千代に八千代に祝福を! (羽付きのリンクス)
しおりを挟む

一、すてきな女神さま


世界観は電子書籍版とアニメのごった煮です。


 

「永森やちよさん、永森ちよさん、ようこそ死後の世界へ。あなたたちはつい先ほど、不幸にも亡くなりました。短い人生でしたが、あなたたちの生は終わってしまったのです」

 

 真っ白な空間に一人の女性が座っていた。

 青い髪をたなびかせ、同じく青い羽衣を纏う美しい女性。

 全身を清らかな『青』に包んだ彼女は、まるで御伽噺の女神のようだった。

 それにしても死んだだなんて。随分とあっさりしたものですね……。

 

「あの。……とりあえず、ひとついいでしょうか。」

 

 そんなことを考えていたら、女神さまが不思議そうにこちらを見つめた。

 

「「なんでしょう?」」

 

 何かおかしなことでもあるかしら。

 私たちが全く同時に声を上げるものだから、女神さまの肩がびくんと震える。

 ふふ、初めてあった人に『これ』をすると、みんな驚いてくれるから楽しいわ。

 

「……なんであなたたち、()()()()()ここに居るの?」

 

 …………あら?

 

「だっておかしいじゃない!この場所って普通、絶対一人づつしか入れないのよ!?」

 

 女性は、ずびしと『私』を……『私たち』を指さして、声を上げた。

 

 思わず隣に目を向ける。そこには顔がもうひとつ。

 

 肩で揃えた黒髪に、くりんと丸い硝子の黒目。

 お気に入りの、上から下まで真っ黒な着物。金糸で縫い付けられた、花魁草の柄が可愛らしい。

 真っ黒な全身とは相反する、昔、はは様にお人形さんのようねと褒めていただいたお肌だけが、陶器みたいに真っ白な女の子。

 

 『私』と同じ姿をした、半身の姿がそこにはあった。

 その子は眉をハの字に曲げて、困ったようなお顔をしていた。

 

 勿論、『私』も同じ表情なのでしょうけれど。

 

「……なんでと訊かれましても。そもそも私たち、此処がどこかも分かりませんもの。ねえ、やちよ?」

「ええ、ちよ。そもそも貴女は何者ですの?それに私たちが死んだだなんて。」

 

 私たちは同時に首を傾げた。本当に、何が何だか分からないわ。

 そもそも、私たちは何をしているところだったのでしょう?

 

「えっ……嘘ぉ……。こんな事あるぅ……?」

 

 青い女性は信じられないものを見るような目をしていらっしゃる。

 

「……まあいいわ。じゃあまず自己紹介からいきましょうか。私はアクア。日本において、若くして亡くなった魂を導く女神です。」

 

 佇まいを正してそう言う女神さま。

 まあ、随分綺麗な方だとは思っていましたが。

 

 それより名前を教えていただいたからには、此方も返さなければ。

 

「私はやちよ。永森やちよ。双子の姉です。」

「私はちよ。永森ちよ。双子の妹です。」

 

 そしてぺこりと頭を下げた。

 ……『私』がどちらか、ですって?そんなの些末な事ですよ。私たちは双子ですもの。

 

「ご丁寧にどうも。……それで改めて言いますが、あなたたち二人は亡くなってしまいました。ここは死した魂の往き先を決める、天界と呼ばれる場所です。」

 

 女神さまの言葉を聞いて、私たちは再び目を合わせた。

 

「……仮にそうだとして、私たちの死因をお聞かせ願えるかしら?」

「『はいそうですか』と受け取るには、些か突飛過ぎますわ。」

「…………あなたたちの死因は溺死です。覚えていませんか?(多分)ちよさんの方が、足を滑らせて……」

 

 今、小さく何か聞こえた気がしましたけど……。

 それより溺死ですか。直前の記憶はたしか、二人でお庭をお散歩していたところで。

 

 私たちのお庭には、大きな池と桜の木があって。あの日は夜桜がとても綺麗だったのを覚えていますけれど……。

 

「ああ!思い出しました!桜があんまりに綺麗だったから、ついつい見惚れてしまって!」

「ええ!思い出しました!足元に花びらが積もっていたのに気が付かなくて!」

 

 しっかり手を繋いでいたものだから、二人仲良く転んでしまったんです。

 そこからの記憶はありませんが、きっとそのまま溺れてしまったのでしょうね。

 

「はい、その通りです。お二人はそのまま息を引き取りました。夜中のことでしたから、他の人たちも誰も気が付かず……。」

「でもやっぱり、二人揃って召されるなんて。私たち双子なのね。」

「まあまあ、当然のことですけれどね。だって私たち双子ですもの。」

 

「……一番の謎は()()なんだけどね。」

 

 女神さまが呆れたように呟く。

 どうでも良いのですけれど、この女神さま先程から不意に口調が砕けて面白いわね。

 

「どういうことでしょうか?」

「……だって普通、死んだら一人づつ来るものでしょ。」

「はあ、そういうものですか。」

「ええ。例え同じ時間、同じ場所、同じ死因で亡くなったとしても。ましてやそれが親兄弟双子だったとしても!ここに招かれるのは、原則、絶対に()()()()()なのよ。なのにあなたたちときたら、二人一緒にここに来ちゃってるんだもの。」

 

 女神さまがずいと身を乗り出して詰め寄る。

 

「……そうなのね。私たちが例外だということかしら。」

「まあ、私たちにとっては些末なことですけれどもね。」

 

 私たちはまた顔を見合わせて、ふふっと笑った。

 

「……本当に、変な子たちね。」

 

 女神さまはぽつりとそう言った。だけどもそこに、猜疑や嫌悪の色は無く。

 ああ。このお方、本当に女神さまなのね。

 

「さて、それではそろそろ本題に入りましょうか。あなたたちはこれから何処へ向かうのか。」

「あら、もう終わりですの?」

「もっと気になりませんの?」

「……だって、来ちゃったものは仕方ないもの。そこら辺は私の管轄外よ。」

 

 女神さまは少し拗ねたような表情を浮かべている。

 まあでも、私たちでもよく分からないことを根掘り葉掘り訊かれるよりはよっぽど良いでしょう。

 そう言う意味では女神さま、とっても好感が持てるわね。

 

「あなたたちには三つの選択肢があります。ひとつは天国のような場所で永遠に過ごすか。娯楽も何も存在しないので、やれることといったら日向ぼっこと世間話くらいです。」

 

 まあ、なんて退屈そう。のんびりするのは好きだけど、ずっとは飽きてしまいそうね。

 

「ふたつ目は、綺麗さっぱり記憶を消して、元の世界へもう一度生まれ変わるか。ただし、あなたたちに限ってはこれはおすすめできません。」

 

「「あら、どうして?」」

 

 ……流石に、二度目は驚かれなかったわね。

 

「あなたたちの魂は今、とても特殊な状況になっている可能性が高いからです。……そうね。分かりやすく言うなら、本来二つ有るべき魂が、()()()()()()()()()()()()()()()。二人同時にここに居るのがその証拠です。こんな状態で転生したら、良くてまた瓜二つの双子になって産まれるか、それとも一つの身体に二つの魂みたいな二重人格に近い形になるか。最悪、どちらか片方の魂が完全に消失……というか上書きされてしまうかもしれません。」

 

 女神さまは淡々と説明を続ける。

 

 ……消失だなんて、聴くだに恐ろしい。だって私たちは『二人で一人』。

 どちらかが消えてしまえば、残された方に価値なんてありませんもの。

 

「でも大丈夫。あなたたちが選べる第三の選択肢があるわ。それは……」

 

 そこで一拍おいて、女神さまは口を開いた。

 

「『異世界で新たな生を受ける』というものです!」

「「………………いせかい?」」

 

 あらまあ、全く聞いたことのない言葉が出てきたわ。

 

「そうよ。あなたたちゲームは……やらなさそうよね、見るからに箱入りお嬢様って感じだし。いいですか?その異世界というのは―――」

 

 それから女神さまは、私たちに色々教えてくれた。

 どうやらそこは、此方で言う中世のような様相の、剣と魔法の世界らしい。

 

 そこには悪い魔王が居て、彼等によってその世界の住民たちは苦しめられているそうな。

 

