようにタブレット端末を使って勉強したり、空いた時間はちょっと街を観光して、土産を買いこんだ。

 そうそう、髭がレースが終わるまで伏せていたが、先週末のダンとバクシさんのレース結果を教えてくれた。

 バクシさんのG2スワンステークスは、スプリンターズSに続いてレコードを更新して圧勝。もはや国内の短距離で、バクシさんに敵うウマ娘は誰も居なくなった。

 そして秋の天皇賞は、驚いた事にセンジがこれまたレコードを出して優勝してしまった。才能ある同期なのは分かってたけど、まさか天皇賞を勝つとは思わなかった。

 ダンは二着となり、またしてもメジロ家は至高の盾を逃した。それでも、よく頑張ったと俺は言ってやりたい。

 センジには初のG1勝利の祝いって事で、オーストラリア土産を奮発してやるか。

 

 それから土曜日のレースを観戦して、翌日の朝には予定通り、飛行機に乗ってその日のうちに日本に帰国した。

 

 



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第80話 果たし状

 

 

 朝にメルボルンから飛行機に乗って、その日の夜にはトレセン学園まで戻って来た。移動だけで大半の時間を使って疲れた。

 しかも空港で待ち構えていたマスコミがしつこくて困った。後日学園で記者会見するって通達したのにコレだ。

 さすがに学園までは許可無しに入って来られず、やれやれだ。

 寮の前でトレセンスタッフに車を停めてもらい、荷物を全部持つ。

 

「お疲れさん。明日からまだ学校あるから、今日は早めに休むんだぞ」

 

「分かってるよ。トレーナーも半月付き合ってくれてありがとう」

 

「これも仕事の内だから気にするな。じゃあ、お休み」

 

 寮に入って、半月振りの自室に帰って来られた。

 部屋にはウンスカ先輩は居ない。夕食か風呂に居るのかな。とりあえず荷物を全部床に置いて、土産の一部を持って夕食を食べに食堂に行く。

 食堂に行ったら、みんなに囲まれてお祝いされた。ウンスカ先輩やビジン、クイーンちゃん以外のメジロ家の三人、グラスワンダー先輩とエルコンドルパサー先輩、それ以外にも沢山のトレセン生に祝ってもらえた。

 その返礼にオーストラリア土産のお菓子を自由に食えと、どっさり渡した。

 土産に気を取られている間に、夕食の鯵の干物と味噌汁やらご飯を持ってきて食べる。

 あー半月ぶりの和食が美味い。メルボルンは海が近いから魚も食えたけど、やっぱりこういう料理が恋しくなる。

 

「私達はテレビで視聴しましたが、オーストラリアのレースはいかがでしたか?」

 

「春の天皇賞とよく似てて結構走りやすい芝でしたよ、グラスワンダー先輩」

 

「普段とレース運びが異なっていたので、私達はヒヤヒヤしながら見ていましたよ。タキオンさんは余裕の笑みを浮かべてましたが」

 

「悪いなダン。後ろからじっくり全体像を観察してから動きたかったんだ。二十人越えのレースも初めてだったからな」

 

「でも勝でで良かっだぁ。お疲れさまです」

 

 それから皆で、これまでの半月の事を情報交換しつつ、腹一杯に米と魚を食べた。

 風呂に入って部屋で荷物の整理をして、ウンスカ先輩には個人的に土産を渡す。

 

「今度は何かなー♪おーハチミツだね」

 

「ユーカリのハチミツです。オーストラリアっぽいでしょ」

 

「いつもありがとうね。あっ、そういえば手紙が一通来てたから、机の引き出しの中に入れておいたよ」

 

 手紙ねえ。ファンレターの類は殆ど学園が止めて検閲した後に俺達の手に届けられるから、個人的な手紙って事か。

 とにかく引き出しを開けて、入ってた手紙を手に取って首を傾げた。

 

「エアメール?イギリスからか。差出人は――――えっと、モーニングスター?でいいのか」

 

 モーニングスターといえば、ゴールドカップで共に走ったイギリスのウマ娘だが。手紙を貰うほど仲は深くはないはず。

 ともかく中身を読んでみるが、英語の筆記体だからクッソ読み辛い。こういう時ぐらい日本語で書いて送らないのが気取り屋だって思われるところだぞ。まあ、何とか読めたけど。

 

「ラブレターだった?」

 

「11月に日本に行くからまた会おうって」

 

「今月………確かそのイギリスの子はジャパンカップにエントリーしてるよ」

 

 遊びのお誘いじゃないな。んー、もしかしてこれ、果たし状とかの類なのか。

 

「俺とジャパンカップで走りたいって事?俺エントリーすらしてないのに」

 

「前もってリサーチせずに書いて送っちゃったのかな。うっかりさんだねー」

 

 手紙を書いた本人にとっては笑えないんじゃないですか。意気込んで日本に来たら、俺が走らないんだから。でも他に強い奴は沢山走るから満足はすると思うぞ。

 

「俺が走る義務は無いけど、放っておくのもなー。今はレース疲れも無くて、ジャパンカップは賞金高額だから一度ぐらい走ってもいいし」

 

「アパオシャちゃんは元気だねー」

 

「オーストラリアのウマ娘ほどじゃないですよ。あいつら月に三回レース走りますよ。しかもG1含めた重賞で」

 

「私はオーストラリアに生まれなくて良かったよ」

 

 一旦この話は明日に持ち越そう。今日は疲れたから、風呂に入って早めに寝る。

 

 

 翌日、クラスメイトのみんなにお土産を配って、いつもの日常に戻った。

 放課後はチームの部室に顔を出す。髭から数日は休めと言われたからトレーニングはしないけど雑用ぐらいはやれる。

 天皇賞を走って疲れの残るダンと一緒に、ドリンクやタオルを用意したり、器具の準備を行う。

 今月うちのチームは、ガンちゃんが京都ジュニアステークス、バクシさんがマイルチャンピオンシップを走る。

 チームはいつになく気合を入れてトレーニングに励んだ。

 それもそのはず、マイルチャンピオンシップはバクシさんの引退レース。最後のG1レースとなれば、絶対に勝ってもらいたい期待が上乗せされて、全員がタラタラとトレーニングなんてしていられない。

 時間一杯まできついトレーニングを続けて、日が暮れてようやく一息ついた。

 片づけを終えて、部室で皆が着替えている間、外で待ってる髭トレーナーに相談を持ち掛けた。

 

「今月のジャパンカップだけど、うちのトレセンは今のところ誰がエントリーしてる?」

 

「ジャパンカップか?お前が気にするような相手ならナリタブライアン、スペシャルウィーク、ゴールドシチー、ユキノビジンあたりが出走願いを届けている」

 

 ふむ、結構な連中が出るか。ナリタブライアンも安田記念から痛めていた腰の治療が終わっている。復帰レースとなれば気合も入る。

 シャル先輩も昨年のジャパンカップ王者として油断ならない。

 そこに海外勢が加わるとなると、2400メートルの短い距離で必ず勝てる見込みは無いな。

 

「どうした、走りたくなったのか?お前なら有マ記念を選ぶと思ったが」

 

「有マ記念はちゃんと走るよ。その前に走れるか考えてる」

 

「お前なら怪我は無いと思うが、あまり無理はしない方がいいぞ」

 

「分かってるよ。来週初めまでにはレースに出るか決める」

 

 どうしようかなー。

 

 翌日はゴルシーとセンジにオーストラリア土産を渡して、秋天皇賞勝利を祝い、メルボルンカップ勝利を祝われた。そしてビジンも交えて一緒に昼ご飯を食べる。

 今日のカフェテリアはイタリアンフェアという事で各種スパゲティやラザニア、マカロニグラタンにパニーニが並んでいる。ピラフもある。

 みんな食べたい物を好きなだけ取って席に就く。

 

「やっと皆においつけたし!あたしってすげえよね?」

 

「勿論っしょ!あんたは凄く強いウマ娘よ」

 

「はいでがんす!」

 

「俺も元からセンジは強いと思ってたぞ」

 

 みんなでセンジを褒める。G1勝利の数は俺達の中では一番少ないけど、そもそもG1勝てる時点で中央トレセンでもトップクラス扱いになるんだから、本人の言う通り凄いウマ娘だ。

 

「でもアパオシャはもっとヤベェんだけどね。あんた、G1何勝目よ?」

 

「海外分を含めたら六勝目だな。そろそろシンボリルドルフ会長の背中が見えてきた」

 

「はえー。やっぱりアパオシャさんはすげえべ」

 

「国内長距離じゃ敵無しよね。次はやっぱり有マ記念行く?」

 

 ゴルシーの問いに、俺は分からんと答えた。

 

「ジャパンカップを走るか迷ってるんだよ。あんまり疲れてないから走れるけど、中距離で勝てるかは微妙だからな」

 

「げっ!あんたまだ走る気ぃ!?あたしはクタクタで、今年はもうパスするのにありえねえし」

 

「アパオシャさんとは、まだ一緒に走った事ねえがら、あたしと走ってくんなしぇ!」

 

「アタシも春天皇賞の負けを取り返したいから走りなよ!」

 

 ビジンとゴルシーに言われたら、否とは言えないか。モーニングスターの事もある。それに有マ記念と距離はほぼ同じだから、前哨戦にも使えると思えば悪くない。

 

「分かったよ。俺もジャパンカップを走る」

 

「アパオシャさんとレースなんてぇ、はっかはっかします!」

 

 そうと決まったら、今日から練習再開だな。

 

 

 次の日曜日は関西でエリザベス女王杯が開かれた。≪スピカ≫からはカレットちゃんが出走した。本当はウオッカちゃんも出る筈だったが、不運にも前日に足を挫いて出走取消になってしまった。幸い怪我自体は大した事無く、三日もあれば完治する程度だった。

 唐突にライバルが居なくなったカレットちゃんは、それでも懸命に走った。

 そして数いるシニア勢を下して、昨年のゴルシー同様にクラシックでエリザベス女王に輝いた。

 惜しくも二着はクラチヨさん、三着四着にはカワカミプリンセスさん、スイープトウショウさんのシニア最年長ライバルが入った。

 これでカレットちゃんは桜花賞、秋華賞と合わせてG1三勝目で、ライバルの勝ち数を上回った。これにはウオッカちゃんも物凄い悔しがって、急遽ジャパンカップ出走を表明した。

 ≪スピカ≫は三人出走とは。ライバルがまた増えた。

 

 



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第81話 チームの勝利

 

 

 十一月の最終日曜日の朝。そろそろ朝が寒くて布団から出たくないが頑張って起きる。

 カーテンを開けて外を見る。昨日降り続けた雨も何とか上がり、僅かな雲の隙間から朝日が差し込んでいる。

 これなら東京レース場も満員御礼か。せっかく世界中から走りに来てくれたんだから、盛り上がる中で走って欲しい。

 

「さて、今日は勝てるかなー」

 

 今日も余裕のレースとはいかない。準備をし過ぎて困る事は無い。

 

 

 午後二時。学園でウォーミングアップを済ませて、隣の東京レース場へ歩いて向かう。

 今日は近いのもあってチーム全員が応援に来てくれた。

 

「私は負けてしまいましたが、アパオシャさんは頑張ってくださいっ!」

 

「はい、バクシさん。きっと勝ちます!」

 

 先週引退したバクシさんの激励が心に響く。最後の引退レースと定めたマイルチャンピオンシップ。残念ながらバクシさんは三着に終わった。せめて最後にマイルG1を勝ちたかったが願いは叶わなかった。勝負の世界は厳しいのは分かっていても、割り切るのはなかなか難しい。それでも勝者にケチを付けるなんてことは絶対にしない。

 そして勝ったのが、しばらく勝ちに恵まれてなかったエルコンドルパサー先輩。これでフランスの凱旋門賞で負けて以来のスランプから見事に脱したわけだ。

 二着はハッピーミーク。今年は六戦してまだ一度も勝てていない。断っておくがG1を五戦して、全て三着以内には入っているから成績自体は非常に良い。ただ、常にあと一歩が足りないから、どうしても勝てない。他人事ながら惜しいと思う。

 まあ、よその事はよそが解決すればいい。それよりうちのチームの事だ。

 

「ガンちゃんもレース終わったばかりで、すぐに帰ってきてくれてありがとう」

 

 ガンちゃんは昨日阪神レース場で京都ジュニアステークスを勝って、ジャパンカップの応援に間に合わせるために昼には戻って来た。嬉しいねえ。

 

「ふっふーん。マヤちんはワクワクするレースがあれば、どこでも飛んで駆け付けるよ!」

 

 胸を張る後輩の頭を撫でる。相変わらず可愛いよ。

 そのままみんなとレース場に行けば、さっそくファン達に囲まれシャッター音の嵐に見舞われる。

 彼等の声援と視線の中を通って、チームの皆と別れて選手控室に行き、勝負服に着替えて出番を待つ。

 時間になり、パドックへ向かう。

 パドック裏で待つウマ娘の半分以上は外国出身者で、勝負服も国際色に富んでいる。

 その中に紫の燕尾服を着たモーニングスターも居る。俺を見て、無言で手を胸の前に置いて一礼した。レース前に言葉は要らないか。

 それから16人がそれぞれの順番で客に顔を見せた。もっとも声援が大きいのは昨年覇者のシャル先輩。当然、今日は一番人気を誇る。

 俺も五番目に姿を見せて、大きな声援を貰った。

 地下通路を通ってコースに出る。芝を確認して無意識に顔が渋くなった。

 

「コースが酷い…」

 

 明け方まで降っていた雨を吸って芝がまだ重い。それに昨日からのレース続きで、コースの芝が剥げて凸凹だ。内ラチ側は特にひどい。

 内側は避けた方が却ってロスが減るか。

 同居者は濡れた芝を嫌って今日は見物か。邪魔な奴が一人減って清々したよ。

 今日のレースプランを即興で考えていると、ナリタブライアンが傍に来た。

 

「身体はもういいのか?」

 

「ああ、アンタに勝てるぐらいには回復した」

 

 言うねえ。でも、病み上がりでレース勘が鈍ってるかもしれないぞ。

 でも、それは走った五分後には結果が出るか。

 ファンファーレが鳴り響き、それぞれのタイミングで走者がスタートゲートに入る。

 今回は無駄に遅滞戦法はせずに、早めに5番ゲートに入った。

 

 ―――――ゲートが開き、すかさずスタートダッシュを決めて前へと急ぎ、200メートル地点で先頭に立つ。コースの内側を走らず、やや中央に寄せたラインを維持する。

 二バ身後ろにはモーニングスターとビジンが張り付いている。

 そのままハナを取り続けて、最初のコーナーに入った。

 コーナーの曲面を利用して後ろを見ると、思った通り他の走者も内側を避けて大回りで走っている。

 ナリタブライアンは六番前後で、ゴルシーは大体真ん中。ウオッカちゃんとシャル先輩は後団で様子見。

 しばらくは俺がレースを作っていいわけか。

 それじゃ、ちょっとペースを上げよう。

 少しずつ加速を初めて、第二コーナーが終わった頃には全体に伸び切ったレースになっている。二番手とは差が開いて四バ身ぐらいある。

 長い直線に入ってから、気持ち速度を落として追いつかせてから、再度加速をする。こうなると後続はペースが正しいのか疑いが生じる。特に外国のウマ娘は日本の芝に慣れておらず、芝の重さもあって自分の感覚を信じきれない。

 中間点の1200メートルを過ぎた。そろそろ本気を出して行こうか。レースの高揚感が魂を震わせ≪領域≫へと入る。

 体の感覚が広まり、後ろを走るビジンとモーニングスターが息を呑む仕草すら、我が身のように感じられる。

 そのまま第三コーナーへと突入。後ろは俺との距離を一定に維持したまま近寄ってこない。分かってるよ、俺の背中が怖くて仕方ないんだろ。

 悪いなビジン。友達でもレースで舐めた真似はしたくないんだ。

 と思ったら、モーニングスターとナリタブライアンは徐々に差を縮めてくる。そうか、アンタ達は恐れを知っても前に向かっていけるか。

 良いだろう。なら気の済むまでとことん走ろう!

 唇を噛み切って血を流しながら恐怖を誤魔化して、端整な顔を歪めつつも、なお俺に食い下がる二人を引き連れて走る、走る、走る。

 そうだ!もっと喰らい付いてこい!せっかくの国際G1だ、このままで終わったりしないでくれよ。

 最後の第四コーナーに入った。その時、後ろからガンガン追い込みをかけて俺達に近づく影が一つ増えた。

 金糸の美しい髪に泥を付けてでも、お構いなしに大荒れの内側から最短を抜いてゴルシーが俺の隣に並んだ。

 しかしその顔は恐怖を感じていない。赤い砂塵も彼女の体には纏わり付かない。

 ――――ああ、そういうことか。横に離れ過ぎていて、プレッシャーを受ける範囲の外なのか。≪領域≫の意外な盲点だったよ。去年の日本ダービーをそっくりやられたようなものか。

 俺は脚が突出して速いというわけはない。しかも常に大回りで走り続けているから、ゴールドシップ先輩仕込みの、常人より長い脚を活かしたゴルシーの走りの方が断然早く走れる。

 けど、あの悪路を走るのか。芝が剥げてぬかるんだ泥道を全力で、しかも滞空時間の長いその走法は、一歩間違ったら着地時に滑って転倒する危険を孕んでいる。俺なら可能な限り避ける手段だぞ。それを躊躇無く実行するんだから大した奴だよ。

 それでも最短距離を走るメリットは殊の外大きく、俺を抜いて先頭を取った。

 最終コーナーを抜けて、あとは最後の直線500メートルを残すのみ。

 ゴルシーはコース内側から、やや外寄りに寄せてきた。だがもはや最終直線を残すのみで、≪領域≫のプレッシャーの影響を受けようが関係無い。距離が短すぎてスピード出せない俺では、このまま逃げ切られる。

 ふざけるなよ。負けてたまるか。

 脚のピッチ回転を上げて無理矢理スピードを上げる。だが、それでもゴルシーとの差は縮まらないし、大外からナリタブライアンが黒い影を纏って追従する。

 残り200メートル。ここで左耳がさらに嫌な音を拾う。水を吸った泥がベチャベチャ撥ねる音と共に、二種類の足音が増えた。

 今度はアンタらかよ、シャル先輩、ウオッカちゃん。内ラチギリギリから強烈な末脚を利かせて、グングン順位を上げていく。

 まるでゴールドシップさんの皐月賞と同じだ。≪スピカ≫はどいつもこいつも頭のネジ二~三本抜けてるだろ。

 先頭のゴルシーを筆頭に、俺、シャル先輩、ウオッカちゃん、ナリタブライアン、モーニングスターが一団となって最終直線を駆け続ける。

 残り100メートルでもゴルシーとの差は半バ身開いたままだ。それどころか光を伴ったシャルさんが僅かに俺の前に出た。

 くっそ、どれだけ脚を動かしてもこれ以上速度が出ない。

 一歩走るごとに猶予が失われていく。まだだ、まだ俺は走れるんだぞ。

 けど、無情にもゴール板が迫り、俺は友達の背中を見ながらレースに負けた。

 泥だらけになっても美しさは微塵も損なわれない。勝利者だけが纏う気高い美がそこにある。勝者となったゴルシーに、十万を超える観客は惜しみの無い拍手と声援を送り続け、彼女もそれに応えた。

 掲示板を見れば、シャルさんが二着で俺が三着。ウオッカちゃんが四着、五着がモーニングスターか。

 ナリタブライアンが着外とはな。療養で調整不足だったのか。

 

「まったく、今日は≪スピカ≫にやられたよ」

 

「やっとアパオシャに勝てたっしょ!!アタシ凄い!」

 

 しかもこんな大舞台で勝つなんてな。

 考えてみれば俺が≪フォーチュン≫に育てられたように、ゴルシーやシャル先輩も≪スピカ≫に育てられたんだ。弱い筈が無い。

 

『日本のウマ娘はみんな強い。こんなレースを続けていたら、君が強くなるのも分かる』

 

『お疲れ。日本のレースも良いだろ?』

 

 モーニングスターが泥の付いた顔を袖で拭う。負けて悔しいと描いてあるが、同じぐらい満ち足りた顔をしている。

 

『そうだな。また鍛えて来年走りに来よう』

 

 そして俺に手を差し出したから、握り返した。

 レースが終われば、あとはウイニングライブだ。多少泥が付いたままでも、勝利の武勲として栄える。

 

 ライブが終わって、着替えてから学園に帰った。部室で俺の残念パーティーを開いてもらい、そこそこ楽しんだ。

 悔しいと聞かれたら悔しいが、こういう時もある。というか今日は負けるべくして負けたレースだったと思うから、納得もしているし、ゴルシー達を褒めた方が正しい。

 よし、切り替えていこう。来月の有マ記念を勝てばいい。どうせナリタブライアンだって走るんだ。今度はしっかり調整してくるだろうし、こちらも万全の状態で迎え撃とう。

 

 



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第82話 今年の最強決定戦

 

 

 師走とは、僧侶がお経をあげるために東西を馳せる月という意味がある。

 と言っても俺達ウマ娘の一部もまた、一年の総仕上げとしてレースを走る事になる。

 本日は十二月二十四日。世の中はクリスマスムード一色に彩られて、街にはケーキとローストチキンで溢れ返る。

 日本のお父さん達はサンタクロースの代わりにプレゼントを用意して、子供達の靴下にこっそり仕込む準備をしている事だろう。

 雪が降る肌寒い年末も、俺達ウマ娘にかかれば汗ばむ大イベントに早変わりだ。

 ここ中山レース場は今日は一年で最も熱くなる。ウマ娘の最大のグランプリ『有マ記念』があと数時間後に迫っていた。

 

 早めの昼食を取って、レースの合間にちょっと動いて体をほぐすために歩いていると、レース場ですれ違う客達に写真を撮られるのにも、そろそろ慣れてきたな。

 昼前でも既に十万人近いファンがレース場に押し寄せて、人の熱気で冬でも暑いとさえ感じる。

 有マ記念はファン投票で出走する選手を選出する。上位十名から出走届を出した者を優先して選ぶ。

 俺は僅差で一位にいる。二位には先月にジャパンカップを勝ったゴルシー、三位はウオーちゃんという具合だ。

 海外で派手に勝ってもそこまで人気が出ないな。俺は強くてもスター性に乏しいから仕方ないけど。

 四位以下には、ナリタブライアンやシャル先輩、ウオカレコンビも入っている。

 そしてURA直営店には、そうした人気ウマ娘のグッズがたくさん売れている。しかも今日の有マ記念限定グッズは、午前中で粗方売り尽くして謝罪の札が何枚もぶら下がっていた。URAは儲かってるねえ。

 そうでなかったらレースの優勝賞金に四億円なんて大金を出したりはしないか。

 トレセン学園に預けられている俺のレース賞金が膨れ上がり、グッズの相応に売れていて、動画配信サービスの利用料の一部も一緒に入ってくる。

 普通の人なら見た事も無い数字が積み上がっていた。それだけの金を子供に持たせたくない学園の気持ちがよく分かるよ。

 今も小学生ぐらいの二人組のウマ娘の子達がグッズを眺めている。

 

「うーん、やっぱりテイオーさんとマックイーンさんの限定グッズは無いね」

 

「二人とも今日は走らないから、しょうがないよ。来年ならテイオーさんもきっと治るから、その時まで待とう」

 

「そうだね。治らない怪我なんて無いもんね」

 

「今日はせっかくすごいレースを見に来たんだから、そっちを楽しもうよ」

 

「うん!それじゃあ今のうちにご飯食べに行こう!」

 

 黒髪と茶髪のウマ娘の子達は元気よく走って行った。あの子達ももしかしたら将来、中央トレセン学園に来るかもしれないな。

 俺もあの子達をガッカリさせないレースをするか。

 

 準備の時間はあっという間に過ぎ、いよいよ有マ記念の始まりは数分後に迫った。

 ターフの上には日本のウマ娘の精鋭中の精鋭が、スタートを今か今かと待ち望んでいる。

 今年シニア三年目。かつてクラシック三冠を掴み合い、日本を大いに沸かせた三人組BNW、ナリタタイシンさん、ウイニングチケットさん、そしてビワハヤヒデさん。彼女達は今日が三人揃ってのラストランになる。

 俺のルームメイトのウンスカ先輩。

 同世代には、究極の汎用性を誇るハッピーミーク。

 G1においては勝てずとも常に善戦し続けるナイスネイチャ。そのチームメイトであり、今年十戦を走りながら故障知らずの≪鉄の女≫イクノディクタスさん。

 そして俺にとってライバルと言える存在。現在G1を四冠手にした、昨年の有マ記念覇者、ナリタブライアン。

 それ以外にも重賞勝利者、G1入賞者など、総勢十六人の優駿が己の勝利を疑わずに集まった。

 俺もその一人として己の勝ち筋を始まる寸前まで模索する。

 天気晴天、風は弱し。芝は乾いて足は取られない。心身ともに充実している。最高の形でレースに臨める。

 同居者も晴れ晴れとした空の下、我が物顔ではしゃいでいる。けっ、余裕だな。今に見ていろよ。

 晴天下のレース場にファンファーレが鳴り響く。よし、そろそろやるか。

 他の出走者のスタート位置を確認してから1番ゲートに入る。

 あと三分足らずだ、意識を切らすな。

 

 ――――――いいスタートを切れた。今日は外側の下り坂からスタートだから、素早く右側の内ラチに張り付くようにラインを取って加速する。

 他の走者達も段々と、それぞれのペースで集団を形成して、探り合いを始めた。

 今日の俺の位置は先頭。すぐ後ろにはウンスカ先輩が張り付いている。

 いつもは先輩がペースを作ってレースをコントロールするけど、今日は似たタイプの俺が側に居るから、勝手が違ってやりにくそうだな。

 最初のコーナーで後ろを少し見る。俺とウンスカ先輩の後ろには、三バ身離れて四人が先行集団を作っている。三番手がイクノディクタスさん、四番がビワハヤヒデさん、ナリタブライアンは六番手か。

 さて、ちょっと揺すってみるか。俺は短い直線でペースを上げて、後続を引き離しにかかる。

 後ろの先輩はすかさず追従して、先団の二人がそれに倣った。後方もそれに引きずられる形で何人かが加速を始めた。

 そのまま第二コーナーへ入り、今度はペースを落として、ウンスカ先輩にわざと抜かせて二番手に下がった。

 先輩はコーナーが終わってから、ペースを上げた。

 しかし最初の登坂の手前で、今度は意図的に減速して俺に先頭を譲った。狐とタヌキの化かし合いってわけか。いいねえ、受けて立とう。

 坂を先頭で登り、そして徐々にペースを落として、後続のイクノディクタスさんとビワハヤヒデさんとの差を縮めさせる。けれども、先頭までは決して譲らない。

 坂を登り切った後はすぐさま加速する。徹底して揺さぶりをかけて、スタミナを削り切ってやるよ。

 第三コーナーに入って、第四コーナーを周り終えるまでペースを上げ続けて、最後尾まで十五バ身は離れた伸び切った状況にする。

 向こう正面の長い下りストレートに入った。さて、ここらが中間点だろう。準備運動はこれぐらいにしようか。

 俺の周囲に赤い砂塵が舞うイメージが生まれ、後続を覆い隠すかのような砂の幕を作り出す。

 魂が高揚して全身の血が沸騰するかのような熱を持ち、反対に頭だけは氷のように冷える。

 背中に目が生えたような感覚が広がり、後ろの状況ががよく分かる。

 ビワハヤヒデさんとイクノディクタスさんは息を呑み、俺を避けるようにペースを落とした。

 ウンスカ先輩は外側にラインをずらして、無理にでも俺を追い抜いて先頭を奪う。

 ナリタブライアンはやや離れているな。まだ≪領域≫には入らず、仕掛け時と思っていないなら想定通りだ。

 下り坂を利用して加速を始める。後続はさらに離されて、今や俺とウンスカ先輩の二人旅になりつつある。

 そのまま第五コーナーへと入り、徐々に後方がペースを上げて追い上げを開始する。

 ――――来た。ナリタブライアンが最終コーナーに入った瞬間に、彼女の身体から黒い影が生まれた。

 地を這うような低い体勢に黒い影を纏わせた姿は、さながら獰猛な狼の如く周囲を慄かせた。

 そして大外から一気に前集団を抜き去って、俺を食い殺さんばかりに強襲する。

 ジリジリと差を縮めて、最終コーナーの終わりがけには、三バ身まで詰め寄られている。

 このペースで行けば俺は抜かれる。

 ――――なら抜かせなければ良いだけだ。

 俺は最終直線に入る寸前にナリタブライアンの進路の前に位置をずらした。彼女が右にラインをずらせば、一瞬の遅れも無く俺も右に動く。左ならやはり左。

 並ばれたら抜かれるなら、絶対に並ばせない。このままゴールまで、俺の背中の黒い太陽を見続けてもらうぞ。

 見えない綱で繋がれたように、俺とナリタブライアンは左右に位置をずらしながら最終直線を走り続ける。同じ≪領域≫に入った者同士、プレッシャーは互角。追われる重圧は全く意味をなさない。ウンスカ先輩はとっくに抜き去って知らん。 

 残り200メートルで最後の登坂に入る。この頃には前半に抑えていた後方が一気にスパートをかけて追い込みをかけてくる。

 ハッピーミーク、ナイスネイチャがガンガン順位を上げてくるが、もう間に合わんぞ。≪領域≫に入ったビワハヤヒデさんもだ。

 100メートルの坂でさらに脚のピッチ回転を上げて、左右に動いて絶対に並ばせもしなければオーバーテイクをさせない。

 坂を登り切れば、一息吐きたい衝動を必死で抑え込む。

 最後の直線、ただひたすら後ろのナリタブライアンに意識を集中して、どんな微細な挙動だって見逃さない。

 残り50メートル………30メートル………10…5……0だ。

 最後の最後まで気を抜かず、一瞬たりともナリタブライアンを抜かせる事無く、俺が最初にゴール板を駆け抜けた。

 全てが終わって、ようやく気が抜けて身体を大きく横にずらして減速した。

 電光掲示板には審議中の文字は出ていない。只のブロックなら進路を塞いでも反則扱いにはならない。意図的に速度を落とす事もしなかったしな。

 そして一着に俺の1番とアタマ差が出たのを確認して、勢いよく拳を天に突き上げた。それに呼応するように十万のファンが沸いた。

 

「くそっ!またアンタに勝てなかった!」

 

「そりゃあ勝たせないように走ってるからだよ。俺はナリタブライアンが誰よりも強いと分かってるから、常に勝つ方法を考えている」

 

「――――なら次は私が必ず勝ってみせるっ!!」

 

 悔しさを滲ませて、ナリタブライアンは引き上げていった。

 代わりに今度はナイスネイチャが俺に近づく。

 

「おっすー。いやーまた三着だったよ。あたしは銅メダルコレクターかっての」

 

「俺達より強ければいつでも勝てるよ」

 

 俺とナリタブライアンの次に入ってる時点で相当強いと思うんだがな。

 勝った奴に頑張ったなんて言われたら、余計に惨めな気持ちになるから、それだけは言わない。

 四着はハッピーミークか。よくよく思い返すと、五着のビワハヤヒデさんを除けば、この着順は菊花賞の順位だな。

 

「あはははは、簡単に言わないでよ。さーて、チームの皆が残念パーティーしてくれるかな」

 

 カラ元気を振りまいて彼女もターフを後にした。

 さらによそに目を向けると、BNWの三人が集まって、ウイニングチケットさんがナリタタイシンさんと抱き合ったり、ビワハヤヒデさんと話をしていた。長い間ずっと友達であり、ライバル関係だった三人をレース場で見るのも今日で終わりか。

 

「タイシーン!!お前のレース、凄かったぞ~!!」

 

「チケゾーも五年間ずっと見てたからなっ!」

 

「ビワハヤヒデも長い間ありがとう!!」

 

「三人の事は絶対忘れないからねー!!」

 

 観客達から三人を祝福してり、感謝の声が沢山聴けた。デビューから引退まで走り切り、多くのレースを魅せてくれたウマ娘への最大限の感謝の顕れだ。

 みんなもちゃんと走る俺達の事を見てるんだな。

 よしっ!あとはウイニングライブをきっちりやって、今年のレースはこれでおしまいだ。

 

 ライブは引退する先輩達の最後の舞台とあって、今年一番の盛り上がりを見せた。

 クリスマスイブの中山レース場は大盛況。ファン達も満足して帰って行った。

 そうそう、後ろを注視し過ぎて同居者をガン無視してたら、その日はずっとイジケてやがった。ほんとこの黒助は面倒くさい。

 

 翌日は昼からクリスマスパーティーを初めて、≪フォーチュン≫は一年の苦労を盛大に労い、大いに盛り上がって楽しんだ。

 パーティーのご馳走は多くがカフェさんお手製。飾りつけは皆で行い、ゲームの類はメジロ家から提供してもらえた。

 オンさん特製のロシアンルーレット染みたケミカルジュースに当たったフクキタさんが七色発光したり、髭トレーナーから俺達全員にプレゼントを貰えた。

 中身は安眠効果のあるアロマだった。何となくチョイスがカフェさんっぽい。アドバイスしてもらったな。でもいい物だからありがたく貰っておこう。

 特にジャンが一番喜んで、すぐにクンクン匂いを嗅いでいる。どうもこの後輩は匂いフェチな所があるんだよ。

 ただし個人的な好みは相手に迷惑をかけない限りは放っておこう。

 こうして楽しいパーティーは夜まで続いた。

 

 さらに翌日は終業式が終わったら、バクシさんの引退お疲れパーティーが続き、こちらも大いに盛り上がった。

 それから早めの部室の大掃除をして、また一年を労い、来年への準備に取り掛かった。

 

 






 シニア一年目終了時のアパオシャのゲーム的ステータス

 ※あくまでイメージですから実際のレースにはあんまり関係ありません

 スピード500 スタミナ1450 パワー600 根性550 賢さ600

 短E マD 中B 長S   芝A ダD  

 逃C 先G 差A 追B


 固有スキル『渇きの半身』

 レース中盤から視野が広くなってコース取りがすこし上手くなり
 周囲のウマ娘のスタミナを削り続ける。

 19戦13勝 G1七勝 掲示板入り100%



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第82話 閑話・一年を振り返る


 今年最後の投稿になります。

 それとあらかじめ書き溜めた話が無くなったので、来年の初投稿には少し間が空きます。ご了承ください。

 来年もよろしくお願いします。



 

 

 一年のウマ娘のレースを振り返るスレ part13

 

 

40:名無しのレース好き ID:/e76VndwX

あけましておめでとう

 

41:名無しのレース好き ID:fkwUz1oF2

もう昼だぞ

 

42:名無しのレース好き ID:/e76VndwX

正月休みっていいやん

 

43:名無しのレース好き ID:JeMzzeE+D

わかる

 

44:名無しのレース好き ID:jrhOD9aEx

俺は職場で書き込んでる

 

45:名無しのレース好き ID:zZjbJwEYF

仕事は良いのかよ

 

46:名無しのレース好き ID:jrhOD9aEx

>>45

ただの留守番だから連絡無かったら仕事無いんだよ

 

47:名無しのレース好き ID:/e76VndwX

湯が沸くまで暇だから今回の年度代表ウマ娘誰か教えてくれ

 

48:名無しのレース好き ID:kMFfy+pQe

アパオシャだったよ

戦績考えたら順当だな

 

49:名無しのレース好き ID:JyoSJj0Pp

本命<アパオシャ

対抗<ダイワスカーレット

大穴<トウカイテイオー

こんな感じだから異論はあんまり無い

 

50:名無しのレース好き ID:5WoEmnuus

去年のエルコンドルパサーみたいには荒れなかった

 

51:名無しのレース好き ID:atBPZoDJn

去年はスペシャルウィークが春天とジャパンC勝っても

年度代表ウマ娘から外れたんだからそりゃあ荒れるよ

 

52:名無しのレース好き ID:Og5GHoCTd

海外で活躍した成績は評価対象外ですって言い切ったら

日本のレースも評価されないからそこら辺はしょうがないべ

 

53:名無しのレース好き ID:2xwTkmEdZ

ダスカも桜花賞、秋華賞、エリザベス女王を勝って

G1三冠で頑張ったんだけどな

アパオシャの戦績は8戦5勝三位入着3回でG1は四冠<これは勝てん

 

54:名無しのレース好き ID:PMDGLjuQq

悔しいけどアパオシャが国内G1二冠、海外G1二冠だから納得してる

 

55:名無しのレース好き ID:iifOaH+8E

通算で七冠目のG1だぞ

ルドフルに並んだな

 

56:名無しのレース好き ID:OanrUm7mP

並ぶどころか今年で確実に皇帝を超えるわ

 

57:名無しのレース好き ID:JrZmGgoWa

ついに絶対神話が崩れるか

 

58:名無しのレース好き ID:NhmsCcnO3

っても負け数はそこそこ多いし、中距離の戦績微妙だから

完全に上回ったわけじゃないからな

 

59:名無しのレース好き ID:eNRgD7exa

逆に言えば長距離は完全にルドルフ超えてるわけだ

 

60:名無しのレース好き ID:MtVPPcCza

純粋なステイヤーとして日本史上最強なのは誰もが認める

 

61:名無しのレース好き ID:KmckQe81P

今まで獲ったG1はホープフルS、日本ダービー、菊花賞

春天皇賞、英ゴールドカップ、豪州メルボルンカップ、有マ記念

でいいな

 

62:名無しのレース好き ID:akYpxTw1Y

改めて見るとこれでまだシニア1年目の経歴なんだよな

やべえわあの子

 

63:名無しのレース好き ID:E0ylvMu7I

夢のG1二ケタ勝利いけるんじゃねえの?

 

64:名無しのレース好き ID:fkjVkZT/+

あと丸々二年あるから多分行ける

しかもステイヤーは晩成型が多いから今より強くなる可能性だってある

 

65:名無しのレース好き ID:slK/QFvhB

歴史が変わる瞬間に立ち会える俺達はめちゃくちゃ運が良いよ

 

66:名無しのレース好き ID:VX2gzG/2W

ほんそれ

 

67:名無しのレース好き ID:Z6/uHHL0c

オグリキャップも怪物と言われてたけど

アパオシャはもっとやばかった

 

68:名無しのレース好き ID:odj5Gyrex

笠松ってバケモノの巣窟なの?

 

69:名無しのレース好き ID:MfV/zkJdl

あの二人が特別なだけだから

 

70:名無しのレース好き ID:Dq96UkDQv

イギリスだと『タイラント』扱いらしい

 

71:名無しのレース好き ID:Fg8qiI0gp

暴君かよ

 

72:名無しのレース好き ID:/k2P2oCyn

初っ端からゴールドカップ持って行かれたらそら罵倒したくなる

 

73:名無しのレース好き ID:69V4vZ/ip

ア「今年もよろしく」

 

74:名無しのレース好き ID:7YA80WjEr

ブリ「帰れ!」

 

75:名無しのレース好き ID:MJ3e18iDS

今年もイクノ?

 

76:名無しのレース好き ID:/8Gh1m5Id

イクノディクタスは関係無いぞ

 

77:名無しのレース好き ID:1yZ7BYudI

あの美人さんは今年11戦してピンピンしてるタフな子だな

 

78:名無しのレース好き ID:72aYAsP+s

テイオーにちょっとでも良いからその頑強さを分けてあげて

 

79:名無しのレース好き ID:+7BcQT3om

ウマ娘はどうしてこう怪我が多いのか

 

80:名無しのレース好き ID:hA2Z7Degy

あの細脚で時速70km以上で走ったらそりゃ骨の一本二本折れるって

 

81:名無しのレース好き ID:0wcLd2LI4

人間には200以上の骨があるのよ!一本ぐらいなによ!

 

82:名無しのレース好き ID:9EaDvxGJi

骨折したら痛くて走るどころか呼吸すら辛いわ

 

83:名無しのレース好き ID:ZJBD24vMX

4000M走って一ヵ月後に3200Mのクソ重バ場走っても平気なんだから

アパオシャもかなり頑丈だよな

 

84:名無しのレース好き ID:ouB5laTct

小学生の時点で笠松で3200Mのレースしても平然としてたらしい

 

85:名無しのレース好き ID:QOgjZ2KHS

ウマ娘じゃなくてターミネーターなんだろ

 

86:名無しのレース好き ID:GWu3TIqKh

テイオーがスピードとパワーにパラ振って

アパオシャはスタミナと賢さに振ってるイメージ

 

87:名無しのレース好き ID:hWJjsCxZT

あと器用さも頭おかしいレベルだぞ

この前の有マ記念何度見直しても理解出来ん

 

88:名無しのレース好き ID:2SKUVLxZ6

あれ、器用ってレベルか?

俺は電車の連結器で繋がってるのか疑ったぞ

 

89:名無しのレース好き ID:7H7JTUiET

なんの話?

 

90:名無しのレース好き ID:COGbCZs+0

有マ記念の最終コーナーからブライアン絶対抜かせない絶壁になったシーンだよ

 

91:名無しのレース好き ID:HAM/VtVtI

スロー再生して動きを確かめたら後ろのブライアンの左右の動きにシンクロして

0.05秒も遅れずにアパオシャも移動してるんだよ

 

92:名無しのレース好き ID:7H7JTUiET

うせやろ?

 

93:名無しのレース好き ID:sNv4S/sMb

>>92

動画サイトに解説動画かなりあるから見てみろ

俺はF1の頂上決戦見間違ってるのか疑った

 

94:名無しのレース好き ID:E+0f+IS5C

えっえ?後ろどうやって確認してるの?つーか全く同時に動いてるって?

 

95:名無しのレース好き ID:tPeLk6ezP

だからおかしいんだってF1ならミラー見ながら後続をブロックするけど

生身のウマ娘のレースでどうやって後ろを確認するんだよ

 

96:名無しのレース好き ID:E+0f+IS5C

えっと「後ろに目を付ける」?

 

97:名無しのレース好き ID:VQv5eQRkM

どこの『白い悪魔』なんですかねえ

 

98:名無しのレース好き ID:CM/CcxD+f

アパオシャは前世が一騎当千の傭兵の戦闘機乗りだったのかな

 

99:名無しのレース好き ID:yWwq/eYAg

俺はあれ見てブライアンが気の毒になった

横に並べば絶対追い抜けるのに相対位置を絶対に固定されてて無理

 

100:名無しのレース好き ID:lIXmfb+lo

進路妨害の審議のランプすら点灯しない完璧なブロックで

ケチのつけようの無いぐらい完封負け喰らったからな

 

101:名無しのレース好き ID:k9iauZ5uU

ウマ娘のレースで完封負けなんて初めて聞いたぞ

 

102:名無しのレース好き ID:tPeLk6ezP

一度どういう原理なのか本人に聞いてみたいわ

 

103:名無しのレース好き ID:09FO9w1ib

記者会見の時に「並んだら絶対負けると思った。だから絶対に並ばせなかった」

なんて言って報道陣ドン引きしてたから

 

104:名無しのレース好き ID:xce5Bjo9r

記者(何で本当に出来るんだよ。意味分かんねえ)

 

105:名無しのレース好き ID:fNF8qyZiX

そんな意味不明な子でもジャパンカップで負けるんだよな

 

106:名無しのレース好き ID:T24pZw9+5

あれはどうしようもねえよゴルシが三人走ってたようなものだ

一人ブロックしても必ず他の二人が抜ける

 

107:名無しのレース好き ID:q/Jk+SxtT

全員荒れた芝の内側を避けてたのに≪スピカ≫だけ平然と走ってたからな

俺も皐月賞の時のゴルシを思い出した

 

108:名無しのレース好き ID:BCo83+zOK

シチーなんか特に走り方がゴルシそっくりだからゴルシの再来かと思ったわ

 

109:名無しのレース好き ID:7l+Y+veP1

名前も略せばゴルシだし

 

110:名無しのレース好き ID:FM8Vu1Pnz

そういえばアパオシャはゴールドシチーの事をゴルシー呼びしてるんだよ

たまにインタビューでゴルシーと言ってる

 

111:名無しのレース好き ID:5D8PYMINv

金のゴルシと銀のゴルシとかゴルシスターズなんてネタにされてるからな

 

112:名無しのレース好き ID:PDnhI44YD

そのシチーもとうとうG1三冠目か

昔はモデルやってりゃいいなんて書き込みあったけど今はパッタリ見かけねえ

 

113:名無しのレース好き ID:v49lMW7cm

友達のギャル子のトーセンジョーダンも秋天皇賞でレコード刻むんだから

ユキノビジンも加えてあの四人組マジ強えわ

 

114:名無しのレース好き ID:hopgP/ezM

ユキノビジンも今年G1二冠目で芝ダートの二刀流

しかも故郷盛岡に堂々凱旋だから話題性ばつぐん

 

115:名無しのレース好き ID:gpma7r3GY

デジたんみたいな子が増えるとオヂサン嬉しい

ミークは昨年一勝も出来なかったから今年こそは頑張って欲しいよ

 

116:名無しのレース好き ID:GVEjUKP3y

ハッピーミークは勝ってないけどG1の掲示板を外さないんだから十分すげえって

 

117:名無しのレース好き ID:OhGANYTFR

ネイチャもだぞ

大阪杯2着、阪神大賞典4着、春天6着、秋天皇賞3着、有マ記念3着

G2日経新春杯は優勝してる

 

118:名無しのレース好き ID:GVEjUKP3y

去年のハッピーミークのG1戦績

2着 スプリンターズステークス、マイルチャンピオンシップ

3着 高松宮記念、ヴィクトリアマイル、

4着 有マ記念

 

119:名無しのレース好き ID:p9MJ1kB/l

ファンの殴り合いはアレだけど、どっちもかなり成績良いな

特にハッピーミークは惜しい所まで行ってる

 

120:名無しのレース好き ID:p8szDkrec

今年はあのバクシンオー引退して居ないから

絶対王者のいない短距離いけるんじゃねえか

 

121:名無しのレース好き ID:wyPi/nbEl

その王者を真っ向から負かしたキングがいるんだけどな

 

122:名無しのレース好き ID:5UbzCRUN4

王者が去ってもキングは健在ってな

 

123:名無しのレース好き ID:WWKr+RjK2

>>122

座布団一枚やるよ

 

124:名無しのレース好き ID:5UbzCRUN4

ありがとよ

ちょうど全裸で寒かったんだ

 

125:名無しのレース好き ID:hCwRBCENS

風邪をひくから服着ろ

 

126:名無しのレース好き ID:MDakKr3ID

黄金世代も最近は下位の世代に比べてイマイチだな

スペシャルウィークはG1入賞多いけど勝ちには恵まれてない

 

127:名無しのレース好き ID:Zo+W3ROJH

グラスワンダーは宝塚記念勝ったけど二度目の骨折で復帰未定

 

128:名無しのレース好き ID:tKHvzavxA

エルコンドルパサーは凱旋門賞からのスランプを

マイルチャンピオンシップ勝ってようやく脱出って感じ

 

129:名無しのレース好き ID:kmcJKA7Gv

セイウンスカイはG3の小倉記念勝ってG1も春天5着ぐらいか

ちょっと物足りない成績だ

 

130:名無しのレース好き ID:QlI7eXOeV

下の奴等がどんどん育ってくるからな

晩成型っぽいキングと基礎能力高いエルコンドルが何とか勝ってる感じ

グラスワンダーは怪我に泣かされてお辛い

 

131:名無しのレース好き ID:kqyJALih3

サクラチヨノオーは怪我から復帰して頑張ってるよ

正月過ぎのOP戦とG3新潟記念勝って、G1も何度か入賞している

 

132:名無しのレース好き ID:bSGTo2S+A

トリプルティアラは惜しかったよなサクラチヨノオー

テイオーも怪我さえなかったら無傷の三冠いけたかもしれないし

 

133:名無しのレース好き ID:KMzTZ1oSP

どうかな?メジロマックイーンは長距離相当強いぞ

 

134:名無しのレース好き ID:cumoqy+s3

俺はそれでもテイオーが万全なら勝ってたと思う

 

135:名無しのレース好き ID:wp3ehpmyN

チームのブログ見るともう完治して本格的な練習してるから今年は行けるな

ここでどうこう書くより今年あるかもしれない直接対決を見ようや

 

136:名無しのレース好き ID:cumoqy+s3

そうだな

レースで白黒はっきりするよ

 

137:名無しのレース好き ID:RQQIGgIhV

去年の最優秀クラシックウマ娘はダイワスカーレットだけどな

 

138:名無しのレース好き ID:gqlJhXsNi

トリプルティアラは逃したけどG1三冠は立派だよ

というかウオッカとのレースは見てて超楽しい

 

139:名無しのレース好き ID:4vxhb/q+G

同じチームであそこまで張り合って勝ち負けあっても

ギスギスしないんだから≪スピカ≫って不思議なチームだよ

 

140:名無しのレース好き ID:uNxqGN2AW

ゴルシがいるチームだからな

 

141:名無しのレース好き ID:/fZnp9p9D

サイレンススズカもドリームトロフィーリーグで頑張ってて良いチームだよ

 

142:名無しのレース好き ID:RaaYNRLYm

もう一人ジュニアの子が居たな

去年の秋に怪我してた

 

143:名無しのレース好き ID:zMBnCbKTK

ライスシャワーか

芙蓉ステークス勝ったけど骨折してる

 

144:名無しのレース好き ID:NO6YTilKq

また骨折か

で、その子はクラシック走れるの?

