高度育成高等学校奉仕部 (ブルーガソウ)
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入学

~本作を読む前に~

 

本作において俺ガイル本編の内容は中学時代の出来事とさせていただきます。ただし、雪ノ下と八幡は付き合っておりません。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「ここが高度育成高校......」

 

 俺達をここまで運んできたバスから降り、これから三年間を過ごすのとになる高度育成高等学校。その正門の前で俺の先を歩いていた女子二人の一方、由比ヶ浜 結衣は立ち止まるとそう呟いた。きっとこれからの学校生活に思いを馳せ、期待に胸を膨らませているのだろう。

 

「由比ヶ浜さん、ここにいると邪魔になるわ」

 

 由比ヶ浜が歩を止めたことで彼女より数歩先へ進んだ雪ノ下 雪乃は振り返り、由比ヶ浜に先へ進むよう促す。

 

「えへへ~、ごめんごめん」

 

 由比ヶ浜は軽やかな足取りで雪ノ下に追い付くと彼女の手を引いて正門へ向かっていく。

 そんな二人を眺めながら後を追うように俺、比企谷 八幡はゆっくりと歩くのだった。

 

 マイペースに進む俺と二人の距離はほぼ一定に保たれている。俺を置いていかない様に二人が合わせてくれているのだろう。

 

 やがて新入生のクラス分けが掲示せれている場所へとやって来た。新入生はまずここへ来て自分のクラスを確認するため混雑しているものの、掲示物を読めない程ではない。俺はAから順に自分の名前を探していく。

 

 まず目に留まったの雪ノ下 雪乃。Aクラスに連なる中にその名はあった。

 Aクラスの中に俺と由比ヶ浜の名は無かったので雪ノ下とは別のクラスになることが確定する。

 B、C、Dとクラス名簿に目を通していくとBクラスに俺、Dクラスに由比ヶ浜の名が書かれていた。

 

「あちゃー、みんなクラス別れちゃったね······」

 

 由比ヶ浜が苦笑しながら残念そうに言う。

 

「こればっかは仕方ないだろ」

「そうたけどさ~······」

 

 俺の言葉にどこか不満気なようすを見せる由比ヶ浜。そんな彼女を雪ノ下がなだめる。

 

「確かにクラスが別れたのは残念だけど放課後は一緒にいられる。そのためにもまずはこの学校でも奉仕部を立ち上げるわ」

 

 俺達は中学校で所属していた奉仕部をこの学校でも作ろうとしていた。これは俺達三人が高度育成高等学校に合格した時から決めていたことだ。

 

「放課後にどこかで話し合いましょう。待ち合わせはここでどうかしら?」

「良いんじゃないか?放課後にクラス分けなんて見に来るやつなんていないだろうしな」

 

 もうここに用はないので俺達は人の並みにのって移動を始める。玄関を潜ると俺達はそれぞれの教室へ向かうため一旦別れるのだった。



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星之宮先生

 教室に着くと自分の席を確認。席に座って頬杖を付き時間が過ぎるのを待つ。

 

 先生がやって来るまでに周りを観察する。俺のように一人でいる生徒もいるが、多くは既に席の近い者だったりグループを作って話に花を咲かせていた。なんだ、このクラスはコミュニケーションお化けの集まりか?

 え?俺がコミュ障なだけ?そうですか······。

 

 

 

 

 その後、担任となる星之宮先生から学校生活に関する怪しさ満点の話を聞いた後、入学式が恙無く執り行われた。

 教室に戻ると学内施設などの説明を受けて本日は解散となる。今日は今後の生活の必需品を揃えたり、明日から始まる授業の準備などに充てろという事だろう。特に日用品の用意は必須。この学校は卒業まで基本的に学校の外に出ることや連絡を取ることすら叶わず、三年間寮生活を送ることとなるからだ。

 

 小町ぃ······。

 

 最愛の妹に思いを馳せること程々に俺は教室を出ていった星之宮先生を追い掛けた。先生を呼び止めるとこちらを振り返り笑顔を浮かべる。

 

「あなたは比企谷君ね。どうしたの?」

「質問なんですが、新しい部活動の立ち上げたいんですけど、どうしたら良いですか?」

「それなら申請用紙を書いて生徒会に提出、受理されればOKよ。部員の人数に制限はないけど顧問の先生はいないと駄目だからね」

 

 駄目だからね、と良いながら先生は肩を突ついてきた。上目使いなのも相まって凄くあざとい。女の武器の使い方をよく分かってらっしゃる。

 だが、そんなもの訓練されたボッチである俺には通用しない。

 

「ゎ······分かりました」

 

 ······どもってしまった。

 

「申請用紙あげるから職員室までいらっしゃい」

 

 踵を返して歩き出す先生の後を着いていく。

 

「ところで比企谷君はどんな部活を作るの?」

 

 道中、先生が尋ねてきた。その問に俺は答える。

 

「生徒らの自己改革を促し、悩みを解決する手助けを行う」

 

 しかし、俺の答えに先生は疑問符を浮かべていた。

 

「要は相談所みたいなもんです。ただし、飢えた人に魚を与えるのではなく取り方を教えて自立を促すのが目的ですけどね」

「ふーん。君ってそーゆうタイプなんだ」

 

 始めは強制的に入部させられたのだが、今わざわざ言うことでもないだろう。確かに柄じゃないが、新たに立ち上げてまでまた奉仕部に付き合おうと思うくらいにはあの空間を気に入っているのは間違いない。

 

 先生と話ながら暫く歩くと職員室へと着いた。先生が扉を開いて中に入ったので俺も続く。

 

「比企谷君?」

 

 職員室の扉を潜ると、そこには雪ノ下の姿があった。

 

「なんだ、お前も申請用紙をもらいに来たのか?」

「ええ。ちょうど貰ったところよ」

「そうか。なら無駄足だったか。先生、もう大丈夫みたいです」

 

 俺は先生に向き直り申請用紙が必要なくなった旨を伝える。

 

「この子と一緒に部活を作るの?ねー、もしかして比企谷君の彼女?」

 

 さっきといい星之宮先生はずいぶんとフレンドリーのようだ。

 

「違いますよ。あと、もう一人いるんで」

「そうなんだ。もしかしてその子も女の子?」

「······そうですが?」

「そっかそっか。罪な男めー、このこのー」

 

 星之宮先生はまた俺の事を指でツンツンしてきた。せ、先生近いです。何だか良い香りが······。

 

「······比企谷君、行ましょう。ここにはもう用は無いはずよ」

 

 雪ノ下は有無を言わさぬ雰囲気でそう言った。

 

「お、おう。ちょっと待ってくれ。最後に一つ質問良いですか?」

 

 雪ノ下に断りを入れてから先生に尋ねる。

 

「何かしら?」

「顧問をやってくれる先生が見つからなかったとして、それもポイントで買えたりするんですか?」

 

 この質問をした途端、先生の雰囲気が変わった。

 

「へえ······雪ノ下さんだっけ?先に出ててもらって良いかしら?」

「······分かりました。失礼します」

 

 どことなく不機嫌そうに雪ノ下は職員室から出ていく。

 

「比企谷君はどこまで気付いてるのかな?」

「······どこまでって他にも何かあるんですか?」

 

 変化した星之宮先生の雰囲気に気圧されながらも気丈に惚けてみせた。すると先生から放たれるプレッシャーが四散する。

 

「そんな怖がらなくていいわよ。さっきの質問の答えだけど800万ポイントよ。教員の値段は安くないわ」

「······分かりました。ありがとうございます。失礼します」

 

 俺は内心冷や汗をかきながら職員室を後にした。



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うまい話には裏があるもんだ

顧問の800万ポイントは特に根拠なく適当に出した数字です。


「ずいぶん早かったわね、狒狒谷君」

 

 職員室を出るなり雪ノ下から罵られた。

 

「ちげぇよ。てか微妙に音似てるからやめて」

 

 星之宮先生は恐らく陽乃さんと同じ部類の人間だ。関わらずに済むならそうした方が良い。あ、俺の担任だったわ······。

 

「由比ヶ浜さんが待っているわ。行ましょう」

 

 ご機嫌ななめな雪ノ下の後を着いて歩く。ツンとしながらもちゃんと俺を待っているのだから相変わらず律儀な奴だ。

 

 待ち合わせ場所の掲示板前へ行くと既に由比ヶ浜が待っていた。こちらの存在に気付くと大きく手を振ってくる。

 

「待たせたわね。職員室へ寄っていたら遅くなったわ」

「ヒッキーと一緒に?」

 

 雪ノ下の言葉に由比ヶ浜が疑問符を浮かべた。

 

「部活創設の申請書を貰いに行ったのだけど、そうしたらこのスケベ谷君が女性の先生に鼻の下を伸ばしてたの」

「うわっ、ヒッキー最低!」

「だから違ぇって。お前も信じるなよ」

 

 ま、まあ確かに美人だったし大人の色香も持ち合わせていたが、そんなもの訓練されたボッチには通用しない。ホントホントハチマンウソツカナイ。

 

「ひとまず落ち着いて話せる所へ移動しましょう」

 

 雪ノ下のその発言に、お前が蒸し返したことだろ、というツッコミは心の奥に留めておくことにする。

 

 

 

 

 俺達はケヤキモールという校内の商業施設にあるカフェへと移動した。多くの生徒で賑わっていたが幸いにもまだ席が残っていたので急ぎ確保する。

 雪ノ下に席を取っていてもらい、俺達は飲み物と昼食代わりに三人で食べる軽食を買いに行った。

 

 どうやらコーヒーと一緒に練乳を頼むと不思議そうな顔をされるのはここでも同じようだ。

 他にはサンドイッチとフライドポテトに雪ノ下の紅茶、由比ヶ浜は何やら呪文の様な名前の飲み物を注文していた。

 

「ゆきのんお待たせー」

 

 席で本を読んでいた雪ノ下に由比ヶ浜が声を掛ける。俺達が座ると雪ノ下は本を閉じた。

 

「早速、部活動新設についてなのだけど」

 

 雪ノ下はそう切り出すと星之宮先生が言っていたことと同じ様な内容を話す。

 ちなみに申請用紙に記入する内容は部活名、活動内容、活動場所、担当顧問、部員名簿である。

 

「活動場所は適当な空き教室を探すとして、問題は顧問ね」

「私達この学校の先生全然知らないもんね。とりあえずみんなで担任の先生に聞いてみる?」

 

 あの担任とは積極的に絡みたくないが、背に腹は変えられないのか······。

 

「そうね······ところで比企谷君、職員室で言っていた“顧問がポイントで買える”ってどういうことかしら?」

「え?何それ?」

 

 由比ヶ浜は職員室に居なかったので、当然何の事か分からない。そんな彼女に雪ノ下は補足する。

 

「さっき彼が先生に質問したの。“顧問が見つからなかったとしてポイントで買えるのか”って」

 

 由比ヶ浜への説明を終えた雪ノ下は俺を俺に視線を移し回答を促す。

 

「うまい話には裏があるもんだ。疑って見聞きすれば気付くこともあるんだよ」

 

 先生は“学校内においてポイントで買えないものは無い”と言った。お金の代わりになる、などではなくだ。気にしすぎだと一笑されてもおかしくない話だが、職員室で星之宮先生に鎌をかけてみたら見事にヒット。

 

 二人にこの説明をすると由比ヶ浜は感心したような、雪ノ下は額にてを当てて呆れた表情をみせた。

 

「ほえ~。ヒッキーよく気付いたね」

「相変わらず捻くれたものの見方をするのね。まあ、今回はそれが役に立ったのだけれど」

 

 雪ノ下は額から手を下げると真っ直ぐに俺を見る。

 

「他に気付いたことはあるかしら?」

「確信には至ってないけどな」

 

 俺はそう前置きしてから話し始める。

 俺達全員に10万円分のポイントが支給された。そしてそのポイントは毎月支給される。

 ······そんな事があり得るのだろうか?

 

 俺が先生の話を聞いていて引っ掛かった点は3つ。

 ・学校内においてポイントで買えないものは無い(・・・・・・・・・)

 ・学校は実力(・・)で生徒を測る。

 ・10万ポイントはこの学校に入学を果たした価値と可能性に対する評価(・・)であること。

 

 一つ目はさっき説明した通り。加えてポイントが全て買い物に使われるのであれば、それだけでとんでもない予算が必要となる。なんせ40人のクラスが1学年あたり4つあるのだから。

 もっと多様な使い方があって然るべきだろう。

 

 二つ目は“学力”ではなく“実力”と表現したこと。他に根拠をあげるならば目の前の由比ヶ浜である。いくら俺達と受験勉強を頑張ったとはいえ由比ヶ浜の成績は決して優秀ではない(ここで由比ヶ浜から抗議の声があがるが程々に流した)。俺だって理系科目はお世辞にも良くない。学力以外の評価基準があると言われた方が納得だ。

 

 そして三つ目。評価というものは上がりもするが下がる。もっと言えば評価を上げるのは難しく、得てして下げるのは簡単なのである。

 先生は毎月1日にポイントが振り込まれるとは言ったが、10万(・・)ポイントが振り込まれるとは一言も言っていない。

 

「過ぎた妄想かもしれないけどな。ただ一つ目が当たってた分、他も警戒度を上げとくべきだと思ってる。ちなみに顧問にかかるポイントは800万だとよ。今の俺達じゃどう足掻いても手が出せん」

 

 俺が話し終えると雪ノ下は顎に指を添えて考えるような仕草を見せるが、由比ヶ浜は理解が追い付いていないようでポカンとしていた。

 

「なるほど。言葉遊びかも知れないけれど、確かにそうともとれるわね」

「え?どういう事?」

「由比ヶ浜さんが今知っておいた方が良いことは来月、付与されるポイントは減額されるかもしれないって事よ」

「えぇ!?どうしてっ!?」

 

 雪ノ下の説明で一部理解の追い付いた由比ヶ浜が驚きの声を上げたので俺が答える。

 

「何が原因で減点食らうか分からんが、教育現場なんだから小テストはあるかもな。あとは正門を抜けてからあちこちにある異常な数の監視カメラが生徒の問題行動を監視してるんだろうよ」

 

 俺が天井を見上げると、由比ヶ浜と雪ノ下も天井を見渡した。

 

「死角が無いわ。防犯にしては過剰ね」

 

 雪ノ下は分かってるくせにそう口にする。

 

「教室も同じ様な感じだった。外にもカメラが並んでたぞ。俺達は常に誰かから監視されてるわけだ」

「うわっ、気持ち悪っ」

 

 由比ヶ浜は寒気を感じたのか自分の身を両腕で抱き締めた。学校関係者に変態が潜んでいないことを祈るばかりだ。

 

「流石にトイレには無かったがな」

「当たり前だよっ!」

 

 ここで雪ノ下が咳払いをする。

 

「話がだいぶ脱線したわね」

「置き石したのお前だけどな」

 

 話を反らせた張本人に指摘するが、雪ノ下は気にする様子もなく話を続けた。

 

「比企谷君の話については注意しましょう。申請用紙は今書ける所は書いたから二人とも名前を書いてちょうだい」

 

 由比ヶ浜、俺と順番に申請用紙が回ってきて、それぞれ自身の名前を書く。

 

「申請用紙は私が預かっておくわ。それと、三人の連絡先を交換しましょう」

 

 学校から支給された携帯の連絡先を交換した後、空になったサンドイッチとポテトのバスケットを返却口に返した。

 俺達がカフェを後にする頃には先程まで俺達が使っていた席は既に別の生徒が座っていた。



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お酒を持ち出すには······

 カフェを出た後に俺は雪ノ下、由比ヶ浜と別れた。

 女子と男子では揃えるべき日用品は異なるはずだし、男子に見られたくないものだってあるだろう。何より俺は日用品だけでなくマッカンも探さないといけない。お互いのためにも別行動をとるのは合理的な判断なのである。

 

 スーパーや文房具屋で日用品や学校文具を揃えた俺はコンビニに立ち寄っていた。

 

 必需品は全て前の二ヶ所で揃ったのだが、肝心のマックスコーヒーがスーパーだとペットボトルしか無かったのだ。ペットボトルでも構わないのだが、やはりマックスコーヒーは缶が至高。よってマッカンを探すべくコンビニにやって来た。

 

 コンビニに入ると俺は一直線に飲料コーナーへと向かうが、ここにもマッカンは置いていない。

 俺は溜め息を吐くとコンビニの商品ラインナップを確認するために店内を回り始めた。

 一言でコンビニといっても地域や客層、テナント条件によって品揃えが変わってくる。ここなら若年層や独り暮らし世帯向けの商品や学校文具は揃えられるはず。逆に高齢者向け商品やベビー用品は扱っていないだろう。

 

 ただ、店内を歩いているとアルコール飲料も扱っていることに気づいた。俺達学生は法律の定めにより購入できないことから学校敷地内で働く大人向けの商品であることが推察できる。

 しかし、アルコール飲料コーナーに立っていたのはどこからどう見ても制服を身に纏った女子だった。

 

 ······俺がアルコール飲料を手に取ったら評価が下がったりするのだろうか?