 だから神々は、若くして亡くなった魂を生前の姿のまま向こうの世界に送って、人口増加兼魔王の軍勢と戦うための戦力増強を狙っている、とのこと。

 

 そして向こうに送られる魂には何か一つだけ、好きな『特典』を与えられるのだとか。

 つまり私たちは、その特別な力を貰える代わりに異界へと赴き、戦えということみたい。

 

「あなたたちとっても仲が良いみたいだし、これならもっと一緒に居られるわよ?悪くない提案だと思うけど……どうかしら?」

 

 女神さまが私たちの顔を覗き込んでくる。

 慈愛に満ちた……というよりも。人懐こそうな目をして、にっこりと微笑んでいる。

 

 嗚呼、そんな笑顔をされてしまったら、ついつい考えなしに首を縦に振ってしまいそう。

 

 けれどもそれは許されません。安請け合いはいけませんよと、母様にもお師匠様にも耳にタコができるまで聴かされ続けていましたもの。

 

「女神さま。お返事するより何よりまず、はっきりさせて頂きたいことが。」

「とってもとっても大事なことよ。絶対答えて頂きたいの。」

 

 真剣な声色で訊いたので、女神さまも察してくれたのか、表情を引き締めた。

 

「……なにかしら?」

 

 私たちは女神さまをまっすぐ見つめる。

 そして、同時に同じ言葉を告げた。

 

「「それの報酬は、お幾らかしら?」」

「……へ?」

 

 女神さまは呆気にとられたように固まってしまった。

 そんなに意外な質問だったかしら?だってこれはとどのつまり、神々からの『ご依頼』なのでしょう?

 

 だったら当然、相応の対価を支払って貰わなければ。

 業突く張りと言われようとも仕事柄、これについては疎かにできませんもの。

 

「……そうねぇ。ホントは一番最後に言うつもりでしたけど。魔王討伐の暁には好きな願いを何でもひとつ、叶えて差し上げましょう。それこそどんな大金だろうと、それ以外の如何なるものであろうと構いません。」

 

「あら、とっても素敵ね!」

「あら、気前がいいのね!」

 

 女神さまの言葉を聴いて、私たちから笑みが零れた。

 だって要は、言い値で払うと言っているのと同じなのだから。

 

「なんというかあなたたち。見た目に反して結構俗っぽいのね……。」

「あら心外ね。金は天下の回り物と言うでしょう?それに倣っただけですわ。」

「ああでも、ここは死後の世界なのでしょう?地獄の沙汰も金次第と言うべきかしら?」

 

 実のところ、お金そのものには執着はないけれど。

 性とはどうにも、一度火が付いてしまうと止められないものね。

 

「やめてよ洒落にならないから……じ、じゃなくて!とにかく、見返りの心配はありません。さあどうしますか?異世界に行って、魔王と戦ってくれますか?」

 

 女神さまが再び問いかけてきた。

 

 私たちは顔を見合わせ、くすりと笑う。

 それに大した意味はなく。だって気持ちは同じですもの、確認の目配せですら有りません。

 

 だからこれは、只の癖。

 

 これからもずっと一緒だという証。だって、私たちは双子なんだから。

 

「「お請けいたしますわ。」」

 

 そう応えた時の、女神さまの花の咲くような笑顔といったら。

 まるで絵本の中から飛び出てきた妖精のようで、思わず見惚れてしまうほど。

 

 ふふ、でも不思議ね。

 私たちに『ご依頼』して、あんなに嬉しそうなお顔をするお方は初めて。

 

 やはり女神さまですから、人の上に立つ存在は違うということなのかしら?

 

「よしっ!……んっん。では、向こうの世界に持っていく特典を選んでください。」

 

 女神さま、慌てて取り繕いながら分厚い冊子を渡してきた。

 

 はらりはらりと捲ってみると、そこには聴いたことも無いような魔剣なんとかやら、伝説の聖剣なんたらとかいう珍妙な名前が書かれた紙切れが沢山挟まっている。

 

「どれにしましょう?確かに強そうな物ばかり|だけれど、こんなにあったら迷ってしまうわ。」

 

 迷うついでにもう一芸、こうしてお互い継ぎ目なく口走れば。

 

 ふふっ、ほらこの通り。

 

 女神さま、あんなに眼を見開いて、突いた頬杖からずり落ちそうになってるじゃない。

 ああでも、女神さまをあんまり揶揄ったらバチが当たってしまうわね。

 

 楽しいけれどこの辺で。

 

「女神さま。その特典というの、この冊子の中からだけじゃ駄目かしら?」

「どうせなら、二人で考えたものを頂きたいわ。」

「え?ええ、別に構わないですよ。世界が崩れるような極端なものでなければ。…………ねえところで。特典決まった後でいいから、さっきのもう一回やってくれない?」

 

 あらあらまあまあ。

 女神さまには思いの外、好評だったご様子で。

 

「勿論、幾らでも|してあげますわ」

 

 私たちにとってはこの程度、普通の会話と全く遜色なくできますもの。

 しかし、そんなに眼をキラキラされて喜ばれると。楽しくなって、つい調子に乗ってしまうではありませんか。

 

「それで特典なのだけ|れど、実はもう決まってお|りますの。どうかご用|意していただけるかしら?」

 

「あっあっ待って待って!それ何回もやられたら頭おかしくなりそうだからタンマ!……ふう、えーと、じゃあ何の特典にするのかしら?」

 

 ……あら、私たちとしたことが。これ、聴いてる側の気が違えるのでやりすぎはいけませんよと、母様にも言われておりましたのに。

 

 とにもかくにも、欲しい特典ですわね。

 私たちが望むもの。それは勿論。

 

 

――――――。

 

 

「では、これからあなたたちを異世界へ送ります。……もう一度訊くけど、本当にその特典でいいのね?」

 

 女神さまは最後に、私たちの特典を……それぞれの帯に差した『それ』を見ながら、改めて念を押して来られました。

 

 私たちは、それに黙ってうなずき返します。

 

 すると女神さまも無言で、こくりと肯かれました。なんというか、諦めたような、釈然としないようなご様子でしたけど。

 

「その魔方陣から出ないように」

 

 そう女神さまが言った途端私たちの足元に、奇っ怪な紋様が浮かび上がって青く輝く。

 その幻想的な光景に見惚れている内に、私たち二人の身体はどんどん宙に浮かんでいく。

 

「すごいわ、ちよ!私たち空を飛んでるわ!」

「すごいわ、やちよ!まるで夢みたいだわ!」

 

 興奮しながら私達は、手を取り合って喜び合う。

 そんな間にも、眼下の女神さまは両手を広げて言葉を紡ぐ。

 

「永森やちよさん、永森ちよさん。あなたたちをこれから、異世界へと送ります。魔王討伐のための勇者候補の一人……じゃなかった、二人として。さっきも言いましたが、魔王を討伐した暁には神々からの贈り物として、好きな願いをひとつだけ、叶えてあげましょう。」

 

 私たちは、繋いだ手を強く握り締めながら耳を傾ける。

 いよいよ光が視界を覆うなか、女神さまは、とってもすてきな笑顔を見せて。

 

「願わくば、数多の勇者候補の中から、あなたたちが魔王を打ち倒すことを願っています。……さあ、旅立ちなさい!」

 

 その言葉を最後に、私たちは眩むような光に包まれていった…………。

 

 

――――――。

 

 

 双子が光に消えた後。

 残されたアクアは、ふうっと溜め息をつく。

 

「……無事に送れたみたいね、なんか不思議な双子だったけど。というかあの二人……」

 

 あまりにも似すぎている、奇妙な双子。気になって思わず『くもりなきまなこ』で覗いてみたところ、二人の魂は『ほぼ全く同じ』であった。

 

 別の二人の魂が、コピーのようにそっくりそのまま合わさっているのだ。本来であれば、ありえないことである。

 

 魂は『個性』であり『個人』であるはずなのだ。

 

 それが、全く同じとは。

 

「…………まあ、双子だし。そういうこともあるわよね。」

 

 アクアは楽観的に考えることにした。面倒なことを考えるの止めただけとも言う。

 

 そして、手元にある死者の生前の情報が書かれた書類に目を落とす。

 

 注目すべきは、生前の職業。

 

