ぷるぷる、ぼく悪いメモリだよ (裏風都の浮浪者)
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プロローグ
ソレが目を覚ましたのは――機械に目を覚ますという表現が当てはまるのならば――怪しげなガラスケースの中で幾本かのコードをつながれた状態で、多数の白衣を着た人物に観察されながらという状況であった。
「シーズンメモリ、ライブモードでの起動を確認」
白衣の一人がそんなことを言いながら手元のキーボードを操作すると、コードは弾かれるようにソレから離れ、ガラスケースの底面に投げ出される。
自由になったその姿は例えるならば機械の小人。街の若者であればロボット物のアクションフィギュアとでも称しただろうか。小さな人型は立ち上がり、ガラスケース越しに周囲を見渡す。
「自分が何者か分かるか?」
キーボードを操作しているのとは別の白衣が呼びかけるとソレはそちらの方を振り返り、自身の記憶領域に刻まれたデータの中から必要な物を一瞬で閲覧し終えると、内蔵されたスピーカーから声を発した。
「ぼくはガイアメモリを始めとする複数の技術を合わせた自律型ガジェットの実験機。名称はシーズンメモリだ。それで、ぼくの使用者はどこ? ガイアメモリは人に挿さなければ音の出るオモチャに過ぎない」
「……受け答えができています。しかも質問や自分の意見まで」
「成功の、ようだな。それも想定以上に……しかしなぜ突然動き出した? その要因は?」
「分かりません。直前に外部から操作された形跡も無いようです」
白衣たちはシーズンメモリの様子に喜色と、それ以上の困惑を浮かべる。もちろん理論上は今のように起動し、こうして会話ができるように設計していたのだから当然の結果であるはずなのだが、どういう訳か今まで起動はうまくいっていなかったのだ。それがこれまたどういう訳か、今度は
成功は好ましいものだが、まさか”よくわかりませんが動きました”などと上に報告するわけにもいかず白衣たちはシーズンメモリを尻目にああでもないこうでもないと悠長に議論し始める。
(まさかガイアメモリに
白衣が自分から目をそらしたのでシーズンメモリの中のソレは自分の考えごとに意識を向ける。ソレ、否、彼は自らのことを人間の男性と認識しており、見下ろせば視界に入る手のひらサイズの機械の体に自分の意識がインプットされているという事実、およびこの状況には目の前の白衣たち以上の困惑を抱いている。
何せ彼にとってガイアメモリ――人間を怪物に変える悪魔の小箱――というのはフィクションに登場する架空のアイテムであり、先ほど言ったような”音の出るオモチャ”以上の物は実在しないというのが彼の暮らしていた世界の常識だったはずなのだから。
(こいつらがとんでもなくマッドなオタクこじらせサークルって訳じゃないなら、ミュージアムか財団Xか……そういうのが居る世界に来たってことになる。死んだ記憶はないけど、転生でもした? いや、妙にリアルな夢って方が説得力があるな、うん)
現実逃避か、彼からすれば現実を見ているつもりなのか、この状況に至った経緯を夢の一言ですませて一旦隅に置いておくことにした彼は、議論がひと段落したらしい白衣にガラスケースごと運ばれながら自身の機能を確認していく。
(見た目通り手足が使えるし、こんなケースの中だからテストはできてないけど、内部データによると飛行能力があるらしい。この手のアイテムらしく頑丈な特殊素材で作られてるみたいだから
「着いたぞ、お前の使用者候補の部屋だ」
白衣に声を掛けられ顔を上げると同時にスライドドアが開き、簡素な寝室のような場所に運び込まれる。
部屋のベッドには病衣の少女が腰かけており、ドアが開いたことで首をこちらに向けている。歳は中学生くらいだろうか。黒い髪は雑に短く切りそろえられており、とてもまともな手入れがされているとは思えない。その顔に浮かんでいるのは驚きでも怯えでもなく、白衣の連中への嫌悪感とそれすら鈍らせるほどの諦めの感情だった。今度はいったい何をされるのかと溜息の一つでも吐きたいが、もはやそんな気力すら残っていないという様子だ。
(いかにも妙な実験に使われてますって感じの女の子だ。お、記憶領域にデータが有るな……ガイアメモリの毒素への耐性向上実験の被験者か。おいおい、観光バスごと攫ってきたとか書いてあるぞ? 残りの乗客と運転手はどうした? 予想はしてたけどやっぱりこいつらクズだな)
シーズンメモリが内心で冷ややかな視線を白衣の連中に送っていると、それには気づかず一人の白衣が上機嫌な様子で少女に語り掛け始めた。
「新しいメモリを用意した。見た目は違うが、することは大体いつも通りだ」
「……」
言われた少女は立ち上がり、病衣の袖をまくって白衣に腕を差し出した。
それを見たシーズンメモリは、もし顔に表情が浮かぶ仕様となっていたなら最大限不愉快そうに歪めていただろう心地になる。少女の腕には四角い刺青のような物、データ及び彼の知識にもある”ガイアメモリの生体コネクタ”が無数に刻まれていた。ドライバーと呼ばれる特殊な機械を介さずにガイアメモリを使用するために必要な物であり、これが刻まれている数だけ別種のガイアメモリを使用したという事になる。少女の腕はコネクタの無い場所の方が少ないほどで、ほとんど真っ黒になっていた。一体何本のガイアメモリを使わされたのか、数えるのも馬鹿馬鹿しくなる。
(まるで井坂、いやもっとひどいぞこれは……クソが)
彼の記憶の中の井坂という人物は多数のガイアメモリを使用し、怪人としての自身の力を増していった結果、体のいたるところにコネクタが刻まれており、その最期は毒素に蝕まれて消滅というものとなった。
ガイアメモリの毒素というものは1本分でも常人が摂取すれば凶暴化などの無視できない影響が出る危険なものだ。この少女はどんな手段を使ったのか耐性を強化されているらしいが、流石にこんな30や40でも足りない本数を挿されて平気でいられるものではないだろう。自ら進んでやった井坂ならともかく、攫われて有無を言わさず試されたというのはあまりにも胸糞悪い。
「ああ、今回コネクタは刻まない。私について来るんだ」
「……?」
表情が顔に出ない上に黙っているシーズンメモリの苛立ちと嫌悪感に気づくはずもなく、白衣は少女とシーズンメモリを連れて別の部屋へと移動する。特殊金属製であろう分厚い壁に四方を囲まれたその部屋の中央で白衣は少女に銀色の機械を手渡した。
(ガイアドライバー! やっぱり俺って
少女が渡されたガイアドライバーを腰に装着したのを確認した白衣はケースを開く。
「シーズン。変身機能のテストだ。メモリモードに変形しろ」
「うん、わかったよ」
従順なフリをしてシーズンメモリは開いたケースから飛び上がる。背中にはそれぞれが違う色に輝くトンボのような羽が4枚出現し、それによって一旦空中で静止した後その体を折りたたみ、展開し、腹部に収納されていた、骨のようなものがまとわりついた小箱を露出させるとガイアドライバーの中央部、ガイアメモリ装填スロットに向けて一直線に飛び込む。
『ウィンター』
それまでのシーズンメモリとは違う低い男性の声でその名が読み上げられるとともにメモリはガイアドライバーのバックルに沈み込んでいき、外部に残った4枚の光の羽がXの字を描くように開き、無骨な銀のバックルを輝く風車が派手に彩った。
変身が完了したところで、一旦離れて強化ガラスの向こうから様子を見ていた白衣たちがすぐそばまで戻ってきて様子を観察し始める。
「変身は成功、毒素による異変も見られない」
「上出来だな。ドライバーを通してなお、常人であれば即死するほどの毒素のはずだ」
ずんぐりとした白い巨体に変貌した少女の姿を見た白衣の連中が事も無げに話し合っている内容が耳に入った瞬間、その体がビクリと震えたのをシーズンメモリは認識する。
――もう嫌だ
少女は声を発していないが、確かにそう聞こえた。
ドライバーを通して一体化したことによって、一目見たときの印象とは逆に少女がいつ何の手違いで死ぬか分からない実験の日々に耐えがたい恐怖を覚えている事と、それがほとんど表に出てこないくらいにその精神が擦り切れているという事が
(ダブルドライバーもこんな感覚なのかな、体も俺の意思である程度は動かせる)
否応なく次々と流れ込んできて実感してしまう少女の苦しみの大きさに、言われるまま安易に変身してしまったことへの激しい罪悪感を覚える。募った彼の苛立ちは八つ当たり気味に限界を超え、白衣の連中への殺意へと至った。
「凍ってしまえよ」
文字通り冷たく言い放つとともに異形と化した”彼ら”の周囲は一瞬にして極寒の冷気に包まれる。
「!」
「――-!!」
白衣の連中は突然のことにも素早く反応し、ポケットから何かを取り出した。しかしもう遅い。その動きはそこで止まる。瞬く間に部屋の中にはガイアメモリや何かのリモコンのような装置――
好評なら続きます
本人からは見えてませんがドーパントの見た目は白いオリオン・ゾディアーツです。
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第1話 悪魔のS/妖精パフォーマー
風の街、風都。一年中、一日中、どこでも風が途絶えることのない街。
ここではすべてを風が運んでくる。喜びも、悲しみも。幸せも不幸も……
そこかしこに備え付けられた小さな風車が回り続ける中を颯爽と突き進む一人の男。
スーツに包まれた細身の――華奢というのではなく、鋼のように引き締まった――体に、どんな些細な異変も見逃さない鋭い眼光と、それを隠すように目深にかぶった帽子。
ひと際強い風が吹けば帽子が飛ばされないよう片手でそっと押さえ、もう片方の手はポケットに。歩を進めるたび柔らかく揺れるネクタイとジャケットの裾は、逆に男の纏う硬質な雰囲気をいっそう引き立てている。
