リリベルの異端児 (山本イツキ)
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第一話 Beginning

人気にあやかってみます。

そんな長編にはしない予定です。

事前にリコリス・リコイルを全て見ていただけるとわかりやすいと思います。



 銃弾が連射される音と戦死した仲間や敵兵の血の匂いが漂う悲惨な戦場。

 彼、篠原(しのはら) 春陽(はるひ)がよく夢に見る光景だ。

 いや、これは夢なんかじゃない。

 過去に経験した現実だ。

 どれだけ拒絶しようとその夢は、彼に執着するように頭の中から離れようとはしない。

 この夢をみてしまえば、目覚めたくても目覚められないのだ。

 

 そこに映るのは作戦行動を共にした "リコリス" たち。

 彼ら "リリベル" はあくまでリコリスたちのサポートとして、彼女たちが撃ち漏らした敵を各個撃破するというなんてことない仕事だった。

 共同作戦ともあって敵兵もなかなかの手練れで、リコリスたちは甚大な被害を受けていた。

 互いに兵を減らしていく中、敵兵のうちの一人があるリコリスに向けて発砲しようとしていた。

 その人は春陽とともに、とある機関で育ちDAに引き取られた後も関係の続いていた義理の姉のような存在。

 もちろん助けようとした。

 だがその時、彼の使っていた銃が弾詰まりを起こし発砲できず彼女を見殺しにしてしまった。

 

 なぜ、なぜ、なぜ。

 なぜなぜなぜなぜなぜなぜ

 ナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼ

 

 

 「──────うわっ!!」

 

 

 ベットから起き上がり、目を大きく見開く。

 

 

 「はぁ、はぁ…………………」

 

 

 荒くなった呼吸を整えるように胸を押さえる。

 呼吸が整うと、視界を片腕で遮り再びベットへと背中を預ける。

 

 

 「また、あの光景か…………」

 

 

 うんざりだ、と言わんばかりにそう嘆く。

 時計の方へ目をやると既に出発の時間まであと僅かの時間まで来ていた。

 彼は特に急ぐ様子もなく着替えを済ませ、駐輪場に停めてあった大型バイクにまたがりDA本部へと向かう。

 その道中、挽回した電波塔が目に入った。

 今や『平和の象徴』となっているこの建造物だが、かつてここではテロリストによる大事件があったそうだが、とあるリコリスの活躍によりその事件は解決。

 今も語り継がれている有名な話だが、まだその本人と会ったことはない。

 きっと今もリコリスとしてバリバリ仕事をこなしてるすごい奴なんだろう。

 僕とは比べ物にもならない。

 

 あっという間に本部へとたどり着き、バイクを駐輪場へと置く。

 

 

 「よお、春陽」

 

 

 同期のリリベルに声をかけられた。

 

 

 「おはよう」

 

 「役立たずはさっさと訓練所にでも行って、鍛え直したらどうだ?」

 

 「余計なお世話だ」

 

 「おいおい強気だなぁ」

 

 

 ヘラヘラとした面持ちかと思いきや、そのリリベルは僕の肩を掴み、脅迫するように小声で話す。

 

 

 「テメェみたいな足手まといがいるとこっちも迷惑なんだよ。わかったらさっさと訓練でもして俺たちの役に立て。このノロマ」

 

 

 その同期は掴んだ肩を話し、突き飛ばすように押し何食わぬ顔で僕に背を向ける。

 

 

 (役に立てって、同じセカンドに言われても………)

 

 

 リリベルにもリコリスのようにランク付けがある。

 白がセカンドで赤がファースト。

 もちろん僕はセカンドの白い服を身に纏っている。

 彼のことを気にすることなく、DA本部に行くと受付のお姉さんに呼ばれ上層部の人間である虎杖が僕を探していたと伝えられすぐに向かった。

 もちろんいい気はしない。

 大した実績もなく、彼のいう通りノロマな僕が呼び出されるということはきっと──────。

 

 

 「失礼します」

 

 

 直立に立ち、斜め45度で頭を下げるその先に虎杖はいた。

 

 

 「待っていたよ。まあ、楽にしなさい」

 

 「はっ」

 

 

 楽に、と言っても腕を後ろに組み、脚は肩幅まで広げなくてはならない。

 何が楽になのか、説明願いたいものだ。

 

 

 「キミがここに呼ばれた理由はわかるかね?」

 

 「おおよその検討はついています」

 

 「ならいい。キミがどういった人間か、私はよく理解しているつもりだ。この報告書にも記載されている」

 

 

 虎杖はそう言い、数枚がファイルされた紙をヒラヒラと靡かせる。

 

 

 「"銃を扱えない" 、"人を殺せない" 、"団体行動に向かず扱えない"。全て事実か?」

 

 「ええ。間違いありません」

 

 「そうか。キミの口から訊けたなら裏を取らずに済む。とどのつまり、そんな人間をリリベルに在籍させるわけにはいかないんだ」

 

 「解雇、ということですか?」

 

 「いいや、違う。逆に考えてほしいが、もし今のキミが社会に解き放たれたとして、一体どれほどの利益を生むと思う?」

 

 「ただのゴミとして扱われるのが関の山でしょう」

 

 「そうだ。そんな人間を手放すわけにもいかない」

 

 「では、僕にどうしろと?」

 

 「いい場所がある。お前にうってつけの場所が、な」

 

 

 虎杖はそう言い、白い封筒を僕に差し出した。

 中を確認するとそこにはどこかの喫茶店の写真と複数人の人物写真が入っていた。

 

 

 「これは?」

 

 「うちの元訓練官がそこにいる。そいつに鍛えてもらうといい」

 

 「つまり、転属ということですね。わかりました。謹んでお受けいたします」

 

 「期限は今日からだ。目に見える実績がない限りDAに戻す気はないからそのつもりでいろ。話は以上だ。下がりたまえ」

 

 「はい。失礼します」

 

 

 虎杖に再び礼をし、部屋を出る。

 長い渡り廊下を歩きながら、再度受け取った写真を見る。

 褐色肌の男性にメガネの女性、小学生ぐらいの子供に、僕と同い年ぐらいの女の子二人か。

 なんとも異色。

 写真だけで断定はできないが、僕がこの輪の中に入ることはできなさそうだ。

 最低限のコミュニケーションで躱し、元訓練官という人にだけ教わることを教わりこの人たちとの関係を終わらせればいい。

 特別DAに戻りたいという意思はないが、役立たずで終わる気も毛頭ない。

 

 全ては、あの男─────緑色の髪をしたテロリストへの復讐のために。




原作キャラたちは2話から登場します。
もちろん、リコリコの店員は全員です。

アニメだと3話と4話の間ぐらいかな?


評価、感想等いただけると幸いです。


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第二話Encounter

もう終わっちゃったなんて信じられない…………。

永遠に続けばなぁと思ってしまう今日この頃なのでした。


 「─────そうですか。わかりました」

 

 

 ガチャっと、固定電話を切る褐色肌の男性、ミカの周りには従業員たちが熱い視線を送っていた。

 

 

 「先生先生!もしかしてもしかすると…………?」

 

 「ああ。新しい子がうちに来る」

 

 「やったあぁぁぁ!」

 

 

 ミカのその言葉に自称リコリコ看板娘の錦木 千束が短い髪を上下に揺らし大はしゃぎする。

 

 

 「この時期に転属とは珍しいですね」

 

 「あー、たきなは春に来たもんね〜」

 

 「梅雨に入ったこのタイミングで転属とは、一体どんな人が来るんですかね」

 

 

 千束とは対照的に落ち着いた反応を見せるのはつい最近DAからここへ転属になった井ノ上 たきなだ。

 

 

 「問題を起こしたからうちに来たって決めつけるのはやめたらどうだ?たきなじゃあるまいし……………いてっ」

 

 

 見た目の幼さとは裏腹に大人な喋り方をするのはクルミ。

 そのクルミに対して、たきなは手にしていたオボンでクルミの頭を叩いた。

 

 

 「はははっ。でも、どうやら問題を起こしたのは事実らしい」

 

 「やっぱり」

 

 「それでそれで、どんな子がうちに来るの?」

 

 

 千束は誰よりも前屈みになりミカに詰め寄る。

 実際、たきながリコリコに来る時もこんな感じだったそう。

 

 

 「残念だがお前が期待しているような子は来ない。何せ、その子はリコリスじゃないからな」

 

 「じゃあ誰だっていうの」

 

 「ふっ、男の子だ」

 

 「なにっ男!?」

 

 

 その単語にいち早く反応したのは今年27歳になる元DA情報部員の中原ミズキだ。

 歳のせいか結婚を急いでいる節があり、なかなかそれが身を結ぶことはないアラサーまっしぐらの女だ。

 

 

 「男と言ったがミズキに合う男じゃない。歳は17。千束と同じ歳の子だ」

 

 「なーんだ」

 

 「でもたきなに続いて同年代の子が来てくれるのは嬉しいなぁ♪」

 

 「店長、その人は一体どこの所属だったんですか?情報部?それとも司令部?」

 

 「……………()()()()だ」

 

 

 ミカのその言葉に全員が固まる。

 千束は苦笑いし、たきなとクルミは頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、ミズキはつまらなさそうにしている。

 

 

 「リリベルってなんですか?」

 

 「超簡単にいうと、男の子版リコリス」

 

 「ヘェ、DAはそんな組織もあるのか」

 

 「と言っても、粗暴な子ではないらしいから安心してくれ」

 

 「まっ、万が一変なのが来ても私が死なない程度に撃っちゃうからね〜」

 

 「同感です」

 

 「僕は二人に守ってもらおう。ミズキはババアだし、襲われないだろ………………ぐえっ」

 

 「ババアちゃうわ!まだピチピチの20代ですっ!!てか、こんなガキンチョを襲うロリコンが来た時点で速攻クビにするわ」

 

 「……………おっと、来たようだぞ」

 

 

 全員が耳を澄ますと、バイクの排気音が外で鳴る音が聞こえやがて止まる。

 扉の前に立つシルエットを見て、千束は息を呑む。

 ガラッと扉を開け現れたのは細身の若い男の子だった。

 

 

 「えっと、喫茶リコリコはここであってますか?」

 

 

 年頃の男子にしては高めの声で、サファイアブルーの短髪が特徴的で目も丸みがあった。

 メガネをかけたその姿はどこか女子っぽさをかもちだすその男の子は皆の視線を釘付けにした。

 

 

 「えっと……………その………………」

 

 

 おどおどと戸惑うその男の子こそ、今日からDAから配属となった篠原 春陽その人だった。

 

 

 「よ、ようこそ〜〜!リコリコへ〜〜!」

 

 

 開口一番、千束がポケットからクラッカーを取り出し1発放つ。

 それに続いてたきなやクルミもクラッカーを鳴らし春陽を出迎えた。

 

 

 「はじめまして」

 

 「警戒して損したな」

 

 「ふーん、可愛い子じゃん」

 

 

 反応は人それぞれである。

 

 

 「え、えーっと」

 

 「君が篠原 春陽くんだね」

 

 「そうです」

 

 「よろしく。私がここの店長、ミカだ」

 

 

 ミカは和かな表情で手を差し出す。

 春陽はそれに応じる。

 

 

 「お世話になります」

 

 

 そう言い深々と頭を下げる。

 

 

 「なーんだ、リリベルから来るっていうからもっとゴツいの想像しちゃった〜」

 

 「そうなんですか?」

 

 「いや、コイツが特殊なだけじゃないか?」

 

 「甘く見たらダメよアンタたち。この年頃の男はね、皆オオカミさんなの。気を抜いたら、バクッといかれるわよ!!」

 

 「あらまーお盛んなことで〜」

 

 「一体なんのことやら」

 

 「こらこら。変なことを教えるなミヅキ」

 

 (歓迎されてる、のかな?)

 

 

 春陽はそう疑問に思い首を傾げる。

 

 

 「あの、ミカさん」

 

 「なんだ」

 

 「ボクはここで一体何をすれば?」

 

 

 店長であるミカにそう尋ねたのだが、二人の間に割って入ったのは千束だった。

 

 

 「私が説明しよう!春陽って呼んでいいかな?あっ、私は千束でOK!」

 

 「構いませんよ。じゃあボクは千束ちゃんで」

 

 「よろしい!ここ喫茶リコリコでは、お客さまに快適な時間を過ごしてもらうために、常にスマイルでいること!」

 

 「なるほど」

 

 「ここの仕事以外でもリコリスとして活動することもあるけど、それはその時にまた説明するね〜」

 

 「つまり、基本的には喫茶店の仕事がメインだと?」

 

 「その通り!春陽って料理は得意?」

 

 「人並みにはできる…………と言っても口ではどうとでも言えますよね。キッチンをお借りしてもいいですか?」

 

 「ああ。好きに使ってくれ」

 

 

 店長の許可をもらい、カバンに入れていたエプロンを身につける調理台に立つ。

 

 

 「それじゃあ千束ちゃん、ご要望は?」

 

 「そうだな〜……………じゃあ、プリンでいってみようか!」

 

 「かしこまりました」

 

 

 オーダーをもらい、作れるかどうか冷蔵庫を見る。

 卵、牛乳、砂糖……………などなど、ちゃんと材料は揃っている。

 作れると確信した春陽はボウルやフライパンなどを手早く準備し始めた。

 

 

 「千束はプリン作れるのか?」

 

 「作れるかどうかよりも今私が食べたいもので決めました!」

 

 「勝手だな」

 

 「プリンって難しいんですか?」

 

 「私も作ったことないからわかんない。でも、料理のできる男はモテるわよ」

 

 「そこはどうだっていい」

 

 

 女性陣がペラペラと話す間に、春陽は材料を全てボウルに入れかき混ぜはじめた。

 その手際の良さは、さながら経験者のよう。

 無駄のない動きの一つ一つに全員が驚きを隠せずにいた。

 30分もすれば全員分が完成し、完成したプリンとスプーンを手渡す。

 

 

 「お待たせしました。どうぞ召し上がれ」

 

 

 春陽の勧めに従い全員一口食べる。

 真っ先に反応を示したのは千束だった。

 

 

 「美味しい〜♪」

 

 

 そう言いながらもう一口食べ、頬を緩ます。

 

 

 「うまっ!!」

 

 「ホントだ、美味しい」

 

 「やるなこの男」

 

 「ああ。これなら厨房を任せられそうだ」

 

 

 全員の笑顔を見て春陽は小さく笑った。

 そんな中、彼にはある感情が芽生えていた。

 それは、誰かに褒められて喜びを感じるというごく普通の気持ち。

 誰もが感じるであろうその感情は、春陽にとってはとても新鮮なものだったのだ。

 DAにいた頃は誰しもから罵倒される毎日で褒められることなんて一切なかった。

 いつしかそれに慣れ、それが当たり前だと思っていた。

 しかしそれは間違いだった。

 誰かに褒められるというのは普通のことで、嬉しい感情。

 彼は今心の中でそれを噛み締めている。

 

 

 「皆さんに喜んでいただけて何よりです」

 

 「よっしゃあ!春陽のリコリコ入店を祝して乾杯だー!」

 

 

 千束を中心にした和やかな空気に春陽は自然と笑みが溢れた。




徐々に春陽の過去を明かしていきます。

戦闘シーンとかはまだ先かも。


感想、評価お待ちしてます。


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第三話 Challenge

評価、お気に入り登録ありがとうございます。


そろそろ戦闘シーンも執筆していくので、乞うご期待。


 喫茶リコリコに勤務してから数週間が経過した。

 ミカから支給された黒色基調の和服もすっかり板につき、春陽自身も店に馴染んできた。

 お客さんとの会話もかなり慣れ、常連さん達も好んで春陽の作ったスイーツを食べてくれている。

 厨房スタッフとしてこれほど嬉しいことはないだろう。

 そして今日はリコリコの定休日。

 千束はクルミとVRのテレビゲームをして遊び、ミヅキはどこかへ外出。

 たきなは会計処理をしてミカと春陽はそれらを見守るように見ていた。

 横に並んで立つミカに話しかける。

 

 

 「そういえばたきなちゃんも本部にいたんですね」

 

 「そうだな。成績も優秀だったんだが、ある問題行動が原因で転属となった」

 

 「なるほど。一より全を重んじる本部からすれば組織からはみ出す人間は不要、と言っても過言じゃありませんね」

 

 「キミもそのうちの一人と聞いているが?」

 

 「ボクは決して優秀なんかじゃないですよ。優秀どころか並以下。銃もろくすっぽ撃てない、ただの足手まといなんですから」

 

 「足手まといなんかこの世にいない。キミも私たちにとって大切な家族だ」

 

 

 ミカはそう優しく春陽に言い、頭を撫でる。

 まだここに来てから日は浅いが、春陽にとってミカは父のような存在になりつつあった。

 そんな和やかな雰囲気の端で、千束は一人騒ぐ。

 

 

 「んぐぅ〜!!コイツ〜!!」

 

 「ゲーム如きでムキになりすぎだ」

 

 「そうだぞ千束。少しは静かに…………」

 

 「だってコイツ名前が……………むぐぐ…………」

 

 

 歯軋りを立て、何かに怒る千束。

 そこへたきながゆっくりと近づく。

 

 

 「何してるんですか?」

 

 「たきなっ!いいところに!……………ほいっ」

 

 

 千束はたきなにVRゴーグルをつけゲームコントローラーを渡す。

 ボクたちが見えるテレビには今たきなが見てる映像が映し出されていて、猫のようなキャラがこちらを撃ってきている。

 たきなはそれを縦横無尽に駆けて回避し攻撃を躱す。

 素晴らしい身のこなしだ。

 その場で一回転したところで千束は何かを見たようで叫び声を上げた。

 たきなの動きが止まると、ゲーム画面には "Winner!!" の文字が表示され、対戦相手に勝った通知を受ける。

 

 

 「流石はたきなちゃんだ。動きが軽やかだね」

 

 

 一連の動きに拍手すると、たきなはVRゴーグルを外し更衣室へと向かった。

 一方、頬を膨らませムスッとした表情を浮かべるのは千束だ。

 

 

 「ちょっと確認してくる」

 

 

 彼女はそう言い、たきなのいる更衣室へと入る。

 ミカと春陽は互いに顔を合わせて首を傾げると、すぐさま千束はたきなを連れて更衣室から出てきて、カウンターを勢いよく叩いてミカに詰め寄った。

 

 

 「聞かせてもらいましょうか!?」

 

 「何をだ」

 

 「たきなが男物のパンツを履いてる、り・ゆ・う!!」

 

 

 千束の発言に春陽は理解が追いつかず頭の上にはずっとクエスチョンマークが浮かび上がっている。

 

 

 「店の服は支給するから下着は持参してくれと言ったはずだが」

 

 「ボクも同じことをミカさんから聞きましたよ?」

 

 「だからってなんでトランクスなのよ」

 

 「店長の好みを聞いたらトランクス(これ)だというので」

 

 「アホか!!」

 

 

 つまり、たきなはどの下着を履いたらいいかわからずこの店のトップであるミカに聞いた結果このような事態を招いたらしい。

 履いてる本人が気にしてないから別に構わないと思うのだが、千束が誰よりも怒ってるのは甚だ謎である。

 

 

 「たきな、今から駅前行くよ」

 

 「仕事ですか?」

 

 「ちゃうわ!パンツ買いに行くの!!」

 

 

 千束はたきなの手を引き店を出る。

 春陽はそれを手を振って見送った。

 

 

 「ボクに聞かれなくてよかったです」

 

 「春陽お前、ノーパン派か?」

 

 「違うよ!」

 

 「アイツらは当分帰ってこなさそうだな。それじゃあ、春陽。地下に行こうか」

 

 「地下、ですか?」

 

 「ああ。そこに射撃場がある。少し練習してみないか?」

 

 「僕もいく。見ておいて損はないだろう」

 

 「………………わかりました。せっかくのミカさんの提案ですし」

 

 

 春陽は渋々と言った感じでその案にのった。

 キッチンを越え、幾多の和室をくぐり抜けた後に地下へと続く階段を降りると、そこにはDAの訓練場で見慣れた景色がそこにはあった。

 人型の的、区切られた射撃スペース。

 嫌というほど見てきたあの光景だ。

 

 

 「どうした?顔色が悪いな」

 

 「少し、嫌な思い出があるんです」

 

 「射撃成績が悪かったとかだろ?安心しろ。ミカに教われば誰でも上手くなる」

 

 

 そうじゃない、と春陽は顔で否定する。

 

 

 「………………まずは、話を聞くことからスタートだな。場所を変えるか?」

 

 「いえ、ここで大丈夫です……………」

 

 「僕は上からお茶を持ってこよう」

 

 「ああ。頼む」

 

 

 クルミはこの場を離れ、射撃スペースの後ろにある丸椅子に二人で腰を下ろす。

 

 

 「それで、射撃できない理由はなんなんだ?」

 

 「……………昔は、こうではありませんでした」

 

 

 リリベルにとって射撃は必須。

 もちろん春陽も人並みには射撃技術はあった。

 しかし、とある事件で経験した弾詰まりのせいで救えるはずの命を救えたかった。

 それも、自分にとって大切な人を。

 その経験が足枷となり、春陽は引き金を引くことができなくなってしまった。

 また、あの時と同じことが起きてしまったら───────。

 そのようなネガティヴなことが思考をよぎり指を硬直させるのだ。

 

 

 「そのようなことが…………」

 

 「おーい。お茶が入ったぞー」

 

 

 クルミは熱い紅茶をそれぞれに手渡す。

 彼女も春陽の隣に座り耳を傾ける。

 

 

 「それで、銃の点検は誰がしていたんだ?」

 

 「普通はDAの整備班がするんだよ、クルミ()()()

 

 「おいおい、ちゃん付けはよせ。こう見えてお前より年上だぞ?」

 

 「えっ!?」

 

 

 思わずと言った感じでミカに視線を送るが、苦い表情を浮かべそのことが事実だと伝えられた。

 

 

 「てっきり小学生くらいの子供かと……………」

 

 「口を慎めよガキんちょ。僕は天下のスーパーハッカー、"ウォールナット"なんだからな!」

 

 

 丸椅子の上に立ち、堂々と胸を張る。

 

 

 「クルミ!」

 

 「………………あっ」

 

 

 しまった!と言わんばかりに大きく口を開け胸を張ったまま目だけを春陽に向ける。

 もちろん春陽もウォールナットという名前には聞き覚えがあった。

 年齢不詳で世界一とも名高い正体不明のハッカー。

 DAの情報では既に死んだと言われていたが、まさかクルミが?

 リコリコに来てから春陽は首を傾げっぱなしだ。

 

 

 「おーい、春陽ー?」

 

 「ああ。ごめんなさい。ちょっと脳の処理が追いつかなくて」

 

 「このことは他言無用で頼む。DAも今、血眼で探してる存在だから」

 

 「わかりました」

 

 「まあ、僕が公に出たところで信用される可能性はゼロに等しいだろうけどな」

 

 「ちなみにクルミさんは今おいくつなんですか?」

 

 「秘密だ」

 

 

 クルミはそう言い視線を外す。

 話し方や知識、その落ち着きっぷりはミカとタメを張るものがある。

 良いように言えば『見た目の割に大人っぽい』。

 悪く言えば『ロリババァ』と言った感じだろう。

 

 

 「話が少しずれてしまったな。そろそろ再開するとしよう」

 

 

 仕切り直すようにミカはそう言い、射撃スペースにある拳銃を一つ手にして春陽に差し出す。

 

 

 「怖いか?」

 

 「…………………はい」

 

 「不発する可能性はない、と言っても信じてはもらえないだろうな。ならいっそ、拳銃で戦うスタイルを捨てよう」

 

 「スタイルを、捨てる?」

 

 

 ミカの提案は驚くべきものだった。

 本来リコリスやリリベルたちは銃を用いて敵を殲滅する部隊だ。

 隠密に、かつ素早く任務を遂行しなければならない。

 そのためには銃を使用するのが一番手っ取り早く、効率がいい。

 何せ、引き金を引いてしまえば敵は死ぬのだから。

 ミカは武器庫へと向かうと、長方形の木箱を持ってきて足元に置く。

 

 

 「開けてみてくれ」

 

 

 春陽にそう告げ、箱を開けるとそこには1.8メートル近くもある薙刀が収納されていた。

 楕円形の柄は綺麗な青色で、穂にも傷ひとつなく切れ味も申し分なさそうだ。

 穂の反対側、石突を地につけ持ち上げる。

 

 

 「ミカさん、コレは?」

 

 「知り合いに譲ってもらったものだ。どうだ?実際に持ってみて」

 

 「桁違いに重いですね。これだと撃たれて死ぬのが目に見えています」

 

 「それはどうかな。実際にやってみたほうが早い」

 

 

 ミカは壁についていたボタンを押すと、射撃スペースが機械音と共に下へと収納され、巨大なモニターが正面に現れ、下から白の正方形の小さい台と共にVRゴーグルと1メートルほどの鉄棒が出てきた。

 

 

 「それは千束がゲームで使っていたものと同じものだ。VRといえど持っている質量はさっきの薙刀と変わらない」

 

 「あっ、ほんとだ」

 

 「なるほどな。この狭いスペースをふんだんに使えるようにしたわけか。一体いくらかかったんだか」

 

 「いい仕事をするには日々の研鑽が必要不可欠だ。キミたちのためならいくらでも支援しよう」

 

 「ありがとうございます。ミカさん」

 

 「さあ、敵は目の前だ。倒して見せなさい」

 

 

 モニターには春陽が今見ている映像が映し出されている。

 敵は銃を手にし、どこかの廃工場で向かい合い剣先を向けている。

 実際には春陽は鉄棒を持っているのだがモニターにはさっきと同じ薙刀が表示されている。

 今春陽が手にしているのは薙刀同然のものだ。

 敵は銃を向け発砲する。

 しかし、春陽はそれを避けることができずHPが大幅に削られてしまった。

 

 

 「くっ……………」

 

 「焦る必要はない。敵の射撃タイミングを見切ってその薙刀を振るうんだ」

 

 「タイミングを、見切る」

 

 

 再び、敵は銃を発泡する。

 春陽は間一髪半身になってかわし、一気に距離を詰め薙刀を振り下ろした。

 たきなとは違って身軽さや軽快さといったものは決してないが抜群の反射神経で弾を回避し敵に致命傷を与えた。

 ド派手に血飛沫を上げる敵は地面に倒れ、モニターには "Winner!!" と表示され、春陽はゴーグルを外す。

 

 

 「これ、死んじゃってないですか?」

 

 

 あまりのリアルな映像に春陽が少し引いている。

 

 

 「峰打ちを覚えなさい。そうすれば深い傷を負おうとも、死ぬことはない」

 

 「時間がかかりそうですね」

 

 「実際には敵と一対一で向かい合うことなんでまずない。不特定多数の敵と交戦できるように精進しよう」

 

 「はい!」

 

 

 それからも訓練は続き、終える頃には夜を迎え千束たちが帰還した。

 いずれ彼女たちと共に戦うこともあるだろう。

 せめて足だけは引っ張らないように力をつけようと、春陽は心の中で決心する。




決してとある漫画の化物ジジイをモデルにしたわけではございません。

あくまでスピードを活かした戦闘スタイルなので、あんなパワーは彼に備わっていません。


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第四話 Communication

ランキングにも掲載され、非常に嬉しく思います。

ご愛読本当にありがとうございます!


今回はいよいよ初実践、その前編です。


 薙刀での訓練を始めてしばらく経ったある日、喫茶店以外での仕事が初めて舞い込んだ。

 

 

 「はいはい、みなさんちゅうも〜く!」

 

 

 千束が腕を大きく振り、全員を集める。

 手には何かの資料を手にしており、これからその仕事内容を話すのだろう。

 

 

 「それで、要件はなんですか?」

 

 「これから話すから焦らない焦らない♪」

 

 「初めてだね。喫茶店以外での仕事は」

 

 「春陽が来る前まではそれなりにあったんだけどな。地下鉄脱線事故(笑)から事件が頻繁に起こり始めてる」

 

 「ああ、DA本部も絡んでるって噂の」

 

 「千束、もったいぶらず早く話しなさい」

 

 「はーい」

 

 

 ミカさんに宥められ、千束は紙に書かれたことを朗読する。

 

 

 「依頼主は白山(しらやま) 真依奈(まいな)さん。16歳女性。アイドルの人だね〜」

 

 「ヘェ、"マイマイ" か」

 

 「知ってるんですか?春陽」

 

 「今じゃ飛ぶ鳥を落とす勢いのある有名なアイドルだよ。ほらっ」

 

 

 春陽はそう言い、携帯の画面を見せるとそこには依頼主の記事が掲載されていて、その凄さがよくわかる。

 曲を出せばオリコンランキング上位に必ず食い込み、テレビに出ればその番組の視聴率が跳ね上がるまさに超人気者。

 一昔前までは全く認知されない存在だったのだが、ネットを通じ曲を出すことで一躍有名に。

 今や時の人として引っ張りだこの人物だ。

 

 

 「そんなアイドルがなぜ私たちに依頼を?」

 

 「なんか事務所に脅迫状が届いたらしくて、心配になって警察に相談したらしいんだけど相手にしてくれなかったんだってさ」

 

 「確かに難しいかもしれないね。事が起きてからだと遅いとはいうけど、全てを相手にしていたらキリがない」

 

 「そんな有名人の依頼となると、相当金を積まれたんじゃないか?ミズキ」

 

 「ニヒッ、もちろん♪」

 

 

 ミズキは白い歯を見せ嬉しそうにピースする。

 

 

 「お金をもらったからにはちゃんと仕事をしないといけないね。千束ちゃん、日取りはいつ?」

 

 「今日の18時決行です!その前に、そのアイドルと直接お話しする機会がありまーす!」

 

 「よかったな、アイドルと会えるぞ?」

 

 

 クルミが悪戯な笑みを浮かべ肘でハルヒの脇腹をつく。

 

 

 「はははっ、ボクはそんな熱狂的なファンじゃないですよ」

 

 

 春陽は笑って返した。

 リコリコを出るまでは各自自由時間となったところで春陽は訓練に励もうと地下にある訓練所へと向かう。

 ちょうどその後ろにたきなの姿もあった。

 そんな彼女に声をかける。

 

 

 「たきなちゃんも訓練?」

 

 「はい」

 

 「ちょうどよかった。たきなちゃんの射撃技術を見てみたかったからさ」

 

 「そうなんですか」

 

 「うん。千束ちゃんは?」

 

 「千束は……………またゲームだと思います」

 

 「はははっ。好きだねぇ」

 

 「もはや、やりすぎの域に入ってますよ」

 

 

 たきなは呆れた様にため息をつく。

 

 

 「夢中になるものがっていいんじゃないかな。たきなちゃんはそういうものはないの?」

 

 「ありません。今はただ、本部に復帰することしか頭にないので」

 

 「そっか」

 

 

 たきなは真面目な子だ。

 命令に忠実で、些細なミスの一つも起こさない優秀なリコリス。

 今、射撃の訓練をしている姿を後ろでただ見ている春陽はそれをひしひしと感じている。

 的の穴は一箇所に集中し、確実に急所を射抜く正確性がある上に撃つスピードが異様に早い。

 リリベルにだってこれほどの射撃技術のある人はそうはいない。

 そんな優秀な人材をたった一回の命令違反で転属させるDAは鬼と言える。

 

 

 「あの、見てるだけでいいんですか?」

 

 

 顔だけを春陽に向け、そう問いかけるたきな。

 

 

 「うん。なんだか見惚れちゃって」

 

 「なんですかそれ」

 

 「構わず続けて。邪魔するつもりはないから」

 

 「わかりました」

 

 

 たきなは再び窓に視線を移し、銃を撃つ。

 これなら万が一が起きても、たきな一人で解決できるだろう。

 春陽はそんなことを思い、出発までの時間をたきなの射撃訓練を見て過ごした。

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 外は夕方を迎え、日が沈む様子を眺めながら車移動の時間を潰す。

 

 

 「春陽くんはキンチョーしてるのかな〜?」

 

 

 隣に座る千束は覗き込むように彼を見る。

 

 

 「そりゃもちろん。訓練はしてきたつもりだけど、本番は始めてだからどうなるかわからないからね」

 

 「大丈夫大丈夫!この千束さんに任せておけば万事解決よ!」

 

 

 千束は胸を張り豪快に笑って見せる。

 春陽は普段の生活でしか彼女のことを知らないため、一抹の不安があった。

 

 

 「あっ、旧電波塔」

 

 

 夕陽に照らされた電波塔は朝見た時とは違う、別の美しさをか持ち出していた。

 その光景を見て彼は思い出す。

 この電波塔を救ったというリコリスの話を。

 

 

 「もしかして電波塔を救ったリコリスっていうのは、たきなちゃんのことなのかな?」

 

 「違いますよ」

 

 

 助手席に座るたきながキッパリと否定する。

 

 

 「じゃあ一体誰が……………」

 

 「そこにいるでしょうが。ほらっ」

 

 

 車を運転するミズキが指差す方、それは千束を示していた。

 

 

 「えっ?本当に?」

 

 「本当のほんと」

 

 「Really?」

 

 「Really、Really」

 

 「これは……………驚いたな」

 

 

 灯台下暗しとはよく言ったものだ。

 噂に聞いていた歴代最強のリコリスは自称リコリコ看板娘を名乗るゲーマーだったとは。

 驚愕し、ポカンと口を開ける。

 

 

 「どう?びっくりした?」

 

 「いまだに信じられないよ」

 

 「実際みればわかります。千束がいかにすごいかを」

 

 「たきなちゃんが褒めるぐらいだから間違いないだろうね。楽しみにしてるよ」

 

 

 まあそんな状況が起きてはいけないのだが。

 事務所届いたと言われている脅迫状が本物かどうかはライブが始まったらわかること。

 4人は勢いよくライブ会場へと向かう。

 

 

 都内で最も広大な敷地を持つドーム。

 そこが、今日の依頼主がライブをする会場だ。

 中に入るにはチケットの確認をするスタッフ、手荷物検査と金属探知を行うスタッフとで三重の構えを誇る。

 万が一が起きてもドーム内には何人もの警備スタッフが常に巡回していてネズミ1匹まともに動くことはできないだろう。

 これで犯人が依頼主に近づこうもんなら、もうこれは犯人が一枚上手…………なんて言い訳はできない。

 やれることをやり、確実に事を起こさせないように尽力しなければならないのだ。

 

 

 「はーい、みなさんこちらですよー」

 

 

 千束に連れられドームの中を歩く。

 通路から観客席へと降り、ステージへと上がる。

 そのまま袖舞台へ向かうと、黒い大カーテンが降りたところをくぐり抜け細い廊下に出た。

 そこにはいくつもの楽屋があり、その一室に彼らの依頼主の名札がついた部屋が目に入った。

 こんこんっと、数回ノックし部屋の中から声が聞こえたのを確認し中へ入る。

 

 

 「失礼しまーす」

 

 

 千束が一番に入り、他の3人もゾロゾロと入室する。

 

 

 「お待ちしてました!喫茶リコリコの皆さん!」

 

 

 元気いっぱいの笑顔で出迎えてくれたのは、依頼主、白山 真依奈だ。

 下ろした薄いピンクのロングヘアにはいくつもの装飾品が付けられ、フリフリとした可愛らしいドレスはまさにアイドルそのものだった。

 

 

 「あらまっ可愛い〜!」

 

 「えへへ、ありがとうございます!」

 

 「すごい衣装ですね」

 

 「私はこの歳では着れないな〜」

 

 「冗談は口だけにしろ酔っぱらい」

 

 「んだとコラ!」

 

 「あ、あはは」

 

 

 3人が話す中、春陽は一人距離をおき通信用で手渡されたインカムをクルミ個人に繋げる。

 彼女は今、喫茶リコリコで電脳戦専門と称してミカと共に彼らをバックアップしている。

 

 

 「クルミさん」

 

 『なんだ?』

 

 「ドーム周辺、内部の監視カメラ映像はハッキングできましたか?」

 

 『当然だ。過去のログもあらっているが不審な人物はいないな』

 

 「わかりました。引き続きサポートお願いします」

 

 

 そう言い残しインカムを切る。

 

 

 「あれ?あなたは見かけない顔ですね」

 

 

 3人から離れ、真依奈は春陽に近づいた。

 

 

 「初めまして。喫茶リコリコの新人アルバイト、篠原 春陽です。以後、お見知り置きを」

 

 「アルバイトさんなんですね!改めまして、白山 真依奈です!」

 

 「あっ、春陽〜。言ってなかったけど真依奈さんはうちの常連だから丁重に接してね〜」

 

 「なるほど。通りで仲がいいわけだ」

 

 「最近は忙しくてお店に行けてないんですけどね。たきなちゃんともまだ一回しか会った事ないからわかんなかったかな?」

 

 「はい、すみません」

 

 「またいつでもおいで」

 

 「はい!もちろん!」

 

 

 輝くような笑顔が眩しい依頼人。

 人当たりもいいし人気が出る理由もよくわかった。

 しかし気掛かりなのは、そんな人物に脅迫状が届いたという事だ。

 春陽は携帯を開き、保存されたその内容を見る。

 

 

 『此度行われるライブを中止にしなければ、ステージ上にて白山 真依奈は狙撃され死ぬ事になる。お前は邪魔な存在だ。これ以上目立つ必要はない』

 

 というものだ。

 一方的な逆恨みとも取れる文章だが、シンプル故に犯人像が見えない。

 

 真依奈の知り合い?

 このライブの関係者?

 はたまた第三者の存在?

 

 誰が相手だろうと彼らは必ずこのライブを完遂させなければならない。

 白山 真依奈のこれからの人生のために、そして自分たちの価値を見出すために。

 




次回はこの後編を執筆します。

とうとうアイツも登場するかも?

乞うご期待ください。


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第五話 Enemy Attack

ランキングにも入り、順調な滑り出し。

お気に入り登録も段々と増えてきました。
ご愛読いただき本当にありがとうございます。

今回はようやく、春陽が実戦で武器を振います。



 真依奈と別れ、それぞれが持ち場に着く。

 人の出入りのできるメインゲートは全部で三つあり、千束は北、たきなは南西、春陽は南東ゲートをそれぞれ担当する。

 残ったミズキは巡回警備員と同様に周囲を警戒する。

 リコリコに残ったクルミとミカも、モニター越しに動向を探る。

 

 そして。

 58、59、0──────。

 

 

 「18時となりましたので入場を開始いたします!!」

 

 

 女性のアナウンスと共に外で待っていた観客たちが検査を受け一切にドームへとはいってきた。

 ライブを心待ちにするファンが楽しそうに笑いながら話す一方、彼らにそんな余裕はない、

 

  

 「南東ゲート、今のところ異常ありません」

 

 『こっちもスカンピン〜』

 

 『南西も問題ありません』

 

 『私も〜。もう歩き疲れたー』

 

 『やはりただのイタズラだったんじゃないのか?』

 

 『そんな思い過ごしで終われるわけないでしょっ!バカっ!」

 

 『そうですよ、クルミ。任務は最後まで遂行してください』

 

 『は〜い』

 

 

 リコリスの二人に言われ、クルミは気怠げに返答する。

 

 

 『そういえばさ、春陽は今もメガネつけてるの?』

 

 「うん。それがどうかしたの?」

 

 『いやいや、危ないでしょ。万が一割れたらどうするの。目に刺さったら痛いじゃすまないでしょ』

 

 『コンタクトにしないんですね』

 

 「そこまで深く考えたことはなかったな………今度はコンタクトにしてみるよ」

 

 

 これは春陽本人を除いてミカしか知らないことなんだが、普段春陽がつけているメガネに度は入っていない。

 ただの()()()()()()

 そんなものなくても彼は常人かそれ以上の視力を有しているのだが、ある理由があって常時付けている。

 それは決して公にするものではないと春陽が判断したため、みんなには黙っている形をとっている。

 過去に、本部のリリベルに所属していたときも伊達メガネをつけ任務を遂行してきた。

 決して支障はなかったから上層部からも咎められることはなかったのだ。

 

 

 『たきな。黒いキャップを被った緑のTシャツの男。手荷物検査でいくつかものが押収されて入場してるが挙動が怪しい。至急接触してくれ』

 

 『了解しました』

 

 『やるな〜クルミ〜♪』

 

 『万が一僕が間違っていたとしても、お前たちが謝ればいいから気が楽だ……………ズズッ』

 

 『当てずっぽうで変なことするなよ〜……………っておい、貴様今コーヒー飲んでるだろ』

 

 『ただのノイズ音だろ。ズズッ』

 

 

 千束の指摘通り、リコリコにいるクルミはモニターを眺め怪しい人物を探すだけでいいので仕事さえこなせば何をしてもいい。

 例えば、右手側にあるコーヒーを優雅に飲んだり、左手側にあるミカ特製の抹茶団子を食べることも可能だ。

 

 

 『こんにゃろー、私もこの仕事終わったら絶対スイーツ食べてやるからなあ!』

 

 『意気込みはいいが、ちゃんと仕事しろよ』

 

 『お前が言うかー!!』

 

 

 などと二人が戯れあっている中でも、たきなは一人男の元へ駆け寄る。

 数分して、たきなは会話に戻ってきた。

 

 

 『身体検査もしましたが、特に怪しいものは持っていませんでした』

 

 『たーきな、ちゃんとごめんなさいした?』

 

 『ええ、まあ』

 

 『クルミ〜、次間違えたら下着姿で接客させるからなあ!?」

 

 『こっちだってわざと間違えてるわけじゃないんだぞ!不可抗力だ!』

 

 

 やいやい揉める二人。

 

 

 「二人とも、ボクやミカさんだけじゃなくて、男性のお客さまがいる事を忘れないでね」

 

 『『はーい』』

 

 

 それからも度々怪しい人は見かけたものの、誰一人として拳銃を持っている人物はいなかった。

 最後の観客がドームに入り、これで犯人はいないことの証明となった。

 

 

 『ねえねえ。これからどうすんの?』

 

 『とりあえずミズキと合流して周囲を警戒してくれ。ゲートはもう閉まる』

 

 『了解〜』

 

 『了解しました』

 

 『私今西の方にいるからそれぞれ散っていいわよ』

 

 『なら、千束は北。たきなは南。春陽は東を担当してくれ』

 

 「わかりました」

 

 

 ミカの指示の元、それぞれが見回りを始める。

 辺りを見渡しても怪しい動きをする人物はいない。

 もしや、どこか既に潜んでいるのではないかと思い上下左右関係なく見渡す。

 しかし暗くなったドームの中でそれを探し出すことは不可能に近く諦めた。

 

 数十分が経った後、ライブはスタートする。

 

 

 「みんな〜!今日は来てくれてありがとう〜!」

 

 

 真依奈の登場と共に会場が歓声に包まれ湧き上がる。

 観客たちは真依奈に夢中になる中リコリコ一同は犯人探しに努める。

 クルミもドーム内を隈なく探すものの何の成果も上げられない。

 

 本当にただのイタズラだったんじゃないか?