「うーん。それにしてもあの双子、生前の職業『殺し屋』なんて。14歳なんて若いのに、向こうの世界も物騒なのねぇ。」

 

 しかしてこの楽観すぎる女神によって、異世界へと送られた双子の殺し屋。

 果たして彼女たちは一体どんな道を歩むのか……。

 

「ま!腕が立つってことは早々にジャイアントトードの餌になるなんてことは無いでしょ。あー疲れた、今日の仕事おしまいっ!」

 

 そう遠くないうち、アクアは二人の活躍ぶりをその眼で確認することになるのだが、それを知る者はきっとまだ居ない。

 





『死んだ人はひとりずつしか~』の下りは、あくまでこの作品独自の解釈ですのであしからず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二、ふらり、異世界






 

 気がつけば、石造りの街中に立っていました。

 

「ちよ、ちよ!あそこの人、耳がとっても尖っているわ!」

「やちよ、やちよ!それに御髪(おぐし)もとっても綺麗!まるでお伽噺の妖精ね!」

 

 中世を思わせるレンガ造りが並ぶ街並み。道行く人の服装は、やはり見慣れぬものばかり。

 

 お伽噺の不思議の国。

 

 そんな世界に、今まさに迷い込んでいる気分。これで興奮するなというのが無理というものでしょう。

 

 私たちは手を取り合い、くるりくるりと笑い合う。

 

 きっと道行く人たちからは、随分目立って見えるでしょうね。

 だけど許して?今だけは、私たちだけの世界を楽しみたいの。

 

「ねえ、ちよ。」

「なあに、やちよ。」

 

「私たち、これからどうすればいいのかしら?」

「私たち、これからギルドとやらに行くのよ?」

 

「そうだった、女神さまに言われていたわ」

「ええそうよ、女神さまに言われていたわ」

 

 危うく忘れるところだったわね。

 私たちには女神さまから受諾した、大事な大事な『依頼』があるのです。

 

「ふふふ。このご依頼、今までで一番大きなお仕事になりそうね?」

「ふふふ。今まででしたら一番は、マフィアの首領を仕留めた時だったかしら?」

 

 そうね、大変だったわ。街を牛耳る巨大組織をふたりだけで潰したのだもの。

 

 あれは流石に骨が折れたけど、今回の標的はそんなモノより遥かに大きな、世界を狙う『魔王』とやら。

 

 生前日本にいた頃も色んな方を始末してはきたけれど、こんな大仕事を頂いたのは初めてね。

 

「しかしまあ、一度死んだといいいますのに。」

「稼業からは逃れられないものなのね。」

 

 顔を合わせて笑い合う。

 私たち、何処まで行っても殺し屋なのね。

 

「行きましょう。善は急げと言いますもの」

「行きましょう。思い立ったが吉日とも言いますもの」

 

 私たちは手を繋ぎながら歩き出す。

 

 きっとこれは、何年も掛かる長いお仕事になるでしょう。

 なればこそ、まずはこの地に馴染むことから。

 

 『冒険者』とやらになって活動の地盤を築き、一歩一歩と牙城に迫る。

 

「楽しみね、やちよ。魔王はどんなお顔なのかしら。」

「楽しみね、ちよ。魔王はどんな斬り心地なのかしら。」

 

 何の因果か降り立った、名前も知らぬ異界の地。

 右も左も分からぬけれど、胸中満たすは不安よりも、高揚。

 私たちはふたりでひとつ。なればこそ、繋ぐ手は固く決して離れることは無い。

 

 だからきっと、なんだって出来るはずよね。

 

 ◆ ◆

 

 

「「………………はあ。」」

 

 ふたり並んで、溜め息ひとつ。

 街行く人に訊きまして、やって来たは冒険者ギルド。

 

 案内ついでに訊いてみれば、この街の名は『駆け出し冒険者の街 アクセル』だそうで。

 

 それとついでに教わりましたが、このお国でのお金の単位は『エリス』。

 

 これも聞いたお話ですが、国教の神様のお名前がそのまま通貨になってしまうなんて、とっても慕われている方なのね。

 ……ですがまあ、単位どうたらは些細なこと。

 

 

 何せ私たち、無一文ですもの。

 

 

「よもやよもや、冒険者登録にもお金が必要だなんて。」

「よもやよもや、こんな所で躓いてしまうだなんて。」

 

 これがさっきの溜息の理由。

 

 先立つものが無いのでは、地盤を築く処ではありません。これでは明日も分からぬ浮浪者そのもの。

 

 ええ、ええ、『殺し屋』などやっているなら明日も知れぬというのは同じですけど、それとこれとは違うでしょう。

 

「「……」」

 

 お互いに、手を取り合いながら真剣な眼差しを向ける。

 

 それはもう、じっくりと。

 

 見つめ合う視線に、互いの瞳が映り込む。

 

「「…………はあ。」」

 

 でもやはり、まろびでるのは溜息ばかり。

 ふたりなら、何でも出来ると言いましたが、流石に限度がありますわ。

 

「よう!そこの真っ黒いお嬢さんたち!」

 

 そんな折に掛けられた声。

 見れば、いつの間にやら目の前に筋骨隆々の大男がひとり。

 

「「あなたは?」」

「おお、すげえそっくりさんじゃねえか。いやな、俺は名乗る程のモンじゃねぇよ。」

 

 そう豪語する大男、しかしてその風体は。

 

 トサカのように反り立つ赤髪、鋼のような筋肉をほとんど隠さぬズボン吊り(サスペンダー)に、なぜか肩だけは甲冑の如く、がちりと覆い隠されている。

 

 一見すると強面ですが、その表情はよくよく見れば威圧も殺気も含まない柔和なもの。

 

 まあ、強面に違いは有りませんが。

 

「それで、私たちに御用でしょうか?」

「用も何も、さっきから溜め息ばっかで辛気臭くて、正直言って見てらんねぇ。お前ら見ない顔だしな、冒険者の登録しに来た命知らずってとこかぁ?」

 

「ええまあ、仰る通りです。初対面のお方に語るようなものでもありませんが……」

「恥ずかしながら私たち、登録料すら持ち合わせていないのです。故にどうしたものかしらと……」

 

 本当に、あまりに滑稽、お笑い草な(はなし)でしょう。

 嗚呼、恥ずかしくって頬が焼けてしまいそう。

 

「んー?おいおい、登録料っていや一人千エリスぽっちだぜ。そんな金すら持たないで来たのか?」

 

「はい。止むに止まれず()()うの体で、此方にたどり着いた次第でして。」

「幸い腕には覚えは有れど、既に路銀は尽きてしまって。」

 

「このままですと私たち、明日には飢えて土の中。」

「嗚呼、こんなことなら父母(ちちはは)様にもう少しだけ孝行をしておけばよかったわ。」

 

「そいつは難儀だなあ……よし分かった!ここは気前の良さを見せてやるか!ほらよっ!!」

「これは?」

「見りゃ分かんだろ、二枚合わせて二千エリス。これでちゃちゃっと登録してきな。」

 

 よよよ、と袖口で顔を抑えて嘆いていますと、眼前に差し出されたのは二枚の硬貨。

 

「そんないけませんわ。出会ったばかりの方に施しを受けるなんて」

「あまりに恐れ多いことですわ。どうか御容赦くださいませ」

 

「良いんだよ。俺だって最初は金がなくて苦労したもんだ。貰えるもんはしっかり貰っておきな。それにこんな別嬪さんなんだ、ちょっとくらい格好付けたいってなもんさ!」

 

 豪快に笑って見せる大男。

 あらあら、中々どうして出来た殿方ではありませんか。こうまで清々しそうに言われてしまったら、断わる方が野暮というもの。

 

 ええ、たとえ此方が同情を誘った末だとしても。

 

「では有り難く……」

「頂戴致します。」

 

「おう、健闘を祈るぜ命知らず!!」

 

 そう言って、嵐の如く去っていく。

 騒々しくもお優しい、なんとも快いお方でしたね。

 

「「……」」

 

 残された私たちはお互いに顔を見合わせ、そしてふたり笑い合う。

 

「「ふふ」」

 

 ともあれこうして、首皮一枚繋がりましたね。

 

 お金がないと突っぱねられた手前、先ほどと同じ受付に向かうのは少しばかり気が引けたので。今度は別の、金の髪が美しい女性の所へ。

 

 それにしても強面さんといい、少しばかりはだけすぎではありませんこと?

