スペースオーク 天翔ける培養豚 (日野久留馬)
しおりを挟む

蒼い宇宙の略奪者

 漆黒の宇宙なんてよく言うが、実際に生活してみるとそうでもない。

 特に銀河中心域に分類される宙域は生まれて1億年も経っていない若い恒星が多く、ビカビカと青白い可視光を始めとした多様な電磁波をぶち撒けまわっている。

 何光年と離れていない近距離にそんな派手な星がいくつもあれば、宇宙はほの蒼く染まっていく。

 

 そんな蒼い宇宙に赤い華が咲いた。

 搭載した弾薬が爆ぜ、燃料に引火し、積み荷と乗員の破片をバラ撒きながら火の玉と化す輸送船。

 酸素が必須な地球系人類が運用する船は燃えやすくていけない。

 ちょっとの被弾であっさり爆発してしまう。

 愛機の操縦桿を握る俺は大きく舌打ちすると、コンソールの端に位置するローテクなデザインのトグルスイッチを弾いた。

 途端に僅かな振動音だけが流れていた静謐なコクピットは、やかましい馬鹿どもの胴間声で満たされてしまう。

 

「ひぃぃやっはぁぁぁっ! やったったあぁぁっ!!」

 

「キレイっすねーっ! バチバチってなってキレイっすねーっ!」

 

「オレ! オレだよ! オレが撃ったのが当たったんだ!」

 

 暗号化も掛けない平文通信で能天気な会話しやがって。

 得意満面で戦果を自慢してるのはベーコの奴だな、あの馬鹿餓鬼め。

 自然と眉間に皺が寄ってくるのを感じながら、俺は通信機に怒鳴りつけた。

 

「おいこら、このド阿呆ども!」

 

 大騒ぎしていた馬鹿野郎どもがぴたりと口を閉じた。

 

「出撃前に言ってたよな? でかいのだけは沈めるなって。

 何やってんだよ、お前ら!」

 

「だ、だって、カーツの兄貴ぃ……」

 

「あんまり撃ち頃のポジだったんで……」

 

「デケエのいたら、うっちまってもしかたないっす。 ホンノーっす」

 

「……お前らなぁ」

 

 反省してるようで反省してない、単に兄貴分が怒ってるから縮こまった振りをしている舎弟達にブチ切れそうになったが、何とか堪える。

 モニターの中で反転して逃げようとしている、残り二隻の輸送船の拿捕が優先だ。

 

「もういい、残りは落とすなよ! 絶対落とすなよ! フリじゃねえからな!」

 

「わかってるっす!」

 

「任せてくれよ、兄貴ぃ!」

 

「迎撃機が出てきてるぞ、そっちはバンバン落としていいからな!」

 

「うっひょおぉっ!」

 

「オレがおとすぅぅっ!」

 

 舎弟達が操る三機の宇宙機は、パイロットのテンションそのままにスラスターを全力で吹かして突っ込んでいく。

 俺は戦場を俯瞰できる後衛のポジションを維持した。

 俺の役割は、あいつらの尻ぬぐいだ。

 兄貴分として、銘有りの機体を与えられた氏族の戦士として、舎弟達を見守り、そのミスをカバーしてやらなければならない。

 拿捕すべき目標船を初手で撃沈するくらい脳みそまでトリガーハッピーな連中のお守りなんて、罰ゲーム以外の何物でもないと思ってはいるのだが。

 

「あいつら、阿呆だからなあ……」

 

 パイロットシートに背を預けると、頭上まで配置された半球型モニターに蒼い星々が映し出されている。

いつ見ても感嘆を覚える美しい光景を眺めながら、ままならぬ事をしみじみと呟いた。

 

「まあ、仕方ないな、オークだもん」

 

 宇宙に名だたる脳筋種族。

 さすらいの宇宙蛮族。

 奪うし、殺すし、壊すし、浚う、銀河の大抵の種族からすると災厄そのものな連中。

 それこそがオークであり、俺ことカーツの出身種族であった。




脳みそ使わないスペオペいいよね……という気分で書き始めました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙の豚は培養品

 人類が宇宙に飛び出してどれだけの時間が経ったのかは知らないが、少なくとも数百年程度ではすまないらしいという時代。

 オークだのエルフだのドワーフだのといったファンタジーな連中が宇宙に存在していた。

 過酷な宇宙を開拓するため、ノーマルとも称される地球系人類をベースに誕生した強化人間(エンハンスドレース)の末裔である。

 

 強化人類だけあって、オークは戦士として優れた資質を備えている。

 分厚い皮膚は半ば装甲と化しており、対人用銃器程度で貫く事は不可能。

 回復力も高く、腸が溢れる程度のちょっとした怪我などファーストエイドキットの細胞賦活クリームでも塗ったくっておけば、翌朝には元気モリモリだ。

 

 見た目はファンタジーの定番デザインそのままの豚を思わせる太く開いた鼻と緑の肌が特徴で、どちらもオークの戦闘継続能力にアドバンテージを与えている。

 大きく開いた豚っ鼻は見た目は悪いが吸引力に優れ、強靭な心肺が要求する大量の酸素供給の強い味方だ。

 緑の肌はなんと改良された葉緑素由来。

 皮膚上層に練り込まれた葉緑素型ナノマシンは、日光に当たっていれば酸素とエネルギーを補助してくれるのだ。

 オークの肉体が消費する膨大なカロリーからすれば気休めレベルではあるが。

 

 その肉体に宿る腕力ときたら、ノーマルが使うパワードスーツと互角に腕相撲ができるほど。

 更には電光石火の反射神経まで備えているという、完全に戦闘特化種族であった。

 

 だが、世の中美味い話ばかりではない。

 斯くも素晴らしき能力と引き換えにオークは大切な物を差し出していた。

 知能である。

 我が同族は、びっくりするぐらい頭が悪いのだ。

 脳内シナプスの連携が戦闘方面以外は完全に手抜きで構築されたオークのお味噌は、糠味噌と交換した方が理性的なんじゃないかと思える程、お馬鹿が過ぎる。

 

 特に小規模ながらチームを率いる身となって辛いのは、部下達の我慢が利かず、段取りの把握が苦手な所。

 どんなに俺が頭を絞って作戦を組んでも、ちょっと舎弟達のヒャッハー心に火が着いちゃったら、もうお仕舞い。

 体中を駆け巡る野蛮なオークブラッドの命じるままに撃って殴ってぶっ壊す、ハッスルタイムの始まりだ。

 コロニー内なら、ぶん殴って言うことを聞かせる手もあるが、戦闘機を駆る宇宙戦闘の場ではそうもいかない。

 ここだけの話、敵艦よりもあのド阿呆どもにレーザーぶち込んでやろうかと思った回数は、百や二百じゃ効かないほどだ。

 

 さて、同族だなんだと言いつつオークに対してこのように幻滅した感想を抱く俺は何者かと言うと。

 はるかな昔の地球人、21世紀と呼ばれた時代の記憶を持つ一匹のオークである。

 己の中の記憶と境遇を把握した時、俺は思った。

 こいつはいわゆる異世界転生系かと。

 が、手の届く範囲で色々調べている内に、そうではないらしいと解った。

 どうやら、俺は21世紀の地球人の記憶を知識としてインプットされたオークのようだ。

 

 培養槽(バースプラント)で誕生、というか生産される一般オークは睡眠学習的に最低限の知識を入力される。

 そうでなければ学習意欲に乏しく、頭すっからかんのオークが宇宙戦闘機なんぞを動かせるはずもない。

 まあ、培養槽(バースプラント)で刷り込まれた操縦知識なんて「操縦桿握ってスロットル踏み込めば突撃できるよ!」程度なんだが。

 それで何となく宇宙戦闘をこなせてしまうのがオークの戦闘センスの恐ろしさである。

 

 俺の場合、それらの知識に加えてはるか昔の知識もインプットされたものと思われる。

 こんな知識を持ったオークを作るよう指示した者の意図は判らない。

 俺が培養槽(バースプラント)から排出される直前に生産施設は搭載艦ごとトーン=テキン氏族に強奪され、俺はそのまま氏族の下っ端構成員として組み込まれたからだ。

 カーツと名付けられた俺は、それ以来トーン=テキン氏族の一員として戦い続けている。

 オークの人生を構成するのは、襲撃と略奪を両輪とした戦いだけ故に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

培養豚の戦利品

 俺たち培養槽(バースプラント)産まれのオークは培養豚(マスブロ)と蔑称される事もある。

 量産品(マスプロダクション)のブロイラーが語源らしい。

 ブロイラーって鶏肉で豚じゃないと思うのだが、もしかしたら臆病者(チキン)も引っかかってるのかもしれない。

 誰が呼んでるかといえば、オーククイーンが産んだ連中だ。

 氏族の太母たるオーククイーンの脇侍を勤める彼らは、自らをオークの中のオーク、オークナイト等と称する。

 そんなカッコつけた美名を名乗りつつ他人様を豚呼ばわりするのだから、まあ嫌な連中であった。

 

 エリートのナイト様に豚呼ばわりされる一般オークの俺達だが、たまに優れた能力を有した傑物が出現する。

 無論この俺自身もだが、舎弟の中にも一人居た。

 カーツ分隊の副官として俺の補佐をしてくれるボンレーだ。

 

「兄貴、見事なお手並みで」

 

 ランデブーポイントに指定した小惑星帯で合流したボンレーは、通信を開くなり豚鼻を斜めに走る古傷を歪ませて微笑んだ。

 

「もう一隻拿捕できそうだったんだが、逃しちまった。

 しくじったよ」

 

 俺は愛機の左舷側に浮かんでいる、生産性優先で素っ気ない箱型デザインの輸送船を横見で睨み、溜息を吐いた。

 逃走に転じた二隻の輸送船の片方は、相方を盾にする見事かつ卑劣な操船を見せつけ、ついにはジャンプ航法で逃げおおせていた。

 敵ながら天晴な生き汚さである。

 残された輸送船のクルーは怨嗟の声を上げながら退艦し、こちらに船を明け渡した。

 オーク氏族の捕虜になるくらいなら、救難信号を出しつつ漂流する方がマシというのは割と宇宙では一般的な感覚らしい。

 

「何をおっしゃいます、航行可能な状態で船を鹵獲できたのは素晴らしい戦果ですぞ。

 ……大抵はジャンクかデブリかという有様になりますから」

 

 声だけならばナイスミドルにも思える深いバリトンを響かせて、ボンレーは楽しげに笑った。

 この男、俺よりも年上で多くの場数を踏んだ古強者だ。

 特性上、若くして戦死しやすいオークという種族の中で中年になるまで生き残っているという事は、彼の持つ希有な判断力と忍耐力、優れた知性を暗示している。

 それだけのベテランでありながら、ボンレーは俺の舎弟という地位に甘んじてくれていた。

 戦士としての俺に惚れ込んだとの事だが、何とも面映ゆい事だ。

 年上の部下という存在に若干気後れを感じてしまうのは、俺の感性が武力を重んじる生粋のオークから外れているからだろう。

 俺は満面の笑みで賞賛を続けるボンレーの言葉を、咳払いを挟んで止めた。

 

「ここまで曳航してきたが、ジャンプするにはメインコンピュータのリンクが必要だ。

 トーン08と同期させてやってくれ」

 

「承知しました。 この船がトーン09となるのでしょうな」

 

 俺の指示に従って、ボンレーの操る俺たちの母船トーン08が近寄ってくる。

 戦闘要員である俺と、ベーコ、フルトン、ソーテンの三人の舎弟が乗る30メートル級の戦闘機と違い、トーン08は300メートル級の軽輸送船だ。

 縦長の円筒状で缶詰を思わせるデザインの先端から、四方に貨物牽引用の支持架が伸びている。

 その形状は、骨だけになったコウモリ傘にどこか似ていた。

 本来はこの支持架にコンテナを取り付ける構造なのだが、小改造を施して戦闘機のドッキングポートになっている。

 トーン08は四機の戦闘機を運搬、展開可能な軽空母として運用されていた。

 元は民間船なためデブリ除去用の低出力レーザーガン以外には武装もなく、鈍足で軽装甲なトーン08は、重装甲大火力などわかりやすい戦闘能力を好むオークに好まれる船ではない。

 そのお陰で、培養豚(マスブロ)で構成された俺たちカーツ分隊に回ってきたのだろうが。

 

 ボンレーは熟練の操舵で、鈍重なトーン08を強奪した貨物船の隣にぴたりと停船させた。

 

「メインコンピュータリンク、開始します」

 

「頼むぞ」

 

 ボンレーに頷き、他の三人に呼びかける。

 

「よし、お前らは順次着艦して休んでおけ」

 

「いいんすか?」

 

「お前ら着艦苦手だろうが、もたもたせずにさっさとやれ」

 

「へーい」

 

 俺の指示に従って、三人の舎弟が着艦を開始する。

 三人が細かい操船が下手という事もあるが彼らの機体は癖が強いので、いつも着艦に時間が掛かるのだ。

 彼らが操るのは通常型戦闘機(ローダー)の派生機でバレルショッターと通称されるタイプだ。

 平べったいボディの平凡な宇宙戦闘機の背中に本体よりも長い砲身を持つ大型キャノンユニットが取り付けられている。

 キャノンユニットの後部は追加スラスターが増設されており、これひとつで火力と推進力を補える、オーク好みの改装機であった。

 銃身と射撃手を組み合わせた通称だろうが、俺には樽を背負ったという駄洒落にしか思えないネーミングである。

 名前は馬鹿っぽいが、高い攻撃力を備えており砲撃戦では頼りになる機種だ。

 ただし、小回りは利かない。

 そこを補うのが、チーム内での俺と相棒の役回りである。

 

「まあ、何とか上手く行ったかな……」

 

 三人の舎弟が繊細な制御の苦手なバレルショッターを苦労してドッキングポートに接続している様を眺めながら、コクピットシートの上で大きく伸びをした。

 散々文句を言ってきたが、今日は舎弟達もよく働いてくれた。

 今回の仕事は十分な大当たりと言ってよい。

 オークの襲撃は相手をぐちゃぐちゃに叩きのめした挙げ句、残骸を漁って持ち帰るという雑な流れが大半なので、ボンレーに褒められたように動かせる船を鹵獲できたのは大きな戦果だ。

 一隻だけでも撃沈せずに残せたのは、舎弟達が俺の指示を何とか思い出してくれたからである。

 戦場に酔うオークの血の滾りを抑えてくれた彼らに、俺は感謝の念を覚えていた。

 もうちょっと早く正気に戻れとも思うが。

 残り二隻も拿捕したかったと考えてしまうのは、より理性的な21世紀人の感性がもたらす贅沢さに過ぎない。

 

 漠然とした物思いを、唐突に鳴り響く警報が断ち切った。

 

「なんだ!?」

 

「追撃です、兄貴!」

 

 リンク作業中のボンレーが警告を上げる。

 戦闘機クラスに搭載されたものよりも高性能なレーダーを持つトーン08の索敵網に追跡者が引っかかったのだ。

 

「数1、この速度……ブートバスターです!」

 

「ちっ、おっとり刀の護衛か、間抜けな傭兵(マーク)め。

 いや、単機で突っかけてくる辺り、跋折羅者(ステラクネヒト)か、宇宙騎士(テクノリッター)か?」

 

 追っ手の素性を推測しながら、俺は機首を旋回させる。

 

「兄貴! 俺たちも!」

 

「一機くらい、やってやるっすよ!」

 

「来るな! 下手に乱戦になると折角拿捕した船に傷がついちまうかも知れん!

 俺が押さえ込むから、その間にジャンプのチャージを進めるんだ!」

 

「けど、兄貴ぃ……」

 

 不安げな声を漏らすベーコに、俺は牙を剝いて獰猛な笑みを浮かべて見せた。

 

「こっちだってブートバスターさ、任せておけ!」

 

 ミッションレバーをマキシマムに叩き込むと、俺の愛機は爆発的なスラスターの閃光を放ち流星と化した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殴り始める者

 オークにとって、ブートバスターとは戦士の中の戦士にのみ与えられる、誉れの結晶だ。

 公的な分類名ではアーモマニューバと称される宇宙戦闘機の一機種に過ぎないブートバスターだが、オーク氏族内では太古の名剣宝刀の如く各機ごとに銘を与えられ珍重されている。 

 それは偏にこの宇宙戦闘機が余りにもオークの好みにマッチしていたからだ。

 

 ブートバスターは本来の名である腕付き高機動機(アーモマニューバ)が示すように、主機以外にスラスターを持つ武装腕を追加した高機動戦闘機である。

 前方に武装搭載ラック、後方に大出力スラスターを装備したアームユニットの構造は、バレルショッターの背負うキャノンユニットと同様の発想だ。

 ただし、その操縦難易度は段違いである。

 機体と追加装備の推進力の方向が同軸に纏められたバレルショッターと違い、フレキシブルに可動するアームユニットの産み出す推進力は安定し辛く、ちょっとしたミスで機体をバラバラにしてしまいかねない。

 ドッグファイト時にパイロットに掛かるGは並の戦闘機とは比べものにならず、オークのような頑強さが無くては操縦以前に潰れてしまう。

 そして、主機と同クラスの推進機を複数備えていながらプロペラントは通常機と変わらないため、戦闘可能時間は驚く程に短い。

 そんな欠陥機寸前のマシンがブートバスターだ。

 ジャジャ馬そのものなブートバスターだが、完全に乗りこなしたパイロットの発揮する戦闘力は圧倒的であった。

 運動性能は既存のあらゆる戦闘機を凌駕し、影すら追わせない。

 曲芸染みた機動はお手の物で、どんな敵だろうと背後を取り砲撃を叩き込む。

 決闘なら確実に相手を屠る戦闘機絶対殺すマシン、ブートバスターを止められるものはブートバスターしかいない。

 敵を正面から叩きのめす事を至上の美徳と考えるオークの感性にとって、まさに浪漫の結晶のような存在であった。

 殴り始める者(ブートバスター)という名を冠するに相応しい、最高に馬鹿馬鹿しいマシンだ。

 

「つまり、こんな馬鹿の塊に乗っているなんざ、相手も相当の馬鹿野郎って事だ!」

 

 全開加速でビリビリと震えるコクピットの中、Gでシートに体を押しつけられながら俺は毒づいた。

 モニターの中で異様な速さでこちらへ近寄ってくる光点を睨み、拡大する。

 

「三本腕か!」

 

 敵は細いボディから三方に伸びたアームユニットを持つブートバスター。

 我が愛機よりも腕が一本多い。

 だが、腕の数の多さは必ずしも有利さに繋がらない。

 推力と火力が増す分、操作難易度は格段に跳ね上がるからだ。

 俺は操縦桿を握り直すと、機体下部に搭載された短砲身プラズマキャノンにエネルギーを送り込んだ。

 トリガーを絞る直前に、メインモニターの端で通信のサインが明滅している事に気付く。

 

「広域汎用通信? この状況で話しかけてくるのか?」

 

 無視して発砲しようとも思ったが、こちらの目的はトーン08がジャンプエネルギーをチャージするまでの時間稼ぎだ。

 

「いいぜ、聞いてやらあ」

 

 通信スイッチをオンにする。

 スピーカーから、ボイスチェンジャーを通したかのような男女定かでない合成音声が流れ出た。

 

「……に停船せよ! 聞こえるか、襲撃者! ただちに停船して裁きを受けよ!

 大人しく停船すれば罪一等を減じ、この場での処刑に留めてやる!」

 

「罪一等減じて処刑って、減じなければどうなるんだよ……」

 

 思わず漏れた突っ込みに、すかさず苛烈な返答が戻る。

 

「決まっている、族滅だ!

 神聖フォルステイン王国の財貨を奪って無事で済むと思うな!」

 

 所属国家を押し出したこの物言いは宇宙騎士(テクノリッター)か。

 人体改造によりオークにも匹敵する身体性能を得たサイボーグ騎士、合成音声染みた声も納得だ。

 相手にとって不足はない。

 強敵との邂逅に、俺の頬が吊り上がる。

 なんだかんだ言いつつ、俺にも戦いとなれば沸きたつオークの血が流れているのだ。

 

「そりゃ怖い! 

 俺は死にたくないし、それで氏族も狙うとくれば、こいつはもう抵抗するしかないな!

 あんたを打ち破って堂々と凱旋させてもらう!」

 

「ふん、決闘機(ジョスター)を駆るだけはあるな、オーク!

 この私を相手どろうとは、その蛮勇、褒めてつかわす!」

 

 ブートバスターがオークに広まった俗称であるように、ジョスターは宇宙騎士(テクノリッター)の間に広まったアーモマニューバの俗称だ。

 騎士の駆る三本腕の敵機は、威圧的に腕を拡げながら機首をこちらへ向ける。

 

「神聖フォルステイン王国が宇宙騎士(テクノリッター)、アグリスタ=グレイトンが『栄光なる白銀(グロリアスシルバー)』を以て貴様を断罪する!」

 

「名乗り上げとは古風だが、乗ってやらあ!

 トーン=テキン氏族が戦士カーツとは俺の事!

 俺の『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』が、あんたをぶっ飛ばす!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

缶詰騎士と培養豚

 二機の腕付き高速機(アーモマニューバ)が、己の腕を振りかざして真っ向から突進する。

 片や冠するが如く白銀、片や夜明けの名乗りそのままに暁の空を思わせる澄んだ赤に塗られた、揃って鋭角的な機体。

 その光景は遥か太古、甲冑をまとった騎士が争った馬上試合を彷彿させた。

 

「食らえぃ!」

 

 先手を放ったのは敵手『栄光なる白銀(グロリアスシルバー)』だ。

 三本腕のひとつがカバーを展開し、大型レールガンを露出させる。

 砲身後部のチャンバーが唸りを上げ、電磁加速された砲弾を撃ち放つ。

 

「当たるかぁ!」

 

 俺はペダルをいっぱいに踏みながら、左右の操縦桿を振り回すように操作した。

夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』は機体左右に伸びるアームユニットを激しく旋回させながら全力噴射を実行。

 機体が捻じ切れるような高速のロールで、レールガンの狙いを外す。

 

「避けただと!?」

 

 開きっぱなしの広域汎用通信から騎士アグリスタが驚く声が聞こえた。

 

「へっ! そっちの狙いが甘ぇのさあ!」

 

 一般的な二本腕のブートバスターは漢字の「山」のようなデザインをしている。

 左右に飛び出したアームユニットが船体よりも短いのだ。

 対して俺の『夜明け(ドーン)』は、アルファベットの「W」に似ている。

 通常よりもアームユニットが大きく、その出力は推して知るべし。

 蹴りつけられたような無理矢理の回避マニューバだってお手の物だ。

 

「今度はこっちから行くぜぇ、騎士さんよぉ!」

 

 ロールでグルグル回る視界の中でも、俺の三半規管は欠片も酔わず、鋭敏な視力は敵機のスラスター光を見逃さない。

 アームユニットを振り回して乱暴に機体を制動。

 敵機に向き直ると、機首の左右に内蔵されたパルスレーザー機銃を射掛ける。

 

「舐めるなっ!」

 

白銀(シルバー)』が二本目の腕のカバーを展開した。

 近接用に六連砲身マシンキャノンが鈍い唸りを上げて応射、広範囲に弾幕をバラ撒く。

 先の回避運動も見越して『夜明け(ドーン)』の進路を塞ぐ、予測射撃だ。

 戦闘の興奮で過敏になった反射神経が、こちらへ飛び込んでくる曳光弾の軌跡をやけにゆっくりと捉える。

 俺の唇が自覚もないまま牙を剥き出す形に歪み、左操縦桿の親指トリガーを押し込んだ。

 

斥力腕(リパルサーアーム)!」

 

 左舷アームユニットの前方で虚空がぐにゃりと歪む。

 極小範囲ながら空間を歪ませる程の斥力場が発生し、飛来する銃弾を四方へ弾き飛ばした。

 

「防御フィールドの類か!

 小癪なオークめ!」

 

「俺に飛び道具は効かねぇよ!

 さぁどうする騎士さん!」

 

 挑発の言葉を吐きながら、ペダルを踏み込み『夜明け(ドーン)』を疾駆させる。

 

 

 

 

SIDE:宇宙騎士(テクノリッター)アグリスタ

 

 意表を突かれ、アグリスタに残った数少ない(生体パーツ)に驚きの思考ノイズが走った。

 オークといえば猪突猛進の宇宙蛮族。

 如何に身体性能に優れた戦士でも、攻撃一辺倒の猪武者など如何様にも料理できる。

 だが、カーツと名乗るこのオークは毛色が違う。

 武装ではなく防御兵装を搭載しているとは思わなかった。

 

 天性の反射神経に任せて攻撃するのではなく、防御と回避を重視し隙を狙う戦い方は全くオークらしくない。

 それだけに油断がならない。

 アグリスタは敵の脅威度判定を上昇させた。

 並のオークではなく己と同等、宇宙騎士(テクノリッター)にも匹敵する強敵と見做す。

 

「沈めぃ!」

 

 マシンキャノンの弾幕にレールガンを混ぜて放った。

 ジャブの連打で牽制し必殺のストレートパンチを叩き込む王道コンビネーションだが、生意気なオークは的確に対応する。

 

「効かねえってんだろ!」

 

 二本腕のジョスターが左腕を旋回させると進路を塞ぐ銃弾が巧みに撥ね飛ばされ、『夜明け(ドーン)』の進むべき道を作り出した。

 自ら切り開いたコースを突き進み『夜明け(ドーン)』は悠々とレールガンを回避する。

 牽制のジャブをいなされるようでは、必殺ブローが当たらないのも道理だ。

 

「えぇいっ!」

 

 お返しに撃ち込まれるパルスレーザーをかわしながら、騎士は無作法に舌を打つ。

 機械の体からは失われたパーツだが、舌打ちするというイメージが電脳を走り、わずかにストレスを緩和させた。

 焦りを覚えるアグリスタの脳に自動的に鎮静剤が投与され、宇宙騎士(テクノリッター)は冷静な思考を取り戻す。

 

 同格の運動性を持つジョスター同士の決闘は互いの背を取り合う千日手の様相となるのが常だ。

 その均衡を崩すのはそれぞれが武装腕に握りしめた武器、そこに隠したジョーカーを如何に切るかに掛かっている。

 三本腕である『栄光なる白銀(グロリアスシルバー)』は本来、『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』よりも切り札が一枚多い。

 だが、すでにマシンキャノンとレールガンの手札を開帳してしまった。

 騎士の機体たるジョスターの武器は腕に握った『剣』のみであるが故に、野蛮なオークの駆るブートバスターと違って胴体内蔵武装は搭載されていない。

 アグリスタの『白銀(シルバー)』には手札があと一枚しかないのだ。

 一方の『夜明け』は見せ札ともいえる胴体内蔵武装を除けば、未だ防御兵装一枚を切ったきり。

 右手の武装を温存している。

 

斥力腕(リパルサーアーム)と言ったな、奴の『盾』は斥力(リパルサー)フィールドか」

 

 敵機が搭載した防御兵装の分析をする。

 展開した瞬間のカーツの叫びがフェイクでないのなら、『夜明け(ドーン)』の積んだ盾は「弾き飛ばす力場」を展開する斥力系統。

 レーザーやプラズマなど、いわゆる光学系兵器にはそれほど有効ではないが、実弾兵器に対しては滅法強い。

 そして『白銀(シルバー)』の搭載したマシンキャノンとレールガンはどちらも実弾系。

 

「くそ、武装のチョイスをしくじったか」

 

 三本腕の残りひとつ、最後の切り札である武装もまた実弾だ。

 相性が悪い。

 だが、斥力系の防御兵装ならば弱点もある。

 効果対象が限定的であるという以外に、単純にその展開範囲が狭いのだ。

 左腕一本では、機体全体を護ることはできない。

 飽和攻撃ならば、勝算は十分にある。

 

「右手を使う前に、沈めてやる!」

 

 アグリスタは勝負に出た。

 回避運動をかなぐり捨てた『白銀(シルバー)』は真正面から『夜明け(ドーン)』に向き直ると、間髪入れずに最後の武装を解放した。

 三本目の武装腕のカバーが展開し、三発の大型ミサイルを搭載したランチャーが剥き出しになる。

 

 

「受けろオーク! 無作法だが全力射撃だ!」

 

 マシンキャノンとレールガン、さらにミサイルを全弾発射。

 大型ミサイルの弾頭が開き、内部に仕込まれた各12発の小型ミサイルをばら撒く。

 中隊規模の戦闘機編隊に使用する拡散弾頭ミサイルだ。

 単機に対して放つには過剰すぎる火力が『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』へ殺到する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天拳絶倒

 赤く燃える曳光弾、電磁発光の青白い輝きを帯びた電磁投射体、そしてバラバラに分離しそれぞれがオレンジの推進剤の尾を引いて迫る拡散ミサイルの群れ。

 どれを取っても我が『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』を引き裂いて余りある威力を持っている。

 対G剛性は高くとも、装甲的な頑丈さには欠けてしまうのがブートバスターだ。

 あれだけ大量の砲撃の前では、斥力腕の護れる範囲が足りなさすぎる。

 後先考えずのありったけで確実にこちらを屠ろうとする、良い一手だ。

 

「いいぜ、騎士さん。

 嫌いじゃない!」

 

 必殺の攻撃に晒されながら、俺はあの宇宙騎士(テクノリッター)に対して親近感を覚えていた。

 思い切りよく一手に全振りして博打を張る姿勢、実にオーク的だ。

 

 それだけに、扱いやすい。

 

 他所から拾ってこられた培養豚が使い潰されもせずに生き延びて、戦士を名乗る。

 つまりは氏族のオークを掻き分けて、能を示したって事だ。

 力任せの暴力を何とかするのは、俺の得意中の得意なのだ。

 

「いぃくぜぇぇっ!」

 

 最大戦速を維持したまま、強引なスティック捌きで『夜明け(ドーン)』は急旋回する。

 飛来する火力の大波に真っ向から機首を向けた。

 左腕を振り上げる。

 

斥力腕(リパルサーアーム)!」

 

 振り抜いた腕の先で紅蓮の爆発が弾けた。

 斥力フィールドで弾かれた砲弾同士がぶつかりあった結果だ。

 だが不可視の盾の防護範囲は狭く、『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』の全てを覆う事はできない。

 判りきっていた話だ。

 だから俺は右腕を振り上げる。

 

「もう一丁っ!」

 

 右の斥力腕(リパルサーアーム)が迫る砲弾を撥ね飛ばした。

 

「盾2枚だとっ!?」

 

 騎士アグリスタが驚きの呻きを漏らす。

 無理もない、我ながらオークの気質から外れている。

 とにかくぶん殴る、ぶっ潰すのが好きなオークは強力な武器を優先する傾向が強い。

 俺の『夜明け(ドーン)』のように防御兵器を2つも積んだ機体は他に無いだろう。

 ……まあ、戦士階級を得たとはいえ、培養豚の俺には余り物の武器しか回ってこなかったという切ない事情もあるが。

 ともあれ、この状況には完全に嵌まったチョイスである。

 

 宇宙騎士(テクノリッター)が驚きから覚める前に一発ぶち込まなくてはならない。

 

「おりゃあああっ!!」

 

 真っ向から捉えた『白銀(シルバー)』へと、スラスター全開で突き進む。

 斥力腕の効果範囲の狭さを見越したか、宇宙騎士(テクノリッター)の放った弾幕は広範囲に拡がっていた。

 脆弱な装甲のブートバスターを確実に打ち落とせる火力の投網であったが、その分「厚み」はない。

 ジェネレーターの出力を注ぎ込み、本来短時間しか維持できない斥力場を無理矢理展開し続ければ突き抜けられると踏んだ。

 

夜明け(ドーン)』の両腕が発生する不可視の盾の表面で砲弾が弾ける。

 飛び散る爆炎を斥力場で掻き分け『夜明け(ドーン)』は炎の残滓を引きずりながら飛翔した。

白銀(シルバー)』を目前に捉える。

 

 ここだ!

 

「天拳絶倒! 斥力重突撃(リパルサースラスト)ォォッ!」

 

 突き出した両腕、既に限界近くまで働いた斥力腕をもうひと頑張りさせる超過駆動。

 不可視の盾を鏃と変え、機体全てを一条の矢と化す。

夜明け(ドーン)』が転じた暁色の矢は『白銀(シルバー)』を射貫いた。

 

 

 

SIDE:宇宙騎士(テクノリッター)アグリスタ

 

 人機一体を為しジョスターを我が身の如く操るため、宇宙騎士(テクノリッター)の脳は機体と直結している事が裏目に出た。

 重大な損傷によるエラー情報が、アグリスタの脳をかつてない程に打ち据える。

 

「ぐああぁっ!?」

 

 騎士として恥ずべき事ながら悲鳴を抑えられない。

 

 機械化した強化人工神経ですら対応できぬ速さで駆け抜けた『夜明け(ドーン)』の斥力場は、『白銀(シルバー)』の側面を無残に抉りとっていた。

 三本の腕はもがれ、潰され、一本しか残っていない。

 主機にまで達する致命の損傷を受けた『白銀』は最早死に体。

 だが、宇宙騎士(テクノリッター)の戦意は消えない。

 脳を灼く程に流れ込むダメージ情報に耐えながら、たったひとつ残った腕に握るマシンキャノンを『夜明け(ドーン)』の航跡へ向ける。

 

 暁色の決闘機(ジョスター)は、満身を火花の蒼で彩っていた。

 全力砲撃を突き破り『白銀(シルバー)』そのものすら殴り飛ばす斥力場の維持は、『夜明け(ドーン)』にも荷が重かったらしい。

 超過駆動の末に火花を上げて機能停止した斥力腕を引きずりながら、大きく弧を描いて旋回している。

 

「見誤ったな……」

 

 著しく反応の鈍い最後の武装腕を『夜明け(ドーン)』へと向けながら、アグリスタは自嘲の呟きを漏らした。

 

 カーツをオークらしくない手堅い敵という己の判断を嘲笑う。

夜明け(ドーン)』が2枚目の盾を出した瞬間、驚きつつもアグリスタは勝利を確信していたのだ。

 オークの特徴ともいえる攻撃性と引き換えに堅実さを手に入れたカーツは、むしろ凡百の敵に過ぎないと見做して。

 

 とんだ間違いだ。

 防御をかなぐり捨てて乾坤一擲の一撃を放つ、実にオークらしいオークではないか。

 

「だが、この首、ただではやらん!」

 

 止めを刺さんとこちらへの再加速を開始する『夜明け(ドーン)』へ残った唯一の武器であるマシンキャノンを乱射する。

 

「おおおっ!」

 

 叫びと共に放つ弾丸は、身をよじるようなロールを行う『夜明け(ドーン)』を捉えられない。

 銃身の歪みを補正するよりも早く、『夜明け(ドーン)』が機体下部に抱いたプラズマキャノンの砲口に輝きが生じた。

 

「バスに乗り遅れちまうんでね、ここまでにさせてもらうぜ!

 あばよ、騎士さん!」

 

 どこか剽げたオークの言葉と共に青白いプラズマ光弾が撃ち放たれる。

 抉れた『白銀(シルバー)』の胴体に着弾した光弾は、磁場で閉じ込めた破壊の権化をその場で解放した。

 

 

 

 

「騎士様! アグリスタ様!」

 

 本来後詰であった通常型戦闘機(ローダー)の編隊は分散し、反応が消失した宇宙騎士(テクノリッター)を捜索していた。

 やがて、銀の機体の残骸を発見する。

 胴中の三分の二をプラズマで焼却された『白銀』は、名を返上するかの如く焼きただれ、骸と化して漂っていた。

 

「アグリスタ様!? 何たる事だ……」

 

「まさか宇宙騎士(テクノリッター)が討たれるとは……」

 

「……勝手に殺すのではない」

 

 呆然と言葉をかわす捜索部隊の通信に、宇宙騎士(テクノリッター)の機械音声が割って入った。

 

「アグリスタ様!」

 

「コクピットにもプラズマが飛び込んできて駄目かと思ったがな。

 陛下より賜りしこの機械の体を焼き尽くすには、至らんかったようだ」

 

「すぐに救助を!」

 

 捜索隊の戦闘機は胸部から下を失って漂う兜状の頭部を発見すると、手早くコクピット内に回収した。

 

「このまま帰投いたします。

 医療ポッドの手配もしておりますので!」

 

「ああ、頼む」

 

 戦闘機の予備座席に丁重に置かれたアグリスタの頭部には、首筋から接続する形で宇宙服用の生命維持装置が取り付けられ尽きかけていた酸素を供給する。

 何とか命拾いしたアグリスタは、肺もないままひと息つくと顔を覆う面頬(バイザー)を展開した。

 

 金の髪に青い瞳、典型的な金髪碧眼美女の素顔が現れる。

 作り物ながら精緻な美貌は、少女の年頃に機械化したアグリスタの素顔を成長させた予想図を元にしていた。

 吊り気味の青い瞳が怒りに歪む。

 

「私を殺し損ねた事、存分に後悔させてやるぞ、トーン=テキンのカーツ……!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤い星の豚の城

「兄貴! ご無事ですか!?」

 

 あちこちから火花を散らす満身創痍の『夜明け(ドーン)』をなだめすかしつつランデブーポイントまで辿り着くと、通信モニターが開いてボンレーの泡を食った声が流れ出た。

 常に冷静沈着な彼には珍しい慌てぶりに、思わず頬が緩む。

 

「ちょいと『夜明け(ドーン)』に無理をさせすぎたが、大丈夫だ。

 応急処置は済ませてある」

 

「兄貴とここまでやり合えるとは……。

 宇宙騎士(テクノリッター)もやるものですな」

 

「ああ、大枚を叩いて体を改造しただけの事はある」

 

 だが、体の大部分を機械と入れ替えてまでして、やっとこオーク戦士とやり合えるという辺りがノーマルな地球系人類の「枠」としての限界だ。

 だからこそオークなどの強化人類(エンハンスドレース)が作られたのだと思う。

 宇宙はただの人間が渡っていくには、余りにも過酷だ。

 

 費用対効果という面から考えると、高性能とは言えない素体に凄まじい大改造を施して性能を引き上げた宇宙騎士(テクノリッター)は浪費の極みのように思えてしまうが、そこはまあ人の勝手という奴だろう。

 他所様の意向に口を挟むのは、よろしくない。

 

「まあいいさ、(やっこ)さんには俺の勝ち星のひとつになってもらった。

 トロフィーも分捕ってきたしな」

 

 無駄な思考を打ち切って、俺は『夜明け(ドーン)』の右舷に視線を投げた。

 ブートバスターの武装腕には、作業用小型マニピュレーターが仕込まれている。

 右腕の内側に備えられた細い三本指は、銀色の長い砲身を握りしめていた。

栄光なる白銀(グロリアスシルバー)』の千切れた武装腕ごと回収したレールガンだ。

 

「ほほう、さすが金満宇宙騎士(テクノリッター)の装備品、良さそうな代物ですな」

 

兵器年鑑(カタログ)で型番を調べてみたが、グランビットファイアアームズが去年出した新作らしい」

 

「それはそれは」

 

 通信モニターの中でボンレーは傷だらけの強面を歪めて微笑んだ。

 天下御免の宇宙蛮族たる俺たちオーク氏族は、よっぽど奇特な商人以外とはまともな交易ができない。

 大手兵器メーカーの新商品など、めったにお目に掛かれない逸品であった。

 

「それでは戦利品を抱えて凱旋と参りましょう。

 ジャンプエネルギーのチャージは済んでおります」

 

「ああ、急ごう」

 

 すでに舎弟達の機体が接続されており、トーン08のドッキングポートは残りひとつしか空いていない。

 俺は『夜明け(ドーン)』の左腕を伸ばし、作業腕でポートのグリップを鷲掴みにした。

 

「いいぞ、跳べ、ボンレー!」

 

「了解、カウント省略、ジャンプ起動!」

 

 ボンレーの宣言と同時にトーン08と、リンクで同期した拿捕輸送船は通常空間から消え失せる。

 次の瞬間、何十光年もの距離を飛び越えて全く別の宙域に出現した。

 

 これこそが銀河大航海時代を支える空間跳躍航法ジャンプドライブ。

 SFでよく見るワープの類だが、その利便性には唸るしかない。

 何せ襲撃後、すぐさま高跳び可能なのだ。

 略奪者にとって、最高の相棒とも言える装備である。

 

「今回も生きて戻れたか」

 

 キャノピー越しに射し込んでくる赤い光を片手を上げて遮りながら、安堵の吐息を漏らした。

 指の隙間から見えるのは巨大な赤い星。

 もう数万年もしないうちに寿命を迎える赤色巨星だ。

 

「ビッグレッド、確認しました」

 

 ボンレーが見た目そのまんまな巨星のコードネームをアナウンスする。

 オークにネーミングセンスなど期待してはいけない、だってオークだもん。

 

 トーン08と拿捕輸送船は赤い光の下を周回する小惑星帯へ進路を向けた。

 膨れ上がる巨星の重力に砕かれた惑星の成れの果て、そこに俺達の根城たる氏族船(クランシップ)が潜んでいる。

 その名も高きロイヤル・ザ・トーン=テキン。

 繰り返すが、オークにネーミングセンスなど期待してはいけないのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰宅途中

 赤色巨星ビッグレッドの天頂点(ゼニスポイント)から氏族船(クランシップ)ロイヤル・ザ・トーン=テキンが身を隠す小惑星帯まで、鈍足のトーン08と拿捕輸送船では三日掛かる。

 天頂点(ゼニスポイント)とは主星を便宜上の上方向へ見上げて各惑星との重力影響がつり合うポイント、物凄く大雑把に言うと星系の北極点のような宙域だ。

 ちなみに反対の「南極」側は天底点(ナディールポイント)と呼ぶ。

 この辺りの用語は、俺の中に植え付けられた21世紀の天文用語と齟齬があるため、宇宙を旅する時代に意味合いが変わった言葉だと思われる。

 

 まあ、こんな知識が必要なのはジャンプドライブ搭載船の航海士くらいのものなのだが、折角なのでもう少し薀蓄を垂れるとしよう。

 ジャンプドライブは重力の影響を受けやすく、制御にはエネルギーコストを必要とする。

 ゆえに出現地点には影響の少ないポイントが好まれるのだ。

 膨大なエネルギーを費やして力任せにジャンプアウトすれば理論上は恒星の目の前にだって出現できるが、とんでもない費用が掛かってしまう。

 宇宙船という金食い虫な経済システムを運用する以上、できるだけ安上がりに済ませたいのは全ての航海士に共通する意見であった。

 

 こういった戦士の身には不要な知識を俺が知っているのは、生まれる前に培養槽で刻まれたから、ではない。

 学んだのだ。

 

 21世紀の地球人の知識があるお陰か、俺はオークという種族と培養豚である自分の身の上を客観的に見る事ができた。

 その上で判断したのだ、俺が生き延びるには学習を重ね知識を積み上げるしか無いと。

 

 オークには生まれつき優れた戦士としての能力が備わっている。

 だが、それを以ってしても死が訪れるのが戦場だ。

 そしてオークは常に戦い続ける略奪種族であり、俺たち培養豚の雑兵は先鋒として投入されるのが定石であった。

 

 俺の生き延びる道は、使い捨ての雑兵ではない一廉の戦士として身を立てるほかなかったのだ。

 

 強靭な肉体を持っているのは他のオークも同じ、雑兵として埋没せずに成り上がるには俺だけの利点を得ねばならない。

 幸いにして、俺は他のオークに比べると頭を使う事、学ぶ事への忌避感がない。

 

 だから俺は知識を得る事に腐心した。

 21世紀の記憶だけでなく、現在の宇宙での知識、戦法、セオリー、雑学、そんなものを貪欲に求めた。

 幅広い知識を元に、その場その場の状況へ対応策を捻り出しながら、俺は今日まで生きてきたのだ。

 

 そんな知識の源泉は略奪品である。

 幸いにしてオークは書物や電子データの類にはまるで興味を持たない。

 他の同胞が略奪品の武器や美味い食料に目を奪われている間に、本や電子書籍を確保するのが俺のルーチンであった。

 それは雑兵の身を卒業し、ブートバスターを授けられた戦士となった今でも変わらない。

 ジャンプポイントから氏族船への移動時間は、俺にとって貴重なお勉強タイムであった。

 

「でもまあ、ファッション雑誌なんかは読んでもなあ……」

 

 慣性航行中のトーン08のキャプテンシートに座った俺は、一応目を通した雑誌を閉じる。

 拿捕した輸送船から回収した戦利品のひとつだ。

 俺が書物の類を好むと知っている舎弟たちは、戦利品の中でそれらを発見すると積極的に届けてくれる。

 その分、自分達の取り分が増えるからだ。

 まあ、今回は外れだったが。

 

 どんな知識も無駄ではないと貪欲に摂取しているが、標準的な地球系人類向けのファッション情報はオークのニーズから完全に外れすぎていて、流石に役に立つとは思えない。

 大抵のオークはツナギを思わせる素っ気ないデザインの軽宇宙服一丁で、お洒落なんぞ縁がないのだ。

 俺自身、野暮ったい緑色の軽宇宙服を愛用していた。

 

 ファッションに言及するのなら、オークにとっては薄手の宇宙服に浮き上がる筋肉の隆起が最大のお洒落ポイントと言える。

 ムキムキの肉体の誇示は、戦士の種族たるオークにとって「マジかっけえ」事なのだ。

 お陰で軽宇宙服すら着ずに、鍛えた裸体を見せびらかして過ごすオークも結構居る。

 頑丈極まりない肉体と皮膚に宿る葉緑素ベースのナノマシンを併せ持つオークは、宇宙空間に放り出されても三十分くらいは死なない。

 この宇宙種族としての強靭かつ雑な特性がオーク裸族を支えていた。

 

 最も、そんな裸族系オークでも下穿きの類だけは身に着けているので、最悪の見苦しさばかりは避けられている。

 股間丸出しで普段からブラブラさせているような馬鹿野郎は、弱点を切り落とされても仕方ない。

 必殺のマグナムは普段はホルスターに収まり、必要な時のみ火を噴けばいいのだ。

 

「フルトン、捨てといてくれ」

 

「うっす」

 

 ブリッジの隅、ダストボックスの前でベーコと「あっち向いてホイ」に興じていたフルトンへ雑誌を放る。

 慣性航行中の船内はゼロG状態で、俺の放った雑誌はふわふわと漂いながらフルトンの手に収まった。

 

「ごてごてとまあ、ぶあつくきこんでるっすねー」

 

 フルトンはペラペラとページをめくると呆れた声をあげた。

 

「ノーマルどもはひよわで宇宙に出るとすぐ死ぬからなー。

 着込むひつよーがあるんだろうなー」

 

 あっち向いてホイの対戦相手だったベーコも雑誌を覗き込んで、彼なりの見解を述べた。

 ちなみに、あっち向いてホイはオークの間ではメジャーな暇潰しゲームである。

 なんの道具もいらず、シンプルな反射神経勝負というのがオークの気質にハマっているらしい。

 物凄い勢いで豚面が上下左右に動き回る様子は、傍から見るとちょっと異様ではある。

 

「おっ、うすぎのぺーじもあるっすよ!」

 

「おほぉ! いい女ぁ!」

 

 トレンドの水着紹介ページに、雑誌を覗き込む二人は色めきだった声を上げた。

 グラビア誌ではなく、あくまでファッション雑誌であるためにモデルの身を包んでいる水着は上品で露出の少ないデザインだったが、女日照りの下っ端オークには大変刺激的であるらしい。

 

「兄貴! これ貰っていいですか!」

 

「あ、ずるいっす!」

 

「あー……いいよ、どうせ捨てるつもりだったし。

 どっちが持つかは相談して決めろよ」

 

「なら、しょうぶのつづきっす!」

 

「おう!」

 

 賞品を前にしたフルトンとベーコは一際熱を入れて、あっち向いてホイを再開する。

 その二人の傍らでは、下っ端舎弟三人衆の最後の一人ソーテンが腕組みの姿勢で居眠りしていた。

 ゼロGに身をゆだね、ブリッジ内をぷかぷかと漂いながら心地よさげないびきをかいている。

 緊急時に加速をすると危ないから、せめてシートに体を括りつけて寝ろといつも言っているのに、こいつは全然聞かない。

 無重力の中で眠るのが最高に心安らぐらしい。

 仮に急加速で壁に叩きつけられたとしても、オークの頑丈ボディなら何ほどの事もないので、もう放っておく事にしている。

 

「やれやれ……」

 

 無軌道にくつろぐ舎弟たちのお陰で、トーン08のブリッジは男子学生のたまり場染みた雰囲気を醸し出していた。

 かく言う俺も自室ではなくここで読書に勤しんでいる辺り、この雰囲気は嫌いではない。

 

「兄貴、そろそろバリケードです」

 

 一人、コンソールに向かいトーン08の状態を確認していたボンレーがナビゲーターシートから振り返った。

 その片手には齧りかけのチョコバーが握られている。

 傷だらけの豪傑面とは裏腹に彼は下戸で、甘いものが大好きだ。

 略奪品の中から発見されたお菓子の類は軒並み彼の元に集められていた。

 

「バリケードの回避パターンの入力は済んでるな?」

 

「もちろん、今週はEの8番です。 ちょいと遠回りですな」

 

 氏族船ロイヤル・ザ・トーン=テキンの周囲は天然の小惑星だけではなく、人為的に用意された障害物で護られている。

 バリケードと仇名される防衛網は砕いた小惑星や使い物にならない機械類、船舶の残骸などのいわゆるスペースデブリの類を定期的に撒き散らす事で構成されていた。

 無策で突っ込めばゴミにぶつかって大ダメージを受けてしまう妨害網だが、流石に運用側は回避用のコースを用意している。

 オークは馬鹿だが、それでもこの程度の芸当はできるのだ。

 

「よし、全員席に着いてシートベルトを締めろ。

 ソーテンの奴もシートに縛り付けとけ」

 

「りょーかいっす!」

 

 フルトンがいびきをかくソーテンを空いたシートに括りつける。

 同時にトーン08はわずかにスラスターを噴射してバリケードへの進入コースへ移行した。

 ブリッジの正面モニターに主星ビッグレッドの光を浴びて、赤く輝くデブリのきらめきが見える。

 

「ん……?」

 

 その中に、平べったい小型宇宙機が浮いていた。

 この宙域は完全にトーン=テキン氏族の勢力下であり、敵戦闘機という事はありえない。

 俺はひとつの確信を抱きながら、キャプテンシートのコンソールを操作してモニターを拡大した。

 

 全長10mもない、見覚えのある小型機の上に小さな人影が立っている。

 己の身の丈よりも長い一本の杖を右手に握ったその姿は、白いフード付きのポンチョですっぽりと覆われていた。

 予想通りの相手に、俺は思わず相好を崩す。

 

「お前ら喜べ、姫様が出迎えてくださるぞ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙の舞姫

 小さな宇宙機の上に立つのは、つい先日、140センチを越えたと自慢げに語っていた小さな人影。

 顔を隠す白いポンチョのフードを捲り上げると首を一振りする。

 無造作な動作でゼロGを踊る長い髪は白銀。

 彼女は銀の髪を翻すと、トーン08を見据えて形の良い唇の端を上げた。

 

 真空の中、宇宙服すら纏わず微笑む彼女こそ、トーン=テキン氏族の宝玉。

 オーククイーンより生まれし次世代の女王、オークプリンセス。

 我らが姫様、ピーカ・タニス・トーン=テキンだ。

 

 

 

 オークの生まれ方は、三種類に分かれる。

 培養槽(バースプラント)から生産される俺たち培養豚(マスブロ)

 他種族の女性の胎から生まれる、一般的なオーク。

 そしてオーククイーンの子であるオークナイトだ。

 

 では、オーククイーンは三種類のどこから生まれるかというと、答えは「どこからでも」になる。

 オークは宇宙戦闘用として作られた戦闘種族であり、本来女性は存在しない。

 月の物がある以上、女性の兵器としての安定性は低い。

 その為、オークは男しか生まれないように設計されているらしい。

 それにも関わらず誕生したイレギュラーな突然変異個体がオーククイーンである。

 

 突然変異だけにその誕生確率は恐ろしく低く、数多あるオーク氏族の中でもクイーンを戴く氏族は数少ない。

 その数少ないオーククイーン自ら産んだ娘であるオークプリンセスの誕生確率に至っては、最早天文学的な低さである。

 ピーカ姫は我らトーン=テキン氏族が誇る至宝そのものなのだ。

 

 太母たるオーククイーンは氏族のオークを無条件に心酔させる、フェロモンともカリスマともつかないものを備えている。

 それは培養槽(バースプラント)産まれで21世紀人の精神構造を持つ俺にはさして影響を及ぼしていないものの、彼女に対して好感を抱かざるを得ない。

 単純明快に美しいのだ。

 

 培養槽(バースプラント)から生まれる第一世代である培養豚(マスブロ)以降のオークは、他種族の胎を借りて誕生せざるを得ない。 

 つまりオークの中には多様な種族の遺伝子情報が蓄積されている。

 そしてその結晶とも言えるオーククイーンは、ほとんどの地球系種族から見て「美しい」と判断されるような容貌を備えるに至っていた。

 様々な人種の美人を混ぜてモンタージュを作ると、何となくどこの人にも受け入れられやすくなるという事象を実地でやってのけた結果である。

 

 我らが姫君、ピーカ姫もまたオーククイーンの常で美しい。

 翻る白銀の長い髪に、黄金の光彩の猫を思わせるアーモンド形の瞳。

 通った鼻筋に愛らしい唇。

 言葉にすれば陳腐なそれらは、ひとつひとつが完璧な形とバランスで配置され幼さと美しさが同居した、稀なる美貌を作り上げている。

 身長140センチを超えたばかりの小柄な肢体は、同じ年頃の地球人種ではありえないような曲線を描いていた。

 出るべき所は生意気なまでに成長し、引っ込むべき所は限界まで締まっている。

 多産かつ女性的魅力に富んだオーククイーンは、すべからくセクシーダイナマイトでばいんばいんの豊満グラマラスボディの持ち主だ。

 未熟な我らが姫の御体にもその片鱗は現れており、主星ビッグレッドの赤い光に照らし出されたシルエットは年齢不相応にけしからん陰影を描いている。

 

「ふはぁ……姫しゃまぁ……」

 

「うおぉ……」

 

 モニターにへばりついた舎弟の二人、ベーコとフルトンが呆けたような声を上げて見つめていた。

 首元で留めたポンチョ一丁という姫のラフ過ぎる御姿は、ふわふわと無重力を舞う長い髪で危険部位が辛うじて隠されているものの、若い衆には刺激が強すぎる。

 

「まったく、ちゃんと服を着なさいと申し上げているのに」

 

「良いではないですか、姫様御自らの慰労、ありがたい事です」

 

 したり顔のボンレーもまたすっかり目尻を下げながらモニターを注視していた。

 

「安売りするものじゃないでしょうに、貴女の柔肌は」

 

 俺のぼやきが聞こえるはずもなく、モニターの中の姫は両手で掴んだ長い杖を捧げ持つように頭上に掲げた。

 

 腕の動きに合わせて、ふるりと体格からすれば豊か過ぎる双丘が揺れる。

 ポンチョの下から覗く、白磁の素肌を翠に輝くラインが覆っていく。

 オークの肌に宿り、真空中の生存すら可能とさせるナノマシンは、オーククイーンの体内で更に強力に昇華されていた。

 凝縮されたナノマシンは確固たる線となって姫の素肌を走り紋様を描く。

 トライバルタトゥーを思わせる翠の紋様で全身を彩った姫は、頭上に掲げた杖を全力で振り降ろした。

 

 足場にした宇宙機を鉄杖が打ち据え、同時にトーン08の通信機がこぉん!と澄んだ金属音を受信する。

 真空に響くのは音ではなく不可視の波、すなわち電波。

 ナノマシンの紋様は輝くだけではない、光るという事は波長を放っているという事だ。

 姫の御体を覆うナノマシンは、彼女の体越しに床を打つ金属音を電波に載せてバラまいたのだ。

 

 足元に杖を振り下ろした姫の体が、反動でふわりと浮く。

 完全に浮ききる前に爪先で足場を蹴った姫はゆるく縦に回転しながら虚空を舞った。

 白銀の長い髪が、幼さと豊満さという相反する要素を併せ持った肢体が、弧を描いて次の足場へと向かう。

 本来、敵艦の侵入を防ぐためのバリケードとして配置された残骸をステージに、姫は戦勝の舞を披露した。

 

 

 

 

「姫、お出迎えはありがたいのですが、軽率すぎます」

 

 戦勝の舞を終えた後、トーン08に乗り込んできたピーカ姫に予備の軽宇宙服を押しつけながら俺は苦言を呈した。

 得意満面の笑顔で褒めて貰えると思っていたらしい姫は、いきなりのお小言に頬をぷうと膨らませた。

 

「何よう、船を奪ってきたっていうから、お祝いの舞を踊ってあげたのに」

 

「服装に気を配ってください、この船は若い衆が多い」

 

「裸の方がナノマシンのラインが見えて綺麗でしょう?

 それに貴方だって若い衆じゃない」

 

「いいから服を着てください」

 

「むー」

 

 膨れっ面でツナギ型の軽宇宙服に両足を通した姫は、ジッパーを上げる途中で何かに気付いたのか、にんまりと笑みを浮かべた。

 

「カーツぅー、これ固ぁい♡ 引っ張ってぇ♡」

 

 猫撫で声で囁きつつ、たっぷりとした胸元をこちらへ突き出した。

 年齢不相応に豊かな双丘の真下で、ジッパーがわざとらしく止められている。

 俺は無言でジッパーを掴むと、一気に喉元まで引き上げた。

 

「ちょっと! 少しは喜ぶとか興奮するとか気を遣うとかしなさいよぉ!」

 

「もうちょっと年齢を重ねてから言ってください」

 

 自慢のバストを軽宇宙服に仕舞い込まれ、ぶんぶんと腕を振り回してむくれる姫から目を逸らし、俺は嘯いた。

 おむつの頃から知っているローティーンの相手をそんな目で見れないと、俺の中の21世紀常識が告げている。

 だが、同時にオークとしての本能は幼いながらもオーククイーンである彼女に対して誤魔化しがたい魅力を感じてしまっていた。

 

「……まったく、オークというのは度し難いな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目には目を

 氏族船(クランシップ)ロイヤル・ザ・トーン=テキンの原型は強襲揚陸プラント船であったらしい。

 強襲揚陸という軍事用語と、製造拠点を意味するプラントという言葉がごっちゃになっている辺り、相当にめちゃくちゃな発想で製造された船という事がすでに窺える。

 

 強襲揚陸という事は敵陣に乗り込み、兵士を送り込むのが第一の目的だ。

 そして、その兵士を揚陸艇の中で作れると凄いんじゃね?などと、宇宙のどこかの馬鹿が考えて、実際に作っちゃったのがこの船である。

 敵陣に乗り込み、内部のオーク生産プラントで作りまくったオーク兵士をどんどん送り込んで単艦で敵拠点を制圧する、そういう夢のスーパー馬鹿シップだ。

 大体において、この手の「これさえあれば何とかなるはず!」という一発逆転に賭けるようなトンチキ兵器を作り出すのは、負けが込んでる方と相場が決まっている。

 

 案の定、ロイヤル・ザ・トーン=テキンを製造したどこぞの弱小宇宙国家は星間戦争に敗北。

 母星の制御を喪失した氏族船は野生化し今に至っていた。

 それから数世紀以上、生産されたオーク達によりロイヤル・ザ・トーン=テキンは増築を繰り返され、巨大化の一途を辿っている。

 

 元より生産工程簡略化のため素っ気ない円柱状の船体であったのだが、それを肉付けする形で太く、長く成長していったのだ。

 300m級であったと言われる原型だが、今では全長5kmにも及ぶ巨大な鉄の柱と化している。

 

 小惑星帯の奥深く、大小様々な宇宙船を周囲に従えて停泊する巨大な氏族船に、俺たちのトーン08は寄り添うように停船した。

 メインコンピューターをリンクされた拿捕輸送船も同様に隣で停泊している。

 

0/1(ゼロワン)モノポール炉、アイドリングへ移行完了しました」

 

 ボンレーの報告に頷き、俺はキャプテンシートから立ち上がった。

 無重力をいい事に、ふわふわと漂いながら俺の首にまとわりついていた姫様の体もついでに持ち上がる。

 

「それじゃ、ちょっくら陛下にご挨拶してくる」

 

「いいなー、兄貴。 女王様のお顔見れて」

 

 羨ましげなベーコに向けて、姫様はふふんと偉そうに鼻を鳴らした。

 

「そう思うんなら、頑張って手柄を立てなさい。

 今でも割と有利なんだからね? こうしてあたしと直に話せるんだから」

 

「ウス、オレも頑張って、兄貴のおまけじゃないってとこ、姫様にお見せしますよ!」

 

 気合いを入れるベーコに、姫は金の瞳を細めて鷹揚に頷く。

 それだけの動作で、軽宇宙服に抑え込まれた豊かすぎるバストがふるりと揺れ、ベーコは感嘆の吐息と共に鼻の下を伸ばした。

 まったく、若く未熟なオークにとって幼体と言えどもオーククイーンは劇物すぎる。

 

「行きましょう、姫。

 移動手段()は乗ってこられた小型艇(ボート)をお借りしていいですか?」

 

「いいわよぉ。 せっかくだし、あたしがどれだけ上達したかも見せたげる!」

 

 

 

 ピーカ姫の操縦する小型艇(ボート)は、ロイヤル・ザ・トーン=テキンの側面に開口したハッチに滑り込むと、危なげの無い動作で格納庫内に着艦した。

 

「ふふん、どうよどうよ、カーツ!」

 

「腕を上げられましたね、姫」

 

 プロの戦闘要員である俺たち戦闘機パイロットの目から見れば、まだまだ改善すべき点は多いが、高貴な身で実用に足る操縦技術を身につけたのは立派な事だ。

 

「流石に戦場に出せる程の技量とは言えませんが、平時に機体を移動させたりといった事なら十分こなせそうです。

 一般レベル免許皆伝ですね」

 

「やった! じゃあ次は戦闘レベルの免許皆伝を目指すわ!」

 

 年相応に無邪気な笑顔で喜ぶ姫に微笑み、後の言葉は呑み込んだ。

 仮に姫が戦闘機パイロットが務まるだけの技量を身につけたとしても、彼女が戦場に立つことはない。

 そのために俺たち戦士階級がいる。

 彼女が戦闘機に乗り込むような羽目になったとしたら、それはもう俺たち全員が腹を切らねばならないような事態か、すでに全員くたばっているかのどっちかだ。

 

「お帰りなさいませ、姫様。

 相変わらずお転婆が過ぎるようで」

 

「む」

 

 タラップから降りた途端に掛けられる、ねちっこく嫌味な声に姫は秀麗な美貌を歪めた。

 顔の造作レベルに段違い所ではすまない格差のある俺もまた、同様の表情で男に向き直る。

 

「貴殿か、戦士フィレン」

 

 上半身裸でよく発達した胸筋をこれ見よがしに露出した裸族系のオーク戦士、フィレンが腕組みをしてこちらを()めつけている。

 年齢も氏族内の戦士としての格も俺と変わらない、本来ならば同僚と称してよい男だ。

 だが、彼我の間には純然たる大きな差が存在している。

 俺の生まれは氏族外で鹵獲された培養豚(マスブロ)、一方のフィレンは太母たるオーククイーンの血を引くオークナイトなのだ。

 フィレンは言葉を挟んだ俺が存在しないかのように一瞥もせず、姫に語り掛ける。

 

培養豚(マスブロ)など、姫様の舞を見せるような輩ではありますまい」

 

 おう、いきなり剛速球。

 こいつは投げ返さねば男が廃るというもの。

 だが、俺が口を開くよりも早く、眉をひそめた姫が不機嫌丸出しの声音で言い返した。

 

「あたしが見せたいと思ったから見せたの。

 よく働いてくれたから、労わないとね」

 

 フィレンはオークにしては小振りな鼻腔から野太い鼻息を噴き出した。

 

「もっと働く者など、我らトーン=テキンにはいくらでも居りましょう。

 所詮は氏族外の外様豚、輸送船のような弱者しか相手どれない小物に過ぎませぬ。

 そのような相手に、値千金の姫様の舞は勿体ない」

 

 嘆かわしいと言わんばかりに大きく首を振ると、後頭部でひっ詰めて三つ編みにした緑の髪が尻尾の如く揺れて大変鬱陶しい。

 大抵のオーク戦士は髪を伸ばさず、短く刈り込むか、スキンヘッドが一般的なヘアスタイルである。

 長い髪は白兵戦で敵に捉まれ動きを拘束される可能性があるし、何よりも手入れが面倒だからだ。

 かくいう俺も奴よりも色味の強い緑の髪をクルーカットにまとめている。

 弁髪とかいう古代の髪型に近いフィレンのヘアスタイルは、長く伸ばそうとも敵に捉ませないという彼なりの矜持の顕れであろう。

 俺はこれだけの実力者だと周囲を威圧し、(かぶ)いているのだ。

 

 要するに、虚勢を張っているに過ぎない。

 

「なるほど、さすがは氏族の星、オークナイト。

 さぞかしご立派な戦果をあげていらっしゃるのでしょうな」

 

 奴自身の口調に負けないくらい、慇懃に、嫌味ったらしく尋ね返してやる。

 

「ぬっ」

 

 フィレンは言葉に詰まり、唸りを上げた。

 

「今月の戦果は如何ほどで? いや、ここ三ヶ月でもいい。

 よもや輸送船のような小物すら墜としていないと?」

 

「……我らオークナイトは貴様ら培養豚(マスブロ)とは違う、女王様と氏族船を護る役割があるのだ」

 

 彼らオークナイトは女王の盾、つまりは氏族船に引きこもっており、最前線で戦果を挙げる機会はない。

 実際の所、要人を護るボディガードとドサ回りのような海賊働きでは、傍から見てどちらが格上かなど判り切っている。

 だが、そんな理屈でオークの本能、暴れたい、戦果を挙げたい、首級を取り手柄を示したいという血潮の滾りは誤魔化せはしない。

 俺は牙の突き出した唇をにっこりと歪め、満面の笑みを浮かべて見せた。

 

「左様で。

 ああ、ちなみに俺のこの一月の単独戦果は通常型戦闘機(ローダー)8、ブートバスター1、共同戦果では輸送船一隻拿捕といった所ですな」

 

「ブートバスターを墜としただと……!?」

 

 オーク戦士の垂涎の的であるブートバスターは与えられるのも栄誉なら、撃墜するのも大変な名誉だ。

 貴人を護る役目の誉れとて、この金星の前には陰らざるを得ない。

 

「輸送船の護衛に出てきたもので。

 ガンカメラを確認しますか?

 戦利品に奪った敵の武装も有りますが」

 

「貴様の腕ではない! 機体の、『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』の性能のおかげだ!

 あの機体さえあれば、オレとて……!」

 

 やっぱり、そこか。

 こいつが突っかかってくる最大の理由はそれだ。

 

「ええ、『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』は最高の相棒ですよ。

 流石は貴殿の父上が乗っていただけはある」

 

 俺の愛機は戦死したフィレンの父の乗機であり、フィレンは戦士の位を得て『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』を手に入れる事を熱望していたらしい。

 一足先に戦士階級に上がった俺が、レストアした『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』を受領して以来、えらく恨まれている。

 

「貴様ぁっ!」

 

 激昂したフィレンは姫様の御前にも拘わらず拳を振るう。

 怒りゆえの闇雲なテレフォンパンチを頬で受け止めつつ、俺はクロスカウンターの鉄拳をフィレンの鼻面に叩き込んだ。

 

「ふぐぅっ!?」

 

 低い鼻をさらに低く潰しながら、フィレンが吹き飛ぶ。

 奴のパンチで頬が切れ口内に湧き出す血を吐き捨て、俺は改めて身構えた。

 

「舌戦よりも拳がお好みなら、そちらでお相手いたしましょう。

 ……加減してもらえると思うなよ、お坊っちゃま?」

 

「お、おのれ!」

 

 噴き出す鼻血を押さえつつ立ち上がったフィレンもまたオーク戦士。

 怒りと闘志を漲らせて腰を落とす。

 だが、睨み合う二人の戦士の間に、姫様が割り込んだ。

 眉を逆立てつつも愛らしい顔をフィレンに向ける。

 

「そこまでになさい。

 自分が暴れたいからって、人の手柄に難癖をつけるのはかっこ悪いわよ、フィレン」

 

「ぬ、そ、そういうつもりでは……」

 

 抱えているであろう複雑な感情をシンプルに切って捨てられ、フィレンは言葉に詰まった。

 やーい、怒られたー。

 だが、姫様はこっちにも金の猫目をじろりと向ける。

 

「カーツも! ちょっと嫌味ったらしいわよ!」

 

「目には目を、嫌味には嫌味で対応してるだけですよ」

 

「もう、口が減らない!」

 

 それは仕方ない、口先八丁と頭の回りで俺は生き延びているのだから。

 まあ、腕っぷしも早々負ける気はないが。

 

「さっさと母様の所に行くわよ、カーツ。

 拿捕した船を献上するんでしょう?」

 

 姫に軽宇宙服のベルトを引っ張られ、俺は苦笑と共に構えを解いた。

 

「お褒めの言葉を賜えるといいのですが」

 

「喜んでくれると思うわよ、ちゃんと動く船を手に入れられたのなんて、随分久しぶりだもの」

 

 フィレンに背を向け、姫に続いて歩み出す。

 背後で腹立たしげに床を蹴りつける音が聞こえ、姫は大きく溜息を吐いた。

 

「もう少し、色々取り繕えばいいのに」

 

「余裕がないんですよ、彼は」

 

「馬鹿にされて、殴られたのに、貴方の方は随分と余裕ね?」

 

「そりゃあ、俺は負けませんもの、フィレンなんぞに。

 踏んだ場数が違います」

 

 クイーンの血族だから戦士を名乗らせてもらってる奴と一緒にされちゃあ困る。

 本音からの俺の言葉に、姫は喉を鳴らして笑った。

 

 

 

 氏族船ロイヤル・ザ・トーン=テキンの中枢に女王の間は存在する。

 培養プラントの中枢域そのものが女王のおわす玉座となっているのだ。

 とはいえ、元は軍艦、それも戦時急造の船ゆえに船内通路と玉座を隔てる扉は仰々しい造りではない。

 荷物搬入口を兼ねているので他よりも大ぶりな、シャッターめいた鉄の扉の前に姫様と並んで立つ。

 俺は扉の脇に備えられたインターフォンのスイッチを押すと、胸を張って口上を述べる。

 

「戦士カーツが参りました。 入室の許可を願います」

 

 一拍を置き、インターフォンから耳に甘い、ややハスキーな声が流れ出す。

 

「いいとも、入りたまえ」

 

 その声の主こそトーン=テキン氏族が女王、マルヤー・キスカ・トーン=テキン。

 我が主君にして、俺の想い人だ。

 




ちょっとコロナったりしてましたが、何とか生きてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シンプルな大望

 プラント設備の一部を転用した女王の間には、玉座を取り巻くように等身大の試験管めいた培養槽がずらりと並んでいる。

 薄緑色の培養液に満たされた内部には豆粒以下の胎児から、培養槽いっぱいに育った排出寸前まで、様々な成長段階のオークが詰まっていた。

 未だ物言わぬ彼ら未来の廷臣達は、この場の主たる陛下の御姿を目の当たりにしながら育てられている。

 陛下御自身の子でなくとも氏族の構成員が忠義に厚い理由のひとつは、ここにあるのかも知れない。

 

 そんな事を考えながら歩を進め、部屋の最奥にまで辿り着く。

 思い思いの装備で完全武装した戦士の一群が玉座の左右に整列していた。

 裸体に弾薬ベルトを巻き付けた者、棘の生えたプロテクターで要所を保護した軽宇宙服に身を包む者、トライバルな紋様を入れ墨した素肌を晒す者、鹵獲品と思しきパワードスーツを窮屈そうに着込む者。

 見た目の統一感は全くないが、鍛え上げた肉体を持つ巨漢の群れが放つ気配は共通している。

 寄らば斬るという、敵対者への明確な殺意である。 

 女王の前で帯剣を許された、オークナイトの中でも選りすぐりの精鋭達だ。

 

 彼らが培養豚(マスブロ)の俺に向ける視線は一様に冷たい。

 侮蔑、冷笑、成り上がりへの憤り。

 鉄剣からプラズマライフルまでバラエティー豊かな武装で身を固めていながら、その眼の色ばかりは判を押したかのように変わらない。

 

 大変結構、俺もお前らが嫌いだよ。

 だが、今はこんな連中なんぞどうでもいい。

 

 俺は足を止めると軽く息を吸い、目の前の貴人を見据えて胸を張った。

 顎を引き、玉座の前にて仁王立ち。

 跪きもしない。

 平伏もしない。

 頭も下げない。

 唯々、己が肉体を、自らが鍛え上げた最高の武器であるこの体を、御照覧あれと披露する。

 これこそがオークの儀礼だ。 

 

「戦士カーツ、御前に」

 

「ああ、よく来たね、カーツ」

 

 玉座という言葉のイメージからは遠い、ベッドにも使えそうな大ぶりな寝椅子(シェーズロング)に女王は長い足を組みながら身を預けていた。

 成長途上の娘より、母であるマルヤー陛下は30センチほど背が高い。

 完全に成熟した玉体は豊満であり、眉目はまさに秀麗であった。

 

 王冠を尊ぶ趣味はオークにはないが、女王の頭を彩る白銀の髪はそこらの財宝など歯牙にもかけない艶やかさで煌めいている。

 身を覆うほどの長さを誇る娘と違い、首筋までのふわりとしたウルフカット。

 やや長めの前髪の下で輝く瞳は娘と同じ金の虹彩。

 しかし猫を思わせる勝ち気な吊り目の姫と違い、陛下の瞳は眠たげに細められた垂れ目で、どこか温和な羊を連想させた。

 麗しく整った顔はわずかに童顔の気配があり、姫以外にも数多の子を持ち、更にはその次の世代すら続いているとは思えないほどに若々しい。

 

「またも此処に来れるだけの手柄を挙げるとは、大したものだね。

 君に『夜明け(ドーン)』を預けたのは正解だったようだ」

 

 よく通る少し低めの声音は耳に優しく、同時に雄の芯に触れる艶めかしさを宿している。

 それでいて喋り言葉は中性的で、マニッシュな雰囲気を醸し出していた。

 

「カーツに会うのは、これで何度目だったかな」 

 

 女王はわずかに小首を傾げながら、艶やかな唇に人差し指を当てて思案する。

 謁見を許されるのは初陣を迎えた時と、大きな武功を得た時だけだ。

 

「7度目、4ヶ月ぶりであります、陛下」

 

「ああ、そうだったね。

 地球時間(標準時)で132日ぶりか、実によいペースだ」

 

 以前の謁見からの日数までカウントする女王のリップサービスに浮き立つ心を抑えるべく、目を伏せる。

 わずかに視線を落としただけで、巨大な山脈が俺の目を捕らえた。

 メートル越えなどという甘っちょろい言葉では済まされないサイズでありながら、適度な張りとたおやかな柔らかさを感じさせ、絶妙なラインを形作る珠玉のバストだ。

 チャイナドレスとかいう古い民族衣装に似た翡翠色の薄衣は女王の素肌にぴたりと張り付き、先端のわずかな凹凸すら浮かび上がらせている。

 

 マルヤー陛下は金の瞳をわずかに細めると、小さく喉を鳴らしてかすかに笑った。

 男の視線がどこに向けられているかなど、オーククイーンに隠せるものではない。

 俺の中の21世紀人の部分が羞恥を覚えるが、オークの部分は居直った。

 良い女を眺めて何が悪いとばかりに、女王の豊満極まりない爆乳をガン見する。

 己に執着する雄の視線を楽しんでいるのか、雌の中の雌たる女王は唇の端を持ち上げた。

 

「さて、君の献上品だが、いいね、気に入ったよ」

 

 女王は座椅子に放り出していた黒いフレームの視覚補強デバイス(眼鏡)を掛けると、手にしたタブレットを操作した。

 ホログラフモニターで拿捕宇宙船の3Dモデルが浮かび上がる。

 眼鏡の下の瞳を楽しげに細めた女王は指先で3Dモデルをつついて回転させ、様々な角度から鑑賞する。

 

「……砲も速度も装甲もない、見るべきところのないドンガメですな」

 

 居並ぶオークナイトの一人が、詰まらない船を持って来やがってとばかりに鼻で笑う。

 唱和するように、オークナイト達は嘲笑の含み笑いを鈍足の輸送船と、それを持ってきた俺に向けた。

 まったく判っていない空っぽ頭(エアヘッド)どもだ。

 女王陛下はそれまでの無言からは打って変わって、拿捕輸送船、ひいては俺への悪口を並べ立て始めたオークナイトどもをじろりと見回した。

 

「輸送船はみんなの前線に武器や食料を届けてくれる、働き者さんだよ。

 君らは、ご飯が無くても戦えるのかい?」

 

 むしろ幼子に言い聞かせるような平易な言葉で窘められ、オークナイト達は口をつぐんだ。

 実際、この連中は女王にとって幼子も同然だ。

 女王が腹を痛めて生んだ存在がオークナイトである。

 あるいは、その子かも知れない、トーン=テキンにおいてオークナイトの称号は二代目までは引き継がれるので。

 何にせよ、子か孫か、女王直系の血族だ。

 ちなみにオークナイトであっても女王を「母」と呼ぶ事は許されない。

 その呼び方を許されているのは姫様だけだ。

 

「我がトーン=テキン氏族には後方支援を行える船が不足している。

 前衛の働きを支えるのは、こういった裏方なんだよ?」

 

 仏頂面を隠さないオークナイト達に耳障りのよいアルトで語りかける女王のお言葉に、目を細める。

 筋肉馬鹿種族であるオークの頂点とも思えぬほど、理性的。

 兵の思考ではなく将の思考を行うよう、ずれた眼鏡を直しながら教師の如くオークナイト達を諭す。

 

 俺がこの御方を慕う最大の理由は、まさにこの理性だ。

 頭目がアホでは下っ端がどんなに頑張っても先はないが、この御方が導く限りトーン=テキンの未来は明るい。

 わずかな回数しか言葉を交わした事がないにも関わらず、俺はそう信じるに至っていた。

 陛下の知性の煌めきに比べれば、銀河に稀なる美貌も女体の極致の如き玉体も付属物に過ぎない。

 俺の中の女王に対する想いの構成割合は大体6:4、知性6、その他4といった所。

 余りに悩ましい御体を思えば、時に逆転しかかるが。

 

「物を運ぶなど、戦闘艦でもできます。

 むしろ鈍足で装甲もない船など、荷を満載したところで敵の獲物になりましょう」

 

 面白くなさそうにオークナイトの一人が反論する。

 こいつらの頭には船ごとに運用を変える発想はない。

 そして自分が乗るならば、という点で思考停止するのだ。

 知性とは想像力であると、まざまざと見せつけられるような事例であった。

 

 女王は嘆息すると小さく頭を振った。

 プラチナの糸のような前髪がかすかに踊る。

 

「まあいいさ、この船をどう扱うかはボクが取り仕切ろう。

 ボクがこの船を気に入った事は確かだよ」

 

 周囲に雄しかいなかったからという生育理由で未だに男言葉の女王は、周囲に軽視される拿捕船の権利を巻き取った。

 献上品だ、どう扱われようが俺の関与するところではないのだが、女王の采配で使われるのなら悪い事にはなるまい。

 働きが無為にならない事に安堵と満足を覚えた。

 

「さて、カーツ」

 

 女王は小さな咳払いで場を締めると、大きく組んだ足の左右を入れ替えた。

 深すぎる程にスリットの入った衣装は、女王のむっちりとした太腿を全く隠さない。

 艶やかな腿を俺に見せつけながら、白い素足の爪先をこちらへ向ける。

 

「この働きに対して、ボクは君にどう報いたものか。

 一番の褒美はこの身であるが、残念」

 

 女王は小悪魔めいた笑みを浮かべ、両手で自らの下腹部を擦った。

 

「ここはこの通り、先約済みだ」

 

 臨月にはまだ遠いものの、内に宿した命の重みがその腹を明確に膨らませている。

 女王陛下は懐妊していた。

 

 

 

 

 オークが好むものはふたつ。

 より強くある為の武器と、より強力な血筋を残す為の女だ。

 戦う事と氏族を維持する事を存在意義(レゾンデートル)とするオークの、シンプル極まりない好みである。

 

 略奪種族であるオークは何でもかんでも奪い去り、女と見れば犯して回ると他種族は思っているが、それは正確ではない。

 オークが好む女は、強い子を孕めそうな女だ。

 弱い女に用はない。

 肉体の強さ、戦闘機や戦艦を操る強さ、あるいは強力な敵に立ち向かう心の強さ。

 そういった何らかの強さを示した女をオークは尊重し、次代にその強さが受け継がれる事を願って連れ去るのだ。

 尊重といいつつ連れ去って子を孕ませる辺り、どうしようもない蛮族種族なのは間違いないが。

 

 そのオークの価値観からすると、オーククイーンは強さの要素を凝縮して胎内に備えた、最高の母胎と考えられている。

 実際、オークナイトは強力な肉体を持つオークの中でも一段上の素質を持って生まれる者が多い。

 故にオーククイーンの胎に己の子を宿し、強力な次代の子を作るという事実そのものがオーク戦士にとって最高の褒美であった。

 無論、その過程で極上の美貌と豊満な肢体を味わえるという点も捨て置けないが。

 

 だが、マルヤー陛下の胎には今、別の男の種が宿っている。

 絶賛拡大成長中のトーン=テキン氏族には俺以外にも多くの戦士がおり、大きな手柄を立てるものもまた数多い。

 女王の肌身を与えられるほどの功績を挙げた者もまた、存在するのだ。

 

 正直、この点に関して考え始めると、俺の中の21世紀人の脳が破壊されてしまうので、オーク感性で受け止めることにしている。

 競争に出遅れた、今は間が悪くて女王に種を植え付けれない、それだけ、それだけの事だ。

 実に腹立たしいし、出来ることなら女王に種を付けたオーク戦士の首でも獲ってやりたい所だが、そこを突き詰めていくとこの場のオークナイトどもも全て殲滅する大立ち回りになってしまうので、努めて平静を保つ。

 女王は顔を強ばらせている俺を、からかうように細めた目で眺めつつ言葉を継いだ。

 

「だからといって、この腹の子が産まれたら、次は君の番という訳にもいかない。

 戦場では何でも起こるもの、君は優れた戦士だが、次の機会があるまで生きているとは限らないからね」

 

 常に戦場に生きるオークに培われた無常観だ。

 こういった発想があるから刹那的に生きる種族になってしまったという面も否めない。

 

「だから、別の褒美をやろう。

 ……ピーカの胎はどうかな? そろそろあの子も孕める年頃だと思うのだが」

 

「い、いえ、お待ちを」 

 

 代替案に俺は思わず咳き込んだ。

 姫に対してそういった欲望がないとは言わないが、それよりも頭の中の21世紀常識が釘を刺す。

 実年齢もだが、そもそも彼女は未だ精神的に稚気が強く、子供でしかない。

 今はまだ幼すぎて罪悪感の方が勝ってしまう。

 

「……大変ありがたく存じますが、姫様にはまだ時期尚早かと。

 無理をしては、姫の御体を痛めてしまう事になりかねません」

 

「そうかい? ならば止めておこう」

 

 ごくあっさりと撤回する女王。

 明らかに俺の反応で楽しんでおられる。

 

「さてさて、それじゃあどうしようかな」

 

「陛下、それではひとつリクエストしてもよろしいでしょうか」

 

「何かな?」

 

 周囲のオークナイトから上がる不遜な、という声を無視して胸を張る。

 

「やはり、陛下の御体を賜りたく存じます」

 

「……予約はできないよ?」

 

「不要です。

 陛下の準備が整われる時には必ずや手柄を挙げて見せましょう」

 

 オークナイト達から怒声が上がる。

 どのような戦場でも生き抜き、他のオークを押しのけて俺が一番になってみせるという宣言であるから当然だ。

 不遜そのものであると我ながら思う。

 子供(オークナイト)達の怒りを他所に、マルヤー陛下は喉を鳴らして笑った。

 

「よく言った、ならば楽しみにしていよう。

 今日はここまでだ、行きたまえ」

 

 女王に退出するように手で促され、俺は回れ右をした。

 歩き出す俺の背に、女王の言葉が掛かる。

 

「君の種なら、さぞ強い子が宿るだろうね」

 

 笑みが含まれた柔らかな声音が、ぞくりと背筋を駆け抜けた。

 腹の子の事など構わず至高の女体を組み敷いてしまいたいという衝動を、必死に抑える。

 軽宇宙服の下で強烈に自己主張を始めた相棒のお陰で歩行に苦労しつつも、俺は女王の間を退出した。

 

 次の機会までに手柄を立てねばならん。

 だが、それでは足りない。

 とても満足できない。

 

「所詮は一時の事に過ぎないしな」

 

 廊下にて、大きく息吐きながら呟く。

 姫はもうここに居られない、俺を案内した後どこかへ行かれたようだ。

 俺は背後で閉じた扉を振り返った。

 

「貴女を俺のものにする、一時と言わず、恒久的に」

 

 誰も居ないから呟ける、未だ狂気の沙汰の願望。

 俺の目指す先はそこだ、一夜の褒美などではなく、彼女の全て。

 王様にならねば手に入らないものだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

母娘による豚の品評

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

 カーツを女王の間へ送り届けた後、ピーカはロイヤル・ザ・トーン=テキンの艦内通路をぶらついていた。

 停泊中の船舶内は無重量状態が常であるが、5kmの巨体を誇る氏族船(クランシップ)には疑似重力発生器が備えられている。

 大昔にどこかから略奪してきたという後付けの装置は、ロイヤル・ザ・トーン=テキン内部に上下の概念を作り、惑星上の感覚とさして変わらない0.85Gの疑似重力を提供していた。

 

「これは姫様!」

 

「あ、姫様だ!」

 

 フリーサイズゆえに裾と袖が大幅に余ってたるみができたグリーンの軽宇宙服の肩に白いポンチョを引っ掛けて、船内をうろつくピーカにオーク達が歓声を上げる。

 鷹揚に片手を挙げて応えるピーカは、身重で動き回れない母に代わって氏族船(クランシップ)内の視察を行っている、つもりであった。

 実際には暇つぶしで首を突っ込んでは、各部署のオーク達にちやほやされて作業能率を大幅に落としていた。

 オークにとってオーククイーンは超銀河級アイドルそのものだ、浮足立ってしまうのも無理はない。

 

「もう、みんなしっかり働きなさい!」

 

 話しかけようとしては同僚同士で牽制しあってたり、こちらをガン見して手元が疎かになったりと、仕事に集中しきれていないオーク達をピーカは叱り飛ばす。

 

「まったくもう、あたしが見て回らないとダメなんだから」

 

 今はまだ美しさよりも愛らしさが勝る印象の頬を膨らませてピーカは独りごちた。

 彼女は氏族のオーク達について、こっちをいやらしい目で見ながら怠けてばかりで、自分が叱らないとちゃんと働かない連中というイメージを持っている。

 本人が姿を現す事によりステータス異常:魅了状態が無差別に撒き散らされた結果なのだが、普段の様子を知らないピーカからすれば怠け者揃いに見えてしまうのだった。

 とはいえ、元より勤勉に働いている者達という訳でもない。

 

「後方のオークテックじゃ、やる気も出ないのかな」 

   

 オークはすべからく戦士の素養を備えているが、中には虚弱に生まれついた者、最前線に出すには不安が残る者も存在する。

 初陣に耐えうるか同世代のオーク同士で争い、一定の成績を残せなかった者は後方支援要員に回される。

 その総称がオークテックである。

 ピーカが見回っている区画は、オークテック達が担当する内政部署であった。

 

 技術者(テック)という名を冠しているが、必ずしも技術を修めた者ばかりではない。

 整備員から飯炊き洗濯のおさんどんまで、戦い以外の幅広い部署があるのだが、それらをひっくるめて雑にオークテックと呼んでいる辺り、脳筋戦闘種族であるオークの文化性が見て取れる。

 オークテックは落伍者の吹き溜まり、そう見なされているのだ。

 半ば蔑称であり、当然、彼らの士気は低い。

   

 だが、ピーカの母、マルヤーは彼らオークテックを重視している。

 兵站の概念を理解している女王は、後方支援が十全になされてこそ前線の戦士が戦えるのだと説き、オークテックの地位向上を画策しているのだが、なかなか上手くいっていない。

 遺伝子レベルで染みついた、武力への単純な信仰がオークの中で「実際に戦っていない者」への評価を極端に下げているのだ。

 これはオーク戦士のみならず、オークテック側も同じであった。

 オークテックの多くは、自らを力のない失格戦士と思い込み、恥ずべき仕事を押し付けられていると考えている。

 自分の仕事に誇りを持てない者が、良い成果を上げる事は難しい。

 マルヤーの改革は遅々として進んでいなかった。

 

培養豚(マスブロ)もまずはオークテックに入れられるんだよね、カーツもそうだったのかな……」

 

 ピーカはお気に入りのオーク戦士に想いを馳せた。

 母に面白い戦士がいると紹介されたのが、カーツである。

 若いオークといえば自分にメロメロになっている所しか見た事がないピーカからすると、抑制が効いたカーツの反応は新鮮であった。

 それでいて、完全に興味がないという訳でもなさそうな辺りが、ピーカの中で奇妙な情動を掻き立てている。

 狩猟衝動にも似た、獰猛な気分だ。

 他の氏族の雄たちは、何もせずとも自分に屈しているようで面白くない。

 自分に気のない素振りをしている雄を堕とし、夢中にさせたいという雌の自負がピーカの中に生じていた。

 

「姫様、このような所に居られましたか」

 

 周囲のオークテック達の歓声を無視して物思いに沈みかけていたピーカは、明確に向けられた強い声音に顔を上げた。

 剥き出しの上半身と弁髪ヘアが特徴のオーク戦士、フィレンだ。

 

「フィレン? この区画に来るなんて珍しいね」

 

 オーク戦士はオークテックを見下している。

 わざわざオークテックの巣窟のような内政区画に踏み込むオーク戦士はめったに居ない。

 

「私の『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』の整備が遅れておりまして。

 何をやっているのかと発破を掛けに来たのです」

 

 彼の背後には目元に青痣を作ったオークテックの若者が数人並んでいた。

 

「自分の機体の整備でしょ、殴ってどうするの」

 

「それがこやつらの仕事です。

 己の仕事もこなせない者など、殴られて当然」

 

 むしろ良い事をしたとばかりに胸を張るフィレンに、ピーカは呆れかえった。

 整備を任せている相手を殴りつけて、機体に「仕返し」でもされたらと想像もしないのだろうか。

 見下しているオークテック如きに何ができると思考停止しているのがフィレンであり、典型的なオーク戦士の有り様だった。

 なんだかんだと文句をつけながらもオークテック上がりの舎弟たちを可愛がっているカーツとの差で、より幻滅する。

 

「……ほどほどにしなさい」

 

 これ以上話していたくもないので踵を返す。

 

「お待ちを、お一人でこのような野獣の巣窟を行かれるのはよろしくありませぬ」

 

 ピーカの気分も察しないフィレンは、むしろアピールのチャンスだとでも思っているのか、忠臣めかした事を言いながら姫の手を取った。 

 

「このオークナイト、フィレンがエスコートいたしましょう」

 

 言い聞かせるのも面倒になったピーカは、フィレンの手を振り払うとずかずかと歩を進めた。

 

「ついてくるなら、勝手になさい」

 

「はっ!」 

 

 嬉々として隣に並ぶフィレンを横目で睨み、ピーカは口中で呟く。

 

「どっちが野獣なのやら」

 

 フィレンが身に着けたスパッツ状のパンツの股間では、中に収めたマグナムのシルエットがえげつなく浮かび上がっていた。

 幼いながらも魅力的な曲線を描くピーカの体を目にしたオークにはよくある反応なので、普段はさして気にもしない。

 しかし、好感を抱いていない相手にこうも露骨に反応されると、苛立たしさが勝った。

 

「カーツはこの辺、紳士よね。

 あたしに興味がないわけじゃないと、思うんだけど……」

 

 ピーカに対して、カーツが欲情めいた素振りを見せた事はない。

 これは体型に反して未だ幼い精神性の姫をそのような目で見るわけにはいかぬとカーツが必死で自省している結果なのだが、ピーカにしてみれば面白くない話だ。

 

「そのうち、あたし以外見れないようにしてやるんだから」

 

 いずれ必ず攻略するつもりの狩猟対象に対し、ピーカは改めて内心で決意表明した。

 

 

 

 

SIDE:マルヤー・キスカ・トーン=テキン

 

 

培養豚(マスブロ)の癖に生意気な」

 

「あのような不遜な物言いを許して良いのか」

 

 周囲に侍る我が子にして脇侍、精鋭オークナイト達が退出したカーツへ零す陰口を他所に、マルヤーは寝椅子(シェーズロング)に身を沈ませて楽な姿勢を取った。

 腹の子がそろそろ重たくなり動きにくさが増してくる頃合いだが、これまでの生涯で孕んでいない時期の方が少ないマルヤーにとって慣れ親しんだ感覚である。

 どのような体勢ならば楽に過ごせるか、身に付いていた。

 ひと息吐いて、周囲を見回す。

 

「大した気概じゃないか、そう嫌うものではないよ」

 

 女王の一言で騎士たちは口をつぐんだが、その顔に浮いた不満の色は明白だ。

 この子達はダメだ。

 マルヤーは内心で嘆息する。

 

 肉体的能力に優れる代わりに頭を使わない種族特性もさることながら、教育が悪い。

 他のオークよりも優れた生得能力と恵まれた地位を誇るばかりで、他を見下している。

 育て方を間違えたとは思うが、マルヤーは彼らオークナイトの教育には関わっていなかった。

 それぞれのオークナイトを教育したのは彼らの父、マルヤーと一時の情を交わしたオーク戦士たちである。

 

 産んでは孕み、孕んでは産み続けるオーククイーンには、産まれた一人一人の子を手ずから育てる余裕などない。

 特例中の特例であるピーカ姫は別として、オークナイト達の教育はその父に委ねざるを得なかった。

 オークナイトの父とはすなわち超一流の戦士である。

 一時とはいえ女王の肌身を許されるほどの武功を挙げた、素晴らしい戦士ばかりだ。

 

 だが、戦士の素養と教育者の素養は別問題。

 オークとして栄達の極みに達した彼らは総じてプライドが高く、女王の情を得たという特権意識に満ちている。

 それがそのまま我が子たるオークナイト達に受け継がれていた。

 本質的に力がすべてだったはずの宇宙蛮族に、女王の血脈という貴族階級ができあがっているのだ。

 

 誰にも聞かせた事はないが、マルヤー自身はオーククイーンという存在はオークにとって異物であると考えている。

 オークという種族のシステムは、本来シンプル極まりないものだ。

 培養槽から生まれ、戦い、鍛え、戦利品を元に強化を施し、次世代へ繋ぐ。

 そこにあるルールは「強さ」のみだったのだ。

 

 オーククイーンという美名を与えられているが、そもそもは男性体しか誕生しないオークに生まれた突然変異個体だ。 

 そのイレギュラーに過ぎない女王の血筋を貴ぶ価値観が、氏族の形を揺らがせてしまっている。

 やや自虐的ながら、マルヤーはそう分析していた。

 

 トーン=テキン氏族の在り方を変えてしまったと危惧すれど自らがオーククイーンである事はどうしようもないし、さらには次代のオーククイーンまで生まれてしまった。

 二代続けてのオーククイーンの誕生を氏族の皆は喜んでいるが、マルヤーはトーン=テキンにとって大きな試練であると捉えている。

 このままでは氏族内に抱えた歪みが大きくなりすぎてしまう。

 マルヤーと次を担うピーカの舵取り次第で、トーン=テキン氏族は繁栄も衰退もしよう。

 どちらに転がっても、まちがいなく派手に。

 自分が健在の内に、ピーカをきちんと支える土台を作っておかねばならない。

 

 落伍者として扱われるオークテックの地位を向上させる事で氏族全体の耐久力を増やす試みも、その一環だ。

 また、将来有望な若者の選抜も行っている。

 その中でも特に見込んでいるのがカーツだ。

 マルヤーが培養豚(マスブロ)と蔑まれるカーツを買っている点は、彼の抜きんでた戦闘能力と幅広い知見への評価だけではない。

 彼が氏族外の出身者であり、トーン=テキン氏族への忠誠を生まれながらに刷り込まれていないからだ。

 

 女王と姫に対して礼儀を示せども、その権威に飲み込まれきっていない。

 彼をピーカに付ければ、おもねる事なく支えてくれると踏んでいた。

 カーツとピーカならば、きっと強い子が産まれるだろうとも。

 

「まあ、ピーカの前にボクが産んでもいいんだけどね。

 愛娘を預ける前に毒見をしておくべきかな?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大望への助走

 四か月ぶりに陛下の御姿を拝見した俺は、すがすがしい気分で船内通路を歩いていた。

 想い人と言葉を交わし、己の野望を再確認した事で、腹がズンと据わった気がする。

 女王を手に入れる。

 我が物とするのだ。

 今は口に上せる事もできない、無謀で不遜な大望である。

 

 まだ、俺には力が足りない。

 個人の武という点では早々負けないとは思っているが、それでも俺と良い勝負ができる戦士は居るし、何よりも多勢に無勢ではどうにもならない。

 一人一人の戦士は倒せても無限に戦い続ける事は出来ない以上、氏族全体と敵対すれば間違いなく磨り潰されてしまう。

 

 なので、女王を攫って遁走するというプランは無しだ。

 駆け落ちという言葉に浪漫を感じなくもないが、最終的に討たれるのが目に見えているのは頂けない。

 わずかな時間だけ女王を手に入れても何にもならないのだ。

 

 ならば手段はふたつ。

 ひとつは、栄達。

 戦士としての地位、実績を積み上げ、女王を娶ることも可能な戦士の王に成り上がる事。

 道は果てしなく遠く、とんでもなく厳しいが、実現できれば誰からも文句を付けられる事のない正道なプランだ。

 

 もうひとつは、簒奪。

 女王の身を奪うという意味では遁走プランと似ているが、こちらは個人で対抗するのではなく氏族と真っ向対立できるだけの勢力を作り、トーン=テキンに反旗を翻すプランだ。

 正当性なんぞ欠片もないが、それこそ勝てば官軍。

 力を信奉するオークは、圧倒的な力を見せつけて事を為せば大半が納得するだろう。

 女王個人の血族であるオークナイト以外は。

 

「どちらにせよ、力が足りん」

 

 栄達の道にせよ、簒奪の道にせよ、事を起こすには俺はまだまだ未熟で力不足。

 精進し、力を蓄えねばならない。

 俺個人の戦士としての力だけではなく、俺の一党という力が必要だ。

 ボンレーやベーコら舎弟達だけでは、まだまだ足りない。

 

 今、内政区画の奥に歩を進めているのもその一環だ。

 

 俺の姿に、この場を担当するオークテックの若者達がざわめく。

 場にそぐわない相手に警戒を強めているのだ。

 オークテックの群れの中に混ざると、オーク戦士は一際目立ち、身を隠すことなどできない。

 

 氏族船から構成員には配給で食糧が与えられるのだが、オーク戦士には各種栄養素も配合された高価な合成食料が配布されている。

 強靱な筋密度、頑丈な骨格、長い戦いに耐えるスタミナ、それらを備えた強固な肉体は、栄養たっぷりで中々美味な配給食料あってのものだ。

 豊富な栄養が生んだ筋肉の塊を戦士という形に削り出した存在、それがオーク戦士である。 

 

 一方のオークテックに与えられる配給食は、カロリー優先の低コスト品だ。

 安く、腹持ちよく、脂肪分たっぷり。

 俺の21世紀知識によると、ポテトチップスというものによく似ており、実際にチップスと呼ばれている配給食である。

 少なくとも、ポテトとかいう作物をチップスにしたものではないのだろうけど、何のチップスかは知りたくないし、あまり考えたくない。

 安価という事は、船内リサイクルシステムを通した有機物で出来上がってるという事だろうから。

 リサイクルシステムで浄化されているからといって、排泄物の成れの果てを食ってるかも知れないと考えるのは、精神的によろしくないのだ。

 

 このチップスを食べ続けた結果、オークテック達は全体的に下っ腹が出た、ぽっちゃりした体型となっている。

 筋肉よりも脂肪が多い、おでぶちゃん揃いなのだ。

 激しく動く戦いに関与せず、それぞれに任された狭い範囲での単純労働が多いことも、肥満体型に拍車を掛けていた。

 

 豚の群れに混ざった、獰猛な猪が今の俺の状況だ。

 そりゃあ目立つ。

 

「戦士カーツ! こちらへ!」

 

 俺を遠巻きに見るオークテック達の中から、声があがる。

 他のオークテック達に比べると若干引き締まり「ふっくら」くらいの体格の青年技術者、トーロンだ。

 手招く彼に続いて、内政区画の脇道へ入る。

 

「わざわざこんな所へ来られなくとも、報告しましたのに」

 

「自分の相棒の事だもの、どうにも気になってね。

 それで、どうだい?」

 

 トーロンは脇道の壁に背を預けると、軽宇宙服の上から被った油染みの浮くエプロンのポケットに手を突っ込み、タブレット端末を取り出した。

 太い指が手際よく走り、中空に3Dのホログラム映像を結ぶ。

 我が愛機『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』のイメージ映像だ。

 各部に赤く光るダメージマーカーが表示されている。

 

「右の斥力場機構に特に無理が掛かっていますね。

 ログを拝見しましたが、決め手の突撃の過負荷が厳しかったようです。

 取り外して、しばらくお預かりする必要がありますよ」

 

 宇宙騎士(テクノリッター)との戦闘で被った損傷について、トーロンは難しい顔で所見を述べた。

 

 彼は俺が個人的に親交を結び『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』の整備を一任しているメカニックだ。

 オーク戦士や兵卒が駆る宇宙機の整備はオークテックのメカニック部門に丸投げされ、誰がどの機体の担当になるか等は決まっていない。

 そのため、当たり外れも大きい。

 俺は数度の実戦を経験した後、もっとも機体コンディションを良くしてくれたメカニックの名を調べた。

 

 それがトーロンだ。

 それ以来、俺は相棒の整備はトーロンを指名して行っている。

 

「右手が空くか、なら倉庫に余ってる武器を何でもいいから積み込んでくれ」

 

「それが、ちょうど余りを切らしてまして……」

 

 申し訳なさそうに丸顔を俯けるトーロン。

 

「戦士フィレンのリクエストで『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』でテストするからと、余っていた装備は持っていかれてしまいました」

 

「フィレンが? あの野郎、ろくに実戦に出ないくせに……」

 

 『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』はフィレンに与えられたブートバスターだ。

 俺の『夜明け(ドーン)』と同等の性能を持ち、装備コネクターの規格も同じなので武装の使い回しが効く。

 

「武装のテストで、戦力を維持してますってアピールでもするつもりかよ。

 まったく迷惑な」

 

「『争点(イシュー)』で武装交換に時間が掛かってるせいで、『争点(イシュー)』が元から装備してた武器とストックの武器、どっちも使えない状態ですね。

 ……『争点(イシュー)』を任されてるチームは、そのう、手が遅いというか、やる気が……」

 

 同僚の事を悪く言いたくないのか、トーロンは口ごもった。

 よほど雑な仕事をしているのだろう。

 オーク戦士はオークテックを雑に扱うのが相場だが、その中でもオークナイトの居丈高っぷりは群を抜いている。

 あいつのために働きたくないってのはよく判る話だ。

 

「仕方ないな……。

 実戦で使ってないから信頼性(バトルプルーフ)がないのは怖いが、鹵獲品のレールガンを装備しといてくれ。

 無手よりマシだ」

 

「判りました、ですが残弾はマガジンに残ってた4発しかありませんよ」

 

 宇宙騎士(テクノリッター)から奪ったレールガンは大手企業の新商品。

 規格自体が新しいのか、口径が違い既存のレールガン砲弾と共用性がない。

 

「残弾の一発をそちらに回すから、何とかコピーを用意できないか?」

 

「うーん、そういった話になりますと、僕の腕を超えますね……長老に相談するしかないかなあ……」

 

 長老と呼ばれている老オーク、ポーロウはオークテックの中でも特に古株のベテランメカニックだ。

 数世紀に渡ってトーン=テキン氏族の機械関連を支え続けているのに、他のオークテックと同じ雑な扱いをされている。

 自分よりもはるかに年上のベテランすら戦場に出ないからと露骨に見下す一般的なオーク戦士の感性は、俺には理解も納得もできない所だ。

 オーク戦士として異例であろうとも、豊富な経験を蓄積した先達に対し、敬意を示す事を俺は厭わない。

 

「ポーロウ爺さんなら、間違いはないな。

 上手くやってくれるよう、何とかお願いしてくれないか」

 

 俺は懐を探ると、データチップを取り出した。

 

「よろしく頼むよ」

 

「いつもありがとうございます、カーツさん!」

 

 トーロンは満面の笑みを浮かべてデータチップを押し戴いた。

 チップには鹵獲船の娯楽データベースからコピーしてきたムービーが何本か入っている。

 映画好きのトーロンだが、オークテックの身では中々新作に触れる機会などないのだ。

 

「それと、爺さんには、これを」

 

 ウィスキーの入った無重力対応スキットルも渡す。

 

「やあ、こいつは長老も喜びそうだ!」

 

 オークの強靱な体を良いことに、工業用アルコールで晩酌をしているポーロウ爺へのお土産だ。

 

 俺自身に物欲はない。

 知識の源泉となる書物は欲しいが、それは己の力を高めるための事。

 殊更に略奪した物品を溜め込もうという気はない。

 それでも、割り当てられた鹵獲品のストックは数多く、俺のプライベート倉庫を圧迫していく。

 

 倉庫の整理も兼ねて要らない戦利品の類は、見込んだ相手へのご機嫌伺いにバラ撒く事にしていた。

 トーロンやポーロウ爺のような有能なメカニックを引き込めば、一党の力も上がる。

 これで彼らの友誼を得られるなら安いもの。

 いずれ女王を手に入れるための勢力を作る、小さな一歩だ。

 

 嬉しそうにデータチップをタブレット端末に差し込むトーロンに、俺も頬を緩めた。

 

 

 

SIDE:オークテック・トーロン

 

 戦士カーツからブートバスターの整備方針についての指示を受けたトーロンは、彼と別れるとすぐさまポーロウ爺の下へ向かった。

 律儀で仕事への着手が早いトーロンは、怠惰な者が多いオークテックの中では貴重な人材である。

 

「長老、頼みがあるんですけど!」

 

 オークテックの雑魚寝部屋として割り当てられた古く広い倉庫の一番奥、雑巾じみた余り布で乱雑に仕切られた一角に声を掛ける。

 

「あー、タダじゃ聞かんぞ、ワシの時間は高いんじゃ」

 

「貰い物のウィスキーがあるんですけど、こいつじゃ対価にならなそうですね、それじゃ」

 

「待てい、聞く聞く、頼みを聞いてやるから、こっちゃ来い」

 

 トーロンはカーテンめいた仕切り布を押し開けて、ポーロウのスペースへ入る。

 床に固定された、古びて染みだらけの無重力寝袋ひとつで一杯になるような狭い空間に、皺だらけの顔の老オークが胡坐をかいていた。

 御年四百歳にもなろうというオークテック、ポーロウである。

 若いうちから戦場に出てガンガン死ぬため平均寿命が短いオーク戦士に対し、オークテックは長く生きる者も多い。

 オーク戦士の不興を買って手打ちにされたりしない限り、早々死ぬ要素もないのだ。

 強化人類であるオークの種としての寿命は三百歳程と言われているが、それを鑑みても長寿のオークであった。

 

「ほらこれ、ウィスキーだよ」

 

 トーロンがちゃぽちゃぽと振って見せるスキットルに、ポーロウ爺は顔の皺をさらに深めて笑う。

 

「おお、いい音じゃのう!」

 

 指を伸ばす老オークの手元からトーロンはスキットルを遠ざけた。

 

「頼みを聞いてくれたら、だよ。

 新しいタイプのレールガンの弾をコピーしたいんだ、これ見て」

 

 トーロンがタブレットに表示された新型レールガンの諸元を、ポーロウはふんふんと鼻を鳴らしながら目を通す。

 

「ふぅん、従来品よりちょいと口径が大きいのか、今有る在庫の薬莢に手作業で肉付けすりゃあよかろう」

 

「え、そんなんでいいの?」

 

「隙間ができなきゃ問題ないわい。 少なくとも前には飛ぶ。

 そもそも、正規品でない弾に精度なんぞ求める方が悪いわ」

 

「うーん……まあ、戦士カーツなら使いこなすかな……」

 

「なんじゃい、これを持ち込んだのはカーツの坊主か」

 

 ポーロウはにたりと頬を歪めた。

 

「まぁた手柄を挙げちょるな、培養豚(マスブロ)が大活躍で他の連中はカリカリしとるだろうなあ」

 

「あんまり大きな声で言い回らないでよ、長老。

 他のオーク戦士が怒るよ」

 

「ふん、手柄を挙げれんのが悪いんじゃい」

 

 ポーロウはトーロンに渡されたスキットルの蓋を外すと、ぐいと呷った。

 工業用アルコールなどとは段違いに芳醇な酒精が老オークの喉を焼く。

 

「かぁっ! たまらんっ! 戦士カーツに感謝を!」

 

「現金だなあ。

 感謝してるのは戦士カーツじゃなくてウィスキーに対してなんじゃないの?」 

 

 まぜっかえすトーロンに、ポーロウは酒気を帯びつつも真面目な顔で応じた。

 

「カーツの坊主に感謝しとるのは本当だとも。

 あいつはワシらの星じゃ。

 ……培養豚(マスブロ)のな」

 

 ポーロウは遥か昔、トーン=テキンのプラントで製造された第一世代オークの生き残りである。

 老オークテックは手の中のスキットルを愛し気に撫でながら、呟く。

 

「あいつなら変えてくれるかもしれん、このねじ曲がった氏族(クラン)を」

 

 言葉の後半は、再び呷ったウィスキーと共に飲み下された。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

賞杯置き場

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

「姫、この先に行かれるのはおやめになった方が」

 

 オークテックに割り振られた内政区画の端で、腰巾着のように付いてきていたフィレンが急に声を上げた。

 

「何よう、この船の中でどこに行こうとあたしの勝手でしょう」

 

 頬を膨らませるピーカに、フィレンは困ったように眉を寄せた。

 

「いえ、この先はその……トロフィーストリートです。

 姫様のような御方が足を運ばれる場所ではありません」

 

「トロフィーストリート……」

 

 オーク戦士達が戦場で得たトロフィー、すなわち「孕ませるに足る強さ」を持った女達が住まわされているエリアだ。

 捕獲した主であるオーク戦士以外は用はない場所と母に聞かされており、これまで踏み込む所か意識に上る事すらなかった。

 実の所、マルヤーの話術による誘導である。

 まだ子供の愛娘が興味を持つ場所ではないと、単純な概要をそっけなく伝えるに留めていた。

 

「んー……」

 

 ピーカは考え事をする時の母の癖を真似るように、唇に人差し指を当てて思考を巡らせる。

 トロフィーとなった女性達に対してオーク戦士の子を産む役割の者、すなわちオーク外の出身ながら自分や母の同類と、ピーカは理解していた。

 

 彼女は自分の身の上、成熟の暁には強き戦士と情を交わし次代の戦士を産まねばならないという氏族からの期待に、全く忌避感を持っていない。

 我が子が強く産まれるなら喜ばしいとすら思っている。

 自分を孕ませる強き戦士がお気に入りのカーツであればいう事はないが、カーツ以外の雄が自分の身を奪うほどの強さを示したのならば、それはそれで仕方ない。

 

 実にオーク的な思想であり、そこに疑問を覚えるほど姫は他種族を知らなかった。

 他の多くの種族の女性にとって、捕らえられ望まぬ相手の子を孕まされる事がどれほど尊厳を傷つけるものなのか、全く理解していない。

 宇宙蛮族のトロフィーとされてしまった女性が憎悪を抱くなど、想像も及んでいないのだ

 文化性の差に根差す常識の差であった。

 

「邪魔しちゃあ悪いかな……」

 

 勝ち取ったトロフィーの元に通うオーク戦士も居るだろう、きっと情も交わすはずだ。

 未だ生娘の姫であるが、番うべき戦士と情を交わしている最中に他人が入ってきたら、絶対にいい気はしないだろうという想像はできた。

 お邪魔虫になってはいけない。

 トロフィーの女性達に対して、ピーカは「次代のオーク戦士を産む者」としてむしろ共感を抱いている。

 完全にお門違いな想いであったが、この場合はよい方向に作用した。

 

 踵を返したのだ。

 トロフィーストリートに背を向ける。

 

 しかし、余計な口を開く者が居た。

 姫に進言を聞き届けられたと調子に乗ったフィレンが、満足げに舌を躍らせたのだ。

 

「それで良うございます。

 トロフィーなど、姫様の御目に入れてしまう訳には参りません。

 ささ、お早く」

 

「む……」

 

 ことさらにトロフィーを見下すようなフィレンの言動が勘に触る。

 他の者の言葉ならともかく、フィレンの言う事は聞きたくない。

 格好つけてばかりの癖にカーツに一発で殴り飛ばされたフィレンの評価は、ピーカの中で相当に低い。

 

 嫌な奴の言葉に逆らうという、子供そのものの衝動がピーカを回れ右させた。

 

「ひ、姫!? お待ちを!

