スーパーロボット大戦AC【エンゼルコール】 (resn)
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天使たちの飛来

 

【――転送成功。どうやら惑星中心に出現して一瞬で蒸発みたいなことは避けられたみたいです】

『怖いこと……言わないで……』

【やはり、連続での転移はひどく負担になっているみたいです。休憩を推奨したいところなのですが】

『わかっ、てる……そんな、暇……ない。ここは……』

【太陽系、第六惑星――土星と呼ばれる惑星の軌道付近です】

『そう……どう、逃げ切れそう?』

【残念ながら、可能性は30パーセント未満。難しいと言わざるを得ません】

 

 乗っている者は息も絶え絶えといった様子ながら、すぐに移動を開始する機体。

 

【警告。機体名マークセラフ、付近に転送されてきました】

『っ、この……マーククリフの、オリジナル……じゃあ、乗ってるのは』

 

 苦しげに呼吸を荒げる声が、『マーククリフ』と呼ばれた機体のコックピット内で機械音声と会話している。

 その軽い論調とは裏腹にどちらにも余裕は無く、むしろ限界まで追い詰められている様子だった。というのも……

 

『機体、コンディションは?』

【『ディバインウイング』12機中8機破損。当機体の性能はウイングの数で左右されるため、正直危険な状況です】

『残り四機……最低限ね』

【肯定。通常推進器が破損している現状では2機を推進に残さなければまともに身動きできなくなりますので、残り2機を】

『両方シールドに回して。逃げることを最優先』

【それは、第三惑星――地球までですよね、難しいかと】

『確率は』

【黙秘します】

『そう……』

 

 追求はない。相方がなぜ黙秘したのか、理由が分かっているかのように。

 

 

【マークセラフから、通信が要求されています】

『繋いで』

 

 相方の言葉に、通信を許諾する。

 途端に流れてくるのは、ここまでの道中でさんざん辛酸を舐めさせられてきた、不本意ながら聴き慣れた声。

 

『やあ、まだ無事なようで残念な限りだよ、劣化コピー』

『……ッ』

 

 すぐに聞こえてきた、こちらを嘲るような声に、マーククリフのコックピット内でパイロットが唇を噛み悔しげな呻きを漏らす。

 

 だが事実、向こうは無傷でこちらは満身創痍。こちらの機体が調整不足だとか、向こうには随伴機体があったとか、そのような言い訳をしても虚しいくらい、一方的にしてやられているのは否定できない。

 

『もう勝てないって分かったでしょ、そろそろ諦めてくれたら、命だけは保証するよ?』

『できない、し、それに……』

 

 今いるのはもう()()()()の世界だ。ならば、向こう……マークセラフの側にも泣き所がある。

 

『その機体、()()()()の人たちにはまだ見られたくない。違う?』

『……チッ、余計な知恵を付けさせられて、この劣化コピーが。それを理解してるならもう、なおさら逃せないじゃないか』

 

 忌々しげに呟くその声に、何か違和感を感じ首を傾げるマーククリフのパイロット。

 

 だがその直後、不意に、何かを周囲に捉えたことを示すアラームが、マーククリフのコックピット内に響く。

 まだ離れた場所を航行していたのは、花のような優美な形状の艦。それと、牽引されているらしき、ひどく破損してしまいもはや動力も生きていない様子の艦、二隻連結した艦艇だった。

 

『なんで、こんなところに……ッ!?』

【提案、彼らと接触すれば、マークセラフを牽制に利用できる可能性があります】

『て……提案を却下。こんな場所で巻き込んじゃうと、消されちゃう!』

 

 何故、生物の生存圏からはるか遠く離れたこんなところにと思いつつも、無視して立ち去ろうとするマーククリフだったが、しかし。

 

『おや。おやおやおや――どうやらあの艦艇、面白いものを積んでいるみたいだ。ほら、見てみなよ?』

 

 ビビッと短いアラーム音と共に、マークセラフからマーククリフへと、データが転送されてくる。

 

『え、あの艦艇の積荷解析データ? 何で……ッ!?』

 

 疑問に思いながら、マークセラフのパイロットが送ってきたデータに軽く目を走らせ……その内容に、マーククリフのパイロットが血相を変える。

 だがその時にはもう、マークセラフは足を止めて、遠距離砲撃の準備を始めていた。

 

 狙いは……先程の積荷を搭載している艦艇。その目的は撃沈ではなく、推進機関の破壊であることを示す照準データをわざわざマーククリフへと送りつけながら。

 

『そんな……()()()()()を生物が生活している場所に送り込んだら!』

『なら、きちんと守らないとねぇ劣化コピー。あの船はどうやら優秀みたいで、きちんと目的地への軌道計算が完了しているみたいだから、推進装置を破壊してもあとは慣性に従ってちゃあんと送り届けてくれるよ?』

『――クッ!』

 

 見捨てておくことはできない。

 あの船に積まれているものを考えると、ここで守らなければ、目的が達成できなくなる。

 

 そう判断し、あえて射線に割り込むよう陣取ったマーククリフに向けて、ターゲットが固定されたことを示すアラームが鳴り響く。

 

【警告、今の当機体の状況では、92%の確率で撃墜されます。退避を推奨】

『したいけど、でも……!』

【…………了解、退避不能と判断し、あなたの生存を最優先に対処します】

『……ごめん、なさい』

【いいえ、お互い生きていたら、またお会いしましょう】

 

 こんな時にも軽い調子で語りかけてくる相方に、こんな時ではあるがふっと苦笑が漏れる。

 

 しかし、状況はどう足掻いても絶望的。

 

 拡大投影された、はるか彼方の正面に居るマークセラフの正面装甲が展開し、内部にあった結晶体、そして全身各所に配置された結晶合わせて12個が、それぞれ繊細な模様を描く青い光を放つ。

 それに加えて、マークセラフの背面に控えていた六対十二枚の翼――『ディバインウイング』と名付けられた、様々な形態に変化するウェポンツールだ――が全てマーククリフへと向けられて、その姿を崩し、変えて、長大な砲身を形作る。

 

 それに対してマーククリフは残るボロボロな四枚の翼で前面を覆い隠すようにして防御体勢を取るものの……マークセラフに比べ、あまりにもその姿は頼りなく儚い。

 

『ほんと、諦めが悪いなぁ』

『それでも、まだ、死ねない……!』

『それじゃ、生き残れるものなら生き残ってみろよ、劣化コピー――アイン・ソフ、発射!!』

 

 そして、『マークセラフ』から放たれた莫大な閃光と、『マーククリフ』がぶつかり合い――

 

【報告。ディバインウイング全機、間もなく崩壊します……やはり、無茶でしたね】

『それ、でも……ッ!?』

 

 高エネルギーの奔流に晒されて、機体のあちこちで爆発が発生する。コックピット内もあちこちが爆ぜて、狭い空間を飛び回る破片が搭乗者を引き裂く。

 身体中のあちこちを破片が貫く痛みを感じながら、それでもマーククリフのパイロットは必死に歯を食いしばり、無限にも感じる数秒間が経過した後……視界全てを埋め尽くしていた光が、やがて消えた。

 

『……はぁ。これ以上深追いすると、このマークセラフが現地人に見られてしまいそうだね。あとは任せたよ、プリンシパリティ。最後に証拠隠滅も忘れずに』

 

 そう言って、背中を向けるマークセラフが遠ざかっていくのと入れ替わるように、真っ白い羽虫のような形状をした小型の機体が四つ、こちらに向かってくるのが見える。

 

 一方で、先程のマークセラフによる砲撃でだいぶ押し流されたため、虫たちがこのマーククリフの下へ辿り着くまでまだしばらくの時間があるだろうが……逃げようとしても、機体も体も動かせない。先程コックピットの背中側が爆発し、その際に何か良くない体の損傷があった気がしたが……そのせいだろうかと、どこか冷静に考える。

 

『死ね、ない……』

 

 このマーククリフを与えられ、一人元いた場所から逃がされた。そのために与えられた役目は、まだ何も達成できていない。

 

 だが天に祈りを捧げようにも、その天は、そもそも味方ではない。

 

『死に…………たく、ない…………な』

 

 そんな呟きを最後に――意識が急速に遠ざかっていくことに抗えず、まるで深い沼に沈むように、黒く塗りつぶされていったのだった。

 

 最後に見えたもの――先程守った艦艇の方角からこちらに迫ってくる、X字の光だけを目に焼き付けながら。

 

 

 

 

 

 

『高エネルギー反応、消失……え、消失!?』

『か……艦への被害なし、直前で何かに衝突して消えた模様。だが何が起きても対処できるよう、総員配置へ付け!』

『急速に接近する機体あり、所属不明……いえ、撃ってきました!』

 

 蜂の巣を突いたように騒がしく錯綜する艦内通信が、ひっきりなしに鳴り響く。

 

 外宇宙の探索プロジェクト『アルゴ計画』の帰路、この宙域で回収した難破船と接続し牽引していた、花のような形をした艦艇――『林檎の花(マンサーナ・フロール)』と名付けられた、実験艦。

 

 その『林檎の花』内の、次々と起こる緊急事態を前に、慌ただしく皆が走り回っている格納庫で。

 

「この機体、推進剤の補充は済んでるな、借りていくぞ」

「ああ!?」

 

 整備途中の機体――それもつい数時間前に回収されたばかりの機体に乗り込もうとするパイロットの姿を見つけて、整備にあたっていた男が悲鳴を上げる。

 

「駄目ですよカーティスさん、その機体はまだ調子を見ている段階で!」

「だが、どのみちこの艦内にに今、戦闘に耐えられる機体はこれしか無い!」

 

 そう言って、カーティスと呼ばれた、艦内だというのにサングラスを掛けている浅黒い肌をした男は、制止しようとする整備員を振り切るとコックピットに搭乗してハッチを閉めてしまう。

 

「それに向こうはこちらもターゲットしているし、やらなければやられるだけだろう?」

「ああもう、通信、テテニス様に繋げ、またカーティスさんが無茶を!」

 

 慌てて何処かに通信している整備の者に謝罪しつつ……カーティスはつい先ほどまで同室にいたテテニスから聞かされた、先程起きていた出来事について反芻していた。

 

 目の見えないカーティスの代わりに彼女が目にした光景――それはこの場所がまだ土星圏という人の生活していない辺境の地でありながら、索敵範囲外から突如放たれた高エネルギー反応から、何者かが機体を盾にしてこの『林檎の花』を守ってくれたという驚くべき内容だったが、しかし。

 

「それに……助けてくれた奴が何者かは分からんがまぁ、見捨てて立ち去るのも後味が悪いしなァ。だから」

 

 地球で開発されたという噂に聞く特機(スーパーロボット)と呼ばれている機体ならばともかく……普通に考えれば、先程計測された、戦略兵器級に匹敵するという膨大なエネルギー量の攻撃を受けて原型が残っているとは考え難い。

 考え難いのだが……不思議なことに、カーティスは何故か、その人物が生きているという胸騒ぎがしてならないのだ。

 

 もう若造というわけではないというのに、合理的ではない考えで窮地へ飛び込もうとしている自分に、フッっと自嘲気味に口元を緩めながら……カーティスは懐かしい座り心地のパイロットシートや使い慣れた配置の操縦桿の感触を確認し、目が見えていないとは思えないほど手早く機体を稼働させていく。

 

 核融合炉が稼働率を上げ、ガンダムフェイス特有のツインアイに光が灯る。

 