 そう思ってカメラを探すが、女子のいる位置はカメラの死角になっていた。

 過剰なまでのカメラを設置しているにも関わらず、そんな場所が存在することに違和感を覚えるが、これが意図したももなのか、ただのミスなのかは現段階で判断がつかない。

 

 まあ、アルコール飲料をレジに持っていったところで売ってはもらえないだろう。目の前の女子がここの商品を店の外に持ち出すには万引きくらいしか方法はない。······万引きかぁ。

 

 少女の手が動いたのを見た俺は歩き出した。

 

「······っ!?」

「あ、わりぃ」

 

 目の前の女子が取ろうとした商品に俺も手を伸ばし、彼女の手に触れる直前で手を止める。

 

「これ買うのか?」

「······そんなわけないでしょ」

 

 話しかけてみるといきなり睨まれた。だが俺は構うことなく続ける。

 

「だろうな。レジに持っていけば(・・・・・・・・・)そこで止められるだろうからな」

 

 俺は早速、この学校の影響を受けたのだろうか。口から出たのは言葉遊びだった。レジを通さずに外へ持ち出そうなんて考えていなければ何て事無い言葉である。

 “レジに持っていけば”の部分を僅かに強調して話す。

 

 女子生徒はムスっとして何も買わずにコンビニを後にした。 



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合掌

 入学式が行われた翌朝、俺の食卓にはトーストと茹でウィンナー、インスタントコーヒーが並んでいた。

 昨日までであれば小町が少しばかり手の込んだものを作ってくれるのだが、今日からそういう訳にはいかない。小町ぃ、早速お兄ちゃんホームシックだよ······。

 

 ちなみに本当ならウィンナーも食卓に上がる予定は無かったのだが、昨日スーパーで見切り販売していたのを衝動買いした。お値段はなんと0ポイント!10万ポイントも配っているにも関わらず、浪費癖のある生徒の為にこんな救済措置があるとは何て親切な学校なのだろうか(すっとぼけ)。

 

 朝食を終えて自室から出た俺は、エレベーターホールでエレベーターの現在地を示す数字が一つずつ小さくなっていくのをぼんやり眺める。

 

 エレベーターの到着を知らせるチャイムが鳴って扉が開くと、中には先客が一人乗っていた。

 

「あ、比企谷君おはよう!」

「お、おう」

 

 声を掛けられるとは微塵にも思っていなかった俺は不意を突かれた為、言葉に詰まりながらぶっきらぼうに返事をする。そんな俺に対し、目の前の少女は一切気を悪くした様子は見られない。

 

 俺は彼女の身体的特徴と記憶の照合を計った。

 薄桃色の髪は癖っ毛がなく、その先端はスカートに掛かるほど伸ばさされている。群生色の瞳を宿したぱっちり目は(まなじり)が上がっているが、キツそうな印象を全く受けない。それは彼女の顔が人懐っこい作りをしているからだろう。

 

「朝早いんだね」

「今までと違って誰も起こしてくれないからな。早めアラームかけといたんだよ。あー······」

 

 結局、少女の名前が出てこなくて俺は言葉を詰まらせた。

 

「もしかして私のこと分からない?」

「悪い。同じクラスだってのは覚えてんだが······」

 

 実は同じクラスかどうかも定かではないのだが、この学校で自己紹介したのはクラスでだけだし、昨日話をしたのは雪ノ下と由比ヶ浜を除けば星之宮先生と万びき未遂少女だけである。故に俺の名前を知っている目の前の少女はクラスメイトである可能性が高い。

 

「気にしないで。仕方ないよ、まだ二日目なんだから。私は一之瀬 帆波。よろしくね、比企谷君」

 

 そう言って一之瀬は微笑んだ。彼女の容貌の良さも相俟って凄まじい破壊力である。俺がまだ素人であったならば勝手に勘違いしてフラれて今日の放課後にはクラスメイト全員に噂が拡散されていたであろう。しかし、今の俺は訓練されたボッチ。だから顔が暑いのはきっとエレベーターの中が暑いせいだ。管理人さん、ちょっと暖房が強すぎやしませんかね?

 

 1階に到着したことを知らせるチャイムが鳴り扉が開いた。開放された玄関から舞い込んでくる春風が火照った顔には心地が良い。

 

「ねえ、比企谷君は昨日の放課後は何してた?」

 

 俺の心情など知ろうはずもない一之瀬は変わらず人懐っこい表情を向けながら会話を繋ごうとしている。

 

 今、俺に向けられている表情はきっと俺以外の者にも向けられているはずだ。一之瀬 帆波は純粋で優しい子なのだろう。だからこそ思わずにはいられない。

 

 ――これから彼女に死地へ送られるであろう男子共に合掌······。




 最初は雪ノ下と絡ませる予定でしたが、よう実キャラが星之宮先生と万引き少女しか出てきていないなと思い、急遽一之瀬に出てきてもらいました。

 綾小路でも良かったのですが八幡はBクラスなので一之瀬の方が無難かなと。


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先行投資

 結局、一之瀬とは教室に着くまで一緒だった。

 

 早い時間にも関わらず、既に何人か教室の中にいた。二日目にして女子と二人で登校してきた俺に対し彼等から好奇の視線が浴びせられた。

 居心地の悪さを感じながら俺は自分の席に座る。

 

 鞄から本を取り出し、読みながら時折周囲に視線を向ける。まだショートホームルームまで余裕があるにも関わらず、次々と生徒が教室にやって来る。ギリギリに登校したり遅れてくる者はいない。よくもまあこんな優等生が集まったもんだ。

 

 一之瀬は女子のグループに混ざって談笑しているが、クラスメイトが入ってくる度に顔を出入口へ向けて挨拶をしている。そんな一之瀬を皆が受け入れている様子から、そう遠くない未来に彼女がこのクラスの中心人物の一人になるであろうことが容易に想像できた。

 

「ねえ、みんな!クラスのグループチャット作らない?」

 

 俺が本に目を落としている時に一之瀬が大きな声でみんなに呼び掛ける。

 

「良いんじゃないか?」

 

「賛成~」

 

 特に反対意見もなく賛同の言葉があちこちから上がった。

 

「それじゃあ連絡先知ってる人には招待送るからみんな回してね!」

 

 当然のごとく俺はこのクラスの誰とも連絡先を交換していない。むしろ俺の携帯に登録されているのは雪ノ下と由比ヶ浜の二人だけなのだ。

 

 まあ、数分以内に返信しないといけないとか、既読スルー禁止など、チャットには様々な暗黙の了解が存在する。それを破れば最悪いじめを受ける事もあるとか。

 

 そんな訳であえて自分からアピールすることも無い。グループに俺が居なかったところで気付く者などいないだろうからな。

 そんな風に考えていたタイミングで教室に設置されたスピーカーからチャイムが流れた。

 

 

 

 

 

 

 授業が全て終わり、今日の放課後も奉仕部で集まって会議をする事になっていた。

 17時から部活の説明会があるようだが、自ら部活を立ち上げる俺達には関係ない。他に部員を募集するつもりもなかった。

 閑話休題、まあ会議と言っても担任との交渉の結果を報告するくらいだろう。担任かぁ······。

 

 俺は教卓で連絡事項などを話す星之宮先生について考えてみた。

 正直あの担任は苦手だ。自分の容姿が優れており、それをどう使えば効果的かを理解している。ほんでもって本性はあの陽乃さんと同類ときたもんだ。昨日みたく俺がオモチャにされるのは目に見えている。

 

 俺は携帯を取り出して奉仕部のグループチャットにメッセージを飛ばした。

 

比企谷八幡『顧問の件、そっちの担任はどうだった?』

 

 メッセージを送って再び視線を上げると星之宮先生と目が合う。手元で何やらメモを取っているようだ。

 

 しまったっ······もしや今ので減点されたか!?

 

 携帯をしまって先生の話に集中する。今日は昨日と違い、含みを持った怪しげな言葉は特になく当たり障りのない話のみだった。

 

 星之宮先生と目があってから数分してホームルームが終了する。携帯が震えメッセージの着信を知らせた。

 

由比ヶ浜 結衣『こっちは断られちゃったよ~~(泣)』

 

雪ノ下雪乃『私の方も既に他の部活の顧問をしているからと断られたわ』

 

 由比ヶ浜に遅れて雪ノ下からも返事が来る。

 

由比ヶ浜結衣『そっか······ヒッキーはどうだった?』

 

 まあ、そうなるわな。どっちかがOK貰っていれば俺は星之宮先生に声を掛けなくて済むと思ったのだが、二人共断られたのであれば仕方ない。

 

 俺は重い腰を持ち上げると星之宮先生を追いかけた。

 早足で歩くとすぐ先生に追い付く。

 

「星之宮先生」

 

 俺は角を曲がったところで声を掛けた

 

「あら比企谷君。今日はどうしたの?」

「顧問の件でお話があるのですが······」

「ふーん。もしかして800万ポイント集まった?」

「いえ、流石に······。なので星之宮先生に顧問をお願いできないかと思いまして」

「そっか。うーん······」

 

 星之宮先生はあざとく考える素振りを見せる。

 

「比企谷君次第では先行投資として顧問を受けてあげても良いわよ」

 

 星之宮先生からは含みをもった答えが返ってくきた。

 

「······何をすれば良いんすか?」

「君がどれだけ有能か証明してみせて。もう一度聞くわ。比企谷君はどこまで分かってるのかな?」

 

 そう言った星之宮先生は目以外笑顔を張り付けている。

 

「あまり目立った事はしたくないんですけどね」

 

 俺はそう前置きして昨日、雪ノ下と由比ヶ浜に話した事を星之宮先生にも話す。

 

「ま、飽くまでも仮説にすぎませんけど」

 

 そう締め括った俺は星之宮先生の出方を窺う。

 

「······フフッ」

 

 あれ?なんか笑われてる!?もしや俺の言ったことが検討違いだったとか?だとすればとんだ赤っ恥である。今この時が新たなる黒歴史の誕生の瞬間であるのならば今後のホームルームは全てボイコットする自信かもしれない。人の目がなければこの場で転がり悶えること必至だ。

 

 だが、次の瞬間星之宮先生の右手が俺の肩に置かれた。いきなりパーソナルスペースを侵害された俺の肩が跳ねる。

 

「完全じゃないとはいえ二日目でそこまで気付いていれば十分ね······。良いわ、顧問になってあげる」

 

 それはとてもありがたいのですが、そろそろ離れてもらえませんかね?そんな俺の願いとは裏腹に俺が後ろに下がった分だけ先生は距離を詰めてくる。

 こういうのほんと心臓に悪いんで勘弁願いたい。ちなみに胸の拍動が速くなっているのは先生に詰め寄られている恐怖と焦りからであって、良い香りが鼻腔をくすぐるとか綺麗な顔にすぐ近くから見つめられているからとか、そういった邪念からくるものでは決してない。

 

 そうこうしているうちに俺の背中が壁にぶつかった。ヤバいっ、追い詰められた!?

 

 しかし、星之宮先生はひとしきり俺をからかって満足したのかおかしそうに笑いながら離れていく。

 

「これからの君の活躍に期待してるぞ。上を目指して頑張りたまえ」

 

 俺は乱れた心と脈拍を落ち着かせる為、煩悩を払う事に努めた。こんな時は目を閉じて愛しのマイシスターを思い浮かべる。

 小町が一人、小町が二人、小町が三人、小町が四人、小町が五人······。

 ああ。天使の格好をした小町が天から降りてくる。小町、お兄ちゃんも疲れたんだ······何だかとっても眠いんだ······。

 

「おーい、比企谷君?」

 

 ······はっ!?

 目を開くと俺の顔を覗き込む星之宮先生が居た。危ない······某一人と一匹よろしく小町に天国へ連れていかれるところだった。それはそうと、本当あざといな、この人。

 

「創部の申請用紙を書いたら私のとこに持ってきてね。だいたい職員室か保健室に居るから。何か質問はある?」

「あー······でしたら別件の質問なんですけど。さっき俺もしかして減点されてました?」

「どうだろうね?でも先生が話してる時にああいうのは感心しないよ」

「······すいません」

 

 先生の言う通りなので素直に謝っておく。

 

 用事が済んだ俺は星之宮先生が職員室へ向かうのを見送った。携帯を取りだして奉仕部のグループチャットにメッセージを送る。

 

比企谷八幡『こっちでOKもらったわ。詳しくは後で話す』

 

 荷物を持ってきていなかったので教室へ向かって歩きだした。最初の角を曲ると誰かとぶつかりそうになる。

 

「っと······あ、一之瀬?」

 

 ぶつかりそうになったのは一之瀬だった。ここにいるってことは一之瀬も星之宮先生に用事か?

 

「すまん。それじゃあ」

 

 俺は一言謝るとこの場を去ろうとする。

 

「待って。比企谷君まだクラスのグループチャットに参加してないでしょ?」

 

 まさかその為に俺を追いかけてきたのだろうか?

 

「ああ。クラスじゃ誰とも連絡先交換してないからな」

「もうっ、それならそうと言ってよね!私が招待するから比企谷君の連絡先教えて」

「お、おう」

 

 叱られるように言われ、半ば反射的に相づちを打った。

 

 連絡先の交換が済むと一之瀬からグループチャットに招待された事が通知される。

 参加を了承する前に何となく連絡帳を開いてみた。一番上には一之瀬の名前があり、由比ヶ浜、雪ノ下と続く。何と俺の携帯に登録されている連絡先は女子のみ。しかもこの学校においては当然の事ながら家族の名前は一つも無いのだ。

 もしもこれが昔の俺であったならモテ期がきたのだと盛大に勘違いをして黒歴史をまた一つや二つ生み出していただろう。

 

「わざわざ悪いな」

「ううん。やっぱこういうのは皆が居た方がいいし。ところでさっき先生と話してた減点ってなんの事?」

 

 どうやら先生との会話を聞かれていたらしい。ただ、一之瀬の聞き方からして聞かれたのは最後だけだと思われる。

 

「さっきのホームルームで携帯をいじってたら先生が俺を見ながらメモとっててな。何かチェックされたんじゃないかと思って聞いてみたんだ」

 

 星之宮先生の言ってた“完全じゃない”が何を指しているか分からない以上、不確定な情報を伝えることもないだろう。間違っていた時に“名探偵を演じようとして的外れな推理をした痛い奴”というレッテルを貼られかねないからな。

 

「気にしすぎじゃないかな?でも先生の話はちゃんと聞かないとダメだよ」

 

 一之瀬にも窘められ、俺はばつが悪くなり頬を掻いた。

 

「ところで比企谷君は部活の説明会は行くの?」

 

 話題は17時からの部活説明会に移る。

 

「いや、俺はもう部活決めてるから」

「そうなんだ。何の部活?」

「あー······奉仕部ってとこ」

 

 一之瀬は奉仕部の名を聞いて頭上に疑問符を浮かべていた。



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由比ヶ浜の怒り

今更ながらBクラスの登場人物がどんなキャラかほとんど分からない事に気付いた作者です。


 入学から一週間程が経過した。

 星之宮先生が顧問を引き受けてくれたお陰で無事に奉仕部が立ち上がった。

 活動場所は特別棟の一室が与えられ、俺達は放課後になるとそこに集まるのだ。

 特別棟は本校舎と違い廊下に空調が無いのだが、こちらはまだ何の実績のない部員もたった三人の部活だ。贅沢は言ってられない。それに教室にはちゃんとエアコンが備え付けられており、電源を入れれば快適に過ごすことができる。

 それに、今はまだ春光うららかな4月。窓を開ければ心地のよい風が流れ、そんな空気に晒されれば心も自然と穏やかになるというもんだ。

 

「ほんっとっ男子あり得ないんだけど!!!」

 

 だが、そんな春の陽気でも由比ヶ浜の怒りを静めるには至らなかった。

 

 何でも今朝、由比ヶ浜が登校すると彼女のクラスの男子が教室の片隅で集まっていたそうな。彼等は女子から隠れることなく大きな声で“クラスで一番の巨乳は誰か”で盛り上がっていた。

 

 というのも、こんな時期にも関わらず体育の授業が水泳だったのだ。しかも男女が同じ場所で行われるときた。

 

 通常、中等教育以降の体育は男女別で行われる。水泳部にでも入らない限りは学校で異性の水着姿を目にするのはリア充くらいなもんだろう。そんな隠匿された装いを拝めるとあって、彼等の中学校生活三年間で蓄積された熱いパトスは(ほとばし)り、理性を押し流してしまった。

 

 ちなみに、漫画やアニメでスク水女子が出てくるとすぐに有害コンテンツ扱いする輩がいるが、そいつらの理屈で言うならば現実に数多のスク水女子がいる教育現場はさぞかし有害な施設なのであろう(暴論)。

 

 閑話休題、当然の事ながら男子の話題は女子にとって愉快なものな訳がなく、それは目の前の由比ヶ浜も例外ではない。もし由比ヶ浜が雪ノ下のように慎ましやかな体つきであったのならまだ良かったのだが、彼女の胸部装甲はなかなかに厚い。故に、男の夢が詰まった二峰の果実について語り合っていた男子達から由比ヶ浜の名が上がるのは必然だった。

 

 女子の多くは当然、嫌悪感を示す。実際にDクラスの女子の多くは水着姿になる事を拒否し授業を見学する選択をした。

 由比ヶ浜も便乗して見学者に紛れれば良かったのだろうが、そこは根は真面目な由比ヶ浜。水着姿でプールサイドに現れ、自身の曲線美を男子達の前に晒したのだった。

 

 見学した女子の分まで男子の視線を集めたと思われる由比ヶ浜のストレスは計り知れない。男の俺に理解は出来なくとも同情はしよう。

 そう······ここに一人男が居るわけですよ由比ヶ浜さん。あなたがそんな話をするもんだから、さっきから俺の本能が万乳引力に従って俺の視線を誘導しようとしているんですよ。その手の話題は雪ノ下と二人きりの時にして欲しい。

 

「やっほー。調子はどう?」

 

 突然、出入口の扉が開かれ星之宮先生が中に入ってきた。

 いつも俺をいじって遊んでいる厄介な存在ではあるが、上手く話を逸らしてくれれば、今日に限っては俺の助けとなってくれるかもしれない。

 

「星之宮先生、入る時はノックをお願いしたはずですが」

 

 中学時代、雪ノ下と平塚先生が繰り返したこのやり取り。同じものを雪ノ下はここでも星之宮先生と行っていた。

 

「はーい」

 

 先生は返事をしたものの、その言葉からは反省の意が感じられない。雪ノ下も同様に感じたのか小さく溜め息を吐いた。

 

「で、どうなの?依頼はきたのかしら」

「今の所はまだ。掲示板で告知はしましたが反応はありませんね」

 

 本校舎から離れた特別棟という立地からか、依頼どころかまず人通りがほぼ無い状態だ。まあ、代わりに冷やかしに来る連中もいないので活動場所に不満は無い。

 そもそも総武時代も多くの相談者が来たかと言えばそんな事はなく、雪ノ下が入れてくれた紅茶を飲みながら読書に勤しんでいることも多かった。

 

「先生は何かご用でしょうか?」

 

 星之宮先生は普段は部活に顔を出すことは無い。先生曰く用があれば声を掛けてとの事だ。

 

「顧問として流石に放っぼりぱなしは不味いからね。たまには様子を見に来ないと······それはそうと比企谷君、明日の体育はいよいよ女子と合同の水泳ね!やっぱ比企谷君も誰か目を付けてたり?」

 

 おい、何言ってくれちゃってるのこの人!!?