 

 全員の頭にそんなことがよぎった。

 裏で暗躍する奴らがいることを知らずに──────。

 

 

 『準備はできたか?お前たち』

 

 「こっちはいつでも行けるぜ。ハッカー」

 

 『さ〜て、5分で終わらせろよ!』

 

 

 陰に隠れていた武装集団が裏口から一斉にドームへと侵入した。

 武装集団は誰もいない渡り廊下を駆け抜けるが、生憎そこにはリコリコたちはいない。

 途中すれ違った巡回警備員を次々と薙ぎ倒し、ドーム内へ侵入すると絶対に届かない位置から真依奈に銃口を向けボソッと呟く。

 

 

 「アンタの時代はもう終わりだ。大人気アイドルさん」

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 メインゲートの警備が終わり、辺りを警戒する春陽。

 彼も皆と同じく、犯人なんて存在しないのではないかと疑問を抱いていたのだ。

 

 

 「クルミさん」

 

 『どうした』

 

 

 個別モードに切り替えクルミに問う。

 

 

 「映像に問題はありませんか?」

 

 『当然だ。僕とミカの二人で監視しているんだぞ』

 

 「ボクの思い過ごしだといいんですが、非常口付近の映像をピックアップすることはできますか?」

 

 『非常口?』

 

 

 そこは、人の出入りがなく緊急時に使用するもの。

 メインゲートからは見えづらい位置にあり、入口は鍵をかけているため侵入は不可能だと思い警備は手薄になっていた。

 春陽はまさに今、ドーム内にある非常口の真前にいたのだ。

 

 

 「正直ここから侵入されることはないと踏んでいました。まさかとは思いますが…………()()()()()()()

 

 『非常口がか?』

 

 「はい」

 

 『ちょっと待ってろ』

 

 

 それが犯人によるものだとすれば一大事だ。

 クルミは非常口付近の映像にのみ目をやり、過去のものも含めて全て洗い直した。

 

 

 『………………ん?ちょっと変だな』

 

 「というと?」

 

 『同じ女が何度も映り込んでいる。普通こんなところをウロウロするか?』

 

 「散歩という線は?」

 

 『ありえないな。老婆ならまだしも若い女だし、犬を連れてるわけでもない』

 

 

 二人の頭に最悪の解答に辿り着く。

 

 

 「『ハッキングされた!?』」

 

 

 今クルミとミカは50近くの映像を監視している。

 全てならまだしも、一つだけなら映像を別のものに切り替えてもバレる可能性は少ないだろう。

 犯人は、その穴を突いたのだ。

 

 

 『少し待ってろ』

 

 

 焦った様子でクルミはパソコンを操作し、再度乗っ取り返した。

 もちろんそのことは犯人たちにも筒抜けだ。

 

 

 『おいっ!僕たちの存在がバレたぞ!』

 

 「気にするな。もうこっちは中に入ってんだ。後は引き金を引いたら作戦は終わりだ」

 

 『……………もうこれ以上は援護できないからな!』

 

 「あぁ、また引きこもってろ」

 

 

 余裕の構えを見せる犯人は、ミズキの監視する西エリアにて陰に潜んでいた。

 もちろん誰ともすれ違っていない。

 本当の意味で闇に紛れているのだ。

 

 

 『映像をハッキングした。……………最悪だな。犯人らしき人物は既にドームに侵入している』

 

 「数は?」

 

 『6人ほどだ。時間は10分ほど前。すまん、僕のせいで…………』

 

 「気にすることないですよ。必ずボクたちが追い払いますから」

 

 『頼んだぞ。千束たちには僕から伝えておく』

 

 「お願いします」

 

 

 犯人が確実に中にいるとわかり、春陽は小さく収納していた薙刀を組み立て始めた。

 ミカから受け取ったあの薙刀は分解することが可能で、穂と柄、更に柄を三段階まで外すことができる代物だ。

 普段手にしているカバンに立って収納できるため、持ち運び時に警察に見つかることもない。

 ただし、銃のようにすぐさま戦闘を行えるものではないため不利ではある。

 

 薙刀を組み立て終わり、再度周囲を見渡す。

 怪しい人物はいない。

 けど、あの時とは違いそばにいることは確かだ。

 緊張の糸を張り詰め警戒にあたる。

 

 

 『〜〜〜♪〜〜〜♪』

 

 

 何も知らない真依奈は観客と共にこの時間を精一杯楽しんでいる。

 とても自由で、観客を飽きさせない素晴らしい演出の数々だ。

 そして、演出の一環でライトがぐるりぐるりとドーム内を照らし始めた。

 その瞬間、武装した怪しい坊主の男が照らされた瞬間を春陽は見逃さない。

 

 

 (いたっ!距離は40………………いけるっ!)

 

 

 音を立てず猛スピードで走る春陽。

 風に乗り、あっという間に犯人との距離を詰めると気づかれることなくその薙刀を思いきり振り下ろした。

 

 

 「ふんっ!!」

 

 

 力み声を上げ犯人の背中を斬り、血飛沫を上げた。

 

 

 「うわぁぁぁっ!!」

 

 

 すぐさま肩を掴み、床に仰向けにすると口に石突を突っ込み声を抑えた。

 

 

 「あまり騒がないでください。これでも極秘なんですから」

 

 「んっ………………んっ……………!!」

 

 「単刀直入に訊きます。他の仲間はどこにいますか?」

 

 

 その質問に犯人は答えようとせず、苦痛の表情を浮かべながらも反撃とばかりにハンドガンの銃口を春陽に向けた。

 しかし、春陽は口に突っ込んでいた石突を引っこ抜き、そのままハンドガンを振り払い銃は床を滑るようにして犯人の手から離れた。

 

 

 「無駄な抵抗はよしてください。あなたを殺したくありません」

 

 「て、テメェ!」

 

 

 キッと鋭い視線を向ける犯人に血塗られた穂を向けて再度問う。

 

 

 「もう一度問います。他の仲間はどこですか?」

 

 「……………北に二人、南に二人、西に一人だ」

 

 

 どうやら犯人たちはそれぞれに散っているようだ。

 リコリスの二人に偏ったのは不幸中の幸いと言える。

 

 

 「わかりました。ご協力感謝します」

 

 

 犯人から武器を全て取り上げ、カバンに入っていたロープで全身を縛り全体に報告する。

 

 

 「こちら東エリア。犯人を一人確保しました。場所も聞き出してます。今すぐ──────」

 

 『こちら千束〜。二人とも確保したよ〜』

 

 『南エリアもです』

 

 

 どうやらリコリスの二人は既に犯人を確保していたようだ。

 さすが、仕事が早い。

 

 

 「ミズキさんはどうですか?犯人曰く、西にいるとのことなのですが」

 

 『こっちだって必死に探してるよ!でも、どこにもいないんだよっ!』

 

 「わかりました。ボクもそちらに合流します」

 

 『私たちはこのまま警戒を続けるね〜』

 

 「お願いします」

 

 

 春陽は西に向かい、静かに動き始めた。

 

 

 「…………………チッ」

 

 

 犯人がほぼ全員捕まったその頃、闇に潜む主犯の男は苛立っていた。

 

 

 「おい、ハッカー」

 

 『なんだ?』

 

 「俺の仲間が全員捕まった。この責任、どう取るつもりだ?」

 

 

 男は苛立ちの矛先を支援者であるハッカーに向ける。

 

 

 『そっちがさっさと撃たないからじゃないのか!?』

 

 

 ハッカーも苦し紛れに対抗する。

 

 

 「チッチッチ。わかってないなぁハッカー」

 

 『何が!?』

 

 「今、奴はトーク中だ。こんなタイミングで殺してもインパクトに欠ける。殺すなら、奴の1番の人気の曲、それもデビュー曲を歌ってる最中に限る」

 

 『ならそのタイミングで仕掛けろよ!!』

 

 「俺自身、奴の人気の理由を知りたかった。実際に歌を聴いたらわかると思ったが、やっぱわかんなかったわ」

 

 『訳がわからん』

 

 「この世はアンバランスだ。奴のように表舞台で活躍する奴もいれば、地下で細々と活動する人間もいる。不平等だとは思わないか?売れないアイドルは身をも差し出して仕事をもらい、やがて引退する。頑張ってる奴らがバカらしく見えるぜ」

 

 『なんだ?そんなにアイドルが好きなのか?』

 

 「そうじゃねぇよ。たった一人の存在でバランスが保てないなら、そいつを消せばいい。そうすれば、陽の光に当たらなかった人間たちが日の目を見ることになるだろうからな!」

 

 『僕にはよく理解できないな』

 

 「何言ってんだ。お前だってそうだろ?ウォールナットに勝てないハッカーさん」

 

 『あ、アイツは死んだ!今はこのぼ・く・が!!世界一だ!!』

 

 「そう怒るなよ。まあ、とりあえずこの計画は大失敗だ。地下鉄の時といい、上手くいかねぇもんだな」

 

 『ならさっさと帰還しろ。追ってがくるぞ』

 

 「わかったわかった。まあ、また機会があれば殺してやるよ、大人気アイドルさん」

 

 

 そう一人呟き主犯の男は誰にも見つかることなく、ドームを出た。

 この男の名は、真島(まじま)

 かつて電波塔でテロ行為を行った凶悪で残忍なテロリストだ。

 そんな彼が、後にリコリスやリリベルといったDAの総戦力と大戦争を引き起こすのはまだ先の話。

 

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

 

 その後犯人から直接的な妨害もなく、真依奈のライブは無事に終演した。

 警備員が数名負傷する程度の被害で済み、観客やスタッフ、真依奈やリコリコの面々は無傷で済んだ。

 もう一人いたはずの犯人は結局、逃亡という見解に至り深追いはしない方針だ。

 真依奈は疲れたから休むということで楽屋に戻り、リコリコの面々は極秘裏に犯人たちを護送していた。

 

 

 「にしても、何事もなく終わってよかったー!」

 

 

 千束は開放的になり、ぐっと伸びをする。

 

 

 「よく見つけましたね」

 

 「ふっ、偶然だよ」

 

 「春陽〜、犯人をあまり傷つけちゃダメだよ〜?」

 

 

 二人は非殺傷弾を使い、敵に外傷は残さなかった。

 春陽の戦闘スタイルだと、それはなかなか難しい。

 初めての実戦ということもあるが、まだまだ実力は乏しいものが目立つ。

 

 

 「峰打ちを狙ったんだけどなあ…………」

 

 「まあ悪人ですし、殺しても良いのでは?」

 

 「だーめだめダメダメだよ!!」

 

 「ボクも早く二人みたいにならないといけないね」

 

 

 犯人たちを見送った後、ミヅキが車で3人を迎えに来て全員乗り込み喫茶リコリコへと戻る。

 途中、千束の提案でコンビニに寄りスイーツを食べたけど、ミカさんや春陽のスイーツの方が美味しいと全員の意見が一致した。

 




ここからもっと戦闘描写を執筆できたらなと思います。

感想、お気に入り登録、評価お待ちしてます。


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第六話 Single Mission

前までミズキをミヅキと勘違いしてました。

もちろん、訂正済みです。

クルミもボクらしいけど、主人公の兼ね合いもあり漢字にさせてもらってます。
原作ファンの皆様申し訳ございません。


 真依奈の護衛以降、リリベルとしての任務も増えてきた春陽。

 営業の最中、ミカに個別で呼ばれた彼はまたしても任務を授かることとなった。

 

 それも、自分を追い出したDAからの依頼だったのだ。

 

 

 「どうしてボクなんかに……………」

 

 「春陽の功績は度々報告してるからな。認められたんだろう。もちろん私も関心しているぞ」

 

 

 本部はそんなことで転属させた人間を救うわけがない。

 わかっていることだが、ミカに褒められると嬉しいのも事実だ。

 

 

 「それで、どのような依頼なんですか?」

 

 「……………あまり話したくないな」

 

 「構いません。教えてください」

 

 

 ミカは渋々と言った感じで自分の携帯を手渡した。

 そこに書かれた内容は簡単に話すとこうだ。

・最近、リコリスやリリベルが狙われる事件が多発しているため、本部は犯人を捕まえたがってること。

・狙われたのは全員単独行動だったこと。

・本部からは人員を出せないため、春陽を囮にし犯人を一網打尽にしようとしていること。

 要は、本部にとって使い勝手のいい人材が春陽で、本部の人間の身代わりになれとのことらしい。

 メールの最後に強制と記されていて拒否権はなさそうだ。

 それは確かに、ミカも容認できないことだが春陽の答えは決まっている。

 

 

 「いいですよ。この任務、引き受けます」

 

 「しかしだな────」

 

 「ボクが拒否したところで誰かが代わりに犠牲になる。それはいけません。それに、タダでやられるつもりはありませんよ?」

 

 

 自信に満ちた顔で話す春陽。

 この短期間でいくつもの依頼をこなし、実力もついてきた。

 "峰打ち" と称して敵に切り傷しか入れられなかったが、今は柄や石突を強打して敵を気絶させる技術を身につけた。

 守る方においても、ここに来て未だ傷ひとつ負わされていない。

 今の彼は攻守共に隙がないと言える。

 

 

 「……………わかった。DAには私から連絡しておく」

 

 「ありがとうございます」

 

 

 和かな表情で返し、厨房へと戻る。

 

 

 「心配、だな」

 

 

 ミカの予感が当たらないことを祈るばかりだ。

 

 

 事件が起きるのは基本深夜。

 公園や街中などかなり目立つところで犯行が行われているが、目撃者は一人としていない。

 その点は犯人もバカじゃないことが窺える。

 今のところ、犯人はリコリスやリリベルたちが着用する制服で見分けているという見解に行き着いており、春陽も今、リリベルの制服を着ている。

 

 そして今日、この任務を知っているのは3人。

 春陽、ミカ、そしてクルミだ。

 

 

 「クルミさん。聞こえますか?」

 

 『どうした?』

 

 「流石に、深夜で路地裏に一人は心細いので話し相手になってくださいよ」

 

 『緊張感がない奴だなぁ。今から犯人に襲われるかもしれないんだぞ?』

 

 

 クルミはドローンを飛ばし、春陽の周辺を常時警戒している。

 誰かが近づこうものなら犯人と断定し、春陽に報告する手筈だ。

 

 

 「夏は怪談話や恐怖映像だとかのテレビが盛んに放送されますよね。あれ、作り物って分かっていてもやはり怖いんです」

 

 『なんだ、怖いの苦手なのか?』

 

 「突然映り込んでくる系はダメですね。あれは一人で見るものじゃありません」

 

 『いつもは落ち着いた様子なのに、見かけによらず臆病なんだな』

 

 「クルミさんは怖くないんですか?」

 

 『常に命を狙われてる身からすれば、そんなもの怖くもなんともない』

 

 「それは怖いのベクトルが違わないですか?」

 

 

 まるでそばにいるかのように会話が弾む二人。

 春陽は歳の近い千束やたきなより、普段はクルミと話すことが多い。

 彼は大人びたところがあり、幼さの残る二人よりクルミの方が話しやすいというのもあるだろう。

 ミカはどちらかと言うと上司という感じがあり、ミヅキは歳が離れ過ぎているため例外だ。

 

 

 『今度ネットに転がっていた恐怖映像を見せてやろうか?』

 

 「勘弁してください」

 

 『安心しろ。その時は千束やたきなも誘って眠れない夜を過ごしたらいいからな』

 

 「はははっ、それは面白そうだ」

 

 「……………………」

 

 

 二人の会話を覗き見る怪しい陰。

 モニターにもそれはしっかり写っており、クルミはそれを見逃さない。

 

 

 『春陽。後方の割れた窓に怪しい人物。隠れてる』

 

 「了解しました。何か動きがあれば捕まえます」

 

 

 さっきまでの楽しい会話を切り、任務に集中する。

 春陽はスッと目を閉じ獲物が近づくのを待つ。

 数十秒数えたところで、その小さな影は姿を現した。

 柄を極端に短くし懐に隠してあった薙刀を振りかぶりその姿を捉えると動きを止めた。

 

 

 『やったか?』

 

 

 クルミから確認の連絡が入る。

 

 

 「………………どうやらボクを見ていたのは、()()()()()()()()ようです」

 

 『人間じゃない?どういうことだ?』

 

 

 春陽は自分に近づいたそれを抱き抱えると、ドローンに見えるように大きく掲げた。

 

 

 『なるほど、野良猫か』

 

 「可愛いですね。体にも変なものはついてませんし、問題ないでしょう」

 

 『すまんな』

 

 「構いませんよ。手助け感謝します」

 

 

 インカム越しに礼を言うと、春陽は野良猫を離し野生にかえす。

 

 

 「狙われたリコリスやリリベルたちは不運ですよね。まさか単独行動中に襲われるなんて」

 

 『そうだな。だが、それをわかっていて春陽を囮に使うDAもどうかしてる』

 

 「ボクの代わりに怒ってくれるんですね。嬉しいです」

 

 『お前にも怒ってるんだぞ。自分の命を粗末に使うな』

 

 「以後気をつけます」

 

 『まったく、お前が死んだらせっかくの美味いスイーツが食べられなくなるからな』

 

 「はははっ。今度また新作出しますよ」

 

 『本当か!!なら、スイカで何か作ってくれ!』

 

 「スイカですね。わかりました」

 

 『楽しみにしてるぞ♪』

 

 

 DAにとって役立たずでも、リコリコでは頼ってくれる人がいる。

 今の春陽にとってこれほど心の支えになっているものは存在しないだろう。

 

 

 『そういえば今、殺された奴らに共通点がないか調べてるんだが…………何か思いつくことはないか?』

 

 「制服以外でですか…………そうですね……………」

 

 『私生活でも接点のない奴らだからなあ。やはり制服で見分けられているのか?』

 

 「その可能性は高いですね。それだと、全てのリコリス、リリベルが対象になります。下手をすれば千束ちゃんやたきなちゃんだって…………」

 

 『何かないかなあ……………うーーん……………』

 

 

 頭を抱えるクルミ。

 春陽も周囲を警戒しながら思考を巡らせる。

 突如、クルミは絶叫を上げ、バタンっと大きい音を立てた。

 

 

 「クルミさん!?どうしたんですか!」

 

 『スマン春陽!話は後だ!まずはミカたちに伝える!!』

 

 「了解しました。お気をつけて!」

 

 『うわあぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 

 バタバタと声を上げながら走る音を最後にクルミからの連絡が途絶えた。

 きっと、何か分かったのだろう。

 春陽はクルミからの連絡を待つと同時に、ポイントを移動する。

 

 

 (第一被害者は公園。その次はビルの前の道路。その次は陸橋……………共通点といえば、これら全ては半径500メートル以内で起きてるぐらいだけど、たまたまなのかな?)

 

 

 実際、彼がいるのもその範囲内だ。

 これほど人の気配がなければ犯人に狙われると踏んだのだが、外れだったようだ。

 数分もすればクルミは戻ってきたのだが、どうやら正常ではない様子だった。

 

 

 『大変だ春陽!原因がわかったぞ!』

 

 「さすがです、クルミさん!」

 

 『感心してる場合じゃない!とにかく今から送るポイントへ急いで向かってくれ!』

 

 「わ、わかりました!」

 

 

 何が何だか分からず戸惑う春陽だが、クルミの支持するポイントへ走って向かう。

 

 

 「それで、原因ってなんなんですか!?」

 

 『銃の取引でDAが操作していたドローン映像に被害者全員が写っていた。その映像が犯人に流出したんだ思う』

 

 「なるほど、こればっかりは不運と言わざるを得ないですね」

 

 『……………その犯人は僕だ』

 

 「本当ですか!?」

 

 『クライアントに近づくためにハッキングしたんだ。仕方ないこととはいえ、悪いことをしたと思ってる……………』

 

 「クルミさんを責めるつもりはありません。ちなみに、今向かってるとこには何があるんですか?」

 

 『…………千束がいる。犯人に狙われたんだ。流出した映像の中に千束も含まれていた!』

 

 「いよいよまずいですね」

 

 

 その事実を知り、春陽はさらにスピードを上げる。

 クルミの指定したポイントまでは距離があるが、泣き言など言ってられない。

 仲間のピンチのために、彼は限界まで駆ける。

 

 

 『どうやらリコリス側も囮作戦を決行したそうだが、全員返り討ちにあってる。敵も相当な手練れだと考えた方がいい』

 

 「わかりました!」

 

 『今、ミズキとミカ、たきなも現場に向かってる。急いでくれ!!』

 

 (千束ちゃん……………無事でいてくれよ!)

 

 

 祈るようにそう呟き、彼は夜道をひた走る。

 

 

 

………………………

 

 

……………

 

 

 

 春陽がポイントにつくと既に数台の車が停められていて、そのヘッドライトの先には男が誰かをリンチしてる様子が目に入った。

 遠くて断定しかできないが、おそらく千束だろう。

 春陽は敵に見つからないように草陰に隠れ、乱れた息を整える。

 

 

 「クルミさん。ポイントに到着しました」

 

 『反対側でたきなが待機している。奴が発砲して撹乱するから、各個倒してくれ』

 

 「了解しました」

 

 

 春陽は大きく息を吸い、そして吐く。

 呼吸が整ったと同時にたきなが発砲するのを静かに待つ。

 そして───────

 

 

 「うわぁぁぁぁ!!」

 

 

 敵の悲鳴が上がると同時に春陽は勢いよくスタートを切り、一番近くにいた男を石突で突き気絶させる。

 周辺はたきなが制圧射撃してくれたらしく、敵は地面に転がっていた。

 

 

 (流石はたきなちゃんだ。となればボクのすることは……………)

 

 

 春陽は照準を車へと変え、ヘッドライトを破壊し、タイヤを薙刀で振るいパンクさせた。

 これは彼独自の判断だが、敵兵を一人たりとも逃さないためだ。

 全てを切り終わる頃には、大まかな敵は制圧され千束は車へ向かって走り乗り込んだ。

 それに続き、たきなも乗り込んだのを確認して車は発進されたが残った敵兵たちがミヅキの運転する車に向けて発砲していた。

 

 

 「やらせません!!」

 

 

 車を襲う敵兵たちを戦闘不能にしようと背後から近づき、薙刀を振りかぶった。

 しかしその時、いち早く反応した敵の一人が春陽の顔目掛けて発砲した。

 

 

 パンッ!!

 

 

 「………………くっ!」

 

 

 間一髪のところで躱したが、伊達メガネがパリンッと割れ足元に散らばった。

 敵兵たちはミヅキの車から春陽へと標的を変え、銃口を向けた。

 そして春陽を撃った男、真島はゆっくりと近づき仲間と同様に銃口を向けた。

 

 

 「まだ仲間がいたのかよ。…………あっ?テメェ、リコリスじゃねぇのか。その服は…………」

 

 「何しやがんだ、おいっ」

 

 

 割れたメガネのレンズが顔に数ヶ所刺さり、それを取り払う春陽。

 幸い、目は無事らしい。

 

 しかし、今までの彼と雰囲気が異なる。

 優しさは一切なく、殺意に満ちた極悪のオーラを身に纏い、逆立った青髪は彼の怒りを表すかのようだった。

 そして鋭い眼光が真島を見る。

 

 

 「テメェか?()()を撃ったのは」

 

 「あん?うおっ!!」

 

 

 春陽は真島の腹部目掛けて思い切り蹴りを入れ、数十メートルある車まで吹っ飛ばした。

 車は原型がわからなくなるほど凹み、その衝撃で真島は口から多量の血を吐いた。

 

 

 「うちの大事な従業員を傷つけやがって……………テメェら全員、皆殺しだ」

 

 

 そう話す顔に笑顔はなく、まるで修羅そのものだ。

 彼の圧倒的な威圧感に、犯人の一人が尻もちをつく。

 その男の腹部目がけて春陽は容赦なく薙刀を振るった。

 派手な血飛沫をあげて、その傷の深さを物語る。

 

 

 「ぐあぁぁぁぁ!!」

 

 

 その痛みに耐えかねた男は腹部を抑え悶絶する。

 その様子を見て、他の敵兵たちも数歩後退する。

 

 

 「次はどいつだ?」

 

 

 真っ白の制服も、返り血を浴び真っ赤に染まっていた。

 穂にもその血がべっとりとついていて、その矛先を敵に向けるとポタポタと雫のように落ち芝生の地面を赤く染める。

 言葉にならない声を発する男たちに痺れを切らしたのか、春陽は薙刀を構えその場で一回転しそれを振るう。

 切れ味鋭いその矛は彼を囲っていた敵兵全員の胸元を切り裂き、血の噴水が噴き上がった。

 バタリバタリと全敵兵が倒れる。

 春陽の服は血で染まりきり、元の色がわからないほど赤く、紅く、朱くなっていた。

 

 

 「クククククッ………………クハハハハハハッ!!!

 

 

 白い歯を見せ豪快に笑う春陽。

 もはや、かつての優しく大人びた彼はいない。

 今目の前にいるのはただの暴君だ。

 

 

 「ぶち殺すぞオラァァァァァァ!!」

 

 

 怒り狂った暴君が次なる標的に狙いを定めた。

 飛び出すと同時に、どこからかワイヤーが飛んできて即座に春陽の腕を拘束する。

 

 

 「んだコラァ!?」

 

 

 全筋力を腕に集中させ引きちぎろうとするが、頑丈なワイヤーは切れる様子がない。

 それを追うように、足、体を拘束され完全に身動きが取れなくなった。

 しばらくすると美月の運転する車が春陽の元まで近づき、千束は薙刀をたきなはハルヒを抱え車に乗り込む。

 狂った春陽はこの状況に腹を立てた。

 

 

 「何すんだテメェら!!」

 

 「うわっ、こっわ。てか血生臭っ!本当にこれが春陽なの!?」

 

 「うるせぇ!!」

 

 「落ち着いてください。次は口も塞ぎますよ」

 

 

 たきなの手には拘束銃が握られていて、自分がやったと自白した。

 

 

 「いい度胸してるなオマエ。オレの邪魔するとどうなるか、今ここで分からせてやろうか!!あぁ!?」

 

 「ちょー、暴れるな!先生!早く綺麗な春陽に戻して!!」

 

 「たきな、これを春陽に」

 

 

 助手席に乗るミカは伊達メガネをたきなに渡し、それを春陽にかける。

 すると、逆だった髪がすぅっと降り見開いた瞳が完全に閉じられフリーズするかのように眠りについた。

 

 

 「どゆこと?」

 

 「また後で説明する。とにかく今はここを脱出だ!頼むぞミずき!」

 

 「私の運転テク見せてやんよ!」

 

 

 クルミのサポートもあってなんとか逃げ切ったリコリコ一同。

 夢の中に堕ちた春陽の功績は大きいが、必要以上に暴れすぎた。

 敵に恐怖を与えると共に、味方すら戦慄させた春陽のもう一つの人格。

 これはDA、そしてリコリコにとって諸刃の剣となるのだろうか。

 のちに全員が彼の過去を知ることとなる。




突如現れたもう一人の春陽。その正体とは!?


次回で明らかに!


評価、感想お待ちしてます。


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第七話 Sad Past

 喫茶リコリコについた一同は、各々が傷の応急処置を行う。

 幸い、全員軽傷で済んだようだ。

 

 

 「みんな、災難だったな」

 

 「元はと言えばアンタのせいでしょうがっ!」

 

 「うえっ」

 

 

 一人床に正座させられるクルミにミヅキはそばに置いてあったお盆で頭を叩く。

 

 

 「店長。春陽の様子はどうですか?」

 

 「ぐっすり眠っているよ」

 

 

 眠りについた春陽は未だ目覚める様子はなく、畳の床に寝かせる。

 

 

 「春陽は問題なさそうだな。次は千束の番だ」

 

 「はーい」

 

 

 千束はミカの隣に座り、左腕に包帯を巻く。

 

 

 「それにしても驚いたなー。春陽にあんな一面があったとは」

 

 「ほんとほんと。ドラマとかに出てくる殺人鬼といい勝負してたわ」

 

 「拘束用銃がなければ捕らえるのは難しかったでしょうね」

 

 「そんなに凄かったのか?」

 

 「すごいのなんの、敵をみーんな斬っちゃうんだから」

 

 「味方としては心強いですが、あの様子だとこっちにも矛先が向きそうです」

 

 「おいおい勘弁してくれよ。僕は電脳戦専門だから生身だとひとたまりもないぞ」

 

 「そのことなんだが……………」

 

 

 女性陣の会話にミカが割って入った。

 

 

 「みんなに、話しておかなければならないことがある」

 

 「話って春陽についてですか?」

 

 「そうだ。私が知ってることを全て話そう」

 

 

 ミカは神妙な面持ちで語り始めた。

 春陽の過去。

 銃を撃てなくなった訳。

 伊達メガネをかけている理由。

 DA本部から聞いたことと、春陽本人から聞いたことを全てリコリコ一同に話した。

 

 全てを聴き終わると、全員が真剣な顔つきでそれぞれの思いを述べる。

 

 

 「春陽にそんな過去が…………」

 

 「重いなぁ、私には重すぎるよ」

 

 「優しい顔して結構えぐい経験してんのね」

 

 「普段の様子を見る限り信じられないな。ミカ、なぜ話さなかった?」

 

 「春陽から話さなくていいと言われていたからな。私から他言するわけにはいかなかった」

 

 

 優しい彼らしい理由だ。

 そう全員が共感した。

 

 

 「とりあえずメガネが制御装置ってわけ?」

 

 「そんな人をロボットみたいに言わなくても」

 

 「日常生活でもメガネを外すようなイタズラは無しな」

 

 「そんなしょーもないことすんのはアンタか千束だけでしょうがっ!」

 

 「しなくてよかったわ〜ホントッ」

 

 「やめてくださいね」

 

 「約束は守る。春陽のためにもな」

 

 「今日はもう遅いからみんなゆっくり休むといい。明日からまた仕事があるからな」

 

 『はーい』

 

 

 傷の処置を終えた全員がそれぞれ帰路に着く。

 ミカは眠りにつく春陽に布団をかけ、自室へと戻っていった。

 

 

 一方その頃、ハッカーことロボ太宅にて。

 彼のいる部屋の扉を蹴飛ばして開け、驚かせる。

 

 

 「おいっ!もっと静かに開けろよ!」

 

 

 頭のランプが赤く光るロボ太のそんなツッコミなどいざ知らず、真島とその部下たちは無言のままヅカヅカと部屋に入り、挙句の果てには彼から椅子を取り上げそこに腰を下ろす。

 必然的にロボ太は床に座り、皆から見下ろされる形で正座することとなった。

 

 

 「な、何の用、ですか?」

 

 「……………………」

 

 

 いつもは饒舌に話す真島が黙りだと周囲に緊張が走る。

 ロボ太もそれを肌で感じているだろう。

 

 

 「あ、あの〜………………」

 

 「よう、ハッカー」

 

 「はい〜っ!」

 

 

 ようやく口を開いた真島は、ロボ太に顔を近づけ白い葉を見せ笑って語り始めた。

 

 

 「面白い奴らを見つけたな」

 

 「へ?」

 

 「アランリコリスにイかれたリリベル…………アイツらじゃなきゃ俺とはバランスが取れねぇ!」

 

 「一体何を…………うぐっ!」

 

 

 困惑するロボ太の胸ぐらを掴み、真島は楽しそうに話を続ける。

 

 

 「アイツらは一体何者だハッカー!?面白れぇ…………今は最高の気分だ!!」

 

 「り、リコリスはともかく、リリベルってどういうことだ?」

 

 「何だよ知らねぇのかよ。ったく」

 

 

 真島は落ち着きを取り戻したかの様に再び椅子に腰を下ろした。

 ロボ太も必然的にその場に正座する。

 

 

 「アラン機関の援助を受けたリコリスと対峙した。そいつは人を殺せない弾で俺の仲間を何人も始末しやがった」

 

 「そいつが今回のターゲットだったんだろ?」

 

 「そうだ。それに加えてあの男…………顔も名前も知らねえが囲っていた仲間数十人を一瞬で致命傷を与えた。みろ」

 

 

 真島はシャツを捲ると、そこには春陽に食らった蹴りの跡が痛々しく、くっきりと残っていた。

 

 

 「たった1発でこれだ。おかげで何本かはポッキリ折れただろうよ」

 

 「リリベルは極端に情報が少ないから何とも…………それに、リコリスとリリベルが手を組むなんてまずあり得ないだろ」

 

 「そんなこと俺が知るかよ。現に俺の目の前に現れやがったんだ」

 

 「と、とにかくこれで関心は奴らに向けられ……………うっ!」

 

 

 真島は三度立ち上がり、ロボ太とわずか数十センチまで顔を近づけこう告げる。

 

 

 「これから忙しくなるぞ?奴らのことをもっと調べて俺に教えろ!!」

 

 「えっええ〜〜!!」

 

 

 思わぬ形でロボ太の願いが叶った。

 

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

 

 車の中で意識を失ってから、春陽は夢を見ていた。

 銃声が鳴り響き土煙が立ち上る戦場。

 そうだ、いつも見る悪夢だ。

 しかし今日はいつもと違い、犯人の顔が鮮明に浮かんできた。

 ボサボサの緑髪で白の目隠しをした男。

 

 そう、コイツだ。

 

 

 コイツが──────を!!

 

 

 「……………………」

 

 

 男は春陽に対して何か話しているが聞き取れない。

 懸命に耳を研ぎ澄ますも、再度男が口を開くことはなく掴み上げていたリコリスの脳幹を撃ち抜いた。

 

 

 それと同時に春陽は勢いよく目を覚ます。

 乱れた呼吸を整え、自然と流れていた涙を指で拭う。

 

 

 「また、あの夢か………………」

 

 

 キーンッと頭痛が響く頭を片手で抑え、ある人物の名を呟いた。

 

 

 「………………ごめんね、詩音(しおん)……………」

 

 

 拭ったそばから涙が再び流れる。

 その様子をミカはカウンターからそっと見守っていた。

 その視線に、春陽は気づいた。

 

 

 「おはようございます。ミカさん」

 

 「ああ、おはよう」

 

 

 何事もなかったかのように挨拶を交わすミカ。

 春陽は布団を畳み、立ち上がった。

 

 

 「昨日はご迷惑おかけしてすみませんでした」

 

 

 深々と頭を下げ謝罪する春陽に、ミカは声を荒げることも手を上げることもせずただただその頭を撫でた。

 

 

 「むしろこっちが迷惑をかけた。心労をかけてすまなかったな」

 

 「い、いえ……………ミカさんが謝るようなことは、なにも……………」

 

 「今日は休みなさい。まだ疲れているだろう」

 

 「……………お気遣い感謝します。しかしみなさんの、いや、自分自身のために今日も働かせてください。お願いします」

 

 「そうか、わかった。まずは体を洗ってきなさい」

 

 「はい!」

 

 

 ミカからバスタオルなどを受け取りシャワー室へと向かう。

 所々見える傷も、昨日ついたのもだろうと春陽は考えているが、彼自身真島と交戦した記憶はない。

 いや、正確に言えばメガネを壊された瞬間からと言える。

 その時から完全な人格が入れ替わり、別の春陽が体を乗っ取ったのだ。

 

 服を洗濯機に入れ、シャワーを浴びながら昨日のことを思い出す。

 ……………やはり、覚えているのは車を破壊したところまでのようだ。

 そこから先は真っ白。

 どうやら思い出せそうにないらしい。

 

 

 (あの男………………どこかで……………)

 

 

 遠目ではっきりとしなかったが、見覚えのあるシルエット。

 それが無くなった記憶の鍵になりそうだと春陽は考えた。

 

 

 「とにかく、今からは仕事に集中しなくちゃ!」

 

 

 頬を数回叩き気合いを入れたところで、シャワー室の扉をガラッと開ける。

 そこには常人より一回り小さい影がポツンと立っていた。

 

 

 「あっ…………………」

 

 「…………………………えっ?」

 

 

 二人して目が合う。

 

 

 「その……………目覚めたんだな」

 

 「ご、ご迷惑………………おかけしてます……………」

 

 「す、すまん。すぐに出る!」

 

 

 その小さい影は顔を真っ赤にし勢いよく扉を開け、部屋を出た。

 扉の向こうでミカにやいやい言ってる声が聞こえてくるが、春陽にもミカにも非はない。

 たまたま、本当にたまたまそこに居合わせた、不慮の事故だ。

 自分より年上とは言え女性は女性。

 見せてはいけないものを見せてしまったと後悔の念に見舞われる。

 

 

 「はぁ、また謝ることが増えちゃったなぁ…………」

 

 

 洗濯機、そして乾燥機が服をキレイにするまでシャワー室で一人寂しく待ち続けた。




今更知ったんですけど、リコリスのランクってファーストからサードまであるんですね。

見返すまで知らなかった…………。


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第八話 Reunion

クルミからの要望だったスイカスイーツの評判が良く、今日はいつも以上に大忙しだ。

 中でもスイカのジェラートは絶品でSNSでも広く知れ渡ることとなり、評判に拍車をかけた。

 そんな最中、リコリコに電話が入る。

 

 

 「はい、カフェリコリコ」

 

 

 ミカがその電話を出る。

 数秒の沈黙の後、春陽を呼び出した。

 

 

 「春陽〜!電話だー!」

 

 

 調理を一度止め、電話に出る。

 

 

 「お電話変わりました。篠原 春陽です」

 

 『私だ』

 

 

 顔はわからずとも、その渋い声で誰かすぐに把握した。

 DAの上層部、虎杖だ。

 

 

 『どうだ?ミカくんに迷惑はかけていないかね?』

 

 「さあ、どうでしょうか」

 

 『まあどうでもいいことだ。お前に通達がある。今日これからライセンス更新に来てほしい』

 

 「随分と急ですね」

 

 『こちらの手違いで伝え忘れていた。何せ本部にいないリリベルはお前だけだからな』

 

 

 皮肉で言ってるのだろうが、春陽は怒りや憎しみなど感情を向けることなく淡々と話を続ける。

 

 

 「わかりました。すぐそちらに伺います」

 

 『受付に書類は渡しておく』

 

 「了解しました」

 

 

 春陽はすぐに電話を切り、ミカにこのことを伝える。

 

 

 「すみません、ミカさん」

 

 「気にするな。空いた穴はクルミに手伝ってもらう」

 

 「しかし……………」

 

 「リリベルを続けるためには必要なことだ。そんなに心配なら早く行って早く帰ってこればいい」

 

 「わかりました。すぐに戻ります」

 

 

 すぐさま用意を済ませ、店のそばに置いてあったバイクにまたがり急いで発進する。

 春陽が不安に思っていたのは店のどうこうというより、クルミ本人にあったのだ。

 ずっと押入れの中にいたクルミはミカに呼ばれ店の手伝いを始めたのだが、すぐさまトラブルを引き起こした。

 

 

 「おわっ!」

 

 

 お盆に載せていたティーカップを滑らせ落としたのだ。

 もちろんわざとではないが、電脳戦以外の彼女はただのポンコツに近い。

 割れたコーヒーカップをミズキとたきなが急いで片付ける。

 『早く帰ってきてくれ!春陽!』と皆が心の中で叫び仕事に励む。

 

 

 

 片や店の現状を知らない春陽は本部に着くとすぐに受付を済ませ、医療棟へと向かい歩いていると久方ぶりに見る顔と出会う。

 

 

 「おぉ、春陽じゃねぇか」

 

 

 春陽がリコリコに転属する日に駐輪場で出会ったセカンドリリベルだ。

 手を軽くあげ近づく。

 

 

 「どうも」

 

 「おいおいつれねぇなぁ、俺たち友達だろ?」

 

 「そう思ってくれてたんだ。意外だね」

 

 「お前今から体力測定だろ?俺もそうなんだ。一緒に行こうぜ」

 

 

 春陽は無言で頷き、二人並んで医療棟へと向かう。

 その道中、セカンドリリベルは一人楽しそうに話を続ける。

 

 

 「調子はどうよ」

 

 「いつも通りだよ」

 

 「いつも通り、ねぇ」

 

 

 セカンドリリベルは笑みを浮かべながらも不服そうな様子を見せ、春陽の肩に腕を回すと耳打ちする様な声量で話す。

 

 

 「あんま調子に乗るんじゃねぇぞ。同じセカンドでも俺とお前とじゃあ天と地の差があるんだ。その空っぽの脳によーーく焼き付きておけ」

 

 

 自分の言いたいことを言い終わると肩を突き、一人スタスタと先を歩く。

 結局彼は春陽を見下したかったがために近いてたんだろう。

 実に小さい男だ。

 春陽は特に言い返すことも、彼の歩行速度に追いつこうともせず一人で医療棟へと向かう。

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

 

 場面は変わり喫茶リコリコへ。

 休憩時間に入った、千束、たきなは追い出されたクルミと共にとある一室で話をしていた。

 

 

 「ホントッ、クルミはネット以外だとダメダメだね〜」

 

 「うっ」

 

 「せめてお皿を割るのはやめてください。タダじゃないんですから」

 

 「は、反省してる」

 

 

 側から見れば、末っ子に説教している二人の姉という図なのだが実際に1番の歳上は正座させられ怒られているクルミなのだ。

 歳が違えど得意不得意がある。

 実にわかりやすい関係性だ。

 

 

 「春陽、帰ってこないな」

 

 「結構時間かかるからね〜。帰ってくるとしたら夕方とかじゃない?」

 

 「その時間だとピークはもう過ぎてますね」

 

 「誰かさんがもう少し使えたら話は別だけど」

 

 「善処はする…………」

 

 

 クルミは苦い表情を浮かべそう宣言する、

 

 

 「そう言えば、春陽って身体能力的にはどうなんですか?」

 

 「え?さあ………………」

 

 「僕も知らないな」

 

 

 春陽とは数ヶ月共に過ごしているが、彼のことを全て知っているといるとそれは間違いだ。

 任務も度々こなすが、走って、跳んでといった動作は殆ど見たことがない。

 基本はリコリスの二人が射撃で制圧し、撃ち漏らした敵を春陽が片づけるといった戦術ばかりな為、本気を出した彼の動きは未知数とも言える。

 

 

 「足は速そうに見えるんですけど、正直謎な部分が多いんですよね」

 

 「そうそう!実は、ああ見えて結構筋肉ついてるしね。腕を捲った時に確認した!」

 

 「目がいいとやはりどうでもいいものを見てしまうんだな」

 

 「どうでもよくないですよ。春陽は薙刀を使うんですから」

 

 「確かに」

 

 「でもDAからは不要な存在として認定されていたんだろ?アイツ自身そう言っていたことだし」

 

 「それは射撃ができないからだけでは?」

 

 「情報が少なすぎて何とも言えないねえ」

 

 『うーーーん……………』

 

 

 謎が再び謎を呼ぶ。

 そして、ミカに呼び出され休憩が終わると二人は店に戻り、クルミは押し入れに戻りDAの情報を覗く。

 

 

 「何か見つかるといいんだが」

 

 

 そんな期待を胸にモニターを見る。

 

 

 場面は再び変わり本部へ。

 医療棟に着いた春陽は着替えを済ませて、嫌味を言ってきたセカンドリリベルと共に体力測定に臨む。

 ニヤニヤと得意げな男に対し春陽は落ち着いた様子。

 春陽はわかっているのだ。

 こんなことをしても、自分にとって利益になることは決してないと。

 

 

 まずはスタミナ測定。

 ランニングマシンの上を二人並んで走るが、セカンドリリベルは30分ほどでダウンし、春陽はその倍以上走り続けた。

 反射測定において春陽は、どのリリベルよりも高い数値を記録し、俊敏測定の反復横跳びでも同様だ。

 

 

 

 「はぁ、はぁ……………テメェ!」

 

 

 膝に手をつき息が乱れたままセカンドリリベルは横目でキッと睨んでいた。

 そんな男を春陽は何食わぬ顔で見ていた。

 

 

 「もうバテたの?」

 

 「うるせえ!テメェと違ってこっちはここ最近任務任務で忙しかったんだよ!」

 

 

 見苦しい言い訳ばかり並べる男に春陽は呆れる様にため息をつく。

 その後も測定は続きいよいよ大詰め。

 それまで全て春陽が数値で圧勝していたが次の測定は男が最も得意としてるものだった。

 それが短距離走。

 100メートルを何秒で走れるかという単純なものだが、男は瞬発力に相当自信がありそれだけはファーストクラスにも引けを取らない実力を誇っていた。

 

 

 (これなら奴に勝てる……………!)

