地球防衛軍6.1 THE IRON LILY (イナバの書き置き)
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1.ベース251†††††††††■

 タイムパラドックス。

 通信機が拾ったノイズ混じりの声は、確かにそう言った。

 

『プライマーがいなければ戦争は起こらず、人類は火星を攻撃しない。そして火星にプライマー文明が生まれ、人類を攻撃する。タイムパラドックスです』

 

 無数の節をうねらせる、異形の機械龍。

 そうとしか呼べない「何か」が赤紫色の空を泳いでいた。

 否、ただ泳いでいるのではない。

 隕石を、雷撃を、光線を、ありとあらゆる種類の攻撃を地上に降らせながら機械龍は回遊しているのだ。

 其処にはかつて文明が存在したが、既に地上の建造物は悉くが瓦礫へと変貌し火の手すら上がらぬ無機質な地獄だけが残されている。

 そして──その地獄を駆け抜ける無数の戦士たちも。

 人類とプライマー(未来からの侵略者)による永きに亘る戦争は、今正に決着の時を迎えようとしていた。

 

『歪みは正されなければならない。正常な状態に戻るため、時間は選ぼうとしている。人類か、プライマーか──どちらかが残り、どちらかが消える。それで矛盾はなくなる』

 

 そう、どちらも──人類もプライマーも、消滅の危機に瀕している。

 人類はプライマーの圧倒的な技術力と物量による攻撃で。

 プライマーは人類の必死の抵抗、その結実として。

 未来に文明が栄える筈の火星に大量の化学物質を散布された事で進化の道筋を絶たれた彼らは、それによって発生するタイムパラドックスを乗り越えようと死に物狂いの抵抗を行っているのだ。

 

『やつは時間に選ばれた者。プライマーと言う存在そのものだ』

 

 胴に備えられた無数の砲台から雷撃を放ち、光輪を展開し原理不明の攻撃を地上に振り撒く機械龍が正にその代表。

 即ちプライマーそのもの。

 それが撃破された時が人類の勝利であり、撃破出来なかった時が人類の敗北。

 故に、戦士たちは地獄を走る。

 隣を走る戦友が塵に還っても、空を舞う戦乙女が地に墜ちようとも、機械龍を撃墜し地球を守る為に全地球防衛機構軍(Earth Defense Force)の戦士たちはひた走るのだ。

 

『生き残るか、消滅するか。今ここで決まる』

 

 その先頭を駆ける男──遊撃部隊ストームチームのリーダーたる彼は、既に満身創痍だった。

 全身を包む緑の装甲はあちこちが破損し、軍靴が大地を蹴る度に血の痕が刻まれる。

 光線、光弾、酸、打撃、火炎。

 決戦が始まったその瞬間からプライマーと最前線で戦っていた彼は、その身にありとあらゆる種類の攻撃を受けている。

 何度死んでもおかしくない筈の殺戮の奔流を受け、それでも尚男は戦闘を続行しようとしているのだ。

 

 ──仇だ

 

 最早理屈ではない。

 プライマーは自分の文明を守ろうとしているのだろう。

 或いは、彼らなりの正義があるのだろう。

 しかしタイムマシン等と言うふざけた装置によって8度歴史を改変され理不尽に虐殺された人類の、地球の仇を男は討とうとしていた。

 首魁たる機械龍を撃ち落とすまで男は死ねない。

 死ぬ訳には、いかない。

 

■■■■■────────」

 

 宙を泳ぐ機械龍。

 本来ならばその頭部が存在する筈の位置で吼える銀色の人型に、男は手にした狙撃銃の狙いを定めた。

 肩から先は存在せず、額に巨大な1つ目を備えたそれは、プライマーの神と称される身分に反してグロテスクとすら言える。

 或いは、のっぺらぼうの出来損ないか。

 加えてスコープの中で体表のあちこちから紫色の体液を垂れ流す姿は、相手も既に満身創痍である事を如実に示している。

 

 当然だ、と照準を覗きながら男は呟いた。

 EDFは、全ての犠牲はこの為に──プライマーを影も形も残さず消し去るこの瞬間の為にあった。

 人類は彼らが想像している程柔でもなければ、弱い存在でもないのだ。

 例え精鋭中の精鋭たるストームチームでなくともこの戦場に集った人間であれば誰であっても機械龍を狙い、そしてその内の何人かは確実に有効打を与えている。

 ただ次が男の番、と言うだけの話だ。

 

『────逃げて!』

 

 だが──遠くEDFの本部からサポートするオペレーターの悲鳴が耳朶を貫く同時。

 地上から自身を狙撃せんとする男の存在を認めた侵略者の首魁は、全長1km以上の巨体にそぐわぬ俊敏な動きで地上への急降下を始めていた。

 その大質量を活かした体当たりが直撃すれば──直撃せずとも、男は死ぬだろう。

 故に男は、その場で足を止めた。

 

『そんな、どうして……!?』

 

 困惑するオペレーターに、寧ろ都合が良いからだと男は呟く。

 無論、此方からの通信は向こうへは届いていない。

 しかし、長い付き合いである彼女にはそう伝えておかねばならない気がした。

 

 ──大丈夫、やるべき事は理解している

 

 もう照準を覗く必要すら無かった。

 直上から迫り来る機械龍に向かって男は狙撃銃を構え、深く息を吸う。

 思い返してみれば、狙撃に関してはよく手間取ったものだ。

 元々何の教練も受けていない民間人だったが故に、身のこなしに関しては自前でどうにかなったものの精密機械の扱いはイマイチで、不規則な動きのドローンにもかなり手を焼かされた。

 突っ込んで蹴散らすのを得意とする反面、男はチマチマと物事を進めるのが大層苦手だった。

 だが、向こうから直線で来てくれるのならば外す心配は無い。

 例えどれだけ下手くそだろうと確実に当てられる。

 

『まさか……まさか!』

 

 通信機の向こうで驚愕を露にするオペレーターに対して、男はふと「申し訳ないな」と思った。

 実の所、最初に巨大生物が出現してから今に至るまでひたすら転戦を続けていた男は何度過去に戻っても彼女と直接対面した事がない。

 究極的に言ってしまえば顔も知らぬ相手だ。

 しかし彼女の言葉には幾度となく救われている。

 

「ありがとう」

 

 その一言に何度勇気を貰っただろう。

 何度心が挫けそうになっても、何度瓦礫に還った街を見ても、彼女は男に立ち上がる力を与え続けたのだ。

 正しく希望、どれだけ感謝をしても不足はない──にも関わらずこの様な結末を迎える事になるとは。

 何も返せない事に対する後ろめたさが幾分か残っていた。

 だが、それでも。

 それでも、男は機械龍を討つ。

 己の命と引き換えにしても人類の未来を掴み取るのだ。

 

■■■■■

 

 故に男は躊躇なく引き金を引いた。

 視界一杯に迫る銀色の人型、その不気味な1つ目に向かって。

 

 

 

▼▲▼

 

時間はもう廻らない。

 

彼の者は地に墜ち、男は爆炎に消えた。

 

それでも……

 

戦火は其処にある。

 

 

The Earth Defense Force ■■

begins now.

 

▲▼▲

 

 

 

 立たねばならない、今すぐに。

 しかし深海に沈められたかのように鈍重な手足は当然ながら、燃えるように熱い側頭部が思考を奪い取る。

 先の一撃で頭が割れたんだろうな──どこか他人事のように思いつつ、少女は歯を食い縛って大地に突き刺さった大剣に縋り付いた。

 途端、全身を焼け付くような痛みが駆け抜ける。

 その細い肢体に刻まれた無数の擦過傷や裂傷が、彼女の行動を抑止しようとしているのだ。

 それでも何とか震える脚に活を入れて少女は立つ。

 迎えたのは深夜の冷たい風と、ちろちろと頼りなく揺れる何かの光。

 額の傷から今も流れ出る血液が視界の邪魔をしている。

 堪らず制服の袖で額を拭って──眼前に広がる地獄に絶句した。

 

 一柳隊に与えられたヒュージ討伐の任務、その作戦エリアとして赴いた守備範囲の北限近く。

 先程まで少女がいたのは確かに鬱蒼と繁った森の中だったのだ。

 しかし今やその青々とした自然の姿は見る影もなく、少女の目の前に存在しているのは無惨にへし折れ、或いは周囲の土壌ごと薙ぎ倒された「森だった何か」。

 揺れる光は草木に火が移り、その命が灰に還らんとする証拠。

 この地獄を少女は知っていた。

 圧倒的な質量による破壊の痕跡。

 巨大な敵性体が激突、ないしは通過した事で自然が破壊される光景など少女はもう見慣れていた。

 

 ──このままじゃ、皆が危ない。

 

 焦りが冷静な思考を取り戻しつつある彼女を満たしていく。

 警告しなければ、援護に向かわなければ。

 少女は攻撃の正体を看破したが、しかし攻撃の主をその深紅の瞳に捉える事は出来なかったのだ。

 つまり、敵は尋常ならざる速度で移動していると言う事。

 ただ無策で挑むにも、単独で挑むにも荷が重い。

 故に片手1本で地面から大剣を引き抜いた少女は、頭の中で想定される仲間の位置を描きつつ1歩踏み出して────

 

「────か」

 

 直ぐ様破壊痕の方へと踵を返す。

 聞こえた。

 知らない男の声。

 弱々しく、今にも消えてしまいそうな小さな声。

 聞き間違えの可能性が高いだろう、と思う。

 先ずは仲間との合流を先にすべきだ、とも。

 しかしその様な理屈で割り切れないのが、少女の──私立百合ヶ丘女学院1年生、安藤鶴紗(あんどう たづさ)の性分だった。

 

「今、行く」

 

 大剣を担ぎ、大地を蹴って破壊の痕跡へと飛び込む。

 徐々に燃え広がりつつあるかつての森林は熱風を叩き付け、傷口にヒリヒリとした痛みを送り込んでくる。

 疲弊しきった足は今や折れかけの棒のようだ。

 四肢を走る激痛は麻痺するどころかその苦痛を倍増させ、ピッタリとフィットしたローファーが地面を踏む度に脹ら脛から鮮血が噴き出す。

 だからと言って息を整えようとすれば、今度は黒煙と熱波が喉を焼く。

 良い加減に、鬱陶しい。

 いっそ腕か足でも折れてくれた方が早かったのに、と少女は苛立ちを隠せなかった。

 

