じーさん家は不思議屋敷 (サンサソー)
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正和じーさん

違うんです、浮気じゃないんです。
ただちょっと精神的に疲れてて、ほのぼのが見たくて、でも無くて。だから描こうって思ったんです。

こんなシリアスを書きたかったわけじゃないんです。



それは突然だった。

 

大学寮でゴロゴロしながらスマホを弄っていた時に、久しぶりに……本当に久しぶりに親戚から連絡が来た。

 

なんかあったのかと軽い気持ちで聞いてみたら、やっぱり何かが起きていて。いや、軽い気持ちで聞くべきものじゃなかった。

 

『和正さんが亡くなった』

 

繋がって早々に、その一言が俺の鼓膜を揺らして全部持っていった。

 

 

 

 

中尾和正。俺、中尾道彦の祖父だ。母方のな。

 

俺がチビの頃は、じーちゃんじーちゃんと呼びながら後ろをついてった記憶がある。そんで、あの人は笑いながら俺を肩車してくれてた。

 

まだ物心ついてなかった時に両親を亡くした俺は、高校1年前期までじーさんに育てられた。その後は都会に出て一人暮らし。米売って儲けた幾らかを仕送りしてくれてた。

 

バイトをし始めてからしばらくして仕送りは無しにしてもらって、それからほとんど顔を合わせるどころか連絡も入れていなかった。

 

大酒飲みだったが、とんと病気にかかったことがない和正じーさん。元気いっぱいのはっちゃけてたあの人が死んだなんて、すぐには信じられなかった。

 

だってあの和正じーさんだぞ。齢90超えても米袋担いでぶん投げてた化け物だ。酒を浴びるように飲んでも、肝臓が少しも弱らなかったんだ。どんなことも、全部吹き飛ばしてしまいそうな、俺の中での無敵の存在だった。

 

招待を貰って、棺に入ったじーさんと対面した時だよ。死んだって事をやっと理解できたのは。いや、その時は理解なんてできなかったな。

 

だってじーさん、何にも変わんない顔してたんだ。ただ寝てるだけなんて言われたら疑問も持たず信じちまうぐらい、綺麗な顔してた。

 

聞けば、死体が発見されたのはじーさん家の居間らしい。敷布団の中で、気持ちよさそうに笑いながら逝ってたそうだ。

 

『寿命だったみたいよ』

 

親戚らの話が辛うじて聞こえてた。馬鹿じゃねえの。こんなの寝てるだけじゃん。

 

本当に、そう思ってた。

 

 

 

 

 

葬式が終わって、焼却炉にじーさんが入れられて。残った遺骨の幾らかを分けてもらった。骨壷の用意はお願いした。ボロボロの骨を箸で摘む。骨の軽さが、その脆さが、もうじーさんはこの世に居ないってことを俺に叩きつけてきた。

 

涙は出なかった。いや、出さなかった。だってそんなことしたらじーさんに笑われる。男子が泣くんじゃねえと一喝されるかもしれない。そんなことで化けて出て欲しくはないから、その日の夜は布団を頭まで被って静かに泣いた。

 

その後は頭に穴が空いたような、変な感じがあったせいであまり覚えていない。遺産相続なんて分からなくて、カネの大部分は親戚らが分配してって、俺にも幾らか入った。

 

そんで、じーさんの住んでた家の話になったんだが……どういう訳かみんな難色を示してた。代わりに住むという人がおらず、そんなら売られるのかとも思っていたが、家の話からまったく進まない。

 

仕方ないから、俺が貰うことにした。大学からは遠いから学友には悪いが遊びとかもほとんどできないだろうな。じーさん家の方が大事だ。

 

 

 

 

 

「……はぁ、ひっさしぶりだなおい」

 

荷物をまとめて今朝方に寮を出た。長い電車旅を経てやっと屋敷に着いた頃にはもうクッタクタだ。

 

俺を出迎えたのは大きな門。古臭い木造建築の家も、じーさんの迫力をさらに増強させてたんだろう。今にもじーさんが門を押し開けてきそうだ。

 

「………………」

「あ?」

 

ふと道先を見てみると、薄い紫色の髪をした大学生ぐらいの女性がいた。同年代…いや、ちょい下か?女性はジッと生垣を…いや、きっと生垣の向こうを見ている。じーさんと関わりがあった人だろうか?

 

「あんた、そんな所で何やってる。ここに何か用か」

「え、あ、はい。その、えっと…」

 

集中してたのか俺がいることに気づいていなかったらしく、声をかけるとわかりやすいぐらい肩を跳ねさせていた。しどろもどろになりながらも、どうやら言いたいことがあるようだ。

 

「あの、この家に住んでいたおじいさん……和正さんってどこにいらっしゃるか知りませんか?」

「……じーさんの知り合いか」

 

思った通りだ。家まで来るってことは相当世話になったんだろう。ここはちゃんと答えるべきか悩むが……隠しても仕方ないか。

 

「じーさんはこの家には居ないよ」

「そうですか…いつぐらいに帰ってくるかわかります?」

「もう帰ってこない」

「え?それはどういう…」

「死んだ」

 

女性の言葉を遮って、俺はキッパリと告げた。なんだって俺がこんな酷なことをしなきゃならないんだ。

 

「…………え?」

「死んだよ。寿命でくたばったんだと」

「…本当…ですか?」

「本当だよ。どんな関係だったかは知らんが、まあ、そういうことだ」

 

門を開けて、ふと思い立つ。反応を見るに簡単な関係ではなかったらしい。それなら、遺影と遺骨に拝むぐらい、せめてこの人の権利だろう。

 

「中に入りなよ。これから自宅墓に骨を入れる。挨拶ぐらい、しておきたいだろ?」

「……はい。ありがとう…ございます…」

 

家の中に入り、居間の隅に設けられた仏壇に骨壷を仕舞う。台に遺影を立てれば、自宅墓の完成だ。

 

線香を点てて鐘を鳴らす。軽く拝むと、後ろに退いて女性と代わった。

 

「………………」

 

女性も線香を点てて鐘を鳴らす。言葉は無い。だが目から流れた物は、きっと本物だ。それだけは確実に、じーさんに届くだろうさ。

 

女性が拝んでる間、俺はお茶を入れた。流石に何もなしにさよならはないだろうと思ったし、俺がいない間にじーさんがどうだったのかを聞いておきたかった。

 

台所から居間へと戻ると、丁度女性が立ち上がる所だった。挨拶はもう終わったらしい。

 

「まあ座ってくれ。どうぞ」

「ありがとうございます」

 

じーさんが住んでた時のまま、家具は変わってない。座り心地の良くない潰れた座布団に座らせた俺は、女性へお茶を出した。

 

「まさか、じーさんに知り合いがいたなんてな。ここら辺に住んでるのか?」

「いえ、ちょっとお休みが取れたので……気分転換にこの辺りに旅行に来たのが、和正さんと出会ったきっかけでした」

「そうかい。まあ良かったよ」

「……何が、ですか?」

「じーさん、こんなド田舎で一人だったから。自分のために涙を流してくれるような人がいたなら、最悪寂しさに苦しみはしなかっただろうと思ってな……ありがとう」

 

頭を下げる。それを見た女性は慌てたように手をパタパタと振った。

 

「いえいえ!そんな、私なんかが…」

「それでもだ。じーさんはすごい人だったが、嫌われたらとことん嫌われる人だった。だから、ありがとう」

 

俺は大学やバイトを理由に、全然会ってなかった。その間、じーさんを支えてくれたのは間違いなくこの人だ。自分の馬鹿さ加減を思い知ると同時に、本当に、感謝しかない。

 

「…顔をあげてください、道彦さん」

「っ!?な、なんで俺の名を…」

「正和さんからよく伺っていました。自分にはこんな孫がいるんだ、都会に出て頑張ってる偉いやつなんだって」

 

むず痒さがあるが、それ以前にとんでもない衝撃が俺の中を駆け巡った。ほとんど孝行も何もできなかった俺を、蓑をかぶって顔すら合わせられなかった俺をそんな風に思っていただなんて……。

 

「こうやってお話して、これだけ正和さんのことを思っていることを感じられて……ああ、この人がって、思ったんです」

「……恥ずかしいやら嬉しいやら」

 

どう返せば分からず頭を搔くと、女性はクスリと笑って手を差し出してきた。

 

「私の名前は結月ゆかりです。これも何かの縁、これからよろしくお願いしますね」

「…ああ、よろしく」

 

俺も手を出して、握手。久しぶりに感じた人の温もり。それはポッカリと空いていた穴を、少しだけ癒してくれたような…そんな気がした。

 



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酒盛りと月と毛玉

ピーンポーンパーンポーン

※注意※
この話には以下の要素が含まれます。
・一つまみのシリアス
・クリーチャー出現
・ほのぼの初心者

こちらの注意事項にご不満の方は、戻るボタンを。それでもいいという方はごゆっくりお楽しみください。



用事があるらしく、結月さんはこの家を去った。まあこの後することを考えたらいなくなってくれた方がこちらとしても都合がいい。

 

日が沈み始めたために急いで簡単な軽食を作り、縁側に置いた台に並べる。そして酒蔵から吟醸酒を一本取り出して並々と二つの器に注いだ。

 

準備が終わる頃には月がなかなかに高く昇っており、辺りは真っ暗闇に包まれる。

 

田舎、それも山ん中の夜はとにかく暗い。街明かりなんざ全く無く、都会のように街灯がそこらに立っているわけでもない。

 

肝心の家の照明もLEDなんて上等なもんじゃない。電熱費もバカにならないからさっさと変えておきたいところだ。

 

そんなわけで、頼れるのはもっぱら月明かりのみ。まあ木々で遮られたりしてあまり届かないものではあるんだが、無いよりはマシだ。

 

「………乾杯」

 

器をカチンと鳴らし、一息に呷る。ついでに冷蔵庫にあったいなごの佃煮をひとつまみ口に放り込んだ。

 

「遠慮せず……いや、遠慮なんざしないか。好きに食って好きに飲んでくれ」

 

暗い縁側に俺の声が響く。答える者はいない。

 

「昔に約束したもんな、俺が大人になったらお酌して……一緒に酒飲もうって」

 

台に置いてある器を見る。酒は一ミリも減っていない。

 

「だからまあ、なんだ。今更だろうけど一緒に飲んでくれ。いや、飲んでくれなくてもいい。一緒に月見を楽しんでくれよ」

 

都会に比べ、ここは空気が美味い。澄んだ空気は余計な妨害を受けず、満天の星空とおっきなお月様の姿を俺に届けてくれる。

 

じーさんは酒が好きだったが、特に月見酒を好んでいた。この世で一番の幸福だと、じーさんはよく言っていた。

 

『月を見ながら、飲み、食い、語る。最高じゃねえか。これ以上の娯楽なんてあるかい?』

 

デカい月、ここならその模様に至るまでくっきりと見ることができる。風になびく緑と虫の音、それぐらいしか気にならない静けさ。それは視覚と味覚をより集中させ、何やら壮大で静かな感動をもたらしてくる。

 

「……なんて、しんみりし過ぎか。こんな感じじゃ、ケツ蹴られて喝を入れられそうだ」

 

じーさんはうじうじとした奴が嫌いだった。前に進むためなら世間の常識も何もかも知ったこっちゃねえと、失敗すら恐れず突き進む人だった。

 

『失敗はいい。立ち止まってもいい。だが、甘えることは許さん。妥協もするな』

 

たぶん、俺はじーさんの影響を強く受けた。そりゃ育ちはじーさんしか知らないから、それが友人とすれ違いを起こしたりしたこともあったが。

 

「俺の大部分はじーさんで構成されてたんじゃなかろうか」

 

ため息をつきながらもう一杯、もう一杯と酒を流し込んでいく。20歳を過ぎた所で酒を飲めるようにと手を出したのだが、どうやら俺は結構イケる口らしい。じーさんみたいにとはいかないが、酔いつぶれることは滅多になさそうだ。

 

そうやって物思いに耽っていた、そんな時だ。

 

「みゅ〜」

「……あ?」

 

何やら声のようなものが聞こえた。少し周りを見渡してみるが、特に何もない。

 

「…気のせいか?」

「みゅあ〜」

「……気のせいじゃないみたいだな」

 

こんなのは聞いた試しがないが、ここは山だ。何かしらの動物がいてもおかしくはない。

 

「みゅみゅっ、みゅ〜!」

 

それにしても随分と可愛らしい声だな。猫でもいるんだろうか。

 

「……探してみるか」

 

猫ならぜひ一目見てみたい。野良だろうか。毛並みはどうなんだろう。ちょっと期待が溢れてきた。

 

何分、俺は可愛い動物に目がない。特にふわふわもふもふしたもの。男なのにおかしいかもしれないが、そんな声は全く気にしない。誰がなんと言おうと、可愛いは正義なのである。

 

「みゅ〜い!」

「……外か。すまんじーさん、少し一人でやっててくれ」

 

生垣の向こうから声がする。門を開けて生垣に沿って歩いてみる。やがて声がする所に着いてみると、どうやら生垣前の堀の中から聞こえるらしい。

 

「なんだ、なんかいるの…か……」

「みゅっ?みゅみゅー!」

 

堀の中、そこにいたのはこれまた変な生き物だった。全身が紫色の毛に覆われたまん丸、そこに可愛らしい耳が付いている。輪っかのアクセサリーが付いているのは前足か?

 

ソレは俺がいることに気づくと、前足のようなものをパタパタと振ってみゅーみゅー鳴き始めた。威嚇……というにはあまりに可愛らしく、表情には険しさよりも必死さがある。可愛い。

 

「…落っこちたのか?」

「みゅみゅい!」

 

言葉がわかるのか、コクコクと頷く毛玉。手を堀の中に入れてやると、ソレは前足を俺の手にしがみつくように巻き付けくっ付いた。

 

「可愛い…」

「みゅ?」

「ああすまん。なんでもない」

 

堀から引き上げ、両手の上に移してやる。随分と表情豊かなソレは笑顔でみゅいみゅいと鳴いている。

 

それにしても毛並みがいいな。乗せてるだけでもふわふわしてるのがわかる。そこまで乱れがないのを見ると飼われているんだろうか。

 

いや、それ以前にコイツはなんなんだろうか。こんな生物は見たことがない。''ゆっくり''の一種と言われても違和感はないな。

 

「みゅ〜?」

「…なんだっていいか」

 

おのれ、その一言だけで全て流してくる。

 

「お前は、飼われてるのか?」

「みゅ〜」

 

こちらをじっと見つめる毛玉。いや、どっちなんだよ。言葉わかるんじゃないのか。

 

「……近くに飼い主はいるのか?」

「みゅ〜?」

 

この反応、言葉はわからないのか。さっきのはただの勘違いってやつなのかな。

 

「とりあえず入るか?あんな所にいたんだし、泥を落として…そうだな、何か食い物でもやるか」

「みゅっ!みゅみゅ〜!」

「やっぱお前言葉わかんだろ」

 

『食い物』に反応した毛玉に苦笑いしつつ、家の中に戻る。桶にお湯を入れて持ってきてやると、毛玉は泥が気持ち悪かったのか桶の中にダイブしやがった。

 

「は、おいちょっと!?」

「みゅみゅ〜!」

 

飛び込んだせいでお湯が縁側を濡らす。そんな事は知らんとでも言わんばかりに毛玉はパチャパチャと桶の中を転がり泥を落とそうとする。

 

「こら、暴れるな。いま洗ってやるから」

「みゅっ!」

 

毛玉を捕まえて言葉を投げかけると、パタリと暴れるのをやめた。聞き分けのいいやつ。

 

お湯を手で掬い、毛玉にかけながら毛をほぐすように洗っていく。くすぐったいのか、時折鳴き声をあげながら身体を震わせる。可愛い。

 

「みゅあ〜」

「ははは、オヤジかお前」

「みゅっ!?みゅあ〜!」

 

気持ちいいのか、風呂に入ったおっさんのようなだらけた声を出す毛玉。軽くツッコミを入れると、『オヤジ』が不服だったのかペチペチと腕を叩いてくる。

 

「やめれやめれ、お湯が飛び散る」

「みゅっみゅっ!」

「ははは、すまんすまん。後で美味いもの食わせてやるから許してくれよ」

「……みゅっ!」

 

大人しくなった毛玉を洗い終わり、タオルで包み込んでやる。モコモコのタオルにくるまった毛玉……いい。

 

一通り拭いてやったが、毛に含まれる水分をタオルで拭ききることは難しい。未だ湿った毛を乾かすためか、毛玉は台上に乗っかって風に当たり始めた。

 

「何を食うんだろうか。ダメなものとか…」

「みゅみゅっ!」

「ん?どうした」

 

毛玉がこちらに背を向け、器用に身体を丸めた。そう、それはまるでよく熟した芋のような……。

 

「…芋?」

「みゅっ!」

「芋が食いたいのか。あるとしたらじゃがいも、長芋、紫芋……」

「みゅっみゅっ!」

 

『紫芋』が俺の口から出た所に毛玉が反応した。紫芋が食いたいのか、ホントに不思議な生き物だ。

 

「……というかさっきから言葉わかってるよな?」

「……みゅ〜」

「よし、すぐ持ってくる。待ってろ」

「みゅっ…」

 

モフッモフッと身体を俺に押し付けてくる毛玉。それだけで俺は立ち上がる気力が湧き上がった。毛玉の『チョロッ』とでも言いたげな鳴き声は聞こえない。

 

台所へと足を進める。その後を毛玉が跳ねながらついてくる。静かに月見をするはずが、どうしてこうなったのか。

 

だがまあ、騒がしくとも楽しいに越したことはないだろう。それぐらい、じーさんも許してくれるだろうさ。

 

 



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コンビニでも車で10分

ピーンポーンパーンポーン

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時は早朝。未だ暑さが残る秋だが、出る所はバンバン出る。

 

「あ、かゆ、かっっゆ!!!」

 

この世で黒光りするGよりも大嫌いな虫、蚊に食われた。6箇所ほど。

 

昨晩は毛玉を撫でながら一緒に和んでいたんだが、やはり酒が入ると眠気は相応に襲ってくる。いつの間にやら縁側で寝てしまった俺は、もう秋だというのに物の見事に食われまくった。

 

油断した。こんな田舎ではアブとかにも気をつけなきゃいけないってのに、ましてや蚊に刺されたなんて笑いものだ。

 

しかもコイツら、状況によっては冬を越す。生命力強すぎんだろ。

 

「と、とりあえず買い物メモ……あった!ついでにムヒと飯買おう!」

 

とりあえず軽く身支度を整えておくか。たぶんじーちゃんばーちゃんばっかりだから気にする人なんてほとんどいないだろうけど、念の為に。

 

「みゅ〜」

「あ?なんだお前、まだいたのか」

 

洗面台で髭を剃っていると、洗濯機の上に紫色のものがぴょんと飛び乗った。どうやらこの毛玉、あのまま家で夜を越したらしい。

 

「ということは、お前飼い主とかいないのか?」

「みゅあ〜」

「寝床とかはちゃんとあるのか?」

「みゅっ」

「そうか、あるのか」

 

なんとなくだが、コイツの言いたいことはわかる。やはり人語を理解できるからか、どう反応すれば意図が伝わるかを理解しているようだ。

 

「…やっぱり触り心地いいな、お前」

「みゅみゅ〜」

 

モフモフを見ていると、無性に触りたくなる。いや、無意識に触ってしまう。紫色の毛は洗ってやったからか綺麗で、絡まったりもしていないようだ……紫色といえば。

 

「結月さんには悪いことをしたな…」

「みゅ?」

「お前には関係ないことだろうけどよ、まあ……じーさんがくたばっちまって、んでこの家に越して来て。だいぶ追い込まれてたみたいでな。馬鹿な俺は初対面の女性に向かって『アンタ』とか、敬語も何も使わず当たっちまってな」

「みゅ……」

「もしまた会う時がありゃ、ちゃんと謝らないといけねえなぁって」

 

その時の機嫌で他人にまで迷惑かけて…ガキか俺は。

 

「みゅあ〜」

「ん?なんだお前、どうした」

「みゅい」

 

洗面台に置いていた手に前足でポンポンと叩かれる。慰めてくれてるんだろうか。

 

「……ありがとな」

「みゅっ!」

「買い物行くんだが、お前はどうする?」

「みゅ〜……みゅっ!」

「うわっ」

 

毛玉が跳ね、俺の頭に飛び乗った。行くってことでいいのか。まあ田舎だから店に来るのは車での遠出客ばかりだろうし、若いもんもいないだろ。

 

「なら、あまり動かないこと。そんでもって、声をあげないこと。約束できるか?」

「みゅっ!」

「ん、なら行くか」

「みゅー!」

 

金と免許証よし、髪よし、服よし。ひいじいさんが自作したらしいガレージから軽トラックを出し、長い買い物旅が始まったのである。

 

 

 

 

「わぁ」

 

草とほぼ同化していた何かはひょっこりと顔を出す。軽トラックが見えなくなったのを確認すると、葉を存分に広げ大きく口を開いた。

 

「わぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁわぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

まず最初に着いたのは電気屋。遠かったが、まあこんな田舎に店があるだけマシだろう。

 

まあ買うものはLEDライトのみ。買い物自体はサッと終わった。ここから戻るのがかなり面倒なだけだ。薬局とか行くとこ行ったら、道中で見つけたスーパーで飯買って帰るか。

 

「みゅみゅ〜……」

「腹減ったか?もう少しの辛抱だ、我慢しろ」

「みゅ〜…」

 

毛玉が元気なさげにペタリと潰れている。身体が小さいと動かずともエネルギーの尽きる速度が早いのか。早急に飯を調達しなければいけないな。

 

 

スーパーに入り、弁当コーナーへと直進する。料理はある程度できるが、まだ材料買って調理するほどの余裕は無い。今はパパッと済ませられればいい。

 

「お前は何か食いたいものあるか?」

「みゅ〜…みゅっ!」

 

毛玉が前足で指したもの、それは並べられた紫芋。昨晩の反応といい、よほど好物なのか。

 

目に入った海苔弁当と適当なおにぎりをカゴに入れ、ちょっとおやつにあんこ餅ときな粉餅を入れて紫芋の所へ向かう。厳選したのか、毛玉が熟考した末に指した紫芋を手に取った時だった。

 

『皆様、ご来店ありがとうございます。これより、東北じゅん子様によるずんだセールを開始します』

 

「……は?」

 

なに?ずんだ?