 

 

 今まで屈辱的な気分を味わっていたが、これで圧倒し見返すことができる。

 男はそう確信していた。

 一方、春陽は他の測定同様、平常心で臨む。

 二人並んでスターティングブロックに足をかけ、合図を待つ。

 

 

 『On your marks──────Set』

 

 

 ピストルの合図と共に二人してスタートを切る。

 勢いよくスタートダッシュを切った二人だったが序盤にして勝敗は喫していた。

 

 

 「な…………………なにぃ!?」

 

 

 どれだけ腕を振ろうとも、どんなに足を上げようとも春陽との差は縮まるどころかむしろ広がり続けた。

 トップスピードに乗った春陽は更に加速しあっという間にゴールへと辿り着く。

 

 記録、9.17。

 

 かつて世界記録を樹立したジャマイカの陸上選手ですら9.58であるから、その記録の異常さが見て取れる。

 対してセカンドリリベルは11.49。

 17歳にしては十分と言えるほど速いが、比べる相手が違いすぎる。

 

 

 「はぁ、はぁ……………この、俺が……………こんな、役立たずに……………!!!」

 

 

 怒りで目が血走るセカンドリリベル。

 息切れ一つ起こしていない春陽は、最後の測定に臨むべく次の場所へと向かう。

 その直前、顔だけを男に向けこう言い捨てる。

 

 

 「人を見下すのは、ファーストになってからにしたらどうかな。同じセカンドリリベルなんだから」

 

 「くっ………………!」

 

 

 座り込む男の手に力が入る。

 

 

 「ところで……………名前、なんていうんだっけ?」

 

 「小田巻………………小田巻(おだまき) (けん)だ!!」

 

 「そっか。キミにお似合いな名前だね」

 

 

 オダマキ、その花言葉は "愚か" 。

 人を見下し、あたかも自分の方が優秀だと勘違いしている男に対し、まさにピッタリな名前だ。

 彼のプライドはズタズタに引き裂かれたことだろう。

 

 その後行われた最後の測定、射撃測定においては春陽は『No Date』つまり放棄した。

 この結果がなくてはリリベルにおいての存在価値を数値化できず、春陽は本部に戻ることはできない。

 しかし、彼はそれでも構わないと思っている。

 本部にいた頃よりも、喫茶リコリコにいる今の方が遥かに居心地がいいからだ。

 健康診断も難なく終わり、リコリコへ戻ろうとしたその時、小田巻が突如春陽の肩を掴んだ。

 

 

 「待てコラァ!」

 

 

 顔だけを彼に向けるがその表情は怒りに満ち溢れ、真っ赤に染まっていた。

 

 

 「テメェ、ふざけたマネしてんじゃねぇぞ!!」

 

 

 小田巻の怒号がフロント内に響き渡る。

 このフロアは今、二人の瞳孔に視線が向けられていた。

 

 

 「ふざけてるもなにも、これがボクなんだけど」

 

 「俺は納得しない!だから、今から俺と模擬戦をしろ!!」

 

 

 小田巻の自分勝手な考えが理解できず、春陽は首を傾げる。

 

 

 「何故?」

 

 「決まってる。俺がお前をぶちのめしたいからだ」

 

 「喫茶リコリコのみんなが待ってるんだ。申し訳ないけど、その提案には乗れない」

 

 「ハッ、逃げるのか?どうせ銃が撃てないから怖いんだろ?ああっ!?」

 

 「そんな安い挑発には乗らないよ。キミはボクに勝ってるから本部にいる。それで十分じゃないか」

 

 「いや、そうとは言い切れないな」

 

 

 二人の間に、側から見ていた虎杖が割って入った。

 それを見て小田巻は深々と頭を下げるが、春陽は何食わぬ顔で虎杖と言葉を交わす。

 

 

 「虎杖司令。先ほどの言葉の説明を願います」

 

 「文字通りの意味だ。測定された数値はきちんと記録に残され、上層部に提出される。それを見てリリベルのランクを決定つけるのだ」

 

 「それでも使えないと判断したからボクは転属になったんでしょう?」

 

 「その通りだ。リリベルにおいて最も必要な項目をお前は放棄した。これは他のリリベルに、そして我々上層部に対して侮辱してることに等しい」

 

 「侮辱ですか。そちらがどう思ってようが知りませんが、ボクはあなた方を必要としていません。ミカさんが、あの場所があれば」

 

 「こっちだって射撃のできないリリベルは必要ないし、本部に戻すきも毛頭ない」

 

 

 淡々と二人は話しを続ける。

 

 

 「では、ボクが彼の申し出を受ける必要はありませんよね」

 

 「じつは、上層部からある通達を受けた。『身体能力だけ良いリリベルにライセンスを渡して良いのか?』と」

 

 「解雇したところでなんの利益も生まずゴミ同然となりうる人間を手放せないと言ったのはあなたです」

 

 「上はそう考えなかったらしい。使えないのであれば処分する。これは決定事項だ」

 

 

 なんとも雑な考えだ。

 処分、つまり結果を残せないのであれば春陽は殺され存在を無かったことにされる。

 春陽が申し出を受けるには十分すぎる内容だった。

 

 

 「なるほど、彼との模擬戦でボクの存在価値を示せと」

 

 「その通りだ。ちなみに拒否をするのであれば今ここで君を処分するつもりだ」

 

 

 虎杖のそばにいたサングラスの男たちは春陽に銃口を向ける。

 

 

 「……………わかりました。お受けいたします」

 

 「開始は30分後、1500にて行う。直ちに準備を始めろ」

 

 「「了解」」

 

 

 虎杖は伝えることを全て話し、この場を去る。

 小田巻も機会を与えられたことで嬉しさに満ち溢れている様子だ。

 

 

 「手加減はしねぇ。ぶち殺してやるよ」

 

 「ふふっ、実弾は使えないよ?」

 

 

 揶揄うように話す春陽に背を向け小田巻は歩き出す。

 白い歯を見せたそのニヤついた顔は、何か企んでいるかのような不気味さをか持ち出していた。

 




使えないと判断されている春陽がなぜセカンドなのか。

次回はそこを追求します。


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第九話 Cowardly Conduct

 

 模擬戦が始まる直前、春陽は喫茶リコリコに電話をかけていた。

 

 

 『はい、カフェリコリコ』

 

 

 声の主はミカだった。

 

 

 「もしもし、営業中にすみません。ボクです」

 

 『おお。春陽か!』

 

 「今から模擬戦を始めることになったので今日は営業時間までに帰れそうにありません。すみませんが、みんなによろしく伝えてください」

 

 『わかった。頑張ってきなさい。こっちももうピークはすぎたからのんびりしているよ』

 

 「…………………」

 

 『春陽?』

 

 

 突如無口になる春陽にミカは首を傾げる。

 

 

 「ああ、すみません」

 

 『なんだ緊張してるのか?』

 

 「ええ、まあ」

 

 

 もしこの模擬戦で春陽が敗北すれば、虎杖の指示の元処分される。

 もちろんそんなことを口にすることはできなかった。

 ただ、最後になるかもしれないこの時間を、お世話になったリコリコのひとたちと話したくなったのだ。

 しかし、春陽の目に涙はない。

 必ず結果を残してリコリコに帰る。

 今の彼の頭にはそれしかない。

 

 

 『春陽なら大丈夫だ。いつも通りの動きをすればそう簡単にやられはしない』

 

 「ミカさんにそう言ってくれるのが一番嬉しいです。……………すみません。もう時間なので、行ってきます」

 

 『ああ。みんなで待ってるよ』

 

 

 春陽は携帯の電源を切り、カバンにしまっていた薙刀を組み立て模擬戦の会場へと向かう。

 もちろん実戦ではないため穂はつけず、両側を石突に組み立てた。

 彼の生死に関わるためか、ギャラリーが多くガラスの向こう側は人で溢れていた。

 

 

 「よお、逃げずにきたんだなあ」

 

 

 銃を片手に、腕を広げながら近づく小田巻。

 

 

 「逃げたところでボクは本部に処分されるからね」

 

 「後悔すんじゃねぇぞ」

 

 「全てを出し切るよ」

 

 

 互いに背を向け歩き出す。

 

 

 『()()、実戦だと思い臨むように。それでは─────始め』

 

 

 虎杖の合図で模擬戦が始まった。

 早速と言わんばかりに、小田巻は銃口を春陽に向けペイント弾を発射する。

 無情にも弾は春陽に命中することはなく、ぴちゃっぴちゃっ、と壁に付着する音だけが響いた。

 横へスライドして全てを躱したのだ。

 

 

 「この弾の速さなら余裕で見切れるよ」

 

 「くそっ!」

 

 

 視線を春陽に向けたまま小田巻はリロードし再度銃口を向けるも、彼はその一瞬をつき姿を眩ました。

 

 

 「はあっ!?ど、どこいった!!」

 

 

 周囲を見渡し春陽を探すも、その姿を捉えることはできない。

 彼は音を一切立てずに走り回っているのだ。

 そして背後に回った春陽は視覚から石突で小田巻の背中を突こうとしたその時だった。

 

 

 パンッパンッパンッ!!

 

 

 「…………………!!」

 

 

 ありえない方角から銃声が聞こえたと同時に実弾が春陽を襲った。

 間一髪でそれらを振り向きざまに薙刀で振り払い、その方角を見る。

 物陰に隠れていた数人のリリベルが姿を現す。

 しかも、彼らが撃ったのはペイント弾ではなく実弾。

 春陽を殺す気で撃ったのだ。

 先ほど、虎杖が『全員』といったのはこのリリベルたちも含んだ言い方だったんだろう。

 

 

 「クククッ、悪運の強いやつだ」

 

 

 彼の背後で、小田巻は不敵な笑みを浮かべ銃口を向ける。

 この状況を知っているような口振りだ。

 

 

 「随分と卑怯な手を使うんだね。これも司令の指示?」

 

 「いいや違う。俺が司令に提案したんだ。『処分するなら早い方がいい』ってな」

 

 「それを司令が受け入れたのか。あの人もとことん最低だ」

 

 「関係ねぇよ。それにお前がいくら泣き喚いたところでもう遅い。今ここで処分するんだからな!!」

 

 

 不敵な笑みを浮かべたまま腕を振りかぶり、振り下ろす。

 それを片手で受け止め、防御する。

 

 

 「キミは悔しくないのかい?こんな手段でしかボクに勝てないって自白してるようなものだけど」

 

 「なんとでも言え。今から死ぬやつの言葉なんて全く耳にはいらねぇよ!」

 

 

 とことん卑劣で汚いやり方を実行する小田巻に、心優しい春陽もついに堪忍袋の尾が切れた。

 

 

 「……………指令は言った。『実戦だと思い臨むように』と。ボクは、その言葉に従うよ」

 

 

 春陽は服の内側に隠してあった穂を片側の石突と取り替え、その矛先をリリベルたちに向けた。

 

 

 「多少痛い思いはするけど、我慢してね。小田巻くん、キミは最後だ」

 

 「はあ?テメェ、何言って──────」

 

 

 小田巻が言い終わる前に春陽は物陰に潜むリリベルたちに向かって一直線に駆け出した。

 彼らもそれに対抗し発砲するものの、春陽は全ての弾を弾き返し、振りかぶった薙刀を大きく振り下ろす。

 隠れていたリリベルたちはド派手な血飛沫をあげてその場に全員が倒れ込んだ。

 薙刀を扱い始めた当初とは違い、狙って斬りつけた。

 彼の怒りは、本物だ。

 

 

 「テメェ、よくも!!」

 

 

 小田巻も発砲するも、春陽は意にも介さず全てを躱す。

 その異常さに小田巻の冷や汗が止まらない。

 

 

 「な、何故だ………………何故、アイツに当たらない……………!?」

 

 

 春陽は冷たい目で敵を見る。

 

 

 「くっ、やむを得ない………………おいっ!お前らぁぁぁぁ!!」

 

 

 そう声を上げると、さらに潜んでいたリリベルが数人、数十人と姿を現した。

 数による優位。

 小田巻は最も安直な手に出た。

 

 

 「この人数相手に果たして生き残れるか!?全員、実弾持ちだぜ!!」

 

 

 一斉に春陽へと銃口を向けるが、動じることもなく彼はポケットに手を入れ何かを取り出す。

 両手にはスーパーボール程度の大きさの球が握られていて、それを指の力でリリベルたちに弾き飛ばした。

 それに当たったリリベルたちは軒並み意識を失う。

 球の素材は鉄であるため、当たれば当然痛い。

 銃弾とは違って貫通力は皆無だが、気絶させる程度なら十分な威力を誇る。

 

 

 「銃なんて必要ありません。指鉄砲(これ)さえあれば」

 

 

 これも、ミカとの訓練によって身につけた技術だ。

 予めミカには春陽の体力測定の数値は手渡されており、その能力の高さを知った彼は銃を撃てない代わりに何か遠距離での攻撃方法はないかと考えたところこのやり方に行き着いた。

 こんな無茶苦茶な先方ができるのは春陽を置いて他にない。

 超優秀なリコリスであるたきなも、幼い頃からファーストリコリスで活動する千束ですらこれは真似できないだろう。

 

 唯一無二の身体能力の高さ。

 

 それをたった数ヶ月で磨き上げたのだ。

 

 

 「10…………13………………15ってとこか。これで全員だね?」

 

 「うるせえ!!俺らでテメェを蜂の巣にしてやるよ!!」

 

 

 再び春陽に向かって全員が発砲する。

 トップスピードに乗って縦横無尽に駆け回る彼には一発たりとも当たることはなく、一人、また一人と血を吹き倒れていく。

 長い時計の針が一度動いたときには全てのリリベルが戦闘不能に陥り、小田巻だけが焦った表情で直立していた。

 

 

 「こ、こんなことが……………!?」

 

 

 もちろん、驚いているのは彼だけではない。

 安全地帯で見守る虎杖も同様だ。

 

 

 「あれほど使えなかったリリベルをここまで育て上げるか、ミカ」

 

 

 「安心しなよ。死ぬほど痛むけど死ぬことはないから。ここまで汚いやり方をしたんだから、ただで済むとは考えていないよね?」

 

 

 静かに、だがうちに怒りをメラメラと燃やしながらゆっくりと近づく。

 

 

 「クソッ……………クソオォォォォォォォォォ!!!」

 

 

 小田巻はペイント弾の入った銃を捨て、倒れているリリベルから小銃を奪い取る。

 

 

 「うるせえうるせえうるせえうるせえうるせえうるせええええええ!!」

 

 

 発砲しようとしたその先に春陽の姿はなく、既に背後へ回り込んでいた。

 

 

 「チェックメイトだ」

 

 

 薙刀を振りかぶり、右肩から左腿までを一閃し深く斬りつけた。

 

 

 「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 痛みに絶叫する小田巻。

 春陽も他のリリベルたちとは違い本気で斬りつけたからおそらく、傷が完治することはないだろう。

 これを戒めに生きてほしいと強く願う。

 

 ドサッとその場に倒れ会場は春陽一人だけが立っている。

 

 

 『………………終了。篠原 春陽、今日はもう下がっていい』

 

 

 虎杖に顔を向けることなく、春陽は会場から去る。

 本部を出て、バイクにまたがりエンジンをかけ出発しようとしたところで進路を虎杖が塞いだ。

 

 

 「何か用でも?」

 

 「……………………」

 

 

 手を後ろに組み沈黙する虎杖。

 

 

 「………………何故、撃てなくなった」

 

 「それを訊きますか」

 

 

 春陽はエンジンを切り、バイクから降りた。

 

 

 「(アレ)のせいで大切な人を救えなかった。それだけですよ」

 

 「君が "役立たず" と揶揄される前の実力を知っている。"()()()()()()()()()()()()()()()" 。君はそう呼ばれていたね」

 

 「随分、昔の話をするんですね」

 

 「高い身体能力を活かし、戦場を縦横無尽に駆け回り敵を制圧する優秀なリリベル。それが君、篠原 春陽だった。ドローン映像でその姿を見たことがあるが、実に正しい評価だと思った」

 

 

 その言葉通り、春陽は千束やたきなに負けず劣らずの優秀なリリベルだった。

 自分からコミュニケーションを取るような人物ではなかったが、仲間からの信頼は厚く、傷ひとつ負わされたことがないと言う噂まで存在する。

 それが、たった一度のミスで全てが潰えた。

 常人なら立ち直れず腐り果てるだろう。

 

 

 「だとしたら、司令や上層部の人を見る目がないだけですよ」

 

 「悪いことは言わん。もう一度本部で働いてみる気はないか?小田巻が気に食わないのであれば、処分も検討する」

 

 

 なんとも自分勝手。

 そんな男に対して発する言葉は決まっている。

 

 

 「あれほど汚い作戦を実行させる指揮官に、従う気はありません。彼も、あなたも、加担した全てのリリベルも、僕は一生許しません」

 

 

 優しさのかけらもない辛辣な言葉。

 反論する余地はどこにもない。

 

 

 「まあいい。これからも精進したまえ」

 

 

 虎杖はそう言い残し姿を消した。

 春陽もまた、こんな場所から一刻も離れようとエンジンを再びかけ、発進させた。

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 本部から急いで出て、喫茶リコリコに戻る頃には時計は20時を迎えていた。

 これでは完全に閉店時間だ。

 ミカにだけは挨拶しておこうと店を訪れたが、中から楽しそうな声が聞こえた。

 バイクを停め、店へと入る。

 

 

 「すみません。ただ今戻りました」

 

 

 店にはリコリコの従業員全員がいて、なにやらスイーツを作っている様子だった。

 カウンター席に座るクルミが軽く手をあげ出迎える。

 

 

 「よお、遅かったな」

 

 「クルミさん!一体これは……………」

 

 「普段春陽にはお世話になってるので、そのお返しをしようと」

 

 「実はこれね、クルミが提案したんだよ〜」

 

 「余計なことを言うな千束!」

 

 「まあ言い出しっぺは何もできないから、ただここで座ってるだけなんだけどねえ」

 

 「酔っ払いは黙ってろよ」

 

 「っんだとガキンチョッ!」

 

 

 さっきまで濃い時間を過ごしたからか、なんだかこのアットホームな雰囲気が懐かしく思え春陽から自然と笑みが溢れていた。

 

 

 「みなさん、ありがとうございます」

 

 

 彼は、所属する場所を間違えていたのだ。

 リリベルになって数年たち、ようやく彼に合う場所と巡り会えた。

 そういう意味では虎杖には感謝しても仕切れない。

 

 

 「春陽に負けないぐらい美味しくできたはずです。どうぞ味わってください」

 

 「うん。いただきます」

 

 

 たきなから手渡されたチョコスイーツを美味しそうに頬張った。




もう訂正はしましたが、以前投稿した内容に『50メートル走で9秒は速い』といった表現がありましたが、ただしくは『100メートル走で9秒は速い』です。
誤解を生んでしまい申し訳ございませんでした。

度々こういった間違いがあるので、ご指摘していただけると幸いです。


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第十話 Question

そういえばプロフィール書いてなかったので参考までに。

篠原 春陽
身長 171センチ
体重69キロ
誕生日4月9日
血液型?
CV イメージは、代永翼さん


 ここ最近、春陽はあの夢を見なくなった。

 日々の生活が充実してるからかだと思いたいが、偶然だろう。

 リコリコにへの出勤の前に朝食としてトースターで焼いたパンを齧り牛乳を飲む。

 テレビをつければニュースがやっていて、どうやら警察署で悲惨な事件が起きたようでその報道がされている。

 

 

 「最近多くなったな、こういったニュース」

 

 

 以前までは平和そのものだった東京も、今はどこかざわめいている。

 本来、リコリスやリリベルが事件が起きる前にもみ消すのだが、手が回らなくなっているようだ。

 現に、DA本部からの仕事依頼も増えてきた。

 リコリコからしたら収入が増えてありがたい話なのだが、体を動かす身からすれば溜まったもんじゃない。

 全員がヘトヘトだ。

 

 

 「……………おっと、もうこんな時間」

 

 

 のんびりする間もなく急いで朝食を済ませ玄関へと向おうとするがその途中、CDラックの上に飾られた写真立てと斜めに半分に割れたチャームに手を合わせる。

 

 

 「詩音。行ってきます」

 

 

 どこか寂しげな声でそう告げ、家を出る。

 これが彼の日課だ。

 彼にとって唯一無二の、詩音と呼ばれる女の子との写真が1番の宝物。

 今はもう会うことができないが、思い出として彼の心の中で生き続けている。

 片時だって忘れたことはない。

 その証拠に、写真立てには傷ひとつなく、写真自体も新品そのもので大切に保管されているのだ。

 

 朝の道路をバイクで駆け、急いで店に行くも開店までは余裕で辿り着いた。

 扉を開け、カラカラっとベルが鳴る。

 

 

 「おはようございます、ミカさん」

 

 

 そこにいるであろうミカに挨拶すると、ある人物が先に目に入った。

 カウンター席に座る男、千束からは『ヨシさん』と呼ばれる人物だ。

 ミカとは下の名前で呼び合うほどの仲らしい。

 

 

 「やあ、おはよう」

 

 「おはようございます。お久しぶりですね」

 

 

 彼はこの店の常連でもあり、今回は期間が空いたが何度も足を運んでくれている大切な客だ。

 もちろん双方とも名前も顔も覚えている。

 

 

 「最近は忙しくてね。店が混む前にミカと話していたんだ」

 

 「混む前というか、開店前だけどな」

 

 「フッ、私と君の仲じゃないか」

 

 

 ため息をつくミカに対し、ヨシさんこと吉松は小さく笑みを浮かべる。

 

 

 「どうやらボクはお邪魔だったようですね」

 

 「そんなことはないさ。ちょうど、君のことを話していたところだ」

 

 「ボクのことですか?」

 

 「ああ。ずば抜けた身体能力の持ち主。数値だけで言えば、リリベルのファーストクラスを軽く凌駕すると」

 

 「リリベルを知ってるんですね。ということは、リコリスのことも……………」

 

 

 吉松は何も言わず頷く。

 ミカと顔見知りなのもそのつながりがあったかららしい。

 

 

 「君は、"アラン" という名前を知ってるかな?」

 

 「善意によって人々を支援するアラン・アダムズのことですか?」

 

 「その通りだ。私はその人の側近をしている」

 

 「なるほど、それはすごい」

 

 「君の生い立ちも知っている。これほど優秀な人材を支援できなかったことを心の底から悔いているよ」

 

 「優秀だなんて、そんな……………」

 

 「………………シンジ。そろそろ出発の時間じゃないのか?」

 

 「おっと、そうだった。それじゃあ私はこれで失礼するよ。ミカ、コーヒーご馳走様」

 

 

 軽く手を振り店を出ようとしたその時、吉松は顔だけを春陽に向けた。

 

 

 「このことは、他言無用で頼むよ」

 

 

 そう言い残し、店を出た。

 

 

 「忙しいんですね」

 

 「………………あぁ」

 

 「どうかしたんですか?」

 

 「いや、なんでもない。千束たちが来る前に早く着替えてきなさい」

 

 「わかりました」

 

 

 春陽は更衣室へと向かい、その姿が見えなくなるのを確認しミカはさっきまで吉松が座っていたカウンター席に腰を下ろした。

 

 

 (何故あんな嘘をつくんだ、シンジ…………)

 

 

 ミカの心の声は誰にも届くことはなかった。

 

 

 吉松が去ってからしばらくして、リコリコは通常営業へと入った。

 その最中、千束はいつもと違った様子を見せている。

 

 

 「ねえ、たきなちゃん」

 

 「どうしました?」

 

 「なんか、千束ちゃんの様子がおかしいと思うんだけど」

 

 「そうですね。私も同じことを思っていました」

 

 「閉店後にでも事情を聞いてみようか」

 

 「ええ。そうしましょう」

 

 

 二人でそう話し、営業へと戻る。

 そして日が沈みきり迎えた夜。

 未だ顎に指を置き何かを考えている様子の千束にミカを除くリコリコの店員全員が詰め寄った。

 

 

 「千束ちゃん。どうかしたの?」

 

 「みなさん……………リコリコ閉店の危機です」

 

 

 訳もわからず全員が首を傾げる。

 要約すると、千束はミカのスマホを見てしまいその内容が千束をDAに連れ戻すのではないかというもの。

 差出人は不明だが、恐らくはリコリスの司令官である楠木だろう。

 千束がいなくなってしまえば店の営業は回らなくなり、挙句の果てには閉店してしまうのではないかと危惧したのだ。

 

 その真相を探るべく、春陽たちはミカたちが密会する会員制のバーに侵入しようと準備する。

 千束は赤いドレスを見に纏い、たきなは紺のスーツ、春陽は万が一に備えリリベルの制服を着て車に乗り込んだ。

 バーに向かうその道中、千束は梟のかたちをしたチャームを首に掛けた。

 

 

 「それ、素敵ですね」

 

 「そう?似合う〜?」

 

 

 自慢げにチャームを掲げる千束。

 

 

 「私、テレビでそれと同じの見ました。金メダル取ってた人も持ってましたね」

 

 「あっ、そう?私にもそんなすごい才能あるのかな〜」

 

 「アランさんからの贈り物でしょ?千束、どっかでくすねたんじゃないの?」

 

 「なんちゅうこと言うんだ酔っ払い」

 

 「今は酔ってねぇよ!」

 

 

 この時、春陽は別のことを考えていた。

 今朝あった吉松のことだ。

 彼はアラン・アダムズの側近と言い、千束と同じ梟を模した金色のバッジを左襟につけていた。

 

 

 (もしかして、千束ちゃんもアランの支援を…………?)

 

 

 そんなことが頭をよぎる。

 しかし、吉松からは口止めされているため彼から言うことは何もない。

 約束は必ず守る男だからだ。

 

 

 「そこを右だ。もうすぐ到着だぞ」

 

 

 クルミのナビも終わり全員が気を引き締める。

 バーがあるどでかいビルの端に車を停めると、リコリスの二人は中へと入っていった。

 ミズキ、クルミ、春陽は待機だ。

 

 

 「クルミさん、二人は大丈夫ですか?」

 

 「天下のウォールナットに不可能はない」

 

 「あっ、案内人に止められたわよ」

 

 

 クルミの持つタブレットにはハッキングしたビル内の監視カメラ映像が映し出されている。

 どうやら名前を聞かれているみたいだ。

 

 

 「山葵のりこ」

 

 

 これが千束。

 

 

 「蒲焼太郎」

 

 

 これがたきな。

 なんともふざけた偽名だが、それを名付けたであろう張本人のクルミは一人大爆笑していた。

 

 

 「蒲焼……………あははははっ!」

 

 「アホか!!」

 

 「これはまた…………」

 

 

 春陽も苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

 「安心しろ。絶対大丈夫だから」

 

 

 クルミの言う通り、案内人は特に疑う様子も見せず2人を中へ通したのだ。

 

 

 「マジかよ」

 

 「次からはもう少しマシな名前にしないとダメですよ?」

 

 「奴らはデータしか信じないアホだから心配ない。今度お前たちにもいい偽名をつけてやるよ」

 

 「いらんわっ!」

 

 「あはは」

 

 

 たきなたちの偽名は、今クルミが口にしている駄菓子からとったものだろう。

 その系統でいくとするのであれば、キャ○ツ太郎だとかさ○ら大根とかになりそうか。

 まあ、結局ミズキが止めるのだが。

 

 

 『あっ、誰か来た!』

 

 

 千束がそういった先に現れたのは吉松だった。

 その姿を見て、ミズキは頭を押さえた。

 それに合わせて千束も自らの失態を反省するかのように目を瞑った。

 

 

 「へぇ、ヨシさんですか。今朝も店に来てましたよ?」

 

 「そうなのか?」

 

 「ミカさんと何か真剣な話をしていたみたいなのですが……………こんな密会みたいなことをどうして」

 

 「二人は()()()()()()なんだよ」

 

 「そういうって?」

 

 「お子ちゃまな春陽にはまだ早かったな」

 

 

 何が何だかわからないといった様子で春陽は首を傾げた。

 バーにいるたきなも彼同様何も理解できていない。

 

 

 「おいおい、アイツら何してんだ」

 

 

 再びクルミのタブレットに視線を移すと、千束は完全に姿を現しミカと吉松と何か話している様子だった。

 

 

 「いくぞ二人とも!」

 

 

 ミズキの判断で3人でビルへと入る。

 二人はそのままバーへと向かい、春陽はロビーで待機する。

 しばらくすると、エレベーターからたきなが降りてきた。

 

 

 「お疲れ様」

 

 「ミズキとクルミは?」

 

 「上へ行ったよ。先に車に戻ってもらっていいかな?鍵は開けてあるから」

 

 「わかりました」

 

 

 たきなはそのまま車へと向かう。

 そこからまたしばらくすると、ミカと吉松が降りてきて吉松だけがエレベーターを降りた。

 その瞬間、春陽と吉松の目があった。

 

 

 「久しぶり、と言うにはまだ早いな」

 

 「うちの従業員がご迷惑をおかけしました」

 

 「いや、構わない。これから仕事があるから失礼するよ」

 

 「………………あのっ!」

 

 

 吉松はそのままロビーを出ようとするも、春陽は呼び止めた。

 

 

 「千束ちゃんがつけていたチャーム…………あれってアラン・アダムズの支援を受けた人間が持っているものですよね?」

 

 「…………………」

 

 「千束ちゃんと、何か関係があるんですか?」

 

 「君がそれを知る必要はない」

 

 

 いつも店で話す彼と、今日はなんだか違って見えた。

 どこか冷めたような口振りは仕事の疲れか、はたまたそれ以上踏み込むなと言う警告か。

 今の春陽には到底わからない。

 

 

 (彼の顔、どこかで見た記憶があると思ったら……………()()()のそばにいた子か。千束といい、これは巡り合わせか?)

 

 

 吉松の脳裏に浮かんだ幼い二人の子供。

 凛とした表情でなんでもこなす女の子とそれを金魚の糞の如くついて回る男の子。

 過去に支援してきた中でもトップクラスに優秀だった女の子は吉松の記憶にもしっかりと刻み込まれていた。

 

 

 (彼女は確か千束たちの一つ上だったな……………元気にやっているのだろうか)

 

 

 夜の街を走るタクシーの中で、吉松は一人感傷に浸った。

 




今回の話で全体の半分かな。

謎は極力残さないように、回収していきます。




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第十一話 Cool Off

 夏が本格的にやってきて、気温も日中は38℃を超える猛暑日が続いている。

 そんな中、喫茶リコリコはエアコンが壊れるという大惨事が起きてしまい営業が止まってしまったのだ。

 しばらく店ができないこともあり、暇を持て余した喫茶リコリコ一同はある場所へと来ていた。

 

 

 「おぉ〜!!海だ〜!!」

 

 

 腕を高々と上げ、全身で潮風を浴びる千束。

 そう、彼女たちは今、街から遠く離れた海へと遊びに来ていたのだ。

 

 

 「本当に綺麗ですね!」

 

 「私、初めて来ました」

 

 「僕は飛行機で何度も見たことあるぞ」

 

 「見るだけかい」

 

 「はははっ、喜んでくれて何よりだ」

 

 

 この提案をしたのは誰であろう、ミカである。

 エアコンが壊れたお詫びということでこの海での出費については全て支払うと自ら申し出たのだ。

 海に行く前に、水着、ビーチボールや水鉄砲などの娯楽品も購入した。

 早速と言わんばかりに、千束はビーチサンダルを脱ぎ捨て裸足で砂浜に足を踏み入れる。

 

 

 「うわっち!あっつい、あっついなあ!」

 

 

 足を交互にあげる千束。

 それを呆れながら見ていたたきなは脱ぎ捨てていたビーチサンダルを千束に渡し履かせた。

 

 

 「まったく、いくら何でもはしゃぎすぎです」

 

 「だってテンション上がるじゃん!海だよ!?夏だよ!?遊ばなくっちゃ!!」

 

 「子供ですね」

 

 「17歳はまだ子供なんですよ〜だっ!」

 

 

 淡々と突っ込むたきなに対し、千束は頬を膨らませる。

 

 

 「リコリスは自由がなさそうだもんな」

 

 「リコリスどころか、DA全体ね。休みなんてかけらもありゃしない」

 

 「そうなのか?」

 

 「ええ。リリベルも基本は任務と訓練で日程が埋まりますから」

 

 「つまらない人生を送っていたんだな」

 

 「そう言われても仕方ないですね」

 

 

 正直なところ、春陽にとってはそんなことをどうだっていい。

 大切な人がそばにさえいてくれれば───────。

 その存在を失ってからは色褪せた、まるで灰色の世界にいるような感覚に陥り淡々と日々を過ごしていた。

 喫茶リコリコのみんなが彼を変えたのだ。

 

 

 「時間も惜しいですし、みなさん着替えてきたらどうですか?」

 

 「はーい!行ってきまーす!」

 

 「除くなよ?」

 

 「しませんよ!」

 

 「私のエッロい水着楽しみにしとけよ♪」

 

 「ミズキの水着姿は誰も期待してないって」

 

 「何を言っとるか貴様!!」

 

 

 女性陣は更衣室へと向かい、男陣は既に下に着ていたため、場所を確保してから服を脱いだ。

 ミカは春陽の体つきを見て感心の目を向ける。

 

 

 「いい筋肉のつき方をしてるじゃないか」

 

 「えっ、そうですか?」

 

 「ああ。ちょっと触ってもいいか?」

 

 「ええ。もちろん」

 

 

 ミカは春陽のふくらはぎを触る。

 次は腹筋、背筋、上腕二頭筋と全身隈なくチェックする。

 元訓練官の血が騒ぐんだろう。

 

 

 「いい身体だ。これなら全身の力を100%発揮できる」

 

 「ミカさんに褒められるとやはり嬉しいですね」

 

 

 見た目の優しさとは裏腹に、強靭な春陽の肉体。

 8つに割れた腹筋を中心に、それぞれの筋肉も満遍なく鍛え上げ、適度に肌が焼けているため見劣りすることもなく完璧に仕上がっている。

 まさに理想と言える体つきだ。

 

 

 「ジムで鍛えてるのか?」

 

 「自前ですよ。DAでの訓練をそのまま家でも続けているだけです」

 

 「なるほど。相当苛め抜いたんだな」

 

 

 春陽のストイックさに再度感心するミカ。

 ビーチパラソルを立て、女性陣を迎え入れる準備を進めていると、小さな影が真っ先に姿を現した。

 

 

 「よお。待たせたな」

 

 

 中身は大人、外見は子供のクルミは店の服と同じ黄色のワンピース姿だ。

 もちろん、水に濡れても平気である。

 

 

 「可愛らしいですよ。クルミさん」

 

 「……………そうか」

 

 

 和かな春陽に対し、珍しく頬を赤く染め照れるクルミ。

 その様子を微笑ましく二人は見ていた。

 

 

 「おっ待たせ〜!」

 

 「すみません。準備に手間取ってしまって」

 

 「あらっ、二人ともいい感じじゃない」

 

 

 相変わらず高テンションの千束は、赤を基調としたオフショルダービキニ。

 長い黒髪を一つに束ねたたきなは、青のシンプルなリボンデザインの水着。

 ミズキは大人っぽさ満点の黒のレースアップ。

 それぞれの性格がそのまま現れていた。

 

 

 「どう?先生?」

 

 「ああ。似合ってるよ」

 

 「ちょっと千束〜。おっさんには刺激が強すぎじゃないかしら?」

 

 

 揶揄うようにミズキは不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 「どっかの誰かさんみたいに男に見せびらかしたいだけの人とは違いますよ〜」

 

 「それの何がいけないのか教えてもらおうか?ええ〜?」

 

 

 二人は額が当たる寸前まで近寄り、再び喧嘩モードに突入する。

 

 

 「水着って思っていたより布が少ないんですね。私もクルミのようなデザインにすればよかったです」

 

 「ダーメだって!たきなは今のままの方が絶対可愛いんだから!」

 

 「そうですか」

 

 「残念だが、僕は幼児体型だからそんな水着は着れない」

 

 「まあまあ。クルミさんも似合ってますから」

 

 「………………そうか」

 

 「あっ、コイツ照れてやんの〜!いい年して一回り年の違う男の子に照れてんだ〜!」

 

 「うっさい三十路!!」

 

 「まだ20代だっつうの!!」

 

 

 ミズキもいつもに増して楽しそうだ。

 たきなは相変わらずだが、クルミもいつもと違った表情を見せ新鮮な気持ちにさせられる。 

 

 そして、残りの準備を全員で済ませてようやく海に入る。

 

 

 「一番、錦木 千束!参ります!!」

 

 

 一目散に駆け出し、海に飛び込む千束。

 それに続き、たきな、クルミ、春陽が続く。

 はじめて味わう海の感触、匂いは17に成長した子供たちにとって真新しい経験となった。

 

 

 「………………ぷは〜!あっはは!海ってしょっぱい!」

 

 「千束に続いたはいいものの、浅すぎましたね」

 

 「僕も砂まみれだ」

 

 「あははっ!楽しいですね」

 

 

 大はしゃぎする四人に対し、大人な二人はビーチチェアに腰を下ろしサングラスをかけその様子を眺めていた。

 

 

 「ミズキは行かなくていいのか?」

 

 「もう子供じゃないもの。それに、日に焼けたら私の美貌が半減しちゃうでしょ?」

 

 「……………そうだな」

 

 「それに私がここにきた1番の目的は()よ。今、声をかけられるのを待ってんのよ」

 

 「品のかけらもない」

 

 

 目当ての人間が来るわけがないと、ミカは心の中でそう確信する。

 

 

 「ねえねえ!何して遊ぶ!?」

 

 

 楽しそうな様子な千束。

 そのキラキラした瞳はまさに純粋な子供そのものだ。

 

 

 「私はなんでも」

 

 「僕もだ」

 

 「ボクもみなさんにお任せします」

 

 「えぇ、みんな適当だな〜…………それじゃあ、水鉄砲で遊ぼう!」

 

 「訓練ですか?」

 

 「んなわけないだろい」

 

 「おい千束。春陽は撃てないのにどうするつもりだ?」

 

 「ふっふっふ〜。そんなこともあろうかと、こんなものを用意してま〜す」

 

 

 ミカたちの元に戻り、カバンの中をゴソゴソとすると剣身のない、西洋剣のような形をした物を取り出した。

 それを春陽に渡し、残りのメンバーには水鉄砲を渡す。

 

 

 「千束ちゃん。これは?」

 

 「その名も、『ウォーターブレイド』!」

 

 「厨二クサいな」

 

 「名前はともかく、これすっごいんだよ?なんか、中の機械で水を凝固?させてそれを刀として使用できるらしいんだって」

 

 「そんなものまであるんですね」

 

 「それで、これでどうやって遊ぼうと?」

 

 「相手に水をぶっかけた人が勝ち!どう?単純でしょ?」

 

 

 ニッと白い歯を見せて笑う千束だったが、他の三人は微妙な反応を見せる。

 

 

 「それ、千束に有利すぎでは?」

 

 「銃弾を躱すようなやつに対して水をぶっかけるなんて不可能だろう」

 

 「まあフェアじゃないよね」

 

 「ちゃんとハンデもつけるから!お願い!」

 

 「仕方ないですね…………」

 

 「なら僕は審判をしよう。負けた奴は勝った奴に昼飯奢りで」

 

 「おおーいいじゃん。やってやんよ!」

 

 「本当にいいんですか?クルミさん」

 

 「僕は体を動かすのは嫌いだ。心配するぐらいなら、千束を倒してきてくれ。アイツに何か奢らせるんだ」

 

 「わかりました。精一杯頑張ります」

 

 

 クルミの激励を受け、春陽は立つ。

 ルールはこうだ。

・個人戦で行い、負けた人間は優勝者に昼飯を奢ること。

・銃は2丁まで使用可能。

・範囲は半径5メートルの円の中とし、外に出る、もしくは水に濡れたら失格。

・千束はその半分しか動くことができない。

・それぞれに500mlのペットボトルを1本渡し、リロードも可能だがそれを空にしても失格。

 

 

 「よぉ〜し。ファーストリコリスの力見せてやんよ」

 

 

 千束は一丁のみだが、少し大きめの威力と飛距離重視の水鉄砲を選んだ。

 本人曰く『カッコいいから!』らしい。

 

 

 「これ、結局は訓練ですよね?」

 

 

 たきなは二丁の小さめの水鉄砲を選んだ。

 普段自分の使っているものと同じ質量、同じ形で挑むそうだ。

 

 

 「そう考えていいと思うよ。ボクも負けるつもりは毛頭ないから」

 

 

 春陽は千束から受け取ったウォーターブレイド。

 薙刀より圧倒的に軽く違和感を覚えている。

 

 三者三様だが一番有利なのは、たきなだろう。

 千束のようなハンデもなければ、春陽のように近距離戦をしかける必要もない。

 この中で一番安定して戦える。

 逆に一番不利なのは春陽だ。

 彼の持ち味は類い稀なる身体能力による接近戦。

 しかし、この砂浜の上では機動力は落ち一番運動量が多くなる。

 ある意味男女のハンデを強いられていることになっているのだ。

 

 

 「それじゃあ始めるぞー。よーい…………始め!」

 

 

 クルミのスタート合図と同時に全員が一斉に動く。

 たきなは軽快な動きで縦横無尽に駆け回り春陽を狙い撃ちする。

 春陽はウォーターブレイドで全て防ぎながらたきなに斬りかかろうとするが、別方向から千束に狙われ思うように動けずにいる。

 

 最初はほぼ互角と言ったところだろう。

 

 

 「やるなあ、春陽」

 

 「千束のそれ、水鉄砲というより光線では?」

 

 「当たったらひとたまりもなさそうだね」

 

 

 数秒立ち止まった後、再び3人は交戦する。

 その様子を、売店で買ったアイスを齧りながらクルミは遠い目で見ていた。

 

 

 「目立ちすぎだろ、アイツら」

 

 「楽しそうでいいじゃないか」

 

 「ホンット、こんなところまで来て体動かすなんてバカな連中ね」

 

 「お前は目的を果たせたのか?」

 

 「ここにいることが何よりの証拠だよっ!」

 

 「気の毒に」

 

 

 ミカの言う通り、ミズキは未だ声をかけられていない。

 しかし、側からこの3人が揃うところを見ると、ミカは父親でミズキとクルミはその娘のように見え近づき難い雰囲気がある。

 ミカは始めからそれを予感していたが、ミズキが何も言わずにいるからずっと黙っているのだ。

 クルミも、この場に来てすぐ気づいたが彼女の性格上話すことは絶対にない。

 相手がミズキなら尚更だ。

 

 

 場面は切り替わり若い三人衆へ。

 15分ほど全員がノーダメージで動き回っていたが、ある人物の動きに異変が生じている。

 

 

 「はあ………………はあ……………」

 

 

 息を切らしながら戦い続けるたきな。

 普段は踏み慣れた地面で任務をこなすため、はじめて味わう砂浜の足場の悪さに体力を奪われたのだ。

 それにこの炎天下。

 灼熱の気温がさらに彼女を苦しめているのだ。

 

 

 「あらあら、もうバテちゃったのかな?たきなちゃんは?」

 

 「仕方ないよ。暑いもんね」

 

 

 それに対し二人はまだまだ余裕の表情。

 たきなも負けじと水を発射するが、全てをかわされ攻撃が当たらない。

 その攻撃がなくなった瞬間を狙い、春陽は一瞬でたきなとの距離を詰め足を斬った。

 もちろん水であるため外傷が出ることはない。

 この瞬間、たきなの敗北が決定した。

 

 

 「はぁ、はぁ………………参りました」

 

 「たきなちゃんの分も頑張って優勝するよ」

 

 「たきな〜!応援よろしく〜!」

 

 

 不服そうにたきなはクルミたちの元へ戻っていった。

 これで一騎討ち。

 勝つのはファーストリコリスか、身体能力お化けか。

 ここで春陽が提案を持ちかける。

 

 

 「千束ちゃん、そんなに狭かったら動きづらいんじゃない?」

 

 「そんなことないけど、どうして?」

 

 「ハンデなしでやろう」

 

 「おお、いいね〜♪その心意気、のった!」

 

 

 二人が正面を向き対峙する。

 半径5メートルの決闘。

 今再び、再開する。

 

 

 「どりゃあぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 先手必勝と言わんばかりに、千束は水鉄砲の中に入った水をぶっ放す。

 たきなが光線と揶揄したその威力は、春陽のウォーターブレイドまでも貫通してしまうだろう。

 そう察知した春陽はその場に屈んで躱すと、そのまま千束に向かって走り出す。

 

 

 「まだまだあぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 残りの水を全て出し切る勢いで千束は引き金を引き続ける。

 ファーストリコリスといえど射撃技術はたきなに劣るため、なかなかその姿を捉えられない。

 あっという間に春陽は千束まで残り数メートルまで迫る

 

 

 「ちょいちょいちょい!待っ…………!!」

 

 「終わりだよ!」

 

 

 それに構わず春陽は剣を振るおうとする。

 

 

 「…………………なーんてね」

 

 

 ニッと笑ってみせた千束は銃を手放し、胸の内に隠してあった水風船を二つ取り出した。

 

 

 「これでもくらえ!」

 

 

 投げつけられた水風船は春陽の顔に目がけて一直線に飛ぶ。

 一つは刀で上空に弾き、もう一つは割れないように優しく手で包みキャッチした。

 

 

 「ハッハッハ。こりゃ勝てねぇわ」

 

 

 万事急須、と言わんばかりに千束は両手をあげ降参のポーズを見せる。

 

 

 「そんなものまで隠していたとは驚きだったよ」

 

 「アンタの動きの方が驚きだわ」

 

 「クルミさんの頼みだからつい本気を出しちゃった。……………あっ、上部注意だよ」

 

 「えっ?……………うえっ」

 

 

 先ほど上空に弾いた水風船が綺麗な軌道を描き、千束の頭に命中した。

 本来奪った水風船でトドメを刺すつもりが、思わぬ形で決着がついた。

 

 

 「もしかして、狙った?」

 

 「フフッ。まさか」

 

 

 千束が疑うのも無理はない。

 だが、紛れもなく偶然である。

 

 

 「ちぇ〜、結局は春陽に奢りか〜」

 

 「ボクは大丈夫だよ。代わりに、クルミさんに奢ってあげて」

 

 「なんでクルミ?」

 

 「約束したからね」

 

 「……………はっは〜ん♪」

 

 

 顎に指をおき、何かを察した様子の千束。

 

 

 「さては貴様、好きだな?」

 

 「な、なにを!?」

 

 「大丈夫!照れなくていいって!千束お姉さんに任せなさい!」

 

 「ち、ちが……………!」

 

 

 春陽の言い分も聞かず、千束は大きな声でクルミを呼ぶ。

 

 

 「クルミ〜!王子様が奢る権利を譲りたいってさ〜!」

 

 「王子様?」

 

 「ちょっと、千束ちゃん!」

 

 「隠さなくたって………………うえっ!」

 

 

 開いた口を塞ぐように、春陽は持っていた水風船を千束の顔に向けて全力で投げた。

 怒った千束は春陽を裸絞で捉える。

 

 

 「いい度胸だな〜貴様」

 

 「ごめん…………不可抗力だったんだ…………」

 

 「何してるんだ?」

 

 