 ──どうせ私は、生半可な攻撃じゃ死なないんだから

 

 そう、少女は()()()()

 今この瞬間、地獄を疾走している間でさえ全身の擦過傷は時間を巻き戻したかのように消え失せ、元の手入れが行き届いた白い肌を取り戻している。

 それどころか打撲により損傷した頭蓋すら何事も無かったかのように復元され、先程まではどくどくと流れ出していた血液も既に止まっていた。

 これこそが少女に付与された異能。

 過酷な人体実験を生き延びた強化リリィが目覚めるの特性の1つ──リジェネレーター(高速再生)

 即死に至らしめるような攻撃を受けない限り、鶴紗の肉体は無制限に再生し続ける。

 

 だが、リジェネレーターに欠点が無い訳でもない。

 確かにこの異能は少女に不死に近い再生能力を与えたが、再生する順番は彼女の意思に関わらず生存に重要な器官が優先される。

 擦過傷より骨折を、骨折より内臓の損壊を、内臓の損壊より頭脳の再生を。

 その結果として鶴紗は頭部の打撲による失血死は避けられたものの、遅々として進まない擦過傷や裂傷の治癒にもどかしい思いを余儀無くされていた。

 

 ──イライラする

 

 しかし、少なくとも鶴紗にはそれが最適解だった。

 不甲斐ない肉体への苛立ちでも後悔でも、何でも構いやしないのだ。

 それが己の体を動かす力になるのであれば。

 尤も、彼女自身はそんな事にまるで気が付いていないが──何はともあれ、救助対象に辿り着く。

 彼女の視線の先には、地に倒れ伏した男の姿があった。

 

「──おいっ!」

 

 叫びながら駆け寄れど返答は無い。

 それどころか身に纏う濃緑の鎧は全身の至る所から溢れ出す血でどす黒く汚れ、罅割れたヘルメットの下の素顔すらべったりと塗り潰していた。

 見慣れた、とは言わないまでも何度か目撃した人間の状態。

 この男は死に瀕している──鶴紗は即座にそう判断し、されど呼び掛けを止めなかった。

 無愛想で、ぶっきらぼうで、孤高の一匹狼。

 それでも名も知らぬ誰かさえ見捨てられぬ優しさを彼女は持っているのだ。

 

「……ッ、しっかりしろ!私の声は聞こえるな?」

 

 鶴紗の呼び掛けに気が付いたのか、血と泥に塗れた男が目を開く。

 黒い瞳。

 鋭く、肉体とは裏腹に活力に満ちた瞳。

 死の淵に追い込まれながらも男はまだ戦おうとしているのだと鶴紗は気付いた。

 だったら、尚更死なせる訳にはいかない。

 例え後数分で命尽きようと、生きる意思のある者をリリィは決して見捨てない。

 

「近くまで仲間が来ている、退避するぞ……!」

 

 言って、少女は男を担いだ。

 いや、小柄な鶴紗では担ぐとは言い難く半ば肩を貸すような形で引き摺ると表現するのが正しいか。

 兎に角、自身が汚れるのも厭わず男の腕を掴んだ鶴紗はよろよろと覚束ない足取りで地獄を戻り始めた。

 周囲は既に山火事の様相を呈している。

 右を向いても、左を向いても、炎の紅蓮しか見当たらない。

 真っ当な逃げ場や脱出経路など存在するようにはとても思えなかった。

 

(嫌な事を思い出す……!)

 

 しかし、鶴紗は黙々と歩き続ける。

 自分が死ぬのは別に構わない。

 だが、静岡で戦死した父と背負った男の姿がどうにも重なって見えるのだ。

 そうなってしまったら、もう見て見ぬ振りなど出来る筈もない。

 避けようの無い死に直面し、それでも尚誰かの為に戦わんとする者を鶴紗は捨て置けなかった。

 いや、捨て置いてなるものか。

 歯を食い縛り、いよいよ重みを増してきた男を引き摺りなから少女は進み──遂に炎以外の「何か」を視界に収めた。

 

「……?」

 

 黒銀。

 ごうごうと燃え盛る炎の中に、黒銀の棒が4本突き立っている。

 焼け焦げた枝を思わせる、細い棒。

 しかしそれらは一点に向かって集合するかのように歪に捻れており──少しずつ上を向く鶴紗の視線は、最終的に4本の「足」で以て大地に立つ奇怪な球体の存在を認めた。

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 それは間違いなく、鶴紗の知識の外に存在する物体だった。

 球状の体に足がくっ付いていると言う要素だけ抽出すればテンタクル種のヒュージと同一個体に思えるが、ワイヤーの如き4本の足で頭部を支える姿は古典的なSF映画のエイリアンに近い。

 リリィの主敵とは根本が違うエイリアンが、何故だかこの場に現れた。

 黄色い1つ目をチカチカと瞬かせ、右往左往している──それこそ、古典的なSF映画のように。

 

 事実、この四脚の球体は侵略的地球外生命体(プライマー)の尖兵である。

 神話に準えキュクロプスと命名された異形は人類では遠く及ばぬ未来の技術によって製造されたアンドロイドであり、機械と生体が高度に融合した戦闘マシーンなのだ。

 そして鶴紗を瀕死の重傷にまで追い詰めたのも、この個体。

 中空から落下したキュクロプスはその大質量で以て偶然近くにいただけの彼女を吹き飛ばしたのだ。

 当然、次は無い。

 

「────ッ!」

 

 おぞましい結論を瞬時に導き出した鶴紗は、男諸共地に伏せた。

 死んだ振りと言う極めて古典的な手法。

 だが、死にかけの男を背負ったままでは戦えないのでやり過ごす以外に道はない。

 息を殺して、砂埃と熱風に艶やかな金髪を痛め付けられる。

 

 ──果たして、自分は一体何をしているのか

 

 そして男は微睡みの中で回想する。

 覚えている限りでの最初の周、あの気さくで陽気な先輩は目の前で巨大生物に捕食された。

 民間人で一般人だった自分は、呆然と眺めているだけ。

 彼が完全に彼らの胃に納まってから、漸く遺された武器を拾う始末。

 後少しでも早く銃を手に取れていたら、或いは突き飛ばすでもすれば救えていたかもしれない。

 故に、最後の周では躊躇わなかった。

 行動を躊躇せず、シャッターが開いたその瞬間には引き金を引いていた。

 

 ──我々は戦わねばならない

 

 そうだ。

 躊躇なく戦わねばならない。

 此処が何処であっても、相手が誰であっても。

 救いを求める人がいる限り。

 平和を脅かす敵がいる限り。

 それがEDFと言う組織なのだから。

 

 ──我々は戦わねばならない

 

 腕を動かす。

 傷付いた肉体は鉛のように重い。

 混濁する意識は途絶と復帰を繰り返す。

 それでも、男の左腕は意識を失って尚決して手放さなかったライサンダーZ(狙撃銃)を構える。

 

「あんた、何を────」

 

 明滅する視界の中で振り向いた少女が目を見開く。

 そう、守るべき人間がいる。

 1歩とて歩ける気はしないが、指はまだ動く。

 あの巨大アンドロイド(キュクロプス)は此方を向いている。

 ならば、男がすべき事はただ1つ。

 

 

 

 ──ただ引き金を絞るのみ

 

 

 

「な──!?」

 

 轟音が少女の耳を劈き、反動で男の体が跳ね上がる。

 それと同時に飛翔した弾丸は毎秒3600mの速度で空気の壁を引き裂き、球体の中心──視覚センサー等が集中する1つ目を貫いた。

 だが、単に装甲を貫通するだけでは済まさないのが完成されたライサンダーの真価である。

 

 

「■─■■■■───」

 

 

 白色装甲の内部組織の内側へと侵入した弾丸はその勢いのまま生体組織を粉々に粉砕し、活動能力を喪ったキュクロプスがぐしゃりと潰れた。

 ほんの一秒未満の、刹那の交戦。

 旧神奈川県の片隅に、森林が焼ける音が取り戻される。

 

「たお、した?」

 

 だが──鶴紗の驚愕を言葉で表現する事は不可能だろう。

 何せ相手のサイズはラージ級ヒュージに匹敵するのだ。

 これを為したのがリリィだと言うならまだしも、死にかけの男が放った見慣れない狙撃銃の一撃で討伐したと言うのは俄に信じ難い。

 

「嘘だろ…」

 

 呆然と呟く少女の目線がバイザー付きヘルメットを被った男の顔と白煙を漂わせる狙撃銃を往復する。

 歩兵が用いる兵器の中でこれ程強力なものを鶴紗は知らなかった──それを使うこの男の素性も。

 そもそも、この男は一体誰なのか。

 何か思い違いをしているのではないか。

 武器を持っている事から勝手に防衛軍の人間だと思っていたがこの近辺に軍が展開しているなんて情報は聞いていないし、纏っている濃緑のアーマーも全く見覚えがない。

 

「……あんた、誰だ?」

 

 月光を背後に鶴紗を見下ろす男は、何も言わなかった。

 相変わらず強い意志の籠った瞳で、ただ少女を見詰め続けている。

 その指が、再び引き金を絞った。

 

「うわ……ッ!?」

 

 轟音。

 咄嗟に両手で耳を塞いだ鶴紗の中で「何をやってるんだコイツは」と言う疑念と「無言でそれ(狙撃銃)を撃つのを止めろ」と言う怒りが混ざり合う。

 しかし銃弾が射抜いたのは敵ではなく、崩れ落ちたエイリアンの足下にあった防空壕の様な施設の制御板。

「251」と書かれたシャッターが三分の一程まで上がり、何かにつっかえたのがぎぃぎぃと耳障りな音を立てる。

 深く考えずとも分かる。

 男はこの施設に避難しろと言っているのだ、と。

 

 この施設にも覚えはない。

 作戦前に地図で周囲の地形や施設は確認した筈だが、この人里離れた森の中に防空壕など存在しなかった筈。

 とんでもない威力の銃、それを持つ謎の男、SF映画のエイリアン。

 一体何がどうなっているんだ、と鶴紗は額に手を当てて唸った。

 

 ──だが、他に行く宛がない

 

 四方から迫る火の手は既に2人から退路を奪い、焼死と言う凄惨な結末を押し付けようとしている。

 生きたいのなら、あの得体の知れぬ防空壕に避難するしかないのだ。

 結局、深い溜め息を吐く少女は満身創痍の男を背負い直すしかなかった。

 

 

 

 ──それが混迷の引き金だとも知らずに

 

 

 

▼▲▼

{ 第  話 }

 

ベース251†††††††††

 

 

異界の戦士、異能の少女

──×──

"EDF is starting to reboot."

