偽書・銀河英雄伝説 (隠居おっさん)
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調査資料等おまけ的な物
No.01 自由惑星同盟軍の戦力計算



 ※:一回消えてしまいましたがただの操作ミスです

 元々は作品におけるアムリッツァ後の同盟軍戦力想定が適切になるかの確認用の計算なのだがもったいないのでおまけとして掲載します。後半はおまけのおまけですが自由惑星同盟という国家(多分帝国も)が長年の戦争によりどれだけ疲弊してきたのかが判ってくれればな、と思います。


 

 

★自由惑星同盟軍の戦闘用艦艇の推移を把握する為、損失数や建造数を算出する。

 

 

 八〇〇年四月 イゼルローン要塞に集結したエル・ファシル革命予備軍の二八八四〇隻、これが自由惑星同盟軍における最後の戦闘用艦艇総数であると仮定する。その場合、

 

 A:エル・ファシル革命予備軍の二八八四〇隻

 B:アムリッツァ直後の総数

 C:アムリッツァ後の損失総数

 D:アムリッツァ後の製造数

 

 B+D-C=A

 

 という計算が成り立つ。この基本計算の内容について考える。

 

 

C:損失総数

 

 1・マルアデッタ

 2・バーラトの和約に伴う破棄処理

 3・バーミリオン

 4・第9次イゼルローン攻防戦~シュタインメッツ・レンネンカンプ・ワーレン三連戦

 5・ランテマリオ

 6・第8次イゼルローン攻防戦(要塞対要塞)

 7・ドーリア星域会戦

 

 

1・マルアデッタ

 

 艦艇数は二〇〇〇〇~二二〇〇〇隻とされているので中間の二一〇〇〇隻とする。

 八割が失われた所で敗走開始、殿となったビュコックとのやり取りとなる。この辺りで帝国軍は降伏勧告を実施し始めたので厳しい追撃は無くなっていると思われる。敗走開始時の残存数が四一〇〇隻+一〇〇隻(ビュコックの殿)で四一〇〇隻に対して少しは追撃等があったと思われるので四分の一程度が失われたとして三〇〇〇隻程度が生き残ったとする。

 

 参加数:二一〇〇〇隻

 損失数:一八〇〇〇隻

 残存数:三〇〇〇隻

 

2・バーラトの和約に伴う破棄処理

 

 原作での破棄実数は不明。一部は動くシャーウッドの森(メルカッツ隠蔽部隊)に奪われる。

 当時の混乱等もあったので実際の所、ほぼほぼ実施は行われていなかったと考えられる(そもそもその時にそれだけの戦艦及び空母は残っていなかったのでは?とも考えられる)それらの破棄予定艦は宙ぶらりんになった挙句にムライとフィッシャーに託されたヤンへの譲渡艦五五六〇隻に含まれたと仮定する。というかそうしないとエル・ファシル革命予備軍に主力となる大型艦(戦艦及び空母)が極端に不足すると思われる。

 

 損失艦:なし

 

3・バーミリオン

 

 原作記載の通り

 

 参加数:一六四二〇隻

 損失数:七一四〇隻

 残存数:九二八〇隻

 

5・ランテマリオ

 

 元々のヤン艦隊の定数を一五〇〇〇隻とする(アスターテの第二艦隊が一五〇〇〇隻である事を考えて重要な艦隊が一五〇〇〇隻で通常の艦隊が一二六〇〇隻であると仮定)

 バーミリオンの戦いで記載されていたに「三六九〇隻のモートン部隊」というのがある。モートン、カールセン提督が率いた第一四・一五艦隊合計二〇〇〇〇隻はランテマリオの敗北後にその残存艦をまとめ、ヤン艦隊に合流したとなっている。といってもモートン提督のみで三六九〇隻となると一〇〇〇〇隻だった第一四艦隊残存としては多すぎる、そしてカールセンの名前がバーミリオンで出てこない。となるとこの三六九〇隻はモートン&カールセンによる第一四・一五艦隊残存合計数で統一指揮権をモートンが持っていたと思われる。そしてこの共同軍はシュタインメッツ・レンネンカンプ・ワーレン三連戦の時には参加しているのでバーミリオンでの三六九〇隻となる前に少しは消耗していると思われる。結果としてヤンと合流した第一四・一五艦隊残存は各二〇〇〇隻であると仮定する。

 この各二〇〇〇隻はランテマリオ後の残存から出撃可能な艦を集めたのが各二〇〇〇隻であると考える。尚、第一艦隊残存についてはパエッタ中将が率いて出撃はしていないと仮定する。ランテマリオ後の残存を四分の一くらいとすると第一四・一五艦隊はそれぞれ一〇〇〇〇隻が七五〇〇隻損失で残存数二五〇〇隻、その中の二〇〇〇隻がヤン艦隊に合流した。となる。

 この損失四分の三をランテマリオ参加総数に割り当てる。

 

 参加数:三五〇〇〇隻(第一艦隊:一五〇〇〇隻、第一四艦隊:一〇〇〇〇隻、第一五艦隊:一〇〇〇〇隻)

 損失数:二六二五〇隻

 残存数:八七五〇隻

 

4・第9次イゼルローン攻防戦~シュタインメッツ・レンネンカンプ・ワーレン三連戦

 

 A:ヤン艦隊(一五〇〇〇隻)

 B:第一四・一五艦隊残存合流部隊(四〇〇〇隻)

 C:第9次イゼルローン攻防戦損失数+シュタインメッツ・レンネンカンプ・ワーレン三連戦損失数

 D:バーミリオン参加数(一六四二〇隻)

 

 A+B-C=D → A+B-D=C

 

 一五〇〇〇 + 四〇〇〇 - 一六四二〇 = 二五八〇

 

 参加数:一九〇〇〇隻

 損失数:二五八〇隻

 残存数:一六四二〇隻

 

6・第8次イゼルローン攻防戦(要塞対要塞)

 

 ヤンがイゼルローンに戻る時に率いたのが五五〇〇隻、そして無駄死にしたアラルコン、グエン部隊が約五〇〇〇隻。結果として"増援=損失となってヤン艦隊総数に変化なし"となった、と仮定する。

 

 損失数:五五〇〇隻

 

7・ドーリア星域会戦

 

 原作を見る限り第一一艦隊は壊滅、といっても文字通り全滅ではないと思うので6の時と同じで"ヤン艦隊の損失=第一一艦隊の残存数"でそれを吸収したヤン艦隊は定数を維持、と仮定して第一一艦隊(通常編成一二六〇〇隻)丸ごと分が損失数であると仮定する。

 

 損失数:一二六〇〇隻

 

 

 以上により損失総数は

 

 1・一八〇〇〇隻

 2・なし

 3・七一四〇隻

 4・二五八〇隻

 5・二六二五〇隻

 6・五五〇〇隻

 7・一二六〇〇隻

 

 で 合計:七二〇七〇隻 となる。

 

 

B:アムリッツァ直後の総数

 

 第一艦隊:一五〇〇〇隻

 第一一艦隊:一二六〇〇隻

 ヤン艦隊:一五〇〇〇隻

 その他:一一〇〇〇隻

 合計:五三六〇〇隻

 

 とする。その他に関しては第8次イゼルローン攻防戦における増援五五〇〇隻が含まれるがそれはその他全部を動員出来たとは思えない。訓練中、アムリッツァ後の修理待ち残りなどで半分くらいは出せなかったと仮定する。そこから五五〇〇の倍の一一〇〇〇隻をその他とした。

 

 

D:アムリッツァ後の製造数

 

 A:エル・ファシル革命予備軍(二八八四〇隻)

 B:アムリッツァ直後の総数(五三六〇〇隻)

 C:アムリッツァ後の損失総数(七二〇七〇隻)

 D:アムリッツァ後の製造数

 

 B+D-C=A → A-B+C=D

 

 二八八四〇 - 五三六〇〇 + 七二〇七〇 = 四七三一〇隻

 

 製造数は四七三一〇隻とする。製造期間についてはアムリッツァ後(七九六年一一月)からマルアデッタ(八〇〇年一月)までの三八ヵ月とすると一二四五隻/月、一四九四〇隻/年。区切り良く

 

 年間一五〇〇〇隻建造 とする。

 

 

★アスターテ前の平均的損失数を計算する+α

 

 三個艦隊が動員された戦いが年に二、三回。平均で一割を損失していると考えると年の損失数平均は九四五〇隻となる。但し、正規艦隊戦以外の小競り合いによる消耗も少しはあるしイゼルローンに手を出した時は更に損害を出しているはず。それを考え年間一五〇〇〇隻建造は

 

 完全損失の補填:一一〇〇〇~一二〇〇〇隻(新兵による再編)

 大破破棄と老朽化に対する替艦:三〇〇〇~四〇〇〇隻

 

 と仮定する。完全損失を一一五〇〇隻とすると損失兵数は約一一五万人。それ以外の地上要員や損傷艦の死者などを考えると一五〇万人くらいは毎年損失しているのでは?と考えられる。尚、原作においてアムリッツァ後は替艦は無く、全部戦力化していると思われる。

 

 自由惑星同盟

  人口:一三〇億人

  軍人:五〇〇〇万人(人口比0.38%)

  損失:推定一五〇万人/年(軍人比3%)

 

 これを日本(二〇二一年)という国家で例えると

 

 日本

  人口:一億二五〇〇万人

  軍人:四七万五〇〇〇人

  損失:一四二五〇人/年

 

 となる。今の日本で約四七万人の軍を常備し、年間一四二五〇人の戦死者を"ほぼ全員労働適齢期の男性"で出し、それを約30年(イゼルローン要塞完成が七六七年らしいのでそこから計算)以上続けている状態、といえる。もちろんその前から損失はあるしその間に出た戦死者に関しては遺族年金等の出費が蓄積しているのである。この例えで想像していただけると自由惑星同盟という国家の状態が判るというものである。

 

 七九六年(アスターテ&アムリッツァ)の損失で考えると合計二二〇〇万人(総軍の四四%)の損失となっているので上記日本の例でいうと

 

 一年で労働適齢期の男性を 約二一万人 失った。

 

といえる。2021年10月1日時点における人口推計によると日本の二〇~六〇歳男性の総数は約三二〇〇万人(総人口の約二五%)らしいので損失二一万人だとすると一五〇人に一人以上が一年で死んだという事になる。

 

 計算すればするほど吐き気がしますね。

 

 尚、第一次世界大戦でフランスは約一七〇万の戦死者を出しており、これは総人口の約四.三%であり上記日本と同じ二〇~六〇歳男性の人口比率を二五%とすると該当男性の六人に一人が戦死したという計算である。そっくりそのまま今の日本に当てはめると五〇〇万人以上の戦死である。さらにおまけすると第一次世界大戦の日本は戦死者数は四一五人、これで貿易でぼろ儲けして委任統治領を手に入れてとなるんだからそりゃ不人気になりますわ、と。

 

 

 

 以上!終了!!閉廷!!!



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序章
No.1 第一三艦隊


 

 

「第一三艦隊司令官室(仮)」

 

(仮)である。首都ハイネセン、各艦隊司令部がひしめくビルの一角にその部屋はあった。

 司令官室といってもデスクが2つと書類用の棚1つ、申し訳程度小さな棚にポットとインスタントコーヒー。客を迎えるテーブルもなく、司令官室というか掃除しただけのただの空き部屋である。そんな司令官室の2つのデスクで司令官と副官が美味しくもないコーヒーを片や仕方ないという顔で。もう片方は心底不味そうな顔で飲みつつ、黙々と作業を行っていた。

 

「閣下、個人用端末の設定等が終わりましたのでこれより副官としての業務を開始いたします」

 

「はい、了解。いきなりですまないけど司令官用フォルダにいくつか作成済みの書類があるから確認してもらっていいかな?」

 

 そう依頼をすると司令官、ヤン=ウェンリー少将はデスクを立つ。

 

「どちらへ?」

 

「飲み物買ってくる」

 

 そう言うとヤンは財布片手に司令官室を出ていった。

 

(確かに味は良くありませんがそれなら取り寄せるなりすればよいのでは?)

 副官であるフレデリカ=グリーンヒル中尉はそう思ったのだが、これがこの方の人なりなのだろうと思って依頼された作業に手を付ける。

 

 ヤンが戻ってきたのは5分程度、近くの自動販売機で買ってきたであろうペットボトルの紅茶を3本。器用にも左手で財布を持ちつつ脇に2本挟み、右手で1本を飲みつつの帰還。フレデリカの心の中にある"英雄 ヤン=ウェンリー"の姿に早くも疑問符を付け始めるには十分な姿であるがそんな気持ちを表に出す事もなく尋ねる。

 

「司令部人員の着任は私が最後のはずなのですが、全員の顔合わせはよろしいのでしょうか?」

 

「あぁ、それはもう少し後の予定。帳簿外で追加の要員を1名申請中でね、いい人材がいたらという話だからまだ編成表には載せてないんだ。もう少したったら何かしら連絡を入れてもらえる約束だからその後に顔合わせはやる予定だよ。如何せん要員が最低限しかいないししばらくの間超過勤務は確実、駄目元とはいえ言うだけは言っておいた感じさ」

 

「そうですか…………。それにしても確かに割当の部屋も少ないですしもう少し第四・六艦隊から回して頂いても良かったのではないでしょうか?」

 

「仕方ないさ。正規艦隊となると百数十万人の集団だ、解散するのも手間がかかるし複数艦隊の解散なんて初めての事だろうからね。それに……」

 

「それに?」

 

 

 

「第一三艦隊は正規艦隊、いわゆるナンバーズフリートじゃないからね!」

 

 

 

「え? …………え????」

 

 フレデリカの反応がすべてを物語っていた。初耳であるが仕方ない、これはヤンしか知らない事だし各要員には"艦隊"として作業が命じられている。

 

「申し訳ありません。よろしければ詳細を教えていただきたいのですが…………」

 

 当然の要望である。

 

「まぁ、そうなるよね」

 

 ヤンが苦笑いを浮かべながら答える。

 

「では中尉に質問だ。君が国防委員長だとして"半個艦隊でイゼルローン要塞を攻撃したいのですがいいですか? "と言われたら、許可を出すかな?」

 

 "出せるはずがない"と物語っている顔を見つつ、ヤンは淡々と経緯を語り始めた。

 

 

 自由惑星同盟軍は民主共和制の軍隊としていわゆる文民統制(シビリアンコントロール)の統制下にある。

 その編成・定員などは国防要綱と呼ばれる基本方針に定義されており、正規艦隊は「常置12個」と定められているのだが先のアスターテ会戦にて壊滅した第四・六艦隊は現在事後処理中なので"編成上はまだ存在している"のである。つまり第一三艦隊を正規艦隊とした場合、それは文字通り13個目となり国防要綱上は違反となってしまうのだ。

 

 

「なので、第一三艦隊は名前は正規艦隊っぽいけど編成表上は宇宙艦隊総司令部直属の独立部隊となっているのさ」

 

 説明が一段落したのかヤンはゆっくりと2本目の紅茶を飲み始める。

 

「ならば第四・六艦隊のどちらかに集約して再編成の形をとったほうが………… っ!!!!」

 

 フレデリカは当然ならがそう呟くのだが、どうやら気が付いたらしい。

 

「だから先ほどの質問になったのですね?」

 

「うん、正解だ」

 

 ヤンが満足そうに答える、どうやらこの副官は期待以上の理解力があるらしい。

 

「正規艦隊の出撃には国防委員長の許可がいる。そしてあまりにも無謀な出撃を許可した場合、当然ならその結果の責任も取らないといけない。"半個艦隊でイゼルローン要塞を攻撃したい"だなんて、許可できない。しかし、非正規艦隊の独立部隊なら……」

 

「必要に応じて統合作戦本部長の権限で動かすことが出来る、と」

 

 腑に落ちた、という顔でフレデリカが答えるがその顔がすぐさま"ん? あれ? "といった顔になる。

 

「つまり、今回の出撃は統合作戦本部長の独断という事なのでしょうか? 非公式の確認は取っているとは思いますが…………」

 顔が曇る。どうやら統合作戦本部長の私闘に担ぎ上げられているのでは? という気持ちになってきたらしい。

 

「流石に事前の承諾は得ていると思うよ。シトレ元帥とトリューニヒト国防委員長の仲は正直良いとは言えない。でもそれ以上にシトレ元帥は権限を振り回して好き勝手やる方じゃあない。トリューニヒト国防委員長としては失敗したら事前承諾の事を表に出さず、権限乱用として公然とシトレ元帥を更迭できる。成功したら逆に表に出して功績を分ける事でシトレ元帥の独り勝ちを防げる。失ったとしても半個艦隊、無視できない数ではあるが軍全体としてはまだ致命傷じゃあない」

 

「国防委員長としては損はしないであろう作戦ですが、何十万人もの命がかかってますし…………」

 

 安心させようとしたが逆効果だったようだ。さらに顔が曇ってしまった。

 

「そのあたりは上手く立ち回るさ。少なくとも駐留艦隊と正面から撃ちあったり、ましてや撃たれるような状況で要塞主砲に入ったりはしない。作戦に失敗しても責はシトレ元帥と僕が全部引き受けるようにはなってる。そこは安心していいよ」

 

 お願いします、とフレデリカが答えた事で一連の話が一段落する。そこからはお互いに手持ちの作業を再開していたのだが……

 

 

 PiPiPiPiPi!!! 

 

 

 ヤンのデスクの電話が鳴った。その発信元を確認し、ヤンが嬉々としてスイッチを押す。

 

「あー、先ほどぶりだな。副官殿は着任したかな?」

 

 ディスプレイに映るのはアレックス・キャゼルヌ少将。シトレ元帥の次席副官として第一三艦隊編成の統合作戦本部側の作業をまかされて(丸投げされて)いる。ヤンにとっては公私ともに頼りになる先輩である。

 

「えぇ、"優秀な若手"が本当に来るとは思いませんでした。ありがとうございます」

 

 プライベートでは毒口のキャッチボールをする間柄だがその欠片もない本音の感謝を述べつつ目線で合図をする。フレデリカがディスプレイの視界に入り軽く一礼した。

 

「それでだ、追加の要員なんだが……」

 

「これだけの副官を頂いてしまったんです。流石に無理……」

 

「見つけたぞ」

 

「え?」

 

 マジで? という顔になる後輩。

 

「ねだったのはお前の方だろうに」

 

 苦笑しつつキャゼルヌが手元の紙を取る。

 

「軍属上がりで先日大尉になった。士官になる前は白兵部隊にいたから体力はあるし士官になってからの評価は極めて高い。希望していた転属先に第一三艦隊が合致していたんで配属させた。どうだ?」

 

 軍属上がりの大尉、に引っかかるところはあるがこの人が送り出すからには出来る人材なのだろう。

 

「何から何まで本当に、コニャック三杯奢りの件、上乗せが必要ですね」

 

「おう、上乗せしてもらう。で、名前が……  ん? なんだー?」

 

 どうやら他所からの呼び出しらしい。

 

「すまん! 予定していたミーティングの時間だった。そっちには向かわせてあるから後は本人に自己紹介させてくれ。切らせてもらうぞ!」

 

 そう言い終わるとプツッっと画面がオフになる。立場が立場なだけに忙しいのだろう。

 

「とにもかくにも追加決定だ。少しは作業が楽になるんじゃないかな?」

 

 と言って後ろに控えていたフレデリカの方を振り返る。

 

「しかし、軍属上がりの大尉となるとややお年を召しているのではないでしょうか?」

 

 どうやら疑問点は一致しているらしい。

 

「なんだよねぇ……」

 

 士官学校卒にとって通り道である尉官であるが軍属上がりにとっては到達点。佐官となると余程の優等生、将官に至ってはそれこそ〇年に1度の逸材である。そもそも必然的に長期にわたっての前線勤務が無いと出世が出来ない、そこまで生き残るだけでも稀有なのだ。

 

「キャゼルヌ先輩が手配してくれたんだ、人柄が悪いという事はなさそうだからそこは安心出来るかな」

 

 そう言って3本目の紅茶に手を伸ばしたところで

 

 

 コンコンコン!! 

 

 

 司令官室(仮)の扉が叩かれる。

 

「どうやら丁度到着のようだ。  どうぞ!」

 

 扉が開き、その人が入室する。予想よりも若い、というか若すぎる。場所間違えた? 別用の方かしら人? と戸惑いの顔を浮かべる司令官と副官に対し、後に「何時間でも見ていられる」と評された敬礼をしつつ挨拶した。

 

 

 

 

「ラインハルト・フォン・ミューゼル大尉です。この度、第一三艦隊司令部付きとして配属となりました。よろしくお願いいたします」

 

 

 

 

「あ、はい、どうも」

 

 あまりにも間抜けな司令官の返礼を副官は咎めなかった。副官もまた、一瞬の思考停止が発生し返礼を行っていなかったのである。

 

 

 



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No.2 父の意地

 

 思えば母の事故が父をあの行動に走らせたのだなと思う。

 

 ミューゼル家の不幸の始まりはクラリベル・フォン・ミューゼルが交通事故で死亡した時までさかのぼる。

 

 事故の被疑者が門閥貴族に連なる者であったが故に、慰謝料や補償を得る事も出来ないばかりか「余計な事に巻き込まれた!」と因縁をつけられ、父はその相手に頭を下げる事になった。

 恐らく父はあの時に"死んだ"のだろう。

 まだ幼かった自分はその姿の父しか知らなかったので不甲斐ない姿に反発しかしてこなかったが今となってはひどい事をしでかしてたんだと思う。

 そして流れ着いた先、まがりなりにも"フォン"の称を持っておきながら一般家庭と変わりのない小さな住宅。父は相変わらずであったが初めて友達らしい友達を得て"楽しい"といえる日々を感じ始めた時、彼らは再びやってきた。

 

 

 それは皇帝フリードリヒ4世の子、皇太子ルードヴィヒの死が始まりであった。彼の死によってフリードリヒ4世の直系男子は生まれたばかりであるルードヴィヒの忘れ形見、エルウィン・ヨーゼフ(※1)のみ。新たな男子を望んだのかただの嗜好の変化なのか、フリードリヒ4世は若い寵姫を望むようになった。

 その流れに深く介入を始めたのがブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家、共にフリードリヒ4世の娘を娶り女子ながら子を成している門閥貴族の雄である。両家にとって娘を女帝とし外戚として権威を得るのは悲願であり、エルウィン・ヨーゼフが正式に皇太子となる事はなんとしても防がねばならぬ事。その為に自家の影響下にある者を寵姫として送り込み"ささやき"をしてもらわねばならなかった。万が一、フリードリヒ4世のまだ種が残っておりその寵姫との間に男子が生まれればその子を皇太子にするのも良い。影響力を保持したうえでその妃に血のつながった一門を入れ込めば悲願達成である。それが出来なければ現在最も愛され、影響力を持っているであろう寵姫、シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ侯爵夫人はエルウィン・ヨーゼフを選ぶだろう。少なくとも友好的とは言えない両家の姫は選ばない。

 そして血眼になって手頃な女子を探す両家。見つけ出されたのはアンネローゼ・フォン・ミューゼルであった。

 

 

 その時の事ははっきりと覚えている。

 

「お前の娘を形式上、我が一門に連なる家の養女とする。そのうえで陛下に献上する。これは非常に名誉なことである。よもや断るなどという事はないだろうな?」

 

 要約するとそういう言葉を悪びれる素振りは一切見せず、むしろ跪いて感謝するのが当然という顔で使者は言い渡した。しかしその使者は全く知らなかったのであろう、告げられたその一門は母の命を奪った家であったという事を。そして死んでいた父がその一言で"生き返った"という事を。

 

 父、セバスティアン・フォン・ミューゼルは恭しく使者に応える、

 

「そのお話、受けさせていただきます…………しかしながら我が家は御覧の通りの有様、娘を送り出す為に着飾る事すらままならぬものですので……」

 

 あくまでも丁寧にその奥に燃え盛るものを見せずに述べる。その姿を見下しつつ使者が用意していた鞄から2枚の紙を取り出した。

 

「これは養女として送り出す事を認め、その手続きをこちらに一任する旨を記した委任状である。まずはこれにサインをしてもらう。そうすれば……」

 

 使者がもう1枚の紙、貴族が使用する専用の小切手を取り出す。

 

「これを手付金として渡そう。当面、必要な分はもとより、末端貴族が余生を送るには十分な金額のはずだ」

 

 父は黙ってその小切手の金額を確認し、頷くと委任状にサインをする。この瞬間、アンネローゼ=フォン=ミューゼルは売られたのである。

 

「正式に養女とするには典礼省への手続きが必要であり、それは我々の家においても蔑ろに出来ん。腐っても役所、しばらくは時間がかかるだろう。その間に身支度は整えるように」

 

 そう言うと使者は満足そうに帰っていった。

 

 

「何故姉上を売ったのです!!!」

 

 私の第一声がそれだった。はっきりと覚えている。

 

「いいからこれからは全て私の言う通りにするように。お前たち2人の命がかかっている」

 

 という父の言葉も。その時の父の目は初めて見る、人として生きている意志を持った目であった。そして命がかかっているのは2人(アンネローゼ、ラインハルト)であるという言葉も。

 

 それからミューゼル姉弟は一切の外出、人との交わりを禁止され。父は毎日何処かしらへ出かけるようになった。

 このまま姉上はその通りに売られるのか? と思ったが父の仕草を見て"違う!"と何かが告げる。私はただ黙って父を見つめるしかなかった。

 

「せめて、ジークにはお別れの挨拶が出来ればいいのだけど……」

 

 姉上は恐らくこの時、父の変化に気づかず売られる事を覚悟していたのだろう。

 

「もう一人の弟が出来た気持ちだったのに、残念ね」

 

 私も同じ気持ちだった。隣の子、ジークフリード=キルヒアイスは生まれて初めてできた友だった。たった数か月であったがまるで何年も一緒に遊んでいたかのような雰囲気。今頃彼はどうなっているのだろうか? 

 

 

 父が寝ている姉弟を起こし唐突に

 

「明かりは点けないように、声や音も立ててはならない。1時間後までに着替えたうえで本当に必要なものだけを鞄にまとめなさい」

 

 と言ったのはそれからしばらく経過し、もうそろそろ本当にお迎えが来てしまうのではと思われる日の深夜であった。

 そういうと父は

 

「私も用意する」

 

 と自分の部屋に戻る。追いかけたいという気持ちもあったが妙な胸騒ぎを覚え、とにもかくにも荷物をまとめる事にした。隣の姉上の部屋からも小さな音が聞こえる。姉上も同じことをしているようだ。

 時が来て父の元に集まる。

 

「準備は出来たな?」

 

 言葉に頷くと父は時計を確認し、

 

「ついてきなさい」

 

 と、歩み始める。電気を点けていないので細かい様子は確認できなかったが父の声には恐ろしいまでの"力"を感じ、何も言い出せなかった。

 

「いきましょう」

 

 そう、姉上がいうと私の手を握った。姉上はこの時、何が起きるか・しようとしているのかが判ったのであろう。

 家を出てすぐの角に車が停めてあった。その後部座席に姉上と私が乗る。そして父は運転手に

 

「では、よろしくお願いします」

 

 と言うと持っていた小さな鞄を私の方に放り投げ、扉を閉めた。

 

 

 それが私達姉弟の見た父の最後の姿であった。

 

 

 扉が閉まると運転手が小さな声で

 

「とにかく静かにしておくように」

 

 と言うと車を"普通の走行の最高速度"で走らせる。ここまで来たら10歳だった私にも"とんでもない事をしているんだ"という事は判った。しかしもはや何も出来ず、ただ流れに身を任せる事しか出来ない。

 

 車が停まり、外に出るように促される。次に乗せられたのはコンテナのようなもの。外見はコンテナだが中には無音の電源・換気・温度調整システム、姉弟2人がしばらく閉じこもるには十分な非常食と水、他には寝具や各種小物、使い捨てのトイレセットに丁寧にも消臭機能付きゴミ箱すらある。覚悟を決めてその小部屋に入り、扉が閉じられた。

 それからしばらくの間その小部屋で生きるしかなく、その時になって初めて父の鞄の事を思い出し、中身を確認した。

 中に入っていたのはいくばくかの現金と私が生まれた時であろう家族4人の写真。2つの手紙。

 1つ目の手紙にはこれまでの筋書きが書かれていた。

 

 母を奪い、姉上も奪おうとしたのがブラウンシュヴァイク家である事

 この逃亡の手続きをしたのがリッテンハイム家である事

 今回の一件をリッテンハイム家にリークし、ライバルであるブラウンシュヴァイク家にダメージを与えるために協力させた事

 姉上の寵姫としての献上が決まったタイミングで事を起こしてもらった事

 それによりブラウンシュヴァイク家の顔に泥を塗ってやった事

 手助けしたリッテンハイム家への対価として責が及ばぬように自分が残って証言をしなければならないという事

 

 これらの事が淡々と書かれていた。

 生き返った父の、命を懸けたまさしく一世一代の勝負の記録だった。

 

 そして2つ目の手紙にはただ一言

 

 

 "生き抜け"

 

 

 それだけが書かれていた。

 

 それからしばらくの時が過ぎ、やっと扉が開かれた。開かれた場所は大きな立派な建物の一角。

 

 

 フェザーン自治領、自由惑星同盟領事館

 

 

 私達姉弟はこうして自由惑星同盟へ亡命した。

 

 




※1:エルウィン・ヨーゼフ
 父であるルードヴィヒの死亡年とエルウィン・ヨーゼフの年齢に矛盾があるのはよく知られている設定だが本作ではエルウィン・ヨーゼフは786年(※2)生まれとします。原作1巻開始(アスターテ会戦)が796年なので10歳です。原作設定だと796年で5歳です。

※2:本作の歴
 銀河英雄伝説には帝国歴と宇宙歴という2つの歴がありますが本作では特記がないかぎり宇宙歴記載とします。
 帝国歴487年=宇宙歴796年=原作1巻開始(アスターテ会戦)の年

※:ジークフリード=キルヒアイス
 彼がラインハルトにとって"もう1人の自分"になったのは原作でアンネローゼを奪われた後、だと思います。本作では「記憶に残る最初の友達」です。心残りになってる事は確かですが"魂に刻まれた関係"ではありません。


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No.3 手に職

すまねぇ、駆け足だ。
尚、No.2は初期構想ではここまで書くつもりだったらしい。


 

 亡命を果たしたとはいえミューゼル姉弟の道は前途多難…………だと思ったらちょっと違った。

 

 

 首都ハイネセンに到着し、正式な亡命手続きを終えた2人を迎えたのは人材資源委員の外部団体である亡命者支援事業所の役人だった。この亡命者支援事業所、実の所近年仕事が減っている。亡命者のピークを迎えたのが有名なダゴン星域会戦後であり、その後は帝国内部の政変なりなんなりの事件が発生する度に無視できない波が発生するという流れであったが大量亡命のメインルートであるイゼルローン回廊に要塞が建築された事によって直接亡命はほぼ不可能となり、主ルートは資金力のある貴族などによるフェザーン経由に限定された。現在はそれが細々と続くのみとなっており、事務所の要員も縮小傾向にあった。

 そのような状況下にて未成年のみ亡命者となると役所としては久しぶりの大物(?)という扱いになり(予算を使い切るという役所的思考の元)支援のフルコースが振る舞われる事になったのである。

 

 といっても未成年である姉弟の受ける支援についてはある程度限られたものである。同盟においては特別な事がない限り学業に努める年齢なので入学月の9月(※1)まで現状の学力チェックや自由惑星同盟国民としての基本知識に勤め、それぞれ中等学校と幼年学校(※1)に入学する事となり、住居においても姉弟の希望通り、小さな宿舎での生活となった。

 2人暮らしについて生活が心配されたが元々アンネローゼは親子3人の家事を担っており、その手腕は学業に励みつつでも何の衰えも見せず、役所が推薦してくれた後見人(=保護者 未成年なので必要)もそれを認めてくれた。そのようにして姉弟の学生生活は始まったのだが入学して数か月で姉弟の評価がはっきりしてくる、

 

 

 姉、優等生 弟、規格外

 但し、両名とも交流関係において積極性が足りず改善・努力が期待される

 特に弟、弱き者を助ける気持ちは良いが喧嘩は交流ではない

 

 

 亡命して数年が経過すると、この姉弟はご近所の名物としてよく知られる存在になっていた。最近のトレンドはアンネローゼに色目を仕掛けようとするチャラい男どもをどこからともなくやってくる弟が吹っ飛ばす光景である。大体数週間に1度は発生し、ご近所さんも「あー、またやってるなー」程度で流すのが常となっていた。尚、アンネローゼはその方面に非常に疎く、男性が何故よく自分に話しかけてくるのかがあまりわかっていない。

 

 姉弟のその後の評価

 姉:優等生 中等学校を卒業し、2年制の調理系技術学校に進学。学費については学術優等生枠と入学前実技確認の結果、全額無償。

 弟:規格外 幼年学校全国模試常時1桁キープ 有名中等学校からの引き合いが多々発生するもその品行を確認すると扱いきれぬと判断したのか以後連絡が無くなる

 

 

 790年の12月、アンネローゼ19歳・ラインハルト14歳。この2人には珍しい姉弟大喧嘩が発生した。

 事の起こりはラインハルトが幼年学校の早期卒業制度を使いこの年末に卒業して軍属へ志願する手続きを既に行っており、その事後承諾を求めてきたからである。このような手続きは当然ながらラインハルト個人では行えない。2人には形式上、保護者となる後見人がいる。元軍人であるその後見人は日常の生活においては干渉はせず、2人のやりたいようにしてくれる人であった(無責任・放任ではなくアンネローゼの家庭力を認めての全権委任)。 しかし、その元軍人という立場につけこんで頼み込んだらしい。さすがのアンネローゼもこればっかりは許す気にならずラインハルトは連日説得を試みる事となった。最終的には本人の意思を尊重し、許すことになったが休養の度に帰宅、機嫌取りに励む弟と会えることを喜びつつも小言の飛び出す姉の何ともいえない生活は長い付き合いのご近所さんに「姉弟じゃなくて姉さん夫婦よね」と冷やかされる名物風景となるのである。

 

 791年 アンネローゼは卒業後、中堅ホテル併設の料理店兼菓子店に就職。ラインハルトは軍属としての申請が正式に受理。亡命者支援事業からも独立し自分の力で"生き抜く"生活が始まった。

 

 

 

 

 軍属として志願した場合、その配属先についてはある程度希望が受け入れられる。そうしないと希望者数が低下してしまうからである。しかし、希望受け入れは戦災遺児対策で有名なトラバース法の対象者が優先され、それ以外の人たちについては受け入れ率は低かった。特に後方勤務などの非戦闘系事務への志願はその職務上十分な基礎教養が必要であり、少ない枠も政治家を筆頭とする一部職種人子息の前線回避策として埋め尽くされていた。そのような志願制度にてラインハルトが選んだのはなるべく早く、実力で出世できる所、少なくとも士官学校に"寄り道"するよりも早く!!! 

 

 

「確かに君はうちに志願する資格はある。だけど成績を見る限り他の部署も狙えただろうし、なによりも士官学校に入れば良かったんじゃないかなぁ。いい順位で卒業できると思うよ。…………といっても本人が希望する限り、それは認めてあげないとね。まぁうちとしても有望そうな若い子は大歓迎だ。ということで」

 

 

「ようこそ、薔薇の騎士へ! ここがいわゆる地獄の入り口だ!」(※2)

 

 

 

 

 ハイネセンにある連隊施設は地獄の有様だった。といってもその方向性は違う。案内を受けるラインハルトにも何やら雰囲気がおかしいという事はわかる。

 

「今、連隊は出兵中だけど、いや……ね………… 居なくなっちゃったんだ」

 

 案内をしてくれている下士官がなんともぎこちなさそうに説明を開始した

 

「連隊長が」

 

「え?」

 

 新入りの理解も処理能力も飛び越えている。

 

 

 11代目連隊長、リューネブルク大佐 出兵先にて帝国軍に亡命

 

 

 その連絡が昨日届いたらしい。亡命するや否や帝国軍側から本人の宣言音声と共に現地の同盟軍に通知、現地軍は軽いパニックになっているらしい。

 

「まぁ、度々ある事だから少し経てば落ち着くよ。なんせ11代目で6人目の亡命だからね!」

 

(申請先間違えてしまったかもしれない)

 少し後悔し始めた。しかし本当に、数日後には周囲から感じるそわそわ感も消えどうやら"普通"に戻ったらしい。

 

 初陣は予想よりも早かった。6回目の連隊長亡命は元々低い首脳陣の印象をさらに下げてしまったらしく遂には解散も視野に入れた検討が始まったという噂すら流れてきた。その噂を跳ね返し連隊を存続させる為には戦い続けるしかない。本来は精鋭である薔薇の騎士連隊を出すまでもない小競り合いにも介入、一つの作戦が終わったら次の作戦の戦場へ直接移動する事すら行い、少しでも印象を良くしようという努力が続けられた。通常の5割増しペースの出兵は昇進機会の5割増しでもある。非士官は比較的昇進しやすいとはいえこの時の連隊は空前の昇進ブームとなりラインハルトもその恩恵を受ける事となった。問題があるとすれば出兵が多すぎて不機嫌なアンネローゼ対策であり、曰く「100人の敵兵よりも姉上1人の方がつらい」という日々を過ごす事となる。

 

 

 そんなラインハルトが昇進の罠に気づいたのは階級が兵長から曹長とに変わったある793年のある日。

 

「幹部候補生育成所経由しないと兵卒上がりの士官は別兵科への転属はほぼ不可能になるよ」

 

 相手は日ごろよく話すようになった上官のブルームハルト少尉、ラインハルトと同じように兵長からスタートし現在21歳で少尉、今年中に中尉昇進は確実と言われている将来の幹部候補。ラインハルトも度々訓練で手合わせをしているが"世の中には何をやっても勝てない人は存在する"という事を教えてくれる連隊の中でも指折りの化け物の1人である。

 日ごろから話しているのでラインハルトの目標が艦隊勤務であることも知っているからこそのアドバイスだった。当然ながら士官になる工程は調べるつもりであったが如何せん出兵の連続、帰還したらアンネローゼの機嫌取り、と手を付けることが出来ないままここまで来てしまったのである。

 

 士官学校や幹部候補生育成所など正式な教育工程を通らずに士官になった場合、あくまでもそれはその兵科で認められただけとなる。例えばこのまま薔薇の騎士連隊で兵卒上がりで昇進し大尉・少佐となったとして艦隊勤務に転属してもそこで求められる仕事が出来るか? となると出来ない。その為に別兵科での出世を望む場合、幹部候補生育成所で適性の確認すると共に基礎教養を学んで士官となるのである。ここを突破すれば形式上士官学校卒と同じ出世コースに入ることはできる。

 わかるや否やラインハルトは事務に事情を説明し必要な資料と事前に見ておいた方がいい教本の取り寄せを依頼する。別兵科が目標だとは知られてなかったが出世意欲がある事はよく知られていたので事務は快く引き受けてくれた。しかし、受け入れてくれたのは事務の人が女性だったからというのもある。ラインハルト=フォン=ミューゼル、793年で17歳。姉と同じでその手の事にはとことん疎い。

 

 そしてラインハルトは794年の年初に准尉に昇進。上官を拝み倒してかき集めた推薦状を用意し3月から1年の幹部候補生育成所課程へと駆け込んだ。

 尚、連隊からの門出としてとある副連隊長から「記念と言っては何だが士官としての勉強とは別にやっておくといい勉強がある。一晩時間あるか?」と何かのお誘いが入ったが腹心の部下たちから「彼は未成年です」と総突っ込みを受けて断念する事になった。

 

 

 ラインハルトの幹部候補生育成所での評価はまさしく規格外の面目躍如 といえるものであった。幹部候補生育成所での研修期間は1年である。しかし4年制士官学校と同じ内容を詰め込まれるし試験内容も同等のものとなっていた。同じ少尉という地位になる為の学習であり試験なのだからおまけする所などどこにもない。ここで落とされる者の大半が事前勉強不足、本気で士官になりたいのであれば事前にどれだけ学んできたかが問われる育成所なのである。それでも絶対的に不足する学習時間は休日の減少、夜間講習の追加で叩き込まれる。身分が学生ではなく軍属なのでそのあたりはやりたい放題の施設であった。覚悟して入ったので講習そのものには苦痛を感じなかったがさらなる休日の減少はアンネローゼの機嫌をさらに損ねる事となり、「職業軍人としてスタートして落ち着いたら絶対に有給は全部使う」と方向性のおかしい決意がみなぎる日々を過ごすことになる。

 

 795年2月、ラインハルトは幹部候補生育成所の課程を修了し3月1日に少尉任官。全科目にて同期首席であり、総合成績は前年度士官学校首席を上回っていた。

 

 

 少尉の初年度は何も期待されない。それは士官としての鉄則であり1年程はそれこそ各箇所をたらい回しにされ"士官の現場はこういうものだ"という雰囲気を叩き込まれる。首席卒業でもそれに変わりはない。配属された第四艦隊は現在集中整備後の訓練対象となっており今年中の出兵予定はない。その分、頻繁に行われる訓練を利用し今月は戦艦、次月は駆逐艦、その次月は駐留コロニー(※3)の工廠といった具合に各環境体験が行われる事となった。ラインハルトにとってまさしくやりたかった事がスタートした希望の日々ではあるが当然ながら休みらしい休みもなく、アンネローゼの機嫌は相変わらずである。しかし流石に翌年成人となる弟をこれ以上縛るのも良くない、と少しは心変わりしてきたようである、

 

 796年1月、中尉昇進。

 

 1年間、少尉として現場を学び2年目に中尉に昇進してからが本当の士官生活のスタートである。逆に言えば1年経過して少尉のままというのは非常に見栄えが悪く、当人のキャリア上とても問題となってしまう。その為、特別な事がない限り人事は事前通知なども利用し、当人のキャリアに傷がつかないように心掛けている。今回の中尉昇進もその一環であり、出兵が決定し戦地で丁度1年経過となる可能性のあったラインハルトには評価が良いこともあり出兵前に昇進しておこうという人事部の判断である。

 

 

 中尉に昇進したラインハルトは第四艦隊所属の空母ハーミーズ艦長付士官(※4)として出撃。艦艇勤務としての初陣となる戦場の名はアスターテ。

 

 

 




※1:入学月9月 中等学校と幼年学校
 作品内に6月卒業という話が多々出ており、ユリアンがヤンに卒業後の進路を相談している時の年齢から考えると15歳で一区切りみたいなので、

 6月末卒業9月頭入学のアメリカンスタイル
 幼年学校:小学校&中学校にあたる15歳までの学校
 中等学校:高校にあたる18歳までの学校

 という設定にしました。
 なんだけどそれだと士官学校入学年との間に1年隙間があったりする。
 ヤン(767/0404生まれ 782/09幼年学校卒業のはず 783/9? 16歳で士官学校入学)
 備考 ユリアン(782/0325生まれ 797/06幼年学校卒業予定)
 よし、考えるのをやめよう。


※2:薔薇の騎士連隊
 亡命者を集める必要があるとはいえ肉体労働の塊であるここに15歳の軍属志願者が入れるか?だがブルームハルトは非士官学校出身で22歳で大尉になってるんです(外伝3)
 幼年学校卒16歳軍属スタートが出来ないととてもじゃないが到達できない速度です。16歳スタートでも兵長→軍曹→曹長→准尉→少尉→中尉→大尉で1年1昇格。隠れ化け物出世マンです。
 尚、ユリアン(16歳11か月くらいで中尉)は例外とするw


※3:駐留コロニー
 同盟軍の艦艇は大気圏突入能力を持たず、ハイネセンのラグランジュ点上にあるコロニーに駐留しています。
 乗組員は基本、ハイネセンにある宿舎等に宿泊し、専用シャトルでコロニーまで移動して艦艇に乗り込む形になります。
 備考同盟でのクーデター時においてクーデターに参加した第11艦隊以外の艦艇が動けなかったのはクーデター側が専用シャトルとアルテミスの首飾りを制御下に置いた為、地表の乗組員がコロニーの艦艇に移動できなくなったからだという認識です。


※4:艦長付士官
 雑用要員


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No.4 アスターテ会戦(1)

数字を漢字にするかどうか半角か全角か。きっちり基準つくらんとあかんね。


 

 

「ふぅ・・・・」

 

 思わずため息が漏れる

 

「敵は四万、味方は二万。兵力差二倍か」

 

「三個艦隊での包囲戦。常識的に考えれば負けです」

 

「・・・・・・・・」

 

「しかしこの方針なら負ける事はないでしょう。閣下の命に皆が従えば、ですが」

 

 副官が見つめるディスプレイには敵味方の配置が映る、向かって左側・正面・右側にそれぞれ一個艦隊が布陣し数としては正面がやや多く左右が同程度、叛徒側の公式情報通りなら正面が一万五〇〇〇隻、左右が一万二六〇〇隻の編成だろう。前進中の自軍と三方から迫る敵軍はまるで一つの箇所に集合するかのように四つの線を描く。兵力数しかり、あらかじめそうなる距離で布陣できる準備時間しかり、どうやら今回の出兵情報が洩れているという噂は本当なのだろう。

 

「提督の方々が参られました」

 

 幕僚からの報告を受け、仕草のみで促す。扉が開き五人の提督が入ってきた。

 

 

「司令官閣下、意見具申を許可していただき、ありがとうございます」

 

 一同を代表してシュターデン中将が述べた

 

「わが軍は不利な状況にあります。司令官閣下におかれましてはこのまま進むか、勇気をもって引くか。進むのであればどのような方針で進まれるのか、ご判断とご説明をお願いしたい」

 

 五人の提督の視線が集まる

 

「わが軍は進む」

 

 二万隻の帝国艦隊を指揮する司令官、帝国軍大将ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツは淡々と答える

 

「わが軍は・・・」

 

 メルカッツが副官シュナイダー大尉がコンソールを操作し、軍の予定進路を表示する。その線はまさしく最短距離で右側の敵軍に向かっていた。

 

「右側の敵艦隊へ最短距離にて向かい全軍全力をもって強襲する」

 

「分断せし敵の各個撃破は兵法の常。しかしならが幾多の指揮官が望み、そして敗れていった理想にすぎませんぞ!!!」

 

 シュターデン中将が思わず反論する。他の提督の中にも同意を示すかのように頷く者もいた。

 

「これは、メルカッツ提督の趣に合わぬ戦い方に見えます。本当にこの進み方で各個撃破が出来るとお考えなのでしょうか?」

 

 5人の中で末席となるファーレンハイト少将がやや首を傾けつつ尋ねる。5人の中で最も話の出来る相手である、意図を説明するにはちょうど良い

 

「各個撃破は・・・・行わない。わが軍は敵右翼艦隊を全力で攻撃し、撃破可能であれば撃破して戦場を離脱する。残りの二個艦隊の到来予定までに撃破が不可能と判断された場合、到来前に離脱し帰還とする。少なくとも全力で攻撃をすれば敵右翼艦隊との戦いは有利に事が進む。その状態から離脱すれば、戦わずに逃げたという不名誉を受ける事はあるまい。事がうまく運ばなかった場合、その責は指揮官たる私が一手に引き受け殿となる。難しい事と思われるが力をお貸しいただきたい」

 

 提督たちが真剣な間差しを向ける。実の所、侵略側が敵軍を確認し、数が多いから戦わずして引いたとなると体面が悪いというのも事実。危険である事は確かだがメルカッツ大将の指揮ならば最悪の事態になることはないというのも確かだろう。提督たちは「引き際だけは間違えないように」と念を押し、解散となった。

 

 

「ん?」

 

 解散した提督たちは各自自艦に戻ろうとしているが一人の提督が残る雰囲気を見せている。他の提督たちが退場した後、メルカッツは副官たちを下がらせ二人になった所で話しかける

 

「なにかおありかな、フレーゲル少将?」

 

 話しかけられたフレーゲル少将はなにやらもじもじと気まずそうにするが意を決し、頭を下。

 

「すまない」

 

 フレーゲル少将(男爵)はブラウンシュヴァイク公の甥であり、若手門閥貴族の最有力の一人。めったな事では頭を下げるようなことはしないが、今こうして頭を下げている。

 

 「これも私の仕事の一つ、お気遣いは不要です」

 

 "やはりそうなのか"とメルカッツは思う。だとしたら彼もまた力の犠牲者なのだろう。

 

「メルカッツ提督であれば、この度の出兵のいきさつは察していると思う。叔父上は私の軍歴に箔を付ける、ただそれだけの為にこの出兵をねじ込んだ。以前、司令長官幕僚としてねじ込み階級を上げる予定だったのだが失敗した。それのやり直しだ」

 

 苦々しい顔でつぶやく。尊大な彼でもいろいろと思うところはあるようだ。

 

「叛徒どもがやたら手際良いのも恐らくリッテンハイム家が情報を漏らしたのだろう」

 

 はぁ~~~~~~~と大きなため息がフレーゲル男爵から漏れる。

 

「色々と苦労をされているようですな」

 

 苦労、そう苦労である。ブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家による表裏交えた権力争いは日増しに激しくなってきている。権力を求めるのが門閥貴族の性かもしれないがブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯はいうなれば引っ込みのつかないチキンレースになり始めているといえるだろう。頂きまで駆け上るか、走りすぎて崖から落ちるか。その中でブラウンシュヴァイク公の甥であり若手門閥貴族の有力者となるとブラウンシュヴァイク公にとっては大事且つ便利な駒となる。たとえ本人に無理をしてまでこれ以上のものを求める気がないとしてもだ。フレーゲル男爵は既に門閥貴族として十分なステータス、財力とその割には低く済んでいる責任、と非常にいい所にいるのである。

 

「この戦いは私がなんとかしましょう。しかし、確実に勝つための布陣を敷かねばなりません。ブラウンシュヴァイク公の望まれる勲功をご用意できるかは確約できませぬ」

 

「それでいい。命あっての、というやつだ。確実に勝ち、そして帰れる算段をしてくれ。叔父上が何か言ってきたら私が間に入ってなんとかしよう」

 

 言いたいことは言い終わったのか、フレーゲル男爵はフレーゲル少将に戻り、艦橋を後にした。

 

 

 フレーゲル少将が退出し、入れ替わりのように幕僚達が戻ってきた。メルカッツは幕僚達に指示し各提督への正式な移動命令など発令する。一通りの指示を終え、移動を開始すると事前指示の最後として休憩を命じられ貧乏くじを引いた艦橋待機組を除き各自思い思いにつかのま休息に入った。会敵エリアに入れば撤収が完了するまで士官クラスには自由時間というものは無くなる。万が一の場合、人生最後の休息となるだろう。

 

「さて、卿の提言を元にしてみたが、気になる事はあるかね?」

 

 メルカッツが待機組の一人に語り掛ける

 

「今のところは特に・・、しかし私の意見具申が無くとも閣下でしたら同じ作戦となっていたでしょう」

 

 語り掛けた赤毛の士官、ジークフリート・キルヒアイス少佐が答える

 

「そうとも限らんよ。私は常識に即した用兵しか出来ない男だ。卿の提言が無いのなら迷った挙句に包囲されるか何も出来ずに逃げ帰るかの二者択一だろうよ」

 

 そう答えるとメルカッツはその提言が行われた時を思い出す。

 敵軍の布陣が判明し幕僚達が声を失っている中、この青年は特に焦る様子も見せていなかった。ジークフリート・キルヒアイス少佐は20歳、幼年学校卒で軍歴は長いがこの年で少佐というのは聞いたことがない。ましてや彼は貴族ではないのだ。この度の不本意な出兵に際してミュッケンベルガー元帥が次席副官だった彼を大尉から昇進させたうえで貸し出してくれたのだがあの人の好き嫌いの激しい元帥が「いずれは手元に戻す」と言って貸し出すあたり、稀有な人材なのだろう。

 そのキルヒアイス少佐は幕僚達の騒ぎが収まるまで口を挟まずに立っていたが、他の幕僚から「お前も意見の一つでも出したらどうだ?」とやつあたりを受けると淡々とその見解を話し始めた。

 

 

「まず、叛徒軍がただ確実に勝ちたいというのであればこの様な布陣をする必要はありません。全軍一丸となって正面から当たれば良いだけです。総大将は「油断をするな」と声をかければそれで仕事が終わります。しかし、叛徒軍は軍を分散させました。これを包囲殲滅の危機とみるか、各個撃破の好機と捉えるかはこちらの行動次第です」

 

 当然ながら幕僚達からは各個撃破の現実危険性を指摘されるがメルカッツが説明したように単独強襲策を提示する。

 

「これは各個撃破ではありません。強いて言えば"一個撃破"です。相手が一個艦隊ならこちらの兵力は五割増し、他艦隊の襲来時間を逆算し、それまでに打ち尽くす覚悟で全力攻撃をすれば圧倒できます。敵艦隊が守りを固めればさらに好都合、味方の損害は抑えられますし(守備陣形は機動力が落ちるので)他艦隊襲来前の撤収もやりやすくなります。確かに危険性はありますがメルカッツ提督の指揮と皆様の補佐があれば成し遂げられると思います」

 

 完璧な説明だった、逃げないことにより出兵に関係した上層部などの面子を潰さない基本方針を明確にし最後に"皆さんの補佐"と言う事により目標を達成すればあなた達の功績ですよ、と不愉快なく他幕僚達の面子を守る。この"言う事は言うが一歩引いた姿勢で相手の面子は守る"という姿勢がミュッケンベルガー元帥のお気に入りの理由なのだろう。この昇進速度にも納得がいく。

 

 

「これが貸し出しでなければ、手元に置き続けたいものだがな」

 

「?」

 

 思わず小声で呟いてしまうがどうやら聞こえなかったようだ。

 

「だが、流石にその後の追加の作戦については提督たちにも説明はできなかった」

 

「流石にあれは"上手く行き過ぎた場合"のものです。仕方ありません」

 

 実はキルヒアイスはその後の別構想もメルカッツに提言している。しかしそれは都合がよすぎるだろう、と横に置かれた作戦である。

 

「そうだな。それを考える事が出来るだけの結果になる事を祈ろう」

 

「はい」

 

 そういうと二人はシュナイダー大尉も交え、他愛のない会話を楽しむ。

 数時間後には双方合わせて数百万という人間が生き残る為に殺し合う。そうとは思えない光景であった。

 

 

 




希望:29日になる前にアスターテ会戦を終わらせたい
現実:\(^o^)/終わってない 同盟軍出てない

ラインハルト出世RTAについては書けたがキルヒアイス出世RTAは書くタイミングが無かった。どこかで書かないとなぁ。


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No.5 アスターテ会戦(2)

帝国側から見た同盟艦隊を 敵艦隊 と表記したり 第〇艦隊 と表記したりしているのは実際に接敵し詳細照会が完了しないと所属元がわからないから。だと思ってください。


 

 

「非常識な!!」

 

 同盟軍第四艦隊司令官パストーレ中将の第一声は奇しくもその第一報を聞いた第二艦隊司令官パエッタ中将と同じであったという。そうしている間にもディスプレイに映る敵影の光源はその厚みを増しており、少なくともそれが牽制を目的とした分隊などではない事を物語っている。

 

「なんなのだ! …………いったいなんなのだ!!!!」

 

 思わず司令官席から立ちあがり周辺を見渡す。この状況下で正面の現実から目をそらしてしまうなどあってはならない事だがそれを咎める幕僚はいない。皆、ディスプレイを呆然と眺め思考を停止している。

 

「っ!!閣下!! せ、戦闘です。ご指示を!!」

 

 最初に現実に立ち戻った参謀長が参謀とは思えない口調で指示を促す。

 

「友軍に緊急連絡!方法は何でもいい!! それと全艦総力戦準備!準備出来次第各自戦闘を開始せよ!!!」

 

 パストーレ中将の命令の形をとった叫びを合図としてディスプレイに閃光が広がる。しかしその閃光は自軍のものではない。

 

 

「強襲を覚悟して突っ込んだのだが……これは奇襲といっていいのか?」

 

 帝国艦隊先頭集団を務めるファーレンハイト少将は最大射程距離を突破し最効率砲撃距離に入っても動かなかった敵軍に呆れ思わずつぶやいてしまう。既に第一段階の戦闘指示は出しており、激戦による小修正を覚悟していたがその必要もなく第二段階への移行すら見えてきた。ファーレンハイト少将の部隊は本来一五〇〇隻程度だがメルカッツ大将の本陣から五〇〇隻程の増援を受け、二〇〇〇隻規模となっている。しかも増援は突破力を高める為に戦艦・空母を多数含んでいた。これらが効率よく再配置されたファーレンハイト部隊は予定していた第二段階である接近戦すら必要のないまま敵先頭集団を文字通り粉砕してしまう。

 

「敵先頭集団に対するワルキューレ発艦は取りやめだ!! このまま突っ込んで第二陣に接敵次第ぶちかますぞ!!」

 

(これで俺の部隊のノルマは達成だ)

 

 敵軍の状況が整う前に敵先頭集団を葬る。それがファーレンハイト部隊の主任務だったがどうやらもう一つ、部隊を潰せそうな状況となっていた。

 

 

(これが、本当の戦場というものか。違う! ヴィルヘルミナ(※1)で見たものとは違う!)

 

 フレーゲル少将は眼前に広がる光景に思わずたじろぎそうになるが貴族として鍛えたやせ我慢で表面上は平然と司令官席に佇む。

 分艦隊司令官ではあるが実戦闘は用意された幕僚などがこなすので実の所、やることはない。

 

 帝国艦隊はファーレンハイト少将の部隊を先鋒とし、その次にメルカッツ大将の本陣、さらに総予備や非戦闘艦(工作艦・補給艦など)を含む後陣。本陣の右側にはフォーゲル中将、その後陣にエルラッハ少将。左側にシュターデン中将、フレーゲル少将の部隊はその後陣となっている。戦闘そのものはファーレンハイト部隊と本陣が敵軍を正面から粉砕。左右先頭の部隊が中央突破で分断された敵軍を更に叩きつつ外側に押しやる。その後陣としてのフレーゲル及びエルラッハ部隊はそれらの戦闘結果の後掃除をしつつ進むのが任務なので正面からの組織的な抵抗は受けない。せいぜい外側に逸れていく敵艦隊からのでたらめな反撃に注意する程度である。

 

「素人目にも優勢である事は分かる。これは、大勝しつつあると言って良いのではないか?」

 

 ディスプレイを確認し、幕僚達に尋ねる。

 

「艦隊戦は専門外ですが、存外の勝利となるのは確実な流れですな」

 

(司令官席に座る人が素人ですか)と言いたくなるのを我慢し、アントン・フェルナー中佐が答えた。艦隊戦が本職の幕僚は戦闘指揮に忙しい中、陸戦・諜報の専門家である彼くらいしか対応できるのがいないのである。ブラウンシュヴァイク家から各種幕僚が添え付けられているが手あたり次第な故の状況といえよう。

 

「しかし、ここまで勝ってしまいますと…………」

 

「勝ってしまうとどうだというのだ?」

 

 フェルナーは首を傾げつつその思いを素直に話すことにした。

 

「もう1戦、できるんじゃないんですかね?」

 

 そう語った時、敵艦隊旗艦撃沈確実の情報がディスプレイに表示された。

 

 

 戦闘開始後四時間で同盟軍第四艦隊は壊滅した。中央突破から逃れた両翼にはまだ組織的抵抗が可能な小部隊が存在するが指揮系統は崩壊し統一した行動は不可能、できる事と言えばとにもかくにも損傷艦の救援を各艦で実施するが精一杯。本会戦での再戦闘は論外な状況となった。

 

「さて、わが軍は予想以上の勝利を得た。ここからの行動は予定していた戦場離脱、そして今説明した追加案の実施である。諸君の意見を聞きたい」

 

 同盟軍第四艦隊を殲滅し、即離脱を実施した戦艦ネルトリンゲンではメルカッツが幕僚達にキルヒアイスの作成した追加案を説明し、幕僚達の反応をうかがっていた。

 

 "中心点から0時方向に進む帝国艦隊は、10時方向より中心点に進む敵第四艦隊を最短距離にて接近して撃破、そのまま時計回りに移動、2時方向より進軍していた敵艦隊が第四艦隊艦隊救援に直進している事を想定し、その右翼後方より攻撃する。想定位置に敵艦隊がいない事が判明した場合、もしくは想定外の位置で敵艦隊の反応を感知した場合は状況を問わず転進、戦場より離脱する"

 

 この追加案の優れた点は自軍の行動ルートが敵の行動想定範囲外であり、さらに侵入元の方を移動する為、退路を塞がれる事もなく何かあったら即逃亡が可能な事である。幕僚達の結果は「駄目元で進むだけ進んでみる」であった。現時点での離脱でも十分な戦果を得ている。二匹目の泥鰌ではないが離脱の安全性が確保できる範囲でさらなる戦果を目指してみるのも良いという判断であった。

 

 各提督に通信が入り、追加案の実施が伝えられる。更なる戦果拡大を喜ぶ者・勝ち逃げできずに残念がる者など反応は様々であるが言う通りにした結果が初戦の快勝であり、追加案にも明確な離脱判断条件が用意されている事もある以上各提督からの反論もなく、帝国艦隊は戦闘続行不可能な損傷艦を先に帰還させた後、行動を開始した。そして、

 

 

 6時間後、同盟軍第六艦隊は壊滅した。

 

 

(嫌な予感がここまで的中するのは気分が悪いな)

 ヤン・ウェンリー准将は敵艦感知のアラームと共にディスプレイに映し出される光源を見て思う。彼は一幕僚としての義務は果たしている。作戦前の提言をした、作戦に対する諫言をした、崩れた作戦の修正を提言した、ついでに万が一に対する仕込みもひっそりやっておいた。全て提言・諫言は「~~のはずだ」という推測と言う名の希望を元に退けられた。その結果が今、目の前に広がる"それ"であった。ヤンにとって唯一の希望は敵将メルカッツの人となりであったが第四艦隊からの急信が届いた時点で潰えた。奇策を弄しない常識的な正統派だというデータだったのがそれが過ちだったのか良い幕僚がいたのか。残念なのは将来それを研究する事の出来る確率が光源が広がる程に減っているという現実であった。

 

「全艦総力戦準備! わが軍はまだ負けていない。敵艦隊は短時間の連戦で疲弊している。掃討戦を受けていない第四第六艦隊の残余部隊も後に駆けつけてくる。ここで耐えれば勝てるのだ!!」

 

 第二艦隊司令官パエッタ中将の督戦を合図に艦隊の熱が一気に上がる。総司令官としての視野・柔軟性に関しては見ての通りだが"なぐりあい"となればヤンから見ても悪くない。適材適所でいうのなら一個艦隊の司令官として"使われる"側に立つ事で最も光る人なのだ。

 

「ファイエル!!」

「撃ち方始め!!」

 

 両艦隊の先頭集団の交戦が開始された。本会戦の同盟軍としては初めてのまともな戦闘開始である。連戦ではあるが極めて士気の高い帝国軍の攻勢、まずはその勢いを少しでも止めないといけない第二艦隊は初手からの全力攻撃にて応じる。

 

「旗艦、もう少し前に出せ!! 状況がわからん!!」

 

 パエッタ中将の指示で旗艦パトロクロスが前進する。手ごろな位置に陣取るとパエッタは猛然と先頭集団の立て直しを図り始めた。帝国軍先頭集団の歩みが緩み、督戦の通り"耐える"状況になりつつあるその時、パトロクロスを凄まじい閃光と衝撃が襲った。

 

 

「よもやここまで来てしまうとはな」

 

「申し訳ありません。ここでの策は用意しておりませんでした」

 

 先頭集団の殴り合いを眺めつつキルヒアイスが本当に申し訳なさそうに謝罪する。三戦目の案など最初から考えていなかった。そもそもなんとかして初戦勝利で撤収しよう、二戦目はまぁ濡れ手に粟を拾えればというぐらいの期待でしかない。万が一が発生し二戦目も勝利した所で自軍の消耗は限界だろうし三戦目が出来るはずもない。そういう認識だった。損傷は軽微、全力で消費させたはずの戦闘物資も半分残っている状態である。それでもメルカッツと幕僚たちは撤収の方向で固まっていた。うまくいきすぎているという不安と二艦隊撃破という戦果に何の文句があるのだ、という気持ちである。

 しかし、司令部の判断と下の者たちの温度差は艦隊を次の戦いへと押し込んだ。

 

「二つ目もやったぞ」「次も当然撃破だ」「ここまで来て退く選択肢などない」「進軍準備完了、方向を指示されたし」

 

 部下たちは思い思いの方法で進軍の準備をし、一部の艦艇は推定方向への移動を開始する素振りすら見せ始めている。ここで止めれば混乱は必須。落ち着かせてから戻るにしても中途半端な停滞は追撃を許すことになる。ここに至ってはメルカッツも腹を決め前進を命じるしかなかった。

 

 鈍り始めていた先頭集団の攻勢が動き始め、押しが強くなってきた。押し込まれる敵中央が凹み始め、形勢は初戦と同じ流れを見せようとしている

 

 

「どうやら、勝てそうだな」

「どうやら、負けなさそうだね」

 

 

 異変に最初に気づいたのはキルヒアイスであった。

 

「おかしいです、これは」

 

「おかしい、とは?」

 

 メルカッツが首を傾げ、ディスプレイの状況を確認する。数秒の沈黙の後、初戦との違いを認識する。

 

「敵中軍が"減ってない"な」

 

「はい。初戦の中央突破は敵軍を磨り潰して前進ですがこの艦隊は、潰れていません」

 

 敵艦隊の中央を貫きつつある、それに変わりはない。しかし敵艦隊の中軍は後ろにそれつつ左右に展開していく。第四艦隊のように中軍が消滅して左右が残るのではない。全軍が左右に分かれているのである。そして、

 

「敵艦隊、急速前進!! わが艦隊の側面を駆け抜けていきます!!」

 

 オペレーターの悲鳴が環境に響き渡る。

 

「全艦前進継続しつつ右旋回!! 敵右翼の後部に食らいつけ!!」

 

 メルカッツがこの会戦にて最も鋭い指示を出す。

 

「即離脱はなさらないのですか!」

 

「相手は十分に計算してこの機動を成している、ただ逃げるだけではエネルギー切れまで後陣に被害が出る!」

 

 幕僚の意見を即却下してメルカッツは想定外の旋回戦を開始した。

 

 

「流石にすぐに逃げてはくれないか」

 

 第二艦隊臨時司令官ヤン・ウェンリー准将がOの字になりつつある戦場を眺めつつ呟く。

 

 

 パトロクロスを襲った凄まじい閃光と衝撃、被弾による混乱。ヤンが意識を取り戻すと艦橋は醜い有様となっていた。直ちに医務班を呼び寄せ艦橋人員の生死を確認する。司令官・負傷、参謀長・死亡、副参謀長・死亡。

 

「艦隊の指揮を取れ……」

 

 それだけを伝え、パエッタ中将は医務班に連れられていく。ヤンは覚悟を決めて通信マイクを握る。

 パエッタ中将の奮戦で持ち直していた先頭集団はこの混乱の合間に磨り潰れつつあった。ここは駄目だ、すまない。しかし、その後ろに控える中軍はまだ動ける。それならまだマシな動きが出来る。間に合わせることが出来る。そして、

 

 

 戦場の状況は完全にOの字となり泥沼の消耗戦になりつつあった。途中、帝国艦隊の分艦隊旗艦が一隻撃沈したらしいが戦況としては何の変化も生み出さない。中途半端な離脱開始は相手に付け込む隙を与えてしまう。両軍の司令官に焦りの色が見え始める。  何か、何かタイミングが欲しい。

 

 そのきっかけを作ったのは帝国艦隊側だった。後軍に控えていた輸送艦から非常艇で乗員を無理やり脱出、他艦艇に収納させた。無人となった輸送艦はプログラム通りの動きで最後尾に移動し、おもむろにその荷物を放出した。

 

「前方敵輸送艦らしきものから大量の物資放出を確認。一部機雷の反応有り」

 

 パトロクロス艦橋、ヤン以外で唯一活動できる士官であるラオ中佐が報告する。

 

「了解。これでおしまいという事だ。全艦に通達、前方の荷物を左に曲がって回避。そのままO線上から離脱」

 

 ヤンが素早く指示を出す。どうやら相手がきっかけを作ってくれたらしい。同盟艦隊の方向転換を確認したのか、帝国艦隊はその逆方向に進路を変更する。

 

 

「助かった、のか?」

 

 フレーゲル少将が全身汗だらけで司令官席に座っている。起き上がる気力すらない。

 フレーゲル部隊は後方から迫る第二艦隊の砲火にじわりじわりと削られていた。反対側のエルラッハ少将は削りきられて戦死したらしい。

 

「言わなければよかった」

 

 フレーゲルもまた、二個艦隊撃破の余韻に酔い、三戦目を主張していた。一戦二戦と後ろから追いていくだけで目立った戦果は無かったが三個艦隊撃破なら昇進のおこぼれにあずかれるのでは? と考えた欲の結果である。

 

 

「総司令部より、全艦へ。諸君の奮戦・奮闘のお陰でわが艦隊は存外の勝利を得ることが出来た。これはまことに皆の……」

 

 

 メルカッツからの訓示が艦内に響き渡る。"皇帝陛下の威光が云々"という装飾もなく、淡々と全員を称える言葉が続く(一応後で怒られない程度に"皇帝陛下万歳"が入った)。

 

 

 

 アスターテ会戦と呼ばれる戦いの戦闘は終了した。

 

 帝国軍

  参加艦艇:二万隻余

  参加人員:二四四万八六〇〇名

  損失大破:二七〇〇隻余

  戦死者数:一八万四〇〇〇名余

 同盟軍

  参加艦艇:四万隻余

  参加人員:四〇六万五九〇〇名

  損失大破:二万二六〇〇隻余

  戦死者数:一五〇万八九〇〇名余

 

 

 

 同盟軍は帝国軍のアスターテ星域への侵攻を退け。戦略的な勝利を得た。

 帝国軍は同盟領のアスターテ星域への侵攻を断念。戦略的な敗北を喫した。

 

 

 

 





最初(第四艦隊)と最後(第二艦隊)は必要だけど・・・ごめんね第六艦隊(間延びするし原作と全く同じ流れなのでカット)

パエッタ中将はランテマリオの時、第一艦隊を指揮して圧倒的物量差の帝国軍と1日殴りあってます。アスターテの時もアンラッキーヒットがなかったら書かせていただいた通りのワンチャンは本当にあったんじゃないかなぁ?って思ってます。艦隊レベルでラインハルト陣営の提督と互角と言える殴り合いしたのヤン・ビュコック・ウランフ・パエッタくらいなんですよ。

アスターテ会戦はこれにておしまい。じゃないんです。あと1本あります。彼の戦いを書かないといけないんですよ。それが終わったら本当の序章終了です。そのまでは黎の軌跡Ⅱを我慢して書き抜きます。

序章終了したらやる事ありすぎるんで充填期間入ります。ストックも尽きたし。

備考 某男爵、まだまだまだ巻き込まれます(笑)

※1:ヴィルヘルミナ
 帝国軍宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の旗艦
 フレーゲルは司令長官付幕僚としてヴィルヘルミナに乗艦し、安全地帯から戦場を見た事がある。
 No.4で「司令長官幕僚としてねじ込み階級を上げる予定」だったのはこの時。



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No.6 空母ハーミーズの戦い

おっさんの執筆力の限界!!


 

 

「だ~~~~めだな、こりゃ」

 

 第四艦隊所属、空母ハーミーズ艦長アームストロング・ホイットワース大佐はディスプレイを埋め尽くしつつある光源を見て呟く。数が違う、そもそも予定と違う。ここに今やってくるという事は他が来る前に俺たちを潰そうって事だ。手抜きなんてするはずがない全力で数の暴力でぶん殴ってくる。ちくしょう、なにが勝てる戦だ。湧き出る感情を抑え、彼は艦長としてやるべき事を開始する。

 

「艦長より全乗組員へ、全力戦闘準備。準備しながら聞け、今回の戦いは今までの中で最低最悪の部類に入るクソ戦闘になるだろう。艦とてめーの命を守る為の戦に徹せよ。以上だ」

 

 なんともまぁ口の悪い訓示であるが内容そのものはその通りだな、とラインハルトは思った。

 

「確か、艦では初陣だったはずだよな? 見ての通り最低の戦場スタートだ。将軍様でもない限り一人一人がやれる事はたかが知れてる。しかしやらねーよりかはやった方が遥かにマシだ。使いっ走りばっかになるだろうがやるべき事をやって生き延びろ。いいな」

 

 艦長に愚痴られているか激励されているかわからない。空母ハーミーズ艦長付士官ラインハルト・フォン・ミューゼル中尉。これが艦隊勤務の初陣である。

 そのラインハルトが緊張しつつディスプレイを見つめているとホイットワースが何かに苛立つようにガン!ガン!と艦長席で靴底を叩きつける。

 

「くそっ! 遅ぇよ!! 射程入るぞ! 命令はどうした!!」

 

 限界に近い最大戦速で突っ込んでくる敵艦隊は第四艦隊の最大射程をあっというまに乗り越えて更に突き進む。

 

「全艦総力戦準備! 準備出来次第各自戦闘を開始せよ!!!」

 

 第四艦隊司令官パストーレ中将の指示なのか叫びなのかわからない音声通信が艦内に響き渡るとそれを合図にするかのように敵先頭集団の攻撃が開始された。

 

 

 濁流というべき帝国艦隊先頭集団の猛攻は文字通り第四艦隊先頭集団を粉砕し、めり込むように突き進む。

 

「おいおい、それは駄目だそれは駄目だ」

 

 ホイットワースが青ざめた顔で(もはやディスプレイを見る必要のない)左前面に迫る戦闘光を見つめる。空母ハーミーズの位置は右翼集団の中衛、その左側だ。中央が粉砕され敵艦隊の濁流が流れ込んできたらその濁流はハーミーズのすぐ横、いや、現在位置そのものを削っていく。その濁流が尽きるまで流れ続けるのだ。

 

「覚悟きめるしかねぇなぁ。艦載機を出すぞぉ!!」

 

 その命令が呼び水になったかのようにハーミーズに濁流が向かってきた。

 

 

 艦隊の戦闘開始から二時間、ハーミーズが戦闘を開始して一時間程度。

 

 

 ホイットワースの指揮は名人、いや達人級と言っても過分ではなかった。

 空母とは直接の戦闘能力を持たない。かといって頑丈というわけでもない。そんな空母は比較的後方で身を潜め、必要になりそうになったらそそくさと前に出て頑丈な艦の陰に隠れる。そして唯一の剣にして盾となる艦載機を繰り出し敵を攻撃する。その、(前に)出る、(艦載機を)出す、(後ろに)引く、のダンスをホイットワースは完璧にこなし続ける。後ろで全部やろうとすると前線との距離が問題になる。前で陣取りすぎると後ろの艦の邪魔になる。この前後移動を間違えると最前列以外の戦闘艦の効率が落ち状況次第では一方的に殴られる事になる(※1) 前方で踏ん張るいくつかの戦艦をそうやって守り続ける。この壁が無くなると壁前提で戦う後陣はいとも簡単に崩れてしまうのだ。

 

 そのような状況下でのラインハルトの仕事は、艦長の宣言通りの"使いっ走り"だった。艦長の元には色々な情報が集まる。しかしそれは各部にある担当士官からの端的な報告やシステムから来る機械的なものになる。担当士官は詳細に報告をしたくとも時間の関係(他にだって報告したい人はいるのだ)でできない。そういう時に文字通り"走る"のがラインハルトの役目であり艦長が"聞いてもよくわからん、けど悪い予感がする"場所に走らせる。どういう状態かを実際に見て・感じて・考えて・捨て置いていいのか対処が必要なのか、必要ならばどれだけなのか? それを判断して艦長に連絡を取るのが"使いっ走り"なのだ。艦の内部然り、艦隊の指揮然り。通信・情報の集約機能は確かに便利だが実際に見て感じる事に勝る情報源は無い。危険を承知で指揮官が前面に出て自分で直接見て指揮する理由がそこにある。

 

 

「ご苦労、次は今の所無い。待機だ」

 

「はい」

 

 何度目かの"使いっ走り"を終えたラインハルトが艦橋の隅で待機し、息を整える。今さっき走ったのは艦左舷後部にある物資倉庫。担当の物資輸送班がよくわからない言い方で「オーバーワークになってるから輸送ペースを落としてくれ」と言ってきたので現地に走って状況を確認してきたのである。空母は多数の艦載機を使用する都合上、消耗品や補修部品の消費が激しい、人も沢山いるのであれが足りないこれが足りないと要求も激しい。物資はその効率上、使う所に全部用意しておく事は出来ず輸送班はその不足を発生させないように各部からの要求を集約し、物資を滞りなく倉庫から送り届ける事を任務としている。これが滞ると艦全体の効率が落ちる。かといって本当にオーバーワークだったらいつかは止まる。止まると困る。仕方ないのでラインハルトを走らせて状況を確認したのだ。そういう"使いっ走り"を何度もこなす。戦闘は秒を争うもの。艦のどこでも全力疾走。若手がやらされる訳だ、体力がないとやっていられない。

 

 息を整えたラインハルトがディスプレイの戦闘状況を確認し、眉を顰める。ハーミーズのいる領域をかすめるように突き進む濁流はまだ半分にも達していない。濁流は両翼正面も侵食しつつありこの領域は中央からの流れ物のみならず正面からの濁流にも飲み込まれるだろう。それまでに外側に逃れればなんとかなりそうだが混乱する味方はやみくもに濁流にあらがうのみで効率良く逃げようとはしない。統率すべき旗艦の反応は既に失われている。

 

 "スドン" "ズドン"と軽い騒音と振動が途切れる事なく続く。周囲で何かが爆発しているのか小さくこの艦が被弾しているのか。色々なアラームは鳴り続け、状況がはっきりとしない。 ホイットワースが手元のディスプレイを見て舌打ちを打つ。

 

「ミューゼル中尉!!」

 

「はっ!」

 

 次の"使いっ走り"か? 

 

「右舷後部第二大倉庫、輸送班長戦死!! 現地に赴き、指揮を取れ!! 復唱不要!! 行け!!!!」

 

「行きます!」

 

 倉庫で指揮する班長が何で戦死? と思うが考える暇も意味もない。行けと言われたから行く、やるべき事をやる。

 

「艦長付士官、ミューゼル中尉だ! 第二大倉庫輸送班長としてこれより指揮を執る! 最先任は誰だ!!」

 

 倉庫までの全力ダッシュをこなし、たどり着くや否やとりあえず叫ぶ。現状が判らないとどうにもならない。

 

「はいっ!」

 

 入口付近の端末に張り付く下士官が片手でディスプレイをつつき、もう片方の手を上げつつ答える。その下士官がさらに横にいる兵をバンバンと叩くと説明しろ! という感じにこちらを指さす。その兵がこちらに駆け寄り、状況を語る。

 班長は本来、(下士官がつついている)端末で各所からの物資要請を確認し、重要度を判断し兵たちに輸送を指示する。しかし、とある要求元の内容があまりにも多く異常な為、下士官に端末処理を一時的に預け現地まで突っ走ったらしい。そして通路をダッシュ中に流れてきたミサイルがドン! 最小単位の1ブロックのみを器用にぶち壊したそのミサイルは丁度そこを走っていた班長を跡形もなく消し飛ばした。説明している兵が輸送から戻る時に丁度手前ですれ違った班長を見ていたらしい。

 事情を理解し、下士官を見ると端末との格闘を続けている。

 

「あの人、端末操作苦手なんです。かといってそれ以上にこなせるのは戦死した班長しかいなくて……」

 

 先ほどの兵が呟く。なんてこった、この手の職人技術は寧ろ熟練のベテラン下士官を置いて士官班長を鍛えるものだろう? 

 覚悟を決めるとラインハルトは端末に近づく

 

「どけ! 私が変わる!!」

 

 少尉の時の勉強でそれがどういうものであるかは触っている。しかし実戦は当然ながら初めてだ。軽く深呼吸をするとラインハルトは猛然と端末をつつき始めた。

 

 

 端末との格闘を開始して1時間程度だろうか、最後に見た艦橋ディスプレイの情報のままなら濁流はあと1時間程度。これを凌げは生き残れる可能性もあるが恐らく正面からの濁流も浴びているはずだ。戦場全体は判らないがこのハーミーズも濁流に削られている事は十分に判る。ディスプレイに表示される輸送先一覧に機能停止のマークが目立ち始める。被弾などによって物理的にその輸送先が潰れているのだ。艦載機格納エリアに至っては嫌な被弾をしたのか、既に四割近くにマークが付いている。その分増えるのは応急班からの資材追加要請。そして遺体袋などの人の処理道具だ。しかし、要求ペースそのものは減少し。ラインハルトの規格外能力もあって下士官が溜めこんだストックもほぼ消えてきた。目の前の仕事が落ち着いた事に安堵し、用意されたドリンクを飲み干す。この量なら大丈夫だろうと下士官に操作を委ねようとした時、今までで一番の衝撃がハーミーズを襲った。

 

 

(これは駄目かもしれないな)

 

 艦の前方か中央か、明らかに聞きたくもない"被弾"の衝撃が襲うと同時に艦の前方に繋がる扉と言う扉が強制閉鎖され、照明は非常用ランプに切り替わる。扉の制御ランプは"赤"の点滅、それは(生命の危険があるので)解放禁止のマーク。

 

 ラインハルトはそのランプを呆然と見つめる。頭の中がスーっと静かになる。大きな衝撃。前方との遮断。その意味をゆっくりと噛み締める。端末のディスプレイに映る一覧には全て機能停止のマークが並ぶ。それはそうだ。恐らく、いや、確実にあの閉じられた扉の先には もはや何も存在しない。

 

 後ろを振り向くと輸送班兵員が呆然と立ちすくんでいる。気持ちは同じなのだろう。そしてその視線がゆっくりと自分に集まる。その意味を理解する。今、ここで、私が最上位なのだ。まだ死んではいない。ならばまだやることはある。ラインハルトは意を決すると静かに、そして力強く命じる、

 

「総員集まれ!」

 

 

 集まった人数は36名、自分を含めて37名。これが今の"運命共同体"だ。幸いにも大倉庫はその性質上、設備は充実しており非常用発電機・空調施設(酸素供給装置付き)などが内蔵されている。穴さえ開かなければしばらくは生命維持が可能だ。外は戦闘継続中であり流れ弾などで穴が開く可能性はあるがこれは運に任せるしかないし次に当たったら死ぬ。食料等に関してはここは倉庫なのだから簡単に見つかるだろう。そもそも数日経過しても救いが来なければ自軍は撤収している。宇宙に漂う艦の残骸1つ、二度と何かに遭遇することは無い。一刻も早く外部との連絡手段を確立しなくてはいけない。

 総員を集め、推測される状況を説明し、まずは倉庫内を再巡回。何か役に立ちそうなものを探し始めるが巡回を開始し始めるとすぐに後部搬入扉の存在を思い出す。人の出入り用の小さな扉とほぼ大量搬入用シャッターのセットの代物だ。確認をすると制御ランプは"緑"、使用可能である。ラインハルトは目まぐるしく脳をフル回転させ以後のビジョンを構成する。

 

 

「ここからはスピード勝負だ。まずは別動班を作る。任務は倉庫より必要物資の備蓄を確認する事。求めるのは1・生命維持(電気・酸素・飲食物) 2・宙外作業用具(宇宙服など) 3・連絡手段関係(通信機器・光学システムなど) 但し、外宙作業の実務経験者と非常用発電機&空調施設を扱えるものは何人かずつ除いてくれ。編成は、頼めるか?」

 

 端末をつついていた例の下士官に視線を向ける。疑問符を付けた語りかけだが実質的な命令だ。その下士官は当然のように頷く。思った以上に自信のある顔だ。端末弄りが苦手なだけで他は大丈夫らしい。「よし!」の一言かけると下士官は班員たちに振り向き編成を開始する。(次は……)と考えるラインハルトに何人かの兵員が近づく、

 

「外宙からの物品搬入時は大抵自分達がやってます…………」

 

 ぼそぼそと報告する。あまり顔色はいいといえない。しかし、確かにそういう要員は存在して然りだ。

 

「作業に使う専用の宇宙服や用具はあるか?」

 

「後部搬入扉の近くに」

 

「状態を確認していつでも使えるようにしておけ。お前たちの分とプラス1、私の分だ」

 

 "了解です"と彼らは少し元気になったような声で答えるときびきびと移動し始める。こういう状況下である、何かやる事を持った方が精神が落ち着く、いや現実逃避できるのだろう。指示を出し再び一人になると次の人員が近づいてくる、あれの次となると……

 

「専門は一人もいませんがそういう趣味を持っていたりする者を上から四人、という形で選ばれました」

 

 こっちは流石に当たりではない。が、贅沢をいってもいられない。

 

「二人づつ非常用発電機と空調施設へ、あの手のものには定期確認用の表示パネルがあるだろうし簡易マニュアルもどっかにくっついているはずだ。探して状況を確認せよ…………間違っても止めるなよ」

 

 選ばれた兵たちは"止めるなよ"の言葉に怯えを見せたがなんとかかんとかおずおずと作業に向かう。こっちは後ですぐ、様子を確認しよう。

 

「さて……」

 

 一人になって考える、

 

 1・外部を確認できるルートを確保する

 2・外部に己の存在を発信する手段を手に入れる

 3・それが継続可能な時間を確保する

 4・但しそれは基本的な戦闘終了後の周囲探索時間内に実施・完結しなくてはいけない

 

 戦闘後の探索は無限に行われるものではない。戦場の範囲・規模にもよるし生存率などの過去データもある。これらを元に"最低これくらい"という時間が作られておりこれらの時間は敵の襲来などがないかぎり行わなくてはいけないと定められている。士官学校(ラインハルトの場合、幹部候補生育成所)で習う内容だ。しかし、ここには自分しか士官がいない。という事はここにいる皆は「どれくらいで見捨てられるのか」が判っていない。話すと士気に関わる、この手の事はなるべく急いでやった方がいい、という事にしておくしかないだろう。

 

 そうしているうちに作業報告が次々と集まってくる、

 

 宙外作業チーム:用具確認等作業員3名+1名分、確認完了。指示有り次第、宙外作業可能

 機器確認チーム:予備電源・約24時間分、酸素・約72時間分が規定として用意されているはず

 物資確認チーム:飲食物・問題なし、宇宙服・汎用作業服と艦載機パイロットスーツが人数分以上

 

「恐らく切り札の1つがこれになると思います」

 

 そういって運び込まれたのは艦載機パイロット用の救命信号弾とその発射銃。弾は百発入りケース2つ、銃は5丁。

 

「よく見つけた。有効距離内ならこれで見逃される事は無い」

 

 救命信号弾は強力な照明弾であると共に発光時に短時間であるが強力な専用電波を発信する機能も有している。短時間なのは小型の弾内の機器で強力な電波を発信させる為にほとんど暴走に近い出力で行うからである(=短時間で壊れる)

 

「で、その言い様だとまだ切り札がありそうだが?」

 

 期待を込めてラインハルトが尋ねる。言われた兵はにやりと口を歪ませると倉庫の奥を見つめる

 

「その切り札、になるかもしれないものが来ました」

 

 何か大きな物を二人の兵が左右から支えて持ってくる。無重力だから出来る芸当である(皆は靴底の低磁気吸引システムで床に立っている)

 

「照明、なのか?」

 

 少尉時代に一通りの物は見渡したつもりだが見た事のない機器である。なので余程出番のないものなのだろう。

 

「通常のレーダー通信や誘導レーザーが使えない時のみに使う、電気式のサーチライトです。恰好つけても結局は"とても大きな懐中電灯"ですのでレーダーやレーザーが発展した今、出番はまずありません。どれくらい使わないかと言うと訓練でも使わなくて数年に1回、動作確認をするだけです」

 

 それは知らない訳だ。しかし、使える。というか使いたい。

 

「使えるか?」

 

「コネクタ自体は汎用で、操作はオンオフのスイッチと出力及び集光率を調整するバーのみです。誰でも使えます。電源さえあれば、ですが」

 

「非常用発電機に繋がるか、繋がるとしたらどれだけ電気を消費するのか、他に電力補充の方法はあるか、そういった所を確認しておいてくれ。繋げられるなら繋げておくように。でも、オンにはするな」

 

「了解しました。で、中尉は?」

 

 尋ねる兵にラインハルトは弾と銃を持って答えた。

 

「ちょっと外を見てくる。ついでに動作確認だ」

 

 

「出番だ」

 

 そういうとラインハルトは発射銃の入ったホルダーを人数分投げる。

 

「第一に、次の部屋(※2)への状態及び出入りの安全性を確認する。次に奥の扉を開き外宙との出入りを確認する。外宙で艦の状況及び周囲の確認を行う。ついでに照明弾の試射だ。尚、外宙作業は安全性の為、部屋で作業用ロープを接続したうえで行うので扉は開きっぱなしになる。戻る時はこちらから開けるのでそれまでは倉庫から開けないように」

 

 一気に指示を言うと一人の兵を指定し二名で作業に入る。

 

「中尉、この手の作業のご経験は?」

 

「私は元、薔薇の騎士だ」

 

「あ、はい」

 

 実の所、装甲服と外宙作業着は全然違うし、基本地に足を付けた行動しかしないのでハッタリなのだが薔薇の騎士という名前はそれなりに有無を言わせない圧力があるものだ。

 最初の扉、OK。部屋の状況、OK。部屋からの開け閉め、OK。ロープ接続、OK。

 

「開けるぞ、私から行く」

 

 そういうとラインハルトは扉を開く、艦橋から倉庫に移動した時間から実際には二時間も経過していない。艦橋のディスプレイで見た状況の記憶の通りなら今頃は敵艦艇の突破が完了しているくらいの時間のはずだ。しかし、

 

「何も見えんな?」

 

 開いた扉から外を見たラインハルトだが正面にはそれらしいものは何も見えない。身を乗り出して下(床のある方)を覗き込むと戦闘光がが見える。見えるがやや遠い。遠いし何かが……

 

「回っているのか」

 

 視点を下に固定するとわずかな戦闘光右から左に流れ行く。10秒程でまた右から左へ。結構な速度で回っているらしい。作業服の操作パネルを少し弄り、念の為に足底の磁気を強めるとラインハルトは外の壁に立ち、もう一人の兵に来るように促す。

 

「私は周辺の確認をする。お前はこの倉庫そのものの状況を確認してくれ」

 

 そう命じると再度周辺を注視し、考える。

 

(周囲に他の残骸は見当たらない。被弾などの衝撃で弾かれた慣性で動いている? にしては遠いぞ。となると戦闘領域の移動とこれの飛んでる方向が逆、と考えるべきだ。敵艦隊を0時方向、第四艦隊を6時方向だとすると戦闘で押された第四艦隊は6時方向に流れていく。そして自分達は0時方向に飛んでいる。あの時から追加の被弾などがなかったのは比較的早い段階で敵艦隊の最後尾を追い越してしまったからだろう。位置的には最初にいた所と大差がないかもしれん)

 

 そこまで考えているとペアの兵が横に立つ。

 

「駄目です、ここ以外は壊滅。というかここのブロックだけが運良く壊れずに済んだ、と考えるべきでしょう」

 

「そうか、ブロック工法様様といった所か」

 

 同盟軍の艦艇は生産性・整備性向上の為、ブロック工法を多用している。ブロックの中にはもはやユニットと言えるレベルの独立性を持ったものもあり。この倉庫もそういったパターンの一つで他艦種にも採用されているしこれだけを連結させて簡易輸送艦として運用されていたりもする。彼らがこの倉庫で穴が開かなければなんとか生きられるのはこの為である。

 

「助かるのでしょうか?」

 

 兵が尋ねる。意外と恐怖感は見えない、勇気があるというよりもマヒしつつあるといったっ感じだろう。

 

「これが彷徨っている場所が探索範囲に入るかどうか次第だ、祈るしかあるまい。銃の試射をしたら戻るぞ」

 

 銃の試射を行い、倉庫まで戻る。注意点を述べて次のペアを外に出す。こちらは両名の状況認識と銃の試射である。

 

 

(さて、あとは見張りをどうするかと見つけたらどうするかだ)

 

 外を見て直には無理、と悟ったので焦ってもどうにもならない。ペアだった兵に外に出た二人の補佐とその後の待機を命じてラインハルトは非常用発電機に向かう、先ほどのサーチライトが気になるのだ。その場所に近づくとサーチライト担当になった兵が腕組みをしながらサーチライトを睨みつけている。ラインハルトが近づくのを確認すると歩み寄ってくる

 

「どうだ?」

 

「良い話が2つ、やや悪い話が1つ、とても悪い話が1つあります」

 

「良い方から順々に聞こう」

 

「汎用コネクタで繋げられます」

 

 うん、良い話だ。

 

「非常用発電機の蓄電ユニットが艦載機のそれと共通です。在庫も見つけたのでユニット交換で数日は電気は持ちます」

 

 良い、非常に良い。

 

「コネクタの長さが足りず、扉の手前まで届きません。シャッター手前までは届くのでシャッターを開ければ照射できます」

 

 空気流出を何とかすれば出来ない事もない、と。

 

「必要電力が発電出力ぎりぎりなので照射すると恐らくは他の機器、全部落ちますし蓄電ユニットが短時間で空になります。落ちない所まで消費電力(=光度)を落とすと多分役に立ちませんしそれでも大した時間延長にはなりません」

 

 ちょっと待て。

 

「文字通りの最終兵器というわけか」

 

 頭を抱えたくなる気持ちをぐっと抑る。

 

「本来は所定の位置にある主回線からの電力コネクタを使うものですので……」

 

「…………とりあえずは何時でも動かせるようにはしておいてくれ」

 

 その場を立ち去り、倉庫内を(何かいいものはないか?)と彷徨うと物資確認班が使えそうなものを一箇所に集約している。

 

「何が集まったか教えてくれ」

 

 ラインハルトが尋ねると下士官が数枚の紙を手渡す

 

「結果的に言うと、報告済みに追加できるのは発動機に流用できる蓄電ユニットと汎用作業服&艦載機パイロットスーツ用ボンベの空気補充機くらいです。あとは艦載機用を筆頭に機器類は単独稼働不可能の物ばかりです。見つけたものは一通りお渡しした紙に書いています」

 

 下士官の説明を受けるとラインハルトは紙に書かれたリストを見る。閃くものは、無い。

 

「了解した。空気補充機の動作確認をして全ての汎用作業服&艦載機パイロットスーツに充填済みボンベを用意しておいてくれ。ボンベはいくつあってもいい。準備出来次第、全員それに着替える」

 

 指示を出し、後部の扉まで戻る。戻るまでの間に今後の行動を全てまとめ上げる。扉まで戻ると待機している要員は二人。

 

「もう一人はどうした?」

 

「勝手ながら、一人外で待機しています。ボンベの関係もあるので2~3時間で交代のローテになります」

 

「プレッシャーとの戦いになるが、大丈夫か?」

 

「外の方がむしろ開き直れるんです。こっちにいると現実に戻されそうで。大なり小なり三人とも同じです」

 

 あまり良い理由ではないがこれは元々やらねばならない事だ、向こうから申し出てくれる事は非常にありがたい。

 

「では、正式に命令する。外宙作業班三名は三交代、一回二時間で見張りを継続せよ。光源の接近を見たら即報告。交代後は別途内容の有無に関係なく報告を入れる事」

 

「外宙作業班三名、これより三交代にて外宙見張りを実施し、光源接近及び交代都度報告をいたします!」

 

「ほかにも外宙作業経験者を追加できるかは確認しておく。それまでは三人だが頼むぞ」

 

 

 色々とやってきたが結局は救難待ちの基本に集約された。見張る、見つけたら全力で合図を送る、だ。問題は全力で合図(照明)を送ったら(シャッター開けるので)倉庫内の空気は空になり、電気はほぼほぼ使い切るという事だけだ。しかし、やらずに尽きるよりかはやるだけやって尽きた方がマシだ。"生き切った"結果がこれだというのならせめて手に届く範囲の事はやり切らないと"生き切った"事にはならない。

 ラインハルトは各員に事前準備の最終決定を伝える。

 

 ・汎用作業服&艦載機パイロットスーツは常時着用。ボンベも即使用可能にしておくこと。

 ・常時見張りを実施(経験者を追加して複数人数で実施)

 ・光源を発見したらラインハルト・下士官・サーチライト担当で作戦実施を判断

 ・全員汎用作業服&艦載機パイロットスーツのボンベを作動。後部シャッターオープン、照射実行

 ・救命信号弾は半分を袋詰めして設置、爆破する事で巨大照明弾として使用。残りは状況に応じて銃で連打

 

 照射実行は即断即決にしないと機を逃す可能性がある。この実行は実質"残り寿命=ボンベ残量"になる事を意味する。その旨を説明し、覚悟と了承を各自から得る。後はただ、待つだけだ。

 

 

 

「見張り、交代しました。光源発見無しです」

 

「ご苦労。休め」

 

 

 時間を確認する。予想していた戦闘終了時間から考えると、もうそろそろ"限界"の時間だ。この限界の時間は損傷した艦艇、負傷した人員の状態から計算されたものであるがもう一つ、精神の限界というものもある。一ヵ月二ヵ月生きていられる環境があっても戦闘終了から半日一日救援が来ない場合、それはほぼ絶望となる。艦隊戦というのは民間船ルートを塞ぐ場所で行わないというのが暗黙の了解といわれている。残該等でルートの危険度を上げない為などと言われているが敵地でも適用されるあたり、フェザーン経由で非公式のルール作りでもされているのであろう。この戦いもそういう場所で行われている。一度救援活動が打ち切られ、撤収が行われたら次に同地が戦場にならない限りそこには何も訪れない。

 

 時間はさらに経過する。とっくに限界時間は越えている。士官は私だけなので経験者でもいない限りそれを知っているのは私だけのはずだ。私が動揺を見せない限り、他の者たちはそういうものかとしばらくは耐える事が出来るだろう。皆はやれる事が無くなったのか思い思いの場所に佇んでいる。限界を越えてはいないが会話する元気は既に失われているようだ。

 

「結局は誰でも出来る事をやっただけか。情けない」

 

 思わず愚痴の一つでも出る。

 

「それは違うと思います」

 

 顔を上げると一人の兵が立っていた。休むきにもならず、歩き回っていたのであろう。軽い仕草で隣に座るように促す。その兵は隣に座るとぼそぼそと語り始める。

 

「僕は兵です。勤めはじめたばかりの言われた事しか出来ない、いや、やらせてはもらえない末端兵です。でも、軍隊の兵隊なんてみんなそんなものだと思います。たとえ技術力を持っていたとしてもそんな兵隊さん達に、兵隊さんの何十分の一何百分の一しかいない兵隊じゃない人が何かを命令して、それで初めて何かが出来るんだと思います」

 

 ただ静かに聞く

 

「一度何かをやれば次にやる事を思いつくかもしれません。でもやっぱり最初に何か言ってくれないと駄目です。だからあなたが命令してくれたからこそ、ここまでの事はやれたんだと思います」

 

「私は、士官としての義務を果たせたかな?」

 

「はい」

 

「……ありがとう。あと、上官に"あなた"はだめだぞ」

 

 そうか、それは良かった。

 

 

 

 

 

「光源発見!!!!!」

 

 

 

 

 

 ……なるほど。やるべき事をやったわけだ。私も、彼らも。

 

「さぁ、言っておいた事をやる準備をしなさい」

 

 隣に座る兵に語りかけると私も動き始める。

 

「総員、ボンベ使用準備!! サーチライト使用準備!! 照明弾全部持ってこい!!」

「どういう光源だ!」

 

 命令を叫びつつ後部搬入扉まで走る。

 

「定期的に誘導レーザーかビーム砲かを光らせてます。連続ではないので戦闘ではありません。見つけてもらう為の光です」

 

「確認する! その間に下士官とライト担当を呼べ! 最終確認をする!」

 

 言うだけ言って私も外宙に出る。私を確認して見張りが正面を指さす。

 

「最初に見た方角を考えると光源は"下"じゃないのか?」

 

「微妙ですが縦回転もしていたようです。今なら正面、そこ(シャッター)からも正面です」

 

 正面を見つめる。ただ見つめる。…………!!!!!!! 

 

「光った!!」

 

「それです!!!」

 

「よし!」

 

 まだかなり遠いが光っている。

 

「下士官とライト担当の準備が出来ました」

 

 中から連絡が来る。一旦全員部屋に入って外扉を閉め、二人を部屋に入れる。

 

「扉で多人数は危険だ、外のシャッターを開けるぞ」

 

 倉庫側の扉を閉め、ロープを確認しシャッターを開ける。部屋から外部が丸見えとなる。皆で見つめる。ただ見つめる。

 

「見えた!」「確認しました!」

 

 下士官とライト担当がそれぞれ反応する。

 

「心なしか少し近づいている気がします」

 

 最初から見続けている見張りが高揚した声で付け足す

 

「いくか?」

 

 手短に、最重要確認を投げかける。

 

「いくべきだと思います」

 

 と、下士官。

 

「どうせ次は無いでしょうから」

 

 と、ライト担当。

 

 決定である。

 

「サーチライトを使う! 準備するぞ!」

 

 見張りを残し、下士官&ライト担当と共に倉庫に戻った私の宣言で班員が最後の作業を開始する。

 

 サーチライトのコードを限界まで伸ばし、後部シャッター前に本体を固定する。総員がボンベ装着、空気が正常に得られることを確認する。そして、

 

「シャッター開け!」

 

「シャッター開きます!!」

 

 シャッターが開かれ、倉庫の空気が流れ出る。一度空になればシャッターを閉めても空調施設が空気を再充満させる前にボンベが尽きるだろう。

 

 開かれた外宙を見つめる。光るのを待つ。

 

「光った!」

 

「照射始め!!」

 

 私の合図とともに全員がサーチライトに背を向け、倉庫内を向く、そして目を閉じる。背中に光を感じる。十秒程で照射を止める。

 

「外の反応を見張れ! あと、電源の消耗状態を知らせろ!!」

 

 命令を出しながら外を見る。一発で反応とはいかない。

 

「電源、同じ時間で二回目は行けます。三回目は途中で切れます」

 

「二回目終わったらユニット交換しろ! 交換後は少し短くして三分割で使い切る! 以後、交換終了連絡のみをせよ!!」

 

 光る、照射する、止める、見張る、光る、照射する。

 相手が遠ざかっている気配はない。かといって大きく近づいている気配もない。見つけてもらったわけではない、探索ルートがたまたま近いだけ。気づくか? 気づいてくれるか? 

 

「ユニット、あと二セット」

 

 電源班からのタイムリミットが告げられる。照射間隔を開けるか? 

 

 

「光った!    いや、光り続けてます!!!!!」

 

 

 その叫びを聞き、意味を理解した班員たちが歓声を上げる。

 

(やり切ったぞこの〇×△□野郎!!!!)

 

 思わず薔薇の騎士時代の口撃が出そうになる。来て欲しい相手(敵)を引き寄せるおまじないだ。

 

「照射と照射の間隔を開ける。相手は見てくれている。長持ちさせる事を優先するぞ」

 

 次の照射をする。停止して様子を見ると光り続けるそれから更に光が吹き出す、艦首ビーム砲の斉射だろう。「見ているぞ」という明確な意思表示だ。次の照射をする。ビームが放たれる。明らかに近づいている。照射の残りが二回になった時。

 

「何かが急速接近!!」

 

 光っているそれとは別の小さな光がいくつか見える。その小さな光はこちらを探しているのか蛍のように漂う。

 

「これが合図だ。…………持っていけ!」

 

 照明弾の詰まった網袋をぶん投げ、手ごろな位置でブラスターで打ち抜く。連鎖して爆発する照明弾は蛍を呼び寄せる甘水となる。

 

「おーい、聞こえるかー! ってうるさいうるさい! 代表者だけが喋ってくれ!!」

 

 その光、同盟軍艦載機スパルタニアンからの声。オープンチャンネルでの通信の為、全員の叫びが入ってしまったのだろう。少し間を置いて私はゆっくりと話しかける。

 

「空母ハーミーズ所属、ラインハルト・フォン・ミューゼル中尉以下総員37名。救援に感謝します」

 

 私の初陣が終わった。それは本来行われる救援作業時間を大きく超えた時刻であり、私達は総司令官代理ヤン・ウェンリー准将が厳命した「通常の倍の時間、探索せよ」の号令によって行われた追加作業、その終了三十分前に発見された最後の生存者達であった。

 

 

 

 

 

「さて、次の勤務地は可能な限り要望を聞いて良し、と許可はもらっている。どういう所がいい?」

 

 私はこの一連の功績で大尉となった。出兵前に中尉になって帰ってきたら大尉。どうも実感が湧かない。しかし、あのヤン・ウェンリー准将は有名なエル・ファシルの一件で大尉になって数時間で少佐になったらしい。それに比べたら一回は仕事をしている分、マシなのかもしれない。

 

「どこにでも。と言いたい所ですが可能でしたら今回恩を受けた場所で働かせて頂きたいです」

 

 その回答に目の前の人、アレックス・キャゼルヌ少将は"にやぁ~~~~"っと悪魔的笑顔を浮かべる。彼はメモ帳を取り出すと何やら書き込んで手渡す。艦隊司令部ビルのとある一室、そして

 

「第一三艦隊司令部付? 第一三艦隊とは何なのでしょうか?」(※3)

 

 二個艦隊が再起不能な損害を受けたのに一三個目の艦隊? 

 

「正式な辞令などは後日出す。とりあえずいけばわかる。うん、わかる。ひじょ~~~に満足、且つやりがいのある職場になると思うぞ」

 

 キャゼルヌ少将が何かをもう我慢できないという顔でささやく。なんだかもうわからない状況だが断れる雰囲気でもない。

 

「第一三艦隊司令部付、謹んで拝命します」

 

 

 次の勤務地が決まった。その足で艦隊司令部ビルに向かい、指定された部屋の前に立つ。

 

 第一三艦隊司令官室(仮)

 

((仮)ってなんだ。しかもここだけ手書き?)

 

 満足どころか不安しかないのだが、ここまで来てそれを考えてもどうにもならない。せめて最初の挨拶くらいはしっかりとしよう。そう考えて私は扉を叩いた。

 

 

 

 




<<おまけ的小話は活動報告の 備忘録みたいなもの に書いてます>>


分割タイミングを計れなかった・・・・・・
会話の一部は宇宙服等に短距離通信会話機能があると思ってくれい。でないと外宙作業なんて出来ないからな。
サーチライト作戦中の電源確認などは原始的な懐中電灯でやってると思ってください。

最初の話は駆け足ですし、アスターテ会戦本戦は原作見つつ書けました。ということで"自分の実力通り"の作品はこのレベルになります。なので(そんな人はいないと思いますが)過度な期待はしないでくださいw

これで一応、序章は終了。次はイゼルローン攻略です。といっても攻略そのものは原作と全く同じ流れなので第六艦隊です(その言い方やめろ)

充填ターン突入です。次からオリキャラ沢山と原作ラインハルトに抜擢されてない状態の原作キャラが出続ける事になります。同盟側にもオリキャラは必要なので合計で何十人レベルでオリキャラ作成・原作キャラ調整が必要になります。とても時間がかかると思いますので期待をせずにお待ちいただければと思います。


※1:空母の戦闘の作者解釈
 これに失敗した最悪の事態がアムリッツァでヤンにボコられたビッテンフェルト

※2:次の部屋
 倉庫と最外扉の間にある部屋、宇宙空間で直接物の出し入れを行うために使う。
 最外の扉を開き外から侵入し、開けた扉を閉める。次の扉(倉庫から見て最初の扉)を開けて倉庫に入る。倉庫からの搬出はその逆。両方開けると外宙と倉庫が直結し、倉庫の人が死ぬ。

※3:第一三艦隊
 ラインハルト着任時、第一三艦隊はまだ正式発表前、という作者設定となっています。なのでラインハルトにとってまだ第二・四・六艦隊は会戦後の状態ですし。"司令部付き"と言われただけで第一三艦隊にどういう人たちがいるか判っていません。


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第一章
No.7 理想と現実


すいませんがすっ飛ばします。
特に違う事を書く意味もネタもないので。


 

 

 "祝・イゼルローン要塞攻略"

 

 垂れ幕がはためく道をパレードは進む。その中央を進むオープンカー、後部座席に座るのは二人。一人は統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥、そしてその横に座るのが悲願のイゼルローン要塞攻略を成し遂げた第一三艦隊司令官ヤン・ウェンリー少将。黒のサングラスをかけ、静かに佇む英雄の姿を一目見ようと道行く道に人が溢れ、ビルというビルの窓からカメラが狙いを定める。

 

「…………………………」

「我慢する事だ(苦笑)」

「高々と辞表を掲げたいですね」

「頼むからやめてくれ」

 

 ヤンの性格をよく知るシトレはこの行事の後にやらないといけない事も知っていた。それに対するヤンの気持ちも考えれば本当に辞表を掲げる事もやらかしかねない。しかし同時に正規の手続きを壊す事をしないという事も知っている。なのでなんだかんだとシトレが宥めるしかないし、ヤンもそれに乗るしかない。結局はこのやり取りも気を紛らわせる茶番、そういう意味ではシトレもヤンも同じくらいにこういうものは好きではないのだ。

 

 

 

「魔術師ヤン!!」「奇跡のヤン!!」

 

 自由惑星同盟の首都ハイネセンに帰還したヤン・ウェンリーを歓喜の暴風が迎えた。

 式典・広報・パーティー・インタビューetcetc 怒涛の大行進が周回ゲームのようにぐるぐるまわる(これでもシトレ元帥が「仕事に差し支えがある」と控えめにしてもらっている) そして暴風も静かになり後始末も終わり、帰還から二ヵ月程経過した八月の上旬、その"稀代の英雄"ヤン・ウェンリー率いる第十三艦隊の面々は

 

 

 

 暇だった

 

 

 

「魔術師ヤン!!」「奇跡のヤン!!」

 

 TVに映し出されるその映像を見てフレデリカは己の失策を悟る。ヤンの不機嫌の種であるこの手の映像を避ける為、彼女は番組表を常に控えていたのだか最近の暇加減に気が緩んだのかついつい無意識にリモコンのスイッチを入れてしまったのである。彼女の背後から"不機嫌オーラ"が流れてくる。そのようなものを感じる事など出来ないのだがそうである事ははっきりと判る。とりあえず違う局に……と適当な番号を押すが……

 

「(ナレーター)かくしてエル・ファシルの英雄はアスターテの英雄となり、遂にイゼルローンの英雄となったのです」

 

 更なる追い打ち、完全に止めである。背後からのオーラが更に増した事を感じ。フレデリカは

 

 "ブチッ!"

 

 とりあえずTVの電源を落とした。

 

「本当に、嫌いなのですね」

 

「大嫌い!!!!」

 

 フレデリカの呟きに「ピーマンは好き?」と聞かれた幼児の回答が如きの元気な返答をよこしたのが英雄ヤン・ウェンリーその人である。

 

「そもそもさ、もう二ヵ月は経過しているのに何でまだ流れているの。こんなのを何回も見ても意味ないでしょ。しかも事のついでとばかりに過去のも"再放送"してる。アスターテはまぁ近いから仕方ない、エル・ファシルも百万歩譲って許そう。でもね、何で今更士官学校の時の映像まで流すのさ。"秘蔵映像発見です!"って秘蔵どころか黒歴史発掘だよ、これは」

 

 普段はなにかとゆったり話すヤンとは思えない早口でまくし立てる。その苦情を聞いて近くのデスクで作業をしていたラインハルトが何度も頷き、同意を示す。

 

「判ってくれんだ。うんうん。嬉しいねぇ」

 

 もう只の気のいいお兄さん状態である

 

「私も、アスターテの時は色々と大変だったので……」

 

「あ、そうだったんだ」

 

「「え?」」

 

「ん?」

 

 同時に発せられるフレデリカとラインハルトの驚きにキョトンとした反応を示すヤン

 

「本当にメディアをご覧になってなかったのですね。大尉の救出劇は本来の救助活動時間を越えて、更にその終了直前の出来事でしたから閣下と同じで(敗戦を紛らわせる為に)メディアでも何度か報道されていたのですよ」

 

 フレデリカが唖然としながらも説明する。

 

「私の命令の結果助かったって聞いて嬉しかったけどそういう苦労もしてたのか。知らなかったなぁ」

 

「私は閣下が気を使って話題に上げられなかったものかと。あの手のメディアの行動は私もやはり苦手ですし……」

 

「大尉は、うん、私なんかと違ってメディアの見栄えも凄くいいからね。メディアにとっても見逃せないだろうねぇ。苦労したでしょ」

 

 その顔立ちは当然ながら薔薇の騎士で鍛え上げられたその体、二十歳にて既に大尉と誰がどう見ても超優良物件である。個人、組織、色々な所が見逃さないだろう。

 

「一応それらの事は軍と亡命者支援事業所の方々が対応してくれたので早めに収まりました。けど、私自身は文字通り九死に一生を得た身ですのである程度そういう対応にも覚悟を決められますが如何せん姉上の職場まで来てしまうのは…………」

 

 ラインハルトがため息交じりに呟く。ヤンにはこれといった親族が身近にいなかったのでそういう事はなかったのだが姉がすぐ近くにいるとなるとメディアにはいい餌にしかならない。しかもラインハルトの姉想い(口には出さないが誰から見てもシスコンレベル)は彼を知る人たちの中では周知の事実である。

 

「あのお姉さんかぁ。確かにメディアからしてみたら取材もしたくなるだろうけど、一般の方の職場は駄目だねぇ」

 

 ラインハルトの姉、アンネローゼ・フォン・ミューゼルはラインハルトの五歳上で現在二五歳。某ホテル併設の菓子店にて働く菓子職人としてその筋では名が通るようになってきている腕前だとか。ラインハルトの新しい配置先に命の恩人が二人(救助指揮者フィッシャー&救助命令者ヤン)いると知って居ても立っても居られず大きなケーキ箱を両手に持って(ラインハルトに知らせずに)司令部に電撃訪問してきたのである。

 

「姉上の方も店の人とかが対応してくださって事なきを得ましたがもし顔が知れ渡ってしまったら、姉上に変な虫が寄り付くかもしれません。それだけは断固阻止せねばなりません!」

 

 何よりも姉を優先するその姿勢、「そこだぞ」という突っ込みを抑える程度にはヤンとフレデリカにも人情はある。

 

 

「それにしても……、本当に現状の勤務状況で良いのでしょうか? 艦隊の扱いもそのままですし、何より閣下がそのままというのは?」

 

 フレデリカが不思議そうに言う。イゼルローン要塞攻略を成し遂げながらヤンが少将のままなのが納得いかないらしい。

 

「私もそう思います。シェーンコップさん、いえ准将は大佐から昇進しました。他の薔薇の騎士幹部も同時に昇進です。人事が動いていないという事は無いと思うのですが……」

 

 こちらはラインハルト。やはりヤンの未昇進を不思議がってる様だ

 

「私の事は色々あるから置いとくとして勤務状況についてはもうそろそろ動きがあるはずだ。君たちもうん、まぁ、噂は聞こえているだろう?」

 

 ヤンの返答にフレデリカとラインハルトの表情が変わる。気が緩みがちな最近であるがそれでも口には出さないようにしていた噂

 

 

 

 帝国領への大規模侵攻

 

 

 

「本当に、出来るものなのでしょうか?」

 

「ここだけの話だ。どう思う、大尉? ちなみに私は駄目だと思っている」

 

 ヤンのぶっちゃけトークに思わず目を丸くするラインハルト、しかし短いながらも司令部勤めでヤンが"こういう人"だとは理解しつつあったので己の考えを慎重に紡ぎだす。

 

「少なくとも、今攻勢に出る事はまだ利を得られないと思います」

「まず一つ目に情報、長い間侵略をしてきた帝国と違い我々は帝国領の詳細を知りません。少なくとも綿密な事前偵察が必要となります」

「二つ目に同盟の国力、長期の防衛戦は国を大きく疲弊させています。その状態で防衛よりも負荷のかかる攻勢を続ける事は出来ません」

「三つ目に帝国との国力差、帝国の国力は同盟よりも大きいです。攻勢を図るとしても痛み分けでは敗北です。国力比以上の勝利を得る手立てを見つけなくてはいけません」

「これらの事を考えるとしばらくの間、守勢に徹して国力を回復させ、その間に帝国領の偵察を実施。さらに工作等を行い分断を誘い、有利な状況を作り戦果を拡大。それを何度か繰り返し、国力比を少なくとも同等の所までもっていかねばなりません」

 

 今度はヤンとフレデリカが目を丸くする。

 

「お見事。来たらやらないといけない防衛戦とは違い侵攻戦は時を選ぶことが出来る、そして少なくともその時は今ではない。せっかくイゼルローンという壁が出来て負けないだろうという状況になったのだからそれを有効活用して落ち着かせればいい。建国して370年くらい、戦争を開始して150年ちょっと。国力が有利なはずの帝国が150年かけても同盟領に恒久的な占領地を作る事は出来なかったんだ。これからの事はそれこそ再び150年がかりくらいでやっていけばいい事さ、焦らずにね。そうなれば私も悠々と年金生活に入れるさ」

 

 最後になんか物騒な事をつけ足してヤンが評する

 

「途方もなく気の長いお話ですね」

 

 フレデリカが呟く、まさか次の世代に任せるとかではなくその一生すら飛び越えた先に対応を飛ばすとは思わなかった

 

「人類の歴史で考えれば100年や200年はあっという間さ。けれど…………そこまでは待てないみたいだね」

 

 視線の先にいるラインハルトははっとした顔でヤンを見つめ直す

 

「…………はい。少なくとも私の人生の間には何かしらの結果は得たいと思います。その、やはり、帝国に対しては一般の方とは違う感情を持っておりますので」

 

 ラインハルトが気まずそうに答える

 

「それに関しては私から何も言う事はないよ。それこそ帝国とは違う、同盟の、民主主義国家としての"思想の自由"というやつさ」

 

「ありがとうございます。それでも今は忍耐の時です。何かを仕掛けたいという気持ちが無いというのは嘘になります。けれど一個人の考えで億単位の人を巻き込むわけにはいきません。そもそも一個人に出来ることなどたかが知れています。国全体の意識が向かないとそういう一大事業は成り立たないでしょう」

 

 ラインハルトがにこやかに答える。元帝国人として帝国に特別な感情があるのは仕方ないだろう。それでも彼は亡命して10年、人生の半々を帝国と同盟で過ごした事になる。良い意味で彼のDNAには過去から現在にかけてその10年しか民主主義が刻まれていない。そのまま良い方向に育って欲しいものだ。そうヤンが思っていると個人携帯に反応があったのでそれを確認する。良く知る先輩からのメールには短い一文のみが記されている。ヤンは携帯を置くといつになく深刻な顔で二人に告げた。

 

「どうやら現実は理想通りにはいかないみたいだよ」

 

 目の前に個人の感情で多数の人に迷惑をかけてはいけないと言った元帝国人がいる。しかし、多数の人への迷惑を考えず個人の感情を優先する。そういう同盟人が動き、そういう同盟人達が決定する。その結果がもたらしたものは……

 

 

 

 "From:アレックス・キャゼルヌ To:ヤン・ウェンリー 本文:統合作戦本部に出兵編成指示が発せられた。決定事項だ。"

 

 

 

 




何をアラビア数字にして何を漢数字にするか、はっきりしませんね。これからも変に混ざると思います。

ラインハルトの生活は帝国同盟半々になりました。けれど記憶の無い幼年期を考えると既に同盟の方が濃く生きているといえるでしょう。原作で彼の思想なりなんなりが決まった(歪んだ)のはアンネローゼが宮廷に入った事が契機です。それが発生せずに同盟で育った彼の政治的精神構造は原作のそれとかなり異なるものになっていると思ってください。まぁ、根本にあるもの(シスコン・朴念仁)は変わりありませんがw

ちなみにラインハルトがデスクでしていた作業は仕事ではなくフィッシャーの作った第十三艦隊機動運用データの熟読です。標準運用データに対して綿密に修正の施された最高級謹製データを彼は貪るように吸収してます。


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No.8 一三〇億人と一一人と六人

何度も書いてる気がしますがアラビア数字と漢数字、どうしてもぬぐいきれない違和感の正体は多分縦書きと横書きなんだと思う。
開き直りと言うかテストというか当面の間、漢数字に統一してみます。尚、原作においても11が十一だったり一一だったり11だったりするので皆様が納得いく形にする事は不可能だとお考えください。


 

 

 一三〇億人の人口を抱える自由惑星同盟は多数の自治州によって構成される連合体であり合衆国や連邦といった分類に属する国家となっている。中央政府はそれらの自治州共通となる基本法の制定、州間の調整、軍等の一括管理が必要な組織運営などを責務としている。議会は各州から選出された議員によって運営され、議員は合計九つある委員会のいずれかに属し、その委員会内で指定された代表が委員長となる。この九名の委員長と公選にて選出される議長、そして議長に指名権のある書記を含む一一名が自由惑星同盟最高評議会と呼ばれる一三〇億人の方向を決する意思決定機関である。

 

(これは本来、最高評議会のみで決定させるものではない)

 

 財政委員長として最高評議会に参加せねばならないジョアン・レベロは重い足取りで会議室に向かう。

 

(かつての最高評議会は意思決定の最終確認・調整を行う機関であった。しかし今は意思決定そのものを行う機関になっている)

 

 まだ国全体に民主主義の理想が残っていた時代。政治の中心は各委員会であり議会そのものであった。諸問題に対し各委員会がそれぞれの立場で内容を検討しそれをさらに議会全体ですり合わせる。最高評議会はその結果の最終確認・調整のみを行い、議会による正式な決議進行を主導する。それが自由惑星同盟の政治であった。

 しかし、時代と共に政治に濁りが紛れ込む。これは各州と中央政府の温度の違いによって加速されていった。前線に近いか遠いか、生産なのか消費なのか、資源なのが農業なの工業なのか、州毎の特色の違いは全国規模の政党を育む土嚢とならずそれぞれの特色を取り込んだ非全国規模のローカル政党を生み出す。そしてそのような環境で選出された議員の集まる中央政府は統一した意思を持つ安定した大型政党の成長を更に妨げ、多数の小中政党などの合流・分裂などを生み出す事になる。その結果として発生するのが妥協・なれ合い・玉虫色、誰もがよく知る文言に彩られたいわゆる"なあなあ"の世界なのである。

 "なあなあ"の世界は積極性を失う。徐々に活動力を失う議会に対し良き政治の上澄みとして未だ志を失っていなかった最高評議会は評議会決議として議員に、委員会に国としての道を示すことにした。願わくばこのこの行為が彼らの背中を押し、自らが再び自らの足で歩み始める契機となるように。しかしこの行動は議会に一定の歩みをもたらす事が出来た半面、"依存"という猛毒を生み出す。そして議会からの「評議会決議が無いので動くことが出来ない」という言葉を聞いた時、最高評議会はこの国の民主主義が死んだ事を悟った。こうして一三〇億人の意志の決定は一一人の最高評議会の手に委ねられるようになった。尚、今日この日の時点においても最高評議会の評議会決議は法的拘束力を持っていない。

 

 

 その日、宇宙歴七九六年八月六日の会議のひとつに軍部から提出されたという帝国領出兵案についての可否を決定する、という事が上げられていた。そもそもイゼルローン要塞攻略から二ヵ月以上経過しているにも関わらず政府はその後の方針を定めていない。それに対し、統合作戦本部は沈黙を守り続けた。攻めるのか守るのか、政府の指示なく重要事項を勝手に決める事は出来ず精々内々に方針決定を嘆願するのが関の山であった。民主主義国家の軍隊として政と軍にはそれだけ大きく乗り越えてはいけないラインがあるのだ。

 しかし、そのような制限下にも関わらず軍の一部将官から最高評議会議長に直接帝国領出兵案が提示された。自由惑星同盟において軍の最高司令官は最高評議会議長である。なので建前上は政治のトップである最高評議会議長ではなく軍のトップとしての最高司令官への意見書としての提出であり政と軍を跨がない、軍内部としての話である、という事だ。この意見書を最高評議会議長ロイヤル・サンフォードが紹介し、会議の議題の1つとした。あくまでも軍部にある話の紹介であってロイヤル・サンフォード個人の発議ではない。責任の所在をあいまいにする玉虫色の極みと言える提案であった。

 

 この発議に対し、最高評議会の半分以上が会議の流れを見極め勝ち馬に乗ろうと積極的な発言をせずに様子をうかがう。会議は反対派の財政委員長ジョアン・レベロと人的資源委員長ホワン・ルイ、賛成派の情報交通委員長コーネリア・ウィンザー夫人の対決を柱として進んだ。日頃の問題の延長線上である事からレベロとルイは具体的数値を元に国力の限界を語り、専守防衛に徹する事による国力回復を希望する。それに対してウィンザーは帝国打倒という国是を盾に反対派を批難する。その実情は数値の伴わない精神論であるが日頃から真剣に政治に取り込みすぎるが故に評議会内で浮いているレベロとルイに積極的に加勢する他の評議員は現れず、それどころかウィンザーの精神論に同調しだす有様であった。

 

「えぇと、ここに一つの資料がある。見て頂きたい」

 

 ここにきてやっと第三者が会話に参加した。それが玉虫色の権化であるサンフォード議長である事に皆は驚くがとにもかくにもその資料を端末で確認する。

 

「これは最新の評議会支持率なのだが……」

 

 サンフォードが力ない声で説明を始める。要するに「現在の支持率は過半数を大きく割っており、このままだと次の選挙で皆その責任を"落選"という形で受けとる事になる。しかし、今から一定期間内に十分な軍事的勝利を得る事が出来れば支持率は過半数を超える」と言うのだ。

 

「軍隊は!軍人の命は!その場しのぎの選挙の為の道具などではありません!!!」

 

 ルイが叫ぶ。隣に座る盟友レベロも何か言おうとしたが見ていた資料に何かを見つけたらしく目線を送りルイに「時間を稼いでくれ」と伝える。

 

「どれほどの犠牲を伴おうとなさねばならないことはあります!」

 

 ウィンザーが叫び返し、ルイと舌戦と言う名の口喧嘩が始まる。ルイはレベロの希望に応える為にあえて理論的な口論はせずウィンザーを適度に煽る事で時間を稼ぐ。

 

「皆様!これはやらねばならぬ聖戦!進まねばならぬ道なのですよ!!」

 

 ウィンザーが周囲を見渡し、一三〇億分の一一人である選ばれた人とは思えない"演説"を繰り返す。その時、ウィンザーの視線にその演説を冷ややかな目で見つめる一人の評議員を見つけ思わず叫ぶ

 

「トリューニヒト国防委員長!!この重要な会議で軍に一番近い立場のあなたが一言も意見を述べていないのはどういう事ですか!!何かおっしゃいなさい!!」

 皆の視線が国防委員長ヨブ・トリューニヒトに集まった。

 

(あの狂夫人め、厄介な事を)

 

 ヨブ・トリューニヒトはその若さと国民の心をつかむ演説才能をもって次代の指導者としての支持を集めている。そして不支持層からは中身のない言葉で人々を騙す扇動者として嫌われている。しかし、ただ口先が達者なだけで評議員の席に座る事は出来ない。彼を彼たらしめるものは裏表全てに網を張る人的コネクションがもたらす"情報"であった。彼はそのコネクションを使い、この議題の情報も前々から入手しておりその是非について既に軍内部の協力者から手ごたえを得ている。その結果は「勝引負の三択だとすると引か負。少なくとも勝ち筋は存在しない」というものであった。しかし同時にサンフォード議長が支持率に関する情報を集めている事、それを盾に流れが出兵に傾く事も予想できていた。彼にしたら賛成側に立つつもりはなく静かに流れを追って反対票を投じればそれでいい。後は出兵の失敗で自分の立場は勝手に上がる。予定よりも早い議長の椅子も狙える。それなのにあの女の当て擦りがやってきた、流石にこの状況で玉虫色の回答をしたらその後の評価に影響が出てしまう。軍の積極派という立場からは外れてしまうがベストよりベターだとトリューニヒトが反対の立場を語ろうとした時

 

「会話の途中で申し訳ないが、一つどうしても見て頂きたい情報がある!」

 

 レベロが声を上げた。今度はレベロに視線が集まる。視線が集まった事を確認し立ち上がったレベロが説明を始める。

 

「先ほどのサンフォード議長の資料には"軍事的勝利を得た場合"の予想が記されていました。しかしその詳細を見る限り支持率上昇はイゼルローン占領前の非戦闘圏や経済的に豊かな州が中心となっており、それら以外の州においては軍事的勝利を得ても支持率は低下すると予想されています。つまり、彼らは積極的な軍事行動そのものを支持していないのです。続いて先ほど私が用意した追加の資料をご覧ください。議長の資料と同じ所に用意しております」

 

 そこまで言うとレベロは発言を一区切りし周囲を見渡す。それぞれの思惑を顔に浮かべながら資料を見始めた事を確認しレベロが続ける。

 

「こちらに記載されているのは最新の世論調査の結果となります。議長の資料にて"積極的な軍事行動そのものを支持していない"とした州の調査結果をご覧ください。これらの州での議会に求める政策の項、そのトップはいずれも「経済対策」です。これが軍事行動そのものを支持していない証拠となります。また、支持率上昇となっていた州においても「経済対策」は一定の数値を得ています。国民の中で「経済対策」を望んでいる層はこれだけいるのです。今回の帝国領出兵案を否決し明確な経済対策を打ち立てる事により十分な支持率は得られるのではないでしょうか? しかも、帝国領出兵案は多数の兵員の命と予算を賭けて実施し勝利せねばいけません。しかし、経済対策は賭けではありません。確実に得られる成果なのです。是非とも本案件は否決し、経済への舵を取るべきです」

 

 レベロがゆっくりと席に座る。言うべき事は言った、後は他の評議員の良心に祈るのみ。周囲の未だ一言も発していないトリューニヒト以外の評議員の目が何か救いを求めるように泳ぎ続ける。

 

「あなたはやれ人命だ経済だとおっしゃいますが結局は政治の主導権を財政委員で握りたいだけなのでしょう。そうすれば委員長であるあなたが権力を得られるのですから。そのような利己的な誘導で会議を乱す訳にはいきません、議長直ちにこの議案を投票にかけましょう」

 

「なっ!」

 

 ウィンザーの口撃は侮蔑とも取れる内容だがレベロには評議員たちからの冷ややかな視線が集まる。レベロが反応しようとするが

 

「これ以上の論議は平行線と辿るだけでしょう。投票を行おうと思います」

 

 サンフォード議長のこの宣言で論議は打ち切られた。各評議員の手元にある投票ボタンが点灯し、投票が始まった事を示される。

 

  賛成六、反対三、棄権二

 

 帝国領出兵案は採択された。この決定に法的拘束力はない。しかしこの議決は決定として歩き始める。一三〇億人の中の一一人、その中のさらに六人のみの意志が一三〇億人の国家を動かす。これが今の自由惑星同盟の政治なのである。しかし、

 

「トリューニヒト国防委員長……」

 

 この決定を一番喜んだであろうウィンザーがそれとは逆の形相でトリューニヒトを睨む。そのトリューニヒトの席に付く投票結果を示すランプは赤、つまりは反対。

 

「私は愛国者ではあるが常に主戦論に立つという事ではない。国を愛する、それは国に必要なものは何かを求め続けるという事だ」

 

 トリューニヒトが悠然と答える

 

「ふんっ! 負け惜しみを」

 

 それだけ言ってウィンザーは席を立ち退出する。会議は終了し、その結果は各方面に知らされる。法的拘束力のないその議決は命令・指示といった形では伝えられずただそういう採択が行われたという情報だけが伝わる事になる。それだけで全ての委員会が動き始める。それは委員長にも止められない。

 

 

 レベロは放心した状態で席に座っていた。盟友であるルイも今はそっとしておくべきだと思ったのか軽い挨拶をして席を立っている。

 

「皮肉なものですな」

 

 そのレベロに声をかけたのは、

 

「トリューニヒト国防委員長……」

 

「財政のあなたと国防の私、この二人が反対したのにこの出兵は実行される。しかし実行されると一番働かなくてはいけないのは我々二人だ。反対している行動を率先して進めなくてはいけない」

 

「まったくです……」

 

 日頃、犬猿の仲と言われトリューニヒトにその通りの感情を抱いているレベロもこの言葉には(トリューニヒトの本心はともかく)同意せざるを得ない。

 

「しかし、それでも責務は果たさねばなりません。それがこの自由惑星同盟の政治なのですから」

 

 そういうとレベロは席を立ち退出する。その憔悴した背中を見てトリューニヒトは一つ予定を修正をする事にした。

 

 

 

 同じ日、統合参謀本部はヤン・ウェンリー少将が提出していた辞表を正式に却下し、先延ばしにしていた中将への昇進を伝えた。

 

 

 

 




ホワン・ルイを男(原作)にするか女(道原かつみ版コミック)にするか迷っていたのでどちらとも解釈できる台詞にして先延ばしにしましたw


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No.9 会議は踊る、されど進む

良いタイトルが思いつきませんでした。


 

 

 宇宙歴七九六年八月一二日、統合作戦本部ビルの会議室に三六名の将官が集まった。議題は帝国領侵攻作戦の詳細検討についてである。

 

(ここで「何やっても負けます無理です」って満場一致になったら全員クビになるのかな?)

 

 そのようなあるはずもない事を考えているのは三六名の将官の一人、第一三艦隊司令官ヤン・ウェンリー中将である。最高評議会で決議された帝国領出兵案はその日のうちに議会にかけられ圧倒的多数で可決された。正式決定を合図にヤンは中将に昇進し、艦隊は解散した第二艦隊を吸収し一二六〇〇隻の通常編成となった。

 議長に提出された出兵案を元に可決されたとはいえその詳細は何も定まっておらず速やかに検討する必要があった。本来、これだけの出兵規模となるとそれこそ事前の作戦立案や準備などに数か月、長い場合は年単位の期間が必要となるのだが帝国内におけるイゼルローン要塞攻略の混乱が静まる前にという名目で早期の(具体的には八月中の)出兵開始を求められているからである。当然ながら混乱云々というのは建前であり、選挙までに戦果を上げて欲しいというのが大半の評議員の本音でありのんびり時間をかけて検討されても困る。そうなってしまったら出兵する意味が無いのだ。

 出兵開始が八月中となると準備期間はもう二〇日を切っている。それだけの期間で詳細を詰めるにはどれだけ中身が粗くともその提出された帝国領出兵案を元に肉付けする方法を取らねばならず、結果として作戦詳細立案の主導権はその出兵案の作成者である一人の男が握る事になった。

 

「今回の帝国領侵攻は長き事耐え続けた自由惑星同盟にとって大きな契機であり、開闢以外の快挙であるといえます」

 

 アンドリュー・フォーク。その一人の男である二六歳の准将は誰から指名されるという事でもなく当然のように会議最初から立ち上がり、出兵案の説明という名の自画自賛を演説のように語り始めた。詳細検討の為には出兵案の内容を一旦確認する必要はあるのだが、会議に参加する面々は演説開始数分でその中身の質を悟り、演説が終わるまでの我慢を強いられる事になる。

 

(さて、問題は話を切り出すタイミングだ。事前に考えてきたとはいえ、私はこういう事が苦手だからなぁ)

 

 ヤンはその演説内容を嫌々ながら頭に入れつつその話の内容を反芻する。

 

 

 

 数日前

 

 詳細検討の会議が正式に決定しその日取りが伝えられた時、ヤン含め第一三艦隊の面々は第二艦隊との再編成が一段落した所であった。再編成そのものはイゼルローン要塞攻略直後から検討を内々に命じられており、共同訓練と言う名目で再編成後の基本訓練も終えている。

 

「こういうものは作ってから会議するものだと思うんだけどね。将官ばっかり何十人、船頭多くしてなんとやらだ。詳細決めるとか言っても決まるはずがない」

 

 ヤンが紅茶をすすりながら呟く

 

「それを言うのであれば本来は詳細を作ってから会議をしてその後に(国防委員長に)提案するものなのではないでしょうか?」

 

 最近、そちら方面の話し相手になっているラインハルトがごく自然に会話に加わる(フレデリカは二人のレベルに追従できず直接の参加を諦め、理解に集中する方へシフトしている)

 

「その最初の詳細作成すら国防委員長経由の指示で行うべきものなんじゃないかなぁ、なにせ今までの国防要綱の前提とは違った世界になったのだから。イゼルローン要塞の持ち主が変わるというのはそれだけのインパクトがある。少なくとも今年度中はイゼルローンに有力艦隊を一つ仮常駐させて今後の国防要綱はじっくり考えようって事でいいはずなんだけど現実は……」

 

「拙速というべき侵攻作戦、ですか」

 

 一瞬の間が発生する。二人は直接会話していないが"今侵攻すれば必ず失敗する"という認識は一致しており、それを前提に話は進んでいる(フレデリカは少し経過してからそれに気づいた)

 

「帝国は、どこまでやると思う?」

 

 最近のヤンはこうやってラインハルトに話を振る(この話しかけ方に妙に慣れてるのだが聞かれたヤン曰く「うちにいる子(ユリアン)がね、私にはもったいないくらい良い子でね、ついつい色々と聞いてみたくなっちゃうんだよね」との事)

 

「確実に(同盟領に)お帰り頂くだけなら、常に倍の兵力を出すだけです。指揮官はアスターテのようにならない事だけを注意すればいいでしょう。国力に優る側が余裕を持った兵力で防衛する。負ける要素がありません」

 

「そうだね、だけど政治的にはそうはいかない。帝国軍部は自領土を守る壁であったイゼルローンを失った。今この瞬間にも再奪取の圧力を受け続けているだろう。そのような状況下で自領土に何時侵攻されるかわからない後手後手の消極的防衛策は取れまい」

 

「私もそう思います。なので少なくとも当面の間再侵攻が出来ない程度の戦果を上げる必要があります。そして幸い(?)な事に帝国にはそれをやれるだけの兵力を持っています」

 

 二人の会話は"帝国がどうやって勝つか"に集約されていく。このような話を公然としていれば「(同盟が)負ける前提で話をするな!どうやって勝つかを考えろ!それが軍人の役目だろう!」とでも言われるだろう。しかし二人はそういう話はしない。やるだけ無駄な話はせずに帝国がどう勝つかを考え、そこから逆算してどうやれば最少の被害で同盟は負ける事が出来るのか? それを考える。

 

「私は一個艦隊の司令官に過ぎない、全ての状況を考えて制御することなど不可能だ。だから最悪の状況を想定してならないようにする手立てを考えよう。最悪の事態とは後顧の憂いを断つ為に一定の被害は覚悟してとにもかくにも侵攻軍に大きなダメージを与える、そう帝国軍が覚悟した場合だ」

 

 そういってヤンは軽く目線を宙に泳がせる。この一瞬で考えをまとめるのだ。

 

「まず、多数の侵攻軍艦隊が広い国土に分散されると捕捉が難しくなり"一定の損害"を超えてしまう可能性がある。特に帝国国民に与える精神ダメージは計り知れない。なので、帝国軍は侵攻軍をなるべくイゼルローン回廊近くの同じ箇所に留まらせようとするだろう。しかし、狭い場所での長期持久戦も良くないしその結果一時占領されている住民が心変わりして同盟領として確定してしまう事は論外だ。つまり、持久ではなく常時消耗させる状況を作る必要がある。そしてその状態から疲弊した侵攻軍を数量有利を生かしまとめて叩く。一度叩いて流れを作れればその後は多少強引でもいい、侵攻軍に計画的な撤収をさせずに可能な限り追撃を続ける」

 

 そこまで言ってヤンはラインハルトの顔を見る。"判っている"顔だ。この状況は歴史上何度も繰り返されている教科書にも載る状況、方法だ。

 

「その方法を取られたら、やられたと気づいた時点で終了です。侵攻軍はその特性上、上が余程賢こさと勇気を持っていない限り戦果無しで帰還は出来ません。体面というものがあります。しかし、その作戦は戦果を上げさせる事なくその相手を疲弊、自滅させる事に真価がある方法です。わが国では出来ませんが帝国なら該当領域を絞る事により事後の反動も押さえつける事もできるでしょう。それが」

 

「焦土戦だ」「焦土戦です」

 

 

 

 アンドリュー・フォーク独演会と言う名の質疑応答が続いている。最初のうちは実のある質問が出ていたのだがフォークの中身のない回答に場が空回りしすぎたのか場は段々としらけ気味になっている

 

(そろそろかな?)

 

 目線で背後のフレデリカに確認し、彼女は頷く事でGOサインを出す。このタイミングの出し方といい、これから行う質問の運び方といい流れは全てフレデリカと(あの後話に参加した)ムライ参謀長が組み立てたシナリオを通して行われる。ヤン自身自覚をしているが彼はこうした"会議の事の運び方"についてまったくもって技量が無いのである。

 ヤンが発言を求め、立ち上がる

 

「補給関係についていくつか確認させて頂きたいことがあります。後方主任参謀キャゼルヌ少将、よろしいでしょうか?」

 

「キャゼルヌ君、回答を」

 

 何かを言おうとしたフォークを制し、総参謀長ドワイト・グリーンヒル大将がキャゼルヌに促す。フォーク独演会のせいで隠れてしまっているが彼はあくまでも五人いる作戦参謀の一人であり全体の司会進行はこのグリーンヒルなのである。

 

(まずは第一関門突破)

 

 "質問は明確に答えを述べて欲しい人が回答できるようにする"

 当たり前なので普段は考える必要もないがこの流れだと名指し無しはごく自然にフォークが相手になってしまう。

 

「この侵攻作戦には三〇〇〇万というかつてない規模の兵力が動員されます。そしてこれだけの規模となると一時的に発生する捕虜や支援を必要とする民間人なども多数発生するでしょう。後方としては今回の侵攻に対してどれだけの補給・供給能力を準備しているのかを教えていただけないでしょうか?」

 

 "焦土戦という文言を使わずに参加者にそれの危険性を認識させなくてはいけない"

 焦土戦についてストレートに議題に出そうと考えていたヤンとラインハルトに対してフレデリカとムライは真っ向からそれを否定した。会議はどうやって勝つかについての話で進むだろう。そこにいきなり焦土戦、つまりは負け戦について発議した所で話が飛躍しすぎるし拒絶反応も出るだろう。参加者はヤンやラインハルトのように侵攻軍が負ける事を前提にはしていないのだ。

 

「後方主任参謀として回答します」

 

 キャゼルヌが手元の資料をさっと見て答える

 

「この度の参加兵力は三〇〇〇万人、それに加え先ほどおっしゃられました捕虜などの追加を見込んでプラス二割の三六〇〇万人。この人数に対して輸送中の損失率をこれも二割と考えた輸送力、つまりは四五〇〇万人の維持が可能な輸送能力を用意しております」

 

 おぉ、と小さな歓声があがる。これ程の規模でありながら損失さえなければ参加兵力の五割増しを維持できる物量を用意したという事だ。通常の考えだと安心を与えるには十分な数である。キャゼルヌは続ける。

 

「この四五〇〇万人分の輸送能力に対して物資そのものは国内備蓄より三カ月分を確保済み、その後追加として1~2カ月分は確保できる見通しとなっています。追加が2カ月分だとして三〇〇〇万人のみだとすれば総量として七カ月半の分量です」

 

 会議参加者の多数が満足そうに頷く。大規模とはいえそれだけの期間、作戦を続ける事はあるまい。補給で困る事は無いという事だ。

 

「しかしながら」

 

 さらにキャゼルヌの言葉が続いた。満足そうだった参加者が不思議そうな顔でキャゼルヌの言葉を待つ。

 

「この輸送力は軍が保有する国内のそれをこの作戦一つの為にかき集めた結果となります。作戦期間中、本来国内で稼働させないといけない軍輸送は一時的に民間に委託される形となります。言い換えるのであればこれ以上の輸送力を軍独自で用意する事は出来ません。これだけはご承知ください」

 場が静まる。存外の輸送力を喜んでいたがそれが同時に限界でもあるという事の宣言である。

 

「ご回答ありがとうございます。…………という事は何らかの理由で四五〇〇万人分以上の輸送力が必要になってしまった場合、戦線縮小等を行う必要がある、という認識でよろしいでしょうか?」

 

 ヤンの確認にキャゼルヌが少し困ったような表情を浮かべる。

 

「それに関しては小官の権限外の事となりまして……」

 

 キャゼルヌが首脳陣、統帥本部長シドニー・シトレ元帥、宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥、総参謀長ドワイト・グリーンヒル大将の座る席に視線を向けて助けを求める。グリーンヒルがそれに応じて回答をしようとした時、

 

「そのような事態に陥ったとしても作戦を担当する我々が高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変な対応を……」

 

「ようするに何も考えてないので行き当たりばったりで対処するということか」

 

 皆が驚いた顔でその人を、しゃしゃり出てきたフォークの言葉を正面からぶった切った人、第五艦隊司令官アレクサンドル・ビュコック中将を見る。

 

「い、行き当たりばったりなどと……」

 

 頬を引く付かせつつ何かを言おうとするフォークをビュコックは無視する。

 

「つまりはだ、帝国軍が意図的にわが軍の正面を避け輸送力を狙った場合。とどのつまり最悪焦土戦でもやらかした場合。我々はなすすべもなく逃げ帰るか立往生の末に自然消滅するかの二択を選ぶしかないというわけだ」

 

(そっちに誘導したかったのは確かだけどここまでストレートに言ってしまうとは)

 

 座るタイミングを失い、まだ立ちっぱなしのヤンが呆然としながら状況を見守る。そんなヤンをシトレが目線と軽いジェスチャーで座るように促した。騒然とする中、ヤンが座るのを確認したシトレが立ち上がり宣言する

 

「輸送力に関する危険性、それについては国防委員長を通じて最高評議会に報告し何かしら限界点についての判断基準を示して頂くように進言する。この件については一旦それで矛を収めてもらいたい」

 

 シトレのこの発言で場の騒動は収まり、会議は具体的な進軍配置などの話に移行する。少なくともその危険性について認識したのか最初の侵攻案に微修正が入り全軍同時の侵攻は行わず、先陣を務める三個艦隊の任務群が二つと先陣とイゼルローンの間で目を光らせる後陣二個艦隊という編成に落ち着いた。そしてヤン率いる第一三艦隊はビュコック率いる第五艦隊と共に後陣への配属となった。

 

 

 会議後

 

「ヤン中将」

 

「ビュコック提督……あの、ありがとうございます」

 

「なに、気にするな。さしずめ焦土戦の危険性を違う形で言いたかったのだろう。わしは空気を読むつもりはないからな。素直に言ってやったわ」

 

 笑うようにビュコックが答える。

 

「にしてもだ」

 

 一瞬にして苦虫をまとめてかみつぶしたかのような顔になる

 

「フォークめの首根っこを掴める者はおらんのか。それさえできれば参謀長が最悪の事態は止めてくれる。必要ならば己の首をかけて諫言してくれるお人だ。衰えたとはいえロボス元帥もそれが判らぬ程、呆けてはおるまい」

 

「参謀長はもとより補給に関していえばキャゼルヌ少将も直言してくれるはずです。他の司令部の方々も危機から目を背ける事はしないでしょう」

 

「そうであってほしいがな」

 

 ビュコックが疲れ果てたように呟く

 

「まぁ、なんにせよだ。わしは参加する艦隊の最先任だし、任務群の先任であるウランフとボロディンは判る男だ。現場で出来る範囲の事なら意思疎通する事もできるじゃろう。わしらは後陣だから先陣程忙しくはあるまいし手を打つ余裕もあるかもしれん。貴官も考えがあったら遠慮なくいってくるといい」

 

「頼りにさせていただきます」

 

 ではな、とビュコックが軽く手を振って立ち去る。

 

「とりあえず私も戻るかぁ。結果だけは皆に伝えておかないと」

 

 そういうとヤンも司令長官室に戻るのであった。

 

 

 その翌日、侵攻軍総司令部がイゼルローンに二二日付で設置される事が通達され。参加艦隊はそれに合わせて随時出発するように命じられた。

 

 

 

・自由惑星同盟帝国領侵攻軍(総司令部:イゼルローン要塞)

 

 総司令官:ラザール・ロボス元帥

 総参謀長:ドワイト・グリーンヒル大将

 作戦主任参謀:コーネフ中将

 情報主任参謀:ピロライネン少将

 後方主任参謀:キャゼルヌ少将

 その他:各参謀にアンドリュー・フォーク准将ら合計一一名

 

 先陣第一任務群

  第一〇艦隊:ウランフ中将(先任)

  第三艦隊:ルフェーブル中将

  第八艦隊:アップルトン中将

 

 先陣第二任務群

  第一二艦隊:ボロディン中将(先任)

  第七艦隊:ホーウッド中将

  第九艦隊:アル・サレム中将

 

 後陣

  第五艦隊:ビュコック中将(最先任)

  第一三艦隊:ヤン中将

 

 実働部隊

  参加艦艇:一一万四〇〇〇隻余(八個艦隊+総司令部直属・戦闘艦艇のみ)

  参加人員:約一二〇〇万人

 地上戦要員・占領地支援非戦闘要員など

  参加人員:約一六〇〇万人(一個艦隊あたり二〇〇万人)

 その他

  参加人員:約二〇〇万人

 

 

 




 イゼルローン攻略までは"ちょっと賢い使いっ走り"だったラインハルトはこのあたりから第一三艦隊主要面子に「こいつ出来る(ヤバイ)奴かもしれない」と認識され始めてます。ヤンは確信していますし、フレデリカも尋常ではない気配は察しています。ラインハルト本人はヤンとの会話を心底楽しんでます。自分が投げたボールを完璧にキャッチして且つそれ以上のスピードで投げ返してきたのはヤンが初めてだからです。尚、実戦経験が少ない分、原作同時期よりかは全体的に能力は劣っています(といっても規格外という範疇の中での上下です)

 "焦土戦という言葉を出さずに"というのはヤンと作者の思惑でしたが「このタイミングならあいつはしゃしゃり出るだろうな」「ならこのタイミングであの人は空気読まずにぶった切るだろうな」となってああなってしまいました。仕方ないね。

 奥地に引き込んでから戦線を停滞させて後方を遮断する。というのはヤンが述べた通り「侵攻軍が分散するとヤバイ」ので帝国軍はその手は使ってこないだろうというヤン&ラインハルトは予想しているので最悪の想定からは外しています。そもそもその手を打たれたら(持ってきた物資が持つならば)バラバラになって引っ掻き回して一艦隊でも一隻でも一発でもオーディンに着弾させれば政治的に"勝ち"です。ヤンなら艦隊を数千隻まで絞り且つ輸送船は全部持って行ってオーディンまで突っ走ってそれをやらかすなんてやりかねませんし多分出来ます。

 段々と結果が変わってきます。同じ流れじゃんと思っている方ももう少々我慢してお付き合いいただければと思います。


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外伝.1 カストロプ動乱(1)

本編No.9の次に投稿した話になります
本編No.9→外伝No.1(ここ)→外伝No.2→本編No.10の予定です。


 

 

 帝国軍宇宙艦隊司令長官室

 

 

「以上がこの度の出兵の最終報告となります」

 

「うむ、ご苦労」

 

 宇宙歴七九六年二月の出兵はこの報告をもって全ての作業が終了した。

 

「まぁ、そこに立ったまま話をするのもなんだ」

 

 報告を受けた帝国軍宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥は報告者であるウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将(大将より昇進)を来客用のテーブル席に誘う。

 

「卿らも遠慮せずともよい、座れ」

 

 後方に控えていたメルカッツの副官、ベルンハルト・フォン・シュナイダー少佐(大尉より昇進)と幕僚として貸し出されていたジークフリード・キルヒアイス中佐(少佐より昇進)も続いて座る。

 

「それにしてもだ、難解な任務を押しつけてしまって悪かったな」

 

 従者の出したコーヒーを飲みつつ、ミュッケンベルガーが言う。

 

「それなりに覚悟をして向かいましたが思いもよらぬ戦果を得る事ができました」

 

 そう言うとメルカッツはキルヒアイスの方に目を向ける。

 

「彼のお陰です」

 

 キルヒアイスが軽く会釈する。

 

「貸し出した甲斐があったというもの。中佐、出兵としての作業は終わっているが艦隊としてはまだ雑務が残っている。いい機会だ、艦隊作業の締めまで学んでから戻ってきたまえ」

 

「有り難く、勉強させていただきます」

 

 そこから会話は会戦の内容やその後の昇格人事などに移る。

 

「では、フレーゲル少将は……」

 

 メルカッツがやや顔色を曇らせて尋ねる。

 

「駄目だ。奴めには昇進に値する戦果も実績の蓄積もない。あの出兵がその為に仕組まれた事は理解している。だからといってお情けでくれてやるほど中将という地位は甘くないのだ」

 

 帝国軍にとって少将と中将では大きな差が発生する。中将になれば艦隊司令官や参謀長、大規模な基地や要塞の司令官など多数の要職に就けるようになる。故に過去の経験(評価)を始め、色々な条件を満たさない限り安易な昇進は行うことが出来ない。元帥府を開けば旗下に加えた人材の昇進に権限を持てるが安易な昇進はする側される側共に周囲からの評価と言うリスクを伴うものなのである。(※1)

 

「(ブラウンシュヴァイク)公がまた荒れそうですな……」

 

 仕方ない、という顔でメルカッツが呟く。

 

「あれ(門閥貴族)には少なからずの椅子をくれてやっている。本当に昇進させたければその椅子にしばらく座らせておけばいいのだ」

 

 ミュッケンベルガーはもう門閥貴族達に余計なものを与えるつもりはないらしい。近年の過剰な介入による軋轢で軍部と門閥貴族には大きな溝が発生している。妥協と手打ちの為にいくつかの(座っているだけでいい)椅子を用意する事である程度静かになったが門閥貴族の双璧であるブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム候は悪びれる様子もなく更なる勢力拡大を図っている。ブラウンシュヴァイク公にとっての尖兵がこのフレーゲル少将なのである。

 

「フレーゲル少将は色々と巻き込んでいる事に罪悪感を抱いている様でした。公の介入が悪い流れにならなければよいのですが……」

 

「わしは知らん。ただの少将として扱うだけだ」

 

 ミュッケンベルガーが立ち上がる。休憩時間が終わり、次の仕事が始まるようだ。メルカッツらは挨拶し、部屋を後にした。

 

 

 

「お前は何故昇進しておらんのだ!!!!」

 

 ブラウンシュヴァイク公の怒声が館に響き渡り、フレーゲルはその怒声を聞き流す。こういう時の公には何を言っても無駄であり、むしろ火に油を注ぐだけだ。しかし何も言わないとそれはそれで熱量が上がるのが近年のブラウンシュヴァイクである。

 

「わしがどれだけ根回しをしてお膳立てをしてやったと思っているのだ!!あとはお前がやるべき事をやるだけだろうに!!!」

 

(相手の都合がありますので。必要ならば相手にも根回しが必要でしょう)

 

 片方が熱くなればもう片方は冷める、そういうものなのだろうとフレーゲルは妙に冷めた感情で叔父を見続ける。これが帝国最大であり数千の貴族の頂点に立つ男。色眼鏡無しで見ても決して愚かではなくむしろ賢い。だからこそこれだけの勢力を維持し、更に拡大させる事が出来るのだ。しかしながら……

 

(やりたいのであればやりたい人達だけでやればいい。欲してない人は巻き込まないでもらえないだろうか……)

 

「聞いておるのかお前は!!そもそもこれはお前の為に」

 

 どうやらブラウンシュヴァイクの熱量はまだ収まらぬらしい。最近は熱量が長続きするようになった。器用なものだ。

 

「閣下、そろそろ次のご予定が……」

 

 傍に控えていたアンスバッハ准将がブラウンシュヴァイクに語りかけ、準備を促す。

 

「もうそんな時間か。フレーゲル!!次の手立ては既に考えておる、遠くないうちに連絡が来るはずだ!!これ以上私の手を煩わせるな!!!少しは役に立て!!!いいな!!!」

 

 言うだけ言うとブラウンシュヴァイクは部屋を出る。アンスバッハも続いて退室しフレーゲルは一人になる。

 

「役に立て、ですか。私の地位が上がったとしてそれはいったい何に対して役立てれば良いのでしょうか?」

 

 フレーゲルはそれだけを呟くと館を後にした。次の手立てと言うのが気になるがどうにもなるまい。そう考えたフレーゲルであったがその手立ては予想を上回る早さと大きさで彼の前に壁を作る事となる。

 

 

 

「勅命である。フレーゲル少将、マクシミリアン・カストロプを討伐せよ」

 

「勅命、謹んで拝命致します」

 

 宮殿から送り出された車でフレーゲルは考える。

 

 故カストロプ公の息子マクシミリアン・フォン・カストロプが政府と遺産相続で揉めている事は知っていた。貴族特権として相続税などは存在していないのだが、公が生前に貯めこんだ財には法の線上を掠めて増やしたものが大量にあるのは公然の秘密となっており、さしもの大貴族とはいえ陛下の定めし法には従う必要がある。公の生前にはあの手この手で逃げられていたが、この時は逃すわけにはいかないと政府から調査隊が派遣されたのだが、マクシミリアンが軍艦まで繰り出した妨害により現場に到着するまでもなく引き返す羽目になった。その行為に怒った政府は保留していたマクシミリアンへの相続を正式に却下、貴族としての権限等をすべて停止して討伐艦隊を派遣した。(なので政府はマクシミリアン・カストロプにフォンを付けない) しかし、その討伐艦隊が一方的な敗北を喫してしまったのだ。時期としてはアスターテ会戦とほぼ同じ頃の出来事である。その後、この勝利で図に乗ったマクシミリアンは近隣他領に侵攻を開始。実質的な独立国家となるべく勢力拡大へ直接の行動を開始した。そのような状況下で「大貴族としての誤りは同じ大貴族である我々が片付ければならない」という大義名分(とそれ相当の賄賂攻勢)を元にブラウンシュヴァイク公が押し込んだのがフレーゲルへの勅命なのである。

 

 考えれば考えるほど事の推移や己の状況にいてもたってもいられれない怒りが湧いてくる。車内、己の館、己の部屋。ここまでが我慢の限界であった。

 

「物には限度があるでしょうに!!!」

 

 我慢ならずに椅子を蹴り上げ、目に付いたカップを壁に叩きつける。

 

「単独ですよ単独!本職の提督が失敗しているものを私がどうにかできるとでも思っているのですか!!!!」

 

 叔父への怒りが収まらず、次の獲物を手に取ったその時、

 

「そこまでにしておきましょう閣下。御覧なさい、侍女殿が怖がって進めないでいる」

 

 振り向くとそこにはフェルナー中佐と用意していた飲み物を出せず震えている侍女がいた。フレーゲルは仕方なく席に座りフェルナーも当然のように座る。

 

「厄介、を通り越えてますな。公の根回しですが出来る出来ないくらいは考えて欲しいものです」

 

 フェルナーが侍女の用意した飲み物を悠々とすすりつつ語る。言葉の隅にブラウンシュヴァイク公への含みも多分に含んでおり昔ならば咎めたであろう。しかし今はそれがむしろありがたい。それ故に最近はこの男を傍らに置いているのである。

 

「断るわけには、いきませんなぁ」

 

「当然だ。勅命だぞ勅命。そんなことをしたら押した叔父上の立場は……いやもうそっちはどうでもいい、私とフレーゲル家(※2)の立場が崩れるのだ。私と叔父上だけなら私の動き一つでどうにでもなる。しかし、家そのものは何も関係が無いじゃないか」

 

 勅命を拒否したり、対応に大失敗したとしたらそれは大きな傷となる。"陛下のご希望を拒否した・ご希望を大きく果たせなかった"のだから本人はもとよりその一家や推薦者まで影響がある。

 

「政府と公の仲を考えれば勅命を出す側にとって失敗して一族に失点が付けば御の字。成功してもまぁ反乱は潰せるし貴方個人に恩を売る事も出来る。損のない手立てという事でしょうな」

 

「まったくだ。俺の苦しみを考えなければな」

 

「さて、どうなさいますか?事情が事情なだけに味方を軍部から探さねばなりませんが」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をするフレーゲル。

 

「叔父上がこちらの都合を考えないのならこっちだってもう叔父上の都合は考えなくてもいいだろう。そもそも叔父上は私を"軍内部にコネクションを作れ"と送り出したのだ。有り難くそのご指示通りに動こうじゃないか」

 

「現場で含んでいる人は少なからずいますからな。探せば理解していただける人もいるでしょう。して、誰から?」

 

 フェルナーの問いにフレーゲルがはっきりとした声で応える

 

「まずは、メルカッツ提督に連絡を取ってくれ。あの人ならば、門前払いにはされない。少なくとも話は聞いてくれるはずだ」

 

 

「お仕事の合間を取ってしまったようだな。すまない」

 

「気になさらずに。どうぞ」

 

 アポを取ったとはいえ気まずそうに訪れたフレーゲルをメルカッツが温かく迎える。

 

「……勅命の件、ですな」

 

「あぁ、その件だ」

 

 フレーゲルが静かに応え、事情の詳細を説明する。

 

「勅命とならばお家の立場もあるでしょう。引くわけにはいきますまい。せめて中将のお立場なら手を尽くせは万余の艦を揃えらるのですが……」

 

「その中将の椅子を叔父上が欲しがっているからの行動だからな」

 

「少将という地位では加勢させられる兵力に限りがあります。然るべき地位と実力のある者を講師として付ける事でフォローする事も考えられますがそれでは……」

 

「実質的司令官だと見え見えの人が付き添ったら功績は全部そっちに行って私は少将のままだ。別に私はそれでもいいのだが叔父上のわがままが収まらない限り一時しのぎにすぎん」

 

「少なくとも少将より目立つ者を置かずに事を進めなければならない、と」

 

 二人の間に静寂が訪れる。

 

「忘れてた事があったな……」

 

 フレーゲルが何かを思い出したかのように持って来ていた未開封資料を取り出してメルカッツの前に置く。

 

「前回失敗した討伐の際の資料だ。本来はこちらで解析してから見せるのが筋だが館を出る直前に届いたのでな。これを元に何か助言を頂ければ有難い」

 

「拝見します」

 

 メルカッツがその資料を開き、流すように読み続ける。

 

「規模相当の私兵艦隊に強力な大型軍事衛星が複数、と。衛星がやっかいですが艦隊を切り離せさえすれば、ふむ、これは」

 

 メルカッツが資料の一部を凝視する。

 

「失礼、少々お待ちを」

 

 そう言ったメルカッツは席を立ち、部屋にある棚を開き何かの資料を取り出して戻って来た。

 

「こちらを」

 

 メルカッツが二つの資料を並べて置く。

 

「こちらが討伐資料にあった"大型軍事衛星"をとらえた映像の写し。そしてこちらが叛徒軍の広報が一般向けに公表した資料です」

 

 フレーゲルが二つの資料を見比べる、最初の(自分が持ってきた)資料の大型軍事衛星の写しはかなり拡大しておりぼやけているがもう片方の資料に映し出されているそれと非常に形が似ている。

 

「これは、同じものなのか?」

 

「恐らく」

 

 メルカッツが静かに肯定する。

 

「これはアルテミスの首飾り。叛徒軍が首都星としているハイネセンに配置されているといわれる大型軍事衛星です。軍事衛星としては最大規模であり、最小単位の自動要塞といって差し支えありません。ハイネセンには一二基配備されており、艦隊規模の戦力でも攻略は難しいと叛徒どもは評しております」

 

「それが数基と私兵艦隊。それだけの戦力となると誰でも勝てる状態にしたければ艦隊規模が必要な案件ではないか!」

 

 フレーゲルが唸るように呟く。

 

「私兵艦隊と衛星の個々、用意さえしてしっかりして各個撃破が出来れば少将が運用できる規模の艦隊でも対処できない事もありませんが……」

 

「指揮をするのは私、つまりは無理だ。叔父上が用意していた幕僚たちもアスターテの結果で分かるように迷惑をかけずに部隊を動かすのが精一杯だ」

 

 再び静寂が訪れる。資料を見る事で解決策が得られればという気持であったがむしろ相手の戦力がはっきりした事で限界が見えてしまった。しかし、やろうと思えば出来ない事もないというその戦力は想定外の敵戦力の判明を理由として勅命の撤回・変更を求めるようなレベルでもない。二人が困り果てたその時、

 

「閣下、指示されました資料の作成が完了しましたのでご確認を…… 来客中でしたか、申し訳ありません」

 

「あぁ、中佐か。来客中なのでそれについては後に……いや、その資料については置いておいて少し聞きたいことがある」

 

 そういうとメルカッツはその男、ジークフリート・キルヒアイスを呼び寄せる。彼に概要を話し、端的に聞く。

 

「やれ、と言われたら出来そうか?」

 

 キルヒアイスは「少々お待ちを」と言い資料を見比べ、確認する。目を閉じ、聞こえないような小言で何事かを呟く。考えがまとまったのか眼を開き二人を見渡すとゆっくりと回答した。

 

「なんとかなる、と思います」

 

 あっさりと答えたキルヒアイスをフレーゲルが呆然と見上げ、メルカッツが我が意を得たりという顔で何度か頷く。

 

「彼を貸しましょう。元々はミュッケンベルガー元帥からの借り物なので又貸しとなってしまいますが元帥へは私から説明しておけばなんとかなります。彼は出来る男です、必ずや成功に導いてくれるでしょう」

 

 にこやかに宣言するメルカッツをフレーゲルが呆然としたままの顔で見つめ、キルヒアイスは状況を把握するまできょとんと二人を見つめていた。

 

 




ごめんシュナイダー、喋らせる隙無かったw

この話を作った理由はキルヒアイスの昇進理由を作りたかったってのが一番の理由ですが便利な人達(笑)にも出張ってもらいました。
※1:元帥府による人事権
 贔屓の昇進人事を多々行うと、当然ながら周囲の評判は悪くなる。そして当然ながら昇進した人がその元帥府を離れ、人事権が移った場合はその先で「器量に対して不釣り合いである」として簡単に降格させられてしまう(降格可能にしないと階級を売りに出す元帥などが出てきてしまう) ラインハルトが元帥府を開いて多数の提督(中将)を作り上げたがこれはラインハルトが彼らを抱え続ける覚悟と周囲の目なんぞ気にしない気持ちを持ってるからこそできた所業である。

※2:フレーゲル家
 フレーゲルがブラウンシュヴァイクの甥という事はブラウンシュヴァイクの弟or姉or妹がフレーゲルの父or母として存在するという事になる。ここからはオリジナル設定ですがこの時期に帝国の内務尚書にフレーゲルという人がおりこれをフレーゲルの父としました。しかしブラウンシュヴァイクの弟がそういう役職に入り込むとは思えないので彼(内務尚書フレーゲル)にブラウンシュヴァイクの姉or妹が(勢力拡大の為に)嫁入りしたという設定にしています。そしてフレーゲル本人はブラウンシュヴァイク公に気に入られて当主とは別に爵位を手配されているという形です(後に父の爵位等を正式に継ぐ形になる) 彼はブラウンシュヴァイク公から見たら一門で成人で血も濃く繋がっていて且つ"最悪死んでもブラウンシュヴァイク公本家そのものには影響がない"という非常に便利な駒なのです。彼が何かあって失われたら嘆くでしょうがすぐに次の駒を探すでしょう。


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外伝.2 カストロプ動乱(2)

叔父に振り回され、助っ人に振り回される。明日はどっちだ?


 

 

「準備、すべて整いました」

 

 幕僚の報告に彼は頷き、指示を出す。

 

「全艦発進。わが艦隊はこれよりマクシミリアン・カストロプの討伐に向かう」

 

 二七〇〇隻、司令部に依頼し小規模の独立部隊をいくつか借り受けて編成された艦隊が動き出し、ワープポイントへの移動が開始される。ふぅ~~~っと大きく息を吐くとフレーゲルは指揮官席に座り込んだ。後は現地まで、幕僚たちが何とかするのでやる事はない。

 

「あぁ、キルヒアイス中佐、貴官の要求したリストはそのまま幕僚に渡して集めさせた。既に用意されているはずなので確認しておいてくれ」

 

「かしこまりました」

 

 そういうとキルヒアイスはフレーゲルの元を離れていく。これで彼の近くにいるのはこの口やかましい男だけである。

 

「いやぁ、丸くなられましたなぁ」

 

 その男、フェルナーの小言を睨むものの言い返しはせずフレーゲルはスルーを決め込む。本来傍らに立つべき副官は司令官としてやらねばならぬ雑務を全部押し付けているのでここにはいない。どうせ叔父の用意したお目付けである。最近のこいつ(フェルナー)との小言合戦を聞かせたくはないというのが本音であった。

 

「丸く、か」

 

 フレーゲルが首を傾げる。実の所彼自身にも何がどう変わっているかが判っていない。

 

「一昔前の閣下は相手の事を考えずふんぞり返っていれば小物貴族や平民どもなどは首を垂れて付いて来る。それが当たり前、という態度でした。しかし今は、むやみやたらと威張り倒そうとするそぶりが全く見えない」

 

 その"一昔前のフレーゲル"だったら一発アウトな事もずけずけと言ってくる。大丈夫だから言うのではなく、こういうことを言わずにはいられない性格なのかもしれない。

 

「身分の上下関係なく軍内部に幅広く"支持層"を増やせ、それが叔父上のオーダーだからな。そう演じるしかあるまい」

 

 フレーゲルがつまらなそうに答える。

 

「それはそれは。しかしながら社交界で得意げにふんぞり返っていた男爵様と今こうして苦虫潰してふんぞり返っている少将閣下、どちらが演技でどちらが素なのでしょうか?」

 

「そんなもの……俺にもわからん」

 

 

 フレーゲルの社交界デビューからの道のりは全て叔父であるブラウンシュヴァイク公の用意したレールの上を歩くだけ、であった。その時のブラウンシュヴァイクは人生の絶頂期であったと言える。皇太子ルードヴィヒの死によりその系統が絶えたと思われていた時でもあった。己の娘であり皇帝フリードリヒ四世の初孫であるエリザベートが継承最有力の立場となり、慌てずにじっくりと根回しさえすれば(フリードリヒ四世に新しい子種が出来なければ)帝位に付けるのも可能となった時、フレーゲルはその根回しの中で次世代貴族の中心となるべくブラウンシュヴァイクの用意したレールを歩かされようとしていた。しかし、ルードヴィヒに忘れ形見がいる(正しくは腹の中にいる)事が発表され、計画に狂いが生じる。生まれたのは男子であった。たとえ母が名もなき小貴族の娘であっても正真正銘の直系男系男子である。無事に育てば皇太子になってもおかしくはない。母の血統についての認識が甘い国民達の中には亡き皇太子の息子なのだから継いで当然という考えに至る者も多かった。

 ブラウンシュヴァイクが表裏なりふり構わず勢力拡大、世論構成に走り始めたのはこの時からであった。皇帝のもう一人の孫娘を擁するリッテンハイム家もその気になって動き始めた事で引っ込みのつかない競争となる。その中でブラウンシュヴァイクに日単位の行動すら制御され社交界で次世代貴族の顔を演じ続けたのがフレーゲルの日々であった。

 そして「そっち(社交界)での顔売りはもう十分だ」と送り込まれた次の世界が軍部であり、その結果が死と隣り合わせの現場でやりたくもない指揮官席に座る事なのである。

 

 

「差し出がましい事ですが、もう少し自分自身を出して、やりたい事をやってみたらいかがでしょうか?」

 

「本当に差し出がましいな。それが出来たら苦労せんわ」

 

 心底つまらなそうにフレーゲルが答える。しかし、こんな会話ですらガス抜きになるくらいに自分の中では何かが溜まっている。フレーゲルはそれだけは判っていた。

 

 

 

 出発して数日、航路としてはなるべく目に付くところを避けてカストロプ家本拠に一直線の予定であった。だが、

 

「マリーンドルフ領から全方位向けで救援要請が発せられています。カストロプ家の私兵艦隊に襲われている模様です」

 

 この通報で予定変更を余儀なくされる。マリーンドルフ家はカストロプ家と縁戚であり隣接した星域に領土がある。マリーンドルフ伯はマクシミリアン・カストロプを説得する為に会いに行ったが拘束され、そのまま侵略対象となっていたのである。

 

「よし、急行して敵艦隊を叩こう。マリーンドルフ家と共同戦線を張れれば楽に戦えるはずだ」

 

 フレーゲルが即決し、幕僚たちもさも当然と準備をし始める。しかし、この男が止めた。

 

「いえ、予定のルートは変更しますが直接行かないルートがよろしいかと思われます」

 

 その男、キルヒアイスがいつもの会話のようにさらりと言う。

 

「マリーンドルフ家を助けないというのか?」

 

 批難じみた視線が集まる中、フェルナーだけが真意を悟る。

 

「なるほど、敵軍に攻撃を切り上げてお帰り頂く、と。ならばルートとしてはこうなりますな」

 

 そういうとフェルナーはディスプレイの予定航路を変更し新しい線を描く。それはカストロプ領からマリーンドルフ領へのメインルートに入り、カストロプ領へ逆走するものであった。

 

「はい、そうなります。カストロプ家の私兵艦隊としては主人の居城が襲われそうになっているのを認識したのに放置するという事は出来ません」

 

「メインルートであれば何かしらの監視機器はあるでしょうから何処かしらには引っかかるでしょうな」

 

 キルヒアイスとフェルナーだけで話が進む。非公式アドバイサーと艦隊勤務専門外の二人である。司令官と実際に運用を任された幕僚たちが蚊帳の外になっている。

 

「と、とりあえずこのルートで進めばいいのだな」

 

 最初に気を取り戻したフレーゲルがやっと確認する。

 

「私としてはこのルートで進むことを進言いたします」

 

 決定権はこちらにある、という事だ。

 

「判った、進路変更だ。このルートで行くぞ。他にやる事はあるか?」

 

 都度聞きが面倒になったのか暗にまとめて話せとフレーゲルが急かす。

 

「では、先導の斥候隊を別途。途中の監視衛星の位置などを確認しつつ進ませます。破壊は本隊が感知された後で。壊した所には戻ってくる敵を感知する為の自軍の監視網を構成してください」

 

「判った。編成は任せる。それでいけ」

 

 フレーゲルが幕僚に作業を全振りする。予定より早いカストロプ討伐作戦がスタートした。

 

 

「この辺りで出迎えるのが良いと思われます」

 

 そうキルヒアイスが言ったのはそれから数日後の事だった。フレーゲル艦隊はカストロプ~マリーンドルフラインに既に入り、カストロプ本拠へ突き進んでいる。それを追いかけるカストロプ艦隊も既に設置した監査網に引っかかりその位置・距離は完全に把握されていた。

 

「出迎える? …………伏兵か?」

 

 さしものフレーゲルでもそれくらいは判る。そう思ってから見渡すと周囲は丁度良い隠れ家になる小惑星帯があるポイントである。

 

「はい、そうなります。そのまま戻られて軍事衛星と連携されるのもやっかいです。なるべく数は減らしておきましょう」

 

 フレーゲル艦隊は二手に分かれ、ルートを挟み込むような位置にある小惑星帯に隠れる。軽く妨害レーダーを発していればそれだけで隠蔽完了である。

 

「撃て!」

 

 移動の為に縦長となっていたカストロプ艦隊をフレーゲル艦隊が容赦なく叩く。小惑星帯という地形効果、挟撃、奇襲という精神的ダメージ。無視して突き進むか、応戦するか、するとしたら左右にどう対処するか。そもそもこれは本隊なのか足止めの伏兵なのか。カストロプ艦隊の指揮官にそれを適切に判断する能力は無かった(そもそもこの状況で伏兵に備えてなかった時点で終わっている)。文字通り、ズタボロになったカストロプ艦隊残党は逃げるように本拠地を目指すしかなかった。

 

「はい、お疲れ様です。これで少なくとも他領への侵略は不可能になったでしょう」

 

 キルヒアイスがさも当然というか"お掃除終わりました"くらいの気軽さで戦闘終了を宣言する。そもそもなるべく数を減らしておきましょうと言っておきながらほぼほぼ壊滅させている。

 

「う、うむ。では、敵本拠へ進軍再開だ」

 

 にこやかに対応するキルヒアイスにうすら寒い恐怖すら抱いてフレーゲルが進軍を指示する。しかしこのキルヒアイスという男、年齢的に士官学校を出ていない。いったいどうやってこういうことを学んだのだろうか? 

 

「次もうまくいってくれるといいのですが……」

 

 そんなフレーゲルの気持ちを知ってか知らずか、キルヒアイスはのんびりと次の予定を考えていた。

 

 

 カストロプ星系カストロプ公領主星ラパート。

 

「これが例のアルテミスの首飾りとやらか。言われてたより数が多いな」

 

 主要メンバーが無人偵察機で収集した画像を確認する。現在は衛星軌道上に分散配置されているが合計五基。ハイネセンの約半分であるがすくなくともフレーゲル艦隊の二七〇〇隻が正面から喧嘩できる相手ではない。

 

「首飾りの後ろに隠れてますが艦隊もそこそこ、逃げ帰った部隊に留守部隊が合流した形ですな。我らより少なくなっているとはいえ無視できる数でもないですな」

 

 フェルナーが画像を確認しつつ呟く。

 

「で、どうするのだ?色々と物を準備させたようだが」

 

 フレーゲルが早速キルヒアイスに丸投げする。

 

「はい、到着次第準備はお願いしているのでそれが整ったら手を出す事にします」

 

「失敗したら?」

 

「敵艦隊を逃さないように監視して、増援を要請しましょう。首飾り五基の時点でこちらに対して過大戦力なので適切な戦力の要請は恥ではありません。敵艦隊主力は撃破しているので戦果不足という事もないでしょう。しかし、出来れば閣下の部隊だけでなんとかしたいものですね」

 

 そういうとキルヒアイスはフェルナーを呼び寄せる。

 

「私ですか?……ふむ、ふむ、なるほど。となれば私がやるのが筋ですな」

 

 何かキルヒアイスから策を授かったのかフェルナーが一人艦橋の出口に向かう

 

「というわけで閣下、これより私は工作隊の指揮を執りに現場に向かいます」

 

「どういう訳だ?まぁ、そうするには何か訳があるのだろう。行ってこい」

 

 突っ込む気も失せたのか手をひらひらさせてフレーゲルはフェルナーを送り出した。

 

 

「では、作戦を開始します」

 

 キルヒアイスの宣言で行動が開始された。用意された小道具の一つ、使い捨てエンジンを取り付けた岩塊集団が行動を開始する。集団は艦隊の支援を受けて前回の討伐失敗データを元に計算した首飾りの攻撃範囲ぎりぎりまでゆっくりと進む。有効射程に近づくと首飾りは相手の脅威度を判定、艦隊の支援によりぼかされた岩塊集団を艦隊だと認識し抵抗する為に集合する。こうして想定射程距離ぎりぎりで首飾り五基と岩塊集団+フレーゲル艦隊がにらめっこ状態となった。それを確認したキルヒアイスが次の行動を指示する。

 

「工作艦前へ、敵艦隊の位置に注意してください」

 

 後方に控えていた工作艦が前進し、これまた想定射程距離ぎりぎりで停止。何かしらの作業を開始した。

 

「何だったか、特殊なゼッフル粒子を扱う機器だったかな?」

 

 フレーゲルがキルヒアイスに確認する。

 

「指向性ゼッフル粒子、といいます。ばら撒くだけしか出来なかったゼッフル粒子を意図的な場所に送り出して溜めこむことが出来ます」

 

 その返答を聞いてフレーゲルは考え、答えを得る。

 

「首飾りを一箇所にまとめてドン!か。そしてまとめる為の数増しの為の岩塊集団と」

 

「はい、その通りとなります。あとは指向性ゼッフル粒子が額面通りの働きをしてくれるか、です」

 

 なんとも不安な回答である。

 

「そこまで不安定なものなのか?それは。そもそも指向性ゼッフル粒子という兵器自体、私は聞いたことが無かったのだが?」

 

 最も重要な疑問を問いかける。

 

「近年開発された新兵器でして。宇宙艦隊司令部と一部の提督などしかまだ存在を知られていません。私はミュッケンベルガー元帥やメルカッツ提督の元におりましたので存在は知っていました。ちなみに兵器としては初実戦です」

 

「なるほど。だから失敗した時も考えていたし、大っぴらにせずにいたのか」

 

「はい。秘めたままで準備していたことはお詫びいたします。後は結果がどうなるか、だけです」

 

「気にするな。失敗したらしたでデータはきっちり取って技術部に叩きつけてやればいい。点数にはなるだろう」

 

 そういうと二人は準備終了への待ちに入った。ばら撒く範囲が範囲なので流石に時間がかかる。

 

 

「準備完了しました」

 

 工作艦からの連絡を受けて作戦は最終段階に移行する。

 

「では、岩塊集団を前進させましょう。首飾りが攻撃を開始したら、それで着火するはずです」

 

「わかった。岩塊集団前進開始!」

 

 フレーゲルの指示で岩塊集団が五つに分かれそれぞれ首飾りに向けて前進を開始する。前進を確認した首飾りが攻撃の為に砲門やミサイル発射口を開き防御壁に隠れていた内部が露出する。そして攻撃を開始した瞬間、文字通りの大爆発が発生した。

 

「うおぉ!」

 

 余りの状況にフレーゲルが慄く。盛大な宇宙の花火が収まるとそこには半壊した首飾りが制御を失い漂っている。奇跡的に生きている一部の砲が再び砲撃をする為にエネルギーを溜め始めるが爆発を免れた岩塊集団が質量弾として襲い掛かり、その人工流れ星が通過(きっちりと主星を避けるルートである)するとそこにはもう残骸しか残っていなかった。

 

「少々粒子を出しすぎてしまったようですね。次があるとしたら更なる調整が必要でしょう」

 

(なんなんだ、こいつ)

 

 あまりの平然さにフレーゲルが言葉を失う。その様子に気を止める事もなく状況を把握していたキルヒアイスが次の行動を示唆してきた。

 

「敵艦隊がこちらに向かってきます。叩けと言われたのかやぶれかぶれなのか判りませんがこれを討ち果たせば敵兵力は壊滅です。頑張りましょう」

 

 何か学校の先生のような口調でキルヒアイスが語りかけるのを合図に最後の戦闘が始まった。

 

 

「良い機会です。直接指揮をなされてはどうでしょうか?」

 

 迫りくる敵艦隊を見つつ、キルヒアイスが提案する。

 

「いや、そういう感覚でやっていい事ではない気がするぞ」

 

「相手はもう統率が取れておりません。大丈夫です。私も支援いたしますので何事も経験です」

 

 何かもう逆らう気力すら湧かず、言われるがままにフレーゲルは初めての直接指示を開始した。

 のだがその戦闘は文字通り圧勝であった。キルヒアイスが押す・引く・~~に集中する・主攻撃距離を変えるというタイミングで何故それが必要かを軽く解説しつつアドバイスをする。フレーゲルはそれを聞き、状況を理解したうえで命令する。そして敵が撃破される。それの繰り返しをしていたら敵が壊滅していたのである。最初はただ凄いなと思いつつ命令していたフレーゲルだが徐々にその恐ろしさを理解する。キルヒアイスが言ってフレーゲルが理解して命令して動く。そのはずなのだが動くのタイミングが最適な状況なのである。つまりキルヒアイスは助言してから命令が発せられるまでのタイムラグを把握し、状況を先読みしたうえでアドバイスをしているのだ。フレーゲルはうすら寒さすら感じつつ敵艦隊を壊滅させた。

 

「お見事でした。直接指示の初陣としてはご立派だと思います」

 

(いや、やったのはお前だから)とフレーゲルは言いたいのだが言い出せないオーラを既にキルヒアイスから感じている。

 

「貴官は、その、なんだ、どうやってその技量や知識を身につけたのだ?」

 

 フレーゲル(と幕僚たち)がなんとかかんとか気力を振り絞ってその質問を口にする。それを聞くとキルヒアイスは妙に照れたように頭をかいて答えた。

 

「その、私は幼年学校卒で前線に出てしまったものでして。これらは独学なのです。どこかに間違えがあるのではと内心怯えながらの行動ばかりとなっています」

 

 ひどい。あまりにもひどいその回答に皆が固まる。士官学校卒の九九%がテーブルをひっくり返したくなる惨状だ。もはや怒りとか笑いとかそういうレベルを超越していたそれがそこに存在する。状況に戸惑っているキルヒアイスが何も言い出せない中でフレーゲルが魂をやっと手元に戻して意識を取り戻した。

 

「そ、そうだ! 首飾りも艦隊も撃破したのだ。降伏勧告を、通信を、通信を開け!」

 

 フレーゲルがじたばたと指示を出しやっと気を取り戻した幕僚たちが行動を開始する。しかし、通信は向こうからやってきた。

 

「あー、もしもし、こちらフェルナー、通信届いてますでしょうか?」

 

 何故かフェルナーからの通信が主星ラパートから来た。

 

「へ?」

 

 もうフレーゲルはそれしか言えない。

 

「フェルナー中佐、ご苦労様です。どうやら上手くいったようですね」

 

 判ってたかのように対応するキルヒアイス。もはや誰も口出ししない。

 

「えぇ。首飾りは吹っ飛び、艦隊も突進し、周囲はもぬけの殻。簡単に突入出来ました。降りても相手はパニック状態で悠々と現地までたどり着けましたし、それの結果がこれです」

 

 そういうとフェルナーが傍らを示す。そこには呆然とした顔で拘束されるマクシミリアン・カストロプがいた。

 

「それとは別に拘束されていたマリーンドルフ伯も救出いたしました。健康状態は良好、怪我などもありません」

 

「それは良かった。お疲れ様でした。では、私兵達の無力化を引き続き行ってください」

 

「了解です」

 

 なにか淡々と会話をするキルヒアイスをフレーゲルが「いいから説明しろ」と目線だけで命令する。

 

「あ、その、これはそれまでの事が上手くいった場合に行けたら行って欲しいとフェルナー中佐にお願いしていた事になります。そこまで上手くいくとは思っていなかったので予備の手段としての準備だったもので。その、説明不足で申し訳ありません」

 

 どうやら説明不足(忘れ)を理解したのかキルヒアイスがもじもじと説明(釈明)する。

 

「しかし、これでカストロプ討伐はなんとか成功裏に終わりました。勅命を出した側も、閣下も、閣下に期待されているお方も、皆々様満足していただける結果になったのではないでしょうか?」

 

 どさぐさまぎれで締めて事を流しそうとしたキルヒアイスにフレーゲルの堪忍袋の緒が遂に切れた。

 

「お前は……お前は一体なんなんだ!!!!!!」

 

 フレーゲルのその叫びを幕僚たちはフォローを一切せず、キルヒアイスはにこやかにスルーした。

 

 

 

 かくしてカストロプ動乱と呼ばれた一連の騒動は終結した。その功績を元にフレーゲルは中将に昇進、フェルナーも大佐となった。キルヒアイスは当初、アドバイサーですからと自分を秘めた形で出兵報告書を作成したのだが、呆れ果てたフレーゲルがミュッケンベルガーへの報告の際に全てを説明した事でなんとかこちらも大佐に昇進した。尚、その際にキルヒアイスを(幕僚として)欲しい、とミュッケンベルガーに駄目元で願ってみたが0秒で却下された。

 

 

 





 にこやか完璧超人キルヒアイス爆誕 本人は親切丁寧にやっているだけのつもりだが周りの誰もが付いてこれない。こちらにはラインハルトとヤンはいないのだ。

 報告書はそのままなので実情を知らない人たちの間ではあの一連の戦闘は全てフレーゲルの直接指揮だと思われています(笑) ブラウンシュヴァイク公はさぞかし嬉しそうに宣伝するでしょう。

 フレーゲル、君、もうこっち(帝国側)の主人公(という名の道化師)なので頑張ってイキロ。まだまだ試練は続くぞ(ゲス顔)

※:皇太子ルードヴィヒとエルウィン・ヨーゼフ二世
 前にも書きましたが原作でのルードヴィヒの死(786前に死去)とエルウィン・ヨーゼフ二世誕生の年(796に五歳)に大きな矛盾が発生しえいるので本作ではエルウィン・ヨーゼフ二世をルードヴィヒの忘れ形見(786生まれ)としています。尚、786の時点で社交界デビューしたてのフレーゲルは一五歳です。ここから一〇年、フレーゲルはブラウンシュヴァイクの道具として使われ続けます。

※:フレーゲルと社交界
 ラインハルトに遭遇しない事で最も人生が変わったと言える彼ですがこの物語では社交界デビューのその時から叔父の暴走が原因で原作とは少し違ったラインを歩いています。ぶっちゃけ彼の人生、ここから変わったではなく元から違ってた、になってしまいました。

※:フェルナーとフレーゲル
 もしかしたら察しがついている人もいるかもしれませんがフェルナーとシューマッハ、間違えて出してしまったのがスタートです。でも苦労人(笑)なフレーゲルにずけずけと物をいいそうなので良い突っ込み役としてそのまま傍らに居続けています。問題は艦隊勤務は専門外な為、その筋ではほぼ役に立たず(なので仕事もなく傍らに居続けられる)な事です。周囲の幕僚たちからはフレーゲルの話し相手兼避雷針と認識されています。


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No.10 帝国艦隊

 ここから段々とオリキャラが出てきます。作りがヘボかったりしても目をつむってください。まぁヘボは全体やろ、と言われればその通りなのですが。
 オリキャラのまとめ(辞典みないなもの)をどうするかなぁ。
 下書き完了時と投稿時に読み直しているんですけどなんであんなにも誤字報告がくるのでしょうか?