 状況が理解できず、首を傾げるクルミ。

 

 

 「ねえ、お昼何食べたい?私が奢るよ」

 

 「ん〜。春陽は?」

 

 「えっ?ボクですか。そうだな〜…………焼きそばとかどうですか?」

 

 「じゃあ僕もそれで」

 

 「はいはい、焼きそばふたつね。たきな〜!焼きそば買いに行くよ〜!」

 

 「わかりました!」

 

 

 四人で売店に行き、ミカとミズキの分も焼きそばを買い全員で味わった。

 その後も遊び続け、日が落ち車に乗り込んだ時には全員が眠りにつきそれをミカは嬉しそうに見つめていた。

 

 そして──────運転手であるミズキは血の涙を流していた。

 

 

 「結局誰からも声をかけられなかった……………ちくしょー……………」

 

 

 ミズキの結婚はまだまだ先になりそうだ。




現実の方もすっかり秋に差し掛かりましたね。

季節の変わり目はよく体調を崩すので、皆さんもお気をつけて。


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第十ニ話 Invitation

 「いらっしゃい。どうぞ中に入って」

 

 

 時刻は12時より少し前。

 春陽は大切な客人を迎え入れる。

 

 

 「お邪魔しま〜す!」

 

 「お邪魔します」

 

 「春陽の私服姿ってなんか新鮮だねー」

 

 「私服と言ってもただのジャージだけどね」

 

 

 千束とたきなは手土産を持ち、中へと入る。

 喫茶リコリコから歩いて5分足らずにある、とあるマンション。

 余計なものは置かないシンプルな1LDKの部屋で、汚れなど一切なく普段から掃除しているのがすぐにわかった。

 二人がリビングへと着いたと同時に、小部屋から小さな影が姿を現した。

 

 

 「よお。狭い家だが自由にくつろいでくれ」

 

 「はははっ。それをクルミさんが言いますか」

 

 

 まるで何年もこの部屋に住んでいるかのような落ち着きっぷりだ。

 

 

 「いやいやなんでクルミが既にいるの」

 

 「同棲を始めたんですね」

 

 「「違う(よ)!!」」

 

 

 二人して全力で否定する。

 

 

 「春陽にネット環境を整えてくれと頼まれてな」

 

 「クルミさんに任せたら間違いないですから」

 

 「ネットもなしにどうやって暮らしてきたんですか?」

 

 「人を原始人みたいに言わないでよ、たきなちゃん。まあこの家は就寝する時だけ使ってるようなものだからね」

 

 

 春陽にこれといった趣味はない。

 リコリコに来てからはお菓子作りを始めたが、それ以前までは本当に何もなかったのだ。

 その理由の一つとして、休みがなかったことが挙げられる。

 リコリスとは違い、隠密を極めたような部隊であるリリベルは訓練と任務に日々を費やす。

 そして全員が孤児な為帰る親元がない為、夏休みや正月休みといったものも存在しない。

 だからこそ強く、リコリスより重要な任務に就くことが多いのだ。

 

 

 「そんな人がなんで急にネットが必要になったの?」

 

 「前からちさとちゃんのやってるゲームが気になっててね。買ってみたんだ」

 

 「これだ」

 

 

 クルミが掲げたその手には、ちさとが閉店後によく遊んでいるVR射撃ゲームの本体とソフトが握られていた。

 それをみて千束は目を輝かせる。

 

 

 「おお〜!春陽もデビューか!?」

 

 「春陽まで染まってしまったんですね」

 

 「いざやろうと思ったけど、一人しかできなくて…………」

 

 「コイツ、本体があれば世界中の人間と対戦できると勘違いしてたんだ。これじゃあただの筋肉バカだな」

 

 「酷いですよぉ、クルミさん!」

 

 

 これも、リリベルにいた時の弊害といったところだろう。

 世間と隔離されているのでこういった娯楽とは無縁だ。

 

 

 「せっかくなのでみんなでやりましょう!」

 

 

 春陽の提案で個人戦を行うことになった。

 もちろんただのゲームコントローラーでの操作のため春陽も銃を扱えるはずだが、あえて近接主体の剣を選択した。

 ゲームといえど、プレイスタイルは一緒らしい。

 経験では千束が優っているが、クルミもなかなかの手練れだ。

 たきなは多少やったこと程度だが、センスはこの中で一番高い。

 誰が勝つか、全くわからない。

 

 

 「負けたらどうする?」

 

 「じゃあ全員にお昼ご飯作ろう!」

 

 「食材は私と千束が持ってきたので問題ないですね。賛成です」

 

 「僕もだ」

 

 「もちろんボクもOKです」

 

 

 四人全員が承諾したところでゲームは開始された。

 四隅に散らばった彼らが中央に会し、一斉に撃ち合う。

 混戦が期待されていたが、思わぬ人物が徹底攻撃を喰らっていた。

 

 

 「えーっと、このボタンが攻撃で………………これが防御……………」

 

 

 操作方法に躓き、あっという間にHPを削られた春陽が脱落となった。

 

 

 「あらら、負けちゃった」

 

 

 現実世界(リアル)仮想空間(バーチャル)では、やはり実力が噛み合わなかったらしい。

 

 

 「えっ!もう負けたの!?」

 

 「そう言いながら春陽を集中的に狙ってましたよね」

 

 「き、気のせいだよ〜」

 

 

 口を尖らせシラを切る千束。

 

 

 「安心しろ春陽。海の時の借りは必ず返してやる」

 

 「頼もしいですね。お願いします、クルミさん!」

 

 

 これもゲームの面白いところだ。

 現実とは立場が完全に逆転し、クルミの小さい背中がいつもより大きく逞しく見える。

 

 

 「くっ、やるなぁ」

 

 「まだまだこれからだぞ」

 

 「私も負けません」

 

 

 3人がそれぞれHPを削り合い一歩も引かない状況。

 長い決戦の末勝利したのはクルミだった。

 千束とたきなが撃ち合ってるとみるや一人静かに高所へと移動し、上から二人の頭を撃ち抜いたのだ。

 敵の目を掻い潜り戦うその動きは春陽そのものだった。

 

 

 「宣言通り、借りは返した」

 

 

 クルミは春陽の方を向き、ピースする。

 表情にはあまり出ていないが、約束を果たせて嬉しい様子だ。

 

 

 「さすがです、クルミさん」

 

 

 春陽は和かに答えた。

 

 

 「ちっきしょー!もう一回だ!」

 

 「キリがないので私はもう大丈夫です」

 

 「なに〜!ならクルミ!もう一度!」

 

 「僕に勝とうなんて100年早いわ!」

 

 

 千束の挑戦をクルミは真っ向から受け入れ再びゲームの世界へと舞い戻った。

 これは、話しかけても邪険にされるのがオチだろう。

 そう考えた春陽は何も言わず、冷蔵庫の中を開け何を作るか一人考えていた。

 

 

 「手伝いますよ」

 

 「ああ、大丈夫。座ってて」

 

 「ですが………………」

 

 「ゲームで負けたからね。ちゃんと守らないとフェアじゃない」

 

 

 頑なに断る春陽のそばで、千束が悔し声を上げクルミが高々に笑う。

 どうやらまたクルミの勝ったらしい。

 肉、魚、野菜、そして各調味料。

 豊富に揃った食材たちをみて、春陽が手に取ったメイン食材は肉と野菜。

 そして数多くの香辛料とラー油などなど…………どうやら中華料理を作るみたいだ。

 

 フライパンに油を引いて、火をかける。

 

 その様子をテーブルからたきなが覗いていた。

 

 

 「手慣れてますね」

 

 「一人暮らしを始めてから作るようになったんだ。寮は食堂があったから全然作らなかったんだけど」

 

 「なんで寮を出たんですか?」

 

 「そうだなぁ……………寮がリコリコから遠いっていうのもあったけど、転勤になったのを気に新しく私生活もスタートさせようと思ってね。今はそうしてよかったって思うよ」

 

 

 小さく笑みを浮かべながら話す春陽には一切後悔の念が見えない。

 二人で話している間も淡々た調理を続ける。

 

 

 「春陽はずっとDAにいたんですか?」

 

 「ずっとじゃないよ。ボク自身あんまり記憶にないんだけど、DAに引き取られる前まではある施設にいたんだ」

 

 「ある施設?」

 

 「今から10年は前かな。一つ上のお姉ちゃん、といっても血は繋がっていない仮の姉弟なんだけど、二人でそこで育ったんだ」

 

 「へぇ。そのお姉さんは今どこに?」

 

 「……………………」

 

 「…………………?」

 

 

 調理に集中、しているわけではなくたきなのその質問に口を閉ざした。

 一品目が完成しお皿に移すと同時に春陽は思い口を開いた。

 

 

 「………………死んだよ」

 

 「………………あっ」

 

 

 たきなは察したように口を開けた。

 春陽が暴走したその日の夜、眠りにつく彼のそばでミカからその悲しい過去を聞いたことを思い出したのだ。

 

 

 「すみません、私……………」

 

 

 深々と頭を下げるたきな。

 

 

 「いいんだよ。もう乗り越えたことだから。それに─────」

 

 

 完成した品をテーブルの上に置き、飾られた写真立てにそっと触れる。

 

 

 「彼女は……………詩音は、ボクの心の中でずっと生き続けている。なんて、ちょっとカッコつけすぎたね。あははっ」

 

 

 ごまかすように笑って見せる春陽。

 臭いに釣られてか、ゲームに夢中になっていたはずの二人もいつのまにか席についていた。

 

 

 「いや〜、こんな優男に思ってもらえるなんてお姉さんも幸せ者だな〜」

 

 「春陽。よかったらその話もっと聞かせろ」

 

 「わかりました。さあ、召し上がれ」

 

 

 テーブルの上に置かれたのは回鍋肉。

 焼かれた野菜と豚肉の香ばしい香りが食欲をそそる。

 三人は手を合わせ、一斉に食べる。

 

 

 「うまっ!」

 

 「美味しいです」

 

 「春陽〜。じゃんじゃん作れ〜」

 

 「かしこまりました!」

 

 

 その後も春陽特製の中華料理を味わい、堪能する女性陣。

 彼もまた、自分の作った料理で喜んでもらえて本望だと喜んだ。

 

 

 

……………………

 

 

……………

 

 

 

 窓から外を覗くと、陽が完全に落ちようとしていた。

 あれからまた遊び尽くした四人だったが、腹が膨れ眠気の増したクルミとたきなが、すうっ、すうっ、と寝息を立てていた。

 その様子を微笑ましそうに二人は見ている。

 

 

 「全く、お子ちゃまなんだから」

 

 「クルミさんは特にそう見えるよね」

 

 「それ本人に言ったら怒るぞ〜?」

 

 「まさか。そんなこと言わないよ」

 

 

 千束と春陽は仕事を共にする間柄ではあるが、サシで話したことは実は少なかった。

 いい機会だ、と思った春陽はケトルで湯を沸かし、インスタントのコーヒーと馴染ませ、それを注いだカップを千束に渡す。

 

 

 「サンキュッキュッ〜♪」

 

 「インスタントで申し訳ないけど」

 

 「全然〜。私も家だと同じだし」

 

 

 二人はテーブルのそばに置いてある木椅子に腰を下ろす。

 

 

 「楽しそうに笑ってるね」

 

 

 千束は顔を写真たての方に向ける。

 

 

 「詩音がそばにいたらなんでも楽しかった。どこにいてもくっついていたからきっと彼女も困っていたと思う」

 

 「そんなことないでしょ〜。慕われるのって結構嬉しいことだからね〜」

 

 「千束ちゃんはずっとDAにいたんだよね」

 

 「そだよ。今私が生きていられるのは先生と、ヨシさんのおかげ」

 

 

 首にかけてあるチャームをぎゅっと握る千束。

 

 

 「……………………?」

 

 

 春陽はある違和感に気づく。

 

 

 「それ、よく見せてくれないかな?」

 

 「えっ?このチャーム?」

 

 「うん。お願い」

 

 「別にいいよ〜」

 

 

 千束はチャームを首から外し、春陽に手渡す。

 そのチャームを、写真立ての横に置いてある割れたチャームと並べてみる。

 

 

 「………………同じだ」

 

 

 ずっとなんなのかわからなかったその正体を知り、春陽の頭にある疑問が浮かび上がる。

 

 

 (もしかして……………ボクと詩音がいた施設って……………)

 

 「春陽?どったの?」

 

 「ねえ、千束ちゃん。これとこれ、どう見える?」

 

 

 二つを掲げ彼女に見せる。

 

 

 「あれ、同じだ。春陽も持ってたんだ」

 

 「いや、厳密にいえば()()()()()()()……………」

 

 「じゃあ誰の?」

 

 「………………詩音だ」

 

 

 死ぬ間際まで詩音が大事そうに持っていた遺品。

 春陽が回収する頃には既に半分に割れ、それがなんなのかはっきりとわからなかったのだ。

 これは、アラン機関が支援した人間の証。

 春陽と詩音が幼い頃いた施設とは、アラン機関が所有するどこかということになる。

 では、春陽もアランチルドレンの一人?

 だとしたらなぜ春陽はチャームを持っていないのか?

 謎が一つ明かされてから、次々と新たな謎が浮かび上がってくる。

 

 

 「ごめん、ありがとう」

 

 「どいたしまして〜」

 

 

 持っていたチャームを千束に返すと、彼女は再び首にかける。

 

 

 「じゃあ、春陽もお姉さんもアランチルドレンだったってわけだ。まさかこんなところに繋がりがあるとは驚きだな〜」

 

 「…………………違う」

 

 

 ひょうきんに話す千束に対して、春陽は重苦しい表情を浮かべている。

 

 

 「ボクは………………優秀なんかじゃない。詩音の方が、ずっと──────」

 

 「動くんじゃねぇ!!」

 

 「殺されたくなかったら、両手を後ろに組んで膝付け!」

 

 突如の出来事だった。

 鍵をしていたはずの扉が開かれ拳銃を所持した男二人が部屋に押し寄せてきたのだ。

 春陽と千束は驚いた様子を見せるもすぐに平常心へと戻り、春陽は片方の男の鳩尾を拳で殴りつけ、千束は男の肩を掴み顔を膝蹴りした。

 その場ですぐに拘束し、話を訊く。

 

 

 「一体何しに来たんですか?」

 

 

 春陽の問いにそっぽを向く二人。

 

 

 「答えないと、撃っちゃいますよ〜」

 

 

 和かな表情で非殺傷弾の入った拳銃を二人に向けると男たちは観念したかのようにポツリポツリと話し始めた。

 

 

 「依頼されたんだ」

 

 「誰に?」

 

 「さあ。名前も顔も知らねぇ」

 

 「嘘つくと、遠慮なく引き金引くからな〜小悪党」

 

 「本当だ!ただ、金に困ってるなら仕事を手伝えってネットの掲示板で募集してたからそれにのっただけだ。本当だ!!」

 

 

 必死に思いを伝える男たち。

 嘘を見破る判断材料がないと考えた春陽は二人の縄を解いた。

 

 

 「もう帰っていただいて結構です。そのかわり、あなた方の依頼主に伝えてください。次同じことをしたらこっちから仕掛ける、と」

 

 「わ、わかった。アンタらの言う通りにする」

 

 「約束ですよ?」

 

 

 二人の男はそそくさと部屋を出た。

 この一連の事件を知らずに、未だ二人は夢の中にいる。

 外はもう真っ暗だ。

 

 

 「どうする?夜も遅いし泊まっていく?」

 

 「えっ。まさか、私たちにあんなことやそんなことを?」

 

 「あんなことやそんなことって?」

 

 「そ、それは言葉通りよ」

 

 「よくわからないなあ」

 

 「乙女に下ネタ言わせるな!バカっ!」

 

 

 本気で理解できていない春陽に千束は顔を赤くして怒る。

 これもリリベルにいた弊害…………ではなく、ただ単に春陽が疎いだけだ。

 その後、無理やり起こされたたきなとクルミは眠そうな目を擦りにらそれぞれ家路についた。

 

 

 一方その頃ロボ太宅にて。

 真島とその部下と共にガラス越しにドローンで撮影していた映像を見ていた。

 

 

 「そうそうコイツだ。髪の白い方は」

 

 「もう一人に見覚えはないのか?」

 

 

 ロボ太の問いに、真島は思考を巡らせる。

 あの時対峙した男は、もっと殺気に溢れた狂人だったはず。

 確かにいい動きはするが真島が気にするほどではなかった。

 

 

 「何かタネがあるかもしれないな」

 

 「へっ?」

 

 「明日ちょっくら聞いてくるわ」

 

 「聞くってまさか、奴らと接触する気か!?」

 

 「ああ。いくらここで考えたところで所詮は机上の議論だからな。本人に聞いたほうが早い。てことでハッカー。援護頼むぜ」

 

 

 真島はそう言い残し、一人部屋を出た。

 




次回は過去編かな?

春陽の言う、詩音さんについて言及したいと思います。


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第十三話 Prologue

 今から10年以上前に遡る。

 とある場所にあるとある施設にて、優秀な能力を持った子供たちが一同に集まりアラン機関から支援を受けていた。

 これだけを切り取ってみれば実に羨ましいと感じてしまうが、実際は違う。

 その子供たちは皆、親の顔も知らない孤児なのだ。

 アラン機関から支援を受けるまでは貧困に苦しみ、いつ自分が死ぬかもわからない窮地に立たされていた。

 その中で、優秀だと判断された子供たちにのみ優れた教育と最新の設備の整った場所へと連れて行かれた。

 今、外で仲良く遊んでいる男の子と女の子もそれに該当する。

 

 

 「春陽。走る時は腕を大きく振るのがコツだよ」

 

 「うん!やってみる!」

 

 

 髪の青い男の子、篠原 春陽は女の子の言う通り腕を大きく振り直線を走る。

 しかし腕を振ることに集中しすぎたせいか、足がおぼつかず派手に転んでしまった。

 

 

 「あららっ。大丈夫?」

 

 

 光輝く金色の長髪を風に靡かせる女の子、青星(あおほし) 詩音(しおん)は彼の元へ駆け寄った。

 春陽は何事もなかったかのように立ち上がり、膝についた汚れをパンパンと叩いて落とす。

 

 

 「うん!大丈夫!」

 

 「本当に?血も出てない?」

 

 「嘘じゃないよ!ほらっ、見て!」

 

 

 春陽の言う通り体には傷ひとつなく、彼自身も全く痛がるそぶりを見せていない。

 派手に転んだ割には、かすり傷ひとつなく血も出ていない。

 詩音は疑問に感じたが春陽に怪我がないならそれでいいかと思い、考えるのをやめた。

 

 

 「春陽は強いね」

 

 

 優しい笑顔で春陽の頭をヨシヨシとなでる詩音。

 春陽は、優しくて包容力のある詩音のことが大好きだった。

 彼はもともと独りだった。

 寂しさで死にそうなところを、同じ境遇だった詩音と偶然出会い命を救われたのだ

 結果的にアラン機関のおかげで彼らは今も生活できているわけだが、春陽にとって詩音は恩人であり実の姉のような存在だった。

 

 

 「……………あっ、もうこんな時間。先生たちが待ってるから、早く行くよ」

 

 「うん!」

 

 

 二人は仲良く手を繋ぎ施設の中へと入る

 それを待ち構えていたかのように、先生と呼ばれる白衣を着た男たちが二人を研究施設へと連れて行く。

 子供たちは日々の健康診断は欠かせず、訓練も怠らない。

 今日も二人は、男たちにある技術を教え込まれていた。

 

 

 「今日の訓練は射撃だよ。動き回る的を狙って撃ってみようか」

 

 「「わかりました」」

 

 

 二人は白衣の男から渡された銃を持ち、狙いを定める。

 結果、詩音はパーフェクト。

 春陽は及第点と言える成績に終わり、訓練は終了する。

 その様子を、品のあるスーツの男と髭とメガネが特徴的な男は鏡越しに見ていた。

 

 

 「どうだ?ミカ」

 

 「ああ。素晴らしい才能だ。お前の見る目はやはり確かだな、シンジ」

 

 「身体に異常もなく、身体能力は平均値を遥かに上回りIQも常人を凌駕している。全てにおいて完璧、青星 詩音の存在価値は『人類の宝』と称しても良い」

 

 「それは将来が楽しみだ」

 

 

 二人は小さく笑い合う。

 

 

 「もう一人の男の子はどうだ?」

 

 

 春陽の方へ話を振ると、吉松は先ほどとは違い曇ったような表情を浮かべる。

 

 

 「……………正直、あの子には才能を感じない」

 

 「まだまだ発展途上なだけじゃないか?」

 

 「最初はあの子を切り捨てるつもりだったが、彼女がそれを拒否したんだ。『春陽が行かないなら私も行かない』とね」

 

 「優しい子じゃないか」

 

 「それに、あまり口外するようなことではないんだが、篠原 春陽についてある重大なことがわかったんだ」

 

 「重大なこと?」

 

 「これを見てほしい」

 

 

 吉松はホッチキスで閉じられた資料をミカに渡し、それをみる。

 その内容は、春陽のありとあらゆる情報がまとめられたものだったが、吉松の言う重大なことは何かすぐに理解した。

 

 

 「なるほど。確かに、これだと実戦向きとは言わないな」

 

 「特異体質なのは間違いない。だが、これは今からでも彼を苦しめかねないものだ」

 

 「─────キメラ細胞」

 

 

 キメラ細胞。

 それは、1人が複数のDNAを持つ稀な遺伝子現象のことだ。

 春陽の場合、血液型がAとOの二つ存在し精密検査を行った結果、キメラ細胞の持ち主であることが判明した。

 その症例の一つとして、肌の色が左右で違ったり自己免疫疾患になりやすいといったものがある。

 春陽はまだそういった症状は出ていないが、研究者たちの間ではこんなことが囁かれている。

 

 それが、"もう一つの人格の存在" だ。

 

 本来双子として誕生するはずだった春陽の兄弟が潜んでいるのではないかと議論されているが、未だそんな存在は現れていない。

 しかし、春陽の性格は温厚そのもの。

 突如、人格が入れ替わるなんてありえないと考えてはいるがその可能性がゼロだと断言することもできない。

 研究者たちの間では、要観察対象なのだ。

 

 

 「それに加え、最近こんなことも判明した」

 

 

 吉松はもうひとつ資料を取り出し、ミカに渡す。

 それは驚愕の内容だった。

 

 

 「これは!?」

 

 「あることがきっかけで調べてみたんだが、そこに書かれてある通り、彼は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 「これが本当なら、実戦でも使えるんじゃないか?育て方次第によっては、十分戦力になると思うんだが…………」

 

 「それでも、頭や心臓に弾丸を撃ち込まれれば死ぬんだ。無敵ってわけじゃない」

 

 「お前の求める基準からは逸脱してるわけか」

 

 「そうだ。彼はいわば、実験動物(モルモット)。その程度にしか我々は見ていない」

 

 「本人は気づいているのか?この体質に」

 

 「疑問に思っているだろうが、確信はないといった感じだろう。考えたとしても、自ら検証しようとする子じゃない」

 

 「"特異体質を二つも持った男の子" か。気の毒と言わざるを得ないな」

 

 「引き取ったからには詩音と共に育てる。彼のおかげで人類の謎がまた一つ解明できるだろうからな」

 

 

 二人は並んで歩き、姿をくらました。

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 アラン機関に引き取られ数年が経過した。

 二人の子供はすくすくと育ち、歳が10と9を数えた頃、詩音春陽にある提案を持ちかけた。

 

 

 「ねぇ、二人でここを出てみない?みんなには内緒で」

 

 「えっ、どうして!?」

 

 

 春陽の反応は最もである。

 訓練や実験といった自由を奪うことは多々あれど、衣食住においては何不自由なくむしろ最上級の待遇を受けていた二人。

 その為、施設から出るといった考えに至ったことは一度としてなかったのだ。

 

 

 「春陽は嫌じゃないの?」

 

 「みんな、優しくしてくれるよ?」

 

 

 あの頃のような苦しい生活を送りたくない。

 幼い春陽の頭の中はそのことでいっぱいだ。

 

 

 「春陽、あなたは洗脳されてるの」

 

 「せんのうって?」

 

 「施設の人たちが私たちを脱走しないように優しく接して騙すことよ。春陽、あなたは騙されてるの」

 

 

 それはとある日の訓練後のことだった。

 詩音は、研究者たちが施設から出ることを見計らって彼らのパソコンを覗き見た。

 そこに記録されていたのは、春陽の拷問とも呼べる実験の数々。

 度々研究者たちに連れていかれることがあったが、非人道的とも呼べる所業に手を染めていたとは想像だにしていなかったのだ。

 春陽をこんな目に合わせたくない。

 それが、詩音が脱走しようとしたきっかけだった。

 

 

 「ねえ、春陽。私とずっと一緒に暮らしたくない?」

 

 「暮らしたい!」

 

 「離れたくない?」

 

 「離れたくない!ボクはずっと詩音のそばにいる!」

 

 「私はここから出るつもりだけど、春陽はどうしたい?」

 

 「……………ここを離れるのは寂しいけど、でもっ、詩音が行くならボクも行く!」

 

 

 まるであの研究者たちと同じようなことをしてる自分に嫌気が差す詩音だったが、春陽を連れ出せるならなんでも良い。

 心情を表に出さないよう、笑顔を取り繕う。

 

 

 「決まりね」

 

 

 その日の深夜。

 研究者たちが寝付き、監視が甘くなる時間に二人は施設を脱走した。

 予め用意していた逃走アイテムの数々を駆使し、誰にも気づかれることなく、その計画は成功した。

 施設から遠く離れた未開の地にやってきた二人。

 春陽は困惑するように詩音を見る。

 

 

 「ねえ詩音。これからどうするの?」

 

 「大丈夫。私に考えがあるの」

 

 

 春陽を安心させるように自信満々にそう答える詩音。

 二人で出向いたのはDA本部。

 これも、詩音の考えていたことのうちの一つだったのだ。

 

 射撃訓練をしていたある日、詩音の射撃技術を絶賛していた研究者の一人が彼女に『キミは、優秀なリコリスになれるだろう』と告げた。

 リコリスとは何かを調べ、生活環境といった情報も手に入れた彼女は考えた。

 

 『自分がリコリスになって春陽を悪人から守る』と。

 

 リコリスにテスト生として参加した彼女は、持ち前の才能を活かし速攻でリコリス入りを確定させた。

 入隊する代わりとDAに出した条件が以下の通りだ。

 

・どんな訓練、任務にでも参加してやるから春陽には手を出さないこと。

・春陽とは必ず同室にすること。

・衣食住、何不自由なく過ごさせること。

・キチンとした給料を支払うこと。

 

 それらの条件を上層部は承諾したのだ。

 ワガママともとれるが、それらを受け入れてでも手に入れたい逸材。

 齢10歳にして大人たちと対等に渡り合い、自らの願いを全て叶え、確かな地位を確立させたのだ。

 施設の奴らは今、血眼になって自分たちを探しているのだろうと詩音は、一人ほくそ笑んだ。

 

 

 「春陽は誰にも渡さない。あの子は私にとって、大切な家族なんだから」

 

 

 春陽のため、春陽のためにと詩音は今日も訓練に勤しむ。




次回は過去編の後半。

物語の核心に迫ります。


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第十四話 Tragic Affair

 DAの生活を始めて3年が経過し、二人はより大きくなり順調に成長していくと同時に生活に変化が訪れた。

 それが、本部からの転勤だ。

 詩音は数々の偉業を成し遂げ、史上最強のリコリスである錦木 千束に並ぶ存在として本部から高い評価を受けていた。

 しかし、彼女たちが接点を持つことは決してなかった。

 なぜなら千束は関東で、詩音は関西で活動していたからだ。

 

 今二人は、大阪の支部にいる。

 

 

 「それじゃあ、いってきます」

 

 「うん。気をつけてね」

 

 

 いつも通り詩音を見送る春陽。

 彼女からは『家から勝手に出ないこと』、『電話には必ず出ること』、『隠し事をしないこと』を口すっぱく言い聞かせた春陽はその言いつけをしっかり守っていた。

 その一方で、彼自身思うところがあったのだ。

 

 

 「詩音に守られてばかりじゃいられない。ボクももっと強くなって、ずっとそばにいてくれている詩音を今度はボクが守る存在になる!」

 

 

 そう意気込み春陽は独学でトレーニング方を編み出し日々汗を流している。

 その成果は体つきで現れ始め、細く弱々しかった春陽の体にはすっかり筋肉がつき見違えるほど逞しくなったのだ。

 

 しかし、その自信はすぐに打ち砕かれることとなる。

 

 夕飯の買い出しに行っていた最中、強面の男と肩がぶつかってしまい怒らせてしまった春陽は必死に謝り続けたが、許してもらえず路地裏に連れていかれリンチされてしまったのだ。

 それを救ったのは他の誰でもない詩音だった。

 電話に出ない春陽を心配してGPS機能を使い探し出したところその光景を見てしまった。

 かつて見せたことのない鬼の形相で男たちに暴行を加え、病院送りにしてしまったのだ。

 

 

 「ごめん、詩音………………」

 

 「私は良いの。それより、怪我してない?」

 

 「うん。なんともないよ」

 

 「本当に?たくさん殴られたんじゃないの?」

 

 「大丈夫。全然痛くなかったから」

 

 「そう………………もう、無理はしないでね」

 

 

 優しく春陽を抱く詩音。

 涙を流し本気で心配していた詩音とは対照的に、春陽は強い眼差しを彼女に向けある決意を口にする。

 

 

 「ねえ、詩音」

 

 「なに?」

 

 「ボクも詩音みたいになりたい。詩音を守れるようになりたい。だから……………リリベルに入って強くなりたいんだ」

 

 「……………ダメ。あなたは私が守るの」

 

 「嫌だ!これ以上…………弱い自分でいたくないんだ!」

 

 

 意志が弱く、何事も自分で決めることのできなかった義弟が初めて自分に意見した。

 そのことが、詩音にとってとても嬉しいと感じると同時に寂しさもあった。

 成長した春陽に対し、詩音はこれ以上否定はできなかった。

 

 

 「わかった。私から話は通しておくから。頑張ろう、一緒に」

 

 「うんっ!」

 

 

 翌日から春陽はリリベルに入隊することが決まり、同居生活も終わりを迎えた。

 互いの寮は距離が離れていて会うことは難しくなったが支給された携帯でどこにいても通話はできるし訓練する場所は同じだから休憩の合間を縫って少ない時間ながら会うことも可能だった。

 二人にとってなんの弊害もない。

 離れていても二人の絆は簡単に引き裂くことはできないのだ。

 

 

 そこからさらに数年が経過し、詩音はより一層成長を遂げ千束を超える活躍を見せた。

 しかし、それを遥かに上回る実績を残したのは春陽だった。

 入隊直後から頭角を現し最速でサードからセカンドへ昇格すると、射撃項目、そして身体能力においてこれまでのリリベル史上最も高い数値を叩き出したのだ。

 その噂は瞬く間に広がり、詩音の元へもすぐに届いた。

 

 

 「春陽も強くなったのね。誇らしいよ」

 

 「実感は全くないなあ。そんなにすごいことなのかな?」

 

 

 ある日の訓練の休憩時間に、二人は誰の目に留まることのない建物の影にあるベンチに腰を下ろしている。

 二人が義理の家族ということは、誰も知らない。

 

 

 「もっと自信を持って。春陽はすごいんだから」

 

 「詩音にそう言ってもらえるだけで嬉しいよ」

 

 「よしよしっ。春陽はすごいすごい!」

 

 

 和かに笑う春陽と誰よりも嬉しそうな表情を浮かべ春陽の頭を撫でる詩音。

 

 

 「ねえ春陽。メガネってかけた事ある?」

 

 「ないけど、それがどうかしたの?」

 

 「頭が良さそうな顔をしてるからメガネも似合うだろうなって思っただけよ。伊達でもいいからかけてみたらどう?」

 

 「検討してみるよ」

 

 

 春陽はオシャレだとかには興味がない。

 服もジャージばかりで変わり映えはないし、かつて施設にいた時も服を選んでいたのは詩音だったのだ。

 

 

 「初めての任務は明日だっけ?」

 

 「うん。大阪にいるリリベルの3分の1が絡む大きな任務らしいよ」

 

 「そっか〜。春陽もとうとう大人になるんだねぇ」

 

 「…………………」

 

 「どうしたの?」

 

 「ボクは……………人を殺したくない」

 

 「えっ?」

 

 「たとえ悪人だとしても、人は殺したくないんだ。もう二度と悪事に手を染めないように、多少の痛みを与えるだけで良い。殺す必要はないと思うんだ」

 

 「………………そうだね」

 

 「詩音は、人を撃つときどんなことを考えてるの?」

 

 

 春陽の追求に詩音は口を噤む。

 詩音にとって殺人とは、今や息をすることと変わりないものになっていた。

 悪人だとわかれば引き金を引き、一切の情けはかけない。

 そうして彼女が積み上げた死体の数は軽く500を超す。

 

 詩音は自分の白くて皺のひとつもない綺麗な手を見る。

 肌から見れば誰もが羨む、まるで降り積もった新雪のような美しさだ。

 しかし、彼女の目にはそんなものは映らない。

 決して拭うことのできない悪人たちの地で染まった汚くてドス黒い赤。

 耳からは銃声と、死に悶え苦しむ悪人たちの声が次々と聞こえてくる。

 

 何をしても楽しくない。

 なんの達成感も得られない。

 

 彼女は今や、DAにとっては非常に都合の良い殺人マシーンへと変わり果てたのだ。

 

 

 「………………春陽は人を殺す必要ないよ。あなたは慈愛の心を持って闘うの。でも、中にはあなたの思いから逸脱した人間が現れる。その時は、私を呼んで。あなたの代わりに私が撃つから」

 

 「詩音……………」

 

 「……………はいっ!湿っぽい話はもうおしまい!ほらっ、リリベルの友達の話聞かせてよ」

 

 「ボクも詩音の友達の話聞きたいなぁ」

 

 「私はいいの。春陽のことをもっと教えて」

 

 

 10分足らずというほんの短い時間。

 だが、2人にとって幸せな時間に変わりない。

 このまま更に大人になり、将来は寮を出て2人だけの家を手に入れずっと一緒にいる。

 そう、信じてやまなかった。

 

 あの事件が起きるまでは─────。

 

 

 

……………………

 

 

……………

 

 

 

 リコリスとリリベルは普段共に任務をするような間柄ではないのだが、その任務だけは違った。

 

 それが、"刑務所襲撃事件" 。

 

 襲ったテロリストの他に、収容されていた極悪非道の罪人たちがテロリストと結託し暴動を起こしたのだ。

 リコリス、リリベル共に50人近くが出動しそれぞれの現場指揮官は詩音と春陽に委ねられた。

 彼は初任務以降、しっかりと功績を残しファーストへあと一歩といところまできていたのだ。

 そんな中での詩音との初めての共同任務。

 燃えないはずがなかった。

 

 司令部の作戦としては、リコリスが先陣に立ち敵の戦力を削ぎ外をリリベルが固めるといったもの。

 テロリスト及び罪人たちを1人残らず始末するためだ。

 次々と銃撃し暴動を鎮めるリコリスたちだったが被害は甚大だった。

 数で圧倒され始め手に負えない状況に、春陽が率いるリリベルたちも戦線に加わった。

 兵力の差で五分に持ち込んだが春陽と詩音以外は致命傷を負い、敵はまだ何十人と残る。

 主犯と思われる緑の髪をした男が先頭に立つ。

 

 

 「よお。おまえらがこの国のバランスを保ってる連中か?」

 

 

 フランクに話すこの男、真島は銃口を2人に向けながら話しを続ける。

 

 

 「よくもまあこんだけの人数を殺ってくれたな。仲間集めだって楽じゃないんだぜ?」

 

 「この…………!」

 

 「春陽。あの人とまともに会話しちゃダメ」

 

 「だって──────」

 

 「私に任せて」

 

 

 危険を察知した詩音は春陽を下がらせ真島の正面に立つ。

 

 

 「あなたの目的はわかってる。囚人を解放して仲間を募ろうとしたのでしょう?」

 

 「正解♪同じ思想を持った奴らがこんなところで燻ってるんだから、出さないわけにはいかないだろ?」

 

 「危険な思想ね。あなたこそ、この収容所にふさわしいんじゃないかしら」

 

 

 詩音も真島に銃口を向けた。

 

 

 「そこにいる囚人もろとも、あなたも牢獄(ここ)で永遠に眠っててもらうわ」

 

 「ハッ。やってみろ!!」

 

 

 真島は詩音に向かって発砲するが、それを鞄で弾く。

 反撃と言わんばかりに、詩音も数発真島へと発砲する。

 その最中、彼女は春陽にあること任せた。

 

 

 「あの男は私が捕まえる。春陽は残りをお願い。数は20。1人でも大丈夫?」

 

 「心配ないよ。詩音はそいつに集中してて。ボクがすぐに加勢にいくから」

 

 「お願いね」

 

 

 春陽に託し、詩音は真島と撃ち合いながら奥へと姿を消す。

 残った囚人たちは春陽に向かい戦闘体制をとる。

 

 

 「詩音からお願いされたからには絶対にやり遂げるので、大人しく捕まってくださいね」

 

 

 襲い掛かる囚人に対し、春陽は急所を確実に撃ち抜く。

 それでも動くやつには近接で打撃を見舞い戦闘不能にする。

 持ち前の俊敏さ(アジリティ)と射撃技術を生かし次々と敵を制圧する。

 

 全ての敵が倒れ、春陽は一目散に詩音の元へと向かう。

 

 

 (大丈夫。詩音なら……………!)

 

 

 春陽はそう信じてやまなかった。

 詩音なら犯人を必ず捕まえ待ってくれていると───────

 

 

 「よぉ。早かったじゃねぇか」

 

 

 春陽の目に映ったのは、首を掴み上げられ苦渋の表情を浮かべる詩音と関心するような目を向ける犯人だった。

 

 

 「ッ!!詩音から手を離せ!!」

 

 

 春陽は銃口を犯人に向ける。

 激昂する彼に対し、真島はあくまで冷静に詩音へ銃を向ける。

 

 

 「いいのか?お前が引き金を引いた瞬間、コイツの命は無くなるぜ?」

 

 「くっ!」

 

 「は………………るひ………………」

 

 

 真島の指示通り、春陽は銃を下ろした。

 

 

 「そうだ。それでいい」

 

 「お前の言いなりになるわけじゃない。彼女を助けるためだ」

 

 「それもお前の任務か?」

 

 「違う。使命だよ」

 

 「ハッ!カッコいいじゃねぇか。そういうの好きだぜ俺」

 

 

 1人興奮しながら話す真島。

 だが、佇まいからして一部の隙もなくどうすることもできなかった。

 引き金を引けば自らの命と引き換えに詩音を殺すだろう。

 詩音が傷付けばその時点でアウト。

 主導権は完全に真島が握っていた。

 

 

 「お前にひとつ訊きたいことがある。この世は皆平等だと思うか?」

 

 「…………ノーだ」

 

 「そう。俺も同じ意見だ」

 

 

 真島は詩音を掴み上げたままゆっくりと後退する。

 

 

 「金持ちと貧乏人。優等生と劣等生…………まあ、なんでもいい。この世は実にアンバランスだと思わないか?」

 

 「少なくとも僕は不自由と感じたことは一度たりともない」

 

 「『ボクにはこの女がいたからどんなことでも耐えることができました!』ってか!?ハッ、なんて自分勝手な奴」

 

 「キミだけには言われたくないね」

 

 「じゃあ訊くが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()って考えたことはあるか?」

 

 「………………えっ?」

 

 「『楽しかった』、『嬉しかった』、『幸せだった』。それはあくまでお前個人の思いだ。コイツがそう感じてるとは考えられない」

 

 「………………バカなこと、言わないで!」

 

 

 真島の言葉に詩音は反発する。

 

 

 「ヘェ。結構痛めつけてやったはずなのにまだ動くか」

 

 「私も、春陽と同じよ………………大切で、大事な家族。あなたみたいな犯罪者なんかに、私たちの気持ちを踏み躙られるなんて我慢できない………………!」

 

 「美しい兄弟愛じゃねぇか。お前らを見てると、殺された仲間との時間を思い出す」

 

 

 真島は寂しそうな表情で空を見る。

 

 

 「寝食を共にし、この国で革命を起こそうと思想を共有し戦ってきた。結果、正義の味方面をしたクソガキたちに殺された……………大切な仲間を殺しやがって──────ゆるさねぇ」

 

 「お前だってボクたちの仲間を殺しただろ!」

 

 「一緒にすんなよ。俺が殺した奴らは()()()()()()()()()()()()()()()()()。重みが違う」

 

 

 真島は詩音の胸に拳銃を突く。

 

 

 「このままだとバランスが悪い。双方納得のいく結果にならねぇとなぁ!!」

 

 「やめろおおおお!!」

 

 

 春陽は堪らず引き金に指をかける。

 狙いはもちろん、犯人の頭。

 脳幹を狙えば即死し詩音を助けることができるのだが、春陽は誰よりも正確な射撃技術を身につけていてそこを狙い撃ちすることも可能だ。

 いつもどおり。

 訓練通りにポイントを合わせ引き金を引けば弾は勝手に犯人を殺すことができる。

 

 

 だが───────

 

 

 「……………!?」

 

 

 手にしていた拳銃は弾詰まりを起こし、発射されることなくその場に止まる。

 春陽の心はいつも通り冷静だった。

 しかし、その持ち物がいつも通りとは限らない。

 

 

 「くそっ!なんで!?」

 

 「あばよっ」

 

 

 パァァンッ!!!