 

「皆さん、お久しぶりです!東北じゅん子、東北じゅん子でございます!」

 

「みゅっ?!」

「なんか選挙みたいな始まり方だな」

 

お立ち台に上がったのは、濃い緑色の髪をした高校生ぐらいの女の子。その手にはパックに包まれた餅らしき物があった。

 

「お〜、また来たんなずん子ちゃんや」

「待っとったよ〜」

「おばあちゃんたち、いつもありがとうございます!さあ、今回は前回よりも質のいいずんだができました!それを使ったずんだ餅。そう、『あんこ』など足元にも及ばない、最高の『ずんだ餅』!いかがでしょう!」

「お一つおくれ〜」

「じーさんこのずんだ餅好きなんじゃよ」

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

 

 

「……なんじゃありゃ」

「みゅ……みゅみゅい!」

「ん?ああ、そうだな。そろそろ会計に…」

「そこのおにいさん!」

「あ?うおっ!?」

 

先程までお立ち台で演説らしきものをしていたのに、いつの間にやら目の前に!?

 

「そのカゴの中にあるもの、なんですか?」

「あ?えっと…弁当と紫芋と、あとおやつの」

「『あんこ餅』……ですよね」

 

え、なに。ダメ?もしかしてあんこアンチの過激派の方?さっきの演説ってガチだった?

 

「ずんだ餅いかがですか?」

「え、いや、これで間に合ってますんで」

「ずんだ餅、いかがですか?」

「あの、ちょっと」

「ず ん だ 餅 い か が で す か」

「あ、はい。買わせていただきますです。はい」

 

了承すればずんだ餅を一パックカゴへ。軽く中身を確認してみると、きな粉餅は見つかった。あんこ餅は……姿が見つからない。

 

「ありがとうございます!どうぞまた、『ずんだ』をご贔屓に〜」

「はい。ありがとうございまひた」

 

噛んでしまったが気にする余裕はない。この子怖い。さっさと会計済ませてお暇しようそうしよう。

 

「あの〜」

「え、もっと買えと」

「ああいえ、そうでなく。その頭のは…」

 

あ、毛玉忘れてた。店の中に動物連れてくるのはまずありえないこと。じーちゃんばーちゃんたちならなんとか誤魔化せるが、そういやこの子若い子だわ。

 

「あ、えっとただの帽子ですよ帽子!」

「そうなんですか?どこかで見たような…」

「いやぁ気のせいじゃないですかね。もう秋ですしフワフワの帽子だと暖かいんですよねハハハ」

 

毛玉を手に取って軽いお手玉をする。奇行で注意を逸らしつつ、さっさと話題を切り上げなければ。

 

「では、用事があるので私はこれで。また機会があれば買いますので」

「あ、はい。ありがとうございました」

 

レジに到着。ミッションコンプリート。ここまでビビったのなんてガキの頃にホラゲーのアトラクション行った時以来じゃねえかな。

 

 

「あれって……みゅかりさん、だよね?」

 

 

 

 

「ただいま〜っと」

「みゅ〜い」

 

軽トラをガレージに入れ、玄関を開ける。何気なしに帰宅の挨拶をすれば、頭の上から返事が聞こえた。ちょっと嬉しくなった。

 

テーブルに袋を置いて、腰を落ち着ける前に茶を入れる。その間も毛玉は大人しく俺を待っていた。

 

この毛玉、何かしら騒いだりするんじゃないかと思っていたが、予想に反しちゃんといい子にしていた。ほらご褒美だ、食えよ。

 

「みゅっみゅっ」

「美味そうに食うなぁ」

 

口いっぱいに紫芋を詰める毛玉。撫でたくなるが、こういう時はNG。食事の邪魔をしたと不機嫌にさせてしまうことがある。食べ終わって落ち着いた所を優しく撫でてやるのがいいだろう。

 

さて、ムヒも塗ったし俺もお茶で一息ついたら弁当を…。

 

「わぁ」

「ブーッ!!!」

「みゅあっ?!」

 

突如テーブルに咲いた一輪の花。それだけでも驚きだというのに、この花、顔がある。人面花だ。毛玉の時みたいな『なんだこの生物』なんてもんじゃない。もはや『なんだこの妖怪』である。

 

吹いてしまったお茶が毛玉にかかるが、こっちは驚いた拍子にむせてそれどころじゃない。

 

「ゲホッエホッ……な、なんだお前。え、なんですかお前」

「わぁ」

「え、なんだよ。外?……ナニアレェ」

 

人面花が片方の葉っぱを窓へと向ける。言われるままに外を見てみると……空からなにやら黄色いものが近付いているのがわかった。

 

毛玉以上にフワフワな黄色い毛玉。毛玉と同じような2本のアホ毛をクルクル回して、ヘリコプターのように空を飛んでいる。

 

「ぎゅんぎゅーん!」

「みゅっ!?」

 

黄色い毛玉は開いた窓から中へ入ると、紫の毛玉に頭突きをかました。そのままモフモフ溢れる取っ組み合いが始まる。

 

「……なんだコレ」

「わぁ」

「ッ?!まだ全然慣れんな怖いよお前」

「わぁ、わぁ」

 

俺の言葉を無視し、人面花は袋を漁る。そして目的の物を見つけたのか、器用に左右の葉っぱでおにぎりを取り出した。

 

「わぁ」

「な、なんだ。おにぎりが欲しいのか?」

「わぁ、わぁ」

「そうか。ええっと、包装破いてやるからかしな」

「わぁ」

 

素直におにぎりを渡す人面花。ちょっと可愛い……のか?

 

包装を破き、中のおにぎりをそっと人面花の前に置く。待ってましたと言わんばかりに、人面花は大口を開いておにぎりにかぶりついた。

 

「みゅー…みゅー…」

「ぎゅーん…ぎゅーん…」

 

息も絶え絶えに取っ組み合いは終わったらしい。息を整えると、紫の毛玉が俺の方へ跳ねてきた。

 

「みゅ…」

「……友達か?」

「みゅっ」

「お迎え…か?」

「……みゅっ」

 

悲しげな表情ですぐに察せた。そうか、やっぱり帰る場所はあったんだな。

 

「……ちょっと待ってろ」

「みゅい?」

 

買った紫芋を小さい袋に移して、口をキュッと縛ってやる。それを紫の毛玉の前に置いた。

 

「好きだろ?それ。お前がいてくれて、楽しかったよ。寂しくなかった。一緒にいてくれてありがとうな」

「みゅっみゅっ」

「もし良かったら……また、遊びに来てくれよ」

「…みゅい!」

 

俺の手にポフッと身体を押し付けると、袋を咥え名残惜しそうに黄色い毛玉に前足でしがみついた。黄色い毛玉はアホ毛を再び回転させ、少しずつ中へ浮く。

 

「ぎゅんぎゅんぎゅーん!」

「みゅい!みゅあー!」

 

二匹はそのまま茜色の空へと飛び立って行った。なんだろう、たった一日だったのに寂しさが込み上げてくるな。

 

「わぁ」

「…お前も行くのか。というかどうやってここに来たんだよ」

「わぁ」

 

人面花はテーブルへ潜り込み、姿を消す。少しして、俺の横にあったテレビ台から生えてきた。

 

「……もうお前わかんない。まあ…じゃあな」

「わぁ……おにぎりをくれてありがとう」

「……?ッ?!しゃ、しゃべっ!」

「またきます」

「……あ、ああ。いつでも、えと、いらっしゃい」

「わぁ」

 

台へ潜り、人面花も姿を消した。恐らく思いもよらない力でアイツらの寝床へ移動したのだろう。

 

「……とりあえず飯食おう」

 

もう頭働かねえや。

 

糖分欲しいしずんだ餅でも食うか。

 

 



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ずんだ

ピーンポーンパーンポーン

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・ホラーみたいでホラーじゃない
・ずんだ

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何も考えられないまま夜が明けた。毛玉たちと人面花が家を去り、寂しさを覚える……暇などない。物思いに耽るよりも先にやることがたくさんある。

 

幾つもの部屋の照明を外し、買ってきた物に付け替えていく。その際に積もり積もった埃が舞いクシャミが止まらなくなった。マスクを付けてみるがなにぶん量が多い。容赦なくマスクの隙間から襲い来る埃と格闘しながら作業していく。

 

「…こんな小さかったっけ」

 

部屋を回る。つまりは家を回るってことだが、やっぱり記憶にあった家より小さく感じる。

 

一生懸命歩いてた長い廊下は、軽く10歩ほどすれば突き当たりに届く。たくさんある部屋はまるで迷路のようだったのに、今ではそこそこの数としか見れない。

 

俺はもう、ガキの頃と比べてデカくなっちまったんだとしみじみ感じる。

 

「……ここに住むのか、俺」

 

小さく感じるけど、どこか広くも感じる。うるさかったじーさんが居ないからだろう。そんで、今度は俺がじーさんの代わりになる。

 

「……なんか変な感じだな」

 

形容し難い、複雑な気持ちだ。そんな風に思いながらも手を動かす。やがて全ての照明を付け替えた俺は、今度は修理業者に電話をかける。

 

「もしもし、ちょっとトイレが壊れまして。はい、修理をお願いしたいです」

 

住所を伝え、時間の指定を話し合う。支払いは家でするらしいから、後で貯金を下ろしとかないとな。

 

「状況なんですけど、まず水が流れづらいです。出る量が少なくて、捻っても反応しない時がありまして。そんで台座なんですけど、はい、蓋を上げようとしたら一緒に取れます。座ったらガタガタ言ってズレるんで、そこも直して欲しいです」

 

これは昨日の夜に判明したことだ。初めて家のトイレを使ったんだが、蓋を開けようとしたら便座と一緒に後ろへ落ちた。どうやらちゃんとハマっていなかったらしく、状態からしてかなり前から壊れていたらしい。

 

なんとか便座をのっけようとしたんだが、なんとこの便座、割れて半分が無い。そのためかなり不安定な体勢で用を足すことになった。

 

そして俺の心に追い打ちをかけたのが肝心の水が流れない事。栓は開けてあるというのに、まったく水が流れない。何度かツマミを捻ると少しだけ出たから、何度も何度も捻ることになった。

 

じーさん、こんなのでどうしてたんだよ。変なところで面倒くさがりを出すんじゃない。

 

「はい、お願いします。失礼しまーす」

 

電話を終える。どうやら午後過ぎに来るらしいので、その間に金下ろして色々と買うか。

 

軽トラを出し、長い車の旅が始まる。銀行といったら町にあるので、田んぼとかのあるここら辺からだとかなり離れている。家出て10分程度で大抵揃う東京が恋しい…。

 

金を下ろし、そのままスーパーで良さげな買い物を幾つか小分けにして買った。これは手土産、これから付き合う……かもしれないご近所さんへの挨拶のためだ。

 

家に帰り、余計な物を下ろすと再び車に乗り込む。都会に住む者はわからないだろうが、田舎の近所はもはや近所ではない。

 

お隣さん家は徒歩数分、挨拶するにも車で行くのが当たり前。近所の家なんて、車でも数分かかる。そんなもの本当にご近所さんと言えるかは微妙かもしれないが、こちらの感覚で言えば、コンビニとかよりは近いんだから充分ご近所さんだ。田畑が接してさえいればお隣さんである。

 

「………………」

 

車で走っている時は、特段気をつけることなどない。田んぼや木々ぐらいしかないから見通しはいい。車とすれ違うことも稀。

 

そのため周りをゆっくり見る余裕がある。まあ田んぼしかないから土か青々とした畑や水田があるだけだが。

 

今向かっているのはお隣さん。畑は緑の葉っぱが覆っており、丁寧に世話しているのがよくわかる。鳥害用のカカシが立っていたり、同じく鳥害用のもう使わないDVDディスクが光を反射しながらぶら下がっているのは田舎の風物詩だろう。

 

門の近くで軽トラを停め、インターホンを押す。少しすると、若い女性の声が聞こえてきた。

 

『はーい、どちら様でしょうか?』

「隣に越してきた者です。一通り落ち着いたので挨拶に伺いました」

『そうですか。少々お待ちくださいませ』

 

インターホンが切れて少しすると、門が開き銀髪の綺麗な女性が顔を……顔を……。

 

「ようこそいらっしゃいました。私は東北家長女、東北イタコと申しますわ。あなたは……あら?どうしました?」

「え、あ、いえ。すみません、なんでもないです」

 

別に美人さんだから固まったわけじゃない。ただ、東北さんのご立派なものにたじろいだだけだ。

 

そう、この東北さん……ケモ耳が付いている!

 

「…私は中尾道彦と申します。東京から来たので何かと迷惑を掛けてしまうかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」

「はい、こちらこそ。中尾さん……もしかして、和正さんの縁者ですか?」

「あ、はい。和正は私の祖父に当たります」

「そうですの……和正さんのことは、残念ですわ。あの方には畑のノウハウを教えてくださったりと、色々とお世話になりましたの」

「そ、そうなんですか?じーさんが…」

「はい。ですので、もし何か困ったことがあれば遠慮せず言ってくださいな。全面的に力になりますわ!」

「…ありがとうございます」

 

なんだじーさん。結月さんといい東北さんといい、慕ってくれる人結構いたんじゃねえか。ちょっと安心したよ。

 

「って、あらいけませんわ。お客様を門前に立たせたままお話に夢中になってしまうだなんて。どうぞ、お上がりになってくださいまし」

「あ、ありがとうございます。あとこれ、果物ですがよかったらどうぞ」

「まあ、ありがたく頂きますわ」

 

袋を渡して、家にあがらせてもらう。といっても、午後すぎには業者が来るから長居はできないだろうけれど。

 

東北さんの家はじーさん家よりもさらに大きく広い。しかし廊下を見れば掃除は行き届いており、清潔感が見られる。これを見習って、俺も家を大掃除するべきか。

 

「東北さんの家は立派ですね。掃除とかは大変そうなのに綺麗ですし」

「姉妹と3人で暮らしているので、手分けすればそう時間はかかりませんわ。それはそれとして、道彦さんは私を東北さんとお呼びになるんですわね」

「あ、はい。苗字の方で呼んだ方が失礼が無いかなと」

「お隣さんなのですし、長いお付き合いになるのですからお気遣いは無用ですわ。それに、先程も申しましたが家には姉妹がおりますの。苗字呼びだと誰を指すのかわかりづらいと思いますわ」

「ああ、なるほど…」

「と、居間に着きましたわね。私はお茶を入れてくるので少し離れます。恐らく末の妹が居るかと思いますが、仲良くしてあげてください」

「はい、ありがとうございます」

 

襖を開け中に入る……瞬間である。凄まじい爆発音が俺の鼓膜をぶち抜いていった。

 

「おっっ……ふ…」

「な、なんですのなんですの!?何か爆発しましたの!?」

 

家の奥へと消えたイタコさんが駆け戻ってきた。なんとか立ち直った俺は居間を見回し、元凶らしき人物を発見した。

 

「あぷ…あぷぷぷぷ…」

「……イタコさん、あの子は?」

「ちゅわ〜……ハッ!?え、ええと、あの子は東北きりたん。先程申した末の妹ですわ…」

 

大きなテレビの前で小学生程の女の子が目を回していた。どうやらゲームをしていたらしく、YOU DIEDの文字とその後ろで斧を持ったマッチョのおじさんが仁王立ちしている様が映っている。

 

きりたんと呼ばれた女の子の左手にはコントローラーを握り、もう片方の手はテレビリモコンの上に乗っかっていた。どうやら何かの拍子にテレビの音量を最大まで引き上げたらしい。

 

「イタコ姉さん!何かあったんですか!?」

「ちゅわ?ああ、ずんちゃん」

「ずん……ッ、ッ?!」

 

どこかで聞いたことがあるような声に振り向けば、いつぞやのずんだのあく…ずんだぐる……ずんだ好きの女の子がそこにいた。やめて、ちょっと近づかないでくれ少しトラウマなんだキミ。

 

「あれ?あなたは、あの時のおにいさんですか」

「ああえっとはいこんにちわ。隣に越してきた中尾道彦ですよろしくお願いします」

「えっと、大丈夫ですか?」

「大丈夫、はい大丈夫ですハハハ」

「ん……あ〜…んあ?」

 

意図せずカチカチになってしまった身体を必死に動かしていると、末っ子ちゃん……ええと、きりたん?が目を覚ましたらしい。

 

「あれ…ずん姉さま、誰ですかこの人」

「中尾さんだよ。お隣に引っ越してきたんだって〜」

「きりちゃんはなんで目を回していましたの?」

「突然後ろの襖が開いたのでびっくりしまして…その時にリモコンへ手をやってしまったみたいです。つまりはそこの中尾さんのせいです私は悪くありません」

「後でお説教とお仕置きね〜」

「ふぎゃあ!」

 

何やら罪を擦り付けられそうになったが失敗に終わったようだ。初対面の人によくそんなことできるな、きっと大物になるぞこの子。

 

「あ、そういえば中尾さん。ずんだ餅、お味はいかがでしたか〜?」

「え…あっ」

 

そういえば昨晩はずんだ餅を結局食べないままに寝てしまったんだった。ずんだ餅を見た瞬間、ずん子さんの顔が浮かんで食べる気が失せたというか…毛玉たちと人面花でちょっと疲れちゃったから、そのまま寝ても仕方ない……よね?