 

 

 帝国軍宇宙艦隊司令部小会議室

 

 

「申し訳ありません。司令長官は用事が立て込んでおりましてもう少々お待ちくださいとの事です」

 

「構わんよ、元帥が忙しいのはいつもの事だ」

 

 その返答を聞き、ほっとしたような表情を浮かべた司令部付き従卒が退出すると部屋に残るのは司令長官に呼ばれた二人の将官のみとなった。

 

「今、この時期に呼ばれるとなるとやはりイゼルローン絡み、と考えるのが妥当なのでしょうな」

 

 用意された飲み物を優雅に飲みつつ語るのはルプレヒト・フォン・シュヴァルベルク上級大将。艦隊司令官としては最先任の上級大将であり実質的副司令長官として日頃忙しい長官に代わって各艦隊司令官達のまとめ役となっている。

 

「司令長官直率、もしくは私たちのどちらかが率いて出る事になるのでしょう」

 

 応えるのはウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ上級大将。宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥の統率下にある艦隊司令官で上級大将となっているのはこの二人のみである。

 

「限度で今年度、理想として今年中に奪回がならないと……これ、ですからな」

 

 シュヴァルベルクが首をしゅっとやる仕草でミュッケンベルガーの未来を語る。

 

「様々な事情で三長官(※1)の進退が保留となっておりますが国民の不信は早期に拭わねばならないでしょう」

 

 イゼルローン要塞陥落。この知らせは帝国中を震撼させた。政府等は厳重な情報統制で事を治めようとするがいつまでもそれを保てるはずがない。この事態に対し、帝国の三長官と呼ばれる軍務尚書エーレンベルク元帥・統帥本部総長シュタインホフ元帥・宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥は辞表を提出したが国政を司る国務尚書リヒテンラーデ侯がそれを"保留"とした。

 

「責任を取り身を引く、とはその責任の所在を明らかにし今後そのような事態にならぬように手配する、失われたものがあれば取り戻す。そういう処置を行った後にする事である。それを成さずに身を引くのは責任を取るではなく責任から逃げる、といわねばなるまい」

 

 そう言ってリヒテンラーデは皇帝に渡さねばならないであろうその三通の辞表を己の所で止めたのである。

 

「リヒテンラーデ侯の温情。と見る目もあろうが実情としては今、三長官が丸ごと退任となるとその後継に色々と、まぁ、困るのでしょうなぁ。イゼルローン陥落だけでも痛いのだが総辞任となると軍部の威信の低下を世に示す事になる。そうなるとその大事な三長官の椅子ですらあれらの手が伸びてしまう。それだけはいかん」

 

 シュヴァルベルクが いかん、いかん と何度も呟きながらうなだれる。

 

「一部の艦隊司令の椅子で満足していただければそれでよかったのですが。何か手に入るとさらに欲しくなる。それがあの方々の性といわねばならないのでしょう」

 

 メルカッツもまた、何とも言えない顔で同意する。

 

 

 帝国軍宇宙艦隊一八個艦隊。誉れあるその武門の頂は近年、大きな歪みを抱える事になっていた。

 門閥貴族たち、いやブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の際限ない勢力争いは貴族社会のみならず政治・軍事を巻き込んだ騒動へと発展した。特に軍事力という明確なステータスは貴族社会を概ね蹂躙した二大勢力の次なる目標として非常に魅力的なものであり、彼らの手が伸びるのは必然だったといえよう。彼らはまず、貴族特権である軍階級(※2)を利用しその階級に準じる軍役職を求めた。求めてきた人数だけでも軽く百を超える数である。当然ながらそのような椅子は用意できないし座らせたら軍という組織が崩壊する。しかしながらそもそも貴族が軍階級を得るのは古き良き貴族の心得である「位高ければ徳高きを要す」つまりは地位に伴う義務として軍務に立ち命をかけるべし、という教え故である。なのでその地位で得た軍階級に伴う役目を求める事自体は間違いではない。ただ、求めているのが危険のない位置での地位と権力である、という事だけである。

 この事態に対ししばらく押し問答が続いていたが最終的に軍部は(軍全体の運営への影響を最小限に抑えられるように配慮し)門閥貴族に対し一定の役職(椅子)を用意する事で妥協を図った。その一部が宇宙艦隊の六個艦隊の司令官の椅子であり、その椅子の一つを名目上宇宙艦隊副司令長官にする、というものであった。しかし、ただその椅子を無条件で渡した訳ではない。これ以上の勢力拡大は望まない、という言質を得るのは当然として(といっても程度が下がったのみで守ってはいないのだが)その六個艦隊には以下のような制約が課せられた。

 

 1・新兵補充を優先的に受け持ち、実働艦隊への兵力供給源となる事

 2・大規模な海賊及び辺境反帝国勢力への討伐任務を優先して行う事

 3・実働艦隊出兵で発生する損傷艦や要整備艦などを引き受ける事(代わりに整備済未損傷の艦を提供)

 4・上記3任務の為の運用人材は宇宙艦隊司令部などが差配するがこれに対して拒否・任務の妨害は行わない事

 

 つまりは帝国艦隊の主任務である叛徒軍討伐以外の仕事を極端なまでに引き受ける事、であった。これに関して門閥貴族側はあっさりと受け入れた。彼らにとって重要なのは艦隊司令官という美味しい椅子に名簿上だけでも座り続け、「恙なくその任を果たした」として一定期間後に昇進→予備役編入とする事だけである。軍務につき(ついてないけど)、貴族特権としての階級を上回るそれを手に入れてステータスにする、それさえできればあとの任務は下にやらせればいい。何もせずに蜜をすする、それが門閥貴族である。

 この手打ちにて騒動には一定の収まりはついたものの軍部(&政府)と門閥貴族の溝はさらに深くなり、軍部の門閥貴族嫌いは益々拍車がかかる事となった。

 

 

 

「待たせてしまったようだな。すまぬ」

 

 そう言ってミュッケンベルガーが席に着く。重要な打ち合わせにしてはお供は少なく、参謀らしき者を数名を連れてきているだけである。

 

「恐らく両名共イゼルローン絡みと思っているのでだろう」

 

「そうだと思っておりましたが異なるので?」

 

 シュヴァルベルクがそれならなんだ? という表情で応える。

 

「端的に話そう。叛徒どもがイゼルローンを越えて侵攻してくる。推定兵力は三〇〇〇万。艦隊は八個乃至九個と見積もられている」

 

 ミュッケンベルガーが二人の反応を見る。自分の時と同じである。侵攻を受ける可能性については考えていた、しかし想定していた規模と違いすぎる。

 

「八個乃至九個。首都防衛として残るであろう艦隊以外、全て来る可能性があるという事ですか?」

 

 メルカッツが信じられないという表情で確認をする。

 

「そうだ。これに対して私の統率下である一一個艦隊全てを使用して迎撃を行う事となった」

 

「そもそも情報の出どころはフェザーンという事でよろしいか?」

 

「情報部曰くそうとの事だ。叛徒政府による一般公開のみではなくフェザーン独自の情報網での裏付けも済んでいるらしい。そこまでフェザーンがする意味は判らんが嘘を教えて得をする事もあるまい。政府も確定事項として扱う事にしたのだそうだ」

 

「敵は八乃至九、こちらは一一。負けの目は十分にありますな。首都防衛艦隊が動かせないのは仕方ないとしてもあの六個艦隊を一時的にでも使う事は出来ませんかな?」

 

 シュヴァルベルクが誰もが思いつく"増援"について尋ねる。

 

「確認はした。あ奴らが言うには」

 

「我々の艦隊が練兵などを引き受けてるお陰で元帥の持つ一一個艦隊は常に精鋭の状態を維持できるのでしょう?それでより少ない叛徒軍に負けるとでもいうのですか?なかなかに素晴らしい精鋭ぶりですなぁ。それでもと言うのなら手を貸す事もやぶさかではありませんが当然、それ相当の見返りもあるという事で良いのですかな?」

 

「と、いう事だ。そこまで言われて頭を下げるくらいなら何をしてでもこの兵力で戦ってくれるわ」

 

 ミュッケンベルガーが"憤慨"そのものの顔で吐き捨てる。練兵押し付けといいそれによる練度の維持といい、なまじ言っている事に正論が混ざっているだけに余計に腹立たしい。

 

「ただ守るという事だけならイゼルローン回廊の出口を数個艦隊で塞げば可能でしょう。しかしそれでは根本解決にはなりません。相手を最低限こちら側に引き入れてそのうえで再侵攻が当面不可能になる程の戦果を上げる必要がある。その認識でよろしいでしょうか?」

 

 メルカッツが淡々と状況を整理する。

 

「その通りだ、参謀たちに何種類かの迎撃案を考えさせてある。今、ここでどうするかを決め、必要な準備を開始する。心得て欲しいのはこの一一個艦隊が敗北する事があれば、たとえその後に勝利しようとも帝国軍人の、武門の伝統は途絶え全てがあ奴らの私物になるという事だ」

 

 ミュッケンベルガーが参謀を呼び、迎撃案を説明させる。二人の上級大将はかつてないほど真剣にその説明に耳を傾けた。

 

 

 

「貴官達が迎撃策を考えた、という事で良いかな?」

 

 迎撃案が決めると共に当面の作業内容を定め、それぞれ即行動開始となった。しかしメルカッツは退出の際に参謀の一人に話しかける。

 

「メルカッツ提督……、いくつかの案は私が考案いたしましたがこの度採用された案に関してはこちらのオーベルシュタイン中佐の発案となります」

 

 そう答えたキルヒアイスが傍らの男を紹介する。

 

「パウル・フォン・オーベルシュタインと申します。司令部付きとしてキルヒアイス大佐の元で働かせて頂いております」

 

 オーベルシュタインがメルカッツに頭を下げる。メルカッツが何か話しかけようとしたが奥から呼ばれてしまう。呼ばれたオーベルシュタインがその場を離れ、メルカッツとキルヒアイスの二人きりになってしまった。

 

「あれがイゼルローンの生き証人、オーベルシュタイン中佐か。陥落の責を要塞司令と駐留艦隊司令に全て押し付けたが故に降格のみで済んだといわれていたが、ここにおったのだな」

 

「はい。色々あって引き取り手がおらず、元帥も苦手とされているようで私の下という形で押し込まれてしまいました」

 

 キルヒアイスが苦笑いを浮かべながら答えた。

 

「確かにあの案は貴官には合わぬな。見栄えも考え方も恐らくは正反対、押し付けたかったのもあるがそれ故に組ませたのだろう」

 

「はい。しかし……あの案は感情論無しで考えれば、最も合理的且つ勝率の高い方法でしょう」

 

 その言い方にキルヒアイスの気持ちが込められているように感じる。

 

「キルヒアイス大佐、この世界で生き抜く為には時にして己の信条と逆の行為をせねばならぬ時がある。人の命を数で考えねばならぬ時がある。己の判断が何人の軍人の、国民の命を背負っているのかを自覚せねばならぬ時がある。己の信条を守りつつそれらを両立させる事は難しいと思うがそれは時間と共に慣れるしかあるまい」

 

「その言葉、心に刻ませて頂きます」

 

「無理をせん程度にな。さて、お互いにやるべき事の準備を始めるとしよう」

 

 メルカッツも場を去り、残るはキルヒアイスのみ。

 

(無理はしておりません。あの策はオーベルシュタイン中佐が発したものですから。……私より先に)

 

 

 その翌日、帝国一一個艦隊に総動員の命が下され、宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥に帝国領内全ての軍事施設に対する優先指揮権が与えられた。

 

 





 少し、溜めこみ期間に入ります。

 某男爵のまってく出ない帝国編と言う違和感(マテ

 キルヒアイスのアスターテまでの出世RTAを入れるタイミングを失ってしまいましたが"その方が色々とおもしろそう"だと思ったのでこのまま行く事にしました。

※1:三長官
 帝国軍部の最高幹部である軍務尚書・統帥本部総長・宇宙艦隊司令長官の事

※2:貴族特権としての軍階級
 爵位所持者はその位に準じる軍の階級を得られるという制度。特に問題が無ければ
  公爵:上級大将 侯爵:大将 伯爵:中将 子爵・男爵:少将
 の地位を無条件で得ることが出来る。(※与えられる階級については作者設定です)


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No.11 帝国領侵攻作戦(1)

 考えてたことはあれどなかなか文面に出来なくて・・・・・
 私の実力がよくわかる駄文です。


 

 

 帝国領への侵攻は後陣である第五&一三艦隊が先陣を切るという形で始まった。

 

 この後陣がまず橋頭堡としての占領領域を確保、この領域を起点として先陣任務群合計六個艦隊が展開を開始するという流れである。後陣艦隊は総司令部より各艦隊に追加増援として付与されている支援艦(偵察巡洋艦・電子戦&通信用工作艦)を活用し橋頭堡まで偵察しつつ前進、その航路に沿って工作艦が帝国の通信網を物理的・電子的に遮断し味方の通信網を形成する。その後、橋頭堡より先陣各艦隊が同様の行為を行いつつ目標とする初期到達限界まで前進する。そこまでが第一段階となっている。初期到達限界は分散した先陣各艦隊が一定の連携を行える距離を保てる線を限界としている。もしそれ以上の深部に侵攻した場合、各艦隊の距離が開きすぎて連携が鈍くなるし後陣は後詰として動きたくても急行できない距離になってしまう。しかし逆に帝国から見た場合、この限界に到達する前に何かしらの迎撃を行わなかった場合、広く展開した侵攻軍の捕捉が難しくなるし一歩間違えれば広くなりすぎた防衛ラインをすり抜けて自由度の高い後方遊撃戦が展開されてしまう。そのような事情で"捕捉可能な領域で迎撃を行うはずの帝国軍を高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処し撃破する"というのが本侵攻作戦の主眼(第二段階)となっていた。

 

 先陣を切った後陣艦隊は予期されていた焦土戦とみられる状況を見る事もなくいくつかの有人惑星を占領しつつ予定していた地点まで進出した。占領地にはイゼルローンへの後詰や支援に使用されていたであろう軍事施設もあったが撤収済みであり、軍事物資についても持っていける範囲で持ち去ったらしくもの抜けの空の場合もあれば一部残っている場合もある、と言った感じであった。住民生活については特に軍からの徴発は行われておらず、せいぜい軍民共用施設からの撤収時に(数えて分けるのも面倒になったのか)一部物資がまとめて持っていかれた程度であったがその程度の事象は焦土戦に関係なく織り込み済みであり艦隊に同行していた地上戦要員が管理する物資より提供が行われた。最終的にその地上戦要員達によって有人惑星単位に統治司令部が組織され、現地行政と協力して臨時統治を行う事になる。この統治司令部発足をもって管理は艦隊から総司令部に移譲され、艦隊は次の目標地点に進むのである。

 

 このようにして占領領域を広めつつあった侵攻軍に最初の暗雲が漂い始めたのは後陣を追い越した先陣任務群が予定の三分の一あまり進んだところであった。新規占領領域にて「来るはずだった定期便がお前たち(同盟軍)の侵略で来なくなった。このままだと不足しそうになるものがあるから事前に提供してくれないか」と援助を要請してきたのである。そして同時期に既存占領区域(後陣占領領域含む)にも同様の提供要請が発生し始めていた。統治司令部は管理物資にて賄える場合は提供し、持ち合わせの無いものに関しては後方から輸送して提供する事を約束する。(本音はともかく)我らは解放軍として来た、と言うからには必要と言われた物資を断るわけにはいかない。その時はまだ要求量も少なく対応が可能だろうという判断で提供を約束し、各地の統治司令部は総司令部に追加支援を要求する。統治司令部はその要求に対しこの世の全ての種類の物資を事前用意する事は不可能であり、要求が出るのは想定の範囲であろうという認識で後方参謀チームに輸送予定の物資にそれらを追加するように命じる。その追加要請物資の内容を確認し、それに秘められた意味・危険性を最初に認知したのはその物資管理の総責任者である後方主任参謀アレックス・キャゼルヌ少将なのであった。

 

 

「占領領域の全てに最優先指示として連絡を取れ!!何もしない場合、一カ月、いや二ヵ月以内に欠乏する物資を全て報告させるんだ!! クソッ!そうだよ!何故この程度の事に俺が気づかなかったんだ!!同盟と帝国じゃあ備蓄している量に違いがあるのは当たり前じゃないか!!」

 

 それは無意識のうちに刷り込まれた"常識の違い"というものであった。同盟領のイゼルローン隣接地域の有人惑星は帝国からの侵略の可能性が常に存在していた為、民間航路の一時的封鎖などに備えた各種物資の備蓄が義務付けられており、それらを一定量自給自足出来るように生産体制を確保する事も努力義務とされていた。これは政府の指示であるから当然支援も行っている。この体制が一〇〇年以上続いた帝国との戦いの中で培われた"当たり前の制度"なのである。しかしながらそのような制度が帝国にあるという保証はない。ましてやイゼルローンという壁が出来て数十年が経過して帝国領は安全な世界になっているのである。言われてみればすぐわかるが言われてみないと判らない。本来はそういう差異を発見する為に十分な事前調査を設けるものであるがそれが行われなかった故の"気づき遅れ"であった。

 キャゼルヌ達後方参謀チームは十分な準備期間があればそれに気づいたであろう。しかし彼らは帝国領侵攻が決定した直後から"国内の軍事物資の貯蓄量・生産量・輸送能力を把握し会議までにその総量と輸送限界を把握し説明できるようにしておく事"という無理難題に立ち向かわねばならなかった。そしてその後は帝国領に侵攻する三〇〇〇万人という人員の初動に必要な物資を計算し、集め、補給部隊として編制をする。さらにはその作業を行いつつその後の輸送が出来るように国内の物流ラインを形成しイゼルローンまでの輸送を可能とし、さらにさらにイゼルローンから現地への輸送護衛計画を立てる。過去における最大の演習ですら扱ったことのない動員量なのである、余計な事を考える余裕などどこにもなかった。当然ながら侵攻開始までに全ての準備が整うはずもなく現在はその計画の調整をしつつ国中から物資をイゼルローンに輸送している真っ最中なのだ。当然ながらしばらくの間、まとまった物資はイゼルローンからは出せない。侵攻してから追加の物資が送れるようになるまでのタイムラグ。輸送を出すまでこれくらいの期間なら何とかなるだろうと判断したその期間は無意識にうちに同盟領の備蓄物資を元にしたものになっていた。

 

 キャゼルヌは部下たちに当面の指示を出すと総司令部に向かう、

 

「総参謀長・・」

 

 彼が話しかけたのは総司令官ロボス元帥ではなく総参謀長のグリーンヒル大将であった。ロボスの傍らには常にお気に入りであるフォーク准将が控えており直接ロボスに話す事が出来なくなっている。物理的にも精神的にも少し距離を置いている形になってしまったグリーンヒルにまずは話を通すことにした。一人で突入するよりもその方が結果として効率が良い。

 

「先ほど指示されました追加輸送の件ですがこれは重大な危機に直面する前触れかもしれません」

 

 唐突な物言いにグリーンヒルが眉をひそめる。

 

「大胆な物言いを・・・とい言いたい所だが君がそのような言い方をするには訳があるだろう。まずは言えるだけを言ってみたまえ」

 

 ロボスとフォークであれば笑われて打ち切られそうな話であるがグリーンヒルはそれをせず続きを促した。彼の人格もさることながら色々な所から話を汲み取る事こそ総参謀長の仕事の一つである。グリーンヒルに促されたキャゼルヌは不完全ながら己の立てた予想を言う。

 

 帝国領の各有人惑星には同盟のような自給自足目標も備蓄義務も恐らくは存在しないであろうという事。その場合、主要産業物資以外の多くが外部からの定期輸送(輸入)で賄っているであろうという事。それらのうち比較的少なくなっていた物資に関して要求が出たのであろうという事。占領領域内での生産量で融通も出来ない場合、同盟より少ない星内備蓄では帝国軍が特に焦土作戦を意識してなくてもあっという間に不足してしまうであろう事。などなど。まだ予想に過ぎないが「備蓄があって当たり前」と考えている同盟側と「定期便があって当たり前」と考えている帝国側で認識にずれがあったとしたら・・・・・・

 

「少なくともわが国では危険性のある地域には長めの一作戦が終わるまで持ちこたえる事の出来る物資備蓄が義務付けられています。しかし言い換えるのであればそういう義務を課していなければ一作戦中に物資の不足が発生するという事です。恐らく最近まで安全だった帝国領はそれが当たり前の状態です。現時点で帝国が焦土戦を意図的に実施しているという証拠はありませんが実質的にそれはもう始まっているといえます」

 

 キャゼルヌは言うだけ言うとグリーンヒルの返答を待つ。

 

「・・・・総司令官への報告は私から行う。想像通りであればすぐにでも後退、最低でも停止はしたいのだが現状はまだ状況証拠のみであって説得できるだけの数値が無い。君が集めるように命じた情報が集まって始めて数値を使った説得になるはずだ。私もなんとかそれまでに間、動きを止めるように説得し続けよう」

 

 そういうとグリーンヒルが立ち上がる。

 

「ここが私たちの最前線だ。やれる事はやりつくそう」

 

「はい」

 

 グリーンヒルとキャゼルヌは己の職務において戦闘を開始した。

 

 

「これは・・・・・」

 

 ヤンが司令官デスクの上で胡坐をかいた状態でフレデリカから手渡された統治司令部からの報告書を見る。

 侵攻にあたって焦土戦についての危険性は事前に地上戦要員部隊には伝えているし「軍事組織の撤収具合」と「徴発やそれに準じる民需物資の強制的な持ち出しの有無」については必ず連絡する様に伝えていた。それに対し占領地に設置された統治司令部からの返答としては「軍事組織は撤収済み、徴発の類は特になし」との事だったので以後の作業を統治司令部に移管し、定期連絡と非常時連絡のみを行う事になった。後陣艦隊の主任務は1・先陣とイゼルローンを結ぶ航路の保持、2・その範囲における精密偵察、3・先陣に対するいわゆる後詰となっている。有人惑星間の主航路周辺は先陣の通路として優先的に整備されたが無人惑星が本当に無人なのかの確認も必要であるし何もない宙域はそれはそれで通行路として使用される可能性がある。これらを精査し、可能な限り遠い位置で捕捉できるように哨戒網の構築や使い捨ての監視衛星の配置などをヤンは指揮をする必要があった。幸いにも第一三艦隊には艦隊運用の達人であるフィッシャーや(常識的な)作戦の立案運用に優れたムライがいるのでヤン本人の負担は少なかったがこれだけの範囲偵察はイゼルローンを拠点とし月単位に計画的行われる作業である。それを他作業と並行して行わねばならないので一旦大丈夫と言われた統治司令部に関しては何かあったら遠慮せずに連絡するように告げて受け身にならざるを得なかった。そして何度目かの定期連絡にてその予兆を発見したのである。

 

「何か特別な連絡でもあったのでしょうか?」

 

 やや表情を(悪い方に)崩してレポートを見ていたヤンが気になったのかラインハルトも寄って来た。特に専任となる作業の無かった彼はつい先程までムライの作業の手伝いを行っていた。既に大局的視点では優れた見識を認知されていたがこのような細かい実務作業の力量はどうだ?とばかりにムライに預けてみたのである(後に落ち着いてからムライに確認した所、「丸ごと任せても大丈夫だったかもしれません」との事だった)

 

「所感を聞かせてくれるかな?」

 

 そう言ってヤンは報告書を手渡す。ラインハルトはそれを一読し、重い声で応えた。

 

「同盟と帝国で備蓄というものに対する概念が異なっていた。元をたどればその一言に集約されます」

 

「その通りだと思う。かくいう私も"徴発等は無し、備蓄は大丈夫"と連絡を受けて少なくとも後方からの輸送が開始されるまでは大丈夫だろうと思ってしまった」

 

 ヤンが頭をかきつつ応じる。彼もまた"備蓄"という言葉に秘められていた"量"を間違えていたのだ。一〇〇年以上続く戦争で培われた常識にはそれだけの魔力がある。

 

 統治司令部の問いは(当面の生活等が可能な)"備蓄は大丈夫か?"」というものだった。これは同盟側には備蓄義務等があった為に生まれた当たり前としての認識であったが特別な備蓄という概念の無い現地行政は(定期便が来るまでの)"備蓄は大丈夫です"という認識で回答を行った。それだけの事だった。その認識で後陣は主任務に専念し、先陣任務群は占領領域を拡大し、同じようなタイミングで「定期便が来なくなったのだからその分は定期的に頂けると思ってたのですがいつ頂けるのでしょうか?」という話が出てきたわけである。恐らく、帝国が侵攻を確認すると同時に地域一帯の民間船を止めたのだからどこもかしこも同じようなタイミングで話が出始めたはずだ。

 

「中尉、各統治司令部に対して総司令部から欠乏しそうな物品情報を報告するようにと指示が出ているそうだ。その報告内容はこちらも回すように連絡を取っておいてもらえないかな。足りなくなる分は恐らく、艦隊からも出すことになるだろうからね」

 

 

 帝国軍はまだ姿を見せていない。焦土戦をしているという形跡も見えない。しかし全ては既に始まっていた。

 

 




 あなたは日本において一〇〇年以上常識とされている事、無意識に思ってて疑問すら持ってない事。それを思い出して羅列する事は出来ますか? この駄文を読んで「その程度の事を気づかないはずはないだろう」って思う人も沢山いるはずです。しかしそれを言われるまで気づくことが出来ないってものが刷り込まれた常識というものなんだろうと思います。

 侵攻が決定して数週間で三〇〇〇万人という扱った事のない遠征軍に当面必要な物資を集めて輸送部隊として整える。物語では特に何も言わずにやってますがぶっちゃけ不可能だと思う。

 そもそも交易路の遮断を考えてない安全な帝国領においては占領して帝国他領から隔離された時点でアウト。というのをどうお話にするかというのを悩んで悩んで悩んだ結果がこの駄文です。
 昔っから思ってたんですけど焦土戦を意図しなくても数百万とかしかいない人口の惑星なんぞ正式な貿易ラインが切れたらあっという間に干上がるはずなので不足物資の相互融通が出来るだけの広範囲を一気に制圧して制御するか全部背負っても大丈夫な程度の領域に止めるかの二択しかないはずなんですよ、あの世界。エル・ファシルですら四国より人口少ねぇんだぞ、原始農業世界じゃないんだから賄えるはずねーだろ。


※:有人惑星の生産体制
 エル・ファシルを例にとると人口三〇〇万人。同盟一三〇億、帝国二五〇億という人口がいるが広大な宇宙に広がっているので有人惑星一つ一つの人口としては多くはない。なので特別な措置をしない限り自給自足の生活は難しいと思われる。民間輸送船よりかは早いと思われるとはいえハイネセン~イゼルローン間の三五〇〇光年ですら一カ月はあれば移動できる世界なので民需必須品の輸入元が一〇〇〇光年先の惑星であっても何もおかしくはない。物資は多岐にわたるので大量消費する品物は単独で輸送できますが細かい品については中大惑星にまとめた量を輸送し、そこから各品目を細かく積んだ定期輸送船が出ている、と言う形で末端惑星の生活を支えているのだと思います。ちなみに原作で侵攻軍が五〇〇〇万人を抱えた時点での占領した有人惑星数は三〇です。平均二〇〇万すら達していない。
 尚、イゼルローンは自給自足が可能なように作られているがそれは軍事施設だし例外中の例外だと思われる。


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No.12 帝国領侵攻作戦(2)

 世の中には成功しちゃったからこそ駄目になるってものもあるものです。


 

「そうか・・・ひとまずは対応できそうなのだな」

 

 キャゼルヌは届いた報告書を一読するとデスクに放る。

 各統治司令部から取り寄せたリストを元にした事前準備外物品への対応、それをキャゼルヌは近隣星域の軍関係施設に丸投げする事で解決させた。近隣星域の備蓄施設(※1)が備えているであろう物品を当てにしたのである。これらの施設は食料品などの重要物は当然ながら度々戦乱に巻き込まれる事によるモラルの低下を防ぐ為、嗜好品を含めた「日常の生活」に必要な物も民間備蓄として各星政府が独自に備蓄していた。イゼルローン攻略により備蓄物をどうするか?という問題が発生していたが今回はこれら備蓄余剰物を丸々転用(各星政府から軍が買い上げる形)してしまおうという事にしたのである。備蓄義務のある近隣星域領域は現在侵攻軍が占領している範囲よりも広い、かき集めればかなりの量になるだろう。当面の物資はその転用貯蓄物で賄い、追加分はそれらの備蓄施設が今まで行っていた契約先から取り寄せておくように依頼する(代金は軍支払い)。それで当面は賄えるだろうという想定だ。

 

「しかし、"当面の対応が出来てしまった"という事か。これでは説得の為の数値にはならん」

 

 キャゼルヌは表立って発言しているわけではないがこの度の帝国領侵攻に反対の心境であった。最初に侵攻規模の噂を聞いた時、彼の経験からくる直感は「無理!」であった。少なくとも最後まで問題なくやり遂げるビジョンが何処にも浮かばない。しかし、それを判断できる知識と経験があるからこそ短い事前準備やその後の準備、追加してやってくるこういう諸問題もその場その場で対応してなんとか前進出来てしまっているのである。

 

「だが問題はここからだ。こっちの数値を元に参謀長の援護をしない事には艦隊は止まらん。止まらないと維持に必要な物量を確定させる事すらできない」

 

 そういうとキャゼルヌは各統治司令部から取り寄せた"次のリスト"の第一報を手に取りペラペラとめくる。前のはここ二ヵ月程度で不足する物資、次のはその後に不足する物資。それとは別に占領区での生産量も別途集計を開始している。部下達に命じて随時行わせているこの集計差引結果が当初予定していたバッファを上回った時が物資輸送の限界である。そこまで考えるとキャゼルヌは席を立つ。代わりのいない役職として彼は全ての睡眠をタンクベッドで済ませ、食事とシャワー以外の時間をほぼ労働に費やしている。どこかで"気を抜く"時間を作らねば精神が持たない。しかし、休憩スペースに移動しようとした彼は呼び止められる。

 

「こちらを、お読みください」

 

 顔を真っ青にした副官が一枚の紙を差し出す。

 

(来てしまったんだな)

 

 キャゼルヌが覚悟を決めて受け取ったその紙には第一〇艦隊からの急報が記されていた。

 

「発:第一〇艦隊司令部 宛:総司令部 本日解放した惑星にて大規模な物資援助を実施中。現地行政曰く"直前に去っていった軍が民間流通物資などを持っていけるだけ持って行ってしまった"との事である」

 

 グリーンヒルはロボスに対しキャゼルヌが取り寄せを命じた直近の不足物への対応が収まるまでの間、侵攻を停止するように進言した。しかし、ロボス(の隣で仕切っているフォーク)は

 

「現時点でいわゆる"焦土戦"に値する事象は見受けられず艦隊は予定地点まで進行していない。一段落するのは予定地点に到達してからで良い」

 として進言を却下。特別な追加命令が発せられない以上、各艦隊はその予定航路を進むしかなかった。そして、この急報となったのである。

 急報は先陣任務群の各艦隊から発せられた。つまりは足並みを揃えた計画的犯行である。総司令部は掌を返したかのように艦隊に侵攻停止を指示、後方チームには現時点を終端とした場合の必要支援量の算出を命じた。キャゼルヌは

 

「計算は致します。しかし、先陣任務群六個艦隊でそれぞれ事が発生した惑星の人口の合計が六〇〇万人を超えていた場合、その時点で先の作戦会議で申し上げた通り限界を超える事になります」

 

 と回答し、チームへの指示を開始した。

 

 

「どうすれば良いのだ?これは・・・・」

 

 第一〇艦隊司令官ウランフ中将はその接触を受けて文字通り頭を抱えていた。艦隊は総司令部の命令によりその場に待機することとなっていたが停止してから数日後、彼らの元に未侵攻方向からシャトルが到達したのである。

 

「突然やって来た軍が食料などをみんなもっていってしまったんです。この際、あなた方でも構いません。助けてくれないでしょうか?」

 

 ウランフは元より幕僚達も全員"罠"だと判断した。証拠などないがあからさまとしか言い様のない白々しい救援要求である。各地に潜伏しているであろう帝国諜報員(※2)と連携し、こちらの航路を読んで準備していたに違いない。しかし、罠とはいえ持って行ってしまったのは事実だろう。引き受けたら更に泥沼、拘束するなり断るなりをしたら帝国は「解放軍を謳っておきながら市民からの支援要請を断って見殺しにしようとした」と嬉々として宣伝する事になる。実際に物資を持って行ってしまったのは帝国軍なのだがもし救援をしないと判ったら適当な時期に戻ってきて持って行ったものを少し色をつけて返すだけだ。帝国国民はその色に満足して帝国軍への不満が消え、残るは「自分たちを助けようともせずに見放した叛徒軍」という結果だけである。右も左も、ロクな結果にならない。ウランフは仕方なく

 

「現地点での援助活動がまだ終了していません。もう暫くお待ちください」

 

 とだけ回答しシャトルには少し待ってもらう、そして総司令部に急報を送り指示を仰いだ。どう考えてもここで自分が判断していい問題ではなかった。祈るように回答を待つウランフだがその回答は想像を絶するものだった。

 

「各艦隊は、当初予定していた初期到達限界に到達するまで"各自の判断にて救助活動を実行せよ"」

 

 総司令部は"進め"とも"止まれ"とも"引き返せ"とも言ってこなかった。それを言えば責任の一端(本来は全部)を総司令部が負う事となる。だからと言ってこの命令で総司令部の責任が無くなるなどという事はない。既に総司令部、いやロボスとフォークは自ら判断する事もグリーンヒルやキャゼルヌからの諫言を聞き入れる事もできない精神状態になっているのだろう。そう判断するとウランフは前進し、救助する事を選択する。どのような理由があったとしても民主主義の軍隊は市民を見捨ててはならないのだ。

 

「どれだけ警戒してても結局はこうなるのだな。皆、同じだろう」

 

 先陣任務群の他の五個艦隊も同様に進むだろう。ウランフはそう考える。これは予想ではなく確信だった。

 

 

 第一三艦隊は第五艦隊への合流の為に出発しようとしていた。艦橋のスクリーンには第五艦隊への合流ルートと先陣任務群各艦隊の侵攻ルートが表示されている。先陣任務群は当初、扇状に進む予定であった。しかし、相次ぐ救難要請による航路変更で既に予定航路とはかけ離れたものとなっている。その結果、先陣任務群は第一と第二で左右に分けられるように誘導され二つの先陣任務群とイゼルローン要塞、そして中央寄りに構えていた後陣はYの字のような布陣になりかけていた。その為、後陣はY時に分かれた先陣の隙間を埋めるために"有人惑星を避けた"前進を命じられ、一旦合流する事になったのである。

 

「もう、原形は残っていませんね」

 

 ラインハルトがスクリーンを見上げながら呟く。航路もそうだが第一三艦隊の移動布陣も当初の形から変化している。この艦隊移動には地上戦要員を伴っていないのである。それどころか後陣担当領域では必要最低限の地上要員を残し、残りについては総司令部に許可を取りイゼルローンへの後退を開始している(※3)。彼らはイゼルローンやその直近の惑星に止められ(放置され)その彼らを運んでいた輸送船は可能な限りこれからの輸送に転用する事になるし彼らが占領地で消費する予定だった現地物資はそのままその地への援助予定物資に転用される事になった。これで全体への負担を削減させようとする意図ではあるが後退が出来た人数は侵攻軍全体の一割にも満たないし、既に四〇〇〇万人以上となってしまった占領地総人数との比較では数%程度でしかなかった。

 

「だけど配置上はこう進まないといけない。現地のままだと分かれた隙間から先陣艦隊の後方に入り込まれてしまうからね。止められないとしても最低限気づける位置取りはしないといけない。そうなると後ろが気になるのだが、それは総司令部の頑張りに期待しよう」

 

 ヤンがやや沈んだ口調で答える。予想していたことを警告し、警戒しながら進んだつもりでも結局はこうなってしまった。焦土戦とは"そうだと気づいたときにはもう詰んでいる"状態になる戦いだとは判っていた。判っていて回避できなかった。しかし、ヤンを責めるのは酷である。焦土戦を避ける方法は"そもそも進まない事"のみであり、進み始めてしまってからでは後戻りはできない。ましてやヤンは侵攻を開始してしまえば八個ある艦隊の一個艦隊司令官に過ぎないのだ。

 

「閣下、総司令部に転送した資料の写しです。それと、例の"おすそ分け"も出発いたしました」

 

 フレデリカが何枚かの紙をヤンに手渡す。"後ろが気になる"の正体、これから旅立つ橋頭保とイゼルローンへのラインを見張る哨戒網への反応をまとめたものである。ここまでの制宙権(※4)は確保しているが帝国の侵入を0に出来ているわけではないし、現実問題それは不可能である。当然ながら隙間を縫って少数・単艦の偵察隊が侵入してくるし網にも引っかかる。今の所影響はないがいつかは通る輸送艦隊を脅かす可能性はある。総司令部には一定数の艦艇を直属として抱えているので艦隊が前進して後ろに手が回らなくなる分、この方面の哨戒活動を総司令部に移譲したのである。

 そして"おすそ分け"とは第一三艦隊と第五艦隊が協力して作った先陣艦隊へのごく小規模の補給品である。両艦隊の所持物資から標準的消費量の範囲に収まるぎりぎりの量を抜き取り、占領した帝国軍施設から手に入れた正式な帳簿外物資(微量すぎる敵軍管理資源は報告されても処置に困るので放置するか好きに使ってよいとされている。当然ながら民間物資は量に関係なく手を出してはいけない)をかき集めた物と一緒にして送り出したのである。全体から見れば些細な量であるが"あとちょっと踏ん張り"程度には役に立つ。多数の民間人を抱え、急速に消耗している先陣艦隊に対するせめてもの支援である。

 

「では、出発しよう。なるべく何にも見つからないように」

 

 ヤンが苦虫を噛み潰したような顔で宣言する。これ以上支援対象を抱えたくない故の厳命である事は判る。しかし"有人惑星を避ける"というのはそこにいるかもしれない焦土戦の被害者たちを見捨てるという事である。焦土戦の用意をしたのに相手が襲来しないという場合、来ないと判断した時点ですぐさま支援に戻るものである。そうしないと焦土戦の為とは言え収奪した側のみが恨みの対象になってしまう。あとは帝国がその恨みを買わない為にきちんと支援しに戻ってきてくれることを祈るしかない。

 そして移動を開始して各員が所定の位置で作業を行いはじめた時、

 

「閣下、よろしいでしょうか?」

 

「なんだい?」

 

 ラインハルトが何か考えている様子で話しかけてきた。

 

「あまり大っぴらに言えない事なのですが、総司令部や各艦隊は総撤収の事前準備のようなものを行っているのでしょうか?」

 

 ヤンがラインハルトの顔をじっと見る。何故そのような事を言うのか、なんとなく理由は判った。しかしあえてこちらからは言わない。その気配を察したのかラインハルトが話を続ける。

 

「後退は前進よりも難しい、それは如何なる戦においても常識です。現在各艦隊の本音を言えば"可能な限り早く撤収してしまいたい"なのですが命令が無い以上それが出来ない状態です。しかしこれだけ当初の予定と異なる進軍ルート、布陣となった状態で"撤収して良い"となった場合、速やかに撤収出来るのでしょうか?最悪の事態においては反撃してきた敵を受け流しつつの撤収となる場合もあります。侵攻時とは異なる撤収用ルートの設定や今回我々が行ったように地上戦要員を絞って出来るだけ宙に上げておくといった処理が出来るのではないでしょうか?」

 

 今度はラインハルトがヤンの顔をじっくりと見る。そしてその表情を確認して安堵した表情を浮かべる。

 

「確かに大っぴらに言えないし内々にやらないといけない事だからね。後陣はビュコック提督とも相談して事前の手は打っているし、それをしたからこその余剰地上戦要員の後退だ。先陣艦隊で同じことが出来るかはわからないが適切な後退ルートの設定や地上戦要員の配置への考慮などについて内々に進めておいた方がいいですよ、と今回の移動を連絡するついでに先陣艦隊には伝えてある。万全とは言い難いが無策ではない。そこは安心してもらいたい」

 

 その言葉を聞いてラインハルトがほっとした表情を浮かべる。

 

「差し出がましい事を言ってしまい。申し訳ありません。・・・・それで、その、差し出がましいついでにもう一つ考えというか策というかそういうものがありまして」

 

 今度はもじもじとして表情でラインハルトがヤンの横に移動して一枚の紙を差し出し、他人には聞かれないように小言で内容を説明する。説明が終わらせてラインハルトが「どうでしょうか?」と尋ねるとヤンが今にも笑いだしそうな顔で応えた。

 

「これは、面白い悪戯だねぇ。やられたからねぇ。やり返してあげないと駄目だよねぇ」

 

「はい。やはりやられたのは悔しいですし。しかし万余の友軍を助けられるかもしれない悪戯です」

 

 ラインハルトも笑いそうな表情で応える。

 

「よし、やろう。準備も特にかからないはずだ。私からだと指揮系統がおかしくなるのでビュコック提督にお願いして伝えてもらおう」

 

 ヤンが即断でそれを採用する。

 

「使わずに帰れる事が理想なんだけどね」

 

 ヤンが思わずつぶやいてしまった一言にラインハルトも同意した。

 

 

 後方にある最前線、後方チーム指揮所では至る所から降り注ぐ多種多様な数値を一つの形にまとめるという戦いが行われていた。占領地総人口約四五〇〇万人。"焦土戦"の対象となった地域に約一八〇〇万人、対応している先陣六個艦隊と地上戦要員は合計約二〇〇〇万人。"焦土戦"が行われていなかった地域に約二七〇〇万人、後陣二個艦隊と地上戦要員は合計約五〇〇万人(後陣地上戦要員の半数は後退済)総合計七〇〇〇万人。これに対して元から用意していた輸送艦は四五〇〇万人分。この輸送艦の四〇〇〇万人分に"焦土戦"対象地域の住民と先陣艦隊&地上戦要員用の物資を搭載し、残りの五〇〇万人分には後陣艦隊&地上戦要員の分を搭載する。別途輸送しなくていけない事前準備外物品は後退してきた地上戦要員を乗せていた艦や同盟領からイゼルローンへの輸送を担当していた艦の一部を流用する。これが損失無く届けば一月半程度の物資となる。そしてその次の輸送(同量)は一ヵ月後を予定しているので計算上は足りているように見える。しかしそれは"損失が無く"且つ"非焦土戦占領地への本格的物資輸送を行わなければ"である。そもそも輸送力四五〇〇万人分に対して対象が七〇〇〇万人いるのである、いつかは破綻する。

 

 その輸送計画を携え、キャゼルヌはグリーンヒルと共にロボスへの報告と提案を行う。この輸送は万事を尽くして必ず行う。そして補給完了後直ちに後退作業に入れば、帝国民からの恨みも買わないだろう。

 

「という計画になります。焦土戦対象となっている地域には一八〇〇万人もの帝国国民が暮らしており、既に予定していた余力を著しく超過しております。他の地域からの本格的な要請が来始めてしまってからでは対応ができません。民を苦しめたという汚名を残さず、名誉ある撤退を行える最初で最後の機会となるでしょう。是非とも撤収作戦の実施許可を」

 

 機能を停止しつつある総司令部(というかロボスとフォーク ※5)内にて何とか統率を保とうと働きかけを続けるグリーンヒルがロボスに詰め寄るように語りかける。困りかねたロボスが目線で「対応しろ」とフォークに命じる。

 

「流石はキャゼルヌ少将です!よくまとめてくださいました。これだけの物資が確実に届けば一月半は持つとの事、これを無駄にせず必ずや作戦案をまとめてみせましょう!!」

 

 フォークが異常な程の熱意をもって宣言する。

 

「一月半持つのであれば一ヵ月は活動可能です。帝国艦隊を誘い出し、撃破するには十分すぎる時間ではないですか!!!」

 

「な!」

 

 絶句が思わず口に出てしまったキャゼルヌを制し、グリーンヒルが反論をする。

 

「フォーク准将、現実を見たまえ。焦土戦とは相手が弱まってきたのを確認してから襲い掛かってくるものだ。輸送が到着したのなら"次に飢えるのを待つだけ"なのだ。少なくとも市民を見捨てないという行動をとった我々が前進を止めたのは敵に対してここが限界であるというのを知らせるようなものになる。そしてあの線で焦土戦を開始したという事はその線を越えた所で足を止めたら"いつかは必ず破綻する"と計算出来ているからなのだ。既に我々は網にかかっている、これを抜けるには相手の計算する一歩二歩先に動く必要がある。君はそれが判らないほど愚かではない、その地位でその立場に立つだけの知恵があるはずだ」

 

「まぁまぁ、そこまで熱くならんでいいではないか参謀長」

 

 ここにきてやっとロボスが口を開く。

 

「まだ帝国軍が待ち続けるとも決まったわけではないし、何よりも輸送隊はまだ出発もしていない。到達して補給が完了するまでそれなりの時間があるのだ。君は撤収案を、作戦参謀は攻勢案をそれぞれ考えればいい。全ては補給が終わってからだ」

 

 では、その形で進めるように。と言ってロボスが逃げるように席を立ち、フォークは「では、早速作戦立案作業に入らせていただきます」とその場を後にする。解決したようで何も解決していない玉虫色の両案平行作業。残されたグリーンヒルとキャゼルヌが呆然と立ち尽くす。総司令部No.2でありまとめ役でもあったグリーンヒルは"撤収案立案の担当"という足枷をはめられる事により更に行動力をそがれることになった。

 

「私は、どこかで"致命的失敗"をしていた方が良かったのでしょうか?」

 

 キャゼルヌの唸るような言葉に、グリーンヒルは言葉を返すことが出来なかった。

 

 




次は帝国サイドを書きましょう。

※1:近隣星域の備蓄施設
 No.11の話で出てきた帝国軍の侵略に備えた備蓄制度に伴う施設。尚、食料品などの重要物は初動の大事な物資として既にかき集められています。

※2:各地に残した諜報員
 侵攻軍は帝国の通信網を塞ぎつつ進行していますので塞ぎきれなかった通信網での連絡を取るか通信が出来なくなったポイントを把握すればそれだけで侵攻軍の航路は丸見えになってしまいます。

※3:地上戦要員の後退
 撤収準備の為とは言えないので後陣占領区域は治安状態等が良いので必要人数が少ないです、必要のない人数は兵站負担削減の為、移動させてください。といって移動させてもらった。

※4:制宙権
 制空権・制海権のようなものだとお考え下さい。

※5:ロボスとフォーク
 ロボスは衰えによる気力不足と事態に対する許容力の限界、フォークは"自分の考えた通りになっていない"事による精神状態の悪化で著しく精彩を欠いている状態となっています。


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No.13 帝国領侵攻作戦(3)

 帝国軍フェイズ
 3500対6250という絶望的数値差


 

 七九六年八月某日 帝国軍宇宙艦隊司令部

 

 会議室に主要な幕僚が集められた。行っていた作業は停止して良いと言われており、重要な会議である事は理解したが内容は何も知らせておらず不安やら期待やらといった様子が伺える。

 

「長官、入る」

 

 宇宙艦隊司令長官ミュッケンベルガー元帥が参謀長のみを伴い入室する。起立し敬礼する幕僚達に答礼し席に着く。幕僚達も席に付き一瞬の静寂が訪れた後、ミュッケンベルガーが前置きもなく主題を述べる。

 

「情報部よりフェザーン経由での情報だ。叛徒共が大規模な侵攻を企てている。詳細は現在確認中だが何故かフェザーンが積極的に情報入手に協力しているらしく、最新情報は比較的早期に入手できると考えてよい。貴官らはこれよりその対応をする事になる」

 

 ここまで一気に言うと参謀長アーベントロート中将が立ち上がり詳細な説明に入る。

 

「概要は長官のおっしゃられた通りである。大規模とは言うが正式な規模も時期も不明である。それを踏まえて我々は叛徒軍が"最大規模で準備が整い次第侵攻をしてくる"という前提でいくつかの迎撃案を考える。概要案の作成期限は・・・・・・二四時間以内である」

 

 二四時間という期限に幕僚達が騒めく。しかしアーベントロートは構わずに言葉を続ける。

 

「作成した概要案を元に上層部にて採用する案を当日中に決定する。そして直ちに全艦隊、準備が整い次第即出撃する。これはその時までに入手した新しい情報で侵攻までに間があると判明しない限り実行される。つまりは詳細な作戦案は現地への移動中に作成する必要があるという事だ。迎撃案はそれを前提とし出撃後に回してよいものと出撃までに行わなくてはならないものをまとめておく事。尚、統帥本部や軍務省、情報部などで必要な人員がいる場合は連れていくことを前提として良い」

 

 ここでアーベントロートは一息ついて幕僚達を見まわす。一部を除き、幕僚達の顔には"動揺"の二文字が浮かんでいる。あまりにも急すぎる展開についていけないようだ。

 

「これだけ急かさねばならぬ理由はただ一つ。ここオーディンからイゼルローンまでの距離と叛徒どものハイネセンからイゼルローンまでの距離である。判っていると思うが前者は六二五〇光年で後者は三五〇〇光年、同日に出発し同速度で移動した場合、理論上遭遇するのはオーディンから四八七五光年でありイゼルローンから一三七五光年侵攻された地点となる。我ら帝国の歴史においても叛徒領にこれだけ深く侵攻したのは多くなく、叛徒軍にかの御親征(※1)の如き深部への侵攻など許されるわけがない。それを阻止する為に我が軍は迎撃側でありながら侵攻側より早く動き始める必要があるのだ」

 

 イゼルローンを起点とした攻守の交代、帝国側と同盟側における最大の違いがここにある。帝国側の侵攻の場合、同盟側の迎撃はその出発を感知(※2)してからでも準備が間に合う。しかし逆の場合、感知した時点では既に手遅れになってしまうのだ。それに対応するための前線基地はやっと建設地を定め必要な物資を集積し始めた状態であり、恐らく侵攻に対しては集めた物資を奪われ活用される事の無いように手を打つ必要が出てしまうであろう。

 

「政府からの要請はただ一つ。叛徒軍が再侵攻を躊躇うだけの損害を与える事、それのみだ。今後どうやってイゼルローンを奪回するか、それまでの間どうやって防衛するか、なんにせよ時間が必要となる。その時間を稼げるだけのダメージを叛徒軍に与えろという事だ。これに関しては軍上層部も同意見である。それを念頭に作成を立ててもらいたい。尚、最後に言っておくが我が軍の動員兵力は長官の直轄下一一個艦隊及び各星域にある基地部隊を全て使ってよいものとする」

 

 それを合図に幕僚達の口が開かれる。司令長官や参謀長といった幹部には別途仕事があるし作戦立案への細かい介入は行わないので両名共に手頃なタイミングで退席し、立案は若い幕僚達中心で行われる事になる。ごく自然に先任将官が進行役となり、ベテラン中堅が書記的な役割でボードに内容をまとめていく。到来時期が不明な為、作戦案は迎撃位置(イゼルローンからの距離)と兵力展開方法(集結・分散)毎に設定される事になるが時が進むにつれ作業は司令部幕僚としては新人である二人の佐官が中心となって進む形に落ち着いていった。

 

 

 ジークフリート・キルヒアイス大佐

 この若き大佐に対する他の幕僚達の心境としては羨望・度惑い・妬みなど色々なものが混ざっていた。何せ去年末くらいまでは大尉だった男である。平民で一九歳で大尉というだけでも過去最速を疑う昇進なのだが、二〇歳になると同時期に少佐、その直後にアスターテ会戦の功績にて中佐、そこから数か月後に大佐。大佐への昇進は幕僚に加える為ともアスターテの功績が非常に大きい為の時間差とも言われているが(※3)詳細は知られていない。なによりも平民で二〇歳の大佐というのはどう接して良いか扱いに困られており、現時点にて幕僚陣の中で少々浮いた存在になってしまっている。その傾向は下記のオーベルシュタインがセットになった事で加速している。

 

 パウル・フォン・オーベルシュタイン中佐(※4)

 イゼルローンの生き証人。ヤンによるイゼルローン攻略戦において駐留艦隊幕僚として参加するも交戦直前に旗艦から無許可で離脱。その後、敗走する艦隊に再合流してオーディンに帰還。通常なら死刑をありうる厳罰となるべき行動だが彼が艦隊司令官とのやり取りを記録したレコーダーを提出(※5)した事で状況は一変する。艦隊から収集した戦闘記録などと突き合わせた結果、彼が艦隊司令官に行った進言は全て適切であり司令官が進言を受け入れていた場合、イゼルローンは維持できた可能性が高いと判断された。また、イゼルローン失陥の責任として三長官が提出していた辞表を保留とする為に責任を全て要塞司令官と駐留艦隊司令官に被せようとする政治的思惑も存在していた為、この記録が活用される事となり結果として彼は重罰を逃れることになった。しかし無罪放免とはいかず大佐から中佐へ降格、(引き取り手がいない&怖くて目の届かない所に置けないので)司令長官預かりとなりそのままキルヒアイスに押し付けられた。

 

 

 非常に頭が回る、短時間で他の幕僚達にそう認識されるに至った二人だがその傾向は正反対といえた。キルヒアイスは自軍の力を最大限に発揮できる状態を整えようとする正統派。それに対しオーベルシュタインは相手が力を最小限しか発揮できない状態を整えようとする技巧派。キルヒアイスは臣民への被害が少なくなるように考え、オーベルシュタインは臣民への被害も勝つためにはやむなしと考える。途中からお互いの傾向を把握したのかあえて自分の考えを強調した案を提示し、極端な部分を相手に修正させる形で調整を行うようになった。他の幕僚達はこの二人と同じ立ち位置で参加するのは無駄と悟ったのか直接案を語るよりも彼らの案に対してこれなら、あれならとあらゆる方向からの探りを入れる事で案の粗削りな部分を整えていく。

 最終的に彼らはイゼルローン回廊出口から二五〇光年単位に一二五〇光年まで五段階の迎撃ライン(※6)を設定、それぞれに兵力の集中と分散のパターンを用意し合計一〇パターンの兵力配置を作成。それに加えて侵攻遅延策として少数兵力による遊撃戦と焦土戦を用意した。しかしながら一〇〇〇光年ともなるともはや作戦範囲として掌握できるはずもなく相手がこちらの希望通りに進軍してくれない事には捕捉すら難しくなってしまう。それ故に各案そのものは作成するが本命は遅延作戦を用意し侵攻を遅らせて叩くイゼルローンから比較的近距離での戦闘案に集約される事になった。

 

「1日でよくここまで仕上げてくれた」

 

 濃いコーヒーの匂いが充満する会議室、1日で仕上げた作戦案を見てアーベントロートが満足そうに頷く。幕僚達はその言葉を聞いてやっと一安心と言った表情を浮かべるが

 

「昨日から今日にかけての続報として侵攻軍の規模は推定兵力三〇〇〇万・艦隊は八個乃至九個という情報が入って来た。元々最大規模を想定していたので影響はないと思われる。しかし、最も重要な事である侵攻時期については追加の情報はない。よって準備が出来次第各艦隊は出発する事になる。どの案を主とするかについては本日中に定めて通達するのでその迄は一休みしておくように。出発してしまったら取りこぼしがあっても戻る事は出来ない。それまでもほぼ休みなく働く事になるので覚悟しておくように。では、解散」

 

 言うだけ言うとアーベントロートは退出し、幕僚達が残される。これだけ急な動きになると幕僚たちの多くは未経験らしくどうすればいいのかとお互いに顔を見渡しそわそわした雰囲気になる。

 

「と、とりあえず各自宿舎なりに帰り衣類などをかき集めて戻ってきましょう。司令部にはシャワー・食堂・仮眠室、全部あるので出発まではここに住むつもりの覚悟で。判っていると思いますが情報漏洩は厳禁です、気を付けてください」

 

 ベテラン幕僚の助言で幕僚達は一時解散し動き始めた。如何せん案を作ったのは彼らなのだから最短の出発までにやらないといけない事も大体わかっている。その後の事を思うと大作戦を指揮する喜びよりも重労働への不安が多くのしかかってくるのだがとにもかくにも私的な準備を済ませて少しでも横になっておいたほうが良いという気持ちは皆一緒であった。

 再集合が通達されたのはそれから六時間後の一六時頃の事であった。幕僚達はこの六時間で荷物の準備、シャワー、食事、(タンクベッドでの)仮眠といった処置を済ませ、肉体上はリフレッシュして集合した。強行軍だがこの程度の事がやれずに司令部付き幕僚としては働けない。会議室に幕僚達が再集結し、緊張した気持ちで上層部の到着を待つ。待つこと数分、ミュッケンベルガーとアーベントロートが入室する。軽い挨拶を済ませ、相変わらずミュッケンベルガーが前置きなく主題に切り込んだ。

 

「政府及び統帥本部との確認を行った。結果として敵に早期撤退を許すかもしれない至近距離案(二五〇光年位置での迎撃)と作戦範囲として統制が取れなくなる可能性の高い一〇〇〇光年以上の案は却下。五〇〇光年乃至七五〇光年での迎撃を可能であれば五〇〇光年前後を限界線として行うべし、という結果になった。そして理想的位置にて迎撃が可能となるように、十分な成果を上げる事を条件に物資の引き上げ等を行う事も認められた。しかし、貴族領の一部については先方の許可が必要である。国が開発したうえで与えられた土地に関しては勅命による協力を求めれるように政府が手配する予定だが貴族が自らの手(資本)で開発し、所有が認められた地は正真正銘彼らの"私物"である。彼らが良しとせねば一切の手出しが出来ない」

 

 幕僚達が"やはり"という顔を見せる。近すぎる・遠すぎる案については彼らにとっても一応作っては見たものの正直駄目であろうとは思っていたので特に驚きはしない。そしてその間の位置となると何かしらの遅延策が必要になるのだが"物資の引き上げ等を行う事も認められた"とある。言葉を濁した言い方だが要するに"焦土戦"も許されるという事だ。幕僚達の頭に次々と"やらねばならぬ事"が浮かび始めるなかミュッケンベルガーが更に言葉を続ける

 

「あと、これは蛇足となるが念の為"あの六個艦隊(※7)"を借り受けられないかを確認したが断られた。よって動員艦隊は当初の通り一一個艦隊である。これで叛徒軍の八個乃至九個艦隊を撃破せねばならぬ。覚悟しておくように」

 

 会議室に静寂が訪れる。これで大敗でもすれば完全に主導権を握られ、イゼルローン近辺の星域は文字通り叛徒軍の狩場となるだろう。数ヵ月前まではイゼルローンという後方基地に支えられて順調に叛徒軍を押していた。要塞一つの勢力変更でここまで情勢が変わるのである。

 

「ひとつ、よろしいでしょうか?」

 

 幕僚の一人が発言を求める。認められるとその幕僚は多くの幕僚達が心に秘めていたが怖くて言い出せなかった事を口に出した。

 

「一一個艦隊が出撃してしまいますとオーディンに残るのは首都防衛艦隊を除くと、"あの六個艦隊"のみとなります。となりますと、その・・・」

 

「つまりはあの二つばかしの貴族勢力達が変な気を起こして暴走するのではないか?という事だな」

 

 ミュッケンベルガーが身も蓋もない言い方で質問を切る。「はい」とだけ答えたその幕僚を一瞥し、ミュッケンベルガーが心なしか口元を緩ませて語る

 

「これでも一応はお前たちを調べたうえで任命しているつもりだ。この場限りの話とするがこの一件については政府などとも確認を取ったうえで一一個艦隊を出してもよいという事になっている。確かに首都は手薄となるが直接行動は起きる可能性は非常に低い。もし、勢力が一つであれば起こり得ただろうが現状は二大勢力となっている関係上、片方が事を起こせばもう片方が確実にこちらに付く。そして現状、両勢力が協力して事を起こす事はない(※8) また、直接行動ではなく政治的に動いた場合は政府が断固阻止する構えだ。故に諸君はこれについては考えず、侵攻軍の撃退に全力を注げば良い」

 

 その言葉に幕僚達が安堵の表情を浮かべる。口には出さなかったが皆が気になっていた事である。少なくとも「何故考えていなかったんだ」と言われないだけの言質は取った、これで彼らにしてみたら一安心といった所だ。

 

「少し時間を取ってしまったな。これより一部の艦隊司令と共に案をさらに絞る。何名か内容を詳しく説明できる者を連れて行くが誰になる?」

 

 ミュッケンベルガーが幕僚達をひと睨みすると幕僚達の視線があの二人に集まる。

 

「お前たちか、よろしい付いてこい」

 

 それだけ言うとミュッケンベルガーが席を立ち退室する、キルヒアイスとオーベルシュタインが後に続くなかアーベントロートが残った幕僚達に指示を出す

 

「十分に侵攻させたうえで五〇〇光年程度の圏内で足が止まるよう遅延策の詳細を考え始めておけ。それがこの戦いにおける必須条件だ」

 

 そういうとアーベントロートも退室する。残った幕僚達による次の仕事が始まった。

 その日のうちに絞り込みも完了し、戻って来たキルヒアイスとオーベルシュタインも加わって幕僚達は出発まで休む事無く作業を続ける。それは各艦隊が出撃を開始する三日後まで続いた。

 

 





 小さな数値はぶっちゃけ無視していいと思ってますが三五〇〇光年と六二五〇光年の差を無視する事は出来ないんですよ(活動報告参照)
 ボード、と書いて誤魔化したけどこの時代にもインク式のホワイトボードってあるのだろうか?


※1:御親征
 六九九年、ゴールデンバウム朝銀河帝国第24代皇帝コルネリアス1世の大親征。
 万全な準備を整え、ダゴン星域会戦の勝利に奢る同盟軍を二度粉砕しハイネセンに迫る勢いであったが帝都で発生した宮廷クーデターによってやむなく帰還する事となった。クーデターが無ければ最終勝利も可能性も高かったが帰還時点で経済的余力は使い果たしており、勝ったとしてもその後上手く進んだかは不明。

※2:出発の感知
 少なくとも同盟側は比較的早期に情報の入手が出来ている。そうでなければ両国の交戦エリアがイゼルローンの近隣一定距離の星域に収まらなくなる。逆に同盟側からの攻撃(主にイゼルローン)は感知したとしてもオーディンからの増援到着は交戦開始から2~3週間はかかる距離になってしまう。この情報の入手は両国のスパイ網なのかパワーバランスの為のフェザーンのささやきなのかは原作においては不明なのだが市民レベルのスパイ網は両国まぁ用意しているだろうし万余の艦の移動なんぞすぐにばれるから簡単に感知できると思う。

※3:大佐への昇進
 カストロプ動乱での功績はフレーゲルがミュッケンベルガーに直接説明した為、首脳部は把握済みで昇進させたのだが討伐の報告書としてはキルヒアイスが当初作成した(自分の功績をほとんど書かなかった)もののままにしてしまった為、報告書を見ただけの人には彼の昇進はよくわからないものとなっている。

※4:オーベルシュタイン
 この時点で原作と同様に"帝国への恨み"はあるのですが状況が状況なだけに生き残る(=一定の立場を得る)事を優先しています。そういう意味では相変わらずの現実主義です。しかし"亡命"という選択肢が存在しない(思い浮かばない)事が彼の帝国人としての限界であるといえます。

※5:レコーダー
 本人曰く、自分の発言(提言)に間違いは無いか、相手からの聞き逃しは無いか、などの確認用として保存していたとの事。この一件に関しては結果オーライとなって不問となったが新たに預けられたキルヒアイスからは"今後は上官の許可なく使用禁止"とされ基本Offとなっている。

※6:迎撃ライン
 二五〇、五〇〇、七五〇、一〇〇〇、一二五〇の五段階。

※7:あの六個艦隊
 門閥貴族枠となっている艦隊の事

※8:二大勢力
 ブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家の事。彼らがここで事を起こすのであれば目的は直接の簒奪か継承権の獲得である。しかし、そう考えた時に両家が手を結べますかね?という事である。一応両家はまだ正攻法での継承権獲得が不可能になったわけではないのである。協力なんぞ出来ないし片方が暴発したらこれ幸いにともう片方が政府側についてライバルを叩き落せばいい。成功すればその後継承権を得られなくても門閥貴族一強勢力になれるので損はない。


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No.14 帝国領侵攻作戦(4)

アーベントロートに反応あったのうれちい。
ただ単にあの時期に中将くらいになっていて馬鹿ではなさそうな参謀系の人が彼くらいしか見つからなかっただけなんですけどね。

結局同盟も帝国もやってる事同じなんだよね、って感じです。戦争ってのは大きくなればなるほど、"ここ"で勝負がついてしまうものなんだと思います。


 

 出撃を開始するまでの数日間、幕僚達の作業は寧ろここからが本番であった。概要案は所詮は概要案、二四時間で出来ることなどたかが知れている。艦隊の平均的移動速度・出撃時に所持する標準的補給物資・イゼルローンへ回廊への規定ルートに設けられている補給基地の備蓄量・辺境地方基地の標準的配備内容、それらを元にして"これくらいの時間でここに○個艦隊配置、ここに補給物資集積"というレベルでの基本配置と大まかな活動方針、それらに少し色を付けた程度なのが現時点で定まっている"迎撃案"の全てであった。

 

 まずは艦隊が準備完了するまでに各艦隊に移動ルート・使用する補給基地・集結地点を指示しなくてはいけない。イゼルローン回廊への規定ルートのみで移動するわけにはいかないのだ。いわゆるワープ航法において移動ルートというものは道としての線ではなくワープの出発・到達点となりうる点の繋がりである。障害物がなくて現在座標が確認出来る事(※1)という矛盾した要素を持つエリアがワープポイントの対象となり活用される。万単位の艦艇が効率よく活用できるポイントは軍用となり民間には解放せず、その航路は機密性の高い情報として管理される。当然ながら一つのポイントに展開できる艦艇数には限界があり、これがその航路での限界通航量となる。その限界を超えた数で移動したい場合はいわゆる順番待ちとなり先頭集団がAからBにワープ、先頭集団から後続集団にAへの跳躍が可能である事を通知、後続集団がAへワープといった手順が必要となる。これらの通航を効率よく行うために軍には通航管制を行う部署があり移動の際には事前申告が必要となるのだがそれを出発までに一括して行わなくてはいけない。数千光年という広い宇宙であるがこのルールを守らねば基本、艦隊は安全に移動できないのである。

 航路を設定したらその過程にて前線突入前の最終補給ポイントの指定が必要となる。艦隊は基本、首星オーディンとその周辺に常駐されており艦隊随伴の補給艦を満たす物資は用意されている。しかしイゼルローン近辺までの移動には一ヵ月以上かかるのである、可能な限り戦闘領域へは補給物資を満載にして行きたいので移動で減った分は途中で補給しないといけない。イゼルローン陥落前はオーディンからイゼルローン回廊への規定ルート途中で補給を行い、イゼルローンでは微調整の補給(※2)しか行わないようになっていた。そしてそのメインルートに常備されている物資は標準的な同盟領侵攻兵力(数個艦隊)+αを基準にしたものであり当然ながら一一個艦隊への対応は出来ない。順番待ち覚悟でメインルートに全艦隊を進ませたら半分以上の艦隊は補給無しになってしまう。なので艦隊は複数ルートからの進軍を余儀なくされ、通常使用しない地方基地等での補給指示がされる事になる。そこまでの手配をして、やっと艦隊は現地に到着できるのである。

 

 これらの作業に数日が費やされ、なんとかかんとか各艦隊の出発までには間に合わせる事が出来た。各艦隊は出発を開始するが総旗艦を含む長官直属艦隊は最後の出発になるのでしばらくは時間があるし外部からの応援人員を徐々に集まってくる。だからといってここで一休みとなるはずもなく次は現地への指示内容の作成が始まる。

 まずは物資関係として現地にてすぐに引き上げを行う場所と、いつでも引き上げる事が出来るようにしておく場所を設定する。前者は侵攻軍を一定距離進ませる為にあえて占領させる星域、後者は侵攻軍を足止めさせる星域である。前者の星域に関して、軍事施設は完全撤収となり当然ながら物資も可能な限り持ち帰る。必要に応じて現地の民間船舶の徴用も許可する。間が悪い事にイゼルローン近辺の星域にはイゼルローン対策としての大掛かりな基地整備が開始された直後であり各資材が山のように蓄積されている。そこまで運んできた輸送部隊には申し訳ない話だが奪われたら困る(相手の戦力になる)ものに関しては持ちださなくてはいけない。彼らには一定距離後方の軍事基地まで引いてもらい、その後艦隊や戦地住民達への支援物資をかき集めてもらう事になる。後者に関しても同様に軍事物資の持ち出しをするのだが同時に現地住民用の食料は生活必需品の確認も行う。そしていつでもそれらの総引き揚げが出来るように準備をし、作業にかかる推定日数を報告させる。ここまでが"引き上げる"物資関係の指示である。

 "引き上げる"物資関係が終わったら次は"持っていく"物資関係の指示である。前述の一一個艦隊が補給する場所以外の基地から余剰物資や輸送艦を前線近くの地方基地に集結させ、最終的には引き上げ部隊と合流させる。支援物資として足りなそうな分については民間から買い込むしかないがそれは総旗艦に同行させる統帥本部なりなんなりの他組織人員にやらせる。現場実作業の統括は該当星域を含む地域司令に行わせるしかないだろう。幕僚達は細かい指示は出さず、どこどこの基地に集結した部隊はこの領域の民間支援を担当する、ここの基地は○個艦隊×ヵ月分の物資を準備、こっちの基地には引き上げ物資を下して輸送船はあっちの基地に移動といった大まかな指示に止め、詳細についてはやっと集まって来た外部からの応援や地方組織などを使い行わせる。このまでやって初めて幕僚達は本来の仕事である細かい作戦案を考えることが出来るのである。

 

 

 七九六年八月二三日 最初の二四時間作業から一一日目 総旗艦ヴィルヘルミナ

 

 "出発直前での最新情報と今後の予定について"という事で幕僚達が旗艦の一室に集合する。ミュッケンベルガーとアーベントロートが入室しいつものように軽い挨拶だけでミュッケンベルガーが語りだす。

 

「先ほど、敵軍の詳細な規模などについて最新情報が入った。総兵力三〇〇〇万は前回の情報のままであるが艦隊は八個であるとの事。そして、こちらの方が重要なのだが敵軍はイゼルローンに総司令部を置き、艦隊は随時出発しているらしい。情報元が言うにはそれが三日前、八月二〇日付の出来事という事だ」

 

 八月二〇日付、という日付に幕僚達が苦難の表情を浮かべる。

 

「もう判っているだろう。敵軍は二〇日から出発している、それに対して我々の艦隊が出発を開始したのが一七日。つまりは予定している足止め地点で敵軍が足を止めたとしても"その時まだ我々は現地に集結していない"という事だ。故に、何があっても足止め策は成功させねばならない。私を含むここにいる者たちが現地に到着するまでの間に何を命令し、何を現地にさせるか。それが本戦の勝敗を決する要素となる。それを肝に銘じ、職務に臨んでもらいたい。私も参謀長も出発すればこの一戦に集中できる、我々が直接顔を出した方が効率が良い事があれば遠慮なく使え。使えるものは使いつくして、この至難を乗り越えてみせよ。以上!!」

 

 締めの言葉を聞くや否や幕僚達はここを作戦室とすべく動き始める。この場を使う許可も得ていないし艦の要員にもなし崩し的に準備を手伝わせるあたり、彼らの開き直りも見事なものだが、その姿を「それでいい」と満足そうにミュッケンベルガーが見守っている。

 

「準備が終わる前に決めてしまおう。手を付けねばならぬことは何だ? そしてどこから手を付ける?」

 

 先任将官がキルヒアイスとオーベルシュタインを準備作業から引き離し確認する。他の幕僚達にとって短い期間であったが"この二人の頭をフル回転させて出たネタをまわりが詳細化する"という手法が一番早くて確実という事は理解できていた。故にこの二人には準備作業などで体を動かす暇があったら頭を動かさせる。

 

「全てを任せても大丈夫そうな作業の仕分けをして長官や参謀長に差配してもらいましょう。また、我々は前に集中する必要があるので後方の特に支援物資については万全を期してもらう必要があります」

 

「敵軍の情報を得る手段の構築を、イゼルローン回廊からの移動を感知できる探索網と各地に残す諜報員の編成が必要です。正しい情報が得られないと適切なタイミングでの物資引き上げが出来ません」

 

 自分達以外の人の作業の事と後方の事、自分達の作業の事と前方の事。ものの見事に正反対な返答を聞いて思わず先任将官が吹き出しそうになる。

 

「わかった。まずは全員で全てを任せる仕事の選別を行う、それらは基本長官と参謀長にまとめてもらう。その後は中佐の言う内容を細かく詰めるとしよう。あと、既に出している後退命令はそのままお任せ側の管理になるだろうからその中で"引き上げずに残してほしい物"などがあったらあらかじめ考えておくように」

 

 二人が頷くと先任将官が「早めに巻き込んでくる」と言って参謀長の方に足を進める。"後でこういう話が行くので差配してもらいます"という事前予告である。それを言っておけば話が行く前から長官と参謀長が勝手に事前準備をしてくれるだろう。"遠慮なく使え"というのであれば有り難く使うまでである。

 作戦室も作り終え、まずは作業仕分けを開始する。といってもここまでの作業で大まかな区切りは出来ているのでその再確認と整理が主となる。作戦範囲は戦闘圏、被戦闘圏に分けられた。戦闘圏は最前線(民需物資引上(=焦土戦)対象地)・前線(民需物資引上非対象地)・回廊出口付近の3領域、被戦闘圏は民間支援拠点・艦隊支援拠点・その他の3領域、帝国領をこの合計6領域に分ける。そして幕僚達は被戦闘圏の管理を全部任せる事にした。他部署からの応援人員をかき集め、参謀長を呼び寄せて説明をする。説明と言っても要約してしまえば「これから我々は戦闘の事だけを考えますので後ろは全部お任せします」である。

 

「これが一番判り易い分担とはいえ丸ごとか。まぁいい、その代わりに貴官達が引き受けるといった物については一切の妥協を認めんぞ」

 

 とアーベントロートが苦笑いしつつ受け入れる。時期も範囲も明確になったここからが幕僚達の本番開始と言えるだろう。

 

 

 七九六年九月二日 最初の艦隊が出撃して一六日、長官直属艦隊が出撃して一〇日

 

 幕僚達はこの一〇日で大まかな行動方針を作成、指示可能なものについては命令を発動した。長官直属艦隊が現地に到着するのはまだ一ヵ月前後の時が必要であるが敵艦隊はそれよりも早くイゼルローン回廊を出てくる。敵艦隊の出撃開始が八月二〇日だと仮定すると現地が安全に事前準備出来るのは三週間後くらいが限界だろう。となると残る準備期間は一週間程度しか残っていない。ワープ航法での移動の為、ワープアウトして次のインまでの間しか情報の送受信と分析が行えず現地への細かい調整指示が難しい状態となり小さな入れ違い、ミスも発生し総旗艦ヴィルヘルミナはストレスの溜まり始めた高級士官達の形容しがたい"嫌なオーラ"が漂い始めていた。

 その中で幕僚チームは比較的冷静さを保っていた。もはや中心となっている二人、ストレスを感じている所を見た事のない大佐とそもそも感情が判らない中佐というコンビは他の幕僚達を巻き込んで淡々と工程を積み上げていく。しかし万事が万事、彼らだけで解決出来るという事ではない。

 

「最前線から引き上げる物資の"種類"が足りません」

 

 オーベルシュタインのその言葉に周囲の者が"なんだそれは? "という顔をする。

 

「それだけではよく判らん。詳しく話したまえ」

 

 先任将官の突っ込みを受け、オーベルシュタインが詳細の説明を始める。

 

「現在の引き上げ対象物資は敵軍の兵站に負担をかけ、動きを止める事に主軸を置いております。故に食料や生活必需品が中心です。これだけですと"敵艦隊の戦闘力を削ぐ要素"がありません」

 

 この一言で"種類"の意味を皆が悟る。つまりは、

 

「艦隊固有の戦闘力に直結する何かを提供しなくてはいけない状況を作り出さねばならない、という事か」

 

 先任将官の言葉にオーベルシュタインが頷く。

 

「どのような大義名分があろうと、空腹で動けなくなる前には引き上げるでしょう。しかし、そこまで待ってしまった場合、政府や軍上層部に許容してもらえない損害が一般民に降りかかる可能性が出てしまいます」

 

 "略奪"という言葉が皆の頭によぎる。流石にその発生を判ってて見守っていたとなったら許容などしてもらえまいしオーベルシュタインの"やむなし"のラインも越えてしまう。

 

「……艦の物資管理担当と他部署からの増援で民需に詳しそうな者、それに補給艦の一般的な積荷に詳しい者。でいいな?」

 

「それで良いと思います」

 

 判りそうな人をかき集めて考えさせる、という事である。今ここで幕僚達から意見が出てこないという事はその手の事に詳しい者がいないという事だろう。艦単体や艦隊などに関わる事なら判る。しかし、民需品との関係まで詳しく理解している者などめったにいないだろうから仕方ない。

 

「となると敵の戦闘力が削がれていない状態で攻勢に出なくてはいけない時のパターンを更に細かく考えておく必要があるな。ははは、やっと前準備の構築が終わり実戦闘を考える段階に来たという事だ。まだまだ休まる時は無いな」

 

 先任将官のその一言に幕僚達がげんなりとした顔になる。しかしまだ実戦闘の詳細はまだ定まっていないという事実は存在する。あと一〇日程度も過ぎれば招かれざる客人はやってくるのだ。それまでになるべく丁寧で盛大なお出迎えの準備を整えるのが彼らの仕事なのである。

 

 

 イゼルローン回廊出口付近にばら撒かれた使い捨て定置型ドローンが艦隊規模の同盟軍を最初に感知したのはそれから九日後の九月一一日の事であり、その時の帝国艦隊は最も進んでいる艦隊ですらイゼルローンまでまだ二〇〇〇光年の距離を残していた。

 





 敵軍・侵攻軍・叛徒軍、国民・臣民・一般民 この辺りの用語がぐちゃぐちゃしてますが目をつむってください。

 あぁ見えて、実の所同盟の方が出発前準備期間は充実してたのである、という話。要するに帝国側の幕僚達は同盟(キャゼルヌ達)が侵攻決定(8/6)から各艦隊出撃開始(8/20)までの間にやった準備をさらに短い時間でやらないといけなかったわけである。双方芋づる式の綱渡りならぬ綱走り。
 先任将官さんは実は原作キャラなのですが名前を出さずに先任将官と書いてしまったので当面このままですw

 原作で同盟軍に戦闘力を削がれる何かがない限りあれだけボコボコになるはずがないと思うんですよ。焦土作戦で食料以外の何かが奪われているはずです。

※1:現在座標が確認出来る事
 現在座標を正しく計測できないと次に飛ぶポイントの計測が出来なくなる。現在座標が判らないまま憶測でワープを続けてしまった場合、いわゆる"迷子"になる。当然ながら間違えた航路データで間違えたワープを繰り返してしまうと死にかける(原作外伝2のドールトン事件)

※2:イゼルローンの補給物資
 イゼルローンの補給物資は駐留兵力の維持・籠城時の物資であり安易に減らすわけにはいかない。例えば三個艦隊が二ヵ月分の物資を同盟領侵攻の為に持って行ってしまったら駐留艦隊にとっては半年分の物資がなくなってしまう計算である。そしてそれを受け入れられる程の予備物資となると一個艦隊常駐用の物資としては明らかに過剰となる。


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No.15 帝国領侵攻作戦(5)

オリキャラのプチ解説は最後にのっけておきます


 

 

「艦長、もう少し前に出れないだろうか? 出来る事なら間接的ではなく直接見たいのだが?」

 

「駄目です。出来ないからドローンなどを使うのです」

 

 むぅ、と軽い唸りを発しその男がスクリーンに中継されている画像を見つめる。目の前のその光景は帝国史上で初となる"イゼルローン回廊を越えて帝国領に侵入する敵艦隊"なのだが特に大きな感情が湧いてくるという訳でもない。既にあと七回はそれを見る事になると判っているからであろう。

 

「しかし、これだけの相手を見つけておきながら手を出せぬというのも悔しいものだ。任務とは外れてしまうが何か挨拶が出来ないものか」

 

「准将、ここに派遣されている総数は確か……」

 

「輸送艦や工作艦を除いて二〇五隻だ。基地から連れてきた俺の艦が一六八隻、各地からかき集めた偵察巡洋艦が三七隻」

 

「桁が一つ、いや二つ足りませんね」

 

「桁を一つ増やしたければ階級一つ、二桁増やすなら階級二つ。急に二つは無理だとしても今回の仕事で一つは頂きたいものだ」

 

「准将の器量でしたらその一つは既にもらっていても良さそうなのですが。そうはならずに辺境基地にいるという事はそういう事ですか」

 

「そういう事だ。さて、仕事の準備をするとしよう。敵艦隊は全部が全部一度に通る事はあるまい、どこかに区切りが出来るはずだ。そうしたら壊されたドローンを置き直すぞ。準備しておけ!」

 

 最も性能の高い偵察巡洋艦に間借りしているこの男、カール・ロベルト・シュタインメッツ准将が率いる二〇五隻の部隊。これがイゼルローンに隣接するアムリッツァ星域にて撤退(予定含む)以外の作戦行動をしている唯一の帝国軍艦艇である。

 

 

「イゼルローン回廊出口付近に潜伏して敵艦の出入りを見張る小部隊を編成できないか?」

 

 そんな注文がアムリッツァ近辺の辺境基地に出された理由は現地部隊で編成しないと間に合わないからというのもあるし、辺境基地はそこからさらに遠方の帝国統治外区域の海賊や棄民(※1)組織を監視・発見する為の隠密偵察に長けた人材が多いからでもあった。アムリッツァ星域に配備されていた正規軍系偵察部隊は隠密行動よりも定期巡回を重視した編成の為、今回のような任務に長けた人材がいなかった。そしてその重要かつ危険な任務に白羽の矢が刺さったのが辺境基地に長らく務めるシュタインメッツ准将なのであった。

 シュタインメッツ准将はこの辺りの辺境基地一帯だけでは実力者として知られていた。でありながら准将止まりであったり中央に知られていないのも辺境基地らしい扱いである。近年に至っては海賊討伐などの晴れ晴れしい主任務は中央の貴族系正規艦隊の点数稼ぎに使われているのでそれのお膳立てまでしか仕事をさせてもらえない。しかも戦果は貴族が全部持って行ってしまう為、現地部隊の昇進速度はさらに遅くなる。それでいて中央に文句の一つでも言おうなら予備役に送られ次の駒が来るだけの事である。そのような状況で腐らずに任務を続ける者たちには出自や身分を問わない奇妙な一体感を持っていた。

 

「という事で行ってくれ。大規模小規模問わず、艦艇指揮なら貴官に任せるべきだし文句を言う者もこの一帯ではおるまい。中央に恩を売って昇進するいい機会だろう」

 

 基地司令からそう言われシュタインメッツは何とも言い難い表情を浮かべる。確かに出世のチャンスではあるが今までに経験した事のない危険な任務でもある。

 

「裁量は何処まで?」

 

 シュタインメッツが確認する。今までの経験上、辺境任務で「任せた!」と言われたはずなのに中央から次から次へと横やりが入るのは日常茶飯事であった。今回の任務は危険度が違う、己の権限・決断での失敗は諦めもつくが横やりでそうなるのはごめん被りたい。

 

「主任務内容については正真正銘"全て"だ。横やりを入れる暇もないというのもあろうがな。どこまで覚悟があるかの探りとして手の届く範囲の前線基地にあるお高い偵察巡洋艦を寄越せといったら"好きなだけ持っていけ"と来たもんだ。イゼルローンを失った際にそこに常駐していた手練れも失ったってのもあるだろうが事が事だけに中央も本気なのだろう」

 

 "お高い偵察巡洋艦"という言葉に"ほぅ"と反応し、シュタインメッツが眉を顰める。それは単独の強行・隠密偵察などを行う高性能巡洋艦であり辺境基地では見る事もない代物である。長期任務の為の物資搭載量や居住性、ステルス性能に分隊・艦隊旗艦クラスの通信性能、工作艦並みの電子戦性能などをこれでもかと盛り込んだ特注品である。一隻で通常の哨戒分隊を買ってお釣りが出ると言われるお値段であり、全土からかき集めても一〇〇は越えるが二〇〇はいないと言われている。

 

「判りました、やりましょう。ここで引っ込んでいたら一生そのままでしょうから」

 

 シュタインメッツが正式に任務を受諾する。彼とてこの辺境に埋もれて終わる気持ちは少しもない。ならば無視できない功績をお偉方の目の前に積み上げるまでだ。

 

「私の管理下にあるものは何でも使え。話は通しておく」

 

 その言葉に敬礼で応えるとシュタインメッツはすぐさま任務を開始した。

 潜伏任務なので数は連れていくことが出来ない、よって自分の直轄部隊のみを率い、後は"お高い偵察巡洋艦"を使わせてもらう。補給物資は輸送艦ごと基地の備蓄より拝借し数カ月分を用意、偵察用機材は基地にある分と呼び寄せる偵察巡洋艦に所属先の在庫を持ってこさせればいい。潜伏先については軍機密の航路図には無人地帯の情報も含まれているからそこから探す。その昔、イゼルローン回廊への入口付近から他の入り口は無いかと侵入不可能エリアをなめるように沿っていった事があり、その記録が丸々残っている。結果として新たな入口も見つからず、入植するに適切な星もない完全な無人エリアだったので情報だけ軍内部に登録されてその後放置されていたものである。その記録に残っている数百隻程度ならワープもできるポイントを伝っていけば回廊入口近くまでの移動は可能であろう。

 続いては任務の肝となる偵察巡洋艦をかき集める。アムリッツァ星域所属艦から殿として残らねばならない艦を除いて残りは全部こっちに移動させる。命令自体は各所から連絡が入っていたのかスムーズに進んだ。単艦単位の呼び寄せなので最上位でも大佐であり階級的に扱い難い者が来ることも無いだろう。あとは手頃な集合場所を指示して出発である。集合した偵察巡洋艦は三七隻、恐らくは直轄部隊(一六八隻)の四~五倍はお値段のかかっている集団だろう。その中で最精鋭艦の一つを臨時の旗艦とし、シュタインメッツ特務部隊は姿を消した。その後、彼が(無人地帯に構築した臨時通信経路を利用して)連絡を入れたのは二回、一回目は任務開始の連絡であり、二回目が敵艦隊発見の報であった。

 

 

 七九六年九月一八日 侵攻軍の発見から七日目 総旗艦ヴィルヘルミナ

 

「現状を説明いたします」

 

 普段とは違い、ミュッケンベルガーやアーベントロートが座る側に位置しているキルヒアイスが集合した艦隊司令などに説明を開始する。彼らは長官直属艦隊と同時に出発した三個艦隊の指揮官たちである。比較的連絡(通信)の取りやすいこの艦隊には他より詳しく定期連絡を入れていたのだが現地到着前に顔を合わせて説明を受けたいという希望があり、比較的(次のワープへの)待機時間の長いタイミングにて集合し、説明を行う事になったのである。ちなみに説明役がキルヒアイスになってしまったのは"質疑応答になったら基本、君が答える事になるだろう。それなら最初から君が説明したまえ"と本来説明役になるべきアーベントロートや先任将官から丸投げされてしまったからである。

 

「イゼルローン回廊出口付近に潜伏させた偵察隊が発見した敵艦隊は一一日に二個艦隊、一三日に三個艦隊、一四日に三個艦隊の合計八個艦隊となります。その後敵艦隊は我が方の通信・偵察網を電子的物理的に破壊しつつ前進、前線と定義した放棄区域を順次占領していきました。ここまでの行動は最初に発見した二個艦隊が主体となって行っている様です。その後、後続の六個艦隊と思われる部隊が等間隔の扇状に前進し現在、最前線と定義した区域にあと2~3日程度の位置にいると思われます」

 

 敵の行動そのものは既存の偵察網や追加した使い捨てドローン、その隙間を縫って行動している偵察巡洋艦らによって概ね把握されている。そもそも各ポイントの定期連絡が途絶えた時点で何かしらに進出はされていると判るのでその位置と時間さえ把握すれば大体の侵攻ルートとその後の方向が読めるのである。

 

「これに対し、我々の艦隊は集合場所への全艦隊到達まであと九日程度の距離を残しており。そこから状況の最終確認を元に各艦隊が布陣する事になるので今月中の布陣完了は不可能であると判断しております。その為、予定していた最前線の物資持ち出しは計画通り決行。次に来ると思われる場所は今日明日中に持ち出しを完了させるよう指示をした状態です。敵の侵攻ルートに沿って随時持ち出しを実施、現地工作員が一般民等を装い順次敵艦隊に接触、救援を要請する事でこちらの望む位置に誘導しつつ兵站に負荷を与え、行動を停止させる予定です」

 

 ふぅ、と一息ついてキルヒアイスが参加者を見渡す。どうやら一通り言い終わるまでは聞き続けると思われる素振りなので中断せずに言葉を続ける。

 

「その後ですが各艦隊の布陣をしその後方に解放後の支援物資等を搭載した輸送艦隊を用意、イゼルローンからの輸送艦隊を感知次第その到着前に全面的な攻撃を開始。敵艦隊の後退に対してはこの追撃を優先し、支援は輸送艦隊に任せる形になります。そして敵艦隊を完全にロストするか我が方の艦隊の継戦能力が無くなり次第、戦闘は終了となります。これが現在予定している流れとなります」

 

 輸送艦隊の感知後というタイミングはそれが状況的に最も物資が不足している状態だからである。ここを乗り越えてしまうと長期戦となった挙句に望まないタイミングでの開戦を余儀なくされる可能性が出てしまう。

 語り終わったキルヒアイスが仕草で「以上です、質問などがあればどうぞ」と促す。

 

「まぁなんだ、お膳立てと後片づけは司令部側で用意してくれるから我々は行けと言われたらそこの艦隊を全力で叩けばいいのだな」

 

 カルネミッツ大将が明快な形で"役目"を確認する。"攻勢以外をアテにしてはいけない"と言われるこの提督らしい確認だがそれはそれで自分の役目を良く判っているといえる。

 

「卿にそれ以外の仕事が出来んのは判っている。連携を乱さぬ為に開戦のタイミングだけは守って抜け駆けはせんように」

 

 ミュッケンベルガーが突っ込みに近い回答をし、周囲から含み笑い的な反応が見られる。本人も笑っている所を見るとお約束的な光景らしい。

 

「次、よろしいか? 輸送艦隊の準備状況を確認させてもらいたい」

 

 続いてクエンツェル大将が確認をする。非常に珍しい平民の大将である。何をやらせても失敗をしない、けど大成功もしないという妙なジンクスがあるのだが"失敗をしない"という長所が何者にも代えがたく歴代司令長官や上官達からの信頼は厚い。それに関してはお任せ状態だったのでキルヒアイスがアーベントロートに目線で回答を促す。

 

「艦隊分及び戦地の住民達への物資は目途がほぼついています。艦隊分については日常の納入元から直接こちらに輸送させ、不足分は各基地から補填します。地域住民向けについては外部から該当地域への流通ルートそのものを管理下に置き、該当地域から引き上げさせた船を徴用し詰め込んでいるので極度な不足は発生しないでしょう」

 

 同じ支援物資としても帝国と同盟の違いがここにある。帝国にとってあくまでも自領なので"本来の流通ルート"を抑えれば第三者からの徴用略奪さえ発生しなければ物量的に足りなくなることはない。むしろ大規模動員による艦隊分の物資の方が混乱しつつなんとか用意しているという状況である。

 

「あとは叛徒軍が停止してくれるかどうかだな。奴らの標する共和制とやらは民の力が異常に強く、救援を要請したら断れぬと言う事だが大丈夫なのかね?」

 

 集まった艦隊司令官の最後の一人、フォーゲル大将。シュターデン、ファーレンハイトと同時に艦隊司令官となったいわゆる"アスターテ人事"の対象者である。実の所、ミュッケンベルガーとしては力量的に提督にしたくなかったのだが他に適当な人材がいなかったが故の就任である。とてもじゃないが一対一で同盟艦隊と戦闘をさせたくないと考えているのだが本人は至って好戦的である。

 

「それに関しては少し奇妙な言い回しになりますが相手の人道性に期待するしかない、という結論となっております。おっしゃられました通り、共和制という制度の制約もありますが我々に対する大義名分として"帝国の圧政からの解放"というものを掲げていますので一般民への対応を疎かにする事は出来ないでしょう」

 

「そう言われれば期待するしかないのだがそもそも我々でさえ、イゼルローンより先の叛徒領を恒久的に解放出来ていないのにあ奴らは可能だと思っておるのか?」

 

 フォーゲルが首を傾げつつぼやき周囲の者も賛同の意味を示す頷きを見せる。

 

「出来るとは思えんしさせるつもりもない。だが、イゼルローンを取ってだけの状態で腰を据えられたならば今後どれだけの苦労を強いられる事か。これを幸いとして叛徒軍には以後侵攻の余力を持てぬ程の損害を与えねばならぬ」

 

 ミュッケンベルガーの言葉が締めとなった。その後、小さな質問等はあったが特に注目すべき事項も発生せず、会議は終了する。

 

 

「後は足を止めるか、誘導できるか。そのあたりの仕込みを作ったのはオーベルシュタイン中佐だったな?」

 

 提督たちが自艦に戻り、本来の持ち主達のみになった会議室でミュッケンベルガーが呟く。

 

「はい。この後の対応は中佐を中心として行う事になるでしょう」

 

 キルヒアイスが応える。

 

「貴官とは合わぬだろうが組織にはあのような者も必要だ。一時期あ奴を副官として使った事もあるが何しろあ奴に関してはあの風貌故に親しみは持てんというのに憎らしいほど言う事に間違いが無いのだ。わしもそうだが貴官も、あれを使っているつもりだが"使われている"という事にはならぬように気をつけよ。それさえなんとかなればあれは有用だろう」

 

 キルヒアイスは軽く頷き賛同の意を表すが言葉は発しない。むやみに話していい問題でもないだろう。

 

「しかし困った……」

 

 ミュッケンベルガーにしては珍しい言葉である。

 

「貴官はしばらくの間、勲功に関わらず昇進は出来ん。佐官までは贔屓人事と言われようと押し切れるが将官となるとそうともいかぬ。オーベルシュタインめが貴官を追い越した時に誰につければ良いのやら……まぁ今は目の前の事だ。これからも頼むぞ」

 

 そういうとミュッケンベルガーは席を立ち、キルヒアイスも幕僚達の待つ作戦室に戻る。実の所、打つべき手は打ち尽くしているので残りの行程は網にかかった敵艦隊を如何に誘導するかが主になっており肉体的重労働からは解放されている。あとは精神的疲労、つまりはプレッシャーが敵である。特別な天才でもいない限り軍の大規模組織と言うのは佐官クラスの底の厚さが力になる事が多い。彼らはまさしくその中心にいた。

 

 

「侵攻軍は誘導に乗っております。最終的には"停まる"と思っていただいて結構だと思われます」

 

 オーベルシュタインの宣言に皆が安どの表情を浮かべる。あれから一週間、一部艦隊は既に集合地点に到着している頃である。その間に"その領域"に踏み込んだ同盟軍は支援要請を断らなかった。あらかじめ用意していた誘導先からも逃れられず多数の要支援者を抱え込んだ艦隊が足を止めるのも時間の問題だろう。

 

「しかしながら残り二個艦隊の所在が不明となっております。それを踏まえて友軍の布陣は考えねばなりません」

 

 恐らくは最初に発見したものであろう二個艦隊が見つからない。それだけが懸念となっていた。オーベルシュタインはこれを引っ張り出す事を目的とし、布陣に穴が開くように六個艦隊を誘導したいのだがその穴に食いついた様子はない。そして場所を見つけなければ誘導する事も出来ない。

 

「他の六個艦隊と同じ状況になる事を避けているのでしょう。それを考えれば大体の位置は予想できます。こちらが用意した穴の偵察網には接触せずされどもこちらがその穴から雪崩れ込む事は防げる位置、そこにこの二個艦隊がいるはずです」

 

 キルヒアイスが発言し、他の幕僚達も同意する。

 

「誘導班はこのまま敵艦隊の誘導、監視を継続。他の者は行方不明の二個艦隊を考慮した布陣予定を全艦隊集結前に整えておく事にしよう。やれる事が少なくなってきたという事はその分引き返す事ができなくなっているという事だ。もうひと踏ん張り、気を引き締めるように」

 

 先任将官の纏めで幕僚達がそれぞれの作業に戻る。そこから更に一週間が経過し集結した帝国軍は初期布陣を完了、同盟軍は既に行動を停止している。その時が近づき、機は熟しつつあった。

 

 

 ───────オリキャラメモ────────

 

●マクマン・フォン・カルネミッツ

 子爵 大将 796/10時点で四八歳 艦隊司令官

 

 特に武門貴族だったという訳ではないのだが次男坊であり長男(=跡取り)程行動が束縛されなかったので格好いいからという理由で軍人としての生活を開始する。隠し事もせず大っぴらな性格と思われているが実の所、何も考えていないのでは? と思われているフシもある。艦隊司令官としては攻勢の時はまぁまぁ良いと言われる指揮をするが逆を言えばそれ以外は平均以下である。現場の総司令官の言う事はきちんと守るので"使い方を間違えなければ有用"と上層部には思われている。艦隊に最近配属されたとある准将の真っ黒な艦が気に入り、艦隊全艦を黒一色にするという狂行を実行し整備部ともの凄い喧嘩になるが押し切る。尚、その准将にはアイデア料としてどこからか手に入れてきた第三世代艦隊旗艦の試作艦の欠陥品をプレゼントした模様。格好いい艦隊の名前を艦隊所属の全員に公募しており現在(アムリッツァに移動中)選別中。

 原作妄想

 とある准将に出会ってないのでただの(ラインハルト基準)無能提督としてラインハルト人事で解任→予備役編入。リュプシュタット戦役にて熱を上げる一族が参加する中で居留守役として自領に留まる。キルヒアイスの辺境平定隊と交戦、"何故か異常なまでに前面に出ていた為"開戦直後に被弾し戦死。その為、指揮官のいなくなった留守部隊はほぼ無傷でキルヒアイス艦隊に降伏する事になった。

 

 

●ハンス・クエンツェル

 平民 大将 796/10時点で五二歳 艦隊司令官

 

 極めて稀な平民での大将。かといって格段優秀であるという事もなく普通の人材である。しかしながら彼は"何をやらせても普通である"という異能の持ち主として一目置かれていた。どれだけ簡単な任務であろうと危険な任務であろうと"まぁこれだけできれば悪くない"と言われる結果を常に淡々と出し、当然ながら結果として生き残っている。時が進むごとにその異能が注目される事となり上層部からも信頼されるようになりいつのまにか「まぁ彼ならいいんじゃないのかな?」という感じで大将に昇進。一時はイゼルローン要塞司令官候補にもなったが流石にそこまでの出世は出来なかった(彼に任せておけばとりあえずイゼルローンが落ちるという事は無いのでは? という期待だった)

 原作妄想

 ラインハルト人事で"目立たないし重要でもないけど馬鹿を置きたくない部署"をひたすら定期異動で点々とする人生を送る。ローエングラム朝になっても二代皇帝の御代になっても点々と異動生活をし、定年で退役した。後にゴールデンバウム朝末期からの記録を編纂する際にあの時代からの生き証人として証言を求められたが特記すべき重大事件等には遭遇せず、今でも同じ普通の業務・戦歴ばかりだった為、役員を落胆させる。最後の最後まで普通の人生であった。

 

 




 や~~っと帝国艦隊も到着。本当にここまでの間、死ぬほど忙しいのは艦隊そのもの以外の人たちなのである。

※1:棄民
 帝国から追放されたり逃亡した人達。総人口が遥かに多かった帝国創成期からの蓄積があり数だけは推定数十億と膨大なものとなっている。しかし、追放時に技術などは持たせていない為に文化・科学的には非常に遅れたものになっている。軍事的・政治的な組織は芽生え次第討伐しているが人数が人数なので流石にそれ以上の事は行えていない(熱核兵器で根絶やしにする事も理論上可能だが流石に論外となっている)


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No.16 帝国領侵攻作戦(6)

少ない脳味噌で原作でさらっと流している所をなるべく書こうとしてるので苦しむ。


 

 

「閣下、総司令部からの秘匿通信です。輸送艦隊の予定です」

 

 フレデリカが一枚の紙をヤンに差し出す。全てを端末で済ませる人もいるがヤンは紙を好む。人に何かを押し付ける事は好まない彼なのだがこれに関しては皆に"お願い"している。

 

「出発は三日後の八日で到着はそれから四~五日後の予定、か。予定より一週間近く巻いているね」

 

 当初の予定ではイゼルローンから最後の艦隊が出発してから約一ヵ月後に輸送艦隊は出る予定であった。そう考えると六日程度は早まっている。その為に一番苦労をしたであろう人を知っているだけに"足を向けて眠れない"とはまさしくこの状態だろう。

 

「輸送艦隊の安全は確保されているのでしょうか?我々から移譲された後方哨戒は思った以上に総司令部がやってくれているのですが・・・・」

 

 参謀長ムライ少将が最大の懸念を口にする。総司令部はなんと一〇〇個の分隊(一六隻程度)を繰り出して哨戒活動を行っている。同じ分隊レベルでの遭遇戦は発生しているが哨戒網に穴は開いておらず、潜伏している敵も大してはいないだろうと予想されている。

 

「哨戒そのものも良くしてくれているし何処かにいると判っている潜伏部隊はそこまで多くないだろう。それを踏まえて総司令部が用意した輸送艦隊護衛は一個分艦隊"二四〇〇隻"だ」

 

 二四〇〇という数に皆が感嘆とも喜びとも見れる顔を浮かべる。

 

「確か総司令部直轄が六〇〇〇隻、哨戒と護衛に四〇〇〇隻となると限界まで出しているといえますな」

 

 副参謀長パトリチェフ准将が確認するようにゆっくりと語る。残りの二〇〇〇隻は流石に使えない、総司令部が動けなくなる。そう考えると四〇〇〇隻を出しての支援は総司令部が行える最大限だろう。

 

「という事は出発直後に発見されてしまった場合、前線の各艦隊は到着直前の一〇日前後が一番"危険"という事だね」

 

 安堵の表情となっていた幕僚達にヤンがさらりと重要な事を呟く。

 

「焦土戦として最大限の負担をかけるのであればぎりぎりまで様子を見るのも手段ですが長期戦にはしない、と」

 

 ムライが焦土戦=限界に追い込んでから攻撃、という常道を示しつつヤンに説明を求める。

 

「長期戦は待つ側にも負担がかかるからね。それに帝国にしたって国民を長く苦しめるのは政治的に良くないだろう。なによりも補給を受けて落ち着いた我々が安定する所まで範囲を縮めてしまったら致命的だ。初めての国内戦であると言うリスクを考えれば長引かせずにこのタイミングで打って出る事も十分にありえる」

 

「ならば各所に警告を発するべきでは? いえ、今の状況では・・・・」

 

 ムライが自分の進言に?マークを付与する。ヤンも幕僚達も苦い顔をする。今、第一三艦隊は己の位置を秘匿する為に高出力(=遠距離)の通信発信を禁止されているのである。例外が直近の第五艦隊との通信のみである(それも必要最低限と釘をさされている)

 

「警告の話なども含めてビュコック提督に相談しようと思う。それに、艦隊の位置を事前に知らせておかないと補給を受け取れないからね」

 

 ヤンが苦笑交じりに語る。こちらからの通信は禁止されているが先任であるビュコックには必要に応じて"伝令"を出す許可を受けている。伝令というのは文字通りの意味であり通信する艦が1日全力で後方に移動しそこで発信するというだけである。現在地を悟られない為の原始的な手段だが原始的な分、非常に有効である。回答はその場で聞いてから戻るかその場から秘匿通信を使って伝達をするかである。

 

「では、相談したい内容をまとめよう」

 

 ヤンの発言を合図に各自が思い思いに意見を述べる。ここでまとめた内容がビュコックを通じて各艦隊に伝達されるのだがこれが今のヤンにとって"通信制限をされている一個艦隊司令官"に出来る精一杯の事であった。

 

 

「五隻撃破でこちらは修理可能な損傷が二隻か。今回は不意打ちに成功したお陰だな」

 

 シュタインメッツが額に滲んだ汗を拭きつつ呟く。分隊レベルでの行動は常に緊張を強いられる。何せ一六分の一の確率で自分の艦が撃たれるのだ。

 シュタインメッツ部隊はその活動位置を変更していた。一週間程度前からであろうか、イゼルローン回廊より哨戒任務と思われる多数の分隊が出撃し前線とを結ぶ航路の保護を開始した。彼は部隊を下げて監視し哨戒ラインぎりぎりの位置を確認、その付近の隠蔽可能ポイントのいくつかに性能の良い偵察巡洋艦を単艦で配置、電波妨害装置なども駆使し徹底的な隠し覗き窓にした。しかし、そのポイントは複数艦が入り込むのも難しい場所なので担当艦以外は暇になる。そこで彼はそのポイントから敵の目を逸らす意味合いを込めて活動箇所を移動し危険を覚悟で哨戒部隊との小競り合いを開始したのである。

 

「では、予定の位置まで後退します」

 

 艦長が確認をし、シュタインメッツが了承する。彼はこの活動開始の為に間借りしていた偵察巡洋艦から本来の乗艦に戻っていた。その偵察巡洋艦は一番性能がいいものだったので一番危険位置に近い覗き窓担当になったのである。色々と小言を言われてしまったし実際に危険な行動ばかりさせていたので、作戦後上官への報告書には個別の勲功枠として記載しておこうとシュタインメッツは決めていた。

 

「哨戒ルートは半固定とみて良いのだがもうそろそろ"予備"が追加で来て遭遇率が上がる頃合いだ。しかし、もう少し続けねばならん。奴らが侵攻してもうそろそろ一ヵ月、このタイミングで哨戒を厚くしたのだ。本格的な輸送艦隊がそう遠くないうちに回廊から出てきてもおかしくない」

 

 ディスプレイに映される情報を睨みつけつつシュタインメッツは考える。事前に配置していた監視ドローン等はかなり目減りしたがそれを引き換えに哨戒ルートや数についてはかなり把握できた。しかしながら困ったことに数が多い。少なくとも五〇だか六〇だかそれくらいの分隊を繰り出さないと計算が合わないレベルの頻度なのである。こちらは直轄部隊で一〇個分隊が精一杯(お高い偵察巡洋艦はこういうドンバチに気安く投入できない)、これで相手の航路を定期的に覗けるだけの接近をしなくてはいけない。隠し窓から敵の目を逸らす為の接触でもあるが見張りがその隠し窓だけだと見逃す可能性がある。隠し窓とここの二ヵ所で見れるようにする必要があるのだ。

 後退後に同じように"つついてみた"他の分隊の情報を集める。総勢一六八隻の部隊を元に一〇個分隊を用意し、二~三分隊で"つっつき"を実施している。本来、哨戒同士の衝突と言うのはあまり発生しないのだが、見たいポイントが限られている事と相手の哨戒網がやたらと濃いので想定以上に消耗している。

 

「四日で一個分隊分が喪失及び戦闘不可、か。・・・・あと一週間続けて動きが無ければ次の手を考えよう」

 

 シュタインメッツが苦渋の選択をする。あと一週間続行けた場合、単純計算であと二個分隊程度は駄目になる。全体で考えれば三割近い損耗となり一つの戦いとしては非常に高い損害率になる。しかし、この哨戒網をわざわざ敷いて二~三週間も追加の動きが無いとは考えられない。前線とはスケールは違うが苦しい我慢比べである。

 その我慢がある意味報われたのはさらに数日が経過した一〇月八日の事であった。

 

「数千隻規模の艦艇移動を感知」

 

 隠し窓の一つから発せられたその通報はシュタインメッツが苦心して作り出した迂回通信網を通り彼の元に辿り着く。どこかにいるであろう友軍本陣にも辿り着くだろう。

 

「数的に純粋な戦力強化ではなく輸送部隊とその護衛である事は確かだろう。少し移動して明日、偵察巡洋艦も込みで全艦出して詳細を確認するぞ」

 

 隠し窓は距離的な問題もあり艦艇の塊は感知できるが艦種などの詳細までは判らない、それを確定させる為の強硬接近である。シュタインメッツ部隊の各分隊は敵哨戒網を乱して穴をあける陽動、本命はそこをすり抜けさせる偵察巡洋艦だ。これ(輸送部隊発見)がメインオーダーなのだから出し惜しみは無しである。シュタインメッツは部隊を損傷艦を除いた艦で八個分隊に再編成、二個分隊に偵察巡洋艦数隻を追加したのを一チームとして四チームを構成し残りの偵察巡洋艦はすり抜け担当とする。二個分隊を組ませるのは今回は敵哨戒分隊を避けるのではなく打ち破って道筋を作る必要があるからである

 

「敵部隊の予想位置はこのあたり、俺達の部隊が穴をあけるのでそのエリアを中心に偵察するんだ。一日動いて見つからなかった場合は各自の裁量で退避ポイントまで撤収してくれ」

 

 集合した各艦にシュタインメッツからの命令が伝えられ、出発する。今回はメインの航路に偵察巡洋艦を送り込む事が目的なので四チームはばらけずに一定の距離を保って突き進む。敵哨戒分隊と遭遇したら一チームを残して他は進行継続。分離した分隊は敵を徹底的に攻撃、その後はその周辺でアンテナを伸ばし近づく敵分隊を可能な限り攻撃しつつ"哨戒ライン外に追いやられるようなルートで動きながら"誘導。四チーム使い切るまでには偵察巡洋艦を放つエリアまでは進めるだろう、という計算である。相手の数が多いとはいえ至近距離に全ているという事ではない、作戦終了まで活動できればそれでいいのだ。そうして突き進んだシュタインメッツ部隊は敵哨戒分隊と二度遭遇したが予定通りチームを当てて前進、哨戒の壁を突破した所で広域偵察担当の偵察巡洋艦達が予定していた方面に散らばる。

 

「後は追いかけっこだ。といってもこちらが追いかけられる側なのだがな。相手には"強行突入しようとした偵察隊を追い払った"と思ってもらわねばならぬ」

 

 シュタインメッツは残り二チームをUターンさせ、戦闘を行ったもう二チームとの合流を目指す。合流をすれば一〇〇隻を越える数になる。敵哨戒分隊が群がってくるとは言え流石に二〇や三〇の分隊が同時に来ることとは無いのだから適度に戦いつつ逃げききれる自信はあった。

 

 

「前方の哨戒ラインで複数の小競り合い?所詮は哨戒部隊で小競り合える程度の数という事だろう。念の為、総数だけは確認しておけ。進路そのまま、予定の航路に変更なしだ」

 

 グレドウィン・スコット少将率いる同盟軍の輸送艦隊は予定の航路を予定通り進んでいた。元々、小競り合いの情報は入っていたしその規模も分隊レベルのつつき合いであるという事も知っていた。彼の輸送艦隊に対する唯一にして最大の任務が「期日までに確実に届ける事」という事もあり、この程度で変更させるわけにはいかない。しかし、その完全な予定通りのルートであるという事が見つけたい側にとって有り難いのである。帝国も同盟も速度に差がある訳でもないので一日でこれくらいというのは比較的簡単に計算できる。そこに多数の偵察巡洋艦をばら撒けば発見の難易度は高くない。そして、

 

「最大戦速、相手の横をすれ違うぞ。敵艦種識別に全力を傾けよ」

 

 その偵察巡洋艦の一隻が左前方にそれらしき部隊を発見、すかさず艦長が指示を出す。数千隻規模であり隠し窓が発見した塊と同レベルである。偵察巡洋艦がいわゆるステルス性を考慮されているとはいえ艦種識別可能な距離まで接近すれば流石に見つかる。あとは"一隻"という数をどう考えるか、だ。そして急速に近づく艦を発見した輸送艦隊の対応は"無視"。一隻で攻撃してくるはずもないし最大戦速ですれ違う単艦を落とす為に部隊を動かすのも馬鹿らしいという判断である。

 

「奴らは別に見つかってもいいと思っているのか、単純に馬鹿なのか・・・。ならば有り難く情報を頂くとしよう」

 

 艦長はそう判断すると更に寄せつつすれ違う。距離だけでいえば高出力ビームなどはもう射程距離に入っている、しかし"真横に撃てるビームは無い"。

 

「反応あり!!一〇〇〇万トン級輸送艦が・・・少なくとも数百隻!!!!」

 

「符丁発信!!! 右回頭だ、逃げるぞ!!!」

 

 お高い偵察巡洋艦だからこその強力な通信機能を全開にして符丁が発信される。可能な限りのルートでそれは帝国軍全体に伝達される。それと同時にその符丁発信はシュタインメッツ部隊の任務達成を意味していた。

 

 

「全軍に伝えよ、作戦開始は一一一二である。本陣は予定の位置に移動、現地からの目も発進させろ」

 

 ミュッケンベルガーの号令で帝国艦隊は遂に"決戦モード"に移行する。符丁受信の情報を受けた帝国軍総旗艦から輸送艦隊の位置、予想速度を元に定められた決戦日時が通達される。一一一二は一一日の一二時という意味である。足止めに成功した敵六個艦隊にはそれぞれ一個艦隊を割り振っており既に一定距離を置いて布陣済み(A方面)。残りの五個艦隊のうち三個艦隊は未発見の敵二個艦隊を引き付けたかった領域まで一気に進む(B方面)。現地に用意していた目(偵察部隊)は主要航路を通って奥(イゼルローン方面)に突き進みあえて見つかる事で存在を見せつける。見つからない二個艦隊に対応を強要させる為である。残りの二個艦隊は予備としてA・B両方面に直行できる位置に待機、未発見二個艦隊がすぐに見つかった場合はB方面に合流し合計五個艦隊で袋叩きにする。見つからなかったらA方面の増援にする。ここまで来たら総司令部で細かい指示は出来ない、各艦隊の健闘を祈るのみである。

 

 

 戦闘開始まで、あと四〇時間。

 

 

 





 毎週このくらいの時間に、というのを一つの目標にしようかな、と。

 山盛りの哨戒部隊と輸送艦隊護衛の一個分隊二四〇〇隻を差配したのはフォークです。こちら(総司令部)から後陣部隊(第五・一三艦隊)に前進しろと言った立場上「なら受け持っていたい哨戒はそっちでやって」と言われて断れないし、輸送準備をしてるキャゼルヌからは護衛はきっちりきっちりと五月蠅いし、となっていた所でロボス(グリーンヒル承認済)から「最低限の総司令部護衛を除いて直轄使っていい」と言われたので「輸送護衛に一個分艦隊(二四〇〇隻)、哨戒に一〇〇個分隊(一六〇〇隻)、分隊は三分の二使ってこんな感じのラインでローテションで見回りして残りは予備。これで駄目なら総司令部手持ちでは対処不可能。じゃ、あとの細かい所はよろしく」という感じであっという間に手配しました。グリーンヒル&キャゼルヌからも文句なしの一発回答。まぁここまで綺麗にやれたのは本人が前線に出るつもりが無い(=直轄を使ってもいい)&「こんな地味な作業はさっさと手放したい」という気持ちが起こした無意識最適化思考のお陰ですがw 困った(?)事にやっぱり地頭はいいんです、でないと将官にはなれません。


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No.17 帝国領侵攻作戦(7)

 自分が作った(設定した)状況ですがヤン・ウェンリーという"戦略家"がその力をまったくもって使えない状態です。ヤンが弱いというよりもヤンの持っている権限と状況がもうどーにもならん形になっているのです。ある意味、天才ではなく秀才がトップになってる帝国軍が一歩間違えれば国が転ぶとなった状況でくそ真面目フルパワーで臨んでしまった結果でもあります。そしてその天才はさらに小さな権限でなーんにもできません。原作では二〇〇〇万人の損害の中でそんな名もなきプチラインハルトの卵が沢山潰れてたんじゃないのでしょうか?


 

 一〇月一〇日正午四時

 

「ポイントAの監視ドローンから通信、分隊規模の艦艇が通過したと思われます。尚、明らかに発見されている位置を通っている模様ですが設置した監視ドローンは破壊されていません」

 

「ビュコック提督に通信を、恐らく見つからずに出来る最後の機会だ」

 

 ポイントA、それは前進を命じられた後陣(第五・一三艦隊)が設置していた監視ドローンの最先頭に位置する。帝国が引き込みたい領域(=後陣が見つかりたくないと思っている領域)から後陣が占領していた領域を結ぶ主航路において少数の艦艇でバレずに設置できるぎりぎりのポイントである。第五・一三艦隊はその主航路を挟み込むように布陣していた。主航路に位置取る訳にはいかず、片側に寄ってしまうと二つに分かれた先陣任務群の片方との距離が開きすぎて隙間に入られる可能性がある。帝国軍を裏側に入れない為の布陣ではあるが主航路を進まれてしまうと何かしらの対応が必要となってしまう。

 

「ヤン提督、どうする? 姿を見せるべきかこのままとするべきか?」

 

 開口一番にビュコック提督が尋ねる。年齢とは別の理由で額に皺を作りつつ尋ねるその姿は自由に行動できない辛さが滲みだしている。

 

「監視ドローンが破壊されなかったのは恐らく後に本命の"見せたいもの"が通るからだと思います、そこまでは隠れたままの方がいいでしょう。見せなかったとしてもそれはそれで動く事は出来ます」

 

「受け身にならざるを得ないか。我々が侵攻側のはずなのだがのぅ」

 

 ビュコックがため息を漏らしつつ愚痴をこぼす。如何せん"焦土戦に巻き込まれるかもしれない"という制約が発生した瞬間からこちらが見つかるかもしれない形での偵察が不可能になった。こちらにも偵察巡洋艦はあるがシュタインメッツ部隊とは違い展開できる領域に限界があり見つかりにくい工作艦として監視ドローンの設置に向かわせるので精一杯である。こちらの領域にはシュタインメッツ部隊のような"隠し窓"にできる場所などないのだ(そもそも主航路以外の"海図"情報に乏しい(※1))

 

「補給前に仕掛けてくるのであれば必ず複数の艦隊が姿を見せるはずです。私たちの艦隊が止めなくては移動中の輸送艦隊に追いつくかもしれない、イゼルローンへの帰路を封じられるかもしれない、そういう状況を作る為にです」

 

「問題はわしらを封じて他を叩くか、わしらを先に叩くか……どちらにせよ本来の任務の一つであった"後詰"にはもうなれないと言う事だ」

 

「はい。今抑えている主航路の放棄はイゼルローンまでの航路を開くようなものですから……」

 

 手の平の上、とはこの事なのだろうとヤンは考える。そもそも事前偵察を怠った状態で未開の領域に侵攻したあげくに更なる偵察が封じられたとあってはもうどうやっても動けないのだ。本来ならその時点で占領地域を縮めるなり全軍撤収するなりを考えねばならないのだが初回の補給に目途が立ってしまったが為に"踏ん切りがつかない"状況になってしまった。その結果がこの有様である。

 

「無駄とは思うがとりあえず"伝令"を出して現状を報告するとしよう。半日程度の移動で通信をさせる、Aポイントからの距離を考えればこの伝令の回答の情報共有が見つからずに通信を行える最後のタイミングになる。そこまでは遺憾ながら待機だ。しかし、ポイントAに艦隊規模の反応があった時はわしが通信封鎖を解除する。貴官の方でわしからは見えないポイントAより近い場所で見つけた場合も解除するように。責任は先任としてのわしが取る」

 

「了解しました。それと、伝令を出されるのであれば私たちの占領地域に対して撤収準備を行っておくように伝えておいてください」

 

「わかった。伝えておこう」

 

 通信が終了し、ヤンが深いため息をつく。"十分な兵力で中央(後陣艦隊を)突破するかもしれない"、"中央から(後陣艦隊が)来ないのをいい事に先陣を集中攻撃するかもしれない"、"中央に牽制の兵量をおいて……"と選択肢が自由な帝国側に対峙した状態で"しかし見つかるわけにもいかないのでなるべく隠れているように"と命じられてしまったら何が出来るというのか。そしてもやもやした感情の中、伝令が回答を得る一二時間が経過する。

 

「言うは易く行うは難し、という奴だ」

 

 ビュコックが静かに何かを堪えながら伝える。伝令が持ち帰った(現地から通信してきた)内容は以下のような命令であった。

 

 1・補給が完了するまで、こちらから接触をしてはならない

 2・但し、敵艦隊を捕捉した場合、これを見失わない距離を保つ事

 3・敵艦隊が前進し後陣占領地域へ侵入しそうな場合、その侵入を阻止せよ(交戦許可・通信制限解除)

 

「"接触してはならない"と"見失わない距離を保つ事"ですか。難しい、いえ、矛盾していますね」

 

「"接触してはならない"なら直接偵察は出せん。つまりは相手の進路予想を立てていつでも接触できる位置取りをしろ、という事だ。それもこの主航路から外れた未開の領域で、だ」

 

 ビュコックの口調がとても静かである。故に自分のせいではないとはいえ"怖さ"を感じてしまう。伝令ではなくて直接通信だったらどうなっていた事か。

 

「通信無しで位置取りを連携する事は出来ませんので主航路上で合流しましょう。敵哨戒と接触する可能性は高いですがお互いに分断された状態で動く事になるよりかはマシというものです」

 

「……もはや事が起きた後に動きやすい状態になる事を優先せよ、ということだな」

 

「はい。事ここに至っては最悪を回避するよりも最悪な状況からどれだけ回収できるか、です」

 

 ヤンの本音は違った。彼は"むしろ逆に見つかってしまって事を進めた方がいいのでは"と思ってしまっている。基本、ヤン・ウェンリーは自分の権限内での準備を十分に行い、相手の行動に合わせて事を起こすという"受け手"の動きがメインである。そして現状の"権限もなく、準備も出来ない"なかで"相手の動きに合わせて行動できない"という彼の性格の正反対の状況がその活動力を完全に削いでいる。それ故の"事が起きて欲しい"という無意識の願望であった。しかしそれは隠れていろと言う命令に違反する事であり、そもそも敵がまだ攻撃する気が無いというのなら補給後に撤収できるかもしれないという万が一の可能性を潰す事であり、何百万という人の死をスタートさせるトリガーにもなってしまう事でもある。後世、ユリアン・ミンツのメモと言う形で発見されたその"本音"については"後の結果を招いた失敗"なのか"当時の彼の権限、元々の彼の性格の限界"なのか何度も何度も繰り返された"ヤン・ウェンリー考察ブーム"の一つのテーマとなるのである。

 

「そうだな、では合流するとしよう。今ならまだ最初に見つけた敵哨戒部隊が来る前に抜け出せるはずだ」

 

 ビュコックが合意し、両艦隊は移動を開始する。それは帝国軍の望みでもある動かなくてはいけない状況そのものであった。そして合流後の位置取りを相談している最中、

 

「ポイントAにて艦隊規模の敵艦を感知、直後にロスト。監視ドローンが破壊された模様です」

 

 帝国軍から発せられた「見せるものは見せた」「私達は"踏み込んで"いるぞ」というメッセージである。ポイントAまで来たという事は帝国軍は先陣任務群の各艦隊よりも距離的にはイゼルローンに近い所まで踏み込んできたという事だ(※2)。

 

「ポイントAに進出してきたという事は帝国艦隊は有人惑星帯を越えてきています。つまりはここにいる二個艦隊を焦土戦に巻き込むのは諦めた、と考えていいでしょう」

 

「感知した艦隊はわしらを拘束する為の部隊じゃな……それぞれの位置は、と」

 

 ビュコックが目を逸らし、傍らのディスプレイを確認する。ディスプレイの情報が正しければ最初に見つけた敵哨戒部隊がここから前方に推定四時間、Aポイントが更に一二時間、と表示されている。

 

「敵哨戒部隊に対しては工作艦などを総動員して排除し、こちらの艦隊に接触させないようにする。敵艦隊に対しては残った監視ドローンの反応を元に位置調整を行う。それでも前進してくるのなら、後退不可能になった時点で開戦するしかなかろう」

 

 ビュコックの決断にヤンは無言で頷く事で賛成する。先陣任務群に補給部隊が届くかもしれない、という一縷の望みが残っている。いや、"残ってしまっている"が為に、とにかく余計な事はするなと縛られている。後は敵艦隊が希望する開戦日時が補給前なのか後なのかである。その時が来れば先陣任務群方面とタイミングを合わせる為に問答無用で突っ込んでくるだろう。そして……

 

 一〇月一一日正午〇時

 

「敵艦隊尚も前進中、このままですと一二時間以内に占領星域の侵入が開始されます」

 

 フレデリカが最後通告といいうべき報告をヤンに行う。艦隊は既に占領星域ぎりぎりの所まで後退している、つまりは限界という事だ。敵艦隊はその後も淡々と前進を続け、用意した排除網も突破している。遂にやってきた"崖っぷち"なのだが不幸中の幸いと言えばギリギリまで後退してしまったが為に後陣向け輸送部隊との合流に成功し、補給そのものは受けることが出来たという事くらいである。尚、先陣任務群向けの補給部隊は後陣後退によって縮まった安全地帯を避けるために遠回りを余儀なくされており、到着がまだ一日以上かかる状態である。

 

「ヤン提督」

 

 ビュコックからの通信が入る。

 

「我々が担当している占領地域は輸送部隊が持ってきた品の受け渡し担当を除き、上(宇宙)に上げ次第、後退。艦隊は現在地にて防衛戦の準備、偵察部隊の発進・接触を許可する。後、これから総司令部を叩き起こす。結果はすぐに知らせるので準備を開始しておくように」

 

 ビュコックの言葉を聞き、ヤンが頷く。そしてビュコックは通信回線を総司令部に切り替えた。

 

 

「お話を伺わせていただきます」

 

 通信スクリーンに登場してきたのがあのフォーク准将であっても特に驚く事ではなかった。時間が時間なので当直以外はすぐ近くの休憩室にでもいるのだろう。

 

「総司令官か総参謀長を呼んでもらいたい。両名不在という事はあるまい、どちらかは起きられているはずだ」

 

「いかなる理由で?」

 

「直接話す、貴官はその時に一緒に聞けば良かろう。それが作戦参謀の本来の役目なのだからな」

 

 ふんぞり返るフォークにうんざりしつつビュコックが適当にあしらう。

 

「それならば取次を行う事は出来ません。どのような内容であれ、私を通して頂きます。それが規則ですので」

 

「…………」

 

「通信を切ってもよろしいですか?」

 

「ふむ、それは残念だ。"貴官の責任"において通信が切られるとなると現場と総指揮官との連絡が途絶えるという事になる。となると現場最先任が代理指揮を取らねばならぬ。では、これから始まる全域での戦闘については現場最先任のわしが取らせてもらうとしよう。では」

 

「ちょ、ちょっとお待ちください!!!!」

 

 ビュコックがわざとらしく通信を切ろうとする仕草を見せるとフォークが慌てふためていて止めに入る。どうせその場ででっち上げた"規則"なのだろう。血色は悪いが厚さはたっぷりな面であってもこれから起こると言っている事の責任を被れる程の頑丈さは無いようだ。

 

「そ、その"これから始まる戦闘"についてのお話を……」

 

「だから直接話すと言っている。二度手間をかけさせるな」

 

 精神的優位を獲得したビュコックがお返しとばかりにふんぞり返って対応をする。何とも言えないにらめっこが一〇秒程度続いた後にフォークが内部電話を手に取った。

 

「ビュコック提督より重要な話があるようです。作戦室までお越しください」

 

 受話器を置いたフォークが"呼んでやったぞ"と言わんがばかりの顔でビュコックを睨みつけるが既にビュコックの視界からフォークの姿は除外されていた。

 

「待たせてしまったようだね、すまない。……どうかしたのか?」

 

 通信用スクリーンの手前までやって来たグリーンヒルがフォークとビュコックの表情を何度か見返しながら不思議そうな反応をする。

 

「いやいや、わしが彼に内容を話して取次をしてもらわんといかんという"規則"を知らなかったものでな。少々揉めてしまった」

 

「規則ですか? ふむ、規則……」

 

 その意味を咀嚼し、理解したグリーンヒルがこの人としては珍しい視線をフォークに向ける。

 

「重要な話との事ですので早速内容の確認を」

 

 そのフォークがその厚い面の皮をひくつかせながらもなんとか話を進めようとする。グリーンヒルがそれを認め(というかフォークを無視する事に決めて)ビュコックの方を向く。

 

「では、話させてもらおう」

 

 一二時間程度で敵艦隊が到達し、後陣艦隊は最初で最後の防衛ラインでの戦闘を開始するだろうという事。それを踏まえて後陣占領地域からは可能な限りの撤収準備を開始した事。自分たちに向けて進む敵艦隊だけでは突出してしまうので先陣任務群の艦隊にも同時刻程度にむしろ本命と言える敵艦隊が姿を現すであろうという事。それに対応して先陣占領地域からも撤収準備は当然ながら撤収そのものも行った方が良いという事。先陣任務群の艦隊そのものも(少なくとも補給部隊との最短合流を目指して)一時後退した方が良いという事。

 

「以上が報告及び提案となります。総司令部の御裁可を頂きたい」

 

「何を言うのですか!! 一戦もせずに艦隊を後退させるなど論外です!! もう少しで補給出来るのですから少し耐えればそこから反撃可能です。まだまだ勝機はあるのですから前線指揮官がそのような敗北主義的言動を取るのはおやめ頂きたい!!!」

 

「フォーク准将、今は私とビュコック提督が話をしているのだ」

 

「その前線指揮官としてこのような劣悪な環境にされては勝負にならんと言っておるのだ。それを作り出した本人が一番判ってないというのはどういう事だ。前線二五〇〇万人の命はお前のお遊戯の道具ではない」

 

「戦いもせずに何を言うのですか!! 虎穴に入らずんば虎子を得ず!!! 踏みとどまって、進んでこそ勝利はあるというものです!!!」

 

「大軍の勝敗は撃ち始めるまでの積み重ねで決まる。それをぶち壊した貴様の尻を前線や輸送隊が拭いてやっているのだ。いい加減にしたまえ」

 

「あなたこそ黙って総司令部の、私の指示に従えばいいのです。士官学校も出てない戦闘屋が司令部の紡ぎ出す大戦略を理解できるとでも思っているのですか!!!」

 

「そこまで指揮を執りたいのならここまで来るといい。弾が飛び交う前線で、兵の命と責任を背負って口先ではなく行動でやってみせるがいい」

 

「盤の上に直に立つプレイヤーがどこにいるというのです、駒は駒らしく」

 

「いい加減にしないか二人とも!!!!」

 

 直接の対面であれば言葉ではなく物理での応酬になりかねない形相となった二人をグリーンヒルが強引に止める。

 

「ビュコック提督、もう少し落ち着いてください。これでは私に出来る裁可すら進められません」

 

「……すまん。しかし元をただせばこの作戦参謀が…………ん?」

 

 ビュコックの視線がある一点で止まり、言葉も止まる。

 

「どうなされましたか?  ……!!!!!!」

 

 不思議に思ったグリーンヒルがその方向、フォークのいる方を振り向く。フォークは立っていた。白目をむき、半開きになった口からはよだれが垂れ始め、手足がピクピクと震える。そして全ての支えを失った人形の如く、一気に崩れ落ちた。

 

 

 ガゴンッ!!! 

 

 

 倒れ込んだフォークの顔が床に叩き付けられる。それでも何の動きもしない事から完全に意識を失っているのだろう。

 

「誰でもいい!! 医療班を呼びなさい!!!」

 

 グリーンヒルが叫び、慌てて受話器を取る者、フォークに駆け寄って状態を見る者などてんやわんやになる司令部をスクリーン越しにビュコックが呆然と見守る。

 

「そ、そのですな。総司令部からの、その、御裁可というかご回答と言うかそういうものを頂きたいのだが?」

 

 流石のビュコックも言葉がおかしい。グリーンヒルが魂の抜けた表情でビュコックを数秒見つめ、何かに気づく。そして目を閉じ、深く1回深呼吸して目を開く。その後ろでは担架に乗せられたフォークが運び出されていく。

 

「私の持つ権限内での回答とさせて頂きます」

 

 グリーンヒルの表情がいつも通りに戻っている。

 

「地上要員について、全占領地域からの撤収準備はおっしゃられた通り進めてください。撤退に関しては現段階では許可を出せません。しかし、"各艦隊の占領地域内での配置転換"は状況に合わせて行ってもよいと思われます」

 

 "撤退"という許可は出せないが各艦隊が占領している地域内での配置転換は可能。つまりは「出来るだけ後ろに移動させてしまえ」と言う事だ。

 

「艦隊の移動については?」

 

 ビュコックが提案の肝について尋ねる。

 

「艦隊移動、及び撤退の決定については総司令官の御裁可が無いと行えません」

 

「呼び出してもらえませんかな? あれが居なくなったのなら出来ると思うが?」

 

 当然の要求を受けたグリーンヒルが苦渋の表情をうかべ、感情を押し殺した官僚的口調で答える。

 

「総司令官は就寝中ですが、敵襲以外は起こすなと厳命されています。起床は〇六〇〇予定となっておりますのでその後の回答となる事をご了承ください」

 

 ビュコックにはグリーンヒルの目が別の何かを語っているように思えた。これが軍隊における"上からの命令"の持つ(持たなくてはいけない)効力というものである。

 

「そうですか……、ならば先程の準備について進めさせてもらおう。それで起きられるまでの時間は無駄にはならんでしょう。総司令官にはお目覚め後すぐの労働となりますが何卒お早めにご指示をお出しいただければ、とビュコックが申していたとお伝えくだされ」

 

「わかりました。必ず」

 

 通信は閉じられた。

 

「許可を受けた範囲での既成事実を積み上げるしかない。頼むぞ」

 

 ビュコックからの号令で各艦隊は撤収の準備に入る。しかし、露骨に動けば相手も動き始めてしまうかもしれないので慎重に事を進める必要があった。帝国軍の艦艇と違い同盟軍の艦艇には大気圏突入・離脱能力が無い為、その移動はシャトルで行う必要があるのだがそのシャトルは常時、物資・人員の移動の為に動いている。それに紛れて地上要員を多く上げていく事で地上の人員を減らす。そして人員輸送艦同士でも人を"寄せて"行く作業を行い、満杯にした艦から後方に"配置転換"を行っていく。勘のいい諜報員なら気づくかもしれないがそれはもう誤魔化せない。何時気づくか、それまでにどれだけできるかの競争である。その競争が開始されて直ぐの一〇月一一日六時三〇分、総司令部から正式な命令が告げられた。

 

 ・撤収準備は総参謀長の指示通りで変更なし。

 ・先陣任務群:艦隊の移動については補給部隊との合流し、現地住民への物資配給完了後に状況を見て定める。それまでは現在地を維持せよ。

 ・後陣任務群:基本、先陣任務群と同じであるが確認された敵艦隊に対し優位が保てると判断出来る場合は積極的攻勢を許可する。

 ・備考:作戦参謀フォーク准将は急病の為、その担当業務については作戦主任参謀が引き継ぐものとする。

 

 つまりは今やっていること以上の事はやるな、である。総司令部に何の期待もしなくなっていたというのもあるが確かに輸送が届くかもしれないという期待と撤収準備が認められた以上それを置き去りにして艦隊が最前線から下がるわけにもいかないという状況が艦隊移動不可に対して止む無しという感情を生み出していた。後はその時まで何も発生せずに事が進めば、なのだが……

 

 

 最初にそれを感知したのは第一〇艦隊であった。

 

「敵艦隊を感知。時間にして約一〇分後に接触します」

 

 オペレーターの報告に第一〇艦隊司令官ウランフ中将は大きなため息を一つつくと心のスイッチを入れる。

 

「全艦総力戦準備、総司令部及び各艦隊に連絡、"われ敵と遭遇せり"だ。あと、リューゲンの地上部隊に連絡。撤収作業を打ち切る、輸送艦艇は即撤退せよ」

 

「リューゲンにはまだ数十万の人員がいるはずです!!」

 

 ウランフの命令に悲鳴とも抗議ともいえる声が上がる。

 

「間に合わん。命令だ、急げ!」

 

 有無を言わせず命じる。勝てれば艦隊のシャトルで無理矢理引き上げる事が可能であるがそれが可能とは思えない。この瞬間、彼は数十万人の帰り道を閉じたのである。

 

「アッテンボローに繋げ」

 

 ウランフが立て続けに指示を飛ばす。スクリーンに若手将官の顔を確認するとすぐさま命令する。

 

「お前のネタはそのまま採用だ。……一時間やる、準備せよ」

 

「せめてにじか…………いえ、一時間でやります!」

 

「よろしい、やれ!」

 

 言うな否や通信を切り、正面のスクリーンを見つめる。そこには彼の知る、見慣れた光景が広がりつつあった。

 

 

「さて、始めるとしよう」

 

 

 





ヤンがフルパワーに近い動きが出来るのはまだ後です。言い換えると ある という事です。

※1:海図
 シュタインメッツ部隊が活動していた領域は主航路・有人惑星帯から外れた帝国軍管理下の非民間開放エリアです。同盟軍にとっては"情報無し"のエリアになります。そもそも同盟軍はイゼルローン占領後に十分な偵察を行っていない為、フェザーンや亡命者から得られる基本的主航路と有人惑星情報以外の海図をまだ得られていません。第五・一三艦隊の隠れているエリアも主航路外(=未開の地)なので実はかなり危ない行為です。

※2:大体の配置
 すまん、画像を用意できるほど器用ではない。
 時計で表すと 
  6時:イゼルローン
  中心:後陣の初期目標地、ここから先陣任務群の各艦隊が9~12~3時方面に扇状に展開
 だが帝国軍の誘導により先陣任務群は9時~10時半、1時半~3時の方面に引っ張り出されてしまい12時方面が穴となる。その為、後陣艦隊は12時方面に一定距離進み、10時半&1時半の位置にいる艦隊との隙間を狭めることになった。ポイントAはその後陣艦隊と12時との間に設定された監視最先端となる。


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No.18 帝国領侵攻作戦(8)

[20221205]
響きだけで設定した リカルド という名前が リヒャルト と同じということなので リカルド・オイゲン→ラムゼイ・オイゲン に変更しました。

 殴り合い宇宙(そら) 開始です。


 

「情報が正しければ相手は第一〇艦隊ウランフ中将。敵軍において三本の指に入る勇将、武人の本懐であると言いたい所だがこれはただ単に貧乏くじを引いただけという事ではなかろうか?」

 

 旗艦艦橋で"その時"を待つアーダベルト・フォン・ファーレンハイト中将がやや首を傾げながら呟く。実の所、彼の心境としては不安要素だらけなのである。相手は同盟軍随一の将、自分は艦隊指揮官なりたてで万余の指揮では初陣、相手の艦隊は情報通りなら一五〇〇〇隻、こちらは一三六〇〇隻。相手に増援予定はないがこちらにも無い。とどのつまりは

 

(補給万全での"殴り合い"だとしたら数と経験値に劣るこちらが普通に負けるぞ、これは)

 

 という事なのである。司令部の策がきちんと効いているのなら敵艦隊は推進剤を筆頭に艦隊の活力に響く要素を手あたり次第占領下の民需として提供するはめになっているはずである。そもそもその策が成功していないと食料以外の要素で艦隊の戦闘力を低下させるものが無い。帝国軍は総数で優位に立っているが全戦場で優位な数を一つ一つ用意している訳ではない、ここを筆頭に半分程度の戦場では一対一のガチンコである。これだけ必死に準備しても予想が少し外れるだけでいくつもの戦場で"返り討ち"が発生してもおかしくないのだ。

 

「接触まであと一分」

 

 オペレーターの声で現実に引き戻される。何度も見た光景であるが今回は命令してくる上官はいない、全て自分でやらねばならぬのだ。初陣以来の重圧が圧し掛かるのを感じる。

 

「もはやただやるのみだ。撃ち方…………始め!!!」

 

 七九六年一〇月一一日正午、帝国領内において初めての艦隊戦が開始された。

 

 

「ほぅ、ねちねちと消耗させに来ると思ったがなかなかに積極的だな。いや、積極的と言うか落ち着く事が出来ないといった方がいいのかもしれん。敵旗艦の識別を急いでくれ、多分俺が相手をした事のない敵だ」

 

 状況的に有利になれるはずのファーレンハイトが不安を隠しつつ戦うのに対して不利を自覚しているはずのウランフには余裕すら感じられる。しかし実際の所、彼の艦隊はいつもとは違う状態となっていた。帝国軍の策により推進剤をはじめとする"通常の戦闘では欠乏を考えなくていい"物資が多数予備無しの状態となっている。普段の戦場で弾薬以外の有限物資が不足する事はまず無いと言っていい。それらの物資は生存して動くのに必要な為、予定してる最大活動期間+αで用意しているのである。そうでなければ戦場で集中できない。

 

「やはり上手く動けていないようです。損失ペースはいつもの比ではありません」

 

 参謀長のチェン少将がディスプレイで色々な数値を確認しつつ報告する。この戦いにおいて艦隊の各艦は機動に使用する推進剤の最大出力などを絞る事で不足している物資の消費を抑えている、そうしないと無意識に使ってしまうのだ。この手の消耗物資は最大出力に近づくほど燃費が加速度的に悪くなるので一割~一割半も絞ればそれに倍する燃費の改善となる。しかし、この少しの動きの違いの分、機動も回避も遅れるので損害は増える。この消費と損害のバランスを何時まで保てるかが指揮官の腕の見せ所だろう。

 

「情報を見る限り損害の絶対数は同程度に抑えている。だとすればこちらが物資に負けるか相手が恐怖心に負けるかの競争だ。恐怖に負けてくれたなら"あれ"を使って一気に逃げる」

 

 ウランフが見つめるディスプレイの隅には艦隊の総予備と見られる場所に待機するアッテンボロー分艦隊の姿があった。

 

(本当に相手は弱体化しているのか? この損害数は弱体化のせいなのか? 俺の手腕のせいなのか? あの予備はどう使うんだ?)

 

 艦隊戦はファーレンハイト艦隊が徐々に前進し、第一〇艦隊は徐々に後退はしている。けれどもファーレンハイトの不安は収まるどころか膨れ上がる一方であった。最初はとにかく"押す"と決めてあらゆる手段で主導権を握って叩きに行ったはずだったのだがいつの間にか主導権もなにもないただの叩き合いになっていた。こちらが動く、相手が合わせて動く、それを見てこちらが……となりお互いにいい形を作ろうとするのだが手と手の間の考える時間が相手の方が明らかに早い。その結果、いい形になる頃には相手も同程度の形になり攻撃が同着になってしまう。明らかに艦隊運用の"腕"が違うのだ。同時に撃ちあう結果、同じような損害を双方が受ける。

 

「どこかで流れを変えなければ最後の一隻までの撃ち合いになりますぞ」

 

「わかっている。いつか相手は息切れするだろうという希望論だけで続けるつもりはない。あの予備隊の動きえ掴めれば動きようはあるのだが……」

 

 第一〇艦隊の右翼最後尾に位置する一部隊は予備隊なのだろうか全く動く気配が無い。数にして二〇〇〇弱。これが動いていないので実際の戦場でやりあっている総数は若干ながらこちらが有利である。それにもかかわらず損害は相打ちと言うべきペースなのだからその予備隊が本気で勝つ為の切り札なのだとすると…………

 

(少し様子を見るべきか)

 

「喪失乃至大破、全体の二割を突破しました」

 

 参謀長の報告が決め手となりファーレンハイトは少し落ち着かせる事を決断する。

 

「前進速度を緩めよ、長距離主体の位置まで間を空ける」

 

 落ち着かせる為には当然の命令であるがこれがウランフの望んていたタイミングであった。

 

「行動プラン発動!! アッテンボロー、行け!!」

 

 その一瞬を逃さず、ウランフが全艦艇に指示を飛ばす。艦隊全体が後退を停止し前進に転じる。そしてアッテンボロー率いる分艦隊(二四〇〇隻)が艦隊の横をすり抜け最大速度で敵左翼に突入を開始。見かけ上は明らかに動きを止めた敵への全力反攻である。

 

「やはりあれが切り札か!! 艦隊を後退させろ!! 右翼部隊は全力攻撃準備、敵本隊が追いつく前に打ちのめせ!!」

 

 全面反攻と判断したファーレンハイトが立て続けに指示を出す。飛び出してきた予備隊は本隊を追い越して最大速度で突っ込んでくる。少しでも後退して予備隊と本隊の間を空けたうえで予備隊を叩ければ各個撃破の形になれば総数でこちらが上回る事も出来る。そう考えて後退しているファーレンハイト艦隊に対して予備隊は完全に飛び出した状態になり目論見が成功しようとしていたのだが……

 

「て、敵本隊停止!! いや、後退しています!!」

 

「なんだと!」

 

「敵突入部隊が分離! 一部が前進を停止し、残りがそのまま突っ込んできます!!」

 

 敵本隊がいつの間にか前進を停め、後退に入っている。予備隊との連携どころか完全に無視しての後退である。そして予備隊も二~三割が前進を停めて残りが突っ込んでくる。

 

「後退停止!! 全砲門突っ込んでくる部隊にぶつけろ!! とにかくこいつらを薙ぎ払え!!!」

 

 慌てて集中攻撃を開始するが突入部隊は突撃を止めない。明らかにオーバーヒートになる過剰出力でビームを放ち、バリアを張り、そのままま突っ込んで正面衝突する艦すら発生する。暴走する艦艇の群れをなんとか"全滅"させてひと息つく頃にはそれ以外の敵艦隊は追撃可能距離の先まで逃走していた。

 

「あれは無人艦だったのでしょう。初期突入位置を指定し後は艦が沢山いる方向に自動転回。壊れてもいいので最大出力で攻撃防御。艦を使い捨てにしていいのであれば有効な攻撃方法でしょう」

 

 追撃の為に乱れた陣形を再編している途中、情報をまとめた参謀長が報告をする。

 

「俺が怖気づいて止まった瞬間にあれだけの動きをしたという事は完全にあの逃亡から逆算して予定を立ててた行動であったわけだ。まぁ殴り合いを続けていたら更に数を減らした状態であの突撃を受ける事になるのだがな。しかし……」

 

 ファーレンハイトが最も重要なポイントに気づく

 

「あのタイミングで敵本隊が本当に攻勢をかけてきた場合、確実に粉砕されていた。それをしなかったという事は逃げるのを最優先にしていたと言えるし攻撃できない状態であった可能性も高い。そもそも物資の欠乏が元で逃げたいとならない限りあれだけの艦を使い捨てにはしない。ならば出来るだけ早く追撃をする必要がある。補給前に追いつければ戦果は一気に拡大するぞ!! 再編成急げ!!!」

 

 気合を入れ直したファーレンハイトであったがそこに思いもかけない"攻撃"で追撃が遅れる事となる。

 

「民間通信によるリューゲンからの救援要請です」

 

 オペレーターからの報告にファーレンハイトと参謀長が顔を見合わせる。

 

「罠だな」「罠ですな」「しかし」「はい」「無視する事は不可能だ」

 

「そう来たか! くそっ!」

 

 ファーレンハイトが思わず司令官席を蹴飛ばしそうになり、ぐっとなって耐える。

 

「意趣晴らしと言う奴か。逃走後にタイミングを合わせてるからには完全な仕込みだ。だが最低限、確認だけでも行かねばならん」

 

 艦隊が攻撃に専念できるようにと住民への支援部隊は別途編成されているので一~二日もあれば到着する。けれどもその支援要請が本物でその一~二日が待てずに何か起きてしまったら一大事である。それが本当か偽者かの確認の為に現地に行かねばならない。現地の軍は撤収しているが諜報員が残っているはずなので長距離通信は無理だとしてもすぐ近くであれば連絡は取れるだろう。かといって本当に至急の救援が必要だった場合、艦隊の物資からの融通が必要となるし人を下すとなったら現地にどれだけの残兵がいるかもわからないので少人数でいくわけにもいかない。

 

「奴らは大義名分の為に要請を断れなかった。立場は変われど俺たちも同じで要請は無視できん。なにせ自国の一般人だからな」

 

 ファーレンハイト艦隊が惑星リューゲンの軌道上まで移動し、それを発見した現地諜報員からの短距離通信で状況を知るまでに数時間を消費。その後すぐに追撃を再開するが行く先々の惑星で同様の足止めを食らい、(撤収に間に合わなかった地上要員の捕虜以外の)新たな戦果を得る事は出来なかった。

 

 

「何とか安全圏までは逃げきれたと考えていいだろうな」

 

 その宣言を聞き、幕僚達が安堵のため息を漏らす。第一〇艦隊は侵攻ルートをほぼ逆走し占領下だった有人惑星からの撤収を支援、逃げつつばら撒いた監視ドローンの反応を元に捕まる前に次への移動を繰り返しつつある程度の距離を置く事に成功した。それでも時間の関係で地上要員の完全撤収は行えず四分の一程度が残される事になった。それでも結果として先陣任務群の中では最も沢山の地上要員を連れて帰ることが出来たのである。

 

「後陣からのおすそ分け、アドバイスを元に仕込んだ足止めの仕掛け。あとはまぁお前のアイデアも助けになったと言っておこう」

 

「お褒め頂き恐悦至極」

 

 ウランフの言葉にスクリーン越しのアッテンボローが砕けた仕草で応える。実際の所、一八〇〇隻もの無傷の艦艇を無人使い捨て突撃兵器にしてしまうなど普通の頭では思いつかない。こう見えても彼は今年で二七歳、今准将でこの戦いが終われば(恐らくは今回の功績で)少将。もしかしたら二〇代の艦隊司令官すら視界に入る超エリートなのだ。

 

「それで、これからの行動だ。補給部隊とも合流出来たので動こうと思えば動くことが出来る」

 

 ウランフの言葉に幕僚達と(スクリーン越しの)各分艦隊司令官が反応する。

 

「地上要員は補給部隊の帰路に便乗させてもらおう。ついでに被害の大きい艦も同行させる。元々の護衛艦艇と合わせれば回廊付近で小競り合いをしている敵小部隊程度なら守り切れるはずだ。それ以外については総司令部との通信が取れ次第、その指示に従う事となる」

 

 総司令部という言葉に顔をゆがめる者もいる。あまり良い印象を持たれていないのも仕方ない。

 

「あの作戦参謀もいなくなっている事だしここに至って反攻作戦という事も無いだろう。恐らくはそのまま撤退か他艦隊の撤退支援になるだろう。すまんがもうひと踏ん張り、力を貸してくれ」

 

 ウランフの言葉に皆が力強く頷く。撤退させた損傷艦を除き、残るのは約九〇〇〇隻。第一〇艦隊は未だ健在であった。

 

 

 しかしウランフが撤退支援として考えていた二つの艦隊、同じ任務群に所属する第三・八艦隊はそれぞれ別の意味で支援不要な状況となっていた。

 

 

「悪い、間が悪すぎる! しかもこれは私のミスだ。すまぬ!!」

 

 第八艦隊司令官アップルトン中将は断腸の思いで撤収作業の打ち切りを決断する。第八艦隊は命令が届く前より独自の判断で"配置転換"を実施していた。しかしながらその影響で主だった輸送船が一時的に占領領域後方に移動していたタイミングでの本命令受領となってしまったのである。後方から空にした輸送船を最前線に移動させている間、少ないシャトルでピストン輸送を試みるも限界があり輸送船到着が間近に迫った時に敵艦隊襲来が知らされたのである。目の前の惑星は第八艦隊占領領域で最大の人口であり、当然ながら配備した地上要員数も最大である。これがほぼ丸々、取り残されたのである。

 

「輸送艦にはUターンさせろ、全艦総力戦準備!! いいか、逃げの一手だ。もう背中を見せられん距離だからひたすら後退して仕掛けで敵の足が止まるのを祈る。仕掛けへの伝達だけは怠るなよ!!」

 

「前進継続、戦闘開始」

 

 これに対するフィリップ・フォン・アイゼナッハ大将の命令はいつもながら質素である。無口として有名なこの提督は治安維持、後方支援などのいわゆる"後方系"業務を得意としておりいつかはその部門のトップになるのは確実と言われていた。彼の本分としては攻勢後の支援活動を統括すべきものなのだが今回に関してはそうする余裕もなくこの艦隊としては珍しい全力出撃での艦隊戦である。支援活動については彼が主なスタッフを司令部に推薦したのだが自分よりも数段優れていると筆頭に挙げた従弟が彼に輪をかけて無口でありはたして適切にコミュニケーションを取れるのか? だけが心配である。

 艦隊司令官としての力量は並、そして艦隊の主任務の特性上分艦隊単位での活動が多い為、アイゼナッハ艦隊の攻撃はやや精彩を欠くものとなった。それでも優勢に事を進められるのは前進に対する後退の難しさ、そして(物資消耗を恐れて)思い切り動けないという第八艦隊の苦しみなのだろう。それでも順調な撤退が成功したのはアップルトンの手腕であり、"仕掛け"に反応したアイゼナッハが支援の専門家故に"最悪の状況"を深読みしすぎて確認に手間取ってしまったからである。

 第八艦隊はさらにもう一度、大規模な追撃を受けた(後方には輸送艦が多く配分されていたので撤収を欲張りすぎて追いつかれてしまった)がその頃には補給も受けており艦隊を削られはしたものの余裕を持った撤退に成功。最初の惑星で多数の残留者を出してしまった事以外は理想的な結果となった。

 

 

 理想的な撤退が成功した第八艦隊と真逆の結果になってしまったのが第三艦隊である。

 

 第三艦隊司令官ルフェーブル中将は撤収作業中の友軍を見捨てることが出来なかった。惑星手前にて防衛ラインを構築、引き上げが完了するまで死守する姿勢を示したのである。

 

「それは好都合だ。敵艦隊の拘束のみを考えて行動せよ。後は予備隊から高速な艦を抽出、撤収作業中の敵軍に回り込む素振りを見せるのだ。後は勝手に向こうが慌ててくれる」

 

 相対するシュターデン大将は教科書通りの拘束・陽動の指示を出す。彼の戦域は本隊との距離が近く、一個艦隊の増援が約束されてというのもあり留まってくれるのはむしろ有り難いのである。後は友軍到来までの時間さえ稼げれば、と考えていたのであるが……

 

「友軍はいつ来るのだ????」

 

 その友軍が予定の時間になっても来ない、そこから一時間経過しても来ない。流石に攻めあぐねる仕草にも限界がありシュターデンが本気の攻勢に転じてさらに一時間。彼らはやっとやって来た。

 

「さぁ、黒色槍騎兵の初陣である。焦らず急がず突撃しようではないか」

 

「閣下、とりあえず遅刻の弁明だけはしておいた方が良いかと」

 

 黒色槍騎兵艦隊(自称・五日前に命名)司令官マクマン・フォン・カルネミッツ大将が仁王立ちでふんぞり返り、参謀長のラムゼイ・オイゲン少将が冷静に突っ込む。見慣れた風景なのだろう、誰も相手にする素振りが無い。

 

「カルネミッツ提督、遅刻ですぞ」

 

 通信の繋がったシュターデンから早速の苦情申し立てがやってくる。

 

「すまぬ! 割り込んでいる時に敵の兵員輸送艦がバラバラに逃げてるのを見つけてしまってな。一通り捕まえているうちに時間が過ぎてしまった。しかし今、逃がそうとしている者たちはほぼほぼ捕まえたと思うぞ。小部隊だが別動隊を向かわせているからもう逃げ道は無いだろう」

 

 カルネミッツの弁明にシュターデンが"ほぅ"っと反応する。

 

「それは朗報。ならば敵がそれに気づくまでに艦隊を片付けるとしましょう。守るべきものが無くなったと知ったら抵抗を諦めて逃亡を図る可能性があります。正面からの抑えは続けますので後は存分に」

 

「承知した」

 

 基本方針が決まり、黒色槍騎兵艦隊が第三艦隊後方に急速接近する。シュターデン艦隊の攻勢への対応で陣形を大きく動かしていた第三艦隊はこの急接近への対応には後手にならざるを得なかった。そして当然ながらシュターデン艦隊は手を尽くして後ろを振りむかせない。

 

「両翼に力点を置いて敵を中央に寄せて半包囲を目指そう。シュターデン艦隊も同じ動きをしてくれれば全包囲だ。後はまぁ倍の戦力だしなんとかなるだろう」

 

 カルネミッツが大筋を決め艦隊が前進する。黒色槍騎兵艦隊の初陣は本当に実力があるか判らない背面攻撃で開始された。

 

「さぁ、旗艦王虎(ケーニヒス・ティーゲル)の初陣だ。怒られない程度に突撃するぞ」

 

「閣下、とりあえず一番前に出るのだけはやめておいた方が良いかと」

 

 先頭集団となる分艦隊のさらに先頭となる小部隊を率いるフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト准将が仁王立ちでふんぞり返り、副官のリヒャルト・オイゲン大尉が冷静に突っ込む。見慣れた風景なのだろう、誰も相手にする素振りが無い。

 

「駄目か?」

 

「駄目です」

 

 ぐぬぬ、と残念そうにビッテンフェルトが唸りを上げる。そもそも先頭の先頭に立っているとはいえ指揮権を持つ艦は二〇〇隻にも満たない。その中でさらに先頭に立とうなど将官が選ぶ戦闘位置ではないのだ。

 

「せっかく頂いた王虎なんだがなー」

 

 残念そうにぼやくビッテンフェルト。残念がるのも仕方がない、この王虎は本来准将などが乗るべきではない現役最新世代の艦隊旗艦クラスの高速戦艦(の試作品の失敗作)なのだ。

 

 旗艦型高速戦艦王虎は第三世代艦隊旗艦の試作品としていくつか建造された艦の一つである。本来、艦隊旗艦に求められる最大要素は通信性能と生存性であり、如何にして指揮能力を維持するかが大事とされていた。その中で試作品という事をいい事に(一部の)開発設計班が"攻撃は最大の防御"という名目で暴走した結果誕生したのがこの王虎である。だが"絶大なる攻撃力"と引き換えに"通常型戦艦より多少マシな程度"の防御力となり"そもそも艦隊旗艦はその攻撃力が発揮出来るような位置では(危険だから)戦わない"という現実がこの試作品に埃を被らせる事になった。本来、試作品は運用試験として前線部隊に貸し出されるものなのだが誰も手を上げなかったこれをカルネミッツが面白そうだからと引き取ってプレゼントという名目でビッテンフェルトに与えた(=試験運用担当にした)のである。

 

「つまらん」

 

 とぼやきつつビッテンフェルトが部隊の指揮を執る。それだけではつまらないので要請や進言と言う形で先頭集団の分艦隊司令官や近くの小部隊を仕切り始める。困った(?)事にそれがえらく正確なものだから力点を置いているはずの両翼と競える戦果を上げはじめ、負けてなるものかと両翼が奮闘する。良い意味での戦果競争が第三艦隊を無残にも切り裂いていった。

 第三艦隊もただ打ちのめされている訳ではなかった。後方から猛進する黒色槍騎兵艦隊から逃れるように前進しつつ紡錘陣を形成、中央突破での離脱を試みる。しかしながら後方からの攻撃は恐ろし勢いで艦隊をそぎ落とし、正面のシュターデン艦隊は典型的な中央突破に対してこれまた典型的な迎撃を行う。つまりは自艦隊の中央にわざと隙間を作り敵の脱出を誘導、その通り道にいくつもの火線ポイントを形成、突破を図る敵艦隊を正面以外の全方面から文字通りの袋叩きにしたのである。第三艦隊の悲劇はさらに続く、それはこの艦隊の逃走先である。第三艦隊は地上要員が退避中であった惑星を背にシュターデン艦隊を迎え撃った、そしてそのシュターデン艦隊を正面から中央突破する形での戦場離脱をするハメになる。結果として第三艦隊は"本来逃げたい方向の一八〇度逆"に突き進む事になり、さらに追い立てられ、艦隊後方にいるはずだった艦隊用補給艦はカルネミッツに薙ぎ払われており、戦闘どころか動く為の物資の底が見えてしまった。どう計算しても逃げつつ帰還する事は出来ない。

 

 

 第三艦隊残余、シュターデン艦隊に降伏。艦隊司令官ルフェーブル中将、降伏受領確認後、自決。

 

 

「降伏艦の処置や占領地の奪回は後続の支援部隊と共に私が行います。カルネミッツ提督は本隊の指揮下に戻り、指示を仰いで下さい」

 

「承知した。うちから出していた別動隊はそっちに合流するように命じるから申し訳ないが世話をしてやってくれ」

 

「了解した」

 

 両提督は手短に会話を交わすと艦隊を移動させる。同盟軍先陣第一任務群の一次戦闘は終結した。それは艦隊だけでもアスターテ会戦に匹敵する損失であり、地上要員を含めれば同盟軍過去最大のものであった。しかし、その過去最大はもう一つの任務群が更新するのである。

 

 

 同盟軍先陣第一任務群

  戦闘艦艇(三個艦隊)

   参加艦艇:四万隻余

   参加人員:四〇〇万名余

   損失大破:二万三〇〇隻余

   損失者数:一八〇万名余

  地上戦要員

   参加人員:六〇〇万名余

   損失者数:二七〇万名余

  合計

   参加人員:一〇〇〇万名余

   損失者数:四五〇万名余

 

 帝国軍

  戦闘艦艇(四個艦隊)

   参加艦艇:五万一八〇〇隻余

   参加人員:六二〇万名余

   損失大破:七〇〇〇隻余

   損失者数:八五万名余

 

 




 フィリップ・フォン・アイゼナッハ、ラムゼイ・オイゲン、王虎はオリジナル設定です。二名に関しては"原作キャラの親族を崩さない程度に出してみたかった"というものであり王虎はただのネタです。

 次は久しぶりに帝国のあの人が出る予定だぞー! 苦しめー!(鬼)


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No.19 帝国領侵攻作戦(9)

 小説情報のあらずじを書き換えたいのだがどうしよう。

 殴り合い宇宙(そら) もう片方。


 

「ここまで逃がしてくれんとは」

 

 第一二艦隊司令官ボロディン中将が額に滲む汗も拭かずにスクリーンを睨みつける。彼はウランフと同様、敵艦隊感知と共に撤収作業を打ち切り後退行動を開始した。しかしながら敵艦隊の展開が早く、完全に楔を打ち込まれてしまったのである。特に奇抜な手を使っているわけではなく教本通りの手筋がほとんどなのだが一つ一つが迅速且つ適切な為、後退も損害も物資消耗も想定より一段階悪い状態で推移してしまう。少しのズレも複数重なれば大きなズレとなりどこかで決壊すれば後は真っ逆さまである。状況が不利とはいえ艦隊の半分は持ち帰ってみせると思っていたのだがどうやら一番ひどい相手に当たってしまったようだ。

 

「もうそろそろ友軍が到来するはずだ。確認次第、全面攻勢に出るので準備を怠らないように」

 

 その一番ひどい相手であるメルカッツ上級大将が事前に伝えた通りの行動を予告する。相手に一定の後退を許しているのも想定通りである。中途半端な気持ちで完全に止めようとするとどこかに綻びが招じて大きな後退を招いてしまうがあえて(友軍到来が間に合う程度の)一定の後退を許容範囲とする事で逆に敵の動きを制御しそれ以上の後退を防ぐ。そして友軍到来とともに全面攻勢をかける事で"無理矢理な後退=致命的損害"となってしまう状況を作れば完成である。友軍の予定は把握済み、あとは時間の問題…………

 

「一〇時方向より友軍艦隊です!」

 

「全艦突入開始。予備隊は二時方面へ、恐らく敵艦隊はそちらに流れる」

 

「四時方向より新手の敵艦隊です!」

 

「本隊が殿を務める! 他は何も考えずに逃げろ!! 立ち止まれば全て討たれる、だが全力で逃げれば幾ばくかは生き延びる!! いいか、生きろ!!」

 

 新たな艦隊の出現に対して二人の司令官が瞬時に命令を発する。片方は予定の行動を、もう片方は予定の行動の全放棄を。ボロディン率いる本隊がメルカッツ艦隊の進行方向を塞ぎ、絶望的な抵抗を試みると共に一部の艦艇が死兵となって敵艦隊中央に突撃する。司令部に危険が迫れば艦隊そのものの動きを混乱させられるものだがメルカッツは動じない。

 

「両翼は予定通り敵艦隊を追撃せよ。中央は少し足を止めてもよい、突入してくる艦を確実に叩きその後に殿を拘束する。追撃力の不足は友軍艦隊が補ってくれるだろう」

 

 中央部隊を敵殿の足止めと割り切る。追撃をあきらめたわけではない、殿に確実にいるであろう敵司令官を降伏乃至撃破する為の判断であった。

 

「ぜ、全艦突撃せよ。敵を逃がすな!」

 

「突撃というのなら方向を指定してくれ。このまま真っすぐでいいのか?」

 

 頼りない艦隊司令官ディッケル中将の命令と言えるかどうかもわからない命令に艦隊先頭集団を率いる(はめになっている)フレーゲル中将が小言でぼやく。そのぼやきが通じたのか追加の命令は直に届いた。故あって艦隊の実質的指揮は出撃直前に交代した参謀長が行っているらしいがそちらからの指示なのであろう。先頭集団と右翼部隊はそのまま直進、本隊と左翼部隊は一〇時方向へ向きを変え敵艦隊の逃げ道になるであろうルートに先回りするという指示であった。

 

「位置的にこっちに逃げてくることは無いだろうから敗走する敵の前を塞がずに叩けば安全だろう」

 

(嫌々ながら)勉強中のフレーゲルでも配置を見ればその程度は判る。何とか怖い思いはせずに済みそうだと胸をなでおろすのだが……

 

「右翼部隊に中将はいないはずなのでこの"半個艦隊"の指揮を取らねばなりませんな」

 

 いつもの男、アントン・フェルナー大佐が妙に生き生きとした顔で頷き、フレーゲルも気づく。ちなみにこの艦隊の副司令官は左翼司令官兼務なので司令官率いる本隊と一緒である。

 

(俺がいうのもなんだがこのまとまりのない艦隊を半分とはいえ指揮をしないといけないのか???)