▲▼▲

 

 

 

「──はいはい真島百由ですよっと。ごめんなさいねー色々調べてたらちょっと寝落ちしかかってて!」

 

「それで、事情は大体聞いてるわ。鶴紗さんがヒュージとの交戦中に行方不明になった件に…え、違う?」

 

「──七里ヶ浜に所属不明のロボットが漂着した?しかも大きさがギガント級位ある?ちょちょ、嘘でしょ!?」

 

「…本当なのね。分かった、すぐ向かうわ」




◯男/???
装備:ライサンダーZ(酷使による破損)
   カスケードFA(紛失)
   YDX対空インパルス(残弾無し)
   EMCX(要請不可)

◯安藤鶴紗
BOUQUET以後「ブーステッド・フレンド」以前。


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2.訪問者''''■

 安藤鶴紗と言う少女は寡黙で冷淡なリリィ──そう評価されている。

 実際彼女が自分から進んで他人に話し掛けるなんて事は滅多にしないし、もしそのような機会があったとしても事務的な物事に限定されるだろう。

 また、同級生から話し掛けられても大体の場合は一言二言返すだけで目線を合わせようとすらしない。

 そして彼女自身もそんな性分を理解している。

 執着するのは精々猫とコーヒーくらい。

 根本的にコミュニケーションを必要としていないのだ。

 

 だが、その評価は正確とも言い難い。

 注意深く観察してみれば分かる話だが、鶴紗は本人すら気付かぬ内に他人のフォローに走っている事がかなり多い。

 無鉄砲さが取り柄な自身が所属するレギオンの隊長をそれとなくサポートしたり、「皆が好き」等と臆面もなく宣う先輩に鳥の雛のように付いて回ったり。

 少しでも行動力のある百合ヶ丘の生徒であれば食堂で黙々と大量の料理を掻き込む姿を見る事さえ出来るだろうし、そう言った可愛らしい部分を指摘すればきっと顔を真っ赤にして走り去るに違いない。

 つまり──寡黙と言うよりは口下手、冷淡と言うよりは行動で示すタイプ。

 飽くまで表面上硬く見える(と当人が思い込んでいる)だけであって実際は優しい性根の持ち主なのだ。

 

 しかし──そんな彼女をしてあんぐりと口を開けたまま放心せざるを得ない事態に鶴紗は直面していた。

 

「何だこれ……」

 

 ぽつり、と思わず呟きが漏れる。

 得体の知れない男を担いでシャッターを潜った所までは良かった。

 単なる防空壕にしては入り口の時点でやけに大きいとか地下に向かって続く通路が戦車でも通すのかと言いたくなる位広かったりしたが、それはもう良い。

 SF映画のエイリアンとそれを一撃で殲滅する狙撃銃に比べれば些事に等しい。

 だが──通路に一歩足を踏み入れた瞬間、人間の立ち入りを検知して点灯した照明によって異常性は露になった。

 

 銃、銃、銃。

 通路そのものの幅は戦車すら余裕で通行可能な程広い筈なのに、その殆どを夥しい数の銃火器が覆い尽くしている。

 いや、それだけではない。

 少し奥の方へと目を凝らせば薄暗い照明の中に大量のロケットランチャーや携行ミサイル、銃や爆弾を取り付けたドローンのようなものまで浮かび上がる。

 挙げ句に、()()()()だ。

 一部の銃火器が立て掛けられているのは、膝を折り待機状態のような姿勢で鎮座している何機かのロボットではないか。

 

 勿論、これら全てに見覚えはない。

 足元に転がっている小銃の1つから奥の方で両手の銃口を下に向けている青いロボットに至るまで、何一つとして鶴紗の知識には存在しない代物であり──彼女はもうこの時点でいっぱいいっぱいだった。

 何か変な夢でも見ているか、或いはドッキリでも仕掛けられているのかと思いすらした。

 夢ならば覚めてくれ、とも。

 だが、現実は次なる悪夢を少女に見せる。

 

『動かないでくれ。今傷を治す』

『……は?』

 

 今からほんの30秒前、鶴紗の支えを受けずに何とか立ち上がった男が拾い上げたのは手榴弾のような何か。

 そして彼は止める間も無くピンを抜き、自分の足元に落とし──咄嗟に飛び退いた鶴紗を襲ったのは、緑色のガス。

 しまった、やはり何かの罠だったかと少女はティルフィングを構えたものの、何とその手に残っていた筈の擦過傷がフィルムを逆再生したかのように消滅していくではないか。

 リジェネレーターではない。

 鶴紗が持つ異能は現在内臓の修復に集中しており、少なくとも表面の些細な負傷など気にしている余裕は存在しない筈だ。

 しかし治っていく。

 まるで全人類共通してそうなるのだと言わんばかりに、当然のように鶴紗の傷も男の負傷も治っていく。

 それ故に鶴紗の口から飛び出したのが「何だこれ」であり──返答も簡潔。

 

「エリアルリバーサーだ。この霧に含まれるナノマシンが治癒力を飛躍的に高めてくれる」

「あぁ……そう……ありがとう……」

 

 そうか、ナノマシンが傷を治してくれるのか。

 まだナノマシンの投与なんて実用化の目処も立っていないのに。

 況してや霧状にして噴霧するなんて聞いた事すらないのに。

 完全に停止した思考の中で鶴紗は「そうか、そうか」と譫言のように呟くしかなかった。

 

 

 

▼▲▼

{ 第  話 }

 

訪問者'''''

 

 

邂逅Ⅰ

──×──

"Chance encounter."

▲▼▲

 

 

 

 鶴紗があまりの情報量に脳をパンクをさせている一方──リバーサーが放出する緑の煙の中で佇む男もまた自身が置かれた状況の異常性を認識しつつあった。

 

 ──何かがおかしい

 

 果たしてベース251はこの様な森の中に存在しただろうか。

 男が知る限りに於いてこの何度時間を遡っても薄暗く掃除の行き届いていない地下基地は都市部にあった筈だ。

 人類が敗北した世界では荒れ果てた街中に、人類が互角ないしは優勢な世界では発展した近未来都市に。

 兎に角、生活の痕跡が周囲にあった筈であり、鬱蒼と繁った森の中に存在すると言うのは男にとって初めての経験だった。

 加えて、疑問がもう1つ。

 

 ──リバーサーを知らないのか?

 

 ナノマシンにより治癒力を大幅に促進する技術はプライマーとの戦争が苛烈な状態だった「3年前」に比べればかなり普及した技術であった。

 何せ絆創膏も包帯も止血帯すら不要となる、新時代の治療器具だ。

 戦場で傷付いた兵士は即座に戦闘への復帰が可能となり、怪物やアンドロイドによって重傷を負った民間人が一命をとりとめる確率が飛躍的に高まるこの技術を広めない手などない。

 況してや人類が事を優勢に進め技術や資材に余裕が生まれた「現在」では民間への転用も進んでいた筈であり──例え手榴弾と誤解していたのだとしても、リバーサーに関連する技術を全く知らないと言うのは些か不可解であるように感じる。

 

 また、ベース251内を埋め尽くす数多の武器についても同じ事が言える。

 確かに、男も最初はこの状況に驚愕した。

 男の知るベース251は何時だって小汚なくて、そこら辺に段ボールが積んであって、深刻な人手不足に悩まされる世知辛い基地だった。

 にも関わらず足の踏み場に困る程の武器が──それもニクスやエイレンと言ったコンバットフレームまでもが整えられるでもなく無造作に放置されていると言うのは不気味以外の何物でもない。

 だが──立て掛けられた大楯の1つを視界に収めた時、男の疑問は氷解した。

 

 ──あぁ、これは皆の武器なのか

 

 楯の表面に描かれた髑髏のマーク。

 それは男の戦友である重装歩兵隊のものに他ならない。

 死神(グリムリーパー)の異名を持つ彼らは、自らが死すとも決して武器を手放したりはしないだろう。

 そうしてよくよく周囲を見渡してみれば、転がっている銃や装甲車、コンバットフレームが全て時間遡行装置との戦いに参加していた部隊の物である事に気付く。

 皆、此処にいるのだ。

 姿形は無くとも、男一人を残して何処かに行ってしまったのだとしても、英雄達が戦った証は此処にある。

 故にこそ──ベース251に足を踏み入れた瞬間から警戒を解かない少女に、男は疑念を抱かざるを得なかった。

 

 ──そもそもこの子は一体誰なんだ。何処の部隊の所属なんだ

 

 武器を手にしている事から何かしらと戦っているのは分かる。

 地域によってはEDFも追い詰められている場合があるので学徒が前線に出る事もあるだろう。

 しかし彼女が身に纏っているのは誰がどう見ても「良いとこ」の学生服だ。

 空中機動の為に装備の重量を極限まで削っているウイングダイバーでさえ最低限のアーマーは着用しているのに、少女の衣服にはそのような備えがあるようには一切見えない。

 

 加えて、得物。

 右手に握った大剣はパワードスケルトンを纏って身体能力を何倍にも補強する重装歩兵(フェンサー)が持つ電刃刀やフォース・ブレードにも迫ろうかと言うサイズであり、明らかに少女の細腕で持ち上げられるような代物ではない。

 しかし彼女は片手1本でそれを支え──男を背負いさえしたのだ。

 普通に考えても異常過ぎる。

 そんな少女と大剣のミスマッチが違和感を加速させ、状況を尚混沌とした方へと押し流していく。

 

「……」

「……」

 

 故にこそ、会話が始まらない。

 互いが互いに致命的な程の違和感を抱いていて、しかも互いに救われた者同士である。

 どう切り出せば良いのか。

 何を言えば相手の地雷を踏まずに済むのか。

 次第に薄れ行く霧の中でそればかりを考え──男は少女の背後に目線を向けた。

 

「……雨が降ってきたな」

「え?あぁ……確かに。この様子なら直に鎮火すると思う」

 