 

145:名無しのレース好き ID:X28GMVjhp

今月完治するから何とかトライアルまでには間に合うらしい

 

146:名無しのレース好き ID:ItMumh11A

勝ち負けはともかく、せめてレースを走れるようになってほしいよ

 

147:名無しのレース好き ID:gNcGV0Rwd

今回の最終優秀ジュニアはメジロの子だったな

 

148:名無しのレース好き ID:C0xYOBdub

メジロドーベルか

ジュニアで四戦全勝して阪神ジュベFを勝ってる

 

149:名無しのレース好き ID:0MSR8OLGn

ほわー

メジロにまた強い子が出てきたな

 

150:名無しのレース好き ID:xJdy+gLQR

ジュニアならミホノブルボンも強いぞ

三戦全勝で朝日杯FSを勝ってる

 

151:名無しのレース好き ID:tiW7R2U1r

あーあのけしからん勝負服の子か

 

152:名無しのレース好き ID:lS40bHbXy

ロボ子可愛いだろ

 

153:名無しのレース好き ID:csDF3cAM5

??けしからん服のロボ子?

 

154:名無しのレース好き ID:tVmkhtaXo

>>153

言動がロボットっぽくてレオタードで走ってるの

そしてトレーナーが絶対堅気じゃない

 

155:名無しのレース好き ID:csDF3cAM5

なんだそのイロモノ

 

156:名無しのレース好き ID:oiuUE6i/6

イロモノでも超強い『逃げ』ウマ娘だぞ

 

157:名無しのレース好き ID:k26yq2ZQ4

そしてかわいいから応援したくなる

 

158:名無しのレース好き ID:4irMPwaGG

トレーナーも素肌に前開きジャンパー着てサングラスしてるんだぞ

凄みがあるしあれは絶対裏社会で生きてた

 

159:名無しのレース好き ID:7kHBAgKRk

トレセンのトレーナーはその・・・なんだ

 

160:名無しのレース好き ID:sln3TgOi+

なんだろうね

 

161:名無しのレース好き ID:Y4c5JT4wV

何だろうな

 

162:名無しのレース好き ID:NDb3Ra1b6

トレセンの闇に触れるのはよそう

じゃあ他に活きの良さそうな今年クラシックの子はいるのか?

 

163:名無しのレース好き ID:BSMqzx1nx

≪フォーチュン≫のマヤノトップガンが有望だぞ

京都ジュニアステークスを勝ってる

 

164:名無しのレース好き ID:YxvIJw4Xx

全脚質使えるって噂の子か

 

165:名無しのレース好き ID:KeW4dMcNI

は?マジで?四種類使い分け出来るのかよ

 

166:名無しのレース好き ID:3bTNCmm1t

アパオシャが去年笠松の正月イベントのトークショーで言ってたな

 

167:名無しのレース好き ID:NftfTZroe

アグネスタキオンの秘蔵っ子の時点で普通じゃない

ガチの天才だぞ

 

168:名無しのレース好き ID:MuAg4xD6U

ただ才能あっても体がまだ出来上がってないから、あまり無理はさせない方針

だからまだ二戦とタキオンが記者に話してた

 

169:名無しのレース好き ID:1aKXNhfHj

メジロアルダンといいタキオンは意外と過保護だな

本人はワールドレコードと引き換えに脚をへし折って引退したけど

 

170:名無しのレース好き ID:kY3Y9Z2UV

自分が無茶したからって教え子にまで強要はさせねえよ

むしろ怪我をして欲しくないんだろ

 

171:名無しのレース好き ID:mbYfG9Jjm

ウマ娘は元から怪我しやすんだから気を付けてし過ぎる事は無い

アパオシャとイクノディクタスが例外過ぎるんだよ

 

172:名無しのレース好き ID:gguZl22HS

やはりあの二人はターミネーター

 

173:名無しのレース好き ID:b7+naR2Zn

ミホノブルボンもターミネーターっぽいけど

 

174:名無しのレース好き ID:ctK0wci2t

怪我しないかは分からないからな

レースに勝っても怪我しましたじゃ見てる方も辛い

 

175:名無しのレース好き ID:YWRlsAIix

怪我せずに引退まで行けたG1ウマ娘の少なさよ

 

176:名無しのレース好き ID:JGwdG9pmK

BNWは三人とも何とか引退まで致命的な怪我は無くて良かった

 

177:名無しのレース好き ID:UrHiIq/R+

タイシンは途中で骨折を挟んだりハヤヒデも炎症は時々あって

思うように走れない事もあったからな

 

178:名無しのレース好き ID:oZvAJwzdl

チケゾーも衰えが出る三年目で大阪杯勝つのは凄かった

 

179:名無しのレース好き ID:tWsdJoXRn

最後までドラマを見せてくれたあの三人が引退するのは寂しい

 

180:名無しのレース好き ID:GLI/HEYGd

ハヤヒデだけはドリームトロフィーリーグ行くのか

 

181:名無しのレース好き ID:gQK87UyEe

残りの二人はとっくに全盛期過ぎたからしょうがない

 

182:名無しのレース好き ID:D8WXHpCwy

そのハヤヒデもどこまでやれるか分かんねえ

 

183:名無しのレース好き ID:SaUGtxT9h

一年前のブライアンとの有マ記念姉妹対決も凄かった

 

184:名無しのレース好き ID:W5skHuCD0

姉妹でG1ウマ娘は滅多に出てこないからな

その上直接の頂上決戦なんて日本のレースでも稀だよ

 

185:名無しのレース好き ID:a/th8/Wgd

今回はどっちもアパオシャに負けたけど

 

186:名無しのレース好き ID:vxMBI83my

そのアパオシャは今年どこで走ると思うよ?

 

187:名無しのレース好き ID:X41f5K1vz

本命はもう一回イギリスに行ってゴールドカップ二連覇と

グッドウッドカップのリベンジマッチか

 

188:名無しのレース好き ID:qj851hZB/

フランス行ってカドラン賞はどうだろう?

 

189:名無しのレース好き ID:5G3fwh58L

カドラン賞は4000メートルだからあるっちゃあるな

 

190:名無しのレース好き ID:V+OQheV+z

アイルランドのアイリッシュセントレジャーステークスは?

2800メートルだから一応長距離だぞ

 

191:名無しのレース好き ID:VnzrDDKBr

あとはフランスのロワイヤルオーク賞とシドニーカップぐらいか

こうしてみると長距離G1ってホント少ないぞ

 

192:名無しのレース好き ID:TDWuZ74TB

走るウマ娘への負担が短距離に比べて大きいからな

選手生命縮めるのは誰も得しないよ

 

193:名無しのレース好き ID:bdhI3HrBA

そういえばアパオシャと一勝一敗のアイルランドのキュプロクスが

去年のアイリッシュセントレジャースSとカドラン賞勝ってたぞ

 

194:名無しのレース好き ID:yas3JIiAb

へーヨーロッパにもめっちゃ強いステイヤーが居るんだな

 

195:名無しのレース好き ID:f22QntyNB

ストレイトヴァイスが引退したし、今度はその子がステイヤー王者か

 

196:名無しのレース好き ID:z8iG/WTVf

そのキュプロクスが日本に来てアパオシャとレースは無理かなあ

 

197:名無しのレース好き ID://f1bDfmI

無理とは言わんがわざわざ日本まで来る意味があんまり無い

 

198:名無しのレース好き ID:nbG5UYlFL

外国から来てもジャパンカップだけどその子は長距離だし難しいな

 

199:名無しのレース好き ID:yhbIpsyqA

日本の芝は独特過ぎてヨーロッパのウマ娘はあんまり走りたがらないよ

 

200:名無しのレース好き ID:iWR6VQF1m

アパオシャは慣れない洋芝でG1勝ったけどな

 

201:名無しのレース好き ID:AjsvNxfFv

何で勝てたんだろう

 

202:名無しのレース好き ID:G8CCO+RyA

二年前はヨーロッパ王者のモンジューが日本で負けてるし

ホーム以外の環境で勝つって本当に難しいな

 

203:名無しのレース好き ID:s/GqLTwtu

アパオシャ以外に外国遠征して勝てるウマ娘誰かいるか

 

204:名無しのレース好き ID:guDhnlKWJ

ドバイかオーストラリアなら日本の芝に似てるから

日本のウマ娘も割と勝つ目がある

 

205:名無しのレース好き ID:zcZRpcmAt

かと言ってわざわざ外国まで行ってレースする理由が箔付け以外に無い

 

206:名無しのレース好き ID:2dydkTEwD

日本の方が環境整ってるし誰だって慣れた環境で走りたいよ

 

207:名無しのレース好き ID:+TLGONfs9

飯が合わないとかなりきついらしいからな

 

208:名無しのレース好き ID:DlcthwPor

俺らも直にレース見たいし、やっぱり外国はいいや

 

209:名無しのレース好き ID:WSOy+NAtu

リアルタイムで放送見るにも時差がなあ

 

210:名無しのレース好き ID:EvuJe4Rjc

その点オーストラリアの時のメルボルンカップは

時差がほぼ無いからちょっと仕事の休憩中に見れて良かった

 

211:名無しのレース好き ID:c9/1tuHUY

ワニ肉とカンガルー肉美味しいらしいな

 

212:名無しのレース好き ID:moAt1U4UH

アパオシャの記事か

あの子結構エンジョイ派だわ

 

213:名無しのレース好き ID:USus6MCt7

飯には結構こだわるけどタフだから遠征先で体調崩さないのはデカイ

 

214:名無しのレース好き ID:kQgd9Bnwa

飯といえば味噌蔵に勤めている知り合いが

去年の夏からやたらと外国からの問い合わせが増えたって言ってたな

 

215:名無しのレース好き ID:nY4YlBPzb

外国人も味噌食べたいのか

 

216:名無しのレース好き ID:kQgd9Bnwa

ヨーロッパに通販は出来るのかとか味噌のアルコール発酵の有無とか

色々電話やメールで問い合わせがあったとかなんとか

 

217:名無しのレース好き ID:ISVTiMaPt

通販はよくありそうな問い合わせだけどアルコールはイスラム教の関係者かねえ

 

218:名無しのレース好き ID:ABf/7EiKq

日本じゃ年々味噌の消費量も減っていくから

外国で食べてもらえれば良い事だ

 

219:名無しのレース好き ID:f98k02GR4

俺も最近みそ汁飲んでないな

 

220:名無しのレース好き ID:HN04pLLgW

それはいかんぞ

毎日一日一杯は欠かさず飲むんだ

 

221:名無しのレース好き ID:rLYz9Kyuf

パン食になるとみそ汁は合わないんだよ

洋食に味噌はなー

 

222:名無しのレース好き ID:VP164BSHN

定食なら味噌汁ぐらい付いてくるんだからそれを飲んだら

 

223:名無しのレース好き ID:5J2b4K0pt

サバの味噌煮、豚汁、豚肉とナスのみそ炒め、豆腐の味噌田楽

鯵の味噌和え、挽肉みそ

 

224:名無しのレース好き ID:65lb3aPgj

正月なのに味噌が食いたくなる

 

225:名無しのレース好き ID:Gf6Z6eVFZ

餅に味噌付けて食え

 

226:名無しのレース好き ID:vTLgDA3qp

みそ味の餅と言ったらカネ餅か

 

227:名無しのレース好き ID:EJhZwJnhf

金カ〇のあの餅は結構美味しそうだった

 

228:名無しのレース好き ID:0u+I7hrkH

わざわざ作らんでも普通の餅にちょっと味噌付けて食べな

 

229:名無しのレース好き ID:DAKrp9YgT

ところで何で味噌の話になってたん?

 

230:名無しのレース好き ID:MQ0qjiMNR

外国で夏ごろから味噌が人気になったから?

 

231:名無しのレース好き ID:s3ztCsuB6

味噌と言ったら去年アパオシャが味噌のステマしてたな

 

232:名無しのレース好き ID:rAmbPQa86

ゴールドカップの頃は6~7月で夏前だな

 

233:名無しのレース好き ID:HqSbPV98X

繋がったか?

 

234:名無しのレース好き ID:2P6Mpoaud

HAHAHAまさか~

 

235:名無しのレース好き ID:kQgd9Bnwa

さすがにそれは無いと思うが

 

236:名無しのレース好き ID:fpoAuXXEx

味噌のステマはともかく世界に影響はあったと思う

イギリスのモーニングスターがアパオシャと走りたいから

ジャパンカップにエントリーしたって話だし

 

237:名無しのレース好き ID:2IoOZInLL

でもエントリーした時点でアパオシャは走る予定無かったって聞いたぞ

手紙貰ってまた会いたいって書いてあったから気を遣って出たとか

 

238:名無しのレース好き ID:0QX10suUp

わざわざ個人宛に手紙出して気を惹かせたなんて

モーニングスターは恋する乙女だよ

 

239:名無しのレース好き ID:ma3TGfoMQ

あの燕尾服で固めた麗人が実は片思い少女とかご飯三杯はイケます

 

240:名無しのレース好き ID:/ZdIlF0XN

イケメン女子同士のカップリングしゅきい

 

241:名無しのレース好き ID:dGeDBbwxZ

キメェけどデジたんも似たような事言ってたわ

 

242:名無しのレース好き ID:0EeHkcouS

そこにナリタブライアンを挟んでトライアングラー

 

243:名無しのレース好き ID:3Ha80Iy9S

上からイクノディクタスを振りかけます

 

244:名無しのレース好き ID:0r/075lhk

なにその楽園

 

245:名無しのレース好き ID:9DVmsBexY

その四人で執事喫茶やってくんねーかな

 

246:名無しのレース好き ID:nY/kYA4j+

トレセン学園の秋の感謝祭でリギルが昔やってたやつか

 

247:名無しのレース好き ID:9B3Ak+Wd8

ルドルフとフジキセキが似合い過ぎて凄かった

あれは性別関係無しに惚れてまう

 

248:名無しのレース好き ID:bG7YyE+Vs

ウオッカはボーイッシュでもイケメンって感じじゃないな

 

249:名無しのレース好き ID:cqUZU7/+S

あの子は中一の男子生徒を見てる感じ

アホっぽくてカワイイ

 

250:名無しのレース好き ID:eU/uixvOs

あと現役ウマ娘で執事服似合いそうな子は誰かな

 

251:名無しのレース好き ID:E1cw3yXHZ

メジロライアンがショートヘアだから結構似合うぞ

 

252:名無しのレース好き ID:MwjrZgT+R

まだメジロの子いたんだ

 

253:名無しのレース好き ID:EJLdrNdtx

ドーベルと同期だけど初勝利まで三戦してて

レースの成績があんまり良くないから目立たんのよ

 

254:名無しのレース好き ID:E1cw3yXHZ

それでも二勝はしてるんだから弱いわけじゃないんだ

 

255:名無しのレース好き ID:imvFr7y6s

メジロパーマーだってデビューしたての頃は成績良くなかった

それが二大グランプリ制覇の快挙したんだから

ジュニア期で評価するのは早過ぎるぞ

 

256:名無しのレース好き ID:1n4UwM4B+

それもそうか

 

257:名無しのレース好き ID:TlGlhYK2U

遅咲きのG1ウマ娘はバンブーメモリーの例もある

 

258:名無しのレース好き ID:hEQlkhPXq

じゃあバンブーメモリーも執事喫茶に追加な

 

259:名無しのレース好き ID:gGbtizGn4

やっべそれは常連になる!

 

260:名無しのレース好き ID:mhy7F0Tzc

日本は今年も平和だなー

 

 

 



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第83話 幸先の悪いスタート

あけましておめでとうございます。
ある程度ストックが出来たので投稿を再開します。
今年もよろしくお願いします。


 

 

 新年を迎えて俺達もシニア二年目に突入した。いよいよここからは、下級生もシニアになってレースは一層激しく燃え上がるだろう。

 早速センジが正月が終わってすぐに開かれたG3中山金杯を走り勝ちを得た。去年の秋天皇賞といい、幸先の良いスタートを切って、あいつは次に大阪杯を勝ってG1二勝目を挙げるとノリに乗っている。

 うちのチームもクイーンちゃんが次のレースを阪神大賞典に定め、さらにその次は春の天皇賞を見据えている。

 天皇賞はメジロ家にとって特別なレースと聞いている。例え先輩の俺が相手でも、クイーンちゃんは気を遣うまい。必ず全力でぶつかってくる。

 去年シンボリルドルフ生徒会長は、後輩の壁になって立ち塞がれる俺を羨んだ。昨年王者としてその相手をするというのは、確かに楽しみで心地良さを覚える。

 ならば手心なんて一切加えず、俺も本気で勝ちに行くとしようか。その上で俺を倒せたのなら、心から祝福してあげたい。

 さて、未来の話はまた今度だ。今は有マ記念からゆっくり休めた身体を締め直すトレーニングを優先しよう。

 

 今日は正月明けのチームとして最初の練習になる。

 部室にはもうトレーナーが待っていた。しばらく宿題をしてチーム全員が揃い、髭がおもむろに話を切り出した。

 

「よし、みんな集まったな。早速だが決めないといけない事項がある。≪フォーチュン≫のチームリーダーの引継ぎだ」

 

 毎年この引継ぎは年始にやってるから予想通りだ。去年まで現役最年長のバクシさんが務めていたが、引退した以上はリーダーは後輩に引き継がれる。

 以前はカフェさん、フクキタさんと続いていたので、俺達の番が回ってきたというだけだ。

 

「アパオシャさん、次は貴女がチームリーダーを務めてください!」

 

「――――分かりました。みんなもよろしく頼むよ。けど、特別何かが変わる事は無いと思う」

 

 みんな拍手で俺のリーダー就任を祝ってくれた。

 人選も現役最年長は俺とダンしか居ない。俺は集団のリーダーに向いている性格じゃないが、体が頑丈と言えないダンに負担をかけるのは好ましくないとチーム全員が知っている。そういうわけで俺の方に役割が回ってきたわけだ。

 そしてリーダーと言ってもうちは元から仲の良いチームだから、俺が色を変える必要も無い。ただのまとめ役だ。いつも通り、トレーニングをしてレースに出て勝てば良い。

 

「じゃあ、トレーニングを始めようか。正月明けだから、最初は準備体操して軽くランニングから行こう」

 

「「「「はいっ!!」」」」

 

 今年の≪フォーチュン≫はどうなるかなー。

 

 実家からトレセン学園に戻ってきて数日。そろそろ身体の調子が元に戻ってきた頃、俺と髭トレーナーは東京都内にあるURAの本部に来ていた。正確には俺達以外にも≪スピカ≫のカレットちゃんと沖野トレーナー、メジロのドーベルちゃんとそのトレーナー、他にダート部門と障害ジャンプ部門のウマ娘達が呼ばれた。

 今夜は年始に発表のあった各年代の最優秀ウマ娘と年度代表ウマ娘の表彰式で、俺も略式のフォーマルドレスを着ている。

 百人ほどの報道陣や関係者の前で壇上に立ち、司会者から昨年の戦績をそれぞれ読み上げられた後に表彰を受けた。

 最優秀ジュニアがドーベルちゃん、クラシックがカレットちゃん、シニアが俺で、オマケで年度代表ウマ娘も選ばれた。

 拍手の後、司会者が今後の目標等を質問してきた。

 

「えっと、私はトリプルティアラを目指します…」

 

 ドーベルちゃんはこういう所に慣れておらず、多数の視線(特に男の)に少し委縮している。

 反対にカレットちゃんは堂々と、ウオッカちゃんへの全勝宣言で会場を湧かした。ここでも対抗意識バリバリ発言はむしろ感心するよ。

 さらにダート部門とジャンプ部門の子の目標の後、最後に俺の番が回ってきた。

 

「では最優秀シニアと同時に、最多票で年度代表ウマ娘に選ばれたアパオシャさん、今年の目標をどうぞ」

 

「昨年の負けを取り返すために、もう一度イギリスで走ります。それと今年はフランスにも行きます」

 

 会場が一気に騒がしくなった。イギリス行きはある程度予想はしていただろうが、フランスの方は驚きの発言だろう。

 

「皆様、静粛にお願いしたします。えーではアパオシャさんには功績を讃え、URAより新たな勝負服が贈られます」

 

 スタッフの女性にご祝儀袋を頂いた。中身はどんな勝負服だろう、実は結構楽しみ。

 

「今年も多くのウマ娘が活躍する事を心より願っています」

 

 司会の言葉で表彰式は締めくくられた。

 式が終わっても俺達ウマ娘は記者達に囲まれて、受賞の感想など色々とインタビューを受けた。

 年度代表ウマ娘の俺が一番質問攻めに遭う。記者達の質問は決まってフランスの事。でも、あえて答えは言わずに適当にはぐらかして、勝負服が楽しみとか、今から多少フランス語を練習しておくなどと、核心までは答えず記者をやり過ごした。

 

 翌日はいつも通りのトレーニングに励んだ。

 今月はクラシック級になったガンちゃんが中京レース場のOP戦、若駒ステークスを走る。

 その相手にみんなで実際のレースを想定した並走を繰り返している。

 並走は毎回シチュエーションを変えて、俺やクイーンちゃんが『逃げ』を選んだり、ダンとバクシさんが壁役になってガンちゃんの進路を塞ぐ事もある。あるいは俺が最後尾から追い立て、ジャンが前をフラフラ走ってブロックしたりと、意図的に不利な状況を作った。

 そうしたレース形式の練習を、ガンちゃんはとても楽しそうに即興で対抗手段を幾つも編み出して攻略して走った。やはりこの子はレースの中で磨かれる天才だ。

 ガンちゃんだけじゃなく、ジャンも結構実力が付いてきて調子が良さそうだ。こいつも今年デビューだから、頑張って勝ってほしいよ。

 クイーンちゃんは何も言う事無し。この子は自分が何をすれば強くなれるか分かってる子だ。俺達はただ一緒に走るだけで事足りる。

 あとはダンだが、なんか顔をしかめて脚の調子を確かめている。ちょっと気になるな。

 

「ダン、足痛いならオンさんに診てもらった方が良いんじゃないか」

 

「私は大丈夫………と言いたいですが、念のために診てもらいますね」

 

 一旦、練習を中断してダンはジャージの裾をまくってオンさんに足を診てもらった。

 その間に俺達も休憩を入れて、水分補給する。

 しばらくするとオンさんが難しい顔をして髭トレーナーと話していた。髭はスマホでどこかに連絡をしている。

 俺達は気になり、髭の電話が終わってから三人の所に行って事情を聞く。

 

「ダンの脚はどうなんですか」

 

「私は専門医じゃないから断定は難しいけど、左脚に炎症の兆候があるね。今日は休ませた方が良い」

 

「今、メジロ家に連絡を入れて、診察してもらうように手配した。俺はアルダンを連れていくから、あとのトレーニングはタキオンに従ってくれ」

 

「皆さん、申し訳ありません。今日はここまでにいたします」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる。ダンは元から足が弱かったから、これは仕方がない。

 俺達も気にするなと言って、練習を切り上げた二人を見送った。

 ジャンの耳がペタンと曲がり、ダンを心配する。

 

「アルダン先輩大丈夫かなー」

 

「さて、それは医者に診てもらわないと何ともな。心配だろうが俺達はトレーニングするだけだ」

 

 心配してもダンの症状が良くなるわけじゃない。俺達には俺達のレースがあるんだから、あとは医者に任せてトレーニングを続けよう。

 

 しかし翌日、髭からダンは左脚の屈腱炎と聞いて、チーム全体がショックでしばらく無言になった。

 屈腱炎は骨折と並んでウマ娘を苦しめる故障だ。症状の進行具合によっては引退すら考えなければならない。

 不幸中の幸いで、ダンの場合は発見が早く、症状はごく軽かった。

 それでも数ヵ月は休養を取らねばならず、しばらくメジロの屋敷で自宅療養になった。

 

「みすみすアルダンくんを休養させてしまった。私もまだまだだよ」

 

「そんな事無いぞタキオン。一気に引退なんて話にならずに良かった。今はそう思うんだ」

 

 オンさんは担当ウマ娘の故障を予見出来なかったため、いつもより元気が無い。

 俺達から見たらオンさんだからこそ、元から身体の弱いダンを三年近くケアし続けてG1ウマ娘に導いた事を忘れないでくれ。

 心配はするがレースもあるから、今日もチームは普段通りトレーニングを始めた。

 

 それからはレースが近いガンちゃんを除いて、各自で練習が休みの時にダンの見舞いに行き、それなりに元気な姿を見れた。

 身体は動かせないが出来る事はあると言わんばかりに、山のようなレースのデータを研究して復帰した時に備えるのは、流石メジロの一員と思った。

 

 ガンちゃんも調子は良く、今月の若駒ステークスを完勝して、デビューしてから無敗の三勝目を飾った。

 次は三月にある弥生賞。それも勝ってクラシック三冠の皐月賞に繋げたいところだ。

 

 もう一つ残念な知らせがある。同期のナイスネイチャも屈腱炎を発症して、こちらも無期限の療養となった。

 シニア二年目の主力選手が年明け早々に二人欠けた、今年の幸先の悪さに溜息が出た。

 

 



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第84話 ステマからダイマになった

 

 

 世間では女性が意中の男性にチョコレートを贈る日。

 ウマ娘の巣窟であるトレセン学園も、チョコレートの匂いに満たされる。

 とは言いつつ大部分は、生徒が友人同士で互いに買ったチョコレートを贈り合って食べ比べをするか、下級生が憧れの先輩などに贈るのが習慣になっているだけだ。

 中には異性のトレーナーに、割とガチ目にチョコを贈る人も僅かだが居る。というかチームの先輩のカフェさんが実際にやって、うちの髭トレーナーと恋人になった。

 よって今年も少数ながら、トレーナーとウマ娘の恋が一つ二つは実るかもしれない。

 俺も毎年恒例になったゴルシー達やチームの皆とチョコの贈り合いをした。自宅で療養しているダンには、前もってチーム全員分を親戚のクイーンちゃんに預けて、持って行ってもらう。

 しかし多くの行事を見ていると、トレセン学園と言うのは世の流れとは隔離されて、全く異なる世界に生きているように錯覚すら覚える。

 意外とイギリスのグッドウッドトレセンの閉鎖的な環境を笑えないのではないか?そう思わずにはいられない。

 まあ一生徒の俺がそう思ったところで、トレセン全体を変えられるはずも無いし、現状そこまで困ってはいないので別にいいかと思い直して、昼飯を食べに食堂に向かった。

 食堂はいつもより利用している生徒の数がかなり少ない。何しろカフェテリアの方で、昼限定のチョコレートスイーツが多数用意されているとあって、生徒が大挙して押し寄せている。普段一緒に昼食を食べている同じクラスのビジンや、ゴルシー達もそっちに行ってしまった。

 俺は是が非でもスイーツ食べたいわけじゃないから今回は遠慮した。それに手に持った荷物の事もある。

 今日はから揚げの気分だから、から揚げとニンジンたっぷりのサラダと、大盛りのご飯と味噌汁を持って席を探すと、見覚えのある後姿が目に入ったから、そちらへ流れた。

 

「よう、隣邪魔するよ」

 

「ん、アパオシャか。珍しいな」

 

 壁際で一人で二段重ねニンジンハンバーグを食べていたナリタブライアンの隣の席に座った。そして壁に立てかけてある、大きな紙袋からはみ出た色とりどりのリボンのついた箱や包みが目に付いた。

 

「人気者だねえ」

 

「アンタも人の事言えないだろう。まったく、この日になるとチョコレートが溢れて毎年うんざりする」

 

 心底辟易したとばかりにハンバーグを口にして、さらに牛丼を掻っ込んで幸せそうな顔をする。そうか、こいつは甘い物より肉の方が好きか。

 そして俺も同じぐらい中身の詰まった大きな紙袋を壁に立てかけて、唐揚げを一口頬張る。噛んだ瞬間に零れるような肉汁が口の中を満たして幸せな気分になれた。

 甘い物も良いけど、やっぱり食事としてガッツリ食べるなら肉だよ。

 俺の袋の中身もやっぱり、下級生からどっさり貰ったチョコレート。去年も結構な数を貰ったけど、今年はさらに多かった。

 

「チョコが嫌いってわけじゃないんだろ?」

 

「数の問題だ。この時期だけに集中したら賞味期限を気にして食べないといけないんだ」

 

 確かにそっちの問題もあったか。チョコレートはカロリー補給には向いているから、俺はトレーニングの合間によく食べて、チームの皆にもおすそ分けをする。だから隣の奴ほど嫌がる事は無いし、去年は十分に食べ切れた。今年は量が多いから苦戦しそうだけど。

 学年のトップクラスになるとお互い大変だと思いながら、あまり会話せずに黙々と肉を食べ続けた。

 粗方食べてから、おもむろにナリタブライアンの方から話を切り出す。

 

「アンタは次はどのレースを走る?」

 

「春の天皇賞は走るつもりだけど、その間はまだ決めていない。そっちは?」

 

「去年と同じ阪神大賞典だ。アンタは走らないのか?」

 

 視線だけは俺に走れと催促している。相変わらず強いウマ娘と競って勝つ事が第一か。でも今回はレースを走るより、二度目のイギリス遠征に向けて鍛えていたい気分なんだよ。だから今週にあるダイヤモンドステークスも走る気にならなかった。

 それを正直に言っても、こいつは納得するかなー?しないかも。となると活きの良い別の対抗者が必要になるわけで。

 

「うちのチームのクイーンちゃんは出るから、本気で走るといい。俺と同等に近い実力があるぞ」

 

「菊花賞を勝った後輩か。いいだろう、そこまで言うなら不足は無い」

 

「不足どころか、なめてかかったら負けるぞ。俺が居なかったら春の天皇賞だって勝つぐらい強い、自慢の後輩だからな」

 

 むしろそれこそ望むところだと言わんばかりに、ナリタブライアンは目をギラギラさせて口を吊り上げた。

 やっぱりこいつが俺の同期の中でぶっちぎりに強い。ゴルシーやセンジも相当に強いが、こいつほどじゃないんだよ。

 

「≪リギル≫の後輩は強いの?」

 

「エイシンフラッシュはそれなりに強い。今年のG1を一つは勝てるだろう。オペラオーは…惜しいな」

 

 なにが惜しいかは、ナリタブライアンの顔を見たら薄々分かる。俺とカフェさんの関係に近いんだろう。

 一緒にレースをしたくても、年が離れていて公式戦で走れないのを残念に思っている。

 つまりあの人生役者漬けの後輩は、ナリタブライアン本人と同等クラスの才能があるのか。

 うちのジャンは大変な同期と一緒になってしまったわけだ。災難だな。

 相変わらずガツガツしてて安心したというか、こいつの相手は面倒とも感じる。

 でも今回に限ってはありがたくもある。

 

「なあ、物は相談なんだが―――――――――」

 

 俺は前々から考えていた事をナリタブライアンに打ち明けた。

 話を聞き終えた相手の反応は悪くないと思う。

 

「――――私は面白い話だと思う。だがうちのトレーナーがどう判断するかだな」

 

「それは俺の役目じゃないから、熱のある弁で何とかしてくれ」

 

「ちっ、あのトレーナー相手はレースより骨が折れる」

 

 東条トレーナーの相手までは出来ないんだから自分で頑張ってくれ。

 昼食を終えて食器を片付けて食堂を出た。

 

 

 その日の夕方。いつものようにトレーニングを終えて、髭トレーナーを追い出した部室で着替えを済ませて、帰り支度をしていた。

 寒空で待たせてしまった髭を呼ぼうとしたら、秘書の駿川さんが隣に居た。

 

「着替えは終わったか?」

 

「ああ、お待たせ。駿川さんはどうしたんです?」

 

「アパオシャさんにお話があって、待たせていただきました」

 

 俺にか。内容は気になったが、外は寒いから部屋に入ってもらった方が良いな。

 チームの皆はそのまま居ても構わないと言われたので、困った話ではないと予想は出来る。さてどんな話だろう。

 

「実はアパオシャさんに、是非とも広報ポスターのモデルをしてもらいたいと、とある団体からオファーが来ています」

 

「先輩すごーい!芸能人みたいっ!」

 

 ジャンが盛り上がってキャッキャ喜んでる。他のチームメイトも悪い感情は抱いていないか。髭も先に駿川さんから話を聞いても、渋い顔をしてないから話自体は良い事だと思ってるのかな。

 しかし広報のモデルか。URAのグッズや写真集の類で撮影はこれまで結構あったけど、広告モデルは今まで無かったな。

 こういうのは見てくれの良い他のウマ娘がやった方が良いと思うんだが。でも、一応詳細は聞いておくか。

 

「それで、相手はどういう団体なんです?」

 

「全国味噌工業組合会です」

 

「味噌?調味料の味噌を作ってる企業の組合ですか?なんでまた」

 

「それはアパオシャさんの昨年のイギリスでの活動が関係しています」

 

 イギリス、味噌………あー、俺がどて煮とか五平餅を作って、ウマ娘達に振舞ったな。それだけの事で俺を選んだのか。

 

「味噌を作っている工場や蔵に、去年の夏から頻繁に外国から問い合わせがありました。さらに各国の様々な方が日本の調味料に興味を持たれて、現地の外交官にも話が及んでいるそうです。詳しく話を辿ると、アパオシャさんがイギリスで、味噌や醤油の料理を振舞ったのが発端と分かりました」

 

 なに、そんな大事になってんのかよ。俺はただ自分が味噌を食いたかったのと、友達に振舞っただけだぞ。いやーでも、その中にガチ貴族のお嬢様とか結構居たから、話がでかくなったのか?

 

「おまけで外国から味噌や醤油の注文が殺到して、海外での去年の売り上げが平年の数倍になったそうです。注文先の中にはグッドウッドトレセンも入っているんですよ」

 

「そういえばあそこでも、アパオシャくんが現地の料理に不満を持って、和食を作って振舞ってたねえ」

 

 オンさんの言う通り、そんなこともあった。グッドウッドは料理が不満だったし、残った調味料の一斉消費が目的でたくさん作ったな。美味しいって言ってくれたから作った甲斐はあったけど。

 

「そうした理由から、是非とも近年味噌離れが進んだ日本の和食を盛り上げて欲しいと、アパオシャさんが広報モデルに選ばれました。当然お嫌でしたら断る事も出来ます」

 

 駿川さんの話を聞いて、少し考える。悪い話じゃないと思う。日本の味噌消費量は年々減少していると言うし、個人の味噌蔵も廃業してしまったという話も耳にした事がある。そうなったら俺やオグリキャップ先輩が好きなどて煮に使う味噌だって、いつかは無くなってしまうかもしれない。

 そんな未来は絶対に来てほしくない。そのために少しでも力になれるなら、モデルぐらいやって味噌が売れれば万々歳。

 学園だって毎日大飯食らいのウマ娘に使う味噌が将来手に入らないのは困るだろう。ならば断わる理由は無い。

 

「分かりました。俺がモデルになって味噌の未来が救えるなら、やらせてもらいます」

 

「えっ、そこまで深刻に考える必要は無いですが……ごほん!それでは了承という形で話を進めさせていただきます」

 

 撮影日時は後で調整して、レース前を避けて設定してくれる。

 話は纏まり、駿川さんは帰った。

 俺達も味噌の話をしてたら腹が減ったから、寮に帰って飯を食うか。

 あと、あんまり関係無いけど、カフェさんが作る味噌汁は美味しいらしい。

 

 



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第85話 とある幸運で愛されるウマ娘の物語

 

 

 僅かだが寒さが緩み始めた二月の末日。寮の部屋で一人、勉強しながら物思いにふける。

 同室のウンスカ先輩は居ない。風呂に入っているとか、トイレに居るわけじゃない。

 あの人は今月のダイヤモンドステークス後に、骨折していたのが発覚して今は入院している。こちらに戻ってくるのは多分来月になるだろう。

 そのダイヤモンドステークスは、ナイスネイチャのチームの後輩のマチカネタンホイザちゃんが勝利した。おまけで俺のレコードを更新して。

 ちらりと最近使われていない先輩のベッドと机を見て、思わずため息が出てしまう。

 既に脚に衰えの来るシニア三年目、完治まで最低数ヵ月はかかる骨折の後、仮に復調したところでどれだけレースを走れるか。

 過酷なレースを走るウマ娘にとって怪我や炎症は珍しくない。昨年も中央トレセンだけで数十人のウマ娘が骨折か炎症で長期療養に入っている。

 今年に入ってダンも屈腱炎になった。親しい人が続けて療養リストに入っただけと言えばそれまでなんだろう。でも無関心でいられるほど俺はメンタルが強くない。

 

「明日はフクキタさんの卒業式だってのに」

 

 チームの先輩がまた一人学園を巣立っていく。明日はそんな悲しくもおめでたい日だ。

 そして今年も卒業旅行を計画して準備をしているんだから、湿っぽいのはこれっきりにしようか。

 

 

 翌日、もう何回目かになる卒業式に参加して、長い間頑張り続けた先輩達を無事に見送った。

 今回フクキタさんの他にも、≪スピカ≫のサイレンススズカさん、俺達とも親しいメジロパーマーさん、バクシさんと何度も競ったニシノフラワーさんなどが卒業を迎えた。

 サイレンススズカさんは学園の大学部に進学して、ドリームトロフィーリーグも続ける。重度の骨折をしてもなお走り続ける姿には、多くの人が希望を見ている。

 メジロパーマーさんはレースは引退しても、大学進学はした。お世辞にもパーマーさんは学に優れているわけじゃないが、メジロ家として大学は出て欲しいと実家から勧められて、進学することになったらしい。

 そしてフクキタさんは、先の二人と違い大学には行かず、実家の神社を継ぐために北海道に帰郷する事を選んだ。本人が選んだ進路だから俺達がどうこう言えないけど、ずっと皆で汗を流して苦楽を共にした先輩と会えなくなるのは寂しい。

 オンさんのようにトレーナーとして残ったり、カフェさんのようにマメに顔を出してくれるわけじゃない。いずれお別れしないといけないと思うと辛い。

 だから、卒業旅行は思いっきり楽しんで思い出を作ろうと、俺達は知恵を絞って一ヵ月も前から計画を練っていた。

 今回は卒業式の数日後に弥生賞を控えたガンちゃんのスケジュールを考慮して、レースが終わった翌日の旅行となった。

 レースは残念ながらライアンちゃんに負けて二着だった。ガンちゃんは初の負けを非常に悔しがりつつ、本番の皐月賞はもっとキラキラしたいと気持ちを切り替えた。

 旅行には学園に戻って来たダンの脚によく効くと評判の温泉宿を選び、ふやけるまで湯に浸かって、遊び、食べ、これまでの思い出を夜遅くまで語り合った。

 そうそう、おなじメジロのドーベルちゃんも、前日に行われたチューリップ杯は三着で負けた。卒業したパーマーさんに勝つところを見せてあげたかったとションボリしていたが、桜花賞を勝つところを見せてくれればいいとパーマーさんやトレーナーに慰められて、すぐに立ち直っている。

 

 

 そこまでなら美しい思い出で終われたはずなんだが、ここからがオチの話である。

 高等部を卒業したら生徒は寮から出て行かないといけない。当たり前の話である。

 実家に帰るフクキタさんだってその中に入っている。去年もオンさんとカフェさん、それ以外の沢山の卒業生も通った道だ。

 一人ではその荷造りも手間がかかると思い、俺とジャンとバクシさんとで朝から手伝いに来た。

 ルームメイトで親族のマチカネタンホイザちゃんにも協力してもらって作業を始めた矢先。

 

「ちょわーーーー」

 

 勢いよく押し入れの扉を開けた瞬間、バクシさんが雪崩を打って出てきたゴミの山に埋まった。

 しばらくしてバクシさんがゴミ山から這い出てきて、アタマに刺さっていた小さな旗を剥がして捨てる。

 

「それは私が子供の頃に頑張ったご褒美に食べさせてもらったお子様ランチの旗ですね。いやー懐かしい」

 

 色々ツッコミたい衝動を抑えて、ゴミの一つを手に取った。何の変哲もない市販のプリンの空の容器だ。それをフクキタさんに見せる。

 

「それは私が初めてプチっと出せた記念に取っておいたプリンの容器です」

 

 ―――――そうか、よく分かった。ただのゴミだな。

 俺は無言でそれを持って来たゴミ袋に放り込む。

 

「ぎゃーーー!!それは私の大事な開運グッズなんですよー!」

 

「先輩はこんなものに頼らなくても、自力で幸運を掴める人です。だからいらないですよ」

 

 フクキタさんの悲鳴と抗議を無視して、俺はさらに折れた傘、ボロボロのハタキ、ポテチの袋などを選んでゴミ袋に入れた。

 絵マやお守りはゴミ扱いはアレだから別で分ける。壊れた人形も同様に、これらは後で神社か寺でお焚き上げして供養してもらおう。

 つーか門松なんて個人で持つ物じゃねえよ。鯛の置物といい、限度ってもんを考えてくれ。

 

「いやー皆さんが来てくれて助かりました。私とフクキタルさんだけじゃ、いつまで経っても終わらなかったです」

 

 マチカネタンホイザちゃんが頭を掻きながら苦笑いする。フクキタさんは開運グッズなどと言うが、実質ゴミの山で同居生活していた苦労が偲ばれる。

 先輩は抵抗を諦めて、服や教科書などを整理している。

 

 五人で作業すればスムーズに進み、昼までにはほぼ終わった。

 あとはただのゴミは学園の方で処理してもらい、お守りや人形は近くの神社まで持って行って焼いてもらった。

 長年持ち続けた開運グッズの最後を見届けて、帰りに商店街を歩いている。

 

「ふう、なんだか寂しいけど、肩の辺りが軽くなってスッキリした気分です」

 

 福を呼び込むと言っても、集め過ぎたら重いのはある意味当然の話である。

 そしてフクキタさんは今日のお礼という事で、俺達に昼食をご馳走してくれることになった。

 

「このお店の恵比須様天丼は絶品ですよ!おまけに縁起が良いんです!」

 

「おー大きなエビだー!」

 

 縁起物かどうかは分からないけどジャンが喜んでるし、この天丼もサクサクふわふわで、甘辛いタレとマッチしてとても美味しい。

 その後には甘味処で弁財天ぜんざいを堪能した。美味しゅうございました。

 腹も満たされて、学園に帰る道中に思い返せば、最初にあった時は騒がしくて癖のある人だと思ったけど良い先輩だったな。

 

「フクキタさん、実家でも時々で良いから俺達のレースを見てくださいよ」

 

「私も先輩から教わった事をこれからも大事にしていきます!」

 

「フクキタルさんの人生というバクシン道はまだまだ続きます!これからも走り続けてください!」

 

「み、みなさーん!!こんな私でも、素晴らしい後輩達に恵まれた、幸運なウマ娘だったんですね!」

 

 道端で泣きだしたフクキタさんを宥めて学園に戻った。

 この時期、こうした別れを告げるウマ娘は数多くいる。中央でOP戦に勝てれば強いウマ娘と評価されるぐらいだ。先輩のようにG1を勝てた人はごく僅か。重賞だってそこまで多くない。

 そんなウマ娘ばかりじゃないけど、何年も懸命に努力して走り切れた人達ばかりだ。

 だから胸を張って新しい場所へと旅立ってほしいと切に願った。

 