 

 まとまりのない艦隊、それがこのディッケル艦隊の実情であった。

 そもそもこのディッケル艦隊はアイゼナッハ艦隊とは別の理由で分艦隊単位の行動が主となっていた。その主任務は他の艦隊の一時的な補強、直近ではアスターテ会戦においてメルカッツ艦隊の補強として五つの分艦隊(シュターデン・フォーゲル・エルラッハ・ファーレンハイト・フレーゲル)が動員された。艦隊司令官のディッケル中将の本業は基地なり要塞の司令といった管理・事務系であり、この艦隊においてはそれが求められていたのであるが今回の動員では艦隊として動かすか分艦隊として動かすかの決定がぎりぎりまで定まらなかった為、艦隊としても動かせるように出撃直前に参謀長交代という形で"実質的司令官"を送り込む事で対応可能にしておいたのである(※1)。その中においてフレーゲルは他のアスターテ組がのきなみ艦隊司令官となって新人分艦隊指揮官に交代した結果、中将且つ先任として席次が上がり先頭集団を率いる羽目になった。こう見えても彼はこの艦隊において副司令官に次ぐ三番目の席次(指揮権)を持つ分艦隊司令官であり上の二人(艦隊司令(=参謀長)・副司令)がいない以上、指揮をとらねばならぬ立場になってしまったのだ。

 そのようなとばっちり状態のフレーゲルであるが幸いな事に逃げる敵を叩くだけでいいという状況なのでその指揮は彼の能力範囲内で収まった、ように思えた。効果的な交戦距離について、カストロプ動乱の時に学んでいた彼はその距離で逃げる敵を側面から叩ける位置取りを各分艦隊に命じる。あとは流れのままに叩き続ければいい。そう思っていた。

 

「敵艦隊の一部、こちらに向かってきます。いえ、流れそのものがこちらに向かいそうです!」

 

「なんで!!」

 

 メルカッツ艦隊左翼に追いかけられていた第一二艦隊右翼、フレーゲルから見て三時方面から九時方面に流れるはずだった塊が左にカーブを描きつつ進む。このままカーブを続けた場合、先頭集団を直撃する。

 

「このままですと側面(ディッケル艦隊先頭集団&右翼)と背面(メルカッツ艦隊左翼)を撃たれ続けた挙句に先回りしている本隊(ディッケル艦隊本隊&左翼)にも狙われます。ならばこちらを正面突破して本隊に当たらない方がマシ、と判断したのでしょうな」

 

 フェルナーの口調はいつも通りなのだが顔は若干ひきつっている。敵からしてみればこのままだとフェルナーの言う通りの結果だし、ディッケル艦隊の先頭集団&右翼と本隊&左翼の間を通り抜けようとすると先頭集団&右翼の至近距離を横切る必要があるし本隊&左翼にも捕まる可能性が残っている。しかし先頭集団を突破できればその後に遮る敵は無く、先頭集団の残骸が追撃への障害物となる。最後の博打としてはまぁあり得る一手だったという事だろう。その突破先にされるのはたまったものではないが。ここでフレーゲルは考えた、いや、メルカッツやボロディンと違い未熟な故に即断せずに考えてしまった。直撃ルートから外れるように後退しつつ受け流す、中央を開いて敵を通す、出来るか? 無理だ出来ない、ならどうする。

 

「直撃ルートです! ご指示を!!」

 

 幕僚の叫びに我に返る。考えてしまっているうちに敵は交戦可能距離目前まで迫っていた。なるほどアスターテの敵艦隊(※2)はこういう心境で突撃を受けたのかと妙な納得を得るがそうだとしたらもうじたばたしてもどうにもならない。そう悟った(諦めた)フレーゲルは自棄になって怒号とも叫びともいえる命令を発した。

 

「撃てるものは全て撃てぇ! 他の分艦隊も同じだ!! ケツ追いかけれる友軍にも更なる増速を催促!! 数はこちらが優っているのだ、焼ききれる前に敵を磨り潰せ!!」

 

 有効距離に入るや否やフレーゲルの先頭集団から後先考えない全力攻撃が開始され、右翼部隊からの攻撃も追加される。相手からの反撃も厳しいが元々総数は上回っておりメルカッツ艦隊との交戦で消耗もしている敵は本来の突破力を発揮できない。ほんの少し突撃が緩まった所でメルカッツ艦隊(左翼)の追撃も追いつき、後は一方的な展開となった。

 

「なんとかなったな……」

 

 フレーゲルが静かになった戦場を見つめる。敵部隊はわずかな逃亡艦を除き、全てが撃沈乃至行動不能。対してこちらは突撃の的になった先頭集団に大きな損害が出たとはいえ行動の継続は可能。この方面の戦闘としては大きな勝利を得たと言って良いものであった。

 

「友軍はメルカッツ提督の元に戻るそうです。我々はいかがなさいますか?」

 

 幕僚の確認を聞き、フレーゲルはまた考える事になる。ディッケル艦隊本隊&左翼は目的の部隊が先頭集団へ矛先を変えたのを確認するとその援護ではなくもう一方の敵部隊の追撃に入ってしまった。スクリーンにから消えた(範囲から外に出た)時からの時間経過を考えるとかなり遠くまで行ってしまったようである。

 

「とりあえず我々もメルカッツ提督の元に移動しよう。私が考えるよりも良い対応をしてもらえることは確実だ」

 

 そう答えると幕僚達が移動の準備に取り掛かり、フレーゲルは僅かな休憩時間を満喫する事にした。

 

 

「目的は達成したといえるが面倒な状況になってしまったのもだ」

 

 スクリーンに映し出されている状況を見てメルカッツが呟く。敵第一二艦隊は壊滅し、目の前では数十隻にまで減った敵本隊が降伏処理を行っている。問題はこれからの行動なのだがメルカッツ艦隊の左翼(+ディッケル艦隊先頭集団&右翼)は合流済であるが右翼(+ディッケル艦隊本隊&左翼)はかかなり遠方まで追撃を行ってしまった。二つの艦隊がそれぞれ分断した状態になっているのである。「仕方あるまい」とメルカッツはディッケル艦隊に連絡し一つの提案を行った。"今まとまっている部隊そのままで活動をする"という内容だ。つまりはディッケル艦隊にメルカッツ艦隊の右翼を預ける。そのかわりにディッケル艦隊の先頭集団&右翼をメルカッツ艦隊で預かる。あちらの部隊は目標としている次の惑星にかなり近づいてしまっているので戻すのもこちらからの合流を待たせるのも勿体ない。元々、メルカッツ艦隊が各惑星の解放に進んでディッケル艦隊が本陣に戻る予定だったが結果として役目を入れ替える形となった。

 

「降伏艦の処置が完了しました。また、戦闘中に発生していた救援要請ですが現地諜報員に確認した所それらしき実態は存在せずという事です。続いて合流する部隊の状況ですが……」

 

 副官のシュナイダー少佐がまとめ上げた情報を報告する。どうやら事後処理全般は終了したようである。

 

「よかろう、準備出来次第移動を開始せよ。兵に交代での休憩を与えておくように」

 

 そういうとメルカッツもまた、休憩に入るのであった。

 

 

「ロイエンタール少将、予定通り本隊と予備隊の一部を預ける。両翼は最初支援に徹するので思うがままに戦ってくれ」

 

「閣下のご期待に添えるよう努力いたします」

 

 通信スクリーンが閉じられ、一瞬の静寂が艦橋に訪れる。やる事はやったとシュヴァルベルク上級大将は従卒にコーヒーを用意させるとその時を待つ。彼は己の分(才能)を知り高望みはしない事と優れた者に任せて責任は取る姿勢を守る事で現在の地位を築いてきた。故に優秀な人材を集める事に余念がなく貴族間のごたごたで配属が宙ぶらりんになっていたオスカー・フォン・ロイエンタール少将を見つけた時は(その貴族の横やりなど相手にせず)小躍りして艦隊に引き入れ、先頭集団分艦隊の司令官として配置した。シュヴァルベルク艦隊の先頭集団分艦隊司令官は先の通り、本隊と予備隊の一部が常に添えられており尚且つ両翼部隊に対する要請と言う名目の一定の指揮権を与えられておりほぼほぼ艦隊をコントロールする立場として知られていた。欠点があるとすればそれがあまりにも知られすぎているので「艦隊司令官の登竜門」と見られており頃合い良しとなると艦隊司令官やそれに準じる立場へと転属させられてしまいまた人材を探しに行く事になってしまうのである(軍上層部曰く"人を見る目という才能の有効活用")。

 

「准将として盛れる部分は全部盛ったつもりだ。それ以上動かしたい場合は俺に言え、司令官から預かっている権限内なら何でもありだ」

 

「分艦隊司令官殿の御配慮に深く感謝致します。………………頼む、何か突っ込んでくれ」

 

「それを望んでそうだからあえて黙ってみるのも一興と思ってな」

 

 ロイエンタールが今にも吹き出しそうなのを我慢して通信スクリーンに映る盟友に語りかける。

 

「実際の所、お前のお陰で今こうして立っていられるという恩もあるし、部下として働いてみたいという気持ちも本物だ。遠慮するな存分に使え」

 

 盟友ウォルフガング・ミッターマイヤー准将が応える。

 

「俺としてはお前とは上下ではなく横で並んで戦いたいのだ。お膳立てはしてやるからさっさと戻ってこい」

 

「だが一度差がついてしまうと並ぶのは難しいぞ。ましてやお前の方が昇進しやすいだろうし」

 

「やはりそこが問題か……」

 

 二人が同時にため息をつく。二人の階級に差がついてしまったのも昇進しやすさに差があるのも結局はそこが原因なのであった。

 

 オスカー・フォン・ロイエンタールとウォルフガング・ミッターマイヤーは789年イゼルローン要塞にて出会い(当時共に中尉)多少の別行動はあれどいつの間にかセットで活用されるのが常となっていた。個々の才能そのものも同世代において卓越したものであるが二人のコンビネーションが「1+1が5とか6とかになる」とまで言われる代物であった為、人材の有効活用として同じ配属が続き結果として昇進も同時期となったのである。

 その足並みに狂いが生じたのは795年の春、クロプシュトック事件と呼ばれるとある貴族の反乱鎮圧に参加した時である。反乱討伐軍に属していた門閥貴族が起こしたいわゆる凌辱と略奪・殺害行為に対し、ミッターマイヤーが将官として軍規に基づく処置(=銃殺)を実行した。それ自体は軍規・法律上何も問題のない正しい行為であったが"その程度の事で平民が門閥貴族に手を上げた(ましてや殺した)"事は門閥貴族界にとって軍規などを超越した問題であり、その報復としてミッターマイヤーは拘束されてしまう。ロイエンタールが(既に門閥貴族と深い溝が出来ていた)軍上層部を巻き込んだ事と、その門閥貴族側にも正規軍に所属し事を荒立てたくないとする人がいて動いた結果ミッターマイヤーはなんとか"消される"のを免れる事となった。当時少将だったミッターマイヤーは"落とし所"として准将に降格し、死地に送られる事を恐れたロイエンタールが自分の部下として引き取ったのである。

 

「嘆いていても仕方ない。(平民枠の)席は少ないだろうが艦隊司令官にさえなってしまえば切り取り自由だ。あとはそこで昇進せざるを得ない功績を得ればいい」

 

「俺にそこまでに力があるかはわからんが、万余の艦は指揮してみたいのもだ。時間が近い、最終調整をする。指揮を頼むぞ」

 

「あぁ、任せろ」

 

 会敵予定時刻まで後数十分。シュヴァルベルク艦隊は全艦戦闘態勢に入りつつあった。

 

 

「駄目だ、穴が塞がらん!!」

 

 第九艦隊司令官アル・サレム中将は本隊を率い既に壊滅に近い損害を受けている先頭集団領域の立て直しを図っていた。地上要員を満載した兵員輸送艦が安全圏まで後退するまでのしばらくの間、艦隊も後退しつつ戦線を維持できればそれでよかったはずである。しかし、敵先頭集団の攻撃があまりにも激しい為、後退が敗走にならないように処置する事で精一杯になってしまった。不幸中の幸いとしてはそういう作戦なのか、先頭集団についていけないのか両翼の動きはそこまで激しくはなく中央さえなんとかなれば想定の範囲内での後退にする事はまだ可能である。

 

(これは、難儀と言うレベルの話ではないぞ。張り切りすぎだミッターマイヤー)

 

 ロイエンタールはいつも通りのポーカーフェイスで指揮をしている、ように見えて背中にびっしりと冷や汗を垂れ流していた。

 ミッターマイヤーを昇進させたい、また並んで立ちたい、それ故に出来る限りのお膳立てをしてその要望には全力で応えようと決めた。それに応えミッターマイヤーは文字通り前線で"大暴れ"している。お膳立てしたとはいえミッターマイヤーの為に用意した(=直接指揮していいとした)兵力は本人の部隊を含め一〇〇〇隻程度なのでこれで作った穴を広げる部隊や、補給の為に一時的に引いた部隊の交代などはロイエンタールが補強していた。しかし補強で出してしまったが最後、ミッターマイヤーはその部隊も直接指示し始める。そうするとまた戦果は広がるが補強が必要になる。補強するとまた……という流れでいつの間にかミッターマイヤー隊が先頭集団そのものとなって敵の先頭集団が解体される。今さっきも敵本隊が前進し、艦隊旗艦の存在も感知したとの事で「更なる攻勢に入る」と連絡してきた。ついでに両翼の機動についても"注文"が入る。ミッターマイヤーの認識では「ロイエンタールが両翼への一定の指揮権をもっている→実質艦隊ほぼ全体の指揮権を持っている→自分が艦隊指揮官のつもりで"注文"すればロイエンタールが動かしてくれる」なのだ。あの男から信頼される事は喜ばしいしそれに応えられるのは自分位だという自負もある。だがしかし、

 

「指揮権は持っていても現実として俺の艦隊ではないのだから手足の様には動かせんしましてやお前が考えた通りの機動を実行できる者がどれだけいるというのだ?」

 

 やはり一旦止めて落ち着かせよう。とロイエンタールが判断し伝えようとしたところ……

 

「先頭集団(?)から通信、"敵旗艦の撃破を確認、これより突入し敵艦隊中枢を撃破するので後方支援を求む。また、両翼に対して紡錘陣の両端となるを希望する。敵艦隊中枢を撃破し、左右に分断する"」

 

「ミッターマイヤーに伝えろ! "俺でもついていけない、少し止まれ" だ!」

 

 慌ててロイエンタールが止めに入る。慌てなくても普通の追撃戦で十分な戦果は得られる状況になり、ミッターマイヤーの機動速度は既に過剰な域に入ってしまっている。指示が伝わったのか先頭集団(?)が動きを止め、両翼と協調できる位置まで下がる。後は自分達の動きで両翼を勝たせるだけだ。

 

「ロイエンタール少将!!」

 

 形を落ち着かせた所で突然と言っていいタイミングでの通信が艦隊旗艦から入る。

 

「目標としている惑星から救援要請が入ったので本隊が急行する。貴官に預けている部隊はそのままとするので引き続き戦闘を継続せよ。追撃は……ここまでだ」

 

 シュヴァルベルクからの直接命令、そしてディスプレイの地図には追撃限界線が引かれた。制限があるとはいえロイエンタールはこれで完全な指揮権を得たのだが……

 

「敵艦隊、後退を加速。三方向に分離しています」

 

 オペレーターの声に反応しロイエンタールがスクリーンを見ると確かに敵艦隊が後退を早めている。こちらの本隊が別動したのを見て勝負に出たのだろう。敵艦隊はミッターマイヤーが敵中央を存分に叩きすぎてしまったので後退した中央と取り残された両翼とで分断されかけておりそれぞれが別方向に動きだしていた。一部が捕まるのを覚悟して残りを逃がす算段なのだろう。

 

「両翼に伝達、それぞれ対していた相手をそのまま追撃せよ。先頭集団は敵中央を殲滅した後、どちらかの追撃に加わる」

 

 中央を壊滅させれば両翼は追撃戦のノルマ程度でも十分だろう。ロイエンタールはあくまでも預かり物の指揮権である事を考慮し、完全勝利を棚に上げる。"どちらかの追撃に加わる"というのはあくまでも理想論だ。急かすミッターマイヤーに進撃指示を出し、先頭集団が追撃を開始した。

 

「物足りない顔をしておるようだが戦果としては申し分ないだろう」

 

 シュヴァルベルクが追撃結果を報告するロイエンタールに語りかける。

 結果としてこの追撃戦はロイエンタールにとって非常に不満の残るものとなってしまった。一つは先頭集団が敵中央殲滅に手間取り、かなりの数の逃走を許すと共に当然ながら両翼の追撃には参加できなかった事。もう一つは両翼のうち片方がなんと"返り討ち"にあってしまったという事である。前者に関しては敵本隊残余が後退せずに徹底抗戦した事による遅延(敵旗艦は撃沈、司令官アル・サレム中将は戦死)、後者は功を焦った司令官が突出したほんの一瞬の油断を突かれ打ち取られてしまった事が原因である。最終的に敵艦隊は半分程度生き残ってしまったという予想がロイエンタールをさらに不機嫌にした。

 

「これ以上の戦果を上げたいのなら正式な艦隊司令官になって存分に訓練するしかあるまいて」

 

 全てを見透かすようなシュヴァルベルクにロイエンタールがやっと気持ちを落ち着かせて頷く。力量を十分に発揮できる環境ではなかった、環境が揃えばやれると言ってくれているのだ。今はこの環境で得た結果で満足しておこう。

 

「艦隊はこれより、予定通りの進軍を行う。申し開けないが行く先々で罠と判ってる罠に引っかからねばならん。我慢してくれ」

 

 シュヴァルベルクが苦々しい口調で進軍を宣言する。罠と判ってる罠、奪回予定惑星から出るの偽救援要請の事である。今後は足の速い艦を先導させ、本隊到着前に確認を完了させる予定なので進軍速度に影響はないが本物が混ざる可能性が〇%でない以上、ルートそのものから外して進むわけにはいかない。シュヴァルベルク艦隊は先導役となったミッターマイヤー部隊(本人の部隊のみ)を一番手として進軍を再開した。

 

 

「敵艦隊、後退を加速、射程距離外に出ました」

 

「追え。一人残さず殺すつもりで駆り立てよ」

 

 潰走にならないぎりぎりの後退をする同盟軍第七艦隊に対し、対する帝国艦隊を率いるガンダルフ・グリッセリン中将が煽り立てるように吠える。

 

「閣下、救援要請の確認が必要です。何かしらの対応を!」

 

「ケンプか……」

 

 分艦隊司令官の一人であるカール・グスタフ・ケンプ少将が救援要請を無視して突き進もうとするグリッセリンを止めようと通信スクリーンに入り込む。何度も"注進"を受けてきたのであろう、いかにも面倒くさそうにグリッセリンが一応の返答をする。

 

「どうせ偽報だ、捨て置け。そのような些事で追撃を遅らせるわけにはいかん」

 

「もし本当に救援が必要な状況だったらどうするのです!!」

 

「目の前の賊軍一〇〇万を殺す事が優先だ。それに比べれば一般民の一〇万や二〇万が死のうが大した事ではない。本当に死んだのなら現地の賊軍がやった事にして奴らを適切に処理すればいいだけの事ではないか。そもそも俺はお前に意見など求めてはいない。命令だ、行くぞ」

 

「お断りします!!」

 

 ケンプの即断にグリッセリンが青筋を立てる…………

 

「司令官の命令を拒否……死ぬか?」

 

「やりたければどうぞ。その際は我が分艦隊を丸ごと屠って頂きたい」

 

 青筋が更に浮かび上がりひくひくと痙攣を繰り返す。

 

「なるほど、よくわかった。ではこうしよう。カール・グスタフ・ケンプ少将、貴様の分艦隊に救援要請対応の全権限を移譲する。貴様の責任でこれに対応せよ」

 

「……わかりました、私が対応します」

 

 これ以上の問答は不毛と悟ったケンプが受け入れると同時に通信スクリーンが切断される。

 

「噂には聞いていたのだがここまでとはな……」

 

 ケンプが嘆くように呟く。

 ガンダルフ・グリッセリン中将は数少ない平民の提督である。帝国艦隊司令官の中で随一の指揮能力を持つが同時に"出来るものなら解任したい司令官"の筆頭となっている。あまりにも粗暴。非人道的行為など多数の容疑がかけられており少なからずの立証もされている。それでも艦隊司令官を解任されないのは彼が艦隊指揮を上回る技量で証拠の隠滅をしている事とパトロンとしての門閥貴族が後ろ盾となっているからである。彼はパトロンからの要請で彼らの私兵艦隊に教官として乗り込み、辺境・海賊討伐でいろいろと"働いて"いるらしい。解任した後に門閥貴族枠の艦隊に招かれて好き勝手されるか、一応は艦隊司令官として指揮下に置いて何とか制御するかという苦渋の選択がこの人物を艦隊司令官の席に止めている。

 

「もう考えるのはやめよう。どのような形であろうとも支援に対する指揮権は得たのだから奴の罪をこちらが被る事はない……ん? どうした?」

 

 心を入れ替えて支援に徹しようとしていたケンプに顔を真っ青にした副官が駆け込み報告をする。

 

「…………それをやるかぁ!?」

 

 副官曰く「分艦隊の補給艦が一隻残らず本隊に同行しました」との事である。

 

「いや、この為の編成か。ふざけた事を!!!」

 

 ケンプの額にも青筋が立つ。これがグリッセリン艦隊のやり方であった。彼は艦隊司令官が持つ編成権限を行使し、各分艦隊直属の補給艦を取り上げ本隊の一括管理としている。これだと補給が出来なくなるので艦隊直属の補給艦の方を派遣する事で補給可能としている。必要な時、まさにこのような時に気に入らない分艦隊から補給艦を取り上げる為だ。艦隊直属の補給艦はグリッセリンが定期的に甘い汁を吸わせたり管理物資の帳簿を弄るのを黙認している為、彼の意のままとなっている。しかし分艦隊は補給と言う首根っこを掴まされているが故に彼らの高圧的態度に我慢せねばならなかった。そして最悪な事に艦隊が全補給艦を一括管理し、任務に応じた一時的再分配を行う事自体は多数の艦隊が行っている事であり禁止する事は出来ない。

 

「奴の言った"偽報"である事を祈るはめになるとはな。万が一の為だ、各艦の在庫物資の総量を確認しておいてくれ……」

 

 それでもケンプは救援要請元への移動命令を出す。彼は移譲された救援要請対応の責任者としてその結果を被らねばならないのである。

 

 

「何処まで追いかけてくるつもりだ」

 

 第七艦隊司令官ホーウッド中将が青ざめた顔でスクリーンに映る敵艦隊を睨みつける。骨折した左腕は痛々しく吊り下げられ、無理矢理塞いだ出血を補うための輸血バックがぶら下がる。敗走に次ぐ敗走、艦隊の三分の二は永遠に失われ残りの半分は移動が精一杯、これが第七艦隊の全兵力であった。大破した旗艦より脱出し、近くの戦艦に回収されたホーウッドは本来誰かに指揮権を移譲し、医務室で寝ていなくてはいけない状態である。しかし全滅を防ぐ為に奮戦する分艦隊旗艦は見つかるや否や非情なまでの集中攻撃で撃沈され新たな指揮系統を構築できない。状況を知った艦長がホーウッドの命令をあえて無視し、艦を可能な限り先頭(=敵艦隊から遠方)に移動させ残り少ない分艦隊司令官が殿として戦う。その為、ホーウッドは使命を放棄する事も出来ず(する気もない)ここで指揮を取るしかなかった。

 

「もう少しで皆殺し達成だ。進め。殺せ」

 

 醜く口を歪ませ、グリッセリンが煽り立てる。逃げ惑う敵を削り落とすのは獲物を追う猟師のような心境となり彼の心を潤す。途中で見つけた兵員輸送艦を問答無用で撃沈し、数万単位の賊を屠った時などまさに絶頂である(記録は全て腹心の参謀長により"抵抗されてので撃沈"と改竄されている)。

 

「敵艦隊の更に後方に追加の部隊反応。数千隻規模です」

 

「他の賊艦隊残兵か? 流石に深入りしすぎたがこの程度ならついでに殺れるだろう。遊ぶ必要はない、確実に殺していけ」

 

 グリッセリンが煽り、艦隊が加速する。

 

 

「敵は八〇〇〇か九〇〇〇程度といった所か。第九艦隊の残存位置はここでいいのだな」

 

「間違いありません。およそ一時間もあれば合流可能です」

 

「よろしい。この領域にいる全艦に通達せよ」

 

 

 "我、アイアース 之より該当宙域の全艦艇は総司令部直卒とする。 侵攻軍総司令官:ラザール・ロボス"

 

 

 

同盟軍先陣第二任務群、一次戦闘の結果は以下の通り。

 

 同盟軍先陣第二任務群

  戦闘艦艇(三個艦隊)

   参加艦艇:四万隻余

   参加人員:四〇〇万名余

   損失大破:二万七六〇〇隻余

   損失者数:二六〇万名余

  地上戦要員

   参加人員:六〇〇万名余

   損失者数:三六〇万名余

  合計

   参加人員:一〇〇〇万名余

   損失者数:六二〇万名余

 

 帝国軍

  戦闘艦艇(四個艦隊)

   参加艦艇:五万二二〇〇隻余

   参加人員:六三〇万名余

   損失大破:八二〇〇隻余

   損失者数:九七万名余

 

 

 





 正規軍に所属し事を荒立てたくないとする人(門閥貴族)、さて、誰なんでしょうかねぇw

 ミッターマイヤーが張り切りすぎちゃってますが気合が入りすぎてたり拙速を尊ぶあまりに味方がついていけない機動をしてしまったり(原作でもけっこうやってる)ロイエンタールならやってくれるとアテにしてしまっていたりとまぁまだ艦隊を指揮した事のない人が艦隊規模で動かせる(動かしてくれる)と思ってしまった故の若さの過ちみたいなものです。

 知らない人には申し訳ないのですが自分の中ではシュヴァルベルクのイメージは完全にゴルドルフ・ムジーク(FGO)になっちゃってます。


※1:実質的司令官
 艦隊司令官は要職(旧日本軍的に言えば親補職)であり、その時その時でコロコロ入れ替えられるものではないのでその下に送り込むことで対応した。

※2:アスターテの敵艦隊
 最初に粉砕された第四艦隊


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No.20 帝国領侵攻作戦(10)


 ロボス関係書きたかった結果、苦しみまくって出来た駄文。没にするかどうか悩んだけどガイアが俺にいつもこの程度の駄文じゃんと囁いているので投稿

 あなたは体重が落ちる程に"集中して考える"時がありますか?


 

 

「フォーク君が倒れたか」

 

 これが起床し、一通りの説明を受けた侵攻軍総司令官ラザール・ロボス元帥の第一声であった。そして軽く目を閉じると考えをまとめ、正式な命令を告げる。グリーンヒルからの(艦隊の撤退はしないという決定に対する)「再考を」という進言に対してはただ一言、「全ては補給が届いてからだ」として却下された。

 

「では、休憩に入らせていただきます」

 

 徹夜明けであるグリーンヒルが退出しようとした所、ロボスが呼び止める。

 

「休息は要塞内ではなく、アイアース(総司令部(=ロボス)の旗艦)内で取ってくれ。当直だった他のスタッフも同様だ。準備が出来次第、総司令部は前線に移動する」

 

「でしたら準備のお手伝いを・・・」

 

「いや、その程度なら参謀長の手は借りなくても出来る。それ以上に"その後"は体力勝負だ、今のうちに休んでおいてくれ」

 

 何とも言い難いロボスの雰囲気にグリーンヒルは当惑するが下手につついてぎぐしゃくさせてしまうのも問題である。後陣からの報告を聞く限り、今休んでおけば"その後"には間に合う。そう考えるとグリーンヒルは素直に引き、英気を養うしか選択肢はなかった。

 

 

「フォーク君はもう駄目か・・・さて、私は何処まで持つ事やら」

 

 周囲に人のいない司令官席でロボスが呟く。自分自身の体力の低下については十分に自覚していた。本気で考え続ける、という行為は他人が思っている以上に肉体的・精神的な疲労を伴う。その集中力が近年、はっきりとわかる程に続かない。彼はやや大雑把と見られる所もあるが艦隊をアグレッシブ・能動的に動かす能力、その動くタイミングを見出す集中力、その二つの能力に基づいた戦術指揮手腕をもって現在の地位に登りつめた人物であった。一個艦隊を率いていた時の実力では戦略家寄りであるライバルのシドニー・シトレ元帥はもとより、現役の艦隊司令官の誰よりも優れていたといっても頷かせる実績を持っていた。複数艦隊を率いる先任となってもその手腕は発揮され、宇宙艦隊司令長官就任後はドワイト・グリーンヒルという大雑把をフォローするに最適な参謀長を得てその手腕は熟練の域に達した。

 だが、その手腕を維持する"集中力"が持たなくなった。それを誤魔化しきれないと認識してからは本当にそれが必要な時以外、なるべく体力を消耗しないように陰口を叩かれるのを承知の上で"休める時に休む"事を徹底するようになった。そして自分の長所をフォローしてくれる、アグレッシブ・能動的に動いてくれる人材を欲した。それがアンドリュー・フォークという男であった。

 アンドリュー・フォークという男はそれが自己顕示欲の表れとはいえ、ロボスの欲するアグレッシブ・能動的な動きを示し続ける存在であった。ロボスとグリーンヒルという"ストッパー"さえいれば自由に動き回らせて、良い所(提案)だけを汲み取って活用する事が可能であり実際に多数の功績を上げている。後は採用されている案されていない案の何が違うのかを知り、その性格の角がある程度丸くなってくれれば良い参謀になれるのだが・・・というのがロボスとグリーンヒルの密かな願いであった。しかし、彼はそれが出来なかった。"自分の都合のいい事しか見ることが出来ない"という彼の精神構造は採用されなかった案という存在そのものを記憶から消去した。残るは採用された案とそれに基づく功績のみ。彼にとってロボスの元で働いた日々は常に成功と功績に彩られた花道であり、近年の戦術的成功は彼が作り出したものであった。そしてその成功の集大成として作成・提案されたのが「帝国領侵攻作戦」である。そしてこの「帝国領侵攻作戦」が評議会を通して承認された時、彼は"ストッパー"から解き放たれた。

 

 

「これで全艦隊が交戦状態に入りましたな」

 

 スクリーンに映る全域図を見ながら休憩明けのグリーンヒルが呟く、全ての艦隊の位置に交戦中を示すマークが表示されている。戦闘中は双方の電波妨害と戦闘行動による電波の乱れが元となりまともな長距離通信は不可能となる。そもそも総司令部がこれだけの離れている戦闘指揮というものは過去に例がない。口には出さないが今更出て来て何が出来るのか?という事を考えている者は多いだろう。雰囲気でそれを察してはいるがロボスは何も答えずじっとスクリーンを見つめていた。そのロボスの態度に変化が訪れたのは先陣任務群六個艦隊との通信が回復してからである。回復するや否や他の者たちを差し置いてロボスが真っ先に確認する

 

「艦隊にて掌握している艦艇数・地上要員数を知らせよ」

 

 第一〇艦隊、第八艦隊は艦隊と呼べる状態であった。第九艦隊は副司令官の元、部隊としての秩序は保っていた。第七艦隊は死に体ではあるが四散はしていなかった。第一二艦隊は残兵からの連絡が個々に入って来た。第三艦隊からは「作戦行動不可能、降伏する」という連絡を最後に通信が途絶えた。

 連絡が入る度にスクリーンの情報欄に各艦隊の状態が追加され、司令部にいる者たちの顔から生気が失われていく。ロボスがそれを見つめながら何かを計算しているかのように指を動かす。生気を失った司令部要員の中でグリーンヒルだけがロボスのその姿を見つめ、待っていた。ロボスの行動は最近めっきり見る事のなくなった"全集中をしている"時の仕草である。

 

「全艦隊に連絡、これより我が軍は全占領領域を放棄し撤退を開始する。全体の統率は総司令部が行うが現場での詳細については現地指揮官の判断を尊重し、その結果については全て総司令部が責任を取る」

 

 いつもとは違う"覇気"を伴った宣言を聞き、司令部要員達が唖然となってロボスを見つめる。

 

「気を入れ直せ!ここから一秒たりとも無駄には出来ない。どれだけの友軍が故郷の地を再び踏めるか、それがこれからの行動にかかっているのだ!」

 

 グリーンヒルが畳みかけ、司令部要員達の顔に血の気が戻る。

 

「後陣艦隊は後退を開始、振り切ったら全力で逃げてよい。第一〇艦隊は後陣の直接援護に向かうように。第八艦隊は該当領域に迫る敵艦隊の位置捕捉に努めよ、後陣艦隊の後退を妨害する位置への侵入を許すな。第九艦隊は第七艦隊を支援できるルートを目指せ。第七艦隊ははそのまま全力での後退を継続。第一二艦隊と第三艦隊の残存兵については何も考えずにイゼルローンまで走れ」

「輸送の護衛をしていた部隊は総司令部本隊に合流、付近の哨戒分隊も加われ。総司令部本隊はこれより第七艦隊の支援に向かう!」

 

 近年のロボスしか知らない司令部要員がその形相に驚きつつも勢いに押されるかのように動き始める。その中でグリーンヒルだけが悠然とロボスの横に立ち己の任務を開始した。近年はグリーンヒルが急かしてロボスが動くという姿が日常であったが本来はまずロボスが動きそれをグリーンヒルが支える、この連携こそが本当の彼らのスタンスなのである。

 

「ここまであっさりと撤収に移行するとは思いませんでした。集結させて直接指揮で再戦するものかと」

 

 (主に政治方面の)面子の為に何かしらの戦果を求められているのではないか?と思っていたグリーンヒルが不思議そうにロボスに尋ねる。

 

「撤収条件」

 

 ロボスが一言だけ応え。グリーンヒルが"はて?"と一瞬考えてしまうが少しの間を置いてそれに気づく。

 

<<輸送力に関する危険性、それについては国防委員長を通じて最高評議会に報告し何かしら限界点についての判断基準を示して頂くように進言する。この件については一旦それで矛を収めてもらいたい>>

 

 侵攻前の作戦会議にて統帥本部長シドニー・シトレ元帥が語った"約束"である。その後何も音沙汰が無かったので皆が皆、存在を忘れていたのだが・・・・

 

「前線の部隊が意図的にその状況を作り出そうとしないように、詳細は私だけに告げられていた。"大規模輸送の到着前に現地にて生命の危険(餓死など)などが発生する事が確実である事"と"総兵力に二倍以上の差がついてしまった時"。この二つの条件のどちらかを満たした時、それが撤収の判断基準だ」

 

「故に、初回の輸送完遂は行わねばならなかった、と」

 

「そうだ。我々は結果として"こちらから撤収条件を聞いてしまった"のだ。こちらから聞いてしまった以上、最高司令官としての評議会議長から示された条件には忠実に従わねばならない。それが共和制の軍隊におけるシビリアンコントロールというものだ」

 

 皮肉なものだ、とグリーンヒルは思う。焦土戦の話が出てしまったが故に、引き際と言うものを確認した。一部の艦隊を後陣とし占領地の範囲(=兵站への負担)を抑えた結果、初回の大規模輸送が間に合う見込みとなった。それぞれが適切な判断であり、その時やれる事を十分にやったといえよう。その結果がこの"引っ込みを付けられない状態"からの敗走である。恐らくはその判断が付けられるまで、戦闘以外の後退なども認められていなかったのだろう。

 

「もう少しやりようがあっただろうと思われているだろうし実際にあったのだろう。しかし今の私にはこれが限界だ。せめてこの最後の指揮くらいはまともに終わらせなくてはいかん。すまないがもう暫くの間、付き合ってくれ」

 

「背中はこちらで。存分にどうぞ」

 

 

 

「本隊は第七艦隊の左側、敵に対し八時方面から迫るように回り込め。第七艦隊は戦闘可能艦は本隊と並ぶように進路変更、損傷艦は変更せずに真っすぐ逃げよ。哨戒部隊集団は敵の外周を回って一〇時方向から牽制、まともにやりあわなくていい。だがやりそうな動きは見せろ。輸送護衛隊は逆、第七艦隊の右側から四時方面、哨戒部隊集団の対の位置で同じく牽制、但し第七艦隊損傷艦を狙う部隊が来たらその阻止を優先」

 

 それからしばらく経過し、第七艦隊及びそれを追撃する敵艦隊を発見した総司令部本隊は直ちに行動を開始した。途中で哨戒部隊や(直近の輸送先から)帰還中であった輸送護衛部隊を取り込み、数としては約三〇〇〇隻。第七艦隊からこちらに合流してくるのは二〇〇〇隻程度で合計約五〇〇〇隻。敵は八〇〇〇~九〇〇〇隻、普通の戦いであれば撤退は可能であるしそれなりに撃ち合う事も出来る戦力差といえる。その敵艦隊はこちらを優先したのであろう、陣形を変えながらこちらに向けて方向転換を行う。陣形変更と方向転換、両方をスムーズに行えるあたり技量はかなりあると言わねばならない。

 

「流石にこれ以上欲をかくと痛い目に合う。あの増援をひと叩きして安全を確保したら後退だ」

 

 "狩りの終わり"を悟ったグリッセリンがトーンを落とした声で陣形の変更を指示する。本隊を中心として前方の二個部隊と左右をうろつく小部隊二個に同規模の部隊を用意して対峙、補給艦等を含む支援艦とその護衛は後方で待機。数は優り余裕はあるので相手の各部隊に対峙させても本隊と護衛が丸々残る。左右は守れればいい、ある程度消耗させて本隊で〆る、今まで戦ってきた敵艦隊と同程度の技量ならこれで勝つ自信がグリッセリンにはあった。そして前衛の部隊が射程距離手前に入った所で・・・

 

「敵、発砲!!」

 

「少し早いな、この程度か」

 

 グリッセリンの口に余裕の笑みが浮かぶ。

 

「主砲斉射三連しつつ後退開始、斉射後エネルギーはシールドに集中、同時に長距離ミサイル系全力発射!!」

 

 "射程距離に入るほんの手前"でその命令を出すと「まずは軽い挨拶だ」と言ってロボスはコーヒーを一口啜った。最初の斉射三連はぎりぎりとは言え射程の外であるが火点ポイントを絞っていたので小さな先制パンチとして不運な艦が犠牲になる。敵がその攻撃を流した後にお返しとばかりに撃ち返すが後退を開始しているので射程はぎりぎりのまま、しかも狙って撃ったわけではないので火点も集中せず用意したシールドが弾き返す。それに気を取られていた敵をばら撒いた長距離ミサイルが襲い、また少し犠牲が出る。一連の流れでグリッセリン艦隊が受けた被害は数十隻にすぎないが相手に被害らしい被害を与えられない中で受けた数十隻であり、前方を任された分艦隊司令を苛立たせるには十分だった。敵が前進と攻勢を強めてきたのを確認したロボスは後退しつつ防御主体の陣形に移行し、横で戦う第七艦隊残余部隊もそれに倣う。そしてねちねちと敵を引きずる状態になったのだがロボスがここで大きな"餌"を見せつける。

 

「敵増援部隊の旗艦らしき大型艦を感知・・・・・ん?え???」

 

「さっさと言え!!」

 

 オペレーターの報告にグリッセリンが苛立った声で反応する。

 

「艦名アイアース、データ通りなら叛徒軍宇宙艦隊司令長官の乗艦です」

 

「はぁ?」

 

 考えてもみなかった情報にグリッセリンが一瞬呆けたような声を上げ、そのまま止まる。数十秒思考の後、"欲"が"安全"を制して一つの決断をする。

 

「攻勢をさらに強めろと前衛に伝えろ!左右は邪魔されなければどうでもいい。予定より少し早いが本隊も動くぞ、用意しろ!!」

 

 これを落とせば他の何がどうであろうと勲功第一、日頃文句を言う奴も黙らせられる。特上の獲物を発見し、グリッセリンの思考がまた"狩り"に戻った。

 

「この艦を見つけてもらえたようだな。こちらへの攻勢が雑に強くなるわ、露骨に本隊の進軍路を作り始めるわ、判り易い動きだ。下手に動かれるより来てもらった方が対応もしやすい。ところで時間はもうすぐだと思うがどうかな?」

 

「この流れですと敵本隊との接触前には時間になるでしょう」

 

 アイアースの艦橋ではロボスとグリーンヒルがいつもの事務作業のようなのんびりとした口調で言葉を交わす。しかし目の前にはこの二人がコンビを組んでからはめったに見ない光景が広がっていた。まさしく最前線。このアイアースが直接戦闘可能な位置まで出るのは過去に何回あっただろうか?時間稼ぎの為に相手を"釣る"タイミングを計っていたロボスに対し、グリーンヒルが「前に出てこの艦の存在を見せつけてみますか?」と反応、躊躇いなくロボスがそれを採用した結果である。相手の反応を確認し、アイアースが本来の位置に戻る。艦橋内が一息ついた時、待望の反応がスクリーンに映し出された。

 

「識別完了、第九艦隊です」

 

 オペレーターの報告を受け、艦橋内に歓声が上がる。ロボス達から見て敵艦隊の背面から広がる光源は計算通りの位置であり、事前報告のあった通りの数である。

 

「小細工不要。突き進め」

 

 第九艦隊残余を率いる副司令官ライオネル・モートン少将が戦況を見るや否や即断即決の命を下す。総数はほぼ互角、ならば相手が形を整える前に目の前の敵後陣を潰せば勝ちだ。

 

「残兵がこれだけいやがったのか。・・・・潮時か」

 

 接敵直前、今にも突撃の命令を出そうとしていたグリッセリンがスクリーンに広がる光源を睨みつける。

 

「全部隊に通達。撤収する、定石通りに引き上げろ。相手が総司令官様なら多分深追いはしてこねぇ」

 

 前後の挟み撃ちを避けるべく、グリッセリン艦隊は左右に分かれて移動を開始する。そして元々撤退が目標だったロボスはこれを妨げず撤退する帝国艦隊に寧ろ遠ざかる方向へと移動し、全部隊を集結させる。集結が完了した時、グリッセリン艦隊もまた悠々と戦場を離脱していた。

 

「餌に食いつくか手を引くかで迷うかと思っていたがあっさりと引いてくれたものだ」

 

 敵のいなくなったスクリーンを眺め、ほっとした表情でロボスが呟く。ここまで深追いしてきた部隊である、総司令部本隊のみでは決定打にならず的が増えただけとばかりに襲ってくる可能性が大きかった。ならば切り札の第九艦隊が到来するまで時間を稼いで変化を待とう、とロボスは会敵当初から決めていた。アイアースを見せつけたのも下手に自由に動かれるよりかは自分が的になっている方が対応がとりやすいと判断したからである。

 

「全域の状況をまとめてきました」

 

 グリーンヒルがレポート片手にロボスに近づく。

 

「後陣の第五艦隊及び第一三艦隊は支援で合流した第一〇艦隊と共に後退中。時間経過的に更なる追撃の可能性は低いそうです。第八艦隊の哨戒網への反応もありません。このまま全速で後退を続ければ、艦隊戦はもう発生しないものと判断して良いでしょう」

 

「そうか・・・ 艦隊としての形を維持しているのは四つ、か」

 

 グリーンヒルの報告を受け、ロボスが静かに呟く。

 

「速やかに回廊出口までの移動を。万が一に備え、友軍の受け入れ準備をする」

 

 そういうとロボスは大きく息を吐く。あとはこれを混乱なく連れて帰るのみ、それが彼の艦隊司令長官としての最後の仕事であった。

 




 ロボスの現役最終戦、あっさりと終了。唯一追撃を受け続けている第七艦隊を見捨てられない、でも本隊だけじゃ足りない、なので近くを撤退中の第九艦隊も集める。引いてくれればそれで良し、抵抗するなら挟撃で潰す。もっと華々しく戦わせようと思ってたのですがグリッセリンの性格なら自分の命をチップにした博打は絶対にやらないだろってなってしまった。悩んだのが全部隊撤収にするか本隊以外に攻勢を命じて相手に取り付いたら本隊だけ逃げるか。ちなみに後陣(第五&一三艦隊)に対しては本隊の数では増援に行っても意味がないし下手に指揮で首突っ込むよりもビュコック達に任せた方が混乱しなくていいって事で丸投げな形にしたって感じです。


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No.21 帝国領侵攻作戦(11)

 やっと彼らです。ですがまぁ帝国の戦略的には正しいのでしょうが作品的にはつまらない扱いです(笑)


 

 

「他の戦域が片付くまで動かなければそれで良し。という方針であろうとは簡単に判るのですが……」

 

「これ以上引けば友軍の退路が危険になるからのぅ。移動できる範囲が限られているというのは実にやりにくい」

 

 同盟軍後陣任務群(第五・一三艦隊)に対する帝国艦隊の行動は想定の範囲内だとしてもあまりにも露骨すぎてビュコックとヤンは失笑するしかなかった。帝国艦隊は交戦域まであと一分程度の位置で停止し、完全な様子見に入っていた。かといって手は抜かず電波障害は全開で働かせており、いくつかの他艦隊から戦闘開始の通信を拾ったのを最後に外部との通信は途絶えている。

 

「このまま状況の変化を待つのも一つの手ですがその時、我々が自由に動けるという保証はどこにもありません」

 

「友軍と状況を把握出来るまで暫く時間はかかる。それまでの間で自力で少しでも有利な状況にしておくしかあるまい。さて、押すか? 引くか? ……引いて失敗した方が危険だな。押すとしよう」

 

「数的優勢な側に攻める危険性もありますが……やむなしだと思います」

 

「ならば……相手に引かれるのも宜しくない。わしだけでまずは進むとしよう」

 

「判りました。直に追いつきます」

 

 通信を切り、後陣任務群が行動を開始した。

 

 

 これに対する帝国艦隊はクエンツェル大将、フォーゲル大将、そしてミュッケンベルガー元帥直属の三個艦隊。ビュコックの正面にクエンツェル、ヤンの正面にフォーゲル、後方にミュッケンベルガーが控えている形になる。しかし、ミュッケンベルガー艦隊は分艦隊を前面に多数分散配置しておりこれらを使って正面二個艦隊を支援する姿勢を見せていた。

 

「敵艦隊前進開始、片方の艦隊のみです。もう片方が若干の後退を開始」

 

「規定通りの対応を行うように伝えよ」

 

 オペレーターの報告にミュッケンベルガーが用意していた返答を返す。両方進む、両方下がる、片方が進む、片方下がるetc 考えられるパターンに対する対応法を事前に定めている。この場合は"進んできた方に集中して良い"である。そのまま片方が逃げたとしたら進んできた片方を全力で潰す。そうすれば逃げた敵一個艦隊が自由になったとしてもこちらは三個艦隊が自由になるので大局は有利になる。逃げではない何かの策だったとしても兵力に余裕はあるのだからこちらに来てから対応すればいい。

 

「両艦隊、戦闘を開始しました。後退した敵艦隊は前進を開始したようです」

 

「フォーゲルに準備をさせよ。丁寧な挨拶痛み入るが引く予定はないのでな」

 

 ミュッケンベルガーが再度指示し、第五艦隊との交戦を始めたばかりのフォーゲル艦隊がすぐさま身を引き第一三艦隊を引き受ける形を取る。これで双方、予定通りの対峙となった。同盟軍としては徹底的に距離を置くのかどうかを確認する為のブラフである。これでも距離を置くのであれば第一三艦隊が好きに動いて有利な形を作ればいい。しかし、ビュコックもヤンも引くとは思っていなかったので"直に追いつきます"なのである。

 

「これは手ごわい。下手に手を出すと火傷をする、予定通り適度に手を出すが守り中心で行くぞ」

 

「これならばなんとかなりそうだ」

 

 これがお手合わせをしてみたフォーゲルとヤンの率直な感想である。隻数はほぼ互角で補給状況も双方不備無し、となれば技量次第なのであるがこれに関してはヤンが上回っていると言ってよいものであった。といってもその状況に驚いているのはフォーゲルのみであり、元々その力量をアテにしていなかったミュッケンベルガーは用意していた分艦隊を前面の二艦隊に派遣してテコ入れをする。クエンツェル艦隊に派遣した分艦隊は兵力差(第五艦隊は一五〇〇〇隻であり標準的な帝国艦隊よりも多い)を埋めるためのものなのでそのまま合流し指揮権も移譲される。しかし、フォーゲル艦隊への派遣は合流させず艦隊から見て左翼側を迂回し、第一三艦隊から見て右翼側面から攻撃するように移動する。"フォーゲル艦隊に合流させたら自由に動けず使い潰されるだけ"というミュッケンベルガーから見た"信頼度"が緒実に現れた独立した機動である。そしてこの分艦隊の動きがヤンの思惑を大きく崩す事となる。

 

「俯角二〇度、二時方面、薄いです」

 

「中央前衛、今の所に集中! その後に右翼攻勢!!」

 

 第一三艦隊中央前衛部隊からフォーゲル艦隊の一点に攻撃が集中され艦隊の繋がりに一瞬の穴が開く。そしてその穴によって孤立気味になった部隊に右翼に攻勢を仕掛けようとするが……

 

「敵遊撃部隊、急速前進」

 

「右翼攻勢停止! そちらへの対応を優先!」

 

 そうなる事が判っていたかのように敵の遊撃部隊が仕掛けて来て攻勢が台無しになる。そしてフォーゲル艦隊が形を整えると何事もなかったかのように引く。一手二手と詰めていっても一回の乱入でリセットされる。それの繰り返しである。

 

「すまないね。また有効活用できなかった」

 

「いえ、しょうがありません。それにしてもあの分艦隊、本当に"嫌な動き"です」

 

 司令官卓の上で胡坐をかきながらヤンがラインハルトに語りかける。実の所、ラインハルトが立っている位置は本来参謀長が立つ場所なのだがいつのまにかラインハルトが立っていた、というか途中からムライが立ち位置を押し付けた。現在、第一三艦隊を指揮しているのはこの二人になってしまっている。

 ヤン・ウェンリーの用兵は受け身。相手の行動に合わせて最適解の対応を行ういわゆる"後の先"と言われる手法である。これを可能にするのが相手の意図を瞬時に見抜くヤンの洞察力とその対応を可能とする艦隊機動である。艦隊運用の達人と言われている副司令官エドウィン・フィッシャー少将が用意した機動データは標準データとは別格の効率で艦隊を動かし、迅速な対応を可能としている(※1)。そしてそのヤンの用兵にアクセントを加えているのがラインハルト・フォン・ミューゼルという大尉の行動であった。彼は受け身とは逆、積極的に動いて事を起こすのが好みらしい。ヤンも相手が動かない場合などはこちらから動くのだがそれは相手に何か対応をさせる為の仕掛けでありその反応を元に本命のカウンターを当てるまでがセットである。しかしラインハルトは初手で突くべき穴を見つけそれを攻める。最初、ラインハルトは少し離れたところでぼそぼそとそれを呟いていたのだがそれに気づいた副参謀長フョードル・パトリチェフ准将が聞き耳を立てた後にムライを呼び寄せ、ムライが内容を確認して自分の近く(参謀長の立つ場所)に引っ張り、聞こえるようになったヤンが"もっと聞きやすい場所で"と引き寄せて、あっという間にその立ち位置になってしまった。ラインハルトとしては実際に艦隊戦を正面で見るのは初めてだし、自分の思い付きが本当に適切なのかの自信も経験もないので隅で(ついつい)ぼそぼそと呟いていただけのはずなのだがいつの間にかとんでもない立ち位置になっていた。ヤンからは「遠慮なく言いなさい」と言われているがかなりのプレッシャーである。しかししばらくの間ラインハルトの戦術眼を確認し、手ごたえを得たヤンはお構いなしに新たな任務を与えてしまう。

 

「大尉」

 

「はい」

 

「あの遊撃部隊だけを見ておいてくれないかな。おそらくあれは正面艦隊の指揮下には入っていない。むしろ"連携すらしていない"と思う。それを前提として自分があの遊撃部隊の指揮官ならいつ、何をやるかを考えるんだ。もし、打つ手があるなら右翼側に行動を依頼してもいい。副参謀長、伝達役になってくれないか? 私への確認は必要ない。伝えてもいいと思ったものはそのまま伝えるように」

 

 言うだけ言うとヤンは正面艦隊との攻防を再開する。任せたとはいえ不安があるので右翼の負担を増やさぬよう左翼と中央のみで戦線を組み立てる。だからといって遊撃部隊は動きを止める事などなく、右翼に対して何か手当の必要な状況を作り出そうと蠢動する。遊撃部隊は数は少ないが采配が優れているので片手間で相手すると後手になりすぎる。正面艦隊は数だけなら互角なので片手間に相手をすると不本意な消耗戦になってしまう。そのような"連携せずに好き勝手動いてる二部隊による挟撃"に対応するためにこちらも対応する頭脳を二つに増やす。そしてその片方をラインハルトに任せてみたのだ。お互いの性格を考えるなら"ラインハルトが艦隊全体を指揮して正面艦隊を攻め、ヤンが遊撃部隊を見張る"のが最適なのだが流石に艦隊全体は任せられないしやってしまったら後で問題になる。

 

(第五艦隊も押し切れていない。ビュコック提督相手にあれだけ戦えているのだからあちらの敵司令官は力量があるのだろう。となるとこちらが大きく動かさないといけないのだけど……)

 

 正面艦隊(フォーゲル艦隊)の力量はこの戦域にいる指揮官の中で一番劣っていると思われる。しかしながら無理な攻めはしてこないし後方からのテコ入れが適切に行われているので崩れる気配もない。その結果、この戦線は決め手の無い煮え切らない状態で推移することとなる。損害比率でいうならば確実に第五・一三艦隊が優勢なのだが後方からの増援がその損失を穴埋めしてしまうので攻勢も続きにくいし傷口を広げる事も出来ない。そして当然ながらそのバックアップを全部磨り潰すには時間が無い。そうしているうちに結局この戦いの初日は決め手のないまま両軍が一旦距離を置く事で終了となった(といっても休憩→総力戦が間に合うぎりぎりの距離であり、お互い至近距離に見張りを立てている)。

 

「駄目じゃな。数的有利なのだから何か"欲"を出してくれると期待したのだがここまで引きに徹してしまうと手の打ちようがない」

 

「同感です。消極的な分、このまま戦い続けても優勢は保てますがそれ以上の意味を得る事は難しいでしょう」

 

 ビュコックとヤン、二人の思惑とその結果の認識は一致していた。数的有利な側に仕掛けるのだから相手に"欲"があれば勝ちに来る可能性がある。それをうまく捌いて叩ければ今後の希望が湧くのだが相手が無理をしない事できっちり意思統一がされている。こうなると余程の致命的失敗でも起こしてくれない限り事は大きく動かす事は出来ない。

 

「これ以上戦っても"価値のある消耗"にはならぬ。引く為の余力を少しでも残す為、明日は一旦様子見としよう。逃げていいのならさっさと逃げてしまうのが一番なのだがなぁ……」

 

 これ以上引いてはいけないラインがあるので尻尾を巻くわけにいかない。友軍が前線で踏ん張れている場合、自分達だけが勝手に引いてしまうと布陣が乱れる。敗北し、大きく後退している場合は殿として自分達が最後まで踏ん張らねばならない。どちらにせよまだ下がれない、それでいて数的有利な敵が守りを固めてるときている。こうなってしまうと出来る事と言えばなるべく動きやすい環境を保って周囲の変化を待つしかない。本来、ある程度後詰として自由に動く事を予定していた彼らの艦隊であるが現実としては最初から最後まで"周りの環境の為に動いてはいけない"状態が続く事となってしまった。

 

「ここで腐っても仕方あるまい。明日中には情報が集まって何か指示が来ることを願うとしよう」

 

 ビュコックのこの一言が締めとなって一日が終わる。どうせ逃げられないだろうし、逃げてくれた方が有り難い。そう思っているであろう帝国艦隊は憎たらしいほど静かに何もしかけてこなかった。

 

 

「布陣は変わらず。だとしたらこちらも予定通りの布陣を」

 

 翌朝、朝食のサンドイッチをほおばりつつヤンが初動の指示を出す。帝国艦隊の位置に大きな変更はなく、やっかいな遊撃部隊はこちらから手を出せないが相手からはすぐに乱入できるという嫌な位置にいる。敵味方で違う点があるとすれば敵艦隊に昨日与えた損害は補強されていて元通りになっているがこちらにそのような予備はなく、その分不利になっているという事である。

 

「敵艦隊動きません」

 

「相手からしてみれば追いかけられる姿勢さえ保てれば戦う必要はないからね」

 

 昨日はここから同盟軍が動いたのだが一日戦って崩しきれないと判った以上、無理に攻める理由はない。かといって現在の位置から下げるわけにもいかない。何とも言えない緊張感が両軍艦隊に漂い、静かに時が過ぎる。

 

「本当に彼を出してしまってよろしかったのですか?」

 

 暇を持て余している艦橋でムライが一つの疑問をヤンにぶつける。

 

「逃げたい時に逃げれる可能性を少しでも上げたいからね。正面の艦隊だけなら私と参謀長で事足りる。でもあの遊撃部隊がどうも不気味だしフィッシャー少将にも許可はとってある。対応させるとしたら直接その場にいた方が早く動けるから悪い手ではないだろう」

 

 と、ヤンが応える。早朝、敵の布陣を確認したヤンが行った最初の指示が「フィッシャーに許可を取ってラインハルトをそっち(フィッシャーの乗艦)に送り込む」というものだった。ここからフィッシャーに伝えるのと直接横に立たせるのでは対応速度が段違いである。昨日の戦闘中からヤンは考えていたのだが流石に戦闘中の移動は危険なので今日、敵陣形確認後に移動させた。昨日の後半戦のように右翼をあまり動かさずに戦うという事を今日も続けられるとは思えない。いっその事、本隊と右翼を入れ替えてしまおうかとも考えたがそうすると左翼が遠くなり指揮効率が落ちるしなによりもそれを確認した敵遊撃部隊が本隊を避けて他の方向、例えば左翼後方とかに移動されてしまうと手に負えなくなる。なので本隊は中央そのままで右翼の対応力を上げるという対応になった。艦隊指揮官としては"平均よりややマシ"という程度である(と本人も認識している)フィッシャーには良い増援であろう。

 

「受信箱に追加がありました」

 

 フレデリカがその報告をしてきたのが正午過ぎ、布陣が完了し睨みあいと他愛のない小競り合いを開始してかなりの時間が経過していた。

 "受信箱"というのは電波障害等が激しい戦場で運用されている通信手段の一つ、その通称である。電波障害等が強まると遠方との通信がほぼ遮断されるのだが時に短時間、それも瞬間的に通じる時がある。携帯通信端末において"基本圏外だがたまにちょっとだけ繋がる"ような状態である。その一瞬の合間で最低限の情報伝達を行えるように通信状態を常時監視し、繋がった瞬間に自動伝達する情報をあらかじめ"送信箱"に用意しておく。それの受けとり側が"受信箱"である。

 

「情報が届いたのが第八・九・一〇艦隊。第八・一〇が司令部健在で第九は司令官が戦死なされたが副司令官が健在。当然ながら早期に通信が回復したという事は安全圏近くに移動出来たという事だし、艦隊規模も比較的保たれている。けど、言い方を変えるならまだ通信回復していない艦隊は非常に危ない状況、若しくはすでに組織的報告が出来ない状況という事だ」

 

 そういうとヤンは眉をひそめる。厄介な事としてその危ない状況かもしれないのがの第五・一三艦隊の直近である第三・一二艦隊であるという事だ。この二艦隊の位置が分かればそれに合わせて動く事が出来るのだが通信が途絶えているだけでまだ当初の位置に健在ならばこちらも現地を死守せねばならない。元々それが現地に陣取る理由の一つだからだ。そして最悪の想定が"第三・一二艦隊が早期壊滅し、敵艦隊がこちらに突っ込んでくる"事である。そうなってしまったらもう命令など関係なく自分達が生きるために後退するしかない。

 

「最寄りから最短でも二日程度はかかる距離です。戦闘時間を考えればあと一日程度の猶予があります。そのまでに全貌が判ればよいのですが……そもそも総司令部は何をしているのでしょうか? イゼルローンを出たらしいですが情報の収集しか行っていません」

 

 ムライが状況を整理すると共に愚痴もこぼす。総司令部がイゼルローンを出た事は比較的早い段階で連絡が(受信箱に)来て把握は出来ているがその後、短時間ながら直接通信が可能となった時ですら出てくる指示は「艦隊にて掌握している艦艇数・地上要員数を知らせよ」のみである。

 

「情報が入った各艦隊が後退を開始している以上どこまで下がるかが問題だけど…………総司令部は集結させて反攻できるかを考えているかもしれないね」

 

「この状況でですか?」

 

 今度がムライが眉をひそめる。

 

「この状況だからこそ何か戦果を得なくてはいけない、そうしないと面目が保てない。総司令部でもさらにその上のほうでも、それを考えてしまったのならば"まだ何かできる事があるはずだ"と思ってしまいさらに深みに嵌る。いわゆるジリ損がドカ損というやつさ」

 

「踏みとどまれる勇気を持てるのならその勇気を逃げる事に使っていただきたいものです。もうこの戦いは負けているのですから」

 

「つまりは"損切り"すべきって事だね。私も同感だ」

 

 ムライはとても優秀な常識人であり奇抜な事は口にしない。その常識の範囲ですら"もう負けなのだから損切りで終わらせるべき"と言うまでになっている。それが現状であり、ヤンも全面同意する現実であった。しかしやっている事と言えばどうにもならない睨みあいであり、この状況が変化するにはもうしばらくの時間が必要とされていた。

 

 

 一〇月一二日一八時××分

 

「全艦隊に連絡、これより我が軍は全占領領域を放棄し撤退を開始する。全体の統率は総司令部が行うが現場での詳細については現地指揮官の判断を尊重し、その結果については全て総司令部が責任を取る」

「後陣艦隊は後退を開始、振り切ったら全力で逃げてよい」

 

 総司令部のこの連絡が届いた事で遂に第五・一三艦隊はこの出兵後初めてのフリーハンドを得た。

 

「さて、引くとするかの。この相手だけならなんとかなるだろうが後はどれだけ追加がやってくるか、だ」

 

 ビュコック提督からの合図を受けて第五・一三艦隊は本格的な後退を開始する。元々その際の動きについては事前に確認を行っていたのでスムーズに開始させる事が可能だが問題は相手がどれだけ本気で食いついて来るかである。この対峙そのものが"なぁなぁ"に近い状況になってしまっていた為、逆に本気の逃げだと思ってくれなかったら幸いである。だが帝国艦隊はそこまで甘くはなかった。

 

「両艦隊前進開始。敵の後退そのものの完全阻止は考えなくても良い。補給が間に合わなくなるまで全力で攻撃を続け、戦果を増やす事を考えよ」

 

 ミュッケンベルガーの号令で帝国艦隊が動き出す。この戦域においては初めての攻勢命令である。実の所、ミュッケンベルガーとしてはここの二個艦隊については戦果の対象としていなかった。政府からのオーダーとしては「今後、叛徒軍が大規模侵攻を躊躇うだけの損害を与えよ」となっていたのだが現実問題として侵攻軍全体を壊滅させる事はよほどの欲と運がない限り不可能である。侵攻軍の全容を把握、六個艦隊の誘導に成功した時点で攻勢はこの六個艦隊に集中し所在不明な残りの二個艦隊に関しては動きたくても動けない状況になるようにしてとことん"蚊帳の外"に追いやろうと決めた。六個艦隊の半分程度を潰せれば大規模な再侵攻の目はほぼ潰れる(※2)。残った二個艦隊への対応は他方面の戦果を把握してからで問題ない。そして結果として主目的の六個艦隊に対する戦果は目標を十分に達成したといえる。ならばあとは無理せず追加の戦果を積み重ねればいいだけだ。つまりはこの攻勢はおまけのようなものであり同盟軍第五・一三艦隊はこの"ついで"に付き合わされる事になったのである。

 後退を開始した第五・一三艦隊に帝国艦隊がへばりつく。数にまかせた平押し積極攻勢である。当然ながら前進よりも後退は遅い。その後退で追撃を振り切る為には戦いつつ隙を伺い、足が遅れるような打撃を与えて距離を稼ぐ必要があるのだが敵艦隊は多少の打撃程度では足を止めず後方から増援部隊を次から次へと前線に送り込んでくるので距離を開ける事が出来ない。これに対し第五・一三艦隊は防御主体の戦いで後退を続けつつ息切れの機会を伺う。

 

「もうそろそろ予備のやりくりが限界です」

 

「了解」

 

 ムライの報告にヤンが短く答える。後退戦を開始して半日以上が経過し、基礎体力と言うべき兵力差故の問題が顕著になってきた。損傷に対する回復というべき修理が間に合わない。艦隊の総数において相手が上回っているので当然ながら工作艦も多く、同じペースで損傷艦が発生しても前線復帰は相手の方が多く・早い。予備のやりくりに限界が来ると本来は修理してから戻したい艦も前線に送らざるを得なくなり損失率も上がる。数に磨り潰されるとはこういうものである。

 

「正面に対しては手持ちでやりくりするしかない。予備は全部右翼に回る事を前提に編成を」

 

 ヤンが指示し、ムライがやりくりの末にばらばらになった小部隊を一つの組織的部隊に編成する。予備を右翼に回さないといけない理由、それはやはりあの遊撃部隊が原因であった。正面の帝国艦隊が積極的に攻撃を仕掛けてくる中、その遊撃部隊はとても丁寧に右翼の右側面を削り続けていた。決して無理はせず反撃が来たら引き、余裕が出来たら攻撃をしに戻ってくる。正面艦隊と統一した指揮系統を持っていれば連携を見極める事が出来る。異なっていても連携を心掛けていれば繋がりを見つける事が出来る。しかし、その遊撃部隊は正面艦隊の都合など考えず勝手に動いているのでヤンは正面艦隊と戦う事で遊撃部隊の動きを読むという事が出来ない。仕方ないので予備を右翼に優先的に回したうえで派遣したラインハルトに見張らせる事で対応力を確保する。遊撃部隊がアクションを起こしたら見張ってたラインハルトが対応内容をフィッシャーに進言し迎撃。それで凌いで必要に応じてヤンが本指示が出す。実質的に右翼は常に挟撃を受けている形になるがここまで潰れずにやり過ごす事が出来ているのは初動に反応するラインハルトの紛れもない戦果であった。

 

 

 一〇月一三日一三時××分

 

「第一〇艦隊からの通信です!!」

 

 艦橋内のスタッフから歓声が上がる。第五艦隊でも同じ状況だろう。

 撤退戦は終わりが近づいていた。帝国艦隊の攻勢は補給を上回る継続消費による限界で勢いを潜め、普通の後退と普通の遅延攻撃の応酬となっていた。そうなると純粋な技量勝負となりビュコックとヤンの技量は相対する相手のそれを上回っているし、何よりもやっかいだった遊撃部隊が補給と思われる後退を行った事が行動に余裕を持たせる事になった。そして第一〇艦隊合流が秒読みとなった事を合図として帝国艦隊は前進をを停止した。

 

「よく来てくれた。恩に着る」

 

 ビュコックが今回の出兵後一度も見せていなかった笑顔でウランフを迎える。第五・一三艦隊は第一〇艦隊と合流し安全圏まで後退。あとはイゼルローンまで安全に帰るだけである。

 

「どれだけ失われ、それだけ残るか。どちらにせよ生き残ったからには最善を尽くすしかあるまいて。特に貴官はもうただの艦隊司令官の席に収まるとは思えんからの」

 

「喜びたくはありませんがやらないといけない事が増えるなら、引き受けるしかないでしょう」

 

 ビュコックの言葉にウランフが応える。同盟軍の人事は大きく入れ替わる。そして実績から考えて大事な席の一つにウランフが座る事になるのは確実であろう。

 

「といってもイゼルローンを正しく使える限り、戦力は最低限で済みます。それだけは救いでしょう」

 

「だと良いのだがな。さて、帰ろう」

 

 第五・一〇・一三艦隊を殿として侵攻軍が撤収する。「帝国領侵攻作戦」と名づけられた一連の戦闘は同盟軍の完全撤退で幕を下ろす事となったが侵攻した兵力の多くを失い、何一つ得るものはない。一士官の欲の具体化を六人の人が承認した結果起こされた戦いのなんともあっけない幕切れであった。

 

 

・自由惑星同盟帝国領侵攻軍

 

 戦闘艦艇

  参加艦艇:一一万四〇〇〇隻余(八個艦隊+総司令部直属)

  参加人員:一二〇〇万名余

  損失大破:五万四九〇〇隻余

  損失者数:五一二万名余

 地上戦要員・占領地支援非戦闘要員など

  参加人員:一六〇〇万名余(一個艦隊あたり二〇〇万人)

  損失者数:六九〇万名余

 その他

  参加人員:二〇〇万名余(イゼルローン要塞及び内地活動者)

  損失者数:なし

 合計

  参加人員:三〇〇〇万人余

  損失者数:一二〇二万名余

 

 

 

 

「一歩遅かったか。まぁ仕方あるまい」

 

 駆けつけていたメルカッツ・カルネミッツ両艦隊が合流したのは前進を停止して四時間後、敵艦隊は既に圏外に脱している。

 

「戦果は十分、戦略目標は達したと考えていいだろう。貴官も急な派遣でよくやってくれた。カストロプでの手腕はフロックではなかったようだな」

 

「いえ、戦果を上げたのは司令官の手腕。私はそれを少しお助けしただけです」

 

 ミュッケンベルガーの賛辞にキルヒアイスが遠慮がちに応える。第五・一三艦隊との戦闘が開始されれば作戦立案にかき集められた幕僚達は特にやる事が無くなる。それではもったいないと一部の幕僚には経験を積ませる為という名目で分艦隊に派遣となった。キルヒアイスも対象となり"敵第一三艦隊の側面攻撃"を担当する分艦隊に派遣されていた。

 

「貴官を派遣した場所からは全て"このままいてほしい"と賛辞を受けているのだ。そう自分を下げなくてもよろしい」

 

 ミュッケンベルガーが滅多に見せないご機嫌な顔でキルヒアイスに語りかける。

 

「で、手ごたえはどうだった?」

 

 機嫌がいいのか口が軽い。

 

「己の未熟さを思い知らされました。どのような手を使っても短時間で対応されてしまいます。特に初日より攻勢を開始してからの方が反応が鋭かったです。陣形が変わったという訳ではないので指揮官に変更はないでしょう。となると私と同じような立場の"派遣された担当"がいたのかもしれません」

 

「そうか。貴官にそこまで言わせる"担当"がいたとしたら……出世はして欲しくないものだな」

 

 そういうとミュッケンベルガーが立ち上がる。彼と幕僚に戻ったキルヒアイスにはまだ奪回地の事後処理が残っていた。万が一を考え、処理が終わるまで各艦隊は待機する予定であるがその予定はとある一報で覆される事になる。

 

 

 




 本作帝国軍首脳というかミュッケンベルガーさんは原作ラインハルト程の"欲"は無いので蚊帳の外にすると決めた第五・一三艦隊は"適度にお帰り下さい"な扱いです。なので最後は「え?これで終わり?」という流れになりましたが書いてある通りこの戦いは開始時点で既に面白みのない"消化試合"なのです。そう思うと原作で"アムリッツァで再戦せずにさっさと撤収した場合"のヤンはこれ以上に何もしてない形になるよなぁ、と。

 考えてみたらヤンってバーミリオン以外の戦い、基本全部防戦なんですよね(まぁ同盟の状況がそうなだけですけど)。ドーリア会戦(対第一一艦隊)の時もヤンの方が攻め手だったんだけど相手が先に分離攻撃という手を打って来たので"後の先"で動けましたし。なのでまだ艦隊指揮に慣れてない状態(というか実質的司令官初陣)で"守備主体+賢い遊撃隊+バックアップ(増援)有り"相手にどこまでやれるのだろうか?という状態でした。

 ビュコック&ヤンはそこまで弱くない!と思う方もいると思いますが実際の所、適切なコンディションを保っている艦隊同士の戦いは1日でケリがついてしまう事の方が少ないはずだと思います。ましてや片方が負けない戦を心掛けるとよほどのことが無い限り崩れません。良い例がランテマリオでしょう。そう考えないと原作開始までの消耗で両国とも潰れています。原作開始後のペースが異常なのです。

 第五・一三艦隊は至近の帝国艦隊の妨害のせいで他艦隊~総司令部のやりとりがほぼほぼ拾えてません。伝わりにくくなっていると総司令部が判っているので入手した情報を"送信箱"に用意しておき、それを拾う事でなんとか状況を把握していたという流れです。


※1:専用の艦隊機動データ
 標準データに対してその艦隊の編成(艦種毎の数、同艦種でも世代などの違いによる差異)による差分を元にした修正を加えたもの。分艦隊を構成する小部隊単位の修正機動データを元に分艦隊のを修正してそれを元に艦隊の・・・といった具合に修正が入りまくるので標準データそのままと適切なチューニングがされた専用データでは同じ動きでも効率が全く違う。これを随時管理修正するのが艦隊運用担当でありその名人と言われているのがフィッシャー。フィッシャー本人も分艦隊司令官として戦っているので戦闘中に細かく指示している訳ではなくこういった事前データを作る事で貢献しているのである。欠点があるとしたらあくまでも専用の機動データなのでその艦隊の状況に合わせて作られるわけであり他の艦隊にそのまま適用が出来ない事である。それ(汎用データ化)が出来るのならフィッシャーはもっと昇進しててそれ用の重役になってる。 という作者認識。

※2:大規模侵攻の可能性
 どういう結果になるにせよ一旦落ち着いたら同盟軍の配備は首都防衛1・イゼルローン防衛1・その他(=侵攻戦力)になる。同盟軍が一〇個艦隊である事は把握したので三個艦隊が消えると残七個、その他になるのが五個。この五個を丸ごと使う勇気はもう(国力的に)ないだろうし帝国と同じ考えなら定期的に侵攻につかうのは使える戦力の三分の一程度、それなら建築予定の防衛ライン(艦隊規模駐留可能)で対応できる。というのがミュッケンベルガーの皮算用。


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No.22 終わりと始まり

 おうちに帰るまでが遠足です。


 

 

 帝国領への侵攻はハイネセンを出発して一ヵ月の行程が必要であったという事は当然ながら撤収するのも一ヵ月必要であるという事である。各艦隊などはただ一ヵ月移動すればいいという訳ではない。艦単位の情報(乗員リスト&その状態・艦の損傷状態)が各艦から分艦隊旗艦へ、分艦隊旗艦から艦隊旗艦へと集約され必要各所に送信される。そのままではハイネセンまで帰還できない重症者や損傷艦には当面の措置を行う施設に誘導され別行動となる。火急の対応が終了すると艦単位で戦闘詳報が作成され、分艦隊司令官や艦隊司令官はさらに詳細な詳報を作成。それに伴う殊勲者の推挙、若しくはその逆の告発等も行う。そしてこれらの作業が一段落する頃には帰路も終わりに近づいているのである。

 

「本部長からの"お願い"? 命令じゃなくて?」

 

 第一三艦隊司令官ヤン・ウェンリー中将がその電信を受けたのはそういうめんどくさい作業をこなしている最中であった。といっても大抵の事務作業は参謀長のムライ少将や副官のグリーンヒル中尉が片付けており、その内容を承認するだけなのだが・・・。

 

「これは統合作戦本部長としての指示・命令ではなく、あくまでの一個人としての依頼となる。私の後任予定者にも伝えてあるし、君にはこの依頼内容の実現に関して一定の権限を持つポストを用意してもらう予定だ」

 

 統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥から送られてきたその電信には短いメッセージとその依頼内容のみが記載されていた。

 

 "現有兵力にてイゼルローン要塞を基点とした専守防衛を行う為の艦隊再編案及びその運用方法について立案せよ"

 

 "一定の権限を持つポストを用意してもらう予定"という事は正式な命令ではないが上(最高評議会議長&国防委員長)のお墨付きをもらったうえでの話なのであろう。政治に疎いヤンでも"現在の最高評議会議長代理であるジョアン・レベロ氏とシトレ元帥が親しい事"くらいは知っている。恐らくは侵攻軍の帰還後に実行される軍首脳部交代(※1)や人事組織変更を行う前に出来る限りの根回し・準備はしておこうという事だ。

 

「つまりはまだまだ辞めさせないよ。働かせるよ。という事じゃあないか」

 

 それに気づいたヤンが天井を見上げ恨み節を呟く。

 

(いっその事、色々忙しくて手が付けられませんでした。とでも言うか? 依頼であって命令じゃないし)

 

 必要以外に働かない事に定評のあるヤン・ウェンリーがその定評通りの考えを思い浮かべるが仕方ないのでそれは却下する。あの人の事だ、手を抜いたりサボったりしたらどれだけ嫌味を言われるかわかったものではない。それにこれが恐らく現役としてのシトレ元帥の元でやる最後の仕事だ。根詰めるまでやるつもりはないが手は抜きたくない。その程度の恩はある。しかし結果としてこのちょっと真面目にやってしまった頼み事というのがヤンにとって後日「痛恨の失敗」と語る出来事となる。

 

「ま、この程度のものでいいだろう。素案の一つとして下地にしてください、くらいは言えるかな」

 

「後は用意されているらしいポストのテーブルにこれがそのまま置かれていない事を祈るだけですね」

 

「・・・・・頑張りすぎたかもしれない」

 

 ハイネセン到着の日、最低限の厚さになった"計画書"をひらひらさせながらヤンが呟き、(やっぱり巻き込まれた)ラインハルトが突っ込む。今日までの間、彼ら二人は本来の業務そっちのけで(ムライとフレデリカがいるから許される所業)この資料の作成をしていた。仕事に対して真面目ではないヤンであるが戦略構想を考える事自体は嫌いではなく、考え始めると時間を忘れる(そして後になってそれを好んでいたことを自覚してちょっと機嫌が悪くなる)。細かい数字は手元に無いのでそのあたりの事は省き、大まかな艦隊編成案と配置&運用想定、イゼルローン隣接区域(元帝国軍侵攻対象)、他の星域の軍施設、艦艇生産計画、対フェザーン&対帝国諜報・情報収集などの再編&再考などを素案の素案というべき粗さでまとめたこの計画書は"何を考えるべきなのか?"を羅列した資料となった。この"考えるべき事"の一つ一つが"案件"となり実務チームが出来るのである。

 

「艦隊はこれより自動運転に切り替わります。各艦、自動駐留システムの確認を・・・・」

 

 自由惑星同盟軍の艦隊艦艇は帝国軍のそれと違い大気圏活動能力を持たない為、各艦隊は首都星ハイネセン付近に存在する駐留施設(※2)を利用している。この施設に停泊した後、付属する交通シャトルでハイネセンにまで移動してやっと帰還となる。殿として動いていた関係上、第五・一三艦隊は帰路も最後であり、これでやっと全艦隊が帰還となった。七九六年一一月二一日、出発して約三ヵ月での帰還。建国より約二七〇年、自然死(一般的な病死を含む)以外の理由で一〇〇〇万人以上の人命が短期間に失われた記録は残されていない。それがこの侵攻が残した記録である。

 

 

 全艦隊が帰還したからといってすぐに大再編成が始まるというわけではない。少なくとも今回の出兵の総括を行わなくてはいけないのだが一つだけ例外があった。人事は事前調整済みであり帰還後必要な手続き総括等を最優先で処理したその艦隊は一一月二六日に出発する。

 

 イゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官ウランフ大将(中将より昇進)、艦隊一五〇〇〇隻を率い、ハイネセンを出発。

 

 とにかくイゼルローンに蓋をする。何よりも優先となったこの処理が終わるまで他の艦隊所属者などはつかの間の休息をとっていたがこれでやっと色々と動き出す。目標は年内の新体制編成完了、それまでがいわゆる"引継ぎ期間"となっている。シトレ&ロボス両元帥はこの引継ぎをもって引退となる(但し、現在給与は全額返上になっている)。

 

「すまんな、時間を取らせてしまって。職場で顔を合わせる前に色々と話しておきたかったからな」

 

「なんとなく一回はこういうのがあるかな、とは思っていました」

 

 高級士官用料理店の一室、シトレに招かれたヤンが恐縮もせずに席に座る。お店がお店なのでお互いに制服であるが仕事としての気持ちが無いと不思議な事に統合作戦本部長と艦隊司令官ではなく士官学校校長と生徒といった感覚になる。そして面白い事にこっちの精神状態の方が"気が楽"であると同時に"頭が上がらない"のである。ごく普通の雑談をしつつ食を進める。こういう場は"職場ではできないお話の場"としても利用されるしそういう時は飲み物とおつまみだけで時間を使う事も許されているがまずは食事としてしまう所がなんとなくこの二人の趣を示していた。そして適度な頃合いの時から"本題"が始まる。

 

「イゼルローンさえ取れれば、事は良い方に傾くはずだと思っていたしそうなってくれるように軍という枠内で出来る事はしてきたつもりだが結果として国、軍、そして君個人にも多大といえる負担と重荷を残すだけになってしまった・・・」

 

「イゼルローンさえ取れれば。それを考えたのは私も同じですし、だからこそ(攻略任務の話に)乗ったのです。そういう意味では"共犯者"でしょう」

 

 良い方へ、というがそれは統合作戦本部長としての地位そして国防委員長に対する立場の強化の為である。いうなれば個人の権力欲なのだが"イゼルローンを取って守りを固める事で被害を抑える事"をその手段にしている分、大抵の軍指導者よりかは許される野望であろう。ヤンもそれに乗って"優雅な年金生活"を夢見ていたのだから身勝手な野望としてはお互い様である。

 

「レベロ議長が音頭を取って"後処理を終わらせる事も"責任を取る"の枠内だ"言ってくれたお陰で即解任にはならずに後処理が出来る。トリューニヒト氏が動く前に色々と固めて起きたい所だ。その新体制下で君にはそれなりの地位で働いてもらう事になる。私の後任も承認済みというか率先して動いてくれているから辞表は用意しても無駄だぞ」

 

 シトレがニヤリとしつつヤンに"宣言"をする。憎たらしい事にこの校長は後任者にそういう所も引き継ぐらしい。

 

「トリューニヒト財務委員長、ですか・・・」

 

 シトレの宣言にため息をつきつつヤンが呟く。

 

「あぁ。議長に立つと思っていたがそれをレベロに押し付けた。彼は残りの政治家人生を全て国家再建で磨り潰す事になるだろう。トリューニヒト氏は空いた財務委員長の席(※3)に何事もなく座り、後任の国防委員長には己の手駒を推薦。これで議長としての棘の道をレベロに踏ませて自身は経済と軍事の二つの委員会を掌握、後に再建の道筋が見えた時台に議長の椅子にすわるのだろう。トリューニヒト氏はレベロよりも一回り若い。一〇年後でも遅いという訳ではないのだ」

 

「レベロ議長からしたら議長の椅子を断ったら全部をトリューニヒト氏がもっていく。引き受ければ少なくとも当面は主導権を得られる、と」

 

「その間に種を撒く。少なくとも国防要綱と長期整備計画は完全改定する事が決まっているのでこれを固める事に全力を注ぐ。固まりさえすればそれを越えた介入は行えなくなるからな。そして君にはその制定に関わる仕事をしてもらう事になる」

 

 そういうとシトレは手元の杯を一気に空ける。なんて事は無い、ヤンが新しい椅子を見せられた時に駄々をこねないようにしておくという話だ。今までそういう話をする時はシトレは直接一対一で、もしくはヤンの事を良く知っているキャゼルヌを通して進めていた。ついつい素が出てしまってもこの二人なら笑って済ませられるがこれからはそうはいかないのだろう。

 

「その下地としてのあの宿題という事ですか。この様子ですと手を付けられそうな人材には手あたり次第頼んでいそうですね」

 

 ヤンが例の依頼の件について語る。しかしそれに対する回答はヤンの予想を裏切るものであった。

 

「予定としてはそのつもりだったのだがな。下地の下地として君に頼んでみたがここまで詳細にやってくれるとは思わなかったぞ。だから他の依頼予定者には君のものを見せて弄らせる形にした。まぁ"君がまとめ上げるスタッフ候補者"なのだからその方がスムーズに作業は進むかもしれん。それにしても艦隊庶務があるからと思って控えめな言い方にしてみたが本当によくやってくれた」

 

「・・・・ありがとうございます」

 

 アルコールが入り始めて機嫌が良くなっているのかシトレがうんうんうんと何度も頷きつつさらに杯を空けていく。

 

(本当に"軽い頼み"だったのか!!!)

 

 シトレとの日頃の付き合いを考えて嫌味を言われないようにそれなりに手を入れてみたがこんな時だけ妙に温情を与えなくてもいいじゃないか!!隙ありと手の平から飛び降りたらそこは墓穴だった。そんな感じだ。

 

「クブルスリー君も、あぁ彼が私の後任予定なのだが、彼も君の資料を見て"託すに足りる"と判断したからこそ率先して動いてくれている。彼は地位にふさわしい十分な力量があるから君が動きやすき環境は作ってくれるだろうし君もどんどん頼っていい」

 

「はぁ・・」

 

 実の所、依頼を受けた時からある程度覚悟はしていたのだがここまで外堀が埋まってしまうと気が滅入る。しかも止めになった原因が"自分の頑張りすぎ"である。後任者との相性次第では距離を置く事も出来たかもしれないと思っていたが全てを理解したうえでそれなりの役職が与えられるらしい。

 

(ん?そうなると・・・)

 

 ここでヤンが一つの事に気づく。

 

「統合作戦本部長がクブルスリー提督でイゼルローンにウランフ提督となると宇宙艦隊司令長官は・・・・」

 

「あぁ、ビュコック提督に努めてもらう事になる。本来、座る事が出来ない椅子であるが(※4)今は事情が事情だ。ウランフ君にはイゼルローンの要としてしばらくの間居座ってもらいたいという考えもあるが、何よりもこれから当面の間、宇宙艦隊司令長官に必要なのは各種改革で揺れるであろう軍内部をまとめられる人望だ。実力としても十分なのだが人望という面ならなおさらあの御仁に優る人はいない。あとはまぁ、トリューニヒト派が再浸食する頃には流石に引退なされる年齢だ。そこまでなら奴らも目くじらを立てないだろうという目論見もある」

 

 レベロ~シトレラインによる鬼の居ぬ間の組織固め。客観的に見てみれば現状最適の人材が配置されたのではなかろうか?とヤンは考える(そこに自分が組み込まれている事には色々と思う所があるが)。

 

「その布陣の裏でこそこそと色々組み立てていくのが私の仕事、という事なのですね」

 

「それが一段落した後に君の希望が叶うかはわからない。だが出来るものならばその後も籍を残してもらいたいとは思っている」

 

「約束は出来ません。こういう性格ですから」

 

 苦笑しつつヤンも杯を空ける。腑に落ちたのか諦めがついたのか好きなお酒がやっと美味しく飲めるようになった。にこやかに追加を(これ幸いに自前では手に入らない銘柄のを)頼んだ所でシトレが思い出したように話し始める。

 

「籍を残すで思い出した。聞きたくは無いだろうが一応伝えておこう。フォーク准将はしばらくの間、予備役という形で軍に籍を残し続ける。不名誉除隊とする予定だったが一連の事情聴取が終わるまで首には出来ないという事だ。不名誉除隊は軍人に対する最も重い罰則の一つではあるが同時に軍からの絶縁宣言にもなる。絶縁してからその時の話を聞かせろ、とはいかんのだ。まぁ事が終わるまで軍病院に実質隔離だろうから気にする事は無い」

 

 結局ヤンが美味しくお酒を飲めたのはほんの少しであった。

 

「頼める立場ではないのだがな。軍の為でも国の為でもなくていい、自身が楽して隠居できる世の中を少しでも早く作る為にもう暫くの間、力を貸してくれ」

 

 その言葉を残してシトレは待っていた車に乗り込む。ヤンもまた用意してもらっていた車で宿舎に帰る。

 

「隠居が定年にならなければいいんだけどなぁ」

 

 口に出すと現実になりそうなのでこれ以上は言わない事にする。暗くなった宿舎(遅くなると判っていたのでユリアンには"待つ必要なし"とは言っておいた)に戻ると自分宛ての連絡が入っており仕方ないので確認する。それは統帥作戦本部からの呼び出しであった。どうやらヤン・ウェンリーの一休みはこれでおしまいのようである。

 

 

 一一月三〇日

 

 統合作戦本部ビルの一室。指定された部屋でヤンを待っていたのは四名の高級士官であった。

 

 第一艦隊司令官クブルスリー中将

 第五艦隊司令官ビュコック中将

 宇宙艦隊副参謀長オスマン中将

 統合作戦本部長付主席副官マリネスク少将

  ※:役職は一一月三〇日付のもの

 

「呼び出してしまって申し訳ない。事前の顔合わせをしておきたかったのでね」

 

 四人を代表してオスマンがヤンを席に導く。他の三人が黙っている所を見る限り、彼が進行役らしい。

 

「顔合わせですか。となるとここにいる人達が・・・・」

 

「うむ。ここにいる五人が明日からの軍首脳部、という事になる」

 

 オスマンの言葉を受けて四人の顔をぐるっと見渡す。先日のシトレとの話でクブルスリーとビュコックは判る。オスマンも総参謀長のグリーンヒルが引く事になろうから何を務めるかは判る。最後の一人は・・・実は顔を合わせた事が全然ないからわからない。確かシトレと一緒にいる時があったような・・・・(※5)

 

「明日付けでクブルスリー中将とビュコック中将は大将となって統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官に着任なされる(※6)。私は総参謀長を拝命する予定だ。ヤン中将には幕僚総監として本部長を支えてもらいたい。ただ、貴官には幕僚総監と共に一つ兼任してもらいたい役職がある。実際にはこの兼任先が本命なので幕僚総監としての庶務は次官としてマリネスク少将を付けるので基本彼に全て任せてしまっていい。幕僚総監という役職はこれからの仕事の為の格付けと本命の仕事に幕僚達を使いやすくする為だと思ってもらえればいい」

 

 幕僚総監は大体予想通りの役職であった。国防要綱や長期整備計画となると宇宙艦隊側ではなく統合作戦本部側だろうというのは簡単に予想が立てられる。そこで本部長の近くで中将という階級での役職となるとある程度範囲は決まっている。

 

「兼任、ですか?」

 

 ヤンが少し頭を傾けて尋ねる。流石にそれは予想していなかった。

 

「"七九八年国防要綱及び長期整備計画制定の調査検討に関する対策室"の室長。それが君にやってもらいたい本命の仕事になる。ちなみに命名は国防委員会側だ」

 

 オスマンが手元のメモを見ながら答える。

 

「ここからは私が話そう」

 

 クブルスリーが話を引き継ぐ。

 

「まず、来年(七九七年)については新しい国防要綱も長期整備計画も間に合わないし予算は帝国侵攻前に整理していた金額を仮として議会を通過済みだ。来年はその予算範囲内で活動する事になるが最高評議会承認の元、現行の国防要綱と長期整備計画を一時無効として再来年(七九八年)に繋がる整備再編を行う事になっている。そして来年中に新しい国防要綱と長期整備計画を制定するわけだ」

 

「その制定作業を"対策室"で行う、と」

 

 ヤンが当然の確認をする。

 

「それが主任務であるが制定そのものに手を付ける訳ではない。君がシトレ元帥宛に作ったあの資料の強化版を作る事をイメージしてもらうといい。各部署から上がってくる改革案や希望を集約し、先の資料を再編する。個々の詳細を詰めるのは国防委員会・統合作戦本部・宇宙艦隊司令部がそれぞれ行う事になる。なので"対策室"は少数精鋭、細かい事ではなく大局的視野で"考え忘れは無いか"・"何を考えないといけないのか"を詰めることが求められる。シトレ元帥やキャゼルヌ君とも話したが君の本分はそういう所にあるという事らしいからね、総参謀長にという希望も出ていたがこちらに就いてもらう事にした」

 

「総参謀長に、と希望したのはわしじゃが説明を聞いて譲る事にした。先の侵攻戦で話す機会はけっこうあったから君の人なりは少しは理解したと思っている。"後々の為に何をしておかないといけないのか"・"負けない為に、負けの中でどれだけ損害を抑えられるか"、その視野は小手先の役職ではなく今回のような大きな視野で動ける場所でこそ必要だ。宇宙艦隊司令長官として全面的に支援するし対外的なまどろっこしい事は統合作戦本部と共に引き受ける。君は思うがままに"考えて"くれればいい」

 

 クブルスリーとビュコックの話を聞いて。"外堀が埋まった"という考えをヤンは改める。これは埋まったのではない。本丸で籠城しようとしていたら"外堀をさらに深く掘られて出られなくなった"状況だ。この城、軍というものから出られなくなった。国防要綱と長期整備計画の骨組みを作ってしまったらそれの初動を見終わるまでどうやっても辞表は受け取ってもらえない。長期整備計画は最低でも五ヵ年、最低これだけは覚悟しないといけない。年金受給額に生活の目途が立ったら即退役という"野望"が崩れる音を聞きつつヤンは腹をくくるしかなかった。

 

「少数精鋭という事ですので人事はある程度私の希望が通るという認識でよろしいでしょうか?」

 

 腹をくくったからにはせめてその環境は自分好みで整えたい。そう考えるのが当然であるし、それ故にこの確認も当然のことである。

 

「明日はとりあえず幕僚総監としての任命のみでそこから対策室の基幹要員を選別して発足という予定になっている。希望はそこで出来るだけ聞こう」

 

 クブルスリーの回答を聞きヤンが息を整える。そして、

 

「幕僚総監と対策室室長の件。微力を尽くさせていただきます」

 

 

 後の歴史書などで揶揄される「ヤン・ウェンリーの嫌々軍人生活(後半戦)」はこの瞬間に開始されたのである。

 

 

 





 第一章終了です。同盟はここまでで一区切りですが同時期の帝国側は次章のスタートの方が合っていると思うので。
 章の合間だし年末年始だし、来週は1週パスして次回更新は再来週。だと思います。来週更新したのなら「あぁこいつ暇なんだな」とか思ってください。

 原作だとアムリッツァ会戦が一〇月一四日、それで帰還して三週間休養してイゼルローンに着任したのが一二月三日ってどう計算しても不可能なんですよね。これ。

※1:軍首脳部交代
 統合作戦本部長シドニー・シトレ元帥及び、宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥は既に辞表を提出し受領済み。侵攻軍の帰還完了をもって退役予定となっている。

※2:駐留施設
 首都星ハイネセンに対するラグランジュ点に存在する艦艇の停泊ポイント・修理工廠・物資貯蔵基地・常駐者用宿泊施設・ハイネセンとの交通シャトル拠点(シャトルと言っているがハイネセン~施設間の移動に特化した大型船。アクシデント時の損失等を考え超大型にはなっていない)などがセットになったステーション。駐留施設はハイネセンとの交通の便を考え一番近い衛星を中心としたラグランジュ点を優先的に使っており、アルテミスの首飾りはその外側に点を使用している。

※3:空いた席
 議長と委員長は兼任禁止となっているので議長を引き受けたレベロは現職であった財務委員長を退任する事になる。

※4:座る事が出来ない椅子
 ビュコックは士官学校を出ていない"兵卒上がり"なので艦隊司令官(=中将)が限界と言われてきた。

※5:ヤンとマリネスク少将
 本来、シトレ元帥の主席副官として色々な人と繋がりがあるはずのマリネスク少将だがシトレは次席副官のキャゼルヌをヤンの対応担当としてたので接点が全然ない。

※6:統帥作戦本部長と宇宙艦隊司令長官
 シトレとロボスは引継ぎ期間として年末まで軍参事官として籍を残して年末日付で退役。


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第二章
No.23 七九八年国防要綱及び長期整備計画制定の調査検討に関する対策室


 ドーモ ミナサン ヒマジンデス
 結局いつものペースで今年もスタートです。


 

「では皆さん、ほどほどに頑張りましょう」

 

 七九八年国防要綱及び長期整備計画制定の調査検討に関する対策室室長ヤン・ウェンリー中将の最初の挨拶(訓示)はその役職名より短かった。鼻歌交じりに席に戻るヤンと申し訳なさそうに室員に会釈しつつそれに続く副官フレデリカ・グリーンヒル中尉、どうしていいかわからない室員達、なんとなく予想は出来てたので室員達に指示をし始める副室長代理フョードル・パトリチェフ准将。現時点で総員二五名という(任務の重さに対して)少ない対策室の初日はそんな感じで始まった。

 

「任せてくれていいとおっしゃるから原稿を用意しなかったのですがこういう意味での"任せてくれ"だったのですね」

 

 恨み目で見つめてくるフレデリカの視線を意図的に避けつつヤンが席に座る。少し前にちょっとした事があり現在フレデリカは徹底したツンツンモードである。中途半端に対応してしまうと増援部隊に袋叩きにされるので我慢一途となっている。

 

「そういう事は面倒くさいと思ってそうだなとは感じてましたがここまでくると見事なものです」

 

 増援一号、室長補佐ラインハルト・フォン・ミューゼル少佐(大尉より昇進)が何とも言えない表情でそれに続く。彼も面倒くさいと感じてしまうタイプだが流石に空気は読めるのでこういう時にはそれなりのスピーチは出来る。

 

「官舎で"挨拶とか面倒だなぁ"とはおっしゃってましたので誰かが原稿用意するだろうなぁとは思っていたのですが……」

 

 増援二号、室長付従卒ユリアン・ミンツ(兵長待遇軍属)が人数分の飲み物を用意しつつ止めを放つ。ヤンにしてみれば"自分らしく動きやすい環境"にしたつもりだが現状はただのアウェーである。

 

「今日までの仕事が仕事だったんだからこれくらいは、ね」

 

 ヤンが幸せそうに紅茶をすすりつつにこやかに語る。実際の所、幕僚総監兼室長拝命から今日の発足までの間、重要人事をどっぷりとこなしてきたのだからあながち言い訳ではない。一〇日に満たない短期間で軍幹部人事の一部と艦隊再編成と対策室幹部人事を丸ごとやって来たのだ。ヤンからしてみたら「今月、もう仕事しなくていいよね?」と言いたくなる気分ではある。

 

 

 先日、顔合わせをした五名のうちマリネスク少将を除いた四名が最高評議会議長代理ジョアン・レベロ、国防委員会委員長ネグロポンティの元でそれぞれの任を拝命(※1)したその日、その足で軍人事部のある一会議室を占領。人事部長を加えた五名でさっそく軍人事の会議が始まった。少なくとも国防委員会(+議長)側に任命権のある人事に関しては速やかにまとめて"推薦リスト(※2)"を作らねばならない。議題は艦隊再編人事、帝国領侵攻作戦総司令部幹部の再配属(左遷)先、ついでに対策室幹部人事(後から各箇所に承認貰いに行くのが面倒くさいから)である。以下、重要人事に関する記録の抜粋(順不同)。

 

 ヤ:ヤン、ビ:ビュコック、ク:クブルスリー、オ:オスマン、人:人事部長

 

 ヤ「キャゼルヌ少将は是非とも対策室副室長に」

 ビ「対策室人事にムライ君も希望しているではないか。キャゼルヌ君との二人取りは困る。ウランフ君に要塞事務監は直ぐに送ると約束していて二人はその第一第二候補なのだ」

 ク「イゼルローンの要塞事務監となると五〇〇万人かそれくらいの人口の長だ、下手な惑星自治政府よりも規模が大きい。キャゼルヌ君の場合、栄転になってしまうのではないか?」

 人「形だけでも責任人事(左遷)とするならば要塞事務監は当然ですが対策室副室長もその重要度からしれ見れば即就任にはできません」

 ビ「ならばムライ君を要塞事務監として頂きたい。その替わりにキャゼルヌ君はどこかワンクッション置いてから対策室副室長、それでいいかね?」

 ヤ「ムライ少将にもいて欲しいのですが要塞事務監なら仕方ありません。キャゼルヌ先……少将についてはなるべく早くの着任をお願いします」

 人「適度な距離の基地司令という形で一時的に出てもらう形になるが年明け早々には戻れるようにしましょう。一日付ですと定例人事などがあって目立ちますのでその数日後にひっそりと任命します」

 

 ク「グリーンヒル大将をランテマリオ軍管理区司令?」

 ヤ「はい。対策室で考える事になる軍の構造改革ですが各軍基地などの再編成に関して現地の協力者が必要です。イゼルローン方面と違い、ランテマリオ方面は重要度が低い為、古く非効率な状態のままになっていると考えられます。そこで現地に対策室の分室を作りたいのですが軌道に乗るまでは信頼のおける統括者が必要なのです」

 ク「グリーンヒル大将には重要度の低い部長クラス、査閲部長あたりを考えていたのだが……」

 ビ「あの方面にいた時もあるが完全に"外れ"の勤務地だ。ランテマリオ軍管理区司令にいたっては軍中央や部長クラスになれなかった"窓際大将"の終着点。やりたい事は判るが流石に役不足なのでは」

 人「グリーンヒル大将には内々に打診してみましょう。流石に難色をしめされたら査閲部長という事で」

 ビ「それをしてしまうとあの人の事ですと引き受けてしまいそうだが。まぁそうするしかあるまい」

(備考:グリーンヒル大将はその任務の意味を理解して人事を承諾。代償として父が二二〇〇光年先に飛ばされる事を知ったフレデリカの機嫌を大きく損ねる)

 

 ク「基本、対策室の主要スタッフは第一三艦隊艦隊司令部を踏襲したい、と」

 ヤ「それに先ほど話しましたがキャゼルヌ少将を副室長に。ムライ少将については仕方ありません」

 人「キャゼルヌ君の着任は後日になるので一旦誰かを代理の副室長に任命したいのだが……最高位となるとパトリチェフ准将が代理か」

 ヤ「それでお願いします」

 人「それと対策室スタッフは統合作戦本部・宇宙艦隊司令部・他の主要部から既に候補者リストを集めている。今日明日中に送るから選別をお願いしたい」

 ヤ「わかりました」

 

 ビ「艦隊編成案なのだがヤン君の出してくれた案の第一案が望ましいと思う。こちらなら第二案の方が良いとなった場合でも対応できるが逆は難しい」

 ク「現場の意見を尊重したいので私も第一案で賛成だ。その場合、新第一~四艦隊の再編を優先してほしい」

 オ「第一・一一艦隊は名札の取り換えのみ、第八艦隊は損傷約二割弱なので通常の立て直し、第一三艦隊は半個艦隊への縮小、第九艦隊は半個艦隊としての立て直し。細かい人事については通常は希望を聞いてとなりますが急ぐとするならこちらで用意してしまうのも手ですが?」

 ビ「艦隊の人間関係は効率に作用する。勝手に決めずに当人を交えた方が良いだろう」

 人「では候補者、といっても他艦隊の生き残りとなりますがそれを整えて明日にでも司令官を呼んで編成を進めるとしましょう」

 ク「案の想定としては新しい第五・六艦隊は後回しという事でいいのかな?」

 ヤ「はい。三つの任務群は四ヵ月ずつの三交代となるのが理想ですが第五・六艦隊の来年中の稼働は難しいでしょう。それまでは二つの任務群の二交代、という想定です」

 

<──── 第一案を元にした艦隊再編概要 ────>

 

 ・イゼルローン艦隊

  司令官:ウランフ大将

  艦艇数:一五〇〇〇隻+二四〇〇隻

  基幹兵力:旧第一〇・五艦隊

  主任務:イゼルローン要塞防衛

  備考:二四〇〇隻は駐留主力艦隊を温存する為の予備・哨戒任務などを行う補助部隊。

 

 ・首都星防衛艦隊

  司令官:パエッタ中将

  艦艇数:一五〇〇〇隻

  基幹兵力:旧第一艦隊

  主任務:首都防衛・イゼルローン艦隊の交代要員の育成

  備考:イゼルローン駐留艦隊を精鋭に保つ為この艦隊にて基礎訓練を行い、分艦隊単位で交代を行う。

 

 ・第一艦隊

  司令官:ルグランジュ中将

  艦艇数:一二六〇〇隻

  基幹兵力:旧第一一艦隊

  主任務:イゼルローンへの増援(第一任務群)

 

 ・第二艦隊

  司令官:フィッシャー少将

  艦艇数:七八〇〇隻

  基幹兵力:旧第一三艦隊

  主任務:イゼルローンへの増援(第一任務群)

  備考:将来的にイゼルローンに近い駐留施設(※3)にて常駐予定

 

 ・第三艦隊

  司令官:アップルトン中将

  艦艇数:一二六〇〇隻

  基幹兵力:旧第八艦隊

  主任務:イゼルローンへの増援(第二任務群)

 

 ・第四艦隊

  司令官:モートン少将

  艦艇数:七八〇〇隻

  基幹兵力:旧第九艦隊

  主任務:イゼルローンへの増援(第二任務群)

  備考:将来的にイゼルローンに近い駐留施設(※3)にて常駐予定

 

 ・第五艦隊

  司令官:未定(中将)

  艦艇数:一二六〇〇隻(予定)

  基幹兵力:第一~四艦隊編成後の余り+新規建造艦

  主任務:イゼルローンへの増援(第三任務群)

 

 ・第六艦隊

  司令官:未定(少将)

  艦艇数:七八〇〇隻(予定)

  基幹兵力:第一~四艦隊編成後の余り+新規建造艦

  主任務:イゼルローンへの増援(第三任務群)

  備考:将来的にイゼルローンに近い駐留施設(※3)にて常駐予定

 

 ・総数

  艦艇数:九三六〇〇隻

  人員数:約一〇〇〇万人

 

 ・備考(再編成時開始時の要修理艦を含む稼働艦艇数)

  帝国領侵攻作戦参加八個艦隊残存艦艇数:約五八五〇〇隻(※4)

  旧第一・一一艦隊艦艇数:二七六〇〇隻

  その他:約四五〇〇隻(出兵当時訓練未完了艦・出兵期間中の新造艦など)

  合計:約九〇六〇〇隻

 

 ・運用想定

 イゼルローン駐留艦隊は首都星防衛艦隊をバックアップとし、精鋭を維持。

 第一~六艦隊は第一~三任務群を編成し、三交代(第三任務群稼働までは二交代)でイゼルローンへの後詰待機を行う。偶数艦隊(七八〇〇隻)を比較的近い所に待機させる事により敵襲に対する早期対応能力を持たせる。更に奇数艦隊(一二六〇〇隻)を追加した場合、防衛兵力は三個艦隊三七八〇〇隻となり正攻法によるイゼルローン攻略への対応としては過剰と言える兵力であると考えられる。尚、敵艦隊出撃情報を早期入手すればイゼルローンまでの距離の関係上奇数艦隊のイゼルローン到着が開戦前に間に合う可能性があるので対帝国・フェザーンへの諜報能力は現状維持、可能であれば強化が望ましい。

 

 ・その他

 当面の間、本部長及び司令長官直属部隊の編成は行わない。

 兵力増強の目標は第一~六艦隊を一二六〇〇編成にする事、その後に本部長及び司令長官直属部隊の編成。以後は独立部隊として分艦隊を整備。但し、増強速度そのものは今後の予算・人的資源との兼ね合いの関係上確実に従来のペースを下回る。

 

 ・第二案との違い

 第一~六艦隊の定数を全て一〇二〇〇隻とし、司令官には中将を任命する形にしたのが第二案。第二→第一の場合、中将にしてしまった司令官をどうするか? (七八〇〇隻編成だと第一三艦隊初期と同じように半個艦隊扱いで少将が基本となってしまう)という問題があるのと"イゼルローンに近い駐留施設"の要整備量が増えてしまうのでまずは第一案が良いとされた。

 

<──── 第一案を元にした艦隊再編概要 ここまで────>

 

 これらの編成作業は実際には手続きなどを含め丸々一週間を要した。重要すぎる事項なので休日返上の連日出勤であり当然ながらヤンも付きっきりである。如何せん編成そのものが室長として考えなくてはいけない国防要綱等に直結する案件なのであるから少なくとも後で引き返せない状態には出来ない。それらの案件を済ませて、ついでにユリアンを従卒にする事も申請して(※5)そのまま休日なしで対策室の受け入れ準備をして当日、である。挨拶を考える時間なんてないしあっても考えたくないというのはヤンの性格を考えれば当然の結果と言えよう。

 

 

「仕事はしたくないけれど、流石にこれには手を付けないといけないよなぁ」

 

 ヤンが対策室の一角にある資料棚、その一つの束を目の前にして面倒くさそうに呟く。この棚の資料そのものは各組織からやってきた室員達に命じておいた各種資料「地方基地所属の警備隊や巡視隊の運用実績」「艦艇生産とその配属先」「第一~六次イゼルローン要塞攻防戦の戦闘詳報」「労働適齢者数と軍志願者・徴用者人数分布と一般労働者内訳など人的資源活用状況」「国家予算及び軍予算詳細内訳」などでありこれからの作業の初期参考資料となる。各組織から来る際についでに集めて持ってこさせたこの資料に対して既に最初の仕事は室員に告げられている。"所属元とは違う場所の資料精査"である。各組織からやってきた室員達は元部署のエリートであると同時に"利権擁護者"にもなり得る人たちである。持ってきた資料にはその組織にとって都合の悪い事が含まれていない可能性があるので他部署の人員に精査させる事で不足分を集めさせるのである。これらの資料に関しては今から一ヵ月程度が最初期の事前情報収集期間として用意されておりここまではヤンはまだ直接手を付けないし主に手を付ける人は今から約一ヵ月後にやって来る予定である。ヤンが手を付けなくてはいけない資料は……

 

 "帝国政治情勢・皇帝継嗣問題"

 

「とりあえずお互いにこれを全部読むことにしようかね、補佐殿」

 

 ヤンがにこやかに資料の束を抱え上げ。ラインハルトに半分押し付けた。

 

「…………これ、"割れる"かな?」

 

「可能性は高いですし、巻き込まれる国民の事を考えず軍事面のみで考えれば"割れて欲しい"ですね」

 

 資料を読み始めて丸二日。お互いに資料を読み漁り、自分の考えをメモしたりして整頓し終わったヤンとラインハルトが二人にしか判らなくなっている殴り書きばかりとなっているボードを見つつ確認する。

 

「フェザーン経由の諜報網が軍事活動に偏ってたから細かい政治情勢についてはどうしても薄くなる。情報部にお願いして諜報内容の修正や最近の捕虜からの追加情報収集をしてもらうしかないね」

 

「国防上、それ(軍事活動)が最優先でしたからね。そうでないと帝国からの侵略に迎撃が間に合いません。仕方ないとはいえ国力に劣るからこそ、情報に力を入れて欲しい所ではありますが」

 

 帝国と同盟、二つの国家に分断された世界は想像以上に人と情報の交流を閉ざしていた。長期の断絶は古典的スパイ網の育成を困難なものとし、フェザーンという中間点が無ければさらに情報は途絶えていただろう。そのフェザーンの商人さえも帝国との付き合いが多い者は同盟に入れず、その逆も然り。防諜上、敵に太い繋がりがある人を自国には入れられないのである。そして特に自国と繋がりの強い商人に関しては敵側に近い人物や敵国人そのものとの接触が無いかの監視すら行っている。その結果、双方とアクセスできる立場のフェザーン人の価値は高くなり政治・経済上のフェザーン要人やいわゆる情報屋が一定の立場を得、双方からの蜜を吸い続けるのである。

 

「継ぎ接ぎの情報ですら皇帝継嗣について大貴族と政府・軍部が一触即発だって判る」

 

「私の亡命そのものが大貴族の悶着に巻き込まれた結果なので判りますが、貴族社会長年の膿が噴き出しているのでしょう。自分の娘を皇帝に! この機を逃したら次は何代先か? ですから」

 

「長い歴史で見ていくと専制君主制はいずれはこうなると知ってはいるけど現実として直面すると色々と"困る"ものだねぇ。しかも"中興の祖"となる皇族も全てをひっくり返す"時代の申し子"も見当たらない」

 

「政府もこれらの情報は知っているはずですがどのような対応をする予定なのでしょうか?」

 

「こっちはこっちで忙しいから"勝手に潰し合っててくれ"っていうのが本音だろうねぇ」

 

「となると"煽る"か"無視"か、ですか」

 

「そうだろうけど手元にある情報だけだと"即位は新年早々に行って新たな門出とする。となっているけど実情は内部で主導権争いが発生してごたついている"ってだけだからこちらとしては"何もできない"が正解かもしれないね」

 

「そうなるとこの対策室としては情勢のパターン毎にその影響と対策をあらかじめ考えておく、という事でしょうか?」

 

「そのあたりが今年中に出来る精一杯だろうね」

 

 非成人の皇位継承はそれ自体が専制君主制の爆弾である。それで国が割れる事は歴史上多々あり、それなりの率で泥沼となる。そうなれば一番苦しむのは当然ながら一般国民なのだが"それ(内乱による敵国の疲弊)が一番望ましい"としなくてはいけないのが室長としての立場になっている。そう考えると紅茶の美味しさが(それが例えユリアンが淹れたものであってもだ!)減じてしまうのだがそれが今のヤン・ウェンリーの仕事なのである。

 

 




 まずは軽く、"お仕事開始"といった所です。次は向こう側、少し時計を巻き戻してのスタートです。

 帝国の同盟領侵攻に対して迎撃が大抵の場合間に合っているのは出撃情報を諜報などで早期に入手してたからだと思われます。というかそうしないと迎撃が間に合わないのでそこに関しては必死に集めてたと思います。だけど政治全般に関してはそこまで手に入れている形跡がないんですよね。その諜報能力を今後も維持する場合、オーディン~六二五〇光年~イゼルローン~三五〇〇光年~ハイネセンという距離差は更に有効な"距離の壁"になると思われます。

※1:任命権
 軍人事の任命権は国防委員会(+議長)が握る幹部人事と人事部が掌握しているその他の人事に二分されている。少なくとも要中将以上(+艦隊司令官)となっている人事は特別に委任されているものでない限り国防委員会(+議長)側に任命権がある(という作者設定)

※2:推薦リスト
 国防委員会(+議長)が握る人事とはいえ基本、軍側から推挙されそれを追認するのが常となっている。やろうと思えば国防委員会(+議長)側で勝手にそれらの人事を行い、更には人事部長も任命する事でほぼ全人事を掌握することも可能だがそこまですると逆切れ(クーデター)の元となるので暗黙の了解で(トリューニヒト国防委員長ですらやらなかった)禁じ手となっている。その替わりに"一つの役職に対して複数人の候補者を出すように"と申し付けて国防委員会(+議長)側の好む人材を任命する事で段々と色に染める事で浸食を図っていた。尚、あくまでも軍側が出す推薦は"参考資料"なので出さないのなら勝手に人事をすればいいだけなので我々の世界の旧大日本帝国において陸軍がよくやった"陸軍大臣を出さない事での倒閣"に類する行為は行えない。

※3:イゼルローンに近い駐留施設
 イゼルローン奪取前、侵攻してくる帝国軍を迎撃する同盟軍艦隊が最終補給を行っていた基地施設。一時待機や戦闘後の損傷艦・重傷者に対応する施設などを備えており、イゼルローン奪取後は中継基地として使用する事を前提に整備予定であったが帝国領侵攻作成が優先され手を付けていなかった。

※4:侵攻軍残存艦隊
 No.21記載より減っているのは"乗って帰ってきたけど修理するよりも部品取り用にしてしまったほうがいい"と判断されたものが減っている。尚、同盟軍艦艇はコスト削減等の為、ブロック工法が多用されているのでいわゆる"にこいち"を行いやすい。

※5:ユリアン・ミンツ従卒
 原作のイゼルローン赴任関係なく"職業選択の自由"で押し切られてます。ならば手元で、という事ですがそもそもDVでもしてない限り士官学校に入れるか、置ける階級や役職ならば手元に従卒として置くかの二択だろうから傍にいるのはおかしい事でもなんでもないといえる。尚、あっという間にラインハルトに気に入られ、(主に私生活面で)何かあると確実にユリアン側に当たり前のように立っているのだが彼自身私生活は官舎同居の姉任せなので人の事を言う資格はない。


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No.24 継嗣問題

 皇帝に対する言葉遣い等については丁寧に書こうと思ってはいますが作者の頭に限界がある事をご了承ください。
 道原さんのコミックは良い意味で丁寧に描かれていると思います(故に連載にするには尺と場所が無かった)。藤崎さんのコミックは良い意味で駆け抜けていると思います(故にああいう描き方にしないと走り切れないんだと思う)。


 

「それは本当か?」

 

 銀河帝国軍宇宙艦隊司令長官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥は一瞬の狼狽を見せたが直に元の佇まいに戻り、その報を確認する。

 

「政府の非常用暗号通信です、間違いありません。政府、というより国務尚書(リヒテンラーデ)が速やかなる帰還を望まれております」

 

 参謀長アーベントロート中将が眉を潜ませて小声で応える。事が事だけに他人に聞かれる声で話す事が出来ない。

 

「…………叛徒軍はもう来ない、と考えていいと思うか?」

 

「その気があるのなら見える場所で集結するでしょう。占領区域を全て捨てて引いている以上、もう来ないと考えて良いかと」

 

「そうか」

 

 ミュッケンベルガーが目を閉じ、考え始める。しかし事が事だけに決断は早かった。

 

「元よりオーディンを長く空けるのは好ましくないと皆も承知しているはずだ。後処理を行う部隊を残し撤収する。幕僚達を集めろ」

 

 一〇月一六日、帝国軍は撤収を開始する。奪回地の回復作業、捕虜の取り扱い、万が一の同盟軍の逆襲への備えとしてシュヴァルベルク上級大将を総大将として四個艦隊(他艦隊からの臨時編入を行い完全充足状態)が残留する。他の艦隊は準備が出来次第一斉に帰路に就く。通常より移動基準を緩め、帰還予定日を若干繰り上げる。帰還時に一定の脱落が出る計算だが首都防衛艦隊を合わせて"あの勢力"を威圧するには充分であろう(※1)。

 

「気持ちは判らんでもないがもう少し落ち着いて欲しいものだ」

 

 帰還開始後三週間が経過した中でミュッケンベルガーが自分宛(政府非常用暗号通信&司令長官専用解除キー)の電信を読みつつぼやいてしまう。六〇〇〇光年の帰路は多少急いだとはいえ一ヵ月以上の時間が必要であり、その間にも定期的に政府から表向きの状況を知らせる電信は入ってくる。やはり正規軍不在の不安があるのだろう、帰還予定日に変更は無いか? 遅れは無いか? という文面が多い。崩御に伴う国葬はその準備に時間がかかる為に(残留組を除き)帰還そのものは間に合うのだがその後が問題だ。政治とは距離を置きたいのだが嫌でも巻き込まれるだろう。

 

「残留艦隊より作業が大筋終了したとの連絡が入りました。残りは現地の部隊なり行政に任せる事が可能なようです」

 

「三週間で終了か。叛徒共もここから再侵攻してくる事はあるまい。準備出来次第撤収するように伝えよ。我々と同じ移動基準で良い」

 

「了解しました」

 

 アーベントロートの報告に応え、ミュッケンベルガーが一息つく。オーディン帰還まであと二週間程度。政府からの電信は来るがこっちで何をどうできるなどという事は無い。各艦隊にも既に皇帝が崩御された事は知れ渡っている。しかしある意味、帰還しない事には何もできないので皆が皆、浮つく事もなくある種の達観・開き直りに近い心理状況になってしまっている。だが、ほんの一部の例外として何とも言えない不安に包まれている人もいることにはいるのである。

 

「帰りたくない」

 

「家出したお子様かなにかですか……」

 

 司令官席で凹むフレーゲル中将を見ていつものアントン・フェルナー大佐が突っ込みを入れる。だが事態が事態なのでその突っ込みも力が入らない。残留組だったので帰還はこれからだが戻り次第巻き込まれるだろう騒動にどう対応するか、考えるだけでも恐ろしい。だが逃げてはいられないし現実を見据えないとこれからの生活どころか生き死ににも関わる。そう考えると流石に茶化す訳にはいかず彼は主人に小声で"進言"を行った。

 

「これからは政治に類する一切の発言には気を付けられますように。幕僚達が何処からの出向者なのか、よくよくお考えを」

 

「そうだな」

 

 中将となってはいるが分艦隊司令官のままなので幕僚陣は更新する必要もなく結果としてブラウンシュヴァイク本家からの出向者がそのまま残っている。自身が正規軍に染まりつつある現状では無意識な言葉が不用心な一言となる。そう考えるとその進言は理にかなっているのだが……

 

「…………ん?」

 

「何か?」

 

「そういうお前も"出向者"のはずだが?」

 

 フレーゲルの(これも小声の)突っ込み返しを受けてフェルナーの顔が完全に真顔になる。

 

「…………そうでしたな」

 

 完全に"忘れてた"という顔だ。

 

「本家の本業に戻るか?」

 

「さて、どうしましょうか?」

 

 結構深刻な問題の気がするが飄々と受け流す。

 

「まぁ何をするにしても帰還してからの話だ。今この立ち位置も伯父上の敷いたレールの上にいる事に変わりはない。次のレールを見てから考えるとしよう。お互いにな」

 

「そうするしかないのでしょうなぁ」

 

「何をするにせよ」

 

「?」

 

「帰還したらまず、ご家族をいつでも隠せるようにしておくといい」

 

「…………心得ておきますが、そうなる覚悟もしておけという事でよろしいですかな?」

 

 家族を隠す、という事はブラウンシュヴァイク本家から睨まれる事に自分を巻き込む可能性があるという事だ。

 

「まだわからん。しかしそれもありうるという事だ」

 

「そのお言葉そのものを私が"手土産"にしてしまった場合は?」

 

「諦めるしかあるまい」

 

 フレーゲルがお手上げのポーズを取って苦笑いを浮かべる。しかし彼には諦める時があるとは思えなかった。このうるさい男が本家に付く、あの伯父上に仕えるという姿がまったくもって想像できなかったからである。だからフレーゲルは無意識にこの男を信頼し、本音を口に出しているのだ。

 

 

 一一月二二日、ミュッケンベルガー率いる帝国艦隊本隊は静かに帰還した。本来、未曽有の国難を大勝利で切り抜けた彼らは万雷の歓迎と共に迎え入れられて然るべきであるがオーディンは弔旗が立ち並び人々の顔は(本音か演技かは判らぬが)悲しみに満ちている。帰還した提督達も凱旋らしい顔で表に出るわけにはいかないし諸事務を終わらせた後、自宅に帰る際もどういう顔をしていいかわからない。そんな奇妙な帰還の最中、ミュッケンベルガーはあらかじめ指定された皇宮の一室に赴く。

 

「火急の事態とはいえ急かしてしまって申し訳ない」

 

 皇帝よりこの一室を与えられた主、国務尚書兼帝国宰相代理クラウス・フォン・リヒテンラーデ侯がミュッケンベルガーを招き入れる。同席するのは軍務尚書エーレンベルク元帥と統帥本部総長シュタインホフ元帥。

 

「ただの帰還戦勝報告ならばこれだけ急ぐ必要もありますまい。これは"今後"の協議一回目、という認識でよろしいか?」

 

 用意された席に座りながらミュッケンベルガーが釘を刺す。

 

「いかにも」

 

 応えつつリヒテンラーデも席に座る。

 

「率直に申し上げる。帝位を継がれるエルウィン・ヨーゼフ様の元、共に戦っていただきたい」

 

 リヒテンラーデが淡々と主題を述べるがエーレンベルクとシュタインホフは何も述べず静かに見守っている。要するに既に彼らとは話が済んでいるという事なのであろう。

 

「宇宙艦隊司令長官という役職は現場の長でありその行動は基本、軍政(軍務尚書)と軍令(統帥本部)の統率下にある。ご両名がそれで行くというのであれば私としてはただ従うのみ。そもそも何と戦うおつもりですかな?」

 

 こういう場を設けたうえで"戦う"となると相手は簡単に想像できる。しかしそれを表に出さずミュッケンベルガーは当然の回答と質問を行う。エルウィン・ヨーゼフの即位そのものは政府を掌握しているリヒテンラーデが(外部の抗議を無視して)決めると決断すればあっさりと決まるだろう。しかしだからといってブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両家が武力蜂起を行うという確証はどこにもない。表の政治、裏の政治でその次の継承を早める手もあるしエルウィン・ヨーゼフに自家の血を混ぜるという方法もあるだろう。そう考えていたミュッケンベルガーであるがリヒテンラーデの回答はそれらの想像を上回るものであった。

 

「あ奴らは決起する。いや、しないのであれば"決起させる"。これが政府及び軍の合意事項だ」

 

「…………何故、今それを行うのか存念をお聞かせいただきたい」

 

 リヒテンラーデの爆弾発言に対し、エーレンベルクは我関せずと目を閉じ、シュタインホフは流れる汗を何度もハンカチで拭き取る。それに対するミュッケンベルガーの問いは丁寧なように見えるがその眼力といい雰囲気といい"本音を聞かせろ"と問いかけている。それを理解したのかリヒテンラーデは手元の飲み物で軽く喉を潤すとその意中を淡々と語り始た。

 

「要はこの世代の問題はこの世代で片付けよう、という事だ。長きにわたり肥大していった門閥貴族達のエゴはブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両家によって極まったといえよう。貴族というものは帝国にとって不可分なものであるが度を超え過ぎたものは国家を蝕む癌となる。今、この時が帝国という母体を殺さずに取り去る事が出来る最後の機会なのかもしれぬと判断した。幸いにも叛徒共は卿が対応してくれたお陰でしばらくの間、邪魔に入ってくる事はない。この機を逃してしまったら少なくとも私が引いたのちの政府にはもうあの者達を止める胆力を備えた者がおらぬ」

 

 リヒテンラーデが一息ついて目線で"言う事はあるか? "と問いかける。

 

「いい加減にあの門閥貴族共を掃除しないと隠居も出来んという事か。だが、掃除してどうする? その場しのぎだけではなくその後の手当てをせねば残った貴族の中から次のブラウンシュヴァイク家やリッテンハイム家が出るだけであろう? そこは次の世代の課題とするのか? それともそこまでやり通すのか?」

 

 ミュッケンベルガーの言葉にリヒテンラーデが目を見張る。ミュッケンベルガーという男は"現場の長"という立場を盾に政治をとことん避けてきた。だがここで最初に問いかけてきたのは"その後"、つまりは政治の話であった。考えてみたらこの場にいるミュッケンベルガー以外の三名が引退すれば嫌がうえにもミュッケンベルガーは政治にも関わる立場に繰り上がる。自分がそれをやらねばならぬ立場になるのか対処したうえで引き継ぐのか、政治から距離を置いていたとはいえ自分の未来の事は流石に気になるらしい。

 

「戦うのならどうやって戦うか、という話になると思ったのだがな。卿から政の話が最初に来るとは思わなんだ。ならば先に問わねばならないが戦うとなった場合、勝てるのであろうな? その後とは勝った後なのだぞ」

 

 戦いに勝たねばその後もなにもない。その為にミュッケンベルガーを呼んだのだ。

 

「奴らがどれだけの束になるかは未知数だが言われた通り叛徒共が静かにしてくれるなら最終的には勝ってみせる。だが、その下準備や本戦の戦い方そのものについてこちらが主導で動けるなら、だ」

 

 要はまかせてくれるなら勝ってやるという事だ。

 

「それは約束しよう。本職の現場には口を出さぬ」

 

「それならそれでいい。ならば話を戻そう。"その後"はどうなる?」

 

 ミュッケンベルガーが話を元に戻す。今度はリヒテンラーデが答えねばならない。

 

「かの両家のような過剰な勢力が再び現れぬよう、貴族社会そのものに一定のメスを入れる必要はあるとは思っている。だがあくまでも過剰勢力の再来を防ぐのが目的であって一般貴族達への影響は極力抑えたものにする。その為にも両家には"ここまでなってしまったら仕方ない"と周囲から思われる形で潰れてもらわねばならぬ。そしてそれは少なくとも(エルウィン・ヨーゼフが)御親政を始められる前に終わらる事が望ましい。そうすればもしその変化に間違いがあり修正が必要となった場合、臣下の間違いを御親政で正すという形を取ることが出来るからだ。その逆を陛下にやらせるわけにはいかぬ」

 

「政治を変えてこなかった貴殿にしては思い切った事をいうものだ、だがまぁ本音としては十分だろう」

 

 ミュッケンベルガーがその回答に"合格"といえる反応を示す。

 

「その後にリヒテンラーデ家がどうなるのかはわからぬが少なくとも門閥貴族共を今までよりもマシなものにはしてくれるのであろう。わしとしてはもうこれ以上の事は言わぬ。現場として合法的に設定された敵と戦うのみだ」

 

 場に静寂が訪れた。

 

「決まった。といって宜しいか?」

 

 今まで一切の口を挟まなかったエーレンベルクがやっと口を開く。悠然と佇む様は高官としての威厳を漂わせるものだが面倒くさい事はあっち(政府)とこっち(現場)に丸投げするいつもの姿勢である。

 

「決まったのであればかの者達を如何にして追い詰めるか? となるが国務尚書としては腹案はおありで?」

 

 シュタインホフが汗ばむ顔でリヒテンラーデを見つめる。こちらは軍令の長としてやるべき事はいつもやっているはずなのだがこの風貌が人々を不安にさせる。

 

「表立って動くのは国葬後となるがそれまでにしておきたい事を含め考えはある」

 

 そういうとリヒテンラーデがいくつかの手立てを述べ始める。軍部三名はそれを聞き、感心するというよりもため息が先に出る。それはかの門閥貴族達のプライドを逆手に取ったとても丁寧な嫌がらせそのものであった。

 

 

「公の御機嫌はいかがな程に?」

 

「その前に当然のように私の家で寛ぐのはやめろ」

 

 フレーゲルが自宅に戻ると当たり前のようにフェルナーがいる。最初の頃はその都度説教に近い苦情申し立てとなっていたが今ではこの程度で流しておしまいである。

 

「して、公は?」

 

 華麗にスルーしてフェルナーは飲み物を用意しつつ尋ねてくる。彼が自ら入れるのは二人で話す為である。

 

「思いのほか機嫌悪くない。継嗣に関する交渉は拒絶されておらず、お互いに希望の者に継がせる代償として何を差し出せるのか落とし所を探っている状態らしい」

 

 アムリッツァ居残り組がオーディンに帰還したのが一二月一五日、既に国葬は終わり表面上人々の生活は元に戻りつつある。しかし、一般民にはほど遠い選ばれた立場の人々にとってはこれからが本番であった。フレーゲルもさっそくブラウンシュヴァイクに呼ばれ"当面の指示"を受けてきたのだ。

 

「軍部が表立って味方になる事はそもそも考えてない。いつも通りの生活を送り軍内部の空気を知らせよ、だ」

 

「意外ですな。もっと軍内部での勢力拡大なりの動きを期待されるかと思いましたが」

 

 軍内部の空気というがそんなものは他の出向幕僚達が毎日のように報告をしているだろう。ほぼほぼ何もしなくていいといっているようなものだ。

 

「思いのほかお早い崩御であった、という事だ。だから俺がまだ直接振るえる戦力がない事も理解されている。せめてそこそこの基地司令なり艦隊司令官なりになっていたらもっと期待も出来たのだが、とは言われてしまったがな」

 

「まぁ、ただの分艦隊司令官ですからな。いつも通りとの事ですが縁を広げる活動は行うのですか?」

 

「甥という立場はそれだけで目立つ。それで普段接点のない人に近づいていっては活動とみなされてる可能性があるから駄目だ。こちらからは動かず日常業務をこなしつつ聞き耳を立てるしかあるまい。お前の方もいつも通り飄々と動いて情報収集でもしておくように。それがお前の本業のはずだからな」

 

 そういうとフレーゲルはフェルナーが用意していた飲み物を一気にあおり片手をひらひらさせる。「今日はもうおしまい」という事だ。それを見るとフェルナーが軽く挨拶をして退出する。そして一人になった後に落ち着くとついつい考え込んでしまう。

 

「それにしても本当に政府と妥協出来ると思っているのか? といっても伯父上がそれなりに機嫌がいいとなると相手がそれほどの演技上手なのかエリザベートの線があるのか?」

 

 この時点でかなり門閥貴族とは違う空気に揉まれている事をフレーゲルは自覚する。以前の社交界デビューしたての頃だったらそれこそエリザベートが継ぐのは当然と政府の態度に憤慨していただろう。しかし、正規軍という全く違った空気を持つ場所で軍部・政府・貴族世界・ブラウンシュヴァイク家を見てしまうとどうしても「そうなのかなぁ?」という気持ちになってしまうのだ。

 

「出向者がいるからいい、と自前の幕僚や家人を用意してこなかったのが辛いな。だからといって今から露骨に集め始めるとそれはそれで伯父上に睨まれる。となるとやはりあいつをアテにするしかないのか……」

 

 そいつも出向者なのだがそれはもう考えないようにする。ここから波乱が起きたとして己だけで乗り切る自信はまったくもって無いのだからあれの能力を使うしかない。それで駄目なら諦めろ、だ。

 

「あとはまぁ、今年世話になった人たちにお礼挨拶巡りくらいはしておこう、何か情報を引き出せるかもしれない。この程度なら睨まれないはずだ」

 

 そこまで考えるとフレーゲルは自室に戻る。明日もまた朝から動かねばならない。ただの分艦隊司令官として戦後の後片付けは色々とやらねばならいのだ。しかしどろどろした政治の事を考えるよりもこういう軍の庶務の方が気が楽と考えてしまうあたり違う空気にたっぷりと染まっているのだがそこまでは流石に自覚をしてはいなかった。

 

 

 そして水面下での綱引きが続く一二月二五日、それは突然発表された。

 

「新年一日、全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の保護者、神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝、その第三七代としてエルウィン・ヨーゼフ様がご即位なされる事となった」

 

 官民同時、帝国内での発表後に即フェザーンにも通知されそれを通して"銀河帝国内における自由惑星同盟を自称する叛徒達"にも通達が行われた。叛徒とはいえ"本来、仰ぐべき銀河唯一の支配者の名は正しく知っていなくてはいけない"という帝国政府による"好意"である。そしてこの発表を皮切りに政府と軍部による新体制が次々と発表され、今までの表裏全ての交渉が演技だと知った門閥貴族というよりもブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯は文字通り憤怒の形相を見せつける事になる。そして止めとばかりに両家に対して政府より正式な使者が到来する。

 

「この度、公爵となられ宰相兼摂政に就任する事になりますリヒテンラーデ侯におかれましてはブラウンシュヴァイク公爵様とリッテンハイム侯爵様のご両名にこの喜ばしい皇位継承の式において全貴族を代表し皇帝となられますエルウィン・ヨーゼフ殿下に変わりなき忠誠をお誓いになられる場を設け、その団結を内外に知らしめようとお考えです。皇室への忠義厚きブラウンシュヴァイク公におかれましては何卒ご参加の程、よろしくお願いいたします」

 

 丁寧な回答を行い、使者が館を出るその時まで爆発しなかったのは流石はブラウンシュヴァイク公である、といえるものであった。

 

「しばらくの間、誰も通すな」

 

 傍らに待機する腹心、アンスバッハ准将にそれだけを言うとブラウンシュヴァイクは居間の一つ入る。何を言っているか判らない怒声、物が叩きつけられる音、盛大な台風が通り過ぎた後、ブラウンシュヴァイクは息を切らしつつ居間から出てくる。

 

「アンスバッハ、リッテンハイム侯に連絡を取れ」

 

 息は上がっているがその分、怒気は下がったのか落ちついた声でブラウンシュヴァイクがアンスバッハに命じる。

 

「承知いたしました。その間にお召し替えを」

 

 台風通過中に用意させたのであろう、侍女が何人かタオルやら着替えやらを用意して待機している。

 

「わかった。終わる頃に繋がるようにしてくれ」

 

 それを聞いてアンスバッハはその場を後にした。

 

 

「リッテンハイム侯、少し髪が乱れているようですな」

 

「そちらも。整えているようですがやや汗ばんでおりますぞ」

 

 通信スクリーンを通して、帝国最大の貴族二人が顔を合わせる。

 

「帝国と我ら伝統ある貴族の未来の為に、これまでの事を水に流し腹を割って話さねばならぬ時が来たと思っている」

 

「いかにも。その為にはまずここまでの事をお互いに吐き出してしまいましょう」

 

 二人の大貴族による表裏無き話し合いは続き、即位の日を迎える事になる。

 

 





 ラインハルトがいなくてもリヒテンラーデは動いたでしょうし、ラインハルトじゃないので逆に動きやすいといえるのかもしれない。そしてラインハルトの存在自体が両家への挑発になるんでいないのならば自らやる事も厭わないだろうな、と。けどリヒテンラーデは政治家としてはいわゆる保守系なので貴族社会という大枠はそのままに飛び出した勢力を作らせないという保守系改革が精一杯だろうな、と。
 
※1:移動時の脱落
 ワープ航法での移動にて例えば一個艦隊一万数千隻が一斉にワープすれば当たり前のように失敗(ワープキャンセル(※2))される艦は発生する。その場合、一回遅れ(一日遅れ)でそれらの艦は追いかける。ワープには十分なエネルギー充填が必要であり、その充填度によって安定度に差が付く。移動速度(ワープ間隔)と安定度(脱落数)はトレードオフである。 という作者認識。
 原作例として原作二巻でガイエスブルク→オーディンを二〇日→一四日に短縮(約五割増し速度)した時は八五%が脱落した。恐らく情報・経験の蓄積が進んだ結果、脱落しないぎりぎりの速度は計算しつくされていると思われる。なので少しでもスピードアップするとすごい勢いで脱落する。

※2:ワープの失敗
 あれだけじゃんじゃかワープしてワープアウトの衝突や行方不明などが発生しないのを考えるとかなり強固(安全第一)なワープ制御が行われていると思われます。なのでシステムが少しでも異常に近い数値になったら遠慮なく自動キャンセルされていると思います。その発生率が極限まで低下した状態で移動しているのが通常移動。早く移動したい場合はエネルギー充足ぎりぎりで飛んでいるんだけどぎりぎりだとシステムのキャンセル率ががっつり上がり、結果として脱落になっている。という作者認識。

※:皇帝の葬儀関係
 崩御から葬儀まで準備や来賓調整などの為に月単位の間が空くのは多々ある事なので本作ではそうしました。原作だとアムリッツァが一四日なのにその月のうちにオーディンに帰還してて新帝即位、司令長官就任とかになってるんですよね。時間軸むちゃくちゃ。


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No.25 政治は嫌でもやってくる

2023/1/27
病院行って処方箋出してもらうくらいには体調が悪いので次を予定通り出せるかは不明


 

 パーン! 

 

「ようこそいらっしゃいました副室長殿!!」」

 

 わざわざミニクラッカーを用意(対策室発足パーティの余り)してまで出迎えたここ最近最高の笑顔の室長に呆れた顔をしながら(室員達がいる手前)どこまでのレベルで突っ込みを入れようか迷う副室長。あきれる室員達。ある程度予想出来ていた従卒。そんなこんなで七九七年一月四日、七九八年国防要綱及び長期整備計画制定の調査検討に関する対策室の副室長であるアレックス・キャゼルヌ少将が着任した。

 

「それにしても本日付けとはいえ遠方からの着任が初日に出来るものなのですね」

 

「内示は受けていたからな。年末年始休み中に出先を片付けて昨日帰ってきてたさ」

 

「ちょっと長い出張みたいなものですか」

 

「そうだよ。女房なんぞ付いて来る気ゼロで"どうせ帰ってくるのですから"って着替えと少量の雑貨だけ持たせて単身だ。確かに出張だよ」

 

 久しぶりにユリアンの紅茶を堪能しつつキャゼルヌがぼやく。しかし、周囲の者達から見てこの二人。どう見てもキャゼルヌの方が"上司"である。ここ一年で一気に階級を飛び越えていった年下後輩の部下になる。普通なら心中に来る物があるはずと思うしプライベートでの二人を知らない室員には気になって仕方がない。しかしそれを一番気にしてないのが当事者達なのである。

 

「それでですね、これから先輩にまとめてもらいたい情報というのは……」

 

 そういってヤンが例の資料棚までキャゼルヌを案内する。

 

「これはまた積み重なってるものだ。軍政(=お金)絡みは全部こっち、軍令(=戦略)絡みは全部そっちといった所か。……それって大部分の仕事は俺がやるって事なんじゃあないか?」

 

 キャゼルヌが呆れながらも積み重なった資料のタイトルを頭に叩き込む。

 

「しかし、私がその手の数字弄ろうと思っても結局は先輩が全修正するでしょうし、その方が質が高くなる。それなら手を付けずにお任せした方がいいというものです」

 

「要はめんどくさいからやりたくないだけだろう。だがそれなら俺がそっち(=戦略)をやるか? って言われるとやらんだろうからお互いさまという事か」

 

「そういう事です」

 

 一通りの資料の趣旨を伝えるといつもの三人(フレデリカ、ラインハルト、ユリアン)を追加して小会議室に入り込む。これから行う作業の概要把握とすり合わせである。といっても

 

「以上が対策室としても主な業務です。続いて少将のお仕事の最重要点となる軍予算に関する政府の希望ですが……」

 

 解説役のラインハルトが説明を続けている。彼に補佐するのはフレデリカなのでヤンはのんびり紅茶を飲みつつ見学である。

 

 自由惑星同盟における軍事費は大きく分けて三つ、A:年予算の軍事費、B:軍人年金基金の政府負担分、C:補正予算に分かれている。この予算に対して政府は

 

 1:七九六年のA > (七九七年のA+ Bのアムリッツァ分)

 2:Cはイゼルローンに帝国軍が襲来した時のみ

 

 という二つの希望を出した。つまりはアムリッツァで失われた人員についてついては当面補充を行わず、その分の人件費をBに回す事でBの増加対策とする。そして予定している改革で">"の分を捻出する。そうすれば専守防衛によって被害を減らすことで上げ止まりだったB(+アムリッツァ分)に関しては減少傾向となる。尚、2については元々補正予算は帝国軍襲来時の対応費用(事後処理含む)としての運用だったので問題は無い。帝国軍が従来と同じ頻度で来襲したとしても被害を最小に抑えられるから必然的にCは従来よりも少なくなるだろう(特に民間被害が無くなり、基地被害等もイゼルローンに集約されるのが大きい)。

 

「"軍事関連予算が年々減少している"という事実を積み上げようという事だな。レベロ議長は財務委員長時代、常に軍事費拡大に反対の立場を取られていたが最低限の軍事費そのものには反対していない。俺の仕事はその最低限の軍事費を再構築しろ、という事でいいのかな?」

 

「その認識で良いと思います。ただ、今年の予算はその"再構築費用"込みとなっているのでその事を踏まえてコストダウンを行うように、ということです」

 

「了解した。それでだ」

 

 そう言うとキャゼルヌは横でのんびり紅茶を楽しんでいるヤンに顔を向ける。

 

「艦隊の戦力回復としてはいつまでにどれくらいの数を揃えたいと考えているんだ?」

 

「今年込み五年で約三万隻増強、これが軍拡派がある程度我慢してくれる最低限のラインです。半個艦隊の正規艦隊化と本部長及び司令長官直属部隊、最低限の独立分艦隊。ここまでの整備に必要な数です(※1)。軍拡派云々とは言いましたが現実問題として国防要綱を考える立場としてはこれが安定させるのに最低限必要な数でもあります」

 

 用意していたと思われる回答をヤンが返し、キャゼルヌがそれを聞いて確認する。

 

「首脳部や艦隊司令官に軍拡派はいないのか?」

 

「ゼロ、ではありませんが納得はしていただけました。と思っています」

 

 そう答えつつ、ヤンは年末に行った打ち合わせの事を思い出す。

 

 

「以上が艦隊再編と当面の目標となります」

 

 とある会議室、軍首脳部(統合作戦本部長・幕僚総監・宇宙艦隊司令長官・総参謀長)とウランフを除く各艦隊司令官、そして第五・六艦隊再編を取りまとめる分艦隊司令官(=司令官候補)達が顔を合わせ、新たな艦隊編成と整備計画予定についての説明が行われた。首脳部は織り込み済みなのでメインは艦隊司令官達に自分の立ち位置などを理解してもらう事である。

 

「イゼルローンを体験した事のある身としては現地部隊を含め安定して三万隻余を送り込める体制というのは必要十分であると考えられる。異論は無い」

 

 パエッタ中将が理解を示し、アップルトン中将やフィッシャー、モートン両少将などが無言で同意の姿勢を示す。

 

「現状での最善である事は理解しているが率直な所、満足する戦力ではないと考えている。不足分を補う意味で想定している整備計画予定分については確実に達成して頂きたい。特に一~二年戦線が安定してしまうと"このまま増強しなくてもいいのでは? "という声が上がるだろうからそこは断固否定の態度が必要だ」

 

 軍拡派に属しているルグランジュ中将は条件付き容認といった態度である。

 軍拡派というと大派閥のように思われるが実態としてはアスターテ前のいわゆる正規一二個艦隊制への移行時がピークでその後は縮小し続けている。これは表面上その後のシトレ、ロボス体制においてこの両名が軍拡派に属していない事が原因とされているが裏では国防委員会の軍拡派(現トリューニヒト派)がこれ以上の軍拡は経済的に国民の支持を得られないと判断し自分達を支持していた軍拡派軍人を切り捨てたからである。(尚、減少した支持勢力については軍拡で仕事や役職を得た軍需産業や軍人を取り込む事で回復した。その後、制御しにくい軍拡派軍人を追い出し、自分達の支持者を役職に添える事でさらに勢力を拡大)

 現在残っている軍拡派は防衛戦力を維持したうえで限定攻勢が可能な兵力を持つ事を目的としている攻勢派、そして軍拡を通り越した軍国主義者達である(※2)。ルグランジュ中将は前者に属しておりアスターテ前ではもっと積極的にイゼルローン攻略部隊を繰り出せるだけの兵力を求めていた。なので現在の本音とすればヤンが示した編成案(初動増強分達成後)でイゼルローン防衛を安定させ、さらに帝国領に牽制侵攻出来るだけの兵力が欲しいという気持ちなのであろう。

 

「手ぬるい。少なくとも元来の一二個艦隊の回復までは予算・製造・徴兵を増やし対応するべきだ」

 

 こちらは分艦隊司令の一人、アラルコン少将。完全な軍国主義者であり、人格にも問題ありとされている人物である。それが貴重な分艦隊司令の地位としてこの場にいるのは現時点では第四艦隊までの整備で手一杯でありその余り(第五・六艦隊用となった残余部隊)に手をつける事が出来なかったからである。ちなみにこの言動で首脳部に愛想尽かされたのか第五・六艦隊の編成が本格的になり始める頃にはどこかに飛ばそうという話になった。

 

「あれと同じと思われるのは心外なので言っておくがアラルコン少将のような過激派は高官にはもういないはずだ。気にしなくていい」

 

 会議後の戻り道、気になったのかルグランジュが語りかけてくる。ヤンも気になる事があるのでドリンクスタンドで立ち話となった。

 

「もし、軍拡派全体の反応などをご存じでしたら教えていただけませんか?」

 

 会議中ではアラルコンが五月蠅そうなので避けていたがヤンとしてはそこは気になるので確認出来るならしておきたい。

 

「概ね私と同じだ。やはりイゼルローン防衛の兵力がなんとかやりくりできる事が大きい。もしそれすら不足していたら私を含めもっと強く出ていただろう。それと軍拡派に属する大将級高官は既に残り少ない。組織的に動きたくても動けないというのが実情と言えなくもない……む!」

 

 会話中にルグランジュが何かに気づき言葉を止める。

 

「噂をすればというやつだ」

 

 ルグランジュが通りかかった人物に近寄り挨拶をする。ヤンも近づくが残念ながら面識のない人物である。

 

「査閲部長のダニエルズ大将だ。この度、ランテマリオ軍管理区司令から転属になられた」

 

 その説明を受けヤンが器用に見えない背中で冷や汗を流す。要するに自分が希望した人事の影響を受けた人である。

 

「初顔合わせだが君は有名人だからテレビで顔は知っている。ダニエルズだ。定年まであと半年程度だが何故か中央に栄転となった。よろしく頼む」

 

 ヤンも挨拶を返し一言二言言葉を交わす。

 

「貴官がこれからの同盟軍を組み立てるらしいな。こちらは一足早く年金生活に入らせてもらうから楽しい老後生活を送れるようにしっかり頼むぞ!」

 

 そういうとダニエルズは仕事があるのだろう急かす副官を追いかけるように去っていく。

 

「あれでも軍拡派の重鎮であり私の恩師でもある。中央とそりが合わなくなって中将のまま長い間辺境に飛ばされていたはずだがグリーンヒル大将の左遷での玉突き人事なのだろうな。流石に定年間際の人の肩を今叩く訳にはいくまい」

 

 グリーンヒルは建前上左遷人事となっている。ヤンは"そ、そうですね"とぎぐしゃくした反応を示すしかない。

 

「軍拡派の重鎮、ですか?」

 

 やはりそこが気になってしまいヤンが確認してしまう。

 

「うむ。"一二個艦隊では足りない、なんとか一五艦隊まで! "と頑張られていたが流石に頑張りすぎたのだろう、艦隊司令官から地方の基地司令として飛ばされその後はたらい回しだ。それにしても昔はもっと怖かったのだが流石に丸くなられたな」

 

 ダニエルズが去った方向を見ながらルグランジュが懐かしそうに語る。

 

「もう重鎮と言われるのはあの方くらいなものだ。無理矢理担ぎ上げられでもしない限り、大騒ぎにはならんさ」

 

 そういうとルグランジュも自分の仕事に戻り、ヤンもまた戻るのであった。

 

 

「となると第一線の人物としてはルグランジュ中将のみが釘を刺してきたが概ねこの予定で良しという事か」

 

「はい。予定している増強目標達成が条件となりますが」

 

 それを聞きキャゼルヌが考えをめぐらす。

 

「三万隻増強となると最低三百万人必要。人員の純増は無理だろうから基地要員、地上戦要員、星系警備隊要員等の再編転属で捻出させる必要があるな……。そしてそれとは別にお前には嫌がるであろう仕事をしてもらう必要がある」

 

「お任せする以上、私じゃないと出来ない事には全面協力しますよ」

 

 ヤンの回答に"本当かぁ? "という目でキャゼルヌが答える。しかしその内容は本当にヤンが嫌がるものであった。

 

「多分、トリューニヒト氏に頭を下げに行く必要があるぞ」

 

「え?」

 

 ヤンが目を丸めて硬直する。

 

「再編成に伴い、従来通りの生産計画は立てられない。軍需産業に計画的減産や調整・再編、つまりは売り上げの縮小をしてもらう必要がある。場合によっては工場の閉鎖や社員の解雇をする必要すらある。軍人が直接行って話していい相手でも内容でもない。軍需産業と繋がりのある国防委員にお願いしなくてはいけないが彼らの表に出せない副収入にも影響が出てしまうだろうし支持母体の商売のメスをいれようとするんだ。悶着を起こさない為にはその委員達の総元締めに筋を通し、働きかけてもらう必要がある。と言葉を並べているが要は政治的ファクターへの根回しをしないと計画は回らんぞ、という事だ」

 

 苦虫を噛み潰したという表現通りの顔をしてヤンが天を仰ぐ。内容は理解できる。理はかなっているし頭の中では納得もしている。しかし感情が追いつかない。

 

「感情で拒否したいのは判る。俺もそうだ。しかし後方で数字を見てきた者として言うのならまがりなりにも帝国の侵略を安定防衛出来ていたのは一二個艦隊の整備維持に必要なものを政治が用意してくれていたからだ。そしてその中核がトリューニヒト派だ。その支持母体の一つである軍需産業との大問題なのだからトリューニヒト氏を納得させ、協力してもらう必要がある」

 

「……善処します」

 

 ダメージが大きすぎたのかうなだれつつヤンが呟く。

 

「まぁ、今月は大筋の形を作るだけで精一杯だ。その間に覚悟を決めておいてくれ」

 

 後は細かい内容となりヤン以外の三人で話が進む。終わってみれば気楽に見学気分だったヤンが一番(精神的に)疲れるという会議となってしまった。室長というのはそう簡単に楽にならないのである。

 

<────-軍予算についてまとめ────->

 

 ・七九七年以降は軍予算総額が年々低下している事をアピールできるようにする事

 ・低下要因1:被害を抑える事で上げ止まりだった軍人年金(特に遺族一時金&年金)を減少傾向とする

 ・低下要因2:軍事基地や地方警備隊などの再構成による正しいリストラでコスト改善

 ・低下要因3:政治にお願いして軍需産業の効率化と発注減を説得してもらう

 ・それでも軍拡派に我慢してもらえるだけの増強は維持する

 ・軍政に関わるという事は政治に関わるという事、その基本は根回し

 

 

「よし、政治交渉は本部長と先輩にお願いしよう」

 

 打ち合わせが終わるや否やヤンはそう決めると嫌な事を忘却の彼方に放り出す。

 

「となると、これからの課題はこちらですか?」

 

 ラインハルトが棚から一つの資料を持ってくる。情報部が手に入れた帝国最新情報、対策室が正月休み中にも情報部は仕事をしているので最新資料がすぐに手に入る。二人はひとまずその資料を読み漁るのだが……

 

「一〇歳の新帝即位に伴い、侯爵から公爵、宰相代理から正式な宰相、そして摂政。これ、独裁だよね」

 

「君主代理であり行政の最高責任者であり爵位も最高位。言う事を聞いてもらえるかは別として政治的権限は全て掌握したといってもいいでしょう」

 

「それに対して皇位のライバルを擁していた二大貴族に関する公式情報がまるでない」

 

 ヤンが眉をしかめる。あまりにも二大貴族に関する情報が無い。しかし"情報が無いという事そのものが情報"でもある。

 

「二大貴族が擁立出来なかった対価を得ているのであれば何かしら公式情報が出るはずです。それがないという事は宰相側が意図的に二大貴族を疎外しているか二大貴族側が自ら離れたか、になります」

 

 ヤンのそれが伝播したのかラインハルトもしかめっ面になる。二人にはもうその後の展開が見えているのだ。

 

「つまりこの即位は妥協ではなく決裂の可能性が高い、と。これは去年末にまとめた資料、もう補強が必要になるね」

 

「割れる事を前提に"帝国がどのような工作を我々に仕掛けてくるか"の詳細を詰める必要があります。帝国が割れるのは政府として一番望んだ流れにはなりますがそれに浮かれて足元をお留守にするわけにはいきません」

 

 帝国な内紛。立て直しを図りたい同盟政府としては喜びたい流れだ。しかし軍人としては別に考えなくてはいけない事がある。

 

「帝国から見たら我々はまだ数個艦隊での遠征が可能なだけの兵力を残している。これは割れ方次第では"好きな方を勝たせる"ことも"どちらにも勝たせない"こともやりかねない兵力でもある」

 

 もし自由に艦隊を動かせるのならこの人は多分やれるだろうな、とラインハルトは考える。しかし、現実問題としてそのような事は起こせないのだが相手からしてみたらそのような都合など関係ない。出来る兵力を持っている、それだけが問題なのだ。

 

「そうさせない為の一番簡単な方法としては"こちらにも内輪揉めを発生させる事"になります。資料の補強はそこを重点的に考えるべきでしょう」

 

 二人の意見が一致すると方向性は瞬時に定まる。二人で大筋を考え、肉付けが必要な部分については室員達に準備させる。そして再編集した資料を軍首脳部で確認しさて政府に説明だ、となった時、更なる混乱を巻き起こす情報がイゼルローンからもたらされる。

 

 

 発:イゼルローン司令部 宛:統合作戦本部 本文:帝国より捕虜交換の申し込みあり。詳細については同封の資料を参照されたし。早急に回答及び指示求む。

 

 




 パエッタ・ビュコック・ウランフの先任順ってどうなんだろ?外伝とかを見る限りビュコック>ウランフは確定っぽいがパエッタがどのへんかがわからない。アップルトンはその後かなぁ。作品内では役職もあってビュコック>ウランフ>パエッタ>アップルトン>ルグランジュ>他少将 となっています。あとヤン(幕僚総監)の席次は中将提督より上、参謀長より下という設定。

 皆様の感想にもありますが原作アムリッツァまでのトリューニヒト派は帝国に抵抗できる戦力を維持するという面ではとても良く仕事をしていたと思います。その後のトリューニヒト議長の楽観的姿勢は???ですけど。イゼルローンがあれば大丈夫って考えだったのでしょうかねぇ?なのでラグナロックで許容量オーバーになって思考停止した、と。

 如何せん同盟軍の高官は原作での数が少なすぎるのでこれからだんだんと数を増やしていきます。

※1:整備目標
 イゼルローン艦隊:一五〇〇〇+二四〇〇
 首都星防衛艦隊:一五〇〇〇
 第一~六艦隊:一二六〇〇×六
 本部長及び司令長官直属:三〇〇〇×二
 独立分艦隊:二四〇〇×三

 合計:一二一二〇〇隻(艦隊再編時の合計九三六〇〇隻に対して+二七六〇〇隻)

 ※:直属及び独立分艦隊はいずれかの艦隊が予期せぬ壊滅となった時に艦隊を緊急再編させる為の予備部隊でもある。

※2:軍拡派
 攻勢派は一二個艦隊制だとイゼルローン攻めが被害の少ない時期にやりくりして実施するのが精一杯である事に不満を持ち、さらに数個艦隊の増強維持を目標としていた。軍国主義者の主張は最低でも帝国と同じ艦隊数(一八個艦隊)である。

備考
 同盟軍定数五〇〇〇万人内訳についての作者設定

 A・正規艦隊:一八〇〇万(約一七万隻弱)
 B・地方警備隊等:二〇〇万(約五万隻弱 正規軍のような大型艦艇は少ないので一隻当たりの人員数は非常に低い)
 C・地上要員(固定):一〇〇〇万(基地要員や艦隊駐留施設要員や事務員など"基本移動しない人たち")
 D・地上要員(非固定):二〇〇〇万(C以外の人たち アムリッツァでの地上要員として表記された人々)
 
 定数なのでアスターテ時点で一定量欠けている
 
 アムリッツァ後
 A・一〇〇〇万
 B・二〇〇万
 C・一〇〇〇万
 D・一三〇〇万
 E・一二二〇万(アムリッツァ被害総数)
 計・四七二〇万(五〇〇〇万-定数割れ-アスターテ被害+アスターテ後の徴兵など) 

 作品見てると大体一隻平均一〇〇名弱となるのだが艦種毎の差が激しいだろうから細かい設定想定が難しい。駆逐艦とかは数十人レベルだと思うけど空母なんぞパイロットだけで三桁、整備要員その他で一番人多いのは確実。


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No.26 表と裏と裏の裏

 言わなくても判っている者同士の判っている会話にしたら初見にはわからん会話になってしまいました。が、まぁ原作既読者が対象だと思うので大丈夫でしょう


 

 オーディンに帰還した帝国艦隊本隊、束の間の休養を取った幕僚達であるが大規模出兵の後処理は山盛りである。

 

「他の者達は後処理や艦隊整備で忙しいのでお前たち二人だけで考えてもらいたい」

 

 いつもの先任将校に呼ばれた二人、キルヒアイス大佐とオーベルシュタイン中佐は別任務となった。一般雑務は免除して難しい事を押し付ける。もう定例となっている幕僚達の役割分担である。

 

「叛徒軍に再出兵させない為の工作、ですか」

 

「そうだ。皇位継承後の政治的安定、そして対イゼルローン用基地整備。これらの目途が立つまでの間、叛徒共には静かにしてもらいたい。十分な打撃を与えたとはいえ手を出してくるだけの戦力はあるからな」

 

 目的と理由を話すと先任将校は自分の仕事に戻り、二人が取り残される。"正直、二人きりはつらい"とキルヒアイスは言いたいのだが言うタイミングがない。

 

「工作というからには直接艦隊戦力を使いたくない理由があるのでしょう」

 

「現状が現状ですので叛徒軍以外に正規軍を使いたいから、と考えるのが妥当かと」

 

「もうすこし、言葉を秘めた方がよいと思いますが……」

 

 国内情勢を考え、ある程度頭の回る人ならわかってしまう言い方である。しかし、この男に空気を読むという概念を期待しない方がいい、とつくづく思ってしまう。

 

「大佐しかおりませんので」

 

 空気は読んでいるらしい。しかしその読み方は巻き込まれる側にとって恐怖でしかない。

 

「首脳部もそれを考えて指示しているのでしょう。表立って言ってしまい、聞こえてしまうと相手への挑発行為ととらえられます。何時、何処まで言うかは大佐にお任せします」

 

「とりあえず命題の"目的"については考えず"手段"について考えましょう」

 

 危なっかしい言動は隅に置き、オーダーの消化に話を戻す。というかなるべく危ない会話はやりたくない。

 

「"手段"ですか。それはもう大佐も気づかれているはずです。後はそれをどう仕込むかでしょう。仕込み元はこの度の戦いで抱えすぎていますので」

 

 他の人達に話す時よりも明らかに言葉が少なくなっている。しかし言いたいことは十分にわかる。

 

「直接手を出さずに動けなくさせるとしたらそうなりますね。本来は長い時間をかけて仕込んだ者たちを送って成功させなくてはいけませんが時間稼ぎだけが目的ならば成功しなくても発覚だけで充分です。自国でクーデターや反乱の類が露見したら綱紀粛正前に出兵など許されないでしょうから」

 

 このような事が起きたのに何をやろうとするのだ! これは政治体制が違っていても政治と軍部の関係上避けられない。少なくとも軍部に対する政治の優位が確保されているらしい共和制とやらでは確実だろう。

 

「こういう時の為に丁寧に仕込まれている者たちがいるはずです。使ってよいかは後で確認をとるのが良いかと」

 

「そうですね。それと捕虜の数そのものはこの度の戦いで相手より多く抱える事になっているはずです。公平を期す為にも相手が用意できた人数と同じ人数をこちらも返す、という形にしましょう。そのうえで表口と裏口から忍ばせる形で」

 

「表と裏のみですと悟られる可能性があります。裏の裏も用意してはどうでしょう?」

 

「裏の裏? "イゼルローンとフェザーン以外"に入り口はあるのですか?」

 

 賢いが正攻法に寄りすぎる感のあるキルヒアイスにとっては裏の裏まで考える事は苦手である。しかしここ(裏の裏)からが本番といえるのがオーベルシュタインという男である。

 

「先ほど言った仕込まれている者たちがいる事が前提ですが……」

 

 オーベルシュタインが裏の裏について説明をする。確かに仕込み済みの者がいないと間に合わない。そういう入り口だ。

 

「ではそれを含めた三段階で纏めましょう」

 

 方針が決まるとキルヒアイスが話を纏め始める。オーベルシュタインでも纏める事が出来るがキルヒアイスの方が丁寧なので外部のウケはいい。そしてキルヒアイスからしてみればオーベルシュタインに纏められてしまうと何が紛れ込むかわからないので怖い。本人にははた迷惑この上ないが首脳部からしてみたら期待通りの保護者である。問題はオーベルシュタイン"への"被害ではなく"からの"被害、に関する保護者なのだが……

 

「長官もこの策を採用する前提で良いとの事だ。公式の使者や準備についてはこちらが行うので工作の表はキルヒアイス大佐、裏はオーベルシュタイン中佐が指揮をするように。取りまとめは、頼むぞ」

 

 キルヒアイスが纏めた策の採用をアーベントロートが伝え、先任将校に取りまとめを命じる。決まると行動は早かった。捕虜交換については政府の許可が必要になるがすんなりと通るあたり、元々織り込み済みの行動なのだろう。多すぎる捕虜はそれ自体が負担になるので過剰な分はさっさと手放すに限るしそれが正当な交換としてできるのであればなんの問題もない。むしろ、増えすぎた捕虜の仮設収容所を更新する手間が減る。帰ってくる味方の捕虜たちは先の戦い(同盟の侵攻戦)の損失を一定量埋めてくれるだろう。

 こちらが行う仕込みの確認とデータ上の捕虜の集計などにある程度の時間を費やしたが一二月上旬には全ての下調べが終了し、オーディンからいくつかの艦艇が出発する。イゼルローンに向かう正規の使者、そして捕虜収容所に派遣されるまとめ役などだ。そしてそこまでの差配を終わらせたキルヒアイスとオーベルシュタインはやっと解放、される事もなく短い休暇後にアムリッツァ居残り組の帰還受け入れ準備、艦隊再編成作業(居残り組に臨時編入していた部隊の原隊復帰、貴族六個艦隊から引き抜いた補充部隊編入など)と立て続けに業務をこなしつつ年を超え、新年早々キルヒアイスはオーディンを出発する。先日派遣された捕虜まとめ役のまとめ役としてである。まとめるのも大事だが同行させる"仕込み"を混ぜる作業も行わなくてはいけない。彼らは収容所出発時点で既にいた事になっていないといけないし話を通している少数の高官達とのすり合わせも必要である。重要な任務故に中途半端に上司を挟まず、自身で仕切らねばならない。実際の所、最初の使者はまだイゼルローンに到達していないのでそもそも捕虜交換が実施されるかは不明である。しかし、時を逆算すると今からこうして動いておかないとなにからなにまで間に合わないのである。

 

 そして出発の日、指定された艦艇ドックに向かうキルヒアイスを思いもよらない人物が待っていた。

 

「元帥閣下、わざわざこのような所までお越しいただかなくても……」

 

「なに、朝の散歩代わりよ。気にする事は無い」

 

 その人、ミュッケンベルガー元帥は最低限の護衛を(なるべく)後方に控えさせ、キルヒアイスと共にその艦へと歩み始める。

 

「先の戴冠式で今どのような状況であるか、これからどうなるか、そして今行っている事が何であるか、理解できているな?」

 

「……はい」

 

 新年、エルウィン・ヨーゼフ二世の戴冠式。それは新時代を印象付けるには十分な光景であった。オーベルシュタインの言葉通り、これから正規軍は叛徒軍ではない者と全力で戦わなくてはいけない可能性がある。

 

「叛徒軍のみ、あ奴らのみ、それだけであれば形を作る事は出来る。しかし同時となると何が起こるか判らん。故にこの度の策は成功させねばならぬ。……とはいえ、遂にあれを貴官と離して任務に就けるはめになってしまった。他の者では手綱を握りきれるかどうかが不安でな、そっちは早々に片付けて戻ってくるように」

 

 ミュッケンベルガーが苦笑交じりに語る。あれとはオーベルシュタインの事であり彼は今、別箇所で裏口からの"仕込み"を指揮している。

 

「私以外の働き場所を探す良い機会だと思っていただければ……」

 

 流石に"もうこのまま離れたままでいい"とは言えないのでやんわりと"私専属前提はやめれくれ"と訴える。しかし、自分以外で彼を制御できる人がいるかとなるとこれといった人物が思い浮かばず、それどころか自分自身も制御できているという自信が無い。

 

「それを考えねばならんという事は理解している。貴官はあれ(オーベルシュタイン)とは趣が異なる。将来の為にももっと艦隊戦に直接携わる席に座った方がいいだろう。そうすれば年齢や身分に関係なく昇進できる戦果を上げやすいというのもあるがな。……うむ、これだ」

 

 二人はとある艦の目の前に立ち止まる。司令部直属予備となっている中から今回のキルヒアイスの任務の足として用意された戦艦である。通常型と明らかに異なるその船型は本来自分のような一佐官が使いまわしていい物ではない、という事だけははっきりと判る。

 

「立派なものを用意して頂いて誠にありがとうございます」

 

 戦艦というより高速戦艦に近い、任務に必要だろうという事で通信能力などを考慮して選んでくれたのだろう、旗艦級の艦である。

 

「戦艦バルバロッサ、第三世代旗艦の一つだ。試験運用のデータ取りも終わって正式配備前の(司令部直属予備として)預かり状態だったのでわしの一存で自由に使える。旗艦用なので馬力もあるし単艦で走るなら二~三割は早く動ける。調整やらで動き回る必要があるだろう。自分の艦だと思って好きに使うといい」

 

「重ね重ね、ありがとうございます」

 

「何事も経験だろうから捕虜交換の際には随伴員として現地入りには参加してもらうが本番はそれが終わって戻ってきてからだ。では、頼んだぞ」

 

 二人は敬礼を交わし別れる。これがジークフリード・キルヒアイスと戦艦バルバロッサの一回目の邂逅であった。

 

 

「これもこっちに回してくるのか」

 

 帝国から申し込まれた捕虜交換について同盟政府は了承の旨を即日回答。イゼルローン経由で帝国に伝えると共にハイネセン側で行わなくてはいけない関連事務の取りまとめをアレックス・キャゼルヌ少将に命じた(現地(=イゼルローン)取りまとめはムライ少将)。

 

「申し訳ないですが捕虜交換に紛れての工作を防ぐ為、情報はなるべく持っておきたいので。流石に専用スタッフは増援としてもらえるように依頼しています」

 

 ヤンが申し訳なさそうにはしていない顔で応える。

 

「まぁ、対策室としても重要なイベントだ。…………ざっと二〇〇万人弱。一番大きな比率になってるのはお前さんがイゼルローンを落とした時のだな」

 

 キャゼルヌが会話しつつ見つけたデータを元に語る。どうやら同盟が抱えている帝国軍捕虜総数がそれだけいるらしい。

 

「あの時は艦隊総員と比較できる数を抱えてしまいましたからねぇ。それに対して帝国側が抱える数は……」

 

「先の侵攻戦だけでこちらの総数より多いだろうな。それさえなければこちらよりはるかに少なかっただろう」

 

 同盟と帝国における捕虜事情。イゼルローン攻略前時点においてその数は同盟が帝国を大きく上回っていた。帝国が同盟に侵攻するという都合上、帝国側にはどうしても撤収時に取り残される兵というものが多数存在しその都度捕虜となるが逆に帝国側が得る同盟軍捕虜は抱えて帰らない限り発生しない。その少ない捕虜ですら不利な状況から安全に撤収する為に"人道的扱いによる現地判断の捕虜交換及びそれに伴う一時休戦"として使ってしまう事が多々ある。そして社会システム上、抱える捕虜を粗末に扱えない同盟と存在そのものが叛徒としての罪人という扱いになる帝国では捕虜となった後の生存率が違う。

 

「流石にこっちが返す数より多く返してくれるほど帝国は甘くないだろうが二〇〇万の捕虜が帰ってくれば二〇〇万人分の遺族年金支払が無くなる(※1) 恐らく比率的に七~八割が先の侵攻戦からの帰還組だ。復員希望者もいるだろうが希望退職で調整すればその数がそのまま今後の増強枠になるし艦隊要員だったらそのまま増強人員になる。そして抱えた捕虜は空になって当分の間増える事は無い。二〇〇万人の無駄飯食いがいなくなる効果は詳しく言う必要もないだろう。政府は人道上やら選挙票やら色々な本音や建前もあるだろうが対策室の銭勘定を預かる身としては有り難く話に乗らせてもらうぞ。その代わりにだ」

 

「えぇ、帝国が忍ばせる可能性のある工作員対策の方はこちらで考えます。先輩は捕虜交換そのものの作業を確実にお願いします。あとは戻ってくるであろう人達の情報をまとめて置いてもらえるとありがたいです」

 

「わかった。しかし俺はその時に現地に行く事になるだろうがお前は行く名目は無いだろう。どうする?」

 

「確かに……」

 

 ヤンが考え始める。現地で出来る事に限界はあれど最新の情報にいち早く触れる事で綻びを見つけれるかもしれない。しかし、立場としてもその場にいる名目は無いし無暗に押しかけるのも宜しくない。となれば、

 

「ミューゼル少佐!!」

 

 ヤンが呼び、ラインハルトが何事かと近寄る。そしてヤンは経緯を軽く説明すると命じた。

 

「すまないが今日から私の補佐と先輩の補佐の兼務だ。それで何かをするというよりも私達が何をしているのかを頭に全部入れてくれ。そのうえで先輩の現地入りに加わってもらう。現地で私の代わりに現地で怪しい匂いをかぎ分けるんだ」

 

「私が室長の代わりをどこまで勤められるかはわかりませんがやれるだけの事はやらせていただきます」

 

 ラインハルトが状況を理解し応える。

 

「それならば鞄持ちとしてユリアンも貸してくれ。あれの理解力や気付きの才能はお前が一番判っているはずだ。それにイゼルローンを見にいける機会などそうはあるまい」

 

「ユリ……ミンツ君がいてくれればより良く空気を感じられると思いますので賛成です」

 

 キャゼルヌの提案にラインハルトが即賛成の態度を取る。

 

「二人がいうのなら私もそれでかまいません。確かに良い経験である事は確かですからね」

 

 最前線ではあるが戦闘の可能性がほぼ無い事もあるのでヤンも了承し、現地対応チームが決定した。後は準備のみである。

 

「では先輩は準備の方をお願いします。私と少佐は少々席を外さないといけないので」

 

「あぁ、確か帝国情勢対策の説明だっけか?」

 

「はい、帝国政府と大貴族の対立の話です。今回の捕虜交換での工作対応もその一環なので無関係という訳ではありません」

 

「そういう事はそっちに任せた。こっちは数値との戦いに専念だ」

 

 それにしても忙しい、とヤンは思う。仕事嫌いの彼からしてみたら好ましくない状況なのだが他の役職で同じように振る舞えるかと考えると現状が一番なのだろうなと思うしかない。そう考えつつ、ヤンは慌ただしく次の仕事の準備を開始した。

 

 

「帝国における内乱の可能性、そしてそれに我々を介入させないための工作、か」

 

 ヤンの説明を聞きクブルスリー大将が眉をしかめ、その横ではビュコック大将がため息をつく。この二人と参謀長のオスマン中将と次席幕僚であるマリネスク少将、そしてヤンを入れた五人のみが説明という名の相談事を行うメンバーである(最少人数で、となったのでラインハルトとフレデリカは隣の部屋で待機)。

 

「だからといって捕虜交換を止める訳にはいきません。捕虜交換そのものは予定通り行なったうえで内々に探るしかないでしょう。問題はどれだけの深さで探るかです」

 

 オスマンの言葉に皆が皆、考える。内乱の可能性云々が無いとしても二〇〇万人の捕虜が帰ってくるのであればそれ(=工作)への対策はやって当たり前である。しかしながら帰還叶った人達に対して露骨に「君たち、スパイになったかもしれないからチェックしてます」と判る行動を取るわけにはいかない。手元にある情報と戻ってきた時に携えてきた情報を元に隠れて行わなくていけないものなのだ。

 

「まず、政府に対しては"大量の捕虜交換につきものである工作員の侵入に関する内部調査を行う"という事は伝える。ただ、こちらにも内乱に近い事を起こさせようとしているとは報告できない。それはあくまでも状況からくる推測に過ぎないからな。内部調査を進めた結果そういう兆しを見つけた、という流れにするしかない」

 

「わしもそれで良いと思う。しかし、内部調査となると直属のみで密かにとなると限界がある。後どこまで巻き込むべきかな?」

 

 クブルスリーの発言にビュコックが追随する。如何せん二〇〇万人の"候補者"である、軽くふるいにかけるだけでも少人数で出来る作業ではない。

 

「情報部の力は借りなくてはいけないでしょう。そもそも我々だけで極秘裏にやろうとしても情報部には見つかります、そういう部署でもあるので。委託してしまうとどこまで拡散してしまうか判らないので話を通して必要な人員を貸してもらう形にしておくのが最善ではないかと思います」

 

 想定していた疑問に対してヤンが用意していた回答で応じる。

 

「統合作戦本部と宇宙艦隊司令部、そして情報部より人員を厳選し特務班を作る。形としては私の直轄下としておこう。別途心配しているフェザーン経由の侵入対策もする、という認識でいいかな?」

 

 クブルスリーが対応を決め、周囲に確認を求める。

 

「宇宙艦隊司令部としてはその方針に賛成する。人選に関しては参謀長、任せていいかな?」

 

「承知しました」

 

 ビュコックがまず賛成し、皆の視線がヤンに集まる。

 

「対策室としてもその方針で良いと思います。情報は連携する形で。それでですが対策室としてはこちらはどれだけの比重で動くべきでしょうか?」

 

 元々少人数である対策室で抱えきれる問題ではないのでヤンもその方針で賛成する。しかし無関係という訳にはいかないのでどこまで手をかけるべきかはあらかじめ線引きしておかないといけない。

 

「情報の連携については君とキャゼルヌ君は無条件で全情報が見れるようにしておく。追加で"権限"を持たせたい者がいる場合は君が私に直接伝えてくれ。判るのなら今でもいいが?」

 

「では、パトリチェフ准将、ミューゼル少佐、グリーンヒル中尉の三名の追加をお願いします」

 

 クブルスリーの回答に即座に追加を注文する。ラインハルトとフレデリカがいないと任務が回らないしパトリチェフがいないと連絡役がいなくなる。実際にはユリアンも話に加わってしまうだろうが流石に従卒を権限者には出来ない。

 

「わかった、合計五名だな。それと任務の比重についてだが対策室固有の仕事を優先してもらいたい。今回絡みに関してはキャゼルヌ君が命じられた事務関連とそれに追随する現地派遣組が対象でそれ以外はこちらで引き受けるのを基本線としよう。ただ、連携の為にまとめた情報は必ず目を通しておいてくれ」

 

「判りました。こちらで気づいた事については速やかに連携しますのでよろしくお願いいたします」

 

 ヤンが承諾し、体制が固まる。基本おまかせとなってしまうが対策室の運用的にそれ(大筋を固めて細かい所は他に任せる)が正解だ。そして統合作戦本部・宇宙艦隊司令部・情報部の厳選チームで内調して駄目だったらもうどうにもならないのであれこれ考えるだけ無駄だろう。

 

「と、いう事で二人にも情報に積極的にアクセスしてもらう事になると思うから覚えておいてくれるといい。少佐はまぁ、すぐにイゼルローン行きになっちゃうけどね」

 

 対策室への戻り道、結局隣の部屋で最後まで待ちぼうけとなってしまった二人にヤンが概要を説明する。

 

「対策室の人数を考えるとそうなるのは当然ですね。そうなりますとイゼルローン派遣組は帰還までの間に情報を見つけて連携するのが役目といった所でしょうか?」

 

「そうしてくれると連携先も助かる。頼んだよ」

 

 帝国からの申し出だけあって同盟政府が承諾の回答を送るととんとん拍子に詳細が定まり交換式はイゼルローンにて二月一九日に行われる事となった。申込が一月二〇日なので一ヵ月での実施である(※2)、月が替わる前に出発しないと間に合わない。対策室イゼルローン派遣組は慌ただしく準備を行い、ハイネセンを発つのであった。

 

 




 馬力がある、という単語をそのまま使ってよいかは判らなかったけどこのレベルまで気にしたらやってられんという事でこの手の単語や用語については時代との関係を考えない事にしてます。

 ラインハルトが"ユリアン"呼びしそうになってしまったのは完全に弟分として馴染んでいるからです。原作ではシェーンコップが師匠になってた白兵戦技術は本作ではラインハルトが伝授してます。彼らがジム(士官が勤務に影響のない範囲で体を鍛える事は奨励されている)でトレーニングしている姿は女性職員達のいわゆる"目の保養"になっているが男性職員たちは彼らの格闘トレーニングを見て片や元薔薇の騎士所属のガチ、片やあの年齢で形なりとも食らいつけれる才能にガクブルしている。

※1:遺族年金
 同盟帝国共に国是上相手を国家として承認していない関係で抱えた捕虜の定期交換はほぼ無いといっていい状態となっている。但し、特別な人物などが捕虜になってしまった場合などではフェザーンを通じて個別に交渉する時はある。このような状態なので同盟では捕虜になったと思われる人に対しては実質戦死扱いとして遺族年金の支払い措置が取られる。捕虜交換等で帰還した場合は復員手当を支給したうえで支払いは停止となる。なので帝国領侵攻で失った事になっている一二〇〇万人の負荷が一割以上軽くなる今回の捕虜交換は渡りに船というものである。

※2:短期間での実施
 同盟はデータ管理はしっかりしていていたし、侵攻作戦の時と同じ流れで二〇〇万人の輸送力を用意すればいいだけなので思った以上に苦労はしなかった(その現場だったキャゼルヌに用意を押し付けたおかげでもある)
 帝国は同盟の侵攻作戦時の捕虜収容所を近場に立ててたのでイゼルローンに近い。そして元々実施する事を前提として使者を出すと同時に動いていたので準備も間に合った。しかし、申込から交換式までの合間が短すぎてオーディンからの捕虜交換式帝国代表が間に合わないという大ポカをやってしまったのでまだ帰還していなかった(本来ミュッケンベルガーが行う予定だった侵攻軍迎撃に尽くした関連各所へのお礼参りをやってた)シュヴァルベルク上級大将がまたとんぼ返りでイゼルローンに帝国代表として行く羽目になった。つまりシュヴァルベルクは同盟軍侵攻迎撃に出撃して戻ってくるのは捕虜交換終了後という超長期出張になっているのである。


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No.27 捕虜交換式

 多分、本作で今の所"一番ミスってはいけない回"のはずです。


 

「それじゃあ、行ってくるわ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 七九七年一月二八日、キャゼルヌ率いる捕虜交換式事務班+対策室工作調査チームがハイネセンを出発した。到着予定は二月一五日(※1)である。使者が接触して一週間程度ではあるが応援として来た専用スタッフは侵攻作戦時の後方チーム中心(※2)でありキャゼルヌとしても安心して仕事を任せることが出来た。そうでなければ今この瞬間も仕事をしつつの出発となっただろう。

 

「そっちも宜しく頼むよ」

 

「わかりました。古巣なので挨拶するタイミングを作るのは大丈夫でしょう」

 

 ラインハルトとも軽く会話を交わす、こちらのメインは工作調査。それの関連でちょっとした追加お仕事が発生しているのである。

 

「これでしばらくの間、こっちの仕事はペースが落ちるなぁ」

 

 見送りから戻りつつヤンがぼやく。しかし工作調査は戻ってきてからが本番だし対策班キャゼルヌチームの当面業務はキャゼルヌが出発前に(何をどうやったか判らないが捕虜交換式の準備をしつつ全員分の資料を用意して)指示済みである。

 

「戻られてからの仕事に支障が出ないように対策室本来の仕事を進めておかなくてはいけませんね」

 

 キャゼルヌ、ラインハルト、ユリアンが行ってしまったので対策班唯一のヤン(さぼり)対応要員になった感のあるフレデリカがさりげなく当面の仕事に誘導する。恐らくは彼らからたっぷりとレクチャーを受けていたのであろう、ヤンは出張組の帰還まで途切れなく積み上げられるお仕事を淡々とこなす羽目になるのである。

 

 

 一行は予定通り二月一五日にイゼルローンへ到着した。

 

「あれがイゼルローン要塞。映像で見た事はありますが、やはり実物は違うものですね」

 

 一行の中で唯一、イゼルローンを直接訪れた事のなかったユリアンが当然のような反応を見せる。

 

「まぁお前さんが職業軍人にでもならない限り、最初で最後の訪問だ。従卒としての仕事はしてもらうが理由をつけて内部もある程度見学出来るようには手配するさ」

 

 何かの資料をペラペラめくりながらキャゼルヌが応える。ここまでの移動中も彼の仕事は止まらなかった。この移動期間は当然ながら外部情報のアクセスに制限がかかるのではあるが手持ちの資料だけで出来る対策室の仕事を用意してこなしていた(君たちも対策室の人だから、とラインハルト&ユリアンにも作業を割り振る徹底性)、同行する捕虜交換会人員に準備の指示をしつつ、である。ただ、本人曰く

 

「やりたくてやっている訳じゃない。やらないとどうしようもない程に積み重なってるんだ。来年の予算請求を考えれば夏までに必要な形を作り終えてないといけないんだぞ!」

 

という事である。現実問題、室長であるヤンは"こんなこといいな、できたらいいな"とひたすら考えるのが役目でありそれをかなえてくれるのは周囲のみんなみんなみんな(他組織の人たち)であり、ふしぎなポッケもべんりなどうぐも無い以上、みんながかなえてくれるような形に事務職が落とし込まないといけないしお金の絡むそれを取り仕切るのがキャゼルヌの役目なのである。余計な時間などどこにもない。

 

「本艦はこれより、イゼルローン要塞第×ゲートに着艦致します。各要員達は○○:××までに準備を済ませ、所定の位置にて・・・・」

 

 そんなこんなで艦はイゼルローンにたどり着く。

 

「よし、対策室本業はここまで。ここからまずは捕虜交換式準備の〆だ。時間は限られているからお前たちも頼むぞ」

 

 いつの間にか準備を済ませているキャゼルヌが周囲に声をかけて準備を促す。二月一五日一六時四四分、ハイネセン捕虜交換式事務班+対策室工作調査チーム、イゼルローン要塞に到着。

 

「ウランフ大将から夕飯を誘われているが来るか?対策室の面子は追加できるぞ?」

 

 到着の時間が時間だったので挨拶だけを軽く済ませこの日の仕事は終了となり各々が割り当てられた客室に戻る中、キャゼルヌがラインハルトとユリアンに声をかける。

 

「すいません。私は古巣(薔薇の騎士)の方から誘われてまして」

 

「あそこか、確か頼まれ事があるんだったな。やれるうちにやっとくといい。それと多分、成人になってるから色々と手荒い"歓迎"になるかもしれんから注意しとけよ」

 

 ラインハルトが残念そうに断りを入れ、キャゼルヌがその理由を察すると共に注意を促す。

 

「流石に明日からの仕事に影響が出る事にはならないと思いますが・・・・注意しておきます」

 

 そそくさとラインハルトが立ち去り、あっという間に姿を消す。

 

「まぁ、飲み屋は山ほどできてるだろうが"そういうお店(※3)"はまだ開いたとは聞いてないから大丈夫か。じゃあ、俺達二人で行くとしようか」

 

 そういうとキャゼルヌはユリアンを誘い、士官食堂へと足を進める。到着初日はこうして終了した。

 翌日からは捕虜交換式の最終準備である。同盟側は二〇〇万人という捕虜に対して倍する輸送艦が待機している。半分は返還する捕虜を満載しており、もう半分は帰還する捕虜を受け入れる艦である。暴動その他の対策として捕虜交換そのものはイゼルローンを介さず艦艇同士で行う事とされた。この指示に対してキャゼルヌ以下の事務班は各地から捕虜達を個別輸送すると共に同量の空き輸送艦と大量の生活物資を準備した。キャゼルヌ達が交換式当日より早い到着となったのはこのかき集めた捕虜達を原隊毎にまとめた形で空き輸送艦に移動(※4)させると共に捕虜名簿の最終確認&更新、そして空いた輸送船を今度は帝国から帰還する捕虜の受け入れ先として掃除する。こういう作業を当日までにこなす必要があるからであった。そしてその作業が一段落する頃、帝国艦隊が姿を現した。

 

 

「やっと来たか、面倒だが次の仕事が始まるぞ。判らない者もいるだろうから言っておくが、これまでの作業が優しく感じるくらいの"本番"だぞ」

 

 二月十九日、予定していた時間通りに帝国艦隊が姿を現す。そうは言っても使節団などが乗っているであろう戦艦数隻が随伴しているだけで大部分が捕虜輸送艦とその管制艦である(※5)。船団から離れた戦艦がイゼルローンに入港する。イゼルローン司令部としてはこの瞬間まであの艦が全て自爆艦で・・という不安があったが流石にここまで来たらそれは無いだろう。安心した雰囲気が司令部に広がる。しかしここから始まる交換式という晴れやかな式典の裏では同盟帝国両国の事務班による起こるべくして起きる諸問題との戦いも始まるのである。

 

「はぁ?連結橋の規格が合わない?こういう時にわざわざこっちが帝国規格に合わせると思ってるのか?イゼルローンに鹵獲した帝国フェザーン規格の変換連結機があるはずだ、そこから更にこっち(同盟)への変換機を繋げろ。無いなら予備のシャトルでピストン輸送だ!」

「何?階級に合わせた個室を用意しろ、と。はっはっは、将官でもない限り集団部屋だ。汎用兵員輸送艦にそれだけの余剰あるわけないだろ。駄々こねるのなら雑倉庫を個室と称して突っ込んでけ!」

「帝国に帰りたくない、と。収容所からの出発前と直前の再編移動の時に確認したよね? そんなこともあろうと予備艦は数隻用意してある。そこに移動してもらえ」

「帰還兵が顔を見合わせたとたんに大喧嘩?何故に"失敗して捕虜になった部隊"と"その失敗のせいで捕虜になった部隊"を同じ艦に入れるんだよ!事前に同艦禁止の原隊リストは作ってるはずだろ!」

 

 前例のない二〇〇万人同士の捕虜移動である、何も起きないはずはなく・・・・。晴れやかな交換式典がスクリーンに映る最中、何かがある度にキャゼルヌが走り(正直混乱しているので足を運ばないと何も進まなくなる)ラインハルトが追走する。尚、ユリアンは事務班作業室でお茶くみ兼雑務兼最下級使い走りでてんてこまいである。

 イゼルローンをせわしく移動するキャゼルヌ達と帝国軍服を着た人がすれ違う、帝国側事務班の面々なのだが暗黙の了解で階級問わず目礼のみで敬礼不要である。彼らがここにいるのは当然ながら問題が起きるのは帝国側も同様であるし何かあれば双方顔を合わせてすり合わせないといけないし、という事で使節団とは別に事務班もイゼルローンへでの作業が許可される運びになっていた(※6)。

 

 そしてその時もキャゼルヌはラインハルトを連れてとある他部署部屋から戻ってくる最中であった

 

「軍服がそこまで足りなくなるとは・・・侵攻戦帰還組が多いから大丈夫だろうと思ってたのだがなぁ・・・・ 少佐!預けている資料の生活雑貨の二番の札がついたのを・・・・ってどうした?」

 

 キャゼルヌが振り返るとラインハルトが突っ立っている。目はこちらを向いているはずなのだがこちらを見ていない。無意識に鞄を床に置き、両腕を組んで首を傾げて何かを考えている。そのラインハルト越しにたった今すれ違った帝国軍人が同じように考え込む背中を見せており、上官らしき者が"これはなんでしょう?"とこちらにアイコンタクトを送ってくる。そのままどうしようもない時間が、恐らく数秒程度のはずだがとても長く感じる時間が経過した時、

 

「キルヒアイス!! ジークフリード・キルヒアイス!!!!」

「ラインハルト!! ラインハルト・フォン・ミューゼル!!!!」

 

 合図をしたかのように二人が振り返り、指を指し叫ぶ。"ほかの人がいなくてよかったな"とキャゼルヌが思う。完全に学芸会における下手糞演技感動の1シーンである。

 

「まさかこんな所で会えるとは!!いや、うん、本当に!!!」

「一〇年、かな?変わっているはずなのに本当に変わってない!!」

「それはお互い様だ!!」

 

 抱き合い、お互いに背中を力いっぱい叩きながら言葉を交わす。完全に二人の世界に入っており、その他のものが全部頭から飛び出している。

 

(とりあえずあちらさんは、准将か。こっちから口を出した方がいいかな)

 

 そう考えるとキャゼルヌが二人の世界を横目に相手の上官の元に足を進める。

 

「自由惑星同盟軍少将、アレックス・キャゼルヌです。捕虜交換式の事務対応を行っております。彼は、まぁ、そちらからの亡命者でして・・・」

 

 同盟軍式の正式な敬礼をしつつ相手に事情を伝える。

 

「何事かと思いましたがなるほど、そういう事情でしたか。・・・・失礼。銀河帝国軍准将、ウルリッヒ・ケスラーと申します。同じく事務対応として場を借りております」

 

 帝国軍式の丁寧な返礼をしつつ、ケスラーが応える。

 

「それにしても、どうしましょうかね?これ?」

 

「立場の違いはあれど、あれは特別な関係だったのでしょう。仕方ないといいましょうかなんというか」

 

 まだ二人の世界を見つめる困った二人が困り果てる。"後でお互いに確認は必要となってしまいますが・・"とケスラーが呟きつつ時計を見て決める。

 

「キルヒアイス大佐!」

 

「あ、はい!!」

 

 ケスラーの呼びかけでやっと二人の世界が解放される。

 

「三〇分だ。それまでに戻ってくるように。名目は"捕虜交換のアクシデント等について若い者に情報交換させておいた"だ。それと判っていると思うが捕虜交換式以外の軍規、いや、軍務に関する事と政治に関わる全ての会話は禁止だ。相手が関係する事を口にした場合、漏らさず報告するように。いいな」

 

 ケスラーの許可にキルヒアイスが無言の敬礼で応える。

 

「右に同じく、だ。何が良くて何が悪いかは言わなくても判るね。ちなみにそこの廊下の一つ目の十字路を右に行った所に位置が悪くて不人気な自販機コーナーがある。多分誰もいない。では」

 

 キャゼルヌも許可を出し、ケスラーに軽く会釈をすると(彼がが床に置いた資料入り鞄を拾って)立ち去る。何時に間にかケスラーも立ち去っており、廊下には二人が残った。どうやら感情爆発の反動が来たのか、二人っきりになった時から妙に気まずい空気が流れ始める。

 

「とりあえず、その人がいなさそうって場所まで行こうか」

 

「そうだね」

 

 建前上の名目をもらっておいたとは言えやはり同盟軍人と帝国軍人が二人っきりになるのは何か気まずい以上の何かが発生するらしく二人はおどおどいそいそと言われた場所に移動する。傍から見ると逆におどおどしすぎて怪しまれないレベルである。

 

「と、とりあえず久しぶり!」

 

 ラインハルトが腕を出し、キルヒアイスが握り返す。

 

「それにしても大佐とは凄いな。同年代でその階級は聞いたことが無い」

 

「・・・上官に恵まれたからね。君こそ少佐というのも凄いじゃないか。なんというか、こっちよりそういう人事とかはなさそうだし」

 

 相手が云々とは言えない、運と片付けてもいけない、贔屓人事とも言えない、なかなかに会話が難しい。

 

「こっちも上官のお陰だよ。おかげで階級に頭がついていかない」

 

 お互いに"特別な武勲等が無い限り、こんな階級にはなれない"とは判っているがそれを口に出す事は出来ない。"どの戦いに参加していたのか?"は重要な軍務情報だ。

 

「その、君とご家族には迷惑な事にならなかっただろうか?だとしたら本当にすまない。何せやった事が事だから・・・」

 

 この会話は続けられない、と思ったラインハルトがやっと落ち着いて"言わなくてはいけないと思っていた事"を口にし、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「うん、まぁ、事態が事態だからそれなりに騒ぎになったし事情聴取というかそういう事もあったよ。けど、あまり周囲を巻きこんで大騒ぎはしたくなかったんだろうね。警察からの話はすぐに終わったよ」

 

「そうか。厳しい追及がなくて良かったよ。そういうのがあったらどう顔を合わせていいものかと・・・・・ それで、なんだけど私の父は・・・・」

 

 最も知りたい事。やはりそれに話が行ってしまう。

 

「・・・その日から数日経って、いつもとは違う車が来てそれに乗ったのは見た。そして直ぐに引っ越し業者が来て」

 

 キルヒアイスがそこで口を止める。つまりはそれが"最後"という事だ。

 

「そうか。・・・・ありがとう」

 

 そう答えるしかない。どちらの勢力なのかはわからないがきちんと"後片付け"も用意しているあたりもう何も残っていないのであろう。

 

「こういう別れになった以上、あの時にその覚悟はしてた。君の御両親はまだ健在なのだろう?だとしたら大事にしてやってくれ」

 

「・・・・・そうだね」

 

 キルヒアイスの返答が少し遅れる。何か理由があるのかもしれないがそこまで入れ込むわけにはいかない、とラインハルトは口を紡ぐ。

 

「そういえば、お姉さんは元気かい?」

 

 キルヒアイスも同様なのだろう、違う話に切り替える。

 

「元気だよ。今は菓子職人として経済的にも自立できている」

 

「それは天職だ。・・・お菓子も料理も、みんな美味しかったからなぁ」

 

 表裏ない話題になり、ごく自然に言葉が弾み、時は進む。

 

 

「もうそろそろ、時間だね」

 

「そうだな。時間だ」

 

 壁に掛けられている時計を二人が見つめる。指定の時間まであと七分。軍人が不可抗力無しでの遅刻などあってはならないのでもう時は無い。

 

「本当に会えるとは思わなかった。君が軍人になるとは思ってもみなかったから」

 

「・・・ならなかったら徴兵で兵卒だから、ね。"生き抜く"為にはこうするしかなかった」

 

「そうか。"生き抜く"為に、か。私はその為とはいえ国そのものから逃げてしまった・・・・」

 

「だけど、だからまた会えた」

 

「あぁ、会えた」

 

 二人がゆっくりと戻り始める。十字路まで戻った所でそれまで一度も遭遇しなかった他人と初めて遭遇する。"え?"という顔で二人を見つめるその人と何とも言えないぎぐしゃく感で通り過ぎようとする二人。すれ違った直後、それは思いついた。

 

「すいません!!」 「は、はい!!」

 

 振り返ったラインハルトがおもむろに声をかけ、その人が驚いたように反応する。

 

「えーーー、あーーー、こ、これで私達の写真を取ってもらえませんか!!」

 

「こちらにもお願いします」

 

 ラインハルトがじたばたと携帯端末を突き出し、キルヒアイスが落ち着いて自分の物を差し出した。

 

 

 次の十字路にたどり着く。ここで同盟側と帝国側に事務室への道が分かれる。

 

「それじゃ」

 

「うん」

 

 二人が向かい合う。

 

「武勲を祈る事は出来ない。でも、お互いに"満足した"と言えるまで"生き抜こう"」

 