 火災によって発生した積雲は燃え滾る地上に雨を降らし、一時は半開きのシャッターまで迫っていた炎を押し戻しつつあった。

 この様子であれば夜が明ける頃にはベース251を出ても安全だと思うが──少女は身を翻してシャッターへと足を進め始める。

 

「待て。幾ら雨が降っているからと言ってまだ外に出るのは危険だ」

「それは分かってる。でも、そう言う訳にも行かないんだ。多分仲間が探してる」

「仲間がいるのか」

「ああ。どいつもこいつも鬱陶しい位にお人好しだから、下手すると今も捜索しているかもしれない。それであいつらが火災に巻き込まれるのは御免だ」

 

 あんたのお陰で助かった、と言うだけ言って少女は再び外界との出入口に向かって坂を登り始めた。

 成る程──どうやらこの金髪少女はかなり良い仲間を得ているらしい。

 どのような時も仲間を見捨てない、と口で言うのは簡単だがそれを実行に移すのはとても難しい事を男は知っている。

 荒廃した世界の兵士達や山頂で危険な偵察を敢行した名も知れぬ斥候、味方の撤退まで強敵を相手に抗戦を続けた戦車兵達。

 男は繰り返す時間の中で何度も取り零してきた。

 守ろうとして守れず、救おうとして救えず、幾度となく彼らの死を目にしてきた。

 だからこそ、男は決して仲間を見捨てぬ高潔な精神を尊いものだと思うのだ。

 

 ──さて、これからどうするべきか。

 

 男には今、2つの選択肢があった。

 

 1つは、このままベース251に残って友軍との交信を試みる選択。

 現時点で彼が置かれた状況はあまりにも不可解であり、不用意な行動は死を招く。

 待機状態のドローンにうっかり攻撃を加えてしまったせいで周囲のドローンも同時に戦闘状態に移行させてしまう事があるように、男がベースの外で活動する事がプライマーやそれ以外の「敵」に不必要な刺激を与える可能性は低くない。

 それならば物資や武器の貯蔵が豊富な基地内に残って本部や仲間との接触を試みる方が安全なのではないか。

 男の理性はそう語っている。

 

 2つ目は、金髪少女と行動を共にして彼女の仲間と接触する選択。

 この選択は、大きなリスクを孕んでいる。

 先にも述べた通り、ベースの外に出る事は敵との遭遇確率を飛躍的に高める。

 リバーサーで体を治したからと言って疲労が抜ける訳ではなく、男の全身は今も強い倦怠感に苛まれているのだ。

 正直に言ってしまうのならば、今すぐにでも倒れてしまいそうなほど。

 戦い続ける意思があっても体が追い付かないのが実情だ。

 加えて、もし彼女が男の考えている通りなら。

 無根拠で飛躍した妄想の通りなら。

 少女の仲間との接触は──男の想像力ではとても描ききれないレベルのとんでもない事態を引き起こす事になる。

 つまり、リスクに対して得られる利益があまりにも釣り合わない。

 選ぶべきは一目瞭然である。

 

「待ってくれ」

「止めても無駄。あんたが何を言おうと私は──」

「いや、俺も同行する」

 

 ──それ故に、男は後者を選択した。

 

「……何故」

「君だってさっきまで重傷だっただろう。EDF──いや、一人の大人として見過ごせない」

 

 思い返してみれば、男の戦いは「無謀の賭け」の連続だった。

 怪物の初襲来から人類が仮初めの勝利を掴むまで、歴史改変を行うリングに攻撃を仕掛けてタイムスリップを果たすまで、繰り返す時間の中で最良の結末を掴み取るまで、ひたすら分が悪い方に賭け続けた。

 そして、その全てで勝ち続けた彼の勘は今回も「引き籠るのではなく動け」と叫んでいるのであり──経験に裏打ちされた勘なのだから、根拠は無くとも従わない理由も存在しないのだ。

 よって、男は今回も分が悪い方に全額賭ける事にした。

 

「それに、外にはまだ討ち漏らしたプライマーがいるかもしれない」

「プラ……?」

「君が見たアンドロイドの同類だ。君達がどのような戦士であれ、奴らを相手にするのは危険だ」

 

 自分がいて、EDFの武器があって、キュクロプスが存在した。

 ならば他のプライマーも来ていないとも断言は出来ない筈であり、それを倒すのがEDFの兵士としての使命だ。

 特にクルールやクラーケン、コロニストに代表される強力な射撃武装を持つ敵は可能な限り早急に駆除するべきであり──何時だって果敢な本部の司令官なら「戦闘を開始しろ」と檄を飛ばす筈である。

 

「もし奴らが現れたら俺が相手をする。君は構わず仲間と合流してくれ」

「……良いのか?」

「信用出来ないのはお互い様だろう。だったら先ずは自分の目的に集中すべきだ。違うか?」

 

 言って、男は足元の小銃を拾い上げた。

 T1ストーク──この極標準的なアサルトライフルはレンジャーの主力兵装が原子光線(ブレイザー)となった「現在」のEDFでは既にお払い箱となりつつあるが、それでも標準的であるが故の使用感や耐久性は唯一無二だ。

 その扱いやすさから男も開戦当時は愛用していたものだが、何の因果かそれが再び己の手に舞い戻って来たのである。

 あたかも「戦いはまだ終わっていない」と告げるかのように。

 

「まぁ、気にしないでくれ。ああ言う手合いの相手は慣れてるんだ」

「……そうか、分かった。だったらヒュージは私がやるから、そうなったらあんたは梨璃達と合流してくれ」

「ヒュ……?」

「『私達』の敵だ。あんたの武器じゃ通用しない」

 

 言って、鶴紗はティルフィングを肩に担いだ。

 そんなバカな、と言わんばかりに手にした銃と鶴紗の顔に視線を往復させる男は敢えて見なかった事にする。

 

(冗談じゃない。何処の誰とも知れない奴に貸しを作るなんて御免だ)

 

 そう、彼女は用心深い(優しい)のだ。

 いざとなったら見捨てろと言われてはいそうですかと納得出来る筈もなく、自分だけが利を得る提案は先ず疑ってかかる。

 一人で敵を惹き付け逃がそうだなんて、そんな美味い話がある筈がない。

 だから、男を見張る必要があるのだ。

 何をしでかしても、すぐ押さえられる(助けられる)ように。

 

「あぁ、そうだ」

 

 必要な事だ。

 自分の為に、自分が目的を果たす為に──そう言い聞かせて。

 

 

 

「私は安藤鶴紗。あんたは?」

「ストーム1。そう呼んでくれ」

 

 

 

 異能の少女と嵐の男は、黒い雨が降り注ぐ焼け野原へと踏み出した。

 

 

 

▼▲▼

 

 

 

 私立百合ヶ丘女学院高等部2年生、工廠科所属の真島百由は──比喩や誇張を一切抜きにして、天才である。

 彼女の()()()()はヒュージ研究に始まり、CHARMの設計改修、マギに依存しないエネルギー兵器の考案、果てはリリィとしての実戦など多岐に及ぶ。

 毎週のように新たな発見、発明に携わりまるで週刊誌でも発刊するかのように論文を学会に送りつける様は「週刊百由」の異名を持つ程であり──一言で纏めてしまうなら、オールラウンダーな天才なのだ。

 が、しかし。

 そんな彼女をして「訳が分からない」物体が眼前に鎮座していた。

 

「う、うわぁ!?ロボット!ねぇ本物のロボットよ!?あぁ、こんな浪漫の塊があるなんて……信じられない!動力は何かしら!あんな巨体を動かすには並大抵のものじゃ無理だから……まさか核!?」

「う、うん……分かってるからちょっと落ち着こうよ百由……!」

「これが落ち着いてられるもんですか!行くわよ天葉!」

「だから駄目だって!まだ接近許可も貰えてないんだからさぁ!」

 

 仮説本部が置かれた廃ビルの屋上、学友にして今回百由の護衛を任された天野天葉の肩をがたがたと揺らしながら見詰める先に横たわっているのは──鼠色の()()()()

 全長は、約50メートルと言ったところか。

 夜間のため百由も正確な全形を捉える事は出来なかったが、それはずんぐりむっくりとした巨体を七里ヶ浜海岸の砂浜に沈め、サーチライトの照明を浴びながら沈黙している。

 

「えぇ……?だって()()してからもう5時間以上経ってるしヒュージサーチャーも反応してないんでしょう?」

「あぁ、うん。もうロスヴァイゼからの報告が上がってるけど、直接手で触れられる距離まで接近しても微動だにしない辺りヒュージの類いではなさそうだね。防衛軍にも問い合わせてみたけどこんなロボットに心当たりはないんだって」

「でしょうね。今の防衛軍にこんなものにかまけている余裕はない筈よ。G.E.H.E.N.A.は……まぁ、考える必要もないか」

 

 防衛軍は陸軍、海軍、空軍の各々に豊富な戦力を保有しているもののヒュージ相手には苦戦を強いられており、巨大ロボットなどにかまけている余裕は残されていない。

 反対に資金は潤沢なG.E.H.E.N.A.にしてもヒュージや強化リリィ以外に関心が無いので、余程トチ狂ったりしない限りロボットには手を出さないだろう。

 だからこそ、尚更疑問が残るのだ。

 何故、誰がこんな物を作ったのか。

 何故、何の前触れもなく七里ヶ浜に出現したのか。

 そして────

 

「何で、『人型ロボット』なのかしらね」

「え?」

「考えてもみて。あんな誰がどう見たって素早く動けそうにないロボットを態々人型で作る理由なんて無い筈じゃない?生半可な装甲じゃヒュージの攻撃は止められないし」

「確かに、あの巨体じゃ攻撃なんて避けられそうにないしそれなら戦車でも作った方がよっぽど為になりそうだ……って言うかそもそも内蔵火器が全く無いじゃない。ひょっとして兵器じゃなくて重機の類いだったりする?」

「──それは無いわね」

 

 一瞬の間も無く、百由は断言した。

 天葉は気付いていないだけだ。

 背中に備えられた1対の筒状の物体が何であるかを。

 単なる「手」の領域を超え、鉤爪と呼ぶべき境地に至ったアームの存在意義を。

 

「私の考えだと、あれは────」

 

 そう、天才たる真島百由だから理解出来たのだ。

 

 

 

「ギガント級クラスの相手と()()()()為の兵器よ」

 