 それともこれが、此処では常識的な服装なのかしら。

 

「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどんなご用でしょうか?」

「「私たち、冒険者になりにきたの。」」

 

 二人揃った声を聴き、例の如く女性は驚く。

 

 ですけど流石、接客慣れした受付さん。すぐに気を取り直したのか、その表情には笑みが浮かぶ。

 

「ええと、でしたらお一人千エリスの登録料が必要ですが……」

「「ええ、ここに」」

 

 強面さんから頂いた、輝く硬貨を二枚置く。

 

「はい確かに。……ではまずは、冒険者とは何かについて簡単にご説明を」

 

 そうして始まった受付さんの講釈によると。

 

 一つ、冒険者とは主に依頼を請けてモンスターなる怪物を狩る者たちの総称であり、基本的には何でも屋に近しい存在。

 

 一つ、冒険者には職業という区分があり、職業ごとにスキルという特殊な技能を習得できる。

 

 一つ、この世界には経験値という概念があり、この世界に存在する何かしらの生命を食する、或いは殺すことによってその魂を吸収することでそれは蓄積していく。

 

 一つ、ある程度経験値を得た生物は『壁を越える』と言ってある時突然成長することがあり、何度それを迎えたかはレベルという項目の数値で表される。

 

 一つ、レベルが上がるとスキルを覚えるポイントやら、身体機能の高さを表すステータスやらが上がっていく。

 

 正直聴いたこともない言葉の羅列でしたが、何とかかんとか頭に詰め込む。

 

 つまりは戦う程に、殺す程に強くなるということなのかしら。

 

 でしたらとても、とっても解りやすいわね。

 私たちのこれまでと、何ら変わりありませんもの。

 

 本来長い時間を掛けて少しずつ、牛の歩みで覚えるべき殺しの技能を、指先ひとつでぽんと習得できてしまうというのは正直なところ複雑ですけれど。

 

 便利は事実。慣れねば立ち行かないでしょう。

 

「では次に、冒険者カードの作成を行います。そちらの水晶に手をかざしてください。カードにステータスが記述されるので、その数値を元に職業を選んで頂きます。」

 

 窓口の脇に何やら複雑な絡繰に囲われて、水色の球が鎮座している。

 受付さんはその下に、手にしていたカードを置いた。

 

 ……只でさえお肌の見える服装だというのに、身を乗り出したせいで胸元が思いきり見えているのだけれども。

 なんと言いましょうか、早くも異世界の洗礼を受けてますわ私たち。

 

 もし(はは)様が見ていれば、年頃の女子(おなご)がはしたないと刀を抜きかねませんわね。

 

 ともあれこの水晶に手を翳せば、ステータスとやらが分かるのだそうで。

 

「翳すだけで宜しいの?」

「何とも不思議なものですね?」

 

「はい!その水晶が登録者の魂の情報を読み取って、カードに記載しますから!あ、当然ですけど登録はお一人ずつで……」

 

 私たちはごく自然に、()()()()()に水晶に手を翳した。

 

 受付さん、何か仰っていたけれど。

 ごめんあそばせ、聴くより前に既に手が動いていましたわ。

 

「え、あ、あのっ!?複数人で触っちゃうと正確な情報が―――」

 

 受付さんがとても慌てているけれど、青く輝きだした水晶を前に私たちは目を奪われて、それどころではありません。

 ペンのような部分から走る光線が、カードに何やら書き込んでいく。

 

「これは……」

「まぁ……」

 

 そのあまりに幻想的な光景に、思わず感嘆の声を上げてしまいました。

 

「……え、えーと。とにかくカードの確認を」

 

 受付さんがそそくさと、カードを手に取って改める。

 

「ああ、きっとこれじゃ文字化けしちゃって…………え?」

「「どうかされました?」」

 

「あ、あの。今、お二人とも同時に水晶にふれられましたよね?なのになんで……。えっと普通、あんな風に別々の人が同時に水晶に触ってしまうと、情報の読み取りが上手くいかずに意味不明な記述になるんですが……」

 

 そう言いながら見せてくださった、私たちの冒険者カード。

 名前の欄には「ナガモリヤチヨ・ナガモリチヨ」の文字。

 

 性別女性。年齢14歳。身長145cm。体重……おっと、これについてはご容赦を。

 ともあれ違わず、私たちの身体情報がそこには書き記されていた。

 

「ええと、こんなことは初めてなのですけれど……。こんなの、例えばお二人の身体のつくりが全く同じとかでないと……」

 

「ああ、それなら納得です。」

「私たち、双子ですから。」

 

「え?ふたご……ですか?」

「「はい♪」」

 

 受付さんが訝しげな目線を向けてきますが、事実なんだから仕方ないでしょう?

 

「い、いやいやいや!?いくら双子だからってそんなことあり得ませんよ!身長どころか体重まで寸分狂わず同じだなんて!」

「「当然でしょう、双子ですもの。」」

 

 私たちがそう言うと、受付さんは頭を抱えてしまった。

 

 そんなに驚くことかしら。私たちはふたりでひとつ。これくらい、当たり前のことだと思うのだけれど。

 

「はぁ~……分かりました。もうそれでいいですよ。で、次はステータスですけど……」

 

 受付さんは投げやりに、次の項目へと目を移す。

 ああ、そうです。思わぬやり取りで時間を使ってしまいましたが、一番の注目はそれですね。

 

「やっぱりひとつも文字化けしてない……って何ですかこの数値!器用度と敏捷度が異様に高いです!これなら盗賊やアーチャーといった基本職は勿論……上級職のアサシンにだってなれますよ!!」

 

 聞き耳を立てていたのでしょうか、ざわりと周りの冒険者たちが沸き立つのが分かります。

 それにしてもアサシンとは。

 

 アサシン。暗殺者。即ち殺し屋。

 

 私たちの得意分野じゃない。

 

「まあ、素敵。ではそちらの職業に致しますわ。」

「えっと、これだと強制的に二人とも同じ職業ですけど……あ、はい問題ないですか。では、アサシンとして登録致しますね」

 

 受付さんは少しだけ、躊躇いながらもカードを差し出してきた。

 私たちはそれを受け取って、カードを見つめた。

 何だか不思議。自らの能力が、こうして隅から隅まで可視化されるというのは。

 

「でもこれで、本当に……」

「冒険者になりましたわね」

 

「ええ、これで登録手続きは完了です。最初から上級職になれる冒険者は本当に稀なんです。ギルド一同、お二方のご活躍を心より期待しています。」

 

「ありがとうございます」

「ご期待に添えるよう、努力いたしますね」

 

 受付さんの激励の言葉に、私たちは揃って会釈した。

 登録は無事に済んだみたいだし、次は早速依頼を受けましょうか。

 

「ねえ受付さん。お勧めの依頼はございます?」

「あ、はい!えっとですね……」

 

 受付さんに案内された掲示板の前へ赴き、依頼書を眺める。

 ざっと見回したところ、やはり討伐系が多いよう。

 受付さんのおすすめは『ジャイアントトード』というモンスターらしいですけれど。

 

 生憎と横文字には疎いものですから、トードというのがどういうモノか検討もつかなかったのですが、依頼書にある挿し絵を見てみるとどうやら牛より大きな蛙のようで。

 

「大きな蛙さんですって。本当に怪物退治なのね」

 

「だけど少し不安だわ。どうせなら、人間相手のご依頼の方が良いのだけれど」

 

 殺し屋の業は人間を斬るもの。

 積極的に人の血が見たいといった類の趣味はありませんけど、どうせなら慣れた相手が良いと思うのが人情というものでしょう?