「うん。"生き抜こう"」

 

 二人がそれぞれ、己の国の形で敬礼を交わす。背を向ける。歩み出す。そこから二人は振り返らなかった。一瞬でも振り返ってしまうと溜まっている感情が爆発しそうで、どうなるか判らなくて、我慢して、二人は前に進んだ。

 

 

「お疲れ様。申し訳ないけど何を話したのか簡潔でもいいからまとめておくように。それと"どのような意見交換を行ったか"についてはこっちで台本を作ってあちらにも根回ししておくから記憶しておく事。・・・・・あと、顔洗ってこい。そんなくしゃ顔で仕事されたら誰も話しかけられん」

 

「はい」

 

 戻って来たラインハルトにキャゼルヌがあえて事務的に話しかける。顔を洗って戻って来るとスクリーンには交換式の様子が映し出されている。代表同士のやり取りも終わり、事務担当同士が締めの手続きを行っている様だ。交換式は終わりに近づこうとしていた。

 

 

「戻って来たか。・・どうした?顔が怖いぞ」

 

 戻って来たキルヒアイスを見るなり、驚いたようにケスラーが尋ねる。

 

「・・・!! 申し訳ありません、気持ちを入れ替えないと、と力み過ぎてしまったようです」

 

 そういうと両頬をパンパンと軽く叩く。それだけでキルヒアイスの表情がいつもの姿に戻る。

 

「すまないが会話の内容をまとめておくように。痛くない腹を探られんようにこちらで辻褄は合わせておく。さて、三〇分の時間は与えたが仕事を免除したという訳ではない。雑務はデスクに置いておいたのでさっそくではあるが片付けておいて欲しい」

 

 自分のデスクに戻るキルヒアイスを見つめケスラーが考える。

 

(ラインハルト・フォン・ミューゼル、といったな。亡命者、ミューゼル姓。あの記録にそれらしき記載があった気がする。記憶が正しければ表沙汰に出来ない腹いせに関係者に悪質な八つ当たりがあったようだが・・・・)

 

 ケスラーはそこで考えを止め、己の分の雑務を処理し始める。積み重なっていた書類も随分と減り、交換式が終わりに近づいている事を感じさせる。スクリーンに移る交換式は終了を迎えていた。

 

 

「戦争なんぞ、やらんで済めばそれでいいはずなのですがなぁ」

 

 目の前で行われいる事務担当の作業を見守りつつシュヴァルベルクが呟く。代表者としての仕事はもう無いのであとは見守るのみである。

「しかし我々はそうしなくてはいけない国是を掲げてしまっています」

 

 その呟きに同じく見守るだけのウランフが反応する。

 

「両者共に既に足はガクガク。倒れない為には相手にもたれかかる必要がある。しかしその姿勢でお互いに殴りあう。傍から見ると正気を疑う光景ですな」

 

「しかし、止める事は出来ない」

 

「そう。殴り合い続けるという事自体があたりまえでそれに疑問を挟もうという考えが起こらない」

 

 何を合図にしたという事もなく二人は同時にため息をつく。結局の所、軍人というのは一般市民から見る以上に戦いたくないものなのだ。正常な精神を持った者が死ぬ可能性が高くなる所に好き好んで行くものか。

 

「この銀河にく・・・勢力が二つ、いや三つは少なすぎるのでしょうなぁ」

 

 シュヴァルベルクが思わず国という言葉を使いそうになり、慌てて言いなおす。

 

「かといって一つ二つ増やそうとしても一強が生まれるだけでしょう。人類が地球のみで暮らしていた時代には何百もの国があり、我々のような間柄であっても話し合いの出来る多国間論議の場があったと言い伝えられていますが・・・」

 

「想像もできませんな」

 

 それだけの国があるのなら帝国のような国是は笑いものになるだけだろう。それだけの国があるのなら同盟は建国せずに他の国に亡命すればいいだけだろう。それだけの国があるのなら安易な懲罰・拡大戦争は起こせないだろう。それだけの国があるのなら正反対の国是だろうと国の形の一つと認められるだろう。

 

「だが、今は我々しかいない」

 

「せめて、我々が最後だった、にはしたくないものですな」

 

 作業をしていた事務担当が合図を送る。全てが終わったようだ。

 

「それでは次は戦場で・・・・・会いたくはありませんな」

 

「まったくです」

 

 二人は握手を交わし別れる。敬礼でなかったのは殺し合う軍人としてではなく、人と人としての別れにしたかったという無意識の行動なのかもしれない。こうして銀河帝国と自由惑星同盟の人道的見地に基づく捕虜交換式は終了し、双方共に二〇〇万人という人が再び祖国の地に戻れる事となった。

 

 

 イゼルローンからの帰路。戦艦バルバロッサに用意された艦隊司令官用個室でジークフリード・キルヒアイスは束の間の休息を取ることになった。本来使用すべき部屋ではないと固辞したのだが"この艦で一番偉いのだから艦長個室より上位の部屋にいてもらわないと困る"と艦長から押し付けられたのだ。任務のどたばたもあり、この帰路にやらないといけない事は設定されていない。帰還後に待ち受けているであろう次の戦いが激務になる事は確実なのでたまには英気を養うのも良いだろうとキルヒアイスはだらける事を決める。

 

「それにしても、会うとはなぁ。確かに軍人と言われると納得しかない選択だけど」

 

 ラフな格好になり、ベッドに横たわる。そうするとやはり彼との遭遇が脳内をかき乱す。思い起こせば二〇年程度の人生であるがあの一家がお隣さんだったのは年にも満たないまさしく一瞬といえなくもない短い期間であった。しかしその輝かしいばかりの姉弟はキルヒアイスに残りの時間全てを上回る光、そして影をもたらした。本当にあの時、よく耐える事が出来たものだと思う。

 

「次は、あるのかな? まぁ・・・・・・・・・・・どうでもいいや」

 

 気が抜けたのか眠気が押し寄せ、彼はその流れに身を任せる事にする。ゆっくりと意識が遠のく中でキルヒアイスは彼に、最後の言葉を語りかけていた。

 

 

 追及が無くて良かった。あぁ、そうだね。表向きの組織がやる事には限りがあるからね。ご両親を大切に。あぁ、そうだね。壊れてしまっても両親は両親だからね。軍人になるとは思わなかった。あぁ、そうだね。でもそれ以外に忠義を示す方法が無かったからね。生き抜く為に。あぁ、そうだね。その結果が今だからね。

 生き抜く為に仮面を被り続けた。誰からも有益な人間であるように、誰からも不利益な人間にならないように。露骨に媚も売った、人には言えない媚も売った。人に誇れる事もした、人に誇れぬ事もした。運よく元帥に拾われ、売る必要は無くなったがまだ終わらない、むしろこれからが始まり。その為にちょっとそっちを騒がしくさせるかもしれないけど謝らなくてもいいよね。だって生き抜く為なのだから。君のお陰でここにいる。ありがとう。でも、君のお陰でここにいる。これはやはり、ありがとう以外の何かがあるんだ。

 




 この職場でヤンは一番偉くて権力有るはずなのに自由に動ける気配が全くないんですよね。精神的優越者三名(キャゼルヌ、フレデリカ、ユリアン)が強すぎる。そしてラインハルトは己の身の安全の為にそういう時はヤンの味方につかない(いつも後でヤンにじと目で愚痴られる)。

 ウルリッヒ・ケスラー。帝国領侵攻作戦で実名を出しそびれた原作人3号。辺境基地勤務(准将)で支援要員として戦闘領域後方で待機、戦闘後奪回地の住民支援や捕虜対応に従事。そのまま現地で捕虜対応を行っていた関係でそのまま交換会要員として参加。ちなみに1号と2号は"先任将校"と"ディッケル艦隊の実質的指揮官だった参謀長"です。

 かなり最初の方に"キルヒアイス出世RTAを書くタイミングが無かった"みたいな事を書いた気がしますが最初からこの回の事を予定していたが為の嘘です。書けませんので。

※1:イゼルローンまでの移動時間
 艦隊移動よりも早いのは集団で同時移動の調整が必要ない事と艦隊規模のワープに適した大きなポイントより当然ながら単艦移動ならOKというポイントの方が遥かに多く、効率の良い長距離ワープをやりやすいからである。

※2:元侵攻作戦後方チーム
 彼らに罪は無いのだが対面的な物もあってか控えめな部署等に回されており"とても優秀なのだが外したら困るような仕事を抱えていない"という状態だった。いい機会なのでここで働かせたうえで(=功績挙げさせて)力量に相応しい部署に戻そう、という後方勤務本部上層部の思惑で集められた。何せ総軍五〇〇〇万のうち三〇〇〇万を動かした作戦の兵站を切り盛りしていた連中である。さっさと本来の働き場に戻らないと抜けた穴のせいで組織がマヒる。

※3:そういうお店
 ラインハルトは古巣との飲みの後に前連隊長から「"そういうお店"はまだ開いていないが行くところに行けば密かな学び相手はいるものでな」とどこかに連れ去られようとしましたが本気モードの現連隊長に止められて断念した模様。ちなみに"そういうお店"がまだ開いていないのは「あの要塞事務監さん(=ムライ)が怖くてまだ(そういうお店を開いていいか)尋ねる事が出来ていない」からである。実際の所としては「(軍人が多いので)男性比率が高くなるであろう人口数百万人予定の"都市"で合法的なその手の店がないというのは治安上逆に危険である」という事を常識的に認識しているので合法的手続きで許可を求めれば即OKは出る。実際にムライさん、そういう厳格な性格っぽいのは確かであるが"ヤンがいるので&ヤンファミリーがああなので意図的にそういう仮面を被り続けた"側面もある。それが無い本作ではある程度は崩れるかな、と思ったが本作でもイゼルローンにはアッテンボローがいてシェーンコップとポプランもいる事になっていて(要地に相応しい優秀な陸戦隊と要塞航空隊を揃える際に自然とやってきた)、ウランフもヤン程ではないが少しくらいいだろうって放任しちゃうくらいの懐の深さはありそうなので結局ムライの役目変わんねぇじゃねぇか!って感じになってる。

※4:捕虜の移動
 組織的行動や防諜上の理由で獲得した捕虜は各地の捕虜収容所にある程度バラけた形で収容されている。返す際にそういうバラバラな状態だと失礼なので整頓が必要なのである。

※5:帝国艦艇
 回廊まで護衛してきた艦艇がいるのだが回廊内までくるのは流石に無礼だろうという事で回廊出口に待機している。

※6:イゼルローン作業許可
 当然ながら現在イゼルローンは同盟所有となっているので使節団含め帝国入港者は全員IDカード発行となる。嫌な顔されるけど。


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No.28 起きて欲しくない嵐の前

今回から隔週投稿にします(Fallout76タノシー)


 

 三月一八日、イゼルローンを出発した帰還捕虜輸送船団は関係者を乗せてハイネセンに到着した。予定より八日遅れの到着であった。

 

「ご無事でなによりです。お仕事が八日分追加で詰み上がっているのでよろしくお願いします」

 

「そうだろうとは思ってはいたが結構危なかったんだぞ」

 

 対策室チームを迎えに来たヤンにキャゼルヌがげんなりと答える。しかしそのヤンは船団の遅れが届く度に眉をひそめ、航路が改竄されていたという連絡に不安を隠せず、二日間連絡が完全に途絶えた時は文字通り死んだような顔色になっていた。フレデリカは一部始終を見ていたが(言ったら恐らくヤンにぼやかれるので)口にしない。しかし、対策室の人達に丸見えだったので遠からず耳には入るだろう。

 

「では国内情報のまとめですが……」

 

 久しぶりに対策室主要メンバーが集結しひとまずの情報交換が開始される。といってもイゼルローン出張組からの報告は大体受けてきているので出張組が手にしにくい情報が主になる。そして当然ながら説明役はヤンではなくフレデリカである。

 

「事前に頂きました帰還者リストのデータ照会は完了しています。危険思想の記録がある人やそれらの層へ深い接触のある人などについては本部長指揮下で結成された特務班にて動向調査などを行う予定です。また、フェザーン方面からについては定期的に解放される帰還兵(※1)の確認を情報部が随時行っている関係もありそちらから情報を回して頂いてるそうです。その情報によると交換式と同時期に通常よりも多くの兵が帰還するとの事。イゼルローン方面とセットにして特務班が対応するという事です」

 

「データ照会は先に出来たが兵の帰還そのものは今日だからな、調査といってもこれからだろう。これは専門外なのだがそもそも何か悪さをしようとしたとして国を揺るがす大騒ぎだ。直ぐに起こせるものではないだろう?」

 

 フレデリカの説明に頷きながらキャゼルヌが尋ねる。

 

「ただのテロで終わらせず大事にするのであれば規模に相応しい大義名分と旗頭が必要です。事を大きくするのであれば、地方との連携も必要ですがこれから接触していかなくてはいけません。取り込む相手を選ぶのにも一定の時間は必要でしょうから少なくともこれから動き出すそれらの尻尾を特務班が行う動向調査で掴めるかどうか、になるでしょう。そういう規模であればどれだけ急いでも一ヵ月はないと形に出来ません」

 

 ヤンも考えていたのかすらすらと回答が返ってくる。

 

「そういうものか。それでだな、少佐もユリアンもそれらしき"匂い"は感じられなかったそうだ。実際の所、二〇〇万人対二人での限界はお前さんも織り込み済みだとは思うがな」

 

 キャゼルヌが横目で同席している両名を眺めながら言う。二人は"申し訳ありません"と恐縮するがキャゼルヌの指摘通りなのでヤンは気にしない。

 

「それは仕方ないさ、そこまで見え見えで来ることは無いしね。それはそれで良しとしてお願いしていた方はどうなったかな?」

 

 ヤンがラインハルトに追加でお願いしていた事を聞く。

 

「はい。そちらに関しては現地の司令部に許可を頂き、古巣にお願い事はしておきました。回答に関しては丁度こちらに来る予定だった方がいましたので明日か明後日にも私を訪ねてくるという名目で挨拶に来るそうです。それとウランフ司令が選別した幹部にのみ要件を伝えた形になりますが予想外の方から一つ提案というか推薦が来てまして」

 

 そういうとラインハルトが封書を一つ取り出す。ヤンが受取り裏を見ると良く知っている後輩の名前と書かれており思わず"うわぁ"っと呟いてしまう。

 

「どうした?」

 

 キャゼルヌが不思議そうに尋ねるとヤンはその裏を見せ、キャゼルヌもやっぱり"うわぁ"と反応する。とりあえずヤンが封書の中を確認し、メッセージらしき用紙と同封されていた古びた鍵を取り出す。そしてメッセージを確認する。

 

「うん。まぁ、確かに目的は達せられそうだけど、民間人を巻き込むのはなぁ」

 

「そもそも俺はお願い事の詳細を知らん。もうそろそろ教えてもらってもいいか?」

 

 ヤンがぼやきを聞いてキャゼルヌが尋ねる。

 

「そういえばまだ詳細は先輩に話していませんでしたね」

 

 そういうとヤンが説明を始める。

 

 工作対策としては本部長指揮下で結成された特務班がメインになる事になっているのでこちら(対策室)としては"表に出せない万が一への備え"の手を打っておこうという事にした。それは1:統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官の両名に対する追加のSP(但しこれは日常的に張り付くのではなく(そもそも日頃からSPは付いている)必要に応じて周辺で目を光らせるのが目的)、対策室(場合によっては本部長や司令長官)が使える影のMPの用意、そして2:(考えたくもない)万が一に備えた外部との連絡手段の確保である。その為に1:薔薇の騎士連隊から密かに人員を借り受ける、2:地上戦の専門家である薔薇の騎士連隊に知恵を借りる(※2)、という手段を取ったのである。当然ながら統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官からは内諾と非公開の命令書を受領している(※3)。

 

「それで少佐の古巣をメインに、か。でもあれはイゼルローン常駐だろ? こっちに来る予定の人がいたっていってもこちらに待機させるわけにはいかないんじゃないか? …………って、ん、あれ? 少佐、そういえば"連隊の事務所"ってどうなってるんだ? あれもイゼルローン常駐か??」

 

 ヤンの説明にキャゼルヌが当然の反応を出しかけて何かを思い出したらしくラインハルトに話を振る。

 

「副室長の疑問に手短に応えますと連隊の事務所は今後もハイネセンです、しかも少し規模が拡大します。後日挨拶に来た際に説明しようと思ってましたが……今軽くやってしまっていいですか?」

 

 ラインハルトが二人に確認を取る。実際の所、薔薇の騎士連隊は特殊すぎて通常の部隊運用の枠を逸脱している。二人が目線で"どうぞ"としているのを確認するとラインハルトが薔薇の騎士連隊の事情というものを説明し始めた。

 

「そもそも副室長のおっしゃった"連隊の事務所"。これをどうするかで連隊内でも悩んだようです」

 

 薔薇の騎士連隊は帝国の亡命者によって編成される都合上、通常の募兵とは別のルートが必要である。また、士官においてもまず第一に戦士としての強さが求められるので志願兵卒上がりからの現場叩き上げが大半を占める事になる(※4)。これらの募兵と下士官の士官過程への推挙・調整・支援等を取り仕切り、そして後援者(亡命者とその子孫たちよる支援団体)への対応を行うのが連帯司令部とは別となる"連隊事務所"なのである。そしてこの連隊事務所をイゼルローン常駐に伴い一緒に行くか? となり結果としてNoとなった。なんてことはない、イゼルローンに窓口を移動してしまったら志願者が集まらない。最前線の要塞である。関係者以外がほいほい行ける場所ではない。

 

「それで事務所はハイネセンに残り営業を続けることになったのですがそれとは別に陸戦の頻度もこれから大きく下がる事が予想されるので例年通りの志願者数でも予備部隊編成に人を回せる計算になりました。これに対応する為にイゼルローンに移動した司令部の代わりに新兵及び予備部隊を教練する指導隊が発足。その基幹要員がイゼルローンからやって来たという運びです。事情は話していますのでこちらの手伝いもする事を前提とした人選を行っています」

 

「了解。そういう事であれば都合がいい、向こうの本業に迷惑をかけない程度に協力してもらおう。けど問題はこっちだ……」

 

 そういうとヤンが"後輩"からの便りをひらひらさせる。

 

「民間人、との事ですが?」

 

 話を一旦巻き戻して、ラインハルトが尋ねる。

 

「うん。後輩、アッテンボローのお父さんはジャーナリストでね。この親有りてこの子有りというべきかなかなかにひねくれたお人らしい。本心はともかく"反権力という立ち位置"での報道を続けている人らしいから想定している"最悪の状況"での連絡手段確保協力をお願いしちゃうと良い意味でも悪い意味でもジャーナリストとして張り切ってしまいそうで……」

 

「軍人の立場からしたら友好かつ協力的な民間人は有難いのですが同時に非常に困りますね……安全な所からの情報・支援のみでお願いしますといっても後ろからこっそりカメラと通信機器持って追いかけてきそうですし」

 

 う~ん、と三人で頭を傾げる。というのも事前にアポを取ると"今、こういう事考えてます"と言わねばならないし事が起きた後だとそもそも接触できるかが判らない。そもそもヤンは民間人を巻き込む事をまったく想定していなかった。

 

「今日明日事が起きるというのはありえないので一旦保留で、後は薔薇の騎士の人達を交えて詳細を詰めよう。式典後だから数日後といった所だと思う、日付の方は少佐が確認しておいてもらえるかな。向こうの予定にこっちが合わせる形でいいよ。さて、私はこれから司令長官の所に行かないといけないから対策室としての立ち回りについては一旦これでおしまい」

 

 そう言うとヤンがそそくさと準備を始める。

 

「何か特別な用事でも?」

 

「フィッシャー少将の第二艦隊が近々出撃予定なんだ。先延ばしにしていた事とか色々やってもらう予定になってるしなによりも再編成後初めての星域外行動だからその打ち合わせにね。じゃ、行ってくる」

 

 ラインハルトの問いに短く答えるとヤンはフレデリカを伴って出発する。"嵐が起きるのだとしてもまだしばらく時間がある"、そう考えていたのだが嵐となる台風の目は既に足元で渦を巻き始めていた。

 

 

 

「まず最初に。前にも話しておいたが先日到着したものに含まれているという話の"後続者"たちであるが当然あ奴らも厳しくマークしている。なので直接の接触は持たず、最低限の情報交換のみとし独自に動いてもらう形を取ろうと思う。そうすればそれ自体がこちらを隠す陽動になるだろうからな。あとは私の方で弄る事ができるだろう。故に事を成す本命は我々だけという気持ちを持ってもらいたい」

 

「それについては了解済みであるが名目上の旗頭の件はどうなった? いないのであれば貴官がそのままなってもいいのだが貴官だと正直な所、世間一般的な認知度はあまりないだろう。実力者である事は軍内部なら知らぬ者はいないだろうがな」

 

「候補者についてはある程度絞り込みは行えたが有力者が退役済みや遠方任地といった事もあり諦めるしかない状況になっている。残りの候補者になると確証を得られる感触が無い。最終的には誰かに絞って"事後承諾を得られる環境を作る"しかないだろう」

 

「貴官がそういうのであれば任せるしかない。しかし貴官で全て背負い込む必要はない。我々は同志だ。出来る事があればなんでも言ってもらいたい」

 

「その必要が出たら有り難く力をお借りする。……では、始めよう」

 

 

「ネプティス、カッファー、パルメレンド、シャンプール。この四ヵ所で可能な限り艦隊戦力を吸収する」

 

 ディスプレイに映る星域図に四つに光点が存在する。

 

「現在、艦隊は実働が三つ、形だけは編成完了し訓練中なのが二つ、艦隊編成前の再編中の小部隊が多数となっている。まがりなりにも五個艦隊が存在する以上、地方の決起に対してある程度は吐き出さないと軍として示しがつかない。その上で薄くなった中央を取る」

 

 静かな会議室に静寂が訪れる。異議が出ない事を確認するとその男が続ける。

 

「少数の兵で要所を抑えなくてはいけないが動かす名目は立っているので直前まで"それ"である事は気づかないだろう。目標は二つ。政治から軍事までの指揮系統を制圧し、麻痺させる事。次に軍民問わず軌道衛星帯に関係する機能を掌握する事。前者は当然ながら敵対する組織を封じる為であり、後者は内外問わず敵になりうる戦力を封じる為である」

 

「戦力を封じるのは首飾りの役目であろうが封じ込めれるのか? 首飾りは数個艦隊に匹敵する戦力と称されているが状況次第ではその数個艦隊の敵が外に存在するのかもしれないぞ?」

 

 主導者らしき男の言葉に初めて異論が投げかけられる。

 

「それについては力攻めしない事を期待するしかない。と言いたい所だが恐らく手を出さないだろう。"犠牲が出ようと叩き潰して後から回復させればいい"と考えることが出来るのであれば現状のような腑抜けた整備計画など立てはせぬ。故にどこかで一時的な膠着状態になるだろう。そこからの交渉がある意味決戦といえるやもしれん」

 

「交渉? それが出来るのであればこうして立つ必要もないのではないか?」

 

 他の者からも異論が出る。

 

「それは無理だ。軍首脳部は現状の貧弱な体制のままでいる事を自ら選び、政治はその口車に乗った。あ奴らは帝国を打倒するという国是に従わなかった、つまりそれは国に背いたといえるだろう。そういう輩に国としての正しき道を示し、理解させなければならん。帝国打倒の国是を果たす為には十分な兵力を蓄え、主導権を取り続ける必要がある。その為には悠長なことをせず十分な戦力を早期に回復させ、相手の領域で受け身ではない戦いを続けなければならぬ。そういう意味では我らもあ奴らも今、目的は違えど国内で血を流す事は望まないのだ。対峙したうえで正しい政治を取り戻し、そのうえで政治と交渉させる。それが筋道だ」

 

「我々はあくまでも国是に反した政治・軍事を正す事のみが目的。という事だな」

 

「そうだ。故に軍民問わず、相手が仕掛けてこない限りこちらからは撃たぬ。血を流すのは軍人の役目であり、それはここではないのだ」

 

 かなり厳しい事であるのは判っている。口だけでは改めない輩を血を流す事なく口で改めるような環境を作るというのだ。しかし、そこまでして今、改めなくてはいけないと考えている人は沢山いる、だから今こうして集まる事が出来る。

 

「では、四ヵ所における初動の詳細なのだが…………」

 

 

 静かに白熱する会議を一番後ろの席から冷めた目で見つめる男がいる。男の名はアーサー・リンチといった。

 

(まぁ、頑張れや。成功失敗はリクエストに入っていないのだがやるからには成功した方がありがたい。手配はしてもらえるがその方が"帰りやすい"からな。それにしてもこれは)

 

 そう考えつつリンチは手元の紙を見つめる。そこには政府発表と軍内部で公知されている軍再建計画の概要が記載されている。

 

(現状を踏まえた一案としては悪くないと思うんだがな。これでも駄目でここまで熱中できる奴らなのだがらある意味うまくいくかもな。それにしても……)

 

 紙の中に所々出てくる名前にどうしても気がひかれる。

 

(ヤン・ウェンリー"中将"ねぇ。新しい捕虜達からちらほらと名前を聞いてはいたがあのやる気のねぇ中尉殿がここまで重要人物になっているとは。そりゃ俺も年を食うわけだ)

 

 そこまで考えると"おしまい"とばかりに紙を放り投げる。会議はなおも白熱している。しかしリンチはただそれを憮然といえる表情で見つめるだけだった。

 

 





 実際の所、ヤンがラインハルト(結果として+ユリアン)を送り込んだのは一歩間違えば複数年レベルで対策室籠りになりかねない事もあり理由を付けて色々な場所なりを経験させておいた方がいいという(彼にしては珍しい)気配りです。

※1:フェザーンからの帰還兵
 高年齢、病気持ちなど労働力等にすらならない人達、そして相手にいた方がありがたい能力(=無能)の士官達を中心にやっかい払いの形でフェザーンの同盟国弁務官事務所に一方的な通告と共に現品を送り込んでいる。帝国としては労働の過程にて不運にも死亡してしまう事は仕方ないとしてもそれ以外の理由での死については罪悪感(?)があるのか帰還させてあげているのである。

※2:薔薇の騎士連隊の知恵
 特殊環境下における非常時の地上~宇宙間の連絡手段の確保は地上戦要員にとって死活問題となる。なので考えたくもない万が一(首都星における通常通信環境のマヒ)の時にどのように外部との連絡手段を手に入れるか(用意するか)について恐らく同盟軍で最も経験値を積み重ねているであろう薔薇の騎士連隊にまずは知恵を借りてみようと考えた。艦隊側視点であればヤン本人も考えることが出来るし相談できる人も近くにいるのだが地上戦要員のツテはそこ(薔薇の騎士連隊)しかないしそこが一番優秀なので当然ながらそこに聞けばいいという話である。

※3:正式な命令書
 これない状態で勝手に人の移動なんて手配した(させた)のなら当然ながら罰則、どころか首も飛びかねない職権乱用である。

※4:兵からの叩き上げ
 シェーンコップも本作のラインハルトもこのルート。というか連隊規模維持でかつかつなので正式な士官学校を出た酔狂な亡命者新米少尉がやってきてもまず1年(中尉になるまで)じっくりと、などという事は無くいきなり小隊長として突っ込む時が多々あり、そしてさくっと死ぬ。本来新米少尉はベテラン下士官に補佐されて(又は実質的な指揮官として動いて)勉強するものなのだがここだとそんなまどろっこしい事はせずその下士官を指揮官(少尉)にしちまえ、がまかり通っている。なんであれ個の勇がないと何もできない部署なのである。


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No.29 起きて欲しい嵐の前

 三月二四日、捕虜交換式に出席したシュヴァルベルクとキルヒアイスは迎えに来た一個艦隊(クエンツェル大将)に守られ、オーディンに帰還した。

 

「叛徒に対する迎撃からなので半年くらいか。まことにご苦労をおかけしてしまった」

 

 司令長官室で出迎えたミュッケンベルガーがまずは礼を述べる。

 

「式が終わるまで外部との連絡は一切禁止とする。いきなりそのような命令が来たときは驚きましたが少なくとも交換式が終わるまでは秘匿にしたかった訳ですな」

 

「いかにも。フェザーン経由でいつか漏れるのは仕方ないとしてもあの式の時に誰かが口にしてしまう事は避けたかった」

 

 それ故にシュヴァルベルクとキルヒアイスが"それ"を知ったのはイゼルローンを発ってから数日後であった。その後、傍受を恐れある程度限定された情報しか受け取れないまま帰還となったのである。

 

「お伝えした情報も重なりますがまずは事の流れを説明させていただきます」

 

 実質的副司令長官格であるシュヴァルベルクが相手なので端役に任せる訳にはいかずアーベントロートが説明役となる。この中になってしまうと流石にキルヒアイスはおまけである。

 

 

 時は新年、銀河帝国第三七代皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世の戴冠式までさかのぼる。

 

 軍代表、ミュッケンベルガー元帥の祝辞は質素ではあるがその人柄と貫禄故にその力強さは皆、納得するものであった。

 貴族代表、ブラウンシュヴァイク公爵及びリッテンハイム侯爵の祝辞は荘厳であったがその姿には何か空虚なものがあった。

 

「そなたらはまことに帝国の柱であり……」

 

 エルウィン・ヨーゼフ二世が皇帝としての最初のお言葉を述べる。ゆったりとした口調なのは性格などではなく一〇歳という身の上を考えると一生懸命覚えたのを丁寧に思い出しながら述べているのであろう。

 その姿を幕の裏ではらはらしながら見守る女性がいる。シュザンナ・フォン・ベーネミュンデ子爵、先帝フリードリヒ四世の寵姫であり侯爵夫人の称号を得ていた彼女は先帝の崩御に伴い侯爵夫人の称号を返上、実家と同じ子爵位を一代限りで授かり独立しベーネミュンデ子爵となった。そして正式にエルウィン・ヨーゼフ二世の養育係を拝命したのである。

 一〇年程前の先帝に対する寵姫献上争い、それに嫌気がさしたのか年齢からなのかその頃から先帝は"そっちの事"への興味を急激に失い残った趣味である造園に没頭する日々を送っていた。それを察したのか皇帝の種や寵愛(=間接的権力)を求める寵姫献上の動きは鳴りを潜め、現金な者たちは次期皇帝候補への売り込みを開始し、ブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家は貪欲にそれを飲み込んでいった。そして現役でありながらゆったりとその存在を薄めつつあった先帝に最後まで寄り添っていたシュザンナは先帝を傍らにありながらエルウィン・ヨーゼフの養育に関わり始める。彼女が彼の養育に乗り出した理由について正式な記録は残っていない。しかしその理由は誰にでも察する事は出来た。

 

「あの者らの娘に継がせる訳にはいかない。あの人が亡くなられるまでに必ずや皇帝に相応しきお方に育っていただきます」

 

 その一念で養育係を厳選し、数少ない反二大貴族をかき集め、彼女は蟷螂の斧に等しき抵抗を開始した。激しい癇癪持ちであるエルウィン・ヨーゼフに厳しい躾として手を上げるのは彼女の役目であった(他の者は恐れおののいてそういう事を出来ない)。しばらくすると肝の座った他の養育係にも"躾"が出来る者が出始め、癇癪持ちは完全には治らなかったが少なくとも"(暴れて)いい時と悪い時がある"という事を身に染み付ける事に成功した。

 

「これからも帝国の為、余に忠義を尽くしてもらいたい」

 

 お言葉が終わりどうやら間違いなく言えたのであろう、ほっとしたような顔を見せる。こういう時にはやはり年齢相当の顔を見せてしまう。

 

「帝国臣民、その忠義は常に陛下の元に。もし陛下のお心に反する者がおらば、必ずやうち滅ぼしてご覧にいれましょう」

 

 首を垂れ、ミュッケンベルガーが恭しく応える。

 

「帝国の正道に背きし者は必ずや神罰が下るでありましょう」

 

 ブラウンシュヴァイク公が応え、リッテンハイム侯と共に首を垂れる。

 

 その姿を周囲の者は複雑な心境で見つめていた。ミュッケンベルガーは"陛下のお心に反する者"と言った、そしてブラウンシュヴァイクは"帝国の正道に背きし者"と言った。ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯、そして彼らと意を同ずる者たちにとって"帝国の正道に背きし者"とは誰の事なのか。流石にまだそこまでの"教育"はされていないのであろう、その言葉の意味する所をエルウィン・ヨーゼフ二世はまだ理解する事は出来なかった。しかし当事者達にとってそれは実質的な"宣戦布告"とも取れる宣言であった。

 

 これで腹をくくったのか元々くくっていたのか、その後ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯は中央(政府)から距離を置き、理由を付けては諸侯らとの会合に勤しみ始めた。戴冠式の言葉にせよこの会合にせよ表面上は形どっている為、政府(=リヒテンラーデ)にしても咎める理由とする訳にはいかない。そもそもお互いに大義名分の為、出来るものなら相手に先に手を出させたいと考えているからには口を出せない。それが判っているのでブラウンシュヴァイク公やリッテンハイム侯は建前だけはきっちりと守りながらも準備を進める。そして機が熟したと判断した二月一一日、オーディンにおけるブラウンシュヴァイク公の別荘があるリュプシュタットの森に集合した者達によって通称「リュプシュタットの盟約」と呼ばれる決起宣言が行われた。

 

 

 伝統ある貴族社会の合意が無く行われた皇位継承は帝国の正道に背くものでありリヒテンラーデは宰相執政就任という権力簒奪をもってその野心を明らかにした。

 かの者を排すると共に傀儡として擁立された新帝をその楔から解放し、帝国の政を正しき形に戻す。

 それこそ伝統ある帝国貴族の責務である。

 我々はただ、帝国を正しい姿に戻したいだけであり、もし非を認め悔い改めるのであれば対話のテーブルは常に用意してある。

 しかし、このテーブルにつかぬというのであればやむを得ず実力を用い、その座から退いてもらうまでである。

 

 簒奪者の暴挙に臆するなかれ。まこと帝国に従う志あらば我らの元に集え。共に真の帝国の道を歩まん。

 

 盟主:ブラウンシュヴァイク公オットー

 副盟主:リッテンハイム侯ウィルヘルム

 

 

 参加した貴族三三七〇名、最終的に集結した軍事兵力は正規軍・私兵を合計し二六四〇万名。彼らはこれを"リュプシュタット帝国正道軍"と評した(※1)。

 

 

 この決起に対し政府、つまりはリヒテンラーデ公(宰相兼摂政就任に伴い、侯爵より陞爵)と軍部の動きは迅速であった。そもそもこうなるように精神的に追い詰めた側である。その時が来たら何をするかなどという事は前々から定まっていた。

 

 宇宙艦隊におけるいわゆる"貴族枠"となっていた六個艦隊の司令官を解任。

 過去にさかのぼり、この"貴族枠艦隊司令官"としての昇進を取り消し。

 盟約署名者に対し、最初で最後の弁明を行う機会を与える事を皇帝名義で通達。

 etc

 

 これに対し盟約側は無言をもって回答とし、自領へと引き上げる。貴族枠艦隊司令官達もその直属部隊(※2)と共に去っていった。そしてこれを正規軍側は事前に防ぐことも打ち倒す事もしなかった。こちらもある意味覚悟を固めており"全部吐き出させてからまとめて薙ぎ払う"と決めていたからである。そして各人の軍事的旗色(+中立)が明確になった所で、それぞれ手持ちとなった兵力を再編する事になる。尚、この最中にシュヴァルベルク達が帰還するタイミングが重なる為、出迎えの艦隊を("何があっても最悪の結果にはならない"クエンツェル大将を司令官として)送り込んだ。

 

 ●正規軍

 盟約側として離脱した艦、戦闘可能な練度に達していない艦(※3)を除き艦艇数一六八〇〇〇隻、これを貴族枠艦隊六個を除く元の一二個艦隊+新規一個艦隊の合計一三個艦隊として再編。戦闘可能な練度に達していない艦(一〇〇〇〇隻)は予備とし合計一七八〇〇〇隻。盟約側として離脱した将官には高級指揮官は含まれていないが中堅指揮官級人材などは少なからず抜けてしまったので緊急の穴埋めとしてこの戦いが終わるまでという期間限定の特例措置という形で実力者の抜擢を行う事で埋めた。

 尚、首都防衛及び万が一の同盟軍再侵攻への備えとして数個艦隊の首都常駐が必要と見積もられている。

 また、正規軍に属する各星域治安維持部隊に対し治安維持に必要な最低限の数を残し、残りを星域単位で集結させておくようにと指示を出してはいるが総数で言うなら広大な貴族領の防衛部隊(=治安維持部隊)に対し劣勢である。

 

 ●盟約軍

 軍事兵力は正規軍・私兵を合計し二六四〇万名、艦艇数は二〇万以上と号しているが貴族領の防衛兵力も含んでいるので丸々正規軍と当たるわけではない。総司令官にブラウンシュヴァイク公、副司令官にリッテンハイム侯、各司令官格には貴族枠艦隊司令官経験者などを中心に編成。彼ら幹部を支える幕僚として彼らのお抱え軍人(貴族枠艦隊や私兵艦隊を実際に指揮運用している人達)をかき集め総司令部を結成。総司令部の指示の元、各家や一門などで集合し数千隻単位で部隊を編成、さらにその部隊を複数組み合わせて艦隊とする。艦隊と部隊の指揮官は貴族としての格を考慮したものになっており総司令部→艦隊司令部→部隊司令部の指揮系統は"指揮官の艦隊指揮能力を考慮しないのであれば"スムーズに進むものになっている。各部隊は貴族枠艦隊が持ってきた正規軍用編成・訓練プログラム(※4)により部隊としての形を最低限整えている。また、総司令部(=貴族枠艦隊司令官経験者)はその経験を元に"各家のお抱え軍人を艦隊・部隊司令部に必ず配備し、参謀乃至実質的司令官としてその能力を活用する事"という訓示を出し、少しでも艦隊能力が向上するように仕向けた。

 結果として動かせない貴族領防衛兵力を除き、九個艦隊+独立部隊多数で一三九〇〇〇隻が正規軍と直接対峙する機動兵力として用意される事になった。

 

 その状況下で盟約側は"本月末日までに対話の意志を示さぬのであれば武をもってその不義を正す"と最終勧告を行い。政府側は"拝謁し陛下に釈明する事こそが対話である"と返答。お互いが望み、なるべくしてなった全面戦争がもう目前となっている。そのような一触即発の状態となっている時にシュヴァルベルク達は帰還したのである。

 

 

「いやはや、やっと帰って来たかと思っていたが……。どうやら一休みする時もないようですな」

 

 いざ事が起きれば再び数か月は休む暇はない。シュヴァルベルクが諦めたかのように呟く。

 

「申し訳ありませんが閣下は既に副司令官として任命されておりまして、色々と手続きや準備をして頂く必要が出てしまっております」

 

 流石に申し訳なさそうにアーベントロートが書類を差し出す。その書類をシュヴァルベルクがやれやれといった表情で受け取る。

 

「もうやる、と決まっているという認識でよろしいかな? 戦の手立ては立っている、と?」

 

 書類を流し見しつつ、シュヴァルベルクが確認を取る。

 

「次代に残さぬ為に盟約とやらに名を連ねた者たちは潰す。家に残された者達は条件次第では存続を許すがそれなりに身を削ってもらう事になるだろう。そして戦の手立てについてはこれから詰めていく所だ」

 

 ミュッケンベルガーが応え、傍らで静かにしていたキルヒアイスに目を向ける。"これがお前の仕事だ"と視線が語りキルヒアイスは静かに頷き返す。

 

「状況は既に後戻りも止まる事も出来ない所まで来ている。遥か古の言葉でいうのであれば"賽は投げられた"という状態らしい」

 

 そう締めくくるとミュッケンベルガーが席を立つ。シュヴァルベルクやキルヒアイスも席を立ち、各々が自分のやるべき事を行う。起こるべくして起こした嵐は目の前に迫っていた。

 

 

 ──────────────-正規軍及び盟約軍の編成──────────────-

 

 ●正規軍

 ミュッケンベルガーが掌握していた正規軍一二個艦隊からも盟約側に参加する為に抜け出す艦は多数いたので貴族枠艦隊残存で穴埋め、その残りでなんとか一個艦隊編成できそうだから編成、さらに残ったのが戦闘可能な練度に達していない艦となる。

 

 艦隊司令官(及び序列)は以下の通り。

 

 ミュッケンベルガー元帥

 シュヴァルベルク上級大将(※:正式に副司令長官拝命)

 メルカッツ上級大将

 ヴァルテンベルク上級大将(※:首都防衛艦隊)

 カルネミッツ大将

 アイゼナッハ大将

 クエンツェル大将

 シュターデン大将

 フォーゲル大将

 ファーレンハイト中将

 フレーゲル中将

 ケンプ中将

 ロイエンタール中将

 

 グリッセリン"元"中将が軍規違反等の罪で軍籍剥奪、後任として同艦隊よりカール・グスタフ・ケンプ少将が期間限定特例措置昇進。フレーゲル中将は司令官として不向きであったディッケル中将(アイゼナッハを艦隊指揮に専念させる為、彼の主任務であった後方任務に専念)の代わりに指揮を取る事を命じられる。オスカー・フォン・ロイエンタール中将(期間限定特例措置昇進)は急遽編成される事になった一三個目の艦隊司令官として通称"艦隊司令官有力者枠"となっていたシュヴァルベルク艦隊先頭集団分艦隊司令官から引っこ抜いて着任させた。尚、イゼルローンに行く羽目になったシュヴァルベルク帰還前の決定であり完全に艦隊司令官未許可のぶっこ抜きとなる。ロイエンタールが勤めていたシュヴァルベルク艦隊先頭集団分艦隊司令官の後任はミッターマイヤー少将(こちらは正式昇進、門閥貴族とのゴタゴタで一階級低くなっていたが手切れになったので元に戻す意味で"あの時の降格は無効"という処置を取った)

 

 

 ●盟約軍

 中核兵力の一つはいわゆる"貴族枠艦隊"から持ち帰った艦。これらは正規軍所属でありながら徴兵先などを自領などからかき集めており、実質的な"もう一つの私兵艦隊"となっていた。それとは別に他艦隊(上記正規軍艦隊)や地方(辺境)警備隊などからこまぎれに参加する艦が各々集まって来た。

 

 艦隊司令官(及び序列)は以下の通り。(最後の()は派閥)

 

 ブラウンシュヴァイク公爵

 リッテンハイム侯爵

 ジェファーズ侯爵(リ)

 アイゼンフート伯爵(ブ)

 アヌフリエフ子爵(リ)

 ヒルデスハイム伯爵(ブ)

 サブロニエール子爵(ブ)

 モントーヤ男爵(リ)

 ウシーリョ伯爵(ブ)

 

 基本として貴族枠艦隊の艦隊司令官がそのまま艦隊を率いる形になった。貴族枠艦隊司令官の椅子自体がブラウンシュヴァイク&リッテンハイム両氏から選ばれるものなので両陣営内での有力者であり門閥貴族的上下関係的にも上に立ちやすい人選となっている。彼らと過去の貴族枠艦隊司令官などが総司令部の中核でありフレーゲル程ではないが少しは"立場が人を変えた"者達もいるので"正規軍と対峙する"という現実を少しは理解して彼らなりにかなり必死に編成等を行っている。そういった事もあり頭を抱えている総司令部の人達にはブラウンシュヴァイク派、リッテンハイム派の垣根を超えた妙な連帯感が発生している。

 

 





 それにしてもアーベントロートさんがここまで頻繁に出番があるとは思ってもみなかったのである。そして将来的に後任を考えねばならんのだが・・・・・候補がいないんだよね、貴族系参謀。オの人は無理だし。そういえばミッターマイヤーが司令長官してた時の参謀長って誰だっけ?そもそも司令長官になっても大抵の場合ラインハルトも出張ってるんで現場総指揮官じゃなくて現場前線部隊統率者しかやってねぇんだよみっちゃん。

※1:リュプシュタットの盟約、リュプシュタット帝国正道軍
 以後、これらに関する言葉は"盟約"という単語を使用します(盟約側、盟約軍など)

※2:貴族枠艦隊司令官の直属部隊
 書類上は正規艦隊における艦隊司令官の直属部隊であるが軍から割り当てられた運営用人員以外の要員選出(徴兵先含む)などが全て自家・自領からとなっており、実質的に自領のとは別の"私兵艦隊"となっている。なので掛け声一つで自領に戻るし、そうするのが当たり前という思考になっている。

※3:戦闘可能な練度に達していない艦
 同盟の帝国領侵攻作戦での損害回復の為に新規徴兵され、訓練担当である貴族枠艦隊に配備されていた艦にはまだ最低限の訓練すら完了していない艦が多数残っている。

※4:編成・訓練プログラム
 貴族枠艦隊がその任務としていた新兵訓練の為に使用していた正規軍謹製の教育プログラム。標準的な部隊編成配置と機動運用に関わる情報などが詰め込まれており、部隊の内容(艦種、数など)を入力すると適切な基本編成を作成してくれる。


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No.30 俎板の貴族

2023/3/25追記
 ブラウンシュヴァイク公オットーはフレーゲルにとって叔父ではなく伯父であるとの指摘をいただきました。設定としてはまったくもってその通りです。後日まとめて修正します。


 感想については返信なしで行こう、と最初に決めたのでそれを貫いておりますが全部見てますありがとう。
 ヨーゼフ二世については原作では"躾を直さないまま五歳で即位"ですが本作では"五歳になる前から躾を直し続けて一〇歳で即位"となっております。なのでまぁそこそこ自制は利きます。

 !!!注意事項!!!
 フレーゲルの家族構成に関して
 ※:フレーゲルってのは姓なので父も母もフレーゲルなんですが(笑)ここでいうフレーゲルはフレーゲルであり見分けの為に両親は父・母と記載します。
 原作において自分が調べた範囲でブラウンシュヴァイクの甥というという事以外さっぱりだったので"両親健在"という設定になっています。父は現役の内務尚書、母がブラウンシュヴァイクの妹。ブラウンシュヴァイク家による勢力拡大の為、優秀な官僚であった父を取り込む為の政略結婚。しかし、官僚としてだけではなく政治家そのものとしても優秀であったのか取り込まれる事なく独立した立場を守っている(なので現政権に残れている)ブラウンシュヴァイクは本人の取り込みをあきらめたのか直系男子がいない(娘はいるが彼女を帝位にというのが夢なので実家は継げない)反動なのか乗っ取り(若しくは本家の相続)は次代でという事でフレーゲルをとても可愛がり優遇している。その結果の一つが両親健在にもかかわらず彼個人にも"男爵"の地位が与えられている事である。独自に爵位を得ている事や軍人としての生活もあったりで両親との同居(実家通い)ではなく独立した生活をしている。その家は軍人として染まるにつれて晴れやかさとかそういうものが減ってきており家人も最小限としている為、某幕僚が"居心地良いから"と入り浸っている(のだが裏では独自のセキュリティ構築などを色々とやっている)。


 

(これは駄目だ、伯父上は腹をくくっている。そっち(政略)ならまだしもこっち(軍略)の舞台で争って事を成せるとお思いか?)

 

 式典が終了し、貴族界の知人たちと表面上はにこやかに挨拶を交わしつつ彼は流れるように会場を巡る。彼らは同じような口調でブラウンシュヴァイク公の言葉を褒めたたえ、彼には"期待している"と語りかける。一体、その言葉は表面上の事なのか裏の事なのか? どちらにせよあまり良い気はしない。しかし自分も数年前まではそれを聞いて有頂天になる世界にいたのだと思うと色々と考えるものがある。今ではこの雰囲気にさらされる事自体に違和感を感じるようになっている。

 ある程度、貴族界の空気を感じ取ると彼、フレーゲルは足早に会場を後にする。待たせている家人の車まで行くと当たり前のようにその男が待機していた。

 

「特別呼んだ記憶はないが、どこかで見ていたのか?」

 

「今後の為に映像ではない現場の雰囲気を見渡しておいた方が良いと思いました。一介の佐官ですのでブラウンシュヴァイク家のコネを使ってすら隅の隅ですが」

 

 いつものアントン・フェルナー大佐が憂鬱そうな顔で応える。この男もある意味、貴族軍人両方の世界を跨いでいる者であるし双方から離れた(ひねくれた)視線で見渡す事の出来る頭脳もある。あの場の空気を感じ取るには適任なのかもしれない。

 

「やはり公の……」

 

 フェルナーが何かを言おうとしたのをフレーゲルが仕草で止める。顎で乗れ、と示し車に乗り込む。乗るや否やスイッチを入れ前席と後席間の防音壁を稼働させる。これで二人の会話は運転手(家人)には聞こえない。

 

「結論から言おう。伯父上は腹をくくったと考えていい。従うなり静観するなりするのであればもっと違う言い方にするはずだ。少なくとも陛下を直接称える言葉を混ぜる。例え意中の君でなくとも伯父上は必要と考えればそれが出来る。しかしあれでは完全に隣同士(ミュッケンベルガーとブラウンシュヴァイク)の売り言葉と買い言葉だ」

 

「やはり……」

 

 フレーゲルの言葉をフェルナーがごく当然のように受け止める。

 

「伯父上に最後にお会いしたのはご即位発表前の機嫌の良い時だ。その後の状況は判らんがその発表が実質的な"決裂"だったのだろう」

 

「あなたならお会いしようと思えばいつでも出来るはずでは? …………逃げておりましたか?」

 

 痛い所をつかれ、フレーゲルが苦い顔になる。

 

「正直な所、そうなのかもしれん。心のどこかでもう距離を置きたいと無意識に考えていたのであろう」

 

 思わず本音が出てしまう。目覚めたというべきか毒気が抜けたというべきか、伯父からの期待に対し段々と圧迫感を感じ始めている事を自覚し始めた頃に丁度軍に出された。そこで"現実"を見る事で一気に"抜けてしまった"のだろう。

 

「しかしどこかで明確に立場を決めませんとご自身の為になりません。こちらにしてもそうして頂かないと動くに動けません」

 

 こちらも本音が出ている。誰の為に動くのかはわからぬが少なくともブラウンシュヴァイク家の為に動いていたのであれば今頃こうして会話する事もなかろう、その程度の信頼はしているし現状嫌々ではあるが一番の側近と言わねばなるまい。

 

「分かっている。けじめは付ける。一度、伯父上に会いに行くしその時は本音で語る。最初で最後の伯父上との大喧嘩になるやもしれんがそれはそれで楽しみだ」

 

 肝が据わったのか思わず含み笑いを漏らしてしまう。

 

「まぁ一応この状況下で手を下す事はないのでしょうが…………あなたにならば公も本音を語るかもしれません。それで、"事が起きる"のであれば……」

 

「今の私では伯父上と同じ所に立つことは出来ん。かといって恩もあるし実の伯父だ、討つ事も出来ん。出来るものなら退役し、家に引きこもるさ」

 

「そううまくいくものですかな?」

 

「何もかもわからん。だがはっきりと判る事といえば」

 

 そういうとフレーゲルは悟りを開いたかのような清々しい顔になる。

 

「私はこれから、伯父上の引いたレールを外れて歩いていくという事だ」

 

 

「お疲れ様です。…………えー、その、お疲れ様です」

 

 あれから数日後、ブラウンシュヴァイク家から帰宅したフレーゲルを当たり前のように出迎えたフェルナーであったがその憔悴しきった顔を見て色々と悟ったのか静かに招き入れる。といってもここはフレーゲルの家である。

 

「どうやら、駄目なようですな」

 

 話を聞かせられないので家人を介さず、フェルナーが飲み物やら菓子やらを用意する。フレーゲルがロングソファーに座るどころか寝っ転がるかのように倒れ込み、その行為をぼーっと見つめる。完全な"ガス欠"状態である。

 

「駄目だ。悪い方に入り込んだ時の伯父上だ。あくまでも"帝国としての道に外れた者を正すのは伝統ある貴族の役目である"の一本筋なのだが、その相手が何であるのかは明確なのに明言はしない。それでいて"然るべき時が来たら頼りにしているぞ"だ。もう、自分の都合しか見れていない」

 

「それはもう口論の末の疲労というか何を言っても通じなかったが故の徒労、といった感じですな」

 

「徒労、というべきか……伯父上はそんな状態だが頭は働いている、むしろ日頃よりも回りは早い。だがその方角がよろしくないのだ。なんというか"聞く耳を持たないスピード狂が運転する車の後部座席に座らされている感じ"というか。どれだけ止まるように言っても、方向を変えるように言っても聞いているような返答はするのだが何も変わらないのだ」

 

 ソファーに座り直したが頭は抱えたままにフレーゲルが呟く。話が通れば"口論"も出来る。それで決裂するのであれば"退官したので軍人としての協力は何もできません"と宣言する事も出来る。だがこれでは……

 

「嫌う人も多いのは事実ではあるが伯父上は愚かではない。個人としては賢いし、人の上に立つ者として人々をまとめ上げる器量もある。そうであるからこそ今の繁栄があるのだ。ここまで急に"狂う"ものなのか?」

 

 フェルナーが空いたカップに飲み物を追加し、フレーゲルが吐き出し終わるのを静かに待つ。"レールを外れて歩く"と言ったからにはまずは歩いてもらわないと困るのだ。少なくとも"指示もせず立ったままの主人をそのままにして従者が前を歩く"などという事はしない。そして助言をするにしてもまだそのタイミングには一歩足りない。

 

「そもそも私が伯父上に与するという保証などどこにある。今日の会話をそのまま上に報告するだけで終わりになるかもしれないのだぞ。……しかしあんな状態になっているとなるともはや打つ手が思いつかん」

 

 考え抜いた末の決起であればまだ交渉の余地はあると考えていた。それがこの有様である。軍に出されて苦労もしたがそれ故に何か橋渡し出来るようになれるのではないかと自分に少しは期待もしていた。だが結果としては伯父と軍との板挟み。いや、巻き込まないように距離を置くようになってしまった実家も含むと三方向からの圧迫である。

 

「そろそろ"潮時"なのではないでしょうか?」

 

 フェルナーからしてみれば軽く背を押してみる程度の一言ではあるがフレーゲルにとっては身に堪える言葉である。だがもうその時なのかもしれないという事は判っている。どれだけ恩があろうともまずは己の家であり身を守らねばならない。となるともはや伯父上に追従する事は出来ない。一度目が覚めて(低レベルながら)軍人という目で見るとなると"正規軍に喧嘩を売る"というのがどういう事か、図らずとも分かってしまうのである。

 

「私が伯父上を止めようとしたのは武力に訴えれば即ち"謀反"となるからだ。どれだけ不満があろうともこの即位は合法的なのだからな。そして政府としては謀反を起こして欲しいのだろう。謀反であれば合法的に全てを断つ事が出来る」

 

「ブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家、そしてこの両家を盲信する取り巻き。政府はこれらを合法的に潰したいのでしょう。近年における両家の勢力は一家臣の枠を超えてしまっています。少なくとも軍との協力体制があり、比較的強く安定しているリヒテンラーデ政権だから抑えが効いているのでしょう」

 

「しかしリヒテンラーデ公はいい年だ、本来は隠居してもおかしくはない。だが身を引いてしまえば伯父上達と渡り合える力量を持った政治家がいない」

 

 ここまで話せば何故このような状況になったのかは理解できる。

 

「政府、いやリヒテンラーデ公は両家勢力相手に耐えつつもずっと機会をうかがっていたのでしょう。そして叛徒軍の侵攻を撃退し、しばらくの間は静かになり先帝が亡くなられ継嗣問題が発生した」

 

「後は手を尽くして追い詰めるのみ。私程度がどうにかできる次元ではないのだ」

 

「つまり」

 

 結果は簡単だ。

 

「事は起きる。どうにもならん」

 

 はぁ、とため息をつき、空になったカップをフェルナーに突き出す。

 

「それで、引きこもりますか?」

 

 カップに飲み物を追加しつつ、フェルナーが尋ねる。

 

「駄目だな、中立になったとしてもプラマイゼロではない。この身に流れている血そのものがマイナスだ。ここまでやると決めている以上、私が政府側の気持ちになって考えるのであれば中立になろうとも愁いを断つ為に私も理由を付けて潰す。何せ私はブラウンシュヴァイク一門の頭領後継候補筆頭格だからな! 政府に恭順せず生き残ったら残党のいい旗頭だ」

 

 自分で言って"そうなんだよなぁ"と思うしかない。事が起きるのであれば生き残る為にはあちらに立ってあちらを勝たせるかこちらに擦り寄って身を粉にして働いて"潰す事よりも役に立つ"と証明するしかない。前者は無理、となると後者で生き残るしかない。叔父上"が"謀反を起こすのであれば叔父上"に"謀反するしかない。

 

「戦後が大変でしょうがまずは生き残らねばなりませんからな」

 

「ところで、お前はどうするのだ?」

 

 そろそろ、きちんと聞いておいた方がいい。

 

「今更聞きますか? それを?」

 

 含み笑いを浮かべ、それのみを答える。だがそれだけでもあり難い。

 

「ご助言頂きまして家族はいつでも長期旅行を半年ほどですが行けるように手は打ってあります。しかし……」

 

「しかし?」

 

「如何せん一介の大佐の給与ですので家族全員が安全なリゾート地やらフェザーン観光巡りとか半年するとですね、先立つ物がないものでして、予約は何時でも出来るようにはしているのですが……」

 

「ブホッ!!」

 

 思わず飲みかけのコーヒーを吹き出しかける。

 

「口座を教えろ、振り込んでおく。伯父上も使っているフェザーンの秘匿口座からだ、足はつかん」

 

「有り難く。これからもよろしくお願いします」

 

 どっちが上でどっちが下なのだ。

 

「ふぅ。なんか真剣な悩みが全部吹き飛んだ。何も解決していないのだがな」

 

 流石に狙ってやったという事は無いだろう。

 

「それくらいで丁度いいのでは? あなたはご自身がお考えになる以上に良い判断が出来ます。変な方向に曲がりかけたのなら私が突っ込みますし出来る範囲でひん曲げます。お家とご自身を守る事、まずはそれに集中なされませ」

 

 そうだな。そうするしかない。伯父上には恩を仇で返す事になるが身を滅ぼす負け戦に乗る程の阿保ぅではない。

 

「フェルナー」

 

「は」

 

「ご家族に内密に旅行と引っ越しの準備をさせろ。近日中に司令部に赴いて立場を明確にする。そしたら我が領に家族共々来い」

 

「御意」

 

 よろしい、ならば戦争だ。事を起こすのであれば、伯父上お覚悟を。

 

 

「貴官のたどり着いた結論は大筋正解だ。国家百年の大計の為、我々の世代における最大の問題を我々の手で終わらせる」

 

 今後の身の振り方について直接お話させて頂きたい。その連絡に対してミュッケンベルガー元帥は一対一の場を設けた。これから起こりうるであろう事と何故それが起きるかについて所感を述べたフレーゲルに対し、ミュッケンベルガーは大筋でそれを認めた。

 

「ここからは全て"その事が起きてしまったら"という仮定ではあるが最も関心のある事はどこまで連座となるか。露骨に言うのであれば貴官とその御両親がどう扱われるか? だな」

 

「はい。フレーゲル家は親子共々伯父に与する事は致しません。しかし我が家はブラウンシュヴァイク本家に最も近い親族であります」

 

 一対一の場を設けた以上それなりに突っ込んだ話もしてくれるのであろう。そもそも"その事が起きてしまったら"と言っている時点で突っ込んだ底の話だ。それならば少なくともフレーゲル家が生き残る条件は引き出さねばならない。

 

「他家であれば中立であればそれでいい。根底に思うものがあっても二度とそういう気持ちを起こす気になれない様に中核を潰せばいい。だが、すまぬが貴官の家だけはそうはいかん。気づいておるだろうが貴官の家は生きていればある意味、その後の貴族界の一つの核になる。それが帝国にとって悪い意味にならないようにこれからも生きるのであれば貴官には働いてもらわねばならない」

 

 うむ、少しは希望を持ってはいたが退官なんて口に出せない。

 

「つまりは先頭に立って戦え、と」

 

「そうだ」

 

 そういうとミュッケンベルガーはいかつい顔をにやりとさせる。

 

「然るべきタイミングで本業でなかったディッケルに代わって艦隊司令官になってもらう。尚、参謀長以下艦隊司令部スタッフはそのまま引き継ぐものとし貴官の現幕僚は全員解任。実際の指揮にしろこちらからの命令にしろ参謀長を中心に行ってもらう。貴官の仕事は先頭に立って相手に姿を見せる事、その上で政府の主張を淡々と相手に伝える事だ」

 

「良い的ですな」

 

「そうだ、的になってくれればそれでいい。あと言っておくが貴官に対して降伏乃至便宜を求める者も出るだろうが一切これに応じる事も秘匿にする事も許さん。歯向かった時点で一切の減刑は無しだ、そしてその相手が出撃したのを確認した場合は優先して貴官の艦隊に討たせる」

 

「これまた素晴らしいお役目で。戦後の役目も大体予想がつきますな」

 

「うむ。しばらくの間は"ぶり返しの潰し役"が必要になるのでな」

 

 いやはや素晴らしい将来設計だ、とことん使い潰すらしい。天秤の片方には"親子連座"が乗っているからもう片方には乗せ放題、我が家であれば中立を謳おうがどのようにでも"罪状"は作ることが出来る。死ぬか、死ぬほど働くか、だ。

 

「ここで否、と言ったらその時点で色々と終る算段なのでしょうな。是非も無し、というものです言われたようにしましょう。その代わりにお家存続の保障を。当然ですが実家の方は少なくとも中立にはさせます」

 

「今、保証はしない。すべては結果次第だ。もし勝利しようとも勲功次第では"ついでに"潰れてもらう」

 

 まさにやりたい放題。ここまでやられると流石に腹に来るものがあるがだからと言ってあちらに走っても大勢に変化はない。自慢にもならないが大勢を動かせる才能などないし軍首脳部にとって自分などは"使えなければ潰せばいい"程度の扱いという事だ。

 

「……わかりました。それと現幕僚で一人、既にこちらというか私個人に就いている者がいます。その者だけは引き続き傍らに置く事をお許しください」

 

「その者が少しでもおかしい動きをしたら貴官の罪とするが良いか?」

 

「結構です」

 

 流石に見捨てる訳にはいかない。想定以上であろうこれからに付き合わせる事になるが選んだお前が悪い、と愚痴をこぼしたら言ってやろう。

 

「では、艦隊司令官に任命された時が"合図"だ。それまでは分艦隊司令官としての通常業務を今まで通りにやる事」

 

 そういうとミュッケンベルガーは立ち上がる事で対面の終了を伝える。まさしく"もうどうにでもな~れ"と言った気持ちでフレーゲルはその場を後にした。

 

 

「改めて、参謀長を務めますエルネスト・メックリンガー少将です。よろしくお願いします」

 

 あれから一ヵ月程度が経過した二月の中旬、先日決起した"リュプシュタット帝国正道軍"に対する政府・軍部の行動は迅速であり全てが予定通りの行動である事は明らかであった。その一環として予告されていた司令官への任命を受け、フレーゲルはなんとかかんとか情報参謀としてねじ込んだいつもの奴(家族全員長期リゾート地巡り旅行中)と二人で艦隊司令部に乗り込む事となった。

 

「ところで、宇宙艦隊司令部からは何処まで話を聞いているのだろうか?」

 

 形だけの挨拶が終わり、艦隊司令官個室にはフレーゲル、メックリンガー、そしてフェルナーの三名のみとなり本音トークが始まる。

 

「心苦しい事ではありますが閣下が元帥とお話になられた内容については全て、となります」

 

 おや? という気持ちになりフレーゲルがメックリンガーの顔色を伺う。己の立場は自覚している。もっと"圧力"があっても仕方ないと考えていたがこれが演技でないのだとすればそれは"後ろめたい"というやつだ。

 

「全てを聞いているのであれば簡単だ、予め言っておこう。事ここに至っては私自身と両親、つまりはフレーゲル家の存続を第一としている。それに必要だと判断したのであれば受け入れるので遠慮なく強権を揮ってもらいたい。階級が上であろうが下であろうが"出来る者に任せてその中で少しでも学ぶ"、それが軍人としての私の処世術という奴だ」

 

「そこまでご自身を卑下に扱わなくても良いかと。例え部下の手腕が全ての結果だとしてもそれを妨げずに行わせたのであればそれは上官の功績です」

 

「何か元帥とのお話以外にも色々と知ってそうだな」

 

 考えてみたら過去の実績(=特にカストロプ動乱)についてはどれだけ知れ渡っているのだろうか? あれを実力と勘違いされても困る。もう隠す必要もないので素直に公けにした方が良いのだがこの艦隊司令官としての"的"が終わるまではしない方が逆にいいのか? 

 

「私は平民ではありますが軍以外の道でそちら(貴族界)とは縁を多く持っておりまして。閣下の事は血筋の事もあり気になり、私なりに色々と探りは入れておりました。なので閣下の"実力"に関しては隠される必要はありませんしこちらとしても艦隊司令官としてぞんざいに扱うつもりはありません」

 

 思い出した。エルメスト・メックリンガー、芸術家として既に名をはせており軍人を辞めてそちらに専念するのならパトロンに手を上げる支援者も多数いるだろうと言われている。彼ならば確かに我々の社交界にも自由に出入りできるだろう。軍人としての才と社交界での交流を考えると自分の正しい評価に辿り着いていたとしても納得がいく。

 

「ふぅ」

 

 思わずため息が出る。

 

「それならば話は早い、私の実力は知っての通りだ。死なない為に多少の努力はしているが程度がある。こんな指揮官の元で死ぬ兵は可哀想だし何より私が生き残りたい。なので実質的艦隊司令官として存分に腕を振るってもらいたい」

 

「承知いたしました。艦隊指揮を私が行う件については宇宙艦隊司令部の命令にもなっていますがこれを逆手に取れば私が指南しつつ動かしても大丈夫という事。辛いお役目でしょうが今後の為に存分に学ばれると良いと思います」

 

「わかった。学ばせてもらおう」

 

 "お目付け役"である事は判っているがどうやらある程度は友好的に事を進められそうである。のだが、この手の学のある人は指南役になった途端に恐ろしくなったりするタイプもいる。油断できん。かといってあの赤毛の完璧人のようににこやかに全てを粉砕されても何か、こう、困る気がする。

 

「ところで……二人で話し込んでしまいましたが彼は閣下がご一緒させているという事は事情を知っている腹心という考えで」

 

「こいつは腐れえ」

「改めて、アントン・フェルナーと申します。ブラウンシュヴァイク家に仕えておりましたがこの度、閣下個人に仕える事となりました」

 

 こいつ、仕えるというのなら主人の言葉を遮って潰すな。なに腹心って言葉に喜んで反応しているんだよ。

 

「宇宙艦隊司令部からは"怪しい動きを見せたら直ちに拘束せよ"と指示されています。大丈夫かと思いますがお気を付けを」

 

 一瞬顔色が変わった。ざまーみろ。

 

「冗談は置いておいて、これからの予定はどうなっている?」

 

 直に事が始まるという訳ではないが今、司令官を拝命したという事は今からやらないといけない事があるという事だ。

 

「その事ですが、新しい司令官を迎え先の叛徒軍迎撃時の損兵補充も完了しております。仕上げとして若干長めの星域外の訓練巡行を行う予定です。予定は一ヵ月程度で巡行ルートとしては……」

 

 そういうとメックリンガーが一枚の地図を取り出す。基本的な星域地図でありルートらしきものに線が引かれているのだが…………

 

「ブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家の重要星域ぎりぎりを進んで集中訓練はその星域への最重要航路にて実施、と。訓練ですから、という建前の軽い挑発行動といった所か」

 

 流石に現実の行動として見ると色々と考える物がある。しかしこの道を選んだからには進まねばならない。

 

「この艦隊は分艦隊単位での動きが主であり、艦隊としての運用はあまりよろしくない。と先の作戦で実感いたしました。その不安を解消する為の艦隊練度上げ、これが本命であり行動範囲についてはついでのようなものです」

 

 この行動が"ついで"になる状況になった、という事なのだろう。

 

「つきましては艦隊の運用について、事前に閣下にご理解頂きたい事をまとめておきましたので習得しておいていただけると幸いです」

 

 そういうとメックリンガーが分厚い書類を取出しテーブルの上に置く。ドスッっとした音がその書類の厚さを語る。

 

「士官学校の教本、高級士官用の副読本などを中心とした書物から艦隊司令としてご理解頂きたい物をまとめておきました。実際に指揮をするしない関係なくその立場であるならば知っておくべき事柄となりますのでこちらとしては訓練巡行中には習得して頂いてその後は"知っている事を前提として"お話させて頂ければと思っております」

 

 いかん。鬼教官だ。本来ならそこ(中将)に至るまでの長い期間で積み上げるべき事を一ヵ月程度で形だけでも身に付けろ、という事だ。しかし彼は少将なのだがこういうのを纏めて出せるという事は既に理解しているという事だ。この手のタイプは自分に出来ない事を他人に求めない。これが実質的艦隊司令官として任される人材という事か。フォンの称号を持っているのなら階級がもう一個上がって"実質的"という言葉が不要になっていただろうな。

 

「私は艦隊の準備や指揮で忙しいので合間合間での確認となりますが、日頃の管理は……任せて宜しいか?」

 

「お任せください。サボらぬ様にきっちりと見張りますのでご安心ください!」

 

 こいつ、嬉々としやがって。

 

「では、改めてよろしくお願いします」

 

「う、うむ。お手柔らかに頼む」

 

 これは色々と、覚悟が必要だ。本当に色々と、死なずに生き抜くっていうのは本当に大変なものなのだな。

 




 普段は優しいが怒ると怖い、は原作キャラに多々おりますが"鬼教官"でしっくりくるのは自分の中ではメックリンガーさんなんですよ。完全に個人の見解である。
 大体一話あたり6000文字程度を平均にしたいなぁ、と。一週間というのはスムーズにいくときは簡単ですが上手くいかない場合は全く足りないといった感じ。なので臨週にしたら少し出っ張る程度、という試算。出っ張り続けて溜まったなと思ったら二話同時に出せばいいかなぁ、と。

9000字だったわ。


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No.31 救国軍事会議

 

「SPは何をしていたんだ!!/していたのですか?」

 

 その報を聞いたとき、打ち合わせ中のキャゼルヌは声を荒らげ、ヤンの声にも普段には見られない棘が混じっていた。

 

 3月30日、統合作戦本部長クブルスリー大将が撃たれた。撃ったのはアンドリュー・フォーク予備役准将、先の戦いに関する事情聴取等を終了しこの末日をもって不名誉除隊となる予定であった男である。退役前の挨拶という形で訪れた彼は最初は普通の会話となっていたが徐々に変調をきたし「やはり、やり残した事があります」「次は必ず勝てるでしょう」「これからを導くには私のような人材が必要」「僕が一番、艦隊をうまく使えるんだ」と"わたしはこれで、組織を首になりました"という自己紹介のような戯言になり、呆れ果てたクブルスリーが静かにそれを制し「今はこのまま除隊となる事。それが君が行える軍への最大の貢献だ」と言い渡した瞬間、ごく自然に動いたフォークの右腕がハンドブラスターを抜き、そして撃った。

 

「現時点で意識不明。回復なされたとしても数か月は入院・治療が必要との事です」

 

 報告書を読むフレデリカの声も曇る。

 

「やはり、薔薇の騎士SPは常時付けておくべきだったんじゃないか?」

 

「表面上、日常と変化ない形にしないといけませんし常備のSP達の体面もあります。付けたいから付けよう、という事にする訳にもいきませんよ」

 

 キャゼルヌの指摘に対しヤンの回答には苦々しいものがある。やろうと思えば付ける事が出来るように薔薇の騎士側の準備は出来ていた。そして警護対象となるクブルスリーとビュコックに確認を取ったが先に上げた理由で安易に増強する訳にはいかず必要と判断した時に両氏から要請を出す、という形で落ち着いたのである。

 

「起きた事を嘆いてもどうにもなるまい。しかし万が一の二度目が起きないように手はうったほうがいいんじゃないか?」

 

「はい、常備のSPを増やしてもらって薔薇の騎士には間接護衛として周辺の警戒をする形で参加する事を進言しておきます」

 

 ここが対策室の難しい所である。本業は国防要綱と長期整備計画制定に関する素案作りとそれに伴う各種提言。基本として直接の指揮命令権のないアドバイサー的存在であり、"○○した方がいい"とは言えるが"○○をしないといけない・しろ"とは言えない。どれだけ先読みしようが所詮は状況証拠とヤン・ウェンリーの頭脳によって導かれたものでありそれを信用するかどうかは受け取り側次第。現職であるクブルスリー&ビュコックの両名の信頼があるからこそ聞いてもらえるのであり人によっては「つべこべ言わずに本業だけやっていなさい」と言われて終わってしまう。そして受け止めてもらえてもその温度差によって成果が異なる。その結果がこの現状だ。しかしヤンは進言を受け止めてもらえている以上、この状況・結果を受け止めている。いや、"受け止めないといけない"と思っている。自分の意のままに事が進まない。それに不満を持ち、自分で全てを操れればと思い、全てを自分で決定できればと思いつめた結果がこの銀河の反対側にあるのだから。

 

 

「個人としては兼任してもらうのが一番信用出来るのですが政治家としては軍部権力を一人に集中する訳にはいかないのです」

 

「もし兼任を打診されていたとしても同じ理由で断っていたでしょう」

 

 宇宙艦隊司令長官室、ビュコックがレベロ議長からの通信に応じている。本部長代理に次長最先任のドーソン大将を任命した事とそれに伴いその支援をビュコックに頼む、その為の連絡である。

 

「国防委員長に確認はしましたが正直な所、序列を崩さないように最先任を代理に任命したというのが実情のようです。ビュコック長官から見てドーソン大将というのはどれだけの信頼がおありでしょうか? 一応次長の最先任という事なので駄目な人ではないと思いますが……」

 

 恐らくこちらが本命の用件なのであろう。レベロ議長は元々財務畑だったが故に軍に深いパイプは無い(そもそも基本的に金を握る側と軍を握る側が仲が良い方が少ない)。そして一番のパイプであったシトレが退役してしまったので頼れる者はそのシトレが推薦した後任者だけである。律儀な人でもあるから数ヵ月とはいえ付き合う事になる(国防関係の定例会議で何度か顔を合わせる事になるだろう)のでドーソン大将の人なりを掴んでおきたいのだろう。

 

「代理として日頃の事務をやってもらう分にはなんとかなるでしょう。重要案件については幕僚総監のヤン中将が概ね把握しているのでそちらに任せるように私からもお願いしておきますし大事な会議には中将にも出席してもらうように伝えておくべきでしょう。あとは彼がそれを嫌がって意図的に妨害でもしようとしない限りは大丈夫かと」

 

「わかりました。ありがとうございます。では」

 

 忙しいのであろう。聞きたい事が聞けたという事でレベロは素早く会話を終了させる。オフになった通信画面を見ながらビュコックは考える。ドーソン大将は細かいところに目が届きすぎてしまうという長所にも短所にもなる才があるのだが重役としてならば完全に悪い方に傾く性格である。下手にやる気を起こして引っ掻き回されなければ良いが…………

 しかし、そのようなビュコックの心配は悪い意味で杞憂に終わる。その後の動乱はドーソンの理解・処理能力を大きく上回り「特別な事はヤン中将に任せると良い」という言葉を都合よく解釈、幕僚総監としてヤンに基本対応を立案させそれを承認する事で事態の鎮静化を図る事にしたのである。良い意味では助言に従っているといえるが悪い意味では職務放棄と見られてしまう、だがヤンにとっては動きやすいという事は確かであった。そして"本命に備えるためになるべく艦隊を出したくはない"と考え、方針を定めようとするヤンの気持ちと裏腹に一度狂い始めた状況は文字通り最悪の事態に転がり落ちていくのである。

 

 4月3日:惑星ネプティスにて軍が武力蜂起、同星が占領下となる

 4月3日:評議会にて軍に対しまずは交渉、同時に鎮圧準備を行なわせる事を決議、国防委員長を通じて正式に伝達

 4月3日:統合作戦本部長代理ドーソン大将よりヤン中将へ幕僚総監として傍らにて助言(実質的指揮)を行うように命令

 4月4日:第四艦隊(モートン少将・七八〇〇隻)に対して出撃準備を指示。ネプティスに対し交渉のチャンネルを開こうとするが応じず(以後の叛乱箇所に対しても交渉チャンネルについては同様)。

 4月5日:惑星カッファーにおいて武力反乱、ネプティス同様の措置。ランテマリオ方面に近い為、ランテマリオ星域方面司令官ドワイト・グリーンヒル大将に交渉(直接の使者派遣含む)を依頼。グリーンヒル大将よりカッファー単独であればランテマリオ星域方面兵力にて軍事対応も可能(※1)との提言があり正式に討伐軍編成を指示。

 4月5日:別件(※2)にてイゼルローン方面に出撃中であった第二艦隊(フィッシャー少将・七八〇〇隻)に対し、予定を変更し一旦イゼルローン要塞までの移動を指示。第二艦隊より先行隊が本体より別れ、イゼルローンに急行開始。

 4月7日:第四艦隊、惑星ネプティスに向けて出撃

 4月8日:惑星パルメレンド、叛乱勢力に占拠される

 4月8日:第四艦隊の目的地を惑星パルメレンドに変更。第二艦隊本隊に対して目的地を惑星ネプティスに変更するように指示(※2)

 4月9日:6日から帝国にて大規模な内乱が発生している模様、という第一報がイゼルローン及びフェザーンより届く

 4月10日:惑星シャンプール、武力勢力の占領下におかれる

 4月10日:第二艦隊の目的地を惑星シャンプールに再変更指示(※3)

 

「しかし、ビュコック君が支持しているとはいえ首都防衛はともかく第一・第三艦隊を残したままでいいのかね?」

 

 各地への指示を終え、ドーソンがヤンに尋ねる(あくまでも指示を出すのは本部長代理としてのドーソン)。

 

「この四ヵ所の叛乱が"それだけ"のものでしたらこの兵力で鎮圧は可能です。大きな計画としての本命の為の陽動だとすればそれに備える事が必要になりますし帝国の動きも不明です。現在、本部長隷下となっている特務班が情報部と連携して本命の発見に全力を挙げていますのでそこで何かを掴むまでは我慢です」

 

 その努力の結果が表れたのは数日が経過した13日の事であった。早朝、出勤してまずは行うメールチェックというよくある風景。その最中にヤン宛に一つの電話が入る。

 

「はい、ヤンです」

 

「ブロンズです。もし近くに人がいましたら人払いを」

 

「今は大丈夫です」

 

 情報部長ブロンズ中将。特務班が本部長隷下としてあるが防諜という任務上情報部がその主力を勤めており特務班そのものには間接的関与になるとはいえ各種情報が一番集まるブロンズ中将がごく自然にまとめ役になっている。

 

「端的に申し上げます。尻尾を掴んだ可能性があります。詳細については情報部にて。可能な限り秘めてお越しください」

 

「本部長代理や司令長官は?」

 

「同様に招いております。こちらから向かいたい所ですが"お二人の場所ですと尻尾に気づかれる可能性があります"」

 

 つまりは統合作戦本部や宇宙艦隊司令部にも浸透している、という事だ。

 

「分かりました、時間と場所の指定を」

 

 

「ちょっと急な呼び出しが入りましたので行ってきます」

 

 そういうとヤンはフレデリカのみを連れて対策室を出ようとする。周囲の者は最近のヤンがちょくちょく本部長代理に呼ばれているので今回もそれだろう、という事で特に反応はしない。

 

「そうだ、ユリアン、ちょっと雑務お願い」

 

 そういうとヤンが折りたたんだメモをユリアンに渡す。ユリアンがそのメモを見ると折りたたんだメモの表には"一人で見て"と小さく書かれていた。

 

「では、行ってきます」

 

 

 部屋に入ると既にドーソンとビュコックは到着していた。副官は傍らの部屋に待機しておりフレデリカも同じく待機である。

 

「申し訳ありません。そちらでは聞かれたくない者に聞かれてしまう可能性があります。こちらは私が掌握してますので」

 

 ブロンズが一人で入室し、三人に詫びを入れる。

 

「それで、尻尾を掴んだ可能性がある、という事だが」

 

「はい、ほぼ掴んだとみて間違いありません」

 

 ビュコックの問いにブロンズが応える。部屋に四人しかいないのに何故か声は低くなり前のめりでの会話になる。

 

「今、腹心の者に最後の確認をさせています。もうそろそろ到着するはずです」

 

 そういうとドアが軽くノックされる。トン、トトトン、トン、と何か特徴のある叩き方。情報部故の符合かなにかなのだろう。

 

「皆様とはいえ職務上腹心が"誰であるか"を見られる訳にはいかないものでして。情報を取ってまいります」

 

 そういうとブロンズがドアを開けて軽く顔を出す。その者を確認したのだろう、一旦部屋から出てドアが閉まる。

 

「流石に情報部の根底となると重々しいな」

 

「はい、しかし統合作戦本部や宇宙艦隊司令部の本陣にも宜しくない勢力が浸透しているのは覚悟はしていましたが辛いものです」

 

「ところで一ついいかな?」

 

 ビュコックとヤンの会話にドーソンが割り込む。

 

「言いたくはないのだが、ここに来たというのは統合作戦本部や宇宙艦隊司令部に宜しくない勢力がいて危険という事なのだな? だとしたら"情報部が安全"という保障はどこにあるのだ? という話ににもならんか?」

 

 ドーソンの言葉に二人が顔を合わせ、一つの可能性を思いついた時。ドアが開きブロンズが戻って来た。多数の完全武装兵を連れて。

 

 その日、首都中枢部において査閲部主導の元で大規模な訓練が実施されていた。事前予告されていた為、完全武装した兵が集団行動を行っているが誰も疑う者はいない。その兵達の各グループが同じタイミングで政治・軍などの要所に入っていく姿を見てもやはり訓練の一環と見られていた。そして兵達がその要所を守る様に布陣し一息ついたような状態になった時、いつの間にか事の始まりが終わっていたのである。

 

 

「国民の皆様に重要なお知らせがあります」

 

 それは官民問わず全ての放送チャンネルを通して発せられた。各民放などが確認をするが通信センターなどは全てその制御を離れ、何者かによって統制されている。

 

「我々は自由惑星同盟救国軍事会議です。現時刻を持ちまして首都ハイネセンにおける政治・軍事全ての機能を掌握した事を宣言いたします。これより解除宣言が発せられるまで同盟憲章は停止され、救国軍事会議の決定と指示が全ての法より優先されます。我々は腐敗した旧政権・軍部による帝国打倒という国是に反する逼塞主義を排し…………」

 

 人々が街の広告塔ディスプレイに映し出されるそれを見て初めて何かが起きたという事を悟る。そして何をするという訳でもなく、ただ呆然とその映像を眺め続ける中、救国軍事会議より同盟憲章にかわる"新たなる国是"が発表される。

 

  1・銀河帝国打倒という崇高な目的を取り戻す為の官民軍一致体制を確立する

  2・その目的に反する政治活動および言論の、秩序ある統制

  3・司法警察権を軍の統率下とする、それに伴う軍による指導の徹底

  4・全国に無制限の厳戒令を布く。また、それにともなって申請許可なきデモ、ストライキの実行を禁止する

  5・恒星間輸送および通信の全面国有化。また、それにともなって、すべての宇宙港を軍部の管理下におく

  6・目的に反する反戦・反軍部思想を持つ者の公職追放

  7・最高評議会の停止、その権限は救国軍事会議が引き継ぐものとする

  8・良心的兵役拒否に対する扱いを私的兵役拒否と同等の罰則対象とする

  9・政治家および公務員の汚職対策の強化。司法・警察関係へ対策専門部署を設け、軍より派遣された者で任務を遂行する

 10・有害な風俗や娯楽に対する対策の強化。同様に対策専門部署を設ける。

 11・過剰な社会保障の見直しを行い、国益を第一とした税の再分配を行う。

 

「国民の皆様におかれましては救国軍事会議より新たなる告知が行われるまで厳戒令に従い不要不急の外出を行わず、ご自宅にて待機をお願いいたします」

 

 いつの間にか街中を完全武装した兵を乗せたトラックが巡回するかのように走行していた。実際に国民に何かをする意図での巡回ではなく、それを見る国民に"今起きている事"を知らしめる意味合いを持つ巡回である。

 

「続いて、我々救国軍事会議の代表となる議長を紹介いたします。議長は軍情報部部長ブロンズ中将、副議長は軍査閲部部長ダニエルズ大将であります。尚、軍階級においてはダニエルズ大将が上位ではありますが代表の席をブロンズ中将に譲り、自身はその支援に徹する事を申し出ており、会議にて承認されましたのでこのような席次となっております。では、代表であるブロンズ中将より……」

 

 

「これは……なかなかに酷い冗談。と言いたい所だがそうともいかんようだな」

 

 イゼルローン要塞司令部でウランフ大将は何とも言い難い苦笑いを浮かべ、超光速通信による映像を眺めていた。後ろでは参謀長チェン少将が慌てて幹部を召集している。幹部が集まるまで三分と三四秒。青ざめた顔で来る者、苦虫を噛み潰したような顔で来る者、何故か楽しそうな顔で来る者、色々な顔色が並ぶ中で今後の方針が話し合われる。

 

「首都が落ちたとなれば現時点での軍最高位なのですからあれに与しない者を束ねて立ち向かうしかないのでは?」

 

「しかし、法的正当性を持たねば"軍内部での私的戦闘"という解釈になってしまうぞ」

 

 分艦隊司令の一人、アッテンボロー少将の言葉に要塞事務監ムライ少将がストップをかける。

 

「でも動かんことにはいかんでしょう。幸いにもあっち(帝国)はあっちで何かドンパチ始まったお陰で動こうと思えば動けるのですから」

 

 要塞防御副指揮官兼独立旅団長(要塞総司令直属)シェーンコップ准将がいつも通りの皮肉めいた口調で場をつつく。会議の場は大筋で"動かなくてはいけない"と分かってはいるが"どこまで動いていいのか? "で迷走する事となる。ただの基地ならともかくここはイゼルローン要塞、帝国に対する空けてはならない"蓋"なのである。例え帝国が内乱状態であろうと空になったイゼルローンを見てどう思うのか?? 

 

「ひとまず艦隊は出撃準備。支援分艦隊(※4)も動員だ。地上戦要員はこれ以上減らす訳にはいかんから旅団だけ連れていく。准将、動員準備を。それと……確か第二艦隊の先遣隊が近々到着するはずだが?」

 

「明日、到着予定です」

 

「わかった。到着したら情報交換して行動指針を立てる。あとは第二艦隊本隊と第四艦隊、それとランテマリオ星域方面軍のグリーンヒル大将と連絡を取りたい。通信を繋げられるか試してくれ」

 

 ウランフが命令し、チェンが通信担当に指示しようと振り向いた所、逆に通信担当が歩み寄り何か耳打ちをする。

 

「司令、その第二艦隊先遣隊より通信が入っております。繋げますか?」

 

「ん? 流石に状況が状況なので一日が我慢できなかったか。繋げてくれ」

 

 チェンの報告にウランフが繋げるように命じる。

 

「第二艦隊所属、マリノ准将です。先遣隊を預かっております」

 

「ご苦労、ウランフだ。クーデターに関しての事でいいか?」

 

「はい。詳細については明日、到着後に相談させていただく形になりますが一刻も早くお知らせしておかないといけない事があります」

 

 そういうとマリノが映っている画面に追加情報として一枚の命令書の様なものが映しだされる。

 

「閣下宛の荷物の一つとして預かっておりました。読み上げます」

 

 

 "発:宇宙艦隊司令長官 宛:イゼルローン要塞司令官兼駐留艦隊司令官 首都ハイネセンにおいて非常事態が発生し、政府・統合作戦本部・宇宙艦隊司令部との交信が不可能となった場合、残余軍を統率してその原因を排し状況を回復させる措置を取れ"

 

 

「以上です。ウランフ閣下はこの命によりクーデターに与しない全軍を統率し秩序回復の為に軍事行動を行う法的根拠を得る事になります。…………使わずに済めばよかったのですが」

 

 全員の視線がウランフに集まる。書面による命令書なので正式に効力を発揮するのは受け渡された後になるのだがこれで問題となっていた法的根拠については解決する。だがそれ故に"動かなくてはいけない"という問題が発生する。つまりはイゼルローンを空にしないといけないという事だ。

 

「命令については承知した。明日、受領後にそれを踏まえて全土に向けて声明を出すので焦らず急いでイゼルローンまで来てもらいたい」

 

「了解致しました。では、失礼します」

 

 通信が終了し、静寂が訪れる。

 

「聞いての通りだ、どうやら首脳部は万が一の保険を用意していたらしい。彼の言う通りに使わずに済めばそれでいいものではあったのだがな」

 

 全員がウランフの言葉を待つ。状況が固まったので冷やかし担当の二人(アッテンボロー&シェーンコップ)も余計な茶々は入れない。

 

「参謀長、使えるチャンネルを全て使って"イゼルローン要塞司令部は救国軍事会議に対する声明を明日一四日に出す"と触れを出せ。これでどうしようか困っている者達もとりあえず聞くまでは静観の態度を取ってくれるだろう」

 

「了解しました」

 

 ウランフの言葉にチェンが頷く。

 

「さて、諸君。これで我々がやらないといけない事は定まった。どうやって解決させるかについては今後の課題ではあるが確定している事といえば……我々が屈してしまえばあのひよっこルドルフのような輩が国を乗っ取るという事だ」

 

 

●七九七年四月一四日一四時:イゼルローン要塞より全星域に対して発信

 

「国民の皆様に申し上げます。私は自由惑星同盟軍所属、イゼルローン要塞及び駐留艦隊の司令官を務めますウランフです。先日、首都ハイネセンは救国軍事会議なる者達によるクーデターによって占領され、政府及び軍組織は機能を停止した模様です。この愚挙に対し、我々イゼルローン駐留軍が与する事はありません。我々は共和制民主主義国家における軍隊として、国民皆様の平和と自由を守る軍隊として、主権者たる国民の皆様が選ぶ議会が、政府が、軍という暴力装置を制御する正しいシビリアンコントロールを取り戻す為に救国軍事会議なる者達と戦う事を宣言いたします」

 

「このイゼルローン要塞は我が国において初めての艦隊規模の軍が駐留する施設となっております。また、軍という組織において私が勤めますイゼルローン要塞及び駐留艦隊司令官という地位は統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官に次ぐ三番目の地位であると定義されています。これらを踏まえまして私は軍上層部より"万が一、天変地異などによって首都ハイネセンに集中している政府や軍組織、この場合は統合作戦本部と宇宙艦隊司令部となりますがこれらが機能を停止してしまった場合、直ちにこれらの機能を回復させる為の行動を起こす事"という命令を受け取っております。これは皆様がお住いの都市や行政が軍などと結んでいる大規模災害時における救援協定の大きなものと捉えて頂ければ良いと思います。我々はこの命令を元に活動を致します。よって、これから行う我々の行動は法的根拠を持つ命令を元に行う行動であり救国軍事会議なる者達のようなシビリアンコントロールを逸脱した違法な暴挙ではないという事をご理解いただければと思います」

 

「全星域における自由惑星同盟軍全将兵に告ぐ。軍上層部による合法的命令の元、現状況下における軍最上位者として全軍に対する指揮権の発動を宣言する。各星域の最高位者、出撃中の艦隊の司令官は直ちにその立場を明確にせよ」

 

 

 

 七九七年四月一四日、ウランフのこの宣言により自由惑星同盟は二つの勢力が相討つ内乱状態に突入した。

 

 

 




 ドーソン大将の歴は士官学校教官、憲兵隊司令官、国防委員会情報部長、第1艦隊後方主任参謀などを務めた事があるそうです。いわゆる情報畑が主戦場。これで大将になれたのですから良い意味でも悪い意味でも細かい所まで目が効く人なんだと思います。でも"階級が上がった際にその視野の修正が出来なかった"のでしょう。上にあがるにつれて狭めなくてはいけない(=部下に任せて口出ししない)所も狭めずに動いてしまう所が"細かすぎる"ということで、それが原作中の評価に繋がってるんだろうなぁ、と。尚、本作ではヤンは"年下で階級が下で役職も下"なので僻み等はありません。どうしよう→いいのいるじゃん→つかったれ、くらいの気持ちでやらせています。「代理なんだから滞らなければ上出来」なのである。

 ヤンの権限は原作に置いてイゼルローンという地では最高権力者でしたが他の領域には及ばない局地的なものでした。本作では幅広く色々な所に顔を出し、"進言"はできますが直接の命令権等はありません。とても広くなったけど浅くなった、と言えます。まぁどちらにせよ数千万人の組織で一人で影響を及ぼせる量なんてたかが知れているのです。

 シェーンコップの地位としては"准将が要塞防衛司令官になれるはずねぇだろ"です。

 どうでもいい事ですが声優が自分の演じたキャラを嫌うのはタブーに近いと思うのですが古谷徹さんは自分の演じた役で一番嫌いなのは?と聞かれて「アンドリュー・フォーク」と答え「思い入れが全くない」と言っているw

 今すんげー悩んでるのがウランフの参謀長のチェンさんと後に出てくれであろう有名な方のチェンさんをどう区分けするかなんですよね。

※1:ランテマリオ星域方面軍の軍事対応
 再建計画の一環としてグリーンヒル主導の元、方面軍の配備及び運用実績の調査、それに伴う再編成案の作成を行っていた。なので方面軍としての余剰艦艇は把握しておりそれをかき集めればカッファー単独程度であれば対応可能と判断し提言を行った。

※2:第二艦隊の別件
 第二艦隊の元々の任務は
  1・偶数艦隊駐留予定基地への物資・駐留施設等(※:A)の輸送、現状視察
  2・イゼルローン要塞への軍事物資輸送(主に同盟各地でやっと生産が開始された帝国規格品の代替品 の試験用初期ロット)
  3・工作対策特務班・対策室・統合作戦本部・宇宙艦隊司令部などからウランフ大将への各種伝達事項(要書面&口頭)の通知
  4・イゼルローン回廊隣接地域(旧帝国侵攻対象)近辺の帝国軍哨戒網&監視システム残余の調査・破壊
 となっていたがとりあえず2&3を先行隊に預け急行させる事とした。尚、第二艦隊は地上戦戦力を用意していなかったので叛乱討伐に関してはイゼルローンより地上戦戦力を派遣してもらうという方針になった。

※A:物資・基地施設等
 恰好つけているが中身はハイネセン衛星域にある現艦隊駐留施設の予備を丸々転用である。元々一二個艦隊+α(長官直属や独立部隊等)分の駐留施設があってその予備なのでかき集めれば半個艦隊程度が駐留出来る施設を作れる程度の分量はあるし足りなければ使用中の施設を分解して持っていく。保管も超大型輸送トランクに満載し現施設の端に接舷させてただけである。予備を根こそぎ持っていくので現施設の補修はどうするのだ?という話もあるが現在の施設規模は保有数に対して過大なので当面、共食い整備やり放題である。なのでこの範囲に関しては既存の予算を超過せずに作業は出来るはず?となっている。

※3:目的地変更
 惑星シャンプール:イゼルローンに一番近い
 惑星カッファー:ランテマリオ星域に一番近い
 惑星ネプティス:上記二ヵ所の間
 惑星パルメレンド:上記3つとは別方面の場所、イゼルローン・ランテマリオ・バーラドで一番近いのがバーラド(=出撃直後の第四艦隊)

 という位置関係の為、第二・四艦隊の行き先を近い場所に変更していった結果じたばたする羽目になった。

※4:支援分艦隊
 イゼルローン駐留の一五〇〇〇隻+二四〇〇隻の二四〇〇隻の方


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No.32 貴族の義務

 しばらくこっちです。


 

「勅命である。私党を組み、余の座を覆さんとする者達を討て」

 

「御意」

 

 エルウィン・ヨーゼフ二世の言葉にミュッケンベルガーが短く答える。余計な事は言わない、いつものミュッケンベルガーである。

 四月六日、遂に勅命が下り盟約軍(正式自称名:リュプシュタット帝国正道軍)は文字通りの"逆賊"となった。準備万端の正規軍は即日行動を開始する。盟約軍主力は大部分が本拠地としているガイエスブルク要塞及びその周辺に集結していると確認済みであるが正規軍はこれに対し軍を四つに分けた。

 

 

・先発隊

 メルカッツ上級大将

 ケンプ中将

 フレーゲル中将

 

 目標:一言で言えば露払い。盟約軍から見れば動く挑発行為であるフレーゲルと抜擢人事で提督になった平民というこれもあまり心情宜しくないであろうケンプを表に立てて本隊と連絡が取れる範囲で前進し叩ける敵をひたすら叩くという潰し役。尚、地上戦要員は伴わず艦隊戦に集中する事となっている。

 

・本隊

 ミュッケンベルガー元帥

 カルネミッツ大将

 アイゼナッハ大将

 シュターデン大将

 フォーゲル大将

 ファーレンハイト中将

 

 目的:先発隊の後詰、敵拠点(要塞等)の無力化。拠点占拠等の為、オフレッサー上級大将率いる装甲擲弾兵主力が同行している。頼りにしている三枚(シュヴァルベルク・メルカッツ・クエンツェル)が外れており精彩を欠くカルネミッツ(※1)、艦隊戦が得意という訳ではないアイゼナッハ、あまり頼りにしていないシュターデン、フォーゲル、まだ若くて実力を把握しきれていないファーレンハイトといった具合に少々物足りない布陣になっている事をミュッケンベルガーは嘆いている。

 

 

・遊撃隊

 シュヴァルベルク上級大将

 

 目的:ブラウンシュヴァイク家及びリッテンハイム家の領土のみをひたすら荒らす。他の部隊と異なりこの遊撃隊のみ近隣星域の正規軍地方基地兵力の運用を許可されている(他の星域は盟約軍の各貴族領守備兵力を牽制する為にひとまず兵力維持を命じられている)

 

 

・首都星待機

 ヴァルテンベルク上級大将

 クエンツェル大将

 ロイエンタール中将

 

 目的:首都星防衛、万が一の同盟軍侵攻に対する待機、練度の低いロイエンタール艦隊及び艦隊未編入艦艇の可能な限りの訓練。但し、同盟には"仕掛け"をしており侵攻は無いと判断しているので頃合いを見て(盟約軍の強襲が無いと判断した時点で)後詰として動かす予定。

 

 

 勅命を受けた翌日七日に先発隊及び遊撃隊が出発、その翌日に本隊が出発を開始した。先発隊は予定通り盟約軍本拠地であるガイエスブルク要塞に向けた航路を取るのだがここで"盟約軍に全てを吐き出させたうえでまとめて薙ぎ払う"とした正規軍の方針故に避けられない問題が立ちふさがる事になる。

 

 

 そもそも何故、ガイエスブルク要塞という軍要所が盟約軍の制圧下にあるのか? 

 

 

 この問いに関する答えを得る為には帝国内部に存在する要塞の扱いを紐解いていかなくてはいけない。これらの要塞は帝国の支配域拡大などに伴う最前線の防衛や交通要所の支配権確保の為に作られていった。そして貴族、特に支配力の大きい大貴族(後の門閥貴族)などは建造当初より関わっていく事になる。まだ政府・軍部・貴族の鼎がそこまで崩れていない時期、政府・軍部は最前線(勢力圏最外部)の防衛(この場合は勢力圏外に逃亡した反勢力や海賊、組織化した追放棄民が相手)の要を必要としており、貴族はまだ十分な私兵を擁するに至っていなかったので軍部の保護を必要としていた。その結果、要塞建造に対して貴族側は比較的協力体制にあり、建造物資等を自領から黒字ぎりぎりの低価格で提供したりもした。

 しかし、支配域が拡大するにつれそこまでの拠点(要塞)は必要ない事が判明し適度な星を直轄領とし基地を整備する方向へ変化していった。その後さらに支配域が拡大する事によってもはや安全圏と言える場所にしか存在しなくなったそれら要塞はただの中継基地施設へと変貌していった。そしてそこに目を付けたのが門閥貴族側である。大きさを問わず、要塞司令というのはステータスのある軍役職である。そして中継基地施設としての役目については要塞故に存在する要塞事務監に押し付けることが出来る。門閥貴族は軍のステータスを得る為に建造時からの付き合いのある要塞の司令席を求め、政府・軍部は段々と五月蠅くなってきた門閥貴族へのガス抜きを込めて中継基地施設としての運用の邪魔をしない事を条件にその席を与える事にした。

 後は段々の乗っ取りである。元々門閥貴族達は広大な領土を持つ為、優秀な運営官僚といえる人材を要していた。その運営官僚をゴリ推し、コネ、実力などで要塞事務監の席に付ける。要塞事務監がその手の人になってしまったのでその下で働く幹部達もそのツテで集めた人材の方が使いやすいので増えていく。下働きの人達(徴兵対象)も自領土出身者で固める。徴兵される側にとっても最前線に送られる事なく徴兵義務を果たせるのでむしろ感謝する。こうして要塞は彼らの庭となった。一応要塞は国の所有物でありまだ理性が十分にあった時代に結んだ契約を元に預かっているので中継基地施設としての仕事は真面目にやっていた。それ故にこの時に至るまで使われなくなっていた部分も含めて要塞は比較的整備された状態であったのだが盟約軍が発足すると共に当然ながら要塞は丸ごと彼らの基地になったのである。

 

 これらの要塞陣に対しての盟約軍総司令部の運用であるが……大半を放棄する、という決断を下した。ある程度現実を理解し、お抱えの専門家を交えて検討した結果としてこれらの要塞陣に関しては

 

「遺憾ながら多くの要塞に兵を割いた場合、我々総司令部はそれを有効に連携させる事は出来ず、孤立化した分散兵が発生するだけである(※2)」

 

 という判断を下したのである。結果として盟約軍はガイエスブルク、ガルミッシュ、レンテンベルクに要塞運用要員を集約。ガイエスブルクを本陣、レンテンベルクを最前線拠点、ガルミッシュを予備と定義し、その他の要塞については偵察部隊とその処理班のみを残し、物資を根こそぎ持ちだして(※3)戦力という意味では完全に放棄された。

 

 

「情報収集の結果、敵はレンテンベルク要塞を最前線の拠点としている事が判明したが艦隊規模は不明である。我々はまずこの要塞を攻略するルートにて前進し、艦隊戦を挑んでくるのであればこれの撃破を最優先とする。先鋒はフレーゲル提督。敵規模が不明な為、想定以上であれば無理せず後退を。細かい所はメックリンガー参謀長、補佐をよろしくお願いします」

 

「了解した/しました」

 

 先発隊三個艦隊を指揮するメルカッツの命令にフレーゲルとメックリンガーがそれぞれ応え、正規軍はついに戦闘区域(=一時的な民間船立ち入り禁止指定区域)への侵入を開始した。先頭は総司令部指定の当て馬、フレーゲル艦隊。メルカッツとしては無理せず常道、正攻法として抜擢人事であるが経験豊かなケンプに任せたかったのだが総司令部の命である以上、こうするしかなかった。フレーゲル艦隊からさらに偵察艦が先行し、敵艦隊の情報を感知する。数は一個艦隊。宇宙は広い、けど狭い。お互いの位置が判明すると会敵する場所は自ずと定まる。そして四月一九日、最初の会戦がアルテナ星域にて発生した。

 

「なんだあの陣形は?」

 

 盟約軍の艦隊を率いるヒルデスハイム伯は待ち受けていたフレーゲル艦隊の姿を確認すると直に"???? "という状態になり傍らにいる実質的司令官である初老家人(ヒルデスハイム家私兵艦隊のまとめ役)マーヒェンス予備役少将の方に顔を向ける。

 

「攻め手を限定させる効果はありそうですがどう見ても相手よりこちらの方が多くを当てられそうですな」

 

 マーヒェンスが第一印象を述べる。

 フレーゲル艦隊はドーナツ状に敷設された機雷の中央の穴を塞ぐように分艦隊が配置されており、他の部隊は機雷の裏に隠れていると思われる。穴は極端に狭いという訳でもなく適切な(細目の)紡錘陣形で突き進めば通り抜けられるのでは? という程度の大きさである。しかし、穴の後ろではなく塞ぐような形で敵がいるので浅めのU字陣形で火点を集中すれば一方的に叩けるようにも見える。ドーナツの外側から敵が回り込まなければ、であるが。

 

「敵艦隊の旗艦、識別出来ました。正面の部隊にいます」

 

「この距離で出来るのか?」

 

「識別した、といいますか識別信号を発信しています。艦名は……」

 

 

「通信が入っております。繋げますか?」

 

「この艦に私がいる事は宣伝済みだからな。食いつくかも、と思ったらあっさり食いついたか」

 

 本人も、事情を知っている司令部スタッフも皆、苦笑いを浮かべる。フレーゲルはカップに残ったコーヒーを一気に飲み干すと席から立ちあがる。

 

「よし、繋げてくれ」

 

 参謀長以下幕僚達はあえて映像に入らない位置に移動する。そして回線が繋がった。

 

「久しぶりだなヒルデスハイム伯、まさかお互い軍艦に乗っての対面となるとはな」

 

「………………」

 

「どうされたのかな? そちらから繋げてきたのだろう。用件があるのはそちらではないのですかな?」

 

 帝国軍軍服姿のフレーゲルが余裕綽々といった風情で尋ねる。見えない所にいる幕僚達の方が落ち着かない。しかし失うものが何もない、というか全部取り上げられてるフレーゲルは自分でも内心驚くほどにすっきりしている。なんてことはない、状況極まって色々と麻痺しているだけである。

 

「貴、貴様、そこで何をしている!!!!」

 

 それがヒルデスハイム伯の第一声であった。この第一声を聞いてメックリンガーとフェルナーが顔を合わせて頷きあう。この一言で分かる、これは相手にとっても予定していた対話ではない、フレーゲルだから思わず繋げてしまったものだ。それでこの状況であるならば、フレーゲルは(多分)負けない。

 

「何をしていると言われましても……帝国軍人として国に仇なす逆賊の討伐に赴いているだけですが?」

 

 フレーゲルの涼しい全力ストレートにヒルデスハイムのこめかみに浮かぶ筋がより明らかになる。

 

「ぎゃ、逆賊!? 我々を逆賊というか!!!」

 

「それはまぁ、恐れ多くも皇帝陛下に武をもって逆らうからには逆賊でしょう」

 

「我々は正義である!!! 伝統ある貴族の責務としてこの間違った世を正そうとしているのだ!!!」

 

「私の知る限り、貴族の義務とやらにそのような事が法定義されているとは聞いたことがありませんな」

 

「お前は貴族の責務をなんと心得る!!!!」

 

「神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝の定めし法の元、忠義に励み、民の範となり、広くその御威光を世に広める事である」

 

「帝国とはすなわち我々貴族界あってのものだ! 我々が支えるからこその銀河帝国なのだ!! お前はブラウンシュヴァイク公から、長きにわたり貴族の伝統を守護されていたあのお方の元で一体何を学んできたのだ!! 貴族の伝統というものは……」

 

 独演会に入ったヒルデスハイムをフレーゲルは恐ろしく冷めた目で見つめる。冷めた心の奥底に何とも言い難い感情が湧き出してくる。ここ数年でひたすら溜まり続けていた何かが。

 

「……改めて聞く! 我々のこの大義をなんと心得る!!!」

 

「おもちゃ売り場で駄々をこねる小僧だな」

 

 ごく自然に出てきたその一言に場の全てが凍り付く。

 

「おもちゃ売り場であれが欲しいこれが欲しいと駄々をこね、売り切れだろうがお金が不足していようがやだやだやだ買う買う買うと喚き散らす、そんな小僧みたいなものだ。所詮は体と共に我欲まで肥大化した子供がやだやだあれがいいあれはやだと泣きわめいているだけではないか。何が伝統だ、何が正義だ、ただお前らの望みどおりにならない事に我慢が出来ないだけではないか。それならいっその事、大声を上げてしまえばいい。"銀河帝国を我々の好き勝手にさせろ"、と。いい加減に盟約とやらに名を連ねた者共以外からは呆れた目で見られている事に気づけ、馬鹿者が」

 

 静まり返った艦橋で冷めている顔と冷めていく顔が向かい合っている。見えない所でメックリンガーが(器用に無音で)コンソールを叩き、何か指示を出す。冷めていく顔が再び今まで以上に赤くなり何か大声で叫ぶようなタイミング(音声が直前で切られた)で、映像が途切れた。

 

 

「全軍突撃!!! あ奴を殺せぇぇぇぇぇ!!!」

 

 ヒルデスハイムが顔を真っ赤にして命令(?)を下す。

 

「なりません! やみくもに突入しても場が混乱するだけで」

 

「じじいは黙ってろぉ」

 

 グチャ

 

 慌てて止めに入るマーヒェンスをヒルデスハイムが力任せに殴りつける。吹き飛ばされたマーヒェンスは激しく頭をぶつけ、ピクリとも動かなくなる。ヒルデスハイムが腰からブラスターを抜き、おもむろに頭上に一発撃つ。

 

「口答えするな! つべこべ言わずに全軍に突撃命令を出せ!!!」

 

 命令を聞く前から動いたのか、聞いたから動いたのか、ヒルデスハイム艦隊の大部分がそのドーナツの穴を目掛け突撃を開始した。

 

 

「一応は想定していた形の一つになります。予定通りの布陣で宜しいでしょうか?」

 

 立ち尽くすフレーゲルにメックリンガーが確認を求める。

 

「ん? あぁ、確かにそんなパターンがあったな。宜しい、予定通りの行動を」

 

 フレーゲルが応えるとメックリンガーがオペレーターの方を向き、何か合図をする。予測済みで用意していたのであろう、それだけでオペレーターは各部隊に指示の伝達を行い始める。

 

「それにしても、お見事、と言うべきなのでしょうか?」

 

 思わず含み笑いになりつつメックリンガーが尋ねる。

 

「自分でもびっくりするくらい勝手に口に出たものだが、結果的には成功と言った所だな」

 

 従卒から受け取ったタオルで顔を拭き。すっきりさせたフレーゲルが応える。

 

「それにしてもあいつの姿は……いや、これは今はいい。戦いに集中しよう。動きはどうなっている?」

 

 気持ちを入れ替えて戦況を示すスクリーンを見上げる。そのスクリーンにはヒルデスハイム艦隊のそれこそ大部分が、突撃の無謀さを悟り且つ味方の濁流に巻き込まれなかった一部分を除いて穴に吸い込まれるように進む様が映し出されていた。穴を塞いでいたフレーゲル艦隊本隊が下がり、穴を抜けた敵を待ち受けるかのように両翼と共に陣形を整える。どれくらいが穴に来るかで本隊以外の包囲数を調整する必要があるがほほほぼ穴に来てしまったので後陣を予備とし、本隊と両翼が丸ごと包囲網に加わる。常識的に考えればそのような穴に考え無しに突っ込む事など在り得ないのだが……

 

「敵艦隊、来ます。陣形不明、文字通り流れ込んできます」

 

「ヒルデスハイム家程であれば十分な経験のある武官家人がいるはずなのだが?」

 

「あれだけの形相でしたので聞く耳を持つとは思えませんが艦隊全体がそうなるとは想定外ですな」

 

 その武官家人が逆上の鉄拳で医務室送りになっている事など予測できるはずもなく、フレーゲルとメックリンガーが揃って首を傾げる。ドーナツの穴付近と外周に設置された使い捨て監視ユニットからの情報を見る限り、本当にほぼほぼ丸ごと穴に突進している。旗艦からの信号は適度に出し続けているのか穴から出ても周囲が見えないのか包囲網を無視して本隊にまっしぐらに迫ってくる。

 

「やると決めたのだ、来るのであれば徹底的に叩くのみ。戦闘開始タイミングはどうなのだ? 本隊のエリアに入る前に両翼側は打てそうだが?」

 

「真っすぐ来てますので本隊と同時で良いかと」

 

「そうか」

 

 フレーゲルがスクリーンに映る相互距離をじっと見つめる。敵艦隊が発砲を開始するが射程を無視した攻撃はよほど綿密に計算しないと掠りすらしない、カストロプの時にキルヒアイスからイロハのイとして教わった。

 

「そろそろか、撃ち方……始め!!」

 

 その合図で一方的な殺戮が始まった。密集する穴付近を狙い効率よく削る部隊、本隊に突進する敵を側面から叩く部隊、方向転換した敵を抑え込む部隊。そして潜り抜けてきた敵を最終的に潰す本隊。予備となってる後陣を除き全てが戦闘に加わっているフレーゲル艦隊に対してヒルデスハイム艦隊は本隊に近づく先頭集団と方向転換を試みる僅かな部隊のみが戦闘を行っている。その戦闘にしても統率なく個々に動いているだけであり部隊として統率されたフレーゲル艦隊にとっては的の様なものである。

 

「監視ユニットからの情報です。突撃に加わっていなかった艦が回り込んでいます」

 

 フレーゲルとメックリンガーが同時にスクリーンを見ると確かに敵部隊がドーナツの外側を乗り越えようと移動中である。このまま回り込むと位置的にはフレーゲル艦隊の左翼側の背面にたどり着く。

 

「予定通り予備で抑え込める数だと思えるが? その通りにするのか?」

 

 フレーゲルが確認をするがメックリンガーは腕を組み何か考え込んでいる。

 

「いえ、少し変えましょう。左翼は包囲網を解き、本隊と右翼で敵をそちらの方に追い出します」

 

「それだと回り込んでいる敵と合流してしまうのでないか?」

 

 フレーゲルが当然の疑問にたどり着く。

 

「はい、そうなりますが合流した所で敵がそこから何が出来るのか? という事を考えますと合流させてしまった方が自由に動けなくなるかと。何せ、既に敵司令官はおりませんので」

 

 この時点で既に先陣を切って突撃してきたヒルデスハイム艦隊本隊はその旗艦を含めて粉砕されている。実の所、今敵がどういう指揮系統で動いているのかさっぱりわからない。

 

「回り込んだ敵と包囲網から抜け出した敵は予備と左翼で叩きます。本隊と右翼は穴を逆走し、向こう側の敵が相手です」

 

「向こうが向こうで待ち構えている可能性は?」

 

「あれはただ穴に入りきらずに待ちぼうけになっているだけです。一旦立ち止まり血が上った頭も冷えている頃でしょうから打って出るには頃合いです」

 

「そうか。わかった、それでいく。詳細は任せる」

 

 実の所、完全に判ったわけではないが決断に時間をかける訳にはいかないので承認し詳細を任せる。決断は早くそして責任は自分にある形で、という(最近叩き込まれた)司令官の心得といえる対応である。これでもし不都合があっても"認めたのも任せたのも自分なので失敗の責任は自分にある"となる。成功したら当然"部下がいい仕事をした"となる。

 

「このまま来た敵を潰し続ける、というのも有りだと思ったのだが何故打って出るのだ?」

 

 各種指示を出し終えた後、少しの間が発生したので確認する。

 

「まだ敵の多くが穴の後ろで留まっています。もし目が覚めて司令官戦死の意味を悟ったら逃げてしまう可能性があります。正直な所、この敵艦隊は弱い。後に残兵がまともな司令官の元に付いてしまう可能性を考えれば少しでも多く叩いておくべきです。直接叩く為でもありますが追撃の為にも穴の向こうに駒を進めたいのです」

 

 身も蓋もない言い方であるが弱いから叩きたいというのは本音なのだろう。艦艇数だけいうと先の叛徒軍の侵攻よりも多いという試算らしいから油断も容赦も一切無しといった所か。

 左翼が道を開き本隊と右翼がそちらに誘導するように敵を押し込む。そのまま右翼は穴を塞ぐように進み本隊は右翼が塞ぐことによって途切れた敵を更に誘導したい方向に押し込む。適度に押し込んだら右翼を追いかけるように方向転換し、いつの間にか再編成していた左翼が押し込みを引き継ぐ。押し込まれ逃げていく敵がドーナツの外をやっと回って来た友軍と合流(という名の鉢合わせ)を果たすが形が定まらぬうちに準備していた予備隊が襲い掛かり追いかけている左翼と合わせ二方向からの攻撃にもがき苦しむ。その間に穴を塞いだ右翼はそのまま敵を薙ぎ払いながら前進し本隊が後を追いかける。そして穴から飛び出した右翼と本隊はその先に留まっていた残兵を文字通り薙ぎ払う。

 

「これが艦隊指揮というものか……」

 

 メックリンガーが操るその艦隊機動を眺めつつ"本来、自分がそれをやらないといけない立場である"という事を考え、気を重くする。

 

「これは相手が相手なので行けると判断しているだけでして、普通の相手でしたらそれこそおっしゃられた通りに穴の裏で潰し続ける手を取るでしょう。まぁ普通の相手でしたら穴にそのまま来ることはありませんが」

 

 聞こえていたのかメックリンガーが指揮をしながら応える。流石にこの戦いは色々な意味で普通ではないという事だ。

 考えてみればアスターテの時は短期決戦故の全軍全力強襲だったし叛徒侵攻軍を相手にした時は襲い掛かってくる相手にじたばたしていたら事が終わっていた。カストロプの時は一応直接指揮はしたがあれはなんというか答えを見ながら行うシミュレータの様な感覚だった。そう考えると実戦部隊を率いるようになってからまともな戦闘指揮をしたことが無いのだがそれなのに実績だけは詰み上がる。これはこのまま実戦部隊に身を置くとすれば極めて良くない事なのではないのだろうか? 

 

(しばらくはお目付け有りの看板司令官だ。その間に何とかする事を考えよう)

 

 そうしているうちに本隊&右翼が攻める敵陣が逃げに入る、のだが完全に統率を失ってるのか逃げる方向もバラバラだしそもそも逃げる事をせず抵抗する部隊もある。統率も何もあったものではない。

 

「こうなると、逆にやっかいですね」

 

 狙ってやったわけではないのだが無秩序な四散というのは追撃が難しくなる状況の筆頭格である。その後逃走地に集結できれば、だが。そのような状況となってしまいメックリンガーが眉をひそめて考え込む。

 

「全てが全て上手くいく事などないだろう。残った敵をきちんと片付ける、後ろ(左翼&予備が戦っている敵)の状態を確認して出来ればこちらをすっきりさせる。それで十分ではないのかな?」

 

「…………おっしゃられている通りです。欲のかきすぎはよろしくありませんな、その方針でいきましょう」

 

 メックリンガーが納得し、右翼に現地掃討を命じ本隊は情報を集めつつ敵と同じルートでドーナツを回り込む。四散している敵を掃除しながら回り込み左翼&予備と合流を果たした時には右翼による掃討も終了し、戦闘は終了した。

 

 

「面会を希望している捕虜?」

 

 フレーゲル艦隊による事後処理中に起きた、ちょっとした出来事。

 

「はい。何でもブラウンシュヴァイク公の縁戚、つまりは閣下の縁戚であるというワトガ子爵と名乗っておりますが?」

 

「ワトガ子爵???」

 

 フレーゲルが頭を傾げる。貴族界の縁戚関係は複雑怪奇、縁戚とひとくくりに言っても誰が誰だかわからない。ましてやブラウンシュヴァイク家程になると正直、把握している者など誰もいない。

 

「ワトガ子爵…………一応血は繋がってますな」

 

 戦闘中はこの上なく暇だったフェルナーが自分用の手持ち端末を見ながら呟く。情報筋として貴族界の血縁把握情報の保持は必須事項であり主だった貴族の家族構成等は独自に収集されている。盟約に連なっている者達の情報は当然ながら詳細にかき集められているだろう。

 

「一応というとどれくだいだ?」

 

「ブラウンシュヴァイク公から計算して28等親」

 

「それは親戚とはいわん」

 

 フェルナーの回答にフレーゲルが呆れる。むしろそれだけ離れていながらも血が繋がっている事を把握しているのがすごいというかなんというか…………

 

「会わずにいて後である事ない事騒がれるのも厄介だ。参謀長、記録の準備と証人を頼む。準備が出来たら繋げてくれ」

 

 メックリンガーがいくつかの指示を出し、準備が出来たのかこちらに合図を送る。フレーゲル個人について、盟約側貴族との接触について警戒されているので色々と制限がある。記録は全て取り、その他の不正が無い事の証人がいなければ会う事は許されない。が、だからといって会わないで記録無しとなると役目を果たせない。彼には戦後の為に盟約側貴族達の気持ち(=怨嗟)が集まる様に"顔を合わせたが助けなかった"という記録を作る必要があるのだ。

 

「やぁ! フレーゲル男爵! 勇ましいお姿だ。小さな時から君なら立派な人物になると思っていたよ!! あれは何時の頃だったかな」

 

 スクリーンに映し出されたまともに話した記憶もないしそもそも姿を記憶していない小太り貴族、それがワトガ子爵であった。

 

「私は今、男爵ではなく艦隊を預かる帝国軍中将としてここにいます。私は正規軍艦隊司令官でありあなたは敵対した軍の捕虜です。それを弁えて頂きたい」

 

 フレーゲルが切り捨てるように言い捨てる。そうでもしないとこの小太りの口は何時までも回り続けるだろう。

 

「いやいや私は敵ではないよ。これは縁戚のよしみという事で味方だったという話にしよう、そうすればそちらも得するだろう? 君がブラウンシュヴァイク一門をこれから統べるのだから頭領となるべき者としての器量を見せるべきなのではないかな? 私と同じような気持ちの者は沢山いる。その者達を統べれるのであれば今後の貴族界は君の思いのままだ。今の様に軍人などに身を落とし、階級などという血筋とは関係ない代物が原因で平民風情に頭を下げる必要などない。そんなものは伝統を持たない下級貴族と平民どもにやらせておけばいい。君のような高貴な血筋を持つ者はそれに相応しい立場になるべきだ。このワトガ、ブラウンシュヴァイク家に連なる者として伝統ある貴族一門頭領の道を歩まれる事を御支えしますぞ。さぁ共に参りましょうぞ」

 

 ワトガ子爵がさも当然と胸を張り、返答を待つ。返答をするべきフレーゲルを参謀長以下幕僚達や旗艦艦橋スタッフ達は見ていなかった。いや、途中から見ることが出来なくなったと言った方がいい。仮初の司令官である事は皆理解していたし大半の者は心の中でそういう扱いをしていた。しかし、彼が何故ここにいるのか、何故そうしなくてはいけなかったのかという事を知っている以上、とてもではないが今、その顔を見る勇気を保ち続ける事が出来なかった。

 

「ワトガ子爵」

 

「はい、なんなりと」

 

 フレーゲルのもはや絶対零度にまで落ちている声を聴いてもワトガは何も感じる事が無い。

 

「話は聞きましたがそもそも私は捕虜の扱いに関する権限を持っておりません。"今の会話データは全て添付して"後送しますのでそちらの方でお話しください」

 

「なにをおっしゃいますか、ですからそもそも私は捕虜ではなくてですね」

 

 ここで映像が途切れた。我慢しきれなくなってメックリンガーが切ったのである。

 

「閣下……」

 

「…………参謀長、私の気が変わる前に速やかに後送するように」

 

 俯き、組んだ両手の甲で目元を隠し、絞り出すように命じる。

 

「…………閣下が黙認して頂ければ"捕虜はいなかった"という事にも出来ますが?」

 

 皆がその言葉にぎょっとする。しかし多くの者が頷くなりの仕草でこれを肯定する。

 

「その気持ちに感謝する。しかし、規定通りの行動をする事」

 

「はっ」

 

 メックリンガーが幕僚の一人に合図をし後送措置を開始する。

 

「どうぞ」

 

 フェルナーが(怖くて出しに行けなくて涙目になっている従卒から取り上げた)飲み物とタオルを差し出す。

 

「ヒルデスハイム伯も、ワトガ子爵も、あれは私自身なのだ」

 

 タオルで顔を拭き、すっきりさせたフレーゲルが呟くように言う。メックリンガーもフェルナーも口を挟まない。

 

「こっちに来る前の私も伯父の無茶振りにストレスが溜まりはしていたが彼らと大して変わらなかった。もしこっちに来る事無く伯父のレールを疑う事なく走り続けたら私が彼らと同じ様になっていただろう。同族嫌悪、という奴だ」

 

 何とも言い難い気まずい空気が淀む。

 

「しかし、それを忌み嫌うというのであれば同族であったのは昔であり、今の閣下は違うという事でしょう」

 

「その通りかと。そうでなければ私が困ります」

 

 如何せん、今この世に一人しかいない状況の人間である。非常に扱いが難しい問題であり何かと普段から切り込んで言ってくる感のある二人も腫物を触るかのような扱いになる。

 

「まぁ、これからもこの戦いが終わるまではこれが続くんだ。一つ目で凹む訳にもいかん」

 

「捕虜の後送だけなら私の権限で閣下にお手数をおかけすることなく行えますが?」

 

「駄目だ。爵位持ちは全員、顔を合わせ、言い分を聞き、こちらの主張を言い、記録を取り、それと一緒に後送しなくてはいけない」

 

「何故に?」

 

「それは簡単だ」

 

 フレーゲルの顔がいつも通りに戻る。いつも通りではあるが最近は達観、開き直り、感情の麻痺と色々なものが混ざっている。

 

「この戦いの後に、一家が生き残る為だ」

 

 

 後にアルテナ星域の会戦と呼ばれる戦いは正規軍損失艦艇六八三隻に対して盟約軍のそれは八一五七隻という一方的な結果に終わり盟約軍は有力貴族であるヒルデスハイム伯を筆頭に七四名の盟約署名貴族を失った。しかし、"正規軍・盟約軍共に"想定通りだったこの戦いは後の戦いの開始点に過ぎなかったのである。

 

 

 





 現時点最不幸オリキャラ暫定一位:マーヒェンスさん

※1:精彩を欠くカルネミッツ
 実家は当主である老父と跡継ぎである長兄を中心として盟約軍に参加。説得に失敗し喧嘩別れとなっている。フレーゲルと違い軍の信頼度は高いので今まで通りの地位ではあるがやはり精神的に宜しくない状態といえる。そしてテンションあってなんぼの人なので低い状態のこの人は使い物になるのか?と不安がられている。

※2:要塞放棄
 そもそも艦隊をアウトレンジ出来る要塞主砲を備えるのがガイエスブルクのみであり、他の要塞は駐留艦隊との連携が必要と考えられていた。そして大半を占める小規模要塞に駐留できる最大数千隻規模の分艦隊で正規軍とやりあえる技量持ちに余裕はなく、各艦隊を支える人材として働いてもらわねばならなかった。これらの理由もあり全要塞に実用的な戦力配置を行う事は不可能と判断された。

※3:放棄要塞の物資
 中継基地としての機能維持だけは契約としてやり続けていたので要塞物資の生産・輸送・搬入・艦隊への供給などについてはやたらと練度が高かった。集約先に貯め込まれたこれらの物資&後方支援人材が(本来自領防衛が専門であり長期遠征能力を持たないor不足している)貴族私兵部隊の活動力を支える物になったのである。


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No.33 貴族の限界

 判っている人の限界と判ってない人の限界の違いとは?


 

「高い代償となったがこれで少しは目が覚めただろう」

 

 ヒルデスハイム艦隊の残兵を回収しレンテンベルク要塞まで帰還したアイゼンフート艦隊司令フェルテン・フォン・アイゼンフート伯爵(大将)は残兵の収容作業を行う要塞を眺めつつ呟く。レンテンベルク要塞は首都星オーディンとガイエスブルク要塞の間に盟約軍が用意した最大且つ唯一の大規模拠点でありアイゼンフートはヒルデスハイム艦隊を含めた二個艦隊とレンテンベルク要塞に対する総指揮権を与えられていた。本来は要塞とそこに駐留させるヒルデスハイム艦隊を楔とし、包囲する敵を外からアイゼンフートが攻撃する、そういう予定であった。しかし、"消極的すぎる!! 貴族らしく正々堂々"とヒルデスハイム(とその艦隊の分隊指揮官達)が反対し、勝手に打って出て勝手に負けて帰って来たのである。

 しかしその敗北はアイゼンフートはもちろん総司令部ですら大方予想していた出来事であった。総司令部はある程度現実を理解し、艦隊編成等で可能な限りの努力を行ってきたが当然のことながら"現実を理解できない跳ね返り"は存在する。その筆頭がヒルデスハイム伯であり対処に困った総司令部は派閥を問わずその手の跳ね返り達を艦隊という名目で一箇所に集め、最初の当て馬として使い潰してしまおうと非情な決断をしたのである。といっても要塞に張り付いて(=支援を受けて)戦う事くらいは出来るだろうという考えすら甘かったわけだが。

 

「私は要塞から少し距離を置く、心苦しいが籠城を頼んだぞ」

 

「承知しました」

 

 収容が終わった要塞に連絡を入れ、アイゼンフート艦隊が距離を置く。

 

「後はどれだけの敵が張り付いて来るか、だ」

 

 しかし正規軍は文字通り"身も蓋もない"兵力でこの要塞にやって来たのである。

 

 

「メルカッツ提督より報告、隙を伺う敵は一個艦隊。こちらに付かず離れずの位置を維持しているとの事」

 

「介入されなければそれでいい。無理に押す必要はない、適当にあしらうように伝えておけ」

 

 ミュッケンベルガーが軽く命じ、次の瞬間には意識を目の前の要塞に切り替える。そもそもメルカッツ率いる三個艦隊には地上戦部隊を伴っていない。露払いに専念してもらうという理由もあるが……

 

「準備がある。どれくらいかかる?」

 

「今日は無いが明日には行ってもらう」

 

「分かった」

 

 装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将。正規軍地上戦部隊の最高位であり困ったことにこの度の対盟約軍編制においてはミュッケンベルガーに次ぐ序列第二位の将官でもある。(地上戦を開始するまでは)そう勝手な事をする人ではないのだが何をしでかすか判らない事に変わりは無い為、ミュッケンベルガーは己の手元にいてもらう事にした。そして完全別行動なシュヴァルベルク艦隊は仕方ないにしても大規模な地上戦部隊分隊を設ける事にも眉を顰める有様なのでメルカッツ達には地上戦要員無し、と割り切った編成になったのである。

 

「攻撃、開始されました」

 

 オペレーターの報告を同時に要塞周辺で交戦中と思われる光源が煌めき始める。要塞の詳細な設計図等は当然ながら正規軍として所有している為、攻撃すべき場所は丸わかりである。地上戦部隊を突入させるポイントの確保はシュターデン、要塞の駐留艦隊出入口を監視にファーレンハイト、後方の監視にアイゼナッハ、予備がフォーゲル、カルネミッツ、ミュッケンベルガー、そして周辺の艦隊対策にメルカッツらの三艦隊。合計九個艦隊での包囲戦。偵察等の結果、盟約軍の大規模拠点がここだけらしいという事もあり"全力で潰す、後詰が来るなら有り難くそれも潰す"という明快な方針による大包囲網となった。

 シュターデン艦隊が突入予定ポイント周辺の要塞火器を丁寧に叩き潰す。丁寧すぎるが故に時間はかかるが動く事の出来ない要塞に対しての徹底した理詰め攻撃は士官学校生徒に見せるにはとてもいい教科書通りの火点制圧であろう。本来、このような攻撃をさせない為の駐留艦隊との連携なのだがヒルデスハイム艦隊の残兵達は出撃するや否やファーレンハイト艦隊に文字通り粉砕されてしまう。そして外からの連携を行うはずだったアイゼンフート艦隊はメルカッツ部隊に監視され、突破を試みようとするが阻止されている。

 

「突入を開始する」

 

 丸一日かけたシュターデン艦隊の攻撃で更地となった要塞の一角に揚陸艇が突入を開始する。要塞の図面を解析し、この突入ルートに通す射線を潰しきっているので万が一に備えての護衛部隊が脇を固めているがビーム一本、ミサイル一発の発射すらなされなかった。

 

「橋頭保確保、前進を開始する」

 

 突入の成功を知らせる連絡を受け、シュターデン艦隊が更なる安全確保の為に更地の拡大を試み布陣の変更を行う。橋頭保確保から二時間後、シュターデン艦隊が攻撃を開始しようとした時、その急報が知らされた。

 

 

「中央動力炉制圧、敵司令官降伏、これより無力化作業を行う。敵司令官との交渉は総司令部で行われたし」

 

 

 前進準備三〇分、前進三〇分、最重要防御線突破三〇分、中央動力炉まで前進・制圧六〇分、これが時間の内訳であった。準備完了後に"前進開始"の連絡を入れたので完了まで正味二時間である。

 突入箇所は第六通路と呼ばれる道であった。外部から中央動力炉まで繋がる道の最短ルートであり、それ故に非常に強力な防衛陣地を用意できるポイントが用意されていた。シュターデン艦隊の馬鹿正直な攻撃を受け、そこに来るとは丸わかりなので防衛陣地の構築や精鋭の配置など可能な限りの手を尽くして待ち受けており、後の状況見分などの結果「通常の正規軍の攻撃を相手にしても長期持久が可能な布陣であり、"敵ながら見事"という言葉を与えても良い」と判定された陣であったが最初からそこに強力な陣が待ち受けている事が判り切っていた為、オフレッサー自身が最精鋭直属兵と共に直接殴り込んで粉砕してしまったのである。やれる限りの事を行った守備兵達だが宇宙最強の斧にして歩く戦略兵器を防ぐ盾にはなりえなかった。そこを破られた後についてはもはや成す術なく打ち砕かれるのみであり、制圧まではほぼ残敵掃討と言ってよい作業であった。

 

「敵艦隊、後退していきます」

 

「この包囲網とはいえ、陥落即撤収か。最初に惨敗した艦隊とこの艦隊、どちらが本当の敵艦隊なのだろうか? まぁ、追う必要はない。メルカッツ提督の指示を仰ぐ、哨戒だけは怠るなよ」

 

 視界外に消えたアイゼンフート艦隊の方向を睨みつつケンプが指示を出す。アイゼンフート艦隊はこの状況下でも突破しようとしていたのかそれに見せかけて艦隊に打撃を与えようとしたのか昨日はフレーゲル艦隊、今日はケンプ艦隊にちょっかいをかけてきた。しかしその最中にレンテンベルク要塞陥落の情報が入った。相手側にも陥落前に連絡を入れたのだろう、そのタイミングでアイゼンフート艦隊は見事な即時撤収を成功させた。追い払えば良い(=深追い禁止)の事前指示を受けていたとはいえ本気で追撃してもどこまで削れたか? と考えてしまう鮮やかな手並みであった。

 この撤収でレンテンベルク要塞をめぐる一連の戦闘は終了した。結果だけで見れば盟約軍は一個艦隊と有力な拠点(要塞)を一方的に失ったのだがそれが止む無くではあるが織り込み済みであり、盟約軍の士気や予定に大きな影響が無かった事は後の行動に示されるのである。

 

 

「覚悟はしておりましたが惨敗です。申し訳ありません」

 

 ガイエスブルク要塞の総司令部に第一報を入れたアイゼンフートがジェファーズ侯爵(上級大将)に謝罪する。

 

「仕方あるまい。卿の艦隊損耗が軽微だったのが幸いだ。補給・補充と増援一個艦隊程度を送る、それと引き返している例の艦隊にも合流させよう。今度は皆、言う事を聞いてくれる者達のはずだ。これでもうひと当たりしてもらいたい。拠点がないとはいえガイエスブルクまで素通り、というわけにはいくまいて」

 

 ジェファーズがそれに応えると共に新たな指示を出す。このジェファーズが盟約軍総司令部のまとめ役であり一応は先日まで宇宙艦隊副司令長官を拝命していた者である。リッテンハイム派の重鎮であり、リッテンハイム侯とブラウンシュヴァイク公による政争などの際にはその手打ち根回し役として多くの裏交渉を行ってきた。両派が納得する落とし所を数多く導き出した名仲介役として顔は広く派閥を超えての信頼もある(なので宇宙艦隊副司令長官の席に付く際も彼ならば仕方ない、とブラウンシュヴァイク公も自派候補を取り下げた程である)。本人に軍事的才能は無くそれを習得する気もないが客観的に状況を判断し適切な答えを導きだそうとする政治手腕は軍事でも有効であり、両派入り乱れた総司令部を一致団結させ現実を直視できる組織として動かしているのは間違いなくこの人物のお陰である。

 

「例の艦隊は確か二個艦隊ですのでこれで四個艦隊ですか。レンテンベルクで一個潰れてガイエスブルクに残るのは四個、メルカッツ提督率いる三個艦隊がそのまま来るとしたらあと二個艦隊出して頂いて倍の数でもみつぶすのが指揮官能力に劣る我々の最善だと思うのですが?」

 

 ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両氏の艦隊は無理だとしても残りの二個艦隊なら出せるはず。前と後ろで半々は中途半端、いわゆる逐次投入になっているのでは? というアイゼンフートの質問にジェファーズの顔が曇る。

 

「こちらもそれを考えたのだがな、両盟主殿曰く"本拠地を手薄にする訳にはいかない"との事だ(※1)。本音を言えばお互いにお互いの艦隊のみだけにしたくない、という所だろう。故に例の艦隊をそちらに向けるので精一杯となってしまった。すまない」

 

「……承知いたしました、それならば仕方ありません。兵力が万全とは言えませんので相手の状況次第で駄目そうなら素直に引き返しますか? それとも勝負しますか?」

 

「無理はしなくていい。レンテンベルクでの消耗戦も別動隊の帝都強襲も潰えたからには本命はガイエスブルクまで引き寄せての決戦。それ以外は確実に行けるならやる、程度の代物だ。欲を出す必要はない」

 

「ここまで来て一度も優位な状況を作れていませんので無理をしない程度に狙えるだけは狙ってみようと思います」

 

「判った」

 

「では」

 

 通信が切られアイゼンフートが一息つく。過去にもこうして己の領分を超えた責任の元で苦しむ司令官が沢山いたのだろう、と他人事に様に考える。幼年の頃、宇宙戦艦の力強さ・優雅さに憧れ、勇将名将の武勲を聞いて興奮するのは男子として誰もが通る道であろう。しかし彼は名家アイゼンフート家の嫡子として門閥貴族としての教養・知識・交流などを求められた。夢から離れたように見えたのだが彼はそれを捨てることが出来ず優雅な社交界で過ごす傍らその裏では家族にも内緒で憧れを追い続け、資料を漁り、伝記を専門書を読み耽り、士官学校のシミュレータすらどこかしらから手に入れてその素人知識を満足させてきた。と、恰好はつけてみたもののつまりアイゼンフート伯は生粋の"隠れ軍事マニア"だったのである。いわゆる貴族艦隊枠が出来た際には内心で狂気に近い歓喜で踊り狂いながらその席を欲したがその趣味を表に出すわけにはいかず(※2)表面上は涼やかに順番待ちをし、やっと席に座って(バレない範囲で)色々できると思っていたらあれよあれよで"本番"に挑まなくてはいけなくなってしまった。そうなってしまったからにはと腹をくくり総司令部にて己の趣味を公けにし作戦会議においても貴族司令官の中で随一の軍事理解度を示し、まとめ役であるジェファーズから前線総指揮を任されるに至り今苦しんでいるのである。しかしリッテンハイム派のまとめ役ジェファーズとブラウンシュヴァイク派の実力派アイゼンフート、この二人がいなければ、いたとしても派閥が片方に寄っていたら現状はもっと悲惨な有様になっていた事は間違いないであろう。

 

 そしてその盟約軍の反撃はシャンタウ星域で行われた。

 

「敵が数に劣る状態で仕掛けてくるとは考えられぬ、後方に更なる増援がいるはずだが…………」

 

 前方で繰り広げられる二個艦隊同士の戦いを注視しつつメルカッツが周囲の状況を考える。

 シャンタウ星域にて敵二個艦隊弱(二個艦隊+分艦隊)と遭遇、フレーゲル艦隊とケンプ艦隊をを並べて対応を行わせつつ自身の艦隊は敵分艦隊の動きといるであろう増援を警戒する。初戦は一個艦隊同士だった、レンテンベルクでは要塞での防衛戦なので少ない数で戦う姿勢を見せてもおかしくはなかった(全艦隊をぶち込んだ正規軍のやり方が異常)、しかしここは何もない星域であり少ない兵力側が仕掛けるのはおかしい。そう考えているうちに交戦が開始されたのだがこちらは前進するが相手は引きつつの応戦で戦闘可能範囲ぎりぎりの遠距離戦を心掛けているらしく、後方に増援がいるのなら典型的な引きずり込みの姿勢。なのだが、時間が過ぎても何も起きない……

 

「ただの時間稼ぎ、という事もあるのか? だとしたら……」

 

 まだまだ慌てるような時間ではない、とメルカッツが考えを纏める。それにしても

 

「一個艦隊の司令官としてならまだしも複数の艦隊を束ねるとなると常識から踏み出せぬ私は消極的になる趣があるな。色々な事が出来るように、あの青年のような参謀が欲しい所だ」

 

 自身のそれこそ何十年の戦いを経て染みついた性格をちょっと恨みつつメルカッツが動こうとした時、先に盟約軍が動いた。引いていた艦隊が同じタイミングで突如前進を開始し、後方待機していた分艦隊が最高速でフレーゲル艦隊の側面(後方のメルカッツから見て左前方のフレーゲル艦隊の左側側面)に回り込もうとする。これに対しフレーゲル艦隊を預かるメックリンガーはとっさの判断で前進を停止し、むしろ後退を指示した。だがケンプは苦手な遠距離戦でストレスが溜まりつつある中での敵接近を見てこちらもとっさの判断で得意の近距離戦を仕掛ける為にさらなる前進を指示した。この両者の性格が表れた行動は動き始めてからお互いの状況を知り、一瞬の混乱が発生する。そこで動き始めたメルカッツがフレーゲル艦隊には「後退速度を緩めるように」と命令し、ケンプ艦隊には「動きを合わせられる所まで後退せよ」と命じる。そして自艦隊にはフレーゲル艦隊の側面に回り込もうとする敵分艦隊を迎え撃ち、そのまま対する敵艦隊の側面に逆展開すべく左側への回り込みを開始する。敵はこの急前進で主導権を握りたいのだろうが落ち着いて受け止めれば後は数と質で上回る正規軍艦隊が主導権を取り戻せる。はずなのだが……

 

「四時方向より敵艦隊複数!! 突入してきます」

 

「ばかな! そっちはオーディンの方向だぞ!!」

 

 オペレーターの報告にメルカッツ配下の幕僚が叫びをあげる。しかし、現実として敵反応を示す艦隊が二つ一直線に向かってくる。想定外の位置からの艦隊規模の強襲は多少の練度や指揮能力を吹き飛ばす衝撃となる。その状態で数においても不利な状況になるという事は単純に言って、良くて泥沼大抵は負けである。

 

「両艦隊に連絡、後退を強化。この星域を放棄し、一時撤収する。本艦隊はこれより……増援敵艦隊の阻止を行う」

 

 来るとしたら敵の後方、つまりはガイエスブルク方面、実際に来たのは味方の後方という認識だったオーディン方面。しかも運が悪い事に総予備であったメルカッツ艦隊はその増援と真逆にいる敵分艦隊に向けて移動中である。この想定外からの敵艦隊強襲を確認した瞬間、メルカッツは素直に"司令官同士の知恵比べ(環境づくり)で負けた"と認めた。そうなれば下手な抵抗はジリ損をドカ損にする。多少自惚れて良いのであれば二度目はないしさせるつもりもない。となればさっさとリセットして仕切り直すに限る。一個艦隊+分艦隊が相手のメックリンガー艦隊と一個艦隊が相手だが二個艦隊に乱入されそうなケンプ艦隊、当たり前だが障害物の無い宙域で三倍の敵に殴られたら用兵もなにもあったものではい。それだけは防がねばならない。メルカッツ艦隊は素早く方向転換するとアスターテさながらの全力突貫を開始した。

 

 

「よし! 素人があのメルカッツ提督をハメるなど二度目は無しの一度きりだ。ここで少しでも戦果を上げておくんだ!!」

 

 フレーゲル艦隊に対峙するアイゼンフートが艦橋で発破をかけつつ艦隊の指揮を取る。この時点でアイゼンフートは総司令部からの指示を一つ破っている。今、艦橋には総司令部が配置を命じた"実質的指揮官となる武官家人"がいないのである。つまりはこの艦隊、アイゼンフートが直接指揮をしている。本来彼の元にいるはずのアイゼンフート家私兵艦隊司令官クレーゲ少将はなんと隣で戦っているモントーヤ男爵(リッテンハイム派)の艦隊にいる。モントーヤ家にも当然私兵艦隊を預かる武官家人がいて同行しているのだが最低限の管理等が出来るだけの人物でありとてもではないが艦隊規模を操れる人材ではなかった。そこでモントーヤ男爵+武家家人よりも自分の方が"マシ"と判断したアイゼンフートが頼み込んでクレーゲを移動させたのである(モントーヤ男爵は正直自信が無かったので受け入れた)。クレーゲ少将はアイゼンフートが当主になり、隠し趣味をさらに昇華させる為に頼み込んで家人になってもらった生粋の軍人であり、正規軍所属のままなら提督候補にもなっていただろう人材である。そのクレーゲと彼に鍛えられたアイゼンフートが艦隊を指揮していたからこそ、この増援到来までの時間を稼げたのである。

 

「帰り道に言われるままに来てみればこんなにおいしそうな戦況とは! ならば頂かなくては失礼というものだ!!」

「とりあえず近くにいる敵を叩けばよいのだな? それで行ってくれ」

 

 増援としてやってきた盟約軍二個艦隊を率いるアヌフリエフ子爵(リッテンハイム派)とサブロニエール子爵(ブラウンシュヴァイク派)は事前指示の通り隙を見せている正規軍艦隊への突入を開始した。

 この二個艦隊は元々首都星オーディンへの奇襲を試みて最初期に出発し、見つからない事を優先し自勢力圏(盟約軍参加者領土)を迂回しつつ進軍していた。しかし正規軍がオーディンに三個艦隊を置いていると確認すると目的地にかなり近づいてはいたが後退を開始した(一個艦隊なら行く、という計画)。そして元の道を帰ろうとした所に指揮権を得たアイゼンフートが自勢力圏経由で移動できるシャンタウ星域への隠密進行を指示。指示が通るとアイゼンフートは到着時刻・予定箇所から逆算してひたすら時間稼ぎの戦闘に徹し、この瞬間となったわけある。隠密奇襲艦隊然り、アイゼンフートの指揮能力然り、油断はしていなかったつもりでも心の中に潜んでいる"盟約軍がそこまでやれるはずがない"という油断。一回こっきりの引っ掛けではあるがあとはどこまで戦果を上げれるか、である…………

 

 

「全ては指揮官たる私の責任。如何なる処分であるとも受ける所存」

 

 ミュッケンベルガーに深々と頭を下げるメルカッツ。その姿はまさに"敗軍の将"であった。フレーゲル艦隊はアイゼンフート艦隊+分艦隊に、ケンプ艦隊と(途中から加わった)メルカッツ艦隊は三個艦隊にそれぞれ五割増しの敵に文字通りの"勢いに任せたゴリ押し"を受け、離脱が完了した頃には平均で二割近い損害を被っていた。敵に与えた損害は推定だが良くて半分程度であり(それでも状況を考えれば技量差でこの程度の差に収めたと言える)シャンタウ星域から叩き出されたからには誰から見ても正規軍の負け、と言わねばならない結果であった。

 

「処分は不要。あの増援は本来、後方を固める本隊にて感知・警告をせねばならぬもの。なにより謀反人共にあれだけ見事な状況を作り出せる将がいる事を見誤っていた総司令部のミス。まだ初戦快勝の蓄えが潰えたわけではない。これを機にあ奴らは烏合の衆では無いと認識を改め、駒を進めてゆくとしよう」

 

 ミュッケンベルガーがあっさりと決断し、全軍が駒を進め直す。最も被害の多かったケンプ艦隊(メルカッツ艦隊に救助されるまで後退しつつ敵三個艦隊にボコボコにされた)がレンテンベルク要塞を基地とした後方支援全般を受け持つ事となり代わりにファーレンハイト艦隊がメルカッツ部隊に配属変更。そして本隊そのものもメルカッツ部隊との距離を縮め連携可能とする。合計八個艦隊による進軍だが減った艦隊を穴埋めする為、首都星待機だったロイエンタール艦隊に移動準備を命じる。盟約軍の新たな迎撃を警戒しつつ進む正規軍であったが次に入った情報は上がったはずの盟約軍評価を再び下げる事になるなんともいえない報告であった。

 

 

 一本取って意気揚々とガイエスブルク要塞に帰還したアイゼンフート達であったが総司令部に入るもどうも空気がおかしい。ジェファーズも他の艦隊司令官にしても顔色が沈んでいる。

 

「何か特別な事でも起きたのでしょうか?」

 

 帰還した四提督を代表し、アイゼンフートがジェファーズに尋ねる。

 

「本来はもっと晴れやかに出迎えるべきなのだがな、すまぬ。今、ちょっとした、いやかなりの問題で両盟主殿が揉めていてな。まずはあれを見てもらいたい」

 

 ジェファーズが仕草で壁を示す。そこにあるのは星域図を示したスクリーンであり各地の被害状況が示されているのだが……

 

「確か敵は一個艦隊程度を遊撃に出していて各地の留守隊は専守防衛を命じられているはずですが……一個艦隊とはいえ被害が固まってますな」

 

 アイゼンフートが首を傾げるがその横でアヌフリエフがそれに気づく。

 

「これは……リッテンハイム侯領のみが極端に狙われているのでは?」

 

「そうだ。最初の数カ所を除き、リッテンハイム侯と侯に極めて近い親族の領土のみが狙われている。通り道にブラウンシュヴァイク公に近い者の地があってもそれを無視している。この状況下でリッテンハイム侯が敵遊撃隊に対する別動隊の編成を求め、ブラウンシュヴァイク公が兵力集中を理由にそれに反対している」

 

 既にその対立仲介に動いているのだろう、ジェファーズが疲れた顔で応える。

 

「罠ですな。分断すれば上々、しなくても亀裂が入れば良し。間者がいるのなら変な噂の一つや二つ、出ているのではないのでしょうか?」

 

 ジェファーズがあっさりと手を見抜く、といっても高度な知識は必要としない。大軍を分断させる典型的手段、一部の勢力のみにとって重要なポイントを攻め相手に予定していなかった行動を強いる。歴史にしろその手の書物にしても沢山読んでいればいくらでも見る手段だ。

 

「噂なら既に出ている。ブラウンシュヴァイク公が裏で"手打ち"をし始めておりその代償としてリッテンハイム侯を"売った"とな」

 

 ジェファーズのボヤきを聞いてアイゼンフートが"あっちゃ~~~"という仕草で額に手を当てる。それは駄目だ。とにもかくにもリヒテンラーデを討ち現帝を排して、そこから次を考えよう。その気持ちだけで何とか繋がっている両盟主なのだから片方を売っての手打ちは噂だけでも揉めるに十分。ましてや敵襲箇所という"そう読み取れる状況証拠"を用意されたのだから始末が悪い。

 

「総司令官としての御意見は?」

 

「当たり前だが別動隊には反対だ。そもそもこの中に、アイゼンフート伯以外に、複数艦隊を指揮して正規軍と戦う事の出来る者はおるかな?」

 

 ジェファーズの指摘に司令官達が目線を下げる。アイゼンフート自身も

 

(私も消去法でやってるだけなので出来ている訳ではないのですが……)

 

 と思っているが言わぬが華である。

 

「しかし、リッテンハイム侯が行くと決められたのなら従うほかありません」

 

 リッテンハイム派であるモントーヤ男爵が宣言し、アヌフリエフ子爵もそれに頷く。現実がある程度見えているとはいえそこが門閥貴族の派閥としての限界である。そしてそうこうしているうちに帰還を知ったのかその本人が直接やって来た。

 

「帰還したのだな! ジェファーズ侯、モントーヤ男爵、アヌフリエフ子爵、艦隊を準備せよ。我々はこれより拠点をガルミシュ要塞に移す。その後まずは敵遊撃部隊を平らげ、ガイエスブルクと二方面作戦で敵を殲滅する。そもそもガイエスブルク一つにこの大部隊は多すぎて要塞の利点を生かせんとは思えんか? それよりもガルミシュも活用し且つ部隊規模も適量にすれば一石二鳥ではないか!! そうは思わんかねジェファーズ侯!!」

 

 やってくるなり矢継ぎ早にまくしたてるリッテンハイムに対し、ジェファーズは何か言いたそうに口を開くがそこで止まる。そして目線がアイゼンフートの方に泳いでいく。彼には軍事的見地で反論する事が出来ないのだ。

 

(別派閥の私が言うと火に油を注ぐ事になると思いますが……仕方ない)

 

 その目線を受けてアイゼンフートが応える。

 

「リッテンハイム侯。残念ながらその手立ては敵軍が均等に兵力を分け、馬鹿正直に要塞を交えた攻防戦を開始しなくては成り立ちません。片方に牽制程度の兵力を残し、もう片方に全力を注がれたら現状より厳しい兵力差での戦いとなります。そしてそれで狙われるのは要塞砲を持たないガルミシュ要塞側、つまりはリッテンハイム侯、あなたとその同志が標的となってしまいます。自領が荒らされるのを見て立たれようとするそのお気持ちはわかります。しかし全軍の、皆の勝利の為にもここはご自重して頂ければと思います」

 

 ガルミシュ要塞は確かに大規模であるし良い要塞かもしれない。しかし、要塞砲を持たない故にアウトレンジで大打撃を与える事は出来ないし如何せん要塞そのものが結構古い。外壁もイゼルローンやガイエスブルク級の硬さには程遠いし搭載火砲の型も古い。レンテンベルクの有様を考えると実の所どこまでやれるかは疑問。というのが趣味でかき集めていた情報で知っていたアイゼンフートの見解である。

 

「ふんっ! 私は総司令官に聞いているのだ。お前に聞いている訳ではない」

 

 鼻息は荒く、自派閥でなければ門閥貴族であろうとも格下を見下す視線。仮面が一枚剥がれるだけでリッテンハイム侯はこれである。匹敵すると言われながらもブラウンシュヴァイク公に優らなかった理由がここにある。近年の勢力争いの末にブラウンシュヴァイク公は必要ならば我慢する事も相手を立てる事も出来る様になった。本気で帝国の頂点に立とうと思っていたからこそ身に着けようと努力した王者の姿勢。だから一番でいられたし、ジェファーズの根回しも効いていた。

 

「総司令官でもないのにデカい面をしおって。どうせそれをいい事に兵権を握り、わしの同志たちを優先的に使い潰す腹だろう。その手にはのらんわ」

 

「言葉が過ぎますぞリッテンハイム侯、アイゼンフート伯はまこと勝つ事のみを考えて動いていてくださる。そも、我々総司令部は盟約に名を連ねし同志全員の勝利を願って一致団結しております。そこにはもはや派閥という壁などありませぬ」

 

 ジェファーズがすぐさま間に入る。リッテンハイムの癇癪に長く付き合っていたのであろう、慣れた動き・口調ではあるが言うべき所はきつく言っている。横でモントーヤとアヌフリエフが完全に固まっているのを見る限り、これだけの直言が出来るのはジェファーズくらいなのだろう。

 

「わしはなれ合いをさせる為に貴様を総司令官にした訳ではない。何故、場を牛耳らん? ただ勝てばいいというものではないのだ。戯言に付き合う暇などない。行くぞ、お前らも付いてこい」

 

 リッテンハイムが自派司令官達をひと睨みし踵を返す。モントーヤとアヌフリエフが申し訳なさそうにこちらに頭を下げそれに続き、彼らが率いる武官達もそれに続く。だが、

 

「私めは残ります。ご同行できませぬ」

 

 リッテンハイムの足が止まり、錆付いた機械のようにぎこちなく振り向く。見開いた目が例えようのない狂気を帯びた光を放ち、もし感情を視覚に捉えられるのであれば凄まじい炎が吹き荒れていただろう。

 

「私めは総司令官として我らの軍を勝利に導く事を考えねばなりませぬ。それを目指すのであればアイゼンフート伯が申し上げた通り中途半端な分断は我々に利あらず。少しでも、ほんの少しでも勝率を上げるが為に兵力がなるべく一箇所に多く集まる方がいい。故に同行する事は、出来ませぬ」

 

 ジェファーズがはっきりと言い放ち、リッテンハイムの目を正面から見据える。

 

「……好きにしろ。だが、事が終わりし後は覚悟しておくといい」

 

「その後があるのでしたら。如何程にでも」

 

 リッテンハイムが再び踵を返し退出する。扉が閉まると同時にジェファーズの"糸"が切れたのか、倒れ込むようにその場に膝をつく。

 

「……申し訳ない」

 

 ジェファーズの絞り出すような言葉に誰も答える事は出来なかった。

 

 

「そうか、貴殿が引き継ぐが良い。そのままにする方が却って酷であろう」

 

 事の結末についてアイゼンフートから報告を受けたブラウンシュヴァイクは鷹揚にそう答えた。引き継ぐ、と言ったのはジェファーズが交代を申し出たした総司令官の地位についてである。

 

「して」

 

 ブラウンシュヴァイクが言葉を続ける。王者の姿勢を崩さぬ為にか諸侯達の前では覇気も威勢もいい姿を見せているがそこから下がると現実の不安との戦いなのであろう、こう何とも言えない"抜けた"姿だったり激昂して当たり散らしていたりと極めて情緒不安定になっている。今はとても"抜けた"状態だ。

 

「勝ち筋はあるのか?」

 

 決起人とは思えない、気の抜けた問い。

 

「微力を尽くしますが、残念ながら」

 

 この状況下で楽観的な事を言ってもどうにもならない。

 

「そうか。まぁ、だからと言って今更白旗を上げる訳にはいくまいて。思うがまま存分に動かすといい」

 

「御意」

 

 

 数日後、準備の終えたリッテンハイム侯が率いる四四〇〇〇隻の艦艇がガイエスブルク要塞を去る。要塞に残るは七八八〇〇隻。七九七年六月上旬、こうして盟約軍は二つに割れた。

 

 




待って、12029文字。二話分じゃんw



 原作の戦役では温厚中立派であったマリーンドルフ伯ですら貴族としてのしがらみで参加やむなしと考えていました。なので声が小さいだけで現実を見れてたんだけど貴族としてはいかねばならぬ、と参加していた人も沢山いたんじゃないかなぁって思います。でも声だけが大きかったり、両派閥首領によいしょできる者達だけが目立ってたのかなぁ、と。なので本作では両派閥首領が静かなうちに現実をある程度理解している総司令部が声の大きい所を濃縮したようなものを最初に送り込んで上手い事敵消耗の餌として使い潰してしまおうと考える所からの作戦をスタートさせていますw

 署名した人数だけでも三〇〇〇名を超える貴族集団です。派閥を超えた"いい人"や、趣味:軍事だった人も少なからずいたのではないでしょうか?そしてそういう理解度のある人がかき集まって一矢報いたのが原作のシャンタウ星域のメルカッツ"達"vsロイエンタールだんじゃないかなぁ、と。

 メルカッツは確かにあの物語で指折りの名将といえますが誰かの指揮下で戦う司令官としてならともかくそれ以上の立場になると常識人という枠が引っかかるんじゃないかなぁって思ってます。原作で一番多くの兵力、というか一個艦隊以上の規模を直接指揮したのは多分シャンタウのロイエンタール戦のみだと思うのですがあの時も指揮しにくい貴族軍とはいえ敵より多い兵力を丁寧に叩きつけること以上の事は出来なかったようですし・・・・しかし、奇抜な作戦を理解する事は出来るので本作のアスターテのように出来る参謀を付ければ幅はとんでもなく広がると思います。

※1:両盟主
 盟主ブラウンシュヴァイク公と副盟主リッテンハイム侯の事。如何せん両社プライドの塊なので決まった事とはいえリッテンハイム侯は副盟主(=盟主より下)と呼ばれる事でストレスが発生するらしい。という事なので個別に呼ぶときはリッテンハイム侯と呼び、二人纏めての場合両盟主と呼ぶことで対応している。貴族のプライド、メンドクセ。

※2:軍事趣味を表に出せず
 この頃には門閥貴族と正規軍の不仲は深刻なものとなっていたので門閥貴族界では有力門閥貴族当主などは軍人風情のまねごとをせず家人にやらせるもの、という空気になっていた(例外は当時のフレーゲルのような勢力拡大の為の公認(?)の尖兵のみ)。


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No.34 大貴族の矜持

 本作におけるブラウンシュヴァイクとリッテンハイムの違いは"原作以上に一番上が近づいていた為、目指す姿勢が明確になってる人"と"原作同様ライバルに勝つという姿勢から脱皮できなかった人"の違いです。


 

 時は遡り正規軍出撃直前

 

「・・となりますので閣下の部隊には増援を送りにくい、というのが実情となります。ですのでまずは部隊として存在し続ける事を第一として頂きたい。との事です」

 

 ミュッケンベルガーが遣わせたキルヒアイス大佐が遊撃艦隊を率いるシュヴァルベルクに大まかな行動指針などを伝える。

 

「下手を打って欲しくない、という気持ちはわかるがだからといって脅威にならないのなら遊撃として出る意味もない。この艦隊が出る事でどのような変化を起こす事が元帥や君たちの希望なのか、それが胸の内には何もないとは思えん。希望があるなら今のうちに聞かせてはくれんか?」

 

「はい。可能でならばとっていただきたい動き、はあります」

 

 そう答えるとキルヒアイスはとても分かりやすい、シンプルな希望を告げた。

 

「可能な限り、リッテンハイム本家の領土とそれに近い親族の領土のみを狙ってください。ブラウンシュヴァイク派の領土は意図的に避けるくらいのお気持ちで」

 

 それを聞くとシュヴァルベルクは"はぁ~~~"っと息を吐く。

 

「あざといのぅ、それをやったら"後は勝手に相手が話を盛り上げてくれる"というやつだ。火のない所に煙は立たぬというが実際に火を付けてしまうのだから始末が悪い」

 

「元々不倶戴天の間柄ですので、さぞかし揉める事でしょう」

 

 キルヒアイスがにこやかに答える。

 

「しかしこちらは一個艦隊。それが原因でリッテンハイム派が群がって押し寄せて来たら太刀打ち出来ん、本隊による敵動向監視と動きに合わせた適切な増援を依頼する。それが出来ぬのならこちらは遠慮なく逃げる、という事は伝えたおいてもらいたい」

 

「必ず、お伝えします」

 

 

 本隊に先立ち出撃したシュヴァルベルク艦隊は適度な目的地に到着すると手始めとしていくつかの盟約陣営領の無力化を開始する。最初の方は派閥関係なく色々な領を無秩序と言える動きで襲撃する。これは同じ家の領土内、同派閥内、そして派閥を超えた先、それぞれと連携した行動を取るのか?という確認である。一つ一つは大したことは無いが束になると気を抜けない、如何せんこちらは一個艦隊なのだ。そしてどうやら連携無しの専守防衛が基本路線らしいと判明すると艦隊からさらに遊撃隊を編成する。動かぬ個々の敵兵力相手だと一個艦隊は過剰兵力なのである。

 

「リッテンハイム侯領が最優先で侵攻具合によってはそれに親しい親族なども可とする。とにかく"リッテンハイム侯に近い所から落とされている"という状況を作るのだ。占領作業はこちらが一括で受けもつので防衛戦力の無力化を進めてもらいたい。いい機会だ、今後の為に無理せず部隊指揮を存分に経験するといい」

 

「お任せください」

 

 シュヴァルベルクより独立遊撃隊に任命されたミッターマイヤー少将が緊張した顔で応える。兵力としては周辺の正規軍基地などからかき集めた部隊を含め六〇〇〇隻程度、帝国軍における少将が扱う数としてはかなり多いのだが出撃前に聞いておいた前任者から評は

 

「艦隊指揮、特に機動においては私などよりはるかに司令官として優秀です。しかし艦隊指揮に慣れるまでの間は周囲が追従できない機動をしてしまうかもしれません」

 

 との事だったのでいっその事解き放って好きに動けるようにした方がいいだろう、という"放し飼い"にしたのである。少々危なっかしい委任になるが人を見る目にはそれなりに自信がある。直感も入るが行けるだろうと考えたうえでの任命となった。そして解き放たれた遊撃隊は正しく"疾風"となってリッテンハイム領を駆け抜けた。

 

 

 リッテンハイム領に解き放たれた狼は文字通りその領土を"もみくちゃ"にした。専守防衛に徹している盟約陣営は一箇所あたり数百から多くて一千程度の中小艦艇である。目星をつけたいくつかの星を無力化し、補給中に次の標的を選定しているミッタマイヤーに一つの考えが浮かんだ。

 

「これだけの艦艇を用意して頂いたのは有難いが、やっぱり多いよなぁ」

 

 出発時点で予想で来ていた事たがあの程度の敵に対するには六〇〇〇隻という数はミッターマイヤーにとって多すぎた。といっても二つに分けたら三〇〇〇隻、自分自身で指揮するのなら大丈夫だが他人に任せると万が一がある。

 

「・・・・・両方に俺がいればいいのか。この艦ならそれが出来る」

 

 考え込みながらぶつぶつ呟くミッターマイヤーの声を聴いた幕僚の一人が「何言ってるんだこの人?」という顔で見つめる。この幕僚はロイエンタールの元で同盟軍第九艦隊を相手にした時のミッターマイヤーの無茶振りを直に見てた人である。「また何かしでかすのか?」と不安がる中、ミッターマイヤーが今後の行動を命じ、その幕僚は嫌な予感が当たった事を悟ったのである。

 

「よし、大丈夫そうだな。この後は予定通りで頼む」

 

 そういうとミッターマイヤーは旗艦に若干の護衛を付け、もう一つの部隊に方にすっ飛んでいった。

 彼は隊を二つに分けた。一つは自分で指揮して最初の目的地に向かう、そして二つ目には次の目的地に事前に向かわせて待機させる。最初の戦闘に目途が立つや否や用意していた最小限の護衛を連れて全速で次の目的地に向かいそちらの指揮を執り、目途が立ったらその次の目的地に向かっていた最初の部隊に直行する。これを繰り返せば倍とはいかないまでも隊を分ける前よりも素早く事を進められる。そして一番割を食うのはこの殺人的スケジュールの進行管理を任された幕僚達と恐ろしい速度で走り回る羽目になった旗艦ベイオウルフの乗員達である。自分がいない間にロイエンタールを艦隊司令官として引っこ抜かれたシュヴァルベルクがミュッケンベルガーに「せめて貧乏籤を引く羽目になった二人(ロイエンタール&ミッターマイヤー)にいい旗艦くらいくれてやってくれ」と愚痴をこぼし、ミュッケンベルガーから「好きな艦を選べ」と未配属旗艦級艦艇リストを見せられたミッターマイヤーが選んだのがこのベイオウルフであった。乗員達からしてみれば"艦隊司令官候補席"であるシュヴァルベルク艦隊先頭集団分艦隊司令の乗艦という事で将来の艦隊旗艦を夢見たのであるがまさかこんな形で高速タクシーの様な振り回され方をするとは思ってもみなかったであろう。しかしその司令官は

 

「それにしてもいい艦だな。艦隊旗艦になれるように頑張らねばな」

 

 と、嬉々としながら次々と指示を飛ばすのであった。

 

 

「ある意味、存外の戦果である。だが別の意味においては論外の運用である」

 

 後からじっくり占領行動をしつついけそうなら手を付けていない所の無力化を行う、と考えていたシュヴァルベルクはその速度に呆れつつも占領するより早く増えていく無力化エリアの対応に四苦八苦していた。どうやら部隊を二分して交互侵攻しているのは理解したが旗艦が何処にいるか判らない(部隊間移動をしている時間の方が長い)ので本人を捕まえる事を諦め、後で説教する事に決めた。とにもかくにも占領を追いつかせる為に本隊での無力化作業を諦め本隊を二分し、交互に占領作業を行う事で追いつこうとするが一向に差が縮まらない。そうしているうちにその牙は既にリッテンハイム本家のみならず有力な親族分家にまで伸びていた。あまりにもズタボロにしていくので本家領だけに限定してしまうと攻撃対象が少なくなってしまい効率が落ちてしまう段階になっているのだ。

 しかし、その疾風にも"止まれ"を命じる必要のある情報が本体から寄せられてきた。その情報を得ると同時にシュヴァルベルクは現状の占領行動を進めつつミッターマイヤーには侵攻停止を厳命(旗艦探すの面倒なので部隊そのものに連絡した)、近辺星域各地に残ってる正規軍基地に状況と補給物資の備蓄量を報告させる。そしてやっと止まった(そして連絡してきた)ミッターマイヤーにたっぷりと説教という名の小言をかました後に次の任務を伝える。

 

「指定したエリアの無力化を行うように。そのエリアの先にいる友軍と合流したい、その道作りだ」

 

「そこまでして合流したい理由とは? お聞かせいただけないでしょうか?」

 

 シュヴァルベルクからの指示を受けたミッターマイヤーが方針転換の意義を問う。

 

「元帥からの情報でリッテンハイム派が分裂し、こちらに向かってくるそうだ。数にして四五〇〇〇隻程度。これの迎撃準備を行う」

 

 シュヴァルベルクがその意図を順々に説明する。現在、シュヴァルベルク艦隊はミッターマイヤー隊込みで総数一六〇〇〇隻程度。リッテンハイム派を向け迎え撃つには当然ながら少ないのでミュッケンベルガー本隊に合流予定だったロイエンタール艦隊(一二七〇〇隻)とレンテンベルクを拠点に活動していたケンプ艦隊(活動中だった分艦隊を除いた即移動可能な艦のみで五五〇〇隻)がこちらに移動中、追加で首都防衛担当だったクエンツェル艦隊(一二二〇〇隻)にも急行させるがこれは間に合うか判らない。クエンツェル艦隊が間に合えば同規模だが間に合わない場合は敵の八割程度の兵力となってしまう。これをカバーする為に貴族領が少ない辺境で活動を開始し、(点在する盟約派領を無力化しつつ)比較的近い所まで来ていた部隊を招き入れる。その出迎えルートがミッターマイヤーに指示した無力化対象エリアである。

 

「辺境から招き入れる部隊が約五〇〇〇隻程度との事だからこれを含めばクエンツェル艦隊無しで三九〇〇〇隻程度にはなる。ここまでは敵の到来までに間に合う計算だ。これからの行動はこの部隊集結を間に合わせる事を最優先とする」

 

「事情は理解いたしました。これより活動を開始しますが・・・・その、部隊運用については・・・・・」

 

 意気揚々、とはいかずミッターマイヤーがそう大きいわけではないその体を心なし縮めながら尋ねる。ついさっきこの尋常ではない遊撃隊二分割行動に対する小言をたっぷり聞かされた後なのである。

 

「今は効率最優先だ、動かしたいように動かしたまえ」

 

 シュヴァルベルクが苦笑しつつ応える。だが一度聞かせた小言がまた出てしまう。

 

「しかし、だ。すまん言い方になってしまうが貴官の身の上(=平民)で中将に昇進させるには半個艦隊なり司令官代理なりできっちりと"艦隊規模を任せても大丈夫だろう"という運用実績を上げたうえで上官として推薦を行わないといかんのだ。貴官は出来ると思っているだろうしわしも出来るとは思っているのだが現状の実績記録としては"分艦隊司令として優秀"で止まってしまう。この戦いが終わったら席は沢山空くだろうからねじこめるかもしれんが必要な段取りについては注意した方がいいぞ」

 

「肝に銘じます」

 

「宜しい。では行きたまえ」

 

「では」

 

 通信が終了するとシュヴァルベルクは幕僚達を集める。各地からの艦隊集結までに現在の占領地を確定させる必要がある、それから敵味方総勢一〇万近い艦艇が戦う舞台を選ばないといけないし各艦隊が保持する補給物資を確認し不足分を周囲の基地から取り寄せないといけない。艦隊指揮官としての力量には限界を感じている分、下の者達が十二分の力量を発揮できるように少しでもいい環境・状態を得られるように努力せねばならない。それが彼なりに到達した人の上に立つ為のけじめというものなのである。

 

 

「最低限の防衛兵力をガイエスブルクに残し、残りは全て出撃させます。それも可能な限り速やかに行う必要があります」

 

 総司令官として指揮権を掌握したアイゼンフートの第一声がこれであった。

 

「理由を述べよ」

 

 ブラウンシュヴァイク公が感情の無い声で尋ねる。冷静という訳ではない。盟主としての威厳を保つ為、派閥を越えて残ってくれた将兵を失望させない為、分裂行動という暴挙を犯したリッテンハイム侯への荒れ狂う感情を無理矢理抑え込んでいるのです。と、側近のアンスバッハ准将より事前に説明を受けていた。つまりはまぁ"あまり刺激しないで頂けないでしょうか?"という事なのだがアイゼンフートとしては遠慮もなにもあったものではない。元々低い勝率が絶望的な所まで来ているのだ、万が一を起こす為か恥ずかしくない滅びを迎える為か、"思うがまま存分に動かすといい"と言われたのだ好きにやらせてもらう。

 

「最悪の展開としてはこのまま我々がガイエスブルクに逼塞したままリッテンハイム勢が敗れる事。典型的な各個撃破というものです。これを防ぐ為には何かしらの形で我々が打って出なくてはいけません」

 

「敵はどう動くのだ?」

 

「判りません」

 

「判らぬ、と」

 

 身も蓋もない答えにブラウンシュヴァイクが眉を顰め、横にいるアンスバッハが目線で何かを訴えてくる。その訴えを相手にせずアイゼンフートがその考えを述べる。

 

「まず、我々は正面に控えるミュッケンベルガー率いる本隊に対してこれが現状のままの艦隊規模を保つ場合は挑む事ができません。どうやっても勝てない戦力差なので・・・。狙うのはリッテンハイム勢を狙う別動隊、若しくは首都星オーディンです」

 

「敵がリッテンハイムを討つために兵力を分散させるのであればリッテンハイムがどう思うが関係なく我々の兵力を無理矢理集中させる。だが敵も兵力を集中し全兵力をリッテンハイムにつぎ込むのであれば奴らを餌にして玉体を抑える、と」

 

「お見事、御推察の通りであります」

 

 アイゼンフートが喜びの声で応える。まだブラウンシュヴァイクの精神は壊れていない。それならばこれをアテにした手も打てる。

 

「出撃準備が整うまでに少しでも情報を集め、行き先を決めます。その為には各地に潜めています同志(=敵地にいるスパイ・内通者等)からの情報も重要となります。摘発され続け残り少なくなっておりますが最後の踏ん張りとして強く情報を求めようと思います、宜しいでしょうか?」

 

「ここで温存しても意味はあるまい。使い潰してよい」

 

「ありがとうございます。盟主殿には一個艦隊半程度の兵力をガイエスブルクに残しますのでしばらくの間ご辛抱をお願いいたします」

 

「・・・・敵がこっちに来たらそれでしばらく耐えればいいのだな。イゼルローンと駐留艦隊の実績を考えれば全部が来ない限り凌げる、という算段だな」

 

「まっこと、まっこと。盟主殿手元の兵力を減らすのは危険ではありますが敵との総兵力差がある分、ガイエスブルクという地の利は使わねばなりません」

 

「事ここに至っては正面決戦などできぬとは理解している、どこかで無理矢理にでも局地的有利を作らねばならぬともな。貴公に任せたのだ、自由に動かせ」

 

「有り難く。では、引き続き準備を進めてまいります」

 

「うむ」

 

 事が決まるとアイゼンフートは足早にその場を去る。急いで準備したいという気持ちもあるがブラウンシュヴァイクの気が変わる前に事を進めてしまいたいというのが本音である。

 

「クレーゲ!」

 

「こちらに」

 

 アイゼンフートが腹心の武官家人であるクレーゲ少将を呼びいくつかの指示を与える。

 

「すまないが貴官には残ってもらう、盟主殿本隊の実質的司令官としてだ。俺の見る限り本隊にはノルマを果たせる分艦隊司令はいるがそれを纏める艦隊司令クラスの人材が見当たらないのだ。シュトライト殿やアンスバッハ殿は確かに優れた人だがこっち(艦隊戦)向きの人材ではないしな。あのお二人には筋は通しておく、二人に通せばブラウンシュヴァイク家はどうとでもなる。ブラウンシュヴァイク家以外で誰かを頼りたければジェファーズ侯を頼れ、あの方で駄目ならどうにもならん」

 

「御意。して伯は?」

 

「俺は出撃部隊の編成だ。といっても艦隊そのものは盟主殿以外のは全部連れて行くので艦隊外の独立部隊の振り分けと指揮官級人材(=貴族)とお抱え武官の確認だ。厚くする為の予備人材などはいないがどこまでやれそうなのかは把握する必要があるからな。なので居残り部隊の細かい所は任せる」

 

「判りました」

 

 今日準備して明日出る。と、アイゼンフートは決めている。リッテンハイム派が出て行ったのが昨日。日を開けすぎると"リッテンハイム派の戦いに乱入する"というオプションが取れない。基本的にガイエスブルク周辺にしろリッテンハイム領までの道にしろ貴族領が極めて多い星域なので移動の隠密性などはこちらが有利(なので引き返したがオーディン奇襲などを試みる事が出来たしそもそも盟約軍総司令部はそういう場所を使って行動する事を心掛けている)なのだが明らかに狙っているリッテンハイム領蹂躙なので移動ルートに網を張っているだろう。正規軍に見つからずにリッテンハイム派に追いつく為にはリッテンハイム派が通った直後(=リッテンハイム派も馬鹿じゃないから移動ルートに見つけた哨戒線は潰していくだろうという期待)に滑り込む必要がある。後は各地に潜む同志からの情報を期待するしかない。

 

 翌日、アイゼンフート部隊はガイエスブルクに残す二〇〇〇〇隻と出撃させる五五八〇〇隻の編成を完了させる。前日のうちに先行させた三〇〇〇隻に哨戒網チェック&潰しを行わせその道を通るわけだが流石に昨日の今日で手に入るとは思わなかった正規軍情報が意外な形でやって来た。

 

「はははは、素人用兵など全てお見通しというわけか」

 

 今日中に出撃せねばならないのだがその情報が印刷された紙を放り出し、アイゼンフートが頭を抱える。その紙には"正規軍総旗艦ヴィルヘルミナから発せられた正規軍ミュッケンベルガー本隊の行動予定表"が記載されていた。

 

 ・多分リッテンハイム派艦隊と思われるのを発見しました

 ・本隊は八個艦隊です。

 ・本隊以外でリッテンハイム派艦隊に勝つ目星はつけました

 ・本隊を四個艦隊×二に分けてガイエスブルク残留軍を見張ります

 ・片方はオーディンへのルートを見張らせます、もう片方はリッテンハイム領へのルートです

 ・ガイエスブルク残留軍を見つけたら無理に相手をしないでひたすら時間を稼ぎます

 ・リッテンハイム派艦隊を片付けたら全軍でガイエスブルクに行きます

 

「・・・・・・・いや、これ自体が罠という考えもある」

 

 気を取り直して考え始める。これが嘘であるなら理由はなんだ?リッテンハイム派を処理する兵力が足りないから本隊を割く必要がある?我々を誘い出して敵本隊全軍で叩きたい?既に全軍で引いている?逆にガイエスブルクを封鎖しに来ている?