 

 

 倒れたまま操縦者を待つ()()()()()()()()()()()()()()が、本来相対すべき敵の正体を。




◯男/ストーム1
装備:T1ストーク
   なし
   エリアルリバーサー
   要請不可

内心(異世界なんじゃないかな…)とは思っているがプライマー絶対殺すマンなのでリスクのある選択を躊躇なく選んでしまう。

◯安藤鶴紗
内心(こいつ異世界人なんじゃないかな…)とは思っているがそれを口に出したら心底面倒になりそうなので取り敢えず黙っている。

◯ギガンティック・アンローダー
オレンジ色の方なら作業用重機で間違いないのだがカッパー砲が付いてる方なのでガチガチの決戦兵器。


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3.脱出計画

 旧町田駅。

 かつて横浜や都市部へと繋がる路線が交差していたこの駅は、今は瓦礫の中に沈んでいる。

 陥落した甲州市方面から南下してくるヒュージを迎え打つ為の戦場となった都市諸共、一般市民は寄り付かぬ廃墟の街となっているのだ。

 辛うじて路線は保守されているものの、此処を利用したり通過する者がいるとすればそれはヒュージかリリィの二択。

 放棄された駅舎を仮拠点とする一柳隊も、その例に漏れていなかった。

 

「……雨が降ってきたね」

「えぇ、これで火災も鎮火する筈です」

 

 が、しかし。

 白黒の髪飾りが目立つ少女──王雨嘉と茶髪の小柄な少女──二川二水は駅舎の外で橙色に燃える森林を眺めていた。

 単純に、居ても立ってもいられないのだ。

 駅舎の中では今も仲間達が今後の方針について話し合っているだろうが行方を眩ました安藤鶴紗の事が気になって落ち着いていられないし、話に集中出来ない程気もそぞろなら外で山火事でも見ているしかない──そう言う訳だ。

 そしてそれは、仲間達からの配慮でもある。

 

「……鶴紗さん、大丈夫でしょうか」

「もう8回目だよ、ふーみん」

「分かってます。それは分かってるんですけど……」

「それは12回目」

「あ、あはは……」

 

 乾いた笑いが濡れた空に木霊するが、2人とも視線を橙の森から逸らさない。

 彼女らは、共に「目」に関するレアスキル(特異能力)を持つリリィだった。

 王雨嘉が瞳に宿すのは──天の秤目。

 敵と味方の距離を極めて正確に把握する事が可能となるこの能力は、自身の目を媒介とした高精度の双眼鏡にも転用される。

 彼女は天の秤目を用いて、森の隙間をひたすらに凝視していた。

 対する二川二水が宿したのは──鷹の目。

 その名の通り空中からの俯瞰視点を得る空間把握能力が見詰めるのは、燃える森の全景。

 赤く光る眼は瞬きすら忘れ、通常を遥かに超えた情報を処理し続ける。

 

 共に、探しているのだ。

 突如として空から降ってきた「何か」に吹き飛ばされ、木立の向こう側へと消えた鶴紗の姿を。

 決して──動きたくても動けない自分達に忸怩たる思いを抱いている訳ではないと、そう信じて。

 

「ヒュージは取り逃がした……鶴紗も……」

「雨嘉さんのせいじゃありませんよ……鷹の目なら真っ先に気付けた筈なのに……」

 

 突如として空中に出現した()()()()()()()()

 地上に落着した後雨霰のように光弾を放つそれの猛攻によって、一柳隊は町田駅までの撤退を余儀無くされていた。

 ほんの数秒前まで隣で談笑していた友人が奇襲によって戦死する──この世界では大して珍しくもない。

 ただ、それが自分達の身に降りかかってきたと言うだけの話であって。

 

「……」

「……」

 

 黙する少女達に1つ望みがあるとすれば、それは鶴紗が強化リリィである事だ。

 リジェネレーターによる強力な再生能力を持つ彼女は、即死か原型を留めぬ程に肉体を破壊されない限りは基本的に()()()()

 そして一柳隊の誰も吹き飛んだ彼女がどうなったのか目撃していないのだ。

 要するに、何処か安全な場所で体を癒して離脱している可能性は低くない。

 それを前提にして駅舎の中では作戦が練られているのであって──雨嘉と二水も森の方を凝視していた。

 

「ん……?」

 

 だからこそ、と言うべきか。

 少女達の努力は各々が想像していたよりもずっと早く成果となって現れた。

 

「交戦、してる……?」

 

 先に気付いたのは二水。

 俯瞰視点で鎮火しつつある火災現場を見下ろしていた視界の片隅に、チカチカと光が瞬く。

 最初は、鷹の目を酷使した弊害がもたらす眩暈だと思っていた。

 しかしそれは消えるどころか時間を経るに連れて明確になり、数十秒も経つ頃にはマズルフラッシュの閃光として彼女の脳に取り込まれる。

 

「うん、間違いない……!」

 

 そして雨嘉は見た。

 黒く焼け焦げた木々の隙間、森の奥深くを駆け抜ける金色を。

 それに続く濃緑の装甲を纏った何者かの姿を。

 戦っている──そう、鶴紗と誰かが火災の現場で戦っているのだ。

 ぼんやりと眺めている場合ではない。

 

「雨嘉さん!」

「分かってる……!二水は皆を呼んできて!」

 

 壁に立て掛けた己のCHARMを掴み、少女達は走り出す。

 1人は、黒い森に向かって。

 1人は、駅舎の中の仲間達に向かって。

 避けられない、混迷の邂逅に向かって────

 

 

 

▼▲▼

{ 第  話 }

 

脱出計画

 

 

邂逅Ⅱ

──×──

"Chance encounter."

▲▼▲

 

 

 

 これで3体目────

 

 鎮火しつつある森の中を駆け巡り、T1ストークのトリガーを絞りながらストーム1は思わず呻いた。

 あまりにも常軌を逸している。

 それは眼前で暴れまわる異形に対してであり、怯む素振りすら見せずに斬りかかる少女への素直な感想だった。

 

 直径3、4メートルにもなる玉のような形状の体を3本の爪で支えるその異形は紛れもなくヒュージである。

 鶴紗が倒すと言った敵であり、男がプライマーとは別種と予想した敵だ。

 それは良い。

 端から鶴紗が交戦したら加勢するつもりではあったし、予想も見事に的中した。

 しかし、この耐久力は何だ。

 幾らT1ストークがEDFでは型落ちのアサルトライフルとは言え、よもや1マガジン丸々叩き込んでも致命傷どころか満足な手傷を負わせる事すら出来ない等とは想定していなかった。

 

 ──怪生物を殺せる威力の銃が効かないのか?

 

 確かに弾丸は灰色の表皮を貫き、銃創から青色の体液を垂れ流してはいるのだ。

 にも関わらず、まるで死に至る気配が見られない。

 寧ろ中途半端に傷つけられた事に怒り狂い、爪と体当たりによる質量攻撃の狙いは男に集中しているようにすら思えた。

 しかも攻撃の威力は怪生物に匹敵する。

 特に体を球状に丸めてボールのように跳ね回るダンゴムシ(γ型)を彷彿とさせるその挙動は、男に多大な不快感をもたらしたが──その一方で、ヒュージに立ち向かう少女の姿もまた男を唖然とさせるのに一役買っていた。

 

 ──やはりフェンサーじゃないのか……!?

 

 何の予備動作も無しに少女が5メートル近く跳躍するのを見た時は、思わず目を擦ってしまった。

 身の丈近くある、明らかに重厚な大剣を軽々と振り回しているのを直視した時は開いた口が塞がらなかった。

 果ては不規則に跳ね回り爪を振り回すヒュージに純然たる身体能力のみで追い付き、剣の一振りで外殻に罅を入れた時は此処が何処なのかも忘れてただ立ち尽くすしかなかった。

 明らかに人間離れした、それこそスラスターで跳躍する重装歩兵でもなければ追従出来ないような挙動を、何の変哲もない制服姿の少女がやってのけているのだ。

 悪い夢でも見ているか、プライマーによって幻覚でも見せられているか──男にはそのようにしか思えない。

 

(──何なんだアイツ……!)

 

 しかし、それは鶴紗にとっても同じ事。

 ヒュージと切り結ぶ中で、後方から行われる的確な支援射撃に少女は驚きを隠せなかった。

 

(リリィでもないのに付いてこられるとか、本当に人間なのか……!?)

 

 鶴紗がヒュージと白刃戦を演じられるのは、リリィとしての極めて優れた資質が前提だ。

 マギによって増幅された身体能力があるからこそ三次元的で不規則なヒュージの動きに追従出来るのであって、ただの人間であれば援護どころか視線で追うのがやっとの戦いの筈なのだ。

 だが、男は当然のようにリリィの戦場に踏み込んでくる。

 鶴紗のような軽快な跳躍こそ出来ないものの、不安定な地面など物ともせずに空中戦を繰り広げる2人の真下へと潜り込んでくるのである。

 戦い易いのは間違いなく──切りつけた反動で後退した隙を補うかのように飛来した弾丸は、1発たりとも鶴紗を掠める事なくヒュージにのみ着弾した。

 

(誤射もしないのか……)

 

 致命傷にはならない。

 だが精密という言葉すら烏滸がましく思える程の、正確無比な射撃。

 フルオートで撃ち尽くしたマガジンを弾き、直ぐ様予備の弾倉を装填する一連の動作は思わず視線を向けてしまう程に熟達している。

 僅かに露出した男の顔を見る限りはまだ20代半ばと思わしき若者であるにも関わらず、1年や2年では到底身に付ける事の出来ない洗練された身のこなしを彼はしていた。

 要するに、完全に「ただの人」がリリィの戦場に堂々と割って入っているのだ。

 男自身はそれにまるで気付いていないが────

 

「いや──いや、やっぱりおかしいだろ……!」

 

 やはり噛み殺し切れなかった本音を呟きながら、ティルフィングを振り抜く。

 ガツン、と強い手応えと共に外殻にめり込んだ大剣は、その勢いのままにヒュージの体組織を引き裂き、上下に生き別れにして──変則的な空中戦を制した鶴紗は、撒き散らされる青い体液と同時に危なげなく焼けた地面に降り立った。

 が、背後でべしゃりと潰れたヒュージの残骸に構わず彼女は一目散に男の下に駆けていく。

 