 ですから、この先は姫様が行かれるような場所では!」

 

「知らない! いちいちうるさいのよ!」

 

 ずかずかとトロフィーストリートへと入り込んでいく。

 フィレンの言葉は一面で正しい。

 トロフィーストリートの辺りは、他所で言うならスラム街を思わせるほどに治安が悪い地域なのだ。

 

 ここに住まう女性達は、オーク戦士が子を作ろうと見込むほどの強さを持った女傑揃いだ。

 武力に乏しい者ですら、巨大な敵にも屈しない負けん気の強さを持っており、オークへの敵意を隠さない者も数多い。

 うっかり迷い込んだオークテックの若造が袋叩きにされる事など珍しくもない。

 過去には不満の高まりの余り反乱を起こし、オーク戦士たちによる「わからせ」と称される治安維持活動が実行されるといった事件すら発生しているのだ。

 

 そうした話をまったく聞かされていないピーカは、慌てるフィレンを他所にずんずんと進んでいく。

 その足取りには、身の危険を案じるような危機感など欠片もない。

 氏族内の最下層民として扱われるオークテックからもアイドルの如くもてはやされてきたピーカは、そもそも危機感なんてものを覚えた事すらないのだ。

 文字通りのお姫様育ちであった。

 

「なりませぬ! 姫様!」

 

「ああもう! ほんっとあんた、うるさいんだからっ!」

 

 しつこいフィレンにピーカは癇癪を爆発させると、脱兎の勢いで走り始めた。

 

「お、お待ちくださいっ! 姫様っ!」

 

 仰天したフィレンも慌てて走り始めるが、初動の遅れは致命的であった。

 生産特化型とはいえオーククイーンもまたオーク、一部の過積載で一見バランスが悪い体形のピーカだが見た目よりもずっと瞬発力がある。

 そもそも宇宙での舞を得意とする彼女は運動神経に優れているのだ。 

 フィレンの手を振り切ってダッシュすると、目についた路地に飛び込む。

 

「行き止まり……じゃない!」

 

 錆の浮いた金属のコンテナが積み上げられ道が塞がれているかに見えたが、積み方が乱雑で隙間がある。

 頭に血が上ったピーカは先がどうなっているかも確認せず、無謀な猫の子のように隙間に飛び込んだ。

 体格に比して豊かすぎる部分が圧迫されて息が苦しくなるも、何とか路地の向こう側へくぐり抜ける。

 

「姫さまっ!」

 

 一歩遅れて路地に飛び込んだフィレンはたたらを踏んだ。

 オーク戦士の平均よりやや細身ではあるものの、2メートル近い身長を持つ彼にはコンテナの隙間は狭すぎる。

 

「お戻りくださいっ! 姫様っ!」

 

 コンテナの向こうから響く動転したフィレンの声に、べえっと舌を出して応じるとピーカは踵を返した。

 

「見てきてやろうじゃない、トロフィーストリート。

 ……まあ、真っ最中の所があったら、お邪魔しない方向で」

 

 うるさい腰巾着を撒いた姫は少し意気込みながらも、やはり危機感のない歩調で進んでいく。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

埃を被ったトロフィー

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

 氏族船(クランシップ)ロイヤル・ザ・トーン=テキンの船内通路は幅と高さの寸法がそれぞれ4メートルずつと定められている。

 ライトグレーの軽合金が張り巡らされた通路には、無重量状態および加速時に備えて数メートルおきにオークの体重にも耐えうる頑丈な手すりが設置されていた。

 他には所々に配管ダクトや配線のハッチがある程度で、大変そっけないデザインであった。

 食う、寝る、戦うが柱となっているオークの文化では、装飾というものは極端に軽視されている。

 機体や武装など戦装束を勇ましく飾る事はあれど、日常生活に関わる部分への潤いはまったくない。

 そのため、船内のどこに行っても殺風景極まりない光景が広がっているのだが、トロフィーストリートは違った。

 

「……ケバいなあ」

 

 うるさいフィレンを振り切り、ようやく周囲を観賞する余裕の出来たピーカは端的な感想を漏らした。

 すぐ隣であるオークテックの内政区画とは、彩りが違う。

 床も壁も天井もライトグレーの下地は変わらないものの、そこをキャンパスに様々な「もの」が描かれていた。

 

 そこかしこに踊る、余ったスプレーで殴り書いたような筆跡の落書き。

 文面のほとんどはピーカの知らないマイナー地方星系言語で、読み取れる銀河共用語(ギャラクティッシュ)はひたすらオークへの罵声を書き連ねていた。

 『豚に死を』『ちんこ腐れて死ね』『チャーシューならいくらでも食ってやる』などなど、おそらく他言語で書かれているのも同様の内容だろう。

 デフォルメした豚の顔を描いた意外と達者なイラストは大きなバッテンで塗りつぶされ、その上からバーナーで炙り更にはネイルガンで大釘を打ち込まれた形跡がある。

 その執拗さは、流石にピーカにも彼女らの怒りの一端を悟らさせた。

 

「嫌われてるなあ、オーク」

 

 他種族から見た自分たちという視点を、ようやく意識する。

 略奪を行う以上、被害者側が悪感情を抱くのは当然と理解はしていたが、所詮理屈での納得に過ぎない。

 生々しい感情を乗せた筆致がリアルな怒りを実感させ、ピーカは眉を寄せた。

 

「……顔出すのは良くないかな」

 

 唇に指を当て、小さく呟く。

 オークを嫌いな相手が、オークである自分を見たら嫌な思いをするかもしれない。

 嫌な思いをさせるのはよくない。

 

 ピーカにトロフィーである女性達への悪感情は無い。

 彼女なりに相手の心情を慮っての考えではある。

 だが、そこには己が危害を加えられる可能性が、まったく考慮されていない。

 お姫様育ちで悪意に晒された事自体がない、お子様ゆえの呑気で無邪気な思いやりであった。

 

「あ、綺麗な絵もあるんだ」

 

 明らかに怨念を感じるストリートアートとは打って変わって、真摯な筆致で描かれた壁画と称してもよい作品が並ぶ区画に差し掛かり、ピーカはあっさりと頭を切り替えた。

 何かの穀物の穂を手に優しげな笑みを浮かべる女性、剣と天秤を持ち鎧を着込んだ老騎士、シンプルながらも計算された比率で組み合わされた美しい十字架の図。

  

 技量そのものはアマチュアの範囲を出ない絵の数々であったが、恨みのストリートアートとは別方向ながら同等の熱意が感じられる。

 攫われてきた女性達の心の支えとなっているのか、それら宗教的な壁画の周囲は丁寧に清掃され、どこか荘厳な雰囲気を漂わせていた。

 

「これ、何だろ、落とし物?」

 

 稲穂を持つ女神の絵画の前に、並べて置かれたレトルトパックを見たピーカは首を捻る。

 お供え物という概念を彼女は知らない。

 宇宙を往き全ての補給を略奪に頼るオークにとって、全ての資源は有限だ。

 折角の食料を食べずに捧げるという発想はなかった。

 アルミパックを拾い上げ、裏面の賞味期限を見る。

 地球発祥の人類圏内では一番メジャーなガガーリン暦(カレンダリウム・ガガリウム)で記された日時は、まだかなり余裕があった。

 

「うーん?」

 

 まだ食べれるものを、こんなに一カ所にまとめて落とす物だろうか。

 銀色のレトルトパックをしげしげと眺めて不思議がるピーカに、声が掛けられた。

 

「あんた、新入り?」

 

 振り返ると、ツナギ状の軽宇宙服を腰巻にした地球系人種(アーシアン)の女が腕組みしてこちらを見ている。

 母以外の女性自体に初めて出会うピーカは、相手をまじまじと観察した。

 ポニーテールにまとめた派手なピンク色の髪に遺伝子デザインの痕跡が感じられるが、それ以外はほぼノーマル。

 ピーカよりも20センチは背が高いが、胸は小さい。

 とはいえ、これはピーカが大きすぎるだけで、バランスの良いプロポーションと言える。

 血色のよい肌艶をしており健康状態も良好そうで、これなら元気な子を産めるに違いないとピーカは内心で花丸を付けた。

 

「あんた、どっか田舎の星から連れてこられたの? 酷い事されてない?

 銀河共用語は判る?(Can u speeek Galaxthish?)

 

 返事をしないピーカに形のよい眉を寄せた女は、ゆっくりした発音で問いかける。

 そのシンプルな物言いは、ピーカにとって新鮮であった。

 彼女の言葉には敬意も、敵意もない。

 この相手は、自分の事を何も知らない、オークの姫と気づいていないのだ。

 

「うん、大丈夫、銀河共用語(ギャラクティッシュ)は判るよ」

 

 ピーカの返答に女は小さく頷いた。

 

「良かった、時々とんでもない田舎から攫ってこられる子もいるからね、意思疎通にも困るんだ。

 まったく、あの豚どもこんな子供まで捕まえてさぁ、見境ないのかい」

 

 言葉の後半、同族への罵声は怨嗟のストリートアートから想像できていたが、一部に反論せざるを得ない点があった。

 

「もう子供じゃないよ、あたし」

 

「はいはい、そういう事言うのはみーんな子供だよ、一部だけ育ったってガキはガキさ。

 あんた、名前は?」

 

「ピーカ」

 

 姫と知られれば、この平凡で上下のない喋り方が変わってしまうのかもしれない。

 それを惜しむ気持ちがファーストネームだけの名乗りで止めさせた。

 名乗った後で偽名を使うべきだったかとも思ったが、女は気にする素振りもなく頷いた。

 

「わたしはジョゼ。

 それじゃピーカ、連れてこられたばかりで何もわかんないでしょ、案内したげるよ」

 

 

 

SIDE:オークナイト・フィレン

 

「姫様っ! えぇいっ!」

 

 姫様がすり抜けていった隙間はフィレンの図体には狭すぎ、コンテナはちょっとやそっとでは動かせそうにない。

 フィレンは回り道を決意すると脇道を飛び出した。 

 

「まったく、本当にお転婆だっ!」

 

 とがめだてされない立場でのお転婆三昧は、周囲に迷惑が掛かって堪らない。

 思わず愚痴ってしまうフィレンであったが、別に彼は姫の御目付け役でもボディガードでもない。

 ただ、点数稼ぎをしたくて張り付いていただけの腰巾着だ。

 

「せめて姫がもう少し大人しい気性でいらっしゃれば……」

 

 そうすれば、上手く丸め込んで閨に持ち込んでしまう事も可能であったろうに。

 姫様の成熟具合はオークナイトの間でもよく話される議題であり、そろそろ手を出しても良いのでは派ともう少し待つべきだろ派が熱いディスカッションを交わしている。

 そろそろ手を出す派の一員であるフィレンは、議論に熱中する仲間たちを他所に一足早く姫様へのアプローチを開始していた。

 抜け駆けである。

 

 こんなアホな事を大真面目に議論している彼らは、オークナイトとしての序列は下級に過ぎない。

 そのため、精鋭オークナイトが脇侍を務める女王の謁見に列席する事を許されていなかった。

 謁見したカーツへの褒賞に、女王から姫の貞操を提案されたがカーツ自身が断るという一幕があった事も知らない。

 フィレンの耳に入っていれば嫉妬と理不尽さに転げまわって憤激する所だ。 

 

「まずは姫を探し、保護せねば……」

 

 これは一面のチャンスでもあると、フィレンは逸る自分に言い聞かせていた。

 まず、姫様の逃走に関して、フィレンに責任はない。

 彼は付きまとっていたおまけであり、女王からも姫からも何も任を与えらえていないのだ

 あくまで善意(下心)の協力者枠である。

 

「まあ、これで少しは姫様もお灸を据えられるといいのだが」

 

 無茶な事を自省するよう、できればある程度怖い目に遭っていればいい。

 暴力的なトロフィーストリートとはいえ、結局の所あそこの連中はオークに飼われているのだ。

 オークから提供される酸素、水、食料、船内のインフラ、そういったものをカットされればあっという間に立ちいかなくなる。

 姫様を脅す事はできても、直接的な暴力には至るまい。

 

 あの連中があそこまで反抗的になっているのは、主であるオーク戦士の大半が一度トロフィーとして孕ませた後は、どうでもよいとばかりに放置してしまうからであるとフィレンは考えていた。

 トロフィーとオーナー間では深刻なディスコミュニケーションが発生するのが常であり、仲睦まじい関係というのはフィレンも見た事がない。

 普通のオークはトロフィーストリートの事など、自分がトロフィーを入手しでもしない限り頭に上らないが、ここに縁のあるフィレンは柄にもなく色々と考えてしまっていた。

 

「ちっ、余計な事だ、まったく」

 

 連想的に思い出された、ここでの思い出を振り払うように首を振るフィレンに、声が掛けられた。

 

「フィレン、帰ってきたの?」

 

「ノッコか」

 

 落ち着いた、それでいて若干舌足らずさを感じさせるソプラノボイスに、フィレンは渋面を浮かべながら向き直る。

 フィレンに声を掛けた女、ノッコは地球系人種(アーシアン)の系譜ながら極端に小さく遺伝子デザインされていた。

 赤いショートカットの頭はフィレンの腰辺りにようやく届く程度、姫より低い身長は120センチにも届いていない。

 美人というより可愛らしいという風情の童顔に心配そうな顔を浮かべて、フィレンに問いかける。

 

「何かあった? 私、手伝うよ?」

 

「お前には……」

 

 関係ないと言いさしたが、トロフィーストリートのコミュニティ内における彼女の立場を思い出して言葉を翻した。

 

「……姫様がトロフィーストリートで迷子になられた。探さなくてはならない、手伝え」

 

「うん、わかったよ!」

 

 小さな女、ノッコはニコニコとした笑みを浮かべてフィレンを見上げる。

 

「……なんだ」

 

「ううん、姫様を探す仕事を貰うなんて、フィレンも立派になったなあって」

 

 実際には仕事を貰った訳ではない。

 若干バツが悪くなったフィレンは、しっしっとばかりにグローブのような大きな手のひらを振った。

 

「さっさと行け!」

 

「もう、頼み事をする時くらい呼んでくれてもいいじゃない。

 お母さんってさ」

 

「行け!」

 

 ノッコはくすりと小さな笑いを残し、俊敏な動作で路地へと消えた。

  

「……だからトロフィーストリートには来たくなかったんだ」

 

 オーククイーンから生まれし純血のオークナイトの血を継ぐ、二代オークナイトがフィレンだ。

 そして彼の母体となったのが、今の女。

 火花の宇宙小人と称されるフービットのノッコだ。




UA12000超え、お気に入り650突破、オリジナル日間ランキング7位に浮上と、驚くほど見ていただけているようで、感謝に堪えません。
正月休みが終わって平常モードになるとペースが落ちるかと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。


今年の正月はすべて豚に追い回されて潰れました……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ストリートの掃き溜め

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

 3メートル間隔で整然とドアが並ぶ通路で、ジョゼは振り返った。

 

「ここが割り当ての部屋だよ。狭っ苦しいけどね。

 ピーカ、あんたを捕まえたオークの名前は?」

 

「え、えっと」

 

 物珍し気に周囲を見回していたピーカは、不意に問われて言葉に詰まった。

 当然ながら、そんなものはいない。

 

「わ、わかんない!」

 

「え、名乗りもしないで捕まえられたのかい!?」

 

「うん!」

 

 開き直って明朗に頷くピーカに、ジョゼは派手なピンクの頭を掻きむしって唸った。

 

「あの豚ども、なんていい加減な!

 人の事をなんだと……なんとも思ってないのは判ってるよ、畜生!」

 

 キッと顔を挙げたジョゼは強い瞳でピーカを見据えた。

 睨まれるかのような目力に思わず仰け反るピーカの手を掴む。

 

「いいよ、それならこっちにだって考えがあるさ。

 行くよ!」

 

 何やら決意を固めると引っ張って走り始める。

 

「お、おぉぅ……」

 

 周囲を振り回してばかりのお姫様人生を送ってきたピーカには、この強引なアプローチ自体が目新しく、実に興味深い。

 一体どこへ連れていかれるのかと、内心わくわくしながら手を引かれるままに走る。

 

 

 

 

SIDE:ジョゼ

 

 ジョゼはピーカの手を引っ張りながら、その美貌に感嘆していた。

 白く透き通る肌に長い白銀の髪は神秘的なまでに繊細で、幻想の中の生き物のようにも思える。

 その一方で興味深そうによく動く金の猫目は幼さを宿して、彼女が現実の存在であると主張する。

 更には、体躯に不釣り合いなバストは、大人にも負けぬほどに実っていた。

 アンバランスな要素が奇跡的に組み合わさり、銀河に稀な魅力を持つ少女を形作っている。

 サイズの合わない軽宇宙服という装いすら、宝石をそこらの新聞紙で無造作に包んだような、奇妙な味わいとなっていた。

 

 美しさ、振る舞いに似合わぬ一部の発育から、そういった「どこかに刺さるため」の遺伝子調整を受けた星の出身なのだろうとジョゼは想像した。

 姉貴分のような人物がそういう特殊な地球人類種なので、素直に納得できる。

 男を喜ばせるために調整された生まれであろう少女が、実際に慰み者にされるという現実に怒りと憐みを感じていた。

 

「こっちだよ」

 

 ジョゼがピーカを連れてきたのは、トロフィーストリートの端に近い区画の倉庫部屋だった。

 広い倉庫内は室内に渡されたロープに引っ掛けた布で区分けされ、それぞれのスペースに生活の気配がある。

 どこか災害避難所にも似た雰囲気の倉庫には、整然とした個室に比べると倦怠感と貧しさが漂っていた。

 

「ここは?」

 

「忘れ物のねぐらだよ」

 

「忘れ物?」

 

 首を傾げるピーカに、ジョゼは憤懣を込めて吐き捨てた。

 

「人の事を攫っておいて、さっさと死にやがった馬鹿オークのせいでどこにも行けない、誰からも忘れられたわたし達の事だよ!」

 

 ジョゼの怒鳴り声に、周囲を囲むカーテンめいた仕切り布がごそごそと動き、数人の女が顔を覗かせる。

 その顔は一様に景気が悪く、眼の光に乏しい。

 

「うるさいよ、ジョゼ」

 

「大声で判り切った事を言わないでよ、虚しい」

 

「また新入りが来たんだ……若いのに、可哀想な子」 

 

 擦れきれた出涸らしのような女達にジョゼは溜め息を吐いた。

 

「この通り、負け犬揃いのゴミ捨て場さ。

 ……奥の方にスペースが余ってる、そこを使いな。

 古いけど毛布もあるよ」

 

 空いた寝床に案内すると、ピーカは物珍しそうに畳んだ毛布を手に取った。

 広げると埃が立ち、けほけほと咳き込む。

 

「埃、凄いね!」

 

 咳き込みながらもどこか楽しそうな少女に、ジョゼは呆れた視線を向けた。

 

「掃除機を掛ける電力もろくにないからねえ」

 

「そんなに、扱い悪いの……?」

 

 楽しそうな風情から一転して眉を寄せながら訪ねるピーカの様子を深く気にも留めず、ジョゼは投げ槍に肩をすくめる。

 

「言っただろ、わたしらは忘れ物だって。

 忘れ物にはおこぼれくらいしか回ってこないのさ。

 だから、上手くわたしらに紛れれば、あんたも安全だよ」

 

「紛れる?」

 

「トロフィーストリートは元々トロフィー持ちのオークしか来ないけど、そんなクソ持ち主がくたばったわたしらの所なんか、誰も来ない。

 ここに居れば、オークどもに襲われる事もないって訳」

 

 眉を寄せたままのピーカは小さく首を傾げながら問う。

 

「それだと、子供、できないよね?」

 

「いい事さ」

 

「オーク戦士の子供、欲しくない?」

 

「当たり前だよ!」

 

 ピーカの無神経なほどに素朴な質問に、ジョゼは爆ぜるような叫びで答えた。

 新入りに興味の薄そうだった周囲の女達も唱和するように口を開く。

 

「ここに連れてこられて唯一良かった事は、あの豚野郎が死んだ事だよ!」

 

「いたいのやだ、こわいのやだ」

 

「自分の股から豚が出てくるのなんか、二度と見たくないわよ……」

 

「おぉう……」

 

 怒りと怨念、恐怖の入り混じった負の叫びを向けられ、ピーカはオットセイ染みた驚きの呻きを挙げた。

 さらに何事か問おうと可憐な唇が動いた時、ひょいとカーテンのような仕切り布がまくり上げられた。

 

「なに騒いでるの?」

 

 高く、舌足らずな声音と共に、ピーカよりも小柄な人影が入ってくる。

 小さく細く、起伏のない体に凹凸が浮き出る程に薄いパイロット用軽宇宙服をぴたりと張り付かせた、宇宙小人(フービット)

 

「姉さんか、お帰り」

 

 見慣れた姉貴分の姿に、ジョゼはヒートしかかった頭を少し冷却させた。

 

「姉さん?」

 

 不思議そうに金の瞳を瞬かせるピーカに、少し得意げに紹介する。

 

「そう、わたしらの用心棒、ノッコ姉さんさ」

 

「用心棒ってほど、大したものじゃないよ、私。

 ただの宇宙小人(フービット)、華々しい星にもデブリにも成り損なった残りかすだよ」

 

 ノッコは普段通りのどこか達観したような幼くも落ち着いた声音で続けると、わずかに背の高い少女を見上げた。

 

「新入り? お名前は?」

 

「ピーカ」

 

「そう」

 

 素直に名乗るピーカに、ノッコは小さく頷いた。

 

「見つけた」

 

 すうっと息を吸い込むと、小さな体からは思いも寄らないような大音声を発する。

 

「フィレンーっ! 居たよーっ!」

 

「そこかあっ!」

 

 同時にこの場所では滅多に聞かないオーク戦士の野太い怒鳴り声が響きわたり、女達は恐慌の悲鳴を上げた。

 

「うぇ、フィレン……ってことは、貴女、フィレンのトロフィー?」

 

 顔を顰めて問うピーカに、ノッコはふるふると首を振る。

 

「違うよ、お姫様(プリンセス)

 私は、あの子のトロフィーじゃない。

 保護者だよ」

 

「な、なんでさっ、姉さん! わたしらを売ったの!?」

 

 ずんずんと迫ってくる重い足音に顔を引きつらせながら、ジョゼは突如裏切った姉貴分を詰った。

 ノッコは可愛らしい顔を心底困ったように曇らせる。 

 

「売ったと言われるのは違うかな、私、何も貰ってないもの。

 ただ、私にはあの子が一番大事なの、あなた達よりも。

 ごめんね?」

 

「姉さんの裏切り者ーっ!」

 

 ジョゼはピーカの手を引き、くるりと身を翻す。

 だが、たった今まで目の前にいたはずのノッコが、瞬間移動にも思えるほどの素早さで回り込んできた。

 

「だめ、大人しく捕まって」

 

「やだよ」

 

 引っ張られるままと見えたピーカの手が閃くように動いた。

 古びた毛布が投網のように広がって投げつけられる。

 ノッコは咄嗟に後方に跳ね飛び、毛布を避ける。

 その隙を突き、今度はピーカがジョゼの手を引きながら走り抜けた。

 

「あー……上手いじゃない」

 

 追走しようとしたノッコだが、すぐに諦めると短く整えた赤毛頭をかりかりと指先で掻いた。

 瞬発力は凄まじいフービットだが、一端距離を離されると歩幅の差で他種族に追いつくのは難しくなる。

 厚ぼったい毛布の投網も小さく非力なフービットを一時的に拘束する手段としては的確で、故にノッコは回避を選択せざるを得なかったのだ。

 

「お姫様だから戦場に出た経験なんてないだろうに。

 勘のいい子」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

路地裏ショウダウン

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

「待って!待ってよ!」

 

 脱兎の勢いでトロフィーストリートを駆け抜けオークテック区画の路地に入り込んだ辺りで、ジョゼは何とか声を上げた。

 小柄な体からは思いも寄らない力で引っ張っていたピーカは足を止める。

 

「追っかけて来てるオーク、あんたを狙ってたよね?」

 

「うん」

 

 素直に頷くピーカにジョゼの眉毛の角度が上がった。

 

「姉さんが、あんたの事、お姫様って呼んでたよね?」

 

「うん」

 

「……あんた、オークの姫なの?」

 

 そこはどうあろうと偽るわけにはいかない。

 ピーカは先程よりも大きな動作でこっくりと頷いた。

 

「うん、あたしはトーン=テキンのオークプリンセス。

 ピーカ・タニス・トーン=テキンだよ」

 

「あんたが……っ!」

 

 ジョゼの眉がぎりぎりと吊り上がり、応じるかのように平手が振りかぶられる。

 ピーカは激昂するジョゼを黙って見上げた。

 自分が殴られる訳がない、などとはすでに思っていなかった。

 

 ピーカとジョゼは価値観が違う。

 次代の強きオーク戦士を産む事がアイデンティティーであるピーカには、不当に弄ばれたジョゼの怒りに共感できない。

 だが、共感はできなくても想像はできる。

 ジョゼが思い描いていた人生から全然違う道へ無理やり引きずり込まれた事に激怒しているのだと、想像できた。

 

 それならばピーカにも理解できる。

 自分が一生、一人のオーク戦士も孕めない人生を歩まされる事になってしまえば、きっと絶望するだろう。 

 ベクトルは逆でも、ジョゼ達の絶望に思い至った以上、無視はできなかった。

 

 だからピーカは引かない。

 金の瞳を見開き、振り下ろされる平手を甘んじて受けようと見つめる。

 

 だが、ピーカの頬が張られる事はなかった。

 

「なんでだよぉ……」

 

 力無く垂れた手がピーカの肩に掛かる。

 震える手のひらの感触で悟った。

 蓮っ葉な物言いだが、ジョゼは他人に暴力を振るえるタイプではないのだ。

 最初にピーカに声を掛けてきたのも、新入りを心配しての事なのだろう。

 

 本質的に優しく、争い事には縁がなかったはずの人間なのだ。

 ピーカの周りにはまったく居なかったタイプである。

 

「そんな奴が、こんなとこに来るなよぉ。

 わたしらみたいなのを見て、面白がってんのかよぉ」

 

 ぽろぽろと涙を零すジョゼに、ピーカはそっと目を逸らした。

 物見遊山気分で来てしまったので、そういう一面があった事は今更言えない。

 実際に見知ってしまえば、尚更口に出せなかった。

 

「えーと、うん、あたしから母様に話すから。

 電気とか物資とか、融通してもらえると思うから」

 

「馬鹿にしてんのぉ!?

 わたしら乞食じゃないっ!」

 

「そ、それじゃ、えっと……解放する?」

 

「今更放り出されてどうするのさぁ!

 わたしらみんな、国元じゃ死んだ扱いになってるよ、きっと!

 戻れたってオークに孕まされた女を嫁に欲しがる男なんて居るもんか!」

 

 どうしろと。

 泣きじゃくりながら提案にダメ出しを続けるジョゼに、ピーカは途方に暮れた。

 対人関係にせよ、組織運営にせよ、まだまだ経験値に乏しい姫には手に余る案件である。

 

 実の所、ジョゼ本人にも自分の求めるものが明確に言葉にできていない。

 突然現れた自分たちをどん底に落とした連中の元締めに、とりあえず噛みついているだけであった。

 困りきった姫に、救いの手が現れる。

 

「姫様? こんな所で何してるんです?」

 

「カーツ!」

 

 緑の髪をさっぱりとしたクルーカットにまとめた、精悍なオーク戦士。

 ピーカのお気に入り、カーツが路地を覗き込んでいる。

 

「ひぃっ、オーク!?」

 

 喜色を浮かべるピーカとは逆に、ジョゼは蒼白になった。

 突然現れた体格のいいオークの威圧感だけではない。

 姉貴分の流れるような裏切りに、出くわしたオークの姫、更には禁止されているトロフィーストリートからの外出を見咎められた危機感という精神負荷の連発が意外と肝の細いジョゼを完全に追い詰めてしまった。

 

「く、来るなぁっ! こっち来るなぁぁっ!!」

 

 咄嗟にピーカの首に腕を回すと、オーク戦士に怒鳴る。

 姫を背後から抱きすくめ、盾にする体勢にオーク戦士の瞳がすっと細まった。

 

「やめとけ、その御方に手を出すようなら、あんたが誰かのトロフィーでも始末しなくちゃならなくなる」

 

「ちょ、ちょっとカーツ!?」

 

 初めて耳にするような冷えた声を出すカーツに、人質にされたピーカの方が泡を食った。

 普段は温厚で、ピーカがどんなに揶揄っても苦笑で済ましてくれるオーク戦士は、一瞬にして非情な戦闘モードに切り替わっている。

 ジョゼが何か不用意な真似をしようものなら、ピーカの首を絞めるより早くカーツの拳が彼女の顔面を陥没させるに違いない。

 

「だ、大丈夫だから! 落ち着いて! ジョゼも!」

 

 殺意を帯びて威圧感が数段跳ねあがったカーツと、多大過ぎる心労で恐慌状態(パニック)となったジョゼの両方に必死で呼び掛ける。

 双方を鎮めようとするピーカは、カーツの背後で小さな人影が飛び上がるのを見た。

 高いジャンプからくるくると小さな体を縦に回転させ、踵に遠心力を集中する。

 回転鋸のような一撃が狙うのはカーツの後頭部だ。

 

「カーツ! 後ろ!」

 

 姫の警告に素早く振り返ったオーク戦士は、回避するどころか一歩踏み込んだ。

 わずかに狙いがそれ、カーツの脳天に叩き込まれるはずだった踵は分厚い頭蓋骨に守られた額に直撃する。

 一瞬の脳の揺れが遅延を呼び、襲撃者を捕らえようと跳ね上がったカーツの腕は空を切った。

 叩き込んだ踵を土台にバネ仕掛けのように再跳躍した人影は、足音も立てずに地に降り立つ。

 

「石頭だなあ、踵が痛いよ」

 

宇宙小人(フービット)か! えらいトロフィーを捕まえた奴がいるもんだな!」

 

 打撃に使った片足をぶらぶらと振るノッコに、カーツは腰を落として身構える。

 倍も身長が違う相手に対し、カーツの構えにはまったく油断がない。

 火花の宇宙小人、フービット。

 オークとは別の方向性で遺伝子改造を施された、純宇宙戦闘型強化人類(エンハンスドレース)である。




 どんどん増えるお気に入り、UAの数に驚いております。
 感想もたくさん頂いておりますが、脊髄反射で反応してしまうTwitterなどと違い、掲示板形式だと調子に乗って余計な事を書いてしまいそうで、返信ができておらず申し訳ありません。
 頂いた感想はすべてニヤニヤしながら読んでおります。
 自分が考えていなかった視点があったりして、参考になります。
 元々、見切り発車で開始し今もストックなんぞ欠片もないという自転車操業状態のスペースオークですが(リアルの事情から現実逃避するために)頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

電光石火の宇宙小人

ノッコの衣装を普通の軽宇宙服からピッチリ系パイロットスーツに変更しました。


 顔見知りのオークテック達への挨拶回りを済ませた帰り道、えらいのに出くわしてしまった。

 

 目の前に飄々と立つ小さな赤毛の女、フービットを前に俺は腰を落として拳を固く握る。

 全力で無手の戦闘に備える構えだ。

 それくらい、油断のならない敵手である。

 

 俺達オークは宇宙における「兵士」として遺伝子デザインされている。

 強靭な肉体に宇宙空間での生存性がその強みだ。

 

 一方、フービットのデザインコンセプトは「パイロット」だ。

 体を小さく、その分強靭にする事で、稀有な耐G性能を手に入れている。

 

 小さな体はプロペラントの消費という点でも優位だ。

 些細な差だが、長期戦になればなるほど、そういった差は顕著に現れるものだ。

 小さな体の中を走る神経系の伝達速度と精度は、機械化された宇宙騎士(テクノリッター)金属神経(メタリックナーヴ)すら上回る。

 

 個々の経験や努力の差を鑑みず、性能だけで述べるならば最強の宇宙戦闘機(ファイター)パイロット種族と言っても過言ではない。

 

 陸戦においても決して油断できる相手ではない。

 見た目通りの力の弱さと手足のリーチの差は大きなハンデだが、その火花の如し反射神経は健在。

 特に狭い場所での組み討ちとアンブッシュを得意としている。

 腕力の低さから攻撃力には乏しいが、今時は小型で致命的な武器などいくらでもある。

 安上がりに尖った石か割れたガラス片でも握り込むだけで、十分な殺傷能力を発揮するだろう。

 

 そして一番厄介な点はその精神性。

 昔、どこかで聞いたフービットについての戯れ歌が頭を過ぎる。

 確かこんなのだ。

 

 あれに散らばりしは何者ぞ(Who bit)

 折れず曲がらず突き進み

 果ては焔の華となる

 宇宙の流星フービット

 

 こいつらの狂的とも言える目的意識の強さを評した歌である。

 一度これと決めたら、フービットは曲がらない。

 鋼の意志にて、ひたすら邁進する。

 行き着く先は本懐成し遂げるか、無惨な死を遂げるかのみ。

 そんな知恵(チェ)とか投げ捨て(スト)た系の、吶喊型強化人類(エンハンスドレース)なのだ。

 

 なぜこのフービットの女が俺に攻撃してきたのか、まったく理由は判らない。

 だが、彼女の中には何か俺を倒さなくてはならない理があり、心定めたのだろう。

 

 ならば最早、一切の問答は無用。

 

 彼女は俺を叩き伏せるまで止まらない。

 そして姫を背にした以上、俺もまた同じだ。

 

「シッ」

 

 フービットは鋭い呼気を吐いて床を蹴る。

 跳躍の先は壁、更に壁を蹴り、天井。

 天井すら足場にするフービットは各辺4メートルの船内通路をカタパルト代わりに加速しながら、螺旋を描いて迫る。

 

 奇怪な空中機動を披露する敵手に対し、俺は不動。

 

 近接戦において、熟練のフービットなら己のリーチの短さを補う手段を持つはずと予想していた。

 オーク戦士のトロフィーとなるフービットだ、この程度の芸は備えていて当然。

 変幻自在のアクションなれど、俺の目は惑わされない。

 

「ふっ!」

 

 カウンターの拳を彼女の予測進路上に置くかのように打ち放つ。

 

 だが、俺はまだオーク戦士がトロフィーとして求めるほどの女を見誤っていた。

 

 俺の腕が伸び切り完全に拳に威力が宿るまでの雲耀の如き時間を、フービットは完全に自分の物としていた。 

 鉄拳に小さな手が触れる。

 俺の両目が驚愕に見開かれ、危機感がアドレナリンを津波の如く分泌させた。

 加速された神経は俺の体感時間を引き延ばし、神業の如きフービットの体術を明確に捉える。

 

 ほんの一瞬の接触で、フービットの手のひらはごくわずかなベクトル変更を自らの体に加えていた。

 ぎりぎりで跳び箱を超えるかのように、小さな体は俺の腕の上を飛び越え、縦に旋回する。

 カウンターに対してクロスカウンターを狙うのはある意味定石だが、それをニールキックでやるのは気が狂っている。

 再び頭を狙って振り下ろされる踵を見開いた目で見据え、俺の唇は知らず吊り上がっていた。

 

 同じ場所を狙う敵手に対し、俺もまた同じく一歩踏み出した。

 ストライドの広いオークの一歩は、フービットの脚の長さを軽く超える。

 踵に代わり、肉付きの薄い尻が俺の額にぶち当たった。

 

「痛ぅっ!?」

 

 恥骨を強打し苦悶の声を漏らしたフービットは、俺のヘッドバットで軽々と跳ね飛ばされた。

 空中で身を捻り、四つん這いで着地するフービットに対して、俺は追撃を行わない。

 小回りは相手が遥かに上。

 だが、殴り合いである以上、インパクトの時は必ず訪れる。

 格闘戦の一撃がヒットする瞬間は、こちらとあちらが触れ合わざるを得ないのだ。

 その一瞬を狙って持ち前のパワーで押し潰す。

 相打ち上等なら、タフさに優れたオークの勝ちだ。

 だから、待ち構える。

 

「お尻に顔突っ込むなんて、やらしいオークだなあ」

 

 四つん這いのまま、警戒する獣のように尻をあげる体勢でフービットの女戦士は剽げた声を発する。

 

「尻にしちゃあ貧弱すぎないかい」

 

 実際、体の線どころか微妙な凹凸すら浮き出しそうな薄手のパイロット用軽宇宙服でありながら、まったく色気というものを感じない。

 種族特性だから仕方ないが、精神の成熟とは裏腹の幼児体型である。

 ピーカ姫とは完全に逆だ。

 

「ふふっ、オークは失礼な奴が多いね」

 

 どこか楽し気に含み笑いを漏らしながら、フービットの殺気が強まる。

 来るか。

 どこに飛び跳ねようと見逃しはしない。

 俺もまた、カウンターに備えて両拳に力を籠める。

 しかし、二人の戦士が再度激突する前に邪魔が入った。

 

「ノッコ! ……姫様に培養豚(マスブロ)!?」

 

 荒々しい足音と共に、フィレンがしゃしゃり出てきた。

 

 

 

SIDE:オークナイト・フィレン

 

 これは拙い。

 状況を見て取ったフィレンは、瞬間的に悟った。

 ノッコと培養豚(マスブロ)が睨み合ってるのは別に構わない。

 だが、生意気な培養豚(マスブロ)が姫様を背後に護るように立ちふさがっているのが問題だ。

 これでは、どちらが悪役か、明確になってしまう。

 

 何をやってるんだ、この馬鹿は。

 

 己を産んだフービットに対して、内心で罵声が湧き上がる。

 だが、同時に理解もしていた。

 

 全てはフィレンの為だ。

 詳細を語らなかった事で、ノッコはフィレンが姫を探すお役目を与えられたと思っている。

 我が子に少しでも手柄を立てさせるため、障害を排除しようとしているのだ。

 そんなお役目など、ないのに。

 

 この場において、最も簡単にフィレンが己の立場を護る方法は、ノッコと無関係を貫き、姫に刃を向けた慮外者としてしまう事だ。

 ノッコはたとえフィレンがそんな虚偽を口にしたとしても、否定すまい。

 苦々しい思いと共に、フィレンはそう確信している。

 

 だからこそ、それは無しだ。

 

 フィレンは母譲りの電光石火の思考速度で必死に言い訳を探し、姫を抱きすくめるような姿勢で硬直しているピンクの髪の地球人類種(アーシアン)に目を止める。

 こいつだ。

 

「ノッコ! よく見つけた! 姫を攫おうとする慮外者め!」

 

 培養豚(マスブロ)をあえて無視する形でピンクの髪の女に対して怒鳴りつけた。

 カーツを見下し、嫌い、内心嫉妬しているフィレンであったが、彼が姫に不忠を働く事はないと認識している。

 ならばこそ、ノッコはカーツと戦っていてはならない。

 その向こうにいる地球人類種(アーシアン)に対して身構えているという体裁が必要なのだ。

 

「え、えぇっ!?」

 

 完全に想定外だったのか、姫を抱えたまま地球人類種(アーシアン)の女は泡を食った声を上げる。

 身を伏せるような構えを取っていたノッコはフィレンと女を見比べると、立ち上がって女に声を掛けた。

 

「ジョゼ、観念して」

 

「ね、姉さんっ!? こ、この……!!!」

 

 ノッコの言葉に余程激怒したのか、真っ赤な顔で言葉を詰まらせる地球人類種(アーシアン)の女。

 余り弁の立つ方ではないようだ。

 このまま押し通せるかと意気込むフィレンだったが、当然この場には彼の意向を気にしない存在もいる。

 

「姫? そうなんですか、その子」

 

「ち、違う違う!」

 

 問う培養豚(マスブロ)に、ぶんぶんと首を振って否定する姫。

 このまま、完全に言質を与えてしまっては拙い。

 ノッコに咎を向けさせず、場を収める都合のいい方法を必死に探し、見出す。

 

「姫様は騙されておられる! お前も丸め込まれたのか、培養豚(マスブロ)!」

 

「何……?」

 

 カーツはあからさまに「こいつは何を言ってるんだ?」という呆れ顔をこちらへ向ける。

 培養豚(マスブロ)からそのような視線を向けられる事に怒りを覚えながらも、フィレンは道化の如く自分でも無理があると思う口上を並べ立てた。

 

「口車に乗せられるなど、オーク戦士の風上にも置けぬ! 所詮は培養豚(マスブロ)だな!」

 

「フィレン殿……、それは俺に喧嘩を売っているという理解でいいんだな?」

 

 カーツの呆れ顔が徐々に引き締まる。

 そうだ、乗れ、培養豚(マスブロ)

 その通りだ、こちらは喧嘩を売っているのだ。

 奴もまたオークだ、喧嘩を売られれば逃げ出す道理はない。

 果たしてカーツは両の拳を握り、ぼきぼきと指を鳴らして戦意を示した。

 

「言ったよな、手加減してもらえると思うなって」

 

 低く唸るカーツに、フィレンは無理筋の一手が通った事を確信する。

 同時に、常々彼に対して抱いていた黒い衝動が胸に湧き上がった。

 ここまで来たら、もう取り繕う必要もない。

 勝負をするなら、一切合切全部だ。

 

「愚か者め! 貴様のような培養豚(マスブロ)に『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』は勿体ない!

 この際だ、貴様を叩きのめしてあの機体を貰い受ける!」

 

 フィレンは引きつるように頬を歪ませながら、更に高く喧嘩を売りつけた。

 

「とち狂いやがったな、この野郎!

 いいぜ、『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』を出しな! 白黒付けてやらあ!」

 

「ちょ、ちょっとカーツ! フィレン! 何を勝手な事、言ってんのよお!?」

 

 フィレンが無理やり持ち込んだ展開に置いて行かれた姫が慌てて声を上げるが、最早遅い。

 一度『やる』となったら、どんなくだらない発端でもとことん『やる』のがオークだ。

 フィレンはにやりと頬を歪める。

 後は勝てばいい、そうすれば総取りだ。

 

「……『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』?」

 

 大博打に出て高揚するフィレンの耳には、母体であるフービットが漏らす呟きは入らなかった。




オリジナル日間ランキング1位を獲得しました。

え、マジ?というのが正直な感想で、かなり動揺しております。
よろしければ今後も読んでいただければ……(卑屈


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

デュエル・ブリーフィング

SIDE:オークナイト・フィレン

 

「どうして、あんな事言ったの?」

 

珠玉の争点(オーブ・イシュー)』のシートでハーネスを留めるフィレンは、ノッコの声に顔を上げた。

 開いたコクピットハッチの端から、小さなフービットが覗き込んでいる。

 

「こんな所まで出てくるな、見つかるぞ」

 

 女達はトロフィーストリートから出る事を禁じられている。

 本来は無用な混乱を防ぐための措置なのだが、当のトロフィー達からは単純に抑圧されているだけとしか思われていない。

 そんな中、ノッコは当然のような顔をしてロイヤル・ザ・トーン=テキンの格納庫まで足を延ばしていた。

 

「見つからないよ、隠れるのは得意だもの」

 

 小柄で機敏な上、アンブッシュを得意とするフービットが本気で身を隠せば、並のオークでは察知する事もできない。

 得意げに薄っぺらい胸を張るノッコに、フィレンは溜め息を吐いた。

 

「私の事はいいの。 フィレンはどうしてあんな無茶を言ったの?」

 

「……奴に、『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』は相応しくないからだ」

 

 フィレンは視線を逸らし、わざと曲解して答えた。

 ノッコの赤い前髪の下、対照的な青い瞳がじっとフィレンを見つめる。

 

「ビルカンの機体だから、欲しいの?」

 

「……そうだ」

 

 オークナイト・ビルカン。

 かつてノッコを組み敷いた強きオーク戦士。

 フィレンの憧れの対象であり、コンプレックスの源でもある、今は亡き父。

 

「無理をしちゃ、ダメ。

 あんな言い分で有耶無耶にするのなんて、早々通らないよ」

 

「だが通った。

 培養豚(マスブロ)とてオークだ、売られた喧嘩は捨て置けんさ。

 あとは勝てばいい、そして、オレは勝つ。

 そして父の機体を取り戻す」

 

 ノッコは溜め息を吐いた。

 

「……『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』の使い方は、ちゃんと覚えてるね?」

 

「無論だ」

 

「この機体は腕付き高機動機(アーモマニューバ)の中でも癖が強い機体だからね、スロットルの絞りには気を付けて、それと……」

 

「判っている、もう出るぞ、どけ」

 

 細々としたアドバイスを述べようとするノッコを遮ると、ハッチの閉鎖スイッチを押す。

 閉じていくコクピットハッチの隙間から、母は心配そうな視線を注いでいた。

 罪悪感にも似た奇妙な居た堪れなさを覚え、フィレンはそっと目を逸らす。

 

「勝てばいいんだ、勝てば全部手に入る。

 それだけだ」

 

 ハッチが閉じ完全に閉鎖されたコクピットの中で、フィレンは己に言い聞かせるように呟くとスロットルレバーを握りしめた。

 手のひらが汗ばんでいる事に気づき、牙を鳴らしながら唇を噛んだ。

 

 

 

 

SIDE:オーク戦士・カーツ

 

「どうして、あんな事言ったんだよ?」

 

 問いかけてくるのはピンクの髪の地球人類種、なんだか有耶無耶の内に姫様にくっついてきたジョゼ嬢である。

 プリフライトチェックを行う俺はコクピットを覗き込んでくる姫様と顔を見合わせ、同時に首を傾げた。

 

「どうしてって、それはもう」

 

「喧嘩を売られたんだ、買わない理由があるかい?」

 

「えぇー……」

 

 オークにとって自明の理である事を言語化してやると、ジョゼは露骨に呆れかえった声を漏らした。

 まあ、俺には普通の人類種である彼女の感覚も理解できる。

 チェック表のタブレット端末をコントロールパネルに置くと、少し講釈をした。

 

「他種族から見れば奇妙に映るとは思うが、俺たちオークは戦うために生み出された種族だ。

 オークにとって戦いは身の回りに常にある当然のもので、同時に神聖なものだ。

 他人に戦いを挑む権利は誰しもあるし、挑まれれば受けねばならない」

 

「……どんな馬鹿馬鹿しい理由でも?」

 

「どんな馬鹿馬鹿しい理由でも。

 受けなければ『馬鹿馬鹿しい理由の喧嘩からも逃げた臆病者』となってしまうからな。

 そんな事になってしまえば、恥ずかしくて生きてはいけん」

 

「ば、蛮族ぅ……判ってたけど、蛮族が過ぎるでしょ、あんたら……」

 

 ジョゼはピンク頭を掻きむしって唸った。

 

「勝てる?」

 

 姫は仕事の邪魔をする猫のように、コントロールパネルにごろんと上体を乗せながら、俺を見上げた。

 パネルの上で、体格不相応に立派なバストがぐにょんと潰れ、思わず目が引きつけられる。

 咳ばらいをひとつして、それこそ猫の子のように姫を持ち上げコクピット外へ移動させた。

 

「勝ちますよ、そりゃ。

 戦士の位は同じでも、奴はメッキだ。

 踏んだ場数が違います」

 

「……オークナイトはやっぱり問題ね。

 特権意識ばっかりになっちゃってる」

 

「姫様の御子はそのように育てないでくださいよ」

 

「カーツの子だもの、カーツが育てるんだから大丈夫でしょ?」

 

「ご冗談を、まだまだご懐妊には早うございますよ」

 

 はははうふふと空々しい笑いが格納庫に響く。

 ……どうしてこの姫様はこんなに俺と子供を作りたがるんだろう。

 露骨に好意を寄せられるのは悪い気はしないし、彼女の事は嫌いではない。

 しかし、想い人の娘であるし、まだまだ稚気の強い彼女とそういう関係になるのは憚れる。

 そもそも、俺は純潔は女王に捧げたいのだ。

 

「それよりも、俺はあのフービットが気になるんですが。

 なんであんなヤバいのが居るんです?

 あいつ、フィレンの何なんですか?」

 

 地雷気味の話になりかねなかったので、話を逸らす。

 姫様はこてんと首を傾げて眉を寄せた。

 

「よくわかんない。

 保護者とか言ってたけど」

 

「姉さん、オーク戦士の子供が居るって話は前にしてたよ」

 

 ジョゼはどんよりとした声音で補足した。

 

「わたしらの用心棒してくれてたのにさぁ……」

 

「そりゃ仕方ない、あの女の一番大事なものがフィレンだったってだけだろう」

 

「それであっさり、わたしらを切り捨てるの!?」

 

「フービットだもんなあ。

 これと決めたら、それ以外目に入らない連中だよ」

 

「一途ねえ」

 

 姫は呑気な声音でフービットのノッコを評した。

 

 ノッコへの恨み言を抑えきれないジョゼと違い、俺と姫には彼女への悪感情はない。

 むしろ、瞬間的に大事なものを選択できる彼女の割り切りの良さを戦闘種族として評価している。

 無論、敵対するなら叩き潰すまでだが。

 

「うう……フービットもオークも訳わかんないよお……」

 

「まあ、ちょっと不思議よね、サイズ差凄いのに。

 ……カーツ、彼女でもオーク戦士を受け入れられるんだから、あたしも行けるよ、多分」

 

「ダメですって」

 

 俺は再度コクピットに潜り込もうとする姫を押し退けた。

 

「そろそろ出ます、格納庫から出てください。

 ジョゼって言ったな、あんたも。

 俺達オークは酸素が無くたって我慢できるが、あんたはひとたまりもないだろう?」

 

「う、うん!」

 

 ジョゼは慌てて床を蹴り、エアロックへ向かう。

 無重力空間の動作に不慣れなジョゼに続いて姫も床を蹴る。

 こちらは巧みな空中遊泳を披露しつつ、ふらつくジョゼを支えた。

 

「頑張ってね、カーツ!」

 

 姫の激励に親指を立てて応えると、コクピットハッチを閉鎖する。

 すぐにキャノピー内に張り巡らされた半球型モニターが点灯し視界を確保した。

 俺はコントロールパネルのスイッチを弾き管制室との通話を開く。

 

「管制室、こちら戦士カーツの『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』だ。

 格納庫のハッチを開けてくれ」

 

「了解っす、兄貴!」

 

 通信の向こうから舎弟の一人ベーコの声が流れ出た。

 

「なんだベーコ、そんな所に居るのか」

 

「へへっ、特等席ですよ!

 ナイト様をぶちのめすとこ、見せてくださいよ、兄貴ぃ!」

 

「おう、任せとけ!」

 

 格納庫のハッチが重たい響きと共に開き、残った空気が流出していく。

 わずかな気流に乗るかのように、俺は『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』を滑らせた。

 

 

 

「さぁて、トーロンに無理して貰ったが……悪くない感じに仕上がってるな!」

 

 頼もしいメカニック、オークテックのトーロンは短い時間で損傷した『夜明け(ドーン)』のメンテナンスを行ってくれた。

 流石にオールグリーンな万全状態とは行かず、ダメージマップにイエローの警告がいくらか残っているが、十分戦闘可能な状態だ。

 

「今度またお土産のムービーデータを用意してやらないとなあ。

 それよりも、問題はこっちか」

 

 呟きながら機体の右舷に視線を投げる。

 曲線を描く装甲で覆われていた右腕は剥き出しのフレーム状態で、銀色のレールガンが直接取り付けられていた。

 

「新商品の良し悪しだな、合わせた装甲の準備にも手間が掛かっちまう」

 

 問題は装甲だけではない、残弾もだ。

 このレールガンには、たった3発の砲弾しか装填されていないのだ。

 

「ま、やりようはいくらでもあるさ」

 

 俺は両手のグリップを握り直し、意識して笑う。

 戦場ではいつも万全に戦える訳では無い。

 傷つき、弾が尽きようとも、戦わなければ死有るのみという状況は何度となくあった。

 それらを乗り越えてここにいるという自負が、俺を戦士として立たせている。

 

 モニターの端にスラスターの閃光が映る。

 

「来たか」

 

 俺が出てきた左舷格納庫とは氏族船を挟んで反対側、右舷格納庫から飛び出してきた『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』だ。

 

 暁色の『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』と同じく『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』もまた地球型惑星の空をイメージした色で塗装されている。

 こちらは蒼穹を映した透明感のある青。

 朱の『夜明け(ドーン)』と対象的なのは蒼いカラーリングだけではない。

 左右に武装腕を配置された『夜明け(ドーン)』と違い、『争点(イシュー)』は上下に腕を配置している。

 正直、操縦しづらそうな機体であった。

 

 こちらに機首を向ける『争点(イシュー)』から広域通信が入る。

 

「逃げずによくぞ来た、培養豚(マスブロ)

 その機体、返して貰うぞ!」

 

「欲しい物を欲しいって素直に言えるようになったのはマシだが、こいつは俺のだ。

 もう手出ししませんって泣き入れるまで、叩きのめしてやるよ!」

 

「叩きのめされるのは貴様だ!」

 

珠玉の争点(オーブ・イシュー)』の両腕が、ぐわっと上下に展開する。

 

「トーン=テキンがオークナイト、フィレン!

 下賤な培養豚(マスブロ)に鉄槌を下す!」

 

「やってみな!

 トーン=テキンが戦士カーツ!

 馬鹿な餓鬼に灸を据える!」

 

 メインスラスターが咆哮を上げ、朱と蒼のブートバスターは突撃を開始した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ピッグファイト

カツ丼大盛VSフィレオフィッシュ、ふぁいっ!


「さぁて! 行くぜぇ、フィレン!」

 

 初手からスロットル全開。

 俺は『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』を全速でカッ飛ばし、『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』へ躍りかかった。

 

 フィレンの言いがかりが端となったこの決闘だが、実の所、俺にもメリットはある。

 ロイヤル・ザ・トーン=テキンの停泊宙域にて行われるため、氏族中の誰もが容易にこの一戦を見る事ができるのだ。

 当然、女王陛下もご覧になっている。

 まさに御前試合。

 惚れた女に良い所を見せる、最高のお膳立てだ。

 

 無論、オールオアナッシングなこの勝負、負ければ命が助かっても愛機も戦士の誇りも奪われるだろう。

 しかし、そんな事はいつもの戦場と変わらない。

 一歩間違えばすべてを失う戦いを生き抜いてきたのだ。

 

 そこが、俺とフィレンの最大の差だ。

 

「おらぁっ!」

 

 挨拶がてらに機首の左右に搭載された二門のパルスレーザー機銃を放つ。

 こちら同様に全速で突っ込んできた『争点(イシュー)』は機体の上下に展開した武装腕を捻じってベクトルを変更、スライドするように射線から逃れた。

 お返しに撃ち返されるパルスレーザーは六連装。

 機銃の数では三倍の差がある。

 

「っとぉっ!」

 

 俺は機体をロールさせて濃密なパルスレーザーのシャワーから逃れる。

 対艦用に短砲身プラズマキャノンを装備した『夜明け(ドーン)』と違い、『争点(イシュー)』はキャノンを持たず機銃を増やしている。

 汎用性ではこちらが上だが、戦闘機同士の決闘に関してはあちらの武装の方が適切なチョイスだ。

 

 互いの射線を躱しながら、二機のブートバスターの軌道が交錯する。

 鹵獲品のレールガンを叩き込もうとして、『争点(イシュー)』の機体下部側アームがこちらを向いている事に気づく。

 

斥力腕(リパルサーアーム)……いや!」

 

 盾を展開しかけたが、背筋に走る怖気のような予感に従って左右のアームユニットの推力方向を垂直へ変更。

 機体が捻じ曲がりそうな噴射を掛けて急旋回を行う。

 直後、『夜明け(ドーン)』の予測進路を白く輝くプラズマが薙ぎ払った。

 

「プラズマスロアーか!」

 

 励起したプラズマをキャノンのように磁場で閉じ込めずそのまま垂れ流す、いわば宇宙版火炎放射器だ。

 プラズマキャノンに比べて有効射程が極端に短く威力も収束しないものの、その効果範囲は恐ろしく広い。

 装甲の薄いブートバスターを焼き焦がすには十分な火力を備えており、ドッグファイト中にはプラズマキャノンよりも相手をしたくない武装だ。

 

「野郎、メタ張りのチョイスかよ!」

 

 しかも、プラズマに対してこちらの切り札の斥力腕(リパルサーアーム)は効果が薄い。

 狙ったのかどうかは判らないが、対『夜明け(ドーン)』用の装備としては腹立たしいくらいに最適であった。

 元より機体がオールグリーンの整備状態ではない事もあり、『夜明け(ドーン)』の不利は明白だ。

 

「面白くなってきたぜ……!」

 

 大きく弧を描く機動でプラズマスロアーを回避しながら、俺は牙を剥いた。

 実の所、有利だ不利だなんてものは、もうとっくに織り込み済みなのだ。

 

 培養豚(マスブロ)である俺と、オークナイトであるフィレンの産まれの差、これがすでに大きい。

 いわばオークという種族の原種である俺たち培養豚(マスブロ)に比べ、母体から生まれたオークは母方の遺伝子情報分強化される。

 その母がオーククイーンであるオークナイトは、培養豚(マスブロ)よりも素質として明らかな強化が為されていた。

 あくまで俺の体感だが、筋力は2割、反射速度に至っては3割は違う。

 3割の差は大きい、使い方次第で3倍の差にも見せかける事もできよう、それ程のスペックだ。

 オークナイトは素体性能で圧倒的に有利なのだ。

 

 そして、その素質の差を織り込んだ上で、俺はフィレンに負ける気がしない。

 根拠は、これまで積み上げた学習と経験の差である。

 俺の中にはあらかじめ21世紀人の知識以外にも培養豚(マスブロ)にインプットされる基本知識、すなわち戦いの基礎が焼き込まれている。

 各種の武器や戦闘マシンの使い方、戦術の基礎から航法の基礎まで、およそ戦闘に関わる事の知識を広く浅く、持たされているのだ。

 その上で知識こそ最大の武器と信じる俺は、戦士と認められた後も学習を続けている。

 

 一方、オークナイトを含む、母体から通常の生命として誕生するオーク達にはそんな知識の焼き込みなどない。

 彼らは成人するまでの間に戦いのイロハを学ばなくてはならないのだ。

 ここで、大変に脳みその構造が雑であるオークの特性が悪い意味で効いてくる。

 ほとんどのオークは学ぶ意欲が低く、さらに教師役が知的労働に向いていない父親のオーク戦士であるため、恐ろしく学習効率が悪いのだ。

 その結果、肉体の性能は上でも戦闘スキルが足りず、総合能力では培養豚(マスブロ)とあまり変わらないという残念な存在になってしまう。

 

 大抵のオークナイトの正体はそんなものだ。

 オークナイトが優遇されているのは、多分に政治的な含みがあるのではないかと睨んでいるのだが、今は置いておこう。

 

 フィレンはクイーンの脇侍になれずとも、ブートバスターを授けられるだけあってまだ上等な部類だ。

 それでも、俺には及ばない。

 戦場のみならず、余った時間をひたすら学習に費やして磨き上げた俺の実力は、未だ研磨されていない彼を上回っている。

 その一端を示すのが、フィレンのアドリブの効かなさだ。

 

 六連パルスレーザー機銃とプラズマスロアーを交互に放ち、『夜明け(ドーン)』の機動を阻害しようとするフィレン。

 広範囲に広がる弾幕攻撃で追い込んで、そこに武装腕に搭載したもうひとつの武器を叩き込み仕留める気なのだろう。

 教典に記されているようなベーシックな戦術だが、この状況では悪手だ。

 他の相手はいざ知らず、戦場で練り上げられたオーク戦士を相手取るには稚拙すぎる。

 二種の武器を順繰りに放つフィレンの弾幕は緩急も付けられておらず、浅い。

 

「バラ撒く武器を使う時はなぁ、重ねて叩き込むんだよぉ!」

 

 リチャージタイムを見切り、プラズマスロアーからパルスレーザーへ切り替わる瞬間に機首を返して『争点(イシュー)』を正面に捉える。

 推力全開、『夜明け(ドーン)』は白い炎の中へ突っ込んでいく。

 押し寄せるプラズマ炎が『夜明け(ドーン)』の装甲を炙り、ダメージ警告が鳴り響いた。

 モニターに表示した機体のダメージマップが一気にイエロー、さらにはオレンジへと変貌していく。

 

「行けぇぇっ!!」

 

 しかし、『夜明け(ドーン)』を焼き溶かすよりも早くプラズマの照射時間は終了する。

 朱の機体から焦げた黒煙をなびかせながらも『夜明け(ドーン)』は健在。

 こちらの予測進路へパルスレーザー攻撃を続けようとしていた『争点(イシュー)』が慌てて機首を捻った。

 やはりオークナイト、俺の想定よりもわずかに早い反応は、受け継いだクイーンとフービットの血脈が為せる業か。

 

 それでも、遅い。

 

「おりゃあぁっ!!」

 

 機首のパルスレーザーと機体下部のプラズマキャノンを斉射。

 勝負所を捥ぎ取るべく一点集中で撃ち続けながら、レールガンの狙いを定める。

 収束するパルスレーザーとプラズマ光弾のシャワーを浴びせられた『争点(イシュー)』は攻撃を諦めて回避に転ずるが、その動作は直線的に過ぎた。

 レールガンのトリガーを引く。

 こぉん!と独特の発射音が機体を揺るがし、電磁加速された複合タングステン弾頭が放たれる。

 見え見えのロールを仕掛けていた『争点(イシュー)』の下部武装腕に着弾、厄介なプラズマスロアーごと推進機を撃ち抜いた。

 三発のスラスターのひとつを潰され推力バランスの崩れた『争点(イシュー)』は無様なスピンに陥る。

 

「こいつで詰みだ、フィレン!」

 

 機体後部のメインスラスターに照準をロック、二発目のレールガンを発射。

 止めの一撃が虚空を飛び越え、『争点(イシュー)』へと襲い掛かる。

 しかし、不意に制動を取り戻した『争点(イシュー)』は抑制された動作で機体を跳ね上げ、レールガンを回避した。

 

「何だと!?」

 

 

 

 

SIDE:オークナイト・フィレン

 

「畜生ぉっ!!」

 

 武装腕を破壊されたフィレンは、制御を失ってスピンに陥った『争点(イシュー)』の中で叫びをあげる。

 追い詰めたと確信した矢先に受けた反撃は、一瞬にして彼の勝機を奪い去っていた。

 

 次の瞬間には機体を撃ち抜かれるという予測に背筋を凍り付かせながらも、彼の技量では激しい回転を止められない。

 全てを失う恐怖に身を震わせながら、何故こうなったという憤りが脳を沸騰させる。

 

 追い詰めていたはずだった。

 損傷覚悟でプラズマスロアーを突っ切って来るとは思わなかった。

 止めの為に温存せず、さっさともうひとつの武装を使用すればよかった。

 

 判断ミスへの後悔と怒り、そして、アイデンティティーを護る為に絶対に見下していなければならない男の度胸が自らを上回っていたと認識したフィレンの心は、砕けんばかりに軋む。

 敗北だ。

 認めがたい、認めたくないが、負けだ。 

 

「選手交代だね」

 

 牙を噛み締めながらも諦観に浸りかけたフィレンに、舌足らずな高い声が囁きかける。

 

「なっ!?」

 

 聞こえるはずのない声に驚愕するフィレンの膝に、シートの影から小さな人影がするりと降りてきた。

 

「飛ぶ前にきちんと重量確認はしないとダメだよ、余計なものが乗ってるかもしれない」

 

 膝の上からノッコはにこりと笑いかける。 

 

「お、お前、なんで!?」

 

「隠れるのは得意って言ったでしょう」

 

 見上げる姿勢のノッコは両手を伸ばすと、フィレンの頬を愛しげに撫でた。

 

「大丈夫、私があなたに勝ち星をあげる」

 

 頬を撫でる小さな手のひらが太い首筋まで滑り降り、フィレンは母の意図を悟った。

 

「ま、待てっ! オレはっ!」

 

「後は任せて。交代、ね?」

 

 言い聞かせるように囁き、手のひらが頸動脈を圧迫する。  

 暗殺者のようなノッコの手管の前に、フィレンの意識はすとんと落ちた。

 ノッコはフィレンの膝の上でくるりと姿勢を入れ替えると、失神した息子の体をシート代わりに操縦桿を握る。

 深刻なダメージ情報と目まぐるしく動く星空が表示される半球型モニターを見上げると、出鱈目な推力パラメータを読み取った。

 

「よっと」

 

 オークナイトの身長に合わせて調整されたペダルをフィレンの足を踏みつける形で踏みこみ、操縦桿をわずかに動かしてカウンターを当てる。

 スピンで与えられるベクトルは完全に調整され、『争点(イシュー)』は瞬時に制動を取り戻した。

 次いで操縦桿を小刻みに動かし、軽く機体に尻を振らせて『夜明け(ドーン)』の砲撃を回避する。

 

「『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』……」

 

 モニターに映る少し煤けた朱の機体を見つめ、ノッコは小さくその名を呼んだ。

 懐かしき機体は未だ健在、しかし、そこには彼女を打ち倒した強き戦士はもう居ない。

 

「今の乗り手の腕、試させてもらうよ」

 

 六連装パルスレーザー機銃を射かける。

 コンデンサーのエネルギーを一度の斉射で使い切らないよう調整しながら細かくトリガーを絞ると、赤いパルスレーザーの火線が切れ切れに伸びた。

 急に挙動が変わった『争点(イシュー)』の射撃を避けきれず、『夜明け(ドーン)』の機体で着弾の火花が上がる。

 そのまま撃ち込まれ続けるほど今の『夜明け(ドーン)』の乗り手も甘くない、激しいロールで被弾個所をずらすダメージコントロールを行いながら射線から離脱した。

 

「いい動き」

 

 小さく呟いて評するノッコは、モニターの端で点灯する通話申請ポップアップに気づいた。

 広域通信ではない、直接回線だ。

 

「内緒話、したいの?」

 

 通信を許可すると、小さなウィンドウに鋭い目つきのオークの青年が映し出される。 

 

「やっぱりあんたか、フービット。

 急に動きが良くなったから、何事かと思ったぜ」

 

「うん、選手交代。

 ここからは私がやる」

 

「こいつは決闘だ、それを代わるって意味、判ってんのか?」

 

「あなたを撃墜すれば、問題ない」

 

 ノッコの言葉に、オークの青年はどこか羨まし気に苦笑した。

 

「母の愛って奴かい、それでフィレンが喜ぶかどうかは知らないぜ」

 

 モニターの中の青年は頬を引き締め、殺気を帯びる。

 

「いいとも、続行だ。

 敵に回るなら誰であろうが叩き潰すまでさ」 

 

「ありがとう。

 ……『残り火』のノッコ、『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』でお相手する」

 

 ノッコは久しぶりの名乗りをあげると、因縁の機体へ機銃を放った。




日間総合ランキング1位を獲得いたしました。

見果てぬ夢のひとつが適ったような思いです。
いい夢を、見させてもらったぜ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

豚と小人のロンド

 赤い光のマシンガン、パルスレーザー機銃の光弾が『夜明け(ドーン)』を追尾する。

 

「ちぃっ!」

 

 いわゆる「指切りバースト」で緩急をつけた射撃の精度は先程までとは段違いだ。

 回避しきれず『夜明け(ドーン)』の装甲に着弾の火花が散った。

 乗り手を交代した『争点(イシュー)』は同じ機体とは思えないほど鋭い攻撃を繰り出してくる。

 

「いい腕だ、息子を鍛えてやれば良かったのにな!」

 

 思わず呟くが、次代の戦士を教育するのは父親の役目と相場が決まっているオーク社会では難しい話だ。

 そもそも、フービットが教師に向いているのかどうか、俺は知らない。

 

 いきなり乱入してきたノッコについて、俺自身に思う所はない。

 強者と戦うのは望む所であるし、挑まれれば応じるまでの事。

 チームを率いた軍事行動となれば必要次第で欺瞞も退却も行うが、一人の戦士としての戦いならそんな無粋は無用。

 正面切って叩き潰してこそオーク戦士の本懐だ。

 無法そのものとも言える彼女の行いも、培養豚(マスブロ)の身では望むべくもない母の愛が為せる事なのだろうとフィレンが羨ましく思える面すらある。

 

 まあ、自分から吹っ掛けてきた喧嘩で母親に代打させてしまったフィレンの今後を考えると、どう転がってもお気の毒と言うしかないのだが、それはもうあちらさんの家庭の御事情という奴だ。

 この決闘は女王を含め氏族中に見られてるはずだが、俺が心配してやる事でもない。

 

「あんまり余計な気を回してる余裕もないしなっ!」

 

 機体に連続でロールを切らせて襲い来る弾幕に対抗する。

 不規則な指切りで浴びせられるパルスレーザーの継続間隔は、すべて相手の気分次第で読めない。

 完全に躱しきる事はできないので、機体を回転させて被弾個所を分散させるダメージコントロールを行うのだ。

 命中率と弾幕持続時間を重視したバーストファイアの為、瞬時に撃墜される程ではないが『夜明け(ドーン)』の損傷は確実に増加していた。

 

「腕を一本失った機体で、よく追尾してくるもんだ!」

 

 満遍なくダメージを受けている『夜明け(ドーン)』に対して、『争点(イシュー)』は下部武装腕をもぎ取られる損傷を受けている。

 機体性能に影響を与える度合いで言えば、あちらの方が大きい。

 推進機がひとつ失われ機体バランスは大幅に狂っているはずなのに、そんな機体を即座に乗りこなすノッコのセンスは驚嘆せざるを得ない。

 

 フービットという種族全てがそうなのか、彼女が同族の中でも凄腕なのかは判らないが、相手をする方としては堪らなく面白い。

 斜め後ろという絶好のポジションへ巧みに移行する『争点(イシュー)』に、頬が吊り上がった。

 獰猛な笑みを浮かべているのが自分でも判る。

 強敵との対峙は、オーク戦士の心を激しく燃え上がらせるのだ。

 

「このまま撃たれてばっかりじゃあ芸がない!

 こっちもお返しさせて貰う!」

 

 スロットルを絞ってメインスラスターをカット、ペダルを複雑に踏みつけ、操縦桿を捻る。

 両腕の武装腕は固定して直進の推進力を維持しつつ、機体の胴体部分だけ逆上がりのようにぐるりと反転。

 機首を『争点(イシュー)』へ向ける。

 

「おりゃあぁっ!!」

 

 尻から頭へ血が逆流するような、気持ちの悪い逆転のGに耐えつつプラズマキャノンを発射。

 磁場でプラズマを閉じ込めた白い光弾を『争点(イシュー)』はわずかに機体をロールさせる最低限の機動で回避する。

 

「もう一丁!」

 

 すかさず、パラメータ調整を入力した二発目のキャノンを発射。

 磁場で圧縮しない、生のプラズマを垂れ流す。

 擬似プラズマスロアーだ。

 射程は激減、威力は本家のプラズマスロアーよりも安定せず、砲身にはめちゃくちゃな負荷が掛かるという碌でもない手だが、一瞬だけプラズマスロアーのような幅広いプラズマ炎をぶちまける事ができるのだ。

 

 これには流石のフービットも大きな動作で回避せざるを得ない。

 絶好の射撃ポジションを捨てて散開(ブレイク)、白いプラズマ炎の帯から逃れる。

 

「やるな! そのままポジを維持してりゃあ、機銃で穴だらけにしてやったものを!」

 

 危険とみれば即座にチャンスを捨てる事のできるノッコに、思わず賞賛の声を漏らしながら機首を正常に戻して旋回した。

 真っ直ぐに掛かる通常通りの加速度にひと息つく暇もなく警告音がコクピットに響く。

 モニターに表示していたダメージマップに視線を向ければ、ついに危険域に達し赤いマーカーに彩られた箇所が発生していた。

 

「やっぱり右腕か!」

 

 鹵獲レールガンの形状に合わせた装甲を用意する暇がなかった右舷武装腕は、被弾すれば直接フレームにダメージが蓄積してしまう。

 それにしても、他よりも被弾率が高い。

 

「まさか、狙って腕に当ててるのか?

 これだけロールしまくってるってのに」

 

 今の『夜明け(ドーン)』の右腕が装甲に護られていない事は、外観からも一目瞭然ではある。

 だからといって、高速機動戦の最中に射線を一部位に集中できるのは、異常なまでの技量だ。

 技の冴えは明らかにあちらが上回っている。

 

「なんて腕してやがる」

 

 ノッコの凄まじい技量に、思わず感嘆の呻きが漏れる。

 戦場において、敵手の能力を認めるのは恥ずべき事ではない。

 見下して負けるよりも、余程にマシと言うものだ。

 

「だけど、戦闘は腕前だけで決着がつくもんじゃねえ!」

 

 俺は機首を翻し、『争点(イシュー)』を正面に捉えた。

 先の俺とフィレンの対戦の彼我を入れ替えた状況が今だ。

 もしかすると俺とノッコの技量差は俺とフィレンの差よりも大きいかもしれない。

 ならばどうするか、腕前が上の敵と戦ったら、ただ大人しく負けるしかないのか。

 

 そんな訳はない。

 

 技量、経験、それらが勝利に貢献する大きな要素である事は確かだ。

 だが、そこを埋めるものもある。

 気合い、度胸、勢い、運、そんな形にできない諸々、ロジカルに語るならば下らない精神論と一蹴されかねない要素。

 曖昧で、ともすればいい加減な要素の数々は、それでも確実に勝敗に関わってくる。

 心で負けていては、勝つものも勝てない。

 技量が足りないのなら、それ以外の要素で勝利を引き寄せるのだ。

 

「相手に呑まれた戦士が! 戦いに勝てるものかよ!」

 

 鼓舞するように叫び、『夜明け(ドーン)』を疾走させる。

 

 

 

 

SIDE:「残り火」のノッコ

 

 まっしぐらに迫る『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』の姿に、ノッコは微笑みを浮かべた。

 

「愚直」

 

 言葉の意味とは裏腹に、その声音には好感が込められている。

 オーク戦士はこうでなくてはいけない。

 機体の不備も技量の差も、何ほどのものぞ。

 四の五の言わずに叩き伏せるのだ。

 

「ビルカンみたい」

 

 かつて自らを打倒したオークナイト・ビルカンが乗っていた頃を彷彿させる『夜明け(ドーン)』の姿に、胸が高鳴った。

 あの機体を駆る若き戦士は培養豚(マスブロ)の産まれだという。

 下層の培養豚(マスブロ)ゆえ、きっと最前線に放り込まれ続けたのだろう。

 過酷な戦いの最中で若き戦士は、強く、鋭く、磨き上げられつつある。

 もっと経験を積めば、いずれはビルカンのように自分を組み敷ける戦士となるに違いない。

 だが、戦士の種族として好感を覚える相手であっても、最優先目標の為には倒さなくてはならない敵手だ。

 

「いい戦士だけど、フィレンの邪魔になるから」

 

 ノッコの最も大事な存在、フィレンのために消えてもらわないといけない。

 彼女自身、ここで決闘に手を出すのは悪手であると認識している。

 もっと早い段階、出撃直後にフィレンを気絶させて機体を乗っ取るか、そもそも決闘前に闇討ちして敵戦士を始末するべきであった。

 そうすれば、話は早かったのに。

 

「手が遅いお母さんでごめんね、フィレン」 

 

 呟く母の声音は優しい。

 フィレンの教育について、ノッコは一切タッチできていない。 

 子供の教育は父たるオーク戦士が行うものだから手を出すなと、当時のノッコにとっての最優先対象であったビルカンに「命じられ」ていた。

 故に、ノッコはフィレンの成長にほとんど関われなかったのだ。

 やがてビルカンは戦死し、ノッコの「一番大事なもの」はフィレンにスライドした。

 そのフィレンから命じられたのだ「手伝え」と。

 

 だから、全力で「手伝って」いる。

 フィレンに勝利を与えるため、邪魔なものを始末するのだ。

  

 オークが「氏族の中での戦士」というアイデンティティーに拘るように、フービットは「目的達成」に拘る。

 その過程がどうあろうとも、最終的に生きて目的を達せればそれでよろしい。

 死んで花実が咲くものか。

 フービットにとって「名誉ある敗北」よりも「卑怯な勝利」の方がよほど価値があるのだ。

 それに対して息子がどう思うかという視点は、目的達成には必要のない事なのでノッコの頭に浮かんでいない。

 

 ノッコはようやく手伝う事を許された息子のため、喜びに満ち溢れながらトリガーを絞る。

 敵機の右武装腕に、六連パルスレーザーの火線を集中させた。

 整備不良なのかフレームが剥き出しの右腕で着弾の火花が踊り、ついに小さな爆発が起きる。

 右腕のスラスターの噴射が咳き込み、『夜明け(ドーン)』の速度はつんのめるかのように落ちた。

 推力バランスが崩れた機体で尚も直進しようとする『夜明け(ドーン)』を容赦なくロックする。

 

「獲った」

 

 上部武装腕に搭載した、二つ目の武装を放った。

 ワイヤー付きの大型弾頭が射出される。

 放たれた弾頭に対して『夜明け(ドーン)』が左腕を突き出すと、不可視の力場に弾かれ、逸れる。

 

斥力腕(リパルサーアーム)? 妙な武器を……」

 

 だが、妙な武器というのならばこちらの方が上だ。

 ノッコは上部武装腕を強く一振りする。

 弾頭と接続されたままのワイヤーはくるりと旋回すると、投げ縄のように『夜明け(ドーン)』の右腕に絡みついた。

 ジェネレーター直結の高圧電流が『夜明け(ドーン)』へと流れ込む。

 

 電流で敵を無力化する近接捕獲用武装、電撃糸(スタンストリング)だ。

 

 余りにも趣味的な武装であるため、この武装チョイスを確認したノッコは内心呆れたものの、それはそれで使いこなすのが戦闘種族というものだ。

夜明け(ドーン)』の各部で断続的に火花が爆ぜる。

 モニターの中で因縁の機体が焼け焦げていく姿に、ノッコは眉を寄せた。

 寂寥の想いが胸に湧いたのは、すでに勝利を確信したからであろう。

 敵機に電流を叩き込みながら、直接通信のスイッチを入れる。

 

「がああああぁっ!」

 

 途端に、オーク戦士の苦悶の叫びがコクピットに響いた。

 火花が爆ぜ飛ぶ通信モニターの中で、若きオーク戦士は全身から黒煙を立ち昇らせながらも操縦桿を手放していない。

 

「『夜明け(ドーン)』を破壊したくない、降伏して」

 

「い、や、だねっ!」

 

 オーク戦士は牙を軋ませながら吐き捨て、トリガーを引いた。

 被弾と高圧電流で爆ぜ飛ぶ寸前の右腕からレールガンが放たれるも、ろくに狙いが定まっていない状態では当たるはずもない。

 しかも発砲と同時に電磁チャンバーが限界を迎え、機体本体との接続部位で爆発が起きる。

 悪あがきだとノッコが冷静に判断した時、オーク戦士は予想もしない行動に出た。

 

「よぉっしゃああぁっ!!」

 

 左の作業指でレールガンの砲身を握り、力任せに右腕を引きちぎる。

 

「なっ!?」

 

「乾坤一擲ぃ! 動力分銅(スラスターボーラ)っ!」

 

 絡みついたストリングごと、腕を投擲。

 内蔵された推進機は断末魔の如く最後の推進剤に点火、ねずみ花火のような噴射炎を吐き出した右腕はくるくる回りながら加速する。

 

「嘘っ!?」

 

 咄嗟に機首を返す『争点(イシュー)』だが、ストリングは上部武装腕に接続されたままだ。

 分銅と化した『夜明け(ドーン)』の右腕は『争点(イシュー)』を中心軸として回転、繋がったストリングが『争点(イシュー)』の主船体にぐるりと巻き付いた。

 自ら放った電流が『争点(イシュー)』に逆流する。

 

「ひあぁっ!?」

 

 コクピットを焼く電流に仰け反り、悲鳴を上げるノッコ。

 単純なタフさではフービットはオークよりも劣る。

 硬直した腕で必死に操作盤を操り電流をカットした瞬間、巻き上げきったリールの如く『夜明け(ドーン)』の右腕の残骸が『争点(イシュー)』のボディにめり込んだ。

 

 

 

「うぁ……?」

 

 つかの間の失神から回復したノッコは、頭ごしに太い腕がコンソールパネルに触れているのを見た。

 火花をあげるパネルのキーをゆっくりと押していく。

 

「なに、してるの……?」

 

「降伏の信号弾を上げるんだ」

 

 額から血を流したフィレンは静かな口調で返答する。

 電撃と衝撃でコクピットの内装が爆ぜ、破片が彼を傷つけていた。

 ノッコはパネルを操作する息子の太い腕を両手で掴んだ。

 

「駄目だよ、フィレンは勝たなきゃ」

 

「オレは負けてたんだ。お前が手を出す前から」

 

「勝たせるから! 私が勝たせてあげるから!」

 

「それで勝っても、それはお前の勝ちだ! オレの勝ちじゃない!

 オレから敗北まで持っていくな!」

 

 堪り兼ねたようにフィレンが叫んだ瞬間、『争点(イシュー)』にめり込んだ『夜明け(ドーン)』の右腕の残骸が小爆発を起こす。

 コクピットの内壁をも突き破る爆発に、フィレンは咄嗟に小さな母を抱えて丸くなった。

 

 

 

 

 残骸のような有様で漂う二機のブートバスター。

 動きもままならぬ状態で何とか旋回しようと戦意を失わない朱の機体。

 対するように蒼の機体は信号弾を発射する。

 降伏の白、続いて救助を求める赤の信号が放たれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女王の憂鬱

SIDE:マルヤー・キスカ・トーン=テキン

 

「フィレンの容態はどうだい、ジャージン」

 

 玉座である寝椅子に体を預けたマルヤーは、脇に控えるオークナイトに尋ねた。

 

「収容後、メディカルポッドにて治療中です。

 峠は越えましたが裂傷と火傷が酷く、復帰には2ヶ月は必要かと」

 

「命は拾えたかい、上等上等」

 

 マルヤーは、目の前で沙汰を待つ人影に視線を投げた。

 

「良かったね、お母さん」

 

「はい」

 

 フービットの女戦士「残り火」のノッコは両手に手錠を掛けられた上で両の膝を床に付け、端正に正座していた。

 オークの儀礼は仁王立ちだが、フービットの儀礼は両膝を付くことである。

 膝を付けて座れば、フービット最大の武器である脚力を活かせない。

 我に害意なしという事を明確に表した姿勢であった。

 

 微笑みを浮かべてノッコを見下ろすマルヤーは、余裕のある表情とは裏腹に割と困っていた。

 周囲のオークナイト達はノッコに対して怒りを露わにしている。

 男と男の意地の見せ場、神聖な決闘に飛び入りした不埒者を罰せよという意見が多い。

 ノッコの飛び入りを許してしまったフィレンから戦士の位を取り上げ、ノッコは処罰する、これが一番楽でいい。

 

 だが、この場合は別のデリケートな問題につながる可能性がある。

 彼女はトロフィーストリートの用心棒として名を知られた、地元の顔役的人物という側面があるのだ。

 

 ビルカンの遺命を守ってフィレンに関われないでいた間、暇だった彼女はトロフィーの女達の身を護り、近隣地区にいるオークテック達との揉め事を物理的に解決していた。

 それらの行動は彼女にとって本当に暇つぶし以外の何物でもなかったのだが、トロフィーストリートの重鎮とでもいうべきポジションにまでノッコを押し上げていたのだ。

 

 トロフィーストリートの諸処の問題に関して、マルヤーも忸怩たる思いを抱いている。

 これは彼女が後回しにせざるを得なかった、数多いタスクのひとつであった。

 

 

 

 

 本来、オーク氏族にとってトロフィーとは文字通り「手にした最高の女」の事だ。

 次代へ血筋を引き継ぐ源泉であり、己の手で勝ち取った「個人資産」である。

 トロフィーの取得を認められるのは氏族に貢献した戦士以上の階級だけであるため、その付属物であるトロフィーにも相応の待遇が与えられていた。

 基本的にトロフィーストリートから出られないというのは現在と変わらないが、主たる戦士が死亡した後にも諸々のアフターケアがあったのだ。

 主な例を挙げると、死した戦士と親交のあった戦士の庇護下に入るパターン、オークが軽視する内政系の裏方仕事に従事するパターン、そして最低限の財貨を与えられ辺境の星にて解放されるパターンといった所である。

 

 穴は有れどそれなりに上手く回っていたシステムが破壊されたのは、クイーンの誕生による価値観の激変からであった。

 最上位の母体であるクイーンを得たトーン=テキン氏族は、熱狂した。

 端的に言うなれば、こんな感じである。

 

 女王、最高! 女王、最高!! 女王、最っっ高っっっ!!!