 

「やっぱり本命は一之瀬さんかな?あ、でもサイズなら安藤さんも負けてないわよ。白波さんは童顔とのギャップがセールスポイントね」

 

 望んでもいないのに先生からクラスの女子の情報が次々と先生よりもたらされる。

 

「先生、ここでそういった発言は控えていただけますか?」

 

 雪ノ下は不快感を隠すこと無く先生に言った。由比ヶ浜もムスッとして俺を見る。いや何でだよ······。

 

「雪ノ下さんは硬いね~。ま、この位にしておくわ。顧問として受け持つ生徒に嫌われたくはないしね」

 

 先生は雪ノ下と由比ヶ浜の肩を寄せ、二人の耳元に口元を近づけた。

 

(Bクラスには良い子がたくさんいるから、のんびりしてると比企谷君とられちゃうよ)

 

『······っ!!?』

 

 先生が俺には聞こえないよう耳打ちをすると二人の肩が跳ねる。そんな反応に満足したのか、先生は俺の所に戻ってきた。

 

「比企谷君って第一印象で損してるけど、一緒にいるとだんだん良さが分かってくるタイプよね」

「何すか突然······」

「何だろうね~」

 

 適当にはぐらかした先生は出入口へ向かう。

 

「私の方でも紹介できそうな相談者がいれば連れてくるね」

 

 本校舎のものよりも大きな扉の開閉音をたたせ、この場を後にした。

 

 この部屋を十数秒ほど静寂が支配してから由比ヶ浜は恨めしそうな視線をこちらに向ける。

 

「······ヒッキー嫌らしい顔してる」

「いや俺に当たらないでくれる?」

 

 

 

 

 

 翌日の体育で俺は星之宮先生の言葉が頭をちらついて、女子の方へ視線を向けることが出来なかった。

 ただ、一瞬だけ視界の中に入り込んだ一之瀬は······何がとは言わないが凄かったとだけここに書き記しておく。



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あなたの資産を守ります

 ぼっち・ざ・ろっく面白いですね。

 他にもクオリティの保証された富野ガンダムに原作から追ってる不徳のギルドと今期は俺得過ぎます。


 まあ、おいらにとってぼっちと言えばひとりちゃんではなく八幡です。


 高校生活も三週間が経てば慣れてくるが、どんなに慣れがこようとも苦痛なものは苦痛なのだ。

 

 例えば次の時間の数学。中学時代はそれなりに勉強していたが、成果は芳しくなく受験勉強でもかなり苦労した。

 対して国語を始めとした文系科目は読書好きが項をそうして得意なのだ。高等教育の途中からは文系と理系に別れるし、大学で文系の学部に進めば理系科目に関わることがなくなるので、俺は数学を勉強する意義を完全に失っていた。

 

 校内のスピーカーからチャイムが流れ、三時間目の授業の始まりを告げる。真面目な生徒が揃った我がクラスは全員自分の席に戻って先生の到着を待っていた。

 俺?そもそもトイレ以外で席を立つことがなければ誰かと話すこともない。五分前行動どころか十分前行動を遵守する生徒の鑑ですね。

 

 チャイムから暫くして教室に入ってきたのは数学の担当教員······ではなく養護教諭であり我がクラスの担任である星之宮先生だった。

 

「いきなりだけど三限は数学から小テストに変更よ。みんな机の上片付けて」

 

 先生の言葉に不平不満こそ上がらなかったものの、僅かながらクラスメイトに動揺が広がるのが分かる。

 

「このテストの結果は成績表には反映されないからそう身構えないで。あなた達の実力を改めて確認する為のものだから肩の力を抜いて受けてちょうだい」

 

 みんなの動揺を察したのか先生がフォローを入れた。

 

 にしても成績表には(・・)、ね。まるで他の何かには反映されるような言い回しじゃないか。

 

 前の席から裏返しの状態でテスト用紙が回ってくる。全員に回ったところで先生がテスト開始の合図をした。

 

 A3のテスト用紙を一問目から順に一通り目を通していく。国・数・英・理・社がそれぞれ4問、計二十問が並んでいた。

 

 俺はまず理系問題を無視して国語と英語から解き始める。数学は苦手科目というのもあるが、途中計算に時間をとられやすい為、全ての問題に目を通す前に試験という事態は避ける目的もある。それに得意科目ならテストのレベルを予測することができる。

 

 解いていて分かったことだが、ほとんどが中学までの基礎的な問題なのだ。ただ、国語の中に一つだけえらく難解な問題が混ざっていた。

 他にも難易度の高い問題が無いか探してみたが、英語と社会科目には特別難しいものは存在しないようだ。

 ちなみに、俺は理系科目が苦手なのでそこに高難易度問題があるのならば俺には見付け出すことができないだろう。

 

 始めの内は改めて中等教育の理解度を図るテストかと思ったが、それならばこんな難しい問題は必要ない。やっばりこのテストきな臭いぞ······。

 

 

 

 

 

 

 放課後の奉仕部では今日のテストについて話をしていた。

 

「でも抜き打ちなんて学校も意地が悪いよね」

 

 由比ヶ浜は不満げに話す。

 

「問題のほとんどは中学レベルの基本的なものだったわ。ちゃんと受験勉強していたのなら難なく解けるはずよ」

「いや~、受験が終わったら覚えたはずのものがどんどん抜けていくというか······」

 

 雪ノ下の指摘に対し由比ヶ浜は視線を逸らして言い訳をした。

 

「で、でも成績表には関係ないみたいだしっ」

 

 誰に何を言われたわけでも無いのに自ら開き直る由比ヶ浜。

 

には(・・)ってことは他はその限りではないって事だぞ」

 

 俺の言葉で由比ヶ浜はキョトンと疑問符を浮かべた。

 

「ヒッキー、どういうこと?」

 

「何がポイントとリンクしているのか、俺等はまだ知らないだろ?」

「そうね。成績に反映されないからといって、比企谷君の言っていた評価に影響しないとは限らないわ」

 

 俺の発言に雪ノ下が賛同する。

 

「つまり点数が低いとマズいってこと!?」

「当然、査定対象だろうな」

「そんな~······」

 

 驚愕する由比ヶ浜に俺が答えると彼女は肩を落とした。

 

「むしろあの程度のレベルなら出来て当然、減点法式もあり得るわ。難しい問題が3問だけ混ざっていたから、それだけは加点対象かもしれないけど」

 

 雪ノ下が更に追い討ちを掛けると由比ヶ浜は涙目になる。

 てかやっぱり理系問題にも高難易度問題あったのね。

 

「ちなみに雪ノ下はその3問できたのか?」

「当然よ······と言いたい所だけど一問だけさっぱり分からなかったわ。あとの二つも確実に取れてるとは言えないわ」

 

 流石のユキペディアさんでもあの問題は難しかったようだ。ちなみに俺は得意な国語ですら解けていない。

 

「雪ノ下でも解けないとなると、ますます只の小テストじゃなさそうだな」

「そういうあなたはどうだったの?」

「文系科目は問題なしだ」

「つまり理数系は壊滅的ってことね」

「おい、そうは言ってないだろ」

「あら、違うのかしら?」

「······違わないけど」

 

 雪ノ下はそろそろ言葉の暴力は物理的な暴力にも劣らないということを知った方が良いのではないだろうか。

 

「あ~あ、結局5月は何ポイント貰えるんだろう」

 

 由比ヶ浜が両手で頬杖をついて憂い事を口にした。

 最初に10万ポイントが与えられて以降初めてのポイント付与日があと10日足らすに迫っている。

 

「いよいよ答え合わせの時がくるわね」

 

 雪ノ下の言う答え合わせとは勿論、俺の立てた仮説だろう。

 

「どのタイミングでネタばらしするのやら」

「案外、次のポイントが付与された日かもしれないわよ」

「だとしたらこの学校を仕切ってるやつは相当性格が悪いな」

「こんなことしている時点で十分正確悪いわ」

「違いない」

 

 果たしてこれから三年間、俺はこの学校でやっていけるのだろうか······。

 

「そうそう、由比ヶ浜。月末になったらポイントは必要最低限残して雪ノ下に預けとけ」

「え?うん。でもどうして?」

「お前のクラスメイトの授業態度は酷いんだろ?どんだけ減点されてるか分かったもんじゃない。みんな次に支給される10分万ポイントを宛にして湯水の如くポイントを使ってるそうじゃないか。オトモダチに“ポイント貸して”って言われてお前は断れないだろ?」

 

 その点、雪ノ下なら安心だろう。こいつにそんな頼みをしようものなら正論という刃で切り刻まれるのがオチだ。

 

 あなたの資産を守ります!ゆきのんバンクです。




 ちなみにおいらの推しキャラは下北沢の大天使です。


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Answer

 入学から一ヶ月。今日は最初の10万ポイントを除いた初めてのポイント支給日だ。

 

 俺は起床してすぐ携帯で現在所有するポイントをチェックした。確かに昨日よりは増えているが、10万ポイントが付与されたにしては数字が低すぎる。

 ポイントの変動履歴を確認すると、振り込まれた額は65,000。

 

 ······思ってたより減点されてるな。

 

 授業以外も自室の外では素行から気を付けていたんだが······思っていたよりも小テストのウェイトが大きかったか?

 

 予想以上に少ないポイントについて思考を巡らせながら朝食の用意をしていると奉仕部のグループチャットにメッセージが入った。

 

由比ヶ浜結衣『ポイントが振り込まれてないんだけど2人は?』

 

 まさか由比ヶ浜は0ポイント?······いや、いくら由比ヶ浜の学力がお粗末だからって0なんて事は······。

 

雪ノ下雪乃『私には94000ポイント振り込まれていたわ』

 

比企谷八幡『俺は65000だ』

 

由比ヶ浜結衣『そうなんだ。クラスチャットを見てもみんな振り込まれれてないみたい······』

 

 Dクラスだけシステムトラブルでポイントの支給が遅れてる?······いや待てよっ。

 

 俺はとある可能性を確かめる為にクラスチャットを開く。クラスチャットの通知をoffにしている為、気付かぬうちに多くの未読メッセージが溜まっていた。

 

柴田颯『なあ、俺65000ポイントしか入ってないんだけど』

 

網倉麻子『あ!それ私も!!もしかしてみんなも?』

 

小橋夢『私も65000。学校のミスかな?』

 

 当たって欲しくない予想が当たってしまい、俺は頭を抱える。

 全てのメッセージに目を通すことなくクラスチャットを閉じて奉仕部のチャットを開いた。

 

比企谷八幡『俺のクラスも全員65000ポイントしか支給されていない······。多分、雪ノ下のクラスは全員94000ポイントなんじゃないか?』

 

雪ノ下雪乃『なるほどね。学校は個人でなくクラス単位で評価を出しているのね』

 

由比ヶ浜結衣『えっ、じゃあDクラスは0ポイントって事!?』

 

雪ノ下雪乃『十分にあり得る話ね』

 

比企谷八幡『ホームルームで先生から説明があるんじゃないか?』

 

雪ノ下雪乃『そうね。考えるのはそれからにしましょう』

 

由比ヶ浜結衣『う、うん······』

 

 グループチャットが一区切りついたので俺は朝食を食べて学校へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 二人とチャットをしていた分、いつもより遅い時間の登校となった。

 教室の扉を開けると中がいつもより騒がしい。きっとみんなポイントについて話をしているのだろう。ただ、まだ多くの者からは危機感が感じられない。

 

 俺は席に座ると寝た振りを始めた。今から騒いだところで先生の話を聞かないと意味がない。まあ、そもそもクラスに話す相手なんていないんだけどね。

 

 周囲の喧騒をBGMにし過ごしていると、やがてチャイムが鳴って先生が入ってきた。

 教壇の横にいつもは見られない大荷物を置く。

 

「ホームルームを始めるけど、私が話す前にみんなから質問があるんじゃないかな?」

 

 礼が終わると先生はまずそう切り出す。

 学校側から弁明や説明すらなく質問から入るという先生の態度から、65,000ポイントの支給がミスでも何でもなく正規のものである事が窺えた。

 

「先生よろしいでしょうか?」

「はい一之瀬さん、何かな?」

「ポイントが65,000しか振り込まれていないのですが、これは学校のミスでしょうか?」

 

 この1ヶ月でクラスの中心人物となった一之瀬が代表して今日支給されたポイントについて質問をする。

 

「いいえ、振り込まれたポイントに間違いは無いわ。言ったでしょ?100,000ポイントは入学時点での君達の評価って。この1ヶ月で君達は評価を65,000ポイントまで落としたってこと」

 

 先生の言葉に抜き打ちテストの時以上の動揺がクラスに蔓延した。

 

「······理由をお聞かせ願えますか?」

 

 一之瀬は尚も食い下がるが、それもポイントのためではなく、これ以上クラスメイトの不安を抑えるための様に思えた。流石はクラスの中心人物なだけある。

 

「心当たりある子いるんじゃないかな?授業中の私語や居眠り、携帯をいじったり。この前の小テストの結果ももちろん反映されてるよ。あ、約束通り個人の成績には反映されないから安心してね」

 

 そういうと先生はホワイトボードに何やら書き始めた。

 

・Aクラス 940cp

・Bクラス 650cp

・Cクラス 490cp

・Dクラス 0cp

 

「この学校はクラスの成績がポイントに反映せれるの。これが四クラスのポイントね」

 

 順位はアルファベットの早いクラスから並び、かつポイントの差が顕著に出ている。これは偶然に起きた事なんだろうか······。

 

「僕からもよろしいでしょうか?」

「何かな?神崎君」

「この順位の並びやポイント差がハッキリと表れたことに理由はあるのでしょうか?」

 

 同じ疑問を抱いた、切れ長の目をした物腰のお堅そうな男子が先生に質問をした。

 

 Aクラスが真面目に授業を受けていてDクラスがそうでなかった。そんな単純な話では無いだろうし、そんな答えは求めていないことくらい先生も分かっているはずだ。

 

「この学校は優秀な生徒からクラスを割り振ってるの。優等生はAクラスへ、そうでない生徒はDクラスへ」

 

 4クラス中、二番目。つまり少なくともBクラスの生徒は真ん中よりも上な訳か。

 

 ······何故か先生がこっちを見て笑っていた。嫌な予感しかしない。

 

「だからこそちょっとだけガッカリかな。Aクラスとまではいかなくても優秀な子がそろってるはずなのに、この学校について質問しに来たのが比企谷君一人だけなんだから」

 

 ちょっと何言ってくれてんのこの人!?

 これではクラスメイトからすれば、俺は自分一人だけ難を逃れようとしたクズ野郎じゃないか。

 

「比企谷?」

「誰だっけ?」

 

 しかし俺の特技の一つ、ステルスヒッキーのおかげで俺の存在はクラスメイトから認知されていない様子。ただ一人だけこちらに視線を向ける一ノ瀬帆波を除いて。

 

cp(クラスポイント)は毎月振り込まれるポイント、pp(プライベートポイント)とリンクしている他、cpの順位がそのままクラスのランクになるわ。みんながAクラスに上がる為にはこの290cpの差を埋める事が必要よ」

 

 つまりAクラスの座をかけて3年間切磋琢磨しろという事だろう。

 だが、馬を走らせる為に人参をぶら下げる様に、人を動かすのにも餌が必要だ。

 

 そんな俺の予感通り先生は今日一番の爆弾を投下した。

 

「この学校では多くの生徒がAクラスを目標に死に物狂いで競い会うの。何故なら学校に希望の進路を叶えてもらえるのはAクラスで卒業する生徒だけだから」



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王の襲来

今回はかなり難産でした••••••。とりあえず出来てる分だけ更新します。


 昼休みに入ってから30分程が経った頃、Bクラスの生徒全員が教室に集まっていた。

 午後の授業まではまだだいぶ時間があるが、教壇に立つ一之瀬以外は全員席に座っている。

 

「それじゃあ、進行は私が務めさせてもらうね」

 

 一之瀬は教室を見渡してクラスメイトが揃っているのを確認すると、今回集まった目的を果たすため口を開いた。

 

「まずこれから学校生活を送る上で決めておくべき事や話し合っておきたい事、何でも良いからみんなの意見を自由に聞かせて欲しいの」

 

 いつもなら昼休みは、学校の敷地内を探索していた時に見つけたマイベストプレイスで昼食を取った後、本を読むか教室で寝た振りをしているかのどちらかになるのだが、今日に限ってはそのどちらでもなく、クラス全員で一ノ瀬の言葉に耳を傾けていた。

 

 さて、なぜBクラスがわざわざ昼休みに社畜根性全開でこの様な場を設けたのか。俺は朝の出来事について記憶を遡る。

 

 

 

 

 

 

 ホームルームが終わり、先生が教室を後にしてから数分がしたが、誰一人として席を立つことなく放心状態が続いていた。

 当然だと思う。希望した進路を100%叶えてもらえる触れ込みを当てにしてこの学校に来た者は少なくないはずだ。

 

 それに先生の話しには続きがあった。

 試験で一つでも赤点のあった者は退学。とどめに先生が言い放ったのがこれだ。

 すぐ隣で息を潜める退学の存在に怯える者も少なくないだろう。

 

「みんな聞いて!」

 

 一之瀬の声と椅子を引く音が静寂たる教室に響いた。

 

「先生の話ショックだったと思う。実際、私もそうだし······。でも私はこの一ヶ月みんなと過ごして、このメンバーならAクラスを目指せると思うし、何よりここにいる全員でAクラスで卒業したい。みんなはどうかな?」

 

 一之瀬はクラスメイトを鼓舞する様に呼び掛ける。

 

「俺は一之瀬ほどクラスメイトに関わっていないが、Aクラスを目指すのは同意だな」

 

 さっきのイケメンも一之瀬に賛同した。これを皮切りにそうだそうだと言わんばかりに次々と賛同者の声が上がる。

 

 

「もしみんなさえ良ければお昼休みにこれからについて話し合いたいんだけど、どうかな?勿論、都合の悪い人は大丈夫だよ」

 

 一ノ瀬はそう言うが、それにイケメンが待ったを掛けた。

 

「こういうのは早いに越したことはないだろうが、できれば全員が参加できた方がいい。後で聞いてないと言われても困るからな」

 

 イケメンの反論もごもっとも。後になって文句を言うやつというのは一定数存在するのだ。

 

「うーん······ちなみに昼休み外せない用事のある人らいるかな?」

 

 一之瀬が全員に問うが、不参加を表明するものは一人もいなかった。

 

「それじゃあ全員参加ってことで良いかな?」

 

「意義なーし」

「こういう大事なことには参加しないとね」

 

 女子数人からから一之瀬を支持する声が上がる。彼女らは恐らく一之瀬に近しい者達なのだろう。

 

 ひっそりと周囲を観察するとあまり乗り気で無さそうな者もいたが、もうそんな事を言い出す雰囲気では無かった。

 

 

 

 

 

 

 休み時間に会議するとかまるでブラック企業ではないか。これを生徒自ら率先して行っているのだから、この学校は優秀な社畜養成所なのではないだろうか?