 

「形だけ人の物の怪だとか、都合よく居たりしないかしら」

「ふむ……あら、ねえやちよ。こんなのはどうかしら」

 

 あれやこれやと眺めていると、ふと気になる一枚が目に止まった。

 顔すり合わせて見てみると、ゴブリンの巣を駆除してほしいという内容。

 

 挿し絵を見るに『ゴブリン』なる怪物は、絵巻にある『餓鬼』によく似た人型生物。家畜や作物を奪うという記載からして、扱いとしては害獣とそう変わりないよう。

 

 人であって人に非ず。疾く斬り捨てるべき悪しき存在。

 

「まあ、本当にあったわね!」

「ええ、丁度良かったわね!」

 

 なんとまあ、誂えたように私たち向けの獲物ではありませんか。

 そうと決まれば善は急げ。早速窓口に持って行ってみましょう。

 

「すみません、こちらのご依頼を受けてみたいわ。」

「え、えぇ……?これはまた、随分といきなりなやつですね……」

 

 受付さんは私たちの持つ依頼書をまじまじと見つめながら、困惑した表情を浮かべた。

 

「あの、確かにゴブリンはジャイアントトードに並ぶ初心者向けの魔物ですけど、巣の駆除となると話は別ですよ?」

「「ええ、承知の上ですわ。」」

 

 巣というからにはそこに迂闊に飛び込めば、大勢に囲まれるのは必至でしょうね。

 どんな弱輩だとしても、徒党を組み数で押されてしまえば多勢に無勢。それはもう、前世の稼業で嫌になるほど思い知っていますもの。

 

「そ、それはこれだけのステータスがあれば可能かとは思うんですが……。しかし危険も大きいのが冒険者の仕事です。いくら上級職だからって、レベル1の駆け出しなんですし」

 

 受付さんは心の底から案じているような面持ち。

 

 ああ、なんて優しい方なのかしら。絶えず命が散るのを見送る立場の方でしょうに、私たちのような新参者の身を心配してくれているのね。

 

 ですけど今回ばかりは杞憂だとお伝えする必要がありますわ。刃を振るう者という意味でなら、そも私たちは厳密には駆け出しでは無いのですし。

 

 さて、如何様にして説得しようかしらと考えて―――いますのに。

 

「あの、せめて誰かとパーティーを組むのをおすすめしますよ?上級盗賊職のお二人でしたら、まずどのパーティーからも大歓迎でしょうし。」

 

 ああ成る程。数の不利があるのなら、此方も徒党を組んでしまえば良いということね。

 全くもって道理であり、また真実でしょう。先程からちらりちらりと背中に刺さる視線も多いもの。

 

 それより何よりたった今、図ったように当てが出来たことですし。

 

「と、いうことで後ろにいらっしゃるあなた?」

「どうかお仲間になってくださらない?」

 

「「ね?」」

「えっ」

 

 背後から響いた素っ頓狂な声に振り向けば、ぎょっと眼を見開いた少女のお顔がそこに。

 

「あ、あはは……バレてた?」

 

 雑に伸ばした肩までもない銀のお髪に、頬に走る刃の傷跡。

 

 装備は軽さと動きやすさを重視した物で、腰に差しているのは一振りの小剣。懐を見やるに他にも色々隠し持っていることでしょう。

 

 一見すると軽業師のようではありますが……だとしても、あんなにお腹を曝け出していては不安を覚えてしまいます。主にはしたないという意味で。

 

 今のところこの世界で一番驚かされているのが服装の露出度の高さというのが如何とも。これが世に聞くかるちゃあしょっくというものなのでしょうか。

 

閑話休題。

 

「えっ、あら、クリスさん?どうされました?」

 

 受付さんが声を掛けると、クリスと呼ばれた彼女は照れたように頬を掻く。

 

「あ、どーもルナさん。いやさ、今のやり取り聴いてたんだけど。それならあたしが同行したげよう!って格好よく名乗り出ようとしてたんだけどね……うん……」

 

 いきなり後ろに立たれたので何事かと思ったら、ただのお茶目さんだったよう。

 ですけど彼女、相当な実力者とお見受けしました。

 

「因みにどこから気付いてたの……?」

「そうですね、受付さんの『せめて誰かとパーティーを……』と言う下りの直前には」

「うわー殆ど最初っからじゃん……あたしカッコ悪……」

 

 すっかりしょげ返ってしまった彼女に、受付さんも苦笑い。

 

「あはは……。でもクリスさんならこの街でも実力のある冒険者ですし、どうでしょう?皆さんがよろしければ、パーティーを組んでみては」

 

 受付さんの提案に、私たちも異存はない。

 彼女は悔しがってはいるものの、此方も間合いに入るまで()()()()()()()()()()んですもの。

 

 それだけの使い手である以上、味方になってくださると言うなら頼もしいですし。

 もしも(たばか)るつもりとしても、半端な策が通じないのは今のやり取りで思い知ったことでしょう。

 

 ……いえ、あまり滅多な言い方をするものでは無いですね。血生臭い世界に居ると、どうにも疑り深くなっていけません。

 

「ええ。先程も申しましたが、むしろ此方からお願いしたいくらい。」

「クリスさん、だったかしら?私たちとご一緒して頂けるかしら?」

「え、ホント!?」

「「ええ」」

「やった!」

 

 満面の笑みを浮かべてはしゃぐ彼女の姿は、まるで幼子のようで。

 ふふ、何だかとても可愛らしいわ。

 

「じゃあ改めて、あたしはクリス!見ての通りの盗賊……キミたちアサシンと同系統の職業だよ、よろしくね。」

「宜しくお願い致します。私はやちよ、双子の姉です。」

「私はちよ、双子の妹です。宜しくね、クリス先輩?」

「せ、先輩……!!」

 

 あら、同業の先達ですからこう呼ぶべきかと思ったけれど、予想以上に嬉しそう。目がキラキラと輝いています。

 

「よーし、そうと決まれば作戦会議だね!先輩に思いっきり頼ってくれていいからね!」

 

 元気いっぱいに張り切る彼女。

 

 はてさて、異世界の戦いぶりとはどのようなものかしら?期待に胸が躍ります。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三、金銀黒黒、小鬼狩り


 こちら、以前投稿した第三話とは全く別物の展開となります。
 改定前のを読んで下さった方々には申し訳ございませんが、どうかご容赦をば。



 

「うわー、ホントに一枚に二人分の名前載ってるんだね。こんな冒険者カード今まで見たことないよ。」

 

 ギルド併設の酒場にて。

 顔合わせも兼ねてお互いの冒険者カードを見せあって、三人テーブルを囲む。

 

「冒険者カードの情報って確か、その人の魂の情報を読み取って記載するものだったはず。てことはこの二人の魂は完全に同格ってこと?いやいやいくら瓜二つだからってそんな……」

 

 クリスさんが、私たちのカードを覗き込んではぶつぶつと呟いています。やはり私たちのカードのことが気になるようで、それはもう興味津々といった様子。

 

「ああゴメンね、こっちの話。それにしても本当にそっくりだね。双子っていうより同一人物みたい。」

「当然です、私たち|は一心同体ですもの。」

 

 喋る中途での『切り替え』を披露してみれば、やはりというか案の定、眼を丸くする彼女。

 

「あはは……ほんっと面白いよね、キミたち。」

 

 呆れたようではありますが、嫌味や皮肉の籠っていない笑顔からしてお気に召されたご様子ですね。

 

「さて、それで早速出発と行きたいけど……。本音を言うならもう一人、別の職業の人が欲しいところかな。」

「あらどうして?」

「この三人では不足?」

 

 私たちの疑問に、彼女は指を立てて説明してくれる。

 

「盗賊やアサシンって言うのは、基本的にはサポート寄りのスキル構成なんだよ。不意打ちとか先制攻撃に特化してる代わりに、正面に出て戦うにはちょっと不向きなんだ。」

 

 成程。徒党を組むからには役割分担が必要で、それは職業ごとに違うということですか。

 向こうでは殆どずっとふたりだけで戦っていたものですから、役割やら陣形やらは考えたこともありませんでした。

 

「あたしも何時もはダクネスっていう前衛職の人と組んでるんだけど、こんな日に限って居ないんだよね。ま、大方家の都合だろうけど……」

「む、私の話かクリス?」

 

 突然会話に加わってきた声の主の方を振り向くと、一人の女性が立っていた。

 背丈は高くしゃんとしており筋肉質。そして立派な鎧。正にお伽噺の騎士様のような、金髪を後ろで束ねた女性がそこに。

 