 動き出した機体に接続されていたケーブル類が強制排除されて、その腕がハンガーに懸架されていた銃――『バタフライバスター』という試験兵装を掴み取った。

 

 そのまま皆の静止を振り切って船外へ出たカーティスは、一度深呼吸をして……直後、グッとスラスターを操作するペダルを踏み込む。

 

「頼むぞ……クロスボーンガンダム!!」

 

 そんなカーティスの声に応えるように――白銀の幽霊(ゴースト)が、その特徴的な四つのスラスターを吹かして船外へと飛び立ったのだった。

 

 

 

 

 

「カーティスが、まだコックピットの調整も済んでないクロスボーンガンダムで……また無茶をして、もう!」

 

 目が見えず、データと音声によるガイドによって機体操縦するカーティスにとって、未知の敵など鬼門もいいところの相手だ。

 

 にもかかわらず、皆の反対を押し切って出撃した彼に、一つや二つ恨み言を言いたくなるのも当然のことだ。たとえそれが今の状況では仕方ないことだと分かっていても。

 

 だから、今できるのは彼が無事に戻ってくるのを祈って待つ事だけ……だというのに。

 

「あの、テテニス様……」

「今度は何!?」

 

 仕方ないとは分かりつつも不満げに頬を膨らませているテテニス。そんな彼女に、ひとりのクルーが申し訳なさそうに新たな報告をする。それは……

 

「あの子が……艦内に居ない!?」

 

 船内に居るはずだった彼女の愛娘、ベルナデットがいつの間にか姿を眩ませたというものだった。





見切り発車です。5話くらいならプロットがありますので、続きは気長にお待ちください。


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飛び去る者と墜ちてきた者

「頼んだぞクロスボーンガンダム! なんて格好つけて出たけどさぁ」

 

 頭を抱え、困り果てた様子で……カーティスが、膝の上にいる、子供用のノーマルスーツを着用した人物に語りかける。

 

「なんで、こんな場所にいるんですかね。ベル……お嬢様?」

「その……あの子が心配だったから」

 

 しゅんとした様子の女の子……ベルナデットの言葉に、カーティスはふたたび「はぁああ……」と深い溜息を吐くのだった。

 

 

 

『――ではカーティス、ベルナデットはそこに居るのですね?』

「ああ、居るよ。パイロットシートの裏に小さく収まってた。まったくこの密行テクニックはいったい誰に似たのやら」

『うっ……』

 

 何やら心当たりがあるらしきテテニスが呻き声を上げたが、しかしすぐに気を取り直し、まなじりを吊り上げて話を続ける。

 

『とにかく! カーティスもベルナデットも、戻ってきたら私のところに来なさい……だから、きちんと帰ってきてくださいね』

 

 ふん、と拗ねた様子で通信を終えたテテニスに、カーティスとベルナデット、二人揃って「はぁああ……」と深く溜息を吐く。

 

「お母さん怒ってたね。怒るとすごく怖いんだよ」

「それは、まあ、父親からの遺伝というかなァ……それよりも」

 

 頭の横で両手の人差し指を角に見立てて語るベルナデットに、カーティスは苦笑し、すぐに真面目な表情で視線を正面に戻す。

 

「それよりこっちです、ベル……お嬢様、なるべく揺らさないように努力はしますけど、しっかり掴まっていてくださいね」

「うん、お願いカーティス」

 

 そう言ってぴったり密着した少女の腕が腰に回ったのを確認し、カーティスがフットペダルを更に踏み込みもう一段加速させる。

 

「あ、あの子を通り過ぎちゃうよ!」

「分かっていますが、あの正体不明機は後回しです!」

 

 敵機……報告にあった見た目から『クワガタ』と仮称することにした白い甲虫方の機体から、幾条かの閃光が放たれたのを伝えるアラームがコックピット内に響く。

 

「そんな見えすいた威嚇射撃など!」

 

 ばら撒かれた光弾を、ほとんど命中することはないと察して真っ直ぐ突っ込んでいくクロスボーンガンダム。

 一発だけ直撃コースのものもあったが、しかし逆にペダルを踏み込み更に急加速して最小の動きで避けると、敵機体の射撃を潜り抜けるようにして懐へと飛び込む。

 そのまますれ違いざまに、クワガタの顎の間にある砲身へと、折り畳んだバタフライバスターから発振された幅広の刀身を叩きこむ。

 

 制作当初からバージョンアップもなしに二十年が経過しているこの時代では、すでに型遅れな武器だ。いかんせん出力不足はいなめず、一刀両断とはいかず、強い抵抗がある。

 だがそれでも溶断する事に特化した幅広いビーム刃は、白い甲虫のような機体を真っ二つに切り裂いた。

 

「まず一機、なんとかやれる……が、しかし!」

 

 一機撃墜されたことで、カーティスが駆るクロスボーンガンダムを脅威だと理解したのか、残る3機のクワガタが散開する。

 

「くっ、早いな……!」

 

 実はカーティスは、過去にこの手の加速性能が高い相手と模擬戦をした経験があるため、なんとかついていけるが……敵機の機動性は、未調整のクロスボーンガンダムよりも上だ。

 

「それに、データにもない、人型ですらない機体相手がこれほどやりにくいとは!」

 

 攻撃予兆のデータがないため、とにかく大きく回避するしかない。自分たちより速い相手にだ。

 徐々に追い込まれつつあるのを感じながら……しかし、不安そうに力が込められる少女の腕の感触に、苦戦している場合ではないと気合いを入れ直す。

 

「カーティス……」

「大丈夫だベル……お嬢様。なんとかする」

「ううん――私にも手伝わせて!」

 

 キッと正面を見据えたベルナデットの言葉と共に、とうの昔に光を失ったはずの視覚野に、突然色の奔流が押し寄せる。それは……

 

「これは……目が、見える?」

 

 ――突然視力が回復した? いや、ありえない。

 

 それに、見える位置がずれている。まるで胸の辺りから見えているように……と、そこまで考えて、ハッとする。

 

「これは、ベル、お前が?」

「見えてれば、カーティスは負けないよね?」

「ああ……もちろんだ!」

 

 少女の信頼に応えるべく、カーティスは一振りのバタフライバスターを、クワガタの一体へと投げつける。

 狙い違わず砲身に突き刺さった事で、そのクワガタは機能停止するが。

 

「ぉおおおおッ!!」

 

 クロスボーンガンダムのスカートから射出されたシザーアンカーが、手から離れて漂うバタフライバスターを掴み取る。

 そのままアンカーに繋がる鎖を掴んだクロスボーンガンダムが、鎖を振り回し、2機目、3機目と次々とクワガタを切り裂いた。

 

 そして……四機のクワガタは、全機撃墜されたのと同時に、まるで自分たちを調べられまいとするかのように全て爆散してしまう。

 

「……ふぅ、ふぅっ、なんとかなった、か?」

「カーティス、それよりあの子!」

「分かっている、急ごう」

 

 急かす少女に促されるままに、クロスボーンガンダムの進路を反転させて先程すれ違った正体不明の機体のところまで戻り……その姿を見て、うっと息を詰まらせる。

 

「これは……」

 

 四肢はひしゃげ、全身焼け焦げてはいるが、機体そのものは五体満足で残っている。並大抵の耐久力ではないし、これならばパイロットも生きている可能性が高くなった。

 だがその機体の姿は、損傷を抜きにしても、モビルスーツらしからぬもの。

 

「火星の反政府組織が開発したという、噂の新兵器、か……?」

 

 カーティスたち『アルゴ計画』の調査団が不在な間に起きたという、木星にある採掘基地コロニー『アンティリア』が、火星のバシリア・カウンティを中心に設立された反政府組織『バフラム』に襲撃された……通称『アンティリア事件』。

 眼前の正体不明機は、どこか生物的な曲線を多用されたシルエットをしている。それはモビルスーツよりもむしろ、その映像記録内に少なからず映り込んでいた、バフラムの使用していた新兵器に似ているような気がするが、しかし。

 

「……いや、違うな?」

 

 アルゴ計画よりも以前、カーティスはテテニスに同行して、新造されたエウロパのウーレンベック・カタパルトを視察したことがあるが……あの時、メタトロン関連施設から感じたざらついた感覚を、この正体不明機からは感じない。

 感覚的な話であり確証があるわけではないが、そのメタトロン技術の結晶であるらしい、噂されるバフラム製の新兵器ではないと、そんな確信があるのだ。

 

 それはさておき、破損状況から爆発あるいは火災が心配されたが……動力が完全にダウンしているらしいのが幸いし、今のところそのような兆候はない。ひとまず一安心と、カーティスがホッと息を吐いた――そんな時だった。

 

「カーティス、『林檎の花』の方!」

「なんだ……爆発!? 『林檎の花』、何が起きた!」

 

 今カーティスたちが来た方向、母船がある方角から爆発の光が突然発生した。慌てて通信機に語りかけると、返答はすぐに返ってくる。

 

『カーティスさん、こちら『林檎の花』、当艦には問題ありません。ただ……牽引中の幽霊船のブリッジが、謎の爆発を』

「何……まさか、『エンジェル・コール』か!?」

 

 

 幽霊船――二十年前、消息不明となった、私設部隊『クロスボーン・バンガードの輸送船。

 たまたま土星圏に漂流していたその輸送船が消息不明となった理由らしき、船体を破壊していた隕石……それに付着するようにして発見されたのが、『エンジェル・コール』とコードネームを与えられた、人類史上初めて遭遇した、太陽系外から飛来した生命体だ。

 

 だが、その『エンジェル・コール』とは、感染した生物を融解させるほどに強い毒性を秘めた、極めて危険な細菌だった。

 以後、どのように処分するべきか、あるいは学術的見地から危険は承知の上で手元に保管するかで『アルゴ計画』メンバー内でも意見が分かれていたのだが……。

 

 

『カー……ス、カーティス・ロスコ、聞こえるか』

「その声はエリン? まさか、あの爆発はお前が?」

『ふふふ、驚くことでもあるまい、君がやりそうなことを先にやっただけだ』

「何……?」

『人の世に災いをもたらすものであれば、それが重要な知の源であっても焼き払う。君がやりそうな事だ……もっとも、私の目的は現存するエンジェル・コールを、私の手元にあるものだけにする事だけどね』

 

 そう告げて、彼は何かを収めたカプセルを、カーティスに見せつけるように手に持って映像に映す。

 

「エリン、何を……何をする気だ!」

『何を……か。それは私の台詞だよ、カーティス・ロスコ。お前たちは木星をどこへ連れて行く気だ?』

「エリン、お前が私を疑っているのは以前に話をした時に理解している、だが、同じ木星のために協力してきた仲間だろう!」

『ならば答えてもらいたい……我が友カーティス・ロスコ、お前は誰だ?』

 

 エリンの問いに、カーティスが黙り込む。

 嘘を吐くのは簡単だ。だがエリンはとても優秀な友人であり、そんなカーティスの嘘を全て見通しての行動のはずだ。今更嘘を重ねても意味はないだろう。

 

『やはり、答えられないみたいだな』

「エリン……おれは」

『それでも、テテニス様とカーティス、君たちが木星の民のために尽くしてきてくれたことには、本当に感謝しているよ』

「ならば、これからも……!」

『だが……真の姿を偽る者を、どうして心の奥から信じられるというのかね?』

 

 ぐっと、カーティスが言葉に詰まる。その姿を見て、エリンは話は終わりだと、通信の向こうで背を向けた。

 