その姿は小説の世界から抜け出してきたハードボイルドな名探偵……そんな印象を、見る者に与える。
「ぶぇっくしょい!」
ただし、その男が道のド真ん中で盛大なくしゃみをかまし、せっかくの雰囲気を粉々にぶちこわしていなければ、という注釈がつくが。
名を
「翔ちゃんまた風邪?」
「ネギならあるよん」
「……そいつはもう勘弁してくれ。二度と御免だ」
翔太郎の向かう先で待ち構えていた、
二人と翔太郎は気の置けない友人関係ではあるが、今回は情報屋としての彼らに会いに来たのである。
「この
聞きながら一枚の写真を取り出す。写っているのは二人の少女。
友達だろう、同じ制服を着た同年代の少女と並んで微笑むロングヘアの少女、名前は
「娘を探してほしいんです」
開口一番にそう語った依頼人は少女の母親だという、
風都へ向かう観光バスが道中で忽然と姿を消し、乗客も乗員も例外なく行方不明になるという事件が起こり、一時はその話題がニュース番組の枠を大幅に占拠していた。報道された行方不明者の中に星原 風鈴の名もあった。
行方不明者の家族や友人、そして警察の懸命な捜索もむなしく乗客はおろかバスの残骸すら見つからず。時間だけが無為に過ぎていき、やがて誰もが生存は絶望的だと肩を落とした。
今でもバスの捜索は続いている。ただし救助を待つ人々へ手を伸ばすためではなく、物言わぬ骸となった人々をせめて弔うために。
つい最近まではそのように締めくくられる話だった。
だが一週間ほど前、バスの乗客が風都で見つかったのだという。しかも複数人が、生きた状態で。即座に保護された乗客は、しかし一人として話を聞ける状態ではなかった。
全員が自分の名前すら思い出せない有様で、発見された時は見る影もないほど痩せ細り、自分がどこからきて、何故そんな場所をさまよっていたのか分かっていない様子で、他の乗客や乗員についての手掛かりは一切出てこない。
それでも生存者がいたという事実に、家族たちは希望を取り戻した。依頼人もその一人だ。無論風都の警察だって残りの乗客を捜索してくれてはいるが、保護された数人の状態を聞き、娘も生きていてそんな状態になっているのであれば……最早居ても立ってもいられない、と鳴海探偵事務所の扉を叩いたのだった。
「あれ? このコ、あれじゃない? 妖精のシズ!」
「あ、ホントだ! 髪が長いから気づかなかったなぁ」
「……妖精?」
写真を見た二人の口から飛び出した聞きなれない単語に、紙幣をポケットにねじ込んでやると共に詳細を促すと、ウォッチャマンは端末を操作してネット内の書き込みの一つを表示、翔太郎の方へ向ける。
「何日か前から風都で活動してる路上パフォーマーだよ。ほらコレ」
画面を見れば写真と同じ顔の少女――ただし写真と違い、髪は短く切りそろえられ、驚くほど無表情で口を固く結んでいる――が、手のひらに人形のようなものを
『やあやあ、ぼくは妖精のシズ! 道行くみんな! ちょっとお話ししていかないかい?』
「……すっげー。腹話術か? 口が全く動いてねえし、それに人形のこの動きはどうやってんだ?」
「お客と会話が成立してるから録音じゃないみたいだし、糸みたいなのも全然見えないし。それに見てよぉコレ、お客の肩に乗っけちゃってるの。ホントどうやってるんだろうね」
興味を持って立ち止まった通行人の肩の上で、まるで生きているかのように滑らかに動く人形のデザインはかなり硬質なロボットじみたもので、見た目通りモーターか何かがその動きに関与しているのではないかと思わせられる。無論、自在に動く手のひらサイズの人型ロボットなんて一般人がおいそれと用意できるものではない。
翔太郎の相棒であればこの人形を動かしている方法について散々調べ倒しただろうが、いまの彼にとって一番重要なのはそこではない。
「どこで活動しているか分かるか?」
風都は彼の庭であったが、流石に背景一面がただの壁であっては場所の特定は難しい。しかしネット投稿されているという事は少なくとも撮影した者がその場に居たという事になる。
「それが、何回かは目撃されてるけど全部違う場所みたいなんだよねぇ。見た目中学生くらいだし、家出少女なんじゃないかって噂もあったけど……」
「補導されるかもしれないから場所ズラしてるのかな? まあ、出会えるかどうかは運しだいって訳よ」
「そうか……つまり足で探すしかないって事だ」
「翔ちゃんの得意分野だね」
「だな」
二人に礼を言ってその場を後にした翔太郎は早速街のあちこちを探し回り始める。
(しかしあの人形、なんだかヤな感じがするぜ)
映像越しにあの人形を見たときに感じた一種の既視感のような物。あんな風に自分で動く手のひらサイズの
少女が依頼の星原 風鈴であるならば他の帰還者と同じく記憶を失っている可能性がある。ならば帰る家も分からないのでひとまず生きるために路上パフォーマンスで小銭を稼いでいるのかもしれない。それができる程の思考力があるなら何故警察に行かないのか、その理由が分からないが、何か事情があるのか。
「まずは会ってみねえと何もわからないな」
あれこれ考えてみても答えは出ない。思わず呟いた通り、まず会ってみなければこの路上パフォーマーが依頼人の捜す娘であるのかどうかすら分からないのだ。
翔太郎は頭を振って考えを一旦追い出すと、路上パフォーマンスに向いていそうな道を頭の中の風都地図からいくつか再ピックアップし、停めておいたバイクに跨り走り出した。
妖精のシズ、一体何ズンメモリなのか……
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第2話 悪魔のS/信じる者は……
「……買えたね」
「うん。ひとまず安心だ」
風都のとある裏道でそんな会話を小声でするのは髪を短く切った少女と、もし表情が表に出るのならば、一仕事終えた達成感で満足気な笑みを浮かべているだろう心地で少女の肩の上でくつろぐシーズンメモリ。
彼らがこの数日間、研究所の生き残りに見つかるかもしれない不安と若干の羞恥心に耐え、路上で得た金銭は保存の効く食料に化けてその命をつないでくれている。他には体を拭く除菌シートや着替えなども手に入った。本当は銭湯にでも入ってしっかり洗わせてやりたいが、メモリを使っていないのに常時浮かび続けている腕の生体コネクタはそれが何なのかを知る者に見られたなら即通報、知らなくても刺青にしか見えず、つまみ出されるのは目に見えているためそれは出来なかった。
(ときめみたいに噴水で洗えなんて言えないしな……さて、ひとまず安心とは言ったけど、今後はどうするかね……警察に行けば家に帰せるかもしれないけど、そうしたら絶対あいつらの残党が攫いに来るし。無理やり使わされたとはいえ、メモリ使用で逮捕ってのもあり得なくはない。俺とガイアドライバーは捨ててくれれば何とかなるけど腕のコネクタはどうにも……)
「シズ?」
「ん? ああ、ちょっと考え事しててね」
保存用ではなくすぐ消費する用に買ったサンドイッチを頬張る少女に何やら心配そうな顔を向けられたのでいったん思考を打ち切る。シズというのは白衣の一人にシーズンと縮めて呼ばれていたのを聞き間違えたらしく、シーズンメモリよりもその方が言いやすいし、名前らしいので彼も特に訂正せずそのまま定着した。
一方、シズは少女の事を”すずちゃん”と呼んでいる。あの研究所に放り込まれる前のことは自分の名前も含めてほとんど思い出せないが、誰かからそう呼ばれていた記憶が微かに残っていたらしい。記憶が消し飛ぶような過酷な実験を受けていたのか、わざわざ消去したのか定かではないが、白衣の連中に対する苛立ちが再燃し始めたことを自覚したシズはそこに触れるのはどうしても必要なとき以外、控えることに決めた。
(ほんと、気をつけないとな……)
苛立ちに任せて研究所を壊滅させたあの時、変身を解除するとともに、自分の体が勝手に動いて人間を粉々に砕く感触を遅れて認識したすずはその場で過呼吸を起こし嘔吐してしまった。意志を持ったガイアメモリが起こす癇癪など人間には災害でしかない。幸いというべきか、ドライバーを通して精神が一体化していた影響で、すずの扱いに激怒し、脱出させるための行動だったこと、要は一応味方であることが伝わったため逃げずに一緒に行動してくれては居るが、毒素の事も相まって、再変身はよほどのことが無ければ同意しないだろう。ドライバーを捨てていないのはその”よほどのこと”が起こるかもしれない不安の方がギリギリで勝っているからか。
「とりあえず、食べ終わったら今日寝る所を探そうか」
「うん」
シズを肩に乗せたままサンドイッチを口に押し込み咀嚼し終えるとすずは立ち上がって歩き出す。ハッキリとした行き先がある訳ではないが風の常に吹いている風都は雨風を凌げる場所というのがそこかしこにあり、寝ていても見つかりにくい場所には意外と簡単に巡り合える。これもシズとしてはホテルにでも入れてやりたいが、残念ながらそこまで多く稼げているわけではない。幸い毛布さえあれば路上で寝ていても凍死せずに済む季節のようだが、風都の治安を考えると良い選択とは口が裂けても言えない。少女が無防備に道端で眠っていたら何をされるか分かったものではない程度には人の心が穢れた街だ。無論、聖人のような連中もこの街には大勢いることをシズは知っているが、夜中の遭遇率が高いのは不埒者の方であろう。
流石にそこらじゅうを
「ちょっといいかい?」
「……はい?」
周囲の地形にばかり気を配っていたためか、声を掛けられるまでその接近に気づかなかった。そのことを反省しつつ声の主をこっそり視界に収めたシズは、一瞬だけだが思考が完全に停止した。
(翔太郎じゃねーか! なんで!?)