 

 

 無情にも犯人の弾が詩音の体を貫き、その場にドサッと鈍い音を立て倒れる。

 

 

 「詩音……………詩音ーーー!!」

 

 

 春陽は一目散に駆け寄る。

 

 

 「これでバランスが取れた。また会ったら、互いの大切なものをかけて殺し合おうぜ♪」

 

 

 真島は笑い、背を向けながら手を振りこの場を立ち去る。

 

 

 「はる、ひ…………?」

 

 「詩音!詩音!!」

 

 

 出血がひどくがまだ息がある。

 輸血しきちんと縫合することができればきっと助けられる。

 春陽の頭の中にはこのことしか思い浮かんでいない。

 

 

 「こちらガンマ1!アルファ1が撃たれて重傷を……………至急救護を───────」

 

 

 春陽の手にそっと手を添える詩音はゆっくりと首を振る。

 

 

 「だめ。私はもう…………たすからない」

 

 「諦めちゃダメだ!詩音は…………絶対助ける!」

 

 「心臓を─────撃たれちゃった」

 

 「……………えっ?」

 

 「ごめんね………………私……………もう、ダメみたい………………」

 

 

 春陽はシオンの手をぎゅっと握る

 

 

 「死んじゃダメだ!!まだまだ一緒にやりたいことがある………………行きたいとこだって、まだ………………」

 

 「ごめんね、ごめんね………………」

 

 

 ポロポロと春陽の涙がこぼれ落ち、詩音もまた涙を流す。

 しかし、刻一刻と死は迫ってきていて、詩音の握る手に力が入らなくなる。

 

 

 「おかしいな………………目が、霞んで見えるよ……………春陽?いるの?」

 

 「あぁ。ここにいるよ」

 

 「また、独りぼっちにさせちゃうわね……………私、お姉ちゃん失格だ…………」

 

 「そんなわけない!詩音は、ボクの恩人だ。感謝しても仕切れない……………」

 

 「春陽は………………優しいね」

 

 

 にこやかな笑顔を浮かべる詩音。

 本来は苦痛でつらいはずなのに、義弟の前では一切の弱みを見せない。

 

 

 「可愛くて……………私だけの、優しくて、頼もしくて………………大好きな、私の春陽」

 

 「詩音………………?」

 

 「ずっと………………大好きよ………………」

 

 

 握っていた手に完全に力がなくなり、和かな笑顔のまま彼女は永遠の眠りについた。

 慈愛に満ちたその笑顔はまるで、今にも目を覚ますかのように清らかなものだった。

 

 

 「うわあああああああ!!!」

 

 

 発狂する春陽の元へ、応援要請を受けたリコリスたちが到着する。

 悲惨とも言える惨状を目にし、泣き叫ぶ春陽を見ればこの状況を理解するには十分だった。

 

 

 『……………こちら救護チーム。ガンマ1を残し、全員死亡』

 

 

 リコリスの1人が本部にそう伝え、各自散る。

 声を枯らし、気を失う頃には事件の全ては終わりを迎えており、春陽は病院のベッドの上にいた。

 むくりと起き上がり、あたりを見渡すも誰もいない。

 

 そばに置いてあった携帯の電源を入れると、事件から1週間ほど経過しており、彼はその間一切目覚めることがなかったのだ。

 

 

 「…………………」

 

 

 頭痛、めまいといった症状が彼を襲うが全く意に介さず近くにあった洗面所に立ち鏡の自分見る。

 虚となり、ハイライトの灯らない瞳。

 無気力で今にも死んでしまいそうな自分の姿を見て彼は嘆いた。

 

 

 「これは……………ひどいね」

 

 

 大切な人の死。

 それは、春陽にとって自らが死ぬことよりも辛く耐え難い苦痛となった。

 

 その後、治療を経て現場に復帰するも銃を握れなくなり役立たずとなった彼は東京へ送還されそこでも劣等生の烙印を押されてしまったのだ。

 

 

 

………………………

 

 

……………

 

 

 

 そして現在に戻る。

 悲しみに暮れながらもなんとか実戦復帰を果たした春陽は今、喫茶リコリコの店員たちと楽しく仕事をしている。

 

 そんな彼だが、配属して初めてミカに休暇を申し出たのだ。

 

 

 「あれ?春陽は?」

 

 

 いつもなら厨房にいるであろうその姿を、千束はキョロキョロと探す。

 

 

 「休みだ」

 

 「仕事一辺倒がめっずらしい」

 

 「確かにそうですね」

 

 

 あまりの珍しさにミズキも驚いた様子を見せる。

 

 

 「風邪でもひいたんでしょうか?」

 

 「いや、例の感染症かも」

 

 「どちらでもない」

 

 

 勝手に予想する面々に対しミカはキッパリと否定する。

 

 

 「なら、デートか?」

 

 「いやいやないでしょ」

 

 「ありえなくはないですよ。春陽は結構お客さんにも人気ありますし

 

 「ガールフレンド連れてきた日には私が締め上げてやる!」

 

 

 ミズキの冗談にみんなが苦笑いする中、ミカは改まったような表情で口を開いた。

 

 

 「………………まあ、お前たちになら言ってもいいだろう」

 

 「「「「えっ?」」」」

 

 「義姉さんのお墓参りだそうだ。今年で3回忌らしいからな」

 

 

 場面は移り春陽へ。

 毎年彼は大阪支部の近くにあるお墓に足を運んでいる。

 そこには殉職したリコリスやリリベルたちが役目を果たし眠りについているのだ。

 

 その一角にあるお墓に春陽は水をかけ、綺麗に手入れし線香に火をつけ手を合わせる。

 

 

 「久しぶりだね。詩音」

 

 

 そこに眠る義姉に声をかける。

 

 

 「天国(そっち)はどうかな?詩音はずっと働き詰めだったんだからちゃんと休むんだよ」

 

 

 まるで詩音が目の前にいるかのように近況を話す。

 

 

 「………………ここ最近はうまくやれてるよ。いい仲間と巡り会えてね、すっごく充実してるんだよ。これも、詩音のおかげなのかな?ふふっ。キミなら今頃、神になっていてもおかしくないからね」

 

 

 春陽は合わせた手を離しメガネに手をかける。

 

 

 「キミに似合うと言われたメガネ、似合うかな?」

 

 

 詩音が死に、部屋の片付けを行った際机の引き出しに『春陽へ』と書いた紙の上に一つのメガネが置いてあった。

 きっと彼に渡す予定のものだったんだろう。

 春陽はその日以降欠かさずメガネを掛け続け現在に至る。

 

 そのメガネは今も家に大切に保管している。

 

 

 「やっぱり………………寂しいね。詩音。もっとキミの─────側にいたかった」

 

 

 優しく撫でてくれる彼女はもういない。

 『大丈夫だよ』と励ましてくれるその声も今は聞くことができない。

 

 あの事件は、今でも春陽の心の中に負の記憶として刻み込まれている。

 

 

 「………………さて、そろそろ帰るよ」

 

 

 春陽は立ち上がり、再度墓を見る。

 

 

 「近頃また大きな事件が立て続けに起こってるからね。こんなボクでも力になれることがあるなら全力で頑張るよ。だから、天国で見守っててね」

 

 

 彼は背を向け歩き出す。

 そんな彼の携帯に一件のメールが入っていた。

 

 

 『緊急指令。至急連絡求む』




大切な人を失うとやっぱり辛いですよね。


過去編、長くなってしまいすみませんでした。
投稿も遅れすみませんでした


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第十五話 The most dangerous man

 外はすっかり陽が落ちるのが早くなり、暗くなった街には危険な雰囲気が漂う。

 夜は悪人たちが顔を出す時間。

 平和な日本でもそんな輩は少なからずいる。

 

 

 「………………何の御用でしょう」

 

 

 背もたれの長い椅子に腰を下ろすDA上層部の虎杖に春陽は険悪な表情を浮かべ向かい合う。

 どうやら極秘の要件らしくミカにさえ伝えられないと言う。

 

 

 「キミの実力を評価してある仕事を依頼したい」

 

 「またボクを囮にしてリコリス殺しを捕まえる気ですか?」

 

 

 呆れたようにため息をつく春陽。

 模擬戦以降、彼は虎杖に対して苛立ちや嫌悪といった感情を抱くようになりそれを隠すことすらしなくなった。

 本来なら何らかの処分が下ってもおかしくないのだが、虎杖はその言動を咎めることはせず寛容な姿勢で話す。

 

 

 「囮などではない。DA内で最もキミに適任の仕事を依頼したい」

 

 「と言うと」

 

 「地下格闘技で無敗神話を打ち立て続けるチャンピオン。その男の抹殺だ」

 

 

 地下格闘技とは生きるか死ぬかを賭けたデスマッチ。

 勝った方には莫大の金が入り、負けた方には多額の負債を背負わされるというありきたりな違法のギャンブルだ。

 本来その地下格闘技に参加する選手は雇い主に首輪と手錠で繋がれる。

 その姿から "イヌ" と揶揄されているのだが、そんな男をどうして…………?

 春陽の頭にはクエスチョンマークが浮かぶ。

 

 

 「その男を殺害するに至った経緯を教えてください。極秘、なんて言葉で誤魔化すのは無しですよ?」

 

 「当然だ。男を殺すように我々に依頼してきたのは、その男の雇い主だ」

 

 「雇い主?」

 

 「強いが故に制御が効かず、自身も殺されかけたことがあるらしい。首輪に仕込んだ高圧電流を受けても平然と立っていられる男だそうだ」

 

 

 諸刃の剣、とはまさにこのことだ。

 男も真っ当な職につけば、英雄として讃えられていただろうに。

 才能をもつ者ほどその能力を無駄にする。

 

 

 「依頼主は、違法ギャンブルで得た全財産を渡す代わりに自分は見逃せと懇願してきた」

 

 「それをあなたたちは了承した、と…………やはり本部は腐りきってるようですね」

 

 「何と言われようと構わん。キミも将来わかることだ」

 

 「そんな汚い金に頼るほど、経済的に苦しんでいるのですか?もういっそのことこんな組織無くしてしまえばいい」

 

 「日本の平和が保たれなくなってもいいと言うのか?」

 

 「少なくとも、あなた方のような人間が志す平和をボクは望まない」

 

 「─────青星」

 

 「…………………っ!?」

 

 「そう、青星 詩音だ。大阪支部でファーストリコリスをしていたキミの家族というのは」

 

 

 突如虎杖の口から告げられたその名前。

 春陽は怒りをあらわにする。

 

 

 「あなたの汚らしい口で彼女の名を呼ぶのはやめてください!!」

 

 

 眉間に皺を寄せ、拳をぎゅっと握りしめる。

 これ以上余計なことを言えば春陽は間違いなくその拳を虎杖に振るうだろう。

 

 だが、年長者ということもあってか虎杖は冷静だ。

 

 

 「昔、彼女と会ったことがある。その時、私に対してこんなことを言っていた。『どんな手を使ってでも大切なものを守りたい』と」

 

 「詩音……………」

 

 「私たち本部の人間が大切にしているのはこの国の治安維持だ。彼女の考えと同じように、我々もどんな手を使ってでも守り通さねばならない。キミはそんな考えを否定するのか?」

 

 「………………詩音は、決して悪事に手を染めていない」

 

 「だが人を殺した。何百人とな」

 

 「それはあなた方が指示したからでしょう!?」

 

 

 バンッ!と強く机を叩き、虎杖をキッと睨みつける春陽。

 

 

 「彼女は死して尚、利用価値がある。キミを縛るには良い存在だ」

 

 「……………これ以上、詩音を侮辱するようなことを言えば……………あなたと言えど──────殺しますよ」

 

 

 殺意に満ちた春陽の表情は、メガネを破壊されたあの時に勝るとも劣らない迫力を見せる。

 

 

 「今回の依頼を成功したあかつきには、依頼主からの契約金の20%をキミに譲渡する」

 

 「そんな汚い金、あなた方のくだらない大切なものに使うといい。それが報酬だというのであれば交渉は決裂。2度とあなた方の依頼は引き受けない」

 

 

 春陽は虎杖に背を向け、この場をさろうとする。

 

 

 「……………そうか。キミがそのつもりならこちらも強硬手段に出なければならない」

 

 「強硬手段?」

 

 

 立ち止まり、顔だけを虎杖に向ける春陽。

 

 

 「キミの所属している部署だが、経営難に陥っているようだね」

 

 「………………それがなにか?」

 

 「キミたちの主な資金源は我々からの依頼によるものだ。錦木 千束のおかげで何とかやれているようだが、その供給が無くなればどうなると思う?それだけではない。仕入れ先の圧力だってありえる上に、口コミで悪評を流せばたちまちあの店は終わりを迎えるだろう」

 

 「自らの願望のために……………そこまでするのか!!」

 

 

 拳に力が入り、温厚な春陽の瞳に怒りが満ちる。

 

 

 「分かったか?キミの返答は "YES" 以外あり得ないのだ」

 

 「ッ……………」

 

 

 立場は完全に虎杖が上。

 嘘だと思いこのまま立ち去ることも可能だが、金を受け取る代わりに犯罪者をみすみす見逃すような連中だからこそやりかねない危険性がある。

 それだけではない。

 ライセンス剥奪ともなれば、千束やたきなの今後の進退にも影響を及ぼす。

 

 この極秘任務を引き受けたとしても、万が一失敗すれば春陽が死ぬだけでは済まない。

 あまりに不利で危険。

 春陽にとって何らメリットもない。

 

 

 「………………こちらがこの任務を受けるメリットは?」

 

 「キミの望みを二つ叶えてやろう。だが、あくまで常識の範囲内での話だ。本部に復帰するのもいい。依頼料の増額でもいい。成功したその時に聞くとする。考えておきたまえ」

 

 

 まるで7つの玉を集めたら出現する神の龍のような言葉だ。

 もちろん劣化版ではあるが。

 

 

 「わかりました。受けさせていただきます」

 

 「では、本題に入るとしよう」

 

 

 その後、虎杖から任務の概要を説明される。

 要約すると、春陽は地下格闘技に選手として出場し、リング上で男と対峙し確実に殺さなければならない。

 身体能力において最も優秀な数値を叩き出した春陽が選出されたのもこれが原因だ。

 銃が使えない他のリリベルがリングに立てば、たちまち殺されるだろう。

 

 

 「作戦は明日からだ。今日はゆっくりと体を休めるがいい」

 

 「わかりました」

 

 

 春陽は足早に部屋を出る。

 そのまま誰ともする違うことなく外へ出て、帰路に着く

 辺りはすっかり暗くなり、ヒューッと冷たい風が春陽を襲う。

 

 

 「……………まだ、死にたくないな」

 

 

 17歳の子供とは思えない重苦しい言葉。

 リコリスやリリベルの現役はせいぜい18歳であり、その歳を迎えるまでに9割以上が殉職する。

 いつ死ぬかもわからない人生。

 それを彼は今、喫茶リコリコの店員たちと共に謳歌しているのだ。

 

 まだ、死ねない。

 

 彼の意志はどんな石より堅い。

 

 

 

………………………

 

 

……………

 

 

 

 翌日、春陽は喫茶リコリコに向かうことなく本部から送迎される車に乗り込み、格闘機が行われる闘技場へと向かう。

 他の参加者と同様、彼にも首輪と手錠をつけられているが他と決定的に違うのは電流装置などの機能がないこと。

 歯向かえばどうなるかは春陽は十二分に理解しているためその必要がないと踏んだのだろう。

 その首輪の製造やコストがバカにならないからだ。

 

 受付を済ませ、案内人に連れられ更衣室へと入る。

 そこでは衣類は全て脱がされ上半身は裸、下は薄い短パンのみの格好にされる。

 そのままエレベーターで地下へ、さらに地下へと降りていく。

 エレベーターがたどり着いた先には、まるで牢屋のような空間が広がっていた。

 首輪を嵌められ、鉄の檻に閉じ込められた男たちが春陽を見る。

 

 案内人に指示された檻の中へ入り、地べたに腰を下ろす。

 その様子を見た春陽の前の檻にいる男は、ニッと白い歯を見せながら話しかける。

 

 

 「よぉ。見ねぇ顔だな」

 

 

 ジャラジャラと鉄が擦れる音を響かせ、男は立ち上がり檻の眼前に立つ。

 

 

 「新入りか?いい身体してるじゃねぇか」

 

 

 筋骨隆々と言った感じではないものの、無駄のない発達した筋肉が特徴的な逞しい身体。

 右肩に入れてある鳳仙花の刺青に加えて黒髪に入った金メッシュ。

 その男の風貌に春陽は見覚えがあった。

 

 

 「初めまして。不死身の暴君(チャンピオン)

 

 

 春陽の目の前に立つ男こそ、地下格闘技において無敗を誇りターゲットでもある人物。

 名を月島(つきしま) (かなで)

 不死身の暴君という異名を持つ、最強で最恐、そして最悪の男だ。

 

 

 「なんだ、オレを知ってるのか?」

 

 「ボクの雇い主から聞きました。ボクは、あなたの対戦相手の篠原 春陽です」

 

 「へぇ、オマエが。お互い命があるといいな」

 

 「ええ。そうですね」

 

 

 これから殺し合う二人は笑って返し合う。

 春陽はこれまで社会に害を成す人間には敵意を向けていたが悪人であるはずの奏に対してはそんなそぶりを見せることもなく普通に話しているのだ。

 春陽自身この複雑な感情に理解できないでいるが、深く考えず思いのままに会話しようとする。

 

 

 「ボクの雇い主はお喋りなのであなたのことを何でも教えてくれました。色々と知ってますよ?」

 

 「面白いこと言うな。教えてくれよ」

 

 「月島 奏。19歳。元々は街の不良で、喧嘩において敵なしだったところを今の雇い主さんに実力をかわれ今に至る。とか」

 

 「クククッ、大まかだが合ってるな。ついでにこれも付け加えておけ。"月島 奏はアランチルドレンだ" ってな」

 

 「………………えっ!?」

 

 

 アラン機関。

 全く予想だにしていなかったその言葉に春陽は動揺した。

 その様子を見て奏はケラケラと笑い、その場に再び腰を下ろす。

 

 

 「流石にこれは知らなかっただろ?」

 

 「え、ええ………………」

 

 「誰にも言わなかったからな。このことを知ってるのはオレとオマエだけだ」

 

 「どうしてボクなんかに話したんですか?」

 

 「はあ?理由なんざねェよ。話したくなったから話した。それだけだ」

 

 

 奏も春陽同様、本心で話を進める。

 

 

 「アランチルドレン──────あなたにもきっと素晴らしい才能があったんでしょうね」

 

 「さあな。それを知る前に施設の人間を全員ぶっ殺したからな」

 

 「全員……………」

 

 「別にそれが初めてじゃねぇよ。ガキの頃から盗み、騙し、殺してきた。『日本は平和で安全。世界で最も優れた法治国家』なんて謳っちゃあいるが、陰はただの()()国家だ」

 

 

 月島奏は間違いなく悪人だ。

 しかし、彼の話を聞いて春陽は否定的な気持ちを持っている。

 任務として漫然に人を殺すリコリスやリリベルとは違い、彼らは生活の為に殺意を向ける。

 温室育ちのボクは表の人間とは違い奏は言わば、裏の世界の住人。

 話のような惨状を目の当たりにしてしまえば、彼もまた生きるために悪の道へと進んでいただろう。

 

 そんな彼に対し春陽は1番の疑問をぶつける。

 

 

 「人を殺すことは好きなんですか?」

 

 「別に。オレが暴力を振るえば勝手に死んでるだけだ。快楽のために人殺しをしてるわけじゃねェ」

 

 

 やはり、ただの悪人ではなかった。

 ホットしたのも束の間、奏は白い歯をニッと見せ楽しそうに口を開いた。

 

 

 「だが──────強い奴と拳を交えるのは大好物だ!」

 

 

 悪は悪でも、奏の心は真っ直ぐで純粋。

 ただ強い奴と生死をかけた喧嘩がしたい。

 今のこの環境は彼にとって楽園ともみて取れる。

 

 

 「なるほど………………わかりました。キミが楽しめるようこちらも全力を尽くします」

 

 「あぁ♪」

 

 

 一連の会話で春陽が感じたことは、月島奏は悪い人間ではないが()()()()()であるということ。

 状況次第では殺さず利用することも少なからず可能だろうが、この手の人間は話に応じることはないだろう。

 喧嘩をこよなく愛する純粋無垢の悪。

 気を抜けば殺られるこは春陽の方なのかもしれない。

 

 何があろうと外へ出してはいけない。

 例え彼を殺害してでもだ。

 




自分の執筆する作品のオリジナルキャラを登場させてみました。

あれとは全く別の世界線なので全く気にしないでください。


そちらの方も読んでいただけると嬉しいです。
感想、評価お待ちしてます。


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第十六話 Justice VS Evil

 次の日の朝。

 檻の中にいる春陽は陽の光を浴びることはなく、冷くて硬いコンクリートの床で横になり決戦当日を迎えた。

 奏との闘いは、もう間もなく開始される。

 何もすることがなく、ただ座ってボーッとしていると向かいの檻にいる奏が話しかけてきた。

 

 

 「よお。お目覚めか?」

 

 

 奏の方へ目をやると、彼は片手で逆立ちしその体勢で腕立て伏せをしていた。

 回数なんて数えていないが、全身から吹き出した汗を見て相当な数をこなしたんだと見て取れる。

 

 

 「決戦前ですよ?余計な体力をここで消費するのは勿体無い気がしますけど」

 

 

 春陽がそう指摘すると、奏は片腕にグッと力を込め床から手を離すと、このまま両足を地につける。

 

 

 「ジッとなんてしてられねェよ。早く闘いたくて身体がウズウズしてんだ」

 

 

 燃えるような真っ赤なオーラを放つ奏。

 鍛え抜かれた肉体にも力がこもる。

 

 

 「全く、末恐ろしいです」

 

 「楽しく殺し合おうぜ♪」

 

 

 白い歯を見せニッと笑う奏。

 これからリングで生死を賭けた闘いに臨む人間たちの会話とはとても思えない。

 しばらくすると昨日出会った案内人がエレベーターから降りてきて二人の檻の鍵を開けた。

 

 

 「出番だ。準備はいいな?」

 

 

 そう告げられ、春陽は無言で頷いた。

 案内人が先頭に立ち、そのまま三人でエレベーターで上階は上がり薄暗い廊下を歩く。

 チラッと隣を歩く奏を見ると、なんだかワクワクとしているような、まるで少年のような無邪気な笑顔を浮かべていた。

 対し、春陽はずっと暗い表情のまま俯いている。

 任務とはいえこれから人を殺すのだから当然いい気はしない。

 まして、春陽は詩音が死んだあの日から一度たりとも人を殺したことがないのだ。

 

 人の命を奪うという行為はそれが誰であろうと等しく悪である。

 春陽も今宵、悪に染まるのかもしれない。

 

 

 『わああああああああ!!!』

 

 パッとスポットライトを浴び、盛大な歓声と共に春陽達は入場する。

 その盛り上がりは凄まじく二人の鼓膜を震わせる。

 一辺7メートル程のリングにそれぞれ対角に立つとアナウンサーが声を発した。

 

 

 「青コーナー!!現在無敗の絶対王者!!今日もリングを血で染め上げるのか!?月島〜〜奏〜〜〜!!!」

 

 

 奏は片腕を天に突き上げる。

 

 

 「赤コーナー!!本日初参戦!!無敗神話を止めてくれ!!篠原〜〜春陽〜〜〜!!!」

 

 

 アナウンスに軽く頭を下げる春陽。

 

 

 「時間無制限!武器は使わず素手で相手をぶちのめせ!!それじゃあ、レディ──────ファイッ!!!」

 

 

 アナウンサーの声と同時に闘いのゴングがなる────

 

 

 「……………えっ?」

 

 

 遠く離れたところにいた奏が突如姿を消し、春陽の眼前まで一気に距離を詰める。

 その勢いのまま拳を振りかぶり春陽の顔面へと振り切るが、間一髪でそれをかわす。

 未だ状況を掴めずにいる春陽に、奏は足払いで春陽の体を宙に浮かせスキだらけの顔面に振り向きざま、今度こそ渾身の一撃をおみまいする。

 

 春陽の体は体格にあるロープへ一直線に吹っ飛び、ドサッ、とリングに体を打ち付けた。

 

 

 「ヒヒっ♪」

 

 『………………うおおおおおおおおお!!!』

 

 

 一連の奏の動きに観客達は大盛り上がりを見せる。

 疾風怒濤のような連続攻撃。

 優れだ動体視力を持つ春陽ですら一度のパンチをかわすので精一杯だった。

 リングに手をつき奏を見上げる春陽を見て、白い歯を見せる。

 

 

 「やるなぁ。オマエ」

 

 「どこが……………一方的に殴られただけじゃないですか」

 

 

 ゆっくりと起き上がる春陽。

 攻撃をモロに食らったが、まだまだ余力があるような顔つきだ。

 

 

 「他の連中はそのままダウンすることが多いからな。この速攻を見切った奴はオマエが初めてだ」

 

 「それはどうも」

 

 「今度はテメェの番だ。やってみろ」

 

 

 挑発するように指を数回曲げる奏。

 

 

 「では────遠慮なく!!」

 

 

 腰を低く落とし構え、奏同様、眼前まで全速力で走り拳を振るうがそれを首を傾けるだけで避ける。

 足払いもその場にジャンプしてかわし、再度放たれた拳も片手で軽々と受け止めた。

 奏の動きを再現したつもりが、あっさりと対処されてしまったのだ。

 

 

 「なるほど、複写(コピー)か」

 

 「やられっぱなしは好きじゃないので」

 

 「ハッ!言うじゃねェか」

 

 「正直肉弾戦には結構自信があったんですけど、改めないといけないですね……………!!」

 

 

 春陽の拳を握る奏の手に力が入る。

 ギリギリと締め付ける圧迫感が春陽を襲う。

 

 

 「安心しろ。オマエは強い。オレ相手じゃなけりゃ結構いい線行ってるだろうぜ」

 

 「お世辞はよしてください」

 

 「まだまだ勝負はこれからだ。くたばるんじゃねェぞ!」

 

 

 奏はグッと腕に力を込め、そのまま春陽を持ち上げ床に体を叩きつける。

 決して軽いとは言えない春陽の体重だが、奏はまるで野球のバットのように軽々と振り回す。

 そしてそのままロープへ投げ飛ばし、跳ね返った無防備の春陽の腹部へ飛び蹴りをおみまいする。

 

 

 「ヒョウッ!!」

 

 

 完璧に入った奏の攻撃。

 蹴り飛ばされた身体は勢いを殺すことなくリングへと転がり続ける。

 

 

 「今のは効いただろ?正真正銘、本気の蹴りだ」

 

 

 リングに大の字で背をつける春陽を見下ろす奏。

 観客達も勝負あったかと思ったその時だった。

 

 

 「……………確かに、今のは危なかったでしょうね。()()()()()

 

 「なにっ?」

 

 

 顔色ひとつ変えることなく、むくりと起き上がり蹴られた腹を摩る春陽。

 その様子を見て、観客達は今日イチの盛り上がりを見せる。

 それに対し、奏は不満気な表情を浮かべる。

 

 

 「テメェ、本当に人間か?」

 

 

 自信のあった蹴りが全く効いていない。

 その事実が奏をわずかに困惑される。

 

 

 「見ての通り人間ですよ。体には血が通い、銃で撃たれれば簡単に死ぬんですから」

 

 「茶化すのはよせ。オレの蹴りをまともに喰らってまともに立った奴は一人もいねェんだ。百戦錬磨。その威力がこの脚にはある!」

 

 

 悔しい、という反面、嬉しさのような感情が奏に浮かぶ。

 これまでの対戦相手とは一線を画す化け物の登場で彼の自信は打ち砕かれた。

 だが、その自信も薄っぺらいものにすぎない。

 自分よりサイズが大きい相手はいれど、実力が拮抗するどころか一撃でも彼にダメージを与えた人物はいなかった。

 全て回避はしたがどれも紙一重。

 あとコンマ数秒反応が遅れれば致命傷を負ったのは奏の方だったのかもしれない。

 

 

 「答えは単純です。あなたの力不足なだけだ」

 

 

 春陽の挑発とも取れる発言に奏は大きく目を見開く。

 

 

 「そうか……………力不足、か……………ククッ。クククッ……………!」

 

 

 不敵な笑みを浮かべる奏。

 

 

 「その通りだ!まだまだオレには力が足んねェ!!もっとだ………………もっと、オレを強くするための糧になれや!!」

 

 

 真っ赤な闘気を見に纏い、奏は春陽に向い一直線に突き進む。

 直前、奏は跳び、春陽の頭へ右足をフルスイングするがなんとか反応しそれを両腕で防ぐが軽く吹き飛ばされロープへ体を預ける。

 ロープから跳ね返った身体は奏の元へ戻り、壮絶な乱打を全身に浴びる。

 ガードなんてもはや無意味。

 防いだところで再び拳が春陽を襲い、簡単に弾かれる。

 圧倒的なパワーで体力ー削りにかかる。

 

 

 「クハハハハハッ!!」

 

 

 楽しそうに笑いながら拳を振るう奏。

 春陽を殺しかねない連撃に観客達は歓声を上げる。

 

 

 『こ・ろ・せ!こ・ろ・せ!こ・ろ・せ!』

 

 

 さらには全員から殺せコールが巻き起こる。

 会場は完全にアウェイ。

 春陽が完全に不利だと誰もが思っていた。

 

 

 「………………無駄です」

 

 「っ!?」

 

 

 連撃を浴びせていたはずの奏は突如、後方に跳びながら下がる。

 すでに何十発と本気の拳を受けたのにも関わらず、未だノーガードで仁王立ちしそう告げる春陽に対し本能で警戒したのだ。

 

 

 「ボクに打撃は効かない」

 

 「効かないだと?」

 

 「…………………決して、望んで手に入れた能力(もの)じゃないんですけどね」

 

 「まさか、痛みを感じねェとでも言うつもりか?」

 

 「そのまさかです。生まれてこの方、痛みを感じたどころか血を流したこともない特殊な人間。それがボクだ」

 

 

 悲しい顔でそう語る春陽。

 もちろんこの事はアラン機関は知っていて、春陽自身も後々気づくこととなった。

 キメラ細胞と耐痛性質の持ち主。

 それが篠原 春陽の真実だ。

 

 

 「………………ハッ、オレはそんな化け物と対峙させられてたのかよ。良くて引き分け。最初から詰んでるじゃねェか」

 

 「話さなかったのは悪かったと思ってます。本当にごめんなさい」

 

 

 春陽は奏に対し深々と頭を下げる。

 

 

 「ボクは……………雇い主の命令に背けないんです」

 

 「なぜだ」

 

 「言えません」

 

 「ならいい。追求はしねェよ。その命令ってのはオレを殺す事でいいんだな?」

 

 「……………そうです」

 

 「そうか。オマエも、苦労してんだな」

 

 「怒らないんですか?」

 

 「当たり前だろ。オレはこの会場で何十人も殺してきたんだこら狙われて当然だ。抵抗はするが、例え殺されても文句は言わん。オレが弱いだけの話だからな」

 

 

 腕を組み、堂々と胸を張る奏。

 そんな彼に敬意を表するかのように、春陽はある決意を固めた。

 

 

 「…………………ごめんなさい」

 

 「謝るなよ。短い付き合いだが、オマエが悪い奴じゃない事はよくわかったからよ」

 

 「ボクも同じです。だから、キミの大好きな喧嘩で殺します。もう遠慮はしません」

 

 「今までは本気じゃなかったってか?クククッ、いいぜ。かかってきな!!」

 

 

 春陽はメガネを外し、その場に捨てる。

 そして─────

 

 

 「………………今までの()()とは一味違うぜ?」

 

 

 目つきが鋭くなり、溢れ出る青色の闘気が春陽の青髪を逆立たせる。

 春陽は自らバーサク状態へと変貌させた。

 

 

 「ッ!?」

 

 

 その変貌に奏は驚きの表情を浮かべる。

 

 

 「豪快に逝けやぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 春陽は奏に向い突進し、飛び蹴りをする。

 それを両腕でガードするも簡単に弾き飛ばされ、怯んだその一瞬を狙い、両手をリングにつけ奏の顎を蹴り上げた。

 それは完璧にヒットするも致命傷には至らずすぐに反撃し拳を振るう。

 その攻撃を簡単に回避し、絶対の自信を誇る回し蹴りも片手で受け止めた。

 

 

 「クソが…………メガネ外すだけでこんなに強くなんのかよ………………!!」

 

 

 悔しそうに歯をくいしばる奏。

 

 

 「もう終わりか?悔いが残らないように精一杯打ち込んでこい」

 

 

 余裕の構えを見せる春陽に奏は再び乱撃を加える。

 右ストレート、裏拳打ち、アッパーカット、正拳────奏の攻撃を全て受け流すと今度は跳びあがる。

 空中で3回の蹴りを食らわすがそれも効かず、春陽の肩に足を置き再び跳ぶと、勢いよく回転しそのまま頭を狙い脚を振り切るも今度はガードするのもなく生身でその攻撃を受けた。

 首に完璧にヒットしたが春陽は表情一つ変えることなく奏を見る。

 

 

 「チッ、硬ぇなぁ………!」

 

 

 手応えが感じられず苛立つ奏。

 その僅かな隙を春陽は見逃さない。

 

 

 「おい。ガラ空きだぜ?」

 

 「しまっ─────」

 

 

 威力を出すために全身をねじり放つ、まるでミサイルのような奏の蹴り。

 普通の相手なら例え防御できたとしてもその威力の前には身体が吹き飛ばされること必至であり、その弱点が露見する事はなかった。

 それが攻撃直後に見える無防備の鳩尾。

 そこを目がけて春陽は意趣返しをするかのように右足を振り切った。

 奏は一瞬でロープまで飛ばされ身体をリングにつけた。

 この競技場に来て初めて受けた痛みが奏を襲う。

 

 

 「グッ………………!」

 

 『…………………う、うおおおおおおお!!!』

 

 

 奏を冷たい目で見下ろす春陽、そして一連の動きに観客たちは歓声を上げる。

 

 

 「このヤロォ………………本当にさっきまでと同一人物かよ………………」

 

 

 蹴られた場所を摩り、苦笑いする奏。

 

 

 「もうダウンか?」

 

 「んなわけ────ねぇよっ!」

 

 

 奏は勢いよく立ち上がり戦闘態勢をとる。

 

 

 「タフさがウリなのはテメェだけじゃねェ!こちとら地下格闘技(コレ)に命かけてるんだからな!!」

 

 「なら、それも終わりにしてやる。じゃあ─────」

 

 

 スッ、と春陽は奏に指を指す。

 

 

 「お前の、右腕を折る」

 

 「ハッ、やってみな!!」

 

 

 二人が再び交戦する。

 殴り殴られ、蹴り蹴られ、ヒートアップする二人の攻防に観客たちも今日最高の盛り上がりを見せる。

 ずっとコレが続いてほしい。

 そう願った観客もいただろう。

 しかし、決着はすぐについた。

 

 

 「ッ!?」

 

 

 春陽の蹴りが奏の右腕にヒットし、ボキッと鈍い音を立てた。

 ブランと垂れ下がる奏の右腕。

 宣言通り、骨を完全にへし折ったのだ。

 

 

 「ッ痛ェ……………」

 

 

 痛みをグッと堪え、尋常でないほどの汗がリングに滴る奏。

 

 

 「その状態でさっきと同じパフォーマンスは無理だろ?諦めて降参しろよ」

 

 「……………降参なんてルール、コレにはねェよ」

 

 「じゃあ殺すか?」

 

 「………………まだだ!!」

 

 

 痛みに苦しみながらも、奏の目はまだ死んではいない。

 

 

 「まだ、闘える!!」

 

 「戦闘狂が。なら、次は左脚だな」

 

 

 二人は三度あいまみえる。

 蹴りを駆使した奏の戦闘スタイルだが、腕2本を使える春陽には到底勝てるわけもなく疲弊したところを狙い今度は拳で左脚の骨を砕いた。

 

 

 「クソッ…………………!」

 

 

 体力の限界を迎え、奏はついに倒れる。

 かつてこの男をコレほどまでに追い込んだ人物は一人としていない。

 春陽の完全勝利だ。

 

 

 「オレの負けだ─────殺せ」

 

 

 覚悟を決めた奏。

 リングに顔を突っ伏したまま動かずその時を待つ。

 春陽は何も言わず拳を振りかぶる─────

 

 

 「春陽!!!」

 

 

 勢いよく扉が開くと、そこには千束の姿があった。

 そばにはもちろんたきなもいる。

 

 

 「春陽!殺してはいけません!!」

 

 

 必死に叫ぶ二人の背後から数十人のリコリスが現れ観客たちを捕らえ始める。

 観客たちの抵抗も虚しく、誰一人としてこの会場から逃げることなく全員が逮捕された。

 そのまま連行され、会場には春陽、奏、たきな、千束が残る。

 

 

 「ちょちょっ!なんでメガネ外してるのさ!」

 

 「早くコレ、かけてください」

 

 

 以前、故意ではなかったとはいえメガネが破損し大暴れした春陽の恐ろしさを二人は目の当たりにしている。

 現に、屈強な男がリングに横たわりそれが春陽な仕業だと言うことも理解している。

 仲間からしても今の春陽は諸刃の剣。

 危険は重々承知だ。

 

 

 「…………………ふぅ」

 

 

 たきなからメガネを受け取りそれをかけた春陽は、いつも通りの顔つきへ戻った。

 それを見て二人は安堵する。

 

 

 「ありがとう。二人とも」

 

 

 ニコリと笑う春陽。

 

 

 「ありがとうじゃないですよ。こんな危険な任務を一人で………………もっと自分のことを大事にしてください!」

 

 「う、うん。ごめんね」

 

 「まあまあ。春陽が無事だったんだからよかったじゃん♪それはそうとして……………この人、どうするの?」

 

 

 3人の視線が奏に向く。

 彼は既に虫の息と言っていいほど、弱りきっていた。

 

 

 「ボクの任務は…………彼を殺すこと」

 

 「殺すの?」

 

 「………………できません」

 

 

 春陽は奏の元へ歩み寄り膝をつく。

 

 

 「あなたを本部へと連行します。外へ出すには、あまりにも危険すぎるので」

 

 

 春陽は奏を背負い、外へ向かう。

 二人はその後をついていく。

 

 

 「…………………オレを、殺さなくていいのかよ」

 

 「その必要はありません」

 

 

 その言葉の後、春陽は奏に対しニッと笑いながらこう答えた。

 

 

 「あなたは、悪い人ではありませんから」

 

 

 その言葉に驚きつつ、呆れながら返事をする。

 

 

 「バカな奴だな……………どうなっても知らないぜ?」

 

 「その時はまた、ボクが捕らえますよ」

 

 

 リコリスの介入もあり、死闘はようやく終わりを迎えた。

 地下格闘技に関係する人間全てを捕らえたが、一件落着とは言い難いことがこの後控えてることを皆はまだ知らない。

 




更新遅れてすみません。

アニメリコリコが終わってしばらく経ちますが、未だその人気は健在ですごいと思います。
二期来ないかなぁ


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第十七話 Paradox

 会員制のバーにて。

 以前は喫茶リコリコの従業員たちに邪魔されてしまったが、今日は全員が何かしらの予定が入り尾行はされていない。

 ミカにとっては好都合だ。

 一人先にカウンター席へ座り人を待つ。

 

 

 「やあ。お待たせ」

 

 

 品のあるスーツを纏う男、吉松シンジは軽く手を挙げミカの隣に腰を下ろす。

 そして、バーテンがロックグラスへ見事に削った丸氷とウィスキーを入れ二人に手渡した。

 二人は目を合わせ、カチンとグラスを合わせる。

 

 

 「それで、話ってなんだ?」

 

 

 早速と言わんばかりにミカは話を切り出した。

 

 

 「"地下格闘技場賭博事件"。それを解決に導いたのは篠原 春陽だったそうだな」

 

 「ああ。私も、後から訊いた」

 

 「危険な相手だったそうだが、見事任務は遂行。さすが、身体能力においてリリベル史上最強の名は伊達じゃない」

 

 「今もDAで取り調べ中だ。多くは話さなかったが、色々あったんだろう」

 

 

 ミカからすれば、もしかしたら春陽を任務で死なせていたかもしれない。

 DAへの怒りは相当なものだろう。

 しかし、それ以上に春陽のことが心配でならないといった様子だ。

 

 

 「キメラ細胞に耐痛体質…………彼のことを実験動物(モルモット)と言っていた過去の自分が恥ずかしい」

 

 「子供はちょっとしたことがきっかけで大きく成長することができるからな。かつて、リコリスの訓練教官をしていた時のことを思い出す」

 

 「彼の場合、青星 詩音がまさにそうだったんだろう。死んだ彼女も同等の身体能力を有していたのだから」

 

 「失ったものを考えても仕方がない。春陽も今は前を向いて生きている」

 

 「強い子だな」

 

 「そうだな」

 

 

 まるで春陽の親のように感慨深い思いで話す二人。

 

 

 「おっと、話が逸れてしまったな。それじゃあ本題に入らせてもらう」

 

 「ああ」

 

 「篠原 春陽をアラン機関の用心棒として迎え入れたい」

 

 

 吉松の唐突な提案にミカは驚く。

 

 

 「用心棒って……………アラン機関は支援した人物へ接触することはできないんじゃないのか?」

 

 「我々は彼を支援していたつもりはない。だから、フクロウのチャームを渡していないんだ」

 

 「あくまで、いちリリベルとしてということか」

 

 「その通りだ。あのフィジカルに加えて耐痛体質となれば最強の矛、そして盾にもなり得る素晴らしいボディガードになれるはずなんだが」

 

 「それは私が決めることではない。春陽自身が決めることだ」

 

 「彼にその意志があるなら連絡してくれ。キミから話を通してくれると助かる」

 

 「自分で言わないのか?」

 

 「しばらく忙しくなるからな。今日ここへ呼んだのは、単純にキミと話がしたかっただけだ」

 

 「そうか。私もお前の顔が見れて嬉しかったよ」

 

 

 ウィスキーを全て飲み、二人は席を立つ。

 長話は無用。

 大人の会話はスマートに、そして端的なのだ。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 場面は変わり喫茶リコリコへ。

 経営難から一転、たきなの策略により一気に黒字へと押し上げられ店は大忙しだ。

 彼女が考案した新メニューは見た目はアレだが、味は絶品。

 常連、新規関係なく客の列が途切れることがない。

 そんな中、春陽の携帯電話が鳴りそれに出ると彼にとっては嫌な人物が口を開いた。

 

 

 『任務ご苦労だった』

 

 「…………どうも」

 

 

 春陽を労う言葉とは裏腹に虎杖に感情の変化はない。

 できて当然、と言ってるようにすら感じる。

 

 

 「手短にお願いします。今、店が立て込んでいるので」

 

 『無論、そうするつもりだ。こちらも暇ではないからな』

 

 

 咳払いし虎杖は話を続ける。

 

 

 『以前キミと約束した望みを聞こうと思ってな。こちらで可能な限り用意するつもりだ』

 

 「なんだ、そのことでしたか」

 

 『何なりと言いたまえ。金か?地位か?キミの望むものを──────」

 

 「あなた方に望むものなんてありません」

 

 「…………なにっ?」

 

 

 虎杖の声色が変わった。

 

 

 「ボクは今の平穏無事な生活が気に入っています。リコリコのみんなと平和で自由気ままに暮らせればそれでいい」

 

 『それ以外は何も求めないと?』

 

 「はい。いくらあなた方でも、邪魔だてするなら容赦しませんよ」

 

 『そうか』

 

 「他に何か要件はありますか?」

 

 『─────では、月島 奏の話でもしようか』

 

 

 地下格闘技で一戦交えた男。

 骨折等の大怪我を負い全く動けない状態のはずだが、話を持ち出すということはここ数日で何か変化が起きたのだろう。

 

 

 『驚くべきことなんだが、傷はすでに完治している』

 

 「もうですか……………!?」

 

 『脅威的な回復能力だ。人間の域を超えているとしか言いようがない』

 

 

 彼も春陽同様、アランチルドレンの一人だ。

 どんな "才能" の持ち主か本人すら知らなかったが、思わぬところでその正体が判明した。

 そうともなれば非常に危険だ。

 DAから脱走する可能性が大いにある上、春陽に再戦を挑みかねない。

 それどころか、関係のない一般市民に危害を加えかねないほどの危険人物だ。

 一刻も早く対処しなければ取り返しがつかなくなる。

 

 

 「それで彼は今どこに?」

 

 『本部の地下に留置している。彼をいずれはリリベルにしようと言う案も出されたが、すぐに却下された』

 

 「当然でしょう」

 

 『あの暴君に勝ったキミならば言うことを聞くと思うのだが?』

 

 「可能性はゼロです。諦めてください」

 

 『仕方ない。彼は永久に牢獄に閉じ込めておくとしよう』

 

 

 月島奏は決して悪人ではないが、安心して野放しするわけにもいかない。

 本部の判断は妥当といえるだろう。

 

 

 「春陽〜!!はやく帰ってこーーい!!」

 

 

 厨房の奥にいた春陽をミズキが大きな声で呼び戻そうとする。

 はーい、と返事を返し、虎杖へと話を戻す。

 

 

 『これからもよろしく頼む』

 

 「ええ。こちらこそ」

 

 

 淡白に会話は終わり、春陽は厨房へと戻る。

 

 

 

……………………

 

 

……………

 

 

 

 店のピークも過ぎ去ったころ、店に一本の電話が鳴った。

 本部の医師、山岸からだ。

 どうやら定期検診に行っているはずの千束が未だ来院していないという。

 不思議に思い、たきなは千束に電話をかけたが、急用で遅れる、とだけ言い残し電話を切ったらしい。

 元々病院に行きたがらない千束のことだからゴネて家に引きこもっていると確信したたきなと春陽は、店を二人に任せて千束の家へと向かう。

 

 

 「千束には振り回されてばかりですね」

 

 「まあ、それが彼女のいいところだからね」

 

 「どちらかというとマイナスの方が大きいです」

 

 「はははっ。たきなちゃんは厳しいなぁ」

 

 「春陽が優しすぎるだけです。もっと怒っていいんですよ?」

 

 「ボクは迷惑をかけられてると思ってないから。でも、山岸先生にはちゃんと謝らなきゃいけないね」

 

 「やっぱり春陽はいい人すぎです…………」

 

 

 呆れながらも小さく笑うたきな。

 

 

 「たきなちゃんもいい子だよ」

 

 「わ、私は別に……………」

 

 「最初の頃より柔らかくなったと思うよ。言葉も、顔つきも」

 

 「顔は余計です」

 

 「はははっ。接客のおかげかな」

 

 

 終始穏やかな空気。

 たきなはその空気にそぐわぬ話題をふっかける。

 

 

 「春陽は本部に戻りたくないんですか?」

 

 

 その質問に春陽は口を閉ざす。

 彼は本部の "闇" を多く見てきた。

 自分自身をリコリコへ左遷したことに感謝はしているが、今後本部に戻る気はないと考えている。

 本部へ返り咲こうと誰よりも奮闘しているたきなにそんなことを言っていいのか、春陽は考えているのだ。

 

 

 「ボクは本部より今の方が落ち着くから、このままでいいと思ってる」

 

 「ですが、仕事の内容が違いすぎます。私たちはカフェの店員でなければ、保育園や日本語学校の先生でもありません。殺人が許可されたエージェントなんですよ?」

 

 「逆に聞くけど、たきなちゃんは本部に戻って何がしたいの?」

 

 「それは……………」

 

 「国を守るのも立派な仕事だけど、今の平和な暮らしを守る方がボクは大切だと思うな。ミカさん、ミズキさん、クルミさん、千束ちゃん、そして、たきなちゃん────国よりもごく僅かだけど大切なものには変わりはない。今のボクにとって喫茶リコリコは何物にも変え難い大切な場所なんだ。これからもずっと、ボクはここを守り続けるつもりだよ」

 

 

 遠くを見つめながら話す春陽の意志は固い。

 たった5人だけれど、彼にとっては自らの命より大切な存在。

 誰であれあろうと、それを傷つけようとするのであれば一切容赦はしない。

 例えば相手が本部であっても。

 

 

 「春陽はやっぱり優しすぎです」

 

 「そうかな?」

 

 「もっと自分を大切にしてください」

 

 「善処するよ」

 

 

 二人で話していると千束のセーフティハウスへと着いた。

 インターホンを鳴らそうと指を動かしたその瞬間扉が開き、予想外の人物が何食わぬ顔で姿を見せた。

 過去に千束を襲撃した男、真島だ。

 たきなは一瞬動揺するも、すぐに戦闘態勢をとり銃を抜き引き金を引くが、真島は足払いをして銃弾を外させる。

 そのまま逃げるようにマンションの外壁を軽やかに伝い降りるが、春陽もその後を追う。

 

 

 「待てっ、真島!!」

 

 

 春陽の大きな呼び声に真島は動きを止めた。

 

 

 「なんだぁ?」

 

 「ボクのことを覚えているか?」

 

 

 その問いかけに真島は顎に指を置き考える仕草をとり数秒考えた後、答える。

 

 

 「さあな」

 

 「そうか。じゃあ───────」

 

 

 春陽はかけていたメガネを取り、再度真島を見る。

 

 

 「これならどうだ?」

 

 「……………ッ!その目!!目覚えあるなぁ」

 

 「詩音を殺された日からずっとお前を探していた。お前を……………殺すために!!」

 

 

 大きく目を見開いた春陽は真島の眼前まで近づき、顔面へ回し蹴りをするも間一髪かわされ、続く右ストレートもかすることなく空を切る。

 

 

 「おいおい。いきなり殴りかかるとは、血の気が多い奴だなぁ」

 

 「うるせぇ!!」

 

 

 たきなが上から援護射撃するも、右は左へ移動しながらそれもかわす。

 まるでどこへ撃つのかわかってるかのような身のこなしだ。

 

 

 「これじゃあまともに話せそうにないな。まあ、テメェの()()がわかればそれでいい──────かっ!」

 

 

 真島は閃光弾を足下に投げ、皆の目が慣れた時にはその姿はそこにはなかった。

 完全に見失ったと判断した春陽はメガネをかけ、たきなと千束のいるところへよじ登る。

 

 

 「ごめん。逃げられちゃった……………」

 

 「仕方ありませんよ。それより千束、あの男に何もされてませんか?」

 

 「あ〜、大丈夫大丈夫」

 

 

 手をひらひらと振り笑顔を浮かべる千束。

 

 

 「千束ちゃんは他のセーフハウスに移った方が良さそうだね」

 

 「それを言うなら春陽もじゃないの?」

 

 「ボクは大丈夫だよ」

 

 「いやいやそういう考えが命取りに─────」

 

 「とにかく!!二人とも安全なセーフハウスに移動すること!!いいですね!?」

 

 「「は、はい………………」」

 

 

 年下に怒られる歳上の二人。

 千束はその後、ずっと定期検診に行っていなかったことも含めて更に怒られたのであった。




総UA数が10000回になりました。
ご愛読本当にありがとうございます。


物語は終盤へ。
年内完結を目指します


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第十八話 Good luck

お気に入り登録、本当にありがとうございます。

おかげさまで山本イツキは今日も執筆できてます。


物語もクライマックスへ。
必見です。


 真島と接触した翌日。

 今回ばかりは観念して定期検診に行った千束だったが、担当した看護師が敵の回し者だったらしく、彼女の唯一無二の人工心臓を破壊してしまった。

 余命残り二ヶ月。

 それが千束に残されたわずかな時間だ。

 死が間近に迫っているにも関わらず、彼女はいつも通りに振る舞い店を盛り立てている。

 

 

 そんな最中、千束と春陽はDAから呼び出しを受けそれぞれの上官の待つ部屋へと向かった。

 二人の上官、楠木と虎杖は隣同士で座り、二人もまた対面に二人して腰を下ろす。

 

 

 「時期死ぬにしては元気そうだな。千束」

 

 

 無表情で、淡々と楠木は言葉をかける。

 

 

 「流石情報が早いですねぇ」

 

 「それで、ボクたちに一体何のようなんですか?」

 

 「端的に言う。お前たち二人にはDAに戻って、真島討伐作戦に参加してもらいたい」

 

 「ゴホッ、ゴホッ!もう死ぬんで勘弁してください〜」

 

 

 わざとらしく咳き込む千束に対し、春陽は眉間に皺を寄せながらも冷静に返す。

 

 

 「ボクもお断りします。それに、千束ちゃんを招集するなんて考えられません。彼女の容体をわかってるんですよね?」

 

 「無論だ。医師の診断も踏まえてこちらで判断した」

 

 「身勝手なことを……………!」

 

 「はーるひ、気にしないで」

 

 

 千束の代わりに怒る春陽を彼女は頭を撫でて宥める。

 

 

 「私は戻る気なんてないよ。戻ったところでやりたいこともないしね〜。でも、春陽は戻してあげて」

 

 「なっ!?」

 

 「ほう」

 

 

 千束の唐突な提案に三者三様の反応を見せる。

 

 

 「理由を訊かせてもらうか」

 

 「もうミズキや先生には話したんだけど、リコリコは閉店するつもり。だから、春陽の為にも居場所が必要なわけ」

 

 「千束ちゃん!それはあまりにも唐突すぎると思うんだけど!?」

 

 「真島は本当に危険。討伐作戦で何人ものリコリスやリリベルが犠牲になるのかわからない。だから、春陽が守ってあげて欲しいの」

 

 「千束ちゃん………………」

 

 

 上官二人からしたら願ってもない展開。

 春陽の心境は揺れ動いていた。

 

 

 「……………わかった」

 

 「私の身勝手に付き合わせちゃってごめんね」

 

 「気にしないで」

 

 「決まりだな」

 

 「では改めて作戦の内容を─────」

 

 「その前に、ボクからいくつか話しておきたいことがあります」

 

 

 虎杖の言葉を遮り、春陽がその場の主導権を握る。

 

 

 「司令。以前あなたが言っていたことを覚えていますか?」

 

 「キミの願いを二つ叶えるということかね?」

 

 「その通りです。破棄するとは言いましたが、その権利を今ここで使っても構いませんね?