『大変ですカーティスさん!』

「……今度は、何だ」

『第三格納庫内のモビルクルーザーが、ミノフスキードライブ実験機パピヨンが、船外に出て行きます!』

 

 ミノフスキードライブ実験機。『林檎の花』と共に彼、エリンが木星本国より運んできた、惑星間航行実験機で……一度逃げられてしまえば、今のカーティスたちに追いかける手段は無い。

 

『フ……これを欲しがっている者が、地球にいるものでね。そこから木星に便宜を引き出す交渉に利用するのさ。きっと喜んで地球にばら撒くだろう、これが何なのかもわからずにね!』

「……エリン、よせ、そいつの危険性がわからないのか? お前が考えているほど生優しいものじゃない、人類を滅ぼすつもりか!?」

『ハハハ、馬鹿を言っちゃいけない――これで滅ぶのは地球圏の人間だよ、人類は生き残るさ、木星にだけより進化した人類として!!』

 

 そうして、笑い声だけを残し、パピヨンのミノフスキードライブが放つ『光の翼』が遠ざかっていく。

 

『パピヨン、ミノフスキードライブ起動、急速に加速して離れていきます!』

 

 そのオペレーターの声は、諦めの色が強い。

 当然だ、今から『林檎の花』のミノフスキードライブを展開して追いかけても、同じミノフスキードライブ搭載機であるパピヨンには追いつけない、すぐにロストするだろう。

 

「……なんてことだ。正しいと信じて選択した行動、そのための嘘が……まるで真綿が首を絞めるように締め付けてきやがる……!」

「ね、カーティス、今は……」

「……ああ。この正体不明機のパイロットの救助を優先しよう」

 

 すっかり疲れ切ってしまった様子のカーティスが、正体不明機の肩を掴み、『林檎の花』へと帰還する。

 

 窮地を退けて戻ったクロスボーンガンダムに……しかし、その無事の帰還を喜ぶ声が掛けられることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 ――正体不明機を収容した、先ほどエリンによりパピヨンが強奪されて空になっていた『林檎の花』第三格納庫にて。

 

「どうだ、開けられるか?」

「と、言われてもな。まったく規格がわからない機体に、どうすればいいのやら」

 

 クロスボーンガンダムから降りて来たばかりのカーティスと、周囲にいたメカニックたちが、固く閉ざされた正体不明機の胸部、コックピットハッチらしき場所の上で、揃って頭を悩ませていた。

 

「頼んでみる? 謎のロボットさん、ここをあけてくださいって」

「ベル……いや、お願いしてハッチが開くなら、苦労はだね」

 

 呑気なベルナデットの言葉に頭を抱えて苦言を程そうと思ったカーティスだったが……しかし直後、正体不明機のハッチが軋みを上げて開いていく。

 

「ほら、開いたよ?」

「……開いたなぁ」

 

 自慢げに曰うベルナデットと共に、納得がいかないと様子でコックピットの中を覗きこもうとして……何が柔らかいものが、カーティスの頬に触れた。

 

「……羽? なんでコックピットに羽が?」

 

 ハッチをこじ開けた途端に舞い飛び、外に流れてきて頬に当たった柔らかい感触。

 妙に軽いその物体を手に取り、手触りを確認すると、それは間違いなく鳥類の物に類似した羽毛だ。

 

 怪訝に思いながら、ベルナデットと二人、ハッチの中を覗き込み……それはすぐに、幼いベルナデットの目を手で隠す羽目になった。

 

「ん、ん、ん……これは、なんてこったって感じだねぇ、まさか天使(エンジェル・コール)が飛び去ったと思ったらさぁ」

「ねえカーティス、この子……」

「うんうん、ベルお嬢様、この子は私が助け出しておくから、救護班のおじさん呼んできてもらっていいですかね、大至急?」

 

 カーティスに言われて、ショッキングな光景を目にしたことで少し青い顔をしたベルナデットが、慌てて格納庫から走り去って行く。

 そうして視界を貸してくれていた少女が離れていったため、カーティスの視界はふたたび闇に包まれたものの……必要な情報はすでに先程全部見終わっている。見た感じ特に複雑な固定具などはなかったため、中で気絶しているパイロットを連れ出すのは問題ない。

 

 それでも、すぐには動き出すことができなかった。非常事態には慣れていると自認しているはずのカーティスがそれほど混乱していたのは、ベルナデットの視界を借りて少しの間だけ目にした、正体不明機のパイロットの姿のせいだろう。

 

 それは……全身おびただしい血に塗れた、明らかに重傷者であったが、驚いたのはそこではない。

 

 半分ほど壊滅したコックピット内にぐったりと倒れていたのは、宇宙に出るにしてはあまりにも軽装な真っ白な薄手の衣を纏い、真っ白な髪をした、歳の頃はベルナデットと同じくらいの――

 

「なんてこった……『エンジェル・コール』が、本当に天使を呼んできたぞ」

 

 ――半壊したコックピット内で、赤に塗れて血溜まりの中に沈んでいてもなお神秘的な、真っ白な翼を背に持つ天使の少女だった。



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天使の診断書

 ――『林檎の花(マンサーナ・フロール)』が土星圏で『エンジェル・コール』を強奪され、そして正体不明機を回収したあの日から、およそ一ヶ月が経過していた。

 

 現在『林檎の花』はアルゴ計画の調査団母船とは別行動し、地球へと逃亡したミノフスキードライブ実験機『パピヨン』を追跡するために、木星の衛星『エウロパ』にあるウーレンベック・カタパルトを利用するために急ぎ木星へと帰還の途上にあった――そんな、ある日のこと。

 

 

 

「お待たせしましたドクター。それにカーティスも」

「忙しい中のご足労、申し訳ありません、テテニス様」

 

 この『林檎の花』のドクター……恰幅のいい、ちょび髭を生やした温厚そうな男性だ。

 彼は、少し慌てて来たらしい、微かに息を切らしているテテニスが医務室へと入ってくるなり、話が長くなるからと椅子をすすめると、自分も席について話し始める。

 

「それで、あの天使の少女について話があるとのことだったが……」

「医療班のみなを人払いしたのですね、ですがなぜその中に私が呼ばれたのでしょうか?」

「カーティスは目が見えませんからな、それでは伝えるべきことも伝えられませなんだ」

「だが、それはテテニス様でなければならない事だったのか、ドクター。他の者に代理でも……」

「いいえ。この話は、できればお二人だけの耳に入れておきたい話でしたので」

 

 そう言って彼は、カーティスとテテニスに、先日収容した少女――あの正体不明機に乗っていた天使の女の子の治療経過について、解説を始めるのだった。

 

 

 まず判明したのは、あの天使の少女の体構造は、ほとんど人類と同一であるということ。

 一応、肩甲骨から変化した翼と、それを動かすための筋肉などは多少人とは差異があるらしいのだが……しかしそれは、鳥類みたいに自らの翼で空を飛べるようなものではないそうで、飛行能力は無いと断じられた。

 まずはそういった前提を語り終え、次いで語られたのは……その、負傷内容について。

 

 

「――全身の裂傷百ヶ所以上、特に大きなものは脊椎まで損傷が届いている。出血量も、間違いなくショック症状を起こしているレベルだな。それに……心肺停止か」

「ひどい……」

 

 救助した際に見たコックピット内の惨状から薄々そんな予感はあったが……予想を超えたあまりにも幼い少女には過酷すぎる負傷の数々に、話を聞いていたカーティスとテテニスの二人が揃って顔を顰める。

 

「だがドクター、こう言ってはなんだが、よくここまで回復させたねぇ、これ」

「ええ、先ほど眠っている少女の姿をチラッと見てきましたが、血色は良かったですし、呼吸も正常にしていましたわよね?」

 

 つい今日から隔離病棟から移されて来た少女の様子に、カーティスもテテニスも、心底ホッとしたものだ。

 

「そこは腕の見せ所……と言いたいのですがね、テテニス様。正直、私は全血液型対応の万能人工血液を輸血して、電気ショックで心肺蘇生をしたくらいの処置しかしていませんよ」

「……なんだって?」

「……なんですって?」

「それで……テテニス様には少々刺激の強い内容で申し訳ないのですが、こちらの映像記録を見ていただきたく」

 

 そう言ってドクターが再生した映像に、しかしすぐに真っ赤になったテテニスは慌てて立ち上がり、彼を非難する。

 

「あ、あのドクター、なぜこの映像で、あの子に衣服を何も身につけさせていないのですか!?」

 

 映し出されたのは、その白い肌を余すことなく曝け出した、一糸まとわぬ少女の姿。

 たまりかねて叫んだテテニスの言葉に、隣で聞いていたカーティスはゴホゴホと咽せ、ドクターが慌てて手を振って弁解する。

 

「ち、違うのです、純粋に医療目的の撮影で……!」

 

 そう言って、ドクター慌てては少女を写した映像――落ち着いて見ればその姿は傷だらけで、治療中の映像記録であることがわかる――の一部、ひどく裂傷している箇所の一つをズームアップする。

 

「……コホン、すみません取り乱しました。それで、その……出血がありませんね。それに何か、仄かに傷口が光っていませんか?」

「これは、心肺蘇生に成功して、息を吹き返した直後に撮影したものです。出血部位を拭き取り、縫合を始めようとした時なのですが」

「これ……何倍速ですか?」

「驚きでしょうが、等速での再生です。まるでゲームの回復魔法みたいに、心臓の拍動再開直後からすぐに傷が塞がっていったのです」

 

 映像の中では――謎のほの青い光を放つ傷口が、ゆっくりと小さくなっていく様が映し出されていた。それはまさしくドクターの言った通り、ゲームの回復魔法みたいな光景だった。

 

「ドクター、あなたがそのような人ではないのは重々承知していますが、あえて尋ねます……私たちを担ごうとしているわけではないのですね?」

「はい、誓って」

 

 真剣そのものといったドクターの目を見て、テテニスはふぅ、と詰めていた息を吐いて追及をやめる。

 

「それで、心肺停止となると気になるのが、脳への後遺症は?」

「ええ……それも見ていただきたかったのです。これが、心肺蘇生直後のスキャン画像です」

 

 そう言って出された画像、脳への深刻なダメージ箇所が記された赤い注釈を見て、テテニスが息を呑む。それだけでカーティスも、おおよそ事情を察する。

 

「これは、大丈夫なのですか?」

「いいえ。普通であれば、ここから目覚めたら奇跡ですが……こちらが一週間前のスキャン画像です」

 

 そう言ってドクターが表示したもう一つのスキャン画像に、テテニスは先程よりもずっと驚いた様子で息を呑む。

 

「そんな……」

「回復して……いえ、再生しているのです」

 

 沈黙が降りる室内。報告されてくる情報の何もかもが、非現実的な世界へと迷い込んだような錯覚を起こしてくる。

 そんな事があり得るのだろうかと思いつつ、しかし実際に起こっているならば、非常に厄介なことになる。

 

「他にも、最近あの少女から摂取した血液を調べたところ、あらゆる血液型に適合するのを確認しました。それにこの一ヶ月ずっと寝たきりにもかかわらず、体型や容姿に変化も見られません。まるで、今の姿から何らかの変化があることを拒絶しているみたいです」

 

 次から次に表示される信じ難いデータに、二人の間に湧き上がるのは、焦燥感。なるほど、ドクターが二人だけを呼んだわけだと、今更ながら理解した。

 

「ドクター、この事は、他の方々には?」

「私しか知りません、昨日まで隔離病棟で、完全に外部から見えないように治療に当たっていましたので。データも、このメモリーに保存されているもの以外バックアップもありません」