そこに立っていたのは帽子にスーツのハーフボイルド、左 翔太郎。画面の向こう側でという注釈の元、よく見慣れた顔であった。
シズの驚愕している理由など知る由もなく、すずが不安そうな顔になりながらも翔太郎に応対し始める。
「俺は左 翔太郎。探偵だ。依頼でこの写真の
翔太郎が取り出した写真には二人の女子学生が写っている。片方は髪が長いものの、すずと全く同じ顔をした少女だ。
(どう見てもすずちゃんだな。カリン? すずちゃんの本名か? リンの部分を鈴って書くとか? いやそもそもなんで
目の前の探偵が善良かつ信頼のおける人物であることは初対面ながら十分知っているシズではあったが、依頼人の方が怪しすぎる。一応、脱出の際ついでに逃がした他の被験者たちが保護されたのなら、それを聞いた親か何かが依頼した、というのもありえなくはないが、あまりに対応が早い。施設の残党の可能性の方が高そうだ。
「あの、違います。わたし、すずっていいます」
「え」
(ナイスだ! と思うことにしよう。翔太郎には悪いが、ここでついて行くのはリスクが高い。まあ依頼人がクロだったとしても最後は何とかしてくれそうな気もするけど)
すずからの否定を受けた翔太郎はしばらく写真とすずの顔を交互に見た後、やがて諦めたのか帽子を深く被って踵を返す。
「分かった。事情は深くは聞かねえ」
(何かを察したって意味での分かっただな、これは)
「だが、黙ってねえで、そろそろ何か言ったらどうだ? 妖精さんよ」
振り向いた翔太郎の視線は真っすぐにすずの肩の上、微動だにしないように動きをロックしていたはずのシズの方へ向けられている。
「……すごいね。ぼくがオモチャじゃないってなんでわかったの?」
「直感だよ。似たようなのに縁があってな。だが確信はなかった。正直、本当にしゃべり出して驚いてるぜ」
(マジか。黙っときゃ良かったか? 探偵の直感怖え!)
「おまえ、何モンだ?」
「……ガイアメモリ」
嘘をついてもバレると判断し素直にそう答えれば翔太郎の視線は数倍鋭くなり、シズを射抜いた。こうなってしまえば最早彼は地の果てまで追ってくるだろう。
「まさか、その娘に……」
「……すずちゃん。腕を見せてあげて」
「えっ でも……」
「この人は大丈夫だよ」
「……分かった」
「なっ!」
すずが躊躇いながらも服の袖をまくって腕の生体コネクタ、あったとしても一つ、という彼の常識に沿った予想に反して数十にも及ぶ夥しい数のそれを見せると、シズの予想通り翔太郎は絶句して数秒間固まる。その後再起動した彼の顔は激情に染まり、シズ……否、シーズンメモリを睨みつける。
「これがぼくを作ったところでこの娘が受けていた扱いだよ。だから、暴れまわって逃げてきたんだ」
「! おまえ……」
「依頼でこの娘を探してるって言ってたよね? ぼくたちがあそこから逃げ出した瞬間、狙ったように依頼が来た。その依頼人、本当にこの娘を家に帰してくれるのかな? それが確信できないなら渡せない」
「それは……」
シズの言葉を受けて様々な要素が頭を駆け巡り、一瞬翔太郎はためらってしまう。親というには若かったこと、
「すずちゃん、逃げるよ」
「うん」
「ッ! 待ってくれ!」
その一瞬の間に駆け出したすずを慌てて追おうとする翔太郎の眼前に何かが飛来する。駆け出すのが一瞬遅れたからこそ命中を免れたそれは地面を溶かして大きく抉り、人の踏み入れない灼熱の水たまりを作り上げる。
「ドーパントだと!? マグマか」
急ブレーキをかけて溶岩だまりの前で踏みとどまった翔太郎の視線の先には地面を抉った犯人……燃え盛る大柄な人型の怪物が腕を伸ばして佇んでいた。
視線をずらせば、逃げていった少女の行く手をふさぐように白い服を着た人間が数人立ちはだかり、その手にも骨のような装飾のついた小箱、ガイアメモリが握られている。
「仕方ねぇ……フィリップ!」
懐から取り出した赤い機械を腰に装着すると、それを通してつながった意識に呼びかける。
『翔太郎。ちょうど連絡しようとしていたところだが……そんな場合ではなさそうだね』
「ああ、あの娘があぶねえ」
続いて懐から取り出した黒い小箱のスイッチを押す。
『ジョーカー』
「『変身』」
どこからか赤のベルトバックルに転送されてきた緑の小箱を押し込み、次いで手に持った黒い小箱、ジョーカーメモリを反対側に差し込むと、両手を交差させて勢いよくバックルを倒しW字に広げる。
『サイクロン ジョーカー』
瞬間、翔太郎の体は風に包まれ、銀のラインを中心に黒と緑に別れた硬質なボディ、赤の複眼、W字の角、白いマフラーが形成される。その姿を見たマグマ・ドーパントが一瞬たじろぐ。
「仮面ライダー……!」
変身を完了した翔太郎
マグマだけに構っている暇はない。奥の数人がガイアメモリを使った場合にすぐ対応できるように位置取りを調整しながらすずの方へ目を向けると、案の定白服たちがガイアメモリを起動しているところであった。
『バイオレンス』
『ゼブラ』
『コックローチ』
『フラワー』
次々と白服たちが怪物へと姿を変える中、すずは後ずさりしながら逃げ道を探す。しかしどうやっても逃げ切れる未来は見えない。目の前にドーパントが現れた時点で普通の人間は詰んでいるのだ。
ただし、すず
「汚い手でさわるな害虫!」
すずを捕縛しようとしたコックローチ・ドーパントに体当たりして弾き飛ばしたシズは空中で変形し始める。
「すずちゃん、こんなに出てこられたらいくらあの人が強くても手こずる。怖いだろうけど、多分これしか手はない」
「……うん」
シズが変形することの意味とその意図を理解したすずはカバンから銀の機械を取り出し、装着した。
「よせ!」
『サマー』
翔太郎の制止もむなしく初めて使った時とは別の音声が響き、すずの体が変貌する。オレンジ色の羽が周囲に舞い散り、同じ色の鳥のような怪人が現れると、ソレはシズの声で眼前のドーパント達に告げる。
「さあ、溺れてしまえよ」
サマー・ドーパントの見た目はオレンジのキグナス・ゾディアーツです。
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第3話 悪魔のS/足元をすくわれる
「溺れろだと? 海でもないのにどうやって……」
「こうやって、だ」
「!?」
サマー・ドーパントとなったシズの台詞を嘲笑しようとしたゼブラを始め、周囲のドーパント達は突如として
「そらっ!」
鋭い蹴りがゼブラを襲う。唯一、サマーだけは水面を滑るように自由に移動し一方的な攻撃を浴びせかけていた。何とか体勢を立て直そうとすればタイミングを見計らったように波が襲ってきて再び倒され、無防備になったところへサマーの蹴りや、レーザーのように収束した強烈な日光が襲い掛かる。有象無象のドーパント達は手も足も出ずひっくり返され、痛めつけられていた。
「これがサマーメモリの能力……? 非常に強力だな。ウェザーが複数の天候を操っていたように、夏という概念にまつわる現象を自由に操れるのか。体に配置された球体からして、あの姿はおそらく夏の星座として知られる白鳥座が元になっている。体色がオレンジな点は気になるが……」
「言ってる場合か! ……おい! フィリップ! 流されてんだぞ!」
サマーの作り出した波は黒と緑の超人、ダブルとなった翔太郎たちにも平等に襲い掛かり、水面に浮かぶ緑の右半身が顎に手を当てて考察を始めようとするのを、水中に沈んだ黒い左半身がバシバシと叩いて抗議する。
「む……すまない。まずはこの状況に対処しよう」
『ルナ』
いつの間にか黄色い
『ルナ ジョーカー』
音声と共にダブルの右半身が黄色に染まり、その腕が蛇のようにうねりながら本人の身長をゆうに超す長さに伸びて近くの街灯を掴んだ。次の瞬間には元の長さに戻った右腕がダブルの体を街灯の上まで引っ張り上げる。
「このままトリガーで行くか?」
「いや、それは危険だろう、上を見たまえ」
「あ? ……げぇっ」
言われて見上げればそこには巨大な積乱雲。ゲリラ豪雨、という言葉を思い出した彼らはすぐさま街灯から飛び退いて雲の真下を抜け出す。
次の瞬間、滝を思わせる大量の水が降り注ぎ、街灯があった辺りを蹂躙する。近くに居たマグマ――おそらくこちらが標的だったのだろう――はもろにそれを受け、大量の蒸気を噴き上げながら押し流されていく。
「まさか地上でこれを呼ぶことになるとは」