 

 その結果、他の母体の相対価値が著しく低下してしまう。

 スーパーアイドルに目が眩んだ結果、身近な幼馴染が色褪せて見えるかのように。

 

 他種族には女好きで知られたオークでありながら、トーン=テキン氏族に関してはトロフィーを捕獲する頻度自体が、かつてより大きく減ってしまったのだ。

 女王最高思想のトップ集団たるオークナイトの出身でありながらトロフィーを捕獲したビルカンは、むしろ古式ゆかしいオーク戦士であったと言える。

 

 こんな宗教じみたクイーン崇拝はマルヤー自身の望んだ事ではない。

 当時のトーン=テキン上層部がクイーン誕生で纏めて浮かれポンチと化したのが原因だ。

  

 氏族を率いる最強の戦士オークキングとその一党は、誕生したばかりのマルヤーに骨抜きにされ、軒並み「うちのお姫、超可愛いぃ!」と萌え狂ったのだ。

 彼らは、まあいい。

 戦死なり、寿命なり、理由は様々だが、残りの人生を推しに捧げて満足のままに逝けたのだから。

 

 自分を奉り上げた傍迷惑な先人達が退場し、ようやく氏族の舵取りができる立場になった段階で、マルヤーは頭を抱える事になる。

 シンプルなオーク文化を半ば破壊された上に女王信奉の価値観を無理やり据え付けられ、トーン=テキンは恐ろしく歪に成り果てていた。

 実権を握って以降、マルヤーは氏族の立て直しにひたすら邁進する羽目になる。

 

 それは一箇所直せば二箇所破綻が見つかる、粗悪な違法建築の修繕を行っているかのような、不毛極まりない仕事であった。

 

 マルヤーはカーツが信じるような知性の巨人ではない。

 オークとしては理性的ではあるが、精々凡人程度の頭脳の持ち主でしかない。

 しかし、彼女は氏族への愛と責任感においては、非凡な人物であった。

 

 氏族の存続と次代への少しでも健全な継承の為、ひたすら努力した。

 その一方でオーククイーンの責務として子も為し続けている。

 激務としか評しようの無い人生だ。

 愛情と責任感に支えられつつも、能力的にはけして超人ではないマルヤーの仕事にはどうしても手が回らない穴ができてしまう。

 トロフィーストリートの件も、そんな不備のひとつであった。

 

 

 

 現在のトロフィーストリートには不満が集まりすぎている。

 トロフィーストリートで名の知れたノッコを下手に処罰すれば、暴発の可能性があった。

 無論、治安維持という観点なら鎮圧するのは簡単だ。

 ノッコはオーク戦士にも比肩する非凡な戦士であるが、彼女に並ぶような物理的な強さを持つ者は今のトロフィーストリートに居ない。

 オーク戦士の治安維持部隊が雪崩れ込んで「わからせ」れば、すぐに抑え込めるだろう。

 だが、それは避けたい。

 マルヤーはトロフィーストリートをかつての、オーク戦士が誇る「宝物」に満ちていた頃の姿に戻したいのだ。

 ノッコはその為の鍵となりうる人材だ。

 安易に罰せない。  

 

「まったく、あれもこれもと手が足りなくて困るねえ」

 

「は?」

 

 思わず愚痴が漏れる女王を、脇侍のオークナイト・ジャージンは不思議そうに見上げた。

 こほんと咳ばらいをして誤魔化すと、マルヤーは姿勢を正してノッコを見据えた。

 

「勇猛の内に果てし我が子、オークナイト・ビルカンがトロフィー『残り火』のノッコ、君の行いへの裁きを言い渡そう」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

御召しが掛かる

 格納庫の床は冷たい。

 激しい噴射炎を撒き散らす戦闘機の発着陸に備えて、装甲板と同じ頑丈な複合重金属を使用しているから当然だ。

 正座をさせられていると、膝下の熱がどんどん奪われていく。

 

「ちゃんと聞いていますか、カーツさん!」

 

「あっ、うん、聞いてる聞いてる」

 

 現実逃避しかけた俺を、眉を吊り上げたトーロンの怒声が引き戻す。

 

「戦士は戦うのがお仕事ですから、武具が壊れるのも仕方ない事です。

 でも、壊し方ってものがあるでしょう!」

 

 トーロンの背後には片腕を失った『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』が転がっていた。

 着陸脚を出す余裕もなく収容され、消火剤の泡を山程ぶっ掛けられたその姿は、水揚げ直後のマグロのようだ。

 本物の魚なんて見た事はないが。

 

「腕引きちぎるとか、何考えてんですか!」

 

「あのままだと電気ビリビリ流され続けてたし、それに投げ返せば当たるかなって」

 

「それで当てて、あの有様ですか!」

 

 トーロンが指さす先には、『夜明け(ドーン)』の右腕がぶっ刺さった『争点(イシュー)』の胴体が転がっている。

 コクピットハッチを剥ぎ取られ、ボロボロの内装まで晒して最早残骸のようにしか見えない。

 

「結局、僕たちが修理するんですよ、あれもぉ!」

 

「いや、ほんと申し訳ない……」

 

 何分、殴るしか取り柄のないオーク戦士、後始末に関してはメカニックに任せるしかない身の上だ。

 二機のブートバスターの損傷は惨状という他ない有様で、素人目にも修理が難航しそうなのはよく判る。

 トーロン達に骨を折らせてしまうのは間違いない。

 ぶっ壊した張本人としては、もう平謝りするしかなかった。

 

「まったくもう……そんなに謝ってくれるのはカーツさんくらいのものですよ」

 

 頭を下げる俺に、トーロンは溜息を吐いて表情を緩めた。 

 

「他のオーク戦士の皆さんは、僕らオークテックにこんな生意気な口なんて利かせませんしね」

 

 戦士を最上位に置くオークの粗暴とも言える文化性だ。

 裏方のメカニックを頼りにし、対等に話をする俺のような戦士は他にいない。

 

「命を掛ける相棒の面倒を見てもらってるんだ、他の連中も感謝はしてると思うぜ。

 ……多分」

 

 それでも優れたオーク戦士なら、立場上は偉そうな態度を崩さなくとも整備を担当したオークテック達にちょっと良い食料を差し入れしたりするくらいの度量は見せるものだ。

 文化的、階級的に素直に口に出せないにせよ、感謝を示す方法はいくらでもある。

 まあ、たまに芯から裏方を見下しているオーク戦士もいるが、いくらちょっとおつむの弱い同族とはいえ、そこまでのお馬鹿さんは少数派であると信じたい所だ。

 

「そうだといいんですけどねえ、オークナイト・フィレン辺りはその辺どうなのやら……。

 まあ、あの人も今回の件で変わるといいんですけど」

 

 氏族船に回収された『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』はフレームが歪むほどの大破状態で、コクピットの開閉すらまともにできなかった。

 こちらも不時着状態ながら自力で『夜明け(ドーン)』から降りた俺は救護班を手伝ってコクピットハッチをひっぺがえし、フィレンとノッコを引っ張り出したのだ。

 

「大丈夫ですかね、あの人」

 

「メディカルポッドに直行だから大丈夫だろ、あの程度でオークは死なんさ」

 

 意識を失ったフィレンの背中は酷く焼け焦げ、なんだか甘辛い系のタレが合いそうな危険な香りを漂わせていたが、まだ息はあった。

 普通の地球系人種なら致命傷だが、オークの頑丈さは折り紙付き。

 培養槽を転用して治癒能力を促進するメディカルポッドに突っ込んでおけば、後遺症もなく完治するだろう。

 

 運ばれていくフィレンに取りすがり、悲痛な泣き声をあげるノッコの方が俺には印象深かった。

 全身焼けただれる程の重傷を負ったフィレンに対し、ノッコには傷一つ無かった。

 奴は、あの図体で母を護りきったのだ。

 

「……お袋さんがいるってな、羨ましいもんだな」

 

「そうですね、あんなに心配してもらえて……。

 でも、あの人もどうなるんでしょうね、決闘に手を出しちゃって」

 

「さてなあ……」

 

 そこは全く判らない。

 フィレン個人ならば今の地位からの降格という形で処罰されるだろうが、ノッコのような例はイレギュラー過ぎて俺の知識にも前例が見当たらなかった。

 すべては女王陛下の裁定次第だ。

 

「あんまり酷い事にならないと良いが……」

 

 つい先程まで必殺の武器を向け合っていたノッコに対して、そんな事を思う。

 アドレナリン駆け巡る戦闘モードであれば敵を痕跡も残さずプラズマで焼き尽くそうと一切の呵責を覚えないが、普段からそんなに血の気が多いわけではない。

 担架で運ばれていくフィレンに泣きながら付き添っている姿を見れば、憐憫の情も湧く。

 

 俺は、戦士の身に情けが不要とは、思わない。

 他者への慈悲深さは、むしろ自らの心のケアにも繋がる。

 戦場においては無慈悲に、平時においては情に厚く、そういった切り替えが戦士の情緒を護るのだと俺は考える。

 

 余談だが、我が同族の頭が気の毒な理由の一片は、ここにあるのではないかと思う。

 傷つく情緒もなく、深い事も考えないのなら、心理的なダメージを一切負わずに残虐非道に暴れ回ることが可能だ。

 遙か昔、オークをこういう具合に遺伝子設計した連中は、心底人でなしであったのだろう。

 

「兄貴ぃ! 伝令です!」

 

 益体もない事に想いを馳せてしまった俺の耳に、舎弟の一人ベーコの声が響く。

 

「どうした?」

 

 ベーコは息を切らせながら格納庫を一気に駆け抜けると、彼には珍しく抑えた声で囁いた。

 

「じょ、女王陛下が兄貴をお呼びです……その、謁見の間じゃなくて、お部屋に」

 

「……え?」

 

 

 

 

 プラント内部に玉座を据えた謁見の間は、いわば儀礼のための部屋だ。

 淡く翠に輝く培養槽が無数に立ち並び、屈強なオークナイトが列を成して控える空間は、神秘性と荘厳さ、威圧感を併せ持っている。

 その一方で、日々の生活には大仰すぎる部屋である事もまた事実だ。

 オークナイト達に厳重に護られた私室にて、女王は日常を過ごされている。

 そして、その部屋は女王陛下が臣下に「特別な褒賞」を与える場所でもあるのだ。

 

「髭の剃り残しなし、宇宙服も洗濯したて、下着も新品を用意、ほ、他には……」

 

 ここに至るまでオークナイトによる三度の誰何を受けた後に、俺は女王の私室へ辿り着いていた。

 他の船室とさして変わらないドアを前に、すでに何度となく行った身だしなみの最終確認をする。

 

 いずれ必ずとは思っていたし、その為の努力も惜しんではいなかった。

 だが、栄光とは掴み取るものであり、降ってわいたように与えられるものではないはずだ。

 俺の中の硬派な俺Aが、この状況に対して力強く叫ぶ。

 だが、同時に軟派な俺Bもまた叫ぶのだ、じゃあ据え膳を食わないのかと。

 食べます、食べない訳がないでしょう。

 

 初陣の時でもここまで緊張していなかったのではないのかというほど、俺は混乱し浮足立っていた。

 

「おい、何をしている。 陛下をお待たせするな」

 

 警護のオークナイトが、ドアの前でわたわたと身繕いルーチンを繰り返す俺に呆れたような声を掛ける。

 

「わ、判っている!」

 

「ふん、この期に及んで肝の坐らぬ、情けない奴め」

 

「あんたは、急に陛下の御召しを受けても冷静でいられるのか?」

 

「……無論」

 

「一人だけ、供も付けずに呼ばれたとしても?」

 

「……言葉が過ぎた、謝罪しよう」

 

「受け入れよう」

 

 生まれも立場も違う俺とオークナイトだが、女王陛下に関してだけはコンセンサスを得る事ができた。 

 人と人は判り合えるのだ。

 

「だが、培養豚(マスブロ)よ、お前の望み通りにはならんと思うぞ」

 

「何だと?」

 

「陛下はお一人ではない、あのノッコと言ったか、フービットの女も連れておられるぞ」

 

「な……まさか同時に!?」

 

「阿呆か、己は。 そんな訳なかろう」

 

 確かにその通り。

 俺はぶんぶんと首を振り、脳内を占める桃色思考を打ち払った。

 この私室は陛下の「秘め事」が行われる場所であると同時に「内緒話」も可能な部屋だ。

 明らかに厄介事の塊であるノッコに対して、公にできぬ対処を行うのだろうか。

 そして、その厄介事を俺に任せるおつもりか。

 

 眉を寄せながら、俺は胸中に湧き出た不安を切って捨てる。

 陛下に賜るというのならば、厄介事であろうと上手く捌いて御覧にいれよう。

 今の俺に示せるものは、度量しかないのだ。

 

「戦士カーツ、参りました」

 

 俺は決意と共に胸を張り、インターホンを押した。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

組織変更

「いらっしゃい、さ、入ってくれ」

 

 謁見の際に比べると、随分フランクな女王の声と共にドアが開く。

 

「失礼します」

 

 意を決して踏み込んだ女王の私室は、リビングと寝室の二間のみと、意外にシンプルな間取りであった。

 内装も簡潔でリビングの壁紙は他の船室と同じライトグレー、家具は作り付けっぽい応接セットと寝椅子しかない。

 元々軍艦であるロイヤル・ザ・トーン=テキンに豪華客船のような設備は望むべくもないにせよ、氏族の頂点とは思えないような質素さで、どこかミニマリストめいた気配を感じる。

 合成皮革のソファの一脚には、フービットのノッコがちょこんと座り、両手で持ったドリンクパックの吸口を咥えていた。

 

「ん」

 

 ちゅーちゅーと音を立ててドリンクを吸いながらノッコは、目線だけで会釈した。

 その青い瞳には怒りや恨みの色は浮いておらず、静謐のみがある。

 落ち着いたノッコの様子から察するに、フィレンはやはり大過なかったのだろう。

 わずかに安堵するものを感じながら、頷きを返した。

 

 まあ、正直、あまり彼女に注意を払っている余裕はない。

 

「カーツはノッコの隣に座ってくれ」

 

 寝椅子に横たわった女王が俺に着席を促す。

 謁見の際の張り付くような翡翠色のチャイナドレスとは違い、私室の女王はベージュのゆったりとしたマタニティワンピースを身に着けておられた。

 まったく飾り気のない気楽な格好は、逆に彼女のプライベートに触れているという実感に繋がり胸が高鳴る。

 

「し、失礼します……」

 

 俺は手入れの悪い戦闘ドロイド並みのギクシャクとした動作で、ノッコの隣に腰を下ろす。

 女王の繊手が俺の前にドリンクパックを置いた。

 

「こっちから呼びつけておいて、大したもてなしもできなくてすまないが」

 

「あ、いえ、恐縮です」

 

 眠たげな垂れ目をふにゃりと細めて女王は微笑んだ。

 

「そう固くならないでくれ。

 これは私的な席だ、もっと寛いでくれたまえ」

 

「は、はあ……」

 

 無理な事を仰られる女王御自身もプライベートゆえか、謁見の時とはかなり雰囲気が違う。

 男の芯に直撃するような妖艶さは薄れ、その代わりにするりと染み入るような親しみやすさを感じる。

 例えるならば、ご近所の年上のお姉さん。

 部活(略奪)に出かける俺たちを笑顔で見送り、たまに作りすぎた肉じゃがをお裾分けしてくれる、憧れのお姉さん……。

 

「カーツ?」

 

 21世紀人の知識が暴走し存在しない記憶が脳内で再生されはじめた俺であったが、女王の訝しげな御声で正気に戻った。

 

「はっ!? た、大変失礼いたしました!」

 

「いや、いいよ。

 ボクを前にすると我を忘れちゃう子も結構いるからね」

 

 陛下はどこか達観したような風情で苦笑した。

 

「君は元々トーン=テキン外の産まれで、ボクの影響は少ないはずだ。

 気を確かに持ってくれると嬉しい」

 

「は……」

 

「うん、それじゃあ、少し内緒話をするとしよう。

 彼女も居るから想像もついてるとは思うが、君とフィレンの決闘沙汰の後始末についてだ」

 

 我関せずとばかりにドリンクパックをちゅーちゅーやっていたノッコが、吸い尽くしたパックを机に置いて顔を上げた。

 

「フィレンは戦士の位から兵卒に降格、オークナイトの名乗りも禁止になる」

 

「降格、ですか」

 

「最下級の兵卒だけど戦闘階級だからね、手柄を立てるチャンスはある。

 頑張り次第で返り咲く事もできるさ。

 まあ、全部メディカルポッドから彼が出てからの話になるけどね」

 

「ふーむ……」

 

 ちらりとノッコを窺うが、あらかじめ話をされているのか動揺した様子はない。

 

「ノッコが乱入したせいで、かなりややこしい話になったよ、まったく。

 代理の申請もしていないのに決闘に飛び入りなんかして、フィレンは降格どころか追放や処刑も有りえた所なんだよ?」

 

 女王はじろりとノッコを睨むが、フービットはけろりとした顔で肩を竦めた。

 

「でも、恩赦をくださった。

 感謝しています、女王様」

 

「そう思うんなら、君もちゃんと働いてもらうからね」

 

「彼女に何か仕事を割り振るんですか?」

 

 トロフィーストリートの住人は現在のトーン=テキンでは半ば異分子のような存在だ。

 俺の知る限りでは、配給で生かされてはいるが仕事も無いような、中途半端な扱いだったと記憶している。

 女王はここで少し困ったように眉を寄せると、わずかに口ごもった。

 

「んー、これは君の勝者としての栄誉であり、またボクからのお願いにも繋がるんだけど……。

 ノッコを君のトロフィーとして貰い受けて欲しい」

 

「は?」

 

 想い人から、別の女を当てがわれる状況に、俺の脳はフリーズした。

 

 

 

 

 

 

「ノッコを無罪放免はできないが、罰を与えるとトロフィーストリートに悪影響が出てしまうからと……」

 

「うん、そんな感じ」

 

 ひとしきりの説明を終えた女王は、ドリンクパックに口を付けた。

 艶やかな唇が吸い口に触れる様に思わず目が吸い寄せられる。

 喉を潤した女王は、どこか疲れた調子で続けた。

 

「ノッコは厳密にはフィレンの父ビルカンのトロフィーなんだけど、彼はもう居ないからね。

 暫定的にフィレンのトロフィーって事にして、彼の敗北で君に権利が移った形にする」

 

 氏族的には俺のトロフィーとなる事がノッコへ罰を下したという落し所であり、元よりトロフィーの身の上なので過剰に処罰されたとトロフィーストリートの人々を刺激する事もない。

 俺の心情以外は、当たり障りのない裁定であった。

 ちなみにフィレンの心情は斟酌されない、負けた以上はそんな権利もないのだ。

 

「……俺はトロフィーは欲しくないんですけど」

 

 欲しいトロフィーは貴女だけだとは、まだ言えない。

 俺の返答に女王は困ったように眉を寄せる。

 

「知っての通り、彼女は強いよ?

 良い子が産まれると思うんだけど」

 

 俺はわずかに息を呑んで肚をくくると、心の丈を乗せた言葉を発した。

 

「俺が子を産ませる相手は貴女が良いです」

 

「うーん……ここが空いてればそれで良かったんだけどねえ」

 

 膨らんだ下腹をさすりながら言う女王陛下。

 そういう事ではない、そういう事を言ってるのではないのだが、オークという種族的には俺のセンスの方がずれているとは自覚している。

 覚悟を決めた告白はオーク的に回りくど過ぎたようで、陛下に全然響いていなかった。

 ぷしゅーと気力が抜けていくのを感じながら、となりのノッコに尋ねる。

 

「あんたの方はどうなんだ、ノッコ。

 それでいいのか?」

 

 ノッコは物欲しげに吸っていた空のドリンクパックをテーブルに放り出すと、ごく平静な表情で俺を見上げた。

 

「私があなたの下に行く事でフィレンが降格で済んだんだから、別に構わない」

 

「こっちはこっちで息子第一かい……」

 

「まあ、あなたはビルカンにはまだまだ及ばないにしても、『夜明け(ドーン)』を受け継ぐだけの事はある良い戦士。

 フィレンが独り立ちしたら、あなたを一番にしてもいいよ」

 

「結局そういう価値観なのね、フービットも……」

 

 ロマンチックが通じない。

 ローマなんて国は何万年も昔に滅びさって久しいから、最早時代遅れなのか。

 

「氏族の未来を受け継ぐ強い子を作って欲しいのは本当だけど、まあ急ぐことでもないさ。

 ノッコの身柄をカーツに預けるのはペナルティってだけじゃない、本命は別にある。

 君は彼女を戦力として使って欲しいんだ」

 

「戦力に? 確かにノッコの腕前は大したものだと思いますが、トロフィーを戦力に使っていいんですか?」

 

「そこだよ!」

 

 女王は意気込んで大きく頷いた。

 豊かすぎる爆乳も、たぷんとひとつ跳ねる。

 

「ノッコが戦力としてお手伝いができるって示せば、トロフィーを顧みないオーク達の意識改革ができると思うんだ。

 他の仕事を任せる者も出てくるかもしれない」

 

「……トロフィーに武器を渡すのを危険視する方が多そうですけど」

 

 トロフィーは攫われてきた者達だ、基本的にオークに対して敵意や恨みを抱いている者ばかりである。

 俺の指摘に女王はわずかに目を逸らした。

 

「ま、まあ、彼女は特殊な例ではある……言ってみれば、フィレンの身柄がノッコへの人質になっているようなものだしね。

 それでも、トロフィー達に何か仕事を任せるって意識を氏族の皆に持たせる第一歩になると思う」

 

 ひとつ咳払いして仕切り直し、女王は続けた。

 

「現状、トロフィーの制度はガタガタで、彼女たちは日陰の状態にされてきた。

 氏族内の意識改革が必要なんだ、ボクとピーカだけを大事にする状態じゃ先が続かない」

 

 熱弁を振るう内にずり落ちかけた黒いフレームの視覚強化デバイス(眼鏡)を掛け直す。 

 

「トロフィー達の状況、氏族からのトロフィーへの態度、それぞれを改善していきたいんだ、ボクは。

 先々を考えるなら、クイーンが居ない世代に備えないといけない」

 

「俺がノッコを使う事で、オーク側にはトロフィーを有効活用しようという気にさせ、トロフィー側にはこういう働く道もあると示すわけですね……」

 

 面倒くさい身の上のノッコを引き取らされるだけかと思いきや、氏族の未来の形に関わる重要な役割のようだ

 こうして直々に招かれてお言葉を賜わるほどに陛下に期待されていると思えば、意気込みも増す。

 

「了解しました、ノッコを預からせていただきます」

 

 俺の返答に陛下は美貌をふにゃりと緩ませて微笑まれた。

 童顔気味の女王がそんな表情を浮かべると、少女めいて愛らしい。

 思わず凝視してしまう俺に、女王は微笑みながら続けた。

 

「フィレンは君に『夜明け(ドーン)』の譲渡を迫ってたから、その代価がノッコの身柄という事になる。

 本当なら『争点(イシュー)』の権利が君に譲渡されるんだけど、あの機体、ちょっと直せそうにないって話でパーツ取りになっちゃうんだ」

 

「あぁー……」

 

夜明け(ドーン)』の腕がぶっ刺さり、素人目にもえらい事になっていた『争点(イシュー)』の姿を思い出す。

 そもそも部品の定期的な入荷などできないオーク氏族のマシンは共食い整備が前提だ。

 今回の『争点(イシュー)』ほどぶっ壊れてしまえば、予備パーツ送りになっても仕方がない。

 

「『争点(イシュー)』の部品で『夜明け(ドーン)』は完全に修理できるって話だから、そこは安心して欲しい。

 ただ、ノッコをトロフィーとする件はボクからのゴリ押しでもある。

 だから、他に褒賞をあげよう。

 君が鹵獲してきた輸送船、あれをトーン09として君の分隊に配備する」

 

「お待ちください、自分の舎弟だけでは二隻目の船までは手が回りません」

 

「わかってるさ、そこは人員を出すから安心してくれ」

 

 俺は腕組みをすると、鹵獲した輸送船をトーン09として運用する方向性について頭を巡らせた。

 あの船は護衛の戦闘機を発進させていた。

 つまり、貨物区画以外に戦闘機の格納庫をあらかじめ内蔵しているという訳だ。

 護衛機の数が少なかったので、格納庫に搭載できる戦闘機は一機か二機といった所だろうが、密閉式のきちんとした格納庫がある船である以上、整備も可能だ。

 

 俺の手持ちの船トーン08は四機の戦闘機を運搬、展開する能力があるが、実の所「運搬」でしかなくて「運用」とは言い難い。

 本来は貨物コンテナを吊り下げるはずのコネクターを無理やりドッキングポートとして使用しているため、機体が宇宙に野晒しになったまま運搬しているのだ。

 流石にこの運搬方法では移動中の整備などできないので、戦闘機が損傷すれば氏族船に戻って修理する必要があった。

 トーン08を前衛役として戦闘機を高速展開させ、トーン09は後衛で移動修理基地としての役割を受け持たせる、こういう運用ならいちいち氏族船まで修理に戻ってこなくても長期の略奪行が実行できるだろう。

 悪くない。

 

「承知しました、トーン09を受領いたします」

 

「うん、後で船長に任命した者を君の所に挨拶に行かせるよ」

 

 話が纏まり、女王は気の抜けた笑顔と共にドリンクパックを吸う。

 白い喉が動く様から目を離せなかった。

 

 

 

 

 女王陛下の私室を辞し、鋭い目つきのオークナイトに見送られながら一般区画へと戻っていく。

 並んで歩くノッコは、俺を見上げると小さく首を傾げた。

 

「それで、あなたの事は何と呼べばいい? マスター? ご主人様?」

 

「いや、それは勘弁してくれ。

 名前でいいよ」

 

「それだと周りに示しが付かないよ、旦那様」

 

「……様もいらないな、なんだかこそばゆい」

 

「判ったよ、旦那」  

 

 ノッコはちょこちょこと動いて俺の前に回り込むと、愛らしく整った顔に満面の笑みを浮かべた。

 

「私を組み伏せれるなら、本当にあなたのトロフィーになってあげてもいいよ。

 フィレンの弟を作る?」

 

「からかうな、俺は子を作るなら陛下がいいんだ」

 

 ノッコは喉の奥で笑うと、俺の腕を取った。

 身長差から腕を組むというより腕に抱き着くような姿勢になり、囁く。

 

「本当にトロフィーにしたいのは、女王様なんでしょ?」

 

「お前……!」

 

「バレバレだよ、あんな目で見てれば」

 

「陛下もお気づきに……?」

 

「気付いてないんじゃないかなあ、オークに獣みたいなギラギラした目で見られるのは女王様からすればいつもの事だろうし」

 

 俺は身をかがめると、秘めた大望を見抜いたノッコに視線を合わせ、睨みつけた。

 

「誰にも言うんじゃないぞ」

 

「言わないよ、でも、手を貸してあげる。 あなたが手柄を立てて特大のトロフィーを手に入れるために。

 代わりに、私にも協力して?」

 

「お前に協力? フィレン絡みか?」

 

「うん、兵卒になったフィレンをあなたの舎弟に引き入れて欲しい。

 そうすれば、傍で鍛えてあげられるから」

 

「あいつを舎弟にか……」

 

 血筋などを考慮せずに能力だけで言うならば、フィレンはオーク戦士としては物足りないが、並の兵卒は軽く上回っている。

 船が増える以上、人員の増加も認められるだろうから、そこで新しい兵卒として舎弟に迎えるのは悪くない。

 問題は元オークナイト様がその扱いに堪えられるかだが。

 

「甘やかして、また操縦をかっぱらったりしないよな?」

 

「しないよ、厳しく躾ける、フービット流で」

 

「ほう」

 

 フービット流の教育プランには興味を惹かれるものがある。

 そもそも、俺は系統だった教育を受けた事がないのだ。

 俺の持つ知識は培養豚(マスブロ)として焼き付けられたものか、自己流で詰め込んだものばかり。

 

「フービット流の教育、面白そうだな。

 俺も受けたいが、いいか?」

 

 ノッコの青い瞳がぎらりと光った。

 

「いいよ、びしばし鍛えたげる。

 ……自分で育てた男に組み伏せられるのも、悪くないし」

 

「俺はグラマラスな女性にしか惹かれないので……」

 

 ノッコはニコニコと笑ったまま、小さな拳を俺の脇腹に撃ち込んだ。

 

 

 

 

 数日後、ダークグリーンの氏族カラーに塗り直された鹵獲輸送船改め、トーン09のブリッジで俺はぽかんと口を開けていた。

 

「トーン09の船長を拝命しました! ピーカ・タニス・トーン=テキンです!」

 

 そっくり返らんばかりに体格不釣り合いな胸を張り、ご満悦で名乗りを上げる姫様をしばし見つめた後、俺は通信機に飛びつき女王へのコールを連打した。  

 




ここまでで、ファーストシーズンの終了となります。
設定や用語の多い話なので、自分の覚書も含めて簡単な用語集をまとめてから次のシーズンを開始いたします。
今後ともスペースオークをよろしくお願いいたします。


UAとお気に入りが凄い数になってて、宇宙猫な顔によくなっています。
ありがてえ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《付録》スペースオーク設定覚書

君たちに最新情報をお届けしよう!
今回は別に読まなくても支障はありません。



・主要人物

・カーツ

 トーン=テキン氏族の若き戦士。

 元々は他部族から回収された培養豚(マスブロ)の出身であり、氏族内の戦士階級から侮られている。

 培養豚(マスブロ)特有の知識焼き込みに加えて、21世紀の地球人の知識を持たされている。

 そのため、21世紀人に近い感性を持つが根っ子の所はオークであり、いざという時の蛮行には迷いがない。

 自らの立場と種族を客観的に分析した結果、学び続けるしかないと決意しているが、やはり根っ子がオークであるため自分が思っているほどインテリになりきれてない男。

 氏族の太母である女王に懸想し、我が物にする野望を秘めている。

 オーク社会ではオーククイーンは子を為す事が義務と言ってもよいため、想い人が自分以外の男の子を孕み続けている状況に絶賛脳破壊中。

 ダメ押しの一手を繰り出す時に必殺技めいたシャウトを上げるが、テンションが上がりすぎて口をついた妄言であり、本人も何を叫んでいるのかよく判っていない。

 

・マルヤー・キスカ・トーン=テキン

 トーン=テキン氏族の女王、オーククイーン。

 彼女の誕生でトーン=テキンは爆発的な成長を開始したが、同時に明確に路線変更が行われてしまった。

 個人崇拝に近い現在の氏族の有り様を憂い、かつての状態に戻そうと苦心している。

 白銀の髪をウルフカットに纏め、眠たげな金の瞳とメートル超えの爆乳を持つ銀河屈指の美女。

 氏族への愛と責任感が大変強く、政務と女王としての務めに日夜努力しているが、そのため慢性的な睡眠不足に陥っている。

 氏族の誰からも愛を向けられる事に慣れているが、それはオーククイーンの特性ゆえと理解している。

 その為、カーツがマルヤーの人格そのものへ敬意と愛情を向けているとは気付いていない。

 原種の地球系人類(アーシアン)換算の年齢だと20代後半くらいの年頃。

 

・ピーカ・タニス・トーン=テキン

 マルヤー女王の娘、次代の女王、オークプリンセス。

 誕生確率が極端に低いオーククイーン自らが生んでしまった次世代のオーククイーン。

 天文学的な確率の下で誕生しており、生まれついてジャックポットを引き当てたとも言える。

 氏族全体から過大な愛を注がれているお姫様育ちで、好き勝手に振る舞っているように見えるが、我欲による我が儘は行わっていない。

 彼女の行動方針は幼いなりに上に立つ者としての立場を意識したもので、ノブリス・オブリージュの第一歩とも言える。

 この思考法は誰から教わったものでもなく、日夜氏族の為に尽くす母を見るうちに自然と発生した考え方である。

 長い白銀の髪と猫を思わせる金の吊り目、成長途上の身長とは裏腹に立派に育ったバストを持つ美少女。 

 人生で初めて出会った「自分を敬うが愛さない男」であるカーツに対しては、明確に自分のものにしようという執着が芽生えている。

 体型バランスのイメージは雌ド〇フ。

 

・「残り火」のノッコ

 宇宙戦闘種族フービットの傑出した女戦士。

 優れた戦士であったオークナイト・ビルカンにトロフィーとして捕らわれ、彼の子であるフィレンを産んだ。

 自分を屈服させた強き戦士であるビルカンを最大にリスペクトしており、彼が亡き後もその遺命を護って息子には最低限の接触しかしなかった。

 フィレン自身からの協力の要請があったため全力で手を貸した結果、カーツのトロフィーに納まった。

 強さを重視する点でオークに似た価値観を持っており、亡き主ビルカンへも愛情というよりは尊敬に近い感情を抱いていた。

 実は、フービットの中では相当に温厚で大人しく、面倒見が良い方である。

 二つ名の「残り火」は、ひたすら喧嘩っ早い同族が暴れ倒した後の残敵掃討を(誰もやらないので)受け持っている内に呼ばれるようになった。 

 体型バランスのイメージはハー〇ィン。

 

・フィレン

 オークナイト。ノッコの息子。

 プライドが高い割りに能力が伴っていないという典型的なオークナイト。

 多大な戦果を打ち立てた後に戦死した父を尊敬しているため、父の愛機を与えられたカーツを妬んでいる。

 ノッコについては自分より強いだろうという漠然とした認識は持っていたが、父方の教育を重視する(というよりも普通は母方は教育を行ってくれない)オーク文化が念頭にあった為、教えを乞うことはなかった。

 カーツに敗北後、フィレステーキになりかかった挙句にメディカルポッドで漬け込まれ中。

 

・ボンレー

 カーツよりも年上だが、彼の副官役を勤める舎弟。 

 ナイスミドル系のイケオジ声な強面中年オーク。

 中年まで戦場で生き延びている事は彼の非凡さを表しており、カーツも頼りにしている。

 甘党で下戸。

 

・ベーコ、フルトン、ソーテン

 カーツの舎弟の兵卒。

 馬鹿ん子揃いだが全員培養豚(マスブロ)であり、戦闘機パイロットとしての技量はそれなりに持っている。

 ノッコがドリルインストラクターとなったフービット式スペースブートキャンプで地獄を味わう。

 

・トーロン

 オークテックの腕利きメカニック。

 怠惰な人物の多いオークテックの中では珍しく勤勉なタイプ。

 カーツに信頼され愛機の整備を任されている。

 映画好き。

 

・ポーロウ

 オークテックの長老。

 広い知識を持ちオークテック達から頼りにされている。

 現在の氏族の体制を快く思っていない。

 酒好き。

 

・ジョゼ

 トロフィーストリートの住人。 地球系人類(アーシアン)

 ピンクの髪をポニーテールに纏めたバランスの良いスタイルの美女。

 気が強く面倒見もよいが、戦闘的なスキルは全くない。

 彼女を捕獲したオーク戦士はすでに戦死しており、宙ぶらりんな立場になっている。

 

・アグリスタ=グレイトン

 宇宙国家のひとつ、神聖フォルステイン王国に所属する宇宙騎士(テクノリッター)

 全身鎧めいた重サイボーグの体を持つが、面貌の下には生身の頃をモチーフにした美貌が作られている。

 カーツとの決闘に破れたが辛うじて生存、部下に回収された。

 宇宙騎士(テクノリッター)は国家所属の財産とも言える存在であり、ぶっ壊された彼女の体のレストアには税金が投入された。

 大変な金額の血税が消費されてしまった為、立場が危ぶまれ宇宙姫騎士ハードとなっている。

 

 

 

・種族

地球系人類(アーシアン)

 はるか遠き母なる星から発生した宇宙人類の総称。

 今となってはほとんどが宇宙に対応するための遺伝子改造を受けているが、原種とさほど変わらない人種はノーマルか地球系人類(アーシアン)と称される。

 目立った改造がなくとも、寿命が200年くらいになっている。

 

・オーク

 宇宙における兵士の種族として遺伝子改造の末に誕生した強化人類(エンハンスドレース)

 標準身長2メートル前後で屈強な戦士の体格を持つ。

 葉緑素ベースのナノマシンが含まれた緑色の肌と酸素吸入に優れた豚っ鼻が特徴。

 筋力、敏捷性、耐久力に優れ、その肌は対人兵器など物ともせず、宇宙空間でも30分は生存可能と宇宙兵士の理想とも言える存在だが、その代償の如く頭が悪い。

 培養槽から誕生する原種と、他種族の母胎から産まれる一般オーク、オーククイーンを母とするオークナイトに大別される。

 氏族を維持する事と、戦士として生きる事が存在意義として刻まれており、一面において誇り高いが、略奪、殺戮、強姦も辞さない宇宙蛮族である。

 寿命は300年くらい。

 

培養豚(マスブロ)

 培養槽から誕生する原種オーク。

 母方の遺伝子情報を付与された一般オークやオークナイトに身体性能では若干劣るが、培養槽で脳に知識をインストールされているため、産まれながらに一定の戦闘スキルを持つのが特徴。

 

・一般オーク

 他種族を母とするオーク。

 母方種族の遺伝子情報を付与されているため、培養豚(マスブロ)よりも肉体は高性能。

 父親が教育を受け持つのがオークの常だが、頭の良くないパパオークに育てられると息子オークの教育は大抵穴だらけになってしまうため、残念な個体が多い。

 

・オークナイト

 オーククイーンを母とする強力な肉体を持つオークだが、一般オークと同じ教育上の問題を抱えている。

 オーククイーンの血筋を誇り、他の一般オークもクイーンのカリスマ性から彼らの優位を認めてしまうため、氏族内に秘かに蔓延る癌となってしまっている。

 実際の所は母体がクイーンである以外は一般オークと変わらず、オークナイトという美名は血筋を誇る称号にすぎない。

 

・オーククイーン

 戦士としての安定性のため男性しか産まれないよう遺伝子デザインされているオークから発生した突然変異種の女性個体。

 成体の身長は170センチ前後で、非常にグラマラスなボディスタイルが特徴。

 白皙の肌をしており、オーク特有の葉緑素系ナノマシンは本人の意志や感情の高ぶりによって起動しトライバルタトゥーのように全身を彩る。

 男性のオークに対して異様ともいえるカリスマを発揮するが、多様な遺伝子が結実したその容姿は他種族から見ても美女と映る。

 オークにとって最高の母胎と見なされている。

 

宇宙騎士(テクノリッター)

 地球系人類(アーシアン)を限界まで改造したサイボーグ戦士の総称。

 製造と運用に凄まじいコストが掛かるが、戦闘能力はせいぜいオーク戦士と互角程度。

 余りにもコストパフォーマンスが悪い存在であるが、あくまで地球系人類(アーシアン)としての枠を捨てずに強化人類(エンハンスドレース)に対抗したい人々にとって、最後の切り札である。

 

・フービット

 宇宙戦闘機パイロット専任として作られた強化人類(エンハンスドレース)。 火花の宇宙小人。 

 強烈なGに耐えつつも圧倒的な反射神経を持つ小さな体が特徴。

 アドレナリンが分泌した際の戦闘思考速度は他の人類をはるかに超え、瞬時に複雑な機動演算をこなす事ができる。

 また、非常に目的意識が強く、一度狙いを定めたら撃墜するまで追い続ける。

 この特性と宇宙戦士としてデザインされた強い闘争心が組み合わさった結果、とんでもなく喧嘩っ早いという種族特性を得てしまった。

 肩がぶつかる、些細な悪口を言われるなどの切っ掛けから、瞬時に激発し相手を抹殺に掛かる狂犬染みた種族と多種族からは認識されている。

 本人達としてはその高速思考から「相手を始末しなくてはならない理由」を弾き出しているのだが、説明もせずに一足飛びに攻撃したようにしか見えないため、他種族からは理解されない。

 火花の如し生き様からか、火にまつわる二つ名を付ける風習がある。

 余りにも喧嘩っ早くてどんどん若死にするため、滅びつつある戦闘種族。

 寿命は300年ほどと推測されているが、老衰で死んだフービットは確認されていない。

 

 

 

 

・用語

腕付き高機動機(アーモマニューバ)

 メインスラスター以外に複数の武装内蔵のフレキシブルスラスターを装備した宇宙戦闘機。 

 凄まじい運動性能を誇り、他の戦闘機を圧倒するが操縦は難しく、戦闘可能時間も短い。

 オークからは「殴り始める者(ブートバスター)」、宇宙騎士(テクノリッター)からは「決闘機(ジョスター)」という愛称で呼ばれる。

 この機体を与えられる事は戦闘種族にとって、名剣を授与されるが如き誉れである。

 

通常型戦闘機(ローダー)

 特殊な機構を持たない宇宙戦闘機の総称。

 バランスに優れているため、あえてこのタイプを好む戦士も数多い。

 三角形のデルタ型デザインがもっとも普及している。

 

・バレルショッター

 通常型戦闘機(ローダー)を砲撃仕様に改造したカスタム機。

 推力と火力を補うキャノンユニットが追加されており、安直な戦力増加に繋がるが運動性は低下している。

 

・トロフィー

 オーク戦士が戦場で捕獲した女性の総称。

 基本的にオーク戦士の好みは「強い子を産めそうな強い女」であるため、何らかの強さを示した相手である事が多い。

 ちなみに「近寄らないで、この豚!」と気丈に言い続けてしまった為に捕まったジョゼのようなパターンもある。

 

・銀河共用語

 ギャラクティッシュ。 宇宙で広く使われる共用言語。

 大きく変容した英語の末裔である。

 

ガガーリン暦(カレンダリウム・ガガリウム)

 初めて宇宙に出た地球系人類(アーシアン)の足跡を基にした共用暦。

 

跋折羅者(ステラクネヒト)

 個人営業の宇宙傭兵の一種。

 自己顕示欲が肥大化した自殺志願者の巣窟。

 以下、簡単なステラクネヒトになる方法。

 

 個人用の宇宙船を手に入れよう! 戦闘機がいいけど無いなら宇宙スクーターでもいいぞ!

 機体を手に入れたら魂の赴くままにド派手に塗ったくろう! 目立つことしか考えるな! ステルス性? そんなものは投げ捨てろ!

 自分のテーマ曲を用意しよう! 魂を震わすご機嫌なサウンドで周囲を魅了するんだ! 自作曲もいいね!

 

 上記の準備を行い、全方位に通常通信で己のテーマ曲を最大出力でがなり立てながら戦場に飛び込むのが跋折羅者(ステラクネヒト)である。

 当然死ぬ、凄くよく死ぬ。

 その上で極々稀に生き残って、異常な戦果を叩き出す本物のキチガイが存在する。

 自ら跋折羅者(ステラクネヒト)を名乗る頭のおかしい奴は、気の狂ったレベルの腕利きか、一度も戦闘に出たことの無いひよこ以下のルーキーのどちらである。

 極少数の成功者の存在が余りにも輝かしいため、跋折羅者(ステラクネヒト)を気取って戦場に出て帰ってこない若者は後を絶たない。

 

宇宙傭兵(マーク)

 特筆すべきところのない普通の傭兵の総称。

 戦闘機一機を所有するのみの個人営業から、星間国家を股にかける傭兵企業まで規模は様々。

 大抵の傭兵は何らかの軍事トレーニングを受けているため、跋折羅者(ステラクネヒト)ほど技量のばらつきはない。

 どちらにしても、カタギの稼業ではないが。

 

 

 

・トーン=テキン英雄列伝(ほぼ与太話)

聖王(サン)ゲイン

 トーン=テキンの先代王、オークキング。

 銀河に轟くその豪腕でトーン=テキンを一大勢力にまで育て上げ、聖王(サン)と讃えられた。

 氏族にオーククイーンが誕生した事を天命と受け取り、己の得た全ての財貨と王位を幼き姫に譲り渡した。

 姫を支えるべく氏族内の反対派を叩きのめし、現在の体制へ強制的に移行させた。

 女王として実権を握った現在のマルヤーを悩ませている諸問題は、大体このおっさんに起因する。

 輝く銀河棍棒(サイリウム)の振るい手。

 マルヤーちゃんファンクラブ第1号。

 

・怒声のアグウル

 聖王(サン)ゲインの親友であり、終生のライバル。

 時代が違えば、彼もまたオークキングの座を得ていたであろう傑物。

 魂を震わせる彼のウォークライは敵に恐怖を、味方に勇気を振りまいた。

 聖王(サン)ゲインの銀河棍棒(サイリウム)が輝く所、必ず彼の合いの手が響き渡ったという。

 マルヤーちゃんファンクラブ第2号。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

運営費を削る事への教訓

続きよー


SIDE:基地司令 コスヤン=トロコフ

 

 マイネティンという星系がある。

 白く眩い光を発するB型恒星が主星を勤め、2つの巨大ガス惑星(ガスジャイアント)と3つの巨大氷惑星(アイスジャイアント)に無数の小惑星(アステロイド)を従えていた。

 地球系人類(アーシアン)の母なる星に比べるといささか大きく派手な主星の光は強烈で、生命発生に適したハビタブルゾーンは狭く、その中に手持ちの惑星は含まれていない。

 居住に向いた惑星がなく周囲の星間国家とも距離がありすぎる為、移民は見送られた星系であった。

 

 だが、無意味な星系と言う訳では無い。

 人の営みの地には相応しくなくとも、大量の小惑星は様々な資源を内包した宝の山だ。

 複数の星間国家を股に掛ける大企業ハイヤムインダストリーは、この辺鄙な星系を鉱山として目を付けた。

 

 そもそもこの星系の名は鉱山を意味するMineに長ったらしい識別番号の最後の三文字「E10」をくっつけて捩ったものが語源である。

 50年前にハイヤムインダストリーの子会社ハイヤムマイナーズが小さな採掘基地を建設してから、マイネティンは鉱山星系として少しずつ発展してきたのだ。

 マイネティンを巡る小惑星帯の中にちんまりと建てられた採掘基地のコロニーは、 今や巨大工場にまで膨れ上がり、星系内に多くの採掘用作業宇宙機(ディグダッグ)を送り出す拠点となっている。

 採掘される各種の重金属はハイヤムマイナーズ全体の業績の内、2割にも達する程の利益を上げるに至った。

 その売り上げのほんの少しをちょろまかすだけで、採掘基地の司令はポケットを十分に潤す事ができたのだ。 

 

 それなのに。

 

「3番プラントとの通信断絶! 状況確認できません!」

 

「居住区画に被弾! 隔壁下りません、エア流出中!」

 

「格納庫で火災発生! 採掘宇宙機(ディグダッグ)、出せません!」

 

 管制室のメインモニターには、突如として飛来した戦闘機部隊による被害状況が羅列されていた。

 矢継ぎ早の凶報が管制室に響き、司令席に座る痩せぎすの中年男コスヤン=トロコフを急かす。

 なんとかしなければ、基地司令として何か命令を出さなければ。

 

 できるはずがない。

 

 トロコフに荒事の経験などない。

 彼は軍人でもなければ、喧嘩慣れした鉱夫でもない、まして宇宙就業者(スペースマン)ですらない。

 天下りでハイヤムインダストリー上層部から基地司令の座に納まり、採掘される潤沢な富の一端を貪る寄生虫。

 それがコスヤン=トロコフという男である。

 

 社内政治でライバルを蹴落とす事は得意でも、単純な暴力の前には為す術もない。

 トロコフにできる事は、本業に押し付ける事だけだ。

 

「せ、セーフンドカンパニーを出撃させろ!

 こういう時の為に雇ってるんだろう!」

 

「もう出撃してます!」

 

 用心棒に雇った傭兵部隊はすでに展開していた。

 それにも拘わらず、採掘基地の被害が広がっていく事にトロコフは苛立ちを隠せない。 

 

「何をやってるんだ、あいつらは!

 高い金払ってるのに!」

 

 高い金というのはあくまでトロコフの視点からである。

 傭兵部隊セーフンドカンパニーが受け取る賃金は、相場よりもかなり値切られていた。

 

 ド田舎の星系マイネティンは採掘基地建設以来、海賊の襲撃を受けた事がない。

 それは、歴代の基地司令官が海賊の裏をかくように輸送ルートを慎重に指示していた事と、十分な防衛部隊の配備によるものだ。

 だが、社内政治力を利用して司令官に着任したトロコフはそれら不可視の成果を上げていた労力を、無駄と切り捨ててしまった。

 上手く回っているのだから余計な出費は勿体ない、その分も自分の財貨に入れてしまえばいい。

 トロコフはライバルを蹴落とす事はできても、組織を運用する事はできない男であった。

 

 採掘した重金属を載せた輸送船は効率重視のあからさまに目立つ航路を指示され、雇われていた傭兵部隊の多くは解雇された。

 少々懐事情の寂しい傭兵部隊であったセーフンドカンパニーは、足元を見られる形で安上がりに雇われ、案山子の役割を押し付けられている。

 海賊が襲って来るのも当然という杜撰な防衛状態であった。

 

 管制室に詰めるオペレーター達が司令に注ぐ視線は冷たいが、中年に至って初めて生命の危機を味わっているトロコフには気にする余裕などない。

 

「えぇい、なぜ私が司令の時に海賊など……」

 

護衛艦(フリゲート)ターライ、大破! 戦闘不能です!」

 

 苛立たし気なトロコフの呟きをかき消すように、セーフンドカンパニー唯一の戦闘艦が無力化された報告が響いた。

 

 

 

 

SIDE:傭兵隊長 シグルド=セーフンド

 

「畜生っ! 何てことしやがるっ!」

 

 自分の家であり商売道具でもある旧式護衛艦(フリゲート)ターライの船腹を対艦レーザーでぶち抜かれ、セーフンドは思わず罵声を上げた。

 

「ターライを下げろ! 対空砲火はそのまま! クソ野郎どもは俺が墜とす!」

 

 通信に怒鳴りつけながら、セーフンドは乗機を急角度で旋回させた。

 敵機はダークグリーンのカラーリングを施された、三機のバレルショッター。

 互いの機体の位置を上手く入れ替えてターライを翻弄しながら、チャージの終了した大口径対艦レーザーを放っている。

 

 30メートル級の戦闘機にはオーバーサイズ過ぎる大型レーザー砲は戦艦クラスの装甲をも貫く、強力な武器だ。

 戦闘艦とはいえ足回りの良さを重視した護衛艦(フリゲート)では、あれに何発も耐えられない。

 セーフンドの指示に従って、ターライは基地へと後退を開始する。

 傷ついた獲物を追い立てるが如く、三機のバレルショッターはターライに纏わりついていた。

 

「させるかよ、手前ら!」

 

 セーフンドは怒声と共に愛機を切り込ませた。

 重武装を施したバレルショッターに対してセーフンドの機体は通常型戦闘機(ローダー)のティグレイ。

 ノーストリリカル・スターワークス社が開発した汎用通常型戦闘機(ローダー)だ。

 安価ながら、どのような用途でも「使えなくはない」程度には使える汎用性を持つ安物マルチロール機である。 

 セーフンドカンパニーをはじめ、安くて使い勝手の良いこの機種を愛用する傭兵は多い。

 どこを切っても中の下から中の中くらいの性能しかないティグレイだが、大きな砲を背負って運動性の低いバレルショッター相手の格闘戦なら、こちらが有利だ。

 

「うちの船を傷つけやがって! 慰謝料払えるんだろうなあ!」

 

 平べったい機体が激しく噴射炎を吐きながら旋回、バレルショッターの後ろに付ける。

 三角形の編隊を組んでいた敵バレルショッター隊は一機の背後を取られたと見るや、素早く対応した。

 他の二機が鋭く旋回し、クロスファイアのパルスレーザー機銃を浴びせてきたのだ。

 

「やるな! だが甘い!」

 

 セーフンドのティグレイは機体をロールさせて十字砲火を躱しながら、ターゲットをロックした。

 

「墜ちやが……っ!?」

 

 トリガーを引こうとした瞬間にティグレイの右舷でパルスレーザーの光が爆ぜる。

 新手だ。

 

「くそぉっ!」

 

 瞬時に攻撃を諦め機首を跳ね上げてコース変更を行ったセーフンドの対応速度は、十分腕利きと言って良いレベルだ。

 大きくコース変更したセーフンド機を掠めるように銀の影がフライパスしていく。

 右舷の損傷が致命的で無い事を確認したセーフンドは、不意を打った新たな敵をモニターに拡大した。

 敵機もまたティグレイ型であった。

 

 安物とはいえメーカー純正品のセーフンド機とは違い、継ぎ接ぎだらけの寄せ集め。

 銀の色は塗装ではない、地金剥き出しの金属の色だ。

 継ぎ接ぎの黒い溶接跡が縞模様のように這い回っている様に、セーフンドはハリボテの虎という印象を受ける。

 

「ふざけるなよ、ポンコツが!」

 

 必殺のタイミングを邪魔されたセーフンドは怒声と共にスロットルを吹かし、『継ぎ接ぎ』のティグレイを追った。

 あちらはエンジンすら拾い物なのか、加速度はこちらの8割もない。

 不意打ちこそ食らったが、まともにやりあえば楽に落とせる。

 その計算が、三機のバレルショッターよりも『継ぎ接ぎ』を墜とす事を選択させた。

 

 『継ぎ接ぎ』は水平に二発搭載されたメインスラスターを吹かせると、対空砲火を行うターライを迂回するコースで採掘基地へと飛翔する。

 

「基地を狙う気か? これ以上やらせん!」

 

 バレルショッターの砲撃で、すでに基地には被害が出ている。

 さらに損害が嵩むようなら、あのドケチ司令が何を言い出すか判ったものではない。

 

 だが、『継ぎ接ぎ』の狙いは基地ではない。

 襲撃に動転し、基地へと必死で飛ぶ採掘宇宙機(ディグダッグ)が獲物だ。

 スラスターとマジックアームを取り付けたドラム缶とでも言うべき不細工なデザインの採掘宇宙機(ディグダッグ)の推力は悲しい程低く、ジャンク品ながらも一応戦闘機の『継ぎ接ぎ』とは段違いのスピード差があった。

 すれ違いざまに放たれたパルスレーザーが、採掘宇宙機(ディグダッグ)が牽引していた鉱物コンテナを射抜く。

 弾けたコンテナから、掘り出したての原石が四方へばら撒かれた。

 

「ぬおっ!?」

 

 投網のように広がった精製前の鉱石片を、セーフンドは必死で機首を返して躱す。

 いきなり目の前にスペースデブリが出現したようなものだ。

 高速の戦闘機が突っ込めば、自らの速度で破片が砲弾の如く食い込んでしまう。

 

「なんて真似しやがる!」

 

 思わず怒鳴るセーフンドを尻目に、『継ぎ接ぎ』は次々に周囲の採掘宇宙機(ディグダッグ)を狙った。

 本体は墜とさず、コンテナのみを破壊する。

 たちまち周囲に濃密な即席デブリ空間ができあがってしまった。

 

「あっぶねえ!」

 

 セーフンドは愛機にブレーキングを掛けながら、センサーの感度を一杯に上げる。

 こんなに障害物だらけではドッグファイトなどできようもない。

 そう判断する彼は腕利きではあるが、まともで普通な域を出ない、並の傭兵だった。

 気狂いの類は違う。

 

「正気か!?」

 

 鉱石片が転じたデブリの向こう、基地へ向かって飛び去るかと思われた『継ぎ接ぎ』が反転していた。

 突っ込んでくる。

 衝突の火花は上がらない。

 ごくわずかなヨーを当て、デブリの隙間を抜けてくる。

 デブリは止まってはいない、巻き散らかされた瞬間に与えられたベクトルのまま、各破片てんでバラバラに動いているのだ。

 ぬるりとした『継ぎ接ぎ』の動きは、それらの破片の向かう方向を瞬時に見極めていなければ実行できない。

 神業を前に唖然としてしまったセーフンドに向けて、『継ぎ接ぎ』は機首に搭載した二丁のパルスレーザー機銃を放った。

 

「うっ、うおぉっ!?」

 

 赤い光を前に正気付いたセーフンドは、機首を返したままスラスターを吹かす。

 被弾しながらもセーフンドのティグレイは『継ぎ接ぎ』の射線から逃れた。

 本来機首に二丁、左右の翼端にも一丁ずつの計四丁搭載されているはずの機銃が半分しかなかったお陰で、致命傷にならずに済んだ。

 セーフンドを追い払った『継ぎ接ぎ』は、見せつけるかのようにデブリの中でターンすると再び基地へと飛んでいく。

 追うには『継ぎ接ぎ』の真似をしてデブリ帯に突っ込むか、大回りするしかない。

 しかも、コンテナと同時にスラスターを撃ち抜かれた採掘宇宙機(ディグダッグ)達が泣き喚きながらSOSを発している。

 

「悪辣な真似を……!」

 

 採掘宇宙機(ディグダッグ)を半壊で済ませたのは慈悲ではない。

 傷つき助けを求める者をその場に残して、こちらの気を逸らそうという心理攻撃だ。

 

「えぇいっ、救助は後だ、畜生めっ!」

 

 助けてやりたいのは山々だが、今はそれどころではない。

 『継ぎ接ぎ』は基地に向かっているし、三機のバレルショッターも健在なのだ。

 この時、セーフンドは『継ぎ接ぎ』に「誘われた」と直感的に悟った。

 

「いかんっ!」

 

 完全にフリーにしてしまった三機のバレルショッターを振り返るが、すでに遅い。 

 フルチャージされた三門の大口径レーザーが裂帛の光線を放ち、護衛艦(フリゲート)ターライの尾部に炸裂する様がセーフンドの視野に焼き付いた。

 推進機を完全に破壊され、ターライは為す術もなく漂流を開始する。

 

「なんてこった……」

 

 まだターライは沈んでいない、だがあの状態から修復するのにどれほどの金が掛かる事か。

 脳内で帳簿が真っ赤に染まっていくのを認識しつつ、セーフンドの顔は対照的に真っ青になっていく。

 完全な負け戦だ。

 今、敵をすべて撃退したとしても、受けた損害を補填できるだけの収入にはならない。 

 

「たった四機の戦闘機に……いや、待て」

 

 敵は戦闘機、すなわちジャンプできない小型の宇宙機だ。

 絶対に奴らの母艦がいる。

 

「こうなったら、奴らの母艦を沈めるか、奪うしかない」

 

 敵の母艦を沈めて、その回収品でターライを修理する。

 あるいは、母艦そのものを奪う。

 無理筋の手段だが、それしかない。

 負けが込んだギャンブラーそのものの思考に陥ったセーフンドは、ヤケクソ気味の決意を固める。

 

 その時、ティグレイの通信機が短い着信音を立てた。

 

「平文の広域通信だと……」

 

 この状況での広域通信、それは基地側から構成員全体へのなりふり構わない体裁の指示か、あるいは敵方からの通告のどちらかしかない。

 雇い主の司令にここで命令を下すような戦術素養などなさそうな事を考えると、セーフンドが狙いを定めた敵母艦からか。

 セーフンドは通信機のスイッチを入れる。

 モニターの一角にノイズ交じりの通信ウィンドウが開いた。

 

「あなた達、もう抵抗を止めなさい?

 勝負は見えたでしょう?」

 

 流れ出す声音は、幼さすら感じるソプラノ。

 ウィンドウに映し出されるのは、黒と白と赤。

 

 張り付くような黒い軽宇宙服に包まれた体は小柄でありながら、極端に豊かなバストを備えている。

 偉そうに腕組みをしている事を差っ引いても、明らかにアンバランスな過積載ぶりだ。

 挑発的とも嗜虐的とも取れる、不遜な笑顔を浮かべる白皙の美貌は、未だ成熟を迎えていないにも関わらずそこらのムービースターも及ばぬほどに整っている。

 右目を覆うアイパッチは、いささかならず趣味的であったが、少女の美しさを欠片も損なってはいなかった。

 肩に羽織った宇宙服と同色の古めかしいマントの裏地は鮮烈に赤く染め上げられている。

 

 コスプレの類かと思えるほどに典型的な海賊ルックに身を固めた美少女は、尊大な口調で宣告した。

 

「あたしはトーン=テキンのピーカ。

 大人しく貢物を捧げるなら、命は助けてあげてもいいわよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

物思う者達

SIDE:基地司令 コスヤン=トロコフ

 

 管制室のメインモニターに大写しになった美少女の尊大な宣言に、恐怖に凍り付きかけていたトロコフの脳は沸騰した。

 この状況下で最悪な、しかし、ある意味では正常な「誤作動」が彼の中で暴走する。

 

「ふ、ふざけるなぁっ!」

 

 衝動のままにコンソールに腕を振り下ろし、通信スイッチを叩き唾を飛ばして怒鳴りつけた。

 

「舐めるな小娘ぇっ!」

 

「おぅっ!?」

 

 通信を開くなり怒鳴りつけられた少女はオットセイめいた驚きの声と共に仰け反る。

 その反応に、トロコフの中の「誤作動」、正常性バイアスによる認知の歪みは加速した。

 

「ふざけるなガキが! 大人を舐めるんじゃないっ!」

 

 度の過ぎた悪ガキに対する雷親父そのものの喚き声からは、恐怖の色は消し飛び純粋な激怒のみがある。

 治安の良い中央星域(セントラルセクター)で生まれ育ち暴力とは無縁であったトロコフにとって、砲火に怯える今の状況は余りにも現実感が乏しい。

 命の危険があると理性では理解しつつも、感情的にとても納得のできるものではなかった。

 そこに現れたのが「生意気なクソガキ」という砲火よりも身近で、感情的に怒りをぶつけやすい存在であったのが不幸の元だった。

 トロコフの中の「常識」がクソガキに対する彼なりの「正常な判断」を下したのだ。

 

 もしも通信を送ってきたのが強面の大男のような見るからに暴力的な相手であったなら、彼とてこんな衝動には駆られなかったろう。

 小さな少女が脅しを掛けてきたという一点が「生意気な」という思いを呼び、異常な状況へのストレスが怒りとして爆発してしまった。

 ある意味で舐めているのは、トロコフの方であった。

 

 モニターの中の少女はアイパッチが掛けられていない左目をぱちぱちと瞬かせると、小さく頷いた。

 艶やかな唇が吊り上がり、白皙の美貌は幼くも魔性を宿すが如き笑みを浮かべる。

 

「なるほど、覚悟があるのね。

 それなら貴方の気概にあたしも最強の切り札で応えましょう。 

 カーツ、やっておしまい!」

 

 海賊ルックの少女が体格に不釣り合いな胸を弾ませながら大きく腕を一振りすると、通信は切れた。

 途端にオペレーターが悲鳴のような報告を上げる。

 

「せ、戦闘宙域に新手の反応があります!

 この速度、アーモマニューバです!」

 

 すでに四機の戦闘機に防衛網はズタズタにされているというのに、追加が来た。

 

「どうするんです、司令!

 何か策でもあるんですか!」

 

「命は助けるって言ってたのに!」

 

「う、うるさいっ!」

 

 口々に責め立ててくる部下たちを、少女を怒鳴りつけた勢いのままトロコフは遮る。

 流石に、とんでもない事を口走ってしまったという後悔が湧いてくるが、今更遅い。

 

「そ、そうだ! 搬入港に輸送船があったろう! 明日出航予定だった船だ!」

 

「ケイオーマルですか? あの船は非武装です、戦力になりませんよ?」

 

「誰が戦うものか、ジャンプの準備をさせておけ! 港の中から直接ジャンプして逃げるんだ!」

 

 言い捨てるように命じると、トロコフは管制室から飛び出した。

 下手くそな無重力遊泳で搬入港へと急ぐ。

 いともあっさりと現場を放棄した司令官に、管制室のオペレーター達はあっけに取られて互いの顔を見合わせた。

 怒りと苛立ちの色を浮かべつつも頷き合うと、彼らもまた管制室から逃げ出していく。

 誰も居なくなった管制室に、各部署から入る損傷の警報(アラート)が寒々しく響き続けた。

 

 

 

 

SIDE:傭兵隊長 シグルド=セーフンド

 

「腹芸のひとつもできねえのかよ、あのアホ司令!」

 

 通信から海賊母艦の大まかな位置を割り出したセーフンドは、愛機を旋回させながら罵声を漏らした。

 結果的に決裂するにしても、初手でやらかす馬鹿があるものか。

 少しでも時間を稼いでくれれば良かったものを。

 

 ティグレイの猫の額のように狭い戦闘機用レーダーが、接近する新たな機影を捉えた。

 異常に速い。

 こんな奴が何者なのか、歴戦の傭兵(マーク)は知っている。

 

「畜生、ここでアーモマニューバかよぉ!」

 

 凄まじい運動性を持つがゆえに操縦にも凄まじい技量を要求する、ほとんど欠陥機のようなジャジャ馬戦闘機。

 航空博物館に飾っておくならともかく、戦場にアレを持ち込む奴は間違いなくエースクラスの腕利きと言って良い。

 あの海賊娘が最強の切り札と称したのも納得だ。

 絶望的な気分に駆られながら、飛来する機影を望遠カメラで拡大する。

 

「三本腕か……!」

 

 まっしぐらに突っ込んでくる朱の機体は、三本の武装腕を備えていた。

 本来は二本腕だったのだろう、三本目の腕は船体の下部に張り出しており、前方から見るとT字型に見える。

 

「カスタム機か?

 あんなキチガイマシンをさらにカスタムするなんざ、どんなキチガイだよ!」

 

 そして今からそんなキチガイとドッグファイトしなくてはならないのだ。

 正直、泣いて逃げ出したいが、セーフンドには選択肢がない。

 

 元々、セーフンドカンパニーは以前の仕事に失敗した際の大損害で、戦力を大きく低下させていた。

 お陰でまったく良い仕事にありつけず、足元を見られるような形でトロコフに雇われる羽目になったのだ。

 警備部隊を配備していますというポーズを本社に見せたかったトロコフと、もう何でもいいから仕事が欲しかったセーフンドの思惑が合致した結果、今に至っている。

 そして、そうまでして護りたかったカンパニーは、壊滅状態に陥っていた。

 

 撃墜されれば死、仮に生き延びれたとしても大破した護衛艦(フリゲート)ターライの修理費や戦死した隊員の遺族に送る弔意金などで、収入が無ければ破産は確実。

 セーフンドが生き延びる道は、朱のアーモマニューバを倒し、その向こうに居る海賊船を何とか拿捕するしかないのだ。

 

「ちっくしょおぉぉっ! やってやるっつぅんだよぉぉっ!」

 

 セーフンドはヤケクソの叫びをあげると、スロットルを全開にした。

 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

「あらほら……おっと」

 

 姫の勅命に思わず応じかけた変な返事を飲み込み、俺は愛機のスロットルを慎重に開いた。

 以前よりも加速度が強化された機体は、あっという間にトップスピードに乗る。

 

「流石、スラスターが一基増えただけはある。 加速が全然違うな。

 その分、推進剤に気を配らないと」

 

 後方のトーン09から通信が入り、モニターの隅にトーロンの顔が映し出された。

 

「いかがです、カーツさん! 『夜明けに物思うぶん殴り屋』(ドーン・オブ・モーラー・ザ・シンカー)の乗り心地は!」

 

 修復と改装を一手に引き受けた敏腕メカニックの自慢げな顔に苦笑が漏れる。

 

「長ったらしい名前以外は最高だな」

 

「名前もいいじゃないですか、『物思い』(ザ・シンカー)って。 知的でしょ」

 

「こいつは『夜明け』(ドーン)だよ、そっちの方が愛着があるんだ」

 

 改修担当者による命名であっても、愛称くらいは勝手にさせてもらう。

 不満げなトーロンを押しのけて、通信モニターに姫様が入ってきた。

 

「カーツ、しっかり頼むわよ!」

 

「俺が出なくても十分だと思いますがねえ。

 ノッコとベーコ達はしっかりやってますよ」

 

 『夜明けのぶん殴り屋』(ドーン・オブ・モーラー)『夜明けに物思うぶん殴り屋』(ドーン・オブ・モーラー・ザ・シンカー)と長ったらしい銘を押し付けられて修復と改装を施される一か月の間、ノッコはフービット式のブートキャンプを開いた。

 21世紀の知識にもある海兵隊育成プログラム染みた凶悪なトレーニングは、三人の舎弟の腕前を大きく向上させていた。

 まったく教育というものを受けた事がなかった三人には鮮烈な体験であったようで、ノッコを姐さんと呼ぶように刷り込まれていたが、まあ腕が上がったので問題はあるまい。

 

 ノッコとしてはまだまだ教育が完了していないという認識らしく、三人の御守りも引き受けてくれている。

 彼女が乗っているティグレイタイプの通常型戦闘機(ローダー)は、氏族船(クランシップ)が停泊している周辺に放り出してあるジャンクから探し出してきたパーツで組み上げた代物だ。

 ティグレイは開発元であるノーストリリカル・スターワークス社だけでなく、あちこちの工場でライセンス生産され、それこそ銀河中に広がっている機種である。

 ちょっと探せば、一応飛べる程度の代物をでっちあげるだけの部品も簡単に見つかるのだ。

 信用できないパーツが50はありそうで俺はとても乗りたくないのだが、ノッコはあの継ぎ接ぎのティグレイに『包帯虎』(バンディグレ)と銘まで付けて気に入っているようだった。

 

「だって、相手の指揮官がやる気なのよ、向こうの覚悟には応えないと」

 

 アイパッチの位置を調整しながら、姫様は大真面目な顔で頷く。

 故郷で仕立て屋をしていたというジョゼお手製の海賊衣装だが、アイパッチとマントには姫様もまだ慣れていないようだ。

 

「ありゃ逆ギレしてるだけだと思いますけどね……おっと、そろそろ接敵(エンゲージ)だ。

 切りますよ!」

 

「うん、頑張ってね、カーツ!」

 

 通信を切ると、俺は操縦桿を握り直した。

 新しいものに慣れていないのは俺も一緒、生まれ変わった『夜明け』(ドーン)の感覚を腕に覚えさせなければならない。

 

「それじゃあ、やるとしようか、『夜明け』(ドーン)!」




先月にコロナに掛かったばかりなのですが、また罹患して自宅療養中です。
ひと月経ってねえぞ、どうなってんですか俺の免疫系さん!
布団の中でスマホでポチポチ書くのはイマイチ捗りが悪いですね。




カツ丼大盛にお新香付けるとちょっと贅沢な気分……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

慣熟飛行

SIDE:傭兵隊長 シグルド=セーフンド

 

「あああ、来た、来た、くっそぉぉ……」

 

 レーダーサイトの中で見る見る接近してくる敵機のシグナルを睨み、セーフンドは胃が捩れそうな恐怖と共に毒づいた。

 接敵まであとわずか。

 敵機が推進力に優れたアーモマニューバであるだけでなく、セーフンドのティグレイもまた加速しているので彼我の距離はあっという間に詰まっていく。

 尻尾を巻いて逃げだしたいのは山々だが、カンパニーを抱えるセーフンドはその選択肢を奪われていた。

 ならば、ベテラン傭兵としてこれまで蓄積した経験から少しでもマシな手札を探し出すしかない。

 

 こちらも速度を上げているのはドッグファイトのセオリーゆえだ。

 速度は最高の武器と言っても良い。

 自機の運動エネルギーをいかに利用して有利なポジションを奪うかが肝要。

 搭載武器など実の所なんだっていいのだ、パルスレーザーだろうがレールガンだろうが、一方的に撃ち込めば墜ちない戦闘機はない。

 そして速度という点について通常型戦闘機(ローダー)がアーモマニューバに勝てるはずもないのだ。

 セーフンドがティグレイを加速させているのは、悪あがきのようなものである。

 

 だが、この状況でもあがく事を止めない命根性の汚さが、セーフンドをそろそろ中年と呼ばれる年にまで生き延びさせてきたのだ。

 やれる事なら何でもやる。

 血走った目のセーフンドは広域通信にセットした通信機のスイッチを入れた。

 

「聞こえるか、アーモマニューバのパイロット!」

 

 接敵前の通信などという、ありえない手段を試してみたのは偏に相手がアーモマニューバであるからだ。

 一騎討ち専用と言わんばかりのあの機種を駆る者は、往々にして騎士道精神めいたものを抱えたバトルマニアである事が多い。

 名乗りのひとつも上げさせれば、その僅かな時間でも加速度が稼げるという涙ぐましい思惑であった。

 果たして、敵手は応答する。

 

「命乞いかい? 悪いが聞けないぜ、うちのボスの御意向でな」

 

「な、オークか!?」

 

 通信モニターの向こうに映る豚鼻緑肌の強化人類(エンハンスドレース)に、セーフンドは絶句した。

 瞬時に諸々の思惑や小細工が頭から滑り落ち、腹が坐る。

 パイロットとして地球系人類(アーシアン)よりも優れた適性を持つオークが駆るアーモマニューバに対して勝ち目などないし、彼らは男の捕虜を取らない。

 死が確定したと認識したがゆえのクソ度胸が、セーフンドを突き動かした。

 

「オーク相手なら命乞いは無駄だろうな!

 だけど、手塩にかけて育ててきた部隊があんたらのせいでおじゃんだ、その落とし前は付けさせてもらう!」

 

 ヤケクソの啖呵を切るセーフンドに対し、オークはむしろ嬉し気に牙を剥き出して笑みを浮かべた。

 

「よく言った傭兵! 名乗りな、覚えてやる!」

 

「セーフンドカンパニー隊長、シグルド=セーフンドだ! ただで俺を殺れると思うな、この野郎!」

 

「無論だ、戦士セーフンド! トーン=テキンが戦士カーツ、参る!」

 

 ぶつんと音を立てて通信が切れると同時に、モニタに閃光が煌めいた。

 スラスターの推進炎を爆発的にバラまきながら、朱の機体が迫る。

 真っ向勝負のヘッドオン。

 最も被弾面積の少ない機首を向け、パルスレーザー機銃で掃射を行いながら突っ込んでくる。

 セーフンドは操縦桿を握りしめ、己を鼓舞するかのように叫んだ。

 

「今更怖がるかよぉっ!」

 

 互いに最も相手を撃墜しやすい体勢なのだ、怯えさえしなければ。

 衝突を恐れて機首をずらせば、それだけ被弾面積が広くなる。

 セーフンドの手は機銃のトリガーを絞りながらも、操縦桿をがっしりと固定する。

 

「うおぉぉっ!」

 

 機体の各部にパルスレーザーが着弾し火花があがる。

 敵機も同様に火花を散らしているのが見えるが、それはほんの一瞬。

 スロットルを全開にした両機の加速度は、彼我の距離を瞬時に詰めてしまう。

 パルスレーザーが互いを焼き貫くよりも早く、二機の戦闘機はすれ違った。

 ぎりぎりの瞬間に朱のアーモマニューバの左右アームが推力方向を変更、わずかに機首を下げたその上をセーフンドのティグレイが駆け抜ける。

 

「ぐうぅっ!」

 

 旋回だ、旋回しなくては。だが、速度を落とすわけにもいかない。

 最大加速を維持したまま無理やり操縦桿を倒すと、ティグレイは大きな弧を描いて旋回する。

 加速に遠心力も加わった強烈なGにセーフンドは踏み潰されるような呻きをあげた。

 だが、ティグレイが完全にターンを終えるよりも早く、赤い光弾の連射が襲い掛かる。

 

「やっぱりそっちが早いか!」

 

 フレキシブルに可動するスラスターのお陰で、こちらより旋回能力が上な事は判り切っている。

 セーフンドが味わっているよりも遥かに過酷なGが加わってるはずだが、オークの強靭な肉体には何程のものでもないのだろう。

 機銃掃射を必死で躱しながらも、セーフンドの顔には引きつるような笑みが浮かぶ。

 

「そうだ! もっと吹かせ! 空っけつになるまで吹かせ!」

 

 速度、火力、運動性、それらドッグファイトに必要な条件でことごとく通常型戦闘機(ローダー)はアーモマニューバの後塵を拝している。

 しかし、唯一プロペラントの消費量だけはこちらが有利だ。

 相手はスラスターが多い分、推進剤を馬鹿食いする。

 お得意の機敏極まりない機動をやらかせば、その分動ける時間が減っていくのだ。

 敵に推進剤を使わせる事は通常型戦闘機(ローダー)がアーモマニューバを相手どる際の基本中の基本戦術だ。

 燃費の悪さを見越して、相手がガス欠するまで何とか粘る。

 

 できれば、の話であるが。

 

「ぬあぁぁっ!」

 

 操縦桿を縦横に操り、ペダルを荒々しく踏み抜く。

 死に物狂いのセーフンドの操縦は彼の戦歴の中でも最高レベル、入神の域にすら達していたが、それでもアーモマニューバを振り切れないし、ロックオンもできない。

 

「くそぉぉっ!!」

 

 どれほどの時間ティグレイを振り回したのか、最早セーフンドは把握していない。

 数時間も戦っていた気がするし、あるいは僅か数秒だったのかも知れない。

 確かな事は極度に敏感になった神経がこちらに向けられる三本目の腕を察知し、その一撃を避けられないと悟った事だった。

 

「しまっ……」

 

 言い終える間もなく、アーモマニューバの機体下部から生えた三本目の腕は搭載武装を撃ち放った。

 

 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

 電撃糸(スタンストリング)が直撃したティグレイは各部で小爆発を起こしながら動作停止した。

 絡まったままのストリング越しにカウンターを当てティグレイに掛かるベクトルを打ち消すと、ストリングを巻き上げる。

 解放されたティグレイは力なく漂流を開始した。

 

「すまないな、戦士セーフンド。 俺の慣熟に付き合わせてしまって」

 

 若干の罪悪感を覚えながら、モニターの中のティグレイへ頭を下げた。

 セーフンド氏は地球系人類(アーシアン)のパイロットとしては相当に腕利きの部類に入る。

 ノッコの訓練を受けた今の舎弟達ですら、二対一でようやく互角に持ち込めるといった程だろう。

 その腕前をもってしても、通常型戦闘機(ローダー)とブートバスターの差は埋め難い。

 だが、セーフンド氏はその不利をも悟った戦士であった。 

 彼はあえて過酷な高機動戦を挑む事で、こちらのプロペラント消費を狙っていた。

 対ブートバスター戦の肝を掴んでいたのだ。

 

 それほどの戦士であったからこそ、俺は彼との戦闘を一瞬で終わらせなかった。

 俺の命を狩る可能性すらある、それでも俺の方が有利な敵手。

 強化された機体の「慣らし」の相手として、うってつけであった。

 命を懸けて挑んできた戦士を出汁にするなど無礼であるとは重々承知、これは俺にとって必要な時間だったのだ。

 

「本当に申し訳ない、命は取らないから勘弁してほしい」

 

 そうは言うものの、今から俺たちが略奪する獲物には彼が率いる部隊の装備も含まれている。

 彼の部隊運営に大変な損害を与えてしまうだろうが、まあその点について俺は罪悪感を覚えない。

 俺たちはオーク、略奪を旨とする生き物なのだ。

 俺がセーフンド氏に覚える罪悪感は、一廉の戦士に対して自分の都合で愚弄するような戦いをしてしまったという点だけだった。

 僅かな時間物思いに耽ってしまった俺を叱責するように通信機にコールが入る。

 

「旦那さん、カーツ、聞こえる?」

 

 ノッコだ。

 

「どうした?」

 

「ちょっとトラブル。

 すぐに来て」

 

「判った」

 

 ノッコほどのベテランが応援を呼ぶのは厄介事の気配がする。

 俺は気を引き締めると『夜明けに物思うぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー・ザ・シンカー)』を旋回させた。

 

 

 

 

 

「うわ、なんだありゃ……」

 

 採掘基地に到着した俺は、モニターに広がる光景に絶句した。

 マイネティンの採掘基地は、全長10キロほどの楕円形をした小惑星を基礎に増設する形で作られている。

 ラグビーボールのどてっ腹から横向きに塔が伸びているようなデザインなのだが、真ん中の辺りが消失する形で分断されていた。

 アイスクリームをスプーンで抉るかのように施設を破壊するには、舎弟達の対艦レーザー砲ですら火力が足りない。

 

「やられたよ、カーツ。

 見て、あの有り様」

 

 ノッコの『包帯虎(バンディグレ)』が三機のバレルショッターを従えて近寄って来た。

 

「ああ、施設の傍でジャンプしやがったな……」

 

 恒星間移動に必須のジャンプドライブであるが、厳密には宇宙船だけを転移させる装置ではない。

 ジャンプドライブを中心とした一定半径の球状空間を、丸ごと転移させているのだ。

 港に停泊中など近くに施設がある状態で実行すると、このように円い穴が生じる事になる。

 大変危険なのでジャンプは周囲の施設から十分離れた場所で行う事は、宇宙就業者(スペースマン)にとって初歩中の初歩の知識だ。

 

「まさかこんな事も判らんトーシロが居るとも思えん。

 判っててやったとすると、余程の度胸か、大馬鹿か……それとも、そんなに大事な荷物があったか、かな」

 

「大物に逃げられた?」

 

「かも知れん」

 

 ここの鉱山では希少なレアメタルも産出されていたはずだ。

 それを少しでも奪われまいとしたのなら、判らなくもない。

 

「こんなに壊しちまって、後始末が大変だろうに」

 

 俺達オークに限らず、海賊の類の襲撃というものは「その場にあるお宝」が狙いだ。

 脅しの攻撃で損傷が出るにせよ、施設を致命的に破壊する事はない。

 一時的な制圧ならともかく、占領も行わないのだ。

 基地を奪った所で、人員リソース的に運営や防衛などまで手が回らない。

 だから略奪を終わらせたら、施設はそのまますぐに運営再開できる形で放置する。

 

 施設が生きていれば、そのうち俺達が奪いに来るだけのお宝をまた生産してくれるはずだ。

 ここまで発展した採掘基地だ、勿体なくて早々撤退もできまい。

 卵を産む間は、俺達も鶏に最低限の手心は加える。

 それは相手にも判っているはずだ、だから姫様は降伏勧告をしたのだが。

 

「まあ、考えても判らんし、確かめようのない事だな。

 逃げた船が凄いお宝を持ってったのかもしれんが、俺達は残ってるものを頂くまでさ」

 

「ん」

 

 護衛戦力は無力化され、施設も半壊した基地に最早抵抗能力はない。

 俺はトーン08と09に制圧のコールを送る。

 

「少々締まらないが……、姫様の初陣は成功だな」

 

 とりあえずのタスクのひとつが片付き、俺は愛機のシートに背を預けて伸びをした。 

 姫様をお預かりしている以上、氏族船(クランシップ)に戻るまで一安心といかないのが難点ではあるが。

 

「まったく、恨みますよ、陛下」

 

 俺は脳裏に過ぎる陛下の面影に小さく愚痴を零した。

 脳内の女王の幻影は両手を合わせて、てへぺろと謝る。 

 可愛いので文句が言えなくなった。




今回の名前関連。

シグルド=セーフンド←シックル=セードッグ←鎌=セー犬←噛ませ犬

コスヤン=トロコフ←肥やす=懐

護衛艦ターライ+輸送船ケイオーマル←盥+桶


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Here comes a new challenger!

SIDE:兵卒 フィレン

 

「お姫、カーツさんから制圧完了の連絡が来たよ!」

 

「よぉし! 流石カーツ! あたしの切り札!」

 

 トーン09のオペレーターシートに座る地球系人類(アーシアン)、ジョゼの報告を受け、ピーカ姫はキャプテンシートから飛び上がってガッツポーズを決めた。

 派手なアクションに豊かな胸も激しく踊る。

 

「それじゃ姫様、こっちも現場に向かいますね」

 

 こちらは操船を担当しているナビゲーターシートのトーロンに、姫はニコニコしながら頷く。

 

「うん、お願い。 ジョゼ、トーン08のボンレーにも連絡してあげて」

 

「りょーかい!」

 

 戦果に湧くブリッジの様子を、フィレンはキャプテンシートの斜め後ろという物理的にも一歩離れたポジションから眺めていた。

 

 胸中の苛立ちと焦燥感を必死で覆い隠し、何とかポーカーフェイスを保っている。

 何故、オレはこんな後方にいる、何故、手柄を立てる前線にいないのだ。

 その理由は彼自身、重々自覚している。

 

 フィレンがカーツ分隊で最も戦士としての実力が低いから、ここに居るのだ。

 戦闘機の数が足りていない。

 予備パイロット扱いの彼は、姫の護衛役という名目でトーン09に配置されたが、後方に待機したここまで敵が押し寄せてくるはずもない。

 持て余された結果の適当な配置である。 

 

 自分に機体が回って来なかった事が、悔しくて堪らない。

 母体であるノッコが傑出した戦士である事は知っていた。

 そして、非常に悔しく、業腹ではあるが、カーツの実力は認めざるを得ない。

 正面からの決闘で破れ、ノッコすら打ち負かした彼の力量は称賛に値する。

 絶対に口に出したくはないが、現状のカーツがフィレン自身を上回る戦士である事を否定はしない。

 負けた身で勝者の実力を貶すなど、流石に戦士のプライドが許さないのだ。

 

 だが、ノッコとカーツの二人はともかく、カーツの舎弟の三人の兵卒にすら遅れを取るとは思わなかった。

 フィレンがメディカルポッドで療養していた一ヶ月の間ノッコの教育を受けていたという三人は、すでに兵卒の位には収まらない程の技量を備えている。

 生身の格闘でも、シミュレーターを使用したドッグファイトでも、フィレンは三人の誰にも勝つ事ができなかった。

 カーツとの一戦のような完敗ではなく僅差での敗北ではあったものの、視界にも入っていなかった兵卒階級に負けたという事実はフィレンに大きな衝撃を与えていた。

 

 ノッコの教育を受ければ、自分も戦士としての技量を高められる。

 そう思えば、カーツの部下として配属される事も我慢できた。

 カーツの下に居れば、彼のトロフィーとなったノッコに教えを受ける機会も多かろう。

 

 ノッコがカーツのトロフィーになった事に対して、フィレンに否やはない。

 彼自身の敗北が原因でもあるし、強い男が強い女を得るのはオークの価値観として当然である。

 そう理性では納得しているが、自分がライバル視する男が自分の母体を手に入れ、子を孕ませるかも知れないという想像は奇妙に感情をかき乱すものがあった。

 

 諸々の感情で複雑にざわめく胸を持て余しているフィレンを他所に、姫はジョゼときゃいきゃい騒ぎながら皮算用を進めている。

 

護衛艦(フリゲート)を大破させたって話だから、戦力が増えるよ!」

 

「頑丈な船が手に入るんなら、そっちに乗り換えようよ、お姫。

 やっぱり輸送船じゃ撃ち合いになるとおっかないよ」

 

「えー、でも、この船なら格納庫あるからカーツと『夜明け(ドーン)』も搭載できるし……」

 

「姫、おそらく護衛艦(フリゲート)の入手はできないかと思います」

 

 少々気にかかる話になっていたので、フィレンは口を挟んだ。

 

「えー、なんで?」

 

「大破させたとの報告ですので、おそらく自力航行できない状態でしょう。

 曳航しながらのジャンプはできませんから、持って帰れません」

 

 ジャンプドライブのシステム的に、他の船を曳航してのジャンプはできない。

 基本的に自らの船体とその周囲の空間までしか範囲が及ばないため、曳航する牽引索が途中でぶった切られてしまうのだ。

 ジャンプを実行する船はそのまま転移できても、曳航される方の船はその場に残されてしまう。

 オークがなかなか船を入手できない理由がここにある。

 

「まあ、今回は元々、資源調達が目的ですからね。

 船は残念ですけど諦めましょうよ」

 

「勿体ないなあ……」

 

 本職のメカニックであるトーロンに宥められ、姫は不承不承頷いた。

 

「それじゃ、さっさとインゴットのコンテナだけ頂いて、帰るとしましょう。

 ジョゼ、カーツ達に連絡を」

 

「あいさー」

 

 姫に対するとは思えない軽い返事と共に、ジョゼは不慣れな手付きでコンソールを操作する。

 ピンクのポニーテールを揺らして作業を行うジョゼに、フィレンは若干の嫉妬を覚えていた。

 彼女ですら、役割を振られている。

 

 ジョゼがここに居る理由について、フィレンは詳細を知らない。

 成り行きで知り合った姫に気に入られて、侍女めいた役割を行っていると認識していた。

 一面において正しい理解であるが、それだけではない。

 女王の肝煎りの計画であるトロフィーの待遇改善、その一環である。

 本来オペレーターなどやった事のなかったジョゼだが、女王直々に話を持ち掛けられ奮起した。

 トロフィーストリートで腐っているよりは余程マシと短時間ながら通信について学び、まだまだ未熟ながらオペレーターとしてトーン09に配属されたのだ。

 どちらかと言えば姫の身の回りの世話がメイン業務ではあったが、明確な役目を与えられているジョゼの立場はフィレンにとって羨ましいものであった。

 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

 明確な腕を装備したブートバスターだけでなく、多くの宇宙機は作業用のマニピュレーターを内蔵している。

 採掘宇宙機(ディグダッグ)作業宇宙機(ワークダッグ)のような本職ほど効率はよくないが、宇宙戦闘機もコンテナを引っ張って来るくらいはできるのだ。

 五機の戦闘機で回収した精製済みインゴットのコンテナを二隻の輸送船にたらふく詰め込む。

 

「よし、こんなもんかな」

 

 周囲には大破した護衛艦(フリゲート)、おそらくセーフンド氏の傭兵部隊の艦が漂流しているが、そちらには手を付けない。

 推進機をぶち抜かれた護衛艦(フリゲート)を持って帰るのは不可能だ。

 船を手に入れたいなら動力を活かしたまま戦闘能力を奪う必要があるが、今回はそんな時間を掛けていられない。

 戦闘艦が居た場合は速攻で無力化すべく、動力部か推進機を狙うよう舎弟達に指示していた。

 

 今回の略奪行は、いわば姫様の為のチュートリアルである。

 儲けよりも安全を重視していた。

 回収した重金属のインゴットは持ち帰れば氏族船の各所で使用される資源となるが、そこまで貴重という訳でもない。

 略奪とはこういう手筈であると姫様に学んでいただく事が一番の目的なのだ。

 もっと時間を掛けて良いのなら、あの護衛艦(フリゲート)の武装くらいは剥ぎ取っていきたいが、今は安全第一。

 さっさとトンズラさせていただこう。

 二隻の船と通信回線を開く。

 

「ボンレー、ジョゼ、ジャンプのチャージを開始してくれ。

 こっちも帰艦する」

 

「承知しました」

 

「あいさー、お疲れ様、カーツさん」

 

 姫に気に入られタメ口を許されているジョゼ嬢の口調は、誰に対しても割と軽い。

 ちょっとどうかと思うが、姫様御自身が許されている事だし戦士階級には最低限の礼儀は払っている。 

 公の場では気を付けるようにと注意はしておいた。

 

「まったく、気にしなきゃならん事が多くて困るぜ」

 

 俺に与えられた船であるトーン09に船長として姫様が配属された。

 この結果、トーン09は俺の船でありながら、実質的に俺達カーツ分隊は姫直属部隊にされてしまうという、何とも妙な事態に陥っている。

 すべて陛下の思し召しだ。

 ご自分が幼い頃、完全に籠の鳥として育てられた事もあり、娘には様々な経験をさせたいのだそうだ。

 様々な経験で海賊部隊を率いさせる辺り、実にオーク的であった。

 皺寄せは全部俺の心労となっているのだが、まあ仕方ない。

 これも全部、惚れた弱みだ。

 

「カーツさん! レーダーに反応!」

 

 緩んだ気分に慌てたジョゼの声が水を差した。

 

「反応!? 何が来ている!」

 

「えっと……」

 

「兄貴、こちらでも確認しました。

 艦影3、ジャンプアウトしてきたようです、この船足は輸送船ではありませんな」

 

「ジャンプ向けの天頂点(ゼニスポイント)を使わず惑星間に直接ジャンプしたか、燃費も気にしないとはリッチな真似しやがるな。

 基地を取り返しに来たにしちゃあ、早すぎるが……」

 

 俺の疑問は、大出力で割り込んできた広域通信で解消された。

 スピーカーから割れた胴間声が響く。

 

「どこの誰だか知らんが露払いご苦労!

 後は一切合切、シャープ=シャービングの『氷王(アイス)』ヴァインが頂く!」

 

 ノイズだらけの通信ウィンドウに映し出されるは、牙を剥き出して笑う豚っ鼻の緑面。

 

「漁夫の利狙いとはセコい真似しやがる!

 全機、ちょいと本気出せ! 敵はオーク、手を抜いてる余裕はない!」

 

 俺は愛機を旋回させながら、部下に発破を掛けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

氷王(アイス)』ヴァイン

SIDE:戦士 カーツ

 

「対艦戦用意! ベーコ、フルトン、ソーテン、お前らが肝だ!

 俺が前で囮をやる、お前らはロングレンジでぶち抜け!」

 

「「「押忍!」」」

 

 俺の指示に三人の舎弟は声を合わせて応じる。

 ちょっと前ならバラバラに返事をしていた所だ、これもノッコの教育の成果だろうか。

 

「旦那さん、私はどうする?」

 

「ノッコは船の直衛を頼む。

 ただ、判断次第で好きに動いて構わない」

 

「いいの?」

 

 通信モニターの向こうでノッコがこてんと小首を傾げた。

 

「あんたの戦歴は俺より上だ、ベテランの経験は大事にするもんだ」

 

「そう、それじゃあ、そっちはお姉さんに任せて」

 

 お姉さんて年じゃないだろうと思いはしたが口には出さない。

 生身の手が届く範囲なら拳が飛んでくる程度で済むが、今の状況なら拳の代わりがパルスレーザーになってしまう。

 部下を気持ちよく送り出すのも、上司の勤めだ。

 

「ボンレー、ジョゼ、船のジャンプチャージは続けておいてくれ。

 貰うもんはもう貰ってんだ、チャージが終わり次第トンズラするぞ」

 

「お任せを」

 

「う、うん……」

 

 ジョゼの顔は真っ青になっている。

 無理もない、彼女は戦闘力でトロフィーになったタイプではない。

 鉄火場には慣れていないのだ。

 

「カーツ!」

 

 ジョゼを押しのけて同じく鉄火場に慣れていないはずの姫様がモニターに割り込んできた。

 こちらは怯えの気配など全くない、むしろ不敵な笑みを浮かべている。

 

「あいつら、他所の氏族よね?」

 

「ええ、シャープ=シャービングなんざ聞いたこともないんで、そこらの弱小氏族でしょうけど」

 

「でも、ここに送り込んだ船は三隻、それも速度的に戦闘艦っぽい。

 不利よね?」

 

 金色の猫目をギラギラと好戦的に光らせる姫様の戦力分析は的確だ。

 

「じゃあ、確実に相手が食いつく餌を出して誘導しましょう」

 

「姫様、それは」

 

「オーククイーンが居る氏族なんて早々ないわ。

 あたしの体、餌になるでしょう?」

 

 嫣然と微笑むと、姫は通信機のスイッチを広域モードに切り替えた。

 

 

 

 

 

SIDE:『氷王(アイス)』ヴァイン・シャープ=シャービング

 

 滅びた氏族の生き残りや、戦場に取り残されてしまった者、何か罪を犯して氏族から追放された者。

 そんな行き場のないはみだし者の寄り合い所帯、それが小氏族シャープ=シャービングのルーツである。

 氏族誕生の経緯からして氏族というよりも共同体のような集団なので、シャープ=シャービング族に氏族艦はない。

 三隻の船、200m級戦闘艇(コルベット)「シロオン・ポーン」、300m級高速輸送船「カーボス・ポーン」、そして500m級護衛艦(フリゲート)「マーゴ・ドレイン」。

 それだけが、彼らが寄って立つ柱であった。

 

 流れ者やはみ出し者のオークの集団でありながら、彼らの結束は強い。

 単純明快な掟があるからだ。

 掟のひとつは力。

 強く、強く、最も力を示した者こそが尊く、氏族を率いるに相応しい。

氷王(アイス)』ヴァインはそのようにして選出された、いや、反対者の尽くを踏みつけにして氏族を掌握した、強き王であった。

 

「後は一切合切、シャープ=シャービングの『氷王(アイス)』ヴァインが頂く!」

 

 旗艦マーゴ・ドレインのキャプテンシートから通信機に叫び終えたヴァインは、スイッチを切ると豚面を歪めてにやりと笑う。

 途端に、ブリッジクルーがその場で足踏みを開始した。

 どん!どん!と一定の拍子の足踏みが原始のリズムを奏でる。

 一糸まとわず逞しい裸体を晒したクルーは激しく足踏みをし、股間の槍も揺らしながら叫び、讃える。

 彼らの王を。

 

「『氷王(アイス)』!『氷王(アイス)』!『氷王(アイス)』ヴァイン! いと強き戦いの巧者!」

 

「逞しく冷厳至極な戦士の長者!」

 

「我らを統べる者!」

 

「鋼の逸物!」 

 

「「「『氷王(アイス)』ヴァイン!」」」

 

 クルーのコールに、キャプテンシートから立ち上がったヴァインは雄々しく胸を張り、逞しい両腕を上げて応える。

 その股間からは、男性固有装備も力強く立ち上がっていた。

 シャープ=シャービング氏族の掟その2、それは裸体。

 本来は氏族を裏切らぬ、隠し事などないというアピールであったはずが、いつの間にやらシャープ=シャービングは裸族オーク氏族となっていた。

 

 そんな中、ブリッジの端で窓の外を直接眺めている人影だけは、狂奔に加わっていない。

 肌に張り付く薄手のパイロット用軽宇宙服には、乏しいものの女性らしい丸みが浮き出ている。

 白い宇宙服の背に流された長い薄青の髪はまるで手入れが為されておらず、ボサついていた。

 2メートルにも達する巨漢揃いのオーク氏族にあって埋没してしまいそうな140センチという背丈は、彼女がオークではない事を示している。

 それを象徴するが如く、軽宇宙服の首には首枷染みたロックリングが取り付けられていた。

 ロックリングを外さねば宇宙服を脱ぐ事もできない。

 そしてロックリングの鍵はヴァインの持ち物。

 彼女は『氷王(アイス)』ヴァインのトロフィーであった。

 

「ペール! 見えたか!」

 

 ヴァインにドラ声を投げつけられ、トロフィーの少女はびくりと身を竦めた。

 おびえたように振り返る顔には目元から額までを覆うメカニカルなデザインの大型ゴーグルが取り付けられている。

 辛うじてうかがえる鼻から下のラインは整っており、褐色の素肌は白い宇宙服とのコントラストが鮮やかであった。

 少女は怯え切ったような声音で、オークキングに答える。

 

「ゆ、輸送船が二隻、戦闘機が五機、見えます、動いているのはそれだけです。

 戦闘機の一機は腕が三本の、アーモマニューバです……」

 

 少女の瞳は生まれついての特別製。

 下手な光学望遠機能よりも遥かに精度の高い視覚情報を取得できる。

 彼女はドワーフ、Dangerous Watcher arf(危険に騒ぎ立てる観測者)索敵観測(DW)強化人類(エンハンスドレース)小型警報(arf)タイプだ。

 

「ほう、ブートバスターが居るか!

 ならば俺が出ざるを得んな!」

 

 仕方ないと言った口調を裏切るように、ヴァインは闘争心に満ちた笑顔を浮かべた。

 

「王よ、敵艦が広域通信を発しております!」

 

「ふん、命乞いか? 聞くだけ聞いてやるか!

 聞くだけはな!」

 

 嘲りに頬を歪めながら、ヴァインは通信を許可する。

 メインモニターに相手が映し出された瞬間、ヴァインは魂を抜き取られた。

 

「シャープ=シャービング? どこの田舎者かしら、トーン=テキンの狩場に手を出そうっていうの?」

 

 挑発的な言葉を投げるのは桜色の艶やかな唇。

 吊り上がった黄金の瞳は獲物を狙う猫のように細められ、こちらをあざ笑っていた。

 白皙の頬のラインは幼さゆえの丸みを残しつつ、麗しく整っている。

 そして、明らかに未成熟な体格にも拘らず、見せつけ誘うが如く実った胸。

 

 本能に突き動かされ、ヴァインは即座に決意した。

 この女を捉え、組み敷き、孕ませねばならぬと。

 

「トーン=テキン! トーン=テキンと言ったな!

 噂に聞いたことがあるぞ、トーン=テキンの女王! お前か!」

 

「田舎者でも知ってるのね、でもそれは母様の事だと思うわ」

 

「なんと! 母も居るのか! 決めたぞ、トーン=テキンの姫!

 お前を俺の女にし、お前の母も捕らえる! 母娘そろって俺の孕み袋にしてやる!」

 

「……なんつった、手前」

 

 興奮のままに欲望を捲し立てるヴァインに、ドスの効いた声が割り込んだ。

 

「おう、この三下、木っ端なお山の大将が粋がってんじゃねえぞ。

 姫様も陛下も、手前如きが目に入れていい御方じゃねえ、目ん玉抉り出すぞ、このド三一(サンピン)!」

 

「ちょっとカーツ、あたしが喋ってるのに!」

 

「姫様はお下がりを! こんなド阿呆にゃ、ヤキ入れてやらにゃあなりません!」

 

「はっ、邪魔をするか、小童! だが障害がある方が燃えるというもの!

 お前の骸の前で姫を犯すとしよう!」

 

 通信を叩き切り、ヴァインはキャプテンシートから立ち上がる。

 貫くべき極上の獲物を見つけ、彼の股間の長槍もまた力強くそそり立っていた。

 

「出るぞ! 『輝き唸る鍵十字(レイ・モーン・スワスティカ)』を準備しろ!

 俺が直々に姫を迎えに行ってやる!」

 

 意気揚々と命じる猛き王の姿を、ドワーフの少女ペールはブリッジの端から恐々と盗み見て、小さく安堵していた。

 あの様子なら、今日はお姫様とやらにご執心で自分に声は掛かるまい。

 勇んで飛び出していくヴァインの逞しい尻を、ペールはゴーグル越しに憎悪と嫌悪を込めて睨んだ。




レモンサワーは何にでも合う万能のお酒、多分アイスバインにも合うんじゃないかな……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

輝き唸る鍵十字(レイ・モーン・スワスティカ)

SIDE:「残り火」のノッコ

 

「あの野郎、舐めやがって、絶対許さねえ……」

 

 軋むような声音で呟いているカーツに、ノッコは小さく溜息を吐いた。

 良い戦士だが、こういった所はまだまだ未熟。

 そこが可愛い坊やとも言えるが、ノッコは押し倒すよりも押し倒される方が好みなのだ。

 自分を組み敷ける程の男になるには、もっと経験を積ませなくてはならない。

 

「旦那さん、向こうの編成が見えてきたけど、どうする?」

 

「あ、ああ」

 

 ノッコの声にカーツは我に返ったように咳ばらいをした。

 

「少しだけ役割変更しよう。

 ノッコは、敵の飛行隊を抑えてくれ、数が違うから無理はするな。

 バレルショッターの狙いは変わらず船だ。

 まずは初撃で先頭にいる戦闘艇(コルベット)を叩け」

 

 敵陣の先鋒を勤める戦闘艇(コルベット)は船舶としては安価ながら、高い戦闘力を持ちコストパフォーマンスに優れた艦種である。

 ジャンプ可能な船舶をできるだけダウンサイジングしたとも、ジャンプシステムを組み込んだ大型戦闘機とも言える存在で、快速が売りだ。

 船舶用の大型武器を搭載しつつ小回りも利くので、使い勝手が良い。

 弱点はその中途半端なサイズそのもの。

 ジャイアントキリングを得意とする反面、自分より小型の戦闘機には振り回されてしまうのだ。

 戦闘機が主力のカーツ分隊としては相手取りやすい敵である。

 機動力と攻撃力にパラメータを割り振った代わりに耐久力が低いといったタイプの艦種なので、速攻で落とせばトーン09の安全も確保できよう。

 

 高速輸送艦の方はこちらのトーン08のように軽空母として運用しているようだ。

 速度を稼ぐために大型推進機を積んでいるのか、トーン08よりも高速な代わりに搭載戦闘機の数は少ない。

 

 そして敵の旗艦と思われる護衛艦(フリゲート)

 500mというサイズは護衛艦(フリゲート)としては最大クラスで一段上の巡航艦(クルーザー)の域に踏み込んでいる。

 先ほど大破させた傭兵部隊の護衛艦(フリゲート)に比べると形式も新しく、油断のならない相手だ。

 問題はこいつの相手をする手札がこちらにない事である。

 護衛艦(フリゲート)から出撃した異常な速度の戦闘機、こちらの最大の手札はそこに当てざるを得ない。

 

「旦那さんは、ブートバスターの相手?」

 

「ああ、俺がやる。

 姫様と陛下への無礼、奴のタマで勘弁してやらぁ」

 

「駄目だよ、旦那」

 

 まだ憤怒を抑え込めていない年下の主に、百戦錬磨のトロフィーは優しく諭した。

 

「そんなに逸っていたら、足元を掬われる。

 旦那が負けたら、姫様はあいつの物。

 あいつが言う通り、姫様が孕み袋にされちゃってもいいの?」

 

 赤子をあやすような声音で囁かれるあけすけな言葉に、通信の向こうのカーツは大きく深呼吸をした。

 

「……すまない、落ち着いた。

 冷静に、あいつをぶっ飛ばすさ」

 

 彼の声音は怒りの熱を秘めつつも抑制されている。 

 ノッコは頬を緩めて微笑んだ。

 若き主が、またひとつ強くなった。

 いずれノッコの望む高みにまで達するだろう。

 その時には、フィレンの弟を作るのもいい。

 

「それじゃあ、お願いね。

 護衛艦(フリゲート)の方は私と皆で何とかするから」

 

「大丈夫か?」

 

「できるよ、ちゃんと鍛えたもの。ね?」

 

「「「はい(Yes)姐さん(Mom)!」」」

 

 唱和する舎弟達にカーツは苦笑した。

 

「俺じゃなくてお前の舎弟みたいだな。

 それじゃあ、雑魚は任せた。

 俺はタイマン張らせてもらう!」

 

 言葉と同時に『夜明けに物思うぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー・ザ・シンカー)』は蹴り飛ばされたかのような勢いで加速を開始した。

 かつての主が駆っていた頃とは大きく形を変えた機影を見送り、ノッコも操縦桿を握り直す。

 

「こっちも行くよ、君達。

 戦闘艇(コルベット)の対処はレクチャーしたよね? 忘れてたら腕立てと腹筋を20セットだよ」

 

「「「押忍!」」」

 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

「頼もしくって参るね、まったく!」

 

 思わず漏れる独り言に、照れが混ざっているのは自覚している。

 母親とはああいうものなのだろうか。

 培養槽生まれの俺には何とも新鮮な感覚だ。

 

「まあ、お陰で落ち着いた。

 さっさとあの野郎をぶっ飛ばすとするか!」

 

 スラスターを吹かして『夜明け(ドーン)』を飛翔させる。

 レーダーに感有り、敵の護衛艦(フリゲート)から出撃した高速機だ。 

 二本の腕を持つ漆黒のブートバスターを望遠カメラで捉えると、俺は牙を剥き出した。

 叩きつけるように通信機のスイッチを入れる。

 

「覚悟はいいか、お山の大将!」

 

「はっ、こっちの台詞だ、若造!」

 

 通信モニターに映るヴァインの豚面が、下卑た笑みを浮かべながら舌なめずりをする。

 

「メインディッシュの前に気を昂らせる必要があるからな、貴様は丁度いいオードブルだ。

 貴様を倒した興奮のままに姫を頂くとしよう!」

 

「グルメ気取りめ、手前に食わせてやるものなんざプラズマしかねえよ!」

 

「くははっ! 抜かしおるわ!」

 

 哄笑を上げるヴァインの顔が禍々しく研ぎ澄まされる。

 色欲でも食欲でもない、純粋な闘争の欲求に駆られた戦士の顔だ。

 

「シャープ=シャービングがオークキング、『氷王(アイス)』ヴァイン!