 

 そう言って、コンピュータに刺さっている記録媒体のスティックをコン、と叩いてみせるドクター。

 

「お二人ならば理解していると思いますが……彼女を本国の研究室へ引き渡せば、その恩恵はきっと大きいでしょう。木星の医療技術に大幅な発展が見込める可能性があります。ただ……彼女がどんな目に遭うかは、なんとなく予想はつきますがね」

 

 厳しい環境に生きる木星本国の研究者は、自分たち木星の民へと利益となる研究に貪欲だ。

 そんな彼らへとこの少女を引き渡せば、彼らは喜んで血を抜き、体を切り刻み、必要であれば()()()()()()()()事も躊躇わず……あの神秘的な天使の少女の尊厳を、余すところなく穢し尽くすであろうことは想像に難くないし、同じ木星に生きる者として彼らを非難することもできない。

 

 それを理解しているからこそ。

 

「私は……私の立場を考えれば、木星に暮らす人々のために、彼女を『アルゴ計画』の成果として研究施設へと引き渡すべきなのでしょうね……」

 

 ぐっと唇を噛み、葛藤しながら、言葉を選ぶように訥々と語るテテニス、その表情は苦渋に満ちている。

 

「で、ですが私は、ベルと同じくらいに見える女の子を、そんな風に扱うのは……」

 

 それっきり黙り込んでしまったテテニスの様子に、これまで話を聞いていたカーティスが、深く溜息を吐く。

 

「これだから、向いてないってんだよなァ」

「……カーティス?」

「あー、テテニス様同様、おれも反対だ……ただ、俺の場合は人道的というのとは違う、利己的な理由ですがね」

 

 驚くテテニスを他所に、カーティスが人差し指を立てて、自分が少女を研究所送りにするのに反対な理由を語る。

 

「一つ目の理由は……彼女の力が未知数ということ。先程ドクターの言っていた治癒能力を考えると、人間にできる事しかできないと考えるのは危険だろうな」

「と、いうと?」

「……もしかしたら彼女には、拘束された状態でもこちらが認識できない手段で害する方法があるかもしれない、ということさ」

 

 ありえない、と言うものはもう、この中には居なかった。

 

「でも、そんな、魔法みたいな……」

「だがおれたちは、そんな魔法みたいな技術を知っている。違うか?」

 

 カーティスのその言葉に、テテニスもドクターも、揃って黙り込む。思い当たるものはどちらも同じものだった。

 

「……メタトロン、ですね」

「まさに今私たちが利用するべく向かっているエウロパのウーレンベック・カタパルトもそうですが、あの物質が引き起こす現象の数々は、魔法としか言えませんからね」

「そういうこと。『そんな事はあり得ない』という考えは、今は置いておく方が良いと、おれは思うんだ」

 

 皆の納得を得られたところで、カーティスは中指も起こす。

 

「二つ目に……彼女が、おれたちに友好的な存在という保証はない」

「それは……でも、私たちを助けてくれましたよ?」

「そうですねテテニス様、と言いたいところですが。そもそも彼女がおれたちを守ってくれたというのは、状況からの推測に過ぎない。ただ単純に、たまたま射線上におれたちがいた可能性っていうのも、否定はできないだろ?」

 

 たしかに……と聞いていた二人が頷く。

 この広い宇宙でたまたま直撃コースにいた『林檎の花』の間にあの正体不明機がいたから、すっかり助けてくれたものと思っていたが……限りなく小さな可能性ではあるが、カーティスが言うようにただの偶然という可能性はまだ否定できない。

 

「それに……本当に彼女がおれたちを守ってくれたのだとして、それこそ問題だ」

 

 そこでカーティスは一度やれやれと肩をすくめ、だが、すぐに真剣な表情になって続ける。

 

「もし、そうならば……おれたちが見つけられなかった何者かが、こちらを狙っていたことになる。それを考えると、彼女と協力関係を築き情報を得たい……というのが、おれの考えだ」

 

 しばらく、沈黙が降りる。

 いつ放たれるか分からない、戦略兵器級の砲撃。そんなものがあるかもしれないと聞かされて、平静で居られるわけもない。

 

 ……が、しかしその沈黙は、カーティスの主張がこの場で皆に賛成されたということ。

 

「……では、決まりですね。この治癒データと、あの患者のことは、テテニス様、あなた預かりということでお任せします」

「ええ、きっと悪いようにはしないと約束しますね。ただ、まさか木星に連れて行くわけにも行かないし……カーティス、彼女はこのまま『林檎の花』に乗船させて地球へ同行させましょう。後見はあなたに任せて構わないでしょうか?」

「ええ、まあ、助けて連れてきた責任もありますからね」

 

 頷くカーティスに、話はついたとドクターがコンピュータからメモリーを抜き取り、本体に残っていた少女の治療データを消去する。

 

「では……こちらのデータはお預けします」

「ええ、たしかに受けとりました……どうかあの女の子に、幸あらんことを」

 

 そうしてドクターの手渡したメモリーを、テテニスはしっかりと受けとり、大切そうに握りしめて少女の行く末を祈るのだった――……

 



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堕天使の調査報告書

 ――医務室で内密に少女の処遇を決定してから、既にもう五ヶ月。

 

 単独航行を続けていた『林檎の花(マンサーナ・フロール)』がそろそろ、大半のクルーにとっての故郷であり、今の旅路最初の目的地である木星圏内に差し掛かろうとしている頃。

 

 

 

 ――皆が慌ただしく歩き回っている、積荷が積荷だけに普段は立ち入り禁止令が出ている『林檎の花』第三格納庫内。

 

この日――もはや何度目になるかすら分からない、先日収容した正体不明機の調査が行われている、そんな中で。

 

「……随分と綺麗になったものだな」

 

 回収した時のまま『林檎の花』第三格納庫内に寝かせられ、ワイヤーで係留されたままの、正体不明機――現在艦内で使用されているコードネーム『堕天使(ルチーフェロ)』。

 その脚部表面装甲の感触を確かめていたカーティスが、隣でこれまでの調査結果も含め解説をしてくれていた者たちに尋ねる。

 

「どうだい皆、この『堕天使』様の取り調べ状況は?」

「はぁ、カーティスさん。相変わらずさっぱりです。とんでもない技術ってことはわかるんですけどね」

「そうかァ、聞いた話だと、なんだか勝手に損傷が直っていったんだって?」

 

 カーティスが救助したときは大破寸前だった。あの天使の少女が乗って来たこの機体。

 だが今はもう、ひしゃげていた手足は元の姿に戻っていると整備班たちは言っている。

 焼け焦げ、装甲板もボロボロに脱落していたはずの表面装甲も、触って確かめた限りでははスクラップ寸前だったのが夢だったかのように、手触りも新品の艶消し塗装が施されたそれに近い感触を返してくる。

 

「ええ。ですがこれ、なんで再生するのかいくら調べても全然分からないんですよね……」

 

 気味が悪そうに語る整備員の言葉に、カーティスが首を傾げる。

 

「わからない……材質スキャンの結果は?」

「それが、セラミックをベースにいくつかの既存の金属の複合素材って、何回やっても出るんですよ」

「それは、変な話だよなァ」

 

 そんなモビルスーツと大差ない素材で直るならば、整備の苦労は無いのに羨ましい限りだ、と皆で苦笑する。

 そう言いながらも、興味津々といった様子のカーティスが正体不明機の装甲表面を触って押してみると……微かな弾力と共に少し凹み、すぐに元に戻る。

 

 かと言って柔らかいのかと思えば、試しに借りてみたハンマーで全力でぶん殴ってみたが、手が痺れただけで、凹むどころか傷ひとつ付かなかった。意味がわからない。

 

 やはり、外からの調査では限界がありそうだ。最悪、バラしてみなければならないかもしれないが、できればそれは最後の手段としたい。何が起きるか分かったものではないからだ。

 

「どうにか内部のデータを見せてもらいたいところだが……やはりコックピットは動かせないのか?」

「カーティスさん、無茶言わないでくださいよ……だってこの機体、()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ?」

「いやほんと、何なんだろね、コレ」

「もういっそ、オカルトの悪魔かなんかなんじゃないですか?」

「ははは、まっさかぁ」

 

 ここに集まった中でも若いほうの整備員が放った投げやり気味な冗談に、カーティスと整備員たち、皆で並んで乾いた笑いを上げる。

 

 

 動力に関しては――まず、モビルスーツと同じ核融合炉はあり得ない、もしそうならば真っ先に気づいている。

 

 ではメタトロンによる反陽子生成炉(アンチプロトンリアクター)はどうか。聞いた話では相当に小型化されているらしいが、生憎とそれらしきものも見当たらないし、そもそもメタトロン反応は無かった。噂のバシリア・カウンティで開発された新兵器ではないと、そう結論が出た。

 

 その他……光子力にゲッター線等、極東の特機由来のエネルギーも全てことごとく却下だ。出た結論はやはり『動力不明』。

 

 

 半年間に及ぶ土星から木星までの道中、散々この正体不明機の調査を続けたが……今もまだ眠り続けている天使の少女共々、結局何の成果も得られず仕舞いに終わってしまった。

 

「事情を知ってるはずの肝心の天使ちゃんは、もう六か月もずっと眠りっぱなしだし、いったいどうすればいいんだろうねぇ」

 

 不甲斐ない結果に、この格納庫にいる皆ともう一度深い溜息を吐いた――そんな時だった。

 

『――カーティスさん、聞こえますか。医務室へ来てくださいって、ドクターが呼んでます。目覚めた、とだけ伝えるようにだそうです』

 

 そんな呼び出しの放送に、カーティスはナイスタイミングと喝采を上げるのだった――……

 



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記憶喪失

 ――医療スタッフ以外ずっと人払いされていた、『林檎の花(マンサーナ・フロール)』の第二処置室。

 

 いつも静かな部屋に皆が首を傾げていたその部屋で……数ヶ月ずっと寝たきりだったはずの少女が、しかし何事もなかったようにベッド上で身体を起こし、周囲をキョロキョロと不思議そうに見回していた。

 

「……目覚めたかね。身体の調子はどうかな?」

「わ、た……けほっ、けほっ」

「おっといけない、慌てて喋らなくていいから、まずはゆっくりこれを飲みなさい」

 

 渇いて張り付くような喉に、無理に声を出そうとした少女が激しく咳き込む。

 枕元で様子を見ていた男性……この『林檎の花』のドクターは、そんな少女の背中をさすり、あらかじめ用意していた水を匙で掬うと、ゆっくり少女の口にふくませていく。

 

 水に、喉に良い成分のシロップ薬を少量混ぜた飲み薬だ。仄かに甘いその水に、少女は夢中で渇き切っていた喉を動かす。

 

 そうしてしばらく匙で水を与えると、ケホケホと小さく咳き込んでいた少女も人心地ついたように落ち着きを取り戻す。

 

「あの……ありがとう、ございます」

「……! 私たちの言葉がわかるのかね?」

「あ……はい」

 

 どうしたんだろうと言いたげに、こてんと首を傾げる少女。どうやら意思疎通は問題なさそうだと、ドクターは疑問に感じつつもひとまずは安堵する。

 

「いや、なんでもない。それより君のことを聞かせて欲しいのだが」

「私の……こと、ですか?」

「ええ、何処から、何のためにやってきたのか、差し支えなければ教えていただきたい」

 

 努めて優しく語りかけると、少女は何かを考え始める。

 その協力的な様子に何ならば教えてもいいのかを今頭の中で整理しているのかと思い、ドクターはしばらく様子を見る姿勢に入る。

 