「あんたさぁ……!」

「何だ」

「おかしいだろ、色々と……!」

 

 もう理不尽と言われようが八つ当たりと言われようが、兎に角男に文句を言わねば気が済まなかった。

 エリアルリバーサー然り、T1ストーク然り、男の身体能力然り。

 状況が状況なので一旦後回しにしようとしていたが、流石に意味不明が過ぎる。

 ずけずけと歩み寄って男を問い詰めるのも、クール風を装っておきながら実は動揺しまくりな自らの精神を安定させようとする防衛反応に過ぎない。

 尤も、小柄な少女に詰め寄られたストーム1は面白い位にたじたじだったが。

 

「そう言われてもな……『こっち』ではこれが普通なんだ。怪生物相手に立ち止まっていたら直ぐにやられてしまう」

「普通って……」

「いや、俺から言わせて貰えば君の方がおかしいんだが……生身の人間はそんなに飛んだり跳ねたりしないだろう」

「するんだよ、リリィは」

 

 ウイングダイバーを除けばむさ苦しい野郎ばかりが戦友だった彼にとって、至近距離まで女学生に寄られるのは初めての経験なのだ。

 戦闘ではかなり頼れるし、ぶっきらぼうながら連携もしっかり取れるのだが、どうにも適切な距離感が掴み難い。

 思春期とは、こう言うものなのだろうか。

 すっかり記憶の山に埋もれてしまった学生時代を思い出そうと、ストーム1は頭を捻り────少女の背後で地面が盛り上がっている事に気付く。

 

「跳べ!」

「!」

 

 叫んだ男が真横に向かって転がった刹那、鶴紗もまた地面を蹴った。

 次の瞬間、舞い上がった土塊を紅蓮の焔が焼き尽くす。

 有機的な攻撃が主たるヒュージのそれとは明確に異なる、殺人に特化した火炎放射。

 

「何だ……!?」

「ネイカーだ。地中から出てくるぞ!」

 

 焼けた地面を掻き分けて現れたのは、二枚貝に酷似した銀色の機械。

 しかし開いた殻の内側にあるのは生物の身ではなく、灼熱を湛えた無骨な砲口。

 誰が何処からどう見ても機械以外の何物でもない物体が、正体不明の原理で宙を回遊している。

 

(速い、けど……当てられる!)

 

 だが、捉えられぬ程ではない。

 男がネイカーと呼んだ殺人機械は魚のような極めて有機的な動きで火災跡を飛んでいるが、その速度はリリィの動体視力であれば十分に捕捉可能なものであった。

 故に、射撃形態へと移行したティルフィングの銃口は一瞬の内に二枚貝を捉え──ばくん、と砲口を閉じた銀色の体表が銃弾を弾く。

 

「弾いた!?」

「外殻は弾を通さない、口を開けた時を狙え……!」

 

 無茶苦茶だ、と漏れそうになったなったら叫びを鶴紗はすんでの所で噛み殺した。

 何もかも無茶苦茶だ。

 マギの影響も受けていない癖に物理現象を無視した機械が跳梁跋扈し、そんな機械を熟知しているらしい男はミドル級のヒュージにダメージを与えられる小銃を当然のように持っている。

 しかも彼は手にした銃でヒュージを殺せないのは予想外だ、とでも言わんばかりに首を傾げる始末。

 この世界での兵士は重火器の支援も無しにヒュージとは戦えない。

 それが現実であり、積み重ねた敗北の歴史であり、年端も行かぬリリィが主力を担う理由なのだ。

 

「足を止めるな。動き続けていれば早々には当たらない」

 

 だが、鶴紗にアドバイスを送るストーム1の小銃が火を噴く度にネイカーは面白い位に撃ち落とされていく。

 リリィとしての技巧はかなり優れている鶴紗ですら、二枚貝が開く瞬間を捉えるのは難しいのに。

 一瞬後には火炎放射で焼き尽くされる恐怖が、彼を苛んでいる筈なのに。

 

 現実が易々と覆される。

 奇怪極まりない現実に、脳が理解を拒絶する。

 しかし、現実は少女に考える時間を与えない。

 壊せども壊せどもネイカーは次から次へと現れ、今や10を超える数が2人の周囲を回遊し始めていた。

 

「──ああもう!後で全部聞かせて貰うからな!」

 

 鬱憤が溜まりきった叫びと共に、横一閃。

 至近距離から火炎を放とうとしていたネイカーを弾き飛ばしながら、鶴紗は男に言い放ち──その直ぐ横を駆け抜けた一迅の風が殺人機械を両断する。

 

 

 

「その話、梅も興味があるナ!」

「!」

 

 

 

 常人の──否、リリィの動体視力を以てしても残像しか見えぬ高速での機動。

 一瞬の躊躇いすらなく戦闘に参加する決断の早さ。

 そして何より、声。

 如何なる時も陽気で、されど軽薄さは一切感じられない、太陽の様な彼女の声を安藤鶴紗は知っている。

 

「仲間か?」

「ああ──」

 

 最早男には目で追う事すら叶わない、緑色の残像を残しながらネイカーを弾き飛ばす()()()の正体を問い掛ける男に、鶴紗は力強く頷いく。

 何故なら、そう。

 彼女は────

 

 

「梅先輩────!」

「おう!無事で良かったゾ!」

 

 

 

 吉村・Thi・梅。

 戦闘機動では他の追随を許さない、鶴紗にとって最も頼れる()()が、焼けた樹木の上でニッと朗らかな笑みを浮かべていた。

 

 

 

▼▲▼

 

 

 

 真島百由は天才だ。

 生物学から設計まで何でもござれ、文字通りの意味で万能の天才と呼ぶに相応しい現代の異端児である。

 が、しかし──偶然発見した背部のハッチから乗り込んだ鼠色のロボットは、彼女を以てしても奇々怪々としか言い様のない程の未知が詰め込まれていた。

 

「あー……こりゃ私達とんでもない拾い物をしちゃったんじゃない?」

「そんなにヤバい代物なの?このロボット」

「そりゃあもう!……いっそ見かけ倒しの張りぼてであって欲しかった位にはね」

「そっかー……」

 

 コンソールを弄り回しながら少女は呻く。

 無数に開いては閉じる画面を前に、天葉に出来る事はない──確かにアールヴヘイムの主将として日本語各地で奮戦するリリィではあるし、時に防衛軍と共同で作戦を遂行する身である以上兵器の知識はそれなりに持っているつもりではあるが、専門的な分野はからっきしなのだ。

 それ故、持ち込んだCHARMのサイズも相まって狭いコックピットに乗り込んだのを早くも後悔し始めていたのだが──そんな天葉でも、これが相当()()()()事態なのは分かる。

 

「そうねー、今の技術じゃとても建造出来ない代物って言えばヤバさが分かるかしら?」

「……具体的にはどの辺が?」

「大体『全部』ね。特に────」

 

 あまりにも長過ぎるので百由の語った事を簡潔に纏めてしまうならば──この「ロボット」の構造自体に目新しい所はない、らしい。

 曰く防衛軍の兵器試案で何度か見掛けた人型の二足歩行兵器をそのままスケールアップした程度のモノで、こうして横たわっている状態を再現する位ならまぁどうにかなるだろう、と。

 しかしこれが実際に動くのだとすれば話は別だ。

 現在の技術ではとてもじゃないがこの重量を二足で支える事など出来はしないし、ただ直立させておくだけでも勝手に自壊してしまう。

 そもそもこんな巨大機械を動かすだけの動力源を安定して確保する術すら思い当たる節はないし、背中の()()を使用するには発電所1つ丸々載せたって足りるまい。

 要するに立てばぺしゃんこ、歩けばバラバラ、戦う前にスクラップと、兵器としての最低限すら満たせないのだ。

 

「でも……動くんだよね?」

「ええ、絶対に」

 

 ただ──一頻りコンソールを弄り回し、おおよその構造を把握した天才百由の直感は天葉の言う通り確かに「動く」と証言していた。

 そう、動くのだ。

 この世界のあらゆる組織があらゆる力を結集したとて到底造り上げられない鉄の巨人は確かに動く。

 全く未知の存在であるが故に、起動シークエンスすら未だ判然としないが、それさえ分かってしまえば今、この瞬間からでもこのロボットは直立し、歩く事が出来る。

 俄に信じ難く──そして興味深い、が。

 

「で、このEDFっての、見覚えある?」

「いや……無いかな。防衛軍は防衛軍でもこの国のとは違うみたいだし、国連軍でもないっぽいしね」

「そっかー……いや、そうよね……」

 

 はぁ、と狭苦しいコックピットの中で2人揃って溜め息を吐く。

 実際、手詰まりは手詰まりだ。

 百由にも天葉にも全地球防衛軍なんて組織に心当たりは無いし、未知の技術を解析するには少女の身一つでは到底足りない。

 しかし、それでも────

 

(──まるで異世界から流れ着いたみたい)

 

 何とも馬鹿馬鹿しく、荒唐無稽な話だ。

 しかし天才百由を以てしても、そう思わずにはいられない程現行の技術から乖離している。

 この世界には存在しないが、全く常識の異なる世界では当たり前の技術が投入されているかのような。

 或いはこれだけの巨体が防衛軍と百合ヶ丘の監視網をすり抜け住民にすら気付かれず流れ着いた、まるで突然その場に出現したかのような──上手く言葉で表現出来ない、奇妙な違和感。

 

(──せめて)

 

 せめて持ち主に会えれば、と凝り固まった眉間を揉み解しながら百由は思う。

 いや、それさえ分かってしまえばこの訳の分からない状態を隅から隅まで綺麗さっぱり解消出来てしまうのだ。

 EDFとは何なのか、とか。

 このロボットをどんな原理で動かしているのか、とか。

 背中の()()は一体何を倒す為に装備しているのか、とか。

 何もかもにすっきりカタを付けて──ちょいちょい、と肩をつつかれる。

 

「──ゆ、百由。携帯鳴ってるよ?」

「……え、あ、あぁ。ごめんなさい」

 

 どうやらあまりの異常事態を前にして、思考に没頭し過ぎていたらしい。

 己の悪い癖に(どうせ治らないが)反省しつつ、百由はポケットから携帯を取り出し────

 

 

「────夢結から?」

 

 

 ヒュージ討伐に出向いている筈の友人からの連絡に、思わず首を傾げてしまった。




◯ストーム1
装備:T1ストーク
   ???
   エリアルリバーサー
   ???