 さらに十日後。阪神レース場で阪神大賞典が開かれた。うちのチームからはクイーンちゃんが昨年勝者のナリタブライアンに挑戦する。

 俺は翌週の中山で行われる日経賞に出るから応援には行けないが、同じく皐月賞を控えたガンちゃん、トレーナーのオンさんと部室のテレビで応援していた。

 このレースはある意味特別だ。数日後に実家に帰るフクキタさんが見る最後のレースになる。だからクイーンちゃんはいつにもまして勝つつもりだった。相手がナリタブライアンだって関係無い。

 熾烈なレースの結果、アタマ差でクイーンちゃんがナリタブライアンを下した。

 

「頑張ったなクイーンちゃん」

 

 そして恐らくあの子は俺達と同じ場所に立ったはずだ。来月の春の天皇賞、本気で走らないと俺も負けるだろう。

 テレビを消して、これまで以上にきついトレーニングを再開した。

 

 



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第86話 後継者現る

 

 

 桜が咲き誇り、また希望と夢を抱いた新たなウマ娘達が中央トレセン学園にやってきた。

 彼女達の明るい笑顔は見ていて癒される。

 中央トレセンに入学する。それだけでもレースを志したウマ娘にとって、エリートの証と世間は言う。

 間違った認識ではない。地方トレセン所属のウマ娘と中央トレセンのウマ娘とでは、明らかに実力が違う。

 例外はあれど、そこまでは俺も概ね同意する。

 オグリキャップ先輩や、そのライバルの一人だった大井トレセンのイナリワンのような地方トレセン出身者が、中央レースで大暴れする事は極めて稀だ。

 尤もエリートだからといって、自動的に生徒全員が栄誉を手にする事は無い。一つのレースを走れば、一人の勝者と十数名の敗者が生まれる。ジュニア期からクラシック期の夏まで約一年間走り続けても、一度も勝てずにレース生活に終止符を打つ子の方が多数だ。

 新たにやって来たウマ娘がレースで勝つためには幾つかの要素が必要になると思う。

 一つは本人の才能。こればっかりは生まれつきだから除外しよう。

 二つ目は当人のやる気。こちらも新入生は誰もが勝ってスターになるためにトレセンに来るのだから、今現在は持ってて当たり前の要素だから、やはり除外する。

 三つ目は有能かつ相性の良い指導者と付随するチームの先輩に巡り合う運だろう。俺はこれがかなり重要だと思っている。

 俺も素養自体は高かった自負はある。しかしそれを的確に磨いてくれるトレーナーと、尊敬出来る先輩達と切磋琢磨したおかげで、今の自分があると思っている。

 磨けば光る原石も、磨いてくれる人と環境が無ければ石ころのままだ。

 

 その原石の見本市となる選抜レースの第一回目が今日、学園のレース場で行われていた。

 スタンドには、自らがスターへ導きたいウマ娘を求める多くのトレーナーと、気になる新入生を探す先輩ウマ娘が半数の席を埋めていた。

 今回は俺も見る側にいる。隣にはバクシさんとダンが座っていた。

 ダンの脚の屈腱炎は徐々に改善に向かっているもののまだ治らない。メジロの主治医の見立てで、夏休み前にはどうにか完治して走れるようになると聞いている。

 彼女は逸る気持ちを押さえて、待ち続けるのは慣れていると言うが、生まれてから怪我と病気と無縁だった俺には、その心中は察して余りある。

 それでも弱音を吐かず、チームに有望な新入生を迎え入れるための観戦を希望するのだから、ダンの忍耐強さに尊敬すら覚えた。

 

「ダンは気になる新入生はいる?」

 

「そうですね。皆さん、素晴らしい走りです。ですが今はこれと言って目を惹く子は―――」

 

 ふむ、いないか。ただ、今はまだ短距離が終わってマイルが始まったばかりだから、そのうち出てくるだろう。

 しばらく新入生の拙いレースを見続けていると、隣に見知った顔の話題のコンビも来た。

 

「やあ、ハッピーミーク。それと桐生院トレーナーもこんにちは」

 

「こんにちは皆さん」

 

「やっほー」

 

 二人は近くの席に座ってレースを観戦する。

 

「高松宮記念優勝、おめでとうございますハッピーミークさん!私のいない短距離を盛り上げるのは貴女の役目です!ぜひ、これからも頑張ってください!」

 

「いえーい、頑張ります」

 

「あはは、ミークは短距離だけじゃないんですけどね」

 

 バクシさんの激励に、ハッピーミークは素直に応え、トレーナーの方は苦笑する。

 先月の短距離G1高松宮記念は、ここにいるハッピーミークとキングヘイロー先輩が競り合い、死力を尽くしてハッピーミークが初の芝G1の栄冠を手にした。

 昨年は常に惜しい所まで行きつつ、最後まで届かなかったが、それでも腐らず鍛え続けた末にようやく勝てた。無論かつてダートで得た二冠を下に見る事は無くとも、やはり日本は芝が主流だ。獲れるなら誰だって欲しい。

 逆に芝からダートに行くケースもある。最近ではエルコンドルパサー先輩がダートG1のフェブラリーステークスをいきなり勝って、G1五冠目を達成した。

 あの先輩は元々ダート路線から芝に転向したから、元に戻ったとも言えるが、それでも芝で築き上げた輝かしい実績を置いて、路線変更する大胆さと結果を出す豪胆さは凄まじい。

 そのエルコンドルパサー先輩の同期のグラスワンダー先輩と俺は、先月の末週にあった長距離G2日経賞を走った。何気にあの先輩と走るのは初めてだった。

 結果は俺の勝ちだったが、最後の直線でかなり差を詰められて追い込まれた。去年の宝塚記念からリハビリしての復帰戦とは思えない鋭い末脚に冷や汗が出た。

 しかもあの人は両足を骨折して若干スピードとパワーが落ちて、とうにピークも過ぎていると言われている。

 それでもあれほど強いんだから、ウンスカ先輩やシャル先輩達も纏めて黄金世代と言われるのには同意するよ。

 

「アパオシャは次は春の天皇賞?」

 

「そのつもりだ。二連覇するよ」

 

「トウカイテイオーさんも出ますね」

 

 春天皇賞といえば今月の初週に関西でG1大阪杯があった。うちのチームは誰も出ないが、≪スピカ≫から三人、センジも出るから、俺とクイーンちゃんが日帰りでレースを見に行った。あとクイーンちゃんはルームメイトのイクノディクタスさんを応援したかったと聞いてる。

 レース場は超満員。なにせ昨年骨折で無敗のクラシック三冠を目前に、菊花賞を断念せざるを得なかったウオーちゃんの復帰レースだった。

 同チームの先輩のゴルシー、最優秀クラシックウマ娘のカレットちゃん、秋天皇賞のセンジなどのG1ウマ娘を押しのけて、一年近くレースから遠ざかったにもかかわらず、勝ったのはウオーちゃんだった。カレットちゃんが二着、ゴルシーは四着。センジは三着で、イクノディクタスさんは五着に入った。

 この勝利に日本中がフィーバー状態。そして無敗継続のまま、今度は春天皇賞の勝利宣言をその場でキメた。なかなか大きく出たもんだ。

 

「ウオーちゃんのファンには悪いけど、無敗記録は次でおしまい」

 

 俺の無慈悲な宣言に、隣のバクシさんとダンは頷いた。チームメイトは俺が負ける事を疑う事すらしない。あるいはダンはクイーンちゃんなら俺に勝てるかもしれないと考えているかもしれない。でも、ウオーちゃんに負けるとは微塵も思っていない。

 そういえばメジロの子が新しく入って来ると聞いたが、今日はいつ出るんだろうか。

 そんな事を考えてマイルレースを見終わった。

 マイルには一人、とんでもない走りを見せた褐色肌の鹿毛の子がいた。明らかに他と格の違うレースをして圧勝している。

 当然、トレーナー達は我先にとスカウトに走るが、その子に一顧だにされずに纏めて断られた。さて、どういうつもりなのかな。

 

 小さなトラブルはあれど、次は中距離に移った。

 一度目の中距離レースが終わり、勝ったウマ娘に何人かのトレーナーが話しかけて、色々あって話が纏まったようだ。

 負けたウマ娘は次頑張ってアピールしなよ。

 続いて第二陣のウマ娘達がコースに姿を見せる。すると、にわかにトレーナー達が色めき立った。

 

「あら、あの子は――――」

 

 ダンが出走する新入生の一人に視線を固定する。

 

「知ってる子がいるの?」

 

「はい。パーティーで何度か話した事があるサトノ家の子です」

 

「2番ゼッケンのサトノダイヤモンドさんですね。トレーナーの間でも、今年一番の有望ウマ娘と噂が上がっています」

 

 二人の視線の先に居る、鹿毛の子を見る。確かに他の新入生に比べて頭一つ上の印象はある。

 でも実際に走る所を見てみないと、結論は出ないと思うぞ。

 準備が終わり、十名がスタート位置につく。

 一斉に走り出し、それぞれのペースでレースが進む。

 噂のサトノダイヤモンドちゃんは後方で待機している。その周囲を数人の走者がマークして走っている。だからか、彼女はやや窮屈な走りになっているな。

 さて、先団に目を向けると―――――――ふむ、一人気になる子が居るな。

 二番手にいる、右耳に赤いリボンを着けた黒髪の5番ゼッケンの子。何となくだがタフで長距離に向いた印象がある。

 

「ちょわッ!バクシンセンサーにあの5番の子がビビっと反応しますっ!!」

 

「バクシさんも、あの5番の黒髪の子が気になったんだ」

 

「おおっ!アパオシャさんもですか!あの子は私の後を任せてもいい学級委員長になれます!」

 

 バクシさんも何かを感じたという事は、あの黒髪の子はかなり高い素養があるって事だな。

 そのままレースを見続けて、勝ったのは最終直線で差し切ったサトノダイヤモンドちゃん。前評判に偽りは無かったという事か。

 俺とバクシさんが目を付けた子は三着だった。結果はいまいち振るわなかったが、こういう事もある。それに順位はともかく、見立て通り2000メートル走って、息切れをしていないタフな点を見逃してはいけない。

 勝者にはさっそく五人ぐらいのトレーナーが押し寄せて、スカウト合戦に興じている。二着の子もトレーナーの一人が交渉を持ち掛けていた。

 あの黒髪の子には誰も目を向けない。

 

「ちょっと声かけてきます」

 

「ならば私も共に行きましょう!」

 

 考える事は一緒か。俺とバクシさんはコースに降りて、まずは勝者のサトノダイヤモンドに声をかける。

 

「良い走りだったよサトノダイヤモンドちゃん。君ならいずれG1勝てるよ」

 

「ありがとうございます!あのG1七冠のアパオシャさんに、そのように言って頂けて光栄です!」

 

 深々と頭を下げる新入生に比べて、彼女の周りのトレーナー達は俺達を警戒している。

 俺もバクシさんもG1複数勝利者として、そこらのトレーナー以上に顔と名が売れている。その二人が直にスカウトしたら、あっさり取られてしまいかねないと思っている。

 実際に俺も、髭と違うトレーナーの中から契約するはずだった。それがカフェさんとオンさんのスカウトで≪フォーチュン≫に入る事になった。同じ事をされるんじゃないかと疑うのは分からんでもない。

 でも今回は違うんだから安心しなって。

 

「やあ、三着は惜しかったけど、君も結構速いよ。知ってると思うけど、俺はシニア二年のアパオシャだ」

 

「私は引退してしまいましたが、元学級委員長のサクラバクシンオーです!!お名前を聞いてもよろしいですか!」

 

「ええっ!?わ、あたしはそのキタサンブラックと言います!でも、どうして三着のあたしなんかにお二人が?」

 

「それは貴女に運命的な何かを感じたからです!私と同じ素晴らしい才能を持っていると、バクシンセンサーが受信しました!さあ、私と一緒に世界をバクシンさせるのです!バクシィィンっ!!」

 

 のっけから電波受信したと自白したバクシさんに、周囲はドン引きしてる。キタサンブラックちゃんも腰が引けてたじろいた。この場で平然としているのは俺達とサトノダイヤモンドちゃんだけだ。意外とあの子は肝が据わってる。あるいは先輩達並にズレてるのかな。

 

「バクシさん、最初からガッツいたらダメですって。えっと、うちの先輩が君は『先行』より『逃げ』の方が合うって言いたいんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

「それと俺の見立てだと、キタサンブラックちゃんはタフでスタミナ豊富だから長距離向き。今はまだ体が出来て無いからパワーが足りないけど、クラシック入ったら同学年でトップクラスに強くなるよ」

 

「いやいや、そんなあたしがまさかっ!?」

 

 初対面の相手にそんなこと言われても、急には信じられないか。しかもバクシさんは思いっきり電波受信した発言してるし。

 

「俺の話に興味を持ったら、明日にでもうちのチーム≪フォーチュン≫の部室に見学に来るといい。トレーナーには俺から話しておくよ」

 

 キタサンブラックちゃんの顔に結構迷いが生まれた。ここまで先輩G1ウマ娘に目をかけられたら、少しは心がグラついてくれないと俺達も自信が無くなる。

 今日の所はこれで十分だろう。

 あとは、もう一つ先輩らしいことをしておくか。

 

「ここにいる二人以外の子にも言っておくよ。――――――ただの一度の負けで諦めるな!俺の友達のゴールドシチーは最初の選抜レースで五着だった!それでもG1三冠の超一流ウマ娘になった。負けても顔を上げて、次の勝利を目指してトレーニングに励め!」

 

 必要な事は言い終わったから退散だ。これで奮起する子も少しは増えると思う。勝てるかどうかは別問題だが。

 さて、選抜レースはまだまだ続くから観戦再開だ。

 しかし、いつまで経ってもメジロ家の新しい子は出てこなかった。

 選抜レースの翌日にはキタサンブラックちゃんが、一着になったサトノダイヤモンドちゃんと一緒に見学に来た。この二人、元から小学校が同じで親友である。

 二日間見学と体験入部をしたキタサンブラックちゃんは、色々考えた末に≪フォーチュン≫に入ることを決めた。トレーナーはバクシさんを鍛えた髭が務める。

 

「このチームなら、あたしが憧れているトウカイテイオーさんに勝てるように鍛えてもらえますっ!」

 

 特定の相手に勝ちたい。それも一つの『証明』だろう。

 友達のサトノダイヤモンドちゃんは、家の方も交えて選考会を開いてトレーナーを決めると言っていた。

 大事な娘を任せる以上は親御さんも、トレーナーを見定めたいと思うのは常識的な親心だろう。

 しかし名乗り出たトレーナー十数名は誰一人として合格せず、後日トレーナー契約したのは先日レース場に居ても、選考会に行かなかった新人トレーナーだった。しかもサトノダイヤモンドちゃんからの逆指名。中々無いシチュエーションでの契約は結構話題になった。

 ともかくキタサンブラックちゃん(以降俺はブラックちゃんと呼ぶ)は正式にチームメイトになった。

 バクシさんは今後もまめにチームに顔を出しては、ブラックちゃんに『逃げ』の技術を継承させると楽しみにしている。

 俺もチームリーダーとして頑張って行かないとな。

 

 

 後日、新入生のメジロブライトという子はのんびり屋で、うっかり選抜レースの申し込みをしていなかったと、ダンから聞いた。

 ただし、これには続きの話があり、何故かその後にブライトちゃんは桐生院トレーナーと仮契約していた。なんかハッピーミークと池の亀を眺めながら意気投合して、流れで次の選抜レースまで指導する事になった。

 

 



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第87話 新衣装のお披露目

 

 

 桜も散り、トリプルティアラとクラシック三冠の始まりとなる、桜花賞と皐月賞が滞りなく終わった。

 まず桜の冠を手にしたのは前評判の高かったドーベルちゃん。メジロ家に久しぶりにティアラを持ち帰った事で、彼女の評価は一層高くなった。

 そしてもう一つのクラシックの祭典、皐月賞も昨年に並ぶ盛り上がりを見せた。

 一番人気の優勝候補は現在全勝中のミホノブルボン。彼女は本来スプリンターである。それでも本人たっての希望でクラシック三冠制覇を望み、実際に皐月を制した。その話題性が人気の源泉だ。

 うちのガンちゃんも頑張ったものの、惜しくも二着で負けてしまった。どうもうちのチームは皐月賞に勝てないジンクスでもあるんだろうか。来年は是非ともジャンに勝ってもらいたいよ。

 と思ったが一番最初にオンさんが皐月賞勝ってたから関係無かった。いやーうっかりしてた。

 あと、三着はライアンちゃんだった。そして≪スピカ≫のライスシャワーちゃんは着外の六着で終わった。まだ骨折の影響があったのかな。

 終わったレースの事は仕方が無い。ガンちゃんも次の日本ダービーに向けて、オンさんの特製お薬を飲んでトレーニングに入っていた。

 新人のキタサンブラックのブラックちゃんも率先して雑用を引き受けたり、毎日懸命にトレーニングを重ねている。

 まだ入学したてで学ぶ事は沢山ある。それでも持ち前の元気で、日を追うごとにメキメキと力を付けていくのを見ているのは楽しいものだ。

 それに今年はジャンがメイクデビューを果たす。こちらも初めて会った時に比べて格段に速くなっている。出来れば勝ってほしいよ。

 後輩が頑張っているんだから、俺もチームリーダーとして頑張らないといけない。

 

 

 都内の某所。今日はURAが春の天皇賞に出走するウマ娘を一堂に集めて記者会見をする日だ。

 G1レースをするたびに毎回出席しているから、この会見もそろそろ慣れてきた。

 勝負服に袖を通して、会見会場の隣の選手控え室に顔を出せば、今回走る十五人のウマ娘達が一斉に俺を見る。

 ある者は俺への畏怖、またある者は挑戦者として王者に挑む果敢な視線、また別の者はただ友好の感情を見せる。

 実際は半数以上がとっくに顔見知りなんだから、気安さも幾らか含まれている。

 特に最初に駆け寄るこいつとかな。

 

「あっ、遅いぞアパオシャ!――――新作の勝負服、良い感じじゃん!」

 

「ありがとよセンジ」

 

 センジは俺の勝負服をペタペタ触る。

 年始に年度代表ウマ娘に選ばれたご褒美に、URAから贈られた勝負服は悪くないみたいだ。

 その次にはゴルシーも勝負服の品評を始めて、似合うと言ってくれた。

 練習で馴染むために一度着ただけで、まだチームメイトにしか見せていなかったから、結構不安だったがこれなら人前に晒しても良さそうだ。

 新しい勝負服は、以前の中東風とはかなり趣が異なり、純日本式のデザインに即している。

 基本は巫女服を思わせるデザインで、長い袖の赤い上着、袴の代わりにくるぶしで絞った黒いズボンに前垂れ。踵を固定する白いサンダル。

 額飾りには放射線状に伸びた金細工をあしらった小さな鏡、首には翡翠色の勾玉の首飾り、腰帯には古式デザインの短剣を差してある。言わずとも分かる三種の神器だ。

 俺は髪がほぼ無いから、長い黒髪に見せるように黒く長いベールを後ろに着けてある。

 

「前のと違って、いかにも和風のデザインよね」

 

「日本のウマ娘を印象付けたいから、天照大御神をベースにしたって」

 

 デザインはURAの指定と聞いている。海外で走るのに明らかに中東風だと紛らわしいから、一目で日本代表と分かるよう今回のデザインにしてある。

 テーマが天照大御神なのは、俺が太陽の意匠を好んでいるのを知って、デザイナーが出来るだけ意に添うように考えた結果だろう。

 肌の露出も少なく着心地も良いから、まあまあ気に入ってる。ただし同居者は、前の方が良かったと露骨に不満タラタラである。

 

「アタシも今年の年度代表ウマ娘に選ばれたら、アパオシャみたいに和風の勝負服もらおっと」

 

「ぬかしおる」

 

 軽口を叩くゴルシーに苦笑いで返す。そう言うのは次の春天皇賞でも俺に勝ってから言え。

 そしてこの場で勝利宣言するもんだから、対抗心を刺激された子達が何か口にしようとしたが、その前に会見の時間が来て肩透かしを食らった。

 スタッフに呼ばれて一番最後に隣の会場に行けば、報道陣のシャッターの嵐で出迎えられた。

 

「―――歴代G1優勝数首位タイ。昨年春天皇賞、有マ記念王者アパオシャ!今日初公開の新たな勝負服は、日本神話の天照大御神をイメージした神々しいデザインです」

 

 それから一人一人に今回のレースへの意志表明を発言する時間が回ってきた。

 例えばシャル先輩は二度目の優勝を宣言したり、マチカネタンホイザちゃんは初のG1勝利への意気込みを語る。

 

「ボクは無敗のウマ娘のまま走り続けるよ!」

 

「私はライバルと尊敬するチームの先輩に勝って、メジロ家に最高の栄誉を持ち帰りますわ」

 

 ウオーちゃんとうちのクイーンちゃんは俺への勝利宣言を高らかに掲げる。

 ゴルシーやセンジも似たようなものだ。

 

「では最後に、アパオシャさんどうぞ」

 

「―――これでも日本の顔になった以上は勝ち続けるつもりだ。数を競うつもりは無いが、このレースで日本のウマ娘の歴史を塗り替えよう」

 

『おおっ!!』

 

 只の勝利宣言でも、今の俺ぐらいになれば多少脚色した物言いの方が世間の受けは良い。実際に勝てばルドルフ会長のG1勝利数を超えるから、記録は塗り替えられる。

 

「皆さん、ありがとうございました。それでは、来週のレースを楽しみに待っていてください」

 

 記者会見はこれで終わった。あとは本番のレースを待つばかり。

 髭の運転する帰りの車の中で、クイーンちゃんとちょっと話す。

 

「いよいよ自慢の後輩と対決か。結構長い道のりだったかな」

 

「そうですわね。いつかこの時が来ると思っていました。次のレースでは手加減は無用ですわ」

 

「ナリタブライアンに勝ったクイーンちゃんに、手を抜いて勝てるほど俺は楽観的じゃないよ。全力で捩じ伏せて価値ある八冠目を手にする」

 

 互いの目を見て、昂る闘志を確かめた。ここで勝てなかったら、キュプロクスには到底届かない。

 必ず勝って、再びイギリスに行こう。

 

 



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第88話 最強の可愛い後輩

 

 

 ファミレスというのはなかなか便利な店舗だと思う。早い店なら朝から開いてて深夜近くまで年中無休で営業している。

 それなりに美味しい料理が安価に食べられて、名前の通りファミリーで訪れても、千差万別の舌を満足させられるメニューに富んでいる。

 うちのチームは名門のお嬢様が二人いるわけで、そんなお嬢も阪神レース場のホテル近くにある、このファミレスには結構満足している。

 チーム≪フォーチュン≫は宝塚でレースがある時の前日は、毎回この店で夕食を取る。

 店側も何年も大きなレースの時には利用しているから対応も手慣れたものだ。外と他の客の目に付きにくい、死角の多い隅の席をわざわざ選んでくれる。

 こちらがウマ娘八人と男一人で、大量に料理を注文する上客と分かっているから、ある程度融通を利かせている面もあるんだろう。

 四人掛けテーブル二つを埋め尽くした料理が次々空になって、ウエイターが空皿の回収と追加オーダーを取りに来る。

 俺とクイーンちゃん以外は、季節限定の『抹茶とイチゴ』のデザートを常人の数倍頼む。明日レースを控えた俺達は一つだけ。

 髭も結構甘い物が好きだから、一緒に食べている。昔は大学の旅仲間と日本各地を巡って、ご当地の甘い物の早食い対決なんかしてたらしい。海外で野宿したりと、学のあるトレーナーらしからぬ変な人だよ。

 

「くっ!明日の春の天皇賞が終われば、スイーツ食べ放題………もう少しの辛抱です!」

 

 俺も出来ればみんなと同じぐらい食べたいけど、クイーンちゃんほどの渇望は無いなあ。

 それでもここで欲望に負けて食い散らかさない分別は褒めてあげたい。そうなったら俺と競わずとも負けると分かっているからこそ、必死に耐えているわけだ。

 しかしこの抹茶とイチゴのパフェはなかなか美味い。抹茶の苦味とイチゴの酸味、生クリームの甘みが混ざり合って、喧嘩せずそれぞれの味を引き出している。

 

「ブラックちゃんも遠慮無しに食べなよ。今食べておかないと、メイクデビューしたら好きに食べられない時が増えるんだから」

 

「はい!先輩達の分まで沢山食べます!」

 

 そう言ってプリンとアイスクリームをバクバク食べる。素直でよろしい。そしてクイーンちゃんは、そんなに恨めしそうに見るのを止めなさい。

 腹八分目に抑えて食事はおしまい。今日もいつもと味覚は変わらない。明日は調子が良さそうだな。

 

 

 翌日の阪神レース場は午前中には満員御礼。前もってスタンド席を予約してなかったら、チームの皆も席を取れなかった。

 まだ時間があるからブラックちゃんと一緒に早めの昼食を買いに、レース場のフードコートに来ていた。

 昼には早い時間でも多くの店は賑わっていて、席もかなり埋まっている。

 

「やっぱり勝つのはトウカイテイオーね」

 

「そうか?俺はメジロマックイーンが一番だぞ」

 

 カレーうどんを啜るカップルがそんな事を話している。

 別の場所では男連中がゴルシーとセンジの良さを語り合ったり、ファングッズの出来を批評していた。

 俺の名も時々耳にする。今日『皇帝』を超えられるか、そういう話題が多い。

 

「ブラックちゃんはウオーちゃんを応援する?」

 

「えっ!?いやーそれはアパオシャさんに負けろってことだから―――」

 

「冗談だよ。でも憧れの相手とチームメイトはまた違うから、そう遠慮する事も無い」

 

 実のところ顔見知りと走り続けてると、こういうケースは頻繁に起こる。俺だって親しい先輩と友達が一緒に走るレースは、誰を応援するか結構悩んだ。

 だから後輩が誰を応援するか強制せずに、自由意思で決めればいいと思う。

 

「応援はともかく、昼飯どうしようっかな――――あれなんか良さそう」

 

 指さす方向には持ち帰り専門の粉もの屋がある。その名も『ゴルちゃん焼き』。名前の通り、俺達の先輩のゴールドシップさんが今年起業した店で、既に各レース場に出店していた。看板にはデフォルメされているゴールドシップさんの舌出しイラストが載っている。

 

「いらっしゃいませー!ご注文――――あっ」

 

 店の人に注文しようとしたら、エプロン姿のカレットちゃんと目が合った。そして横には、華麗なピック捌きでタコ焼きをひっくり返すゴールドシップさんも居る。

 

「えっとタコ焼き十人前と焼きそば二十人前お願い」

 

「――――承りました。センパーイ、タコ焼き十人前、焼きそば二十人前です」

 

「おう、待ってろ!サイコーに美味いモン食わせてやっからよー!!うおおおおーーー!ファイヤー!!」

 

 ゴールドシップさんはタコ焼きを焼きつつ、鉄板の上で大量のキャベツと焼きそばを焼き始めて、芸術的なまでに洗練された手順で、あっという間に大量の注文をこなしてしまった。

 昔から思ってたけど、この人相変わらず謎過ぎる。そしてレースの予定が無いから手伝いに駆り出されているカレットちゃんが不憫だ。

 

「おおーよく見たらアパオシャじゃねーか!今日はうちのスペと妹とテイオーが出るから、気合入れて走れよ!」

 

「はい。先輩も商売頑張ってください」

 

 代金を払ってチームの皆の所に戻った。焼きそばとタコ焼きは大変美味で、全員に好評だった。これはレースのたびに食べたくなってしまう。

 

 春の暖かい風が吹く快晴の空の下の元に、午後の阪神レース場は熱気と興奮が渦巻いている。

 スタンドを見れば多くの八万人のファンがこれから始まる俺達のレースを前に、暴動が起きそうなぐらい熱をため込んでいた。

 翻ってターフの十五人を見渡せば、全てが俺を意識して視線を向けている。

 思い返せば、これまでの俺のレースはいつも挑戦する側、もしくは対等な立場での勝負だった。

 シニアの先輩達に挑み、外国の強豪とも戦った。それが今は後輩のクイーンちゃんを始めとして、同年のゴルシーやセンジも俺に挑む。

 それどころか『日本の総大将』と言われたシャル先輩すら、追いかける立場になっている。

 URAは俺の事を『ブラックプリンス』改め、『ブラックサン』と宣伝している。日本のウマ娘レース界の太陽に等しい扱いらしい。

 『皇帝』や『女帝』なんて称号の類似品は、仰々しくて重いから出来れば要らない。でも走り続けるなら、勝ちまで譲ってやるつもりは無い。

 同居者がいつも自分が勝ってるとウザったく言うのは無視だ無視。雨で走らなかった時は不戦敗に数えているからな。悔しかったら雨の中を走れ。

 そう言ったら不機嫌そうに歯を鳴らした。ふふん。

 ファンファーレが響き、そろそろゲートに入る。今日は16人中の13番。黒助も一番外側で待機する。

 初めての勝負服で走る。さあ、どんな景色が広がっているんだ。

 

 ―――――スタートはコンマ1秒出遅れた。でも今日は長丁場だから大した影響は無い。

 徐々に集団が形作られて、スローペースでレースが始まった。

 最初の外回りコーナーに突入する。クイーンちゃんは3番手、マチカネタンホイザちゃんがその後ろ、センジは5番か。

 ゴルシーはウオーちゃんと一緒にもう少し後ろの中団。俺は後方12番ぐらいか。シャル先輩は後ろで最後尾か。

 ついでに同居者は珍しく一番後ろを陣取っている。いつもは一番前を走るってのに。

 コーナーの曲面を使って前後を確認すると、『おやっ?』と訝しむ。俺の周囲3メートルほどが、ポッカリと空白地帯になっていた。

 前を走る走者は度々後方を確認している。俺が加速すると、それに連動するかのように前もペースを上げた。

 反対に速度を意図的に落として後ろに下がると、今度は後方もペースを落とす。

 

 (俺を基準にペースを決めているのか)

 

 マークというには奇妙な距離感だ。これはまるで俺の近くで走るのを避けているようだ。

 ―――――≪領域≫に入った時に受けるプレッシャーを避けているのかな。

 髭も≪領域≫の事は噂程度しか知らなかった。オンさんやカフェさんが使える事は把握していたみたいだけど、具体的な事は同じレースを走る、そのまたごく一部のウマ娘にしか分からない。

 それでも俺とのレースで経験したウマ娘は多くいる。その経験から各トレーナーが対処法を考え付いたのだろう。

 こんな序盤から警戒しているのは、いつ≪領域≫に入るか分からないから、常に対応出来るように気を配っているわけか。

 俺の≪領域≫は感覚の鋭敏化と周囲へのプレッシャーで、速度向上に寄与しない。他の走者に離れられたら恩恵はさして無い。

 良い対処法だ。少ない情報から的確な対抗策を考えるのは、さすが中央トレーナーとG1に出るウマ娘だよ。

 でも、それだけで勝てると思うのは大間違いだ。

 今すぐ加速を始めて前を追い立てていく。狙い通り、前を走る子達はペースを上げた。

 ≪領域≫の恩恵が薄いなら、今日は真っ向から俺とスタミナの削り合いに終始してもらうとしよう。

 外回りの下り坂を使って、コースを膨らまない程度に加速し続ける。

 外周が終わり、長い直線へ入る。脚をさらに早めれば、後団も続けとペースを上げた。これで全員を高速展開に引き摺り込めた。

 相変わらず周囲は空白地帯。一番近くにいても大体4メートルは離れている。いやー嫌われたものだ。

 じゃあ、もっと嫌がらせをしよう。加速しながら外側に移動して、これ見よがしに並んだり抜いて順位を上げていく。

 隣に並ぶたびに驚く息遣いが聞こえて、逃げるように前へ前へと駆けていく。

 一回目のゴール付近でウオーちゃんと並んだ。ちらりと横を向くと、目が合って後輩がニッカリ笑う。俺と直接走るのは初めてだから≪領域≫の事はシャル先輩やゴルシーから聞いていても、話半分しか信じてないって顔だな。

 信じてないならそれでもいいか。先達として真っ向から叩き伏せて敗北を教えてやる。

 ゴールを超えて後半に入った。今は8番手で第三コーナーを走る。本来ならここで≪領域≫に入ってるが、今回はその分のスタミナを加速に回しているから、より速く走れる。みんなは最後まで付き合い切れるかな。

 コーナーを周り、最初のスタート地点に戻って来た。最初に先頭を走っていた子は必要以上にスタミナを減らして沈んだ。

 前にはクイーンちゃんが2番、センジが3番。マチカネタンホイザちゃん、ゴルシー、ウオーちゃんと続く。

 ここからは俺より前は順位が入れ替わり立ち代わりの鎬を削るレースになり、第五コーナーを過ぎた頃には先頭が脱落した。

 今日はハイペースに追い込んでいる。後ろから見て先団がだいぶ苦しいのは分かる。特にゴルシーは常に後ろの俺に気を配り過ぎて、余計にスタミナを使い過ぎたな。

 まだ余裕があるのは先頭のクイーンちゃんと、二番手のセンジぐらいか。

 なら、そろそろ他の走者には退場願おう。

 体中の血が沸騰し、それでいて頭は冷え切っている。今聞こえているのは自身の心臓の鼓動と魂の咆哮だけ。

 

「おああああっ!!」

 

 次の瞬間、世界が一変して俺の周囲は赤い砂に覆われた。前の集団に砂が絡み付き、彼女達の顔つきが変わる。

 最終コーナーへと入り、脚のピッチを上げて外から一気に三人を抜いてセンジに並ぶ。友達は恐怖に慄き、僅かに後ろへ下がる。

 残るは一バ身先を行くクイーンちゃんのみ。

 それに追従しながら徐々に差を縮め、最後の直線で肩を並べる。

 

「さあ、決着をつけようか!!」

 

 砂塵がクイーンちゃんを飲み込み、そして弾き飛ばされる。

 彼女の背には白く透き通った一対の翼が生えていた。

 そうか、それが君の≪領域≫か。いいだろう、ここではチームの先輩後輩は無い。ただ一人のアスリートとして、対等の勝負をしよう。

 激突して赤い砂と舞い散る羽根が塵へと変わる。

 互いの≪領域≫のイメージが喰らい合い、加速を続け、もはや俺達以外は誰も付いてこられない。

 ただひたすら前へ前へ、ゴールの先にある勝利だけを目指して走り続ける。

 もっとだ、もっと速く動け脚。俺は負けていいなんて毛筋だって思っていない。

 ゴール前の最後の坂も、ありったけのスタミナを注ぎ込んだ高ピッチ回転の脚で駆け上がる。

 それでもクイーンちゃんの鼓動と息遣いが離れる事は無い。

 ほんの一歩、あと数cmでも前に行けば俺が勝つ。その僅かな長さが無限にも等しく思える。

 坂を登り切った先のゴール板まで、もう数歩まで迫っていた。

 あと少し、あと少し――――――俺とクイーンちゃんの想いは一つに重なり、最後は同時に駆け抜けた。

 ≪領域≫が遠のき、俺達は大きく息を吐いて、無言で視線を交わした。

 スタンドの観客からはざわめきが起こる。電光掲示板には写真判定の文字と、三着にセンジの番号が出ていた。

 息を整えて、続々とゴールする他の走者を出迎える。

 

「はぁはぁ………あーんもう!また負けちゃった!!」

 

 ゴルシーは十着ぐらいか。さすがに3200メートルは長かったな。

 五分が経ち、まだ掲示板には結果が出ない。既に四着がマチカネタンホイザちゃん、五着はシャル先輩と出ている。無敗宣言したウオーちゃんは着外。

 タイムは≪3:11.4≫。去年より1秒以上早くなってるが、カフェさんのレコードには及ばなかった。

 クイーンちゃんとウオーちゃんは隣り合って何か話している。二人の直接対決は日本ダービーと今回でひとまず一勝一敗。

 

「待ち時間なっが!ちょっとー、ありえなくない!?」

 

「落ち着けってセンジ。こういうこともある」

 

「アパオシャは落ち着き過ぎっ!あんたの二連覇と『八冠』かかってて、それはおかしいって」

 

「出すモノ出し切ったからな。俺とクイーンちゃんのどっちが勝っても納得するよ」

 

 ここまで真っ向から競り合ったのはナリタブライアンとキュプロクス以来だ。強い後輩に育ってくれて、結構嬉しい。

 同居者の奴は俺にアタマ差をつけて勝ったと言い張ってるけど、正直クイーンちゃんとのレースにしか気が向いていなかったから、どうでもいいや。

 さらに五分が経ち、客も走者も徐々に苛立ちが募る中、ようやく結果が出た。

 スタンドからは困惑と熱狂の交じり合った歓声が天地を揺るがした。

 

「同着とは予想外だ」

 

 春の天皇賞の勝者は俺とクイーンちゃん。一着の同着はたまにあるが、G1での同着優勝は相当珍しい。

 史上初のG1八冠達成、初の春の天皇賞二連覇、同着優勝の三連コンボで、スタンドは心臓発作で死人が出るんじゃないかと思うぐらい興奮の渦の中にある。

 大歓声の中、ウオーちゃんの隣にいたクイーンちゃんの傍に行く。

 

「すげえ強かったよ。さすがだねクイーンちゃん」

 

「それはこちらが言うべき事ですわ。私の知る限り、貴女は誰よりも強いウマ娘です」

 

 そして俺達は並んで応援してくれた観客に手を振って応えた。

 横で悔しそうに俯くウオーちゃんが目に入る。負けは負けだ。借りを返したかったら、いつでも挑んで来い。

 

 ターフを降り、場所を変えた表彰式で、昨年貰った木製の大きな盾をまず俺が受け取る。その後にクイーンちゃんに渡した。

 

「今日はクイーンちゃんが持ちなよ。俺は去年の分がある」

 

 クイーンちゃんは少し遠慮がちに盾を貰い、顔をほころばせた。理由は知らないが天皇賞勝利はメジロ家の悲願と聞いている。念願叶って感無量って奴だ。

 隣に居る髭トレーナーも感動のあまり泣いている。髭のオッサンの泣いてるシーンって絵面が結構汚いな。

 それから報道陣からの質問を適度に捌いて、ウイニングライブで歌い、嵐のような春の天皇賞は幕を下ろした。

 

 その日の夜はホテルからまともに出られず、中で大人しく過ごした。テレビはレース特集一色に染まり、全国の街中で号外が乱発されたとニュースで見た。

 やれやれ、これでしばらくは記者達の相手で時間が潰れる。

 

 



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第89話 新たな目標

 

 

 異例尽くしの春の天皇賞が終わり、世間はゴールデンウィークに突入した。

 大型連休ともなると観光地は盛況になり、各地でイベントも開催される。普通の人にとっては楽しくとも忙しい。

 そんな連休でも働く人の中には、楽しいとは言い辛い職場もある。

 俺とクイーンちゃんが訪れた病院も、連休中に働く人達が多い場所だった。

 通常の診療は行われていないから閑散としているものの、入院患者の世話と治療は休めないから、連休中でも人の出入りはそれなりにある。

 幸い我々は今のところ医者の世話になる必要は無い。誠に運が良くありがたい事である。

 それでも病院に来たのは見舞いのためだ。

 病院独特の消毒の匂いと辛気臭さに、内心で辟易しながらエレベーターに乗った。

 あらかじめ見舞う相手には連絡を入れて、病室の番号も聞いてある。

 だから目的の部屋も間違っていない…はず。

 しかし、かかっている入院者の札の名前はあまり馴染みが無い。普段見慣れない名前だからしょうがないんだが。

 

「この部屋で合ってるよなクイーンちゃん」

 

「ええ、教えられた通り合ってますよ。私達が知っているウマ娘の物と違いますが、本名ですから仕方ありません」

 

 ウマ娘の名と戸籍上の本名は異なる。病院や役所では本名の方が扱われるから、こういう時は結構混乱する。

 間違ってたらごめんなさいで済ませればいいか。気軽にノックして、聞き慣れた声の返事なのを確認してから部屋に入る。

 

「やあ、怪我の具合はどうだ二人とも?」

 

「おっすー、やることねーからマジ暇だし!アパオシャが見舞いに来てくれて助かったわー」

 

「テイオーも脚以外は元気そうですね」

 

「んもー!一言多いぞマックイーン!」

 

 病室のベッドでセンジとウオーちゃんが仲良く並んで寝ていた。センジは右足首に包帯を巻いてて、ウオーちゃんは右足にギブスを着けてても結構元気そうにしている。

 

「これは見舞いの品な。俺からは焼き菓子の詰め合わせ」

 

「私は果物のセットです」

 

「ありがとねー」

 

 怪我人達に渡して、ちらりとテーブルを見ると共に花が活けてあり、開封した贈り物用のお菓子も置いてあった。センジの方には何冊かのファッション誌もある。

 前日に≪スピカ≫のメンバーがビジンと共に、二人を見舞っているからその品だろう。

 ビジンは今月中頃に、G1ヴィクトリアマイルがあるのに時間を作って見舞っている。友達想いの良い子だよ。

 四人部屋の病室を今は三人が使っていて、もう一人は五十歳ぐらいのケガをしたおばさんがいる。あまり煩くしたらダメだな。

 とりあえず立ち話もアレだから、椅子に座って俺はセンジを、クイーンちゃんはウオーちゃんに向き合う。

 二人は共に数日前の春の天皇賞のライブ後、脚の痛みを訴えて病院に行き、すぐさま入院した。同室なのはそういう理由だ。

 センジの方は幸い捻挫だった。念のため歩かないように病院に放り込まれただけで、休み明けには退院予定。練習も今月の中頃には始められる。

 深刻なのはウオーちゃんの方だ。昨年の左足骨折に比べれば幸いと言っていいかは分からないが、今度は右足の剥離骨折で全治三ヵ月と診断された。

 完治は夏になり、またしても長期休養に、次の人気投票は必ず上位に食い込んで宝塚記念を走ると思っていたファン達は大いに落胆した。

 そうは言ってもウマ娘にとって、脚の怪我は切れない縁で結ばれている。これは運が悪かったと思って受け入れるしかない。

 

「大したものは無いけどさ、ジュースでも飲みなよ」

 

 センジから紙コップに入れたニンジンジュースを貰い、差し入れした品と別の菓子も二人分渡される。

 一口サイズのチョコレートをみんなで食べて幸せな気分になる。そしてクイーンちゃんは顔にもっと食べたいと書いてある。

 センジがそれを何となく察して、欲しいだけ食べろと箱ごと渡した。

 

「いえいえ、これだけ全部は頂けませんわ!」

 

「いや、誰も全部食べろなんて言わねーし。テイオーに聞いたままの子じゃん」

 

「ニシシ。ねっ、ボクが言った通りでしょジョーダンさん。マックイーンならこう言うって」

 

 ウオーちゃんは悪戯が成功した悪ガキめいて笑い、流石に全部食う発想は無かったとセンジは呆れて、クイーンちゃんは赤面した。

 意外にこの二人は仲が良いな。同病相憐れむって言うし、同じレースを走った怪我人同士でシンパシーでもあったのか。

 でもこのまま虐めたままなのは可哀そうだから、代わりに二つばかりチョコを貰って、クイーンちゃんにも貰うように促した。

 その後は常識的な数を食べながら適当に駄弁る。

 

「あたしら、このまま休みは病院だけど、二人はレース終わったばっかで連休はどうすんのよ?」

 

「俺は月末にイギリス行くから、その準備をするよ。あと、明日はテレビ出演あるから。出たくねーけど」

 

「私もアパオシャさんと一緒の番組の収録があります。それと家の行事がありますから」

 

「せっかくのレース休みだってのに勿体ねー」

 

 そう言うなよ。俺達にとって休みなんてのは、次のレースのための準備期間でしかないんだぞ。

 しかしレースの準備はともかく、注文した新しいドレスの試着とかは面倒くさいから省きたい。

 ドレスだって去年と脚以外の体格は殆ど変わってないんだから、使い回せばいいと思うんだけどな。

 毎回デザイン変えた物を用意しないと笑いものになるとか、ファッション関係はなんとも面倒臭い。

 そしてテレビ出演なんて出来ればしたくないけど、さすがに『八冠』まで獲った以上、ある程度はメディア露出しないといけないのが困る。あー面倒くさい。

 

「イギリスかー。アパオシャさん、外国のレースってどんな感じ?」

 

「現地の飯が慣れないと辛い。芝が合わずに調整もミスるとボロ負けする。とりあえず英語喋れれば何とかなる。新しい場所に行くたびに、友達が出来るのは結構気に入ってる」

 

「そっかー。ねえ、ボクがイギリスのレース走ったら勝てるかな?」

 

 ウオーちゃんの走り方は、柔軟な身体を沈み込ませるように踏み込んでからの、反発を利用した大きなストライド走法。これは爆発的な加速を生み出せる走りだが、同時に骨への負担がかなり大きいように思う。

 二回の骨折も多分それが原因なんだろう。この子の最大の持ち味が最大の怪我の要因になってしまうんだから皮肉な話だ。

 対して俺の走り方は徹底してフォームを固めて崩さない、柔軟性を捨てたスタミナ特化の走り方。ある意味ウオーちゃんとは対極の走法になる。

 

「ウオーちゃんなら向こうのG1でも入賞はいけると思う。それに、ヨーロッパの芝は日本のより深く沈むソフトな芝だから、接地した時に力が分散しやすい。ウオーちゃんの走り方は骨に負担がかかるから、ソリッドな日本の芝で走るよりは怪我をしにくいかもしれないな」

 

「ふーん。じゃあさ、脚を治して秋にアパオシャさんとマックイーンに借りを返したら、ボクも海外挑戦考えてみようかな」

 

 へえ、この前は結構な負け方したのに言うじゃないか。この分なら怪我と負けを引き摺って調子を落とす事は無いか。

 

「よーし!ボクの今年の目標は、秋のシニアG1『秋天皇賞』『ジャパンカップ』『有マ記念』を勝つことっ!!」

 

 秋のシニア三冠制覇とは大言を吐いたな。その偉業はまだ誰も、シンボリルドルフ会長でさえ成し得ていない。

 ルドルフ会長の無敗のクラシック三冠に並ぶのは叶わなかった。無敗のウマ娘も無理だった。それでもなお未踏の難業に自ら挑む、模範的アスリートの姿勢を褒めてやる。

 