 

 少女のその姿は……頭髪も、肌も、背中の翼も何もかもが真っ白。先天性白皮症かとも思ったが、ご丁寧にも目の光彩まで白銀色だ、まるで、色素に染まるのを拒絶するかのように。

 唯一……うっすら肌を桃色に染めている血の色だけが、彼女が精巧な石膏彫刻ではなく、体温を持った生物であることに気付かせてくれる。

 

 腰下まである長い髪は……治療のため悪いと思いながらも、一度ほぼ根本までばっさり鋏を入れたのだが、例によって切っても一日もすれば元の長さまで再生してしまう。仕方ないので看護師の一人が緩い三つ編みにして、あまり邪魔にならないようにしてくれていた。

 

 作り物であることを疑うほどに、とても整っている容姿をした、可愛らしい少女だ。

 若い医療班の男のうち一人が『マジ天使』などと曰い何やら懸想している様子だったので、接触禁止令を出したほどだが……目覚めた少女は物静かで丁寧な物腰も相まって、庇護欲を掻き立てる雰囲気がある。

 

 なるほど、今ならばドクターにも、彼の気持ちがわからないでもない、欲の種類には相容れ難い断絶があるが。

 

 

 ……と、そんな事を考えながら、少女の言葉を待っていたドクターだったが。

 

「……分からない」

「……む?」

 

 俯き、愕然とした様子で呟く少女に、ドクターが眉を顰める。

 だがすぐに少女は焦燥感に駆られながら探し物をしているように、目に涙まで溜めて必死に何かを思い出そうとしているが……それがうまくいっていない事は一目瞭然だ。

 

「あれ、どうして……何か伝えないといけないことがあったはずなのに、私、わたし……」

 

 必死に記憶を探ろうとするあまり、少女がその真っ白な頭を掻き毟しろうとしたので、ドクターはその手をさりげなく押さえながら……今こちらに向かっているであろう後見人(カーティス)に、また厄介なことになりそうだぞと心の中で語りかけるのだった。

 

 

 

 

 

「――何も覚えていない?」

「はい……ごめんなさい」

「すまない、いや、責めているわけじゃないんだ」

 

 ご丁寧に背中の羽根まで垂れさせて「しゅん」としている少女に、カーティスが慌てて頭を上げるように言う。

 

 ――結局、少女は自分の名前も、何処から来たかも、その目的すらも何も覚えていなかった。

 

「何か、やらないといけない大切な事があったと思うんです……だけど、全然」

 

 先ほどまでよりは落ち着いたものの……まだどこか焦燥感に駆られた様子で俯く少女に、カーティスはポンとその頭に手を置く。

 

「まあ、まだ長い眠りから目覚めたばかりなんだから、そのうち思い出すでしょ。気楽にいこうぜ、気楽にさ」

 

 実際、情報を渇望しているのはカーティスも一緒なのだが、だからといって半年も眠っていた病み上がりの少女を急かしても、どうにか事態が好転するわけではない。

 

 ゆえに、落ち着かせるようになるべく優しく語りかけて……ふと、初対面の少女にベルナデットを相手にしている感覚の気安さで髪に触れていることに気づいて、少女の頭からパッと手を離す。

 

「おっと悪い、女の子がおじさんに髪を触られるのは嫌だよねェ」

「いえ……そういう訳じゃ。ただ……」

 

 少女は触れられた場所を両手で押さえ、しばらく驚いた様子でパチパチと目を瞬かせながら、カーティスの方をじっと見つめた後……

 

「あなたの手は……なんだか安心します」

 

 ふわっと表情を和らげると、微かに笑う。

 

 当然、目の見えないカーティスにその笑顔が見えた訳ではなかろうが……しかし何故か、少女がどのような表情を浮かべていたか幻視したような気がして、口元を手で隠しドクターに捲し立てるように声を掛ける。

 

「ちょ、ちょっとおれ、何か着る物もってくるよ、この子を第三格納庫に連れて行きたいし」

「おいカーティス、お前もいい大人だろうに、何を照れているんだね」

「いや、わかってるんだけど、ねェ。不意打ちはさすがに効くっていうか、ねェ」

 

 少女に懐かれるのはベルナデットで慣れていたつもりだったが、彼女の場合は生まれた時からずっと、それこそ親子同然に一緒にいたため、色々と複雑な事情はさておき二人の関係は非常に気安いものだ。

 

 一方でこちらの天使の少女は、大人しくも無警戒に擦り寄ってくる小動物じみており、何というか……タイプが違う。

 

 もちろん、カーティスもいい大人だ、あのような少女に性的な魅力を感じた訳では微塵もなく、万が一そんなことがあった場合、意外と嫉妬深い()()()()()にどんな目に合わせられるか。

 そんな訳で、誓って少女に抱いているのは父性、守らなければならない相手に対する好意だ。

 

 どちらも保護欲をくすぐられる少女であるが、しかし……二人まるでタイプが違うと、どうやら同じようにもいかないらしいと痛感する羽目になった。

 ベルナデットが自分以外の子供を知らないように、カーティスもまた、娘と同年代の少女への付き合い方はド素人なのだ。

 

「しょうがない奴だな……怪我人用の艦内着があるから取りに行こう、ついてきなさい」

「あ、ああ。すまないねドクター」

「君はしばらくそのまま休んでいなさい、私たちはすぐに戻るから」

「あ……はい」

 

 素直に返事をして、ベッドに横になる少女。

 おとなしくて聞き分けのいい子供って扱いやすくて楽だなと、この部屋に居ない誰かさんと若干失礼な比較をしながら、二人はそそくさと病室から退散するのだった。

 

 

 

 

 そうしてやってきた、医療品の備蓄倉庫内、リネンや入院着を保管している小部屋。

 あるかも分からない子供用の服を探しながら……ようやく冷静になったカーティスに、ドクターが話しかけてくる。

 

「しかし記憶喪失とはね。重要な情報源と期待していた君にとっては残念だったな、カーティスよ」

「そうだねぇ。まあ、脳にダメージを受けていたからなァ……」

「いくら脳組織というハードウェアが回復しても、そこにあったデータは別、ということだな」

 

 土星圏で起きた一連のことについては、あの少女を情報を頼りにしていたのに、これでまた振り出しだろうか。

 あとは、少女と『堕天使(ルチーフェロ)』を邂逅させた際に進展があることに望みをかけるしかない。

 

 そう考えて、カーティスはこの日もう何度目になるかわからない溜息を吐くのだった。





予想以上になかなか戦闘まで行けない……!


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働かざるもの食うべからず

「さて、アンジュ。おれたちのモットーはなんだった?」

「働かざるもの食うべからず?」

「ああ、そうだ。というわけで……」

 

 カーティスはちょこちょこ後ろを着いてくる真っ白な少女を引き連れて、目的の部屋……クルーの腹を満たすための重要施設、『林檎の花』調理室の扉を開ける。

 

「やぁご婦人がた、忙しいから猫の手も借りたいと常日頃から言っていたあなた方に、猫の手を連れてきまぅわぁあああ!?」

 

 可愛らしい女の子が手伝いにくると噂を聞き付けており、待ってましたとばかりにアンジュへと殺到してきた厨房のご婦人がたに吹き飛ばされて、目を回すカーティスなのだった。

 

 

 

「……はー、やれやれ、ひでぇめにあったぜ」

 

 ようやく目を回していた状態から復帰したカーティスに、先ほどまでアグレッシブな食堂のご婦人がたに熱心な歓待を受けていたアンジュが苦笑しながら労うようにその肩を叩く。

 

「アンジュは、大丈夫だったか?」

「はい、プリンおいしかったです」

「そいつぁよかったな」

 

 嬉しそうに顔を綻ばせる少女の頭を、カーティスがポンポンと軽く撫でる。プリンといっても保存用の合成ミルクと卵の成分を合成したペーストで作った紛いものしか出せないのがこの艦の台所事情であるが、どうやら気に入ってくれたらしい。

 

 

 今の少女……名前がないのは不便だからと、カーティスにより『天使(アンジュ)』というそのまんまなコードネームを与えられた少女は、その装いを一新していた。

 

 服装は、主に負傷者などに着させるためのゆったりとしたサイズの入院着。結局リネン室では彼女に合うサイズのものは見つからず、大人用のオーバーサイズなものをところどころピンで詰めて、だぼっと着る感じで誤魔化していた。

 オフショルダー風に首筋や肩が見える状態なのは少々気になるため、カーティスとしてはできれば早くちゃんとした物を入手したいのだが……意外にも、ここまですれ違ったクルーたちには「可愛い」と好評だった。

 

 問題は、どう考えても服を着る邪魔になる、背中の真っ白な翼だったのだが……

 

「その翼、目立たないように隠せない?」

「えっと、やってみます。んんぅ〜っ!」

 

 ……といった感じで、少女がぎゅっと目を瞑り可愛らしく力んだら、消えた。もう訳がわからないと、完全に諦めたカーティスだった。

 

 

 ――と、それはさておき。

 

 本当ならば、カーティスはアンジュのことを早く第三格納庫に眠っている『堕天使(ルチーフェロ)』のところに連れて行きたかったのだが、数日は体調の様子を見たいというドクターに却下された。

 

 代わりに、ドクターの提案によりアンジュを連れてきたのが……この、調理室だった。

 

 

「それじゃあ、ご婦人がた。俺がいない間は……」

「はいよ、ちゃんと面倒みておくよ」

「頼みます。あと、聞き分けの良い子だから、何か簡単な仕事もさせてやってくだぁさい」

 

そう言って、カーティスは調理室で働いているご婦人がたに頭を下げる。

 

 

 カーティスは情報部でかなり高い地位にある、責任のある立場に居る人間だ。アンジュに付きっきりという訳にはいかない……というか、つい先程新たに木星の部下から入ってきた情報のせいで、付きっきりという訳にいかなくなった。

 

 それゆえに、不在の間に面倒を見てくれる場所として選んだのが、この調理場である。ここならば簡単な雑用もあるし、働いている婦人方もこの幼い少女を気にかけてくれるだろうといった目論見もあった。

 

 

 そんな調理室で――続いて、カーティスは部屋の隅の方で野菜の皮剥きをしている何人かの中に、アンジュの世話をしてくれそうだと目星を付けていた目的の人物を見つけた。

 

「なんだビル、お前またジャガイモの皮剥きか、好きだねぇ」

「うるせぇ、土星圏からこっちずっと暇だから、訓練と芋の皮剥きくらいしかやる事がねぇんだよ!」

「はは拗ねるなよ、医者とモビルスーツ乗りは暇なくらいがちょうどいい、だろ?」

「はは、ちげぇねえや!」

 

 屈託のない言い合いをしている、カーティスと、『ビル』と呼ばれた大男。

 

 一方で……カーティスの背中から覗き込んでいるアンジュはというと、喋りながらも止まっていない、芋を剥くビルの手を興味津々と言った様子で見つめていた。

 

「ん、なんだこの嬢ちゃん。芋の皮剥きがそんな珍しいのか?」

「すごい、魔法みたい」

「……ま、まあ、こんなのは慣れよ、慣れ」

 

 ビルは、荒くれ者揃いのバタラ隊を纏める隊長だ。

 

 そのため言動は乱暴で、鍛えられた大きな身体やモヒカン頭と相俟って、子供から見たらにはかなり怖いはずだ。事実、木星では子供には姿を見られただけで逃げられていたと、本人が語っていた。