 

 一応は自由参加なのだからバックレれば良いじゃないかと思うものもいるかもしれないが、そんなことで悪目立ちをしてしまう。同調圧力がそんな事を許しはしないのだ。ここは参加だけしつつ、存在感を消してただこの場に座りやり過ごす。これが最適解だ。

 

 ちなみに現在議題に上がっているのは委員長を始めとした役職を決めようというものだ。委員長は既に一之瀬に決まっており、今は副委員長と書記の選定に入っている。

 

 この話し合いもいよいよ終わりが見えてきた頃、前触れも無く前の扉が勢いよく開かれ、扉を打ち付ける鋭い音が(つんざ)く。

 扉の向からまず姿を現したのは紫掛かったロン毛で中肉中背の男。彼の後に続いて四人の男子と女子一人も教室に入ってきた。

 

 先頭の男は教室を見渡した後、黒板に書かれているものを見付けると嘲笑い口を開く。

 

「おいおい、今になってこんな事決めてたのかよ?Bクラスは随分と悠長なもんだな」

 

 今更、ねぇ。

 

 多分だが、こいつらはこの学校の仕組みについて今日を迎える前から気付いていたのだろう。そして粗方の下準備を済ませていたこいつらは答え合わせが行われた今日、動き出した。

 

「で、お前が委員長の一之瀬か」

 

 ロン毛は教卓に立っている一之瀬の姿をその切れ長の眼で捉えて凄む。

 

「そうだけど、そういう君は誰かな?」

 

 一之瀬の方もそんなロン毛に動じること無く返した。

 

「ククク。度胸はいっちょ前にあるようだな。俺は龍園••••••Cクラスの王だ」

 

 リーダー、代表、うちみたいに委員長と言わず、こいつは自らを王と称した。ただの中二病という線も捨てきれないが、この龍園という男がクラスを完全に掌握しているというのであれば、その意味合いは変わってくる。

 

「ふーん。それで、Cクラスの王様が何の用?」

「なに、ちょっくら顔合わせに来ただけだ。そう邪険にするなよ」

 

 龍園は一之瀬との距離を詰めた。

 

「うちにとって目下の標的はお前らBクラスだ。まずはお前らを潰す。せいぜい覚悟するんだな」

「物騒な言い方するなぁ」

「惚けているのか、本当に気付いていないのか••••••。だとしてらガッカリだなぁ一之瀬よぉっ」

 

 ゆっくりと一之瀬のパーソナルスペースへの侵入を果たした龍園はすぐ横の教卓に拳を叩き付ける。

 

 一ノ瀬は外見上平静を保っているが、他の者はそうもいかなかった。

 

「おいっ!お前いい加減にしろよっ」

 

 一人の男子生徒が我慢ならず立ち上がり龍園に詰め寄ろうとするが、龍園に着いてきた取り巻きの中から男二人が間に割って入り、男子生徒の前に立ちはだかった。片方はサングラスをかけた巨漢の黒人。威圧感が半端ない。

 

 一触即発の空気が流れるが、一ノ瀬は立ちたがった彼を制した。

 

「柴田君、大丈夫だよ」

「でもよっ」

「ありがとう。本当に大丈夫だから」

 

 そう言われては柴田と呼ばれた男子生徒も引き下がるしかない。渋々といった様子で席に戻った。

 

 そんな柴田を見て龍園は鼻で笑う。

 

「まるで忠犬だな。女に飼われて不様なもんだな、おい」

 

 柴田の握った拳が怒り震えていた。

 

「弱いいぬほどよく吠えるっていうじゃねぇか?ほら、もっと吠えてみろよ」

 

 もしもあいつの気が短かったら、これ以上煽られ続けると危険かもしれない••••••。

 

「ぷっ••••••」

 

 俺は吹き出した後、ありったけの悪意を込めて笑い声をあげる。

 

「自分だって忠犬を引き連れてやって来た群れのボスの癖によくそんな事言えるな」

 

 龍園とか言う男の敵意が俺に向けられた。同時にクラス全員の視線を集めることになったが気にしないことにしよう。

 

「••••••何だお前は?」

 

 よし釣れた。ここからはこっちのターンだ。

 

「弱いいぬほどよく吠えるねぇ。お前らがここに来てからのこと思い返してみろよ。一番吠えてたのお前じゃねぇか」

 

 龍園の眉間に力が入る。同時に俺への敵意が増したのを感じるが、俺は気にせず席を立つと教卓へと歩を進めた。

 先程と同じ様に男二人が間に入るので標的を龍園からこいつらに変える。

 

「お前らも惨めだよなぁ」

「あぁ?」

 

 黒人でない方の男が俺の言葉に反応した。

 

「お前らCクラスはDクラスをギリギリ逃れたに過ぎない謂わば落ちこぼれ予備群だ。そんな中でもお前は飼い犬になり下がってんだ。これが惨め以外に何だってんだよ?」

 

「んだとてめぇっ」

 

 俺は胸倉を掴み上げられる。

 

「よせ、石ざ「底辺ってのは何で手が出るの早いかね?••••••ああ、返す言葉を考えるおつむや人間としての理性も持ち合わせていない犬畜生だからか。にしても、ここまでテンプレ通りだと笑えるわ」

 

 奥で王様が男を止めようとするが、こいつにターゲットを絞った俺はその言葉に被せて更に男を煽った。

 

「上等だコラッ!!」

 

 男が拳を振り上げるが、それが俺に向かってくることは無かった。

 

「んだよっアルベルトッ」

 

 巨漢の黒人が男の腕を掴んだからだ。

 

「••••••おい石崎。俺はよせっつったんだ」

 

 底冷えするような龍園の声に男は動揺を見せ、俺を掴んでいた手を放した。

 

「おい、馬鹿な犬を飼うと苦労するのは分かるが、躾けくらいちゃんとしとけよ」

 

 俺は龍園に侮蔑の視線を向けて言う。

 

「比企谷君っ、もうやめて!」

 

 教卓から俺を止める声が聞こえた。そちらを見ると一之瀬が眉を吊り上げ、見るからに怒っているのが分かる。

 

「はいはい、分かったよ」

 

 俺は両手を気だるげに上げ、彼女の指示に従う意思を見せた。

 

「おい、目的は果たした。戻るぞ」

「••••••分かりました」

 

 龍園が一言告げるて教室から出ていくと、男は一度俺にガンを飛ばしてから龍園の後に続いた。



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王の襲来2

続きです。


 Cクラスの輩が出ていったことにより一瞬だけ静まり返った教室もすぐにざわつき始める。こちらをこそこそ窺う者もあちらこちらにいた為、俺は居心地の悪さを覚えた。

 

「比企ヶ谷君、もうあんな事はやめて欲しいな」

 

 乱れた制服を整えて席に戻ろうとする俺を一之瀬は改めて窘める。

 

「比企ヶ谷君が柴田君を庇ってくれたのは分かるよ。でもあれは言いすぎじゃないかな?」

「••••••別にそんなんじゃねぇよ。妙な勘違いすんな」

 

 俺は改めて席に戻るために一之瀬から視線を外した。

 

「あのまま殴られてたかも••••••ううん、怪我するくらい痛め付けられたかもしれないんだよ?」

「それは無いだろうな。あの状況で暴力を起こせば実行犯は誰であれ主犯は奴らを引き連れてきた王様だ。それに、ここは監視カメラの死角が無い教室だ。証拠としては十分すぎる」

 

 俺が監視カメラの存在を指摘すると、今まで気付いていなかった者達が驚きの声を上げる。

 

「そんなの希望的観測が過ぎるんじゃないかな?」

「それならそれで奴らは最悪退学、少くとも停学は免れないだろうよ。イエローカードを食らえば今ほど大胆な手段はとれなくなる」

 

 まあ、それもやり方次第ではあるが。

 

「それは浅はかだよ。手段が陰湿になるだけ」

 

 一之瀬もそこには気付いている様子。だけど俺にはそんなの屁でもないのだ。

 

「こちとら陰湿な嫌がらせには慣れてんだよ。それにクラスを巻き込む心配も無いだろうよ。一之瀬が俺を止めてくれたお陰で俺の行動はクラスの総意で無いことが証明された。お前が善人で助かったよ。••••••だからもう良いだろ?いい加減うぜぇよ」

 

 最後に俺がクラスで孤立することで今回のプランは完成される。とっさの思い付きにしてはなかなか上等ではないか。 

 

「っ!そういう問題じゃないよ!!」

 

 俺は声を上げた一之瀬に圧倒される。

 

 クラスメイト全員に分け隔てなく物腰穏やかに接していた一之瀬。挨拶程度なら俺だって何度もされたことがある。先程の王様にさえ冷静に対処していた一之瀬が声を荒げるなんて思ってもみなかったのだ。

 

 一之瀬もそんな自分にらしくないと感じたのか、大きく一呼吸おいてから再び話し始める。

 

「今回の件で比企谷君がどんな人が分かった気がする。あえて言う必要も無いと思ってたけど、比企谷君の為に改めて言うね」

 

 口調には落ち着きが戻ったが、まだ声には若干険しさが残る。

 

「さっきも言ったけど、私はみんなとAクラスを目指したい。それは誰かを犠牲にして成し遂げるものじゃなくて、全員で笑って卒業するの。それは比企谷君だってそう」

 

 一之瀬はどうしようもない善人で優しい女の子だ。昔の俺ならいとも簡単に惚れていただろう。もう少し後の俺ならば、その優しさを素直に受け入れることが出来なかったに違いない。

 そして、今の俺はあえて突き放すのだ。

 

 俺は嘲笑を浮かべる。

 

「一之瀬ならそれが出来るってか?お前だって気付いてんだろ?学校がある程度の盤外戦術を容認してることに」

「未だに誰も先生達が来ないのを見ると、ね」

 

 減点に値する行為が行われていないか常にカメラを通して見張っているにも関わらず、先程の騒ぎに学校関係者が一切駆け付けて来ない。

 

 王様の言っていた目的とやらは大方、学校が引いているボーダーラインを探る事。Bクラスの誰かがまんまと挑発に乗れば儲けもん程度だったのだろう。

 

「とてもじゃないがお前にあの王様の相手が務まるとは思えねぇよ」

「そうだね。一筋縄にはいかないと思う。だからさ••••••比企谷君も手伝ってよ」

 

 一之瀬は俺に向かって右手を差し出した。

 

「あのよぉ、いい加減「もう良いんじゃない?一人で抱え込もうとしないでさ」

 

 当然、俺は拒絶反応するんだが、その言葉を最後まで紡ぐことを一之瀬の言葉にによって阻止される。

 

「だから妙な勘違いす「悪いけどもう確信してるんだ。柴田君や私の代わりに矢面に立って、今だってみんなを巻き込まないように一人孤立しようとしてる」

 

 ••••••せめて最後まで言わせろよ。

 

「いや、だか「いい加減諦めなって、比企谷。帆波ちゃんって結構頑固だよ」

 

 一之瀬とは別の女子までも俺の言葉に被せてきた。

 

 その言葉の直後に予鈴が昼休みの終わりを告げる。俺はこれ幸いと逃げるように自分の席へ戻った。



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ヒッキー引きこもる

本文では全く表現されていませんが、メッセージアプリで由比ヶ浜が送るメッセージには絵文字満載だと思ってください。


 昼休み以降はつつがなく時が流れ、放課後を迎えた俺は足早に寮の自室へと戻った。

 

 特にする事も無いのでベットに身を投げ出して奉仕部のグループチャットを開く。

 

 

比企谷 八幡『しばらく部活休むわ』

 

由比ヶ浜 結衣『急にどうしたの!?』

 

 

 メッセージを送ると由比ヶ浜がすぐに返事を返してきた。

 既読が1であることから雪ノ下はまだこのチャットを見ていないのだろうが、俺は次のメッセージを打ち始める。

 

 

比企谷 八幡『話は長くなるんだが、今日の昼休みにCクラスがBクラスに乗り込んできてな』

 

 

 俺は昼休みの出来事を二人に説明する。勿論、俺がCクラスの奴を挑発した流れは省いた。

 

 

比企谷 八幡『巻き込まれないように暫くは放課後すぐに帰ろうと思ってる』

 

由比ヶ浜 結衣『••••••ヒッキーまた変なこと考えてないよね?』

 

 

 俺って信用無いね。まあ、中学時代に一悶着あったので文句は言えないのだが。

 

 

比企谷 八幡『ないない。そもそもAクラスを目指す気なんか無いのに何を考えるってんだよ?』

 

 

 嘘を言っていない。隠すべき所を隠して話しただけだし、すでにやらかした後なので、今更何も考える事なんてほとぼりが冷めるタイミングくらいなもんだ。

 

 

比企谷 八幡『部室で二人揃ったら教えてくれ。情報共有だけは通話でする』

 

 

 このメッセージを送ってから俺は携帯端末を布団の上に置いた。

 

 

 

 

 

 

 ~~Episode 八幡 out.~~

 

 特別棟にある奉仕部の部室。

 由比ヶ浜が話題を提供して雪ノ下が応えるという、一人の少年が居ない事を除けば馴染みの光景が広がっていた。

 

 比企谷との通話を終えた二人は今日も依頼が無いので、雪ノ下が入れた紅茶でティータイムとなっている。

 

「それにしてもヒッキー大丈夫かな?」

「またろくでもないことに事に首を突っ込んだか、それとも巻き込まれたのか。まあ、彼を問い詰めたところで白状しないいでしょうけど」

「••••••ゆきのん何か知ってるの?」

「いいえ。でも、存在感を消すことに右に出るものが居ない彼がどうして逃げ隠れするのかしら?」

 

 そう言われると確かに妙だと由比ヶ浜も思う。

 同時に思い起こされるのは中学二年生の文化祭や修学旅行における彼の行為。同年の生徒会選挙以降は、彼の自らをを蔑ろにする行為に陰りを見せているものの、人の本質とは中々に変わりがたいものである。

 

「彼がろくでもないことをして、Cクラスに目を付けられてる事も考えられるわ」

「そんな!じゃあ何が起こってるか突き止めないとっ」

 

 雪ノ下の言葉に由比ヶ浜は身を乗り出して雪ノ下に訴えた。

 

「そうね••••••まずは比企谷君以外からお昼の事を聞きたいわ。由比ヶ浜さんはBクラスに知り合いは居るかしら?」

 

 奉仕部以外では必要最低限のコミュニケーションしかとらない雪ノ下は由比ヶ浜の交遊関係に期待を寄せるが、由比ヶ浜は首を横に振る。

 

「私もまだ他のクラスの子まで仲良くなってないよ••••••」

「なら直接Bクラスに出向くしかないわね。クラス対抗の形式が示された上に、あんな事があった後で歓迎されるかは分からないけれど」

 

 方針が固まりだしたその時、入り口の扉が滑車を鳴らして来訪者の存在を知らせた。

 

「二人ともやっはろー♪」

 

 奉仕部顧問の星之宮教諭が男女二人の生徒を引き連れて現れた。

 

「先生、ですから部屋へ入る時にはノックをと何度も••••••いえ、その話は後程。そちらの二人は?」

 

 雪ノ下から出かけた抗議に星之宮教諭は気きも留めず、後ろに控えていた二人を紹介する。

 

「彼等は1年Bクラスの一之瀬さんと神崎君。貴方たち奉仕部のお客さんよ」

 

 星之宮教諭から紹介を受けた一之瀬と神崎は彼女の前へと出た。

 

「こんにちは。Bクラスの一之瀬です」

「同じく神崎だ」

 

 “Bクラス”と聞いて、良すぎるタイミングに内心驚く雪ノ下と由比ヶ浜。

 

「1Aの雪ノ下よ」

「えっと、Dクラスの由比ヶ浜です」

 

 一之瀬と神崎に答える形で奉仕部サイドも自己紹介をした。

 

 雪ノ下は長机に一之瀬と神崎を案内して紅茶の用意をする。二人の前に紅茶を出すと、二人の正面に座る由比ヶ浜の隣に腰を掛けた。

 

「今日は比企谷君いないんだね」

 

 比企谷本人から奉仕部を立ち上げると聞いていた一之瀬は、この場に彼が居ないことを疑問に思った。その疑問に雪ノ下が答える。

 

「比企谷君はしばらく放課後はすぐ部屋に戻るそうよ。彼は何をしでかしてCクラスに目を付けられたのかしら?」

「にゃはは••••••そこまで分かってるんだ」

 

 一之瀬は苦笑いを浮かべると事のあらましを語りだした。その内容は比企谷がCクラスに食って掛かるまでは彼の語った内容と同じ。しかし、彼が語らなかった部分は雪ノ下と由比ヶ浜にとってとても重要であった。

 

「やっぱりろくでもないことをしていたのね••••••」

 

 比企谷への皮肉を込めて雪ノ下が言った。

 

「••••••ろくでもなくなんか無いよ」

 

 そんな雪ノ下の言葉を一之瀬は否定する。

 

「確かにやり方は誉められたものじゃないけど、比企谷君はクラスメイトを庇ってくれたんだよ」

「彼の場合、そのやり方がどうしようもないのよ」

 

 雪ノ下と一之瀬による言葉の応酬を聞き、オロオロしながら視線を行き交わせる由比ヶ浜。捻くれ者の比企谷の行為を認めてくれた一之瀬に嬉しさを覚えるが、雪ノ下が本心から言葉のまんま比企谷を貶してはいない事くらい彼女は理解していた。

 

「えっと••••••二人ともその辺にしてさ。一之瀬さん達は相談があるんだよね?」

 

 由比ヶ浜が二人の間に入り、話を本題に移す。

 

「そうだね••••••実はその相談が比企谷君の事なの」



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捻デレ

今回は本当に難産でした••••••。
言葉に出来ないものを言葉にする渡航氏に脱帽。


 昨日の騒動を経てしばらく寮の部屋に立て籠る事を決めたわけだが、俺は昨日と同じ時間に目覚め、学校へ行く仕度をしていた。

 

 遅刻・欠席がクラスポイントの減点対象となる以上、24時間引きこもる訳にもいかない。規則通りの時間に登校して授業を受ける事は必須なのだ。

 

 Cクラスに目を付けられているであろう俺は出来る限り人目に付くよう、登下校は人が多い時間を狙うなど、Cクラスがちょっかいをかけにくい状況を作る必要があった。

 

 ま、それでも万全を期すことは不可能なんだが。

 そもそも、まだ俺が狙い撃ちにされると決まったわけではない。希望的観測を持つ気はないが、今から気にし過ぎる事も無いだろう。

 

 さて、普段の俺は逆に人気の少ない早めの時間に登校するので、ピークタイムまでまだ時間がある。俺は時間を潰すためにカバンから本を取り出した。

 

 背表紙には数字とカタカナが印字されたラベルが貼られている。この本は図書館で借りたものだ。

 ポイントを節約する必要があるこの学校において、三年間読む全ての本を購入するのは得策ではない。幸いにもこの学校の図書館は大規模で蔵書も多かった。

 もっとラノベが多ければ言うことないのだが、三年間は本に困ることは無さそうなのだから、贅沢は言えない。

 

 

 

 “ピンポーン”

 

 

 本を開こうとしたタイミングでドアのチャイムが鳴る。

 

 俺は本をテーブルに置いて玄関へ行くと、ドアスコープの向こうには雪ノ下と由比ヶ浜が立っていた。由比ヶ浜が携帯端末に目を落としながら雪ノ下に声を掛けると、雪ノ下も携帯端末を操作しだす。

 

 次の瞬間、俺の携帯端末が震えだした。画面には“雪ノ下 雪乃”の文字。

 

 俺は音を立てないように部屋の奥へ戻ってから応答する。

 

 

「もしもし」

『もしもし。今あなたの部屋の前にいるのだけど、開けてくれるかしら?』

 

 メリーさんかよ••••••。

 端末から聞こえてくる向こう側の音には雑音が混じっていることから、恐らくスピーカーフォン機能を使って由比ヶ浜も会話に参加するようだ。

 

「悪いがもう学校に向かってる所なんだ」

『それはおかしいわね。貴方の位置情報が私の目の前を示していたのだけど』

「は?位置情報?」

『私達以外と関わりのない貴方は知らないのかも知れないけど、この携帯端末は友達登録した相手の位置情報を知ることが出来るの』

 

 おいおい何だよそれ!?学校は生徒のプライバシーを何だと思ってるんだよ!?