「あら、大きく出ましたわね。ですが最初の秋天皇賞で私が返り討ちにして差し上げますわ」

 

「じゃあ俺は有マ記念で手加減無しで捻り潰してやるよ」

 

「えーっと、あたしはジャパンカップ走るからよろー」

 

 あまり関係の無いセンジも流れに乗ってくれた。でもセンジだってG1ウマ娘。舐めてかかったら、ウオーちゃんだってあっさり負ける。

 それから四人で一時間ばかりこれからのレースの話をした。センジは退院したら、すぐに宝塚記念に向けてトレーニングをすると言ってる。

 となるとクイーンちゃんと競うのか。ゴルシーの奴も走ると聞いているし、また熾烈なレースになりそうだ。

 

 

      □□□□□□□□□□

 

 

 あまり楽しくなかったゴールデンウィークも最終日になり、NHKマイル杯も無事に終わった。

 そして翌日。世の中が日常に戻りつつある日の夕方に、学園での記者会見が予定されている。何の会見と聞かれたら、来月のイギリスで開催するアスコットミーティングへの参加発表。

 今回俺は昨年王者として招待されているから、真新しさの無い注目度の低い情報と思われている。よって報道陣は去年より少なくなった。

 しかしその予想は思いっきり外れているぞ。勝手に判断して、スクープを取りこぼした間抜けと笑ってやる。

 

 三十人程度の記者の前に置かれたテーブルと椅子に、チビッ子理事長を中心に俺達四人が座っている。

 この時点で集まった報道陣は、数分前の予想と異なる展開になると確信した。

 

「本日は御足労頂きありがとうございます。これから日本ウマ娘トレーニングセンター学園による会見を始めさせて頂きます」

 

 司会の駿川さんの挨拶で、いよいよ重大発表が始まると記者達が固唾を飲んだ。

 

「発表!今年のイギリス開催のアスコットミーティング、プリンスオブウェールズステークスにナリタブライアン、ゴールドカップにはアパオシャが参加する!」

 

 理事長の両隣に座る俺とナリタブライアンに向けて、一斉にカメラが向けられる。

 プリンスオブウェールズステークス(以下PWステークス)とは、ゴールドカップに準ずる伝統あるイギリス王室の主催するG1レース。距離は約2000メートル、ヨーロッパの中距離レースの中では非常に格式高く、現在は世界トップレースの20位に入っている。つまりヨーロッパ中の強豪ウマ娘が参戦する、名誉ある世界レースと言ってよい。

 そして今現在、日本のウマ娘は誰も入賞を果たしていない難関である。

 

「追加!その翌月に開かれる、ナリタブライアンがキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス、アパオシャは昨年同様のグッドウッドカップに出走手続きを済ませた!」

 

 理事長のさらなる燃料投下に、記者達はてんやわんや。

 渦中のナリタブライアンを見れば、この記者会見を面倒そうに感じてダルそうにしている。俺も似たようなものだけど、彼女はそれ以上に億劫だと思ってるな。

 キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス(長いからKQステークス)は、イギリスレースの中では比較的最近設立した約2400メートルのG1レースだが、その実態はフランス凱旋門賞に比肩するヨーロッパ最高の中距離レースである。

 過去には日本のウマ娘も何度か挑戦している。しかし目立った結果は出せていない。

 実はシンボリルドルフ会長の親族の、シリウスシンボリという人が過去に挑戦しているものの、結果は芳しいものではなかった。会長はその事には何もアクションを示していないので、心中は誰にも分からない。

 学園側の説明が終わり、記者達が一斉に質問の手を挙げる。駿川さんがその内の一人を選ぶ。

 

「ナリタブライアンさん、今回の海外挑戦はどのような心境で決意なさったんですか!?」

 

「アパオシャから誘われた。海外には自分と同等か、それ以上のウマ娘が多いから、きっと私を熱くさせてくれるレースがある。だから一緒に来ないかと」

 

 俺に視線が集まり、別の記者が手を挙げる。

 

「アパオシャさんは、なぜナリタブライアンさんを誘ったんですか?他の人では駄目だったんですか?」

 

「俺の知る限り、ナリタブライアンが誰よりも強いからです。それに彼女のパワーは、重いヨーロッパの芝でも十分に通用する」

 

「ではナリタブライアンさんなら、ヨーロッパ最高峰の中距離レースを勝てる確信があるわけですね!?」

 

「俺が勝てて、彼女に出来ない道理は無いですよ。ナリタブライアンは世界の頂の一つに手が届きます」

 

 さらに別の記者がトレーナー達にも質問を向ける。

 

「二人はこのように言っていますが、東条トレーナーも同様に思われますか?」

 

「トレーナーは勝つ見込みも無しに、ウマ娘にレースを走らせたりはしません。ブライアンならきっと世界を驚かせてみせます」

 

 東条トレーナーの自信を讃えた笑みに、記者達は喜びの声を上げる。

 以前バレンタインの時にナリタブライアンにイギリス遠征の話を持ち掛けた後、担当の東条トレーナーを説得させられるか危ぶんでいたが、やってみたら意外とすんなり口説き落とせたらしい。

 ウマ娘の要望を叶えてあげたい想いと、単純にブライアンの実力なら勝算があったからだと聞いている。そしてもう一つ理由がある。

 ただしもう一つの理由は言わず、記者達の相手をほどほどにして会見は終わった。

 その日の夜には俺達の記事がネットニュースに載って、翌日の新聞の一面を大きく飾った。

 それでも来週のヴィクトリアマイルまでには落ち着くだろう。

 アスコットミーティングまでそんなに時間も無いし、練習練習と。怠けてたらキュプロクスには絶対に勝てないからな。

 

 



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第90話 夢を見る者見せる者

 

 

 NHKマイル杯の翌週は、華やかなシニアが走るヴィクトリアマイルが開催していた。 

 目玉選手になっていたのは、シニア最年長でG1三冠のグラスワンダー先輩。今年に入り、重賞二勝を挙げたオークスウマ娘のウオッカちゃん。それと、芝ダートを選ばない二冠ウマ娘のビジンの三人。

 咲き誇る花のように華やかな美しいウマ娘達も、いざレースが始まれば荒々しい闘争心をさらけ出し、力の限り相手を捩じ伏せて貪欲に勝ちを奪いに行く。まさしく獣の戦いだった。

 そして最後に勝者となったのは、≪雪の天使≫ユキノビジン。ことレースにおいては世間が付けた二つ名など、全く意に介さない強さを見せつけての勝利だった。

 けど俺はそれでいいと思う。世間がアイドルのように持てはやそうとも、俺達はアスリートなんだ。レースを走り勝つ事が喜びであり、ちやほやされるのはオマケだ。ウイニングライブだって勝たなければ脇に遠ざけられる。そこをはき違えると、後は一気に弱くなって負けていく。第一に優先すべきはレースで一番速く走る事である。

 ビジンもそれが分かっているから、俺と同様にさらなる階段を登ろうとしていた。

 彼女はレース後の記者会見でアメリカ遠征を発表した。

 俺とナリタブライアンのイギリス遠征を真似をしてというわけではない。実際はもっと前からそれとなく相談は受けていた。

 かつてクラシックの時に、四人で冗談交じりに遠征する話をしたことがある。

 あの時はまだ俺しか本気で海外レースを走る気は無かったみたいだが、俺がゴールドカップやメルボルンカップを勝ち続けた事で、ビジンもこのまま同期に負けたくないという対抗心が段々と育っていた。

 そこでダートが盛んなアメリカで、今まで以上に強くなるべく遠征を担当の久保田トレーナーと計画した。学園もG1二冠二刀流のビジンを評価して、充実したバックアップを約束した。

 世間も三冠目を獲得した矢先の発表だったので、さらなる飛翔を期待して好意的に受け止められた。

 出発は六月初週。現地で数度の重賞レースで経験を積む。

 そしていよいよ十一月となると、アメリカレースの最大の祭典≪ブリーダーズカップ≫に参戦する予定だ。

 既にヴィクトリアマイルを勝っているので、芝レースの一つ≪ブリーダーズカップ・フィリー&メアターフ≫の出走権は得ている。

 場合によっては現地でさらにトライアルレースに出て、ダート路線に切り替える事も考慮している。

 こういう時に臨機応変にダートも走れるビジンの汎用性は、俺達には無い強みだよ。

 

 

 さて、シニアにばかり目を向けてはいられない。

 四月から続いた怒涛のG1戦も、今日の日本ダービーが最後を飾る。

 天気は快晴。初夏の風が吹く絶好のレース日和の午後。チーム≪フォーチュン≫は全員で、東京レース場に応援に来ていた。

 

「モシャモシャ――――マヤノさんもそろそろ着替えた頃かな」

 

「そうだね、ハムハム――――あーあ、私も早くデビューして、勝負服が着たいのう」

 

 アメリカンドッグを頬張るブラックちゃんと、お好み焼きを食べるジャンがぼやく。

 現在は午後二時半。レースまで一時間も無い。出走者はそろそろ勝負服に着替えて、最終確認をしている頃だろう。

 

 食べ過ぎないよう程々に間食をしながらレースを見て、いよいよメインイベントの時間が迫った。

 観客も興奮を抑えようと必死である。

 そしてその時がようやくやって来た。

 パドックに最初の主役の一人が堂々とした姿を見せる。

 クラシック期に入り、どんどん力と自信をつけていく様は見ていて気持ちが良い。己が栄光を手にするのを疑いもしない。

 世間は今年のクラシックも去年と同じぐらい見応えのある世代と言う。

 ティアラ路線は桜花賞を勝ったドーベルちゃんが引き続きオークスも勝つかと思われた。しかしそうはならず、ティアラの第二戦を制したのは、ドイツからの留学生エイシンフラッシュちゃん。

 遠い異国の地で懸命に走る姿には、多くのファンが彼女の勝利に惜しみない声援を送り、彼女もまた日本の観客に片膝を折っての礼で返した。この敬礼がニュースで取り上げられて、全国に一躍名を響かせた。

 負けた三着のドーベルちゃんも悔しがっていたけど、切り替えて秋華賞を目指してこれから頑張ると言っていた。メジロの子はダンを筆頭に打たれ強い。

 もう一人のメジロの子、ライアンちゃんも姿を見せた。

 G2弥生賞を勝ち、一冠目の皐月賞は三着と好走。昨年の自信の無さと危なっかしさはなりを潜め、今では立派なアスリートの姿になっている。

 

 さらに見た顔が出てきた。黒いドレスに身を包んだ≪スピカ≫のライスシャワーちゃんか。

 骨折も無事に治り、元気に走れるようにはなった。戦績はスプリングステークス4着、皐月賞6着と、悪くはないが今一つという結果だ。

 ただ、あの子はどちらかと言えば長距離向きの資質だから、より距離が長くなっていくクラシック後半には手ごわい相手になっていくだろう。

 

「がんばれよーライスー!」

 

「素敵ですライス先輩ー!」

 

 俺達から離れた前の席で≪スピカ≫が声援を送る。そういえば最近新人が入ったとゴルシーが言ってたな。

 ―――あの黒髪の眼鏡をかけた小柄な子か。確かゼンノロブロイという子だったか。大人しそうな子だけど、あの癖の強いチームに馴染めるのかな。

 まあ、そこら辺は面倒見のいいゴルシーが色々フォローするだろう。

 さらに数名がお披露目をして、いよいよお待ちかねの時間だ。

 

「ガンちゃーん!!今日は勝つんだぞー!!」

 

「マヤノさんーファイトですわー!!」

 

 俺達や多数の声援を前に、フライトジャケット風の勝負服に身を包んだガンちゃんは、敬礼して翼を広げた飛行機の真似をしながらパドックを走る。ちょっとしたパフォーマンスで観客を沸かせた。天真爛漫なうちの後輩は、その愛らしさで人気が高い。

 あの様子なら、今日のレースは面白くなりそうだ。レースを楽しんでいるガンちゃんは物凄く強いぞ。

 ところが観客にとっての一番人気はうちの後輩じゃなかった。

 

「きたぞーミホノブルボンだー!!」

 

「無敗の三冠期待してるぞー!」

 

「テイオーの後継者はお前だぞ!」

 

「頑張ってーブルボンっ!」

 

 現在5戦全勝の皐月賞ウマ娘、白いレオタードの勝負服?を着たミホノブルボンが姿を見せた瞬間、会場が一気に盛り上がった。

 レースを志すウマ娘なら誰もが夢を見る三冠覇者に、今年もまた挑戦者が現れた。それも昨年三冠を目前にして、怪我で無念の断念をしたウオーちゃんと同様に、無敗のまま皐月賞を勝った。

 観客の中には彼女自身のファンだけでなく、ウオーちゃんの遂げられなかった夢の続きを彼女に託して応援する者も居るんだろう。それを悪いとは言わない。どんな理由で応援するかは個人の自由だ。

 しかし観客の想いだけで勝てるほどレースは生温くは無い。今日は辛い結末を見る事になるかもしれないな。

 

 お披露目が終わり、コースに18人のウマ娘が勢揃いする。一生に一度しか走れない栄光のレース≪日本ダービー≫。その栄誉を得られるのは只一人。

 ファンファーレが響き渡り、それぞれのタイミングでゲートに入る。

 静まり返るスタンドがスタートと同時に再び沸き立つ。

 一斉に飛び出した走者が我先にと己のポジションを奪おうとパワーファイトを繰り広げる中、先頭に立ったのは一番人気のミホノブルボン。

 予想通りの展開かな。あの子は過去のレースを見れば分かる通り、典型的な逃げウマ娘。最初から最後まで先頭を渡さずに走り続ける。

 ガンちゃんはその少し後ろの三番手をキープしている。今日は先行で行くつもりか。

 オンさんはレース展開は何も指示はしない。いつも自分の好きなように走れと言っている。天才の後輩は誰かに言われるより、本能でやりやすいように走らせた方が上手く行くという事だ。

 そのまま最初のコーナーに入り、ミホノブルボン中心でレースが形作られていく。

 ライアンちゃんは後方で機を窺い、ライスシャワーちゃんはガンちゃんの後ろ五番手辺りにいる。

 第二コーナーも終わり、向こう正面の長いストレートに入った。この頃には後方は激しく入り乱れて順位が変動するものの、先頭から五番目まで変化はない。

 髭がストップウォッチを見ながら厳しい顔をする。あの様子ではミホノブルボンのタイムに乱れは無いようだ。

 先頭を走るミホノブルボンの走りには大きな特徴がある。走り出してから先頭を譲らず、1ハロン(約200メートル)のタイムが常に一定を刻む事だ。ペースが乱れる事無く、機械のようにひたすら勝利目標タイムを刻み続けてゴールする。

 そのためにはどんなレース展開でも、追い立てる重圧に負けず自分の走りを乱さない頑強なメンタルとスタミナが必要になる。

 

「分かっていたけど、あの子は乱れないな」

 

「むむむ、あのブルボンさんからもバクシン魂を感じます!ですが、今はマヤノさんの勝利が大事です!マヤノさーん!頑張ってください!!」

 

 バクシさんの琴線に触れるほどの逸材だったか。少し巡り合わせが違っていたら、彼女がうちのチームに居たのかもしれない。

 髭が元来ミホノブルボンはスプリンターと言っていた。しかし彼女は適性が違うクラシック三冠を目標にした。よって担当トレーナーは勝たせるため、並のウマ娘の数倍のトレーニングを積むことを命じた。彼女はそれに応えて、スタミナを鍛え続けて適性距離の壁を乗り越えた。その結果が皐月賞勝利である。

 その努力は並大抵ではあるまい。だからこそ困難を乗り越えたミホノブルボンは、世間からウオーちゃんに匹敵する絶大な人気を誇る。民衆は困難に立ち向かう英雄が好きだから。

 既に英雄は最終コーナーに入った。まだ一度もハナを取られるのを許していない。流石にこの段階になると後方も焦りを覚えて、無理にでも追いつこうとペースを上げ始める。

 数名が無理をしてでもミホノブルボンの前を走り、しかし長くは続かず、最終直線に入った時には脱落していた。

 ガンちゃんは現在二番手、先頭と二バ身離されている。その後ろにはライスシャワーちゃんが詰めている。

 残り直線300メートルを切った。後方待機していたウマ娘達も、最後に勝つためにスパートをかけてきた。

 ライアンちゃんも切れ味のある脚でグングン前へと突き進んでいく。

 残り200メートル。先頭は変わらず、ミホノブルボン。

 

「いけーいけーブルボンっ!!」

 

「二冠目は貴女の物よ!」

 

 スタンドはミホノブルボンコールで埋め尽くされる。もはや勝った気でいる。

 ゴールまであと100メートル……70メートル………

 ここでついにガンちゃんが沈黙を破って、溜めていたスタミナを一気に解放して加速を始めた。爆発的な加速の末脚を見せて、少しずつ先頭との差を縮め、残り30メートルで並んだ。

 ゴール板まであと10メートルで僅かに前に出て、最後の最後で抜き切って勝利を手にした。

 

「やったぞー!!ガンちゃんがダービーウマ娘だーー!!!」

 

「おーしっ!!ほらタキオン、教え子がまたG1ウマ娘になったんだからもっと喜べ!」

 

「クフフ、そうだねえ。マヤノくんはよくやってくれたよ」

 

 常軌を逸した鍛錬で困難を覆した傑物も、真の天才には及ばない。残酷な事実を突き付けるようだが、これもレースだ。悪く思うなよ。

 スタンドからは無敗の三冠が途切れた事への落胆も多く聞こえたが、それを遥かに上回るガンちゃんへの称賛に溢れ返ってる。

 そうだ、これが見る者が勝利者へ贈る最大の礼だ。

 その礼に応えるように、コースではガンちゃんがスタンドに向けて投げキッスを返す事で、より一層ファンは熱を上げて拍手とマヤノトップガンコールを挙げた。

 夢敗れたミホノブルボン、三着のライスシャワーちゃんにも拍手と、次のレースへの激励が贈られた

 夢と誇りをかけたレースが終われば、記者会見の後にお待ちかねのウイニングライブ。

 惜しくも四着になったライアンちゃんも気を取り直して、ライブを華やかに彩った。

 それから学園に帰り、チームの部室で祝勝会を開き、ガンちゃんのG1初勝利を盛大に祝った。

 そうそう、忘れる所だったがダービーの後の目黒記念は≪カノープス≫のマチカネタンホイザちゃんが優勝した。

 あそこのチームはG1こそ勝っていないが、重賞はコンスタントに勝つ実力派チームという世間の評価は大体正しい。

 

 

 日本ダービーの翌日。学園の駐車場で髭ともう一組を待っていた。

 しばらくして、待ち合わせをしていた二人がやって来た。

 

「待たせてしまってごめんなさい」

 

「まだ時間前ですから大丈夫ですよ東条さん」

 

「おはようナリタブライアン、調子はどうだ」

 

「悪くない。気が満ちているよ」

 

 共にイギリスに向かうナリタブライアンと東条トレーナーの調子は良さそうだ。

 今回は髭と一緒に、四人でイギリス遠征をする。

 オンさんは屈腱炎のダンを放ってはおけないので、今回は髭トレーナーの方が一緒に行く。

 そして本音を言うと、ドレスコートとスカウトの相手が面倒くさいから嫌がったのはここだけの話である。

 ≪リギル≫の方もサブトレに任せてあるから不安は無いと聞いている。

 

「イギリスでは貴女が先輩ね。頼りにしてるわよアパオシャ」

 

「多少の手助けぐらいですけどね。ナリタブライアンなら大丈夫ですよ」

 

 強いて言えば他の参加するウマ娘とのコミュニケーションかな。こいつはあまり話さないタイプで、初対面の相手には誤解されやすいから、俺が多少フォローしないといけない。誘った以上はそれぐらいの労は気にしないけど。

 挨拶を済ませて、トレセンの車に乗る。

 目指すは二人一緒のイギリス制覇だ。

 

 



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第91話 王者としての振る舞い

 

 

 午前中に日本を発ち、半日以上飛行機の中で過ごし、ようやくイギリスの大地を踏みしめた。

 俺は長時間の飛行も三回目で慣れているけど、初めて日本の外に来たナリタブライアンは取り繕っていても結構疲れが見えている。

 おまけに入国審査を受けて、ようやく自由になったと思ったら、空港に出来た報道陣の人だかりだ。予想してたけど、溜息が出てしまった。

 

「メディアのお目当てはアパオシャかしら」

 

「去年の王者の出迎えなら、これぐらい普通ですって東条さん」

 

「ブライアンはオマケね。エルもフランスの帰国時はこんな感じだったと言ってたわ」

 

 日本でいくらG1勝利の実績を積み上げても、本場ヨーロッパでの一勝もなければ無名も同じ。東条トレーナーも指導者として、やる気を刺激されたみたいだ。

 少し離れた場所には黒服サングラスのウマ娘達が陣取っている。あれが主催者の用意した護衛の方々かな。

 本当は俺と初挑戦のナリタブライアンで差が付くはずだったらしい。けど、学園が主催者側と交渉して、費用の一部を持つ代わりに同じ扱いにしてもらったと聞いている。

 ゲートを出ると早速報道陣が寄ってきた。

 

『クイーン、ようこそイギリスへ!貴女のレースがまた見られるのを楽しみにしていました』

 

 去年とは打って変わって友好的な出迎え。でも、去年色々新聞で好き勝手に書いた事は忘れていないぞ。

 そして不用意に近寄る記者達は、黒服のウマ娘の方々に押し留められた。代表の一人の栗毛の女性が礼をする。

 

「お待ちしておりました。アパオシャ様、ナリタブライアン様。そしてトレーナーのミス東条、ミスター藤村。私は皆様の滞在中の護衛を務めさせていただくフリージアと申します」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 代表して最年長の東条トレーナーが握手を交わす。そういえばこの人、髭の先輩だったな。つまり今年で3〇歳超えか。いや、だからといってどうこう言うつもりは無いけど。

 挨拶は済んだけど、どうにも報道陣が煩い。これは何か一言ぐらい記事になる事でも言っておかないと、ホテルまで付いて行く気満々だろう。

 よし、『タイラント』がちょっとサービスしてやる。

 

『みなさん、今年はゴールドカップとグッドウッドカップ両方のトロフィーを受け取りに来ました。隣のナリタブライアンもプリンスオブウェールズステークス、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスを勝ちますから、記事を今から作っておいてください』

 

「ちょっとアパオシャ」

 

「イギリスならこの程度は挨拶ですよ。それに俺達は勝ちにここまで来たんだ」

 

「もう、しょうがないわね」

 

 東条トレーナーは一応納得した。ナリタブライアンは何となく英語で自分の事を言われたのは分かったけど、疲れていて正確な内容までは頭に入っていない。

 色めき立つ記者達は放っておいて、改めて護衛の人達に連れられて凄い高級な車に乗った。映画で見た事あるロールスロイスって車かな。

 車の中でナリタブライアンがさっきの事を尋ねたから、日本語でそのまま伝えたら、特に否定的なアクションは取らなかった。

 こいつだって、わざわざイギリスまで来てレースに負けたいなんて思いはしない。魂を熱くさせるレースをした上で勝ちに来たんだ。

 

 空港から車で一時間近くかけてホテルに着いた。今回の拠点はウィンザーの街ではなく、アスコットレース場の近くのホテルだった。

 夕暮れに照らされた白い壁は、まるでお伽噺の城のようで凄い綺麗なホテルだ。メジロの邸宅よりは小さいけど、イギリスという国の歴史と品格を感じさせてくれる。

 ホテルの玄関にはスタッフ十名ぐらいが並んで仰々しいまでに出迎えてくれた。

 ホテルマンに護衛の人と一緒に部屋に案内してもらう。

 割り当てられた部屋は前回のホテルから数段飛ばしでグレードアップしていた。寝室だけで二つ、風呂も二つ。キッチンも備え付けてあるし、リビングには今のシーズンは使われていないが暖炉もある。うちの実家を二軒分丸ごと渡されたようなものだ。

 前もって送っておいた荷物も許可した分は荷解きを済ませてあり、クローゼットに服もきちんと入っていた。

 それからホテルマンが建物内の説明をしてくれた。

 ここはプールとトレーニングジムを完備してあり、小さいけどゴルフ場とテニスコートもあるから、いつでも自由に使える。

 電話を貰えれば可能な限り必要な物は揃えて、王室の外国からの大事な客人に不便な真似はさせないと自信をもって言っている。

 

「私達もこちらに滞在しますので、外出の御用があれば遠慮無しに仰ってください」

 

「分かりました。多分明日からレース場でトレーニングしますから、用意しておいてください」

 

「承知しました。それでは、お寛ぎください」

 

 護衛の人は部屋から出て行く。

 さて、現在は午後七時半。機内で三時におやつを食べてから水しか口にしてないから腹が減ったな。

 みんなへの連絡は時差があるからまだ早い。風呂より先に食事をしよう。

 髭に内線で連絡を入れて、あとの二人も誘ってレストランに行く。俺達選手のドレスコートは緩いから普段着でも問題無い。

 四人で席に就いて給仕からメニューを貰う。ざっと目を通すと今日のコースは鹿と鱈の二つか。

 トレーナー二人はざっと見て内容を把握したけど、ナリタブライアンはちょっと手間取ってるから、東条トレーナーが助けている。

 結局俺とナリタブライアンが鹿、トレーナー達は鱈を選んだ。飲み物はジュースと大人二人がシャンパン。

 給仕が一旦退き、東条トレーナーが俺に礼を言う。

 

「貴女のおかげで良い部屋に泊まれるわ。さすが招待選手は違うわね」

 

「ナリタブライアンも来年は俺のオマケじゃなくて、正式に招待されますよ」

 

「ええ、勿論よ。ゆくゆくは毎年日本のウマ娘が招待を受ける立場にしたいわ」

 

「私を熱くさせてくれる相手がいるなら、泊る場所はどこでもいい」

 

 こいつは相変わらずである。そして飲み物と前菜が運ばれてきた。

 四人で乾杯をして、早速季節の野菜を使った見た目にも華やかな料理を一口。――――うん、美味しい。

 ただしナリタブライアンは嫌々口にして、ジュースで流し込むように食べている。

 

「嫌いな野菜があったの?」

 

「野菜が嫌いなんだ」

 

「―――そうかい」

 

 それ以上は何も言わない。俺はこいつの家族じゃないし、トレーナーでもない。そこまで踏み込む必要は無い。

 ただ、世の中食える物が多い方が食事の楽しみは増えると思うぞ。

 ナリタブライアンの好き嫌いはともかく、今日の夕食は非常に美味しかった。特にメインの鹿肉のローストは絶品だった。鱈も美味しいらしいので明日は魚も試してみよう。

 その後は風呂に入って、日本時間で朝になる就寝前にみんなにメールを送って、オンさん印の安眠薬を覚悟して飲んでぐっすり寝た。

 

 翌朝。いつものように起きた。疲労はすっかり抜けている。発光現象も今のところ見られない。

 ホテルの周囲を同居者と一緒に軽く散歩してから、昨夜と同じように四人でレストランに行き、イングリッシュブレックファストを食べる。

 ここのレストランは選択式に米も選べるから、そちらを頼んだ。

 髭トレーナーは残念ながらオンさんの薬を飲んで発光現象が起きたらしい。幸い腹の部分だけで済んだから、今日は服で隠してやり過ごせそうだ。

 それより問題はナリタブライアンが少し不調そうに見える事だ。

 

「調子悪いなら今日はホテルでゆっくりしてても良いだぞ」

 

「いや、いい。ずっと飛行機の中で動けなかったのに、今日も走らないと体が鈍る」

 

「そうか。なら今日の夜はオンさんの調合した薬を分けるから飲んで寝るといい。運が悪いと七色発光するけど疲れは取れる」

 

「いらん!」

 

 断られた。飲む覚悟はいるけど、効き目は保証するのに。本人が要らんと言うなら無理に勧めるものではないから、これ以上は言わない。

 多少問題はあったが朝食を済ませて、部屋に戻って準備を済ませた。

 予定時間になったら護衛の人にアスコットレース場に連れて行ってもらう。

 一年ぶりのレース場は何も変わっていない。違うのは駐車場で記者達に囲まれた事だが、それらは全て護衛の姉様達が押し留めてくれた。

 

「最初はスタンドの上からコースを見て、形を把握してからの方が走るイメージがしやすいぞ」

 

「分かった。ここは経験者に従おう」

 

 素直でよろしい。

 四人で警備員に通行証を見せて、スタンドの上部に登ってコースを見下ろす。

 

「日本のレース場とはずいぶん違う」

 

 右手のロングストレートと繋がった三角形のコースを始めて見て、ナリタブライアンは去年の俺と同じように困惑を含んだ感想を口にする。

 

「おまけに丘をそのまま使っているから起伏が凄い。左の第一コーナーから第二コーナーまでずっと下り坂。第二コーナーを過ぎたら今度はゴールまでひたすら登り坂だ」

 

 資料の知識は知っていても、実際に見て走るとなると大きく違う。

 ひとまず全体像は把握したから、今度は実際に走って感覚を掴む時間だ。

 更衣室でトレーニングウェアに着替えてコースに降りる。

 すでに何人かのウマ娘がトレーニングをしていて、俺に気付いて向こうから挨拶をしてきた。一人は名前は知らないけど去年も見た顔だった。

 簡単に挨拶を返して、ナリタブライアンも紹介するけど、こいつは不愛想だからちょっと構えられてしまった。まったく、仕方のない奴め。

 

「アンタの言った通り、ここの芝は沈む。だが私の力なら問題無い」

 

「そいつは良かった。じゃあ、準備体操したら軽く一周してみようか」

 

 入念に筋肉をほぐして、準備が整った。

 一年ぶりの重く絡み付く芝の感覚を懐かしみつつ、ナリタブライアンと共に七割程度の力の軽い並走をしていく。

 第一コーナーを過ぎて、第二コーナーとの中間点まで来た。

 

「この辺りがナリタブライアンの一回目2000のレースのスタートな。下り坂スタートでスピードが出やすいから、スタミナ管理は気を付けて」

 

「わかった」

 

 さらに第二コーナーの角度のきついカーブを過ぎ、今度は1マイル続く地獄の登り坂に変わる。

 登坂を続けて最終コーナーを回り、最終直線を走り切ってゴール。

 一旦、壁際でデータを取っていたトレーナー達の所に戻った。

 

「初めての海外の芝はどうかしら?」

 

「昔走った函館のレース場の芝に少し似ていた。坂道も慣れればどうということはない」

 

「頼もしいわね。アパオシャも指導してくれて助かるわ。やっぱり経験者は違うわね」

 

「これぐらいなら構いませんよ。今日は軽めに走って芝に慣れるのを優先させましょう」

 

 それから休憩を挟んで、芝とコースに慣れるために軽めの並走を続けた。

 二回目の休憩中に、一人のツインテールの金髪ウマ娘が俺達の傍に来た。背はあまり変わらないけど、そばかすのある顔立ちはまだまだ幼い。多分年下だと思う。

 

『あの、昨年ゴールドカップを優勝したアパオシャさんですか?』

 

『そうだよ。君は?』

 

『あたしはアメリカから来たフロリダガールと言います!クイーンメアリーステークスに出る予定です!握手してください!』

 

 手を差し出すから握手はしてあげる。最近こういう風に握手を求められる事が多い。

 クイーンメアリーステークスは、約1000メートルの直線レースだったな。確かジュニアクラス限定だから、この子はジュニアでわざわざイギリスにまで来てるんだから、将来有望なスプリンターというわけか。

 

『お互いレースに勝つために全力を尽くそう』

 

『はい!ありがとうございました!』

 

 そのままフロリダガールちゃんは元気いっぱいに、トレーナーと思われる女性の元に帰って行った。

 走る距離が違えども、ああいう年下の子に憧れを抱かれる年になっちゃったのか。ちょっと複雑な気分。

 

「どうしたアパオシャ?そんなビタージュースを飲んだような顔をして」

 

「いやー俺も年を取ったと思って」

 

「はぁ?まだ女子高生のお前がそんなこと言ったら、俺は年寄りになっちまうぞ」

 

 髭トレーナーに呆れられた。おまけでナリタブライアンと東条トレーナーにも、『何言ってんだお前』みたいな目で見られた。

 ちょっと気分がブルーになったけど、並走は続けて昼時になった。

 今回は移動で不調気味のナリタブライアンの事を考慮して、トレーニングは午前中で切り上げてシャワーを浴びてから昼食にした。

 昨年に続いて昼食はレース場のレストランで、主催者のイギリス王室から無料提供してもらえる。

 日本トレセンと同様に好きな料理を選べるビュッフェスタイルだから、ナリタブライアンも喜んで肉料理を色々食べている。

 俺も久しぶりに、ここのカレーを食べられて満足。それとキュウリのサンドイッチとシチューが美味しい。トレーナー二人も不満は無さそうだ。

 

「ここの飯も結構美味しいだろ?」

 

「ん。肉は悪くない」

 

 食事が合わないと露骨にコンディションは落ちるから、実際美味しく食える料理は大事。

 この後はスタンドに上がって他の走者のデータ収集に努めてホテルに帰った。

 

 



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第92話 そんなことよりおうどん食いたい

 

 

「うどん食いたい」

 

「どうした急に?」

 

「そんなことよりおうどん食いたい」

 

「いや、アンタ本当にどうしたんだ」

 

「なんか無性にうどんが食いたくなったんだよ!分かるだろ、日本人ならさぁ!?」

 

 イギリスに上陸してはや十日。アスコットミーティングまであと五日に迫っていた、トレーニング帰りの車内で絶叫した。

 レースへの調整は順調そのもの。最初は時差ボケだったナリタブライアンも、今は調子を戻して上向いている。この分なら残りの期間で好調な状態を維持するだろう。東条トレーナーの仕事はそつがない。

 俺の方も一年ぶりのイギリスに順応して、同じレースを走るライバル達のデータも頭に叩き込んだ。

 しかし、前回同様にそろそろ禁断症状が出てきてしまった。

 ホテルやレース場の食事に不満は無い。それでもどこか物足りなさを覚える。そう、魂が和を求め始めている。

 

「確かにそろそろ日本食が恋しくなる時期ね。この辺りで日本食を食べられる店でもあるかしら?」

 

「申し訳ありません。ロンドンのような都市ならともかく、この辺りには………」

 

 同行していた護衛のフリージアさんが申し訳なさそうに横に首を振った。そうだろう、予想していたから落胆はしない。

 言って悪いがアスコットレース場は都市から離れた田舎の街。日本人が一人も居ないと言われても納得する。需要が無い店が成り立つはずがない。

 

「大丈夫ですよフリージアさん。信長も言ってました、『無いのなら作ってしまえ味噌うどん!』」

 

「いや、言わねえよ。けど、味噌煮込みうどんか。俺も久しぶりに食いたいなあ…東京じゃ食えないし」

 

「味噌うどん?うどんは醤油だろう」

 

 隣のナリタブライアンは首を捻る。そうだった、味噌味のうどんは愛知や岐阜の人ぐらいしか食べないローカルフード。愛知県民の髭はともかく、ナリタブライアンと東条トレーナーはおそらく一度も現物を見た事が無い。

 

「明日はトレーニング終わったらレース場の厨房借りて、うどん作って食べるぞー!」

 

「ちょっと待て。材料はどうするんだ?」

 

「こんなこともあろうかと、味噌と出汁粉や鰹節は日本から持参してるんだよ。他の国のウマ娘が今年も料理作れとせっついてるから、纏めて食わせてやる!」

 

 麺に使う小麦粉やら他の材料は融通してもらえれば事足りる。

 

「別に貴女が作る必要無いと思うけど」

 

「俺と髭以外に味噌味のうどん食った人はイギリスに居ないでしょ。なら俺が作るしかない」

 

 最近は外国で味噌がよく売られていると聞いている。俺が味噌工業組合会の広告モデルをしてから、国内の味噌の売り上げも減少が止まって持ち直していると聞いている。

 外国にも日本食が広まってうどん屋のチェーン店が海外出店している話もあるから、外国人のコックもうどんを食った経験はあるかもしれない。

 けど、ローカルフードの域を出ない味噌煮込みうどんを食った事のある外国人のコックは居ないだろう。

 見た事も食べた事も無い料理を作れと言うのは無茶振りや嫌がらせの類だと思っている。だから自分で作るんだ。

 

「うどん食べたい?食べたい人は手上げて」

 

 いの一番に髭が手を挙げた。あとの二人もおずおずと手を挙げる。なんだよ、やっぱりみんな日本食に飢えてるじゃねえか。

 くくく、楽しみにしていろよ。明日は美味いモノ食わせてやるからな。

 後で知った事だが、フリージアさんは俺を見て、医者に連絡しようか迷ったらしい。

 

 

 翌日。トレーニング用の道具以外に、数十人分の味噌やら出汁の材料を持ってレース場に来た。

 その後、いつもより早めに調整を済ませて、午後四時にはレストランの厨房に顔を出した。

 どうも俺はここのコックに変わり者ながら、料理に興味を持ってくれるウマ娘として好意的に見られているらしい。

 昨年と同じ顔ぶれのコックに無理を言った事を感謝して、食堂の方で待っている餓鬼ウマ娘共が暴動を起こさないうちに料理を始める。

 

 一仕事終えた後は気持ちがいい。

 と言っても今回は去年ほどは働いていない。午前中にコック達に一人前のサンプルを作って、下ごしらえの大半を丸投げして汁だけ作った。余分な仕事を作ってしまったコックには申し訳ないと思ったが、そうでもないと練習の後にウマ娘三十人分以上の料理なんて一人で作れるか。

 食堂で待っているウマ娘達や、一部のトレーナー連中の期待の視線に笑みを返してやる。

 ほどなくウェイター達が、えも言われぬ芳醇な香りのする皿を大量に運んできて、ウマ娘達の前にそれぞれ置く。

 

「うおおお!イギリスで味噌煮込みうどんが食えるとは思わなかった」

 

「ちょっと藤村、落ち着きなさい」

 

「本当に味噌のうどんだな」

 

 ナリタブライアンが深みのあるグラタン皿に入った熱々のうどんに興味をそそられる。

 他の食堂に集まったウマ娘達も、何人かは昨年に食べたどて煮を思い出して腹の音を鳴らし、新顔も味噌の香ばしい匂いで食欲を刺激した。

 

『みんな、冷めないうちに食べなよ』

 

 その一言で、集まった皆はそれぞれの形の祈りを済ませて、うどんに手を付けた。

 

『言い忘れてたけど日本の麺は音を立てて食べても、マナー違反にはならないから』

 

 俺達も久しぶりの和食を箸でズルズルと音を立てて食べる。

 

「イメージと違うけど、みそ味も美味しいわね」

 

 曇るから眼鏡を外した東条トレーナーが初めての味を褒める。

 味噌煮込みうどんはただ、味噌を湯で溶いてうどんを入れただけの料理にあらず。

 愛知産の濃厚八丁味噌をみりんで溶いて砂糖を加え、出汁湯と混ぜた特製汁を使っている。

 

「鶏肉と、かまぼこが入っているな。イギリスでかまぼこがあるのか?」

 

「そいつはイギリス料理のクネルだ。魚のすり身の料理はヨーロッパにもあるんだと」

 

 ナリタブライアンが焼いて臭みを取った鶏肉と、魚のすり身を丸めて茹でたクネルを食べて、悪くないと言う。ここのコックの仕事は一流だよ。

 野菜はネギの代わりにタマネギを使い、みんな大好きニンジンも茹でて柔らかくして入れてある。

 油揚げの代わりの、麩のさらに代わりの荒いパンが汁を吸って美味い。

 それに半分に切ったゆで卵を生卵の代わりに入れた。生卵は食品衛生上そのまま出すのは危険と判断されて、茹でて妥協した。

 

「きしめんとは分かってるじゃないかアパオシャ」

 

「ここは大型のパスタマシンがあったから、せっかくだからきしめんにしたよ」

 

 髭トレーナーが最高の笑顔を向けてくる。今回は普通のうどんと違い、名古屋名物の平打ちの麺にした。

 流石というか小麦が主食の国なおかげで、下手したら日本以上に美味しい麺が食べられる。

 それに太い麺だと俺達以外のフォークを使っている子が麺を取りにくい。だから巻きやすい平麺にしたのも理由の一つだ。

 周囲を見渡すと、俺達みたいに麺を啜る子は二人だけしかいない。それ以外は全部フォークで巻いて食べて、汁はスプーンで掬って音を立てずに食べている。

 しかし、はて?あの麺を啜ってるのは去年も来ていたフルートマスターさんと、もう一人は見かけない子だな。でも俺もアスコットミーティングに参加するウマ娘は全員知ってるわけじゃないから、見逃しているだけかな。

 重要なのは美味しいと思って食べるかどうかだ。食べ方ぐらい何でもいいか。

 そして最初の希望者以外に、トレーニングを終えて間食に来た他のウマ娘達も、美味そうに食ってる光景を見て、涎を垂らして見つめている。

 元々お代わりも出来るぐらいには多めに作ってあるから、途中参加の子にもうどんを勧める。遠慮がちに何人かは食べたいと申し出たからそのまま座らせて食べさせた。

 いやーしかし、自画自賛かもしれないが、このうどんは美味い。店を出したら金取れるぐらいだ。

 

「レースを引退したら、うどん屋を始めようかな」

 

「貴女の人生だから私はとやかく言う権利は無いけど、それは惜しいと思うわよ」

 

「じゃあ東条トレーナーは俺が引退したら何が似合うと思います?」

 

「ルドルフを超えた日本最強ステイヤーなんだから、レース関係なら何でも歓迎されるわ。少なくとも学園とURAは放ってはおかないわね」

 

「うーん………ナリタブライアンは、引退したら何か考えてる?」

 

「さあな。私は走る事しか今は考えていない。将来は後で考えればいい」

 

 こっちは当てにならないな。そしてトレーナーの髭は、久しぶりの味噌煮込みうどんに集中し過ぎて話を全く聞いていない。

 チームの先輩はオンさんがトレーナー、カフェさんが料理関係、フクキタさんは実家の神社を継ぐ。

 バクシさんはクラブチームのコーチになって、子供達に『バクシン道』を教えたいと聞いている。トレーナーじゃないのは学科がどうしようもないからだろう。

 同期のダンや、後輩たちはどういう道を選ぶのか。

 いまいち答えの見えない難題を考えながら美味しいうどんを平らげた。各国のウマ娘達からも評判は上々で、お代わりも多かった。今年も作って良かったよ。

 

 うどんを食べたウマ娘達が次々礼を言う中、先程箸で食べていた二人も俺に礼を言いに来た。

 

「美味しい料理をご馳走してくれてありがとう」

 

「どういたしまして。美味しそうに食べてくれて俺も作った甲斐があったよ」

 

 フルートマスターさんの隣に居た、小さい鹿毛のウマ娘が日本語で話しかけた。両耳にクローバーの耳飾りを付けていて、よくよく見たらトレーニングウェアも着ておらず、上品なブラウスとスカートだ。もしかして、アスコットミーティングの参加者と違うのか。

 さらに周囲の何人かは、どこか余所余所しい雰囲気で距離を取っている。

 

「アパオシャさん、今日はありがとうございました。殿下もとても喜んでいます」

 

「フルートマスターさん、日本語を話せたんだ。それで、殿下ってこの子?」

 

「はい、この方は我が祖国アイルランドの王族のファインモーション殿下です。今回のアスコットミーティングに観覧されるご予定です。今日はその…日本の料理を是非食べてみたいと仰られまして―――――」

 

 フルートマスターさんは言い澱む。偉い立場の子に無茶振りされたって事ね。飛び入りだけど一人増えるぐらいなら俺はとやかく言いはしない。

 ヨーロッパ出身のウマ娘の一部がこの子達から距離を取っている理由がよく分かった。それに周囲を見るとやけに黒服サングラスの女性の護衛が多い。最初は俺達の警護かと思ったが、本当はこの子の護衛なのか。

 

「ラーメンも良いけど、うどんも美味しかった。来年は毎日日本の料理を食べられるなんて、今から楽しみだなー」

 

「来年?」

 

「うん、来年から日本のトレセンに留学するの!芸能科だからレースはしないけど、沢山友達を作って、美味しい料理を食べて、いっぱい思い出を作るんだ」

 

 マジか。髭や東条トレーナーを見ても、知らないと言っている。まだ現場には知らされていない情報だったのか。

 

「そっか、来年は俺達の後輩になるのか。なら一足先によろしく」

 

 未来の後輩と握手を交わした。

 そしてファインモーションちゃんは護衛の方々と共に去った。

 

「お前相手が王族でも全然物怖じしなかったな」

 

 髭が感心とも呆れともつかない声をかける。

 

「相手がどういう生まれだって同じウマ娘だからな。それに同じものを食べて喜ぶんだから、俺達と大して変わらないよ」

 

 来年は後輩になるみたいだし、必要以上に畏まる必要も無いさ。

 色々ハプニングはあったけど、美味いものを食ってやり切った充足感でストレスも無くなった。

 あとは本番のレースまでしっかりトレーニングをして備えるだけだ。

 

 



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第93話 まずは一つ

 

 

 昔からプールトレーニングは、走るほどではないがまあまあ好きだ。冷たい水が泳いでいる間に、段々と温かいと感じるようになる感覚が良い。

 他のウマ娘と違って頭と尻尾に毛が殆ど生えていないから、泳いだ後の手入れも楽。

 ホテル内にあるプールは縦に25メートル、日本トレセンの半分の長さしかない。しかし清掃のある深夜以外ならいつでも使えるから利便性はいい。

 ガラスから入り込む日差しがプール一杯に張られた水に反射して淡い影を作り、バシャバシャと泳げば容易く形を変えた。

 ウマ娘の筋力をもってすれば、泳ぎの素人でさえ容易く世界記録に届いてしまう。

 あくまで常人の娯楽用に作った設備だから仕方がないけど、ちょっと窮屈さを感じる。

 今も大して速く泳いでいるつもりが無いのに、端から端まであっという間に泳ぎ切って、すぐさまターンをしないとぶつかってしまう。

 だからか巻き添えになったら堪らないから、俺が泳いでいる間はここの宿泊客がプールを使うのを避けているように思える。あるいは護衛のウマ娘がプールの入り口にいて無言で圧力をかけているから入ってこられないのかな。

 でもホテルもそういうのを盛り込み済で、招待客を泊まらせているんだから、こちらが気にする事はあるまい。イギリス王室の要請を断れるだけの胆力がこのホテルのオーナーに無いと言えばそれまでだが。

 アスコットミーティングが始まってから、脚に負担をかけないように毎日プールでトレーニングをしている。朝の自主練は敷地内の散歩か、ここの水泳とトレーナーから言われている。

 こと頑強さにおいて、並のウマ娘を遥かに凌駕するこの身なら、レース前日も通常トレーニングで問題無いと思われるがトレーナーの指示なら従うほか無い。そしてあの髭が間違った事を言った事は一度も無い。

 いつも髭と言って敬語を使った事は無い。気恥ずかしさがあるから頻繁に言わないけど尊敬してるし信頼もしている。

 たぶん両親や笠松の小松先生と同じぐらいの信頼だと思う。

 はたと気付いた。肉親を除いて異性にそこまでの信頼を寄せたのは、あの髭が初めてだったな。

 カフェさんとはいつ頃結婚するのかなー。今通ってる調理師専門学校を卒業したら成人するし、来年ぐらいかな?