空中で手に持った携帯電話を操作すると、何かがダブルの着地点めがけて
「翔太郎、メタルで行こう」
「ああ!」
『メタル』
『ルナ メタル』
今度は左手に持った銀のメモリを黒と入れ替える。ダブルの左半身が銀に染まり、背中には
「メモリブレイクだ」
『メタル マキシマムドライブ』
ベルトから銀のメモリを引き抜いて武器の持ち手部分のスロットに装填すると、棒状のそれは先程の右腕のように伸びてしなり、光の輪のようなものを形成すると、すれ違いざまに一振りで複数のドーパントに向けて射出する。
「「メタルイリュージョン!」」
一つに重なった声と共に打ち出される光の輪を受けたドーパント達は爆発し、砕けたガイアメモリを吐き出しながら人間の姿に戻る。そのまま波に飲み込まれそうになるが、鋼鉄の鞭が巻き付いて阻止するとハードスプラッシャーの後部に積み上げていく。
必殺技の効果時間が続いているうちにハンドルを切り返し往復するようにもう一度襲撃と回収を行うと、この場に現れた五体のドーパントは全て人間に戻り、揺れる水上バイクの荷物と化した。過積載でバランスが悪くなってしまったが、まさかダメージで動けない状態でこの荒れ狂う水場に放りだすわけにもいかない。
少し乗る位置を調整してバランスを取り直すと、標的が居なくなり、水面に立ってこちらをうかがうサマーの方へ向き直る。
「さて、片付いたな。この水、もう元に戻していいんじゃないか? 妖精」
「そうだね。ありがとう、助かったよ」
「よく言うぜ」
一方的な蹂躙を間近で見た翔太郎は思わずぼやくように言うが、内部データによればシーズンメモリの攻撃は膨大な毒素が相手のメモリにも悪影響を与えるらしく、ドライバーを使っていないドーパントを倒せば高確率で死に至ることが予想された。これ以上すずのトラウマを抉りたくないシズとしては、代わりに殺さず倒してくれたことに本気で感謝を述べていた。殺さない程度の暴力については変身した時点で諦めていたが。
言われるまま素直に能力を解除すると周辺の水は映像か何かであったかのように一瞬で消え失せ、それに伴って腰の高さで浮かんでいたハードスプラッシャーは派手な音を立てて地面にたたきつけられた。当然、積み上げられた白服たちは地面に投げ出される。
「うおっ!?」
「あっ」
数秒の間、誰一人声を発することも音を立てることもない完全なる沈黙が場を支配する。サマーが自分だけゆっくりと降下し、着地したところでダブルは天を仰ぐ。
「確かに戻せって言ったけどよぉ」
「……ごめんね?」
手を合わせて軽く頭を下げる威圧感も何もない姿に溜息をつき、頭痛を堪えるように額を抑えた
「ぼくは変身前の事情を知らないが、今話している君はメモリの
「そうだよ。君も?」
「人間だが、意思がこの体に同化しているという点では似ていると言える」
「へえ」
納得したように何度か頷いて見せる。
(まあ、知ってるけどな)
とは口に出さなかった。何故知っているのか追及されれば答えられない。
「君の目的を聞いても?」
「この
「……なるほど。では、こうしよう」
そう言うとダブルは黒い携帯電話に赤いメモリを装填する。
『スタッグ』
携帯電話はすぐさま黒いクワガタのメカに変形し、サマーの周囲を旋回し始める。
「それを預けておく。君の監視役兼、連絡手段だ。こちらは一旦引き下がって君の懸念に対処する。呼び出しに応じるかどうかはそちらで相談して決めてくれ」
「いいね、それ。分かったよ」
変身を解除してドライバーから抜け出したシズがすずの肩の上に座ると、反対の肩に
(……相棒。どういうつもりだ?)
(彼女を依頼人と引き合わせる前に、君に話しておかなければならないことがある。白服を警察に引き渡したら事務所に戻ってきてくれ)
「? ああ、分かった……おい妖精! これ以上その娘に
翔太郎は釈然としないながらも頷き、立ち去るシズたちの背中にそう叫ぶと、騒ぎを聞きつけて近づいて来るサイレン――おそらく、
出番はガイアウィスパーだけで後は何も言及されずにメモリブレイクされたかわいそうなバイオレンス君とフラワー君……(他の三体の扱いがマシとは言ってない)
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第4話 悪魔のS/検索を始めよう
ダブルの元から去り、適当な路地裏に身を潜めた――スタッグフォンを連れているので位置情報は彼らに丸わかりなのだが――シズたちだったが、すずが体調を崩したため、一息つくという雰囲気にはなれずにいた。ウィンターになって白衣の連中を殺した時ほど酷くはないが、地べたに座り込んだすずは明らかに呼吸の回数が増え、視線は焦点が合っているのかどうか定かではない様子で彷徨っている。
(最初に吐いた時は精神的なショックが原因だと思ってた……半分はそれもあったんだろうけど、もう半分は毒素のせいだな、コレ……)
白衣の一人が被験体であるすず本人の目の前で堂々と言い放ってくれた、常人なら即死する量の毒素がドライバーを突き抜けて流れ込んでいるという情報。その後元気に暴れまわれたので、すずに施されたという毒素耐性の強化とやらを高く評価してしまっていたが、悪影響はしっかり受ける程度のものだったらしい。それでも変身解除と同時に倒れ込んだりせずここまで歩いて来られたのは驚異的な耐性と言えるのだろうが。
「大丈夫? って、ぼくが原因っぽいから言い辛いけど」
「だいじょうぶだよ……疲れただけ……シズのせいじゃ……ない……」
そうは言いながらもすずの視線はどんどん下を向いていき、ついには横向きに倒れ込んでしまう。どう見ても大丈夫ではない。
「ちょっ!? 別れたの失敗だったか? 今からでもフィリップに……」
肩から投げ出されて大人しくこちらを伺っているスタッグフォンに飛びつき連絡を取るべきかと構えるが、すぐに規則的な寝息が聞こえてきたことで一旦踏みとどまる。
(……とりあえず大丈夫……なのか?)
様子を観察する。寝顔に苦しんでいる様子はなく、最悪に近かった顔色が徐々に改善し始めているのを確認したため、無理に何かしようとして起こすよりこのまま寝かせておいた方が良いと判断したシズは、そばに置いたカバンから毛布を取り出して掛けてやり、スタッグフォンへ静かに、というジェスチャーを送ってから周囲の警戒を始める。
(回復力も凄いって事か。そこだけはあいつらもいい仕事を……いやそもそもあいつらに捕まらなけりゃそんな能力要らなかったもんな。クソどもが……っと、やめだ。イラつくとろくなことにならない)
すずの受けた扱いについて考えるのは控えようと決めたばかりであることを思い出し、軽く頭を振って思考をいったん打ち切る。頭を振った後、機械になってもこういう動作は思わずやってしまうものらしいと気づき、心の中で苦笑する。当然顔には出ない。
研究所の事を頭から追い出すと、次に出て来るのは先程の行動の振り返り。
(奴らはクソだが、俺も俺だ。なーにが多分これしか手はないだよ。すぐそばの奴だけ弾いてダブルのところに行くとか、出来ただろ……ハードスプラッシャー呼んでたってことはリボルギャリーも近くにいただろうし……いや、ドーパント相手じゃ追いつかれるか……ダメだ。俺の頭じゃ、あそこで変身しない手が思いつかない)
変身できる隙があるなら逃げられたのでは? と一瞬考えたが、変身中は何故か敵が硬直してくれる現象があったがゆえに成功したのだろう。白服の5人組は
(……これもやめよう。行動の改善案なんて出て来やしない。自分のダメさ加減を深く実感するだけだ。自爆したくなる)
もう一度頭を振って思考を中断する。こうして別の事を考えながらでも警戒が緩まないのは機械の良いところだと実感しながら思考を次へと移す。
(内部データでも見るか)
シーズンメモリとしての記憶領域に白衣の連中が放り込んだデータの数々。自分の頭の中にあるとはいえ、しっかり閲覧しなければその情報をうまく認識できないらしい。その情報が必要な状況になれば一瞬で検索できるが、事前に知っておいて悪い事などありはしないはずだ。
(俺はガイアメモリを始めとする複数の技術を合わせた自律型ガジェットの実験機……その複数の技術とかいうのについて詳しく……どこだ? ああ、あった……おい、コズミックエナジーってなんだ。いや、それが何かは知ってるが、なんでそんなものを動力にした!?)