 それとも何か?この機能が必要になる時が来るってのか?それはそれで嫌な予感しかしないんだが••••••。

 

「••••••今BクラスはCクラスと揉めてんだ。お前らしばらくは巻き込まれないように不要な接触は控えた方が良い」

『Bクラスは、ね。その中でも貴方は特に目を付けられているようだけど。ずいぶんと勇ましかったそうね』

 

 雪ノ下から発せられる声音の温度が下がった。

 

「••••••おい、何でお前が知ってるんだよ」

『昨日、一之瀬さんと神崎君が相談にきて、昨日の一部始終を話してくれたわ』

 

 ••••••まったく。うちの委員長は余計なことをしてくれる。

 

『そもそも、貴方と私達との繋がりなんて調べようと思えば簡単なのよ。それこそポイントを使えば尚の事ね。私達を巻き込まないようにと言うなら端から貴方は喧嘩を買うべきではなかったのよ』

 

 ぐうのねもでない正論を雪ノ下に突き付けられた俺は黙ることしか出来なかった。

 

 

 ••••••そんな事は分かってるんだ。

 だが、咄嗟の判断と言うのはどうしても人の本質が表れるのだ。そして、人の本質はそう簡単には変わらない。

 俺の本質って奴はどうしようもなく間違っているのだ。

 

『ねえ、ヒッキー••••••』

 

 ここにきて今日初めて由比ヶ浜の声を聞いた。

 

『ヒッキーは凄いからさ。きっと今回の事も一人で解決しちゃうと思う。でも、それでも私はヒッキーを手伝いたいな』

「••••••これは俺が撒いた種だ。だから俺が方を付けるべき問題だ」

 

 自分でこなせるタスクを人に頼るのは甘えだ。ましてやCクラスとのいざこざに二人を巻き込むなど、あまりに利己的ではないか。

 

『うん。ヒッキーはそう言うと思った。でも、私もゆきのんもヒッキーと一緒にいたいの。今もこれからだって、こんな時にヒッキーを一人にしたら“本物”に届かないと思うから』

 

 由比ヶ浜の言葉を聞いた俺は一瞬呆気にとられた。

 

 ーー『俺は、本物が欲しいっ••••••』

 かつて俺が二人の前でさらけ出した願望が紡いだ言葉。

 わかりたい、知っていたい、知って安心したい、安らぎを得ていたい••••••わからないことはひどく怖いことだから。そんな独善的で独裁的で傲慢な、本当に浅ましくておぞましい願望。

 けれど、もしもその醜い自己満足を押しつけ合うことができて、その傲慢さを許容できる関係性が存在するのなら••••••。

 

 俺は頭をくしゃくしゃとかくと、テーブルに置かれた本を鞄に突っ込んで玄関へと向かう。

 

 玄関の扉を開くと目の前には当然、雪ノ下と由比ヶ浜がいた。二人は何の前触れもなく出てきた俺に対し目を丸くしている。

 

「••••••今の時間は登校する生徒が一番多いからな。毎日この時間に部屋を出ればCクラスの奴らだって手を出しにくいだろうよ」

 

 二人にそう言ってエレベーターへと歩き出す。そんな俺を追いかけてきた由比ヶ浜は隣に並んで顔を覗き込んできた。

 

「まったくヒッキーは素直じゃないんだから」

 

 この由比ヶ浜の笑顔を意地悪に感じてしまうのは、きっと俺の気のせいなのだろう。

 

 気付くと雪ノ下も俺の横を歩いていた。




 彼女が一人で立てることも、彼女がそういうだろうことも知っている。だが、それでも俺は手を差し出すのだ。たぶん、これからも。
(やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。より)




本作の八幡チョロいなぁ••••••。


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ボッチはグループチャットなど見ないのだ

 雪ノ下と由比ヶ浜と共にエレベーターを降りてエントランスに入ると、早い時間には見ることの無い人混みが広がっていた。

 

 俺はそれを少し鬱陶しく思いながらエントランスを抜けようとすると、人混みの中に見知った顔を見付ける。

 特に声をかける事なく学校へ向かおうとしたのだが••••••。

 

「やっはろー!帆波ちゃん」

「あ、おはよう!結衣ちゃん」

 

 由比ヶ浜がその見知った顔の持ち主、一之瀬に声を掛けた。

 一之瀬の依頼を奉仕部が受けたという事を考えれば、二人が知り合いであるのは不思議ではない。••••••ないのだが、二人とも仲良くなるの早くないですかね?

 

 そえいえば••••••。

 

「なあ、雪ノ下。一之瀬はどんな依頼をしたんだ?」

 

 依頼のタイミング、それと二人が部屋の前で話したことを考えるに、一之瀬の依頼が俺に関わることであることはまず間違いないだろう。

 

「それは私が今答えるべきものではないわ」

「は?何でだよ」

「奉仕部のあり方に関わってくるからよ。貴方が依頼の為に表面上取り繕っても意味がないもの」

 

 ••••••つまりは、俺が何か変わることを一之瀬は求めたという事なのだろうか。

 昨日の挑発行為やクラス参加に消極的な事など、思い当たる節が無いことも無い。むしろ思い当たるだらけなまである。

 

「比企谷君と雪ノ下さんもおはよう」

 

 由比ヶ浜と挨拶を交わしていた一之瀬が俺達にも声を掛けてきた。

 

「おはよう、一之瀬さん」

「••••••うっす」

 

 俺は昨日の事件もあり、一之瀬相手に気まずさを覚え、ぶっきらぼうに返事をする。一方の一之瀬はそんなもの意に介す様子なく溌剌(はつらつ)としていた。

 

「それじゃあ比企谷君も来たことだし、みんな行こうか!」

「••••••は?」

 

 一之瀬の発言を一端はスルーしかけたが、それが聞き捨てならない事に気付く。俺のリアクションを受けて一之瀬は頭の上に疑問符を浮かべた。

 

「あれ?比企谷君クラスのグループチャット見てない?」

 

 一之瀬によると、一人でいる所をCクラスにちょっかい出されない様にしばらくは単独行動は控えよう。その一環で通学はおよそ八人一組で班分けしたメンバーでするとの事。

 これは昨日の放課後、俺が速攻で帰宅した後に話し合われ、部活などで参加できなかった人の為にグループチャットで共有されているらしい。

 

「集団登校かよ••••••」

 

 全学校の事情を知っている訳ではないが、集団登下校が行われるのは小学生までではないだろうか?

 

「こういうの久し振りだよね!」

 

 そう楽しそうに話す一之瀬は登校班のみんなで和気藹々と学校へ向かう絵面を想像しているのだろう。

 

「てか嵌めたな、お前ら」

 

 俺は雪ノ下に抗議するが、等の本人は涼しい表情を崩さなかった。

 

「心外ね。私も由比ヶ浜さんも三人でなんて言ってないのだけど」

 

 雪ノ下の反論にこれっぽっちも納得はいかないが、彼女と舌戦を繰り広げたところで俺に勝ち目がない事は二年という月日で身に染みている。俺は溜め息を吐くと学校へ向け歩き始めた。

 

「早く行かねぇと人波が捌けんぞ」

 

 わざわざ登校時間を送らせたのは多くの生徒の目をCクラスに対する抑止力とするためだ。こんな所で油を売っている場合ではない。••••••だから決して雪ノ下から逃げだ訳ではないのだ。

 

 そんな俺の横に雪ノ下と由比ヶ浜が並び、後ろから一之瀬を始めとしたBクラスの生徒が続いた。

 

 

 

 

 

 

~Other side~

 

 時は少し遡り、龍園率いるCクラスの生徒がBクラスを後にした直後のこと。

 

「龍園さんっ良いんですか?あんなやつ調子に乗らせてっ」

 

 王を自称し集団の先頭を歩く龍園に問うのは、ついさっき比企谷に掴み掛かった男。その体躯は前を歩く龍園よりも大きい彼であったが、王にへり下るその姿は比企谷の前に立ち塞がった時よりも小さく見えていた。

 

「バカか。ミイラ取りがミイラになってどうすんだよ。あそこで手を出してたらペナルティを食らうのはこっちだ」

 

 今回、龍園達がBクラスに乗り込んだ目的は二つ。学校側の出方を伺うことと、Bクラスの生徒にどんな奴がいるか探るためである。こちらの挑発に乗って向こうが手を出してくれれば儲けもの程度の思惑があったが、飽くまでもそれはオマケであった。

 

「で、これからどうする訳?」

 

 今回、Cクラスに乗り込んだメンバーの中で唯一の女子が龍園に問う。

 

「想定よりも収穫が少なかったが、あの腐り目以外は予定通り個々につつく」

 

 最初こそあの場を支配していた龍園だったが、それを比企谷は見事に主導権を奪ってみせた。それも一之瀬以外の介入を許さなない形でだ。故に龍園が持ち帰ったBクラスの情報は彼が当初思っていたほど多くはなかった。

 もう少し探りを入れることが出来ていれば適材適所の人員配置が可能であったが、それが叶わぬとも今後の計画に変更はほぼ無いようだ。

 

「腐り目はひよりに探らせるか」

 

 ただ一点を除いて。

 

~Other side end~



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女子は三人寄らずとも姦しい

 本作を投稿してから一年ちょい経過しておりますが、未だに原作主人公は姿を見せず(笑)


 普段の奉仕部では雪ノ下と由比ヶ浜の二人が話をしていることが多く、俺は基本的に本を読んで過ごしている。勿論、無視されているわけではなく、俺だって声を掛けられれば返事をするし、発言の一つや二つくらいする。

 しかし、そんないつもの様子とは打って変わり、今朝の由比ヶ浜はやたらと俺に話題を振ってきた。

 雪ノ下も会話に参加しており、俺が我ながら捻くれた事を言うと彼女に軽くディスられるのだ。出会った当初は俺に対し常に棘しかなかった彼女だが、今や俺が捻くれたことさえ言わなければ普通に話しをしているのだ。

 

 学校に到着すると、クラスの違う雪ノ下と由比ヶ浜とは玄関で分かれ、二人ははそれぞれの教室へ向かい歩いていった。

 

「ねぇ、比企谷はどっちかと付き合ってたりするの?」

「あっ、それ私も気になる!」

 

 先程まで俺達の後ろを歩いていたクラスメイトの中から、二人の女子が俺に絡んできた。

 

 不意打ちを食らう形になり腰が引けるが、俺の背部はすぐ壁にぶつかる。

 

「いやっ違うから••••••てかどちら様?」

「え?いやいや、同じクラスじゃん」

 

 二人の内、腰まで伸ばしたポニーテールを揺らす釣り目の方が信じられないと言わんばかりに目を見開いた。

 

「そう言われてもなぁ••••••」

 

 一月程の間に話をしたクラスメイトなんて一之瀬くらいで、その一之瀬ですら言葉を交わした回数を数えるのに片手で事足りる。

 

 結局の所、クラスメイトというのは同じホームルームに属しているというだけで、そこに人間関係が構築させるか否かはまた別問題である。俺みたいなボッチにとってクラスメイトというのは同じ教室で学問に励むだけの赤の他人でしかないのだ。

 

「私が網倉でこっちが小橋ちゃん。クラスメイトの名前くらい覚えてよね!」

「お、おう」

 

 ポニテの女子が網倉、もう片方の青髪ショートボブが小橋ね。

 

「でもそっかー。ね、比企谷くんは全く気がないの?ね、ね」

「••••••あいつらとはそんなんじゃねぇよ」

 

 小橋の問いを俺は否定する。

 

「てか何?急にグイグイと」

 

 さっきからこの二人は距離感が近く、思春期の男子には心臓に悪い。もし俺が訓練されたボッチじゃなかったら速攻で告白してフラれるところだったぁー。フラれちゃうのかよ!!

 

「そりゃこの手の話題が好きじゃない女子なんていないでしょ」

 

 それは偏見ではないのだろうか。由比ヶ浜なんかはその手の女子に含まれるだろうが、雪ノ下は他人の色恋沙汰なんて興味ないはずだ。

 

「ほら、二人とも。比企谷君困ってるよ?」

 

 ここで一之瀬が助け舟を出してくれた。

 

「ちぇ~••••••でも意外だよね。いくら昨日は柴田くんを助ける為とはいえ、昨日の比企谷くんはちょっと怖かったんだよ?それが由比ヶ浜さんとは普通に話をしてたし、何なら雪ノ下さんには尻に敷かれてる感あったもん」

「そうそう!それに比企谷ってばクラスで誰かと話してるの見たことないから、昨日の件もあって何だか不気味だったよね」

 

 そりゃそうだろう。昨日は俺が孤立するように動いたのだから。ただ、それも一なんとかさんのお陰でだいぶ狂わされたが。

 

「とりあえず教室に行かない?ここにいたら迷惑になるし」

 

 一之瀬の言う通り、まだ登校してくる生徒が多く居る中で集団登校してきた俺達がいつまでもここで突っ立ってると邪魔にしかならないだろう。

 女子二人も一之瀬の提案に従い、俺達は教室へ向け足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 教室に到着する否や自分の席に座って寝た振りを決め込もうとした俺であったが、一之瀬が机を挟んだ俺の正面にやって来た。俺は席に着いているが、一之瀬は立ったままなので、自然と一之瀬が俺を見下ろす構図となる。

 

「比企谷君、ちょっと良いかな?」

「え、何••••••カツアゲ?」

「違うよ!?」

 

 ••••••どうやらカツアゲでは無いらしい。

 

「今日も昼休みに話し合いをしようと思うんだけど、それに比企谷君も参加して欲しいの」

「••••••何で俺?別に俺が居ようが居まいが好きにすれば良いだろ」

「だって比企谷君この学校のこと気付いてたんでしょ?」

 

 一之瀬の言っているのは昨日の朝に星之宮先生が言っていたことだろう。

 

「••••••確信できる情報はほとんど無かったよ」

 

 昨日の朝までは俺の妄想でしかなかったのだ。

 

「それでも比企谷君の力がBクラスには必要だと思うの」

「••••••俺に何をしろってんだ?お前みたいな人気者と違って、俺なんかの妄想をクラスの奴らが真に受けると思うか?」

 

 “何を言ったか”よりも“誰が言ったか”が重要なんだ。俺には人気も権威も無い。むしろ昨日の件で俺の株価はストップ安なまである。そんな奴が何を言ったところで人は耳を傾けたりはしない。

 

「卑下しすぎだと思うけどな~」

 

 にゃはは~、と一之瀬は苦笑した。

 

「だったらお昼休みに比企谷君の価値を証明しようよ」

 

 何を言うかと思えば、そんなこ••••••

 

「比企谷君の言うところの妄言だけど、実は雪ノ下さんと由比ヶ浜さんから聞いてるんだ」

 

 一之瀬が俺のアキレス腱を口にする。

 

「比企谷君がいつ何に気付いたのか、それをみんなが知れば比企谷君の力がこのクラスに必要って分かるんじゃないかな?」

「••••••情報を独占していた俺へのヘイトが上がるだけだろ?」

「それはどうかな?比企谷君が思いも寄らない結果が待ってるかもよ?」

 

 そう言う一之瀬は大層自信あり気だ。何を根拠にすればそんな絵空事を堂々と語れるのだろうか?

 

「比企谷君は黙って座っていれば良いから。私に任せて!」

「••••••分かったよ。はなから余計な口出しをするつもりなんて無いしな」

 

 今さら俺の評判が地に落ちた所で何も変わらない。元々、昨日の騒動でそうなる予定だったからな。




今回は第一稿があと2つ出来ているので、チェックと修正が済み次第、順次上げていきます。


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矜持

 二日連続の更新です。昨日更新分をまだお読みでない方はご注意ください。


 昼休み。昼食を取るのに十分な時間が経過した頃、教室には昨日同様クラスメイト全員が席に座っていた。

 昨日と違う点を挙げると、周囲からチラチラと俺の様子を窺う視線が見てとれる。

 

「比企谷くん注目されてるね」

 

 隣の席に座る小橋が、突っ伏して寝た振りを試みる俺の脇腹を指で突ついて声をかけてきた。

 

 今朝知ったのだが、小橋の席は俺の隣なのだ。そんな訳もあって、今日は度々、彼女から声をかけられている。

 今朝も同じ様に脇腹を突つかれて変な声を出してしまったのは別の話。

 

「••••••やめてくれ、気にしないようにしてんだ」

 

 今も俺の精神はゴリゴリと削れているのだ。

 昨日までクラスメイトに認識されていたかすら怪しい俺がCクラスのヤンキー共に啖呵を切った訳だから仕方がないのは分かるが、もう少し遠慮と言うものをして欲しい。

 

「じゃあ始めようか」

 

 昨日と同じように一之瀬が教卓の前に立つと、俺へ向いていた視線は全て彼女へと集まった。

 

「みんな何度も集まってもらってごめんね。今日集まってもらったのはみんなに知っておいて欲しい事があるんだ」

 

 そう前置きをした一之瀬。昨日の昼休みに放課後、そして今回。これだけ短期間に三度も会議を開いているにも関わらず、Bクラスの中に空席は見られない。これは一之瀬の持つ人徳所以なのだろう。

 

「私はこれからAクラスを目指すために比企谷君の力をもっと借りたいと思ってるの」

 

 一之瀬はまず本題から切り出した。クラス内から発言が生まれないので、彼女は言葉を続ける。

 

「勿論、昨日みたいに他のクラスと喧嘩をしようって事じゃないよ」

「なら、一之瀬は比企谷の何処に価値を見出だした?」

 

 ここで初めて一之瀬意外の者が発言した。物腰が固そうなイケメンが切れ長に縁取られた三白眼で一之瀬を見詰めて問う。

 

 そえいえば、こいつは昨日も先生に質問してたっけか。

 

「質問しにきたのが比企谷君だけって、昨日の朝、星之宮先生が言ってたよね?つまり、比企谷君は早くからこの学校の仕組について気付いていたんだよ」

「••••••つまり、比企谷はポイントが減ることを知りながらみんなに黙っていたのか。なら、比企谷が誰かに相談していれば、ここまでBクラスが後退することは無かったんじゃないのか?」

 

 ま、そういう風に考えるよな。

 

 4組中二位と聞けばまずまずの結果だが、Bクラスはcpの1/3を失い、ほとんど減点されることなく940cpを残したAクラスに300近いcp差を付けられてしまったのだ。もしも俺がBクラスに俺の得た情報を共有していて、Bクラスの奴らが学校達生活を見直したのならば、ここまで差は開かなかったはずだ。

 

「神崎君の言いたい事は分かるよ。その事なんだけど••••••」

 

 一之瀬は神崎と呼んだイケメンをはじめとしたクラスメイト全員に頭を下げた。

 

「みんなごめんっ!私が比企谷君にみんなには黙っているようにお願いしたの」

 

 ••••••は?