◯梅様
滅茶苦茶頼れて滅茶苦茶強い先輩。
二水ちゃんから連絡を受けて即座に飛び出したので一番到着が早い。

◯ネイカー
数多のストーム1を苦しめた高低差に弱い例のアイツ。
絶妙に動きがキモい。


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4.交錯する世界

 戦闘は瞬く間に決着した。

 ネイカーは確かに殺人に特化した機械だが、ストーム1に限らずEDF兵士ですら生身で彼らを相手取って勝ちを収めていた訳なのだからリリィたちにそれが出来ぬ道理はない。

 寧ろ身の丈近くある大剣を当然のようにぶん回す少女が鶴紗の他に8人──そう、8人もだ。

 外骨格の補助も受けずに制服姿の少女が飛んだり跳ねたりしている以上、火炎放射以外にこれと言って取り柄のない殺人機械風情に勝ち目など存在する筈もない。

 そんな訳で男が地面を転がり回ってちまちまと頼りない援護射撃をしている内に少女たちはネイカーを悉く斬り伏せてしまい、30分も前には9人と1人は百合ヶ丘へと帰還する電車に乗り込んでいたのだが──男にとっての戦いは此処からが本番だった。

 

「……」

「えぇっと、その……」

 

 気まずい。

 幾ら20代前半とは言っても成人した、それも大して美男と言う訳でもない如何にも軍人然とした男が年端も行かぬ少女ら9人に囲まれ電車の座席に座っているこの状況が、とてつもなく気まずい。

 その内半分は現在隣の車両で何処かと連絡を取っているのがせめてもの救いだが、推定「異世界人」とのコミュニケーションと言う、ネイカーやヒュージとはまた別種の──未だかつてない危機に男は直面していた。

 

 ──どう、切り出したものか

 

 大体、男は口下手の極みに位置するような人間なのだ。

 かつての「先輩」のような初対面の相手にも気さくに振る舞えるマイペースさがある訳でもなければ、「軍曹」のように真面目ながらもどこか聞く人を安心させる語りが出来る訳でもなく、演説なんて以ての外。

 そう言う、とことんまで昇進を遠ざける部分が一生最前線にいるのに()()()()()のではないかと彼は思っていたが──今回ばかりはそれが仇となる。

 

「あー……その……つまり……異世界人、と言うことでよろしくて?」

「……そう、なる」

 

 会話の口火を切ったのは、少女たちの方から。

 男自身聞いたら鼻で笑ってしまいそうなことを尋ねる少女に、肯定を返す。

 

「しかも地球外生命体からの侵略を受けている真っ最中で、人類の3割が喪われたけれど反撃に成功して、今も反攻の真っ最中だった、と」

「……ああ」

「俄には信じ難いですわ」

「……だろうな」

「貴方が肯定しないで下さいまし!ああもう……!」

 

 座席に座った男の傍らで怪訝そうな表情を隠そうともしない茶髪の少女──楓・J・ヌーベルの総括に、重々しく頷く。

 男自身も未だ理解は及んでいないが、現状考え得る状態として思い当たるのはやはりそれしかない。

 それしかないが──だからと言って「はいそうですか」と受け入れられる訳がないのもまた事実。

 珍妙なコスプレをした男の妄言だと切って捨てたい、されど鶴紗の証言を聞く限りでは否定も出来ないと言うのが楓の表情からはありありと読み取れた。

 と──不意に対面の座席で銃器を弄り回していた少女たちが、声を上げる。

 

「いえ……恐らく、事実だと思います。そうですよね、ミリアムさん」

「うむ。この銃──ブレイザー、だったかの?二水と一通り触ってみたのじゃが、これはこの世界の技術で作れる代物ではない。と言うより携行型の原子光線銃なぞ実用化されておったらリリィなぞ今頃お払い箱じゃろうて」

「防衛軍やG.E.H.E.N.A.でも先ず不可能だと思いますし、それに、あの……ネイカー、でしたでしょうか。あれは明らかにヒュージではないし、マギも全く感じられない、見たままの機械でしたから。だから、その方の仰る『異世界人』にもある程度説得力はあるかと……」

 

 ほれ、返すぞ……と言葉とは裏腹に慎重な手つきでブレイザーを男に手渡す小柄な少女──ミリアムの分析の通り、ブレイザーはこの世界の技術では開発に漕ぎ着ける事すら難しい狂気の産物である。

 本来車両に搭載すべきEMCを人に持たせられるまでダウンサイジングしようと言う考えからして既に常軌を逸しているが、出力を90パーセント近く低下させる事で実際に成功させたのは先進技術研の血の滲むような努力と永きに亘るループの中で蓄積されたプロフェッサーの知識に依る所が大きい。

 良くも悪くもCHARMやリリィ関連技術に特化した発展を遂げたこの世界では原子光線砲に至るノウハウは未成熟で、工廠科であるミリアムを以てしても唸らざるを得なかったのだ。

 尤も、男からすれば生身でフェンサー並みに飛んだり跳ねたりするリリィの方が余程信じ難い存在だったが。

 

「マギとリリィ、そしてヒュージ……俺の知る常識とは全てが違う」

「『そちら』にリリィはいなかったんですの?」

「いる訳がない────」

 

 これではまるで学徒出陣だ、と言う一言をすんでの所で噛み潰す。

 若年少女とプライマー以上に得体の知れない怪物にのみ宿るエネルギーなど、地球侵略が行われる以前の男からすれば「質の悪い冗談はよせ」と反射的に否定したくなるような話だ。

 しかし此処は異郷ならぬ異世界であって、「こちら」の理屈が通用する場所ではなく──相手の話を正面から受け止めねば、此方の話も受け止めては貰えない。

 共に時間遡行を繰り返したプロフェッサーが、そうであったように。

 

「──学徒出陣が行われた地域もあったと聞くが、日本ではその必要はなかった。特定の年代の少女にしか発現しない能力……と言う解釈で良いのか?マギとやらにも正直に言って驚いている」

「ヒュージを相手にするにはマギを通した武器でないと極端に効率が落ちるからの。防衛軍の火器ではミドル級までが限界じゃ……と言ってもお主の武器は例外みたいじゃが」

「はい!さっきミリアムさんが仰ってましたけど、この銃が標準装備になるだけでも防衛軍の能力は格段に上昇する事間違いなし!ですよ!」

 

 男からすればリリィの常人離れした身体能力やヒュージの方が余程デタラメのように思えるが──これが世界の違い、と言うやつなのだろう。

 戦う相手が変われば要求される資質や武器も変わる、男にとって相互理解が不能な相手との戦争とは常にそれが要求されたように。

 或いはリングを攻撃して時間遡行を行い、そしてその度に現れるプライマーの新兵器に幾度となくEDFが対応しなければならなかったように。

 だからこそ、この何処からどう見ても「良いとこ」のお嬢様にしか見えない少女たちがフェンサーもかくやと言うレベルのごつい銃剣を携行しているのも、男は「そういうもの」として比較的落ち着いて受け入れる事が出来た──そのような事が罷り通ってしまうこの世界は赤い空が広がる「三年後」を想起させて些か不快感を覚えたが。

 そんな男の様子を見てか、楓も溜め息を吐く。

 

「ま、結局はなるようにしかならないですわね。全ては百合ヶ丘に帰還してから考えれば良い事ですわ」

「楓さん、一番あーだこーだ言ってたのに思考を放棄しましたね……」

「ああ……」

「じゃな……」

「な、なんですの!?取り敢えず防衛軍に不審人物として引き渡すのは止めるべきと言っているだけでしょう!二水さんも、ミリアムさんも……そこの御仁も!その何とも言えない目線を向けるのは下さいまし!」

「ははは……」

「そのわざとらしい笑い方は何ですのー!?」

 

 やいのやいのと騒ぎ出した三人に適当な相槌を返しながら、男は思考に没頭する。

 どうやらこの楓・J・ヌーベルはそのやたらと高飛車風味な立ち振る舞いと喋り方からは想像も付かない程「優しい」人物、らしい。

 何せ出会ってまだ何時間かと言うレベルの不審な男相手に一旦は判断を保留してくれると言うのだから。

 最初に疑念をぶつけてきたのも、恐らく自らが進んで会話を作ることで二水とミリアムの緊張や不審を解こうと言う配慮なのだろう。

 その二人にしたって、ブレイザーを弄っている内に男の話を信じ始めているようで──語弊を恐れずに言ってしまうならば、「優し過ぎる」。

 無線機越しにプロフェッサーの苦闘を何度も聞いていた身としては、上手く行きすぎているとすら言えるこの状況に安堵の溜め息を吐かざるを得なかった。

 

 ──最早、なるようにしかならないが

 

 何はともあれ、物的証拠なら腐る程あるのだ。

 彼女たちの言う「ガーデン」がマトモな組織であるならば、信じる信じないはさておき一笑に付す事はないだろう。

 それにこうして彼女たちに「保護(捕獲)」された以上、今更あれこれ言っても仕方あるまい、と本日何度目かも分からぬ溜め息を吐き──列車がトンネルを抜けた。

 

「……此処もか……」

 

 思わず、呟いてしまう。

 車窓の外に広がるのは幾度の戦闘で凸凹になり、廃墟と化した市街。

 そして眩しく輝く大海原。

 破壊と再生が幾度となく繰り返された抵抗の証にして、理不尽が人を襲った痕跡──世界が変われどこの景色だけは変わらない、らしい。

 

 ──これ以上は……

 

 ヒュージだけで手一杯であろうこの世界にプライマーまでもが迷い込んでしまったのは男にとって痛恨の極みだ。

 何しろ、アレらの厄介さはヒュージのそれとは大きく異なるもの。

 生物から非生物まで、何もかもが不気味な位統率されて人類を塵殺様は奇怪の一言に尽きる。

 そんな連中と、まだ出会って数時間しかないにも関わらず分かってしまう程の優しさを持った少女たちをこれ以上対面させられるか?──いや、そんな訳がない。

 

「……」

 

 決着は早期に着ける必要がある。

 そう覚悟を決めた男の事情など知る由もなく、3人のリリィは突然沈黙した彼の様子をただ不思議そうに見詰めているだけだった。

 

 

 