出てきた名前は、人間では容易に制御できず、ガイアメモリの毒素と同様の精神への影響や、最悪の場合は周辺一帯を巻き込んだ大爆発を起こす危険なエネルギーのもの。
何故こんな重要なことを認識できなかったのか。理由は簡単で、
(まて、まて、まて! だったら
この時点ですずを想定の数倍危険な目に遭わせていたことになる。これ以上の物はでてこないでくれと願いつつ、思いつく限りの単語を検索していく。
コアメダル・セルメダルetc.……該当なし
魔法石・ウィザードリングetc.……該当なし
ヘルヘイムの果実・ロックシードetc.……該当なし
重加速粒子・シフトカーetc.……該当なし
ネビュラガス・フルボトルetc.……該当なし
ライドウォッチetc.……該当なし
プログライズキー・アークetc.……該当なし
ワンダーライドブック……バイスタンプ……
多少時間がかかろうと問題はない。その他にも多数の単語を検索し続ける。
幸いというべきか、どれも該当する物は無い。
一つだけ、検索することを躊躇い、順番を飛ばしたソレを除いては。
(これだけは、出るなよ……頼む)
バグスターウイルス……該当
本体の制御チップに搭載することで人間と同等の判断力を持ち、命令に忠実な思考パターンを形成するとともに変身時には使用者に感染、一体化し肉体の操作権を奪い取ることであらゆる人間を強力かつ制御の容易な生体兵器に作り変える。
感染症の影響で使用者の生命維持が極めて困難であること、現状ではロボット兵の方が安価かつ容易に量産可能なこと等が課題となっており――
「嘘だ」
肉体が無いことをこれほど
「ふざけるな」
危険な目に遭わせるどころではない。出会ったあの時、ボロボロの少女へとその手でトドメを刺してしまっていたことを自覚してまともな状態でいられるほど、図太い精神は持ち合わせていなかった。
ゆっくりと振り返れば、静かに眠る少女の顔色は先程よりも良くなっている。しかしもう、それを見て安心することは出来なくなっていた。
「……シズ?」
「あ、ああ……起こしちゃったみたいだね」
思わず発した声が聞こえてしまったのか、眠っていたすずが目を開いてゆっくりと起き上がる。先ほどまで毒素――あるいはウイルスのせい――で苦しんでいたにもかかわらずその表情はどこか穏やかで、口元には笑みすら浮かんでいた。
「良い夢でも見てたのかな?」
ゲーム病……バグスターウイルスによる被害はストレスによって急速に進行する。少しでもそれを抑えられそうな要素が目に入れば迷わず飛びつくしかない。
「うん。いろいろ思い出してきたみたい」
「そうなんだ。聞いてもいい?」
「うん。えっとね……」
嬉しそうに語り始めるすずの肩に座る。そこが定位置になりつつあったというのも理由の一つだが、今は彼女の視界に入りたくなかった、というのが最大の理由だった。
クロスオーバータグが飛び起きて仕事をし始めました
宝生シズゥ!
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第5話 悪魔のS/それぞれの決心
鳴海探偵事務所へとって返した翔太郎を迎えたのは当然、呼び戻した張本人の相棒たる少年、フィリップであった。
「戻ったね翔太郎」
「フィリップ、なんだよ。話しとく事ってのは?」
白紙の本を片手に、ホワイトボードに何かを書き込み続けるフィリップの元へ階段を下りながら問いかければ、既に書き込みの終わったホワイトボードを指し示すことによって返答される。
「
「気になる情報?」
一度頷いて見せると書き込まれた内容について説明を始める。
「まず、バスおよび乗客が消えた際の行方だが……検索しても見つけることはできなかった」
「検索ワードが足りなかったってことか?」
「いや、違う。バスの消失から生存者の帰還まで、その間のありとあらゆる情報が”存在していない”ことが分かったんだ」
翔太郎の顔が険しくなる。フィリップの頭の中に詰まった膨大な情報、通称
それに記載されていないのであれば、通常ならありえないことだが、バスとその乗客たちはこの世界からいなくなっていたということになる。一応、異空間を生成して人を閉じ込めてしまうメモリも存在はしているはずであるし、そのほかでは本棚そのものに干渉され、閲覧を封じられたこともある。
いずれの場合であっても、この件が何か特異な力の関わる異常事態であることに疑いの余地はなくなった。何より帰還者である星原 風鈴が自立型のガイアメモリを連れており、さらには追っ手としてドーパントまで差し向けられているのだ。
「……あの白服。やっぱり財団Xか」
「どうだろうね。酷似していたことは確かだが、財団の制服とはやや意匠が違った。下部組織のひとつという線もあるが……彼らについて、今は情報が少なすぎる」
「だな。襲ってきた5人は
名前が挙がったことで、鳴海探偵事務所所長の旦那である刑事の顔が浮かんでくる。彼に捕まった以上、並大抵の精神では秘密を隠し通すことはできないだろう。一度火が付けば容赦のない面のある彼だが、悪人の相手となればこの上なく頼もしい。じきに翔太郎の言う通りになるはずだ。
「そうだね……では、そろそろ本題に入ろう」
「ん? 今のが本題じゃねえのか?」
「ああ。星原 風鈴にわざわざ追っ手を差し向けている辺り、世界から消えるような特殊な攫い方は、今は出来ない可能性が高い。警戒は必要だろうけどね」
「じゃあ、本題ってのは?」
首をかしげる翔太郎に、フィリップは分かりやすいようにホワイトボードの一部を大きく丸で囲んだ。そこには星原 風鈴の家族構成――本人と両親のみというシンプルなものだった――が記されていた。
母親の名前が×印で消し込まれ、すぐ隣に
「これがもう一つヒットした、気になる情報だ。彼女は5年前、交通事故によって母親を亡くしている」
「……なんだって?」
「つまり依頼人、
死んだ母が動き出して行方不明の娘の捜索依頼を出すなどありえない。例外中の例外たる不死身の兵士たちが一瞬頭をよぎるが、彼らに一般的な生活など望むべくもない。言及はしなかった。
「妖精くんの言っていたことは記録を聴いた。彼の懸念ももっともだ」
「……」
「依頼人については、まだ検索していない……というより、出来なかった。いつかのように”星原 数枝”という本に鍵がかかっているんだ。これも怪しい点だね」
「あいつらの手先だって、言いてえのか?」
「勿論、そうとは限らない。情報が閲覧できない以上は……君から見て依頼人はどうだった?」
帽子をいつもよりも数段目深に被り、絞り出すように言う翔太郎へ、諭すように語り掛ける。常に依頼人を信じようとする彼にとって、こうして疑うような話はすぐには受け入れがたいだろう。
言われて目を閉じ考える翔太郎。しばらく沈黙を貫いたのち、ゆっくりと開かれた目に迷いはなく、まっすぐにフィリップの方を見据える。
「悪いな相棒、嫌な役押し付けちまって。お前や妖精の言う通り、おかしな点があるのは分かってる。でも俺にはどうしても、あの娘が心配だって語るあの人の目が、嘘をついてるようには見えなかった。実の親じゃないかもしれないが、少なくとも愛情があった。これだけは確信できる」
そのまっすぐな目をしばらく見つめ返したフィリップはやがて小さく頷く。
「再婚相手の方だと判断したわけか……今は君の直感と観察眼を信じよう。ソレには何度も助けられたからね。では彼らを依頼人の元へ呼び出すという事でいいかな?」
「ああ、頼む」
「承知した」
彼らに預けたスタッグフォンへ通信を送り始める相棒の姿を横目に、翔太郎はもう一度深く帽子を被り直した。
「へえ、すずちゃんって呼び方はお母さんが」
すずの肩の上で、彼女が戻ってきた記憶について語るのをゆっくりと聞いて過ごす。バグスターウイルス感染症、通称ゲーム病にかかった人間との会話には非常に神経が磨り減る思いであった。何せどこにあるか分からない地雷を踏めば相手が消滅するかもしれない中を、手探りで進まなければならないのだ。しかも見つけた地雷は絶対に起爆しないよう撤去しなければならないが、シズにはその手段が無いに等しい。せめて位置だけでも把握し、決して触れないように決心する程度が彼の限界だった。
「そうなの。本当の名前はかりんって言って……あ」
「どうしたの?」
「探偵の人に、違うって言っちゃった。わたし、かりんだよ」
「記憶が消えてたんだから仕方ないよ。きっとわかってくれる」
ほんの僅かに残っていた、人違いの可能性が消えたことに安堵すべきか、依頼人とやらへの警戒を続けるべきか判断に困っていると、不意に肩の上から持ち上げられたことに気づいて顔を上げると、すずに覗き込まれており少々慌てる。
「どうしたのかな?」
「シズ、なんか変だよ」
心臓は無いはずだが、確かにドキリとした感覚を覚えたシズはぎこちない動きですずの方を見つめ返す。
「そう、かな?」
「もしかして、電池切れ?」
「へっ? ああ、ちょっと減って来たみたいでね。大丈夫だよ、日に当たってれば充電できるから」
「そうなの? 便利だね」
シズが機械であるという認識をしっかり持っていたようで、都合のいい勘違いをしてくれたのでそのまま便乗する。太陽の光と一緒にコズミックエナジーも降ってきてはいるハズなので嘘ではない。回収機構がどうなっているのかはデータにもなかったが。
「探偵の人にわたしを探してって言ったの、お母さんなのかな……?」
「そうだといいね。素直に聞けば教えてくれたかな? ぼくはともかくすずちゃんが聞けば……流石に”誰かは教えないけど会ってくれ”なんて言わないだろうし……」
その時、すぐ近くで待機していたスタッグフォンがすずの手元まで飛んできて携帯電話に変形する。どうやら翔太郎達からの連絡が来たようだ。周囲や時間を見れば、あれから一晩経過しており、すずが寝ている間にずいぶん検索に熱中していたことを自覚した。その結果は絶望だったが。