 

 次から次へと"パターン"が思い浮かぶ、だが決断が出来ない。それがアイゼンフートの限界。基礎教養はもちろん専門知識もあり才能もあった。しかし圧倒的に経験が無い。読みふけった書物のお陰で色々なパターンが浮かぶのだが何故それが選択されたのかという書物では判らない経験による分析が出来ない。正しく素人の生兵法。

 

「数えきれない選択肢から基準を設け切り捨てを行い、目的損得を考え少しでも選択肢を減らす。可能な限り減らした選択肢から選ぶ。と口では言えるがそれが思い浮かばぬ。あれもこれも"ありうるのでは?"と考え始めると捨てる事が出来ぬ・・・・・」

 

 そこまでぼやいて一息つく。クレーゲを呼び戻すか?と考えるが彼は前線指揮で出世した戦術家だ、恐らくは好転しないだろう。そこまで考えて彼は決断を投げる事にした。放棄という訳ではない、総司令官となったからには何かの決断をしなくてはいけないのだが八〇〇〇〇隻近い自軍将兵の行く末を根拠を示せない勘で決める事に自分自身が納得出来ない。なので素直にギブアップして相談をする事にした。軍事ではないが数多くの決断を、取捨選択をしてきた人がこの要塞にはいる。

 

「・・・という次第でありまして総司令官失格と言われればその通りでございますが何卒"決断"に関するご助言を賜りたく参上した次第であります」

 

 ガイエスブルク要塞にある一室。盟主・ブラウンシュヴァイク公の個室として用意されたその部屋にアイゼンフートがいた。同席するのは部屋の主たるブラウンシュヴァイクとその腹心のアンスバッハ、そして相談役となっているジェファーズ。

 

「決断、か。やれ鉱物惑星の利権だ派閥の移動だと何百何千万という領民のその後を左右する決断、それこそ沢山してきましたなぁ、ジェファーズ侯」

 

「まことに」

 

 ブラウンシュヴァイクの語りかけにジェファーズが頷く。ガイエスブルクに残り孤立すると思われたジェファーズであったがブラウンシュヴァイクがすぐさま"相談役"として傍らにいてもらう事で解決した(※1)。庇う事が目的と思われていたが見る限りとても友好的である。数々の決断の為に腹を割って話し合ってきた間柄である。上辺だけの関係よりも本音で話せる間柄の方が結びつきは強くなるのであろう。

 

「まずは目的をはっきりさせましょう。アイゼンフート殿、この後の展開で最も悪い事はなんでしょうか?」

 

「各個撃破される事です」

 

 ジェファーズの問いにアイゼンフートが即答する。これは答えられる、だがその為に何が最善なのか?で思考が飽和状態になる。

 

「ならば行くしかあるまい。リッテンハイムめがこちらに戻ってくる事などないのだからな。何かできるかもしれない、いや、何かしなくてはいけないと思うあまりに見なくてはいけない本筋を曇らせておるぞ」

 

「しかし我々こそが狙いであった場合、というのを考えると素直に行ってよいものか?と。かといってそう思わせてあちらが狙いだったら・・・・」

 

「はっはっは!それこそ堂々巡りというものだ。どこかで"えいや!"と割り切らねばんらん。そういう所は流石にまだ若いのだな。わしも家を継いだ頃は威張り散らしながら内心そのまんまだったぞ」

 

 己の若い時を思い出したのかブラウンシュヴァイクが楽しそうに応える。

 

「ならば盟主として命じよう。総司令官アイゼンフート伯よ、予定している軍をもってリッテンハイムめの所に行きそれに対している敵を討て。無傷で合流できたのなら敵の規模を問わず決戦せよ。敵が予告の通りの艦隊で合流を妨害するのであればこれと決戦せよ。敵全軍がこちらを狙っていた場合は逃げよ。以上だ」

 

「なっ!」

 

 ブラウンシュヴァイクがあっさり出した明確かつ重要な命令を聞きジェファーズが驚きの声を上げる。アイゼンフートはあまりにもあっけなく命令するブラウンシュヴァイクをぽかーんという顔で見つめる。

 

「盟主殿の命であればその完遂に全力を上げますが、よろしいのですか?決戦で」

 

 なんとか気を取り直したアイゼンフートが恐る恐る確認する。

 

「構わん。好転の目が無い限り長引かせても意味はない。それにこのままだと兵が逃げ始めるのではないか?」

 

 ブラウンシュヴァイクの指摘にアイゼンフートは頷くしかない。正規軍だろうと盟約軍だろうとその多くを占めるのは徴兵された一般民であるし艦を預かる艦長達も大半はやれ忠義やら大義やらは関係ない、明日の飯を食う為に仕方なく働いているのだ。"あぁ、これは負けが決まったな"と判るや否や文字通り多くの兵が四散するであろう。ある程度賢ければ既に予想が付いているのであろうが今の所、それを決定づける戦いが起きていないので踏ん切りが付かずに居残っているだけなのだ。

 

「まことに盟主殿の仰せの通り。ならばご命令の通り、打って出るのみです」

 

「うむ。後悔の無い戦いをしてくるがいい」

 

「それでですが・・・・一つどうしてもお聞かせいただきたい事があるのですが?」

 

「遠慮は無用、良い機会だ何でも答えるぞ」

 

 アイゼンフートの問いにブラウンシュヴァイクが鷹揚に応える。

 

「盟主殿は、その、勝つ算段というか見込みというか、そもそも勝てると思って決起なされたのでしょうか?」

 

 場が静まる。その顔に見えるのは怒りではなく寧ろ悲しみというべきか。後にアイゼンフートは「怒り、を覚悟していたが寧ろ優しさすら感じた。後の世から見れば身の程を弁えなかった大罪人なのだろうが私から見たら正しく盟主と呼ぶにふさわしい大人物であった」と語っている。

 

「御年六〇。確かに年齢以上に年を取られている印象ではあるが生活が乱れているという訳ではない。あと五年や一〇年はご健在であると思っていた」

 

 ブラウンシュヴァイクが語る。御年六〇という事は先帝フリードリヒ四世の事だろう。

 

「それだけの期間があれば正規軍にもっと根を下せていただろう。我らの艦隊ももっと持ち回りが進み、軍を理解する者が増えただろうし卿のような出来者も一人二人増えたかもしれん。リヒテンラーデも死ぬか引退するかで政府に柱がなくなったであろう」

 

 ふぅ、とブラウンシュヴァイクが一息つく。エルヴィン・ヨーゼフの存在が明るみになってからの異常なまでの勢力拡大は彼の正式な立太子の儀を阻止し、娘に継がせる為、政治・軍事・世論の全てを頷かせるだけの力を得る為。しかしそれは一度動き始めてしまったら後に引けない膨張。

 

「だが、その時間を得る前に崩御なされた。そして残ったリヒテンラーデは不完全な我々を後戻り出来ぬ所に追い込んだ。もし決起していなかったら今頃幾つもの同志が家ごと取り潰しやそれに近い扱いを受けていただろう」

 

「取り潰し?」

 

 アイゼンフートが反応するがその事情を知っていたと思われるアンスバッハやジェファーズは反応をしない。ブラウンシュヴァイクに代わってジェファーズが言葉を続ける。

 

「エルヴィン・ヨーゼフが帝位を継ぐと発表された時から幾つもの家に対して内密に"法に反する行為に対する告発"が言い渡されました。数にしても証拠の質にしても長い間溜め込んで準備していたのでしょう。過去においてもみ潰した本当の罪もあれば今では死文化している法に基づくものもあったのですが突然の事に困った彼らは我々(ブラウンシュヴァイク家とリッテンハイム家)を頼った。彼らから見れば我々を頼れば今まで通りになぁなぁで潰せると考えたのでしょう。しかし困ったことに政府は"本気"だったのです」

 

 アイゼンフートにとっては初めて聞く事情である。余程内密に進められていたのだろう。

 

「"貴族と言えど度を越した罪は罪として罰せられる" それは先のカストロプ家の顛末が物語っています。それを小さい所からやっていこうという訳です。一つでも罰が実行されれば後はなし崩し的に数と範囲を広げていくつもりなのでしょう。今までそれを行ってこなかったのは大事を避けてなぁなぁで収めてしまっていたからというのもありますがもしそれが大規模な反乱に繋がった場合、叛徒共に付け入る隙を与える事になるでしょうしなによりも時の皇帝の失政として権威の失墜につながるからだと思います。しかし」

 

「叛徒共は去年叩かれしばらくは動けぬ。そして幼いエルヴィン・ヨーゼフに失政の烙印は付かぬ、そもそも執政兼宰相という地位でその責任をすべて引き受けることが出来る。リヒテンラーデからしてみれば命尽きるまで我々の勢力を法という大義名分でひたすら削ぎ落す事が出来るのだ。政府と軍部は奴の手中にある、遮るものは我々自身しかない。あ奴から見れば今やらねばいつかは自家が狙われるのだ。是非も無し、というものだな」

 

 ジェファーズの言葉をブラウンシュヴァイクが引継ぎ結ぶ。

 

「・・・つまりこの決起は皇位継承問題でも何でもなく我々貴族界の、いえ、リヒテンラーデ家とブラウンシュヴァイク&リッテンハイム両家による生存戦争である、と」

 

「そうだ。わしとてもし事成せばリヒテンラーデ家は理由を付けて再起不能にせねばと考えていたのだ。相手とて同じだろう。ならこちらに残る選択肢は二つ、潰される前に潰す、か、潰されていく同志達から目を背けリヒテンラーデが死ぬまで逼塞するか、だ」

 

「しかし、頼ってくる同志達を見捨て続ければそれ以上の速度で勢力は瓦解する。少なくともリヒテンラーデ死後の再結集など夢のまた夢。いえ、そこまで外を埋め続ければ本陣にも手を付ける事が可能となるでしょう。故に決起した。法によって正しく罰せられる事への反発は大義名分にはならないので違う大義名分を立てて・・・・」

 

「結局の所、わしのやろうとしていた事は"無理を通して道理を引っ込こめる"というものに過ぎん。しかも引き返せぬ所まで来たがまだ道理を引っ込められぬという時に事が起きてしもうた。・・・・・だがな、先程言った二つの選択肢。本来は三つ目があった」

 

「それは・・・」

 

「同志達に手を出さぬことを条件にリヒテンラーデに一方的に降伏する事だ。卿がわしの立場だったら出来るかね?」

 

「できません」

 

 ブラウンシュヴァイクの問いにアイゼンフートが即答する。

 

「理由は?と聞かれると困りますが伝統、名誉、意地、色々な言い方がありますがその柵が降伏など許しません」

 

「そうだ。なんらかの罪を設定してもらい、我が首とそれなりの領土を差し出し、指定された娘婿を迎えて継承権を正式に放棄する。そうすれば家は残るやもしれん。それをせず、決起せず、となったら一方的な合法的罪状で同志が削られ続ける。決起が沢山の同志を巻き込む事は判っている。だがブラウンシュヴァイク家の名跡を継ぐものとして首を垂れる訳にはいかぬのだ」

 

 やはり誰かには言いたかったのであろう、すっきりした顔でブラウンシュヴァイクが椅子にもたせかける。

 

「では、現場の我々に口を出さず自由にさせたのは・・」

 

「どのような理由であり巻き込んだ事は事実、その程度の事はさせてやらねばな。だからな、わしの所の艦艇もわしそのものも使えると思ったら使え。それで一度でも二度でもいい、正規軍を"ぎゃふん"と言わしてやれ」

 

「お話して頂いた事、誠に感謝致します。率直な所、我が家は巻き込まれた側となりますが代々ブラウンシュヴァイク家に恩の有る身です。遠からず政府は我が家にも牙を剥いてきたでしょうしそれが無かったとしてもブラウンシュヴァイク家を見捨てる事など出来なかったでしょう。ならば」

 

 アイゼンフートが立ち上がる。

 

「やるべき事をやってあ奴らに"ぎゃふん"と言わせて見せましょう」

 

 

 アイゼンフートは予定通り四個艦隊基幹五五〇〇〇隻の艦艇を率い出撃した。目指すはリッテンハイム領、かの地に向かった"友軍"との合流である。

 

 




 そもそも原作においてどうやって戦ってきたのかというか意思決定機関はどうなっていたのかとかまったくわからんのよね。メルカッツが総司令官となってもまともに指揮できなかったと言われてますがならだれがどうやって指示して動いてたんですか?と。ただぼーっとみんなでガイエスブルクあたりでフラフラしていたわけでもあるまいし(全軍の数を考えるとガイエスブルクにみんな入れないんだからどこで何してたのだろう?)だからと言って全軍が自由に動き回っていたらガイエスブルク攻防戦になる前に艦隊兵力消滅してただろうし。

 大貴族の矜持とか言っているが「正論(法律)に対する逆切れ」と言ってしまえばそれまでである。

※1:居残ったジェファーズ
 剥奪されているが軍階級としてはジェファーズ(上級大将)がアイゼンフート(大将)より上であり、ジェファーズ本人が軍知識皆無である事を自覚しているので現場に出ても迷惑をかけるだけ、と艦隊は家の者達に任せて本人はガイエスブルク内に残る事にしている。


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No.35 キフォイザー会戦

 

 決別したリッテンハイム軍(三個艦隊基幹四四〇〇〇隻)は可能な限りの最短距離で目的地に向けばく進した。といっても主たるリッテンハイム侯は「いけ」と命じるのみであり実務を担当するのはリッテンハイム艦隊に集められている幕僚達と残りの二個艦隊を率いるアヌフリエフ子爵とモントーヤ男爵である。彼らはとにもかくにも自勢力圏を伝ってのルート(※1)を突き進み、邪魔な正規軍基地はもみ潰しつつ"その後"の事を協議する。如何せん人材がいない。アヌフリエフ艦隊はなんとかかんとか艦隊として動けるだけの人材を揃えていたがモントーヤ艦隊はシャンタウ星域の戦いで実質的司令官(クレーゲ)を迎える事をあっさりと承認してしまうくらいには人材に苦しんでいた。リッテンハイム艦隊はこの中では一番人材は揃えているのだが一番上があの御仁なので口を出し始めたらどう影響するか判らない。でも、アヌフリエフ子爵もモントーヤ男爵も「私が総指揮を執る」と言えるだけの度量も実力もない。せめて敵対する正規軍が情報の通り一個艦隊弱のままである事を願うのみである。それなら数で押し切る事は出来る。だが、正規軍がそのような甘い采配をするはずがない、軍事知識の乏しい彼らでもそれだけは判っていた。

 

 

「想定以上に敵は早く来る、少なくとも現状のままだとクエンツェル艦隊が到着する前に開戦だろう。追加情報として後続の艦隊が複数、ガイエスブルクを発したらしいという連絡も来た。後続については事実なら本隊が遅延戦闘を仕掛けるとの事だがクエンツェル艦隊を待ち続けると、敵が拠点になるであろうガルミッシュ要塞に入られてしまいクエンツェル艦隊を勘定に入れても非常に面倒となる攻城戦になってしまう。しかも敵後続が本隊をすり抜けてしまうと挟撃の可能性すら出てしまう。クエンツェル艦隊の不参加はきついものがあるが時間をかける訳にはいかないのでこのまま敵艦隊を迎撃する方針とする。改めて編成を述べるが……」

 

 シュヴァルベルクの訓示を各司令官が緊張した顔で見つめる。入手した情報によると敵艦隊はガイエスブルクから分離したリッテンハイム派と思われる推定四五〇〇〇隻、そして周辺星域のリッテンハイム派領留守と思われる部隊が集結しつつあるという情報も入手している。このまま各個撃破されるよりかは、と今更ながら気づいたらしい(シュヴァルベルク艦隊が活動を停止した事により攻撃される事がなくなった、という事もある)これに対してシュヴァルベルクがかき集めた兵力は

 

 シュヴァルベルク艦隊:一三一〇〇隻 ※:ミッターマイヤー隊再合流

 ロイエンタール艦隊:一二三〇〇隻

 ケンプ艦隊:一二八〇〇隻

  内訳

   ケンプ部隊:五五〇〇隻

   シュタインメッツ部隊:四七〇〇隻(※:2)

   周辺基地部隊:二六〇〇隻 ※:ミッターマイヤー独立部隊と一緒に行動していた部隊

 

 合計:三八二〇〇隻、追加でかき集めている留守部隊を含めれば五〇〇〇〇隻近くになるであろう敵艦隊の規模を考えると盟約軍の指揮能力次第では危険な差である。この中で唯一盟約軍艦隊との艦隊戦を行っているケンプの報告としては"侮れない技量を持つ司令官(or補佐する本職軍人)は確実にいる"という(※3)。各司令官が色々な不安を抱えつつ正規軍はリッテンハイム派を待ち受けた。

 

「監視システムに敵艦隊の反応、距離にして推定一〇分程度で接触します」

 

「全艦隊に通達、総力戦用意、事前の指示に変更なし。各員その任を果たせ」

 

 シュヴァルベルクが指示を出し、各艦各員に火が灯される。そして「ミッターマイヤー少将を」と呼び出しを指示する。

 

「準備はどうだね? 少将」

 

「万端です」

 

 シュヴァルベルクの問いにミッターマイヤーがやや緊張した声で応える。

 

「事前に言っておいた通り預けた部隊を含めて本隊以外の全てを指揮して宜しい。いいかね、艦隊の指揮だ。任せたよ」

 

「必ずや」

 

 ミッターマイヤーの緊張度が上がりやや上ずった声になっている。この大一番、シュヴァルベルクが本来総予備となる部隊に削れるだけ削った本隊を割当て、残りを全て指揮系統として先頭集団分艦隊司令であるミッターマイヤーの下に置いた。総予備以外全て、つまりは艦隊丸ごとであり艦隊司令部幕僚の一部に至ってはミッターマイヤーの乗るベイオウルフに移動している。独立部隊として動いた際の"やらかし"を考えれば恐ろしい博打ではあるがシュヴァルベルク本人の内心としては長年培ってきた"人を見る目"と経験からくる"感"で「任せれば出来る」とは確信している。だが"やらかし"直後のミッターマイヤーとしては今まで持ってきた「自分になら出来る」という自負が「そう言われてみると分艦隊以上の指揮、本当に出来るの?」と揺れ動いてしまった時にこの差配である。今まで感じた経験のない恐ろしい重圧が彼を襲っていた。

 

「射程まであと三〇秒」

 

 オペレーターの声を聴き、大きく深呼吸をする。味方は中央:シュヴァルベルク艦隊、左翼:ケンプ艦隊、右翼:ロイエンタール艦隊。リッテンハイム軍は同じように三個艦隊を並べ、後方にかき集めた留守部隊や元々独立部隊だったであろう艦が並んでいる。左翼に総勢四九三〇〇隻。数的不利の為、部隊を分ける事が出来なかった正規軍と作戦指揮能力不足の為、部隊を分ける事が出来なかったリッテンハイム軍は文字通り正面から向かい合う事になった。

 

「撃て!」「撃て!」

 

 三個艦隊同士の正面衝突はしばらくの間小細工の出来ない撃ち合いに徹する事になる。まともな(?)艦隊戦では勝負にならぬと自覚しているリッテンハイム軍は正面から全力でごり押して、その勢いがあるうちに後方部隊をどこかに乱入させたいと考えていた。それに対して正規軍はそれぞれ異なる理由で消極的にならざるを得ずといった環境となっていた。この組み合わせの結果、全体的に見て正規軍は"押されている"という現実に各司令官は当惑を隠しきれない状況となっていた。

 

 

(何故に俺はあのような判り切った"ごり押し"に苦しまねばならぬのだ)

 

 冷静沈着。そう評される男であるロイエンタールはなんとかまだそのイメージを保ってはいたがその内心は不甲斐ない自艦隊将兵を怒鳴りつけたい気持ちを必死に抑え込んでいた。

 その不甲斐なさは本来一二七〇〇隻である艦隊がこの会戦開始時において一二三〇〇隻になっている所にある。貴族枠艦隊の解散後、その残兵を元に編成されたロイエンタール艦隊は周囲の期待をよそに想定を上回る極度の"訓練不足"であった。個艦レベルの訓練は終了しているはずであったが艦隊再編のあおりで継続した訓練が停止、やっと再開できる頃には練度はあらかた"元通り"になってしまった。しかもその艦単位ですら個人レベルで盟約軍に参加した士官がいた為に人事異動の手間すら発生している有様であった。そこから猛訓練で遅れを取り戻そうとしても艦隊内では引き上げ役のベテラン(=熟練兵)すら極度に不足しており(他艦隊の抜けた穴を塞ぐ為に引っこ抜かれている)成果がなかなか上がらない。そのような状況なのに「頭数にさえなればいい」とミュッケンベルガー本隊への合流を命じられる始末。無論、移動中に出来る訓練は限定的となり練度は向上どころか(低レベルで)落とさない事が精一杯。そして移動中に今度はシュヴァルベルク艦隊に"戦力"としての合流に変更。その結果が標準艦隊巡航速度にもかかわらず発生した四〇〇隻の脱落艦、そんな練度での実戦である。ロイエンタールの指揮能力をもってしてもどうにもならない。そもそもどれだけ丁寧に余裕をもって命令してもその通りに動けないのだ。指揮官として正しく地獄である。そのような状況で四苦八苦しつつ指揮を取るロイエンタールの横でせわしく動く将官がいる。

 

「右翼第三分隊の後退はどうなっている…………なぜそこにいる? 指示した方向と違うだろう! それでは前にでる第七分隊の邪魔になるだろう!!!!!」

 

(……これだけ隣で熱くなられるとこっちの熱も吸い取られる。…………有り難い)

 

 ロイエンタールが見つめるその横の人物、参謀長ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン少将が止まる事のないマシンガントークで動きの遅い(本来各分艦隊司令が統率すべき)部隊の尻を叩く。艦隊が編成され急遽幕僚編成が必要になった中で宇宙艦隊司令部が用意した人材が彼であった。

 

 ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン、艦隊編成に伴い後方第一資料分析室より転属、同時に准将より少将に臨時仮昇進。

 

 最初にその履歴を見た時、ロイエンタールは思わず"幕僚も寄せ集めか!! "と悪態をつきそうになってしまった。資料分析室はいわゆる丸ごと窓際部署、そんな所に三〇代で配属などとてもじゃないが参謀長になれる器に見えない。のだがさらにひとつ前の履歴を見て考えを改める。"ジェファーズ艦隊副参謀長(訓練計画立案担当)"、それがひとつ前の役職であった。そこからロイエンタールは(本人に聞くのはちょっと気が引けるので)着任までに各所に情報収集をした結果この艦隊の参謀長になった理由を理解した。彼は極めて優秀ではあるが直言の士であり、階級も役職も関係なく必要と感じたら諫言を躊躇わなかった。その矛先がジェファーズ侯爵に向かい、本来協定により"実務を妨害しなければ司令官席に座っていればいい"とされた貴族枠艦隊司令官に"艦隊司令官&宇宙艦隊副司令長官としての心得は云々"と事ある毎に口を出してしまったらしい。人格者といっていいジェファーズ侯爵であったが流石にこれには辟易したのか宇宙艦隊司令部に対して「協定を破るつもりはないのでお願いですからこの人を変えて頂けないでしょうか?」と裏口からお願いし交代劇となった。余計な衝突をしない為に正式な抗議ではなく裏からのお願いにしたのがジェファーズによるせめてもの情けであった。しかし彼が担当として残した訓練計画が極めて優秀であった為、ジェファーズ艦隊はそのまま採用したし宇宙艦隊司令部も評価していた。なのでほとぼりが冷めたあたりで何処かしらの艦隊に転属させる事は内定しておりそれがこのタイミングとなったのである。

 そんな訳あり参謀長であったが着任して仕事を開始するとあっという間に意気投合した。お互いに「この司令官(参謀長)は得難い大当たりである」と悟るのに時間は必要なかった。このコンビによって動く事すらままならなかった艦隊はなんとか動けるようになった。しかしそれでも艦隊全体がロイエンタールの指揮に追従するには命令した後にベルゲングリューンが状況を確認して尻を叩かないと動ききれない。ベルゲングリューンが全力で"進行整理"をしてはじめてこの艦隊は艦隊として動けているのである。

 

「予定通りの消耗具合になっているか?」

 

「補給物資の消費は計算の範囲内。艦隊の損耗はご命令の通り"動きがマシな部隊"が残れるように動かしています」

 

「宜しい。敵は明らかにオーバーペースだ、いつかは下火になる。それまでに少しでも"動ける艦隊"に近づける。死にゆく将兵の怨嗟は俺が受ける。そうでもせねば艦隊丸ごとあの世行きなのだからな」

 

 ロイエンタールはこの戦いが始まり、敵艦隊が補給を上回る消費をしているのを確認すると非情な決断を下した。艦隊の中で特に練度が低い部隊を生贄にする事で時間を稼ぎ、敵の息切れを待つと同時に艦隊の練度を少しでも上げる。死の現地研修である。今の所その目論見は崩れていないのだが……

 

(何をしているミッターマイヤー)

 

 ロイエンタールがスクリーンで隣の艦隊戦の状況を確認する。

 

(シュヴァルベルク閣下の艦隊だぞ、三つの指で数えられる精強艦隊だぞ。いつまで"互角"の殴り合いをしているのだ!! さっさと優位を確保して少しはこっちに手を貸してくれ!!)

 

 

「……右翼より左翼の方が動きがいい、もう少し"速度"を上げても大丈夫だろう。…………!!! 先頭集団! 今、指定入力したポイントに火線を集中! ポイントの右側が孤立するはずだからそこを叩け!!!」

 

 そのミッターマイヤーはまさに手探りの戦いを行っていた。彼は己の今までの失敗が"自分の直属(分艦隊)以外の分艦隊が自分の指示にどれだけの速度で反応しそれだけの速度で実行できるかを掴むことが出来ていない"という事をやっと理解した。ロイエンタールの元で戦った時はそれ(周囲が追従できない指示速度)で止まれと言われたし、この度の独立部隊運用では効率の為とは言え無意識に自由に動けるサイズまで部隊を分散させてしまった。この反省を生かし、この戦いでは"なるべく落とした速度から反応を見つつ徐々に速度を上げていく"という他人に聞かれたら「実戦は実験場ではない!」と怒られかねない采配をしている。無論、将兵共に指示をしなくても(遅れても)各自で戦えるだけの質を持つシュヴァルベルク艦隊だからことできる芸当である。練度が低い所でそれをやろうとすると隣にいる盟友の艦隊のようになる(盟友の嘆きも知らず、あいつならそのうち形を作れるだろうと思っている)。だがその手探りももうそろそろ終わる。

 

「各分艦隊へ、既に把握しているだろうと思うが敵は明らかにオーバーペースで消費する攻撃を続けている、そう遠くないうちにペースが落ちるはずだ。それを機に逆襲を開始する。私の艦隊指揮が未熟故、手探りでの指示となっているが逆襲の開始と共にこちらの行動ペースを速める。覚悟して、気合を入れて、その時を待っていてもらいたい」

 

(俺は出来るはず、いや、出来る)

 

 ミッターマイヤーが戦況を確認しつつ一つ一つ丁寧に指示を出す。表面上互角に見える殴り合いであるが損傷艦の後退・応急修理・戦線復帰が適切に行えているシュヴァルベルク艦隊に対して敵正面のリッテンハイム艦隊は適切な処置を行えずに沈む艦が明らかに多い。元々の艦艇数の多さでカバーしているので戦線の位置は互角に見えるし撃沈艦の問題が顕在化していないが逆襲を開始する頃には事の違いに気づくだろう。何とかできそうだ、と少し自信を回復させたミッターマイヤーは静かにその狼の牙を研ぎ澄ましつつ機会を待ち続けていた。

 

 

 ケンプは悩んでいた。正面の敵はモントーヤ艦隊、奇しくもシャンタウで正面対峙した相手との再戦である。優秀な人材を擁していたのか正規軍と遜色のない艦隊であった(※:その時は派遣されてたクレーゲが指揮をしていた)。そしてあの時は友軍艦隊との連携を失念していた為に余計な損害を出してしまった。このような負い目があったせいか慎重に事を進めよう、と初手が受け身になる事を覚悟しての戦闘開始であったがどうやら敵の三個艦隊は同じようにごり押しに近い平押しで押し寄せてくる。前に戦った時とは"キレ"の違うただの平押し。他の艦隊に合わせているのか何か奥の手があるのか判らずにその平押しを丁寧に処理し続けるうちに時が過ぎていく。艦隊に組み込まれたシュタインメッツ隊がどこまで出来るかという不安もあったがどうやら大丈夫そうだし正規艦隊じゃない寄せ集めである事を考えれば自分よりも出来るのかもしれない。総予備扱いになっている周辺基地部隊をカウンターに使えば押せるかもしれないが戦況が横一列で進行しているのでここだけ押してもどこまで効果があるか判らない。その結果、この戦線も何とも言えない叩き合いに終始する状況となってしまった。

 

 

「圧倒的じゃないか、我が軍は。このままでも勝てるではないか」

 

 理由はどうであれ押しているように見える戦況を眺めてリッテンハイムは司令官席でふんぞり返る。その前には何とかこの艦隊を艦隊として運用すべく幕僚達が四苦八苦する。彼ら幕僚達のうちの何人かは背を向けている事をいい事に苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 彼ら(と他二艦隊の司令部)が立てた作戦はとても作戦とは言えたものではないが彼らなりの精一杯であった。左翼:アヌフリエフ艦隊一二八〇〇隻、中央:リッテンハイム艦隊一五二〇〇隻、右翼:モントーヤ艦隊一一九〇〇隻、後方に独立部隊やかき集めた留守部隊などが総勢九七〇〇隻。オーバーペース覚悟の平行ごり押しで一時的な膠着状態を作って左右どちらかに後方の部隊を丸ごと当ててなんとかして一個艦隊を撃破する。そこからは数でなんとかする。この戦いにおける絶対唯一のアドバンテージである"数"でなんとかするしかないこの決戦。だが、少し前にこの後方部隊の出撃を進言したのだが予想もしない理由でリッテンハイムはその進言を却下していた。

 

「あれが居なくなったら誰がわしの背を守るというのだ。万が一後方に伏兵がいたらどうするつもりだ?」

 

 リッテンハイムの旗艦オストマルクは艦隊のかなり後方にいた。「流れ弾が絶対に来ない所を陣とせよ」というお達し故の配置である。なので確かに後方に伏兵がいると危険なのだがそもそも艦隊旗艦がいるべき位置にいれば発生しない問題である。しかしリッテンハイムが命じた事を覆すような進言を行える者はこの中にはいない。対するシュヴァルベルクも艦隊旗艦は後方の総予備にいるのだがこちらは艦隊指揮を任せているミッターマイヤーの邪魔をせず彼の支援や全体の監視に集中する為であり、そもそも後方から多少の伏兵が来たところで艦隊が適切な行動を行えるように自らは盾になる覚悟を持った布陣である。同じ後方でも意味が全く違う。決め手を得られぬままオーバーペースの限界が近づく事に幕僚達の焦りが募る中、時間だけが無意味に経過していった。

 

 

「もうそろそろ行くとしよう」

 

 奇しくもロイエンタールとミッターマイヤーはほぼ同時に呟いたと言われる。そしてここまでの戦闘で"一番出来る奴"と目を付けた分隊司令官にGoサインを出す。

 

「ミュラー准将、予定通りの反攻を。補給支援は優先するので当てにしていいぞ」

「ビューロー少将、場所は任せる。行けそうなところに行ってくれ」

 

 動きが早かったのはシュヴァルベルク艦隊のビューロー少将であった。ミッターマイヤーは巧みな部隊配置と総予備からの若干の増援を得て、事が始まる前にビューロー分隊を一時的に非交戦位置へ下げる事に成功していた(ついでに補給)。そしていくつかの狙いを指示し「一番いけそうな所」という現場判断を尊重した突撃命令を発した。オーバーペースだった敵艦隊の攻撃は補給を追いつかせる為に平均的な火量に低下している。そして目を付けた敵分隊にビューロー分隊は強烈な全力横撃を叩きつけ、交戦していた友軍との協力で敵分隊を短時間で壊滅状態に追い込む。一つ余裕が出来ると後はドミノ倒しである。ミッターマイヤーが手の空いた部隊に次の目標を伝え、ビューロー分隊には叩きやすい敵分隊の位置をいくつか知らせて行くに任せる。適切な処置が出来ないリッテンハイム艦隊が戸惑ううちにビューロー分隊がいくつかの分隊を壊滅させ、余裕の出来た友軍はいくつものポイントで量質共に有利な戦況を作り出す。戦況にも心境的にも余裕の出来たミッターマイヤーはその潜在能力通りの実力をやっと発揮し、当然ながらリッテンハイム艦隊にそれを止める術などなかった。

 

 シュヴァルベルク艦隊と違い、ロイエンタール艦隊には部隊を一時的に下げる余裕はなかった。元々相手より若干ではあるが少ない艦艇数での開戦であり、情けないくらいに低い練度はオーバーペースで攻撃する敵艦隊の攻撃によりさらにその艦艇数に差を付けていった。しかしロイエンタールはあえて部隊の解体再編(少なくなった部隊の合流等)を行わず分艦隊レベルで"敵と同じ部隊数"を維持し続けていた。分艦隊数に差が出てしまった場合、ロイエンタール艦隊の分艦隊練度では"複数の分艦隊による挟撃"に耐える事が出来ないと判断されたからである。それなら多少艦艇数に差が出ようとも分艦隊同士の戦いが出来る方がマシである。そしてその戦いの中で最も戦果を上げている(耐えている)分艦隊を率いていたのがミュラー准将であった。実の所、ミュラーは分艦隊内の最先任ではないのだが生き残るのに必死な分艦隊司令(最先任准将)が明らかに自分達凡人と違う指揮をしているミュラーに途中から分艦隊指揮を丸投げしたのである。

 そのミュラーが率いる事になった分艦隊は他の分艦隊があらかた一割以上の損害を受けている中で一割に満たない被害に抑え、尚且つ相手分艦隊に互角といえる損害を与えていた。そして敵の勢いが低下すると共に艦隊からは現状維持以上の補給が来る。さらに「反攻の一番手になってもらいたい」というロイエンタールの希望に対して

 

「……速やかに相対する敵分艦隊を片付けて自由になる事、そして敵の対応より早く局地的有利を作り出し戦果を拡大、その戦果をもって艦隊戦そのものの傾きを取り戻す。という認識で宜しいでしょうか?」

 

 と答えた。ロイエンタールが思わずその場で最敬礼したくなる完璧な回答であった。

 

「俺の直属を半分回す、といっても二〇〇隻のみだがシュヴァルベルク閣下の所から連れてくる事の出来た唯一の分隊だ、練度は保証する。分艦隊規模同士であれば十分な楔になれるだろう。すまないが艦隊全体がジリ損を維持て来ているうちに何とか互角までもっていってくれ。そこまで行けば後は俺がなんとかする」

 

「承知しました。何とかしようと思います」

 

 重大な任務を特に緊張した様子もなく引き受ける、余程肝っ玉が強いのであろう。ロイエンタールとしてはもう任せるしかない。実の所、そのジリ損を維持する為にベルゲングリューンと共に艦隊全体を指揮するのに精いっぱいなのである。

 

「号令次第、対する分隊に対して全力攻撃を。応援に来ていただいた分隊には頃合いを見て私が相手している分隊に攻撃を。その一箇所に穴をあけて崩します」

 

 ミュラーが指示する策も結局の所、ミッターマイヤーやロイエンタールと大差は無い。如何にしてフリーな部隊を作るか、局地的優位を作るか、それを広げられるか、である。基本であるが故に誰であっても防ぎようがない。

 

「なんとかなる、な」

 

 全体の戦況パネルを見つめシュヴァルベルクがほっとしたように呟く。リッテンハイム軍の"押し"は終わり、均衡の中で各艦隊が突破点を形成しつつある。戦いそのものは現場の司令官に任せればいい。後は"あれ"の通達をするタイミングを図るだけである。そう思考に耽けっている中で一寸存在を忘れていたそれは唐突にやって来た。

 

「三時の方角に艦隊反応有り! …………識別信号は、クエンツェル艦隊!!!」

 

「「「「「勝った!!!!」」」」」

 

 各司令官が異口同音に歓喜の叫びをあげる。

 

「一日弱早いではないか! よく来てくれた!!」

 

「急ぎ過ぎたので半数程度ですが到着前に戦が終わってしまうよりかはマシかと」

 

 シュヴァルベルクの歓迎にいつもながらのポーカーフェイスでクエンツェルが応える。正しく"失敗はしない男"の面目躍如である。至急の合流を命じられていたからには開戦前に到着するのが成功、到着前に戦闘が終わってしまうのが失敗。そして出てきた答えは"戦闘後半になんとか半分連れてきた"。確かに求めたオーダーからすると"成功と失敗の間"であるが戦局全体から見ると崇めたくなるレベルの大成功である。それがこの六〇七三隻の友軍がもたらした効果であった。

 

 この増援に対して盟約軍が行った対応は思いの外迅速であった。この時、リッテンハイム艦隊の幕僚達はやっとの思いでリッテンハイムを説得し後方で遊んでいた部隊の参戦をようやく認めさせた。まずは留守部隊集団をロイエンタール艦隊に向けて大外回りで送り出し。残りの部隊も逆のケンプ艦隊に送り出そうとしていた。その指示中に敵増援らしき部隊の接近を察知するとこの後方部隊を全部、それに当てる決断をした。リッテンハイム侯も流石に事が事だけに口を出さなかったのだが結果としてこの後方部隊による戦闘が逆に盟約軍に止めを刺す事になる。

 

「敵艦識別、ほぼ貴族私兵向けの軽砲艦・軽ミサイル艦です。更に後方からもう一部隊接近中」

 

「他の部隊と連動する前に速やかに片づける」

 

 クエンツェル艦隊と留守部隊集団が正面からぶつかる。そして、軽砲艦・軽ミサイル艦が木端微塵といっていい勢いで叩き潰されていく。留守部隊集団は文字通り、盟約軍として集結した貴族私兵艦隊から漏れた留守の部隊であり艦艇の質は低い。砲艦、ミサイル艦としても正規軍が使用する"その能力(主砲・ミサイル)だけは主力艦艇に匹敵する"というものではなくグレードが一段も二段も落ちている。対海賊・治安維持が精一杯の代物といえよう。それに対してクエンツェル艦隊は強行軍に耐えれる艦=必然的に大型・高出力艦である。連れてきた艦艇数は半分であるが"重さ"は半分以上、敵編成を知ると同時にクエンツェルはそれをほぼ全力で叩きつけた。今まで各艦隊が行っていたねちねちとした開拓作業戦闘が馬鹿馬鹿しくなるくらいの粉砕劇、分厚い戦艦陣(高出力なので必然的に多い)が突き進み、本来砲艦・ミサイル艦が戦うべきではない距離まで近づくと空母が艦載機を放つ。護衛のない砲艦・ミサイル艦、近接防御力皆無なこの艦種にとってそれは死刑勧告に等しい。

 クエンツェル艦隊はそのままもう一部隊に突き進む。この部隊が交戦状態に入ればリッテンハイム軍各艦隊に向けられる増援は無くなる。その有様を見て押され始めていたリッテンハイム軍将兵に動揺が広がり敗北の二文字がよぎる。逆に正規軍は勢いづき総攻撃を開始、リッテンハイム軍の混乱はもはや挽回不可能な領域に突入した。そこに止めとなる追い打ちとしてシュヴァルベルクが戦闘全域にオープンチャンネルで勧告を発した。

 

 

 将兵に告ぐ

 お前達は領主の命令を正しいものと信じて来たのであろうが、お前達の領主のした行為は間違いである。その間違いに従い抵抗を続けるならば、それは銀河帝国皇帝に反する逆賊として処分せねばならない。上官の命に服する事は軍人として正しい道の一つであるが、臣民として間違っていると知ったならば、反抗的態度をとり続け皇帝陛下にそむき奉り、逆賊としての汚名を永久に受ける事を良しとしてはならない。今からでも決して遅くないから直ちに抵抗をやめて帝国の下に復帰せよ。さすれば今迄の罪も許すと陛下は慈悲の心を示されている。お前達の父兄は勿論のこと、帝国臣民達も皆の復帰を心から祈っているのである。速かに現在の位置を棄て、銀河帝国皇帝の命に服すべし。

 

 

 これは出兵前から定まっていた事だった。盟約軍とはいえその大半は動員・徴兵させられた、上官についてこいと言われたから付いてきた一般将兵達である。この内戦後の再編成などを考えると首を切る層と残す層は明確に分けなければならない。開戦前に勧告しても効果が無いし意味が薄まってしまう。負けを認識した時に止めとして叩きつけるべきである。そしてそれが今であり、実際にリッテンハイム軍将兵の心を折る止めとなった。後退が敗走になり、潰走になる。ガルミッシュ要塞に逃げる者、明後日の方向に逃げる者、降伏する者、抵抗する者、支離滅裂となったリッテンハイム軍は今までの善戦が嘘のように四散する。五〇〇〇〇隻近くいた艦艇のうちガルミッシュ要塞に逃げ込めたのは三〇〇〇隻に満たず、五〇〇〇隻が戦場の離脱後にあてもなく何処かへ逃げ去るか紆余曲折の末にガイエスブルクに"帰還"する。一八〇〇〇隻が完全破壊され、残余はことごとく捕獲されるかまたは降伏した。リッテンハイム軍は文字通り、消滅したのである。

 

「ガルミッシュは抑えの兵を残し放置する。下手に攻略してリッテンハイムを討ち取ってしまうより生きて存在している方が都合が良いという判断である。抑えはロイエンタール提督とシュタインメッツ少将、周辺基地から集めた部隊も預ける。ケンプ提督は捕虜を率いてレンテンベルク要塞に戻り、元に任務に復帰。私とクエンツェル提督はリッテンハイム軍が移動してきたルートを逆走し、ガイエスブルクに向かう。このルートにはリッテンハイム軍を追って出撃したらしい敵艦隊と元帥率いる本隊が"追いかけっこ"をしているらしい。これに合流する」

 

 全軍(クエンツェル艦隊残余も合流)でガルミッシュ要塞を向かい、状況を確認した後に宣言する。残留軍は一個艦隊弱程度ではあるが周辺地域の盟約派所領(大半はリッテンハイム派)はあらかた無力化されているし残ったリッテンハイム派領は派閥首領がガルミッシュ要塞にいる以上、これを無視して動けない。ブラウンシュヴァイク派がリッテンハイムの為に動く事はまずない。戦力として考えていなかったロイエンタール艦隊とシュタインメッツ部隊での封鎖で事が済むなら万々歳である。

 

「もうそろそろ出発だ。戦況的に次に会う時はあらかた片付いた時になるだろうな」

 

「そうなる事を願うとしよう。お前も艦隊を指揮するという苦労は判ったはずだ、もう周囲を振り回すんじゃないぞ」

 

「言うな。一度悟った後に思い出すと如何に自分が無茶苦茶な事をしていたのか……。戦が終わったら詫びで一杯奢ってやる」

 

「有り難く奢られよう。だが次は俺の奢りだ。艦隊司令官拝命記念としてな」

 

「もう少し閣下の元で勉強してもいいのだがな。時間だ、行ってくる」

 

「おう、行ってこい」

 

 ガルミッシュ要塞から二つの艦隊が離れていく。帝国を二分する内戦はその場をようやく一箇所に集約し始めていた。

 

 




 ロイエンタール艦隊は 同盟の帝国領侵攻作戦の損害→穴埋めとして貴族枠艦隊から引っこ抜いて補充→正規艦隊再編確定後貴族枠艦隊の不足分に補充(徴兵)計画を立てて実行(←これ) の これ で集められた兵が大半を占めています。貴族枠艦隊解散後の残兵が多かったのでとりあえずなんとかなるだろうで編成された新規艦隊ですが預けられた将官にとってはある意味地獄の職場です。如何せん「ここなら大丈夫」と言えるところが無いw

 ビューローは貴族ですし双璧より年上なので少将になっててもおかしくは無いだろうという判断です。ミュラーの准将にかんしては原作ではこの時(戦役)に登用されて提督(中将)になったので少なくともこの時点で将官にはなってるだろうという計算。年齢的(この時二七歳)にはこの准将というのは双璧とほぼ同じ昇進速度です。つまりはかなりの変態(超人)枠です。

 ロイエンタールは盟友相手にすっかり先輩提督モードですが彼は"仮昇進&艦隊司令官"なのでその地位に内乱後もいられる保証はないという事をすっかり忘れてます。

 実際の所、原作においては万全な状態での艦隊同士の対決自体がまともに発生していないので帝国軍各提督と同盟軍各提督の技量差ってのはわからんのですよね。少なくともパエッタは互角に近い殴り合いが出来るだろうし、ビュコック、ウランフ、ボロディンも同レベル。ルグランジュもヤン相手に作戦負けはしたものの指揮能力についてはかなり善戦した描写なので艦隊分離しない正面対決の場合はもっとやれたでしょう。モートン、カールセンもそれなりにやれるでしょうしアッテンボローのここくらいには入る。少なくとも原作帝国で嘆かれていた「上級大将と差がありすぎる大将」達では相手にならないんじゃないかなぁ、同盟軍有力提督は。その差がありすぎる大将の中では上位であろうバイエルラインがアッテンボローとトントンという評価ですからね。

※1:ルート
 制宙権
 1・オーディン~レンテンベルク:正規軍
 2・レンテンベルク~ガイエスブルク:正規軍
 3・ガイエスブルク~オーディン:正規軍
  2と3はミュッケンベルガー本隊のうちのオーディンルート牽制対応四個艦隊が待機
 4・ガイエスブルク~リッテンハイム領:盟約軍
  ほぼほぼ盟約軍所属の貴族領が占めているルート。リッテンハイム派の移動はこの途中にある数少ない正規軍基地がキャッチした、というか移動ついでに潰される前に急報を告げた。
 
 ブラウンシュヴァイク領、リッテンハイム領、ガイエスブルク、レンテンベルク、ガルミッシュなどを含む一帯は貴族領が非常に多く(というかブラウンシュヴァイク&リッテンハイム系の本領密集地)正規軍基地は非常に少ない。しかし、イゼルローンやフェザーンに向かうメインルートでもあるので軍の中継地として用途の無くなった要塞などを整備して使うようになったという経緯がある。その主要要塞が丸ごと盟約派としてスタートしたのでこの一帯は正規軍にとって極めてアウェーといえる。

※2:シュタインメッツ艦隊
 同盟軍の侵攻軍迎撃作戦での勲功にて准将から少将に昇進。ハーン星域の基地司令兼駐留部隊司令として着任。ハーン星域はイゼルローン回廊とフェザーン回廊の間にある壁の帝国領側の中間点付近にある。両回廊へのルートからも外れていてオーディンからの距離も最長に近い、という辺境オブ辺境といえる星域である。しかしそれ故に棄民や海賊勢力が逃げ込み両回廊付近で活動する為の拠点として使われている(実際に埋伏しているのは"壁"の中や直近)。それ故に人口密度は低く、貴族の進出もなく、海賊対策としての基地駐留部隊は比較的多く存在していた。内乱の際にも"貴族領部隊に備えて基本待機"と言われてもそのような"敵"が存在しない為、防衛最低限の兵力を残して艦艇を集中させ中央に向けて盟約派領を丁寧に潰しつつ安全になった現地の正規軍基地兵力も吸収し進出していた。

※3:ケンプの敵将評価
 盟約軍の艦隊旗艦は貴族枠艦隊時代の旗艦のままなので本人が乗っているのなら敵艦隊(=司令官)識別は容易である。が、彼がシャンタウ星域で戦ったモントーヤ艦隊は当時アイゼンフートが臨時派遣した本職のクレーゲ少将が指揮しており彼の評価はこれが基準となってしまっている。というか木端微塵になったヒルデスハイム艦隊を除けばまともな艦隊戦をしたのはアイゼンフートとクレーゲが指揮した艦隊のみ(シャンタウ後半戦のアヌフリエフ&サブロニエール艦隊は戦局がごり押しモードになっており正確な評価が出来ていない)となっているので正規軍全体として「元貴族枠艦隊は思った以上に"艦隊"になっている」というちょっとした過大評価状態になっている。


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No.36 徒労

※:1話としての分量があまりに肥大化してしまい収拾がつかなかったので2つに分割しました。分割したら隔週としては小さくなったこのNo.36は週を開けずにUpして次のNo.37は通常通りの隔週6/23Up予定とします。


 素人の臨機応変という名の行き当たりばったりvs相手する気のない玄人の臨機応変な無視 という結果の見えている勝負の現実を思い知らされる素人。
 というだらだらした話。


 

「どのような形になるにせよ、敵艦隊の所在が判らない事にはどうしようもない」

 

 ガイエスブルクを発したアイゼンフートはまずは先行させている先導部隊(三〇〇〇隻)にリッテンハイム軍の経路を追いかけさせると共にその道から少し外れたいくつかの正規軍小基地の無力化を命じた。基地といっても自領自衛の原則である貴族領地帯にある小基地なので小型艦が多くて数百隻、機能としては連絡中継及び貴族領からヘルプが来た時の初動現場検証等くらいしか出番が無い。今回の内戦に関しては基地機能の維持くらいしか期待されていないので相互に専守防衛となりほぼ放置された存在であった。アイゼンフートはそれら小基地をいくつか潰し、進行予定ルート(元々盟約派領が多い&リッテンハイム軍が行き掛けの駄賃に正規軍基地潰しているから正規軍の哨戒網はズタズタ)から見つからずに逸れる道を作り出した。そしてその道はリッテンハイム領から離れ首都星オーディンに向かう事が出来なくもない道であった。これによりこちらの選択肢を増やすと共に正規軍の選択肢を減らそうとしたのである。こうしてボールを正規軍に投げたのであるが相手となるミュッケンベルガー元帥は・・・・・・

 

「ここまで来てもいない・・・・」

 

 嘲笑うかのようにその分岐まで姿を現さなかった。実際の所、ルートを少し外れた所で良いのなら隠れようと思ったらいくらでも隠れる隙間はある。それが嫌なのでこうしてつついてみたのだが何の効果もなかった。

 

「よし、進むぞ。全方位、指示通りの哨戒網を」

 

 意に介さずリッテンハイム領を目標に駒を進める。当然ながらこうなった場合の事も考えているから止まる事は無い。周囲の盟約派領に範囲を指定した哨戒を依頼し、不足している領域には先導部隊を割く。進行してきたルートには今まで通り監視ドローンを適度にばら撒く。後はもう進むしかない。そして目的地であるリッテンハイム領にあと数日となった所で状況は急速に変化していく。

 

「リッテンハイム領方面より通信を受信、一方的な伝達です。照合キーはモントーヤ艦隊。"我が軍はこれより交戦を開始、相互兵力は・・・・"」

 

 おそらくガイエスブルクに届く事を期待したモントーヤ男爵の独断であろう。

 

「味方は五〇〇〇〇、敵は四〇〇〇〇・・・・」

 

 その通信内容を聞いて考えをめぐらす。リッテンハイム軍に"艦隊司令官"として立ち回れる人材はいない(そもそもアイゼンフートとクレーゲ以外に艦隊を統べられる人材がいない)。貴族達が抱える武官は基本、自家の艦艇さえ扱えればいいので分艦隊規模が精一杯である。分艦隊司令官が多数の分隊を扱うのと艦隊司令官が多数の分艦隊を扱うのは似ているようで違う。はっきり言って合流するその日まで戦線を維持出来る可能性は低いだろう。もしこれが相互に連携した軍事作戦ならば持久戦を選択してもらい急行する事が出来るが如何せん喧嘩別れであり相手がこちらのお願いを聞いてくれるとは到底思えない。お願いを聞いてもらえる可能性ともらえない可能性、頻繁な通信が原因で現在地を明確にされてしまう可能性、それらを考えて交信を断念してしまったので彼らは持久戦など考えていないだろう。しかしこのまま自軍がスムーズに進めれば万が一がある、と思考に明け暮れる中でついに正規軍が姿を現す。

 

「一〇時及び二時方向に反応あり。それぞれ艦隊規模」

「後方領域の多数の地点で監視ドローンの通信途絶」

 

 ここが敵の網なのであろう。こちらの速度、リッテンハイム軍との交戦開始時期、前方の待ち伏せ、後方の活動開始。恐らく全部が計算済み。この艦隊は合流する事も舞台を作る事もなく敵の手の平の上に登っているという訳だ。

 

「途絶したドローンのポイントをディスプレイに」

 

 アイゼンフートの指示でディスプレイが広域地図に切り替わる。場所を知っていたかのように十数か所のポイントが短時間に次々と途絶しているのを見て首を傾げるが理由が判らない。運良く電波妨害を受ける前に送信できたデータを見ると多くて一〇〇~二〇〇隻程度の小部隊であるという情報しか手に入らないの後方の総軍の分量が判らない。

 

(後ろの分量は判らないが直に接触する位置でないから無視できる。無視できないのは前方だが無視を見逃してもらえるはずもないから数日間妨害されがら進むのは論外、あしらいつつ進む技量もなしい第一その速度だと間に合わない。一個艦隊ずつを当てて残りで進む、と当てた艦隊は潰される。だからと言って間に合う可能性は確定ではない。となるとこの状態からリッテンハイム軍と今後が有利になる形で合流する事は出来ないと考えるべき。ならば方針を決戦に切り替えといきたいがミュッケンベルガーを見つけない事には決戦にすらならない。・・・・つまりはやりたい事が全部できないという事だ。・・・・せめて少しは何かをしたいとするならばガイエスブルクに帰れる事を前提として艦隊の一つでも潰さないと割に合わない)

 

 今までの頑張りもわざわざお願いして出してもらった決戦指示みんな空回りした状態になっている。"現実とはそういうものか"とアイゼンフートは考える。今までの戦いは相互にやる気があったから発生した戦いであるがそうでない場合は要所でもないかぎり会戦は発生しない。相手とすれば目途を付けたといっているリッテンハイム軍との戦闘を予定通り勝ちさえすれば十分な数的優位を作れるのだからこのタイミングでややこしくなる会戦などやる必要が無いという事だ。

 

「後方の哨戒網関連に艦隊規模の把握を急がせろ。少なくとも一個はあるだろうが問題は二個あるかどうかだ。俺が穴をあけたオーディン方面と半々の配置だとすれば二個になるはずだ」

 

 そう命令すると意識を前方の艦隊に向け、全艦隊を向かって左前方の艦隊に突進させる。正規軍の"報告"通りに四個艦隊なら後ろに一個(だと思う)、前に二個、どこかに一個。どこにいるにせよ目の前の一個を捕まえて潰せれば二個と一個で勝負になる。(まぁそんな事は無いが)状況次第ではリッテンハイム軍に対している正規軍も含めての各個撃破すらねらえる。実はオーディン方面の四個艦隊もこっちにいるとしたら・・・・・素直に匙を投げる。

 

「もうそろそろ詳細情報が手に入ります」

 

 相手も当然ながら各個撃破を避ける為に後退し続けて距離を保とうとする。しかし後退より前進が早いのは当たり前なので差は縮む。

 

「敵艦隊が分離、一部が逃げ続け残りが停止しています。・・・・・・・いえ、残留部隊は艦隊ではありません!!ダミーです!!!」

 

「ダミー?!」

 

「そのようです」

 

 確か隕石など十分な質量を持つ物体に発信機を付ける事で偽装が可能と教本で読んだ気がするがこういうものなのか、と謎の納得をしているうちに逃亡を開始した本物の艦艇がさらに細分化して逃げていく。これで追跡が不可能になった。

 

「逆方向の艦隊が接近中」

 

「全軍反転!同じように分離したら即ルートに変更し全力で逃げる。本物の艦隊だったら全力で叩く!」

 

 こちらも同じだろうけどな、と思うが無視はできない。これで最悪、後ろの反応と前の反応を全部ひっくるめて一個、そしてどこかに三個という可能性すら出た。いやはや覚悟はしていたが用意周到で動かれるとどうにもならない。素人の臨機応変(という名の行き当たりばったり)がプロのそれに勝る事などないのだ。いっその事このままリッテンハイム領まで突き進もうかとも思うがここまでくると"どこかの三個"になってしまった三個がどう待ち受けているかも判らないしいたとしても相手にしてくれるか判らないしetcetc。頭を冷やしたいが冷やす時間も冷やしている間の代理もいない。思考回路がショート寸前になり脳内に"ギブアップ!!"の声が木霊する。

 

「敵艦隊分離。まだ識別可能圏ではありませんが量として先程と同じです」

 

 ギブアップ!!!

 

「方向転換だ!逃げるぞ!!相手が追跡を開始する前に少しでも距離を稼げ」

 

 その勢いに怯えたのかまだ距離はあるのだが敵艦隊が分離を開始する。それを確認するや否や全軍を転進、目標を後方(帰路方面)に現れている敵部隊に定める。ひどくあっさりとした合流断念ではあるがそもそも分断してしまった時点で破綻しているといっていい戦いの万が一を祈っての博打みたいなものである。駄目ならさっさと捨てて現実に帰るしかない。助言等をしてもらった盟主殿には申し訳ない結果だが自分が頭を下げて全ての責を負えばいい。

 

 

「ふむ、この位置で捕捉された事で合流は出来ぬと判断したか。あっさりと全力逃亡とは悪くない。アイゼンフート、今までの情報を考えると奴が柱か」

 

「となるとリッテンハイム軍の方はなんとかなるでしょうな」

 

 ダミーを率いていた分艦隊(アイゼナッハ艦隊より派遣)をからの情報を聞きつつミュッケンベルガーとアーベントロートが状況の分析に入る。ミュッケンベルガーの直属艦隊はアイゼナッハ艦隊の残りと一緒にリッテンハイム領へのルートを少し進んだ位置に待機していた。もしアイゼンフートが直進したのならダミー二部隊と三方向から囲むに丁度良い地点で発見されていただろう。ダミーと気づかなければ合計四個艦隊近い戦力による包囲網に見えたはずだ。ミュッケンベルガー本隊が四個艦隊なのは"報告済み"だし、敵後方で活動を開始した部隊もどこの所属かは直にはわかない。それなりに迷う餌も巻いたし、会戦になったとしても一日二日のらりくらりと時間を稼いで離脱すれいい。その程度の自信はミュッケンベルガーにはあった。

 

「追いかけるぞ。派遣していた分艦隊はそのまま先遣隊となって敵の待ち伏せが無いか見落とすな。それと"向こう"の艦隊には無理に立ちふさがらなくて良い、と連絡せよ。下手に動かれるよりガイエスブルクまで帰ってもらった方が計算がしやすい」

 

 ミュッケンベルガーが指示を出し艦隊が出発する。アイゼンフートは感知・傍受されるのを恐れてか遠距離通信を行わなかったがこっちは遠慮なく行う。直轄艦隊の位置は今感知されても問題ないし暗号化は内戦の開始と共に設定を変えているので内容を傍受される事は無い。宇宙艦隊司令部からの暗号設定変更キーが無いので元の設定のまま使うしかない盟約軍とは使い勝手が違う(※1)。後は逆襲を受けないように注意しながら敵軍の"帰宅"を見守るだけである。

 

「ふむ。予備部隊を使って敵の進行ルートに哨戒網を。日数的に予定していた無力化目標は達成可能だ。作業完了後に集結する。カルネミッツ提督にも同様の連絡を入れておくように」

 

 その"向こう"を担当しているシュターデンが当面の方針を指示する。本来、カルネミッツの方が先任なのだが役回り上ごく自然にシュターデンが統一指揮を行っている(カルネミッツの性格的にもこの流れでいいのだがこの内戦における彼の"テンション"的にも任せられない)。敵監視網の破壊は定石どおりにポイントに細分化した部隊を送り込んだら芋づる式に潰せたので時間に問題は無いだろう。あとは片付け後に指示された通り正面衝突しない場所で待ち受ける事になる。それだけではつまらないという"欲"も無いと言えば嘘になる。しかしカルネミッツの状態を考えれば無理は出来ないしそもそも出撃した敵規模を考えると下手につつかない方がいい。無理をしないで指示通りにするべきという"理"が脳内で勝利したのを確認するとシュターデンはひとまず各部隊に指示を出し、無力化を完了させる事に集中した。

 

 

「先遣隊が敵艦隊らしき反応を得たとの事です」

 

「規模は?」

 

 オペレーターの報告に応えるアイゼンフートの声には彼らしくない棘が含まれていた。この帰路の途中、実力不足は覚悟していたがやはり思い通りにならない現実とそれでも何かするでもなく言われた事しか出来ず彼に全部を押し付けてくる周辺と全力で駆けつけても間に合わなかったであろう短時間で敗れ去ったらしいリッテンハイム軍(支離滅裂となった時の乱れ飛ぶ通信や現実を叩きつけるように出された"こちらの通信暗号規格に合わせ発信された"正規軍の通信などで判明)と任されたのに何もできない自分自身と・・・・・色々な感情が彼を蝕んでいた。

 

「規模は推定二個艦隊、こちらの予定ルートからはかなり外れています」

 

「二個と二個だったのか・・・・・それにしても嫌味な位置にいやがる」

 

 ディスプレイに映し出された布陣を見て悪態をつく。ガイエスブルクへの帰路を塞ぐ位置ではなくどちらかというとオーディン方面といえる位置である。距離を置いているという事は戦う気はないのだろう。突っ込んだらオーディン方面に全力で逃げればごく自然に他の正規軍の包囲されかねない所に立ち入ってしまう。

 

「帰るか」

 

 肩を落とし、アイゼンフートが改めてガイエスブルク帰還を命じる。思考が追い付かない、考えてもまとまらない、一緒に考えてくれる人がいない。完全に自信を喪失したアイゼンフートが率いる艦隊はまともな会戦を行う事もなくガイエスブルクに帰還した。数は五六一〇〇隻。出撃時は総数五八八〇〇隻の艦艇であったが先導隊(三〇〇〇隻)の三分の一がその活動中に失われ、戦闘をしていないはずの本隊も"その後"が見えてきて踏ん切りがついたのであろう一七〇〇隻程度の艦艇がいつの間にか消えていた。

 

 





 テンプレ(定石、教科書通り)対応のシュターデンはむっちゃ計算できる。というかそれ以外に慣れさせたいのだがんな暇がない。 by宇宙艦隊総司令部


※1:通信暗号方式
 正規軍との交信の為、貴族私兵の艦艇も指揮官クラス用艦艇には正規軍規格の通信ユニットの装着が必須となっており各家や派閥毎の独自通信規格は別途搭載されている。そして盟約軍内における独自通信規格の統一はやはりというかブラウンシュヴァイク派系統かリッテンハイム派系統のどちらを使うかで揉めて統一できなかったしそもそも書き換える時間もハードウェアも足りなかったので物別れ前までは相互通信用として両派閥でお互いの艦を少し派遣して通信担当とする事で通信を行っていた。物別れによってその派遣艦は帰っていったがブラウンシュヴァイク派側にはジェファーズ艦隊が残っていたのでリッテンハイム派系統の通信は可能であった。
 正規軍規格の通信ユニットは同盟軍鹵獲対策もあり完全なブラックボックス化がされており重要な暗号キーの変更はオーディン停泊中に軍中央からの遠隔操作で尚且つ一部高官のみが知る暗号設定変更キーを使用して行う必要がある(なので実行はそれを知る高官しか行えない)。しかも暗号キーの変更時に次の暗号設定変更キーも再設定されるので理由があって変更時期に変更が出来なかったりすると通信ユニットの物理交換が必要になる。


あと、どうでもいい事ですが今日はおっさんの誕生日です。


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No.37 決戦前の懐事情

 話が間延びしてるやんもうちょっと何とかならないのという自己突っ込みはええやろ個人のオナニーの二次創作やろ好きに書けや、という自己突っ込みを受け入れた結果好き勝手やっぱり書いていこうという気持ちになったのである。


 

「恥ずかしながら帰って参りました」

 

 アイゼンフートが深々と頭を下げる。部屋にいるのはアイゼンフートとブラウンシュヴァイクのみ。何一つ戦っていない敗軍の将は心なしか身体全体が小さくなったようにすら見える。

 

「やはり玄人は舞台を作らせてはくれんか」

 

 事前に受け取っていた報告に目を通しているのだろう、ブラウンシュヴァイクがため息交じりに呟く。アイゼンフートからしたらいっその事怒鳴られた方が気が楽なのだが自分に出来ない事をやらせていると認識しているブラウンシュヴァイクはむしろ同情の気持ちすらもっている。

 

「なんならもう全軍で帝都に進軍してしまうか?」

 

「いや、流石にそれは……」

 

「ははは、冗談だ。ならばここで何かをせねばならぬな。これから見切りをつけた兵が多く去るだろうがそれでも残った者は強さはともかく覚悟はある。彼らに…………それなりの場を用意してやらねばなるまいて」

 

 それなりの場、それは死に場所という事だ。

 

「……そうですね。もはやここから出たガイエスブルク圏外で舞台を作る事は出来ません。ならはここを基点に悪あがきする方法でも考えるとしましょう」

 

 早速立ち上がろうとするアイゼンフートをブラウンシュヴァイクが止める。

 

「時間が無いとはいえ一日でいい、卿は少し休め。報告を見る限り何から何までお主が考え決めているようではないか。それでは最後まで頭が持つまい。少しは他の者に考えさせるのだ」

 

「…………有難く。正直、頭が上手く回らなくなっているのは事実ですので。疲労はありませんので適当にふらついて頭を休ませることにします」

 

 あっさりと受け入れ、アイゼンフートが退出する。部屋に残るはブラウンシュヴァイクのみ。

 

「…………それなりの場、か。ぎりぎりまで引き延ばすと思わぬ醜態を晒しそうだからの、わし自身も考えねばならぬな。しかし、ただ死ぬだけでは芸が無い。何か妙案でもないものか……」

 

 

 肉体的にはタンクベッドで回復できるが精神的には回復しない。それを癒すのは時間と娯楽なのだが要塞に娯楽施設などなくアイゼンフートは言葉通り適当にふらつき始める。こうふらついてみると判るのだが人が多い。ガイエスブルクは最大級の要塞であり数百万の人員を抱える事が出来るがそれ以上の人員を取り込んでおり駐留艦艇人員は要塞内ではなく駐留中の艦艇を寝床にしなくてはならない有様である。

 

「……であるからして我々の正義は!」

 

 とある一角に人だかりが出来ており、それなりの身分に見える誰かが適当な土台の上で熱弁を振るっている。要は中身のない精神論だ。やれ正義が、名誉が、伝統が。現実を相手に当たって砕けてるアイゼンフートにとっては無性に腹が立つ代物であり、総司令部の発足当時はこの手の輩に辟易した挙句に主だった輩を一カ所に集めて"処理"したものである。したはずなのだが…………。アイゼンフートは周囲を見渡しその光景を彼と同じ心境の目で見つめる士官を見つけると声をかける。

 

「すまんがあれはいつもの事なのか?」

 

「いや、最近レンテンベルクから"解放"された連中だよ。あぁやって中身の無い演説で……って、失礼いたしました!!!」

 

 話しつつ振り向いたことで相手が誰だか気づいたらしく慌てて敬礼しようとした所を止める。

 

「気にするな。でだ、その解放というのはなんなのだ? 詳しく教えてもらえないか?」

 

 そう言いつつ手振りで移動を促し、人気の少ない所で詳細を確認する。時期的にはアイゼンフートが部隊を率いて出撃したのとほぼすれ違いで彼らは帰還した。主にヒルデスハイム艦隊所属で敗北時に捕虜になっていた彼らは「このまま朽ち果てるのは惜しい。正々堂々と決着を付けましょう」と乗艦ごと解放され、そして帰還するや否やあのような"演説会"を通じて勢力拡大を志しているらしい。その手の輩で分艦隊級の兵力を有する者は艦隊としてまとめて処理すれば残る単艦、分隊指揮官レベルの跳ね返りは上から押さえつける事が出来る。そう考えてヒルデスハイム艦隊を送り出したのだがこうやって奴らが帰還してしまったからにはその小さな跳ね返りを吸収し勢力再興になりかねない。その経緯を聞いてアイゼンフートが何とも言えないため息を発する。

 

(要するに処分したかった害にしかならん者共をご丁寧にも返却してきたという事か。奴らも判っているのだ、無能を通り越した有害な人材は捕虜にしておくより返却した方がいい、とな)

 

 礼を言い、元の所に戻ると演説は終了したらしく万雷の拍手とふんぞり返る主が見える。一度こっぴどく負けたというのに、と言いたいがこの手の輩は"懲りない"。そもそも自分たちが間違えた事をしているという認識が無いのだ。

 

(いかん、いかんぞ、これから嫌でも擦り減る兵力を適切に再編せねばならんのだ。あんな輩に"勢力"を作られたらたまったものではない)

 

 そう考えていると足が自然と総司令部に向かっている。今日は休もうと思っていたし正直この状況は一日の差で大きく何かが変わるというものでもない。まぁ来てしまったからには、とアイゼンフートは総司令部の扉を開いた。

 

「すまん。ちょっと体調が良くないので今日は休む予定だったのだがどうしても確認したい事が出来たのでな」

 

 帰還した艦隊の受け入れ(※1)でてんてこ舞いの総司令部の面々に迷惑をかけないように隅っこから腹心のクレーゲ少将を呼び寄せる。

 

「彼らの事ですか……」

 

 クレーゲが苦々しく経緯を説明する。彼らは悪びれる事もなくむしろ英雄の帰還の如き態度で帰って来たという。そして「正々堂々、雌雄を決する為」として顔見知り(且つ格下)達に自分達の所に集結するように呼び掛けようと試みた。しかし居残りの大半がブラウンシュヴァイク家所属の為、駆けつける者もなく目上(ブラウンシュヴァイク)には諂うので強く引き抜く事は出来ない。仕方ないのであぁやって(演説)してうさを晴らすと共になんとかして勢力を得ようと彼らなりの努力をしているらしい。その結果として現状としてはなんだかんだと彼らの乗艦を除けば五〇~六〇隻くらいの跳ね返り達程度がその"勢力"との事だ。

 

「その程度の数ならまだ大丈夫だな。総司令官名義で全艦隊に"これから再編等をするので総司令部の許可なく部隊間の移動などは行わない事"という感じで訓令を出しておいてくれ」

 

 そういうとアイゼンフートは本当の休憩に入る。彼の考えが正しければ当面の間、正規軍は押し寄せてこない。その間に落ち着いて何が出来るか考えるとしよう。

 

 

「諸君らにこれより三日間の自由を与える。立ち去るも良し残るも良し。よく考え己の信じる道を歩むのだ。但しその後は規律を改め、総司令部の指示に忠実に従ってもらう。その命に背くものは厳しい処罰の対象とする」

 

 アイゼンフート軍がガイエスブルクに帰還した事を確認した正規軍は彼が考えた通りに可能な限りのチャンネルを利用してリッテンハイム軍の消滅と一〇個艦隊による進軍を知らしめ、リッテンハイム軍に行ったのと同様の勧告を行った。これによる流出が一段落するまで正規軍は交戦域まで来ない事が予想され(中途半端に近づきすぎて逃げれないと腹をくくられると困る)その間の再編を速やかに進める為もあるが"踏ん切り"をさっさと付けてもらった方が都合が良いので総司令部の進言の元、盟主ブラウンシュヴァイクによる訓示が行われたのである。そしてその過程で数少ない喜ばしい事といくつかのめんどくさい事は飽きずに次々と発生する。

 

 

「よくぞ戻られました」

 

 アイゼンフートが思わず両手でその手を、モントーヤ男爵の手を握った。

 

「途方に暮れ、亡命なども考えましたが皆と話し合った結果ここまで来たらもはや最後まで意地を貫き通さねば気が済まぬ。となりまして」

 

 モントーヤ男爵が照れくさそうに答える。キフォイザー会戦の末期、もはや彼の才ではどうにもならない支離滅裂の中で逃げ惑ううちにごく自然に生き残り達が集結してしまった。降伏しても許されないであろう盟約に名を連ねた貴族やその一族、その中で"この戦いで生き残れた"という運やわずかな才を持っていた者達が集まったこの集団はじたばたしているうちにガルミッシュ要塞への道を正規軍に封鎖されてしまった為、見つからぬ様に戦地にならなかった盟約勢力下を迷走し巡り巡ってここまで辿り着いた。その数五七四隻、これが四四〇〇〇隻で出発したリッテンハイム軍の全帰還数である。彼らは少数ではあったがこの状況下で生き抜いただけあって個の質も指揮能力も(盟約軍基準で)平均以上であり、再編成の際に艦隊統率力の向上に貢献し、最後まで意地を貫き通す事になる。

 

「増えてるな」

「はい、増えてます」

 

 あの"跳ね返り"勢力の事である。盟主によって与えられた三日間。その間に自分達の意思で立ち去る者が多数発生したが有難くない事にこの跳ね返り共は逃げてはくれなかった。それどころか立ち去ろうとした者達を攻撃(物理)しようとして止められる始末である。そして猶予期間のうちに隙が出来たのか悪い意味で腹をくくったのか彼らに同意する者達も増え始め、今では艦艇数四桁に届きそうな勢いである。そこまで行ってしまったらこれはもう一つの部隊として指揮系統を作らなくてはいけない。一〇〇〇隻という数は勝敗の決定打にはならないが大戦果・大損害の引き金にはなってしまう。

 

「あいつらだけを餌に出来るなら敵ごと要塞主砲で撃てるんだけどなぁ」

 

 とぼやく幕僚もいて流石に周囲に窘められていたがその会話をアイゼンフートは何とも言えない表情でじーっと見つめていた。

 

 

「ついにこの時が来たか」

 

 総司令部の一同が緊迫した趣でそのグラフを見つめる。そのグラフの意味する所は……「物資、そろそろ危ないの出てくる。少なくともガイエスブルク籠城越年なんて出来ない」。元々自領防衛が主任務である各貴族私兵艦隊は補給を始めとした支援艦艇が貧弱であった。各要塞にあった補給物資を根こそぎ持ってきたからこそここまで動けていた訳であり追加供給能力には難があった。ひとまず各貴族領からの持ち出せなかった私兵部隊用物資をかき集め輸送するように命じたのだが馬鹿正直に運ぼうとして正規軍に拿捕される艦も多数発生し、見つかりにくいルートを確立する頃にはその輸送力そのものが目減りする結果となってしまった。そしてそのような結果となると当然ながら

 

「一息ついてはいますが長期籠城出来る程ものではありません」

 

 その報告を聞いて総司令部で皆が頭を抱える。面白い事に有力門閥貴族は中継基地としての要塞運営を長くやっていた為にこの手の人材は層が厚くその計算は実に正確であった。むしろ近年例のない全艦隊動員(一二個艦隊が出撃中、一個艦隊がオーディンで即戦待機)を行いながらもそれ(中継基地要塞の補給能力)を使えなくなった正規軍の後方支援の方が火の車になりつつあり、何時までも叛徒共を無視できない事からもしかしたら時間切れ和睦の可能性があるのではないか? という期待が出てきたからこそ実行できる籠城戦である。少なくとも年を越せるだけの物資はかき集めたい。それを考えての備蓄を早期に開始していなかった事が悔やまれるが後の祭り。仕方なく各領から市場余剰物資の収集・輸送の追加命令を出す事で希望をつなげようとするがこれが後に洒落にならない一大事に繋がるのである。

 

 

「思った以上に残ったと考えるべきか、こんなにも去っていったと考えるべきか?」

 

 新たな編成表を眺めつつ、アイゼンフートが呟く。盟主ブラウンシュヴァイクの訓示から一週間、兵の流出はほぼ収まったなかで大まかな再編が進む。現時点にて艦艇数五九八三二隻、訓示により二割弱が去っていった。ガイエスブルク圏外に打って出ても袋叩きにあうだけの数にはなってしまったが圏内で要塞砲で脅しつつ存在し続けるには十分な数はまだ確保しているといえる。艦隊としては元々五個(ブラウンシュヴァイク、アイゼンフート、ジェファーズ、サブロニエール、ウシーリョ)であったがサブロニエール、ウシーリョの両艦隊を一艦隊規模に合併縮小し四個艦隊+予備に再編成が行われた。モントーヤ男爵の残兵はジェファーズ艦隊に組み込まれ、あの跳ね返り共の部隊(困ったことに一〇〇〇隻を超えた)は予備独立部隊という名目で要塞内に押し込んだ(恐れ多いがとある企みの為にブラウンシュヴァイクが「暴発されないように適当に相手をしながら首根っこつかんでおく」と監視を引き受けてくれた)。そして再編等も終了し一段落した時、哨戒ラインに正規軍の反応が感知された。数にして予告通りの一〇個艦隊。隠す必要なしと偵察艦などを無力化せずに見せびらかしての進軍。遂に最終決戦が近づいた、と思った時に両軍共にすっかり忘れていた所の情報がやってくるのであった。

 

 

「ガルミッシュ要塞が陥落したそうです」

「………………すまん、すっかり忘れてた。それに関しては共有情報網に上げておいてこっちには直接関係のある情報のみ報告してくれ、正直忙しい」

 

「ガルミッシュ要塞が陥落したそうです」

「そうか、当面の追加指示は直に出す。その後は指示の範囲から逸脱しない限り、定期報告のみでいい」

 

 なんともすっかり忘れてた&相手にされてないガルミッシュ要塞(=リッテンハイム侯)である。ガイエスブルクに返却された跳ね返り共然り、ガルミッシュに引きこもったリッテンハイム然り。敵として存在してくれていた方がいい無能を正規軍は処分せずに突っぱねた結果の一つである。

 ガルミッシュ要塞に引きこもったリッテンハイムは一番豪華な個室に引きこもり、来るであろう正規軍の陰に震えていた。困り果てたのは一緒に逃げてきてしまった三〇〇〇隻の将兵と元から配置されていた要塞基地要員達である。いつものリッテンハイムであれば意にそわない事を勝手にやると怒るのだが何かやると思ってたのに何もやってなくても怒る。仕方なく彼らは籠城の準備を進める最中、リッテンハイムが動き出したのはその数日後であった。

 

「和睦をする。エルウィン・ヨーゼフ二世を正式に皇帝と認め、娘を正室とまでいかぬとも側室として献上する。わしは責任を取って隠居し、リッテンハイム本家は然るべきものに相続させる。遺憾ながら幾許かの領土返上を行う。これで鞘を納める旨を先方に伝えよ」

 

 周囲の者が呆然とした表情で見つめる。

 

「どうした、誰か使者となる者はおらぬか? リッテンハイム家の名代としての名誉ある使者であるぞ」

 

 リッテンハイムが自信満々に周囲を見渡すが皆が皆、目を逸らす。いつまでも無視するわけにはいかず、その中の一人が勇気を振り絞り発言する。

 

「恐れながらもはや政府にその意思はないと思われます。我々は既に逆賊なのです。もしその和睦案をお望みであればまずはこの要塞を監視している艦隊司令官に直接その意をお伝えいただくのが良いと思います」

 

「その相手は誰だ。わしが直接交渉を行うに値する地位であるのか?」

 

「地位などもはや関係ありませぬ。政府より我々の地位の剥奪宣言が発せられています。我々がどう思おうと相手から見て我々は貴族でも平民でもない逆賊なのです。本来、和睦というのは双方が相手の立場を認めてこそ行えるもの…………」

 

 その者はもう腹をすえたのか今まで言えなかった口調で進言(を通り越した諫言)を繰り返す。ひと悶着ふた悶着の末にリッテンハイムは自ら交渉する事を認める(あくまでも進言を受け入れてやったという態度。実際には見放された結果)。そして要塞を監視する司令官オスカー・フォン・ロイエンタール中将(裕福な帝国騎士)にその意を伝えたが得られた回答は周囲の誰もが驚くべき内容であった。

 

「有難き申し出ではありますが僭越ながら私はそれだけの大事を裁可する権限をもっておりません。然るべき所より回答を頂きますのでしばらくお待ちいただけないでしょうか? それに伴い最も重要なのは御息女であるサビーネ様の安否。事が成されましたらサビーネ様の皇宮献上をもって和睦の証となりまする。ご準備だけは滞りないようにお願いいたします」

 

「うむ、"実家"の者達に伝えていつでも献上できるように用意をさせておこう」

 

 通信の完了後、周囲の者の驚きを見渡し、ふんぞり返るリッテンハイム。

 

「はっはっは、聞いたか? 乗り気ではないか。伝統ある名門貴族の価値というのはそういうものなのだぞ!」

 

 というリッテンハイムの言葉の裏でロイエンタールは矢継ぎ早に命を下す。

 

「シュタインメッツ少将!! 周辺基地部隊も同行させていい。リッテンハイムの"実家"に飛んでくれ。ケンプ提督にも応援を要請して表面上は万余の艦艇を集める。帝都からの正式な護送艦の警護と称して取り囲んでもらいたい。その間にその後の動きを司令部なりに聞いて事を決める。直接連絡が行くかもしれんので注意してくれ」

 

「承知した! それにしても見事な腹芸で」

 

 シュタインメッツが吹き出したくなる口元を必死に我慢する。

 

「あれ(サビーネ)の確保は最重要事項の一つだからな。あのような馬鹿げた和睦案を出すとは既に気がおかしくなっているのだろうしそれを止められないという事は奴の周辺にはもう人がいない。後は適当に希望が持てるようにおだてれば勝手に理想の道筋を想像してくれるというものだ。ありがたく確保させてもらうとしよう」

 

「ですな。ではお任せください」

 

「お願いする」

 

 シュタインメッツを送り出した後は上司への連絡である。

 

「面白い事をするではないか」

 

 流石のミュッケンベルガーもその報告には口元が緩ませる。

 

「帝都の留守部隊から見栄えのいい艦を受け取りの使者という名目で飛ばす。サビーネと共にその母も同行させよ。先帝の血を引く両名は今の所命を取る予定はないからな。その後は予定通りだ」

 

「了解しました。が、それだと騙した事を知ったブラウンシュヴァイク家の方が隠れてしまうというのが問題になりますが如何なる差配を?」

 

 とっさに張った罠の為、その場ではブラウンシュヴァイク家に関してまでは頭が回っていない。

 

「かまわん。あっちに関しては何処に逃げようが地獄の先まで追いかけねば己の首が飛ぶ者がいるのでな。そいつに処理させる」

 

「判りました、では指示の通りに。現地には直接指示が行くかもしれないとは伝えてありますのでお望みの通達方法をご利用ください」

 

「うむ」

 

 通信が終了しロイエンタールがふーっと息を吐く。ブラウンシュヴァイク家方面で貧乏籤を引かされる人物は簡単に想像がつくがこれは下手に触らない方がいいだろう、と気にしない事にする。こうしてとんとん拍子に"和睦"の段取りが決まり、実家にいたサビーネとその母クリスティーネ(当主名代としての挨拶役として口先三寸で"そういうものか"と納得させてしまった)があっさりと迎えの艦に乗り込んでしまう。それを確認するとロイエンタールがその後の指示が書かれたメモを一読再確認し、ポケットにそれを治めるとガルミッシュ要塞への通信を開く。

 

「確かにお預かりした、との連絡が入りました」

 

「うむ。では和議は成立したのだな。一応、お主には仲介をしたという功がある。我が親族から然るべき娘を出させて一門の末席に加えてやっても良いぞ」

 

 ロイエンタールの淡々とした報告にリッテンハイムが当然のように"褒美"を与えようと言う。

 

「それに関しては一旦控えさせていただきまして政府からの正式な回答を頂いておりますのでお伝え致します」

 

「聞こう」

 

「ではリッテンハイム侯爵家の処遇ですが……」

 

 

・リッテンハイム侯爵家について

 侯爵家は取り潰しとする

 当主:ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム三世は死刑とする

 当主の子(庶子含む)、子の母は死刑とする

 但し、先帝の血を引くサビーネ及びその母クリスティーネは皇室預かりとする

 当主の養子は死刑とする

 独立別家を立てていない侯爵家同居の親族のうち、リッテンハイム一族の血を有する者(=侯爵家継承権持ち)は死刑とする

 死刑とならなかった同居一門については身分剥奪の上、永久流刑とする

 

 

「以上です。終わらせ方はお任せいたしますのでのでお望みの形で終わりを迎えられませ」

 

 言うだけ言うとロイエンタールは一方的に通信を打ち切る。残されるのは事情が理解できず立ち尽くすリッテンハイムと今すぐにも逃げ出したい顔をしている近習達。

 

「お気持ちが決まりましたらお呼びください。準備いたします」

 

 長年仕えていた執事が声をかけるが何も答えず、リッテンハイムは夢遊病者のような足取りで己の部屋に戻っていった。

 

「艦艇出入口を硬く見張れ。一隻たりとも逃すな」

 

「逃げるとお考えで?」

 

「判らぬがこれだけやって逃げられたりしたら軍歴に残る一生の恥だからな」

 

 ロイエンタールの指示を受け、ベルゲングリューンが差配する。詳細な要塞設計図は正規軍の手にあるので出入口の位置は簡単に把握できる。攻撃を受けないぎりぎりの位置まで前進し、更に監視の為に偵察ユニットを取り付けたワルキューレが空母から発進し遊弋する。そして四日後、

 

「リッテンハイム旗艦であるオストマルクを撃沈したとの報告がありました。こちらの呼びかけに応じず単艦で逃亡を試みた為、撃沈したとの事です。担当の分艦隊司令からは事後報告になった事と拿捕できなかった事に関する謝罪をしたいという事ですが……」

 

「言って止まるものでもあるまい、謝罪は必要ない。逃さなかった功に報いる事を約束するし、もし上が何か言ってきても責は命じた俺が取る。よくやったと伝えておいてくれ」

 

「はっ」

 

「それと、一部始終の映像データを要塞に送り付けたうえで再度降伏勧告をしておくように。もしそれに乗っていたのなら……これで終わりだ」

 

 ガルミッシュ要塞から降伏勧告受諾の通知が届いたのはそこから更に三日後、死を恐れた貴族達と少しでも生き残る可能性を繋げたい平民将兵の凄惨な同士打ちの末の降伏であった。

 

 

「ロイエンタール提督はレンテンベルクでケンプ提督と合流し投降艦と捕虜の整理・監視(※2)を。シュタインメッツ少将はガルミッシュ要塞を拠点に現地の治安維持を行うべし」

 

 ミュッケンベルガーの元から今後の指示が発せられ総司令部の大半はそれらを含めた"後ろ"の事を頭から消し去り前と足元の事に意識を集中する。

 

「結果として"いつまで動ける? "」

 

 ミュッケンベルガーが"足元"の代々懸念材料を問う。

 

「今年中は何とか、という程度には計算できました。その後に関しては軍需消耗品を中心に産が追い付かない物が出る可能性があります。ただでさえ門閥貴族が握っている所が多く、さらに近年の消費が激しかった事もありまして…………」

 

 艦隊司令官から解放され、本作戦の後方統括を行っているディッケル中将が文字通りの"苦虫を潰した顔"で応える。

 

「奴らの利権絡みか。一度破壊すると決めたとはいえ今後の立て直しが思いやられる」

 

 ミュッケンベルガーの眉間に皺が寄る。ある程度は知っていたがここまで根が深いとまでは思っていなかった。位が高くなりすぎると根を深く見る事が出来なくなる。

 帝国における軍需消耗品生産地は大きく分けて三つ、ヴァルハラ星域の国営大工廠・イゼルローンを含む要塞群の内部工廠・その他地方基地の工廠に分かれている。同盟領遠征時の消耗分は要塞工廠、訓練や正規艦隊の辺境征伐などについては国営大工廠、地方基地の維持には地方工廠が基本となっている。しかし、昨年のアスターテ出兵と同盟軍迎撃で年間平均を上回る消費となり、イゼルローンを失い生産量が低下し、盟約軍の決起で要塞群の物資を根こそぎ持って行かれ稼働も一時停止、そしてアルテナ・レンテンベルク・シャンタウ・キフォイザーの連戦で年間消費量に近い物資がこれまた消えている。決起前に各要塞で生産していた分は対イゼルローン用としてアムリッツァ星域に整備中の基地に蓄積するという名目でそれなりの量を引っこ抜いたが元々その手の消耗品は移動中に要塞群で補給するのが定例としている以上、大義名分を与えない為に無用な引き抜きは出来なかった。奪取した要塞は可能な限り手早く再稼働を試みるが要塞の生産用原材料倉庫すら空にする徹底度、尚且つそれら要塞群へに送られる物資はもちろん利権として彼ら門閥貴族領から搬出されていたから代わりを用意しなくてはいけない。とてもではないが消耗に追いつかない。

 

「ある程度は覚悟はしていた。残敵数から考えれば事足りるであろう。問題はどこまで"実験"するかだな……」

 

 ミュッケンベルガーが応えると共に思考に入る。"実験"とはこれから行うガイエスブルク要塞攻略においてどこまで"イゼルローン要塞攻略研究の為の実験台"にするか、というものである。当然、長引けば長引くほどに物資は足りなくなる。幕僚陣どころか各艦艇司令部にもそれを念頭に入れた戦術案の提出を命じている。

 

「(要塞の)中は崩せんか?」

 

 ミュッケンベルガーの視線が幕僚陣の一人、先任将官ヘルムート・レンネンカンプ少将に向かう。

 

「残念ながら。かの要塞はブラウンシュヴァイク家が長らく管理していた事もあり主管制機能については子飼いの者共が占めております。あらかじめ潜めていた部下(※3)の報告を見る限りまだ亀裂は発生しておりませぬ」

 

 これ(内部工作)についてはオーベルシュタインが中心になっているが相性が最悪なのでワンクッション置いてレンネンカンプが応える。レンネンカンプ本人もその堅物生真面目さからミュッケンベルガーとの相性が良いとは言えないがオーベルシュタインよりかは空気は読める(普段はさらにアーベントロートがクッションになってる)。

 

「現地までで考えられる事はこの程度だな。後は各自事前の予定通り事を進めるように」

 

 ミュッケンベルガーの一言で総司令部が一時解散となり各自の仕事に取り掛かり、正規軍艦隊は粛々とその場へと駒を進めていった。

 

 

「普通だな」

 

「普通ですね」

 

 ガイエスブルク要塞に布陣する盟約軍艦隊の配備を見たミュッケンベルガーとアーベントロートの第一印象がこれであった。出撃している盟約軍は三個艦隊、要塞の三方向に陣取っている。

 

「これが全て、ではないな?」

 

「はい。入手した情報から考えるとあと一個艦隊半程度はいるかと。ガイエスブルクの駐留可能数的にも収容可能です。ブラウンシュヴァイク家の艦隊と予備と言った所でしょう」

 

「それにしても向こうにも一応は計算できる者がいるのかイゼルローンの経験者がいるのか。布陣位置が適切である。予行訓練と考えれば有難いが三ヵ所同時となると厄介なものだ」

 

 ミュッケンベルガーが呟く布陣位置とはイゼルローン駐留艦隊が使用していた布陣ポイントの一つ、"攻め手による要塞主砲圏外からの攻撃は正面遠距離砲撃戦のみ可能だが正面以外に回り込もうとすると主砲圏内ぎりぎりに踏み込む必要がある"というポイントである。遠距離砲撃戦のみでは致命傷を与えるのは難しい、回り込む場合は要塞主砲に撃たれる危険性を考慮しないといけないし要塞側艦隊は少し引く事で安全圏に逃げる事が出来る。帝国軍がイゼルローンを維持していた時は如何にこの状況を維持するかが駐留艦隊司令官の腕の見せ所であり攻め手は如何にして引きずりだすor平行戦のまま押し込むかで頭を悩ませた。そしてイゼルローンと違い、全方位を使えるガイエスブルク要塞に盟約軍は三個艦隊で三個のポイントを均等位置で作っている。ガイエスブルクには要塞主砲があるとはいえ艦隊支援の無いポイントは作りたくないという事である。イゼルローンはその狭回廊故に一個艦隊で正面を埋めればそれで良しだが全方位だとそうとはいかない故の三個艦隊展開。

 

「こちらの布陣を伝える」

 

 ミュッケンベルガーの指示で各艦隊が大回りで要塞周囲を旋回し、初期布陣を完了させる。

 

 

「現状は予定の通り、各部隊の健闘を祈る」

 

 アイゼンフートが通信を終了し、正面に布陣する正規軍二個艦隊を見据える。さらにその後方に同規模の反応を感知している。布陣した三個艦隊に対してそれぞれ二個艦隊、後方に見える二個艦隊で合計八個艦隊。残り二つは周囲警戒か何かの別行動と見るべきだろう。

 

「正面の艦隊、内一個艦隊が前進、一分後に遠距離砲撃圏内に入ります。他の戦域も同様の模様」

 

「了解。さて、ドカ損確定のジリ損状態。ドカ損までにどうやって"ぎゃふん"と言わせるか? だがまずはこの状況で戦えん事にはどうにもならんな。踏ん張るとしよう」

 

 そう言いつつアイゼンフートが右腕を上げる。それが振り下ろされると同時にガイエスブルク要塞攻防戦が開始された。

 

 





 考えてみたら同盟軍の三〇〇〇万動員は焦土戦無しだとしても血反吐吐いてたでしょうし、それより規模の少ないラグナロック作戦時の帝国軍は要本土からの輸送だとしてもやっぱりかなりの負担でした。で、原作リュプシュタット戦役では盟約側人員二五六〇万でラインハルト達の動員数を入れると合計四〇〇〇万を軽く超えて四五〇〇~五〇〇〇万といってもありえる状況。この両軍が帝国領内の補給網をお互いに奪うなり潰すなりしながら同盟の帝国領侵攻作戦と同等以上の期間やりあってたんですよ。これ、補給的にヤバくね?

 原作読んで頭抱えたのはラインハルト軍は士気が低下し混乱しつつある中とはいえ ガイエスブルクを正攻法で攻略している んです。そして流石に主機能は停止してないだろうと思われるのに 要塞主砲に関する記述が無い んですよ。そもそも完全に麻痺していなければ射程に少数しかいなくてはやけっぱちで主砲発射しているはずなのに・・・・・・・・・ 後にイゼルローンとあれだけガチってる要塞としてはあまりにも記述が無い。


※1:艦隊の受け入れ
 集結している兵力はガイエスブルクの収容可能量を遥かに上回っているので損傷艦の修理や負傷兵の要塞内受け入れや要塞周辺待機になる艦艇への補給などで兵站管理部門はデスマーチ状態である。しかし、正規軍に対する補給・支援機能としての要塞運営を長くやっていた門閥貴族家の運営官僚は非常に優秀なのでこれを"デスマーチ"で済ませている。この経験が無ければそもそも適切な補給・支援事態を行えない(何をすればいいのかが判らない)

※2:投降艦と捕虜
 キフォイザーでの降伏、ガイエスブルクからの投降など合計すると四〇〇〇〇隻近い投降艦とその人員を抱え込んでしまっている。復帰を認めたとはいえこの内乱が終わるまでは流石に一旦投降兵としての扱いになるのでどこかで管理する必要がありレンテンベルク要塞周辺に待機させる事になった。弾薬や停止するだけなら必要のない軍需消耗品は全没収しているが数が数なので監視役を追加する事になった。尚、没収した物資は有難く最前線送りになった。

※3:ガイエスブルクに潜めていた部下
 盟約軍決起の際にあらかじめ用意しておいた艦(乗員全員、事前調査済み志願者)を賛同者という名目で多数紛れ込ませていた。艦はいつ戦場に立つか判らないので万が一を含めて理解したうえでの志願者のみを使用している。また、それらの艦には乗員帳簿外の工作員を忍ばせており要塞内部で活動中である。数百万人の人を抱えているので数十人程度のプロの工作員が紛れ込んでも堂々と生活していれば誰も判らない。


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No.38 ガイエスブルク要塞攻防戦(前)

いつの世にも無能な働き者はいるものである。


 

 ガイエスブルク攻防戦は一対一の艦隊戦が三ヵ所で発生するという形態で開始された。

 

 盟約軍は三個艦隊を集中させずに分散配置、正規軍はそれに対して二個艦隊ずつ配置。布陣としては

 

 ポイントA

  盟約軍:アイゼンフート艦隊

  正規軍:アイゼナッハ艦隊、ファーレンハイト艦隊

 

 ポイントB

  盟約軍:サブロニエール&ウシーリョ艦隊(実質指揮:クレーゲ)

  正規軍:フォーゲル艦隊、シュヴァルベルク艦隊

 

 ポイントC

  盟約軍:ジェファーズ艦隊(司令官代理モントーヤ、実質指揮:幕僚合議制)

  正規軍:カルネミッツ艦隊、シュターデン艦隊

 

 ポイントA後方

  正規軍:ミュッケンベルガー艦隊、クエンツェル艦隊

 

 所在不明

  正規軍:メルカッツ艦隊、フレーゲル艦隊

 

 正規軍は要塞主砲圏外から何とかして二対一の布陣になるように試みるが盟約軍は徹底してそれを回避。最初の当たりは無理をしなくていいと命じられているので攻防戦の初日と二日目はなんとも静かな遠距離砲撃戦に終始する事になった。これでは正規軍の最大優位点である指揮官能力を生かせない。だが要塞主砲には指揮能力もへったくれもない。当たれば一〇〇〇隻単位で艦が消し飛ぶ。それだけが盟約軍の優位点である。

 

「二日分の艦艇と物資の消耗です」

 

 集計データを見せられたミュッケンベルガーがその想定通りの数値を確認する。

 

「予定通り明日から一歩踏み込む、メルカッツ提督にも行動開始の指示を」

 

 ミュッケンベルガーの指示を受け周囲が動き始める。

 

「さて、対要塞演習の本番といこう。奴らは何処までこの重圧に耐えられるかな」

 

 ミュッケンベルガーが珍しくほくそ笑む。対盟約軍であろうと対叛徒軍であろうと帝国正規軍の国力的有利は変わりがない。後は各艦隊司令官がどれだけ対要塞戦闘に熟練するかを考え抜いた結果、帰依した徹底的正攻法。それが三日目からの攻撃である。

 

 

「敵艦隊要塞線(主砲射程距離)に入りました。他の戦線も同様です」

 

「了解。要塞主砲は現状位置のまま、条件は事前既定の通り。さて、どこまで踏み込んでくるのか……」

 

 目の前の"二個艦隊"との交戦を指揮しつつアイゼンフートは思考する。敵艦隊は踏み込んできたものの踏み込みそのものは浅い。要塞砲の稼働を感知したら即後退が可能な程度の踏み込みである。これに対して盟約軍艦隊は少し引く事で遠距離砲撃戦の距離を維持してみるが近接平行戦を挑む急接近を行う様子はない。これ以上引くと要塞との距離が近くなりすぎるし前に出て中遠距離砲撃戦域になると純粋に倍の敵に打たれるだけになる。そのような"位置探り"を繰り返し、なんとかして要塞砲の射線を開けようと試みるも安全第一で対応される。そうしているうちに落ち着く(諦める)頃には倍の敵を相手にする遠距離砲撃戦をしないといけない所に落ち着く羽目になる。

 

「イゼルローンであれば裏まで逃げる事も出来るだろうが…………」

 

 これがイゼルローンとガイエスブルクの差である。イゼルローンの場合、その狭回廊故に戦線は半面のみで更に複数艦隊で押し出そうとすると"分詰まり"になってしまう。その状態で駐留艦隊が裏に逃げる事が出来たら極端な話だが要塞砲と浮遊砲台群だけで一~二個艦隊は壊滅させる事が出来るのだ。しかし全方位有効なガイエスブルクではそれが出来ない。駐留艦隊の防衛ラインが無ければ要塞砲の逆面を集中攻撃する事であっけなく壁は破られる。そもそもイゼルローンと違い、流体金属に覆われていないガイエスブルクは要塞砲どころか固定砲台類や艦艇出入口までもが丸見えなのだ。にっちもさっちもいかない状況で要塞砲を当てようと細かい動きをするがやはり乗ってこない。そもそも正規軍の艦隊司令官クラスはその基本教本でイゼルローン防衛のイロハを叩き込まれるし陥落後は再奪取の為の攻める為の教本作りへの協力を義務付けられている。残念ながら盟約軍側でその教本を熟読している人材など皆無だし、一応ながら一読しているアイゼンフートにしても熟読している正規軍提督群を即興で"ハメる"事などできない。そのような中で行方不明だった二個艦隊がやっと姿を現す。

 

「新たな敵艦隊を感知、二個艦隊。要塞を挟んでの裏側です。要塞砲指向方針を求めてきております」

 

「まだだ、相手がどこまで踏み込むか? だ。事前の指示を維持せよ。だが行けと言ったら直に指向できるようにしておけ」

 

 要塞からの連絡にアイゼンフートが即答する。現時点で要塞砲はアイゼンフート艦隊側に位置している。これはただ単に感知した正規軍艦隊で最も多い所を向いているというだけである。この二個艦隊が十分に踏み込んでくる場合、要塞砲を指向するか総予備であるブラウンシュヴァイク艦隊を出すしかない。

 

「では、作戦をはじめます。今の所、要害側は静観の様子ですが万が一迎撃が出撃した場合はよろしくお願いします」

 

 キルヒアイスの連絡をスクリーン越しに受けたメルカッツとフレーゲルが艦隊に同行してきた"それ"を見つめる。六四隻一組のチームが五〇個、そのうち四〇個のチームが前進を開始する。一気に速度を上げたそれは各々独自の機動を描きながら要塞に突撃していった。

 

 

「事前プログラムによる無人艦の機動攻撃?」

 

「はい。後のイゼルローン要塞対策としてどこまで出来るのか? そのデータ取りを兼ねての実験攻撃となります。対イゼルローンとしては実験ですが対ガイエスブルク要塞としては突入ポイント形成の為の実用的作業にできればなとは思っています。一応、オフレッサー閣下率いる揚陸部隊にご同行して頂いておりますがこちらに関しては念の為、となっております」

 

(ミュッケンベルガーから見て)要塞後方への回り込みを開始しようとしたメルカッツ&フレーゲルに対して「大佐の"実験"に対する支援を第一としてほしい」とミュッケンベルガーの依頼があり彼、ジークフリート・キルヒアイス大佐(乗艦:バルバロッサ)が奇妙な艦艇群と共にやって来た。その実験説明の第一声がこれであった。要塞砲を撃つには小さすぎるが防衛火器の破壊は行える最小限の戦力。編成内容を同じにした多数の無人艦チームに突撃ルートと攻撃範囲をそれぞれ設定、攻撃範囲内に防衛火器の反応があった場合は可能な限りこれを攻撃し破壊を試みる、無い場合は障壁の一点に火力を集中し破壊を試みる。一部の艦は同盟軍も使用したいわゆる突撃艦として用意しており火点集中ポイントへの止めとして使う。一定距離まで近づきつつ攻撃したらUターンし、全力で逃亡。ガイエスブルクとイゼルローンで防衛施設が大きく異なるがどこまで動けるか? を試す、という実験である。無人艦そのものは投降・降伏した盟約軍の艦艇から正規軍に編入出来ないもの(勝手に内部を改装したものや払下げしてた旧式艦など)をかき集めたので懐は痛まない。四桁の艦艇を使い捨て出来る機会などめったにない。今がその時、という訳である。

 

 それぞれのチーム単位に設定された行動範囲内でランダム機動を行いつつ突進する艦艇群に対してガイエスブルクの防衛システムが起動する。隔壁が開きその火砲が姿を現すと感知した無人艦も応戦を開始する。流体金属内を火砲システムが移動して任意の位置に集中できるイゼルローンと違い固定火器に頼らないといけないガイエスブルクは一点に集中できる火力総量において大きく劣る。実際の所、建物としては築数百年((※1)の代物なので色々と古い。要塞砲を考慮しなければガイエスブルクはレンテンベルクと同様の攻略が可能である。とにもかくにも要塞砲が怖いだけなのである。

 

「ここで要塞砲を指向してしまったら他方面の友軍艦隊が押しつぶされる。要塞砲での"睨み"を残す為になんとしても他の火器で制圧するのだ!!」

 

 要塞防衛指揮所でブラウンシュヴァイクが発破をかける。要塞砲の"睨み"についてはレクチャーを受けているので事前の取り決め条件以外で勝手に振り回す訳にはいかない。無条件で撃っていい(指向していい)のは"侵入してきた敵艦隊旗艦の識別&狙撃が可能な場合"と"牽制ではない数の揚陸艇が突入してきた時"のみである。

 

「再確認だ。言われた通りに要塞砲以外で対応をしているがこれでいいのだな? わしの艦隊に対応させる手もあるがこれはどうだ? こうなったら出してもいいという条件はあるか?」

 

 合間を縫ってブラウンシュヴァイクがアイゼンフートに確認を取る。要塞砲の扱いは言われた通りにやっているから良いが艦隊出撃については事前に取り決めをしておかねばならない。

 

「指揮しながらで失礼。要塞砲が生きていれば他の火砲はある程度潰されてもかまいません。艦隊は待機継続でお願いします。出してしまったら四ヵ所目を固定されてしまい敵残りの二個艦隊で五ヵ所目を作られたら対応できなくなってしまいます。但し揚陸艇が来たら少数なら予備艦艇、大量なら要塞砲で確実に潰してください。艦隊ごと来たら要塞砲・艦隊なんでもありです。今、一つ思いついた反攻策を考えています。詳細は出来次第送りますのでそれまでは現戦線維持を。その為に申し訳ありませんが出撃中の三個艦隊の損耗補充を予備と盟主殿の艦隊から取り崩して捻出をお願いします」

 

 スクリーンに映ったアイゼンフートが明後日の方向(艦隊正面)を睨みつけながら早口でまくしたてる。

 

「わかった。その通りに動こう。いいか、艦隊戦に専念できるようにこっちに振れる事は出来るだけ振るのだぞ」

 

 長居は無用とブラウンシュヴァイクの方から通信を切り、周囲に待機しているブラウンシュヴァイク艦隊の幕僚達に目を向ける。

 

「聞いたな? 各艦隊の状態把握をより密に。"あれ"以外の予備隊をいつでも増援として送れるようにしておけ。足りなければわしの艦隊を崩して使え」

 

 言い終わると司令官席に深々と腰掛ける。現実問題として司令官としての行動は出来ない。やれる事と言えば出来る者の足を引っ張らない事と引っ込まずに表に出続ける事くらいである。そして胸中に秘めている重要事案について考えをめぐらす。リッテンハイムの奴は下手打って大事な身柄を奪い取られたらしいがこちらはそうはいかぬ。妻は残してきたから仕方ない。しかし娘はなんとかせねばならん。しかし、何時? 誰が? どうやって? しばらく考えていると司令官用端末に情報が入る。差出人はアイゼンフート。ブラウンシュヴァイクはその内容を頭に叩き込むと傍らに控えている腹心アンスバッハとシュトライトを呼び寄せる。

 

「詳細を詰めるのに必要な情報を集めておけ。それと跳ね返り共と娘の件も同時に解決できるように考えよ。今日の戦いが終わってからわしの部屋で詰め始めるぞ」

 

 小声で指示を出すと両名が何人かの信頼できる部下を連れて奥の部屋に向かう。それを確認するとブラウンシュヴァイクは盟主としての最大の任務である"逃げずに見える所に存在し続ける"という作業に戻った。

 

 

 正規軍艦隊が後退し感知外に消える。それを確認すると盟約軍艦隊も要塞寄りの安全地帯まで下がる。周囲を単艦哨戒していたであろう盟約軍の艦艇がこそこそと要塞に帰還する(※2)。攻防戦の三日目が終了した。特に無理をする必要もない場合、艦隊戦においてもごく自然に一日の始まりと終わりというのが存在する。この間に乗員は交代で休息を取り補給艦と工作艦は本番とばかりに仕事に勤しむ。正規軍としては一歩踏み込んだことにより数の優位を活用できるようになった。まずはこの状態を何日か続けて不確定要素である要塞内の予備艦隊を吐き出させる。そこからが本番という訳だ。正規軍はミュッケンベルガーの性格と期待通り数の優位を最大活用した淡々とした正攻法で進める作業である。

 

「要塞側は特別な手を打つ事もなく対象領域の固定火器のみの対応。予備艦艇を外壁付近に展開する事もなくワルキューレによる迎撃もほぼ皆無でした。しかしながらそれでも三割近い艦艇を損失、再突入不可能と判断されたものを含むと戦力は半減。残念ながら同じ事を同じ規模でイゼルローンに行っても失う艦艇に相応しい戦果は得られないのは確実です。部隊の最小単位の見積もりからやり直す必要があります」

 

 キルヒアイスはそう言って今日一日の実験を総括した。イゼルローンであれば浮遊砲台を集中移動させて一桁違う火線を用意できるであろう。要塞固有の艦載機(同盟軍の場合はスパルタニアン)の迎撃も加わる(※3)。どれだけ知恵を絞っても小一時間から二時間もあれば今日一日で受けた損害と肩を並べるだろう。だが、実験は失敗ではない。相手の火量とこちらのチーム単位の艦艇数や全チームの総数、これらを示し合わせたシミュレーションで「こうなるだろうな」と見積もった損害がその通り出たからである。ならばそのシミュレータの条件を新たにして思考を繰り返せばいいだけである。だがそれはその時に改めてやればいい、今必要な事は……

 

「計算通りの結果が出ていますので明日、無人艦を全て磨り潰す攻撃を行えば最低限の突入ポイントを形成できます。実際の突入の際には一時的な艦隊突入による支援砲火が必須ですがこれやむなしというものです」

 

 キルヒアイスの言葉にメルカッツ、フレーゲル、そしてオフレッサーが耳を傾ける。

 

「要塞砲をなんとかしろ、それが最低条件だ。それを何とかして連れて来た兵共を八割方要塞に入れる事が出来れば後は自爆でもされない限り確実に落としてやる」

 

 オフレッサーが一言で切り捨てる。如何せん帝国軍の歴史において対要塞の強襲揚陸作戦は先のレンテンベルクが唯一である。取られたイゼルローン以外に同盟領に要塞は存在しないのだ。流石のオフレッサーも要塞砲に当たれば死ぬ。

 

「申し訳ありません。それに関しては現時点では策はないので総司令部と連絡を密にして機会をうかがうしかありません」

 

 キルヒアイスが軽く頭を下げる。

 

「ふん。まぁ、いつでも行ける準備だけはしておいてやる。その時が来たら呼べ」

 

 後は勝手にしろ、とばかりにオフレッサーからの通信が切れる。残った三名の顔が心なしか"ほっとした"様子なのは気のせいではない。

 

「さて、今後の事だが艦隊旗艦宛の連絡通信なので大佐の所には入ってないと思われるので言っておくが要塞から脱走兵が再び発生し始めている、との事である。一〇や二〇の小勢は捨て置けと指示が出ているので確認した場合は相手にしなくても良いが記録と報告だけは欠かさずに行うように。脱走兵は逃げるに任せ、居残った者はあと何日か叩き続け予備を全て吐き出させる。要塞攻防戦はまだ三日、焦る事は無い。毎日油断せずに積み上げていこうではないか」

 

 メルカッツが〆てこの日の業務が終了する。艦隊司令官はここから一日の情報を再整理し、参謀長と交代で休息に入る。そして翌日、予定通りの攻防戦四日目が開始…………されなかった。

 

 

 

「も、もうしわけありません!! 要塞より、ブラウンシュヴァイク本人より、どうしても繋げてもらいたいと急報が入っております!!」

 

 朝食(彼のポリシーで"一番下の兵と同じもの")に手を付けようとしていたミュッケンベルガーが眉を顰める。

 

「服を」

 

 従卒がすぐさま上着を渡し、その流れで朝食を一旦下げる。その間に休憩終了直後だったアーベントロートや幕僚達が慌てて集合する。

 

「繋げよ」

 

 主だった者が揃った時点で通信接続を促す。要塞司令部らしき場所が映し出され、席に座っていたブラウンシュヴァイクが立ち上がる。それと同時にその通信の隅にもう一つの通信が入れ子で入り込む。ミュッケンベルガーとブラウンシュヴァイクの間にいるはずであるアイゼンフートである。

 

「突然の連絡ながら通してもらった事に感謝する。事は急を要する事態にて端的に言う。これより要塞から小部隊をヴェスターラントに急行させる。これを見逃して頂きたい。また、もしヴェスターラントに近い艦隊があるのなら是非とも高速艦艇を差し向けて頂きたい」

 

「理由は」

 

「昨夜の脱走兵に紛れ、ヴェスターラントに核攻撃を意図する小勢が要塞から出発してしまった。これを阻止したい」

 

 核攻撃、その言葉に幕僚達から声にならない悲鳴を上げる。その中の一人(義眼)はすぐさま端末を叩きヴェスターラントの位置が地図上に出される。

 

「メルカッツに繋げて情報をすべて伝達、用意させよ」

 

 その地図を見て正規軍で一番近い所(方向)にいる艦隊を確認するとミュッケンベルガーがすぐさま指示を出す。

 

「真偽を如何にして証明する?」

 

 何か策ではないか? というミュッケンベルガーの問いである。

 

「まずは阻止部隊の発進を。真偽の証明とはならぬが誠意の証として事が収まるまでの間、"アイゼンフート伯を質として預ける"」

 

 平然を取り繕っているミュッケンベルガーの眉がピクリと反応する。事情についていけない幕僚達が動きを止めている中で唯一動じずに動いている男が傍に来る。

 

「前方より艦艇一隻が急速接近中。識別信号は"それ"です」

 

「…………メルカッツには用意出来たら即出立させよ、と伝えよ。質の確認・監視を含めこの一件はオーベルシュタイン、お前が仕切れ」

 

「各艦隊への通達は?」

 

「別命あるまで現地待機、交戦禁止」

 

「御意」

 

 応えるや否やすっと下がる。キルヒアイス不在なうえ元々艦隊戦では出番が無い(本人も不得意は認識してるので余計な事はしていない)ので押し付けるには適任である。

 

「では、理由を聞こうか」

 

 ミュッケンベルガーの視線が改めてブラウンシュヴァイクを射抜く。

 

「協力に感謝する。理由に関してだが……身内の恥なのだが話さねばなるまいて」

 

 ブラウンシュヴァイクがため息交じりに呟く。そして淡々と事情の説明を開始した。

 

 それは盟約軍総司令部が発した物資調達命令が発端である。命令は"市場余剰分の収集と輸送"である。元々門閥貴族領(の中の盟約派の領)は総じて質が高くトータルで考えれば生産量>消費量なので内乱による貿易の一時停止であぶれている物資をかき集め、足りない分を市場から適度に買い込めば足りるはずであった。だが、どの世界にも"頼んでもいないのに勝手に頑張ってしまう人"というのは存在する。ブラウンシュヴァイクの甥(フレーゲルの従兄弟)でありブラウンシュヴァイク公領の一つ、ヴェスターラントを預けられていたシャイド男爵が典型的な頑張り屋さんであった。ガイエスブルクに近く、ブラウンシュヴァイク公領であり、盟主の甥である立場、それが彼を義憤に駆り立てる事になり「お家の一大事でありまさしく身を粉にしてこれを支援しなくてはいけないのである」と市場流通から過剰と言える取り立て(しかも代金後払)を行い続けてしまった。近年、公領内ではブラウンシュヴァイクが王道を歩む為(※4)に生かさず殺さずで官僚に任せきりだった民政の改善を命じており、大半の領民にとって生まれて初めての(非常に低額ではあるが)恒久減税すら実施された最中でのこの取り立ては領民に疑問を抱かせる原因となりその取り立て対象が生活必要分に及ぶに至り彼らは明確に抗議の姿勢を示した。それは領民に抗議されるという事に免疫を持っていなかったシャイド男爵の精神を逆なでし……あとはトントン拍子である。現実問題として生活がかかっている領民と己のミスを認めるという事が出来ないシャイド男爵の溝は深まる事はあれど埋まる事などなく抗議は小競り合いとなり暴動となり現地行政官僚(無茶な取り立てまでは指示されていないと理解しているがシャイド男爵の威に屈して口を出せない)は右往左往し指揮系統がズタズタになった警備兵(=現地徴用兵)は匙を投げ警備減少のシャイド男爵は暴走した暴徒に巻き込まれて重症。直属兵に守られてなんとかヴェスターラントを脱出しガイエスブルクまで逃げ込んだ。何事もなく逃げ込めたのは正規軍が単艦の相手をしていなかったからである。

 

「自業自得だ!! 馬鹿者!!!! ヴェスターラント一つで余計に物を集めた程度で何がどうなるというのだ!!!!!」

 

 ガイエスブルクの高級士官用医務室に運ばれてきたシャイド男爵に対するブラウンシュヴァイクの第一声がこれであった。内心ブラウンシュヴァイクは万が一、億が一の時間切れ和睦の可能性など信じておらず如何にして幕を引くか。その際にどれだけ"ぎゃふん"と言わせるか? それだけが心配事であった。己の野望の為とは言え領民に撒いた徳の種はその後の事を考えると立派な"置き土産"になる。それをこんな理由で傷付けるとは!!! 

 

「お前はもう何もしなくていい。まずは傷を癒せ」

 

(何のために癒すかは言わぬが華よ)

 

「ヴェスターラントに連絡を入れろ。物資輸送は必要なし、出発直後なら戻せ。以後は現地の官僚に政務を一任せよ」

 

 傍らに待機していたアンスバッハが無言で頷き、通信室へ足を運ぶ。

 

「あっちの甥といい、こっちの甥と言い…………」

 

 ブラウンシュヴァイクがぼやきながら医務室を出る。出ると共にこっちの甥の事はきれいさっぱりと頭から消え去る。しかし事はそれだけでは収まらなかったのである。

 

「愚民共の暴挙、許し難し。我らの手で愚行を正し、盟主の目を覚まさねばならぬ」

 

 シャイド男爵に同行していた直属兵から話を聞いた跳ね返り一派(思想的に男爵は仲間)は独自の判断で報復として自派艦艇から懲罰部隊の派遣を決定した。正規軍の攻勢(+無人艦攻撃)で動揺した盟約軍から若干の脱走兵が出た際に紛れて出発した懲罰部隊は何かに使えるだろうとガイエスブルクの倉庫から引っ張り出しておいた核兵器(※5)を携えていた。ブラウンシュヴァイクが事を知れたのは翌朝その直属兵や核兵器の搭載を行った兵がその艦の出発を知り"まさか! "と思って色々な所に確認を取ってしまった結果である。そして事を知ったブラウンシュヴァイクが阻止する為の艦を出す事を即決し、アイゼンフートを叩き起こして相談した結果「こういう時は正直に話して巻き込むに限ります。耳に入れてしまったら無視する事は出来ないので」と正規軍を巻き込むことを決断し今に至る。

 

「愚かな者もいるものだ」

 

「そちらが"返却"してきた者達だ。処分したらしたで宣伝やら工作やらに使うつもりだったのだろう。それがこの結果ならそちらも原因の一つではないか」

 

 ミュッケンベルガーのぼやきに思わずブラウンシュヴァイクが反応してしまう。現実問題としてミュッケンベルガーにはちょっと負い目があるので協力は仕方なし、という気持ちだし一番負い目を感じなくてはいけないはずの"返却提案者"は消去法で仕切り役になっている。

 

「休戦終了は現地から結果が届き次第時間を決める。その間、要塞からの移動は不可とする。それでいいな?」

 

「それでよい」

 

「では馴れ合いは終了だ」

 

 ミュッケンベルガーが交渉終了の意思表示をし、ブラウンシュヴァイクが頷く。通信が終了し静寂が訪れる。

 

「メルカッツに状況の確認を。それと各艦隊に正式に一時休戦の連絡を入れろ。事は重要だがここで出来るようなことも無い。しばしの休息だ」

 

 司令官席で一息つくと従卒がタイミングよくお預けになった朝食を持ってくる。それに手をつけようとするが……

 

「"質"の到着を確認しました。それでですが……」

 

 いつの間にか傍らに来ていたオーベルシュタインが彼にしては珍しい"困った"を含む口調で報告を行う。

 

「それで、何だ?」

 

「先方が"またとない機会なので表敬訪問させてもらないか? "と」

 

「…………はぁ?」

 

 周囲の者にとって聞いたことのないミュッケンベルガーの声であった。

 

 

「いやはや、言ってみるものですな」

 

 飄々と入って来たその人物、フェルテン・フォン・アイゼンフート伯爵はまじまじと周囲を見渡す。周囲の視線など気にしないその姿は余程の大人物か能天気か。

 

「周囲の者も困っとるわ。オーベルシュタイン、場への案内を」

 

「御意」

 

「会ってみるか」と呟いてしまったのが運の尽き。周囲の者は皆敬遠し、警備兵を除いて傍らにいるのはよりによって仕切り役に任命してしまったオーベルシュタインと仕方なく付いてくるアーベントロート。適当な一室を使用して会談が始まった。

 

「事態が事態であるというのに呑気に見学とは。こちらの迷惑も考えてもらいたいものだ」

 

「動き始めてしまったらじたばたしてもどうにもなりませんし、質の件は話を手早く済ませる為の方便とはいえ言い出しっぺですので来るしかなかったですし、来たからには何か土産程度は欲しいと思いまして」

 

「こんな所で見聞きした程度の事を土産にした所で戦局は何も変わるまい。ここで爆弾の一発でも爆発させれば変わるかもしれんがな」

 

 アーベントロートと警備兵がビクッ! っとし、オーベルシュタインは微動だにしない。

 

「それも考えましたが私個人はともかく盟約そのものの汚点になりますので。そもそもやるなら艦主砲をぶつけた方が確実でしょう」

 

「確かにな」

 

 妙に気が合ってしまったのかテンポがいい。会話内容(録音中)を記録として残さないといけないアーベントロートにとっては心臓に悪い会談になりつつある。そこから二言三言言葉を交わし、やっと普通(?)の会話になる。

 

「それにしても本当に卿本人が指揮しているとはな。こちらに仕官してくれていれば艦隊は当然だが一〇年一五年後にはさらにいい席に座れたものを。おかげで苦労させられる」

 

「やりたくて(総司令官を)やっている訳ではないのですが。あと二人三人、艦隊司令官がいれば苦労が減るのになぁ、とは思います」

 

「(門閥貴族と正規軍の)仲の悪さを恨む事だな」

 

「まったくです」

 

 会談は淡々と進む。確実に判った事と言えばアイゼンフートは本当に駄目元で申し込んでみただけであり何を話すかなど何も考えておらず文字通り土産話を作りにやって来ただけだった、という事である。お互いにバレてもいい事と悪い事は理解しているので適度なネタばらしを行いつつ話は進む。そして軽く昼飯をとり、会談は終了した。

 

「いやはや、昼飯まで御馳走になってしまい申し訳ない。私の旗艦も元々正規軍所属でしたからやはり兵卒用の食事は味付けまで同じでしたな」

 

 何気ない一言であるが判る者は反応を示す。つまりこの門閥大貴族伯爵家当主は"兵卒の食事が何であるかを把握し、口にしていた"と言う事だ。

 

「返す返すこちらにいればよかったものを」

 

 言葉の意味を理解しているミュッケンベルガーがついついぼやいてしまう。

 

「願いに応じて頂いて感謝致します。ヴァルハラへの良い土産話になりました。ではまた、後日」

 

「うむ。武勲は祈れぬがここまで来たら後悔だけはせぬようにな」

 

 アイゼンフートが己の艦に戻り、関係者の緊張がやっと解かれる。朝一からこの時まで張り続けていると流石に疲労する。

 

「…………流石に恩赦、には出来ぬか」

 

 リュプシュタットの盟約に連署した三三七〇名は例外なく死刑となる事はな内々的に決定している。そもそもこれだけの事やってしまった集団の軍事総司令官が生き残れるはずがない。

 

「ま、迷うてもどうにもならぬ。後は流れにまかせるしかあるまいて」

 

 そういうとやっとミュッケンベルガーは休憩に入る事が出来た。

 

 

「何か特別な事はあったか?」

 

「強いて言えばこれから起きます」

 

 乗艦に戻ったアイゼンフートが尋ねるとスクリーンを見ながら艦長が応える。スクリーンには(恐らく正規軍も見れるのであろう)例の懲罰部隊を命じた跳ね返り一派の代表格が数人、目を塞がれ柱に固定されている。口々に人の言葉とは思えない奇声を発しているがもはや何を言っているか判らない。

 

「……以上三名を死罪とする」

 

 非人道的行為を命じ、盟約の志を穢した罪による公開処刑である。ヒルデスハイム艦隊を作った時と同じで中核を潰す事で跳ね返り勢力の鎮静化を図るのであろう。あとは文字通り一部の馬鹿がやった事です、として汚名を残さない為である。

 

「ま、こうでもしないと面子は保てんからな」

 

「あとは阻止できる事を祈るのみですね。司令、これからのご予定は?」

 

「すまんがちょっと籠らせてもらう。作戦案の修正をしなくてはいけないからな」

 

「作戦案の修正ですか?」

 

 この艦長は私設艦隊時代から乗艦を任せてきた者である。技量はまぁ一艦長止まりではあるが信じるに足りる忠誠は得ているので現在計画中の作戦案についても知っている。

 

「あぁ、ここまで来た怪我の功名という奴だ。ミュッケンベルガー本隊の待機位置が判ったんだ。作戦の細かい計算を図らせてもらうさ。で、俺は籠るので何か連絡が来るまではこちらからアクションをする必要はない、基本待機だ」

 

「かしこまりました」

 

 そういうとアイゼンフートは司令官個室に向かい、この攻防戦最後の作戦の仕上げに取り掛かる。それは彼が"質"を終了するまで続いた。





 シャイド男爵もブラウンシュヴァイクの甥なので少なくともブラウンシュヴァイク公オットーには二人の妹or弟がいるという事になるんだな。

※1:ガイエスブルク要塞(築数百年)
 ガイエスブルク要塞を築数百年としましたが銀河帝国成立から数えてリュプシュタット戦役が帝国歴488年。本作では帝国拡大期の建造としましたので数百年レベルになります。流石に古すぎないか?と思われるかもしれませんが技術等はその時から格段に進歩したという事は見受けられず原作では本編開始時点で艦艇は基本第二世代、ブリュンヒルトなどで第三世代である事を考えると帝国歴331年のダゴン星域会戦くらいまでが第一世代でそこから同盟との戦争開始でフィードバックされた情報等を元に第二世代に進化、だと思われます。それを踏まえてガイエスブルクは第一世代技術の要塞、イゼルローンは第二世代の要塞なのかなぁ、と。そもそもイゼルローン建造時の予算超過とかそういう問題、ガイエスブルクがもっと近年の建造だったらその時のデータがあるのでそこまで狂わなかったんじゃなかろうか?と。資料紛失、若しくは古すぎて役に立たないデータになってたのかなぁ。

※2:要塞への出入り
 要塞に陣取る艦隊を相手にしつつ要塞砲範囲外の全方位を包囲する事は物理的に不可能なので単艦での移動阻止は諦めている。重要人物の逃亡も考えられるがもはや逃げる場所もないし、逃げたとしても立場の失墜等のデメリットもあるので好きにやらせてしまえ、となっている。

※3:要塞固有の艦載機
 中継基地運用となっていた帝国内地の要塞は当然ながら固有の基地航空隊など保持していない。尚且つ、貴族私兵には空母は少ない。貴族にとってはワルキューレパイロットという職人を多く抱える予算も意味もあまりないのである。

※4:王道を歩む為
 娘の帝位に本気となった時、支持を集めないといけないと判断した勢力は政治・軍事・貴族界・経済界・一般臣民の5つであると定義した。その一環としての臣民からの支持の第一歩として少なくとも自領内からのさらなる支持は得られるようにしよう、として動いていた。といっても直接詳細を指示していたわけでもなく"工作費"としての予算総額を定めてその範囲での活動を官僚に命じていた感じである。

※5:核兵器
 核兵器は軍事作戦用ではなく衝突の可能性がある隕石の粉砕や資源採掘用小惑星の破壊作業等に使用する極大発破として運用されており一定の需要が常にあった。管理は要塞や軍基地にて行われており、ガイエスブルクにも当然ながら一定数保存されていた。が、盟約軍としては使う気ゼロ、大半の将兵にとっては存在すら意識していなかった。跳ね返り一派は仕事も何も与えられておらず、暇だったので何か探しているうちに見つけた。そして強そう・おもしろそうだから搭載しておいた。


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No.39 ガイエスブルク要塞攻防戦(中)

 古本屋でエンサイクロペディア銀河英雄伝説を110円でゲットしてご機嫌です。


 

「キルヒアイス大佐、卿の部隊(※1)で直行してもらいたい。私の艦隊からも編成次第出発させるが時間の事を考えれば間に合うとは思えん」

 

「私の部隊ですか?」

 

「そうだ」

 

 ミュッケンベルガーからの連絡で事を知ったメルカッツはキルヒアイスを向かわせる事を即断した。

 

「大佐の直属編成は無人部隊と同じ。一撃離脱に特化しているので速度がある。尚且つ元帥直属からの借り物なので個々の質は極めて高い。なによりも現場への細かい指示を後方から出来ない以上、一番優れれている指揮官にいかせるべきだ」

 

「し、しかし……」

 

「悩むな。無差別攻撃など見たくはないだろう? それを止める為に何をすればいいかを考え、即断即決すればいい。貴卿がやるだけやって止められなかったら何人たりとも阻止できん。もしそれで風評被害でも受けたならそんな事をする阿保ぅは私達が〆る。それでいいですかな、メルカッツ提督?」

 

 流石に即受諾とはいかないキルヒアイスの背をフレーゲルが押す。

 

「いかにも。行ってはもらえぬか」

 

 一瞬の静寂

 

「…………わかりました。微力を尽くします」

 

「必要な情報は既にバルバロッサに転送済みなので移動中に見てもらいたい。指示は"準備せよ"だが出来次第出発してもらっても構わない」

 

「準備出来次第出発します。では」

 

 気持ちを入れ替えたのかすぐさまキルヒアイスは返答し、通信が切れる。

 

「参謀長、私の艦隊からも速やかに部隊を編成し出発させよ」

 

 メルカッツの号令で艦橋が慌ただしくなる。

 

「これで、あとは祈るしかありませんな」

 

「彼に委ねて仕損じる事があればそれはもう運命として受け入れるしかないでしょう」

 

「しかしどうも私には"なんとかなりました"と片付けてしまう姿しか思い浮かばないのです」

 

 フレーゲルの言葉にメルカッツが思わず頬を緩める。ジークフリード・キルヒアイスを幕僚として使った(振り回された)事のある二人にとってこの男はそう思わせる何かをもっているのである。

 

 

「艦長」

 

「情報は転送されています。第一報が来た時に"嫌な予感"がしていたので勝手ながら全艦移動準備は命じておりました」

 

 バルバロッサ艦長アデナウアー大佐が応える。

 

「ありがとうございます。無人艦管制要員はメルカッツ艦隊に移動を。それが終わったら準備完了次第即出発します。速度は可能な限り上げたいので相手が推定出発時間から標準速度で移動していた場合に追いつける限界速度を設定してください。何隻残れるかは考えなくていいです。間に合わなかったら意味がないですから」

 

「了解しました。準備が出来たらお呼びします」

 

「お願いします。私はそれまでにやらねばならない事があるので」

 

 そう言うとキルヒアイスは司令官席(やっぱり座る事を拒んでいたが「なかなか座ってくれなくて」という艦長の愚痴を聞いたミュッケンベルガーから「上官命令だ、座れ」と強制された)に座り、端末をものすごい勢いで叩き始める。それが終わる頃、丁度一〇分くらい経過したであろう頃に艦長から及びの声がかかる。

 

「準備整いました。概要も伝達済みですので何をしに行くのかは理解させています」

 

「わかりました」

 

 キルヒアイスがマイクのスイッチを入れる。

 

「部隊総員へ。部隊を預かっているキルヒアイスです。事前に伝達した概要の通り我々はこれよりヴェスターラントに急行し核攻撃を行おうとしている盟約軍造反兵の阻止行動を行います。移動は全速で行いますのでこのバルバロッサが現地まで脱落せずに辿り着くという保証はありません。さきほど全艦に序列情報を転送しましたのでワープアウト後、バルバロッサが不在の場合は直ちに最上位者が指揮権を継承してください。以上です。総員の奮起を期待します」

 

 スイッチを切ると目線でアデナウアーに合図を送る。

 

「全艦移動開始。目標、第一跳躍ポイント。到着次第、指定した跳躍基準でのワープ準備に入る。時間との勝負だ、一秒たりとも気を抜かないように」

 

 アデナウアーの号令で部隊が出発する。キルヒアイスとしては後はもう司令官席で祈るくらいしかやる事がない。「行ってくれないか?」と頼まれた時に戸惑ってしまったのはこの為である。如何せん動かす数が少ないので個々に任せるしかなく、自分が出来る事など大したものではないと判り切っていたからである。個艦操作に熟練した部隊長なら個々の艦の状態を見てコントロールする事も出来るだろうがキルヒアイスにはその経験がない。

 

 

「ワープアウト完了。…………二九隻です。ここからは通常航行です」

 

「全艦全速で移動します。全速を維持しつつ即攻撃は可能としておくように。出力が足りないのであれば防御に関する分を削りなさい」

 

 キルヒアイスが命じつつ端末を叩く。

 

「これからペアとなる艦と通番を振り分けます。敵を感知した場合、感知順に担当する通番を指示します。感知した艦が少数の場合、指示された艦以外は前進を継続します」

 

 指示を出した後に「申し訳ないですがこの艦は単艦です」と小声で伝える。そしてヴェスターラントまであと(全速で)四時間となる位置で遂に"それ"を感知する。

 

「前方に反応有り!!」

 

「最大射程に入り次第、警告射撃一回。艦長、停止勧告をお願いします」

 

 アデナウアーが停止を呼びかける。いわゆる「止まれ、止まらんと撃つぞ」である。そして当然ながら返答も何もなく加速を開始する。だがこちらは既に全速、最大戦速ではなく全速。相手が全速を選択したとしても加速中に射程に入り込めば計算上逃げられない。そしてその間にキルヒアイスは標的となる敵艦にペアを割り当てる。

 

「勧告及び警告射撃無視、ヴェスターラント方面に加速」

 

「攻撃開始。結果として移動不可能となった敵艦がある場合、撃沈せずに確保をしてください。本艦は一番先頭を進んでいる艦を狙ってください」

 

 ここまで来たらあとは個艦の技量次第である。キルヒアイスは見守る事しか出来ない。恐らくこのような勢いで猛追してくるとは思っていなかったのであろう敵艦が条件反射的に「逃げろ」と命じたのかとにかく加速を行うが時すでに遅く各艦は射程に入り次第攻撃を開始する。全速移動しつつの砲撃はイレギュラーであり余程近づくか狙わないといけないのだが背を向けて一直線に逃げて(進んで)いくのでそれなりに狙う事が出来る。一隻また一隻と撃破され、一部の艦が明後日の方向に逃亡を試みるが予め標的として指定されている艦が追尾するので逃げ切る事は出来ない。そして、

 

「逃亡した全艦の撃沈を確認。合計で撃沈一〇隻、無力化三隻。事前に提供された情報通りであれば一三隻、全艦の阻止が完了しました」

 

「ご苦労様です。さて、これからですが…………とりあえず連絡を入れましょう」

 

 キルヒアイスの返答が少し詰まる。(考えてみたらその後どうするか何も話していなかったな)と一部始終を聞いていたアデナウアーには判るのだが口に出さぬが華である。しばらくして、

 

「連絡が取れました。ガイエスブルクがら来る盟約軍の部隊が到着したら引継ぎを行い帰還します。この引継ぎ終了をもって我々の任務は完了です。それまでは念の為周囲警戒を実施します」

 

「ヴェスターラントの確認はどういたしますか? 小一時間もあれば行ける所まで来てしまいましたが?」

 

「そうですね。状況確認程度はしておきましょう。周囲警戒の差配については次席艦長にまかせます」

 

 ところが

 

「正規軍の部隊か!! 我々は降伏はしない。機動兵力はなくとも陸戦兵力はまだ残っている!! 最後まで抵抗させてもらうぞ!!」

 

「いえ! そうではなくて!!!」

 

「輸送はキャンセル、後はまかせる」という一報から追加で何一つ連絡を受けていなかったヴェスターラント(※2)からすれば敵である正規軍士官がいきなり交信を求めてきたのだから当然そうなる。「盟約軍造反兵が核攻撃をしようとしたから一旦正規軍と休戦して近くにいた自分達が助けに来て造反兵排除しました」というのが今回のあらましなのであるがこれを聞いて「はいそうですか」となるはずもなく結局キルヒアイスは盟約軍部隊が来るまでヴェスターラント行政とのやり取りが続く事になる(「要塞と連絡を取ってもらえれば!」「誰がお前たちの言う事など聞くか!!!」)。結局盟約軍の例の部隊が到着するまで誤解は解けず仕舞いで去る事になるのだが後に全てのあらましを正しく理解したヴェスターラント市民からの熱烈な感謝歓迎の嵐についてはまた後日のお話である。

 

「これより帰還します。申し訳ありませんが本艦のみ全速で戻るようにと言われておりますので先に出発します。本艦以外については通常航行でかまいません」

 

 心なしか疲れた表情を見せるキルヒアイスが各艦に通達を行う。特命として結構なことを行ったはずなのだがヴェスターラント行政とのやり取りの方がエネルギーを使った気がする。

 

「移動についてはこちらにお任せを。大佐はお休みになられてください」

 

「ありがとうございます」

 

 艦長に任せて束の間の休息に入る。行って、倒して、帰還する。ただこれだけの行程なのではあるがこの一連の縁がジークフリード・キルヒアイスという一青年に大きな転機を発生させる区切りとなるのである。

 

 

「宇宙に朝も昼も無いのだがな。休戦は一二時間後の明日六時まで。明日から再戦だ」

 

「では、戻らせてもらいましょう。次は戦場にて」

 

 挨拶もそこそこに一隻の艦がすっ飛んでいく。これから一二時間で全ての情報を集約して明日の戦いの準備を行わなくてはならい("質"として外部通信は禁止されていた)。

 

「情報を全部転送させろ。あと盟主殿に連絡を」

 

 事前に仕事を振り分けられている幕僚達が動き始め艦橋が慌ただしくなる。

 

「ご苦労であったな」

 

「ちょっとした物見遊山でした」

 

 ブラウンシュヴァイクとの通信が繋がる。

 

「正規軍側の部隊が鎮圧してくれたようで」

 

「うむ。こちらの不始末をこちらで鎮圧できなかった事は遺憾だが最悪の事態を防げた事は良しとせねばならん。行ってくれた正規軍部隊に直接礼を言いたい所だが流石にまだ戻ってきておらぬからな。功として十分な恩賞を与えるように先方には伝えておいた」

 

「それでよいと思います。で、明日の戦闘ですが……」

 

「受け取った案は見た。総司令部に必要な情報と集めさせ、修正を加えている。見てみたまえ」

 

「少々お時間を……」

 

 アイゼンフートが視線を端末に映し送られてきた情報を流し見る。

 

「…………これは! 宜しいのですか?」

 

「根回しは終わっている。分艦隊司令全員とその作戦に該当する兵は個人単位で承諾を得た。後は実行のみだ」

 

「…………承知しました。これはヴァルハラには行けませぬな」

 

「命じたわしも同様よ。後に地獄で反省会でもするとしよう」

 

「ですな。では、この案で詳細を詰めます」

 

「実行は何時になる?」

 

「明日」

 

「早いな」

 

「もう、予備艦艇が一日分ありませんので」

 

「そうだな。任せる」

 

「御意」

 

 通信を切り、幕僚から(編集させた)情報をかき集め、作戦の詳細を詰め始める。

 

(……徹夜かな? 人生最後の夜になるかもしれんので少しは寝れれば良いのだが)

 

 結局眠る事は出来なかった。だが、やるべき事はやった。

 

 

 翌日、一時休戦明けの戦闘は表面上三日目と何一つ変わらぬ姿で始まった。判る事と言えば盟約軍三個艦隊は最初からの規模を維持しており、それはガイエスブルク内にいるはずの予備戦力を確実に削っているという事を示していた。盟約軍が手を変えてこなかった為に正規軍も三日目と同じ布陣で合計六個艦隊が対峙し、メルカッツ艦隊(+フレーゲル艦隊)も無人艦部隊の準備を行う(キルヒアイスが残したスタッフが運用)。何も変わらぬ戦場。このままだとジリ損なのだから何かあるはず? 何かあるはず? と怪しんでいるうちに時間は過ぎ去り、暗黙の了解である"この日の戦闘終了"の時間になる。

 

「只今戻りました」

 

 戦闘終了に伴い各艦隊がゆっくりと距離を開けつつある中でバルバロッサが帰還した。通常行程約二日、部隊の急行が一日半、そして第三世代旗艦級のバルバロッサ単艦での全力で一日。第二世代の中小出力艦に合わせた通常行程と第三世代旗艦級の最大出力ではこれだけの差が発生する。

 

「戦況はどのように?」

 

「何かあると思ったのだがな、三日目と変わらずだ。残してくれた者達で実施した無人艦部隊の攻撃結果についてはまとめてある。計算通りの結果だそうだ」

 

「それは良かった……」

 

「往復で大変だっただろう。艦の乗員の為にも今日は無理せずに休みたまえ」

 

 メルカッツの勧めに従いバルバロッサの乗員には休みを出し、キルヒアイス本人は艦隊旗艦級戦艦に常設されている艦隊司令長官用個室(抵抗を諦めて最初から使用している)でその日の情報を読み漁る。そして日も回ろうかという時間にそれは訪れた。

 

「敵軍による総攻撃が開始された。標的はミュッケンベルガー元帥率いる本隊四個艦隊、敵は三個艦隊弱」

 

 当直士官の報告でメルカッツらが集結する。

 

「我々は要塞を挟んで正反対。救援に行くにしても時間がかかりますがいかねばなりませぬな」

 

「いえ、敢えて背面を維持し、艦隊による要塞への直接攻撃を検討すべきではないでしょうか?」

 

 フレーゲルとキルヒアイスが正反対の提案を行う。

 

「…………"本隊の救援は必要ない"と判断した理由の説明を」

 

 若干の思考の後にメルカッツがキルヒアイスに促す。が、"このような口論をする時間を取っている"という事自体がどちらの案に傾いていいるかが読み取れる。わざわざこのような時間をかけるのはキルヒアイスとの間に意図・認識の相違が無いかの確認が主だがフレーゲルにわかってもらう為というのも少しある。

 

「布陣としましてはアスターテの時と似ており、各個撃破乃至総旗艦の撃破が目的と思われますがアスターテと違い本隊は相手より兵力・指揮官の力量において上回っています。ここに来ての突入は死兵である可能性もありますが我々より近い友軍(四個艦隊)が到来するまでに敗れるようなことはありません。それまでに敗れるのだとしたら友軍よりさらに遠い我々が向かっても意味がありません」

 

 キルヒアイスの説明にメルカッツが頷く。

 

「私も同意見だ。これで慌てて駆け付けたのなら"我々がそこまで弱いと思ったのか? "とでも言われてしまう。ならば今ここで出来る事を考える方が良い。そこでだ、直接攻撃を検討するべき理由も聞かせてもらおう」

 

「我々が突入ポイントとして攻撃している面は要塞砲の裏側です。本隊が敵軍を破った場合、後退する敵軍を支援する為には要塞砲をそちらに向けておく必要があります。その場合、必然的にこちらに要塞砲は向きません。我々としては攻撃を行うチャンスです」

 

「しかし、攻撃を行うにしても無人艦はほぼ使い切っている。艦隊で、となると要塞砲がこちらを向いてしまった場合に甚大な被害が出るのではないか?」

 

 フレーゲルが意見を挟み、メルカッツも同意を示す頷きを示し目線でキルヒアイスに続きを促す。

 

「攻撃は(要塞砲が指向してきた時に)逃げられる程度の距離から行います。ビーム系は距離による減衰の関係で効力は乏しいですがミサイルなどの実弾においては距離による減衰はありません。減衰が無い分、散布界(※:ある一点を狙って射撃した場合に、弾丸がばらまかれる範囲)が大きくなりますが二個艦隊総力にて照準を目標点に絞れば十分な量の着弾が望まれます。ある程度破壊済みである目標点の傷を深めるには十分でしょう。弾薬についてもこちらの二個艦隊は本戦ではまだ消費していないので足りるかと」

 

 メルカッツが周囲の幕僚を見渡し、意義が無い事を確認する。

 

「陸戦部隊の突入支援に必要な部隊を除き、対要塞攻撃を行う。状況次第では突入して頂く事になりますが宜しいですかな?」

 

 通信接続画面の隅で暇そうにしていたオフレッサーに声がかかる。

 

「タイミングとしては行かざるを得んな」

 

 それを同意と解釈したメルカッツが号令を発す。

 

「ではフレーゲル提督、準備を。キルヒアイス大佐は今のうちにこちら(※:メルカッツ艦隊旗艦)に移ってもらいたい」

 

 この号令で両軍軍の総力戦といえる戦いが要塞両面で開始されることになった。

 

 

 一日目の布陣を見て思いつき、二日目に草案を練り、三日目に纏めたのを渡して、四日目に実行。という予定であった。幸か不幸か三日目と四日目に間が空いたので出来る限りの準備はしてもらえた。後は実行あるのみ。

 その日の戦闘が終了し両軍が引く。質として向かった際に把握した相手の後退距離、それが最も遠くなった時にバレる程度の時間に行動開始。要塞側に後退してきた二個艦隊が急速旋回し、前進を開始したアイゼンフート艦隊の両翼に、その間に要塞から全軍出撃した残存部隊が後衛に就く。目標は正面ミュッケンベルガー率いる本隊四個艦隊。もし相手が距離を取るなり回避するなりするのならそのまま一直線に首都星オーディンに突き進む。あとは後から追いかけてくる敵六個艦隊が要塞砲に撃たれるのを覚悟で直進してくるかそれを避けて緩いカーブを描いてやってくるか。その間にヴィルヘルミナ(※:ミュッケンベルガー旗艦)に一発挨拶できるかどうかだ。もし逃げたのなら大いに宣伝して顔に泥を塗ってやるとしよう。

 

「全艦全将兵に告ぐ。これより我が軍は敵将ミュッケンベルガー率いる本隊への総攻撃を開始する。目標は総旗艦ヴィルヘルミナ。これを撃沈乃至潰走させ、奴らのプライドを粉砕してやることである。この一戦で我が軍は組織的戦闘能力を喪失するであろう。故に少しでも可能性が残る限り戦闘は継続する。総員一層の奮起を期待する」

 

 それぞれ紡錘陣形となった盟約軍三個艦隊が三つの矢じりになって突き進む。そして正規軍本隊は逃げも隠れもせず、事前の想定通りの位置で待ち受けていた。

 

「この場で迎え撃つ」

 

 敵襲の報告を受けてミュッケンベルガーは即断した。一部の幕僚が距離を置いての迎撃や大規模な後退を進言するが「元帥閣下は"(オーディンへの)道を開けてはならない"とお考えなのです」というオーベルシュタインの一言で沈黙した。現地迎撃の方針が伝わるとクエンツェル、アイゼナッハ、ファーレンハイトの各艦隊が特に指示を受けてというわけでもなく本陣(ミュッケンベルガー艦隊)の壁となるように前面に布陣する。敵は三個艦隊+要塞内の残りと判っているのだから壁がそれぞれ一個艦隊ずつ引き受ければそれで止まる、という無言の意思統一がなされている。

 

「的(自分)がここに居座れば敵はここを目指すしかない。あとは叩き潰すのみだ、細かい戦い方は任せるから存分に戦え。但し、アイゼンフートめの艦隊に当たった所は無理に全部を止めなくて良い。ある程度こちらが引き受けるので効率よく敵を落とす事を考えよ」

 

 ミュッケンベルガーの言葉が伝わると同時にレーダーが敵艦隊をとらえる。既に全軍総力戦態勢に入り、秒単位のカウントを残すのみ。

 

「各艦隊、戦闘に入りました」

 

「敗走した敵をどうやって平行追撃するのか、今から計算をしておけ」

 

 この一言が負けるつもりはさらさらないというミュッケンベルガーの心境を物語っていた。

 

 ミュッケンベルガーから見て左のクエンツェル艦隊にジェファーズ艦隊が、中央のアイゼナッハ艦隊にアイゼンフート艦隊が、右のファーレンハイト艦隊にサブロニエール&ウシーリョ艦隊が突入するという三個艦隊vs三個艦隊。同じ陣形で突き進む盟約軍に対し、迎撃する正規軍はそれぞれ異なる陣形で迎え撃つ。

 クエンツェル艦隊は中央を厚くした浅めのU字陣形、敵の矛先が分厚い中央部から逸れない事のみを注意して丁寧に丁寧に相手をする。残念ながらジェファーズ艦隊はこの決戦場の合計七個艦隊で最も指揮能力に劣る。クエンツェル艦隊を掻い潜る事も出来ず、かといって正面からがむしゃらに突き破る度胸もなく紡錘陣形で最も重要な突進力を自ら減らし左右へとブレ始めてしまう。ジェファーズ艦隊司令部にはこれを修正するだけの器量もなくただひたすらに艦隊を磨り潰していく事しか出来なかった。

 なにかというとねちねちとした戦いである左側と違い右側は異常と言える潰し合いとなる。アーダルベルト・フォン・ファーレンハイトという男は守より攻を好んだ。紡錘陣形で突っ込んでくる敵に対してがちがちに固める事は趣に合わないし苦手である。故に彼は同じ紡錘陣形を敷き相手が避けられぬ速度で"こちらから突っ込んだ"。上がそうなら下も色に染まったのか及び腰の遠距離戦しか出来なかったフラストレーションが溜まっていたのか艦隊全体がその"色"に染まり、正面衝突事故といえるぶつかりとなる。あとはもみくちゃになる前線から形が崩れた部隊を下げて次の部隊をぶつける、下げた部隊が再編成して最後尾に並ぶ、対消滅が如きがっぷり四つの潰し合いはファーレンハイト艦隊が司令官級の力量差で優位にがぶり寄りを見せる。対消滅を避けてその先(ミュッケンベルガー艦隊)に向かおうと一部の分艦隊が離脱し、ファーレンハイト艦隊の横をすり抜けていくがファーレンハイトはすぐさま同規模の追撃隊を出発させる。分艦隊司令の力量差は艦隊司令官の差よりも大きく、背後から取りつかれたらなすすべもなく削られていく。まさしくファーレンハイトの好む、攻めによる防衛がここに成り立っていた。

 

「旗艦照合完了。アイゼンフート艦隊旗艦シュプリンガーです」

 

 その確認が終わるとアイゼナッハは「陣を鶴翼へ、中央は開けても良い」とだけ命じる。鶴翼からV字、V字から逆ハの字という流れは教典通りの"中央突破のいなし方"であり幕僚は各分艦隊司令にとってはその命令だけでやる事は判る。最終的には敵艦隊(↓)を l↓l の形に捉えてミュッケンベルガー艦隊が止めた所を両側から磨り潰せばいいだけだ。

 

「そうなる事は百も承知だ。だがな、教典通りの動きであれば考えようがある」

 

 アイゼンフート艦隊の最後尾から小部隊が二つ分離しV字の両先端に襲い掛かる。アイゼンフートの本隊に艦首を向けた場合に側面となる位置からの攻撃。続いて先頭部隊も左右に分離し逆ハの字の狭まった出口を無理矢理こじ開く。その間、突進速度の低下は最小限に抑え、陣形は残った部隊での紡錘陣形に再編成される。そしてこじ開けた先に次の艦隊が姿を見せる。

 

「よし! 総予備行け!!」

 

 その号令で艦隊後方で追走していたガイエスブルク残存部隊から二つの部隊が飛び出し、アイゼンフート&アイゼナッハ艦隊を上下から飛び越えてミュッケンベルガー艦隊に向かう。これでもう残存部隊には盟約軍総旗艦(ブラウンシュヴァイク艦隊旗艦)ベルリンと公の親衛隊、そして掛け声だけは立派だが交戦域には決して突入しない跳ね返り部隊しか残っていない。アイゼナッハ艦隊を切り抜けたアイゼンフート艦隊残余八一四七隻、ガイエスブルク残存部隊が二部隊合計三八〇二隻。合計一一九四九隻がミュッケンベルガー艦隊に挑む盟約軍艦隊最後の牙である。

 

「いいか。戦後の再編成で分艦隊司令クラスの人材はどれだけあっても足りぬ。故に卿らはこの戦いで良い戦果を上げさえすれば戦勝祝いで皆昇進させてやる。連携など考える必要なし。思うがままに敵を貪れ」

 

 対するミュッケンベルガー艦隊は総数一四五一一隻。しかし今、ミュッケンベルガーの手元(直属)にいるのはアイゼンフート艦隊残余より少ない六九七五隻。残りはなんと少将・准将クラスが最少二〇〇、多くて五〇〇隻程度ずつ率いる形で分散させている。それが文字通り四方八方から"多くの敵艦を葬り、昇進する"事だけを考え、襲い掛かって来た。

 

「(中堅指揮官)層の違いがここで見せつけてくるか!!」

 

 思わずアイゼンフートが愚痴をこぼし、対応を考えようとするが思考が停止する。協調した攻撃ならば考えも浮かぶかもしれないが動きに統一感が無い。つまりは優秀な中堅指揮官が高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に動いている。そうなると攻撃を受ける個々の部隊が対応しないといけないのだがこちらの中堅指揮官にはそれに対応できるだけの軍才を持ったものが少ないのでその場その場での思い付きに近い動き、要するに行き当たりばったりという動きになる。大小を問わず戦える才能のある司令官の数の差、アイゼンフートが最初からずっと判りきっていた非情なる現実をミュッケンベルガーがまざまざと見せつける。そしてアイゼンフートが絡め捕られた網でもがき苦しみだした頃、遂に背後からそれが姿を現した。

 

「「突撃!!」」

 

 盟約軍から見て左右の斜め後ろから突っ込んでくる勢力はそれぞれ二〇〇〇乃至三〇〇〇隻と思われるやや大きめの分艦隊と言えるものであった。ジェファーズ艦隊と対峙していたシュターデン&カルネミッツ艦隊からはカルネミッツ艦隊のフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト少将、サブロニエール&ウシーリョ艦隊と対峙していたシュヴァルベルク&フォーゲル艦隊からはシュヴァルベルク艦隊のウォルフガング・ミッターマイヤー少将。司令官からの「最大速で行け」というシンプルな命令に従った二つの特急便は同盟軍がイゼルローン要塞に行った「D線上のワルツ」でもやらなかった要塞砲射程ぎりぎりの全速移動(たまに線を踏み込んでる)を決行。想定より若干の近道を艦隊司令官自慢の二名が全速で突っ走った結果、想定よりワンテンポ半程早く到達した増援。それが盟約軍艦隊を斜め後ろから食らいつき、文字通りの蹂躙を開始した。

 

 

「…………一太刀すら無理、か」

 

 前面のミュッケンベルガー本隊は射程に入るや否や過剰と言える砲火で前進を拒み、周囲を蠅のように飛び回る小部隊によって歩みが鈍るといつの間にか距離を空けている。とっておきとして上下から突っ込ませたガイエスブルク残存部隊もいつの間にか小部隊によってみじん切りにされている。両翼だった艦隊は増援の分艦隊が到着した時から崩壊の一途を辿っている。後方では敵艦隊(アイゼナッハ艦隊)の足止めに置いてきた部隊が最後のあがきでわずかながらの帰路を残している。

 

「全軍後退! 要塞まで逃げろ!!!!」

 

 "少しでも可能性がある限り"とは言ったが"可能性がなくなっても"とは言っていない。その決断をすると盟約軍各艦隊は"念の為"とあらかじめ用意していた高速Uターン機動を開始し逃亡を開始する(用意しておかないとぶっつけ本番でそれやろうとしても出来ずにその場で殲滅される)。戦場の左右からは遅ればせながら到達した四個艦隊が残った獲物を探して突進し、逃げる三個艦隊だったものと追撃する四個艦隊と絡み合い塊となって要塞まで突き進む。既に盟約軍艦隊は要塞砲圏内に入ってはいるが正規軍は足を止めない。いわゆる平行追撃戦というものだ。

 

「(ブラウンシュヴァイク公の)親衛隊は"指示通りのルート"を走れ! おまえら(跳ね返り)はそれに付いていけ!!! 両翼艦隊は……」

 

 文字通りの潰走となっている盟約軍各部隊に道筋を与えて逃がす。一番奥まで突入したアイゼンフート本隊は当然ながら潰走の最後尾なので前方の友軍を上手く逃がさないと自分の逃げ場がない。よって、前方の部隊をある程度制御して道を開けてもらう必要がある。両翼だった艦隊を左右に誘導し親衛隊(&跳ね返り)を真っすぐ走らせる。そしてアイゼンフート本隊が親衛隊にいるであろう総旗艦ベルリンを守るかのようにその後方に続く。

 

「よし、各艦左右の艦隊の行ける方に付いていけ!  ……諸君、今までご苦労であった。さて艦長、後は任せる。私が出来る仕事はここまでだ」

 

 潰走路の目星がつけて最後尾の中の更に後ろからアイゼンフートが自艦隊の残骸に最後の指令を出す。そしてこれがこの内乱において盟約軍総司令官が発した最後の命令となった。

 

 

「数が多すぎても遊兵が出来るだけだ。"背面"でも開始したとの事だし、前面は後から来た艦隊に任せればいい」

 

 そういうとミュッケンベルガーは本隊だった四個艦隊の追撃を止め増援四個艦隊に道を譲り、平行追撃戦が開始される。タイミングを計っていたのだろう、この追撃開始と同時に背面で待機していた艦隊(メルカッツ&フレーゲル)から強襲揚陸を前提とした総攻撃を開始したとの連絡が入っている。後は強襲揚陸に目途が立ち次第、平行追撃を適度なタイミングで切り上げればいいだけである。強襲揚陸を回避する為に要塞砲をそちらに向けた(要塞180度自転)なら必然的に突入予定口はこっちに向くのでこちらの艦隊でその周辺を破壊し尽くせばいい。念の為に、シュヴァルベルクとメルカッツ(&キルヒアイス)には射程に入るなとは伝えてある。これで射程に入っているのはシュターデン、カルネミッツ、フォーゲル、フレーゲル。口には出さないが"出撃中十二個艦隊では評価が下から四つ"つまりは万が一が起きても人材的に致命傷にはならない面子である。

 追撃する四個艦隊の中で先頭を走るのはフォーゲル艦隊、続いてカルネミッツ艦隊。シュヴァルベルク艦隊とシュターデン艦隊はこれ以上横並びすると並走する盟約軍の壁が無いので前二個艦隊の後方を急なUターンしても混雑にならない程度の隙間を開けて追走する。

 

「敵軍総旗艦ベルリンを発見」

 

 先頭集団のフォーゲル艦隊から通信が入り、艦隊が他を無視してこれに突進する。

 

「まともに戦果を上げておらんからと力み過ぎだ。穴が開いたらどうするつもりだ。まぁ運よく落とせたのなら適当な席(=窓際名誉職)にでも上げれば良いか」

 

 酷い言われようだがミュッケンベルガーにとって評価最下位に対する言動などこの程度である。しかし後ろから"素朴な疑問"が発せられる。

 

「あれには本当にブラウンシュヴァイクは乗っているのでしょうか?」

 

「……だとしたらどうなのだ? ……いや、それは」

 

 オーベルシュタインの一言にミュッケンベルガーが眉をひそめながら"それ"を思いうかべる。

 

「はい、あれが"予定通り"であれば可能性があります。今ベルリン周辺にいる部隊はあらかじめ定められていたかのように先程の戦いでは非交戦域から踏み込んでおりません」

 

「ここまで来てそれをやるか? いや、ここまで来たからやる、といえる。左右(に逃げている敵艦隊残骸)を壁にするように命令するか?」

 

「平行戦を続けるならそれが良いかと」

 

 そうするか、とミュッケンベルガーが一言呟いて命令を発しようとした時、それは来た。

 

「高エネルギー反応感知!!」

 

「全部隊下げろ!!!」

 

 いつでも出来るようにしていたのだろう、ミュッケンベルガーからの指令が届く前にシュヴァルベルク艦隊とシュターデン艦隊は素早く後退に入る。左右の敵を壁に出来る位置をキープしつつ、である。しかし、

 

「前方の二艦隊、まだ動きません!!!」

 

「何をやっとるんだ馬鹿者!!!!」

 

 ミュッケンベルガーが拳を叩きつける。元より今後の為の"免疫"として一発や二発は仕方ないと割り切っている。しかし真面目に逃げんでどうするのだ。

 

「……来ます」

 

 その言葉と共に要塞から放たれる出力七億四〇〇〇万メガワットの光は長きにわたり何十何百と放たれた中で初めて実戦で放たれた光であった。

 

 




 レーザー水爆ミサイルの事をすっかり失念してて核兵器というものの扱いはこうなってしまいましたがもうそれは演出としてそういうものだーというくらいの気持ちでいきましょう(逃避)

 流石にもうそろそろフレーゲルのフルネームを設定してあげないといけないのである。


※1:キルヒアイス部隊
 無人艦作戦の指揮の為に特別編成された部隊。ミュッケンベルガー艦隊から抽出された総数六四隻で旗艦バルバロッサ。無人艦作戦のチームと同一編成でありその機動データの作成等の為に用意された。ミュッケンベルガー艦隊からの抜粋なので個々の艦の技量は非常に高い。キルヒアイス的には技量的に非常にありがたいが大型艦の艦長とかになるとキルヒアイスよりも先任の大佐も結構いるので(ちょっとやりにくいんですよね)というのが本音である。それを聞いたミュッケンベルガーから「今からでも臨時昇進使って一時的に准将にする事も出来るが?」と言われ全力で断った。現状の大佐でも異例であり奇異の目で見られているのを我慢している状態なので臨時だろうが将官になることは ア「少し怖かったですね」ミ「うむ」 と呟いてしまうくらいの勢いでの拒否であった。尚、部隊の大まかな指揮そのものはバルバロッサ艦長アデナウアー大佐(キルヒアイス含む最先任)が行っている。実はキルヒアイス、佐官を参謀系で走り抜けているので個艦(極小数部隊)レベルの運用はあまりわかってない。四桁にならないとわからない。六四隻編成も「これくらいが最小単位でしょう」とは判ったがそこからこの小部隊をどう動かす(=機動データを作る)かについてはそれこそ先任のベテラン艦長大佐に聞きまくった。というか課題としてぶんなげた。

※2:未連絡
 流石に「核の無差別攻撃がいくかもしれないわ」とは言えない。それを言えないから一時休戦した事も言えない。結果、何にも伝わってない。


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No.40 ガイエスブルク要塞攻防戦(下)

 今更ですがガイエスブルク要塞は流体金属未使用、兵器は完全固定という設定です。
 原作だったイゼルローンが小説とOVAで違かったりするんだから気にしてもしゃーなーしゃーない。


 

「友軍艦隊、交戦を開始したとの事です」

 

「要塞砲を裏に向けよ」

 

 要塞から制御ノズルが姿を現し、要塞そのものの旋回が開始される。正面はしばらくの間殴り合いとなり牽制の必要は無くなる。毎日攻撃を受けている背面を防衛する念の為の措置である。

 

「さて、後は待つのみ」

 

 要塞司令官席に深く腰を下ろしたブラウンシュヴァイクが呟く。正規軍が戦闘を回避しなかった事により全艦隊によるオーディン特攻はなくなり、一矢報いる為の艦隊決戦となった。アイゼンフートと確認は取れているが成功率そのものはもう考えていない。一瞬の希望を持った籠城についても初日からの損耗で非現実的である事は明確である。擦り切れる前に何が出来るか? となったこの攻勢、ミュッケンベルガー本隊ではなく他の方面(各二個艦隊)への強襲も考えたらしいが「戦わずに逃げてしまったらおしまいです。そこからオーディン特攻をしようにも進行方向に本隊があるので無理です」となり目標を本隊に定めた。そしてこの攻勢はたとえ成功しようとも周囲から集まってくる敵艦隊によって最終的には敗軍として帰って来る事になる。それまで要塞を保つための要塞砲旋回であり、敗軍を追って敵が平行追撃戦を開始した場合の牙もまた要塞砲である。

 ただじっと待つ。背面の敵艦隊はどうやら艦隊決戦には加わらず、要塞への攻撃を試みようとしたが要塞砲が指向されている事を確認したのか射程ぎりぎりでピタッと動きを止めた。まずは牽制成功である。何せ出してもいい艦は全部出してしまったので要塞内はすっからかん。要塞の攻撃圏内に敵もいないとなればやる事が無い。

 

 どれだけの時が経過しただろうか? と感じてしまうが大した時間は経過していない。

 

「全軍に後退命令が発せられました」

 

「…………要塞砲を戻せ」

 

 要塞砲が再び向きを変える。これから正面での事が終わるまで背面を遮るものはなにもない。もし本気で来る(=揚陸を試みる)のなら阻止する事は不可能と考えなくてはいけない。要塞内には数百万の人員がいるが全員が戦えるわけもなく、そもそもあの化け物を止める方法などない。そこまで手配した所でブラウンシュヴァイクが後ろを振り返る。

 

「シュトライト。準備は出来ているか?」

 

「何時でも可能です」

 

「そうか」

 

 ブラウンシュヴァイクが目を閉じ、深く息を吸い、吐く。そしてシュトライトに最後の言葉を伝える。

 

「では行ってくれ。卿のこれまでの忠節、誠に感謝する。……あれの事をよろしく頼む」

 

 ブラウンシュヴァイクが頭を下げる。ここまで下げるのは長きにわたり仕えていたシュトライトでも(皇族以外では)数えるほどしかない。

 

「では。失礼いたします」

 

 下手に言葉を発すると機会を失う。シュトライトは静かに頭を下げるとその場を去る。

 

「……アンスバッハ。残るはお前だけになってしまったな。すまんがとことん付き合ってもらうぞ」

 

「地獄の果てまでも」

 

 静かに正面のディスプレイを見つめる。はるか先に見えていた光が遂に境界線に差し掛かる。

 

「布陣状況を確認せよ。射線設定可能範囲はどうなっている?」

 

「情報を転送します」

 

 ブラウンシュヴァイクの手元のディスプレイに情報が転送される。各艦が自動発信する敵味方識別信号を元に各艦艇群が色付けされる。味方が青、敵が赤。そして一部の艦艇群は白。

 

「白の後ろの青は……アイゼンフートか。これは撃てん。しかしあいつの事だ何とかして白と赤を繋げてくれるはずだ。白を通して赤が一番濃くなる線を事前設定として入力を。青が避ける算段が着き次第、本充填を開始する」

 

 要塞砲の避けられない欠点は"一度本充填したらその状態を保てるのは短時間である"というものである。高濃度のエネルギー収束は保ち続けると誘爆の恐れすらあるので一度本充填を開始したらその射線に打つことを前提としなくてはいけない。なので射線に撃ってはいけない友軍が含まれている場合、本充填を開始できない。平行追撃戦を行う理由がここにある。至近距離に近づきさえすれば要塞砲機器そのものへの攻撃が可能になり、それはそれで本充填を妨げる要素となる。そこまで踏み込むことが平行追撃戦の目的である。

 

「射線、開きました!!」

 

「要塞砲、本充填開始!」

 

 警告のブザーが鳴り、充填が開始される。背面では揚陸を試みているのか敵艦隊が踏み込んで前々からのポイントにこれでもかと撃ちこんでいる。既に破壊されていた隔壁の内部には艦隊戦への編入が出来なくなった中破艦を自動操縦の砲台として配置しているが雀の涙だろう。こちらについてはもう対応はしない(出来ない)ので状況報告のみを命じている。

 

「充填完了しました」

 

 その声を聴いてブラウンシュヴァイクが立ち上がる。デスクにある生体反応パネルに手の平を乗せる。ガイエスブルク要塞の委託管理者であるブラウンシュヴァイク家当主としてほぼフルアクセスの権限を有している。この戦場でこれを上回る権限が登録されているのは宇宙艦隊司令長官と装甲擲弾兵総監のみである。軽く深呼吸をして照準の最終調整が行われる。白を貫通し、その背後にいる赤塊の真ん中に設定される。この状況下であっても目標としている敵艦隊に後退する気配が無いのはこの"壁"を撃たないと考えているのかそれとも餌に固執し見えていないのか。

 

「……すまぬ」

 

 一言呟いてブラウンシュヴァイクがトリガーを握る。長きにわたりお召し艦であった戦艦ベルリンとその周囲の直属(親衛隊)には全てを理解したうえで志願した者から抜粋した運用最低限の人員が乗っている。それでも万単位である。その命に恥じない"あがき"をしなくてはいけない。

 

「発射!!」

 

 トリガーが引かれる。ガイエスブルク要塞から放たれる出力七億四〇〇〇万メガワットの光が全てを飲み込む。志願者達の艦、それに群がろうとしていた敵艦隊、ついでに跳ね返り共の艦。敵艦隊旗艦は光の真ん中に存在しておりその一撃で文字通り消滅した。痛みすら感じなかったであろう。

 

「第二射、充填急げ」

 

 ブラウンシュヴァイクの目がディスプレイを見渡し、射線に相応しい塊のある点を探し出す。左右に分かれて逃げていた友軍はそれなりの距離を開けているので第一射より射角は得られている。敵艦隊の中央は撃ち抜いたのでその左右が候補となるのだがそこに更なる一要素が加わりブラウンシュヴァイクはその線を第二射と定め、逃げている友軍に当たらないように丁寧に照準を調整する。

 

「充填完了まで後一〇秒」

 

 トリガーに手をかけ、時を待つ。

 

 

 

「閣下!! 後退指示を!!!」

 

「待て!! あと少し、あと少しであの愚兄の息の根を止めれるのだ!!!」

 

 要塞砲の反応を感知し、撤退を進言するビッテンフェルトの言葉を拒否するカルネミッツの表情はいつものそれとは異なり明らかな"狂"が垣間見れる。平行追撃を開始した際に袂を分かつ事になった実家の私兵艦隊、その旗艦であり老齢の当主(実父)名代である兄が乗る艦であるそれを発見してしまった事で彼の精神は最悪な方向に傾いた。都合が悪い事にビッテンフェルトの分艦隊は本隊支援後再合流の関係で艦隊を追いかける形となり通常は己の後ろにいるべきカルネミッツ本隊が先頭になり自身はその後方を追従する形になっている。よって己の分艦隊を止めて後ろをせき止めるという手段を取れない。そして閃光が走る。この艦隊の右前方で敵総旗艦を目指していたフォーゲル艦隊は無残にもそのド真ん中を打ち抜かれる。

 

「味方ごと打ち抜いたか。……となるとあれにブラウンシュヴァイクは乗っていなかったという事だな」

 

 ビッテンフェルトは一艦長としてイゼルローンが放つそれを、打ち抜かれた同盟軍艦隊を見た事がある。だがそれとこれとで違うのは打ち抜かれているものの大半が友軍であるという事だ。そしてこの状況で非常に宜しくない状態を再確認する。

 

「閣下!! 直ちに反転を!! このままでは艦隊の右翼が打ち抜かれてしまいます!!!」

 

 カルネミッツが見つけてしまったそれは中央向かって左方面に逃亡している敵艦隊残骸の後方寄りに位置していた。そしてカルネミッツ本隊がそれを追いかける都合上、必然的に艦隊右翼が敵艦隊という壁の外側に押し出される。その結果、混乱の極みにあるフォーゲル艦隊左翼とカルネミッツ艦隊右翼は微妙な重なり合いを見せており、要塞砲からの射線を遮るものが存在しない状態となっている。

 

「黙っていろ!!」

 

「黙りません!! この艦隊は、人命は皇帝陛下よりお預かりしているもの。一艦、一名とて軽んじる事など許されません。ましてや閣下個人の私兵などではありません!!!」

 

「貴様ぁ!」

 

 ビッテンフェルトとカルネミッツが凄まじい形相で睨みあい、ごく一部を除いた周囲の者が恐怖でひきつった顔で見守る。

 

「よ、要塞砲の反応が再上昇してますぅ」

 

 オペレーターの引き攣った報告(悲鳴)が響き渡る。

 

「閣下!!!」

 

 ビッテンフェルトの声にカルネミッツは反応しない。視線は既にこちらを向ていおらず目指しているそれしか見ていない。だが、彼ではない人物がビッテンフェルトを見つめている。その人物、カルネミッツ艦隊参謀長ラムゼイ・オイゲン少将はビッテンフェルトに向けて軽く頷き、ビッテンフェルトもそれを理解する。

 

「全艦反転!! 直ちに要塞砲の射程外まで後退せよ!!」「全部隊とにかく下がれ!!」

 

 両名の号令で艦隊が慌ただしく動き始める。

 

「何をするか貴様ら!!」

 

 この状況下ですらカルネミッツは何かを言おうとするが、

 

 パァ────ン!! 