▼▲▼

 

 

 

 鬼が出るか蛇が出るか。

 賢くマッドサイエンティスト気質な真島百由は白井夢結から不審人物を「保護」したと聞いた時点でその覚悟をしていた──つもりだった。

 何せ昨日から異常事態の連続だ。

 EDFなる組織が建造したと思わしき巨大兵器の漂着に、一柳隊が遭遇したと思わしき異形の機械と来れば、不審な兵士の1人や2人位捕まりもするだろう。

 寧ろ「何だ不審者だけなのね」と徹夜明けのテンション(と持ち前のデリカシーの無さ)で言い放ってしまい電話越しに夢結から小言を頂戴する羽目になっていたのだが────そんな出来事は今や記憶の彼方へと消し飛んでしまっていた。

 何せ生徒会に代わり不審者の聴取に当たろうとした百由を出迎えたのは、一柳隊が持ち帰った未知の銃器の数々だったのだから。

 

 その時の狂い振りと言ったらもう、驚きのあまり意味ある声すら出ていなかった。

 見れば分かる、原子光線銃だ──理論上ですら全く形になっていない存在がさも当然のようにそこにあって、しかも撃てる。

 所在なさげな不審人物そっちのけでブレイザーを担ぎ訓練場へ走った百由は、おっかなびっくりでトリガーを引いた瞬間放たれた赤い光条と溶解した標的を目撃して冗談抜きにひっくり返った。

 治癒力を大幅に向上させるナノマシン噴霧器──リバーサーもまた然り。

 殆どオールマイティと言っても過言ではない百由の才能をして実用化は程遠いと感じた筈のそれが、これまた当然のように実在する。

 ひっくり返った時にできた擦り傷が映像を逆戻ししたかのように治るのを体感した時は、知らない間に強化リリィの改造手術を受けたのかと我が身の不明を疑いもした。

 

 挙げ句に昨日漂着した「アレ」に関する情報が手に入ったとなれば、もう落ち着いてなどいられない。

 何がなんでも男を学園に留め置こうとした百由は、外遊中の理事長代行を待たずして滞在許可を出し──結果として、彼は第一発見者たる安藤鶴紗共々テラスで十数時間振りの食事にありついていた。

 

「美味い」

「それは良かった……で、何で私があんたの面倒を見なきゃならないんだ」

「拍子抜けする位あっさりと受け入れられたが、実際は扱いに困っているんじゃないのか」

「かもね。お陰でこっちは良い迷惑だ。只でさえ疲れてるのに一柳隊はこの後あんたと一緒に聴取を受けなきゃいけないんだぞ」

「すまない」

 

 げんなりした様子ながら恐るべきスピードで山盛りのスパゲティを平らげる鶴紗は、しかし体のあちこちにガーゼや包帯を巻き満身創痍と言った出で立ちの男とは対照的に表面上は傷1つないように見える。

 これが「強化リリィ」なる者の能力なのか。

 それとなく楓や百由に探りを入れてみたりはしたものの、これに関しては彼女も言葉を濁すばかりで有意義な回答は得られなかった。

 とは言え、その字面だけでも朧気ながら内実は見えてくる。

 

 ──非人道的な実験の被害者か

 

 やはり尋常ならざる治癒能力や身体能力は「リリィだから」で済まされるものではないらしい。

 瞬く間にネイカーを駆逐した一柳隊の中でも、取り分け戦法に強引な──自己を省みないような部分が見られたのは鶴紗だけだと男の優れた観察眼は見抜いていた。

 実に危なっかしい少女だ。

 アーマーを着ている訳でもないのに防御に頓着せず、機動による回避と攻撃に特化した戦い方は数多の戦場を掻い潜った男をして幾度も肝を冷やす程。

 だからこそ、男は──否、ストーム1は彼女が抱える事情を薄々察しているが故に軽率に踏み込んで良いものか悩んでいたのだ。

 

「それ、食べないのか」

 

 しかし何はともあれ、食べなければ話は始まらない。

 鶴紗の指摘で我に返った男は、まだ十分に温度を残したポタージュに口を付ける。

 

 ──やはり美味い

 

 この百合ヶ丘女学院がパッと見で分かるほどお嬢様学校だからなのかは知らないが、EDFにいた頃よりも食事のランクが格段に高い。

 ポタージュ1つ取ってもまろやかな口当たりや臓腑に染み渡るような味の良さはまるで未知のものに感じられる。

 最前線や「敗けた」世界でその日食うものにすら困窮していた記憶がある男にとっては、この贅沢が特に効き──「優勢」だったあの時間でプロフェッサーが飽きるまでチーズバーガーを食べまくっていた理由を心の底から痛感させられた。

 そんな男の様子を横目で見ていた鶴紗が、ぽつりと呟く。

 

「昨日は助かった……その、ありがとう」

「気にするな、EDFは決して仲間を見捨てない」

「例え偶然でも?」

「ああ。例え偶然行動を共にする事になっただけだとしても、だ」

 

 仲間を見捨てない。

 男にとってはごく当たり前で、人として褒め称えられるべき姿勢。

 或いはEDFの基本的な理念。

 何れだけ窮地に追い込まれようと、プライマーのおぞましい兵器に襲われようと人類が決して諦めなかった理由の一つは、例えどんな場所であろうと確かに男の中に息づいている。

 軍曹も、大尉も、中尉も、皆そうしていた。

 だから自分も同じようにする、ただそれだけの話だ──相手がどう受け取るかは別として。

 

「……あんた、相当お人好しなんだな」

「君程じゃない」

「……」

 

 漏れた言葉は、鶴紗にとって間違いなく失言だった。

 まだ遭遇してから24時間すら経過していない、強面で無口で無愛想な自称異世界人に対して漏らすべきではない、偽らざる本音だった。

 このとびきり無愛想な男はその強面に反して異様に純朴と言うか何と言うか、兎にも角にもお人好しが過ぎる。

 しかし、言ってしまったものは仕方がない。

 きょとんとした表情の男に向かって、鶴紗は百由から与えられた「本題」に踏み切る。

 

「……そのお人好し加減を見込んで、1つ頼みがある」

「何だ」

「『そっち』の世界の事を教えてくれ。あんたが何と、どうやって、何時から戦っているのかとか、人類はどうなってるのか、色々」

「それは……」

「あんたがいなければ、きっとあの巨大アンドロイドに何も分からないまま殺されてた……でも、そんなのは御免だ。何に攻撃されたのかも分からずに死んでいくのなんて、私は嫌だ」

 

 死んでも良い、そんな破れかぶれな気持ちを鶴紗が抱いているのは嘘ではない。

 強化リリィとして異常なまでの再生能力を付与され生半可な攻撃では死ねない彼女が心の何処かで「父の汚名を雪げれば後はどうでも良い」と思っているのは、彼女自身にだって否定し難い事実なのだ。

 しかし──いや、だからこそ。

 何も成せぬまま、知らないまま殺されるなんて納得出来ない。

 百由に情報の収集を頼まれたから、とかではなく「自分が嫌だから」──自分が出来る事をしないで誰かを死なせるのが嫌だから、ただ真摯少女は請う。

 

「知らなきゃ何も始まらない。だから()()()()()()()()()

「……!」

「百合ヶ丘に──私たちに力を貸してほしい」

「分かった」

 

 即断即決。

 プライマーの侵略が始まって以来がずっとそうであったように、今回も返事は一言で済んだ。

 そう、EDFは仲間を決して見捨てない。

 例えそれがリングへの無謀な攻撃だったとしても、単なる情報の聴取だったとしても、男はそれを惜しむつもりなど毛頭なかった。

 そしてそれ故に──男は信頼の証を少女に送る。

 

「ストーム1、と。そう呼んでくれ」

「それ……コールサインじゃないの?」

「本名よりそっちの方が呼ばれなれてるから反応し易い。これからはそれで頼む」

 

 ストームチームの結成より、例え時間が何度巡ろうと未来永劫男はこの名を名乗り続けるだろう。

 これが後方から男を支え続け、何にも替え難い戦友と引き合わせてくれた「本部」が送ってくれた名なのだから。

 

「それで、だ。鶴紗、君は────」

 

 それを教える事は、男にとって鶴紗が真の意味で「友軍」となった事を示しており────

 

 

 

「俺が『向こう』で何度も時間遡行を繰り返していると知ったら、信じるか?」

 

 

 

 早期にEDFの最重要事項を即座に開示し得る、立派な動機だった。

 

 

 

 

▲▼▲

 

 

 

 何の前触れも無く、虚空から物体や奇怪な生物が落ちてくる──その様な事態が発生していたのは、実の所ベース251があったあの地点だけではない。

 ヒュージの勢力圏であるかに関わらず、日本各地の至る所で「ソレ」──即ち、プライマーやEDFが保有する兵器の「漂着」は発生していた。

 

「これは……」

 

 エレンスゲ女学院一年生、LGヘルヴォル隊長相澤一葉は鬱蒼と緑の茂る山腹でその凛とした貌を困惑に染めていた。

 そもそもからして、今回の任務は彼女にとって酷く不可解なものだったと言える。

 奥多摩地域に落下したとされる「何か」の回収、或いは()()

 当該時刻に奥多摩地域を航空機が飛行していたと言う記録は存在せず、陸路や鉄道で重要物資の輸送を行っていたなんて話もまるで聞かない。

 無論、他ガーデンへの無断介入で孤立を深めているエレンスゲに情報が回ってきていない可能性は否定できないが──この任務を言い渡された時の教官たちの奇妙な焦燥が一葉の中でひっかかり続けていた。

 まるで見てはいけないものを見てしまったかのような、或いは存在してはならないものの実在を知らされてしまった時のような、混乱に近い不可解な焦り。

 それ故に、一葉は最初から慎重に事に臨んでいたのだが────

 

 

 

「……ミサイルを、ヒュージが運んでいる?」

 

 

 

 眼下の渓谷で行われている行為のおぞましさを、彼女はまだ知らない。

 

 

 

▼▲▼

{ 第  話 }

 

交錯する世界

 

 

劫火の記憶

 

 

邂逅Ⅲ

──×──

"Chance encounter."

▲▼▲




○ミサイル/???
『コードNを再発令する』

『使命を果たす、その時が来た』

『何れ程の犠牲を払おうとも人類は生き延び、そして戦いを続けることだろう』


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