 結婚式には勿論俺は出る。レースがあっても出走取消してもいいから優先して出てやる。実家に帰ったフクキタさんには、教え子一同の代表でスピーチをしてもらいたい。オンさんは同僚代表のスピーチかな。ブーケトスは誰が受け取るんだろう。ガンちゃん辺りがいの一番に掴もうとしそうだ。催し物はたっぷり用意しよう。

 

「なんか色々楽しくなってきたぞ」

 

「泳ぐのがか?」

 

 上を見上げれば同じトレセン指定の水着を着たナリタブライアンが見下ろしていた。

 勝負服の時に分かっていたが、こうしてじっくり見ると背は俺とあまり変わらないのに、肉の付き方が全然違うな。この肉が高いパワーを生む源泉になるのか。

 しかしこいつには姉さんのビワハヤヒデさんみたいな色気を全く感じない。同じ姉妹なのに不思議なものだ。

 ふむ、ナリタブライアンにウェディングドレスを着せたら、どういう反応をするのか見てみたいな。恥ずかしがるのか、こんなもの着れるかと怒るか。

 アスコットミーティングの前日祭には、ちゃんとフォーマルドレスを着て参加していた。最初から最後までブチブチ文句言ってたけど、本心から嫌がってたら仮病でも使って不参加決め込んでたはずだから、あれで内心は楽しんでた可能性だってある。

 実は子供の頃の将来の夢がお嫁さんになる事だったかもしれない。

 

「なあなあ、ナリタブライアン」

 

「どうした、変な声出して?」

 

「ウェディングドレス着てくれないか」

 

「はっ?」

 

「だからウェディングドレス。一流の職人が丹精込めて縫った肌触りの良いシルクのやつ」

 

「……………トレーナー、こいつ医者に見せた方が良いかもしれないぞ」

 

「レース前のストレスでおかしくなったのかしら。こういう時はどの医科か判断に困るわ」

 

「半分ぐらい冗談が混じってるから真に受けないでください。今じゃなくて、将来のことを考えてただけです」

 

 一旦プールから上がって、デッキチェアの上に置いてあったタオルで頭を拭く。

 

 ナリタブライアンが一泳ぎしている間、水分補給をして座って体を休める。

 その間、隣の東条トレーナーと軽く話をする。

 

「―――ふーん、それでウェディングドレスを着ろ、なんておかしな事を言ったの」

 

「そうなんですよ。今からカフェさんのウェディングドレス姿が楽しみで楽しみで」

 

 東条トレーナーが俺をアホのように見る。我ながらジョークのセンスは無いと思うから、その視線は分からんでもない。

 大事なレースの前に緊張してないか、ナリタブライアンを試したのもあるだけどな。

 あいつは今日、アスコットミーティング二日目のメインレース、プリンスオブウェールズステークスを走る。

 でもあの様子だと初の海外レースだろうと緊張してない。むしろ楽しみで仕方がないから、トレーナーがよく見てストップをかけてやらないと、オーバーペースになりかねない動きをしている。

 

「アパオシャは着たいと思った事は無いの?」

 

「俺ですか?無いですね。と――――んんっ!ウマ娘の勝負服の中にはドレスもあるから、ナリタブライアンが今年の年度代表ウマ娘に選ばれそうなら、新しい勝負服をドレスにするようにURAに意見送ってみよう」

 

 危ない危ない。東条トレーナーも着てみたら、なんて言ったら俺は明日の朝日を拝めなくなってた。

 そして俺一人じゃ意見は通らないだろうから、日本全国に『ナリタブライアンにウェディングドレスを着せる会』を発足して、署名活動してみようかな。

 

「仮にその意見が採用された所で、あの子が素直にドレスを着ると思う?」

 

「あれで勝負服もスカート履いてるから、俺よりは脈あり?」

 

「日本のウマ娘が凱旋門賞に勝つぐらいの確率ね」

 

「意外と高いって事ですか」

 

 カフェさんの時は三着、エルコンドルパサー先輩は惜しいけど二着。なら、今度は一着を取れるかもしれない。俺は走らないけど。

 

「あなたってインタビューだと割と悲観的なコメントが多い印象だけど、空港の時といい意外と楽観的にものを考えるのね」

 

「謙虚って言ってください。大言吐きよりはファンに好まれると髭の教えです。最近は八冠になったから、多少意識して振る舞いを変えてますけど」

 

 かつて、オンさんが現役時代に色々炎上発言をしたのもあって、うちのチームは出来るだけ控えめな発言をするように、髭から指導を受けている。

 でもオンさん本人はあんまり効果が無かったようだし、カフェさんはともかくフクキタさんとバクシさんは独特過ぎた。

 まともに機能するようになったのは俺とダンの世代からだ。

 ――――さて、休憩も済んだ。朝食前にもう一泳ぎしよう。

 

 昼過ぎにはナリタブライアンはレース場に向かった。

 俺と髭トレーナーはそのままホテルに残ってトレーニングをしたり、部屋で明日のゴールドカップのデータのおさらいをしている。

 出走するライバルの過去のレースを見て、自分がどういうラインの走りをすればいいか予測を立てる。

 

「そろそろナリタブライアンのレースだな。テレビで見るか?」

 

「同じレースを走る相手がいないのに見る必要は無いよ。チームの仲間でもないんだし。それに、結果の分かるレースなら明日以降に見ればいい」

 

 髭がニヤニヤして見てくる。ウゼえつーか気持ち悪いぞ。

 

「なんだよ気持ちの悪い笑い方して」

 

「お前がナリタブライアンの事を常に意識してるのは知ってるが、そこまで評価してるんだと思ってな」

 

「あいつは中距離なら世界最高クラスだよ。そして半月のトレーニングでこの国の芝にも慣れた。だったら負ける要素なんて無い」

 

 そんな無駄な時間の使い方をするより、今は明日のレースに力を注げや。

 

「むしろ俺の方が他人を心配する余裕なんて無い。相手はヨーロッパ最強ステイヤーのキュプロクスだぞ。分かってんのかトレーナーよぉ」

 

「根を詰めすぎるのも効率が悪いから、休憩を勧めただけだ。お前のレースの難しさは忘れてないぞ」

 

 ――――なら、いい。

 

 その日の夜。ナリタブライアンと東条トレーナーがホテルに戻って来た。

 結果なんて二人の顔を見れば分かり切っている。

 ライバルはまず栄冠の一つを掴み取った。なら、俺もライバルに恥じないよう走るだけだ。

 

 



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第94話 幸運の雨

 

 

 日本には昔から『マ子にも衣裳』という、ことわざがある。

 ウマ娘の子供のように可愛らしい子に美しい衣装を着せれば完璧という意味だ。

 つまりウマ娘ではない常人に使われる言葉である。

 ではウマ娘に美しい衣装を着せた場合はどうなるのか。

 個人的には『天衣無縫』と評したい。何も手を加える事の無い、完全無欠と言ってよい。

 実際そうした評価が相応しいウマ娘は世の中に居る。 

 身近な人物で挙げるなら、友人のゴルシーだろう。容姿の端正さは平均の高いウマ娘の中でも、突出して優れている。

 彼女の先輩だったゴールドシップ先輩も、普段のヘンテコな帽子を外してエキセントリックな行動を控えれば、トップクラスの美女と言って差し支えない。

 うちのカフェさんも系統は違えど同性も見惚れる美女だろう。バクシさんも黙っていれば美人。

 

 では目の前の人物はどうだろうか。

 黒い長袖のフォーマルドレスに身を包み、仏頂面で腕を組んで車の外を眺めている。

 普段髪をポニーに縛っている荒縄はドレスに合わせて付けず、髪をストレートに降ろしている。代わりに会場では、つばの広い白い帽子をかぶる。

 凛々しさが際立ち、初対面の相手に女優と紹介したらあっさり信じるぐらいには、今のナリタブライアンは堂に入っていた。

 

「なんだ?」

 

「今日もドレスがよく似合ってると思って」

 

「こんなもの、出来ればもう着たくないんだぞ。前夜祭だって美味い肉が食べられるから我慢したんだ」

 

「そうは言うけど、表彰式でトロフィーを貰うまでがレースよ。我慢しなさいブライアン」

 

 隣に座る東条トレーナーに窘められて、ナリタブライアンはバツが悪そうに横を向いてしまう。青のスカートタイプのフォーマルスーツは、出来る女の東条トレーナーによく似合う。

 俺の隣の髭も淡い灰色のモーニングコートを着て、トレードマークの顎髭も綺麗に整えてある。シルクハットも用意済み。ただし、スーツほど着慣れていないのかあまり似合わない。紳士には見えず、言って悪いがコメディアンの類だと思う。

 送迎用の車の中でフォーマルな服装をしていないのは、今日レースを走る俺だけだ。レースの日までドレスなんて着ていられるかっての。おかげでナリタブライアンは、車に乗る前に俺を羨ましいと言っていた。動きやすいジャージ万歳。

 

 ホテルからレース場はあっという間だ。車から降りる時は、護衛の人がわざわざ赤絨毯をビローンと広げてくれる。

 絨毯の上をナリタブライアンと共に歩けば、周囲のギャラリー達が砂糖に群がるアリのように寄って来るので、護衛と会場警備員が押し留めた。

 その隙に会場に入り、俺と髭は選手控室に、後の二人は受賞会場に別れた。

 控室に荷物だけ置いて、先に昼食にする。レースまで、まだ五時間はある。

 腹にある程度詰めてから、どんよりとした重い雲が出てきたレース会場をちょっと散策。

 たまに警備の人がこちらを見るけど、顔と許可証に気付いて特に何も言ってこない。

 本当は会場の服飾規定でドレスやスーツでないと締め出されるエリアなんだが、当日レースを走るウマ娘だけは見逃してもらえる。

 そういうわけで一番ドレスコードのがっちりしたロイヤル・エンクロージャーの区画でも、ジャージ姿でフラフラしていられた。

 当然目立つから、たまにこちらの様子を窺うイギリス貴族や他国の招待客が居る。

 その中には先日、味噌煮込みうどんを美味そうに食べてたファインモーションちゃんが両親やよく似た年上のウマ娘と一緒にレースを観戦している。

 さすが王族ファミリーだけあってロイヤルオーラが増幅されて、眩しさすら覚える光景だ。

 向こうも俺に気付いたから、手だけ振っておいた。

 

 レースを見て出番の二時間前になったら、合流した髭とトレーニングルームに行き、ウォーミングアップを始める。

 異国の友人達に挨拶した後は、黙々とエアロバイクで体を温める。

 

「――――雨か」

 

 途中、優れたウマ娘の耳が地面を打ち付ける雨音を拾う。朝の予報で夕方までは持つと言っていたけど、もたなかったか。

 イギリスの六月は雨が少ないと聞いている。どうやら今年の神様は俺の味方になってくれないらしい。

 

「お前にとっては厄介だな」

 

「今更文句を言っても仕方ないよ。条件はみんな同じだ」

 

 それでも勝ちにいくのは変わらない。

 身体が十分に温まったら、控室に戻って汗を拭いて勝負服に袖を通す。

 去年はオンさんと一緒で、勝負服も中東風の物だったのを思い出す。

 和服に似た改造巫女装束を着ての海外レースは初めてになる。この服を使い始めてから、自分は日本のウマ娘なんだって意識は少し強くなった。

 服というのは帰属意識を強くするのに適しているんだろう。トレセン学園に限らず、世の中の学校が制服を定めるのも、識別と同時に帰属意識を持たせるためか。

 その辺り、移籍が容易に行われるヨーロッパやオーストラリアと日本は違う。どちらが良いかは分からないけど、選択肢が多いのは良い事だと思った。

 着替えを済ませて、ゼリーで水分と糖分補給を済ませると髭が来た。

 

「調子はどうだ?」

 

「万全だよ。明日は二つ目のイギリス製カップをトレーナーにも見せてやる」

 

 髭がニカっと笑う。レースに臨むウマ娘を完璧な状態で送り出せたなら、トレーナーは笑顔しかない。例えそれが俺にとって不利な雨のレースでもだ。

 その後は特に会話もせず、リラックスした状態を維持し続けた。

 時間になり、スタッフに呼ばれてパドック裏へ行く。

 

 雨粒の打ちつけるパドック裏にはまだ一人しか来ていない。去年も居た黒いシスター服のスパニッシュフェイスか。

 そのすぐ後に三人ほど纏めて来た。昨年同様の黒いドレスのキュプロクスを先頭に、サンデーティー、ブルースマートのアイルランド出身のウマ娘達。

 キュプロクスは俺を見て、ドレスの裾をつまんで挨拶をした。返礼に顎を下げる程度に軽く頭を下げた。

 次に来たのはディアンドルを着たドイツのベテランウマ娘プリンセスゾーンか。勝負服は同郷のエイシンフラッシュちゃんに似てるけど、本人の印象は結構違うな。そして俺を見ると、少し顔が強張る。同じレースを走るのは三度目だから対抗意識を持ってるのか。ライバルと思われるならアスリートには誉だな。

 さらに二人が姿を見せる。もう何度目かの対戦になるご当地ウマ娘のモーニングスターと、一緒にいる大柄な黒鹿毛の子。練習中に顔合わせした時はエースオブワイルドと名乗っていた。同郷の燕尾服の麗人とは対照的に、トランプのジョーカーのような派手な彩色の勝負服を着こなす。

 最後の一人、アメリカ出身のフレイムウィナーも来た。

 これで全員揃った。今年はこの九人で一つの黄金のカップを奪い合う。

 

 お披露目が終わり、小雨の降るコースに出る。勝負服のモデルになった天照大御神の加護は得られなかった。

 一歩芝を踏めば、水を吸った草に足が沈む。やはり去年に比べて雨水を吸った芝が重い。グッドウッドカップの時のワカメみたいな芝ほどじゃないが走りにくい。

 同居者も毎度のように雨を嫌って、屋根のある場所で不満そうにこちらを見ている。今日はお前の不戦敗だ。

 スタートまでの少しの時間に、モーニングスターが親し気に話しかけてくる。

 

『新しい服もなかなか似合っている』

 

『ありがとう。今年はこの服でセンターを飾るよ』

 

『ははっ!残念だけど、今年は私がセンターで歌わせてもらう。君はエースオブワイルドに続いて三番だ』

 

 この程度は互いに挨拶と思って受け取り、握手を交わして清々しく背を向けた。

 軍楽隊の荘厳なファンファーレが雨音と交じり合い、観客の高揚は一層高まりを見せる。

 ゲートに走者が次々入り、俺も3番のゲートに入ってスタートに備えた。

 

 扉が開いた瞬間、勢いよく飛び出した。周りにも遅れた奴は居ない。

 何人かはスタートから速度を上げて先頭争いを始めている。

 まずは後方を選び、周囲の状況を油断無く観察する。

 先頭争いをしているモーニングスターを筆頭に三人、そのすぐ後ろに続く二人。俺の前に二人、後ろには離れてキュプロクスがいる。

 さて、周囲は俺の事をどう見ているのか。直線距離のうちに、少し前へと出る。

 すると並んだ相手は例外なくこちらを見て、顔を強張らせるか張り合おうとするだけで離れる事は無い。

 常に意識しているが日本のように≪領域≫を恐れて距離を離す事は無いか。―――より前へ行こうとするモーニングスターと、後ろのキュプロクス以外は。

 まあいい。バ場の悪い今回は、前半に動き過ぎてスタミナを余計に使いたくはない。後半になるまでは大人しくしておこう。

 直線が終わりコースに入って第一コーナーまで、全体的に単調な展開が続く。互いの出方を窺う駆け引きは、ヨーロッパレースのセオリーだから気にするほどではない。

 

 第一コーナーを過ぎてからコースは下り坂に突入した。

 ここからレースが動き始める。先頭を走っていたモーニングスターが道化服を纏うエースオブワイルドと並んだ。二人は並んでコース内側を塞ぐ。それから下り坂でもペースが少し遅くなった。

 なるほど、同郷同士で組んでレースをコントロールするつもりか。イギリスはこれ以上外国に勝利の栄誉を渡したくないか。

 スローペースになって、イラついたアメリカのフレイムウィナーが無理に外側から抜いてハナを獲る。それに続いてブルースマートも壁を外から抜いて二番手に躍り出た。

 他は無理に抜こうとはせず、一度出来たペースに合わせて走り続けた。

 雨を吸って少し重くなった衣装と、脚に絡み付いた濡れ芝を力任せに引き千切って走り続けるのはいつもより疲れる。

 スタミナモンスターの俺でさえ苦労しているんだから、既に第二コーナーを経てレースの半分を過ぎた現状では、多くの走者が疲労を感じ始めている。

 さらにここから先はゴールまで1マイルの登坂が続く。

 だが、この苦難を超えなければ、至高の金の杯を掴み取れないと知れ。

 

 雨に濡れた肉が研ぎ澄まされ、神経が鋭敏化した。頭はドライアイスのように冷え切り、魂は灼熱のマグマの如く熱く昂った。

 ≪領域≫へ入り、赤い砂塵がターフを覆い隠して荒れ野へと作り替えた。獲物を狙う蛇のように砂塵が周囲の走者の身体に絡み付いて離れる事は無い。

 背中に目が張り付き、後ろのキュプロクスが息を呑む仕草と共に、さらにペースを落として距離を取る様がよく見える。

 さあ、挑戦者達。王者を倒せるなら倒してみろ。

 すぐ前を走るサンデーティーとスパニッシュフェイスは、背に張り付いた恐怖と喉を焼く痛みを感じながらペースを上げた。それ以外に逃げる道はレースを放棄するしかない。でもそれはウマ娘として絶対に選べないのは分かっている。

 登坂を必死で駆け上がる前二人に触発されて、先団もペースが上がりつつある。

 長い直線の過酷な登坂が続き、徐々に先団の足並みが乱れ始める。

 スローペースに我慢出来ず無理に先頭に立った、フレイムウィナーとブルースマートが最初に脱落して後ろに追いやられる。

 さらに最終コーナー直前で、俺に直接追い立てられたサンデーティーとスパニッシュフェイスも顔を下げて沈んでいく。

 現在前を走っているのは、先頭で肩を並べて走る地元イギリスの二人組、その後ろに古豪のプリンセスゾーン。

 最終コーナーに入り、プリンセスゾーンは加速してイギリス勢二人と並ぶ。

 おそらくは俺への壁か。示し合わせたわけじゃないだろう。それでも勝つための最善手をその場で選べる判断は流石だ。

 残りは最終直線500メートル。前は三人の壁、後ろには動きを見せない強敵が一人。グズグズしていたら負ける。

 すぐさまエースオブワイルドの真後ろに付く。蹴り上げられる泥の混じった芝が顔に付いても無視だ。

 壁の三人の中でエースオブワイルドは最も経験浅く、俺のプレッシャーに耐えられない。それを見逃すほど間抜けでも甘くもない。

 残り350メートルで読み通り、前の道化が横にふらついた。その隙を逃さず、生まれた隙間に身体をするりと捻じ込んで、壁をすり抜けて先頭に立った。

 後は残るスタミナを使い切るつもりで、一気に脚のピッチ回転を上げて加速する。

 急加速した俺を見て、余力の残っていない壁三人が絶望する。だがそれでも勝ちを諦めずに必死で追い縋ろうと走り続ける。

 だから俺も絶対に手加減せずに差を広げ続けた。

 残り100メートルで、背後に何かが擦れるような奇妙な音が耳に入る。その上、背中に刃物を押し当てられたような冷たい殺意に襲われた。

 あぁ、来たか。黒いドレスを内ラチに擦らせて、狼の如き栗毛のウマ娘が花びらをまき散らしながら肉薄する。

 ――――まだだ。まだ並ばせはしないぞキュプロクス。

 既にゴール板は目の前にある。このまま俺が逃げ切って勝つ!

 あと30メートル………15……10……並んだか。

 5……3……0……。

 

 揃ってゴール板を駆け抜けた異国のライバルと共に、少しずつ脚の力を抜いて同時に走るのを止めた。

 どちらが勝ったかなんて掲示板を見なくても分かる。

 

『………俺の負けか』

 

『今日は雨が降っていなかったら、私が負けていました』

 

 それも含めてのレースだ。

 グッドウッドカップで負けてから、ヨーロッパの重バ場でも勝てるように、ここ一年は筋力トレーニングをメインに積み続けたがまだ足りなかった。

 ギャラリーからキュプロクスを讃える大歓声が起きた。写真判定で勝ちが確定したんだろう。

 

『これで三度走って、俺の負けが多くなったか。次はグッドウッドカップか?』

 

『はい―――――と言いたいところですが、私は走れそうにありませんね』

 

 キュプロクスが自身の足の指先に視線を落とした。足元には雨水に混じって血の赤が見える。それも両足から。

 

『幸運にも爪が何枚か割れています。出走登録していたグッドウッドカップには間に合わないでしょう』

 

『怪我をしても幸運?』

 

『雨が降って芝が緩くなっていなければ骨が折れていました。貴女と走って勝った上に、この程度で済めば幸運です』

 

『そうかい。ならグッドウッドカップは君の不戦敗で、俺とは二勝二敗。フランスのカドラン賞までに治ってたらまた走ろう』

 

 彼女は勝者として誇らしげに笑みを見せて、挑戦者になった俺の差し出した手を握った。

 

 レースを終えて控室に戻ると、髭が先に居てタオルを頭に被せて乱暴に拭く。

 

「惜しかったな」

 

「悔しいけど負けは負け。でもグッドウッドカップは随分勝ちやすくなった」

 

 次のグッドウッドカップを勝てば、また勝率はイーブンに戻る。そこから次はフランスで勝てばそれで済む事だ。

 反省会もいいけど先に濡れた服を脱いで乾かさないと寒いし、この後のライブにも使えない。

 一旦髭を部屋から追い出してから着替えた。

 

 三日目のレース工程が全て終わり、後は客のお待ちかねのライブが待っている。

 ライブ会場のバックヤードには今日レースを終えた七十人ほどのウマ娘が出番を待っている。その中に新しい王者のキュプロクスの姿は無い。足の怪我を理由にライブを取り止めたのだろう。

 そのため繰り上がって俺がセンターを務め、両脇を三着のモーニングスターと四着のエースオブワイルドが固める。地元イギリスのファンにとっては、少し嬉しいサプライズというわけだ。

 ライブは盛り上がり、授賞式の後も残っていたナリタブライアン達と一緒にホテルに帰った。

 

 その夜、部屋にナリタブライアンが訪ねて来た。しかもジュースの入った瓶を持ってだ。

 珍しい行動に少し面食らったものの、追い返す事はせずに部屋に招いた。

 グラスを二つ出して、ニンジンジュースが注がれるのを黙って見る。

 

「………アンタが負けた悔しさで腑抜けてないか見にきたが要らない心配だった」

 

「負けたのは悔しいよ。けど、次のレースがあるのにそんな無駄な時間を使ってる暇は無い」

 

 注いだオレンジ色のジュースに口を付ける。あんまり美味しくない。レースに負けたからかな。

 ナリタブライアンは一息でジュースを飲み干した。お代わりはしなかった。

 

「アンタの言った通り、日本以外にも強いウマ娘は沢山いる。次のレースも楽しみだ」

 

 それだけ言ってナリタブライアンは帰った。

 残っていた美味しくないジュースを飲み干して、部屋の隅でニヤついてる同居者をうざったく思った。

 ふん、分かってるよ。わざわざ俺を元気付けに来てくれたって事だろ。傍から見たら俺はそんなに落ち込んでたのか。

 

「――――よしっ!もう負けないぞ!」

 

 昼から降り続いた雨は、もう上がっていた。

 

 



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第95話 おふくろの味ならぬ姉の味

 

 

 華やかだったアスコットミーティングにも終わりが来る。

 最終日の五日目が無事に終わり、五日目のレースの授賞式と閉幕式も済んだ。参加者の多くは荷物を纏めて、故郷へと帰っていく。

 その翌日には俺とナリタブライアンは、去年と同様に仲良くなったウマ娘達とお別れ会に呼ばれた。

 ナリタブライアンは最初、面倒くさがって乗り気じゃなかったので、各国の肉料理が食べられると囁いたら手のひらを返して行く気になった。

 ただし最低一つは料理を持参の条件に悩んでいたが、ホテルの厨房を借りて俺とは別に色々やってるみたいだから大丈夫だろう。

 

 パーティー当日。ホテルのスタッフの運転で、会場まで送ってもらった。護衛はアスコットミーティングまでだから、昨日には引き上げた。

 パーティー会場は去年に引き続いて、アスコットレース場近くのカシーの家の別荘を使う。

 ホテルから車でほんの10分もかからない丘の上の邸宅まで送ってもらった。車は料理の残り香があるから、後で消臭するんだろうな。仕事を増やしてしまって申し訳ない。

 使用人に持ってきたクーラーボックスの一つを渡して、取り扱いを説明する。ナリタブライアンも大きな寸胴鍋を渡した。

 主催者のカシーがこちらに気付いて挨拶に来た。

 

『ようこそアパオシャさん、ナリタブライアンさん。本日はぜひ楽しんでいってください』

 

『こんにちはカシー。連絡した通り、これから一品作るからキッチン借りるよ』

 

『家にある物はどうぞご自由にお使いください。ナリタブライアンさんはこちらで寛いでください』

 

『わかった』

 

 手を取った二人は会場の方に連れ立って歩く。

 実はあの二人は同じプリンスオブウェールズステークスを走った仲だ。カシーの方は残念ながら3着だったものの、優勝したナリタブライアンを嫌ったりはしない。むしろ率先してパーティーに誘っている。自分を負かした相手への尊敬の念が感じられた。

 おっと、俺の方も料理を作らないと。

 

 料理自体はあらかじめホテルでメインの食材を下ごしらえしておいたから、手早く終わって使用人に運んでもらった。

 パーティー会場では数十人のウマ娘達が寛いで、トークに盛り上がっていた。ナリタブライアンも周囲を囲まれている。

 本人は辟易しているみたいだけど、今回のアスコットミーティングで、ヨーロッパのウマ娘とレース関係者から一目置かれる存在になり、放っておいてはくれないらしい。

 英語はあまり得意ではないみたいだけど、片言でギリギリ意思疎通は出来るみたいだから、俺が助けなくても何とかなるか。

 それから何人かの子に挨拶したり話をしていたら参加者全員揃い、ホストのカシーの挨拶でパーティーが始まった。

 みんな目に付いた料理というかスイーツを好きに取って味わい、人にも勧めては和やかな雰囲気でお喋りをしている。

 

「おっガレットだ。―――うーん、スモークサーモンが美味い」

 

 他にも野菜とベーコン入りや、フルーツとホイップクリームの入ったバージョンもあって飽きさせない。フランスの子の自作らしい。

 

「おいアパオシャ、肉料理が少ないぞ。半分以上お菓子じゃないか」

 

 ナリタブライアンが大きなソーセージを齧りながらジト目でこっちを見る。

 

「そりゃ参加者は俺達と同年代だぞ。持ち込むなら肉よりお菓子の方だろ」

 

 ウマ娘がお前みたいに肉料理ばかり食べるわけじゃないんだぞ。

 それにカシーの家のコックが腹に溜まりやすい料理は作ってくれるんだから文句言うな。

 微妙に騙されたと感じたナリタブライアンは不機嫌になった。しょうがないから俺が作った料理を皿に盛って渡してやる。

 

「む、味噌の匂いがする。――――――鶏肉のみそ炒めか。悪くない」

 

「うちの地元の鶏ちゃん焼きだ。野菜も残さず食べるんだぞ」

 

 鶏ちゃんはぶつ切りにした鶏肉を、味噌と醤油とみりんを混ぜたタレに一晩漬けこんだ後に、キャベツやタマネギと一緒に炒めた岐阜県のローカル肉料理だ。

 美味しくて手軽に作れるから、大人数のために用意するのも割と楽で良い。鶏肉チョイスはイスラム教の子が豚肉を食べられないから避けたのもある。

 近くに居た子達にも勧めて、美味しいと評判は良かった。

 肉を食ってちょっと機嫌の直ったナリタブライアンと幾つかの料理を食べた。

 去年に引き続いて世界各国の見慣れない料理を食べられて幸せだ。

 

「――――おいこれを食え。さっきの肉料理のお返しだ」

 

 唐突にナリタブライアンからカレーの入ったスープ皿を渡された。あぁ、この匂いは。

 ともかくテーブルに置かれていたチャパティを千切って、カレーに漬けて食べてみる。

 辛味はほどほど、野菜の甘みと肉の旨味が染みわたって食べやすいカレーだ。店やトレセンの食堂のと違って、家で作ったような素朴な味がどこか安心する。

 

「いいねこの味。よその家庭のカレーも美味しい」

 

「姉貴の味だ。自分で作るのは時間がかかった」

 

 溜息を吐いた。昨日は厨房でやけに長い時間作業していたものな。

 肉とカレールーしか無いように見えて野菜の味がするのは、原型が無くなるまでかなり長い時間煮込み続けた証拠だ。

 あーこいつ野菜嫌いだから、どうにか野菜を食べさせようと苦心したんだな。

 

「ビワハヤヒデさんは良いお姉さんじゃないか」

 

「口煩いのは余計だがな」

 

 世話を焼かれているのにこの対応とは。ビワハヤヒデさんは結構苦労しているよ。

 でもカレーは美味しく、イギリスの子も自国のカレーと一味違う日本式カレーに不思議な顔をしながら、美味しいと言って食べていた。

 何だかんだ言ってナリタブライアンも姉さんの事は好きなんだろう。

 ビワハヤヒデさんの連絡先は知ってるから、後で教えてあげよう。

 

 みんなでこの料理が美味しい、どこの国の料理、名前を教えて。そんな会話がどこかしかで聞こえる。

 和やかな時間が続き、腹が満たされれば、今度はゆったりと腰を落ち着けて、お茶とお菓子でお喋りの時間になる。

 好きにお菓子を取り、使用人にコーヒーを入れてもらった。

 

『こちらの不思議な味のゼリーはどなたがご用意しましたか?』

 

 イタリアの子がガラス皿に入った暗褐色のゼリーを見せる。あ、俺の持ってきたやつだ。

 

『それは俺が作ったものだよ。日本の『羊羹』と言って、豆を砂糖で煮て冷やして固めたお菓子』

 

 説明に何人かがビックリしている。ヨーロッパでは普通豆を甘く煮ようとする発想が出てこないし、それを固めてゼリーにする事も無い。たぶん日本以外は中国とかアジア圏でしか食べないんだろう。

 

「アンタ、羊羹も作れたのか。レースを引退したら本当に料理人でもなるつもりか?」

 

「手抜きのパチ物だから、この程度は誰でも出来るよ。金を取るのは無理」

 

 ちなみにこの羊羹は小豆を日本から持ち込んで、ホテルで煮濾して寒天の代わりにゼラチンで固めたなんちゃって羊羹である。水分も多いから、食感はどちらかと言えば水羊羹に近い。

 それでも未知の味を試そうとする子は多く、結構な勢いで羊羹モドキは食べられていく。ただ、慣れない味なのか鶏ちゃんに比べて反応は今一つに見える。味が受け入れられないのはしょうがないか。

 そんなこんなで色々なお菓子を食べて、共に笑い、別れを惜しみ、夕方にはパーティーはお開きになった。

 

 ホテルに戻ってから、厨房のコックに道具を返してお礼もした。その後に荷造りを始めた。明日にはグッドウッドトレセンに移動だ。

 ゴールドカップは負けた。ならグッドウッドカップを勝たないと格好がつかない。必ず勝つ。

 ナリタブライアンの方はこのまま来月までアスコットに滞在して、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスに備えるから、一旦お別れになる。

 ここのホテルは食事も美味しくサービスも良かったから、ちょっと名残惜しい気持ちがあるけど仕方がない。

 

 翌日、予定通りホテルを出てグッドウッドに向かった。一年ぶりのグッドウッドトレセンはどうなっているか。まだ飯が美味しくないのかな。

 あの味気の無い日々の食事を思い出して、ちょっとやる気が下がった。

 

 



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第96話 レースを引退したら

 

 

 煩いぐらいのセミの鳴き声が響く東京の真夏は、イギリスの暑さと比べ物にならないぐらいの酷い暑さだった。下手をしたら命に関わる危険すら孕んでいる。

 それでも中央トレセンのウマ娘はトレーニングを怠らない。暑さを理由に鍛錬を怠けたら、あっという間に周りに置いて行かれる。

 よって、炎天下の死人が出るような暑さの中でも、多くのウマ娘は熱中症対策を万全にして学園内の至る所でトレーニングに励んでいた。

 俺が探しているウマ娘も練習コースの外のベンチに座りパラソルの下で、ストップウォッチを見ながらノートにチームメイトのタイムを書き込んでいる。

 その相手に近づき、向こうが気付いて振り向いたところで声をかけた。

 

「ただいまゴルシー」

 

「えっ?アパオシャじゃん!?帰って来たんだ」

 

「ああ、ついさっきね」

 

 驚きと共にパッと花が咲いたような笑顔になった。同時にベンチの隣に置いてあるセグウェイと松葉杖。さらに右足に着けたギブスが目に入る。

 ウマ娘にとって怪我は付き物だけど、こうも立て続けに怪我人が身近に増えると気が重くなる。視線に籠った感情に気づいたゴルシーは先程と異なる苦笑いを見せる。

 

「レース中の怪我はしょうがないっしょ。治ったらまた走れるんだから、アンタが気にしないの」

 

「――――そうだな。これイギリス土産」

 

 これ以上は怪我には触れず、当初の目的通り土産を渡した。中身は数種類のジャム瓶。

 

「ありがとう。それとグッドウッドカップ優勝おめでとう。去年の負けは取り戻せたわね」

 

「代わりにゴールドカップは負けたから、結局は痛み分けだよ」

 

 二つとも勝つつもりだったけど、片方しか勝てなかったんだから手放しでは喜べない。

 特に一緒に遠征したナリタブライアンがプリンスオブウェールズSとキングジョージ6世&クイーンエリザベスSの優勝カップを両方とも手にしたのを見てると、ライバルの強さを誇らしく思うと同時に、軽い嫉妬すら覚えてしまう。

 

「まったくもう、片方でも勝てたのなら喜ぶ!それで次頑張ればいいだけっしょ!」

 

「んー分かったよ。ありがとうな」

 

「分かればよろしい。そうだ、ユキノから連絡あった?今月にG3のダートマイルに勝ったって」

 

「知ってる。アメリカで頑張ってるみたいだな」

 

「あの子もアタシに憧れてるだけじゃなくて、ちゃんと自分のやりたい事やってて良かったっしょ!」

 

 自分の事のように喜ぶゴルシーの笑顔が眩しい。

 それから隣に座って≪スピカ≫の練習を一緒に見る。

 沖野トレーナーの指導の下、七人が暑さを物ともせずコースを駆け続けている。

 春の天皇賞で骨折したウオーちゃんも、今は完治して元通り元気に走れるようになった。

 カレットちゃんと並んで張り合っているウオッカちゃんは、先月の安田記念を勝ち抜いてG1三冠目を飾り、冠の数はカレットちゃんに並んだ。

 ライバルのカレットちゃんも、その半月後にG3マーメイドステークスを勝ち、調子を上げていた。

 日本ダービーを三着だったライスシャワーちゃんも、前より確実に力を付けた鋭い走りを見せている。これはガンちゃんも油断したら菊花賞を獲られかねない。

 

「≪スピカ≫は調子良さそうだな」

 

「まあね、と言いたいけどそっちの≪フォーチュン≫もでしょ。あたしも宝塚記念はアンタのとこのマックイーンちゃんに負けちゃったし」

 

 ケラケラ笑っているけど、その瞳の奥には僅かに澱みが見えた。

 ゴルシーが右足を骨折したのは宝塚記念の最中だった。レースにはうちのクイーンちゃんやセンジにハッピーミーク、バンブーメモリーさんとクラチヨさんも出走していた。

 そして勝ったのはうちのクイーンちゃん。二着はハッピーミーク、センジは三着、ゴルシーはレース途中の骨折もあって八着の着外に終わった。

 さらにクラチヨさんもレース中に二度目の骨折をしてしまった。今年はあまりにシニアの負傷が多くファンは悲嘆に暮れた。

 だからと言ってゴルシーがクイーンちゃんを恨んでいるなんて事は無い。あくまで怪我をした自分の足が腹立たしいだけだろう。

 

「今年中には完治しそう?」

 

「多分ね。暫くはチームの雑用しながら療養するわ」

 

「引退するなんてまだ言うなよ」

 

「言わないって。アタシはまだまだ走りたいんだから」

 

 そうか、それならいい。

 友達が一足先に引退したら俺ものほほんとなんてしていられない。出来ればシニア三年まで走り切って欲しい。

 ゴルシーを見ると、何か言いたげな視線で見られているのに気付いた。

 

「――――本音を言うとさ、アタシはアパオシャが羨ましいんだ」

 

「どのあたりが?」

 

「どんなに無茶な走りをしても絶対に怪我をしない鋼鉄みたいな脚。たぶん、トレセンに居る子全員がそう思ってる」

 

 言われて納得した。誰もがいつ走れなくなるか分からない恐怖の中でレースをしているのに、そんな心配を全くせずに走れる奴が隣に居たら、きっと腹が立つぐらい羨ましいと思う。

 

「ジョーダン、うちのテイオーやスズカさん、ライスだってもっとひどい怪我で今みたいに走れなかったかもしれない。宝塚記念の後、脚が砕けてもう走れないかもって思ったら耐えられないぐらい怖くて、こっそり泣いたの」

 

「ごめん、俺にはその怖さが分かるなんて言えない」

 

「いいわよ、ただの無い物ねだりなんだから。――――でも今の話したのアンタだけだから、他の子に言ったら怒るわよ」

 

 ただ一言「分かった」とだけ言って頷いた。

 再び陽炎で歪むコースを見れば新人のゼンノロブロイちゃんも結構いい走りを見せている。うちのブラックちゃんと友達のサトノダイヤモンドちゃんとも良いライバルになれる子だ。

 

「あの新人のゼンノロブロイちゃん、これからもっと強くなる」

 

「でしょ♪本人もすごいやる気あって、絶対G1勝てる子っしょ!」

 

「うちのブラックちゃんも負けてないぞ。何と言ってもバクシさんの後継者だからな。ジャンも夏休みが終わればデビューしてバンバン勝つ」

 

 これからしばらく自分のチームの後輩自慢になって、≪スピカ≫メンバーが休憩に入るまで続いた。

 

 ゴルシーに土産を渡したら、次はセンジやチームの皆にも土産を持って行った。途中に会ったビワハヤヒデさんにも渡しておいた。

 夕方にはウンスカ先輩もトレーニングから戻っていた。こちらも部屋で土産を渡したら喜んでくれた。

 

「ラビットフットというイギリスのお守りです。持ってると幸運が来るそうですよ」

 

「わーい、ありがとうアパオシャちゃん」

 

「それで足どうですか?俺がイギリス行った後にトレーニング再開してるみたいだけど」

 

「うーん、脚自体は治ったけど、速さは元に戻らなかったよ」

 

 さらっと口にするけど、その声には幾らかの寂しさが含まれている。

 ウマ娘が足を骨折した場合、骨折前を100%としたら骨折後はどれだけリハビリしても90%までしか力を発揮出来ないケースはそれなりに多い。

 さらに何度も骨折した場合、癖がついてしまって重大な障害を負ってしまい、生涯杖が手放せない事態もあり得た。

 骨折を二度経験したグラスワンダー先輩も同様に、怪我前より若干力が落ちていると聞いた。ウンスカ先輩も同様なんだろう。

 

「私の場合はピークが過ぎてて衰えもあったから、遅くなったのは骨折のせいか分からないんだけどね。どっちにしても、あと一回か二回走ったら引退かな。ドリームトロフィーは難しいし」

 

「寂しくなります」

 

「こればっかりはウマ娘の宿命だからね。でも、今から引退後はどうしようか考えるのは楽しいよ」

 

 カラ元気なのは分かってるけど、いちいちそんな事を指摘なんかしない。本人がそうだと言うんだからそうなんだ。

 レースを一生走り続けられるウマ娘なんて誰も居ない。いつかは別の道を走り出す時が来る。チームの先輩達もそうだったし、同室の先輩もその時がもうすぐ来ている。それだけの事なんだ。

 

「ウンスカ先輩は引退したらどんなことをしたいですか?」

 

「とりあえず今までしなかった分だけ昼寝する」

 

 まだ寝足りないのかと思ったら、冗談と言われた。あんまり冗談には聞こえない。

 

「爺ちゃんに行けるなら大学は行っとけって言われてるから、とりあえず高等部卒業したらトレセンの大学には行って、後で考えるよ」

 

「魚とか釣り関係の仕事とかしないんですか?」

 

「そっちは趣味だから仕事にしたら、たぶん楽しくなくなるから嫌かな」

 

 そういうものか。

 他に身内で参考になるのは、今年大学四年生のうちの兄さんか。この前、通っていた大学の同県の博物館に、事務員での内定が決まったと連絡があった。

 趣味が高じてそのまま就職したんだけど、この場合はどっちが正しいんだろう。

 

「アパオシャちゃんはもう少し先だろうけど、レースを引退したらやりたい事ってある?」

 

「何が出来るかはまだよく分かってないけど、何をしたいか漠然とした考えはちょっとあります」

 

「そっか、じゃあお互いこれからゆっくり考えようか。さあ、晩ご飯食べにいこ」

 

 まだ考える時間はある。だから急がず答えなくていい、先輩にそう言われた気がした。

 

 



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第97話 いつもと違う夏合宿

 

 

 日本に帰って来た翌日、チーム≪フォーチュン≫は関東のとある海岸近くの駐車場に来ていた。

 バスから降りれば潮風が頬を撫で、照り付ける太陽が眩しい。エアコンの効いた車内とは別世界である。しかし不快な暑さではない。

 

「よーしお前ら、荷物を持って合宿所に行くぞ」

 

「みんなも、遅れないようにね」

 

 髭トレーナーと南坂トレーナーの指示に、オンさんと全員が返事をして言われた通り荷物を持って移動する。

 今日から半月の間、≪フォーチュン≫は≪カノープス≫と合同で夏合宿をする事になった。

 毎年夏に使っていたメジロ家の保養所は、今年は運悪く改装工事をしていて使えなかったので、他のウマ娘と同様にトレセン学園が保有する合宿所を利用しての夏季合宿になった。

 もちろん一つの合宿所を一つのチームが独占は無理だ。だから今回は髭の同期の南坂トレーナーが率いる≪カノープス≫との合同合宿になった。

 それとバクシさんは高等部最後の夏休みという事で、クラスの友人達と卒業旅行に出かけていて合宿には参加していない。

 ちなみに≪リギル≫と≪スピカ≫は今年も一緒に合宿をしているとゴルシーから聞いている。

 小さな旅館風の合宿所に入り、宿所の管理をしている職員の人達に挨拶をする。

 

「今から部屋割りを発表する。最年長の四人が下級生の面倒を見てやれ」

 

 髭から貰った紙に目を通す。

 俺はガンちゃんとツインターボちゃんと同室か。ダンはマチカネタンホイザちゃん、メイショウドトウちゃん。イクノディクタスさんはジャンとブラックちゃん。ナイスネイチャがクイーンちゃんと同室。

 あえてチームメンバーをバラけさせた部屋割りだな。イクノディクタスさんとルームメイトのクイーンちゃんも同室を避けている。

 

「わざわざチームメンバーと分けた理由は?」

 

「一緒に合宿するのに同じチーム同士じゃ、あまり意味が無いからね。普段と異なる環境でのトレーニングは良い刺激になる」

 

 南坂トレーナーの説明は一理ある。一種の馴れ合い禁止ということだろう。

 トレーナーは三人とも個室で一人だ。チームや個別情報があるから、それらを互いに見せないようにするには個室にするしかない。女のオンさんも居るから余計に同室は無理だし。

 納得した所でカギを貰って部屋に行く。

 

「おー畳の部屋だー!」

 

 ツインターボちゃんが荷物を隅に置いて、畳に身体を投げ出した。部屋は大体12畳ぐらいで、三人で使うなら十分広い。それと部屋にシャワーと洗面台付きは結構ありがたい。押し入れには布団が人数分入っている。

 箒チリ取り雑巾にゴミ袋のある場所も確認した。ここは合宿所だからホテルと違って、自分達である程度掃除や洗濯物を洗わないといけない。

 

「休む前に風呂場やトイレも見ておいた方が良いぞ。それが終わったら、荷物を出してジャージに着替えて昼食な」

 

「「はーい」」

 

 年下二人は言う事を聞いて、一緒に施設内を見て回った。

 大型の洗面所、トイレ、洗濯場、食堂、大浴場、娯楽室。建物自体は多少古いが必要な物は全部揃っている。

 屋内の設備を確認して部屋に戻り、持ってきた荷物の中から日用品や着替えを出して、使いやすい所に置いておく。

 俺も含めて全員化粧をしないから、精々日焼け止めクリームぐらいで化粧品の場所を取らないのはありがたい。

 

「ターボ、トランプとかオセロ持って来たから、夜にいっぱい遊ぶぞ~」

 

「夜まで体力が余ってたら付き合ってやるよ」

 