 

 だがその実、彼は周囲をよく見ており細やかな配慮ができる、面倒見のいい男だ。カーティスも、彼の機転や気配りに助けられたことは一度や二度ではない。

 

 そんなカーティスのビルに対する信頼を敏感に感じ取ったのか、アンジュは彼を怖がる様子はなく近寄っていき、手慣れた様子で次々と芋を剥いていく彼の手元を興味津々に覗き込んでいる。

 

 それは……強面だが気の良い大男には、少々刺激的すぎたようで。

 

「なぁ……天下のバタラ隊隊長が、何、女の子に芋の皮剥き褒められて照れてるんだ?」

「うるせぇカーティス、俺ぁこういう時どうしたらいいかわからねぇんだよ、いつも子供は俺の姿見たら逃げるからな」

 

 茹で蛸みたいに真っ赤になったビルは、はぁぁあ……と深く溜息を吐く。

 

「まったく、この嬢ちゃんといい、ベルお嬢様といい、どうしてこの艦に乗っている嬢ちゃんたちはこう調子が狂うのばっかりなのかねぇ」

 

 そうぼやいていたビルは、しかしふと思い出したようにカーティスの方を向く。

 

「そうだ、ベルお嬢様がまだ拗ねてたぞ、土星でのこと、やっぱり叱りすぎたんじゃないのか?」

「うへぇ、今回は根に持つなぁ。とはいえ、まだまだベルお嬢様にはあの力は絶対危なそうだしなァ……」

 

 まだ未成熟なベルナデットにとって、土星圏で見せた視覚を共有する能力は危険だと判断したカーティスが、珍しく本気で怒りつけたのだが……以来この数ヶ月間ずっと、ベルナデットはすっかり怒った様子でカーティスのことを避け続けていた。

 

 しょうがない、そろそろご機嫌伺いしてくるかと肩を落としながら引き返していくカーティスが、ふと、思い出したようにビルの方へ向く。

 

「なあビル、おれは席を外すから、悪いけどお前がその子の事見ててくれない? ついでにしばらく食堂で雑用してもらうから、芋の剥き方も教えといて」

「あ、カーティスてめえ!?」

 

 突然仕事を押し付けられ、ビルはカーティスに文句を言うも、結局、面倒見の良さを発揮した彼は嫌とは言わなかった。

 

「はぁ……ああ待てこら嬢ちゃん、俺の真似して急がなくていい、素人は指を切らないように丁寧に慎重にだな……ナイフはこんな感じに持って……」

「こうですか?」

「そうだ、刃の先に指を置くことが無いように……ああ上手いぞ、その調子だ」

 

 しばらく入り口の影に隠れて耳をそばだてているうちに聞こえてきた、アンジュに対しなんだかんだで親身に芋剥きの指導をしているビルの声に……大丈夫そうだと判断したカーティスは、今度こそ食堂を後にするのだった。

 

 

 

 

 ――所変わって、テテニスとベルナデットが共用している私室。

 

「――そうかぁ、ベルのやつ、ここにもいないか」

 

 ベルナデットの行き先についてアテが外れたことに、カーティスががっくりと肩を落とす。

 

「ごめんなさい。ベルってば、私のことも避けちゃって。『私はただカーティスの役に立ちたいだけのに、お母さんも分かってくれない!』ってずっとおかんむりなのよ」

「あの子が本気で隠れた場合、全然見つからないからなァ」

 

 まあ、それもあと数日。

 

 補給基地のある衛星カリストへとついた後、木星本国でやるべきことがあるテテニスをはじめとした『林檎の花』に残るパピヨン追撃隊に志願した者以外は、輸送船で本国へと戻る手筈となっている。その時には、いくらベルナデットとはいえさすがに見つかるだろう。

 

 そう、二人ともちょっとだけ希望的観測混じりに考えて、話を変える。

 

「それで、カーティス……木星本国に向かう際、あなたまで私たちの護衛に着くそうだけど、『林檎の花』の方は大丈夫なの?」

「ああ、エウロパのウーレンベック・カタパルトに向かう前に、数日カリストで補給のために停泊するから、その間おれにやることもないしな。君を本国へと送り届けて来るくらいならスケジュール的に問題は無いよ」

 

 大規模なヘリウム3とメタトロンの採掘基地がある、木星圏でも屈指の資源衛星であるカリストで、『林檎の花』は数日間停泊する。

 

 元々、この『林檎の花』は、土星に行って木星まで帰ってくるというミノフスキードライブ搭載艦としての試験飛行が目的だった。

 事情が変わり地球圏まで行くことになったが、そのためには必要な物資を補給する必要があり、そのための衛星カリストへの停泊だ。

 

「でも、あなたが『林檎の花』を離れて私たちの護衛につくのはやりすぎじゃないかしら?」

「いや……情報部の報告から、どうにも気になることがあったんでね。念のためさ」

「気になること?」

 

 尋ね返してくるテテニスに、カーティスはごく真剣な表情で、告げる。

 

 

 

「――例のバシリア・カウンティで組織された反政府組織が、数ヶ月前に、本国が極秘裏に匿っていたらしい地球連邦の部隊が滞在する施設を襲撃したそうだ。そして今も木星圏で何かを探して潜伏しているらしい……何か、嫌な予感がする」

 

 

 

 



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衛星カリスト

――木星、第四衛星『カリスト』。

 

 

 歴史上初めて次世代資源『メタトロン』が発見された地であり、同時に、高重力のため資源を汲み上げるのが困難だった木星本星のかわりとして開発された、現在の宇宙世紀を支える核融合技術の土台となるヘリウム3の採掘基地を備えた氷の衛星。

 

 

 その端、『林檎の花』クラスの宇宙艦さえ係留できる港湾区を出てすぐの、採掘基地の末端部。

 

「わあ……!」

「そういえば、嬢ちゃんは街ってぇのは初めてだったな」

「はい、こんなに人がいっぱい……!」

 

 この日、資源採掘関係者ばかりのこの町には珍しいことに、まだ幼い少女の声が響いていた。

 

 ドーム型の壁に覆われた居住区内、労働者の宿舎が建ち並び、人々が行き交い、その腹を満たすための安食堂があちこちで煙を上げるその町の光景。

 この日、買い出しの注文書を取引先に届けに来たビルに連れられて『林檎の花』から降りてきたアンジュは、初めてみる人が暮らす町に興味津々と言った様子でキョロキョロと見回していた。

 

「しかしまあ、ここいらも昔に比べたらすっかり綺麗になったもんだ。それに、作業員たちも」

「そうなんですか?」

「おうよ。昔の木星在住の作業員なんて、食い詰めて借金のカタに飛ばされてきただとか、政争や市場競争に負けて連れてこられたとか、なんなら無期限の強制労働で連れてこられた犯罪者とか、そんなんばっかりでよぉ」

 

 当時を思い出すように、ビルが指折りその時の状況を語る。

 

「食う物は無え、給料はどっかでちょろまかされてて手元に届きやしねえ、物がねぇから盗みや強盗は日常茶飯事。仕事だけは寝る暇もないくらいある……そんな有様だったらしい」

「そんな…ひどい」

「まあもっとも、あの頃は木星全体が貧乏だったんだけどな。水も食糧も配給制でどうにかやりくりしてたのも、二度の戦争でパーになっちまった」

 

 木星戦役。

 神の雷計画。

 

 大規模な戦争のために兵器を作るには、当然どこかに皺寄せがいく。木星帝国から木星共和国に名前が変わっても現実の暮らしがすぐに良くなった訳ではなく、疲弊し尽くしていた木星での暮らしには先が見えず、皆が暗澹たる思いを感じていた。

 

「――だが、テテニス様が木星に帰還後、父親であるドゥガチ総統の遺産を引き継いでユピテル財団を設立、木星の生活向上を推し進めてくれたおかげで、労働者の待遇はちったあマシになったし、食糧は安定供給されて配給制も無くなったってえわけよ」

 

 他には、過去二度の戦争による風評被害から立ち消えかけていた、木星と他の星を繋ぐ艦船用ウーレンベック・カタパルトの誘致。

 それに、このカリストで採掘されるメタトロンの、連邦政府から買い叩かれているような状態の正常化もそうだ。

 

 そうしてユピテル財団が活動開始から既に十年以上……未だ貧しさと訣別できたわけではないが、それでも木星共和国はようやく安定した生活を手に入れる事ができた。

 

「へぇ……テテニス様、凄んですね」

「ああ、すげぇ。ただし、俺があの人をすげぇって思ってるのは政治力じゃねえし、むしろそっちはいつもカーティスの奴が言ってるとおり、向いてねぇんだろうよ」

「え、向いてないですか?」

「おうよ。なんせ超のつくお人好しさあ。誰も彼もが今を良くしたいと思ってるって信じ切ってるから、相手が悪意を持って接してきても気づけねぇのよ」

 

 困ったもんだと肩をすくめながらも、ビルは話を続ける。

 

「だけど……あの人は、それでも木星に暮らす奴らのために今の立場に踏みとどまってる。それがすげぇのさ」

 

 そう締めて……すぐに長々と語っていた事に気づいたビルが、興味津々の眼差しで見つめてくる少女に照れた様子で頭を掻きむしり、話を切り上げる。

 

 

「っと、柄でもねぇ事を語っちまったな……それよりも、せっかく居住地に降りてきたんだ。さっさと買い出しを済ませて、何か食いに行こうぜ」

「あ……はい!」

 

 まだ少し照れたようにしながらふたたび歩き出すビルに、アンジュも慌てて小走りで着いて行こうとして……。

 

「……?」

 

 しかし数歩も進まないうちに、不意にアンジュが立ち止まり、明後日の方をじっと見つめる。

 それは何かが遠くから聴こえてきた気がしての行動だったが、しかし、見つめる先にあるのは町と極寒の外を隔てるドームがあるだけで、とくにおかしな物は見当たらない。

 

 ――ところで、このカリストの砕氷労働者居留地は今、一仕事を終えて戻ってきた者たちによって少々賑わっている。

 

 そんな中で突然立ち止まればどうなるか。つまり……

 

「おっとと」

「……きゃ!?」

 

 急に立ち止まった事が災いし、背中から何者かがぶつかってきて、アンジュがたたらを踏んで転びそうになる。

 転倒したら来るであろう衝撃に対し咄嗟に身構えるアンジュだったが……しかし、結局痛みがやってくる事は無かった。

 

「おっと」

 

 ひょい、という感じの何気なさで、転びそうになるアンジュの手が何者かに取られたかと思えば、あれよという間に体勢を立て直された。

 

 アンジュを助けてくれたのは……先程ぶつかってしまった、無精髭を生やした作業着姿の男性の姿。

 

「悪いな、お嬢さん。怪我はないか?」

「あ……大丈夫です、心配してくれてありがとうございます」

「そうか……悪かったな、だが人の往来が多い場所で立ち止まったりすると危険だから、気をつけろよ」

 

 そう言って、アンジュがぶつかってしまったその青年は、頭を下げて礼を告げるアンジュの頭をポンと撫でたのち、気にした風もなく友人らしき男女と並んで立ち去っていく。

 それと入れ替わるように、数歩先でアンジュが居なくなったこと気づいたビルが、慌てて戻ってくる。

 

「嬢ちゃん、どうかしたか?」

「ごめんなさい、人にぶつかってしまって……あの人に助けられました」

 

 もうだいぶ離れてしまった青年の方を差しながら伝えるアンジュ。ビルはその人物の方に目線を移し……直後、む、と小さく呻く。

 