 

「••••••どう言うことだ?一之瀬」

 

 三白眼のイケメンが一之瀬を問いただす。

 

「実は何度か比企谷君にはポイントについて相談を受けてたんだ。でも、その時は不確かな情報でみんなを不安にさせるのは良くないと思ったの」

「それは随分と早計な判断だったんじゃないか?」

「にゃはは••••••そうだね。だから比企谷君は悪くないの。今回の事は全部私の責任」

 

 つまりはポイントを大きく減らした責任を一之瀬が肩代わりしようって魂胆か。

 

 確かに俺なんかよりも、人気者である一之瀬の方が反感は買いにくい。多くのクラスメイトは無条件に一之瀬を赦すだろう。現にあちこちから一之瀬を宥恕する声が上がっていた。

 だが、皆がみな聖人である訳がないんだ。必ず一之瀬に不満を持つものは現れる。

 

「おい、一之瀬」

 

 今回の件は俺の蒔いた種だ。その責任を彼女に押し付けて良いはずがない。

 

「いつ俺がお前に相談なんかした?••••••お前に責任を被って欲しいなんて言ったか?」

 

 奉仕部が一之瀬の依頼を受けている以上、昨日のようなやり方は出来ない。俺は悪意を抑えて一之瀬の言葉を否定する。

 

「比企谷君はそう言うと思ったよ。でも、昨日みたいに比企谷君一人が被害を被ることはやめて欲しいな」

 

 しかし、一之瀬は昨日の一件を引き合いに出して自身の言葉に信憑性を持たせた。

 

「だから勘違いするなって。昨日の事は、あわよくばCクラスを仕留めようとしただけかもしれないだろ」

「じゃあ、仮に私が比企谷君を庇おうとしているとして、何で比企谷君は今それを邪魔してるの?」

 

 確かに一之瀬に責任を押し付けた方が得なのはあきらか。何故、一之瀬の邪魔をするかと問われれば、そんなのは決まっている。

 

「俺は養われる気はあるが、施しを受ける気はないんだよ」

「••••••よく分からないけど、私だって自分の責任を比企谷君に押し付けるつもりはないから」

 

 一之瀬の言葉を受け、俺は顔をしかめる。一之瀬の真っ直ぐな瞳は俺を捉えて離さない。

 

「そこまでだ!」

 

 三白眼のイケメンが俺達の口論に割って入った。

 

「一之瀬、もう十分だ。みんなもそうだろ?」

 

 イケメンの言葉は一之瀬でも俺でもなく、その他のクラスメイトに向けられたものだった。

 

「まあ、比企谷くんが悪い人じゃないのは分かってたしね」

 

 小橋がイケメンの問い掛けに答える。

 

「何はともあれ、昨日は比企谷に助けられたのは間違いないしな」

 

 それを皮切りに、他にも肯定的な意見が次々とクラスメイトから発せられた。

 

 そんな時、一人の生徒が立ち上がる。

 そいつは昨日、Cクラスの王様が一之瀬に詰め寄った時に一人龍園に立ち向かった男子だった。

 

 彼は体の向きを変え、俺の元へ向かって歩いてくる。

 

「比企谷••••••」

 

 俺の前までやってくると、男子生徒は頭を下げてきた。

 

「すまんっ。昨日はお前に割りを食わせた!」

 

 ••••••ちょっと待ってくれ。この場の展開に俺は着いていけていない。

 

「一之瀬、これはどういうことだ?」

 

 俺は全てを知っているであろう一之瀬に尋ねた。

 

「ごめんね••••••実は昨日の放課後にはみんな知ってたの」



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小橋だよ!!

 お気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、小橋夢は作者のお気に入りキャラの一人です。
「ね、ね」がツボりました。


~Other side~

 

 CクラスがBクラスに乗り込んだ日の放課後。

 中断されてしまった昼休みの話し合いの続きがBクラスで行われていた。

 その話し合いも終盤を迎えており、黒板には集団登校の班分けが書かれており、39人の名前が列なっている。

 

「それじゃあ、比企谷君を私の班に入れて完成だね」

 

 一之瀬 帆波によって比企谷 八幡の名が口にされた時、一瞬だけ微妙な空気が流れたが、これでBクラス40人全員の名前が揃った。

 

 クラスの全員が参加した昼休みとは違い、今は空席が点在する。そのほとんどが部活動に参加する者が欠席している為であるが、その中の一つは八幡のものだった。

 

「ねえ。みんなは比企谷君の事どう思ってる?」

 

 黒板に八幡の名前を書いた帆波はチョークを置くと、振り返って皆に問う。

 

「うーん、ずっと存在感無かった所で今日の事件だから••••••柴田を助けてくれた訳だし、悪いやつじゃないとは思うけど、正直よく分からないよね」

 

 一之瀬と交流の多い網倉 麻子が答えた。

 

「私は怖いな••••••」

 

 ショートボブに桃色の花のヘアピンを留めている小柄な少女がその瞳を不安そうに揺らして言う。

 

 よく分からない、怖い。この二つの意見が大方のBクラスの総意なのだろう。

 

「だが、星之宮先生の言葉から察するに、比企谷はこの学校のルールについて何か気付いていたようだ。Aクラスを目指すのならば必要な戦力だろう」

 

 切れ長の三白眼の男子、神崎 隆二が別視点の意見を出した。

 

「え?何それ!?」

 

 今は空席となっている八幡の席の隣に座る小橋 夢が神崎の発言に対して疑問を問う。

 

「今朝のホームルームで言ってだろ?」

 

 それでもピント来ない小橋。

 

「この学校について質問しに来たのが比企谷君一人だけ、だね」

 

 そんな小橋に助け船を出した訳ではないが、一之瀬が神崎の補足をするように言った。

 

「あっ、そういえば!ヒキガヤくんって比企谷くんの事だとだったんだ」

 

 小橋も合点がいったようだ。

 

「小橋は比企谷と席が隣だろう」

 

 神崎は呆れたように指摘する。

 

「いやいやっ。比企谷くん本当に存在感ないんだよ!?一ヶ月経ってるけど一度も話してないし」

 

 入学からこの1ヶ月でBクラスで八幡と言葉を交わしたのは一之瀬ただ一人。今朝の時点では、比企谷の名前を出て八幡の顔が頭に浮かんだ者は一之瀬に加えて神崎のみであった。

 

「確かに、比企谷君は積極的に誰かと関わろうとする人じゃないから、みんなが比企谷君の事よく知らないのも当然だよね。それなのに、いきなり昨日の比企谷君を見たら怖いと思うのもしょうがないと思う」

 

 一之瀬はクラスメイト達の発言に理解を示す。

 

「私は何度か比企谷君と話したことあるけど、比企谷君ってただ純粋に人付き合いが苦手なだけで、むしろ凄く良い人だと思うな」

 

 一之瀬が思い出すのは、彼女が八幡に声をかけた時、辿々しくもちゃんと答えてくれる彼の姿。

 

「比企谷君、友達と新しい部活を作ったんだって。奉仕部っていうらしいんだけど、」

 

 一之瀬は八幡の所属する部活について話し始めた。

 

「比企谷君はそこで悩みの相談や依頼を受けてお手伝いをしてるんだって。しかも、ただ手伝うんじゃなくて自らの自己改革を促す。分かりやすく例えると“飢えた者に魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える”のがモットーらしいよ」

 

 以前、奉仕部について八幡が一之瀬に話した内容を、彼女は皆に説明する。

 

「つまりはただ解決するのではなく、活動を通して相談者や依頼人の成長を促すって事だな」

 

 一之瀬の説明を神崎が意訳する。

 

「うん。人付き合いが得意じゃないし、今日みたいな方法を取っちゃうような比企谷君だけどさ、そんな不器用な比企谷君が自分達でこんな部活を作っちゃうんだよ?そんな人が怖い人だったり、悪い人って事はないと思うんだ」

 

 八幡と話をした事がある一之瀬ならでの視点から、彼女はクラスメイトに訴えかけた。

 

 

「そこでね、明日の昼休みに比企谷君を捕まえておくから、比企谷君と話してみたいって人は、お昼食べたら教室に集まってね。きっと、みんなも比企谷君の印象が変わると思うよ」

 

 一之瀬はBクラスの皆に八幡の事を知ってもらう機会が必要と考えての発言。

 一人で思案する者、周りと相談する者。その表情の多くは一之瀬の思惑とは異なり、彼女の目から見ても芳しくなかった。

 

 

~Other side end~

 

 

 

 

 

 

「それで、さっきの茶番にはどんな意味があったんだ?」

 

 一之瀬から昨日の出来事を聞いた俺は、彼女に俺を庇う振りをした理由を問う。

 

「比企谷君が自分本意な人じゃないって事をみんなと確認したかったんだ。

「••••••言ったろ。施しを受ける気はないって」

 

 別に一之瀬の為に彼女の言葉を否定したわけじゃない。

 

「うん。比企谷君の本音を一つ聞けたのは予想外だったよ」

 

 俺が何を言おうと一之瀬は前向きに捉えてしまう。

 

「••••••あと、俺といったい何を話そうってんだよ」

 

 一之瀬の話によると、ここに居るやつらは俺と話をするために集まったのだ。

 

「何をっていうのは特に無いよ。ただ、比企谷君へのみんなの誤解を解きたいのと、比企谷君に自分の価値を知ってほしかっただけ」

 

 “比企谷君の価値を証明しようよ”

 あれはクラスメイトに対してではなく、俺へのものだったのだと、今この瞬間になってようやく気付いた。

 

 “君は自分の価値を正しく知るべきだ”

 以前、反りの合わない奴に言われたことと重なる。

 俺はそんな記憶を振り払い、一之瀬の言葉を否定するために口を開いた。

 

「それは俺の価値なんかじゃない。お前が声を掛けたからからこそ、みんな集まったんだろ?」

 

 繰り返しになるが、誰が言ったかというのは重要なのだ。もしも、この場を設けたのが一之瀬でなかったのなら、果たしてこれ程の人数が集まっただろうか。

 

「ううん。昨日のままだったらこんなに集まらなかったんじゃないかな?」

 

 昨日のまま?一之瀬の話だとみんなあまり乗り気でなかったらしいが、だとすると、昨日の放課後から今日の昼休みに掛けて何かがあったという事なのだろう。

 

「どういう事だよ?」

「雪ノ下さんと由比ヶ浜さんが引き出してくれた比企谷君を見て、同じ班の人達がみんなに声を掛けてくれたんだよ」

 

 俺は予想だにしなかった一之瀬の言葉に驚きを隠せなかった。

 

「ちなみに比企谷くんが私達美少女二人にとぎまぎする姿も報告さてて頂きました!」

「••••••それ自分で言っちゃう?」

 

 俺に向かってピースを向けている小橋の美少女発言に網倉が突っ込む。

 

「おい、変な捏造するなよ小林」

「小橋だよっ!!」

 

 ••••••話が脱線しかけたので、視線を一之瀬に戻す。

  小橋は『無視!?』とかなんとか言っているが気にしない••••••。

 

「今朝の比企谷君が本当の比企谷君なんだよね?ここにいるみんなはそんな比企谷君の為に集まったんだよ」

 

 俺は咄嗟に返す言葉が見付からなかった。

 

「今まで比企谷君がどう思われてたかなんて私には分からないし、関係ない。だって、比企谷君の価値はここにいるみんなが証明してるもの。比企谷君自身がどう思おうとね」

 

 一日や二日でいったい何が分かるんだ••••••。

 同調圧力が成した結果だろ••••••。

 

 一之瀬の言葉に対する反論はいくつか浮かんだが、俺は口を噤む事を選ぶのだった。



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テヘペロ

いつもより短いですが、キリが良いので更新します。


「••••••なるほど」

 

 そう呟いたのは切れ長三白眼のイケメン。名前を神崎というらしい。

 あの後、俺は神崎に学校についてどこまで気付いていたのか聞かれ、答えたところだ。

 

「ppで買えるあらゆるモノ、か。ここにきて新しい情報だな••••••。比企谷、他にはどんな用途に使えるとお前は考える?」

「さあな。ここでああだこうだ考えるよりも先生に聞いた方が早いんじゃないか?“何に使えるか”って聞いても答えてくれないだろうけど、“これはいくらだ”って聞けば答えてくれるはずだ。問答無用で誰かを退学にする、逆に退学を取り消す、無条件でAクラスに上がる権利とかな」

 

 教室のあちこちで俺の言葉を聞いたクラスメイトが息を飲む。

 教壇の前では一之瀬が顎に手を当てて考える仕草をしていた。

 

「ポイントの使い道は先生に質問する内容を纏めておいた方が良いね」

 

 一之瀬はそう言って、俺が例に上げた三つを黒板に書き連ねる。

 

「みんなから質問を募る前に私から提案なんだけど」

 

 みんなが一之瀬に注目したのを確認してから彼女は続けた。

 

「有事に備えてppをクラスで貯金するのどうかな?」

 

 一之瀬の提案は、毎月一人につき3万pp、計120万ppをクラスで貯金していくというのだ。

 確かに、ppで退学の取り消しが可能だとしても、その金額は莫大なものとなるであろう事は想像に容易い。何せ、顧問を用意してもらうだけでも800万pp掛かるのだ。個人で有事に備えるのは困難極まりない。

 合理的な提案だと俺も思う。誰からも反対意見が上がること無く、この話題は先生への質問を纏めて提出する運びとなった。

 

「ねーねー、比企谷くんってもしかして凄い人?」

 

 隣にいる小橋がそんな事を言ってきた。

 

「凄い人だったら俺はAクラスに居ただろうな。てか、後輩にも同じ様なこと言われた事あるけど、そんな駄目人間に見える?」

 

 思い出されるのはあざとさ満天な小悪魔系後輩。あいつは一年から三年まで生徒会長を勤めたわけで、その実績を引っ提げて、あいつも来年はこの学校にやってきたりするのだろうか。

 また生徒会に入った日にはここでも良い様に使われるんだろうな••••••。

 

「うーん••••••駄目人間とは言わないけど、ぜんぜん目に活力が無いからデキる男って感じはしないな~」

 

 目が死んでると言わない辺り気遣いを感じるが、結局言われてることは同じなんだよなぁ。

 

「さいですか••••••」

 

 俺はそうとだけ答えて小橋から視線を外した。

 

「あれ?怒った?」

「いや、精一杯の気遣いに涙が溢れそうだよ」

「??」

 

 俺のヒネた言葉が小橋に通じた様子はなく、彼女は首をかしげるだけである。

 

「あっ、そうだ。比企谷君は小テストどうだったの?中間試験に備えて勉強会をするんだけど、得意科目をみんなで教え合おうって事になってるんだけど」

 

 教卓に立つ一之瀬からの質問だ。

 テスト勉強だが、恐らくは受験の時と同様に雪ノ下から理系科目を徹底的に叩き込まれる事となるだろう。

 

「残念ながら58点だ。力になれそうになくて悪いな。雪ノ下に勉強を教わる事になるだろうから、俺の事は気にしないでくれ」

 

 たたでさえ容赦のない雪ノ下の指導が待っているのだ。

 ああ、今でも脳裏を過る受験勉強の悪夢••••••Don't(ドント) Remember(リメンバー) Yukinon(ゆきのん) Boot(ブート) Camp(キャンプ).