「シズ……わたし、会ってみたい、もしお母さんなら……会いたい」
「うん、そうしようか」
すずが電話に出るのを眺めながら、最悪の事態になった場合に備えて内部データ、特に自身の仕様についてのより詳細な閲覧をシズは始めた。
依頼人がニセモノならどんな手段を使ってでもすずを守るために。
もし本物の親なら……
(その時は、俺が消えればいい)
独自のクリア条件を持ったゲームのキャラとして成立していない野良バグスターである以上、倒す以外の方法では、すずのゲーム病を治療できない。
今の自分は所詮、
「この本によれば、シーズンメモリに搭載された名もなきバグスター……彼には使用者を消滅させ完全体に到り、人類の敵となる未来が待っていた」
誰もいない真っ黒な空間にて、それでも誰かに語り掛けるようにその手の中の本を読み上げる青年。
「すべてに絶望した彼は世界そのものを憎み、その溢れ出す悪意をもって
一切の光源が無いその空間においてもどういう訳かその姿は手に持った本の文字も含めてハッキリと浮かび上がっている。
「その最期は仮面ライダーダブル・サイクロンジョーカーエクストリームの手で二度とコンティニューできないよう、データごと完全に消滅させられ……おっと」
そこまで読み上げたところで青年は唐突にその本をパタリと閉じて肩を竦め、
「先まで読み過ぎました。皆様にとって、これは未来の話。でしたね」
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第6話 悪魔のS/裏と裏側
風都警察病院。
ガイアメモリを使用した他者への襲撃行為は言い訳不可能な犯罪であり、メモリブレイクを受けてその力を失い人に戻ったとしても逮捕は免れない。とはいえ、警察もメモリブレイクのダメージで立つことすらままならない人間をそのまま檻にぶち込むような非道な組織ではない。
ここにはそういう元ドーパントがひとまずの治療を受けるためよく運び込まれる。
シズたちを襲撃した五人の白服も例外ではなくここに運び込まれ、いずれ始まる取り調べを震えて待つ身となっていた。
ふと、白服の一人が自分たちの元へ近づいて来る足音に気づく。監視の警官が交代の時間でも迎えたのだろうと思っていたが、どこか慌てたような警官の声と、直後に響いた鈍い衝撃音が何かの異変を感じさせた。警官の声が止み、近づいて来る重厚な足音のみが響く。
やがて足音が部屋の前で止まると、施錠された扉が突如として真っ二つに分かれ、密室に出入り口を作り上げる。それを成した、幅の広い真っ赤な刀が扉のあった位置から廊下の方へ引っ込むと、風が渦巻くような音がした後で持ち主と思われる人物が部屋へと入ってきた。ただしまるでどこかへ消え去ってしまったかのように、その手に刀は無い。
その人物はフードを目深に被って顔を影で覆い隠していたが、すぐにそれを取り払って素顔を見せた。出てきたのは二十代半ばくらいの女の顔。
「ご無事ですか、皆さん?」
人当たりのよさそうな柔らかな笑みを浮かべるその顔を見た白服たちは安堵したように息をつく。
「星原さんか。ああ、なんとか……だが、見ればわかると思うが
名を呼ばれた女は笑みを深くし、横たわる白服たちの元へゆっくりと歩み寄っていく。その手に握られているのは一本のガイアメモリ――それもダブルが使うような、骨の装飾が無いタイプの物――で、一番近くに横たわっていた白服の眼前でそれを起動した。
「それは残念です。しかし皆さんがご無事なら、ひとまずは問題ありません。ここへ出向いた用事は済ませられますので」
『シーズン』
「星原さん? 何を……!」
躊躇なく男の首に押し当てられた
「やはり
「まってくれ……! あんた、助けに来てくれたんじゃ……」
「そんなわけないじゃないですか」
『シーズン』
命乞いを始めた白服たちは一人の例外もなく、躊躇なく突き立てられたメモリに内側から粉々に分解され、物言わぬ塵となって部屋の中に散っていく。
それを見届けた女、
ふと、騒ぎを聞きつけたのか、複数の足音が近づいてきているのを感じ取った数枝はフードを被り直し、背後に軽く手をかざす。
その何もない空間が、服やカバンの開閉に使うジッパーのような物に引き裂かれて別の場所へとつながる。さっと数枝がその裂け目をくぐるとジッパーがゆっくりと閉じ、空間を元に戻していく。
「動くな!」
直後に、真っ二つにされた扉の隙間から転がり込んできた赤いジャケットの男の視界に映ったのは、ほとんど閉じきったジッパーと、フードを被った後姿。そして部屋に散乱する黒い塵。
「口封じか」
閉まり切ったジッパーが消失するのを見届けた後で男、
「シーズンメモリの実験結果が届いたか……やはり通常の人間では扱えないようだ。どう対策するべきか。ボスは問題ないと言うが、
暗い部屋の中、唯一光を放つモニターと向き合いながらキーボードを操作する白衣の男。気だるげな様子とは裏腹にその目だけは爛々と輝いてモニターに表示される文字を追っている。
「ずいぶん面白い研究をしているようだね」
「……どうやって入って来たんだい? ここは
「入って来た、か。そうは言わない。降って来たと言うのさ。我々の”街”では。しかし不思議なものだね、この部屋は。入り口がどこにもない。君はどうやって出入りしているのかな?」
いつの間にか背後に立っていた長髪の男に、白衣の男は振り返らずに応対する。あまり礼儀正しい態度とは言えないが、相手は侵入者だ。そんなことを構うつもりなどなかったし、長髪の方も気分を害した様子は無い。
「魔法。とでもいえば信じるかい?」
「信じるとも。それくらいは”表の街”にも溢れているからねぇ」
「まあ、ミュージアムが潰されたからって、ガイアメモリが全部自爆するわけじゃないからね……そういえば、何の用か聞いてなかったな」
ここで白衣が初めて振り返る。長髪の男は薄く笑うと手近な椅子に腰掛け、脚を組んで語り始めた。
「最初にも言ったけれど、面白い研究をしているようだったから、興味を持ったのさ。訳あって、いくつかのメモリに適合できる人員ができるだけ必要でね。まあ、取引だ」
「確かにメモリ毒素への耐性や適合率を後天的に上昇させる実験も行っている。結果は芳しくないが、資料はまとめてある。欲しければ持って行くといい。で、そちらは何をくれるのかな」
どうせそのうち凍結するだろう研究の資料くらいタダでくれてやってもいい、くらいに白衣の男は思っていたが、流石にそれは問題だというのは分かっていたし、取引という言葉を聞き逃していなかった彼は一応聞いておく。
「ガイアメモリのドライバーに関する理論だ。盗み聞きして悪いが、行き詰っているようだったし。もちろん我々が使っている物の設計図をそのまま……という訳にはいかないが、開発の助けくらいにはなるはずだ」
「……OK、取引成立だ。確かこの辺りに……ああ、あった。これだ」
「確かに受け取った。ではこちらも。さあどうぞ」
受け取った紙にさっと目を通す。確かにガイアメモリのドライバーに関する資料だった。この情報を元にどう設計するのかというところまで深く触れられたものではなかったが、有るのと無いのとでは開発速度には天と地の差が生まれる事だろう。要らない資料が欲しい情報に化けるという思いもよらない幸運に白衣が初めて笑みを見せると、長髪の方も微笑み返し、受け取った資料を手に立ち上がる。
「良い取引だったよ。ああ、帰る前に一つだけ。今後も風都で活動するなら、仮面ライダーには関わらないことをお勧めするよ」
「ちょうど私もそう思っていたところだ。ボスに伝えておこう」
「ボスという人にも挨拶しておきたかったが、ここにはいないようだし、また機会があればという事で。では失礼する。いつか君たちの中の誰かを、我々の街へ招待できる日が来ることを祈っているよ」
本人曰く”降って来た”時と同様、気づけば居なくなっていた長髪の男から受け取った資料を片手に、白衣の男はモニターの前へと舞い戻って作業を再開した。結局相手が何者だったのかということすら既に気に留めてもおらず、モニターの表示を追うその目は変わらず輝いていた。
今回の取引が原作に与える影響:美原(メガネウラ)がもうちょっとだけ強くなる
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第7話 悪魔のS/理由のない悪意、ある悪意
翔太郎達に指定された場所を目指し、シズたちは周囲を警戒しつつ歩を進めていく。すずの足取りはかなり軽く、不安を期待が上回っているらしいことがうかがえる。それを見たシズも少しだけ安心した。少なくとも今この瞬間はゲーム病の進行を心配する必要はない。無論その辺りの路地から例の白服でも飛び出してきた瞬間に病状が悪化するだろうから油断はできないが。
「……よし、この先にも誰もいないよ。行こう」
「うん」
あえて人通りの多いところを歩いて襲撃しにくいようにしようかとも考えたが、そもそも観光バスを丸ごと攫う連中であることに加え、サマーとダブルで対処した5人組も往来で堂々と襲ってきたため、あまり効果は無いと判断して身を潜めながら誰にも見つからないようひっそりと移動することにした。
代わりに人が隠れられる物陰が非常に多く、進行方向だけでなく周囲全体への警戒を密にする必要があるが、自身に搭載されたセンサーのおかげで大した苦も無くこなせている。
襲撃に気づく事が出来たのは、そうして全方位の状況を把握し続けていたお蔭だろう。
「上から!? すずちゃん、走って!」
センサーが頭上に何かが現れつつあることを感知した。飛んできたのではなく、唐突に何もないところから現れるようにセンサーに引っかかったそれを振り返って目視すれば、空中にジッパーのようなものが浮かび、それが開いて何者かが飛び降りてきているところだった。
(クラック!? アーマードライダーかオーバーロードか……次から次へと厄介なのが!)