 昼の合宿で体力を使い切るとは思ってないらしい。甘い事を考えてるようだから、限界まで搾り取ってやろう。

 俺の考えなど知る由もないツインターボはガンちゃんと暢気にオセロを始めて、昼飯までの間にボコボコにされた。

 

 みんなで食堂で昼飯を食べて、今度は外の施設を見て回る。

 最初は目の前に広がる砂浜だ。ここはトレセン学園所有のプライベートビーチだから、海水浴客は誰も居ない。おかげで外野に邪魔されずに練習に集中出来る。

 砂浜での筋力トレーニングと海での水泳トレーニングが主な利用法だ。

 あっ、一番乗りとばかりに同居者が大喜びで砂浜を駆け出しやがった。さらに砂地をゴロゴロ転がったり、海で泳ぎ始めてやりたい放題している。お前、濡れるの嫌いだけど海は良いのかよ。

 好き勝手やってる同居者は放っておいて、次は海岸から離れた山の方に行く。

 山と言ってもちょっとした丘ぐらいの規模で、トレッキングコース程度の標高しかない。それでも整備された山道はトレセンの坂道より傾斜が急で、坂道トレーニングには最適だ。

 低い山頂に登り、そこから髭が指差す施設の説明をする。白い二階建ての建物はトレーニングジムで、普段は地元民に有料で解放されているけど、合宿期間中はトレセン生の貸し切りになって自由に使える。

 さらに宿所の近くには練習コースもしっかり完備されている。多少小さいが芝ダート両方使える練習場で、合宿中も実戦的なレースが行える。こちらも平時は近隣のウマ娘に解放されていて、金さえ払えば利用出来た。

 概要を把握して山を下りたら、今度はカメラやボイスレコーダーを持った数人に絡まれた。多分記者や報道関係者だな。こんな合宿にまで張り付くなんてよっぽど暇なのか。

 髭と南坂トレーナーが応対している間にオンさんの引率で海岸に戻った。私有地にまで入ったら逮捕されるから、流石に直接踏み込むことは無かろう。

 

「しかし、合宿まで付いてくるなんて、記者ってのは記事になれば何でもいいのかよ。みんなも遠くから常に見られてると思って気を抜くなよ」

 

 特に海でのトレーニングは水着になって肌を見せるから、色々と警戒していないと何を撮られるか分かったものじゃない。

 記者から解放されて戻って来たトレーナー二人の指示で、今日は移動疲れもあるから砂浜での軽い基礎トレに留めた。

 

 トレーニングが終わったら、夏休みに出された宿題を消化して、夕食のシーフードカレーを食べた。

 そして俺達は≪カノープス≫のメンバーの奇行を目にする事になった。

 

「………ツインターボ、それは何だ?」

 

 ツインターボはカレールーにマヨネーズ、ケチャップ、ソースをドバドバかけて、実に美味そうに頬張っている。もうカレーの味分からねえだろ。

 

「レインボーカレーだぞ!美味しいからアパオシャも真似する?」

 

 いらねえよ。

 それと離れた席でクイーンちゃんが唖然としているのを見て視線を追ったら、メイショウドトウちゃんがカレーに一味唐辛子を山盛りに入れて平然と食べていた。

 ナイスネイチャやイクノディクタスさんを見ても、こちらは普通にカレーを食べている。

 ≪カノープス≫全員がおかしな食い方をしてるわけじゃないのか。

 でも、うちのチームもオンさんが薬盛って七色発光させるし、クイーンちゃんはスイーツ暴食するから、あんまり他所の事をとやかくは言えなかったわ。

 

 夕食が終われば風呂に入って、夜の時間は各自で自由に過ごして良い事になっている。

 まだ元気の有り余ってる年下二人に付き合ってトランプやらUNOをして、九時には布団を敷いて寝させた。二人はまだまだ眠くないと言うが、トレーニングは早朝七時からの予定だ。出来るだけ睡眠を多く取らせるのも年長者の役割だと思ってる。

 

 

 翌日、早くに目が覚めた。時計の針は午前四時前を指している。

 同室の二人はぐっすり眠っている。起床予定時間までは二時間あるから、まだ寝かせてやる。

 シャツと短パンに着替えて、練習シューズだけ持って部屋を出た。

 砂浜に行き、夜明け前で白くなった空の下で柔軟体操を始める。

 

「競争するか?」

 

 付いて来た同居者は歯を見せてニカっと笑って隣に並んだ。

 それから波打ち際で、何度も何度も走り込みをした。

 海水を吸った砂と足にかぶる波のせいで極端に重くなった地面は、余程パワーが無ければまともにスピードが出ない。だからこそ強化トレーニングには最適だ。

 ダッシュの距離は短いから、同居者とは勝ち負け半々ぐらいだな。向こうも遊びでやってるから勝ち負けに大してこだわってない。

 

 五十回は砂浜ダッシュをして、海から太陽が顔を見せ始めた頃、同じように体操着で赤と緑のメンコを付けたウマ娘が砂浜に一人増えた。

 

「―――ふう、おはようナイスネイチャ」

 

「おはようアパオシャ。随分早いね」

 

 ちょうどいいから一旦休憩する。柔軟体操を始めたナイスネイチャの隣で汗を拭いて、水分補給をした。

 

「屈腱炎はもういいのか?」

 

「うん。治ったばかりで制限はあるけど、一応トレーニングの許可は貰えたよ。レースは秋以降だけどね」

 

 ちょっと陰のある笑みを向ける。ナイスネイチャは元から自虐的な所があったけど、さらに走れない状態が続いたから、こういう態度もやむを得ない。

 

「――――アパオシャはさ、何で強いのに余分にトレーニングしてるの?」

 

「怠けたら弱くなってレースに負けるからな。どうせ走るなら負けて悔しい思いをするより、勝って一番楽しい気分を味わいたいんだ。だから俺はもっとトレーニングをして強くなる」

 

「もうG1九冠もあるのに、まだ足りないわけ?欲張りすぎるよ。キラキラで格好良くて、眩し過ぎてネイチャさんの目は眩んじゃうね」

 

 欲張りじゃいかんか?アスリートってのはどいつもこいつも自分が一番強くて、自分が勝って当たり前だって思ってる奴だろ。

 ナリタブライアンやキュプロクス、オンさん、バクシさん、クイーンちゃん、ガンちゃん。カフェさんとフクキタさんとブラックちゃんは微妙だけど、大抵の奴は自分が一番だって思って走ってるぞ。ジャンはよく分からん。

 ≪スピカ≫のメンバーは特にそれが顕著だ。ちょっと気弱な所があるライスシャワーちゃんとゼンノロブロイちゃんですら、己が一番と思っている節があるとゴルシーが言っていた。

 

「アンタと同じように勝ちたい、勝ちたいって思って走っても、いっつも前に誰かが居て、毎度毎度G1は入着ばかり。G2レースで勝つのがやっとなんだよ。一度で良いからG1レースの後にセンターで歌いたい、踊りたいなー………なんて言ってみただけだから、気にしないで」

 

 ここまで言って気にするなは無理があると思うぞ。と言っても所詮は他人の泣き言だからな。俺はトレーナーじゃないし、同学年の最上位として惨めになる慰めの言葉なんてかけるつもりはない。

 ただな、お前さんは俺達G1ウマ娘と比べても、さして弱くは無いんだぞ。学年が多少違っていたら、G1勝てる実力はあると思う。でなけりゃG1ウマ娘が複数出る有マ記念を二年連続で3着に入れるかよ。重賞だって三勝してるのを忘れてないか。

 と言った所で、変に拗れたこいつの性根は柔らかくなったりはしないんだろう。

 そしてうちのチームは引退した人含めて、今のところ全員G1勝ってるから、今後ナイスネイチャみたいにG1勝てなかったら、周りと勝手に比較して同じ事になりそうだ。それはいかんな。

 

「―――――仕方ない。G1勝てるようにジャンとブラックちゃんを死ぬほど鍛えるか」

 

「えっ?何でそんな結論になってんのよ」

 

「後輩達がナイスネイチャみたいに拗らせて欲しくないからだよ」

 

「こっ拗らせっ!?アタシそんな風に見られてたの?」

 

「事実だろうが。溜まった感情がネバっとしてて、ネイチャならぬネチャアって糸引いてる感じ」

 

「ちょっとそれ言い過ぎじゃないの!アンタはこういう時ぐらい優しい言葉の一つぐらいかけなさいよ!」

 

「それでG1勝てるようになるんだったらするけど、言葉一つでレースに勝てるほど甘くねえよ。そういうのはチームのトレーナーの仕事だろうし、強い相手に情けなんてかけるかよ」

 

「…………アタシって強いの?」

 

「重賞を何度も勝てるウマ娘が弱いわけないだろうが。生まれる年がズレてたらG1を一勝ぐらいはする…………するかなあ?」

 

「ちょっと、何でそこで疑問形になるのよ!」

 

「だって一年上だとウンスカ先輩達で、二年上だとBNWがいるし。三年上はフクキタさん、サイレンススズカさん、パーマーさん。もっと上はオンさんとカフェさん、エアグルーヴ先輩にヒシアマゾンさんがいる。逆に一年下はクイーンちゃん、ウオーちゃん、ウオカレコンビ。二歳下はガンちゃん、メジロの二人、ライスシャワーちゃんとミホノブルボン。―――――無理じゃないがやっぱ厳しいな、G1ウマ娘になる確率三割ぐらい?」

 

「冷静に分析するのやめてよっ!アンタはそう言う所がズレてるって、陰で言われる原因だって分かってる!?」

 

「ああ昔から自覚はあるぞ。最初はウマ娘だからかと思ったけど、トレセン来ても何か周りから結構浮いてるなー、って気付いた。≪フォーチュン≫は大なり小なり、そういうウマ娘が集まりやすいんだよ」

 

 俺の場合は同居者が四六時中居て、子供の頃から明らかに他人と違うって自覚があったしな。

 それにチームに入ってすぐに髭が言ってたみたいに、始まりのオンさんがクレイジーだったから、所属するウマ娘は何かしら癖があるのが≪フォーチュン≫の伝統みたいになってる。おかげで似た者同士が集まって居心地は良いんだよ。

 というかそれを言ったら≪カノープス≫だって結構愉快な面子が揃ってると思うぞ。

 

「俺が言える事は、あと一年あるんだから鍛えて挑み続けて勝つしかない。レースに出走すら許されないウマ娘に比べたら、走れるだけ勝つ目はある。それぐらいだな」

 

「分かったわよ。グダグダ泣き言言わずにトレーニングして走る。それでいいんでしょ」

 

 初めからそう言ってるだろうが。まったく、世話の焼ける奴だ。

 そして隣の黒助はニヤつくのをやめろ。

 

 それから二人で砂浜ダッシュをして、午前六時前になったら同室で寝ているチビッ子二人を叩き起こした後に顔を洗わせた。

 全員揃ってから朝食を食べて、すぐに朝練を始めて暑くなる昼前には一旦切り上げた。

 その後は部屋の掃除と洗濯をして、昼食と休憩を取ったら勉強の時間に当てる。

 日が傾いて、少し涼しくなってから再び練習再開。午後七時までみっちりトレーニングで身体を限界まで酷使する。

 そうなると食事取って風呂に入ったら、殆どの連中はクタクタになって夜に遊ぶ体力なんて残ってない。早々に敷いた布団に転がって眠ってしまった。

 寝る子は育つって言うから、一杯寝てまだまだ強くなるんだぞ。

 

 



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第98話 貴重な休息

 

 

 海辺の夏合宿も今日で一週間になる。

 これまでの期間はひたすら基礎トレーニングにより、身体能力の向上を目指した。

 トレーニングは幾つかのグループに分かれて行われた。

 一つは屈腱炎が完治したばかりのナイスネイチャと育成期のブラックちゃん。この二人は多少軽めのトレーニングをさせて無理をさせない。

 二つ目はメイクデビューを控えたジャンとメイショウドトウちゃん、それと負荷をかけて元の調子を取り戻すのが目的のダン。

 最後にガッチリ鍛える俺達シニア勢とガンちゃんの六人だ。

 波が打ち寄せる砂浜を走り続け、海を何時間も泳ぎ続ける。山に行けば坂道をひたすら登り続けて、雨が降ればトレーニングジムで器具を使っての筋トレ。

 途中で疲れが抜けずにペースが落ちたら、すかさずオンさんの七色に光る栄養注射でブスっとやって復帰するサイクル。

 たまに七色に光ったままトレーニングする羽目になっても、全員が気力を振り絞って体を動かし続けた。

 

 そんなトレセンでも出来る単調な基礎トレーニングばかりでは、飽きる子が出てくるのではないのか。

 特に天才型のガンちゃんはすぐに飽きると思ったが、意外と長く続いていた。

 

「ジムのトレーニングはつまんないけど、キラキラする砂浜を走ったり、波のある海を泳ぐの楽しいもん!山を登って高い所から見る景色も、マヤ好きだよ!」

 

 こういう返事が返って来た。初日に南坂トレーナーが『普段と異なる環境でのトレーニングは良い刺激になる』と言ったのは事実だったな。

 どうしようもなくなったらオンさんが手を打つから大丈夫だと思ってたけど、手間が増えなくて良かったよ。

 それと合宿三日目ぐらいに≪カノープス≫から、名前が長くて呼び難かったら好きに呼んでいいと言われているから、好きな呼び方で呼んでいる。

 ナイスネイチャはナス、イクノディクタスさんはノディさん、マチカネタンホイザちゃんはホイザちゃん、ツインターボはツボ、メイショウドトウちゃんはウドちゃんと呼ぶ事にした。

 ノディさんとホイザちゃん以外はクッソ不評だったけど、好きに呼べと言ったのは当人達だからもう遅いぞ。

 

 

 みっちり基礎トレーニングを積んで合宿後半になってからは、久しぶりにコースを走るトレーニングに移った。

 しかし、なぜか朝からレース場の観客席には多数の野次馬が詰めかけて、俺達の練習風景を見ている。

 記者連中がいるのはずっと張り付いているから分かるんだけど、それ以外にもざっと千人は居るぞ。そこら辺の地元のオジさんとか日焼けした小学生ぐらいの子供達もいれば、明らかにレース場で見かけるような気合の入ったファンとかも居る。

 コースは貸し切りにして誰も入ってこないから良いけど、急に見物客が増えたのはなぜだろう。

 髭に聞いたら宣伝しておいたと答えが返って来た。

 

「実際のデビューレースに近い状況を作りたかったから、三日前から地元民に宣伝したんだよ。あとは勝手にウマッターやら口コミで広まった」

 

 納得した。俺達も本番に近い環境で練習出来れば身になるし、集まった見物人もタダでトップクラスのウマ娘の走りが見られるなら、お互い損は無い。

 というわけで観衆の視線の元で走行トレーニングは始まった。

 朝のトレーニングのメインは夏休み後にデビュー戦を控えたジャンとウドちゃんで、経験を積ませるために2000メートルを想定して、ナスを除いた全員で実際のレース形式で何度も走る。

 ブラックちゃん以外は全員が最低重賞勝利ウマ娘の超豪華な模擬レースである。

 そしてただ走るだけでなく、デビューする二人を色々な状況に置いて対処させる能力を伸ばさないといけない。

 こういうのは天才でもない限りは数をこなして慣れさせるもので、状況を作ってひたすら走らせて経験を積ませた。

 

 デビューウマ娘二人に経験を積ませてブラックちゃんと一緒に休憩を取らせたら、次は現役の俺達がトレーニングをする番だ。

 最初は当面の目標を秋の天皇賞に定めているダンとクイーンちゃん、ノディさんとツボが2000メートルで走る。

 結果はクイーンちゃんの勝ちだったが勝ち負けはさして重要じゃない。

 隣に居るオンさんはレース中のダンの動きを見て思案顔になる。

 

「ふぅむ、アルダンくんはまだ鈍っているようだね。この合宿で錆落としを終わらせないと」

 

「秋天皇賞前に一回レースを走らせます?」

 

「レース勘も鈍ってたら困るから、その方が良さそうだね。オールカマーあたりを走らせるか」

 

 手元の端末を操作して、スケジュールを組み始めた。

 髭の方も走り終えたクイーンちゃんに指導を始めて、南坂トレーナーも教え子二人にアドバイスをしている。

 

 次は俺達の番だ。今回はガンちゃんとホイザちゃんの三人で、とりあえず菊花賞を想定した3000メートルを走る。

 結果は俺が一着、ホイザちゃんが二着で、ガンちゃんは三着だ。

 ホイザちゃんは日本ダービーと菊花賞を三着で、ダイヤモンドステークスのレコード保持者だから強い強い。日経新春杯と函館記念も勝ってるから、自分は普通のウマ娘だって言ってるけど十分一流である。

 

「ホイザちゃんは一度≪普通≫の定義を確認したら?」

 

「いやーG1を一回も勝ってませんし、私は主人公属性の無い、よくいる普通のウマ娘ですって」

 

 普通どころか、重賞複数勝利ウマ娘は『よく』は居ないぞ。ナスといい変に拗らせてる子だな。

 まあいい。≪カノープス≫が変なウマ娘の集まりなのは既に分かっていた。優先すべきはトレーニングだ。

 ガンちゃんはオンさんとさっきの並走の改善点を話しているが、毎度思うがあの二人は理論が欠片も無くフィーリングで話していて全く分からん。

 うちのメンバーは皆慣れてるけど、ツボとナスが宇宙人を見るような目で見ていた。

 天才師弟の指導はともかく、今度は中距離組が二度目を走る。

 さらにそれが終わったら、今度は長距離組の番だ。

 こうして昼まで交互に並走して、日が傾くまでは休んでしてから、また夕方まで走り続けた。

 

 

 レース場の並走トレーニングも三日目を数えた昼の食堂。

 早朝から動き続けた俺達は少しでも失った栄養を補給しようと、貪るように食べ続ける。そこに品や女らしさは欠片も無かった。

 しかしそれを咎める者は一人もおらず、むしろもっと寄越せとばかりにお代わりを要求した。

 合宿所に来て、はや十日。ここまで走るか、勉強するか、寝るか、食事以外に何もしていない。

 別に空き時間に遊ぶ事が禁止されているわけじゃない。みんな疲れ果てて、初日以外はオンさん特製虹色栄養剤を飲んで、いつのまにか寝てしまって手が出ないだけだ。

 おかげで速くなった実感はあっても、段々とみんなの精神が荒んでいくのが目に見えて分かる。

 もちろんトレーナー達もそれを黙って見ているわけじゃあない。ちゃんと救済処置は用意してあった。

 

「「「夏祭り?」」」

 

「そうだよ。ここの近くで明日の夜に行われるんだ」

 

 生姜焼き定食をガツガツ食べる面々に、南坂トレーナーがポスターを見せた。

 おじさん達が叩く太鼓と提灯を背景に、浴衣姿のおばさんと小さな子供が楽しそうに笑っている。

 全国区に響くような大きなものじゃなくて、ここの近くの神社が主催している地域の夏祭りか。

 

「トレーナーっ!ターボ、お祭り行っていいのっ!?」

 

「ええ、十日間ずっとトレーニングばかりじゃ辛いからね。明日と明後日のトレーニングは午前中で終わりだよ」

 

 全員が歓声を上げて喜び盛り上がる。百戦錬磨のトレセン生でも、さすがに十日間ぶっ続けでトレーニングは精神的にきつかったか。

 だからこそぶら下がったご褒美がいつも以上に輝いて見えて、落ちていた士気が急上昇した。トレーナー連中は分かっててやってるな。

 目論見通り、先程まで事務的に料理を口に放り込んでいた面子が一気に生気を取り戻した。

 

 午後からのトレーニングも、いつにも増して気合が入ったものになった。

 夜にはオンさんから浴衣の貸衣装の広告を見せられれば、死体と間違うような疲れ切ったみんなの体が途端に蘇り、気に入った浴衣をワイワイ指差して騒いだ。

 

 翌朝はいつもなら時間ギリギリまで寝ているガンちゃんやジャンも、今日に限っては時間前に起きて早朝自主トレまでやってる。よっぽどお祭りが楽しみなのか。

 トレーニングもいつにも増して気迫の籠った走りを見せ、次々前日までのタイムを更新した。お祭り効果は凄まじいよ。

 昼食が終われば約束通り久しぶりの休みだ。

 だからと言って部屋で休んでいる子はおらず、俺もほぼ引っ張られる形で、オンさんのくれたチラシの貸衣装屋に連れて行かれた。

 

「おお~!これは選ぶの迷っちゃいますよ」

 

 店内の浴衣の多さにブラックちゃんが声を上げる。後輩の言う通り店の規模に反して、所狭しと多種多様な浴衣が置かれていて、みんな目を輝かせて浴衣を手に取っていた。

 この店は衣装を貸すだけでなく、着付けのサービスも込みだから気軽に和服が着られる。

 ただ、ちょっと気になったのは男女用、子供用に比べてウマ娘用の浴衣の比率がやけに大きいように思える。

 ウマ娘の出生率は数百人に一人ぐらいだから、専門店でもない限りは商品も相応に少ないのが普通だぞ。気になったから店の人に理由を聞いてみた。

 

「毎年この時期はトレセン学園の生徒の方々が合宿の後に夏祭りに来て頂いていまして、おそらく今年もお見えになると予想して商品を多めに用意しています。どうぞ手に取ってお楽しみください」

 

 店員の説明に納得した。商人は機に敏くないと務まらないな。

 納得した所で目に付いた浴衣を適当に手に取って、皆と同じように気に入る物を探した。

 

 日が落ちて幾分涼しくなった浜風が吹き抜ける夕暮れ時。

 昼間来ていた貸衣装屋に再び訪れて、全員浴衣の着付けをしてもらった。

 

「おー、みんなよく似合ってるじゃないか。華やかでいいな」

 

「そうだね。色とりどりの花を見ているみたいだ」

 

 トレーナー二人の感想はまあまあだな。男二人も祭りを楽しむつもりだから、どちらも浴衣に着替えている。オンさんは興味が無いからパスした。

 代わりと言っては何だが、今回は飛び入りが一人いるわけで。

 

「………その………どうでしょうか。………似合いますか?」

 

 黒地に白い蝶柄の浴衣姿の、髪を結ったカフェさんが、おずおずと髭トレーナーに問いかける。

 何でここにカフェさんが居るかと言ったらオンさんが呼んだから。

 イギリスから帰ってきて殆どそのまま合宿に来たから、まともに会えなかった友人とチームの同僚に、夏祭りぐらいは二人でゆっくり過ごして欲しいという心配りという奴だ。

 さすがに宿所には泊められないから地元のホテルに泊まるだろうが、トレーナーだって少しぐらい休息を取っても文句は出ない。

 

「ああ、よく似合う。俺が知る中で誰よりも綺麗だ」

 

 そして髭がカフェさんを褒めれば、周囲はキャーキャー言って騒ぐ。気持ちは分からんでもない。

 言われたカフェさんも尻尾を振り、髭の言う通り物凄い綺麗な微笑みで喜びを露にする。

 反対に同僚の南坂トレーナーは大分気まずい思いをしている。同期が元教え子とロマンスやってたら、目のやり場に困るのも分かる。

 でもカフェさんも20歳だし、今はトレーナーもプライベートな時間だから、好きにさせてやって欲しい。

 サプライズはあったが当初の予定通り、夏祭りの会場に向かう。

 道中は同じような祭りに参加する客達がこちらをスマホで撮影している。今はプライベートな時間なんだけど、十余人のウマ娘達が着飾って歩いていれば、こうなるのも仕方ないか。

 通行人の視線とカメラの中を歩き続け、店から大体十分ぐらいの小高い丘に建てられた神社の麓で、多種多様な出店が軒を連ねて出迎えてくれた。

 

「はぁ、カステラの良い香り。ニンジン飴とチョコバナナも私を待っていますわっ!」

 

「マヤは射的と輪投げをやるー!」

 

「いえいえ、ここは定番の金魚すくいをしませんか」

 

「太鼓の音に乗ってワッショイワッショイ!!盆踊りを楽しみましょう!」

 

 好き勝手に言い始めたけど、十人も居たら意見は纏まらんわ。さりとて一人で遊ばせるには人が多くて色々と危ない。

 髭トレーナーを見ると、何故か俺に視線を向けて何も言わない。

 ―――――それは俺が≪フォーチュン≫のリーダーだから、チームの面倒見るのは当然って事か。はいはい、分かったよ。

 

「こっちにちゅーもく。色々見て回りたいのは分かったけど、一人で動くのはダメだぞ。最低二人で、基本は三人ぐらいで行動な。年長者は年下の子をちゃんと見てあげる事。組み分けはジャンケンで同じ手を出した子同士でいいか?」

 

 全員が了承して、ジャンケンを始める。

 厳選した結果、俺はブラックちゃんとウドちゃんと一緒の組になった。二人組になったツボとジャンはヤバそうだったから、引率を南坂トレーナーに頼んだ。喜べ、美少女二人の両手に花だ。

 

「じゃあ、午後八時になったら下の鳥居の前に集合だぞ。遊び呆けて忘れるなよ」

 

『はーい』

 

 みんなはそれぞれの組に別れて人ごみに入って行った。

 いつの間にか髭と腕を組んでいたカフェさんが俺を見て微笑む。

 

「ふふっ……良いリーダーになりましたね」

 

「今までのチームの先輩達の真似をしているだけですよ。俺個人は向いてるとは思ってません」

 

「向いてると思ってる奴ほど向いてないし、慕われないのはよくある事だ。お前はよくやってる方だよアパオシャ」

 

「そう思う事にしとくよ。じゃあ、二人とも待たせたけど俺達も行こうか。遊んだり踊る前に何か食べてからの方が良いぞ」

 

 俺も年下二人を引き連れて、久しぶりの夏祭りを楽しむことにした。

 

 



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第99話 時が経つのは早い

 

 

 実のあるトレーニングの出来た夏合宿からトレセン学園に戻り、幾日が経って夏休みも終わった。

 新学期に入り、夏を過ぎても未勝利だったクラシック期の下級生達の多くは学園を去った。

 この時期の風物詩とはいえ、空室とルームメイトの居ない生徒の増えた寮は少し活気が失われたように思う。

 だからか、朝起きた時に隣を見て先輩が幸せそうに眠っているのを見ると、ちょっと安心してしまう。

 ウンスカ先輩を起こさないように、静かに着替えて部屋を出た。

 夜が明けたばかりの早朝は、程よい涼しさで自主トレのランニングには最適だ。よって同じように起きてくる人もいる。

 

「あら、おはようございますアパオシャさん」

 

「おはようございますグラスワンダー先輩」

 

 鎌倉武者系ウマ娘の先輩に挨拶する。相変わらずこの人も早起きだな。

 こうして同じ時間に起きたわけだし、一緒にランニングする事になった。

 日が登り始める河川敷の土手を先輩と並んで走る。時折犬の散歩をしている近所の人とすれ違えば挨拶もする。

 折り返しに決めた陸橋まで行き、河原で休憩を兼ねたストレッチをしながら軽めの雑談する。

 

「先輩と初めて会ったのは四年ぐらい前でしたか。ちょうどこんな朝のランニングで」

 

「そうですね。あの時はアパオシャさんがまだ新入生の頃で、私もデビュー前でした」

 

 思えば随分と時が経ったように思う。

 あの時は学園一のチームの≪リギル≫にいる凄い先輩だと思った。実際、最優秀ジュニアウマ娘に選ばれて、クラシックで有マ記念を優勝する凄い人だった。

 惜しむのは二度も骨折して走れない時期が長かった事だ。それさえなかったらもっと走って、より白熱したレースを見せてくれたのに。つくづくウマ娘の怪我というのは恨めしい。

 

「先輩はドリームトロフィーを走りますか?」

 

「トレーナーから勧められてはいますが、まだ迷っています」

 

 この人の戦績は同世代の中でも突出している。おそらく五指に入るほど優秀なウマ娘だから、リーグ入り自体は容易いだろう。

 迷っているのは脚の不安とピークを過ぎたために、レースに出ても良い結果を出せるか確証が持てないからか。

 ここで出ろと言えるほどこの人と仲良くないし、軽はずみな事を言うような無責任でもない。

 ただ、俺には先輩がまだ走りたいって顔をしているように見える。

 

「走りたいなら走ればいいんじゃないですか。もう満足したなら引退も良いけど」

 

「ウマ娘は走るためにある。ならば心の求めるままに走り続けるのも一つの道ですか」

 

「うちのチームはなんか変に満足しちゃう先輩達ばっかりで、まだ誰もドリームトロフィーは行ってないんですけどね」

 

 オンさんは脚が砕けるのを分かってて、自分の限界を超えた速さを求めた。カフェさんも足折ってから何か満足したのか引退した。フクキタさんも衰えと、ラストランで俺と最高のレースをして満足した。

 バクシさんだけはまだ走れたけど、今度はあの人とまともにやり合える人がもう居ないから、ドリームトロフィーを走る意義を見出さなかった。海外に渡ってレースを続ける選択もあったけど、今のあの人は後輩のブラックちゃんを育てる楽しさを満喫しているから、それもアリかと思ってる。

 グラスワンダー先輩は無言で考え込み、数十秒ほど微動だにしなかった後、意を決したように口を開いた。

 

「………決めました。私はまだレースに満足はしていません。スペちゃんやエルと一緒に走って勝ちたい」

 

 背筋がゾワリとした。今まで穏やかだった先輩の雰囲気が一気に剣呑になり、体を伝う汗が冷たく感じられた。

 これだよ、日経賞の時にこの人から受けたプレッシャーだ。いや、あの時よりさらに研ぎ澄まされたような鋭利さがある。

 心の持ちよう一つでこれほど受ける重圧が変わるか。やっぱりこの人は生まれついての武者だ。

 道を定めたグラスワンダー先輩の帰りの走りは、行きと別人のように力が籠っていて目が離せなかった。

 

 寮に戻り、先輩と一緒にシャワーを浴びて朝食をがっつり食べた。

 登校時間になり寮を出でも、真っすぐ門には行かない。

 門から離れた壁をよじ登って道に出る。壁から降りて来た俺を見て、同じ寮の子がギョっとした。

 

「えっ、アパオシャ先輩?」

 

「おはよう。寮の門の外にまだ記者は居た?」

 

「は、はい。今日も沢山いました」

 

 まったく、朝からご苦労な事だ。何が何でもスクープが欲しいのかよ。

 後輩を陰にして、学園の正門もこっそり覗き込む。門には駿川さんの隣に、二十人ぐらいのカメラを持った連中が待ち構えていた。

 新聞屋には俺はオマケだけど、少しでも相手するのは面倒くさい。

 視線の壁になってくれた後輩に礼を言って、記者の待ち構える門から離れた外壁の前に近づき、先にカバンを中に放り込んでから、一足飛びで壁を乗り越えて学園に入る。

 この三日ずっとこんな感じで学園にメディアが張り付いて通学にも困る。でも学園内までは追いかけては来られまい。

 

 学生の本分の授業をすべて終えたら、今日も張り切ってトレーニングだ。

 次のレースまでもう時間が無い。出来る限り調整の時間を有効に使いたい。

 チームの部室に行き、トレーニングウェアに着替えてメンバーを待つ。その間はフランス語の教育映像を見ながら発音を練習する。

 フランス語は英語と大分近いから習得は楽な方だけど、似ているからこそ微妙な発音の違いの修正が面倒くさい。

 すぐにメンバーが揃い、トレーナー達も来た。

 

「よしっ、集まってるな。今日もそれぞれの距離のコーストレーニングをするぞ。質問あるか?」

 

 何も無いから早速トレーニングに移る。

 まずは練習コースでダンとガンちゃんが2200メートルを想定して走る。ダンはオールカマーを、ガンちゃんは神戸新聞杯を今月の同日に予定している。

 互いにG1ウマ娘とあって、練習とは思えないぐらい競り合って共にゴールした。どちらも良い仕上がりでちょっと安心した。

 特にダンは屈腱炎が完全に治り、錆落としもほぼ完了した。あとは実際のレースで勘を取り戻してくれれば、本番の秋天皇賞も万全だ。

 ガンちゃんも神戸新聞杯を勝って、最後のクラシック三冠の菊花賞の弾みにしたい。

 二人の併走が終わったら、今度はジャンとブラックちゃんが2000メートルを走る。ブラックちゃんはそうでもないが、ジャンはいつものとぼけた顔を引っ込めて真剣そのもの。来週いよいよ中山レース場でメイクデビューとなったら、昼寝大好きなアホの子とて気が引き締まる。

 走った後のタイムを確認した髭トレーナーはそこそこ満足した様子だ。あの顔は満点はやれないけど、良いタイムなんだろう。

 最後は俺とクイーンちゃんの併走になる。フランスのカドラン賞を想定した4000メートルは、ステイヤーのクイーンちゃんでも未知の領域だけど、他に俺のパートナーが務まるウマ娘は彼女しか居ない。来月の秋天皇賞までは少し間があるから、無理を言って頼んだ。

 本番さながらの練習を終えて、疲労感と共に手ごたえも感じる。

 出来ればヨーロッパのクソ重馬場を想定して、水浸しにしたコースを走りたいけど、それは練習日を決めたナリタブライアンとの合同練習じゃないとさせてもらえない。今日はその日じゃないから我慢だ。

 それでもチームで三交代制の並走を続けて、疲労が溜まればオンさん特製のドリンクで回復。また走る、疲れたら回復の繰り返しで今日の練習は終わった。

 

 日が落ちて練習が終わり、ジャンとブラックちゃんが電源が落ちたみたいに倒れ込んだ。

 眠りこけた二人は俺とバクシさんで部室まで背負って連れて行く。

 途中で同じく練習の終わった≪リギル≫とばったり会った。今日はルドルフ会長も一緒にトレーニングか。

 

「お疲れさまです東条さん」

 

「お互いにね、藤村。そちらも気合入ってるみたいね」

 

 東条トレーナーは背負われている二人を見て苦笑する。向こうは一部の下級生がフラフラだけど、まだ自分の足で歩いている。

 俺が背負っているジャンと同期の、テイエムオペラオーちゃんが目に付く。既に彼女は先月にデビューを果たして快勝している。普段の言動は癖があり過ぎるけど、実力はジュニア期の中でも五指に入る。

 もう一人エアグルーヴ先輩の隣に居る見慣れない褐色肌の子は新入生かな。

 ―――あ、思い出した。四月の選抜マイルレースで一着になって、声をかけたトレーナー全員を素っ気なく断ってた子だ。最初から≪リギル≫に入るつもりだったら、そういう態度にもなるか。

 

「よう、調子はどうだナリタブライアン」

 

「アンタと同じぐらいだ。次のレースも勝ちにいく」

 

 おーおー頼もしい限りだ。フランス凱旋門賞を前にしても、こいつは楽しみにしか思ってないか。

 今月初め、俺とナリタブライアンは、共に来月パリロンシャンレース場で行われる凱旋門賞ウィークエンドに参加する旨を関係各社に伝えた。

 俺の方は前々からフランスのカドラン賞を走ると発言していたから、さして注目は集まらなかった。

 しかしナリタブライアンの凱旋門賞挑戦の情報は日本中を湧かして、朝から晩までトレセン学園には取材申し込みの電話が鳴り響き、事務所は対応でいっぱいいっぱいになている。さらに昼夜を問わず記者が学園外に張り付いているから、警備員が24時間体制で巡回して侵入者を防いでいるとかなんとか。

 イギリスG1を二連勝した、日本レース史上最も凱旋門賞勝利に近いウマ娘に何かあっては、未来永劫に渡り凱旋門賞には勝てない。そう思ったURAと学園が渡仏まで、どんな些細な危険も排除しにかかる厳戒態勢を敷いていた。

 それでも俺とナリタブライアンの練習コースの予約が通常よりやや優先される程度に収まっている。

 前回のエルコンドルパサー先輩の時もそこまで特別扱いはしてなかったし、あまり優遇し過ぎるのも他のウマ娘に悪影響があると判断したからか。

 

「今のブライアンに敵は無い。無論、アパオシャも素晴らしい結果をもたらしてくれると、私は信じている」

 

「全力で走ってレースに勝ちますよ。俺に出来るのはそれぐらいですから」

 

「日本にいる間は何も心配せずにトレーニングに励むといい。些事はこちらで全て処理する」

 

 ルドルフ会長が普段の面白くないダジャレを口にせず、不敵に笑う。

 この人が俺達に降りかかる面倒で無駄な取材や、見ず知らずの人間との面会を弾いてくれているのは知ってる。だからいつか、何かの形で恩返しをしたいと思う。

 そのまま≪リギル≫と軽い雑談をしながら部室に戻り、ジャンとブラックちゃんを起こして着替えさせて、寮にまで連れて帰らせた。

 

 

 それから毎日厳しいトレーニングを繰り返して、十日が過ぎた。

 この日はいよいよジャンが中山レース場でデビューを果たす。

 一年前は猫を追いかけて迷子になっていたお調子者が2000メートルの芝を最初に走り切り、見事に勝利を掴み取った。

 これでジャンも一人前のウマ娘の仲間入りだ。

 帰りはみんなでケーキを食べてお祝いした。

 

「これで先輩達みたいに凄くカッコイイウマ娘になれたかな?」

 

「まだまだ一勝しただけ――――と言いたいけど、よくやったぞ。今日はお前が一番だ」

 

 髭に褒められて有頂天になってるけど、今日ぐらいは天狗にさせてやろう。

 

 

 さらに十日後。俺と髭、ナリタブライアンと東条トレーナーは機上の人となり、フランスの大地を踏みしめた。

 

 



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第99.5話 閑話・凱旋門賞ウィークを見守るファン達

 

 

 【日本】今年の凱旋門賞ウィークを応援するスレPart5【悲願】

 

 

1:名無しのレース好き ID:hTB094bgp

このスレは日本から凱旋門賞・カドラン賞に出走するナリタブライアンとアパオシャを応援するスレです

遠征する二人とレースが嫌いな人は専用アンチスレを自分で立てて

 

ナリタブライアンとアパオシャのこれからのレースと主要の戦績

 

凱旋門賞:G1 芝2400 ロンシャンレース場

 

カドラン賞:G1 芝4000 ロンシャンレース場

 

ナリタブライアン:20戦14勝 G1六勝『朝日杯FS・皐月賞・有マ記念・安田記念・プリンスオブウェールズS・Kジョージ6世&QエリザベスS』

 

アパオシャ:23戦16 G1九勝『ホープフルS・日本ダービー・菊花賞・春天皇賞・英ゴールドカップ・豪メルボルンカップ・有マ記念・春天皇賞(同着二連覇)・グッドウッドカップ』

 

 

2:名無しのレース好き ID:hTB094bgp

 

もう一つURA公式プロフィールを載せます

 

【自己紹介】…ナリタブライアンだ。わざわざ語って聞かせるような話はない。ただ走り、ブッちぎって勝つだけだ

【学年】高等部二年 【所属】栗東寮

【身長】160cm 【体重】レースに支障なし 【スリーサイズ】B91・W58・H85 【靴のサイズ】左右ともに24.5cm

【得意なこと】クルミを割ること  【苦手なこと】小さな生き物を触ること

【耳のこと】ファンファーレを聴くと血が滾る 【尻尾のこと】手入れしたことも気にかけたこともない

【家族のこと】両親と姉いわく『寡黙なのは、優しい証拠』

【ヒミツ】①咥えている枝は自家栽培 ②たまに猛禽カフェに通っている

 

 

【自己紹介】俺はアパオシャ。レースに勝って最高の喜びを感じたい

【学年】高等部二年 【所属】美浦寮

【身長】154cm 【体重】平均的 【スリーサイズ】B74・W55・H76 【靴のサイズ】左右とも21.5cm

【得意なこと】味噌料理  【苦手なこと】ファッションの流行を追う

【耳のこと】足音で相手が分かる 【尻尾のこと】冬は寒い

【家族のこと】みんな好きだけど、オシャレをしろと言われるのは好きじゃない

【ヒミツ】①砂漠の写真を集めている ②タイ焼きは腹から食べる

 

 

3:名無しのレース好き ID:/1Rhdal0d

立て乙

 

4:名無しのレース好き ID:hy+6TIClH

立て乙

 

5:名無しのレース好き ID:hTB094bgp

これまでのあらすじ

凱旋門賞ウィークまであと三日

 

6:名無しのレース好き ID:yg7lEqYPO

いよいよレースまで指折りの日になった

 

7:名無しのレース好き ID:Xz8Gc0vcs

あー今からドキドキする

 

8:名無しのレース好き ID:2Ju9nA+O0

まだはえーってロゼ

 

9:名無しのレース好き ID:54NN+Afar

しょうがないだろ

テレビをつけたらどこの局でも凱旋門賞特集だしネットニュースも一色

 

10:名無しのレース好き ID:qT0ofLlFs

せやな

日本開催のオリンピックだってここまで盛り上がらなかったし

 

11:名無しのレース好き ID:puxU1jwML

肝心の本人達は淡々とトレーニングしてるだけで浮つきが全く無いのが温度差を感じる

 

12:名無しのレース好き ID:Oyu4G599L

最後に二人がメディアの前で話したのはフランス行く前だったな

 

13:名無しのレース好き ID:KCKNZd8xK

トレーナー達が毎日多少でも現状を報告してるからまだマシ

 

14:名無しのレース好き ID:75dk+P6I2

走る二人はマスコミからの取材は全面お断りだからしょうがない

 

15:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

一応報道関係者が練習風景を映すのだけは許可されてるから有情だぞ

 

16:名無しのレース好き ID:UlDw6ruPJ

ブライアンとアパオシャは目立ちたいとかそういうの全く無いね

 

17:名無しのレース好き ID:Ya84DRv1a

ウマッターもウマスタもやらない今時珍しい子達だよ

 

18:名無しのレース好き ID:3v+8qkkjE

炎上する危険は無いからよしっ!

 

19:名無しのレース好き ID:IkAoKGZv3

朝からレース場まで行く車も護衛車で固めまくってるから

マスゴミだって容易に近づけねえ

 

20:名無しのレース好き ID:cfU/1uSmV

世界最高クラスのウマ娘二人に何かあってからじゃ遅い

 

21:名無しのレース好き ID:qZIQVu6U5

あの二人が同年にいるのって奇跡みたいなものじゃね?

 

22:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

ルドルフとオグリが同学年にいるようなものだからな

 

23:名無しのレース好き ID:qhTS+p52e

互いに競い合うから切磋琢磨して当時の皇帝以上に強くなってる感

 

24:名無しのレース好き ID:emWvX7xS3

並び立つライバルがいるとレースも盛り上がるから良い

 

25:名無しのレース好き ID:HEXUNKn0D

でも無敗の三冠ウマ娘をまた見たくなるジレンマもある

 

26:名無しのレース好き ID:FqKKBuxMj

Kジョージ&QエリザベスSと凱旋門賞を同年優勝出来れば無敗のクラシック三冠だってかすむ

 

27:名無しのレース好き ID:sWPyXFW5F

おいおいカドラン賞だって忘れるなよ

今回アパオシャが勝ったらイギリス、フランスの長距離最高峰レースを制覇して

世界最高ステイヤーの座に君臨するんだぞ

 

28:名無しのレース好き ID:/9n5JKpko

どちらも日本のウマ娘が世界の頂点に立てるかどうかの天王山だ

 

29:名無しのレース好き ID:/S7ZAT3QT

二人はちゃんと飯食えてるのかな

当日不調になったら泣きたくなる

 

30:名無しのレース好き ID:T0FTHo1mR

トレーナーの話だと普段通り食って寝てるらしい

フランスの芝にも慣れてるってよ

 

31:名無しのレース好き ID:YzvlZc3K1

トレーニング風景見ても特別調子が悪い印象は無いって専門家は見てるな

 

32:名無しのレース好き ID:Z2kpgHsG/

イギリスでも飯は合ってたみたいだからメシウマ大国のフランスなら多分大丈夫だろ

 

33:名無しのレース好き ID:p7wjSxOXn

数年前のマンハッタンカフェとエルコンドルパサーが

割と食事で苦しんだからちょっと安心してる

 

34:名無しのレース好き ID:p8QudqPuW

本気で合わなかったらアパオシャが自炊するから大丈夫だ

案の定フランスでもレースに出る子達に日本食振舞ってる画像出てるからルーチンは乱れてない

 

35:名無しのレース好き ID:IkfXqDwK0

あの子は男前なイメージに合わず料理上手で世話焼きなのがエモい

 

36:名無しのレース好き ID:KPB+ezLTl

社交性高くて家庭的ってめっちゃ嫁適性高いよ

 

37:名無しのレース好き ID:q1wy/vkRM

ヒシアマゾンもそんな感じで良妻賢母だよな

 

38:名無しのレース好き ID:DtxEo9j1c

ブライアンは情報あんまり出てないけどアパオシャが世話焼くから大丈夫だろう

 

39:名無しのレース好き ID:EQ41oC1V9

あとは当日の天気か

 

40:名無しのレース好き ID:5LvD2ffQT

今日のパリは雨だってよ

 

41:名無しのレース好き ID:afbBG7Ga6

ファッキンゴッド!ブライアンはともかくアパオシャ大丈夫かな

 

42:名無しのレース好き ID:1eL/T6Wrl

良バ場なら安心出来るのにちくしょうめ

 

43:名無しのレース好き ID:QXL+e60J3

いやーロンシャンは晴れ続きだとわざと水撒いて芝を濡らすから

どっちにしても良バ場は無いと思った方がいい

 

44:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

不良バ場対策は日本でちゃんとしてあるから心配するな

 

45:名無しのレース好き ID:B6Y+yvg5t

>>44その情報は本当?

 

46:名無しのレース好き ID:8b0AORBea

>>44そんなニュースや記事見たこと無いけどソースは?

 

47:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

白状すると中央トレセンのトレーナーやってんのよ

それで二人がどういうトレーニングしてるか少し知ってる

 

48:名無しのレース好き ID:zHiFBy/eQ

ウソだろ?何でエリートの中央トレがこんな掃き溜めにいるんだよ

 

49:名無しのレース好き ID:0htsslzzA

ちょっとフカシ過ぎだろ

 

50:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

中央トレセンのトレーナーだってピンキリなんだよ

ロンシャン走る怪物二人を担当するようなトップと一緒にしないで

 

51:名無しのレース好き ID:TP1qpLdeR

お、おう

 

52:名無しのレース好き ID:b25bCjQ+D

いやだからって、地方トレとか中央の裏方職員ならまだ分かるけど

ガチトレーナーが掲示板にまで出張るなんてねぇ?