 これ以上タスクを増やしたくない俺はそう言って誤魔化した。相手を欺くコツは真実を語りつつ、余計な事は喋らないのだ。

 

「58点かぁ。もしかして比企谷君、理系科目はかなりピンチ?」

「••••••何でそうなるんだよ」

「だって雪ノ下さんが比企谷君は文系科目すごく優秀って言ってたもん。理系が苦手とも聞いてたけど、これは骨が折れるかも」

 

 一之瀬はにゃはは••••••と微苦笑する。

 

「いやだから俺は雪ノ下から教わるって」

「その雪ノ下さんからの伝言なんだけど、雪ノ下さんが由比ヶ浜さんの勉強を見ている間Bクラスで勉強してなさい、だって。あっ、ちゃんと比企谷君の勉強も由比ヶ浜さんの後に見てくれるってから安心して」

 

 俺は目が死んでいくのを感じる••••••あ、目が死んでるのは元からか。テヘペロ。



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同好の士

本作の八幡は中学時代に俺ガイル本編の出来事を経ているので、原作よりも丸くなっています。
たまにコメントでご指摘いただくので念のため。


 あの後も、まるで転校生かのように俺への質問責めは続いた。好みの異性のタイプを聞かれた時、俺を養ってくれる人だと答えたら、女子からの視線が2℃ほど冷えたのは未だに解せない。

 昨今、巷ではジェンダーレスが謳われており、女性の地位向上が推進されているが、未だ男は外で稼ぐという価値観は根強い。そんな世論に屈すること無く、SDGsに取り組んでいく決意を改めて固めた次第だ。間違いは間違いだと言える人間でありたいと俺は思う。

 

 閑話休題、放課後を迎え、すぐにでも雪ノ下に文句の一つや二つ言ってやりたいところだが、図書館で借りていた本の貸し出し期限が今日までなので返却しに行かなければならない。ついでに新しい本も借りておこう。Bクラスも今日から図書館で勉強会をするとの事で、俺を含めた参加者全員で図書館へやって来た。ああ、忙しい忙しい。

 決して雪ノ下と口論になったら勝ち目がないとか思ってビビっている訳ではないぞ。ハチマンウソツカナイ。

 

 図書館に入った俺達を包むのは古本独特な香りと、本の品質管理の為に年間通して湿度が一定に保たれた空気。読書家であれば誰もが心踊る瞬間だろう。

 

 本の交換の為にクラスメイトと一旦別れた俺は返却手続きを済ませて本棚の列へと歩を進める。特に次に読む本を何も決めていなかった俺は、案内図を前にしてジャンルから絞る事にした。

 しかし、どれも決め手に掛けていて、案内図を眺め始めてからしばらくが経つ。

 

「こんにちは。何か本をお探しですか?」

 

 そんな時、後ろで女子が誰かに話し掛けていた。

 

 ••••••••••••。

 

 おい、声を掛けられた奴、返事くらいしてやれよ。

 

「あの、比企谷くん。聞こえていませんか?」

 

 ほら、呼ばれたのはあんたらしいぞ、比企谷くんとやら••••••って俺の事か。

 

 振り返った先に立っていた女子に俺は見覚えはなかった。腰まで伸びた銀のストレートヘアーに包まれた顔は感情に乏しい。下がり目の輪郭の奥に覗く瞳がこちらをじっと見詰めていた。

 

「••••••どちら様?」

 

 この学校に入ってまだ一ヶ月しか経っていないのだ。流石に繋がりを持った相手の事を忘れたりなんかしない。俺の名を口にした彼女へ用心深く構えた。

 

「私は椎名ひより。Cクラスに所属してます」

 

 Cクラス••••••つまり、昨日の王様のクラスか。

 俺は彼女への警戒度を高める。

 

「そう警戒しないでください。確かに私は龍園くんには比企谷くんを探るように言われました。争い事は得意ではありませんが、こう見えて洞察力には優れてるんですよ」

 

 今、そんなネタバラシをする意図は?自白することで俺の油断を誘うためか••••••。

 

「ですが、私がここに居合わせたのは偶然です。実は私、本の虫なんですよ。私も本を借りに来たのですが、そうしたら比企谷くんがBクラスの皆さんとここに現れたんです。盗み聞きするつもりは無かったのですが、勉強会をするそうですね」

 

 こちらから探りを入れるまでもなく、彼女は勝手に経緯(いきさつ)を語り続けている。

 

「先程、返却された本を見るに、比企谷くんもなかなかの読書家なのでは?」

 

 ••••••なに?この娘ってば俺のストーカーなの?

 

「Cクラスの中には小説を好む人がいなくて、話し相手がいないんです」

 

 つまり、目の前の椎名と名乗った少女は本について語り合う同好の士を欲しているのだろう。

 

「悪いがこれから勉強会に合流するんだ。話し相手にはなれそうにない」

「分かっています。ですが、そこまで必死に勉強しないと危ないものなんですね、テスト」

 

 成績の悪い生徒からすれば嫌味に聞こえてしまうような台詞ではあるが、彼女自身そんなつもりは微塵もないのかもしれない。

 

「ところで、ここで立ち尽くしている所を見るに、比企谷くんは次に借りる本がまだ何も決まっていないのではないでしょうか?」

 

 え?この娘怖い。

 

「推理小説はお読みになられますか?」

 

 さっきから彼女のペースで会話が進んでないか?

 

「••••••一応、有名どころは一通り」

 

 俺の答えに彼女は凄く嬉しそうな表情を浮かべ目を細める。

 

「アガサ・クリスティーは?」

「例に漏れずだな」

「でしたら少々、お待ちください」

 

 そう言って銀髪の少女は本棚へと消えていった。

 俺は彼女の消えていったエリアを案内図で確認する。あのあたりはミステリーか。

 

 このまま去っても良かったの、あの少女の機嫌を損ねて王様に有ること無いこと吹き込まれても面倒だ。周囲を見ても俺を取り囲もうとしている奴らは見受けられない。まあ、図書館にはカメラの死角がない。ここの蔵書はは学校にとって財産なのだから当然だろう。ここで襲われる心配はないか••••••いや、こんな学校(ところ)だ。警戒しすぎるくらいでちょうど良い。

 周囲への警戒を維持しつつ銀髪の少女を待っていると、先程本棚の陰へと消えていった彼女が同じ所から戻ってきた。

 

「お待たせしました。次はこちらの本をお読みになられてはいかがでしょうか?」

 

 戻ってきた少女の手には一冊の本があり、それを俺に差し出した。本の表紙には『カササギ殺人事件 上』と印刷されている。

 

「比較的新しい本ですが、アガサクリスティを読んだ方ならちょっと笑ってしまうような遊び心を取り入れつつ、構成の完成度も高い作品です」

 

 グイグイと差し出してくるものだから思わず受け取ってしまった。

 

「試験が終わったら感想を聞かせてくださいね」

 

 それでは失礼しますと言い残し、銀髪の少女は去っていった。

 

 受け取った本を調べてみる。ページの間に針やカッターの刃などの危険物は挟まっていないな。嫌がらせでクライマックスの1ページだけ破られていることも無く、保存状態の良い普通の本であった。

 

 ••••••本当にただ話し相手が欲しかっただけなのだろうか。王様から指示された探りを入れる対象がたまたま自分と同じ読書家だったと。

 いや、親父だって言ってただろ?美人局には気を付けろって。

 

 俺は先程受け取った本に目を落とす。

 

「まあ、本に罪はないか」

 

 貸出し手続きをしてもらう為に受付へと向かった。




作者はカササギ殺人事件を読んでおりません。
適当に推理小説を検索して見つけたものを書いただけです。

カササギ殺人事件を読んだ方で気になるところがありましたらコメントをください。


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報告

 ご報告。

 2話前の『Don't Remember Yukinon Boot Camp.』にルビを振りました。


 5月になって一週間ほどが経った。

 

 あれからCクラスによるBクラス生徒への付きまとい行為が続いているが、今の所それ以上手を出してのない。Bクラスとしてはこちらからアクションを起こさず無視を決め込む方針だ。

 俺も椎名とかいった女子生徒に図書館で会う度に挨拶をされるが、彼女もそれ以外何かしてくる事は無かった。かといって他のCクラス生徒からの嫌がらせもなく、王様からの報復を覚悟していた俺としては肩透かしを食らっている。

 

 Bクラスの勉強会は強制ではないが、その日部活など用事のある者以外の生徒は全員集まっていた。基本的には各々で勉強するが、分からない所を成績の良い者に教わるというスタイルだ。

 俺も文系科目なら教えることができるし、あの日、王様に食って掛かった柴田は毎回俺の隣を確保して、しょっちゅう分からない所を聞いてくる。

 勉強会は出入り自由なのだが、Bクラスは真面目な生徒が揃っているので、途中で抜ける者はほとんどいなかった。クラスの様子を見るに、余程の事がない限り中間試験で脱落する者は居ないだろう。

 

「っせえな。お前には関係ないだろ」

 

 今日も図書館で勉強会に参加していると、そんな声と共に机を打ち付ける音が辺りに響いた。

 視線を向けるとここから離れたテーブルで男子生徒と女子生徒が口論になっているようだ。

 普段から静かな図書館ではあるが、今ので更に静まり返ったせいで、耳を澄ませば二人の会話を聞き取ることができる。

 あちらも勉強会をしていたのだろうが、男子生徒が勉強を投げ出そうとした為に女子生徒が男子生徒を嗜めているのだ。ただ、その言葉の棘はあまりにも鋭く、あれではもはや罵倒だ。

 男子生徒は女子生徒の胸倉を掴み、事態は一触即発。一緒に勉強していたであろう別の女子生徒が男子生徒を宥め、なんとか最悪の事態は回避している様子。

 しばらく口論が続いたが、男子生徒は遂に荷物を纏めてここを去った。それに続くように一緒に勉強していたであろう他のメンバーも次々と勉強会を抜け、男子生徒を罵倒していた女子生徒一人だけがその場に残った。

 

「あいつらDクラスだな。さっき止めに入った女の子が知ってるやつだ」

 

 今日も隣に座る柴田が俺にそう話す。

 

 あれがDクラスか。由比ヶ浜からクラスの様子を聞くことがあった。曰く、気の短い者や悪い意味で自由奔放な者、勉強はできるが協調性の無い者。実際に目の当たりにすると、ここは本当に未来を支える人材を育成する全国屈指の国立名門校なのかと疑問を抱いてしまう。

 

 まだ何か裏があるのだろうか••••••。

 

「それはそうと、ここはどうすれば良いんだ?」

 

 柴田の問いかけを期に俺は考えるのをやめた。

 別に俺が他のクラスに首を突っ込む必要はないんだ。

 

 

 

 

 

 

 ~Other side~

 

 放課後の1-Cの教室に紫掛かったロン毛で中肉中背の男と、黒人の大男、その二人の前に腰まで伸ばされた銀髪の少女が残っていた。三人以外は既に教室には残っておらず、彼等の会話を邪魔する存在は一つもない。

 

「お前から見て、あの目が腐った野郎はどうだった?」

 

 目の前に立つ女子生徒、椎名 ひよりに問うロン毛の男、龍園 翔は学習用の椅子に横向きで座っていた。

 

「はっきりとした事はまだ言えません。警戒心がとても強いようで、挨拶程度しかできていませんから」

「現時点での情報で良い。言ってみろ」

「そうですね••••••性格は内向的。向上心も決して高くはなく、ご自身で意義を見出だせないことには極めて消極的なタイプでしょう。ただ、龍園くんの話を聞くに必要に駆られれば重い腰を上げるみたいですね。そこは今後の見極めかと」

 

 はっきりとした事は言えないと言う割に、椎名の口からは八幡の情報が淡々と語られる。

 

「あ、それと読書がお好きなようです。私も本をお勧めしたので試験が終わったら一緒にお話しするお約束をしているんですよ」

 

 椎名は両手の指を合わせて言葉を弾ませた。

 決して約束したわけではないのだが、椎名の中ではその様になっているらしい。

 

「••••••あ?」

 

 思いもしなかった彼女の言葉に龍園は眉を顰める。

 

「ひより。お前の交遊関係に口出しするつもりは無いが、分かってるよな?」

「はい。クラスの不利益になる事はなさいませんのでご安心ください」

 

 椎名にとって八幡は同好の士となりうる人物であるり、同時にAクラスを巡って争う他クラスの生徒でもある。Cクラスの一員として龍園に八幡の情報を偽りなく報告しつつも、椎名個人としては八幡と良好な関係を築きたいと考えている。

 そんなどちらに転ぶか危うい椎名の天秤を龍園は一旦は容認した。彼にとって椎名ひよりという人物はそれほどの価値があるのだ。

 ただ今後、双方それぞれの立場を決定するのは、どちらも八幡次第であるのは間違いない。

 

 そんな二人のやり取りを龍園の傍らに立つ大男は一言も発せずにただ聞いていた。

 

~Other side end~




中間テストでBクラスが躓く展開が想像できないので、次の話は原作2巻の内容です。


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椎名ひよりは語りたい

 中間試験が5月の下旬に行われ、その結果は6月を迎えてすぐに発表された。

 

 予想通り、Bクラスから赤点をとり退学するものは現れなかった。勉強会を功を奏し、皆テストの出来が良かったようなので、問題を起こさなければクラスポイントも増えるだろう。

 今後の勉強会については、クラスメイトの学力や勝手が分かってきたので、また試験が近付いてきた頃に再開される事となった。

 

 Yukinon(ゆきのん) Boot(ブート) Camp(キャンプ)?アー••• スゴク タメニ ナリマシタヨ。

 今回も受験の時と同様に熾烈を極めたが、Bクラスの勉強会で予習をすることが出来たおかげで、以前ほどの苦難では無かった。

 

 心配された由比ヶ浜も赤点を回避し、雪ノ下に抱きついて喜んでいた。そして雪ノ下はといえば赤点回避は当然として、総合成績学年2位に着ける流石の結果。

 しかし、あのユキペディアさんの上を行くものが居るとはな。流石は名門国立校である。ちなみに、学年一位もAクラスの生徒らしい。やはり優秀な生徒が集まっているAクラスを定期試験で出し抜くのは難しそうだ。

 

「その言い方から察するに、比企谷くんは定期試験の他にクラスポイントの動くイベントがあるとお考えなのですね」

 

 学園内のコーヒーショップで練乳をたっぷり入れたコーヒーを飲む俺の目の前に座る椎名は、俺の何気ない一言からそう推察する。

 

「そりゃクラス対抗の図式において一クラスに戦力を集中させる意味がない。もしこれが個人戦なら話は別だがな。競争意識を誘発させるならクラスの力関係は拮抗させた方が良いに決まってる。そうでなきゃ上のクラスは慢心するし、下のクラスは勝負する気すら起きなくなる。そんな環境で未来を支える人材なんて育つ訳がない」

 

 目の前に餌をぶら下げられた餌が上等であればある程、その餌にありつく為に人は必死になって手を伸ばす。この学校では希望進路の保証がその餌に当たる。

 だが、その様な特大な餌を用意しても、その餌に辿り着く過程が極端に困難であれば食らうのを諦めてしまうし、逆に餌に手の届くポジションが安泰であればこちらも努力するのをやめてしまう。

 

「なるほど。でも、そのような事を私に話しても良かったのですか?」

 

 他のクラスに情報を与えるというのは敵に塩を贈るようなもの。椎名はそう言いたいのだ。

 

「おたくの王様は同じように考えてるから色々と手を回してんだろうよ」

「なるほど。比企谷くんはCクラスにとって手強いお相手になりそうですね」

「冗談。そんなのは特典に興味のある奴らでやってくれ」

「つまり、比企谷くんはその特典がいらないと」

「ああ。俺の目標は専業主夫だからな」

 

 俺の言葉を聞いた椎名は顔を横へ向けて吹き出した。

 

「すみませんっ••••••でもっ、何だかんだ言いながらしっかり働いてる比企谷くんを想像できちゃうのは何故でしょう?」

「ほんと止めてね。最近、少しだけ想像できちゃうんだから」

 

 口許に手を寄せ、笑いを堪えようとしながら話す椎名。

 奉仕部に入ってからの自分を省みると本当に否定できない自分がいる。ほんと勘弁願いたい。

 

 さて、なぜ俺の前に椎名が居るかといえば、椎名を無視する事で他のCクラスの粗暴な生徒が駆り出されるよりも、彼女の相手をした方が良いだろうと双方を天秤に掛けた結果である。監視カメラと人目のある所を条件に椎名と会うことにした。••••••彼女の勧めたカササギ殺人事件が想像以上に面白かったという理由も無くはない。

 

 そんな俺の感想を聞いた椎名はとても嬉しそうに、自らもカササギ殺人事件について雄弁に語っていた。

 

 本の話も一息吐いた所で話題は先日の試験に移り、今に至る。

 

「そうです。またお勧めの本を持ってきたのですが、いかがでしょう?」

 

 そう言って椎名は自身の鞄に手を入れ、一冊の本を取り出した。

 

「椎名のお勧めなら期待できるか••••••ん?」

 

 俺は図書館の本であれば裏表紙に貼られているであろうラバルが無いことに気付く。

 

「これ椎名の本か?」

「はい。家から持ち込んだものの一つです」

「良いのか?そんなもの借りても」

「勿論です。その本は比企谷くんの為に持ってきたんですから。それに、普段からいつ似た趣味の人が現れても良いように本を持ち歩いてるんですよ」

 

 更に椎名の鞄から二冊の本が出てきた。

 

「これをいつも持ち歩いてるのか?重いだろうに」

「いえ。これも本について語り合う為ですから」

 

 椎名は両手を自分の前で握って話す。

 

「そうか。にしても、どっちも名作じゃんか」

 

 俺の言葉に椎名は再び目を輝かせた。

 

「分かりますかっ?」

 

 まだまだ暫く彼女の本語りは続きそうだ。

 俺は既に冷めていた練乳入りコーヒーに口を着けた。




2巻に入ると言ったな。あれは嘘だ。

新年一発目の投稿!
今年もよろしくお願いします。

さて、ひよりさんを書いてて思ったのですが、彼女を推しの子の黒川あかねに置き換えたら八幡の分析すぐに終わっちゃうなと。






「特徴はやっぱりあの瞳••••••劣等感からくるもの?だとしたら承認欲求は満たされていない」

「友人関係は薄そう」

「家庭環境は良い?この人格形成はシスコンかな?」

「愛情の抱き方に何かしらのバイアス有り」  「自身への無頓着さと過度な執着」

         「排他的な言動に反し利他的な行動」

    「ファッションは無頓着」

      「思春期の段階でいじめにあった子特有の他者への不信感」

  「14歳あたりから破滅的行動に改善が見られる。良い出会いがあったのかな?」

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Dクラス

 暦は7月へと移り、季節は夏の様相を見せ始めていた。

 

 今月の下旬から夏休みが始まるが、その前に俺達には期末試験が控えている。こちらも中間試験同様に赤点は即退学。緊張感は中学の頃の比ではない。日数的にはまだ先の話ではあるが、人によっては少しずつ準備を始める頃合いであろう。

 

 さて、本日はpp(プライベートポイント)の支給日である。中間テストでクラスポイントを663に上げていた俺達Bクラスには66300ppが支給されている••••••••••••はずなのだが、携帯端末でポイントを確認すると、そこには昨日と同じ数字が表示されていた。履歴を確認するも、やはりppは支給されていないようだ。

 

 俺は“99+”の数字が添えられたチャットアプリをタッチしてクラスチャットを覗く。どうやら、ざっと見た感じだと誰にもppが支給されていないらしい。

 

 とりあえず、学校からの説明を待つとしよう。

 

 学校へ行くと、やはり朝のホームルームで星之宮先生から説明があった。曰く、今回はトラブルとやらでポイントの付与が遅れているとの事であったが、そのトラブルの内容については、質問をしても答えてくれない。ただのシステムトラブルなら良いのだが、この学校の事を考えればきな臭さを感じてしまうのは邪推だろうか••••••。

 

 

 

 

 

 

 翌日、また朝のホームルームで追加の説明がなされた。

 

 DクラスとCクラスの生徒間で暴力事件があり、片方が学校に訴え出たのだ。

 問題はここからで、双方の主張に食い違いがあるらしく、そのどちらにも決定的な証拠が無い為、学校側は結論を保留とした。

 当事者生徒からその場に居合わせたものが居たとの証言があったことから、現場を目撃した者は名乗り出るようにとのお達しがなされた。

 

「今回の騒動、Cクラスが関わってるらしいが••••••比企谷はどう見る?」

 

 一限の授業が始まる前に、俺の机の近くでクラスの中心人物達が集まっている中から神崎が俺に話を振る。

 

 てか、何でここに集まってるんですかね?