 

 オイゲンが全力でその頬を叩く。その瞬間、要塞から放たれた第二射がフォーゲル艦隊左翼の左半分とカルネミッツ艦隊右翼の右半分を貫いた。その光景を呆然と眺め、カルネミッツが糸の切れた人形のように司令官席に座り込む。

 

「参謀長、後の指揮は任せる。私は……少し休ませてもらっていいか?」

 

「構いませんが……」

 

「安心しろ、あ奴らがくたばるのを確認するまではもう変な事は起こさん」

 

 そういうとカルネミッツはふらふらと艦橋を後にする。

 

「ビッテンフェルト少将、委譲からの委譲ですまないが艦隊の指揮を頼む。私より貴公の方が適任だ」

 

「承知いたしました」

 

 艦隊が文字通り全速で後退という名の逃亡を行う。

 

「なぁ、オイゲン」

 

「なんでしょうか?」

 

「お前も俺がおかしくなったらあの親父殿のように俺を止めてくれるか?」

 

「はい。全力のグーで止めてさしあげます」

 

「お、おぅ」

 

 後退が完了するまでの間、要塞はあと二回の砲撃を行い、フォーゲル艦隊は組織的行動力を喪失した。合計四回の砲撃で正規軍が被った損害は七〇〇〇隻を超えた。

 

 

「ここまでだな。友軍はどうなっている?」

 

 一目散に逃亡する正規軍艦隊を眺め、ブラウンシュヴァイクはトリガーから手を放す。

 

「要塞砲指向方向から向かって左右に点在、合計で推定で一万隻程度」

 

「旗艦級の反応は」

 

「…………ありません。現段階での指揮権継承者も不明です」

 

「そうか」

 

 ブラウンシュヴァイクが軽く考え込む。

 

「全艦に伝達。要塞砲向かって背面、敵揚陸地点に急行し揚陸艦艇等を殲滅せよ。但し、敵艦隊の抵抗が激しく任務が達成できないと判断できた場合は作戦を中断、各艦独自の判断で落ち延びよ。今、敵艦隊は正面と背面で二分割されている。側面からなら逃亡が可能なはずだ」

 

「伝達します」

 

 正面の敵艦隊と連動して揚陸を試みた背面の敵艦隊は任務を達成し、観測した揚陸艦艇数からの概算だけでも軽く一〇万を超える精鋭擲弾兵が突入済みである。つまりこの時点で要塞は既に"詰み"である。最後の悪あがきを命じたブラウンシュヴァイクはゆっくりと席に座り込む。

 

「わしのここでのあがきはこれで終わりよ。あとはまぁ神のみぞ知る、だ」

 

 

 

 

「ガイエスブルク要塞、自転を開始」

 

「自転が停止し次第、作戦を開始する」

 

 オペレーターの報告を受け、メルカッツが指示を出す。メルカッツ&フレーゲル艦隊は既に準備を完了しており自転が完了、つまりは突入ポイントが正面になったと同時に総攻撃が開始できるようになっている。十分な踏み込みを行い、二個艦隊ほぼ全力で揚陸ポイント周辺の防衛火砲を完全破壊する。後は護衛を付けた揚陸部隊を送り込むだけだ。

 状況が開始され、艦隊が前進を開始する。一部隊あたり五〇〇隻程度で構成されたそれは先の無人艦攻撃と同様に各々に設定されたの突入ルートを突進し、残り少なくなった突入ポイント周辺の防衛火器を過剰とも言える火力で押しつぶす。そしてその中央を護衛付きの揚陸艦艇が突き進む。実質二万隻の全力支援を受けた揚陸艦艇はほぼ無傷で揚陸ポイントに突入した。

 

「……要塞砲が発射された模様です」

 

「そうか」

 

 裏側にいるので直接の目視は出来ないが情報は入る。

 

「ここで出来る事を続けるのみだ」

 

 恐らくこの戦場でその光を最も多く見ているであろう一人であるメルカッツにはそれがもたらす結果を容易に想像する事が出来る。そして同時にそれがもうどうにもならい事であるという割り切りも行う事が出来る。非情だがそれが現実なのだ。

 

「揚陸部隊の突入完了後は予定通りの位置にて警戒せよ。要塞内の艦艇が空になっているという保障は無い。油断しないように」

 

 指示を出すとメルカッツは揚陸ポイントをじーっと見つめる。要塞をめぐる戦いは最終段階に突入した。

 

 

「第七師団、編成を完了。前進を開始します。続く第十二師団はあと一五分で編成を完了します」

 

 揚陸艦艇群旗艦司令部。六個師団基幹総勢一四万人を数える揚陸部隊はほぼ無傷での突入に成功した。これだけの規模の強襲は演習でしか扱った事が無い。対惑星攻略の場合、制宙権確保からの揚陸が主であり事を急する強襲ということはまずない。

 

「よし、俺はいくぞ。以後の指揮はお前たちがやれ」

 

 装甲擲弾兵総監オフレッサー上級大将は(いつもの事であるが)指揮を部下に丸投げして最前線師団への合流の為、出立する。本人にとって不本意ではあるが装甲服は未着用である。今回の揚陸作戦におけるオフレッサーの役目は要塞司令部にて制御権を掌握する事でありその間、万が一が起きてはいけないのである。本人からしてみれば装甲服を着用し最前線に立つ自分が死ぬはずがない、という気持ちであるがそれ(装甲擲弾兵総監権限による掌握)を相手が知らない訳はない以上、戦場に存在を示す事は許されない。最悪、存在を確認した区画を丸ごと自爆でもされてしまったらどうにもならないのだ。故に今回は嫌々ながら姿を現さず最前線師団の中で静かにしているしかない。その程度の分別は流石のオフレッサーにもある。

 

「行くぞ。お前らに護衛は付けんから死にたくなければ近くにいろ。そうすれば俺の護衛がついでに守ってやる」

 

 オフレッサーがその客人に声をかける。予定になかったその客人、フレーゲル中将(と「一応ついてこい」と巻き込まれたいつもの一名)が青ざめた顔で頷く。

 

「そんなになるならわざわざ無許可で乗り込まんでもいいのではないか?」

 

「い、いや、これだけは私の我儘というかけじめというか白黒というか……」

 

 青ざめた顔でじたばたするフレーゲルをあきれた顔でみつめる。下級貴族から文字通り腕一本でここまでのし上がって来たオフレッサーは生まれながら恵まれている立場の者というのが全般的に嫌いである。この内乱において正規軍側についたのも門閥貴族(のふんぞり返ってる層)と軍&政府上層部の軋轢を嫌というほど見る羽目になったからである。口に出しては言わないがミュッケンベルガーやリヒテンラーデといったあたりは身分も糞もなく「ようやっとる」と思っている。同時に俺には無理だ、口より先に手が出る、とも思っている。そういうオフレッサーから見てフレーゲルというのはふんぞり返れる層を蹴って棘の道を石を投げつけられながら進むようなもの、として見ている。だが、生き残る為、家を残す為になりふり構わずもがく姿は嫌いではない。だから抜け駆け同行も許可した。こう見えてもオフレッサー、若い者が想像する何倍もの(拳ではどうにもならない)苦労を経て現在の地位にいるのである。

 通常、揚陸ポイントを基点として点と点を線にして複数の点と線を元に面として占領区域を広げていくものだがこの揚陸部隊は文字通り一丸となって突き進み始めた。そもそも面で制圧できるほどの兵力ではないしゴールにたどり着ければ後はどうにでもなる、というのもある。対イゼルローンでは使えない手ではあるがそれは今後の課題というものである。

 

「主攻は第七師団から第一二師団、助攻は第一三師団から第一八師団に交代します。予備の第四師団、第二七師団は継続です」

 

「まかせる。俺は一二師団に移る」

 

 無人の野。とはいかないまでも一応は用意している防衛ラインを粉砕し突き進む。人数差など意味を成さず、戦力差は隔絶している。そもそも貴族の私兵に重装の陸戦部隊などは皆無であり装甲服持参で盟約軍に駆け込めた本職の人数などたかが知れている。支配下の要塞に予備の装甲服は一定量あるもののこれは素人がいきなり着こなせる代物ではない。その結果、どれだけ覚悟して防衛ラインで待ち構えようと装甲服にがっちり身を固めた攻撃側の突入を防ぐことはできない。にわか仕込みの歩兵陣地は熟練兵が操る戦車の突入を防げないのだ。

 

「あとどれくらいなのだ?」

 

「まだ二割といった程度だ。ただ歩いているだけでこんなにもへばってどうする」

 

 緊張やらなんやらで汗ばむフレーゲルの言葉をオフレッサーがあしらう。今回の揚陸作戦の難点がこれである。要塞司令部は当然ながら揚陸後に到着しにくい位置に存在するものであり、つまりは要塞砲に比較的近い方向に存在している。今回のように要塞砲真後ろからの揚陸だと直線だと要塞中央部を突っ切らないといけないのだが当然ながらそこに道はない。これが面の制圧を最初からあきらめている理由でもある。すったもんだで直径四五kmのガイエスブルク要塞でのそれは直線計算でも三〇kmちょっと進まないとたどり着けない。それが要塞の通路を通って、一応の抵抗線を粉砕しながらとなるとかかる時間は言わずもがなである。

 

「ところで……寝床はどうなるのだ?」

 

「短期決戦に寝床などという余計な道具などないわ。休憩時に横にでもなっておけ。あとは薬(※1)だ」

 

 乗り込んだのを少し後悔し始めた。しかし後ろを無言で付いてくる巻き込まれた一名の視線(流石に機嫌が悪い)を考えると口には出せないので我慢して淡々と進むしかない。戦闘域ではないので危険はないのだが定期的に交戦後のフロアを通る事になる。フロアの隅に積み上げられた塊とそこから滴る赤い雫を見て今何を行っているかを実感するが安全を確保したフロアは休憩ポイントにもなる。休憩はそこで赤い雫がない床を探して行わなくてはいけないのだ。寝れたものではないが近くではオフレッサーが兵と同じ携帯食を食い、壁に寄りかかり仮眠を取っている。本人からしてみたら戦場の飯など栄養になれば何でも良く、休める時に休むのは戦士の必須要素であるというだけなのだが最上位者がこれなのだから下も我儘を言えないしフレーゲルもこれ以上何かを要求する事は出来ないのである。

 

 

「位置的に最終防衛ラインです。制圧までしばらくお待ちください」

 

 オフレッサーは「待ちくたびれたわ。さっさと潰せ」とだけ言い、フレーゲルはやっとかという顔でうんざりする。突入から約五〇時間、移動距離にして四〇km程度。古来から現代まで歩兵が足で移動する行軍速度に大した変化はなく、非戦闘移動で一日二四km、過負荷で五割増しくらいが定石と言われている。敵がどれだけ弱かろうとも戦闘やらなんやらが発生したら時間はかかる。それを戦闘やら閉鎖隔壁の破壊突破やらを行いつつ丸二日で突き進んだのはそれなりの強行軍である。その間、要塞外においては盟約軍残存艦隊による揚陸ポイント強襲をメルカッツ&フレーゲル艦隊の待ち伏せと揚陸ポイントに待機させていた空母群から放たれたワルキューレが粉砕し、盟約軍艦隊は四散している。その直後に正規軍の各艦隊による全方位包囲が実施され、現在は完全封鎖状態となった。後は要塞機能制圧を待つのみである。

 

「制圧完了。要塞司令部までの通路を確保しました」

 

「わかった。あれを持ってこい」

 

 オフレッサーに命令された兵がなにやらトランクを持ってくる。オフレッサーがおもむろに軍服を脱ぎ捨て、濡れタオルで顔を拭き、髪を整え、余計な髭を剃り、取り出した新品の軍服に着替える。

 

「何を驚いてる? 帝国の歴史に残る大乱を起こした総大将を相手に正規軍総軍を代表して降伏勧告をせねばならんのだ。俺とてこの程度の"身だしなみ"は整えるわ」

 

 ニヤリとしならがオフレッサーがこちらを見つめる。そして非常に宜しくない事に気づく。

 

「どうぞ」

 

「す、すまん」

 

 情けで用意してくれていた道具を兵から受け取って同様に身だしなみを整える。軍服だけはどうにもならないが表面上は綺麗にする。

 

「準備はいいな。いくぞ」

 

 要塞司令部へと続く最後の廊下を進む。あえて外すようにしていたのだろう、誰一人いない。そして司令部の入り口では一人の士官が待ち受けている。

 

「アンスバッハか」

 

「お待ちしておりました。こちらの必要外の要員は下げます。そちらも最低限の人数でお願いします」

 

 扉が開く。

 

 

「思った以上に時間がかかるものだな。どうやって待っていればいいのか戸惑ってしまったぞ」

 

「ならば抗戦しなければいいだろうに」

 

「流石にそうとはいかんさ」

 

 要塞司令部で待っていたのはブラウンシュヴァイク、ジェファーズ、そして案内役のアンスバッハ。他の要員は奥に下がっていくのが見える。この状況であれば何かをしようとした瞬間にオフレッサーが所持するブラスターが三人を貫くだろう。そしてオフレッサーが(普段の彼からは想像できない)完璧な敬礼を行う。

 

「銀河帝国軍装甲擲弾兵総監ヴィルトシュヴァイン・フォン・オフレッサー上級大将である。一般将兵の命は保障する。賊軍総大将オットー・ブラウンシュヴァイクに降伏を勧告する(※2)」

 

「銀河帝国公爵オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクである。リュプシュタット帝国正道軍盟主として降伏勧告を受諾する。直ちに戦闘を停止されたし」

 

「承知した」

 

 オフレッサーが後ろに控えている兵に顎で指示し、盟約軍側がジェファーズが担当し、戦闘中断の指示を出す。

 

「外への連絡もあるだろうし、このままだと不安だろうからやっておくか?」

 

 ブラウンシュヴァイクが司令官席にある端末の一つを指さす。それが何であるかはオフレッサーも理解しており、ずかずかと司令官席に向かうとその端末を操作し、傍らにあるパネルに手の平を乗せる。

 

「要塞司令官権限がヴィルトシュヴァイン・フォン・オフレッサーに委譲されました」

 

 無感情な機械音声が権限移譲を報告する。これでこの要塞はオフレッサーの管理下に入った。

 

「こちらの司令部要員を入れる。どけ」

 

 ブラウンシュヴァイク&ジェファーズ&アンスバッハを司令部隅においやり、オフレッサー達も移動する。

 

「確認が終わって総旗艦に繋げるまでの時間はくれてやる、その為に来たんだろう」

 

 フェルナー以外の全員が揃って隣接する要塞司令官控室(=ブラウンシュヴァイク待機用ルーム)に移りオフレッサーがフレーゲルを前に出す。伯父と甥、久しぶりの対面である。アンスバッハが当たり前のようにワインとグラスを用意する。

 

「色々あろうがとりあえずどうだ?」

 

「断る」「いりません」

 

 渡すつもりで両手に持ったグラスを眺めブラウンシュヴァイクがため息をつく。

 

「とっておきだというのに。勿体ない」

 

 片方のグラスに中身を移し、軽く飲む。

 

「で、何しに来た?」

 

 今までのにこやかな表情が一変し、凄みすら感じる視線が貫く。

 

「何故私を遠ざけた?」

 

 あの時(※3)は血の迷いか何かかと思いとてつもない疲労感を味わったのだが今ならそれが全てではないと判る。どこかでこの人はあえて突き放す事を選んだ。その結果として自分の家が残るのであればそれはそれで良しとせねばならないがそれすらも"レールの上"だったとしたら……。証人がいる以上ここでの結果が己の首を絞める事に繋がるかもしれない。だがそれを今恐れてはいない。そもそも恐れるのであれば無許可でここに来たりはしない。

 

「遠ざけるだと。自惚れた事を言うでないわ。獅子身中の虫を招き入れる愚行をわしが行うとでも思ったのか?」

 

「その虫になれと送り込んだ人が言う言葉とは思えませんな」

 

「送り付けたら簡単に手懐けられる阿保ぅとは思わんかったからな。そこまで懐いたのなら飽きられるまで尻尾を振り続ければいい」

 

「えぇ、振り続けましょう。それで家が保たれるならば喜んで振りましょう。あなたのように自己満足で何百、一千万という命を巻き込むよりはるかにマシというものです」

 

 睨むような眼と馬鹿にしたような眼、もうお互いに判りきってる八百長。最初からお互いにこうするしかないのだ。なのでわざわざここまで来てやることか、とも思うがこの言葉を交わせただけでも来た意味はある。これもある意味、自己満足。真意を探るとかそういうものではない、小さい時から良くしてもらった伯父でありもう一人の父に最後の挨拶をしたかっただけ。それだけだったのだ。

 

「ま、せいぜい使い捨てにされないようにする事だ。お前がどうなろうが知った事ではないが親に罪は無いのだからな」

 

「ご期待通りに」

 

(そう、ご期待通りに血は何とかして残してさしあげますよ。エリザベートの方はわかりませんが)

 

 トントン、とノックがされ兵が顔を出し、扉の近くでつまらなそうにしていたオフレッサーに一言二言伝える。

 

「話は終わりだ。総旗艦との連絡準備が出来たそうだ。来てもらうぞ」

 

 そういうとオフレッサーが部屋を出る。

 

「やはり顔を合わせんといかんのか」

 

「当然です。敗軍の将なのですから」

 

 フレーゲルも扉に向かう。流石に最後まで隠れる気は無いのでここで姿を見せて無断行動を謝らねばならない。

 

「そうなると良しと言われるまで生き恥をさらさねばならんという事だな」

 

「当然です」

 

 フレーゲルが呆れた顔で振り向くとアンスバッハが恭しく差し出す四つ目のグラスを手に持つ。

 

「最後に良い物も見れたし区切りにはちょうど良い。流石にこれ以上はごめん被るとしよう」

 

 そう言うとブラウンシュヴァイクはそれを一気に飲み干す。

 

「!!!」

 

 駆けつけようとしたフレーゲルをアンスバッハが遮る。

 

「ジェファーズ殿、アンスバッハ、申し訳ないが後始末はおまかせする」

 

 ゆっくりと席に寄りかかり目を閉じる。

 

「陛下、少し早ぅございました。たっぷりと恨み節を聞いていただきますぞ」

 

 それがオットー・フォン・ブラウンシュヴァイクの最後の言葉であった。

 

 

「そうか」

 

 オフレッサーからの(現地最上位者として嫌々ながら真面目な)報告を聞き、ミュッケンベルガーはその一言だけを返す。そしてその傍らにいる者に視線を向ける。

 

「お前の独断だな」

 

「はい、私の独断です。如何なる処分でも」

 

 あくまでも"個人の独断専行による処分"であれば家に類が及ぶ率は減る(といっても相手の気分次第であるが)。それを聞くとミュッケンベルガーは何とも言えないような表情でニヤリとする。

 

「ならば大きな貸しがあるという事か。以後、わしの目の黒いうちはたっぷりとこき使わせてもらうとしよう。文句は言わせんぞ」

 

 意味は二つある。これから少なくとも一〇年や二〇年、この戦いの記憶が過去のものになるまで軍の命令には従い続けるしかないという事。そしてどうやら家は残してもらえそうだという事。つまり、イザーク・フォン・フレーゲルはこの戦いにおいてひとまずの勝利を得たのだ。

 

「文句などどこにも。感謝しかありません」

 

 本音である。結局はレールの上だったのかもしれないが己の力のみで得た勝利などど考える程馬鹿ではない。そう考えられる位の見識は身に着けたつもりなのでこの結果で丁度いいだろうと思う。後はまぁ、少ないツテをなんとか広げて人並の軍人になれれば御の字だ。

 

「すまんが要塞内の精査を進めてくれ。如何せん広いからな。残党に潜伏されると色々と困る」

 

「面倒な事だがそこまでは俺の仕事だ、やるだけの事はやってやる。優先して艦艇の出入りは出来るようしてやるからスタッフと兵の頭数を用意してもらおう」

 

「用意しよう」

 

 戦いそのものは終わり、後始末に入る。捕虜となった高級士官や有力貴族との引見、ブラウンシュヴァイクの検分などは区切りとして行わねばない。しかしガイエスブルク要塞には降伏したとはいえ数百万を数える盟約軍の人員が存在し、要塞そのものにも何が隠れてて何が仕込まれているか判らない。となると別にガイエスブルクで引見等を行わなくていいじゃないかという考えもあるが敵の本拠地だった所に乗り込んで行うという事に政治的な意味がある。あらかじめ用意していた要塞運用要員や臨時編成の陸戦部隊や調査隊を乗り込ませ、人員輸送艦で盟約軍将兵を一時幽閉先としての各地要塞に送り込む。各艦隊は艦隊旗艦含む本隊を一部を残しオーディンに帰還させる(※4)。そして陥落から一〇日後の九月九日、ガイエスブルク要塞にて勝利の式典が行われる事になった。





 オフレッサー、フルネーム不明なんですよ。なので用意しようと「ドイツ 最強 軍人」で検索したらルーデルしか出てこねぇww でもなんかイメージ違うんだよ、ルーデルだと。格闘家名でもいいのがないし・・・・でこうなった。

 フレーゲルの方はこちらも迷った挙句に"理不尽や自業自得でひたすら変な方向に巻き込まれていって逆切れする姿が妙に自分のイメージ的に一致している"人の名前を使った。なんか事が起きて「なんでやねん!!」って逆切れ突っ込みしているのを後ろからグレィトな奴or巻き込まれてる例の人がニヨニヨしながら見る、そんな風景。

 イゼルローンの時は要塞司令官の降伏による権限移譲処理が行われ、そこから時間をかけて解析をして完全掌握された。と考えています。解析と言っても専門家が束になって張り付いて月単位で弄って何とか、といったレベルであり当然ながら戦闘中に出来る事ではない。という認識。

 ちなみに要塞突入中のフレーゲルは体調不良で療養中という形で各艦隊などとの連絡はメックリンガーが対応していた。メックリンガーは完全な共犯者、メルカッツはなんとなく察したけど口に出さず黙認。総旗艦などは元々メックリンガーを窓口にしていたから気にしていなかった。

 巻き込まれた例の人は何かに使うかなと思ったのですが使わなかった。なら消せばいいじゃんとも思ったがこれはこれでこの主従らしいと思って残した。


※1:薬
 合法的成分(主にカフェイン等)による眠気抑制剤。いわゆるむっちゃ強力な眠眠打破。

※2:降伏勧告
 手続き上、政府&正規軍は自称:リュプシュタット帝国正道の名将を"賊軍"(非公式:盟約軍)と定義しており、ブラウンシュヴァイクの爵位は剥奪されているので正式な勧告文章としてはこうなる。

※3:あの時
 No.30でのやりとり。

※4:艦隊の旗艦
 一〇個艦隊が要塞周辺にたむろしていても意味がない。各地の盟約軍貴族領の鎮圧などもやらないといけないが半年近い出兵は一旦戻って補給・整備・人員休養等を行わないと流石にヤバイという状態になっているので戻せる分はさっさと戻す事にした。尚、貧乏くじを引いた一個艦隊が一時的な治安維持の為に帰還せずに残っている。


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No.41 一矢の矛先

 ちと今回は短くなってます(後書き参照)


 

 九月九日 ガイエスブルク要塞。

 

 勝利の式典がおこなわれる広間は何とも言い難い空気に覆われていた。式典で行われる引見順は以下の通りに行われる。

 

 1・非貴族高級士官(上官の命令等で従わざるを得なかった者)

 2・非貴族高級士官(元々お抱えだったり何らかの恩や縁があり自分の意志で参加した者)

 3・盟約に直接名を連ねていない貴族(数が多い為、引見は有力者のみ。処罰は全員)

 4・盟約に名を連ねた貴族

 

 個々の人物に対しての特別な扱い等は存在しない。事前に政府と共に定めた枠組みで対応が決定している。つまりこれは引見という名を使っているが実質的な集団簡易軍事法廷というものである。基本的対応については以下の通り。

 

 1・一階級降格のうえで僻地等の左遷任地赴任→一定期間勤務で元階級復帰(以後、"前科"として扱わない)

 2・不名誉除隊、公職追放&星間移動の事前申告制などの生活制限(将来的に恩赦や個別の推挙による処罰取り消しは有り)

 3・当主の場合、強制隠居。そうでない場合、家督相続権剥奪

 4・死刑

 

 さらに3と4の場合、貴族の家として以下の処置がとられる。

 

  ・当主の場合、爵位一段階降格(※1)

  ・領土&資産一部没収(※2)

 

 そして結果として新しい当主の選定が必要となった場合、対象は「独立していない前当主の直系及び兄弟姉妹(※3)」が優先して対象となる。対象者がいない場合はお家は取り潰しとなる。

 尚、ブラウンシュヴァイク本家とリッテンハイム本家は首謀者という事で無条件取り潰しである。

 

 式典は淡々と進む。非貴族高級士官や盟約に直接名を連ねていない貴族らは概ねこの裁きを従順に(寧ろ若干の感謝すら込めて)受け入れた。不名誉除隊を覚悟してたが一時左遷のみだった、死を覚悟していたが生き延びた、取り潰し&死を覚悟していたが生き延びたうえで家が残る可能性すらあった。甘い処分と言う声もあったが現実問題としてこれ以上の罪としてしまうと破れかぶれの再反乱の可能性もあり、釘を刺せれば十分であるとしてある程度の情けが入った処分となった。

 そして興味深い事に一番根の深い者達の生き残りが最も不満をあらわにしていた。彼らの大半は自ら艦艇に乗って前線に出ようともせず、自領に残り信じる者に全てを託して送り出す事もせず、ここまでわざわざやってきたのにずっとここにいた。それなのにこの期に及んでも自分たちが特別な存在である事を疑っていない。哀れみ、侮蔑、色々な視線を参列者から受ける彼らが盟約に名を連ねた貴族全てを表す訳ではない事は判りきっている。だが間違いなくこれが帝国の堕落が凝縮した姿なのだろう。

 

「この裏切り者め」

 

 そのような輩からの視線と怨嗟が参列する将官の一人に注がれる。フレーゲルはそれを正面から受け止める。どうせこれからの"後片付け"で同じような扱いを嫌というほど受けるのだ。この程度で怯んではやっていけないしやれなかったらそれどころではない。そもそも自分は恥ずべき行為は何も行っていないのだから気にする必要もない。まぁ、お陰で人生が大きく変わって(狂って)しまったのかもしれないがやっぱり気にしても仕方がない。送り出される者達の中には知っている顔も多数いる。家が潰れない様に何とかしてあげたいと思う程度の交流・恩のある人もいる。しかし大半の者達に対しては正直な所、何とも思わない。それが嘘偽りのない門閥貴族という存在への彼の本音になってしまっていた。

 

 

 静かになった会場に一つの柩が運び込まれる。オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクの遺体の入った柩を運ぶのは生存する盟約連署者で最高位となったクラーク・フォン・ジェファーズ、そして忠臣アンスバッハ。二人が恭しく頭を下げる。

 

「フレーゲル中将」

 

 ミュッケンベルガーの指名でフレーゲルが一歩前に出て二人に軽く会釈する。

 

「検分させていただきます」

 

 その現場にいたとはいえこの場にて行う必要もあるし万が一であるが偽物という可能性もある。アンスバッハが頷き、柩のスイッチを押すと蓋が開かれる。そしてフレーゲルが確認の為に歩み始めるとジェファーズがごく自然にフレーゲルと柩の間を塞ぐ。一瞬立ち止まり、戸惑う仕草を見せると周囲の視線と意識は無意識にそちらに集中する。皆の視線から外れたアンスバッハが柩のスイッチをもう一度押すと柩の横から引き出しが現れ、そこに収められていた筒の様なものを取り出す。皆、理解が追いつかぬ顔でそれを見つめる中、

 

「我が主と盟約の為に、一矢報いさせて頂く」

 

 アンスバッハの静かな宣言と共にその筒、ハンド・キャノンから轟音と共に放たれた炎がミュッケンベルガー目掛けて放たれた。

 

 

 ミュッケンベルガーから数メートル横の壁画が粉砕され、凄まじい衝撃派が周囲の者を襲う。

 

「貴様ぁ!!」

 

 アンスバッハがハンド・キャノンを僅かに逸れさせた男、オフレッサーを睨みつける。アンスバッハにとっての不運、ミュッケンベルガーにとっての幸運。それはこのオフレッサーの立ち位置が参列者の序列順例外として引見者の近くになる位置であった事、そして結果としてそこがフレーゲルの正反対であった事。フレーゲルがそこにいたのは提督陣での序列的なもので、オフレッサーがそこにいるのは万が一引見者が何かを起こした時に制圧する為。そしてその万が一が今、発生した。

 オフレッサーも多分に漏れず、その直前はフレーゲルとジェファーズの方に意識が向かってしまっていた(意識が逸れたというか変な動きをしたジェファーズに反応した)。しかし立ち位置的に柩を挟んた向こう側だった事もあり視線の手前にいるアンスバッハが引き出しを出した所で意識がそちらに戻り、取り出したものがハンド・キャノンであると理解した瞬間、無意識に走り出していた。それでも間に合ったのはアンスバッハが一言申し上げたからであり、何も言わずに即発射していたら間に合わなかったであろう。オフレッサーは走り込みながらの右ストレートでハンド・キャノンを直接狙って逸れさせる。そして睨みつけたアンスバッハが呪詛の言葉を放つや否や

 

「ふんっ!」

 

 と左のボディブローをめり込ませる。骨、そして臓器の一部が砕け散るおぞましい音が響き渡る。アンスバッハの瞳孔が開き、震える左腕がオフレッサーの顔を殴りつけるかのように動く。オフレッサーがそれを受け止めようとするが形容しがたい恐怖をそれに感じるとすぐさまその手首を掴み、外に引き剥がそうとする。その瞬間、アンスバッハが付けていた指輪型レーザー銃から放たれた白銀色の条光がオフレッサーの右肩を貫いた。肩を貫く激痛と共にそこから先がコントロールを失い、掴んでいた手首を離す。しかし、すぐさま足を払い転倒させこちらも倒れ込む勢いで繰り出した左の掌底がアンスバッハの左手首を磨り潰しそこから先が千切れ飛ぶ。その一撃がアンスバッハの最後の意識を粉砕し、彼は永遠の眠りについた。

 

「・・・・・!!!! 医師だ!医師を呼べ!!!」

 

 誰かが叫びをあげ、一同の意識がやっと現実に戻る。慌てて駆け付けた医師がオフレッサーの軍服を魔法のような手つきで切り裂き、肩を強制止血帯で覆うと同時に逆の腕に緊急輸血パックの針を刺す。「自分で歩ける」と言うオフレッサーを「いいから乗りなさい」と一喝し担架で運び出す。

 

「貴公も知っていたのだな?」

 

 場から降りて来たミュッケンベルガーが取り残されたように立ち尽くすジェファーズに尋ねる。

 

「いかにも。こうして話し合えることが誠に残念です」

 

 正真正銘、最後の大物となってしまったジェファーズが堂々と応える。

 

「・・・・連れていけ」

 

 兵に連行され、ジェファーズがその場を去り、すれ違いにフレーゲルがやってくる。

 

「念の為確認しましたが間違いなく本人です」

 

「そうか」

 

 それを聞き、ミュッケンベルガーが少し考え込む。

 

「あれを許してしまうとは我ながら詰めが甘い。さて、これ(柩)はどうするか・・・。謀反人故に正式な墓は建てられぬが他と一纏めにしてしまうのも何かが違う。然るべき処分を行ったという事にしておいてやる。処分はお前でやっとけ」

 

 要するにひっそりと葬る分には良し、という事だ。

 

「ご配慮に感謝いたします」

 

 周囲を見渡すと処理も終わり、落ち着きを取り戻した参列者達の視線が集まっている事に気づく。

 

「式典はこれで終了だ。各々帰還の準備を行い、出来次第出立せよ!!」

 

 帰還して最低限の整理をしたら盟約軍領収公の為にまた出発しなくてはいけないが色々とあった戦いそのものは終わった。己の身を深く傷つけたとはいえ帝国という身体から主だった腫瘍と膿をほぼほぼ取り出す事に成功した。後は自由惑星同盟などという害虫に集られるより先に身をどこまで癒せるかである。

 

「残る"宿題"はイゼルローンのみ。これもわしの代の失点なればこの代にて片付けねばなるまい」

 

 ミュッケンベルガーの意識は既にこの戦いから離れ、次の戦いへの道筋作りに向かっていた。

 

 

 ・銀河帝国正規軍

  参加艦艇:一八万五七〇〇隻余

  艦艇人員:二二三〇万名余

  損失大破:四万一〇〇〇隻余

  損失者数:四七〇万名余

 

 ・リュプシュタット帝国正道軍(盟約軍)

  参加艦艇:一四万四〇〇〇隻余

  艦艇人員:一三七〇万名余

  損失大破:八万八五〇〇隻余

  損失者数:八七〇万名余

  捕虜艦艇:四万一五〇〇隻余(脱走後降伏、戦闘後降伏など)

  捕虜人員:三四〇万名余(脱走後降伏、戦闘後降伏など)

  不明艦艇:一万四〇〇〇隻余

  不明者数:一六〇万名余

 

  人員は戦闘用艦艇に関するもののみ。

  正規軍の艦艇は首都星待機・ミッタマイヤー独立隊に動員された基地部隊・シュタインメッツ部隊含む

  盟約軍の艦艇は主にミッタマイヤー&シュタインメッツに荒らされた領土防衛部隊は含まず。キフォイザー会戦で追加動員された留守部隊は含む

  不明艦艇&人員は総数から撃破・降伏等をしていない現時点で結果の把握ができていないものの数

 

 

 ガイエスブルクに臨時のブラウンシュヴァイク領治安部隊(※4)を残し、各艦隊旗艦(※5)が首都星オーディンに帰還する。帝国史未曽有の大乱はあのダゴン星域会戦の損失者を、正規軍のそれだけで上回るという大きな爪痕を残した。だがこれで帝国はただ一点、イゼルローン要塞が占領されているという事を除けば国内での大いなる憂いと言うものが無くなり、後は如何にして立て直するかという正しくリヒテンラーデや軍首脳の思い描いた"己の代の不始末を片付ける"段階に入ったといえよう。その希望があるからこそ、これだけの出血を覚悟したのである。そして・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 帝国歴四八八年(宇宙歴七九七年)九月一四日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全銀河人類に告ぐ。私はアイゼンフート、銀河帝国リュプシュタット帝国正道軍盟主代理にして軍総司令官フェルテン・フォン・アイゼンフートである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全銀河人類に告ぐ。私はアイゼンフート、銀河帝国リュプシュタット帝国正道軍盟主代理にして軍総司令官フェルテン・フォン・アイゼンフートである。

 

 我らが盟主オットー・フォン・ブラウンシュヴァイク公はその志半ばにして命を落とされた。貴族という大きな柱を自ら打ち砕いた屋上で帝国を手にした佞臣共が宴を開く。これは帝国の終焉を示すものなのか?人の命にいつか終わりがあるように国もまたいつか失われる時が来るのかもしれない。しかしそれは今ではない、それは天命が定めし給うものであり佞臣共の手により朽ち果ててしまうものではない。

 帝国の者達よ、このまま佞臣共の手により国が朽ちていく事を良しとするのか?それに従うを良しとするのか?我々はそれを認めない。故に立ち上がった。故に戦った。それで敗れた我らを笑いたくば笑え。しかし我らはそれでも奴らを認めはせぬ。帝国でなくなった帝国を認めはせぬ。そのような帝国であるならばそれを終わらす天命となる事が正道を担っていた我らが行える最後の忠義である。

 しかし、今の我々にはその力が無い。必要なのは力を蓄え、育てる雌伏の時を得る新世界である。皆に問う。朽ち果てる帝国に殉じるならばそれでいい。帝国を真に愛し、異なる帝国を愛せぬならば立ち上がれ。正道の志を持つならば立ち上がれ。そして集え。我らに集え。さすれば我らリュプシュタット帝国正道軍が次なる道しるべを、次なる新世界を示そう。その新たなる世界で正道たる志を剣として朽ち果てゆく帝国を再生する不死鳥となろう。

 

 

 自由惑星同盟なる者達よ、我らを受け入れよ。自由なる思想を許すのであれば、我らの思想を受け入れよ。共存共栄の同盟と言うのであれば、我らとも共存せよ。我らを受け入れるのであれば、我らもまた自由惑星同盟という国を受け入れるであろう。

 

 

 我らリュプシュタット帝国正道軍は自由惑星同盟への亡命を宣言する。

 





 オフレッサーがその位置にいた本来の役目は「貴族の馬鹿どもが逆切れしたら見せしめとして数人〆ろ」という事で引見者の立ち位置に近い場所(ミュッケンベルガーから見て前方左右の参列者の後ろの方)にいたのである。

 原作でもアイスバッハ、一言宣言する事なんぞせずに撃ったら多分、ラインハルト死んでましたよね・・・・場所的にオーベルシュタインも巻き込まれそうだし、それで止めに入ったキルヒアイスも原作通り死んだら。頭が全部なくなった一行に対して直接手を下さずともリヒテンラーデの一人勝ちになるじゃん。軍上昇部の人材も枯渇してまともな攻勢に出れなくて、それでも同盟は自然死しちゃいそうで、ってひでーgdgdだ。

 「怪我した時に軍医が命令口調で指示してきたら逆らうな。死にたくないのであればな」byオフレッサー

 オフレッサーは粗暴だけどここまで生きて来た戦士の心得は筋が通っている。と事前脳内設定してたんですがなんか立派そうな人物になってしまった。将官としての指揮、何一つしてないんだけど。

 内乱相軍の合計艦艇数がとんでもない量になっていますが同盟軍の最大時が一二個艦隊+各独立部隊+巡視隊警備隊等で二〇万隻は超えてただろうなぁって思うと帝国は元々人口が多く一八個艦隊+同盟と比べて棄民・海賊対策で数が多い辺境部隊+領内治安部隊としては過剰な貴族の私兵などなどを入れると倍の四〇万隻は超えてるんじゃないでしょうかねぇ、と。


 今回、短くなりましたが次がその分長いです。
 投稿日前日の時点で投稿予定の一話分とその次の一話分のストックが出来ている、というのが定例になってます。投稿したら次の次になる話を書き始め、次の投稿日に近づくとその二話分の話を見直して投稿分を修正する。と言う流れです。そして今回は二話分のストックを真ん中で区切れなかった、という事なのである。


※1:爵位
 公爵→侯爵→伯爵→子爵→男爵→帝国騎士(相続権あり)→帝国騎士(一代限り)
 帝国騎士(一代限り)の者は平民となる。

※2:領土&資産一部没収
 降格の場合は降格後の爵位における平均以下まで、降格でない場合は処罰対象者の一族内影響力に準じた量の没収となる。没収される地は有力鉱脈や工業・商業・農業地など美味しい所を優先で行われ、結果として残るのは"サイズの縮まった美味しくないのが多い土地"である。男爵→帝国騎士の場合、領土は全没収となり資産のみが残される。

※3:対象者
 自領で敵対行動(物資提供なども含む)を取った者も処罰対象となるので正しくは「独立していない前当主の直系及び兄弟姉妹で盟約参加にNOを出して何もしなかったor正規軍側に立った事が記録に残っている者」が優先して継承対象となる。これはカルネミッツのような立場の者を生かすための逃げ口として用意された。中には何らかの形で家を残す為に偽装分裂した家もあるがそれを考えられる程度の頭が有る家であればこれからは従順に従ってくれるだろうという事で追加のお咎めは無し(黙認)、としている。

※4:ブラウンシュヴァイク領治安部隊
 貧乏くじを引かされたシュターデン艦隊(一一四〇〇隻)のみ、式典前の先行帰還の対象外となり全艦駐留。
 他に帰還できなかったのはレンテンベルクを中心とした要塞陣で捕虜の監視管理等をしているケンプ・ロイエンタール艦隊とガルミッシュ要塞でリッテンハイム領治安担当のシュタインメッツ部隊

※5:各艦隊旗艦
 シュターデン艦隊と壊滅したフォーゲル艦隊以外の八個艦隊は本体の一部(一〇〇〇隻程度)を残して先行帰還。フォーゲル艦隊残存も帰還組。これでガイエスブルク要塞駐留能力ぎりぎりの約二〇〇〇〇隻。


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No.42 さらば、黄金樹

 

 

 我らリュプシュタット帝国正道軍は自由惑星同盟への亡命を宣言する。

 

 

 

「な ん だ そ れ は ぁ ぁ ぁ ! ! !」

 

 怒声と共に叩きつけられたカップが砕け散る。

 

「あれだけの規模だ、一人や二人それなりの地位にいた者が落ち延びる事など元より承知。戦場から逃げ出した者達から叛徒領への亡命が出る事もやむなしだ。だが、よりによって生き残ったのがあ奴でやる事が扇動して集団亡命などどこに"正道"があるというのだ!!!!」

 

 再び声を荒げようとして周囲の視線に気づき止める。アーベントロート(こういう時は鎮火するまで放置なのだがそうはいかない、でも自分は嫌だ)からレンネンカンプへ、レンネンカンプ(相性が悪い自分が行くと火に油になる)からキルヒアイス&オーベルシュタインへ視線が移り、意識しているかしてないか判らないが視線をそらしているオーベルシュタイン(相性が(略))を一瞥したキルヒアイスがため息をついて一歩前に出る。

 

「閣下、憤慨なさるお気持ちは皆同じです。しかし今は落ち着いてあの企みを如何にして阻止して国を落ち着かせるのか? それを考えましょう」

 

 思わず反応して睨みつけ、やはり何か口に出てしまいそうになるが何とか踏みとどまる。ここでそれをしてしまうと総司令部は空中分解し、自分が間違った時に諫めてくれる人がいなくなる。

 

「…………情報を纏めよ」

 

 それだけ言って席に座り、周囲がやっと動き始める。流石に動き始めれば早い。ものの一〇分程度で当面必要そうな情報は集まる。

 

「まず、声明の発生元は複数。事前録音したものを複数個所で同時に発信している、と見てよいでしょう。これを元に首謀者アイゼンフートの位置を特定するのは不可能です。位置そのものについては最後にかの者が確認されたのは先月二九日の総攻撃の時なので既に一六日が経過しています。イゼルローンにせよフェザーンにせよそれなりの所まで進んでいる事でしょう。むしろ進んだからこそ声明を出した、といえます」

 

 アーベントロートが状況の説明を開始し、ディスプレイに次々と情報が表示される。

 

「これに対して我々の布陣ですが……客観的に判定すると現在の譜面は極めてよろしくありません。これから行う事はその流れをどれだけ和らげるか、という視点にならざるを得ないでしょう」

 

 説明しつつ追加される友軍の布陣情報を見て幕僚達からうめき声に近い言葉が漏れる。

 現在、正規艦隊は治安維持などの為に各要塞に一時駐留している部隊を除き首都星オーディンに帰還中であり到着目前となっている。要するにガイエスブルクから見てアイゼンフートとは双方逆方向に移動していた事になりこのまま逃亡を継続されたらこちらからの捕捉はもはや絶望的な距離になっているといえる。そして遠い先であるイゼルローン回廊及びフェザーン回廊の手前には万が一に備え開戦後に逃亡阻止の網は形成されている(既にキフォイザーの残兵などと思われる逃亡艦は捕捉されている)。しかしその網を作る為にそれなりの代償を払っている。そもそも正規艦隊以外の国内基地駐留艦艇は辺境警備部隊を除けば非常に少ない。貴族領はその私兵達が治安維持する事が決まりとなっているしそれに囲まれた帝国直轄地は囲まれているが故に外敵の心配がなく警備は最小限となっている。その関係で辺境以外への配備が極端に少ないのだ。その辺境部隊は本業の為に動かせないし、一部地域の余剰兵力はシュタインメッツがかき集めてしまった。そして残った残骸を何とかかき集めて網にしているのである。

 

「キフォイザーやガイエスブルクの戦いで逃亡し行方不明となっている数が推定一万以上。扇動に触発された敵自領留守部隊は当然ながら未来を悲観した貴族達も多数逃亡するでしょう。これらが両回廊に群がった場合、用意している網だけでは完全なる阻止は不可能とみるべきです。扇動さえなければ数に限りがありますし、予定では"その手がある"と思われる前に再出撃させた艦隊で封鎖予定でしたが時が足りません。さらに付け加えますと"予告亡命"を宣言された叛徒政府が亡命の直接支援を決定した場合、イゼルローン方面の網は完全に崩壊します。叛徒領内の乱は八月に鎮圧済みという情報も入ってますので駐留艦隊がイゼルローンに帰還している事も考えねばなりません。これが我々の現状です」

 

 周囲から溜息があふれ出す。

 

「相手にもそれなりの情報網はある。あ奴は単独での亡命は危険性が高いと判断し、最低最悪のタイミングで盤上を揺るがせたのだ。長期遠征の反動で一時的に艦隊を戻さざるを得ない事も計算に入れてな。己が何かをするわけではない。周囲全てをぐちゃぐちゃに巻き込む事で己の存在を埋もらせようとしたのだ」

 

「しかしお手上げ、とするわけにはいきません」

 

「当然だ」

 

 そういうとミュッケンベルガーは立ち上がる。

 

「一番近い部隊を動かす。ガイエスブルクのシュターデン艦隊をイゼルローン回廊側へ、ガルミッシュのシュタインメッツ部隊をフェザーン回廊側へ。両部隊が担当していた治安維持は首都星に帰還した部隊を最小限の補給で向かわせる。また、政府に許可を取りこちら側の貴族領部隊も動員させる。それと帰還艦隊から編成を予定していた封鎖艦隊を急がせろ」

 

 再び幕僚達が動き始める。

 

(ここからの部隊は時すでに遅し、だろうがな。距離の壁の無常さは叛徒共の侵略時に思い知ってるわ)

 

 そう考えるミュッケンベルガーだがさらに一つ、身も蓋もない事が口に出てしまう。

 

「いっその事、不純物は全て叛徒共に引き取ってもらえばいい。多ければ多い程、力になるかもしれんが災いの種にもなる」

 

 そのやっかいな小言は幸運な事に誰にも聞かれることは無かった。

 

 

「さて、あとはどれだけ隠れていた友軍(行方不明艦艇)が姿を現してくれるか、だな」

 

 そのかき回した張本人が己の演説を聞きつつ実にのほほんとつぶやく。

 

「今後は、予定通りに?」

 

「そうだね。後ろから追いつかれない程度に、それでいて網に近づきすぎないあたりに。うまいことぶらぶらして情報と数を集めるとしよう」

 

 そういうと彼、フェルテン・フォン・アイゼンフートは振り返り司令長官席に座る御方に恭しく頭を下げる。

 

「結局の所、これは"このままだと上手くいきそうにない"と考えた故の窮余の策。かき乱してどうなるかはなるようになってみないと判らぬもの。まだしばらくの間はご不便をおかけする事をお許しください」

 

「既に全てを伯爵様にお任せしています。気になさらず、なるべく多くの同胞が助かる道をお探しください」

 

 形だけとはいえ新たなる盟主エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクが応える。

 

「有難く」

 

 アイゼンフートが再び前を見る。

 

「確認できたし長居は無用。予定通りの移動を開始してくれ。一度死にぞこなった命だ、こうなったら中途半端には死ねん。とことん生き抜いて嫌がらせを続けようではないか」

 

 盟約の灯、今だ尽きず。

 

 

 

 

 

 時は遡り八月二九日

 

 急激に減りつつある火線をアイゼンフートは呆然と眺める。

 

「もしかしてだけど、生き延びちゃった?」

 

「そのようですな。もう少し部隊を分けるなり何なりすると思って覚悟しておりましたが……」

 

 艦長も同じように呆然としている。

 逃げる味方の誘導指揮は一段落したが最後尾といっていい旗艦は最終的には磨り潰されるだろうとしか思えない距離であった。しかし、追撃していたフォーゲル艦隊は総旗艦ベルリンを捕捉するや否や他の全てをほっぽり出して突貫。今まで必死に追いかけていたアイゼンフート艦隊残余など最初からいなかったかの如く艦隊の一割程度の数でしかない標的目掛けて突き進んだ。分艦隊の一つでも追撃を継続させてたら位置といい距離といい、どうにでもなる状況だったというのに。

 

「とりあえずこのまま流れに沿って距離を開けるとして……これからどうするか? 左右に半々だとしても見える範囲の数ならば集合しても一個艦隊に満たず、か」

 

 そう考えているうちに後方で閃光が走る

 

「要塞砲、発射されました」

 

 光の槍が今まで自分を追ってきた敵艦隊の中央を貫く。友軍を貫く関係で威力が弱まった形での直撃だがそれでも艦隊には"穴"があく。

 

「まずは真ん中。的となった友軍は残念だがそれ以上の敵も消えた。もう塞がる物はない、逃げ切るまで撃ち続ければ半個艦隊分くらいは消えて無くなってくれる、と思いたいが……」

 

「要塞砲背面の敵艦隊が攻撃を開始した模様」

 

「となればこうなる、と。撃ち終わるまでに上陸できれば詰み、か」

 

 次から次へと状況が進む。だがもう介入するだけの力が無い。

 

「? ……本艦に乗艦希望の連絡艇が来ています。シュトライト准将がお乗りの様ですが? いかがいたしますか?」

 

「シュトライト准将が? わざわざなんで? 許可を出す。ここまでお越しいただくように」

 

 この状態で罠、とう事もない。わざわざ来るのであれば重要な事でもあるのだろう。

 急いでいるかどうなのかあっという間に乗り込んでシュトライトが艦橋までやってくる。到着したシュトライトは軽く会釈するとアイゼンフートに「少々お待ちを」と仕草で断り艦長に二言三言告げる。それが終わるとやっとアイゼンフートの元に歩み寄る。

 

「わざわざ直接のお越しとは。通信では話せぬ何かがあるのですか?」

 

「はい。通信ではなく、直接お伝えするようにとの公からの命ですので」

 

 そういうとシュトライトは懐から一つのカセットを取り出す。用意された機械にセットし、再生するとブラウンシュヴァイクの姿が映し出される。

 

「さて、これが届けられて聞いてもらえるとなると貴公が総攻撃後も生き延びていると言う事になる。とても喜ばしいものである。艦隊による組織的抵抗が出来なくなった程度で死に急いでしまってはこちらとしても困るのでな。さて、長話も出来んから端的に言おう。貴公には何があっても生き延びてもらいたい。それこそここが落城しても、だ」

 

「いやいやそれは流石に……。これだけの事を起こして、十数万の艦艇を使い潰し、最後の要塞ももう落ちる。その状況で生き恥を晒すつもりはないですよ」

 

 相手が再生された映像なのだがついつい愚痴をこぼしてしまう。そしてその映像が(続きがあるはずなのに)何も語らずにいる事を不思議に感じる。

 

「ここまでやったのに生き恥を、とかまぁ愚痴を言ってるのであろう」

 

 見事に当てられてしまい、顔が少し赤くなる。

 

「そう言われてもこちらとしては生き延びて欲しい、と言う事もあるので一つ贈り物を届けさせてもらった。貴公の人なりを考えれば嫌でも断れない贈り物、これを聞いているのならもはや逃げる事が出来ない贈り物を、だ。ここまで色々とやってしまったのだ。少しくらい延長しても良いのではないかな? 故に頼む。生き延びてくれ」

 

 そういうと映像のブラウンシュヴァイクが真っすぐにこちらを見据え、まるで上官にするかのように綺麗な敬礼を行う。

 

「フェルテン・フォン・アイゼンフート伯爵。貴公の武運長久を祈る」

 

 映像はそこで終了した。

 

「贈り物、ですか」

 

「はい、贈り物です。薄々でしょうがお気づきになられているとは思いますが?」

 

 シュトライトの問いにアイゼンフートが文字通り苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「えぇ、そういえばあれはどうするつもりだ? とずっと気になっていたことがあります。それならば見捨てる事は出来ません。嫌でも生き延びないといけなくなります」

 

「そういう事になります。ではもうお呼びしても?」

 

「どうぞ」

 

 諦めきったアイゼンフートが応えると護衛を伴ったその人が艦橋にやってくる。アイゼンフートの手前まで歩を進めると淑女らしい仕草で優雅に首を垂れる。

 

「エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクと申します。父の命にて参りました。父は全てを伯爵様に委ねよとの事でした。よろしくお願いいたします」

 

 

「まず大前提ですがガイエスブルク要塞は陥落します。リュプシュタット帝国正道軍は組織的活動能力を失うでしょう」

 

「その……父は?」

 

「残念ですがお諦め下さい。もしその気があるのならご一緒に動かれるなり同時に脱出するなりしているでしょう。シュトライト殿、駐留艦艇にそれが可能な艦は残っていましたか?」

 

「いえ、私の知る限りでは我々の脱出に用意した艦が最後です」

 

「わかりました。覚悟はしていたのですが、つい。お話を元に」

 

 そういう間にも乗艦(とエリザベート&シュトライト達が乗って来た艦)は戦闘圏外を抜け、まっしぐらに逃亡する。ブラウンシュヴァイクが発した揚陸ポイント強襲命令で動き始めた残艦達の最後尾に位置を取り、案の定の待ち伏せ攻撃が開始されると同時に四散し始めた艦艇に紛れてあっというまに圏外に飛び出した。ちなみにその前からアイゼンフートの旗艦シュプリンガーは旗艦識別信号の発信を停止している。シュトライトが最初に艦長に頼んでおいたのである。その時からアイゼンフートはMIA(作戦行動中行方不明)扱いであり盟約軍旗艦級艦艇の最後の一隻が消滅した。

 

「まず、大きく分けます。姿を見せるか隠れるか、国内か国外か。です」

 

 帝国全土の航路図が映し出される。

 

「といってもやれる事は限られています。実際の所、姿を見せようが隠れようが国内にいる限り後がないので国外の何処に行くか? とするしかありません。候補としてはフェザーン、同盟、そして名も知らぬ辺境。さて、エリザベート様。ご希望はありますかな?」

 

「希望、ですか?」

 

 ここで振られるとは思っていなかったのであろう、エリザベートがきょとんとした顔でこちらを見つめる。アイゼンフートが頷くと年齢相当の仕草で首を傾け考え始める。

 

「伯爵様はこれからも戦い続けられるのでしょうか?」

 

「はい。帝国の現政府打倒を志す者がいる限り」

 

「ならば」

 

 エリザベートが姿勢を正し、正面からこちらを見据える。

 

「叛徒、いえ、同盟に行きましょう。フェザーンでは軍事力を持てませんし辺境では打倒できる力を手に入れる事はできないでしょう」

 

「御意。しかし同盟に行くとならば、色々と捨てねばならぬものがありますが宜しいですか?」

 

「はい。家での教育で大筋には理解しているつもりです。敵だからこそ知らないといけない、と父は言っていました」

 

 その言葉にアイゼンフートが深くうなずく。

 

「ならば同盟へと歩を進めましょう。かの所には帝国からの亡命者で構成された陸戦部隊もあるとか。艦艇要員は数が数ですのでないようですがそれを目指すのも一興」

 

「決定、ですか?」

 

「決定です。我々はこれから叛徒改め自由惑星同盟という"国家"への亡命を前提に行動を行います。といっても距離がありますからな。当面はこそこそと距離を稼ぎつつの情報収集となるでしょう」

 

「詳細はお任せしてもよろしいでしょうか?」

 

「任されましょう。その為に私が選ばれたのですからな」

 

 いつの間にかガイエスブルクは"あのへん"としか認識できない距離まで進んでいた。ここまでくれば大規模な組織的哨戒網でも用意するか徹底的に運が無い限り見つかる事は無い。二隻の亡命艦艇の旅が始まった。

 

 

「まだ二日弱しか経過しておりませんが非常に宜しくない状況です」

 

 とある作業に没頭していたアイゼンフートとそれを補佐していたシュトライトがげっそりした顔でエリザベート(in司令官席)に報告する。少し前にガイエスブルク要塞陥落の報が入ってきたがそれについては「覚悟を決めていた既定路線」なので大きな動揺はなかった(といってもエリザベートには無理せずに休養を進めたが(むしろ何かしていた方が気がまぎれると言う事で)拒否)。

 

「宜しくない、とは?」

 

「まずはこちらをご覧ください」

 

 エリザベートの問いにアイゼンフートが応えるとスクリーンに先日も見た帝国全土の航路図が映し出される。違うのは各所に何かを示す点が付いている事だ。

 

「イゼルローン及びフェザーン回廊の手前に用意された逃亡防止の網が想定上に大きく、このままだと捕捉されてしまう可能性があります」

 

 その情報はエリザベート&シュトライトが乗ってきた艦に蓄積されていた情報を整理した結果判明した。その艦は現在のような最悪な事態に備えて用意されていたもので規定以上の物資を詰めるだけ詰んでいるのと同時にガイエスブルク要塞司令部が各地から入手していた正規軍配備情報を手当たり次第保持していた。それを先程までがっつりと解析整理した結果、そこ(回廊)まではかなりスカスカだけど最後に厄介な網が用意されている事が判ったのだ。むしろスカスカにしてもいいから最後の網に集中させた感がある。

 

「概略は省略しますが元々辺境を除いた内地は正規軍の配備は少ないものでして、貴族領には治安維持を兼ねた私設艦隊が存在し貿易などの民間艦も貴族領を通行路に選ぶ事で安全を確保している関係(※1)もあり正規軍の航路警備艦艇はその範囲に対して少なく網を張るには元から足りません。しかしどうやらその少ない艦艇をかき集めて最初で最後の網として回廊付近に配備しているのです」

 

 塵も積もればなんとやら。五〇や一〇〇といった警備どころか後手対応専門の部隊であったもそれが一〇や二〇と集まればめんどくさい量になる。

 

「このままでは亡命は不可能、と?」

 

「かなり難しい、と言わねばならい事は確かです」

 

 その言葉にエリザベートの顔に沈む。そしてそのまま何かを考えて、口を開く。

 

「もし、もしもです。私の身柄を使えば皆さまが助かる。のであれば遠慮なく使ってください。ですので一人でも多くの方々が助かる道をお考え下さい」

 

「いえ、それはやりません」

 

 エリザベートの申し出をアイゼンフートが軽く一蹴する。

 

「それにかなり難しい、とは言いましたが万策尽きたとはまだ申しておりません」

 

 ちょっと意地悪をたかのような仕草で語り。エリザベートがすこしムスーっとした表情になる。そして緊張がほぐれたのか二人して軽く笑い合うとアイゼンフートが言葉を続ける。

 

「予定では誰とも接触せずに事を進めようと思いましたが変更して道連れに出来そうなのを少しは集めようかと思います」

 

 そういうと視線をシュトライトに向ける。

 

「エリザベート様はヴェスターラントの一件はご存じでしょうか?」

 

 シュトライトの言葉にエリザベートが頷く。

 

「あの件において造反者を討ち取ったのは一時停戦した正規軍でしたが我々が送り込んだ兵もその直後に到着しました。そしてヴェスターラントの警備を引き継いだ状態で今日を迎えています。その兵は公の親衛隊から送り出された艦艇数一〇〇隻程の戦力です。もし彼らがまだ現地に留まっているようであれば味方として引き込む事が出来るやもしれません」

 

「と言う事なのでシュトライト殿にあちらの艦(同行しているもう一隻)で接触してもらおうと思います。万が一がありますのでこの艦で接触する訳にはいきません」

 

「父の親衛隊でしたら私が顔を出した方が良いのでは?」

 

「メッセージとしての映像を一つ頂きます。ご本人の場合、万が一がありますので」

 

 そういうとメモ(台本)を渡して手早く映像を撮る。そして準備が整うや否やシュトライトを乗せた艦が出発した。

 

 

 それから旗艦シュプリンガーは三日程前進した所で歩を止め、シュトライトを待つ。そしてさらに二日後の九月五日。シュトライト"達"の艦艇は合流する。

 

「吉報が一つ、凶報が二つ」

 

 シュプリンガーに戻ったシュトライトが報告する。

 

「凶報の方が多いのが不気味なのだが……吉報から聞かせてくれ」

 

「では」

 

 コホン、と軽く息を吐いて。シュトライトが説明を開始する。

 

「吉報としては彼ら(合流した部隊)が独自に接触していた流浪部隊が多数おり、かなりの戦力増が可能です」

 

「それはまさしく吉報。で、凶報は?」

 

「本艦との接触について既に先走ってしまった艦があり、情報の伝播次第では十分な距離を稼ぐ前に存在が明るみになります」

 

「なるべくバレない程度の大声でなんとしても静かにさせてくれ」

 

「既に依頼中です。そして第二の凶報ですが、合流した部隊は物資が不足してます。少なくともイゼルローンまでの量はありません」

 

「なんでよ」

 

 アイゼンフートがあきれ顔で呟く。

 

「その部隊ですが、出撃そのものが緊急だったので補給物資を満載できていませんでした。そしてヴェスターラント到着後ですがやはり造反者とはいえ仲間と思っていた盟約軍から攻撃を受けかけたというのがショックだったのでしょう。部隊との間に信頼関係を築けず、物資の提供を受ける事が出来ていませんでした。その状態で我々が接触してしまいまして……」

 

「そのまま来ちゃった、と」

 

「はい」

 

「数は?」

 

「六七隻」

 

 無言で天を仰ぐ。

 

「先ほど話しました"接触している流浪部隊"には輸送艦も含まれていますので上手く合流できればなんとかなるのですが…………」

 

 アイゼンフートが考え込む。

 

「……大前提としてそれなりの数を集めなければ突破は出来ない。その為の集合号令をかけるとこの艦の存在が捕捉されてしまう。かけるとしてももっと距離を開けてから、少なくとも後ろから追いつかれないだけ間を稼がないといけない」

 

「連携は止めてもらう方向で指示は出しております。移動しつつ考えましょう」

 

「だな。といっても何日も放置するわけにはいかない。一日二日で何とか方向性を決めるとしよう」

 

 オーディン~イゼルローンで見れば半分ちょっと程度の位置ではあるがガイエスブルから見たらまだ射程距離。総勢六九隻となったアイゼンフート亡命艦隊は人通り(船通り?)の少ない航路を選び、距離を稼ぐために一目散に突き進んだ。

 

 

「姿を見せようと思います」

 

「見せる、とは?」

 

 アイゼンフートの宣言を聞きエリザベートが首を傾げる。

 

「回廊手前の網を突破する戦力を集めたいのですが予想以上に流浪部隊同士の連携が成されているようで中途半端に号令をかけても芋づる式に集まってくる関係で動けるだけの収拾を付ける時間で掃討軍までやってきそうな勢いです。ですので可能な限り隠れて距離を稼ぎ、頃合いを見て姿を現して号令をかけようと思います」

 

「それでもやはり号令をかけてしまったら身動きが取れなくなるのでは?」

 

「はい、ですので号令をかけた後に我々はとどまらずに進みます。むしろ流浪部隊などには"その行先に現地集合"させます」

 

「現地集合?」

 

「現地集合です。姿を現して亡命を宣言して流浪部隊だろうが留守部隊だろうがこれからに困っている者達の尻を叩いて誘導します。亡命という手もある、してもいい、と気づかせます」

 

「静かに、の予定でしたがとても大騒ぎになりますね」

 

「大騒ぎにします。我々も同士達も正規軍も帝国政府も同盟軍も同盟政府も皆々巻き込んで頭を抱えてもらいます。少なくともここから先の帝国領にその大騒ぎを統制するだけの器量持ちはいない、んじゃないかと思います」

 

「私は軍についてはわからないのですが結果としては"沢山の人を巻き込んでそれに紛れて亡命する"と言う事で宜しいでしょうか?」

 

「その通りです!」

 

 アイゼンフートが胸を張る。色々と正攻法を考えたのだが思い浮かばなかった。思い浮かばなかったからこそ思い浮かんだのは"正攻法が存在しない・使えない状況にしてしまえ"というものだった。全ての舞台をひっくり返してかき混ぜる。その火中での臨機応変であれば自分は上手くやれるんじゃないかという自信もある。その内容を相談されたシュトライトはしばし呆然としたもののこれといった対案を提示する事もできず、むしろ今までの経験を活かしどうすれば政治的に困った事態になるのか? で策を練り上げる始末だった。

 

「具体的内容ですが…………」

 

 説明が開始される。全てを委ねる、としているエリザベートとしては何を言っても任せるつもりではあるがアイゼンフートとしてはあくまでも主はエリザベートとしているので筋は通す。そして淡々とその日の為の準備が開始された。

 

 

 

「いやぁ、楽しい状況になってまいりましたな」

 

 九月二一日、あの布告から一週間。アイゼンフート達の本隊はイゼルローン回廊まであと一週間弱程度の地点まで前進していた。この辺りが網の為にかき集められてスカスカになっている宙域の限界点である。彼らはここで逆の網を張って元々亡命を目指していた流浪部隊などを見つけては糾合していく。集まりすぎると小回りが利かないので三〇〇隻程度を本隊とし、各地に五〇・一〇〇といった小集団をちりばめている。しかしまだ網に対しては心細い。

 

「追撃も予想より遅れているようです」

 

 航路図を眺めてシュトライトが呟く。こちらに向かってくる追撃隊はどうやらガイエスブルにいたらしい一個艦隊が確認されている。しかし、ガイエスブル周辺がブラウンシュヴァイク公領やその関係者達の勢力圏だった事もありそこから(布告に感化されて)逃亡を開始した者達などにより混乱の渦が巻き起こっている。艦隊はそれらを相手にせず一直線にこちらに向かってきていると思われるが道中接触してしまった者達への対応や通常の規制を無視して飛び交う艦艇に影響されたワープ航法の遅れなどが発生しているのだろう、明らかに一週間で移動できるはずの距離を移動できていない(尚、接触した逃亡艦などが接触の際にその都度情報を発信するものだから定期的に位置情報が勝手に入手出来てしまっている)。

 

「後は同盟軍がどう動くか、だ。駐留艦隊が出張ってくれれば良いのだがそこまでアテにする訳にはいくまい」

 

 布告の後、同盟政府は直接的な介入を示してはいない。唯一の反応は「所定の手続きにて行う亡命は常に受け入れている」という声明を出したのみである。既に内乱は終結しているとはいえイゼルローンの駐留艦隊が帰還しているかについては不明なのでいる事を前提として行動はとれない。

 

「いつまで待ちますか?」

 

「後ろとの距離を考えると数日が限界、と言いたい所だがもう出た方がいいだろう」

 

 ガイエスブルからイゼルローンまで、一直線に進めると二〇日弱で到着できる。アイゼンフート達はその中間ちょい程度の位置におり後方から迫ってくる敵艦隊は更に後方一週間あるかないかの位置にいる。それは現状問題ない、問題が発生したのは別の方面である。

 

「よもや貴族領の私兵まで動員するとは。敵味方の私兵部隊が入り乱れると収拾がつかなくなるから出さないと思っていたのだが……」

 

 基本的にオーディンから見て遠地になればなるほど貴族領は減り、帝国直轄領が増える。歴史のある有力貴族はわざわざこのような遠方地まで開拓する気はなくいるといたら一攫千金(領土)を狙った零細貴族くらいなものである。その手の貴族は中央からつまはじきにされたのが多いので大貴族との繋がりは薄く、周囲に多い直轄領との縁は深い。なので盟約側に付いたのは少ない。その私兵艦隊が動き始めたっぽいという情報がちらほら入っている。布告から一週間の時間を要したのは準備やら敵味方識別や正規軍度の連携に時間を食ったのであろう。

 

「ここから先はほぼ直轄領ですが少し後方には少なからずの政府側貴族領があります。実質的に後方から迫ってくる艦隊の先行偵察役といった所でしょう」

 

「それが来る前に進まなくてはいけないか。再確認だ、把握している同志は全部で?」

 

「本隊以外では一〇〇〇程度。密度的に接触してなくとも機を伺っているのも多数いるかと」

 

「小規模基地とはいえスカスカにしたからには数千隻の網になっているはず。しかし引くのは論外、待機は自滅、となれば進むしかないか」

 

「では先行偵察隊を編成しましょう。すぐに見つかってしまった場合はそれはそれで急ぐ必要があるという事で損はしないでしょう」

 

「そうだな。編成を任せていいかな?」

 

「承知しました」

 

 シュトライトが下がり、アイゼンフートが"ふぅ"っと一息つく。計算できる、任せれば自分で動いてくれる幕僚がいるというのはここまで有難い事なのか、と。シュトライト本人はそこまでの事は出来ません、と言っているがやはり正規の士官学校工程を経て将官になった人材は基礎が違う。しかも自分(アイゼンフート)が死んでいた場合の逃亡作戦の為に子飼いの正規士官が多数用意されていた。いわゆる貴族枠艦隊の時は主要スタッフは正規軍指定となっていた為に十分な子飼いを育成する事が出来なかったがお陰で今は司令官に徹する事が出来る。指揮する艦艇数は二桁減ったがある意味幕僚はその時以上に充実しているのだ。

 

「これより亡命作戦の最終工程を開始します。ここからは隠れる事よりも進む事を優先します。合図を元に皆で群がり、抜けれるか否かです」

 

「戦闘になるかもしれない、と言う事でしょうか?」

 

 エリザベートの顔に陰りが見える。苦労をする覚悟はできている。しかし戦闘となると自分を含め誰かが死ぬという事である。ここまで奇跡的に戦闘が発生していなかったのだが流石にここからはそうはいかない。

 

「恐らくは。戦闘にならずに亡命が出来るのであればそれは余程の幸運、若しくは多くの同士が打ち砕かれた隙、そのどちらかでしょう」

 

「…………その為に一箇所に集まらなかったのですか?」

 

「はい。見つかりやすくなるというのも無論ありますがここまで周囲を巻き込んでの大騒ぎにしたのは我々以外の的を増やす為です」

 

 言わなくてはいけない事ははっきりと言う。表立っては皆で亡命しようなとど言っているが本音としては我々が亡命する為の捨て駒になってくれ、である。本隊の三〇〇隻は元正規軍(=貴族枠艦隊)系の艦艇から質の高いのを選んでいる。一〇〇や二〇〇の部隊であれば何度かは正面から粉砕して突き進めるだけの戦闘力を有している。後は突破作業中に周囲の敵部隊が群がってこないように囮の同士が捕まっている所を見繕って突破口を見つけるだけだ。

 

「全てをお任せすると言った以上はお任せするしかありません。しかし、助けられる者がいたら見捨てずに助けてください」

 

「出来る範囲で、となりますが努力はいたします」

 

 

 九月二二日に前進を開始した本隊は前日に先発した先行偵察隊の結果を元に歩を進める。周囲にも情報が拡散し、待機していた同士小集団も動き始める。のだが……

 

「流石に網、縮めすぎちゃあいないか? あの位置で待機していたのが馬鹿馬鹿しいじゃないか」

 

 アイゼンフートがぼやく。丸三日進んでも偵察部隊にさえ見つからない。ここまで来ると回廊手前にいるとしか思えない。

 

「同盟軍がいない、という前提であれば確かに回廊入口付近が一番いいというのは判るのですが…………」

 

 シュトライトも首を傾げる。確かに網としてはそれが一番いいのだが同盟がその気になれば背後からの強襲で一瞬にして崩壊する。いないという情報を掴んでいるのかどうなのか? 二人して首を傾げるが実の所原因はこの二人だった。簡単な事である、中途半端に同志としてかき集めたり待機させたりした関係で網に引っかかる獲物がおかしい形で減少したのを確認した現地司令官が「これは固まってくるぞ。こっちも狭めて固まろう」と言う事で網を狭めてしまったのである。言われてみればその通りなのだが如何せんこの二人、最前線経験が極めて少ないのでこの手の細かい駆け引きが判っていない。そして網の側は確かに小勢のかき集めだが正規軍の小さな城主(=基地部隊司令)の集団である。合計した頭はこの二人より回る。イゼルローン艦隊が鬼門だが強行偵察隊を送り込み、非常事態にはすぐに連絡するようにはしている。結局は回廊に近づくにつれて分散していた小集団は自然会合し、今まで接触していなかった者達もこれ幸いにと擦り寄ってくる。そして遂に九月二六日、最初の遭遇戦が開始された。後に"イゼルローン回廊帝国側宙域の亡命戦"と呼ばれる規模は小さくも意味の大きい戦いである。

 回廊まであと数日といった至近距離にて戦闘が開始される。ここまでくると有人惑星はなくある意味自由に動き回れる宙域となっているが結果として正規軍はこの宙域に三七〇〇隻程度の艦艇をかき集めている。警備隊等が主なので実戦闘能力は正規艦隊部隊に劣るが数は正義である。

 

「右側面より推定二〇〇隻、急速接近」

 

「ヴェストファーレン隊が対応を、ケーニヒ隊以外は現状のまま正面、ケーニヒ隊は周囲を警戒」

 

 五七三隻になっていた本隊は進行方向に二五〇隻程度の部隊を発見。回避は不可能を判断し早期殲滅の為に突進するも相手は急速後退。そして案の定、近くにいたのであろうもう一部隊がやってきた。これでほぼ同規模、あと一部隊来たらおしまい。これがあるから小集団を的にしたかったのだが近づき過ぎて糾合してしまった結果、手頃な囮が近くにいない。

 

「本隊は紡錘陣形で敵を中央突破し後方に展開。同時に両隊は離脱し後方(本隊の後方=回廊方面)に全力逃亡。本隊はこれを支援した後に逃げる」

 

 成功失敗関係なく、とにかく時間をかけれないので即断即決即実行。本隊に編入した艦は質の高いものをかき集めているので大型艦の比率が高く、相手は警備隊が主なのでその逆。ならば正面からぶちかますのが最善となる。あっという間に正面の敵を撃破し、逃亡は成功する。しかし、

 

「進行方向に部隊二つ、規模不明。後方から追いかけてくる残敵も振りきれていません」

 

「紡錘陣形維持、全速で突貫。もう一回くらいなら無補給でぶち抜けるだろう。止まっていられるか。あと一回か二回抜ければたどり着けるんだ」

 

 突入を開始してから該当宙域からは救援要請やらなんやらが飛び交っている。後の記録照合のよるとこの時宙域には突破を試みる亡命艦艇が約二七五〇隻、阻止すべく動く正規軍が約三七〇〇隻。後ろには追撃中の正規軍一個艦隊、政府側貴族私兵が約四〇〇〇隻、そして同エリアを回廊目掛けて逃亡中の盟約系各種艦艇が推定七〇〇〇~八〇〇〇隻。これらが艦隊を除けば最小数隻、最大でも数百隻で統率なく蠢いておりまさしく当初の希望通りの「ぐちゃぐちゃ」な状態である。この後方の恐怖の団子がまごまごしているうちに、正規艦隊が回廊入口を封鎖する前に逃亡を完了させねばならない。しかし、こうしなければ最悪二隻(+連携のない亡命希望者)対三七〇〇隻になっていたのだ、その時よりかは随分マシである。

 

「逃亡終了までに物資が持たない艦のみ必要物を補給せよ。完了次第前進する」

 

 半日程続いた追いかけっこは捕まってしまった最後尾のヴェストファーレン隊を見捨てる事で一定の距離を保つことに成功した。といっても追いかけてくることは確実なので最低限の補給とし少しでも時間を短縮する。それでも旗艦と最低限の最精鋭は満載にしていおく。最悪それら以外を捨てる事での目標達成もあり得るからだ。その間に周囲の騒音を拾い、状況を確認する。騒動は確実に回廊に近づいている。言い換えれば皆が皆集まってきてしまっているという事だ。集まりきる少し前にすり抜けるのが一番なのだが……

 

「後方の感知器より反応有り」

 

「補給中止! 前進開始」

 

 部隊に組み込んだ補給艦が搭載していた少量の使い捨て感知器。虎の子のそれがタイムリミットを知らせると補給が即中断される。それが原因で最後まで走れない艦が出るかもしれないがそれはもう運である。

 

「前方からも複数の反応!!」

 

 前から三つ、後ろから二つ。一つ一つの数は二〇〇~三〇〇といったものだがこちらはもう四〇〇を切っている。前方の敵は判っているのか間をすり抜けしにくい間隔でこちらの進行方向を妨げる動きを見せる。

 

「避けれそうにないな。前方中央の敵を中央突破する。敵の全量は判らんが周囲の騒音を考えれば次がある可能性は低い」

 

 最大戦速で突っ込む本隊と待ち受ける敵部隊は射程距離に入ると同時に全力での殴り合いを開始する。前回突破した相手が弱かったのか今回のは強いのか? 倍近い敵による猛火は先頭を進む艦を容赦なく火球に変える。

 

「やばいな、こりゃ。あの時といい今といい、覚悟を決めた突貫は上手くいかんらしい」

 

 思わずアイゼンフートが口に出してしまう。しかし、ここまで来てしまってからには勢いを止める事は即ち敗北である。ミュッケンベルガーとの決戦でそれは思い知らされた。だが、突破口は予想外の所から出現した。

 

「一部の艦が勝手に離脱しています!!」

 

 オペレーターの叫びを聞いてスクリーンを見ると本隊最後尾の艦が一〇隻程度、突貫から離脱して正面的の側面から回廊に逃げ込もうとする動きを見せる。

 

「もう止められん、好きにさせるしかない……ん?」

 

 一〇隻程度の離脱のはずだが敵が妙に反応をし始める。三つある敵部隊のうち"それ"に近い部隊が強引に方向転換を行い"それ"に狙いを定める。こちらへの火線は弱まり。何よりも部隊と部隊の間に隙間が出来る。

 

「そこの隙間に突っ込め!!」

 

 こちらも強引に矛先を曲げ、わずかな隙間を潜り抜ける。その間にも火線は本隊を打ちのめすが落としきる前に突き抜けて走り去る。

 

「あの過剰反応はなんだったんだ?」

 

 アイゼンフートが首を傾げる。これは後に判明した事であるが突破を試みる亡命部隊で最大規模であったこの部隊に迷惑人アイゼンフートがいる! と決め打ちした正規軍は最初の突破戦が終わる事には次の待ち伏せを行うべく第二の、そして最後の防衛線を構築した。そこでの戦いで抜け足した一〇隻あまりの艦艇を「全ての味方を盾にして何が何でも逃亡を行おうとしている敵本陣である」と誤認。一部隊を丸々ぶつけようとしてしまったらしい。その結果、目の前に居残ってる本陣の逃げる隙を作ってしまったという訳だ。

 

「まぁそんなことはどうでもいい。あとは走るだけだ」

 

 二〇〇弱にまで擦り減った部隊は最短ルートをひたすら前進する。そして回廊まであと一日という所で最後の遭遇が発生する。

 

「正面、推定五〇〇から六〇〇!!」

 

「ここに来てこれは、いや、もしかすると?」

 

 最初にそれを疑ったのはシュトライトであった。

 

「多分それだ。まぁここから何かできるような状態でもない。正面から"挨拶"するとしよう」

 

 二つの部隊が正面から近づく。そして"それ"は予想通りの反応を示した。

 

 

「こちらは自由惑星同盟軍イゼルローン駐留艦隊。亡命希望であれば既定の信号を発信しつつ…………」

 

 

 七九七年九月二八日 近年類を見ない組織的大規模亡命の第一陣がイゼルローン回廊に到着した。

 

 

 

 イゼルローン回廊に帰還した駐留艦隊はそのままノンストップで帝国側回廊出口に進出。六〇〇隻の支隊単位で威力偵察を開始。結果として回廊出口付近まで団子になってやって来た亡命希望第一陣や正規軍阻止部隊と半狂乱に近いもみ合いの末、なんとかかんとか正規軍阻止部隊を追い払う事に成功。するのだが次の団子(正規軍一個艦隊+私兵部隊、各地からの亡命希望第二陣)の到来に頭を抱えた挙句、念の為派遣されてきていた第二艦隊と合流、帝国艦隊に半分脅しに近い決戦姿勢を見せつける。艦隊司令官シュターデン大将は形勢不利(※2)を認め「ここまではこないだろう」という所まで(見つけた亡命希望第二陣をぶちのめしつつ)後退。深追いを避けた同盟軍も順次後退し両軍の大規模衝突は回避された。そして亡命の波が静かになる頃に同盟軍は政府指示により大規模展開を終了、艦隊は帰還する。その頃には帝国側も正式な対同盟前線艦隊(アムリッツァ駐留艦隊)が到着。細切れにやってくる亡命者狩り任務も引き継がれる。自由惑星同盟の公式発表では内乱を契機としての亡命が一二月三一日までに軍艦・民間船問わず合計三四一九隻、人員数約四七万人(非戦闘員多数含む)。亡命成功率は三割にも満たないものであったという(※3)。そしてこの顛末をもって銀河帝国と自由惑星同盟の内乱の一年が終結したのである。

 

 





 大筋で原作の流れを意識していたのは事実だが"原作要素>二次創作要素"が逆転するのはここ(七九七年九月以降)からだろうなぁ、と。つまりは作者の技量に誤魔化しがきかなくなるって事だw

 これは判る人にしか判らない書き方なのですがアイゼンフートは既に作者の手を飛び出して勝手に動くキャラになってます。キャラが濃くなると"シナリオはこう進めたいからこいつはこう動かす"と作者が考えても"でもこいつ性格だとこう動く(=結果としてシナリオがブレる)"ってなってしまう、と。昔TRPGのGMやってた時と同じだなぁ。当初の予定はミューゼル姉弟の亡命に伴う影響が主題でしたがまぁ一人くらい濃いオリキャラいてもいいんじゃね?と。それにしても最初は「メルカッツいねぇから少しはやれる人を用意しないと駄目だな」程度だったんですが・・・・数が多いと違和感ありなので少なくし過ぎた結果として過重労働になってキャラが立ってしまった。

 盟約軍の主要キャラは個別には述べませんがまぁこれで"おしまい"です。惜しくはありますが生き延びれるシチュエーションではないので。

 どうする? レオポルド・シューマッハ???? 完全に(シューマッハとフェルナーを間違えてしまった)作者のとばっちり。どこかで出してやる。何とかして出してやるw

 帝国は銀河に国家は己のみ、として自由惑星同盟という国を認めないのを国是としているのに対して自由惑星同盟は「帝国の圧政から脱し、銀河連邦初期の理想的民主主義を取り戻す」というのを国是としているのだがこれはある意味「帝国という国家の存在を認めないとできない」事なんじゃないかな、と。帝国と言う専制国家へのアンチテーゼでもあるので。

 ゲームでのマップなどを見るとオーディン-ガイエスブルク-イゼルローンの位置関係はガイエスブルクが結構オーディン寄りに見えるのですが原作内ではガイエスブルク→オーディンで二〇日。イゼルローンがその倍ちょっとくらいの日数のはず、となると中間点よりそこそこオーディン寄りってのが適切な位置のはず。これはまぁオーディン周辺というか首星に近ければ近い程、人口・交通密集地と言う関係で一日当たりの移動可能距離が短い、と考えるべきなのかな?と。といっても宇宙は広いので物理的な密集地と言う事ではなくてワープの出入口航路として確立された通路と移動量の関係と言った所です。



※1:民間貿易艦
 貴族側からしてみたら民間貿易艦が領内を多く通れば貿易のおこぼれで収入が増えるので「うちの領内はきっちり警備してるから安心して来てね!」となり民間貿易艦からしてみれば安全な航路を使えて貿易相手も増やせるのでWinWinの関係になれる。しかもその呼び込み競争があるから通行税とかは吹っ掛けられないし頂くとしても正当な金額に収まる。

※2:形勢不利
 同盟軍:イゼルローン駐留艦隊+第二艦隊で一個艦隊半、二〇〇〇〇隻オーバー
 帝国軍:シュターデン艦隊+ズタボロになった正規軍回廊付近阻止部隊+戦力として当てにしてはいけない貴族私兵、全部合わせても同盟軍未満

※3:亡命成功率
 同盟軍(イゼルローン駐留艦隊+第二艦隊)による回廊出口周辺(~アムリッツァ星域の有人惑星領域付近までの人のいない宙域)の一時的制宙権確保により帝国軍の回廊手前亡命阻止網が破綻。同盟軍制宙権外の主要路にて巡回網を再編するまでに滑り込んだ亡命希望第三陣の多くが突破に成功した。亡命成功者の半数以上がこの時の第三陣である。だがその後の亡命希望陣はオーディンからの正式なアムリッツァ駐留艦隊の合流により絶望的成功率になった。

・亡命希望(成功率は各陣における相対比較)
 第一陣:キフォイザーの残兵などが中心 アイゼンフートの宣言前に突破を試みた層は成功率低 アイゼンフート達と合流したり同時行動を行った層は成功率中
 第二陣:アイゼンフートの宣言に即反応した者達が中心 同盟・帝国・亡命勢力に狂気の入り乱れが発生してたタイミング 成功率中の下
 第三陣:アイゼンフートの宣言を元に短時間ながらきちんと準備して出発した者達が中心 帝国軍阻止網が一時的に破綻していたタイミングという幸運もあり 人・物共に多くの亡命が成功した 成功率高
 第四陣以降:準備を丁寧にやりすぎた、腰が重かった等、即断できなかった層 アムリッツァ駐留艦隊が追加され再編された阻止網によってほぼ根こそぎ刈り取られた 成功率極低

 尚、フェザーン方面については"同盟への亡命宣言"だった為に元から少なく、回廊入口最狭部に網を張れば良いので成功率は絶望的であった。ただ、フェザーン~帝国の正規貿易路も一時封鎖に近い形になってしまったのでこれについてはフェザーンから"過剰行動である"と抗議を受け、帝国は(それどころじゃないめんどくさい状況だったので)素直にごめんなさいした。


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No.43 宇宙に救国はあらず

宇宙はそらと読む。古事記にも書かれている。

徳間書店新書版2巻
24文字×19行×2段×本文248ページ×0.8(平均空白率20%とする)=180941文字
本作品第二章(原作2巻相当)
No.23~42 合計文字数=189930文字

あるぇ????? 同盟側丸ごと残ってるのになぁ?????


 

「各星域の軍最高位者、出撃中の艦隊の司令官は直ちにその立場を明確にせよ」

 

 

 七九七年四月一四日 イゼルローン要塞

 

「これでほぼ全域の制宙権は得られるはずだ」

 

 ウランフが司令官席に腰かけて呟く。周囲では幕僚達が出撃準備に大忙しとなっている。拠点防衛ではない外地への全力出撃は用意する物資の量が違うのでどう急いでも一週間近い準備が必要となる。そこまでは情報の収集に努めるしかない。

 

 

「ランテマリオ軍管理区はウランフ大将の行動を支持し、その指揮下に入る事を承認する」

「第二艦隊はイゼルローン駐留艦隊と行動を共にする」

「第四艦隊はクーデター勢力に与せず」

「エル・ファシル政府は……」

「…………」

 

 

 それは"雪崩打つ"という言葉が相応しい支持声明の競争であった。軍に対する確認のはずだったがとある星域の行政府が支持声明を出した事を契機として国中の各星域政府も支持声明を発表。自由惑星同盟は"首都星ハイネセン+叛乱四惑星vsその他全部"という比重著しい真っ二つという判り易い構図となった。そしてその形勢を確認するとウランフは先手を打って"提案"を行う。

 

「救国軍事会議を自称する勢力はハイネセン住民の生活を守る為に、外星域からの貿易輸送船受け入れを承認せよ。該当輸送船は事前申請を行った最低限の警備艦艇が同行する。当方の工作員侵入を疑うのなら輸送船への検閲を実施せよ、但し物資流通の妨げや供給を盾にした住民への協力強制は行ってはならない」

 

 首都星ハイネセンは生産消費でいえば消費側となる星である。ありえない話にはなるが制宙権を確保し囲み続けていればいつかは生活の崩壊により陥落する。そういう意味ではハイネセン外で制宙権確保を行える宇宙艦隊及び星域警備隊などの支持を得られなかった時点で彼らは既に敗北しているのである。しかしウランフとしてはそのような悲劇を生むつもりはさらさらないし救国軍事会議側がそれを交渉の駒にしてしまうと困る。故に先にこれを解決してしまおうという判断であった。ハイネセン住民に対しては先に提案した事も、それ(物資)を保障しているのもこちら側であるというアピールにもなるし救国軍事会議側としてはそれを拒否する事やそれを餌に何か条件を吊り上げる行為は行えない。ウランフがオープンで語りかけてきた事はなんらかの形でハイネセン住民の耳にも入ってしまう以上、生活(生命)を駒にした交渉は住民感情に致命的な影響を与える。

 救国軍事会議は本音を言えば仕方なくではあるが表面上は"人道的見地に基づき、住民生活を守るための物資流通はこれを承認する"とし、その提案を受け入れる。ハイネセンの外に味方はほぼいない。ハイネセンの中にも多くはいない。ハイネセンにいるはずの艦隊司令官達も姿を見せない(=不支持)。国家行政の中枢のみを綺麗に占領した救国軍事会議はそれ以外の全てから支持を得ていない。人口一三〇億人の中の0.01%にも満たない勢力。それがクーデターから一週間も経過してない救国軍事会議の実情であった。

 

 

 

「右も左も敵だらけ。ここまで最低限の兵力で国の中枢を完璧に抑えたクーデターというのも見事と言うほかないな」

 

「……嫌味ですか、それは?」

 

 救国軍事会議、最高議会室。少し前までは自由惑星同盟最高評議会会議室と呼ばれていたその部屋に二人の高級将官が佇んでいる。中央の大型スクリーンには全土の星域図が映し出され、救国軍事会議の勢力が極めて寂しい範囲でマークされている。最盛期で五つの点だったその勢力圏はシャンプールの陥落によって四つの点に減っている。残りの点も第四艦隊の攻撃でパルメレンドとの通信が先日途絶し、カッファーは臨時編成されたランテマリオ星域方面軍(グリーンヒル大将)が迫っており交渉と言う名の時間稼ぎを行う予定になっている。ネプティスのみが健在であるがこれは健在というよりも相手にされていない位置と戦力なだけである。

 

「もう少し戦力が集まると思っていた、というのは事実です。ここまで集まらない、いえ、集めなかったのは不満のある所ですが」

 

「集めるはずなかろう。ここに座っている事自体がせめてもの情け。鎖をかけられなかったら座ってもいないわ」

 

 救国軍事会議議長ブロンズ中将の愚痴を副議長ダニエルズ大将が一蹴する。決起から今日に至るまでダニエルズは何もしていない、何をするつもりもない。ただ、妻のいる実家と大尉である息子に"情報部が厳選した護衛"が付いている間は何もせずここに座っているだけだ。

 

「貴様であれば俺の唱えていた"軍拡"が何であったかなど知らぬ訳がない。どうせ下の者達が目玉欲しさに勝手に動いたという所だろう?」

 

 ダニエルズの問いにブロンズは答えない。その沈黙が答えであるといえる。

 

 

 二〇年程前、ダニエルズ少将(当時)が提唱した軍拡案は十分な計算をしたうえで行ったものであった。当時の同盟軍はイゼルローン要塞の完成(七六七年)を契機とした帝国の攻勢に対応する為に一個艦隊(第一二艦隊)の新設及び各艦隊の定数増を目的とした戦力増強計画のまっ最中であった。この増強計画は正規艦隊の総定数を二五%増加させるものであり、計画完了後は安定した防衛が可能であると試算されていた(※1)。しかし、更なる増強を望む軍拡派の中でダニエルズは当時同じく少将で後方勤務本部の精鋭と言われたロックウェルと共に同志を集め、精密な計算の元に第二次戦力増強計画を打ち立てた。期間は一〇年とし、前期五年で第一次と同量の総定数増を行い三個艦隊を新設、後期五年でその増強戦力を使用した攻勢を行い"多少の被害に目をつむり数の暴力でイゼルローン要塞を陥落させる"。陥落後は新設三個艦隊は解散、イゼルローン防衛に十分な計算が出来るのであれば更なる削減も行い、国力の回復を行う。というものであった。つまりこれは軍拡というよりも戦略的優位を得る為の一時的増強と呼べるものであった。

 しかしこの計画は頓挫する。"一〇年限定の数値"として見れば経済的には可能と見れるものであった。しかし"人"として見ればその計画は国民の合意を得られるものではなく(※2)、その人的消費を表立って主張できない弱みなどもあり国防委員会の主流派(後のトリューニヒト派母体)は建前上は"経済的負担に関する国民の合意が取れない"としてその計画を却下する。ダニエルズは尚も主張を続けるが有力な同志であり"計算"の総元締めだったロックウェルが当時国防委員の秘書であったヨブ・トリューニヒトという青年の説得に応じて旗を降ろすに至りいわゆるダニエルズ派は瓦解した。そして七八〇年、ダニエルズ本人が地方基地司令官として遠方に赴任(左遷)となり全てが終わった。

 今回のクーデター、救国軍事会議において中核となっている佐官級人材はこの軍拡派における最後の世代でありその残光と呼ぶべき者達であった。しかし、いわゆるダニエルズ派に属していた"計算する"軍拡派ではなく"ただの"軍拡派と呼ぶべき者達である。彼らは担ぎ上げる神輿として"最後まで軍拡を主張していた高級将官"であるダニエルズを選んだ。ダニエルズの元盟友であり現職の後方勤務本部長であるロックウェル大将は軍拡の旗を降ろしただけでなく、腑抜けた再建案の舵取りを推進する裏切り者であり神輿としては考えられていなかった(※3)。彼らは全ての準備が終了した後で満を持してダニエルズに接触、旗頭(議長)としての決起同意を求めたがダニエルズは拒絶(※4)。念の為に用意していた"護衛"の事をちらつかせる事で(何もしないぞ、とは宣言したが)首を縦に振らせた。それは同意したわけでも威に屈したわけでもなく(恐らく多くの支持を得られないであろう)この危険な決起軍を内側から見ておく人が必要だろうという判断からであった。

 

 

「艦隊の準備が整った。指示があり次第、出撃する」

 

「出撃のタイミングは任せます」

 

 議会室に入る連絡にブロンズが答える。

 

「アラルコンか。あれくらいしか部隊を任せる人材がいないとはな。数もたかだか三〇〇〇程度、一〇倍の敵に逃げずに向かう所だけは立派だがな」

 

 艦隊とは名ばかりの三一九七隻の部隊、これが救国軍事会議艦隊の全兵力である。部隊単位で参加したものは一つもない、単艦単位での参加者の集合体。だがある意味それだけの覚悟を決めた志願者達なので結束力はある。ただ、数と指揮能力がないだけである。

 

「それこそあなたが説得して頂ければ一個艦隊が味方になるかもしれなかったというのに……」

 

「説得できるわけなかろう。あれ(ルグランジュ)はわしの最高の弟子だ。わしの軍拡論も完全に理解していたし将の器はあきらかに上。どうせわしが直接行かんものだからわしの名前を使って説得でもしたのであろう。それこそ逆に説得力を失うというものだ」

 

 再びブロンズが苦虫を噛み潰したような顔になる。しかし一度副議長として迎えてしまった以上は無下には出来ない。動こうが動くまいがそこに座っているから参加している者も沢山いるのだ。そして当然ながらそれを理解しているからのダニエルズの態度である。恐らく参加そのものも加勢ではなく暴走の抑止といった所であろう。そしてそれが救国の理想に合致する以上、その点については手を組まなくてはいけない。カリスマを持つ指導者を擁立出来なかったからには最高幹部の威と姿勢で統率するしかないのだ。

 

「どれだけ嫌味を言われようが打てる手がある限り打ち続けます。諦めたらそこで理想の革命は終了なので」

 

「世の中にはごめんなさいをした方がいい"無駄な努力"もあるものだ。もう少し年寄りの声に耳を傾けた方がいいぞ。わしは何もするつもりはないが終わらせる事くらいは手伝ってやる。その気があるのならいつでも言う事だ」

 

「覚えておきましょう」

 

 それだけ言うとブロンズが場を後にする。熱が入りやすい若手が行き過ぎた行動を起こさないように絶え間なく目を光らせ続けなくてはいけない。その議長の背中をダニエルズがつまらなそうな瞳で見つめていた。

 

 

「この状況でいくか? 真面目な事だ」

 

「他になり手がいない以上、仕方あるまい。そういう意味ではあなたも立派な候補のはずでは?」

 

「俺はもう一〇年近く現場を離れていたロートルだ。そういう席は譲るさ」

 

 艦艇駐留施設へのターミナルでアラルコン少将を出迎えたリンチ少将が真面目とも不真面目とも言えない口調で応える。如何せん現場(艦艇任務)将官の参加者が少なく、参加艦艇を部隊としてまとめるだけでも一苦労である。それこそこの一〇年現場を離れていたリンチが編成を取り仕切らないといけないレベルの人材不足である。

 

「パルメレンドはもう落ちる。となると残るはカッファーとネプティスのみだ。相手は三個艦隊(イゼルローン駐留艦隊・第二艦隊・第四艦隊)、こちらは三〇〇〇。出来る事は後方遊撃によるかく乱のみと言った所。それも戦況の改善の見込みのない時間稼ぎにすぎん」

 

「そんなことは判っている。時間稼ぎ、上等ではないか。すればするほどに敵がハイネセンに進める兵力が減る。減れば減る程に首飾りの優位は揺るぎないものとなる。時はまだどちらの味方にもなっていない。延びれば延びる程にどう転ぶかは予測できないものになる」

 

「要はそこまでしないと"運任せ"にもできない、と言う事だろう」

 

「そうだ。それの何が悪い。最初から全てが上手くいくなど思ってはいない。……流石にここまでとは思わなかったがな。周囲は全て敵だ、宇宙を股にかけた追いかけっこだ」

 

「そこまで覚悟をしているのなら好きにするといい」

 

「そうだ。好きにさせてもらおう」

 

 そういうとアラルコンは兵員輸送用シャトルに乗り込む。この艦隊の参加者には先日、最後の志願確認を行った。この時に辞退さえすればその旨を認めた証明書を作り、事が終了するまで自宅謹慎というものだ。そしてそれでも残った者達をこれから率いる。これだけ言っても残った者達である。如何なる道であろうとも精神的に負ける事などは無い。それだけがこの部隊の強みなのだ。

 

 四月二三日 アラルコン率いる救国軍事会議艦隊はハイネセンを出発した。目標はカッファー。敵艦隊の後方に回り込むと共に数少ない同志を糾合、それを牽制しているであろうランテマリオ星域方面軍などを撃破し敵主力艦隊の後方で"存在し続ける"事である。

 

 

 だが現実は非常であった。

 

「敵分艦隊らしきものが出撃したという情報が入った。数にして約三〇〇〇、敵であるとしたら正面から戦える数ではない。となれば正面でない所で戦う為の出撃になるだろう。何を行うにしても我々の裏に回らなければ何もできない」

 

 イゼルローン艦隊はシャンプールの攻略を完了した第二艦隊と合流、ネプティスにはイゼルローン予備分艦隊(二四〇〇隻)を派遣し牽制。そして合流した二個艦隊による更なる前進中にその情報はやってきた。全土に対する指揮権と支持を得たウランフは各警備隊基地に対し物流安定の為の護衛を命じ、特に戦力としての合流は求めなかった。しかし、ハイネセンに隣接する地域に対しては敵艦隊の出撃が無いかの見張りを命じていた。周囲は全て敵となっている救国軍事会議としては何をどうしてもその目から逃れるのは無理なのだ。両艦隊の幹部を旗艦に集合させ、今後の方針が指示される。

 

「裏には通さずに追い詰める。部隊は四つ、第二艦隊、第四艦隊、そしてこの艦隊を二つに分ける。三〇〇〇という数が士気旺盛であっても半個艦隊であれば抑え込める。半分に分けた艦隊は……アッテンボロー、お前が指揮を取れ」

 

「副司令がやるべきでしょ!!」

 

 突然の指名でアッテンボローが抗議の声を上げる。

 

「お前は"逃げる事ならまかせてください"という事じゃないか。それならば自分が逃げるならと逆に考えれば追いかけるのも大丈夫なんじゃないか?」

 

 フランフがにやつきながら語り、チェン参謀長や各分艦隊司令(艦隊副司令含む)も静かに頷いたり含み笑いを浮かべて彼を見つめる。どうやら根回しは済んでいるらしい。(艦隊内最年少分艦隊司令だからってこき使いやがって)という気持ちもあるがウランフがお遊びでそのような役を任せる訳などなく真面目な期待の表れである。それが判っているので口では色々と言うが結局は引き受ける。

 

「後はこの四つの駒で行うチェックメイトまでの詰め手順だ。適切な航路指示と機動運用が必要となる。フィッシャー少将、私の半個艦隊を含めた四部隊、統率指示をお願いしたいのだが宜しいだろうか?」

 

 皆の視線が第二艦隊司令官エドウィン・フィッシャー少将に集まる。艦隊運用というがそれは戦場での細かい機動だけではない。戦場までの移動などを含めたもの、それが艦隊運用である。その道の達人と目されるフィッシャーは鷹揚と頷く。

 

「引き受けましょう。丁度、宇宙艦隊司令部からハイネセン~イゼルローン間の艦隊移動経路再編成を依頼されている所でして。新しい航路なども使えば優位に立てるでしょう」

 

 周囲から"おぉ"と感嘆の息が漏れる。達人とその達人が作った新ルート有り。万余の艦に勝る一人の頭脳である。

 

「では、お願いする。第四艦隊にも優先して指示に従うように伝えておく。準備・航路選定が完了次第出発とする。準備を開始せよ」

 

 ウランフの号令で皆立ち上がり、各々の仕事場に戻る。

 

 "獅子搏兎"

 

 ウランフが小さな声で呟く。

 

(すまんが小さなミスも許されないのでな。とことん全力で追い込ませてもらうぞ。出来るものならそれで心が折れてくれれば良いのだがな)

 

 そう考え終わると頭を切り替え、ウランフもまた"四つのうちの一つの部隊長"としての準備を開始した。

 

 

「これが現実と言うものなのか!!」

 

 アラルコンが思わずデスクに拳を叩きつける。順調に移動できたのは行程の半分にも満たなかった。いや、警備隊に見つかる事も駄目となると最初から順調などではない。彼も彼なりに考え分艦隊規模(二四〇〇隻)を上限としているルートを無理矢理突っ切るなりして想定される敵艦隊規模では捕まりにくい動きをしているはずだった。しかしポイントポイントで計ったかのように正規艦隊所属と思われる偵察部隊に捕まる。その偵察部隊は接触するや否や全力で逃亡するのだがその逃亡先は半個艦隊以上が移動可能なルートなので待ち受けられる可能性がある。そうなるとそのポイント周辺はどのような待ち伏せがあるか判らない。なので次の道筋を使う、でも見つかる。三歩進んで二歩下がるか二歩進んで三歩下がる。だんだんと絞られていき三歩進める時がなくなる。思い切ってネプティスとは別方向であるランテマリオ方面を突っ切ってカッファーに向かおうとするがお見通しとばかりに別動隊(第四艦隊)による封鎖に遭遇して慌ててUターンする。その間にネプティス方面からの本隊らしきものも前進しており更に行動範囲が縮まる。そしていつの間にかハイネセンへの退路すら塞がれており(※5)全方向からの追い込みが開始される。あとはもうただ逃げるのみ。アラルコン率いる救国軍事会議艦隊は計算されたかのようにドーリア星域にて完全包囲された。

 

「四方向よりそれぞれ半個艦隊規模。意図的に発している識別信号の照合結果ですがイゼルローン、第二、第四艦隊となります。総数三〇〇〇〇弱です」

 

「そんなことは判っている」

 

 任務に忠実なオペレーターによる報告がアラルコンを余計に苛立たせる。

 

「旗艦反応はどこだ?」

 

「正面イゼルローン艦隊、右第四艦隊、後方第二艦隊」

 

「欲をかいて二部隊の中間を狙っても双方から圧殺されるだけだ。引き付けて左方部隊側面を走り抜ける」

 

 正面のウランフは当然ながら第四艦隊のモートン少将も自分より優れている事は認めている。後方のフィッシャー少将は(運用ではなく戦闘指揮であれば)同等以上だと思う。しかし、ハイネセン方面に走ってもどうにもならない。となると左側のイゼルローン艦隊のもう半分を率いる人材がウランフやモートンよりもマシである事を祈るしかない。

 

「俺は諦めんぞ。例え半分になろうとも走り回れば妨害になるのだ潜り抜けれればそれでいい」

 

 無駄な努力と言われようと一度振り上げた拳を簡単に下ろす訳にはいかない。

 

 

「ま、この四択ならこっちに来ますわな」

 

 艦首をこちらに向けて前進を開始した敵艦隊を眺めてイゼルローン艦隊の半分(三個分艦隊二四〇〇隻×3)を率いる(はめになった)アッテンボローが司令官席で頭をかきつつマイクを手にする。

 

「こちらアッテンボロー、両分艦隊は予定通りの行動を。位置的に右側面を抜けるように"誘い"はしているがどちらに来ても動けるように心掛けておいてくれ」

 

 それだけ言うとマイクを切る。

 

「これでスカされたら俺が甘かったって事だ。悪いのはそんな俺を任命した大将とそれを認めた皆々様だ。うん。そう思おう」

 

 アッテンボローは何でも前向きにとらえる事が出来る。本人は無責任なだけだ、と嘯いているつもりだがその姿勢(結局引き受ける、そして投げ出さずやるべき事はやる)を周囲は買っているのだが"それは言わない方がいい"というのも周囲の一致したアッテンボロー評である。

 

「よし、このままの線で走り抜けろ。多少は撃たれるが許容範囲だ」

 

 最大戦速で突進するアラルコンが吠える。相手は中央突破を恐れたのであろう、三つあるであろう分艦隊を中左右とせずに横に広く広がらずに奥深く構えている。正面の部隊しか見えないが後ろの二つも同じように構えていて恐らくは ≡ の形で正面から受け止めようとしているはずだ。それを確認すると敵後方の逃走路に入りやすい左側面を走り抜ける事を決断。ぎりぎりではあるが相手の横移動より早く軸をずらす事に成功しお互いに射程に入っている艦が乱打する中で救国軍事会議艦隊が突き進み、もはや正面からの受け止めが不可能な所までの突入に成功する。

 

「予定通りだ! このまま行け!」

 

「予定通りだ。このまま行ってくれ」

 

 奇しくも両指揮官の言葉は同じであった。

 

「敵、正面進行方向に展開中。避けきれません」

 

「どういう事だ!! …………構わん、突き破れ!!」

 

 突然現れた、と言いたい速度で展開される部隊移動に慄きながらもアラルコンが命令する。

 

「本隊の旋回急げ。敵が正面を突き破る前にケリをつける」

 

 アッテンボロー隊の編成はアラルコンが予想した ≡ の形ではなった。強いていえば 丌 の形、といえよう。自分の本隊(-)のみが通常の構えで待ち受ける。だが残りの二つ(||)はそれぞれお互いが戦うかのような向き合った構えで艦配置を行い、配置後に艦首を正面に向けた。そして敵が右側面すり抜けの動き出ある事を確認すると同時に位置を変えずに艦首を右に向ける。右の分艦隊は前進しつつ右旋回(完了後艦首を正面に向ける)、左の分艦隊はその移動で空いた所に前進、最後に本隊が突入する敵艦隊に対応しつつ右旋回。あれよあれよのうちに救国軍事会議艦隊はL字になった二個分艦隊のクロスファイアに出迎えられて艦足を落とし、旋回した本隊により匚型の半包囲となった所で勝負はついた。救国軍事会議艦隊はまんまと用意された(倍の敵による)半包囲網に飛び込んだのだ。行き脚を失い袋叩きになった救国軍事会議艦隊は塞がれていない方向からの脱出を試みるが時すでに遅し、駆けつけた第二艦隊による強引な穴埋めからの半包囲陣形成により全方位が塞がった救国軍事会議艦隊はその動きを止めた。

 

「状況は見ての通りだ。お前たちにはお前たちの思想があるかもしれんがそれはこの国では許されざる事だ。生きていれば己を振り返る事も出来るだろう。……降伏を勧告する」

 

 五〇倍の数に囲まれた救国軍事会議艦隊にウランフからの降伏勧告が行われる。

 

「大義と国是を失った政府に国家を代表する資格はない。それに迎合し軍の本分を捨て去る貴様らもまた同じ。一度戦に負けようとも我らの理想は負けぬ。軍事革命万歳」

 

 敵旗艦らしきものから返信が届くと共に"一部"の艦艇が突撃を開始する。その突撃が粉砕されるとさらに通信が入る。

 

「どうやら私が残兵の最先任らしいです。降伏勧告を受け入れます」

 

 この瞬間、救国軍事会議艦隊は消滅し。救国軍事会議は直属の外宙作戦能力を失った。

 

 

「アラルコン艦隊消滅。少将の生死は不明」

 

「敵艦隊は補給と整備の後、進軍を行う模様。内一個艦隊はカッファー乃至ネプティスの向かうという噂もあります」

 

「カッファーより包囲軍(=ランテマリオ星域方面軍)への対処が外部より行われない場合、疑似交渉を本交渉にせざるを得ないとの連絡あり」

 

 それらの連絡がもたらされると救国軍事会議は重苦しい空気に包まれた。彼らは軍事・政治など各方面を統率しようと試みるがどれもこれも不発に終わっている。軍においては各管制センターなどを押さえ、その脳髄と神経は統率下に置いたといえる。しかし肝心の肉体(軍兵力)そのものにそっぽを向かれた。威圧して支配下におさめようとした所で出撃していない三個艦隊(首都防衛・第一・第三)だけで四〇〇万人でありその時点で救国軍事会議の総数を軽く上回っている。直接敵に回っていないのは彼らが艦艇要員であり陸戦が専門外である事とそれこそ脳髄と神経を人質に出来ているからである。

 政治についても恐ろしいぐらいに掌握が行えていない。最高評議会メンバーや有力議員・委員会メンバーはあらかた拘束したが特に重要でない議員などは多数が所在不明となっている。そして行政システムそのものは大半の機能が今もそのまま動き続けていた。救国軍事会議は行政システムを分解し必要不必要をふるい分けしたかったが複雑に入れ込んだ行政システムはとてもではないが彼らの様な軍人が弄れるようなものではない。なんせ"今、実際に運営している行政官僚達ですらシステムの全容を把握できていない"のだ。他人が出来るはずがない。民主共和制の行政組織と言うものはその制度の熟成(腐敗含む)が進むにつれて複雑化し、強固な(利権)構造になり行政官僚達でしか扱えない代物になる。悲しいかなそれ故に現状通りで良いのなら政治と言う上位組織がいなくとも彼ら(官僚)達だけで国家運営は出来てしまう。厳戒令に伴う制限で国民との交流が途絶えると上(政治)と下(国民)から遮断された行政システムは余計な時間取りがいなくなって寧ろ効率よく動いてしまう所もある程だ。救国軍事会議も仕方なく「厳戒令に伴う制限は守れ、露骨なボイコットや敵対行動はするな」と口酸っぱく言い聞かせて行政システムの運営を行わせるしかない。彼らを本気で怒らせるとそれこそ明日から情報もインフラも全部なくなってしまうのだ。

 

 ハイネセン外に対しての影響力は消失した。約束してしまったので民間生活必需品需要供給に対しての行動(=一般民によるそれらの買い出し)を厳戒令による行動制限に取り込めなかった。哨戒兵は用意しているので余計な寄り道等は出来ないが一般民はお買い物を行う、行政システムに関する官僚や職員は普通に職場に行ったり帰ったりする。そもそも人口一〇億を誇る首都星ハイネセン全域を支配する兵力が無く、ハイネセンポリスを中心とした行政・軍事の中核に必要な数を置くとほぼ手詰まりとなる。それこそ救国軍事会議が頭を抱えるそのビルを挟んだ星の裏側は交通などが不便になった事を除いて生活が出来てしまっている。管制システムの掌握と首飾りだけが内外を隔たる壁となっているがある意味一般民は救国軍事会議の存在を無視し始めている。救国軍事会議の会議室では連日顔を突き合わせて今後の展開を話し合うが何一つ実の入った結果は出てこない。彼らに協力を申し出る存在は限りなく少ない。これでも0ではない。トリューニヒト派との関係が宜しくない一部軍需産業が擦り寄ってくるが彼らを稼働させる資金も資源もない。彼らに協力を申し出る政治団体もいることにはいるが……

 

「あれは駄目だ。あれを招いてはいけない」

 

 と救国軍事会議側からNOを叩きつける。その政治団体の旗頭である元情報交通委員長コーネリア・ウィンザーは堂々と支持活動を行い、国民からの白目を集める始末。"無能な働き者"とはまさにこの事だろう。もはや何をやっているか判らない存在になりつつあった救国軍事会議が再び注目を集め、そして破局へのカウントダウンが始まる。後世に言う「スタジアムの歓喜」がそれである。

 

 

 六月二二日、ハイネセン記念スタジアムに集まった市民の数は推定一四万人。先日、コーネリア・ウィンザーが行った支持活動に集った人数より四桁多いその集団が開催した「暴力による支配に反対し、平和と自由を回復させる市民集会」の存在を確認した救国軍事会議の驚きが恐怖・怒りに変わるのは瞬時であった。

 

「直ちに集会を解散させねばならん。交渉を名目に代表を表に出してすぐさま拘束させるぞ」

 

 その掛け声と共に救国軍事会議でも最大のタカ派であるクリスチアン大佐から議長に出動の許可が求められる。しかし、

 

「クリスチアンは駄目だ、絶対に行かせてはならん。あれは確実に"撃つ"ぞ」

 

 普段行動に口を出さないダニエルズが激しい口調でストップをかける。彼の過去の記憶と現状の理解が正しければクリスチアンは最も"いかん"人物である。彼としては救国軍事会議の行動が成功して欲しいとは思っていない。だが最悪の形で"暴発"してしまうのは論外。死ぬのは軍人だけで十分。市民は守るべき存在なのだ(※6)。

 

「しかし、放置するわけにはいきません」

 

「ならばせめて人を変えるんだ。制御の効く、いま"撃って"しまったらどうなるか? それを想像して理解する事の出来る者を行かせるべきだ」

 

「…………わかりました」

 

 ブロンズはダニエルズの諫言をあっさりと受け入れる。陸戦部隊所属でありダニエルズがいうその性格もよく知っているクリスチアンはもし出動許可を出せば子飼いの本職陸戦隊を連れ出して事に当たってしまうだろう。ダニエルズが喚起するその結果も簡単に想像できる。ブロンズは軽く考え、ベイ大佐に出動を命じる。ベイは要人警護や重要施設警備などを行う警備系の人材であり、子飼いの部隊も警備兵として陸戦隊より軽装であり殺傷より無力化を主体としている。当然ながら政府主導の大きな市民集会などの警備経験も豊富であり一〇万を超える市民の相手も慣れている。指示を受けたベイも市民集会相手なら自分達が受け持って然るべきと出動するのだが、

 

(確かに自分にお鉢が回ってくる事は道理に合っている。が、後の事を考えると俺に傷がつかん形で収める必要がある…………)

 

 ベイとしては複雑な心境であった。彼は内通者であった。彼の主人である国防委員会はその機能を停止する直前、彼に「クーデーター勢力に参加してその本分である"要人護衛"の任を手中に収めよ」と命令を受けていた。彼はその希望通り、拘束者監視の責任者としてブロンズからの信頼をそれなりに得ている。これは拘束者の逃亡防止の監視というよりも拘束者に対する万が一(暴行・殺害等)を防ぐ役割を期待されて、である。このスパイ行為と実質的な拘束者(=政府関係者)の護衛を功としてもしクーデターが結果として失敗したとしても罪にならない事を約束されている。しかし、目に見える形で市民との衝突をしてしまったら彼らは自分を助けてはくれないだろう。故にベイは政府・救国軍事会議の両方を満足させる結果をここで出さないといけないのだ。

 

「いいか、何があっても撃つな。装備として用意していいのは催涙弾のみ。実弾は装填するのも駄目だ。お前らなら一〇万余の市民に敵意を持たれてしまう事の意味は判っているだろう」

 

 子飼いの部隊を中心とした三〇〇〇人の警備兵を率いてベイ達がスタジアムに到着する。メインゲートを中心とした数カ所に部隊を待機させると最低限の人数のみを率いてスタジアムに入る。交渉として代表者を引きずり出すには過剰な威圧となる数を連れてはいけない。

 集会の首謀者はジェシカ・エドワーズ。当選一回目の議員。そして反戦派の急先鋒であり、救国軍事会議とは確実に衝突する人物ではあるがあくまでも当選一回目の若手議員でありクーデターの際の拘束リストには手が回らず野放しとなっていた。呼びかけにジェシカは堂々と姿を表す。ベイが己のブラスターを兵に預け下がらせる。一対一の交渉を希望するとジェシカも周囲を抑え、一人で前に進む。あとは職務で鍛えた口先三寸でどう黙らせるか、である。役職柄ベイは市民集会などに関わる法律は全て頭の中に収めているしちょっとした悶着を起こしてしまった集会側との交渉も経験がある。一年目のぺーぺー議員を正論で押し込む事などたやすい事だと思っている。それで逆切れするのならそれを理由に即拘束(当然ながら素手での拘束術も達人級である)し解散を迫る。

 しかし、ジェシカ・エドワーズという"一年目のぺーぺー"はベイが思っていた以上に賢く、強い女性であった。背筋を伸ばし、正面からベイを睨むわけでもなく、ただ悠然と見つめる。正論を崩さず、そして袋小路ならないようにあえて堂々巡りになる口論をもって対峙する。

 

「堂々巡りですな」

 

「ですね」

 

 ベイの愚痴を前にジェシカが初めて笑みを見せる。

 

(こいつ、判っていやがる)

 

 ベイの行動や交渉方法を見て"事を起こしたくない"と思っている事を理解したのであろう。とにかくこちらから衝突をしないようにすればいい、とでも思っているのだろう。

 

「だとしたらこちらも考えを改めるしかありません」

 

 口調はそのままに、しかし距離的に彼女だけにしか見えない目線をもって宣言しジェシカもそれを理解する。

 

「それが正しと思うのであれば行うといいでしょう」

 

(やむなし)とベイが歩を一つ進めるがその時、

 

「誰があれを呼んだのか?」

 

 後ろに控えていたベイの直属兵がスタジアムの一角から入り込んできたその車両を見つめる。ベイとジェシカもその方向を見つめると明らかな軍用車などが複数、それも本職の陸戦隊が所有する兵員輸送車両がスタジアムに堂々と入り込んできた。それを知ったのかベイの後方からは警備兵達も続々と入り込んでくる。そしてスタジアムの一角に停止した車両から彼らが下りてくる。一〇〇人にも満たないその小集団は明らかに"装備"を整えていた。警備兵どころか通常の軽装陸戦隊でもない、正真正銘帝国軍兵と殺し合う為の装甲服。流石に数時間と着ていられない重装甲服ではないが軽装陸戦隊程度の武装では簡単に倒せない軽装甲服を身にまとった彼らは一列となり進む。そして先頭に立つ者がジェスチャーでベイとジェシカに"離れろ"と告げる。ジェシカが目線でベイに「あなたが用意したのですか?」と問いかけ、ベイは思わず軽く首を横に振る事で「俺じゃない」と応えてしまう。仕方なくベイとジェシカは場を空けてそれぞれ後ろに控える集団の元まで下がる。結果としてその謎の小集団は市民と警備兵の間を一列で塞ぐことになる。一四万人の市民と三〇〇〇人の警備兵の間なので全てを塞いている訳ではないが何とも言い難い威圧感が周囲を支配し、静寂が訪れる。そして彼らがベイの方を振り向くと同時にいつの間にかジェシカの傍らに歩み寄っていた金髪の若者が用意していた旗を高々を掲げる。それは警備兵だろうがなんだろうが軍に所属する歩兵であればだれもが知る真紅の薔薇。

 

 

「……何故、何故ここにいるのだ、ローゼンリッター!!!!」

 

 





 集会に集まった人数(一四万人)が原作(二〇万人)より少ないのは厳戒令による制限があるものの一般流通品の入手に現状大きな問題が無い事や原作よりはるかに劣勢な救国軍事会議側が強く出られなかった為、市民の圧迫(ストレス)が原作よりも緩い為である。

※1:安定した防衛
 正規一二個艦隊を三個艦隊基幹の任務群を三つ、首都星防衛艦隊に一個艦隊、予備に二個艦隊とし、三つの任務群のローテーションで対応する事で安定した防衛が可能と試算されていた。増強前は予備が一個艦隊のみ&各艦隊の定数が現在より一割弱少なかった為、迎撃に予備艦隊の一部乃至丸ごとの追加がほぼ常設になっておりまともな予備が無い危険性を常に抱えていた。

※2:人としての計算
 イゼルローン陥落後、新設三個艦隊は解散としているが現実としては"三個艦隊分の損害(人命)を許容した強襲で陥落させる"という代物であった。しかしそれでもイゼルローンを手に入れて専守防衛に努めれば「年数千隻以上の損失を減らせるのだから一〇年もあれば確実にペイできる」と考えられていた。しかし机上で正しい物であっても"数百万人の命が失われる事を前提とした作戦"が受け入れられるはずはなかった。

※3:ロックウェル大将
 現職の後方勤務本部長にしてトリューニヒト派軍制服組の総元締め。現政府の軍再建案において重要な役割である後方系のトップとしてこれを推進し功績を上げる事で実力での派閥精鋭化&本部長の椅子を狙っている。尚、トリューニヒト派はこの再建案を使って軍関係の派閥勢力を適度に整頓再編したいと考えてる関係で内心はともかく軍中央(ヤンも含むグルブズリー&ビュコック勢力)とはとても良好と言える関係になっている。

※4:決起の拒絶
 ダニエルズから見てみれば現状は経済状況などが想定よりも悪化しているが"軍備を絞り、イゼルローンでの専守防衛で国力の回復を図る"という理想に近い状態でありこれを崩す意味は何もなかった。

※5:退路遮断
 イゼルローン艦隊と第四艦隊に指示を飛ばして追い詰め作業を行いつつ自分の第二艦隊を数百隻規模までの小集団に分散してその数でしか通れない通常軍が使わないルートを使い敵とハイネセンの間まで突っ走って集合させるという変態機動をフィッシャーがやった。第三者から見たら完全な変態機動なのだがフィッシャー本人はいつもの静かな表情で「ハイネセンからの(イゼルローンへの)緊急ルートとして考えていた道筋ですが良いテストになりました」と語るのであった。

※6:軍人と市民
 数百万人の戦死者を出す事を前提とした軍拡を主張した事は確かだがあくまでも艦艇要員は志願兵基幹であり、強制である徴兵人員は含まれていない。軍属を望まない国民はあくまでも守るべき存在なのである。


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No.44 薔薇とカメラと潜伏と

 

 4月13日 対策室室長デスク

 

 ユリアン・ミンツはヤンが不在となる時の定例行為として元々綺麗とは言い難い室長デスクをいつも整頓している。今回もまた、同じように無意識に片づけに向かいつつ"一人で見て"と言われて渡されたメモを覗き込む。そしてその内容を確認するとデスクに向かう道筋から回れ右をし、目線でパトリチェフとラインハルトを呼び寄せ副室長デスクに向かう。

 

「どうした? ヤンの奴から宿題でも出たか?」

 

 室長と比べ必要事務書類は数倍はあるはずなのに何故か数倍は綺麗に片付いているデスクで副室長アレックス・キャゼルヌが三人を出迎える。

 

「これを」

 

 ユリアンがそのメモをデスクに置き、他の三人が覗き込む。

 

「今日が怪しいというのであればやっぱり今日行われる大規模訓練に乗じて、って事かな?」

 

 メモに視線を向けたままキャゼルヌが呟く。四人にしか判らない様に小声になっている。

 

「訓練参加のふりをして、若しくは参加部隊の一部が実行者で……起こり得るパターンだと思います」

 

 特に指名されたわけではないがラインハルトが応える。彼がこの対策室におけるその手の頭脳のNo2である事は暗黙の事実として周囲に受け入れられている。

 

「最悪を考えて動こう。…………ミューゼル少佐、薔薇の騎士の準備は任せる。あと鍵はユリアンが持ってそうだな、午前中はお願いされた雑貨の買い出しに行くって名目で外に出ていてくれ。少佐の方はヤンから指示があったらそれが優先だが万が一が起きたら薔薇の騎士と君自身、つまりは味方の身の安全を優先してくれ」

 

 断を下したキャゼルヌが指示を出す。

 

「私達はそれでいいとして、残ったお二人は?」

 

 ラインハルトが尋ねる。

 

「俺達はここに残る。全員消えるわけにはいくまい。少なくとも一定の"日常"は残しておかないといけないからな」

 

 キャゼルヌの返答にパトリチェフも頷く。

 

「わかりました。では念の為に非常用端末を」

 

「そうだな」

 

 そういうとキャゼルヌはデスクからキーを一つ取り出し、対策室の隅にある棚を空け端末三つと小さなカードも同じく三つ取り出す。

 

「番号を忘れないように」

 

 ラインハルトとユリアンに一つずつ端末&カードを渡し、残りの一つは自分で持つ。カードに付けられた付箋の番号を瞬時に記憶し、カードを端末にセットする。いわゆる旅行者などが使用するプリペイド携帯である。ご丁寧にも複数の会社からばらばらに購入しているので棚に残った端末&カードを元に使用中のそれを見極める事は出来ない。万が一への備えの一つである。

 

「それと……」

 

 キャゼルヌがデスクに戻り自分の鞄から封筒を一つ取り出す。

 

「これも頼む。住所などのメモも入っている」

 

 アッテンボローから託された手紙と鍵である。物が特殊なので対策室内部で保管しておくわけにはいかず、かといってヤンに預けるとどうなるかわからないのでキャゼルヌが預かっていたのである。

 

「預からせて頂きます」

 

 ユリアンが丁寧にそれを受け取る。

 

「よし、余計な時間はかけない方がいい。すぐに動け。無駄になる事を願いたいがぬかるなよ」

 

 その掛け声で二人が動き始める。万が一を起こさない為、万が一が起きてしまった時の為。

 

 

「休暇中の者にも召集済みです。今いる者達は出ようと思えばいつでも出れます」

 

「ありがとうございます。あとすいません。かしこまられると背中がむずむずしてしまうのでここでは、その、前の通りに」

 

「階級的にはそれはいけないのだが……。ここなら少し例外があってもいいか。そうさせてもらうとしよう」

 

 薔薇の騎士連隊ハイネセン支隊司令部。志願受付窓口兼予備隊訓練所兼後方支援事務所、通称"営業所"。ラインハルトは対策室を出発すると即連絡を取り(当然ながら第三者から見て判らない符丁による"動員準備"依頼)を取り、そのまま営業所にかけつける。出迎えたのは営業所実戦部隊隊長のライナー・ブルームハルト大尉。ラインハルトにとっては連隊所属時代の上官であり陸戦の師であり数えるのも馬鹿馬鹿しい回数の命の恩人であり当時(今も)の幹部から見た「残念イケメン朴念仁コンビ」の片割れである。階級通り(ミューゼル少佐、ブルームハルト大尉)の言動になってしまうのは生真面目な性格故である。

 

「戦力外の訓練兵を除いて使える人数は自分含めて九三人、ビュコック大将とヤン中将にそれぞれ二人ずつ(勝手に遠方監視護衛を)付けているのでここで使えるのは八九人。訓練用の装甲車と軽装甲服はそのまま実戦でも使えるから警備主体の軽装兵ならまぁ地形にもよるが後先考えなければ一〇倍程度はあしらえるだろう。今は表面上"緊急招集訓練"としている」

 

 一〇倍という数値をさらっと言ってしまうものであるが元々師団規模の戦力を持つといわる連隊における教練隊員(=ベテラン)なのだから誇張でも何でもない事実である。

 

「ひとまずは何時でも出れる状態を確保しつつ体裁をとっておいてください。万が一の時には室長から何かしらの連絡が来るはずです」

 

「そもそもこれはヤン中将の指示と言う事でいいのか?」

 

「はい。"念の為"という事らしいのですがあの人のこういう予知はそれこそ"魔術師"のように的中してしまうので……」

 

「君がいうのだからそうなんだろうな。たまに外れた方が人らしくていいし、それが今回ならなおいいんだけどね」

 

「まったくです」

 

 しばらく待機となり他愛もない会話になる。この二人、暇があればジムで体を動かしたり図書館行って学問書を読み漁ったりでいわゆる普通の趣味に当たる物を持っておらずそれ故に逆にニーズが一致してしまい気が合ってしまう。朴念仁コンビの由来でもある。そんな最中、ブルームハルトのデスクにある通信端末に連絡が入る。

 

「どうした? ………………無理はするな、状況の把握と身の安全を優先しろ。…………駄目だ、四人という数を考えろ。いいな」

 

 ブルームハルトが端末を置き、ラインハルトが待ち受けるかのように見つめる。

 

「さっき付けていると言った四人、情報部ビル近くで待機している。お二方はその中だ。そして今さっきビルの傍らに今日実施されている大規模訓練らしき一群が来たらしいが"ライフルのエネルギーカードリッジに訓練用(誤射防止の為チャージそのものが出来ないただの空カードリッジ)を示す印が付いていない"そうだ。どうみてもきな臭い」

 

 そうラインハルトに言いつつブルームハルトが端末を叩き、ディスプレイに一枚の図が表示される。写しだされるのは大規模訓練の対象広域図と時間単位の行動予定表。二人してその図を覗き込む。

 

「…………政治・軍事の要所を対象としたテロ訓練、市内行軍、それらの一時待機場所。やるとしたら同時、だとしたらどこかに一致する時間があるはず………………」

 

 ラインハルトが広域図にある時間軸バーをスライドさせると訓練参加の各部隊マークが動く。そして、

 

「あった!!!!」

 

 叫ぶと同時にラインハルトが時計を睨む。時間丁度、この時刻から少しの間、大規模訓練対象範囲内の軍&政治&インフラ等の要所全ての傍らになにかしらの兵が存在する。

 

「なんだ! ……無理をするな、存在し続ける事を考えろ!!!」

 

 ブルームハルトが再び鳴った通信端末を取り、叫び返す。

 

「さっきの兵が一部ビルに入り、残りが"守り"の構えに入った。ちなみに情報部ビルはテロ訓練の対象外だ」

 

 そう語ると同時にラインハルトが持つ端末が点灯する。いわゆるショートメール、連絡元番号はユリアンが持つ端末、本文はとある意味を示す符丁。その意味は。

 

「予知が当たってしまった様です」

 

「どのプランで行く? 本来はヤン中将が指示を出すはずなのだがいないのであれば君がこの用意しておいた部隊の最上位者だ」

 

「………………」

 

 薔薇の騎士の活動プランは複数用意している。プランの数と主旨を決めたのはヤンだが詳細を詰めたのはラインハルトである。それが判っているのでブルームハルトもラインハルトに判断を委ねる。

 

「…………プランZでいきます。守るべき要人無し、連携できる部隊無しで既に動き始めているとあってはこの人数で直接行動に出れるプランは用意されていません」

 

 プランZ、それは完全に後手に回ってしまった"後がない"状態である事を意味し、散開して身をひそめる事になる。状況が判らないがタイミングよく主要部にいる兵達がそれ(クーデター)であるならば一〇〇名程度で動いてもどうにもならない。

 

「わかった。ドルマン、プランZだ。詳細は任せる」

 

 ブルームハルトが控えていた古参に対応を任せるとおもむろに立ち上がる。

 

「こちらも姿を隠すとしよう。行く当てはある」

 

「お願いします」

 

 そういうと二人は速足でその場を後にする。三分後、営業所から彼らの姿が(軽装甲服などを満載した装甲車ごと)消えた。

 

 

「ここまで見事に国の機能って奪えるものなんだな」

 

「情報部と査閲部のトップがNo.1&2なのですからずっと前から必要な情報は全て掌握・操作していたのでしょう」

 

 TVに映る(これだけしか映らない)「救国軍事会議広報番組」を眺め、二人がぼやく。あれから四日、首都機能(だけ)を完全掌握した救国軍事会議によって星外との正規通信ルートは情報管制下になり外部との情報は途絶した。星内においてもメディア等が使用する大型通信網はその管制センターごと抑えられている。使えるのはそれらの制御下ではない個人や小規模組織によるローカル、つまりはアングラ通信網用の小型衛星か地上の通信システムくらいである。

 

「難儀な状況になってしまったもんだ」

 

 二人の後ろから初老の男が近づき、空になったカップにコーヒーを追加する。

 

「で、いつまでここに閉じこもっているつもりだ? ここはしがないじじいのバーだぞ」

 

「非合法の、ですけどね」

 

 ブルームハルトが応える。ここはとあるバー、通称"隠れ家"。薔薇の騎士OBが経営する非合法バーであり現役隊員の溜まり場でありアングラ情報交換基地でもある。隊員として一定期間生き残った幹部や古参しか教えてもらえない秘密の場でもある。ブルームハルトは知っていたが現役時代のラインハルトはその条件を満たしていなかったので初見である(そもそも当時は未成年)。

 

「面子の把握が完了しました。ここにいるのを含めて九三名健在です」

 

 奥の扉からひょっこり顔を出して報告するのはラッセル少尉、電子戦などを担当する薔薇の騎士には珍しい(?)頭脳派でありこのバーを拠点としたアングラネットワークの主である。主らしくそのアングラネットワークに用意した伝言板に書き込まれた隠語メッセージで総員確認を行っていてそれが完了した所である。連隊本部のイゼルローン要塞移転に伴い、営業所の隊員達はとりあえず各自で賃貸を契約するなりで生活してもらっている。それは仮なのでまだ住所録を上層部に提出しておらず、そのまま潜伏先となった。

 

「了解。しばらくは静かにし続けるしかないだろう。後は、ミンツ君だっけか?」

 

「はい」

 

 その言葉を聞きラインハルトの顔が歪む。最初の符丁到達後しばらくしてラインハルトが返信を飛ばそうとした所、いわゆる圏外となっていた。救国軍事会議は通信端末用の管制センターも当然ながら制圧しており、自分達への協力を受け入れない会社はシステムを止められているのでその影響だろう。ラインハルトが持つ端末の方は通信可能なのだがそれはつまりそういう事なので怖くて安易には外部連絡に使えない。なのでユリアンは現状、連絡が取れず消息不明となっている。

 

「自宅はヤン室長と同居なので帰るという選択肢はありません。どこかで息をひそめている事を祈るしかありませんが彼は本当に出来る子です。並大抵の事でへこたれるなんて事はありえません。人目にさえつかなければ一人や二人の末端兵くらいは黙らせられますのでターゲットにされたとしても簡単には捕まりませんよ」

 

「本来は相手にもされない一従卒。しかしヤン中将の身内とあらば狙う価値あり、とみなされる可能性はあるわけか」

 

「一応はあると思いますが狙うなら先に軍幹部か艦隊司令官クラスの家族でしょう。ヤン室長は確かにビュコック司令長官などから信頼されていますが敵が欲する実戦力に対する権力はありませんので」

 

「…………待ちの一手だな」

 

「そうなりますね」

 

 如何せん一〇〇に満たない手勢である。何かのトリガーになれるかもしれないがそれに続くものがないとどうにもならない。真紅の薔薇はいましばらくの間、蕾を閉じ続けるしかなかった。

 

 

 その変化が訪れたのはさらに三日後の四月二〇日、厳戒令が発せられているはずの街は流通再開に伴う生活用品買い出しの限定許可が出た事により緊張しながらも人々が商店に出入りする光景が見受けられるようになった。変装して買い出しという名の現状視察からバーに帰って来たラインハルトは(余計なものを持ち歩かない方がいいと判断して)置いてきた例の端末に反応があるのを見つけて飛びつくように内容を確認する。反応はいわゆるショートメール、少なくともこの端末の番号を知っているのは二人しかいないはずだがその送り主はその二人とは違う番号からであった。

 

 "おつかれさん。本社ビルに対する私物回収許可がやっと出た。明後日一〇時から一二時の間、立ち入りOKだ。但し、サーバールームや放送スタジオなどの外部発信が出来る所は不許可だ。俺は一応当日はいる予定だが回収物がある者は各自で出社してくれ 以上だ"

 

 なんだこれは? とラインハルトが首を傾げるがもう一本届いているのでとりあえず次も見てみる事にする。

 

 "私はイェーデンモーゲン新聞社のパトリック・アッテンボローといいます。先程のメッセージは社内メンバー向けでしたが手違いで異なる番号が入っていたようです。社外の方におかれましては先程のとこのメッセージは削除乃至無視して頂ければと思います。宜しくお願いします"

 

 首を傾げたままだが頭の中で色々な歯車が絡み合って"カチンッ"と綺麗にハマる音が聞こえた気がする。

 

「やったな。ユリアン!」

 

 思わずその場でガッツボーズを二度三度とやってしまう。

 

「何してるんだ? すごく不気味だぞ」

 

 バーの奥から首だけ見せた状態でブルームハルトはジト目で見つめる。

 

「すいません。実は……」

 

 ラインハルトが近寄り、概要を説明する。

 

「つまりミンツ君は無事であり、目的の相手に接触できた、と」

 

「そう考えていいと思います。恐らくこのメッセージの内容は事実でそれに乗じての事でしょう」

 

 満面の笑みで応える。

 

「恐らく当日その時間にイェーデンモーゲン新聞社本社ビルに行けば何らかの形で接触が出来ると思います。問題はそこまで行く名目です。一応は厳戒令下にあるので」

 

「そもそもイェーデンモーゲン新聞社本社ビルって何処だ?」

 

 ブルームハルトの突っ込みで会話がぴたりと止まる。そのまま二人して奥の部屋(隠れ生活エリア)に入り地図を取り出す。

 

「ちょっと遠いですね。近くに買い物の名目になるお店があればいいのですが……」

 

「それか潜伏中の隊員宅があればそれを中継に使えばいい……」

 

 情報集約役となっているラッセル少尉を呼び作戦会議となる。その結果、かなり本社ビル寄りの所に宅のある隊員がいたので前日はそこに泊まる事にする。わざと人通りの多い所を通り、こっち側で買い込んだ物をある程度持っていって「お互いに買い込める者を融通しあっている」とでもしておけば万が一移動中にチェックされてもなんとかなるだろう。そして当日の接触方法をなどを含め、作戦をたててその時に臨む。

 

 

 イェーデンモーゲン新聞社本社ビルは一社だけのビルではなかった。考えてみたら名前を出されても直ぐには思い浮かばない中の下程度の新聞社である。複数の会社が入り込んでいるだけありちまちま人の出入りがある。大きくないとはいえ監視対象らしく出入り口には哨戒兵が数人いるが既に許可された者達だけが出入りできるようになっているのだろう、ビルに出入りする人たちをチェックする素振りさえ見せない。このまま遠目で突っ立っているわけにはいかずラインハルトは意を決して何食わぬ顔でビルに向いそのまま入る。まるでその目的地をしっているかのようにされど視線だけは各方に向けて情報をかきあつめつつ進みエレベーターでその階に向かう。

 

「……一二時までだからなー。五月蠅い兵隊さんに突っ込まれないように手早く済ませてくれよー」

 

 その階は全部イェーデンモーゲン新聞社のフロアであり、エレベーター兼待ち合わせフロアの先にある受付に人はおらず、その横の入口は開けっ放しとなっており中からの声が聞こえてしまう。横目に監視カメラを確認、しかし見ているのが誰かは判らない。仕方なく立ち止まらずにあたかも社員であるかのようにそのまま社内に入り込む。社内を見渡すとちらほらと人がおり、手持ちのバッグに荷物を詰め込んだり集めたゴミをフロアの隅に積み重ねたりと長期不在となっていいように各自が動いている。"さて、どうしたものか? "とラインハルトが考え始めると

 

「ん? お前、誰だ?」

 

 五〇代中頃か後半かいかにも"ベテランジャーナリスト"な出で立ちの男が火をつけてないタバコを咥えながらこっちにくる。そして首からぶら下げるのはその身なりとは似合わないとある"鍵"。ラインハルトがその視線を鍵と相手の目の間に何度か往復させると相手も悟ったのだろう

 

「やっと来たか、遅いぞ。返さなきゃいけねぇ機材が結構あるんだ。さっさと手伝ってくれ」

 

 そう言いつつ目線で何かを訴える。まぁ多分そうだろうと判断し

 

「すいません、遅れてしまいました。それで機材の方は?」

 

 と話を合わせる。

 

「おぅ、こっちだ、来てくれ」

 

 と、奥の方にずんずん進んでいく男を追走し横に立つ。

 

(変装か? 一瞬本気でわからなかったぞ)

(すいません。素だと少し目立ってしまうので)

(そりゃそうか。ま、お前さんは少し前にメディアに載った面だからな。記憶いい奴は覚えてるだろ)

 

 ひそひそ話をしつつ奥に進む。恐らくこの男、パトリック・アッテンボローも記憶しているのであろう。そうしていると奥から機材を乗せた台車が運び込まれてくる。

 

「アッテンボローさん。荷物の第一陣ですけどとりあえずエレベーター前に置いておけばいいですかね?」

 

「それで頼むわ」

 

 そういうと男が道を開け、ラインハルトも開ける。そして台車を押す"少年"を確認する。少年は"おや? "という目でこちらを見るので伊達眼鏡を外して軽く頷く。それで判ったのだろう、少年は軽く微笑むと何も言わずにそのまま通り過ぎる。変な反応を見せないあたり流石というものだろう。

 

「とりあえず赤付箋で"79706"って付いてるのを台車に乗せてエレベーター前まで頼むわ」

 

「了解です」(ダミーじゃないんですか?)

 

「じゃ、頼むわ」(すまんな、本物のリース品なんだわ)

 

 結構たくさん運んだ。結局地下の取材用商用バン車両への搭載までやらされた。年齢的にも力仕事に丁度いいのでたっぷりやらされた。落として壊したら少佐の給料じゃ払えないのも沢山あるらしいので喋る暇すらなかった。

 

「はい、おつかれさん」

 

 撤収時間までに何とか荷物の移動を終わらせて運転席に乗り込んだアッテンボローが後部座席の二人にペットボトルを手渡す。そしてエンジンなどのスイッチをいくつか押すと……

 

「もう大丈夫だ。このバンは取材用の特注品だから余程の大声でなければ内部の音は漏れねぇ」

 

 その言葉に二人、ユリアン・ミンツとラインハルト・フォン・ミューゼルがやっと安堵の顔になる。今さっきまで誰にどう聞かれるか判らないしそもそも本当に力仕事が忙しくてまともに会話すらできていなかった。

 

「ご無事で何よりです。薔薇の騎士の皆さんは?」

 

「そっちもな。今、その薔薇の騎士にかくまわれている形だ」

 

「よーし、とりあえず俺ん家に行くぞ。ガレージに突っ込んでおけばバレねぇだろう」

 

 アッテンボローが運転を開始する。

 

「? リース品なので返却に行くのではないのですか?」

 

「返却先が営業してるか判らんし、坊主の話を聞く限り俺らメディアの武器として使えるかもしれないからなあれは」

 

 アッテンボローの言葉を聞いて二人して後部にがっちり固定されて鎮座している取材機器らしき代物を見つめる。

 

「あれはこういうバンとかに乗せて使う中継用機器の一式だ。中継用専用車両に搭載されている機器と同様の機能を持ってる。コンパクトで同性能だからクソ高ぇぞ。だから本当に必要な期間だけリースしてるんだ」

 

「しかしメディアの放送関係はクーデター勢力に抑えられているのでは?」

 

「正規のメディアルートは駄目だな。しかしアングラ、ローカル、本来は堂々と使えんルートなら奴らの管制外なのもそれなりにある。そういうものは地域クローズだから外部から接続できる機器が限られてる。なんだがそこにあるのはその限られた使える機器だ。やろうと思えば今すぐにでもアングラ動画サイトにこの車内映像をリアルタイム放送させる事も出来るぞ。だからこそ理由を付けて手元に置いておきたいんだ」

 

 二人して"ほえ~~すごいなぁ"って顔でその機器を見つめる。

 

「ちなみにお値段はセットでなんとXXXXXXXX」

 

 顔が"ほえ~"から"うわぁ~"に変わる。

 

「さて、お遊びはここまでだ。坊主には既に答えているが俺に接触したのは星外連絡方法を得たいって事だったらしいな。結論から言うと流石にそれは持ち合わせていない。知ってると思うが軍ならまだしも民間の星外通信は基本衛星経由だ。直接星外通信できる物は大きく高くなるしなりよりも個別に行政登録が必要になる管理対象だ。大企業とかなら持ってるかもしれないが俺の会社にそんなものはないし持ってる所は当然クーデター勢力が抑えている(※1)。一般人や普通の軍人が知らねぇ裏道をメディア界に期待したのかもしれんが、すまんな」

 

「そうですか……」

 

 ラインハルトが肩を落とす。しかし無いものは無いのだから次を考えないといけない。

 

「ならば当面は(アングラ系などの)統制外情報網で耳を澄ますしかないですね。見極めは必要ですが最低限の情報は入ってきますし」

 

 送受信でいうならば受信の方が難易度は低い。本来通信衛星との交信に使う地上施設でも星域外からの受信は行える。ただ正式なルート外での受信となるので圧縮暗号復号情報が足りなくて中身を見る事は出来ない。出来るのはいわゆる平文のみである。そして平文は情報量が過大となってしまうので星域間通信には使われない。その平文情報も救国軍事会議側が流す欺瞞情報が混ざるので真偽を見極める必要が出てしまう、

 

 通信の話は一区切りとなって話題はラインハルトの立場の説明に入り、そしてユリアン側に移る。

 

「あの連絡を入れた後、とにもかくにも遠くに、アッテンボローさん宅に向かいました」

 

 あの日、私服に着替えて外に出たユリアンは時間を潰しつつ一つのビルに狙いを定め視界に入る範囲で散歩の素振りを見せていた。「宇宙艦隊通信管制センター」というそのビルは屋上に大型通信レーダーを携え、宇宙艦隊司令部と星外各地との通信を一括管理する通信網上の重要施設であった。ユリアンは自宅でヤンと「クーデターとはそもそも何か?」と言う事を話している(ヤンから教えられている)際に

 

「血を流したくないのなら如何にして相手組織の頭と神経を抑えるかが重要になる。頭は政治家や軍人などの要人で、神経は組織の意思情報伝達を司る所。だいたいは交通と通信、それとできればインフラを管理出来る所を抑えるといいね」

 

 と教えられた事を覚えていた。そして移動しつつ今日の大規模訓練のスケジュール等を確認し訓練のルート&対象から外れたここを監視ターゲットとしたのだ。もし万が一が起きてしまうのであればここは確実にクーデター勢力が早期に抑えるべき場所だ。だからここにそういう部隊が来たのであればアウトだと思う事にした。そしてそれが来てしまった。

 

「……本当に来た」

 

 唖然とするユリアンの横を軍の兵員輸送車が通り過ぎる。道行く人達は「訓練車両、ここも通るんだ」などと話しているがこの道はあのビルへのルートだ。怪しまれない程度の速足でそれを追跡し、携帯端末のカメラで最大限拡大してその先を見る。兵員輸送車から出てきた兵とビルの門番&警備員との訓練とは思えないもみ合いの末に兵達がビルに突入するのを確認し、ユリアンは連絡のショートメールを入れた。

 

「その後すぐに無人タクシーを使って、鍵の入った封書には住所のメモも入っていたのでアッテンボローさん宅の方面に移動しました。移動中にクーデター宣言を聞いて、その後帰宅してきたアッテンボローさんを捕まえて匿ってもらったんです」

 

「クーデターが起きて"さぁどうするんだ? "って社内で揉めてる所に兵が来やがって追い出されて仕方ねぇから家帰ったら玄関前でいきなり"すいません"って坊主がやってきてな。鍵持ってたしドラ息子から"先輩の所の養子"の話は聞いてるし写真も見せてもらってたからな。とりあえず家に匿った。それで今日の事の話が出た時にそっちの電話番号を紛れ込ませたと言う事だ。"あの人ならこれでなんとかしてくれる"ってな」

 

 その後はアッテンボローのツテを辿ってジャーナリストらしい情報収集をしながら過ごしていた、と言う事だ。

 

「匿っていただいてありがとうございます。一応軍の要職を務める者の養子であり軍属である者を匿い続けると目を付けられた際に危険となります。こちらの隠れ家に移ってもらおうと思うのですが……」

 

「うんにゃ、このままでいい。坊主は物覚えがいいし後ろのあの機材は流石に俺一人じゃ扱えん。出番が来るまでに一通り覚えてもらってアシスタントになってもらわないといけないからな」

 

 ラインハルトの申し出をアッテンボローがあっさりと却下すると共になんか妙な事を言っている。

 

「アシスタント???」

 

 ユリアンが文字通り目を丸くする。

 

「いや、流石にそれはあなたが危険です」

 

「こういうもんはな手を出したらヤバイタイミングで中継開始すりゃいいんだよ。あいつらはどうやら支持勢力に苦しんでるみたいじゃないか。少なくとも宇宙艦隊の提督なり幹部なりがまったく顔を出してねぇって事は艦隊戦力が無くて星内だけでいっぱいいっぱいという事だろ? そこでさらに市民を敵に回す行為は出来ねぇよ」

 

 アッテンボローが楽しそうに語る内容を聞いてラインハルトは咄嗟の反論が出来なかった。ヤンが"嫌な予感"として話していた反骨メディア魂がおりなす勢いもそうだがなまじその見解が正しいだけにどうやって止めていいのかが判らない。強制的に止める手段が無いしこれ(バン+中継機器)を手に入れてしまった以上、行くと決めたら勝手に行ってしまうだろう。

 

「…………お願いですから勝手に飛び出す事だけはお控えください」

 

「つまりはその時は知らせてくれるって事だな。知らせずに解決させてしまったらそれはそれでターゲットをそちらに切り替えてたっぷりと取材をさせてもらうとしよう」

 

「……お手柔らかにお願いします」

 

 "大人と子供の喧嘩"ってこういう事を言うのかな? とユリアンが眺めつつも考える。ちなみにユリアン自身は匿ってもらっている際にアッテンボローの"口撃力"はたっぷりと味わっていたのでこちらに被弾しないように黙っているしかなかった。完全な見殺しである。

 

「まぁ真面目な話、君ら(薔薇の騎士)が表に出る時は"勝負時"だろ? 立場的に出したら引っ込みがつかんだろうし出るなら風向きを大きく変える時だ。その際の武器として俺の中継機器を上手く使う事だ。市民に見せたい物、クーデターの連中が見せたくない物を見せる為にな」

 

 何も答えずラインハルトが顎に手を当てて考え込む。下手に動かれてしまうよりこちらの都合に合わせて動いてもらう方がいいのは判っている。本来の目的であった星外通信方法については何も得られず、危険な同行行為を行わせるというのはそれを嫌がっていたヤンの機嫌を損ねるだろうがそれで負けたら意味はないし勝ってからならどれだけでも謝る事は出来る。

 

「わかりました。必要になったタイミングで協力は要請します。ですがその時以外は目に付く活動は控えてください」

 

 ラインハルトはそう決めて連絡手段を伝える。薔薇の騎士の所在確認にも使ったアングラサイトのログを残さない匿名伝言システムだ。パスワードを知る者同士しかやり取りが出来ないそれをいくつか用意しておりそれを使ってのやりとりを行う事にする。少し使ったら破棄して別の所を使う。そのシステム自体は多数使われていてその中の一つを捉えて中身を確認するのはそれなりに時間をかける必要がある。それでなんとか機密性は保てるだろう。

 

「わかった、それで手を打とう。連絡はよろしく頼むよ。と言う事で俺ん家到着だ。軽く飯くらい食ってけ」

 

 ひとまずなんとかなったし前進はした気がする。次の"何か"が訪れるまで、また辛抱の日々に戻るだろう。

 

 隠れ家に戻った(買い出しや政府機能維持の為に必要な最低限の自動運転バスは救国軍事会議管理下で運営されている)ラインハルトはまたしばらくの間、辛抱の生活になる。ローカル・アングラ中心の情報収集だがある程度の状況は見えてくる。救国軍事会議は制宙権をまったく得ていない事は確かだ。欺瞞情報をどれだけ流そうが唯一放送されている「救国軍事会議広報番組」で外部からの映像がまったく出てこない時点で市民もうすうす気づいている。もし有力な艦隊などが救国軍事会議に味方するのであれば堂々と宣伝するだろうがそのようなものは一切流れてこないではないか、と。段々と市民が厳戒令の統制から外れてくる。街角で小さな小競り合いが起き、哨戒兵に捕まる者も出始める。流石にこれは深酔だったりいわゆるグレた若者だったりで一般的な市民からしたら双方セットで白眼視される存在であるが一般市民にもフラストレーションが溜まっている事は確かだった。そのような緊張感が一ヵ月、二ヶ月と続き遂にそれが一つの塊になる時が来た。

 

 

 六月二二日一〇時

 

「なんかヤバい予感がします」

 

 アングラ情報収集で端末とにらめっこしていたラッセル少尉がブルームハルトとラインハルトを呼び寄せる。二人が彼の端末に近づくとラッセルがいくつかの情報を見せる。

 

「ハイネセン記念スタジアムの近くに潜んでいる隊員がいるのですが彼が言うにはスタジアムに異常な数の人が集まりつつあるそうです。少なくとも厳戒令下では考えられない数です。計画された大規模集会かなにかの可能性があります。そもそも"厳戒令下のスタジアムが開放されて人が集まれる"という事自体が異常です」

 

 かなりの望遠で取ったのであろうスタジアムの写真を見る限り万単位の人が集まっているように思える。スタジアム付近は商業スペースが多数あり、近所からの買い出し中心地になってはいるがそれとはまったく違う塊である。

 

「確認に走らせろ。状況次第では携帯端末を使った連絡を許可する。それと総員に召集待機だ」

 

 ブルームハルトの指示で隠れ家に潜む隊員たちも忙しくなる。連絡は一〇分程度で来た。万が一の時の連絡受け用として使用しているバーの携帯電話に、だ。意味不明の文字の羅列だが文字の順番の入れ替え等で読める簡単な暗号文。

 

「ケイカクテキシュウカイ、ジュウマンンニンキボ」

 

 その文字をじっと見つめる。

 

「鎮圧に来るな」

 

「来ます。一回目を許すと二回目三回目と歯止めが効かなくなりますから」

 

「(実弾を)撃つと思うか?」

 

「ゼロではありません。感情的になった市民側から手を出してしまった場合、確実に撃つでしょう。抑えが効かなくなりますから」

 

 ラインハルトの即答にブルームハルトが考え始める。

 

「…………俺たちは一〇〇人に満たない。出来る事には限りがある。しかし、今ここでそれを見過ごしたらいつ動けと言うのか?」

 

 考える姿勢のままブルームハルトは問う。

 

「動くべきだと思うが、どう思う?」

 

「結果がどうなるかは全く分かりません。しかし、今見過ごしたとして次に動くべき時を示せる自信はありません」

 

「決まりだな」

 

「はい」

 

 決意すると二人は立ち上がる。

 

「総員召集。例の場所に集合せよ。現地の者にも監視を継続させて"俺達が行ってはいけない何か"が発生したら連絡させろ。…………で、あの御仁はどうする? 毒食らわば皿まで、とは違うがあの人が望む瞬間が今なのだろう?」

 

「軍人失格な言い方ですがユリアンに伝達して判断に任せましょう。恐らく伝えなくても噂が入り次第飛び出してしまうと思いますので」

 

「わかった」

 

 二人は会話しつつ出発の準備をし、ラッセルが手配を済ませる。

 

「ラッセルはここに待機。結果が何であれ情報と記録の収集を続けてくれ」

 

「わかりました。また後日お会いしましょう」

 

 二人は急いで集合場所に向かう。民間所有で未使用となっているとある大型倉庫、そこに隠しておいた車両がある。

 

 

「現地待機を除き八六名、プラス三名。何をどこまでやれるか?」

 

 隠していた軍用車両+バン一台は何食わぬ顔で移動を開始した。市内には「市民の皆様は直ちに自宅にお戻りください」とアナウンスが連呼されている。スタジアムには既に一〇万規模の市民が集結しているらしい。薔薇の騎士は車両内で軽装甲服を着用し臨戦態勢となっている。プラス三名は借りた運転手(薔薇の騎士隊員)と四名でバンに乗りプラス三名が中継機器のセッティングを慌ただしく進めている。

 

「現場まであと一〇分。現場に数千人規模の警備兵らしき一団が到着した模様、我々は車両進入路を通り直接スタジアムの中に突っ込みます」

 

 運転している隊員(近距離通話用ヘッドセット着用)が状況を説明しつつ運転を行っている。

 

「隊長(ブルームハルト)より、少佐には市民側の代表に接触して頂いて衝突の回避を最優先として説得をお願いしたい、と言う事です」

 

「了解した。アッテンボローさん、補佐はユリアンだけで中継は出来ますか?」

 

「出来る」

 

「大尉には"了解した"と返答を。あと、あなたは運転席で待機を。万が一の時はこの二人(アッテンボロー、ユリアン)だけでもなんとしても逃がしてください」

 

「わかりました」

 

 あとはもう突っ込んでみないと判らない。全員が腹をくくる。いつの間にかスタジアム近くまでたどり着いていた。

 

「では突入します」

 

 もしかしたら味方だと思っているのかもしれない。入口に立っていた警備兵が"行け! "の合図で道を開けてくれる。合計八九名を乗せた車両たちは何の妨げもなくスタジアムに突入した。

 

 





 とりあえずアッテンボロー(父)はそのままアッテンボロー表記です。その場その場の雰囲気で父か子かは見分けてください。うむ。


※1:星外通信機器
 基本「通信元:地上-通信衛星-(宇宙)-通信衛星-地上:通信先」となる。当然ながら地上から通信衛星まで届けばOKな機器と地上から星外通信できる機器ではものが違う。宇宙船などには搭載されているが現状、宇宙港は全て救国軍事会議に押さえれている。そして当然ながら宇宙間通信が出来る通信衛星は管制センターごと押さえている。我々の世界のスタ-リンク衛星のような星内通信中継システムもあるが会社が限られている為にこれも(会社単位で)押さえている。極小規模の星内通信中継用衛星は生きておりこれがいわゆるアングラ、ローカル的なものとなっている。


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No.45 地にも救国はあらず

 

(薔薇の騎士? 何故ここにいる…… それよりもどうする? この状況をどうする?)

 

 ベイ大佐は正面を見据えて考える。考えつつもハンドジェスチャーで後方の兵達に"武器を下せ"と命じる。この状況下で一発目を撃ったら色々な意味でおしまいだ。しかも、兵達が構えているのは催涙弾装着のグレネードランチャー、軽とはいえ装甲服には防ガス機能があり効果が無い。かといってライフルに持ち変えさせたらそれ自体がスイッチになる。何もしなくても耐えきれなくなった誰かが撃ってしまうだろう。

 

(確か薔薇の騎士には残留組がいたはずだ、こいつらはそれか。ならこれが全部と考えていいだろう、他に危険なものは…… !!!)

 

 睨めつつ視線は周囲に移り、それを見つける。薔薇の騎士が乗って来た軍用車両ではないバンが一台、上部から乗り出している者が構えるそれは間違いなく放送用カメラ。誰が何処に放送しているかは判らない。しかしここまで持って来ているという事は間違いなく

 

(記録だけならあれを使う必要はない、となると中継されている? 非正規ルートなら可能か???)

 

 片手で腹心を呼び寄せ"それ"を示す。

 

 "押さえますか? "

 "やめておけ、この動きを含めて一度出回った映像というものは何をどうしても消え去りはしない"

 

 腹心の行動を抑え、再び思考を巡らすがこれと言った解決策が思い浮かばない。ただ引くだけでは自分の立場が崩れる。

 

(突っ立ってないでいっその事、逃げ帰るに値する何かを起こしてくれ!!)

 

 そう心で毒づくベイであったが正面に立ちふさがるそれは悠然とただそこに立ち尽くしていた。

 

 

("はい、お帰り下さい"といっても帰ってくれないだろうし、だからといってこの後の展開を考えたわけでもないし、薔薇の騎士に頭脳労働を求められても無理だ。ラインハルト、さっさとなにか手を打ってくれ)

 

 一列にならぶ薔薇の騎士達の中心でブルームハルトはベイと同じくらい途方に暮れていた。見過ごす事は出来ない何かをしなくてはいけない、と出てきたものの実際の所、この状況からどう事を治めるかについてはアイデアの無い見切り発車であった。出来る事と言ったらラインハルトをこっち(一列整列隊)に入れずに旗振り役として市民に接触できる方に行かせる事くらいである。あとはそこで何とか考えてくれ! それが三〇〇〇人の警備兵をその威だけで押さえつけている薔薇の騎士の実情。前(敵兵)後(市民)が衝突してしまったら間に挟まった自分達は圧死するだけだ。動き始る前に何とかしてくれることを祈りつつ彼らはただその場に立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 

(これから、どうしよう)

 

 旗を立てた、それで一旦場は止まった。そしてラインハルトの思考も止まった。自分が考えなくてはいけない立場である事は判っていた。現場への移動中にも何をどうするか考えていた。しかし何がどうなっているかもわからないので考えようがなかった。相手がもし引いてもいい立場だったらもう引いているはずだ。もし最初から撃つ事を前提としていたのなら既に撃っているはずだ。つまり相手の指揮官は撃つ予定はなかった、しかし引く名目も見つからない、そういう状況という事だ。だからといってこちらから手を差し伸べていいものではない。相手が帝国軍であればこのようなどうにもならない状況になったら前線の判断でリセット(前線指揮官同士による一時停戦)してもそれは仕方ないと咎められる事も無い。しかしこの状況ではそれもできない。引く事はイコール"負け"であり救国軍事同盟はハイネセン市内での"初戦"でそれを受け入れる事は出来ない。自分がその立場であっても許容しない。何かきっかけを作りたいがそれを薔薇の騎士がやるわけにはいかない。古巣に申し訳ない言い方だがそもそも戦闘以外に取り柄のない集団だ。動く=戦おうとする、と誰もが見なしてしまう。

 

 "このままでは衝突が発生します。お互いに手を引く、という形で事を治める事は出来ないでしょうか? "

 

 隣に立つ、市民の代表らしき女性に囁く。

 

 "先ほどまで話していた方(=ベイ)には通じるかもしれません。しかし、この市民全員がそれで納得して頂けるとは思えません"

 

 顔は正面を向いたまま、囁きだけで返答する。ほぼ予想していた内容だ。この状況下で撃たせずに部隊を静止させてるその相手は話が通じそうである。しかし市民の集団と言うのは軍の集団とは違う、しかも桁まで違う。引き上げましょうとでも言ったら確実に"何故だ! "となる勢力が出てグダグダになる。そうなる時は大抵の場合、暴走する。だが心のどこかでそれを天秤にかけている自分がいる。十数万の市民とそれを引き換えに得られる絶対悪の立場、一つ一つの小集団であれば武力でも首飾りでも簡単に潰す事が出来る。しかし一つの契機をもって全てが立ち上がるのであればクーデター勢力はそれら全てを潰す事などできない。このまま首飾りという盾で外敵から守り続けられるのであればそうやって内から潰した方が結果として"安く"上がるのではないか? 実はここに来る途中にも考えていたが状況が判らない以上、適切な仕込みを事前に作る事が出来ない。もしその通りになったとしても仕込みがバレないはずがないので結果として自分は断罪されるであろう。自分自身が"それでいい"のならその手もあろうがそれ以外の良い手があるかもしれないしなによりも大事なのは"それをやった首班の縁者"というレッテルを張られる人が出来てしまう。それは駄目だ。彼にとってそれは十数万の市民より、ハイネセン全土の国民よりも重いのだ。

 

(どうしよう)

 

 薔薇の騎士からの期待を背負う金髪の青年はその心に反して途方に暮れていた。

 

 

(何が発火点になるかわからん。下手に言葉を挟めねぇ)

 

 パトリック・アッテンボローはバンの屋根から身を乗り出しカメラを構えながらただその場面を捉え続けるだけしか出来なかった。薔薇の騎士から教えてもらったのも含めて知りうる限りのローカルネットワーク上リアルタイム放送で生放送を決行中である。最初はそれなりに口も挟んでいたが重苦しい雰囲気になるにつれ口数は少なくなり今はただそのまま放送しているだけである。

 

 "接続総数が三〇万と突破しました"

 

 屋根の下からユリアンがメモを見せる。

 

(数としては十分だ)

 

 重複者もいるだろうが一〇万もいれば後は勝手に広がってくれる。これでうまくこの場が終わってくれれば目的は達成となる。問題は誰がどうやって終わらせるか、だ。俺はジャーナリストだ。場を伝えるのが仕事であり場を動かす事は仕事じゃない。誰かが動かしてくれないとどうとも言えんのだが誰が終わらせるんだ? これ? 

 

 

 その静寂を破ったのが誰なのか記録には残っていない。強いて言えば"市民そのもの"の声であったのかもしれない。

 

 Liberty stands for freedom

 

 Oh hail! the flag that set us free

 

 まるで泉に刻まれた波紋のようにその響きは広がり続ける。

 

 Standing righteous symbolic of strength

 

 その波紋は言い表す事の出来ないうねりとなり市民と言う泉をかき乱す。

 

 Out hopes for freedom to be

 

 市民がその高揚に酔い始める中、そのうねりが生み出す悪魔を想像し恐怖を覚える者達がいる。

 

 My friends not so far away

 

 それを正面から見据えるベイはその時が来たと感じた。それを解したのか正面にいる薔薇の騎士隊長らしき男と目が合い、お互いに軽く頷きあう。あちらも交戦などは望んでいない。頃合いだ、という事だ。

 

 Rulers will reunite hand in hand

 

 "撤収だ。歌い終わる前に、刺激せず、粛々と引き上げろ。責任は俺が持つ"

 

 Oh hail! Liberty Bell! 

 

 True freedom for all men

 

 

「自由惑星同盟万歳!!! 民主共和主義万歳!!!」

 

 悪魔が姿を現す。爆発した感情は全ての理性を消し去り、ただ叫び、泣き、肩を叩き合う。もしこの瞬間、視界に"敵"と見なされるものがあればその怒号は凶器となって襲い掛かっていただろう。だが視界にそれがないのでただその場で熱が冷めるまで蠢き続けるだけである。

 

「自由惑星同盟軍……ラインハルト・フォン・ミューゼル少佐です」

「同じく自由惑星同盟軍薔薇の騎士連隊所属、ライナー・ブルームハルト大尉です」

 

「同盟議会議員、ジェシカ・エドワーズです」

 

 感情の渦が沸き起こる中で三人がやっと落ち着いて顔を合わせる。

 

「このような状況になった事は申し訳ありません。しかし"何かをしなくてはいけない"と決意された方々の気持ちはご理解ください」

 

 ジェシカが頭を下げる。しかしラインハルトは不思議に思う。当たり前のことを言っているように思えるが"これだけの人を集めてそうなる事は想像しなかったのか? "と思う。故に警戒する。この人に対する"想像出来ていなかった"場合の評価と"想像していながらもこの集会を実行し、結果としてこの言葉を発した"場合の評価、どちらにしても適切な行動とは言えない。今それを言ってもどうにもならないがこれを"成功"と捉えてしまっては次の反動が恐ろしい事になる気がする。

 

「我々の立場上、これはあくまでも"提案"として申し上げたいのですが……」

 

「どうぞ」

 

 いつもとは違う言葉の紡ぎ方をしなくてはならず頭の中をぐるぐるさせながらラインハルトが言葉を繋げる。

 

「今回は色々な幸運が重なった結果として事なきを得ました。しかし、二度目はありません。二度目はご自重ください」

 

「二度目は、防げませんか?」

 

 ジェシカの目に"期待"の色が潜んでるのを見てしまい、ラインハルトははっきりと"危険"であると考える。

 

「二度目は防げません。クーデター側としたら二度目とあらば撃つ覚悟をもって対応するでしょうしそもそも我々はこれから使用してきた車両や装備を放棄し、姿を隠します」

 

 ラインハルトが端的に理由を説明する。

 

「そのままでは隠れる先も匿ってくれる味方もいない、と言う事ですか?」

 

「はい。今回は我々のような敵対武装勢力がいないと思っていた、だから味方だと思った。そういう結果があったのでここまで妨げられずにやって来ることが出来ました。しかしこれからはクーデター側も我々がいる事を前提にします。今は市民の皆様がいますので刺激する所まで近づく事はないでしょうがもしこのままの装備で移動を開始したら速やかに討伐隊がやってくるでしょう。なので姿を変え皆様に紛れて身を隠すしかないのです」

 

 ジェシカが目を閉じ、考え込む仕草を見せる。

 

「付け足させて頂ければ、エドワーズ議員も"隠れる"事をお勧めします。これだけの集会を開いた代表者となると個別対応が行われる可能性が高いです」

 

 "下手に動かれるとこっちも困る"と言う素直な気持ちは隠す。ジェシカはその言葉を聞き、ゆっくりを目を開く。

 

「残念ですがそれが最善のようです。私からの決起はひとまず抑える事にしますし、誘いがあった場合にもその危険性を諭させる事にします。しかし、隠れる事は出来ません。一度とはいえこれだけの人を巻き込んでしまったのです。その市民を置いて私が身を隠す訳にはいきません」

 

(動かなければまぁ良しとしよう)

 

 そう考えてラインハルトは頷く。

 

「…………判りました。その御決断を成された以上、我々軍の者としては無理強いを強いる事は出来ません」

 

「ありがとうございます。皆さまもご無事で。どうやら自然解散の流れになりつつあります、乗り遅れない方がいいでしょう」

 

 気が付くと熱気の冷めた市民からごく自然にその場を去り始めている。熱するのも早いが冷め始めるとこれもまた早い。数が数だけにしばらくは続くだろうが事は急いでおいた方がいい。

 

 

「んで、これからどうするんだ?」

 

 撤収準備を開始した薔薇の騎士達と一緒にいたラインハルトの元に身一つになったアッテンボローがやってくる。残念だが彼のバンと中継機器一式も破棄対象である。どこかしらの映像記録をまさぐれば彼らがやってきた時の映像は残っているだろうし最後尾だったバンのナンバーは丸見えである。

 

「予定通り流れ解散しつつある市民に紛れて一旦姿を隠します。少々遠くなりますがクーデターに与していない軍基地は見つけてあるので各自でそこに向かう形になるでしょう。お約束通りアッテンボローさんは奥方様を伴って安全地帯(=薔薇の騎士隠れ家バー)まで移動できるよう手配いたします」

 

「俺としては女房さえ匿ってくれればそっちに同行したいんだがね?」

 

「ここからは非戦闘員を伴っての活動が難しくなります。ご遠慮ください」

 

 ラインハルトの言葉にアッテンボローが首をすくめる。移動中に話した時も同行を希望していたが諦めきれないようだ。しかし、大きなため息をつくと頭を掻きつつぼやく。

 

「ま、仕方ないか。しかし足(移動手段)はどうする?」

 

「おまたせしました。準備完了です」

 

 横からユリアンがやってくる。傍らには私服ではあるが隊員らしき者が一名付き従っている。

 

「この付近にお住いの隊員さんが車を出してくれます。アッテンボローさんもご準備を」

 

 傍らの隊員が軽く会釈する。

 

「善は急げと言わんといかんな。さっさと行くとしよう。隊員全員に伝えてくれ"後日一人一人全員に個別インタビューするからネタ考えとけ"ってな」

 

 手を振りながらアッテンボローがその隊員の後に続いてその場を後にする。残りは薔薇の騎士本隊の準備次第である。そちらの方を振り向くと大体の準備が終わったようである。隊員達はあらかじめ準備(するように言われていた)していた普段着に着替えそれぞれ重要物を入れた鞄なりリュックなりを持っている。既に準備済みのブルームハルトの元に隊員が駆け寄り二言三言会話を交わしブルームハルトが頷く。

 

「準備完了、各自解散!!」

 

 その号令で隊員が各々勝手に移動を開始する。目的地となる軍基地は結構遠いが集団移動するわけにはいかないのでいくつかのルートに分かれて各自で移動していく事になる。救国軍事同盟はその勢力(兵力)の関係でハイネセン市の主要部より遠方になってしまうと巡回兵すら多く割けないのが実情だ。とにかくその圏外まで逃げてから目的地を目指していくしかない。

 

「俺達も行くとしよう」

 

 ブルームハルトから声をかけられてラインハルトとユリアンも撤収を開始する。元もいるとはいえ非隊員である二人の護衛には一番強い人を、となり当然の結果としてブルームハルトと行動を共にする事となる。スタジアムの市民はいつの間にか残り数割といった所になっている。三人は急ぎつつも流れに乗ってその場を後にした。

 

 

 それから何日か経過してもその場の空気は重かった。現地対応を命じたベイ大佐は結果として阻止出来ずに帰還してきたがその時の状況を考えると咎める訳にもいかない(アッテンボローがばら撒いた中継動画は彼らも嫌々ながら確認している)。不幸中の幸いとしてその後、大規模集会を行う気配はなく不満だった者達のガス抜きが出来たのか市中の統制は乱れていない。ただ、首都星ハイネセン全土の状況把握は不可能であり、見えない所でどうなっているかは現地の諜報員からの情報に頼るしかない。移動面でも頭数的にも星の裏まで兵は派遣できず、その方面にも存在している軍小基地についてはアルテミスの首飾りの存在で黙らせるのが精一杯である(通信・組織的移動などを感知したら基地が基地跡地になる、という意味の言葉をオブラートに包んで言ってある)。後に"救国軍事同盟会議"という言葉が"多くの人が集まって相談しても結論が出ず、決定を見ないこと"を表す隠語として扱われる事になるのだがまさしくその会議は意味もなく続く、そしてそれを無視するかのように星の外は順調に悪化してゆく。

 

「カッファー司令部とランテマリオ星域方面軍の間で正式な停戦が成立したようです。実質的な降伏です」

 

「ネプティスからの定期通信が途絶えました。こちらからの呼びかけに応答しません」

 

「議長に事後報告を一つ、申し上げたい事があります」

 

「今度は何だ!!!」

 

 議長であるブロンズが思わず声を荒げる。

 

「…………クリスチアン君か、なんだね?」

 

 あの日以降、理由を付けて顔を見せなかったクリスチアンは何名かの人を伴っていた。中にはクリスチアンより上位の将官もいる。

 

「この度、私クリスチアンがベイ大佐に代わり市民活動対策を取り仕切る事になりました。あの市民集会を機に手の回らない星裏部の軍基地にも不穏な動きがあると現地諜報員の報告もあると聞いています。それらを踏まえまして各所の方々から協力を得て対応をさせていただきます」

 

 そういうと後ろに控えている者達がクリスチアンの言葉に同意する仕草を見せる。彼らがその協力者なのだろう。

 

「そのような事は私は命じていない。勝手な事は行わないでいただきたい」

 

 ブロンズが即座にそれを否定する。

 

「ですので"事後報告"なのです。私たちはあなたの否定を聞くつもりはありません。ただ、事後承認を頂きたいのです」

 

「そのような事を…………」

 

「私からもお願いいたします」

 

 横から出てきたその言葉の主を見てブロンズが驚愕する。

 

「エベンス君、君もなのか?」

 

 発言主はエベンス大佐。今日までブロンズの補佐として(議長として動かないといけないので手の回らない情報部長としての)色々な権限を預けていた。病的な軍隊至上主義者であり、視野も狭い小人物だがそういう姿はあまり見せず、淡々と仕事をこなしてくれていたのだが。

 

「もはやこの革命は温情慈悲の入る余地が無くなっているのです。なるべく事を荒げたくないと考えている議長のお考えも判りますが何かを変えない限り打開は不可能です。ここからは我々にお任せください」

 

「我々としては議長にはその任を引き続き果たして頂きたいと思っております。市民活動や軍の非協力者などよるのテロ行為に備えて"同志幹部の皆様とそのご家族の元には我々が厳選した護衛を付ける事に致しました"。これで色々と安全は確保されるでしょう」

 

 口をあんぐりと開けたままブロンズが力なく椅子に座り込む。

 

「では、我々はこれで失礼します」

 

 クリスチアン達が最高議会室を後にする。扉を出るその直前、立ち止まった彼はブランズの方を振り向き一言だけ付け足す。

 

「言い忘れてましたが首飾り制御室の方々も我々に協力してくれるそうです」

 

 何も言う事の出来ないブロンズを相手にせず、扉は静かに閉じられた。

 

「さて、どう動くのかね?」

 

 部屋から出たクリスチアンに付き従う将官が尋ねる。

 

「前もって決めた通り動くときは一撃必殺とせねばならん。中途半端な対応では土竜叩きになる恐れがあるからな。準備だけは怠るな」

 

 それだけを応え、悠々とその場を去るクリスチアン一行。その意味を知るのはもう少しの時間が必要であった。

 

 

「一つ目の虫が動き始めたようです」

 

「そうか。市民集会と同時にやると効果があるだろう。適当な獲物を選んでおくように」

 

 七月四日、遂に首都星ハイネセン内に反救国軍事同盟を明言する軍基地が現れた。ハイネセン市から見て星のほぼ裏側に近い基地が態度を明確にし、他の沈黙する基地に決起を呼びかけると同時に救国軍事同盟が定義した禁止事項である戦闘準備を開始した。そしてそれから六時間後、要員数五〇〇〇名の集結が確認された基地はその二分後に"基地跡地"と呼べるものに姿を変えた。推定犠牲者数は"八三〇〇"名。首飾りの一つから放たれた幾筋ものビーム砲はその調整された最低限の火力をもって丁寧にその基地に降り注ぎ確実に跡地にする為に巻き込まれた隣接区域ごと更地に変えた。

 それとほぼ同時刻、ハイネセン市にある小さな公園で開かれた小さな反戦集会。あの日、歓喜の味を覚えた者達が行う小さなガス抜きのはずだった。昨日までなら始めるや否や武装兵達に(撃たずに威嚇されながら)追い散らされるのがお約束であったがこの日は開始してもやってこなかった。そして彼らの興奮が最高潮に達した時、視界外から飛来した催涙弾が公園を覆つくす。その直後にやって来たマスク着用の武装兵が関係ある無しを問わず全員を荷物のように車両に押し込み走り去る。そして数日後、連れ去られた者達の同居人に対して"任意同行"が求められ彼らも姿を消した。同意したら同じ場所に行く、拒否したら別の罪で別の場所に連行される。結局は消えるしかない選択肢なのだ。

 

「市民の皆様におかれましては厳戒令下である事を再度ご認識頂くと共に、これに反する行為の自粛を求めるものであります」

 

 地方の軍、そして一般市民の生活はあのスタジアム集会より前の静けさを取り戻した。だがその静けさは前とは意味の異なる静けさであった。

 

 

「そこまでやり始めたか、急がないといけないな」

 

 跡地となった基地の映像を眺めつつウランフが呟く。この映像はハイネセンへの入港を許可された貿易艦が持ち帰ったものである。出港前の物理・電子的持ち出し物は厳しくチェックされるが見つからない様にデータチップを汚物タンクに沈めて持ち帰った代物である。

 

「例の準備はどうなっている?」

 

「近辺の警護隊などが協力してくれたので予定より少し前倒しで進んでいます」

 

 ウランフの問いに参謀長チェン少将が応える。七月下旬、事前準備の終えたウランフ率いる三個艦隊はバーラト星系に侵入し惑星シリューナガル近辺でその準備の詰め作業の真っ最中であった。侵入したらしいという情報は救国軍事同盟側も押さえているが外宙戦力が枯渇した関係で首都星ハイネセン周辺に構築された警護隊や巡視艦隊による哨戒網を突破できず全容を把握する事ができない。

 

「それにしても……本当に大丈夫なのか?」

 

「ご心配なのは判りますが計算上問題はありません。まぁそう思わないとやっていられないというのが本音ですが」

 

 それは第二艦隊の合流後にもたらされた情報(?)がきっかけであった。

 

 

「ウランフ司令、少々宜しいですか?」

 

「? 何か言伝忘れでもありましたか?」

 

 第二艦隊との合流後に行われた情報交換等の為の会議、その終了後の事である。第二艦隊司令官フィッシャー少将が近づく。

 

「いえ、"正式な"伝達事項に漏れはありません。これはいわゆる事のついでのようなものなのですが…… 司令官はこのまま事が上手く進んだとしてハイネセンに控える"首飾り"に関して何か腹案はお持ちでしょうか?」

 

 その問いにウランフが眉をしかめる。それはこの事態が生じてからずっと考え続けていた事である。いつかは手を下さねばならない、しかし三個艦隊約三〇〇〇〇隻の全てを磨り潰す覚悟をしても破壊できる計算が立たない。あの首飾りは一つあたり一個分艦隊を相手どれる火力と艦艇とは比べ物にならない防御力を持ち合わせており、それが一二個と言う事は三〇〇〇〇隻相当とやりあえる火力と同規模艦隊の攻撃を耐えうる防御力を持っているという事なのだ。

 

「今の所、目途が立っていないのは事実。何かそのあたり、良い思案が伝達事項に含まれていれば良かったのですが」

 

「実は一つアイデア的なものを持って来ているのですが……」

 

「なんですか、それは!」

 

 思わず食い入ってしまうウランフにフィッシャーがびっくりする。

 

「これは出発前の会議後にヤン中将が話していた事なのですが……」

 

 その内容をウランフに説明する。聞き終わる頃には顔が何とも言い難い様子になる。

 

「いや、確かに理論上はそれで行けるはずと言われれば行けるのでは? というものですが………… それを"詳細を検討していない思いつき"と言われても、いやはや、イゼルローンを落とした時もそうだが我々とは違った頭脳をもっているようだ」

 

「まったくもって。あの方は艦隊司令官としても大器といえますがその手の事を考える頭脳にかけては当代随一といえるでしょう。ひとまず私の方でここまで移動がてら仮計算したデータなどはそちらに転送させておきます。ご検討を」

 

「有難く使わせていただきます」

 

 

 そして今、その計算に基づいた"品物"を作成している。アルテミスの首飾り、一二個に対して万が一を考え予備込みで一五個。その完成をもって艦隊は前進を開始。品物などの輸送&護衛やネプティスへの増援を除いた三個艦隊が合計約二五〇〇〇隻。本来、アルテミスの首飾りと正面決戦を行える戦力ではないその部隊が首都星ハイネセンの感知範囲に侵入した。

 

「ふん! その程度の戦力でこの首飾りに立ち向かえると思っているのか?」

 

 スクリーンに映るその艦隊を眺め、クリスチアンがふんぞり返る。席の位置は元のままだがもはや彼がこの最高議会室の主である。あの日から傀儡を化したブロンズは無気力で座るのみ。彼の行っていた役割はエベンスが受け持っている。反乱を起こしかけた基地を消滅させたのを機として救国軍事同盟の大半はその内心の大小はあれど実質的な指導者の事を認めている(といってもそれは市民や反救国軍事同盟基地と同じで威に服しているだけである)。失敗した(と見なしている)ベイもその威に服する事で元々受け持っていた任を続けることを許された。そしてダニエルズに至ってはスタジアム対応を外された恨みからか議会室にすら入る事が出来ない。

 

「攻撃が開始されました、一二基同時です。運び込んだであろう軍事衛星を展開させています」

 

「艦隊を近づける前に少しでも破壊しようとでも考えているのであろう。無駄な努力だ」

 

 この敵艦隊を撃退すれば"勝負あり"だ。敵の勝ち筋を潰した後はただひたすら耐え忍び、内乱中らしい帝国が再活動を開始する前に有利な形で和睦できれば政権は維持・継続可能だ。そう考えるとわざわざやって来てくれたのはむしろ有難い。そうクリスチアンは考え、余裕をもってその映像を見つめる。

 

 

「衛星群、交戦を開始。首飾り位置、固定されました」

 

「"お届け物"角度調整完了」

 

「エンジン始動、大事なお届け物だ。きっちり受け取れ」

 

 その号令と共に艦隊周辺に待機していたその品物が動き始める。惑星シリューナガルから切り出したサイズ一キロ程度の氷塊にエンジンを取り付けただけの質量弾。当然ながら進路上に首飾り以外の衛星も星もない事を確認し、一定時間後に自爆するように設定されているそれは凄まじい速度で加速し、首飾りに迫る。簡単なように見えてこれだけの距離を一キロ程度の"小さな物体"がピンポイントでぶち当てるのは難しい。故に少しでも可能性を高める為に捨て衛星を出して首飾りの位置を固定させたし、それでも外れた時に備えて予備を三つ用意している。

 

「それにしても一二個全部潰さなくても良かったのでは?」

 

 当然ながらそういう意見もある。一・二個潰して抵抗が無駄である事を悟らせるというやり方もあるのでは? という事だ。しかしウランフはそれを却下。

 

「一つでも残ってしまったら破れかぶれになった連中がそれを何処に撃つかわからん。既に地表に向けて撃っているのだからな」

 

 この一言で一二個を全滅させる事への異論は消えた。そして。

 

「命中まで5・4・3・2・1・当たりました。全弾命中です」

 

 自由惑星同盟が最も輝いていた時代、最も豊かになりつつある時代に莫大な費用をもって建造されたその軍事衛星は比較対象にすらならない費用にて作成された質量弾によって姿を消した。

 

「それにしてもこれだけの権勢を誇っていた首飾りもあっけないものだ。しかそもそれが"隕石でも何でもいいからとにかく大きな物を超加速させてぶつければ何とかなると思う"という一言で済まされてしまうのだからな……」

 

 そうウランフは呟くと全軍に対し前進を命令した。

 

 

「…………消滅……しました」

 

 オペレーターの声が最高議会室に悲しく響く。

 

「あ……あ…………ああ………………」

 

 首飾りと共にその精神をも撃ち砕かれたクリスチアンが白目をむき、言葉とは認識できないうめき声を上げる。周囲の者達も言葉を失い目が泳いでいる。完全に精神を失った最高議会室で最初に意識を取り戻したのは本来この場を取りまとめるべき人であった。

 

「しっかしせんか!!! 意識を取り戻せ!!!!」

 

 救国軍事同盟議長ブロンズ中将はその場に仁王立ちをし、周囲を睨みつける。

 

「しかし、既に我々には抵抗する手段が…………」

 

「敵艦隊、軌道上に侵入を開始。揚陸を試みると思われます」

 

 エベンスが声をかけると共にオペレーターからの報告も入る。

 

「我々は敗れたのだ。もはやどうにもならぬ。如何にして血を流さず事を終えるか、それを考えよう」

 

「しかし我々は既に撃っています。禁忌とされている方法で、同胞を撃っているのです」

 

 要するに今降伏しても極刑は免れない。

 

「私の命令でな」

 

「いや、我々の命令で、だ」

 

「え?」

 

 ブロンズの言葉を訂正するようにダニエルズが入室してくる。急いで駆けつけたのであろう、少し息が荒い。

 

「ふぅ、なんとか間に合ったようだな。こういう時は素直にこの年寄りと議長の言葉通りにするんだ。スタジアムの反省を込めて我々が対応の強化を命じた。二度目を起こさせない為に我々がその引き金を引くように命令した。そもそもこのような重大事項をお前たち如き佐官が出来るはずなかろう。我々議長と副議長の命に、威に屈してやらざるをえなかったにすぎぬ。ということでいいな? 議長殿?」

 

「その通り。お前たちは終始我々の威に内心反感を抱きながら従わざるをえなかったのだ」

 

「生き続けた方がつらい人生になるかもしれん。だが生きていれば何か出来る事もあるはずだ。我々の、それこそ物理的な首をかけて諸君らの極刑だけは免れるようにする。だからこの場はどうか矛を収めてもらいたい」

 

 場が静まり返る。

 

「各地より我々への抵抗宣言は発せられています、直接つなぎます」

 

 オペレータの声が乱入し、スクリーンに映像と音声が転送される。

 

「我々は救国軍事同盟なるクーデター勢力に対し、抵抗を宣言する。参加せし基地は……」

「~~~~行政区全市は民主共和制政治を守るために…………」

 

 この瞬間を待って準備していたのだろう、首飾り等の威をもって黙らせていた各地域が一斉に反旗の狼煙を上げる。この瞬間から救国軍事同盟の勢力圏はハイネセンの中でもごくわずかな範囲に狭まり始める。後の総括で彼らを精神的に屈服させた要因は軍事が外宙戦力の消滅と首飾りの破壊、そして政治においてはスタジアムの一件とこの一斉宣言であったとされている。

 

「…………形式上、今の交渉相手はウランフ大将だ。彼に連絡を……」

 

「その必要はない!! まだ要人要所は我々が押さえている。それがある限り相手は必ず譲歩する。交渉はそれを理解させてからだ!!」

 

 事を終わらせようとしたブロンズに対して今まで黙っていたクリスチアンが目を充血させながら叫ぶ。"そうだそうだ"と彼の一派が声を上げる。

 

「もうやめたまえ、そのような行為を一つ行うごとに市民の憎悪は深まる。時を稼ぎ既成事実を詰み重ね、各勢力からの妥協を引きずり出し臨時政権としての存在を認めさせる。もはやその道は断たれているのだ」

 

「臆病に支配された議長、何もやらん副議長。お前らの様な覚悟の無い軟弱者どもがいるから革命は達せられんのだ!! もはや実力行為あるのみ。さっさと入って来い!!! 反抗する者を拘束せよ!! 殺してもいい!!!」

 

 クリスチアンが扉に向かって叫ぶ。

 

「…………おい! どうした!! ……おい」

 

 扉の方を見つめつつ声の勢いが落ちる。来るはずの兵が、待機させていた兵が来ない。

 

「すまんがの。そもそもどうやってわしがここに入って来たと思うのだ?」

 

 呆れ果てたようにダニエルズが呟く。そして扉が開き、一人の士官が兵を引き連れて入ってくる。

 

「後片付けに少々時間がかかってしまいました。少なくともここと要人周辺は押さえました」

 

 入って来た兵達が唖然としているクリスチアン達が意識を取り戻す前に取り押さえていく。

 

「バクダッシュ中佐、なぜここに?」

 

 ブロンズが呆けた表情で尋ねる。

 

「どれだけあなたの元で働いていたと思うのです。何も話されてないとはいえ私に望まれた事などお見通しですよ」

 

 バクダッシュがポーカーフェイスで応える。

 

「そうだな」

 

 ブロンズが久しぶりの笑みを漏らす。この非常に優秀であり同じくらい癖が強く利に聡い男をブロンズはリトマス紙として使った。側で用いずに情報部に呼び寄せて拘束した軍要職の監視(=実質的護衛)という簡単な仕事のみ任せたのだ。後は勝手に情報を集め、天秤の傾きが明確になったら己の身を護る為に事が上手く収めようと勝手に動くだろう、と。

 

「要人の護衛についてはベイ大佐と連携し、お任せしています。また、副議長殿を慕う者達も同心し一部の要人は安全な場所へ移動しております。あとは…………」

 

 そこまで言って目を伏せる。"あとはあなた方が首を差し出すのみです"。流石に口には出せなかった。この上官には癖がありすぎる(自覚している)自分を重用してもらい、今の地位まで上げてくれた恩がある。

 

「さて、ウランフ大将に繋げてもらうとするか」

 

 バクダッシュの気持ちが理解できるからこそ、ブロンズは彼を見る事は無かった。

 

 

「さて、もうそろそろ終わりそうだ。約束通り、帰らせてもらうよ」

 

 民間宇宙港の一角にある小さな建物の一角にアーサー・リンチ少将はいた。

 

「思った以上に相討つ事がなかったな。まぁ首飾りが消滅してくれた事は遠い将来的には有難いと言った所だろう」

 

 宇宙港作業員の姿をした者が応える。少なくとも軍少将を相手にする一般市民の態度ではない。

 

「こればっかしは軍の再建計画立案者を恨むんだな。財布が厳しい中で実働部隊が我慢できるだけの道筋を作ったんだからな」

 

「ヤン・ウェンリー中将か。イゼルローンの事と言い厄介なものだ」

 

「そこまで厄介ならどさくさ紛れに消しちゃえばよかったんじゃねぇの?」

 

 リンチの嫌味にその男は眉をしかめる。

 

「それが出来れば苦労せん。我々は存在し続けねばならん。どれだけの要人だろうと人一人と引き換えには出来んのだ」

 

「そういうものかね」

 

「そういうものだ。さて、疑いなく出れるようになるのは少し先だが部屋は用意してある。その時まで我慢する事だ」

 

「少しは時間つぶしになるのはあるのかい?」

 

「ほんの少しの間なんだ、我慢しろ」

 

 それを聞くとリンチは肩をすくめて奥の部屋に歩を進める。こうしてアーサー・リンチは再び自由惑星同盟から姿を消した。

 

 

 七九七年八月十二日、救国軍事同盟議長ブロンズ中将と自由惑星同盟軍ウランフ大将に間で停戦(実質的降伏)が成立。武装解除などの手続きの後、二十三日に最高評議会議長ジョアン・レベロの名で厳戒令の解除と行政機能の回復が宣言された。

 

 




 トータルで帝国側の比率が高くなってしまう事はまぁご了承くださいという事で。
 原作2巻では45%くらいが同盟、本作では話数的に37.5%くらいが同盟のはずです。
 次で第二章は終了です。同盟から見た、帝国からやってくるあのはた迷惑集団(笑)の対応までが第二章です。

 ラインハルトが挨拶をした際の ・・・・ は彼の正式な所属先からお察しくださいw

 フィッシャーに対するウランフの口調が丁寧なのはフィッシャーの方が年上という作者認識だからです

 首飾りの戦闘能力についてはどこまであるのかが原作のみでは不明ですがこれくらい(一つで一個分艦隊(=二四〇〇隻))はあっていいかな、と。バーミリオン時に二個艦隊(双璧)が来た時に「これがあれば」とじたんだ踏んだ事を考えると一個艦隊相当だと胡坐をかくには低すぎると思いますしね。火砲そのものは戦艦主砲をアウトレンジ出来る高出力なのをエネルギー供給できる限界まで搭載、実弾系は補助(補給がめんどいので)。外壁はなるべく分厚く(壊れた時に交換しやすいモジュール式を数層)。どちらかというと火力殲滅型ではなく通常の艦隊艦艇の火力では壊す事が困難な厚さにしてビーム砲で淡々と相手を削っていく受け身型。という作者妄想。
 質量兵器をぶつけるというのは「誰でも思いつくじゃないか!」って思うかもしれないけどこういうものって前例ががなく、事前知識等が全くない状態ですぱっと思いつくのかな?と。我々がその知識(原作など)が全くない状態で「さぁやれ?」と言われて思いつくものなのかな?と。結局は後孔明のふんぞり返りなんじゃないかなぁ。

 シリューナガル、原作(新書2巻)だと誤植でシリーュナガルになってた。どうやって読むんだよw


4/06 帝国:討伐勅命発令
4/07 帝国:正規軍艦隊出撃
4/13 同盟:救国軍事同盟クーデター
4/14 同盟:ウランフ声明
4/XX 同盟:シャンプール陥落
4/19 帝国:アルテナ星域会戦
4/22 同盟:ラインハルト、ユリアン&アッテンボローと接触
4/XX 帝国:レンテンベルク要塞陥落
4/23 同盟:アラルコン艦隊出発
4/XX 同盟:パルメレンド陥落
5/19 同盟:ドーリア星域会戦
5/XX 帝国:シャンタウ星域会戦
6/XX 帝国:リッテンハイム派離脱
6/22 同盟:スタジアムの歓喜
6/XX 同盟:カッファー基地、ランテマリオ方面軍との間に停戦(実質的降伏)成立
6/XX 同盟:シャンプール通信途絶(無力化)
6/XX 同盟:救国軍事同盟クリスチアン一派内部クーデター
7/04 同盟:クリスチアン一派による対反勢力攻撃
7/XX 帝国:キフォイザー星域会戦
7/XX 同盟:ウランフ率いる三個艦隊バーラド星域到着
8/XX 帝国:ガルミッシュ要塞陥落
8/12 同盟:アルテミスの首飾り消失、救国軍事同盟降伏
8/23 同盟:厳戒令解除、政治正常化宣言(内乱終結)
8/24 帝国:ガイエスブルク艦隊戦開始
8/27 帝国:ヴェスターラント対応の為、一時休戦成立
8/28 帝国:ヴェスターラント核攻撃阻止
8/29 帝国:一時休戦終了ガイエスブルク艦隊戦最終日、盟約軍艦隊壊滅、正規軍陸戦隊ガイエスブルク要塞突入
8/31 帝国:ガイエスブルク要塞陥落
9/09 帝国:ガイエスブルク要塞にて戦勝式典
9/14 帝国:アイゼンフート声明(盟約軍亡命宣言)
9/28 帝国:盟約軍亡命部隊、自由惑星同盟軍と接触

 大きな狂いはないはずだ・・・・


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No.46 さらば救国と正道の日々

2023.10.27 18:18追記
 書き忘れ

 章終了に伴う情報整理などの為、次回更新は一週追加で三週間後の11/17になります。
 ご了承ください。

 おまけとしてメモ的な物を"活動報告"の方に11/3にUpする予定です。


 

 "我々は救国軍事同盟なるクーデター勢力に対し、抵抗を宣言する。参加せし基地は……"

 "~~~~行政区全市は民主共和制政治を守るために…………"

 

 

「後はいつでも動ける準備だけを怠らず、ウランフ大将の指示を待ちましょう」

 

 各地からの声明を心地よく聞きながらラインハルトが呟く。首飾りの消失により軌道衛星帯まで制圧したウランフ率いる艦隊は順次揚陸を開始するだろう。後の復旧の事を考えなければどこであろうと攻撃は可能でありもはや状況を覆す要素は何もない。要人が安否だけが心配だがこれはもう一個人の裁量や一〇〇人程度の非武装小集団でどうにかなる問題ではない。

 

「助太刀に感謝する」

 

 後方からの声に反応し場にいた者達が起立敬礼する。少将の章を付けるこの人はここの基地司令。薔薇の騎士達はあの日各々離脱し、結果としてそこそこ距離のあるこの基地に身を寄せた。陸戦隊教練部隊の一つであるこの基地は薔薇の騎士が予備隊を編成する際に参考させてもらった縁で交流を持っておりその後の経過を知る限り間違いなく白であると判断できた。

 

「いえ、準備そのものは各基地が行っていましたし私はちょっと情報を整理した程度です」

 

 ラインハルトがちょっと照れたように応える。

 

「その整理、最後の一押しが難しかったんだ。どうも地方基地同士はライバル心があってね。主導権を渡したくないのかなかなか連携がうまくいかない。スタジアムの英雄達の仲介が無ければここまでスムーズに統一行動はおこせんかったさ」

 

 肩をすくめて指令がぼやく。

 

 薔薇の騎士達がばらばらとこの基地に逃げ込んだ時、基地には全要員が待機していた。陸戦隊教練部隊だけあり、指導員たちの戦闘力は極めて高い。それを味方に出来なかった救国軍事同盟側は当然ながら首飾りの存在をちらつかせつつ車両・武装などを全て取り上げる事で無力化を実施、"定期的抜き打ち巡回の時に要員が全員いなかったら敵対と判断する"という言葉を残し彼らを自発的幽閉状態に置いた。だが、それだけできれば十分という事でそれ以上の監視などは置かなかった(置ける余力が無かった)のが幸いしてあっさりと薔薇の騎士達は紛れ込めたのである。そして連携の取れない状況を知ったラインハルト達がその時が訪れた際に一斉決起出来るように仲介をしたのである。スタジアムの映像は既に各基地などにも伝わっており彼らは顔が効いた。そして要員外なので行ける場所には(要変装だが)直接出向いての交渉も可能だった。この基地から信頼できる他基地へ、そこからまた信頼できるところを聞いて……そのうちに地方行政とツテのあるとこもあり、といった具合に枠を広げ結果として救国軍事同盟の直接統治下外の領域は全て同志になった。そもそも救国軍事同盟側ならば最初からその旗を挙げている訳であり挙げない時点でどういう姿勢なのかは言わずもがなと言った所である。

 

 

「あっさり終わってしまったな」

 

「血が流れるより良い事でしょう」

 

 一斉決起の後にさぁ何が来るかと身構えていたら"停戦合意(実質的降伏)"が報じられた。武器が無い我々はどう動くべきだろうか? と幹部を開いて会議をしようとした最中の出来事であった。

 

「これから君たちはどうするかね?」

 

 司令が尋ねる。

 

「クーデター勢力が一枚岩だとは思いません。武装解除の目途が立つなり、確実に味方と言える安全圏が得られるまで余計な動きはせずに待機して指示を待とうと思います」

 

 そう答えるしかない。そもそもここを出てどこに行って良いかもわからない。営業所に戻るのも手だがまだ安全は確保されていない。

 

 のだがそこからは"とんとん拍子"と言って良いスピードで状況は改善されていった。後に知った事だが首飾り消失と一斉蜂起、そのダブルパンチで気落ちしている所を事果てりと悟った温厚派的勢力が一気に場を丸め込んでしまったらしい。そして状況が判らぬ末端が動かないうちに確保していた要人を纏めて軍宇宙港へ護送(要人護衛主担当が温厚派だったのが幸いだったらしい)、慌てて降りて来たウランフ側上陸部隊に渡してしまったそうな。気を持ち直した強硬派末端が何かをしようとしてももはや後の祭り。大半の将兵は武装解除に応じ、封鎖を解除された各宇宙艦隊兵員宿舎から臨時編成された陸戦隊(武装は解除されたものを流用)が各地に派遣、要所の引き渡し及び僅かな抵抗を排除して軍機能は一週間ほどで暫定回復を果たした。

 

 

「ラインハルト・フォン・ミューゼル、原隊任務に復帰いたします」

 

「はい。本当にお疲れさまでした」

 

 要人が護送されたという情報を得て駆け付けたハイネセン軍宇宙港の一角、大型揚陸艦に設置された臨時軍総司令部でラインハルトとユリアンは久しぶりに上官との再会を果たした。感動の一コマと言いたい所だが……