 我が勝利を導くは『輝き唸る鍵十字(レイ・モーン・スワスティカ)』!

 貴様は黄泉路へ落ち果てよ!」

 

「トーン=テキンが戦士カーツ! 手前にくれてやるものは何ひとつない!

 俺と『夜明けに物思うぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー・ザ・シンカー)』を前に、明日を迎えれると思うな!」

 

 名乗りと共に、牙を剥き出して猛々しく笑い合う。

 通信機を叩き切ると同時に、スロットルをマキシマムへ。

  

 狙うは短期決戦だ。

 長期戦をやるには推進剤の残量が心もとない。

 先のセーフンド氏との対戦で消費した『夜明け(ドーン)』の推進剤は補充されていないのだ。

 最も、あの一戦自体は必要な戦いであったので、後悔はしていない。

 

 今度の相手はオークキングが操るブートバスター。

 名前も聞いた事がない小氏族とはいえ王にまで至った男だ、高い力量を持っている事は間違いない。

 実力を出させる前に、速攻で叩き潰す。

 

 加速する『夜明け(ドーン)』へ向けて、『鍵十字(スワスティカ)』が砲火を放った。

 『鍵十字(スワスティカ)』の右腕が発する赤い発射光に瞬時に判断を下す。

 

斥力腕(リパルサーアーム)!」

 

 『夜明け(ドーン)』の左腕が不可視の盾を展開すると同時に、斥力場に砲弾が炸裂した。

 ほんのわずかな間隔を開けて、続けざまに砲弾が飛来する。

 

「無反動の速射砲(オートキャノン)か!」

 

 炸薬式の実体弾を連射しながらも『鍵十字(スワスティカ)』の姿勢は揺らがない、砲の尾部から後方へ燃焼ガスを噴き出して反動(リコイル)を相殺しているのだ。

 次々に撃ち込まれる小口径砲弾の狙いは正確で、こちらの回避運動を的確に追尾してくる。

 

「ちっ!」

 

 斥力場はそう長くは維持できない。

 速攻で片をつけねば。

 二本腕の相手に対して、こちらの腕は三本。

 機動性では勝っている。

 

「決めるぞ、おらぁっ!」

 

 三機のフレキシブルスラスターを全て右側へ噴射、機体剛性ギリギリの鋭角なターンを掛けて『鍵十字(スワスティカ)』へと切り込む。

 だが、必殺の瞬間に『鍵十字(スワスティカ)』は化けた。 

 黒い両腕の間に金のラインが走る。

 

「何っ!?」

 

 背を駆け抜ける怖気に従い、俺は攻撃のチャンスを捨てて散開(ブレイク)

 だが、機動力で劣るはずの『鍵十字(スワスティカ)』はこちらを上回る敏捷性で迫る。

 

「こいつ、四本腕だと!?」

 

 平凡な二本腕のブートバスターかと思いきや、左右の腕がそれぞれ上下に分かれ、X字の翼を形作っていた。

 腕の接続面を彩る金のモールドが禍々しく光る。

 

「制御しきれるのか!」

 

 四本腕のブートバスターを完全に乗りこなすには、凄まじい腕前が必要になる。

 三本腕ビギナーのこの俺がどこまで張り合えるか。

 

「張り合うんじゃねえ、張っ倒すんだ」

 

 俺は自分の頬に一発ビンタをくれると、弱気になりかけた思考に喝を入れた。

 

「姫様をあんな奴にくれてやれるか、行くぜ『夜明け(ドーン)』!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

トリニティバトル

SIDE:シャープ=シャービングのトロフィー ペール

 

「全艦突撃ぃ! あの雌を絶対逃がすんじゃねえぞ!」

 

「おぉう!」

 

 護衛艦(フリゲート)マーゴ・ドレインのブリッジにドラ声が鳴り響いた。

 シャープ=シャービングのナンバー2であり『氷王(アイス)』ヴァインの補佐を勤める男、セランノは目を血走らせて艦隊に発破を掛け、クルーも熱狂のままに応じる。

 狂奔そのものの情景をブリッジの隅に縮こまったペールは無言で眺めていた。

 

 ベテランの艦長であるセランノをも逸らせるものが、あのお姫様にはあるらしい。

 ブリッジで唯一人オークではないペールには理解できない衝動であった。

 そもそも、トロフィーの身である彼女は、襲われ奪われた側だ。

 心情的には、あの男を蕩かすためだけに産まれたかのような容姿の少女が逃げ延びてくれればと思う。

 だが、同時に彼女が捕まればオーク達はそちらに夢中になって、自分が弄ばれる事は当分なかろうという打算も生じていた。

 

「……」

 

 大きなゴーグルで顔の半ばを隠したドワーフの少女は、そんな事を考えてしまう自分を嫌悪し唇を噛む。

 オークに捕らえられて数ヶ月、随分と卑屈になってしまったと自嘲する。

 

 様々な波長を視認できるドワーフは宇宙の水先案内人として知られた索敵型の強化人類だ。

 独り立ちする年齢となったペールも、商船のナビゲーターとして生計を立てようとしていた。

 最初に乗った船がいきなりオークに襲われ、その人生設計は完全に壊れてしまったが。

 

 熱狂するブリッジ内の雰囲気とは裏腹の鬱々とした気分で、ペールはゴーグルの脇に取り付けられたダイヤルスイッチを回した。

 鋭敏すぎる瞳を保護するゴーグルの前面がシャッターのように動いてわずかな隙間を作る。

 ゴーグルに隠されていた紅い瞳が、戦域を眺め回した。

 最大望遠の光学カメラよりも鮮明に状況を捉える。

 

「あ」

 

 先陣を切った戦闘艇(コルベット)シロオン・ポーンの右舷に大口径レーザーの閃光が突き刺さるのが見えた。

 身を捩りながら進路を変えようとするシロオン・ポーンを、さらに二条の光の矢が貫く。

 ペールは咄嗟に顔を伏せ、爆発するシロオン・ポーンが放つ激しい光から目を護った。

 

「シロオンがやられた!?」

 

「やりやがったなぁ! 突っ込め! 戦闘機なんぞ叩き落とせ!

 けど船は沈めんじゃねえぞ、女がいる!」

 

 怒声のようなセランノの指示が耳に響き、ペールは顔を顰めた。

 手加減して勝てるのだろうか。

 ペールの胸に不安が湧く。

 シャープ=シャービングが負けるのは構わないが、ついでに自分も殺されてしまうのは嫌だ、怖い。

 惨めな生だが、死んでしまうよりはちょっとはマシ。

 

 不安を誤魔化すように肉付きの薄い貧弱な体を両手で抱くと、ペールはブリッジの隅で座り込んだ。

 わずかにスリットの開いたゴーグルの下から紅い瞳が窓に向けられている。

 怖くても、目を瞑ることだけはできない。

 それはボロボロに擦り切れた少女の中に残った、ドワーフの矜持であった。

 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

 四本の腕を展開した『鍵十字(スワスティカ)』は『夜明け(ドーン)』の右舷側へ回り込もうとしながら速射砲を連射する。

 こちらの左腕に装備した斥力腕(リパルサーアーム)の隙を突こうとする動きは的確だ。

 

「ちっ、流石に上手い……!」

 

 小氏族とはいえ、王座を得ただけの事はある。

 俺は斥力腕(リパルサーアーム)で速射砲を防ぎながら機首を巡らせた。

 敵機の予測進路へパルスレーザーを撃ち込む。

鍵十字(スワスティカ)』は回避運動を行わず、右の速射砲に続いて左の武器を放った。

 

「むっ!?」

 

 撃ち放たれるのは大口径の実体弾、斥力腕(リパルサーアーム)で弾き飛ばせる。

 だが、右に装備した速射砲と違って左の大口径砲は無反動仕様ではないらしい。

 大きな反動(リコイル)に『鍵十字(スワスティカ)』の機体は、がくんと跳ねパルスレーザーの射線から逸れる。

 

「砲撃の反動を回避に使うか、味な真似をしやがる」

 

 どちらかといえば曲芸のような回避マニューバに思わず唸る。

 

「二つ目の武器を使いやがったな、こっちもお披露目だ!」

 

 ブートバスター同士の決闘は、武装腕に秘匿した切り札を如何に使うかに掛かっている。

 四本腕のブートバスターとの交戦は俺にとっても初めての経験であり、武器の使用タイミングを見定めていた。

 右腕の武装をオンライン、電磁チャンバーにエネルギーを注入する。

 

「廃物利用だ、食らっとけ!」

 

夜明け(ドーン)』の右腕の砲身から、電磁加速された散弾が飛び出した。 

 散弾の正体は氏族船の周囲で拾い集めた磁性体のジャンク、要するに屑鉄の断片だ。

 

 フィレン&ノッコとの決闘で、入手したばかりの新品レールガンはぶっ壊れてしまった。

 磁力加速器の一部は生き残っていたので、他の余り部品の電磁チャンバーをくっつけて簡易な電磁投射散弾砲として再生したのだ。

 この手の電磁式ショットガンは磁性体、つまり磁力を帯びる物なら何でも弾丸として使える。

 同じ発想の大昔のラッパ銃にちなんでブランダーバスと呼ばれる、お手製散弾砲から吐き出されたジャンクの散弾が『鍵十字(スワスティカ)』へと殺到した。

 

 機体を翻す『鍵十字(スワスティカ)』だが、散弾の範囲は広く完全に逃れる事はできない。

 様々な問題のある廃品利用武器ブランダーバスだが、面制圧能力だけは高いのだ。

鍵十字(スワスティカ)』は左右に四本飛び出した腕の下側二本を主船体の下で揃えると、船腹を散弾の波に向ける。

 二本の腕に備えられた装甲の上にジャンクの散弾がぶち当たり、激しく火花を散らした。

 

「ちぃっ!」

 

 斥力腕(リパルサーアーム)のような防御用装備ではない、ただの腕の装甲だ。

 だが、純粋な装甲で耐えようというヴァインの判断はこの場合正しい。

 ブランダーバスは効果範囲は広いが、貫通力の面ではレールガンより大幅に劣っているのだ。

 散弾に耐えきった『鍵十字(スワスティカ)』が機首をこちらへ向けようと旋回する。

 

 その時、『鍵十字(スワスティカ)』の後方で爆発の閃光が広がった。

 シャープ=シャービングの戦闘艇(コルベット)が撃沈された光だ。

 

「よぉしっ! いいぞっ!」

 

 部下たちの活躍に思わず快哉が漏れる。

 このまま一気に押し込んでやる。 

 俺はスロットルを全開にし、爆発の光芒を背負って四本の腕を広げる『鍵十字(スワスティカ)』へと『夜明け(ドーン)』を突っ込ませた。

 

 

 

 

 

SIDE:「残り火」のノッコ

 

「よしよし、良い子良い子」

 

 弾薬に誘爆し火球と化した戦闘艇(コルベット)の断末魔の光に目を細めながら、ノッコは満足そうに頷いた。

 ベーコ、フルトン、ソーテンのバレルショッターは出力を絞ったレーザーをタイミングをずらして放って戦闘艇(コルベット)を追い込むと、本命の砲撃を叩き込んだのだ。

 急場仕込みであったが、三人の教え子は中々筋が良い。

 鈍足なこちらの輸送船にとって一番厄介な相手である戦闘艇(コルベット)を初手で潰せたのは大きい。

 次はこちらの仕事だ。

 

「三人とも、下がりながら護衛艦(フリゲート)に牽制砲撃。

 敵の戦闘機は私が相手をする」

 

「で、でも姐さん!」

 

「ひとりで、いけるんスか?」

 

「向こうは通常型戦闘機(ローダー)、バレルショッターじゃ相性が悪いよ。

 私に任せて」

 

 心配そうな教え子たちを残し、ノッコは『包帯虎(バンディグレ)』を加速させた。

 余り状態の良くない乗機ではあるが、敵方も似たようなもの。

 こちらへ飛翔してくる三機の通常型戦闘機(ローダー)は明らかに共食い整備の産物だ。

 略奪品でしか補給できないオークの兵器はどこも似たような塩梅になってしまう。

 原型機が判らなくなるくらいに様々な部品で構成された三機の戦闘機の進路上に、ノッコはパルスレーザーを放った。

 

「ほら、こっちこっち」

 

包帯虎(バンディグレ)』のパルスレーザー機銃は二門のみで、一撃必殺の火力に欠けている。

 火力の乏しさから、逆に与しやすいと見たのか三機の戦闘機は『包帯虎(バンディグレ)』へ機首を向けた。

 

「よし、掛かった」

 

 ノッコは小さく頷くと機体を翻した。

 この戦いの勝利条件は敵の撃破ではなく、ピーカ姫の離脱だ。

 トーン09がジャンプするまでの時間稼ぎをするだけでいい。

 

「でも、墜とせるものは墜としておきたいよね」

 

 背後から撃ち込まれる火線をひょいひょいと躱しながら、ノッコは小さく呟いた。

 熟練フービットの頭の中には、敵機を始末する算段がすでに組みあがっていた。




メックウォリアー5の新しいDLCが出てしまいました。
更新が遅れた時は、傭兵メック戦士として宇宙に出かけてるんだと思ってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フェイクハンド

SIDE:兵卒 フィレン

 

「はわわわわ……」

 

 トーン09のオペレーター席に座るジョゼは、モニターに閃く砲火の光を真っ青な顔で見つめている。

 ナビゲーター席で操船を担当するトーロンも同様の有り様だ。

 元々非戦闘員である二人には、こちらに攻撃が飛んでくるかもしれない状況がすでにストレスなのだろうと、フィレンにも想像ができた。

 軟弱なと叱りつけたい衝動を覚えなくもないが、手酷く痛い目を見た経験はフィレンに多少広い視野を与えている。

 オーク戦士にもトロフィーにもオークテックにも、それぞれ言い分と向き不向きがあるのだ。

 そして姫の座乗艦であり、後方要員達で運用されるトーン09は後方に待機しておくのが仕事。

 トーン09が戦闘に巻き込まれてしまった状況自体が不運であり、非戦闘員のクルーを激しく疲弊させるのも無理はなかった。

 

「ふむ……」

 

 オペレーターとナビゲーターが真っ青になっている一方で、シートに足を組んで座ったキャプテンは、動じた様子もなくモニターの戦況を見つめていた。

 

 先行していた戦闘艇(コルベット)は撃沈されたものの、その後方から護衛艦(フリゲート)が迫っている。

 ベーコ達のバレルショッターが砲撃を繰り返しているが、護衛艦(フリゲート)の装甲を貫けていない。

 戦闘艇(コルベット)よりも重装甲なのもあるが、すでに傭兵部隊の護衛艦(フリゲート)戦闘艇(コルベット)に続けて全力砲撃を行ったバレルショッターのコンデンサは枯渇寸前になっており、強烈な一撃が放てないのだ。

 リチャージには帰艦しての充電が必要になるが、この状況ではそんな余裕はない。

 カーツは敵のブートバスターと一騎打ち、ノッコは戦闘機隊との交戦中で、護衛艦(フリゲート)に対抗する手札が残っていなかった。

 

「ん-……。 よし、決めた」

 

 唇に指先を当ててしばし思案していた姫は小さく頷くと、涙目でモニターを見上げているジョゼに向き直った。

 

「ジョゼ、ジャンプチャージの進捗は?」

 

「え、あ、今90%くらい……。

 溜まったら逃げるの?」

 

「それじゃカーツ達を置いてっちゃうじゃない。

 あたし達で護衛艦(フリゲート)を何とかするよ」

 

「何とかって……近寄ったら撃たれちゃうよ!?」

 

「撃たれない、撃たれない。

 あいつらはあたしが欲しいんだもの、護衛艦(フリゲート)の砲で船を沈める訳にはいかない。

 それにトーン08と09のどっちに乗ってるかも判んないから、どっちにも撃てないよ」

 

 こう仕向けるためにわざわざ通信を入れたのだと嘯く姫の豪胆さに、フィレンは若干の呆れを覚えつつも感服していた。

 

「でも、このままじゃ接舷されて乗り込まれちゃう。

 その前に何とかしないと。

 こういう手筈で行こうと思うんだけど」

 

 姫が語る手筈を聞き、フィレンの内心で呆れの割合が感服を大きく上回った。

 

 

 

SIDE:「残り火」のノッコ

 

 追尾してくる三機の通常型戦闘機(ローダー)の乗り手は、即席の教え子達に比べてもかなり質が落ちるとノッコは判定した。

 フォーメーションを組んで追い込もうという気配はまったくなく、てんでに己が手柄を立てる為だけに突っ込んできている。

 

「だから、釣られる」

 

 敵の進路状に撃ち込むわずかな銃撃と数度の鋭角なターンを行う『包帯虎(バンディグレ)』を追う内に、シャープ=シャービングの戦闘機隊は「並べ」られていた。

 三次元機動ゆえ一直線というわけではないが、わずかながら明確に前後の距離が開くよう誘導されている事に戦闘機隊は気付かない。

 

「まずはひとつ」

 

 ノッコは目前の大きなデブリを回り込むように回避すると、機銃を短く発射。

 大きなデブリ、傭兵部隊の護衛艦(フリゲート)の残骸に撃ち込まれたパルスレーザーは、脱落しかけていた装甲板の根元を焼き切った。

 破片が飛び散り、装甲板が新手のデブリとして乖離する。

 ノッコを追う形で飛び込んでしまった先頭の一番手は、不意に出現した障害物に対し慌てて機首を返した。

 

 その反射神経の良さは流石オークと言わざるを得ないが、操縦桿を切った先が悪い。

 護衛艦(フリゲート)の残骸に翼端をひっかけつんのめった機体は、半回転しながら避けようとした装甲板に激突してしまう。

 機体をひしゃげさせた戦闘機は、そのまま新しいデブリと化した。

 

 後を追う二番手は目の前に増えてしまったデブリを大きく迂回して避ける。

 そこをパルスレーザーが貫いた。

 

「ふたつ」

 

 一対一になってしまえば、最早ノッコに負ける要素はない。

 程なく、最後のカウントが数えられた。

 

「みっつ、おしまい」

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

「おらあぁっ! 往生しやがれぇっ!」

 

夜明け(ドーン)』を突っ込ませながら、ブランダーバスをぶっ放す。

 爆発四散する戦闘艇(コルベット)の光に『鍵十字(スワスティカ)』は明らかな動揺を見せ、その回避運動は精彩を欠いていた。

 広がる散弾を躱しきれないと見たか、下側二本の腕を盾として弾幕に相対する。

 電磁加速された屑鉄の破片が『鍵十字(スワスティカ)』の装甲にぶち当たり、火花を散らした。

 貫通できる程の威力はない、だが、身動きできないよう釘付けにする効果はある。

 

「仕舞いだ! 一発必中……」

 

 止めの一撃を放とうとした瞬間、それよりも早く『鍵十字(スワスティカ)』の船体で推進炎が弾けた。

 生存本能が攻撃よりも回避を優先させ、『夜明け(ドーン)』はその場で側転するようなロールを打つ。

 ほんの一瞬前まで『夜明け(ドーン)』が居た空間を、砲弾とは比べ物にならない質量が通り抜ける。

 

「質量弾!? いや……!」

 

 そんな馬鹿でかい弾丸やミサイルなどブートバスターに搭載できるはずがない。

 

「手前っ! そういう手口かぁ!」

 

 答えは簡単、要らない腕を一本ぶっ飛ばしたのだ。

 強烈な推進機付きの武装腕だ、宙を翔ける鉄拳の構造はミサイルと一緒とも言えよう。

 今や三本腕となった『鍵十字(スワスティカ)』の姿に、一杯食わされた俺は怒声をあげる。

 

「元から扱いきる気なんかなかったんだな、こん畜生!」

 

 腕が増えるごとに加速度的に操作難易度が上がっていくのがブートバスターという機種だ。

 四本ともなれば、達人級の技量が必要になるだろう。

 ヴァインは最初に四本の腕を見せつける事で、自らの腕前を詐称したのだ。

 

 機体の製造などできないのがオークだ、あの機体とてどこかで入手した略奪品だろう。

 操縦難易度の高い四本腕の使い道にヴァインは相当悩んだに違いない。

 自分の腕を高く見せつけ、いざとなれば手に負えない部分を切り離す。

 それはひとつの戦術ではある。

 実際、俺も四本腕を最初に見た時には威圧されるものを感じてしまった。

 奴の目論見にまんまと嵌っていたのだ。

 

 俺の中に生じているのは、いわば恥辱にも近い怒りであった。

 相手の技量を見誤った、それも高く。

 拍子抜けと出し抜かれた不快感が混ぜこぜになり奥歯を噛む俺に向けて、『鍵十字(スワスティカ)』はもう一本の腕を射出した。

 

「ふざけんなよ、この野郎っ!」

 

 斥力腕(リパルサーアーム)がエンジン付きの鉄拳を弾いて逸らす。

 

「こんなもん、一度見ちまえば当たるかっ!」

 

 下側二本の腕を打ち出し、ありきたりな二本腕となった『鍵十字(スワスティカ)』へ、俺は腹立ちを込めてブランダーバスを乱射した。

 四本腕の推力でも躱しきれなかったのだ、操作難易度は下がったかもしれないが、散弾の範囲から『鍵十字(スワスティカ)』は逃れられない。

 散弾の雨の中、身を捩る機体の各部で小爆発が弾けた。

 せっかく扱いやすい姿になった『鍵十字(スワスティカ)』であるが、まともなマニューバを見せる事も許されずに半壊し、漂流を開始する。

 

「たばかりやがって……畜生め」

 

 推進機まで穴だらけになった『鍵十字(スワスティカ)』の有り様に多少溜飲が下がり、荒い息を吐いた。

 難敵と誤認した相手への過度の集中が緩み、狭窄していたような視野が広がっていくのを感じる。

 

「なっ!?」

 

 見る余裕もなかったレーダーサイトに、見落としてはならない情報が表示されているのを確認し、思わず目を剥いた。

 トーン09が一直線に護衛艦(フリゲート)へと突き進んでいる。

 

「何やってんですかっ、姫ぇ!」

 

 俺はヴァインに止めを刺す事も放り出し、慌てて機首を翻した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

姫のひと噛み(プリンセス・バイト)

SIDE:シャープ=シャービングのトロフィー ペール

 

「えぇ……?」

 

 真正面から突っ込んでくる輸送船に、ペールは困惑の声を漏らした。

 見るからに非武装の輸送船は砲弾の一発も撃って来ない。

 だとすると、体当たりのつもりか。

 あるいは。

 

切り込み(ボーディング)が狙いか!

 流石はオーククイーン、ガキのくせに勘所の判ったいい女だ!」

 

 護衛艦(フリゲート)マーゴ・ドレインを預かるセランノは、突進してくる敵艦に興奮した叫びを上げた。

 接舷して白兵戦要員を敵艦内に送り込み、物理的に制圧するのが切り込み(ボーディング)である。

 遥かな昔、船がまだ海上を往来していた頃より行われてきた古式ゆかしい戦法だ。

 一見無謀そのものの戦法だが、砲戦能力のない輸送船が護衛艦(フリゲート)に対抗する手段としては唯一の勝ち筋と言っても良い。

 積載能力に優れたその船倉に大量のオーク戦士が詰まっている可能性もある。

 

「面白え、受けて立とうじゃねえか、トーン=テキンの姫!」

 

 相手の意図を察したセランノは獰猛に牙を剥き出して笑うと立ち上がった。

 

「野郎ども、続け!

 敵艦に逆に切り込み(ボーディング)を掛けて姫の身柄を押さえるぞ!

 最初に捉まえた者なら味見をしたとて、王も文句を言うまい!」

 

「おぉう!」

 

 股間も勇壮に立ち上がったオーク達は、我先にとブリッジを飛び出していく。

 向かうはエアロックか、あるいは格納庫のハッチか。

 そこから真空に飛び出して敵艦に乗り込み、姫を組み伏せるのだ。

 

「ちょ、ちょっと待って! ここ、どうするの!」

 

 どたどたと出て行くクルーのテンションに一人置いて行かれた状態のペールは、最後尾のオークに慌てて声を掛けた。

 

「あぁ? お前、動かせるだろ! 真っ直ぐに飛ばせ! 乗り込みやすいように上手いことやれよ!」

 

 余りにも勝手すぎる事を言い放ち、最後尾のオークは仲間に遅れまいと駆け出していく。

 

「嘘でしょぉ……」

 

 放り出されたペールは呆然と呟いた。

 ナビゲーターに適したドワーフは生粋の宇宙船乗り(スペースマン)種族であり、特殊な視力以外にも慎重さと注意深さを重視した能力特性は、船のどの部署に配置されても役に立つ。

 航法がメインであるペールだが、彼女も両親から船の各部署に関する技術を手広く仕込まれており、操船から機関士まで一通りこなす事ができた。

 だからといって、ここで監督も置かずにトロフィーに丸投げしていくものだろうか。

 餌に飛びつく野獣そのもののようなオークの思考回路は、ペールにはまったく理解できない。

 

 いっそこのまま艦を奪ってしまえばという誘惑がちらりと脳裏をかすめたが、それをやらかす度胸はなかった。

 数ヶ月の虜囚生活は、ドワーフの少女の中から勇気を完全にへし折っていた。

 殴られるのも叩かれるのも張られるのも掻き回されるのも嫌だ。

 

「知らないよ、もう……」

 

 仕方なくナビゲーターシートに座ったペールは、投げやりに呟いた。

 

 

 

 

SIDE:兵卒 フィレン

 

 突撃を敢行するトーン09のブリッジでは、パルスレーザーの赤い光が船を掠める度にトーロンの悲鳴が響いていた。

 

「うひぃぃっ!? あぶなっ! あぶうぅっ!?」

 

 ナビゲーターシートで操舵桿を握らされたトーロンは情けない声をあげながら、ぶんぶんと首を振る。

 だが、彼の主はキャプテンシートで頬杖をついたまま冷淡に命じた。

 

「しっかり、トーロン。 進路はこのまま」

 

「無理無理無理! こんなん無茶ですよぉーっ!?」

 

「大丈夫大丈夫、向こうが撃ってるのは対空砲だけ。 あんなのただの脅かしよ。

 ベーコ達も下げてるし、こっちに被害は出ないわよ」

 

「そんな事言われましてもぉぉっ!?」

 

 操舵桿を握る両手は恐怖のあまり、がくがくと震えている。 

 トーロンが戦闘階級の試験を落とされオークテックとなったのは、この肝っ玉の小ささが原因だ。

 醜態を見せるトーロンにフィレンは小さな溜息を漏らすと、意見を具申した。

 

「姫、戦士に向かぬ者にこの修羅場は厳しいかと。

 ここはこのフィレンにお任せを」 

 

「操舵はできるの?」

 

「本職同様とまでは行きませんが、まっしぐらに飛ばす事ならば」

 

 胸を張るフィレンに、ピーカ姫は金の瞳を細めた。

 彼の剥き出しの肩には虎縞を思わせる引き攣った傷痕が刻まれている。

 カーツとの決闘の際、ノッコを庇って受けた火傷の痕跡だ。

 

「じゃあ、お願い」

 

「はっ!」

 

 フィレンは厳粛な面持ちで頷くと、ナビゲーターシートに駆け寄りガチガチに強張ったトーロンの肩を叩いた。

 

「交代だ、後はオレに任せろ」

 

「は、はい、すみませんフィレンさん……」

 

「よい、戦場は戦士の持ち場だ。

 お前は慣れぬ身でよく耐えた」

 

 思いもよらぬ労りの言葉を掛けられたトーロンは目を白黒させる。

 フィレンを手酷く叩きのめした敗北は、彼から驕りの大部分を剥ぎ取っていた。

 彼の誇りであり、縛めでもあったオークナイトの称号もない今、童心の如き素直さで動く事ができる。

 すんなりと口を突いた労わりであったが、これまでの高飛車ナイト様な言動からのギャップは著しい。

 

「あ、はい、お願いします……」

 

 傍から見れば、どうかしてしまったのではないかという変貌ぶりにトーロンは若干薄気味悪そうに席を譲った。

 フィレンの方はトーロンの訝しげな表情など気にもならないほど、勇み立っている。

 落ちるまで落ちたからには後は上がるしかないというこの状況で、ようやく手にしたアピールのチャンス。

 今から自分は、血筋に拠らず己の腕に拠って立つのだ。

 ここで燃え上がらねば戦士ではない。

 フィレンはモニターの中の敵艦を睨み、気迫を込めて牙を剥いた。 

 

「トーン=テキンのフィレン、ここに在りぃ!」

 

 フィレンは操舵桿を握りしめると、回避運動に備えて余裕を持たせていたトーロンの出力設定を取り消し、全出力を推力に回す。

 ジャンプチャージは終わっているのだ、後は全力で吶喊するまで。

 敵もまた加速しているのか、見る見るうちに彼我の距離が無くなっていく。

 

「姫! 下知のご用意を!」

 

「うん! ジョゼ、ジャンプスタンバイ!

 あたしの指示で起動して!」

 

「りょ、りょおかいぃ!」

 

 真っ青な顔のジョゼが裏返った声で何とか応答する。

 ピーカ姫は、ずれかけた眼帯の位置を直すと、桜色の舌でぺろりと唇を湿した。

 護衛艦(フリゲート)の船首がモニターを埋め尽くさんばかりに迫って来る。

 

「来た、来た……今だ! 噛みつけぇ!」

 

「うおぉぉっ!!」

 

「わあぁぁっ!?」

 

 姫の下知にフィレンは雄叫びで応え、ジョゼも必死でコンソールを叩く。

 エネルギーを充填されたジャンプドライブが起動し、トーン09の船影は消え失せた。 

 

 

 

SIDE:「残り火」のノッコ

 

「ああいう無茶を止めるのが御付きの役目じゃないの、ボンレーさん」

 

「面目ない、ですが、他に手が無かったのも事実です」

 

 通信モニターの向こうの中年オークは、古傷だらけの顔を苦渋に歪ませながら丁重に頭を下げた。

 往々にして若死にしやすい戦士階級のオークで、この年まで生き延びているのは彼が相当な知恵者である事を示している。

 そのボンレーが断言する以上、実際に仕方のない事だったのだろう。

 だが、ノッコが最も大事に思うフィレンも一蓮托生であるとなれば、言葉に棘も出てしまう。

 

「むー……」

 

 小さな胸の内で煮えたぎる激情をフービットとしては稀有な忍耐力で押し留め、ノッコは大きく深呼吸した。

 ボンレーと喧嘩をしたくはないのだ。

 彼はカーツの副官の身でありながら、厄介な立場で転がり込んできたノッコを同格の指南役として遇してくれている。

 普段の運営においてはボンレーが副官、戦場ではノッコが副官という役割分担まで提案してくれた。

 人間関係にも配慮できる有能な先任下士官は、値千金に得難いものである。 

 

「判ったよ、そこは仕方ない。

 でも、どこにジャンプするかはちゃんと把握してるのね?」

 

「それは勿論。

 こちらも貴女とベーコ達を回収次第、追います」

 

「そう」

 

 闇雲なランダムジャンプでは、どこに行くか知れたものではない。

 無鉄砲なお姫様も流石にそこまでの無茶はしなかったと内心安堵しながら、護衛艦(フリゲート)に視線を投げる。

 敵の旗艦たる護衛艦(フリゲート)は、船首のブリッジパートを円形に抉り取られていた。

 至近距離でジャンプを実行した結果、空間転移半径に巻き込まれたのだ。

 

「思い切りの良すぎる上司は、ちょっと怖いね」

 

 ノッコはピーカ姫がこのような無茶な手段に出た理由を察している。

 カーツやノッコら、戦闘機隊を置いていかない為だ。

 砲撃の中で悠長に着艦させる余裕はない、ならば執着されている我が身を餌に、手痛いひと噛みをくれてやったのだ。

 戦士としてその思い切りの良さは好ましいが、彼女は戦士ではなく将たる貴人である。 

 そこを心得違いされているようでは、今後困る。

 

「……まあ、そこは旦那さんがお説教してくれるか」

 

「おそらく、陛下も兄貴にはそういった事も期待されてるかと思いますので、大丈夫かと……」

 

「そうだね、それで、旦那さんは?」

 

「トーン09に追いすがってジャンプの瞬間に電撃糸(スタンストリング)を撃ち込んでいるのを確認しました。

 電撃糸(スタンストリング)をアンカー代わりに無理やりジャンプに同行したようですな」

 

「そっちはそっちで、お説教しないといけない気がする……」

 

 電撃糸(スタンストリング)は多分に趣味的な武装であるが、牽引や保持といった用途は想定されていないはずだ。

 直属の上司と、そのまた上の上司の無茶っぷりにノッコは若干の頭痛と懐かしさを覚える。

 こういう八方破れで滅茶苦茶な戦術は、彼女の同族のやり口に近い。

 その後始末に追われている内に、「残り火」などという銘を貰ったのがノッコであった。

 いつも貧乏くじを引いている気がするが、自分はそういう星回りなのだと諦める。

 

「まあ、全部合流してからの事ね。

 こっちも姫様と旦那さんを追いましょう」

 

「トーン08に着艦してください。

 ベーコ達にも指示を出してます」

 

 数分後、ドッキングポートに四機の戦闘機を接続させたトーン08は旗艦の後を追ってジャンプを行う。

 斯くして多少のイレギュラーはあったものの、ピーカ姫の略奪チュートリアルは無事終了した。

 

 

 

 

SIDE:『氷王(アイス)』ヴァイン・シャープ=シャービング

 

「むぅん!」

 

 モニター類の大半が死んだ『輝き唸る鍵十字(レイ・モーン・スワスティカ)』のコクピットハッチが内側から蹴り開けられる。

 ようやく視界を確保できたヴァインは、戦闘の興奮で噴き出た汗が瞬時に凍結して肌に張り付く感触に爽快感を覚えながら周囲を見回した。

 

「ぬぅ、マーゴ・ドレインまでやられたか……!」

 

 穴だらけのジャンクにされてしまった『鍵十字(スワスティカ)』のみならず、旗艦マーゴ・ドレインも艦首を抉られ漂流している。

 

「やりおるわ、トーン=テキンの戦士ども。

 流石クイーンの取り巻きだけはある!」

 

 こっぴどくやられたヴァインであったが、だからこそ彼は不敵に牙を剥き出して大笑した。

 苦しい時こそ笑うのがシャープ=シャービングだ、彼らはそうして男を上げてきたのだ。

 

「なおさら欲しくなったぞ、トーン=テキンの姫!」

 

 この苦境を乗り越え、最高の女を手に入れる。

 そう思えば氏族崩壊のピンチすら、極上の「焦らし」のひと時だ。

 股間も一際、力を増す。

 

 ヴァインは真空中に無音の哄笑を放ちながら『鍵十字(スワスティカ)』のコンソールパネルを蹴りつけた。

 瀕死の『鍵十字(スワスティカ)』に残った右上腕の推進機が主の無体に応えて、咳き込むように点火する。

 弱まれはすれども『輝き唸る鍵十字(レイ・モーン・スワスティカ)』の輝きは、未だ消え失せておらず。

鍵十字(スワスティカ)』は「首」を取られた旗艦へ向けて、よろめくような飛翔を開始した。




書籍化の打診を頂き、現在お話が進行中です。
まだ何もお見せできる段階ではありませんが、今後も宇宙の豚ちゃん達をお願いいたします。

いい夢を見させて(ry


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お説教タイム

SIDE:戦士 カーツ

 

「むうぅっ……」

 

 平衡感覚を激しく掻き乱され、こみ上げてくる酩酊のような不快感を唸りと共に呑み下す。

 空間転移の際に三半規管が混乱する、いわゆるジャンプ酔いの症状だ。

 戦闘機パイロットとしても優れた素質を持つオークの三半規管にすら、船に固定されていない不安定な状態でのジャンプはダメージを与えていた。

 だが、トーン09を見失わなかったのは幸いだ。

 

「バラバラにジャンプアウトしなくて助かったぜ……」

 

 目の前に広がるダークグリーンの船体に安堵の吐息も漏れる。

 俺は『夜明け(ドーン)』の下部武装腕から伸びるストリングスを巻き取った。

 眼の前でジャンプを発動される寸前に、電撃糸(スタンストリング)をトーン09に打ち込んでアンカー代わりに使ったのだ。

 無論、電流は流していない。

 

「こいつも千切れなくて助かったな、後で強度確認しないと」

 

 電撃糸(スタンストリング)はこのような係留索めいた使い方をする道具ではない。

 明らかに過大な負荷が掛かっている以上、詳細な検査は必須である。

 だが、それも全て後の話だ。

 俺はトーン09へコールを送った。

 

「カーツ! どうよどうよ! 凄いでしょ!」

 

 回線が開くなり、満面の笑みの姫様がどアップで映し出される。

 オペレーターシートのカメラに近寄りすぎていて、画面の7割が体格不相応なバストの北半球で埋まっていた。

 

「……誰がこの戦法、考えたんです?」

 

「あたし!」

 

 まあ、そうだとは思った。

 

「フィレン、居るか?」

 

「……ここに」

 

 ドヤ顔全開な姫の後ろから、フィレンの不愛想な声が聞こえる。

 

「何故止めなかった?」

 

「姫の勅命なれば。

 それと、あの状況で隊長達を回収するには他に手が無かったのも事実です」

 

 可愛げのない返答に舌打ちが漏れる。

 小言のひとつも言ってやろうと口を開き掛けた時、トーン08がジャンプアウトしてきた。

 

「まあいい、後はノッコ達も交えて話そう」

 

 どうせなら、説教要員は多い方がいい。

 

「そうね! ノッコとボンレーも褒めてくれるかな!」

 

「……そーですね」

 

 戦果に浮かれている姫様に対し、水を差す事もない。

 お説教は後回しだ。

 

「トーン09に着艦します。

 ああ、それとフィレン」

 

「……何でしょう」

 

「お前は俺の舎弟になったんだ、堅苦しく隊長なんて呼ばず、兄貴でいいんだぜ?」

 

 その瞬間の酢を飲んだようなフィレンの顔はなかなか見物であった。

 

「……隊長は隊長ですので」

 

 強情にそっぽを向いたフィレンに吹き出しながら、俺は『夜明け(ドーン)』を着艦コースへ乗せた。

 

 

 

 

 

「なんでよう! なんでぇ!」

 

 先程までのご機嫌から急転直下、トーン09のブリッジで正座させられた姫は不機嫌全開でかんしゃくの声をあげる。

 

「……」

 

 正座させる事で一時的に高い視点を得たノッコは、冷たい瞳で姫を見下ろすと無言で脳天に拳骨を振り下ろした。

 

「いたあぁっ!?」

 

「何をする、ノッコ!」

 

 いきなりの実力行使にノッコへ詰め寄ろうとするフィレンの肩を掴む。

 

「なっ、隊長! あなたが止めるべきでしょう!」

 

「因果を含めてからだ、フィレン」

 

 ついで、二発目を振り上げているノッコの腕も掴んで止める。

 

「調子に乗ってる子は、叩かないと判らないよ」

 

「だとしても、お前は言葉が足りない」

 

 両手に捉えた母子を解放すると、涙目で脳天を擦っている姫様に視線を向ける。

 

「ううぅ、母様にだって打たれた事ないのにぃ……」

 

 まあ、あの御方はそういう事しないというか、できないタイプだろう。

 娘の駄々に眠たげな瞳を細めて困り顔を浮かべる女王の想像図が脳裏に浮かび、俺は思わず頬を緩ませかけた。

 だが、今はお説教タイムだ。

 意識して厳格な表情を作ると、片膝をついて姫と視線を合わせた。

 

「どうして怒られなきゃいけないって、御思いですね?」

 

「そうよ! 戦果を挙げて、みんな脱出できて、上手く行ったじゃない!」

 

「なるほど、思い違いをしておられる」

 

 俺の言葉に、姫は金の猫目を丸く見開いた。

 

「今回の略奪行において、略奪の成否そのものはどうでもいいんです。

 重要な事は、姫様に経験を積んでいただく事」

 

「じゃあ、勝って経験を積めたじゃない……」

 

 ほっぺたがぷくーと丸く膨らむ。

 そんな表情でも愛らしい姫様の頭を撫でながら続けた。

 

「積む経験にも良し悪しがあります。

 今回の勝利は姫様にとって『良くない』勝ち方の経験となってしまいました」 

 

 手のひらに小さなコブを感じる。

 ノッコめ、ちょっとやり過ぎだ。

 

「良くないって何よ、勝ったんならいいじゃない、負けるより」

 

「いいえ」

 

 俺は断固として首を振り、姫の言葉を否定した。

 

「一か八かの博打に命を掛けて良いのは、それしか持たぬ戦士のみ。

 姫様はそうではありません。

 戦士ではなく、将として勝たねばなりません」

 

 眉を寄せる姫様に、ゆっくりと言い聞かせる。

 

「何とか勝ちを拾うような危なげな勝利は、将たる者の勝利ではありません。

 そして、危険が勝るようなら、損切りをせねばならない時もあります。

 今回の戦力比ならば、我々の回収を諦めて離脱すべきでした」

 

「……カーツ達を置いてくのは、やだよ」

 

 唇をへの字に曲げて姫様は呟く。

 

「個人としてはありがたく存じます。

 ですが、覚えておいてください、我々全員よりも姫様の方が大事なのだと」

 

「……」

 

 納得いかない風情の姫だが、お説教をされてすぐさま実になる事がないのは、こちらも判っている。

 今の所は「叱られる事もある」とだけでも覚えていただければ上等だ。

 大人の言葉を自分なりに理解していく事もまた、重要な経験である。

 お説教はこの辺でよかろう。

 

「まあ、今回は間が悪くもありました。

 安全に襲える、手頃なターゲットを選んだつもりだったんですがね」

 

 オークはおつむの残念な種族だが、略奪に関しては本能に染みついていると言える程に熟達した種族でもある。

 トーン=テキンほどの大氏族ともなれば、偵察部隊を用意して獲物を吟味するくらいはやってのけるのだ。

 偵察部隊の持ち帰った情報から、防衛戦力が他所より少ないマイネティン星系の鉱山基地が姫のチュートリアルに選ばれたのである。

 だが、与しやすい獲物に目を付けた別のオーク氏族を見落としていたのは、実行指揮官である俺のミスだ。

 

「他所の略奪とカチ合った際の事を考えておらず、姫を危険に晒してしまいました。

 申し訳ありません」

 

「……いいよ、次からはもっと安全にやらなきゃって事でしょ」

 

 姫は小さく頷くと、にやっと笑った。

 

「安全に、美味しく略奪できるよう、考えるよ」

 

 悪戯を考えている悪ガキのような笑顔にちょっと不安が残るが、まあ、そこは言うまい。

 言質を取ったと悪だくみするのもまた経験である、多分。

 

「それでね、カーツ、今後の安全も考えると、アレを持って帰りたいんだけど」

 

 姫様はモニターを指さした。

 ジャンプに巻き込まれた結果、空間の歪みに斬首されてしまった護衛艦(フリゲート)の船首部分が映し出されている。

 

「アレをね、トーン09の舳先にくっつけたら、頑丈な装甲になると思うの」

 

「……えらく不細工になりませんかね」

 

 純然たる戦闘艦として作られた護衛艦(フリゲート)の装甲の分厚さは、輸送船などとは比べ物にならない事は確かだ。

 だが、護衛艦(フリゲート)の枠としては最大クラスだった艦の船首である、トーン09の船体よりも大きい。

 母なる星に存在したシュモクザメとかいう水棲生物にも似た、異形のシルエットになってしまうだろう。

 個人的には、どうにも格好悪いと感じてしまう。

 

「見た目なんてどうでもいいのよ、性能性能」

 

 姫はあっさりと言ってのけた。

 本人の美貌とは裏腹に、姫の美的センスは実にオーク的であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ドワーフ少女は情緒不安定

SIDE:ペール

 

「はうぅ……」

 

 ドワーフの少女、ペールは残骸の中で奇跡的に残ったブリッジルームの隅で縮こまり、窓の外を怖々と見つめていた。

 至近距離にダークグリーンの輸送船が二隻浮かんでいる。

 特攻のような勢いで突っ込んできた挙げ句ジャンプに巻き込んでぶった斬るキチガイ戦術を駆使した頭のおかしい箱型輸送船と、四機の戦闘機を吊り下げた筒型輸送船。

 ペールが生き延びるためには、救助を要請しないといけない相手だ。

 

 だが、ペールは迷っていた。

 相手はオークなのだ、それもかなり頭がおかしいと思われる類の。

 シャープ=シャービング族のトロフィーとして屈辱を味わわされた日々からやっと解放のチャンスが来たというのに、別のオーク氏族に捕まっては元の木阿弥だ。

 しかし、このまま隠れていてはこの船首区画に残った酸素を使い切って死ぬだけである。

 屈辱の生と、無意味な死ならば、ペールは前者を選ぶ。

 

 その上でペールを躊躇させているのは、偏に新たなオークの頭のおかしさが恐ろしいからだ。

 ヴァインらオーク連中が執着していたオークのお姫様とやらが実行した滅茶苦茶な戦術は、脆弱さ故に理詰めで宇宙を生きているドワーフにとって完全に理解の外にある無法そのものだった。

 あんな生きるか死ぬかの、どっちかと言えば死ぬ割合の高い戦術を取るような人物の所に行きたくない。

 なまじ見た目が同性から見ても大変な美少女と思えるだけに、訳の判らない存在という恐ろしさが増している。

 シャープ=シャービングのオーク達は言ってみれば粗暴な雄に過ぎなかったので、ある意味判りやすい。

 訳の判らない雌がどんな無体を働いてくるのか、全く判らないのが恐ろしくて堪らない。

 ペールはゴーグルの下の紅い瞳に涙を滲ませながら、両手でガリガリに痩せ細った体を抱きしめてブルブル震える。

 

 ここ数ヶ月で酷い目に遭わされ続けたペールの中に、無体を働かれないという楽観的な未来予想図は湧いてこなかった。

 

「ひぃっ……!?」

 

 箱形輸送船、頭のおかしいお姫様が乗ってると思われる方から、三本腕のアーモマニューバが発進するのが見えた。

 こっちに向かって来ている。

 

「あああ、だからちゃんと戦闘ブリッジに移動した方がいいって思ってたのにぃぃ」

 

 護衛艦(フリゲート)マーゴ=ドレインは船首と中枢部の二カ所に操船室(ブリッジ)を持っていた。

 船首のブリッジは外部を視認でき操船も容易な通常航行用のブリッジであり、戦闘時には艦内奥深くの戦闘ブリッジに移動するのが本来の運用である。

 だが、血の気の多いオークどもは「最前列で突っ込むのが戦の華」などとペールには理解の出来ない理由を挙げて、通常ブリッジでの運用を好んでいたのだ。

 戦闘ブリッジに居たのならば、相手のジャンプに巻き込まれる事もなかったろうに。

 

「うあぁぁ……やだやだやだ、こわい、やだよぉ、こわいよぉぉ……」

 

 幼児退行したかのような呻きを漏らすペールは、ブリッジの隅で頭を抱え込んで丸くなった。

 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

 護衛艦(フリゲート)のブリッジの残骸に『夜明け(ドーン)』を寄せると、電撃糸(スタンストリング)を撃ち込んで機体を固定した。

 

「良くない使い方だとは判ってんだけど、意外と便利だな、これ」

 

 趣味的と称される電撃糸(スタンストリング)だが、攻撃にも使えるツールと考えるなら結構有りかも知れない。

 今度トーロンにもっと糸を頑丈に出来ないか相談してみよう、弾頭もアンカーにできるなら使い勝手が上がりそうだ。

 そんな事を考えながら軽宇宙服のヘルメットを被ると、通電していないストリングを伝ってブリッジの切断面に近づいた。

 切り落としたかのように鋭利な傷跡はあちこちから火花を散らしている。

 何カ所か見える艦内通路だったと思われる空間は隔壁で蓋がされていた。

 

「おお、自動隔壁が降りてる。

 こんな状態になってるのに機能が働いてるとは上等な船だ」

 

 軍艦は総じて高級な代物であり、特にダメージコントロール機能は民間船に比べると段違いに高性能だ。

 船首部分を丸々切り飛ばされるような大損害を受けた場合、民間船ならそのまま対処が追いつかずに空気が抜けきってえらい事になってしまうが、軍艦はひと味違う。

 自動隔壁で船首部分の空気を保っているこの船は、一流の護衛艦(フリゲート)であったと言えよう。

 

「……厄介だな」

 

 空気が保たれている、つまり中に生存者がいる可能性もある。

 生存者とは要するに敵オーク氏族の連中だ。

 

「よし、こいつは使えそうだ」

 

 俺は切断面から覗いていた鉄パイプ、元は通路のガイドレールか何かだったかと思われる金属棒を引きちぎった。

 

「ふんっ!」

 

 隔壁の可動域のわずかな隙間に鉄パイプの先端を無理やり突き込むと、梃子の原理で思い切り力を掛ける。

 これぞオーク式ロックピック、パワーで開かない扉はない。

 

「よっこい、しょぉっ!」

 

 めきりと歪んだ隔壁はあっさりと引き剥がされ、内部から吹き出す空気(エア)の奔流に抗しきれずに虚空の中へと消えていく。

 流石に軍艦といえども、同一区画に二枚目の隔壁はない。

 このまま、中の空気が真空中に漏れ出してしまえば、害虫もすっきり駆除できる。

 真空バルサンは宇宙船掃除の基本だ。

 

「よーし、後はしばらく待つだけだな」

 

 空気中に含まれていた水分が真空の中で氷結し、わずかに白い流れとなって見える空気(エア)漏れを眺めつつも、俺は警戒を怠らない。

 宇宙戦士の種族であるオークとて、真空での生存時間は数十分程度しかない。

 シャープ=シャービングとやらの生き残りが潜んでいるなら、このピンチに飛び出して来ざるを得ないはずだ。

 出てきた所を必殺のオークパンチで迎撃する、穴がひとつしかないモグラ叩きである。

 だが、ここには予想とは違う類のモグラが潜んでいた。

 

「やぁぁぁ……」

 

「ん?」

 

 空気漏れの気流を通じて、かすかに甲高い声が聞こえる。

 隔壁の中を覗き込んだ俺は、気流に揉みくちゃにされた小さな人影が吸い出されてくるのを確認した。

 薄い色素の蒼い髪が、ねずみ花火の炎のようにくるくる回っている。

 人影が虚空に吸い出される瞬間、咄嗟に俺は腕を差し出した。

 

「おぶっ」

 

 俺の腕がつっかえ棒となり、人影は堰き止められた。

 ちょうど鳩尾の辺りに腕が食い込み、図らずもラリアート染みた状態になっているのはご愛敬だ。

 

 吸い出されてくるのがオークであったなら、そのまま宇宙の果てまで流れていくのを見送るか、必殺パンチで永遠に沈黙させるかのどちらかだが、この小柄な人影は明らかにオークではない。

 オークではないのにオークの船に居る、つまりトロフィーだ。

 そしてトロフィーは大抵の場合において劣悪な扱いを受けており、捕獲した氏族を恨んでいる事が多い。

 咄嗟に助けてしまったのは、「敵の敵は少なくとも敵ではなさそう」という非常に軽い理由であった。

 

「あ、こりゃいかんな」

 

 姫とは比べるべくもないが、一応女性と判る程度の丸みはある少女は、薄蒼の長い髪を振り乱して藻掻いている。

 オークでもないのに平気で真空に突っ込んでいける種族は早々いない。

 俺は少女を小脇に抱えると、ブリッジの残骸を蹴って愛機へ飛んだ。

 繋留してある『夜明け(ドーン)』のコクピットに飛び込むと、キャノピーを閉じてキャビンに空気(エア)を充填する。

 

「ぶはっ、はっ、はぁっ……」

 

 俺の膝の上でぐったりと脱力した少女は、酸素を貪りながら顔を上げる。

 細面の顔の上半分を覆う、金属の仮面のような何かが見える。

 コクピット内の計器の光を反射する金属片を、俺は反射的にむしり取った。

 仕込み武器の疑いがあるものに対して、戦士の本能が呼び起こした反応であった。

 

「あ……?」

 

 ぱちくりと、少女は紅い瞳を瞬かせた。

 その素顔は姫様には及ばずとも、素朴に愛らしく整っている。

 幼さを残した褐色の美貌が、驚きから覚めると同時に恐怖に染まった。

 

「い、いやぁぁぁぁっ!?」

 

「ドワーフか! すまん!」

 

 両手で顔を隠して悲鳴を上げる少女に、俺は慌ててむしり取ったゴーグルを返した。

 顔、正確には目を見られた反応で判った、この娘はドワーフだ。

 視覚に長じた種族であるドワーフは、最も敏感で繊細な部位である瞳を見られる事に多大な羞恥を感じると、前に本で読んだことがある。

 つまり、今の俺の行動は他の地球系人類に当てはめると、いきなり下着を剥がして股間を覗き込んでしまったにも等しい。

 

「何か武器を仕込んでるかと思ったんだ、すまない」

 

 視線を外して謝罪をする。

 俺の膝の上でごそごそとゴーグルを付け直す気配がした後、絹糸をより合わせたような細い声が問いかけてくる。

 

「あの、オークじゃ、ないんですか……?」

 

「オークだよ」

 

 俺は軽宇宙服のヘルメットを外し、緑肌の顔面を晒した。

 ひうっと息を呑む少女を見下ろすと、着け直したゴーグル越しにも判るほどの怯えの表情を浮かべている。

 

「あ、あ、あの、あの、あの、それじゃ、その」

 

「うん?」

 

「おそわ、ないんです、か……?」

 

 何だか異常に怯えている少女の言葉に得心する。

 オークのトロフィーとして捕らえられていたのだ、筆舌に尽くしがたい目に遭っていたのだろう。

 

「襲わないよ」

 

 驚かせぬよう、ゆっくりと話す。

 

「女王陛下の方針でね、そういう無体は働かないのさ」

 

「……うっ」

 

 不意に、ゴーグルの端から涙滴がこぼれ落ちる。

 

「す、すみません……うっ、ぐすっ」

 

 安堵したのか、ボロボロと流れ落ちる涙を、ドワーフの少女はゴーグルをわずかにずらして拭う。

 

 まあ、トロフィーを大事にする陛下の方針以前に、スマートというよりも成長不良のようなか細さの彼女は俺の好みではなかったのだが。

 もっとこう、ばいんばいんでないと。

 

 

 

 

SIDE:トーン=テキンのトロフィー ペール

 

 カーツと名乗ったオーク戦士は、驚くほどに紳士的であった。

 鍛え上げられた戦士の肉体は大きく頼り甲斐があり、精悍さと穏やかさが同居した声音は優しく安心感がある。

 緑の肌と飛び出た牙は同じでも、シャープ=シャービングの粗暴なオーク達とは一線を画す知性が感じられた。

 何よりも、その視線にまったく欲望の色が無い所が好ましい。

 

「へへ……」

 

 船内通路を巧みな無重力遊泳で進んでいくカーツの逞しい背中を追いながら、ペールは口元を緩ませた。

 彼に対して湧きあがる好感は、典型的な吊り橋効果に過ぎないとペールも理解している。

 同時に、それの何が悪いとも思う。

 この数か月、心の休まる余裕のないドン底生活だったのだ。

 こちらを気遣ってくれる頼もしい男に依存して何が悪い。

 

「目も、見られちゃったし……」

 

 本来、恋人相手にしか見せてはいけないような箇所()も見られてしまったのだ。

 これはもう、彼が求めてくるのならば身を捧げるのも仕方ないのではなかろうか。

 

 ペールは内心、かなりチョロく盛り上がっていた。

 

「こっちがブリッジだ」

 

「あ、はい」

 

 カーツの後に続いてブリッジに入った途端、盛り上がっていた気分は一気に冷却された。

 

「お帰り! カーツ!」

 

「ぴっ!?」

 

 出迎えたのは古典的な海賊装束に身を固めた爆乳美少女。

 ドワーフの航海士としては悪夢そのものでしかないキチガイ戦法をやらかした、オークのお姫様だ。

 出会いたくなかった相手に、ペールは硬直する。

 

「残骸の掃除、完了しました、姫」

 

「ご苦労様、そっちの子は?」

 

「連中のトロフィーだった、ドワーフのペールです。

 ペール、こちらは俺達トーン=テキンの姫君、ピーカ様だ」

 

「お、お、お初にお目にかかりましゅうぅぅ……」

 

 ペールにとって、このお姫様は理解できない恐ろしい存在だ。

 理詰めで考えるドワーフと、直感で辿り着いたアンサーへ迷いなく直進する無法な天才は、相性が良くない。

 カーツの広い背中に隠れようと縮こまるペールを、ピーカ姫は無情に覗き込んだ。

 

「……シャープ=シャービングは、トロフィーを酷く扱ってたの?」

 

「は、はいぃ」

 

 静かな問いかけにコクコクと頷く。

 

「そっか……」

 

 姫はペールをぎゅっと抱き寄せた。

 労わるように背を撫でられ、ペールの混乱は加速する。 

 背丈はあまり変わらず、ペールが1、2センチほど高い程度だが、その肉付きの良さには雲泥の差がある。

 埋もれそうな程に柔らかくて何だかとても良い匂いのする姫に、ペールはここの所まともにシャワーも浴びさせてもらえなかった事を不意に思い出した。

 そもそもペールの軽宇宙服の首にはロックリングが掛けられており、ヴァインが持っていた鍵が無くては脱ぐ事もできない。

 中はだいぶ蒸れているという自覚もある。

 臭いのは不敬罪に当たるのだろうか。

 

「うちは酷い事なんてさせないから、大丈夫!

 ジョゼ、面倒見てあげて!」

 

「りょーかい、よろしくね、同輩さん」

 

 完全に混乱しているペールの身柄は、ピンク髪の地球系人類(アーシアン)の美女に任せられた。

 

「それじゃ、安全も確認できた所で、あの残骸を溶接しようよ!」

 

 姫はブリッジのメインモニターを振り返ると、ペールが潜んでいた残骸を指差す。

 

「まあ、溶接はこの場でもできますけど。

 くっつけて動ける程度にしかできませんよ?

 ロクな設備もないし、ちょっと被弾したら衝撃で溶接部分が破損するくらいの強度しか見込めません」

 

「そうなの!?」

 

 少しぽっちゃりしたオークの言葉に、姫は愕然と金色の目を見張った。

 どうやら、あの残骸で輸送船の盾を作ろうとしているらしい。

 当面自分も乗せられる船の防御性能に関わる事だ、ペールの船乗り種族としての本能が混乱を落ち着かせた。

 

「あ、あの……」

 

「ん、なぁに?」

 

 小さく手を挙げるペールに姫がぐるっと振り返る。

 大きなアクションで重たげに揺れるバストと、快活な金の猫目に気圧されそうになりながら、ぼそぼそと言葉を紡ぐ。

 

「ドックでの、整備が必要なんです、よね?」

 

「うん。 でも僕たちオークにドックを貸してくれる所なんてないよ」

 

 オークは略奪蛮族種族、どこでも嫌われている。

 だが、ペールにはそういう連中でも利用できる設備の心当たりがあった。

 

銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)の座標を、知ってます。 

 あそこなら、代価さえ払えば、オークにだって整備ドックを貸してくれるはず、です」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

傭兵の晩酌

SIDE:傭兵 シグルド=セーフンド

 

 ひとつの会社を畳むにはそれなりの手続きが必要となる。

 それはカタギの稼業でも、傭兵会社でも変わらない。

 大きすぎる損害を受けたセーフンドカンパニーは解散する事となり、社長にして戦闘隊長であるセーフンドはその後始末に追い回された。

 大破した護衛艦(フリゲート)ターライを売り飛ばして得たわずかな資金を、退職金と弔問金に充てる。

 

 マイネティン鉱山基地の損害に関して、問われなかったのは幸いであった。

 基地を所有する企業ハイヤムマイナーズは、生存者の報告からセーフンドカンパニーは出来うる限りの尽力をしたと判断したのだ。

 基地の損害に関しては基地司令コスヤン=トロコフの采配に問題があったとして査問に掛けられる事になったらしいが、もうその辺りはセーフンドにとってどうでもいい話だ。

 トロコフが逃亡の際に搬入港から直接のジャンプを指示したせいで余計に基地の損害が増したと聞いた時には、流石に何をやってるんだと呆れ返ったが。

 

 何にせよ、セーフンドは何とか破産を免れていた。

 半生を掛けて築き上げてきたカンパニーは幕を閉じ、生き延びたスタッフは退職金と共に去って行った。

 セーフンドの手元に残ったものは、通常型戦闘機(ローダー)のティグレイ一機のみ。

 まるで駆け出し傭兵(マーク)のような情けない財政状況であったが、負債を抱えずに済んだのだけは喜ばしい。

 

「ふうぅ……」

 

 神聖フォルステイン王国の辺境惑星、ステーパレスⅣの衛星軌道上を周回する宇宙港で営業する、ありふれたファミリーレストラン。

 夕飯にもやや遅いといった時間に入店したセーフンドは、席に腰を下ろすなり深い溜息を漏らす。

 タッチパネルから億劫そうに注文を入力すると、陸揚げされた蛸のようにぐんにょりと虚脱した。

 

 手続きの連続でセーフンドは疲れ切っていた。

 単純な書類仕事だけでなく、心労も大きい。

 戦死した部下の遺族へのお悔やみの連絡に、離れていく戦友達への挨拶。

 組織運営とは人付き合いであり、それが失われていくのは何と心を削る事なのか。

 

「オマタセシマシター」

 

 陰鬱に沈み掛けた物思いを給仕ロボットの合成音声が打ち切った。

 旧式給仕ロボットに仕込まれた古くさいマジックハンドが、湯気を上げる鉄板を机の上に置く。

 

「おぉ……」

 

 衣もバリバリなフライドチキンに甘酸っぱいブラックビネガーソースをたっぷりと注ぎ込み、ダメ押しとばかりにタルタルソースを載せたステーパレスの名物料理フライドチキン(チキン)・ウィズ・ビネガー&タルタル(南蛮)だ。

 並び立つは大ジョッキから泡も溢れんばかりの生ビール。

 熱い鉄板の上でビネガーソースが煮詰まっていく音と香りに追い立てられ、セーフンドはジョッキを手に取った。

 

「んぐっ……んぐっ、んっ、んぐっ……!」

 

 ひと口傾ければ、止まらない。

 疲れ果て乾ききった体に、ビールが慈雨の如く染み込んでいく。

 

「ぶはぁっ!」

 

 机に叩き付けるように空のジョッキを下ろすと、セーフンドはすかさずタッチパネルを叩いてお代わりを注文する。

 一杯のミルクポタージュで精気を取り戻したという太古の覚者(ブッダ)の如くビールに癒やされたセーフンドは、勇んでナイフとフォークを手に取ると大振りなチキンに挑みかかった。

 ビネガーソースを吸った重厚な衣にナイフを入れ、ざくりとした手応えと共に大きく切り分ける。

 狐色の衣と白い肉の断面をビネガーソースで黒く染めた上に、ひとすくいのタルタルソースを載せると、セーフンドは大口を開けた。

 タルタルソースが零れぬよう慎重に、まるで神に捧げ物をするかのように厳かな手付きでフォークが口へと運ばれる。

 

「はぐっ……!」

 

 口一杯の鶏肉を噛み締めれば、幸せが溢れた。

 舌を刺すように弄ぶ性悪なビネガーソースの酸味を、雄々しくも力強いチキンの肉汁と艶やかでまろやかなタルタルソースが和らげ、混ざり合う。

 ゆっくりと咀嚼し味わうセーフンドの頬を、一筋の涙が伝い落ちた。

 

 ああ、先に戦士の館(ヴァルハラ)で待つ戦友達よ、すまんが俺はまだまだそちらへ行けん。

 こんなにも生きている事は素晴らしいのだ。

 

「オマタセシマシター」

 

 給仕ロボットがお代わりのジョッキを持ってきた。

 セーフンドは涙を拭うと、力強くジョッキを掴んだ。

 

「んぐっ!」

 

 勢いよく呷って、口内を洗い流す。

 濃厚で脂っこいチキン南蛮と、ビールの相性は抜群。

 いくらでも食えそうだ。

 

 夢中になって貪るセーフンドの動きが不意に止まる。

 宇宙港の中のファミリーレストランという、いわばセーフティゾーンに似つかわしくない剣呑な存在を視界の隅に認めたのだ。

 

 ずしりと重い足音を立てて入店してきた新たな客に、店内のすべてが静まり返った。

 身長2メートルにも及ぶ長身は銀色に輝く装甲で覆われている。

 体のあちこちから低いサーボ音を唸らせながら、歩を進める人型の機械の塊。

 

宇宙騎士(テクノリッター)……!? なんでこんな所に……」

 

 チキンの断片を刺したままのフォークもそのままに、セーフンドは呆然と呟いた。

 家族連れが来店するには遅い時間とはいえ、平和なファミリーレストランと戦闘用重サイボーグは余りにもミスマッチな組み合わせだ。

 しかも、何故かこちらへ向かってくる。

 セーフンドはずしんずしんと近寄って来る宇宙騎士(テクノリッター)から目を背けると、フォークを口に運び、ついでジョッキを呷った。

 

 チキン美味しい、ビール美味しい。

 だが、現実は逃避を許してくれない。

 

「食事中に失礼、シグルド=セーフンド殿」

 

 エフェクターを掛けたような電子音声(マシンボイス)がすぐ近くから響く。

 セーフンドは諦めの溜め息を吐くと、通路にそびえるように立つ宇宙騎士(テクノリッター)を見上げた。

 

「なんかしましたかね、俺」

 

 宇宙騎士(テクノリッター)は神聖フォルステイン王国において国家所属の超エリート軍人であり、法の守護者であり、執行者でもある。

 特別に法を犯すような真似をした覚えはないが、犯罪者をその場で処刑できる権限を与えられた相手に目を付けられるのは恐ろしい。

 セーフンドの言葉に、宇宙騎士(テクノリッター)は古風な兜のようにも見える頭部を振った。

 

「いいや、貴殿に罪科(つみとが)はない。

 貴殿の交戦した相手についての情報が欲しいのだ」

 

「情報?」

 

「マイネティンで戦ったのだろう、トーン=テキンを名乗るオークと」

 

 セーフンドは顔を顰めた。

 随分と細かい事まで知られている相手だ。

 

「そこまで知ってらっしゃるなら、俺に聞く事もないでしょう。

 オーク戦士と戦って、負けて、なんでか知らんが見逃されて、生き残った。

 それだけです」

 

「貴殿の戦闘機のガンカメラの記録。

 それを閲覧させてもらえないだろうか」

 

戦闘記録(バトルログ)にどれだけの価値があるものか、御存じで?」

 

「無論、代価は支払おう」

 

 宇宙騎士(テクノリッター)はごつい機械の指でつまんだ小さなカードをテーブルに置いた。

 セーフンドは懐から取り出した小型汎用端末の読み取り機(リーダー)でカードをスキャンする。

 無記名の電子マネーカードの中身は一度の戦闘記録(バトルログ)の代金としては大盤振る舞いな金額で、懐が相当に寂しくなってしまったセーフンドにとっては実にありがたい話であった。

 セーフンドは小さく頷くと、指先大のデータチップを取り出す。

 

「毎度」

 

(しか)と」

 

 宇宙騎士(テクノリッター)は受け取ったチップを首筋のスロットに入れ、読み取りを開始する。

 図体のでかい相手に突っ立っていられると落ち着かないので、セーフンドは席を勧めようとしたが、止めた。

 重サイボーグの体重に耐えれる椅子は普通のファミレスには置いていない。

 

「……やはり貴様か、トーン=テキンのカーツ……!」

 

 記録を読み取り終えた宇宙騎士(テクノリッター)は唸るような声を漏らすと、面貌を展開した。

 兜状の装甲は左右に開き、巨体からは想像もつかない程に整った金髪美女の素顔が顕れる。

 美貌にはまぎれもない憤怒の色が浮かんでいた。

 

「お知り合いで?」

 

「ああ、何倍にもして返さねばならぬ借りがある相手だ」

 

 どうやら、この女騎士様はあのオークにしてやられた事があるらしい。

 地球系人類(アーシアン)最高の戦士である宇宙騎士(テクノリッター)をも下したオークと戦って命を拾えたとは、自分は案外ついているようだ。

 セーフンドはシニカルな事を考えながら、チキンを口に運ぶ。

 

「それにしてもセーフンド殿、貴殿の操縦は見事なものだった」

 

「……騎士様にお褒めの言葉を頂けるとは、光栄の至り」

 

 思わぬ賛辞に驚き、チキンを吹き出しそうになりながら頭を下げる。

 

「貴殿ほどの戦士ならば、あるいは宇宙騎士(テクノリッター)となれる資格があるやもしれん。

 私が推薦する、適性試験を受けてはどうかね」

 

「ご冗談を」

 

 セーフンドはチキンを飲み込むとジョッキを呷った。

 

「美味い物を飲み食いできなくなるのは御免ですよ」

 

「味覚など脳に入力される神経情報に過ぎん。

 望めば至高の美味を常に感じる事すらできるぞ」

 

 余りにも味気ない宇宙騎士(テクノリッター)の言葉に、セーフンドは無言でチキンを切り分けた。

 フォークに刺した肉片へ丁寧にビネガーソースをまぶし、仕上げにタルタルをたっぷりと塗り付けると口へ運ぶ。

 

「……さっきの一口と、今の一口。

 同じ料理でも、微妙に味わいが違います。

 こういった機微を失うのは、寂しい事だと思うのですよ、騎士様」

 

「そうか……。

 残念だが仕方あるまい、生身への拘りもまた理解はできる」

 

 女騎士は鷹揚に頷くと、機械的に整った美貌を僅かに微笑ませた。

 

「だが、貴殿の技量は得難いものだ。

 宇宙騎士(テクノリッター)の同僚としてではなく、傭兵(マーク)として私に雇われてみるのはどうかね?」

 

「まあ、今の所スケジュールは空いてますがね。

 どういう仕事(ビズ)をお望みで?

 ああ、そうそう……」

 

 セーフンドはニヤリと笑って続ける。

 

「ケチってロクな戦力が用意されてない戦場に放り込まれるのだけは、もう御免ですな」

 

「安心するがいい、神聖フォルステイン王国では予算を懐に入れるような馬鹿者は即座に斬首と決まっている」

 

 冗談とも思えない物騒な事を口にすると、女騎士は首筋のスロットからデータチップを取り出した。

 

「新設される警備部隊を預けられる事になってな、熟達のパイロットが必要なのだ。

 無論、戦力は十分。

 このオークのような略奪者を叩きのめす為の部隊だからな」

 

 憎々し気に言いながらデータチップを弾く。

 セーフンドはチップを受け止めると、小さく頷いた。

 

「いいでしょう、身元のはっきりした所に雇われるのは有難い話ですし。

 それで騎士様、雇い主の御名前を伺っても?」

 

「これは失礼した」

 

 女騎士は美貌に精悍な戦士の笑みを浮かべる。

 

「神聖フォルステイン王国所属、宇宙騎士(テクノリッター)アグリスタ=グレイトンだ。

 よろしく頼むぞ、セーフンド殿」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《付録》スペースオーク設定覚書2

さらっと覚書を。


・キャラクター

・ペール

 索敵観測(DW)強化人類(エンハンスドレース)であるドワーフの少女。

 初めて航海士として乗り込んだ船がオークに襲われてトロフィーにされてしまった運のない子。

 ドワーフの常で船乗りとしての高い教育を施されており、実務経験は少ないが船のどの部署でも働ける知識を持っている。

 数か月の間オークのトロフィーとして劣悪な生活を送っていた為、非常に臆病で後ろ向きな性質になってしまった。

 その一方で、どんなに屈辱を味わっても死ぬ事だけは絶対に嫌だと感じており、とても生き汚い。

 いざとなれば土下座して靴の裏を舐めてでも生き延びようとするタイプ。

 褐色の肌、薄蒼のボサボサのロングヘアに真紅の瞳という容貌で目元はメカニカルなゴーグルで覆っている。

 栄養が足りておらずガリガリの痩身で、一応美少女と言える造作ではあるが、大抵不景気な表情。

 シャープ=シャービングのトロフィーであった頃はあまり身繕いをする余裕もなかった為、解放された現在も自分の体臭を気にする癖がついてしまっている。

 若干汗っかき。

 

 

・シグルド=セーフンド

 傭兵会社セーフンドカンパニーの社長であり、戦闘隊長。

 赤茶けた髪にブラウンの瞳のあまりパッとしない容貌。

 血脈のルーツは母なる星の北欧にまで遡れるらしい。

 間違いなく中年に踏み込んでいるが、当人はまだお兄さんと呼ばれたいなどと思っている微妙なお年頃。

 セーフンドカンパニーは護衛艦(フリゲート)一隻と数機の戦闘機を擁する小規模傭兵会社で、個人傭兵からここまで成長できたのは彼の経営手腕に拠るもの。

 ノーマルな地球系人類(アーシアン)としては非常にハイレベルな戦闘技能を持っており、文武両道の一流傭兵と言える。

 だが、そんな人材であっても星回りの悪さばかりは何ともできなかった。 

 傭兵として各地を転々としていた為、ご当地の名物料理を食べるのが趣味。

 

 

・『氷王(アイス)』ヴァイン

 シャープ=シャービング族のオークキング。壮年に差し掛かる脂の乗った年齢。

 非常に高い個人戦闘能力を持ち、シャープ=シャービング恒例の王位争奪戦「裸一貫頂点漢試し」を勝ち抜き王座を得た。

 その際、冷酷無残に敵手の股間を粉砕する戦術から『氷王(アイス)』の仇名を奉られる。

 執着心の強いタイプであり、トロフィーとして手に入れたペールに対しても首輪(ロックリング)を付けて自分専用としていた。

 パイロットとしての技量はオーク戦士として恥ずかしくないレベルであるのだが、入手した乗機が超上級者向け仕様であったため、性能を引き出しきれなかったのが敗因。

 今はオークプリンセスにお熱。

 

 

 

・種族

・ドワーフ

 Dangerous(危険に) Watcher(騒ぎ立てる) arf(観測者)索敵観測(DW)強化人類(エンハンスドレース)小型警報(arf)タイプ。

 視覚に特化した索敵タイプの強化人類であり、それ以外の身体能力や反射神経は標準的な地球系人類(アーシアン)よりも低め。

 索敵観測(DW)強化人類(エンハンスドレース)は他にも数種存在していたが、なまじ戦闘能力があったばかりに戦闘に巻き込まれて滅びている。

 小型警報(arf)タイプは戦闘能力の低い早期警戒型であった為、生き延びた。

 眼球内のレンズが特殊な積層構造となっており、光だけでなく電磁波なども見る事が可能。

 余りにも視覚に入る情報量が多いため、普段は制御用のゴーグルを身に着けて生活する。

 ゴーグルを着けるのが常態化しているため、裸眼を見られるのを恥ずかしがる文化特性が生じている。

 現在は宇宙の水先案内人、ナビゲーターとして生計を立てるものが多く、宇宙船乗りの種族として知られている。

 種族特性として慎重で注意深く、理詰めで思考するタイプが多い。

 好んで戦場に向かう者は少ないが、スナイパーとして活躍した例も存在する。

 

 

 

 

・戦闘艦カテゴリー

護衛艦(フリゲート)

 300メートル~500メートル程のサイズの戦闘艦。

 快速な主力戦闘艦であり、多くの星系のパトロール艦隊の主戦力を担っているため「護衛」の名を冠されている。

 船足が速く、戦闘力も高めであり、非常に取り回しの良い戦闘艦。

 

 

巡航艦(クルーザー)

 500メートル~1000メートル程のサイズの戦闘艦。

 打撃艦隊の主力を務め、この世界で「戦艦」と言えばこの艦種である。

 個人レベルで所有するには高価で、大半は国家の所属艦。

 

 

戦闘艇(コルベット)

 100メートル~200メートル程のサイズの小型戦闘艦。

 どちらかといえば戦闘機を大型化してジャンプドライブを搭載したような艦であり、色々な所に皺寄せが来ている。

 特に居住性能は総じて劣悪。

 高機動かつ艦載大型武器を搭載した危険な艦。

 

 

 

・銘有り機体解説

・『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)

 カーツの駆るブートバスター。 暁を思わせる朱色で塗装されている。

 ブートバスターとしては標準的な二本腕だが、大型のアームユニットを備えており推力が高い。

 普通のブートバスターは「山」の字のようなシルエットだが、この機体はアームユニットが大きいため「W」のシルエットとなっている。

 培養豚出身のカーツは氏族の戦士として一段低く見られていた為、余り物の武装を装備する事が多かった。

 

 

・『夜明けに物思う(ドーン・オブ・モーラー)ぶん殴り屋(・ザ・シンカー)

 大破した『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』を『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』の部品を組み込んで改修した機体。

 機体下部に『争点(イシュー)』の腕を追加した三本腕となっており、前方から見るとT字型に見える。

 推力、運動性能ともに強化されているが、プロペラントの燃費はさらに悪くなってしまった。

 正式名称が長いため、カーツは変わらず『夜明け(ドーン)』と呼んでいる。

 

 

・『栄光なる白銀(グロリアス・シルバー)

 神聖フォルステイン王国の宇宙騎士アグリスタ=グレイトンのジョスター。

 銀色に塗装された鋭角的な三本腕機。

 三本腕の機体は操縦難易度が高いが、アグリスタは完全に乗りこなしている。

 搭載武装の相性が悪かったため『夜明け(ドーン)』との決闘に敗北、装備していたレールガンを武装腕ごとカーツに奪われた。

 

 

・『珠玉の争点(オーブ・イシュー)

 フィレンの駆るブートバスター。 蒼天を思わせる蒼で塗装されている。

 左右に武装腕が配置された普通のブートバスターと違い、武装腕が上下に配置された珍しい機体。

 元はどこかの試作機であったらしいが、その特徴的なデザインは操作性が悪かったのか一般的ではない。

 未熟なフィレンはこの機体を万全に操縦しきれていなかった。

 一方で熟達のノッコは半壊した状態でも『夜明け(ドーン)』を翻弄する機動を見せており、この機体が秘めたポテンシャルは高かった。

 大破した後、『夜明け(ドーン)』の修理部品となり、残った武装腕も移植された。

 

 

・『輝き唸る鍵十字(レイ・モーン・スワスティカ)

 ヴァインの駆るブートバスター。 闇夜を思わせる漆黒で塗装されている。

 一見、二本腕の標準的な機体に見えるが、実は四本腕機であり上下の腕を揃えて二本腕機に見せかけている。

 緊急時には武装腕そのものをミサイルの如く射出するという奇策も用いるが、これは偏にヴァインがこの機体を乗りこなせていないからである。

 元々はどこかの試作機であり、非常に操作難易度の高い機体。

 現在劇中に登場している人物では、ノッコ以外乗りこなす事ができないレベルのジャジャ馬。

 余談ではあるが、ノッコはトロフィーとなる以前に五本腕のアーモマニューバのテストパイロットをしていた事がある。

 量産前提の機体であったが、当然のようにそんなものが売り物になる訳もなく、機体テストを終えた後お蔵入りしたという。

 

 

・『包帯虎(バンディグレ)

 ジャンクパーツから組み上げられた通常型戦闘機(ローダー)。 ノッコのおもちゃ。

 非常に普及した安価なマルチロール機ティグレイタイプの部品を拾い集めて作られているが、原型機の八割ほどの性能しかない。

 継ぎ接ぎのように見える溶接痕と、虎が由来の原型機の商品名からノッコは『包帯虎(バンディグレ)』と銘付けている。

 

 

 

・戦闘機用の武装

・パルスレーザー機銃

 赤い光弾をばら撒く光のマシンガン。

 連続で照射しないため、レーザー発振部位の寿命が長くコストパフォーマンスに優れる。

 命中精度に優れるが威力は低め。

 戦闘機用の武装としては最軽量に近く、多くの機体は複数搭載している。

 

 

・プラズマキャノン

 本来船舶用の対艦兵器。

 励起したプラズマを磁場で閉じ込めて投射する遠距離砲撃武器。

 磁場で閉じ込める機構を省略した簡易版がプラズマスロアーである。

 超高熱で対象を焼き尽くす、戦場の花形武器。

 戦闘機用の物はダウンサイジングされているが、それでも大型船舶すら沈めかねない威力を持つ。

 

 

・レールガン

 電磁加速した砲弾を叩き込む、オーソドックスな実弾砲。

 反動が少ない為、宇宙戦闘機の主砲としては申し分ない。

 様々な口径が存在し、用途もドッグファイトから対艦戦まで多岐にわたる。

 

 

・ブランダーバス

 レールガンの原始的な変種である万能カタパルト。

 チャンバーに入るサイズの磁化可能な物質なら、およそ何でも弾丸にできる。

 磁力流して射出よー。

 その形質から、狙撃どころかまともな狙いもつけれず、「大体あの辺にばらまく」という運用しかできない武器。

 とてもランニングコストが安い。

 

 

斥力腕(リパルサーアーム)

 斥力場を生じさせる事で物理的な干渉を跳ねのける装備。

 実弾に対して非常に強力な盾となる。

 

 

電撃糸(スタンストリング)

 弾頭を直撃した相手に電流を流してショートさせる、余りにも趣味的な武器。

 

 

速射砲(オートキャノン)

 宇宙空間でも容易に使用できるようカウンターマスによる無反動化が行われた実弾砲。

 レールガンに比べると機体への負荷が少ないため、こちらがチョイスされる場合も多い。 

 

 

 

・この世界の個人戦闘用武器

・レーザーガン

 トーチ転用の小型光線銃。

 バッテリーだけで撃ててツールにも使えるベストセラーだが、レーザーへの対処手段も数多い。

 大型化して出力を上げたレーザーライフルもよく使用される。

 レイガンと通称される事も多い。

 

 

・ポンプガン

 弾丸に圧搾空気を封入した無反動実弾銃。 

 銃ではなく薬莢の方に圧搾空気が封入されている。

 ノーマルの地球系人類(アーシアン)には十分な殺傷力を持つが、流石に火薬式に比べるとパンチ不足。

 

 

・ハンドレールガン

 銃身側にバッテリーを仕込んだ、人間サイズのレールガン。

 強くて高価。

 流石にこのレベルになるとオークの頑強な皮膚に対しても有効ではあるが、当たり所によっては殺しきれない。

 

 

・火薬式銃

 現在の銃器の子孫であり、惑星上では現役で主役。

 宇宙では反動が強いため好まれない。

 また、宇宙では酸素供給用の追加部品を必要とする。

 

 

高速振動(ヴィヴロ)ソード

 刀身が超高速で振動している、未来の電鋸的ウェポン。

 非常に切れ味が良いがバッテリーが必要で、さらに高速振動武器(ヴィヴロウェポン)同士がぶつかり合うと鍔迫り合いもできずにどちらも砕ける。

 ナイフ型でツールとして使われる事も多い。

 

 

・鉄パイプ

 オークが好む打撃武器。

 入手が簡単!

 

 

・オークパンチ

 オークがもっと好む打撃武器。

 普通の地球系人類(アーシアン)がぶち込まれると、大抵再起不能になる。

 

 

 

・宇宙トンチキ列伝(ほぼ与太話)

銀河棍棒(PSYリウム)

 光り輝く殴打武器。

 あまりの威力に万物を「殴り斬れる」という。

 現存する数が極端に少なく使い手を選ぶ。

 その数の少なさから胡乱な噂が絶えず、レーザーを受け止めるとか、精神力で威力が上がるとか、馬鹿げた話が多い。

 トーン=テキンの先王が所持していたが、現在の所在は不明。

 

 

・オークナイト・ビルカン

 フィレンの父にして、先代『夜明けのぶん殴り屋(ドーン・オブ・モーラー)』の乗り手。

 彼の父は先代オークキングの聖王(サン)ゲインで、完全にサラブレッドと言える人物。

 フービットきっての女戦士ノッコを捕らえるほどに強力な戦士であり多くの武勲を打ち立てたが、激戦の中で若くして戦死した。

 ノッコとフィレンの中では、超絶にかっこいい最強宇宙戦士として神格化されている。

 トーン=テキンではクイーン以外の血統は重視されず、また聖王(サン)ゲイン自身の意志で先代以前の業績はやんわりと隠されている為、フィレンが先代オークキングの孫という事実は本人も含めて意識されていない。

 

 

・「猛り火」のタック

 記録上最高齢であったフービット。

 264歳の時に立ち寄った銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)の飲み屋で諍いを起こし、銀河放浪者(アウタード)のファミリーと敵対。

 飲み屋の中で30人抜きの乱闘をやらかした挙句、ファミリーの拠点となっていた巡航艦(クルーザー)まで単身殴り込む。

 そのまま暴れに暴れた末、戦死したと伝えられる。

 この際に巡航艦(クルーザー)は機関部が爆発して轟沈、停泊していた銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)は壊滅的な損害を受けて放棄された。

 彼の遺体は確認されていないため、厳密にはフービットの最高齢事例ではないという指摘もある。

 諍いの原因は「チビ爺」と揶揄されたからという証言もあるが、真相は定かではない。




ちょっと構成を見直してるので、少々お待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

はぐれ者の市場

SIDE:戦士 カーツ

 

 宇宙を構成する主役は、核融合を繰り返して膨大なエネルギーを垂れ流す光の源、恒星である。

 恒星は惑星を従えて星系を形成し、それらが連なって銀河となる。

 遠くから見れば光の塊のような銀河であるが、実際には恒星同士の距離は離れており、意外と隙間が多い。

 そしてこの隙間、恒星間の距離というやつは絶望的なまでに広かった。

 数光年ですら近い方というまさに宇宙的距離感は、ジャンプドライブがない時代の地球系人類にとって大変な障害であった。

 

 人工睡眠で乗組員を保存し、当時の技術の限界であった光速の数割まで加速して飛んだとて、到着まで何十年もの年月が掛かるのだ。

 その間に船に深刻なトラブルが起こったとしても、旅の途中ではどうしようもない。

 そこで、最初期の宇宙航海者達は永い旅の途中の貴重な停泊地として、恒星間天体を使う事を思いついた。

 恒星間天体とは言葉の通り、恒星の重力影響を受けずに単独で宇宙を漂う天体の事だ。

 大抵は何らかの理由で弾き出された小惑星の類だが、一時的に羽を休める拠り所には十分である。

 

 ペールが座標を知っている銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)は、こうした大昔の寄港地を原型として作られていた。

 ジャンプドライブが普及した今となっては完全に過去の遺物である廃墟。

 だが、それにしては。

 

「意外と賑わってるなあ」

 

 トーン09のメインモニターに表示された「市場(バザール)」は遠距離からも確認できる程度には盛況だ。

 

 恒星間天体である小惑星を芯に、ぐるりと構造物が組み合わさっているのが見える。

 それらの構造物の多くは船だ。

 船が寄り集まり、互いの間を様々な材質の端材の類で繋ぎ止めているのが銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)であった。

 十数隻の船で構成される「市場(バザール)」は、廃墟からはすでに遠い人の営みが窺える。

 

「うわー……昔、貧困惑星のドキュメンタリーで見た事あるよ、こういうの。

 スラムコロニーのバラックみたい……」

 

 オペレーターシートに着いたジョゼは、画像を拡大しながら呆れた声を漏らす。

 モニターの中では、軽金属か何かで作った枠組みにビニールシートめいた薄手の遮断幕が張られた無重力テントのような代物がズームアップされていた。

 半透明なテントの中で、人影が動いているのも見える。

 板子一枚どころか、薄っぺらい布一枚で真空と区切られた、余りにも粗雑な生活空間である。

 

 信じられないと言わんばかりのジョゼだが、俺はそんなものであろうと納得していた。

 銀河放浪者(アウタード)もオークほどではないが、他所から嫌われる連中だ。

 入手できる資材に限りがある以上、ああいった雑な設備で生活していても仕方ない。

 最も、オークは地球系人類よりも高い生存性能を持っているので、宇宙に対する忌避感が薄いという理由もある。

 もしかすると、銀河放浪者(アウタード)の図太さはオーク以上なのかもしれない。

 

 そもそもが、銀河放浪者(アウタード)とは図太さこそが根幹となっているような連中である。

 彼ら銀河放浪者(アウタード)とは、オークやフービットのような種族ではない。

 傭兵のような明確な職業ですらない。

 では何かというと。

 

 社会不適合者だ。

 

 所属していた国家、氏族、共同体、そういった者から弾き出された異物が銀河放浪者(アウタード)である。

 彼らが故郷から飛び出した理由など、人それぞれ。

 禁忌を侵した、他者を害した、物を盗んだ、税金を納めるのを拒否した、それら軽重はともかく罪を問われるような行いの末に、故郷に居られなくなった外れ者、ならず者の類だ。

 

 真っ当なコミュニティからはぐれた者は、真っ当な食い扶持など得られない。

 宇宙炭鉱夫(スターマイン)ガス採集業者(ハイドラー)、後ろ暗い船の船員(クルー)にチンピラ傭兵(マーク)、そして犯罪者。

 どんどん転がり落ちていった所で、どうしても限界がある。

 はぐれ者が一人で生きていくには宇宙は過酷な世界なのだ。

 無論、それを成し得る傑物も居るには居るが、大半のはぐれ者は流れ流れてやがて纏まり、はぐれ者同士のコミュニティを作る。

 それが銀河放浪者(アウタード)のファミリーであり、ここ銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)はそんなファミリー同士が互いの不用品を取引しあう場所であった。

 

「さぁて、本当にドックを使わせて貰えるのかしら」

 

「だ、大丈夫だと思います、鉱石が一杯ありますから、代金には十分だと」

 

 姫の呟きに、ペールはあわあわと答える。

 

「だといいがね……お、通信だ」

 

 オペレーターシートに閃く着信のサインを目にし、俺はブリッジの端、通信モニターの視界外へ移動した。

 

「それじゃジョゼ、お願いね」

 

「はいよー」

 

 姫に促され、ジョゼは軽く頷くと通話スイッチを入れる。

 途端にスピーカーから溢れ出すのは、雑音。

 

「うわ!?」

 

 チューニング不足のノイズのみだけではなく、複数の人間が怒鳴り合い打ち消し合ってるような割れた音声、高低が激しく変化する電子音の入り混じった、耳障りそのものな音の連なりにジョゼは仰け反った。

 

「な、何、これ!?」

 

 ジョゼは慌ててコンソールを弄るが、出力される音声は安定しない。

 

「落ち着け、ジョゼ。

 ゆっくり操作するんだ」

 

「う、うん」

 

 詰め込み教育の促成オペレーターであるジョゼは、まだまだ慌てると操作がおぼつかなくなる。

 ブリッジの隅から掛けた俺の言葉に、ジョゼは大きく深呼吸してコンソールに向き直った。

 だが、彼女が通信を安定させきる前に新たなアプローチが生じる。

 

「あ、何か来るよ」

 

 姫が指差したメインモニターでは、小さな宇宙機がこちらへ近づいてくるのが映し出されていた。

 プロテクターを兼ねた重装宇宙服を身に着けた搭乗者が跨っているのが見える、バイク型の本当に小さな機体だ。

 剥き出しのフレームに無理やりスラスターとシートを括りつけたデザインで、明らかにお手製であった。

 粗雑極まりない宇宙機の先端で、ぴこぴこと点灯している光が見える。

 

「あ、レーザー通信……」

 

 ゴーグル越しでも光学情報には鋭敏な目を持つペールはモニターを見上げながら呟いた。

 

「えぇ? またマイナーな通信使って……こうだっけ?」

 

 うろ覚えの操作でジョゼがコンソールを叩くと、モニターに重装宇宙服の鎧染みた上半身が映し出される。

 

「あ、繋がったかい? ステラ爆音隊(ボンバーズ)の市場へようこそ、お客人!」

 

 いかつい見た目とは裏腹に、甲高い女性の声がスピーカーから流れた。

 

「ステラ爆音隊(ボンバーズ)? それがそちらのファミリーの名前なの?」

 

 姫の問いに遮光バイザーで顔も見えない重装宇宙服のヘルメットがこっくりと頷く。

 

「そうだぜ! こんな僻地まで来たんだ、何か持ってきてくれたんだろう?」

 

「えーと……鉱石があるよ、重金属の」

 

「鉱石! いいじゃんいいじゃん! うちに流してくれるのかい?」

 

「代わりに整備ドックを使わせて欲しいの。

 あるんでしょう?」

 

「いいともいいとも! そっちの事情は聞かないぜ! 脛に傷持つのはお互い様さぁ!」

 

 陽気に言ってのけると、お手製宇宙バイクはくるりと反転した。

 

「ドックに案内するぜ、オレっちに着いてきなぁ!」

 

 タグボートのように先導を開始するバイクに、ジョゼは拍子抜けしたように溜息を吐いた。

 

「な、なんかえらくスムーズね……」

 

「もっと交渉が必要かと思ってたんだけど」

 

 姫も首を捻っている。

 そこは俺も気になる点だった。

 

「妙に話を手早くまとめたがってますね、代金交渉の類もないし」

 

「そうね、念のため警戒しておいて、カーツ。

 ジョゼはトーン08に連絡、そっちも気を抜かないようボンレーとノッコに伝えて」

 

「りょーかい!」

 

 それぞれに動きを開始するブリッジの中、ペールはモニターを見上げながら小首を傾げていた。

 

「……ステラ爆音隊(ボンバーズ)? フェンダーファミリーじゃないの……?」




※ちょっと市場の規模を小さくしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

市場への上陸

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

 雑な作りのお手製バイクに先導されてトーン09は「ドック」に入る。

 金属製フレームの檻めいた構造のドックは異常に安っぽくピーカは不安になったが、十分な整備能力があるというトーロンの言葉を受け、そのまま厄介になる事にした。

 檻の内部にはクレーンやレーザートーチを装備したアームもぶら下がっているのが見え、トーロンの見立てを裏付けている。

 機関停止したトーン09を檻状フレームから伸びたドッキングアームが固定すると、ビールチューブめいた移譲用簡易スロープを人力で引っ張って軽宇宙服の作業員が近づく。

 作業員たちはトーン09のエアロックに簡易スロープをセットし、「市場」への上陸準備を整えていった。

 

「それでは、僕は整備用データの作成に入ります」

 

 留守番を買って出たトーロンが、ドックの入力用データを作成を開始する。

 データ入力を行えばドック内のアームが整備、今回の場合は前方追加装甲とする護衛艦ブリッジ部分の増設作業を自動で行ってくれるらしい。

 

「お願いね、トーロン」

 

「こういう仕事ならいくらでもお任せを」

 

 戦場で泣き喚きながら操舵桿を握っていた時とは打って変わった落ち着きで微笑むトーロンに、ピーカは適材適所の重要性を身に染みて感じていた。

 彼は戦士としては下の下だが、メカニックとしてもナビゲーターとしても有能な、得難い人材だ。

 戦闘能力だけで判断しがちな氏族の傾向を変えていかねばならぬと、改めて肝に銘じながら外出準備を整える。

 

 ジョゼが作ってくれた海賊衣装はすっかりお気に入りだ。

 ボディラインを強調するぴっちりしたデザインを黒と赤のカラーリングで引き締めた結果、色気と威圧感を両立しているのが実に良い。

 姫の美意識(エロくて強そう)に沿った、実に注文通りの逸品である。

 そして、この格好は趣味だけではない、実益もある。

 

 敵を侮らせる効果だ。

 

 時代錯誤で派手な扮装を大喜びで見せびらかし、こちらをお飾りの馬鹿と思わせる。

 これから行う、交渉という戦場では馬鹿にされ、侮らせる事は大きなアドバンテージだ。

 

 マントを羽織り、アイパッチを留め直しながら上陸のお供をする部下へ目を向ける。

 

「ヘルメットは絶対手放すんじゃないぞ、お前らはオークと違ってすぐ窒息するからな」

 

 ジョゼとペールはカーツの指示で軽宇宙服の背中にヘルメットを括りつけていた。

 ぺらっぺらの遮断幕で構成された気密区画は、見るからに危なっかしい。

 ノーマルな地球系人類(アーシアン)もドワーフも、真空に放り出されて何分も生きていけるようなタフさは持っていない。

 カーツの指示に、ジョゼとペールは真面目な顔で従っていた。

 

 カーツ自身も用意したヘルメットを被っている。

 彼の場合は、窒息対策ではなく素顔を見せないようにという配慮であった。

 

 顔を隠すアイディアはカーツ自身の発案だ。

 このメンバーなら、カーツが顔を隠していれば普通の地球系人類(アーシアン)の一党と誤魔化せるかもしれない。

 

 同族からすれば異様なカリスマを発するオーククイーンだが、その存在は他種族にはほとんど知られていない。

 ジョゼが初対面の際に勘違いしたように、他種族からは妙に発育がよくて見目麗しい地球系人類(アーシアン)としか受け取られないのだ。

 ドワーフは強化人類ではあるが、船乗りとして地球系人類(アーシアン)の船に多く乗り込んでおり、警戒されるような種族ではない。

 

 姫、ジョゼ、ペールだけしか顔を出さないのなら悪名高いオークの船と思われず、交渉が上手くいくのではなかろうか。 

 先ほどの通信の際にカーツがブリッジの隅に引っ込んでいたのも、この発想からである。

 

 ちなみに、ノッコもオークの面子同様に通信に出ない方が良いと判断されていた。

 略奪者であるオークとは別方向で、フービットもまたトラブルメーカーとして悪名高い。

 

 カーツのプランを吟味するうちに、ふと、姫の胸に悪戯心が湧いた。

 

「カーツ! ちょっと思いついたんだけど」

 

 

 

 

SIDE:ステラ爆音隊(ボンバーズ)総長 ステラ

 

 ドックに納まった箱型輸送船と、寄り添うように停船する円柱型輸送船のエアロックにビニールチューブのような簡易スロープが外付けされる。

 手作業でスロープを取り付けた部下たちにステラは大きく手を振ると、小柄な体には大仰するぎる重装宇宙服のヘルメットを脱いだ。

 

「ふー……」

 

 筋力増強機能がない以外は軍用パワードスーツと同等の堅牢さを誇る重装宇宙服の安心感は無二のものだが、やはり息苦しさばかりは如何ともしがたい。

 遮断幕で区切られただけの気密区画にすら、爽快な解放感を覚える。

 

「ん……」

 

 重たいヘルメットを小脇に抱えたステラは金髪を刈り上げた首筋に僅かな風を感じて眉を寄せた。

 風がある、つまりどこかで気密が徹底されていないという事だ。

 簡易スロープの接続は往々にして空気ロスが発生するものだが、それにしても多すぎる。

 取り付けた部下の手際の悪さもだが、単純に人手が足りていない。

 

「もどかしいな。

 全部、私らが取り仕切れれば無駄なんか無くしてやるのに」

 

「おいっ!」 

 

 物理的にも精神的にも若干の寒々しさを覚える首筋を撫でるステラの耳に、苛立たし気な怒声が響く。

 ステラは小さく舌を打つと、外向けの表情、相手を小馬鹿にする生意気な笑みを唇に張り付けて振り返った。

 

「俺っちに何か用かい? 忙しいんだけどさあ」

 

「ふざけんなよ手前、ジャミングなんぞ掛けやがって!」

 

 怒鳴りつけてきたのはステラ爆音隊(ボンバーズ)の商売敵、エディジャンガル・ファミリーの頭目の一人ジャンガル。

 ひょろりとした長身の銀河放浪者(アウタード)で、頭の真ん中から右側の頭髪を剃り落とした奇抜な髪型をしている。

 地肌が剥き出しになるまで反り上げられた彼の右側頭部は、顔面同様に怒りで赤く染まっていた。

 ジャンガルは自分のファミリーの若い衆を四人も引き連れており、彼らもまた頭目同様に憤怒の色を浮かべている。

 ステラは、重装宇宙服のヒップホルスターに入れたレーザー拳銃(レイガン)を意識しつつ、大仰に肩を竦めて見せた。

 

「ジャミング? 何の事かなあ? お宅の通信機が壊れてるだけじゃねえのー?」

 

「こ、このガキ……っ!」

 

「あのお客人はうちのドックでおもてなしするよ。

 あんたらにゃ出る幕なんざぁないぜ、さあ帰った帰った!」

 

「もてなすだぁ? けっ、巻き上げるの間違いだろうが」

 

「あんたらと一緒にすんじゃねえよ」

 

 これは演技でもなく、本気で吐き捨てる。

 下を見れば切りがない銀河放浪者(アウタード)だが、それでもある程度は弁えておかないと生きていけない。

 無法が過ぎれば回りまわって自分の首を絞めると、ステラは幼い頃から祖母に言い含められていた。

 

「格好つけてんじゃねえ、お前ん所だって台所寂しいんだろうが。

 なあ、俺らにもちょっと噛ませろよ、悪いようにはしねえからさ」

 

 ジャンガルは似合わない猫撫で声で譲歩のような言葉を吐く。

 その一方で彼の配下、エディジャンガル・ファミリーのトレードマークである逆モヒカン頭のむくつけき男たちがずいと前に出てくるのは威圧以外の何物でもない。

 

 だが、威圧要員はこちらにも居る。

 

「なんや、お嬢。 揉め事かい」

 

 辺境訛りのハスキーボイスと共に、輸送船に簡易スロープを取り付けてた部下の女が遊泳してくる。

 ステラの肩に左手を当ててくるりと回転すると、ファミリーの連中の前に立ちふさがった。

 これ見よがしに掲げられた右腕は、クロームの地肌丸出しの鉄の三本指。

 祖母から付けられた用心棒のレジィ=ギーブスだ。

 

「お嬢じゃない、総長」

 

「はいはい、総長総長」

 

 鉄の腕の女はやる気のなさそうな垂れ目の印象そのままな熱のない声音を、ジャンガルにも向ける。

 

「どうするん、ジャンガルさん。

 相方に相談なしでウチらとぶつかるん?」

 

「ちっ……保護者面するなら、ちゃんとクソガキの手綱取っとけよ」

 

 ジャンガルはレジィから露骨に顔を背け、輸送船に視線を向けた。

 ちょうどその時、箱型輸送船のエアロックが開き始める。

 

「お、お出ましだ……ほう!」

 

 半透明の簡易スロープの中央を悠然と遊泳してくる少女の姿に、ジャンガルが感嘆の声をあげる。

 コスプレのようなマントにアイパッチというふざけた格好をしてなお、その美貌は際立っていた。

 続いてスロープに現れた地球系人類(アーシアン)とドワーフも十分に美女の範疇だが、先頭の彼女は一段抜けている。

 

「いいねえ、ちっこいのにすげえ乳してやがる!