「あれ、ダクネス!?実家に帰ってたんじゃなかったの?」

「ああ、うむ……。そうなのだが、実は……。」

「ははぁ~?もしかしてまた見合い話断って抜け出して来たんでしょ?全く、毎回それじゃあ流石に親御さんだって心配するよ?」

「い、いやその、今回違くてだな、いや違わないが……」

 

 クリスさんの言葉に、ダクネスと呼ばれた女性は慌てふためきながら言い訳をしようとしている。

 

 噂をすれば影とは云いますが、どうやらこの人がクリスさんと組んでいるという方なのね。

 

「あの。クリス先輩、そちらの方が?」

「うん、あたしの仲間で友達のダクネス。まさか丁度来るとはね。」

「む、ああいかにも。私はダクネス、クルセイダーを生業としている者だ。あなたたちは?見ない顔だが」

 

 ということで再びの自己紹介。

 

 ダクネスさんのクルセイダーという職は、パーティーに於いて皆の盾となり味方を守る役目を担う上級職だそうな。彼女の騎士然とした立ち振舞いは、確かにそういった印象にぴったりです。

 

 一方私たちの冒険者カードを見せましたら、やはり名前の欄に驚かれ、次には職業の欄でまた驚かれ。

 

「ふふ、これはクリスが目を付ける訳だ。こいつは有望そうな駆け出しに声を掛けては世話を焼くのが趣味みたいな奴だからな。」

「もう、人聞き悪いなぁ。困ってる後輩を放って置けないだけだよ。」

 

 そう言って頬杖をつくクリスさん。

 先程から後輩という言葉に拘るあたり、なにかそう言った関係に思い入れがあるのかしら?

 

「まあいいや。そう言うことでさ、ダクネスにも同行して貰おうと思うんだ。」

「うむ、構わないぞ。私としても、こういった形で新人に教えを説けるのは喜ばしいことだ。よろしく頼む。」

 

 快活に笑いながら此方に手を差し伸べてくるダクネスさん。なんだかとんとん拍子に話が進んでしまいますが、私たちとしては願ったり叶ったりです。

 

 世界は違えど中世騎士の闘いなぞ、見る機会は滅多にありませんからね。

 

「ええ、ダクネスさんも宜しくお願い致します。」

「ふふ、優しい先輩に恵まれて幸先がいいですね。」

 

 微笑みながら握り返す。

 やちよの右手とちよの左手で、包み込むように。

 

「っ……」

 

 慣れない感覚故かダクネスさんは一瞬びくりとしましたが、すぐに平静を取り戻して握手に応じてくれました。

 

「ところで、肝心のクエスト内容は何なのだ?」

「ゴブリンの巣の駆除だよ、廃村に住み着いたんだってさ。」

「おお、それは腕が鳴るな!囲まれればひとたまりも無いからな、確かに私のように囮役が要るだろうな、うむ!」

 

 やけに嬉しそうなダクネスさんと対照的に、クリスさんの表情が少しだけ曇ります。

 

「どうかされました?」

「ああいや、ダクネス大丈夫かなぁって。」

 

「「?」」

 

 まあ確かに、囮役だなんて穏やかでない言い草です。

 爛々と目を輝かせているのが分かりましたし、もしかしたらダクネスさん、戦闘狂のきらいが有るのかしら?

 

 ……何故かしら、尋常ではない嫌な予感がするような。殺し屋としての直感が、私の中の何かを激しく警戒しています。

 ですがまあ、二人とも経験豊富なのは見て取れますし、多難な初陣にはならないでしょう。多分、きっと、恐らく。

 

 ◆ ◆

 

 さて顔合わせも済みまして、ギルドを出て街を歩いている四人。なのですが、隣を歩くダクネスさんが私たちをじいっと見つめています。

 

「どうされましたかダクネスさん?」

「そんなに見つめられますと、なんだか照れてしまいますわ?」

「ああいやすまない、二人の服が気になってな。この国では見ない装いをしているものだから。」

 

 私たちの服装は、着物に草履という出で立ち。

 この街は見るからに西洋文化の色が濃いので、和装は相当珍しいか皆無でしょうね。

 

 そう思うと、これのお手入れはどちらですれば良いのでしょう。一等お気に入りの柄な上、この世界での一張羅ですのに。

 

「その服ってさ、確か『キモノ』っていうんだよね?確かずっと遠くの『ニホン』って国の民族衣装だったはずだよ」

 

 内心悩んでいましたら、クリスさんがそんなことをおっしゃいました。

 

「クリス先輩、ご存知なんですか?」

「うん、ちょっとね。というか一部の冒険者の間だと有名な話だよ。時折『ニホンジン』って名乗る人たちが来ては、みんな破竹の勢いで冒険者として大成してくって言う。あとそこから伝わった文化が、この国に取り入れられたりとかもあったらしいよ」

 

 そういうことでしたか。

 そのニホンジンとやらは恐らく、我々の世界から転生してきた先達の方々なのでしょう。となれば口伝で日本文化が流入してくるのも珍しくないと。

 そういうことなら反物を扱うお店なんかも、探せば見つかるやもしれませんね。

 

「クリス、随分と詳しいな。……だがその服、綺麗ではあるが戦闘には向かないのでは無いか?丈が長くて動きにくそうだが。」

 

 ダクネスさんが、戦闘者の観点からの意見を述べてきました。

 

「心配ご無用です。私たちはこれが慣れていますもの。」

「それにこの服、案外便利なんですよ?ほら。」

 

 わざと大きく袖を振って見せれば、内からかちゃりと硬質な音が響く。お二人はそれだけで察して下さったようで、得心が行ったように頷いた。

 

「仕込み武器?成程な、そのやけにゆったりとした袖は得物を隠し持つためか。」

「へー、便利だねぇそれ。因みに何の武器仕込んでるの?」

「秘密です、わざわざ隠しているんですもの♪」

「中身は後のお楽しみ、ということで♪」

 

 暗殺者ですもの。わざわざ手の内をひけらかすのは無粋極まりないでしょう?それにわざわざ、あの青い女神さまから『取り寄せて』貰ったのです。

 

 大切に扱わないと罰が当たってしまうやも……なんて。

 

 ◆ ◆

 

 さて、街の外れへとやってきた私たち。

 

 目的の廃村の、入り口近くの茂みより見やれば。見張り気取りでありましょうか、二体の異形が立っているのが分かりました。

 

 汚れくすんだ緑色の肌。人の子程の背丈でありながら、手足や顔の各部が酷く歪んだその姿は正しく『物の怪』。

 

 見た目からして、最早人とは相容れない存在なのでしょう。

 

「よし、先陣は任せておけ。二人は初のクエストだからな、安全を確認しながらゆっくり後に続いていいからないや是非ともそうしてくれ」

「ちょ、ちょっと待ったダクネス、ストップ」

 

 待ちきれないとばかりに、いの一番に剣を抜こうとするダクネスさんを、クリスさんが抑えます。

 

「なんだクリス、止めてくれるな。私はこれからパーティーの盾、女騎士としての務めを果たさねばならん。」

 

 そう言い切った彼女の眼は、実に真剣そのもので。使命に燃えた瞳と言うのでしょうか。

 

「いやダクネスの言うソレってさ……えっと。あぁ、そうだ。まずは駆け出しの二人にも経験積ませないと不味いでしょ?あたしらは後ろで控えててさ、危なくなったら助けに入る感じで行こうよ。ね?」

「むぅ……まぁ、それもそうか。仕方がない。とても惜しいが」

 

 そう言って、ダクネスさんは渋々と引き下がりました。

 本当に残念そうにしている辺り、どうあっても先頭に立ちたかったようです。

 

「ああしかし二人とも、助けが欲しい時は直ぐに呼ぶのだぞ。私が直ぐ様駆けつけるからな!使い捨てる位の気概で盾にしてくれていいからな!」

「え、ええ……」

「まあ……その時はお願いしますね?」

 

 鼻息荒く、意気揚々と言い切るダクネスさん。予想異常に血気盛んで、流石の私たちも気圧されてしまいます。

 それを横目に、クリスさんが苦笑いを浮かべていました。

 

「ごめんね。あの子、普段は真面目なんだけど戦闘になるとちょっとね……んん、それはそうと。」

 

 クリスさんは表情を引き締めると、私の耳元で囁きました。

 