 

「ええと、まだ食べてない…です」

「そうですか〜……イタコ姉さん、きりちゃん」

「ちゅわ?」

「なんですかずん姉さま」

「スーパーで中尾さん、『あんこ餅』を買おうとしていたんですよ」

「……あの、なぜそんな事を2人に言う必要が…はい?」

 

右手をイタコさん、左手をきりたんに掴まれた。何やらいい笑顔をしている。それを見て俺も笑顔が浮かぶ。『引きつった』という言葉が着いてくるが。

 

「なんか嫌な予感がするんですけど」

「道彦さん?まだお茶を出せていませんでしたわ。ついでに我が家自慢のずんだ餅をご馳走しますわね」

「あんこ餅なんて目につかないくらい夢中にさせてあげますよ。それに私だけ怒られるそうですし、死なば諸共です」

「ま、待って。待ってくれ。ずんだ餅はちゃんと食べますから。家に帰ったら美味しく頂きますから!?」

「ならここでずんだ餅を好きになっちゃいましょう。そうすればもっと美味しく食べることができますよ」

「もうすぐ午後なんです!用事があるのでそろそろ失礼したいのですが!」

「大丈夫です、すぐに終わりますから、ね?」

 

 

 

 

その後、無我夢中にもがいて逃げていたら、いつの間にか家の前に来ていた。業者さんには顔色を心配されたが、なんとか押し通してやってもらった。

 

心身共に疲れたから昼寝したのだが、起きると彼女らの家に置いてきてしまった軽トラが家の前に停められていた。荷台には紙が一枚。

 

『諦 め ま せ ん か ら ね』

 

その日から、ずんだを見ると震えが止まらなくなりました。

 



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家がデカいと掃除は大変

ピーンポーンパーンポーン

※注意※
この話には以下の要素が含まれます。
・クリーチャー出現
・ほのぼの初心者

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危うくずんだ信者へと洗脳させられそうになった次の日。

 

東北家の綺麗さに感じるものがあった俺は、家の大掃除をすることにした。幸いじーさんは掃除用具ぐらいは持っていたようで、買い物に行く必要はなさそうだ。少しボロボロだが充分使えるだろ。

 

俺は塵埃に弱いためマスクやゴーグルは必須。中学生の頃に部活で使っていたスイミングゴーグルだが、最大まで伸ばせば少しキツめに吸い付く程度だし、隙間も無いから何かと便利なんだよなコレ。

 

「まずは家ん中だよな。2階から順にやってくか」

 

はたきで棚などの家具に溜まった埃を落としていく。2階の全ての部屋を回ると、次は掃除機で床に落ちた埃を吸う。一昔前の代物だからか音が大きくて吸いづらいが、箒とかだと床を傷つけるから仕方ない。新しい掃除機を買う余裕はないし。

 

次に雑巾を水で絞り、家具を拭いていく。本や置物も取りだし隅々まで汚れを拭き取る。

 

「…うっわ、汚ぇ」

 

何かを拭いたあとの雑巾って、なぜか拭いた面を見てしまうな。どれぐらい汚れてるのかを知ることができるが、まあ見て気持ちの良いものじゃない。でもつい見ちまう。

 

何度か雑巾に付いたゴミを取り除きながら拭いていくと、一つ目に留まるものがあった。

 

「ん?あ、これは…」

 

バイキンマンの顔のボールだ。長い時間が経ったからか空気が抜け、ベロベロになっている。表面も少し溶けて顔が大変なことになってて、思わず吹き出してしまう。

 

これは俺がガキの頃、じーさんが買ってくれたおもちゃの一つだ。柔らかくできていて、軽く握ってバイキンマンの顔を歪めるのが楽しくて仕方がなかった記憶がある。

 

それをじーさんが面白そうに笑っていた。一緒に顔を見て笑ったのか、俺がこのボールに熱中して遊んでいるのが面白かったのか。あの笑いが微笑ましいとかではなかったのは確かだ。

 

「…ま、流石に捨てだな」

 

思い出の品とはいえ、もうボールとしての機能すら失っている。残すことに旨みは無いだろうて。

 

ゴミ袋の中に放り込む。さて、そろそろ一階に取り掛かるか。できれば冷蔵庫裏とかもちゃんと掃除しておきたい。台所は念入りにしないと、虫たちの楽園になっちまうからな。

 

「ふぅ……どっせいっ!」

 

冷蔵庫の中を空にして、少し小さめの冷蔵庫を移動させる。これでも高校ではラグビー部キャプテン。大学に入ってもジムに通っていた。いくら冷蔵庫と言えども無理な物ではない。

 

「ん、んん……どっこいせっ!はぁ、おっもい」

 

流石に疲れはするがやれん事は無い。そして冷蔵庫があった所へ目を向けた俺は少しだけ肩を跳ねさせた。

 

黒光りするヤツ、Gが一匹二匹……四匹。

 

「…あーらら、やっぱり居た」

 

だがショックはそこまで無い。こんなもの、蚊やアブに比べたら大して怖くねえ。

 

「はーい、では頑張って逃げろ逃げろ」

 

手に持つはゴキジェット。なるべく背後から近付き、一気に吹きかける。Gが逃げ始めるが、俺は容赦なく追ってジェットをかける。

 

「よし、二匹仕留めた。このまま……うおっ?!」

 

逃げ場の無くしたGの一匹が、俺目掛けて飛び跳ねた。顔面直撃コースだったから思わず叩き落とし、背中から着地したヤツへとジェットでトドメを指す。

 

「ビビったぁ……さて、後一匹…ありゃ?」

 

最後の一匹がいつの間にか消えていた。素早く辺りを見回すと、台所から出ようとする姿を発見。

 

逃すわけにはいかない。ここで見失えばまたGが増殖して面倒臭いことになる。

 

「おう待て!大人しくしろ!」

 

始まるGと俺の鬼ごっこ。Gは初動から最高速を出すことができる上に、体が平たいため様々な場所に入り込んでは俺の目を誤魔化そうとする。

 

だがこちらも簡単に諦めるわけがなく。見失えばゴキジェットを辺りに噴射して炙り出し、姿を現せば箒とゴキジェットを持って追いかけた。

 

長い間追いかけっこは続き、やがて廊下の端に追い詰めることに成功した。

 

「はぁ…はぁ…ようやく追い詰めたぞ、この野郎」

 

荷物もない、ドアも引き戸。唯一の逃げ筋は俺を越えていくしかない。Gがなんぼのもんじゃ、恐怖の象徴みたいなイメージが人々にはあるみたいだがな、お前よりカメムシの方が怖いんじゃこっちは。

 

脳裏に浮かぶ苦い記憶。ガキの頃、昼寝中に顔に登られくっっさい汁をぶちまけられたあの大事件。あれ以来カメムシにはトラウマがある。その恐怖と比べたらGぐらい……。

 

その時、インターホンが鳴った。

 

「は?こんな時に来客っってぇ!?」

 

少し意識を逸らした。その僅かな間はGに勝機を見出させる。覚悟を決めたGは羽を広げ俺の顔に突撃。衝撃に仰け反った俺の顔を台に再び跳躍、ヤツの逃走を許してしまった。

 

「だああ!なんだってこんな事に!」

 

逃げたのは玄関方面。急いで追いかければそこには…。

 

「ぎゅ、ぎゅん!ぎゅーん!?」

「え、なんでいるの?」

 

玄関の隅っこでいつぞやの黄色い毛玉がGに追い詰められていた。まあこちらとしては好都合。

 

Gを飛び越え毛玉の前に着地。それによってGが反応するが、素早く箒でヤツの前に壁を作った。ヤツは基本的に前にしか動かないため、前を防がれれば跳躍するしかない。しかし箒を飛び超えれば、そこにはゴキジェットを構えた俺がいる。

 

かくして、Gの逃走劇は終わりを告げるのだった。

 

「やれやれ……おい、大丈夫か?」

「ぎゅ、ぎゅう〜…」

 

よほどGが怖かったのか震えている毛玉。可愛い。ひとまず刺激しないようにゆっくり手を差し出し、毛玉を両手で持ち上げた。

 

「よしよし、怖かったな〜。もう大丈夫だからな〜」

「ぎゅん、ぎゅーん……」

 

震える毛玉をポンポンと撫でてやる。そんな事をしていると、もう一度インターホンが鳴った。そういや来客がいたんだった。Gとの死闘で忘れてた。

 

「はーい……て、結月さん?」

「こんにちは道彦さん…って、何してるんですかけだマキちゃん」

「んあ、知ってるんですか」

「まあ、友達ですね。震えてるようですけど、何かあったんですか?」

「ちょっとGと戦ってまして、巻き込まれちゃったみたいなんです」

「あ〜……とりあえずけだマキちゃん?もうGはいないんですから。道彦さんに引っ付いてないで離れてください」

「そうだな。俺と一緒だとまたGと鉢合わせるかもしれないぞ」

「ぎゅん!?」

 

台所はまだ冷蔵庫しかできていない。他の家具の裏とかにいる可能性も充分ある。

 

「結月さんは何か用ですか?ウチは今大掃除中ですから、急ぎでないなら後日に回して欲しいんですけども」

「引っ越しで色々と大変かと思いまして、様子を見に来たんです。大掃除ですか、私も手伝いますよ」

「いやそんな、悪いですよ」

「遠慮なんてしなくていいんですよ。それじゃあお邪魔しますね」

「ぎゅんぎゅーん!」

 

結月さんはけだマキとやらを連れて中へ入っていく。後を追うと、結月さんは上着を脱いで腕を捲っていた。美人さんがこういうことするとカッコイイな。

 

「ありがたいですけど、服とか汚れるかもしれませんよ。いいんですか?」

「はい。それじゃあ早く終わらせちゃいましょう」

「ぎゅーん!」

 

そんなこんなで二人と一匹の大掃除が始まった。俺が家具を持ち上げ、結月さんが掃除機で、けだマキが器用に2本のアホ毛を使って雑巾で掃除していく。

 

「よっと。そんじゃあここお願いします」

「先程からよく持ち上げられますね。初めて会った時は気づきませんでしたけど、身体ガッシリしてますし、腕もかなり太いですね」

「まあジムに通っていたので」

 

格好は掃除で汗をかくだろうから、動きやすくて涼しい薄着を選んだ。その辺に気づくあたり、結月さんは視野が広いな。

 

「そうなんですか。ダンベルとか持てるんですか?」

「ダンベルなら30キロのを使ってますよ。ジムの時は週一のペースで40でやってますが」

「ダンベル持ったことないから、言われてもイマイチわかりませんね…」

 

たわいもない話をしながら、着々と掃除を終えていく。途中で疲れたのか、けだマキは俺の頭の上で眠り始めた。可愛い。

 

「すみません、けだマキちゃんが」

「いえいえ。バランスを取るトレーニングと考えれば。それに可愛いですし」

「ふふ、そうですね」

 

あ、そういえばけだマキを知っているということは、結月さんはあの紫の毛玉と人面花のことも知っているんじゃなかろうか。ちょっと聞いてみるか。

 

「結月さん、ちょっと聞きたいことがあるんですけども」

「はい、なんでしょう?」

「けだマキとはまた違った、紫色の毛玉と人面花のことは知ってます?」

「紫色の毛玉と人面花……あ」

 

反応あり。やはり何か知っていたか。けだマキみたいに名前ぐらいなら教えてくれるかもしれん。

 

「けだマキみたいに、アレらに名前ってあるんですかね?」

「はい、ありますよ。紫色の生き物は『みゅかりさん』、人面の花は『あかり草』という名前があります」

「へえ、そうなんですか」

 

みゅかりさんとあかり草。どういう生き物なのかはわからんが、まあ可愛いし害もなさそうだから別にいいか。

 

「家にその三匹……二匹と一本がきたんですよ。かなり慌ただしくて、引越ししたばかりだと言うのにかなり疲れました……」

「あ、あはは。それはご愁傷さまです」

「……でも嫌じゃなかったんですよね。この家に来てから色々と溜め込んじゃってたみたいで……みゅかりさんたちのおかげでなんとかって感じです」

「……そうですか」

 

頭の上で寝ているけだマキを起こさないように撫でてやる。あ、人差し指咥えられた。可愛い。

 

「また来てくれないかなって思うんです。お礼は伝わるかどうかはわからないので、美味いお菓子とか食わしてやりたいなって」

「……きっと、また来てくれますよ。みゅかりさんも楽しかったようですし」

「それならいいなぁ。みゅかりさんすっごい可愛いし、またモフモフしたいし」

「あ、そ、そうですか」

「男が何言ってるんだって思うかもですが、俺ってああいう可愛いのに目がないんです。今までは猫に熱中してたんですが、みゅかりさんにはアレですね。一目惚れしちゃいました」

「ひとめぼっ…!?」

「あんなに可愛い子は初めて見ましたよ。また来て欲しいなぁ……って、結月さんどうしました?手が止まってますよ」

「え、ああいえ!なんでもないです!」

 

結月さんが急いで掃除機がけを終わらせる。別にそんな急がなくても良かったんだが。

 

「よっこいせ。ふぅ……よし、これで家の中は終わり。休憩しましょうか」

「そ、そうですね」

「お茶入れてきますから、そこの居間でくつろいでいてください」

「ありがとうございます…」

 

台所でお茶を入れた後、少しばかり伸びをする。この調子なら今日中には終わりそうだ。一人だったらもっと大変だっただろう。結月さん様様だな。

 

「ぎゅん!?」

「あ、すまん。頭の上に乗っけてたの忘れてた」

 

伸びをしたことで頭から落としてしまったけだマキに謝罪し拾い上げると、俺の肩辺りに乗せておく。なにか摘めるものも持っていきたいが……昨日余った果物を持っていくか。

 

果物に興奮するけだマキを注意しながら、結月さんが待っている居間へと俺は歩を進めるのだった。

 

 

未だ食べていないずんだ餅から目を逸らして。

 



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あかり草わぁわぁ事件

ピーンポーンパーンポーン

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けだマキを頭に乗せ、お茶と果物を持って居間に入った俺が見たものは……。

 

「あ…ば……」

「わぁ」

 

頭にあかり草を生やして倒れている結月さんの姿だった。完全にホラーである。

 

「え、何これ。何が起こってるのこれ」

「わぁ」

「ああうん、いらっしゃい」

「ぎゅーん!!」

 

何もないかのようにあかり草は挨拶してくる。未だに状況が飲み込めていない俺の頭から、けだマキが飛び降りあかり草へと突進をかました。

 

「ぎゅん!ぎゅーん!」

「わぁわぁ!わぁわぁわぁわぁ!」

「あーこらこら。落ち着きなさいけだマキ」

 

暴れるけだマキを両手で掴み引き離す。ビークール、自分にも言い聞かせるように俺は言葉を紡いだ。

 

「結月さーん。大丈夫ですか、生きてますか」

 

結月さんの返事はない。だが震えた右手が親指を立てたのを見るにいつもの事か、はたまた元気なのか。

 

「あかり草…だったか?結月さんの頭の上で何してるんだ」

「わぁ」

「すまん、『わぁ』じゃわからんから前みたいに喋ってくれないか」

「わぁ」

「いや『わぁ』じゃなくて」

 

何度か同じお願いをするも帰ってくるのは『わぁ』である。粘るが答えは変わらなさそうなので断念する。

 

「あかり草、そろそろ結月さんの頭から離れてくれ。結月さんは掃除を手伝ってくれて今から休憩に入るとこなんだよ」

「わぁ」

「……ダメか?」

「……わぁ」

 

あかり草は曇り無き眼で俺をじっと見ていたが、小さく鳴くと結月さんの頭の中に潜って行った。とんでもない怖い場面だが、前に何かに潜って瞬間移動していたのを知ったからな、大丈夫だろうという気持ちが湧く。

 

「う…ううん…助かりました道彦さん」

「いえ…にしても凄いことなってましたよ結月さん」

「あはは…お腹が空くと人の頭に現れて催促してくるんですよ。ちょっと耳元で叫ばれたので…」

「ああ……」

 

なるほど。お腹が空いたから鳴く猫と同じようなものか。存外に可愛いヤツなのかも。

 

そう思いながらふとテーブルに目を向けると、お茶の横に置いていたミカンやリンゴが無くなっていた。まさか…あかり草、食べたのか?

 

「わぁ」

「いや『わぁ』じゃない……もう癖になってるんだが」

 

咄嗟に反応してしまった。『わぁ』には何か中毒性でもあるんだろうか?

 

それにしても、声は聞こえたが当の本人……本草?はどこにいるんだろうか。姿は見えないぞ。

 

「ふぷ……クッ…」

「ぎゅ…ぎゅぎゅん……」

「……何か」

「いえいえ何も…ブフッ!」

「ぎゅん……ぎゅっ!」

「何か知ってるな言えよ言ってくださいお願いだから!」

 

だんだん怖くなってきた俺は結月さんとけだマキに頼むが、一人と一匹は必死に吹き出そうとしているのを堪えている。つまりは俺に何か異変が起きているのだろうが、俺自身違和感は無い。

 

「ちょっと…ふふっ、失礼しますね」

「……どうぞ」

 

結月さんがスマホを出して俺にカメラを向ける。どうやら俺に起こっていることを写真に撮って見せてくれるようだ。

 

「…はい。取れましたよ」

「どれどれ……あ?」

 

頭にあかり草が生えているのかと予想していたが、それは生ぬるかった。

 

頭に生えていた。3輪ほど。さらには肩に2輪ずつ、背中には巨大な顔面を持つあかり草がいる。

 

例えるなら『狂気』を題材にした映画を鑑賞した日に見る悪夢だろう。それもだいぶファンシーな。

 

「わぁ」

「わぁ」

「わぁ」

「「わぁ」」

【わ ぁ】

 

「……わぁ」

「え、ちょっと道彦さん?道彦さん!?」

「ぎゅんぎゅーん!?」

 

彼女らの声を最後に、頭がバグった俺は気を失った。

 

 

 

 

 

 

……ん。なんだ。

 

頭が柔らかい物に乗せられてるのか…それに、なんだかいい匂いもする。

 

「ん……」

「あ、道彦さん。気が付きました?」

「……ん!?」

「あ、ちょっ」

「「オ''ッ?!」」

 

目が覚めたら結月さんに膝枕をされていた。驚いた俺は勢いよく上体を起こしてしまい、俺を覗き込んでいた結月さんと頭をぶつけてしまった。

 

結月さんは仰け反り俺は結月さんの膝に叩き戻された。柔らかい感触は全て痛みが持っていき、『美人に膝枕をされる』という男どもの夢は粉砕された。

 

「ず、ずみません…」

「だい、じょうぶでず…」

「ぎゅーん」

「わぁ」

 

俺はとりあえず起き上がると、左手で額を押えながら右手で太ももを思い切り叩いた。

 

「フンッ!」

「わぁ!?」

「ぎゅん!?ぎゅーん!」

 

気でも狂ったと思ったのか、驚いたけだマキが俺の腹に突進した。こ、これはこれでいい痛みだ。

 

「け、けだマキ。大丈夫だから、痛みを和らげるためだから」

「ぎゅ、ぎゅーん?」

 

何か痛みを感じた時、それと同等の痛みを得ることで和らげることができる。これを応用すれば殴られても無表情のままなんてことも可能。高校でラグビーをやっていた時は何度もお世話になった。

 

頭をぶつける痛みはズキズキと芯に響く。そこを瞬間的な痛みが大きい平手による一撃で痛みを塗り替えたというわけだ。

 

しかし知らない者からしたら急に自分を叩き始めるヤバい奴である。ここは一言入れた方が良かったか。

 

「けだマキ、心配してくれてありがとな。ふわふわ」

「ぎゅーん」

 

礼を述べると胸を張るけだマキ。結月さんよりもいち早く痛みから復帰してふわふわの毛並みを堪能していると、あかり草が俺の手前に生えてきた。

 

「わぁ……」

「…大丈夫、気にしてない。ただ少しだけ自重してくれよ」

「分かりました」

「……やっぱり喋れるんじゃないか」

「わぁ」

「…うん、もうそれでいいや。わぁ」

「ぎゅん!」

「あ、すまん。手が止まっていたな、よしよーし」

 

そうやって戯れていると、痛みから復帰した結月さんがヨロヨロとこちらへ戻ってきた。

 

「もう遅いですし、私たちはこれで失礼しますね」

「え、ああもうこんな時間ですか。良かったら夕食食べていきませんか?」

「わぁ!」

「ぎゅーん!」

「……けだマキちゃんとあかり草も乗り気のようですし、お言葉に甘えてもいいですかね…?」

「任せてください」

 

台所に立ち冷蔵庫から野菜類と肉、そしてパックに入れたご飯をレンジに入れる。流石に炊く時間は無いからな、そこはご容赦願おう。

 

「さて、作るか。カレー」

 

 

 

 

道彦が台所で腕を奮っている頃、居間では結月ゆかりによるお説教が行われていた。

 

「ちゃんと反省してます?」

「わぁ…」

「先程は道彦さんが優しかったから事なきを得たものの、本当ならブチ切れられても文句は言えないんですからね?」

「……わぁ」

 

しょぼんと顔を俯かせているあかり草に見かねたのか、けだマキは助け舟を出そうとする。

 

「ぎゅんぎゅーん」

「いいえ、甘やかしてはダメです。いや、甘やかせ過ぎました。罰として一週間はご飯のメインディッシュ抜きです」

「わぁ!?わぁわぁわぁわぁ、わぁわぁわぁわぁ!」

「抗議してもダメです。今回ばかりは情け介入の余地はありません」

「わぁ……わぁ…」

「ぎゅーん…」

「……そういえばあなたにも言いたいことがあります」

「ぎゅん!?」

 

アホ毛でポンポンとあかり草を慰めていたけだマキ。しかし結月ゆかりの雷は留まることを知らなかった。

 

「そもそも道彦さんに甘え過ぎです。ほとんど初対面じゃないですか」

「ぎゅーん…」

「そんなにGから救ってもらえたことが嬉しかったんですか?」

「ぎゅん!?」

 

けだマキの脳裏にありありと浮かび上がる記憶。ゆかりがインターホンを鳴らしても反応がなく、何かあったのかと偵察することになったけだマキ。いざ家に入って早々に黒光りするヤツに襲われた。

 

人間にとっては足よりも小さい、普通の虫よりは大きいがまあ小さいと言える。しかしけだマキにとっては人間で言う大型犬並の大きさなのだ。そんなものが襲ってきて、平気でいられる者などいないだろう。

 

そこを颯爽と救ったのが道彦である。この件がきっかけでけだマキは全幅の信頼を寄せていたのだ。もはや道彦の頭はけだマキのスペースになりつつある。

 

「別にどうしようと構いませんが、後で後悔しても知りませんよ。恥ずかしくなるのはあなたなんですから」

「ぎゅーん…」

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。できましたよ〜って、何やってたんです?」

「ちょっとお説教をしていました」

「ははは、程々にしてやってくださいね」

「道彦さんも甘いですよ。ちゃんと言わないと為になりません」

「ううん……」

 

正直、こんな可愛い子らを怒るのは忍びない。やはり甘いのだろう、その辺は結月さんが適任らしい。

 

「まあとりあえず、カレーができました。どうぞ」

「ありがとうございます」

「けだマキとあかり草にはおにぎりな」

「ぎゅーん!」

「わぁ!」

 