 

「さぁな。ま、この前のDクラスやり口から考えれば、あの王様が関わってるって事もあるんじゃないか?知らんけど」

 

 相手に手を出させ被害者として振る舞う。5月の時もこちらの誰かが王様の挑発に乗ってしまっていたならば、同様の結果が待っていたのかもしれない。

 この社会は暴力を振るった者の立場は極めて弱くなる。たとえ、そこに至るまでの過程に情状酌量の余地があったとしても、それを証明できなければ事実は真実となり得ないのだ。

 

「やはり比企谷もそう思うか。Cクラスは積極的に他クラスへ攻勢に出る方針かもしれないな」

「だとすると今度はまた踏み込んだね。今回は学校の出方を伺うためかな?」

「だろうな。今のCクラスにリスクを犯してまで仕掛けるメリットはない」

 

 神崎と一之瀬が主導して話を進めていた。この二人はBクラスの中でも良く頭が回る。既にCクラスの狙いについて予測を立てていた。

 

「••••••ねえ、Dクラスに協力出来ないかな?」

 

 一之瀬の提案に神崎が思案する。

 

「良いんじゃないか?Dクラスがまず越えるべきはCクラス。加えて今回の件で人員も欲しいだろう。うちとしても下からの突き上げには備えたい。幸いcp(クラスポイント)的にも差し迫ってうちとDクラスは対立関係になりにくいだろう」

 

 神崎を始め、他の者も一之瀬の意見に賛同した。

 

「比企谷君もそれで良いかな?」

「いや、なんで俺に聞くんだよ」

 

 神崎といい一之瀬といい、何でクラスカーストトップの輪に俺が入ってると思ってるわけ?

 

「だって私、手伝ってって言ったよ?」

 

 一之瀬は何で不思議そうな顔をしやがる。手伝ってって、もしや王様の時のやつか?俺手伝うなんて言ってないよね?

 

「別に俺じゃなくても仲間にゃ事欠かんだろ」

「私は比企谷君の話も聞きたいな」

 

 わざわさ俺を頼らなくても、大抵の奴は喜んでこいつらに手を貸してくれるだろうに。どうやら一之瀬さんは(モブ)を許さないらしい。

 

「••••••俺から言えるのは期待も信用も肩入れもしすぎるなって事だ」

 

 Cクラスに限らず、Dクラスにとって他のクラスは全て越えるべき存在なのだから、うちだっていつ寝首を掻かれても不思議じゃない。それに、いずれBクラスとDクラスのポイントが僅差になった時、協力関係を維持するのは難しいだろう。そうなった時、こいつらは正しい判断が下せるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 七月に入って四日目、放課後の奉仕部。

 

「うぅーーー••••••」

 

 由比ヶ浜が落ち込みながら机に突っ伏していた。

 

 一昨日も0ポイントに逆戻りする危機に嘆いていた由比ヶ浜であったが、一時は元気を取り戻していた。クラスメイトの身の潔白を証明する為にDクラスが動き出したからだ。

 

 --相手に怪我をさせてしまったのならお咎め無しって事はないんじゃないかしら?

 

 そんな雪ノ下の指摘を受けて再びこの様な姿に••••••。上げて落とされ、また上げて落とされた由比ヶ浜の心境は計り知れない。

 

 由比ヶ浜が落ち込む最中、扉をノックする音が三回、規則正しく教室に響いた。雪ノ下が入室を促すと扉が開く。

 

「失礼しまーす」

 

 扉の向こうに居たのは我がクラスの委員長、一之瀬だった。

 

「あれ?由比ヶ浜さんとうしたの?」

「こいつはまたポイントが無くなるって分かったんで傷心中だ。で、一之瀬は何の用だ?」

 

 俺に用事があるならクラスで声を掛けてくるはずだ。ここに来たという事は奉仕部への依頼か?

 

「相談者を連れてきたんだ。入ってもいいかな?」

「ええ、入ってきて」

 

 雪ノ下に促され、一之瀬はそとで待っていた男女二人と一緒に中まで入ってきた。

 

「あれ?堀北さんに綾小路君?」

 

 いつの間にか体を起こしていた由比ヶ浜が意外そうな顔をして二人を見る。

 

「あなたは、由比ヶ浜さん?」

 

 女子の方が怪訝な顔をした。彼女の反応から察するに、あまり詳しいことは聞かされていないのだろう。

 

「由比ヶ浜さんは同じクラスだよね。比企谷君と雪ノ下さんに紹介すると、こちら女の子が堀北さんで、男の子の方が綾小路君。二人ともDクラスだよ」

 

 一之瀬の紹介の中にあった“Dクラス”という言葉に俺は面倒事の予感を感じた。



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勝ち筋

「一之瀬さん、ここは一体何なのかしら?」

「ここは奉仕部の部室で、由比ヶ浜さん達は奉仕部の部員だよ」

 

 一之瀬の連れてきた女子生徒が一之瀬に問うと、一之瀬は奉仕部について説明を始めた。••••••てか本当に何も言わず連れてきたのかよ。

 

「とりあえず掛けたらどうかしら?」

 

 雪ノ下に促され、一之瀬とDクラスの二人は椅子に座った。雪ノ下は新しく紅茶を入れると、それを来客三人の前に置く。

 

「••••••つまり、私達が須藤君の潔白を証明する手伝いを由比ヶ浜さん達に依頼する訳ね」

 

 一之瀬から話を聞いて、彼女から堀北と呼ばれた女子生徒がそう理解したようだ。

 

「それは難しいのではないかしら?」

 

 しかし、そんな堀北とかいう女子の言葉を雪ノ下は否定する?

 

「••••••理由を聞かせてもらえる?」

「由比ヶ浜さんから大体の事は聞いてるわ。相手に怪我を負わせているにも関わらず加害者はほぼ無傷らしいじゃない。それで正当防衛が認められるはずが無いわ。完全に白とはならないでしょうね」

 

 雪ノ下が言う通り、正当防衛が認められる条件はかなり厳しい。

 正当防衛について、刑法には“急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。”とある。今回の場合はやむを得ずにした行為であるかが問われるだろう。

 相手に怪我まで負わせる必要があったのか?そもそも、腕っ節に頼らず、逃げることは出来なかったのか?

 

「それに須藤君だったかしら?彼が今回の件で反省し素行を改めない限り同じことを繰り返す事になるわよ」

「それについては同意見ね。だけど、私達が目指すのは飽くまでも無罪を勝ち取ることよ」

 

 雪ノ下の指摘に堀北も同意するが、それでも彼女は妥協する意思を見せない。

 

「えっと••••••そうだっ、ヒッキーは良い案無いの?」

 

 険悪な空気が流れ始めようとしたところで由比ヶ浜が俺に話を振ってきた。

 あの由比ヶ浜さん。あなた結構えげつない事した自覚あります?

 

 この部屋にいる全員の視線が俺へと向いた。

 

「問題ってのは問題にするから問題になる。逆を言えば問題は問題にしない限り問題にはならないんだ」

 

 今回の事件で俺の考え得る限り唯一の勝ち筋を提示する。

 

「ねえ、由比ヶ浜さん。彼は何を言っているのかしら?」

 

 ••••••提示したつもりなんだが、堀北は胡散臭い者を見るよう視線をしていた。解せぬ。

 雪ノ下と一之瀬は俺が続きを話すのを待っている様子。

 綾小路とかいつ男子生徒はというと、彼の表情からは何も読み取れない。ただ、こちらをじっと見つめるばかりだ。

 

「えっと••••••ヒッキー、どういうこと?」

 

 由比ヶ浜に続きを促され、俺は再び口を開いた。

 

「そもそも今回どうして停学だ何だの話しになったと思う?」

「え~っと••••••須藤君が相手を怪我させたから?」

「違うな。少し昔話をしようか。これは俺の友達の話なんだが••••••」

 

 そういうと雪ノ下の視線が急激に温度を下げた。由比ヶ浜も微苦笑を浮かべるが気にしない。

 

 あれはそう。小学生だった友人が休み時間に本を読んでいた時の事。ページをめくった際に栞が滑り落ち机の外側に落ちていったんだ。栞の行方を目で追うと、近くで立ち話をしている女子の足元へと舞い降りる。その栞を拾い上げようを椅子から降りて屈んだその時。

 

 --おいっ、ヒキガエルが○○さんのパンツを覗いてるぞっ!

 

 そいつの声を切っ掛けにクラス中の生徒が友人の事を一斉に攻め立てたんだ。

 彼の名前は今でも友人の絶対許さないリストに刻まれている。

 

「実際に何があったかなんて関係ない。誰かが声を上げた瞬間に問題が問題となるんだよ」

「つまり、比企谷君は被害者が学校に訴えたから問題になったと言いたいわけね」

 

 流石は雪ノ下。理解が早い。

 

「そうだ。だからCクラスの訴えさえなければ今回の問題は問題でなくなる。美人局でも何でも良い。相手の弱みを握って学校への訴えを取り下げさせるんだ」

「あなたって人は••••••よくもまあそんなこと思い付くわね」

 

 雪ノ下が呆れる様にそう言った。

 

「にゃはは~••••••でも、あの龍園君が取り引きに応じるかな?クラスメイトを切り捨てる事だってあるんじゃないかな?」

 

 何とも言えない表情をした一之瀬がそんな指摘をするが、見当違いも甚だしい。

 

「何であの王様と交渉する気でいるんだよ。訴えを起こしたのは被害者本人だろ。ターゲットはそいつだ。王様に相談しようとしたら掲示板に晒した上で学校に訴えると脅してやればいい」

「うわぁ••••••」

 

 俺に話を振った張本人であるはずの由比ヶ浜が引いていた。何でだよ••••••。

 

 結局、奉仕部は依頼を受ける方向で話が纏まり、あらゆる選択肢を模索しながらも、まずは少しでも須藤とやらに有利となる情報を集めることとなった。

 

 

 

 

 

 

 ~Other side~

 

「綾小路くんは一之瀬さんや奉仕部の事どう思うかしら?」

 

 堀北 鈴音と綾小路 清隆が特別棟を後にすると、堀北が綾小路に問い掛けた。

 

「さあな。他のクラスに伝手が無いから何とも。だけど、一之瀬に関しては100%の善意でないことは確かなんじゃないか?一之瀬一人なら兎も角、そうでないならクラスを動かしたりはしないだろうからな」

「確かに••••••」

 

 綾小路の言葉を受け、堀北は顎に手を当て思考を廻らせる。

 

「奉仕部の方はこれから判断すれば良いんじゃないか?少なくともさっき雪ノ下と比企谷が言ってたことに間違いはないと思うぞ」

「それもそうね」

 

 返事をすると堀北は口を閉じた。

 暫く歩いてから綾小路はある提案をする。

 

「やってみるか?美人局」

「死にたいの?」

「••••••いや、何でもない」




以前、ヒッキーに小林と呼ばれた小橋 夢ですが、アンジャッシュの児嶋のようにバリエーション豊かに名前をいじる事が出来そうですね。

大橋、中橋、古場、小板橋••••••。

小橋『小橋です!小橋の名前は小橋です!』


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コーヒーくらいは甘くていい

 奉仕部がDクラスの依頼を受けた翌朝、学校へ向かうため一階のエレベーターホールに降りると、一之瀬が綾小路と何か話していた。

 

「おはよう比企谷君!」

 

 俺に気付いた一之瀬に声を掛けられる。

 

「ああ、おはよう」

「おはよう、比企谷」

 

 一之瀬の挨拶でこちらを向いていた綾小路も俺に話し掛けた。

 

「統率取れてそうだよな、Bクラスって」

「別に変に意識したりはしてないよ? みんなで楽しくやってるだけだし。それに少なからずトラブルを起こす人もいるしね。苦労することも多いんだから。ね、比企谷君」

 

 俺に同意を求めてきた一之瀬は一見いつもの笑顔であるが••••••なんだろう、心から笑ってはいない気がする。

 

「••••••何か言いたげだな」

「べっつにー」

 

 一之瀬がはぐらかすのなら、あえて藪をつついたりはしない。

 

 そうこう話している所に次のエレベーターの到着を知らせるベルが鳴った。

 

「あっ、ヒッキー。やっはろー!」

 

 エレベーターに乗っていたのはガハマさんこと由比ヶ浜である。

 

「あれ?綾小路君に一之瀬さん?珍しい組み合わせだね。もしかして須藤君の話?」

 

 そういや、一之瀬は藪から棒に俺をつついてきたが、二人共なんの話をしていたんだ?

 

「いや、偶然会っただけだ」

 

 由比ヶ浜の問い掛けに綾小路が答える。

 

「ふ~ん。あ、そうそう。ゆきのんと待ち合わせてるんだけどヒッキーも一緒に行こうよ!」

「あー、そうだな」

 

 雪ノ下の事だ。そんなしないうちにやって来るだろう。

 

「それじゃあ私達は先に行くね。行こ、綾小路君」

「ああ。それじゃあ、由比ヶ浜はまた後でな」

 

 Cクラスからのちょっかいが落ち着いた今、集団登校は終了している。一之瀬は綾小路を連れ、そそくさと学校へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 放課後、奉仕部は部室に集まる前に、依頼に関する情報収集を行う事となっている。

 

 まあ、見知らぬ相手に聞き込みをするようなコミュ力が俺にあるわけもなく、情報収集の手段は学内の掲示板を覗いたり、現場調査になるわけだが。

 

 始めの内は教室に残って端末を弄っていたのだが、放課後になってすぐだと、ちらほら教室に残っている生徒がおり、落ち着かないので場所を移すことにした。

 

 目指すは体育館裏。ここは人気がなく監視カメラの死角も存在するため、高度育成高校における我がベストプレイスとなっている。

 

『私、ここで告白されるみたいなの』

 

 何時もは人気の無い我がベストプレイス。そこには一之瀬と綾小路がいた。

 

『私、恋愛には疎くって……。どう接したら相手を傷つけずに済むのか。仲の良い友達でいられるのかが分からないから……。それで助けて欲しかったの』

 

 話を聞いていると、これから一之瀬はうちのクラスの誰 かに告られるらしい。だが、一之瀬はそいつと付き合うつもりはなく、穏便に告白を断って今の関係を維持したいそうだ。

 相手を傷付けない為に一之瀬は綾小路に偽の彼氏をお願いして、付き合っている人がいるという理由で断ろうとしていた。

 

『相手を傷つけたくない気持ちはわかるけど、後でバレる嘘はより傷つけるぞ?」』

『すぐに別れたことにするとか。私がフラれたことにしてくれていいし』

 

 それは悪手だろう。恋人がいることを理由にフったのであれば、一之瀬がフリーになれば振り出しに戻るだけである。

 

『1対1で話し合った方がいいぞ、絶対。それも正直に』

 

 綾小路も乗り気ではなさそうだ。

 

『でも───あっ!』

 

 一之瀬がぎこちなく手を挙げた先には一人の女子生徒がいた。

 

 ••••••••••••女子?

 

『あの一之瀬さん、その人は?••••••もしかして一之瀬さんの彼氏、とか?』

 

 新たに現れた女子生徒は想定外であろう状況に混乱しているのか、涙目になっている。

 

『あ••••••えと••••••』

 

 女子生徒の問いに即答できないあたり、一之瀬も彼女を騙そうとしていることに後ろめたさを感じているのだろう。

 

『••••••ただの友達だ』

 

 答えられない一之瀬の代わりに綾小路が答えた。同時にこれは一之瀬のお願いを綾小路は断ったことになる。

 

 俺はあの女子生徒の事を知らない。一之瀬の懸念するように彼女達の関係はこれを機に変わってしまうかもしれないし、変わらないかもしれない。

 だが、二人の間にわだかまりが残り、それを察した周りの人間が探りを入れてきたとしたら••••••他の者にこの告白が知られたら果たしてどうなるだろう。

 

 俺は折本へ告白した後の事を思い出す。

 

 これが異性同士ならまだ良かった。だが、目の前で起きようとしているのは女子から女子への告白だ。一之瀬の前に立つ、儚げな少女に悪意が向けられた場合、彼女は立ち上がることができるのたろうか••••••。

 

 俺は一歩前へ踏み出した。

 

《あなたのやり方、嫌いだわ。うまく説明できなくてもどかしいのだけど••••••あなたのそのやり方、とても嫌い》

 

《人の気持ち、もっと考えてよ!何で色んなこと分かるのにそれが分からないの!!》

 

 また一歩、更に一歩と繰り返し一之瀬と女子生徒の間へ割って入る。

 

「え?」

「比企谷、君?」

 

 更なるイレギュラーの登場に理解が追い付かないであろう女子生徒と、予想外の俺の登場に戸惑う一之瀬。綾小路だけは無表情で俺を見ていた。

 

「一之瀬、同じクラスになってからずっと好きでした。俺と付き合ってください」

 

 俺の告白からしばらく、誰も声を発せられずにいる。

 

 賢い一之瀬の事だ。俺の告白の意図に気付くはずだ。

 

「••••••ごめんなさい。今は誰とも付き合う気はないの。誰に告白されても付き合うつもりはないよ」

 

 あの時と同じ様に俺は困り顔の一之瀬にフラれた。

 

「あっ••••••」

 

 一之瀬に告白しようとしていたクラスメイトの女子は、自分の思いが届かないことを理解したのだろう。その口から力の無い声が漏れた。

 

「ほんと、ごめんなさいっ••••••」

 

 俯いた一之瀬から発せられたそのごめんなさいは誰に向けられた言葉なのだろうか。誰とも視線を合わせないまま、足早にこの場を後にした。

 

「••••••だそうだ」

 

 俺もあの時と同じ言葉を、唖然と佇むクラスメイトに告げる。

 

 我に返った女子生徒は俺の事をキッと、涙を溢れさせた目でで睨み付けると、一之瀬とは反対方向に去っていった。

 

 この場に残っていた一人の男がこちらに近付いて来る。

 

「一之瀬の望む現状維持が保たれ、相手も自分の気持ちを伝えた上でフラれずに済んだ。彼女からすれば一之瀬を振り向かせる猶予ができた訳か。凄いな。俺には無い発想だ」

 

 綾小路は俺をそう褒めるが、気分は全く優れない。

 

「••••••悪い、一人にしてくれ」

「分かった」

 

 綾小路が去り、ここには俺以外誰もいなくなった。

 

 俺はベストプレイスに腰を下ろし、鞄からマッカンを取り出すとプルタブを引いて口をつける。

 

 人生は苦いが、こんな時でもマッカンは甘かった。



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