 

53:名無しのレース好き ID:/LIKSlgFP

ならID:vjPRdhqqXニキがマジで中央トレーナーと仮定して

トレーナー歴と担当の子はどれぐらいのランクなの?

 

54:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

大体十年ぐらいトレーナー経験して一度も重賞勝たせられない一山いくらの中央トレだよ

チームの一人だけでも年に一回ぐらいオープン戦勝たせられる程度

 

55:名無しのレース好き ID:NbDgI6tAI

いやいやオープン戦勝てるだけでも結構凄いって

 

56:名無しのレース好き ID:Pb2yi8+rE

オープン勝つのはクラシックで二勝以上、シニアでも三勝はしてないと無理だろ

十分凄いトレーナーじゃないか

 

57:名無しのレース好き ID:EwsVlwk1K

余計にこんな場末の掲示板に居ていい人材じゃないんだから

早く寝て担当の子のために働いてあげなさい

 

58:名無しのレース好き ID:EKOkPmbqI

お前ら野菜いな

世間だと重賞勝てないウマ娘は木っ端のモブ扱いなのに

 

59:名無しのレース好き ID:CuUd7e4GS

ここにいる連中は大抵重度のレース好きだしオープン戦クラスのウマ娘なら

結構知ってる子が居るから実名は明かさない方が良いぞ

 

60:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

おうプライベートな情報もあるからそうするわ

で、話を戻すとロンシャン組は専用のトレーニング積んだからそこまで心配は無い

当然レースには絶対なんて無いんだから必ず勝てるとは言わないぞ

 

61:名無しのレース好き ID:lriDbfG8/

それは分かるよ

ならトレーナーの目線から見て二人の勝算は高い?

 

62:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

>>61 そこそこ高いと言っておく

身近にウマ娘を見続ける立場から見てもあの二人は桁が違う

海外のトップ勢にだってあそこまで強いのは稀で、うちの教え子と比べたら大人と赤子ぐらいの差だ

 

63:名無しのレース好き ID:zoHmoZUWa

ひえーそんなに強かったのか

 

64:名無しのレース好き ID:kcWMWKGuj

そら二人とも海外G1を二、三回は勝ってるんだから弱いはずないって

 

65:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

強すぎるから却ってうちの子達は遠い存在に思えて精神的に楽

下手に重賞勝ててG1を走れる子だと、どうあっても越せない壁になるからメンタルが地獄だぞ

 

66:名無しのレース好き ID:1eL/T6Wrl

うわぁ

 

67:名無しのレース好き ID:R/b3rMMLm

なまじ同じレース走れる分だけ身近に差を感じて心がへし折れる子がいるのか

 

68:名無しのレース好き ID:eQTOulj39

それでも走り続けられる子だけが残って、さらに地獄が煮詰まって行くのが中央だぞ

 

69:名無しのレース好き ID:1rnikX+LN

中央こわいなーとづまりすとこ

 

70:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

ほんとにカノープスはよくやってるよ

俺ならもうG1諦めてG2ぐらいでコンスタントに勝たせるのを勧める

 

71:名無しのレース好き ID:hAicsXB+C

カノープスの主力はシニア級だからざっと思いつくだけでも黄金世代、スマートファルコン、

アパオシャ、ブライアン、シチー、ハッピーミーク、アルダン、ユキノビジン

テイオー、マックイーン、スカーレット、ウオッカを相手にしないといけない

これだけG1複数勝利者がいる地獄の釜だし避けたい気持ちは分かる

 

72:名無しのレース好き ID:E4+nrGQQ6

ワイがトレーナーなら勝てないレースに無理に担当ウマ娘を出すぐらいなら

ランク下げてでも勝てるレースに出してライブはセンターでライトを浴びせたい

 

73:名無しのレース好き ID:f9pAUeEOV

カノープスのトレーナーは無理にG1走らせてるの?

それともウマ娘の方の希望でやってんのか

 

74:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

俺の知る限りならカノープスの南坂は本人達の意を汲んでG1を走らせてる

G1のてっぺん獲りたいからどれだけ負けたって走り続ける負けん気の強いチームなんだよ

 

75:名無しのレース好き ID:E8I8u4mK2

指導者として教え子の意思を尊重するか、無視してでも勝たせてやれるかは難しい選択だな

 

76:名無しのレース好き ID:VegiTJPzv

重賞だって幾つも勝てれば名前は残せて一目置かれるウマ娘になれるのに

敢えて苦行を選ぶのはアスリートの本能なんかねえ

 

77:名無しのレース好き ID:XU/JrZcih

自分より強くて速い相手がいるのが我慢出来ない想いがあるって

引退したG1ウマ娘のインタビューを昔読んだ事ある

 

78:名無しのレース好き ID:k6oSOM/YV

レースに勝つ以上にG1のライブをセンターで歌う快感は凄いって話も聞いたな

 

79:名無しのレース好き ID:zHiFBy/eQ

トレニキに質問だけどナリタブライアンとアパオシャは

何がバケモノ染みてると思った?

 

80:名無しのレース好き ID:ibWLlnoKq

おっ良い質問だ

 

81:名無しのレース好き ID:BrGKcoEvv

ジュースを奢ってやろう

 

82:名無しのレース好き ID:zktmD5d8+

ポテトもオマケしてやる

 

83:名無しのレース好き ID:zHiFBy/eQ

ありがとナス

 

84:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

ブライアンはメンタルにムラがある以外全部ヤバい

アパオシャはメンタルとスタミナと絶対に故障しない鋼の肉体がヤバい

 

85:名無しのレース好き ID:AmdIeyxCZ

えっとまずはブライアンから解説お願い

 

86:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

ブライアンは悪路もお構いなしのパワーのある脚から生まれる加速性能がトップクラス

強い足腰は重心を低くしてもバランスが崩れないからコーナリング性は中央でもトップ

G2でも3000mを走り切って勝つスタミナとG1マイルを勝つスピードを併せ持ってる

競り合う相手が強ければ強いほど実力が発揮される反面、相手が弱いと面倒になって手を抜く悪癖が唯一の弱点

単純に身体能力が桁違いに高いフィジカルモンスターなんだよ

 

87:名無しのレース好き ID:qDX4zHPvK

はえー改めて聞くとクソ強い理由が分かる

 

88:名無しのレース好き ID:Loogusf9z

単純な強さで押し切って勝つ相手は怖い

 

89:名無しのレース好き ID:zJqdrnpdk

でも弱点って言っても格下相手の居ないG1なら弱点は無くなるのでは?

 

90:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

日本ダービーでアパオシャに負けてから悪癖は無くなったってリギルの東条さんが言ってたんだよ

 

91:名無しのレース好き ID:pD5WhRUOC

今は弱点無しか

 

92:名無しのレース好き ID:8G2fbuP1Y

付け入る隙が見当たらないフィジカル強者って対戦者からするとムリゲーすぎる

 

93:名無しのレース好き ID:YxqvZUSAV

勝とうと思ったら自分の長所を最大限生かして競うしかないな

 

94:名無しのレース好き ID:y6sfOFVbu

それがやれるウマ娘は中央でも一握りどころか匙一杯分だぞ

 

95:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

お前らこんなバケモノと一緒に普通の教え子を走らせたいと思うか?

 

96:名無しのレース好き ID:EVq9tPaxm

無理です

 

97:名無しのレース好き ID:drzfXm7TG

負けると分かって戦うのは賢いとは言わない

 

98:名無しのレース好き ID:uMx42oKzo

逃げるのは恥じゃねーよ

 

99:名無しのレース好き ID:mA7Al3GNi

こんな怪物に挑むのは極まったバカか、同レベルの怪物と英雄ぐらいだ

 

100:名無しのレース好き ID:oTqyfc9Ga

そんな連中が何人もいる中央トレセン怖いわー

 

101:名無しのレース好き ID:lf9tM4srE

それじゃあ次はアパオシャのほうをお願いニキ

 

102:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

アパオシャは並のシニアの三倍、スタミナ自慢のステイヤーと比べても倍近いスタミナと心肺機能がある

ただしスピードは並よりやや上なぐらいで、起伏に乏しく高速状態になりやすい東京レース場なんかは苦手、距離適性もやや狭い

先頭だろうが後方待機していようがレース全体を俯瞰して見続けて最後まで思考がブレない、4000mを予定通り走れる液体窒素レベルの冷たさを保つイカれたメンタル

どれだけ長距離G1走ってトレーニングをし続けても爪割れ一つ起きない、日本ダービーで跳び込み転倒しても軽い打撲で済んだだけ、トレーナーなら十億積んでも担当ウマ娘に与えたい鋼鉄ボディ

 

103:名無しのレース好き ID:r6uSLnXzQ

うーん、この派手さは無い分だけ地味にヤバい仕様は玄人ほどビビる

というか後方待機はともかく先頭でレース全体を把握ってどうやって

 

104:名無しのレース好き ID:s+2Z/6zdI

アパオシャが故障した話は一度も聞かないけど最高速度のまま転倒して軽い打撲しかないのは絶対におかしい

 

105:名無しのレース好き ID:0E0leaypo

ニュースは凄いスタミナぐらいしか報じてないけど改めて箇条書きするとヤバい子だ

 

106:名無しのレース好き ID:yv5Z1Q0Ju

普通走れば走るだけレースの熱と疲労で思考力が落ちるのに4000m走っても平気ってなんなんあの子

 

107:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

>>103

フォーチュンの藤村に聞いたらレース中は視認以外に足音を聞いて後方の子の距離と位置と数を把握しながら走ってるんだとよ

 

108:名無しのレース好き ID:H+8i3KSBB

は?

 

109:名無しのレース好き ID:kD4vp4GQl

ま?

 

110:名無しのレース好き ID:YKrTNF0Q8

ウマ娘ってそんな事も出来るの?

 

111:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

難しいけど器用な子は練習なら出来るが本番レース中は走る事に集中してて無理

G1だろうが平気でやれる奴がバケモノ以外何だってんだ

 

112:名無しのレース好き ID:PoJZ+FMkM

バケモノですね

 

113:名無しのレース好き ID:6nkUgWjE5

バケモノだ

 

114:名無しのレース好き ID:3CGcNg2Dt

マジでおかしい

 

115:名無しのレース好き ID:PuY2sVbA/

去年の有マ記念でブライアンをブロックして勝ったのはそれが理由か

いや同格のブライアン相手にすらやれるのはありえねえ

 

116:名無しのレース好き ID:7pGJzth0t

バケモノすぎるけど二人とも日本代表なら頼もしいわ

 

117:名無しのレース好き ID:A/Wm1zl3u

ほんそれ

 

118:名無しのレース好き ID:x+cTKR1aP

同じレースを走る子達は不憫だ

 

119:名無しのレース好き ID:XxQSHsIBU

海外勢も同格だからこれぐらいじゃないと勝てんよ

 

120:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

それに二人ともゾーンに入れるウマ娘って噂だからな

本当に格が違うんだよ

 

121:名無しのレース好き ID:a+u38Xi6a

待ってゾーンってなに?

 

122:名無しのレース好き ID:kv4/+UzzI

それって領域ってやつ?

 

123:名無しのレース好き ID:k950tOkWV

待て待て何の話だ

 

124:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

中央トレーナーに昔から伝えられてる伝説みたいなもん

ごく一部の傑出したウマ娘だけが意図的に入れる、物凄い集中状態で実力以上の速さやパワーが出せる一種の火事場のバカ力状態

ここまでは一流のスポーツ選手ならたまにあるけど、さらに色々なイメージを見せるウマ娘がいるらしい

 

125:名無しのレース好き ID:zdSWJpvCn

なんかオカルトに足突っ込んでる話っぽい

 

126:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

あくまで噂だけどシンボリルドルフやオグリキャップ達がそのゾーンに入れる限られたウマ娘だったらしい

ルドルフとタマモクロスはゾーンに入ったら雷を放ってて、オグリは灰を纏って見えていたとか

見える側のウマ娘もG1勝利級の実力が無いと見えないから俺の教え子は一度も見てない

 

127:名無しのレース好き ID:PmWKUeTaE

つまりG1を最低でも三つ四つ勝たないとその域にまで辿り着けないのか

該当者はあれ?意外と多い

 

128:名無しのレース好き ID:oEfB+CWQC

多いと言っても一学年に数人だろ

 

129:名無しのレース好き ID:cj4VXAH86

日本のトレセンだけならそうだけど海外にも国の数だけ同クラスがいるんだ

世界中の強豪が集まる凱旋門賞ウィークはそんな連中ばかりじゃないか

 

130:名無しのレース好き ID:CNJvZtUs9

大丈夫かな?

 

131:名無しのレース好き ID:ur+L2xVwj

ナリタブライアンとアパオシャだってイギリスで勝ってるし

大丈夫と思いたい

 

132:名無しのレース好き ID:vjPRdhqqX

さてと、そろそろ寝ないと明日の仕事がきついから今日はここまでな

 

133:名無しのレース好き ID:pnzXiaDit

情報ありがとうトレニキ

 

134:名無しのレース好き ID:UBBlZXfIC

頑張って教え子を育てて

 

135:名無しのレース好き ID:tGt4a++Hp

俺も寝るか

 

 

 

 

 

 

 

 【同時刻フランス】

 

 

 凱旋門賞ウィークエンドについて語るスレ≪原語フランス≫

 

 

 

 

220:fan sans nom ID:0KR72QS5l

今年の祭りもあと三日だ

 

221:fan sans nom ID:C7jfkAo7a

ジーノの雄姿を期待しよう

 

222:fan sans nom ID:pGEgdlSpD

アレンの走る姿は美しい

 

223:fan sans nom ID:DvMXIwUgg

昨年の凱旋門賞はドイツのトルカータが勝ったから

今年は是非とも我がフランスに勝利の栄光をもたらして欲しいな

 

224:fan sans nom ID:BmVzQK7mm

あぁブルーロゼよ

君の歌う姿は誰よりも気高く咲き誇る花のようだ

 

225:fan sans nom ID:wXoRdUrXG

祖国の宝石たちを称えるのは良いが他国の強いウマ娘も注目したい

 

226:fan sans nom ID:0Qx4nbU7M

今年もイングランド、アイルランド、ドイツ、アメリカ、遠くニホンからも客人が来ている

 

227:fan sans nom ID:6s6a5PLHF

東の国の小さな淑女達は果たして栄冠を掴めるかな

 

228:fan sans nom ID:dyk3eT34W

既にイングランドの地で栄光を掴んだ二人を格下と見て侮ったらうちのウマ娘達さえ食われかねない

 

229:fan sans nom ID:yg8g9IWM3

二年前に麗しのモンジューにあと一歩まで迫ったエルコンドルパサーの後輩達だ

餓えたライオンと小鳥を一緒にしたら喉元を喰い千切られるぞ

 

230:fan sans nom ID:V+xhgs+6z

どちらも過去のレースは見たよ

並のウマ娘では相手にならない

 

231:fan sans nom ID:zzM3Yv000

いいじゃないか

それでこそ世界一のレースを開くに値する

 

232:fan sans nom ID:cnTKS/f99

弱い相手を倒したところで凱旋門の栄光に価値は無い

 

233:fan sans nom ID:tpozVCdRs

しかしニホンの二人は着飾る事をしないな

 

234:fan sans nom ID:QF+ADSjaq

原石や野花の美しさも嫌いじゃないが、せっかくの美貌を磨かないのはいかにも惜しい

 

235:fan sans nom ID:Hs95I+xQs

荒々しい強さに宿る美もたまには良いものだよ

 

236:fan sans nom ID:MTVYEqyY3

美しさはともかくあのニホンのウマ娘達はちょっと変わってるね

 

237:fan sans nom ID:H23uA9FLa

どういう所が?

 

238:fan sans nom ID:MTVYEqyY3

俺達から見たらニホンはスピード特化の特異なレースが主流でウマ娘もそれに適した鍛え方をするけど

あの二人はヨーロッパのウマ娘に近い鍛え方をしている

 

239:fan sans nom ID:K5sCVurVl

ああナリタブライアンはパワーとスタミナ重視で

アパオシャはスタミナ特化のクライマーに見えるな

 

240:fan sans nom ID:JV0D1y0GJ

これまでスピード重視のウマ娘じゃロンシャンでまともに勝てなかったから

うちのターフに対応出来るウマ娘を寄こしたんだよ

 

241:fan sans nom ID:tgNsq7fvU

エルコンドルパサーもパワー重視のウマ娘だったから悪くない判断だろう

 

242:fan sans nom ID:79zhCOAIm

ナリタブライアンはそのエルコンドルパサーと同じチームの後輩らしい

 

243:fan sans nom ID:yNn9Acorm

ならリベンジマッチでもあるのか

 

244:fan sans nom ID:n4cWRLFKJ

チームメイトと言えば数年前に凱旋門賞に挑戦したマンハッタンカフェという子が

カドラン賞を走るアパオシャと同チームだ

 

245:fan sans nom ID:sB17QTT9p

ああ覚えているよ

綺麗な黒髪の華奢な子だった

 

246:fan sans nom ID:4HNdt/3iv

その時のレースで骨折して引退したと聞いたよ

 

247:fan sans nom ID:jHW3t9S8y

あの時は三着だったか

結構惜しいところまで迫っていたから覚えている

 

248:fan sans nom ID:IKRb2rrkN

あの子はスタミナは見るものがあったけどパワーが足りずパリの芝にも合わなかった

 

249:fan sans nom ID:kMPHCFaj0

同じスタミナ特化のアパオシャは重バ場が苦手でも高低差のあるコースは苦にしないタフさがあるよ

 

250:fan sans nom ID:JAFozo3EQ

アスコットとグッドウッドのG1を勝つならロンシャンでも十分戦えるな

 

251:fan sans nom ID:b5jNuPsl8

ブライアンはG1を6勝、アパオシャはG1を9勝してる

ニホンは何が何でも勝つ気で二人を送ったと俺は思う

 

252:fan sans nom ID:7I8aewieD

ニホン内だけでG1勝ったところでうちでは通用しないと言いたいが既にイギリスで結果を出しているからな

アパオシャの方はオーストラリアでもG1を勝っている

 

253:fan sans nom ID:RxvRS51oa

今年も見どころのあるレースになりそうで楽しみだね

 

254:fan sans nom ID:Ys7wBGGFe

ところで今年ゴールドカップでアパオシャと名勝負を繰り広げて勝ち

昨年カドラン賞を優勝したキュプロクスの調子はどうなんだ

 

255:fan sans nom ID:OUBo/U+ew

ゴールドカップで負傷した爪は完治したらしいがまだ軽い調整しかしてないぞ

 

256:fan sans nom ID:5WdRArcAz

三日前で本トレーニングしてないのはどういうつもりだ

 

257:fan sans nom ID:OJV/4plMf

出走取消は無いと思うがかなり厳しいのかな

 

258:fan sans nom ID:0FEONTBEX

下手に本気で走って手の内見せたくないのか

一発勝負に賭けないとダメなぐらい足が不安なのか

 

259:fan sans nom ID:Jaxp+GS9L

ライバルが減るのはフランスのウマ娘には嬉しいけどちょっと心配だな

 

260:fan sans nom ID:6cG0Sd/ur

どの国のウマ娘も無事にレースを走り切ってライブを魅せて欲しいよ

 

 

 



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第100話 果ての光景

 

 

 天気晴朗なれども風強し。

 本日のパリロンシャンレース場は秋の風が吹く、晴天に恵まれた。

 数日前は雨に見舞われたから、レース当日はどうなるか危ぶんでいたが晴れてくれて助かった。

 眼下に広がる芝を一歩踏めば、サンダルの隙間から水を含んだ芝の感触を感じる。レース場の公式発表は稍重だった。想定の中ではマシな方だろう。元より日本の良バ場など望むべくもない。

 

「波打ち際の砂浜を走るよりは大分マシ」

 

『何か言ったアパオシャ?』

 

『大した事じゃないさ、エンプレスオブノウズ』

 

 煽情的な褐色肌の友人に返す。今年はイギリスのレースに来なかったが、こうしてフランスで肩を並べてまた走れるのは喜ばしい。

 スタート前の僅かな時間は、それぞれが精神を昂らせるために使う。

 何もせず、ただ始まりの時を待ち続ける、もう何度も一緒に走ったドイツの古豪プリンセスゾーン。

 入念に柔軟体操をするご当地フランスのスレイジーノとシルヴァウィング。

 イギリスの新顔モルガンウェルズ。

 アメリカからは大柄なアルバトロスが周囲を威嚇するように吼えている。

 ゴールドカップにも顔を出していたアイルランドのブルースマートは、同郷のキュプロクスと共に何かを話している。

 それ以外にも蹄鉄を確認したり、勝負服の紐が緩んでいないかを引っ張って確かめる子も居る。

 この総勢11人が凱旋門賞ウィーク初日の第四戦カドラン賞を走る。

 四万人を超える観客達は俺達をどう見ているのやら。さすがにここまで離れていると、ウマ娘の優れた聴覚でも観客達の声は殆ど届かない。

 4000メートルコースのスタート地点はスタンドから1km近くは離れた外側コースの一番奥まった場所にあるから、中継カメラを使ってターフビジョンでこちらを見るしかない。

 カドラン賞はG1でも、現在の日本や世界の主流のマイルと中距離ではない。悪い言い方をすれば、明日の凱旋門賞の前座レース扱い。

 それでも世界中から集まったVIPと地元フランス国民からの、熱の籠った視線は何となく感じる。

 一緒に日本から来たナリタブライアンの姿は会場に無い。あいつは今も明日のレースのために最後の調整を進めている。凱旋門賞はカドラン賞と同様に、世界最高の中距離ウマ娘が集まる最高のレース。レース観戦などして無駄に時間を使っている余裕は無い。

 

『私は勝っても負けても今日で引退だから、最高の走りをするからね!』

 

『そっか、寂しくなる。でも俺は手を抜いて走ったりはしないよ』

 

『そうしてよ。情けなんて掛けたら、幾ら友達だって許さないから』

 

 エンプレスオブノウズの僅かにトーンを下げた本気の声に、無言で頷いて全力で走る事を約束した。

 友人との約束で気が昂り、観客達の前ではウマ娘達の楽団によるファンファーレが流れている。さすが芸術の都パリは楽団にも華やかなウマ娘を採用している。

 5番ゲートに入る前に、キュプロクスを見る。足運びは前のレースの時より少し固いように感じられる。

 三ヵ月前のゴールドカップで爪が割れてから、一度もレースは出ずに療養に務めていたと聞いている。さらにフランスに来ても、全力を出したトレーニングはしていない。調整不足を噂されているがドレスの内に秘めた鍛え上げられた肉の重厚感は、怪我の前より増しているように思えた。甘く見たら必ず食われる、そういう強さをひしひしと感じる。それでこそ俺がライバルと認めた一人だよ。

 そしてゲートの外側で待っている同居者を見る。相変わらず自分が負けると微塵も思っていない、余裕の欠伸をしていた。―――まあいい。

 ゲートに入り、張り詰めた気を維持したまま静かに始まりを待つ。

 

 ――――――――開いたゲートの一瞬の遅れも無く飛び出して、一気に加速してハナを取った。

 後方の十人は特に焦りを感じていないはずだ。俺の走りは基本の『差し』とたまに『逃げ』。マーク外しのために先頭を取る『逃げ』は、彼女達も十分予想の範疇。

 しかしここからが違うぞ。

 スタート位置から数百メートル進んでコース外周へと入り、下り坂を利用してガンガン加速して後続との差を一気に十バ身以上に広げた。

 正面スタンドの観客の驚きが目に入る。そうだろう。今の俺はただの『逃げ』じゃない。ヨーロッパレースの中ではめったに見られない後続と十バ身差以上をつける『大逃げ』。増して読み合い探り合いに終始しながら走り続ける4000メートルの超長距離レースで、こんな博打めいた手を初手で打つウマ娘は絶無だろう。

 黒助は長い付き合いだから、特に気にはしないだろう。だが非常識、想定外、予想外、慮外の一手に後続の十名は真意を測りかねて困惑している。いいぞ、そうして冷静さを欠いていけ。

 そのまま最初のコーナーを曲がり、短いフォルスストレート(偽りの直線)でさらに加速。

 スタンド前の最終直線を一人で駆け抜けて、一度目のゴール板を通り過ぎる。だいたいあと3000メートルってところか。

 直線が終われば角度のキツい第二コーナーへと入り、曲面を使って後ろを軽く確認しておく。二番手は大体十五バ身後ろ。同居者は七~八バ身ぐらいの差か。

 あの黒いケツを見ずに走れるのは良い気分だ。サイレンススズカ先輩が先頭を走るのを譲らないのも分かる。

 そして最後にケツを見せられて屈辱のままゴールなんて、これ以上は御免こうむる。なればこその非常識な『大逃げ』だ。

 あいつは自在に飛べるけど、己の意志で走ると決めた時は、俺達と同様に環境の影響を受ける。

 同居者が一体何なのかは今でもよく分からない。悪魔なのか、幽霊なのか、俺の生み出した単なる幻なのか、カフェさんの『お友だち』と同種なのか。それすら分からない。

 けど、ご自慢の四つの黒脚に絡み付く雨の残滓が大嫌いで、俺以上に脚を取られて速度が出せない事だけは分かっている。よって今日の稍重のコンディションは俺に優位になる。

 急な第三コーナーを細心の注意を払い、出来る限り速度を落とさず曲がって長い直線へと入る。相変わらずの一人旅に、後続はかなり混乱して走っているのが見えた。

 後ろは俺の走りをただのヤケや自滅行為なんて思っていない。同時にこの逃げが謀か、ただの力技かどうかで迷っているんだろう。

 その予想は正しい。何しろ今日はいつもの駆け引き小細工は一切無し、スタミナが尽きる前に最速で走り切る事しか考えていない。

 よって今回は≪領域≫に入る事も予定に無い。アレはメリットとデメリットが混在する、決して便利なだけの代物じゃない。特に俺の場合は速度や力に寄与しない特性だから、今のように一人で走る状況なら無駄にスタミナを減らすだけで意味は無い。同居者には何の影響も与えないし。

 向こう正面の直線を走り続けて登り坂に突入した。これでようやくレースは半分を過ぎた。

 日本ではなかなかお目にかかれない急な坂。これがカフェさんを初めとして、日本の幾多の強豪ウマ娘達を阻んできた試練の坂か。

 けれどアスコットレース場の1マイルの坂に比べたら大した事は無い。菊花賞の後、海外遠征を決めた時から二年間鍛え続けていた脚なら、この坂でも難なく走れる。スタミナも十二分に足りている。

 一人孤独に走り続けて、坂を登り切った。脚はちゃんと耐えてくれた。こんな丈夫な脚をくれた両親と、一緒に鍛え続けてくれた髭やチームの皆に感謝したい。

 長い直線を終え、コース外周のコーナーに入る。ここからは本日二度目の下り坂になる。後ろを見れば五バ身離れて同居者、さらに後方十二バ身に後続集団。キュプロクスは最後方にいるが気は抜けない。

 ずっと側に居続けて全てを理解している同居者は除いて、このレース場に居る者全てが疑問に思うはず。なぜ、こんな自爆染みた走りを選んだのか。今回はフリーハンドを許可してくれた髭トレーナーだって、このレース展開は想像すらしてなかっただろう。

 でもそうしなければ全てに勝てない。そう、全てにだ。キュプロクスを含めた走者全員、そしてうざったい同居者にも。

 下り坂を利用して、加速を続ける。登り坂で差が縮まったから、ここで出来るだけ差を広げでおきたい。

 幾らか限界を超えた速度に、脚が徐々に軋んで悲鳴を上げ始めている。桁違いに頑強な脚でも金剛不壊じゃない。願わくばゴールを駆けるまではもってくれ。

 二度目のフォルスストレート(偽りの直線)をただ一人走り続ける俺を、観客達はどう思っているのやら。セオリーを無視しまくったアホか、はたまた常識を超えた怪物か。 どっちでもいいか。レースを走る者以外に俺の恐れは理解出来ない。

 そうしている間に最終直線へと入った。後方には三バ身差で同居者、十バ身離れて二番手のプリンセスゾーンがいる。だいぶ差が縮まって来たな。

 残りは400メートル余り。スタミナは最後まで持つ。思考力は酸素が足りずに多少落ちているけど、平静さはまだ保っていられる。脚は痛いが壊れるのを度外視すれば、さらにスピードは捻り出せるはずだ。

 

「………やるか」

 

 ここまで来て負けるなんて受け入れられるか。脚に力を込めて、さらにピッチ回転を上げて破滅的な速度を生み出す。

 途中で右脚の指先から嫌な音が聞こえた気がしたけど、そんなものは重要じゃない。まだ脚は動くし速度も上がっているから問題は無い。

 200メートル先にゴール板が見える。後ろから同居者の荒い吐息が聞こえる。この感じだとあと二バ身も離れていない。このままだと負けるか。

 ふざけるな。今日こそお前の悔しがる顔を拝んでやると決めたんだ。

 だったら、最後の隠し札を切ってやるよ。今の今まで固め続けた姿勢から腰と顔を下げて、より低い前傾姿勢を作り上げる。

 イメージするのはナリタブライアンの地を這うような狼の走り。俺はライバル本人じゃないんだから完全な再現など不可能でも、かつて研究して模範した経験から、似せた付け焼き刃の走りぐらいなら何とかなる。

 そんなパチモンの走りだろうが恩恵は多少なりともあり、より加速して黒助を僅かながら突き放した。

 後ろからゴリゴリと不快な音がする。あいつが不機嫌な時に出す歯の軋む音だ。ざまあみろ、今日はお前に負けてやらん。

 残り50メートル。今度は左脚の動きがちょっと悪くなった。知った事か。いまさら関係無い、動け俺の脚。

 一歩、一歩とゴール板が近づくにつれて肺と心臓が限界だと助けを求めている。煩いからちょっと黙ってろ。

 あと20メートル。一呼吸で届くはずの距離が途方も無く長く感じる。

 最後だ、最後まで持てよ俺。

 10……5……3……1…0だ。

 ゴールを駆け抜けて、気を抜いて脚を止めた瞬間に両膝が落ちた。力入らねぇ。

 横から今まで見た事が無いぐらい、怒りと屈辱で顔に皺を刻み込んだ同居者が無駄に長い首で覗き込んでいる。

 

「ははは………俺のぉ勝ちだぁ!」

 

 敗北と煽りが心底気に食わなかった黒助は俺を睨みつけつつも、勝敗自体にはケチをつけずに不機嫌なまま首を逸らした。

 ああ、俺は勝った。勝ったんだ。生まれて初めて本気で走った黒助に勝った。

 喜びが全身を駆け巡り、魂を揺さぶった。すると僅かに力が沸き上がり、両腕を空へと高らかに上げた。

 その動きに呼応するように、観客から天を裂きかねないほどの大歓声が巻き起こった。

 内ラチに手を掛けてゆっくりと立ち上がる。走っている間は誤魔化してたけど、脚がクソ痛ぇ。

 右足を見たら爪から出血してるけど、こっちは多分爪が割れただけだろう。問題は左脚の方か。

 脚を気にしている間に後続も次々ゴールして、その場にへたり込むウマ娘達が続出した。スタミナ自慢の連中だって俺の破滅的なペースを追いかけたら、余力なんて欠片も残らない。

 尤も例外も居るわけで。

 

『お見事でした。悔しいですが今日は貴女に完敗です』

 

『おう、これで俺の勝ち越しだなキュプロクス。今日は運が良かった』

 

『脚を怪我してもですか?』

 

『君達に勝ってこの程度で済めば幸運だろ?』

 

 前のゴールドカップの時のやり取りをそっくりそのまま返したら、キュプロクスはクスリと笑う。彼女の隣に居た同居者は真っ黒な瞳でこちらを睨みつける。

 レースは終わった。それも勝ちたい相手全員に勝って。こんなに喜びを感じたのは生まれて初めてだ。代償はそれなりに支払ったが、十分に割に合う対価を得た。

 あーいやでも、うちの髭は怒るだろうな。どうやって謝ろう。

 

『ついでだから救護班呼んでくれ。左脚の方が不味い』

 

『今日のウイニングライブは私が代役ですか』

 

『前回は俺がやったんだから、おあいこだ』

 

 この言葉に互いに堪え切れなくなって噴き出して笑ってしまった。レースの勝ち負けはあっても、こうして話していれば気の合う相手だって分かる。

 そしておもむろにキュプロクスは俺を抱えて歩き出す。よく聞くお姫様抱っこって奴で。

 

『おい』

 

『こちらの方が早いですよ。それに貴女は私よりかなり軽いですから』

 

 そりゃ俺の方が10cmは背が低いし、肉も付いていないからな。抵抗する事も出来ずに運ばれてしまい、救護員に届けられた。

 当然だけど髭トレーナーがすっ飛んできて脚の様子を聞いて、その場で怒られた。

 それから病院に直行して検査の嵐だ。

 

 

 

「―――――右足親指と中指の爪に亀裂、左足首の靭帯損傷。全治二ヵ月と言う所か。あれだけの速度で最初から最後までぶっ飛ばしてこれだけで済んだのは、お前が呆れるほど頑丈だからだぞ」

 

 夜のパリの病院の一室。検査が終わったら、ただっ広いホテルの一室みたいな個室に押し込まれた。

 両足に包帯を巻いた俺の横で、髭がカルテの写しを読みながら座っている。

 

「トレーナーの俺がお前にレースの裁量を任せた以上は、どういうレース展開にするかケチをつける資格は無い。勝っても負けてもだ」

 

 どこまでも平坦な声が却って嵐の前の静けさと言う奴に似ている。

 

「二年前の日本ダービーの時のような跳び込みじゃない。あくまで走った上での負傷だから、これ以上は怒らない。だが、そこまでするようなレースとも思えなかった。確かにキュプロクス他十名は世界屈指のステイヤー達だ。それでもお前ならいつもの走りで一バ身程度の差で勝てた。わざわざ十五バ身以上の大差をつけて勝つなんて目立つ演出を、お前が選ぶとも思えない」

 

「今日どうしても勝ちたかったんだよ。負けてそこの隅で不貞腐れてる奴に。だから限界を超えて速く走るしか無かった」

 

 指さしたパッと見て何も無い空間を髭が見る。当然だけどあいつは俺以外にカフェさんしか見えない。でも髭はそこにいるかのように信じて、認識してから溜息を吐いた。そして俺の両肩を掴んで鼻と鼻が触れ合うぐらいに顔を近づけて、目を覗き込まれた。

 

「何でお前は先輩の悪い所をそっくりそのまま真似るんだ。無理をして怪我をしたら、次のレースが走れないぞ!」

 

「その『次』がある保証が、どこにも無いのが俺達のレースだからだよ」

 

 髭が言葉に詰まった。俺の言葉は全てのウマ娘とトレーナーに突き刺さる命題だと知っているから。

 虚を突かれた髭の手を引き剥がしてから、胸を小突いて突き放した。

 ウマ娘のレースは過酷の一言に尽きる。細い二本の脚で時速70km近い速度のまま走り続ければ、どれだけ鍛えて注意を払っても怪我をする時はどうあっても怪我をして、時には脚そのものを失う事だってある。

 それを分かっていてもなお俺達は走り続けて、トレーナーは支える関係であり続ける。

 

「ずっと前から気付いてたんだよ。オンさんが脚を砕いた時に、俺達ウマ娘はとても儚い存在だって。はっきりと意識したのは夏休みにゴルシーを見舞った時だけどな。あの時、不意に恐くなったんだ」

 

「怪我をして走れなくなるのがか?」

 

「正確にはレースに負けて、俺に勝った相手が怪我をしたまま引退して勝ち逃げされる事に。六月のゴールドカップの時だってキュプロクスに負けた。あのまま彼女が重度の負傷で引退していたら、俺が負け越したまま逃げられていた。それがどうしようもなく、腹が立って怖くなった」

 

「待て。お前の言い分は他のウマ娘のことだろう。そこにいる『奴』は別じゃないのか」

 

「それだって確証は無いんだよ。明日いきなりエクソシストが除霊か悪魔祓いして急にどっか行く可能性だってあると気付いたんだ。カフェさんの『お友だち』だって、最近はフラフラして側に居ない事が増えたって寝物語で聞いてるだろ?」

 

「おいっ!」

 

 何だよ、別に恥ずかしがる事も無いだろが。俺だって大人のお付き合いがどういうものかぐらいは知ってるぞ。

 カフェさんの事は置いておくとして、今更だけどこの世に確かな事なんて何も無い事に気づいたら、次なんて待っていられない。そうじゃないのか。

 

「相手に勝ち逃げされるぐらいだったら、怪我をしようが俺が勝って、走れなかったら引退してやる。身勝手だけど勝ってこそのレースだろ?」

 

「お前って奴は……」

 

「ただ、トレーナーに心配をかけたのは悪いと思ってる。もうしないとは言わないけどゴメン」

 

「そこはもう二度としないと言えよ」

 

 やだね。俺は出来ない約束はしない主義だ。

 

「まったく、これで明日は主役無しで俺一人の授賞式か。記者会見もどうするか」

 

「あーそっちもあったか。なんかいい具合に言い訳作らないとメディアは変に騒ぎ立てる。ナリタブライアンが明日勝ったら全部うやむやに出来るのに」

 

「例え勝っても全部は無理だ。お前とナリタブライアン、どちらのレースも日本のウマ娘にとって初勝利なんだぞ。それと前人未到の十冠ウマ娘だって忘れるな」

 

 けっ!メディアとURAの偉い人が大好きな凱旋門賞ウマ娘が日本に誕生するんだぞ。俺の事ぐらい脇に置いて忘れてろよ。

 ――――――――よし、一つ言い訳を思いついた。

 

「先輩のオンさんに倣って、俺はレースに勝つと同時に自分自身の限界への挑戦の果てに、怪我をしたとか言っておいてくれ。まんざら嘘じゃないし」

 

「それでも監督責任を問われるのがトレーナーなんだけど、まあ何とか今日中にもう少し上手い言い訳を考えるさ。お前はしばらくここで療養していろ」

 

 それだけ言い残して髭は病室から出て行った。

 一人になってとりあえずスマホを見る。現在午後九時だから、時差のある日本は夜明けぐらい。まだ連絡には早いし、やる事も無くなったから寝るか。

 電気を消して、暗闇でさっきの話を反芻する。

 

「十冠ウマ娘ねえ」

 

 冠の数が増えた所で何かが変わるわけじゃない。それにG1ウマ娘だって負ける時はあっさり負ける。

 十冠だの無敗の三冠バとか持ち上げ過ぎなんだよ。俺達だって怪我もすれば負けもする、ホイザちゃんの言う通り『普通』のウマ娘達だ。

 俺達がフランスに来た後、日本ではオールカマーと神戸新聞杯があった。

 オールカマーにはダンとドーベルちゃん、≪カノープス≫のツボが出ていた。結果はツボの優勝。

 神戸新聞杯はガンちゃん、ライアンちゃん、ミホノブルボンが走り、勝ったのはライアンちゃんだった。

 どちらもG1優勝者以外が勝っている。どれだけG1勝利を重ねたって無敵じゃない。ちょっとした要素で負けるのがレースだ。

 さて、俺のライバルは明日世界最高のレースに勝てるかな。俺が勝ったんだから、出来ればあいつにも勝ってほしいよ。

 

 

 翌日、スマホに祝福メッセージと怪我を心配するメッセージが大量に届いた。

 それらに返事をしつつ、テレビでレースを見た。

 凱旋門賞も最後まで見届けた。

 

「やったなナリタブライアン。やっぱりお前が最強だよ」

 

 テレビにはぶっきらぼうな栄光の勝者が画面いっぱいに映っていた。

 

 



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第100.5話 閑話・凱旋門賞ウィークを見守るファン達2

 

 

 【日本】今年の凱旋門賞ウィークを応援するスレPart13【悲願】

 

 

334:名無しのレース好き

そろそろカドラン賞の時間やで

 

335:名無しのレース好き

あードキドキする

 

336:名無しのレース好き

アパオシャは調子良いのかねえ

 

337:名無しのレース好き

バ場は稍重でまずまずだし悪くは無いと思いたい

 

338:名無しのレース好き

夢の十冠まであと一つ

 

339:名無しのレース好き

ファンファーレを担当してるウマ娘美人ばかりだな

 

340:名無しのレース好き

おフランスはこういう所まで華やかだからいいね

 

341:名無しのレース好き

あの芦毛の娘かわいい

 

342:名無しのレース好き

俺は左耳に赤いカフス付けてる鹿毛の子がいいなあ

 

343:名無しのレース好き

選手もスタートゲートに入ってるな

 

344:名無しのレース好き

お、アパオシャだ

 

345:名無しのレース好き

相変わらず落ち着いているから調子は良さそうだな

 

346:名無しのレース好き

そうか?なんかいつもより張り詰めてるように見える

 

347:名無しのレース好き

前から思ってたけど、アパオシャってゲート入る前に

ちょくちょく一番外側を見る癖あるよな

 

348:名無しのレース好き

>>347

マジ?そんな癖あったの?

 

349:名無しのレース好き

ああ、何年も見てるけど結構立ち止まってゲートの外を見てるんだよ

最初は気になるウマ娘がいると思ったけどどのレースでもいつも外側なんだ

 

350:名無しのレース好き

なんかのルーチンとかジンクスの類か?

 

351:名無しのレース好き

それは本人に聞いてみないと分からないな

 

352:名無しのレース好き

それはいいけど皆ゲートに入って始まるぞ

 

353:名無しのレース好き

わくわく

 

354:名無しのレース好き

どきどき

 

355:名無しのレース好き

むらむら

 

356:名無しのレース好き

あーいいっすねえ

 

357:名無しのレース好き

よし

スタートは良いぞ

 

358:名無しのレース好き

一気に加速してハナを取ったから今日は逃げで行くのか

 

359:名無しのレース好き

どうかな?アパオシャは色々策を巡らすのもよくやるぞ

 

360:名無しのレース好き

んん?なんか妙に早くないか

 

361:名無しのレース好き

確かに後続とやけに離れているな

 

362:名無しのレース好き

これ『大逃げ』のペースだぞ

大丈夫か?

 

363:名無しのレース好き

こんなペースで4000m持つのか

 

364:名無しのレース好き

正面スタンド前直線で二番と十五バ身ぐらい離れている

 

365:名無しのレース好き

えーまさか4000mの超長距離レースで持つのか

 

366:名無しのレース好き

スタミナモンスターのアパオシャでも無理だろ

 

367:名無しのレース好き

どういうことだよ

 

368:名無しのレース好き

いやまてまてこれは他の娘のペースを乱す作戦だ

そうに違いない

 

369:名無しのレース好き

日本ダービーの時と同じことするのか

あの時は土砂降りの豪雨だったから状況違うぞ

 

370:名無しのレース好き

コーナーに入っても全然スピード落ちてないんだけど

 

371:名無しのレース好き

コーナーに沿って綺麗に走ってるから掛かってるわけじゃないな

 

372:名無しのレース好き

これは読めねえ

 

373:名無しのレース好き

直線に入ったけど相変わらず一人旅だぞ

 

374:名無しのレース好き

そろそろ登坂に入る

これで残り半分だ

 

375:名無しのレース好き

登り坂でもペース落としてないな

 

376:名無しのレース好き

まさかこのままノンストップで逃げ切る気か

 

377:名無しのレース好き

後ろがちょっと詰まってきているけどペース超早いんだけど

 

378:名無しのレース好き

日本並みの超高速展開に引きずり込んでスタミナをすり潰す気?

 

379:名無しのレース好き

ありえねえ

なんだその博打は

 

380:名無しのレース好き

つくづくこのイケメンウマ娘は常識とか蹴り飛ばすの好きだな

 

381:名無しのレース好き

おうおう

もう坂を登り切ったぞ

 

382:名無しのレース好き

下り坂に入ってまた加速してる

もう3000mは走ってても全然スタミナ切れしてないのかよ

 

383:名無しのレース好き

このまま走り切ったらバケモノですやん

 

384:名無しのレース好き

コーナー終わってフォルスストレート入ったけど

後ろはまだ十バ身離れてる

 

385:名無しのレース好き

ディアンドルだから二番手はプリンセスゾーンか

顔がめっちゃ苦しそう

 

386:名無しのレース好き

そら(ヨーロッパレースでこんな非常識なことやってる奴に付き合ったら)そうよ

 

387:名無しのレース好き

あー最終直線入った!

 

388:名無しのレース好き

ええこのままいくの?

 

389:名無しのレース好き

よっしゃ!もうこのまま行っちまえ

 

390:名無しのレース好き

えっ?

 

391:名無しのレース好き

んん?これって

 

392:名無しのレース好き

なんでブライアンの走り?

 

393:名無しのレース好き

はぁ?

 

394:名無しのレース好き

もうなんでもいい!いけいけ!

 

395:名無しのレース好き

もうちょいだ!

 

396:名無しのレース好き

おらおらおら!!

 

397:名無しのレース好き

ふぁーーーーー!!!

 

398:名無しのレース好き

いったーーー!

 

399:名無しのレース好き

勝ったぞー!!

 

400:名無しのレース好き

えぇありえねえ

何バ身離してのゴールだよ

 

401:名無しのレース好き

前からイカれてるウマ娘だと思ってたけどここまでキレた娘は初めてだ

 

402:名無しのレース好き

なぁにこれぇ

 

403:名無しのレース好き

あっ二番はキュプロクスだ

 

404:名無しのレース好き

三番はエンプレスオブノウズか

 

405:名無しのレース好き

タイムはレコード表示の4:08.5

前のレコードを何秒縮めたんだ

 

406:名無しのレース好き

フランス語読めねえけど大差判定かな

 

407:名無しのレース好き

なんだこれ

ちょっとどういう事だよ?

 

408:名無しのレース好き

汁か

アパオシャ本人に聞け

 

409:名無しのレース好き

そのアパオシャは大丈夫か?

座り込んで両手空に上げているけど

 

410:名無しのレース好き

ほぼイキかけてるんだろ

 

411:名無しのレース好き

>>410やめろって

 

412:名無しのレース好き

なんかアパオシャとキュプロクスが話してるな

 

413:名無しのレース好き

二人とも笑ってるのかな

 

414:名無しのレース好き

あっ

 

415:名無しのレース好き

うわっ

 

416:名無しのレース好き

アパオシャがお姫様抱っこされてる

 

417:名無しのレース好き

ほわー!