 なあステラ、やっぱり俺らも噛ませてくれよ、ありゃあ大した売りもんになるぜ」

 

「お客を売るわきゃねえだろう、馬鹿」

 

 やにさがったジャンガルに冷たい言葉を投げるステラだが、次に現れた人影に絶句した。

 長身に纏った軽宇宙服がはち切れそうな程に筋肉隆々の巨漢。

 その顔面は緑の素肌であり、唇からは牙が飛び出している。

 

「げえっ! オーク!?」

 

 思わず一党の総長として、あるまじき悲鳴が口を衝く。

 宇宙で生活する者にとって、一目でピンと来る危険種族だ。

 

「お、お前、なんて連中呼び込んでんだよ!?」

 

「し、知らないよ!?」

 

 だが、危険種族の登場はまだ終わりではなかった。

 もう一隻の筒型輸送船のエアロックも開き、そちらから四人のオークが姿を現す。

 一番最後に続く、半裸で髪を長い弁髪にしたオークの肩には、ちょこんと小さな人影が腰かけていた。

 

「げえぇっ!? フービットぉ!?」

 

 ステラにとって、オークよりも恐ろしい種族。

 彼女の実家であるフェンダー家が、この市場を放棄する原因となった劇薬のような連中だ。

 

「お嬢、どうすんの」

 

 青ざめるステラとジャンガルとは裏腹に、平静というよりも興味なさげな顔つきのレジィが無情に問いかける。

 

「ま、招き入れたんだから、相手するしかないでしょう……ないぜ!」

 

 素の口調を無理やり矯正すると、ステラは両手で自らの頬を叩いて気合を入れた。

 この市場でステラ爆音隊(ボンバーズ)の勢力を伸ばす為には、少しでも取引の実績を積み上げなくてはならないのだ。

 オークとフービットを引き連れた恐ろしい少女に、ステラは挑むような視線を向ける。




胃腸炎になってました。
ふぁっきん腹痛。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

商談

SIDE:戦士 カーツ

 

 こちらが提示した売却可能な重金属インゴットの目録に目を通し終わり、ステラは顔を上げた。

 

「確認しました。 大口のお取引、ありがとうございます」

 

 宇宙の辺境にしてはなかなか洒落た応接室に響くステラの声は、どこか精彩に欠けている。

 まあ、それも仕方あるまい。

 ソファに高々と足を組んで座った姫の後ろから、タブレット端末を手にした少女を見下ろしつつ、さもありなんと小さく頷く。

 

 ステラ爆音隊の頭目であるステラは、銀河放浪者(アウタード)にしては妙に毛並みがいい少女だった。

 金髪の後頭部を刈り上げ残りを逆立てた髪型と小生意気な表情でやんちゃな少年を思わせるが、その割にあちこちで地金の育ちの良さが透けて見える。

 グレた令嬢という印象を隠しきれない少女だけに、目の前に陳列された宇宙危険物に萎縮しているのは丸わかりだった。

 

 応接室の所有者であるステラよりも余程にくつろいだ態度を見せる姫の左右には、ノッコとペールが座っている。

 ソファに深く腰掛けたノッコは床に届かない足をぶらぶらさせながら、両手で持ち上げたティーカップの湯気にふうふうと息を吹きかけていた。

 一方、姫を挟んで反対側のペールは、背筋を伸ばしてガチガチに固まった状態で座っている。

 提供されたコーヒーをマイペースに楽しむノッコとは対照的だが、大型の遮光ゴーグルで顔の半分が隠されているため姿勢良く黙り込んでいれば出来る秘書のように見えなくもない。

 そして三人の座るソファの後ろには、これ見よがしに腕組みした俺が仁王立ちしているという構図だ。

 表情を隠したドワーフに銀河トラブルメーカーのフービットと、天下御免の宇宙蛮族オーク。

 お嬢様が対応するには難度の高い組み合わせだろう。

 

 そして、ステラの背後に立つ彼女の従者はというと、見るからに頼りない。

 右腕を三本指のサイバーアームに換装した女は明らかに荒事慣れした雰囲気だが、護衛というには何とも弛緩した雰囲気を漂わせていた。

 しきりに欠伸し妙にふらふらしながら、生身の左手で目元を擦っており明らかに集中していない。

 何かの薬物でもやっているのか、ぼやんと霞んだ黒目がぎょろぎょろと不規則に動き回っていた。

 

「それで、どれ程の値を付けて貰えるのかしら」

 

 姫は傍から見れば優雅な、彼女の振る舞いに慣れた俺からすると気取りまくった仕草でティーカップを傾けてコーヒーを喫すると、ステラを促した。

 俺がステラを「いい所のお嬢さん」と判断した理由のひとつが、この「ティーカップの飲み物を提供できる応接室」の存在だ。

 この応接室はステラの持ち船の居住ブロックに設置されている。

 ドラム式の居住ブロックを回転させる事で人工的に重力区画を作り出せる設備は、上等な客船や大型の軍艦などにしか搭載されていない。

 個人所有、それも銀河放浪者(アウタード)の持ち船にしては、過ぎた設備と言えた。

 

「そう、ですね……」

 

 いかにも銀河放浪者(アウタード)っぽい生意気な演技を省いたステラは、商売用らしい真面目な口調で呟きながらタブレットに数字を入力した。

 ちらりと背後に立つ従者に視線を向けるが、鉄の腕の女は我関せずとばかりに胡乱に濁った瞳を室内に彷徨わせており、まるで頼りにならない。

 ステラは小さく溜息を吐くと、タブレットを姫に差し出した。

 

「こちらで如何でしょうか」

 

 姫が鷹揚に頷きながら受け取ったタブレットを、俺たちも覗き込んだ。

 この辺りの星域で幅を利かせている神聖フォルスティン王国発行の無記名電子マネーで金額が記されている。

 正直な所、俺たちオークにはカタギの社会における通貨の価値がイマイチ判っていない。

 通貨というシステムは知っていても、それを使って取引する相手が極端に少ないため、実感がないのだ。

 21世紀の感覚で例えるなら、一万円札で何を買えるのかがピンと来ない。

 この辺りは、知識を積み上げるのが趣味の俺も学び切れていない所だ。

 何せオークの身では、ちょっとお買い物をして物の相場を学ぶという訳にもいかない。

 俺たちには、「はじめてのおつかい」を実践する機会が無いのだ。

 

 姫は涼しい顔でタブレットの金額を読むと、左右に目を走らせた。

 彼女もまた俺同様に市場の相場などといった知識はない、同族以外の二人が頼りだ。

 

 年若く経験も浅いがペールはカタギの船員として優れた教育を受けている。

 その教育の中には補給物資がいくらぐらいで入手できればお得かといった、実践的な知識も入っているらしい。

 ノッコの方は特別な教育は受けていないが、この一党では最年長だけに物の大雑把な価値などは把握していた。

 二人が頷いた事で、ステラが提示した金額が了承される。

 

「いいわ、これで手を打ちましょう。

 それじゃあ、ドックの使用料のお話をしましょうか。

 お安く使わせていただけるとありがたいんだけど」

 

 にっこりと微笑みながら話を続ける姫に、ステラの喉が変な音を立てた。

 

 

 

 

SIDE:トーン=テキンのトロフィー ジョゼ

 

 銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)内のおそらくメインストリートと思われる通路も、構造自体は他の場所と変わらない。

 軽金属のフレームの四方を半透明の遮断幕で覆っただけの、薄布一枚向こうは真空という粗雑極まりない空間である。

 メインストリートだけあってフレームに使われる鉄骨が他より太くて頑丈そうなのは、ほんの少しだけ心強い。

 そのフレームに引っ掛ける形で、無数の露店や屋台が営業されていた。

 四方のフレームを足場にしているため、それぞれの露店は通路の中央を「上」とする形で据え付けられている。

 上下左右おかまいなしに展開される露店の様子は、無重力空間に慣れていないジョゼにとって、異様な光景に思えた。

 

「おー! なんかへんなのうってるッス!」

 

「あ、美味そう!」

 

 一方で、生粋の宇宙適応種族であるオークには、無重力向けの店の構造は気にならないらしい。

 ベーコとフルトンは屈強な図体に似合わぬ子供のような歓声を上げて、売り物に目を奪われている。

 巨漢オークにキラキラした瞳で売り物を覗き込まれた露店の店主が引きつった愛想笑いを浮かべている様に、ジョゼは思わず苦笑した。

 

「ベーコくん、フルトンくん、二人とも買うならちゃんとお金は払いなよ!」

 

 流石にここで狼藉を働かれては、姫のやっている交渉がおじゃんになってしまう。

 釘を刺すジョゼに、ベーコとフルトンはにやりと笑うと懐から無記名電子マネーの入った小型端末を取り出した。

 

「とうぜんっス!」

 

「オレら、結構金持ってんだぜ!」

 

 実際、オークの兵卒は下っ端ほど無記名電子マネーを持っている率が高い。

 略奪品の中で、オーク的に最も価値が低いのが金であるからだ。

 余り物として残った電子マネーを、使う当てもないけど何も手に入らないよりはマシだからと溜め込んだ結果、彼らは露店で豪遊できる程度の資金を持っていた。

 

「ジョゼさん、欲しい物あるかい? オレが奢ってやるぜ!」

 

「あ、ベーコ、ぬけがけはずるいっス!」

 

「はいはい、色気づいちゃって、まあ……」

 

 電子マネーの入った端末を振りながらニンマリと笑うベーコと、彼に食って掛かるフルトンにジョゼは溜め息を吐いた。

 現在のジョゼはトーン=テキンのトロフィーではあるが誰か個人の持ち物ではない、強いて言うならピーカ姫の管理下にあるという、宙ぶらりんな立場にあった。

 それを見越したのか、ここの所オペレーターとしても会話をする事が多いベーコとフルトンは何かと下手なアプローチを掛けてくるのだ。

 不器用ながらも腕力に訴えたりはしない、オークとは思えない程に紳士的な態度は、彼らの兄貴分による教育の成果だろう。

 強面で豚面なオークといえど、大真面目に好意を寄せて来られると悪い気はしなかった。

 

 

 

 姫が商談を行う間、交渉に出ないメンバーには自由時間を与えられている。

 ベーコとフルトンは珍しい市場の見物に行きたがり、舎弟三羽烏の残り一人のソーテンは留守番と称した昼寝タイムを満喫していた。

 ジョゼがベーコとフルトンに同行したのは彼らが妙な事をしないか、お目付け役が必要だと思ったからであったが、どうやら杞憂のようだ。

 買い食いをする二人はきちんと金を払っており、トラブルは起こしていない。

 

「んー、なんか、みためよりモソっとしたかんじっスね」

 

「甘いのが口ん中で粘りついて、水が欲しくなるな、これ……」

 

 煮凝りかゼリーと思しき蛍光オレンジの四角い物体が刺さった串に齧りつき、二人は微妙な顔をしている。

 外れを引いたらしい二人の様子を見守りながら、ジョゼはもう一人の同行者に声を掛けた。

 

「あんたは何か買ったりしないの、フィレンくん」

 

「くん付けか……」

 

 弁髪に半裸の元オークナイト、フィレンはジョゼの言葉に顔を顰めた。

 

「え、だってフィレンくんってベーコくん達より格下だよね」

 

「少しは歯に衣を着せてくれ」

 

 容赦の無いジョゼの追撃にフィレンの渋面は深まった。

 最近はシミュレーターの準備も担当するジョゼは、フィレンが他のメンバーと行ったシミュレーションの戦績も知っている。

 カーツとノッコにはボコボコの連敗中、ベーコ達三羽烏には大体勝率四割といった所。

 兵卒として位階はベーコ達三人と同じフィレンだが、確かに一段下と言わざるを得なかった。

 明らかに凹んだ気配を見せるフィレンに、ジョゼは人の悪い笑みを浮かべる。

 

「わたし、忘れてないよ? 初対面の時、あんたに濡れ衣掛けられそうになった事」

 

「……その節は、申し訳なかった」

 

 意外に素直に謝るフィレンにジョゼは毒気を抜かれた顔になる。

 

「何よ、気持ち悪い。

 カーツさんに負けて牙を抜かれちゃった?」

 

「そうではない。

 意地を張って視野が狭いままでは何にもならんと思っただけだ。

 いずれカーツ……隊長にはリベンジをする」

 

「シミュレーションで毎度負けてる癖に」

 

 フィレンはバツが悪そうにそっぽを向くと「いずれだ、いずれ」と早口で呟いた。

 そんな彼の様子にジョゼは溜飲を下げる。

 元よりさっぱりした気性のジョゼは大して引きずる方ではない、これでチャラだ。

 すっきりした気分で尋ねる。

 

「視野が狭いままじゃ駄目だから、市場見物に着いてきたの?」

 

「ああ。 銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)は初めてだからな、何か面白いものが……」

 

 言いさしたフィレンの言葉が止まる。

 ジョゼは彼が凝視している方向に目を向けた。

 こちらの視点から見ればちょうど天井方向にある屋台が開店準備をしている。

 軒先には売り物を記したと思しき暖簾が翻っていた。

 

「ラマン? ラムン? 何だろ」

 

「いや、ラーメンだ」

 

 フィレンは発音が判りにくい、マイナーな銀河共用語の単語を断定的に読み上げた。

 

「生前の父上に聞いた事がある、母なる星発祥の古い食べ物だ。

 かつて宇宙の男の常食として知られていたらしい」

 

「ふーん……」

 

 珍しく熱の入ったフィレンの解説だが、どんな食べ物か想像が付いていないジョゼは感銘を受けた様子もなく生返事を返した。

 

「食べてみたいの?」

 

「……いいのだろうか」

 

「ベーコくん達も買い食いしてるんだし、いいんじゃない?」

 

「……無作法ではなかろうか」

 

「お坊ちゃんか!」

 

 明らかに憧れを見せている癖に煮え切らないフィレンの手をジョゼは引っ張った。

 そのまま足元のフレームを蹴り、天井の屋台まで遊泳する。

 

「おじさん! もうやってる?」

 

「ああ、今開ける所……ってオーク!?」

 

「あー、大丈夫大丈夫、暴れないから。 ね?」

 

「う、うむ」

 

 大きく頷くフィレンに、初老の店主は疑わしそうな怯えた視線を向けている。

 取り持つようにジョゼはことさら明るく注文した。

 

「おじさん、ラーメンってのやってんでしょ? 二人前、ちょうだい」

 

「あ、あいよ!」

 

 注文を受けた店主は気を取り直したかのようにカウンターへ向き直る。

 ジョゼはフィレンに囁いた。

 

「わたし、お金持ってないからね」

 

「……いいさ、お前の分くらい、オレが持ってやる」

 

 ちゃっかりと奢らされたフィレンは豚面に苦笑を浮かべながらカウンターを覗き込み、眉を顰めた。

 

「店主、少しいいか」

 

「え、な、なんだい、オークの兄さん」

 

 蛮族として悪名高いオークに直に声を掛けられ、店主はびくびくしながら顔を上げた。

 

「調理器具が電子レンジしかないようだが、スープを煮込んだりはしないのか?

 ラーメンにはスープが付き物だと聞いているのだが」

 

「あー、兄さん詳しいんだね……。

 悪いけど、うちで出してるのはレトルトの合成物だよ」

 

「む、そうなのか……」

 

 残念そうに呟くフィレンの目の前で、電子レンジが調理完了のチャイムを鳴らした。

 

「はい、お待ちどう、熱いから気をつけて」

 

「うむ」

 

 手持ちの端末の電子マネーで支払いをしたフィレンは合成ラーメンのレトルトパックを受け取った。

 ドリンクパックの飲み口を大きくしたような形状の透明なパックで、内部には黒っぽいスープと一口大の塊となった麺が浮かんでいるのが見える。 

 

「父上から聞いたのと、ずいぶん違う気がする……」

 

「合成らしいからねえ」

 

 レトルトパックを受け取ったジョゼは中身を物珍し気に観察した。

 

「いつか、本物を食べるチャンスがあるといいね」

 

「……そうだな」

 

 頷いたフィレンはパックに口を付け、黒っぽいスープを飲む。

 合成ラーメンは少し塩辛かった。 




松本零士先生の宇宙観でスペオペの基礎を学んだように思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

統率力の推測

SIDE:エディジャンガル・ファミリー頭目 ジャンガル

 

「随分あっさりと引き下がったものじゃない、兄弟?」

 

 ファミリーのもう一人の頭目であるエディの言葉に、ジャンガルは顔を顰めた。

 

「オークをぞろぞろ引き連れてたんだ、下手に強請を掛けるのは危ねえ」

 

 ジャンガルとは逆に左半分の頭髪を剃り落としたエディは兄弟分の言い訳に薄く笑みを浮かべながら頷いた。

 

「まあ、それも一理あるわね。

 でも、そこに一儲けの種があると思わない、兄弟?」

 

 ひょろりと長身のジャンガルと違い、ずんぐりとした短躯のエディは女性的な柔らかい口調が特徴の男で、二人の名を冠したエディジャンガル・ファミリーの頭脳担当役だ。

 頭目が左右の頭髪をそれぞれ剃り落とし、部下達には頭の中心を一直線に剃る逆モヒカンのヘアスタイルをさせているのもエディの発案だ。

 二人の頭目が左右から部下達を挟み込む意匠のヘアスタイルでファミリーの結束を図るアイディアは、単純なだけに効果がある。

 無法者寸前の銀河放浪者(アウタード)にも「制服」による統制は有効であった。 

 そんな事も企てる頭の回る相棒の言葉に、ジャンガルはにやりと頬を歪めた。

 

「聞かせてくれよ、兄弟。

 何を思いついたんだ?」

 

「そのオーク連中は、頭目の女の子に統制されていたんでしょう?」

 

「ああ、ガキの癖にえらい乳しててな、ありゃ将来が楽しみだ」

 

「そこよ。

 オークが女をトロフィーにしているんじゃなく、女がオークを制御している。

 制御機構(コントローラー)が効いているのよ、そのオーク達」

 

制御機構(コントローラー)?」

 

「オークは元々兵士として作られた人造種族よ、反乱防止に遺伝子コードに制御機構(コントローラー)が組み込まれてる。

 その制御機構(コントローラー)が壊れて野生化したのが今のオークよ」

 

 エディは立てた人差し指を振りながら、教師めいた調子で言葉を続ける。

 

「おそらく、例のオーク達は制御機構(コントローラー)が機能している古いオークの生産設備で作られてるのよ。

 つまり、頭目の女の子はコントロールデバイスを持っているはず……」

 

「そのデバイスが手に入れば、俺たちにもあのオークを制御できるのか?」

 

「多分ね」

 

「へえぇっ! いいじゃねえか!

 オークの腕っ節ならそこらの用心棒なんざ目じゃねえ、それが五人も居やがるならこんなちんけな市場(バザール)で腐ってる以外の儲け話にも手が出せる!」

 

 皮算用を走らせるジャンガルに、エディは自信ありげな微笑みを浮かべて頷いた。

 

「それじゃあ、オークどもの目を掠めてお嬢ちゃんから制御デバイスを巻き上げる手筈を考えなきゃね」

 

 エディは間違いなく知恵者であり、ジャンガルと二人で立ち上げたファミリーをひとつの勢力として拡大させた有能な男である。

 それでも、知らないものが存在する事ばかりはどうしようもない。

 オークに対して絶大なカリスマを発揮するオーククイーンというイレギュラーは、あまりに数が少なく、世に知られていない。

 オーク達も自分たちのアイドルを秘匿するため、他種族でオーククイーンを知るのは熱心かつ奇特な学者ぐらいのものである。

 エディの限られた知識の中では、有りもしない制御デバイスこそがオーク達を従える要と信じるのも仕方ない話であった。

 

 

 

SIDE:ステラ爆音隊(ボンバーズ)総長 ステラ=フェンダー

 

「はあぁ……疲れたぁ……」

 

 余りにも厄介な商談を終わらせ、お客様方を送り出したステラは応接室のソファにぐったりと身を沈めていた。

 今は鎧のような重装宇宙服も脱ぎ、タンクトップとショートパンツというくつろぎスタイルである。

 活動的な刈り上げの髪型や言動で少年っぽさを演出するステラであったが、ラフな格好になれば女性らしいスタイルの良さも露わになる。

 あの海賊コスプレの少女ほどではないにせよ、ドワーフやフービット達よりは格段に豊満であった。

 

「はい、お嬢。お疲れさん」

 

 サイバーアームの女、レジィは淹れ直したコーヒーのカップを置くと、ステラの対面のソファに腰を下ろした。

 湯気を立てるカップに手を伸ばしながら、ステラは頼りにならないお付きをじろっと睨む。

 

「そう思うんなら、交渉の時に手を貸してくれてもいいんじゃない」

 

「ウチは肉体労働専門やしなあ。

 そもそも、そういう面倒事は全部自分がやる言うてウチを借り出したんやろ。

 口八丁はお嬢の得意分野やないの」

 

「相手にもよるわよ……」

 

 砂糖とミルクをどかどか放り込んだ甘ったるいコーヒーを啜りながら、ステラはぼやく。

 

「オークを手下にしてるなんて……きっと、あのフービットが睨みを利かせてるんだわ」

 

 ステラもまた、妙に発育の良い少女がオークを従えている理由を彼女なりに推測しようとしていた。

 こちらはエディと違い、シンプルな読みである。

 

「フービット、ねぇ……お嬢も含めて、本家の方々はちょいと気にしすぎやないの?」

 

「レジィ、駄目よ。フービットを刺激しないで」

 

 からかうようなレジィの声音に、ステラは真顔で釘を刺した。

 その顔には明確な緊張と、怖れの色がある。

 

「本家が、フェンダー家が、この市場(バザール)を放棄した理由、知ってるでしょ」

 

「フービットに殴り込まれたって話やろ」

 

 ステラの実家、フェンダー家はかつてこの銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)を支配していた、大規模銀河放浪者(アウタード)ファミリーである。

 だが、些細ないざこざからフービットの荒くれ者に殴り込まれた挙げ句、旗艦としていた巡航艦(クルーザー)を沈められてしまったのだ。

 たった一人のフービットに散々にやられたフェンダー家は大きく威信を落とし、この市場(バザール)を放棄する羽目に陥ってしまう。

 それから数十年が経過したものの、未だフェンダー家は力を取り戻しきっていない。

 ステラが一家の若い衆を集めてステラ爆音隊(ボンバーズ)を結成し、この市場(バザール)に根を張ろうとしたのも実家の権勢を取り戻す為であった。

 その矢先に、フェンダー家にとって疫病神そのもののフービットに絡んでしまうとは、余りにも縁起の悪い話である。

 

「あのフービットは商談にも口を挟まんかったし、用心棒に徹しとるんやないの?」

 

「だとしても、下手に突いて爆発されても困るわ。

 連中のどこに導火線があるか、まったく判らないもの」

 

 今やかなり数を減らしてしまったフービットであるが、一家の鬼門であるためにステラは詳しく彼らの生態を調べていた。

 

 瞬時に複雑な機動演算を行う高速思考能力を持ちながら、彼らの性質は完全に戦闘に特化しており、ひたすら敵を撃滅する事にしか興味がない。

 それでいて己の拘りには執着する、搦め手が通じにくいバトルマニア種族だ。

 賄賂だのハニートラップだのは往々にして無駄であり、そのくせ個人個人の地雷を踏み抜いたら最後、瞬時に敵認定して苛烈な攻撃を開始する。

 

 オークのように種族主導の略奪行為などは行わないが、いつ爆発するか判らない不発弾のような精神性で隣人とするには面倒が多すぎる種族。

 ステラはフービットをそのように理解しており、それは概ね正しかった。

 フービットが数を減らし徐々に滅びつつあるのは、まさにその精神性ゆえの自業自得である。

 

「取引そのものは問題なかったし、こっちの儲けは十分よ。

 重金属のコンテナが運び込まれたら、後はもう関わらないでおきましょう。

 向こうはドックで船の補修をしたいだけなんだから、作業が終われば出て行くだろうし」

 

 コーヒーカップに視線を落としながら今後の方針を決定するステラに、レジィは頷いた。

 

「お嬢がそう決めたんなら、それでええんちゃう。

 ……ちょっと失礼、そろそろ薬飲まんと」

 

 レジィは懐からカプセル剤のシートを取り出すと、コーヒーで一粒流し込んだ。

 途端に、元よりやる気のなさそうだった目元がとろんと霞む。

 

「痛み止めを飲む頻度が上がってない?

 そんなに合わないなら、腕を生身に戻せばいいのに。

 レジィの腕の再生治療代くらい、出せるわよ」

 

 レジィが取り付けた鉄の義手は彼女の体質に合っておらず、頻繁に神経痛を発していた。

 

「この腕がないと、ウチは荒事できんしねぇ。

 まあ、気にせんといて……」

 

 徐々に呂律のあやしい口調になりながらソファに沈み込む腹心にステラは肩を竦めると、彼女の分のコーヒーカップも流しに運んで片付けた。




引っ越し間際でバタついております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二種類のデート

SIDE:戦士 カーツ

 

 ドック使用料の交渉を終えると、後はトーン09の改修作業完了を待つばかり。

 作業アームへのデータ入力を担当するトーロン以外のメンバーは自由時間を与えられ、思い思いに過ごしている。

 船内に縛られない久しぶりの時間ではあるが、姫の警護は別枠であった。

 姫をお護りするのは我々の最も重要なミッションであり、誉れとも言える役目である。

 戦闘要員がローテーションで姫に付き、ボディガードを行っていた。

 

 

 

 露店で買った粘度の高いミント味のドリンクチューブを吸いながら、俺は姫様を見守る。

 視線の先では、姫とジョゼにペールの三人が騒ぎながら露店を冷やかしていた。

 

「あ、いい生地! これで新しい宇宙服仕立てようか、お姫?」

 

「えー、ちょっと地味じゃない? あたしはいいよ、ペールに作ってあげて。

 あたしとお揃いで」

 

「えぇ……、姫様とお揃いはちょっとぉ……」

 

「あ、何よう、あたしとペアルック嫌なの?」

 

「が、眼帯は駄目です、ゴーグルしてるから」

 

「じゃ、マントはイケるね、作ってあげようか、マント」

 

「えぇぇ……」

 

 流石に女の子同士がきゃいきゃい騒いでいる所に混ざる気はしない。

 俺は護衛として一歩離れたポジションを維持しつつ、周囲に睨みを利かせていた。

 幸いにしてと言うか、当然というべきか、筋骨隆々のオーク戦士が見守っている女の子に声を掛けようなどという阿呆は居ないらしく、俺に視線を向けられた通行人の銀河放浪者(アウタード)達は露骨に目を逸らしている。

 それでいい、面倒事なく姫様達にお買い物を楽しませてくれるのなら、俺も何もしやしない。

 

氏族船(クランシップ)じゃできない体験だしな」

 

 友達と一緒に買い物など、姫様にとって間違いなく初めての事だ。

 気さくというよりも雑なジョゼの喋り方にフィレンは内心思うところがあるようだが、こういうのもまた経験だろう。

 ペールはジョゼよりも一歩下がった感があるが、まだ合流して日も浅いし元々コミュニケーションが得意そうなタイプでもないので仕方ない。

 マイペースな姫と社交的なジョゼにぐいぐい来られて困り顔をしているが、その内慣れるだろう。

 

「陛下にもご満足いただけるだろうな……」

 

 姫様を氏族船(クランシップ)の外に出したのは、籠の鳥の姫に様々な経験を積ませたいという女王のご意向だ。

 女の子同士で大騒ぎしながらショッピングを楽しむ姫様の事をお話しすれば、きっと喜んでくださるだろう。

 目尻を下げて微笑む脳内女王陛下の麗しさに俺の頬も緩む。

 

「カーツ!」

 

 幸せな妄想リピートに陥りかけた俺の元へ、姫様が手を振りながら戻ってきた。

 ぶんぶん振られる腕に釣られ、オーバーサイズ気味のバストも大きく揺れている。

 

「お買い物はお済みですか」

 

「うん! ……何飲んでるの、それ」

 

 何にでも興味を示す姫は、俺の手の中で持て余されていたドリンクチューブにも目を付けた。

 

「そこの露店で買ったドリンクです。

 ミント系の……なんというか、妙な味ですね」

 

「ちょっと頂戴」

 

「どうぞ」

 

 銀色無地の古めかしいデザインのドリンクチューブを受け取った姫は、艶やかな唇で飲み口を咥えた。

 ひと口吸って、微妙な顔をする。

 

「んんー……なんかこう、これちょっと……」

 

「でしょう?」

 

「あ、あの、私も、味見してみていいですか?」

 

「ん? はい」

 

 恐る恐る手を挙げるペールに、姫は事もなくチューブを手渡した。

 

「えへ、カーツさんと間接キス……」

 

 唇を緩めて何事か呟きつつ、ペールはチューブを咥える。

 中身を吸って、小さく頷いた。

 

「これ、あれですね、歯磨き粉」

 

「言わないでいたのに!」

 

 俺と姫が口に出さないでいた類似物をあっさりと挙げてしまったペールに、姫は唇を尖らせた。

 

 

 

 

SIDE:兵卒 フィレン

 

 必殺の念を込めて放った対艦レーザーは、ひらりと躱された。

 ふらふらと飛んでいるようにしか見えない継ぎ接ぎだらけの通常型戦闘機(ローダー)に、フィレンは一発も有効打を当てられていなかった。

 

「ちぃっ、主砲リチャージ開始!

 チャージ中はパルスレーザーで牽制……!」

 

 やるべき事を口に出しながら、フィレンは手早く機体に指示を送り込む。

 かつて搭乗したブートバスター『珠玉の争点(オーブ・イシュー)』に比べれば、バレルショッターはかなり格が落ちる。

 だが、それを言うならば敵手の継ぎ接ぎ通常型戦闘機(ローダー)は、こちらよりもさらに格下と言わざるを得ない廃物利用品なのだ。

 そんな機体に翻弄されているのは、単純に技量の差が著しいからである。

 

「判っているさ、オレよりもずっと強い事は……。

 だから、経験になる!」

 

 コンソールに閃く主砲チャージ完了のインジケーターを確認し、フィレンはスロットルレバーをマキシマムに叩き込んだ。

 バレルショッターは蹴飛ばされたような加速を開始する。

 その動作はかつての乗機に比べれば、格段に鈍く、遅い。

 そもそも、本来後方支援型のカスタム機であるバレルショッターで突撃をするのは、セオリーから外れている。

 

 すべて承知の上だ。

 絶望的な技量差は真っ向勝負ではまだ追いつけない。

 一矢報いる為にあえてセオリーを破り、意表を突くのだ。

 

「これで、どうだっ!」

 

 収束レベルを落とした幅広のレーザーを、機首を大きく振りながら撃ち放つ。

 直径100メートルにも及ぶ、光の大剣が虚空を薙ぎ払った。

 如何に強力な対艦レーザーといえど、ここまで収束率を落とせば破壊力は激減してしまう。

 これでは当てた所で撃墜判定は奪えまい。

 だが、せめて一矢だけでも。

 

「その考え方じゃ駄目だよ、フィレン。

 はい、お終い」

 

 直後、コクピットをパルスレーザーが射貫いた判定音が鳴り響き、モニターに戦死を告げる赤い文字が大きく踊る。

 一連のゲームオーバーメッセージを表示した後にモニターは消灯し、シミュレーターは終了した。

 

「くっ……!」

 

 真っ暗になった半球型モニターを睨みながら、フィレンは操縦桿を握りしめたままの指先をゆっくりと緩めた。

 

「一度、デブリーフィングをやるよ。

 トーン08に集合ね」

 

「……了解」

 

 通信機から響く母の声に、フィレンは小さく応じるとコクピットハッチを開けた。

 わずかに与圧されていた空気が瞬時に虚空へ飛び散っていき、弁髪に結った長い髪が踊る。

 抜けていく空気と共に体表の熱が奪われ、戦闘の興奮が冷まされていく感覚はむしろ爽快といえた。

 フィレンの乗っていた借り物のバレルショッターは、トーン08のドッキングポートに接続されたままである。

 実機のコクピットを利用した本格的なシミュレーター訓練だ。

 体を苛むG以外は完全に同一であり、実戦形式で超上級者との戦闘訓練を行えるカーツ分隊は急速に練度が向上していた。

 

「……」

 

 トーン08のエアロックへ向かう前に、フィレンは別のドッキングポートに接続された『包帯虎(バンディグレ)』に視線を投げる。

 半裸のフィレンと違い、ヘルメットまで被ったパイロット用軽宇宙服姿のフービットが機体を蹴り、トーン08へと遊泳を開始していた。

 裸体にペイントをしたようにも見えるほど薄手の宇宙服が張り付いた小さなお尻を追って、フィレンもトーン08へ飛ぶ。

 宇宙適応強化人類らしく、するりとエアロックに飛び込む母子の無重力遊泳は全く無駄がない。

 先にエアロックに入ったノッコはフィレンの到着を待って隔壁を閉じると、内部に空気を充填した。

 

「ふぅ……」

 

 ヘルメットを脱いだノッコの短く整えられた赤い髪は、汗に湿って頭皮に張り付いている。

 彼女に汗をかかせるくらいには奮戦できたと内心快哉を上げるフィレンだが、すぐに思い直す。

 フィレンの前に三人の先輩が三タテにされている。

 模擬戦とはいえ、連続で四戦もすれば汗のひとつもかくだろう。

 

「フィレン」

 

 ノッコの青い瞳がフィレンを見上げた。

 普段は飄々とした鉄面皮のノッコが珍しく眉を寄せている。

 

「なんだ」

 

 若干気圧されるものを感じながら、フィレンは素っ気なく母に応じた。

 

「ああいう戦い方は駄目だよ」

 

「だが、命中弾を与えられたろう」

 

 撃墜される寸前、コンソールが奏でる甘美な命中判定の電子音をフィレンは確かに捉えていた。

 

「当てただけで満足しちゃ駄目。

 そもそも、あの攻撃は当てるのだけが目的で、墜とせるとは思ってなかったでしょう」

 

「……先輩達も当てれていなかったんだ、当てれただけ上等じゃないか?」

 

 そっぽを向いて反論するフィレンに、ノッコは両目を細めると床を鋭く蹴った。

 0Gの中、エアロックの天井寸前でくるりと反転して天井も蹴ると、床と天井の二段加速を乗せた手刀をフィレンの脳天に叩き込んだ。

 

「ぬがっ!?」

 

「当てれただけ上等? なんて情けない事を言うの」

 

 強打された脳天を押さえてうずくまるフィレンを、ノッコは冷えた声音で叱る。

 

「戦士たる者、勝利をもぎ取るべく努力しなさい。

 相手を損傷させても自分が撃墜されていては、何にもならないのよ」

 

「判っている! 判っているが……、ここまで散々やられてるんだ、せめて少しでも勝利の片鱗が欲しいんだ!」

 

 涙目で見上げてくる息子の言い分に小さな母は溜息を吐いた。

 血の繋がった母子であるが、戦闘種族としての互いのスタンスは若干違う。

 

 同じく勝利を目的としていても、その過程で名誉が欲しいオークに対してフービットは最終目標の達成以外は求めない。

 罵られ後ろ指さされるような手管を使ったとしても勝てばよろしいというのがフービットであり、勝つにしても勝ち方があると考えるのがオークである。

 連戦連敗の中、少しでも誉れを得たいという息子の想いは、教え子達を絶対勝利獲得マシーンに育て上げたい母とは微妙に相容れなかった。

 

 ちなみに、カーツ分隊の中で最もノッコの思想に近い考え方をしているのはペールである。

 

「じゃあ、勝利の片鱗とやらに御褒美をあげる。

 ピストンシリンダーの筋トレを20セットね、それとトレッドミルを90分」

 

「……了解」

 

 御褒美と称した追加トレーニングに、フィレンは脳天を撫でながら頷く。

 与圧完了のチャイムが鳴り船内側のハッチが展開すると、ノッコはするりと船内通路へ入った。

 

「オークは頭固い所あるよね、物理的にじゃなくて」

 

「勝ち方の事か?」

 

「そう、かっこよく負けるのとかっこ悪く勝つのだと、かっこよく負ける方を選びがちでしょ」

 

「それは……そういう面はあるかも知れんが……」

 

「今、私たちはお姫様を預かってるんだよ。

 勝利条件は、お姫様の無事。

 だから、どんな時でも勝たなきゃいけないの、どんな不格好でも卑怯な手を使ってもね。

 負けても何か成果を上げればいいなんて話じゃないの、そこの所、忘れないで」

 

 真摯に諭す母の言葉に、フィレンは頷いた。

 

「……判った、任務に際しては拘りを捨てるよう心掛ける」

 

「よろしい」

 

 大仰に頷くノッコに苦笑を漏らしながら、フィレンはトーン08のブリッジに入った。

 途端に待ち構えていた三人の兵卒が飛びついてきた。

 

「やったっスね、フィレン!」

 

「兄貴以外で姐さんに当てたのは初めてだ、やるじゃねえか!」

 

 フルトンとベーコはフィレンの筋肉質の肩をばしばし叩きながら彼の戦果を褒め称える。

 無口なソーテンもまた、無骨な笑みを浮かべながら親指を立てていた。

 

「あー、先輩方、褒めて貰えるのはありがたいのだが……」

 

 フィレンは引き攣った笑みを浮かべながら、鬼教官たる母の様子を窺う。

 

「心得違いしてるのは全員かぁ……。

 君たち、全員追加トレーニングね」

 

「な、なんでっスか!?」 

 

 わいわいと騒ぎながらデブリーフィングを開始する彼らは、物陰から遊泳してトーン09へ取り付く軽宇宙服の一団に気付いていなかった。




引っ越し間際でダンボール箱に囲まれながらの更新です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハック&スニーキング

SIDE:ステラ爆音隊(ボンバーズ) 一般構成員

 

 かしましく騒ぎながら買い物を続ける三人娘と、それに付き従い周囲に威圧を放っている巨漢のオーク戦士。

 とても目立つ一団で有りながら、オークといざこざを起こしたくない銀河放浪者(アウタード)達は見て見ぬ振りをしている。

 だが、完全に無視ができるような連中でもない。

 多くの監視の網が一行へと向けられていた。

 

 露店でジャンクパーツを冷やかす、どこにでもいそうなチンピラ銀河放浪者(アウタード)もまたその一環である。

 ステラ爆音隊(ボンバーズ)に属する彼はちらちらと一団へ視線を投げているが、ことさら身を隠すような事はしていなかった。

 そもそも、すでに監視はバレている。

 目が合ったオーク戦士はわずかに頬を緩めて苦笑すると、目線だけで会釈をした。

 内心ホッとしながら、こちらも目だけの会釈を返す。

 オークにしては随分と理性的であり、まともな社交性のある相手だ。

 

 監視を担う銀河放浪者(アウタード)もオークの噂は聞いており、最初に目が合った時はそのまま殴り飛ばされるのではないかと危惧もした。

 だが、オーク戦士は自分たちが警戒され、監視に取り巻かれても仕方の無い存在であると理解しているらしく、騒ぎ立てしなかった。

 それどころか始終張り付いているこちらへ、ご苦労さんと言わんばかりの苦笑すら浮かべている。

 

「ああいう話が通じる相手ばかりなら、オークも商売相手に数えていいのかもな……」

 

「あの連中は、ピーカって子が率いてる集団だから別よ。

 他のオークもあんなに話が通じると考えない方がいいわ」

 

 思わず漏れた呟きに、背後から反応が返る。

 

「あ、お嬢」

 

「総長って呼びなさい」

 

 重装宇宙服に身を包んだ少女に、監視担当の銀河放浪者(アウタード)は居住まいを正した。

 

「どうされたんです? 連中、相変わらずぶらぶらしてるだけですよ」

 

「向こうに動きがないのは良い話ね。

 ただ、こっちでちょっと困り事ができてね……」

 

 彼の上司の少女は、かなり躊躇った後に覚悟を決めると、足場を蹴ってオーク一行の元へ向かう。

 

 

 

 

SIDE:ステラ爆音隊(ボンバーズ)総長 ステラ=フェンダー

 

 音も無い無重力遊泳だというのに、護衛のオーク戦士はすぐさまステラの接近に気付いて向き直った。

 自然な動作で守護対象の少女達の前に滑り込み盾となる様は護衛の鑑のようで羨ましくなる。

 別件対応に追われて自分の護衛役が離れている今は余計にそう思えた。

 重装宇宙服に仕込まれたエアスラスターによる空気の噴出で制動をかけたステラは、内心の羨望を振り払い大きな身振りで一礼する。

 

「申し訳ありません、ピーカさんのお時間を少しいただきたいのですが、よろしいでしょうか」

 

「ふぅん? お仕事用の口調って事は、何かあたし達に頼み事でもあるのかしら?」

 

 オークの背からひょこりと顔を覗かせたピーカは、あっさりとこちらの望みを見抜いてくる。

 交渉相手としてはやりづらい相手だが、一刻を争う事態の今は察しの良さがありがたい。

 

「いいわよ、聞こうじゃない。

 お代に何が貰えるのか、楽しみね」

 

 金の猫目を細めてにんまりと笑うピーカに、ステラは拙い相手に話を持ち込んでしまったと、今更の後悔を覚える。

 だが、ステラ爆音隊(ボンバーズ)には他に話を持ちかけれるような組織もないのが現状であった。

 

 

 

SIDE:エディジャンガル・ファミリー頭目 ジャンガル

 

 ひょろりとノッポなジャンガルと、ずんぐりチビなエディという対照的なリーダー二人に、ファミリーの中でも特に目端の利くの三人を加えた計五人の潜入班はオークの輸送船に取り付いた。

 エアスラスターのような噴射装置の類を使わず物陰を伝って遊泳する隠密移動での接近に効果があったのか、エアロックの間際まで来ても警告のひとつもない。

 エディジャンガルファミリーの五人は円陣を組むと軽宇宙服のヘルメットを押しつけ合った。

 通信機を使わず、ヘルメットの振動で会話を行う。

 

「エアロックを開けた後の段取りは判ってるわね?」

 

「ああ、ブリッジのコンピューターからコントロールデバイスの情報を抜き取るんだろ」

 

 エディの念押しにジャンガルは小さく頷いた。

 彼らはターゲットの行動を数日に渡って監視している。

 オークの護衛を従えたトランジスタグラマーな少女首領が部下を連れて外出している事は確認済みだ。

 護衛に着いていないオーク達はフービットと共にもう一方の船に移動したのも確認している。

 ファミリーのメンバーにそれぞれの監視を行わせており、動向の変化があれば連絡が来る手筈になっている。

 

 オークを従える為のコントロールデバイスを少女首領が手放す事はないとエディは推測していた。

 切り札といえるデバイスの破損に備えて、予備や再作成の為のバックアップデータは必ずあるはずだ。

 今回の潜入は船のコンピューターからデバイスの情報を盗み出す事が目的であった。

 

「戦闘は無しだ、オーク相手に殴り合っても勝ち目は薄い。

 それに後々俺たちの手下になるんだからな、傷つけるのはもったいねえ」

 

「そうね、スマートにデバイスの情報だけ頂いて行きましょ」

 

 基本的に法の外で生きる銀河放浪者(アウタード)の中でも、エディジャンガルファミリーはかなりアウト寄りの一家である。

 それだけに荒事や犯罪行為にも手を染めており、今回の潜入ミッションの段取りも中々堂に入ったものであった。

 問題は彼らの求めるコントロールデバイスとやらがそもそも存在しないという点であるが、そんな事は彼らに判ろうはずもない。

 

「よし、それじゃハッチを開けるわよ」

 

 エアロックに付属したコンソールに持参した小型端末を接続すると、エディはハッキングを開始する。

 

「ふふん、所詮オークね、ろくな防壁もないわ……。

 はい、一丁上がり!」

 

 エディが得意気に最後のキーを叩くと、ハッチは静かに開放された。

 頷き合った一同はするりとエアロックへ侵入する。

 電極で失神させるテイザーガンやレーザートーチ改造のレイガンを油断なく構えながら船内側のハッチを開けた。

 

「……気付かれてないみたいね」

 

「よし、ブリッジに直行だ。

 静かにな」

 

 五人の侵入者は音も無く船内通路を遊泳する。

 元々戦時中の簡易生産タイプと思しきオークの輸送船は箱形輸送船としてありがちなレイアウトであり、ブリッジへの道筋も判りやすい。

 監視機器の類もなく、すんなりとブリッジまで到達する。

 開かれたブリッジのドアの寸前でジャンガルは足を止め、そっと室内を覗き込んだ。

 

 ブリッジの正面に据えられたメインモニターには二つのウィンドウが表示されていた。

 ひとつのウィンドウはこのドックで進捗している作業の状況が表示されていたが、もう片方が映し出しているのは古めかしい衣装の美男美女が愛を囁きあっているラブロマンスだ。

 こちらからは背もたれしか見えないナビゲーターシートの人物は、ウィンドウの中の恋愛映画に見入っているようだった。

 留守番役が居た事にジャンガルは小さく舌を打つ。

 

「留守番は映画鑑賞中か、優雅なものね」

 

 低く呟くエディに頷き、ジャンガルはハンドサインで部下に指示を出した。

 テイザーガン持ちの部下二人が床を蹴り、ブリッジに飛び込む。

 

「あ、おかえ、えぇっ!?」

 

 物音にシートを回転させて振り返ったナビゲーターシートの人物は飛び込んできた人影が仲間ではない事に驚きの声を上げる。

 だが、驚きは襲撃者の方にもある。

 

「まだオークが居るのか!?」

 

 ナビゲーターシートに座っていたのはツナギ型軽宇宙服姿のオーク。

 他のオークどもに比べると筋肉質というよりもぽっちゃりといった風情のオークは驚愕に目を丸くしており反応が鈍い。

 

「テイザーだ! 撃て!」

 

 ジャンガルの叫びに、テイザーガンを持つ部下二人は慌ててトリガーを絞った。

 ワイヤーで結ばれた電極付きの弾頭がスプリングで弾き出され、オークに襲い掛かる。

 

「うぎゅっ!?」

 

 左肩と土手っ腹に被弾したオークは流し込まれる電流に濁った悲鳴を上げて昏倒した。

 首尾良く留守番を無力化した一行だが、エディとジャンガルの表情は晴れない。

 

「まだオークが居たとは、予想外だったわ」

 

「ああ、こいつは監視に引っかかってない個体だ、ずっと船に留まってたんだな」

 

 舌打ちしながらエディは部下に指示を出す。

 

「オークはタフだから、すぐに回復されちゃう。

 電流を流し続けて」

 

「いっそ、殺っちまわないか?」

 

「だめよ、兄弟。 制御デバイスさえ手に入ればこいつもウチの戦力になるのよ。

 勿体ないわ」

 

 逸る相棒を制止したエディはコンソールに取り付くとキーボードに指を走らせた。

 

「よし、管理者IDでログイン中ね、ありがたい……」

 

 早速船内コンピュータのデータ検索を開始するエディ。

 しかし。

 

「まだか、兄弟!」

 

「待って! まだ見つからない! えぇい、どこに隠してるってのよ!」

 

 レイガンを両手で構えて周囲を警戒するジャンガルの催促に、エディは苛立ちながら応じる。

 そんな彼を追い立てるかのように、着信音を切られた通信端末が鈍く振動して着信を告げる。

 

「何よ! 今忙しいの!」

 

 額に青筋を浮かべながら端末を耳に当てたエディの顔色が、すっと白くなる。

 

「どうした、兄弟」

 

「拙いわ、連中が帰ってくるって」

 

「何だと!? いつもより早いじゃねえか!」

 

「ステラのガキと接触して一緒に戻って来るそうよ」

 

「くそっ、あのガキ、相変わらず碌な真似しねえな!」

 

 ジャンガルは腹立たしげに床を蹴りつけると即決した。

 

「仕方ねえ、ここまでだ! デバイスのデータがないなら、せめて金目の物だけ頂いて退散するとしようぜ!」

 

「しょうがないわね……あら?」

 

 未練がましくコンソールを叩いていたエディの唇が吊り上がる。

 

「良い物があるわよ、兄弟!

 この船、アーモマニューバなんか積んでるわ!」

 

「そりゃまたレア物を……高く売れるぜ!」




引っ越しとその後のごたごたが大体片付きました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

クラッシュアウト

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

「つまり、あたし達に手下になれって事?」

 

 ステラの訴えを聞いたピーカは小首を傾げながら、わざと冷たい声音で曲解した答えを返した。

 

「ちっ、ちがっ!? 違うから! 待って、落ち着いて!」

 

 ボキボキと拳の骨を鳴らすカーツの威圧感に、ステラの顔は真っ青になる。

 泡を食って弁解するステラに、楽しい時間を邪魔された分の溜飲を下げたピーカは意地悪をやめた。

 

「まあ、流石にそんな無茶は言わないよね。

 それで、あたし達に何をさせたいの?」

 

「あ、う、うん……」

 

 急に優しい声音で水を向けられたステラは、温度差の著しい扱いに混乱しすでに涙目だ。

 完全に年下の少女の手のひらで転がされていた。

 

「あ、あの、私のお婆様が迎えに来るんです」

 

「お婆様、ね。 育ちが良さそうとは思っていたが」

 

 カーツの呟きに小さく頷きながら、ピーカは続きを促した。

 

「それで? 迎えに来られると何か悪いの?」

 

「えぇっと……」

 

 ステラはバツが悪そうに視線を逸らしながらボソボソと続ける。

 

「実家に大見得切って出てきちゃったのに、成果を上げられていないから、連れ戻されちゃう……」

 

「成果?」

 

「……この銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)を、傘下に収めれてないから」

 

 ピーカはこの市場に到着した際、ステラが「ステラ爆音隊(ボンバーズ)の市場」と吹かしていた事を思い出した。 

 

「本気で目指してたんだ、それ」

 

 実際に市場の中をうろついてみれば、ステラ爆音隊(ボンバーズ)の影響力など碌にない事はよく判る。

 彼女たちの勢力範囲は、せいぜいトーン09を改装中の簡易整備ドックまでだ。

 

「目的の割に動きが地味じゃない?

 新興勢力がシマを広げたいなら、もっと派手に荒っぽく行かないと」

 

「だって、派手に動こうにも荒事が得意な面子なんて、ウチにはレジィしか居ないし……。

 手持ちのドックで真っ当に整備屋やってれば、そのうち根付けるはずだったのよ!」

 

 ステラにも計画はあったらしい。

 実際、寄港地という側面を持つ銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)で整備ドックを運営していれば、確実な実入りが見込める。

 そのまま運営し続ければ、市場の必須施設として影響力を得られるだろう。

 

「でも、そうやって根付く前に実家の迎えが先に来たと」

 

「うん……。

 私が上手い事やってるってアピールするために、貴女達と協力関係を結べたって事にさせて欲しいんです」

 

「んー……」

 

 ピーカは豊かなバストを強調するかの如く腕組みしながら唸った。

 単純な損得で言うのならば、得はない。

 ステラ爆音隊(ボンバーズ)が持つ最大の売りは整備ドックを有している点であるが、その利点は重金属インゴットを代金に支払う事で得てしまっている。

 整備ドックを除けば、ステラ爆音隊(ボンバーズ)は小さな市場を制する事もできない弱小チンピラ組織に過ぎない。 

 

 だが、ピーカはステラの提案に対して、利益がないからと一蹴しがたいものを感じていた。

 大きな組織をバックに持ちつつ外に出て修行を行う若者という観点ならば、ステラはピーカに似通っている。

 氏族の姫という他に類のない存在で有り続けてきたピーカにとって、一面で似ておりシンパシーを覚える相手は初めてなのだ。 

 銀河放浪者(アウタード)という業界に荒くれ者めいた格好で、形から入ろうとするステラの空回り感も嫌いではない。 

 

 ピーカとステラの違いは、お目付け役が頼りになるかどうかという点であろう。

 氏族屈指の戦士であり頭も回るカーツとその一党は、少数ながら姫のボディガードに相応しい精鋭とピーカは評価している。

 一方、ステラのお付きである鉄腕の女レジィは常に眠そうでやる気が感じられず、頼りなさそうだ。

 もしも自分にカーツがおらず、レジィのように頼りにならない部下しか居なければ、どうなっていたか。

 そう考えれば、ステラの願いをばっさり切り捨てる気になれなかった。

 

「……トーン09の改造もまだ掛かるしね、終わるまでなら話を合わせてもいいよ」

 

「あ、ありがとう! ありがとう、ピーカさん……!」

 

 ステラは両手でピーカの手を取り、押し戴くように手のひらを重ねながら涙目で感謝を述べる。

 思いのほか追い詰められているステラの様子に若干引きつつも、こうも本気の感謝を向けられる事が初めてなピーカとしては悪い気はしない。

 

「カーツも、それでいいよね?」

 

 事後承諾で告げられたお目付け役は、苦笑しながら頷いた。

 

「姫の思し召しのままに。

 でも、一度決めた以上は、きちんと面倒を見てくださいよ」

 

「……犬猫じゃないんですけど」

 

 顔を顰めたステラの抗議を肩を竦めて聞き流すと、カーツは実務的な確認を行う。

 

「あんたらとつるむなら、他の面子にも連絡しとかないといけないな。

 実家の組織の名前を教えてくれ」

 

「フェンダーファミリーです。

 私のお婆様のテレジア=フェンダーが率いています」

 

「フェンダーファミリーか、判った」

 

 カーツは軽宇宙服のポケットから小型端末を取り出すと、太い指に似合わぬ手早さでメッセージを入力する。

 ややあって端末を操作するカーツの顔が曇った。

 

「おかしいな、トーロンの反応がない。

 ボンレーはすぐに返事があったのに」

 

「映画に熱中してるんじゃないの?」

 

「それでも、この手の連絡を見過ごすのは弛みすぎてますし、あいつはそこまで抜けてもいません。

 何かあったか……?」

 

 カーツの表情が戦場にあるかの如く引き締まる。

 

「念のため、トーン09に戻りましょう。

 何もなければそれでいいですが、気になります」

 

「そうね。 ステラとの話も腰を落ち着けて細かいところを纏めたいし」

 

 カーツの意見を受け、ステラを加えたピーカ一行はトーン09が停泊する簡易整備ドックまで戻る。

 一目で異変が起きている事が、ピーカにも判った。

 

「格納庫が開いてる!」

 

 カーツは大きく舌打ちすると通路のフレームを強く蹴り、加速する。

 ハッチを開いたトーン09の格納庫に、複数の人影が見えた。

 トーン09の留守番はトーロンだけ、何者かが侵入しているのは明らかだ。

 段階的にフレームを蹴って速度を速めながら、カーツはピーカに指示を出す。

 

「姫はトーン08へ! ノッコ達と合流してください!」

 

「判った!」

 

 荒事に際して戦闘種族であるオークの判断は早い。

 戦闘主任であるカーツの決定に抗わず、ピーカは素直に頷いて行動を開始した。

 

 

 

 

SIDE:エディジャンガル・ファミリー頭目 ジャンガル

 

 箱型輸送船の船倉の一角は二機の戦闘機を搭載可能な格納庫になっていた。

 その片側にロックアームで固定された三本腕のアーモマニューバが鎮座している。

 

「有った有った!

 オークどもめ、よく整備してるじゃねえか!」

 

 艶やかに磨き上げられた朱色の装甲にジャンガルは嬉し気に喉を鳴らした。

 

「これなら高値で売れそうね。

 さあ、急ぐわよぉ! 格納庫のハッチを開けて!」

 

 相棒のエディもコンディションの良い機体に満面の笑みを浮かべている。

 お目当てであるオークの制御デバイスは入手できなかったが、実働可能なアーモマニューバもまた結構なお宝だ。

 腕利きの傭兵(マーク)宇宙騎士(テクノリッター)など、こいつを欲しがる買い手はいくらでも居るだろう。

 危険なオークの巣窟に踏み込んだのだ、行き掛けの駄賃にこれくらいは貰っておかないと割に合わない。

 アーモマニューバを自分たちの船に積み込んで、すぐさま高跳びしてしまえばオークどもも追ってこれまい。

 

 根無し草の銀河放浪者(アウタード)の考え方など、こんなものだ。

 どこにも拠って立たないのなら、どこにも縛られる事はない。

 何かやらかしてしまっても、ジャンプドライブで宇宙の果てまで逃げれば、それでチャラ。

 刹那的な小悪党そのものの思考法であり、銀河放浪者(アウタード)にしては頭の回るエディもまたこの価値観に捉われていた。

 

「ハッチ開きます!」

 

 コンソールに取りついた部下の操作で、格納庫の外殻が展開する。

 格納庫内の空気が真空へ流出し、気流に巻き込まれた道具箱などの小物が次々に真空へ吸い出されていく。

 本来なら減圧を掛けて貴重な酸素の浪費を防ぐのがセオリーであるが、知った事ではない。

 彼らにとってこの船は土足で上がり込んだ他人の家も同然、立つ鳥跡を濁しまくりの傍若無人さだ。

 家主を激怒させるには十分な振舞いである。

 

 エアが流出していくハッチの外へ何の気なしに目を向けたエディは、緑の素顔を露出させたオークが市場の通路を構成する遮断幕を引き裂く様を見てしまった。

 オーク戦士は通路のフレームを蹴ると漏れ出す気流も利用して、まっしぐらにこちらへ飛翔してくる。

 

「兄弟! オークが来る!」

 

 ヘルメットも被らず憤怒の形相も露わなオークにすくみそうになりながらも、エディは警告を発した。

 

「エアロックに回らず、直接来るのかよ!?

 畜生、撃て!」

 

 ジャンガルの指示に、レイガン持ちの部下たちは一斉に発砲する。

 アーモマニューバのコクピットに昇りかけていたジャンガル自身もレイガンを引き抜き、オークを狙い撃つ。

 ルビー色の光線がオークに叩きつけられるも、交差するように構えられた太い腕の筋肉を貫く事ができない。

 生体装甲とも言えるほどに強靭な表皮を持つオークに致命傷を与えたいなら、対物兵器の類が必要になる。

 レーザートーチを転用した小型レイガン如きでは、ちょっと火傷を作るくらいしかできないのだ。

 

「うらあぁぁっ!!」

 

 ほとんど空気が抜けた格納庫へオーク戦士はウォークライを上げながら飛び込むと、竜巻の如く豪腕を振り回した。

 

「おぶっ!?」

 

「ぐげっ!?」

 

 荒れ狂う筋肉の暴風に、ノーマルの地球系人類(アーシアン)が立ち向かえるはずもない。

 鉄拳の標的となった二人の部下は、見るからに危険な角度で体を捻じ曲げて吹き飛んだ。

 辛うじて生きている、生きてはいるが死んでいないだけという状態はオーク戦士の絶妙な手加減の結果なのだが、圧倒的な暴威に曝された側には、そこまで察する余裕はない。

 

「うおぉっ!!」

 

「食らいなさいよっ!」

 

 無事な最後の部下とエディが悲鳴のような叫びをあげて、テイザーガンを放つ。

 

「ふっ!」

 

 オーク戦士は両腕を突き出すと、肘から下をそれぞれ旋回させた。

 流麗とも言える動作で繰り出された見事な回し受けが、二発のテイザーガンの弾頭をあっさりと弾き飛ばす。

 続けて繰り出した直蹴りがエディの腹にめり込み、煩わしい虫を払うかのような手付きの手刀が最後の部下を打ち据える様を目の当たりにし、ジャンガルの恐怖は頂点に達した。

 

「ひっ、ひいぃぃっ!?」

 

 裏返った悲鳴を上げながら、アーモマニューバのコクピットに逃げ込む。

 常在戦場が旨のオークの戦闘機らしく、幸いにも機体はアイドリング状態だ。

 最早、部下も長く付き合った相棒も見捨てて、逃げ出すしかない。

 ジャンガルは怯えと焦りに震える手で操縦桿を掴むと、闇雲にペダルを踏み込んだ。

 機体後部に設置された主推進機に、それと同等の出力を持つ三本の腕の副推進機、計四発のスラスターが同時に咆哮を上げる。

 朱のアーモマニューバは機体を固定するロックアームを引きちぎり、弾き出されるような勢いで虚空へ飛び出した。

 同時に過酷すぎる加速のGがジャンガルの意識を刈り取った。

 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

 人の船の格納庫をぐちゃぐちゃにした挙句『夜明け(ドーン)』の乗り逃げまでやらかす馬鹿どもに対し、俺はまさに激怒していた。

 そこにはトーン09の警備を疎かにしてしまった事への自省も混ざっている。

 オークの船である事を明示しておけば妙なちょっかいを掛けてくる馬鹿も居るまいと思っていたのが俺のミスだ。

 馬鹿は信じられない事をやらかすから馬鹿なのだ。

 

「えぇい、くそ……」

 

 スラスター全開で直進する『夜明け(ドーン)』の武装腕にしがみつきながら、毒づく。

 ブートバスターが叩き出す推進力は、耐Gシートに座っていても体が埋まり込んでしまう程の代物だ。

 振り落とされずに済んでいるのは、類まれなオークの腕力のお陰である。

 磨き上げられて手掛かりの少ない『夜明け(ドーン)』の装甲を苦労して伝い、強烈なGに耐えながら機首へじりじりと進む。

 加速しながらもキャノピーが開きっぱなしになっている事を訝しく思いながら、ハッチの縁に手を掛ける。

 

「せぇいっ!」

 

 ハッチの縁を掴んだ手を支点に、馬飛びのような動作でコクピット内に飛び込みつつ回し蹴りを放った。

 右足の甲にヘルメットのシールドと、その下の鼻っ面を砕く感触が伝わってくる。

 他の連中には多少の手加減をしたが、俺の愛機を盗もうとした奴にまで容赦してやる必要は感じない。

 どこのどいつがこんな馬鹿を画策したのか尋問しなくてはならないが、別に歌わせるのはこいつでなくても構わないのだ。

 オークの全力キックなら地球系人類(アーシアン)の頭くらい簡単に割れ爆ぜてしまうが、飛び散った中身でコクピットを汚したくはない。

 最低限の加減をしたキックで、盗人は完全に制圧された。

 陥没したヘルメットのシールドから血の泡を零しながら全身を痙攣させる盗人の上に腰を下ろし、操縦桿を握って気付く。

 

「こいつ、まさか加速のGで失神してたのか?」

 

 ピンと伸びたまま硬直した足がペダルを深く踏み込んでいた。

 キャノピーが開きっぱなしだったのも、当人に意識が無かったからだろう。

 

「操縦以前の問題の癖に、ブートバスターを持ち出そうとするんじゃねえよ」

 

 ペダルに乗ったままの盗人の足を蹴り出しつつ吐き捨てた瞬間、コンソールに緊急警報が表示された。

 

「何っ!?」

 

 タキオンウェーブの検知によるジャンプアウト警報。

 つまり、何かがここにジャンプしてくる。

 

「くそっ! 何てタイミングだっ!」

 

 操縦桿を倒し全力でターンを行うも、遅い。 

 俺の目の前に白い壁が出現した。

 30メートル級の戦闘機とは比べ物にならない程に巨大な船の船腹だ。

 

「うおぉぉっ!!」

 

 三本の武装腕のスラスターも用いたブートバスターならではの強引なベクトル変更ですら足りない。

 今の『夜明け(ドーン)』には馬鹿野郎のペダル踏みっぱなしによる全力加速の勢いが付いたままなのだ。

 

「えぇいっ! 斥力腕(リパルサーアーム)っ!」

 

 激突は不可避、俺は回避運動を諦めると武装腕に搭載された斥力腕(リパルサーアーム)を起動した。

 直後、朱色の矢じりのような『夜明け(ドーン)』が白く巨大な船腹に突き刺さった。  




 ちょっと手間取りました。
 花粉の薬を飲んでると脳がぼやっとしていけませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ダンディナイトとオールドレディ

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

 移動しながらも携帯端末を用いてボンレーとの情報連携は済んでいる。

 ジョゼとペールに加えてステラも引き連れたピーカがブリッジに飛び込んだ時には、トーン08は緊急出航の準備を整えていた。

 

「ボンレー、戦闘機隊は?」

 

「シミュレーション中でしたので、そのまま機体内で待機しております」

 

「それじゃ、ノッコは『夜明け(ドーン)』を追って。

 ベーコ達三人はトーン09を再制圧をお願い、ベーコは戦闘機に乗ったまま外から警戒を担当、フルトンとソーテンが中に突入。

 フィレンも突入班に入って」

 

「はっ! 承知しました!」

 

 キャプテンシートへ滑り込んだピーカの指示に、フィレンは勇んで飛び出していく。

 散歩を前にした犬の尻尾の如く揺れる弁髪を見送る間もなく、ピーカはキャプテンシートに付属した小型コンソールに指を走らせた。

 手元に小さなホログラフモニターが展開し、情報が表示される。

 

「1200メートル級の大型輸送船(エクストラカーゴ)? 中々の大物じゃない」

 

 船腹に『夜明け(ドーン)』が突っ込んだ巨船の観測データだ。

 

「『二代目・貴人の装束(ガーブ・オブ・ローズ・セカンド)』、フェンダーファミリーの旗艦、お婆様の船よ」

 

「ふぅん、気取った名前だけど、いい船ね」

 

 氏族のコードと所属ナンバーだけの船を乗り回している姫は、小洒落たネーミングよりも性能の方が気に掛かっている。

 

「改装して簡易空母として扱ってるのかな、このクラスの巨船ともなればそこらの正規空母にも張り合えるんじゃない?」

 

「まあね!」

 

 ピーカの分析に、ステラはそこそこは有る胸を自慢げに張る。

 ステラよりも数段育った胸の前で腕組みした姫は、船窓に張り付いたペールに声を掛けた。

 

「ペール、どんな感じ?」

 

「はい、姫様」

 

 ドワーフの航海士(ナビゲーター)は顔の上半分を覆う遮光ゴーグルのシャッターを開き、鋭敏な視力で巨船を観察している。

 

「『夜明け(ドーン)』はギリギリまで減速しようとしてたみたいですね。

 緩衝材代わりに斥力腕(リパルサーアーム)も併用したんでしょう、アーモマニューバの衝突にしては小さい破孔で収まってます。

 爆発した様子もありません」

 

「そっか。 うーん……」

 

 ペールの報告を受け、ピーカは小さく唸った。

 キャプテンシートのサブモニターを覗き込んでいるステラをちらりと見る。

 

 ジャンプアウトしてきた巨船に突っ込む大事故ではあるが、お目付け役の腕前と航海士の見立てを合わせて考えればカーツは無事だろう。

 むしろ、その後の顛末をどう片付けるかが問題だ。

 ピーカの頭の中に浮かんだプランは大まかに分けて二つ。

 殴りあうか、話しあうかだ。

 

 

 

 略奪種族であるオークには、他者から奪う事への躊躇いはない。

 トーン=テキンのような古株の大氏族ならば略奪の作法も出来上がっている。

 先日出くわしたシャープ=シャービングとかいうチンピラ氏族のように一切合切を根こそぎ奪おうなどとはしないのだ。

 奪いつくさず、再起できるだけの余地を残しておくのが、大氏族のオークのやり方である。

 そうすれば、そのうち獲物はまた肥え太ってくれる。

 完全に相手を追い詰めはしない「略奪の作法」は、時折発生する優しすぎる個体や考えすぎる個体への精神的なケアの一面があった。

 それゆえ、氏族の次世代の長として「作法」を学んだピーカも、縁が生じたステラの一党を略奪対象に据える事へ忌避感を覚えない。

 自らと似た立場のステラに親近感を感じながらも、それはそれとしてターゲットにできるのだ。

 

 勝算もある。

 ステラの実家の船『二代目・貴人の装束(ガーブ・オブ・ローズ・セカンド)』号は大した巨艦だが、その船腹にはピーカが何よりも信頼する戦士がすでに潜り込んでいる。

 空母として高い能力を持つと思われる『装束(ガーブ)』だが、『夜明け(ドーン)』が突き刺さっているのは丁度格納庫の辺りだ。

 中でカーツが暴れまわれば、艦載機の発進も行えまい。

 後は外からノッコ達の戦闘機で攻撃すれば、何とでもなる。

 

 この戦術構想が皮算用であると、ピーカ自身認識していた。

 相手の戦力をかなり低く見積もっている。

 カーツは非凡な戦士だが、彼に匹敵する敵手が存在しないとも限らない。

 理性ではそう分析しているが、感情がその判断を却下したがっていた。

 

 どんな敵だろうと「あたしの戦士」は負けない、絶対に勝つ。

 

 理屈など抜きに、ピーカはそう確信している。

 自分が「手に入れたい男」が銀河最強の戦士であると信じる姫の想いは「手に入れたい女」が銀河最高の為政者であると信じる戦士と、どこか似通っていた。

 

「……うん、ダメね」

 

 だからこそ、ピーカは殴るプランを却下する。

 

 母から持たされた最強の切り札(ジョーカー)は強すぎて、何も考えずに出すだけで大抵の相手を叩きのめしてしまう。

 素晴らしい事ではあるが、それではピーカが学ぶ機会が失われる。

 カーツに諭された「将の勝ち方」には、ただ強い手札を切っているだけでは到達できまい。

 最強の戦士が居るからこそ、彼に頼り切らないやり方を身に付けなければならない。

   

「ステラ、お婆様との繋ぎをしてくれない?

 故意にぶつかった訳じゃないって判って貰わないと」

 

「あ、うん、任せて!」

 

 目の前のやたらと発育のいい少女の頭の中で、危うく実家ごと略奪対象認定されかかっていた事などステラには判らない。

 ピーカの頼みにステラは素直に頷いた。

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

「よっこい……せっ!」

 

 バーベル上げの要領でキャノピーを押し上げると、コクピットハッチは軋みながら展開した。

 覆い被さるように積もっていた船殻の残骸が甲高い音を立てて床に落ちる。

 比較的安価な回転式とはモノが違う、高価な疑似重力発生装置を備えているようだ。

 体に明確な重みを感じる。

 

「あーあ、酷い目にあったぜ……」

 

 衝突の瞬間、開きっぱなしのハッチを閉じて斥力腕(リパルサーアーム)を展開したのは正解だった。

 船腹を突き破るだけの勢いが付いていたとはいえ、ハッチが開いていてはコクピット内に外殻の破片が飛び込んできて潰されかねない。

 

「ったく、綺麗に磨いてたのに」

 

 突き破った装甲の破片で傷だらけになってしまった愛機のノーズに、思わず嘆きが漏れる。

 シートに埋まったまま血泡を吹いて半死半生になっている馬鹿野郎を睨みつけた。

 

「この野郎には絶対ケジメを付けさせるとして……」

 

 馬鹿から視線を外し、周囲を見回す。

 船倉か格納庫と思しき、広い空間。

 

「先に片付けなきゃならない面倒ごとがあるな」

 

 見上げた先から、吹き付けてくる静かな殺気。

 高い位置に通されたキャットウォークに一人の男が佇み、俺を見下ろしていた。

 長身に黒い軽宇宙服を着込み、グレーのコートを羽織っている。

 右肩にストラップで箱型のケースを吊り下げていた。

 

「鉄砲玉の類かね、君」 

 

 錆びた声音は老いによるもの。

 逆光ながらも頬に走る皺と、オールバックに整えた銀の髪は見て取れる。

 素顔を晒したオークを相手に、怯みも怯えもしない自然体だ。

 無意識に頬が吊り上がるのを感じる。

 

 佇まいだけで、確信できた。

 この老人は強い。

 

 見た所、大規模な機械(サイバネ)化も遺伝子改造も行っていない、ごく普通の地球系人類(アーシアン)に見えるがそれは彼を侮る理由にならない。

 オークの腕力、敏捷性、頑強さは大きなアドバンテージではあるが、使いこなさなければ宝の持ち腐れ。

 戦闘において最も勝敗に直結するのは技術であり、戦術だ。

 その点で、この老人は俺より優位に立っている。

 見下ろす彼と見上げる俺、肉体能力の差すら埋めてしまうファクターは、距離と高さだ。

 距離も高さも、戦場では重要な武器である。

 遠隔武器を備えていれば、距離があればそれだけ攻撃のチャンスが増える。

 そして、疑似重力があるこの船倉で高みから打ち下ろせば、それだけ威力も上がる。

 彼が肩に担いだケースに何が入ってるのか知らないが、ライフルであれランチャーであれ無手の俺を一方的に撃ちまくれるだろう。

 

 有利な地点を占める老人に対して、俺はまっすぐに顔を向けた。

 

「いいや、これは純然たる事故だ。

 あなた方を害する気はない」

 

 吹き付ける心地よい殺気に胸が躍る戦いの予兆を感じながら、俺は自らの戦意を抑えつけて静かに述べる。

 

「ほう? オークが一人で飛び込んでくるなど、他の要件はないと思っていたのだが」

 

 意外そうに言う老人に肩を竦めて見せた。

 実際、普段ならこのまま暴れ倒して船の制圧を目指すのもひとつの手段ではある。

 しかし、今の俺達は姫様を抱えている。

 姫様がおられる以上、偶発的な略奪行など以ての外。

 入念な調査を行い、確実な勝利を得られる算段を付けなくてはならないのだ。

 ゆえに、ここは拳よりも口を使う必要がある。

 

「もう少し市場から遠くにジャンプアウトしてくれれば、突っ込む事もなかったんだが」

 

「市場の近くでアーモマニューバをかっ飛ばすのも、如何なものかと思うがね」

 

 寒々しい笑いが俺と老人の口から漏れる。

 ひとしきり笑うと、俺は『夜明け(ドーン)』の耐Gシートからぐんにょりと脱力した馬鹿者の体を引っ張り出した。

 

「船の損傷に関しては、こいつに支払わせよう。

 こいつが俺の愛機を盗み出そうとしたのが、この騒ぎの原因なんだ」

 

「ふむ? 息はあるのかね?」

 

「一応な」

 

 砕けたヘルメットのシールドからボタボタと血泡を垂らしている馬鹿を、格納庫の床にどちゃりと放り投げる。

 

「それなら、その方に死なれては困りますね」

 

 しわがれながらも静謐な声と共に、キャットウォークに新たな人影が現れた。

 かつりかつりとヒールの音を立てて歩み寄る相手に、初老の男は片膝を突く。

 

「これはマダム」

 

「ハマヤー、貴方の立場なら一番に駆けつける事もないでしょうに」

 

「他に能もありませんので」

 

 初老の男に貴人への姿勢を向けられる人物もまた、年経ていた。

 灰色に染まった髪を後頭部で高く結い上げた老女は宇宙船の中とも思えないクラシカルなドレスを纏っている。

 大きく膨らんだスカートのデザインは、トーロンが好む古臭い映画の中でしか見れないような代物だ。

 髪色に合わせたグレーのドレスは古めかしいスタイルと相まって、奇妙な貫録を感じさせる。

 灰の老女は黒衣の老人を脇に従え、俺を見下ろした。

 

「御機嫌よう、オークさん。

 高い所から失礼」

 

「お気になさらず、マダム。

 もしや、フェンダーファミリーの御方でしょうか」

 

 老女の顔を見上げて、俺は質問を発する。

 その面には年輪を重ねて多くの皺を得ながらも、ステラの面影が残っていた。

 老女は瞳を糸のように細めて温厚そうに微笑むと、スカートの端を両手で摘まみ、わずかに腰を落とす大仰な挨拶(カーテシー)を行った。

 

「ええ。 フェンダー家棟梁、テレジア=フェンダーと申します」

 

 古めかしい作法の挨拶に俺もまたオークの作法、胸を張った仁王立ちで応じる。

 

「トーン=テキンが戦士カーツ、お初にお目にかかります。

 我らと盟を結んだ友、ステラ殿よりお噂は伺っております」

 

「あら」

 

 笑みの形に細められた老女の瞳が、刃物のように光ったのを感じる。 

 

「あの子ったら、こんな頼もしい殿方とお友達になったのね」

 

 大規模銀河放浪者(アウタード)ファミリーの長は、口元に手を当て上品に笑った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

御禁制

SIDE:トーン=テキンのトロフィー ジョゼ

 

 宇宙空間に適応した強化人類といえど、トレーニングなしでは筋肉は鍛えられないし、怠ければそれだけ衰えていく。

 憧れのマッチョダンディな肉体美とまではいかずとも、宇宙生活者(スペースマン)には最低限の筋肉が必要だ。

 その一方で、無重力空間は筋トレを行いにくい環境である。

 自然な重力による荷重の恩恵を得られないため、バーベルやダンベルを用いたメジャーなトレーニングの効率が著しく低下してしまうのだ。

 そのため人工重力発生器の類を持たない多くの宇宙船では、スプリングや圧力を利用したピストンシリンダーのトレーニング器具が使用されていた。

 トーン09に設置されたトレーニングマシンも、ピストンシリンダーで負荷を掛けるタイプである。

 

「はひぃ……ひぃ……」

 

 バーベルスクワットに似た効果をもたらすピストンシリンダー式トレーニングマシンに架けられたトーロンは、今にも死にそうな鼻息を漏らしながら、汗だくでスクワットを繰り返している。

 すぐそばで腕組みしたフルトンはドリルインストラクターよろしく檄を飛ばした。

 

「あごがでてるッス! もっとあごひいて! ほら、わんもあせっ!」

 

「ひぃぃ……」

 

 トレーニングマシンのオペレーターシートに小振りなお尻を載せたジョゼはコンソールに頬杖をついて、涙目でしごかれているトーロンを眺めていた。

 

「フルトンくん、負荷増やす?」

 

「ひぃっ!?」

 

「んー、このままでいいッス、かわりにあと3せっとッス!」

 

「うひぃぃ……」

 

 フルトンら突入班によりトーン09のブリッジで失神している所を発見されたトーロンは、カーツとノッコの指示でトレーニングを施される事になった。

 裏方のオークテックとはいえ、お留守番もできないのは困る。

 格納庫で半死半生で発見された賊の装備からして、兵卒級のオークなら一人でも十分制圧できるような相手だ。

 戦士向けの性格ではないとはいえトーロンも優れた肉体を持つオーク、チンピラに負けない程度の戦闘力なら短期間の訓練でも得る事ができるだろう。

 

「今はブリッジにフィレンくんも居るけど、戦闘機が手に入ったらフィレンくんも外担当になるだろうからね。

 トーロンくんはブリッジ要員だから、お姫の最後の盾になるんだよ、ちゃんと鍛えなきゃ」

 

「は、はい……がんばり、ますぅ……」

 

 したり顔で説教めいた事を言うジョゼに、トーロンは荒い息の中から何とか返答した。

 ちなみにジョゼ自身は自分が盾になる事など考えていない。

 戦闘力などまったくないと自覚しているし、周囲のオーク達もトロフィーである彼女に戦わせるつもりはなかった。

 オークにとってトロフィーとは手にすべき栄誉であり、護るべき宝なのだ。

 戦闘部隊のナンバー2を張り、ドリルインストラクターも務めているトロフィーという例外中の例外もあるが。

 

「トーロンくんはともかく、ボンレーさんの方はいいの?

 トーン08のブリッジって基本ボンレーさんしか居ないじゃない、襲われても大丈夫?」

 

「あー、それなら……」

 

「ボンレーの兄貴なら、心配ねえよ」

 

 トーロン用のトレーニングプランをタブレット端末に纏めていたベーコが口を挟む。

 

「あの人はさ、望めば戦士の位も得られるような歴戦の猛者なんだぜ。

 俺らが束になったって敵わないくらい強ぇんだ」

 

「そうなんだ……」

 

 ジョゼにとって、ボンレーは怖い顔つきとは裏腹に甘い物好きの優しいおじさんであり、オークながら勇猛さといったものには縁遠いイメージであった。 

 

「じゃあ、トーン08は安心だね。

 トーロンくんもボンレーさんまでは行かなくても、しっかり強くなってもらわないと」

 

 ジョゼはベーコから受け取ったトレーニングプランをオペレーター端末にインプットしていく。

 見た所、ノッコからベーコ達自身に課せられたトレーニングの5割増しくらいハードな内容だが、オークはタフなので大丈夫だろう。

 

「頑張れ、トーロンくん!」

 

 ジョゼは軽やかな手付きで、トーロンを地獄へ叩き込むトレーニングプランを入力した。

 

 

 

 

 

SIDE:フェンダーファミリー次期棟梁 ストレイシア=フェンダー

 

 ステラは生まれ育ったフェンダー家を愛しているが、最近は息苦しさ、居辛さを感じるようになっていた。

 無邪気な子供の頃は気付かなかった家中での祖母の存在感と己の立場を、成長と共に実感してしまったからだ。

 

 ステラの祖母でありフェンダー家現棟梁を務めるテレジア=フェンダーは、一言で言うならば女傑であった。

 通り魔に襲われるかの如き理不尽な事件で一家の旗艦と当時の棟梁が失われ財力も権勢もボロボロになった状態のフェンダー家をテレジアが継承したのは、今のステラの年頃であったという。

 断絶寸前であったフェンダー家を、若き棟梁は一代で立て直した。

 他家との抗争で娘夫婦が犠牲になった不幸を始めとする数多くの困難を乗り越え、テレジア率いるフェンダー家は没落前以上の権勢を獲得するに至ったのだ。

 

 偉業と言っても過言ではない祖母の業績を理解できる年齢になった時、ステラは戦慄と恐怖を覚えた。

 お婆様は凄い、とても真似できる気がしない。

 ステラの最大の才は、己の身の程を理解している事であった。

 自分は偉大な祖母を持つ凡人に過ぎないと、虚飾なく判断していた。

 

 それゆえに不安が生じる。

 傑物すぎる祖母の跡を自分が継げるのだろうか、祖母と比べて無能すぎると皆に見限られるのではなかろうか。

 ステラは古参の構成員が自分を見る目に、品定めするような色を感じるようになっていた。

 年の近い者を集めてステラ爆音隊などという自らの親衛隊を作り、さらにはフェンダー家没落の原因となった銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)を勢力下に治めようなどと考えたのは、実績を示さねばならないという強迫観念からであった。

 

 とはいえ、世の中は厳しい。

 成果を示すどころでは無く、実家に出戻る羽目になってしまった。

 急に迎えが来たからというのは理由にならない。

 息巻いて飛び出したくせに何も為す事ができなかったという結末は、ステラを大いに消沈させていた。

 そして今、目の前にはステラの精神をさらに追い込む存在が居る。

 

 涼しい顔で『装束(ガーブ)』の応接間で寛ぐピーカの一党だ。

 先日、ステラの持ち船に紹介した時よりもオークが一人増えている。

 クルーカットの精悍なオーク、カーツの部下であるという弁髪のオークはフィレンというらしい。

 筋肉の柱の如き巨漢のオーク二人は、ピーカ達が座るソファの後ろから無言で威を放っていた。

 ソファに並んで座るピーカの左右には、お付きのドワーフとフービット。

 嬉々として茶菓子のマドレーヌを口に運んでいるフービットが特に拙い。

 一家にとって因縁の有りすぎる相手であるフービットの存在に祖母がどう反応するのか、ステラは戦々恐々としていた。

 

「まあ、トーン=テキンの……。ゲインさんはお元気かしら」

 

「先代ですね、もう随分前に亡くなったそうで、あたしも会った事がありません」

 

「あらあら……恒星に放り込んでもケロリとしてそうな殿方でしたのに」

 

 気を揉むステラを他所に、祖母はどこか懐かしそうにピーカと言葉を交わしている。

 ピーカの一家の詳細をステラはまだ聞いていないが、祖母と縁があったのだろうか。

 自分の分を平らげ、ドワーフのマドレーヌにまで手を伸ばすフービットにちらりとも目を向けていないが、大丈夫なのだろうか。

 無言で視線ばかり動かしているステラに、ピーカはにんまりとした笑みを向けた。

 

「な、何よ……?」

 

「いやあ、結構似合ってるなあって思って」

 

 今のステラは、祖母の趣味で淡いブルーのドレスを着せられている。

 背中を露出するホルターネックのすっきりした上半身とは裏腹に、下半身はいくつもの生地を重ね合わせて複雑に膨らんだティアードスカートというアンバランスなデザインのドレスを調和させているのは、輝く長い金髪。

 ステラ自身の髪で作られたエクステが少年のように刈り上げた短髪を覆い隠し、愛らしさと背伸びをした色気の同居する可憐な令嬢を演出していた。

 

「ステラさん、可愛いでしょう?

 中々着飾ってくれないのよねえ。 あたくし、たくさん衣装を用意していますのに」

 

「勿体ないなあ。 着飾るくらいいいじゃない、これもお婆様孝行だよ、ステラ」

 

「やだよ、もう……」

 

 結局、ピーカ一党とフェンダー家の初会合は、ステラの着せ替えをネタにした和やかな懇談会で終わってしまった。

 決まった事はエディジャンガルファミリーを合同で絞り上げようという事だけ。

 修繕費に迷惑料、何よりもケジメの代金と請求するネタには事欠かない。

 邪悪そのものの笑みを浮かべながらエディジャンガルファミリーを破産させる算段をつける祖母とピーカに、ステラは戦慄を抑えきれなかった。

 

「面白い方と縁を結びましたわね、ステラさん」

 

 客人が辞した後、テレジアは楽しげに微笑んだ。

 

「……お婆様は、ピーカの実家とお知り合いだったのですか?」

 

「商売敵の方ですけどね。

 ゲインさんには結構追い詰められたのですよ、ハマヤーが居なければ、あたくし危うくトロフィーにされてしまう所でしたもの」

 

 祖母の背後にずっと佇み、オーク戦士達と威圧しあっていた老執事が無言で頭を下げる。

 

「トロフィーって……オークの風習の?」 

 

「あら、気付いてなかったの? あの子はオークのお姫様ですよ」

 

 あっさりと言うテレジアにステラは目を丸くした。

 

「え、え!? オークって、雄だけの種族なんじゃないの!?」

 

「時たま女王が産まれると聞いています。

 オークにとって貴重らしく、外には出さないはずなんですけど。

 二代に渡って姫が産まれると、考え方も変わるのかもしれませんね」

 

「オーク……オークだったのかあ……」

 

 ステラは小さく繰り返しながら、ピーカの浮世離れした行動に一種の納得を感じていた。

 

「じゃあ、あのフービットもトロフィーなのかな……。

 だから大人しいのかな?」

 

「かもしれませんね」

 

 傍目にもガチガチに緊張していたドワーフ娘の分にまで手を出した挙句、マドレーヌを三度もお代わりしたフービットを思い出す。

 余りにもマイペースな肝の太さは従属してるようにはとても見えなかったのだが、何か彼女を縛るものがあるのだろう。

 

「お婆様はフービットを嫌うかと思って、心配してました」

 

「嫌いですよ? ですが、あのフービットが癇癪を起したとしても、被害に遭うのはピーカさんですから。

 こちらに害が無いのなら、別にどうでも」

 

「お婆様はピーカを気に入ってらっしゃるように見えましたが」

 

「それはそれ、です。

 彼女も一党を率いているのなら、何かあった時の責任を負うのは当然ですよ」

 

「……私は、その責任すら、まだ任せられないんですね」

 

 祖母が自分を回収に来たのはそういう事なのだろう。

 しかし、がっくりと沈み込む孫に、テレジアは首を振った。

 

「一党を率いて外で修業をするのは良い事ですよ。 まあ、今更こんな小さな市場は要りませんけど。

 貴女を迎えに来たのは、面倒事がこの辺りで発生してしまう可能性があったからです」

 

「面倒事?」

 

 首を傾げるステラに、テレジアは大きな溜息を吐いて応える。

 

「フェンダーファミリーに草鞋を脱いだ新参が、御禁制の品を持ち込んでいました。

 しかも、追及されたら品を持って逐電する有り様です。

 通信記録から、どうもこの市場で捌こうとしていたようなので、念のため貴女を保護したのですよ」 

 

「御禁制って……私達、無法が掟の銀河放浪者(アウタード)ですよ、そんなの」

 

「それでも、手を出してはならないものがありますよ、ストレイシア」

 

 テレジアは孫を愛称ではなく本名で呼ぶと、まっすぐに見据えた。

 

「馬鹿な新参が扱っていたのはバグセルカーの(コアユニット)です。

 ほんのひと時とはいえ、我が家に属していた者がそんな代物を扱っていたなど許せる事ではありません。

 ケジメを付けなくては」

 

「バグセルカー!? 馬鹿じゃないの、そいつ!」

 

 忌まわしい名に、ステラは裏返った声を上げる。

 宇宙蛮族として忌み嫌われるオークですら、その殲滅には手助けを惜しまない宇宙害虫。

 バグセルカーとは、全ての宇宙生活者(スペースマン)の敵である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

インキュベーション

SIDE:エディジャンガルファミリー頭目 エディ

 

「別に貴方達を干乾しにしようって訳じゃないのよ?

 でも、お咎めなしで済ますわけにはいかないって、判るでしょう?」

 

「はい……そうですね……」

 

 笑みを含んだ少女の言葉に、エディは言葉少なく頷くしかない。

 彼女の腹心であるオーク戦士のキックで砕かれた肋骨は、固定帯で締めあげていてもズキズキと痛む。

 それでもオーク達の船に潜入したメンバーの中では最も軽傷かつ立場が上であった為、賠償に関する話に引きずり出されていた。

 

 背丈の割に豊かすぎる胸を揺らしてご満悦の少女頭目を、意気消沈しながら自らのアジトである持ち船へ案内する。

 反抗の意志など持ちようもない。

 少女の背後には弁髪のオーク戦士が控え、エディ自身の後ろからは彼の肋骨を粉砕したオーク戦士が監視している。

 おかしな真似をすれば、今度は肋骨だけではすまない目に遭うだろう。

 

「まあ、何かあたし達好みの持ち物が有ればいいんだけどね。

 そしたら、それで勘弁してあげる。

 命が有るんだからいいでしょう?」

 

「はい……」

 

 好き勝手な事をいうメスガキにロクに言い返しもできない。

 相棒ならば、あの無駄に馬鹿でかい乳を揉みしだいて大人というものをわからせようとでも考える所だが、そのジャンガルは顔面を半ば粉砕された挙句フェンダーファミリーに引き渡されている。

 エディとしては、これ以上痛い目に遭うのは御免であった。

 

「うちの船はあれです……」

 

 停泊する自分達の貨物船を力無く指差した時に、異変が生じた。

 数隻隣に停泊していた他所の輸送船が、突然メインスラスターを吹かし始めたのだ。

 

「なっ!?」

 

 エディだけでなく、オーク達にも緊張が走る。

 船を桟橋に固定するアンカーや、エアロックに繋がれた接弦スロープも接続したままで動き始めるのは明らかに異常事態だ。

 無理やりの発進を行う輸送船に接続した通路から、右肩を押さえて脱力した女が弾き出されるかのように遊泳してくる。

 クルーカットのオーク戦士が受け止めると、ボサボサの髪の隙間から顔を検めた。

 

「ステラの所の用心棒?」

 

 

 

SIDE:フェンダーファミリー郎党 レジィ=ギーブス

 

 護衛対象であるステラと違い、レジィは雇い主の出戻りを歓迎していた。

 お陰で憧れの人々の近くで働ける。

 レジィがフェンダーファミリーに草鞋を脱いだのは、現当主テレジア=『女男爵(バロネス)』=フェンダーとその腹心バック=『金管翁(クラリオン)』=ハマヤーの熱烈なファンであったからだ。

 伝説的な銀河放浪者(アウタード)として名を馳せた二人は、レジィにとって憧憬と崇拝の対象である。

 その二人に任されたからにはステラのお目付け役もやぶさかではなかったが、憧れのスターダムの傍で働ける喜びには代えがたい。

 

「まあ、お嬢も頭冷やすにはちょうどええやろ」

 

 レジィの目から見たステラはテンパって無理な背伸びをした、只の小娘に過ぎなかった。

 偉大な祖母が業績の第一歩を刻んだ年となり、焦りの余りに飛び出して自分も一旗上げようと志したのは、まあ判らない話ではない。

 ステラ爆音隊(ボンバーズ)などという黒歴史染みたネーミングは、後々まで弄るネタにできると考えてはいたが。

 

 何にせよ、一度は外の世界に触れたのだ。

 その見聞を活かして己の身の丈を省みれば、テレジアには及ばないにせよステラもフェンダー家を導いていけるとレジィは踏んでいた。

 その時、成長したステラを脇で支えるのも悪くはない。

 レジィが慕ってやまない銀河を貫く息吹の男ハマヤーのような、頼れる腹心として。

 

「それなら、ウチもずっとお嬢の傍に付けて貰えるよう、手柄立てんとねえ」

 

 執事長たるハマヤーに命じられたド阿呆の捜索任務は、手柄稼ぎに丁度いい。

 バグセルカーを商品にしようとするような阿呆でも、その危険性は知っていよう。

 扱いは慎重なはずで、それならば危ない事もない。

 そんな甘っちょろい事を考えていたのが一時間前。

 

「孵化しとるやないのー!?」

 

 バグセルカーの卵は、しっかりとド阿呆達の船に根付いてしまったらしい。

 しかも持ち込んできたド阿呆どもの脳を完全に乗っ取り、移送用犠牲者セット(ヴィクティムカーゴ)と呼ばれる最悪な状態にまで至っていた。

 明確な意志が感じられない緩慢な動作の犠牲者達は、邪魔者目掛けて手にしたレイガンを撃ちまくる。

 赤いレーザーの射線に追い立てられながら、レジィは毒づいた。

 

中央星域(セントラルセクター)の都会モンか、あいつら!

 物知らずのド阿呆共が!」

 

 辺境に比べると中央星域(セントラルセクター)ではバグセルカーの脅威は甘く見られていると、レジィも噂に聞いた事があった。

 それで我が身が脅威に曝されるとあれば、とても笑えない。

 辺境の人々がバグセルカーの撲滅に励んでいるから、中央は安穏としていられるというのに。

 

 バグセルカーの起源は古い。

 その昔、人類が母なる星を飛び出し星の彼方へと広がっていく銀河大航海時代が到来した頃にまで遡る。

 銀河の果てすら目指す開拓者達は、常に足りないリソースに悩まされていた。

 広大で過酷な宇宙空間に対して、余りにも脆弱な人体というリソース。

 宇宙船や開発基地の製造に必要な物資というリソース。

 もっと先へ、遥か先へと飛翔したくとも、物理的な限界が常に付きまとう。

 

 古の開拓者達は様々な手段でリソース不足への対処を行った。

 弱い人体の限界を乗り越えるため我が身に遺伝子改良を施し、少しでも宇宙に適応した肉体を得ようという試みは、やがて数多くの強化人類(エンハンスドレース)を生み出す事に繋がる。

 そして、物資不足に対する答えのひとつが、バグセルカーの原型であった。

 

 足りない物資を何とか手に入れたい。

 最も簡単なのは、他所から奪ってくる事だ。

 こうして宇宙海賊の類が発生する訳だが、バグセルカーを産んだ連中はもっと横着であった。

 海賊行為を行わずとも、自動的に資材を持ってくるように仕向けられないか。

 そんな都合の良すぎる発想から誕生したのが、攻勢ナノマシンであるバグセルカーだ。

 

 その特性は侵食と帰巣、そして自己複製。 

 豆粒ほどのサイズの金属殻に本体であるナノマシンを封入したバグセルカーの基本ユニットは俗に卵と称される。

 あちこちの航路にばらまかれた「卵」は通行する宇宙船に付着すると、ハッキングプログラムを流し込んでコンピュータを侵食し、自分たちの創造主の元への帰還を開始するのだ。

 当然、船のクルーはコンピュータの制御を奪い返そうと対処を行おうとするが、バグセルカーが忌み嫌われる最大の特性がここで発揮される。

 

 バグセルカーが侵食するのはシリコンチップだけではない、生体脳もその対象である。

 脳を侵食された乗員は、バグセルカーの傀儡としてコンピュータを制圧された船を操り、自らを含む獲物を持ち帰るのだ。

 当然、こんな無法以前の外道なやり口がいつまでも続く訳がない。

 ジャンプアウトに伴うタキオンウェーブの残滓から資材収集宙域を割り出された結果、バグセルカーを製造した小開拓団は完全に殲滅されてしまった。 

 

 だが、自らを生み出した主達が滅ぼうとも、散布されたバグセルカーは止まらない。

 捕獲した各種の金属資源や炭素資源を元手に、より効率的に自己改良したバグセルカーを生み出して更なる資源を集めて蓄積する。

 収集ポイントを狙う不埒者に対応するため、資材を使って要塞を作る。

 邪魔が入るなら資材を一時的に組み換え、戦闘的な形態で排除する。

 全ては命令のままに。

 収集と蓄積を続け、ひたすら増殖し続ける永遠の収穫者、それがバグセルカーだ。

 

 そんな収穫劇の一幕が、この小さな銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)でも繰り広げられようとしていた。

 

「えぇい、ジャミングで通信機が役に立たん……うぎぃっ!?」

 

 射掛けられるレーザーを避けながら通路のフレームを蹴るレジィは、痛覚をカットしている機械の右腕に異様な痛みを感じて悲鳴を上げた。

 恐る恐る見れば、肘の辺りに指先大の金属片がめり込み、蠢いている。

 

「う、嘘やろぉ……」

 

 レジィは腫れぼったい垂れ目を絶望に見開き、呻いた。

 生体は機械に比べてバグセルカーに侵食され難いが、サイボーグは別だ。

 機械と生体脳がパッケージングされたサイボーグは、バグセルカーにとって最も美味しい獲物と言える。

 国家予算を投入されたハイエンドモデルである宇宙騎士(テクノリッター)の防護障壁ならともかく、場末の闇医者で改造を施したレジィのようなチンピラサイボーグには抵抗手段もない。

 

 本来感じないはずの痛みが腕を這い上がってくる恐怖に、レジィは肚を据えた。

 己がバグセルカーの一部に成り下がり、タンパク質素材にされてしまう前に、誰かに状況を知らせなくてはならない。

 バグセルカーは宇宙生活者(スペースマン)にとって共通の脅威、誰であっても協力してくれるだろう。

 そしてハマヤーに伝われば、必ず上手く始末を着けてくれる。

 憧れの英雄に討たれるなら、一匹の銀河放浪者(アウタード)の最後としては上の上だ。

 

「なら、誰かに伝えんと!」

 

 レジィは強く床を蹴り、一直線の遊泳を開始した。

 回避をかなぐり捨てた速度優先の動きでは、レーザーの弾幕を避けきれない。

 

「ぐうぅっ!」

 

 だが、頭を両手で庇いレジィは突き進む。

 手足どころか腹にまでレーザーが突き刺さるが、即死しなければそれでいい。

 どうせ、もう命はないのだ、誰かにバグセルカーの事を伝えるまで生きていれば上等だ。

 若き銀河放浪者(アウタード)は、完全に覚悟が決まっていた。

 

 そして彼女の意志は報われる。

 前を見る余裕もなく傷だらけで宙を泳ぐレジィは、分厚い筋肉の壁に抱き留められた。

 

「ステラの所の用心棒?」

 

「オークの旦那……」

 

 ここの所、ステラ爆音隊(ボンバーズ)をさんざんにひっかきまわしてくれた一党のオーク戦士。

 普段ならば恐怖の対象でしかない強面が、今は何よりも頼もしい。

 バグセルカーに対して、オークは人類種屈指の抵抗力を持つのだ。

 

「だ、旦那、バグセルカーや、バグセルカーがおる!

 ウチもやられた……!」

 

 オーク戦士は一瞬目を見開くと、レジィを抱えたまま素早く振り返って叫ぶ。

 

「フィレン! 姫を連れて船へ戻れ! 