「一応確認しておくけど、キミたち二人って戦えるよね?」

「「はい、問題ありません。」」

 

 戦いの心得は有るのか。その問いに、迷い無く即答する。

 

「そっか、やっぱりね……。じゃあ取り敢えず自由に戦ってみてよ。でも無理しないでね、サポートできるように見てるから」

 

 それに私たちはこくりと静かに首肯した。

 

 向こう(日本)では幾度も死線を潜り抜けてきたのです。あんな醜悪な小鬼なぞ、鎧袖一触にしてみせましょう。

 

 それではお仕事の時間ですね。

 

 物の怪退治と言いますと、かの頼光四天王のようでなんだか浮き足立ってしまいそう。

 

 ですけどあくまで冷静に、冷徹に、冷酷に。それが一流の仕事人だと、お師匠様も仰っていましたし。

 

「……では行きましょうか、ちよ。私が『右』。」

「私が『左』。何時ものようにね、やちよ。」

 

 其々(それぞれ)の袖口から取り出した、愛刀を抜く。淀み無く、迷いなく。

 自分たちの顔の次に慣れ親しんだ、銀光を放つ刃が二つ、露になる。

 

 私たちが女神さまに望んだ特典。それは『前世のお仕事道具』。

 

 私たちと同じように、瓜二つの短刀の銘は『鏡月』。

 一尺半の刃渡りに、鍔無し、木目の鞘と柄。

 

 皆伝の際にお師匠様より賜った、もうひとつの自らの半身。

 

 それを片手に構え、そしてもう片方の手は()()()()()()()()()()()()()()

 

「すう…………」

 

 静かに、息を吸う。

 

 ほんの僅か、知覚出来ないほど僅かに残る互いの『ずれ』を、正真正銘狂いなく同調させる。

 

「はあ…………」

 

 静かに、息を吐く。

 

 呼吸が揃う。鼓動が揃う。魂が揃う。

 

 そうして『私』は、完全な一体となる。

 

 後ろに控えるクリスさんとダクネスさんが、息を飲むのが判りました。

 ふふ、お二人が安心できますように、見せつけて差し上げなければなりませんね。

 

 『私』は殺し屋。世に淀みを刃で以て祓い、血で以て清める者。

 

「それではいざ……参ります。」

 

 そして『私』は音もなく、茂みから飛び出した。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四、ふたつの刃、あかいいと


クリス&エリス様の誕生日には間に合わなかったけど、年内中になんとか投稿。

すっごい今さらですが、作者は執筆初心者なので色々荒いのはご容赦。




 

 最初は、門番をしていた二匹だった。

 

 その二匹は、退屈で退屈で仕方がなかった。元よりゴブリンという種族は、総じて高慢、怠惰である。だからこそ、彼らは他の生き物を襲って奪うことでしか生きていけない。

 

 ただこの廃村が自分たちの縄張りな以上、外面だけでも見張りを立てる必要性があるわけで。だからこうして交代で、門の脇に突っ立っていた。

 

 

 

―――予兆は無かった。

 

 

 

 目の前の雑木林を眺めていても。

 

 近くを飛び去る小鳥の囀りに耳を澄ませても。

 

 飯の時間はまだだろうかと、鼻腔に広がる夕飯の香りに思いを馳せても。

 

 ひとつ、切欠があるとすれば。

 

 片割れが、大きな欠伸を零したこと位であろうか。大口開けて、天を仰いで伸びをした時には。

 

 

 

 二匹は既に、脳天から串刺しにされていた。

 

 

 

 断末魔は無く、血飛沫も無く。ただ一瞬、双つの影が飛びかかった、それだけだった。

 

 

 

 ◆ ◆

 

 

 

 群れが侵入者に気が付いたのは、それから更に数分後。周りの奴らがやけに静かだ、と一匹が違和感を覚える。

 

 さっきまでは同胞連中が瓦礫をひっくり返す音だったり、仲間同士騒ぎ立てる声だったり、そういったものが村のそこかしこから聞こえていたはずなのに。

 

 おかしいなと首を傾げるも、次の瞬間にはそんな疑問も忘れてしまう。ゴブリン程度の知能では、そもそも考える事自体が難しいのかもしれない。

 

 それはそうとリーダー格のあいつに略奪に出るのはまだかと催促しなければ。この住処は快適だが、やはり生きてる人間の住処を襲って奪う方が楽しい。

 

 そう思いつつ、群れの長が寝床にしているこの村で一番立派な建物に踏み入った。

 

 長は、部下に命令して作らせた、瓦礫を積み上げて組んだ玉座にもたれかかって座っていた。ずかずかと近づいても微動だにしない。どうせ眠りこけてるんだろう。そう思って遠慮無く蹴り起こそうと足を振り上げた瞬間。

 

 ごろん、と。

 

 まるで糸の切れた人形のように、その首が落ちた。そしてその数瞬後には、彼の身体も倒れ伏し、二度と起き上がることは無かった。

 

―――それは、堂々と長の家から歩み出てきた。

 

 闇から這い出でてきたかのような、全身真っ黒の二人の人間。何故か仲良く手を繋いで、一歩ずつ、ゆっくりと歩を進めてくる。

 

 二人とも、女。しかしそれぞれの手に握られた、血を滴らせた短刀の刃が、その正体を明らかにしている。

 

 ゴブリンたちは一斉に、各々の武器を手に女たちを取り囲んだ。

 

 何か知らんが獲物が勝手にやって来た。しかもあのふんぞり返って目障りな長を殺したようだ。これでこいつらを仕留めれば、自分が新たな群れのリーダーとして君臨できる。

 

 下卑た欲望に満ちた視線を向けられながらも、彼女たちは怯む様子は無い。

 

 いやむしろ、その鏡合わせのような瓜二つの顔で穏やかに微笑んでいる。そこには恐怖も、憎悪も感じない。それが却って不気味さを醸していた。

 

「永森家が四十四代目、永森八千代。」

「同じく、永森千代。」

 

 それらが、静かに口を開く。

 

「醜悪なる小鬼ども。恨みつらみは有りませぬが。」

「その首級、残らず我らが貰い受けます。」

 

 ゴブリンたちには、二人が何を言っているかは解らない。だが、『それ』がこの上ない宣戦布告の合図だということだけは理解できた。

 

「「いざ尋常に……」」

 

 眼の前から放たれる殺気が、一気に膨れ上がる。互いの緊張が高まり、臨界点を迎えようとした時だった。

 

 

 

―――ドゴオォォォン!!!

 

 

 

 凄まじい轟音と共に、村の入り口の方角から砂煙が上がった。全員の意識がそちらに向く。

 

 ゴブリンたちは勿論のこと、二人の人間でさえ、さっきまでの凄まじい圧を散らして何が起こったのか確かめようと皆一様に動き出した。

 

 その時一陣の風が吹き抜けて、辺りの空気を一変させる。煙の奥から、猪の如く飛び出してきたのは。

 

「うおおぉぉぉ!!私を狙えぇぇぇ!!!」

「待ったダクネスー!!ちょっとタンマぁあああ!」

 

 その端正な顔を喜色に染めた女騎士と、その後ろを涙目で追う盗賊だった。

 

 

 

 ◆ ◆

 

 

 

 戦場において思考を止めるということは、そのまま死に直結すると言っていいでしょう。何故ならば、戦いという場は絶えず流れる水のように刻々と変化し、また吹き荒ぶ嵐のように何がどう転んでも可笑しくはないのです。

 

 故に戦においては心頭滅却、明鏡止水の境地を保つべしと教わりました。……なのですが。

 

 今現在、私たちの心中は非常に乱れています。

 

「《デコイ》!!さあ、もっとだ!もっともっと来い!どれだけのゴブリンに囲まれようとも!どれだけ囲んで棒で殴られていたぶられて辱しめられようとも!!騎士たる私は絶対に屈しにゃいっ!!!」

 

 それはもう嬉々としてゴブリンの群れに飛び込んでいく騎士様のせいです。

 

 私たちは村の中を駆け抜けながら見張りや孤立しているゴブリンを始末し、頭領であろう個体も仕留め。いよいよ詰めの大立ち回りをと意気込んだ矢先のこれ。

 

 私たちを囲んでいたゴブリンたちも一匹残らず彼女の元へと群がって、てんやわんやの大騒ぎ。

 