目の前に味付けを変えたおにぎりを数個置けば、一匹と一輪は目を輝かせ今か今かとその時を待っているようだ。

 

「それじゃあ頂きましょうか」

「そうですね」

「「いただきます」」

「ぎゅーん!」

「わぁ!」

 

おにぎりへかぶりつくのを見て、微笑みながら俺もカレーを口に運ぶ。思えば、誰かと飯食うなんて久しぶりだな…。

 

「ん、美味しいです。料理もできるんですね」

「まあ一人暮らしだったもので軽く自炊は。お口にあったようで良かったです」

「……少し思うことがあるんですけど」

「はい?なんでしょうか」

 

結月さんが匙を止めてこちらを見る。何か大事な話か?俺も手を止めて聞きに徹した。

 

「思えば、初めて会った時と言葉遣いとかが違うと思いまして」

「あ〜……あの時はすみませんでした。色々といっぱいになっちゃってたみたいで、つい当たりの強い話し方を…」

「いえ、いいんです。でも、やっぱりあの時のように気兼ねなく話したいと思ったんです」

「あー……粗野ですが、それでもいいなら」

「では手始めに、私のことはこれから下の名前で呼んでもらいましょう」

「なぜ!?」

「だって、私だけ下の名前で呼ぶのは不公平だと思うんです」

 

たぶん和正じーさんと区別するためにそうしたんだろうけど……なら不公平、なのか?わからん。

 

「……そんじゃ改めて。これからもよろしく、ゆかりさん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

「…ゆかりさんは敬語外さないのか」

「もうこれで慣れちゃってるんです。気にしないで大丈夫ですよ」

「……うん、そうする」

 

少しむず痒いけれど、頼れる人がいるのはいい事、だな。

 

その後は何事もなく食事を終えた。久しぶりに囲った誰かとの食卓。それは存外心地よく、カレーの味も引き上げてくれたと俺は思う。

 

 

 

 

「ボロが出ますね」

「ぎゅーん」

「そのうちはっちゃけますよあの人」

「ぎゅんぎゅーん」

「そこ、うるさいですよ」

 

 




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梅香る荒庭

ピーンポーンパーンポーン

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・クリーチャー出現
・ほのぼの初心者

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結月さんとけだマキのおかげで一番面倒な家の中を片付けることができた。残る手入れするべき場所は倉庫と庭だ。

 

倉庫の中にはじーさんが使っていたトラクターや農作業用具が収められている。そのため土汚れがかなり目立つ。

 

「んー、まずはトラクターとかを外に出すか」

 

動かし方は車とあまり変わらない。機器や農具も外へ出し、ホースを使って水を掛ける。十分に濡らすと、ブラシを使ってこびり付いた泥や砂を落としていく。

 

「ん…じーさんこれ面倒くさがったか?」

 

かなり前からの物なのか落ちにくいし、顔を出すのは錆びた色。普段から手入れをしてればこうはならんだろ。

 

「……激落ちくん欲しー」

 

困った時は激落ちくん。買い物ついでにさりげなく店がないか探したが、取り扱っている所は無かった。

 

なんとかこうにかしつこい土汚れを落とし、隅に掃けておく。トラクターは古めの高圧洗浄機があったからそれを使おう。

 

トラクターの汚れを取るついでに、倉庫の壁も高圧洗浄機で洗っていく。蜘蛛の巣とかもかなり付いていたらしく、窓辺にジェットをかければボロボロと汚れで黒みがかった巣が剥がれ落ちていく。

 

あらかた綺麗になったら、今度は中の番だ。溜まった土や砂はいくらやってもキリがないから箒である程度掃いて終わりにしとくか。

 

一階を掃いて農具やトラクターを戻した後、階段を上がって2階へと上がる。ムワッと広がる埃の匂いに顔をしかめながら、窓を一つ一つ開けて換気する。そこで俺は鼻の異変に気が付いた。

 

「あ、まず、マスク…つけっ忘れえ''っックションッ!!」

 

窓を開けたことで空気がなだれ込み埃が舞いあがる。埃にはめっぽう弱い俺の鼻は反応し続け、くしゃみが出てはまた出て、さらに出てを繰り返す。

 

「クシュッ、ヘックション!!あ、やべ、ヘッヒ、鼻血出ックション!」

 

度重なるくしゃみで粘膜が傷ついたのか、鼻血が出始めた。急いで家の中に戻ると、ティッシュを丸めて鼻に詰める。

 

「あーやべ。あそこ埃ヤバ、ヘッ…ふぅ…」

 

なんとかくしゃみを耐え、血が止まるのを待つ。しばらくすると、まだ違和感はあるもののティッシュに付く血の量は少なくなっていった。

 

「……ん、よし。マスクとゴーグル必須だなこりゃ」

 

身体は鍛えられても粘膜は鍛えられない。いつしかマスクとゴーグルは、俺にとって無くてはならない物になってしまった。

 

支度を終え、再び2階に挑戦する。そこかしこにコガネムシとかの死骸が転がっており、箒で掃くのもちりとりで取るのも少しキツイものがある。

 

「ゆかりさんが来た時にここやらなくて良かった…」

 

どう反応するかはわからないが、けだマキがこの惨状を見れば失神するのではなかろうか。

 

「ん?セミか。ここに閉じ込められちまったのか」

 

窓のそばに落ちていたセミの死骸。おそらく入ってきたはいいものの、じーさんに窓を閉められてそのまま息絶えたのだろう。そしてそのままずっと放置されていたに違いない。

 

哀れには思っても、俺がすることは他のゴミと集めて捨てるだけ。気の毒だが、こんな所に迷い込んだ自分の不運を恨んでくれ。

 

「……さて、ここもだいぶ片付いたな」

 

元々この倉庫の2階は脆く、重いものはあまり置けない。そのためある物はデカいビニール袋などだけで、大した労力にはならなかった。

 

開けていた窓を閉め、元あった場所に物を戻す。これで倉庫は終了だ。

 

次は庭だが……その前に少し休憩しよう。

 

家に入り、縁側に座って庭を眺める。雑草がぼーぼーに生えまくり、未だに苔が残る池に水は無い。大きな木と、それを囲うように生えた低木はそこまで手入れされた様子もない。

 

「……あの木、またでかくなったんじゃねえかな」

 

俺がガキの頃からあった木。確か梅の木だったか?あの時はせいぜいそこらの木より少し小さいぐらいだったのに、今では結構見上げるぐらいになっている。

 

「しばらく見ねえ内に成長したのは、お前らもだったってことか」

 

木に限らず、そこらの雑草も背を高くしてまあ茂っていること。変なシンパシーを感じるが、俺はコイツらを引っこ抜いては捨てなきゃならない。まだじーさんが生きてたなら畑の肥料にでもなったんだろうがな。

 

「……そういや仕事、どうすっかな」

 

引越しということで特別に休みをもらえている今現在。だがそのうちまた大学へ通うようになるだろう。

 

金は今までそこそこ貯まった貯金と、遺産金がある。だが収入が無ければ金もやがて尽きるだろう。田舎だから家の維持には大金払う必要が無いものの、遠いキャンパスへ行くための交通費が馬鹿にならない。

 

車で行こうにも最近はガソリンの値段も上がってるし、駐車代に電車代もろもろ大変なことになっている。

 

だがここで立ち塞がるのが『田舎』である。店が少ないが人口も少ないため人手は足りる。結果、俺みたいな学生アルバイトを雇う店は無い。

 

かすかな希望とすれば、ラーメン屋だろうか。何故か知らんが田舎所の飲食店はラーメン屋が多い。だが自給自足のできるここいらでは客入りが少ないかもしれん。それだとさらに希望は微かなものになる。

 

「大学方面にいい感じの店があればいいんだがな……県またいで行くからバイト入れると家に帰るのが深夜とかになりそうだ」

 

こうなったら俺も農業始めてみるか?いや、俺みたいなど素人が作ったものを買ってくれるような人がいるわけが無いか。

 

「……フンッ!」

 

勢いよく頬を両手で叩く。ウジウジしているとじーさんが飛んできてぶん殴られちまう。バイトを探しつつ、手探りでも農業に手を出していけばいいんだ。売れなかったら自分で食えばいいんだから。

 

「さ、休憩終わり!最後の一仕事だ」

 

軍手を付け、手鎌を取り出す。背の高い雑草を切り根っこを掘り返してはゴミ袋へと入れていく。たまに虫と出くわすこともあるが、手前で鎌を軽く振ればどっかに行ってくれるから気にしない。

 

それにしても、しゃがみながらの作業になるから膝や腰が痛くなるな。足の筋肉も血がうまく流れなくて痺れてくるし。

 

「……ふぅ、よっこいせ」

 

適度に立ち上がっては軽いストレッチをし作業に戻る。あの木や池がある分、思ったより広い範囲をやらなくて済みそうなのが救いか。

 

しかし、何故かは知らんが普通の掃除と違って黙々と雑草の処理をするのは暇だと感じてしまう事がある。

 

「……この雑草らにあかり草が混じっていたりして」

 

ありもしない事を言って自分で苦笑していると、不意に肩を誰かに叩かれた気がした。

 

「あ?」

 

後ろを振り向くが、誰もいない。気のせいかと雑草を摘み取っていると、今度は頭に違和感を覚えた。

 

手をやってみると、パサリとした乾いた感触がある。見てみると枯れ葉が乗っかっていた。

 

木から落ちてきたのかとも思ったが、見た限り他の枯れ葉らしきものは見当たらない。風も吹いていないというのに、不思議なこともあるもんだ。

 

そう思って前へ向き直る。俺は間近にあった顔と目が合った。

 

「わぁ」

「わあッ?!」

 

驚いて後ろに飛び退く。いつの間にやらそこにいたあかり草は、表情を崩すことなく揺れている。

 

「なるほど、つまりはそういう事か」

「わぁ?」

「さっきからちょっかいかけてきたのはお前だなあかり草」

「……わぁ?」

「今日という今日は許さないからな。とっ捕まえてやる!」

「わぁ!」

 

飛びかかった俺をあかり草は地面に潜って避ける。別の場所に生えたあかり草を追って、また潜って。俺とあかり草の鬼ごっこが始まったのだった。

 

 

その時かすかに誰かの笑い声がした気がしたが、血が上っていた俺はすぐに頭から落としていた。

 



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久しぶりの大学

ピーンポーンパーンポーン

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・ほのぼの初心者

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一話の別のキャンパスに移るという部分を修正しました。キャンパスは変わりません。


とうとう休暇が終わり、また大学へと通う日々が始まった。

 

引越したとしてもキャンパスが変わることはない。大学はどのキャンパスによってどの学部学科があるかを分けている。そのため東京にある大学まで、このド田舎から向かわねえといけないわけだ。

 

高速道路、電車、もろもろ使って片道3時間以上。わざわざ電車を使うのは俺が働ける場所を探すためだ。車で全部やるよりも、駅出て軽く見て回る方が都合がいい。

 

まあこんな事をしてたら、家を出る時間、帰る時間はかなりキツイものにはなるが。寝る時間変えたらニキビとかできるから嫌なんだけどなぁ。

 

そんなわけで、9時開始の一限に間に合うために慣れない早朝に起きたせいで睡眠不足だ。普段も結構鍛えてガタイがいいからか他の生徒から避けられやすいのに、おまけで寝不足で顔が曇ってると外見最悪だ。あ、2度見された。

 

居心地の悪さに堪えながらも目的の教室に着く。基本的に大学の講義は自由席なため、俺は黒板側の窓際の席に着いている。外が見える席ならまだ眠る可能性は低いからな。

 

「…ふぁああふ……」

「おっはよーうさん!」

「うごっ」

 

今となっては少し懐かしくも感じる背中への衝撃。振り向けば見知った赤髪の女が一人。あくびが出た油断を突かれたからか、いつもは声一つ上げずに済むどつきに対応できなかった。

 

「お?反応したか?いま反応したやんな?ということはウチの勝ちか?」

「やかましい。それに毎度毎度勝手に勝負にしてるんじゃねえ」

「でも対抗しとるやろ?つまりアンタは勝負に乗ったんや」

 

小賢しい理論を述べてはドヤ顔をするソイツに呆れていると、その後ろからまた見知った顔がこちらへ近づいてきた。

 

「お姉ちゃん、また変なことしてるの?」

「変なことはしとらへんよ?これは、そう。聖戦(ジハード)なんや」

「はいはい聖戦(ジハード)聖戦(ジハード)

「ちょー適当にあしらわんといて」

「おはよう葵」

「おはようございます中尾さん」

「あ、ウチ無視?」

 

外見は髪色を除けばそっくりな2人。俺が引っ越すまでは同じ寮ぐらしの仲間であり、今まで俺が生きてきた人生では滅多に見ない『双子』だ。

 

関西弁を喋ってるのが姉の琴葉茜。一年生のはずなのに、反応がいいからと4年生である俺に何かと突っかかってくるど阿呆だ。

 

礼儀正しい良い子が妹の琴葉葵。何かと騒がしい姉とは違って静かで物分りがいい。暴走する姉を止めるでなく微笑ましそうに見ているだけなのは頂けないがね。

 

それにしても、改めて見れば髪の色以外で外見で判別できない。薄い赤色と薄い青色、これが同じだったら何かとトラブルが起きそうだ。まあ、すぐ性格や態度でわかるようになるから初見だけの話だが。

 

「んー?なんやなんやウチらの事ジッと見て。浪花の超絶美少女であるウチらに惚れたか?」

「まあ側は美少女だよな」

「え……あははそんなん当たり前やんウチと葵は最強なんやで今更わかったんかアカンでせめて最初ぐらいに気づいとかんと」

「コイツ皮肉が通じねえ」

「お姉ちゃん……」

 

『側は』の部分をすっ飛ばして何やら早口になっている茜。ここまでアホが来ると心配になってくる。

 

「……っと、そろそろ講義始まるぞ。席着いとけ」

「そうですね。ほら、座るよお姉ちゃん」

「ほえ?ああ、せやな葵」

 

茜の肩を押して俺の一列後ろの席へ座らせる葵。姉の手綱を握ってるのも大変だな。

 

さて、講師も到着し一限目の講義が始まった。大学の講義なんてものは小〜高校の授業みたいに指名されたりはせず、資料や参考書の範囲を1時間半ほど読み上げ、簡単な解説をするばかり。後は家なりなんなりで復習して理解してね、である。

 

ここで注意すべきは、スライドや板書きの写し間違い……等ではなく。

 

「…んひひっ」

「お姉ちゃんまたやってる…」

「………………」

 

シャーペンの先っちょで俺の背中を突いてくる茜である。これも俺が反応したら負け、という勝手なルールを設けられている。講義に集中しろよ、だから中間試験の時も前日にヒィヒィ言いながら勉強することになるんだぞ。

 

まずこれが気を引いて講義に微妙に集中できない。確かに講義は面倒で、後でネットに挙げられている資料を見たりすれば何とかなるようなものではある。だからといって、知らない仲ではないとはいえ暇つぶしに上級生の邪魔をするのは如何なものか。

 

ゲームに乗るのは癪だが、これで反応して『ウチの勝ち〜』だなどと調子に乗らせる方が面白くない。そんな俺をいいことに、茜は背中をツンツンツンツンツンツンツンツン。

 

初めは葵が止めてくれるかと思っていた。しかしこの子、姉のことになると途端に甘くなる。おいたが過ぎる姉への厳しい目ではなく、微笑まし気な優しい目をするのだ。それがわかってからは葵に頼ることはやめた。

 

 

 

そんなこんなで何とか耐えつつ講義終了。終わると同時に振り向きアイアンクローかました俺は悪くない。

 

「いだだだだ!ちょ、待って待って待って!」

「甘んじて受け入れるべき、そうは思わねえか葵」

「そうですね。お姉ちゃんの痛がる姿かわい……んんっ、お姉ちゃんにはいいお仕置きになると思います」

「これ以上やったら食い込む!ウチの頭が凹むていだだだ!」

 

このまま凹ませてやってもいいのだが、次の講義は別棟の教室。移動時間を考えるとそろそろ離してやったほうがいいか。

 

「ぐ、グリグリよりも痛い……」

「次はそれでやってやろうか?」

「アカンて。それだけはアカンて。道彦のグリグリは頭凹むどころか潰れてまうて」

「……まあ冗談だ。そんじゃ俺移動するから。じゃあな」

「はい、四限で会いましょう」

「またの〜」

 

 

 

 

 

 

二限も終わり、昼休憩の時間がやってきた。食事する場所といったら食堂が一般的だが、俺はあまり人の多いワイワイとした場所が苦手だから空き教室で静かに昼食を済ませている。

 

「……いただきます」

 

食事前の挨拶はしっかりと。たとえ人が居ようとも、これは欠かさずしているのもじーさんの影響だ。

 

コンビニで買った塩むすびや鮭おにぎりらを頬張りお茶を飲みながら今後について考える。

 

まずは生活についてだが、朝4時に起きる事は決定だ。農家の朝は早く、前々から習慣づけてなきゃ朝には慣れない。

 

大学卒業後は農業ではなく普通に就職することも考えたが、それだと田畑が荒れ放題になる。そこから害獣害虫が他の田畑にまで広がってしまうのだ。

 

だがその分睡眠時間が少なくなるため、大学と入る予定のバイトが終われば、1週間以上の期間が無い課題のみをこなして後は眠ろう。

 

さて、肝心のバイトだが大学に来る途中で良さげな店を見繕った。大学に近いが駅からは少し遠い場所にあった喫茶店だ。それでもまあまあ客は入っていたし、今日の講義が終わったら寄ろう。

 

「……ごちそうさまでした」

 

さて、残りの講義も頑張るか。まだ時間あるし、教室に着いたら少し仮眠でもとろう。

 

 

 

 

 

「……んがっ?」

 

肩を叩かれた感触で飛び起き、寝ぼけ眼で周囲を見渡す。一人の男子が、俺のすぐそばに立ち物言いたげな表情をしている。

 

「…………っ」

 

急いでスマホを取り出し待機画面で時間を確認する。寝始めて2時間ほど経過、俺は三限中ずっと寝ていたらしい。

 

ということは、この男子は四限の席でここを使いたいのか。

 

「ああすんませんね。今退きますんで」

 

とりあえず掲示された資料で今回の授業を埋めるしかないか。引越しでだいぶ休んじまったから追いつくのが大変だ。卒業論文もやらんといけんし疲れるわ……。

 

 

 

 

「セーフ」

「お、随分急いどったやん。どないした?」

「いやぁ寝過ごした」

「講義中に寝るなんて珍しいですね。やっぱり引越しで色々と忙しかったんですか?」

「ん、まあな」

 

四限は琴葉姉妹と同じ科目だ。春期からひょんな事で絡むようになってから、秋期でも延長線上の科目で話したりとかするようになって。

 

「あ、なあ茜、葵」

「なんや〜?」

「どうしました?」

「もし良かったら、同じ科目で俺が休んでた間の板書きとか見せてくんないかな。スマホで撮ってすぐ返すから」

「ええで……ちゅっても葵の方がウチより纏められてるし、そっち撮らしてもらいー」

「私はいいですよ。確か……この範囲だったはずです」

「おう、助かる」

 

ノートを見せてもらうと、これまた綺麗に要点を踏まえて纏められている。蛍光ペンとかも使ってるあたり、余念は無さそうだ。

 

「凄いな。綺麗なノートだ」

「そうですか?えへへ、ありがとうございます」

「せやろせやろ?ウチの葵は天才なんやで」

「もう、お姉ちゃんったら恥ずかしいよ」

「ほんと葵は凄いなぁ……茜は?」

「うっ……いや、別にええやんウチのなんて。葵の見せてもらったんなら気にせんとってもええやろ」

「毎回私のノート丸写しだもんねお姉ちゃん」

「ほー、やっぱりか」

「はぐっ……」

 

そりゃ講義中は俺で遊ぶようなヤツだ。素直に学ぶなんてありえないとは思っていたが、まあ葵頼りになるのか。

 

「ほれよく見てみろ茜。葵はこんなに工夫して頑張ってるんだぞ?これきっとお前のためだろ。蛍光ペンとかの色も可愛いし、明らかに女子力とかも負けてるぞ?ん?」

「おぐ…おぐぐぐ……」

「えへへ、そんなに褒めないでくださいよ〜」

 

珍しくたじたじな茜に気を良くして攻勢を続けた。が、まあこんなに話していたら声を抑えてもバレるわけで。

 

「そこ、話したいなら廊下出ろ。満足したら教室に戻ってくればいい。それをしないなら静かにしてくれ」

「「「すみません」」」

 

無事に講師に叱られましたとさ。調子に乗り過ぎた…。

 

 

 

 

「そんじゃ今日もお疲れさん」

「お疲れやで……ん、なんでそっち行くん?」

「お姉ちゃん忘れたの?中尾さん引越したんだよ?」

「あ、せやったせやった」

 

またボケをかました茜へ呆れた視線を向ける。四限の始まりにも話題にあがっただろ。

 