 

「おー、来たか来たか。こっちに来てくれ、早速だが色々と情報を確認させてくれ!!」

 

 ウランフがラインハルトとユリアンの腕を掴んで文字通り中央のテーブルに連行する。ドーソン、ビュコック、レベロなど監禁されていた軍・政のトップが待ち構えるその場に連行され(当然、ヤンも参加)、彼らはこれから知りうる限りの生情報を引っこ抜かれる事になる。ちなみにどこからともなく生えてきたとあるジャーナリストは「貸しを返してもらえないかなぁ」と何食わぬ顔で揚陸艦に乗り込もうとしたがブチ切れた息子に叩き出された。一応破棄する羽目になったバンと中継機器の請求書(この状況下なのに何をどういう魔法を使ったのか判らないがきちんと作成された本物)は渡せたらしい。

 

「改めてお疲れ様」

 

 今日のお話が終了し、対策室の面子が一つのテーブルを占拠する。その後も情報提供人は何人かやってきたが事を理解してハイネセン市のど真ん中で活動をしていた者は皆無なので彼らは最後までその場から解放されなかった。本来ならもう就寝前の一息きといった時間である(夕飯も食べながらだった)。

 

「それにしても大事二つ(スタジアム・一斉蜂起)に直接関わっていたとはな。階級が一つ上がるか、二つあがるか?」

 

「現状でも過分なのでお断りしたいのですが……」

 

 こちらもやっと再開できたキャゼルヌが笑みを漏らす。彼もまた監禁組の一人であったが本来少将クラスは纏められてしまう所を軍人でありながら国の経済も理解しうる次代後方本部長候補は救国軍事同盟にとって喉から手が出る程に得たい人材だったらしくあの手この手その手で勧誘の日々だったらしい。彼がそれに屈しなかったのはその性格からしてみれば当然と思えるが「こういう日(大型訓練)は騒がしいのがちょっと、ね」と妻子がちょっと遠方に前日から観光に出ていたからという面が強い。もし彼女らに手が伸びた状態で協力を迫られたら本人も拒否は難しいだろうと思っていたし周囲も仕方ないと思うしかなかっただろう。

 

「それで我々の仕事はどうなるのですか?」

 

 ラインハルトがヤンに尋ねる。

 

「私は本部長代理を補佐して軍の機能回復を管理しなくてはいけない。君はそれを手伝ってもらいながらになるけど別件もやってもらう事になる」

 

「別件?」

 

 周りの人たちも聞いてなかったらしくテーブルを囲む顔がずいっと前に出る。

 

「機能回復として軍事・民事共に通信の再掌握と再開を最優先にする。そのうえで回復次第イゼルローンとフェザーンから情報を集約し、帝国内の状況を纏めてもらう。ウランフ提督の元に入っていた情報ではとりあえず当面攻めてくる事は無いだろうと言う事だからこちらが正常化する頃に説明できる分析結果をえられればいい。如何せん情報部は当面麻痺してしまうだろうからこちら(対策室)で分析は引き受けないといけない」

 

「わかりました。分量がありそうですね……」

 

「そのへんは情報元で纏めてからもらうようにするから大丈夫だ。でも同じような情報は一つにしていいけどそれ以外では捨てないでとは言っているからそれなりの量になってしまう。対策室の要員でチームを組むことになるからその中で動いてもらうことになる」

 

「わかりました」

 

 これでその日は解散となった。

 

 翌日から復旧活動が本格化した。武装解除した救国軍事同盟兵を空いている兵員宿舎(※1)に押し込む。それの見張りや潜伏を警戒した一時的な巡回兵など足りない兵員は各艦隊からの臨時編成陸戦隊で補う。軍の要所の機能を回復させる、(救国軍事同盟参加者の排除による)専門兵の不足は経験者の臨時移動や一時的な機能縮小を行う。民間インフラは問題ない限り即再開。星間貿易は(さっさと再開したい)関係民間業界に丸投げ。etcetc。各要所に危害を加える前に事が収まった事と行政機関という伏魔殿にメスを入れる事が出来なかった事などが幸いし排除せねばならない救国軍事同盟兵の穴埋めをどうするか? という問題以外は大きな障害は発生する事は無く

 

「本日正午をもって厳戒令は解除されます。国民の皆様におかれましてはこのような事態になってしまった事を政府を代表しお詫び申し上げます」

 

 八月二三日、ジョアン・レベロ議長のこの宣言をもって自由惑星同盟の内乱は終結した。

 

 

「すまないが後始末は頼む」

 

「お気遣いは無用です。後始末に専念する為にも回廊はお願いします」

 

 ハイネセン軍用宇宙港でウランフはヤンの見送りを受けていた。内乱終結宣言の発せられたこの日にウランフ率いるイゼルローン艦隊とフィッシャー率いる第二艦隊は出発する。片方はイゼルローン防衛という責務に復帰する為、もう片方は予定していた作業を再開する為。慌ただしい出発であるが「とにもかくにも回廊周辺の正常・安定化だけは速やかに実施してくれ」と少しでも安心したい政府からの突き上げで休む間もない出発となった。

「それにしても、だ」

 

 ウランフが少し心配そうな顔をする。

 

「本当に良かったのか? 首飾りの一件は?」

 

 首飾りの一件、それはその破壊行動の元ネタはヤン発案だったのだが"ウランフ艦隊幕僚陣で思いついた"という事にした、というものだ。

 

「それで構いません。注意も受けてしまいましたし」

 

 ヤンが髪をかきながら応える。このネタについて「国防上の重要なセキュリティに関する事だったので思いついた時点で可能性として何かしらの報告はしてもらいたかった」と非公式の口頭注意をレベロなどから受けてしまった。結果としては「まぁ、ある程度データ検証して立証してからじゃないと報告するに出来ないという考えも理解できる」とし、表立った処分等は無し。そのかわりに表立ってしまうと色々と五月蠅い外野が出てしまうかもしれないという事でネタ発案者である事は秘めてウランフ艦隊単独の戦果である、という事にしたのだ。なのでこの一連の内乱に関して、ヤン・ウェンリーという男は事前の裏作業も表に出せない関係があり"即拘束されて終わりまでそのままだった"という"表面上の評価点0"となった。薔薇の騎士達(&ラインハルト&ユリアン)についても現場の臨機応変対応として処理される予定である(こっちはきちんと評価して昇進予定)。

 

「0にはなりませんでしたが国を半年麻痺させた内乱としては少ない被害で済んだといえます。それで十分でしょう」

 

「そうだな。まぁ上層部の君に対する評価が揺らぐ事は無い。これからも色々な所を支えてやってくれ」

 

 そう言うとウランフは背を向けて歩を進める。自由惑星同盟はその混乱から立ち直り、正常な歩みを取り戻そうとしていた。

 

 

 はずだったのだが……

 

 

 "我らリュプシュタット帝国正道軍は自由惑星同盟への亡命を宣言する。"

 

 

「………………」

 

 イゼルローンから緊急転送されたその映像を眺めヤンとラインハルトは手元の資料がずり落ちるのも忘れ言葉を失い、フレデリカとユリアンはどうやって声をかけていいかわからず困難の表情になる。

 

「昨日、じっくりと説明したのにねぇ」

 

「しましたよねぇ」

 

 思わずボヤキが出る。星外通信の復旧&安全性の確認が終了し、ひとまずの情報が集まったのが八月末(同時期に"当面、組織的侵攻がない事は確実"と報告)。そこから玉石混交の情報を精査し纏め終わったものを上層部に報告したのが九月に入った一三日。そして今日、一四日にその映像が緊急転送されてきた。

 

「となると反乱軍はもう敗れているって事か。ガイエスブルク要塞とやらはそこまで強固なものではなかったみたいだね。それともイゼルローン対策の何かの実験台にされたのか……」

 

 ヤンの頭の中で色々な情報がぐるぐる巡る。入手した情報は八月中旬頃までの帝国政府側発表が主となっている。両軍合わせて推定三五~四〇万隻の艦隊戦(※2)、アルテナ星域での勝利、レンテンベルク要塞の攻略、シャンタウ星域での勝利、反乱軍の分裂、キフォイザー星域での勝利。全体的に政府軍が勝つべくして勝ち続け、反乱軍本拠地であるガイエスブルク要塞に進軍中。ここまでが手に入った情報であり昨日上層部に説明した流れであった。ガイエスブルク要塞は現在の帝国領最大の要塞でありイゼルローンに匹敵するという話であった。なので本気で籠城戦が行われれば月単位の時間が必要と考えられ勝利したとしても後始末などを考えれば"今年は当然ながら内乱規模を考えると来年も侵攻は来ないのではないか? "と報告した。確かに侵攻軍は来なかった。代わりに亡命軍が来るらしい。

 

「あ、はい。直に向かいます」

 

 かかって来た受話器を置いてヤンが立ち上がる。

 

「緊急会議だけど本部長ではなくて議長からの召集らしい。政府としての対応とそれに伴う軍の行動についてだろうね」

 

 ヤンがずり落ちたままの資料をかき集め、フレデリカが必要そうなものを追加で取り出し始める。そしてあっという間に対策室を出て行った。

 

「すまないね。昨日の今日で呼び出してしまって」

 

「いえ、無視できない事件ですから」

 

 指定された部屋に入ると先に到着していた統合作戦本部長クブルスリー大将が出迎える。彼はフォーク元准将の銃撃により全治三ヶ月の重傷を負った。その後軍病院の高級将官用個室に入院していたがクーデターによりその部屋がそのまま監禁場所となり本来なら退院する日になってもそのまま監禁は継続され健康的な病院食とやる事が無いので個室内でリハビリ代わりの運動を続けていた結果心身共にかなりリフレッシュした状態で九月から復帰した(※3)。隣にはビュコックもいる。

 

「申し訳ない、呼び出しながら遅れてしまった」

 

 少し雑談などをしていたらレベロを筆頭とした政府側の人たちが入ってくる。議長のジョアン・レベロ、人的資源委員長ホワン・ルイ、財務委員長ヨブ・トリューニヒト、国防委員長代理ウォルター・アイランズ。合計七名での会議となる。

 

「まず議長として私個人でまとめたものだが基本方針を述べたい」

 

 レベロの言葉で会議はスタートする。レベロによる基本方針は

 

 ・正規の条件を満たした亡命希望者は如何なる身分・状況の者であれこれを受け入れる

 ・但し、あくまでも個人レベルで自由惑星同盟に籍を移す亡命が沢山あるという認識であり、"リュプシュタット帝国正道軍"という組織の受け入れではない(=組織としての存続を認めない)

 ・もし亡命希望ではない者がいた場合は正規の手続きで返送する(※4)

 ・亡命者に関しては軍が兵員輸送艦を用意し政府指定の場所に移動させる。帝国軍艦に関しては安全を確認したうえで一旦イゼルローン預かりとする

 事前に軽く話していたのであろう、政府関係者からの異論・追加などはない。

 

「なにせイゼルローン建造が開始されてから集団の組織的亡命は発生していない。亡命者支援事業所に確認したが当時の資料はデータの山に埋もれた底にあって引き出せるけど今使えるかとなると非常に怪しい。数は判らないが軍の残党だとしたら一〇万単位なのは確実だからひとまずどこかにまとまってもらって人海戦術であたるしかないだろうね」

 

 ルイがため息交じりに述べる。亡命者については人的資源委員会の管轄でありその委員長であるホワン・ルイがこの一件を取り仕切る事になる。長年の懸案事項であった熟練労働者問題を軍再編成と協力して道筋を作って「さぁ頑張るぞ!」となった直後にクーデターで滅茶苦茶にされてそれが終ったらこれである。政治となると財務と国防が目立つのは仕方ないが懸案事項の為にこの二つに足を突っ込まなくてはいけない人的資源もこれらに勝るとも劣らない難所である。

 

「ひとまずこの一件に関する追加費用は国防予算ではなくクーデター処理に伴う臨時予算から出すのでそこは気にせず厄介事だけは出ないようにしてくれたまえ」

 

 この会議におけるトリューニヒトの発言はこれだけであった。クーデターの際、偶然にも外部非公開の休暇で別荘に移動中だった彼はそのまま姿をくらませて遠方の政治仲間が治める自治体に逃げ込んだ。そこで"活動を起こしたかったが所在が判明すると危険すぎるから動かないでくれと言われてしまった"ので仕方なく安全が確認されるまで隠れていたらしい。そして一斉蜂起の際に姿を見せてそのまま帰って来た。今も何事もなく椅子に座っている。

 

「それでだ。軍部に尋ねたいのは"帝国軍は亡命阻止の為にどれだけやって来るか"というのと"それに対してこちらはどれだけの戦力が用意できるか"という事なんだ」

 

 国防委員長代理であるアイランズ副委員長が尋ねる。今は副委員長であるが近々委員長になる事が内定している。現委員長であるネグロポンティは監禁中のストレスで体調を激しく崩して入院中であり(※6)"続けられそうにない"と辞任する意向を示している。

 

「艦隊の稼働状態ですと現在第二艦隊が任務の為に出撃中でそのまま回廊に移動は可能。本国の艦隊(首都防衛・第一・第三・第四)は第四艦隊が帰還後の整備を開始したばかり。他の艦隊については臨時陸戦隊を組んでしまったのでその兵員を戻す必要あり。しかし代わりとなる本職の陸戦隊がまだ用意出来ておりません」

 

「艦隊として整ったものは無い、という事でいいかな?」

 

「そうなります」

 

 ビュコックの回答に場が考える様子になる。

 

「亡命阻止の為に帝国軍は大軍を派遣してくることはあるかな?」

 

 クブルスリーが呟いてヤンに視線を向ける。判断する為の情報を補足しろというアイコンタクトだ。

 

「その可能性は低いと思います。あの亡命宣言は帝国軍主力と十分な距離を確保したうえで出されているはずです。そうでないと追いつかれておしまいなので。それを追いかける帝国軍は大軍になればなるほどに動くが鈍くなって追いつけなくなります。現実問題として回廊付近を一時的に封鎖できれば十分なので足の速い一個、二個艦隊を急行させるくらいが上限だと思います」

 

 それからも一つ二つと質問は続くが結局としては"大規模衝突は行いたくない"という理由で追加の艦隊派遣は行わない事が決定した。その範囲で対応できないのなら手を引く、という基本方針だ。そして移動中のイゼルローン艦隊と第二艦隊に指令が下る。

 

「回廊帝国側出口周辺まで進出し亡命者を発見次第保護せよ。但し大規模な軍事衝突は回避せよ、か」

 

 命令を受領したウランフが呟く。

 

「出口付近を事前偵察させますか? 最低限の哨戒部隊は残していますが?」

 

「偵察はするが深追いはするな。通信障害がかかっているかの確認が出来ればいい。かかっているのであれば近辺の部隊が阻止の為のたむろしているという事だからな」

 

 ウランフはそれだけを命じる。元々脱落しないぎりぎりの速度で移動しているので到着しない事にはどうにもならない。

 

「それにしてもお互いに内乱なら内乱で終わればいいもののこういう形で巻き添えを食らうとは。こちらは戦わずに穴熊すると決めているというのになかなか静かにならんものだ」

 

 その一言は間違いなく同盟中の要人が皆思っているであろう本音であった。

 

 

 九月二八日

 

「要塞には寄らずに通過、そのまま出口付近を制圧する。分艦隊単位の行動とするが現場の判断で支隊単位まで部隊を分けても良い。亡命阻止の網であれば薄く広げる形になっているだろう。敵と判断できる部隊に対し数的優位の場合は積極的にこれを掃討せよ」

 

 回廊まで帰ってきたウランフは艦隊を分け出口に進出させる。旗下の分艦隊を分散させる傍らでウランフ率いる本隊は状況把握と総指揮の為に中央に陣取る。そして分散するや否や恐らくこちらを見張っていたのであろう敵哨戒分隊と接触しそれを追い散らかすと一〇〇隻単位の部隊を発見する。そこからはもう状況は加速度的に混乱のるつぼに突入する。

 

「範囲は指定した、各分艦隊はその行動範囲内でのみ活動を行え! 外れたら敵だろうが亡命者だろうが無視して宜しい!!」

「亡命艦艇はそのまま回廊に入って要塞付近まで移動させろ。その後の扱いは要塞司令部に任せる。要塞に入れるな、だが監視可能範囲からは出すな」

「亡命を示す信号を忘れるなと全チャンネルで発信し続けろ」

「混乱して撃ってきた帝国艦艇には警告を必ずしろ。それでも撃ってくるのであれば撃墜しても良い、それが亡命艦だったとしても責任は俺が持つ。既定の亡命信号を出してない方が悪いんだ」

 

 同盟軍は全て支隊単位で行動を行い二五部隊。最終的に遭遇した帝国軍の部隊数は一部隊当たりの数は少ない者の同じくらいの部隊数。亡命艦艇達は組織的なのか非組織的なのか単艦でも動いているので幾つあるかは判らない。これらが全てイゼルローン回廊帝国側出口を少し出たあたりでもみくちゃになっている。統一した意識を持つ制宙権行動ではない追いかけっこでありはっきり言って制御などできない。その最中に入る一本の急報

 

「緊急通信! 大規模な亡命艦艇群二〇〇隻弱、亡命軍司令アイゼンフートを名乗っております!!」

 

 周囲の幕僚達の視線がウランフに集中する。

 

「旗艦のみをこちらに移動してもらうように。残りは他の亡命艦隊と同じだ」

 

 ウランフのその命令が混乱第一幕終結へのスタートとなった。

 

「銀河帝国リュプシュタット帝国正道軍盟主代理、軍総司令官フェルテン・フォン・アイゼンフート大将です」

 

「自由惑星同盟イゼルローン要塞司令兼駐留艦隊司令ウランフ大将です」

 

 両雄が敬礼を交わす。

 

「まず、この様な形で巻き込んでしまった事をお詫びいたします。生きるか死ぬかの瀬戸際でしたので」

 

「見事に巻き込まれましたな。どうやら封鎖している部隊はそこまで多くはなさそうですが…………」

 

「はい、"今の所"はここを封鎖しようとしていた数千の帝国軍を蹴散らせば制圧できるでしょう」

 

「今の所?」

 

 嫌な予感のする言葉にウランフが眉を顰める。

 

「我々の掴んだ情報が正しければ数日内に正規軍一個艦隊と政府側貴族私兵が数千やってきます」

 

「…………なるほど、隠密の亡命となるとその前後(封鎖部隊・追加艦隊)から逃れ慣れなかった、と」

 

「ご想像にお任せします」

 

 にこやかな顔でアイゼンフートが応える。

 

(盟主代理やら軍総司令官やら名乗るだけはある。ただの貴族様、という訳ではないな)

 

(上級大将という位がないこの国の大将はまさしく軍幹部のみの階級。下手してこじれるより素直になるに限る)

 

「亡命希望の方々はひとまず回廊内に入っていただく。要塞から待機位置などの指定がありますのでその指示に従ってください」

 

「承知した。部隊は責任をもって私が迷惑をかけないようにまとめ上げます。無理を承知でお願いする。出来るだけの同志を救っていただきたい」

 

 深々と頭を下げる。

 

「無理は出来ませんが出来る限りの事は行います」

 

 それが応えられる精一杯である。

 

 それから一日二日、下火になりつつも亡命者や帝国軍との追いかけっこは続き、聞いた情報を元に偵察を繰り出した先から敵艦隊接近の報が入る。

「全部隊速やかに集結せよ。予備隊(※7)や第二艦隊の合流も急がせてくれ」

 

 そして回廊出口付近にて両軍が遭遇する。同盟軍二個艦隊で約二三六〇〇隻、帝国軍一個艦隊と色々で約一六九〇〇隻。その数を確認したウランフは

 

「艦隊前進。全艦総力戦準備」

 

「お待ちください!! 大規模衝突は回避せよと!!」

 

 周囲が慌てて止めに入る。

 

「イゼルローンを取る前にやってた戦いの半分程度では大規模とは言わないだろう、というのは屁理屈だ。脅して後ろに引かせるぞ。この場に派遣されてきたという事はそれなりに頭の回る相手のはずだ。出口から遠ざけてあの数ではカバーできない広さの所まで追い出せ」

 

「敵が引かなければ?」

 

「撃破する。それが出来る戦力差だ」

 

 強気にずんずん押し出していく。

 

 

「封鎖部隊の残余はひとまず後方へ、一箇所に集結し部隊としての体裁を整えよ」

 

(情報通りなら叛徒共の内乱終結宣言から一ヵ月、事を終わらせてとんぼ返りしてきたか。しかし想定よりも数が多い)

 

 苦労してここまでやってきたシュターデンが更なる難所となってしまった宙域を睨みつける。ここに来るまで亡命を目指し逃亡する軍艦、民間船を見つける度に追跡し、破れかぶれの攻撃を仕掛けてくるなら粉砕し、ワープ妨害を受けては前進が遅れ、友軍側の私兵艦隊と危うく同士討ち寸前になり、やっと到着したら封鎖網は瓦解しており、目の前には叛徒軍最精鋭艦隊が増援付きで陣取っている。

 

「敵艦隊、前進を開始」

 

「見失わない程度の距離を保ち後退。安心しろ、深追いはしてこない。回廊に逃げれる距離は維持するはずだ」

 

 相手の心情は手に取るようにわかる。叛徒共の事情を考えればこんな"巻き込まれ事故"で最精鋭艦隊の損耗などやろうはずがない。ただ、出てきたという事は亡命者共の取り込みは行いたいはずだ。となったら"出来る範囲で支配宙域を広げて間接的に亡命成功率を高める"くらいが関の山。

 

「宙域地図を。思い切って有人惑星帯手前までラインを下げる。その方が何もない宙域よりも道がある分塞ぎ易い。一時的に亡命成功率は高まってしまうだろうがその後は確実に封じる事が出来る。いや、封じる」

 

 いわゆる"損切り"といえなくもない決断。流石にあれとドンパチやってまで完全勝利を得ろ、とは言ってこないだろう。指揮下部隊を切り分け、丁寧に主要航路を穴埋めする。やや素早さに欠けるがこういう定石行動となるとシュターデンという男は計算できる。さらに最近の激動で常識が揺れ動くのを多々と見続けているので常識外への対応として一部のベテラン艦長には少数の部隊を率いらせその経験と勘で主要航路以外の道なき道を自由に動く事を許可する。最後に万が一叛徒軍が突っ込んできた時に備えて別途哨戒部隊を前方展開し、後はじっくりと獲物を刈り取るまでである。

 

 

「頃合いが近づいてきたようだな」

 

 ウランフのその一言が事の終わりが近づいている事を知らせる。回廊から進出して一ヵ月あまり、一一月に入ろうかという所で亡命者の流れは下火になりつつあった。見えない所、こちらが進出を戸惑う所で十分な亡命阻止網が形成されたのであろう。出口付近を塞がなくとも十分な阻止が可能になったのなら危険な宙域確保を行う必要性は無くなる。

 

「亡命の累計は?」

 

「船舶は軍・民各種含めて三〇〇〇隻弱。人数は四〇万人弱。軍がチャーターした旅客船による後送も開始されています」

 

「総人口から見れば取るに足らない数といっても過言ではない。しかし我々の存在意義を考えるならば意味を持つものとしなくてはいけないな」

 

「失礼します」

 

 ウランフとチェン参謀長の会話に副官が割り込む。

 

「宇宙艦隊司令部より入電。作戦は一〇月末日をもって終了とし現宙域より後退、イゼルローン要塞へ帰還せよとの事です。第二艦隊には予定していた任務への復帰が命じられました」

 

「司令部に"了解"の返信を」

 

「なんとかかんとか……」

 

 返信の為に場を離れる副官を見つつウランフが呟く。

 

「少しは静かになった状態で新年を迎えたいものだ」

 

 "戦争なんぞ、やらんで済めばそれでいい" その言葉を思い出す。まったくもってその通りだ。軍人など金食い虫とじと目で見られながら無駄に終わる訓練をし続けて任期を終えるのが一番いい。

 

「だが、来年もまた忙しいのだろうな」

 

 ウランフのその一言はある意味正解でありある意味不正解となる。一一月一日、同盟軍艦隊は後退を開始。亡命希望勢力対する直接支援活動は終了した。

 

 

「まだまだ忙しい状況を丸投げするのは恐縮ですが後はよろしくお願いします」

 

「いえ、気になさらず。こちらこそお作り頂いた監視網を丸ごと使わせていただくのですから」

 

 シュターデンとクエンツェルが別れの挨拶を交わす。緊急発進したシュターデンと違い、急いだとはいえクエンツェル艦隊は再編成を実施し一四〇〇〇隻という堂々とした部隊となってやってきた。対イゼルローンへの備えとなる初代アムリッツァ星域駐留艦隊である。司令官としての格は現地及び隣接する複数星域の(対辺境地域基地を除いた)軍基地に対する統一指揮権を持つ、旧イゼルローン要塞司令官&駐留艦隊司令官に匹敵する役職である。

 

「さて、任務の開始だ。なに、慌てる事は無い。シュターデン提督の構築した監視網は見事なものだ、皆はただ与えられた任務を忠実に果てしてもらえればいい。大丈夫、それで万事うまくいく」

 

 多数いる提督たちの中で最も"失敗"に縁のない男が言う"大丈夫"の一言は皆が心のどこかに潜ませている新しい状況下による不安を和らげる。帝国の次の時代の対叛徒戦がこの時から開始された。

 

 

 

 

「ようやく両国共に落ち着いてくれたものだ」

 

 一人の男がディスプレイに表示される報告書を眺めつつ呟く。

 

「それにしても随分と駒を使い潰してしまいましたな。使って良いとは言われておりましたが躊躇いそうになってしまいました」

 

「それはいかんぞボルテック。金も人も消費する為に備蓄するのだ。使うと決めたら躊躇うな。特に今は狂った歯車を元に戻す重要な時だ」

 

 その男、フェザーン自治領第五代領主アドリアン・ルビンスキーが語る。一見すると叱るような言葉であるが顔は笑っている。つまりは"まぁ良くやってくれた"という事だ。ボルテックの顔も緩んでいる。

 

「まったく。イゼルローンの持ち主が変わってからというもの、落ち着く事も出来んかったわ」

 

 フェザーン自治領。手続き上でいえば正真正銘の帝国領なのだが五代一〇〇年弱の自治はその星を実質的な第三勢力に変えた。といっても人口でいえば帝国・同盟から見れば一割前後、警備隊を除き直接の軍事力も持たないこの自治領が今、両国を手玉に取れるのは経済そして代々の領主による"天秤の傾き調整"の結果である。その傾きが大きく歪んだ事象こそ同盟軍第一三艦隊によるイゼルローン奪取であった。

 

(元々門閥貴族どもの暴発は起きる風向きにする予定だった。しかしそれは帝国に押され続ける同盟を一休みさせたいが為のはずだったのだが)

 

 イゼルローンが同盟の手に落ちた事でルビンスキーの計算は大きく狂った。その状態でいつか起きるであろう皇帝崩御の動乱に適切な介入ができれば天秤は生半可な条件では取り戻せない不均衡を生んでしまう。しかし同盟が拙攻といえる侵攻作戦を実施、この情報を何とか間に合う程度のタイミングで帝国にリークする事で帝国軍はなんとか同盟を敗北させる事に成功し、その同盟は専守防衛は出来る程度の戦力は維持する事ができた。後は門閥貴族の風向きを調整し、一方的にならない程度の奮闘をしてもらう事で帝国軍にも再建期間が必要となりフェザーンは一息つける状況になった。その後はお互いにしばらくは動けないだろうし再建の早い帝国には特に手を下さなくてもイゼルローン奪回の圧力は発生し、その回廊を帝国軍兵士の屍で舗装する事になるだろう。国力有利は帝国、環境有利は同盟という理想的な状況になる。そうなってくれれば帝国がイゼルローンを維持し続けるよりも天秤は安定する。

 

「さて、帝国よ同盟よ、頑張って再建する事だ。その再建が我らの糧となる」

 

(そしてそのままお互いを食いつくした後に立っているのはどちらの国か? それとも私か?)

 

 

 三者三様の思惑を乗せて、宇宙歴七九七年という年は終了した。

 




※1:兵員宿舎
 艦隊要員のうち、自宅通勤できない者達の集合住宅。悲しいかな帝国領侵攻作戦の余波で大量の空きが出来ている。あまりに勿体ないので赤字にならない金額で国営賃貸業でも起こそうかと考えられていたが民間業界からの民業圧迫の抗議が起きて宙ぶらりんになってる。

※2:推定三五~四〇万隻
 ラ「実物を見たら壮観というよりもむしろ"気持ち悪い"と思ってしまいそうです」
 ヤ「あの作戦(帝国領侵攻作戦)で出発前に回廊に集結していたのが確か九万隻くらいだからその四倍かぁ・・・」
 ラ「回廊埋まりますね」
 (両者、イゼルローン回廊を埋め尽くす四〇万隻の艦艇を想像してしまい轟沈)

※3:クブルスリーの入院
「クーデターなど必ず皆が治めてくれると信じていたし、その後の復興に少しでも役に立つ為に身体を万全にする事だけを考えていたさ」

 ちなみに隣の部屋は帝国領侵攻作戦で死にかけたホーウッド中将。当時の中途半端な応急処置の後遺症などがあり「あと半年くらい再手術・養生・リハビリです」となって四月下旬退院予定だった。同じように入院(監禁)延長となりやっと九月頭に復帰、編成中の第五艦隊司令官が内定している。が、それどころではない状況なのでまともに仕事が再開できない。

 「状況がまったくわからん!!!」

※4:返送
 "正規の手続きをもって行う亡命"における重要ポイントは"本人意思である事"としている。これは拉致・誘拐等犯罪行為による強制亡命を認めないという事である。意思表示できない幼年者などについては正当な保護者の意思か亡命しなくてはいけない状況であったと認められる理由が必要となる。これらの事項に関してはフェザーンを介した非公式合意事項として帝国・同盟の共通認識(※5)となっている。

※5:帝国・同盟の共通認識
 交戦規約やサイオキシン取締など非公式ながら両国には"人類として守るべき共通事項"が多数存在する。

※6:国防委員長ネグロポンティ
 クーデター勢力内の過激軍拡派にとって軍再建計画における妥協とそれに伴う生産調整や総国防費縮小目標などは許しがたい所業である。その怨嗟はクーデター前からネグロポンティに集まっており(彼がトリューニヒトの傀儡である事は判りきっているがそのトリューニヒトには逆らうと怖いからという事で一応は委員長であるこっちが八つ当たり対象となった)クーデター後の監禁において彼だけは監視担当のベイの制御下に置かれなかった。その結果がこの憔悴である。ネグロポンティ本人としてはそうならない為にベイを偽装参加させたというのに結果がこれであり肉体的にも精神的にもダメージが大きく「もうやってられっか」という状態になっている。

※7:予備隊
 イゼルローン要塞予備隊二四〇〇隻。内乱時、シャンプールに派遣されドーリア星域会戦後に第四艦隊から派遣された応援と共にシャンプールを制圧。そのまま現地治安維持の為に駐留していたがこの度の騒ぎで戻って来た(治安維持はランテマリオ星域方面軍から応援が代行)。


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第三章
No.47 [タイトルは本文内でご確認ください]


※※※:本作品の医学的内容につきましては現実に即したものではありません:※※※


 

 クーデターの後処理も進み市民生活が平常を取り戻した頃、政府・軍としてやらねばならぬ事は多々あれどひとまず一段落という事もあり軍に対する論功行賞が行われた。そして首都星ハイネセン内の活動においてはこの青年が文字通りの一番手柄となった。

 

「おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

 人事部から戻って来たラインハルトが歓迎を受ける。のだがやはり緊張の糸が残っているのかいつもより動きがぎこちない。スタジアムの歓喜を悲劇にしなかった事、首飾り消滅直後の反救国軍事同盟一斉蜂起を事前調整した事。この二つの出来事は精神的な致命傷だったと救国軍事同盟幹部も(事情聴取中に)漏らしている。それ故にこの昇進自体は予想されていた事なのだが気になったキャゼルヌが少し調べた所

 

「二一歳以下での中佐というのはかのダゴン星域会戦直前の臨時昇進で何人かいたらしいが後世に残る功績記録はないから数合わせの臨時昇進だろう。そしてその後の記録はゼロ。つまりは最年少ではないもののきちんと勲功を上げての任官となると史上初といえる。ん? そういえば二〇歳の少佐ってのも記録だと……」

 

「すいません。胃に穴が開きそうなのでそこで止めてください」

 

 という事がありカチンコチンになって人事部に行ってのお帰りである。

 

「お疲れ様です」

 

 席に座った所でユリアンがコーヒーを持ってくる。彼もまた昇進組の一人である。しかも兵長(待遇)から伍長を飛ばして軍曹(待遇)への二階級特進である。といってもこれはただ単に任期一年による昇進と勲功による昇進をまとめて行っただけである。

 

「また慣れないうちにあがっちゃったよ。でもいらないですとも言えないしね」

 

 "トホホ"という言葉がぴったりな表情で呟く。

 

(確かに頑張れば士官学校出るよりも一歩くらい前に行けるとは思っていたけどこう早いと落ち着いて学ぶ時がない)

 

 通常は二一歳となると士官学校を出て一年で中尉になって本格的な仕事が開始される頃合いだが一つどころか三つ進んでしまっている。そこにいる室長さんも二一歳で中尉から少佐になってしまったがそこからはしばらくの間、昇進無しで落ち着いたらしい(※1)。そう考えると自分はあの室長よりも先にいる、という事になってしまうのだが恐ろしいというのが率直な感想だ。

 

 

「しかしこうも(階級が)上がってしまうと今までとは違う働き方を学ばせないといけないな」

 

 昇進しても今はとりあえず元々持っていた仕事を片付けないといけない。その働きを見つつ大人の二人が会話を交わす。

 

「ですね。(将官の)下で働くのは十分に見ましたから次は(小チームの)上で、ですね」

 

「といっても今の所才能に欠点は見つからない。一〇年経ったらどこまで最年少記録を更新していることやら」

 

「そうなりますかねぇ」

 

「なんだ? 何か問題でもあるのか?」

 

「才能については問題はないでしょう。しかし彼は"真面目"で"働き者"で"極めて優れてる"んです。多分、苦労をすると思います」

 

「…………なるほど。真面目、か。お前とは真逆だな」

 

「はい。真逆です」

 

「確かに、苦労するかもしれんな」

 

 そう話しているとそのラインハルトが立ち上がり、そそくさとその場を片付けている。そして、

 

「室長。申し訳ありませんが人事部からもう一度来てくれと、忘れ物があったようです」

 

 そう言うと"ではいってきます"と言って部屋を出る。

 

「………………」

 

「………………」

 

 それを二人が見つめる。

 

「なぁ」

 

「はい」

 

「軍の不祥事、市民危機の回避、視線を逸らす為の若き英雄…………。似てないか?」

 

「似てますね」

 

「でもそこまでするかな?」

 

「少なくとも私の時よりは不祥事の規模は大きいです」

 

「だよな」

 

「ですね」

 

「戻ってきた時の顔を見ればわかるだろう」

 

「さっきの時点で少し引き攣ってましたからね」

 

 二人は"はぁ"っと溜息をつく。あの時のどたばたを身をもって知っているからだ。こればっかりは上がどう考えてるか次第だ。

 

 

 戻って来た彼は"鳩が豆鉄砲を食った顔"をしていた。そして機械仕掛けのように自分の席に座り、定時まで機能を停止していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 No.47 新米大佐の憂鬱もしくは愚痴

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 年末年始休暇も終わり、七九八年に突入してしばらく経過したこの日。自由惑星同盟軍史上最年少大佐、ラインハルト・フォン・ミューゼルは、

 

 

 

 とても凹んでいた。

 

 

 

「また、やってしまいました」

 

「また、ですか」

 

 対策室近くの休憩所、真面目(すぎる)という評価のラインハルトにしては頻繁に出没するようになった昨今。コーヒー片手に呟くボヤキを聞くのはフョードル・パトリチェフ准将の役目になっている感がある。実の所、最近までラインハルトのパトリチェフへの評価はあまり高くなかった。良かれ悪かれ天才二人(室長&副室長)と各チームリーダーに対する中間管理職でありメッセンジャー、その程度の認識であった。ラインハルト本人がほぼヤン直属として直接のやりとりで完結してしまっていた関係でパトリチェフとの絡みはほぼ0だった事がこの認識の元と言えた。その認識が大きく改まるのは大佐になった(なってしまった)彼が独立したチームの長として動き始めた頃である。これは部下を持つ経験が極めて少ない、というかまったくなかったラインハルトにその経験を積ませようとする上司の希望であり一旦はパトリチェフを介さない直属チームという形で開始された。そもそも大佐となると軍艦乗りだと大型艦の艦長として数百人の乗組員を預かり中小艦であれば数百隻の部隊長として万規模の兵員の命を預かる。陸戦でいうのならこれまた数千人規模である連隊の長である。それなのにラインハルトは過去において正規編成で部下を持った事が無い。これは将官手前である事を考えれば色々とヤバい状態なのである。かくして少数ながら部下を持ち、仕事を開始したのであるがその部下からの印象はというと…………

 

「説明が足りない。のに"なんでこれが判ってないの? "という顔をされる」

「作業の過程で"こうした方がいい"と言ってくれるのは有難いが頻度が多すぎて落ち着けない」

「アウトプットへの期待値が高すぎる。今までならOKだったのにも過剰な出戻りが発生している」

「室長&副室長が期待するレベルと大佐が期待するレベルに統一性を持たせてほしい」

 

 etcetc、要するに「俺達は貴方ほど賢くないのだ」の大合唱である。そしていたたまれない雰囲気に負けて休憩所に出向く回数が増えた中でそれを色々とフォローして回ったのがパトリチェフであった。そのフォローを受けてみて、彼の働き方、他のチームリーダーへの受け答えを見聞きして少しずつ判ってきた気がする。まずこの人(パトリチェフ)は物事の伝達がものすごく"上手い"。語っている分量は自分と大して変わってない気がするのだが判り易さが段違いである。それに対して自分は相手の能力に合わせて話すという事が行えてない。口に出しては言わないが心のどこかで理解力の無い者を嫌っているのだろう。だから"この程度の事は判る・出来るだろう"の"この程度"が相手にとっては"高い"ものとなる。それを無意識で行っているから相手(部下)からすると自分は上から目線というかそう見えるのだろう。よくよく考えてみると今まで自分が込み入って話をした上官は皆優秀乃至天才といっていい人達だった。同年齢とかになるとグリーンヒル大尉は士官学校次席卒業だしユリアンの利発さは言わずもがな。うん、平均かそれ以下の人達とのコミュニケーション機会の方が少ないし無意識にあの人たちと話すくらいの気持ちになっていた。となれば下手でもいいからもっと噛み砕いた説明を出来るようなるしかない、コツはパトリチェフ准将から習う。それでいけるはずだ……と思ったのだが

 

「今度は何を?」

 

 パトリチェフが尋ねる。

 

「どうしても納得しない成果物を手直ししたのですが…………」

 

 ラインハルト基準のノルマをやめてパトリチェフから教えてもらった「室長&副室長がだいたいOKを出すライン」でやってくれれば我慢する事にした。それでも気になるものがあったら一人につき一箇所、一番対労力成果率の良いポイントを「すいませんがここだけこういう風に修正してください」とお願いしていたのだがどうしてもうまく仕上げてくれない人が一人いた。何回かお願いしても十分な成果が得られなかったのでその人だけはお願いするのを止めてしまった。しかし元々OKラインにはなっていたのでそこでストップすればよかったのだがどうも気に食わなくて自身で修正をしてしまった。し始めたら元来の生真面目が祟って「ならこっちも」「そういえばそっちも」と手を加え続けたらその人の成果物を完全に上書きしてしまった。作ってしまったからには使わないと勿体ない、とそれを最終成果物として使ったのだが後になってそれを知った当の本人がブチ切れてしまった

 

「なら全部あんたがやりゃあいいだろ」

 

 と。今まで色々我慢していたりしていたストレスがそこでふわっと出てきてしまったのかそもそもこれが元来の性格なのか

 

「わかりました。ならそうしましょう」

 

 と言い返してしまった。結果論としては完全な売り言葉に買い言葉である。その人はそれを聞くや否や室長の元に歩を進め

 

「~~~という事で私はあのチームに不要となりましたので他のチームに配属を変更してください」

 

 と直訴してしまった。丁度他のチームで仕事内容と得意分野が噛み合ってない人がいたのでその人と交換する事で一旦事を治めたのだがその直後にきっちりと室長&副室長から事情聴取という名のお叱りを受けてしまった。それが終わって自分の席に戻る気力も湧かず頭を冷やしてきます、とここまで逃げてきたのだ。

 

「なかなか、元からの性格というのは我慢できないものなのだな。しかしそれ(わかりました。ならそうしましょう)は駄目ですな。それを諭すか受け流すのが望ましい」

 

(本来、それが出来る経験を経て得る階級なのだが。流石に若すぎる)

 

「それが出来れば……という奴です」

 

「今後の事を考えるとデスクワークのうちに改善しておく必要があるな」

 

「……理解はしています」

 

 前線でそのような内輪揉めなど起こそうものならそれこそ命にかかわる。

 

「それにしても」

 

 パトリチェフがぼそっと呟く。

 

「ミューゼル大佐。君はなんというか趣味は、軍事に関わらない趣味、元薔薇の騎士だからそういう肉体系も除いて、何か趣味はないのかね?」

 

「趣味、ですか?」

 

 きょとんと応えてそのまま考え込む。

 

「その条件であるかないかと言われると……無いですね」

 

「そうか」

 

 その答えを聞いてパトリチェフも考えこむ。

 

「何か仕事を完全に忘れられる趣味を持った方がいい。出来れば人と多く関われるものであれば尚更だ。今の君に必要なのは老若男女混ざった色々なコミュニケーションを取る事だ。人とは色々なものなのだという経験だ」

 

「趣味、ですか…………」

 

 んー、と考える顔になる。

 

「そういえば亡命者団体との交流でプリンセス、じゃないな元プリンセスのお相手をしたそうじゃないか。沢山の亡命者が来たから馴染む為に色々と交流会がこれからも開かれるというしそういう場所で色々な人と交わるというのもいい経験だと思うぞ」

 

 ほぼ奇襲となったその言葉にラインハルトの顔が心底疲れ切ったそれになる。

 

「あれは、はい、経験という事であれば確かに経験になるのですが……疲れます。翌日の仕事に影響が出る程に疲れます」

 

「はっはっは!! そういうものか! まぁ、色々なものに手を出して考えてみる事だ。その年で仕事一筋というのももったいないぞ」

 

 最後は豪快に笑いつつパトリチェフが職場に戻っていく。

 

「………………趣味かぁ」

 

 そう呟くと残りのコーヒーを飲み干し。ラインハルトもまた職場に戻る事にした。

 

 

 その少し前

 

 

「"真面目"で"働き者"で"極めて優れてる"だったかな。なるほどね」

 

 凹んだ青年が出て行った扉を眺める上司二人。

 

「これが帝国なら権力者の度合いが高い国ですので程度の差はあれ上官の命令は絶対で云々で済む可能性はありますがこちらではそうはいきません。どこかで妥協が必要になります」

 

「お前さんもどちらかというとそっちの類だがな。しかし怠け者である分、ぶん投げれるものはぶん投げてしまうし必要以上に頑張ることも無い」

 

 少し間を取ってから同じ扉に向かっていく大柄の男を眺めつつ"(仕事は)真面目"で"極めて優れてる"先輩が語る。

 

「私は"不真面目"で"怠け者"ですから今もこうしてフォローを人任せにするのです」

 

「ま、上司としての義務からは逃げられんがな」

 

「本当はもっとゆっくりと判ってもらえればいいのですが今後の事を考えますと駆け足にならざるを得ません」

 

「内示が来た兼務派遣先、か」

 

「亡命系人材でこの対策室から出せる実力を持っているのは彼だけなので」

 

「俺に丸ごと投げたとはいえNo1と2からの"説教"だからな」

 

「人を責めるのは苦手なのでそこは先輩にお任せするしかありません」

 

 ヤン・ウェンリーという男は人を怒鳴ったり露骨に怒りを表したりはしない。そういう感情が無いという訳ではないが"そのような事をしなくてはいけない人を相手にするのがめんどくさい"というのが本音である。この辺り、根本的な所で彼もラインハルトと同じで"理解力のない人は嫌"なのだ。しかし、上官として年長者として指導なり説教をしなくてはいけない時もある。この時が正しくその時であった。ラインハルトはその性格からして急造チームリーダーなどやらせたら多少の衝突はあるだろうと思っていたし後の事を考えれば目の届く範囲にいる時にそれは経験させておいた方がいい。それ故に"多分いつかは衝突するだろうな"と判っている者を下に付けたし実際に衝突した。

 

「今後の予定もあるからな。あっち行ってから衝突してしまったらあちこちが困る。そんな人事するなよ、とは言いたいがな」

 

「あそこは特別ですから前長官系ではない人材を、出来ればこちらの息のかかった人材を幹部として入れたい。そう言われますと、彼しかいませんから。それにもうそろそろ艦隊現場の仕事もさせてあげたいという気持ちもあります」

 

「余程のことが無い限り前線に行く事はないだろうがな」

 

「それ故に安全にキャリアを積める、という見方もありますよ。今の地位から昇進は当分先でしょうからじっくりと経験を積めばいいんです」

 

「ユリアンは例外だとしてもお前らしくもない熱心な教育じゃあないか」

 

「はい。彼がその実力に合った地位になればなるほど私の退役は早まりますから」

 

「自分が楽になる為の努力は怠らない、か」

 

「はい。そうです」

 

 大佐という地位に見合った仕事をさせないといけない。上司二人はその事については十分に承知していた。だが"真面目"で"働き者"で"極めて優れてる"という人材は一人の作業者として部下に持つのなら万々歳であるが人に仕事を振るという上司としてはマイナスになる物も多々ある。大きな仕事になればなるほど一人で完結させる為に必要な時間は長くなる。それは人数=平行可能タスク数なのだから当然である。なので部下に仕事を振って複数平行タスクを実行させる事により完成まで時間を縮める。これをどう効率よく行うかが本来のリーダー各の腕の見せ所といえる。だがそうやって完成させた成果物は(必要期間を考えなければ)一人の天才が全部やってしまった成果物に劣る。といっても劣る度合いは大抵の場合質の差と所要時間の差を計って後者をすぐに選ぶ程度の差である。しかし稀代の天才の場合、その質の差が大きく異なってしまう。怠け者ならそれでも出来れば良いという事で進めてしまうが真面目すぎるとそれが我慢できない。働き者すぎると出来る限り手を付けたくなってしまう。極めて優れてると結果として元作業者の面子を潰してしまう。実際に潰した。さらに上の者がフォローして半年一年やらせて慣らせて経験させて、でじっくり育成したいというのが上司の本音であるが時はあまり待ってくれそうにない。

 

「なんせ短期急速育成だ。粗も色々あるさ。対策室はそこまで大きくないから一番上の俺達からでも見ようと思えば全てを見渡せる。衝突やぎぐしゃくが発生したらその都度きっちり話せば判ってくれるさ。その程度の手間はお前もやるんだぞ」

 

「わかってますよ。結構な間、傍で使ってきたのですからそれくらいの責任は持ちます」

 

 扉が開き大柄の男、パトリチェフ准将が戻って来た。となると彼ももうそろそろ戻ってくるだろう。

 

「さて、少しは上司らしく仕事をしますかね」

 

 そう言うとヤンは傍らにある資料を取出し黙々とチェックを開始したのであった。

 

 

 

「どうかね? ミューゼル大佐の働きぶりは?」

 

「能力的には何一つ問題はありません。しかし人間関係となると……なんとか間に合わせたいとは思います」

 

 クブルスリーからの問いにヤンが応える。統合作戦本部の一室、クブルスリーとヤン、そしてビュコックが顔を並べる。議題は春~夏を目途に編成される独立分艦隊について。

 

「何度かヤン君の付き添いで会議に出てもらった時の感触では問題は感じられんかったが? 何か問題でもあるのかのぅ?」

 

 ヤンの答えを聞いてビュコックが首を傾げる。隣でクブルスリーも同じような仕草をするに至りヤンは今後の事も考えて彼の性格について説明する。そして

 

「それは……」

 

「やっかいだの」

 

 案の定の反応を得る。

 

「第一三艦隊で出会ってからはずっと直属で働いていた貰っていたので上に立って部下を持つ機会がなく、完全に私の育成意識不足です」

 

 ヤンが頭を下げる。彼をチームリーダーに置く際に確認したが少尉時代は基本優秀な下士官を付けての現場研修が主であり中尉の時は空母で艦長直属、大尉になってからはずっとヤン直属といっていい配属。それより昔に関しても薔薇の騎士時代は本人曰く「とても良い上官(=ブルームハルト)と同僚(=その直属兵)に恵まれました」といっていた。誰かの直属という立場がほとんどで部下を持った事が無い。

 

「それでも我々の子飼いとまではいかないが信の置ける人材でかの部隊に送り込む者としては出自にしろ階級にしろ他に適任者がいない。彼の今後の為にもなる、是非とも今回の人事を成功させるように教育を頼む」

 

「無論、承知しています」

 

 ヤンが応える。

 

「さて、逸れた話を元にもどするとするかの。部隊の編制予定だが……」

 

 ビュコックが話を続ける。今回の議題の中心、元盟約軍将兵と亡命者系人材を中心とした独立分艦隊についてである。元盟約軍将兵で軍属継続を希望した者と亡命者系将兵からの希望者を集め一個分艦隊(二四〇〇隻・約二六万名)を編成する。但しこれは薔薇の騎士の様に永続を考えておらず、元盟約軍志願兵の任期満了までの一時的措置となる。その間に元盟約軍士官(正規士官学校卒もいれば貴族階級に伴い得られた階級を持つ者もいる)のふるい分けを行う。各地に細かく分散してしまっても良いが元盟約軍兵卒は基本"同盟公用語を話す事が出来ない"という問題がある。両国の士官学校では相手国の公用語も習得しているし同盟では義務教育課程で帝国公用語も学習対象となっているから兵卒でも帝国公用語は扱う事が出来る。しかし帝国一般市民は同盟公用語を学ぶ機会が無い。出来ればそのような兵卒は抱えたくないのだが内乱における損兵の補充的側面もあるしこの度の亡命者全員を独立できる迄ただ養い続けるのも費用がかかる。なので軍属希望の者は軍で抱えて、内地の部隊に置き学ばせながら軍務につかせる事により四〇万人を超える亡命者の同盟社会組み込みを少しでも分散させようという考えだ。

 

「司令官にはエリック・ハリス少将。ロボス前長官の直属部隊司令官で今はその残余兵を中心に再編部隊(※2)に属している。独立分艦隊は基本、その前長官直属部隊と亡命者たちの混成部隊になると思って頂ければ良いかと」

 

 ビュコックの説明を聞きつつクブルスリーとヤンが資料をめくる。

 

「亡命軍の総司令官は二階級減の少将待遇ですが副司令官で良いのですか? そもそも元の階級は大将のはずですが?」

 

 ヤンがそれ「副司令官フェルテン・フォン・アイゼンフート少将」という一文を見つけて尋ねる

 

「階級については亡命士官は正規士官学校卒と兵卒下士官上がりが一階級、他の場合は二階級減という形で落ち着いた。"他の"というのは帝国では有力貴族は無条件で一定の階級を希望すれば得られるという事だ。で、彼はそれで得た大将故に二階級減で少将になったのだが本人から申し出があっての」

 

 "小規模とはいえ亡命者がいきなり司令官になる事について懸念が出るでしょうから信を得られるまでは立場を落としていただいて構いません。私は正規の士官学校を出ておりませんのでその間にこの階級に相応しい見識を身に着けようと思います"

 

「という事だ」

 

 ビュコックが応える。

 

「私とビュコック長官は彼を含めた亡命有力者とは顔を合わせている。彼、アイゼンフート少将は元伯爵家当主らしいが私と長官の共通認識としては……」

 

「出来る男だ。知識も十分にありそうだがそれとは別に物事が判る、という意味での"賢さ"も感じた。集約した情報を見る限り帝国と繋がる事は無いだろうがどのあたり(の立場)まで扱っていいのかまだ計りかねぬ。それを知る為にも申し出に乗らせてもらった」

 

 ビュコックの言葉にクブルスリーも頷く。

 

「ではミューゼル大佐の裏向きの任務は」

 

 ヤンの問いに両名が頷く。

 

「彼は亡命系人材の一人という形で次席幕僚(※3)として独立分艦隊司令部に入ってもらう。向こうも判っているだろうがこちらからの"目付"だ。亡命系士官に怪しい者がいないかを監視してもらう事も重要だがアイゼンフート少将の人柄を見極めてもらうという役目もある。少将は近年最大級の亡命軍人となる。無下に扱わないがどこまで信用して使えるかしっかりと見定めるようにというのが国防委員長を通じた最高評議会からの厳命だ」

 

「コミュニケーション能力という視点だと若干(?)の不安はありますが……」

 

「亡命者の基礎修学(※4)が終わって編成が開始されるまで数か月ある、その間での教育を期待する」

 

 要するに変える予定はないという事だ。人の性格を数か月で何とか出来るとはあまり思えないがスキルとしての処世術としてならば少しは学ばせられるだろう。そう考えて頭を切り替える。そして今日の議題も終わり雑談という名の情報交換が開始される。

 

 

「国防委員長(※5)からふと尋ねられたのだが……首飾り破壊に使ったあの手なのだがな」

 

「はい」

 

「イゼルローンにやられたらどうなのか? という事だ。前本部長が行った無人艦作戦でも一定の破壊が行えた事は記録(※6)に残っている。あのサイズを叩きつけられたらたまったものではないだろう」

 

 クブルスリーに尋ねられてヤンが考え込む。

 

「首飾りに使ったサイズでしたら多数用意して加速できる直線があれば、それと理論上どうやって持ってくるかを置いておいて帝国内地にある適度なサイズの要塞なり掘り尽くした資源惑星を持ってこれればその質量そのもので確かにイゼルローンとて破壊は可能だと思います。ただ……」

 

「ただ?」

 

「壊しすぎますと残骸で回廊がより通過しにくくなるのと侵攻拠点が無くなってしまいますので"攻略後に再利用できる程度の破壊"とするならばサイズを縮める必要があります。しかし艦艇よりは大きいとはいえそれくらいのサイズにまで小さくなれば要塞主砲で消し飛ばす事が出来るので…………手頃なサイズと数、運搬方法については研究を行って万が一の対策は考えておくという形で回答しておくという程度でしょうか?」

 

「そうか。どこで行うかは置いておいて議題として残しておく必要はあるな」

 

 

「グリーンヒル大将だが来月(二月)上旬には着任できるとの事だ。次官への復帰となると同時に次官兼情報部長代理となっているドーソン大将は正式な情報部長の専任となられる」

 

 グリーンヒル大将の統合作戦本部次官への復帰、これは軍部における七九八年人事の目玉といえた。元々は帝国領侵攻作戦の失敗における責任人事の一環(表面上)としての遠方赴任であったが一年程度を目途に中央に戻る事は暗黙の了解となっていた。数か月遅れたのは現地におけるクーデターの後処理がどうしても必要だったからである。そして次官の席を空ける為にドーソンが情報部長専任という形で引く事になった。次官の席そのものはドーソンにとって「もう(本部長代理、候補は)こりごり」という心境なので未練も何もないが情報部長着任はクーデターの後処理と徹底した内部調査の必要性から非常に重要かつ重労働となる。元々情報畑の人であり情報部長の経験もあり立場としては次官からの"出戻り"なので表面上は肝入り人事の見栄えになる。専門且つ経験者でありビュコックやヤンからもそれなりの信頼を得た事(※7)、そして要職に就くには少し細かい所を気にしすぎる性格も今必要な内部精査には丁度良いという都合で出戻り決定となった。

 

「それは吉報」

 

「あるべき所にあるべき人が戻ったの」

 

 ヤンが笑顔を見せ、ビュコックも頷く。

 

「しかしなぁ……」

 

 クブルスリーが頭をかく。

 

「私が本部長でグリーンヒル大将が次官というのもなんだかこそばゆいものだ。本来の序列的には逆であってしかるべしなのだがな」

 

「そうだの。席次で言えばわしやウランフ君よりも後ろ、だからのぅ」

 

「ただ、再建計画が軌道に乗るまでの間、比較的動きやすい立場である次官にグリーンヒル大将がいるのは非常にありがたい。ひとまずクーデターで狂いが生じた計画の再調査を行ってもらう予定だ。その関係で対策室へのつながりが強くなる。ヤン君が苦手としている対外交渉もグリーンヒル大将を通じて行ってもらえば通りやすくなるだろう。あの方ならどこにでも顔が効く」

 

 ヤンが満面の笑みで頷く。クブルスリーも頼りになったがやはり本部長という仕事があるのでなんでもかんでも頼み込む訳には行かずなんだかんだとヤン本人も色々な所に顔を出さねばならなかった。ヤンとしてそれはかなり苦手な部類になるのでそれを任せられるだけで精神的負担が大きく減る。

 

「最後に」

 

 クブルスリーが閉めに入る。

 

「予算最終案は近々まとまる予定だ。決まったら伝えるので最終確認をよろしくお願いする」

 

 ヤンとビュコックが頷き、この日の会議は終了した。

 

 

「これが素案になります」

 

「はい、ありがとう」

 

 ユリアンから受け取ったコーヒーを手にちょこんと座る姿は先生の添削待ちの生徒と言った所だ。まだ"自分が全力で作った場合"と"部下に任せてそれをまとめた場合"の資料の完成度の差に戸惑いがあるのだろう。これで本当にいいのかなという不安がありありと見える。

 

「警備隊による臨時分艦隊は最終的には六個可能、か。思っていたより多いね」

 

「イゼルローン方面の対帝国消耗が無くなりますのでそれだけで年次損失が大きく減ります。現在の長期計画が終わるまでにはほぼ充足を満たせるという試算が出ています」

 

 ヤンがペラペラとめくるその資料は長期整備計画における地方警備隊&巡視隊の再編計画について、である。配置の見直し等を行いリソースの効率化を図ると共に大型艦の比率が低いとはいえ正規艦隊と同じ艦艇で構成されている地方警備隊を万が一の総動員の際に戦力として使用できるよう地域ごとに分艦隊単位でまとめ、定期的な合同訓練を課す事にする(普段は本業の為の分散配置)。その大まかな再配置の試算がやっと終わったのである。元はグリーンヒル大将がランテマリオ星域方面軍で行っていた整理方法を他の地方軍にも実施してもらってそれを集約させたものになる。

 

「年に一〇〇〇から一五〇〇隻、十数万人を失っていたのが無くなるのか。確かに大きいね」

 

 正規艦隊に劣らず、いや、それ以上の消耗率を警備隊の一部(イゼルローン方面)は受けていた。それもそのはずで帝国が侵攻してくる際に後方遮断や遊撃を行える位置にいる警備隊は同盟軍正規艦隊が到着する前にほぼほぼ薙ぎ払われる。帝国軍としては(過去のエル・ファシル占領のような)特別な理由でもない限り有人惑星への直接侵攻は行わないのだがだからといって警備隊を引き上げて無防備にするわけにはいかない。中央政府(軍)が地方政府を守るのは義務でありその姿勢を崩す事は自由惑星"同盟"の鼎を失う。それ故に帝国の主要侵攻路の有人惑星などには警備隊が常駐しておりその都度大損害を受けていた。帝国の侵攻が年に二・三回、その都度数百隻で編成される警備隊のいくつかが壊滅状態になる。その損害が無くなった。海賊対策も警備隊の任務であるがこれは比較的落ち着いており全体から見れば問題となる損耗ではない(※8)。この警備隊&巡視隊の再編と損耗低下は軍のコストダウンとしては非常に重要な要素となっている。

 

「現在目標としている合計八個艦隊+一定量の独立部隊、これにこの臨時分艦隊を入れれば一〇個艦隊相当の戦力が整えられる(※9)」

 

 ヤンのその言葉を聞いてラインハルトが首を傾げる。

 

「ここでお尋ねしていい話かは分かりませんがイゼルローンを防波堤にした専守防衛。それに一〇個艦隊は必要ですか?」

 

 そう尋ねて来たラインハルトの顔をヤンがじーっと見つめる。

 

「イゼルローンを防波堤にした専守防衛に限定するなら……必要ないね。現状の数を維持できればやっていけるだろう」

 

 "これだけは必要"と主張して編成目標としているものをあっさりと"必要ない"といったヤンを傍らにいるフレデリカやユリヤンがぎょっとした顔で見つめる。しかしラインハルトの顔は……

 

「やっぱりそうか、って顔をしているね」

 

 それが判ったというのが嬉しいのだろう。ヤンが我が意を得たりといった表情で呟く。

 

「上層部に何処まで話が進んでいるかは判りませんが……どちらかの入り口が万が一開いてしまった時に雪崩れ込まれない為、ですね」

 

「ご明察」

 

 そこまで答えたところで横から「セツメイシテクダサーイ」という視線を二人分感じてしまったのでヤンが軽く咳払いをする。

 

「結果として私はイゼルローンを落とした。一度落ちたものが二度落ちない理由はないし落ちない事を前提としても、再建の手を抜きすぎて第二位と第三位が手を組んでもどう頑張っても駄目となる程に第一位を独走させてしまうわけにはいかない。そうするともう一つの入口が危険になる」

 

 さぁ、わかるかな? という顔でヤンが二人を見つめる。

 

「……えっと、それは二位である同盟軍が弱くなりすぎると帝国は三位であるフェザーンごと纏めて倒してしまえばいいと思ってしまう可能性があるという事ですか?」

 

 聡明なる一番弟子の返答に師匠と二番弟子が満面の笑みを見せる。

 

「そう、その通り。今、入口は塞がっているしそれを有効活用するのは大前提だ。だけど国力の回復と平行できる範囲での戦力回復は考えなくてはいけない。好むところではないけど私が今この席に座っているのはそれを考えろっていうオーダーだからね。後はなんとかかんとか"これでなんとかなるだろう"って状態にもっていって隠居を決め込めれば万事解決というやつさ」

 

 ヤンからしてみればイゼルローンを手に入れた直後からそうあって欲しかったというのが本音だが回り道ながらも自分がそれに近づける為の立場であるならば勝ち逃げの為の努力も少しはやる気になる。なので

 

 "この期に及んで早期隠居(退役)を諦めていないのか"

 

 という三人の視線は見なかった事にする。夢を諦めたらそこで試合終了である。

 

「万が一イゼルローンが奪回されたら、フェザーンが帝国直轄領に戻ったら、国防における"最悪の事態"というのはなかなかこちら(軍)から口に出せませんからね」

 

 その返答にヤンがうんうんと頷く。そうさせない事を考えるのが仕事だろう、そうやって予算を取ろうとするのかなどなどその手の言葉は事欠かない。だから政府側から言ってもらうか裏口合わせて事を進めるしかない。

 

「だから警備隊が思った以上に使えそうという結果は有難いんだ。何かきな臭くなってしまった時のブラフになる。実運用は出来ればしたくないけどね」

 

 そう言うとヤンは美味しそうに紅茶を口にするのであった。

 

 

「ふぅ」

 

 席に座り一息つく。ひとまずは資料に駄目出しが無くて一安心である。

 

(気持ち下向きだったのもチームのドタバタが原因だと思っているだろうし)

 

 他人に任せる事で自分の思い通りの代物にならない事についてはある程度ふんぎりはついている。それに本当にそれ以上必要になるのならあの二人(No1&2)が口に出さないはずがない。なので周りに思われているほどそれに関しては気持ち下向きではない。

 

(問題はこっちだ。安易に相談していいものではないし)

 

 そう思いつつテーブルから取り出したやや分厚い一つの書類を眺める。

 

 "佐官特別診断"

 

 佐官昇進者が受ける事になる特別健康診断の結果である。

 自由惑星同盟軍は佐官・将官に昇進した際、一定期間内に特別健康診断を受ける事が義務付けられている。この時の診断結果次第でその後の職場に制限がかかったり最悪昇進が止まる。ラインハルトもかなり前になってしまうが少佐への昇進時にこの健康診断を受けていた。結果が出るまでに時間がかかりその間にクーデターが発生し受けるはずだった診断のいくつかが中断、解決後にそれを受けたがクーデターで間が開いてしまった一部の診断がやり直しになり、やっと先日全結果が手元に届いた。そして書類がやや分厚くなってしまったのは特別健康診断の必須項目に追加して有料任意項目も沢山受けていたからである。本人としては健康には自身がありそこまでやる必要をあまり感じていなかったのだが

 

「いい機会だからね、やるだけやっておいた方がいいよ。軍の補助付いてすごく安いし」

「いいか、男子としての絶対の鉄則は結婚したなら"家内安全"、それでなくても"健康第一"だ」

 

 と上司二人からプッシュされ特にお金も困ってない(趣味が無いから使っていないし家計は姉任せ)ので気になったものを手当たり次第に受けてみたのだ。その中の一つ、遺伝子検査の結果にどうしても心落ち着かない記録が残されていた。

 

 "遺伝子情報の一部に遺伝子登録情報(データベース)に例のない項目有り。定期的診断の要有り"

 

 これだけだと何がどう悪いのかが判らない。しかし幼いながらも帝国で生まれ育った人間として"遺伝子"に関する事には敏感、というか臆病になる。帝国ではそれ一つで人生が全て無に帰すからだ。しかしここは同盟、そのような事は無いというのは判るのだが如何せん流石のラインハルトにも遺伝子学についてはちんぷんかんぷんである。どうやら"直ちに影響はない(と思う)"ものらしいが正直な所"私達にも判らないので変異が発生してないか定期的に診断(DNA採取)させてください"という事だ。そもそも遺伝学そのものが銀河帝国成立までの動乱による損失が多く、劣悪遺伝子排除法による迫害、長征一万光年を経た実質身一つでの自由惑星同盟の建国、そこからの"やり直し"なのである。一説によればもやは"伝記"の世界である宇宙歴発足前の一〇〇〇~一五〇〇年前のレベルにも達してないのでは? と言われている。ここまで判らないものであればもはや悩んでいても馬鹿馬鹿しい。医学の発展の為にも定期的診断は協力するとして彼をここまで気落ちさせているのは彼本人の事ではなく診断書に追記されたこの一文

 

 "更なる詳細審査の為、親族の方の協力(同様の遺伝子検査)をお願いいたします。尚、親族の方における一連の診断は無料となっております"

 

 これだけが彼の心をとても深く沈める原因となっていた。仕事といい自身の事といい家族の事といい、彼にとって七九八年というのは亡命後最大と言える気落ちする年としてのスタートとなっていた。

 

「こういう年もあるのかなぁ」

 

 珍しくも愚痴が素直に出てしまう。憂鬱な新年であった。





 ヤンの二一歳少佐に"史上最年少"という言葉が付いてきてない気がするので二〇歳少佐は何かしらの理由で存在してるんだと思います。


※1:ヤン少佐
 原作においてヤンの階級ごとの任期は少佐の三年一〇ヶ月が一番長い。最短が大尉の六時間五分。この二つを平均すると一年一一ヶ月三時間二分三〇秒だから普通に"早い"だけだな!!!

※2:再編部隊
 帝国領侵攻作戦後の再編にて再編済艦隊に属さなかった余りの部隊。大体が無傷な艦をその再編済艦隊に引っこ抜かれたり、損傷の修理待ちだったりで部隊としての原形を留めていない。というか大丈夫な艦をかき集めて第四艦隊までを再編成した際の残骸。修理・補充の完了した小部隊から順々に訓練&部隊合流を繰り返し分艦隊規模までの再編を目指している、のだが最中にクーデターが起きやがったせいで年内完了予定が消し飛んで継続中。尚、予定が半年吹っ飛んでしまったので七九七年夏:分艦隊規模再編成完了→七九七年中:分艦隊としての訓練完了、艦隊として編成→七九八年前半:艦隊としての訓練完了→七九八年後半:艦隊実戦投入可能、となる予定が半年ずれている。結果として第五艦隊・第六艦隊の実戦投入は七九九年から可能という予定となった。

※3:次席幕僚
 艦隊と違い、分艦隊には司令官はいるが参謀長という役職は無く分艦隊の幕僚という一括りになっている。その幕僚トップ(艦隊における参謀長)が主席幕僚、次(副参謀長)が次席幕僚となる。

※4:基礎修学
 亡命者に対する自由惑星同盟の常識教育

※5:国防委員長
 七九八年年初よりアイランズ氏が就任。

※6:イゼルローンの記録
 イゼルローン獲得後の調査で物理的修復跡と電子的記録の両方が発見された。

※7:ドーソン大将
 クーデターにおける長期の監禁生活で嫌でも毎日顔を合わせる事となり色々な専門的会話などもしているうちに「まぁその性格はやっぱり苦手だが専門分野になるとなんだかんだと認める所はある」という評価になった。なので目に見えない距離で専門の仕事をしてもらう分には十分という認識になっている。というか四〇代中盤で部長職を経て大将で統合作戦本部次官(最先任)なのである、ただの馬鹿なはずがない(その地位に登れるほどの総合的能力があるかというと?だが)。ただ正常に能力が発揮できるライン(非常事態対応力)が低いのは事実。本人はこの一連の騒ぎでそれを十分に自覚して次官の席をあっさりと捨てた。

※8:海賊対策
 帝国においては人口外の棄民や追放民の末裔vs辺境警備隊をメインに海賊になりうる者達が多数いるが同盟においてはその手の大規模集団はいないので負担は少ない。また、領内自己警備義務を持つ貴族領が多々ある帝国と違い同盟は中央政府が組織的軍事力を持ち領内全域の治安維持を行うのが義務となっているので面子(=支持率)の為に手を抜けないという側面もある。

※9:戦力
 イゼルローン駐留艦隊、首都星防衛艦隊、第一~六艦隊で八個艦隊
 一定量の独立分艦隊部隊(三~五個程度が目標)と臨時分艦隊六個を元にすれば五個分艦隊基幹の艦隊を二つ作れる という皮算用
 この臨時分艦隊は原作で言う所の第一四&一五艦隊の編成の為に慌ててかき集められた部隊を本作品ではこの時期より計画的に編成していった代物となる。


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No.48 [タイトルは(略)]

考えてみたら二週に一回の掲載をこの文字数でやるのってUA的にはすげー損してるんじゃないか、と。



 

「ふぅ、これだから前例主義の官僚どもめが。何度言っても同じ答えを繰り返しおって! イゼルローンが落ちてからどれだけ経過していると思うのだ。今までの常識など通用せんわ」

 

 席に座るなり持っていた資料をテーブルの上に放り出す。内乱後の残余艦艇事情を纏めた統帥本部&宇宙艦隊司令部共同謹製の統計資料。これを手に乗り込んでみたものの何度も何度も……という奴である。既に艦艇建造に関しては増産が命じられており現状における限界である、と。

 

「それを何とかするのが仕事だろうが(ドンッ)」

 

 思わずテーブルに拳を叩きつけてしまい飲み物を出そうとした従卒が足を止める。それを気にもせずに懐からメモの様なものを取り出す。

 

(一七万隻…………本来一八個艦隊あるべき帝国艦隊が全量で一七万隻)

 

 恐る恐る出されたコーヒーを不味そうな顔で飲みつつそのメモを広げる。

 

 

 一八個艦隊定数約二三万隻、現存一七万、不足六万。

  但し充足は国内治安維持優先

  現編成一三個艦隊

  帝都防衛・国内治安維持・アムリッツァ防衛に四個艦隊+&を運用中

  整備待ち等を除き出兵可能五個艦隊、叛徒迎撃可能なのはアムリッツァ防衛を含め六個艦隊(約八万隻)

  国内治安維持の整備完了まで複数年

 アムリッツァ星域整備の完遂

 行軍中継基地としての要塞群の復旧

  中継基地機能復旧を優先、ガイエスブルクの破壊箇所については後回し

  旧盟約軍兵の排除、直轄化

 備蓄弾薬等物資の増産

  内乱による大量消費及び生産能力の低下により極度不足、残余は現有兵力全力一会戦半分のみ

  供給能力は要塞群の機能回復まで規定値未満

  治安維持・再建艦隊の重点的訓練の為、消費規模は収まらず

 要・派兵

  旧盟約軍系が多数逃亡しているであろう棄民勢力対策としての辺境星域定期派遣

  海賊化した旧盟約軍の掃討

  旧門閥領治安維持の為の増援

   艦隊司令官副司令官候補の積極使用

 旧盟約諸侯領土治安維持

  内乱で沈めた貴族私兵艦隊数はそのまま治安維持艦隊の減少数

  低下した貴族領治安維持力の一時補填は軍警備隊の増援が必要

  直轄領化した旧盟約軍諸侯領土の治安維持は正式な軍警備隊の新規配置が必要

  政府による貴族私兵抑制案あり

  それにより足りなくなった分も正式な軍警備隊が必要

  これらの軍警備隊の必要総量は正規艦隊不足分に匹敵する可能性あり

 

 

 とにかく兵力が足りない。本来、宇宙艦隊における正規艦隊一八個は対叛徒軍や辺境外といった外地専任のはずであるが国内の治安維持に多くを割かなくてはいけない状況だ。旧盟約軍諸侯領は治安機構も兵力も崩壊しておりその残りの少なからずが辺境に逃亡したり付近で海賊化している。それにより治安維持が行えず一時的にその多くを正規艦隊からの派兵で補わなくてはならない。更に要整備の為に動けない艦隊などを除いていくと本来の責務である対叛徒軍に対応できるのが六個艦隊しかいないという惨状である。これは帝国が把握している叛徒軍全艦隊とほぼ同規模であり国内不安定を考えればあの大規模侵攻を受けた時よりも状況が悪いといえる。それ故に各対応は急務であり杓子定規の官僚対応などは言語道断なのである。

 

「埒が明かぬ」

 

 そう、埒が明かない。専門外だったこの仕事も何とかなるだろうとは思っていた。そうできるだけの資料を作らせたのに全く進む気配が無い。故に嫌々ながら最終兵器を用意した。嫌々ながら人事のサインをした。この官僚どもの対応は噂には聞いていたがひどいものだ。もう喧嘩を売られたようなものなので受けて立つまでと腹を決めた。

 

 ガチャリ

 

 部屋の扉が開き、一人の男が入ってくる。相変わらずの無表情、年齢以上の若白髪。こちらが個人的にどう思っているかなど関係なく歩を進め形だけは完璧な敬礼を行う。

 

「パウル・フォン・オーベルシュタイン。軍務尚書補佐官として着任いたしました」

 

「着任を確認した。覚悟しておけ、この軍務省の役人どもはお前が思っている以上に"頭のいい馬鹿"だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 No.48 新米軍務尚書の憂鬱もしくは愚痴

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七九八年一月、グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー元帥は軍務尚書に任じられた。

 事の始まりは前軍務尚書エーレンベルク元帥が現役引退の意向を示したのが原因となる。当人曰く

 

「齢八〇となり体が言う事を聞かなくなってきている。ここは身を引いて後任に任せるべきだと判断した」

 

 との事であるが周囲の一致した意見としては

 

 "内乱の事後処理、これからの再編事業をやりたくないだけだろう"

 

 である。しかしながら齢八〇というのは事実でありそれを理由とされては誰も慰留は出来ない。といっても軍部三長官の序列としては軍務尚書・統帥本部総長・宇宙艦隊司令長官であり特に問題が無いのであれば順当にシュタインホフ元帥が繰り上げ、のはずなのだが就任を求められたのはミュッケンベルガーだった。それも摂政としてのリヒテンラーデからの依頼という形である。順序が違うだろう、と言い返してみたがなんやかんやで押し付けられた。

 

「五年先一〇年先を見据えると貴公は早いうちに政治を知っておいたほうが良い。…………おらんのだよ、胆力を持つ者が」

 

 リヒテンラーデらしくもないため息交じりの一言が帝国政府の現状を物語っていた。

 

「一番上が長く居すぎた故の弊害か。さしずめ尚書として自分の仕事をする分には悪くないがその尚書達を纏める気概のある者が己の派閥にいない、といった所だな」

 

「いかにも」

 

「かといってわしにそのようなものを期待されても困るのだがな」

 

「そこまでは頼まぬ。お主が閥を持つとは思えんからな。だが今までと毛並みの違う尚書が求められているという事は理解してもらいたい」

 

「そもそも摂政という陛下の代理人に頼まれてしまったからには断れん。受けてはやるがそこまでアテにはしないでもらおう」

 

「感謝する」

 

 こうしてミュッケンベルガーが軍務尚書就任を受け入れ。その席に座ったら目の前には少し前に提出したはずの艦隊再建の為の統計資料が手つかずで置かれていたのである。

 

 

 かくして新米軍務尚書は自分たちで作った統計資料を元に軍備生産計画の再編を求めたのだが付け刃の説得で論理武装で固まった官僚を動かす事などできない。元々それ(前例踏襲)で良しとしていたエーレンベルクのスタッフ(次官や補佐官)にその説得が出来るだけの胆力もなく、むしろ官僚寄りの語り口である。そもそも尚書にしろ次官なり補佐官にしても軍の役職なので一〇年同じ人が務める時の方がめずらしい。それに対する省官僚はその一〇年経過でやっとぺーぺーではなくなる程度のもの。実際に対峙する幹部級となるとそれこそ三〇~四〇年のキャリアを持つ鍛え抜かれた妖怪揃いなのだ。たとえ尚書であろうとも新米の未熟者が怒鳴り込んだ所でどうにもならないのだ。となると優秀な友軍を得るべきなのだろうが軍務尚書として人事権は握っているもののあまりにも軍政に背を向けていた為にその手の人材のツテが無い。前任者は"残していくスタッフに聞け(役に立つとは言っていない)"とだけ言い残して既に実家にお帰りになっている。爵位等も跡継ぎに譲り人生完全勝利の余生を開始したらしい。迷った挙句の選択肢は……

 

「あいつか。確かにあいつなら胆力も論理も申し分ない。軍政の理解も深いらしい。しかし…………あいつかぁ……」

 

 かくしてミュッケンベルガーは苦渋の顔を示しながらパウル・フォン・オーベルシュタインの軍務尚書補佐官任命(宇宙艦隊司令部幕僚兼務)と准将昇進(役職上の階級及び官僚への対峙に必要な"将官"としての箔付け)にサインを行ったのであった。

 

 

 そのオーベルシュタインが軍政向きだと見られた原因が謹製の統計資料、その作成作業である。

 元々建造計画を立て人員の用意をし予算を決めるのは軍務省の管轄であり宇宙艦隊司令部としてはそこの出来上がり品の受取が主であった。その建造計画も定期毎に決まった数が送られてくるお決まりの流れ作業となっていたのだがそれでも同盟軍より艦隊総数が多いので侵攻に使える艦隊をローテーションさせるには十分だと思われていた。そこにズレが生じたのが同盟軍における帝国領侵攻作戦でありその際の損害が定例分を大きく上回り翌年(七八七年)の予算(建造量)としては"そういう時の為に規定されていた予定通りの増量"がなされていた。元々当時は貴族艦隊というバッファがあったのでそこを消費する事で主力正規艦隊の維持は行えていた。しかしこの内戦で正規軍どころか警備隊や私兵艦隊までもが大量に消費された。とにもかくにも現有兵力の確認と警備隊などを含めた艦艇の必要量、基地施設・要塞施設の復旧やイゼルローンまでの経路の機能回復などなど一番数値を把握している統帥本部と宇宙艦隊司令部がその必要量などを纏め資料にする事となったのだ。

 といっても未だかつてない分量であるし今まで定例作業として降ってくる(補充される)艦・人・物資を受け取る事に慣れてしまっていた両組織のスタッフは国の建造能力や施設能力などの数値まで理解している者などごく少数でありとにかく集まって来た数値をどうやって形にするかで悩まされる事となった。それを恐ろしい勢いで纏め上げていったのがオーベルシュタインである。どうやらこれだけ数値が集まってきているのに形に出来ない周囲に業を煮やしたらしく(後にミュッケンベルガーが嫌々ながら状況を聞いた)場を無視して猛然と纏め始めた。一人にやらせるわけにはいかないと途中から(嫌々ながら)レンネンカンプやキルヒアイスが他の人に振れる作業の仕分けを開始し、何とかかんとかこの謹製資料は完成した。

 

「オーベルシュタイン。貴様は参謀系よりも軍政系の方が得意なのか?」

 

「どちらかを取れ、というのであれば軍政を」

 

 周囲の目する所としては"こんな軍政官僚、相手にしたくない"であり尋ねたミュッケンベルガーもまったくもって同意であった。そして同意したからこそオーベルシュタインは呼ばれてしまったのだ。

 

「一つ、この案を通して再建の為の生産能力を確保せよ。二つ、わしの直属スタッフになりうる人材を探してこい。官僚共の中にも現状を良しとしない者達がいるはずだ。エーレンベルクの置き土産(尚書直属スタッフ)はアテにならん。わしとお前で不要だと一致した人材については血を入れ替える」

 

「現状で使える私以外のスタッフは」

 

「探せ。見つけられんからお前を呼んだんだ。官僚共とどれだけ喧嘩しても構わん。尻拭いくらいはしてやる。必要ならわしの名前を使っても良い」

 

 後にミュッケンベルガーは思う。

 

 "結局、他人にやらせて事を成就しようとするやり方は前任者と同じなのではないか? "

 

 と。だが方向性は違う。少なくとも今までよりかは良い方向に向かわせようとしているはずだ。そうやって自身を納得させてこの男を送り出す。こうして軍務省官僚から長きにわたり"ラスボス" "地獄の使い" "ドライアイスの正論ハンマー"など何十もの恨み節を頂く事になる男が放たれたのである。

 

 

(人一人でここまで変わるものなのだな)

 

 一〇日も経過すると効果が見えてきた。自分が最初の一〇日で出来た事と言えば顔合わせ挨拶と何の成果も無かった交渉という名の無駄話だけだ。この男は丸一日資料を確認し、数日かけて追加資料を集めさせ(既存資料の収集程度は他のスタッフにもできる)、ミュッケンベルガーの時と同じ官僚にその時の話を一通り聞きに行き。"本作業を開始します"と謎めいた一言を残し何と(ミュッケンベルガーにアポを取らせて)リヒテンラーデと短時間の交渉を行いその後"財務省"に終日入り込んだ。

 

「皆さんに作業の振り分けを行います。得たい成果と必要な情報は纏めておきましたので官僚陣への説得は可能でしょう」「この程度の説得が出来ないのならここに籍を置く意味はありません」

 

 後半の台詞はミュッケンベルガーのみに語った内容であるが何をどう魔法を使ったのかは判らないが今まで当てにされなかったスタッフたちは次々と交渉を纏めていった。

 

「後学の為だ。種を明かせ」

 

 ミュッケンベルガーの(嫌々ながらの)説明要求にオーベルシュタインは機械のように応える。

 

「要点のみを申し上げるなら前例無き事はこちらで全て引き受ける、"金"と"責任"をお前たちが負わなくていい。と言えるだけの状況を作ったまで」

 

(口では簡単に言えるのだがな)

 

 ミュッケンベルガーが呆れた顔になる。役人は権利やお金を手放したくないが責任だけは手放したいものである。それに抵抗する為、彼らの権利に必要なお金を他からもってくる、彼らの手放したい責任を負うだけの役目を担ってくれる人を探す。両方とも簡単に出来る事ではない、特に政治における各省など基本味方ではなく"敵"だ。横の連携もへったくれもあったものではない。政治に疎すぎるミュッケンベルガーに至ってはそういう考えすら浮かばなかった(省の問題は省で片付けるもの、という考えと他の省に力を借りる=借りを作る=首を垂れるという事に対する無意識の嫌悪)。

 

「予算については今年中に各省分配が予定されている叛乱貴族からの押収金の前借を財務省から認可頂きました。責任については今回の国政改革にて音頭を取っている摂政殿に引き受けていただく事にしました。流石は摂政殿、概要の説明のみで行っても良い計画であるとご理解いただけました。言い忘れておりましたが両方とも元帥の名義でのたっての願いとした"借り"となります」

 

「…………ご苦労。仕事に戻りたまえ」

 

 席に戻るオーベルシュタインを視界から切り、両肘を立てて頭を抱える。

 

(わしの名前を使ってもいいと言ったが…… 前にあいつを使うつもりが使われている、という事にならないように気を付ける事だ。と誰かに言った気がするがまさしくこの状態ではないか)

 

 しかし、言ってる事やってる事は正論であり正攻法であり文句が言えない。恐らく軍務省がこれからやりたい事を一番効率よく進めるのはあいつに全部やらせる事だ。しかしそれをやらせたら確実にあいつは数年あれば実力で副尚書あたりになって全てを取り仕切ってしまう。わしは完全にお飾りだ。確かにわしは政治は嫌いだ、しかし無能やらお飾りと思われるのはそれ以上に耐えられん。

 

 後の伝記にはこの時こそ政治嫌いであったミュッケンベルガーが真面目に政治を学び始めた契機であった、と書かれている。そして後の世で今より高い地位から本当に嫌々ながらこの義眼の男を置きたくない地位に据えるサインをするハメになるのである。

 

 

 なんだかんだと軍務省二大要綱、金と人の金に関するたんこぶが少し凹んだ事にほっとするミュッケンベルガーだが人の方にもまだ問題はある。

 

「それで、結局は見つける事が出来なかった、と」

 

「申し訳ない」

 

 軍務尚書室を訪れた新宇宙艦隊司令長官ルプレヒト・フォン・シュヴァルベルク元帥(昇進)がちょっと"しょんぼり"といった言葉が似合う仕草で頭を下げる。

 

「では、良い者が育つまでの間、参謀長はアーベントロートを兼務で復帰させるということでいいな」

 

「それでお願いする」

 

「…………まったく。最初から統帥本部次長兼務でいいぞとは言ったのだがな」

 

「見つけられるとは思っていたのですが……」

 

 口では愚痴をこぼしてはいるが目は笑っている。ある程度予想の範囲の出来事らしい。これからの軍再編効率を上げる為、軍三組織(軍務省・統帥本部・宇宙艦隊司令部)の情報をスムーズにやり取りできるようにしたいと、気心知ったアーベントロートを統帥本部次長兼参謀長に押し込んで要になってもらうという算段だった。しかしシュヴァルベルクが"兼務は大変だろうから参謀長は納得してもらえる人材を探しますよ"といって断った挙句がこれ、だったのである。だが根底にある問題はそこではない。

 

「それにしても……宇宙艦隊の人材不足は深刻だな。艦は作ればいい。尉官は畑でとれる。佐官はそこから生き残れば頭数は揃う。しかし将官だけは普通より優れた持って生まれた何かがないとなれない。ましてやそこから幹部になれる者はな…………」

 

「その通りで。私もに人を見る目なら人並み以上はあると自負している。むしろそれだけが取り柄といえる。だから周辺からの評価が高かったり目立ったりする者達をそれなりに集めれば一人や二人は"いける"と思える者がいるはずだと思っていた。しかし、実際に見てみれば、だ」

 

 シュヴァルベルクがため息をつく。

 

「いっその事、元帥府の権限で彼の階級をそこまで上げてしまえれば楽なのだがな」

 

 そう言って横に座る宇宙艦隊司令長官付高級副官ジークフリード・キルヒアイス大佐を眺める(当然ながら"御冗談でしょ"という顔で涼やかにスルー)。

 

「しかし現実問題としてこれから順次再建させていく正規艦隊を含め、中将以上の人材を見つけ出すか育てる必要がある。序列、人望などを含め貴公が後継の長官になったのは当然であるがその人を見る目をあてにさせてもらったというのもある。そこはきっちり見つけ、育ててもらいたい」

 

「わかっている。現場での大軍の指揮はメルカッツ提督(副司令長官)がいる、金と物の都合は尚書殿がいる、そしてわしが人材の都合をつける。それが役割分担というものだ。それで、だ」

 

 言いつつも目線でキルヒアイスに合図をし、彼が一つの用紙を広げる。(※は貴族)

 

 少将

(エルンスト・フォン・)アイゼナッハ ※

 ハウサー ※

 ビューロー ※

 プフェンダー ※

 ビッテンフェルト

 メックリンガー

 レンネンカンプ

 准将

 カイザーリング ※

 クナップシュタイン ※

 ゾンバルト ※

 ヴァーゲンザイル

 グローテヴォール

 グリルパルツァー

 ケスラー

 ハルバーシュタット

 ミュラー

 ルッツ

 ワーレン

 

「例の件の第一陣か、全体的に若いな」

 

「まずはという形で年は四〇前後まで、で絞った。現時点で外せない役職にいる者もいるが動かせる者は全員候補者として予定している部隊でこき使う。これでまぁいくつかの再建艦隊は埋めれるはずだ」

 

「…………現状の再確認を」

 

「どうぞ」

 

 ミュッケンベルガーの要求にキルヒアイスが別途用意していた用紙をさらに広げる。

 

 シュヴァルベルク ※

 メルカッツ ※

 ヴァルテンベルク ※

 カルネミッツ ※(→ビッテンフェルト)

(フィリップ・フォン・)アイゼナッハ ※ (→(エルンスト・フォン・)アイゼナッハ ※)

 クエンツェル

 シュターデン ※

 ファーレンハイト ※

 フレーゲル ※(→メックリンガー)

 ケンプ

 ロイエンタール ※

 ミッターマイヤー

 シュタインメッツ

 

「一三個艦隊。正直この中にも仕方なく任じている者もおる。これから更に一八個艦隊まで復帰となると、な」

 

「ある意味貴族枠艦隊のお陰で人材を集中できたようなものですからな」

 

「今計画している増産が計算通り進めば恐らく年に一つか二つの艦隊が再編成できるだけの艦は確保できる。この一~二年は内乱の後始末などで小規模部隊の出兵が重なるだろうからこ奴らを集中的に使って次の幹部候補を見定めて欲しい」

 

「承知した」

 

「それにしても」

 

 ミュッケンベルガーが大きなため息をつく。

 

「帝国正規一八個艦隊を称しているがわしの知る限りその一八個艦隊全体に納得のいく人材が配された事など……ない」

 

 イゼルローンを建造し戦略的に圧倒的優位に立ったはずの帝国。にもかかわらず同盟領への侵攻は多くて数個艦隊。一八個艦隊を有しながらも数個艦隊である。いわゆる三交代(前線・訓練・補充)の法則を考えれば少なくとも五個艦隊程度のローテーション侵攻も出来ない事もなかった(予算がつけば)。そうなれば毎回ほぼ半分の艦隊を動員せねばならなくなる同盟は短期間で継戦能力を喪失してもおかしくはない。しかしそれが出来なかった理由がこの"人材"の差といわれている。法律上国民に上下なく、ある程度派閥の理論などもあるが実力次第で出世できる同盟軍と違い帝国軍には貴族と平民という法的に隔たれた上下関係があり、その中でもまた派閥の理論も存在していた。それでも実力次第の世界であればまだしもその多くを占める貴族という枠が最も非実力による出世が可能な世界である事がさらに状況をややこしくする。その影響で前線指揮官及びその幕僚達の平均的な質は帝国軍が後れを取るのが常であった。その為、ある程度優秀な人材が集中している当てになる艦隊と安心して使えない艦隊が別れ、前者が対叛徒軍となり他の作業に後者が割り当てられる。皮肉な事に(イゼルローンを取られるまでの)近年における相対的優位は貴族枠艦隊という六個艦隊が出来たおかげでこの差別を露骨に出来るようになり質の良い(マシ)な将官佐官クラスを前線に出る艦隊にさらに集められるようになったからである。

 その貴族枠艦隊が無くなった。頭数として存在していた門閥貴族人材も、貴族枠艦隊を最低限動かす為に必要な優秀な武官家人も、皆いなくなった。畑で取れる尉官や佐官も内乱で沈んだ艦の数だけ減った。国内治安維持の一つの要であった貴族私兵艦隊も多くを失った(こっちは本当にアテになる治安維持戦力だった)。つまりここから帝国軍は長期にわたり上は将官から下は尉官まで人材難(質&数)と戦う事になるのだ。第二次ティアマト会戦以来の人材的欠乏が訪れたと言っていいだろう。あの時はそれまで少数であった平民将官の登用率を上げる事で回復させた(といっても落ち着くまで一〇年ほどかかった)のだが今はこれ以上平民枠を広げるつもりはなく大きく減じた貴族界から、さらに軍人を目指してくれた者達の中から多くを見つけなければならない。この内乱は帝国建国から数えて実質的に最も大きな内乱(※1)でありその損失総量は過去全ての戦いを上回るものでありその影響も又然りなのである。

 

「内乱で失われた貴族位については平民から勲功者を新規叙勲する事になっているが……」

 

 そこまで口にだしてシュヴァルベルクはついつい隣の赤毛の青年を見てしまう。

 

「私には関係のない事です」

 

「はい」

 

 口調は特に変わらぬもののいつもとは明らかに違う"オーラ"をまとった一言で何故か押し黙る。

 

「それは置いておいて現役提督の中でもカルネミッツ、アイゼナッハ両名はなるべく早く艦隊司令官から引きたいと言ってきている」

 

「後任については?」

 

「前者に関してはガイエスブルクの一件以降、完全に気が抜けたのかそこの候補にもあるビッテンフェルト少将が司令官直属部隊司令官という形で旗艦同乗して艦隊全体を差配しているとか。中将への推挙文も受け取っている。後者に関してはこれも候補に挙げている彼の従弟が自分よりはるかに優れている、と」

 

 そう言われてミュッケンベルガーが考え込む。

 

「カルネミッツに関しては能力的にも外せるのなら外したいが奴にはあの内乱で"家を割ってでもこちらに付いた"という表面上の実績がある。今、引退されるとクビと間違えられて世間向けとして宜しくない。それに平民の提督枠についてはバランスを考える必要があるから安易に任ずる事は出来ん。ほとぼりが冷めたら名誉職にしてやるからしばらくは我慢しろ、と伝えておけ。アイゼナッハに関しては今、出兵してやってもらっている治安維持(旧リッテンハイム領担当)がひと段落したら得意分野に合った職務について貰う事で転身は出来る。それまでにその従弟が艦隊を引き継げるように勲功を上げさせておく事だ」

 

「ここ一年はアムリッツァまでの航路の安定化と内乱残党を効率よく削っていって総量を減らす。そのあたりが精一杯ですな」

 

「うむ。新しい国情を進めるにあたり潰せる事を確実に潰し、考えなくてはいけないこと減らす。細かい事を出来るようになるのは来年から、と考えるくらいがいいのだろう」

 

「ですな。今日はひとまずこの辺りで」

 

「うむ」

 

 会話していた三名が皆立ち上がる。

 

「大佐、ちょっといいか?」

 

 少し進んだところでミュッケンベルガーがついつい呼びかけてしまう。

 

「はい?」

 

「その、なんだな、やはりあの話は」

 

「既にお断りさせて頂いておりますが」

 

 話終わらないうちにぶった切られる。口調はいつもと同じなのだが同じである方がむしろ怖い。

 

「う、うむ、すまなかった」

 

「受け取ってしまっても良いでしょうに。貰って何か損するものでもないと思いますが」

 

 部屋にいた(そして全部聞いていた)義眼の男が空気を読まずに地雷を踏み抜く。

 

「そういう問題ではありません!」

 

(ビクッ!!)

 

 今まで聞いた中で最大の破壊力を持つ一言にあの男が珍しくも体を反応させ、そして何も言わずに手元の資料に目を向け完全無視を決めこむ。というか完全に精神的にその場から逃亡する。扉の手前ではシュヴァルベルクが"助けて"と目線で周囲に訴えているのだが誰も応じる事は出来なかった。

 

 

「いやはや、貴族そのものに含みのある過去があるらしいという事は知ってはいたが。これ程までに内側に溜めていたとはな」

 

 二人が退出した扉を眺めつつ。ミュッケンベルガーが冷や汗を流す。

 

「だからこそその立場になるべき、という考えもありますが」

 

「そして虎の尾を踏んでしまった、と」

 

「出過ぎてしまいました」

 

「しかしだな」

 

 この件については完全にこの二人は同意見である。

 

「叙勲の為の勲功精査、あ奴の功を省く訳にはいかん。家庭の事情云々は仕方なしにしても個人的感情であるならばなんとかして引き受けてもらいたいものだ。お前の言う"だからこそ"というやつだ」

 

 軍の人事を司る役職として軍内部におけるその候補者を纏めるのも今年クリアしなくてはいけない重要事項となっている。

 

「あのじじいめ、年を理由に逃げおって」

 

(といってもわしも同じ状況なら……逃げる)

 

 過去の戦歴もそれで培った威厳も何の役にも立たない。グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー、ここではただの政治知らずの新米軍務尚書なのである。

 

 

 内乱の結果、多数の門閥貴族が没落した。政府より課せされた条件を満たす継嗣のない家は全て取り潰しとなった。継嗣のいた家においても一定の財、そして領土が没収された。その結果、帝国の基盤としての貴族勢力が必要以上に減じた状態となった。政府は盟約に連なる者達の名が判明した時よりこの事態は予想済みであり問題はその後どうするか? に焦点が当てた。失われた家をどうするか? つまりは貴族界のサイズを縮まったままにするか再び広げるか、広げるとしたらどこまで広げるか? である。結果としてそれなりの所まで広げる事にした。なんてことはない、貴族勢力に対しての政府勢力(帝国直轄領)優位をもう少し確保しておきたいと考えていたのであるが二大貴族(ブラウンシュヴァイク本家・リッテンハイム本家)の領土をほぼ丸々直轄領として編入さえすれば必要量の確保は確実である。No.1と2のお家だ、距離的にもヴァルハラ星域に近い優良物件の塊である。そこをキープしたうえで他家からの没収領と二大貴族領の美味しくない所を元種として減った爵位家を増やす事にした。

 増やす、といってもどうやって増やすかも問題になる。いわゆる分家、有力貴族の嫡子外男子から実力者(大抵は政府官僚や軍人として出世した者)を独立させるか領土を持たない帝国騎士階級から同じように実力者を抜擢させるというのがよくあるパターンであるが今回はできるだけ分家による叙勲は行わない様にしよう、という事になった。分家を多く作るとそれは有力家による派閥の勢力が増えてしまうからだ。なのでできるだけこれからの為に新しい血を入れたいという考えが基本方針となった(※2)。しかし爵位(領地)持ちを平民からいきなり抜粋する事は通常あり得ないので(出来るだけ既存爵位持ちとの縁がない)帝国騎士階級からの昇進とし、その帝国騎士階級を平民から叙勲させる事で家の総数を確保する。その対象者のうち、軍関係者の推挙を軍人事を司る軍務尚書が行う事、となっているのである。

 

「軍における平民勢力の増加を防ぐ一つの手にはなるが…………」

 

 将官以上と佐官以下で特別推挙したい者をまとめたリスト(の束)をテーブルに放り投げてミュッケンベルガーは考える。

 

(ある意味、インチキではあるな。有力な平民軍人を貴族にしてしまうという事だからな)

 

 といっても手当たり次第に任じてしまえばいい、という問題でもない。貴族というのは帝国にとって特別な特権階級である。それに相応しい実力・人格等を持つ事は当然ながら当人及びその家族などに貴族として振る舞う事への意欲が必要である。貴族になるからにはそれを穢す事をしてはいけないと受け止める心が最重要なのである。故に"有難い事であるが家族がその責に耐えられない"といった理由での辞退も発生するしそれを責める事はしない。貴族と平民は異なる世界の住人である、と法的に区別している以上"貴族が嫌い"ではなく"その任に耐えられない"として一歩引いた姿勢を取るのならそれはそれで己の分を弁えたという事で"美徳"となるのである。

 

「ケンプ、ミッタマイヤーは辞退。シュタインメッツが返答待ち。クエンツェルは辞退したいと言っているが知人要人総動員で拝み倒し中、か」

 

 その過程においてひどい話であるが"艦隊司令官は出来るだけ貴族にしてしまいたい"という身も蓋もない話が出ている。現在任じられている一三人中の四人が平民でありその確認結果である。辞退した二人は妻や両親達と相談のうえで"真に有難きお話でありますが"と辞退を申し入れてきており、独身のシュタインメッツは返答待ちなので待つしかない。そしてクエンツェルは迷惑なのは判っているが軍幹部合意の上で"ひたすら拝み倒す"と決めている。如何せん"メルカッツの次の三長官候補がいない"のだ。今のままだとシュターデンが第一候補である。もう少し"常識外れ"の現場に何度か突っ込んでその理屈優先の思考パターンが常人並みになってくれれば及第点にはなるのだが今のままでは届かない。それに対してクエンツェルは現時点でも幅広い信頼を得ているあとは貴族という名刺がつけば"まぁ彼ならいいだろう"で特に反対もなくいけるだろうと考えられている。ただ説得の圧が強くなりすぎて軍務を続ける意欲を損なわない様に、という事だけは気を付けている。彼が抜けたら本当に現場の幹部(シュヴァルベルク&メルカッツ)と若手提督群の年齢的中間層がいなくなるからである。

 

「問題はこれをどうするか、か」

 

 候補者リストとは別の紙の束を眺めてミュッケンベルガーがぼやく。軍功者などへの叙勲は大きなイベントに近い代物となって世間の噂を席巻し、各地から地元出身者に関する推挙運動が開始された。特に盟約に連なった貴族領領民は新たなる領主を迎えるかもしれないという事で地元出身でこの人ならまだマシだろうと思われる候補者がいる場合、積極的に推挙を行う事で自分達の身の安全を図ろうとしていた。のだが中には地元出身でもない人を推挙する所もある。一例としてはヴェスターラント領から届いたジークフリード・キルヒアイス大佐に対する叙勲推挙運動がそれである。かの時は認識の違いでどたばたしてしまったが後になって正真正銘の救世主だった事を知ったヴェスターラント領民は星を挙げてのお礼参りを実施、その後叙勲推挙運動を知るや否や"是非とも我らの御領主様に"と運動がエスカレート。そもそも平民からの叙勲は領地を持たない帝国騎士まで、と政府関係者は考えていたのだが今の所この推挙については対象者が軍人なので軍務尚書止まりとなっている。そして先日、シュヴァルベルクと共に軽く確認した所、予想以上に強烈な反応を味わってしまったのである。

 

「それにしても貴様が賛成の立場とはな」

 

(口に出すタイミングは最悪だったがな)

 

 ついついオーベルシュタインの話を振ってしまう。苦手な事に変わりはないのだが如何せん知った顔がこれしかいない。

 

「この度の叙勲目的が貴族の血を清める事ならば適任かと」

 

 それだけを応えて黙々と書類を処理する。

 

(血を清めるというのも露骨な言い方であるが間違いではない。のだが彼にしろこいつにしろ一体この世に何を求めているのだろうか?)

 

 正直な所、ミュッケンベルガーもオーベルシュタインの評には賛成である。子が孫がとなると知った事ではないが当人は耄碌でもしない限り大丈夫だろう、と思う。今、帝国騎士になれば然るべき所から嫁を取り、一五年二〇年順当に経過すれば爵位を得る事も可能だろう。それまでの間に良い交流が出来れば貴族界に一筋の清き流れが出来る。問題はまぁ本人のあの拒絶反応である。直接語ってはこないし語らせようとしても駄目なのだが貴族そのものについて一つ奥底に持つものがあるのだろう。そうなれば無理強いは出来ない……

 

 

「元帥殿よろしいか?」

 

 ふと気づくと執務室に客人が来ている。

 

「レムシャイド殿か。何用で、いや、あの件の経過確認と言った所か。わざわざ尚書自ら来なくてもよかろうに」

 

 新任の宮内尚書ヨッフェン・フォン・レムシャイド伯爵が頭をかく。

 

「いやはや、宮内省の現状が現状ですからな。こういう名目でも作って逃げないと一休みする暇すらない」

 

「ここは避難所か? まぁ、立ち話もなんだ」

 

 ミュッケンベルガーが目線でテーブルに誘い、従卒が飲み物を用意する。

 

「交渉仲介は自信があったのですがフェザーンとは勝手が違いすぎる。理の通じぬ私利私欲絡みとなりますとね」

 

「フェザーンの白狐と呼ばれた者にしては弱気ですな。しかし自身で選んだからにはやり遂げねば」

 

「だからこそ辛い」

 

 ヨッフェン・フォン・レムシャイド伯爵。現在四七歳で前フェザーン駐在帝国高等弁務官。七年近く勤めた前職を退き、七九八年年初(ミュッケンベルガーと同時)より宮内尚書となった。フェザーンでは"白狐"と呼ばれ、自治領主“黒狐”アドリアン・ルビンスキーとやりあった交渉・調略等々の腕利きと言われていた。ただ、フェザーン駐在帝国高等弁務官はその独特な立場故に長期在任による現地独自権力化(フェザーンに取り込まれる事も含む)が危ぶまれる地位であり成果を問わず長期になりすぎる前に交代される事が常であった。そのような理由もあり不手際がないにもかかわらず退任する場合、その代わりとなる地位を中央政府で与えられるのが暗黙のルールであり交代時期を打診されたレムシャイドは宮内尚書を希望した。本人が言う通り貴族界との交渉仲介などを多く抱える宮内尚書であれば己の得意分野を生かせるという気持であったが問題としては打診されたのが七九七年の年初、実際の着任が夏予定、内乱による混乱で収まるまでは新任の高等弁務官が来ないので在任待機。内乱が終わってやっと帰国して着任したら目の前に待っていたのは内乱後の貴族界(主に旧盟約勢力)からの嘆願、陳情、仲介etcという貴族界再編の最前線だったのである。

 

「この期に及んで初手袖の下で事を治められると思っている旧勢力が多いのも困りものです。一人残らず摂政殿に報告の上で厳罰化ですけどね」

 

 さらっとひどい事を言う。しかしこういう旧式弊害な門閥貴族共を懲らしめたいリヒテンラーデとしては飛んで火にいるなんとやらである。袖の下でなんとかしようなどとは予定以上の罰を与える喜ばしい大義名分である。

 

「それで、用件は? 本当に逃げて来ただけではあるまい」

 

「えぇ、頼まれごとが二つ。とりあえず返答できる状態になりましたので」

 

 レムシャイドが姿勢を正し、ミュッケンベルガーも改める。

 

「まず一つ。クエンツェル殿の帝国騎士叙勲について内諾を頂きました」

 

「まことに感謝する」

 

 ミュッケンベルガーが演技ではなく深々と頭を下げる。

 

「社交界などは勘弁してほしいという事でしたのでそのあたりの付き合い方はメルカッツ提督にサポートして頂ければ良いかと」

 

「承知した。わしもそうだが知り合いにも社交界嫌いは沢山いる。信頼できる話し相手を確保しよう」

 

「そして二つ目ですが事前調査をした所、確かにまぁ貴族嫌いになってしまうのは仕方ない所がありました。ですので直接の説得はまでしておりません。概要はこちらを」

 

 手渡された書類を受け取り内容を確認する。そして眉をしかめる。

 

「あの事件絡みの犠牲者だったとはな……貴族界の醜悪の極みを見せつけられたわけだ。思う所もあるのだろう」

 

 もう一つ。レムシャイドが依頼された二人の叙勲候補者説得の片方、ジークフリード・キルヒアイスに関する情報である。まぁ前者が本命でありこっちはおまけみたいなものだったが予想外の収穫があったようだ。

 

「ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両家の喧嘩と手打ちの犠牲者。両家による徹底的な情報封鎖があって表に出てきませんでしたがこの度、両家の機密指定情報が全解除された関係で見つける事が出来ました。この情報自体はこれからの為にと別件で探っている最中に見つけた物ですが知らずに交渉していたらと思うとぞっとしますね」

 

「事がこれだと理を持って説得するのは難しい、情で溶かさねばならん。そう思う気持ちがあればこそその世界でそうはならずに有り続ければ…………いや、難しすぎる話だな」

 

「私からの説得は止めておきますか?」

 

「いや、お願いする。決裂しない程度に」

 

 無理を言う。と顔で語ってレムシャイドが額に手を合わせる。ミュッケンベルガーも同じような姿勢になる。

 

「こういう事情なら本人の事を思えば、どこかで"区切り"をしっかり付けておいた方がいい。持ち続ければいつかは何かを破滅に導く。それが出来てしまう才を奴はもっているのだ」

 

 結果として彼を拾い、何かを出来てしまう地位まで上げてしまったのはミュッケンベルガー自身である。それを中途半端に放り投げるのは己の矜持が許さなかった。

 

「しかしどうもっていくか…………」

 

 二人して静まり返る。レムシャイドの休憩時間はかなり超過していた。

 

 




 原作ではリュプシュタット勢力の貴族領は全没収のはずですがその後の治安維持についてなーんもないんですよね。原作でも自領は私兵で治安維持のはずですしその兵力も内乱で潰れているはず。そして貴族領丸ごと直轄領になったんだから各自勝手だった統治方法を統一させたりそもそもその要員を用意したりで地獄だと思うのですが、何も記述が無いw それを何とかしたいのに出兵しまくるラインハルトを確かにオイゲン・リヒターとカール・ブラッケは殴りたくなるわけだ。

 前にも書いた気がしますがシュヴァルベルクのイメージはFGOのゴルドルフ新所長です(わからん人はごめん)

 誰か、ミッタマイヤーが宇宙艦隊司令長官になった後の参謀長って誰なのか知ってる人います?


※1:実質的に最も大きな内乱
 建前上の一番大きな内乱は"叛徒軍"との戦いである。帝国は銀河有人領域全ての統治権を有する唯一の国家なのである。

※2:新しい血
 文字通り物理的な新しい血である。貴族界が狭くなればなる程に一般平民よりも婚姻により結びつく血の範囲が狭くなり。色々と宜しくない結果になる可能性が高くなる。故に新しい血を求めるというのは貴族界にとってある程度必要な措置にもなる。


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No.49 貴族からの贈り物

 

「まずは資料No.7を軽く目を通してください」

 

 この言葉を受けて各自が自分のディスプレイで資料を確認する

 

(これはこれは)(多いとは思っていましたが)(桁を間違えてるなんて事は)

 

 言葉がいくつも漏れる。

 

「御覧の通り亡命者からの亡命受領金、いわゆる"亡命税"ですが現時点で徴収済みが四六三七億ディナール。未確定分を追加すると五〇〇〇億ディナール程度になると見積もられています。本来、この"亡命税"は人的資源委員会が亡命者支援政策に使用するものとされていますが規模の桁が桁なので一旦議長預かりとして頂いたうえで運用法について定めて頂ければと思います」

 

 人的資源委員長ホワン・ルイの言葉を受けてその会議の場、自由惑星同盟最高評議会の面々は押し黙る。それもそうだ、国家予算の一割を超えるあぶく銭がいきなり湧いて出てきたのだ。

 

 そもそもこの"亡命税"とは何ぞや? という話になる。これは一言で言えば亡命者の持ち込み資産から徴収される税である。亡命者からいきなり税を取り立てるのか! と抗議する者もいそうだがこれも立派な国防政策の一つである。事の始まりはかのダゴン星域会戦による帝国臣民から見た叛徒(自由惑星同盟)という国家的組織の認知となる。その認知を機に大量の亡命者が訪れた。大半は迫害を受けていた臣民、人としてカウントすらさせてもらえない棄民達であったが政争や思想、立身の野望などを理由とした富裕層も少なからず存在した。そして意図的・計画的に亡命してきたそれら富裕層はまだ基盤が出来始めたばかりの自由惑星同盟にとって無視できない"富"を持ち込み、勝手の知らない資本主義経済にて多数の混乱を巻き起こした。政争に敗れ、一族総出で逃げ出してきたとある貴族など持ち込み資産のみでいくつかの有人惑星を支配可能な程であった(実際に自領が欲しくてやりかけた)。これらの混乱が起きるや否や政府は亡命者の資産を一時的に凍結。亡命受領金法案を作成し、その資産を徴収。当人たちには大きな反発を呼んだのだがその運用を"亡命者支援事業"に特化させる事で人数的大多数の一般亡命者や(自分達の税を使われずに済む)同盟国市民の支持を集め、この亡命受領金法は運用を開始した。

 これで一安心、と思いきや次なる問題が発覚する。フェザーン自治領の成立、である。この自治領は成立直後から(むしろ成立前から計画的に)帝国・同盟両国の経済的ハブとして機能し始めた。その一つが両国有力者向けの秘匿口座、本人以外にはその中身どころか口座保有者の名義すら秘めるという完全な秘匿口座であった。その口座はまず両国政府の有力者を中心に個別口利きで開設し、段々とその対象者を広げていった。そして秘匿すぎる事が色々と政治的に不都合になる頃には政府そのものが有力者達の口座という情報を元に首根っこを掴まれた状態となり誰もその運用に表立って文句が言えなくなっていた。のだがそれでも文句を言わねばならない状況となる。同盟への亡命者はこの秘匿口座によって財産を守り、また両国が送り込むスパイや偽装亡命者などはこの口座に活動資金を隠す。流石にそれはなんとかならないかと両国政府による(裏からの)苦情を受けフェザーンが一定の譲歩をする事で手打ちとした。それは"口座は対象者の国籍保有国からしかアクセスできない" "亡命者の口座は本人と亡命先政府の共同要請があれば通常口座として開放する"というものであった。これにより秘匿口座が国を跨げないようになる事でスパイなどの運用ができなくなり、同盟政府は亡命者の秘匿口座分も(通常口座として情報を得られるので)亡命税の対象とする事が出来るようになった。尚、亡命者の口座はあくまでも"通常口座として所持していたものである"という建前であり秘匿口座の秘の字も出てこない。亡命者本人も秘匿口座開設時に亡命した時の運用法を説明し一切の苦情(秘密をばらす事)を禁止する旨を制約させられているので何も言う事は出来ない。

 そして大量亡命も止み。人の流れも静かになった事で半分忘れ去られていたこれらの事柄が今回の旧盟約派貴族の流入で再び日の目を見る事となったのである。

 

「一番確実なのはクーデターの後処理で使った費用の穴埋めとする事だと思うが……」

 

 意見と言うべきよりも呟きに近いレベロの言葉に何人かが"仕方ない"といった感じで頷く。

 

「金額が大きくても所詮はあぶく銭。いっその事ぱっと使ってしまえばいい。各委員会内部でももう少しお金があればやってみたい景気策なりがあるのではないですかな?」

 

 トリューニヒトの煽りに近い発言に少なからずの者達の顔が明るくなる。

 財務出身のレベロ議長は確かに優れた政治家であるがそれ故に過度な負債を嫌い効率の良い予算分配を好み、結果として対費用効率では優れた政策を示せるのだが人気取りといった事に手が回らない。そういう意味合いを持つ景気対策は苦手な為、仕事の内容をなかなか評価してもらえない損な役回りとなっている。今、議長として認められているのは第一候補だったトリューニヒトが辞退し、最も求められているのは経済の専門家であると彼をプッシュしたからである。つまりは彼自身の人気ではない。

 

「今必要なのは下を向きかけている市民の心を上向きにする事、これは効率とかそういうもので推し量れるものではありませんよ」

 

 他の委員長の発言を機に場の流れはトリューニヒト案に傾く。なんてことはない、予算が欲しいのである。人気も欲しいのである。今この時期に予算の一割近い(全量は一割以上であるが本来の亡命者支援政策費用を差っ引けば流石に一割以下になる)自由(=レベロの効率チェックを受けない)なお金が手に入る機会など二度と来ないだろう。この苦しい時期に委員長などという棘の椅子に座っているのだ、それくらいは見栄えのいいことをやらせてくれ。

 

「…………人的資源委員長、亡命者支援政策に必要な額の概算算出を。他の委員長はそれぞれ抱えている腹案から良い景気策を。次回の会議で大まかな予算配分を行いましょう」

 

 レベロのその一言で方向性は固まった。

 

 

「すまない。君が財務委員長であればそちらの預かりという流れにもできたんだが……」

 

「いや、気にしなくていい。頭のどこかでは理解しているんだ。あれはあれで適切な使い方の一つなんだ、と」

 

 会議後、ルイの言葉にレベロが応える。レベロが財務委員長であれば"お金の事なのだから財務に"と投げる事も出来たが議長となるとそうはいかない。議長は委員長たちの会議の長であって専制独裁者ではなく実際には調停者に過ぎない。それでも一旦レベロ(議長)に預けたのはトリューニヒトに直接渡したくないという気持ちだけである。

 

「君は、長い間債務圧縮と予算膨張防止一筋だったからどうしても内向きになる」

 

「あぁ、あくまでも景気策としての出費はそういう余計な所を潰したうえで効率よく行うものだと考えている。今でもそう思っている。しかし……」

 

「トリューニヒトはそうは見ない。日の目を見ない土台作りよりも見栄えの良い張りぼてを立てる事を優先する」

 

「財務委員会のなじみから聞いている。私の方向性に反対であった積極財政派がトリューニヒトに取り込まれている、と」

 

「人気取りの天才と積極財政派、相性としてぴったりだな。なまじ財務委員会の手が加わるとなると一定の効果を得られる策になる可能性は高い」

 

 二人が押し黙る。

 

「いつかはあの男に政権を取られるのは覚悟している。それまでに専守防衛・景気対策が最も支持を得られる都合がいい政策であるという状況にするのが私の責務だ。その為の土台作りだ」

 

「それまで黙らなくてもいいから控えめにしてもらいたいものだ」

 

 ある意味、彼らは最高評議会内では少数与党になり始めている。しかしまだ、同盟経済は下げ止まり始めたという程度の段階でどう転ぶか判らないアジテーターに政権は渡せない。それだけは確かな事であった。

 

 

「それで、そのあぶく銭でやりたい事はあるかと聞かれたんだってな。どう答えたんだ?」

 

「いらないって回答しちゃいました」

 

 あっけらかんと応えるヤンに周囲は目を丸くする。

 

「去年はあれでも被害想定は下回っていますし、今年も確実に下回るでしょうから。ちょっとやりたい事はありますがそれで浮いた分で足りますので追加は必要ないかな、と」

 

「あ~~、確かにそうだな。確か去年は……」

 

 対策室が把握すべき数値は全部頭に入っているキャゼルヌがそらんじる。

 

 長期的戦力回復において計算の両軸となるのが増える値と減る値、である。そして減る値、つまりは被害想定であるが去年(七九七年)の計算の際には当然ながら帝国内の内乱は計算に入れていない。やや過剰となるが今までの帝国のパターンでもある年に二~三回の侵攻、それがイゼルローンに対して行われるという仮定で計算がなされた。そしてその都度イゼルローン駐留艦隊(一五〇〇〇隻)が一~二割失われると考え年間の被害範囲は三〇〇〇~九〇〇〇隻、平均で六〇〇〇隻。これに対して実際は対救国軍事同盟の戦闘と亡命受け入れの際の混戦で約五〇〇〇隻の損失であり、人的損耗は旧盟約軍将兵の取り込みである程度補えた。更に今年(七九八年)となると帝国の内乱に関する情報等もそれなりに集まってきており程度は判らないがどう考えてもこちらへの積極攻勢は無い。あっても(イゼルローンを長期放置できないので)体面的な侵攻があるかどうかだろう、という予想になっている。

 

「もしかしたら去年と今年で一年分程度は前倒しには出来るかもしれませんね。維持費という意味では必要予算が増える事になるけど失う事で払わないといけない予算(戦傷手当や遺族年金等)は減るから影響は少ないだろうし」

 

「それで浮いたお金で何するんだっけか? 確か交通整備と荷物整理がなんたらとか言っていたな?」

 

「はい。でもそれは帝国の現状を見る限り数年かけてやっていけばいいものですから焦る必要はありません」

 

「俺としてはあぶく銭なら少しはもらって楽をしたいという気持ちもあるがな。まぁ、クーデター連中(軍拡硬派)が消えたおかげで予定の計画さえ狂わなければ文句を言ってくる層もいなくなった。きつきつなのは仕方ないが我慢するしかあるまい。……それで、だ」

 

 キャゼルヌがテーブルを取り囲む一角を見つめる。

 

「この始業時間からガス欠みたいな状態になっている青年はいったいなんなんだ?」

 

 

「昨日、あの亡命者の方々との交流会といいますか晩餐会といいますか、それに招かれてしまいまして…………」

 

「あー」「あー」

 

 今にも口から煙が出そうな状態で呟く部下を見て上司二人が遠い目になる。噂には聞いているがこの青年(+姉)はこの度大量にやってきた亡命貴族の方々にえらく目を付けられてしまったらしい。

 彼ら亡命貴族の方々は(早くもであるが)大きく分けて二つの派閥が形成されている。この度の亡命をその理由を含め受け止めなくてはいけない現実であり、新たな環境で合法的に自分達の居場所を作らねばならないと理解している層と不当な弾圧が元で叛徒領に身を寄せなくてはいけなくなったのだが伝統ある貴族としての矜持を失ってはならないし叛徒共がそれを穢すなど論外であると考えている層である。ただ、貴族&軍人として亡命してきた最有力者(エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクとフェルテン・フォン・アイゼンフート)が前者としての立場を明確にしている関係で勢力的にいえばほぼほぼ前者(空気を読んで嫌々を含む)とあぶれた後者となっている。そしてその前者達(の中の真面目な層)が本当の善意でこちらの世界を理解しようと亡命の先輩達や後援者を招いての交流会を積極的に行っており本当に善意で一生懸命溶け込もうとしているのが判るので断る事も出来ず招かれれば参加してその風貌もあってかなんともいえない人気者になってしまっているのである。

 

「そりゃあこっちで生きていくと覚悟を決めた方々にとってはお家の存続を考えればこの姉弟はまぁ、極上の獲物だよなぁ」

 

「あ”~~」

 

 煙ではなく意味不明のうめきを発するあたり、正解らしい。どれだけ溶け込もうと努力しても根っこにある貴族の風習を考えればこれだけの美貌を誇る妙齢で独身の姉弟はそういう目で見られる。弟はそういう経験がなさそうだし姉は不明だがこの弟のブロックがある限り余程の者でない限り手を付けられない。しかしそういう相手を口説き落として身内にする、それはあの世界における最大の仕事の一つである。気合も入る事だろう。

 

「それでプリンセスにも懐かれて、象徴としてくっつけようとする取り巻きもいるとかいないとか」

 

「○▼※△☆▲※◎★●……………………!?」

 

 なんだかもう泣きそうな顔になってしまい、流石に可哀想なのでいじりは止まる。

 

「一応彼女は、今回の亡命者たちの最大のキーマンなので何があっても機嫌を損ねてはいけないと厳命されていまして……」

 

 ため息交じりに話すその言葉に苦労の跡が滲みだす。

 エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクは亡命者たちの名目上の盟主であり、プリンセスであり、最大の亡命税納税者でもあった。いつ見切りをつけたかは判らない、勝てば元に戻せるからいいとでも思ったのかもしれない。彼女の父、オットー・フォン・ブラウンシュヴァイクは制御できるすべての資金をいつの間にか彼女の秘匿口座に移していた(らしい)。側近であったシュトライト大佐(元准将・亡命後処理にて一階級ダウン)の話によると個人資産どころか領内行政機関のお金も少なからず移したらしいという。二五〇億と言われる帝国人口のコンマを使わずに済むパーセンテージで表す事の出来る自領人口を治める者の資産とその行政機関の資産である。累進課税限度額で徴収してもおぞましい額が残る。そして彼女はその残った資産の大半を"亡命者支援の為に"と寄付してしまった。これが予想以上に亡命税総額が膨れ上がった理由の一つである。その結果、彼女は確かに元の世界でプリンセスであったが別の意味で同盟政府や関係者からこちらの世界でもプリンセスのように恭しく扱われる存在になってしまったのである。へそを曲げられたら冗談抜きで佐官程度の首は飛ぶ。

 

「しかしだな。お陰で次の兼任職場のキーマンにも接触出来たんだろ?」

 

「……確かにその通りです」

 

 スイッチを切り替えたのがいつもの口調に戻る。

 

「アルツール・フォン・シュトライト大佐、貴族の側近が軍人をしているのではなく軍人が貴族の側近をしていたという印象です。軍務をこなしている姿はまだ見てないので得意分野はわかりませんが出来る人である事は確かです。今は軍属希望者の取りまとめをしているらしく、実務面交渉のトップと言っていいでしょう。そしてフェルテン・フォン・アイゼンフート少将ですが」

 

 その名前が出るや否やラインハルトの目がこれ以上になく真剣になり聞き手にも緊張が走る。のだがスイッチがまた変な方向に入る。

 

「姉上に馴れ馴れしすぎます!!!! なんですかあれは!! 二回会っただけでディナーに誘おうとしたんですよ!!! 許せません!!!」

 

 ゴフッ!! 

 

 上司の片方が飲みかけてた紅茶を盛大にむせる。

 

「そっちかよ!!」

 

 もう一人の上司は思わず素になって後輩に突っ込むような言葉になる。

 

「なのでじっくりきっちり人物鑑定をさせて頂きます。お任せください」

 

「ま、まぁ、一応目的は達成できるからそれでいいんじゃないかな。ある意味怪しまれないし」

 

 ちょっと噴き出た飲み物を丁寧に拭きながらヤンが話を流す。彼がその目的を忘れる事は無いだろうという信頼と踏んだらめんどくさくなる地雷への警戒故である。

 

 

「さて、話を戻そうか」

 

 ヤンが佇まいを正し、皆も習う。

 

「長期的な事だから頭の隅にでも入れてもらえばそれでいいんだけど……交通整備と荷物整理の話だね」

 

 その考えを披露する。

 現在、自由惑星同盟領内における航路の動脈といえるラインは二つ、バーラト星域からイゼルローン要塞までのライン、そして同じくバーラト星域からランテマリオ星域を経由してフェザーンまでのライン。基本的に軍が使用する主要航路もこの二つのラインと同じであり、その他のラインは使用頻度的に重要視されておらず効率云々というよりも開拓済み民間・商用路を使わせてもらっているという感じである。

 

「以前から計画していたイゼルローン支援の後方駐留施設群がやっと形になって来た。位置的にはバーラト~イゼルローンのルート上にあってイゼルローンの少し後方の旧交戦区域とその後方基地群が基盤になる分散配置だ。この後方駐留施設群からフェザーンを含めたランテマリオ方面への効率の良い航路を整備する。多分、このような形になると思う」

 

 適当な用紙に書き込まれ、皆が覗き込む。

 

 バーラト──後方駐留施設群──イゼルローン

 |       |

 |    マルアデッタ────┐

 |       |      |

 └────ランテマリオ──ポレヴィト──フェザーン

 

「名目としては"イゼルローン確保によって非戦地域になった星域と経済的に貧弱な遠方地の景気対策としての航路整備"として計上して軍の航路開拓部隊(※1)がこれを担当する、という形にしてもらう予定で物流の効率化、フェザーンへの貿易などの為にというのが表面的目的。けど本命は……」

 

「全軍が何処に対しても効率よく集結できるようにする為ですね」

 

「そういう事。まぁ民間・商用路になるから一般公開される関係で最終的には帝国にも知られる事になるけど"考えてるんだぞ"って牽制にはなる」

 

「技術維持の為に存在している航路開拓部隊の本業だしその地方の警備隊にも手伝わせれば予算的にも追加が必要ない低コスト。無理せず複数年かけていいよといえばまぁ順調に事は進むだろうな」

 

「はい。ですのでこれはこれで良しとして上層部には許可をもらって一寸追加作業をしてもらいます」

 

 というとヤンは先程の用紙にさらにルートを書き込む。

 

 

 バーラト──後方駐留施設群──イゼルローン

 |       |

 |    マルアデッタ────┬──────┐

 |       |      |      |

 └────ランテマリオ──ポレヴィト──シュパーラ──フェザーン

 

 

「ん? わざわざフェザーンへのルートを二つ作ってどうする?」

 

 キャゼルヌの疑問にヤンは答えず、弟子二人を見つめる。先生みたいな視線で"さぁ、解いてみなさい"と促された弟子二人がそれをじーっと見つめて考え始める。少し経つと弟子一号は"ふぅ~~~"っと溜息をついて用紙から目を逸らす。ギブアップという事だ。そして弟子二号は同じくらい考えると何か浮かんだのかぶつぶつと何かを呟き始め、最後に"これはひどい"とぼやくとヤンの方を見つめる。

 

「このルート、軍の最高機密扱いにして徹底的に伏せるという認識で宜しいでしょうか?」

 

「うん、秘めてもらう。どうやら分かったようだね。答え合わせをどうぞ」

 

 ヤンが喜び、弟子二号ラインハルトに視線が集まる。

 

「万が一、フェザーン経由で帝国軍の大軍が押し寄せた場合、高確率でその軍はポレヴィトで一旦停止します。フェザーンからポレヴィトまでは無人地域でランテマリオ星域から有人地域なので距離的(※2)にも戦略的にも我が軍はランテマリオ~ポレヴィト間で迎撃する必要があり敵もまたそう判断するでしょう。ポレヴィトを押さえて一旦停止すれば表面上後方(フェザーン方面)に回り込まれる可能性は極めて低くなりそこで部隊を集結させ迎撃側の展開・確認を待って進む、そこがいわゆる"決戦場"です。けれどその過程でこの秘匿ルートを使えれば敵軍の後方、フェザーンへのルートを断てます。ここ(フェザーン~ポレヴィト)は二八〇〇光年もの距離がある無人エリアなんです。一個艦隊でも入り込んで通信妨害装置でもばら撒けば…………」

 

 ラインハルトの説明に他の者が唖然とし、ヤンは極上の意地悪を思いついた子供のような笑みを浮かべる。

 

「それからどうするかはその時の状況にならないとわからないけど。大変だろうねぇ」

 

 大変どころじゃない。帝国本土からしたら決戦の大軍が未開の地に二八〇〇光年突っ込んだ挙句に丸ごと音信不通になるのだ。狂気に近いパニックになる。現場にしたってこの裏に入り込んだ一個艦隊を探し出して潰さなければ安心して前進が出来ない。それどころか正面の迎撃軍を撃破しても(略奪でもしない限り)物資が尽きて宇宙の藻屑となる。それが嫌だから後方に回られない(と思ってる)ポレヴィトで止まって確認してたというのに!! 

 

「その為に同時に荷物整理もする。各地の備蓄物資などの再点検を行って必要な時に必要な場所に素早く送り込めるように事前計画を立てておく。この場合、フェザーン占領という一大事が発生した時に号令をかければ軍が集結する頃にはランテマリオ星域の基地には必要な物資が十分に集まっているはずだ。それこそ通信妨害装置とかね」

 

 ヤンのにこやかな言葉にまずキャゼルヌが頭を抱える。

 

「さっきの交通整備といい、この荷物整理といい、予算がかからない。ほぼほぼ通常業務の予算内で準備は出来る……。何よりも最悪の状況にならなくともやっている事自体には損が無い!!」

 

 そして弟子二号も頭を抱える。

 

「でも万が一が発生してその事前準備が全部動けば意気揚々とやってきた帝国軍はそれこそあのダゴン星域会戦も真っ青の周囲完全封鎖を受ける事になる。それも予算をかけずにちょっと準備をして当日動き回りましたってだけで!!」

 

 この人(ヤン・ウェンリー)にこの地位を用意したのはこの脳味噌をとことんこき使う為だと聞いた。それ以外何の役にも立たないから、というがこの人に年単位で自由発想で準備手配させるというのはこういう事なのかとラインハルトは恐怖すら覚える。表面上やってる事はただの交通整理と荷物整理だけだというのに!!! 裏でたった一本の秘匿移動ルートを作るってだけで!!! 

 

「双方に内乱が起きたけどこちらの損耗は当面予想より少なかった、でも相手の損耗は思った以上に大きかった。お金のかからない準備は出来るだけやるとして順調に事が進んで大事にならずに済むのならそれが一番なんだけどねぇ」

 

 悪魔を見るような視線を受けつつ、ヤンは軽い作業をしただけという風貌で優雅に紅茶をすする。そう、この男がこの椅子に座って行う仕事はこれ、"こんなこといいなできたらいいな"と、とにかく考え続ける事なのである。

 

 

「あぶく銭はそれでいいとして、ならこれは追加無しでこのままでいいという事かな?」

 

 小休憩後、キャゼルヌが一同の目の前に広げるのは"七九八年第一補正予算[軍事費]"と銘打たれた資料。年が明けて大して時は経過してないが既に補正予算である。といってもこれは七九八年予算が確定したうえで追加される補正予算ではない、これもまた七九八年予算なのである。簡単に言うと内乱の影響で七九八年予算を七九七年中に可決させる事が不可能と判断した政府が全額ではない暫定予算を一旦可決し、この第一補正予算で完全な形にする事にした結果というものである。なので総額としてはこの第一補正予算までで通常の一年分の予算になる。

 

「要塞費をどうしようかという問題もありましたが流用元が出来てしまいましたし、他のものについては当初通りで影響なしでしたからね」

 

 ヤンがのんびりと応える。問題となっていた要塞費、それはイゼルローン要塞の"維持費"であった。イゼルローンは軍民合わせて五〇〇万人の人口を誇る(※3)一大都市である。同盟側出口付近(旧帝国軍侵攻エリア)に一つの星でこれだけの人口を持つものは極めて少ない。それだけの規模の都市とそれを可能とする直径六〇kmの人工建造物、存在するだけでとんでもない予算と後方支援施設が必要になるのである。本体だけで事足りるというものではない。外壁を覆う流体金属、その海を泳ぐ浮遊砲台。これらの消耗品を用意する費用だって必要だ。しかも都市としての予算があるので軍事費と非軍事費の境目が難しくて予算の押し付け合いも発生する。トータルするとこの維持費(軍事費部分)、厳命されているコストダウンから考えると非常に大きな負担になる。七九七年分は初動調査を含め、ある程度お金がかかってしまう事は承認されていたが今年からは恒久的維持費として考る必要があり大きな悩みの種となっていた。のだがこれを内乱がかなり解決させてしまった。

 

「壊したもんなぁ、大小さまざまな要塞なり衛星を…………」

 

 代表的なのがアルテミスの首飾り。この一二個の巨大軍事衛星は最小規模の軍事要塞と言える代物であり一二個を合計した攻撃力(砲やミサイル発射器の総数)は主砲を除いたイゼルローン要塞と大して変わらない規模。これが全部なくなった。的にする為に各地から引っ張り出した主要な軍事衛星も大半が壊れた。これらの所業により軍事衛星関係予算がほぼほぼ宙に浮いたのだがこれ幸いにと技術維持に必要な最低限を確保して残りは全てイゼルローン関係に回してしまったのだ。同時にイゼルローン要塞運営要員もこれらの軍事衛星要員を転用する事で雇用人数に削減に貢献した。彼らがいなければ要塞要員は新規雇用や他専科からの転用を必要としてしまい、特に要塞火砲統制要員はアルテミスの首飾りの管制要員の転用が出来なかったら著しく能力を低下させていただろう。

 

 そんなこんなでこのあぶく銭は軍事費には投入されず、各委員会から持ち寄った景気対策に費やされた。スピード勝負と判断された為、効果については若干の疑問符がつくような対策にも費やされたが各地にはおおむね好評をもって消費される事になる。自由惑星同盟はゆっくりとだが確実に再建の道を歩み始めていた。

 

 

 

「これが最終版となります」

 

 人数分用意した資料の束を各自が手に取る。電子データを各自のハンディ端末で、とならずに紙の資料になっているのはヤンが部下たちにお願い(半強要)している数少ないわがままである。尚、キャゼルヌもどちらかというと紙の方が好みらしい(その場でメモを書き込めるので)。

 

「損失艦艇、推定で一三~十五万。そして一四〇〇~一六〇〇万の人命。結果として七九六、七九七年の損失は少なく見積もっても我々より帝国軍の方が多い、となる訳だな」

 

 キャゼルヌが素早くめくりながら要点となる数値を呟く。恐ろしい事だがこの"めくり"が終わると重要な数値は全てその頭に格納される。

 

「…………敵、としなくてはいけないけどこれだけの人命が失われたと思うと苦しいものがありますね」

 

 七九七年帝国の内乱、後にリュプシュタット戦役と呼ばれる戦いにおけるバトルレポート。期間中にイゼルローンが受信した通信、フェザーン経由で得られた情報、亡命艦艇のデータ、そして亡命者達個々の記憶。それら莫大なデータを統合作戦本部を中心としたプロジェクトチームが丁寧に丁寧に整理してまとめ上げた数値である。編集に協力した実際にその戦いに身を投じた将官たちからも大筋間違えていないだろうとお墨付きを貰っている。このバトルレポートと現在もなお収集中の帝国の政治・人物などの生のデータ、これらが大量亡命によってもたらされた情報という贈り物である。

 

「しかし単純計算で倍の人口を持つ帝国は回復もまた倍はあるという事だ。我々は経済上の理由で以前より建造ペースを落としての再建となる。帝国にまだ余力があって一時的にペースを上げれるのであれば……」

 

「今後の為に帝国軍の再建ペースは把握したいですね。亡命貴族の中には軍事産業に利権を持ってた人もいるはずです。どういう情報が欲しいか、纏める所から始めましょう。君のチームに"聞きたい事"を纏めてもらいたいけど出来るかな?」

 

 ヤンがラインハルトを見つめる。最近、兼務予定先(独立分艦隊)の準備がありチームに全ての時間を割けなくなっている。なので良い意味で"部下にぶん投げる"事を覚えてきている。

 

「やらせていただきます」

 

 そう言って彼は(一生懸命相手のレベルを考えて彼基準では深く噛み砕いて説明して)チームに作業を振り分ける。ついでに独立分艦隊関係の仕事中に知ってそうな人がいるかとカマをかけてみたのだが…………思いもよらない"物知りさん"が現れる事になる。

 

 

「わざわざお越し頂いてありがとうございます」

 

「いえ、お気になさらず。むしろ機を見てこちらから挨拶に伺わねばならないと思っていた所です」

 

 そのお客さん、フェルテン・フォン・アイゼンフート少将がアルツール・フォン・シュトライト大佐を伴って対策室に訪れたのがそれから数日後。

 

「しかし、貴方がその手の情報をお持ちとは。伯爵家として関わっておられたのですか?」

 

「いえ、強いて言えば……趣味です」

 

「趣味……、ですか」

 

 その回答に流石のヤンも応答に戸惑う。そしてアイゼンフートが己の身の上を大まかながら説明する(※4)。

 

「軍事に関わらずその手のマニアというもは、まぁ、そういう数値が"大好物"なのでね」

 

 事情を知るシュトライト以外が"あ~~"といった反応を示す。(元)伯爵家当主が何をしているんだ? という事は置いておいて趣味として興味を持ってしまった対象に関してその手のスペックなり数値なりは確かに"大好物"である。

 

「という事で大佐、あれを」

 

 話を振られたシュトライトが一枚のディスクと人数分の紙を取り出す。

 

「ひとまず記憶している限りの情報とデータを。また、別途シュトライト大佐がブラウンシュヴァイク家の付き合いなどから判る範囲で情報を知っていそうな家を有力亡命者一覧からリストアップしています。完成次第届けさせましょう」

 

「本当に、ありがとうございます」

 

 ヤンが恭しくそれを受取り、受け取った紙を各自が眺める。

 

「それに書きましたが正規軍向け主要艦艇は国営大工廠による定量計画生産。この国と違い、帝国は国家予算にしろ何にしろ一般臣民への情報公開は無しに等しいのでそれなりの地位にいないと知る事は無いでしょう。私はまぁ、元門閥貴族の権力というもので。バレずに調べるのは苦労しましたが」

 

 流石は"マニア"の収集物、国営工廠の規模や主要要塞の基本スペックなど情報部が涎を流しそうな数値が目白押しである。情報公開が広く行われている同盟ですら軍がどれくらいの艦艇を毎年建造しているか、アルテミスの首飾りのスベックがどうであるかなど知っている国民は少ない。ましてや非公開専制国家ならば、だ。

 

「それにしてもこうなるのなら私用端末そのものも持ってくるべきだった。手あたり次第ローカルにストックしてたんだがなぁ……」

 

 アイゼンフートが肩を落とす。よもやここまで自分の"マニア知識"が必要になるとは思わなかったのだろう。しかしそもそも亡命など考えていなかったのだから仕方がない。

 

「これだけでも十分です。よね?」

 

 ヤンが傍らの先輩に目を向け、頷くのを確認する。

 

「前に聞かれた事はあの戦いでの戦力とその損耗がメイン、現有戦力の把握が目的でしょう。そして今、帝国の回復力を知ろうとしている。把握してこちらへの攻勢再開時期の推測を立てると共にこちらの戦力回復が間に合うかを考える、と言った所でしょうか?」

 

「その通りです。それで一つご存じなら確認したいのですが……帝国にはこの"回復"をペースアップする余力はあると思いますか?」

 

 ヤンの問いにアイゼンフートが考え込む。

 

「……士官・将官以外は十分にある。予算は恐らく我々盟約諸侯の資産を没収すれば十分。艦艇建造資材は金があれば集められる。一般兵は徴兵すればいい。しかし人材は、失われた士官・将官は短期では育たない。大半は我々側でしたが元々我々諸侯の私兵は領内治安維持部隊でもあるから正規軍一辺倒で補充する訳にもいかない。士官・将官の回復規模に合わせて艦艇建造数を調整するか質の低下を覚悟して階級を上げてしまうか、ですな」

 

「ありがとうございます」

 

「しかし損失規模で言えば帝国の歴史上最大である事は確かですし、こちらとしても同様の状況。そんな中で勝算なくイゼルローンに殴りかかるなんて考えられないですから当分の間は静かになるのではないのですかな?」

 

「そうなれば良いのですが万が一を考えないといけないのが私の仕事なので」

 

「まぁ、そうですな。しばらく静かなのは残念な事ですが…………」

 

 その言葉をヤンがじーっと見つめる。

 

「やはり貴方は帝国に対して直接やり返したい、というお気持ちで? 元々伯爵家当主でしたら無理に軍人である事を続ける必要もないと思いますが?」

 

 予想外の突っ込んだ問いに周囲が静かになる。

 

「やり返したいという気持ちは、あるに決まっている。しかし今は巻き込んでしまった者達がこの国に馴染む事の方が重要。ある程度静かになった後にそれでも帝国と戦うという者達がいるのならその者達の為に戦いたいですな。私もまだ四〇には届いてないので許しさえ頂ければ二〇年程度は軍籍を持つ事が出来る。それが終わるまでには一度や二度くらい、帝国に"ぎゃふん"と言わせてみたいものです」

 

「そうですか」

 

「それに…………エリザベート嬢を、盟主殿、ブラウンシュヴァイク公より託されてしまった。今、この亡命者達に騒動が起きるとしたら本人の意思に関係なく嫌でもその中心に置かれてしまうでしょう。それだけは許してはならない。軍人であれば軍とそれ以外に目を向けられるが軍を退いたら軍に首を突っ込めない。我々の仲間が軍に残って悪さをしてしまわないか見続けなければならない」

 

 この言葉を聞いてヤンとラインハルトが難しい顔つきになってしまう。この人が目的としているそれは政府や軍がラインハルトを送り込んでやりたい事と被っている。その表情を意に介さず言葉は続く、

 

「その為でもありますが身寄りのいなくなったエリザベート嬢の正式な保護者になれるよう申請しています。形としては養女になるでしょう。お互いの立場的に難しいかと思ったが一箇所に纏めてしまった方が監視が楽なのかあっさりと通る見通しです。私にそれなりの"目"が付く事は百も承知、痛くない腹を探られるのも気分が良くないので申し上げておくが」

 

 そう言ってラインハルトの方をちらっと覗き込む。

 

「エリザベート嬢。いや、娘の平穏を得る為であれば如何なる扱いにも応えましょう。と上層部なり政府なりに伝えて頂ければ有難い。ただ、辺境に埋もれさせるのだけはごめん被りたい」

 

 

 

「少し頭の回る貴族様というレベルではないな。政府や軍としては無下には出来んし、かと言って要職に付ける訳にもいかない。下手に野に下って自由に動き回られても困る。ひどい話だが今くらいの地位(少将)で縛ってどこまで誤魔化し続けられるか、だな」

 

 キャゼルヌのその言葉が大体の評価となる。そして、

 

「これからどうやってあっち(独立分艦隊)の仕事をすればいいのか…………」

 

 "お前の役目なんぞ百も承知だ"と言われたラインハルトが凹む。

 

「私が踏み込んじゃったのが原因だから上には私が謝罪参りしてくるよ。だからむしろ開き直って本音トークで行けばいいと思うよ。多分、それで応えてくれそうな人だ」

 

 ヤンがフォローするが"んな事言ってもなー"という顔を返される。

 

「それにしても」

 

 ヤンの呟きに視線が集まる。

 

「数十万人という人達やそこから頂いた亡命税などよりも、あの人一人がこっちに来た、という事が一番大きな貴族からの贈り物なんじゃないかなぁ」

 

 "あれがぁ? "という視線が集まるが本人は意に介さず妙に納得したかのように二度三度頷くのであった。

 





 FGOばっかりで申し訳ないのですがアイゼンフートのイメージはFGOのドゥリーヨダナです。

 台詞の口調を考えて常々思うのだがどう見てもキャゼルヌがヤンの上司だよな。

 亡命者が沢山いればそりゃあ内乱当時の情報もたくさん集まるよな→でも現場があまり気にしてない情報は集まりにくいよな→マニアがいたわ でこっちに来ても目立ち始めたおじさん。そしてブラウンシュヴァイク公側近って考えてみたら政界なり貴族界なりの生の情報倉庫だよな、シュトライトさん。

備考
 原作での門閥貴族没収額10兆帝国マルク
 帝国マルクと同盟ディナールの比率は2:1くらい。
 アムリッツァの経費として話が出た2000億ディナールが国家予算5.4% 軍事費1割以上
 そこから計算される国家予算3兆7037億ディナール、軍事費2兆ディナール以上。軍事費率54%
 但し、恐らく連邦国家である自由惑星同盟における政府予算は各自治州(星や星系単位?)に大きく権限が委譲されている"小さな政府"だと思われ、それ故にその中央政府が一括管理する軍の予算は比率的に肥大化してしまうのを勘定に入れるべきである。
 日本の2023年度国家予算一般会計総額114兆3812億円、防衛費6兆7880億円、防衛費率6%


※1:航路開拓部隊
 未開の地の探索に特化した部隊。国家黎明期や拡大期においては大忙しであったが有人領域が確定してからは航路整備が主となりそれも落ち着いてしまったら特化した技術の維持がメインとなってしまい、日頃は訓練か使用率が低い航路の安全確認くらいしかやる事が無くなっていた。なので作業に引っ張り出しても問題はない。むしろ本業が出来て喜ぶ。

※2:距離
 バーラトからランテマリオが二二〇〇光年、フェザーンからポレヴィトまでが二八〇〇光年。万が一フェザーンが占領されたとしても即同盟領突入とはいかず(軍・補給物資の集結やフェザーン統治の準備が必要なので)、素早く対応すればランテマリオ~ポレヴィト間への展開は間に合う。しかし原作のバーラト出発(2/4)→二二〇〇光年→ランテマリオ会戦開始(2/8)の日数については考えてはいけない。まぁ、距離(行軍速度)に関しては原作はかなり適当にさばいているので何を言ってもしゃーない感たっぷりですがw

※3:イゼルローンの五〇〇万人
 七九八年年初時点にて軍人家族など民間の引っ越しが絶賛活動中。
 占領後に調査を含めた最低限の人員を派遣、侵攻作戦後の艦隊駐留開始と同時に軍・要塞機能に必要な主要人員の引っ越し→民間の引っ越し、と大きく二つに分けて実施予定であったが民間の引っ越しが開始される前に内乱となってしまったので落ち着て民間の引っ越しが開始されたのは七九八年に入ってからである。
 いや、民間の数考えるとそれくらいの時間かけないと引っ越しできないでしょ、と。原作どうだったんだろ?なによりも帝国軍使用時代、民間人はいたのだろうか?と。いなかったらその分のスペースをどうしていたのだろうか?と。

※4:アイゼンフートの身の上説明
 同盟としても亡命者への聴取は基本内容以外に関しては人数が人数なので細かく行っていない。なのでこれら"趣味"などの関しても特に聞かれていないので答えていなかった。"軍事マニア"だったというのがちょっと恥ずかしく思っていた事もある。だけど戦略的に必要となったからには話さないとなぁ、という気持ち。


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No.50 How about a noble?

次回は年末年始休暇を挟みますので一週追加して三週間後の1/19予定となります。


 

 とある酒場のとある一角。

 

「なんだ、卿はまだ返答していないのか?」

 

「そう軽々しく言われても困る。こっちにしてみればそれこそ人生の大分岐点なのだからな」

 

「俺の家は満場一致であっさり決まったがなぁ」

 

 卓を囲むのは三名、オスカー・フォン・ロイエンタール、ウォルフガング・ミッターマイヤー、カール・ロベルト・シュタインメッツ。前者二人と後者は先の内乱で共に戦う事で知ったる仲となり三名共々正式な艦隊司令官として色々と初動業務をこなしているうちにこうやってごく自然に飲む仲となっていた。

 

「こいつ(ミッターマイヤー)が断るのはご家族の事を思えばさもありなん(※1)といった所だが卿のご家族の事はまだしらんのでな。やはりご家族絡みか?」

 

 ロイエンタールがグラスを傾けつつ尋ねる。この度の騒動(叙勲問題)は己には関係ないと思っているので気が楽であるが(※2)、知り合いの事となると流石に気になる。

 

「いや、両親は俺に望み通りにして良いとは言っているのだがな……」

 

「だとしたら卿個人の問題か? 歯切れがわるいじゃないか」

 

 同じくグラスを傾けるミッターマイヤー。こっちは推薦を知った直後に行われた夫婦両親を含めた家族会議で"そういう柄じゃあないよなー"と瞬時に決まり"どういう口上で丁寧にお断りするべきか"の方に大半の時間を費やされた。

 

「いや、俺個人の問題というか……、いや、うむ、俺の問題でもあるな」

 

「歯切れが悪いぞ、良い機会だから言ってしまえ。俺達で貸せる知恵なら貸すぞ」

 

「う、うむ……」

 

 相変わらず歯切れが悪い。しかし意を決して口を開く。

 

「実はな、付き合っている女がいて、だな……」

 

「平民か? それならさっさと籍を入れてしまえ。貴族と平民の婚姻は下級貴族なら一応事例はあるが余程本人に力があるか有力貴族へのコネがないと申請が通らん。籍を入れてしまえばこっちのものだ、役所も離婚しろとはいってこないだろう」

 

「いや、彼女はな、いわゆるその帝国騎士階級でな……」

 

「なんだ、なら願ったりかなったりではないか。卿も叙勲を受けて堂々とプロポーズすればいい」

 

「いやいや、それはそれで色々と都合があってだな……」

 

 ここで半分ロイエンタールが切れた。

 

「ええぃ、まどろっこしい! いったい何がどう悪いのだ!!」

 

「馬鹿者! 声が大きい!!!」

 

 思わず怒鳴り気味になってしまったロイエンタールをミッターマイヤーが窘める。

 

「しかし、こいつの言う事にも一理ある。何がどう都合が悪いんだ。ここまで来て知らずに終わるとなると何とも言えない"むずむず感"を残したまま仕事で顔を合わせないといけなくなる。どこまで知恵を貸せるかは判らないがここは一つ、話してみてはくれないか?」

 

「う、うむ」

 

 そういうと手酌で並々と注いだビールを一気に飲み干し、シュタインメッツはぼそぼそと己の状況を語り出した。

 

 その女の名はグレーチェン・フォン・エアフルト。貧乏貴族の一人娘として生まれ、食い扶持を得るためにとある酒屋(ここではない)で働き始め、たまたま飲みに来たシュタインメッツと出会い、常連となり、ごく自然にいい仲になった。本来、末端とはいえ貴族が酒屋で働くなど奇異の目で見られる行為でありしかも男尊女卑の激しい帝国で、である。それ故にシュタインメッツも興味を持ってしまったたちであるが言葉を交わしてみると貴族としての教養なのか地頭なのか非常に賢く、口が立つ。シュタインメッツがド辺境に飛ばされた際に"一緒に来てはくれないか"と恰好付けようとしたが彼女の両親は帝都に健在であり、しかもまだ挨拶を済ませていないから連れて行ったらただの拉致誘拐である。止めとばかりに平民と貴族の婚姻は先に述べた通りなのでまだなんのツテもない准将(当時)に過ぎない身の上でその挨拶も出来ない。としているうちに辺境赴任となり、いわゆる遠距離恋愛(距離約五〇〇〇光年オーバー)が続き、やっとこの度帝都に帰って来た。しかも宇宙軍中将、帝国で最大一八人しかいない正規艦隊司令官としてである。これで己の地位は十分になった、後は然るべき後ろ盾を見つけてれば婿入りという形で結ばれる事が出来る(嫁入りだと末端とはいえ彼女に貴族位を捨てさせる事になるので形としてはこうだろう、とシュタインメッツ本人は考えていた)。という所で叙勲推挙の話が来た。

 実は聞いた当初、シュタインメッツも"願ったりかなったり"と思った、後ろ盾を探さずに済むと思った。のだが少し考えて"あれ? "と思ってしまった。

 

 ・叙勲を受けて、嫁入りしてもらう

   嫁の実家が断絶する

 

 ・叙勲を受けて、婿入りする

   俺の実家が断絶する、叙勲即断絶ってなんだよって思われるのではないか? 

 

 ・叙勲を受けずに、後ろ盾を見つけて婿入りする

   叙勲推挙をしてくれた人に悪印象を与えるのではないか? 

 

 ・叙勲を受けずに、嫁入りしてもらう

   嫁の実家が断絶する

 

 なんか上手く収まらないぞ、と。なんかこう、納得がいかない。という事で悩み続けて今日まで来てしまったという訳だ。

 

「関係者全員が納得するか、となると確かにどれにしろ不安にはなってしまうな。どう思う?」

 

 ミッターマイヤーが感想を述べ、ロイエンタールの方を見る。

 

「………………卿の御両親と、その女の御両親。特に病気とかそういうものは患っておらずご健在。という事で良いか?」

 

「うむ。俺の両親はまだまだ元気だしあれの御両親も特にそういう事は聞いていない」

 

 その問いにシュタインメッツが答え。ロイエンタールが二度三度と頷く。

 

「ならば話は簡単だ」

 

 ミッターマイヤーとシュタインメッツが身を乗り出す。

 

「叙勲を受けてさっさと結婚してしまえ。嫁入りでも婿入りでもいい。そのうえでだ……」

 

 

「夫婦の営みを励め。ノルマは二人だ。さっさと双方の御両親に家を継ぐ孫の顔を見せてやれ」

 

 

 こんな簡単な事で悩んでいたのか? と言いたげなロイエンタールの顔を二人がぽかーんと見つめる。

 

「確かに」

 

「口に出してしまうと恥ずかしいが、確かにそれなら俺達の頑張り次第だ」

 

 女性問題について詳しい(?)ロイエンタールだけにあっさりと答えをはじき出す。だが当の本人としては。

 

(結婚している奴と結婚しようとしている者より結婚を全く考えてない者が素早く答えを出すというのはちょっと違うのではないか?)

 

 という気持ちであるが言わない方がいいだろう。

 

 とりあえずシュタインメッツはそれに納得し、関係者に相談・説明を行った後に叙勲を受ける旨の回答を行い晴れて彼は帝国騎士カール・ロベルト・フォン・シュタインメッツとなる。そして驚きのスピード結婚、そして嫡子誕生(しかも双子!!)となるのだが夫婦(になる前から)共々頑張りすぎたのか"叙勲&結婚と出産の日付が合ってねぇ!! "と周囲から散々とおもちゃにされるのである。

 

 

 

 同じ時、同じ酒屋、そして同じく三人。しかしそのテンションは明らかに異なっていた。

 

 

 

「やる事をさっとやってさっと帰るはずでしたがこの短時間で、いやはや見事というか……」

 

 と参謀長。

 

「少しは成長してそうですし危険を冒して一家で鞍替えして良かったとは思っていますがやっぱりというか……」

 

 と情報参謀。

 

「いっその事、正面からばっさりの方が気が楽になる。距離をおかんでくれ……」

 

 と艦隊司令官。つまりはいつもの(?)主従と取り込まれた(?)参謀長である。

 

「いや、素直に嬉しかったんだよ。彼がこっちの世界に来てくれれば良い空気が流れる。世界そのものに良い影響を及ぼす。俺は良かれ悪かれこの世界にどっぷり浸かってたから大抵の困り事には手を貸せる自信がある」

 

「とはいえはしゃぎ過ぎです」

 

「それだけ浸かっていたのなら場の空気が変わった事に気づきましょうよ」

 

「はい」

 

 三人の中で社会的地位も軍的地位も一番上のはずなのに精神的には一番下という空気。もはやいつもの事になっている。

 

 この艦隊司令官、イザーク・フォン・フレーゲル中将は社会的立場としては過去最高位と言って良い所に来ている。お家存続をひとまず勝ち取り、親より家督(爵位)を譲り受け正式な男爵家当主となり軍人としてはガイエスブルク要塞司令官代理兼駐留艦隊司令官兼旧ブラウンシュヴァイク公領警備隊総司令官という長ったらしい名札を付け、先の内乱で壊滅したブラウンシュヴァイク家私兵艦隊(=治安維持部隊)に代わり広大な旧公領の治安維持総責任者となっている。ついでに旧公領中からの色々含んだ怨嗟の視線と言葉を集める的になったり視線と言葉では我慢できずに武力まで行ってしまった者達を叩き潰したりしている事は"膿は絞り出しておきたい"としている上層部からしてみれば予定通りのお仕事である。どれだけ大変かというと常時SPとして(あの内乱で縁が出来た)オフレッサー上級大将が厳選してくれた装甲擲弾兵のエリートが常時待機しており既に何度か出番が発生しているくらいである。

 そんな彼(+二名)がオーディンの酒場にいるのはどうしても直接報告したり手続きしないといけない事が重なり、現地滞在一日ちょっとという突貫スケジュールで訪れているからであり、昨日の夜到着、今日一日仕事、明日朝一出発という予定のその一日の仕事が終わったらハードスケジュールの息抜きとして無礼講でたっぷり飲もうという予定だったからである。ただ計算外だったのはその一日の仕事で彼が宇宙艦隊司令部で盛大に爆死してしまい"無礼講で楽しく飲もう"が"ほぼほぼやけ酒"に近い有様になった事なのである。

 

 その仕事の一つとして宇宙艦隊司令部を訪れた三名はわざわざここまで来ることになった理由の一つである提出物を宇宙艦隊司令長官シュヴァルベルク元帥の副官に手渡しその内容を確認してもらう。そう、ジークフリード・キルヒアイス大佐に、である。キルヒアイスがそれに目を通し始めた時、まだシュヴァルベルク本人が来ていなかった事もあるし本人曰く"正直ちょっと気が抜けていた"という言い訳もあるがついつい口が軽くなってしまった。つまりフレーゲルは噂に聞いていたキルヒアイスの叙勲候補や推薦の話について盛大に"歓迎"してしまったのである。それはもう盛大に。困ったことがあったら何でも聞くし手伝うから是非ともこの世界に来てくれ、とかかんとかetcetc。そして軽快に口が滑ってる最中にやって来たシュヴァルベルクが"君、なにしてるの? "と絶望した目で見つめている事に気づいた頃には時すでに遅し。"確認が終わりました。大丈夫です"と提出物を受け取ったのだがその声がいつもの調子ではなく絶対零度のそれだった事で己が盛大に地雷を踏んで砕け散った事を悟ったのである。キルヒアイスが席を外し正式にシュヴァルベルクに提出物を渡しその最終確認を待つ間、場は極めて冷え切っており好人物であるはずのシュヴァルベルクの機嫌は極めて悪かった。

 その間、目ざとい情報参謀は周囲の者からの情報収集を怠らず、(今日はこっちで仕事だった)義眼の幕僚から事のあらましを聞きだすことに成功する。尚、何故か判らないが情報参謀のご主人様がやらかしてしまった事を少し喜んでいる様子であったらしいが時間が無いので深くは聞かない事にした(※3)。

 

「今やキルヒアイス大佐は長官の高級副官、つまりは各種取次担当です。何かある度に彼を通す形になるでしょう。私は当面、別任務もある事ですし閣下にその手の作業をしていただくことになります。お願いですからこれ以上事をややこしくはなさらないで頂ければ、と」

 

「判ってはいるが……その別任務の比重を下げてもらってもう少しこっちに寄るというのは?」

 

「それは無理です。私個人としてはこの別任務の方に専念したい気持ちです」

 

「そうか……(チラッ)」

 

「こちらを見ても無駄です。元主家で色々知っているからという理由で旧公領の各種情報を一括処理・管理しているのは誰だとお考えで? それと重要な報告をするには佐官の情報参謀というのは格が低すぎます」

 

「はい」

 

 うなだれる。(別の意味で)酒が進む。

 

 両名共に"あなたの自爆はあなたか解決しなさい"という気持ちであるが実際にとても忙しい。フェルナーは情報参謀として旧公領を飛び回る情報を集約し、ほぼ海賊化してしまった旧私兵艦艇や反乱に近い反抗をしている警備兵などに対して適量な鎮圧軍の編成や各地にいるその鎮圧軍の状況把握などを統括する役目を参謀長に代わり担っている。その参謀長、メックリンガーはある意味彼にしか任せられない別任務が発生している。"文化保持活動"である。旧盟約派諸侯の凋落により彼らがパトロンとなっていた文化人は保護者を失い、諸侯が所有していた文化財の保持能力(=予算・人員)は大きく損なわれた。これらの救済が待ったなしなのはメックリンガーはとある知り合いから聞き出していた。

 

「エルンスト。多分あなたの元にも助けを求める声がすぐに届くと思うけど個人じゃ無理。早いとこしかるべき政府の機関なりに対策を求めないと沢山の文化人、文化財が失われる事になるわ。私も出来る限り助けようとはしてるけど抱えられる量に限度はあるしなによりも"反乱を起こした者達の元にいた"というレッテルを張られた文化人を助ける事自体に拒絶反応を示す空気があるの。だから帝国政府そのものが"それはそれこれはこれ"と彼らを助けるべき対象であると態度を明確にしないと駄目。こちらでも援助の陳情は行うけど貴方の方からもお願い」

 

 各所から陳情が行われた結果、政府は文化人に罪はないと声明を出し有力な文化人達は各所からお誘いを受けれるようになった。そして没落等の結果、手の回らなくなった文化財に関しては保護の名目で国や皇室の所有物として預かる事になった(体の良い資産没収)。それらの活動の中でメックリンガーが旧ブラウンシュヴァイク公領における文化保持活動に深く関わる事になり他の業務に割く時間がめっきり減っているのである。如何せん、お家取り潰し&ほぼ全領直轄化という形なので公家がパトロンとなっていた優れた文化人達を救済しないといけないし大量の文化財を失わせるわけにはいかないのだ。

 

「当分の間、休み無しかぁ」

 

 とても酒が進む。とにもかくにも治安を落ち着かせなくては政府の行政官派遣も進まない(現状は現地、つまりは公家お抱えだった行政官による今まで通りの統治)。どうせやる羽目になるだろうと思っていたとはいえなかなかの重労働なのである。

 

「まぁ愚痴をこぼしていてもどうにもならん。今くらいは飲むとしよう!!」

 

 結局は飲む。どこまで記憶があったかは判らないが気づいたら旗艦の司令官室でその時の姿のままベッドに放り込まれていた。そしてそのままガイエスブルクへの帰路についていた。彼の立場は未だにこんなものである。

 

 

 

 

「どうかね? こういう場は?」

 

「正直な所、慣れる事ができません」

 

 主催者にそう答えてしまうあたりがフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトという男である。

 

「君もいつか艦隊司令官になる。嫌でもこういう場には慣れたがほうがいい…………が」

 

 そういうと周囲を見渡す。

 

「確かにここはその"慣れ"の為の場としては良くないかもしれん」

 

 とてもではないが友好的な場、とは言い難い空気も秘めているこのパーティー会場をマクマン・フォン・カルネミッツ子爵がうんざりとした目で見つめていた。

 

 と言ってもこの場を設けて人々を招いたのはカルネミッツ本人である。この館、カルネミッツ本家の館も最近彼のものになった。いや、ものにさせられた。盟約軍に参加した事により当主である老父が死刑となり、継嗣である兄は行方不明となった。甥も姪も義姉も死を賜るか流刑となりこの場にはいない。家に仕えていた者も多くが失われ、また、自主的に去っていった。領土のうち、実入りの良い所領を没収され現状では黒字運営出来るかもわからない残余が残り、彼は当主となった。継嗣でもなく気楽な立場故に好きで軍人でいたが当主の命に逆らい、むしろこれを撃つ立場となり、うち滅ぼした後に"当主でござい"と帰って来た(帰るように命じられた)。これでまともな自領運営が出来るはずがない。それが現在のカルネミッツ子爵家の状況である。このパーティーもこのような状況下で残ってくれた家中への慰労であり、数少ないツテを招いての自領運営協力への嘆願の為という理由がある。周囲が彼をどう見ているかはさておき、となるが。

 

「全てを返上して身軽になる事も考えたのだがな。もはやこの家中でしか生きていけん者達も多くいる。それに"家を割ってまで正しい立場に立った現職艦隊司令官"というのは体の良い存在らしいからの。子爵家にしても艦隊司令官にしても都合の良い看板、贄というものよ」

 

 声に以前の生気はない。最近、いや、ガイエスブルク攻防戦でのあの時からこの人の魂は半分消えたようなものになっている。その時に艦隊の指揮を一時的に預かった事を契機としてビッテンフェルトは実質的な艦隊司令官として艦隊の差配をしている。名目上の副司令官は存在するが艦隊旗艦に直轄部隊司令官として同乗するビッテンフェルトの命令に従う事を皆、承諾している。そしてカルネミッツはビッテンフェルトの中将昇進、艦隊司令官就任(自分は退任)、帝国騎士位叙勲の推薦状を提出するが今の所、全て保留なり却下なり辞退なりされている。ビッテンフェルト自身といえば実の所、これから復興する艦隊司令官(平民枠)の候補になっておりこれまでの実績から平民少将・中将達の中では"最も攻守の均衡のとれた良将(※4)"と評価されている。それ(艦隊司令官就任)を前提として宇宙艦隊司令部が用意している"候補者達の独立部隊"に籍を移す事も打診されたようだが艦隊(と司令官)の現状を放り出していく事を良しとせず名目上は直属分艦隊司令の少将という立場で残り続けている。

 

「艦隊の事でしたら僭越ながら小官が御支え致します。閣下には閣下でしか助けられぬ者達の為に」

 

「ありがとう。ほとぼりが冷めたら適当な閑職に回してくれるらしい。そうしたら艦隊は君の物だから今から手足の如く動かせるようにしておきたまえ」

 

 パーティーは主催者を無視して進む。この主人の事をどう思おうが関係なく、どこにも行けずに残っている家中の者にとって自領で生き延びる為の"ツテ"は確保せねばならない。彼らなりに自分達の明日の飯を食う為に必死にならなくてはいけないのだ。そして主催者と場違いな青年将官は場に取り残されるのだがこちらにわざわざ足を運ぶ人もいる。

 

「主催者がいつまでもそうやって突っ立ってないで少しは挨拶廻りでもしたらどうですか?」

 

「閣下に対して何をいきな」

 

 文字通りずかずかと歩み寄る相手に対しビッテンフェルトが慌てて声を上げようとするのを軽く手を上げて抑える。

 

「閣下?」

 

「娘だ」

 

 きょとんとしてその相手を見つめ直す。相手も気づいたのかこちらに歩み寄ってくる……のだが妙に違和感を感じる。

 

「お名前を」

 

「フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルトであります」

 

 思わず上官に行うが如しの直立敬礼で応えてしまう。

 

「父よりお名前は伺っております。自分よりはるかに覇気も実力もある、と。父は辞め時を誤り今暫く矢面に立たねばならぬ故、御支え頂ければと思います」

 

「誠心誠意、務めさせて頂きます!」

 

「では、私はもう一回り挨拶してきますので。父上も少しは顔をお出しください」

 

 言うだけ言うと踵を返して人々の輪の中に戻る。そしてやっぱりその姿に違和感を感じる。

 

「その、閣下?」

 

「どうした?」

 

「ご息女は、その、何か武術をお習いに?」

 

 その質問を聞いてカルネミッツは"はぁ"とため息をつく。

 

「元々、家を継ぐ予定もなかったからの。わしも自由にしてたからお前も自由にしてもいいとは言っていたのだがな……」

 

「やはり何か」

 

「警備員の格闘術講師相手にな……」

 

「なるほど、格闘術を。素人ながらあの足の運び方に違和感があると思ったのですが」

 

「三度に二度は投げてしまう」

 

「…………は? ……残りの一回は」

 

「引き分けだ」

 

 ぽかーんとしつつパーティーの輪に入っている彼女の姿を探してしまう。

 

「……ま、そっちは"余興"で一番得意なのは実戦型弓術なんだが」

 

「はぃ??」

 

「私兵のコマンド達の技術大会に飛び入り参加してな」

 

 確かにコマンドには銃器を避けそういうものを使うのもいると聞いたことはあるが……続きはもう聞きたくないが聞くしかない。

 

「ぎりぎり表彰台には届かんかった。自信を無くした者達の辞表を取り下げるのに苦労したがな」

 

「これは、また、お見事なもので」

 

 さて、褒めていい物なのか? と思ってしまう。

 

「一人娘なのだよ。唯一の跡取りだ」

 

「…………それは、大変ですね」

 

 つまり、相応しい婿を探さねばならないという事だ。

 

「気が楽だった時期にはそれなりに縁談はあったんだがな。あれにとっては"お見合い"ではなく"お手合い"で納得しないと認める気にならんそうだ」

 

「それは…………大変ですな」

 

「お陰で年齢的には"行き遅れ"だ」

 

「しかし……」

 

 自分の目の前に立った姿を思い出す。贔屓目なしに……

 

「十分お綺麗ですからそのうち良い縁談は必ず来るのではありませんか?」

 

「そうだといいんだがのぅ」

 

(それなのに叙勲を蹴った候補者が一人、いるんだがな)

 

「じっくりと外堀から埋めていくしかないだろうな」

 

「形を整えていけば堕ちぬ男はおりませんよ」

 

「そうあってほしいものだ」

 

 この青年提督が貴族らしい根回しで外堀を埋められていくのに気づくのはもう暫くの時間が必要であった。

 

 

 

 

「閣下からこういう所へのお誘いというのは初めてですね。ただの飲み食いでない事は判るのですが」

 

 と言いつつ"奢り"と言われたので遠慮なく普段注文しないお値段のお酒を注文している。高級士官用のお店だけあって質もお値段も見事なものである。

 

「この手の悩み事を語れる同僚が少なくてな」

 

 誘い主、ウィリバルト・ヨハヒム・フォン・メルカッツ上級大将が困ったようなしぐさを見せる。

 

「ある程度内容の予想は出来るのですがそれが私というのは人選ミスかと」

 

 そう応えつつ酒のつまみも注文をしているのがアーダルベルト・フォン・ファーレンハイト中将。社交界から距離を置いている帝国騎士有力軍人同士として何かあった時の話し相手となってそれなりの年月が経過しているが今回は二人に余り縁のない話となってしまう。

 

「そういえば閣下は土地はもらわない予定で?」

 

「土地と言うな」

 

 思わず親戚の子を叱るおじさんのような話し方になる。

 

「卿の方はどうなのだ?」

 

 本題からは一寸それるが気にはなる。ファーレンハイト家は特に名家という訳ではないのだがそれなりに代を重ねている。品行もまぁ良くはないが悪くも無いし実力でここまで上がって来ただけに能力に不足はない。爵位を与える対象にはなり得るだろう。

 

「欲をかきすぎたというべきか自業自得というべきか……」

 

 妙に目が泳ぎつつ応える。

 

 ファーレンハイト家は貧乏貴族である。跡継ぎであるアーダルベルトは飯を食う為に軍人になったと公言しており、その非凡なる実力によって中将という位と艦隊司令官という席を手に入れた。一家を養うその目的は十分に達していると言える。しかし、それは個人の力量で手に入れたものであり今後の事を考えると安心という訳にはいかない。そのような時に噂になった叙勲騒動。現役艦隊司令官であり一応はそれなりに代が続いている帝国騎士の家であり跡継ぎはまだ未婚である(ややこしい縁者問題が無い)、といった事もあり爵位叙勲の候補となり役人が訪れた時にファーレンハイト親子が対応したのだがその話を聞いての第一声が

 

「実入り次第」「安定した黒字が見込まれる土地であれば」

 

 翌日から一切話が来なくなったという。

 

「親父は俺の脛をかじって暮らすと開き直るしお袋は良い縁談はないのか、老後が安心できるなら婿入りでもいい、と」

 

 "一生の不覚"とぼやきながら次の酒を注文する。"そういう所だぞ"と言いたい所だが紳士たるメルカッツは口に出さない。

 

「それ(爵位)の話はこちらにも来たがな……、なかなか踏ん切りがつかん」

 

 メルカッツがぼそっと呟く。

 

「いやいや、閣下に話が行くのは当然でしょう。積み上げてきた勲功といい次期三長官候補である事といい、閣下がそれを受け入れていただかないと他の者達が恐縮してしまいます」

 

 "まだ受けてないんですか! "と驚きと咎めの気持ちが混じった言葉をまくしたてる。だが実際にこの人が受け取らないと周囲から"なんで? "という空気が出てしまうのは事実である。

 

「私自身はいい。領を頂いたとしても経営は然るべき者にまかせればいいし妻も私も贅を尽くす気持ちはない。だがな、その次をどうするか……」

 

 年齢相当の皺が眉間に集まる。

 

「確か娘さんがいらっしゃったはずですが…………」

 

 メルカッツ夫妻の子は娘が一人、未だ未婚なのは門閥貴族達からの抱え込みを含めた縁談を丁寧に平等に断り続けたからである。その影響で門閥貴族の逆恨みを恐れてか他の下級貴族仲間からの申込もなくなる始末であった。しかしその縛りももう存在しない。縁組を行いたければ簡単に出来るはずだ。

 

「元々娘には良きところを見つけ嫁がせ、メルカッツ家は私の代で畳んでしまっても良いと考えていた。しかし爵位を拝領するとなると畳む訳にはいくまい。娘を嫁に出して実家は養子を入れてというのも形がおかしい。となると婿を探すしかない」

 

「まぁ、そうなりますな。しかし探そうと思えば見つけるのは難しくないのでは?」

 

「確かに、少し自惚れて良いのならそれなりに手を上げてもらえる程度の名は持っていると思っている、しかし……」

 

 どうも歯切れが悪い。

 

「そこまで歯切れが悪いとは……どなたか見初めた候補でもいるのですか?」

 

 じーっと見つめてみると珍しい事にこの尊敬に値する御仁が汗をにじませ"動揺"と言って良い姿をさらけ出している。はて、はて、はて、と考えてみてファーレンハイトは一つの可能性に辿り着く。

 

「副官殿、ですかな?」

 

 ビクッ!! っと目を見開いたその姿は一度も見た事のないものである。

 

「正解、ですか」

 

「うむ」

 

 そう言うとメルカッツは全然手を付けていなかったグラスを一気に空にする。どうやら今日の場の"本丸"に辿り着いたらしい。そうでもしないと気合が入らないのだろう。

 

「私の、いや、メルカッツ家の全てを委ねるとしたらあの男しかいないと思っている。我が家の少ない財などより良く身を立てる為に遠慮なく使い潰してもらってもよい」

 

「それならばさっさと申し込んでしまえばよいではないですか? 誰が見ても良縁。収まる所に収まったと皆が祝福してくれるでしょう」

 

 ファーレンハイトがあっけらかんと応える。メルカッツの副官であるベルンハルト・フォン・シュナイダー中佐は長きにわたりその副官を務め、もはや副官の枠を超えた艦隊司令部の要として周囲から頼りにされている。他艦隊などからはより高い役職での引き抜き(転籍依頼)も多々あったらしいが本人が今の立場(副官)以外で働きたくない、と断り続けて今に至っている。

 

「彼は本当に良く働いてくれている。副官という立場はなかなか(階級が)上に上がりにくいからもっと評価を受けやすい所でその実力に見合った地位に上がって欲しいという気持ちもあるのだがここがいい、と首を縦に振ってくれぬ」

 

「そこまで敬愛されているのであれば尚更全てを託す事で感謝の気持ちとする、というのも礼の一つでは?」

 

「それも理解している。しかし私の口からそれを言ってしまうとな……」

 

 どうもぎこちない言葉になっている。"何故に? "と考えてみるファーレンハイトだがここで一つの答えに辿り着く。

 

「つまりは、閣下から"娘を"と言ってしまうと"この人にそう望まれたから"としてしまうかもしれない、と。そこに"彼の本心"はあるのか? と」

 

「それだ! それなのだ!」

 

 我が意を得たりとばかりに身を乗り出す。つまりメルカッツはシュナイダーの事をとても大事にしている。大事にしているからこそ彼の意思を尊重してあげたい。だから彼の意思を封じ込めるような形(だと思い込んでいる)で事を運ぶことが出来ない。ある意味貴族の良縁探し、跡取り探しの精神からしてみれば論外の姿勢なのだ。

 

「しかし、率直に言わせて頂くのであれば。今から"ごく自然に"などと言う流れに持っていく事など不可能なのでは? 娘さんと副官殿が出会える空間を今更作り出しても誰だって"あぁ、お父さんが頑張って仕込んでいるな"としか思いませんよ」

 

「そうか、やはりそうか」

 

「軍人同士といっても社交の場はあったのですからそういう場であれば副官と娘を同行させても何も問題はありません。寧ろ軍人同士の縁はそういう所で作り出していくもの。それを嫌ってしまった閣下の失敗ですな。今からやるにしてもさっき言った通り、露骨になりすぎます」

 

 正しく"ズドーン"と言っていい具合にメルカッツが沈んでいる。少なくともファーレンハイトはここまでメルカッツが"負けている所"を見た事が無い。艦隊戦なら間違いなく壊滅・敗走後の姿である。

 

「しかし、そこまで不安になる必要はないと思いますよ」

 

「本当か!」

 

 ぱっと表情が変わる。気が付くとメルカッツの傍らにある空のグラスがそこそこ増えている。この人の酒量を知らないので不安になるがここまで来たらそうもいっていられない。ここで放り出したらメルカッツに私的に愚痴をこぼされる(恨まれる)というなかなかお目にかかれない称号を得ることになってしまう。

 

「今度は副官殿をここに誘って一度腹を割ってお話されると良いでしょう。駄目なら駄目ときちんと答えてくれるでしょうしそれで崩れる程、閣下と副官殿の絆は薄いものではありますまい。大丈夫です。脈ありと感じたら上官ではなくお父さんとして拝み倒してしまいなさい」

 

「そういうものか?」

 

「そういうものです」

 

「そういうものかぁ」

 

 そしてまたグラスを傾ける。"それ、俺の注文した度の高いものなのだが"と口に出したいが出せない。そして"そうかぁ、うむ、そうなのかぁ"と呟きつつゆっくりと頭を垂れていき…………

 

「マジかよ」

 

 目の前で轟沈している宇宙艦隊副司令長官を唖然として眺め、最終的には仕方なく肩に担いで帰路につくことになる。のだが、

 

「申し訳ありません」

 

「なんだ」

 

「お代の方は?」

 

 ………………

 

 高級店の鉄則として支払いは事前の申し出がなかった場合、意識がある者が行う事になっている(酔い潰した相手に代金を押し付ける行為を防ぐ為)。

 

「俺の名義でツケといてくれ」

 

(なんだこれは。上官の愚痴を聞いて聞いて聞いて金は俺か? なんだ? 接待か??)