「《バインド》!!《スティール》!!《ワイヤートラップ》!!うわあああーーー!!!ダクネスのバカーーー!!!」

 

 泣き叫びながらも必死の形相で群がるゴブリンを仕留めていくクリスさん。わあ、お手てが光ったり縄がひとりでに動いたり。あれがスキルという物でしょうか。異世界の技術はすごいですね。

 

 ………………さて、現実逃避はここまでにしましょう。

 

 期せずして、残った小鬼が一塊に集まっています。ここは一気呵成に畳み掛けると致しましょうか。

 

 一度そうと決めた途端、自らの内でかちりと思考が切り替わる。瞬間、心が凪いだ水面のように静まり返り、私たちの心身は殺しの機構と化す。

 

 手は固く繋いだまま、音もなく駆け出す。

 

 走りにくい着物姿ではありますが、我が家に伝わる独自の歩法を以てすれば造作もない。小鬼どもはダクネスさんに掛かりきり。こちらには見向きもしない。であれば。

 

「「ふっ!」」

 

 短く息を吐き、地を這うように低い姿勢で疾駆する。狙うは最も群れの『厚い』箇所。そこを突き崩せば後は容易い。

 

 首級、一閃。

 

「グゲッ」

 

 『右手』が放った太刀筋は、手近なゴブリンの頸動脈を寸分違わず断つ。次いで『左手』が身を翻し、返す刀でもう一匹の喉笛を切りつける。

 

 崩れ落ちる同胞の姿に、ようやくゴブリンたちが動揺を見せるが、その隙を逃す私たちではない。遠心力を乗せたまま、独楽の様にぐるりと廻る。

 

「ゲギャッ!?」「ギィアッ!」

 

 二人分の遠心力を利用した、双刀による全方位攻撃。ゴブリンたちの首が宙を舞い血飛沫が舞う。私たちは止まらない。斬って、突いて、薙いで、払う。

 

 ふたつの体。ひとつの心。無二の技。

 

 此れから繰り出される途切れること無き連撃こそが、私たちの戦い方。そんな中、運良く間隙を縫って飛び込んでくる者が一匹。故に手札の『もう一枚』を切る。

 

 棍棒の振り下ろしに合わせ、繋いでいた手を離せばあら不思議、間に挟まれ通り過ぎた彼奴の首が飛んでいく。

 

 そこに掛かるは血濡れの吊り橋。互いを繋ぐ、か細い鋼の糸。女神さまに工面して頂いた特典のひとつである鋼の糸です。

 

 ……特典はひとりひとつだけ?ええ、存じておりますとも。私たちが望んだモノ、それは『生前愛用していたお仕事道具一式』。其れをこの着物のあちこちに縫い付けられた隠し(ポケット)に忍ばせているのです。

 

「えっ、えっ!?二人とも今の何それ!」

 

 クリスさんが器用にも、ゴブリンを捌きながら声をかけてきました。此方としてはその、縄がひとりでに敵に絡み付いて行く現象の方が興味深いのですが。いえ其れよりも、まず問い質さなければならぬ事がひとつ。

 

「あの、クリス先輩。ダクネスさんの『アレ』は一体?」

 

 見やればこの惨状を生み出した本人は、未だゴブリンに囲まれ我武者羅に剣を振るっています。

 

「フフフ……ハハハッ!!もっとだ!!この程度では満足出来んぞ!んふぅっ!」

 

 棍棒や手斧で打たれる度に彼女の体がビクンと跳ね上がる。その表情は上気し緩み、なんと言いましょうか、非常に幸せそうで。

 

 ……ああ、ええ。あれを直視してしまえば、私たちとて察します。

 

「あー……うん。ダクネスはね、昔からああなんだよね困った事に……」

 

 遠い目をしながら、それでも襲い来るゴブリンたちを一匹ずつ確実に仕留めていくクリスさん。

 

「取り敢えず、終わったらダクネスは説教だね」

 

 ぼそりと呟く彼女に、私たちも内心で激しく同意したのでした。

 

 

 

 ◆ ◆

 

 

 

「まあ、つまるところダクネスさんは」

「痛めつけられたり辱しめられたりするのが大好きな」

「「被虐趣味だと」」

 

 残敵を全て掃討し終え、今は廃村の入り口で一息ついた(ところ)です。クリスさんにしっぽりと絞られ(名誉のためにも詳細は伏せますが)正座しているダクネスさんを見やりながら、私たちはそう結論付けました。

 

「…………。」

 

 もじもじと、恥ずかしそうに俯いているダクネスさん。

 

 事の顛末を聞き及んでみれば。彼女は普段より敵に痛めつけられたいがために、わざと無謀な突撃をする程の()()()()であり、今回もまた我慢が効かずについゴブリンの群れに突貫してしまった、とのことで。

 

「「お馬鹿では?」」

「ぐはっ!!」

 

 あらいけない。思わず口をついて下品な言葉が出てしまいました。あぁ、でも当の本人は気持ち良さそうな顔で悶えてますね。もういいです。

 

「まあ、ダクネスのその、趣味というか……そういうのにはあたしも口出ししないけどさ。見てる方は毎回ヒヤヒヤさせられるんだよねぇ……」

 

 クリスさんも呆れ顔で、溜息をついています。ご友人の彼女からしてこの反応なのですから、きっと本当に治りようの無い性癖なのですね。

 

「う、うむ。その、心配をかけさせてすまなかったな。だがしかし、こればかりは私としてもどうしようもないのだ。ゴブリンといえば若い女性を拐っては慰み物にすると言うだろう?やはり女騎士としてはそんな絶好のシチュエーションを逃すわけにはいかない訳であって……な?」

 

 いやそんな同意を求めるような視線を向けられましても。というよりそれよりも。

 

「あの、そんなことよりも本当に大丈夫なんですよねダクネスさん」

「あんなに囲まれてぶたれていたのに、お怪我はないんですか?」

 

 そう、ダクネスさんはゴブリンどもに殴られ斬られ、着ていた鎧が襤褸切れに成り果てるほどの有り様だったのですが……。

 

「あー……ダクネスはスキルポイント全部防御力に注ぎ込んでるからねぇ。下手したらそこらの鎧よりも頑丈だよ?」

「へえ……え、素肌が?」

「うん、素肌が」

 

 なんとまあ。

 

 ステータスとやらの恩恵でしょうが、本当に如何様な原理なのやら。異世界の神秘に感嘆するやら戸惑うやらですが……そうですね、捉えようによってはこれはある種幸運だったやも知れません。

 

 魔物。スキル。ステータス。

 

 元の世界とはまるで異なる法則を目に出来たのは、これから戦ってゆく上で重要な経験となりましょう。

 

 彼を知り、己を知ればと申しますが。世界を渡った私たちにとって、この世はまだまだ未知の連続。だからこそ、よく視てよく学ばねばなりますまい。情報とは、最も鋭い武器なれば……とは言え。

 

(ところ)でダクネスさん。そんなにお肌が頑丈なのなら、どうしてわざわざそんなにご立派な鎧を?」

「ふ、決まっているだろう。少しづつ鎧を剥がされ、あられもない姿にされていくのが良いのではないか!」

 

 ……流石に彼女の此れについては、深く知ろうとしてはならない気が致します。

 

 






・双子の特典···二人が望んだ特典は日本で殺し屋として活動していた際に使っていた武器などの仕事道具。本来貰える特典は一種類だけだが、『道具一式というひとつのモノ』ということでアクアを言いくる……説得して用意して貰った。今は二人の着物の様々な箇所に巧妙に隠し潜ませている。

・特典その一、『鏡月』···二振りで一つの銘を持つ小刀。初仕事の折、二人が師匠からプレゼントされたもの。見た目としては、いわゆるドスそのまんま。

・特典その二、『鋼糸』···二人の袖口を繋ぐように張られた太さ1mmにすら届かない極細のワイヤー。名前に鋼とあるが正確には特殊な繊維を編んで造られたもので、少なくともアクセルの技術力では再現不可。チートという意味でなら最も相応しいかもしれない。断面が平べったくなっており、角度を調節することで拘束、切断両方に使える。

その他の道具たちについてはその都度出番が来た時に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。