「ああ、みつけましたよ、
(やっぱり目的はすずちゃんか!)
走るすずの背を庇うように飛びつつ進行方向に誰もいないことを確認する。クラック――別の惑星とすらつながることができる超長距離ゲート――を利用して一人だけ出てきたようだが、それなら何らかの手段でこちらを捕捉してからクラックを開いたはずだ。まさかそこらじゅうに片っ端からクラックを開いて上から見回していったということは無いだろう。
(いや、待て。まさか……)
一つの可能性に思い至ったシズは内部データに検索を掛ける。あっさりと表示されたことでシズはこの融通の利かない閲覧機能をもう一度恨んだ。
「発信機か!」
「ええ。それくらいつけてるに決まってるじゃないですか。まあ、あなたが暴れまわってくれたおかげで設備が今まで使えなかったんですけど」
ぼやくように言いながら、地面に降り立ったその存在。その赤い意匠の目立つ鎧武者と西洋騎士を混ぜたような歪な怪物の肩に目線を向けたシズはその相手が想定より厄介な存在であることを把握し、叫びだしたい気分になるが、どうにか堪える。
(肩にある2010って数字……2010年って事か。よりによってアナザーライダーかよ、こいつ!)
歴史に干渉する目的で未来から送り込まれたオーバーテクノロジーの懐中時計によって生み出される、仮面ライダーの力と歴史をそのまま持った怪人。それがアナザーライダーだ。体のどこかに誕生した瞬間の年号が刻まれており、時を遡る術を持つ者にとってはその数字が討伐の足掛かりになることもある。だがそんなものを持たないシズにとってみれば目の前の武者と騎士の合成体がそういう存在であると示す記号でしかない。
何よりも厄介なのは、アナザーというからには元になる仮面ライダーが存在しており、基本的にそのライダーの力でなければ完全に倒し切ることはできない、という点だ。見た目やクラックを使用したことからしてアーマードライダーと呼ばれる種類の誰かの力を持ったアナザーライダーであることは確定と見ていいだろうが、そうするとこの風都にそれを倒せるものが居ないという事になる。
(
「風鈴ちゃん、
無駄な抵抗に終わる可能性の高い変身を命を削らせてまでするべきではない、と判断してそのまま走る速度を上げるようすずに言おうとした時だった。武者騎士の言葉を聞いたすずが、親に叱られた子供のように肩を強張らせながら立ち止まってしまい、背後を飛んでいたシズはぶつからないよう空中で急ブレーキをかけることになる。
「なっ……どうしたの!?」
「だ、だって、止まらなきゃ……あれ? なんでそんなこと」
すずはそのまま混乱した様子で両手で頭を抱えるようにして完全に立ち止まってしまう。逃げなければならないことは分かっているのに、
「……おまえ、何をした?」
「いえ、単なるお願いですよ? 聞いてくれて嬉しいです、風鈴ちゃん」
「ふざけるな!」
シズは武者騎士に向けて体当たりを敢行する。ダメージの一つでも与えればこの妙な状態から脱することができるかもしれない、という理由もあったが、ほとんどは感情に任せた衝動的な行動だった。
「いくらなんでもそれでは傷一つ負いませんよ?」
「ぐぁっ!?」
あっさりと腕ではじき返されたシズは近くの壁に激突し、跳ね返ってすずの足元に転がる。衝撃でどこかが故障でもしたのか、そのまま動けなくなってしまった。
それを見下ろし、あざ笑うようにわざとゆっくりと歩み寄る武者騎士を睨みつけるが、顔が変わらないことを差し引いても今の状態では威圧効果など欠片も発揮していないだろう。
「さあ、帰りますよ、風鈴ちゃん。
「やめろ……」
「嫌です、やめません。ああ、あなたも一緒に連れていきますので安心してください」
「安心できるか……!」
「でしょうね」
動けなくなったシズを半笑いで適当に拾い上げ、開いた方の手ですずの手をそっと引く――妙に優しい手つきだった――武者騎士の進行方向へ再びクラックが発生する。裂け目から見える向こう側の景色は無骨な白い壁に覆われた部屋のようで、これをくぐったら最後、逃げ出す前の日々に逆戻りすることは容易に想像できた。
「やだ……あそこには、帰りたくない」
思わず口から出て来るほどの、心からの拒絶。しかしそれでも手足はついて行かなければならないと頭の中でやかましく繰り返す
(まずい、どんな扱いを受けるかとか、それ以前に……!)
その手足に、映像が乱れたときに走るノイズのようなものがオレンジ色に光りながら走っていく。多大なストレスによるゲーム病の急速な進行を表すそれを目にした武者騎士の動きが止まる。
「あら? 思ったよりも病状が悪いですね」
「たのむ、まってくれ……その娘が……消えてしまう」
「ええ、仕方ありませんね。予定より早いですが、
その言葉を聞いた瞬間、何かがシズの中から湧き上がってきた。
形容しがたいドロドロとしたどす黒いそれらがシズの感情を吸い上げて形を得ていく。
「おまえら……どこまで……!」
怒、暗、怨、恨、戦、滅、痛、亡、死、悪――――どこからともなく自身の思考領域を埋め尽くす勢いで湧いて来る赤黒い文字……それが何なのか知っている彼は、平時であれば全力で抑え込もうとしたであろうそれを、それこそが自分の意思であるとばかりに束ねていく。皮肉にも病状が進行したことによってバグスターとしての力が増したようで、溢れ出すそれらが実体を持った力として全身に満ちていく。
この力ですずを守ることはできない。すずが消えてしまう……つまり自身が完全体のバグスターとなる事で完成する力だと感覚で理解できる。
ならば、この力が完成したならその時は。
「絶対に、おまえら全員、滅ぼして……!」
復讐の誓い。溢れ出す”悪意”は最早自分の意思では止められない。
故に、それを留めたのは外的な要因であった。
「”星原 風鈴、アナザーセイヴァーによる精神支配から脱する”」
「!?」
「っ! あああああ!」
何かを読み上げる声が響いたと思えば、それまで手を引かれるままゆっくり歩を進めるだけだったすずの体が本人の心に従って、弾かれるようにクラックとは逆方向へ駆け出した。
「すずちゃん!」
同様に、壊れていたはずが動けるようになったシズも弾かれるように飛び上がり、すずを追いかける。当然、武者騎士も彼らを捕えようとするが、その足元に黒と緑の槍が突き刺さり行く手をふさぐ。
「この本によれば、シーズンメモリに搭載された名もなきバグスター……彼には使用者を消滅させ完全体に到り、人類の敵となる未来が待っていた」
声に振り返った武者騎士の視界に入ったのは白とグレーのコートにベレー帽の一人の男。彼の両手には一冊の本と、ノートのような形の端末がそれぞれ乗っている。
ノートの方には先ほど読み上げた一文”星原 風鈴、アナザーセイヴァーによる精神支配から脱する”が書き込まれていた。
「ふん。救いようのない駄作だな」
鼻を鳴らして本の方を投げ捨て、ノートを懐に仕舞うと、代わりに武者騎士に向かって投げた槍と同じカラーリングの機械を取り出して腰に装着する。
その手には四角い枠がはまった懐中時計のような機械。竜頭に当たる部分を押し込むと派手な効果音が鳴り響いた。
『ウォズ!』
懐中時計を腰の
『アクション!』
「変身」
懐中時計がセットされたパーツを90度左に稼働させると、ベルトの中央に懐中時計の光が集約され、一つの像を結んでいく。
『投影!』
そして男の姿が変貌する。緑で縁取られた銀色のボディスーツが形成され、時計の針が角のようにV字型に取り付けられたヘルメットの中央へと、空中で生成された青い文字が殺到する。
『スゴイ! ジダイ! ミライ! 仮面ライダーウォズ! ウォズ!』
ダブルの変身を見た者からすればかなり騒がしい音声と共に、顔面に”ライダー”と青く刻まれた銀と緑の超人、仮面ライダーウォズが武者騎士、アナザーセイヴァーの前に立ちふさがった。
「本来の歴史にアークバグスターは存在しない。そもそもアーク自体が、
「なるほど、未来から来た仮面ライダー……ですか。あなたは」
「いかにも。魔王の手助けは本意ではないが……今回は特別だ。それに、まがい物の
ウォズが手振りで呼び寄せると、アナザーセイヴァーの足元に突き刺さっていた槍が彼の手元へと舞い戻る。対するアナザーセイヴァーは幅の広い赤の刀と両側に刃のついた黒い弓を構える。
数秒のにらみ合いの後、両者のぶつかり合いが幕を開けた。
見るたびに思いますけど刀と弓(近接武器)の二刀流ってすごい絵面ですよね
でもかっこいいのでヨシ!