 二隻とも出港準備、緊急だ! ステラにも知らせろ!」

 

「了解!」

 

 トランジスタグラマーな少女の手を引き、弁髪のオークがきびきびとした動作で離れていく。

 頭目の少女も含め、その動作に一切の遅延も、疑問の言葉もない。

 彼らはバグセルカーがどういうものか、よく知っているのだ。

 

「あ、あんたも早く行きぃ、ウチを抱えとるとあんたも侵食される」

 

「まだだ、あんたを助けないと」

 

 事も無げに言うと、オークはレジィの機械の手首を握った。

 バグセルカーの卵を埋め込まれた腕はわずかに動かされるだけで激痛を発し、思わず呻きが漏れる。

 

「痛いか? 痛いのなら朗報だ、あんたの腕はまだ侵食されきっていない。

 完全に乗っ取られたのなら、痛いとも思わなくなるらしい」   

 

 患者に言い聞かせる医者のように頷いたオークは、反対側の手をレジィの肩に当てた。

 

「ちょいと乱暴に行くぜ、堪えろよ!」

 

 そのまま機械の腕を力任せに引っ張る。

 剛力が肩口の接続部位の肉ごとサイバーアームを引きちぎった。

 

「いぎいぃぃっ!?」

 

 ちょいとでは済まない圧倒的な激痛に、レジィは絞め殺されるような悲鳴を上げてのたうつ。

 股間が失禁でぬめるのを感じるが、それを恥じる余裕もない。

 オーク戦士はレジィの肩肉を付着させたままの機械腕を引き抜いて投げ捨てると、懐から細胞賦活剤のチューブを取り出した。

 止血効果の高いゼリー状の薬剤を荒々しい手付きで無残な傷口に塗り込む。

 

「ひ、い、ひぎ……」

 

「気絶しなかったか、偉いぞ」

 

 最早言葉も出ないレジィの頭をグローブのような手で乱暴に撫でると、オークはツナギ状の軽宇宙服を諸肌に脱ぎ袖を引きちぎった。

 包帯というには雑過ぎる布を、レジィの肩口に押し付けて荒っぽく巻きつける。

 

「よし、これでひとまずは持つだろ」

 

 オーク戦士は、息も絶え絶えなレジィをひょいと肩に担ぎ上げる。 

 何故か同行しているエディジャンガルファミリーのエディは呆れたようにオークを見上げた。

 

「自分も侵食されるかも知れないってのに、よく手当する気になるわね……」

 

「俺達オークは肌にナノマシンが宿っている、同じナノマシンのバグセルカーも早々侵入できんよ。

 バグセルカーの危険を知らせてくれた勇士だ、助ける目がある内は見捨てられるものか」

 

 オーク戦士の静かな言葉に、レジィの胸に安堵が湧く。

 もう大丈夫だ、万事うまく行く、戦士の低い声音にはそう思わせるだけの力強さがあった。

 

「なんや、格好つけて……ちょっといい男やないの……」

 

 小さく呟きながら、レジィは安心して意識を手放した。

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

「エディって言ったっけか、お前の船にお邪魔するぞ」

 

「え、こ、この状況で賠償の査定を続けるの!?」

 

 ステラの用心棒を肩に担いだまま言うと、頭の左半分を剃った小男は仰天した。

 

「この市場はもうお終いだ、一端ここを離れてうちの船に合流するまでの足に使わせてくれ」

 

 バグセルカーに乗っ取られたらしい船を遠めに睨みながら提案する。

 出鱈目にスラスターを吹かす輸送船に引きずられ、市場の通路はズタズタに引き裂かれつつあった。

 今からフィレンに任せた姫を追いかけても、合流するのは難しい。

 それくらいなら、一度出航して市場の外でランデブーした方が楽だ。

 

「……わかったわよ、嫌がって殴られるのも勘弁だしね。

 足代の分、査定を勉強してよ?」

 

「さて、そいつはお前らの資産次第だ」

 

 笑った途端に、甲高い独特のチャージ音が耳に響いた。

 酸素がある空間でプラズマが励起される、危険な音。

 スラスターを吹かしてアンカーを引きちぎろうとしているバグセルカー船がプラズマキャノンをぶっ放した。

 球状のプラズマ弾は、銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)のちゃちな構造物を引き裂き、俺達が通り過ぎた直後の通路も吹き飛ばして虚空へと飛び去る。

 

「うおぉっ!?」

 

 ぶった切られた通路の破孔から吸い出されかかったエディの襟首を咄嗟に捕まえた。

 

「武装商船だったか、このまま撃たれまくると危ないな……」

 

「だ、旦那! 落ち着いてる場合じゃないわよ! 早く船に急いで!」

 

「判ってる!」

 

 ステラの用心棒の女とエディとを左右の肩に担いで、俺は残骸と化しかけた通路を蹴って進む。

 エディジャンガルファミリーの貨物船のエアロックに飛び込んだ途端に、船体が激しく揺れた。

 

「着弾したな、キチガイナノマシンの癖に当ててきやがるか。 それとも脳みそ乗っ取られたクルーの腕がいいのかな?」

 

「だから落ち着いてる場合じゃないでしょう!?」

 

「武器が無くちゃあ、何ともできんよ。

 この船に砲台はないのか? 砲手ぐらいしてやるぞ」

 

「うちの船の戦力なんて戦闘機しか……」

 

 言いさしたエディは失言を誤魔化すように口を押さえるが、もう遅い。

 

「なんだ、良い物持ってるじゃないか、賠償にはその機体を充てるとしよう」

 

「ま、待って! うちの虎の子なのよ!?」

 

「お前らが乗り逃げしようとした俺の愛機だって虎の子さ。

 戦闘機が有るなら、バグセルカーの船を黙らせる事もできる。

 安全の代金も込みなら、妥当じゃないかい?」

 

 俺の言い草にエディはしばし絶句していたが、やがて大きな溜息を吐いた。

 

「……やるからにはきっちり働いてよね。

 『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』の代金、安くはないんだから」

 

「『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』か、悪くない銘だ」

 

 俺は牙を剥き出してニヤリと笑った。  



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)

SIDE:戦士 カーツ

 

 格納庫に置かれた『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』は丸みを帯び、ずんぐりとしたデザインの通常型戦闘機(ローダー)であった。

 

「名前の通り、ファンタズム型か」

 

 多くの軍隊で採用された往年の傑作機、それがマーカス&デュークス・スペースクラフト社製多目的戦闘機(マルチロール)「ファンタズム」である。

 すでに二世代は前の旧式機でありながら、その拡張性の高さからアップデートを繰り返して現役を張り続けているバリバリの軍用マシンだ。

 同様に普及した機種であるティグレイに比べると、こちらはより高級志向というか、オプションが充実しているタイプ。

 積載量に優れた重量級のフレームに、用途に合わせた様々な装備を施す事でマルチロールを実現する機体であり、予算の豊富な軍隊で真価を発揮する。

 逆に言うならばオプションなしではやや鈍重な戦闘機に過ぎず、素体状態の性能ではティグレイに軍配が上がった。

 安価で個人傭兵向けのティグレイと、オプションも購入できる金持ち正規軍向けのファンタズムという棲み分けであろうか。

 

「個人所有するには運用コストが掛かるだろうに……いや、だから虎の子扱いだったのか」

 

 そう考えれば、黒地に黄色の稲妻パターンが施された文字通り虎のような塗装の『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』が、気の毒に思えた。

 戦闘機の仕事は、倉庫で埃を被って飾り物になる事ではない。

 

「何、今からしっかり働かせてやるさ」

 

 嘯きながら、コクピットに乗り込む。

 長年生産され続けた機種だけにファンタズムは時期によってデザインのバラつきがあるが、『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』のコクピットレイアウトは初期型に近い旧式タイプで、俺にも見覚えがあるスタイルだった。

 

「よし、これなら行ける」

 

 六点式ハーネスを留めながらコンソールを叩いて起動シークエンスを走らせる。

 

「推進剤は充填済み。

 武装は機首のパルスレーザー四門、右のパイロンにレーザーランチャー、左に二連装のミサイルポッド?

 積載量が随分余ってるな」

 

 やはり個人の台所でファンタズムを十全に運用するのは厳しいらしい。

 『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』はオプション装備まで手が回らず、折角の積載量を持て余していた。

 

「まあ、その分機体が軽くて振り回しやすいか。

 スラスターは……ほう!」

 

 機体諸元を確認し、特筆事項を発見して唸る。

 主機をふたつ積んだ双発機のファンタズムは元々パワフルな機種であるが、『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』は大型推進機に換装し更に推力を向上させている。

 

「いいね、パワーは正義だ」

 

 戦場での経験から大きく頷く俺は、モニターの端に点灯した通話サインに気付いた。

 通信ウィンドウを開くと頭の半分を剃った小男が映し出される。

 

「旦那、準備はいい? 格納庫を開けるわよ。

 ちゃんとこっちの安全も確保してよね!」

 

「ああ、そっちも用心棒の子を死なせるなよ。

 ステラの所に届けてやれば、謝礼のひとつも出してくれるだろう」

 

「それぐらいじゃ『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』の頭金にもなりゃしないけどね!

 開けるわよ!」

 

 前方で格納庫のハッチが開いていく。

 俺はパネルに指を走らせ、ジェネレーターを始動。

 途端にシートから背筋を震わすような激しい律動が伝わってくる。

 大型推進機用に換装された大出力ジェネレーターが発する、力強い唸り声だ。

 

「こいつは実に『騒がしい奴(ノイジィ)』だな!

 まさにオーク好みだ!」

 

 思わず頬が緩むのを感じながら着陸脚のロックを外してリフトオフを実行、フットペダルを踏み込む。

 『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』は二発の大型スラスターを轟然と吹かして虚空へ飛び出した。

 操縦桿を軽く揺すり、機体の反応を確認する。

 

「かなり重いな……」

 

 攻撃機寄りの重戦闘機といった特性を持つファンタズムの反応は、機敏な『夜明け(ドーン)』に乗り慣れた俺にしてみれば鈍重に感じてしまう。

 しかし、今からトーン09へ『夜明け(ドーン)』を取りに行くわけにもいかないし、今は手元にある物で何とかするしかない。

 

「重いって判ってるなら、そういう使い方をするまでさ」

 

 大きな弧を描いて機体をターンさせ、バグセルカーに乗っ取られた船へ機首を向けた。

 元は武装商船だったと思しきバグセルカー船は甲板に装備された砲台からプラズマキャノンを放っている。

 先程までは四方にでたらめに撃ちまくっていたようだが、今は明確に目標を定め、最も近くの船の船首目掛けて連射していた。

 おそらく、乗っ取られたクルーの脳の最適化が進んでいるのだろう、徐々に的確な戦術行動を取るようになってきている。

 不運にも標的にされた小型輸送船のブリッジを撃ち抜いたバグセルカー船は、そのまま体当たりを敢行、ブリッジの破孔に自らの船首をめり込ませた。

 

「野郎、持ってく荷物を増やそうとしてるな」

 

 船の構造物の内、バグセルカーが物資を持って帰宅するまでに必要とする部分は極論すると三点しかない。

 動力源であるジェネレーターとジャンプドライブ、それらを制御するコンピュータだ。

 3点セットを一組確保すれば、後はジャンプドライブの有効範囲内に入る残骸をできるだけ増やすのがバグセルカーの習性である。

 

「さっさと黙らせないと」

 

 機体の右舷下部に吊り下げられたレーザーランチャーをオンライン、モニターに照準を表示した。

 ベーコ達のバレルショッターが装備した艦船用の対艦レーザー砲に比べると『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』のレーザーランチャーは全長10mほどでかなり大人しいサイズに見えるが、これでも戦闘機用の砲としては十分大型に分類される。

 身の丈に合わないデカブツを無理やり搭載したバレルショッターの方が、頭のおかしいセッティングをされているだけだ。

 

「そらっ!」

 

 バグセルカー船の尾部に向けてレーザーランチャーを照射、青い閃光を叩きつけられて爆発が生じる。

 だが、浅い。

 『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』のレーザーランチャーは汎用性の高い重火器であるが、流石に船舶を一撃で沈黙させるだけの威力はない。

 

「もう一丁っ!」

 

 追撃に左舷に装備された二連装ミサイルを発射、レーザーが溶解させた破孔にミサイルが直撃し、バグセルカー船のスラスターが停止する。

 

「よしっ、後はジェネレーターを潰せば!」

 

 船の中央に狙いを定めた時、異常なタキオンウェーブを検知して警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

SIDE:トーン=テキンのトロフィー ペール

 

 地獄の訓練メニューを入力されたトレーニングマシンに掛けられ一人黙々と特訓を施されているトーロンに代わり、トーン09の改装スケジュールの監督はペールに任されていた。

 トーロンと違って映画を見る趣味もないペールは、順調にタスクが進行していくモニターを見つめながら小さく欠伸を漏らした。

 

「ふぁ……」

 

 トーン09の改装は9割方終了しており、モニターにはエラーの表示もない。   

 生真面目というよりも小心ゆえにサボる勇気も出てこないペールも、ここまで順調とあれば気が抜けてくる。

 両目を覆うゴーグルを額に上げ、欠伸の弾みに目元に滲んだ涙を拭う。

 

「え……?」

 

 鋭敏な裸眼が、舷窓の向こうで閃いた光を捉えた。

 プラズマキャノンの発砲と、着弾の爆発だ。

 

「え、えぇ!?」

 

 驚愕の声を上げつつ、ペールの手はトーン08への通信をコールしていた。

 明らかな異常の際に上位者へ連携する事は船員としての基本教育であり、小心者のペールの気質にもマッチしている。

 ゴーグルを掛け直すと、焦りながら報告を開始した。

 

「ボンレーさん、どこかの船が発砲してます!」

 

「こちらでも見えました、銀河放浪者(アウタード)同士の喧嘩にしては大袈裟ですね……」

 

 モニターの向こうで強面のオークが困惑の表情を浮かべている。

 

「姫様と兄貴達は戻られましたか?」

 

「まだです……」

 

「念のため、機関をアイドリングにしておいてください。

 トレーニング中のトーロンもブリッジに上げて、状況が確認できるまで待機を」

 

「はい! 今、トーン09には私とトーロンさんしか居ないんですけど、ジョゼさんはそっちですか?」

 

「ええ、おやつを差し入れに来てくださってます。

 落ち着くまで、そちらに戻さない方がいいですね」

 

 非番クルーの確認をするうちに、再度大きな変化があった。

 可視光以外の波長も視認するドワーフの視覚を、一瞬埋め尽くすほどの無色の波。

 発砲した船が四方へ放った、爆発的なタキオンウェーブだ。

 

「なっ」

 

 思わずペールは絶句した。

 超光速粒子タキオンは空間を飛び越えるジャンプドライブと密接な関係を持ち、ジャンプアウト先の座標指定にも使用される。

 それを全方位にドライブが焼き切れる程の出力で発生させる事は船の運用上あり得ないが、たったひとつだけそれを実行して利を得る存在をペールは教え込まれていた。

 バグセルカーが「迎え」を呼ぶ時だ。

 

「ボ、ボンレーさん! バグセルカーです!

 バグセルカーがタキオンウェーブで仲間を呼びました!」

 

「何ですと」

 

 ボンレーの顔が歴戦の戦士らしく引き締まる。

 

「ペールさん、出港準備を。

 姫様方が戻られ次第、離脱いたしましょう」

 

「は、はい!」

 

 ペールは引きつった顔で頷くと、改装作業中の自動作業アームにタスク中止命令を入力した。

 

 

 

SIDE:「残り火」のノッコ

 

 トーン08に接続された『包帯虎(バンディグレ)』のコクピットに滑り込んだノッコは、機体を立ち上げながら教え子たちに指示を出す。

 

「ペールちゃんの話だと、バグセルカーが援軍を呼んだみたい。

 逃げる準備が整うまで足止めする。

 私の『包帯虎(バンディグレ)』は船相手だと決め手に欠けるから、君達が頼りだよ。

 よろしくね」

 

「「「押忍!」」」

 

 3人の教え子は威勢よく返事をすると、乗機のバレルショッターを出撃させる。

 続いて『包帯虎(バンディグレ)』をリフトオフさせながら、ノッコは戦場と化した銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)を見回した。

 

「迎えのバグセルカー……拙いなあ」

 

 ジャンプアウトしてくるバグセルカーシップを確認し、彼女にしては珍しい明らかな渋面で呟いた。

 バグセルカーの集積拠点からジャンプしてきた新たなバグセルカーシップは5隻。

 それぞれ最早芯となった船の原型も判らない雑多な屑鉄の塊のような外観のバグセルカーシップは、ジャンプアウトするなりレーザーやプラズマキャノンの砲撃を開始した。

 400m前後とサイズは揃っているものの見た目の統一感は欠片もないバグセルカーシップだが、護衛艦(フリゲート)に匹敵する侮れない戦闘力を持っている。

 居住性も効率も無視した構造だけにバグセルカーシップは砲台の位置も出鱈目で攻撃が見切りにくく、急所のジェネレーターの位置も特定しづらい。

 クルーの生死も関係なく動き続けるため耐久性も高く、相手にしたくない敵だ。

 

「早い所、フィレンと旦那と姫様を回収して逃げないと」

 

 バグセルカーは奪えるものを奪うと集積拠点へ帰還する習性を持つが、自らのジャンプ能力以上の獲物を確認した場合、タキオンウェーブで連絡を取る。

 お土産をたくさん持ちかえるため、荷物持ちを呼び出すのだ。

 一端ここが狩場と認定された以上、一切合切根こそぎ持っていかれるか、集積拠点のバグセルカーが損害が割に合わないと決定するまで送り込まれ続ける「迎え」を撃破し続けるかのどちらかしかない。 

 バグセルカーがどこで損切りを決定するか、まったく予想もつかない以上、人員を回収したらさっさと逃げ出すのが得策だ。 

 

「ん? あの機体……」

 

 市場の構成物の破片でデブリ帯と化しつつある宙域を、巧みに飛翔する黒に黄色の稲妻マーキングを施された通常型戦闘機(ローダー)が目に留まる。

 鈍重なファンタズム型とも思えぬ機敏なターンを繰り返しながらバグセルカーシップに砲撃を続けるその挙動は、ノッコに自らの主を想起させた。

 通信機を弾く。

 

「旦那さん?」

 

「ノッコか!」

 

「どうしたの、その機体」

 

「エディジャンガルの連中から巻き上げたのさ」

 

「ふぅん、いい感じじゃない」

 

 戦闘機が増えるのは喜ばしい事だ、これでフィレンにも機体が回る。

 

「フィレンと姫様は?」

 

「トーン09に向かわせた、そろそろ着くと思うんだが……」

 

 それぞれの機体のセンサーが新たなタキオンウェーブを検知して警報を上げた。

 さらに五隻のバグセルカーシップがジャンプアウトし、ノッコとカーツは同時に舌を打つ。

 

「ああもう!」

 

「くそっ、切りがない!」

 

 最初の未成熟なバグセルカー船1隻と、迎えに来た護衛艦(フリゲート)に匹敵するバグセルカーシップ10隻、計11隻のバグセルカーが好き放題に砲撃を行い、銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)は構成する船ごと引き裂かれていく。

 

 混迷を深めていく宙域を、不意に一陣の強烈な電波が鳴り響いた。

 全ての機体、全ての艦船の通信機に割り込む、強力な電子戦闘艦でなくては為しえない強制通信がひとつのメロディーを奏でる。

 清冽な、それでいて哀愁を帯びたトランペット。

 銀河を貫く伝説の音色であった。




??「タキオンとかナノマシンとか言えばSF的に誤魔化せるって考えはどうかと思うねぇ、モルモットくぅん?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

殉教者

SIDE:エディジャンガルファミリー頭目 エディ

 

「な、何よこの音!?」

 

 慌てふためきながら出港準備を行っていたエディは、突如としてブリッジに響き渡るメロディーに困惑した。

 力強さと同時に一抹の寂寥感も漂わせる金管の音色は名演と評して差し支えない技量であったが、バグセルカーが跋扈する修羅場に似つかわしいものではない。

 エディ以下ファミリーの面々が当惑するのも当然であった。

 

 だが、逆にテンションが上がった者もいる。

 

「来たっ! ははっ、来た! 来たぁ!」

 

 オーク戦士に押しつけられる形でエディジャンガルの船に担ぎ込まれたレジィである。

 半死半生の虫の息で空いたシートに寝せられていたにも関わらず、高らかなトランペットを耳にした途端に跳ね起き、狂態のような勢いでコンソールににじり寄った。

 

「ど、どこや! どこに居られる!」

 

「ちょ、ちょっとあんた!? 何やってんの! 死ぬわよ!」

 

 片腕を失い血の気も失せた蒼白な顔に鬼気迫る表情を浮かべたレジィは、仰天したエディの言葉を無視してコンソールに残った左手を走らせる。

 

「死なんわ! 推しの御姿を見ずに早々死んでられるかい!」

 

「あ、あんた、どうしちゃったのよ……」

 

 他ファミリーの構成員であるレジィとは顔を知ってる程度の仲でしかないエディは、彼女の狂奔のような行いにドン引きで顔を引き攣らせた。

 普段の眠たげでやる気の無さそうな様子からは想像もつかない熱心さでレジィはコンソールを操り、電波の発信源を探す。

 

「……あそこだ!」

 

 モニターに一隻の戦闘艇(コルベット)が映し出された。

 甲虫を思わせる丸みを帯びたずんぐりとしたシルエットは、堅牢さと速度を重視した戦闘艇(コルベット)にはよくあるスタイルだ。

 光沢を抑えたシックなゴールドの塗装と前方に突き出された一本の衝角(ラムユニット)もまた、甲虫を連想させる。

 だが、モニターの中で拡大された機影には、明確におかしな点があった。

 艶やかに磨き抜かれた、甲虫の背中を思わせる甲板。

 100メートル級戦闘艇(コルベット)の広い甲板を丸々キャンバスとして、一人の乙女の横顔が古の芸術家ミュシャを思わせる画風で描かれていた。

 金の髪を靡かせ憂うように瞳を伏せた乙女の美貌に、エディはどこかで見たような既視感を覚える。

 

 ひとフレーズを吹き終えトランペットの響きが止んだ。

 場違いな音楽に人は驚き、ナノマシンもまた異常に大出力な電波を警戒する。 

 十分な耳目を集めた所で、ノーズアートと言うには大きすぎる乙女の意匠を戴いた金の戦闘艇(コルベット)は広域通信に載せた言葉を放った。

 

「聞こえているか、いや、聞こえていても理解はできていまいな。

 バグセルカーに捕らわれた者どもよ、お前達を救う手立ては最早ない」

 

 しわがれ、錆びた老人の声。

 老いはすれども、その声音は力強く、衰えの気配など微塵もない。

 

「せめてもの情け、この世で最も美しく、尊きものを目に焼き付けて往生せよ!」

 

 敢然と、傲然と、名乗りを上げる。

 

「これなるは我が永遠の姫、テレジア=フェンダー! そして我は執事長バック=ハマヤー!

 我が『永遠の愛の(マルティール・デ・)殉教者(ラムール・エテルネル)』の輝きにて諸君の黄泉路を切り開こう!」

 

 同時に一隻のバグセルカー船が爆発した。

 乙女の尊顔を戴いた金の戦闘艇(コルベット)の放った、四条の閃光が正確にジェネレーターを貫いたのだ。

 抜き手も見せぬが如し神速の一撃は挨拶代わり、戦闘艇(コルベット)は黄金の流星のように宙を駆け次の獲物へ向かう。

 

「……ま、まるてぃー……?」

 

「『永遠の愛の(マルティール・デ・)殉教者(ラムール・エテルネル)』」

 

 演劇染みた言動で開帳された長ったらしい名前を覚えきれなかったエディに、レジィは当然のようにその名を復唱した。

 少し巻き舌の、いい発音だった。

 

「い、いや、その、何なの、あれ」

 

「見て判るやろ、英雄や」

 

 レジィはうっとりとモニターを見つめながら、端的に応える。

 すれ違いざまに一隻、正面からぶち抜いて一隻、反転と同時に一隻。

 金の戦闘艇(コルベット)は瞬く間にバグセルカーシップを沈めていく。

 

 彼こそがフェンダー家の有する最大のジョーカー。

 金管翁(クラリオン)、フェンダー家永世筆頭郎党、死神トランペッター、フェンダーのアレ、マダム強火勢。

 様々な呼び名を持つ本物の跋折羅者(ステラクネヒト)であり、真正の異常者であった。

 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

「うわー……」

 

 通信機からノッコの呆れ返った声が漏れる。

 他種族から滅茶苦茶をやる種族と看做されているフービットだが、あれで彼らは理屈と理論で動く理性的な種族だ。

 種族特性である高速思考を元に思考を巡らし、効率が一番良い方法を追求した結果が滅茶苦茶になっているのがフービットだ。

 彼らの行動の根底には理性がある、その判断基準が独特の感性なだけで。

 

 その一方で、あの金の戦闘艇(コルベット)はまったくの逆だ。

 熟練の勘と神憑り的な反射、それだけを頼りに場当たり的に動いている。

 理屈も理論もない、その場限りのアドリブ対応の連続でバグセルカーシップを撃滅していく。

 

 行動コンセプトは恐ろしく単純だ。

 パラメーターを速度と武装のみに割り振った戦闘艇(コルベット)特有の大推力で一気に距離を詰め、衝角(ラム)をぶっ刺して固定しゼロ距離から全火力を叩き込む。

 それだけの、シンプル極まりない戦闘機動。

 それができれば世話はない、そういう領域の話を実現させている。

 

「すげえな、避ける素振りも見せないのに全然当たらない。

 そういうコースを見切ってるのか?」

 

「そんな事も考えてない、ただ思うがままに飛んでるだけよ。

 あれはそういう生き物」

 

 言い捨てるノッコの口調は随分と冷えている。

 

「ノリと勢いで、特級の豪運を引きずり寄せて勝利する、そういう非合理的な存在」

 

「真似はできそうにないな、強い相手は参考になるんだが」

 

「やめて。 あんなの真似したらダメ。

 フィレンやベーコくん達にも見せたらダメね、あんなの」

 

 傍で見てれば似たような滅茶苦茶をやってる癖にとは口に出さない。

 少なくとも自認としては、フービットは「彼ら」とは明確に違うのだろう。

 だが、理論と感性、相反するものを根底に置きながら、両者は似たような滅茶苦茶な結果を弾き出している。

 そして似て非なるものに対して、ノッコは同属嫌悪めいた不快感を覚えているようだ。

 

「本物を見るのは初めてだが、俺は嫌いじゃないな、跋折羅者(ステラクネヒト)

 

 跋折羅者(ステラクネヒト)

 戦場にて(かぶ)く輩をそう呼ぶ。

 道化とも狂人とも言える彼らの多くは、格好ばかり真似た紛い物だ。

 

 派手な見た目にかき鳴らす音曲、跋折羅者(ステラクネヒト)を象徴するようなそれらは、実の所重要ではない。

 跋折羅者(ステラクネヒト)の本質は「主張」だ。

 彼らが信じるもの、奉じるもの、頼みとするもの、それらを「ここに在り!」と叫びたてるのが跋折羅者(ステラクネヒト)の本領である。

 扮装も、楽曲も、戦果ですら、彼らが誇示したい「何か」を引き立てる為の飾り物に過ぎない。

 あの老執事も根っ子の所は、この世で一番美しいと信じる女主人(ミストレス)を見せびらかしたいだけなのだろう。

 

「いい趣味してるぜ、判らなくもない」

 

「えー……」

 

 『永遠の愛の(マルティール・デ・)殉教者(ラムール・エテルネル)』という銘の長ったらしさは『夜明けに物思う(ドーン・オブ・モーラー)ぶん殴り屋(・ザ・シンカー)』を乗り回している身からすればノーコメントという他ないが、美しい主人の似姿を背負って戦うのは中々悪くない趣味だ。

 若き日のマダム、テレジア=フェンダー嬢の姿は未だ成長途上のステラの面影を残したまま麗しく咲き誇っている。

 ゼロ距離攻撃を旨とする『殉教者(マルティール)』の攻撃に晒された犠牲者は、テレジア嬢の姿を目に焼き付けたまま爆散する事になるだろう。

 

「確かに、この世の最後に見るものが美女の顔ってのは悪くないのかもな。

 だが、その美貌、銀河じゃ二番だ」

 

「……聞くまでもない気がするけど、誰が一番?」

 

「陛下だ」

 

「だよねー……で、姫様は?」

 

「……マダムには三番になって貰おう」

 

「はいはい」

 

 ノッコはぞんざいな相槌を打つと、『包帯虎(バンディグレ)』を旋回させた。

 

「バグセルカーはもうあのおじさんに任せといて良さそうだよ、こっちはさっさとジャンプしちゃおう」

 

「そうだな……いや、待て! まだ来るぞ!」

 

 センサーがタキオンウェーブを感知、警報が鳴る。

 ジャンプアウトしてきたバグセルカーシップの鼻面に、出会い頭のレーザーランチャーをぶち込んだ。

 開いた破孔にすかさずノッコがパルスレーザーを叩き込むと、バグセルカーシップは内圧が膨張するかのように爆散する。

 

「まだ損切りしねえのか、しつこい連中だ!」

 

 タキオンウェーブの警報は鳴りやまない。

 連中はまだお代わりを投入する気だ。

 跋折羅者(ステラクネヒト)の乱入で傾いた戦力比を覆そうと手勢をかき集めているのか、先ほどまでの五隻セットではなく単艦でバラバラにジャンプアウトしてくる。

 

「わっ!?」

 

 ノッコの『包帯虎(バンディグレ)』の進路を塞ぐ形でバグセルカーシップが出現した。

 咄嗟に急旋回を掛けるノッコだが、まるで示し合わせたかのように新たな進路へお代わりのバグセルカーシップがジャンプアウトする。

 予想外なのは人間もバグセルカーも同じだろうが、あちらは命が無い分の無茶が利く。

 ノッコを通せんぼする形のバグセルカーシップは、装甲の断片を対空砲のように射出した。

 

「ノッコ!」

 

 咄嗟に頭に浮かんだのは、ジャンクパーツ寄せ集めの『包帯虎(バンディグレ)』よりも、正規品のファンタズムである『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』の方が頑丈という事。

 持ち前の大推力スラスターを全開で吹かし、旋回中で船腹を晒した『包帯虎(バンディグレ)』とバグセルカーシップとの間に機体を滑り込ませる。

 疑似対空砲が『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』を穿った。

 

「ぐっ!」

 

 その場しのぎの攻撃の癖に、思いのほか勢いが強い。

 愛機『夜明け(ドーン)』であれば斥力腕(リパルサーアーム)で簡単に弾けたのにという思いを、脇腹に走る激痛が遮った。

 コクピット内に飛び込んだ装甲の断片がめり込んでいる。

 途端に、ぞわりとした悪寒が生じた。

 

「こいつは……」

 

 葉緑素系ナノマシンが宿るオークの皮膚だが、それすら貫かれればナノマシンの護りはない。

 断片に付着したバグセルカーが、俺の体内に侵入したのだ。

 

 

 

 

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

「ただいま! 出航準備は!?」

 

 フィレンを引き連れてトーン09のブリッジに飛び込んだピーカへ、トーロンとペールは真っ青になった顔を向けた。

 

「しゅ、出港準備はできてますが……」

 

「カーツさんが、バグセルカーに感染したって……!」

 

「はあ!?」

 

 それは宇宙において死と同義語だ。

 ピーカは金の猫目を見開いて絶句した。

 

 メインモニターの中には見慣れない黒と黄の虎縞のような塗装の通常型戦闘機(ローダー)が漂う様が映っている。

 その周囲をノッコの『包帯虎(バンディグレ)』が忙しなく飛び回り、近寄ろうとするバグセルカーシップを獅子奮迅の勢いで迎撃していた。

 通信機が、静かなカーツの声を拾う。

 

「ノッコ、もういい。 早く戻れ」

 

「や、やだ! もう少しだけ……!」

 

「お前のせいじゃない、気にするな。

 姫様の事、頼むぞ」

 

「カーツぅ……」

 

 涙声のノッコとは裏腹に、完全に腹が据わりきった様子のカーツの声音にピーカは激発した。

 通信機のスイッチを平手でぶっ叩く。

 

「何を愁嘆場染みた事やってんのよぉ!」

 

 ぶち切れたピーカの喚き声に、カーツはむしろ平然と返答する。

 

「姫様、申し訳ありませんが俺はここまでです。

 どうか、お早くこの宙域から離脱を」

 

「あっさり覚悟完了するな! 母様を孕ませたいんでしょう! ここで死んでいいの!?」

 

 ピーカの言葉に、カーツはわずかに息を呑んだ。

 

「良くはありませんが、このままでは俺はバグセルカーに成り下がり、貴女を攻撃してしまいます。

 それは許せる事ではない」

 

 カーツの声音に混じる不穏な気配にピーカは眉を吊り上げる。

 

「待ちなさい! 自害はするな! 絶対に!」

 

「しかし……」

 

「たかがナノマシン、バグセルカーなんかにあたしの戦士をくれてやれるものか!」

 

 黄金の猫目がぎらりと燃え上がり、白磁の素肌に翠に輝く紋様が浮き上がる。

 沸騰するが如き激怒が、ピーカに宿るナノマシンを活性化させていた。

 翡翠の輝きを帯びた姫は、瀕死の戦士に勅命を下す。

 

「自害せず、そこで待ちなさい!」

 

「……それは将の行いではありませんよ」

 

「当然よ、将の振舞いなんか知るもんか! あたしは姫、そして次代の女王!

 あなた達の生き死にも全部あたしのもの!

 略奪種族の女王(オーククイーン)は、欲深いのよ!」




小説家になろうの「今日の一冊」コーナーにて、5/2の14時からスペースオークが紹介される事になりました。
わぁい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪夢

小説家になろうラジオにて、本作を紹介していただきました。
https://www.youtube.com/watch?v=jU8-rc4j1zk
上記アーカイブの33分くらいから触れられております。

ヒシアマ姐さんの声優さんにタイトルを読み上げていただける喜び……!


SIDE:「残り火」のノッコ

 

 戦士として生きてきて悔やむ事は、いくらでもあった。

 その中でも最大の後悔は、自らを打ち負かした戦士ビルカンの死に立ち会えなかった事だ。

 ビルカンに命じられ氏族船で留守番していたノッコだったが、同行していれば彼の戦死を回避できたのではないかという想いは今でも拭えないでいる。

 そして今、ノッコの中で最大の悔恨が更新されようとしていた。

 

「近寄るなぁっ!」

 

 力無く漂う「騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』へ向かってくるバグセルカーシップを、ノッコは凄まじく精密な狙撃で迎撃する。

 寄せ集めパーツの塊である「包帯虎(バンディグレ)』は搭載武装がパルスレーザー機銃二門のみと火力に乏しく、対艦戦闘にはまったく向いていない機体構成だ。

 だが、バグセルカーシップもまた寄せ集め、まともな溶接などの接続加工も行われていない為、構造上脆い部分はいくらでもある。

 接続の甘い箇所を熟練の観察眼で見抜くと、正確無比なパルスレーザーで撃ち抜き分断する。

 それで沈む程バグセルカーシップはヤワではないが、基幹部品が脱落しては再接続するまで、まともに動く事はできない。

 超絶技巧で次々にバグセルカーシップを行動不能に陥れていくノッコであったが、そうまでして護ろうとする男はすでに彼女の庇護を必要としていなかった。

 

「ノッコ、もういい。

 早く戻るんだ」

 

「戻れる訳ないでしょう……!」

 

 やけに静謐な主の声が、酷く不快だ。

 モニターに捉えた「騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』は、バグセルカーの疑似対空砲の被弾でキャノピーを喪失していた。

 露わになったコクピット内には泡のような血の球体が無数に浮かんでいるのが見て取れる。

 脇腹に被弾したカーツが、体内に入り込んだ弾体を素手で引きずり出した痕跡だ。

 ほとんど割腹のように傷口を大きく広げ周囲の肉ごと抉り出す緊急処置は常人なら即死の危険もある行為だが、オークの生命力ならば問題はない。

 

 だが、今回に関しては生命体として強靭なオークの肉体が仇となった。

 弾体摘出後、ごくわずかに残ったバグセルカーのナノマシンは血管に逃げ込んだ。

 強力な心肺機能を持つオークの血流の勢いは強く、あっという間に体内に拡散してしまったのだ。

 最早除去の手立てはない。

 

 彼をこの状況に追い込んでしまったのは、自分のミスだとノッコは唇を噛んだ。

 それなのに、当のカーツは責めもしない。

 己の状態を冷徹に見定めた上で、効率的な指示を出してくる。

 

「連中がこっちに寄ってくるのは、俺を使ってヴィクティムカーゴを形成したいからだ。

 ちょうどいい囮だ、その間に姫様を連れてジャンプしろ」

 

 戦闘種族ならではの割り切りが、今は腹立たしくてならない。

 

「なんで怒らないの、カーツ」

 

「怒った所で状況は変わらんし、時間もないだろう」

 

「姫様も言ってたよね、女王様をトロフィーにしたかったんでしょう!

 悔しくないの!?」

 

「……そこは口にしないのが、男の見栄って奴さ。

 けど、個人的な心残りはともかく、陛下に任された仕事だけは放り出せない。

 姫様を頼むぞ、ノッコ」

 

「判ったよ、判ったけど……!」

 

 尚も未練を言い募ろうとしたノッコは、通信に混じる不規則な呼吸音に気付き、息を呑んだ。

 平静を装えない程に、侵食が進んでいる。

 

「カーツ!」

 

 応えの代わりに、牙を嚙み砕くような凄絶な奥歯の軋みが聞こえた。

 コクピットのカーツは、ままならない我が身を縛り付けるかのように、両肩に指を食い込ませてうずくまっている。

 侵食が早い、彼が彼で居られる時間は、もう僅かもない。

 

 それならば、いっそ。

 ノッコはパルスレーザーの照準を「騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』のコクピットに合わせた。

 子を宿してもよいと思った、強き戦士の尊厳を汚させはしない。

 だが、トリガーを絞る前に、凛としたソプラノボイスが割って入る。

 

「ノッコ! 待ちなさい!」

 

「姫様!?」

 

 朱のブートバスター、カーツの本来の愛機『夜明けに物思う(ドーン・オブ・モーラー)ぶん殴り屋(・ザ・シンカー)』が、切り込むような勢いで飛来する。

 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

 ノッコとの話の途中で、不意に視界が切り替わった。

 血の泡が浮かぶコクピットレイアウトは消え失せ、俺の眼下にはオレンジの常夜灯が淡く光る薄暗い部屋があった。

 

 何だこれは。

 

 俺は訝しむ呟きすら漏らせない事に気付いた。

 今の俺には声を発する喉どころか、手も足もない。

 小さな針を無数に突き立てられるような、己が苛まれていく悍ましい痛みも感じなかった。

 ただ、どこかの部屋を高い視点から見下ろす視界だけがある。

 

 拙いな。

 

 声なき声で俺は呟く。

 バグセルカーの侵食はついに俺の脳にまで及んだらしい。

 脳が誤作動を起こしている。

 

 今見ているものは、おそらく幻覚だ。

 俺の脳内に記録したものをベースとした映像が再生されているに過ぎない。

 実際、ライトグレーの壁紙など部屋のデザインは氏族船の船室に近い。

 家具は大きなベッドがひとつだけ、光源は壁に取り付けられたオレンジの常夜灯のみと、やけにストイックなレイアウトではあったが。

 見覚えが有るような無いような、そんな部屋のドアが音もなく開く。

 入室してきた人物に俺の意識は、喉もないのに息を呑んだ。

 

 常夜灯の光に白銀の髪を煌めかせる麗しき貴人。

 愛しきマルヤー陛下だ。

 彼女が歩を進めるだけで娘を遥かに上回る圧倒的なバストが艶めかしく揺れる様に、声も出ない。

 

 これは未練だ。

 彼女を手に入れようと望み、そして果たせなかった俺の未練が、陛下の幻を見せているのだろう。

 その証拠に先日の謁見と私的な招待の際には確認できた膨らみが、この陛下の腹にはない。

 メートル超えの山脈を思わせるバストとは裏腹に、一掴みに出来そうな程に絞られたウェスト。

 そこから広がる骨盤は太母の豊かさそのものであり、強く健やかな子を育んできた実績がある。

 白磁の素肌に黒い扇情的なネグリジェを纏った女王の姿は、俺が全てを手に入れ、子を宿させたいと望んだ陛下そのものであった。

 

 彼女に触れたいのに、今の俺は声ひとつ出せない。

 こんな今際の際に見た想い人の幻影は、俺への手向けの花なのか。

 そんな切なく、身勝手な想いを、陛下に続いて現れた人影が微塵に砕く。

 

 ヌッと戸口に現れた巨漢。

 陛下に従って入室してきたのは身長2メートルを越す筋骨隆々のオーク戦士だ。

 その顔は鼻から上にわざとらしい程の影が掛かり、人相が判別できない。

 逞しい肉体も見覚えがあるようで、俺の知る戦士の誰の特徴にも当て嵌まらない。

 

 不意に気付いた。

 この空間が俺の脳にある知識から構成された映像である以上、全ては俺の知るもの、或いは想像できるものばかり。

 この部屋も、実際に見たリビングの様子から推測された女王の寝室のイメージに過ぎない。

 そして現れたオーク戦士は、ひとつの条件を基にピックアップされた戦士達のモンタージュだ。

 

 即ち、陛下を孕ませた男達の複合体である。

 

 それは、確実に存在すると知りつつも、敢えて目を反らし続けていた事柄。

 陛下が何度となく子を産み続けている以上、彼女を懐妊させた者がいる。

 

 俺が惚れた女を、孕ませた奴がいるのだ。

 

 脳が軋む。

 手も足も声も出ない、視覚だけの俺は奴を殴り飛ばすどころか、怒りに身を捩る事もできない。

 

 モンタージュの戦士が意図する所は明白だ。

 氏族カラーであるダークグリーンのツナギ型軽宇宙服の股間には、大口径マグナムの如きシルエットがえげつなく自己主張している。

 奴はモデルとなった男達同様、陛下の中であれをぶっ放すつもりなのだ。

 

 オーク戦士は先を行く陛下へ手を伸ばすと、優美な曲線を描く尻を撫であげる。

 不埒な行いに半身振り返った陛下の顔に浮かぶのは、困ったように金の瞳を細めた慈母の笑み。

 人差し指を伸ばすと、悪戯坊主を叱るように戦士の鼻を弾いた。

 だが、相手は悪戯坊主というには余りにも生臭い雄であった。

 指を伸ばした陛下の手首を掴んで引き寄せると、不遜にも唇を奪う。

 

 野郎、ぶっ殺してやる。

 激発する怒りが脳を駆け巡る。

 しかし、今の俺は文字通り手も足も出せない。

 激怒の叫びをあげる事すらできず、惚れた女が唇を吸われているのを見ているしかない。

 

 オーク戦士は陛下の唇を奪いながら背に腕を回し、黒いレースのネグリジェに包まれた尻たぶを鷲掴みにした。

 主張の激しい巨大なバストに比べるとインパクトに乏しいが、陛下のヒップは珠玉の曲線と豊かさを兼ね備えた極上の尻だ。

 太い指が薄衣越しに柔肌に食い込み、無遠慮に揉みしだく。

 

 やめろ、それは俺のだ、俺の女だ。

 

 脳を焼くような怒りの中で悟る、これは攻撃だ。

 最も見たくない光景を見せて俺の意志を挫き、脳の最適化を進めようというバグセルカーの精神攻撃は、非常に効果的だった。

 何と言っても、この光景に近しいものが実際に行われたのは間違いないと、俺は知っているのだ。

 見たくない、繰り返させたくない女王の夜の職務を、バグセルカーに誘導された俺の脳は再現してしまう。

 

 オーク戦士が顔をあげると、女王の唇との間に糸のような唾液の橋が架かった。

 陛下の顔にはいつのまにか影が掛かっている。

 このような時の陛下の表情を俺は知らないからだろうが、それは逆に俺が見た事もないような表情を彼女が浮かべていたのだという事実にも至ってしまう。

 

 陛下はオーク戦士のファスナーを下げると、幼子の頭を撫でるような優しげな手つきで軽宇宙服を脱がしていく。

 緑色の逞しい背筋を晒したオーク戦士は両手を陛下の細い肩に掛けると、お返しとばかりに剥ぎ取るような荒々しい勢いでネグリジェを引き下ろした。

 露わになる玉体は、俺の視点からはオーク戦士の影になって見る事ができない。

 戦士は裸身の陛下をベッドに押し倒すと、性急な勢いで覆い被さっていく。

 

 止せ、ふざけるな、それ以上はやめろ。

 声にも出せない憤怒が堂々巡りで加熱していく。

 

 俺の激怒を他所にオーク戦士が腰を落としきると、盛り上がった背筋を愛おしむかのように白い繊手が逞しい背に回された。

 一切音の無かった光景で、かすかに陛下の吐息が聞こえた。




局部の描写なし、健全ヨシ!
ラジオで紹介された直後の更新がこれとかさあ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マーキング

SIDE:兵卒 フィレン

 

 見慣れない通常型戦闘機(ローダー)を見下ろすフィレンの胸には、言い知れない怒りが生じていた。

 モニターに拡大したコクピットでは、彼が超えるべき男が血の泡に囲まれ俯いている。

 

 何をやっている、あんたはこんな死に方をする男じゃないだろう。

 

 操縦桿を握る指先に力が籠もった。

 渇望していた『 夜明け(ドーン)』のシートに座っているというのに、癇癪のような怒りの衝動しか感じない。

 『夜明け(ドーン)』を諦めた訳ではない、しかし、その栄誉は現在の持ち主を正面から打ち倒して得るべきものだ。

 所有者不在となった『夜明け(ドーン)』を与えられたとしても、喜びなど生じるはずがない。

 

 そもそも、それでは彼の勝ち逃げではないか。

 かつての敗北の意趣返しは、まだ算段も着いていないのに。

 ついに彼に及ばなかったという悔しさと、思いも寄らない程の寂寥感に歯噛みする。

 

 操縦桿に設置されたトリガーを無意識に指先でなぞる。

 まだ彼の息があるうちに、介錯するべきではなかろうか。

 超えるべき強大な戦士が、それ以外に成り果ててしまう前に、いっそ。

 

 男女の情の差はあれど、即座にノッコと同じ結論に達する辺り、似た者母子であった。

 

「フィレン、飛び移れる距離まで機体を寄せて」

 

 背後から指示の声が上がる。

 眼帯とマントを外して身軽になったピーカ姫が、シートと機材の隙間から顔を出していた。

 

「姫様、あれではもう」

 

「フィレン、判断はあたしがする。

 いいから早く」

 

「……御意」

 

 正直な所、フィレンはすでにカーツの死を受け入れていた。

 怒り、嘆こうとも覆せない、確実な死。

 全ての宇宙の民にとって、バグセルカーに侵食されるとはそういう事だ。

 

 姫の言葉は道理を知らない幼子の癇癪に過ぎないとフィレンは受け取っていた。

 彼女がカーツに懐いていたのは間近で見て熟知している。

 彼の死を目の当たりにするのは、突然の不幸を受け入れる為のひとつの儀式と言えよう。

 

 フィレンは無言で「夜明け(ドーン)』を操り、通常型戦闘機(ローダー)と背中合わせになる形で機体を停止させる。

 ハッチを開ければ、あちらのコクピットが真上に見える位置関係だ。

 

「よっ」

 

 姫が後ろからコンソールへ手を伸ばし、キャノピーを解放した。

 激しい気流と共にキャビンの空気が霧散していく。

 ピーカ姫はシートの隙間から立ち上がると、長い髪を気流に躍らせながら真上を見上げた。

 血の泡に囲まれて俯く一の戦士の姿に唇を噛むと、体に張り付く軽宇宙服のファスナーの指を掛ける。

 一息に引き下ろすと薄っぺらい宇宙服の中で拘束されていた、若々しく生意気なバストが解放され無重量空間で激しく弾む。

 

 ギョッとして振り返るフィレンを完全に無視したピーカは、いっそ豪快なほどの脱ぎっぷりで全裸になった。

 脱いだ衣装をクルクルとまとめてシートの隙間に押し込むと、突然のプリンセスストリップに両目を見開き口をパクパクさせているフィレンの頭を掴まえた。

 額を合わせ、骨伝導で命令を伝える。

 

「フィレンはこのまま待機、通常型戦闘機(ローダー)が動こうとしたらスラスターを壊して」

 

「りょ、了解!」

 

 長い白銀の髪で僅かに先端が隠されただけの巨乳をガン見しながらも、フィレンは何とか頷く。

 

「じゃ、行ってくる!」

 

 姫はフィレンのシートのバックレストを軽く蹴ると、頭上へ向けて遊泳を開始した。

 思わず見上げるフィレンの視界で翠の大輪が花開く。

 波紋にも似た円を意匠化したような複雑な紋様が姫の裸身を彩り、淡く翠の燐光を放っていた。

 全身に宿るナノマシンをフル稼働させながら、姫は瀕死の戦士へと飛ぶ。

 

 

 

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

 ピーカには父親がいない。

 母であるマルヤー女王は、どの戦士がピーカの父なのか把握しているが、公表していないのだ。

 ただでさえ政治状況がややこしい事になっているトーン=テキンに、オークプリンセスの父というバランスブレイカーな要素まで持ち込まれたくないという女王の意向である。

 父を知らないピーカにとって、常に揺るがず落ち着きを見せる側近筆頭戦士は己のものとしたい雄であると同時に、父性を感じる相手でもあった。

 そんなカーツが死に瀕し力無く俯いている姿は、許せるものではなかった。

 

 僅かな飛翔を経て、狙い通りに虎縞の戦闘機のコクピットに到達する。

 俯いたカーツの両肩に両手を当てて体をくるりと回転させたピーカは、向かい合う姿勢で戦士の膝に乗った。

 見上げたカーツの顔には、これまでピーカが見た事のない表情が浮かんでいる。

 白目を剥き歯を食いしばった、紛れもない苦悶の表情。

 

「大丈夫、何とかするから」

 

 ピーカとてバグセルカーの知識はある。

 その感染が致命的であるとも理解している。

 その上で、勝算もあった。

 己の身に宿るナノマシンだ。

 

 葉緑素ベースのナノマシンが肌に宿るオークは、種族的にナノマシンと親和性が高いナノマシン共生者(キャリア)の一面を持つ。

 そして、オーククイーンに至っては体内のナノマシンを己の意志でコントロール可能なナノマシン使役者(キャスター)とも言える存在である。

 普段は舞踏の賑やかし程度にしか出番のない能力だが、今この状況でなら別の使い方もできる。

 ピーカの持つナノマシンを流し込み、カーツの中からバグセルカーのナノマシンを追い出すのだ。

 

 そういう使い方ができるかどうかはピーカ自身にも判らないが、やってみない事には何事も判断がつかない。

 何と言ってもオーククイーンは氏族の至宝、完全な箱入り娘だ。

 外に出て能力を試す機会などなかったし、バグセルカーに接触しようなどという無謀なクイーンはピーカが初めてだろう。

 そして度胸という点では、ピーカは歴代のオーククイーンの中でも最大の肝っ玉の持ち主だった。

 とはいえ、流石に初めての接吻は少々緊張する。

 

「い、いくぞぉ……!」

 

 事あるごとにカーツへモーションを掛けているピーカだが、実経験の方はといえば、これがまた全くない。

 己に発破を掛けた姫は桜色の舌で唇をひと舐めすると、戦士の頬を両手で挟み顔を固定した。

 

「んっ!」

 

 そのまま、歯のぶつかるような勢いで不器用に唇を合わせる。

 頬を上気させた初めてのキスは、色気の欠片もない救命行為であった。

 

「んぅ……」

 

 カーツの頬を手のひらでさすり、戦士の強力な咬筋を慰撫して緩めさせる。

 押しつけた唇の向こうで、わずかに開いた歯の隙間にピーカは自らの舌を突っ込んだ。

 

「んっ、んふ……」

 

 眉を寄せながら舌先を操り、カーツの舌を探り当てる。

 肉厚の戦士の舌に己の細い舌を寄り添わせながら、唾液を送り込んだ。

 ナノマシンをたっぷり含んだ自らの体液が今回の切り札だ。

 朱に染まったピーカの白皙の美貌を彩る翠の輝きが、カーツの舌を経て、唇、頬へと浮かび上がっていく。

 効果のほどは不明だが、ナノマシンの移動は上手く行っている。

 

「んっ、んむっ、んぅっ」

 

 救命を目的としつつも、だらりとしたカーツの舌にピーカは夢中で自らの舌を絡めた。

 戦士の喉がこくりと動き、翠の紋様が波紋のように全身へ広がっていく。

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

 目を逸らす事もできずに最悪の情景を見せつけられる時間は唐突に終わりを告げた。

 視界の中心、オーク戦士の上に乗った女王の頭上に翠色の小さな炎がぽつんと灯ると、草むらを焼く野火のような勢いで四方八方へと広がっていく。

 オレンジ色の室内灯に照らされた淫靡な空間は翠に輝く炎で炙られると、消しゴムをかけた落書きのような安易さで消失した。

 後に残るは淡く輝く熾火のような翠の光のみ。

 

 幻影の女王もまた翠の炎に包まれるが、苦しむどころか炎を認識もしていない様子で背景の寝室同様にあっさりと消え失せてしまった。

 俺の記憶を元にした幻に過ぎないと判っているのに、たった今まで俺以外の男と睦み合う様を見せられていたというのに、耐えがたいほどの喪失感が押し寄せる。

 

 やがて視界は全て翠の輝きで埋め尽くされた。

 見渡す限りで揺らめく翠の炎は、どこか風が吹き抜ける草原にも似た清涼感を備えており、恐怖は感じない。

 この翠の炎が俺を侵食するバグセルカーを焼き払い、俺を救ってくれたと直感的に理解していた。

 失われていた視覚以外の感覚が徐々に戻って来ると、唇に何かが吸いつき口内にまで侵入している事に気付く。

 

 物慣れない感覚に驚き、身を捩ろうとするも、まだ我が身の制御は戻り切っていない。

 わずかな身じろぎしかできない俺の体に、ふわりと柔らかなものが絡みつく。

 拘束というには余りにも優しすぎる束縛に、俺の体から強張りが抜けた。

 視界一杯の翠の光が徐々に光量を落とし、代わりに黄金の煌めきが目に映る。

 姫様の金の瞳だ。

 星もまばらで黒々とした銀河辺境域の宇宙空間を背景に、翠の紋様を浮かび上がらせた姫様の美貌が至近距離にある。

 

 正確には密着していた、唇で。

 つい先ほどまで目の前で濡れ場を演じていた愛しの人の愛娘に唇を奪われているという状況を、ようやく把握する。

 更に言うならば、膝に向かい合う姿勢で乗られているので唇だけでなく胸も密着していた。

 レジィの包帯代わりに軽宇宙服の上半身を引きちぎった為、露わになった俺の胸板に姫様の重量感溢れるバストが押し付けられていた。

 何故か裸の姫様の生乳から伝わる柔らかさと熱は、常ならば驚きと不敬への焦燥を覚える所であろうが、バグセルカーの幻影で手痛い精神ダメージを受けていた俺には癒し以外の何物でもない。

 思わずその細い腰に腕を回し、強く抱きしめてしまう。

 

 姫様は一瞬見開いた瞳を日向の猫のように細めると、そっと唇を離した。

 ぺろりと自らの唇を舐める姫の微笑みに、先ほどの幻影の女王の面影が重なる。

 

「おかえり、カーツ。

 ちゃんと体は動く?」

 

「……大丈夫そうです。

 何をやったんです?」

 

「あたしのナノマシンを分けてあげたの、口移しで!

 ほら!」

 

 姫が剥き出しになった俺の肩口を指差す。

 オーク特有の緑肌の下で、姫のナノマシンの輝きと同じ翠の紋様が浮かび上がっていた。

 波紋のような円の連なりで構成された姫の紋様と違い、俺の肌に浮かび上がる紋は半円の連なりのようにも揺らめく焔のようにも見える不規則な代物だ。

 

「オーククイーンのナノマシンでバグセルカーを追い出したんですか。

 無茶な事を」

 

 思わず減らず口めいた言葉を発してしまったが、実際の所は罪悪感が発した言葉であった。

 無論、感謝はしているが、護るべき姫に危険を冒させてしまった事は腹を切らねばならない程の痛恨事と言っていい。

 最も、今の俺の腹はバグセルカーの弾体摘出の為に、すでにかっさばかれているのだが。

 

「無茶でも何でも、上手く行ったからいいの。

 バグセルカーなんかにカーツはあげない、あたしが唾を付けた、あたしの戦士なんだから」




この一文が出てこない!で詰まってました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天敵

SIDE:「残り火」のノッコ

 

 ピーカを包む翠の輝きがカーツへ伝播していく様子を、ノッコは無言で見つめていた。

 オーククイーンのナノマシンの効能について、ノッコは懐疑的だ。

 何と言っても前例が無い。

 だが、それは「効果が無い」ではなく「試した者がいない」という意味での前例の無さだ。 試してみたら上手く行ったなんて事もあり得る。

 故に、懐疑的ではあっても希望を抱かずには居られなかった。

 

 ピーカに膝の上に乗られ唇を奪われているカーツの腕が、ぴくりと動く。

 ノッコの瞳に緊張が走った。

 遂にバグセルカーの侵食が完了し、肉の傀儡にされてしまったのか。

 

 持ち上げられた太い腕が姫の背に回される。

 その動きは滑らかで、バグセルカー特有の軋むような不自然さはない。

 カーツの腕が情熱的とも言えるような力強さで姫の細腰を抱きしめる様に、ノッコはシートにどさりと背を預けて安堵の溜息を吐いた。

 

「やるじゃない、姫様」

 

 バグセルカーの侵食からの生還はノッコも初めて聞くケースであり、歴史的な快挙とすら言える。

 

「……見ていた奴は居ないかな」

 

 子を宿してもよいと見込んだ男の生還を確認したノッコは、喜びを噛み締めるより先に戦闘種族らしく他の問題に意識を向ける。

 

 バグセルカーの侵食を退けたピーカの能力は、余りにも貴重だ。

 オークの至宝であるオーククイーンだが、他種族からすると物凄い美女ではあるものの、単にそれだけの存在でしかない。

 そこに美醜とは全く別の希少性が生じてしまった。

 

 バグセルカーの出現よりすでに数世紀が過ぎ、宇宙にはその対応方法が確立されている。 

 すなわち、発見次第の駆除、無理な時には周辺に連携。

 詰まるところ、それ以上の被害拡大を防ぐ対応でしかなく、すでに餌食となった犠牲者については諦めるしかなかった。

 そこに現れた侵食からの救出成功事例だ。

 バグセルカーに縁者を奪われた者からすれば、絶望に射した一筋の光明と言っても過言ではない。

 

 また、別の魂胆を抱く者の存在も考えられる。

 これまで制御不能であったバグセルカーに対して一定の制御を行えたという事実から、バグセルカーの使い道を模索する者も現れるかも知れない。

 どちらにせよ、ピーカの示した能力は値千金、情報が知れれば彼女の身を狙う者は山ほど現れるだろう。

 

 ピーカはノッコにとって主の主、そして彼女の度胸と勝負勘の強さを戦闘種族として高く評価している。

 また、彼女の母であるマルヤー女王には、無茶な決闘を仕掛けたフィレンに再び浮き上がる目もある温情を与えてくれたと恩義を感じてもいた。

 義務に義理に友誼と、ノッコがピーカを気に掛ける理由はいくつもあった。

 そんな彼女の身の安全の為なら、目撃者の抹殺くらいにはあっさりと舵を切れる辺りまさに銀河狂犬(フービット)の面目躍如である。

 

「……大丈夫かな?」

 

 最も厄介な跋折羅者(ステラクネヒト)の老人はバグセルカーシップの迎撃に専念しており、こちらに意識を向けている気配はない。

 他の銀河放浪者(アウタード)に至っては、逃げ惑うばかりで他人を気にする余裕など欠片もなかった。

 必要ならばやるまでだが、ノッコとて進んで抹殺を行いたいわけではない。

 バグセルカーの暴虐に紛れて目撃者を闇討ちせずに済んだノッコは平たい胸を撫で下ろす。

 だが、彼女の知らない目撃者も存在した。

 カーツの内部で灼き滅ぼされた、バグセルカー自身である。

 所詮ナノマシンに過ぎないバグセルカーは、単体では複雑な判断を行えるほどの処理能力を持っていない。

 それでも、危険の存在くらいは理解できる。

 カーツの中から灼き尽くされる刹那、バグセルカーは断末魔の如き警告を放った。

 ここに自分たちの侵食を退ける存在がいると。

 

 新たなタキオンウェーブを検知したセンサーが警告を発する。

 

「まだ来るの!?」

 

 うんざりしながら現れた新手を確認したノッコは思わず息を呑む。

 その数、15隻。

 これまで5隻単位で投入されてはノッコ達や跋折羅者(ステラクネヒト)に迎撃されていたバグセルカーシップが一度に三倍の数で出現した。

 そして更に鳴り続けるタキオンウェーブの警告音。

 これまでのペースから逸脱して、バグセルカーは圧倒的な大軍を送り込もうとしている。

 

「なんで急に!」

 

 タキオンウェーブによる情報連携を受けた集積拠点のバグセルカーが、この場に存在する天敵を絶対に消し去らねばならないと判断した事など、ノッコが知る由もない。

 機械的なルーチンなど投げ捨てたような性急さに困惑するばかりだ。

 

「ノッコ! フィレン! 離脱するぞ!」

 

 通信機から精悍な声音の指示が飛ぶ。

 主の声に振り返れば、『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』は破損したキャノピーの代わりにエマージェンシーシートを被せてキャビンの与圧を確保していた。

 半透明のシートの向こうから、カーツが見上げている。

 

「もう大丈夫なの?」

 

「ああ、自分でも驚いてるけど、思いのほか調子がいい」

 

「あたしのお陰でしょ?」

 

 向かい合う姿勢でカーツの膝に乗ったままの姫が上機嫌で口を挟んだ。

 そのまま、何故か全裸の姫は剥き出しの無駄にでかい乳をカーツの胸板に押しつけつつ、猫のように喉を鳴らす。

 随分テンションが上がっている姫に、ノッコは溜息を吐いた。

 

「姫、そういうのは戻ってからにして。

 今はバタついてるし」

 

「えー」

 

「それに、そういうのの順番は、私が先」

 

「なんでさ! カーツはあたしの戦士だよ!」

 

「私、カーツのトロフィーだもの。

 手を出されるなら私の方が先なのが、オークの道理でしょう?」

 

「ノッコ、そういう話は後にしてくれ、姫様も」

 

 咳払いをしながらカーツは強引に話を打ち切った。 

 頬を膨らませる姫の肩越しに、戦士は『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』の操縦桿を握る。

 

「ノッコ、トーン08へ戻れ。

 他の連中を回収次第、ジャンプで離脱だ」

 

「了解!」

 

「俺たちはトーン09で離脱する。

 フィレン、続け!」

 

「はっ!」

 

 旋回する『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』にフィレンが操縦する『夜明け(ドーン)』が追尾していく。

 フィレンが彼の父の乗った機体を操っている事に、わずかな感慨を覚えつつノッコも『包帯虎(バンディグレ)』の機首をひるがえした。

 トーン08との回線を開く。

 

「ボンレーさん、聞いてた?」

 

「はい、兄貴が無事でホッとしました……」

 

 通信機から流れるイケオジボイスには、しみじみとした安堵の念が宿っていた。

 自分の主が舎弟から慕われている事を再確認しつつ、ノッコは言葉を続ける。

 

「戻り次第、ジャンプで逃げるよ。 バグセルカーのお代わりはまだまだ来そうだし。

 ベーコくんたちは戻ってる?」

 

「ええ、すでに着艦済みです」

 

 頷いたノッコはスロットルを吹かしてトーン08まで一気に飛翔した。

 そのままの速度でアプローチし、寸前に精密な逆噴射でぴたりとドッキングポートに合わせる妙技を披露して迅速な着艦を行う。

 

「いいよ、ボンレーさん!」

 

「カウント省略、ジャンプ起動!」

 

 トーン08は次々に転移してくるバグセルカーシップとすれ違うかのようにジャンプを実行、壊滅状態の銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)から離脱した。

 

 

 

 カーツ分隊はトーン09を入手した二隻体制となってから、常に分断の可能性を想定している。

 非常時にジャンプで逃亡する際、合流する座標をあらかじめ二隻で共有しているのだ。

 しかし、ランデブーポイントである辺境星系の小惑星帯に数日待機しても、トーン09が現れる事はなかった。




今回でサードシーズン、銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)編は終了です。
活動報告にも書きましたがフォースシーズンをお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《付録》スペースオーク設定覚書3

次のシーズンをお待ちください。


・キャラクター

・ストレイシア=フェンダー

 通称ステラ。

 大規模銀河放浪者(アウタード)一家であるフェンダー家の御令嬢ながら、偉大な祖母に対するコンプレックスで家を飛び出しステラ爆音隊(ボンバーズ)なるチームを結成した、グレたお嬢様。

 本来は長い金髪のお嬢様然としたルックスの持ち主なのだが、銀河放浪者(アウタード)をやる上のポーズとして少年のように髪を刈り上げており、荒っぽい口調を心掛けている。

 その一方で元の育ちの良さは隠し切れず、よく地金が露出している。

 荒っぽい銀河放浪者(アウタード)に憧れを抱くステラだが、本人の特性としては冒険をしない堅実なタイプの商人に向いている。

 名前の元ネタはフェンダー・ストラトキャスター

 

 

・レジィ=ギーブス

 ステラのお付きである、鉄腕の女。京言葉にも似たイントネーションの辺境訛りで喋る。

 右腕を三本指の無骨なサイバーアームに換装している。

 闇医者で違法な手術を受けた、いわゆるチンピラサイボーグの類であり、その戦闘能力はさして高くない。

 また無理な手術の後遺症で神経痛を患っており痛み止めを常用しているため、いつも眠そうにしている。

 伝説の銀河放浪者(アウタード)であるテレジアとその執事ハマヤーに憧れており、ほとんどミーハー感覚でフェンダー家に転がり込んだ。

 ステラに対する忠誠心はあんまりない。

 名前の元ネタはギブソン・レスポール。

 

 

・テレジア=「女男爵(バロネス)」=フェンダー

 伝説の銀河放浪者(アウタード)。 極道淑女、王家公認無法者(プライベティアアウタード)、百倍返しの女。

 没落したフェンダー家を一代で立て直した女傑。 老齢に達しながら凛とした佇まいを持つ貴婦人。

 その本質はネゴシエイターであり、言葉でひたすら相手を追い込んでいく戦術を得意とする。

 駆け出しの頃にトーン=テキンの先代王ゲインと(敵対的な)縁があり、危うくトロフィーにされかかった。

 本人同様に没落して路頭に迷いかけた男爵家の嫡男を拾い一女をもうけるが、孫が生まれた頃に他家との抗争で夫と娘夫婦を失っている。

 彼女の夫と娘夫婦を謀殺した一家は、本拠地のコロニーごと恒星に叩き込まれ完全に存在を抹消された。 

 二つ名である「女男爵(バロネス)」は夫より預かった神聖フォルステイン王国の男爵位を持つゆえであり、いずれこの称号は家督と共にステラに譲られる予定。

 名前の元ネタはフェンダー・テレキャスター。

 

 

・バック=「金管翁(クラリオン)」=ハマヤー

 伝説の跋折羅者(ステラクネヒト)。 フェンダー家永世筆頭郎党、死神トランペッター、フェンダーのアレ、マダム強火勢。

 愛機『永遠の愛の(マルティール・デ・)殉教者(ラムール・エテルネル)』を駆り、フェンダー家の敵対者の尽くを抹殺してきた老執事。

 肩に担いだケースには愛用の金のトランペットが入っている。

 主君テレジアにプラトニックな愛を捧げており、若き日の彼女がバカップルそのものであった夫とイチャついている際も(脳細胞を破壊されながら)微笑んで見守っていた。

 テレジアの夫が亡くなった後も一切態度は変わらず、従者として仕え続けている。

 彼にとって「夫が亡くなった後に自分に目を向けるマダムなど解釈違い」であり、実際テレジアは亡き夫に操を立て続けている為、ハマヤーの解釈は完全に現実と一致していた。

 恐ろしく死亡率の高い跋折羅者(ステラクネヒト)でありながら、老齢まで生き残っている彼は驚嘆に値するサンプルと言えるが、跋折羅者(ステラクネヒト)について詳しく調べようとする研究者やジャーナリストは、もれなくなんかもうひっでえ目に遭って死ぬので彼の平穏は護られている。

 名前の元ネタはトランペットの有名メーカー&ブランドのヤマハとヴィンセント・バック。

 

 

 

 

・銘有り機体解説

・『永遠の愛の(マルティール・デ・)殉教者(ラムール・エテルネル)

 金の外装を持つ100メートル級戦闘艇(コルベット)

 特筆すべき点は、その広い甲板に描かれた乙女の意匠。

 この機体と敵対するものは、若き日のテレジア=フェンダーの似姿を目に焼き付けながら黄泉路へ旅立つ事となる。

 突撃衝角(インパクトラム)と四連装大口径レーザーキャノンを装備し、衝角(ラム)を突き立てたゼロ距離からの砲撃を得意とする。

 実の所、戦闘艇(コルベット)として特別優れた機構などは一切なく、全ては乗り手の規格外の豪運による戦果である。

 

 

 

 

・用語

宇宙炭鉱夫(スターマイン)

 採掘宇宙機を駆り、小惑星からの金属資源採掘に従事する労働者。

 危険な辺境宇宙が職場な事が多く、採掘会社は常に新人を募集しているため、何の伝手もない一般人が宇宙に飛び出す第一歩としてはメジャーなルート。

 

ガス採集業者(ハイドラー)

 ガスジャイアントからガス資源を回収する労働者。

 宇宙炭鉱夫(スターマイン)に比べると専門知識や専用の宇宙船が必要なため、格上の業種と見なされている。

 

採掘宇宙機(ディグダッグ)

 航続距離の極端に短い作業宇宙機(ワークダッグ)に採掘用レーザートーチを搭載した機体。

 ドラム缶に作業アームが付属したようなデザインをしており、非常に安価。

 多くの採掘会社は労働者にこの機体をリースして作業を行わせている。

 主砲を取っ払ったボールのような宇宙船。

 

・バグセルカー

 銀河大航海時代初頭に誕生した寄生採集型ナノマシン。 語源はBug Cell Kernelであるとも言われる。

 対応法が確立していない最初期に広く拡散した結果、一時は銀河開拓そのものが危ぶまれる程の猛威を振るった。

 銀河大航海時代の中期は人類種とバグセルカーの生存競争といった側面が強く、対バグセルカーを念頭に置いた数多くの強化人類(エンハンスドレース)や兵器が製造された。

 その多くは企画倒れ、あるいはバグセルカーに取り込まれるといった末路をたどったが、エルフ、リザードマン、マシンナリィドラゴンのように明確な戦果を上げた製品もある。

 また、ナノマシンを宿す特性から抵抗力の強いオークも有用な戦力として数多く製造され、一部は野生化した。

 現在は人類の主要な生存域である中央宙域(セントラルセクター)からは駆逐されているため、都会人はバグセルカーの脅威を認識していない者が多い。

 銀河辺境域では現役で警戒される存在であり、人類の探索が及んでいない深宇宙に巨大なバグセルカーの集積基地があるという噂は根強く広まっている。

 

 

 

・宇宙トンチキ列伝

銀河棍棒(PSYリウム)打ち滅ぼす赤石(ブラスティングガーネット)

 聖王(サン)ゲインが手にしていたという銀河棍棒(PSYリウム)

 先端から放たれる赤い輝きは万物を叩き切ったという。

 また、使用の際には聖王(サン)ゲインの全身が淡く光を帯びたという証言もある。

 聖王(サン)ゲインの死去と共に使用者不在となり歴史に埋もれたが、現在はマルヤー女王の管理下にあると思われる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《余話》トーン=テキンの内乱

今回の話は本編とは特に関係が有りません。


SIDE:オークキング・ゲイン

 

「ぬぅおりゃぁぁぁっ!!」

 

 雄叫びと共に振り抜いた一撃が、オーク戦士の頭蓋を粉砕する。

 手にした星間合金アダマントイリジウム製のロッド、銀河棍棒(PSYリウム)を旋回させ残心の如く備えるが、流石に頭を爆ぜ割られてはオークと言えども命は無い。

 打ち倒した戦友の体が力無く崩れ落ちる様を見下ろし、ゲインは僅かに瞑目した。

 

「流石に、きっついぜぇ……」

 

 大きく息を吐いて呼吸を整えながら、背にした玉座の前にどっかと腰を落として胡坐をかく。

 氏族船「ロイヤル・ザ・トーン=テキン」の最奥、生産プラントであり玉座の間でもある広い部屋には常ならぬ血臭が立ち込めていた。

 憂鬱に目を伏せたゲインの周囲には夥しい数のオークの骸が積み重ねられている。

 全て、ゲインが屠った同胞の亡骸であった。

 

 トーン=テキン氏族は、内乱の真っただ中にある。

 保守派と改革派、相容れぬ思想を持つ者同士が意見を戦わせ、ぶつかりあい、そしてついには殺し合いにまで至った。

 どちらの派閥も究極的に求める事は氏族のより良い未来でありながら、譲れぬ点があるゆえに発生する、必然の悲劇だ。

 

「それでも、膿は出さにゃあなんねえ」

 

 逞しい上半身に防具の如く巻き付けた鎖と、止血や捕縛、防塵など様々な用途に使用できるスターコットン製の赤いマフラーという荒々しい戦装束で呟くゲインは、今代のオークキング。

 そして、氏族を導く身でありながら、改革派であった。

 彼の率いる一派の改革案を呑めぬ保守派によるクーデターが、今まさに実行されている。

 だが、それはゲインの盟友の一人、知恵者で知られる「僧形」のエゴマーが密かに行った扇動によるものだ。

 エゴマーに焚きつけられた保守派の若い衆の暴発から始まったクーデターは、勢い任せの偶発的な代物に過ぎない。

 熱血と衝動に突き動かされたクーデター派の戦線は、簡単に誘導されていた。 

 

 ゲインは囮にしてデストラップ役を担っている。

 オークキングたるゲインと彼が護る玉座は、改革側の持つトーン=テキンの看板とも、錦の旗とも言える「権威」の塊。

 保守側としては正当性のために何としても手に入れたい存在だ。

 それゆえに動力室や制御室に比べれば戦力的には意味の無いこの部屋に、クーデター派は戦力を割かざるを得ない。

 盟友であるアグウルやエゴマー達が保守派の勢力下にある主要箇所を制圧するまで、ゲインはこの場で敵戦力を引き付けるのだ。

 

 滅茶苦茶な役割分担だが、オークキング・ゲインはそれを可能とする武力の持ち主である。

 玉座の間に次々となだれ込む、暗殺者と化したかつての部下や戦友達をゲインは一人迎撃し続けた。

 オークキングとは氏族最強であるがゆえの称号なりと、自らの武勇で赫赫と示している。

 だが、共に戦場を駆けた同胞を屠り続ける作業は、豪腕で知られたオークキングにとっても苦痛の極みであった。

 

「ゲインおじさん」

 

 ゲインの背後、玉座から鈴を鳴らすような、可憐な声が掛けられる。

 友を殺す心痛と激闘の疲労で凝り固まった表情筋を無理に動かして笑みの形を作ると、ゲインは立ち上がった。

 

「どうしたぁ、お姫」

 

 振り返った玉座には、彼が護ると決めた宝が居た。

 周囲で淡く翠に輝く培養槽の光を受けて照らし出される、純白の少女。

 白い軽宇宙服で包まれたその体は、どこを見回しても白く、緑色が主体のオークの中にあれば一際目立つ。

 巨漢揃いのオーク達に比べれば半分程度しかないような未熟な体躯でありながら、その胸元の膨らみは相当に発育しており、いささかアンバランスな印象を与えている。

 そして、最も目を引くのはその容貌。

 古今の様々な美女の面影から良いところ取りをしたかの如く、秀麗に整っている。

 それでいて、いまだ未完成。

 生来の美貌と、ようやく思春期の階に辿り着いた年頃特有の未熟な繊細さが絶妙に合わさり、触れれば消え失せる氷細工のような現実感に乏しいほどの美しさを体現していた。

 

 彼女の名はマルヤー。

 トーン=テキンに誕生したオークの至宝、オーククイーン。

 そして、ゲインが己の全てを譲り渡そうとしている少女であった。

 

 屈強なオークに合わせた頑丈で大振りな玉座にちょこんと腰掛けたマルヤーは、羊を思わせる金の垂れ目に涙を滲ませて、オーク戦士の亡骸を見つめている。

 

「ボクは、やだよ、こんなの」

 

 男の子のような口調の愛らしい声は小さく震えている。

 ゲインはグローブのような分厚い手のひらをマルヤーの頭に乗せると、プラチナの糸を思わせる艶やかな髪を乱暴に撫でた。

 肩口で大雑把に切りそろえただけのウルフカットがグリグリと掻き乱されるのも構わず、マルヤーはホッとしたかのように目を細める。

 

「そうだな、俺も嫌だよ」

 

 ゲインは己が叩き殺した戦友の骸を正面から見据え、静かに同意した。

 

「嫌なのに、戦うの?」

 

「ダチを殺るのは嫌も嫌だが、それでも曲げれねえ事もあるのさ」

 

 ゲインはマルヤーの頭を撫でながら、朴訥に続けた。

 元より頭が良いなどとは思っていないし弁の立つ方でもないが、掌中の珠そのものの少女の問いには応えねばならぬ。

 

「俺らと奴ら、どっちの考えが正しいかなんて、判るはずもねえ。

 そんなもんは何十年か先のどっかの誰かが『あんときゃ、あれで良かった、悪かった』なんて記録を見ながら宣うのさ。

 今の俺らにゃあ、知ったこっちゃねえ」

 

「良いか悪いかも判らないのに、戦うしかないの?」

 

「良いか悪いかなんて判らねえ、でもな、こいつが俺の信じた道だってぇのは各々判るのさ。

 俺らは信じた、奴らも信じた、その信じた道が食い違って、互いに相容れないとなりゃあ、後はしょうがねえ。

 殴り合って、殺し合ってでも、白黒付けるのさ」

 

 そう呟くように言い聞かせながら、玉座の間の入り口に目を向ける。

 

「そうだろう、ダチ公?」

 

「ああ、その通りだ、王よ」

 

 開きっぱなしの戸口に現れたのは一人のオーク戦士。

 急所を護るプロテクターを追加した軽宇宙服を纏い、手には対装甲重斧(アーマーアックス)をぶら下げている。

 斧の刃は血に塗れ、すでに何戦か交えてきた事は明白だ。

 

 彼の名はベリコン。

 かつてゲインとオークキングの座を争った程の傑出した戦士であり、保守派の筆頭であった。

 ゲインは右手の銀河棍棒(PSYリウム)を手首の返しで、くるりと回転させながらベリコンに向き直る。

 

「お前さんがこっちに来るとは、意外だぜ。

 戦術的な意味は低いって判ってんだろう?」

 

「判っていても、こちらに来ざるを得ん。

 玉座とキングの首、そしてクイーンを手にせねば我々に権威が付属せんからな。

 そして、お前ほどの大駒を討つには、こちらも大駒を出すしかない。

 嵌められたよ」

 

 のっそりと室内へ踏み込みながら、ベリコンは大雑把な作りのオークらしい顔面に苦い笑みを浮かべた。

 

「エゴマーの奴の入れ知恵だな?」

 

「もちろんさ。 奴ぁ俺の知恵袋だからな」

 

「まったく、敵に回すとエゴマーの小細工は小癪な事この上ないな!」

 

「味方にしていると、頼もしいんだけどな!」

 

「違いない!」

 

 得物を握った二人のオーク戦士は、いっそ楽しげに笑い合いながら、ゆっくりと距離を詰めていく。

 二人の間で高まっていく戦意を留めるように、高い声が割って入った。

 

「ベリコンおじさん! 待って!」

 

 玉座から立ち上がるマルヤーに、ベリコンは眩しいものを見るかのように目を細める。

 

「何かね、お嬢」

 

 その声音は、周囲に骸の転がる鉄火場とは思えない程に優しい。

 

「もう、止められないの?」

 

「そうだな、ゲインの馬鹿が折れてくれれば、あるいは」

 

「ばっきゃろう、折れるなら手前だ、こんにゃろう」

 

「ほらな、無理だよ、お嬢」

 

 困ったような顔で全然困っていないような笑い声をあげるベリコンに、マルヤーは整いすぎる程に整った眉を寄せた。

 

「おじさん達は勝手すぎる。

 どっちも、ボクの事なのに」

 

 保守派と改革派、二つの勢力による争いの焦点は、オーククイーンとして誕生した少女マルヤーの扱いについてであった。

 トーン=テキンにオーククイーンが誕生した時、氏族のすべてが歓喜し祝福した事は間違いない。

 だが、誕生したクイーンの扱いについては意見が分かれた。

 クイーンはこれまでにオークが受け継いできた血筋が収束した、オークにとって最高の母体である。

 これまでに他氏族で誕生したごく少数のオーククイーンは、それぞれ傑出した子を産んでいる。

 ゆえに氏族最高の戦士であるオークキングと番い、強力無比な子を作る事が期待された。

 だが、その伝統的ともいえる保守派オークの価値観に、改革派が異を唱える。

 

 オーククイーンがトーン=テキンに誕生したのは天祐。

 銀河単位でも稀な確率で発生したこの幸運は、天がトーン=テキンに微笑んでいるからだ。

 ならばこそ、この幸運の寵児であるクイーンに氏族のすべてを委ね、次代の指導者とせねばならない。

 

 半ば妄言とも言える発想であったが、これを言い出したのが当の指導者、オークキングであった事が状況を混沌に叩き込んだ。

 マルヤーが赤子のうちはまだ良かった。

 無謀で暴走ばかりしている王の戯言と多くの者が聞き流せていたから。

 だが、氏族のすべてからマスコットとして愛されるマルヤーが徐々に美しく成長し、未成熟な身にも拘わらずオーク達を悩ますような色香を漂わせ始めると、王の主張も真剣さが増してくる。

 さらに氏族屈指の戦士「怒声」のアグウルと、知恵者で知られた「僧形」のエゴマーという大物がゲインに賛意を示すに至って、氏族内の勢力は完全に二分された。

 

 そしてついに、その均衡を破る事態が発生する。

 マルヤーが初潮を迎えたのだ。

 真の意味でオーククイーンが誕生した今、保守派と改革派は激突する事となる。

 それはマルヤーにとって、将来が籠の鳥になるか支配者になるかという、恐ろしく極端な二者択一であった。

 

 マルヤーは大きく息を吐くと、彼女の身には大きすぎる玉座に再度腰を下ろした。

 憂いと諦念を含んだ黄金の瞳が二人のオーク戦士を等分に見据える。

 

「いいよ、もう。

 おじさん達を止めれないのは判ってた、だってオークだもの」

 

 腕っぷしに物を言わせ始めれば止まらないのがオークであると、氏族内で生まれ育ったマルヤーは重々承知していた。

 

「だから、もう恨みっこなし。

 ボクがトロフィーだ、勝った方の言うとおりにしてあげる」

 

 小さな少女の声音には、困った男達に呆れかえりつつも好きにさせる、女の包容力が宿っている。

 二人のオーク戦士は同時に唾を呑むと、顔を見合わせた。

 

「いい女に育ったものだな、お嬢」

 

「俺の教育が良かったからな!」

 

「抜かせ、それを言うなら私の指導だ」

 

 ゲインとベリコンは高らかに笑うと、同時に右腕に握った武器を叩きつけた。

 

「ぬんっ!」

 

「はぁっ!」

 

 銀河棍棒(PSYリウム)対装甲重斧(アーマーアックス)がぶつかり合い、目もくらむような火花が飛び散る。

 初撃を外した二人の戦士は、互いに舌打ちすると竜巻のような勢いで得物を振り回す。

 

「ぬあぁぁぁぁぁっ!!」

 

「おりゃあぁぁぁっ!!」

 

 猛々しい雄叫びと共に繰り出される一撃は、全て相手の一撃で相殺される。

 その技の冴え、速度、剛力は、ほぼ同等。

 だが、武器の差が徐々に勝負の天秤を傾けつつあった。

 ベリコンの方に。

 

 ベリコンの手にした対装甲重斧(アーマーアックス)は、パワードスーツどころか戦艦の装甲すら叩き割れる凶悪な代物だが、所詮は数打ちの量産品に過ぎない。

 ゲインが握る銀河棍棒(PSYリウム)とは武器としての格が大きく落ちる。

 実質的に破壊不能とすら言われるアダマントイリジウム製のこのロッドは、すでに滅びた工房惑星で僅か数本が試作され、今では模造品すら作れないという曰くつきの逸品だ。

 だが、その格を上回る利点が対装甲重斧(アーマーアックス)にはある。

 リーチだ。

 

 銀河棍棒(PSYリウム)の全長はわずか60センチ。

 脇差やショートソードの類のような頼りない長さで、屈強な巨漢であるゲインが握ると余りにも短く見える。

 一方でベリコンの対装甲重斧(アーマーアックス)の全長は2メートルにも達する。

 銀河棍棒(PSYリウム)の射程外から叩きつけられる対装甲重斧(アーマーアックス)の連打の前に、ゲインは防戦一方にならざる得ない。  

 だが、ゲインの顔には焦りの色はなく、獰猛な戦意のみがあった。

 

「はんっ! 相変わらずしみったれた()り方だな、ベリコン!」

 

「何とでも言うがいい、銀河棍棒(PSYリウム)の力を引き出す前に死んでいけ、ゲイン!」

 

「どうかな! 力なんぞ引き出さんでもぉっ!」

 

 高らかな叫びと共に、銀河棍棒(PSYリウム)対装甲重斧(アーマーアックス)の斧頭に叩きつけられる。

 同時に、びきりと明確な破砕音が生じ、ベリコンは大きく舌打ちした。

 

「えぇいっ、この馬鹿力がっ!」

 

 対装甲重斧(アーマーアックス)の斧刃は大きく欠け、斧頭全体に罅が走っている。

 短時間で銀河棍棒(PSYリウム)と数十合も打ち合わされては、複合タングステン鋼の対装甲重斧(アーマーアックス)と言えど限界を迎えてしまう。

 そもそも、銀河棍棒(PSYリウム)の打撃は重い。

 僅か60センチの長さで有りながら、その重量は60キロにも達する。

 本来、片手持ちで振り回せるような物品ではないのだ。

 その短くとも異常な重量物は破壊不能な堅牢さをも併せ持っており、こんな代物をぶつけまくられては数打ちの武器で耐えられる訳もない。

 ベリコンは仕切り直しとばかりにバックステップで距離を取る。

 

 ゲインの追撃はない。

 代わりに彼は腰を落し、差し上げた右腕で刺突のように銀河棍棒(PSYリウム)を構える。

 

「いかんっ!?」

 

 ベリコンは己の判断ミスを悟るが、最早遅い。

 

「力を引き出す前にって言ったな! ご所望通り見せてやるぜ、こいつの力を!」

 

 グリップを握る右手に沿えられた左の手のひらが、アダマントイリジウムの柄をなぞっていく。

 手のひらがすり抜けると、銀の柄は赤く燃え盛るかの如く輝き始めた。

 

「させるかぁっ!」

 

 ベリコンは砕けた対装甲重斧(アーマーアックス)を振り被り、一気に踏み込む。

 ゲインは己の頭を叩き潰そうと襲い掛かる戦友に、必殺の一撃を繰り出した。

 

「吼えろっ! 『打ち滅ぼす赤石(ブラスティングガーネット)』ぉっ!!」

 

 居合の如く振り抜かれた銀河棍棒(PSYリウム)はその軌跡に沿って赤い閃光を解き放つ。

 輝く光の刃は玉座の間を引き裂きながら、ベリコンの胴中を両断した。

 

 

 

 

 

「ああ、負けたなあ」

 

 さばさばとした声で呟くベリコンは、胸から下を切り落とされていた。

 超高熱の閃光が傷口を焼き潰した事とオークの類まれな生命力が合わさり、即死を免れている。

 だが、それはまだ死んでいないというだけに過ぎない。

 死相を浮かべて床に転がる戦友を見下ろし、ゲインは重々しく頷いた。

 

「ああ、俺の勝ちだ。

 だから好きにさせてもらうぞ」

 

「是非もなしって奴だ。

 敗者を気にする事などない、存分に好きにするといい」

 

 ベリコンは、げほりと血の泡の混ざった咳をすると、首を玉座の方へ捻じ曲げた。 

 金の瞳に涙を湛えたマルヤーが降りてきている。

 

「すまんな、お嬢。

 君には大きな責任を押し付ける事になってしまう。

 恨むならゲインではなく、この馬鹿に勝てなかった私を恨んでくれ」

 

 マルヤーはすとんと腰を落とすと、ベリコンの頭を膝に乗せた。

 血の気が失せていく戦士の頬を両手で撫でながら、その顔を覗き込む。

 

「誰も恨まないよ。

 そう望まれたのなら、女王だって、指導者だって、演じてみせるよ。

 だから安心して、ベリコンおじさん」

 

「ああ、本当にいい女に育ったなあ、お嬢」

 

 僅かに微笑み、ベリコンは動かなくなった。

 

「……あばよ、ダチ公」

 

 見下ろすゲインは小さく呟き、俯いたマルヤーの頬を伝った涙がぽたりとベリコンの顔に落ちる。

 訪れた鎮魂の静寂を、ゲインの腰にぶら下がった通信機の着信音が破った。

 ゲインは気持ちを切り替え、通信機を手に取る。

 

「おう、俺だ、どうした」

 

 呑気な応答に、スピーカーから割れんばかりの喚き声が返ってきた。

 

「どうしたじゃない! 貴様、銀河棍棒(PSYリウム)を本気で使いやがったな!」

 

 二つ名そのものの怒声は、ゲインの腹心アグウルのもの。

 普段はクールで物静かな男が激怒していた。

 

「余波で艦内設備がめちゃくちゃだ! やっとこ制圧したってのに、どうしてくれるんだ、この大馬鹿野郎!」

 

「うるっせえな! ベリコンの野郎を殺るにはアレを使うしかなかったんだよ!」

 

「む、それは……」

 

「彼ほどの手練れが相手ならば、仕方ありますまい」

 

 もう一人の腹心、エゴマーの声が通信機の向こうから混ざる。

 

「亡くなられましたか、ベリコン殿。

 敵対者とはいえ、死ねば仏。 南無……」

 

 ゲインの知らない作法でエゴマーは祈りを捧げた。

 

「まあ、ベリコンが死んだなら、他は手間取るような相手もいないな。

 後始末が大変だがな」

 

「仕方なかったって言ってんだろうが! 嫌味ったらしいな、アグウル!」

 

 通信機越しにギャンギャンと騒ぐ大人たちを見上げ、マルヤーは小さく溜息を吐いた。 

 

 

 

 

 

SIDE:マルヤー・キスカ・トーン=テキン

 

「ん……」

 

 私室の寝椅子に横たわったマルヤーは、うたた寝から目覚めて小さく伸びをした。

 

「ずいぶんと懐かしい夢を見たなあ……」

 

 夢の中の人々はもう誰もいない。

 あの場で果てたベリコンは元より、ゲインも、アグウルも、エゴマーもすでにこの世の人ではない。

 

「ボクはうまくやれてるかな、ゲインおじさん、ベリコンおじさん……」

 

 女王として氏族を預かってから、それなりの時間が経っているが未だに女王稼業は手探り状態で、荷の重さを感じている。

 それでも、投げ出す気にはならない。

 望まれ、任されたから。

 何よりも、彼女自身が氏族を愛しているから。

 

「んっ」

 

 物思いに耽りかけたマルヤーは、腹の中から響く衝撃に眉を寄せた。

 すでに臨月に近い彼女の腹の中では、赤ん坊が元気いっぱいに暴れている。

 マルヤーはマタニティドレスの上から腹を撫でながら、呟く。

 

「この子もあとちょっとで出てくる頃合いだね。

 お腹が空くなら、次の相手はカーツでもいいかなあ」 

 

 愛娘に付けた、若き戦士の事を想う。

 ゲインの勇猛さ、アグウルの冷静さ、エゴマーの思慮深さ、ベリコンの実直さ、かつての卓越した戦士たちが持っていた要素を少しずつ備えているようにも思えるカーツは、マルヤーのお気に入りだ。

 

「まあ、それもピーカが帰ってきてからだね。

 土産話が楽しみだなあ」

 

 マルヤーは柔和な垂れ目を細めて楽し気に呟く。

 氏族の指導者となる事が決定して以降のマルヤーは、外に出る暇もなく昼夜の職務に励む日々を過ごしてきた。

 それを残念とは思わないが、ピーカに自分と完全に同じ道を歩ませるつもりもない。

 愛娘が様々な事を実地で学んできた体験を聞くのが、今から楽しみで仕方ないマルヤーであった。




次のお話を纏める最中に、ちょっと昔話を書いておこうと思ってたらこんなエピソードが。
主な作業BGMは完璧で究極のゲッター。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ジャンプトラブル

フォースシーズン開幕です。


SIDE:戦士 カーツ

 

 バグセルカーシップの追撃をかわして、トーン09の格納庫に機体を滑り込ませた。

 『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』をトーン09に着艦させるのは初めてだが、格納庫には汎用性の高い固定(ロック)アームが備えられている。

 格納庫に入るサイズであれば、大抵の戦闘機を整備可能だ。

 四方から伸びるアームが『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』の機体を保持し、完全に固定した。

 

 隣のブロックではフィレンが操る『夜明け(ドーン)』も着艦シークエンスを行っている。

 回避運動を行うトーン09の船内には加速による僅かな重力が発生しており、その中でぴたりと駐機させるのは少々難易度が高い操縦だ。

 しかし、フィレンの滑らかな操作にはまったく危なげがなく、『夜明け(ドーン)』を正確に固定させていた。

 俺以外の操縦で精密に動く『夜明け(ドーン)』を見るのは中々新鮮な感覚であった。

 

「あいつも腕を上げてるな」

 

 即席キャノピー代わりのエマージェンシーシートを撥ね除けながら呟く。

 フィレンの技量は、俺との決闘の頃に比べると格段に向上していた。

 ノッコの指導にベーコ達との模擬戦三昧の日々が、彼の中に眠っていた資質を目覚めさせつつあるのだろう。

 

「そろそろ負けちゃう?」

 

 俺の胸に縋りつくような姿勢で張り付いた姫様が、からかうような口調で囁いた。

 

「なんの。

 よく頑張ったな、だがまだまだ精進が足りんって、張り倒してやるまでですよ」

 

 それが隊長であり、兄貴分である者の役目だ。

 まあ、それはそれとして。

 

「それで、なんでまだくっついてるんです、姫様」

 

 姫はシートに座した俺の膝の上に、向き合うように腰を下ろしていた。

 全裸で、その体格不相応に豊かなバストを俺の胸に押しつけながら。

 今の俺は軽宇宙服の上半身を引きちぎっており、胸板に擦りつけられるめっちゃ柔らかいものの感触がダイレクトに伝わってしまう。

 とてもまずい。

 

「嬉しいでしょ?」

 

 頬を僅かに朱に染めた姫は、俺の顔を見上げてにんまりと笑った。

 嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しいのだが、同時に非常にまずい。

 姫自身の顔と巨乳とで視界を塞がれて見えないが、姫は下着も何もないまま俺の腰の上に乗っておられる。

 そして、俺の下半身はとても余人に見せられない状態になっている。

 

 これはもう仕方ない、状況が悪い。

 生物は命の危機になると、次世代を残そうとする本能が活発になる。

 バグセルカーに侵食された俺は、まさに死の瀬戸際にあった。

 その上、バグセルカーに見せつけられた幻影は想い人の艶姿だ。

 心底腹立たしく、血潮が煮えくりかえるような幻影ではあったが、死に瀕した本能を大変に刺激されたのは間違いない。

 そして、現実に戻ってきたら密着する姫様の柔らかな裸体だ。

 大変にまずい事になっているのは判っているが、最早どうにかできるような状況ではない。

 

「ふぅん♡」

 

 頬を朱に染めた姫は捕食者染みた笑みをうかべたまま、ぐるりと小さく円を描くかのように、尻を動かした。

 胸のインパクトが強い姫の体型だが、実の所、下半身の肉付きも立派なものだ。

 ズボン状に残った軽宇宙服の下半身部分ごしに、むっちりと育った柔らかな内股が俺のオークマグナムをファニングショットさせんとばかりに攻撃してくる。

 姫は俺の首筋に頬を擦り寄せながら、吐息を漏らすように囁いた。

 

「ねえ、しようよ、カーツ」

 

 雄の芯に直撃する色香、己の魅力を十全に理解した自負、それらを以てしても拒否されるのではないかという不安、そして一気に勝負を掛けるという意気込みと興奮。

 諸々の要素を内包し、わずかな羞恥でトッピングを施された、熱く蕩ける声音が、俺の理性を猛烈に削っていく。

 

 もうゴールしていいんじゃないかな。 

 

 何を馬鹿な。

 

 俺の中に生じた弱い俺の呻きを、断固として叩き潰す。

 俺が想いと純潔を捧げるはマルヤー陛下、他に目を移す訳にはいかぬ。

 そも、姫は我が想い人の愛娘であり大事な預かりもの、俺自身が傷つけるなど罷りならん。

 何を考えておるか、この軟弱者め。

 

 あ、でも、超柔らかい。

 

「姫、お召し物です」

 

 俺の貞操の危機を救ったのは、姫が諦めたわけでも俺自身の拒否でもなく、第三者の声だった。

 畳まれた黒い軽宇宙服を手に無表情で『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』のコクピットを見上げるフィレンは、俺にとって死地に現れた騎兵隊にも等しい援軍である。

 

「……今さぁ、すっごく良い所だって、判るよね、フィレン?」

 

「さて。

 少なくとも、まだバグセルカーの危険から逃れられた訳ではないというのは判りますな」

 

 わざとらしいほどに慇懃な口調のフィレンを、姫は一瞬火を噴くような目で睨むと、鼻息も荒くコクピットから飛び降りた。

 もぎ取るような勢いで軽宇宙服を手に取った姫は、その場で袖を通し始める。

 俺は高貴な柔肌が離れた事に安堵と若干の残念さを覚えながら、大きく溜息を吐いた。

 

「くくっ」

 

 俺の様子に小さく笑いを漏らすフィレンを、照れ隠しも含めてギロリと睨む。

 

「なんだ、フィレン」

 

「これは失礼。

 姫を袖にするとは、隊長は全く贅沢な御方だと思いまして」

 

「袖にされてない!」

 

 軽宇宙服を着込みながらの姫の反論に、フィレンは慇懃に頭を下げつつも堪えきれないとばかりに含み笑いをしていた。

 こいつ、こんなに笑い上戸だったか?と訝しむ俺に、なんとか発作染みた笑いを納めたフィレンが真面目な顔を向ける。

 

「改めまして、生還お慶び申し上げます、隊長。

 正直なところ、今度ばかりはダメかと思っておりました」

 

「俺もだよ、全ては姫様のお陰さ」

 

「姫様のお力があれど、それまで持ちこたえたのは隊長の生命力が並外れていたからでしょう」

 

「なんだ? 随分持ち上げるじゃないか」

 

 少々むずかゆくなってきた俺の言葉に、フィレンはニヤリと頬を歪めた。

 慇懃さを投げ捨てた、獰猛な戦士の笑みだ。

 

「それはもう。

 倒すべき相手が類まれな戦士であると再確認したのですから。

 昂ぶりが納まりませんな」

 

 妙に迎合するような事を言うので牙が抜けてしまったかと心配したが、どうも逆らしい。

 舎弟の負けん気に、俺も嬉しくなる。

 

「いいぜ、何回でも挑んできな、その度叩きのめしてやらあ」

 

 このままシミュレーターで一丁揉んでやるかという気分になりかけたが、艦内放送でペールの声が割って入った。

 

「ジャンプ準備整いました!

 カウント省略で跳びますので、周囲の安全を確保してください!

 行きます!」

 

 そのタイミングじゃ安全確保の時間もないだろうと突っ込む間もなく、ペールはジャンプドライブを起動させる。

 俺の三半規管がジャンプ特有の微細な揺れを知覚するも、すぐに異常に気付いた。

 いつもよりも揺れの幅が大きく、妙に響く。

 ジャンプミスの可能性が脳裏をよぎった途端に、ひときわ強い衝撃がオークの強靭な三半規管すら打ちのめし、俺は意識を失った。

 




開幕と言いつつストック微妙なので更新速度は鈍足です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遭難ですか、そうなんです

SIDE:戦士 カーツ

 

「ぬぅ……」

 

 わずかな失神から回復した俺は、頭の奥にへばりつくような不快な鈍痛に思わず呻きを漏らした。

 『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』のシートから周囲を見回せば、固定されていなかった小物が浮遊しているのが見える。

 

「重力がない、加速が止まってるのか?」

 

 トーン09のように人工重力発生器の類を装備していない廉価な宇宙船では、推進によって生じる加重が船内の重力として作用する。

 乗組員からすると進行方向が上と感じられるのだ。

 そのため、多くの廉価宇宙船は、操縦室や生活区域のレイアウトを船首方向に対して直角になる形でデザインされている。

 その加速の重力がないという事は、推力をカットした慣性飛行中なのか、あるいは制御されていない単純な漂流状態なのか。

 状況を把握しようとする俺だったが無重力に広がる白銀の髪を視界に認め、思考を直ちに打ち切った。

 

「姫!」

 

 慌ててシートから飛び出し、格納庫の中で漂う姫を抱き留める。

 姫は整った眉を寄せた苦悶の表情で意識を失っている。

 その呼吸が正常な事を確かめると、思わず安堵の吐息が漏れた。

 

「戦闘機乗りの戦士階級でもキツい目眩だったからなあ……」

 

 姫同様に失神して無重力の中を漂っているフィレンを横目に見つつ、乱れた銀糸のような髪を撫でつける。

 

「んぅ……」

 

 抱えた姫が、むずかる子猫のような声を漏らしながら目を開けた。

 

「うえぇ、なんかぐるぐるするぅ……」

 

「ゆっくり深呼吸してください。

 視線は一カ所に留めると目が回るから、遠くをぼんやり見る感じにすると楽ですよ」

 

「うー……」

 

 俺に抱っこされたまま、姫は額に手を当てて頭痛を振り払おうとしている。

 

「ぐ……い、今のは一体……」

 

「フィレンも起きたか。

 この目眩の感じからして、おそらくジャンプトラブルだ」

 

「なんと……! それでは周囲の状況は」

 

「何がどうなってるかも判らん。

 二人とも目を覚ました事だし、ブリッジに行って確認しよう」

 

 まだ目眩がするぅと若干わざとらしく訴える姫を抱えたまま、フィレンを伴って操縦室(ブリッジ)へ向かう。

 照明が落ち光源は非常灯のみという船内通路の薄暗さは航行時の常だが、おそらく漂流中ゆえと思われる無重力状態にあると、幽霊船になってしまったかのような不気味さを感じてしまう。

 嫌な想像を振り払いながら、ブリッジに飛び込んだ。

 

「ペール! トーロン! 無事か!?」

 

 オペレーターシートにぐったりと身を沈めているペールと、ナビゲーターシートでコンソールに突っ伏しているトーロン。

 ブリッジ要員の二人もまた意識を失っていた。

 抱えていた姫を下ろすと、手近なペールに目を向ける。

 

 虚脱してシートに身を預けたペールの目元はいつものようにゴーグルで覆われて確認できないが、その下の褐色の素肌から血の気が引いているのは窺えた。

 苦しげに淡く開いた唇の端から一筋の涎が零れている様に、常の彼女には感じない色気を覚えて思わずドキリとしてしまう。

 

「ペール、しっかりなさい」

 

 一瞬手が止まった俺より早く、姫はペールの顔を覗き込むとその頬をぺちぺちと叩いた。

 小さく呻くばかりのペールに眉を寄せた姫は、介抱の邪魔になるゴーグルをひょいと外す。

 

「あ」

 

 そのまま止める間もなく、意識のないペールの瞼を指で開いて瞳孔の反応の確認に移っている。

 

「どうかしたの、カーツ?」

 

 ペールの軽宇宙服の喉元を緩めて手際よく介抱しながら、姫は不審そうに俺を振り返った。

 

「えー、ドワーフはですね……」

 

 俺が説明するよりも早く、白目を剝いていたペールの目玉がぐるんと回転した。

 パチパチと瞬きしながら、紅い瞳の焦点が合う。

 

「あ、起きた。

 ペール、痛い所は無い?」

 

 覗き込む姫を見上げたペールは視界を覆うゴーグルが無い事に気づき、顔を引き攣らせる。

 

「ひゃ、ひゃうぅっ!?」

 

 甲高い悲鳴を上げたペールは、オペレーターシートのバックレストに顔を埋めてしまった。

 

「ペール? どこか痛いの?」

 

 丸くなって顔を隠そうとするペールの頭を撫でながら、心配げに訊ねる姫様。

 

「あー、姫様、ドワーフは瞳を見られるのを恥じる文化があるんです。

 裸見られたみたいな感じで」

 

「え、そうなの!? お詫びにあたしも脱ぐ?」

 

「結構ですぅぅ……」

 

 姫様にゴーグルを返してもらったペールがなんとか混乱を収めた頃には、トーロンもフィレンに活を入れられ意識を取り戻していた。

 

「あいたたた……」

 

「これで全員か、ジョゼは?」

 

「ジョゼさんはトーン08へ出かけてました。

 おやつを差し入れするって」

 

「そうか、あっちに乗ってるならいいんだが……」

 

 ジョゼに関しては、トーン08に乗り込んでいる事を祈るしかない。

 彼女の事も気になるが、まずは俺たち自身の心配が先だ。

 

「とりあえず、現状把握だ。

 攻撃されている気配もないしバグセルカーは振り切ったと思うが、あんなに衝撃が残るジャンプはおかしい。

 周辺と船内状況、それとジャンプのログを確認してくれ」

 

 俺の指示を受けてブリッジクルー二人はそれぞれコンソールに向き直る。

 その間に俺はブリッジ正面に設置された大型メインモニターに外部の映像を表示させた。

 周囲は何もない虚空、その向こうで大ぶりな恒星が白い光を放っている。

 

「見た所、A型恒星か。

 ジャンプアウトしたのは星系の端っこ辺りかな?」

 

「……明らかに指定のランデブーポイントではありませんな、周囲に小惑星(アステロイド)の欠片もない」

 

 腕組みしながらメインモニターを見上げたフィレンが唸る。

 緊急時に打ち合わせていたランデブーポイントは小惑星帯(アステロイドベルト)を抱えたちっぽけなK型恒星で、ビカビカと派手に輝くA型恒星とはまったく違う。

 

「ジャンプミスかあ……」

 

 ジャンプの際のトラブルで別の場所に出現してしまう事故だ。

 厄介なレアケースに頭を抱えてしまう俺を他所に、フィレンはジャンプの実行者に食って掛かっていた。

 

「ジャンプの制御をしていたのはお前だったな、ペール!