「あの男か……ありゃあ、かなり『やる』な」

「やる、ですか?」

 

 何をだろうと首を傾げるアンジュに、ビルは歩き去っていく男を観察しながら解説してくれる。

 

「相当鍛えてるってやつだ。それに立ち振る舞いがベテラン……その中でもいわゆるエースパイロットって言われてるやつに近い。なんでこんな採掘場で作業員なんてやってるんだ?」

「へぇ……ビルさんは凄いですね、私にはぜんぜん分かりませんでした」

 

 感心したように、アンジュはビルが語る言葉に耳を傾けながら……

 

「……ディンゴさん、ですか」

 

 アンジュは、先程ぶつかった彼に同行している友人たちとの会話から類推した名前を、なんとなく口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「はー……今の子、礼儀正しくて可愛らしい娘だったねぇ」

「リック、お前……そういう趣味だったのか、今後は少し距離取っていいか?」

「ちょ……違うよディンゴ、そういう意味じゃなくて! 俺はただ、一般論として!」

 

 必死に弁明する後輩作業員のリックに、無精髭の作業員……ディンゴはふっと表情を緩めて、慌てふためくリックの肩を叩く。

 

「冗談だ。あの子はまあ……今日、発着場に本国の実験艦が停泊しているらしいからな、その乗客だろう」

「ふぅん、いいところのお嬢様かな?」

「いやアンジー、たぶん違うと思うぞ。あまりそんな感じの服装には見えなかったが……」

 

 そう呟いて……ディンゴと呼ばれた無精髭の青年は、なんとなしに今来た道を振り返り――そこでギョッと驚く。

 

「……ディンゴ、どうかした?」

「早く行きましょう、火星からのマーズリーグの中継始まっちゃうわよ、ディンゴだってあんな楽しみにしてたのに」

「あ、ああ……すまないリック、アンジー。早く行こう」

 

 我に返り、怪訝な表情でこちらを見ている同行者二人を促して、歩き慣れた砕氷作業員の宿舎までの道をふたたび歩き出す。

 

 

 ――先程振り返った時に見た、あの光景。ただの見間違いかもしれないが、しかしそれは妙にディンゴの心をざわつかせていた。

 

 もう辛うじて色で判別できるか否かくらいにずっと遠くに佇んでいる、()()()()()()()()()()先ほどの少女が……罪も、過去も、何もかもを見透かすような目で、真っ直ぐにディンゴの方をジッと見つめていた気がした。

 



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カリスト襲撃①

 ――その襲撃は、粛々と、しかし一気に始まった。

 

 補給のため『林檎の花』が宇宙船用のドッグに停泊した、その翌日。

 急遽飛来した火星の戦闘艦と、周囲から続々集まってくるモビルスーツでもLEVでもない機体の群れに、この衛星カリストは瞬く間に混乱の坩堝に飲み込まれた。

 

 

 ……そんな中、『林檎の花』の艦内。

 

 当然ながら大混乱に包まれた中で、戦力に乏しい『林檎の花』も、それでも迎撃のためにバタラ隊を出撃、展開させる。

 ビルをはじめバタラ隊の面々が出撃していくのを見送ったアンジュは、比較的安全な居住区に避難するよう言われていたのだが……今彼女は何かに導かれるように、そのルートから外れた場所を走っていた。

 

 

 ――林檎の花、第三格納庫。

 

 

 回収した正体不明機――『堕天使』とコードネームを与えられた黒い機体の、開いたままのコックピット。

 アンジュは迷わずそこに身を滑り込ませ、専用に設えたようにぴったり体が収まるパイロットシートへと腰を下ろす。

 

 その瞬間……これまで一切の反応を見せてこなかった『堕天使』のコックピット内側全周囲に映像が出力され、まるでモビルスーツの全天周モニターのような、パイロットシートだけ宙に浮いているような光景となった。

 

 そんな、少女の帰還を祝福するかのような『堕天使』のコックピット内で。

 

「私を呼んだのは……あなた?」

【肯定です……また生きて会えましたね】

 

 AIだと思われる声が、しかし万感の思いが篭ったようにアンジュへと声を掛けてくる。

 

 だが……その記憶が、今のアンジュには無い。

 

「……ごめんなさい、私、何も覚えていなくて」

【なんと……いえ、当機体も似たようなものなのですが】

「そうなの?」

【はい、機能完全停止寸前の深刻なダメージを受けたせいで、覚えているのはただ『あなたを守る』という使命だけです。お役に立てず申し訳ありません】

 

 気落ちしたように報告してくる声に……アンジュはこんな時ながら、クスクスと笑い声を上げてしまう。

 

「なんだか、私たちそっくりだね?」

【肯定。そうあなたに言われて、今の私が感じている感情は、喜……】

 

 声が何かを言おうとした瞬間、艦が、ひときわ大きな振動を上げる。

 

【――のんびりしていられる状況ではなさそうですね。この艦の通信に割り込みます】

「え? え?」

 

 話が飲み込めぬうちに、アンジュの眼前に、この『林檎の花』ブリッジらしき場所で驚きの表情で固まっているオペレーターのお姉さんの顔がウィンドウに表示される。

 

『え? あれ、アンジュちゃん? なんで通信が勝手に、しかもこの発信源、第三格納庫の堕天使(ルチーフェロ)から!?』

【はい、こちらあなた方の言う『堕天使』です、申し訳ありませんが、緊急につき強引にラインを引かせてもらいました】

「あの、ごめんなさい、私も出ます、ここから出してください!」

 

 少女の懇願に、騒然としているブリッジ。

 

『ど、どうましょう?』

『駄目だ、やめさせろ、子供を戦場に出す気か』

 

 通信の向こうから聞こえてくる言い合いに、もしかしたら強行突破も必要だろうかという物騒な考えが脳裏を過った頃。

 

『構わねぇ、嬢ちゃんを出してやりな』

『で、ですが女の子を未知の機体に乗せて戦場に放り出すなんて……』

『そうじゃねえ、そのまま林檎の花に待機してて何があった場合そのまま道連れにしちまうが、出しとけば何かあっても嬢ちゃんだけは安全圏に逃がせる、だろ?』

『あ……わかりました!』

 

 前線から通信を送ってきたビルの言葉に、オペレーターのお姉さんがハッとした様子で許可を出してくれる。

 そうしてゆっくり開いていく格納庫のハッチが開いていく中で、機体を固定していたワイヤーが外されていく。

 

『聞いてましたね、アンジュさん。絶対に無理はしないでください、危なかったらすぐ逃げてね?』

「はい……ありがとうございます」

 

 心配そうに送り出される中、第三格納庫が開ききる。機体を起き上がらせたアンジュは、ふと何かに気づいたように迷いを見せる。

 

「それじゃ、えっと……」

 

 先程発艦していったバタラ隊の面々がそれぞれ名乗りを上げていたことを思い出したのだ。自分も何か言った方がいいのだろうかと、アンジュは機体に尋ねる。

 

【提案。当機体名について、この艦の者たちは『堕天使(ルチーフェロ)』と呼称していました。ひとまずそれをそのまま使用させてもらうのが良いかと】

「……いいの?」

【『堕天使』と『天使』のコンビなんて面白いじゃないですか。アンジュが良いなら構いません】

「わかった、それじゃあ――こちらアンジュ、ルチーフェロ出ます!」

 

 直後――誰もが予想外のスピードで、真っ黒な光を放つ二枚翼を背中に広げたルチーフェロが、船外へと勢いよく飛び出したのだった。

 

 

 

 

 想定をはるかに超えた加速により、あっという間に高高度まで吹き飛ばされた、ルチーフェロのコックピットで。

 

「わ、わっ!?」

 

 思ったようなGやショックはなく、滑り出すように急加速を始めた機体、凄まじい勢いで流れていく風景に、アンジュがビックリして悲鳴を漏らす。

 

【操縦桿を握って、自分の体を動かすつもりで考えてください】

「う、うん」

 

 声に言われるままに思考すると、機体は予想以上に素直にアンジュの思考に追従する……何というか、()()()()()()

 

 

 ――ルチーフェロ、その機体は、生物的な曲線を描くスマートな印象のある四肢に鎧を纏ったような機体で、外見的な大きな特徴は、腰部後方に長いスカート状のアーマーを備え、背部には小さな翼のように見えるブースターらしきものを備えている事か。

 そして……これまで艦内で眠っていた時とは違い、今は背部に輝く光輪と、それに沿って稼働する一対の翼がいつの間にか出現していた。

 

 

 そんなルチーフェロは翼をはためかせて崩れていた体勢を素早く立て直すと、ざっと周囲を俯瞰して、戦況確認を行うと――停泊中の林檎の花の周囲、艦首左側に誰も居ないポイントがあった。

 そして今まさにそこへ、小さな戦闘機群とそれを率いた二機のガイコツみたいな機体――画面にそれぞれ『モスキート』『ラプター』と表示された機体が接近中なのを確認した。

 

【モスキートは、艦から迎撃に出たバタラという機体でもなんとか対処できます、しかしラプターは、味方機の五機分相当の戦力と予想します】

「そんなに……!?」

 

 敵機は機動性、耐久性、その他諸々が、完全に防衛に当たっている木星製の量産モビルスーツとは一線を画している。ガイコツ一機を対処するのに、味方が五機。当然ながら戦力が足りていない。

 

【さて……アンジュ、あなたは何をしたいですか?】

「『林檎の花』を、ビルさんたちを助ける!」

【了解、ではまず数はさておき性能ではあのバタラという機体でも対処できる小型戦闘機群は無視して、ラプターとかいうガイコツみたいなやつを先に処理しましょう】

 

 そう言うが早いか、視界内を飛び回っている二機の『ラプター』を対象にターゲットマーカーが付く。

 

【ディバインウイング展開、アンジュ、機体をあのラプターの頭上へ】

「は、はいっ!」

 

 背中の翼をはためかせ、一瞬でラプターの頭上まで飛翔したルチーフェロ。向こうとしてもそのスピードは予想外だったのか、二機のラプターは一瞬反応が遅れ、アンジュの眼下で隙を晒している。

 

【敵高脅威目標の上に陣取りました、アンジュ、ディバインウイングをブレードに】

「えっと……これ!」

 

 言われたまま疑いもせず、アンジュが手元のスイッチを操作して、翼のマークが描かれていた表示を剣のマークへと切り替える。

 

 直後――両腕に背中の翼が消えてガクンと重力に囚われる『ルチーフェロ』の黒い機体。

 

「え、き、きゃあああ!?」

【敵、ブレード射程内、思い切り振り下ろしてください】

「あああ……ぁああッ!!」

 

 突然機体が落下したことでパニックになりながらも、アンジュは言われるまま素直に敵のガイコツみたいな機体へ両手の剣を振り下ろす自分をイメージする。

 するとそのイメージに忠実に動いたルチーフェロが、手にした光を纏う大剣を身構える二機のラプターへそれぞれ振り下ろし……ガード体勢を取っていたその機体を、張っているシールドごと両断した。

 

 そして落下中だったルチーフェロは、カリストの地表が近寄ってきたところで、落下を止めたいアンジュの意思に従って背中のバーニアみたいな形状のパーツに光を灯して制動をかけ、ホバリング状態に移行する。

 

「はっ、はっ……飛んでる? 落ちてない?」

【幸いこのあたりは重力がそれほどでもないので、通常飛行でもなんとか飛べますね】

「う、うん、でも通常飛行って?」

【質問はまた後で、敵小型戦闘機モスキート、こちらに向かって来ます】

 