「いやぁ、今まで同じ寮で暮らしとったし、ずっと一緒に寮に戻っとったからつい」

「あはは、確かに枠被った時は一緒に寮まで行ってたね」

 

この大学では、本来は男子寮しか存在しなかった。その一部を女子も使えるように改装したことで男女混合寮となっている。その分、規則を破った際の罰則は重い。

 

「それじゃあ、気ぃつけて帰りや」

「ああ、お前らもな」

「寮はすぐそこですし、心配はいりませんよ」

 

二人と別れ大学を出る。秋の冷たい風を感じると、少し胸が痛いような、変な感じがした。

 

講義受けて、寮に帰って、飯食いながら駄弁って寝る。そういや、結構アイツらと一緒にいた時間って長かったんだなぁ。

 

 

 

 

 

「……なぁ葵」

「なに?」

 

寮への道すがら茜は浮かない顔だった。葵は理由を聞かず、ただ並んで歩いているだけ。しばらくして茜はやっと、思いの丈を口にした。

 

「辛そうやったな」

「……そうだね」

「ウチ、今日はほとんどアイツの顔見ておらんかった。いや……見てられんわ、あんな顔…」

「……私も、いざ前にしたら…前までより他人行儀になっちゃった」

 

何も変わらない。そう、変わらなさすぎる。今まで通りの姿だったが、それが余計に不自然さと不安定さを強調している。何かと絡んでいた二人にはその内が容易にみてとれていた。

 

「ボロボロやで。アイツの大好きなじーさんが亡くなって、思い出の家を守るために何もわからん所に移って」

「その上、普段の生活を無理をしてでも続けないといけない。私たちにはわからない辛さを、あの人は一人で耐えてるよ」

 

わざわざ越す必要などあったのか。今からでもこっちに戻ってくればいい。まだ猶予は充分ある。

 

そのどれもが事実。助けも無しに抱え込めるものではない。だが聞かされていたのだ。彼の祖父はどんな人なのか、自分にとってどんな存在なのか。

 

顔を輝かせて話していた彼に、亡き祖父の家を、その思い出を守ろうとしている彼に、果たして自分を大切にしろなどと言えるだろうか。そんな事、言えるはずもない。

 

「……なぁ葵」

「……なに?」

「支えて、やりたいなぁ……」

「……そうだね。私たちぐらいは…」

 

足取り重く道を行く。傾いた日は、そんな二人を照らし、長い影を作るのだった。

 



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父親

ピーンポーンパーンポーン

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・ご都合主義
・シリアスあり

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大学から少々歩いた先にある少し小洒落た喫茶店。ここいらでバイトを雇ってくれそうな店はここぐらいしかなく、逆に駅に面した店は多忙になること必須。

 

程々の客量でなければこちらの身体がダウンする。厳しい生活を送らないといけないというのに、残りの体力をバイトに食い潰されることはあってはならない。

 

そんな理由で駅から離れたこの喫茶店を選んだのではあるが、実は別の理由もある。

 

この喫茶店の名が『マキ』なのである。

 

脳裏に浮かぶ黄色い毛玉の姿。ぎゅんぎゅんと鳴く可愛らしいけだマキを思い出す。

 

せっかくやるのであれば、関係ないにしても何かしらの杭が必要だ。今回はそれがけだマキを思い出すからという何気ない理由だったわけである。久しぶりに撫でたくなってきた。

 

店に入れば、喫茶店特有のいい匂いがする。ドリンクや料理の微かな匂いが小腹を刺激し、しかし空調の効いた店内はサッパリとした過ごしやすさを与えてくれる。

 

思った通り、駅から離れているからか客は少ない。全くいないという訳では無いし、こう思うのは失礼だが、客が少なくてよかった。

 

そうやって入口に立っている俺に気づいたのか、奥から男性が一人こちらへやってくる。

 

「いらっしゃいませ。おひとり様でしょうか」

「いえ、外の張り紙を見て来ました。ここでバイトをしたいのですが店長はいらっしゃいますか?」

「ああ、バイト希望か。私が店長の弦巻です。履歴書は持ってますか?」

「少し待ってくださいね……どうぞ」

 

カバンの中から予め書いてきた履歴書を取り出し渡す。店長はザッと目を通した後、俺を奥の部屋へと案内してくれた。もしやこのまま面接を始めるのだろうか。まだ客はいたはずだが大丈夫なのか?

 

「では面接を始めようか。といっても、少しだけ質問するぐらいだから固くならなくて大丈夫だよ」

「わかりました」

「では一つ目の質問だけど、なぜこの店を?」

「ええと、接客による……」

「ああ、いいよそういうのは。普通に選んだ理由を教えてくれないかな」

「え、はい……その、近くの大学に在籍しているんですが、やはり大学に近いのと、仕事も落ち着いていそうだったからです」

「なるほど」

 

頷きながら、店長は用意した茶で一息つく。少しばかり時間を置いて、店長は再び口を開いた。

 

「次の質問だけど、どれぐらいバイトに入れる?」

「火曜の講義が少ないので、火土日の張り紙通り3時間いけます」

「ん、わかった。じゃあ最後の質問」

 

店長は少しばかり間を置いた後、声を低くし重々しく言葉を放った。

 

「ウチの娘のことは知っているかい?」

「え、店長の娘さんですか?ええと、知りません。まず『弦巻』という苗字すら今日初めて見たので……」

「……嘘はついていないようだね。ごめんね、娘目当てに来る人も多いからつい」

「そ、そうなんですか。それはあの……ご愁傷さまです」

「……よし、問題はなさそうだし、採用します。これからよろしくね」

「あ、はい!よろしくお願いします!」

 

『採用』の言葉を聞いて、肩の荷がフッと下りた。これで断られたりしたらどうしようかと思った……。

 

「それじゃあまずは仕事の説明をしなきゃね。もう少しで店を閉めるから、それまで待っていてもらえるかい?」

「はい。その間はここに居ればいいんでしょうか」

「そうだね。それじゃあ一時間ほど待っていてくれ」

 

店長は菓子類を出してくれると、部屋を出ていった。それを見届けた俺は、溢れる思いをガッツポーズへと変えた。

 

火曜には二限までしか講義を入れていない。火曜以外を指定されたらかなり厳しかったが受け入れてくれてよかった。

 

それにしても、店長の娘さん目当てに来る人がいるって言ってたな。娘さんもここで働いているんだろうか。なら挨拶しないとだが……。

 

思えばこの部屋に至るまで人の気配は無かった。出かけているのだろうか?後で店長に聞いてみるか。

 

出された菓子をポリポリとつまみつつ、店長が戻ってくるのを待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 

約一時間が経ち、店長が戻ってきた。

 

「やあ、少し遅れてしまった。すまないね」

「いえ、お気になさらず」

「ん、それじゃあ簡単な説明だけ先にしとくよ。まず厨房は私に任せてくれていいから、君にはホールを頼みたい」

「他のバイトの方とかはいるんですか?」

「元々は娘と一緒にやっていてね。今は友人と旅行に行っているから手が足りなくなったんだ。それから張り紙を出したんだけど、バイトを希望しに来たのは君が初めてなんだ」

「なるほど」

 

娘さんが旅行でいないと、厨房と接客を一人ですることになる。それで手が回らないからバイトを雇うのは当然か。

 

「それじゃあ仕事を説明していくよ」

「はい、よろしくお願いします」

 

メモを取りだし、聞く姿勢をとる。レジ打ちや注文の入れ方、細かい部分まで丁寧に教えられる。俺は必死に覚えながらも、仕事を持てた実感を遅めに感じることができていた。

 

 

 

 

一通りの説明をしてもらった後、親交のために談笑をしていた。楽しい時間だったが外も暗くなってきた。そろそろ帰らないと復習も何もできないな。

 

「では、そろそろおいとまさせていただきます」

「おや、もうこんな時間か。そうだ中尾くん、夕食を食べていかないか?聞けば君の家はここからかなり遠いそうじゃないか。そちらに着く頃にはもう夜中だろう」

「……そうですけど、ご迷惑だったりしませんか?」

「大丈夫だよ。それに……実は娘がいなくて寂しくてね。久しぶりに話が合う人と会えたし、ちょっと付き合って欲しいんだ」

 

悲しげな顔をする店長。そんなのを見せられたら、こちらとしても断ることはできない。何より……じーさんにあまり会えないまま送ってしまった。それがより負い目を感じさせるんだ。

 

「……わかりました。ご相伴にあずかります」

「そんなに固くなくていいよ。さて、夕食を作ってくるから少し待っててね」

「俺も手伝います」

「へえ、料理もできるのかい?」

「カレーとか簡単なものならいけます」

「そうかそうか。なら頼もうかな」

 

厨房に並んで、軽く会話をしながらも協力して料理をする。フランクな店長はよく話を振ってくれる。その大部分は娘さんの話題ばかりだが、どれだけ娘さんを思っているのかは理解できた。

 

俺は女っ気も無く、結婚するかどうかもわからない。でももし、子供ができたら俺はどうなるんだろうか。

 

「こら中尾くん。手が止まっているよ」

「あ、すみません!」

「いいのいいの。でも次は気をつけるようにね」

「はい!」

 

料理の途中で考え事は怪我の元だ。遅れた分を店長は手馴れたようにさりげなくフォローしてくれた。

 

「ウチの娘も、何かしら考えながら料理をすることがあってね。こういうのは慣れているんだ」

「そうなんですか…」

「うん。だからちょっと……なんだろうね。『嬉しい』に近い変な感情が湧いてしまったよ」

 

そう言う店長の姿は、離れた娘との日常を思い返す寂しさを抱えた父親のものだった。そして、俺が終ぞ見ることが叶わなかった、羨ましいとも言えるものだった。

 

「父親……か」

「ん、そういえばご両親に連絡はしたかい?家からこの辺りまで来ているってことはまだ同居しているんだろう?」

「…………俺の両親は、まだ物心ついてない内に他界しました」

 

店長の手が止まった。顔は見ていないが、きっと驚きに染っているか、『やってしまった』と思っているかだろう。

 

こうなるのはわかっていた。だから言うつもりなんて無かったけれど……なんだか親として幸せそうな顔を見ていると、やるせなくて辛くなって……つい口から言葉が滑り落ちていた。

 

少しばかり無音の時間が続いたが、やがて店長は振り向くと、その固い胸板に……俺を抱きしめた。

 

「て、店長!?」

「……実はね。私も妻を亡くしているんだ」

「……え?」

「だから君の、大切な人を失う気持ちはよくわかる。それも両親となったら辛かっただろう」

「あ……ご、ごめんなさ…」

「謝らなくていいんだよ。君だって、ずっと辛かったんだろうから……良ければ、ここを君の家だと思ってくれていい。バイトでも、お客でもなんでもいいから。辛くなったらここに来なさい」

「は……い…すみません……」

「ははは、そこはありがとうと言って欲しかったなぁ」

 

しばらく涙は止まらなかった。店長は落ち着くまで胸を貸してくれて、俺はその間ずっと動けないままだった。

 

ごめんじーさん。やっぱり辛いわ。父さん母さんも居なくて、じーさんまで居なくなって。耐えられるわけ、なかったんだ。

 

結局、涙が収まったころには料理は冷え、また作り直すことになった。それでも幾分か気が楽になった俺は、店長との談笑に花を咲かせることができるようにはなっていた。

 



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みゅかりさんとぎゅんぎゅん行くよー

ピーンポーンパーンポーン

※注意※
この話には以下の要素が含まれます。
・ご都合主義
・クリーチャー出現
・ほのぼの初心者

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店長……いや、弦巻さんに夕食を御馳走してもらい、談笑も終えて帰宅する頃には真っ暗闇に包まれていた。

 

東京と違って明かりなんてほとんどないここだが、月明かりと共にもう一つ頼りになるものがある。

 

満点の星空。都会では味わえない綺麗な星明かりだ。

 

「……何度見ても飽きないのは、越してくるまで東京にいたからなのかねぇ」

 

これがあるからか、いつの間にかじーさんのように月を見、星を見ながら酒を一杯やることが日課になっていた。といっても、酔うまでというより本当に一口含んで味を楽しみながら空を眺めるだけだが。

 

ゆったりと動く雲をジッと眺めたり、どの星が一番輝いているかを比べたり。そんで最後はおっきなお月様に行き着いたり。

 

虫の音が鳴る静かな庭も目に収めながら、ゆったりとした時間を過ごす。東京にいた時は、こういう時間はゲームに当てていたというのに……随分とジジ臭くなったな。

 

「……軽くツマめるものでも」

 

台所へ向かい、引き出しの中から煮干しの入った袋を取り出す。酒は……明日は土曜日だし、もう少しだけ飲むか。

 

もう一本追加で酒を持っていくことにし、ツマミらと共に縁側へと戻る。煮干しを数本口に入れつつ、先に残り少なかった酒瓶を空にしようと器へ傾けた。

 

「…………ん?」

 

瓶の口から何も出ない。軽く振ってみても雫一滴が零れるだけ。残っていたはずの酒はいつの間にやら消えていた。

 

「あらら。いつの間にか飲んじまってたか?しょうがない。新しいの開けるか」

 

持ってきた酒瓶を開け、波々と注ぐ。それを一気に呷ると、そばに置いてあった煮干しの袋へと手を伸ばし……。

 

「……あ?」

 

床の感触があった。目を向ければ煮干しの袋は少し離れた所へと移動しており、取って見てみれば中身が減っている。

 

まさか、またあかり草が来やがったか?それともみゅかりさんたちが来たのか……それにしては一言も無しというのが気になる。もしやじーさんが化けて出でもしたのか?

 

「…………まあいいや。好きに食って飲みな」

 

食いたい奴は食えばいい。飲みたい奴は飲めばいい。騒ぎたい奴は騒げばいい。それが酒宴だと、じーさんに聞いたことがある。

 

ふと、花の香りがした。次いで何かが焼けるような匂いも。咲いているものなど見当たらないというのに、焼けているものなど何も無いというのに、不思議と少しだけ何かが香る。しかしそれも束の間、呷った酒の匂いがそれを気にする前に濁し、煮干しの臭みが全て持っていく。

 

疲れの溜まった身体に気持ちの良い風が吹き、静かな暗闇から星が瞬く。俺は酒で火照った身体を横にして腹に布を一枚掛けて、そのまま気持ちの良いままに眠りこけたのだった。

 

 

 

 

 

 

翌日。ふと起きれば、煮干しは底を尽き酒は無くなっていた。どうやら昨日は少し楽しみ過ぎたらしい。

 

「新しい煮干しとか買っとかねえとなぁ」

 

今日は休日。といっても一昨日まで休みではあったが、その間にできることはやった。やることといえば正午からあるバイトぐらいか。

 

「ん〜……バイトついでに買い物でもするか」

 

身支度を整えて軽トラックを出す。家にあった干し柿を口にくわえながら、長い車旅を始めるのだった。

 

 

 

初めてのバイトではあるが、人と話すことにあまり抵抗がない俺は大して不足は無かった。せいぜい注文のテーブルを間違えてしまったりぐらいだが、客がそこまでないこの店ではそのミスも稀だ。

 

店長が言うには、休日だからこれでも客は来ているのだとか。しかし大学帰りに寄ってくれる学生さんたちが少ないから微々たるものではあるらしいが。これで店が持つのかと心配になるが、なんとかやりくりできていると店長は言った。

 

「それじゃあ弦巻さん、お疲れ様でした」

「うん、お疲れ様。気をつけて帰ってね」

 

大して客が入ることもなく、三時間は過ぎていった。仕事中は店長と言ってはいるが、仕事も終われば弦巻さんと呼ぶ。あんなことがあった後で他人行儀にできるわけもなく、しかしメリハリを付けるために仕事中は呼び名を変えさせてもらった。

 

まあ弦巻さんがグイグイ来るから断りきれなかったというのが本音だけど。

 

その後はスーパーでビクビクしながら買い物を済ませ、真っ直ぐ家に向かう。いよいよ家が見えてきたところで、ふと門前で何かが動くのを見つけた。

 

「……ん、誰かいるな」

 

その人はこちらに気付くと、邪魔にならない程度に近付いてきた。

 

金髪のアホ毛を立たせた女性だ。ゆかりさんと同じぐらいかな?そんで、なぜかわからないけど胸の前でみゅかりさんを抱えている。もしやみゅかりさんやけだマキの飼い主だろうか?それだとゆかりさんの立場がわからなくなるが……。

 

ガレージに軽トラックを入れ荷物片手に外へ出れば、女性の腕から紫の毛玉が飛びついてきた。

 

「みゅみゅ〜!」

「おっと、久しぶりだなぁみゅかりさん」

「みゅい!」

 

みゅかりさんをキャッチした俺は、久々の再開に内心大歓喜しながらも冷静に撫でてやる。うーんこのモフモフよ。けだマキもいいけどやはりみゅかりさんこそ原点にして頂点……。

 

「いやぁ、忘れられてるなぁ」

「あ、すみません。私はこの家に住む中尾道彦です。ウチには何用でしょうか」

「丁寧にどうも。私は弦巻マキ、ゆかりんから話を聞いてちょっと寄ってみたんです」

「ゆかりさんから……ご友人ですか?」

「ええまあ。だからそんなかしこまらないで大丈夫だよ」

 

友人……まあみゅかりさんと一緒にいたんだし本当だろう。それにしても初対面なのに随分とグイグイ来るな。まあ本人がそうしてくれと言うなら構わないんだが。

 

「みゅ〜」

「ん…ああ、そうだな。まずは家にあげよう」

「あれ、みゅかりさんの言ってることがわかるの?」

「なんとなく、ではあるんだけどな。みゅかりさんは人の言葉がわかるみたいだし、何をすればわかってくれるか考えられる賢い子なんだ」

「みゅふんっ!」

 

ムフーッと胸を張るみゅかりさん。マジ可愛い。頭を撫でてやると気持ち良さげに腕の中で蕩け出した。

 

「…………ふーん。あ、そういえば面白い話があるんだ。この間の事なんだけど」

「ふむ?」

「みゅかりさんがね、けだマキとゲーム……じゃなかった。遊んで負けたんだ。そうしたら何度も何度も再戦を要求しては負けてね」

「みゅっ!?」

 

何やら腕の中が騒がしい。荒ぶるみゅかりさんを落ち着かせようとするも、みゅかりさんはまったく落ち着きを見せない。

 

「泣きの一回でも負けてさ、相当悔しかったのかコントロー……じゃなくて、玩具を投げたんだよ。そしたらちょうどバランスボールに当たって跳ね返ってさぁ……」

「みゅー!みゅみゅー!」

「おでこにぶつけてんの!もう呆れよりも笑いが勝っちゃって、お腹筋肉痛なんだ!」

「ブフッ」

「みゅあー!!」

 

ペチペチと前足を使って猛抗議してくるみゅかりさん。可愛い。てかみゅかりさんってそんなギャグ性質持ってたのか。微笑ましいと言うべきか面白いと馬鹿正直に言うべきか。

 

というか投げたものが跳ね返っておでこに当たるとか可愛すぎないか。大丈夫かー痛かったねーと言いながらおでこを指の腹でコシコシしてやるとさらに猛反発してくる。

 

「みゅっ!みゅあー!」

「ははは……ん?あ、そうだった。家にあげないと」

「ごめんねー。話逸らしちゃって」

「みゅかりさんが可愛かったからグッド」

「みゅっ!?」

 

門を開けてマキさんを中へと招き入れる。思えばゆかりさん以外で初めて家に人をあげた気がするなぁ。

 

 

 

 

 

「え、けだマキの名前ってけだマキマキなの?」

「けだマキって呼んでるけど実はそうなんだよねえ」

 

お茶菓子も用意して始まった談笑。これがまあ面白かった。マキさんは話題が豊富で、取っ付きやすい雰囲気がある。だからついつい同級生に話しかけるような軽い感じで話してしまう。これがまた進むんだわ。

 

あまりにも俺とマキさんが喋り続けているからか、先の一件と合わせみゅかりさんは拗ねてしまったようで。俺の膝の上でバリボリとお菓子を貪っている。しかし撫で撫でを要求して居座っているあたり居心地が悪いわけではないのだろう。

 

「そういや、マキさんの苗字って『弦巻』だよな?」

「うん、そうだよ〜?結構珍しいよね」

「んだな。そんで最近バイト始めるようになったんだけど、そこの店長さんの苗字も『弦巻』だったんよなぁ」

「え……道彦さん、そこって喫茶店?」

「ああ。『マキ』って名前の……マキ?」

 

今更ながらに気づいた。もしかしてマキさんって弦巻さんの言ってた娘さんじゃね?そういや友人と一緒に旅行に行ってるとか言ってた気がする。

 

「すごいよ!こんな偶然なんてあるんだ!」

「はー、なんか……世の中って狭いんだなぁ」

 

東京の店で存在を知った娘さん、それとこんなド田舎で会うなんて。何が起こるかわからないもんだなぁ。

 

「まあでも、マキさんが居ないから人手が欲しかったようだし。マキさんが帰ったらまた別のバイト探さないと」

「え、なんでさ。ずっと働いていればいいじゃん」

「人手が足りすぎても困るだろ。ま、客としてなら行くだろうけど」

「別に気にしないと思うけどなぁ」

 

それに、いずれは農作業もしようかと思っていた。そろそろ着手し始めてもいいだろう。図書館の本とかで勉強もしてるし、まずは簡単な物から始めていくのが良さそうだな。

 

「みゅっ!」

「ん?どうしたみゅかりさん」

「みゅ〜!」

 

俺の膝から飛び下りたみゅかりさんが、俺の袖を引っ張ってくる。どうやら俺を庭に出したいらしい。

 

「はいはい。それで、何かあるのか?」

「みゅー!みゅー!」

「遊んで欲しいんじゃない?」

「みゅあー!」

「なるほど。なら何して遊ぼうか」

 

その言葉を聞いたみゅかりさんは低木の陰に隠れ、チラチラとこちらを伺ってくる。隠れる…か。

 

「かくれんぼかな?」

「みゅみゅい!」

「………………」

 

缶蹴りとか考えていたがもっとシンプルだったか。思えば、みゅかりさんちゃんと缶蹴れるか心配だし、速さだとみゅかりさんガン不利だしでナンセンスだったな。

 

「かくれんぼか……小学校以来だな」

「私もそんな感じだな〜。さー遊ぶぞー!」

「みゅー!」

 

唐突に始まったかくれんぼ。本気になるのは大人気ない気もするが、負けるのはなんか癪だし。

 

元々小さい頃にはここに住んでたんだ。元田舎っ子の力、見せてやらあ!