 どうするつもりだ!?」

 

「ひうっ!?」

 

 額に青筋を浮かべた巨漢オーク戦士に詰め寄られたペールは引きつった声を上げて硬直する。

 

「よせ、フィレン。

 ペールを責めた所で何にもならん」

 

「しかし、隊長!」

 

「今、ログを調べてるんでしょ。 怒るならそれからにしなさい、フィレン」

 

「ぬぅ……」

 

 俺と姫様に宥められても、フィレンは納得がいかないとばかりに眉を寄せたままだ。

 苛立った視線を俺に向ける。 

 

「隊長は何故そんなに落ち着いているのですか!

 我々はどこにジャンプアウトしたかも判らない、遭難状態なんですよ!」

 

 なるほど、こいつの苛立ちの元はそこか。

 部下の不安のケアも上司の勤めだ、ここは講釈してやろう。

 

「慌てるな、こいつは遭難なんて状態じゃあないさ。

 ジャンプトラブルがあったといっても、所詮トーン09のジャンプドライブは民生品の安物だからな。

 出現位置がずれたといっても、何百光年と差が出る訳じゃない」

 

 軍用船のハイパワー品ならいざ知らず、トーン09に搭載された安物ジャンプドライブでは、一度にジャンプ可能な距離などせいぜい十光年かそこら。

 光の距離すら飛び越えるジャンプドライブと言えど、銀河の果てまでひとっ飛びという訳にはいかないのだ。

 

「トーン09のジャンプドライブの性能じゃ、どんなジャンプトラブルでも目的地から十光年も離れられない。

 そしてこの恒星系の主星のスペクトル型はA型。

 A型恒星は割と珍しい部類だからな、目的地から半径十光年のA型恒星を星図で探せば、俺達がどこに居るか判るって寸法さ」

 

「な、なるほど……」

 

 俺の説明に納得し安心したかのように眉根を緩めるフィレンの背中を、姫がぱしぱしと叩く。

 

「現在地さえ判れば、もう一回ジャンプするだけだものね。

 心配ないわよ、フィレン」

      

「姫も落ち着いてらっしゃいましたね。

 隊長のように我々の居場所が分かっていたのですか?」

 

「んー? そこはまあ、カーツが慌ててなかったから」

 

 金の猫目を細めて笑う姫。

 無条件の信頼が誇らしくも有り、あらためて気を引き締めねばとも思う。

 

「あ、あの……」

 

 オペレーターシートのコンソールから、ペールが恐る恐るといった風情で口を挟んだ。

 

「ログが出ました、ジャンプ前に入力したパラメータに間違いはありません。

 ですが、ジャンプの0.8秒前にタキオンウェーブの干渉があったようです。

 ジャンプトラブルの原因はこれではないかと」

 

「タキオンウェーブ? バグセルカーが何かしたのか?」

 

「判りません、ただ、それの影響なのか……」

 

 ペールはゴーグル越しの上目遣いで困ったように俺を見上げた。

 

「ジャンプドライブが停止しています。 現状ではリチャージも不能です」

 

「……すまん、フィレン。

 どうも俺達は遭難してしまったらしい」

 

「だから! なんでそんなに落ち着いてるんですか!」

 

 落ち着いている訳ではなく、腹を括るしかないだけであった。




 リアル事情が立て込んでおり、更新が滞っております。
 新シーズンに入ったばかりだというのに申し訳ありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

オーク式出世街道への考察

SIDE:戦士 カーツ

 

「現状を把握しよう」

 

 操縦室のメインモニターの前に立った俺は、席に着いた一同を見回した。

 

「トーロン、この星系の位置は判ったか?」

 

「ランデブーポイントから8.7光年の距離にある星系です。

 簡単な調査だけで入植が行われてない星系ですから、ニックネームもないですね」

 

 トーロンがコンソールを操作し、周辺の星図をメインモニターに表示させる。

 赤いグリッドで強調された恒星が、この星系だ。

 

「現在地が判明したのでジャンプドライブさえ万全ならランデブーポイントへのジャンプも可能なのですが……」

 

 そこでトーロンはペールに目を向ける。

 ペールはゴーグルで目元を隠していても判る景気の悪い表情で説明を引き継いだ。

 

「トーン09のジャンプドライブは完全にダウンしています。

 見た所、過熱状態なだけで機械的な破損はないのですが、自己診断を掛けれないので復旧可能かどうか判りません」

 

「おい……修理はできないのか?」

 

 顔を顰めたフィレンの言葉に、ペールは小さく肩を窄めながらボソボソと答える。

 

「ジャンプドライブは私もトーロンさんも専門じゃないんです……」

 

 優秀なメカニックだからといって、なんでもかんでも修理できるわけではない。

 トーロンの専門は戦闘機の整備であり、装甲の補修や推進機の調整といった戦闘機整備の延長にある要素以外は門外漢だ。

 ペールの方はそもそも運用する側(オペレーター)であって整備する側(メカニック)ではない。

 問題点を洗い出せただけ上等であった。

 

「冷却され次第、動くか試してくれ」

 

「やってみます」

 

 俺は神妙な顔のペールに頷くと、仕切り直しの為に大きく柏手を打った。

 

「さて、このままジャンプドライブのご機嫌が治ってくれればそれでよし。

 ダメなら誰かが救難信号をキャッチしてくれればいいんだが」

 

「救助に来た連中のジャンプドライブを頂く手筈という訳ですな」

 

「そ、それはあんまりなんじゃ……」

 

 フィレンの言葉に顔を引きつらせるペールだが、実際この手は海賊の常套手段のひとつだ。

 

「まあ、その手管は俺の好みではないし、真っ当に救助してくれるんなら謝礼のひとつも払うつもりなんだが……。

 こっちがオークと判ったら、問答無用で砲撃されかねないのがなあ」

 

「あぁー……」

 

 俺の説明にペールは心底納得がいったように、相槌と嘆息の入り混じった呻きを漏らした。

 お天道様の下を歩けない、略奪種族の悲しさである。

 自業自得と言えば、それまででもあるが。

 

「なんにせよ、生き延びない事には話にならん。

 まずはサバイバルだな」

 

 サバイバルに必要な条件はいくつかあるが、大前提になるのは安全な拠点の確保だ。

 その点に関してはトーン09は十分な合格点を与えられる。

 ジャンプドライブこそ不調に陥ってしまっているが、それ以外の船の機能に異常はなく、寝泊まりに使用する生活区域は万全だ。

 レーダーや推進機にも問題は無いため、こちらに向かってくる存在があればすぐに気づけるし、星系内なら逃げる事もできる。

 何なら二機の戦闘機で迎撃する事も可能だ。

 

 安全に休息できる拠点は問題なし、次に気を掛けねばならないのは物資である。

 宇宙での生存に必要な物資は大まかに分けて三種類。

 食料、水、そして酸素だ。

 

 生存必需品の三種に関しても、トーン09は当面問題は無い。

 元々長期の略奪行を想定し、それなりの備蓄を積み込んである。

 ざっと計算した所、無補給でも五人の乗員を銀河標準時で一月は生存させる事が可能であった。

 

「そういう訳で、すぐさま飢えたり窒息したりという心配はない。

 それでも、このままじゃジリ貧だ」

 

 俺はメインモニターに映る星図をクローズアップし、この星系の模式図を表示させた。

 白く輝くA型恒星を主星とするこの星系は、巨大ガス惑星(ガスジャイアント)巨大氷惑星(アイスジャイアント)がひとつずつ周回している。

 強烈な光と電磁波を放つ若い主星の活発な活動のお陰で、星系の生存可能領域(ハビタブルゾーン)は極端に狭く、そこにどちらの惑星も入っていなかった。

 そもそも、巨大惑星の類は強化人類でも生存できない悪環境の惑星だ。

 だが、俺はあえて居住に向かない巨大ガス惑星(ガスジャイアント)を指さした。

 

「この巨大ガス惑星(ガスジャイアント)の上層大気を掬って、そこから酸素と水素を分離する。

 これで酸素と水の確保はできるだろう」

 

 ガス採集業者(ハイドラー)の真似事である。

 

「いや隊長、理論上は可能かもしれませんが……」

 

「そんな事、実際にできるんですか?」

 

 フィレンとペールの疑わしげな言葉も無理はない。

 俺達オークの専門は殴り合いだ。

 他の専門業種の事など、ほとんどのオークにとって知る由もない話である。

 だが、俺には勝算があった。

 

「こんなもんは簡単な電気分解と化学反応の産物さ。

 採取したガスの成分を余さず使うとなりゃ本職のハイドラーじゃないと厳しかろうが、酸素と水素を抽出するくらいなら俺にもできる」

 

 読んでて良かった『初級ガス採集業者(ハイドラー)教本』!

 オークの身なので実際の試験を受けた事はないが、受験できればCランク国際免許くらいは一発合格の自信がある。

 おべんきょは得意なのだ。

 

「機材はどうするんです?」

 

「格納庫の補修材を寄せ集めてでっち上げる。

 俺の個人端末の中に参考になりそうなマニュアルが入ってるから、それを元に図面を引こう」

 

「カーツさんが博識なのは知ってましたが……。

 よくもまあ、そんな事まで」

 

 トーロンは感心と呆れが半々といった眼差しを俺に向ける。

 素直に尊敬してもいいのよ?

 こんな状況ではあるが、蓄積した知識を実地で役立てるチャンスに俺はちょっとウキウキしていた。

 

「それじゃまあ、各人やる事やって、生き延びるとしようか!」

 

 

 

 

SIDE:兵卒 フィレン

 

「あんな一面も有ったのだな」

 

 逞しい腕で鋼板を持ち上げながら、フィレンは呟いた。

 

「カーツさんですか?」

 

 鋼板を受け取ったトーロンは『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』の破損したキャノピーにあてがい、レーザートーチを近づける。 

 

「あの人は読書家なんですよ。

 色んな知識があれば、いざという時に役に立つんだそうで」

 

 赤いレーザー光が閃き、鋼板が溶接されていく。

 フィレンとトーロンは格納庫で『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』のキャノピー補修を行っていた。

 これも状況に対応するための作業の一環である。

 何かあった際の用心棒である戦闘機の片割れが破損したままなのは落ち着かないという、戦闘種族ならではの感覚が『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』の修理を優先させていた。

 

 他の乗員もそれぞれ作業に付いている。

 ペールはジャンプドライブの更なる調査に集中し、姫はおさんどんを担当。

 そして、この一党の実質的な頭領であるカーツは、ガス採集機材の図面を引くため意気揚々と自室に引っ込んでいた。

 

「ハイドラーの知識など、戦いの役に立たんだろうに」

 

「でも、お陰で僕らは窒息せずに済みそうですよ?」

 

「まあ、な」

 

 頷くフィレンの唇は尖り、言葉とは裏腹に納得しきれない顔であった。

 

 カーツ分隊に配属されてからの日々で、フィレンはカーツを強き戦士、超えるべき男として素直に認めるようになっている。

 その想いはカーツが死地より帰還して以降、更に先鋭化されていた。

 

 フィレンは目を閉じ、あの光景を回想する。

 血の泡に囲まれ死に瀕した戦士に口付ける姫。

 姫の接吻を賜った戦士は翠の炎に包まれ、生還した。

 フィレンはその一部始終を、まさに目の当たりにしたのだ。

 

 カーツの体を走った姫のナノマシンは翠に燃えさかり、戦士の肌を炎の紋様で彩る。

 戦士が流す血を経由したのか『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』まで淡くナノマシンの輝きを帯びていた。

 それはオークらしく粗野で無骨な感性を持つフィレンですら目を奪われ、瞬きもできなくなるほどに荘厳で神秘的な光景であった。

 

 あの時、自分が見たものは最も新しい神話だ。

 姫の手で死の淵から蘇った炎の戦士。

 フィレンには今のカーツがおとぎ話の英雄のように思えていた。 

 

 その神話から飛び出してきたかの如き戦士が、日曜大工のような工作に大喜びで取り組んでいるのは、何とも言い難いギャップがあった。

 偉大な戦士がそんな些事に関わるのは余りにもったいなく、冒涜のようにも思えるのだ。

 しかし、彼以外にこれほど幅広い知識を持つ者もいない。

 

「似合いはしないぞ、まったく」

 

 呟く声音は僅かに拗ねるような響きを含んでいる。

 戦士の中の戦士には、ドンと構えて居て欲しいのだ。

 いわば「解釈違い」で生じた苛立ちであったが、フィレンはそこまで自覚していない。

 フィレンの不満に気付いた様子も無く、トーロンは軽い口調で応じる。

 

「でもまあ、色んな知識を持ったリーダーがいるのは頼もしいですよ」

 

 溶接作業を行う手元から目を離さず、オークテックは気楽な調子で持論を述べた。

 

「戦士階級の人は何事も猪突猛進の力業で解決する傾向がありますからね。

 前線の一部隊のリーダーならそれでいいんでしょうけど、僕らは姫様をお守りする部隊ですから。

 ただ強いだけの戦士じゃなくて、色んな事を知ってる人じゃないと勤まりませんよ」

 

「そんなものか……?」

 

 典型的なオーク戦士の価値観を持つフィレンとしては、トーロンの言葉に同意しがたい。

 戦士たる者、余計な知識を覚える時間があるなら、戦技を磨く為に使えばいいと思ってしまうのだ。

 だが、カーツとの決闘で敗れてからの経験は、己の持たない意見にも耳を傾けさせる度量をフィレンの中に培っていた。

 

「ああいう人が出世するんじゃないかなーって、僕は思いますよ」

 

「出世……出世か!」

 

 何の気無しのトーロンの軽い言葉が、フィレンの脳に電流を走らせる。

 オーク戦士にとって出世の頂点は、オークキングの座だ。

 強く強く、誰よりも強い氏族最強の戦士が王位を得る。

 だが、それは組織のトップとして必ずしも正しい事とは言えない。

 腕っ節だけの馬鹿者が氏族を率い、大きな損害を出した例など枚挙に暇が無い。

 それでも強者が王となるのは、強さに偏重したオークの文化性ゆえの事だ。

 

 翻って、カーツが一介の戦士の身には不要な知識すら修めているのは何のためか。

 それはきっと、多くの舎弟を、部下を、民を率いるため。

 広範な知識を以て、氏族に安寧をもたらすためだ。

 あの戦士は、王になろうとしているに違いない。

 

 買い被りである。

 

 カーツはそこまで深い事を考えてはいない。

 彼が知識を求めたのは、そこに生き延びる道を見出したからに過ぎない。

 完全にフィレンの誤解であったが、カーツが女王を我が物にするため王位を心秘かに目指しているという点では一致している辺り、質が悪かった。

 

 一度走り出したフィレンの思考は、パズルゲームの大連鎖の如く止まらない。

 カーツが姫に懐かれているのに、手を出さないのは何故か。

 王位を狙うなら、次代のオーククイーンを手中に収めるのはアドバンテージになるはずなのに。

 なんの、そんなものは素人の考え方だ。

 戦士の中の戦士、オークキングを目指す漢ともなれば、そんな小さなアドバンテージなど気にするはずがない。

 アドバンテージなど霞むような大戦功を挙げればよいのだ。

 大氏族たるトーン=テキンには、名の通った戦士は数多い。

 姫の初陣を支えたという看板をひっさげたカーツは培養豚(マスブロ)の産まれながら、それらの戦士に匹敵する立場だ。

 氏族船(クランシップ)に戻り次第、カーツは同格となった他の戦士達を叩きのめしていくに決まっている。

 そして数多の戦士を打ち倒した上で、玉座にて姫と契るのだ。

 誰にも文句を言わせない、完全無欠のオークキングとして。

 

「おぉぅ……」

 

 フィレンは(妄想の中の)カーツの英雄っぷりに痺れ、感嘆の呻きを漏らした。

 余りにも痛快、余りにも豪傑、まさにオークの本懐ここに有り。

 

「隊長……あなたは……あなたという人は……!」

 

 心が浮き立つのを感じる。

 血が煮え滾って仕方ない。

 卑近な例で例えるならば、のめり込んでヒーロー番組を視聴した直後の小学生男児のようなものであった。

 もう暴れ出したくて堪らない、ワクワクがフルスロットルだ。

 

「フッ! フハッ! フハハハハッ!!」

 

「フィ、フィレンさん?」

 

 突如、大笑しはじめたフィレンにトーロンはぎょっとした目を向ける。

 若き戦士はオークテックの視線になど関わっている余裕はない。

 このままでは興奮の赴くまま、カーツの私室に飛び込んで模擬戦を挑んでしまいかねない。

 今はそんな事をしている場合ではないと流石にフィレンも弁えている。

 だが、己の隊長が、目標たる男が目指す(とフィレンが思い込んでいる)高みを思えば落ち着いてなどいられない。

 その衝動が、哄笑として口から飛び出していた。

 

「流石だ、隊長! ハハハッ!」

 

 王を目指す強大にして不遜な戦士、誰よりも挑み甲斐のある目標だ。

 偉大な戦士に敬意を払う事と、その戦士に戦いを挑む事は、オーク戦士の中では問題なく両立していた。

 

「なに笑ってるの、フィレン?」

 

「あ、姫様!」

 

 保温ボックスを小脇に抱えた姫が、格納庫の入り口から不審そうに覗き込んでいる。

 

「隊長は大した男だと、あらためて実感していただけですよ」

 

「ふぅん……?」

 

 小さく小首を傾げながらも、それ以上問う気もないのか姫は格納庫に入ると持参した保温ボックスの蓋を開けた。

 

「ご飯持ってきたよ、二人とも」

 

 ボックスの中から温められたレトルトパックを取り出して手渡す。

 

「やった! 姫様のご飯!」

 

「レンジであっためただけのレトルトよ、手料理って訳でもないのに」

 

「でも、ありがたいです!」

 

 ホクホク顔のトーロンに続いて、フィレンもレトルトパックを受け取る。

 

「ありがとうございます……トマトリゾットですか」

 

 飲み口の付いたレトルトパック式の宇宙食は粥やポタージュなど重めの流動食のようなメニューが多い。

 温かく、無重力でも摂取しやすく、満足感もあるのがメリットだ。

 

 早速頂こうとキャップを捻じったタイミングで、船内放送からペールの慌ただしい声が流れ出した。

 

「ジャンプアウトしてきた船があります! カーツさん、ブリッジに来てください!」

 

 格納庫に設置されたスピーカーを見上げ、フィレンは眉を寄せた。

 

「救助船か? それにしては早いが……」 

 

「救助してくれるにせよ、襲ってジャンプドライブを奪うにせよ、脱出のチャンスだよ!

 あたし達もブリッジに行こう!」

 

「了解!」

 

 率先して格納庫から飛び出していく姫に続くトーロン。

 フィレンも後に続こうとして、封を切ってしまったレトルトパックのやり場に困った。

 

「えぇい、無作法だが……」

 

 飲み口をくわえ、熱いリゾットを呑み込みながら二人の後を追う。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宇宙の丸木舟

SIDE:戦士 カーツ

 

 トーン09の運用想定人数は本来10人ほど。

 乗員の人数がそれに足りていないこともあり、クルー全員に個室が与えられている。

 一番上等な船長室は姫に譲り、俺は皆と同じ一般船室のひとつを自室としていた。

 自室といっても輸送船の個室など、ちゃちな代物に過ぎない。

 21世紀の感覚でいうなら畳3畳ほどの小部屋で、作り付けのクローゼットと作業デスク、ベッド代わりの無重力寝袋が壁からぶら下がるように固定されているだけ。

 基本的に無重力状態での生活を想定しているため狭いながらも空間効率は良好だが、詰め込まれているような感覚は否めない。

 それでもパーソナルスペースが各人にあるのは、なかなか贅沢な話だ。

 氏族船の生活なら、兵卒階級やオークテックは大部屋で雑魚寝が相場なのだから。

 俺は作業デスクの狭っ苦しいワークチェアに尻を押し込み、個人端末を立ち上げる。

 

「さぁて、どう設計したものかなあ」

 

 大昔のノートパソコンのような端末を前に、俺は浮かれた笑みを隠せない。

 生き延びるために貪欲に知識を積み上げてきた俺だが、その効果を発揮できるのはひたすら殺し合い壊し合いが続く戦場だけだった。

 目的は同じく生き延びるためながら、創造的な方向で知識を活かせるのは目新しくて、とても楽しい。

 端末に蓄えた電子書籍から参考資料を引っ張り出し、あれこれと頭を巡らせる。

 

「ガスによる腐食が心配だから、吸引部はできるだけ頑丈な素材で作らないとな。

 装甲用の複合タングステン鋼が良さそうだけど、上手く加工できるかなあ。

 まあ、ここの工作はトーロンに頼むとしよう。

 後はコンプレッサーを……」

 

 製図ソフトを弄りながらの楽しい時間は、突然の船内放送で遮られた。

 

「ジャンプアウトしてきた船があります! カーツさん、ブリッジに来てください!」

 

「えぇい、調子よくなってきた所だってぇのに!

 ……いや、船が来てくれたのは、いい事なんだ」

 

 折角の作業を邪魔された苛立ちを抑えつけながら、無重力の中で椅子から浮かび上がらないように固定する留め具(カラビナ)を外し、席を立つ。

 

「話が通じる相手だといいんだがな」

 

 自室を飛び出し、操縦室へ向かう途中でフィレンとトーロンを引き連れた姫様と鉢合わせた。

 

「カーツ! 獲物が来たね!」

 

 金の猫目をギラギラと光らせて愛らしい顔に肉食獣めいた笑みを浮かべる姫様を、苦笑しながら諫める。

 

「初手から殴るのは無しですよ、まずは交渉です」

 

「えー」

 

「こっちはオークなのだから、どの道殴り合いになるのでは?」

 

 姫様同様にフィレンも血の気が多い。

 二人して不満顔をしている。

 

「俺たちが最初から顔を出してればな。

 なので、通信は姫様とペールにやってもらいます。

 そこで相手がこっちを女子供と見て侮るような輩なら、俺とフィレンの出番です」

 

「腕が鳴りますな!」

 

 対応方針を大雑把に固めながら操縦室に到着。

 

「皆さん、こちらをご覧ください」

 

 俺たちが到着するなり、ペールはメインモニターに表示したレーダーグリッドを指差しながら報告を開始した。

 

「不明船がジャンプアウトしてきた位置は、天頂点です。

 私たちの位置はここ、トーン09の船足なら三時間ほどで接触可能です」

 

 キビキビとした報告には普段の頼りなさげな様子はなく、本領を発揮するプロフェッショナルの気配が感じられた。

 目元を隠すゴーグルも手伝って、敏腕秘書めいた雰囲気だ。

 

「相手の船種は判るか?」

 

「まだ距離があり詳細は不明ですが、熱量からして軍艦ではないと思われます。

 ただ……」

 

 言い淀んだ途端に、敏腕秘書の気配はふにゃりと消えた。

 

「通常の航路から外れた、こんな何もない星系に一般の船舶が来るとも思えません。

 そして、私たちの救難信号を捉えたにしては到着が早すぎます。

 何か、ちぐはぐな感じがしますぅ……」

 

「ふむ……」

 

 眉尻を下げながらペールが挙げた疑問点は、確かに気に掛かる。

 

「そうだ、トーン09のジャンプドライブの調子はどうだ?

 回復したかい?」

 

「す、すみません、まだ再起動できてません……」

 

「それじゃあ、あの船にアプローチするしか状況改善の手はないな。

 進路を天頂点へ。

 ペールは相手への通信を行ってくれ、話し合いで何とかなるならそれに越した事はないし」

 

「はい!」

 

 オペレーターシートのペールへの指示に続いて、ナビゲーターシートのトーロンに目を向ける。

 

「トーロン、銀河放浪者の市場(アウタード・バザール)での改修は完了でいいんだな?」

 

「内部機構の一部が接続されていないので、追加ブロック側の操縦室は機能してませんが主船体側からなら問題ありません」

 

「砲はどうだ? 使えるか?」

 

「そちらは大丈夫です。

 エネルギーバイパスも接続されてますし、万全に使えますよ!」

 

 トーロンは満面の笑みを浮かべ、親指を立てた。

 現在のトーン09は船首に追加ブロックを装備し、寸詰まりのシュモクザメといった船影になっている。

 元は護衛艦の船首部分であった追加ブロックは、頑丈な盾として取り付けられたものであるが、嬉しいおまけが仕込まれていた。

 護衛艦の副砲であったと思われる大型レーザー砲が二門搭載されていたのだ。

 ベーコ達の乗るバレルショッターの対艦砲に匹敵する威力を持つ船首両舷レーザー砲は、民間船どころか重装甲を持つ軍艦にもダメージを与える事ができる。

 今のトーン09は戦闘機二機を運用可能な軽空母かつ、ちょっとした砲撃能力を持つ簡易砲艦でもあるという、なんだか贅沢な仕様の船となっていた。

 

 方向性があやふやな器用貧乏と言ってはいけない。

 もちろん、姫様の座乗艦であるトーン09を危険に晒す気は無いが、いざという時の切り札が一枚増えたのは喜ばしい事だ。

 

「よし、もしも戦闘になったら、ぶっ放せるな。

 砲手は……」

 

「あたしあたし! あたしが撃ちたい!」

 

 両手を挙げて盛んにアピールする姫に、溜息を吐きながら頷く。

 

「……俺が指示するまで、勝手に撃ったら駄目ですよ?」

 

「うん!」

 

「それじゃ、砲手は姫で。

 俺とフィレンは戦闘機、フィレンには『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』を任せる」

 

「……よろしいのですか?」

 

「ん?」

 

 機体を割り振られて喜ぶかと思いきや、フィレンは眉を寄せていた。

 

「なんだ? やっぱり『夜明け(ドーン)』が欲しいのか?」

 

「い、いえ! そうではなく、オレが『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』に乗っても良いのでしょうか?」

 

「元はブートバスターに乗ってたんだ、お前の腕なら問題なく操れると思うが……」

 

 俺の言葉にフィレンは評価されて嬉しいような、でも何か言いたい事があるような、なんとも難しい顔をしている。

 

「どうした?」

 

 彼の懸念を問い質すより早く、状況が動いた。

 

「不明船、艦載機を発進させました!

 数は……え、15? 嘘、一隻にこんなに載せてるの!?」

 

 ペールの悲鳴混じりの報告に、俺は獰猛に頬を歪めた。

 

「数を見せびらかして、威圧しようって魂胆か。

 随分と向こうっ気が強いじゃねえか、あちらさん。

 こっちも出るぞ、フィレン! 舐められたまんまじゃ話にもなりゃしねえ!」

 

「了解っ!」

 

 

 

SIDE:兵卒 フィレン

 

 シートに背を預け、六点式のハーネスを留めて体を縛り付ける。

 つい先程、トーロンと共に修繕したばかりのキャノピーを閉じると『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』のコクピットは密閉された。

 

「本当に、オレが乗っても良いのだろうか」

 

 閉鎖空間となったコクピットで起動シークエンスを入力しながら呟くフィレンの声音には、迷いの色が滲んでいる。

 彼の迷いは『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』への遠慮であった。

 あの時、フィレンは見た。

 

「……姫のナノマシンが隊長の血を伝って、この機体にまで伝播していた」

 

 わずかな時間なれど、仄かに翠の輝きを宿していた機体。

 戦士の血と姫の祝福を授けられた『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』は、未来の王のための玉座と言えるのではなかろうか。

 

 思い込みだ。

 

 フィレンの中に生じた浪漫ちっく回路が暴走しているだけである。

 そもそも、トーン=テキンにそのような風習はない。

 

「フィレン! 先に出るぞ!」

 

「は、はいっ!」

 

 物思いに沈みかけたフィレンを他所に、『夜明け(ドーン)』が出撃していく。

 

「えぇい、今は遠慮している場合ではないっ!」

 

 フィレンは内心の葛藤を一端棚上げすると、機体を固定するロックアームを解除した。

 

「行くぞっ!」

 

 己に発破を掛け、ペダルを踏み込む。

 二発の大推力スラスターにエネルギーを送り込む大型ジェネレーターがやかましい程の唸りをあげ、『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』は虚空へ飛び出した。

 

 先行する『夜明け(ドーン)』の四発のスラスターが発する眩い光を追いながら、斜め後ろにポジションを取る。

 開戦(オープンコンバット)となれば真っ先に切り込んでいく『夜明け(ドーン)』を、射程の長いレーザーランチャーで支援するフォーメーションだ。

 積載量に優れる代わりに鈍重な重戦闘機である『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』は、純粋なドッグファイトの性能では『夜明け(ドーン)』に敵わない。

 現在の装備の特性的にも、バレルショッターのような支援機として使うのが最適だ。

 

 自機のポジションを固めたフィレンはレーダーレンジ上で相手のフォーメーションを見て取り、小さく舌を打った。

 

「取り囲む気か」

 

 不明船より飛び出した15機の宇宙機は、投網のように広がって数で劣るこちらを包囲しようとしている。

 各機の距離は一定で、互いのカバーも容易な陣形には熟練の気配が感じられた。

 

「厄介な連中だな」

 

 ぼやきながら最も近い一機をスコープに捉え、拡大する。

 

「機影は流線型、随分と小さいな? 見た事のないタイプだ……」

 

 つるりとした曲面で砲弾を思わせる流線型のボディは茶色に塗られている。

 船尾から船首に向かって八方に小さく開いた翼にも傘にも見えるパーツのみ明度の低いグリーンで、全体的に地味な配色だ。

 そのサイズは10メートルほどで、戦闘機としてはかなりの小型機である。

 

「母船の方も見ない型だ、なんだこいつら」

 

 小型機の群れの後方に位置する不明船は、全長こそ500メートル級ながら船幅は狭くて細長く、棒きれのような頼りない印象を受ける。

 貨物船にも軍艦にも見えない、奇妙な船であった。

 

 艦載機を挟んで向き合う形になった不明船へ、トーン09から広域通信のアプローチが行われる。

 

「えー、こちらはテキン運送所属の輸送船トーン09、現在ジャンプドライブの故障で遭難中です。

 救助していただけないでしょうか……」

 

 機嫌を窺うような声音で発せられたペールの通信に、返答はない。

 

「あ、あのー……」

 

銀河共用語(ギャラクティッシュ)が通じないのかも、辺境訛り(アウターワーズ)辺りを試してみたら?」

 

 反応のない相手に当惑するペールにアドバイスする姫の声が混ざる。

 その途端、状況は激動した。

 15機の小型機が一斉に機首を翻すと『夜明け(ドーン)』に向けて発砲したのだ。

 

「隊長っ!?」

 

 着弾の爆炎を引き裂いて『夜明け(ドーン)』が傷一つ無い勇姿を現す。

 不可視の盾『斥力腕(リパルサーアーム)』の効果だ。 

 集中砲火を凌いだ『夜明け(ドーン)』はスラスターを閃かせて機動戦へと移行しながら指示を飛ばす。

 

「反撃だ、フィレン! 好きに撃て!」

 

「了解っ!」

 

 すかさず放ったレーザーランチャーの一撃は小型機の一機を貫いた。

 

「よしっ!」

 

 船首から大口径レーザーでぶち抜かれた敵機に、フィレンは小さく快哉を上げると次の獲物を狙う。

 

「小さいだけに狙いにくいが、それだけだな!」

 

 宇宙機は小型だからといって機敏な訳ではない。

 敏捷性には搭載したスラスターの数が直結しているが、小型機は方向転換用のスラスターを多数装備する余地が無いため、必然的に機敏な動作が苦手になるのだ。

 小型機のメリットは生産と運用のコストが安上がりな事ぐらいしかない。

 レーザーランチャーが放つ青い閃光が二機目の小型機のどてっ腹に黒い大穴を開ける。

 

「二つ目ぇっ!」

 

 だが、敵も撃たれっぱなしではない。

 三角形のフォーメーションを組んだ三機が、タイミングをずらして機首に仕込んだ大口径砲を放った。

 回避運動を見越した偏差砲撃は巧みなものであったが、ノッコのスパルタ教育を受けたフィレンの技量は飛躍的に向上している。

 

「なんのぉっ!」

 

 操縦桿を捻り、フットペダルを蹴りつけると『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』は砲弾の軌道の隙間へ滑り込むような挙動でピンチを切り抜けた。

 

「発砲炎が見えない、レールガン、いやポンプガンの類いか?」

 

 敵の武装の推測を行う余裕すら今のフィレンには生じている。

 呟きながらも敵機のひとつを照準器に捕捉した。

 

「三つ目だ!」

 

 左舷に搭載した二連ミサイルランチャーが火を噴く。

 僅かなタイムラグの後、三機目の獲物に吸い込まれたミサイルが爆発する。

 破片が飛び散らせて爆ぜる敵機の爆風が想定よりも小さく、フィレンは違和感を覚えた。

 

「爆発が小さい? こいつら、やはり炸薬系の武器を使っていないのか?」 

 

 武装や機体構成から、相手の素性を推測する。

 大口径とはいえ圧縮空気で弾頭を射出するポンプガンは安価な武装であり、それをやはり安価な小型機に搭載している点からすると、民間の自衛用機のようにも思える。

 だが、それにしては連携の練度が高いのが気に掛かる。

 

「フィレン! 気をつけろ!」

 

 『騒ぐ亡霊(ノイジィファンタズム)』に迫る二機の敵機を、『夜明け(ドーン)』の電磁散弾砲(ブランダーバス)がまとめて吹き飛ばす。

 散弾をぶち込まれた二機もまた、ずたずたに引き裂かれているものの、爆発しない。

 

「隊長! こいつら、妙です!」

 

「判ってる! 敵の破片を見ろ、こいつはハードセルロースだ!」

 

 カーツが口にした素材はフィレンの知識に無いものだ。

 

「何です、それ!」

 

「植物由来の繊維をめちゃくちゃ圧縮して鉄に匹敵する剛性を持たせた代物だ。

 要するに、こいつら丸木舟なんだよ!」

 

 カーツは撃ち込まれるポンプガンの砲弾を斥力腕(リパルサーアーム)で弾き飛ばしながら、唸るように続ける。

 

「こんな代物を使う連中はひとつしかねえ。

 連中、ELF(エルフ)だ!」

 

「エルフ!? なんで防人どもがこんな所に!」

 

「知るかよ!」

 

 カーツの怒鳴り声に混じって、コンソールがタキオンウェーブの警告音を放つ。

 

「えぇい、お代わりも来るのか!」

 

 細長い奇妙な船影の船、カーツの言葉が正しいのならば、エルフシップが前方の天頂点にジャンプアウトしてくる。

 

「防人どもめ、貴様らの仕事はバグセルカーの相手だろうが!」

 

 フィレンは怒声を上げながら、レーザーランチャーを新たなエルフシップへ向けた。




エルフ戦闘機のイメージはどんぐり


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

永遠に輝ける要塞

SIDE:戦士 カーツ

 

「こいつら、どういうつもりだ」

 

 二隻に増えた棒切れのような船影のエルフシップを睨みつつも、困惑を抑えられない。

 

 こちらがオークと知って攻撃してくるのならば理解はできる。

 だが、それを警戒してペールと姫に通信を任せていたのだ。

 連中がトーン09はオークの船だと、あらかじめ感づいていた可能性は低い。

 

 その一方で単純な略奪狙いにしては、最初の様子見のような布陣が解せない。

 そもそも、略奪狙いでこんな辺鄙な星系にジャンプしてくる訳がない。

 入植者も居ない星系に飛んでくるほど、海賊だって暇では無いはずだ。

 

 そうすると、あちらとこちらの間で関連性が有りそうな要素から連中の行動原理を推測するしかない。

 

「……狙っているのは、俺か?」

 

 姫の御力により生還したとはいえ、一度はバグセルカーに侵された身だ。

 バグセルカーの撃滅を存在意義(レゾンデートル)とするエルフが、俺もバグセルカーと看做して攻撃してくるのは有り得るかもしれない。

 俺がターゲットだとして、どういう手段で追跡してきているのかは全く判らないが、そもそもがエルフという存在について手持ちの情報が少ないのだ。

 

「前に読んだ銀河百科事典でも、通り一遍のことしか書いてなかったしなあ」

 

 数を減らした護衛機の攻撃を躱しつつ、辞典に書いてあったエルフの記述を思い出す。

 

 エルフは銀河大航海時代の後期に誕生した、比較的新しい強化人類(エンハンスドレース)だ。

 その特徴は、対バグセルカー兵器という一言で現す事ができる。

 当時、猛威を振るったバグセルカーに完全に優位に立てる強化人類(エンハンスドレース)という大前提で設計されているのだ。

 

 生体に対してバグセルカーが行う侵食は、ナノマシンを表皮に宿す事で対抗できる。

 オークという前例から得られていたこの知見は、エルフの設計において基礎概念となったらしい。

 同種の存在で有るナノマシンに対して、バグセルカーは侵食作用を及ぼせない。

 ならば、バグセルカーに侵食されたくない部位、すなわち神経系とその中枢である脳をナノマシンで保護すれば良い。

 外皮をナノマシンで覆ったオークに対し、内部をナノマシンで護る方向で作られたのがエルフである。

 

 だが、生身ではバグセルカーが乗っ取った機械類に対抗できない。

 バグセルカーに侵食されない戦闘マシンも、エルフという種族を構成する重要な要素である。

 その観点から注目された素材が、木材を初めとする植物繊維だ。

 

 生体脳とシリコンチップに特化した侵食能力を持つバグセルカーだが、植物素材に対してはその能力を発揮できない。

 より正確には、眼中にないのだ。

 木材は宇宙空間で使うには耐久性や耐用性が不足しており、施設にせよ宇宙船にせよ使用は最初から考慮されていない素材だ。

 そのため、バグセルカーの採集対象資源に入っていない。

 言ってみれば仕様の穴のような点にエルフの設計者は着目した。

 

 通常の木材が宇宙で使えないなら、宇宙で使えるスーパー木材を作ればよい。

 ともすればヤケクソのような発想の下、植物繊維を圧縮強化した新素材ハードセルロースを開発したのだ。

 鋼鉄に匹敵する硬度を持つハードセルロースならば、宇宙船や空間施設にも十分使用できる。

 ただし、コストパフォーマンスは恐ろしく悪い。

 木材など植物繊維の入手は宇宙空間では難しいし、ハードセルロース化のための圧縮行程には溶鉱炉など比較にならない大量のエネルギーを必要とする。

 ハードセルロースを用意するには、同じ重量の鉄の数十倍にも及ぶコストが掛かってしまうのだ。

 

 このコスト問題にエルフの設計者達は、ほとんど丸投げの形で対応した。

 エルフ用戦闘兵器を作る工廠をエルフの培養槽(バースプラント)と合わせて完全自動化し、産まれたエルフ達に自給自足を課したのだ。

 20数台製造された完全自動エルフ生産施設、「要塞」(フォートレス)と称されるそれはバグセルカーの集積地と目されるエリアに投入された。

 

 銀河百科事典のエルフの項目を読んだ際、この辺りの説明に目眩がしたのを覚えている。

 余りにも雑というか、放任が過ぎる。

 おそらく、このやたらとコストの掛かるプロジェクトに予算的な掣肘が入ったのではなかろうか。

 その為、細かい部分を煮詰める余地もなく、実戦投入されてしまったのだろうと俺は推測している。

 

 彼らの「要塞」(フォートレス)はハードセルロースを生み出す源、巨大な宇宙対応植物。

 ある意味、この「要塞」(フォートレス)こそがエルフの本体と言っても過言ではない。

 バグセルカーに侵食されない戦闘マシンとその生産工場である宇宙植物製の「要塞」(フォートレス)、それらを運用するスタッフ。

 これがエルフという種族を構成するパッケージである。

 

 広い銀河にほんの20数台しか設置されなかったエルフの「要塞」(フォートレス)は対バグセルカー兵器として最高の戦果を挙げたが、それには投入から百年以上の時間が必要であった。

 無人の星系に投入されたエルフは巨大ガス惑星(ガスジャイアント)から吸い上げたガス資源と恒星の陽光を元手に、牙を研ぐ。

 与えられた設計図を元にハードセルロース製の戦闘マシンを作り、培養槽(バースプラント)から同族を生み出し、拠って立つ柱である「要塞」(フォートレス)を成長させる。

 百年単位で力を蓄えた各地のエルフはタイミングを合わせて「要塞」(フォートレス)ごとバグセルカーの集積地にジャンプを実行。

 種族の全てを投じた決戦の末、各地の主要な集積地の撃滅に成功したのだ。

 

 この結果、バグセルカーは中央星域から完全に駆逐され、諸国は数百年に渡ったバグセルカー戦役の終息を宣言する。

 立役者となったエルフには、かつての幻想文学より取られた種族名に引っかけた尊称が与えられる事となった。

 すなわち「永遠に(Eternally )輝ける(Luminous )要塞(Fortress)」、バグセルカーから銀河を護る防人の名だ。

 

 まあ、随分と格好付けた名前を与えられてはいるが、当のエルフ達は諸国から何か褒美を貰ったり支援を受けたりという訳でもない。

 それでいて今現在も銀河辺境でバグセルカーの撲滅に励み続けている辺り、何ともボランティア精神が過ぎる種族だとは思う。

 種族誕生時に与えられた存在意義(レゾンデートル)に従い続けているのだろうが。

 

 翻って考えるに、彼らの持つバグセルカー殲滅という強固すぎるアイデンティティが、俺の中の侵食の痕跡すら捉えているのだろうか。

 

「だとしたら、パラノイアってレベルじゃねえぞ!」

 

 毒づきながら二隻目のエルフシップとの距離を測る。

 天頂点(ゼニスポイント)に出現したばかりの二隻目は、先行する一隻目を追う形で加速を開始しているが、接敵(エンゲージ)までタイムラグがある。

 二隻目が戦闘領域に到達するまで、おそらく30分ほど。

 それまでに護衛機も含めて一隻目を沈黙させてしまいたい。

 通信機のトグルスイッチを弾き、回線を開く。

 

「姫! 砲撃準備はよろしいですか?」

 

「待ってましたぁ! どこに撃つの?」

 

 玩具染みたカラーリングのゲーム機用ジョイスティック型操縦桿を握った姫が、通信ウィンドウの中で鼻息を荒くしていた。

 やる気満々な姫に苦笑しつつ、モニターに映した敵船の中心にマーカーを設定する。

 船体中央、大抵の船で操縦室(ブリッジ)が配置されるポジションだ。

 流石にエルフの船は初見なので正確な所は判らないが、大きく外れている事はあるまい。

 

「雑魚は無視して敵船を叩きましょう、マーカーの位置に砲撃をお願いします」

 

「任せて!」

 

 返答と同時に、トーン09の右舷レーザー砲が青い閃光を放った。

 余程撃ちたかったのだろうか、逸る一撃はマーカーを僅かにずれて敵船の船腹に突き刺さる。

 

「偏差修正……これでどうだ!」

 

 開きっぱなしの回線から姫の気負った声が響き、左舷のレーザー砲が発射された。

 寸詰まりのシュモクザメめいたトーン09の「左目」から伸びる青い光はマーカーで指定したポイントに直撃する。

 

「こちらからも!」

 

 間髪入れずにフィレンもレーザーランチャーを叩き込んだ。

 大口径レーザーの連撃がハードセルロースの装甲板を灼くが、溶解はしない。

 

「ようし、仕上げだ!」

 

 木目を思わせる茶色の装甲に付いた黒い焦げ目を狙って電磁散弾砲(ブランダーバス)をぶっ放す。

 余り物の適当なジャンクを転用した弾頭は、対戦闘機ならともかく装甲を持つ船舶には無力な代物だ。

 本来ならば弾かれるはずの散弾が火花を散らすことなくエルフシップの装甲を抉ると、木目に沿うかのように表皮に罅が走った。

 

 これがハードセルロースの構造的な弱点だ。

 鉄に匹敵する剛性を持たされてはいるものの、結局の所は植物素材の代用品に過ぎず急激な熱の変化に弱い。

 耐燃性はあるため炙られたらすぐに火が着くという程ではないが、大出力レーザーを浴びせられるような強烈な加熱を受ければ、構造が一気に劣化してしまうのだ。

 レーザーやプラズマ系の武器の後に実弾兵器、これがハードセルロースの攻略法である。

 

 だが、この攻略法とて文献で読んだ知識。

 実際に試してみると、想定よりも効果が低い。

 

「思ったよりも装甲が割れてないな……」

 

 装甲がひび割れ、剥離した範囲はそれほど広くない。

 こちらの実弾兵装のパンチ不足が原因だ。

 長期略奪行を想定したオークの襲撃隊ではレーザー系の武装がよくチョイスされる。

 母船のジェネレーターが活きている限り充電可能なレーザー兵器は補給がおぼつかない戦場でも粘り強く戦う事ができるが、一撃の破壊力では大質量の実弾兵器に一歩譲らざるを得ない。

 

「レールガンが壊れてなけりゃなあ」

 

 宇宙騎士(テクノリッター)から分捕ったレールガンはフィレン&ノッコとの決闘で破損し、電磁散弾砲(ブランダーバス)としてリサイクルされている。

 廃物利用のお手製武器にしては高い制圧力を備え使い勝手の良い電磁散弾砲(ブランダーバス)だが、対艦戦闘で必要な貫通性能は望むべくもない。

 

「フィレンの方のミサイルも対空用の小型弾だし、これじゃ埒が開かんな」

 

 現状の俺たちの火力でも損傷は与えられている。

 だが、このままでは二隻目が到着するまでに潰しきれない。

 

「大質量の実弾兵器が有れば……いや、有るじゃないか」

 

 ふと思い至った俺は戦意に唇を吊り上げると、再度通信をオンにする。

 

「姫様! もう一度同じ場所に砲撃を!」

 

「いいの? あんまり効いてないみたいよ?」

 

「連中の装甲はレーザーで脆くなるんです、そこにデカい実弾をぶつけてやれば割れるんですが、俺らの手持ちの武器じゃちょいと足らない。

 なので、『夜明け(ドーン)』を砲弾にします」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

突入、隣のエルフ船!

 感想欄で教えていただいた木材の宇宙利用のお話ですが、そんなのやってたんだ!と驚きでした。
 現実がSFしてるのは実に楽しいですね。
 ハードセルロースに関しては、金属素材と同等の剛性を持たせる為に無理な加工をやってるので、熱の変化には弱くなっちゃった(でもバグセルカーに侵食されず頑丈)素材という事で……。


SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

「なので、『夜明け(ドーン)』を砲弾にします」

 

 戦士の発言にピーカは金の猫目を弓の形に細めた。

 

切り込み(ボーディング)を掛けるのね?」

 

「はい、二隻目が寄ってくる前に片付けるには、一番手っ取り早いので」

 

 切り込み(ボーディング)、敵船に乗員を送り込み白兵戦を仕掛ける、古式ゆかしい海賊戦法だ。

 大火力や重装甲を誇る戦艦であろうと、屈強なオーク戦士に腹の中で暴れ回られては堪らない。

 オーク略奪部隊にとって、伝統の切り札といえる一手である。

 

「隊長! お供します!」

 

 すかさず名乗りを上げるフィレンに対し、通信ウィンドウの中のカーツは首を振った。

 

「そっちには斥力腕(リパルサーアーム)がないから駄目だ。

 フィレンはトーン09のガードを頼む、エルフどもを姫に近づけさせるなよ」

 

「……了解、お気を付けて」

 

 残念そうに指示に従うフィレンに微笑が漏れる。

 カーツ分隊に配属されて以降、彼は随分変わった。

 決闘に敗れた事で己を省みたのか、ノッコ主導の厳しい訓練も黙々とこなし、与えられた任務にも生真面目に対応している。

 時折、カーツに対して皮肉っぽい口を利いている事もあるが、ピーカには頼もしい兄貴分に駄々を捏ねているように思えた。

 彼の声音にはかつてのような侮蔑や敵意の色はなく、端々に卓越した戦士に対する敬意が感じられるのだ。

 オークナイトのプライドに凝り固まっていた頃のフィレンは毛嫌いしていたものだが、今の彼ならば近侍として頼ってもいいだろう。

 

「それでは姫、砲撃をお願いします!」

 

「りょーかい! 同じ場所に行くわよ!」

 

 トーロンが後付けした主砲操作用の玩具染みた操縦桿を握りしめ、エルフシップの中枢部に狙いを定める。

 全長500メートルにも及ぶ敵船の中、どれほどの敵兵が待ち構えているのかは判らない。

 そこにたった一人の切り込み隊が殴りかかるなど、狂気の沙汰そのものだ。

 

 だが、ピーカに不安は無い。

 彼女の戦士は、この程度の窮地に臆するほどヤワではないのだ。

 エルフなど何するものぞ。

 ピーカは彼の花道を作るべく、迷い無く主砲のトリガーを引く。

 

「行ってきなさい、カーツ!」 

 

 

 

SIDE:戦士 カーツ

 

 トーン09に追加された二門の大口径レーザーが光を放った。

 エルフシップの中枢部に直撃した青い閃光は黒々とした焦げ目を刻む。

 姫が付けてくださったマーカーだ。

 

「行くぞっ!」

 

 ミッションレバーをマキシマムに叩き込むと、巨人に蹴り飛ばされたかのような急加速で『夜明け(ドーン)』は宙を駆ける。

 青い閃光が叩き付けられたポイント目掛けてまっしぐらに突き進む『夜明け(ドーン)』へ、残り少ない護衛機が大口径ポンプガンを射掛けた。

 

「貴様らに構っていられるか!」

 

 操縦桿をがっちりと固定したまま、俺はスラスターペダルを全力で踏み抜く。

 最大戦速の『夜明け(ドーン)』は回避運動すら取らずポンプガンの砲弾を置き去りに疾走、一気にエルフシップに迫る。

 

斥力腕(リパルサーアーム)!」

 

 右武装腕の前方に不可視の障壁が出現、そのまま加速を緩めずエルフシップに突っ込んだ。

 機体に激震が走るも、ほとんどの衝撃は全力で展開した斥力場に弾かれ脆弱なブートバスターを保護している。

 一方、トーン09の主砲を受けて劣化したハードセルロース装甲は、猛スピードで叩き付けられた斥力場の前に構造を維持できない。

 四方に罅が走ると、斥力場の圧力に負けて陥没していく。

 

「おりゃあっ!」

 

 気合いと共に装甲を貫通し『夜明け(ドーン)』の機体はエルフシップの内部にめり込んで停止した。

 同時に『夜明け(ドーン)』の中にエルフシップの推力による0.5Gほどの重力が発生し、明確な「下」が生じて俺の三半規管をくすぐる。

 『夜明け(ドーン)』が機首を突っ込んだ先は半球系の天井を持つ、広間めいた部屋。

 突入の衝撃で砕けた内壁があちこちに飛び散り、それを縫うかのように動き回る影がいくつも見えた。

 

「向こう側まで突き抜けちまっても良かったんだが、ここまでか。

 反対側の装甲は劣化してる訳じゃないしな」

 

 ペダルを軽く踏むも、スラスターが吹けている感覚はあるのに何かに引っかかって進まない。

 見回せば突き破った船殻の破孔から樹液が染み出し『夜明け(ドーン)』との隙間を埋めている。

 

「ゴムパッキンみたいなものか?

 木製の癖に自動保守機能まで付いてるとは恐れ入るぜ」

 

 呟きながら体をシートに括り付けるハーネスを外すと、両の拳をボキボキと鳴らす。

 

「空気漏れの心配をしなくていいってのはありがたいな。

 さあて、暴れまくりタイムだ!」

 

 キャノピーを跳ね上げ、飛び出す。

 ここは敵の腹の中、どこから攻撃されるか判ったものではない。

 まずは全力で飛び跳ね、駆け巡り、待ち構えた敵の初撃を外す。

 だが、跳躍する俺を出迎えたのは迎撃の弾丸などではなく、四方八方から湧き上がる甲高い悲鳴だった。

 

「にゃーっ!?」

 

「にゃっ、にゃーっ! にゃーっ!!」

 

「にゃーーーっ!?!?」

 

 実物を拝んだことはないが、猫を思わせる声が10や20じゃ利かない数で周囲から響いている。

 音波兵器の類を向けられているのかと一瞬疑ったが、やかましい以外は何という事もない単純な悲鳴を上げながら、ちょろちょろと小さい何かが逃げ惑っていた。

 

「こいつらがエルフ、か?」

 

 身長1メートルにも満たない小さな子供のようなサイズの推定エルフは、それぞれが俺から少しでも離れようと統制も何も無いパニックそのものの様子で走り回っていた。

 侵入者に対して反撃の姿勢も見せない無防備な姿に、俺は困惑せざるを得ない。

 

「何なんだ、一体」

 

 不可解なものはまず観察するのが俺のセオリーだ。

 知的好奇心の充足だけでなく敵を知る事は戦闘において、この上ないアドバンテージとなるのだ。

 殴りかからず、まずは見知らぬ宇宙UMAの様子を窺う事にする。

 

 大昔の幻想文学の類ではエルフといえば美形種族というのが定番であったが、俺にはエルフの外観についての知識がない。

 銀河百科事典には兵器としての来歴と大雑把な性能についてしか記載されていなかったのだ。

 

「おっ」

 

 逃げ惑うエルフの一人が飛び散った船殻の破片に躓いてすっ転んだのを幸い、一足飛びに近寄って首根っこを捕まえた。

 

「にゃーっ!?」

 

 キンキン声が耳に響く。

 

「あーもう、にゃーにゃー煩いな……」

 

 げんなりしながら持ち上げ、観察する。

 体長90センチ前後の推定エルフは、地球系人類の幼児をベースにしたような外観であった。

 頭が大きく寸詰まりなバランスで、フービットのような小型種族以上に幼形成熟の気配が強い。

 肌は色白でボサボサの長い金髪も色素が薄いが、どちらもわずかに緑がかっているのは葉緑素系ナノマシンを宿しているからだろう。

 

 その容貌は古の幻想文学で記されていたような、際だった美形というわけではない。

 体躯同様に幼い顔立ちは美人だ美形だなどというよりも可愛らしいという感じで、少なくともクイーンを除くオークとは一線を画していた。

 一見した特徴としては、やけに細い糸目が上げられる。

 すこし耳の端が尖って長いのは、幻想文学の故事に倣ったデザインなのだろうか。

 

 小さな体を包んでいるのは、染められてもいない粗末な貫頭衣。

 一見すると麻袋か何かを衣服に転用したかのような粗雑さで、愛らしいと言えなくもない外観の推定エルフがそんなものを着込んでいるのは、何とも言えない見窄らしさがあった。

 

「にゃく……にゃっく……」

 

 貫頭衣の襟首を掴まれて俺の視線に晒される推定エルフは、観念したのか細い糸目をぎゅっと瞑り、身を縮めている。

 口から零れる言葉は猫の鳴き声ではなく、何かしら意味がある単語だったようだ。

 

「にゃっく? にゃーじゃないのか。 語感からすると、否定の転化か?

 お前、銀河標準語(ギャラクティック)は判るか?」

 

「ろ、ろー、ぎゃらくてぃっく、ろー」

 

 俺の片手で吊り下げられた推定エルフがこくこくと頷きながら、ろー、ろーと繰り返す。

 

「ろーは肯定か?

 辺境で他所と交流が無い間に独自言語に発展したのか?

 厄介だな……」

 

 意思疎通に問題が出る可能性を感じ、俺は顔を顰めた。

 略奪で相手を皆殺しにして奪うのは、下の下と言わざるを得ない無様な手口である。

 相手を殺す間にこちらにも死傷者が出る可能性があるし、暴れた弾みに大事な戦利品が傷ついてしまうかも知れない。

 暴力を背景とした言葉で脅しつけ、相手にお宝を差し出させるのがクールなやり口というものだ。

 今回に関しても、エルフ側から殴りかかってきたとはいえ、こちらの最終目標はジャンプドライブの確保だ。

 相手を叩き伏せて屈服させジャンプドライブを差し出させようにも、独自言語が混ざるとなるとやり取りに不安が出てしまう。

 

「んっ、んぐっ、にゃっ……」

 

「おっと、首が絞まったか、すまん」

 

 苦しそうに顔を歪める推定エルフに、俺は襟首から手を離した。

 尻餅を着いたエルフは、喉元を右手で擦りながらケホケホと咳き込んでいる。

 床に落ちる間に翻った貫頭衣の裾の下に、小さな象さんが見えた。

 雄雌の概念はあるらしい。

 

「さて、どうしたもんかな……」

 

 正直な所、俺の戦意はすっかり冷めてしまっていた。

 完全に戦闘意欲がない上に、いまいち意思疎通に難がある相手に対してオーク流の暴力アプローチを掛けるのは、どうにも大人げなく感じてしまう。

 今更略奪行為に罪悪感を覚えたりはしないが、相手が幼すぎる見た目だと弱い者いじめをしているように思えて落ち着かない。

 

「確か、ひよこなんかは可愛い見た目で庇護欲をそそらせているって話だったな。

 こいつらもそういう手合いなのかね……」

 

 答えの出ない想像をしつつ、あらためて周囲を見回す。

 半球状の天井を持つ、半径20メートルほどの部屋で円状に机が配置されていた。

 その一部は突っ込んだ『夜明け(ドーン)』に吹き飛ばされてはいるが、残された多くの机の影にはエルフ達が逃げ込み、こちらを恐々と窺っている。

 小動物そのもののような習性に溜息を吐きつつ、机の上に置かれていた小物を手に取った。

 

「なんだこりゃ」

 

 細長い板状の物品は、持ち上げるとじゃらりと音を立てる。

 板の内部にいくつもの玉が仕込まれ、動かすとそれらが擦れて独特の音色を奏でるのだ。

 俺に刻まれた遠い記憶、21世紀の記憶がこれに近いものを弾き出す。

 

「い、いや、流石にないだろ……。

 なあ、これ、なんだ?」

 

 思い至ったものを否定したく、足元にぺたんと座り込んだままのエルフに問いかける。

 顔を上げたエルフは俺の手の中の小物に糸目を向けると、ぽつんと単語を呟いた。

 

「あばかす」

 

「あばかす……やっぱり算盤(アバカス)かよ!」

 

 見回せば、数多く設置された机の上には算盤が置かれ、物陰に隠れたエルフの中には算盤を握りしめている者もいる。

 俺は嫌な予感を覚えつつ、次いで確認した。

 

「お前ら、ここで何を計算してたんだ?」

 

「……こーろ、まぬー、じゃんぷ」

 

「やっぱりかよ!」

 

 まぬーが何かは判らないが、後は航路とジャンプ。

 

「エルフの成り立ちからして、コンピュータとか持ってないよなって思ってはいたんだ……」

 

 シリコンチップのコンピュータは偏執狂的にバグセルカー対策を行っているエルフが使用しないのは明白だ。

 だが、その代用品について銀河百科事典には記載がなかった。

 何の事はない、彼らは先祖返りしていたのだ。

 航路、機動、それらに必要な計算を全て人力で行う、この部屋は本来の意味での「計算要員の部屋(コンピュータルーム)」なのだ。

 

「コンピュータがこれって事は他の部分、ジャンプドライブなんかもまともな互換性はないんじゃないのか……?」

 

 恐ろしい想像に至ってしまう。

 ジャンプで出現した以上、この船にジャンプドライブは搭載されているはずだが、俺らの知るものとはかけ離れた代物である可能性が高い。

 人力で謎の棒をぐるぐる回してジャンプするような仕組みだったりしたら、とてもトーン09に積み込めない。

 

「どうするか……!」

 

 空気を切り裂く音を捉え、俺の思考は瞬時に戦闘用に切り替わった。

 思い切りバックステップする俺の鼻先を、鋭いスイングの棒が掠める。

 

「戦闘担当のお出ましか!」

 

 俺の頭の代わりに床に叩きつけられた長い棒を握るのは、エルフの戦士。

 周囲のチビ達の倍はある長身に、襤褸布めいた粗末な布で作られた簡素な衣服を纏っている。

 ちびエルフの服が貫頭衣なら、こちらはトゥニカと言った所か。

 特筆すべきはその体型。

 幼児そのもののちびエルフ達と違い、伸びやかな手足に見事なくびれと実ったバストを備えたグラマラスボディ。

 金の髪をなびかせたエルフの女戦士は、手にした六尺棒(クォータースタッフ)をくるりと回転させて身構えた。




エルフ17って漫画が昔あってね……(特に関係はない)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

揉め事エルフ

SIDE:戦士 カーツ

 

「ろーっ! こまーだーっ! ろーっ!」

 

 俺に向かって六尺棒(クォータースタッフ)を振るう女戦士に、周囲のちびエルフ達からの歓声が降り注ぐ。

 こまーだー、コマンダーの訛りとするなら、この女戦士が指揮官か。

 声援の内容は、GO!GO!コマンダー!と言った所か、随分ちびエルフ達に慕われているようだ。

 ならば、こいつの身を抑えれば、船の制圧は早かろう。

 俺の意図を知ってか知らずか、エルフの女戦士は風車のように六尺棒(クォータースタッフ)を旋回させた。

 

「ふっ! はぁっ!」

 

 鋭い呼気と共に、六尺棒(クォータースタッフ)の連打が俺を襲う。

 風を切って振り回される棒の先端にも、粗い生地のトゥニカの下で踊るバストにも、俺の目が奪われる事はない。

 

「なかなか見事! だが!」

 

 陛下に比べれば何ほどのものか。

 俺は豊かな実りに惑わされる事なく、六尺棒(クォータースタッフ)の連撃を両手の甲で弾いてさばく。

 技量の方は、かなり高い。

 早く、的確に急所を狙っていながらフェイントも交えた打撃を振るっている。

 巧手と言わざるを得ない腕前だ。

 

 しかし、それだけだ。

 エルフの女戦士が操る棒は早いが、軽い。

 正確な打撃を送り込むことを優先した動作は、寸止めの組み手や演舞のような「お上品さ」があり、実戦慣れの気配が感じられない。

 技そのものは冴えているが、そこに相手を打ち倒す力を籠める事に慣れていないのだ。

 おそらく、仲間内での模擬戦しか経験した事がないのだろう。

 

「見かけ倒しだな」

 

 六尺棒(クォータースタッフ)を防ぎながら、俺は戦士としての彼女に評価を下す。

 素手と六尺棒(クォータースタッフ)のリーチの差で防戦一方になっているが、相手の底は知れた。

 型稽古しかしていない未熟な戦士に負ける気はしない。

 このまま取り押さえてしまおう。

 

「はぁっ!」

 

 左脇腹を狙ったスイングを、あえてそのまま受ける。

 早くはあれど体重の乗らない打撃は、俺の強固な腹筋に碌なダメージを与えられない。

 すかさず棒の先端を脇で挟み込み、気合いと共に上体を旋回させた。

 

「そらぁっ!」

 

「ニャック!?」

 

 俺を支点として振り回される六尺棒(クォータースタッフ)を保持しきれず、跳ね飛ばされる女戦士。

 尻餅をつく女戦士に向けて、俺は奪った六尺棒(クォータースタッフ)をぴたりと構えて見せた。

 

「武芸百般ってな。

 長物の扱いは俺も得意なんだぜ」

 

 エルフの女戦士は俺を睨み付けると両手を床につき、立ち上がった。 

 身構える彼女の手の中には、左右一対の短杖が握られている。

 いつの間にと見れば、彼女が触れた床板が棒の形状に抉り取られていた。 

 

「船の中の構造物は何でも武器にできるのか?

 随分と便利だな」

 

「はぁっ!」

 

 女戦士は鋭い呼気を吐き、躍りかかってきた。

 それぞれ50センチほどの短杖が、太鼓のバチのように交互に叩きつけられる。

 

「おっと! ほいほいっとぉ!」

 

 広げた両手で握った六尺棒(クォータースタッフ)を軽く動かし、襲い来る連打を棒の中央部分で受け止めた。

 リーチの長い武器に対して懐に飛び込むのは良い戦法だが、踏み込みが甘く打撃が軽いので簡単に防げる。

 奪われた武器での反撃を警戒して、及び腰になっているのだ。

 やはり、実戦経験が足りていない。

 

「ふんっ!」

 

 足裏を使った前蹴り、いわゆるヤクザキックを女戦士の腹にぶち込んで突き飛ばす。

 

「うぐっ!?」

 

 間合いが広がり大きく体勢を崩した女戦士の鼻先に六尺棒(クォータースタッフ)を突きつけた。

 

「この辺にしとこうぜ。

 元はそっちが売ってきた喧嘩だ、それなりのもんを出すってんなら、命までは取らねえ」

 

 棒の先端を睨む女戦士に、訛っていても聞き取れるようにゆっくりとした発音の銀河標準語で語りかける。

 俺の言葉にエルフの細く整った眉が動く。

 言葉が通じたかと思った直後、女戦士は全身のバネを使うかのような跳躍で飛びかかってきた。

 

「おいっ!」

 

 糸目を見開き翠の瞳を露わにした女戦士が打ち込む短杖を、六尺棒(クォータースタッフ)を回転させて跳ね飛ばす。

 そのまま脳天に加減した打撃を入れた。

 

「うぐぅっ!?」

 

 たまらず両手で頭を押さえて蹲る女戦士。

 

「お前なぁ、言葉判ってんだろ。

 それに腕の方もだ、この上やっても勝ち目はないぞ」

 

「うぅ……」

 

 女戦士は糸目の端に涙を滲ませながら俺を見上げると、単語を無理やり継いだような調子で口を開いた。

 

「確かに、お前の方が、強い。

 私では、勝てない」

 

 女戦士の言葉に、周囲のちびエルフ達が「にゃー……」と絶望的な呻きを上げる。

 

「ようやくまともに会話できそうだな。

 話すにしても名前がわからんのはやりづらい、お前、名前は?」

 

「なまえ……個体識別。

 465、F号要塞フォーティチュード所属、ガーゼスの465」

 

「うわ、個体番号、そういう文化かー……」

 

 エルフの文化については全く情報が無い、特に個人名をどのように名付けるかなどは知らなかったが、途端にディストピア味を帯びてきやがった。

 

「お前個人が465か、フォーティチュードはお前のフォートレスの名前だな。

 ガーゼスってのはなんだ?」

 

「私の、役職。

 護る、防衛、ガーゼス」

 

 ガーディアンの訛りだろうか。

 

「護り手って事か。

 それにしちゃ、やってる事が解せねえな。

 ガーディアンがなんでまた俺たちを襲ってきた?

 こっちがオークだから先制攻撃を仕掛けたってわけじゃあるまい」

 

 俺の言葉に465はそっと目を背けた。

 

「私たちに、必要なもの、そちらに、いる」

 

「いる?」

 

 ある、ではなく、いる。

 訛りに由来する言葉の差異でないのなら、かなり嫌な流れだ。 

 

「どういう事だ? お前らは何を欲しがっている?

 一から説明しろ」

 

「……ロー、説明、する」

 

 神妙な顔の465がぼつぼつと話した内容を繋ぎ合わせると、次のような話になる。

 

 エルフ達は人類領域の端に要塞を構え、外宇宙から侵入しようとするバグセルカーを防ぎ続けている。

 そんなある日、465の所属するF号要塞フォーティチュードの警備領域でバグセルカーの発生が検知されたという。

 それ自体はさして珍しい事ではない。

 バグセルカーは常に「(コアユニット)」を散布して人類領域へ侵入しようと試みているし、対バグセルカーに特化したエルフの探知網といえど「(コアユニット)」の段階では発見は難しい。

 バグセルカーが孵化し仲間を呼び出すタキオンウェーブを発する段階になった所で、エルフの偵察船はバグセルカーを感知できるのだ。

 

 だが、今回はどうも毛色が違った。

 バグセルカーの増援が異常な速度で送り込まれているのだ。

 ガーゼス、人類領域守護の役職ゆえ駆除部隊の出撃準備をしていた465は不審を覚え、バグセルカーのタキオンウェーブ通信を分析した。

 バグセルカーに人間と意思疎通できるような会話機能などはないが、彼ら同士での指示伝達を行う圧縮通信言語を有している。

 長年バグセルカーと戦い続けてきたエルフは独自にそれを解読し、戦略に役立てているのだ。

 

 エルフの秘技とも言えるタキオン通信分析の結果は、奇怪な代物であった。

 たった一人の人物に対し敵を示すコードが付与され、そこに余りにも多重に修飾が付属している。

 危険、最大、脅威、攻撃、抹殺。

 それらの修飾コードを合わせて表現するならば、宿敵、あるいは天敵。

 バグセルカーが異常なほどに怖れ、警戒する何者かがそこにいる。

 

「その誰かさんが手に入れば、バグセルカーと有利にやり合えるって考えた訳か」

 

「ロー、そのために、偵察船の、タキオンジャマーで、目標の船の、ジャンプに干渉、した」

 

「お前らのせいか、このミスジャンプは!」

 

 ジャンプ先に意図的に干渉できるとか何気に凄い方向に発展してるらしいエルフの独自技術だが、それを向けられた方としては堪ったものではない。

 

「どうしてくれんだよ、この野郎!

 ジャンプドライブ壊しやがって!」

 

「壊して、ない、ドライブがオーバーヒート、してるだけ。

 ジャンプ後、五日くらいしたら、冷却完了、する」

 

「……五日ってのは銀河標準時でいいんだよな」

 

 六尺棒(クォータースタッフ)の先端を向けられたままの465はこくこくと頷く。

 こいつら自身のやらかしだ、どこまで話を信用できるか判らないが、ひとまずの目安はできた。

 そのうちジャンプドライブが回復するなら、遭難状態から脱出する事ができる。

 

 それよりも全く別の問題が生じてしまった。

 バグセルカーが最大の宿敵、天敵として通達するほどの何者か。

 間違いなく姫の事だ。

 バグセルカーの侵食を退ける姫の存在は、エルフとは違った意味でバグセルカーの天敵に間違いない。

 そして465はバグセルカーに対する切り札として姫を求めている。

 座り込んだままの465は恐る恐るといった上目遣いをしながら、ボソボソと口を開く。

 

「……そちらに、バグセルカーが、最大警戒する者がいると、通信でも、確認、できた。

 協力を、要請、できないだろうか」

 

「要請? お前ら初手から殴りかかってきやがって、攫ってく気だったんだろうが。

 それがボコられたからって要請だ?

 舐めてんじゃねえぞ」

 

「う……」

 

 流石に恥の概念はあるらしい。

 465は気まずそうに糸目を泳がせると俯いてしまった。

 何やら言い訳しようと465が口を開きかけた時、エルフシップが大きく揺れた。

 

「うおっ!?」

 

「モニター!」

 

 すばやく465がちびエルフ達に指示を飛ばすと、ろー!という返事と共に半球状の天井に外部の様子が映し出された。

 接近してくる二隻目のエルフシップがこちらへ大口径ポンプガンを発射している様が表示され、465は息を呑んだ。

 

「通信、開け!」

 

「ろー!」

 

 続いての指示に従い、半球状モニターの一角が通信ウィンドウとして再展開する。

 ウィンドウの中では薄い色素の金髪をオールバックに撫でつけた糸目のエルフ青年が腕組みしていた。

 

可否(ローニャック)、560!」

 

 柳眉を逆立て通信ウィンドウへ怒鳴る465。

 可否(ローニャック)はイエスかノーかを訊ねるというよりも、意図を訊ねるようなニュアンスだ。 

 560と呼ばれた青年は淡々とした調子で応じる。

 

「ニャック、465。

 私は、お前と意見を、違えている。

 ローゼスの560として、宣言、する。 お前と、お前の意見は、不要だ」

 

「ニャック! バグセルカーが、怖れる存在は、有用だ!」

 

「ニャック。 我々は、要塞と共にあり、我々と、要塞のみで、使命を、果たしてきた。

 他の、助けなど、不要だ」

 

 なるほど、何となく判った。

 バグセルカーが天敵と看做した者の力を得て有利に戦おうとする465と、あくまで伝統の戦い方に拘る560。

 改革派と保守派の争いという訳だ。

 俺個人としては560の主張は嫌いではない。

 対バグセルカー種族として生まれた存在意義(レゾンデートル)と、その純度に拘る口振りは、己の生き方に対するプライドを感じて好ましい。

 彼の船がどかどかと質量弾をこちらにぶっ放していなければ、天晴れな心意気の防人と褒め称えたい所だ。

 意見の相違で砲弾ぶち込んで来るのは流石にいただけないが。

 

 このまま座視していれば465の船ごと沈められかねない。

 脱出を意識した時、船殻を突き破って機首を突っ込んだままの『夜明け(ドーン)』のタキオンセンサーが高い警告音を発した。

 同時に、センサー担当らしいちびエルフ達が口々に報告を開始する。

 

「じゃんぷ! かむひあ!」

 

「ふぉーとれす!」

 

「ふぉーとれす、かむひあ!」

 

「な、何!?」

 

 465と通信ウィンドウの中の560が困惑の声を上げると同時に、巨大な質量がジャンプアウトしてきた。

 恒星の光を浴びてキラキラと葉を輝かせる、全長20キロの球形宇宙植物。

 F号要塞フォーティチュード。

 永遠に(Eternally )輝ける(Luminous )要塞(Fortress)だ。




リアルの残業攻勢が非常に厳しく間が空いてしまいました、申し訳ありません。
9月もだいぶ厳しそうな事が予想されており、今からゲンナリしております。

あとルビコン出張とか。
今週にはスタフィー出張も……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

白とか黒とか

お待たせしました。


SIDE:戦士 カーツ

 

 突如ジャンプアウトしてきた巨大要塞の存在は、エルフ達にとっても想定外だったらしい。

 465も通信ウィンドウの中の560も、糸目を見開いて呆然としている。

 

 そんな彼らを尻目に新たな通信ウィンドウが展開した。

 

「むっ……!」

 

 思わず瞠目し、感嘆の呻きが漏れる。

 

 ウィンドウに投影されたのは女エルフ。

 ただし、465や560とは違って褐色の肌を持ち、淡く翠がかった銀髪を太い三つ編みに編んでいた。

 いわゆるダークエルフという奴であろうか。

 彼女は465とは別の方向で、周囲のちびエルフ達とは一線を画すボディラインの持ち主であった。

 女性的なシルエットを持ちつつも戦士の精悍さを漂わせる465とは違い、その印象は嫋やかで円やか。

 ふくよかでありながら締まる所は締まった、見事なグラマラスボディだ。

 豊満と評するしかないその肢体は、樹木が暗示する豊穣の象徴の如し。

 

 だが、そのグラマーさ、少なくとも銀河じゃ二番だ。

 

 俺の胸の内に煌々と輝くあの御方の面影に比べれば、まあちょっと目を惹く程度でしかない。

 

「217! なぜ、フォートレス、動かした! 可否(ローニャック)!?」

 

「ニャック、217! フォートレス、動かす権限は、お前に、ない!」

 

 465と560が責めたてるように声を張り上げる。

 対する217と呼ばれた褐色のエルフは、艶やかな微笑みを浮かべて口を開いた。

 

「だって、権限者(コマーダー)が他に居ないもの。

 今、フォートレスに居る者で一番権限が高いのは私。

 あなた達は外に出ているものね」

 

 217の銀河共通語(ギャラクティッシュ)は、他のエルフとは違い流暢であった。

 

「だからと言って、フォートレスでジャンプ、するなど!」

 

「どれだけの、コストが、掛かると……」

 

「コストの心配はサーブスの私がする事、ガーゼスやローゼスのあなた達が考える事じゃないわ」

 

 柔らかく蠱惑的な声音とは裏腹の強い言葉で、217は二人のエルフの追求を切り捨てた。

 

「ジャンプのコストを支払う価値のあるお客様ですもの」

 

 217は糸のように細まった目をこちらへ向ける。

 

「465が無法なお招きをしてしまい申し訳ありませんわ、お客様」

 

「まともな謝罪を初めて聞いたぜ、エルフにゃ謝るって文化が無いのかと思ってた」

 

 俺の挑発的な言葉にも217は微笑みを崩さない。

 

「無骨なガーゼスや石頭のローゼスと、私たちサーブスは違います。

 まずはお詫びを、そして、実のあるお話をしたいと思います」

 

「ふぅん……」

 

 三人の成人エルフの中で一番常識的な対応を行ってきた217だが、正直なところ俺たちにはエルフに絡む義理はない。

 ジャンプドライブの不調も時間で解決するのならば、回復次第さっさと氏族船に戻りたいのだ。

 

 だが、そうもいかないらしい。

 

 モニターの中で糸目の目尻を下げてニコニコと微笑む217だったが、天井一面に外部映像を映すモニタの中ではフォートレスのあちこちから団栗めいたデザインのエルフ戦闘機が飛び出してきているのが見えた。

 数える気も起きなくなるほどの大編隊だ。

 

 これは拙い。

 流れを向こうに掴まれているのを感じ、内心舌打ちした。

 

 一機一機は雑魚としか言い様のない相手だが、雑魚の処理で手一杯になっている間にトーン09が狙われてしまう。

 手が足りない。

 真っ正面からのぶつかり合いで質より量の物量差が利いてくるのは、まさにこの一点である。

 そんな優位を見せつけつつ笑みを崩さない217は、何とも食えない女だ。

 俺は嘆息すると、通信ウィンドウの中の爆乳黒エルフに向き直った。

 

「判った、それじゃひとつ話をするとしようじゃないか」

 

 

 

 

SIDE:トーン=テキンのトロフィー ペール

 

「はわわわ……」

 

 メインモニターに映し出された直径20キロの巨大な球形宇宙植物を見上げ、ペールは驚愕と感嘆と怯えが入り交じった呻きを漏らした。

 もっと大きな人工天体をいくらでも知っているが、ジャンプ可能な代物でここまで馬鹿でかい存在は初めてお目に掛かる。

 星系間移動が可能な要塞の持つ軍事的優位を思えば、顔が引き攣ってしまうのを止められない。

 

 一方、同じくモニターを見上げていたペールの名目上の主は、ぼそりと見た目そのまんまな感想を呟いた。

 

「でっかい毬藻」

 

「そんな可愛いものじゃありませんよぅ……」

 

 姫の呑気な言葉に脱力する。

 エルフの巨大要塞は、形状だけなら球形に寄り集まった水草に似てない事もない。

 実際には内側で球形に張り巡らされたハードセルロースの枝から生い茂った、繊毛めいた葉によって、その毬藻めいた見た目を構成している。

 恒星の光を浴びてメタリックグリーンに輝く繊毛のような葉はソーラーパネルのような機能を備えており、要塞内のエネルギーを賄っていた。

 遠目に見ればキラキラと光って煌びやかな葉が、巨大要塞のジャンプに必要な膨大なエネルギーを生み出しているのだ。

 

「見た目は綺麗なのにねえ」

 

 金の猫目を輝かせて興味深そうに異形の巨大要塞を見つめる姫には、ペールと違い怯えの色はない。

 

「あの、姫様ぁ。 あれって、かなり危険な代物だと思うんですけど、大丈夫なんですかぁ……?」

 

「んー、まあ、流石にあんなのが出てきたのはびっくりだけど……」

 

 姫は艶やかな唇に人差し指を当てながら、あっけらかんと言葉を続ける。

 

「戦場に出たら、とんでもない大軍だの恐ろしい強者だのに当たってしまうのも、よくある話よ?」

 

「と、とんでもない相手に当たったなら、殺されても仕方ないって事ですかぁ!?」

 

 余りにもあっさりとした姫の物言いに、ペールは思わず高い声を上げた。

 

「仕方ないって事はないわよ。

 でも、それで死んでも文句は言えないって事。

 殺したり殺されたりは、あたし達オークの生き方に付きまとうものだから」

 

 もちろん大人しく殺される気はないけどと平静な顔で続ける姫に、ペールは絶望的な想いを抱く。

 オークとドワーフでは死生観の差が著しい。

 戦いの中で果てる事を理想的な末路のひとつとして捉えるオークと違い、ドワーフは基本的に臆病で危険を厭う種族だ。

 華々しい戦死など御免である。

 

 目元を覆うゴーグルで涙目は隠されているものの真っ青な顔でブルブルと震えるペールに姫は優しく微笑み、ふわりと抱擁した。

 背丈は大して変わらないにも関わらず圧倒的な豊満さを持つ柔らかな肢体に抱きしめられ、ペールはゴーグルの下の瞳を見開く。

 

「大丈夫、カーツが居るもの。

 そうそう拙い事にはならないわ」

 

「姫様ぁ……」

 

「まあ、カーツにも出来る事、出来ない事はあると思うけど」

 

「姫様ぁ!」

 

 なだめようとしているのか、からかっているのか、微笑みながら言ってのける姫の言葉にペールの情緒は激しく掻き回されていた。

 

「姫様、そのカーツさんがお戻りですよ」

 

 黙って控えていたトーロンは苦笑交じりの声音で報告すると、モニターの一角に映る『夜明け(ドーン)』を拡大表示した。

 エルフシップから離脱した朱のブートバスターは一直線にこちらへ向かってきている。

 

「戻ってくるって事は、何か話が纏まったのかな

 相手の要塞にも船にも動きがないし……」

 

 モニターを見上げる姫に抱きしめられながら、ペールは少しでも穏便に済むようにと願わざるを得ない。

 それが儚い願いだとしても。

 

 

 

 

SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

「エルフにモテても、全然嬉しくないんだけどなあ」

 

 トーン09に帰還したカーツがもたらした情報に、ピーカは豊かなバストを強調するように腕組みしつつ眉を寄せた。

 

「それに何? あたしの魅力にやられたって訳じゃなくて、あたしの中のナノマシンが欲しいだけって?

 随分ふざけてるわね」

 

 独断でバグセルカーに対する切り札を入手しようとした465の先走りは、カーツだけではなくピーカにも悪印象を与えていた。

 もっとも彼女の場合、襲われた事や自分の身柄が狙われた事自体はどうでもよく、相手の狙いが自分の中のナノマシンであったという点に腹を立てているのだが。

 

「有無を言わさず襲ってきておいて、負ければ要請などと。

 恥知らずの見本のような輩ですな」

 

 情報共有のため、カーツ同様に帰還しているフィレンも侮蔑したように鼻を鳴らした。

 

「で、でも、相手は要塞を持ってきてるんですよ、どうするんですかぁ……?」

 

 怯えた小動物のような挙動のペールは巨大な要塞の映るモニターとカーツの顔をきょときょとと見比べている。

 ピーカの側近筆頭戦士はペールの縋るような視線を受けて大きく肩をすくめた。

 

「要塞そのものよりも、腹に抱えた雑魚が多すぎるのが厄介だ。

 『夜明け(ドーン)』と『亡霊(ファンタズム)』が雑魚に纏わり付かれている間に、トーン09がやられるのは目に見えてる。

 なので、ここはあちらのお招きに応じる事にしよう」

 

 カーツもメインモニターを振り仰いだ。

 モニターの中心にでかでかと映し出される巨大宇宙毬藻の周囲には、無数の光点が浮かんでいる。

 要塞から発進したエルフの小型宇宙機だ。

 馬鹿らしい数の戦闘機群が要塞の前で整然と並んでいたが、その列には明確な隙間が作られていた。

 ここを通れと言わんばかりに用意された、トーン09のための花道だ。

 

「敵の腹の中で暴れ回る手ですか、隊長」

 

「最悪はな。

 だが、そこまでやらなくてもいい、こっちの目的はジャンプドライブが回復するまでの時間稼ぎだ。

 ジャンプ可能になり次第、トンズラさせてもらおう」

 

 要塞内でジャンプドライブを起動させれば、周囲の施設が抉り取られてえらい事になってしまうのは目に見えているが、エルフ相手にその辺を斟酌してやる必要は無い。

 

「幸い、こちらを招待しているのは、会話をしようという気のある奴だ。

 話をしながら時間を稼ごう」

 

「そのぅ、ジャンプドライブが時間を置けば回復するというのは、本当なんですかぁ……?」

 

「最初に襲ってきたエルフの証言だが、確度は高いと思う。

 ……ここで誤魔化しが言えるタイプなら、初手で殴りかかって来なかったろうし」

 

「そうかもね」

 

 カーツの見立てにピーカも同意する。

 

「その465……言いにくいな、465(シロコ)でいいか、465(シロコ)ってエルフと組むのは論外として、560……こっちは560(ゴロー)かな、560(ゴロー)の方はあたしを欲しがってないんでしょう?」

 

「そうですね、そいつはエルフ伝統のやり方でバグセルカーと戦う事に拘っているようです」

 

「ふぅん、エルフにも気骨のある人がいるのね」

 

 戦いという場で己の拘りを追求しようという頑固者は、オークの気質的に受けが良い。

 カーツと同じくピーカも560にはそれなりの好印象を抱いていた。

 

「それで最後の一人が……」

 

「217、要塞で待ち構えている会談相手です」

 

「217なら、217(ニーナ)かな……」

 

 勝手なニックネームを命名する。

 

「そっちはどんな感じ?」

 

「他二人は無骨な武闘派といった印象ですが、217は交渉慣れした食えない奴って感じですね」

 

「ふぅん」

 

 ピーカはメインモニターの中の巨大要塞を見上げると不敵に微笑んだ。

 

「いいわ、それじゃジャンプドライブが回復するまでの間、話し相手になってもらおうじゃない。

 トーン09微速前進、要塞に入港よ!」

  




ルビコンとか宇宙とか十三機兵とか色々あってね……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

燃え盛る翡翠(ブレイジングジェイド)

 大変お待たせしました。


SIDE:ピーカ・タニス・トーン=テキン

 

 エルフの球形巨大要塞は自転の遠心力で内部区画への重力を賄っている。

 港湾施設は、自転の軸となる北端と南端に穿たれた洞の中に設置されていた。

 遠心力による荷重は軸部分では発生しないため、港湾施設は宇宙船の格納と整備に向いた無重力状態が保たれている。

 機能的には他所の宇宙港と同等だが、壁面や各種アーム類がハードセルロースの地肌剥き出しの茶色である事と通行ワイヤーのように張り巡らされた緑の蔦のお陰で、密林を思わせる圧迫感が生じていた。

 

 北側の港湾施設に入港したトーン09は機関を最小駆動に落として停泊していた。

 工業的なデザインで構成されたトーン09の外観は周囲に並ぶ木彫りのようなエルフシップとは異質で、明らかに浮いている。

 そんなトーン09を固定しようと、四方から伸びる植物性のアームが船体に絡みつき、緊縛されていく。

 港内の内壁からボーディングブリッジとして伸びた太い枝の上に降り立ったピーカは、蔦状アームを物珍しげに見上げていた。

 

「あのアームって、蔦とか枝の部分が変質したものよね?

 随分器用に動くのね」

 

 蛇のように船体に絡みつくアームの精密な動作に、感心の声を上げる。

 並んで見上げていたペールは、主君の正気を疑うような唖然とした顔で隣を窺った。

 

「うちの船がぐるぐる巻きにされていきますよぅ、これだと逃げれないんじゃ……」

 

 トーン09の有り様は、網に引っかかり雁字搦めで水揚げされた寸詰まりのシュモクザメの如し。

 だが、座乗艦の惨状に姫は全く頓着していない。

 

「いいじゃない、どうせジャンプすれば引き千切れるんだし」

 

 要塞内でジャンプすればエルフ要塞に甚大な損害が発生するだろうが、その点について姫は気に掛けていなかった。

 そもそも、こちらは喧嘩を売られた側なのだ。

 相手の心配などしてやる義理も無い。

 

「で、あれが例の217ね」

 

 通行ワイヤーのような蔦に手を添えて、無重力の中をこちらへ遊泳してくる褐色肌の成人エルフを認め、姫は目を細めた。

 

「ふぅん……」

 

 エルフという種族を直接に見るのは初めてだ。

 守り役である一の戦士を真似て、初見の相手をじっくりと観察する。 

 

 217と彼女が引き連れている小さなエルフの一団は艶やかな褐色の肌をしており、港内施設の物陰からこちらを窺っている色白のちびエルフ達とは異なった印象を与えていた。

 エルフの種族的特徴なのか糸のように瞳は細められているものの、成熟した美貌は際立ったものと言わざるを得ない。

 そしてその成熟は美貌だけではない、グラマラスな肢体もまた際立っていた。

 圧倒されるほど実ったバストに引き締まったウェスト、豊かさを湛えたヒップ。

 豊潤な肢体を包む黒く染められた貫頭衣には翠色の縁取りと刺繍が施されており、付き従うちびエルフ達が身に纏ったものよりも数段手が掛かっている。

 宇宙で最も完成された女体を持つのは母だと確信している姫だが、217の肢体はマルヤー女王に追随するほどの完成度を誇っていた。

 

「むぅ……」

 

 217のスタイルに母への印象に似たものを覚え、ピーカは眉を寄せた。

 大好きな母だが、ピーカにとってマルヤー女王はカーツを巡る強力なライバルでもある。

 カーツが女王を想っている事は姫にもバレバレであり、母の下を離れた今のうちに彼をモノにしてしまおうと画策するも、未だ決定打は打てていない。

 唾も付けたし相応の手応えは感じているのだが、あと一押し踏み込み切れていない感があるのだ。

 

 そこに現れた女王を連想させるスタイル、すなわちカーツの好みと思われる体型のエルフは姫の心を粟立たせた。

 負けるとは思わない、未だ育ちきっていないこの身であっても。

 それでも、苛立ちと焦燥が生じる事は抑えられない。

 ひと言も言葉を交わさない内から、ピーカは217を仮想敵と認識していた。

 

 褐色ちびエルフの一団を引き連れた217がボーディングアームの上に降り立つ様を見て取り、カーツが自然な動作でピーカの前に出る。

 

「実のある話がしたいって事だったな?」

 

 背に姫を庇いながら発する戦士の言葉に、 グラマラスなダークエルフは艶然と微笑んだ。

 

「ええ、あなた方の力を存分に発揮できる配置について、相談いたしましょう」

 

「んん?」

 

 217の発言にカーツは眉を寄せる。

 

「早速ですが、バグセルカーの潜伏確率が高い地域に優先配置します、あなた方の対バグセルカー能力に期待いたします」

 

「待て、何で一足飛びに話が進んでいる?」

 

 カーツの制止に、217は笑みを浮かべたまま小首を傾げた。

 

「何でも何も。

 ここに来られた以上、そういう事でしょう?」

 

「……馬脚をあらわすにしても早すぎるだろうが」

 

 戦士は嘆息すると、両の拳を握る。

 カーツの戦意を感じ取り、姫はきょとんとしているペールを抱き寄せた。

 

「フィレン!」

 

「応!」

 

 二人の戦士はボーディングブリッジの足場を蹴り、暴風の如く疾走する。

 狙いは217。

 敵対するとあらば、即座に頭目を叩きのめす斬首戦術がオーク流だ。

 

 

 

 

SIDE:兵卒 フィレン

 

 迷いなく襲い掛かる二人の戦士に対して、217もまた無防備ではない。

 裸足の右踵がわずかに持ち上がり、トンと床に打ち付けられる。

 ボーディングブリッジを形成する樹木の足場は、即座に同胞たるエルフの指示に応じた。

 瞬時とも言える程の速度で、床から無数の蔦が伸び上がる。

 

「むっ!?」

 

 先行するフィレンが蹈鞴を踏むも、伸びる蔦の目標はオーク戦士ではない。

 217のしなやかな脚に絡みついた蔦は豊満な女体を緊縛するかのように這い上がり、右腕へと巻き付いていく。

 ほんの一瞬で、ダークエルフの右腕は緑の植物で形作られた巨腕と化した。

 

「何と!?」

 

 振り回される奇怪な巨腕に対し、フィレンは咄嗟に回避ではなく防御を選択する。

 シオマネキのように膨れ上がった巨大な腕の一撃であろうとも、頑強なオーク戦士の肉体が負けようものか。

 強い自負と共に、打撃を受けるべく左腕を掲げる。 

 だが、蔦で作られた巨大な腕は無手ではない。

 先端に握られた銀の輝きが、フィレンの左腕に叩き付けられた。

 太く頑丈な筋肉が高密度で寄り合わされた剛腕が、あらぬ方向へと折れ曲がる。

 

「ぬあぁっ!?」

 

 想定外のダメージに驚愕の声を上げながら吹き飛ぶフィレンを、後続のカーツが受け止めた。

 フィレンの腕の惨状に目を見張る。

 

「こいつは……!」

 

 フィレンの左腕は一撃を受けた部分で「く」の字に曲がり、内部でへし折れた骨の断片が皮膚を突き破って飛び出していた。

 オーククイーンの血を引き非常に頑強で高性能な肉体を持つフィレンに一撃でこれほどの損害を与えるのは、カーツでも難しい。

 

「ちぃっ!」

 

 薙ぎ払うように振るわれる巨腕の追撃を、フィレンを抱えたカーツは飛び退ってかわす。

 蔦の塊のような巨腕の先端には、銀に輝く棒が握られていた。

 フィレンの腕をへし折った武器に、後方の姫が息を呑む。

 

「うそ、銀河棍棒(PSYリウム)!?」

 

 広い銀河にわずか数本しかないと伝わる、不壊金属アダマントイリジウム製のロッド。

 トーン=テキンの宝杖でありマルヤー女王の管理下にある『打ち滅ぼす赤石(ブラスティングガーネット)』と同質の一振りがエルフの手元に存在していた。

 

「金属は私たちエルフには縁遠いものですけど、銀河棍棒(PSYリウム)はバグセルカーにも侵食されませんから。

 使えるものは何でも有効に使うものですよ、これも、あなた方も」

 

 217は糸のように細められた瞳を光らせ、奇怪な巨腕で銀河棍棒(PSYリウム)を振り上げる。

 

「くっ……隊長、ここはお退きを!」

 

「何!?」

 

 無惨な開放骨折の激痛に耐えながら、フィレンはカーツに退却を促した。

 

「カーツ! 銀河棍棒(PSYリウム)は拙いよ!」

 

 姫もまたフィレンに同調した。

 

 フィレンは父ビルカンより、彼の血脈であるオークキングが振るった銀河棍棒(PSYリウム)の威力について詳細に聞いている。

 そして母の手元に現物があり、実際に触れた事もある姫はフィレン以上に銀河棍棒(PSYリウム)について見知っていた。

 女王から聞かされた、氏族船をも両断しかねないその恐ろしさについても。

 銀河棍棒(PSYリウム)に深い縁が有る二人は、突然現れた凶悪兵器に強烈な危機感を抱いていた。

 

「しかし……」

 

 だが、カーツにはその感覚が共有できていない。

 知識に対して貪欲なカーツは当然、銀河棍棒(PSYリウム)を知っている。

 しかし、その知識はあくまで書物の上のデータ。

 実際に振るわれた状況を見た者が感じた、リアルな知見ではないのだ。

 情報のリアリティの差が、カーツと姫、フィレンの間に僅かな齟齬を産む。

 主君と部下の言葉にカーツがわずかな迷いを感じた隙に、217は次の一手に掛かっていた。

 

「『燃え盛る翡翠(ブレイジングジェイド)』、起動」

 

 ダークエルフの艶やかな唇が奏でた言葉に応じ、掲げられた銀河棍棒(PSYリウム)に光が灯る。

 銀の柄をぼんやりと覆っていく、万物を切り裂く翠の輝き。

 

「この光、意志の刃(ウィルブレイド)という奴か!?」

 

 カーツの頬が引き攣る。

 彼が読んだ書物の中で、荒唐無稽すぎて不確定事項のように記載されていた銀河棍棒(PSYリウム)の情報が真実であると悟ったのだ。

 

「隊長! どうか姫様と離脱を!」

 

 フィレンは左腕を押さえながらボーディングブリッジの床を蹴り、217へ突撃を敢行する。

 

「フィレン!? くっ!」

 

 後手に回ったカーツは顔を顰めながらも後方へ飛び、姫とペールを両脇に抱えた。

 隊長が主君の安全を優先した気配を感じ、フィレンはわずかに安堵する。

 意志の刃(ウィルブレイド)とも称される銀河棍棒(PSYリウム)が放つ閃光は、トーン09すら両断しかねない。

 あれの前に姫様を晒すわけにはいかない。

 その一心で輝きを増す銀河棍棒(PSYリウム)を掲げるエルフへと躍りかかる。

 

「ちぃっ!?」

 

 重傷を負った身とも思えないフィレンの身のこなしに217は舌打ちした。

 緑の蔦で作られた擬似的な巨腕は見た目の通り小回りは利きにくいらしい。

 振り下ろされた力任せの打撃はフィレンを捉えられない。

 

「フィレン! お前も離脱しろよ!」

 

 姫とペールを俵担ぎに担いだカーツはボーディングブリッジを駆け、端から跳躍する。

 要塞の自転軸の中心に位置する宇宙港のボーディングブリッジから飛び降りれば、重力影響の少ない要塞内壁の極地側に着地する事ができる。

 木々が生い茂る内壁へと降下していくカーツの姿に、フィレンは頬を緩めた。

 これで姫の安全を確保できる、後は自分が離脱するだけだ。

 

「余計な真似を!」

 

 217は秀麗な顔を怒りに染めて、鋭い突きを放った。

 フィレンはわずかに身を捻って躱す。

 だが、銀のロッドがフィレンの胸元を掠める瞬間、翠の閃光が膨れ上がった。

 

「ぐあぁっ!?」

 

 切っ先を伸ばすのではなく、柄の太さを増す方向で発せられた意志の刃(ウィルブレイド)はフィレンの胸から右肩にかけてを灼きながら抉る。

 

「まったく、手間取らせてくれますね!」

 

 腹立たしげな唸りと共に、翠に輝く銀河棍棒(PSYリウム)がフィレンの胸板に突き込まれた。




 リアルハードとスランプが同時に襲い掛かり、えらく手間取ってしまいました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

指さし確認

今回は短め。


SIDE:戦士 カーツ

 

 飛び降りた先は、低い灌木で覆われた緩やかな斜面。

 遠目には緑の絨毯で覆われたようにも見える低木の連なりを、スペースブーツの靴底でへし折り踏み砕きながら着地する。

 低重力のお陰で落下距離の割りに衝撃は軽いものの、踏ん張りは効きにくい。

 灌木を弾き飛ばしながら、俺の両足は斜面に長々と着地痕を刻み込んでいく。

 

「痛たたたっ!?」

 

「はわぁぁっ!?」

 

 飛び散る小枝や木っ端を浴びて姫とペールが悲鳴を上げた。

 

「舌を噛む、口を閉じて!」

 

 小脇に抱えた二人を両肩に担ぎ直しながら指示を飛ばすと、俺は斜面を蹴って前方へと跳躍した。

 灌木を蹴り散らしながら飛び上がった俺の体は、低重力の中を半ば飛翔するかのように突き進む。

 

 エルフの要塞は巨大な人工物であるが、天体としてみれば小惑星程度の代物でしかない。

 そのため本物の惑星のような質量による重力は望むべくもなく、自転による遠心力で内面への重力を提供している形だ。

 球形スペースコロニーと看做す事ができる要塞のデザインは、ポピュラーな円筒型スペースコロニーに比べると両極部分に低重力区画が生じてしまう特徴を持つ。

 その低重力区画ならばジェットパックでも背負っているかの如き大跳躍も可能なのだ。

 一足ごとに数十メートルを飛び越す大ジャンプの連続で、宇宙港から距離を取る。

 

「フィレン、大丈夫かな……」

 

 お尻を前に突き出す体勢で俺の右肩に担ぎ上げられた姫は、離れていくボーディングブリッジの枝を見上げてポツリと呟いた。

 

「それは……」

 

 部下を案じる姫の沈んだ声に、俺は苦く曖昧な返答しかできない。

 あの局面、離脱のタイミングを見誤ったのは痛恨のミスだ。

 銀河棍棒についての情報が足りなかった事よりも、姫とフィレンの言葉に迷いが生じたのがいけない。

 二人の言葉に従って退くにせよ、速攻で仕留めるべく攻めるにせよ、もっとシンプルに判断すべきだったのだ。

 俺の迷いが、フィレンに殿をさせてしまった。

 

 俺が資料で読み、伝聞ならではの誇張と感じた銀河棍棒の威力が真に資料そのままならば、フィレンの生存は分が悪いと言わざるを得ない。

 意志の刃(ウィルブレイド)と記述されていた超高熱の閃光の前では、オークが誇る生体装甲染みた皮膚も薄紙同然なのだ。

 

「……」

 

 跳躍を繰り返しながら、牙を噛む。

 兵卒の頃から戦場を生き延びてきた俺だ、戦友の死など嫌というほど経験している。

 それでも、そのひとつとして慣れはしない。

 戦いの中で果てる事はオークの誉れだが、喜んで受け入れている訳ではないのだ。

 何よりも、俺の判断ミスのツケをフィレンが支払うのは道理に合わない。

 

「落とし前は付けねえと」

 

 俺は噛み締めた牙の間から決意の言葉を吐く。

 この場における勝利条件に新たな項目が追加された。

 元々の目的である姫の生存と脱出だけなら、十分な勝算がある。

 トーン09のジャンプドライブの不調は時間経過で回復するという。

 その為の経過観察要員として船内にトーロンを残してあるのだ。

 ジャンプドライブが回復するまで、のらりくらりと逃げに徹して時間を稼ぐのが本来の想定であった。

 しかし、最早そんな穏便なプランで済ます気などは無い。

 

「痛い目見てもらうぜ、エルフども」

 

 

 

SIDE:F号要塞フォーティチュード ちびエルフ1144

 

 多くのエルフにとって、他種族の道具は貰っても困る代物である。

 彼らの生活と文化は全て要塞を起点としたライフサイクルで賄われており、そこに入らない異物は入手しても持て余してしまうのだ。

 かつて偶然回収されてから倉庫で埃を被っていた銀河棍棒を217が引っ張り出したのは、イレギュラーな行動と言えた。

 現在のF号要塞フォーティチュードの補給官(サーブス)を担当する217は、要塞内では相当な変わり者として知られている。

 

 そんな補給官(サーブス)の指示を受けた直属部下である色黒ちびエルフは、手隙のちびエルフ達を引き連れて宇宙港を訪れた。

 とても珍しい訪問者の船をびしりと指さすと、即席部下のちびエルフ達に指示を飛ばす。

 

「ろー!」

 

 コマンダーから直々の指示を受けて張り切っている色黒ちびエルフとは裏腹に、その辺に居ただけで捕まえられてきた三人のちびエルフのテンションは見るからに低い。

 

「ろー……」

 

 げんなりとした調子で相づちを打つと、訪問者の船トーン09へ入っていく。

 彼らに与えられた指示は、捕獲された者以外の乗員が逃亡した異文化の船の調査である。

 

 とはいえ、エルフ達にはエルフ文化圏の外の知識はまるでない。

 怪しい物品と言い出すならば船内の全てのものが疑わしく、仮に爆発物のような危険なものがあったとしても判別できない。

 実質的に彼らの任務は船内に隠れている者がいないかの調査だけであった。

 

「にゃー……」

 

 手分けして船内に侵入した三人のちびエルフの一人1144は、周囲を見回して不安げな呟きを漏らした。

 幼体固定(ネオテニー)モードを解除されたコマンダー達と違い、二次性徴前で成長が止まっているちびエルフ達は男女の性差が少ないが、この個体は女の子である。

 要塞内の製造プラントから排出されてそんなに長く生きてもいない彼女は、エルフ以外の種族の物品と関わる事自体が初めてだ。

 木々の柔らかさを感じない、ひんやりつるつるした妙な質感の床や壁には違和感を感じてしまい、どうにも落ち着かなかった。

 

 動力炉が停泊用の最小駆動に切り替えられているため、船内の照明も非常灯のみに抑えられており薄暗い。

 暗闇に隠れた物陰から異文化の怪物、それこそ緑の筋肉お化けでも飛び出してきそうだ。

 

「にゃー……」

 

 暗いところは怖いのでさっさと帰りたいが、直属ではないにせよコマンダーから出た指示には逆らえない。

 彼女は両の頬をぱちんと平手で叩いて気合いを入れると、薄暗い廊下に並ぶ扉を手前から開けていく。

 

ろー(ヨシ)!」

 

 中を覗き込み、指をさして確認ヨシ。

 

ろー(ヨシ)!」

 

 暗いのでよく見えないけど、指をさして確認ヨシ。

 

ろー(ヨシ)!」

 

 暗がりでなにかチカチカと光っている機械の端末があったけど、とりあえず確認ヨシ。

 

 さっさと終わらせたいという気持ちから、ルーチンワーク的な確認(ヨシ!)で彼女はどんどん進んでいく。

 確認(ヨシ!)が行われた部屋のひとつの天井パネルがそっとずらされ、豚鼻のオークの首がひょこりと現れた。

 

「行ったかな……?」

 

 カーツの指示で船内に残ったオークテックのトーロンである。

 

「雑な見回りだけど、また来るかも知れないから天井裏に隠れてた方が良さそうだなあ」

 

 のんびり留守番していればいいと思っていたのにと零しながら、トーロンは手早く室内の必要な物品を纏める。

 カロリーバー状の携帯食料とお気に入りムービーの入ったタブレット、外部電源バッテリーを詰めたずだ袋を担ぐと、トーロンは再び天井裏に上がった。

 

「さぁて、時々ジャンプドライブの様子も確認しつつ、映画鑑賞と洒落込むか」

 

 配管パイプの隙間にクッションを置いて居住性を確保した天井裏で、トーロンはくつろぎながらタブレットを起動する。

 ちびエルフが色黒ちびエルフに異常なしの報告をした頃には、トーロンはすっかり映画の世界に入り込んでいた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

「くっ、殺せ!」

SIDE:戦士 カーツ

 

 球体の面積は4×半径×半径×πで求められる。

 外殻の厚みの分のズレは生じるだろうが、直径20キロのエルフ要塞の内部面積は1256平方キロメートルにも及ぶ。

 その昔、母なる星の人々を熱狂させたというベースボールのスタジアムに換算すると、実に26000個分以上。

 何だか逆に判りづらくなったが、トーキョードーム26000個分もの領域は広大すぎて、エルフ達の監視の目は行き届いていなかった。

 

「ここをキャンプ地とします」

 

 木々の絨毯が広がる要塞内部に点在するエルフの小拠点()から離れた一角で見つけた洞窟。

 植物で形作られた地盤なので、正確には木の洞と言うべき横穴は、巨体のオーク戦士を含む三人が寝転べるだけのスペースがあった。

 

「おぉー……。

 あたし、野宿って初めて!」

 

 珍しげに洞の内部を見回し歓声をあげる姫に、ペールは歯に物が挟まったような声音を向ける。

 

「あのぅ姫様、フィレンさんの事は……」

 

 ペールの言葉に姫の顔が曇った。

 未だに合流していない以上、フィレンの生存の目が無い事は二人も察している。

 姫はしばし瞑目の後、金の猫目を決然と見開いた。

 

「嘆くのも、悲しむのも後。

 まずはやるべき事をやらないと」

 

「やるべき事?」

 

「そう。生存と、脱出と」

 

 姫の視線が俺へ向く。

 俺はひとつ頷いて主君の言葉を引き継いだ。

 

「報復だ。

 やられっぱなしはこっちの面子が立たんし、あの世でフィレンに合わせる顔もない」

 

「こ、この状況で攻撃に出るんですかぁ!?」

 

 悲鳴を上げるペールに、俺たちオーク主従はニヤリと笑う。

 

「優勢な方こそ足を掬われやすくなるのさ、やりようはいくらでもある」

 

「それに、ここまで馬鹿にされて黙ってる訳ないでしょう?」

 

 姫の笑みが深まる。

 相当、頭に来ておられるようだ。

 

「あっちから殴りかかってきて、負けかけたら協力要請して、挙げ句の果てに騙し討ち?