 

418:名無しのレース好き

キマシタワー!

 

419:名無しのレース好き

これは予想外だ

 

420:名無しのレース好き

えっ何で?

 

421:名無しのレース好き

まてまて救護の人が出てきてる

 

422:名無しのレース好き

アパオシャがストレッチャーに乗せられたぞ

 

423:名無しのレース好き

ぐわー!マジか!

 

424:名無しのレース好き

怪我したの?あの不死身のウマ娘が

 

425:名無しのレース好き

あれだけ無茶な走りをしたからか

 

426:名無しのレース好き

ちょっと今日は信じられない事ばかりだぞ

 

427:名無しのレース好き

うそやん

 

428:名無しのレース好き

現地の日本アナウンサーがウイニングライブ欠場って言ってる

 

429:名無しのレース好き

大丈夫かな?

 

430:名無しのレース好き

だめだ今日は眠れそうにない

脳が焼き切れそう

 

431:名無しのレース好き

俺も興奮と不安でちょっと無理だわ

 

432:名無しのレース好き

明日は日曜日だし朝になって寝ても大丈夫だろ

 

433:名無しのレース好き

中山でスプリンターズステークスがあるから

そっちも見に行く予定なんだよ

 

434:名無しのレース好き

そっちもあったか

 

435:名無しのレース好き

今夜は寝かせないわよ

 

436:名無しのレース好き

終わってみたらあっという間なのに興奮が抜けねえ

 

437:名無しのレース好き

ウマッターの呟きがちょっとやばいぐらい数増えてる

 

438:名無しのレース好き

明日の凱旋門賞前に鯖落ちしないか

 

439:名無しのレース好き

こっちのサーバーは大丈夫かなぁ

 

440:名無しのレース好き

これでブライアンも勝ったら多分耐えられずに落ちる

 

441:名無しのレース好き

今も道頓堀に飛び込む奴出てるって

 

442:名無しのレース好き

近所で騒いでいる奴は多分レース見てたな

 

443:名無しのレース好き

俺の家の近くも雄叫び上げてる奴がいる

そのうち誰か警察呼びそう

 

444:名無しのレース好き

凄かったけどアパオシャ大丈夫かな

 

 

 

 

 【日本】今年の凱旋門賞ウィークを応援するスレPart14【悲願】

 

 

 

175:名無しのレース好き

そろそろメインレースが始まる時間だな

 

176:名無しのレース好き

昨日に続いて二連勝といきたい

 

177:名無しのレース好き

イギリスで二勝上げているんだ

ブライアンも勢いのあるまま駆け抜けてくれ

 

178:名無しのレース好き

あと出来れば怪我もしないで

 

179:名無しのレース好き

まさかアパオシャが負傷するとは思わなかった

 

180:名無しのレース好き

左脚の靭帯損傷で全治二ヵ月

ちょっと頑丈過ぎてウマ娘と別種なのか疑ってたからある意味安心したけどさ

 

181:名無しのレース好き

「レースの勝敗以外にも彼女は己の限界に挑戦した」

「トレーナーとして監督責任を怠った事は私のミスだ」

あの髭のトレーナーが謝罪してたが

 

182:名無しのレース好き

限界に挑戦して十年ぶりにレコードを3秒以上縮めたぞ

タキオンの時といい、あのチームはそういう伝統なのか?

 

183:名無しのレース好き

マンハッタンカフェも二度目の天皇賞春でレコード出した時は爪割れてるから

似たような連中が集まってるんだろう

 

184:名無しのレース好き

それで謝罪しないといけないトレーナーはちょっと不憫だ

 

185:名無しのレース好き

あいつらぐらいぶっ飛んでいないとG1複数勝利なんて出来ないんだろ

 

186:名無しのレース好き

その極めつけがG1十勝ウマ娘か

 

187:名無しのレース好き

友達のトーセンジョーダンや後輩のマヤノトップガンがウマッターで呟いてるけど

アパオシャは割と元気だって

 

188:名無しのレース好き

そいつはよかった

 

189:名無しのレース好き

でも自分が無茶してトレーナーに謝罪させたのは良心が痛むらしい

 

190:名無しのレース好き

だったら最初から怪我すんなって

見ている方もハラハラして今日はスプリンターズSの時間まで昼寝しかしてなかったわ

優勝したバンブーメモリー格好良かった

 

191:名無しのレース好き

ちゃんと寝てるじゃねーか

 

 

 

 

 

 

 

211:名無しのレース好き

おいそろそろ凱旋門賞が始まるぞ

ブライアン頑張れ

 

212:名無しのレース好き

みんなゲート淫したな

ブライアンも良い感じだ

 

213:名無しのレース好き

>>212

その変換はおかしい

 

214:名無しのレース好き

ドキドキ

 

215:名無しのレース好き

おおスタートしたぞ

 

216:名無しのレース好き

ブライアンはちょっと前の方だな

 

217:名無しのレース好き

今日は先行策か

 

218:名無しのレース好き

身体当てて来てる

 

219:名無しのレース好き

一番人気でマークもきついな

 

220:名無しのレース好き

囲まれないようにちょっと外側走ってるのかな

 

221:名無しのレース好き

いけいけ登れ登れ

 

222:名無しのレース好き

四番手で悪くない位置だぞ

 

223:名無しのレース好き

うわっ露骨に弾き飛ばしに来たぞ

 

224:名無しのレース好き

やっぱり警戒されてるか

 

225:名無しのレース好き

このぐらい大丈夫

 

226:名無しのレース好き

下り坂入った

 

227:名無しのレース好き

今は五番手

 

228:名無しのレース好き

外側で加速しても全然膨らまないな

 

229:名無しのレース好き

やっぱブライアンのコーナリングはすげえな

 

230:名無しのレース好き

よしよし二人抜いた

 

231:名無しのレース好き

フォルスストレート入った

 

232:名無しのレース好き

おおおすげえ加速!

 

233:名無しのレース好き

いけーいけー!!

 

234:名無しのレース好き

外から一気にぶち抜いたぞ!

 

235:名無しのレース好き

やべっ後ろから来てる!

 

236:名無しのレース好き

走れ走れ!

 

237:名無しのレース好き

頼むよ

 

238:名無しのレース好き

何でもするから神様

 

239:名無しのレース好き

ぐわー並ばれた!

 

240:名無しのレース好き

あと100mだって

 

241:名無しのレース好き

お願い走れ

 

242:名無しのレース好き

ああーー!!

 

243:名無しのレース好き

いったー!

 

244:名無しのレース好き

ふぁあああああーーー!!!

 

 

 

 ここでサーバーダウン

 

 

335:名無しのレース好き

いやー鯖が落ちて復旧に朝までかかったか

 

336:名無しのレース好き

ウマッターはまだ無理だぞ

 

337:名無しのレース好き

しょうがねえよ

ゴール時が最大瞬間風速だったし

 

338:名無しのレース好き

とうとう日本に凱旋門賞勝利ウマ娘が誕生したんだからそうなるよ

 

339:名無しのレース好き

 

海外でも日本のコンビが注目されてるぞ

 

海外の反応

 

「日本はモンスターを世界に解き放った」

「なんで二人ともあんなに小さいのに強いんだよ」

「神はなぜあの二人を日本に与えたのか」

「あんな二人が同年同国にいるとか日本は神に賄賂を贈る術を持っている!」

「アパオシャは理解不能」

「ナリタブライアンはひたすらに強すぎる」

「日本人はイッちゃってるよ、あいつら未来に生きてんな」

 

 

340:名無しのレース好き

駅前で朝から号外出てたから貰って来た

 

341:名無しのレース好き

俺も職場行く時に貰った

 

342:名無しのレース好き

検索ワード一位が凱旋門賞とクビ差とナリタブライアンだし

 

343:名無しのレース好き

アパオシャの勝ちは隠れちゃったな

 

344:名無しのレース好き

本人は大して気にしてないよ

 

345:名無しのレース好き

むしろ一番喜んでるのがアパオシャまである

 

346:名無しのレース好き

ライバルへ向ける感情が重くないか?

 

347:名無しのレース好き

ライバルが自分と対等かそれ以上であってほしいと思うのは普通…かなぁ?

 

348:名無しのレース好き

うちの職場は朝から昨日のレースの話しかしてない

 

349:名無しのレース好き

俺の所もみんな眠たそうにしてるかハイテンション過ぎてちょっと怖い

 

350:名無しのレース好き

うちもだ

 

351:名無しのレース好き

うちも普段ウマ娘のレース見ない上司すらリアルタイムで見てたぐらいだぞ

 

352:名無しのレース好き

テレビつけても九割昨日の凱旋門賞特集しかやってねえ

 

353:名無しのレース好き

残り一割はE〇レとテ〇東か

 

354:名無しのレース好き

日本が長年の彼岸達成したんだからしょうがあるめえ

 

355:名無しのレース好き

勝手に〇すな

 

356:名無しのレース好き

海外G1三連勝

しかも凱旋門賞勝利なら今年の年度代表ウマ娘はブライアンで確定か

 

357:名無しのレース好き

九割九分確定だな

 

358:名無しのレース好き

アパオシャが有マ記念勝ったら分からねえぞ

 

359:名無しのレース好き

初の春天皇賞二連覇で海外G1二勝に年末の有マ二連覇なら五分かな

 

360:名無しのレース好き

レースの神様は二人を同学年にするなんて意地悪だな

 

361:名無しのレース好き

あの二人が一緒の年で競い合ったからあそこまで強くなれたんだぞ

 

362:名無しのレース好き

そうだよ

 

363:名無しのレース好き

そのアパオシャが全治二ヵ月だろ

年末に間に合うか?

 

364:名無しのレース好き

レースには出れるけど調整にはちょっと時間が足りないか

 

365:名無しのレース好き

もう一回中山でブライアンと頂上決戦してくれねえかな

 

366:名無しのレース好き

どっちも休ませる可能性だってある

 

367:名無しのレース好き

二人とも今年は走り過ぎてるよ

 

368:名無しのレース好き

ここまで頑張ったんだからまだ走れとは言えない

 

369:名無しのレース好き

来年もあるんだからゆっくり休んでもバチは当たらん

 

370:名無しのレース好き

すげえウマ娘を長く見たいから今年は我慢する

 

371:名無しのレース好き

このスレもおしまいだな

 

372:名無しのレース好き

来年また立てればいいさ

 

373:名無しのレース好き

来年もよろしく

 

 

 



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第101話 世代交代

 

 

 凱旋門賞ウィークから既に数日が経った。俺とナリタブライアンとトレーナー達も無事に日本に帰国した。

 世間は未だに凱旋門賞の熱が冷めていないのか、空港から学園に帰るまでテレビ局が追いかけて来たり、ヘリを飛ばして中継するから煩いのなんの。

 聴覚に優れるウマ娘ばかりのトレセン学園でそんなことしたら当然苦情ばかりで、学園側がURAと共にテレビ局に抗議したら流石に向こうも取り止めて騒ぎは収まった。

 

 暇人共はさておき、学園に戻ってからは廊下を歩くだけで下級生からは声を掛けられて賞賛を受け取った。

 俺でこんな状態だと、ナリタブライアンは三倍ぐらいに囲まれてそうだな。実際に顔を合わせたら大体予想通り、プレゼントを持った数十人に追いかけ回されていた。

 帰って来た翌日には記者会見とスポーツ雑誌などの取材の嵐だ。

 以前ならトレーニングを理由に大半の依頼を弾けたけど、脚が完治するまではまともに動けないから、髭がここぞとばかりに依頼をたっぷり受けやがった。無茶をして怪我した罰扱いか。

 

 鬱々とした気分で授業を受け、その日の午前の授業が終わった。

 授業から解放されたクラスメイトがそれぞれ昼食のために慌ただしく動く中、不意に教室に校内放送が流れた。

 

『こちらは生徒会副会長のエアグルーヴだ。ナリタブライアン、アパオシャの両名は放送を聞いていたら至急、生徒会室まで来るように。繰り返す――――――」

 

「生徒会?俺とナリタブライアンが?」

 

 さて、何の用だろう。分かっているのは俺達が昼食を食い損ねた事だけ。とほほだ。

 

 両手で松葉杖を使って歩くから、普段より倍以上の時間がかかってしまった。

 重厚な生徒会室の扉を叩いた。

 

「アパオシャか?今開ける」

 

 空いた扉からエアグルーヴ先輩が顔を覗かせた。

 

「来るのが遅れました」

 

「いや、負傷した身を呼び寄せてすまないな。あまり人に聞かせたくない話なんだ。とにかく中に入ってくれ」

 

 言われるままに部屋に入れば、いつもの仏頂面のナリタブライアンと、ニコニコしているシンボリルドルフ会長が椅子に座っていた。テーブルには四人分の大きな弁当と湯呑が置かれている。

 

「突然呼び立ててすまなかったなアパオシャ。とにかく座ってくれ」

 

 ルドルフ会長に言われた通り、ナリタブライアンの隣に座った。向かいにはエアグルーヴ先輩が座る。

 

「足はどうかな?歩き辛かったら車椅子を使っても良いんだぞ」

 

「右足は爪割れだけですからテーピングすれば問題無いです。左足も杖ありで何とかなりますよ」

 

「おい、面子が揃ったんだから、弁当に手を付けて良いのか?」

 

 隣の奴の食う気を隠さない言葉に、会長は苦笑して最初に弁当箱の蓋を開けて箸を付ける。俺達もそれに倣って話の前に腹ごしらえをする。

 味は学園でいつも食べている食堂の味だな。量もウマ娘用にたっぷり。

 

「食べている最中になってしまうが、二人とも今回のフランス遠征は見事の一言に尽きる。まさに胆勇無双だよ。私もレースを見ながら心が沸き立った」

 

「アンタの場合は自分もあの大舞台で走りたかった。そう思ったんじゃないのか?」

 

「否定はしないよ。私とて一人のウマ娘だ。今の立場が無ければ、君達のように世界の強豪と競い合いたいと羨んだ」

 

「その節は大変感謝しています。貴方達生徒会や学園の職員の方々が余計な雑音を可能な限り遮ってくれたおかげで、俺達はトレーニングに専念出来ました」

 

「お前達がそう思ってくれるなら、私達も骨を折った甲斐があった」

 

 お前達…ほう、隣の奴も何気に世話を焼かれていたのをちゃんと気付いてたんだ。

 それからフランスの事や俺達がいない間の学園の事を軽く話しながら弁当を食べ終わる。

 食後の茶で一服しつつ、なぜ生徒会室に呼ばれたのか思考する。単に勝利を労いたいから呼んだというわけではあるまい。

 

「で、腹も一杯になった。そろそろ本題に移ってもいいんじゃないか」

 

 こういう所はちょっと羨ましい。こいつの場合は向かいの二人がチームの先輩だから気安い所があるんだろうけど。

 先輩二人も特に気にせず、湯呑を置いて姿勢を正した。

 

「では本題に入ろう。んん―――二人には生徒会に入ってもらいたい。そしてゆくゆくは、どちらか二人に私の次の生徒会長を任せたい」

 

「あーえーっと、それは唐突ですね。そしてなぜ人選が俺達二人になるんですか?」

 

「唐突と言うほどでもない。どんな役職にも世代交代というのは訪れるものだよ。私とエアグルーヴとて例外は無い」

 

 そりゃそうだ。辞めるに辞められない独裁者でもない限りは、誰だってずっと同じ役をやり続ける事は無い。

 エアグルーヴ先輩はまだ学園の大学課程だけど、会長の方は今年度で修士課程を終わる年だったような気がする。これ以上になると博士課程までしないと学園に在籍するのはきついはずだ。そして今でも制服を着るのは精神的に辛いだろう。

 むしろこの話が出るのが遅いぐらいじゃないかと日頃から思っていた。それも俺達じゃなくて、もっと前の先輩達が役を受け継がないとダメだったんじゃないのかな。

 

「なぜ、自分達と思っているね。そしてもっと前に適任者が居たんじゃないかと考えている」

 

「はい。ルドルフ会長は無敗のクラシック三冠を成し遂げた偉大なウマ娘です。実績面で比肩する後任が中々見つからないのは分かります。でも、多少ハードルを下げてでも後を任せられる人は居なかったんですか?例えばG1六冠の人とか」

 

「貴様は幾ら六冠だからと、アグネスタキオンやゴールドシップに会長職を任せたいか?アグネスデジタルは?」

 

 すいません。あの人達が生徒会長になったら、学園がえらい事になります。それどころか学園の外のURAにも影響が出る。

 トレセン学園の生徒会長は、普通の学校の生徒会長とは比較にならない。外部の組織への多大な影響力を持つ。

 それも日本全国に根を張る巨大な営利団体のURAだって無視しえない、格と発言力がある。一学生に委ねるには、あまりにもその権力は大きすぎる。

 そして生徒会長は学園全生徒を束ねる本分がある。この癖者揃いのウマ娘達を有無を言わさず従わせるのは、並大抵のウマ娘には困難極まる。

 そう考えたらルドルフ会長の後を継げるウマ娘って、なかなか思い至らない。

 今更ながら、目の前の二人の大きさを知って身が縮む。

 

「その点、君達二人の実績は申し分無い。日本のウマ娘で初めて凱旋門賞を勝利したナリタブライアン。現時点でも私のG1七冠を大きく上回る十冠のアパオシャ。これ以上の後任者はもう見つからない」

 

 会長の『もう』という言葉に、ウオーちゃんの名が出そうになって、喉の奥で引っ込めた。

 ルドルフ会長とウオーちゃんの距離の近さと才能なら、本当はウオーちゃんに自分の後を継いで欲しかったんじゃないのか。『もう』という言葉に、何となくそういう感情が籠められているように思えてしまう。

 

「七面倒臭い事を。私は熱いレースがしたいから学園に居るんだ。机で面倒事を片付けるためじゃないんだぞ」

 

「そのレースをするために、誰かが面倒事を引き受けなければならんのは貴様とて知っているはずだ、ブライアン。後輩の面倒を見るのも上級生の仕事の内だ」

 

「私も、何も今すぐ会長を退くつもりはない。まずは二人とも生徒会に入り、他の役員と共に仕事をして学んでほしい。要望があれば可能な限り叶えよう。承諾してくれないか」

 

 ルドルフ会長が俺達に頭を下げた。この人がここまでするのに、無碍にするのは憚られる。

 それに俺個人としても、クラシック期からメディアや露骨に群がってくる連中をかなり阻んでくれた礼をしたいと思っていた。

 何よりも先達がしてくれたことを、俺達自身も後輩にするのが健全な世代交代とも思っている。

 

「俺程度でお役に立てるなら生徒会に加わらせてもらいます。生徒会長の件はお断りして、ナリタブライアンになってもらいますが」

 

「おい、ちょっと待て。私よりチームのリーダーを上手くやっているアンタの方が向いている。それにG1の勝利数は三つも上だろう」

 

「三つ程度なんて凱旋門賞勝利の箔に比べたら誤差だよ。俺よりナリタブライアンの方がずっと相応しい」

 

「私はやらん。アンタがやれ」

 

「だめだ、生徒会長は任せる」

 

「「ぐぬぬ」」

 

「貴様ら~、自分の方が相応しいと主張するならともかく、互いに会長職を押し付け合うとはどういうことだ」

 

 だってお互いに相手の方が生徒会長に相応しいと思ってるんだもん。

 憤慨するエアグルーヴ先輩とは対照的に、ルドルフ会長はカラカラと笑っている。

 

「仲良き事は善き也。それとブライアンも生徒会入りは拒否しないのか」

 

「私一人なら拒否してたさ。アパオシャが入るなら、手伝いぐらいはしてやる。副生徒会長でな」

 

 ちぇっ、強情な奴め。ただ、ルドルフ会長が退くのはまだ先の話だ。これからゆっくりナリタブライアンを次の生徒会長に押し上げる工作をして、学園選挙の時には大差で勝たせてやる。

 先輩達は俺達が生徒会入りを承諾したのを喜び、後日他の生徒会の役員と顔合わせする旨を伝えて、この場はお開きになった。

 

 



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最終話 あれから幾年

 

 

 パチリと目を開けて、見慣れないホテルの天井が視界に入る。

 懐かしい夢を見た。あの頃はただひたすら走り続けた日々だった。

 あれから片手で足りない年数が経ったのか。

 夢の中で蘇る記憶を反芻して、首をゴキゴキ動かして眠気を払った。高等部と大学部を経て、晴れて社会人になったんだから当たり前か。

 日本や欧米が好むデザインとは異なる造りのベッドから起きて、窓の扉を開け放つ。

 冷えた外気が入り込むと共に、黄金の海と群青の空の境から朱の太陽が顔を出し、世界というカンバスを無限の色に染め上げていた。

 

「いやー我ながら遠くまで来たもんだ」

 

 荒野の夜明けというのも、なかなか見応えがある。

 と言っても同意してくれる人はおらず、一緒にいる同居者はまだ寝ているから、単なる独り言に終わった。

 

 朝食を済ませたら早速仕事に出かける。同伴するのは現地のイラン人の通訳兼ガイド、銃で武装した護衛の一人、あと俺の兄さん。そして同居者。

 ガイドが調達したオフロード車で未舗装の道なき荒野をひた走る。アメリカの荒野とはまた違った、人の手の入っていないイランの荒涼とした大地は刺激的だ。

 

「しかし、本当にお前のお目当てのウマ娘は本当にいるのか?」

 

「俺じゃなくて、後ろで寝ている黒助に行ってくれ。今回はいつもと違ってこいつの情報なんだよ」

 

「俺じゃ意思疎通出来ないから、お前の話は信じるけどな」

 

「そうだぞ。上司の言う事はちゃんと信じないと」

 

 上司という言葉に、兄さんは曖昧な笑いで流す。

 大学を卒業した俺は、現在URAの職員として管理部の人事課で働いている。兄さんは俺の後に転職してURAに入って来た。

 トレセン学園の大学部を卒業して、在学中にずっとやりたい事を探した末に、URAに就職した。

 割り振られた仕事の内容は主に二つ。

 

 一つは希望するウマ娘を海外に送り出し、逆に日本に海外のウマ娘を預かる事。そのための相手方と折衝する必要がある。

 昔から中央トレセン学園は外国出身のウマ娘を留学生として受け入れている。タイキシャトル先輩やエイシンフラッシュちゃんがその例だ。

 逆に日本も有望なウマ娘を外国に送り出している。とはいえ、その数は年に数人の規模でしか無かった。

 基本的に日本のウマ娘は海外レースの時だけ現地に行って、走ってすぐに帰国の繰り返しだ。

 

 流れが変わった契機は、数年前にアイルランド王族のファインモーションちゃんを留学生として受け入れた事だ。

 それから流行りのように日本にレース留学して、反対に日本から海外のトレセンに年単位で留学する子が増えた。

 そこで留学生の受け入れを円滑にするための交渉に、俺が現役時代に海外で培った人脈に目を付けた。

 俺もドリームトロフィーリーグに入って、毎年のように海外の長距離G1を走り、世界中から集まるウマ娘と友人になった。

 遠くの友人達が現役を退いても、それぞれのトレセンのOGとして一定の影響力を保ち、現地のトレセンと円滑に話を進めるための大きな助けになった。

 中にはトレセンを運営する一族の令嬢もそれなりに居て、一緒にお茶を飲むだけで留学を了承してくれるケースも多い。

 何ヵ月も交渉する必要無しに仕事が片付くから、URAとトレセン学園は凄く助かると評判も良い。

 

 もう一つが世界に数多くいるウマ娘をスカウトする事。こちらが俺がやりたかった仕事だ。

 スカウトはそのまま、世界各地に居る有望なウマ娘にレースと成果を出した時に得られる対価を提示して、トレセンに招く仕事。オリンピックやスポーツの世界ではよくある話だ。

 生徒会入りして、ルドルフ会長を傍で見る機会が得られて思った事がある。あの人は『全てのウマ娘の幸福』を願っていたが、全てというのは基本的にトレセン学園の生徒の事だ。学園の生徒会長なんだから、あくまで自分の目に届く学園の範囲の生徒までが対象なのは道理なんだけど、それがずっと引っかかっていた。

 むろんあの人は学園の生徒だけでなく、オグリキャップ先輩を笠松から中央に呼んだ事があるから、日本の地方トレセンも色々と見ている。

 その証拠に現在はURAの俺と違う部署で辣腕を振るって、今日も日本のウマ娘が自由に走れるように尽力している。立場が変わっても、あの人の想いは何も変わっていない。

 

 でもそれはあくまで日本国内だけで、海外までは目が届いていない。

 だから俺が目の届いていない海外を担当しようと思って、URAに希望して海外派遣職員という形で叶えてもらった。

 その引き換えに人脈を使った折衝役をする事になったが、さして苦にはならない。

 

 一つ問題になったのがウマ娘とはいえ女一人で海外に派遣する事だ。安全面以外にも女という理由で軽く扱われる土地もある。

 かと言って仕事でも四六時中、異性と居続けるのは結構疲れる。そこで博物館で働いていた兄を引っ張り込んだ。

 兄も最初は転職に難色を示したけど、世界各国を巡って現地のウマ娘の歴史を生で知れる誘惑には勝てなかった。

 あと、結婚して奥さんに子供が出来たから、養う金が必要だったのもある。海外出張手当も含めたら前職の倍以上の給料だから文句は無かろう。

 たとえそれが妹の部下として雑用を押し付けられる立場でもね。

 

「わざわざ日本から兄妹揃って、こんな電気も通っていないド田舎までウマ娘探しなんて物好きだねえ」

 

 運転するガイドのオッサンが呆れたように日本語で話す。言わんとする事は分かる。これから行く場所はホテルのある街から、車で五時間はかかる辺境だ。そんな場所までわざわざウマ娘を探しに来るのは、余程の酔狂者と言われても反論しようがない。

 

 

 それから道なき道をひた走り、六時間かかってようやく目当ての場所に辿り着けた。ガイドが居なかったら絶対に迷子になってた。

 目当ての場所には数十ものテントが張られて、数千を超えるヒツジやヤギと共に人々が集まっていた。

 さらに離れた場所には、平原に等間隔で杭が打ち込まれて綱が張られている。手作りのレース場のように見える。というかそのままレース場だ。

 車を降りてガイドが挨拶をする。俺も頭がすっぽりと隠れるスカーフを巻いて後に続いた。この辺りはイスラム教徒が多いから、女は肌を隠さないと色々と面倒が増える。

 祭りの主催者に挨拶に行き、レースを見に来たとガイドを通して伝えると、現地の主催者はジェスチャーで感謝の意を示した。 

 ここの人達は全員この国の遊牧民で、毎年この時期に各部族が一堂に集まってウマ娘のレースを行う。

 かつて古い時代に、家畜に食わせる草や水を巡って争った部族同士をどうにか穏便に和解させるため、それぞれの部族のウマ娘が代表になってレースに出て、勝った側の言い分を聞くという伝統が生まれた。そしてレースが終われば、ウマ娘達は神への誓いを歌と踊りで捧げる、ウイニングライブに似た神事が執り行われた。

 今は争いも減り、どちらかと言えば祭りとしての側面が強くなったが、それでも数千年廃れる事無く続いている。

 肝心のレースは夕方からなので、それまでは自由に過ごせる。

 早速兄さんはガイドの通訳を通して、この国のウマ娘の歴史を聞いて回るつもりだろう。

 女の俺は一人歩きしたら面倒になりそうなので、レースまでは客人用のテントで大人しくしているつもりだが、同居者はいつにも増してテンション高めで外を走り回っている。数年前にレースでドバイに来た時以上にはしゃいでいるな。まあいいや、あいつの事は放っておこう。

 

 日が傾き、涼しくなったら外が俄かに騒がしくなった。そろそろ時間かな。

 荒れ地のレース場に行くと、それぞれの部族を象徴する幾何学模様、動物や花柄の刺繍や織り込みの、華やかで美しい伝統衣装に身を包んだ、年齢の異なる十数名のウマ娘達が立っている。こうして見ると俺達のレースとよく似ている。

 それは特に気にするものじゃない。最も目を惹く存在に比べたら些末なものだ。

 レース場のウマ娘の一人の隣に居る、同居者とよく似た姿の白い奴が気になって仕方がない。しかも誰もそいつを気にした様子が無い。俺と同じケースか。

 もしかしてこの白い奴に会うために、わざわざこんな遠い国まで俺を連れて来たんじゃないだろうな。

 その白い奴が俺の元にやって来た。

 

「初めまして、アパオシャです」

 

 アイサツは大事。古い本にもそう書かれている。

 あと便宜上こいつは白助とでも呼ぼう。

 それからうちの同居者が戻ってきたら、いきなり白助と蹴り合い噛み合いを始めやがった。なんだこいつら……仲の悪い兄弟か何かか?

 唐突に喧嘩を始めた黒白コンビは放っておいて、演奏と共に始まるレースに集中しよう。

 

 レースは結構面白かった。ウマ娘達は技術の欠片も無い泥臭い走りばかりだけど、だからこそ走る事への喜びがダイレクトに伝わってきた。

 日が落ちて、月光と篝火に照らされた神へ捧げる舞いも神秘的で、これだけでもここまで来た甲斐があったというものだ。

 舞が終われば、後は普通の宴会が催された。

 兄さんは他の男連中と酒盛りに興じている。男ってのは酒があれば言葉が通じなくても大抵仲良くなれるものだ。

 そっちは放っておいても大丈夫だろう。

 俺の方は例の白助がこちらに来いと呼んでいる。日本語を話せるようには思えないけど、意思疎通に苦労は無い。理屈はよく分からんけど困らないから別にいいや。

 白助はレースに参加した十歳ぐらいの小さなウマ娘の一人の隣に佇む。その子の肌と、スカーフの間から覗く髪は雪のように白かった。

 

「こんばんは、俺は日本から来たアパオシャというんだ」

 

「私はティシュトリヤ。お姉さんも私と同じような『友達』がいるのね」

 

「早速だけど、日本でレースをする気はあるかい?」

 

 さて、同類は何と返答するかな。

 

 

 

 

 ―――完―――

 

 

 






 これにて『変なウマソウルと共に歩む架空ウマ娘の日々』はおしまいです。
 最後の方はかなり駆け足で中身が薄くなってると思いましたが、ある程度書きたい事は書き切ってしまったので、申し訳ありませんがこれまでと納得してください。

 あとは一話だけ、それぞれの卒業後の進路なんかを投稿する予定です。
 第一話を投稿してから半年間、評価、感想の書き込み、お気に入りに登録していただいた読者の方々には、大きな感謝を述べさせていただきます。


 最終話を投稿したら、本作の続編に位置付けする新作『オグリの娘』を書こうと思います。その時はまた評価等よろしくお願いします。
 それでは長いようで短かったお付き合いを締めくくらせてもらいます。
 誠にありがとうございました。





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オマケ回 みんなのその後


 今度こそ最後の回です



 

 

 

 ≪フォーチュン≫

 

 アパオシャ

 ご存じ本作主人公。シニア以降はドリームトロフィーリーグに進みつつ海外長距離G1を度々走り、現役引退までG1勝利数を15勝(うち長距離は13勝)まで伸ばして、世界史上最強のステイヤーの名を欲しいままにした。なお数十年経っても、この長距離G1勝利数記録は破られていない。

 シニア二年目に生徒会に入り、一年後にはナリタブライアンに会長職を全力で押し付けて副会長に収まり、ブチブチ文句を言う生徒会長の補佐をしながら実務を担っている。

 トレセン学園附属大学を卒業後はURAに就職して世界中を飛び回り、有望なウマ娘をスカウトしたり、海外留学の斡旋や受け入れの手助けに尽力した。

 働く傍らで、現役時代に築いた人脈をパトロンにして福祉団体を設立して、経済的に困窮するウマ娘などの支援もしている。

 生涯結婚はしなかったが、彼女の世話になった数多くのウマ娘からは母親のように慕われている。

 あと全国味噌工業組合会の終生名誉役員に選ばれて、暇な時は味噌と醤油の布教に努めている。

 

 

 同居者(黒助)

 生まれた時からアパオシャの傍に居続けたよく分からない存在。その正体はゾロアスター教神話に出てくる同名の悪魔ないし悪神の分霊。姿形は我々の世界の馬によく似ているけど、首が長かったり毛が全く生えていないなど若干の違いがある。

 アパオシャの事は暇潰しのオモチャぐらいにしか思ってないけど、嫌いではないし愛着もそこそこある。

 実はアパオシャは只の人として生を受ける筈だったが、こいつが神界から暇潰しで分霊を送り込み憑り付いたためにウマ娘として生きることになった。

 彼女が無毛症になったり異様に頑丈になったのも、大体こいつがインストールしたウマソウル(デビルソウル)の欠片のせいである。大仰な言い方をすれば≪神造ウマ娘≫とでも言うべきか。

 

 

 マンハッタンカフェ (カフェさん)

 ≪フォーチュン≫の初代チームリーダーでトレーナーラブ勢。長距離G1四冠の超実力派にして霊障体質のウマ娘。

 トレセン学園高等部卒業後は、調理師専門学校に通って無事に卒業した。調理師免許を取得後はコーヒーを売りにした喫茶店で修業している。

 トレーナーとは学園卒業後から付き合い始めて、四年後に結婚して幸せな家庭を築く。子供は四人居る。

 さらに二十年後にはトレーナーの実家の喫茶店を引き継いで、トレセンを退職した旦那とコーヒーにこだわった神秘的な雰囲気の良店を営んでいる。

 

 

 アグネスタキオン (オンさん)

 ≪フォーチュン≫最初の一人。中距離G1六冠の怪物的速さを誇ったウマ娘にして、学生ながら数多くの技術特許を取得した才女。

 在学中に中央トレーナー資格を取り、学生兼同チームのトレーナーをしている。高等部卒業後はトレーナーとして働く傍ら通信教育で海外の大学を卒業した。

 アパオシャとアルダンの高等部卒業を機に、髭トレーナーから独り立ちして自分のチームを立ち上げる。

 病気や怪我の不安を抱えたり、才能豊かでも気性難のウマ娘を大成させる、『訳アリの天才を育てられる天才』として高い評価を受ける。

 恋愛とは無縁だったが本人は全く気にしておらず、生涯研究者兼トレーナーとして充実した毎日を過ごしている。

 

 

 マチカネフクキタル (フクキタさん)

 やたらと開運グッズとシラオキ様なる神様のお告げにこだわるウマ娘ながら、菊花賞と秋天皇賞を勝利した優秀なG1ウマ娘。

 高等部卒業後は進学せずに、実家の北海道に帰って家業の神社で働いている。帰郷の数年後に、実家の勧めで神主の資格を持つ男性とお見合い結婚している。

 時々後輩の走るレースを直接見に来る事もあり、チームの絆は途切れていない。

 トレーナーとマンハッタンカフェの結婚式のスピーチは、あまりにも酷くてある意味伝説になったが、笑い話で済むのが彼女の一番の魅力なのかもしれない。

 

 

 サクラバクシンオー (バクシさん)

 日本レース界におけるサイレンススズカと並んで『逃げ』の代表者にして、短距離の最強談義では大抵殿堂入りして除外される枠。高松宮記念一勝、スプリンターズステークス三連覇したら当たり前だよなぁ。

 高等部卒業後は学園の附属大学のスポーツ科学を専攻して、卒業後は地元のジュニアレーシングクラブのコーチをしている。

 ある意味教え子第一号の後輩キタサンブラックが菊花賞と翌年春天皇賞を『逃げ』勝ちしたのには超ご満悦だった。

 二十代半ばで一般人男性と恋愛結婚して、幸せな家庭を築いている。

 

 

 メジロアルダン (ダン)

 名門メジロ家の一員にしてアグネスタキオンの最初の教え子。

 生まれつき体が弱く、常に体調不良と怪我に悩まされていたが、タキオンの徹底した体調管理によってNHKマイル杯、ヴィクトリアマイルのG1二勝を挙げる一流ウマ娘になった。

 学園の大学卒業後は、実家の仕事を手伝いつつ結婚した。その後は旦那の仕事の都合で中国に長期滞在したり、優雅な生活をしている。

 アパオシャの設立した福祉団体の実質的な運営者でもある。

 

 

 メジロマックイーン (クイーンちゃん)

 名門メジロ家の分家筋でありながら、一族から最も期待されたウマ娘。その期待を裏切らず、史上二人目の春天皇賞二連覇、菊花賞、宝塚記念と輝かしい勝利を手にした。

 二度目の春天皇賞では先輩のアパオシャを僅差で下して勝利した、3000m以上でアパオシャに勝った数少ないウマ娘。しかし三連覇のかかった春天皇賞は≪リギル≫のテイエムオペラオーと≪スピカ≫のライスシャワーに敗れた。

 シニア以降はドリームトロフィーリーグに進み、長くレース生活を満喫している。

 レースを引退してからは運動量が減っても大好きなスイーツを食べる量が減らせずに、度々太り気味に陥って頭を抱える日々。

 

 

 マヤノトップガン (ガンちゃん)

 気分屋の天才少女。G1勝利数は日本ダービー、有マ記念二回、大阪杯、の四勝。G1を全て異なる脚質で勝っている異色の存在。

 高等部卒業後はトレセンの大学には行かずに、航空大学校に入学してパイロットの資格を取得した。

 大学卒業後は父親と同様に民間航空機のパイロットになって、刺激的な日々を過ごしている。二十代後半に結婚した。

 

 

 アドマイヤジャパン (ジャン)

 お調子者だが中央トレセンに来る程度に優秀なアホの子。しかしテイエムオペラオー、ナリタトップロード、アドマイヤベガ等のライバルの影に隠れがちで、あまり目立たないが愛される子で人気者。

 クラシック期から重賞勝利こそすれ、同期のライバルに阻まれてG1入賞までで勝ちきれなかった。

 シニア三年目でようやく秋天皇賞を勝って、晴れてG1ウマ娘の仲間入りを果たした。

 附属大学卒業後は有名寝具メーカーに就職して、営業したり新製品のモニターを任されたりと、毎日楽しく過ごしている。

 

 

 キタサンブラック (ブラックちゃん)

 演歌歌手の父を持つ人助けが日課のウマ娘。菊花賞を始めとして英ゴールドカップ、豪州メルボルンカップなどG1七冠を勝利した超一流。ある意味最もサクラバクシンオーとアパオシャに似た後輩。

 クラシック期は親友のサトノダイヤモンド、≪スピカ≫のゼンノロブロイ、≪リギル≫のブリュスクマンと鎬を削ったが、クラシック途中に怪我で引退したブリュスクマンには最後まで勝てなかった。

 シニア以降はトレセン附属大学に通いつつ、ドリームトロフィーリーグでレースを続けている。

 その後は芸能界に入り、歌手になって忙しい毎日を送っている。歌手になった数年後には父親の弟子の一人と結婚した。

 

 

 藤村大河(トレーナー)

 顎髭がトレードマークの≪フォーチュン≫のチーフトレーナー。

 アグネスタキオンの走りに脳を焼かれて率先して試薬のモルモットに志願したり、霊障体質のマンハッタンカフェの被害にもめげずにトレーナーを引き受けるナイスガイ。

 癖者の多いチームメンバー全員を最低一回はG1勝利させる、何気に≪リギル≫や≪スピカ≫のトレーナーに匹敵するトップクラスの指導者。

 基本ウマ娘第一に考えて働き過ぎるのが玉に瑕でも、そういう所を見ている教え子達から多大な信頼を寄せられている。

 三十代半ばで、チーム初期のメンバーだったマンハッタンカフェに押し切られる形で結婚している。二人の干支は一つ違い、つまり13歳差での結婚である。

 その後は多くの名ウマ娘を育て上げ、五十代半から実家の喫茶店を引き継いで、オーナーとして第二の人生を歩んでいる。

 

 

 ≪友人≫

 

 ゴールドシチー (ゴルシー)

 ≪スピカ≫所属のウマ娘で、アパオシャの学園での最初の友達。G1三冠の超一流アスリートで、中距離に強いがマイルと長距離も対応可能で器用。

 シニア二年目の宝塚記念で骨折してからピークが過ぎて、三年目はオープン戦やG3までしか勝てなくなったため、レースからすっぱり引退。

 高等部卒業後は友人達と共に附属大学に行きつつ、モデルを専業にして満ち足りた生活を送っている。

 社会人になってからも友人達やチームの後輩と繋がりは保ち、何かと頼りにされている。

 

 

 ユキノビジン (ビジン)

 アパオシャの友人兼クラスメイトで、芝ダートを選ばないG1三勝ウマ娘。アメリカ遠征もしていてG3を二勝、かのブリーダーズカップでマイルのフィリー&メアターフを三着と善戦した。

 帰国後もG1入賞したり、重賞勝利をした後は同期と同じようにレースを引退した。

 引退後はトレセンの附属大学に通って教員免許を取った。

 それから故郷岩手で教師をしつつ、地元のレーシングクラブのコーチも務めて、優しさと厳しさを併せ持ち多くの生徒から慕われている。地元の一般人男性と結婚。

 

 

 トーセンジョーダン (センジ)

 ゴールドシチーのクラスメイトで、アパオシャ達の友人。

 自他共に認める勉強の苦手な落第生でも、レースは一流以上の才能がある秋天皇賞ウマ娘。

 シニア二年目をピークに、段々と衰えが目立ったため、ゴールドシチーに続くようにレースを引退した。

 高等部卒業後は進学せずに、以前から独学ながら技術を磨いていたネイルアートのサロンを開業して、レースで得た名声を利用して繁盛している。ただし経営能力はさっぱりだったから、シチーに泣きついて彼女のマネージャーの伝で、経理や事務が出来る人を探してもらった。

 彼女の店には爪が弱くて怪我をしやすいトレセン学園の生徒がよく相談に訪れる。

 

 

 

 ≪リギル≫

 

 シンボリルドルフ

 ご存じクラシック三冠を無敗で勝利した日本ウマ娘レース界の雄にして、トレセン学園の生徒会長。

 いい加減、生徒会長職を後任に譲りたいと思ってるけど、なかなか後釜が育たないからやきもきしていた。

 学生をやれるギリギリの年齢になって、ようやくアパオシャとナリタブライアンという、後継になりそうな二人が育ってくれてホッとしている。

 二人を生徒会で鍛えて、会長をナリタブライアンに譲った後は、URAに管理職待遇で招かれて着々と内部に足場を築いている。

 

 

 エアグルーヴ

 女帝の二つ名を持つG1三勝ウマ娘。言葉遣いがややきついがカリスマ性に富んで、男女ともにファンが多い。

 ルドルフが生徒会長を辞してURAに入っても、暫く相談役として生徒会に居座って後輩達をビシビシ鍛えていた。

 その後はルドルフの後を追ってURAに入り、いつの間にか彼女の秘書的な立場に収まって、学生時代と変わらぬ関係を築いている。

 真面目に仕事をして割と面倒見の良いアパオシャを買っていて、厳しい指導をすれど見どころのある後輩と評価が高い。同じ職場に入ってからも、それとなく助けたりして関係は良好。

 

 

 ナリタブライアン

 本来はクラシック三冠さえ取れたシンボリルドルフに比肩する大器。

 今作では日本初の凱旋門賞ウマ娘として有名だけど、プリンスオブウェールズSやKジョージ6&QエリザベスSのような格式高いイギリスG1も勝つ、アパオシャに並んで日本史上最強のウマ娘と名高い。

 その格からルドルフの次の生徒会長と思われていたが本人は凄く面倒臭そうにしている。しかし徹底したアパオシャの押し付けにより、不本意ながら会長の椅子に座らされた。おかげで生徒会室に居る間は大体不機嫌な顔をしている。

 大学に行きつつ、ドリームトロフィーリーグでレースを走り続けて、現役引退後は海外を旅しながら草レースに興じて現地の子供に簡単な指導をしたり、肉料理を満喫している。

 その後は日本に帰り、姉が継いだ実家の酒店の近くで多国籍肉料理屋を開いてオーナーになった。姉との関係は良好である。

 

 

 テイエムオペラオー

 ≪リギル≫のメンバーでナリタブライアンやシンボリルドルフの後輩。やたらと芝居がかった言動のウマ娘だが前述の二人に匹敵する歴代最高クラスのウマ娘。

 シニア一年目でマックイーンの春天皇賞三連覇を阻んだ張本人にして、一年間でG1五冠の上に無敗を達成している。通称覇王。

 生徒会長にうんざりしていたナリタブライアンに、シニア二年目開始時に速攻で会長職を押し付けられても、むしろ当然と思うぐらい自己肯定力が高くてタフなメンタルをしている。

 この子の代から生徒会長は≪リギル≫が担うものという既成事実が根付き始めている。

 

 

 東条ハナ

 ≪リギル≫のチーフトレーナー。多くの超一流ウマ娘を育て上げた、トレセン学園最高のトレーナーと内外に名高い。

 でも後輩トレーナー達が結婚しているのを見て、ちょっと焦り始めて同期の≪スピカ≫の沖野トレーナーと色々あって結婚した。色々あったんだ(強弁)。

 

 

 ≪その他≫

 

 

 セイウンスカイ (ウンスカ先輩)

 アパオシャのルームメイトの先輩。クラシック皐月賞、菊花賞ウマ娘。シニアに入ってからは重賞はマメに勝っていても、G1勝利は一度もしていない。

 三年目のアルゼンチン共和国杯で、二月にダイヤモンドステークスで敗れたマチカネタンホイザに借りを返して優勝する。そのレースがラストランになり、レースを引退した。

 以前アパオシャに言った通り、引退したら思いっきり昼寝をしつつ、トレセンの大学に通う。

 卒業後は釣りと大自然を紹介する動画をウマチューブに投稿して人気者になりつつ、悠々自適な生活を送っている。

 

 

 ティシュトリヤ

 アパオシャがイランから日本に連れて来た白毛のウマ娘。彼女の傍らにはアパオシャと同様に、他者には見えない四つ足の白い獣が佇む。

 この異国の少女がどのようなレースをするかは、まだ誰も知らない。

 

 

 






 大体アパオシャに関わりの深いウマ娘は書いたつもりです。
 それとこの話を投稿して三日ぐらいしたら、新作の『オグリの娘』を引き続きハーメルン様で投稿しようと思います。
 興味のある方は、是非読んでください。それではまたのちほど。




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