 

 



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かくれんぼって童心に帰るよな

ピーンポーンパーンポーン

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・モフ狂い

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急遽始まったかくれんぼ。しかし全くの無法のままやるわけにはいかないから幾つかのルールを設けた。そのルールが、これらだ。

 

・屋内に身を隠さない

・門の外に出ない

・鬼は目を瞑り一分後に行動開始

・鬼は10分以内に全員を見つけること

 

「みゅっみゅ、みゅみゅ〜」

 

今回の鬼はみゅかりさんだ。ワクワクした様子で目を瞑り、ついでに前足で隠している。もふもふ…わくわく……。

 

「道彦さん?隠れないの?」

「っと、危ない危ない。ありがとうマキさん」

 

ただ自然にしているだけで、その場から動かさないどころか撫でさせようとしてくるなんて……みゅかりさん、恐ろしい子!

 

「明らかに道彦さんが勝手にメロメロになってるだけなんだよね」

「シャーラップ。そこに可愛いがあるならば、撫でたいじゃないか。モフりたいじゃないか」

「これは重症だね」

 

無駄口を叩き合いながらも、俺とマキさんはザッと庭を見渡し隠れるのに適した場所を探す。

 

「お、あの辺とかいいんじゃない?」

「ん?……って、少し横から見ればバレバレじゃないか」

 

マキさんはニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら、発見されやすそうな場所を言ってからかってくる。ただのかくれんぼのはずなのに、変な心理戦を仕掛けてくるんじゃないよ。

 

「ん……よし、それじゃあ武運を祈ってるよ」

「誰と戦えばいいんだよ」

 

そして良さげな場所を見つけると教えず真っ先に隠れに行く。ホント、マキさんいい性格してやがる。

 

「さてさて、どこに隠れたもんか」

 

タイムリミットが迫る。だがそれに焦って下手な場所に隠れればずくに見つかるのは明白。

 

妥協せず俺が隠れた場所は……。

 

 

 

 

「みゅっみゅみゅ〜!」

 

これから探すという合図だ。かくれんぼが始まり、みゅかりさんが最初にとった行動は…。

 

「みゅあっ!!……みゅっ!?」

 

真後ろへドヤ顔をしながら振り向くことだった。無論そこには誰もおらず、予想が外れたことにみゅかりさんは驚いた声を上げた。

 

おそらく、開幕は鬼の後ろに居て、自分に気づかず鬼が前へ歩き去っていく様を見ようとする人がいると思っていたんだろう。俺も小学生の頃はよくやったもんだ。

 

俺、マキさん、みゅかりさんのメンバーでやっているためその予想は俺かマキさんへのものなのだろうが……あのからかってくる様子からしてマキさんだよな。俺に当てたものじゃないよな?

 

「みゅ〜……みゅっ!」

 

落ち込んでいたみゅかりさんであったが、すぐさま気を取り直し跳ねながら捜索を開始した。いいぞ頑張れ、マキさんをとっとと捕まえてやってくれや。でも俺の方は見ないでね。

 

「ミュッ、ミュッ!」

 

まずは家周りをぐるっと一周するらしい。ぴょこぴょこと跳ねながらも周囲への警戒は怠らないみゅかりさん。それはやがて家の裏手まで行き……同じ様子で戻ってきた。

 

「みゅ〜…」

 

次は梅の木辺りへと近付く。低木を一通り見た後、なんとみゅかりさんは勢いよく茂みの中へと入っていった。

 

身体が小さい分、低木の隙間など狭い場所を通ることができるため探索しやすい。もしあの辺りに俺が隠れていたら、突然みゅかりさんが飛び出てきて驚いてしまうんだろうなあ。

 

……いや、良くね?モフモフが飛びかかってくるのって最高じゃね?

 

そうやって俺の心がざわめき始めていると、先程の茂みからしょんぼりとしたみゅかりさんが出てきた。どうやらマキさんは居なかったらしい。

 

みゅかりさんはしばらく庭を探索していたが、見つけることはできず6分ほど経とうとしていた。よほど悔しいのか顔を俯かせるみゅかりさん。すぐさま出て撫で回したい欲に駆られるも、グッと我慢。

 

そう、後4分の我慢だ……って、何言ってるんだ俺は!まるでみゅかりさんが誰一人見つけられないと確信しているかのような考えは捨てるべきだ。最後まで頑張って俺やマキさんを見つけるかもしれないじゃないか!

 

俺が馬鹿な葛藤をしていると、遂にみゅかりさんが本格的に動きだした……というのはマキさん談。俺が頭抱えて唸ってた短い間に終わっていたからな。

 

「…………みゅっ」

 

しばらく動いていなかったみゅかりさんが迷いが一切ない様子で進み出した。そして門の横に立て掛けてある木材の裏側へと突撃。

 

「みゅあー!」

「わわっ!?見つかっちゃった」

 

しりもちをついた状態で、みゅかりさんを受け止めたマキさんが木材の陰から出現した。

 

「もう、かくれんぼなんかで本気になって。恥ずかしくないのかな〜?」

「みゅっへん!」

「グフッ」

 

マキさんのジト目と共に繰り出された一撃は、『それでも負けは負け』とドヤ顔するみゅかりさんを傷つけられず、腹いせのごとく俺の心を抉っていった。

 

「それじゃあ、後は道彦さんだけだね。みゅかりさんに見つけられるかな〜?」

「みゅみゅい!」

 

愚問である!とみゅかりさんは鳴き、くんくんと鼻を……鼻無いけど、おそらく匂いを嗅ぎ始めた。

 

 

 

 

 

という様子を、俺は()()()()()で観賞していた。

 

ガキの頃から木登りは得意だった。長い年月が経ちはしたが、身体が覚えてくれていたようで。ずっと鍛え続けていた甲斐もあってスイスイ登ることができた。きっと木登りに関しては今が全盛期だろうよ。

 

それでなぜ梅の木の上に隠れたのかというと、それはまあ俺の身体を隠せる場所が少なかったからだ。

 

庭には低木やら物陰やら隠れられそうな場所が意外と多いが、大の男が隠れられる場所はほとんどない。10分もあれば尚更であり、やはり俺よりは小柄なマキさんに有利だろう。

 

ならば鬼の意表を突き、見なさそうな場所に隠れるしかない。

 

かくれんぼにて、鬼はたいてい下か真っ直ぐにしか視線を飛ばさない。木々の僅かな隙間などに注視し、変に跡でも付いていようならすぐにわかるからだ。

 

加えてみゅかりさんは一頭身の生き物。上を見上げようにも前足で後ろに倒れないように支えたりなどしないといけない。

 

だから一番見つからなそうなのは木の上、それもかなりデカい梅の木だろうと考えたのだ。

 

「みゅみゅ……みゅー?」

「あれ、意外と難航してるみたいだね?」

「みゅ……」

 

いかに鼻が利くとて、高い場所にいる俺を見つけるのは困難だろうさ。まあ屋内が禁止されている以上、こうでもしないと勝てないからな。みゅかりさん、悪く思うな。

 

「……残り2分足らずか。みゅかりさんは行ったり来たりしてるし、大丈夫そうだな」

 

太い枝から落ちないように気を張りつつ、みゅかりさんたちの動向を観察する。いかにこのポジションが強いかを語ったが、見上げられたらやはり一発でわかってしまう。

 

見つかるかもというワクワクと、見つからないでくれというドキドキ。この二つがあるからこそ、かくれんぼってのはいつであろうと楽しいんだよな。

 

「……すぅ、はぁ。いい匂いだ…」

 

しかしそれらに身を任せすぎるのも良くない。俺は今、高所にいるんだってことを自覚しとかないととんでもないことになるからな。

 

気持ちを落ち着かせるために大きく息をすれば、胸いっぱいに梅の香りが広がる。落ち着くだけでなく頭までスッキリしてくる。梅って何にでも使えるし……じーさんを思い出すから好きなんだよな。

 

庭の手入れをした後のじーさんはいつも梅のいい香りがしてたのを思い出す。じーさんはこうやって登ったりとかしてなかったはずだが……何やったらあんなに匂い付くんだろうな。

 

なーんて、考えていたらそろそろ10分が経つ頃か。かくれんぼって、絶対勝つぞって気合い入るけど、勝っても実感とか無い分あっけなく感じるんだよなぁ。

 

さて、みゅかりさんたちの様子は……ん?

 

「みゅあ〜」

「日向ぼっこ気持ち良さそうだねみゅかりさん。あ、さっき見つけたんだけど煮干し食べる?」

「みゅっ!」

 

「こらあっ!?勝手に終わってるどころか食い物漁るなぁ!?」

 

縁側でくつろぐ二人。マキさんが勝手にとったであろう煮干しの袋を見せた時には、思わず怒声が口から出ていた。

 

そんな俺の様子を見た二人は、ただ一言。

 

「みーつけた」

「みゅみゅい!」

 

なんたる卑劣。なんたる卑怯。こちらの追求はのらりくらりと躱され、『負けは負けだ』とみゅかりさんに叩かれた。そして煮干しも食われた。

 

必勝の覚悟で臨んだかくれんぼは、まあなんとも情けない終わりを迎えたのだった。

 

 



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別れの時

ピーンポーンパーンポーン

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かくれんぼも終わり、縁側に並んで座る俺たち二人と一匹。

 

未だにかくれんぼの結果を引きずっている俺の横で、マキさんは何食わぬ顔で太陽光を堪能し、みゅかりさんはバリボリと遠慮なしに煮干しを貪っている。

 

「もう、ごめんって。あんな手を使ったのは謝るからさ〜」

「みゅっみゅ!」

「……いや、引っかかった俺が悪い」

「あちゃあ、どうしよう……あ、そうだ。みゅかりさん」

「みゅ?」

 

庭にのみ視線を向けて黄昏ていると、なにやら横が騒がしくなった。だが俺は一切目を向けない。

 

拗ねてるわけではない、思えばあんな見え見えの手に引っかかってしまった己を恥じているだけだ。つまりは落ち込んでいる。脳内大反省会である。我ながらガキっぽい。

 

「道彦さん、こっち向いてよ」

「……なんブッ?」

「あっは!引っかかった!」

 

肩を叩かれたので無意識に顔を向けてしまった。その結果、いつの間にか横に来ていたマキさんの罠に引っかかった。肩に乗せられたままだった手から伸びていた人差し指が、俺の頬を潰したのだ。

 

「また懐かしい事を…」

「そう?結構最近な気もするけど……ねっ!」

「ブフォッ!?」

 

そして膝に乗せていたみゅかりさんを顔に押し付けられた。すぐさま取ろうとするが、何故かみゅかりさんは前足を使ってしっかりとしがみついて離れない。

 

「道彦さんモフモフ好きでしょ?元気出たかな?」

「ムー!ムググーッ!」

「……あれ?」

 

モフモフは大好きだ。愛していると言っても過言ではない。だがこれはマズイ、みゅかりさんが顔に張り付いているせいで息ができない!

 

「ちょ、みゅかりさん離れて?そのままじゃ道彦さん死んじゃうからね〜!?」

「みゅ…む……」

「あ、フリーズしてるこれ。道彦さんそのままね?よいっしょー!」

「ムグッ!?」

 

突然前へと引っ張られる感覚。おそらくマキさんがみゅかりさんを引っ張ってくれているのだろう。少しして、なんとかみゅかりさんを引き剥がすことに成功。みゅかりさんは目を回してグッタリしていた。

 

「ふぅ……なんでみゅかりさんの方がダウンしてるんだ」

「……あ、うん。押し付け方間違えちゃったね。次やる時は後ろ側でやるよ」

「何を間違えたんだ。それに次の機会なんて無いぞ」

 

何かを察したマキさんは言葉を濁しているが俺にはサッパリ。少し問い詰めてものらりくらりと躱すため、大して知りたくもないしそのまま話題を終わらせた。

 

茶を一服した後、みゅかりさんが大半を食った煮干しの袋を引き寄せ、ひとつまみ口に放り込む。

 

そういやこの煮干し、ガキの頃に背を伸ばすんだって言って爆食いしてたな。まあそんなだから、未だに煮干しを食べ続ける習慣が抜けきっていない。

 

「あ、私も欲しいな」

「ん…はい」

「ありがと〜」

 

しばしの間、互いに言葉もなく茶と煮干しをつまみながら庭を眺めていた。ふと上を見れば、青々とした空が広がっている。

 

「……いい天気だなぁ」

「そだねぇ……」

「「ふふっ」」

 

ジジババか、と心の中で1人ツッコめば自然と笑いが出た。マキさんも同じ感じだったのか、同じように笑みがこぼれていた。

 

「ここって、いい所だよね。静かで、のどかで……」

「東京の喧騒に長く触れていたぶん、心地良さがひとしおだ」

「たしかに」

 

降り注ぐ日光が心地良い。吹く爽やかな風が心地良い。風にざわめく木々の音が心地良い。

 

心を癒すには、やはりこういった自然豊かな田舎がうってつけなんだ。

 

「……みゅあ?」

 

そうしていると、どうやらみゅかりさんが起きたらしい。ポケーっとしながら近くにあった煮干しを掴み、あーと口を開け美味そうに食べ始めた。可愛い。

 

「……やっぱりみゅかりさん可愛いなぁ。俺も猫でも買おうかな」

「え…ま、まあ猫なら、外に出したらどっか行っちゃって居なくなっちゃいそうだけどね〜」

「いやいや、好奇心旺盛でなければそうでもないんだな。なんだかんだ、田舎だと山よりも飯や寝床に困らない家にいることが多い。住宅街とかだとどこでもいいから」

「へえ〜」

 

取るに足らない豆知識を披露している間に煮干しを食べ終えたみゅかりさんが動く。まだ眠気が抜けきっていないのか、いつもよりゆったりと移動してマキさんの膝によじ登った。

 

 

「……ん、みゅかりさんといえば、ゆかりさんはどうしてるんだ?」

「ゆかりん?ゆかりんはねぇ……あ、ほら。私たちって旅行で来てるじゃない?そろそろ帰るから荷造りしてくれてると思うよ」

「……え?あ、そうか。旅行だもんな」

 

何度かゆかりさんも遊びに来てたから、ついご近所さんのような感覚に陥っていた。そうだよな、マキさんだって家は俺がバイトしてる東京だし、ゆかりさんも旅行で来てじーさんと知り合ったって言ってたもんな。

 

「帰るのか…寂しくなるなぁ」

「おー?大の大人が弱音なんて吐いていいのかな〜?」

「いいだろ別に。マキさんとは今日が初めてだったとはいえ、ゆかりさんやみゅかりさん、けだマキやあかり草たちがいたから、こんな何も無いような場所でも楽しかったんだよ」

「……そっか」

「というか、歳は全然離れてないだろ。そこ突いても大して痛くないぞ」

「あ、たしかに」

 

そう、こういった何気ない会話も楽しかったんだ。じーさんの居ない家で一人でいるのは辛い。だから、マキさんらに会えたのは幸運だった。楽しかったなぁ……。

 

「まあでも、私とはバイト先で会えると思うし」

「……まあ、そうだろうけど」

「それに、ゆかりんも喫茶店『マキ』の常連さんだしね。そう悲観することはないと思うよー?」

「え、ゆかりさんもあの辺りに住んでるのか?」

「んーん、ちょうど通勤途中にあるから寄ってくれてるんだよ」

「へ〜」

 

そういやゆかりさん働いてるんだったな。てことは高卒で社会に出たということか。

 

「立派だなゆかりさん」

「ホントにね〜」

 

膝の上で丸まっているみゅかりさんを撫でながらマキさんが煮干しをつまむ。すると、マキさんの指に着いた煮干しの匂いにつられたのか、みゅかりさんはマキさんの指をガッシと捕まえた。

 

「みゅあ〜む…」

「ちょっとごめんねー、離してくれるかなー?歯が当たって痛いな〜なんてちょっと痛い痛い痛い!?」

「みゅかりさーん。ほら、ここに買った紫芋がまだあるよ〜」

「っ!みゅあ〜!」

 

みゅかりさんの好物、紫芋の力は絶大だった。寝ぼけていたみゅかりさんはすぐさま覚醒しマキさんの指を離すと、紫芋を持った俺へと飛びついてくる。

 

「よっと」

「みゅっ!?」

「お、ナイスキャッチ」

 

紫芋を持っていない方の手でみゅかりさんを捕まえると、抱え直しながら紫芋を与えてやる。頬いっぱいに頬張るみゅかりさん。可愛い。

 

「さて、そろそろ帰らないと。荷造りして、明日の朝には出ないといけないから」

「そうか……あ、そうだ。ちょっと待っててくれ」

 

みゅかりさんをマキさんに渡し、急いで台所へと向かう。ビニール袋を取り出すと、その中に野菜や果物、それと紫芋も詰めていった。

 

「ん、これぐらいか」

 

居間へと戻れば、マキさんはみゅかりさんを頭に乗せながら縁側で鼻歌を歌っていた。

 

「お、何その袋」

「野菜とか紫芋とか色んなの入ってる。持ってきな」

「みゅ!?」

「あーダメだぞ。せめて帰ってから食いな」

「みゅあ〜」

 

紫芋に反応したか突進の構えをとったみゅかりさんをすぐさま宥める。あれだけ煮干しと紫芋食っておいてまだ食うつもりか。

 

「あはは。ありがとね、ゆかりんもきっと喜ぶよ」

「それなら嬉しいけど」

 

家を出て、マキさんを門まで送る。本当なら車使って送ってやりたかったんだが、流石にそこまではと断られた。それだとかなり歩くことになるだろうけど、無理強いはできんしな。

 

「今日は楽しかったよ。ありがとね」

「こっちこそだ。また旅行で来ることがあれば寄ってきな」

「うん。まあ店で会うだろうけどね。じゃあね〜」

「みゅあ〜」

 

マキさんは軽く手を振ると歩いていく。みゅかりさんはマキさんの頭に乗ってこちらへと前足をブンブンしてた。可愛い。

 

「ゆかりさんたちには挨拶もしてないけど……マキさんがよろしく言ってくれるだろ」

 

家の中へ戻り、残った煮干しを口にしながら縁側でくつろぐ。あーあ、俺の茶がぬるくなっちまった。

 

「………また、一人になっちまったな」

 

誰かが居なくなると、毎度のことだが家が広く感じる。いつもより静かで、いつもよりハッキリと自然の音が聞こえるようになる……寂しいな。

 

「中尾さ〜ん」

「……あ?」

 

門の外から誰か呼んで……なんだ?身体が勝手に震えて…。

 

「中尾さんいらっしゃいますか〜?隣の、東北ずん子です〜」

「ヒェッ」

 

寂しいとは言ったがトラウマが来ていいわけじゃない。

 




評価ありがとうございます!励みになります。


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きりたんぽっぽー

ピーンポーンパーンポーン

※注意※
この話には以下の要素が含まれます。
・ご都合主義
・ほのぼの初心者
・ずんだ
・実在するゲームの登場(スマブラ履修推奨)

こちらの注意事項にご不満の方は、戻るボタンを。それでもいいという方はごゆっくりお楽しみください。



恐怖におののきながらも門へと近付く。この先に、この門を挟んだ先にヤツがいる。俺にとってのトラウマが……。

 

『ず ん だ 餅 い か が で す か』

 

「ウッ」

 

あの底なし沼のような瞳に凍りついた笑み。今でもたまに夢に見る。その元凶が今、ついに家にまで進撃してくるとは。

 

「中尾さ〜ん?居ないんですか〜?」

 