 バクバクと跳ねている心臓を抑えようと胸のあたりに手を添えて、呼吸を整えようとするアンジュ。

だが、二機のラプターを瞬く間に仕留めたルチーフェロを敵が見逃してくれるわけもなく、モスキートたちは周囲を旋回しながら接近してくる。

 

【念のため忠告しておきますが、現在『ディバインウイング』の枚数は二枚、高機動翼と武装の併用は不可能ですのでご注意を】

「えっと、ディバ……何? 何がなんだかよくわからないけど、うん! でももうちょっと説明を……!」

【敵多数、広域殲滅魔法『フラベルム』使用許可を】

「ふ、フラ……だから何それ? な、なんだかよくわからないけど、任せます!」

 

 そう返事をした直後、アンジュの身体から、纏まった量の何かがごそっと抜けていく感覚。

 同時にルチーフェロの両肩、両前腕のスリットが開き内部に収められていた結晶体が露出すると、それぞれが赤い線で繋がれる。

 

 直後、機体前面に展開されるたのは、真紅の魔法陣。

 その中に右腕を突っ込み何かを引き抜く動作を取ると、ルチーフェロの腕が巨大な炎を放つ。

 

「え、えぇ、これどうしたら良いの!?」

【今です、魔法名を叫んで狙った相手に叩きつけてください】

「わ、わかんないけどわかりました、は、はぁあああ、ふ、『フラベルム』ッ!!」

 

 ルチーフェロがその焔に包まれた腕を振るった直後、轟、と戦場に莫大な焔が奔る。

 巻き込まれた『モスキート』たちは、赤熱化し、次々と爆散していった。

 

【……疑問なのですが、アンジュ、あなたのレスポンスが非常に悪いですね。もしかして、私の操作方法もあまり覚えていない感じですか?】

「だから、ずっとそう言ってたのに……っ!」

 

 今更気づいたように尋ねてくる声に、アンジュは半ば涙目で反論する。

 なんとなく動かし方はわかるが、詳細な機能は分からない。今のアンジュは、説明書を見ずにアクションゲームのコントローラーを握らされたような状態だ。

 

 だが、それでも戦えている。

 

『こいつは驚いた……無事か、嬢ちゃん?』

「ビルさん……はい、なんとか戦えるみたいです!」

 

 他のエリアを処理して戻ってきたビルが、アンジュに心配げに声を掛けてくる。それに返事を返し……ようやくアンジュも、ふぅ、と詰めていた息を吐く。

 

『バタラ隊、ビル隊長、聴こえますか?』

『林檎の花ブリッジか、今このあたりはどうなってる?』

『依然、所属不明機たちはこの辺りに集結中、ですがこちらに向かってきている機体は居ないみたいです』

 

 たしかに、上空を見れば次々と敵機体がいずこかに向かっている。その動きは手当たり次第だった先程とは違い、他の者には目もくれぬと言った感じに変化していた――まるで、探し物が見つかったのでそちらに殺到するように。

 

『だそうだ、嬢ちゃん、まだいけるか?』

「は、はい、この子もよく言うことを聞いてくれるから大丈夫です!」

 

 ビルが『林檎の花』ブリッジとの会話中、ずっと機体操縦を確認していたアンジュが、どうやらルチーフェロは自分が思うように動いてくれると理解して、ようやく落ち着いてシートに体を預けながら返事をする。

 

『なら、林檎の花周りは他のバタラ隊や港湾警備の奴らも居るし、大丈夫だろ。俺らは……』

 

 このあたりに少数飛び回っていたモスキートたちは、皆がおおむね落としたらしい。蜂の巣を突いたような騒ぎだった『林檎の花』周辺は、すでに静かになっている。

 

 ならば、敵勢力の目的は何処か――。

 

『ビル隊長、この先、十キロメートルほどの場所にある採掘場で、採掘作業用LEV運搬のための民間船が襲撃されているみたいです、救援に向かえますか?』

 

 まだ逃げられていない民間船の存在を伝えてくる『林檎の花』。そのまま捨て置くわけにはいかないと、アンジュは通信の向こうに居るビルと頷き合う。

 

『……ってえことらしい、俺はそっちにいくが、嬢ちゃんはどうする?』

「わ……私も!」

『よし、ついてきな、ただし機体に何か異常があったらすぐに艦に戻るんだぞ』

 

 そう確認して、アンジュとビルが機首を敵機体が向かっている方角へ向けた――その時だった。

 

『あ……待ってください、識別不明機が急速に接近中、林檎の花の上空をそちらに向かって抜けていきます!』

『あん?』

 

 ブリッジからの連絡に、二人が振り返ったその直後――白い戦闘機みたいなものが、凄まじい速度で頭上を通り過ぎていった。

 

『ありゃあ……敵、じゃねえな。見た事もねえが、ひょっとしてLEVの新型か?』

「あの、ビルさん?」

『なんでもねぇ、とりあえず向かっている方角は一緒だから、あの白いやっこさんを追うぞ!』

 

 

 



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カリスト襲撃②

 

「こいつは……すげえな。ガイコツ野郎も含めてみんな木っ端微塵にされてやがる」

 

 採掘現場である渓谷の間を飛行する、ルチーフェロとバタラの二機。しかしその行手を阻む敵機は存在しない、否、全て破壊されてあちこちに夥しい数の残骸が散乱している。

 その数は……これまでアンジュ含む『林檎の花』のクルーか交戦してきた数よりも遥かに多い。

 

 まるで嵐が過ぎ去った後のような光景に、ビルが『化け物でもいるのかよ』と珍しく緊張しながら呟く。

 

「こんなにたくさん……さっきの白い機体でしょうか?」

【否定、あの機体と私たちが通過した時間にさほど差はありません。戦闘があったのはもっと前でしょう】

 

 ルチーフェロから聞こえる声に、ビルが眉を顰める。大部隊同士でぶつかり合ったにしては戦場が綺麗で、かつ転がっている機体が『モスキート』と『ラプター』しかいないからだ。

 

「そんな大部隊がいた痕跡なんて、どこにも無くねぇか?」

【肯定。解析したところ、おそらく戦っていた機体は一機のみでしょう】

「……ところでアンジュ嬢ちゃん、さっきからこの声誰だ?」

「あ……そういえば、あなたの名前は?」

 

 今、やっと気がついたというように、ルチーフェロから聞こえてくる声に問い掛けるビルとアンジュ。

 

【現在、私自体に固有名は存在しません、できればアンジュに付けていただきたいのですが】

「っと、その前に救難信号があった渓谷にそろそろ飛び込むぞ」

「ごめんね、あなたの名前は落ち着いてから考えるから!」

【了解、それでは――戦闘行動を開始します】

 

 眼下、渓谷に隠れるようにして滞空している、採掘作業用LEVの輸送艦。

 その上空に群がるのは数機のラプターとモスキートの群れ……そしてその真っ只中で孤軍奮闘している、先ほどの白い機体。

 

『すげえな、機体もたいした性能だが、それ以上にパイロットが凄腕だ』

 

 ひゅう、と感嘆の声を上げるビル。

 アンジュもその戦闘を上から眺めて、今戦っている機体はやっぱりすごいんだと感心していると――通信に割り込んで、まだ少年と青年の間くらいに聞こえる若い声が、怒気も露わに語りかけてきた。

 

『その機体……バフラムの新型のOF(オービタル・フレーム)か!?』

「え……」

【否定、当機体は……】

『ジェフティは、お前たちバフラムには渡さない!!』

「きゃあ!?」

 

 突然ターゲットをルチーフェロに変更して切り掛かってきた白い機体に、アンジュは慌てて翼をシールドに変化させ、機体を包み込むようにして防ぐ。

 一方で白い機体の方も、そんなルチーフェロの反応を見て、慌てて攻撃を止めた。

 

『え……女の子が、なんで!?』

 

 さすがに、幼いアンジュの声を聞いて混乱した様子の白い機体のパイロットに、ルチーフェロが声を掛ける。

 

【こちら、木星共和国実験艦『林檎の花』所属です、あなたの敵ではありません】

『友軍……ご、ごめん、君に怪我はない?』

「は、はい、大丈夫です!」

【当機体は現在どの勢力の識別信号も有していません、現在交戦中の敵機体との外見上の類似性も多く、間違われるのも仕方ないでしょう】

『そうか……本当にすみませんでした、寛大な対応に感謝します』

 

 そう言いながらも、その間ずっと迫るモスキートの群れに機銃を掃射して牽制する白い機体。

 不測の状況に今ひとつついていけず右往左往しているアンジュの一方で、ビルのバタラも白い機体に習い、その反対側から迫るモスキートたちを牽制し始める。このあたりの切り替えの速さは、彼らとアンジュの戦闘経験の差か。

 

「白いの、連邦のLEVで合ってるな? こちら木星共和国所属機、今から援護する」

『木星の……ありがとうございます、助かります。僕はレオ=ステンバック、この機体は連邦の試作のアドバンスドLEV『V2』の二号機です』

 

 そう言って素直に協力体制に入った白い機体のパイロット……レオに、ビルは意外そうな声を上げる。

 

『驚いた……お前さん連邦軍のパイロットのくせに、木星の奴に助けられることに抵抗が無ぇのか?』

 

 元々、地球連邦と木星共和国は、木星がまだ木星帝国だった頃から争い合っていたのもあり、犬猿の仲だ。しかし彼には、それを特に気にした様子が無い。

 

『僕は元々、木星のアンティリアコロニーで暮らしていましたから。それに、木星の方々にはしばらくバフラム軍から匿って貰っていたので、どちらかと言うと感謝の方が強いです』

 

 続いて出てきたレオの話に、アンジュとビルは更に驚く。

 

「アンティリア……それって確かカーティスさんが話していた、まえに襲撃されたっていう?」

『このカリスト採掘のための基地コロニーだな。何やら事情がありそうだが……』

『ええ、詳しい話は後で、今はこの場を切り抜けましょう』

 

 上空を見れば、また新たな敵機体が集まってきている。このまま押し切られてしまえば下には民間の艦があるのだ、それを許す訳にはいかない。

 

『とりあえず……このバタラとお前さん達の機体性能の差だと、はっきり言って俺の方はあまり役に立たねえ』

 

 そもそもバタラは改修を重ねたとはいえ、もう何世代か前の機体だ。本来、火星の新兵器とやり合うには無理がある。

 ビルはそう言って、アンジュとレオの方を見て頷く。

 

『だから……アンジュ嬢ちゃん、さっきのバカみてぇに強力な炎は!』

「あ、えっと……」

【撃てます、準備に30秒ほど要しますが】

「……だそうです!」

『よし、じゃあアンジュ嬢ちゃんは俺が援護するから、小さな野郎どもを纏めて吹っ飛ばせ。レオ、お前さんはあのガイコツ野郎を任せた!』

「あ、はい!」

『わかりました!』

 

 アンジュが足を止めて『フラベルム』の発射体勢に入る中、レオはラプターに肉薄しては、敵を吹き飛ばす『ガントレット』というらしい特殊な兵装で艦に接近させないよう上空へと突き飛ばす。

 発射準備中で身動きできないルチーフェロや無防備な艦に接近するモスキートたちは、ビルが牽制して抑えに回ってくれていた。

 

 そうして30秒が経過した後……輸送艦上空に炎の嵐が吹き荒れて、このポイントでの戦闘はひとまず治まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




アンジュちゃんはMAP兵器役。


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