 どこまでもふざけたやり口ね、全く」

 

 種族全体で略奪を生業とするオークであるが、その一方で約定に関しては厳格に守る一面もある。

 命が惜しくば積み荷を差し出せというのは略奪の基本フォーマットだが、ここで積み荷を奪った上に皆殺しにするような真似を繰り返していれば、誰もオークに降伏などしなくなってしまう。

 略奪の度に徹底抗戦されては、商売上がったりなのだ。

 戦に血を沸き立たせるのが性のオークとしては背水の陣の敵と戦うのもまた一興だが、補給を略奪に頼るライフサイクルではリソースは限られている。

 不要な戦闘はできる限り避けなくてはならない。

 言ってみれば生活の知恵から発祥した契約遵守の精神は、オーク氏族に広く根付いていた。

 新興のチンピラ氏族ならいざ知らず、古株の大手氏族であるトーン=テキンにとって、約定を反故にされての騙し討ちは最も腹が立つ行為であった。

 

「相手の指揮官格の間で、意思疎通が上手く行ってないのが原因みたいでしたけど……」

 

「それはエルフ側の都合だ、こっちの知ったこっちゃない。

 指揮官連中には纏めて落とし前をつけてもらおう」

 

 報復対象は指揮官の成人エルフども。

 能動的に動く気配のないちびエルフの方は所詮手足に過ぎないので対象外だ。

 指揮官エルフに命じられて邪魔するようなら、蹴散らすまでだが。

 

「明るいうちに、一度連中の拠点を襲撃するか」

 

 洞窟の外から中空の光源を見上げた。

 球形要塞の内部には北端から南端を繋ぐ太い芯が通されており、半透明なパイプのような芯は白く輝いている。

 要塞外で輝く恒星の光をプリズムの類で内部に導き入れた光源だ。

 巨大な蛍光灯のように輝く芯の三分の一は光を遮る覆い(シェード)が掛けられており、要塞の自転と共に動いた覆い(シェード)が光の届かない夜の部分を作り出していた。

 

「この明るさだ、ペールの目なら連中の拠点も見えるんじゃないか?」

 

「高い所からなら見えると思いますけど……もう仕掛けるんですかぁ?」

 

「晩飯もかっぱらってくる必要があるしな」

 

「また銀河棍棒(PSYリウム)を持ち出されたらどうするんです?」

 

「望むところ、と言いたいが対応策を思いついてないからな、離脱するよ。

 銀河棍棒(PSYリウム)は滅茶苦茶重たいと聞く、あのエルフも蔦で腕を強化しないと振り回せないと見た。

 蔦が腕に絡まった状態なら、こっちの逃げ足に追いつけんさ」

 

「うーん……」

 

 まだ反対の理由を探そうとゴーグルの上の細い眉を寄せているペールを、姫はぐいと抱き寄せた。

 

「ほら、カーツはちゃんと考えてるんだから。

 心配しなくても大丈夫よ」

 

 ぐりぐりと頭を撫でながら言い聞かされ、ペールは小さく溜息を吐いた。

 姫に抱き寄せられたまま、ペールはゴーグル越しにでも判るじっとりとした視線をこちらへ向ける。

 

「本当に気をつけてくださいよぅ、カーツさんが頼みの綱なんですから」

 

「ああ、任せとけ」

 

 

 

 

SIDE:兵卒 フィレン

 

「ぐぅ……」

 

 焼け付くような胸の痛みで、フィレンは失神から目覚めた。

 澱んだ意識を覚醒させようと頭を振れば、弁髪の端がちゃぽりと水音を立てた。

 

「ぬ……? 水の中……?」

 

 フィレンは己の体が顎の下まで液体に漬け込まれている事に気付いた。

 驚き、身を捩るが体は動かない。

 

「な、なんだ、これはっ!?」

 

 見れば四肢に満遍なく蔦が絡みつき、がっちりと固定していた。

 液体の中、絡んだ蔦で宙吊りにされた状態ではオーク戦士の剛力も振るいようがない。

 緑の蔦が絡むのは手足のみならず。

 フィレンの逞しい胸板には太い蔦が絡みつくどころか深々と刺さっている。

 呼吸に合わせて脈動する蔦が己の胸に突き立っている様は、豪胆なオーク戦士の中にすら怖気を掻き立てる光景であった。

 

「あら、もうお目覚め?」

 

 艶めいた声に顔を上げると、フィレンが液体ごと漬け込まれた半透明の容器を色黒のエルフが覗き込んでいる。

 

「貴様っ!」

 

 フィレンの怒声を217は気にした様子もない。

 

「流石はオーク、回復が早いこと」

 

 独り言のような217の言葉で、フィレンは自分が入れられているウツボカズラの捕虫袋めいた容器がエルフ流のメディカルポッドであると悟った。

 虜囚の屈辱にフィレンは牙を噛み締める。 

 

「くっ、殺せ! 貴様らに情けを掛けられる謂れなどない!」

 

「情け?」

 

 217は糸のような瞳をわずかに開き、その下の青い瞳を覗かせながら唇の端を吊り上げた。

 

「まだ使えそうなら、直して使うまでの事。 感謝も不要ですよ?」

 

「誰が感謝など! そもそも使うとはなんだ!

 貴様らに助力などせんぞ!」

 

「でしょうね、それでは予定通りに」

 

 217の言葉と共に、新たな蔦が容器内にぽちゃりと落ちる。

 フィレンの体を拘束する医療用と思しき蔦とは違い、微細な棘が無数に生えた茨のような蔦であった。

 

「な、なんだ……?」

 

 身動きできないフィレンへ向けて、刺々しいデザインの蔦はずるりと伸びていく。

 

「敵を知る事は兵法の常道、私達はバグセルカーの機能について詳しく調べています。

 どのように生物に寄生して、どのように生体脳を操るかまでも。

 疑似的に模倣する事も可能なんですよ?」

 

「や、やめろぉっ!?」

 

 首筋を這い上がって来る奇怪な蔦の感触に、フィレンは悲鳴を上げた。




・『気の強い騎士が囚われる』
・『触手に絡みつかれる』
・『くっ、殺せ!と言う』
以上の実績を解除しました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ちいさくてかよわくていとめの奴の村を襲う、でかくてつよくてみどりの奴

SIDE:F号要塞フォーティチュード ちびエルフ1144

 

 要塞内の労役ユニットであるちびエルフ達は、基本的に所属部署が担当する労働に従事している。

 先日、居合わせたからという雑な理由で異文化の船の調査を命じられた1144も、本来の役割に戻っていた。

 彼女の担当部署は生産隊(ファーマス)、要塞内の植物の恵みを収穫、加工し、繁茂をコントロールする部署である。

 本来ならば、細かな農業計画が立てられているのだが、今の彼女達は溢れそうな果実の収穫と雑草除去、単純加工といった日々のルーチンワークしか行っていない。

 指導する指揮官(コマーダー)が不在なのだ。

 

 現在、F号要塞フォーティチュードは開店休業と言っても過言ではない状態にある。

 半年前に行われたバグセルカー拠点との一大決戦にて勝利こそ得られたものの、多大な損害を受けてしまったのだ。

 戦闘要員は激減しており、特に命知らずのちびエルフ海兵隊員で構成された突撃隊(アサルス)に至っては九割が消失する壊滅状態。

 護衛隊(ガーゼス)が擁する戦闘機部隊も未帰還機が続出し、定数を大きく割り込んでいた。

 要塞の戦闘能力は著しく低下している。

 何よりも要塞を運営する9人の指揮官(コマーダー)の内、実に6人も戦死してしまったのが痛い。

 幸いな事に生産官(ファーマス)担当の指揮官(コマーダー)は再生中だが突撃官(アサルス)のように完全に喪失してしまった部署では、新たな指揮官(コマーダー)候補を選出しなくてはならないのだ。

 指揮官(コマーダー)への敬意はあれど、自分がその立場になりたいかと言われれば尻込みしてしまう。

 幼体固定されたちびエルフの大半はおつむの方も見た目相応で、総じて難しい事を考えるのは苦手であった。

 頭脳労働役など、冗談ではない。

 

 このように要塞の状態は非常に厳しく苦しい日々ではあるが、そもそも彼女のような下っ端が頭を悩ます話でもなかった。

 1144の意識はもっと身近な問題、仕事上がりの空きっ腹を何とかする方に向いていた。

 一日労働に励んだ体は至急のエネルギー補給を要求しており、胃袋は情けない鳴き声を奏でている。

 

 ちなみに今日の彼女の担当作業は油搾り。

 オリーブを品種改良した植物の果実を集めて圧搾器の樽に入れ、その上に十字型に取付けられた大きなハンドルを四人掛かりで回して油を搾るのだ。

 見た目は奴隷がぐるぐるやるアレそのもの。

 麻袋のような粗末な衣服のちびエルフ達がこの作業に従事している光景は、有り体に言って児童虐待に近かった。

 

「にゃー……」

 

 眉尻を下げた1144はぺたんこのお腹を撫でながら、夕暮れの集落をそぞろ歩いた。

 ちびエルフが三人も入れば満員になってしまう小さな茅葺きテントが建ち並ぶエルフ村には、甘い香りが漂っている。

 加熱されたイモカボチャが放つ、胃袋を刺激する芳香に1144の唇の端から涎が零れた。

 

 上下から押し潰したカボチャのような外見とサツマイモを思わせる甘みに由来する名称とは裏腹に、実際は品種改良されたパンノミの末裔であるイモカボチャは、エルフ達がこよなく愛する主食である。

 腹持ちがよく栄養価に優れたイモカボチャは生でも食べられるが、熱を通すと格段に美味しくなるのだ。

 しかし、エルフ達は火を忌避しており、日常的に使用しない。

 

 要塞を構成する樹木は品種改良の末に木材としては燃えにくい特性を得ているが、それにも限度がある。

 一端燃え上がれば、要塞が丸ごと炎上する可能性もゼロではない。

 そして燃焼は貴重な酸素を容赦なく消費する化学反応だ。

 安全とリソース、両方の懸念からエルフは種族単位で火の使用を制限している。

 

 このように火を用いないエルフだが、それでもあったかいものを食べたいのが人情だ。

 エルフ集落には火を使わず調理や加熱を行える熱源が存在した。

 ちびエルフ達が「温かい瘤(ぬっこー)」と呼ぶ、太い蔓である。

 各所に樹液を循環させる管や蔓は要塞内に数多存在するが、「温かい瘤(ぬっこー)」の中を流れるのは恒星の熱で加熱された温水だ。

 本来は地中に埋まっているものだが、所々地表に露出した部分がある。

 エルフの集落の多くは貴重なホットスポットである「温かい瘤(ぬっこー)」を利用するため、その周辺に作られていた。

 

 1144の集落の「温かい瘤(ぬっこー)」はちびエルフの胴回りくらいの太さの管で、地表に2メートルほど飛び出していた。

 夕飯時の集落内では、ちびエルフ達が「温かい瘤(ぬっこー)」に群がりイモカボチャを載せて加熱している。

 配布係のちびエルフから両手に抱えるほど大きなイモカボチャを受け取った1144は、ホクホク顔で「温かい瘤(ぬっこー)」の隙間を探す。

 残念ながら、順番待ちだ。

 その間に夕飯の手順について思考を巡らせる。

 イモカボチャの炙り具合はどうしようか、よく焼いて甘みを満喫しようか、それとも半生で食感を楽しもうか。

 食前の幸せな算段は不意に上がった甲高い警告の叫びに遮られた。

 

「にゃーっ! えねみー! にゃーっ!!」

 

 要塞内部では本来あり得ない、敵襲の警告。

 ここ数日で発生の可能性があると連絡網の糸電話で回って来ていた事態が、実際に起こったのだ。

 

「そぉらっ!」

 

 ちびエルフ達の声帯では発し得ない太く雄々しい気合の声と共に、くるくる回る何かがいくつも飛んでくる。

 団子状に丸めた2つの蔦と葉の塊、その間を細い蔓で繋げた投擲物。

 有り物の素材で作られた、原始的な投擲分銅(ボーラ)だ。

 

 次々に投げ込まれるボーラが、ぼすぼすと鈍い音を立てて茅葺きテントに突き刺さる。

 途端に目と呼吸器を刺激する煙が立ち昇り始めた。

 ボーラの団子の中に火種とヨモギ系の葉が練り込まれているのだ。

 よく煙が出るヨモギの葉で燻す事は、母なる星でも用いられたシンプルな防虫対策であったが、ちびエルフ達には劇的に作用した。

 

「にゃーーっ!? かじーーーっ!!」

 

「にゃーっ!? にゃっ、げほっ、にゃあっ、ごほっ!」

 

「にゃーっ! にゃぁぁぁーーーっ!?」

 

 もうもうと上がる煙が本当の火事なのか草が燻させているのかなど、火に縁遠いちびエルフ達には判らない。

 本能に刻み込まれた禁忌、火への忌避感が命じるままに泣き叫び、恐慌状態に陥ってしまう。

 

「にゃーっ!?」

 

 完全にパニックを起こした周囲同様に1144も甲高い悲鳴を上げる。

 だが、その後の彼女の行動は同族達と違った。

 恐慌に見開かれた彼女の糸目は、逃げ惑うちびエルフにぶつかられて「温かい瘤(ぬっこー)」の上からイモカボチャが零れ落ちる様を捉えたのだ。

 今ならあそこで自分のイモカボチャを焼ける。

 据わった目の1144はイモカボチャを「温かい瘤(ぬっこー)」の上に据え付けた。

 デンプン質を過熱する香りがふわりと漂い、1144は満足げに頷く。

 

ろー(ヨシ)!」

 

 何も良くはない。

 危機的状況の中で普段通りの行動に縋りつき安心感を確保してしまう、典型的な正常性バイアスの発現であった。

 1144が現実逃避気味に焼けていくイモカボチャを見つめている間にも、事態は進展していく。

 

「そぉらっ! もっと行くぞぉ! 逃げろ逃げろぉ!」

 

 精悍な声と共に次々にボーラが投げ込まれる。

 ボーラを投げているのは身長2メートルにも達する屈強な人影。

 濃い緑の髪をクルーカットに決めたオーク戦士だ。

 露出した逞しい上半身には樹液と泥を使った茶と黒の線がいくつも描かれ、緑の地肌と併せて迷彩柄を演出している。

 

「にゃーっ!!」

 

 傍若無人にボーラを投げながら村に踏み込む一人コマンドーの前に、二人のちびエルフが立ち塞がった。

 両手に長い棒を握りしめた二人は恐怖心を取っ払われて製造された突撃隊(アサルス)でも訓練を受けた護衛隊(ガーゼス)でもない、いわばただの農民である生産隊(ファーマス)の者に過ぎない。

 筋肉の怪物のようなオーク戦士に怯え、ぶるぶると震えて糸目に涙を滲ませながらも、村を護る為に立ち上がったのだ。

 これは稀有な事例であった。

 多くのちびエルフは安価に製造できるのが売りであり、戦闘能力など持たされていない。

 それゆえ基本的に臆病に性格付けされているのだ。

 臆病で危険から逃げるため結果的に損耗が少なくなる、そういった設計思想である。

 彼らのように勇気を示す個体は、非常に珍しい。

 

「ほぉう!」

 

 オーク戦士はどこか喜ぶような、感心したような声を上げると、二人のちびエルフをじろりと見据えた。

 

「にゃっ……」

 

「にゃー……」

 

 びくりと竦み、手にした棒に縋りつく二人のちびエルフ。

 それぞれの背丈ほどの棒は分類するならばクォータースタッフだがちびエルフサイズに合わせた結果、六尺棒に足りない三尺棒になっている。

 そんな頼りない武器を握りしめた二人のちびエルフは、互いに視線を交わすと三尺棒を振り上げた。

 

「ろ、ろーっ!」

 

「ろぉぉーっ!!」

 

 裏返った気合の声を上げて我武者羅に飛び掛かり、悠然と腕組みをしたオーク戦士へ棒を振り回した。

 避けも受けもしないオーク戦士の両脛に、それぞれの棒が叩きつけられる。

 脛は古の豪傑すら涙を流したという急所のひとつ、強化人類と言えど人体構造の基本は同じためオークもまた脛は泣き所だ。

 しかし。

 

「残念、効かんぞ!」

 

 ちびエルフの腕力では打撃は軽すぎた。

 骨に直接痛打を与えられるはずの脛への一撃ですら、オーク戦士には何の痛痒も与えていない。

 お返しとばかりにオーク戦士の両手が上がる。

 

「ほいっ!」

 

「にゃっ!?」

 

「にゃーっ!?」

 

 額に打ち込まれたでこぴんが、ちびエルフの体を軽々と吹き飛ばす。

 勇敢なちびエルフ二人は泣き声を上げながらコロコロと転がっていった。

 オーク戦士は僅かに唇を緩めながら周囲を見回し、大音声を発する。

 

「さあ、他に俺に挑もうという(つわもの)は居ないのか! ここにはもう勇者は居ないのか!

 お前たちを護る戦士は誰も居ないのか!」

 

 応じる者は最早居ない。

 ちびエルフ達は茅葺きテントの陰に隠れ、ぶるぶると震えるのみ。

 オーク戦士は小さく肩を竦めると、握ったボーラを振り上げた。

 

「じゃあ仕方ないな! 恨むなら出てこないお前たちの戦士を恨みな!」

 

 投げられたボーラは、村の外れに建てられた一番大きな茅葺きテントに飛び込む。

 倉庫として使われているテントの中にはいくつかの樽が並べられていた。  

 中身は村特産の油。

 極端な品種改良の末、絞っただけでも高品質な油は可燃性もまた高かった。

 煙玉として用意されたボーラに仕込まれた小さな火種でたやすく燃え上がる程に。

 ボーラが飛び込んだ衝撃で倒れた樽の油に引火すると、たちまち火種はテント中に燃え広がり、炎に包まれた油樽は火柱を上げて破裂した。

 

「あっ……」

 

「にゃぁぁーーっ!?」

 

「にゃーっ!?」

 

 飛び散る火の粉に追い立てられ、陰に隠れていたちびエルフ達が逃げ惑う。

 

「あちゃー……。 可燃物もあったのか」

 

 これは予想外だったのか、一瞬ぽかんと口を開けたオーク戦士であったが、小さく首を一振りすると炎で明るくなった村の中に歩を進めた。

 村の中央の「温かい瘤(ぬっこー)」まで進むと、一心不乱にイモカボチャを焼いているちびエルフを見下ろす。

 

「また肝の太い奴だな……」

 

 肝が太い訳ではない、現実逃避である。

 

「にゃっ!?」

 

 至近距離から掛けられた野太い声に1144は顔を引きつらせると、今更のように逃げ出し手近なテントの陰に飛び込んだ。

 

「おお、素早い」

 

 1144の動きに感心した声を上げると、オーク戦士は「温かい瘤(ぬっこー)」を検分する。

 

「こいつは熱源か? なるほど、これで調理してるんだな」

 

 1144が焼いていたイモカボチャを手に取り、しげしげと眺めた。

 

「よく焼けているな……」

 

 牙の飛び出した口を大きく開け、イモカボチャを齧ろうとするオーク戦士。

 夕飯が食べられてしまう。

 1144は咄嗟に物陰から飛び出すとオーク戦士の足に体当たりを敢行した。

 

「にゃーっ!」

 

「おっ?」

 

 そのままポコポコと筋肉の塊のような足を叩く。

 

「にゃーっ! ばんごはんっ! あげないっ!」

 

「こいつはお前の晩飯か」

 

 両手を振り回して必死に足を叩くちびエルフを見下ろし、オーク戦士はかすかに頬を緩めた。

 

「さっきの奴らのように、たまに勇敢な奴も居るんだな」

 

 見込み違いである。

 1144は先程オーク戦士に立ち向かった二人のように勇敢な訳ではない。

 単に食い意地が張っており、空腹と極度の恐慌により異常な行動を取っているだけであった。

 

「ほら、あーんしろ」

 

 オーク戦士は手にしたイモカボチャを1144の口に押し付けるように返却する。

 

「もがっ」

 

 口の中に入ってきたイモカボチャを思わず噛み締めた。

 

 甘い。

 美味しい。

 幸せ。

 

 元々処理能力の低いちびエルフの脳みそは、幸福な味覚情報に満たされ他の面倒事を一瞬忘れた。

 

「ほら、そっちに行ってろ」

 

 オーク戦士は火のない方向に向けて1144をでこぴんで転がした。

 口いっぱいのイモカボチャを咀嚼するのに夢中な1144は、押し付けられたイモカボチャを抱きしめたまま悲鳴も上げずに転がっていく。

 

「さて、と」

 

 オーク戦士はシーツに使われていたと思しき麻布を広げると、周囲に散らばるイモカボチャを集めて積み上げた。

 手際よく風呂敷包みにして、ひょいと背負う。

 

「この食料は頂いていくぞ! トーン=テキンの為に!」

 

 大音声で勝利宣言を放ったオーク戦士は、巨体に似合わない疾風のような速度で走り始める。

 ようやく1144が身を起こした頃には、すでに影も形も見えない。

 後に残るのは焼け出され、夕飯を奪われて憔悴したちびエルフ達のみ。

 幸い、備蓄の油樽が尽きたのか、火の勢いは弱まりつつある。

 

「にゃー……」

 

 1144は疲れ切った声を漏らすと、イモカボチャをもう一齧りしようと大口を開けた。

 こちらを羨ましそうに見ている同族に気付く。

 

「……」

 

 1144は齧ろうとしたイモカボチャを見下ろすと、端を少し千切り取った。

 

「ろー!」

 

 切れっぱしを見ているちびエルフに渡す。

 しかし、羨ましそうな同族は一人ではない。 

 結局、1144のイモカボチャは細かく千切って配られ、彼女が口にできたのは最初の一口だけだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

乗り切れない人達

SIDE:トーン=テキンのトロフィー ペール

 

 一党のキャンプ地となった洞窟の中で、ペールは黙々と串を作っていた。

 軽宇宙服付属のサバイバルキットに放り込まれていた十徳ナイフで、拾ってきた枝を削っていく。

 光源は小さな焚き火ひとつだが、視覚に優れたドワーフである彼女には問題ない明るさを提供していた。

 ぺきりと音を立てて削りすぎた串が折れる。

 

「あっ、また……」

 

 問題はペールが不器用な事にあった。

 そもそも未来の宇宙育ちに、鉛筆削りの経験などあるはずもない。

 渋い顔のペールは折れた木切れを焚き火に放り込み、次の小枝を手に取る。

 

 悪戦苦闘しているペールと違い、焚き火の向こうに座り込んだ主君の作業は順調だった。

 ご機嫌に鼻歌を漏らしながら手を動かしている。

 姫の手元では、まな板代わりの平たい石に載せられたニワトリっぽい鳥がモツを抜かれて解体中であった。

 

 件の鳥は通常のニワトリよりも胴が太くて丸く、代わりに羽と足が短い漫画的にディフォルメしたかのような姿をしている。

 エルフ要塞の中に生息していた鳥だが、野生動物として考えるとおそろしくトロくて警戒心のない生き物だ。

 蔓を利用した簡単な括り罠であっさりと捕獲できてしまう。

 鈍臭く空も飛べない鳥なので、同じく鈍臭いちびエルフ達でも捕獲できるに違いない。

 虫などを食べる生態系の上位役として配置された鳥類で、エルフ達のタンパク源も兼ねているのだろうと、カーツは推測していた。

 

 ニワトリモドキを解体していく姫の手際には迷いがない。

 刃渡りが短く調理に向かない十徳ナイフとは思えない速度だ。

 姫が捌いているニワトリモドキは、姫が手ずから仕掛けた括り罠で捕らえた獲物である。

 首を落として血抜きをし毛を毟って捌いて食肉にする、その全ての工程を姫が担当していた。

 それもかなり楽しそうに。

 初回こそカーツの指導があったものの、数日を経た今ではすっかり熟練している。

 データベースで学んだ狩猟の知識を伝授したカーツよりも、手際は上になっているかも知れない。

 

「いいんでしょうか、こういう事を覚えさせちゃって」

 

「んー? なぁにぃ?」

 

 正確に一口サイズに切り分けた鶏肉をまな板石の上に並べていた姫は、ペールの呟きに鼻歌を止めて顔を上げた。

 

「いえ、こういう作業ってお姫様のやる事かなあって」

 

「だって、ペールは出来ないじゃない」

 

「そ、そうですけどぉ……」

 

 グロ耐性がまるで無いペールは、モツがドロドロの解体作業をリバースの末リタイアしていた。

 一方、箱入り育ちで有りながら姫の方はケロリとしている。

 戦闘種族の面目躍如という所か。

 

「適材適所って奴よ、これも。 ペールは串を用意して、あたしはお肉を用意して、カーツが他の物を略奪してくる、それでいいじゃない」

 

 軽く言ってのけた姫はわずかに小首を傾げると、にんまりと笑みを浮かべた。

 

「これ、ちょっと新婚さんっぽくない? 外で働く旦那さんを手料理で迎えるの!」

 

「……そーですね」

 

 姫の妄言にペールは当人の胸元よりも平坦な声で応じた。

 納得する一面も無いわけではない。

 ノッコから聞いた話では姫の母親である女王に懸想しているらしいカーツだが、姫を憎からず思っている様子なのは傍から見ても判る。

 船のジャンプドライブが直らず、ここにずっといる羽目になったという前提なら、カーツと姫が結ばれるのは確実だろう。

 この適応力の塊のような姫ならば、ここでのワイルドそのものなサバイバル生活も苦にするまい。

 そのまま、この要塞で新たなトーン=テキン氏族が発生するのだ、きっと。

 二人をミニチュア化したような子供達に囲まれたカーツと姫の姿が脳裏に浮かぶ。

 

「はぁ……」

 

 おそらく、その未来だと自分はそこに居ない。

 この石器時代のような生活環境に長く耐えられるとは思えない、ペールは根っからの宇宙っ子なのだ。

 ドワーフ少女の持つ宇宙船クルーの素養は、アウトドア生活では何の役にも立っていなかった。

 明らかにお荷物になっている自分の体たらくに、気が滅入ってくる。

 

 マイナス方面に傾きつつあるペールの精神状況は、ドワーフの持つ種族特性が悪い方向で発揮された結果であった。

 戦闘種族であるオークは良くも悪くも大雑把な精神性を持っており、その分タフである。

 一方、分類するならば斥候種族といえるドワーフは、その注意深さ故に心配性なタイプが多い。

 ペールの場合、心配性に加えてシャープ=シャービング氏族の虜囚として過ごした過酷な日々で染みついた自己評価の低さも組み合わさっている。

 自分は役に立っていない、お荷物は捨てられてしまう。

 姫もカーツも、そんなに薄情ではないと思いつつも生じた不安はペールを苛んだ。

 

 不意にカラカラと乾いた音が鳴る。

 洞窟の入口に仕掛けた鳴子だ。

 陰鬱に沈みかかったペールは喝を入れられたかのように顔を引き締め、姫と視線を交わす。

 緊張が走る主従であったが、続いて響いた精悍な声に笑みを浮かべて立ち上がった。

 

「ただいま戻りました」

 

「カーツ!」

 

「お帰りなさい!」

 

 戦利品の包みを抱えたカーツに姫と飛びつきながら、確かに新婚さんっぽいのも悪くないかも知れないと思い直すペールであった。

 

 

 

SIDE:F号要塞フォーティチュード 護衛官(ガーゼス)465

 

 消火完了から数時間が経ちながらも、集落の中には燻られた生木特有の煙たさが残っている。

 嗅ぎ慣れない臭いに顔を顰めながら465は周囲を見回した。

 465率いる護衛隊が運んできたイモカボチャの配布にちびエルフ達が群がっている。

 そのうちの何人かが目が合うのを恐れるように、そっと視線を逸らした。

 指揮官の成人エルフがちびエルフ達に敬意や憧れの視線を向けられるのはよくある話だが、そういうのとはちょっと違うように思える。

 逸らされた視線に自分を責めるような色を感じ、465は内心で怯んでいた。

 

「ふぅ……」

 

 景気の悪い溜息が出る。

 この数日、要塞を悩ましている略奪事件、その調査と後始末に護衛隊は奔走していた。

 幸い人的被害はないが物資は強奪され、あちこちの施設が破壊されている。

 荒事に縁のない後方のちびエルフ達には明らかな動揺が広がっていた。

 

 襲撃犯はたった一人のオーク戦士。

 そしてそれを招き入れる原因となったのは465だ。

 465が余計な事をしなければ、この面倒事は発生しなかった。

 その事を責められている。

 

 ちびエルフ達の態度をそう感じるのは、465自身の負い目による疑心暗鬼だ。

 実際の所、大多数のちびエルフはそこまで難しい話は考えていない。

 頭にあるのは、落ち着かないので早く犯人を捕まえて欲しいなぁとか、もっとイモカボチャ持ってきてくれないかなぁ程度の事だ。

 

 生き残った数少ない指導者の一人であるという自負と責任感が465を過剰に責め立て、駆り立てている。

 この自負こそが無理な外部戦力の誘致など、彼女の行動を空回りさせている原因なのだが。

 

「貴女も来ていたの」

 

 耳に甘い蠱惑的な声音に振り返る。

 数少ない同格の指揮官、補給官(サーブス)の217と彼女の配下の色黒ちびエルフ部隊だ。

 色黒ちびエルフ達はイモカボチャの詰まった背負子を担いでいる。

 

「略奪に遭ったって聞いたから、食料を持ってきたんだけど。

 被っちゃったわね」

 

「そっちも、一緒に、配るか?」

 

「ダメよ、余剰なんてないんだから」

 

 217は真顔で首を振った。

 

「この物資は別の用途に使うわ」

 

「別の用途?」

 

 首を捻る465に、217は艶然と微笑む。

 

「略奪者なら、物資が沢山あれば狙いたくなるかもしれないでしょう?」

 

「……そうかもしれんが、誘き寄せて、どうするんだ」

 

 465は顔を顰めながら問う。

 悔しいがあのオーク戦士に自分は及ばない。

 奴を誘き寄せたとしても、取り押さえるのは無理だ。

 

「その為の手筈は準備してあるわ」

 

銀河棍棒(PSYリウム)か? あれは強化なしでは、使えまい」

 

 銀河棍棒(PSYリウム)はオークにも痛打を与える凶悪な武器だが、余りにも重たすぎるため要塞と直結した蔦を使用した肉体強化が必須だ。

 ホームグラウンドの要塞内とはいえ、どこでも使える秘技ではない。

 

「強化なしで使う方法を用意したのよ」

 

 217が指を鳴らすと、大柄な人影が姿を現した。

 

「なっ!?」

 

 ゆっくりと近づいてくる筋骨隆々のオーク戦士に465は驚きの声を漏らす。

 465を圧倒したオークとは違う、弁髪の戦士は股間を僅かに覆うスパッツのみで逞しい肉体を晒していた。

 その全身には制御と強化を担う蔦が幾重にも絡みついている。

 緑の縄を掛けられたようなその姿は、古き知識を持つ者ならばこう評したであろう。

 亀甲縛りと。

 だが465が驚愕したのは、その装束ではない。

 彼女の視線はオーク戦士の頭をぐるりと取り巻く、冠を思わせる茨に注がれていた。

 茨から生える長すぎる棘は、虚ろな瞳のオーク戦士の頭蓋に食い込んでいる。

 

「洗脳したのか!?」

 

「仕方ないでしょう、反抗的なんだし」

 

「だからと言って、こんな手段は!」

 

 217は溜息をひとつ吐き、ぐいと詰め寄った。

 465の豊かな胸を、それ以上のサイズの217のバストが押し潰すほどの至近距離で、顔を覗き込まれる。

 217の細い瞳の奥には明確な怒りの火が灯っていた。

 

「じゃあどうするって言うの? 元は貴女が引き寄せて不意打ち仕掛けたんでしょうに。

 初手から穏当な手段を潰しておいて、今更」

 

 言葉に詰まる465に、217は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「中途半端なのよ、貴女は」

 

 吐き捨てて身を翻した217に、オーク戦士は機械的な動作で追従する。

 

「うぅ……」

 

 自らの空回りを自覚し有効な手段を打ち出せない465は、217の所業に嫌悪を覚えつつも引き留める事ができなかった。




・『囚われた騎士に卑猥な衣装を着せる』
以上の実績を解除しました。


以前から頂いております書籍化の話ですが、ゆっくりと進行中です。
徐々に目途は付いてきているので、もうしばらくお待ちください。


ポシャってないよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スペースおねショタ

SIDE:戦士 カーツ

 

「そろそろ、あちらさんも焦れてくる頃合いですね」

 

 焚き火の前で姫お手製の串焼きを貪りつつ、エルフの出方を推測する。

 

「このまま襲撃を続けてると、罠でも張られるって事?」

 

 姫はスライスしたイモカボチャを焚火で炙りながら、小首を傾げた。

 

「また銀河棍棒(PSYリウム)を持ち出してくるかな?」

 

「でしょうね、狙い目だ」

 

 俺は次の串を手に取りつつ、牙を剥く。

 銀河棍棒(PSYリウム)の最も危険な点は意志の刃(ウィルブレイド)の長い射程だ。

 下手にトーン09の近くで振り回されては船をぶった斬られかねない。

 船と姫の安全さえ確保できているなら、銀河棍棒(PSYリウム)を持ち出されようとも何とかできる自信はあった。

 どうせなら、あの珍しい武器を頂いて行こう。

 

「お礼参りの略奪品としちゃあ、銀河棍棒(PSYリウム)くらいしか価値のある物がありませんからね、この要塞」

 

 文化の方向性が違いすぎるせいで、エルフは俺達が貴重と思う物品を碌に所持していない。

 

「このイモなんだかカボチャなんだか判んない植物くらいだものねえ、持ってきて嬉しい物って」

 

 姫はいい具合に炙られたイモカボチャの断片を口に放り込み、相好を崩す。

 

「んっ、甘い!」

 

 もぐもぐと口を動かしながら満面の笑みを浮かべる姫に、俺の頬も緩んだ。

 

「ペールは何か手に入ると嬉しい物ってあるか?」

 

 無言で食事を続けているドワーフ少女にも声を掛ける。

 もそもそと串焼きを齧っていたペールは、よく焼けた鶏肉に目を落しながら呟いた。

 

「お塩があると、嬉しいですねぇ……」

 

 

 

 

SIDE:「残り火」のノッコ

 

 カーツ達と逸れたトーン08のメンバーも無為に過ごしていた訳では無い。

 ランデブーポイントの小惑星帯に3日待機した後、トーン09に何らかのトラブルが発生したと判断、独自の行動を開始する。

 ドリルインストラクターのノッコと知恵袋のボンレー、歴戦の二人は意見交換の末、トーン09は何らかの故障で入植が行われていない無人の星系で遭難していると結論付けた。

 もしもジャンプアウト先で船が壊れてしまったとしても、開拓コロニーのひとつでもあれば略奪で船を確保するだろう。

 カーツならそれくらいやってのけて当然と、ノッコと舎弟衆は想定していた。

 安定の信頼感である。

 そのカーツが合流していないという事は、船を調達できない場所で動けなくなっているのだと仮定したのだ。

 ならば、迎えに行かなくてはならない。

 

 一旦状況を見定めれば、高速思考のフービットと果断なオークという戦闘種族チームだけに、次の行動決定は早い。

 星図を引っ張り出して、トーン09の民生用ジャンプドライブで届く範囲の無人星系をピックアップする。

 後は虱潰しのローラー作戦。

 万一のすれ違いを防ぐために置き手紙のメッセージビーコンを設置したランデブーポイントを基点とし、候補の無人星系へジャンプするのだ。

 ジャンプ後、すかさずジャンプエネルギーのリチャージを開始しつつ星系内をサーチ。

 トーン09の痕跡が無ければ次の星系へジャンプという、総当り脳筋戦法である。

 

 元々トーン08の操船を任されているボンレーと、おやつの差し入れに来たまま成り行きで乗り込む事になってしまったジョゼは2直体制で連続ジャンプのオペレートを行っている。

 促成の新米船員であるジョゼの負担が多いためノッコは手伝いを申し入れたが、戦闘機隊は万全でスタンバイしておくべきとボンレーは謝絶した。

 結果、大車輪の勢いで連続ジャンプ作業に従事するボンレーとジョゼに対して、ノッコと舎弟三羽烏は暇を持て余すという状況になってしまった。

 戦闘種族に暇を与えると、どうなるか。

 それはもう鍛錬しかない。

 

「うおぉっ!?」

 

 寡黙なソーテンの口から珍しい悲鳴が飛び出すと同時に、彼のバレルショッターは撃墜判定を受けシミュレーターから除外される。

 下手人のノッコの頭には、すでに彼の事はない。

 炯炯と光る青い瞳は次のターゲットであるフルトンの機体を捉えている。

 

「たまとったらーッスーっ!!」

 

 喚きながらレーザーキャノンを乱射するフルトン。

 威勢のよい叫びの割に後退しつつの砲撃だが、腰の引けたヤケクソの弾幕ではない。

 一発一発に注入するエネルギーを減らしてばらまく弾幕モードながら、ノッコを追い詰めようという意思の宿った光の投網だ。

 ノッコは『包帯虎(バンディグレ)』をひらひらと操り、照射スパンの短い光弾の隙間をくぐり抜ける。

 フルトンの狙い通りに回避運動を強いられる『包帯虎(バンディグレ)』へ、頭上から新たな閃光が浴びせられた。

 

「姐さん! お覚悟ーっ!!」

 

 ベーコ機がレーザーを撃ちまくりながら突っ込んでくる。

 こちらの動きをフルトンの弾幕が阻害し、ベーコが仕留めようというコンビネーションだ。

 

「悪くない」

 

 教え子の作戦にノッコは唇の端をわずかに吊り上げ、ミッションレバーをマキシマムに叩き込んだ。

 機首を跳ね上げスラスターを全開で吹かし、ベーコ機に向けてまっしぐらに突撃する。

 真っ向勝負のヘッドオン、最も互いを撃墜しやすい危険な体勢だ。

 この場合の対処について、ノッコが教え子たちに行った指導はたった一言だけ。

 

 びびるな、と。

 

「うおぉぉっ!!」

 

 雄叫びを上げながら突っ込むベーコの挙動には欠片も躊躇いはない。

 

「うん、それでいい」

 

 移り気でお調子者なベーコが示した愚直さにノッコは満足げに微笑むと、教え子に次の段階の戦闘機動(マニューバ)を披露した。

 小さな手のひらが操縦桿には精妙な微調整を、ミッションレバーには小刻みなシフトチェンジを入力する。

 

「なぁっ!?」

 

 ベーコの目の前で衝突寸前の『包帯虎(バンディグレ)』がくるりと縦に半回転した。

 進行ベクトルを維持したまま尻を向けた『包帯虎(バンディグレ)』が瞬くようにスラスターを吹かす。

 

「うわあっ!?」

 

 噴射炎に目を焼かれたベーコ機から、くるくると回転しながら離脱しつつパルスレーザーを一斉射。

 ベーコのバレルショッターのコクピットに赤い閃光が吸い込まれると同時に、スラスターが再点火される。

 何事もなかったかのように飛翔を再開する『包帯虎(バンディグレ)』の背後でベーコ機が爆散した。

 

「ありっスか、そんなのぉっ!?」

 

「戦場じゃあ『なし』な手なんてないんだよ」

 

 曲芸じみた戦闘機動(マニューバ)に悲鳴を上げるフルトン機を容赦なくパルスレーザーで穴だらけにした所で、シミュレーターは終了する。

 半球状モニターに点灯するYou Win!の表示に瞳を細めながら、ノッコはヘルメットを脱いだ。

 汗で湿り頭皮に張り付くベリーショートの赤毛を指先で掻きまわすと、シートのラックに放り込んでいたボトルを手に取る。

 飲み口チューブからちゅーちゅーと音を立てながらミネラルウォーターを吸っていると、戦闘の熱が徐々に冷えていく。

 

「ふー……」

 

 少し、気が静まった。

 トーン09と逸れて以来、ノッコの平たい胸の内には常に焦燥の火が燻っている。

 あちらに居るフィレンの心配、ではない。

 実の所、ノッコはすでにフィレンは自らの手を離れたと感じている。

 カーツ隊に配属以降のフィレンはメキメキと腕が上がり、視野も広くなってきた。

 ノッコの目から見ても一人前の戦士と言えるだけの成長を果たしている。

 今の彼なら不覚を取ってノッコに再教育を課せられるような事もあるまい。

 

 心配しているのはカーツの方だ。

 彼の腕に危惧を抱いている訳ではない。

 カーツの戦士としての技量には全幅の信頼を置いている。

 その上でノッコはカーツの事が気に掛かっていた。

 

 逸れる寸前のバグセルカーとの戦闘で、彼は死にかけた。

 それも、ノッコを庇った事が原因で。

 負い目がある。

 それと同時にノッコ自身不可解な事ではあるが、奇妙な胸の高鳴りも覚えていた。

 

 ノッコは誰かに護られた経験がない。

 独立独歩というよりも各々が牙を剥きあう狂犬の如きフービットどもは、ノッコ自身のようなごく一部の例外を除いて他人を助けたりなどしない。

 狂奔して吶喊する同族のフォローをした事は数多あれど、自らの面倒を見られた事はなかった。

 また、かつてのノッコの主であったビルカンとの関係はあくまでトロフィーに終始しており、共に戦場に出た事はない。

 偉大な戦士ビルカンへ今も敬意を抱いているノッコであったが、彼とは背中を預けあう間柄ではなかったのだ。

 

 その点、カーツは違う。

 女王からの御達しがあったとはいえ、トロフィーのノッコをごく自然に戦力として扱い、頼り、背を預ける。

 フービットにしては温厚で変わり者の部類であるノッコだが、戦闘種族の血には抗えない。

 戦士として頼られれば、この上ない充足を感じるのだ。

 

 ノッコの見る所、現時点のカーツは最盛期のビルカンの域に至っていない。

 しかし彼は年若く、未だ豊富な伸び代を有している。

 そんな成長途上の若き主が、自分を庇って傷つき、死に瀕した。

 ノッコにとって痛恨の不覚でありながら、瞬時に自分を超える速度で判断を下した主に驚きと喜びを感じる。

 敗北を喫したとはいえ総合力ではまだ自分の方が上だと見ていた主が、いつの間にか力を伸ばしていた。

 姫を預かるという重圧が、若き戦士を強く奮起させている。

 

 先達として導かねばならないと内心考えていた年下の主が示す想定以上の実力に、ノッコは驚き、瞠目し、胸を高鳴らせた。

 言うなれば「未熟な少年の男前な行動にキュンと来ちゃうお姉さん」の構図。

 スペースおねショタである。

 見た目の年齢差が実際とは逆な事など、些細な話であった。

 

「向こうがその気ならやぶさかじゃないって思ってたけど……こっちがその気になっちゃったな」

 

 ボトルのチューブを咥えたまま呟く。

 姫がカーツにご執心な事は知っている。

 そのアプローチが今ひとつ効果を発揮していない事も。

 頑張っている姫には悪いが、ここは横からかっさらわせて貰おう。

 お姉さんの手管は小娘とは一味違うのだ。

 

 ノッコの顔に肉食獣めいた微笑みが浮かぶ。

 自信満々なノッコではあるが、彼女もその方面の経験はビルカンだけ、それも相手に捕えられた結果なので熟練とはとても言えない。

 それでもフィレンという成果が存在する以上、アドバンテージは自分にあると考えていた。

 0と1の間には果てしない差があるのだ。

 

 一方、カーツに対するアプローチに思考を回し始めるノッコを他所に、教え子たちはオープン回線でデブリーフィングを行っていた。

 より正確には消沈した愚痴大会である。

 

「まーたーまけたっスー……」

 

「テンミニッツチャレンジならずか、惜しかったなあ」

 

「何それ」

 

 知らない単語が耳に入り、ノッコは口を挟んだ。

 

「姐さんとの模擬戦で10分生き延びれるかってチャレンジっす。 今んとこ、全敗だけど……」

 

「それ、成功して何か景品でも出るの?」

 

「なんにもないっス!」

 

「まあ、オレら三人でやってるお遊びっすからねえ」

 

「それじゃ、私が景品を用意してあげるよ」

 

「まじっスか!?」

 

 喜色の声を上げる教え子たちにボトルのチューブを噛みつぶしながら告げる。

 

「私とのマンツーマンレッスンの権利。 みっちりしごいてあげる」

 

「罰ゲームじゃないですか、やだー!」

 

「ふだんとあんまりかわんないっスー!」

 

 悲鳴を上げる教え子たちだが、銀河屈指の戦士であるベテランフービットの指導は、人によっては大金を積んでも受講したいレッスンであった。

 修了まで耐えきれる者はあんまり居ないが。

 

「えー、テステス」

 

 鍛錬後の師弟コミュニケーションの場であるオープン回線に、電子音と共に新たな入場者がログインする。

 

「あってーんしょーんぷりぃーず! ジャンプエネルギーのチャージが完了しましたー、本艦は只今よりジャンプに入りまーす。

乗員の皆さんはなーんかいい具合の体勢でジャンプに備えてくださーい」

 

「うっわ雑」

 

「ジョゼさん、つかれてないっスか…?」

 

「あっはっは、疲れてないわけないじゃなーい」

 

 通信ウィンドウに映るジョゼの顔には疲労の色が濃く、目元にはくっきりと隈が浮いていた。

 

「お姫とカーツさん達を見つけるまでは、疲れてても踏ん張らないといけないからねぇ。 それじゃ、行くよぉ!」

 

 カウントダウンもなしにジョゼはジャンプドライブを起動させた。

 モニターに映る星空が滲んで歪み、三半規管を搾り上げられるような不快感と共にトーン08は新たな星系へと転移する。

 途端にまばゆい白光を放つA型恒星が眼前に現れ、ノッコは目を細めた。

 

「あれ……?」

 

 通信ウィンドウの中のジョゼが、疲れた目を凝らした。

 

「レーダーに感有り! トーン09じゃないけど、なんか変なのがいる!」

 

 報告の内容は雑だが、すぐさまデータリンクで戦闘機隊にも情報共有を行う辺り、ジョゼのオペレーターとしての練度は上がってきている。

 戦闘指揮官代理としてジョゼの評価を上方修正しつつ、ノッコは転送されたデータを確認した。

 

「これは……エルフの要塞? なんでこんな所に」

 

 トーン08が出現したA型恒星の天頂点、宇宙においては至近距離といってもよい程の距離に巨大な球状物体が浮かんでいる。

 経験豊富なノッコは巨大要塞の正体を即座に看破したが、この宙域にエルフの要塞がいる理由までは判らない。

 

「姉さん、デカブツの方から船がこっちに向かって来てる!」

 

「接近まで、どのくらい?」

 

「えっと……この速度だと、15分くらい!」

 

「すぐにボンレーさんを起こして。 エルフと揉める理由はないけど、念のため」

 

「りょーかい!」

 

 二交代制のため休憩を取っていたボンレーが、連絡を受けブリッジに駆けつけてくる。

 

「エルフですか、これはまた珍しい」

 

 憔悴したジョゼとは違い、普段通りに落ち着いたボンレーの声音には疲労の影は見えない。

 

「我々オークが下手に顔を出すと、無駄に警戒させてしまいますね。 あちらとの通信はジョゼさんにお任せします」

 

 奇しくもトーン09の面々と同じような判断により、無難な見た目のジョゼが対応役に抜擢される。

 

「戦闘機隊は、そのまま待機を」

 

「了解」

 

 ノッコとボンレーはどちらもカーツの副官であるが、戦闘時担当と平時担当で役目を分割している。

 こういった分業は往々にして互いの職分で摩擦や衝突を生むものだが、どちらも戦闘種族の出自であるノッコとボンレーに関しては問題はほとんど生じていない。

 双方とも武力を起点としたシンプルな判断を行う為、意見の相違がないのだ。

 

「通信入りました、モニターに出します!」

 

 トーン09のメインスクリーンに通信相手が映し出される。

 色素の薄い金髪をおかっぱに切りそろえた、色白で細身の少女が画面外へ顔を向け、何やら指差して指示を出している。

 

「通信、まだ? 早く、繋いで。

 え、もう、繋がってる?」

 

 横合いから猫の鳴き声を思わせる声を掛けられた少女は、慌てて正面に向き直った。

 小さく咳払いして話し始める。

 

「私は、F号要塞フォーティチュード所属、護衛隊(ガーゼス)の840。 そちらは、どこの、所属か」

 

 ピーカ姫と同じ年頃のように見える少女は、ぶつ切りの単語を重ねたような言葉使いで誰何を行った。

 あらかじめの取り決め通り、ジョゼが対応を開始する。

 

「えー、こちらはテキン運送所属の輸送船、トーン08です、ジャンプの中継点で立ち寄っただけですんで……」

 

 相手の機嫌を窺うようなジョゼの言葉に、840と名乗った少女は眉を寄せた。

 

「テキン運送? トーン08? ……トーン=テキン!」

 

 少女の愕然とした叫びと共に、画面の向こうから「にゃーっ!?」と猫のような悲鳴が上がる。

 

「攻撃! 攻撃開始!」

 

「え、ちょ、ちょっと!? なんで!」

 

 いきなりの物騒な宣言に仰天するジョゼの言葉を待たず、通信は切れた。

 接近中のエルフシップが増速し、搭載戦闘機が飛び出してくる様がレーダーレンジに映し出される。

 

「えええ……なんでぇ……」

 

 呆然と呟くジョゼを他所に、歴戦のボンレーとノッコは落ち着いた様子で状況を分析する。

 

「ふむ、うちの氏族は古株なので、以前エルフと揉めた事もあるのかもしれませんが」

 

「カーツと姫様がこいつらに何かした可能性もあるね」

 

「ですな。 どうやら荒事は避けられません、ノッコさん、指揮権を移譲します」

 

「了解、任された。 戦闘機隊、出るよ」

 

 

 

SIDE:F号要塞フォーティチュード 護衛隊(ガーゼス)840

 

 840は幼体固定を解除され、指揮官(コマーダー)に成長中の元ちびエルフだ。

 半年前の大戦で失われた指揮官(コマーダー)の補充要員として抜擢された一人である。

 彼女を選んだのは上官である465、ちびエルフの中では珍しい向上心を買っての抜擢であった。

 

 選び出されて以来、培養槽に浸かって心身の成長促進を行っていたのだが、不十分な成長度合いで駆り出されていた。

 トーン=テキンの戦士を名乗るオークが要塞に入り込み、好き勝手に暴れているのだ。

 護衛官465はその対応に追われて、要塞内から目を離せなくなってしまった。

 要塞外のパトロールという護衛隊(ガーゼス)本来の任務は、培養槽から急遽引っ張り出された840に押し付けられる事になった。

 840に否やはない、むしろ誇らしい事と受け止めていた。

 上司である465を尊敬し、自分も立派な指揮官(コマーダー)足らんと志す840は、未熟な身ながら与えられた任務に全力で取り組んでいた。

 

 465の方も840が未だ指揮官(コマーダー)個体としては未完成で、本来頼れる状態ではないと判っている。

 それでも、要塞外の警戒を行うぐらいは可能だと評価していた。

 要塞内で跋扈するオーク戦士とやりあうより、よほどマシという判断だ。

 まさかオークのお代わりとオークと同じくらいヤバいフービットがやってくるなど、想定しているはずもない。

 

「トーン=テキン……ここで、仕留めないと」

 

 培養槽の中に居たので直接は相対していないが、トーン=テキンのオーク戦士の厄介さは聞いている。

 この連中は増援だろう、合流させてはいけない。

 ここでこいつらを倒す事は、尊敬する上司への援護になるはずだ。

 840は少女らしさを増した可憐な美貌を緊張で引き締めながら、初陣に挑む。

 

 

 

 

 そして、ぼっこぼこに負けた。

 

 

 

 

「それで? オークの戦士を捕らえたって?」

 

 ちびエルフよりはちょっと大きいといった背丈の女が、青い瞳でこちらの顔を覗き込んでくる。

 その口調は平坦で、それでいて明らかな怒りを抑えているのが明白だ。

 

「答えたくないの? それなら」

 

 唇を噤む840に対し、フービットの女は彼女の視界から消えた。

 

「ま、待って」

 

 首を捻って女の姿を追うが、それ以上は体が動かない。

 840は屈強なオーク戦士の小脇に、荷物のように抱えあげられていた。

 筋肉の塊のようなオークの腕で胴体を押さえられ、身動きもできない。

 

 ちびエルフ時代から更新されず寸足らずのミニスカワンピのようになってしまった貫頭衣の短い裾はまくり上げられ、840の尻はむき出しにされていた。

 フービットの女は異様にスナップの利いた平手を、白い尻に叩きつける。

 

「にゃーーーっ!?」

 

 激痛に840の口から原初の悲鳴が迸った。

 

「痛い目に遭いたくないなら、早く答えなさい」

 

 平手がもう一発。

 840が上げる悲鳴に、ブリッジの物陰に隠れたちびエルフ達はぶるぶる震えながら頭を抱えて丸くなった。

 

 840の命令で戦闘が開始されてから30分。

 すべての艦載機は撃墜され、乗り込んできたフービットとオークによってブリッジは制圧されていた。

 完膚なきまでの敗北である。

 そして、捕獲された840は尻叩きの拷問で情報を吐かされていた。

 

「にゃっ、にゃあっ、や、やめ、やめて」

 

「やめて欲しいなら答えなさい」

 

 背後で手が振り上げられる気配。

 

「オークの戦士、一人捕らえたって聞いた! でも、それだけしか、知らない! あとは、オークの戦士が、要塞内で逃げ回って、暴れてるって」

 

 糸目からぼろぼろと涙を零し、しゃくりあげながら840は知っている事を喋る。

 指揮官(コマーダー)候補とはいえ、元はちびエルフの840には激痛を受けた事もなければ我慢する訓練もしていない。

 白い尻が真っ赤になる前に、840は屈服していた。

 

「ふぅん、そう、捕まったの……。 そう……」

 

「あの、姐さん、なんか妙な気分になってきたんスけど、こいつ貰ってってもいいですか?」

 

 どこか剣呑な口調で呟きを漏らすフービットに、840を抱えたオークが何事か訴える。

 貰われるとどうなってしまうのか判らないが、何となくろくでもない気配を感じた840は涙でぐちゃぐちゃになった顔でフービットを見上げた。

 

「そういうのは後でカーツに相談して。 それよりも」

 

 フービットは840の顎を小さな手で持ち上げると、真正面から糸目を覗き込んできた。

 

「私たちも要塞に入る必要がある。 案内してね?」

 




旧年中は大変お世話になりました、来年はもっとペースを上げていきたいと思っております。



春くらいにはちょっとご報告できそうな感じらしいです(ふわっと感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《余話》再起の宇宙騎士(テクノリッター)

お久しぶりです、危うく死にかけておりましたが何とか生きております。
間が開いておりますので、仕切り直しに余話をお届けいたします。
時系列は「傭兵の晩酌」のちょっと前辺りになります。

なお、諸事情により、神聖フォルステイン王国の国名を神聖シャノイマン王国に変更いたします。


神聖フォルステイン王国を神聖シャノイマン王国に変更

 

SIDE:宇宙騎士(テクノリッター)アグリスタ・グレイトン

 

 神聖シャノイマン王国、複数の星系に跨がる有数の星間国家。

 その頭脳中枢を務める王国評議会に、アグリスタは出頭していた。

 正確には、ホログラムアバターでの出席である。

 

 賊のオークとの戦闘でサイボーグボディの大半を損失するダメージを受けたアグリスタは、首星の工廠でメンテナンスを受診中。

 ほとんど再構築とも言えるほどの大規模メンテナンスで、工廠から出る事もできない。

 もっとも王国評議会にはアバターで参加する評議員は多く、彼女の行動は無礼には当たらなかった。

 広大な領域を支配する王国ゆえ、遠隔通話での会議参加は当然の事である。

 

 アグリスタに用意された評議会議席に表示されるホログラムアバターは、重厚な騎士鎧を思わせるサイボーグボディのデザインではない。

 愛らしく整いつつも気の強さを感じさせる金髪碧眼美少女の姿、すなわち機械化される前の生来の容姿だ。

 神聖シャノイマン王国最年少宇宙騎士(テクノリッター)であるアグリスタのアバターはあからさまな仏頂面を浮かべていた。

 このアバターを好んでいないのだ。

 

「まったく、何で今更生身の仮装など……」

 

 神聖シャノイマン王国はサイバネティクス技術に秀でた星間国家である。

 高性能な宇宙騎士(テクノリッター)を擁するだけでなく、その技術は民間にも恩恵をもたらしておりサイボーグ化を含めた高度な医療が広く普及していた。

 その一環として美容整形の分野も発達し、生来の姿から変化した者も数多い。

 余りにも手軽に現実の姿の変更が可能なため、逆に電脳世界においては本来の姿で応じるのがフォーマルであるという文化が生じていた。

 

 アグリスタの自己認識は完全に無骨なサイボーグボディが基本となっている。

 今更金髪吊り目ツインテール美少女なアバターを被せられても落ち着かない。

 だが、己の失態に対する問責の場にアバターで出頭するとあらば、王国に50人といない宇宙騎士(テクノリッター)とて礼儀に則ったフォーマルな装いをせざるを得ないのだ。

 

 問責会議が始まると、与えられた自席に立つように表示されたアバターへ追求の言葉が降り注ぐ。

 

「サイボーグ体だけでなく決闘機(ジョスター)まで全損状態とは……」

 

「君の修復に、国民の血税がどれ程必要になると思っているのかね?」

 

「勝敗は兵家の常とはいえ、負け方というものもあるのではないか?」

 

 評議会議員達のネチネチとした追求に、アグリスタのアバターは唇を噛む。

 彼らの言葉も一理あると理性では理解しているが、納得は別だ。

 批判と追求を受け、可憐な少女騎士の美貌は屈辱に歪んでいく。

 普段は面貌で隠しているだけに、アグリスタは表情を取り繕うのが下手であった。

 悔しげにしつつも反論できない美少女騎士のアバターに、議員達の舌鋒は鋭さを増していく。

 アグリスタの忍耐が限界を迎えるよりも早く、独特の電子音とアナウンスが議員達の言葉を断ち切った。

 

「新規ログインを確認、神聖シャノイマン王国永世国王エニアック256世陛下の御成りです」

 

 アナウンスに目を見張ったアグリスタのアバターは、その場で片膝をつき祭壇に向けて頭を垂れる。

 議員達も一斉に口を閉じると起立し、深々と腰を折る礼を行った。

 議長席の背後に置かれた祭壇にホログラムのアバターが出現する。

 映し出されたのは黒く四角い板、典型的なモノリス状のアバターであった。

 明らかに人間では無いアバターは神聖シャノイマン王国の文化からするとフォーマルからかけ離れたものであったが、「(それ)」は唯一そのアバターが許される存在である。

 まさにその通りの姿が「(それ)」の外見なのだから。

 神聖シャノイマン王国を永久(とわ)に導く永世国王エニアック256世、遙かな過去に誕生したコンピューターの始祖の偉大なる末裔である。

 

「顔を上げ、ご着席ください、皆さん」

 

 耳に優しく心を落ち着かせるように計算し尽くされた合成音声(マシンボイス)に従い、評議員達は顔を上げて着席する。

 本日の問責対象であるアグリスタのみ、片膝をついたままの姿勢で顔を上げた。

 その顔は叱責への緊張と怖れ、そして拝謁の喜びが混ざり合い、不器用に強張っていた。

 

「へ、陛下、このような些事にお出ましになられるとは……」

 

 恐縮した声をあげる議長に、電子の国王は否定の合成音声(マシンボイス)で応じる。

 

「いいえ。 宇宙騎士(テクノリッター)アグリスタは私の演算により選出された騎士。

 彼女の進退に関わるとあらば、私が顔を出さない訳には参りません。

 まあ、私にフェイスパーツはないのですが」

 

 完璧にして公正な為政者エニアック256世唯一の欠点と秘かに噂される下手なジョークを飛ばすと、国王のアバターはアグリスタへ向き直った。

 アグリスタのアバターは片膝をついた姿勢のまま、巨大なモノリス状の国王を見上げる。

 黒曜石の艶やかさを持つアバターは静謐な合成音声(マシンボイス)で問いかけた。

 

宇宙騎士(テクノリッター)アグリスタ、あなたはまだ戦えますか?」

 

「戦えます!」

 

 即答する騎士に、国王のアバターは表面を淡く発光させた。

 

「あなたを打ち倒した賊と再び対峙したら、どうしますか?」

 

「叩き潰し、裁きを与えます!」

 

「よいレスポンスです、心は折られていないようですね」

 

 満足げな合成音声(マシンボイス)を発し、モノリス状のアバターは議長に向き直った。

 

「アグリスタに雪辱の機会を与えましょう。

 サイボーグ体と決闘機(ジョスター)の修復を許可します。

 それと、海賊駆逐専任の部隊を設立しアグリスタに預けます」

 

「へ、陛下! それは余りにも温情が過ぎるのでは……!?」

 

 思わず口を挟む議長であったが、電子の国王は柔らかな口調を崩さずに続ける。 

 

「私の見出した騎士です、それだけの期待を掛けても良いでしょう。

 よろしいですね、アグリスタ?」

 

「は! お任せください、陛下!」

 

 愛らしいアバターの瞳を凶悪にギラつかせるアグリスタに、国王は優しげな声音で命じた。

「では征きなさい、私の騎士。

 我が国に仇為す賊を、尽く討ち果たすのです」

 

「御意!」

 

 王命を受けたアグリスタは一礼と共に王国評議会からログアウト、首都工廠内の機械の体に意識が戻る。

 上半身の再構築が進行中のサイボーグボディからは幾つものケーブルやアクチュエーターのワイヤーが垂れ下がり、とても稼働可能な状態ではない。

 アグリスタは溢れる戦意と動かぬ機体のギャップにもどかしさを覚えながら、作り物の美貌を獰猛な笑みに歪ませた。

 

「待っていろよ、トーン=テキンのカーツ。

 次は貴様がバラバラになる番だ」




活動報告に詳細を記載しましたが、1/4に大動脈解離を発症して死にかけておりました。
現在自宅療養のリハビリ生活で、まだまだ調子が戻り切っていない状態ではありますが、とりあえず三途の川からは遠ざかったようで一安心といった所です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

《余話》とある宇宙採掘夫(スターマイン)

今回もリハビリがてらの余話です。
本編はもう少々お待ちを。


SIDE:宇宙採掘夫(スターマイン) ネッド

 

 マイネティンと名付けられたB型恒星は、無数の小惑星を従えている。

 そのひとつに小さな宇宙機が取り付いていた。

 全長4メートル程の直立したドラム缶のような船体に簡易な推進機と作業用アームユニットで構成されるバックパックを背負わせた、採掘用の小型宇宙機だ。

 ディグダッグと呼ばれる小さな宇宙機はバックパックから伸びる二本の作業アームを用いて採掘作業を行っている。

 左右の作業アームは双方とも三本指を備えているが、その右側アームには手首部分に採掘用レーザー発振機が装備されていた。

 低出力の採掘用レーザーが小惑星の表面を焼き切り、剥離した構造物を左のアームが掴まえては背負ったコンテナに放り込んでいる。

 宇宙の採掘現場でよく見られる、ありふれた作業風景だ。

 

「ふぁー……」

 

 採掘用宇宙機(ディグダッグ)の操縦席では、小太りの若者が眠たそうに欠伸をしていた。

 地球基準時で宇宙採掘夫(スターマイン)暦一年の新人、ネッドである。

 ハイスクール卒業後、働きもせず実家でゴロゴロ食っちゃ寝していた所、業を煮やした家族によって強制的にハイヤムマイナーズの採掘夫募集に放り込まれたという何ともパッとしない経歴の青年であった。

 

「ねっむぅ……」

 

 宇宙生活者とは全く無縁の出自でありながら、ネッドは意外なほど宇宙採掘夫(スターマイン)生活に馴染んでいた。

 最初の頃は、ちゃちな作りのコクピットの気密が破れたらなどと戦々恐々としていたのに、今ではすっかり慣れきって支給品の軽宇宙服も雑に着崩している有様だ。

 眠たげにしているのは昨晩遅くまで推しの星間配信者(スタチューバー)の配信を見入っていた為で、今現在もコクピットに持ち込んだ携帯汎用端末から件の星間配信者(スタチューバー)の歌声が流れていた。

 順応性が高いというより、図太い神経の男であった。

 

 眠気を誤魔化すためBGMに合わせて野太い声で一人リサイタルを行いつつ、掘り出した岩石片をコンテナに詰め込んでいく。

 やがてコンテナが一杯になった事を告げる電子音がコンソールから響いた。

 

「ん、今日はここまでかな」

 

 ネッドは作業アームを操ってコンテナの蓋を閉じると、操縦桿を倒した。

 ドラム缶そのものの不細工な宇宙機を旋回させ、周囲に浮かばせていた満杯のコンテナ四個を作業アームで回収する。

 付属のワイヤーで数珠つなぎに接続すれば、採掘用宇宙機(ディグダッグ)はコンテナで作られた長い尻尾を生やしたような姿となった。

 本日の成果をしっかり括り付けた所で、コンソール上に帰還ルートを呼び出す。

 

「えーと、方位よし、距離設定よし、行程の半分で反転して逆噴射っと……」

 

 口に出しながら、日々行う帰還のシークエンスを確認していく。

 大抵の事に大雑把なネッドであるが、流石にここを疎かにすると帰還できず宇宙の藻屑になってしまう。

 かなり慣れてきたとはいえ、宇宙は並の地球系人類からすれば生存を許されない過酷な環境である事は変わらない。

 締めるべき所は締めておかないと死んでしまう。

 

「よし、セット完了、帰還開始!」

 

 航路を入力し終えたネッドが自動操縦装置を起動させると、採掘用宇宙機(ディグダッグ)はスラスターを噴かせて加速を開始する。

 前方から掛かる加速のGがシートに体を押しつけ、背中側を「下」とする上下の感覚が生じた。

 

「基地までは90分っと……それじゃ、お休みー」

 

 椅子に座ったまま床に寝転がるような姿勢にもすっかり慣れたネッドは、自動操縦に全てを委ねて昼寝を開始した。

 90分後。

 

『お兄ちゃん! 朝だよ! お兄ちゃん、起きて!』

 

 コンソールに放り出された携帯端末から、可愛らしい声が繰り返し流れる。

 シートの上で目を覚ましたネッドは、ひとつ伸びをすると端末を操作して音声を止めた。

 

「ふあぁ……起き抜けにリサちゃんの声を聞くのはやっぱりいいな。

 買って良かったぜ、目覚ましボイス」

 

 推し星間配信者(スタチューバー)のボイスに、ネッドはニンマリと相好を崩す。

 直接外部を視認できる正面の円形覗き窓(サイトグラス)には、帰還先である採掘基地が映っていた。

 星間企業ハイヤムマイナーズが運営する採掘基地は、このマイネティン星系に初めて建設された人類の橋頭堡であり、今のところ唯一の居住区域だ。

 全長10キロほどの楕円形小惑星の中心から塔が伸びるような歪なデザインの基地は、開業以来半世紀の間に無節操な増築を繰り返された結果であった。

 

 ネッドは通信機のスイッチを弾き、基地の制御室へ帰還報告を開始した。

 

管制室(コントロール)、こちら210号機のネッド、帰還しました」

 

「お帰り、210号。

 6番ゲートが空いている、そっちから入ってくれ」

 

「了解」

 

 コントロールの指示に従い、操縦桿を倒して6番ゲートへ向かう。

 その動きは鈍重な機体ながら迷いのないもので、ネッドの熟練を感じさせる。

 スラスターの数も少ない採掘用宇宙機(ディグダッグ)の操縦はオートマチック補正が行き届いており、そう難しくはない。

 未経験だったネッドも二週間の操縦研修だけで基本を習得でき、一年近く乗った今ではちょっとした自信すら生じていた。

 

「Dクラスとはいえ、宇宙機のライセンスを取れたのは良かったなあ。

 俺、他は地上用の小型二輪しか免許持ってないし」

 

 10メートル以下の宇宙機の操縦を許可するDクラス宇宙機免許は、宇宙機のライセンスの中では最も格下ではあるが、多くの星間国家で通用する立派な国際資格だ。

 これさえあれば、どこの宇宙港でも何かしらの仕事にありつけるだろう。

 

 ネッドが操る採掘用宇宙機(ディグダッグ)が6番ゲート前で停止する。

 ゲートに設置された作業アームが、ネッド機が吊り下げてきた五個のコンテナを掴んで回収した。

 宇宙採掘夫(スターマイン)が掘り出してきた岩塊は、基地に設置された精錬機に掛けられて分解され、抽出された金属ごとにカテゴライズされる。

 その中に希少なレアメタルが混ざっていれば金一封も出るらしいが、ネッドはそんな幸運にあずかった経験はまだない。

 それでも、日々のノルマであるコンテナ五個を一杯にしておけば、給料はちゃんと出る。

 ネッドにしてみれば、それで十分だ。

 

 コンテナを納入したネッドは、6番ゲートを潜って機体を駐機場へ向かわせた。

 空いているスペースに機体を滑り込ませると、パイプ状の固定ポートに機首を接続してエンジンをカット。

 くつろぎモードで緩めていた軽宇宙服の胸元を留め直して、ヘルメットを被る。

 私物の携帯端末をポケットに入れると、コクピットの天井にあるハッチを開けた。

 一応与圧されておりキャビンの体裁を保っていたコクピット内の空気が真空中に拡散していく。 

 熟練の宇宙生活者(スペースマン)ならば、この気流の流れを利用して虚空に飛び出す所だが、ネッドはそこまで慣れていない。

 エアの流出による気流が消失するのを待って、コクピットを出た。

 

「今日のスペースは538番か」

 

 機体を駐めた駐機スペースの番号をしっかり確認しておく。

 ネッド達、ハイヤムマイナーズの宇宙採掘夫(スターマイン)が利用している採掘用宇宙機(ディグダッグ)は社からのレンタル品だ。

 本来は専用機などではないのだが、機体ごとの固有の癖を覚えるのを面倒くさがった宇宙採掘夫(スターマイン)達は、毎度同じ機体を借りるのが通例となっていた。

 ネッドの場合は210号機である。

 

「よし、今日はこれでお終いっと。

 お疲れ、210号!」

 

 黄色く塗装されたドラム缶のような相棒の表面をこつんと叩き、ネッドは本日の業務を終了した。

 

 

 

 

 基地内のロッカールームに付属した無重力シャワーブースで汗を流したネッドは、Tシャツにハーフパンツという気楽な格好に着替えて重力区画へ向かった。

 マイネティン採掘基地は小惑星を基礎に無計画な建て増しを繰り返したような構造をしており、ほとんどの区画が無重力区画だ。

 食堂やスポーツジムといった重力が必須な施設を集めたエリアのみドラム状の回転区画となっており、地球系人類になじみ深い1Gの重力が提供されている。

 

「よっとっと……」

 

 重力区画に到着したネッドは全身に圧し掛かる自らの重みにふらつきながら、食堂へと歩を進めた。

 食堂のカウンターで配布される食事は惑星上と同じく皿に盛り付けられている。

 無重力生活の中では、そんな事でもちょっとした贅沢に感じられるのだ。

 重力のありがたみを享受しつつ、ネッドは夕食のトレイを受け取った。

 本日のメニューはカレーライス。

 スプーンとお冷やのコップも用意し、手近な空席に滑り込んだ。

 

「やーっと飯だぁ」

 

 ステンレスのスプーンを握り、大盛りカレーの攻略を開始する。

 カレーといってもスパイス重視のトラディショナルなスタイルではなく、大ぶりの具がゴロゴロ入った家庭料理タイプだ。

 やや甘口なのは万人向けの味付けだからか。

 

「今日はソーセージ山盛りだな」

 

 普段に比べると具材が少々特徴的だが、大雑把なネッドはさして気にも留めない。

 太平楽な表情でソーセージカレーを頬張るネッドを他所に、周囲の席のベテラン宇宙採掘夫(スターマイン)の中には難しい顔をしている者も居る。

 ぶつ切りで大量に放り込まれたソーセージ以外はわずかな玉ねぎしか具のないカレーに、物流の滞りを感じ取ったのだ。

 

 食料プラントを持たないマイネティン採掘基地では、生鮮野菜を含む食料品の類は外部からの補給に頼っている。

 外部から物資を運んでくる輸送船は、基地で採掘、精製された金属インゴットを積み込んで中央星系へ戻っていくのが定番コースだ。

 レアメタルの類を満載した輸送船は海賊からして見れば宝船そのものであるため、中央星系へのルートは経済効果よりも安全係数を取った治安の良い航路を選択し、護衛部隊も同行するのがセオリーである。

 しかし、新任の基地司令コスヤン=トロコフが赴任して以来、それらの安全策は軽視されていた。

 

 トロコフ新司令が主導する大胆なコストカットの結果、輸送船は最短ルートながらも危険な航路の選択を余儀なくされ、それでいて護衛部隊すらキャンセルされていた。

 これまで問題など起こっていないのだから、余計な経費を掛ける必要などない。

 安全面のコストを削減したトロコフの言い分に、古株のスタッフ達は大きな不安を感じている。

 実際、予定通りの運航を断念したり、危険ルートを回避して到着が大幅に遅れている船も多く出ており、生鮮食品の不足に繋がっていた。

 

「あ、おかわりください!」

 

 一方、脳天気に二杯目のカレーをかきこむネッドには、周囲の先輩達の不安そうな顔など目に入っていなかった。

 

 

 

 

 古参スタッフ達が所属基地の運営状態を憂いていても、はたまた新米のように全く気にしていなくても、襲撃者には関係がない。

 翌日、マイネティン採掘基地は海賊の襲撃に曝されていた。

 各種センサーによる警戒網をあっさりとかいくぐって飛来した四機の戦闘機が我が物顔で飛び回る。

 大口径のレーザー砲が閃くと、基地の各所で爆発が生じた。

 

「ひぃぃ……」

 

 視界の狭い円形覗き窓(サイトグラス)とちゃちな補助モニターごしに基地の損害を確認したネッドは引きつった声を漏らす。

 見慣れた基地の構造物が無残に破壊されていく有様に、それこそ足元が崩れるような恐怖を味わっていた。

 あの光の柱のようなレーザーがこちらに向けられたら、ちゃちな採掘用宇宙機(ディグダッグ)など瞬時に蒸発してしまうだろう。

 

「ど、どうする、どうする……!」

 

 実に間の悪い事に、海賊の襲撃は採掘作業を終えたネッドが帰還したタイミングにかち合っていた。

 仕事帰りの採掘用宇宙機(ディグダッグ)は推進剤タンクがエンプティ寸前、今更どこかへ逃げるだけの余力はない。

 このマイネティン星系で地球系人類が生存可能な区画は採掘基地だけだ。

 星系内のどこへ逃げ出そうとも酸素の補給ができなくて、いずれ死ぬしかない。

 そしてジャンプドライブのない採掘用宇宙機(ディグダッグ)では、星系外へ逃げ出す事も不可能。

 通常推進で隣の星系を目指そうものなら、何百年掛かるか判ったものではない。

 たどり着いた頃には、コクピットにニートのミイラが座っている事だろう。

 

「畜生、あの状態でも基地に戻らなきゃジリ貧か……!」

 

 怠惰で軟弱なネッドでも、生き死にの瀬戸際を実感すれば流石に肝が据わる。

 彼が知る由もないが同じく都会育ちでも、この状況を呼び込んでおきながら混乱するばかりの基地司令に比べれば数段マシであった。

 飛び回る戦闘機達に恐怖と焦燥を覚えながらも、生き延びる道を模索する。

 

「いつもの駐機場じゃダメだ、あそこは吹きっさらしだから的になる。 鉱石集積の倉庫辺りに乗り付けて、基地の中に入らないと」

 

 基地内に入ってしまえば、その後はできる限り奥深くまで逃げ込めばいい。

 襲撃者の戦闘機は機体からすれば大きすぎるレーザー砲を撃ちまくっているが、所詮は戦闘機に積み込めるサイズの代物。

 採掘基地の中枢である小惑星部分の岩盤までは撃ち抜けまい。

 そもそも海賊の目的は物資の略奪であり、殺戮が趣味のサイコパスでもない限り邪魔さえしなければ殺されはしないはずだ。

 基地の奥まで逃げ込み、略奪が済むまで隠れてやり過ごそう。

 

「よ、よしっ!」

 

 彼なりに生き延びる算段をつけたネッドは、操縦桿を握りしめる。

 その瞬間、四機の戦闘機の内ただひとつ他と形が違う平べったい機体がこちらに機首を向けたのを視認できたのは、ネッドの人生の内で最大の幸運であった。

 

「ひっ!?」

 

 己の幸運を自覚しないまま、ネッドは咄嗟に操縦桿を倒した。

 彼が知る由もないが銀河屈指のパイロットの放った一撃を、鈍重な採掘用宇宙機(ディグダッグ)は無様に機首を振りつつなんとか回避する。

 

「こっ、このまま一気に逃げるっ!」

 

 ペダルを踏みこみ、採掘用宇宙機(ディグダッグ)のスラスターを全開にするネッド。

 だが、まぐれは二度も続かない。

 狙いを定め直したパルスレーザーの一連射が、採掘用宇宙機(ディグダッグ)の一基しかないメインスラスターを射貫く。

 推力を失った採掘用宇宙機(ディグダッグ)は、被弾の衝撃のままにスピンを開始した。

 

「わぁぁっ!?」

 

 回転の遠心力に振り回されるコクピットの中で、ネッドは悲鳴を上げながらも必死で作業アームを操作した。

 作業アームには主推進機に比べれば格段に非力だが、微調整用に小型の姿勢制御スラスターが併設されている。

 姿勢制御スラスターの噴射で回転の運動エネルギーを何とか打ち消し、機体の安定を取り戻す事に成功した。

 

「ぐぅ……」

 

 ダウン寸前の三半規管が訴える不快感を噛み殺しながら、円形覗き窓(サイトグラス)から周囲を窺い加害者の姿を探す。

 

「あいつ、どこに行った?」

 

 ネッド機を航行不能に追い込んだ虎縞のような塗装の平べったい戦闘機は、次の獲物に襲い掛かっていた。

 奴のターゲットは、たっぷり中身の詰まった鉱石コンテナを引きずりながら帰還してくる同僚達の採掘用宇宙機(ディグダッグ)だ。

 悠然と飛翔しながらパルスレーザーを放ち、鈍重な動きで逃げ惑う採掘用宇宙機(ディグダッグ)のスラスターを無慈悲に撃ち抜いていく。

 通信チャンネルは悲鳴や怒号で埋め尽くされ、引っ切り無しに救難信号のコールが鳴り響いていた。

 

「畜生、好き放題しやがって……」

 

 歯噛みするネッドだが、彼にできる事など何もない。

 スピンこそ停止できたものの、彼の採掘用宇宙機(ディグダッグ)が深刻な損傷を受けている事には変わりがないのだ。

 そもそも、採掘用宇宙機(ディグダッグ)で戦闘機と張り合えるはずもないし、そんな役割は宇宙採掘夫(スターマイン)に求められていない。

 荒事担当は別に居る。

 

 ケチな司令官の方針で数が激減してしまったとはいえ、その役を担う用心棒は駐屯しているのだ。

 我が物顔で飛び回る虎縞の戦闘機をパルスレーザーの閃光が襲った。

 

「警備隊の傭兵!」

 

 飛来した青い通常型戦闘機(ローダー)の雄姿にネッドは歓声を上げる。

 用心棒が賊の相手をしている今がチャンスだ。

 

「よし、さっさと基地に逃げ込まないと」

 

 わずかな推進力しか生まない作業アームのスラスターを慎重に操り進路を基地へ向けた。

 基地の目と鼻の先まで来ているというのに、普段より数段速度の出ないノロノロ運転状態だと気ばかり焦る。

 不意に開きっぱなしの通信回線に広域通信が割り込んだ。

 

「あなた達、もう抵抗を止めなさい?

 勝負は見えたでしょう?」

 

「え、女の子!?」

 

 野郎どもの怒号に満ちていた回線には似つかわしくない高い声が混じり、驚いたネッドはサブモニターの隅に追いやっていた通信ウィンドウを拡大する。

 

「か、可愛っ……」

 

 映し出された少女の姿に、ネッドの語彙は消失した。

 透き通るような白皙の肌に白銀の長い髪、相反するかのような漆黒の軽宇宙服。

 アイパッチにマントまで着けた海賊のパブリックイメージそのままのコスプレルックでありながら、輝くような美貌と組み合わされると浮世離れしながらも様になって見える。

 そして特筆すべきは、その発育具合。

 思春期に差し掛かったばかりと思しき幼さとは裏腹に、豊かに実ったバストがネッドの目を釘付けにした。

 

「あたしはトーン=テキンのピーカ。

 大人しく貢物を捧げるなら、命は助けてあげてもいいわよ」

 

「こ、この子が海賊のリーダーなのか……?」

 

 愛らしい声音で尊大に告げる少女にネッドは困惑する。

 いかにも海賊でございという扮装だが、それだけに本物の海賊が暴れまわる場では冗談のようにしか思えない。

 そう思った者はネッドだけではなかった。

 

「舐めるな小娘ぇっ!」

 

「おぅっ!?」

 

 突如、広域通信に割り込んだバーコード禿の中年男に怒鳴りつけられ、海賊コスプレの少女はオットセイめいた驚きの声を上げて仰け反る。

 怒れる中年男の顔は、あまり覚えの良くないネッドの頭にも何とか引っかかっていた。

 

「確か司令官の……なんだっけ、トロコフ? トコロフ?」

 

 何度か全体朝礼の際に顔を見た記憶はあれども上役過ぎてネッドには縁の薄い上司が、通信モニターの中で唾を飛ばしながら喚き散らす。

 

「ふざけるなガキが! 大人を舐めるんじゃないっ!」

 

「うわ……」

 

 バーコード禿の透けた地肌まで怒りで赤く染まった司令官の怒声に、ネッドは思わず身を竦めた。

 長らく家に閉じこもっていた元ニートにとって、自分に向けられた訳ではなくとも他人の怒鳴り声など怯えと不快の元そのものだ。

 だが、仮にも海賊のリーダーである少女の度胸はネッドとは段違いらしく、中年男の剣幕など通じない。

 一瞬きょとんとした後に、少女は獲物を見つけた肉食獣めいた危険な微笑みを浮かべて宣言した。

 

「なるほど、覚悟があるのね。

 それなら貴方の気概にあたしも最強の切り札で応えましょう。 

 カーツ、やっておしまい!」

 

 言葉と同時に広域通信は切れ、採掘用宇宙機(ディグダッグ)のちゃちな対物レーダーレンジに異様な速度で移動する光点が出現した。

 

「こいつが『最強の切り札』って奴か? 追加の戦闘機かよ、ただでさえ向こうの方が多いのに……」

 

 用心棒の戦闘機は虎縞の海賊機に翻弄されているし、他にも派手に野太いレーザーを撃ちまくっている戦闘機が三機もいる。

 司令官の失言でおかわりが追加されたようだが、元よりネッドの手に余りすぎる事態だ。

 

「こんなん、付き合ってられるかよ!」

 

 ネッドにできる事はメインスラスターをやられた採掘用宇宙機(ディグダッグ)が一秒でも早く基地に辿り着けるよう、姿勢制御スラスターを必死に操る事だけだった。

 搬入港に隣接した倉庫ブロックに近づいた所で、ネッドは軽宇宙服のヘルメットを被る。

 

「よ、よし、ここまで来れば……」

 

 本来なら停止の為に逆噴射を掛けなくてはならないが、大きく損傷した採掘用宇宙機(ディグダッグ)にはそんな余力はない。

 このまま倉庫ブロックに突っ込むしかない以上、呑気にシートに座っていては衝突時に潰れてしまう。

 

「緊急時だから、仕方ないよな」

 

 ネッドは小さく言い訳を呟くと、頭上のハッチを開いた。

 キャビンの空気が抜けるのに合わせてシートを蹴る。

 

「よっと!」

 

 ハッチをくぐり抜けると同時に機体を蹴り、搬入港と繋がったシャッターが開きっぱなしの倉庫へ向けて無重力遊泳を開始する。

 倉庫内に入ったネッドの背後で、採掘用宇宙機(ディグダッグ)が岩壁に激突して停止した。

 

「これも海賊のせいって事に……ならないかな?」

 

 壊れた採掘用宇宙機(ディグダッグ)の損害賠償を請求されたら堪らないが、今は命の心配の方が先だ。

 非常灯のみが点灯した暗い通路を遊泳し、少しでも安全そうな奥へと進む。

 

「あ、無事な船」

 

 脇を見れば倉庫から搬入港へ伸びたベルトコンベアの先に箱型輸送船が停泊しており、ネッドはわずかに悩んだ。

 

「あの船に逃げ込んで……いや、基地の奥の方がマシか」

 

 ろくな装甲もない輸送船よりは、岩壁の護りがある基地内部の方が安全に思える。

 荒事に縁遠い人生を送ってきたネッドには、この状況で何が正しい行動かなど全く判らない。

 ただ直観だけに従って輸送船に背を向け、奥へと急ぐ。

 

 この場においてネッドの判断は最適解ではなかったが、それでも彼には悪運がついていた。

 

「ぐっ!?」

 

 不意に三半規管を搾り上げられるような猛烈な眩暈に襲われ、ネッドは呻き声を上げる。

 この感覚には覚えがあった。

 

「これ……ジャンプ酔いの……」

 

 強制的な三次元座標の変更に伴うジャンプ酔い特有の不快感だ。

 故郷からマイネティンへ移動する時に乗った貨客船で体験したジャンプとは比べ物にならない眩暈と悪寒に、吐き気がこみ上げる。

 

「まさか、船を固定したままジャンプしたのか」

 

 光年単位の移動には必須のジャンプは、実際には船を転移させるのではなくジャンプドライブを中心とした球形の空間を丸ごと転移させるシステムだ。

 そのため、施設の近くや港に停泊した状態での使用は厳禁であると、宇宙採掘夫(スターマイン)の初心者講習でしつこい程に説明された記憶が蘇る。

 新米のネッドですら知っている事を実行した無謀な船を信じられないとばかりに振り返ると、箱型輸送船はメインスラスターの噴射を開始していた。

 停泊状態のまま動き出した輸送船に引きずられて固定アームが千切れ、元よりちゃちな作りだった搬入港と倉庫の残骸が崩壊していく。

 

「げっ!?」

 

 衝撃で罅が入った周囲の岩壁が、そのまま薄紙のように引き裂かれていく様にネッドは顔を引きつらせた。

 壁の厚みは数センチとなく、己がジャンプドライブの効果範囲ギリギリに居た事を察したのだ。

 あと少し進んでいれば、ジャンプの境界線に引っかかって体が両断されていた事だろう。

 九死に一生を得たネッドであるが、安堵するにはまだ早い。

 バラバラに飛び散った岩壁の残骸の向こうに、オレンジの穏やかな光を放つ恒星が見えた。

 ここ一年ですっかり見慣れたマイネティンの主星が放つB型恒星の苛烈な白光とは違う輝きに、何処とも知れぬ星系へ転移してしまったのだと実感して猛烈な心細さが沸き上がる。

 何せ、この何処だか判らない星系で確実に酸素を補充できる場所は、無理やりジャンプを実行した輸送船しかないのだ。

 

「マジかよ、おい!?」

 

 そして、その輸送船はスラスターを全開にすると、ネッドを放置して飛び去ろうとしている。

 当然、輸送船側は偶発的にジャンプに相乗りしたネッドの事など気付いていない。

 

「ま、待って! おぉいっ!」

 

 宇宙服の通信機付属のエマージェンシースイッチを入れながら、必死に叫ぶ。

 叫ぶ度に貴重な酸素が消費されていくが、今のネッドには助けを求めて叫ぶ事しかできない。

 折しも仕事帰りで余裕のない酸素残量はそろそろ限界に近付いており、徐々に息苦しさが迫ってくる。

 

「誰か助けてくれよぉっ!」

 

 

 

 

「いやー、あの状況で助かるとは思いませんでした……」

 

「酸素ギリギリだったそうですね、お体は大丈夫ですか?」

 

「あ、はい。 先生からは明日には退院していいって」

 

 五日後、しっかりとした1Gの重力を感じる病院のベッドでネッドは半身を起こして座っていた。

 ここは神聖シャノイマン王国の辺境惑星、ステーパレスⅣの衛星軌道上を周回する宇宙港内の総合病院。

 危うく酸欠で死にかけていたネッドは、救助されるなり検査入院のためベッドに放り込まれていた。

 

 彼を救助したのはジャンプに巻き込んだ輸送船ではなく、ステーパレスの天頂点にジャンプアウトしてきた通りすがりの船であった。

 中央星域(セントラルセクター)からは辺境(アウターワールド)と一緒くたにされがちであるが、ここステーパレス星系の第四惑星はきちんとテラフォーミングと入植の行われた地球型居住惑星であり、鉱山基地しか持たないマイネティンのような真の辺境星系とは一線を画している。

 人類文明圏の端だが十分に文明的な生活を送れる星系で、辺境の資源星系と物資のやり取りを行うハブ星系として栄えていた。

 ネッドをジャンプに巻き込んだ輸送船が目的地をこの星系にセットしていたのも、ステーパレス星系が田舎の首都ともいうべき交通要所だからだ。

 交通量が多いためすぐさま救助が飛んできたのはありがたいが、お陰で面倒事も生じている。

 不祥事に関する口止めだ。

 

「書類の方ですが、ご質問などございますか?」

 

 ベッドの上のネッドと向き合うのは、パリッとしたスーツ姿の中年エージェント。

 マイネティンの採掘基地を運営するハイヤムマイナーズから派遣されたという男の物腰は穏やかで紳士的であったが、彼から提示された書類の内容は若干違法の臭いを漂わせていた。

 要約すると「契約期間の賃金を三倍に換算して支払うので、口外するな」という事である。

 

「あの、口外するなと言われましても、俺、何も知らないんですが……」

 

「マイネティンに関わる事、全般に関してですね。

 ネッドさんの経歴に穴が開いてしまい申し訳ありませんが、今回のマイネティンでのお仕事自体を受けなかったという形でお願いいたします」

 

「は、はあ……」

 

 元よりニートで碌な経歴などないネッドである、戸惑いつつもエージェントの言葉に頷いた。

 救助から五日の時間が過ぎており、ネッドにもマイネティン採掘基地で起こった不祥事について噂と実体験を元にした推測を行う余裕ができている。

 

 基地司令がセキュリティ部門の予算を着服した事による防衛力の低下が、海賊の襲撃を呼び込んだ。

 それ自体腹立たしい事だが、ネッドを巻き込んだ無謀なジャンプを行った輸送船も件の基地司令が逃亡用に選んだ船だったらしい。

 仮にも責任者が率先して逃げ出すとは。

 長いニート生活で社会的責任などには縁遠いネッドですら呆れて物も言えない。

 こんな人物が基地司令の重職に着いた事自体にスキャンダルの火種があるらしく、硬派で清廉な採掘企業というイメージ戦略を行っているハイヤムマイナーズとしては口止め料を払っても表沙汰にしたくない案件らしい。

 その辺り、一市民に過ぎないネッドには関わりたくもない社会の暗部であった。

 

 素直に口止め料を受け取り、この件について忘れてしまう事にする。

 ネッドが誓約書にサインを記入すると、エージェントの男は丁寧に一礼して立ち去った。

 

「ふー……」

 

 一人になった途端に気疲れを感じてベッドに背を預ける。

 

「どうしたもんかなあ……」

 

 思わぬ大金が手に入ったが、仕事も無くなってしまった。

 マイネティンの鉱山基地は当面閉鎖されるとの事だし、口止めと同時にハイヤムマイナーズの別の鉱山基地への就業もお断りされている。

 

「実家に帰っても……何があったか根掘り葉掘り聞かれるだろうなあ。

 口止めされてるし、家には帰れないな」

 

 病室の天井を見上げながら、今後の身の振り方を考える。

 実家には戻れないが、この一年で小型宇宙機の免許は取得できた。

 小型宇宙機を使う作業員はどこの宇宙港でも常に募集しているし、ハイヤムマイナーズ以外の採掘会社でまた宇宙採掘夫(スターマイン)をやるのも悪くない。

 だが、ネッドは別の選択肢が気に掛かっていた。

 

傭兵(マーク)……中古の戦闘機なら手が届きそうなんだよな……」

 

 マインティンで海賊に立ち向かっていた青い通常型戦闘機(ローダー)の傭兵に触発された、という訳ではない。

 彼の推しである星間配信者(スタチューバー)のリサが唐突に跋折羅者(ステラクネヒト)としての活動を開始すると発表したのだ。

 

「企業所属だから、上からの路線変更命令に逆らえなかったんだろうな、リサちゃん……。 お労しい」

 

 路線変更を発表するリサは泣き笑いのような絶望的な表情を浮かべており、ネッドの保護欲をいたく刺激していた。

 

「よし、良さそうな中古の戦闘機を探してみよう。 俺がリサちゃんを護る!」

 

 こうして、推しを胸に抱えた一人の若者が畑違いの傭兵稼業へと踏み出す事になる。

 宇宙は荒事に満ちており職場には事欠かないが明日も生きて迎えられるかも定かではない、未経験歓迎のブラック商売だ。

 彼はこの先どれほど生き延びられるだろうか。

 

「え、リサちゃん戦死しちゃったの!? 戦闘機の代金、入金したばかりなのに!」

 




ちょいちょいと書いてしまうつもりでしたが、なんかえらく時間が掛かってしまいました・・・。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。