 

 待機していたメルカッツ付運転手に後を頼んでファーレンハイトは何とも言い難い気持ちのまま帰路につく。そしてその後、両者は職務に忙しくなり顔を合わせる暇が無くなる。結構な時が経ち"そういえばその後どうなったんだ? 何の進展のうわさも聞かんのだが? "とメルカッツに話を振るがなんとこの時の記憶が半分吹っ飛んでおり、また聞くのも恥ずかしいと聞くことも出来ず、(記憶が中途半端だったので)その後のアクションを起こすに起こせずなんとまぁ"何の進展も無し"という衝撃の事実を知る。その日、宇宙艦隊司令部の片隅であのウィリバルト・ヨハヒム・フォン・メルカッツが息子くらいの年齢の戦友を相手に子供のように委縮しながらひたすら説教を受けるという信じられない光景を多数の者が見る事になるのである。尚、あの酒の代金は自分が払っていたと思ってた(普段財布の残高など気にしていない)と聞いてしまった為、説教の時間が伸びたという事だけは追記しておく。

 

 

 

 

「すまんが邪魔するぞ」

 

「毎度毎度邪魔だ。休憩所に使うのなら帰れ」

 

「そういうな」

 

 部屋の主の拒絶を相手にせず、"近衛兵総監"ヴィルトシュヴァイン・フォン・オフレッサー上級大将は客席に腰を下ろし当たり前のように飲み物を要求する。

 

「貴様の"爵位嫌々"もいい加減にしてほしいものだ」

 

 仕方なく部屋の主、ミュッケンベルガーが対面の席に座る。

 

「人の欲とは見上げたものよ。普段は近寄ってすらこない遠戚どもが領主の可能性がと噂が立つや否や羽虫のように近くをぶんぶん飛び回る。ついでに捨てた女どもも猫なで声で擦り寄ってくる」

 

 粗暴であるがそういう者達に手は上げない。いつもは"威"のみで散らす事の出来るがこういう時に限って散らずに飛び回る。なので実の所、かなり困っている。

 

「散々駄々をこねて前線から身を引いたのだ。それくらいの泊付けは受け取っておけ」

 

「俺は前線ではない、現役から引くといったのだ」

 

「そんな簡単に辞められてたまるか。貴様は存在そのものが"戦略兵器"なのだ」

 

「もはやそのような力はない」

 

「貴様がそう思っても、現実にそうでも、相手が怯えればそれでいいのだ」

 

「俺は飾りになるつもりなどない」

 

「今でも飾りではないか」

 

「勅命だからだ。百歩譲って現状は我慢してやる。だがこれ以上の追加はいらん。お前がリストから外せばいいだけだ」

 

 "ふんっ! "とふんぞり返るオフレッサーを見てミュッケンベルガーが呆れる。力はないとは言うが"今までのオフレッサー比"としてである。現状でも大抵の人間は大抵の方法で殺せる。なのでまぁリストに乗せるにしても外すにしても本人を無視できない。

 

 七九八年よりオフレッサーは装甲擲弾兵総監から近衛兵総監に配置換えとなった(ラムスドルフ上級大将が交代で近衛兵総監から装甲擲弾兵総監に配置換え)。理由としてはオフレッサーが退役願い(予備役ではなく退役)を出した事が発端となる。

 事の起こりはガイエスブルクでの負傷。オフレッサーは右肩を撃ち抜かれ肩の関節部に致命的な傷を負った。自然治癒は不可能であり機能を回復するには人工物を植え込む必要があるのだが関節部への補強であるが故に強度に限界があり"人並みの力には耐えられる"というその補強は当然ながらオフレッサーという超人の稼働には耐えられないだろうという試算が出た。耐えられなかったらどうなるか? 人工物とその接続部がひしゃげて体内でもげてかき混ざるだけである。それが嫌なら肩全体を人工物に替えるしかない。当然だが肩を交換するならその先も交換するしかない、つまり完全な義手ならぬ義腕である。そしてオフレッサーは

 

「それで強さを維持した所でそれはもう俺の強さではない」

 

 その一言で義腕を拒否、人工物によって機能を回復させた。その後動けるようになるや否や"もはや俺は俺でなくなった"と辞表を提出したのである。オフレッサーには矜持があった。彼がこれまでの地位を手に入れてきたのは正真正銘己の腕、己の肉体が元であった。これで義腕になって同じ強さを保った所でそれは違う。何よりも義腕でオフレッサーの肉体と同一の能力を保てるのであればオフレッサーである必要はない。志願した者達に義腕でも義脚でも付けてしまえばいい。それで(オフレッサー並)中隊でも大隊でも作ってしまえばいい。だが自分自身はそんなものはごめん被る。彼は彼の矜持の為に義腕を取らず、己が己ではなくなった姿を見せるつもりもなく身を引く事にしたのだ。

 といっても"はい判りました"で引退できるはずがない。実際に彼がその身を挺したからこそ被害が最小限に収まったのであり、そうでなかったらどれだけの被害が出ていたかは想像したくもない。なので彼はそれ相当の恩賞を受けないといけない。のだが前線戦闘が不可能(能力的に、ではなく本人のやる気的に)となったら装甲擲弾兵総監のままという訳にはいかない。如何せん彼は過去から現在に至るまで本来の指揮官としての仕事を全く行っておらず一人の戦略兵器として動き続けていたからだ。それが出来ないとなると本当にその席にいても仕事が無い。なので辞める駄目だの押し問答の末、地位的には同等であり組織として仕事が定例化していてお飾りでもいい近衛兵総監への配置変換となった。といってもそれも嫌々言ってきたのでミュッケンベルガーがリヒテンラーデに頼んで勅命と言う形にして押し込む事で一区切りとなった。実際にはさらに元帥にするかどうかで揉め、爵位を与えるかどうかで揉めている。そして勅命を根回しした恨みもあり元帥なり爵位なりの承認に大きく関わる事もあり、何かにかこつけて愚痴をこぼしにやってくるようになったのだ。極めてはた迷惑である。

 

「貴様ほどの勲功があれば正式な引退時に元帥杖は土産に渡される。領土は任せられる者に運営を任せて自領に入らん領主など山ほどおる。現に一人ここにいる。他者とのバランスの問題もあるのだ、どれだけ駄々をこねようと遅かれ早かれで逃げられん。覚悟しておけ」

 

 その一言で"休憩は終わりだ"とばかりにミュッケンベルガーは立ち上がり(迷惑な)客を放置して執務席に戻る。三分後、ぶつぶつ言いながらオフレッサーも出て行った。オフレッサーが去ったのを確認したのか執務室奥の休憩スペースから退避(?)していたと思われる何人かの事務員が各自の席に戻る。そしてその中の一人、義眼の男が大事そうに抱えていた分厚い書類が入っていると思われる封筒を差し出す。

 

「…………閣下、宮内尚書からの預かりものです」

 

 封筒の表裏を見ても何も書いていないが封には尚書の印が押されている。他人には見せるな、という意味だろう。

 

「面の皮が分厚いお前でもあいつは苦手か?」

 

「あの方は道理が通じませんので」

 

 そそくさと自分の席に戻る。嫌でも存在を意識し始めてから気づいてきたがあれでもなかなかに"感情"を持っている。理に徹しすぎる性格があの無表情を作っているのだろう。それはさておき、

 

「で、なんだこれは」

 

 と封筒を開け、中身の書類を確認する。表紙に書かれているのは

 

 "ジークフリード・キルヒアイス大佐について"

 

 そして

 

 "当方からの説得は行いません。この内容をご確認いただき、元帥がご判断ください"

 

 その書類を素早くめくり概要を把握する。そして、

 

「オフレッサーといい、キルヒアイスといい、"恩賞を与えるべき"の声が大きい者に限ってこれだ。あげくにこっちに最終判断を飛ばしてくる」

 

 そうボヤくとめくった書類を元に戻し、仕方なく最初から詳細の確認を開始した。そして翌日早朝、出仕前の清掃に来た職員はこの新任軍務尚書の机上に飲み終えた酒瓶が置かれているのを初めて見かけるのである。

 

 





 双璧は原作でも795/3の時点で少将だったのでこの時期(798/頭)の中将は普通に"あり得る"範囲だと思っています。特にロイエンタールは一回降格してからの再昇進での少将ですし。しかし艦隊司令官は貴族であるロイエンタールはまだしもミッターマイヤーに関しては原作で正規艦隊司令官の席にどれだけの平民がいられるか?というのが疑問。でもラインハルト元帥府にて宇宙艦隊副司令官として九個艦隊握った時に簡単に任命できたことを考えると実の所編成権持っている人の気持ち次第なのかもしれない。だとしたらミュッケンベルガーあたりは実力があればあっさりと任命してしまうかもしれないと思った。ただ、ミュッケンベルガーの場合は本人の気持ちはともかく周囲からの声でストレスが溜まるかもしれない。"お前ら(妬む貴族軍人)が不甲斐ないのが原因だろうが!悔しかったら実力で奪えばいいだろう"って感じ。

 今後色々とくっつく事があるかと思いますが作者本人が混乱するのが目に見えているので露骨ながら姓は変えずに進めて行こうと思います。


※1:さもありなん
 ロイエンタール個人としては下級貴族など一般民と変わりが無いと思っておりそれで高官への道が開けるならなってほしいなーとは思っているがミッタマイヤー家の事も良く知っているので「あのご家族が貴族は・・・といったら強要できないよなぁ」という気持ちもまた本音なのでそう決めたなら仕方ないな、となっている。尚、当のミッタマイヤー本人は「むしろ一個艦隊の司令官止まりの方が自由にやれていい」という考えを持ち始めている。それを聞いて「(一個艦隊の使い方を覚えて)好き勝手動きまくるお前を指揮しないといけない総大将の事を考えろ」と言いたくなったが諦めた。もはや"暴風ウォルフ"の異名は彼の脳内にもへばりついているのである。

※2:ロイエンタールと叙勲問題
 他人事のように思っているが帝国騎士→爵位の方も選定作業は行われている。のだが彼に関しては「その素性、宜しからず」として不合格になっている。

※3:ちょっと嬉しい
 自分以上におもしろおかしく盛大に地雷に垂直降下する姿を見て"なるほど、指さして笑いたくなる状況、とはこういうものなのか"と妙な納得と充実を得ていた。
 もし彼に十分なユーモア心があれば、一言で言えば m9(^Д^)プギャー してしまいたくなる気持ち。である。

※4:ビッテンフェルトの評価
 攻撃しかアテにならないカルネミッツ艦隊の前線指揮官としての手腕とガイエスブルク攻防戦末期の艦隊指揮権委譲後の混乱からの立て直し後退手腕などが評価されており"実質的司令官としての手腕は評価しているが本質はサポート役が良いメックリンガー"・"パイロット出身なので近距離戦闘以外苦手で内乱時の艦隊戦でも特筆すべき戦果を上げてないケンプ"・"辺境の小中部隊ならまだしも艦隊司令官としては未知数のシュタインメッツ"・"暴風(走)ウォルフ"などよりはるかに艦隊司令官として適性があると思われている。が、本人は攻撃型を自任しておりこうなってしまったのはあくまでも実質的艦隊司令官であり艦隊そのものは預かり物なので自分の我で振り回す訳にはいかないというとてもまっとうな謙虚心からである。


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No.51 変わる人変わらぬ人

 それは異様な風景だった。

 その準旗艦級戦艦(※1)の内部にはあらゆる所にホワイトのビニールテープが張られており帝国語で何か書かれている。同盟語のプレートに付随するように張られているそれはこの旗艦だけでなく分艦隊全ての艦艇で施されている措置である。同盟人とつい最近まで帝国人だった者達が同居するこの分艦隊は帳簿上は七九八年年初から存在しているがまともに動き始めるのはまだまだ先となっている。亡命者達の基礎教育(主に一般常識と読み書き会話)を行いつつ配属、帝国艦艇式と同盟艦艇式の違いの確認(※2)をし、初めてまともな訓練が始まる。訓練が開始されても基礎教育と平行しつつとなるので訓練期間は通常の倍で設定されており、はっきり言ってしまうと今年は集団訓練も不可能だろうという予定が出ている。しかし政府も軍も戦力としてはアテにしていないのでそれでいいと判断した。軍属希望亡命者達を集める一つの箱であり彼らの任期が終わり、それまでに同盟人として生きていける基礎教養を身に着けてくれれば良いのだ。それがこの独立第一分艦隊、自称盟約分艦隊という部隊の存在意義となる。そこに分艦隊次席幕僚ラインハルト・フォン・ミューゼル大佐が最初の一歩を踏み出した。

 

「着任を確認した、よろしく頼むよ。私は(亡命)二世だが親が亡命者だってだけで自身はただの同盟人だ。ネイティブに両国語が話せる者がいるととても助かる」

 

 分艦隊司令官エリック・ハリス少将、五〇歳。前職は前宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥の直属部隊の司令をしており、再編後は艦隊に属さなかった艦の再編業務に就いていた。この度、その再編中の部隊から亡命二~三世などを中心に(事情を説明して転属を承認した者を)かき集めて亡命者達と合流しこの分艦隊を率いるようになった。

 

「やはりネイティブで使える人は少ないですか?」

 

「うむ。それ(亡命一世)が沢山いる薔薇の騎士連隊みたいな所ならまだしも艦隊側となると人の母数も多いしその中でばらけてしまうからな。数としてはアテにならないしいたとしても万が一の敵軍交渉の為に大小問わず司令部のある所に優先的に回されてしまう」

 

「何かに使えるかもしれない、と忘れないようにしていましたがその意味はあったようです」

 

 ラインハルトが軽く笑いながら応える。一〇歳の時に亡命してきた彼は既に人生の半分以上を同盟で過ごしている。最近と言うかいつの間にか頭の中で考え事をしている時も同盟語になっているしびっくりした時など咄嗟に出てしまう言葉もそれになった。しかしそれでも帝国語がネイティブと呼ばれるまで語れるのは"これ(帝国語)は錆付かせない方が手に職を考えた際に役に立つかもしれない"と考えた姉弟が自宅で"帝国語しか使わない日"を設定したりして適度に使い続けたからである。そのおかげで弟は今、役に立っているし姉は帝国と同盟双方の一般生活を知る人材として亡命者団体(の主に"婦人の会"的集団)の方々に同盟の一般生活を伝える教師的役割を依頼されてしまい引っ張りだこになっている(※3)。

 

「実務の方だが知っての通りわしはお飾り司令官だ。立場上やらねばならない事はするがそれ以外は任せる形になる。それを含め君が帝国語に堪能である事は非常にありがたい。宜しく頼む」

 

「ご期待に添えるよう努力いたします」

 

「おー、到着していたのか。出迎え出来ずにすまない」

 

 そう言っている傍から"それ以外"を任されている男、アイゼンフートが到着する。平たく言うとこの時点で分艦隊としては"おかしい"のである。そもそも分艦隊に複数の少将がいる事が普通ではない。そして分艦隊序列二位である彼が司令官と同じ艦に同席していることも通常はありえない、艦隊の司令官と副司令官が同席するようなものだ。分艦隊とはいえいきなり亡命者を司令官に出来ない、しかし(亡命系兵達)への影響を考えるとおざなりにも出来ないというお役所的配慮の結果である。周りは苦労しているが当人としては"士官学校を正式に出てないし将官講習も受けていない。今勉強中なので司令官というのは何をしなくてはいけないのか横で見て学べるのでありがたい"との事でこの措置を歓迎している。

 

「ひとまず大佐への説明は私の方から行うという事で宜しいか?」

 

「うむ、任せる」

 

 さっそく"任された"ので目線でこっち、と案内され小さな部屋に入ると当面の資料を用意していたシュトライト大佐と顔を合わせ、軽く会釈する。

 

「形としては俺が首席、君が次席、シュトライト大佐が三番目でもう一人四番目で中佐の奴がいるんだが今日は訳ありで不在。これがこの分艦隊の帳簿上の"幕僚陣"だ」

 

「帳簿上とはいえ分艦隊で将官佐官が四人ですか」

 

「実態としては俺が司令官的な事をさせてもらって君が参謀長、シュトライト大佐が庶務事務系全般、ベンドリング中佐が情報系、という割当だ」

 

「承知しました」

 

「それと」

 

「それと?」

 

「どうぞ」

 

 女性の声でコーヒーが差し出される……

 

「あ、どう……も、っっって!!!」

 

 軽く受け取った後で"それ"を見てしまい思わず奇声を発してしまう。うん、間違いなく、彼女は、うん……

 

「この度、分艦隊司令部付従卒としてお世話をさせて頂きますエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクです。これから宜しくお願いします」

 

 優雅に頭を下げるその姿、仕草はまごう事なき貴族の御令嬢のそれなのだが軍服とのアンマッチが激しい。そしてはっとなり"グギギギギギギ"と音が出そうな首の動きでアイゼンフートの方を向く。

 

「うん、まぁ、これもいるんだわ。そこを含めて宜しく!!!!」

 

 後の事を考えれば"その直後にコーヒーを顔面に叩きつけてやるべきだったのかもしれない"とは金髪青年の後の談である。

 

 

 退出するその姿をポカーンと見つめてしまう。

 

「んー、仕事の話をする前にあれの話を先にしておいた方がいいかな? 身が入らないだろう」

 

「それで、お願いします」

 

 姿勢を正し、前を向く。そしてその視線にえも言われぬ寒気を覚える。眼力が違う。恐らくこれが本来の姿? 目を閉じ、ふ~~と息を吐き、吐き捨てるように言い放つ。

 

「こうでもしないと守れない世界なのでね」

 

 場が静まる。口に出していい雰囲気ではない。

 

「君はお偉方が俺に付けた鈴だから言うだけ言っても大丈夫だからな。言っておくが俺達、今回の亡命者達の上澄みは君が思っている以上に魑魅魍魎といっていい。帝国の表と裏で言える事言えない事の応酬を日常茶飯事のようにやってきた連中だ。実際にそれをやってきた俺が保証する。君たちに表面上友好的に振る舞っている奴らも裏でどう動いていることやらわからんぞ。俺が軍に残ったのは軍と軍以外を見れるようにする為、と以前言ったがもう一つの理由としてこういう形で娘をその世界から引き剥がせるから、というのも追加するはめになってしまった」

 

「…………亡命者の方々で問題ありと言われている勢力はとても少数派と聞きましたが?」

 

「こっちの勢力が大きいのは俺と娘が友好的であろうとする姿勢でいるからだ。あっちに付きたいが俺や娘がこっちだから仕方なくこっちという層は多い。そしてそれ以上に己で考え選ぶという事が出来ずとりあえずブラウンシュヴァイク家への忠誠心で付いてきているだけというのが多い。つまり、なんらかの形で娘があっちに担がれる事になったらその瞬間に勢力比は真逆になりかねない。あっちの本心は昔のまま、俺達があの戦いで負けた理由そのものだ。とてもではないが"平民以下の棄民の末裔である叛徒共"に従う気持ちはない。そもそも"法の順守"という概念の無い奴らだ。隙を見せたら居住区で勝手に自治をおっぱじめるぞ」

 

「政府はどこまで……」

 

「当然、理解している。だからこそ年齢条件が"未成年である事"という一点だけで同盟語もまだ話せんのに従卒にしてしまうなどという手段が認められているのだ(※4)。時間は限られるがその間に預けるに値する勢力を作る努力はするし娘にいろいろ学ばせる。…………それでだ」

 

 冷たい視線のままじーっと見つめられて"背筋に汗が"という感覚を覚えるが目の前の顔が一瞬にして"元有力門閥貴族伯爵家当主"から"なんか食えない親父"に変身する。

 

「業務の傍らでいいから娘の家庭教師してくれない?」

 

「はい?」

 

 さっきまでの緊張感を吹き飛ばす蹴手繰りを食らい素っ頓狂な声を上げる。

 

「おーい、飲み物おかわりー!」

 

 扉の向こうに声をかけ、その焦点の人物が追加の飲み物を持ってくる。

 

「ミューゼル様もお飲みになりますか?」

 

「お願いします」

 

 考えてみたら元公女様である、自分で茶を入れるなどやった事なかっただろう。他人の為に何かをするという概念も持ってなかったのかもしれない。しかし見る限り丁寧に茶は入れているしなによりも嫌がっている素振りは無くむしろ楽しんでいる様子すら覚える。

 

「彼が前に言ってた家庭教師になることになった。希望あるなら今、言っておくといい」

 

「そうですの!」

 

 希望の瞳で見つめられてしまう。

 

(いや、まだやるって返答なんてしていないんですけど!!!)

 

 と、少し横に控えているシュトライト大佐に目線で助けを求めるが申し訳なさそうに首を軽く横に振られる。その諦めきった表情を見て確信する。

 

(これがこの親子なのだ)

 

 と。血は繋がっていないが(恐らく当人たちも予想をしていなかったレベルで)波長が合っている。まるで室長とその養子のようなコンビネーション。そして元貴族としてなのかこっちの都合にお構いなく事を進めてしまう。いや、多分それはやっていい時と悪い時を見極めたうえでの事だろう。つまり、今自分はあの食えない親父から"こいつチョロイ"と思われている。まさしく魑魅魍魎の住人である。

 

「それで希望なのですが……」

 

「はい」

 

 もう抵抗する気力がなくなった。

 

「従卒でいられるのは二年ほどらしいのですがその間に……」

 

 年齢相当のもじもじ感を醸す姿を眺めつつ次の言葉を待つ。

 

「正式な軍人になる為の知識を授けていただけないでしょうか?」

 

 ……………………

 

「本気でそんな事させようとしてるのですか!」

 

 予想外の希望に驚き、思わずその養父を睨みつけるのだが。

 

「え?」

 

「…………え?」

 

 信じられない表情で養女を見つめる駄目親父を見て色々なものがガラガラと崩れていく音が聞こえてくる。

 

(この親子はもう駄目だ)

 

 と僅かな希望を込めてシュトライト大佐を見るがこちらも口をあんぐり開けている。そして当の本人はにこにこしながら返答を待っている。

 

「……ひとまず回答は保留にさせてください。そのご希望は多分に"政治"も絡んでしまいますので」

 

 とりあえずそれで棚上げにした。

 

 

「…………一旦休憩にするか」

 

「仕事の話、まだ始まってませんね」

 

 エリザベートが再び退席した後、何とも言えない空気に包まれる。

 

「そうかぁ、そういう希望だったのかぁ」

 

「事前に聞いてなかったんですか」

 

 その呟きを聞いて思わず愚痴が出てしまう。が、それを聞いているのか聞いていないのか休憩の予定のはずだったのに勝手に話が開始される。

 

「学習そのものだがこの分艦隊の兵達も対象となってる成人向けカリキュラムはまだ若干若くて使えないし、義務教育世代は公立の学校で一緒に学ぶらしいからこれに行かせるわけにもいかない。あれ(エリザベート、今年で一八歳)の年代は臨時の学校みたいなものを立てて対応するらしいのだがそこに行かせるのも(エリザベートの立場上)危険が伴う」

 

「私の時は姉上と共に学校で学べる年齢でしたが……確かその年齢(一八歳)くらいだと公認家庭教師による個別指導のはずですね。今回は人数が多いのでその話にある臨時の学校を立てるようですが」

 

「分艦隊の中にもその臨時学校に行くものもいるが娘は危険が伴るので行かせるわけにはいかん。なので家庭教師、となるのだが流石にここ(軍艦)に呼んで学ばせるという事は無理と言われた。そもそもそんな特別な立場の者を無理矢理軍属にして軍艦に乗せる方がおかしい、元々将兵だった者達とは意味が違うという事だ。まったくもってその通りなのでこっちで何とかするしかなくてな」

 

「それでまぁ、履歴的に私が適任であると」

 

「そういう事だ。それにあの時言ってこなかったのだが年齢相当の女として料理や家事など一通りの"一般女性の生活"についても学びたいとは前から言っていた。それに関しては君の姉君にお願いしたい、というのもある」

 

「貴族の家として家政婦とかはいるはずですのでそちらから学べば?」

 

 ややこしい事に姉を巻き込むのは正直嫌なので別の手が無いか考えてしまう。

 

「元々付いていた世話役などは逃亡(亡命)秘匿の為、要塞に置いてきた。顔見知りの所に頼んでみたのだが恐れ多いと辞退されまくってな。知り合い以外の貴族家のをアテにするとどの勢力の息がかかっているのかわからん」

 

「……姉上に頼むかどうかは判りませんがそれはそれで探してみます」

 

「すまんが頼む」

 

 お父さんの顔になって素直に頭を下げる(最終的にはその姉君と室長の養子と副室長の奥方という笑い事にならない面子が"師匠"になる事になる)。

 

「それで、あの希望の話ですが」

 

「それだ、な」

 

 二人揃って神妙な顔つきになる。

 

「ひとまず同盟語と義務教育課程の学問については引き受けます。その希望についてはその過程でおいおい考えていきましょう。本当に行うとしても義務教育の学問が終わらない事には手を付けられないので」

 

 引き受ける受けないの話はもうどうにもならないと諦め、そこの部分には明確に壁を作る。後で色々な所に相談して回るしかない。

 

「"今、ここにいる。そうしてくれた人達に何かしらの恩返しはしたい"とは言っていたのだがこういう形での恩返しを考えていたとはな」

 

「今度は自分が守る側になる、と」

 

「そうなのだろうな。あの戦いでも実父であるブラウンシュヴァイク公の傍らで状況を聞いていたし見てもいた。人の上に立つ者としての責務ととらている感がある。それとは別に俺と同じで帝国の軍や政府に含むものがあるのかもしれんがどうであろうとこの国で言う所の"職業選択の自由"というものを知って出されたら止められん」

 

「そのあたりは焦らずに日々の暮らしから読み取るしかないでしょう」

 

「だな。よし、やっと最初に戻って仕事の話をしよう」

 

「はい」

 

 

 一〇分後

 

「……という予定になります」

 

 スケジュール等の説明をするのはシュトライト大佐。アイゼンフートはその場にいない。"なんかもう、疲れたから任せる"と言ってどっかに行ってしまった。

 

「本当に今年いっぱいは個艦単位、進んだとしても分隊単位の訓練のみなのですね」

 

 手渡された資料には訓練スケジュールが記載されているが参考として通常の訓練課程の場合の期間も載っている。通常と比べ、非常に長く時間を取られている。

 

「当面は同盟語習得や基礎教育課程優先ですので乗組員が十分に揃わない時が多いのが難点でして。さらに一年で退役する予定の者は職業訓練も必要となります。人の流れが落ち着くのは来年に入ってからでしょう」

 

「わざわざ志願したというのに一年で退役ですか?」

 

 不思議に感じてして確認してしまう。

 

「一般技術職など、手に職を持てる技術持ちは積極的に民間に出る方が望ましいという事です。そうしないと任期完了が同時期になってしまいますので」

 

「同時期……あ」

 

 そう言われて意味を理解した。この分艦隊に所属する亡命将兵は同じタイミングで同盟軍に所属となった。つまり志願兵相当の者達は杓子定規で行けば同じタイミングで任期終了となる。この分艦隊はその特異性から考えて他箇所への配属変更はないと考えていいだろう。そして所属する三分の二が亡命将兵である。これが一気に抜ける状態にしてしまったら実質的解散といっていい状態になる。なので順次退役できるアテ(求人)がある者は社会に出して新兵を入れる事で任期のバランスを取る。任期一巡り分の時が流れればこの分艦隊はただの分艦隊になる。

 

「ですのでお飾りという陰口を既に頂いておりますが戦力と言う点においては本当にお飾りのままになるかもしれないと危惧されています。初年度はもう諦めるしかありませんが二年目は厳しく行こう、という算段です。ミューゼル大佐にとってはそのお力に合わぬ役不足な職場となりますがお力をお貸し頂ければと」

 

 シュトライト大佐の丁寧な口調にムズ痒さを感じてしまう。この年齢で大佐になってしまったので階級下の年上というものには慣れるしかないのだがシュトライト大佐は帝国で、とはいえつい最近まで准将だった人であり出来れば自分が下になりたいのだが大佐任官時期の関係で自分が上になってしまっている。

 

「いえ、今の階級も不相当なものですし現場の経験年数でいえばむしろ私が大きく学ばせてもらわないといけない立場だと思っています。ですので未熟な所があれば遠慮なくおっしゃってください」

 

 あの妖怪じみた曲者親父と比べれば"良い人だよなー"という印象は持っている。しかしブラウンシュヴァイク公の側近だったという事を思えば魑魅魍魎の世界は知っているのだろう。もし本性がその世界の人であり、今目の前にいるのが仮面だったら……。そうでない事を祈ろう。

 

「しかし……」

 

 資料をめくっていくと訓練の具体的内容についても書かれているがこれがやたら細かく詳しい。

 

「訓練内容がとてもまとまっていますね。我が軍のカリキュラムですか?」

 

「いえ、それもいただいていますが我々のカリキュラムも踏まえた改修版となっています」

 

「帝国軍の?」

 

「はい」

 

 シュトライトが経緯を説明する。元々帝国軍のいわゆる貴族艦隊は対同盟の前線に出る事はなく訓練や国内治安維持を中心としていたらしい。なので今回亡命してきた貴族艦隊系将官や士官はそれらの事柄についてそれなりに技量を持っている者が多い。しかも亡命してきた艦艇にてそれらの訓練プログラムなどが入っており現物もある。

 

「ということもありまして。帝国式訓練内容の良い所を取り入れた新しい訓練カリキュラムの作成について提案させていただきました。これはまぁ、我々亡命士官達による"価値"の創出という側面もあります」

 

 なるほど、と思う。貴族系士官は本当に実力による階級なのか貴族と言う社会的地位で手に入れた階級なのか判らないという声は聞いたことがある。軍人としてこれからもやっていきたいと思っている者達にとって少なくともその階級相当の能力(得意分野)がある事を示さなければ随時肩を叩かれる事になる。人が不足しているとはいえ階級に伴った能力のない者を雇い続ける程、同盟軍は甘くない。

 

「ですのでミューゼル大佐には是非とも生粋の同盟軍軍人としての視点でこの内容の評価・指導をしていただければと思います」

 

「若輩者ですがご期待に添えるよう努力いたします」

 

 個艦単位が多い訓練全般となるとここ(旗艦)に留まらずにあっちこっち行く必要があるだろう。艦隊勤務について詳しく学ぶ、亡命士官や兵について見る、それが自分に期待されている内容だとは認識している。どうやらそれなりに為になる日々は過ごせそうであった。

 

 

「という事なのですが士官対策の教育はしてしまってもいいのでしょうか?」

 

 後日の対策室。神妙になって上司の反応を見るラインハルト。

 

「するしかないんじゃないかなぁ。もし職業選択の自由を持ち出されたら拒む事も出来ない」

 

 ちらっと横目で養子を眺め、ヤンが答える。そう言う意味でこの二組の養子親子は似た者同士である。

 

「適性が無いのならきちんとそう言って考えさせる事も出来る。でもそれは実際に教えてみないと判らないからね」

 

「やるだけやるしかないだろ。そもそも本当に駄目ならばずっと上の方の判断で任官させないだろう」

 

 もう一人の上司もそう答えた事で方向性は決まる。

 

「それで、女性としての家庭スキルだがお前の姉さんが忙しければ女房に手伝わせてもいいぞ。こっちは専業主婦だから時間はどうとでも都合がつく」

 

「あ、それお願いします」

 

 キャゼルヌの申し出を有難く頂戴する。実際にアンネローゼが忙しいのは事実だし厄介に巻き込まれそうになることはやらせたくない。

 

「それに今、弟子は既にいる状態だしもう一人の先生もいる」

 

 そういってフレデリカとユリアンの方を見る。現在、フレデリカはとある事情がありキャゼルヌ宅で絶賛修行中でありユリアンも付き添ってる。一人くらい弟子が増えても稀代の魔女には負担にはならないだろう。

 

「ではその話はそれでいいとして。亡命貴族界というのはそこまで魑魅魍魎となっているのでしょうか? 姉上は友好的な方々を相手にしていますしそういう事には疎いので特にそういう情報は聞いたことないのですが」

 

 それを聞くとヤンは顎に手を当て、珍しく何かを考えこむ。

 

「どこまでかは判らないけど」

 

 そう呟くと"うん"と一つ頷き、言葉を続ける。

 

「直接は体験したわけではないけどあの手の世界が陰謀にまみれた所である事は想像できる。こちらに逃げ込んできた有力者達には自らは戦場に立たず裏で活動して、可能性の一つとしての敗北・亡命を事前に考え計画して、不本意ながらその計画でうまいこと離脱に成功した。そういう人達も多くいると思う。如何せんその手の陰謀家というものは用意周到だからね。自分の勢力仲間達にも情報共有して逃げる事が出来ているならそれなりの勢力にはなるだろう。その賢さでこちらの世界を理解してくれればいいんだけど世の中の権力者にはそれが出来ない人が多いからねぇ」

 

 ヤンの言葉にキャゼルヌも続く。

 

「ま、その手の連中は色々あれど"諦めが悪い"という事にかけては共通事項だ。こっちに来て少しは諦めて丸くなってくれればいいのだがな」

 

「ですね。大佐も気になるだろうと思うけど下手につついて反応されてしまうのも多方面に影響が出てしまう。相手が話してくる分にはいいけどこちらからはほどほどにね」

 

「了解しました」

 

 正直な所、あの世界は苦手なので"探りを入れてくれ"と言われたら苦しい。なので手を付けなくていいと言われる分には即座に受け入れる事にした。

 

 

 席に戻るラインハルトをいつもとは違う目で見つめる。

 

「どうしましたか?」

 

 ユリアンが新しい飲み物を用意しながら訪ねると不意を打たれたように"はっ"と反応し、すぐに元の顔に戻る。

 

「ううん、気にしないで。ごめん、ちょっと考え事タイムにさせてもらっていいかな?」

 

 そう言われるとユリアンはおかわりの入ったディーポットをそのままにして自分の席に戻り、それを聞いてたフレデリカも同じようにする。

 ヤン・ウェンリーも人の子であり他人に介入されたくない時間というのは存在する。その時はこう言って一人にしてもらう。周囲の者はあの二人(フレデリカ&ユリアン)の両方が近くに待機していないのを見ると直接報告しなくてはいけない事も控え、そっとしておく事にしている(報告そのものは一旦パトリチェフが代わりに聞き、後で良いもの、代打キャゼルヌで良いもの、本当に今伝えなくてはいけないものを仕訳けている)。

 

(流石にまだ表に出せないからなぁ)

 

 そうヤンは考える。宜しからずな一部亡命者達のグループについては既に軍幹部には情報が回っており幕僚総監としてのヤンもそれを知る立場である。言い換えればそのクラスでないと回ってこない程に今の所は秘められている、という事である。

 

 その"宜しからずな一部"は色々と悶着を起こしてはいたが結果として亡命手続きと住居割当の時は従順だったらしい。後になって各人が思うに揉め続けた挙句に送り返されるのだけは危険だと判断したのであろう。そして手続きが終わり形としては正式な自由惑星同盟国民としての国籍登録が完了した所で"棄民同様の叛徒共"とのお付き合いを終了した。彼らはまず住居を改造した。彼らの住居としては(侵攻作戦の損害の結果)空き団地となっていた正規艦隊所属者用兵舎が割り当てられていたのだがその際に親族たちや縁のある者たちが同じ兵舎(=マンション)に集まるのを許可したのが運の尽き。そこ(マンション)を文字通り有力貴族単位の牙城とし、軍に志願させなかった私兵達を勝手に警備員にし、兵舎単位に添え付けの大ホール(集会用など)をサロンの場(※5)としてしまい"宜しからずな集団"の活動の場にしてしまった。その集団(※6)は兵舎マンション群の一角を拠点とし、既に自治(当然無許可)と言える体勢を築き上げている。当然ながら己の牙城外周には私兵警備員が巡回し、必要外の者は政府・正規軍警備兵を問わず追い払っている。そんな事をしても外部に情報が漏れていないのは一般市民が勝手に入れない軍兵舎街内部の事であり、同盟に慣れるまでの配慮として亡命者居住区一帯を部外者進入禁止エリアにして軍の警備兵が巡回しているからである(慣れるまでまだ勝手に動いちゃ駄目、となっている。同盟軍兵達にも落ち着くまで近づかない事とされている)。

 

(数としては六万乃至七万人。今回の亡命者全体で言えば一割弱と言った所だが一つの町くらいの人口を持つ"身勝手自治領"か)

 

 この集団に対しては後に"政府は門閥貴族を舐めていた。流石に内乱で敗北し亡命に至ったという経緯を考えれば郷に入っては郷に従うであろう、と思い込んでいた"と酷評されている。そう評されても仕方のない事象がこれからも続くのであるが少なくとも現時点では政府や亡命者支援団体達も一生懸命になって彼らの"自由惑星同盟国民としての一人立ち"の為に努力していたのである。

 

 

「流石に国を問わない一般学問については問題なし、むしろ賢い。これだけの基礎教養があるのなら国の違いがある歴史や社会、道徳などについてはゆっくりやるよりも駆け足で流し込んだうえで弱みを見つけて追試をしていったほうがいいだろう」

 

 ラインハルトが帝国語で書かれた答案用紙を素早くチェックする。少しでも慣れる為だろう、一対一なので書かなくてもいい名前欄に覚えたての同盟語でわざわざ名前を記入している所などほほえましいものだ。事の流れでエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクの家庭教師になったラインハルトはその細かいカリキュラムを考えるまでの時間稼ぎとして亡命者成人向け用カリキュラムの基礎学力テストを手当たり次第にやらせてみたのである。帝国に義務教育と言う制度はないがそれ同様の国営学校は存在するしそもそもブラウンシュヴァイク家公女として最大限の教育は受けているのだから成人向けでも行けるだろうと考えたのだが当然の結果となった(※7)。

 

「しかし、思いのほか歴史や社会についても悪くない所がある。少なくともこれは自由惑星同盟という国が、共和制という制度がどういうものかの基礎知識を学んでいる。有力な門閥貴族がそうなのかブラウンシュヴァイク家がそうなのか……。本人に聞く前に環境がどうだったかを聞く必要があるな」

 

 後日、ブラウンシュヴァイク家の事を知ってそうなシュトライト大佐に聞いてみた所、

 

「確かにこちら(同盟)の政治形態などについても大まかながら教育が施されていたとは聞いております。ブラウンシュヴァイク公は長きにわたった政治抗争の中で"倒したい敵の事を良く調べろ"と常々我々に命じておられました。表舞台の政治の頂点を目指されていたので帝国の敵であった同盟の事も知識を持っておられましたしそれをある程度教え込んでいたとしても不思議ではありません」

 

 という回答であった。"敵を知り己を知れば百戦危うからず"という古代地球の格言があるがこれは現代でも通じるという事だ。

 

「どうりでこちら(同盟)への理解や順応力が高いわけです」

 

「それ故に一部の方々と衝突してしまい、こちら(軍)で預かった方がいいだろうという話になりまして……」

 

「衝突?」

 

 思わぬ言葉に首を傾げる。それを見て"内密でお願いします"と一言付け足してシュトライトがその時の話を始める。

 

「亡命直後、まだイゼルローン回廊に留まっていた時からの話です」

 

 アイゼンフート宣言によって始まった亡命動乱。亡命者達は一旦イゼルローン要塞近辺に集合し最低限の受け入れ準備が整った後に移動、となっていた。その最中において万が一に備えイゼルローン要塞近辺、つまりは要塞主砲の射程距離内で待機を余儀なくされた亡命者一行は帝国の追撃から逃れられたという安心感と同時に気が抜けたのかこれからどうなるのかという不安とひたすら対峙していないといけないという緊張した日々を送らざるを得なくなった。その中でエリザベートは一行の不安を和らげるために度々回線を通じ彼らへの語りかけを行っていたらしい。しかし、その語りかけが通じない者達も当然ながら存在する。特に今"宜しからずな一部"として扱われている集団においてはそれが顕著であった。口が悪い言い方で表すのならこのような内乱を巻き起こす元凶の一つであった"門閥貴族のエゴの塊"と言うべきその集団はその初手から同盟をいう存在を見下していた。彼らはそもそも命令(指示)される事に免疫がない。一時待機指示すら無視して同盟領内に移動を開始し監視部隊から強制停止(威嚇発砲付き)を受ける有様である。そして待機場所に戻されるや否や何故かエリザベートを非難する。"なぜ我々を助けなかったのか? "と。エリザベートからしてみれば"私たちは亡命希望者なのだから受け入れられるまではその指示に従うのは当たり前なのでは? "と言った所であるが彼らにそのような常識は通用しない。そのような悶着が何度も繰り返しているうちにエリザベートは年齢相当の癇癪を起こし部屋に引っ込んでしまいアイゼンフートは要塞司令部にひっそりと"今度勝手に動いたら一隻二隻、問答無用で撃沈していいです。私がそう依頼したと公表してもいいです。なんでしたら私の直属で始末をしてもいいです"と申し込む有様である。流石にそこまではいかなかったが色々と険悪なムードでの亡命受け入れとなりハイネセンに到着するのだがそこでも悶着は続く。

 

「何故叛徒政府は我らの封土を用意せぬのか?」

 

 とある門閥貴族当主が当たり前のように同盟政府役人に言い放った言葉である。このレベルの認識の貴族がグロス単位でやってきたのである。対応したくなくなったエリザベートも"結果としてここまで連れてくることになった原因としての責任"として流石に無視する事は出来ず彼らの説得を行う、といっても同行したアイゼンフートが慌てて(エリザベートを)奥に引っ込ませて説得役を交代する程度には説得なのか罵声なのか判らない言葉が発せられていたらしい。尚、この時点で同盟政府は"流石に限度を超えた者達は亡命意思無しとして送り返そう"と腹をくくりかけたらしいが説得(?)が通じたのか実際に返送手続きを開始した時点でやっと(表面上は)まともに対応し始めた。流石に"絶対の死"を引き換えになったのなら"送り返されないと判るまでは叛徒政府の言い分も少しは聞いてやってもいい"という事になったらしい。だがその彼らのそれからの振る舞いを見て同盟政府は"返送すれば良かった"と後悔する事になったのはいうまでもあるまい。その結果、不満の塊となった集団の矛先を軍に身を置きつつ守るのは無理、と判断しエリザベートは軍属になったのである。

 

「…………よく今まで表沙汰にならなかったものですね」

 

「入国までに色々ありすぎたせいですか、十二分な警戒態勢となったものでして……」

 

 さもありなん、とラインハルトは思う。同時にヤンが見せた珍しい仕草の事を思い出す。

 

(なるほど、軍幹部には情報が入っていたのか)

 

「私もその門閥貴族の"ごたごた"で亡命する事になったのですが。またそれを見なくてはいけないのですか……」

 

 思わずため息交じりに呟くラインハルト。そして気づくと目の前のシュトライトが深々と頭を下げている。

 

「あの、すいません。そういう意図で言ったわけではありませんので気になさらないでください」

 

「いえ、そういう訳にはいきません」

 

 頭を下げたままシュトライトが語る。

 

「私めはブラウンシュヴァイク公の傍に長らく仕えておりました。故にあなたのその一件について知り得る立場なのです」

 

 その姿をはっとして見つめる。ブラウンシュヴァイク家という事で心にしこりがあったのは事実である。しかしエリザベートは無関係だろうし、そもそも感情を出してしまったら公私混同である。関係があったと言われている両家(ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム)が没落した事で少しは溜飲が下がる思いだったしそれをここでぶり返すつもりはなかったのだが向こうからそれがやってきてしまった。

 

「その話は後日、職務外の時間にしましょう。あくまでもそれは私個人の問題なので」

 

「……わかりました」

 

 シュトライトがやっと頭を上げる。

 

「お名前を聞いた時からもしやと思っていたのですが、罪滅ぼしにはなりませんが私が知り得ることは全て後日お話します」

 

「ありがとうございます」

 

 口に出さなければこちらから聞く事は無かったと思う。そう考えるとやはりこの人は魑魅魍魎の世界を知ってはいるが"いい人"なのであろう。これを機にラインハルトは苦手だった"表裏の裏としての大人の駆け引き"について色々とお世話になる事が多くなる。如何せん彼のメインの職場でのトップ(1と2)からはそれを学べない(※8)。

 

「それにしても、世の中の巡りあわせとは面白いものですね」

 

 そう呟くしかないのだがその巡りあわせの究極系を彼が味わうのはまだまだ長い年月を必要としていた。




 七九八年の同盟は亡命勢力関係の話は避けて通れないので今後も出続けるだろうトンチキ親子。多分この文面というか流れというかオリキャラが目立つのは嫌な方はいると思いますが自分はこのテンポ等が好きなのでお諦め下さいとしか言えません。

 判り易く言うとあの亡命者達は門閥貴族の悪い信念を引き継いだ数十万の人口、それも軍人軍属を多く要する"銀河帝国正統政府"予備群です。軍&元貴族のトップがその悪癖にNOの態度を取っているから現状表立って動けていないだけです。帝国の門閥貴族の魂を引き継いでいるので専制式システム(皆が認める最高権力者の"血筋")以外を上として認める事が出来ません。もしそれがいないのなら自分達が一番上、という認識です。なので彼らの認識上、自由惑星同盟には彼らの上はいません。

※1:準旗艦級戦艦
 標準型戦艦の通信機能を強化したもの。主に分艦隊旗艦に使用される。旗艦級戦艦を使うのが理想的であるがコスト的にポコポコ作る物でもないし量産効果を得られる程沢山作る物でもない。なので旗艦級戦艦が回ってこなかった時はこれでお茶を濁している。尚、居住区のカスタマイズはされていない為、分艦隊司令部の人数分要職士官用個室が足りなくなり、割を食う若手士官が出てしまう。

※2:帝国艦艇式と同盟艦艇式の違い
 下手に帝国艦艇式が染みついていると無意識な操作でその差異が出てミスが発生する可能性がある。ある意味、何も知らないまっさらから訓練した方が早い場合もある。

※3:姉さんひっぱりだこ
 事が事なので本業(菓子職人)を少し休めて半々の副業になっている。そして好意的マダム達のカリスマ的存在になってしまい、未婚である事でさらに目の色を変えられてしまっていて弟としてははだはだ不安となっている。尚、本人はボランティア的活動のつもりであったが正式な仕事として礼金が国から出ており、馬鹿にならない金額を受け取っている。が、姉弟共にお金には無頓着なのに散財の癖は無いので貯まる一方である。

※4:未成年
 エリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクは七八〇年生まれで七九八年で一八歳。
 七九八年 ラインハルト22、ユリアン16、フレデリカ24、シャルロット・フィリス10、シャルロット・フィリスの妹7、カーテローゼ・フォン・クロイツェル14    のはず

※5:サロンの場
 必要な物は亡命の際に持参している。そもそも亡命の際に乗って来た"お召し艦"にはデフォルトでそういうものが満載されている。

※6:諦めの悪い貴族集団
 貴族単位の兵舎(マンション)が遠い場合、マンション単位で勝手に引っ越して一塊になっている。当然無許可、無届け。ついでに言うと一人(一家族)一戸という考えもなくマンションの数割をそこを治める元貴族当主(と家族)が使い、下々の者は相部屋になっている。当然無許可、無届け。

※7:帝国の義務教育
 臣民たるもの、学びは強制的やらせるのではなく自ら進んで行うべきものである。として義務(=強制)教育の制度は存在しない。のだが"臣民が身に着けるべき理想的基礎教養"は定められておりそれを教える国営学校や私立学校は存在する。そして"自ら学ぶ意欲のある臣民を慈しみ育てるのは為政者の成すべき姿である"として国営学校には"下賜金"が毎年与えられておりこれを元に余程の貧困層でない限り払える学費で学ぶことが可能となっている。帝国臣民に為政者の立場・慈悲を示すという建前と流石にそれ(義務教育)は必要だよねという本音の入り混じっためんどくさい制度である。
 しかし、義務ではないので帝国政府が関与できない貴族領においてはその平均学力(修学率)はその為政者の気持ち次第であり、内乱後処理の際に盟約系貴族から没収する領土が経済的に豊かな所を選んでいるのは経済的なものもあるが基本経済の豊かな所は教育レベルも悪くない所だからである。

※8:お勉強
 その手の手腕に関してはヤンは苦手を通り越して無理、キャゼルヌは完璧な理論で正面から殴ってしまうので寝技は出来ない、パトリチェフは表の交渉術は学べるが裏が出来る人柄ではない。


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No.52 拭える穢れ、拭えぬ穢れ

 

(事が、大きくなりすぎている気がする。今更あれはという訳にもいかないし……)

 

 ジークフリード・キルヒアイスは焦っていた。確かに自分は門閥貴族のせいで人生が狂わされた。それなりの感情を抱く対象である事は間違いない。色々と苦労はしてきたが近年は良き縁に恵まれ悪くない状況になりつつあった。そしてその対象である門閥貴族達やその頭領たるブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両家は滅んだ。溜飲が下がる思いである。長らく理不尽な遠地派遣が続いていた父も帝都での勤務に戻れるとの連絡があった(これは恐らく自分に対する"配慮"なのだろう)。実家に戻っていた母も父が戻るのに合わせてこっちに再び来るらしい。

 しかし…………話をややこしくしてしまったのは自分のせいである。まだ心の整理も出来ておらず、父に話を聞く前だったというのもある。その噂に対してついつい無意識に強く拒絶してしまった。"しまった"と思ったのだが今まで特に親しくしていなかった(フォンの称号を持つ)同僚たちから次から次へと妬みやら色々な感情がこもった"歓迎"の言葉を受けるに至り元の気持ちがぶり返してしまい"君たちと同じ所と言うのはお断りです"とばかりにかなりツンツンした態度に徹してしまった。貴族と言っても上から下まで沢山いる。あの門閥貴族達とミュッケンベルガー元帥達を同じ貴族という枠で一括りにするほど自分は愚かではない。そうしているうちに皆に"これは振ってはいけない話"という認識を持たれそれについては話題にされなくなったのだがそれに代わって元帥達が乗り出してくる始末である。ここまで来たら引っ込みがつかず恩もある元帥達相手に内心心臓がバクバクしつつ拒否を貫く事にした。その過程で少しストレスが溜まってしまったのか悪気はないであろう義眼の同僚幕僚やある提督に強く当たってしまったが特に問題にはならないだろう。そもそも自分が貴族など似合わないにも程がある。政府の動向を見る限りこれまでよりかは一般臣民への迫害も減るだろうし自身もそれなりの地位にいるし万が一の時は後ろ盾を願えるだけの縁も得ている。このままツンツンした姿勢を示して話が流れてくれればそれでいい。そう思っていたのだが…………

 

「いや、申し訳ない。呼んでおきながらこちらが遅刻してしまうとは」

 

 キルヒアイスをここに呼んだ、この場の主が姿を現す。

 

「いえ、お忙しい立場なのですから私などに配慮する必要はありません」

 

「おっと、そのままで」

 

 席から立ちあがりかけたキルヒアイスを制し、対面の席にその男が座る。

 

「遅刻した側が言うのも情けない事だが次の予定もあるのでね。用件を始めてしまっても良いだろうか?」

 

「はい」

 

 その返答を聞くとこの部屋の主、宮内尚書ヨッフェン・フォン・レムシャイドは傍らの鞄からいくつかの書類を取り出した。

 

「まずはこれにサインを」

 

 二枚の用紙が差し出される。この場での会話内容は記録しない、両者は合意のない者へ内容を話してはいけない。それを誓約するものである。レムシャイドの記名は既にされており後はキルヒアイスが記名するのみとなっている。キルヒアイスがレムシャイドに誓約するものではなく両者が大神オーディンに誓うものになっている。つまりはこの誓約は有力貴族であり宮内尚書であるレムシャイドと平民であり軍においても一人の大佐にすぎないキルヒアイスが同等とされているものである。

 

「どうぞ」

 

 記入した用紙を渡し、レムシャイドが確認する。そして片方をキルヒアイスに渡す。

 

「いきなりですまないが軍務尚書殿には話さないといけない。それだけは了承してくれ」

 

「判りました」

 

 それを聞くとレムシャイトは"さて"と一息ついてから口を開く。

 

「ここに呼んだ理由は君が思っている事、も少しは含まれているが実は別件が本命だ。故にこの誓約を用意されてもらった」

 

 そういうとレムシャイトは用意した資料の一つをキルヒアイスの目の前に置く。

 

「私は宮内尚書として過去の記録の確認・整理を行っている。謀反を起こした者達の余罪やその権力で表に出す事の出来なかった情報の掘り出しなどをね。そしてその中の一つに一〇年ちょっと前の"寵姫候補亡命事件"というものがある。ブラウンシュヴァイク公オットーの面子に著しく泥を塗った事件であり、故に徹底した情報封鎖が行われた。表に出せば引っ込みがつかなくなる政争の元になるので敵対するリッテンハイム家も秘める事に同意し暗黙の"禁忌"として皆が口を閉ざす事になった」

 

「そしてその"八つ当たり先"として私の家が選ばれ"事が重大にならない程度"に扱われる事になった、と」

 

「そう見てもらっていい調査結果は出ている」

 

 キルヒアイスが捲る資料にはその過程の情報が記されている。自身の記憶を辿りその時の状況と照らし合わせる。

 

「ミューゼル姉弟が消えた前後の記録、君の記憶と相違ないな?」

 

「…………はい」

 

 間違いはない。ただ記憶にない、知り得る事も無い情報もある。

 

 "セバスティアン・フォン・ミューゼル及びその妻子、(帝国歴)四七七年X月XX日全記録抹消"

 

 つまりミューゼル一家はこの帝国に存在しなかった、という事になった訳だ。そして更に一枚資料を捲り、紙質が変わり真新しい物になる。ここからは今回まとめられて情報という事だろう。そしてこの記録は、

 

「そこからは君の記録になる。この騒動の関係者であり叙勲候補者である君は一定レベルの精査が必要となってしまった。父君の状況はこの過程で判明し、手は打たせてもらっている。あまり思い出したくもない記録であろうが本件の添付資料として残す必要が出てしまったので確認はしてもらいたい。それが私の方の本命だ」

 

 そう言うとレムシャイドは立ち上がり奥の席に移る。彼にとっての本題であるこの資料確認に集中させる為の配慮であろう。覚悟を決めるとキルヒアイスはその記録に目を通し始める。

 

 

・ジークフリード・キルヒアイス (帝国歴)四六七年一月一四日誕生

・父は司法省官吏、母は専業主婦

 

(略)

 

・四七七年

 ミューゼル一家、隣家に転居。ミューゼル姉弟との交流開始

 ミューゼル姉弟逃亡。セバスティアン・フォン・ミューゼル亡命実行容疑として拘束

 セバスティアン、尋問の結果子二人の亡命を単独にて実行した事を供述(セバスティアンに関する抹消を免れた最後の記録)

 キルヒアイス一家に対して事情聴取実施、関与認められず(※1)

 キルヒアイス一家に対する謂れ無い噂が出始める。その後の各種行為はセバスティアンの娘アンネローゼの寵姫入り作業を担当していたワトガ子爵(※2)による八つ当たり行為である可能性が高いと推測される状況証拠が多数存在

 キルヒアイス父、遠地へ単身赴任。以後、半年~一年毎に遠地(平均移動距離三〇〇〇光年)への赴任先変更が繰り返される。

 子爵関与の記録有り、最後の記録は行政上設定できる最大赴任期間で最遠地に飛ばされており、そこで"飽きた"と思われる。

 キルヒアイス母、謂れ無い噂によるストレス等が重なり精神に変調をきたす。その原因となったジークフリードに対する家庭内暴力が行われていたと推測される(近所住人の証言)

 キルヒアイス母、実家にて養生する事になる。但し、ジークフリードの同行は拒否。幼年学校への入試手続きとそれまでの下宿先の用意のみを行い放置

 ジークフリード、幼年学校入試試験にて合格、平民枠として入学(※3)

・四八二年

 ジークフリード、幼年学校を卒業。入学後から卒業まで席次は平均五〇番前後、最高三七番

 教官・同級生たちの評価

  何事もそつなくこなせるがとりたて秀でた所無し

  器用貧乏

  演習などで上位者に優位になってもうっかりミスで逃す事が多い

  司令官としてはそのうっかりが危険なため、直接の責任を持たない参謀(補佐)が適任と思われる

 備考:入試試験の成績は首席相当であり入学後は伸び悩んでいたが後の功績・評価より入学後は目立たぬ様に手を抜いていたと推測される(※4)

 士官学校進学を志願、席次は十分であり授業料は半免除・半後払にて当面負担なしと言う形で内定

 内定取り消し。理由は非公表だが子爵による八つ当たりの一環と思われる(代わりに子爵家に仕える家人のドラ息子が内定となっており、これが目的なのか追い出したついでなのかは不明)

 強制的に卒業となり准尉として任官、イゼルローン要塞支隊前線哨戒部隊(※5)に配属

・四八三年

 精神的重圧のかかる最前線にて貴族士官のストレスのはけ口なり慰め者に近い扱いをされていたが見かねた平民士官Aがイゼルローン駐留艦隊査閲部に密告。査閲部長(貴族)は貴族・平民間の"よくある些細な出来事"であるとして黙殺するが厳格な査閲次長(平民)が独自判断で強制介入しジークフリードを要塞へ召喚。聴取を開始するが同盟軍の襲来(第五次イゼルローン要塞攻防戦)に伴い作業中断、攻防戦終了まで査閲部にて待機。攻防戦終了後、該当哨戒部隊の消滅に伴い査閲部長が調査中止、記録削除を厳命。査閲次長及びジークフリードはオーディンの異なる閑職に移動。記録上懲罰人事(記録削除の為、 素行不良の為となっている)となった為、通常一~二年で少尉任官になる所、三年を経過しても准尉のままとなる。

・四八五年

 該当部署は前途ある若手士官候補の職場ではない、としてその"期待"にそった配属先に移動させるべしという名目でグリンメルスハウゼン艦隊陸戦隊に所属変更。当然ながらたまたま存在を見つけた(思い出した)子爵による嫌がらせ人事介入行為。

 衛星ヴァンフリートの地上戦に参加。所属中隊の中隊長Aは卑屈な者であり、主戦場外にて極力戦闘を避ける行為を実施。部下に命じて戦闘の起きそうにない場所を探索させそのエリアを維持するという名目で主戦場を離脱。記録上、最終決定したエリアの進言者はジークフリード・キルヒアイス(※6)。その外れのエリアで極秘通路を経て逃亡中であった同盟軍基地司令官セレブレッゼ中将を含む少人数の一行を発見し中隊総出で拘束(※7)。その勲功にて中隊所属士官は全員昇進、その結果やっと少尉となる(※8)。

・四八六年

 休暇中(※9)に惑星クロイツナハⅢで麻薬密売組織の捜査に協力。本来任務外の出来事ではあるがサイオキシン麻薬は帝国叛徒問わず"絶対悪"であり、恩賞として中尉への昇進が認められる(二〇歳を迎える直前で"絶対悪"への功績があるのに少尉というのはかわいそうという同情人事、八つ当たり介入の形跡はあれど覆らず)その際、事後調査に赴任してきた軍大佐(元イゼルローン要塞査閲次長)と再会し、改めて縁を得る。

 同年、宇宙艦隊司令部に配属になったその元イゼルローン要塞査閲次長レンネンカンプ准将(昇進)の推薦で宇宙艦隊司令部に配属変更(※10)。そこでミュッケンベルガー元帥に"認められる"。以後、介入の形跡無し。ミュッケンベルガー元帥を恐れての自粛と思われる。

・四八七年

 出兵(後のアスターテ会戦)に伴い、経験の為に大尉に昇進(※11)させたうえでメルカッツ艦隊司令部に"貸出"される。

 

(略)

 

 

「どうかね?」

 

 読み終えたタイミングでレムシャイドが手前の席に戻る。

 

「若干気になった所などがあったので直接記載をしておきました」

 

 それを聞きレムシャイドがテーブルに放り投げられた書類を拾い、素早く確認する。

 

「わかった。これについては正式資料化の際に並記しておく」

 

 修正ではなく並記。キルヒアイスが残したくない記録を修正と言う形で消してしまう事への警戒である。

 

「実の所、本命としてこの確認してもらった記録はさほど重要ではない。あくまでも過去の記録だからな。しかし」

 

 レムシャイドの目が鋭くなる。

 

「イゼルローン捕虜交換式」

 

 その一言で背筋が凍る。

 

「あの出会いについて詳細を報告しなかったのは宜しくない。帝国に仕える者として不本意であるが亡命なり捕虜からの転向なりで叛徒に転ずる者が出る事は多々発生する。若い時の知り合いがそうなって奇遇にも再会するというのも確率的にはゼロではない。しかしそれがあの隣人である事。その事についてまったく記録が残っていないというのはどういう事か?」

 

 "フェザーンの白狐"と呼ばれ、フェザーン自治領主と長きにわたり表裏の交渉を続けてきた帝国最高の外交官。その姿には下手な軍人よりも多くの修羅場を潜って来た威がある。

 

「そ、それは……」

 

 思わずしどろもどろになりそうな言葉をレムシャイドは手で制す。そして思わず出てしまう含み笑い。

 

「いや、すまなかった。ここまで圧するつもりはなかった。その時の状況は今見た資料の通りではないか。まだまだあの時はブラウンシュヴァイク家も健在、表立ってしまってはその身に何が起きるかわかったものではないと考えるのは当然。やっと光が見えてくる職場(宇宙艦隊司令部)に巡り合えたのだ。余計な災難など避けるに限る」

 

 どっと汗が噴き出る。

 

「しかし、だ」

 

 だが話は終わらない。

 

「せめてミュッケンベルガー元帥なりシュヴァルベルク元帥(当時上級大将)なりにひっそりと報告しておいた方が良かったとは思うぞ。"重要な事なので他には秘めていました"とでも言っておけば筋は立つ。そしてあのご両名なら君に不利になる行いはすまい」

 

「……その通りです。配慮が足りませんでした」

 

 キルヒアイスが頭を下げる。"まだ頼るに足る存在であるか見定め終えていなかった"とは口が裂けても言えないからここは素直にふりをしておいた方がいい。この人はその立場上、この一件のみで自分を罰する罪を簡単に"作る"事が出来る。刺激しない方がいい。

 

「うむ、それでよい。これで本命だった確認は終了だ。それで私にとってはおまけ、君にとっては本命の話だが…………」

 

 ここでレムシャイドが顎に手を当て、首をひねる。

 

「あんな経験しているのに"貴族になりませんか? "って言われても正直困るよな。説得してくれと言われた私も困る。まぁ時代も変わったし心を入れ替えてというのもあるかもしれないが気分転換に貴族になりますって言うのもやはり違う」

 

「それは……、正直な所、その通りであります」

 

 二人揃って"ふぅ"っと溜息をつき、少しの静寂の後、何故か二人揃って笑いが込み上げてくる。

 

「だから私からは説得はしない。軍務尚書殿にはこの資料は見せねばならぬ。その際に"私は説得しない、そっちにまかせた"と投げつける。あの御仁ならそれで君と私の気持ちは察してくれるはずだ。そのうえで君の説得を図る様ならその思いを素直にぶつける事だ。受け止めてくれるはずだ」

 

「そうしたいと、思います」

 

 素直に応じる。しかしそれはレムシャイドを信用したのではなく話しても大丈夫だろうとミュッケンベルガーへの見定めが終わっているからである。

 

「しかし、貴族社会の浄化と質の向上を考えれば君がその世界に入る事が望ましいと考える者は多いだろう。もしいつか、その一歩を踏み出してみたいという気持ちになったら遠慮なく私に相談したまえ。色々と知ってしまったからな。年長者として少しは背中を押せるはずだ」

 

「もしその時が来たのなら。考えておきます」

 

(誰かを頼る事にはなるでしょう、しかしそれは貴方ではないと思います)

 

「うむ。では終了だ。ご苦労だった」

 

 

 キルヒアイスが出て行った扉の鍵ををレムシャイドが掛ける。そして二人が会話していたテーブルの近くにある壁に手の平を押し付ける。

 

 "ガガガガガガガガ"

 

 隠し扉が開き、人影が二人見える。

 

「聞こえていたな?」

 

 レムシャイドが二人のうちの片方。頭髪をほぼ失っている男に問いかける。レムシャイドは誓約をしている。しかしそれは"記録しない"という事と"内容を話してはいけない"というものである。彼は記録してないし話してもいない。ただ近くで聞いていた者がいただけである。

 

「はい」

 

 その男、内務省社会秩序維持局長官ハイドリッヒ・ラングが恭しく答える。

 

「ジークフリード・キルヒアイスという男の事をどう判断する?」

 

 その問いにラングは少し考え込み、言葉を選ぶように丁寧に答える。

 

「あの資料、それを作らせていただいた際に得た感想としては刺激さえしなければ害になることはないでしょう」

 

「今の政府が行っている改革が進む限り、か」

 

「はい」

 

「なら、当面放置するとしよう」

 

 そしてレムシャイドの視線がもう一人に移る。それ視線を受けるや否やその男は背筋を伸ばし緊張した趣を示す。

 

「君と直接会う事は初めてだが緊張する事は無いぞケスラー准将。君のもたらした情報は謀反人共の罪の洗い出しに非常に役に立っている」

 

 そういうとレムシャイドは己のデスクの引き出しから一つの分厚い冊子を取り出す。

 

「しかし、役に立つ情報をもたらした事とその情報を"隠し持っていた事"はまた別の問題だ」

 

 その鋭い目がケスラーを射抜く。

 

「リヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼン子爵は亡くなる直前に君にこれを託した。これのページからは君の指紋も多数検出されており、それは君がこれを読んでいるという証拠になる。重要な情報は立派な"財産"だ。子爵の世話人と言える立場であり葬儀や遺産整理まで関わった君はこれを報告せずに隠し持った。金品問わず死亡直前に譲られた物は遺産として処理しなくてはいけない、それを報告していない以上これは明確な"横領"である」

 

 ケスラーは何も答えない。レムシャイトの言っている事は全て"事実"だからである。レムシャイドがラングに依頼したジークフリード・キルヒアイスの調査、その過程で発見されたイゼルローン要塞でのラインハルトとの会合。その報告内容に関する疑惑への追求として当時その上官であったケスラーにも調査の手が及びケスラーもまた、その報告内容に何らかの手を加えている事が確認されて社会秩序維持局は直接の取り調べを実施。ラインハルト・フォン・ミューゼルが特別な人物であると知っているという確信に至り家宅捜査、そしてグリンメルスハウゼンの遺品は発見された。その遺品にはミューゼル家の一件も記載されており、そのページにはくっきりとケスラーの指紋が残っていた。

 

「准将、そう怯える事は無い。いわゆる司法取引と言うものだ。この情報、遺品を提出する事。そしてこの事を口外しない事。それを条件に君は一切の罪を問われない。もしこの遺品の内容と君がそれを知っているという事が裏の世界で知れ渡ると、恐らく君は考えもしたくない方法でこの世を去る事になるだろう。しかし私たちだけがそれを知る状態である限り君に害は及ばない。害が及ばない様に君とその縁者には影ながらではあるが社会秩序維持局が用意した腕利きのガードが控える事になる。安心したまえ」

 

 何も、答える事は出来ない。

 

「その代わりと言っては何だが、私やラング君がちょっとしたお仕事を依頼するかもしれない。その際はまぁ、出来る範囲で手助けしてもらえないだろうか?」

 

 疑問符という名の命令。

 

「…………出来る範囲となりますが務めさせていただきます」

 

「ありがとう。君は宇宙艦隊司令部が目をかけている次世代将官の候補らしいからね。あそこは簡単には手を出せないから君がいるととても助かる。期待しているよ」

 

 

 キルヒアイスと同じ扉でケスラーが退出する。この扉は特別な裏口専用であり、ここに来たと判らない所から出る事が出来る。そして定期的に出口は変更される。

 

「もう一つ聞こう。ウルリッヒ・ケスラーという男の事をどう判断する?」

 

「油断なりません」

 

 ラングは今度は即答する。

 

「ほぅ、どのようにかな?」

 

 この反応は予想していなかったレムシャイドが興味を示す。

 

「あの者の経歴に"こちら"と同系統のものはありませんでした。しかし、我々との交渉(※:尋問)などで見せた対応などから考えるに"こちら"への理解若しくは適正が感じられます。こちらの手綱が繋がっているうちはむしろそれが有用となりますが切れてしまったら……どう反応するか判りません」

 

「なるほど。だから"ガード"を付けろと言った際に縁者を含めたのか。本人のみならどうなるかわからん」

 

「はい。まぁ、縁者に付けているというのは"嘘"ですが」

 

 あっさりと嘘というラングにレムシャイドが思わず笑いこむ。

 

「はっはっは。縁者如きにガードが見つかるはずがない。本人が見張れればそれで良し、か」

 

「はい。本人の動きが判れば良し、です。直接、間接問わず情報伝達方法は全て押さえてありますので縁者経由という事も出来ないでしょう」

 

「しかし宇宙艦隊内で口頭なりとなると……流石にこれはどうにもならんか」

 

「そこまでは流石に。しかし、我々の捜査の為の秘密捜査官である。とすればバレても大丈夫かと」

 

 その言葉を聞き、レムシャイドは深く考え込む。そして、

 

「わかった、それで良い。我々の目的は旧門閥の穢れを見つけ、取り除く事。そのうえで」

 

 レムシャイドの顔がこの日最も恐ろしい凄みを見せる。

 

「新たなる穢れが蔓延る事の無いように我らの楔を埋め込む事だ」

 

「ご指示のままに」

 

「うむ。では、本日の任務は終了だ」

 

 レムシャイトは三度、扉から出ていく男を見送った。

 

 

(何が我々の楔だ。次の首魁を狙って手当たり次第に首根っこを掴みたいだけだろうに)

 

 帰り道で思わず口に出しそうになるのを必死にこらえる。内務省社会秩序維持局長官ハイドリッヒ・ラングはその職務に対し、極めて優れた能力を持っていた。主に政治犯や思想犯などを取り締まる社会秩序維持局はその職務故に重要な情報を握れる政府高官にあるにもかかわらず代々の長官は平民が多くを占めていた。貴族がこの役職に就いた時、縁者や派閥の者が調査対象となった時に手を抜く事が出来ない。それを行えないと己が重罰となる。貴族たちが敬遠し続けた結果、ごく自然に平民が就く役職となった。ただ、その職務を終えた後に平穏な余生を送れた者は少ない。

 その職務をラングはほぼ完璧に遂行していた。政治犯や思想犯などを取り締まる事は正しい帝国の政治を維持する為の正義の職務である。帝国の臣下として道を踏み外している門閥貴族どもを"皇帝陛下の定めし法を守らぬ者"として裁けぬ無念、今こそその恨みを晴らすべしとその使命に燃えていた。宮内省と協力して行うこの浄化作業は帝国摂政リヒテンラーデが音頭を取る大事業であり決して"次の門閥貴族"を作り出す為のものではない。明らかに"次の図面"を描こうとするレムシャイドは戦火を免れた門閥貴族の生き残りであり没落した者達を含めても上位に属する大物であった。今は没落門閥貴族共の穢れを拭う為に手を組んでいるがもし帝国の正義に反する勢力となるならば…………

 

(そうなればあのウルリッヒ・ケスラー、そしてジークフリード・キルヒアイス。色々と納得して手を結べる相手なのかもしれん)

 

 ハイドリッヒ・ラングはあくまでも己の職務は皇帝陛下の統治する帝国を正しい姿に保つ為の正義の執行であると肝に銘じていた。そこに私利私欲など何一つ存在しない。それが彼のプライドであった。

 

 

 

 ここは応接間の一つなのだろう、立ち並ぶ調度品はこの館の主らしい質実剛健な実用品で満ちている。応接間というよりも日常の休息などに使う居間の一つなのかもしれない。

 

「む、来たか」

 

 部屋の隅でその調度品をいじっていた主が入室に気づき歩み寄る。考えてみたら軍服ではない状態のこの人を見たのは初めてではないか? 

 

「この度はお招きいただき……」

 

「そういう堅苦しいのはいい、今は私用、プライベート時間だ。そこにでも座れ、上着も堅苦しければその辺に掛けておいていいぞ」

 

 緊張する客キルヒアイスを制し、館の主グレゴール・フォン・ミュッケンベルガーが気軽に飲み物を用意し始める。

 

「ここは寛ぎの間、と言った所だ。貴族としても軍人としても人の目だらけの生活だ。こういう場でも作らんとやってられん」

 

 そう言いつつ自ら入れた二人分のコーヒーを己とキルヒアイスの手前に置く。

 

「そもそもこの館自体がデカすぎるのだ。大半の部屋が空だ。これでも出来るだけ小さくしろとは言ったのだがやれ司令長官だやれ軍務尚書だで役職相当の大きさにせんと示しがつかぬらしい」

 

 確かにこの部屋に来るまでの間だけでもこの館がサイズの割に人の気配が全くない。そういえば家族がこっち(帝都)にいるとも聞いたことが無いしこの人が自宅で沢山の人をはべらす姿は想像できない。

 

「………………」

 

 ミュッケンベルガーが何かを語ろうとして戸惑い、口には出さぬが"う~~ん"といった仕草で指でポリポリとこめかみをかく。そして"ふんっ"(これは聞こえた)と気合を入れたかと思うとおもむろにこちらを覗き込んだ。

 

「まぁ、判ってはいると思うが。あの話だ。宮内尚書から受け取ったあれは読ませてもらった」

 

 実はちょっと言葉を濁している。キルヒアイスも確認したそれは確かに読んだ。しかしそれより前に概要については知っていた(※12)そう言うとミュッケンベルガーはまったくもって彼らしくない仕草、両手を上げてぼやく。

 

「お手上げだ。あのような経験を得た者の人生の分岐点をこちらで決める訳にはいかん。やっと家族一緒の生活が戻って来るらしいではないか。まずは十分に親孝行して、その後に次の道を考えるといいだろう」

 

 正直ほっとした。これでもまだ強く押してくるのならこちらも腰を据えなくてはいけなくなる。

 

「しかし、だ」

 

 そういうとミュッケンベルガーがずいっと前に乗り出す。

 

「今後のわだかまりなどを考えるとだな。一度貴族と言うものについて腹割って話した方がいいだろう、と思ったのでな」

 

 結局、腹を据えた方がよさそうである。

 

「貴族と言うのも上から下まで沢山ある、実際の所はそれで得する事と損する事の天秤の結果次第だ。領土を持たぬ帝国騎士ならオーベルシュタインの奴がぼやいたが"貰って何か損するものでもない"というのはある意味真実だ。数は多いがその大半は一般臣民と大して変わらん生活をしている。高名を得てもメルカッツのように距離を保つ姿勢を取り続ければ周囲もそこまで巻き込もうとはしない。有力貴族がお気に入りの平民家人に箔を付ける為、優秀な平民官僚を高官にする為、"貴族である"という名札を付ける為に使われる。それが帝国騎士の一面だ。まぁこれからは質の向上の為にそれなりの吟味を義務付けるようだがな」

 

「……それは"とりあえず貰っておけ"という事でしょうか?」

 

 腹を割ってという事なのであえて強めの言葉で迫ってみる。

 

「恐らく、周りはそう思っているのが多いだろう。特に先の叛乱貴族共に近かった者、そこでこちらに踏みとどまれた者はそう考えている者が多い。これから自分達がどう見られるのかを理解しているのだ、己が政府から見れば"今回は上手い事逃れた予備軍"だという事を。だから恭順の意を示す為にも貴様の様な立場の者が貴族の世に入る事を望んでいる。新興貴族層は政府の望む層である事を認めますよ、己たちの勢力拡大には使いませんよ、という無言の意思表示だ。軍務尚書として受け取る推薦も驚くほどその予備軍からの推薦が存在しない。下手に動いて目を付けられるのを恐れているのだ」

 

「それだけを聞きますと"とりあえず貰っておけ"となるのは一応理解できるのですが"周りはそう思っているのが多いだろう"というからには尚書閣下のお考えはまた、異なると?」

 

 その言葉を聞いてミュッケンベルガーがニヤリとする。この理解の速さというのがミュッケンベルガーが望む好ましい人材の条件の一つである。ただ、早すぎても駄目というのがミュッケンベルガーの難しさでもある(オーベルシュタインはそれだから苦手)。

 

「こっち(貴族の世界)に入って欲しいという気持ちは今でも変わらん。しかし、今の貴様に関して言えば周囲然り本人然り、少し冷めてからの方がいいだろうと思うようになった。あれを読んだのでな」

 

 そう言うとミュッケンベルガーは手を組み、ぼそっっと言葉を繋げる。

 

「今は両親との生活を取り戻す方に専念したいだろう。子としてはもう一人立ちしてもおかしくない年ではあるが空洞を埋めずに巣立つほど年を食っている訳でもあるまい」

 

 家族。そこに触れてもらえた事を心の中で感謝する。実は父から帝都に戻れると連絡があった時、以前住んでいた住居が空いてたら借りておくようにと言われていた。そして奇遇にもその住居は何人かの手に渡った挙句、つい最近また空いて居住者募集中だった。キルヒアイスが即契約し父はそこに帰って来る事になっている。「また一緒に」と言われたキルヒアイスも引っ越し予定である。そして、母も。

 

「親とは会える時に会っておいたほうがいい」

 

 キルヒアイスが言葉に詰まっているとミュッケンベルガーはそう言い、椅子に深々と身を傾ける。

 

「軍人であるならば尚更だ。実力どころか運一つで会う事は叶わなくなる」

 

 これに関してはこの人の言葉は重い。

 

「わしは次男坊だった。軍人としての家系に生まれ、軍人であるべしと育てられ、特に疑いの気持ちを持つことなく軍人になった。貴族の家の次男以降はある意味"跡継ぎのスペア"であり"外交の道具"だ。しかし今、わしは当主としてここにいる。ただの艦隊司令官から宇宙艦隊副司令長官になった時は親族総出で祝賀の嵐だったぞ。"これで戦死する様な位置で指揮を取る事はないだろう"とな。だからこそ」

 

 そういうと身を再び乗り出す。

 

「貴様のキャリアを考えれば何度かは最前線に位置する所で働く事になる。そしてこれはわしの負の遺産であり弁明の余地のない事だが。その最前線にはあの要塞がある」

 

 イゼルローン要塞。これから何かしらの形で正規艦隊所属になればそれを相手にしなくてはいけない時は必ずやってくる。そしてあれはもう才能とかそういうものを超越した死を振りまく。恐らく叛徒軍の未来から多数の名将・名参謀を奪ってきただろう。それがこちらにも降りかかる。

 

「だから今回の推挙からは外す。それで何かもめごとが起きそうならわしが責任を持って対処する。貴様は新しい役職(司令長官付高級副官)と再び動き始めた両親との生活。これを充実させる事だけを考えろ。まだまだ若いのだ。少しはだらけてもいいと思うぞ」

 

 腹を割った話、というかミュッケンベルガーが言いたい事を全部吐き出す事が目的だったような気もするがとりあえず叙勲問題については一旦放置してもよさそう、という事なのだな。とキルヒアイスは考える。その後にまた再燃するかは自分の勲功次第なのかもしれないがその頃には新しい生活も落ち着くだろうしそれはその時に家族と相談して決めればいい事だ。その後は他愛のない話となり食事まで頂いてキルヒアイスは少し胸中のわだかまりが消え、気持ちよく帰宅する。

 

 

「では、今日はお先に失礼します」

 

 あの日から暫くが経過した。叙勲問題については手が回ったのか皆諦めたのか声はすっかりかからなくなり、それなりに平穏な日々に戻ってきたと言える。後は今日、これから帰るあの家で両親とどういう再会をするかである。父とは何度か連絡は取れたが母とは直接の連絡をしていない。住所は知っているので父に依頼されて母には鍵のスペアを送っており一足早く入って最低限の家具と人数分の寝具は用意しているいう。さて、どうやって顔を合わせればいいものか。

 

「大佐殿、この辺りで宜しいですか?」

 

「! 、……あ、あぁここでいい。ありがとう」

 

 宇宙艦隊司令部付の車が適度な場所に停まる。トランクから数日分の衣類を入れたバッグを取出し家路につく。遠目に見える家からの光が僅かに確認できる。

 

(最後に来たのは何時だったっけ?)

 

 幼年学校在学中の休みに何度かは見に来たことはある。しかし卒業してからは来た記憶がない。

 

(あれも、もう様変わりしえいる)

 

 "隣の家"があった場所はあの日から少し後に更地になった。その状態で暫く放置されていたらしいが解放されたのだろう。新しい家が建ち生活の光が灯っている。住人はそこが何であったのか、何が起きたのか知らないだろうがそれでいい。その方が幸せだ。

 

 キキィ

 

 その"隣の家"をのんびりと眺めていると前方、家の手前にタクシーが止まっており男が一人、トランクから取り出した大きな旅行バッグとキャリーを手にえっちらおっちらとしている。それが誰なのかは暗がりの中なのにはっきりと判る。いや、真っ暗であっても今ここに降り立つ人は一人しか思いつかない。

 

「父さん!!」

 

 思わず小走りになって駆け寄る。

 

「!!!! ……おー、はっはっは。映像とは違って実際に見てみるとまぁ本当に大きくなったなぁ」

 

 父が見上げるというほどでもないが自分より大きくなった息子の姿をまじまじと見つめる。何度か映像記録付の手紙はやり取りしていたがやはり実物は違う。

 

「荷物はこれだけ?」

 

「仕事に必要な物だけだ。大きな荷物は全部最安の貨物便だからな、一足二足遅れて届くだろう」

 

 二人で玄関に進む。

 

「それにしてもまたここに戻ってこれるとはなぁ。いつかお前が何とかしてくれる。そう思って我慢した甲斐があった」

 

 横目で見る父の顔は思った以上に生気に満ち溢れており、安堵と喜びを覚える。

 

「さて、と」

 

 ピンポーン とチャイムが鳴る。キルヒアイスが鍵を持っているので開けれるのだが父が押してしまったのでそのまま待つことにする。そして、玄関が開いた。

 

「ただいま」「ただいま」

 

「……おかえりなさい」

 

 まだ家具などが届いてないので殺風景な屋内。でも知ってる屋内。恐らく事情を知っているであろう父が一人で奥に進み、母と子が残される。

 

「……ジークフリード」

 

 父と違い母はまだ四〇代ではあるが一回り老いた気配を感じさせ、目元にはクマのような跡が見える。

 

「……ジークフリード、…………ごめんなさい」

 

 母が頭を下げる。それだけで、もう、十分だ。

 

「母さん。ありがとう」

 

 母を抱きしめる。あの時は自分の顔が母の胸元だったが今はその逆。随分な時が経過してしまったものだ。そう考えているとふいに母から力みが消え、ペタンと膝をつく。

 

「母さん!?」

 

「大丈夫、大丈夫。どうやって顔を合わせようかずっとずっと考えてて。やっと会えたと思ったら体がふわ~~ってなっちゃって」

 

 照れたように顔に手を当てる母の両脇に手を添え"どっこいしょ"と持ち上げる。

 

「ただいま、母さん」

 

「おかえりなさい、ジークフリード」

 

 やっと見れた母の笑顔。

 

「さて、と。調理機器とか色々と揃うまでは出来物ばっかりになっちゃうけど夕飯は用意しているわ」

 

 そういうと母は台所の方に歩を進め。

 

「その前にこっちこっち」

 

 と、家の奥の方に歩を進める。それを確認するとキルヒアイスは自宅の中に歩を進めた。

 

 

「大丈夫だったか?」

 

「……うん、大丈夫」

 

「ならそれでいい」

 

 最低限のテーブルとポットだけが用意されている居間で父は寛いでいた。まだ着替えもそのままで荷物も横に置きっぱなしである。

 

「私が言うのもなんだが家族そろってこれから再スタートだ。これまでの事を忘れる必要はない。だけど無理に引きずることも無い。なるように、やりたいようにやってみるしかないさ」

 

 父の言葉に力強く頷く。そして父が傍らに置いたキャリーを妙に大事にポンポンと叩く事に不思議な感じを覚える。

 

「それ、何か特別な物でも入っているの?」

 

 思わず聞いてしまうと父が満面の笑みを浮かべる。

 

「これはだな」

 

 そう言って父がキャリーを開きキルヒアイスも覗き込み。そこにあるのは……

 

「種、の入った袋????」

 

「そうだ」

 

 父がいくつか取り出す。雑貨店に売っていそうな家庭菜園用種子の袋みたいなものや小さなビニール袋に入ってペンで名前が書かれている物、種だけじゃなくて球根らしいものもある。

 

「何時か絶対にここに戻って来て見せる。とは思っていたが遠方まで飛ばされたんだ。その地方地方で目についたものは蘭だけじゃなくて手当たり次第に買っておいた。庭も荒れ放題だから造り直し甲斐があるってものだ」

 

 蘭の栽培と食後の黒ビールが楽しみだった父。ごく普通の人だと思っていたが思った以上に逞しく力強い人だった。それが妙に嬉しくて思わず笑いそうになる。

 

「じゃあ父さん、バッグの方は部屋の方に持って行っておくよ」

 

「あぁ、頼む」

 

 自分のと父のバッグ、二つを抱えて両親の部屋に行く。母のものと思われるバッグとダブルベッドが一つ。最低限の部屋に父のバッグを置き部屋を出ると隣の部屋から母が出てくる。

 

「ごめんなさいね。これから夕飯準備するから」

 

 そういって母がそそくさと台所に向かうのを見つつキルヒアイスは首をひねる。隣の部屋はいわゆる季節ものなどの雑貨を手あたり次第に入れておく小部屋だったはず。少なくとも今、わざわざ入り込む必要はないはずなのだが? 不思議に思いその部屋の扉を開けて覗き込む。

 

 部屋には小さなテーブルの様な棚。そこに置かれた一冊の本。壁飾り。架けられたフード。

 

 知識としてそれは知っている。しかしこう間近で見る事は無かった。それは、

 

 

 

「……地球教」

 

 




※1:関与認められず
 本当に無関係。聴取する側もプロでありその態度言動などより「あ、これ完全に白だ」と判断するしかないという結果になった。特にセバスティアンとの交流が皆無だったのが致命的であり共犯者としての捏造をしてもたかが平民一家が死ぬだけでなんのうさばらしにもならないとブラウンシュヴァイク本家は無視する事にした。

※2:ワトガ子爵
 内乱の際、アルテナ星域の会戦にて捕虜となる。その後、正規軍の策(無能は解き放った方がいい)によりガイエスブルク要塞に帰還。要塞攻防戦にて行方不明。

※3:幼年学校
 軍の教育機関として「広く開かれている」という建前であるが実態は"貴族>>上級市民>>>>>一般市民"という明確な枠組みがなされておりキルヒアイスが相当する一般市民は全体上位成績相当でやっとボンクラ下級貴族(合格圏ぎりぎり)より優先される"かもしれない"という程度である。つまり入試試験成績順で入れるわけではない。

※4:評価
 入学試験は中の雰囲気が判らず、落ちる訳にはいかないので本気を出してしまった。その後は備考に記載されてしまった通り、目立ち過ぎない為の"手抜き"である。もっと低い順位に設定しても良かったが幼年学校に入ってしまったからにはきちんと士官学校も出ておきたい、しかし学費が用意できそうもないという事で学費はなんとかなる順位になるように調整は行った。尚、入試試験(一般基礎知識)と入学後の学業内容(幼年とはいえ軍の教育機関)の趣が大きく異なるので入学後に伸び悩む者は多々おり、入学後に成績が適度に落ち込んだ事は当時は怪しまれなかった。

※5:イゼルローン要塞支隊前線哨戒部隊
 イゼルローン要塞同盟側出口付近に配備される小規模哨戒部隊。出口付近の監視・監視、状況により同盟領への強行偵察を主任務とし同盟軍のイゼルローン要塞侵攻の際には邪魔なので真っ先に消滅させられる。少なくとも士官未満のペーペー准尉が配属されるところではない(生きるのに必死な現場なので准尉に任せられる事など無い)

※6:エリア進言
 このような何の意味もない戦闘で死ぬのは心底嫌なので本気で考えた戦闘のなさそうなエリアを適当に選んだような仕草で進言した。

※7:セレブレッセ中将拘束
 完全な幸運。戦略的に見て兵力を置く意味がまったくないエリアを狙って極秘逃亡ルートを用意したはずなのに不運にもそれが原因で鉢合わせる事になってしまった。

※8:全員昇進
 この人事で中隊長Aは実力不相当の大隊長(大尉)となり、後にその卑屈な頭ではどうにもならない前線で戦う事になり戦死。

※9:休暇
 当時は真面目に仕事するのも馬鹿馬鹿しいという気持ちなので休みは取れるだけ取っていた。尚、現在はかなりルンルンなので全然休まなくなっている。

※10:配属変更
 理由としては生来の気難しさから副官を次から次へとクビにする当時の司令長官ミュッケンベルガー元帥から「わしが満足する人材を持ってこい」と無理難題を叩きつけられた新米幕僚レンネンカンプがやぶれかぶれで連れて来たと言うのが真相でありキルヒアイスの事を思った行為ではない。まぁ頭悪くなさそうだし見てくれはいいし、くらいの気持ち。その評価を改めたのは着任してその仕事を見てからであり己の不見識を恥じてそれ以降はよく世話をするようになった。

※11:大尉昇進
 士官学校に進んでないとはいえなんでこの才覚で五年近くかかってまだ中尉なんだよ、と思ったミュッケンベルガーによるごり押し人事。

※12:それより前に
 No.48参照 この時は亡命事件のゴタゴタの八つ当たりで家族バラバラで幼年学校→士官学校は入れずに卒業 くらいまでの第一調査概要情報のみ(それでも きっつ と思うくらいではあるが)でありその後の詳細肉付けは後日受け取ったキルヒアイスも確認したそれである


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No.53 民意の形

 上げて!!!!落とす!!!!!!(想像以上の反応を見て謎のガッツポーズ)
 ローカルのメモはきちんとレムシャイドだったのにリリースしたNo.52ではずっとレムシャイトだった。なんでやねん(指摘ありがたう)
 何か段々と文字数が増えて来てるなと思って確認してみたら凄い増えてた。多分二週間毎なのでそれなりの分量書かなきゃって勝手にプレッシャーにしていたんだと思う。宜しくないので少し気を楽にさせる。"書きたい"で続くならいいけど"書かないと"ってなったらアカンと思うんよ、こういうのは。なので気を楽にする分、量は落ちると思う。


 

 時は七九七年に戻る

 

(素直にあの時に退役するべきだったか????)

 

 情報部長ドーソン大将は毎日のようにそう考えながらも余人が見たらびっくりする程意欲的に職務を遂行していた。というか遂行し続けていないと情報部が機能を停止する。細かい所に目が届きすぎてしまう、好意的に解釈すると"小さなことも見逃さない"その性格と元々情報畑としてやってきた経験がズタボロの情報部を見逃す事を許さないのだ。

 先の救国軍事同盟によるクーデター、その首謀者であった前情報部長ブロンズ中将は当然ながらその同志の多くを情報部から得ていた。前情報部長と前次長は揃って檻の中。同志の多くが同じく檻の中なり執行猶予付での不名誉除隊、一番軽くて遠地左遷。スカスカになった情報部の再建、その第一陣が新部長ドーソン大将であった。クーデター騒ぎで軍中枢部はもう懲り懲りとなって退役すら考えたが四〇代の身の上としては少し早い、なのでこの情報部長再任(※1)を受け入れ、そのスカスカな情報部に驚愕しつつもとにかくまずは人だ、と各地から穴埋めとなる人材をかき集め始めた。といっても優秀な人材があぶれているはずがない。情報部長として優秀だった(からクーデターを起こせた)ブロンズは優れたスタッフを集める能力においても優秀であった。そしてそれが綺麗さっぱりなくなった。いきなり頭を抱えたドーソンにとって救いの手となったのはあの帝国領侵攻軍にて情報主任参謀を務めたピロライネン少将とそのスタッフであった優秀な情報系士官達がその後の懲罰人事で各地に左遷されておりクーデター後の左遷にて飛ばされた者達と交代して情報部に帰って来た事であった。ピロライネン少将はすぐさま情報部次長に就任、ドーソンの片腕として情報部の舵取りを行う事になる。

 人がいません、なので仕事が出来ません。などとは社会人として口に出す事が出来ない。国防組織ならなおさらである。何とか人をかき集めつつ情報部は運営を再開する。最重要事項は軍人材の精査、つまりは潜伏に成功したクーデター勢力残党の摘発である。そして本来の主業務であるはずの帝国情報の入手及びその分析に関しても手を抜く事は出来ない、のだがこっちはかなり手を抜く事にする。つまりは集まった情報を最低限の整理を行ったうえで統合作戦本部を経由してヤン・ウェンリー率いる対策室に委託(別名:丸投げ)したのである(国防委員会など根回し済み)。数値(帝国内乱の損害など)の集約は統合作戦本部の事務系がやればいいし各事象からの状況推測などは情報部がチームで行うよりも一旦ヤン・ウェンリーに投げてしまって彼の脳内でざっくりと纏めてもらった方が良い。部下としてのあれ(ヤン)はそれ(考える事)をやらせておけばいいんだと本部長代理~監禁時(※2)に理解した。

 かくしてなんとかかんとか動き始めた新生情報部であるが難題は次々と降りかかる。

 

「ひとまずこれに関しては情報部内でもアクセス権を絞り、対象者に箝口令を出している」

 

 ドーソンが提出した資料に目を通すのはクブルスリー、ビュコック、そしてヤン。

 

 "目立つルートで報告すると色々と悪影響を広げそうなのでひとまず情報を統括している情報部長宛に送るのでそこから必要に応じて根回しをしてください"

 

 というメッセージと一緒にイゼルローンから受け取ったそれをドーソンはひとまず最低限の部内関係者だけに伝えてここに持ってきた。今それを見せられた三名はそれぞれに目に"見たくない物を見る沈痛な面持ち"を見せている。その内容はイゼルローン要塞から届いたいわゆる「係留中の亡命希望者の方々の一部におけるとても残念且つ重要な行動について」の緊急報告書であった。最後にはこう記されている

 

 "イゼルローン要塞司令部としては回廊を出た後については責任を取る事が出来ない"

 

 丁寧にも要塞防衛司令官ではなく最前線で指揮をしているはずのウランフの電子署名付きである。そしてそれに対する三名の対応は……

 

「亡命の受け入れ可否の権限は政府が持つ物であり我々としてはその決断を元に適切に護送乃至返送を行うのが仕事である。よってこの報告は国防委員長に提出し、最高評議会の判断を仰ぐ事とする」

 

「わしらとしたら勝手に判断するわけにはいかんからの」

 

「ですね」

 

 クブルスリー、ビュコック、ヤンによる阿吽の呼吸といえる"政治にぶん投げ"宣言でこの第一関門はいったん棚上げ(放り投げ?)となった。かくして情報部の苦悩はひとまず遠ざかったと言えるのだが…………

 

 

 

 年が明けて某月某日、とある総合レジャービル上層階。

 

 そこにあるレストランは比較的リーズナブルなお値段で見晴らしの良い外景を見つつ各種料理を楽しめる穴場として有名だった。消音壁で隣と区切られており、余程の大声でない限り隣に会話を聞かれないというのも好評を得ている。

 そこに若いと言って良い男女が優雅に、と言いたい所であるが結構がっつりとした食事を取っている。両者共に最近仕事が忙しく外食する暇などない。久しぶりの外食だし、という事でそれなりに食い気が出てしまっている。

 

「思った以上に人が集まっているみたいだね」

 

 外景に見下ろせるスタジアムに集まった群衆を眺め、男の方が呟く。その男、ヤン・ウェンリーは軍服ではない普段着。軍服から着替えて適当にサングラスでもかければその辺にいる普通の青年(本人談"まだ若い")といっていい風貌になる。しかしこの普通の青年(三十路)が現役軍人で最も華やかな武勲(イゼルローン要塞攻略)を持ち、軍首脳部から最も頼りにされている頭脳の持ち主なのだから人を外見で判断してはいけない。

 

「えぇ。けど、私はそこに呼ばれていない」

 

 その言葉に応える女性はジェシカ・エドワーズ。テルヌーゼン選挙区選出の同盟議会議員(一期)であり若手ながら議会内における反戦平和議員連盟では一目置かれる存在となっている。そして国防or財務委員会に所属していない議員達で構成される"軍再編計画監視チーム"の一員としてその再編内容が適切であるかの調査、必要に応じての対話を行っている。その対話(質疑応答)にて軍担当者者が即答できない場合、最もその計画を知る者が回答者として引っ張り出されるのだが大抵の場合、それはヤン・ウェンリーが行っている(※3)。

 

「かなりの急進派らしいね」

 

 眼下に集まる群衆は新たな反戦団体「ハイネセン平和市民運動」の人々であり今行われているのはその決起集会となっている。二人ともたまたま少し時間を空けれる時だったというのもあるが遠目でこれを直接見たい、というのがこのお食事となった理由である。

 

「"失敗は成功のもと"という言葉はあるけど"成功は失敗の"という言葉はあるのかしら?」

 

 ジェシカが冷たい目でそれを見つめる。彼女もまた反戦団体に所属している。その団体「反戦市民連合」は反戦団体としては全国区となっている最有力団体の一つでありジェシカのように同盟議会に議員を送り込めるだけの動員力を持っている。最有力故に憂国騎士団のターゲットになっているがあくまでも合法的反戦活動を是としているので正当防衛以上の反撃は行っていない。そしてその枠に入らなかった"急進派"という事は…………

 

「あの成功は多くの偶然や幸運のお陰で血が流れずに済んだんだ。それを自分達の力だと過信すると必ずどこかで躓きが出る。その時にその躓きを現実のものとして受け止められるかどうか、それがあの団体の成功と失敗を分ける事になるよ。今はまだルールにのっとった動きしかしてないけどね」

 

 あの成功、"スタジアムの歓喜"と呼ばれるようになった出来事は一歩間違えば"スタジアムの悲劇"と呼ばれかねない状況だった。予想以上に軍内部の支持を得られなかった救国軍事同盟、それ故に及び腰になった兵力展開、その指揮官がスパイだった事、それでも衝突寸前になった所にやってきた薔薇の騎士、どこか一つでも違う状況となっていれば全く違う結果になっていただろう。しかし結果として市民の声はクーデター勢力を退けた。それは良い意味でも悪い意味でも市民が自分達の力を再確認する結果となった。

 後に「ハイネセン平和市民運動」になるグループはこの"スタジアムの歓喜"の当事者達の中でその毒に犯されてしまったといえる人々によって結成された。"平和を祈る声は必ず届く"を合言葉にスタートしたそのグループはあの歓喜の結果を実績として支持を集め始めた。そしてブームと言う甘い蜜につられた既存の小団体を飲み込み、その小団体の(小団体になるべくしてなってしまう)極端な思想を混ぜ込みその熱気に呑まれた者達が中核となり膨張し反戦団体「ハイネセン平和市民運動」はこの日を迎えた。

 

「あの人たちは私達の説得にも耳を貸さなかった。私達の出来なかった事を自分達はやったんだぞと得意げに語ってたわ。議員をわざわざ送り込まなくても大きい声を上げれば、市民の声が一つになれば、議会はその意を組み込んで政治を行うはずだ。いや、行わなくてはいけないんだ、と。市民の声は確かに大事だけどそれだけで議会が動けと言うのは議会制民主主義における正しい民意の伝え方ではないわ。民意を伝える最大の手段はあくまでも一人一人が選挙という最高の権利を行使して伝える事よ」

 

 そのグループは最初の結成時にジェシカに代表就任を申し込んだ。あの歓喜の中心にいた人物なのだから私たちの気持ちは判るはずだ、と。しかしジェシカは"明確な活動指針や思想などを定めたうえで再度申し込んでください"と回答し即答を避けた。そしてその後、色々な小団体なりの思想が混ざりあったそれを見て明確に拒否。拒否どころかその活動内容の軌道修正を提案した。その結果、今ではジェシカは彼らから"反戦活動もどき"呼ばわりされる有様だ。味方にならなければ敵。1か0でしか判断できない極端思想の小団体によくある反応である。

 

「彼らの要求は僕も見た。僕だって好きで軍備増強計画を立てている訳じゃない。だけど卵の中で雛を育てたいのなら卵の殻には最低限の強度が必要なんだ。それは要塞一つで保障できるものじゃない」

 

 彼らの要求には"軍備増強の即時停止及び必要適量までの削減"という内容がある。いわゆる過激な反戦団体などが掲げている通称"イゼルローン要塞鉄壁論"が元である。イゼルローン要塞を鉄壁の盾とするならばその維持に必要な兵力があればいいじゃないか、という極論である。その極論からしてみれば現状の既存兵力ですら過剰である(※4)としている。

 

「正直な所、あの増強計画が本当に必要なの? と思う考えは今もあるわ。だけどウェンリーが、あの要塞を唯一攻略したあなたが"二度とそれが起きないと誰も保証する事は出来ない"って言うから私は軍ではなくてあなたを信用して今の所理由のない反対はしない。少なくともあなたとの口論で得た程度の知識ですらあんな極端な軍縮は怖いって判断できるわ」

 

 その言葉にヤンは思わず苦笑いを浮かべる。これだからジェシカとはお仕事として顔を合わせると容赦がない。軍事知識をそこまで持っているという訳ではないがそれを逆手にとって"私程度の知識の者に納得させる予算の理由、道筋が判り易く示されていないと国民の理解は得られません"と専門家がついついやってしまうミスである"知識があれば判るから省略してしまう部分"をしっかりと攻めてくる。この対応に失敗してしまうとヤンが引っ張り出されて一から説明する羽目になるのである。特に"増強計画"の本当の目的(※5)はごく少数にしか共有されていない機密事項の為、表面上は"万が一、イゼルローンを失陥した際の防衛計画に最低限必要な兵力を確保する"という名目を掲げてその為のダミーの防衛計画(※6)すら用意している。

 

「お願いだから法律の範囲内での活動に収めて欲しいわね。それならば主張が何であっても"自由"のうちにはいるのだから」

 

 実の所ジェシカも議員になる前はそれぎりぎりの活動を行っていたのだが議員になってそれの危険性は十分に思い知った。あの団体がそれをはみ出してしまったら政府に属する立場としては対応をしなくてはいけないし引っ込みがつかなくなる。ジェシカの瞳には祈る様な気持ちと幾分かの"哀れみ"が含まれていた。

 

 

 

「政府公安からの協力依頼です。政府と軍の協定により情報部は指定された組織への対策チームを編成する義務があります」

 

 情報部次長ピロライネン少将の報告を受けてドーソンが"はぁ"とため息をつく。軍の組織である情報部は内は同盟軍全体、外は帝国軍&政府とフェザーンが行動対象となっている。そして国内においては政府公安などが主役である。それは当然ながら国内の一般市民を軍が監視対象とする事への危険性からくるものなのだがたまに例外が発生する時もある。軍の全星域に広がる組織力とその戦闘力をアテにされる場合がそれに当てはまり、政府公安から依頼があった場合は協力体制を築く事が求められる。

 

「あの新しい市民団体か。確かに主張する内容は過激ではあるが言論だけで…………なるほど」

 

 差し出された資料を見ていたドーソンが目を細める。その市民団体「ハイネセン平和市民運動」は関係者から見たら最初から"嫌な予感がする"団体ではあった。そこがしでかしたというかしでかし始めたといか……

 

「憂国騎士団と思われる集団のちょっかいに非抵抗主義ではなく応戦で対応。その為の内部組織の結成を宣言。必要に応じてそれら(憂国騎士団などの)組織に対する平和の為の活動も辞せず、か。……平和ってなんなのだろうな?」

 

 ドーソンが頭をひねる。

 

「かの団体が吸収した小団体にはその手の団体も含まれていました。小さすぎて相手にされていませんでしたが大規模団体に入り込むことで賛同者を増やしたのでしょう。これからその手の元小団体が核となった集団が多々発生する事かと」

 

 うんざりとした顔でピロライネンが答える。関係者が"嫌な予感がする"と言っていたのがこれである。この手の小団体の主張は普通の市民からしてみれば失笑の対象でしかない。しかし主張先が"少し似たような思想を持つ大団体"の場合、その主張への賛同者もぼちぼち出てしまう。小団体からしてみればそれを狙っての合流でもあるのだから熱も入る事だろう。そうして一定の勢力を得てしまうとその大団体全体を引っ張りまわす事すら発生する。その結果が公安からの協力要請なわけである。情報部からしてみたら迷惑この上ない。

 

「しかし憂国騎士団も最近少し静かになったと思っていたが面倒なものだ。       共倒れしてくれればいいのに」

 

 最後に本音がちらっと出てしまったドーソンであるがピロライネンはそこの部分は聞かなかった事にする。

 

「それにしても」

 

 ドーソンが立ち上がり、デスクの横に立ててあるホワイトボードに一行付け足す。あまりにも重要事項が多くなり過ぎた為にこうでもしないと頭の中で整理できない。こういう所はアナログはデジタルに勝る。

 

 ・部人員再編

 ・対帝国&フェザーン諜報活動

 ・軍人員クーデター派残党掃除

 ・亡命勢力における反社会的集団(いわゆる宜しからずな面々)への対応

 ・公安協力(New)

 

 情報部そのものが再編中なので人員が充足しておらず通常業務の対帝国&フェザーンへの諜報活動ですら負担が大きく関係部署(対策室など)に作業を振る事で負荷を下げている状態。その中で至急やらないといけないクーデター勢力残党の発見及び対処。政府(公安)への協力義務は形としては最高評議会経由国防委員長からの指令となるので手抜き不可。そして亡命勢力で話題となっている宜しくない勢力への対応。一個一個がとても重い作業であり"やっぱり辞めたい"とドーソンは常々思ってしまうのだが一度引き受けた物を短期で逃げるのは格好悪いと踏ん張る。如何せん困った事に今、同盟軍高級将官の中でこのような情報系隠密行動に関する組織指揮能力において(消去法で)一番優れているのがこのドーソン現部長その人なのである(※7)。このような修羅場を引き受けてくれる人は他に現れることも無くドーソンはかなりの間この情報部長に留まる事になるのだが嫌がうえにも小太りだった体つきは引き締まり、目つきにも鋭くなっていく。こんな細かい事までやっていられるかと(良い意味での)投げやりまで身に着けてついには"ここまで修羅場くり抜けれたんだから本部長もできるんじゃない? "とまで言われるようになったが駄々をこねるようにそれは拒否した、というのはまた後世のお話である。

 

 

 

「大変申し訳ありません」

 

「確かに大変な事をしてくれたものだ」

 

 ワイングラスを弄び、豪華なチェアーで足を組む。その主君にかしづき謝罪する家臣。ここは帝国ではなく同盟国内。とある主君のとある一室。

 

「で、どれだけの数が行動を共にしそうなのかね?」

 

 その主君、ヨブ・トリューニヒトが問い質す。

 

「少なくとも五〇〇程度ですが全貌は確認中でして……必ず近日中に!!」

 

 "確認中"の言葉にトリューニヒトの眉が一瞬ひくつくのを敏感に感知して慌てて言葉を付け足す。

 

「今は見極めの時だ、動くなとは言わないが動き方を考えろ。対象を必ず明確にして切り捨てるのだ。奴らは君と同じ組織に所属していない。所属組織を偽装している者達なのだ。あらゆる方法を使い排除するように。当然の事だが矛先がこっちに来ない様にしたうえで、だ」

 

 この男はその組織のリーダーであるがトリューニヒトは彼の名前を知らない。知ろうとしないし名乗りを許さない。万が一何かが起きてしまってもトリューニヒトの口から名前は出てこない。何故なら知らない名前は出てこないからだ。そうすれば関係性を疑われた際にそれを否定する材料になる。代表の名前も知らない組織と関係を持っているはずがない、という形でだ。

 

「今回の一件、私は一切のフォローをしない。君の責任と差配で事を治めるんだ」

 

 ひどい扱いであるが何一つ抵抗せず恭しく頷く。

 

「一応念の為に機密書類は処分する事。本部支部全て、それとオークスタービルのも、だ」

 

 つまり、彼らとトリューニヒトの関係性を疑わせる書類は全部消せという訳だ。オークスタービルは代々のリーダーが使う隠れ家があるビルでありトリューニヒトとリーダーしか知らない最後の拠点である。

 

「それと」

 

 そういうとトリューニヒトはメディアに見せるのとは全く違う仕草を口元に見せる。

 

「メトロポリタン第三ビルの部屋のもきちんと処分するように。特に三段目の棚のお金関係のは宜しくない。きちんと消し去る様に」

 

 その言葉にリーダーは大きく目を見張る。しかし慌てて首を振り"かしこまりました"と首を垂れる。そして最後に一言付け足す。

 

「しばらくの間ここに直接連絡しに来る必要はない、行動に専念したまえ。それでも私は"全てを把握できる"からね」

 

 それを言い終わるとトリューニヒトはチェアーを回転させ彼に背を向ける。"話は終わり"という事だ。

 

 

 背後から人の気配が消えるとトリューニヒトは"ふぅ"とため息をつく。

 

(無いと困るがあっても困る、と言った所か)

 

 憂国騎士団。国防族時代のトリューニヒトにとって彼らは大事な手駒であった。当時の彼にとって望ましくない風向きを修正する道具としてあれは非常に役に立った。しかし今のトリューニヒトは現在を"見極めの時期"としている。任期一期四年、八〇〇年末までレベロ政権には経済再建を頑張ってもらうつもりだ。その間に財務委員会を支配下に収め、国防・財務の両委員会内に自派安定多数を作り出す。一期が終わる頃には今世間を騒がせている雑多な思想集団などは整理淘汰され、風を読みやすくなるだろう。そのうえで議長の席をすぐに頂くか、もう一期預けるか、あと半期で退陣するように仕掛けるかを見極める。彼らに本格的活動を再開させるとしたらその時になるだろう。レベロがこの一期で作ろうとしている"風向き"は承知している。その風向きのまま頂くか、風向きを戻して頂くか。それもまた見極めが必要な所だろう。もしレベロが作った風向きをそのまま頂く場合、彼らの存在はむしろ邪魔になる。その時はその新しい風向きの為の良い贄になってもらえばいい。だからこそ彼らの隠し物はきちんとチェックして消して置いておかなくてはいけない。

 

(さて、どのように収束していくのか? いや、させるのか)

 

 注文の多い客にへこへこしてキッチンでせわしく調理するのはレベロでもルイでもいい、他人にやらせればいい。自分は最後に出来上がった料理を店長の名札を付けて客に出せばいい。そうするだけで全ては自分の差配になる。自分が美味しい、希望通りの料理を用意した事になる。それまでは店内を、客の雑談をよく聞いて空気の流れを把握していればいい。それがヨブ・トリューニヒトの"政治"なのだ。

 

 

「本部に戻るという事でよろしいです………………か?」

 

 車にリーダーを迎え入れた運転手はバックミラー越しに見るリーダーの顔色が見たことも無い青ざめ方をしているのを見て思わず目を逸らす。

 

「……ひとまず本部だ」

 

 それだけを言ってリーダーは押し黙る。

 

(知るとしたらこいつだけだ)

 

 メトロポリタン第三ビルの部屋は最後の最後の隠れ家として用意した場所だ、誰にも教えていない。強いて知っている者を上げるとしたらこの運転手だけが可能性がある。近くまで送らせた事があるからだ。しかしトリューニヒトはこの場所を知っていた。知っているどころか何処に何を隠しているかも細かく把握している。部屋の鍵を持っているのは己だけだし監視システムも稼働させているというのに。

 

(誰が……誰が奴の目なのだ……)

 

 レベロ政権の発足後、トリューニヒトから過激な活動の自粛を命じられた。それまで当たり前のように行っていた行動に対するもみ消しもあまり期待しない方がいいという忠告も丁寧に言い渡された。トリューニヒトは明らかに路線を変更させたのだ。まぁ、そのお陰であのクーデターの際に軽挙妄動を起こさずにいられたというのはプラスにはなったしその間に幹部との間でしっかりと状況を共有しこの自粛路線も止む無しとまとまりは出来たのだが組織内にはそれを是としない"過激派"は多数存在している。いつまで抑えつけられるかは判らないがひたすら宥め続けていたのだが「ハイネセン平和市民運動」という明確な敵対組織が出た事でその抑えを飛び出した輩が暴走してしまった。そして今日のこれである。機密書類の処分も造反者の処分も滞りなく実施せねばならないだろう。書類に至ってはやったかやらないか"目"を通じて逐次把握している事だろうから手を抜いてしまえば処分の対象は自分自身になる。あの人がその気になれば人一人など全く違う罪状で裁く事も存在してなかった人間として記録毎消す事も思いのままなのだろう。これが飼う側と飼われる側の格差と言うものだ。万余の同志を束ねる者ですらあの人にとってはどうにでもなる駒の一つに過ぎない。その現実を思い知らされた。それがヨブ・トリューニヒトなのだ。

 

 

 

「そうだよな、これもこっちだよな……」

 

 その連絡と要望書が届けられて、情報部長ドーソン大将はテーブルに突っ伏すような姿を見せる。横では次長のピロライネン少将も"どうするんだよ、頭数どうするんだよ"とぶつぶつ呟きながらその場を左右にうろうろしている。

 

 "亡命者に含まれていると思われる組織的スパイ群への対策"

 

 一般亡命者であれば政府公安が主に対応する案件であるが今回は人数が人数であり、かなりの割合を正規・私兵を問わず軍に属する者達が占めている推定五〇万人の集団。用意さえできていれば"乗組員全員スパイで構成されている軍艦"など簡単に紛れ込ませる事が出来る。軍艦一隻二〇〇人だとして二〇〇人のスパイ集団と書くと規模が大きすぎて逆に簡単に見つけられそうだが五〇万分の二〇〇と言われると話は違う。比率にして〇.〇四%。これを見つける為には五〇万人の亡命までの経緯などを精査して矛盾点を見つけなければいけない。五〇万人の亡命経緯や経歴などについては亡命申請時の必要書類として提出させている。その後それらの内容はデータベース化さて、AIによる自動解析を行い不審点の洗い出しまでは自動で行われる。しかしそこから先は人力、それも"経験と勘"というスキルが求められる調査系である。少人数であればそれこそ自動解析すら使わずに全部見て考えて判断するチームを組む事が出来る。しかし今回は自動解析が吐き出したリストの時点で眩暈がする分量であり、当然ながらそれを処理できる経験を積んだベテラン調査員の頭数などいるはずがない。

 

「亡命税の軍事費割当に予備費あるかな? 情報部OBの予備役から一時的動員や再雇用が可能かどうか各所に確認を取ってくれ」

 

 ドーソンのその一言で情報部の一時的な規模増強嘆願がスタートした。しかしあると思った亡命税、これが極めて少ない事がすぐに判明する。犯人はヤン・ウェンリー。この人が"長期計画としては特に必要ありません"と言ってしまったので割当がばっさりと削られていた。しかし政府側も流石に割当なしとする気はなかったのか軍予算削減の一環で極力削られてていた予備費をある程度補強させていた。あとはこれを国防委員長に説明して使用認可を出してもらうしかない。

 

「やっぱり大変なんだねぇ」

 

 緊張感のない声で応えるのは国防委員長ウォルター・アイランズ。通称国防副委員長、国防委員長代理とも呼ばれている。トリューニヒト派である事は周知の事実であり、その遠隔操作を受ける駒に過ぎないともっぱらの評判である。

 

「具体的な再動員規模と計画ですが……」

 

 説明役のピロライネンが内心"判ってもらえるのかな? "と思いつつ具体的数値などを話し始める。アイランズは"ふ~~ん"・"なるほどね~"と不安しかない相槌を示すのみ。そして、

 

「ひとまずは初動の"信用できる実力者"の分は予備費使いましょう。そこの人数だけなら適当な理由つけて純増となったとしてもその分他の人員削ればいいんじゃないかな」

 

(人員の配分をそう簡単に言われても困るのですが……削るのは他部署だし)

 

 とは口に出さずひとまずは初動分の予備費を気が変わられる前に握ってしまう事にする。確かにこの初動の対象は軍総員数千万人から見れば誤差の範囲だ。実力者だから単価は高くなるがその分の削減はヤン中将に振ってしまえばいい(※8)。そして情報部は有力な経験者達を予備役から手当たり次第に動員開始する。そしてその作業に追われる中、情報部のオフィスにアイランズがひょっこりと現れる。

 

「君たち(情報部)が増やしたいって言ってた人員のお金、議長決裁の予備費(※9)から出るようにしてもらったよ。今積み重なってる問題は亡命がらみのが多いからお金もそこ(亡命関係=亡命税)から出さないとね。具体的な金額は後日伝えるけど欲しい人数かき集めても大丈夫な金額のはずだよ」

 

 あいかわらずのほほんと言ってくるアイランズをドーソンとピロライネンがぽか~んと見つめるが慌てて姿勢を正し、礼を言う。世の中の組織の大抵の問題を解決する特効薬である"金と人"を(能力的に)全くアテにしていなかった人が解決してくれたのだから驚きも大きい。

 

「それじゃあ頑張ってね」

 

 のほほんと退出するアイランズを最敬礼で見送る二人。これを機に強化動員された情報部は多種多様な任務の束に押し出されようとしていた所を土俵際でふんばり、後になんとか逆転のうっちゃりを仕掛ける事に成功する。だがそのうっちゃりの最中に"とにかく一箇所でいいから根底から潰しておきたい"という理由で発生した大捕物がさらにめんどくさい事態を招く事になるとは現時点では誰も予想できないのである。

 

「なんとかなりそうだな」

 

「なりそうですね」

 

 ひとまず胸をなでおろす二人。しかしその安静は数日後に"憂国騎士団に偽装する数千人規模の過激派による過剰行為への対応"をまたまた公安からの協力依頼と言う形で巻き込まれる事で終わりを迎える。自由惑星同盟軍情報部長アーネスト・ドーソン大将四六歳。妻との間に子が二人。彼は今、紛れもなく同盟軍高級将官で一番忙しい男なのである。

 




 ドーソンで一話終わった・・・・・
 やはりできるだけ原作キャラ使いたいので色々とまさぐる事にしているピロライネン少将とか帝国ならアーベントロートとか。
 その流れともいえる>ドーソン 部長クラスで名前出てるの少ないからね。同盟は。


※1:情報部長再任
 ドーソンの職歴としては士官学校教官(新入生担当生活指導主任・軍隊組織論担当)、第一艦隊後方主任参謀、憲兵隊司令官、情報部長など。

 ・秘密保持の必要なこの種の任務には無能ではない
 ・事務能力はともかく、人望がない
 ・神々の黄昏作戦時にビュコックの支えがあったとはいえ本部長職務を遂行し本部の機能を維持した

 これらの評価から思うに平時の統合作戦本部長ならやり通せる事務能力を持ち、情報系ならそれ以上の実力を持っていたと言っていい。つまりは無能じゃあない。そもそも"平時の"とは付くが統合作戦本部長としての事務能力を持っている時点で全士官でも上澄みの実力者のはずである。少なくとも事務能力においてヤンはこの人を悪く言う資格はない。また人望が無いという点においても"ヤンファミリー及びそれに波長が合っている人達"から嫌われてはいるが相性そのものが悪そうなのでその辺を差し引いて考える必要があるのでは?と。

※2:監禁時
 ドーソン、ビュコック、ヤンとその副官たちが丸ごと一箇所に監禁されており、ひたすら暇だったいた為、お互いの理解度はとても高まった。

※3:ヤンの対応
 ジェシカvsヤンになる時も多々あるが"親友だからこそ出来る公私の切り分け"をしている結果、かなりガチな口論となる時がある。軍関係者から見たら"口うるさい新米議員"であるジェシカだがその賢さを十分に知っているヤンにしてみれば"本気で対応しないと説き伏せられる"と判っているので全力で対応している。ただ、本気になりすぎてがっつり論破してしまう時があり、その時は後で"やりすぎてごめん、本当にごめん"とごめんなさいメールを送ってなんとか機嫌を直してもらっている。あまりにもガチなので彼らの関係を知っている人も"本当にこの二人友達なの?"と思う時があるという噂である。

※4:既存兵力ですら過剰
 既存兵力:正規艦隊5(イゼルローン、首都星防衛、第一、第三、第五(予定))、半個艦隊3(第二、第四、第六(予定))
 彼らの主張は首都星防衛、イゼルローン、イゼルローン後方支援(半個艦隊)の二個艦隊半とそれを維持する為の一定量の予備があればいいという考え。総兵力で言えば原作のアムリッツァ後の三個艦隊(イゼルローン、第一、第一一)と同じくらいである。ひどい話であるが馬鹿正直に帝国軍がイゼルローンへの力攻めだけしかしてこないと仮定すると満更防衛不可能ではないという所が話をさらにややこしくしている。
 尚、"イゼルローン要塞鉄壁論"は最低限の知性・知識を持った専門家からは"確かにイゼルローン要塞は力強いが万時において完璧というものはないものでして、そもそも完璧じゃないから帝国はそこを失ったわけでして・・・・"と否定されている。当然ながら"そう(鉄壁を)言い続けてきたのが帝国だぞ"という嫌味である。

※5:本来の目的
 回復させない同盟と回復させる帝国の兵力比が広がる事によって帝国が「ここまで差が出たのならフェザーンごと殺っちゃっても大丈夫だよね?」となってしまう事を防ぐ為の抑止力維持。

※6:ダミーの防衛計画
 そもそもイゼルローンの失陥については"まぁ何とかなると思う"という程度の防衛策をヤン中心に計画済みであり万が一失陥した時の再奪取の為の仕込みも済ませている。しかしそれを言ってしまうと鉄壁論者が"なら大丈夫じゃないか!"と騒ぎ始めて止められなくなるので表に出してはいない。

※7:情報系隠密行動
 あとできるとしたらヤン・ウェンリーくらいなのであるが彼は組織のトップとして組織全体を動かす立場というのはあまり得意ではない。動かす立場の人の傍らにいる参謀型、もしくは自分の手の届く範囲を全部直接動かす陣頭指揮型なのである。

※8:ヤンに振る
 情報部の根回し中に"別に追加いらないっすねー"としてしまいお金きっつきつにしてしまった犯人の一角であると判明。正面兵力調整だけで時間がいっぱいいっぱいでそこまで情報部がてんてこまいになると言う所まで頭が回っていなかったという事もあり"貸し一つ"として何かあったら手伝わせる事を約束させていた。

※9:議長決裁予備費
 各所に割当てた亡命税の残り。


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No.54 旧に正す改革

[2024/03/04]不定期化致します。活動報告をご参照ください。


 七九八年某月某日  銀河帝国、宰相(摂政)執務室。

 

「以上が報告となります」

 

「ご苦労。滞りなくとはいかぬが直ちに影響はないといった所か。それと、例の資産については?」

 

「それについてはこちらから」

 

 報告を求められた男が傍らの秘書らしき女性に目配せをする。

 

「叛乱貴族からの没収資産総額ですが試算では金額にして四兆六〇〇〇億程度になると見込まれており現時点で七割程が徴収済です。内訳ですが…………」

 

 

 秘書らしき女性が奥に下がり、リヒテンラーデが男を客人用テーブルに招く。

 

「こちらが多忙とは言え舵取りをほぼお任せしてしまっている。申し訳ない」

 

 リヒテンラーデが軽く頭を下げる。近年の彼の権力を考えればあまり見られない光景である。

 

「舵取りといっても下の者達が皆優秀ですので。上がって来たものをまとめるだけです」

 

「それは貴公だからだ。私が直接仕切ろうとしたらどこかで衝突してしまう。如何せん長きにわたり対立に等しい関係であったからな」

 

「しかしそのような者達であれ、必要なら登用する。摂政殿の器量と言うものでしょう」

 

「今必要なのは統制された適度な改革故にな」

 

「ここまで世情が変わってしまったのです。これからの為に必要な事でしょう」

 

「うむ。……さて、ご息女を待たせ続けるのも宜しくない。この辺りにしよう」

 

「では」

 

 リヒテンラーデが男を出入口まで見送る。これも珍しい光景だ。

 

「待たせてすまんな。年を取るとどうも世話話が長くなってしまう」

 

 これもまた珍しく"苦笑い"を浮かべながら待機していた秘書に話しかける。

 

「では」

 

「うむ。よろしく頼む」

 

 そう応えてリヒテンラーデはマリーンドルフ伯フランツとその娘にして秘書であるヒルダを見送った。

 

 

「あと三年、それまでに道筋は作らねばならぬ」

 

 周囲に人がいなくなった後にリヒテンラーデが呟く。三年後、帝国歴四九二年(宇宙歴八〇一年)にリヒテンラーデは八〇歳となり皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世は一五歳となる。摂政を筆頭に各地位を返上し引退。エルウィン・ヨーゼフ二世による親政を開始するには丁度良い頃合いだ。それまでに新しい帝国統治システムの基盤を用意し次代への道筋を作る。それが帝国摂政リヒテンラーデの目標である。

 

「さて、そこまでは持ってもらわんと困るぞ」

 

 年齢相当のボヤキを吐きつつ肩をトントンと叩く。この少し痩せている老人が長きにわたり帝国を支えてきた紛れもない柱なのである。その任務もあと一息で終わる。それだけを頼りに老体に鞭を打ち続けるのだ。

 

 

 

 リヒテンラーデが"戦後(内乱後)"を見据えた構想をいつ考え始めたか? 当時腹心であったゲルラッハやワイツがその相談を受けたのは先帝フリードリヒ四世の死後、その数日後であった。エルウィン・ヨーゼフ二世の擁立で意思統一をすると共に政府内のブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両派に属する人脈の再確認を命じられた。その間にリヒテンラーデは軍部との協力体制を確立し、中途半端な対応ではなく"無理矢理決起させてでも根底から叩き潰す"事を確認。軍部現場トップ(当時)であるミュッケンベルガーの了承を得る事で戦争そのものへの対応をお任せする。後は溜めこんだネタを元に決起するまで(潜在的に)敵対する諸侯を控訴し続けて叩きまくるのみ。

 そして勅命(※1)が下り軍が動き始めると当初の予定通り戦争は軍に任せ、リヒテンラーデ本人は政府内でもう一つの戦争を開始する。各省から洗い出した敵対勢力を排除し穴埋めとして自派で目をかけていた下級官吏の地位を向上させる。前々から考えていた叛乱門閥貴族への懲罰内容の詳細を定め、没収する封土や資産の算出を腹心である財務尚書ゲルラッハに取り仕切らせる。そして本題である"その後の改革"なのだがここでリヒテンラーデは詰まってしまった。今日この時までは流石に腹心以外に相談できる者はいなかった。つまりはリヒテンラーデ本人を筆頭として帝国政界保守派中枢の人々だけなのである。といってもここに至るまでの間には何とかなるだろうと思っていたがブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両家を追い込む工作で手一杯な状況が続いていた影響で腹心たちにも"大丈夫だ"と言っていたのだが大丈夫ではなかった。実はこの時のリヒテンラーデはかなり焦っていた。増長しきった門閥貴族共を潰した所で帝国のシステムそのものに変化が無ければ同じことが繰り返されるだけである。これだけの大事をやってしまうのだから新たなる国家百年の大計を打ち立てて帝国を更なる盤石に導かねばならない。

 のだが程度が判らない。非常に優れた政治家であるリヒテンラーデだが本質は前例主義の保守派であり己でも不甲斐ないほどに"どのように改革を行えば良いのか? "という具体案を示す事が出来ない。困り果てたリヒテンラーデが至った先は……

 

(もはや毒食らわば皿まで、である)

 

 彼は門閥貴族の次に敵視していた"開明派"の取り込みを決意する。といっても自由にやらせるわけにはいかない、あくまでも我々の制御下において"保守系改革"と呼べる範囲内で、だ。彼らの謳う"民権拡大"などそのまま受け入れる事はしない。現時点で認められているはずの臣民の権利(※2)が守られるように、その範囲で臣民の底上げがなされるように。それが主題だ。少なくとも総人口が半分程度である叛徒(同盟)に対して国力で十二分に優位に立てていないのはこの一般臣民層が問題である事は明確だ。ここにテコを入れなくてはいけない。しかしその開明派を自分が直接指揮できるかと自問してみると途端に弱気になる。彼らは主流から外れた派閥でありながらそれを隠そうとせず、一定の独自勢力を政府内に確保して正規の手段で改革案を叩きつけてくる。尚書クラスですら怖気ついてしまいリヒテンラーデ自身が矢面に立って追い払う事すら定期的にあったのだ。犬猿の仲といえるこの両派は直接手を組もうとした所で少しのかけ違いで殴り合いになるだけでありリヒテンラーデも"正直やり通せる自信がない"と言うのが本音。なのでなんとかかんとかその間に立てるような人材を周囲に求めた、それがフランツ・フォン・マリーンドルフ伯爵だったのである。

 マリーンドルフ伯は門閥貴族という枠組みには入るが特にどこかの派閥に入るという事もなく中央に栄華を求めるような事もなくかといって自領で民を虐げるような事もせずむしろその温厚な姿勢と適切な統治によって周囲から一目置かれる"善良な方"という評価を受けていた。そしてこのマリーンドルフ家は帝国内の衝突が明確になるとフレーゲル男爵(※:父)を通じて政府側の立場に立つことを政府に通知する(※3)。その後も非派閥独立系貴族からの相談を受け、仲介を斡旋するなどして政府からしてみれば"敵とは思っていない中立系"が叛乱貴族に取り込まれるのを防ぐ活動をしている。これらの活動、人柄などを評価してこの"改革立案チームのまとめ役"を依頼したのである。

 

(まぁ、これくらいは認めてやっても良かろう)

 

 リヒテンラーデが手元の政策リストを眺めながら考える。政策グループに取り込んだ開明派はあの手この手で己の政策を紛れ込ませようとする。大元のリヒテンラーデが(保守的)大方針を打ち立て、マリーンドルフが政策をまとめ上げるのだがマリーンドルフ自身は善政を布いてるとはいえ基本的には保守的思想であるし実際の所、そこまで賢い者ではない(諸侯平均よりかは上であるが)。そこがまたポイントでありそんなマリーンドルフ領が地域経済・臣民教養(学力)レベルなど多数の項目で帝国直轄領平均より優れた値を示している。つまり現行の法制度などにおいても正しい運用が行えればより良い結果を生み出す事が出来るという事である(そもそも比較できる値を正しく算出し可視化している貴族領そのものが少ない)。リヒテンラーデが希望している改革とは現状の法制度による成長を妨げる原因であった有象無象の障害、特に法的根拠の無い貴族特権の排除であり本来はその影響(搾取)から臣民を守る為に用意されていた法の適切な運用を可能にする事である。しかし既存利益化されてしまっているそれら特権の仕組みは現法の隙間を潜り抜ける強固な糸として張り巡らされてしまいそう簡単にほどく事は出来ない。そうなるとどうしても一旦解体して組み直すという改革的プロセスが必要になるのである。ただ、一旦解体して違う形として組み立て直したい開明派と違い保守派であるリヒテンラーデは解体後に不要物を排除したうえで元の形に組み直す事を希望しているのである。そのうえで隙間を再び糸が潜り込まない様に補強をしたいのだ。この補強部においては開明派の思想が含まれているものであっても協力してもらった報酬としてまぁ許そう、という訳である。

 

(その糸が浸食して新しい形になってしまうやもしれんがそれはそれ。次の世代がどうするか考えれば良いのだ)

 

 リヒテンラーデはこの世代を代表してこの世代の病魔を焼き払うし事後整理くらいはする。

 

(エーレンベルク程ではないがわしにだって最後はのんびり余生を過ごす権利くらいはあってもいいだろう)

 

 道筋は作る。だが後の事は。知らん。

 

 

 

「現法のルールがそのままだとしてもその法の目を潜っていた部分においては同じ轍を踏まない為に法整備を行っても文句は言われん。言わせてたまるか」

 

「マリーンドルフ家が行っているような領内統治の可視化は直轄領も含めフォーマットを定めて必須化するべきだ。可視化されれば嫌でも比較される。それは宜しくない統治をしている領主への無言の圧迫となる」

 

 政策グループの職場は今まで対立状態だったと言える保守派と開明派の正しく呉越同舟なごった煮となっているが少なくとも"門閥貴族のしがらみ(悪影響)の排除"においては同志であり、それがこのグループを空中分解させずに突き進む原動力となっている事は確かである。その開明派のリーダー格となっているのは

 

 財務省官僚:オイゲン・フォン・リヒター

 内務省官僚:カール・フォン・ブラッケ

 

 この二人である。両者共に壮年と言うべき年齢であり本来ならもっと高い地位であってもおかしくはない実力を持っている事は周囲が皆認める所である。しかし開明派である彼らはその思想故に人を使う事が主となる役職に上がる事は無く人から使われる事が主となる役職にしか付く事が出来なかった(一応、そういう役職としては限界まで高い地位にはなっている)。そんな二人が今回の招聘に応じたのは保守的であるとはいえ現状を少しはマシな方向に進ませようとしているという点は理解しているし実際に現場に入り込んでしまえば"より良い結果が得られるという正論(データ)を元に自分達の考えを反映させる事が出来るかもしれない"という希望を少しはもっていたからであった。少なくとも今、この職場にいるメンバーが今後の各省幹部候補である事は明白だ。そこに自分達の名前を実力で刻みこむ事は今後の為になる。(悔しいが)政治家としての力量に優っているリヒテンラーデの現役期間はそう長くはない。その後に食い込める様にしなくてはならない。

 

「これは私が爪痕を残さねばならない分野だな」

 

 "貴族領統治状況の報告義務化"と書かれている用紙を睨みつけリヒターが目を光らせる。大原則として諸侯の封土たる貴族領はその貴族たちの統治する所であり中央政府から統制を受ける事は無い。本音はそこを弄りたい二人であるが保守的大方針によって早々に道は断たれた。しかしその貴族領の生産性を上げない事には帝国の国力は叛徒勢力を十分に上回る事が出来ない。その為にはそこを治める貴族達が生産性を上げる政策を自ら取らねばならない状況を作り出す必要がある。その為の義務化。"皇帝陛下より頂いた封土臣民が今、どのような生活を送っているのかを報告する"という建前で各領主から皇帝陛下に奏上申し上げる事として定義し、国務尚書及び財務尚書が代理で受け取り内容をまとめて奏上する。これが奏上ではなく尚書への報告となると偽造なりなんなりの塊となるが皇帝陛下への奏上となれば偽造は重い罪となる。かつてカストロプ家の問題で浮き彫りになった不鮮明という問題は財務省の保守派開明派問わず何とかしたい問題として存在していたので当時歯ぎしりしていたメンバーでもあったリヒターはあの手この手を使って透明化を図る。後は宜しくない統治をおこなう貴族に対しては"奏上を受けた皇帝陛下からの諮問"という名目でその統治内容を問い質す権限を政府に持たせればいい。少なくともその状況になれば少しは真面目に統治を考えるようになるだろう。真面目になってくれた者達の為に参考にすべき良い統治例を政府でまとめてこれも透明化すれば良い政治はそれなり浸透するはずだ。貴族達の自主性に期待しなくてはいけないのはマイナスポイントだがこの状況下で政府側に立った貴族ならそれなりに聞く耳はありそうだし謀反側の生き残りは生き延びるためにこちらの望む事に気を配ってくれるだろう。

 

「ならこっちは俺だ」

 

 ブラッケが覗き込むのは"既存法制度の厳正なる適用"と銘打たれている資料。貴族優先社会とはいえ貴族・一般臣民関係なく従わねばならない法はある。貴族からの不当なる扱いから一般臣民を守る法もある。だが問題はその法ですら有力貴族にとっては回避できる代物となってしまっている事なのである。ここを直接弄れないのは残念だが叛乱貴族共が潰れれば圧力をかけてくるような貴族そのものが減るだろうから司法・警察側が襟を正して圧力にNOを言えるようになるしかない。ブラウンシュヴァイク、リッテンハイム両派閥の人材は駆逐されているのでその穴埋めとする人材をしっかり見極めればそれだけで抵抗力は高まる。後は戦後の初動で何かが起きた時に威に屈することなく罪は罪として裁く、これからはきちんとこうするんだと態度で示す。ここはもう尚書クラスが後ろから目を光らせるしかないだろう。これを強く提言する。"改革せずにやっていきたいのなら既存ルールぐらいきちんと守れるようにしろ"とオブラートにつつんだ口調で提言をまとめる。問題は法にすら定義されていない網の目の様な隙間だ。ここには改革の手を入れる余地はあるしここに関してはそれなりにこちらの手段でやってもいいと暗に言われている。保守派からしてみたら既存の部分に手を加えさせないが空白を埋める新しい法についてはゼロから作るのだから保守やら改革やらは関係ないという事だ。

 

「こうできたら、ああできたらと考えて来たネタは山ほどあるんだ。一度素案を作ってしまったらこっちのものだ」

 

 ブラッケが不気味な顔をしながら口元を歪ませる。ブラッケが中心となって作成された法修正案(法の隙間を埋めるために既存法に対する追加微修正などの表面上は保守的な改善案としてまとめている)は小出しに時間をかけて出されてきたがそのほとんどが本当に微修正と言えるものでありそのからくりに気づかない保守派官僚は"こちら(保守派)を気遣ったやり方だな"と概ね高評価を与えていた。しかし個々の法だけでなくある程度修正案の数がまとまってきて全体を俯瞰的に見てみると"司法や警察側が正しい行いをしないといけない(しないと責任を負う)"ように巧妙な条文が組み込まれている事に実力者たちは気づく。しかし時すでに遅しといった感じでそれらの大半は承認済みであり、ゼロからやり直す時間は無かった。概ね修正案を出し終わった後、責任者として説明に来たブラッケに対しリヒテンラーデは

 

「七割程で気づいたがやりおったな。この修正案通りに司法が義務を果たす為には建前上だけの制度だった捜査権を使わねば司法側の不備となってしまう」

 

 と苦虫を噛み潰したような顔で睨みつける。

 

「はい。ご希望の通り、既存の法を生かした軽い肉付けの修正案としております。建前だろうが現法は現法。既存物の有効活用をしたまでです」

 

 あっけらかんとブラッケが答える。

 

「ふんっ。……まぁ、この上奏が必要な捜査権の行使に及び腰だったからこそあのカストロプの時は揉めたのだ。そう考えると今が節目かもしれん。どうせわしに十分な前例を作らせるつもりだろう」

 

「前例のある既存法の運用。正しく摂政殿(=保守派)の様な政治姿勢の方に相応しいかと」

 

「……よく言う口だ。だが、この程度の褒美はお前達(=開明派)にも与えんとな。大筋、このまま通ると思って良い」

 

 その言葉にブラッケが頭を下げる。

 

(ひとまずは今よりマシで元に戻りにくい状態には出来た。続きはこのじじいが死んだ後だ。どうせその時はまた荒れる。次のチャンスは来るさ)

 

(どうせわしが死んだあとは、とか思っているのだろう。あぁ、そうだ。その後は勝手にしろ)

 

 後に"ブラッケ修正"という一括りで語られるこの司法修正法は本筋で言えば「既存の法をきちんと適用出来るようにする」だけの法案である。しかしそれがある種の"改革"と呼べる程に現法運用は形骸化していた。だがそもそも帝国政府だって貴族に好き勝手される世にしたいわけではなくそうならない為に法を整備してきた歴史があり、ある意味これは帝国の理想への先祖返りとも言える出来事であった。

 

 

 

「では、これより陛下に上奏し一連の内容を公布する」

 

 七九七年九月一〇日。閣僚会議にて修正法案などの上奏が正式に可決された。事前通知の為の上奏は済ませているのでこれは儀式的な物に過ぎない。そもそも一一歳の幼帝が内容を理解したうえで行動できるはずがない。聞くだけ聞いて「よきにはからえ」と答えるだけだ。少し事故が起きてしまったがガイエスブルクにて行われた勝利式典をもって正式な勝利宣言とし、この上奏公布により戦後処理と新しい政治がスタートする。ここから戦の主役は軍人から官僚に移る。盟約に値を連ねた家、加勢した家が"逆賊"として確定し正式公布されその存続条件(降伏条件)が示される。降伏が認められた家は形式上その領全てと爵位が没収され一時的にその領を代理管理する"帝国騎士行政官"に任命される。その後、改めて(減った)領&資産と爵位を与えられる事で復帰する。その際には再び正式な叙勲式が行われ"皇帝陛下の定めし法の順守、帝国直轄領に劣る事のない治政"を大神オーディンに誓約する儀式が行われる。近年においてそれはただのお約束に過ぎないものという認識だが今回は事前に修正法案の内容やその意義について十分に伝えた後となるのでお約束ではない何かである事は十分に思い知らせたうえでの誓約となる。これを理解できない家はまぁ潰れればいい、くらいの扱いなので情けや慈悲などはない。まずは家が明確に割れていた諸侯(※4)が手続きを開始(※5)し、一族丸ごと乃至大部分が盟約側に立っていた家は年内に必要な情報を纏める事という条件での手続き開始を命じられる。数千という家が盟約に名を連ねたのである。領を持たない帝国騎士も多くいるが領を持った貴族は一つ一つその罪の重さ(※6)を考慮して対応が変わる。少なくとも七九八年中に処罰内容を確定させ、七九九年中に再叙勲を終わらせたいというのが政府の方針である。

 

「例の準備はどうなっている?」

 

 リヒテンラーデが側近である財務尚書ゲルラッハ子爵に目を向ける。

 

「準備は完了しております。試走も十分に」

 

「よかろう。まずはそれを使えるだけ使って事を進める。仕切る様に」

 

「承知しました」

 

 ゲルラッハの応えに満足そうに頷く。このゲルラッハが準備した代物、それがこの戦後処理の核となる。この核となるデータ解析システムは家単位の処罰や没収資産などの算定を自動化する。一家の誰が盟約側になり、誰が政府側になったか? それぞれどれくらいの働きをしたのか? 生存か死亡か行方不明か亡命か? それらの情報を元に誰が処罰され誰が許されるのか、家としての罪の重さはどれくらいになるのか? それが査定される。続いて提出を義務付けた資産目録を元に没収する領や資産についての算出を行う。最終確認は当然人力であるが"情を介せず機械的に処理を行う"と決めているので機械的に算出されたものはほぼ適用される。そうでもしないと短期間でこれだけの家の処分は行えない。機械的にと言うが一応最小限の情けとして存続を許されるのであれば一家が居住地としていた領はよほどのこと名が無い限り残す事にはしている。が、言い換えればこれくらいしか情けはかけない。

 

「一同にお伝えする。各省の幹部にも告知をお願いするがこれから恐らく罪の軽減などを求めた請願・陳情の類が寄せられると思う。これらについては全て上司への報告を行い尚書が責任をもってまとめる事。請願・陳情はこちらの手続きの不備若しくは機械的処置が原因の齟齬修正のみを考慮の対象とする。他は全て処罰の対象になる旨、公布の際に通知する。恐らく縁戚なり恩人なり、出来れば助けたいと思う所から希望を託される場合もあろう。だが例外はない。覚悟をもって当たるように」

 

 リヒテンラーデのこの一言で政府の戦いが開始された。

 

 

 

「申し訳ありませんが公務・私事含め全ての取次は私がその内容を確認したうえで行うようにと父より命じられております」

 

「重要な事なのだ!! 直接でないと話す事は出来ん!!!」

 

「では取次は行えません」

 

「御令嬢とはいえ何のつもりだ!!」

 

「今の私は伯爵家としては当主である父より正式に任じられた全権名代であり、公的な身分としては摂政補佐官フランツ・フォン・マリーンドルフの首席秘書官となっております。この身分と職務により父への取次を取り仕切っております。それと申し訳ありませんが公布による義務によりこの訪問については内容次第では父を通じて然るべき所に報告させていただきます」

 

 何一つ怯む事のない堂々とした態度にその貴族、無関心だったが故に処罰から逃れ、家を継ぐ予定になってしまった男が呆然と立ち尽くす。あの公布が出て数カ月、年を跨ごうかとしている時期なのに毎日これである。駄目だというのにマリーンドルフ家に手助けを求める者達が後を絶たない。中には政府に申告しなくてはいけない内容について不備が無いかの事前確認をしてほしいといった気持ちはわかるものもある。しかし大体は公布内容をそれほど重く見ておらず"どうすれば罪を軽減させられるのか? "と聞いてきたり、"これでなんとか……"と袖の下を持ってくる輩である。賢いから盟約側に立たなかったという訳ではない、どちらに付くか判断できないだけだった者も沢山いたのだ。そしてその者しか継嗣がいなかった場合、動かねばならないのはその者なのである。真面目に仕事したいのにこんなのを毎日相手させられるのだからたまったものではない。かといって政府中枢で仕事をする事になってしまった父にこの手の雑務をさせる訳にはいかないし身分が低い者を出すと帰ってくれない。なので父から正式に名代と言う名目を発してもらってまで自分がこれを取り仕切っているのだ。

 

「お疲れ様です」

 

 訪問者に丁重にお帰り頂いた所で執事が持ってきた温かいタオルで顔を拭う。伯爵家御令嬢であるが化粧無しのすっぴんで生活しているので出来る芸当である。特に補佐官秘書として公務に付くときは基本男だらけの職場なので化粧などしていられない。

 

「車の出発は二〇分後です」

 

「わかりました。時間になったら呼んでください」

 

 淹れたてコーヒーの香りを楽しみつつ一時の休憩ではあるが直に父に元に合流する事になる。本来首席秘書として常に同行しないといけないのだが公布後は早朝にやってくる客を処理してから追いかけるのが常となってしまった。しかし、明確な政府側姿勢を取るように父の背中を押した結果、摂政補佐官を依頼されてしまい断り切れずに引き受ける事になってしまった。その父を補佐する為、秘書に立候補(という建前でごり押した)した。巻き込んでしまったのは自分のせいなのだから全力で助けないといけない。本来、伯爵家の娘が政府中枢でやる事ではないとは理解しているのだがお家で慎ましくしているよりもこちらの方が性に合っている。だから全力で取り込める。移動に護衛が必要になってしまったのが意外だが(※7)父が狙われるよりかは遥かにマシというものだ。

 

「こちらが伯爵様のご確認が必要な書類です」

 

「わかりました」

 

 父に合流して政策スタッフ達の執務室での作業に入る。はずなのだがフランツは他所に顔を出しているらしくその間に積まれた書類の代理決裁を始める。それも"父が座るべき補佐官の席に座って"である。目の前の執務室内でせわしく働く者達は各省の実力派中堅官僚や一部高級官僚達である。その部屋の一番偉い人が座る席に代理とはいえ座る事に最初は本人も、それ以上に周囲の者達が違和感なりなんなりといった雰囲気を醸し出していたが

 

「皆さま、申し訳ないが何日か娘、いや、この秘書の代理を認めてください。それでお分かりになるはずです」

 

 とフランツが頭を下げる事で周囲の者は我慢した。そしてその数日が経過した時点で才能あふれる官僚達はこの伯爵令嬢がそこに座る事に一切の苦情を出さなくなった。人格者であるが一人の人間としては実の所そこまで才の無い(少なくともここに集まった優秀な官僚達よりかは劣る)フランツよりもこの娘、ヒルダことヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの方がはるかに才は優る。男勝りとはまさにこの事だ。本人にとってははた迷惑な事にこの"実力派伯爵令嬢"の事は政府高官達の話題となってしまい、伯爵家一人娘という立場、そしてすっぴんでも十分な美貌などが尾びれをつけて駆け巡り虎視眈々と縁談申し込みの準備をし始める諸侯も多々いるとかいう噂があり内心、フランツとしてはこれを機に良い縁談を選びたいのだが娘としては"仕事楽しい!! "に目覚めてしまい元々考えてなかったそっちへの気持ちはさらに遠ざかってしまい父を含む親族一同をやきもきさせてしまうのである。

 

 

 

「改革に集中するあまりこちらの方への注意が怠っていたのは事実。確かにこれは明確なテコ入れが必要である」

 

 リヒテンラーデがその書類を捲り、重要な数値を次から次へと頭に入れる。そしてその中に一つの数値を見つけると傍らに控えている男に見せる。

 

「フランツ殿、この金額は徴収済みの財から捻出できるだろうか?」

 

 書類を手渡されたフランツは少し考えさらに横に控えている秘書にそれを見せる。

 

「…………細かい数値は調べる必要がありますが当面の分はありますので出せるという前提で事を進めても良いと思います」

 

 ヒルダの言葉を聞いてリヒテンラーデが頷く。

 

「宜しい。出す事を前提に話を進めても良い。概要は(財務尚書)ゲルラッハに伝えておくのでこの資料を持って説明しておくように。それでも揉める輩が出たのなら"わし(リヒテンラーデ)がやれといった代物である"とでも言ってやれ。それで事は進みやすくなるだろう?」

 

「ご配慮くださりありがとうございます」

 

 言葉を受けて予算の嘆願に来た義眼の男、パウル・フォン・オーベルシュタインが表情を変えず言葉だけは丁寧に応える。

 

「うむ。尚書殿に(貸し一つだぞと)よろしく伝えるように」

 

 

「不気味ではあるが出来る人材の様だな。まぁ、そうでなければあの軍務尚書が傍には置かぬ風貌であるな」

 

 退出したその扉を眺めつつ不気味な事では似たり寄ったりのリヒテンラーデが呟く。

 

「確かイゼルローンでの一幕で話題になった……」

 

「いかにも。こちらに理由があった影響で生き延びれた者であるが今の所は生かしてよかった、という結果にはなっている。さてさて」

 

 そう言ってヒルダの方に顔を向け、手元の書類を軽く掲げる。

 

「フロイライン、これの写しは後で届ける。申し訳ないが財務省と連携して必要な資金の捻出をお願いしたい。軍備の回復は滞りなく進めねばならない」

 

 ヒルダの実力についてはリヒテンラーデも噂を聞いているし色々なやり取りの際に見せる見識には一目置いている。それどころか行政官としては恐らく父よりも優れた素質を持っていると感じており時折こうやって直接仕事を依頼する時がある。フランツには改革立案チームとの間のクッション以上の期待は正直していなかったが思いもよらない掘り出し物を見つけてしまったのだ。有効活用しないと損である。

 

「…………承りました」

 

 横目でフランツが軽く頷くのを見てからヒルダが応える。本来は補佐官であるフランツが行う仕事だからである。最初のうちは"直接は……"といった所であったがヒルダの実力を最も買っているのはフランツその人なので"何かあった時の責任は私が取るから出来そうな仕事は引き受けてしまっていい"とヒルダが直接仕事をする事を妨げるどころか背中を押している。

 

「では、失礼いたします」

 

「うむ、よろしく頼む」

 

 

「それにしても……羨ましいものだ」

 

 親子が退出し、一人になった所でリヒテンラーデがまた呟く。自身の子も孫もあのフロイラインの様な才は欠片も見えない。子は少し期待して官僚の道を進ませてみたがある程度時を経て見切りをつけて自領運営に専念させる事にした。中堅官僚程度にはなれそうだったがリヒテンラーデ家の御曹司がそのような中途半端な場所にいても周囲に迷惑になるだけであり、かといって親の七光りで出世させるつもりは毛頭ない。そして孫はまだ未成年だが良い話を聞かぬ。

 

(派閥を作らずにいたのは寧ろよかったかもしれん)

 

 ブラウンシュヴァイク家やリッテンハイム家と同じ土俵に立たない為にあえて貴族界で閥を作らなかったがそれを逆手に取って己の死後は自領をこじんまりと経営し、適度に忘れられていく存在になればいい。

 

(その為にもあの愚息でもやっていける世にはしておかねばな)

 

 首を軽くゴキゴキ鳴らして政務を再開する。やはり最近、疲れが抜けにくくなっている。もうひと踏ん張り、ひと踏ん張りなのである。

 

 

 

「諦めが悪いのも無くならんものだのぅ」

 

 シュヴァルベルクが手元の報告書を放る。七九八年も半分以上経過しているというのに残党なりなんなりとの小競り合いは明らかに頻度は下がっているが無くならない。非航路の小惑星群に紛れこみもはやただの海賊となっている残党もいれば戦後処理を不服として再決起、しようとしたがまともな戦闘用艦艇が残っておらず掛け声だけで終わった者もいる。一つ一つは呆れる程小さいが何時周囲の旗色が変わるのかが不鮮明なので討伐隊は一〇〇〇隻単位で動かねばならず想定以上に艦と物資と予算が動き回る。しかし帝国全域をしらみつぶしに出来るはずもなく安定するまでは対処療法に徹するしかない。正規艦隊の大規模動員も出来ない(※8)とあってはもはや自然鎮火を待つのみである。

 

「段々と青の領域は増えては来ていますが…………」

 

 隣で高級副官ジークフリード・キルヒアイスが広域星域図を眺めながら応える。気の遠くなる作業ではあるが全星域、全有人惑星に対して治安度がマーキングされている。元から政府側勢力だった所は基本青であるが旧盟約諸侯領の色は青から赤までさまざまである。戦後の恭順度や行動、交渉状況などによって危険度が判定されてはいるが青だと思っていた所が近所の騒動に影響されて赤になる事もあったりするので簡単には安心できない。

 

「そもそもあれだけ派手に謀反を起こしておきながら条件さえ満たせればお家が残るのだからそれだけで十分な慈悲ではないか。それでも奪われる事を不服とするならばはっきりと旗色を鮮明にして欲しいものだ。そうすれば遠慮なく叩き潰せる」

 

 シュヴァルベルクらしからぬ乱暴な言い様ではあるが行政上の処理は七九九年いっぱいまで続くらしいのでそれまでこの緊張状況が続くなど考えたくもない。

 

「閣下……」

 

 情報参謀が"残念ですが"という顔で近寄ってくる。

 

「中六日。記録更新とはいかなかったかぁ」

 

 つまりは今年に入ってから"何も起きずに一週間が経過した時が無い"のである。半分以上が圧倒的兵力差で降伏させるか四散するかなので人的消耗は少ないものの関係者のストレスが減る事は無い。しかし今回はここから様子が異なっていた。

 

 三日後

「閣下……」「今度は短くなってしまったか」

 

 二日後

「閣下…………」「ちょっと頻繁になってないか?」

 

 翌日

「閣下」「ちょっと待て、関連性があるかないか情報を集めよ」

 

 翌日

「か」「今度は何処だ!!」

 

 四時間後

「閣下!!!」(無言で手元のティーカップを叩きつける音)

 

 

「ガイエスブルク要塞より報告、旧ブラウンシュヴァイク領の複数個所にて暴動が発生。一部の旧私兵治安維持隊がこれに同調。旧リッテンハイム領からも動きがあるとの報が入っております」

 

「……なんで?」

 

 

 後に"盟約の死後痙攣"と呼ばれる事になるこの内乱最後の大きくて小さい動乱の幕開けであった。




※1:勅命
 といっても実態としては摂政としてのリヒテンラーデのGoサイン

※2:臣民の権利
 階級・軍法によって保証されているいるはずの軍人の権利や刑法などにおける貴族・平民の区別なく罪とされている内容などにおいても法などより身分による圧力が優先され、一般臣民が不当な扱うを受けてしまう事例が多々存在する。ミッターマイヤーのあれとかね。

※3:フレーゲル家を通した政府への通知
 フレーゲル家に仲介をしてもらう事によりカストロプ動乱の際に助けられた恩を返す意味を含めた行為。

※4:家が明確に割れた諸侯
 カルネミッツ家のように政府・盟約に立場が分かれて活動していた家など。特に軍人のいる家は活動が明確になる為に判断しやすい。

※5:手続き開始
 最初から立場を明確にしている者にはサービスとして事前通知などを行い、手続きを行いやすいようにサポートしている。政府側が資産目録の作成や公収する財や領の算出などを行うモデルケースを作りたいという事もあり家によっては手続き開始と同時にほぼすべての処理が終わる所もあった。

※6:罪の重さ
 家の中における盟約側、政府側の比率や政府側に立った人物の貢献度。当主や跡継ぎがどちらに付いたか?などの"重み"で没収される領や財産の量は変わる。

※7:護衛
 頭の悪い生き残り貴族や門前払いを食らったり不正(賄賂)に失敗した貴族達からの逆恨みなどがあり摂政補佐官として父共々怪しい輩に狙われる事が発生し始めているので常時護衛が付くようになっている。

※8:正規艦隊
 現存一三個艦隊のうち司令長官直属・帝都防衛・アムリッツァ星域防衛・旧ブラウンシュヴァイク領警備・旧リッテンハイム領警備で五個艦隊が運用中乃至動員不可。残余一部艦隊は基幹人員を再建中艦艇に引き抜かれ当分の間慢性的人材不足、残りが万が一の同盟軍襲来対応への待機が必要。となっておりかなりの"カツカツ"状態である。


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No.55 束の間といふもの

[2024/3/17]ホーウッドとルファーブルを間違えていたので修正


全話及び活動報告にある通り"不定期期間"となっております。

いつもとあまり変わらぬタイミングになりましたがいつもと違うのは次話の書き込みが0です。
いつもはこのタイミングで次話は基本書き終わっていてその調整をしつつその次の話を書く流れとなっています。

なので暇見つけたら書いていきますがペースは自分でも判りません。


 なんとかフォローしてあげたい上司

「うん、まぁこんな味が好きな人もいるんじゃないかなぁ(モグモグ)」

 

 師匠の一人の弟にして基本食えればOKな肉食系男子

「濃い味ですけどその分主食が進みますし、嫌いではないですよ(モグモグモグ)」

 

 大師匠の旦那

「これ女房が教えたレシピだよな。昨日家で同じの食ったし。どうしてここまで違う味になるんだ? (モグ)」

 

 師匠の一人

「まずはレシピ通りに作っているか、ですね。後でどう作ったのか教えてください(モグ)」

 

 

 対策室近くの休憩所、お昼休みに最近よく見るようになった風景。テーブルを囲む男四人と女一人。

 

「どうして、こうなっちゃうんでしょうか…………?」

 

 その女、フレデリカ・グリーンヒル大尉が首を傾げる。テーブルの中央に置かれたパックには彼女が作った今日のおかずが入っている。それを皆でつまんで評価するのが最近の男性陣の日課である。師匠陣からのレッスンを受ける日々にて大師匠たる夫人から「作るからには食べていただかないとね」とノルマを課せられてしまってこういう日々になってしまっている。最初のうちは他の対策室所属女性陣からあまりいい目を見られていなかった。妻帯者が一名いるが他の男は年齢層が丁度よい上中下と揃っているのでアピールするにも露骨すぎ! という妬みの対象であったがさり気なく近くのテーブルで耳を傾けてみるとその内容で"??? "となり興味を持って一口貰ってみて"!!! "となって経緯を聞いて"……うん、頑張ってね"となった。まぁ男(上)が本命である事は日頃の態度で判るし、どう見ても中と下はそういう感情の無い会話になっているので判ってしまえば遠目で見守るのみである。

 

「こっちは同じ料理だよなぁ(モグモグ)」

 

「一応は、はい」

 

 先輩が後輩のお弁当から遠慮なくおかずを取る。"お試しおかず日課"がスタートしてしまったので男性陣もお弁当持参の日々となっている。フレデリカにとってつらいのは結果としてそのお弁当はそれぞれの師匠達の作品なので同じおかずになってしまったら比較対象にされてしまうという事である。やっぱりお勉強会の後となるとその対象がおかずとして出てくるわけであり、必然的によく被る。そしてフレデリカが駄目出しを受け続ける事になるわけである。

 昼休みとはいえ緊張感の欠片もないが最近の対策室は、というか情報部以外の軍部はとても安定してきており束の間の安息の日々になり始めている。なのでこういう日々もまた良し、なのである。

 

 

「出たぞ。予想はしていたが数値として見てしまうとなかなかインパクトがあるもんだ」

 

 その日の午後、今が安息の日々である事を証明する報告書が回ってくる。

 

「三二八隻……ですか」

 

「そうだ、三二八隻だ」

 

 七九八年上半期における自由惑星同盟軍宇宙艦隊損失艦艇数、その数字である。三二八〇隻ではない、三二八隻である。内治警備隊関係はまた別勘定だがこちらはイゼルローン獲得後、回廊同盟側警備隊の損失がなくなった関係で元々前年から大きく減少している。

 

「過去に同様の事は?」

 

「ない。これだけ被害が少ない期間があるとだな、これ幸いにと大規模動員をしてあそこ(イゼルローン)を狙ってだな。勝手に損失を跳ね上げるんだ」

 

 ラインハルトの問いにキャゼルヌがうんざりとした声で応える。

 

「分艦隊規模の遭遇戦が一回、あとは回廊出口付近での哨戒部隊同士の小競り合いのみ、ですからねぇ」

 

 ヤンの呟きが全てを物語っている。七九八年、同盟と帝国の意図的交戦は全く発生していなかった。同盟はもとよりその意図はなく、帝国もまた内戦後処理に目途が立つまでは自粛中である。お互いに回廊帝国側出口周辺における哨戒活動と監視システムの設置&破壊活動が精一杯であり衝突したとしても一〇隻二〇隻の哨戒隊だと二隻三隻失う前に逃げ出しておしまいである。唯一の衝突といえるのは同盟側イゼルローン艦隊所属のアッテンボロー分艦隊と帝国側アムリッツァ駐留艦隊所属のアイヘンドルフ分艦隊の遭遇戦であったがお互いに積極交戦の意思は無く自軍の戦力維持姿勢を理解していたので小競り合い程度で終了してしまった。損害のほとんどはその状況下で"何もせずに撤収してしまって良いのか? "という不慣れな遭遇戦故の行動不徹底が招き起こしたものであり、それでも損害は一割未満だったのはイゼルローン艦隊が最精鋭を保てるように配慮されているお陰であろう。

 

「この調子だと年間の損失艦艇が一〇〇〇隻を下回る。前年と合わせれば……本当に予定を一年前倒しだ」

 

「前倒しの影響は後で考えるとして、被害が少ないのは素直に喜んでおいてもいいと思います」

 

 同盟軍宇宙艦隊の再建計画は五ヵ年で約三〇〇〇〇隻の増強、単純計算で年六〇〇〇隻である。建造数は再建計画前から若干数を減らして年あたり一三〇〇〇隻、損失六〇〇〇、増強六〇〇〇、その他一〇〇〇(耐用年数超過艦艇の交換など)で考えられていたが七九八年の損失が本当に一〇〇〇隻であれば七九七&七九八年の合計で六〇〇〇隻の損失となり予定の半分となる。想定より早く中堅指揮官を用意しないといけない事と前線駐留基地の一個艦隊受け入れ可能予定の若干の前倒しなど嬉しい悲鳴はあるもののその逆になってしまう事と比べたらなんて事は無い。

 

「第五&六艦隊も正式に動き始めましたし今年はまぁ何も起きて欲しくはないですね」

 

 ヤンの言葉通りこの夏に予定半年遅れ(クーデター騒ぎの為)で第五&六艦隊が正式に活動を開始した。第五艦隊の司令官は元第七艦隊司令官ホーウッド中将、第六艦隊の司令官は元第一一艦隊副司令官コナリー少将。これで再建開始時に想定されていた艦隊司令官人事は完了した。帝国領侵攻作戦から生き残った艦隊司令及び副司令はほぼ使い切り、これからは独立分艦隊などを通して次代の中堅将官の育成が必要となる。しかし現時点での艦隊&分艦隊司令官格を十分な経験者達で埋める事が出来るのは心強い事であり内乱で中堅人材が大きく損なわれている事が推測され、そこからの回復において平均的質(経験者)の低下が予想される帝国に対するアドバンテージであると同盟軍は考えている。ここにたどり着くまでにクーデターが発生したとはいえ二年の時間が必要だった。この第六艦隊までの艦艇総数は実の所二年前の帝国領侵攻作戦終了時と大差は無い。しかし、処理能力を上回った損傷艦や組織として崩壊した部隊の再編成、定期的に行われる動員解除&新兵編入に伴う再訓練。ただの数が艦隊として動かせるようになるにはこれだけの手間がかかるのだ。帝国からの侵攻が再開する前に間に合った事を喜ぶ軍幹部は多い。

 

「ひとまずはここ(対策室)も情報部お手伝いの帝国情報分析に集中できるのだが……お前さんはある意味余裕ある今年中に色々と準備をしなくてはな」

 

 何かを思い出したかのようにニヤリとした先輩の一言にヤンが一瞬びっくりしたような表情を浮かべて直に むすー っとなる。

 

「どうしてここまで心配されるんですかねぇ。私だって一応あの時までは一人暮らししてたんですよ」

 

「暮らしてたというか存在してたというか」

 

 そのやり取りを見てユリアンが"ははは"と苦笑いを浮かべる。このやり取りの原因は彼である。ユリアン・ミンツは今年で一六歳、軍属ではない職業軍人の必要年齢に達した。ここから正式な士官になるルートは三つ。一つは士官学校に正式に入学する事、二つ目はこのまま軍に属して准尉まで昇進して幹部候補生育成所を経由する事、そして三つ目として今から幹部候補生育成所に入る事である。軍属経由で士官学校に入る者はまずいない。軍属になる事(=志願兵)自体が兵役(志願兵で足りない分の選抜徴兵)の対になるものであり正規軍人になるのなら志願する必要もないからである。そんな暇があるなら士官学校入学に向けて勉強していた方がいい。そして二つ目と三つ目の差であるが俗な言葉で言えば"ツテ"の違いである。前者は准尉まで叩き上げた者がその実力に応じてさらに上に行くための制度であり必要な推薦状は所属部隊の上官を中心に佐官クラスのものを集めれば良い。実際に見ている上官から"こいつはもっと上でも出来る"と認められればOKというものだ。消耗の激しい尉官の補充と言う側面があるので入学までの門は比較的広い。そして後者だがこっちはかなり条件が厳しくなり将官クラスからの推薦が必要となる。これは推薦者にもリスクがあり、不合格にでもなったらその者の見る目が無かったとして履歴が残るのでかなりの器量持ちである事を認められない限り推薦はされないし一人の将官が出せる推薦状の数にも制限がある。そのかわりに被推薦者の条件は年齢を満たしている曹長以上、のみなのであるがそれ以上の才覚が認められないいけない。そして重要な事としては"推薦者は被推薦者の親族及び特別親しい者であってはならない"という付加条件である。要するに"身内の推薦不可"である。なので少なくともヤンとキャゼルヌはユリアンの推薦状を出す事が出来ない。ヤンは養父として当然、キャゼルヌとは軍属前から家族ぐるみの付き合いだからである。

 

「まー、本人がそれを希望して色々とやってしまいましたからこちらとしては止められませんからねー」

 

 ヤンがジト目でユリアンを睨む。といっても"怒り"と言う意味での睨みではなくいわゆる"ツン"の睨みである。

 ヤンとしては"なんでわざわざ"という気持ちもあるし学費程度は賄える収入はあるのでこのまま軍属任期を満了させて望みの道を進めば良いと思っていた。だが、その望みの道が軍人なのだと言われてしまったら愚痴はこぼすが止められない。それが職業選択の自由と言うものだ。なのでヤンは"ツン"を発動させてこちらからは何の手助けもしなかった。"希望をするなら自分で調べて動くんだよ"と言って大切な養子の行動を見守った。しかしこの時点でヤンは養子が"一番弟子"である事を忘れていた。それを思い知らされたのはある日自宅で真剣な目のユリアンから"ご報告したい事があります"とテーブルにかしこまられて

 

「推薦状を頂きました」

 

 と二通の推薦状を出された時であった。

 

 

 推薦人 宇宙軍大将 統合作戦本部長チェスター・クブルスリー

 推薦人 宇宙軍大将 宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック

 

 

 文字通り、椅子からずれ落ちた。

 

「いつの間に! いつの間に……あー」

 

 勢いよく立ち上がり、それに気づいてへなへなと椅子に座り直して天を仰ぐ。

 

「そうかぁ。自分で蒔いた種かぁ」

 

 思わずぼやくが後の祭り。考えてみたらこのお二方とのツテを深くしてしまったのは自分自身だからと気づいたからだ。対策室という職場から統合作戦本部長や宇宙艦隊司令長官に報告相談する事は大小さまざま存在した。そして少なからずのやり取りをこの一番弟子に任せていたのだ。クーデターの働きでユリアンは周囲から一目置かれる存在になっておりそう重要でない書類の受け渡しや口頭伝達程度なら任せても良しとされていた。たまにそのまま"お昼ご飯御馳走になってしまいました"とか言って戻ってくる日もあった。考えてみたらあの二人からユリアンの話を聞く事もあったしその時はよく褒めてくれるのでこちらも嬉しくなって受け答えしていた気がする。…………もっともっと考えてみると自分、ユリアンが正式に軍人になる事を一個人としては望んでいない、と言ったっけ???? 多分言っていない。言っていないとなるとユリアンがそれを希望するのなら、まぁ、そう受け止められるよね。

 

「一通でも十分な方なのにお二人からもらっちゃったんだ」

 

「曹長になって少し経った時に"もし希望するのなら推薦状はまかせなさい"とお言葉を頂きまして……」

 

 二人ばらばらに言葉を貰って(一通で十分だとはわかっていたので)どちらから頂こうかと素直に相談したら"わたしが""わたしが"となって結局"別に二通で困る事もないだろう"と用意されてしまったらしい。

 

「困るのは……受付だろうね」

 

 多分、現役の統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官の両方からの推薦状を同時に持ってくるなんて前代未聞だ。受付もたまげるだろう。

 

「ふぅ」

 

 ヤンが大きく息を吐く。空になったカップにユリアンがおかわりを入れるが心なしかブランデーの量を多くしてる気がする。

 

「本当に、それでいいんだね」

 

「はい」

 

 即答である。覚悟は決めていたがこれは一時的な感情とかそういうものではない、十分に考えたうえでの決断なのだろう。少なくともこの子は自分の人生を適当に決めるような子ではない。

 

「そう決めたのならもう言う事は無い。でもね」

 

 これだけは伝えておく。

 

「軍人になるという事はその判断、言葉、命令の一つで何千何万の人の命を奪う事になる。そして当然、その命の一つが自分自身になる事もある。私である可能性もある。逆に私の命令で君のいる部隊を見捨てないといけない可能性もある。君が私を見捨てるように進言しなくてはいけない可能性もある。その意味、重さから目を逸らさないように。いいね」

 

「……はい」

 

 その日は流石にいつもより多く飲んだ気がするがお咎めはなかった。

 

 

「ふっふっふっふ、終わったぞ、一つ、遂に終わったぞ」

 

 一キロ弱/月のペースで体重を減らしつつあったドーソンが不気味なうめき声と共にパァ──ンと分厚い書類(添削用印刷)をテーブルに叩きつける。ついにこの日、情報部はクーデターの後処理としての軍内部人事精査を完了させた。クーデター勢力として直接動いた(逮捕された)者、日頃からその言動に問題ありとされていた者、それら将官・士官を起点として交流関係を探りさらに怪しい人物が出てきたらまた探る。それを再帰法で対象者がいなくなるまで繰り返す。作り出したリストでまだ軍に所属中である(=退役・逮捕等されていない)対象者の行動を確認し同調していなかったかを確認し未遂である事が明確になった場合、処罰の対象となる。実際の処罰は上層部が行うがそれに必要な情報は全て整った。ここまでが情報部の仕事だ。それが終わった。

 

「これでやっと別の案件の指揮を取る事が出来る、ふっふっふ」

 

「あの、ドーソン部長、宜しいでしょうか?」

 

 来客に全く気付いていなかったドーソンが自分の前に立つ人の存在にやっと気づく。

 

「ん、お、ヤン室長か。いや、すまん」

 

 委託されている作業の報告に来たヤンがどうにも困った様子で立っている。

 

「お疲れ様です。遂に終わりましたか」

 

 テーブル上の書類を見て何が終わったのかを悟る。

 

「あぁ、うちとしては終わった。これを元に上層部が処分を下せばやっとあのクーデターの幕が閉じるといえるだろう」

 

「処分しないといけない人もいましたか……」

 

「基地司令クラスでも何人かはな。基地内で多数派になれずに決起を断念、形跡をもみ消して何食わぬ顔で場を流した。そういうのが未だに何の処罰もされずに現職に留まっている。厳罰は免れんよ」

 

 それを相手に悟らせず尻尾を掴む指揮能力、本当に情報系には強いんだなこの人は。とヤンは思う。

 

「では、報告を」

 

「よろしく頼む」

 

 近くの席に二人が座り、情報部から委託された作業の報告を行う。帝国の最新情報の集約、本来は情報部が担当してまとめ上げないといけない情報。対策室としての仕事の報告はその管理元となる統合作戦本部経由であるが情報部から委託された仕事は情報部への報告となる。結果としては統合作戦本部への報告は情報部にも伝達されるし逆もまた然り。馬鹿馬鹿しい事だがこれが組織の手続きというものである。

 

「やはり情報の精度が落ちてるのが痛いな」

 

「そうなります」

 

 ドーソンが頭をかきヤンが同意する。双方の内乱の後、帝国に対する同盟の諜報力は明らかに落ちていた。内乱期間中に繋ぎが途切れた事も大きいが帝国政府内をはじめとした各界の人間模様が様変わりしてしまった為に情報組織網そのものを作り直する必要があったからである。しかしこれは作ろう、出来ましたとは言えぬものであり地道な再建期間がないとどうにもならない。

 

「亡命者からその当時の情報はいくらでも手に入るのだがな。だがその後の政変を考えると、その情報を前提にする事も出来ん。それに対してこちらは…………」

 

「政治体制の違いとこの度の亡命者に紛れ込んでいるであろうスパイ群。筒抜けですか?」

 

「機密事項さえ守れれば軍を回廊外に出さない間は直ちに問題にはならない。だがその間に撲滅は無理だろうが大事を起こさん程度にする必要はあろう。これがここ(情報部)の次の課題だ」

 

 ドーソンの眉間に皺が寄る。

 

「内部精査に亡命者精査、この突発的な大物二つが片付かん限り情報部は"通常営業"に戻れん。私の頭に入りきらんものは他人に持ってもらう必要がある。そっち(対策室)は大物を抱えていないようだからな、もうしばらくの間は何かしら"外注"させてもらうぞ」

 

「本業に影響が出ない範囲で、ならなんとか」

 

「ま、ここからの外注が終わってもどこかしらからは事が入ると思うがな。君の頭はそういうものだ、というのはもう軍首脳部の周知の事実だ」

 

「……給料あがりませんかね」

 

「中将が大将になったら十分に上がるぞ、役職も上がるがな。なんならこの椅子座るか?」

 

 ニヤリと笑うドーソン。ヤンは"現状でほどほどに頑張ります"と応えた。完敗である。

 

 

 

「平和だねぇ」

 

「いい事じゃないか、残業が減る」

 

 秋もたけなわ、半年で三二八隻だった損失艦への追加は三ヵ月で四一隻。合計三六九隻であり年間三桁になりそうであるというのが現在の自由惑星同盟軍の状況を物語っていた。数値は全部キャゼルヌが取り仕切れるので結果を見て確認するだけ。やる事と言えば帝国情報の確認・分析なのであるがどうやら帝国の謀反貴族達残党対策としては各地に部隊を広く浅く展開して対応しているらしく同盟が知り得る情報元からはその動向が伺えず、帝国艦隊が駐留するヴァルハラ星域の各惑星はこちらに勝るとも劣らない静けさを保っている。要するにかなりやる事がなくなってきているのである。この対策室は。

 

「計画は五年、対策室は二年で縮小は早いから三年くらいが頃合いと考えているみたいです」

 

「あと一年予定、か。今より縮小となると規模的にトップが中将ではなくなるだろうな。兼任解除か配置転換か?」

 

 キャゼルヌが最終確認した書類を渡し、ヤンが軽く見てサインをする。目標値に対する実数値は極めて順調であり動員解除(志願・徴兵満期終了)は予定より多く行われている。一年以上かけて計画的に行われてきた配置転換や現艦隊規模に合わせた組織人員数調整で捻り出した適切なリストラによる技術職の動員解除対象をその"予定より多い"枠に押し込み、社会に還元する。帝国領侵攻作戦の大損害を無理矢理回復させようとせず、むしろ必要十分な程度の規模に縮小再編成するこの改革は今の所上手く回っており社会インフラの質低下などはここ一年であきらかに下げ止まりになっている事は数値として出始めている。これがより多くの損害を受けて、回復させなくてはいけない状況だったら下げ止まる事なく更に加速度的に落ちて行った事だろう。崖っぷちから一歩二歩、間を置く事に成功したといっていい。

 

「階級が上がる事はないでしょうから現職(幕僚総監)をじっくりやらされるか、経験として色々な所を回されるか。こればっかりは判りませんね」

 

「ユリアンも一人立ちといっていい状態になるからな。ある意味、どこにも配属させやすいと言える」

 

「それなんですよねぇ」

 

「ま、お前さんの頭を当てにしているお偉方は多いだろうから遠くに飛ばさずにここ(首都星バーラド)での職になるとは思うがな」

 

 少なくとも退職は出来ないと諦めているヤンはやや達観している感があるので現状(同盟と言う国が)道を外さなければどこでもいいという気持ちではある。出世とか権力欲とかはまったくないのだ。それなりに仲良くしていられる首脳陣と連携できる所だったらどこでもいい。そう考えているヤンに元に思った以上に早く、その後のお話が出始めた。

 

「現役は来年いっぱいまでという事で内諾をいただいとる」

 

 宇宙艦隊司令長官アレクサンドル・ビュコック大将は七九八年で七二歳。普通は退役している年齢である。

 

「となると後任は当然ですがウランフ提督に?」

 

 ヤンの問いにビュコックと同席しているクブルスリーが同時に頷く。

 

「それに関係して来年から色々と人事が動く事になる」

 

 クブルスリーがペラいちの用紙を取り出しヤンに見せる。手書きのそれには今後の大まかな編成についてのメモが書かれており自分の名前を記載されている。名前と? マークだけ書かれているそれがとても気になるがそれ以上に気になる項目を見つける。

 

「イゼルローン総司令の独立ですか? ゆくゆくはとなっていましたがこの機にやるのですね」

 

 ヤンの見つめるそれには"イゼルローン総司令:大将"、"イゼルローン艦隊司令:中将"、"イゼルローン要塞司令:中将"と"別々の項目"で記載されている。

 

「そうだ」

 

 クブルスリーが頷き、その背景を語る。

 

 帝国時代、イゼルローン要塞司令と駐留艦隊司令は共に大将であり明確な序列は設定されていなかった。それ故にこの二人は常に仲が悪く、その最悪の結果がヤンによる奪取だった。同じ轍を踏まない為に同盟はイゼルローン総司令兼艦隊司令を大将とし、要塞司令を中将とする事で明確な上下関係を作った。のだがこれはこれで一つの問題が発生した。帝国には上級大将が存在し大将というのは"艦隊司令官クラスの先任"に近いものがある。同盟で言う所の中将が帝国では大将と中将だと考えればいい。故に帝国にとって大将というのは比較的替えが効く階級なのである。それに対して同盟にとって大将と言う階級が必須となるのはイゼルローン獲得前は統合作戦本部長と次長、そして宇宙艦隊司令長官だけでありそれに次ぐ役職といえる参謀長や各部長は中将で就任可能である。そしてこの要大将の職にイゼルローン総司令が追加されNo.3の役職と定義された。その結果として統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官が長期政権になったらこのイゼルローン総司令までもが長期着任となってしまう。No.1&2になれる人材というものは貴重でありNo.3が長いからと肩を叩くわけにはいかない。一応統合作戦本部次長という役職もあるがこれは本部長の負荷削減と万が一の時の予備的な人員であり"本命"ではない。それを考えた場合、政治側が嫌がるのは現地(イゼルローン)での人事固定による軍閥化でありそれに対応する為の総司令独立である。No.3としての総司令はそのままだが現地の武力である艦隊と要塞とは切り離す、中将であれば定期的に交代はできるし現地武力の固定化はされない。

 

「ゆくゆくはイゼルローン艦隊と支援艦隊(後方駐留基地)と総予備(首都星待機)を三個艦隊の任務群にして交代制を取る事も考えている」

 

 同格による喧嘩、最高位と直接戦力の融合による軍閥化、それらの問題に対応した予定人事という事である。実はヤンが纏めた構想はそこまで考えておらず(軍閥化という考えが無かった)現状と同じ総司令兼艦隊司令案であったが当時からこの指摘はされていた。だがその時は司令官格の不足、そしてなりよりもウランフ大将への信頼と実力が後処理が安定するまでの兼任を可能としていた。

 

「それらを含め、来年頭から数カ月ごとに人事を動かす予定だ。まとめてではないのは範囲が大きいので同時に行うと影響が大きすぎると考えての事だ」

 

「それで、その過程で困ったことにな……」

 

 ビュコックが頭をかきながらぼやく。

 

「ヤン室長、来年の四月か七月ごろからか……参謀長になってくれんか?」

 

「はい?」

 

 対策室は縮小予定とは言え来年いっぱいくらいはそのままかな? と思ってたヤンが虚を突かれたように空返事してしまう。

 

「現職のオスマン中将がな、ちょっと体調が宜しくないのだ」

 

 ビュコックが話すにはオスマンは軽い心臓病を患わっており医師からは"現在の落ち着いた状況ならまだしも本来、参謀長という要職でありハードワークが嵩む役職はお勧めできない"と言われている。一枚目のイエローカードを貰っているようなものだ。いや、いまだからレッドになっていないだけで一昔前ならレッドだったのかもしれない。

 

「非常事態でないかぎり司令長官と参謀長の同時交代は避けたいのでな。となればわしが退く前に交代させるしかない。本人もそれが望ましいと言っている」

 

「でしたら副参謀長をもってというのが定例では?」

 

 現在の副参謀長はビュコックの元で第五艦隊参謀長を務めていたモンシャルマン少将である。

 

「モンシャルマン君は……一個艦隊の参謀長や今の副参謀長としてなら十分だが、残念だが総参謀長と言う程ではなくてな。良い頃合いなので来年頭に交代をする予定だ」

 

 長い付き合いのビュコックがそう評しているのだからそうなのだろう。

 

「モンシャルマン君の後任について候補者は今絞っているが率直な所、君以上に信頼できて参謀長にしてもいい人材がいないから副参謀長にする、というのが実情だ。なので予定より再建状況が良いという事もあり対策室の縮小は半年かそれくらい前倒しにして君とキャゼルヌ君を他に回てしまおうという考えになった。キャゼルヌ君の方はロックウェル君(後方勤務本部長)から"もうそろそろうちの次長としてくれないか? "とせっつかれている状況でな」

 

 クブルスリーの説明を聞いてヤンが"う~ん"と悩み込む。確かに今、対策室はそこまで重い状況ではない。少なくともアレックス・キャゼルヌをあそこで軽い後方事務処理させるのは正しく"役不足"というものだ。後方勤務本部次長→部長というのは彼の実力を知る軍幹部にとって既定路線というものであり後方勤務と事務処理だけで四〇歳までに中将で部長も夢ではないと言われている。そうなれば軍歴の半分以上を部長で過ごすという稀有なケースだ。

 

「その後の対策室は?」

 

 対策室は解散ではない、縮小だ。つまりは後釜がいるはずだ。

 

「規模を縮小し室長はグリーンヒル次長(統合作戦本部次長)が兼任、役割としては予定に齟齬が無いかなどの軍全体に対する監査役みたいなものになる。視野を広くさせたい若手を登用して見張らせて"顔"が必要な時はグリーンヒル次長に出てもらう。君に任せていた"考える"という役目は終了という事だ」

 

 説明を受けたヤンが頷く。その機能にするというのであれば自分やキャゼルヌとは趣が違う。

 

「ちなみに、君が参謀長になった場合、幕僚総監は兼任だ。こっち(統合作戦本部)とそっち(宇宙艦隊司令部)の両方に公式なパイプは持ってもらいたい。だがメインが参謀長でいい。幕僚総監の方は次席のマリネスク君にこれまで通り任せていい」

 

「私の人事は、その、既定路線という事でしょうか?」

 

 ヤンの問いに両名がそろってニヤッっとする。言葉には出さないがもう"そう"であるという事なのだろう。幕僚総監との兼務であるが前任の参謀長(グリーンヒル大将)が本部次長と参謀長を兼務していたのだからやってもいい人事なのだろう。

 

「君のキャリアを考えれば艦隊司令官にもう一度なってもらうという考えもあったが君はどちらかというと艦隊司令官からのこっちというより参謀長からのそっちという線の方が似合っていそうだからの」

 

 ビュコックが指差ししつつ"参謀長→(イゼルローン総司令)→統合作戦本部長"というルートを示す。しかし、それは……

 

「自分はそんな柄ではないです……」

 

 ヤンが慌てて否定する。この人たちに評価されるのはそれなりに嬉しいが自分が一番上に立つ事がまったくもって想像できないというかしたくない。それまでになんとかして退役したいのだ。

 

「しかしだな、今、艦隊司令官クラスで軍令方面に適正がある者が見当たらないのだ。正直な所、ウランフ君の次の候補がいないというのが我々と国防委員会の共通認識だ。特に国防委員長(とその主)の目にかなう都合の良い存在がいないらしくてな、それもあって今はある程度こちらの希望の人事(=要職候補者リスト作成)がやりやすい状況なのだ」

 

「ひとまず未来の話は置いておきましょう」

 

 このままだとそのレールに乗る事を承諾させられそうなので話をいったん切る。

 

「参謀長という事でしたらその、どこまでやれるかは判りませんが、まぁ、他がいないというのではれば、未熟者ですが……」

 

 しどろもどろになりながら応えるがいつの間にか参謀長の既定路線が受けいれてしまっている。任期を考えれば支えるのはビュコックとウランフの両名だ。この二人であればやっていける。その次はまぁそれまでに逃げ道を考えよう。

 

「一応話が表に出始めるのは来年になってからだ。国防委員長も"これはまぁ仕方ないんじゃないかな"とは言ってくれているがあの人の立ち位置を考えるとこちらとは違う人事が出始めてもおかしくはない」

 

「以前、情報部の予算を捻り出してくれて"おや? "と思ったがあれはあれで"レベロ議長が握っている予算を少しでも分捕りたいだけだった"という話だしのぅ。あの人にとってはそれが"ご主人"への貢献らしい」

 

「それは置いておいて、この話そのものはまだ内密に頼む。ひとまずは来年、現状の対策室を畳む準備だけは考えておいてくれ」

 

「わかりました」

 

 五ヵ年計画の素案立案者としてそれが終わるまではどういう形であろうと辞めれないだろうと腹をくくっていたが何だか知らないうちに重役ルートになってる気がする。どうやって逃げ道を作ればよいのだろうか? 

 

 

「可能な限りの自動化はしておきましたがゴミ捨てだけは自動化できません。分別と曜日についてはそこに張り出していますから必ず守ってください」

 

 仁王立ちして指導するユリアンの声をかしこまった姿勢でヤンが聞く。滞りなく来年度の予算も定まり、年越しも見えてきた昨今。士官学校に併設されている幹部候補生育成所への入所が決定したユリアンは一年間宿舎暮らしとなる。初めてこの家に入った時のありさまを記憶する彼はその再来を防ぐべく徹底した準備を行った。家政婦を雇うという手は秒で却下されたので洗濯機・掃除機・食器洗い機など自動化できる機器を最新の音声対応型から選んで(ヤンのカードで)購入。配置、動作確認を行い、使い方をレクチャーする。

 

「そこまで信用できないものなのかなぁ?」

 

「できません」

 

 公と私でここまで立場が正反対になるのも珍しい。

 

「宿舎通いは本当に暇がないとミューゼル大佐から聞いています、あの人がそこまで言うのなら本当に大変なんでしょう。なのでどれだけ帰ってこれるか判りません。卒業して帰宅して最初に大掃除とならないようにお願いします」

 

「こっちはいいからね。まずはきちんと卒業する事を考えて、ね」

 

「安心して励めるように後顧の憂いのないようにしているだけです。キャゼルヌさんにお願いしてご家族で定期的に訪れてもらえるようにはしていますので手は抜けないと思いますが……」

 

「うえぇ……」

 

 混じりっけなしの"嫌な顔"になる。旦那はどうでもいいが奥さんと娘さんには不愉快な事にはしたくない。

 

「さて、晩御飯の準備をしないと」

 

 台所に消えていくユリアンの背中をじーっと見つめる。軍人になってしまったら同じ職場になる保障は全くないしそうなる様に手を回す事をするつもりもない。ある意味のんびりと食卓を囲める日々はほぼ終わりという事だ。

 

「それにしてもな~~~んで軍人なんだろうねぇ」

 

 その軍人として史上まれにみる年齢で重役ルートに(嫌々)乗ってしまっている自分がいうのもなんであるがそれでもやっぱりヤンは思ってしまう。それがまぎれもない彼の本音なのだ。

 

(育成所で一年、少尉として比較的安全な場所で学べるのが一年。再建予定は一年巻いてるからそれが完了するのと中尉任官が同じくらい。奇手を弄していなければ帝国のリアクションも見定めるのもこれくらいの時期だろう)

 

 そのうえでどう考えて行動するべきか、それを指導する事は出来る。常識的な艦隊戦であれば総参謀長と言う役職はその分析・提言などの中心の一つだ。どうせ当分の間退役などできないのだ、せめてこういう事で守れるものを守るしかない。

 

 宇宙歴七九八年。自由惑星同盟はあのイゼルローン要塞の完成後において初めて、艦隊規模の軍事活動を行わない年となった。ただ、これが来年も続くとは誰も思っていなかった。

 

 



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