 

 「ああ。何なりと言いたまえ」

 

 「一つ、千束ちゃんはこの作戦に参加させないこと。そしてもう一つは─────たきなちゃんも本部に復帰させること」

 

 「ほう」

 

 「アイツをか?」

 

 

 たきなの名前が出たことで、意外だ、とでも言わんばかりの反応を見せる二人。

 

 

 「彼女は誰よりも本部への復帰を望んでる。射撃の腕に関してはファーストクラスでもトップレベルだと思いますし、決して見劣りはしません。店が閉店するのであれば、彼女の能力を活かせる場所を作ってあげたい」

 

 

 たきなは不当な理由で本部から追い出された過去がある。

 復帰が認められて当然だろう。

 

 

 「……………わかった。井ノ上 たきなのことは私に任せてもらう」

 

 「よろしくね。楠木さん」

 

 

 話す前に手渡されたカメラを手に、千束は部屋を出る。

 それに続き春陽も部屋を出た。

 

 

 「それにしても、すごい展開になってきたよね〜」

 

 「…………………」

 

 「春陽?」

 

 「……………えっ?」

 

 「どしたの?そんな思い詰めたような顔して」

 

 「大丈夫、何でもないよ。それより、体の調子はどう?」

 

 「余裕よ!よ・ゆ・う!トライアスロンだってへっちゃらよ!」

 

 「あはは」

 

 

 千束の元気な様子を見て一安心する春陽。

 その一方で、安寧の地から離れることへの不安や寂しさと言った負の感情が春陽を襲う。

 店が閉店するということは、もうリコリコのみんなとは会えなくなるということ。

 また、ひとりぼっちの生活に逆戻りだ。

 

 

 「まだもう少しみんなと一緒にいられるんだから、楽しも?ねっ?」

 

 

 どこまでも前向きな千束は、春陽の背中をバンバンと叩き励ます。

 

 

 「そうだね。ありがと、千束ちゃん」

 

 「いいってことよ!」

 

 

 二人揃ってみんなの待つ喫茶リコリコに帰還する。

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 外はどんよりとした曇り空。

 今にも雨が降ってきそうな鼠色の分厚い雲が東京を、いや、日本中を覆う。

 その天候と同じく、今日オープンして5時間ほど過ぎた喫茶リコリコは久方ぶりの来店数ゼロを記録していた。

 二人ほど本部から店に訪れたが、たきなの人事異動に関する書類を渡すだけですぐに帰ってしまった。

 いつもは店のピークと重なる時間帯だが、今この場には春陽とクルミしかいない。

 特に示し合わせるようなことはせず、隣同士で腰を下ろし互いに別に視線を向けたまま会話が始まる。

 

 

 「春陽はよかったのか?DAに戻ることになって」

 

 「それが千束ちゃんの願いですから」

 

 「はぁ、今は周りに誰もいないぞ。正直になれ」

 

 

 春陽を思ってのその一言。

 しんと静まった部屋で、胸の内に秘めた思いを告げる。

 

 

 「………………やっぱり、寂しいですね」

 

 

 千束やたきな、ミカやミズキの前ではいつも和かな笑顔を浮かべ話す春陽だが、クルミに対しては異なる。

 どこか話しやすく、大人っぽい独特の雰囲気をかもちだす彼女だからこそ心を開いたのだろう。

 理由はそれだけではないのだろうが。

 

 

 「結局のところ、ボクの根本はリリベル。DAのエージェントですから」

 

 「変に律儀だな。嫌いなんだろ?DAが」

 

 「まあ、そうですね。でも、あそこだからこそできる仕事もあるんです」

 

 「人殺しか」

 

 「流石、正解です」

 

 

 世の中には、いい人間もいれば悪い人間もいる。

 後者を秘密裏に消し去り、排除することが許されるリリベルは春陽にとってはうってつけ。

 大切なリコリコのみんなを守るためには、自らの手を汚してでも闇を削除しなければならない時が必ずくる。

 殺人が許可されているリリベルを辞めるわけにはいかない。

 

 

 「私たちは春陽や千束、たきなに守られなければならないほど貧弱か?」

 

 「今後、真島のような危険な犯罪者が大勢現れたら命の保障はできません。だからこそ皆さんには平和で安全なところにいてほしいんです」

 

 

 敵は殺されることなんてお構いなしに暴れ回る。

 そんな連中に、自分の知らないところでまた大切な人を失ってしまったらどうなるのか、春陽自身わからない。

 失ってからでは手遅れだ。

 自ら手の届くところで守り続けたいというのが春陽の考えである。

 そんな中、クルミはずっと抱えていた思いを吐露する。

 

 

 「春陽にとって私たちは─────()()なんだな」

 

 

 俯き、霞むような声で発したその言葉に春陽は真っ向から否定する。

 

 

 「そんなこと………………!!」

 

 「春陽はこれまで何度も私たちを助けてくれた。感謝してもしきれない恩がある。だがな、私たちも守られてばかりではいられないんだ。春陽の負担になんて、なりたくない」

 

 「誤解してますよ……………負担だなんて、そんなこと一度も思ったことはありません!!」

 

 

 涙ながら力強く語る春陽。

 

 

 「………………やはりお前はいい奴だな」

 

 

 小さく笑みを浮かべ、隣に座る春陽の頭を優しく撫でる。

 母性あふれるその姿は、死んだ詩音を彷彿とさせる。

 普段は身長差のある二人だが、今この瞬間は二人に差など決して存在しない。

 

 

 「辛い時は辛いってちゃんと口にしろ。二人だけの時は、わたしが全部受け止めてやる」

 

 「………………すみません」

 

 

 春陽は頭をクルミの肩に預ける。

 彼女も嫌がる素振りなどは一切見せず、クルミのそばでポロポロと涙を流す春陽。

 それからは互いに口を開くこともなく、時間だけが過ぎていった。

 ただ一定のリズムでそっと頭を撫でること。

 春陽にとってそれはこれ以上ない癒しの時間となった。

 

 

 それからしばらくして本格的に雨が降り始め、もうお客は来ないと判断したミカは店を早々に閉めた。

 店には千束以外の従業員が集まり今後の相談を行う。

 内容はもちろん、千束の今後についてだ。

 

 

 「アラン機関、吉松シンジ──────彼らに関する情報は僕を持ってしても掴めなかった。あの人工心臓をもう一度手に入れれば理想なんだが……………」

 

 「あると思いますか?」

 

 「間違いなくある。断言していいだろう」

 

 「奪い取るしか方法はないんですね」

 

 

 そうなると、吉松及びアラン機関との全面戦争は避けられない。

 今後のことを考えると得策とは言えないだろう。

 

 

 「けど、なんで千束を狙うの?せっかく支援したのに無駄になるだけじゃない」

 

 「使命を果たさないから、処分する気なんだろう」

 

 「それならあの看護師が殺してるはずです」

 

 「千束ちゃんをあえて生かし、人工心臓だけを破壊したもの合点がいきますね」

 

 「あの日武器を受け取った真島とも繋がっている可能性が高い。動きが派手な奴を追えば自ずと吉松に辿り着けるだろう」

 

 「ボクと」

 

 「私が」

 

 「「作戦に参加します!!」」

 

 

 二人して目を合わせる。

 千束がこれからも生きられるようにするためだ。

 断る理由なんて微塵もない。

 

 

 「千束のためだ。僕も裏からサポートする」

 

 「私も協力するわよ」

 

 「もちろん俺もだ」

 

 

 全員の思いは一つ。

 千束を助けること、ただそれだけだ。




今回は原作だと9話あたりです。

ここから二人はDAへ戻り真島討伐作戦に参加します。


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第十九話 Catastrophe

リコリスの漫画があることをつい最近知りました。

やっぱ、面白いですよね。
二期は……………まあ、ありえないか。
OVAに期待ですね。


 DAを出てからおよそ半年。

 季節は、テレビをつければ歌の祭典や笑ったらお尻をしばかれる番組が放送されているところまで来ていた。

 しかし、リリベルたちにそのような娯楽の時間はない。

 外界から閉ざされたこの空間でできることは、訓練、訓練、訓練。

 淡々とした日々をDAの為に過ごすのは、春陽にとって苦痛以外の何ものでも無かった。

 

 

 (つまらない)

 

 

 そんな退屈な日常に春陽は飽き飽きとしていた。

 

 

 「よお、劣等生」

 

 

 訓練後の休憩中。

 胡座をかく春陽にニヤけ面で近づいたのは、かつて春陽に模擬戦で完膚なきまでに叩きのめされたリリベル、小田巻だった。

 

 

 「久しぶりだね、小田巻くん」

 

 

 春陽は何食わぬ顔で返事を返すが、小田巻は気に入らなかったようで。

 

 

 「チッ、その済ましたような顔がいちいちムカつくんだよっ!!」

 

 

 怒りに任せブンッと春陽の顔面に向けて右腕を振るうが、片手で軽々と受け止めた。

 

 

 「今の動きを見る限り、どうやら傷の痛みは引いたようだね」

 

 

 人差し指で自分の右肩をちょんちょんと小突く春陽。

 かつて模擬戦で切り裂いた傷をを、肩から太腿までスッとなぞる。

 

 

 「こちとらオマエの顔を見ただけで傷が疼いて仕方ねェ。『今、ここで、ぶち殺せ!!』と囁いてくるんだ……………!」

 

 「そっか。大変だね」

 

 「おちょくってんのかっ!!ああ!?」

 

 「別に」

 

 

 パッと手を離し、春陽は立ち上がり二人は睨み合う。

 激昂する小田巻に対し春陽は終始冷静だ。

 休んでいたリリベルたちが遠巻きに二人を見ている。

 

 

 「訓練なんてやめだ、やめっ!!模擬戦(あんとき)のかりを今ここで返させろ!」

 

 「それを決定する権利はキミにはないよ」

 

 「言ってろ。今からここが戦場だ!!」

 

 

 小田巻が大きく腕を振りかぶったその時だった。

 

 

 『全リリベルに告ぐ。訓練を中止し、至急ミーティングルームに集合せよ。繰り返す。至急──────』

 

 

 そのアナウンスが流れ、遠巻きに見ていたリリベルたちは駆け足でこの場を後にする。

 小田巻も不服そうに舌打ちし、その指示に従い背を向ける。

 

 

 「命拾いしたな」

 

 「そのようだね」

 

 

 それはこっちのセリフだ、と言わんばかりに返し二人もミーティングルームへと向かう。

 しばらく歩きたどり着いたそこには、全リリベルに加え、壇上には司令の虎杖がいた。

 席は先ほど騒動を起こした小田巻の横しか空いておらず渋々そこに腰を下ろす。

 

 

 「ご苦労。諸君」

 

 

 虎杖の言葉に、リリベルたちは全員その場に立ち上がり頭を下げる。

 対し、春陽は腕を組み腰を下ろしたまま虎杖を見る。

 一瞬目があったが、触れることなくリリベルたちも腰を下ろし本題へと入る。

 

 

 「まずは、この映像を見てもらおうか」

 

 

 虎杖の後ろにある大きなモニターに一人の男が映り込む。

 緑髪のテロリスト、真島だ。

 春陽は目を大きく見開き、驚いた様子を見せながらその映像を見る。

 その内容というのが大まかに言えば、リコリス及びDAに対する宣戦布告。

 どうやらリコリスの存在を世間に公表したらしく、発砲している様子が映し出されていた。

 これでは、リコリスは完全に危険な存在として認知されていることだろう。

 

 

 「ご覧の通り、テロリストによってリコリスの存在が示唆しれてしまった。これは由々しき事態だ。何としても秘匿する必要がある」

 

 

 ピッとモニターの電源を切り、虎杖はさらに話を続ける。

 

 

 「このテロリストに加え、街にも、かつて行方しれずとなっていた1000丁の銃がばら撒かれ未曾有の危機に陥っている」

 

 

 虎杖の話を聞きリリベルたちはざわめく。

 万が一、その銃で暴れられでもすれば被害は甚大だ。

 本来はリコリスたちが秘密裏に任務にあたるのだが、事態が深刻なのは全員が理解している。

 暴動鎮圧のための出動。

 そのための作戦会議だと誰しもそう考えていた。

 

 

 「キミたちに任務を与える。これはDA存続にも関わる超重要案件だ。心して遂行するように」

 

 

 前リリベルの視線が虎杖に集まる。

 

 

 「これから行うのは、世間に知れ渡ってしまったDAの隠密部隊 、リコリスの処分だ」

 

 

 その言葉に、場が再びざわめいた。

 怒りの表情を浮かべ、勢いよく立ち上がった春陽が反抗する。

 

 

 「納得できません!!処分するのはリコリスではなく、銃を持った危険な一般人とテロリストでしょう!?」

 

 

 そんな春陽に対し虎杖は冷たい視線を送り応対する。

 

 

 「もちろんそれもリリベルが受け持つ。リコリスを処分した後にな」

 

 「それも上層部の考えなんですね」

 

 「その通りだ。拒否する権利はキミにはない」

 

 「バカげてる…………そんなにあなた方の願望とやらが大切なんですか!?」

 

 「おいっ、いい加減にしろや」

 

 

 隣にいた小田巻は春陽の頭を掴み、机に向けて勢いよく顔を打ちつけた。

 他のリリベルたちも体を抑え、指一本動かすことのできないよう締め上げる。

 

 

 「司令の命令は絶対だ。テメェも本部のリリベルに戻ったんなら言うこと聞け。バカが」

 

 「くっ……………!」

 

 

 鋭い眼光を虎杖に向けるが、彼は表情を一切変えることはない。

 

 

 「作戦は今日、これから行う。作戦指揮は篠原 春陽。キミが指揮を執れ」

 

 「なっ!?」

 

 「司令!!何故こいつなんですか!?この劣等生は──────」

 

 「私の命令は絶対だ。さっきキミが言った言葉じゃないのか?小田巻くん」

 

 「くっ………………」

 

 「お言葉ですが司令。ボクはあなた方の指示を受けるつもりはないですよ。リコリスたちは絶対に殺さないし、殺させない。ボクに作戦指揮を執らせるということはそういうことですよ?」

 

 「無論承知している」

 

 

 虎杖がそばにいた士官に視線を送り、その男が春陽にゆっくりと近づく。

 手には腕輪のようなものが握られていて、拘束されている春陽の両腕にそれを取り付けた。

 

 

 「これは?」

 

 「試しに受けてみるがいい」

 

 「一体何を─────」

 

 

 虎杖は壇上に置いていたタブレットをタップすると、無理矢理つけられた腕輪から高圧電流が流れ春陽を押さえつけていたリリベル諸共その痛みを受ける。

 あまりの威力に全員がその場で倒れ込み、痛みを感じない春陽でさえ痺れて動けなくなってしまった。

 

 

 「こんなものまで、用意していたとは……………」

 

 「キミが不用意な考え、動きをした瞬間作動するようにできている。もちろんこちらからでも動作可能だ」

 

 「全く。無意味なことを」

 

 「余興もこれで終わりだ。本題に入る」

 

 

 倒れ込むリリベルたちをよそに、虎杖は説明を始めた。

 概要としては、まずDAがハッキングされ垂れ流しになった放送を取り返した後、延空木にいるリコリスに急襲をしかけ全員始末する。

 最後に真島率いるテロリスト共を一網打尽にしようというものだった。

 雑ではあるが、緊急な任務のため致仕方がない。

 それに突如現れるリリベルを目の当たりにしたら、リコリスたちは怯んで隙が生まれる。

 小銃を持ち、常日頃訓練に励む彼らにとってその一瞬の隙があれば難なく始末できるというもの。

 優秀だから複雑な作戦はいらない。

 強いからこそ、シンプルにやるのが一番なのだ。

 

 

 「以上、作戦会議を終わる。直ちに飛行船に乗り込み戦闘体制を取れ。解散」

 

 『はいっ!!』

 

 

 リリベルたちは立ち上がり、準備を始める。

 春陽と共に電流を浴びたリリベルたちもゆっくりとではあるが、部屋を後にする。

 ミーティングルームには直にその電流を浴び未だ痺れて動けない春陽と壇上にいる虎杖だけが残った。

 

 

 「何故、我々に抗う?」

 

 

 その問いに、春陽はキッパリと答える。

 

 

 「気に入らないから。ただそれだけですよ」

 

 

 ニヤリと笑う春陽に対し、虎杖は顰めっ面になる。

 

 

 「そこまでしてリリベルであり続ける目的は何だ?」

 

 「合法的に人殺しが認められているからです。ボクの大切なものを守るために、例え殺人を犯してでも、ね」

 

 「未だ一人も殺せていない男が何を言う」

 

 「そうするまでもなかっただけです」

 

 「ふんっ。殺す度胸がないだけだろう?」

 

 「試してみますか?あなたの命で」

 

 

 春陽の目は本気だ。

 時間も経ち痺れが取れてきた今、虎杖の首を簡単に刎ねるのは造作もないこと。

 それは、十数メートル離れた位置にいる虎杖もわかっていることだ。

 

 

 「やめておこう。今死ぬには、まだ早すぎるからな」

 

 「そうですね。あなたの血で先生から譲り受けた大事な薙刀を汚すわけにはいかない」

 

 

 春陽はゆっくりと立ち上がり、身体中についた埃を軽く払いそばに置いてあった薙刀を手に取る。

 

 

 「くれぐれも、私を失望させてくれるなよ」

 

 「あなたの方こそ。そのボタンを押してボクを殺さないでくださいね」

 

 

 決してこの作戦を遂行する気はない春陽ではあるが、それは虎杖自身もわかっていること。

 腕輪での矯正が、二人の歪な関係を表している。

 そして、それ以上言葉を交わすことなく二人は別々に歩き始めた。

 片方は、大いなる野望のため。

 もう片方は、小さな望みを守るため。

 

 それぞれの想いを胸に飛行船は離陸した。




……………とか、───────を極力使わないようにしてるけど、なかなかこれが難しいんですよね。

皆さんの執筆した作品を見ても、自分とは全然違くて読みやすいなぁと感じた今日この頃でした。


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第二十話 Reluctantly agree

あけましておめでとうございます。

今年も山本イツキをよろしくお願いします。


 離陸した飛行船は延空木へと向かう。

 全員が俯き任務に向け精神統一する中、春陽は一人、虚の瞳で窓から見える景色を眺めていた。

 一面真っ青の広々とした空。

 そこはなんのしがらみもない、自由の象徴とも言える領域だ。

 リリベルとは対となる。

 

 

 (みんな、無事かな)

 

 

 別れてしばらく経つ喫茶リコリコの面々を心の中で気にかける春陽。

 千束はともかく、たきなは今まさに任務を遂行している最中だろう。

 そんな彼女が今回の処分対象。

 従う気なんてとても──────

 

 

 「……………ッ!?」

 

 

 途端、腕輪は春陽が不用意な考えを行ったと見做し体中に高圧電流を巡らせた。

 バタリッ、と飛行船の床に倒れ込む。

 

 

 『いい加減諦めたらどうだ?篠原 春陽』

 

 

 備え付けられたモニターに本部にいる虎杖の姿が映し出される。

 どうやら、システムが作動したのを確認したようだ。

 

 

 「一体、なんのことですか?」

 

 『とぼけても無駄だ』

 

 「こんな装置をつけた状態のまま任務を遂行しろなんて、不可能だと思いますが」

 

 『反逆者(キミ)を縛るにはいい道具だ。それが原因で死んだのなら、それまでの人間だったということだ』

 

 

 あくまで春陽は使い捨ての兵隊。

 冷たい態度話す虎杖は彼を、いや、リリベル全員をそのように認識しているのだ。

 

 

 「ボクは死にませんよ。必ず生きて、彼女たちも助け─────ッ!!!」

 

 

 再び、装置は作動し春陽を苦しめる。

 

 

 『懲りない男だ』

 

 

 虎杖はそう言い捨てモニターは切れた。

 床に突っ伏した春陽は苦しみながらも、誰にもみられるように口角を少しだけ上げる。

 

 

 (死なせない……………リコリスたちは、必ず………………!)

 

 

 その考えを察知し、腕輪はさらに電圧を上げ春陽を苦しみ続けた。

 

 

 

……………………

 

 

…………

 

 

 

 空を渡っていた飛行艇は延空木に辿り着き、司令部から伝えられたリコリスが固まる場所へと、春陽を先頭に駆ける。

 

 

 「いいですか?リコリスたちを殺すことは容認しません。必ず生け捕りにしてください。これは命令です。背けばあなた方の命はないと考えてください」

 

 

 脅し、とも取れる言葉を伝え各班散った。

 一つはメインコントロールルームへ。

 一つは死体の回収及び各個にたったリコリスの処分へ。

 そして春陽が指揮する班は、捕えられた真島のいる展望台へ向かった。

 久方ぶりに再開したその男は無惨にも意識を失っており、千束やたきなが使用する拘束銃の弾で縛られていた。

 

 

 「起きろ」

 

 

 石突で真島の頭をつき、後ろに控えるリリベルも奴へ銃口を向ける。

 

 

 「3秒経つ前に起きてください。でなければ、その首を刎ねます。3、2、1 ──────」

 

 

 薙刀を振りかぶると、小さく笑いながら真島が俯いた顔を起こし春陽を見る。

 

 

 「全く、もう少し寝かせてくれよ」

 

 「どうやら負けたようですね。たきなちゃんに」

 

 「それだけじゃねぇよ。アランリコリスもご一緒だ」

 

 「アランリコリス………………まさか!?」

 

 「そうだ。ククッ」

 

 

 アランリコリス、つまり千束もここへ来ていたらしい。

 上層部は春陽との約束を破った。

 怒りが込み上げ、すぐさま連絡を取る。

 

 

 「司令!!話が違います!!」

 

 『錦木 千束が勝手にやっただけだ。私たちが指示をした謂れはどこにもない』

 

 「そうですか、あくまでシラを切るつもりだと……………」

 

 『任務に集中しろ。真島を屋上で待機してる護送船に連れて行くのだ』

 

 「……………わかりました」

 

 

 上層部の命令は不本意だが、この男が危険なことは事実。

 拘束具を外そうと真島に近づいたその時だった。

 

 

 

 グサッ!!

 

 

 

 「…………………ッ!?」

 

 

 背後から忍び寄るはずのない影。

 リリベルの一人が春陽に向けナイフを突き立てたのだ。

 目の端でその姿を捉え致命傷は避けたものの、殺意を込めたその刃はあと数センチズレていれば確実に心臓へ刺さっていただろう。

 間一髪。

 まさに紙一重だった。

 

 

 「クッ………………!」

 

 

 刺してきたリリベルの肩を突き、遠ざけるも他のリリベルが春陽を殺そうと銃口を向ける。

 

 

 『しぶとい男だ』

 

 

 背後のモニターの電源が入り、虎杖の姿が映し出された。

 

 

 『キミは痛みを感じないのだろうが所詮は "人" 。急所は同じだ』

 

 

 殺すことは容易い。

 そう言わんばかりの口ぶりだ。

 

 

 「真島もろともボクを処分するおつもりですか」

 

 『その通りだ。キミの存在は我々にとって癌と同等。今すぐにでも除去しなくてはならない』

 

 「散々手懐けようとした結果、それが叶わずボクを殺そうと……………自らを無能だと証明するようなものだと思いますが?」

 

 『なんと言われようと構わない。キミはここで死に、その存在を無かったことにするのだからな』

 

 

 虎杖は春陽の両腕につけた腕輪を起動させ高圧電流を流す。

 殺すことを厭わないその威力の前に春陽は膝をついた。

 

 

 「おいおい。仲間割れならよそでやれよ」

 

 

 不服そうに真島はリリベルたちを見る。

 

 

 「目の前にいるのは誰だ?10年前、電波塔でテロ行為をした犯罪者だぜ?殺すならまずは俺からじゃねぇのか」

 

 

 拘束具を外し、首をコキッと鳴らしゆっくりと立ち上がる。

 

 

 「俺を縛り付けるにはちょっとばかし足りなかったようだな」

 

 

 ニッと白い歯を見せると、服に仕込んでいた小型の煙幕を下に投げつけ視界を遮ると颯爽とこの場から逃げ出した。

 片腕には春陽が抱きかかえられている。

 

 

 「コイツは借りてくぜ」

 

 

 そう言い残し去った。

 数十秒後に映る視界に二人の姿はなく、その場にいたリリベルたちは2人の捜索を開始した。

 

 

 命かながら逃げた二人はとある小さな倉庫へと身を隠す。

 

 

 「おい。生きてるか?」

 

 

 瞳を閉じ、動けずにいる春陽に声をかける真島。

 

 

 「……………なんで、助けた……………」

 

 

 痛みはないが痺れて動けない春陽はキッと助けた恩人に鋭い視線を向ける。

 

 

 「お前、俺と手を組む気はないか?」

 

 「………………断る」

 

 「なんだ。ケチなプライドでそんなこと言ってるわけじゃないだろうな?」

 

 「どれだけ、時間が経とうが……………お前は、詩音を殺した、犯罪者だ……………」

 

 「なるほど。恨み、ね。言っとくが、俺たちの計画を潰しにやってきたのはお前たちだ。当然、殺される覚悟もあったはずだ」

 

 「詩音は、殺されるべき人じゃなかった……………真に死ぬべきなのは、弱い、このボクだった………………」

 

 「へぇ」

 

 

 退屈そうに話を聞くこの男は懐から銃を取り出し春陽に向ける。

 

 

 「じゃあ。今ここで死ぬか?」

 

 

 脅しなどではない。

 本気の目だ。

 

 

 「…………ボクの死に場所は、ここじゃない」

 

 「なら、お前の選択肢は一つ。この俺と協力して延空木を脱出する。それしかないだろ?」

 

 「なんで、お前みたいな犯罪者と……………!!」

 

 「ハッ、こっちだって願い下げだ。だが贅沢も言ってられないのはお前も同じだろ?」

 

 「……………………」

 

 

 今の春陽には頼り甲斐のある相棒もいなければ、電脳戦でサポートしてくれる仲間もいない。

 それを分かった上で真島は提案しているのだ。

 立場上、春陽は圧倒的不利に立たされている。

 

 

 「………………一時休戦なら」

 

 「いいぜ。のった♪」

 

 「ただし、全て片付いたら、お前を殺す」

 

 「ククッ。やってみろ」

 

 

 春陽はゆっくりと立ち上がり真島の正面に立つと、両腕をその男の方に差し出した。

 

 

 「なんだ?」

 

 「協力するための条件。コレがある限りボクは本気を出せないから、その銃で破壊してくれ」

 

 「OK。両腕がぶっ壊れてもしらねぇぞ」

 

 「そうなったらボクもお前も死ぬだけだ」

 

 「上等だよ」

 

 

 パンッ!

 

 

 パンッ!

 




現実でも上司に裏切られるなんてことはザラです。


春陽の怒りはもっともだと思います。

そんな彼を宥めてくれる人がそばにいれば…………


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第二十一話 The worst and strongest Puppet

 真島と別れた春陽はリリベルたちを止めるべく、旧電波塔を直走る。

 

 

 「あの男…………………」

 

 

 結局真島は春陽を殺したり、痛めつけるようなことはせず、腕輪だけを狙い撃った。

 数発撃ち込んだおかげで腕輪は完全に機能停止となり、これで晴れて自由の身となった。

 強引な手段を取ると爆発する仕掛けがあるかもしれないとも考えたが、万が一が起きても真島を道連れにできるならそれでいい。

 それぐらいの気持ちで真島に身を委ねたのだ。

 その後の奴の動きはわからない。

 とにかく互いの野望のために都会って別行動することになったけれど春陽のやることは変わらず、リコリスの救助のみである。

 

 

 「アレは………………?」

 

 

 見覚えのあるその姿を見て、そばへと駆け寄った。

 

 

 「吉松さん!」

 

 

 戦闘服のようなものを身に纏った女性に肩を掴まれながら、弱々しい顔つきで春陽を見る。

 

 

 「キミは確か…………」

 

 「喫茶リコリコの篠原 春陽です!そのケガ、どうしたんですか!?」

 

 

 吉松の胸部に目をやると、多量の血が流れた跡があり高そうなスーツが真っ赤に染まっていた。

 数秒の沈黙の後その質問に答える。

 

 

 「キミが知る、必要は、ない」

 

 「まさか、リリベルが?」

 

 「違う」

 

 「じゃあ、誰が?」

 

 

 吉松は撃たれた胸部を押さえ、一呼吸おいて答える。

 

 

 「─────千束だ」

 

 「千束ちゃんが!?」

 

 「彼女は………危険だ。あの目は、本気、だった」

 

 

 怯えたような表情で話す吉松。

 あの心優しい千束が?

 相対する考えが脳内を巡る。

 

 

 「彼女が吉松さんを殺そうとしたんですか」

 

 「……………ああ。おそらく、私が、DAの機密情報を、知ってしまったからだろう。偶然、だったとはいえ、不運な出来事だった」

 

 「そのために、千束ちゃんを」

 

 

 考えられないが、ありえない話でもない。

 実際リコリスの存在が公になって困るのは千束だ。

 本部の命令に従うことはないだろうが、それに近いことをやる可能性はある。 

 撃った千束も悪いが、指示した本部はそれ以上。

 怒りに似た感情が沸々と湧いてくる。

 

 

 「……………確かに、リコリスにとってあなたは危険な存在と認識したんでしょう。だけど、殺すの間違ってる!!」

 

 「千束を、どうする気だ?」

 

 「説得します。一筋縄ではいかないでしょうけど、最悪の場合、武力行使もやむおえないでしょう」

 

 「いいか。手加減を、してはいけない。一瞬の、気の緩みが、命取りになる」

 

 「ご忠告感謝します」

 

 

 吉松に頭を下げ、この場をさる春陽。

 

 

 (クソッ、何がどうなってるんだよ…………)

 

 

 虎杖に裏切られ、千束は吉松を殺害しようとし、真島とは協力関係にあるこの状況に春陽は困惑している。

 あり得ない事態に思考が追いついていないのだ。

 リリベルや真島に関しては特別気にしているわけではないが、千束やたきなにも裏切られたのであれば春陽の心傷の深さは計り知れない。

 そんなことが起きないことを願うばかりである。

 

 

 一方、深傷を負わされた吉松はというと───────

 

 

 「なぜあのような嘘を?」

 

 

 そばに居る女がそう問いかける。

 

 

 「……………千束が言ったことは、全て、綺麗事だ。私は、到底納得できない」

 

 「こだわるんですね。彼女に」

 

 「いいや。あの娘は、もういい」

 

 「もういい?」

 

 「ああ」

 

 

 フッと小さく笑みを浮かべる吉松。

 

 

 「彼なら、私の理想を、超えてくれると信じている」

 

 「彼?それはまさか─────」

 

 

 女の言葉を遮るように二人の目の前に現れたのは、筋骨隆々とした体格の男、ミカだった。

 

 

 「シンジ………………」

 

 

 信じたくなかった、と言わんばかりに悲しい表情を見せるミカ。

 

 

 「どうやら、私もここまで、らしい」

 

 「どうしますか」

 

 「………………彼に、全てを託すとしよう」

 

 

 二人の運命はこの判断を持って決まった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 旧電波塔を出た春陽は、別行動していた真島を連れ奴の飛行船で上空を飛ぶ。

 

 

 「これからどうする気?」

 

 

 後ろで脚を組んで居座る真島に問う。

 

 

 「決まってる。革命だ」

 

 「そのためにリコリスは全員殺していいとでも?」

 

 「ああ。奴らがいなくなればDAは機能しなくなって、これまで隠蔽され続けた闇が浮き彫りになる。奴らが望んだ薄汚い平和なんてあっという間に瓦解されるだろう」

 

 

 真島は今の世の中に疑問を抱いている。

 秩序を守るためならどんな手段も厭わないDAに嫌悪しているのだ。

 

 

 「まあ、自らリコリスを消そうとしてる連中もいるようだが」

 

 「…………………」

 

 「オマエもその一員だったんだろ?なんで殺されそうになってるんだ?」

 

 「散々、反抗してきたからその報いが来たんだろう。ボクも今ではお前と同じお尋ね者だ」

 

 「ハッ。言うなれば、組織の異端児ってとこか。それで?オマエの目的はなんだ?」

 

 「リリベルの暴走を止める。リコリスは誰にも殺させない」

 

 「どうやって」

 

 「………………この手を汚してもだ」

 

 「いいねえ♪」

 

 「ボクの邪魔をするようならオマエもその対象になる。言葉次第では、今ここで処分する」

 

 

 手負いの真島は今の春陽に敵うことはない。

 一瞬で、殺される羽目になるだろう。

 

 

 「俺が手を下すことはもうないから安心しろ。リコリスという存在を炙り出すことには成功したんだからな」

 

 

 奴の目的は既に達成されている。

 あとは千丁の銃を持った一般人が暴れでもしたら一気にパンデミックが起こり平和な日常は崩れ去る。

 そして、これまで暗躍していたリコリスは同じ組織のリリベルによって始末される。

 これでDAの戦力は半減し、残りのリリベルも同様の手口を使えば簡単に殺せるという真島の筋書きは概ね正しい。

 リリベルといえど、所詮は人。

 武器はもてど殺すことは容易い。

 

 

 そう話していると延空朴へと辿り着き、飛行船を着陸させる。

 

 

 「俺は少し休む。まあ頑張れよ」

 

 「言われなくても」

 

 

 適当なエールを流し春陽は延空朴へと入る。



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第二十二話 Alter Ego

 延空朴を駆け回る春陽。

 途中、シャッターの前で立ち往生するリリベルたちの姿が目に入り割って入る。

 

 

 「待て!!」

 

 

 その声にリリベル達が振り向く。

 

 

 「春陽ぃ?」

 

 

 小隊の指揮を取る小田巻が不服そうな顔を見せる。

 

 

 「この先にリコリス達がいるんだね」

 

 「そうだけど?」

 

 「ここはボクが引き受けます。みなさんは下がってください」

 

 

 春陽のその一言にざわつくリリベル達。

 

 

 「ちょっと待てよ。テメェ、自分が今どんな立場にいるのか分かってるのか?」

 

 

 この場にいる全員が春陽に銃口を向けた。

 彼もリコリス同様処分対象だということは周知していたらしい。

 そんな中、春陽は小田巻の銃口に額を当て淡々と言葉を発する。

 

 

 「ボクを殺せるなら引き金を引いて構わない。けど、その程度でボクを殺せないことは小田巻くん。キミが身に沁みて理解してるんじゃないかな?」

 

 「クッ……………!!!」

 

 「リコリスはボクが対処します。邪魔する人は容赦しないのでご注意を」

 

 

 眼力で威圧し、リコリス達のいるメインコントロールルームへの道を切り開く。

 リリベル達が傍からその様子を見守る。

 

 

 「リコリスのみなさん。ボクはあなた方を処分する気は一切ありません。上層部(うえ)ともすでに交渉済みです。そこから出てきていただけませんか?」

 

 『………………』

 

 

 扉の向こうにいるはずの人物達から返事は返ってこない。

 

 

 「そんなハッタリ通用するわけねぇだろ。バカが」

 

 

 ため息混じりに小田巻がそう漏らす。

 他のリリベルも似たような反応だ。

 

 

 「それなら、ここにいるリリベルをボクが全員処分します。もし達成できたらボクの言葉を信じていただけますか?」

 

 

 唐突の提案、それも春陽の身勝手な考えに全員が反発する。

 

 

 「ふざけんな!!」

 「テメェに殺されてたまるか!」

 「リーダーぶってんじゃねぇぞ!処分対象が!!」

 

 

 やいやいと喚き散らすリリベル達の言葉を聞き流すと、閉じられていたシャッターがゆっくりと開き出した。

 シャッターの先が見えるところまで上がったその先には、拳銃を構えるリコリスの姿が全員の目に映った。

 

 

 「そんな虚言。信じられるわけないっすよ!!」

 

 

 ニッと白い歯を見せながら放ったリコリスの弾丸は、そばにいた二人のリリベルに向かうが薙刀で一刀両断する。

 

 

 「マジっすか!?」

 

 

 人間離れした技に驚くリコリス。

 

 

 「交渉決裂、か。まあ当然といえば当然かな」

 

 

 やむを得ない、といった様子で春陽もまた戦闘体制を取ると、階段途中にあるスペースから見慣れたファーストリコリスが姿を現した。

 

 

 「あれ?春陽じゃん」

 

 「千束ちゃん……………」

 

 

 突如現れた千束に対し、驚きつつもどこか悲しそうな。

 そんな表情を浮かべる春陽。

 

 

 「リリベルがリコリス(わたしたち)を殺しに来るとは聞いてたけど、まさか春陽が相手とは」

 

 「あれ?春陽じゃないですか」

 

 

 ひょこっとたきなも顔を出す。

 

 

 「これは一体どういうことですか?」

 

 

 鋭い目つきでそう問いかけるたきな。

 しかしそんな彼女この言葉を右から左に流し、千束の方をジッと見る。

 

 

 「千束ちゃん。さっき吉松さんを撃ったらしいね」

 

 「あー、アレは仕方なかったんだよ。向こうも私たちを撃ってきたもんだからさ」

 

 「それでも殺そうとはしたんだ」

 

 「春陽。それは吉松が──────」

 

 「たきなちゃんには聞いてない!!!」

 

 

 春陽の声が狭いこの空間の中で響く。

 

 

 「次に口出ししたら、怒るからね?」

 

 

 普段とは異なる彼の言動に二人は驚いた表情を見せる。

 

 

 「残念だよ、千束ちゃん。不殺を心情としていたキミが大事な常連さんを殺そうとするなんて…………」

 

 「誤解です!春陽─────」

 

 

 たきながそう話そうとした途端、春陽は服の内ポケットからビー玉程の大きさの鉄球を出し指で弾いた。

 それはたきなの頬を掠め、数十メートル後方の壁にめり込んだ。

 当たれば致命傷は避けられなかっただろう。

 

 

 「……………ッ!!」

 

 

 驚いた表情を見せるたきなも応戦するように、銃口を春陽に向けた。

 

 

 「二人ともやめて!」

 

 「しかし!春陽の敵意は明らかです!!」

 

 「それでもダメ!」

 

 

 涙目になり必死に訴えかける千束。

 しかし、虚の瞳で彼女を見る春陽にその言葉が響くことはない。

 

 

 「春陽、どうして………………」

 

 「どうして、か。そう問いかけたいのは、()()の方だ」

 

 「オレってまさか!!」

 

 

 スッとメガネを外し、丸くて優しい目は鳴りをひそめ、鋭い目つきが二人を見る。

 

 

 「よお。この状態で話すのは地下格闘技以来か?」

 

 

 春陽は自らの意思でバーサク状態に入ったのだ。

 

 