居留守……はダメだ。トラウマ以前に『逃げ』という言葉が頭をよぎる。ええい、男は度胸!何を恐れる必要がある。もしもの時は、また身動き取れなくなる前に逃げればいいんだ。

 

意を決して門を開ける。やがて見えてきたのはやはりあの悪魔の顔だった。

 

「あーえっと、いらっしゃい。じゅん子さんと……きりたん、さん?」

「こんにちは中尾さん。そちらは年長者なんですし、ずん子とでも呼んでください」

「敬称敬語は気持ち悪いので私もきりたんでいいです」

 

小学生からの『気持ち悪い』にガチめに傷つきつつ、とりあえず家に上げ、お茶と菓子を出す。正直気が気じゃないが、早めに要件聞いて終わらせたい……。

 

「今お忙しかったりしないですか?」

「ああ、うん。大丈夫だけど」

「そうですか。では……あ、これ良かったらどうぞ」

 

話を切り出すかと思いきや、何やら大きめの紙袋を取り出したずん子さん。この時点で何が入ってるかはだいたい予想がつく。

 

「ずんだ餅です」

「ですよね」

「丹精込めて手塩にかけて育てた枝豆をよくよく潰して質のいい砂糖で作り上げたずんだを適量に塗したずんだ餅です」

「ア、ハイ」

 

その他もろもろのずんだ餅とは違うのだという気迫。相変わらずずんだ餅への熱意が半端ない。

 

「それで……ご要件は?」

「ああそうでした。実はイタコ姉さんと仕事で遠出をすることになったんです。なのできりちゃんを中尾さんに預けたいんです」

「……うん?」

「というわけで、これからよろしくお願いします中尾さん」

「いや待って待って待って」

 

いや預けるって、引っ越してきたばかりで顔も2回ぐらいしか合わせてない俺に、小学生のきりたん預けるとか正気か?あときりたんは預けられる前提で話を進めないで。

 

「中尾さん自身に関しては和正さんのお墨付きですし、家にも近いここの方が何かと都合が良くて……」

「それともなんですか?中尾さんは私みたいな小学生にも欲情しちゃう人なんですか?変態さんですね」

「こっ……」

「きりちゃん帰ってきたらお仕置ね」

「救いを求めます」

「中尾さん?」

「ギルティ」

「そんな!?鬼!悪魔!」

 

途端に不利になったきりたんだが、まあ温情をかけるわけがない。ずん子さんにこってり絞ってもらおう。

 

「それで、いつ頃帰宅予定なのかな」

「恐らく一週間後ですね。小学校の方はこちらで何とかしますのでご心配なさらず」

「そう…か」

 

少し腑に落ちない所もあるが、じーさんもお世話になってたようだし断るのも悪いか。

 

「うん、わかった。二人が帰ってくるまできりたんを預かろう」

「ありがとうございます!ほら、きりちゃんもお礼」

「ありがとうございまーす」

 

 

 

「あの、少し家を見て回ってもいいですか?久しぶりなので」

「いいけど……じーさんに上げてもらったのかな?」

「はい。少しだけでいいですから」

「ん、全然構わないよ。好きなだけ見ていくといい」

「ありがとうございます」

 

確かに交流があったなら家に上げることもありえるか。良かったなじーさん。ちゃんと慕ってくれる人がいてくれて。

 

「そんじゃ改めて、これからよろしくなきりたん」

「はい、よろしくお願いしますね」

 

こうしてきりたんを家で預かることになった。まあ一週間だし、せっかくのお隣さんなんだから仲良くしてやりたいが……。

 

 

 

 

 

「きりたん、飯できたぞ」

「はーい」

 

これがずん子さんが帰ってからの初会話である。この小学生、俺が出した炬燵に住み着き延々とゲームをしている。しかもだ。

 

「飯の時はゲームはやめなさい」

「……はーい」

 

かなり反抗的である。一応聞いてくれるから悪い子ではないのだろうが、間や態度にどことなくこちらを舐めているのが見て取れる。

 

「なあ、なんでそんなに舐めてかかるんだ?家でもそんななのか?」

「いえ、ずん姉様とイタコ姉様を例外として自分よりも弱い人には極力従いたくないので」

「弱いって……まさかゲーム?」

「いぐざくとりー」

 

力や頭なら経験なども積んでる俺の方に分がある。だがきりたんは根っからのゲームっ子らしい。確かに小・中学生でゲームが上手いのはステータスだ。だがそれは大人になると大したことにはならない。

 

こりゃ、姉二人も大変そうだな。

 

「なら、きりたんにゲームで勝てば大人しく言うこと聞いてくれるんだな?」

「はい。まあ中尾さんは最近忙しかったでしょうしゲームとか触る暇もなかったんじゃないですか?」

 

確かにそうだ。引越しやバイト探し、大掃除にみゅかりさんたちの襲撃と暇を持つことはほとんどなかった。でもゲームは別だ。たくさんのゲームをやってきたがある程度の動きは指が覚えてる。

 

「ではやりましょうか。家から持ってきていたこの……スマブラで!」

 

やった得意ゲームキタコレ。

 

 

 

 

 

と思ったのだが。

 

「無難にマリオやるか」

「それでは私はルイージを使います。ぐふふ……」

 

 

「コンボ入りまーす」

「は、ちょっ」

「おらおらー」

「ずらせな…」

 

「……よしあと1ストックだ」

「あ、横B暴発した」

「チクショウメエエエッ!」

 

 

 

言うだけあった。ありすぎた。

 

即死コンボの精度が高く、ズラしにも即対応してくる。おまけに最後は運要素まで絡む爆発技でフィニッシュされた。これほど惨めな終わり方は復帰ミスぐらいしかないだろ。

 

「ぷぷぷ、小学生にボコボコにされて、恥ずかしくないんですか〜?」

「ん…グギギ……」

 

いいさいいさ。落ち着け俺。

 

そっちが即死コンボ(そういうの)でくるならこっちもやることやってやる。

 

俺はキャラ選択画面にて、無情にも最後から二番目のキャラを選択した。

 

 

 

「超ぱちき最速風神拳ジャンプナックル超ぱちき最速風神拳魔神閃焦拳」

「技を全部言わないでください創造神の真似事ですか」

 

「ほい2スト目」

「ぐ…ぐぬぬ……でもまだ1ストあります!ここから逆転」

「ヘブンズドア」

「え、ちょ道ずれはあああ!!」

 

Kazuya Misima Win!

 

 

 

即死には即死を。やり返してスッキリ……はしないなぁ。いや、何やってるんだ俺。小学生に煽られたからと大人気なくカズヤ出してるんだ。

 

違う、スマブラは楽しいパーティーゲームのはずだ。こんな恨み恨まれのものじゃない。

 

「………………ません」

「ん?」

「こんなの認めません!即死無し道ずれ諸々無し!正々堂々勝負です!」

「……そだな。こんなのじゃ楽しくないし、真っ向勝負といくか」

 

『ガノンドロフ』

 

互いの機体から同時にキャラ名の音声が聞こえた。選ぶキャラも同じときた。こりゃ負けられんな。

 

「儀式は?」

「しますか」

 

試合開始と同時に突撃。次いで大技を溜め込んだ。

 

「「魔人拳!!」」

 

童心に帰ると言うが、今日ぐらい羽目を外して思いっきり楽しもう。大人としては恥ずかしいことだけど、仲良くなることは恥ずかしくなんかないことなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずんちゃん、どうでした?」

「幾つかの妖力が強くなってました。でも人に危害を与えられるほどじゃないと思います」

「そうですか。念を入れて張り替えておかないといけないかもしれませんわね」

「そうですね

 

 

道彦さんは、絶対に正和さんのように死なせはしません」

 




徹夜明けで書いたので文も内容も心配。


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妹が居たらこんなに感じなのかな

ピーンポーンパーンポーン

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きりたんが家に来るというトンデモイベントがあったものの、それが嫌かと問われればそうでもない。

 

寂しさを埋めてくれるのが何よりありがたく、ゲームの趣味も合う。きりたん本人はどうやら先日のスマブラのおかげでだいぶ打ち解けてくれたらしく、舐めるような態度はなりを潜め、素直ないい子となっていた。

 

だからこそまあ愛着は湧くもので。妹ができたみたいで嬉しかった俺は少しきりたんに対して甘くなってしまった。もちろん限度も弁えているしやり過ぎもしていない。だがお願いを結構な頻度で聞いてしまうのも事実だ。

 

「道彦さん。リモコン取ってください」

「そんぐらい自分で取りなさい」

「えー、めんどくさいです」

「くすぐりまでさーん、にーい」

「わ、わかりましたよ!自分で取ります!」

 

たまにお願いを通り越してワガママを言う時もあるが、そういう時はくすぐりをチラつかせることでなんとか手綱を手放せてはいないという状態だ。少し前にお仕置きでくすぐりまくったのがよほど堪えたのだろう。

 

「あ、そういえば道彦さん。女の子にくすぐりをするのはセクハラだって聞きましたよ!つまりもうその切り札は効果を発揮しません!」

「残念ながらそれが当てはまるのは中学生以上。小学生はまだ躾の対象なので大人しく笑い転げていればいいんです」

「くっ…!」

 

小学生ゆえか仕入れた知識をよく吟味せず使っては自分の首を締めていく。俺もそんな時があったなぁとしみじみしつつ、生意気にも反撃せんとしたきりたんへと近づく。

 

「さて、不発とはいえ一発は一発だ」

「ちょ、ちょっと待ってください。これはですねそうちょっとした出来心というか好奇心のなせる技というか」

「問答無用!」

「あ、ちょ、やっめってあはははは!待って、待ってくだあははははは!」

 

逃れようと床をゴロゴロ転がって移動するきりたん。しかし私の動体視力を舐めるな、転がって脇が上になる度に餅つきの合いの手の如くくすぐるのは朝飯前なのだよ。

 

「息が!あははははは!息がもちませっあははははは!」

「よいしょ、よいしょ……と、危ない」

「んにゃ、はひっ、ふぅ…ふぅ……」

 

まあゴロゴロ転がってたらやがて部屋の壁に辿り着く。激突する前に合いの手をやめて脇に手を指し持ち上げると、息も絶え絶えにきりたんはやっとこさ落ち着いた。

 

「道彦さんは鬼です。悪魔です。小学生相手に酷いです」

「そうは言っても、くすぐられるの分かってる癖に突っかかってくるのはどうかと思うけどな。もしかして、実は楽しんでる?」

「楽しんでないです!」

 

プンスカと頬を膨らませているきりたん。しかしどことなくやりきった感というか、少し口角が上がってるのは言わないでいてあげよう。

 

「口がニヤけてるけど」

「そんなことは!言わなくて!いいんです!」

 

我慢なんてできなかったわ。ウガーッと飛びついてくるきりたんを受け止めその場でクルクルと回る。言わば簡易型メリーゴーランド。

 

しかめっ面だったきりたんは抱えられて回るのが楽しいらしく、少しすれば楽しげな表情になっていく。

 

思えば、俺がガキの頃もじーさんにやってもらったなコレ。まあじーさんはコーヒーカップの如く最高速度のぶん回しだったが。いやーあれは怖かった。あのままぶん投げられてしまうんじゃないかってヒヤヒヤもんだったな。

 

まあ楽しげな様子ではあるが、明らかに子供にやるような事だ。流石に自分の状況を冷静に捉えたのか、きりたんは頭の包丁型髪飾りを取り外し振り回し始めた。

 

「もう怒りました。情状酌量の余地無し、ギルティです!」

「よく『情状酌量』なんて言葉知ってるな」

「ゲームが何の役にも立たないと思ったら大間違いですよ!」

 

ああ、確かにゲームって色んな知識つくよな。意外と使いどころがあるし……でもそうなると、大抵の人が文系の方に流れていっちゃうんだよなぁ。

活かす場が規模は小さくとも数はあるから、妙な自信がついてしまって思考が楽なそっちに傾いてしまうのだ。活躍する場は……強いて言うなら友達に披露するぐらいか?

 

「ん、友達と言えば、きりたんは学校大丈夫なのか?」

「はい。ずん姉さまとイタコ姉さまが荷物を持ってきてくれたので」

「そうか……俺は明日から大学に行くけど、車で送って行こうか?」

「え、でも……流石にそこまで迷惑はかけられないですし」

「気にすんなって。流石に一週間徒歩で行かせる訳にも……あ、もしかしてバスで行っているのか?」

「あ、はい。友達と一緒に行っているんです」

 

バスは田舎だと、バス停の数や間隔は大きいものの主な移動手段としてよく利用される。運転手と仲がいいと、進路上にあることが条件で家の前で降ろしてくれたりするしな。幼稚園から小学校低学年までは、俺もよくバスで登校したものだ。

 

「なるほど、イタコさんが言ってた学校に伝えておくってのの中にバスの件とかもあったわけか」

「そうだと思います」

「そうかぁ……というか、きりたんにも友達っていたんだな」

「なっ……失礼な!私だって友達の1人や2人くらいいますよ!」

 

ゲームの強さで相手を測るきりたんに友達が……ゲームが余程上手い子なのだろうか。

 

「……別に、ゲームの強さで判別したりはしてませんよ」

「なんでバレたし」

「ふん!私ぐらいのゲーマーになると、表情やキャラの動きはもちろん、場に漂う空気で意図を汲み取るぐらい雑作もありません!」

「一種の境地に至ってないかそれ」

 

フンスフンスとドヤリ顔をしているきりたんを撫でてやりつつ、俺はこのぐらいのガキだった頃を思い出す。

 

あの頃は散々だったなぁ……上級生に目をつけられて、家に呼ばれてまで宿題やらされたりドリルで勉強させられてた。あの頃はオドオドしてて縮こまってたからそれが刺さったんだろうか、わからん。

 

「さて、話をするのも楽しいですがそろそろゲームの時間です」

「きりたんは常時ゲームの時間じゃないか?」

「はい。つまりこの時間が異常だったのです」

 

俺との話を『異常』で片付けてしまったきりたんは、恐らく家の物であろうPS4を取り出した。

 

「……わざわざ持ってくるとは。設定やらなんやら面倒じゃないか?」

「その辺りのスキルは完璧です。なんなら家の機器類は私が管理していると言っても過言ではありません。流石に維持費は姉さまに任せていますが」

 

そういいながら流れるようにコードを差し設定をしていくきりたん。あっという間にダウンロード時間へと移行し、この家に新たなPS4が根を張るのは時間の問題であった。

 

「はえー……ここまで手際がいいと感心するわ。俺でもこの倍以上は時間かけちまう」

「ふっ……こんなもので小学生に負けてしまうだなんて。恥ずかしくないんですか〜?」

「きりたん今日のオヤツ抜きな」

「え、あ、それはズルいじゃないですか!」

「いちいち煽るのもどうかと思うぞ俺は」

 

こちらとしては切るカードを結構揃えてある。きりたんに掻い潜ることはできないだろうさ。

 

「ぐぬぬ……どこか姉さまたちと同じような扱いをされている気がしますね。そんなに私を追い詰めたいんですか!」

「自分の首を絞めている自覚がおありでない?」

 

そんなじゃれ合いをしていると、どうやら諸々終わっていたようで。見覚えのあるタイトルと壮大な曲が流れ始めた。

 

「おっ……エルデンリング?」

「おや、このゲームを知っていたんですか」

「まあフロムゲーはだいたいな。きりたん死にゲーやるんだ」

「最近はどのゲームも刺激が少なくてですね。高難易度かつ、ストーリーを明言しない言わば考察ゲーは大好物なんです」

 

思えば、俺が東北家にお邪魔した時もきりたんはエルデンリングをやっていたな。ボスの大技の時に音量MAXにするという爆音事件が記憶に新しい。

 

「というわけで、私はこれからボスに挑みます。前回は中尾さんのせいで負けましたし」

「おいコラ」

 

未だに根に持ってたのかこの子。しかしエルデンリングかぁ……少しちょっかいかけてみるか。

 

「俺も久しぶりにエルデンリングやろうかな」

「おー、ちなみにどこまで進めたんです?」

「6エンディングは見たよ」

「なっ……!ま、まあ私は買ってもらったばかりですし?すぐに追い抜いてみせますよ!レベルは幾つですか!?」

「レベルは150で止めてるよ。対人のレベル帯は120か150だ」

「ひゃくごっ…!?ダークソウル3でも120辺りが適正でしたのに……」

「今作が色々とインフレし過ぎたんだよ」

 

ゲームを立ち上げている間にきりたんの画面を見てみれば、大斧を構え幻影の獅子を背負った筋肉モリモリの爺さんの姿が。

 

『最初の王ゴッドフレイ』。ラスボスの一歩前で戦う強ボス。フロム産のゲームでは珍しい純粋なパワータイプであり、理不尽要素の無い力のぶつかり合いを楽しめる。俺としてはずっと戦っていたいほど好きなボスだ。

 

ただやはり攻撃タイミングのズラし(ディレイ)などのプレイヤーを欺く術は織り込まれており、きりたんは攻撃の緩急に苦戦しているようだ。

 

「この…ダークソウルみたいに正直な攻撃なのに。ちゃんと見えてるのに絶妙に合わない!」

『褪せ人よ。よい、戦いであった』

「んああ負けたぁ!」

 

力強い斧の一撃で塵となるきりたんの操作キャラ。慣れないと回避タイミングが中々噛み合わないボスだからなぁ、仕方ないさ。

 

ロードを挟み、復活ポイントに戻ったきりたん。再戦を求めて道を行く……が、途中で邪魔が入った。

 

【 血の指 Godfrey に侵入されました! 】

 

「……はい?」

「enough, of this kingly folly……」(もう王の愚かさは充分だ……)

 

きりたんの前に現れる見覚えのある姿。獅子は背負っておらず、かなり小さくなっているが、それは確かに何度も敗北の苦汁を飲ませてきた相手。

 

「As the first Elden Lord, And upon my name as Godfrey!」(最初のエルデの王として、我が名はゴッドフレイ!)

 

ゴッドフレイ……の装備を着けた俺の登場である。

 

この後、対人戦に慣れていないきりたんをめちゃくちゃボコボコにした。別にさっきの煽りのお返しとか思ってない。俺嘘つかない。

 




お久しぶりです。いやはや、未完結の小説をいくつも作るもんじゃないですね()

今回といい前回といい、きりたんといえばゲームってイメージがあります。ゲームの描写はどれぐらいが程よいのか……もし良ければ感想などでアドバイスを送ってくださると嬉しいです。よろしければ評価もご一緒に!


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一つ事が起これば連鎖する

ピーンポーンパーンポーン

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「バス停までそこまで距離はないが、気をつけて行くんだぞ」

「はい。行ってきます!」

 

ランドセルを背負って、きりたんが家を出る。俺も今日大学があるが、それは三限目から。だからこうしてきりたんが家を出るのを見れるってことさ。

 

「……出発時間まで1時間半ってところか」

 

だいぶ時間が空く。しかしゲームをするような気分でもないし……縁側に座って日向ぼっこでもしとくか。

 

もはやいつもの場所と化しつつある縁側に座り、梅の香る庭を眺める。日課にもなった日向ぼっこだが、早いうちに飽きが来ると思っていたこれは案外ずっと続いていた。

 

今となっては、これをしないと一日が始まらないと言っても過言ではないほどにまでなっている。まあ、きりたんにジジくさいと言われたのは堪えたが。

 

「…んん〜……はぁ…」

 

身体を伸ばして、一息つく。朝の鳥のさえずりや木々が風で靡く音が心地良い。庭にある梅の木によるものか、梅の香りはとても心を落ち着かせてくれる。

 

「………と、危ねぇ。寝そうになってた」

 

少し船を漕ぐ程度で正気を取り戻した俺は、一度目を覚ますために洗面台へと向かう。顔を洗い、タオルで拭いていると……ふと気付いた。

 

「ん?………ありゃ」

 

服の匂いを嗅いでみると、物の見事に梅の香りがする。いつの間にか濃く付いてしまったらしく、洗面台まで香りが広がってしまった。

 

「こんな匂い強いもんだったっけ……まあそこまで気になるほどキツい訳でもないし、天然の香水とでも思っとくか」

 

気を取り直して台所へ行くと、シャケを使っておにぎりを幾つか作る。大学近くに着いたらちょうどお昼時だろうから、講義室で席に着いた時に食べる用だ。

 

「ええっと、パックどこだっけ……」

 

おにぎりをラップで包んだ後、戸棚を開けてパックを探す。まだどこに何があるかは全部は把握しきれていない。だからこうやって探すことも多いんだが……無いな。もしかして食器棚の下か?

 

「…お、あったあった。んじゃこれを……あ?」

 

やっとこさ見つけたパックを持って戻ると、少し違和感を覚えた。俺が作ったのは全部で6つ。だがそれが3つにまで減っていた。

 

「……何が起こってんだ?まさか、またあかり草か?」

 

食べ物が消えるのは大抵があかり草の仕業だ。いや、でもゆかりさんやマキさんたちは帰ったから居ないはず……まさか1本以上存在するなんてことないよな?