 「何が目的ですか!!」

 

 「別に、何も」

 

 

 何食わぬ顔でそう答える男。

 

 

 「春陽、ヨシさんに何を吹き込まれたの」

 

 「リコリスの機密事項を知ってしまいオマエに殺されかけた、と。そう言われた」

 

 「それを信じたんですか!?」

 

 「別に信じちゃいねェよ。オレが失望したのは錦木 千束。テメェだ」

 

 「私?」

 

 「オマエはこれまで誰一人として殺人を犯さなかった。そりゃあもう感心したもんだ」

 

 「…………ずっと気になってたんだけどさ」

 

 「あぁ?」

 

 「アナタって、春陽の何なの?」

 

 「オレか?そうだな」

 

 

 男は考える素振りを見せ、すぐさま答える。

 

 

 「別の肉体で生まれるはずだった春陽(コイツ)の兄弟、といったところか」

 

 「兄弟?」

 

 「信じられません。アナタと春陽では性格が違いすぎます」

 

 「そう憎悪を向けるな、井ノ上 たきな。テメェは余計な口出しさえしなければ殺されずに済む。黙って傍観してろ」

 

 「拒否します。私にだって話す権利はあるはずです」

 

 「組織に見放された虫ケラが。今ここで駆除してやろうか?ああ?」

 

 

 髪を逆立たせ、淡青色の闘気を見に纏う春陽。

 百戦錬磨とも言える雰囲気をかもちだす彼にたきなは臆することなく引き金を引く。

 弾は春陽の眉間に向かってまっすぐ突き進むが、再び鉄球を弾き軌道を変えると、一っ飛びで階段を越え石突でたきなの腹部を突き、後方へ吹き飛ばす。

 

 

 「ゴホッ!」

 

 

 口からは血を吐き、勢いそのままに壁に激突した。

 

 

 「たきな………………ッ!!」

 

 「動けばオマエの首を刎ねる」

 

 

 矛先を千束の喉元へ向けると、抵抗することなく降参のポーズを見せる。

 

 

 (リリベルにリコリス。全員ぶっ殺すのが手っ取り早いが、春陽がそれを許すわけねェ。面倒だ)

 

 

 二人に注目が集まる中、春陽は全員に聞こえる声の大きさで話を始める。

 

 

 「今からこの女と二人きりにさせてもらう。首を突っ込んでくる奴は容赦なくぶち殺す。たとえ誰であろうとな」

 

 

 そう言い残し、千束を連れコントロールルームへと入る。

 扉を開かないように設定すると、彼女を椅子に座らせ自分はその対面に腰を下ろした。

 もちろん、抵抗されないように銃は回収してある。

 

 

 「ねえ、話す前に一つ聞いていい?」

 

 「なんだ」

 

 「アナタは本当に春陽じゃないの?」

 

 「ああ。別人だ」

 

 「じゃあさ、名前とかないの?」

 

 「ない。互いに名前を呼ぶ間柄でもないからな」

 

 

 トントン、と頭を指でこづく男。

 

 

 「じゃあ─────秋月(あつき)

 

 「ああ?」

 

 「アナタの名前。春陽とは正反対だから、秋月。どう?よくない?」

 

 「春と陽の逆が秋と月ってか」

 

 「気に入らなかった?」

 

 「別に。好きに呼べ」

 

 

 小さく笑みを浮かべる千束とは対照的に男、改め秋月は憮然とした表情を変えない。

 

 

 「それじゃあ本題だ。何故、吉松を狙った」

 

 「…………ヨシさんが、私の代わりになる心臓を持ってたの」

 

 

 まとめるとこうだ。

 吉松はアラン機関の人間で、幼少期の千束を生かした張本人だった。

 そして彼女の役割を果たさせるために殺させようとし、怪我を負ったらしい。

 結局吉松を取り逃し、春陽と再開したというわけだ。

 いつもは太陽のように煌びやかな笑顔が眩しい千束が俯き、小さくしゃべるその姿に嘘偽りないと秋月は判断した。

 

 

 「やはり嘘だったか」

 

 「春陽は信じてなかったの?」

 

 「奴は心が未熟だ。人を疑うことを知らん」

 

 「きっと、後悔してるよね」

 

 「ああ。井ノ上 たきなに危害を加えようとしたことを、今ここで頭抱えて唸ってるとこだ」

 

 

 再度頭をこづく夏月。

 今度1発殴ってやれ、と千束に伝えると秋月は立ち上がり扉の前に立つ。

 

 

 「どうやらオレはリリベルに不要な存在になったらしい。今やリコリスたちと同じ処分対象だ」

 

 「何をする気?」

 

 「向かってくるやつをぶち殺す。逃げたところで何の解決にもならんからな」

 

 「春陽はそのことに賛同してるわけじゃないよね」

 

 「ああ。今にもオレと入れ替わろうと足掻いてるところだ。無駄だがな」

 

 「秋月が殺しても、私たちからしたら春陽が殺したようにしか見えないんだよ。春陽の思いも汲み取ってあげて」

 

 「善処はする」

 

 

 そう言い残し部屋を出る秋月。

 階段の上下で銃口を向ける人間全員に対し、腕を広げ高々と宣言する。

 

 

 「オレを殺したい奴はかかってこい!返り討ちにしてやるよォォォ!!」

 




間話 春陽の脳内にて

「何でたきなちゃんを突き飛ばしたの」

『余計な口を挟むからだ。お前だって鉄球飛ばしただろ?』

「あれで十分だった。手を出す必要はなかったんだ」

『随分勝手な言い草だ』

「次、誰かに危害を加えればボクがボクを殺す。もちろん、キミもボクと地獄に堕ちることになる」

『はあ、それだけは勘弁だな』

「面倒ならボクが変わろうか?メガネさえかけてくれればそれでいいんだけど」

『ハッ、誰も傷つけたくないって言ってオレにその役を押し付けた奴が出しゃばるな』

「それは勘違いだよ。暴れたいってキミがボクを押し除けたんだ」

『………もうどうでもいい。適当に蹴散らしてまた逃げる役はお前に譲るとする』

「譲るというより押し付けるが正しい言い方だよ」

『いちいち細かい奴だ。別の肉体に宿ってたら速攻殺してただろうに』

「なら、出ていっていいんだよ?」

『うるせえ。ほらっ、敵さんが殺意を込めた目でオレたちを見てる』

「殺すことは厳禁。気絶させるだけでいいからね」

『言ってろ。チキンが』


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第二十三話 Dead Man

リコリコ新作アニメーション決定しました。

OVA的なものか、はたまた二期かわかりませんが楽しみでなりません。


またブームを巻き起こすことを期待しています。


 こだまする秋月の声にリリベルたちは緊張感を高め銃口を向ける。

 セカンドリリベルとはいえその身体能力は折紙付。

 接近され、薙刀を一振りすれば自分たちが死ぬことは目に見えている。

 

 

 「んだよ。腰抜供が」

 

 

 つまらなさそうにそう吐き捨てると、階段の上がりきったさきにいるセカンドリコリスが発砲した。

 シャッターが上がったと同時に春陽を撃ったのと同一人物だ。

 発砲音が聞こえると同時に首を傾けるだけで回避し、撃った張本人を見る。

 

 

 「またオマエか」

 

 

 秋月は内ポケットから鉄球を取り出し、狙いをそのリコリスへ向けた。

 

 

 「何で当たらないんすか!?」

 

 「放物線が綺麗すぎる。だから読まれるんだ」

 

 

 勢いよく弾いた鉄球は手に直撃し、痛みからか拳銃を手放す。

 

 

 「っ痛!!」

 

 「安心しろ。大人しくしてりゃあ死にはしねぇよ」

 

 

 再度狙いを変え、動けずにいるリリベルたちへ鉄球を放とうとする秋月。

 

 

 「そこの女は意思を示した。次はテメェらの番だ」

 

 

 それでも尚動かないリリベル数人の額に向け鉄球を放つ。

 クリーンヒットしたリリベルたちはその場に倒れ込み気を失った。

 

 

 「揃いも揃って玉なしか」

 

 

 呆れ果て、そう吐き捨てる秋月。

 三度、後方から銃声が響きその音が鼓膜に届いた頃1発の弾丸が秋月の心臓目掛けて放たれる。

 ノールックで弾丸を鉄球で弾き、振り向きざまに上部を見ると服を血に染めたたきなが荒い息遣いで秋月を睨んでいた。

 

 

 「はあ、はあ!死角からでも、殺せないか」

 

 「無駄な足掻きを」

 

 

 冷めた瞳に映るのは、敵対心剥き出しのかつての仲間。

 春陽はそう考えているが、共に時を過ごさなかった秋月にとって彼女は煩わしい存在でしかなかった。

 

 

 「この際、アナタが誰であろうと構わない。私たちに歯向かうのであれば、容赦しません」

 

 「死に損ないが。今楽に──────」

 

 

 秋月が鉄球を放とうと右腕を構えた瞬間、突如震え出す。

 そして、震えた手を押さえるかのようにもう片方の手で腕を押さえつけた。

 

 

 「何のようだ?春陽(テメェ)

 

 『言ったはずだよ。次、誰かに危害を加えようとしたら春陽(ボク)秋月(ボク)を殺すって』

 

 

 秋月を押さえつけたのは春陽だった。

 

 

 「安心しろ。リコリスは殺さねェよ」

 

 『信用できない。必ずまた、誰かを傷つける』

 

 「なら、無抵抗のまま死ぬか?奴らはオレを殺す気満々だぜ?」

 

 『人を殺めることしか方法がないというのであれば変わるけど』

 

 「ほざけ。臆病者が」

 

 

 側から見れば一人でぶつぶつ言ってるようにしか見えないこの光景をみて、目にする者全員が困惑している。

 

 

 「とりあえずリリベルは全員殺す。それでいいな?」

 

 『良くない。気絶させるだけで十分だよ』

 

 「はいはい」

 

 

 春陽との会話を終え、鋭い眼光をリリベルたちに向ける秋月。

 不服そうな表情を浮かべ、リリベルたちの眉間を狙い鉄球を弾き続ける。

 弾丸とまではいかずとも十分な威力を誇るその弾にリリベルたちが次々と倒れていく。

 

 

 「なんなんだ、アイツ…………」

 

 「ありえないっすよ。人間業じゃないっす」

 

 

 たきなのそばにいるリコリスたちがそう呟く。

 

 

 「そうです、ね」

 

 

 何度もその力を見ているたきな自身、理解できない点は多い。

 3人の元へ、コントロールルームから出てきた千束が駆け足で近づく。

 

 

 「みんな大丈夫!?」

 

 「千束………………」

 

 「千束!あなたの方こそ、大丈夫ですか!?」

 

 「いや血だらけのあんたにだけは言われたくないっての。それで、状況は?」

 

 「…………春陽がリリベルたちを撃退しています。今のうちに、クルミからもらったUSBを」

 

 「そうだね。急ごう」

 

 

 近くにいたリコリスたちは全員、コントロールルームへ入る。

 最後尾は千束が立ち、そばでリリベルを足止めする秋月に対し、小声でそっと伝える。

 

 

 「春陽に渡しておいて」

 

 

 その伝言と共に差し出されたのは、ウォールナットのマークが記されたUSB。

 間違いなくクルミからのものだ。

 

 

 「わかった」

 

 「ポケットに入れとくからね。それじゃあ、足止めよろしく♪」

 

 

 千束は白い歯を見せ、コントロールルームへと戻る。

 しばらく撃ち合いは続き、この場に立っていたのは秋月だけだった。

 リリベルたちは全員、気絶し倒れている。

 

 

 「球は全部使い切ったか。回収しないとな」

 

 

 階段を降りようとしてその時だった。

 スピーカーからとある男の声が発せられる。

 

 

 『まだ抗うか。リリベルの汚点め』

 

 

 その声の主は虎杖だ。

 

 

 「酷い言われようだな。まあ、そんなことを気にするたまじゃねぇぞ?オレも春陽(コイツ)も」

 

 『ほう、オマエがそうか。もう一人の篠原 春陽というのは』

 

 「初めまして、ってか。生憎だが、オレもアンタのことが大嫌いだぜ?おっさん」

 

 『そうか。ではもう交渉の余地はないようだな』

 

 「ぬかせ。先に攻撃してきたのはアンタらだろ。残念だがここにいるリリベルは始末した。次はテメェの番だ」

 

 

 薙刀の矛先をスピーカー越しに虎杖に向ける秋月。

 

 

 『言葉を返そう。残念だがそれは叶わない』

 

 「なぜ」

 

 

 秋月がそう問いかけると、数秒の沈黙の後虎杖が答える。

 

 

 『貴様はここで生き絶えるからだ』

 

 

 そう強く発せられたその言葉。

 確信、ともとれる虎杖の言葉に秋月は鼻で笑って返す。

 

 

 「ハッ、またお得意の不意打ちでもするつもりか?それとも、アンタがオレの相手をしようってのか?」

 

 『勘違いをするな。私如きではキミに武力で勝つことはできない』

 

 「よくわかってるじゃねぇか」

 

 『キミは、いや、もう一人のキミは過去に私にこう言った。『我々はキミを散々手懐けようとしたが叶わなかった』と。それは事実だ。しかし、こうは考えなかったか?()()()()()()()()()()のだ、とは』

 

 「テメェ、何を言って…………」

 

 

 秋月が見つめる先からカツン、カツン、と床を蹴る音が響く。

 その音はだんだんと大きくなり、誰かがこちらに近づいているのがわかる。

 足音が途絶え身構える秋月だったが、突如、パンッ!と銃声が鳴りその弾が彼の腹部に命中した。

 

 

 「チッ!」

 

 

 腹部にめり込んだ弾を見ると、素材は鉄ではなくゴム。

 千束たちが用いる非殺傷弾そのものだった。

 

 

 「なるほど、"跳弾" か」

 

 

 銃弾が飛んできた方向からは未だ人影は見えていない。

 弾を撃った人物は秋月の立ち位置を確認することなく発砲し、見事命中させた。

 その技術は千束やたきなよりも上。

 人の域を越えるものだったのだ。

 

 

 「やはりお得意の不意打ちか。これもアンタの差金だな?」

 

 

 スピーカー越しに虎杖に問いかける秋月。

 

 

 『無論だ。さあ、出てきなさい』

 

 

 再び歩み始め、その姿を現そうとする人物。

 そのシルエットを見て、秋月は驚愕の表情を浮かべる。

 

 

 「─────しお、ん」

 

 

 倒れるリリベルたちのそばで直立する女。

 彼が見間違えようもない、凛としたその表情。

 光輝く金色の長髪。

 秋月を撃ったのは、故人、青星 詩音だったのだ。

 

 

 「……………………」

 

 

 じっと秋月を見つめる詩音。

 そして、一気に険しい顔つきになり銃口を彼に向ける。

 

 

 「アナタ、誰?」

 

 

 再び秋月に向かい発砲する詩音。

 今度は眉間にヒットし、勢いのままその場に倒れる秋月。

 実弾なら確実に死んでいた事実を二の次に未だ情報処理の追いつかない脳内は、混乱状態が続く。

 

 

 「詩音、なぜ………………なぜ、詩音が…………?」

 

 

 ポカン、と腑抜けた表情を浮かべる秋月。

 彼の正気を取り戻すかのように、虎杖が言葉をかける。

 

 

 『驚いたかね?』

 

 「…………………」

 

 『声にも出せないか。やはり彼女はキミを縛るには、うってつけの人物だったようだ』

 

 

 勝ち誇ったかのように生き生きと話す虎杖に、ようやく状況を理解できた秋月が静かに殺気を向ける。

 

 

 「何をした」

 

 『なんだ?』

 

 「詩音に─────なにをしたあぁぁぁぁ!!!???

 

 

 力任せに薙刀を振り壁を一閃する秋月。

 轟音と共に大きな亀裂が入り、パラパラと壁の欠片が崩れる。

 肩から息をし、スピーカー越しに虎杖を見る。

 

 

 「ゆるさねぇ、絶対、ぶっ殺してやる!!!」

 

 

 目から涙をこぼし怒る秋月へ、再度引き金を引く詩音。

 今度は左手の甲に当たった。

 

 

 「ねえ。春陽はどこ?」

 

 「詩音、やめてくれ……………」

 

 「教えて」

 

 「オレは─────」

 

 「そう。教えてくれないのね」

 

 

 詩音は残念そうな表情を浮かべ、非殺傷弾から殺傷弾、実弾をリロードし銃口を秋月に向ける。

 

 

 「アナタにもう、用はない」

 

 

 銃声音が3人だけの空間に響いた。



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第二十四話 Justice vs Strongest dead man

更新遅くなってしまいすみません。

残り数話となりましたが完結へ向けまた進みます。


 「………………?」

 

 

 詩音が放った銃弾は本来狙った位置からは大きく逸れ天井へとめり込んだ。

 再度秋月の方を見ると、薙刀で身を守る姿が目に入り銃弾が弾かれたのだと認識した。

 

 

 「すごい反射神経。まるで春陽みたい」

 

 

 その技術に詩音も感心する。

 

 

 「()()()、じゃないよ」

 

 

 スッと立ち上がり階段の下にいるかつての義姉を見る。

 

 

 「久しぶり。詩音」

 

 

 優しい顔つきが戻り春陽は秋月から強制的に体の支配権を奪い取ったのだ。

 普段は春陽が譲るか、メガネを壊す、取られることがトリガーとなっていたのだが、自ら入れ替わったのは初めてのことだった。

 春陽の中にいる秋月は未だ呆然とした様子で俯く。

 

 

 「しばらく休んでなよ。ここはボクがなんとかする」

 

 『………悪い』

 

 

 彼を慰めるように宥め、再度詩音と向き合う春陽。

 

 

 「は〜るひ〜♪」

 

 

 階段をひとっ飛びで超え、ぎゅっと春陽に抱きつく詩音。

 これまでの緊張感が漂う顔つきから一転、満面の笑みを浮かべている。

 

 

 「ちょっ、詩音!?」

 

 

 唐突の行動に春陽は驚く。

 

 

 「元気にしてた?」

 

 「う、うん。してたけど…………」

 

 「前よりもっと筋肉ついたね。背も高くなってもうすっかり男の子になったね。私は嬉しいよ」

 

 「ちょっと、やめてよ」

 

 

 気恥ずかしいからか、無理にでも引き剥がそうとするが詩音の力はそれ以上で離れようとしない。

 春陽は未だ、目の前にいるのが詩音なのか疑問を浮かべているのだ。

 

 

 「ねえ詩音」

 

 「なあに?」

 

 「なんで、生きてること黙ってたの?」

 

 「……………」

 

 

 春陽を抱く力が弱くなり、パッと離れる詩音。

 

 

 「向こうで、話そうか」

 

 

 詩音に手を握られ階段を上がりしばらく歩くと周囲を大きなガラスが覆う展望台へと到着する。

 

 

 「………私も、会いたかった」

 

 

 パッと手を離しポツリポツリと経緯を話す。

 

 

 「あの時、確かに私はテロリストに撃たれて死んだ。けど生かされた。アラン機関の人間にね」

 

 「アラン機関に!?」

 

 

 それはかつて二人が支援を受けた組織で、春陽を実験動物扱いしたことに怒りを覚えた詩音が逃げ出したところでもあった。

 不本意という形ではあった、と詩音は話すが未だ春陽には疑問が残る。

 

 

 「詩音が生きてくれていたのは嬉しい。でも、なんでDAに戻ったの?それも虎杖司令の元になんて……」

 

 「戻らざるを得なかった感じかな。ほらっ、私に戻るところなんてないから」

 

 「それでも………!!」

 

 

 何故、自分にはそのことを伝えてくれなかったのか疑問に思う春陽。

 

 

 「でも、もう関係ないよ。私はこうやって蘇って春陽と再会できたんだから。細かいことなんて気にしない気にしない♪」

 

 「う、うん。そうだね」

 

 

 未だ気持ちの整理はつかないが、詩音は生きている。

 その事実さえあればいいと考えたが、それも全て詩音の行動でかき消されることとなる。

 

 

 「じゃあ、邪魔者は全員殺すね」

 

 「………え?」

 

 

 詩音は和かな表情でそう告げてリコリス達の後を追おうと足を進める。

 

 

 「ちょっ、ちょっと!!」

 

 

 春陽はその行動の意図が汲み取れず腕を掴む。

 

 

 「なに?」

 

 「なにって、まさか………リコリスが邪魔者だとでもいうつもり!?」

 

 「ええ。そうよ」

 

 

 まるで、当然だと言わんばかりに言い切る。

 

 

 「テロリストの襲撃を食い止めきれず、挙句の果てに世間にその姿を晒した。彼女たちはもう用済み。リコリスでは、平穏な世界を守ることはできない」

 

 

 淡々と語る詩音に一切の感情はない。

 全ては任務、と言わんばかりの言動はまるでロボットのようだ。

 いや、本当にそうロボットなのかもしれない。

 あの時彼女は確かに銃で撃たれ命を落とした故人。本来ならこの世にいない存在だ。

 いまだに本人なのか信じ難い気持ちが春陽には宿っている。

 しかし姿形や仕草、声質までもが当時の詩音そのもの。掴んだ腕は実際に人肌に触れているようで、コピーするにはあまりに上出来(ハイクオリティ)すぎるのだ。

 アラン機関ならあるいは………あらゆる考えが脳内で暴れ回り、目の前の現象を整理するにはこの状況下では到底できない。

 

 

 「リコリスはこれまでかず多くの事件を解決し、防いできた。その実績も考慮せずに処分する気なの?」 

 

 

 春陽の言葉にうーんっ、と考えるそぶりを見せる詩音。

 自身も元はリコリスだった身。

 今までの苦労や経験が沢山あり返答に悩んでいるのだろう。

 そう考えていたが詩音は即答する。

 

 

 「うん。それでもダメ。やっぱり処分すべきだよ」

 

 

 詩音の答えは変わらず。

 何故かと問う前にさらに話を続ける。

 

 

 「一つ。たった一つのミスが私たちの安全で幸せな暮らしを壊すきっかけになる。優秀なリコリスはいるんだろうけど関係ない。連帯責任、というやつね」

 

 「虎杖司令の指示に従うの?」

 

 「あの人も関係ないよ。これは私個人の意思。少なくともリリベルの方がマシと判断した結果彼らについてるだけ」

 

 

 どうやら詩音の意思は堅いようだ。

 このまま掴んだ腕を離せばすぐさま殺しに出向くだろう。

 たきなやその他のリコリス、そして心臓に病を抱える千束でさえも…………。

 今の春陽にとって生きがいとも言い切れる大切な仲間を、義理の姉に殺させるわけにはいかない。

 掴んだ腕にギュッと力を込める。

 

 

 「…………行かせない」

 

 

 ポツリとそう告げる。

 

 

 「千束ちゃんたちの元へは、行かせない!!」

 

 

 相手がたとえ義理の姉だろうと。

 自分が今最も大切だと思う存在を傷つけさせるわけにはいかない。

 春陽は強い意志を持って詩音を目を見る。

 

 

 「………そっか」

 

 

 怒るかと思いきやどこか嬉しそうな表情を浮かべる詩音。

 

 

 「反抗期かな。春陽が私に口ごたえするなんて、初めてだからお姉ちゃん嬉しいよ」

 

 

 よかった。これでリコリスたちを助けることができた。

 そう安心したのも束の間、詩音は掴まれた腕を強引に引き剥がし、春陽の手首を握る。

 

 

 「それでもダメ。いくら春陽のお願いでもね」

 

 「くっ………!」

 

 

 まるで屈強な男に掴まれているような握力に苦痛し、眉間に皺を寄せる。

 

 

 「悪い子にはお仕置きが必要だね」

 

 

 詩音のパッチリとした瞳から光が消え春陽の手首を掴んでいるのとは逆の手をグッと握り春陽の頬に向けてストレートを放つ。

 春陽はそれを一歩後ろに引いてかわし、背中を弓形にそらせ空中で1回転し詩音の顎を蹴り上げる。

 ゴッ、という鈍い音をたて掴まれていた手は離され詩音の体が宙に舞う。

 これでノックアウトかと思われたが詩音はクルクルと回り綺麗に着地する。

 普通なら脳震盪を起こすであろう一撃であったが全く堪える様子を見せず詩音は笑って口を開いた。

 

 

 「あの体勢からこれほどの蹴りができるなんてすごい!私じゃなかったら全員倒れてただろうね〜♪」

 

 

 手放しに褒める彼女だが攻撃を繰り出した張本人からしたら煽られていると感じるが自然だろう。

 ムッとした表情を浮かべ構える。

 

 

 「次は私の番かな。いくよ───」

 

 

 詩音はカバンの中から二丁のハンドガンを出し春陽に向けて跳弾を4回発砲するが手にしていた薙刀を振い二つの弾をぶった斬った。

 

 

 「これも当たらないか〜。動体視力も反射神経もやっぱりすごいものを持ってるよね、春陽は」

 

 「手加減するのはよしなよ。詩音ならもっと複雑で軌道すら読ませないほどのテクニックがあるはずだ」

 

 

 事実、弾をかわすのは容易だった。

 それは先ほど遭遇したリコリスと同じで放物線があまりに綺麗すぎるからだ。

 この程度ならたきなちゃんでも余裕で回避できるだろう。

 まるで殺す気のない行為に春陽は疑問を浮かべる。

 

 

 「詩音!キミは一体何がしたいんだ!?そこまでしてリコリスを殺したいならボクをさっさと処分すべきだろう!?」

 

 

 うちに秘めていた怒りをぶつける。

 詩音ほどの腕前があれば今の春陽を一瞬で殺すことだって可能だ。

 だが、彼女はそれをしない。

 気持ちの悪い疑問が春陽の心を締め付けているのだ。

 

 

 「春陽は殺さないよ。処分対象はリコリスだけ」

 

 「それはボクが許さない!」

 

 「司令は春陽も処分対象にしていたみたいだけど、私はそれを望まない。それを拒否してリコリスのみを殺すという条件の元、私はここにいる」

 

 「………ボクからすればリリベルの方が信用ならない」

 

 「知ってるよ。でも、リリベルは忠実に任務をこなしてる。今も尚テロリストによってばら撒かれた銃を回収しまわってるの」

 

 「いずれ必ず問題は起きる」

 

 「その時がくればリリベルも処分したらいい。あっ、もちろん春陽は別でね♪」

 

 

 なんとも無茶苦茶な理論だ。

 自分がいればそれでいいと言わんばかりの傲慢な考え。だがそれを否定することもできない。

 その言葉が事実なのだから。

 

 

 「だからお願い、春陽。私を止めないで」

 

 「………それでもダメだ。ボクだって譲れないものがある!!」

 

 

 今の詩音は明らかに昔とは違う。

 己の欲望のために悪事に手を染めようとしている。

 アラン機関がどのような手段で生き返らせ、そしてDAがどのような方法で詩音を従わせているかもわからない。

 少なくともこれだけは言える。

 今の詩音は、詩音じゃない。

 

 

 「………わかった」

 

 

 残念そうに吐露し銃口を向ける。

 

 

 「力づくでも私はやるね」

 

 

 そう呟くと二丁の拳銃から雨のように非殺傷の弾丸が放たれそれらを全て薙刀の穂で切り裂いていく。

 壁や天井を縦横無尽に跳ね春陽に襲いかかるもなんとかそれに対応する。

 一連の動きに驚くことも怒りを覚えることもなく引き金を引き続ける詩音は、争う義理の弟の片目に向け真っ直ぐ弾丸を放つ。

 当然、苦にすることなく対処する春陽だったがその直後同軌道上の弾が向かってくると1ミリたりとも動くことができず眼球に見事命中する。

 隠し球(ブラインド)。詩音はそれを確実に命中させるために初弾をわざと斬らせたのだ。

 圧倒的経験値+射撃のセンス。

 詩音の持てる技術を導引させ無敵を誇る反射神経を持つ春陽の視界を奪った。

 

 

 「ゲームオーバー。こればかりは大ぶりになる薙刀では防ぎきれなかったかな。でも、誇っていいよ。ここまで防ぎ切ったのは春陽が初めてだよ」

 

 

 痛春陽が受けたのは跳弾ではなく催涙弾。

 主にデモなどの鎮圧で用いられるもので、痛みを感じない春陽にとってはある意味天敵。涙がとめどなく流れる。

 眩む視界の中捉えたのは詩音が指にかける3丁目の拳銃。

 跳弾の入ったハンドガンを宙に放り、隠してあったもう一つの銃が春陽を襲ったのだ。

 

 

 「くっ………!」

 

 「無駄だよ。しばらくは目を開けられないほどの効果があるのは実証済みだから」

 

 

 コツコツ、とローファーの歩く音が春陽に近づく。

 

 

 「これで自慢の運動能力は半減。まだ抗うならこのまま眠らせてもいいかもしれないね」

 

 

 弾をリロードし春陽を見下ろす形で銃を構える。

 

 

 「それでも………ボクは………!!」

 

 「ふふっ。やっぱり春陽は───」

 

 

 言葉を言い切る直前、詩音はありったけの殺意を向ける男の姿を目の端で捉えた。

 全く予想だにしていなかったこと。

 春陽の鉄球で気を失っていたはずの男が狂気の表情を浮かべ叫んだ。

 

 

 「死ねェェェ!!春陽ィィィィ!!!」

 

 

 男の凶弾が二人を襲う。

 




二人の運命やいかに!?


最後になりますが、高評価、お気に入り、感想お待ちしてます!


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第二十五話 Cannibalism

残り2話程度を予定してます。

どうか最後までお楽しみください。


 「死ね!!春陽!!!」

 

 

 扉の影から殺意を向けた小田巻の凶弾が放たれる。

 パァンッ!と銃声が響き一直線上に飛んできた鉛玉は春陽を目掛けーーーたところを詩音が腕を伸ばして庇いその弾丸を身に受けた。

 

 

 「うっ………!」

 

 

 詩音の体を貫通した弾は大きなガラスをも破りその威力が証明される。

 口から血を吐く詩音はゆっくりと膝から崩れ落ちるように倒れ春陽に体を預けた。

 

 

 「詩音!?!?」

 

 

 力なく倒れる彼女を優しく抱いて受け止めるが、手や体は彼女の血液で真っ赤に染まる様子が霞む瞳に映る。

 

 

 「チッ!殺し損ねた………!」

 

 

 小田巻は再度銃口を向け発泡を試みようとするもそれは阻止される。

 予想外の銃撃。

 心臓を撃ち抜かれ死ぬ間際だったはずの詩音がノールックで小田巻の手に跳弾を命中させ、床を滑るようにライフル銃が離れる。

 撃たれた位置や角度などを総合し、予測して放った弾丸を詩音は彼女にとって予測を超越した確信の一撃を持ってして敵を制圧したのだ。

 

 

 「えへへ………油断、したなぁ………」

 

 

 そう悔しがる彼女を床に寝かせ治療を試みようとするも心臓は撃ち抜かれており修復不可能な状態だった。

 

 

 「喋らなくていい!今は………」

 

 「大丈夫。自分の限界ぐらい、自分が一番わかってる」

 

 

 詩音自身、死が迫っていることは認知しているらしく銃を片手にもう片方の空いた手を腹の上に乗せて床に背を預ける。

 

 

 「春陽……少し、お話………しましょう?」

 

 

 先ほどまではリコリスを殺そうとしていた彼女だが今はもう虫の息。

 それを察してか春陽もそれに応じる。

 

 

 「どうして、僕なんかを………」

 

 「どうしてって、私はあなたの………お姉ちゃんよ?当然、じゃない」

 

 「詩音………」

 

 「昔から、春陽は私の後ろをついて回る子だった………それが今は逞しく成長して、こんなにも大きくなった………お姉ちゃんは、誇らしいよ」

 

 「………それでも、詩音には遠く及ばない。あれほど正確な射撃を、それも相手を見ずには以前の僕もできはしないよ」

 

 「そんなもの、必要ないわ………。あなたには、それ以上の武器が………ある」

 

 

 春陽から床に置いた薙刀に視線を移す。

 

 

 「私の、射撃能力を持ってしても………射抜けたのは、たった1発だけ………。春陽、あなたはいずれファーストのリリベルに………コホっ!!」

 

 

 食道を通じて再び吐血する。

 これ以上無理をしてほしくないが、彼女の望みを蔑ろにするわけにもいかない。

 春陽自身、心臓が締め付けられるような思いでいた。

 

 

 「ねえ、春陽………お願いがあるの………」

 

 「僕に、できることなら」

 

 「お願い。私を───殺して」

 

 「………えっ?」

 

 

 詩音の言葉が理解できず驚く春陽。

 そんな彼に構うことなく詩音は話を続ける。

 

 

 「私は、あなたの大切なものを、また………傷つけてしまう。そう、躾けられてきたから………」

 

 「キミは、一体………」

 

 「私は………私の、本体は………あなたの知っている墓の中。私は、青星シオンを、モデルにした………人造人間(ホムンクルス)青星詩音試作品第0号。本当の………()()()()()()()()()()…………」

 

 「なん、だと……」

 

 

 驚愕の真実。

 目の前にいる義姉は本物ではなく人造人間。

 つまり、精巧に作られたクローンだったのだ。

 

 

 「ごめんね………嘘を、ついてしまって。私の脳内に、あるのは………偽りの記憶。本体からコピーしたものなんだ」

 

 「………どうして、キミが………」

 

 「アラン機関も、私の死によって大きく影響された………。向こう側からしたら、私は………史上最高傑作、だったらしい、から………」

 

 

 頭脳明晰で身体能力も人並み以上。

 確かに、これまで多くの人と関わりを持ってきたが彼女ほど優秀な人材を見たことを春陽は一度たりともなかった。

 それはリリベルにおいても同じだ。

 性別を超え、全ての分野で彼女を圧倒する人物はいない。

 どれか一つ尖った才能を持つ人間でさえも詩音の横に並んで立つものは誰一人としていなかったのだ。

 アラン機関自体、彼らが抜け出した十数年を経て痛感したのだろう。

 だから、もう一人の彼女を作り出そうと人の心を持たぬ研究者たちによって、彼女は作り上げられた。

 

 

 「青星シオンは、究極の生命体…………。アラン機関の技術を持ってしても…………完全複製なんて、とても………できなかった。そんな中、生まれたのが、私。適合率99.8%………オリジナルと大差ない性能を誇る人造人間が、完成したの………。ねぇ、春陽………いえ、春陽くん………私の、以前の私の話をしても、いいかしら?」

 

 「以前の私?」

 

 「ふふっ………まさか、1から……作り上げたロボットだと、思っていたのかしら………?」

 

 「キミは、別の人間だったのか?」

 

 「その通り。名前は、思い出せないけど………ハッキリと、覚えてることはある……」

 

 

 ポツリポツリと暗い過去を話すもう一人の詩音。

 

 

 「私は………それなりに、優秀だったんだと………思う。頭も、運動も、ファーストに近い能力を………持っていた。でも………青星詩音には、到底敵わない………そんな私をみかねて、そして、実験を………」

 

 「脳を……弄り回され………身体は、骨格から神経に至るまで、徹底的に改造され………薬漬けの日々を………送ったわ……辛かった。すごく、苦しかったけど………私は、生まれ変わった………。顔も、髪も、身体も、声すらも……何から何まで変わり………私は、青星詩音となった………それからは………みんなが私を、もてはやしたわ………すごい、天才、最強………えへへ、すごく、幸福だった」

 

 

 まるで現実とは程遠い話だ。

 優秀のはずだった彼女は研究者たちの悪意に巻き込まれ、そして力を手にし新たな人生を歩み始めた。

 決して彼女に悪気はない。これもDAの命令なのだから咎めることはできるわけがない。

 

 

 「99.8%と言ったけれど………その残り0.2%が、あの人たちにとって………邪魔なものだった………それが何か、わかる?」

 

 「わからない」

 

 「()()()………人を突き動かすための、心。それも完全コピーしてしまえば…………また、青星詩音は………裏切ってしまう。研究者たちは、そう考えたんだと、思う………。だから、その余計だったモノを………切り捨てたの」

 

 

 言葉通り、詩音はいざとなれば組織にだって反抗する。

 それが春陽絡みとなれば尚更だ。

 記憶を消去せずあえて残したのは、それが人体を構築する上で最も重要なものだと誰かが口にしていた。

  魂と記憶は相入れない。

 成功体験や苦労、悲しみといった喜怒哀楽様々な記憶がなければただの人形と同じ。

 それならば詩音を作らず超高性能なロボットを作ればいいだけのこと。

 研究者たちがそれをしなかったのは、彼女の人柄も含めて "人" として完成していたからだ。

 

 

 「私を壊せば、もう………スペアはない。かつて研究に失敗し、何十、何百という死体の山の上に………私は、立っている………コレから先、何十年とかかろうと私と同等のスペックを持つ青星詩音は…………生まれない………。お願い、私を、殺して」

 

 

 ゆっくりと手を伸ばし春陽の腕を掴む彼女。

 その表情は決して死に悲観せず、笑みすら浮かべてそれを望んでいるようにも感じる。

 

 

 「………できないよ」

 

 「えっ………?」

 

 「キミがどこの誰かは、わからない。それでも今僕の目の前にいるのは、紛れもなく詩音。僕の義姉だ。殺すことなんて、できるはずないじゃないか…………」

 

 

 催涙弾による影響ではなく、自然と涙が溢れる。

 悲しみや哀れみといった負ではあるものの優しく包み込むような温かい感情が春陽の心を覆った。

 

 

 「ふふふ……….やっぱりあなたは、優しい子………記憶の中でも、あなたは誰よりも……慈愛に、満ちていた………」

 

 

 銃を離し、もう一つの手で春陽の頭をそっと撫でる。

 

 

 「コレは………私、じゃない………青星詩音の、言葉………。春陽、あなたは………強く、優しく、そして誰よりも、まっすぐに生きて………そして、みんなを救う、ヒーローに────」

 

 

 振り絞った力も解け、パタリと弱々しく果てる彼女。

 その死顔はこの世を憎悪するモノでは決してなく、ただ幸せだった、と楽観するような笑顔に満ちた表情だった。

 

 

 「詩音…………詩音…………!!」

 

 

 彼女の手をギュッと握りそして──────

 

 

 「うわあああああ!!!」

 

 

 ガラスに振動がいくほどの声で大きく泣き喚く春陽。

 目の前にいるのは紛れもなく詩音だ。

 彼は、またしても最愛の姉を失った。

 悲しみに暮れそしてその声がこだまする。

 

 

 「動くな!!」

 

 

 階段下で気絶させていたリリベルたちは意識を取り戻し、全員がこちらに銃口を向ける。

 そして詩音を死に追いやった小田巻もライフル銃を手にし目をぎらつかせながら春陽を見る。

 

 

 「ようやく邪魔者はいなくなった……!おいっ!コイツは俺の獲物だ。手ェ出すんじゃねぇぞ!!」

 

 

 他のリリベルにそう口にし春陽に近づく小田巻。

 失意に沈む彼を見下ろすように銃を構える。

 

 

 「模擬戦の時、テメェに言われた言葉を返してやるよ。何か言い残す言葉はあるか?」

 

 「……………」

 

 「ハッ、何もないってか!安心しろよ。オマエもそこでくたばってるクソ女ともども、地獄に送ってやるからよ」

 

 

 銃口を春陽の頭に押し当て、引き金に指をかける。

 これから宿敵を殺せると考え喜びに満ち溢れた醜い表情を浮かべる小田巻。

 この時、春陽は考えていた。

 結果的に詩音をリコリスたちの元へは向かわすことなく誰一人として傷付けさせることはなかった。

 だが、殺す必要はあったのか?

 否。断じてない。

 話し合いの余地は十分あったはずだ。

 それを先走り、詩音を殺害した目の前の男。

 ………そうだ、以前からそうだった。

 ことあるごとに春陽に絡んできては、蔑み、彼を殺そうと目論んだことすらある最低な人間だ。

 そんな悪人が生き、彼女のような優しい人間が死ぬ?

 あんまりじゃないか。真に死ぬべきはこの男のような悪人じゃないのか。

 そう結論づけ、小田巻含め詩音の死を嘲笑い、侮辱するような人間。詩音の再来と称し何百人ものリコリスに人体実験を行なった研究者。そして、リコリスを処分しようと動く本部の人間たち────。

 そんな悪人たちを許せない気持ちが沸々と湧きそして爆発した。

 

 

 

 コイツラヲ全員亡キ者二………!!

 

 

 

 その言葉が春陽の思考を支配し突き動かす。

 スッと動かした手で薙刀を握り、小田巻の首を一閃。

 目にも止まらぬ速さで斬った首は少し遅れて血に落ち、大量の血飛沫をあげた。

 斬られた張本人はそのことを認知することはできず、目をキョロキョロと動かし状況判断を行う。

 

 

 「え………?はっ?」

 

 

 間抜けな顔を見せる小田巻。

 胴体から首が離れたとしても生きているとは驚きだ。驚異的なほどの生命力。

 そんな男の生首を掴み、リリベルたちの前に突き出す。

 

 

 「マズハ…………一人目…………」

 

 

 殺意のこもった光の止まらぬ真っ黒な瞳で敵を視界にとらえる。

 今度は気絶などでは済まさない。確実な死を与えよう。

 生首を捨て、敵に向け猛然と突っ込む。

 先頭に立つ男の胸に穂を刺し、そのまま後列にいたリリベル5人ほどを巻き込み絶命させる。

 薙刀を引っこ抜き、そのまま縦横無尽にそれを振るい人体のありとあらゆるところを欠損させていく。

 首はもちろん、腕や足、はたまた胴体。

 全体の半分を抹殺するのに10秒もかからなかった。

 

 

 「や、奴を止めろ!!」

 

 

 リリベル数人がかりで春陽を抑え込もうとするも、銃の持たぬ彼らはあまりに非力であり到底敵うものではない。

 そんな男たちにも確実な死を与え辺りを血で真っ赤に染めあげた。

 

 

 「……………」

 

 

 床に転がるリリベルの死体に薙刀を刺し素手での戦闘態勢に移行する。

 薙刀自身の切れ味の悪さが加味したこともあるがあまり殺したと言う手応えが感じられなかったのだろう。

 残忍な心が春陽を侵食する。

 そして目の前で怯える男に狙いを定めると、ひとっ飛びで頭を掴み腹部を蹴り上げた。

 ドゴォッ!と数十メートル下の地面に落下したような音と共に男の口から内臓が飛び出し息絶える。

 確かに感じた "殺した" という感触。

 それに快感を覚え春陽はさらに暴れ回った。

 逃げ回る男たちを追いかけまわし、殺していく。

 ある者は首の骨をへし折り、またある者は顔の原型がなくなるほどの一撃を見舞う。敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、挙句手刀により首を切断することにも成功した。

 常人離れの身体能力が怒りと憎悪、そして感情を生贄にすることで覚醒することに成功したのだ。

 敵を残虐非道の限りを尽くし蹂躙するまさにバーサーカー。

 残忍な怪物(モンスター)がここに誕生した。

 やってきたリリベル全員を殺し終え、血で濡れる床を歩き最初に殺した小田巻の元へゆっくりと歩み寄る。

 未だ息のある男はこれらの光景を目の当たりにし絶望する。

 ああ、自分達は最も恐ろしい人間を怒らせてしまったのだと、遅すぎる後悔をしていた。

 絶望に打ちひしがれる男の頭を掴みあげる。

 

 

 「ひ………ひぃ…………!!」

 

 

 抵抗することすらできず悲鳴を上げる小田巻。

 もう自らの身体は床に転がり、他のリリベル同様ピクリとも動かない。

 恐怖に怯える小田巻を怪物はマジマジと覗き、そして顔を五指でしっかりと握る。

 

 

 「や………め……………」

 

 

 グシャッ!!

 怪物の手の中でミンチになった男の血肉を喰らった。

 グチャグチャと汚らしく喰うその姿は怪物を通り越し、化け物。

 人の本能をむき出しにするような姿だ。

 

 

 『これは………どういうことだ…………!?』

 

 

 突如としてモニターが起動し、虎杖の姿が映し出される。

 これらの光景を目にし絶句しているようだった。

 

 

 『まさか、全員処分するとは………篠原 春陽!キサマ……一体何をしてくれたというのだ!?!?』

 

 

 怒りで机をドンと叩きつける虎杖。

 いつもの冷静な様子とは裏腹に、感情向け出しの様子だ。

 それを見て、春陽は返り血を浴びた顔でニィッと笑いこう告げた。

 

 

 「次ハ………オマエタチダ………」

 

 『…………っ!!』

 

 

 虎杖は一方的にモニターを切る。

 脅し、とも取れる春陽の発言に怯え厳戒態勢を取る気なのだろう。

 そんなことをしても無駄だ。

 "死" という言葉を具現化させたような怪物にとってDAを壊滅させるということは、人類が言葉を話すと言う行為に等しいほど容易いこと。

 血に飢えた獣は本能に従い殺生を求めて歩き出す。




わかりづらかったと思われるので説明いたします。

・詩音の改造を施したのはアラン機関で、それをDAに引き渡した。
・DAの指示には従っているのは詩音の記憶通り、平和で安全な暮らしを春陽と共に過ごしたかったから。決して操られたわけではない
・劣化ではあるが、詩音のコピーは他にも存在してる。
・今回死んだ彼女の記憶は詩音のものに書き換えられたが、人格はそのまま。性格が詩音に似てたのは生前の性格も詩音と似てたから

とりあえずこんなところでしょうか。
わかりづらくてすみませんでした!!


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第二十六話 Bloodcurdling incident

今回で事件は閉幕。
事後の話も含めて全てお話しします。


 夕陽が沈みかかり夜を迎えようとしていた頃。

 春陽は息絶えた詩音を抱え下へ降りようとエレベーターのある場所に向かっていた。

 血に濡れた薙刀はバラバラに分解し懐にしまっている。

 その道中、とある男の姿を目撃した。

 ボロボロの様子の真島だ。

 男は春陽を目にし、ゆっくりと近づく。

 

 

 「よぉ。生きてたか」

 

 

 軽快な様子でそう話し始めた。

 

 

 「あっ?そいつは………」

 

 

 綺麗な死顔を浮かべる詩音を見て真島は何か思い出したかのように驚いた様子を見せる。

 

 

 「確か関西の時の………へぇ。オマエら、俺たちを犯罪者と罵る割にはエグいことしてるじゃねぇか」

 

 

 全てを察した真島。DAの闇は深い、そう感じたのだろう。

 

 

 「………どけっ」

 

 「ハッ。どうやらぶっ壊れちまったみたいだなぁ。今のテメェのツラ、ちゃんと確認したか?」

 

 

 返り血を浴び真っ赤に濡れる身体。ハイライトの灯らない闇を彷彿とさせる瞳。表情はなんの感情もなく廃人同然。

 かつての心優しい彼はもういない。

 真島の目の前にいるのは人殺しと化した、ただの狂人だ。

 

 

 「…………キサマモ、殺スゾ………」

 

 

 真島の言葉に目が血走り、殺意のオーラを纏い威嚇する。

 普通の人間なら怖気付いて逃げ出すほどの迫力。しかし、男からすればさほど脅威に感じることはなく淡々と会話を続ける。

 

 

 「おいおい。今俺を殺したところでテメェには害しか残らないぞ?」

 

 

 真島は指を折るようにしてこれから起こるであろうアクシデントを数えていく。

 

 

 「まずはリコリスやリリベル(じゃまもの)の存在だ。あれだけの大人数ともなれば一人ではどうすることもできねぇ。俺の仲間は全員死んだわけだしな。次に逃走経路。俺たちのアジトは知られてるだろうし、逃げようにも移動手段もねぇ。どうだ?もうしばらくは互いの目的のために行動を共にするのもいいだろ?」

 

 

 最もな理屈を並べる真島。

 いずれも正しいのだが、今の春陽にとってそれらは全てなんら障害になり得ないからだ。

 行手を阻む人間は全て切り裂き、自分達を殺そうと考える人間たちはその建物ごと破壊すればいい。

 逃げるつもりは毛頭ない。むしろ、こちらから攻撃を仕掛けてやろう。

 

 

 「………勝手ニシロ………」

 

 真島を横切りエレベーターへと向かう春陽。

 奴は詩音の仇ではあるがまだ殺さない。

 それに奴自身怪我を追い満身創痍といった様子だ。

 自ら手を下さなくとも勝手に死ぬ。

 それより今はDAを壊滅させることが先だ。

 それ以上互いに言葉を交わすことはなくエレベーターに乗り込み下へと降りる。

 以降、千束やたきなといったリコリスたちがどうなったか。クルミたち喫茶リコリコ組はどうなったのか、それら全てを知る術はない。

 今はただ己が欲望のために行動する。

 

 

 「…………」

 

 

 綺麗な死顔を浮かべ春陽の腕の中で永遠の眠りにつく詩音を見て彼は思う。

 彼女は必ず安らかな場所で埋葬してあげなければならない、と。

 エレベーターで1階へと降り延空朴を出ようとすると百人ほどのリリベルが武装し春陽を待ち構えいた。

 

 

 「篠原 春陽だな?」

 

 

 ファーストの服を身に纏うリリベルにそう問いかける。

 春陽を殺しにきたのか、そう判断した彼は戦闘態勢を取ろうとするが向こうは別の目的があってやってきたようだった。

 

 

 「抱いているその女を渡してもらおう。そうすれば貴様を殺さず生かしておいてやる」

 

 

 奴らに用があるのは死んだ詩音らしい。

 どうして彼女を?疑問を浮かべながらも渡す気がさらさらない春陽は彼女を安全な場所にそっと寝かせ薙刀を速攻組み立て、構える。

 

 

 「渡す気は………ないようだな」

 

 

 リリベルたちは春陽と敵対することを察し銃を向ける。

 この時、春陽の心の中で悪魔が囁く。

 

 

 

 邪魔スル者ハ全テ────皆殺シダ!!

 

 

 

 千束が名付けた秋月とは別のナニカ。

 片言で悪意の詰まった低い声で彼を惑わし操っている。

 春陽の心の中にいる秋月もその存在に圧倒され顔を出せずにいた。

 

 

 「一つ、だけ…………教えて………ください………」

 

 

 ギリギリ保っていた自我を振り絞り男に問う。

 

 

 「彼女を………どうする、つもりですか………?」

 

 

 邪悪な存在に全てを支配されそうになる最中彼にあったのは死んだ詩音の安否。

 彼女には指一本触れさせまいと薙刀を構え、戦闘の意思を示す。

 

 

 「俺は何も聞かされていないがこれは上層部からのお達しだ。その女をよこせ」

 

 

 男は命令するように語尾を強める。

 これ以上の会話は無駄と踏み切り、ハルヒの心の中で渦巻く悪意が暴走する。

 

 

 「そう、ですか………なら…………」

 

 

 

 全員、血祭リダ!!

 

 

 

 カポッと口を開き、獣のような形相で猛然と突進し薙刀を振るう。

 間一髪で交わしたファーストリリベルの頭上で空を切りその余波が突風として現れあたりのリリベルたちを吹き飛ばす。

 今の一撃をまともに受けていたら体が真っ二つになるだけでは済まされない。

 体は木っ端微塵となり骨すらも残らなかっただろう。

 心に潜む悪魔に身体能力を限界以上に引き上げられ120%もの力を出すとこれほどまでの出力が出せるのか。

 リリベルたちは自らが劣等生と蔑んできたセカンドリリベルに戦慄する。

 

 

 

 外シタ…………次ハ、確実ニ殺ス…………

 

 

 

 ゴキっ、と首を鳴らし恐怖で倒れたまま体が竦んで動けなくなるリリベルたち。

 本部で徹底されたカリキュラムをこなし肉体的にもそして精神的にも逞しいエージェントである彼らでさえも彼の殺意の前では足掻くことすらできない。

 今一歩でも動けば確実に殺される。

 その事実だけが彼らの行動を縛っていた。

 

 

 「…………あっ」

 

 

 春陽はその場で一回転し薙刀をグルッと回すと、リリベルの一人がそう声をあげた。

 彼の放った斬撃は、かまいたちとなり周囲の人間たちの首を刈り続け数秒の経過の後大量の血飛沫を上げながら生首が宙に舞う。

 さながらそれは血の噴水。

 彼らが死を実感する頃にはすでに頭と体は別れを告げていて絶命している。

 理不尽で残忍な死に様だ。

 これほどの人間、いや、怪物を前に武装した百人程度の人数でかなうはずがない。

 彼一人を殺すのに一国の軍隊をかけても到底足りないだろう。

 頭や心臓がなくなれば絶命すると言う条件は同じなのだがそれ以外のスペックがあまりに違いすぎる。

 痛みを感じず、人の域を超えた身体能力+武器を持たせてしまえば反則という他ない。

 これらの光景もまた、本部で高みの見物をしている虎杖にもしっかりと届けられる。

 

 

 「クッ…………!!」

 

 

 握る拳に力が入る。周辺で暴動の鎮圧に当たっていたリリベル全員をけしかけたはいいもののあっさり返り討ちにあい、戦力が大幅に減少した。

 使えるのはもう、残りわずか。

 その戦力で彼を食い止めることなどできやしないだろう。

 

 

 「あれが篠原 春陽ですか」

 

 

 虎杖の後ろで凄惨な光景を目の当たりにした楠木は表情を変えることなく話を始める。

 

 

 「彼がセカンドだったとは驚きです。これもあなたの決定ですか?」

 

 

 まるで虎杖を軽蔑するかのような一言。

 それに反論する余地はない。

 

 

 「飼い犬に噛みつかれる、とはよく言ったものです。相手の力量を測ることもせず突き放したことで、あの男は、主人であるあなたに反旗を翻した。もちろん、責任を取るおつもりですよね?」

 

 

 現場の指揮権を剥奪されたことへの怒りか。はたまた無能な指揮官を叱責してるつもりなのか。

 いずれにせよ楠木は何一つ間違ったことは言っていない。

 それ故、虎杖は様々な怒りの感情を蓄積させていく。

 

 

 「………私が、直接手を下す」

 

 「あなたが?どうやって?」

 

 「奴には弱点がある。いざとなれば錦木千束他数名を人質に────」

 

 

 虎杖がそう言い切る前に楠木は彼の肩をギュッと掴み激しい口調で怒る。

 

 

 「そんなこと許すはずがない!!あなたの尻拭いのためだけにリコリスが………千束が存在しているわけじゃない!!」

 

 

 彼女自身思うところがあったのだろう。

 心臓に爆弾を抱えている千束を戦場へ呼び、あまつさえ暴言を吐いたこともある。

 遅すぎる後悔。その償いを今ここで果たそうとしているのだ。

 

 

 「………あとのことは全て任せる」

 

 

 虎杖は立ち上がり司令室から姿を消す。

 失意の底に沈んだ彼がこれから何をするのか楠木はわからない。

 ただ、非人道的とも言える先ほどの作戦を決行することはなさそうだと確信している。

 

 

 「さて、ここもあの男の手によって堕とされるのだろうか………」

 

 

 椅子に腰を下ろし、これからのことを考え頭を悩ませる。

 

 

 

…………………

 

 

…………

 

 

 

 延空朴襲撃、そして旧電波塔での事件後リコリスたちは後始末に追われていた。

 リリベルはというと先の数々の大事件によって、全員が一人の男の手によってその命を踏み躙られた。

 処分対象者リストNo.0 篠原 春陽。

 セカンドリリベルだった彼がことの主犯だったのだ。

 No.1の真島との関係性は不明だが共に日本各地で犯罪を起こし続けていた。

 

 

 まずは真島。

 彼は多くの仲間を失ってからも一人奔走し続けていた。

 行方しれずとなった銃を抱き、それを各地に悪意の火種としてばら撒き今も尚犯罪に手を染める輩は少なくない。

 戦争屋として活躍した一方、今はブローカーとして暗躍している。

 

 次に春陽。

 彼は一般人を巻き込むようなことはなく、狙いはDA支部のみを標的にし暴挙の限りを尽くした。

 彼が訪れた建物は必ず跡形も残らぬほど粉々になり、死者の数も数千人にも及んでいる。

 文字通りの殺人鬼。日本の犯罪史において彼は最も恐れられる人物としてその名を刻んだ。

 

 

 「報告します。処分対象者リストNo.0 篠原 春陽が関西で目撃されたという情報が入りました」

 

 

 陥落した本部を離れDAは地下で新しく建設した極秘の施設にて未だその力を保有している。

 リコリスの指揮官は変わらず楠木が執っており、リリベルがいなくなった今彼女たちの抱える仕事は尋常でないほど多い。

 春陽の行動は結果的に、救ったはずのリコリスを苦しめるものとなっていた。

 

 

 「ただちに周辺市民に非難を呼びかけろ。一般人に手を出さないとはいえ、危険なことに変わりない。引き続き観察すると共に隙を見て捉えろ」

 

 「かしこまりました」

 

 

 楠木の助手はそう返事を返し、ホッチキス留めされた資料をめくる。

 

 

 「そして、千束のことなんですが………」

 

 

 助手がそう口にすると、楠木は唇を噛んだ。

 

 

 「奴のことは気にするな。居場所もわかってる」

 

 

 犯罪者たちに加え千束自身姿をくらました。

 アレから人工心臓の手術が施され無事に一命を取り留めたのだが、一人病室を抜け出し行方しれずとなってしまっていたのだ。

 だが、さすがは本部の情報網。

 彼女は簡単に発見され今は楠木たちの掌の上で転がされているような状態だ。

 先の事件の功労とし、休暇を与える形で放っているのだろう。

 

 

 「今尚、平和なこの国を脅かそうとする輩は存在する。必ず根絶やしにするよう再度通知しておけ」

 

 「はい」

 

 

 二人だけの会議はそれで終了し、場面は大阪へ。

 とある墓の前に男が立ち、開放され風が靡くその場所で花を添える後ろ姿。

 "青星家之墓" と記された場所に眠る二人の姉に手を合わせ目を瞑る。

 これまでの報告とこれからについて心の中で語り、スッと目を開ける。

 

 

 「詩音………二人をここで眠らせることができて、本当に良かった」

 

 

 犯罪者と成り果てた春陽は安堵し、そう吐露する。

 様々な支部が壊落する中で、詩音が眠るこの場所だけは手を付けず中にいる人間だけを抹殺した。

 延空朴で死亡したもう1人の詩音も、彼女と同じ墓に入れ今も深い眠りについている。

 

 

 「今日、ここを発とうと思う。…………もちろん海外じゃないよ。沖縄さ。海が綺麗ですごくいいところだって聞いたことがある。しばらく、そこで先の人生について考えようと思う」

 

 

 春陽は自らの手を覗く。

 日に焼けた健康的な肌ではあるが彼には別のものが映っている。

 血に塗れた真っ赤な手のひら。残虐の限りを尽くし殺戮してきたこの手にはすっかり他人の血が染み込まれてしまっていた。

 今でも夢の中で殺してきた人間たちが自分を呪う夢を見る。

 そんなことをされても仕方がない、と春陽は割り切りその悪夢と付き合い続けているのだ。

 

 

 「じゃあ………行くよ。今度会う時、またいろんな話持ってくるからね」

 

 

 二人の姉に別れを告げリコリスたちの墓場を後にする春陽。

 そして近くの飛行場へ赴き空の旅に出た。




次回最終回。
本当に終わる気あるのか?コレッ。


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第二十七輪 Beginning of the End

今回で最終回。リコリコは個人的にすごく好きな作品だったので最後まで執筆できて嬉しく思います。

前置きはここまでに、お楽しみください。


 関西を発ち沖縄へとやってきた春陽。

 検査でも特に引っかかることなく、むしろ心配になる程スムーズにことが運び本土から遠く離れた初めての地に足を踏み入れる。

 太陽が眩しく晴天の空の下、素肌の上に白黒のアロハシャツを羽織りしたは短パンとサンダル姿という現地に馴染んだ格好で空港を出た。

 

 

 「さて、まずは………」

 

 

 荷物をコインロッカーに預け海を見に海岸へと向かう。

 そこは喫茶リコリコの面々と初めて遊びに行った場所。春陽にとっても非常に思い出があり、記憶に深く刻まれている。

 人っこいないビーチに一人腰を下ろす。

 ギラギラと輝く太陽の光が肌を焼き、サァッと波打つ音が実に心地よい。

 

 

 「…………」

 

 

 綺麗な景色を目の当たりにしても尚、彼のモヤモヤとした気持ちが晴れることはなかった。

 それはいくつかの事柄が起因する。

 この数ヶ月で全国各地を渡り歩き、リリベルを壊滅した。指示通り動く兵隊もいなければそれを指導する人間ももはや存在しない。

 かつてリリベルの司令官だった虎杖も忽然と姿を消しその行方は誰も知らない。

 春陽を恐れ海外へ逃亡したか、或いは自ら命を断ったか。いずれにせよまともな結末を迎えていないことは明らかだ。

 リコリスもいずれ彼の前に立ちはだかるだろうが、彼女たちの働きがこの日本を平和な国として維持できている要因でもある。

 向こうからコンタクトがない限り春陽から手を出すことは決してないだろう。

 

 それに伴って、これから生きる意味を彼は見出せずにいた。

 彼にとって詩音の次に大切だって喫茶リコリコの仲間たちとはあれ以来顔を合わせていない。

 今更再開してどんな話をすればいいかもわからない上に、大量殺人犯として全国的に指名手配されてる自分はもう不要とされてるに違いと考えてのことだ。

 千束は待ち望み、たきなは怒り、クルミは悲しみ、ミズキは哀れみ、ミカは呆れていることだろう。

 それにここにいればかつての仲間たちと遭遇する子も決してない。

 姿を暗まさずとも堂々と街を歩くことができる。

 

 

 「あれ………?」

 

 

 後方で何やらこちらの存在に気づきパタパタとビーチサンダルの音を鳴らしながら近づく足音を耳にする。

 刺客か?そう考えた春陽だが、生憎なことに薙刀は分解してコインロッカーの中であり使える武器は懐の鉄球のみ。

 それを数個手に取りいつでも弾けるよう構えたその瞬間、一気に距離を詰めた足音の主は肩をポンっと叩き、振り返ると麦わら帽子を被る少女が慣れた様子で話しかけてきた。

 

 

 「…………千束、ちゃん」

 

 「よっ。指名手配犯」

 

 

 皮肉が込められた挨拶に春陽は苦笑いする。返す言葉がない、といった様子だ。

 

 

 「冗談だよ。久しぶり、春陽」

 

 

 ニッと白い歯を見せる千束。

 そんな彼女は手を離し春陽に並んで腰を下ろした。

 ヒューっと浜風が吹き麦わら帽子を揺らす。

 

 

 「噂は耳にしてるよ。派手に暴れ回ったらしいじゃん」

 

 「…………うん」

 

 「ここへは何をしにきたの?DAの支部なんてないはずだけど」

 

 「特別なことは、なにも…………」

 

 

 彼女の質問に春陽は俯きながら答える。

 彼は蹲るように小さくまとまる。

 

 

 「みんな心配してたよ。特にクルミなんか全国の監視カメラをハッキングしてあんたを探そうとしたぐらいなんだから」

 

 「………ここにキミがいるのは、たまたまだとでも?」

 

 「そうだよ。私もつい先日たきなに捕まったところ。ああ、安心して。あの子はここへは絶対来ないから。ずっと寝ずに探したたみたいだから今はベッドの上でぐっすり眠ってるよ」

 

 「そっか」

 

 

 春陽は過去、任務のためとはいえたきなに手を挙げあまつさえ暴言も吐いたことがある。

 およそ1年ほど仕事を共にしてきた間柄とはいえ度が過ぎていたことを彼は悔いていた。

 直接謝ろうにも機会はなく、会ったところで許してもらえないだろうと考え今に至る。

 

 

 「ボクをDAに差し出したら、懸賞金でしばらくは遊んで暮らせると思うよ」

 

 「一体いくらになったのよ」

 

 「以前調べた時は10億円だった。dead or alive。生死問わずさ」

 

 「10!?」

 

 

 途方もない金額に千束は絶句する。

 

 

 「僕をDAに引き渡すことができたらキミはリコリスとしての地位をより確実に、たきなちゃんはファーストにだってなれるかもしれないよ」

 

 

 二人の未来を照らすようにメリットをちらつかせる。ここで千束に見つかったのも運の尽き。

 どうせ捕まるなら二人のために………。

 春陽はそんなことを思っているのだろう。

 

 

 「残念。私は今リコリスとして何もしてないよ」

 

 「たきなちゃんは?」

 

 「たきなは相変わらずだけど、仲間を売るようなマネはしない子だよ」

 

 「…………」

 

 

 仲間。その一言が異様に引っかかる。

 なんの連絡もよこさず、自分は殺戮行為を繰り返し悪名を轟かせた。

 事件の時だって二人には酷いことをした。そんな自分は仲間と呼ばれる筋合いもその資格もない。

 

 

 「どうする?ここで私を殺して隠蔽する?」

 

 「そんなことしないよ。信じてもらえないだろうけど」

 

 「信じるよ。だって春陽だもん」

 

 「薄い根拠だね」

 

 「それだけで十分♪」

 

 

 信じて疑わないといった様子の千束は歯を見せて笑う。

 そんな最中、春陽の心の中で悪魔が囁く。

 

 

 

 コノ女ヲ…………殺セ………!!!

 

 

 

 まるで命令するかのように言葉を発する悪魔。奴は春陽の心の中でしか存在できない上、ある一定の時以外では秋月のように無理やり体を支配することはできない。

 秋月自身、悪魔が顕現してから一度も春陽と人格を入れ替えたことはなくずっと止まったまま。

 リリベルを殺しまくったのも春陽個人の意思であり悪魔はあくまで『そうしたらいい』と口を開いてるだけだった。

 

 

 「僕が怖くないの?」

 

 

 悪魔の言葉をよそに、千束にそう問いかける。

 

 

 「ぜんっぜん!」

 

 「何千人もの命を奪い去った、稀代の大量殺人鬼なんだよ?」

 

 

 脅しともとれる言葉で千束を威嚇する春陽。

 しかし彼のことをよく知る千束には全く効果がないようで………。

 

 

 「何か目的があったんでしょ?」

 

 

 彼の頭を撫でながらそう問いかける千束。

 全てを察しているかのように慈愛の女神の如く優しく彼を抱擁する。

 

 

 「…………全く、キミには敵わないね」

 

 

 千束に続き春陽も彼女の背中に手を回し抱き寄せる。

 闇に包まれ渇ききった彼の心に染み渡るような温もり。それは闇そのものである悪魔にとっては不快なようで春陽の心で暴れ回る。

 

 

 

 何故ダ…………何故!!奴ヲ殺サナイ!?

 

 

 

 理解不能。悪魔は困惑し怒り狂う。

 

 

 『当たり前だろ。バーカ』

 

 

 悪魔の神経を逆撫でするようにひょこっと姿を現す秋月。実に数ヶ月ぶりの登場だ。

 

 

 

 キサマ………モウ一人ノ………!!

 

 

 

 『そう。本来は別の肉体で生まれるはずだったコイツの片割れだ』

 

 

 コツコツと悪魔の元へ近寄り、薙刀の穂を突き立てる。

 

 

 『残念だがテメェはここで消えてもらう』

 

 

 消エル?何ヲバカナコトヲ…………

 

 

 『戯言だとでも言う気か?』

 

 

 ソノ通リ…………コノ男ハ、悪魔ニ魂ヲ売ッタ暴君………既ニ我ガ手中ニアル…………

 

 

 『ハッ。バカも休み休み言えよ』

 

 

 ナンダト………?

 

 

 『今テメェの手中にあるのなら、ここで錦木 千束を殺してみろ』

 

 

 フ、フンッ………!言ワレンデモソウスル………!オイッ小僧!!イイ加減ニ────

 

 

 

 『ククッ。クハハハハハッ!!』

 

 

 必死に訴えかける悪魔に対し秋月は盛大に笑ってみせた。

 

 

 『手中どころか認識すらされてねェじゃねん。ククッ、どんだけ叫んでも反応しちゃいねェ』

 

 

 キサマ……………!!

 

 

 『テメェにできるのは憎悪や怒りといった負の感情によるドーピングだ。単体だと何の効力も発揮しねェんだよ』

 

 

 ………構ワン。コイツガ寝テイル間ニ、イクラデモチャンスハアル。

 

 

 ある一定の時とはまさにこのこと。

 春陽が夢の中にいる間は悪魔の自由なのだ。だが、それが困難なことは悪魔自身理解している。

 何故なら、それを目の前にいる男が何度も邪魔しているからだ。

 

 

 『オレ様がそんなことを許すとでも?』

 

 

 

 フンッ…………キサマ如キ簡単ニ捻リ潰シテクレル………!!

 

 

 

 悪魔が身構えたその瞬間、秋月は目にも止まらぬスピードで薙刀を振るい悪魔を一刀両断した。

 スッと斜めにずれ落ちる悪魔は何が起きたか理解できない表情を浮かべ秋月を見る。

 

 

 『リリベルは全滅した。テメェの役目はもう終わり。とっとと消え失せろ』

 

 

 そう吐き捨てる秋月は悪魔が完全に消滅するのを見届け、再び春陽たちの様子を見守るように見つめる。

 

 

 『ったく。せっかくの再会に水を差すなよな…………さてっ』

 

 

 秋月は手にした薙刀の矛先を自らの心臓に向け最後の言葉を述べる。

 

 

 『俺も同じ、もう不要な存在だ。潔く死なせてもらうぜ………まあ、これからは大事なものを手放すなよな。あばよっ、春陽』

 

 

 別れの挨拶を告げ勢いよく心臓を貫く。

 最強の男の弱点を突き派手に血をぶちまける。やはり痛みなどない。待っているのは死だけだ。 

 秋月が自害したことを春陽が知るのはもう少し後のことだろう。

 今はただかつての仲間との再会に喜びを感じてほしい。

 何者にも見送られることもなく、秋月はその生涯に幕を下ろした。

 

 

 

 

 場面は変わり春陽と千束へ。

 抱き合った二人は体を離し陽の光を反射し輝く海を眺める。

 

 

 「少しは休まった?」

 

 「うん。ありがとう」

 

 「いいってことよ♪」

 

 

 さぁーっと波が押しては返す音が心地よく響き和ませる。

 

 

 「ボクは────」

 

 

 俯きながらそう話を切り出す春陽。

 

 

 「ボクは、上層部の考えが間違っているって、ずっと考えてた…………汚いものには蓋をする、っていうのかな………?自らの手を汚さずに処分するという、やり方に………」

 

 「それは私も同じ気持ちだよ」

 

 「ボクはリリベルだったから、みんなが嫌々仕事してるのも知ってる。たくさん、仲間を見殺しにしてきた………」

 

 「それで、なんであんな凶悪事件を引き起こしたの?」

 

 「楽にしてあげようって………それに、彼らを失えば、上層部も出てくるとおもって………あの時は、リコリスを助けるって名目もあったけど」

 

 

 実に身勝手だ、と千束は思う。

 別に殺さなくても良いのではないか?それに、そのような理由で殺されたリリベルたちは報われないのでは?と思考がよぎるが千束は表情を変えず春陽の話を聞く。

 

 

 「そっか。春陽も、大変だったんだね」

 

 「殺してしまったリリベルには、悪いことをしたと、思ってる」

 

 「本当に全員殺しちゃったの?」

 

 「うん」

 

 

 春陽の言葉通りもうこの世にリリベルは存在していない。

 かつてその指揮をとっていた虎杖も今は行方不明で跡を継ぐものもおらず今はもうリコリスのみの状態だ。

 いずれはリリベルに似た組織は生まれるのだろうが春陽の存在が邪魔して現時点では発足を見送っているのだろう。

 それほど春陽の力は強大だということ。上層部は春陽に屈したと考えてもいい。

 

 

 「私知ってるよ。リリベルの死体の秘密」

 

 「え…………?」

 

 「発見されたリリベルは全員首を刎ねられ死亡。綺麗に真横に裂かれていたってクルミから聞いたの」

 

 「さすが、だね」

 

 「首を斬ったのはなんで?」

 

 「………楽に、死ねるから…………」

 

 「鬼○の刃かよ」

 

 

 とある漫画に例えた千束だが、それに出てくる流派によって斬られ心地が変わるという。

 春陽からすれば申し訳ないという謝罪の念を込め斬ったのだろうが、実際首を刎ねられどのような感情を抱いたのかはわからない。

 

 

 「…………おっと、失礼〜」

 

 

 突如千束の携帯がなりその電話に出る。

 少しだけ話した後その携帯を差し出され、それを手にし発信者と会話を試みる。

 

 

 「…………もしもし」

 

 『春陽…………!!春陽なのか!?』

 

 

 電話の相手はミカ。かなり驚いた様子で声を張り上げていた。

 

 

 「ご迷惑、おかけしてます…………」

 

 『気にしなくていい。お前が無事ならそれで………』

 

 「あの………」

 

 『おいっ!春陽!!』

 

 

 突如幼い声が割って入る。その声の主が誰か春陽はすぐわかった。

 

 

 「クルミさん、お久しぶりです………」

 

 『お前…‥散々探したんだぞ!!」

 

 「すみません………」

 

 『………まあいい。次会ったら1発殴らせろ』

 

 「ははっ………わかり、ました」

 

 『は〜〜るひ〜〜〜』

 

 

 酔っ払った様子で春陽の名を呼んだのはミズキだ。

 

 

 「ミズキさん………」

 

 『あんたが作るスイーツが恋しくて恋しくて仕方ないの〜。おっさんのじゃどうも若さというか、みずみずしさがが足りなくてさ〜………」

 

 『おいっ』

 

 『無理にとは言わないから、いつでも帰ってきなさいよ』

 

 「はい…………」

 

 『千束!春陽を逃すんじゃないぞ!!』

 

 「へいへい」

 

 「逃げませんよ」

 

 『気持ちの整理がついたらいつでも帰ってきなさい』

 

 「ミカさん………わかりました………」

 

 「それじゃあ私たちはしばらく沖縄で満喫する予定だから。そゆことで〜」

 

 

 千束は電話を切りそれをポケットにしまう。

 

 

 「随分心配させてたみたいだね」

 

 「申し訳ないとは、思ってる」

 

 「ねぇ春陽」

 

 

 おちゃらけな彼女は突如立ち上がり、真剣な眼差しで春陽を見る。

 

 

 「もしかして、死ぬつもりだった?」

 

 

 確信をついたような表情の千束。そんな彼女に目を合わすことなく春陽はこくり、と頷いた。

 リリベルを全て排除し生きる意味を失った今、春陽に残されたのは "大量殺人犯" という汚名だけ。

 こんなの、喫茶リコリコの面々に合わせる顔がない。かつてみんなで遊んだ海を眺めてから自らの死場所を探そうとしていたところ、千束と遭遇したということだ。

 どうせ死ぬならみんなのために──────。

 千束と出会いそう感じたのも事実。

 自分は大量殺人犯と共に賞金首。捕えられれば莫大な金が手に入る。

 これでお店を新しくするもよし、好きなものを購入するもよし。何億という大金だ。なんだってできる。

 ここで元同僚と出会えたことも巡り合わせ。

 二人に殺されるなら本望だ。

 そんなことを考えている春陽に対し、千束は彼の頬に手を添える。

 

 

 「バカなこと言わないで!!」

 

 

 珍しく声を荒げ叱責する千束。

 

 

 「命を軽く扱う人は嫌い!たとえそれが春陽であってもね!!」

 

 

 ここで春陽はハッと思い出す。そもそも千束は心臓に重い病を抱えていて間もなくして死亡するはずだった。

 『命大事に』という姿勢はその経験があったからだろう。そんな彼女だからこそこの言葉には非常に重みがある。

 

 

 「そんなつもりはなかったんだけどなぁ」

 

 

 俯きながらも弁明する。

 

 

 「別に私たちは春陽の懸賞金で一生暮らしたいとか考えてないし!第一!あの組織からそんな大金もらいたくないしね」

 

 「全く、千束ちゃんには敵わないな……」

 

 

 小さく笑みを浮かべたその時だった。

 

 

 「…………えっ?」

 

 

 艶やかな長い黒髪を浜風に靡かせながら、眠っていたはずのたきなが一瞬驚きすぐさま戦闘モードへと表情を切り替える。

 

 

 「千束!動かないでください!」

 

 

 キッと春陽を睨み銃口を向ける。その瞳は完全に敵を見るような鋭い目つきだ。少しでも動けば彼女の弾丸が春陽を貫くだろう。

 

 

 「ちょちょっ!落ち着いてってば!」

 

 

 あたふたとする千束をよそに春陽はその場にスッと立ち上がり、たきなと向かい合いながら両手を上げ降参の意を示す。

 

 

 「春陽…………」

 

 

 心配そうに困った表情を浮かべる千束。対したきなは銃口を向けたままゆっくりと春陽の元へ歩み寄る。

 

 

 「ここで何してたんですか」

 

 「何も」

 

 「まさかこんなところで再開するなんて………千束をどうする気ですか」

 

 「何も」

 

 「くっ!ちゃんと答えてください!!」

 

 

 いつもとは違い荒々しい言葉を浴びせるたきな。彼女自身、以前は春陽の心身の強さを尊敬していたのだが今は違う。

 千束や自身にとっての敵。かつて強突された腹部がズキズキと痛む。

 

 

 「たまたまここで彼女と再会しただけだよ。それに僕は抵抗しない。殺したければ殺せばいい」

 

 

 決意のこもった瞳でかつての仲間を見る春陽。それは自殺といった類ではない。

 たきなには恨まれて当然のことをした。その罪滅ぼしができるのであれば、この命を差し出そうと本気で考えているのだ。

 

 

 「わかりました」

 

 

 そう呟き中のセーフティーを解除するたきな。

 

 

 「わかってると思いますがコレには実弾が入ってます。あなたといえど脳を貫けば死ぬでしょう」

 

 「ああそうだ。早くしなよ」

 

 「………何か、言い残す言葉はありますか?」

 

 

 本気で春陽を殺す気でいるたきなの元へ千束は駆け寄り頬を叩いた。

 パァンっ!と音が響きたきなの頬を真っ赤に腫らす。それはかつてDAの作戦で暴走行為を行った彼女に対しフキが行ったように。

 ただ、唯一の優しさとして残るのがグーではなくパーだったこと。それでも千束の怒りは本気だ。

 

 

 「なんで二人は、そうなの………」

 

 「千束………?」

 

 

 大粒の涙を流す千束を不思議そうに見つめるたきな。

 

 

 「二人とも、今でも仲間じゃないの!?」

 

 「違います。春陽はもう─────」

 

 「違くない!!」

 

 

 今日一の怒号が飛ぶ。それも、一番の相棒に対して。

 

 

 「春陽は今でも喫茶リコリコの大切な従業員で私たちの仲間。あの日から時間は止まったけど、決して変わらない。春陽は………私たちの家族だよ」

 

 

 慈愛の女神のような懐の深さに春陽自身驚きを隠せずにいた。超大量殺人犯を前にしても表情ひとつ変えずいつも通りに接してくれたことも、優しく笑顔を振りまいてくれたことも。

 

 

 「それは春陽が以前のままだったらの話です」

 

 

 それでもなお自分の考えを曲げようとしないたきな。

 

 

 「今の春陽は危険すぎます。いつ私たちの命が狙われるか溜まったものではありません。それに、彼を狙った暗殺者に店長たちを巻き込むことになります。受け入れるにはあまりにデメリットが多すぎる」

 

 

 最もな意見だ。春陽自身先ほどの電話だけで満足したほどこれ以上喫茶リコリコの面々と関わってしまうと戻りたくてたまらなくなるのを恐れていた。

 意見が真っ二つに分かれるたきなと千束。

 その運命は────

 

 

 「…………わかりました」

 

 

 折れたのはたきなだった。

 

 

 「千束の意見も一理あります。しかし、今度何かしでかすようなら今度こそ殺します。春陽もそれでいいですね?」

 

 「………あぁ」

 

 

 距離は遠いが平和協定がここに結ばれた。よーしっと千束が仕切り直し再び電話をかける。

 

 

 「それじゃあこっちも準備しなくちゃねっ!これから忙しくなるぞ〜!」

 

 

 張り切る様子の千束に続きたきなと春陽もその手伝いを行う。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 そこから数日、千束の働きによって喫茶リコリコの面々がここへくる手筈が整った。

 久々の仲間との再会。しかし春陽の気分は上がることがない。

 

 

 「まーた暗い顔してぇ」

 

 

 仕方ない、といった様子でカフェテラスで腰を下ろす春陽に声をかける千束。

 

 

 「みんなと会うのがそんなに嫌?」

 

 「………嫌、ではないよ」

 

 

 そう断りを入れつつも本心を語る。

 

 

 「僕なんかが本当に会っていいのかなって」

 

 「もぉ〜そんなこと気にすんなって!」

 

 

 丸まった春陽の背中をバンバンと叩きながら千束は励ます。彼女の底抜けな明るさにはここのところ助けられてばかりだ。

 現にたきなと一触即発な空気にならないのは千束が緩衝材となってくれていることが大きい。

 

 

 「あっ、たきな〜!」

 

 

 浜辺を歩くたきなにブンブンと手を振るも一瞥するだけでスルーする。どうやら春陽がそばにいることが原因のようだ。

 

 

 「………ねぇ、千束ちゃん」

 

 「なに?」

 

 「ちょっと行ってくるよ」

 

 「………!あいよ」

 

 

 春陽の考えを察した千束は笑顔で彼を見送る。

 

 

 

 「はぁ………」

 

 

 陽が沈んできたサンセットビーチで一人足を進めるたきなはずっと考えていた。

 何故あんなにも優しかった春陽がリリベル大虐殺なんて犯罪に手を染めたのだろうかと。

 実際、たきな自身リコリスに好印象を持っているわけじゃない。不当な評価を経て喫茶リコリコに来たわけだが、上層部に不信感を抱いているのは確かだ。それでも上の人間を巻き込み、ましてや仲間をも皆殺しにしようだなんて考えたことすらない。

 春陽とリリベル、そして上層部に何があったのか。机上の空論を脳内で並べ続けている。

 

 

 「…………!!」

 

 

 殺気を感じ勢いよく振り返るとそこにはかつての仲間、そして現在の大虐殺犯がそこにいた。

 ボーッとしていたとはいえこれほどまで間合いを詰められるなんて、と自らの行動を咎めながらも警戒を続ける。

 

 

 「…………なんですか」

 

 

 怒気をはらんだその声に優しさなど微塵もない。リコリスの制服は着用していないが銃は常に持ち歩いているたきなは、それをしまっている腰付近に指をかける。

 何か動きがあればすぐさま発砲できる体勢だ。手ぶらな春陽はなす術もなく殺されてしまうだろう。

 

 

 「誤解を解こうと思ってね」

 

 「誤解?」

 

 「ああ」

 

 

 未だ警戒を続けるたきなから視線を外し波が寄せては返す方を向き話を始める。

 

 

 「たきなちゃんや千束ちゃん、他のリコリスにもだけどボクは危害を加えるつもりはない。それは信じて欲しくてね」

 

 「無理です」

 

 「だろうね」

 

 「そもそも何故リリベルを殲滅するような愚行に及んだんですか」

 

 

 たきながずっと考えていた春陽の悪行。それが今、彼の口から真実が語られる。

 リリベルに戻ってからの出来事、これまで彼が受けてきた批難、不条理、そして裏切り。それら全てを受け入れるには、たきなですら苦痛に感じるほど重く辛いものばかりだ。

 春陽の話を聞き自然と銃は下ろされただ彼の言葉に耳を傾けるようになっていた。

 

 

 「ここまでが今日までの出来事だよ。全てフィクションだと疑うかい?」

 

 「いえ………」

 

 

 何一つ確証はない。けれど春陽の話す表情は決して嘘など感じられず、たきな自身上層部の闇の一面を知るからこそ信じるに値すると判断した。

 

 

 「あの時キミを殴り飛ばしてしまって本当にごめん」

 

 「あの時のあなたは正常ではなかった。それも、春陽の話を聞いて納得したので大丈夫です」

 

 「千束ちゃんといいたきなちゃんといい、優しすぎるよ」

 

 「千束のがうつったからですかね」

 

 

 彼女の底抜けの明るさは周りにも伝染する。

 険悪だった二人がここに真の仲直りを果たす。その直後たきなの携帯に着信が入る。

 

 

 「はい」

 

 『やっほーお二人さん!仲直りできたみたいだねぇ♪』

 

 

 カフェテラスの方へ顔を向けると携帯を片耳に当てながらこちらを覗く千束を姿を捉える。

 どうやら全て筒抜けだったようだ。

 

 

 「趣味悪いですよ」

 

 『仲直りできたならそれでいいもーん♪』

 

 「はははっ………」

 

 『あっ、そうそう。先生たち、もう沖縄(こっち)に向かってるらしいからスタンバイよろしく〜』

 

 「わかりました」

 

 

 いよいよだ。久しぶりの対面が間近に迫り、春陽の表情も暗くなる。

 

 

 「…………えいっ!」

 

 

 俯く彼の背中をドンと叩くたきな。

 

 

 「そんな情けない姿だとクルミたちにも怒られちゃいますよ」

 

 

 励ますような彼女の行動に驚きつつも勇気をもらった。

 

 

 

 陽が完全に沈んだ夜。辺りに人は完全にいなくなり、千束、春陽、たきなの3人は喫茶リコリコの到着を浜辺で待つ。

 

 

 「吹っ切れたみたいだね♪」

 

 「緊張はしるけどね」

 

 

 春陽の瞳に不安はあれど迷いはない。

 波の音しかしない浜辺に砂をかけ分けるような足音が響き3人はその方向を向く。

 側から見れば旅行に来た老男とその娘二人。しかしその3人は春陽たちからすれば大切な家族。

 ミカは安堵するように、ミズキは浮かれたような様子で、クルミはムッとした表情で姿を現した。

 

 

 「みんな〜!久しぶり〜!」

 

 

 歓迎するかのように大きく手を振る千束。

 彼女たちの元へゆっくりと3人が近づく。

 

 

 「元気にしてたかい?」

 

 「もちのろんよ♪」

 

 「たきなもありがとね。千束を見つけてくれて」

 

 「いえ。私は何も…………」

 

 

 最下位を喜び合う4人。しかし、残りの二人は向かい合ったまま言葉を交わすことなく互いの顔を見ていた。

 

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 

 沈黙がこの場を包む。

 

 

 「…………ん」

 

 

 小さな背丈の年長者が春陽の胸に顔を埋める。そして、ポコっと弱々しく拳を当てうっすらと涙目になりながら愚痴をこぼす。

 

 

 「心配、したんだからな…………」

 

 「ご迷惑、おかけしました」

 

 

 絵面としてはやはり異質だ。クルミが年相応に程遠い見た目をしていることもあるが、千束たちから見たらまた違ったように見えるようで。

 

 

 「おやおや〜?クルミさん、春陽の事が好きなのかな〜?」

 

 

 茶化すようなその言葉にクルミは反論する事なく口を閉ざす。予想外の反応に全員が驚いた。

 

 

 「えっ、おい、ガキンチョ…………」

 

 「うそっ!?マジ!?」

 

 「そうだったんですか」

 

 「いいんじゃないか」

 

 

 寛容な店員たちは全てを受け入れるようだ(ミズキを除いてではあるが)。

 

 

 「もう、どこにも行きません」

 

 「絶対……絶対だからな!!」

 

 「約束します。この命にかえても」

 

 

 さらさらとした金髪を撫でそう誓う春陽。

 

 

 「ですが、その前に………」

 

 

 クルミから離れた春陽は千束、たきなに近づくと二人もそれを察して銃口を向けた。

 

 

 「おいっ、オマエら!!」

 

 

 状況についていけず焦るクルミ。そんな彼女を春陽は腕を広げ静止させる。

 

 

 「安心してください」

 

 

 その一言でクルミは理解したのか、ミカやミズキの元へ駆け寄りことの顛末を見守る。

 

 

 「それじゃあ、春陽」

 

 「準備はいいですね?」

 

 

 リコリスである二人がそう問いかける。無言で頷き覚悟を決めた春陽に向かい銃弾を放った。

 一つは眉間に、一つは心臓にヒットし命中した箇所から赤い粉が舞い上がる。そう、二人が放ったのは非殺傷弾。決して彼を殺すつもりはなく、しかしある意味では彼を殺す目的で放たれた一発だ。

 痛みはないが、その衝撃で後退りした春陽はすぐさま顔を上げ弾丸を放った二人を見る。

 

 

 「これで "大量殺人犯 篠原春陽" は死にました」

 

 「今日からあなたはただの "喫茶リコリコ店員 篠原春陽" ね!」

 

 

 「………あぁ。二人とも、ありがとう!」

 

 

 生きている限り罪が消えることはない。けれど、それが原因で彼なら距離を置こうなどと彼女たちは考えなかった。

 せめてもの手向けとして生まれ変わらせるために放った弾丸は春陽から不安を全て消し去った。

 これでようやく真の仲間になれる。

 彼にはあまりに残酷な十字架を背負っている。一人で抱えることなど不可能。

 しかし、彼のそばには何人もの仲間がいる。もう、独りなのではない。

 

 仲間がいれば、それでいい。

 

 

 後に日本を飛び出し、とある国にて喫茶リコリコは再開するのだがそれはまた別のお話。




最後まで読んでいただきありがとうございました!

非常に拙く、設定も適当だったとは思いますが評価、感想していただけですごく嬉しかったです。
他にも多数の作品があるのでそちらも読んでいただけると幸いです。

それでは、またどこかの作品で。


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