 

「…まあ、3つでもいいか。米だからそこそこ腹膨れるし」

 

少し小腹が空く感覚はあるだろうが、別に大丈夫だろ。パックの中におにぎりを詰め、魔法瓶の水筒に冷たい茶を入れる。これをリュックの中に入れれば……うし、準備は完了だ。

 

鍵をチャリチャリと鳴らしながら玄関へと向かう。外に出て、軽く身体を捻って音を鳴らすと、玄関の扉に手をかけた。

 

「……行ってきます」

 

誰にでもなく、ふと出た言葉。聞いてるとしたらじーさんぐらいかな、と思いつつ。俺は玄関の鍵を閉めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぃ〜…やっぱ長時間車の中にいるのは身体が固まるなぁ…」

 

近くの有料駐車場に停め、大学内へと足を踏み入れる。お昼休みだからか、弁当や買ったものを広げて食う生徒がチラホラと見受けられた。時間も少し余裕がありそうだし、講義室でゆっくり食うか。

 

「えっと、三限は日本史Aか。なら6号棟の4階……げっ」

「うん?」

 

ちょうど6号棟の前に着いた時、俺とソイツは目が合った。

 

フード付きの特徴的な黒い上着、首にかけたヘッドフォン。そして赤い眼鏡を付けたあの優男は…。

 

「おやおや、誰かと思えば道彦じゃないか!やっと大学四年かぁ、とりあえず元気そうだねえ!」

「え、お前…なんでここにいんの?」

 

親しげに話しかけてくるコイツは水奈瀬コウ。俺と同い年でありながら先に大学を出て教職に就いている、まあ…悪友だ。

 

俺は考えもしなかったまさかの再開に驚いた。俺が留年して大学に入れなかった間、コイツは一発合格で悠々と大学生活を満喫していた。あの時の顔は腹立ったなぁ…!

 

「ちょっと教授に呼ばれてね。ほら、僕は教諭だから何かと話が合うんだよね!」

「あの教授とお前が合うのは頭ぶっ飛んでる所だろ」

「なんてこと言うんだ!?」

「うるせえ自分見返して出直してこい」

 

傍から見ればじゃれあいのようにも見えるやり取り。まあ実際そうなんだが、俺はできれば早くコイツから離れたい。いや、離れちゃマズイか。だってコイツは……あ?

 

「コウ?おい!どこ行っ…」

 

「やあ君たち!是非とも僕も話に混ぜて欲しいんだけど!」

「え?あの、誰ですかあなた」

「急に出てきて怖いんだけど」

「まあまあそう言わず。僕は…」

「すみませんでしたあああ!」

「あべし!?」

 

少し人目の付かなそうな所にいた女子二人に話しかけていた馬鹿をしばきそのまま連行する。驚いた様子の二人だったが、少し微妙な顔をしたあと()()()()()去って行った。

 

「い、痛いじゃないか!そんな簡単に暴力を奮っちゃ駄目だろ!」

「やかましいわ!まだそれ直してなかったのか!」

「直す?いやいや、これは直す必要のないモノだよ」

「はぁ?」

「そこに百合がある。なら、僕のすべきことはたった一つ!僕に無くてはならない部分なのさ!」

「よーくわかった。その部分吹っ飛ばしてやるから歯ぁ食いしばれ」

「ちょ、わかった!これからは自粛するから!なるべく…」

 

これが俺が離れられない理由だ。コイツの願望は『百合の間に挟まれたい』。本当に教師かお前と言いたくなるような事だが、コイツのそれはよく暴走する。

 

だからさっきの女子たちみたいなのを見て、唐突に『百合の波動を感じる』とか吐かして迫っていくんだ。何度俺が引っぱたいて止めてきたことか…。

 

「あ、それより大丈夫?」

「あ?何がだ」

「あと5分足らずで昼休み終わるけど」

「あ?……あぁ!?」

 

スマホで時間を確認すれば、コウが言った通りもうすぐ終わる。畜生が、思わぬ所で時間食っちまった!飯は食ってねーけど!

 

食いながら行こうと小さいパックからおにぎりを取り出しながら、この馬鹿のせいで離れてしまった6号棟へと急いで向かう。

 

「あ、僕にも頂戴よ」

「チッ……ん!」

「お、サンキュー」

 

クルリと回りつつおにぎりを一つ投げれば、ドンピシャのコース。コウは難なくそれをキャッチした。まだラグビー部だった頃の経験は生きてんな!

 

階段が来たため結局食えなかったおにぎりパックを抱え、二段飛ばしで駆け上がる。そして残り1分半ごろ、なんとか講義前に間に合った。

 

「お?来た来た。おはようさーん」

「こんにちは中尾さん」

「ぜぇ…ヒュー…ヒュー…」

 

さ、流石に4階までダッシュは急すぎたか。眠ってた身体が上手く動いてねぇ。その状態で動いたせいで酸素が足りねぇ。頭も回らねぇ。今聞こえたのは…茜と葵か?たぶんそうだ、うん。まず息整えねぇと。

 

「大丈夫…そうじゃないね」

「せやな〜……お!おにぎり。なあなあ、一つ貰ってもええ?」

「お姉ちゃんさっきお昼ご飯食べたでしょ?」

「いやぁ、道彦のはなんでも美味いのがいけんのや」

「ぜぇ…好きに…しろ……ぜぇ…」

「よっしゃ〜。ん、おにぎりなのに上手いなぁ。葵も貰い?」

「あ、えっと…それじゃあ、頂きます」

 

何やら聞こえたが特に考えずOKを出す。ハンカチで汗を拭いてなんとか息を整えた頃に、少しばかり遅れた先生が到着。そのまま講義となった。

 

「あの、大丈夫ですか?」

「んあ?何がだ」

 

そんな中、小さい声で話しかけてきたのは隣の席に座っていた葵だ。珍しい、授業中はいつも静かで優等生なのに。

 

「いえ、そうじゃなくてですね…いや、それもなんですけどそれよりも……おにぎり貰っちゃいましたけど、パックの中…」

「ん?……あ」

 

そういえばコウにあげたからおにぎりはあと二つ。そして茜と葵に一つずつやったから……。

 

「お、俺の昼飯…」

「す、すみません…後で何か埋め合わせを…!」

「いやいや、別に大丈夫だ。美味いって言ってくれて嬉しかったし」

「で、でも……」

 

なかなか食い下がるじゃないの。別に食わずとも三限と四限だけだから帰って食えるし、大したことじゃないんだけどなぁ。

 

「……よし、貸し一つだ。なんか困ったらその時に助けてくれ」

「…ふふ、わかりました」

「おい、笑うところあったか」

「だって…やっぱり、中尾さんって優しいなぁって」

「……やめろ、むず痒くなる」

「ふふふ、可愛いですね」

「ん…ぐ……」

 

この状態の葵は苦手だ、茜とはまた違った厄介さがある。そんなこんなで、特に大事もなく恙無く講義は終わった。

 

 

 

 

「やあ道彦」

「うわ、出た」

「え、いくらなんでも酷くないかな?友達でしょ?」

「…………そうだな」

「間があったのは照れだと認識する事にするよ」

「その発言は『殴って欲しい』って意味だと認識する事にするぜ」

「ストォオオップ!ごめんって!」

 

6号棟から出た俺を迎えたドアホこと水奈瀬コウ。教授の件は終わったのか?なら早く帰れよ教師だろ。

 

「いやぁ教授との件は意外と早く終わっちゃってね。実は今日は休みだったから暇になっちゃったんだ」

「……だからって出待ちするかフツー」

「ははは、まあとりあえず。道彦は今日何限までなの?」

「……四限。次で終わりだ」

「そっかそっか!なら一緒に少し飲まないか?二十歳行っての一回だけだったしさ!」

「馬鹿野郎、俺は車で来てんだ。飲酒運転になっちまうじゃねーか」

 

俺に犯罪者になれってか。もう少し相手のこと考えて言ってくれ教師だろ。

 

「あー……道彦が引っ越してから色々とままならないなぁ」

「何がままならないって?」

「だってお酒を飲む仲間が減ったし、あの人はちょっと付き合い悪くなったし、何故か警察を呼ばれたりしたし」

「前はすまねえと思うがその後は知らねーよ。あの人って、アイツか?なんかあったのかよ」

「君が居ないからだろうねー。仲良かったでしょ?連絡とってる?」

「いや……」

「君も彼も遠慮しすぎなんだよ。少しぐらい連絡取り合ったっていいじゃんか」

「……そうだな。またお前も交えて3人で飲むのも、良いかもな」

 

帰ったら、久しぶりにメールでも送ってみるか。久しぶりに会ってみたくもあるしな。

 

「んじゃ、そろそろ講義だから行くわ。じゃあなコウ、次はアイツも一緒に会おうぜー」

「はーい、頑張りなよ〜」

 

最近は色々と起こりすぎて退屈しないな、まったく…。

 

少し湧き上がる嬉しさと、新たな楽しみ。それを胸に抱えつつ、次の講義の教室へと向かうのだった。

 

 




うう、ネタが思いつかないからってこの小説に逃げてる感じがする…他のも更新しなければ。

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相違の実感

ピーンポーンパーンポーン

※注意※
この話には以下の要素が含まれます。
・ご都合主義
・ほのぼの初心者
・シリアスっぽい

こちらの注意事項にご不満の方は、戻るボタンを。それでもいいという方はごゆっくりお楽しみください。


都会でもそこまで見ない大きな道路を軽トラで走る。四限までとはいえ、県をまたいだ時にはもうすっかり日は落ちていた。

 

ここで気をつけるべきは……いや、どこであろうと車に乗ってるならこれは気をつけなきゃいけないんだが、こういった田舎で走る時に気をつけなきゃいけないことが一つある。

 

それは、事故を起こさない事だ。ガードレールの反射板と車のライトしか頼れるものが無い真っ暗闇は、事故の発生率を爆増させる。

 

まあこういった田舎は車が少ない。だから目を光らせるのは対向車じゃない。野生動物だ。

 

山から下りてきたタヌキやヘビ。こんな暗さじゃさすがにヘビは無理だが、タヌキらを轢いちまったらもう大変だ。だからこそ、田舎の道路ではライトと速度を守らなきゃならないんだ。

 

それでも、車も無い景色も変わらない道路だと速度をぶっ飛ばす輩が出てきてしまうんだが。こういってる俺も、考え事しながら運転してる。馬鹿、阿呆、ど阿呆め。

 

そうやって甘ったれた自分に罵詈雑言を投げかけてると、ふと家で待ってるであろうきりたんのことを思い出した。

 

「……そういや、今日は始業式やって帰ってくるって言ってたな。かなり長い時間一人にさせちまった…」

 

小学生だった時の記憶はもう定かじゃないが、確か始業式とかってだいたい4時間目まで使ってたと思う。給食が4時間目の後だから……昼過ぎにはもう家にいるのか。

 

つまりきりたんは誰もいない家で7時間ほど一人ぼっち。俺の頃は児童館ってとこに居たが、きりたんがそういった所に行かせているとはイタコさんと悪m……ずん子から言われてはいない。

 

「昼飯は作り置きしてたから大丈夫。夕飯……何にしよ」

 

冷蔵庫の中身を思い出しながら、途中にあった業務スーパーに車を停める。食材ついでに菓子でも買ってっておくか。

 

 

 

 

 

 

 

「遅いです」

 

玄関を開けていざ帰宅の挨拶。それを一刀両断する襖のスパーンッ。居間へと続く襖が勢いよく開く音に、俺は肩を跳ねさせ軽く飛び上がった。

 

「ご、ごめんって。でも講義の時間的にも…」

「……わかってますよ」

 

きりたんは少し俯きながら居間へと戻っていく。その背中を見てると、俺も心が重くなっていく。こりゃ、俺の責任だな。

 

「遅くなってごめんな。今からご飯作るけど、それまで待てるか?腹減ってるなら間に合わせを先にパッと作るけど」

「……大丈夫です」

「ん、そっか。ならそのまま作っちまうな」

 

台所に立ち食材を冷蔵庫へと収めていく。きりたんはまったく喋らず、重い空気が漂っていた。夕食を作る間、この空気のままにしておくのは辛い。だからこそ、俺は早めに切り出した。

 

「…なあ、きりたん。今日は遅くなっちまってごめんな」

「…………」

「やっぱり学校が始まっちまうと、すっかり小学校の時間割忘れちまっててな。大学の感覚とはだいぶ違うってことにやっとわかったんだ。こんな馬鹿ですまん」

「…そんな。仕方ないのは、わかってますから」

 

夕飯を作りながらっていう状況ではある。だが、こういうのは夕飯でもなんでも時間を置くより、軽くでも触れて、ある程度解しておいた方がいいんだ。

 

そんでまあ予想通り。きりたんは賢い子だ。仕方ないことは分かっているんだけれど、そう簡単に割り切れないのが寂しさや辛さといった感情。それを押し込んで我慢しようとしてる。ホントに小学生かってぐらいできた子だ。

 

いつも一緒にいる姉二人が遠出して。自分は顔も一度しか合わせてない年上の男の世話になって。しかも、慣れない家で一日の四分の一も一人ぼっち。

 

きりたんは賢いが、それでもまだ小学生だ。まだまだ大人に甘えて、大人は甘えさせれるぐらいには守ってやらないといけない。そんぐらいの覚悟を持ってなきゃいけないんだ。

 

「きりたんはスマホ持ってるんだっけか?」

「…はい。イタコ姉様の名義で……」

「そうか。ならアレだ、メッセージアプリあるか?」

「入れてますけど…」

「なら後で俺のバーコード見せるから、カメラで読み取ってフレンド追加しといてくれ」

「え、え……なんですか突然。傍から見たらとんでもないこと言ってますよ」

「わかっとるわい」

 

大学は遅い時間まで講義がある。今回は4限だったが、5限まで取っている曜日もある。遅くなるのは仕方ない。だが、仕方ないからと言って何もしなくていいという訳では決してない。

 

「フレンドなっとけば講義の合間とかでも話したりできると思うんだ。移動のためとはいえ15分も時間があると微妙に暇だから。俺はそれぐらいしか思いつかんくてな、すまんがそれで許してくれないか」

「で、でも!授業で遅くなるのは仕方ないじゃないですか!私のためにそこまでしてくれなくても…」

「はぁ……いいか、きりたん。仕方ないってのは、免罪符にならないんだよ」

 

俺の脳裏に浮かぶのはじーさんの顔。あんなにあっさり死ぬなんて思わなかった。誰もそんな予兆に気づけなかった。だから、仕方ないんだ。

 

そうやって、葬式に出た後に俺は延々と考えていた。現実逃避ってやつだった。だけど自分の様見てみろよ。顔も出さず、お礼すら言えなかったのは変わらない。

 

『仕方ない』なんて、何の役にも立たないんだ。ほんの一時、向き合うべき問題をほんの少しだけ先送りにするクソみたいな言葉なんだ。心の整理をするためには必要かもだが、それでも間に合うことなんてほんのひと握りなんだ。俺はそれを、思い知ったんだ。

 

ま、こんなことをきりたんに言う必要も無い。最もらしいこと言って、俺のせいだってことに納得してくれりゃあそれでいい。

 

「『仕方ない』は少しだけ心の整理をするための時間を作る言葉だ。それに甘えて何もしないんじゃなくて、次は間違わないように手を打つ。その策を練らないと、向き合わないといけないんだ」

「………マトモなこと言うんですね。少しビックリです」

「やかましいわ。ほら、そろそろコッチできるから食う分茶碗に入れろ」

「はーい」

 

きりたんの前で、柄にもなく真面目な話をしたかいがあった。こんなにも謝って反省している相手。それは無意識にも、『その人が悪い』という考えを自分でも気づかない程度に生じさせる。

 

自分でも気づかない程度だからこそ、その認識は少しずつ自分の重荷を取り払ってくれる。『こんな酷い事を思ってしまった』と自己嫌悪する事もなく、暗く重い心を軽くできる。

 

人の心も身体も、ほんの小さな切欠で劇的に回復するんだ。まったくよくできたものだと改めて思うよ。俺も何度お世話になったことか。

 

「ん……いい匂いです」

「そうか?ならきりたん、ちょっと味見してみるか」

「おお、中尾さん今日は太っ腹ですね。そのまま私をダメ人間にしてくれてもいいんですよ」

「俺がそんなことすると思うか」

「いえまったく。逆に私がダメ人間にさせる側ですね」

「そうかぁ……せめてイタコさんぐらいになって出直してこい」

「んなっ!イタコ姉様にも……勝てる気はしませんね。というか中尾さん!それはセクハラですよ!」

 

空気が和らいだのを感じた。きりたんもいつもの調子で軽口を叩いてくる。やっぱりきりたんにはこの小生意気さがないとな。

 

「あっ……ぐふふ」

「なんだきりたん。そんな子どもっぽい笑い方して」

「喧嘩売ってるなら買いますよ?」

「ほう。きりたんがゲームで俺に勝てるとでも?」

「何でもかんでもゲームに結び付けないでください。あと、ゲームなら勝てますから。ボッコボコですから」

 

きりたんの性格からして、弄ることはあれど弄られることはあまりないのだろう。この家に来た初っ端から煽ってくるような子だ、からかえば面白いぐらいに突っかかってくるな。

 

「ふーんだっ!そうやってニヤニヤしてられるのも今のうちです。こっちには奥の手がありますから」

「奥の手だあ?よわよわきりたんが何を持っているというのでしょうねー?」

「おんぐぐぐ……仕方ありません。これだけは使わないでおこうと思っていましたが、そんなものは無用だったようですね……!」

 

きりたんはお茶を一口。息をついた後、カッと目を見開いた。

 

「ついさっきのセクハラ。イタコ姉様にバラしますね?」

「……?おおおおんんん!??」

 

ニヤニヤとしていた俺の顔が凍る。余裕のあった心がキュッと絞まる。まさかの切り札に俺は大いに揺さぶられてててててて。

 

「お、おいきりたん!?さすがにやりすぎだと俺は思うんだが!ちょっと落ち着こうや。な?」

「悲しいことですがこれはもう決定事項です。わかりますか中尾さん?あなたは私を怒らせたッ」

「ストップ。そのスマホをしまいなさい。なあ平和に行こうぜきりたん。きりたん聞いてる?もしもーし!?」

 

凄まじく悪い顔でスマホをタップするきりたん。しかも画面を見せつけるような角度でだ。メッセージアプリのイタコさんのものであろうホームが開かれ、コメント入力画面が表示された。

 

「うーん、悲しいですねぇ。まさかお隣さんがこーんなセクハラをする人だったなんて。変態さんですね。でももしかしたら?聞き間違いかも知れませんし?ゲームでも買って誠意を見せてくれるなら?嬉しさで忘れてしまうかもしれませんね〜?」

「……初めからそれが狙いだな貴様!?」

「イヤーナンノコトカキリタンワカンナイナー」

 

明らかな棒読みでしらばっくれるきりたん。ほー……ほーほーそうですか。そっちがその気ならね、俺にも考えってもんがあるんだよ。

 

「いいんだな?きりたん」

「何がですか?ああ、ゲームのチョイスの話ですか。ダメです、一緒に買いに行って私が選んだものをですね…」

「いや、それじゃなくてだな…………きりたんが毎日ゲーム三昧、家事の手伝いもせず我が家のようにぐーたらしてるってことをね。イタコさんやずん子に告げ口してもいいかって話」

「……ほえ?」

 

勝利を確信していた余裕の笑み。それが今、崩れた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。ズルいですそれは無しですよ。姉様方が帰ってきたらお仕置のずんだ祭りが開催されるじゃないですか」

「ヒッ……は、ははは。つまりどういうことかわかるな?きりたんがそうやって脅してくるならば、俺も奥の手を出すしかなくなるんだよ」

「道連れじゃないですか!対戦で道ずれフィニッシュってどれだけ嫌われてるか知ってて言ってます!?」

「最終的にはな、相手を崩せれば良かろうなのだよ」

「こ、この!馬鹿!阿呆!間抜け!」

「はっはっはっ!レパートリーが少ないぞきりたん!」

 

お前もそこまでレパートリー変わらないだろ、と自分にブーメランを突き刺しつつも、やがて互いに真顔となった。

 

「きりたん。俺たちってライバルだけど仲良しだよな」

「そうですね。不毛な争いなんかすぐにおさまってしまうぐらいの仲の良さです」

「そうだな。ラブアンドピース、これに限る」

「ええ。仲直りの握手です」

 

ガッチリとテーブル越しに握手する。この強く握る力には、恐らく『お前言うなよ?絶対だかんな』という互いに釘を刺す意味合いもあるのだろう。

 

物欲に塗れたきりたんの策略はここに潰えた。そんでもって冷めてしまった料理を温め、ようやくの夕食にありつくのだった。

 

 

 

きりたんが痛そうに右手を揉んでいたのは気にしない。未だに鍛えてる元ラグビー部に握力勝負まがいのことしたのが悪い。

 




評価・感想共にありがとうございます。ネタも応援も助かります。
ちょっと色々と参ってましたが、そろそろ他の小説ともにコチラも再開します。


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