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第8話 悪魔のS/さよなら
(今聞こえた声と変身音、ウォズ……? 未来ノートを使ってたっぽいから白い方か?)
すずを追いかけてその場を離脱したシズの集音センサーにも仮面ライダーウォズの非常に騒がしい変身音は届いており、その困惑は湧き上がっていた悪意の奔流、すなわち
(いや、あいつがこれ以上何かしなくても、すずちゃんを消滅させてしまったらその時点で完全なアークになる)
研究所で暴れたことや、追っ手のドーパント達に挑んだこと、すずが消えかかった時、助けようと足掻くのではなく、その消滅を半ば受け入れ、連中に復讐する方向へ思考が流れていたことなど。恐らく自分は悪意を存分に振るう口実があればそれに飛びついてしまう。生まれ変わりながらにしてそうなのか、目覚めた後どこかでタガが外れたのかは定かではないが。
(どこまで逃げたんだ、すずちゃん……頼む、消えないでくれ)
バグスターやアークの力か、はたまたコズミックエナジーの影響か。叩きつけられて故障したはずのボディで何とか飛行して追いかけることはできているが、半狂乱で駆けだした人間の脚に追いつける速度は出ておらず、シズの心に焦りが募る。そもそも追いつけたとて何ができるのかも分からない。それでもまず追いつけなければ何かを試す事すらできない。
(大丈夫だ。まだ生きてる。俺が完全体になってないんだから!)
必死に自分へ言い聞かせるように繰り返して前進し続ける。
「居た!」
しばらく飛んでいると――時間にしてほんの数分だったが、異常なまでに長く感じた――前方の路地裏で蹲るように倒れているすずの姿を捉えた。
その体は既にオレンジ色のノイズと共に半透明になっており、消滅まで一刻の猶予もないのが見て取れる。
「ダメだ! 消えるなぁ!」
叫びながら近寄ればゆっくりと起き上がってシズの方を振り返る。その目は生きるために必要な力とでも言うべきものが欠片程度しか残っていないことが一目で分かるほどに濁っており、その顔に浮かんでいる表情は初めて会った時のような、恐怖すら表に出てこない、絶望で凍り付いた物だった。
「シズ……」
「気をしっかり持って! お母さんに会って、一緒に帰るんだろう!?」
大したことが言えるわけじゃない。だが必死で語り掛けた。少しでも希望を持たせられれば、そう思って。
しかしすずの目に光が戻ることは無い。恐ろしい目にあったのは確かだ。ゲーム病が急激に進行するのも分かるが、いくら何でも様子がおかしい。
「……すずちゃん?」
「逃げてる時にね、全部思い出したの」
濁った目のまま、ゆっくりと、すずは
「お母さん……とっくに、死んでる……って」
「……え?」
言い終わると同時に、その体に走るノイズが増大し始める。その勢いに輪郭が激しくブレて人の形を失いかけているのを見たシズは、声にならない絶叫を上げながら変形を始めた。
(間に合うか!? いや、間に合わせろ!)
メモリモードに変形したシズが、倒れ込んだすずの腕、乱雑に刻み込まれた生体コネクタの一つに向けて飛び込む。ドライバーをつけさせる時間など無いし、そもそもアナザーセイヴァーのところに落としてきてしまった。
数多く搭載されたどの機能が働いたのかはシズ自身にも分からなかったが、メモリは無事生体コネクタに沈み込み始める。
『オータム』
電子音と共に、コネクタから洩れるようにスパークする光――恐らく拒絶反応の類だろう――を払いのけ無理矢理自身の機能を起動させていく。
そもそもできるのかどうかは分からない、できたとしてもすずが助かるのかは分からない。
それでもこの一瞬の間に躊躇っていては、ただすずが消えて終わる。なら賭けるしかなかった。
『ラストワン』
ガイアメモリの物とは声も雰囲気も違う音声が響く。
運が良かったのか、そういう風に作られていたのか、それとも先ほどのように白ウォズが何かしたのか。
理由はどうあれ、結果はシズの狙い通りとなった。
光が収まったその場には、星座の形に並んだ球体を体に持つ怪人と、繭のようなものに包まれたすず。
その体は半透明ではなくなっており、ノイズも時々軽く走る程度になっていた。
「間に合った……それに、上手くいった」
ラストワン。コズミックエナジーによって人を
ゲーム病の進行は精神の影響を受けて肉体にもたらされる物。それらを分離させればウイルスへのストレスの供給が止まり、病状の進行が阻害されると踏んでの賭けだった。
「でもウイルスが消えたわけじゃない……完全に治すには……」
シズ、オータム・ドーパントはすずの抜け殻を抱き上げ立ち上がる。
「君と、もっといろいろ話したかったなぁ……」
これまでの二回の変身の時のような、精神のつながった感覚が無い。ドライバーを使っていないせいなのか、すずの心が機能を停止してしまったのか、それは分からなかったが、自分と彼女とはもう二度と話すことができないのだろうな、とは何となく覚悟できた。
「……どうなってんだよ」
昼下がりのとある広場で翔太郎は頭を抱えていた。約束の時間はとっくに過ぎているというのに、指定したこの場所に、
依頼人へ何度目かになる電話を掛けようかとスタッグフォンを取り出したところで、近づいて来る足音に気づいて振り返る。
「来たか、
「遅れてすみません、妙な人に絡まれてしまって……」
「なんだって? 大丈夫なのか?」
「ええ、この通り」
無事だったうえに依頼とは関係なさそうな事とはいえ、依頼人が危険な目に遭っているのにこんなところに突っ立っていた自分を内心で罵倒すると、翔太郎は帽子を脱いで頭を下げる。
「気づかなくてすまねえ」
「いえ、左さんは全く悪くないと思いますが……」
超能力者でもあるまいし流石にどうしようもないだろう、というようなことで謝罪されて反応に困った数枝は苦笑いを浮かべる。
「ところで……」
話題をそらすように……というより早く本題に入りたいとばかりに周囲を見渡し始めた数枝に、翔太郎もすぐ対応する。
「風鈴ちゃんも、ちっと遅れてるみたいなんだ。来るとは言ってくれたんだけどな」
「そうですか……」
少し寂しそうに、しかしどこか期待するような表情を浮かべたあと、何かに気づいたように視線を固定する数枝。
その視線を追った翔太郎は目を見開くことになる。
視線の先、広場に堂々と近づいて来る一体の
「おまえ……まさか妖精か?」
「ああ、そうだよ」
繭のようなものに包まれ、眠ったように動かない少女をそっと地面に下ろしてあっけらかんと答える姿を睨みつけ、翔太郎は数枝を守るように一歩前に出る。
「こいつはどういうことだ? その娘に何が起きてる?」
「端的にわかりやすく言えば……もうすぐ死ぬ。
「……おまえは、その娘を無事に帰すのが目的じゃなかったのか?」
数枝が息を飲む声を背に受けながら問いかける。その手は血がにじむほど強く握りしめられ、視線はもし質量を得たら相手を貫けるほど鋭くとがっている。
「あれを信じたのか。本当に良い奴だな……ああ、コレは返すよ」
「野郎……ッ!」
投げ渡されたスタッグフォンをキャッチした翔太郎は反対の手で怒りと共に懐から
「左さん、それは……?」
「数枝さん、下がっててくれ……風鈴ちゃんは必ず助ける」
『ジョーカー』
「変身!」
『サイクロン ジョーカー』
「「さあ、お前の罪を数えろ」」
「数えてる間にあの娘が死ぬぞ? 早く
二者はどちらからともなく歩み寄りはじめ、徐々に速度を上げて走り出し、交差するように同時に拳を突き出し合った。
オータム・ドーパントの見た目は黄色いペルセウス・ゾディアーツです。ドライバーが無いので4枚の羽根は左腕のメデューサ頭と一体化してます。
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第9話 悪魔のS/さよならpartB
「ハハハハハハ!」
拳のぶつかり合った衝撃をそのまま利用するように後ろに跳んだオータム。空中で左腕を振るうと四枚の羽が放つ光が一層強くなり、ダブルの方へ風が吹き荒ぶ。風はどこからともなく現れた大量の枯葉を運び、枯葉は刃となって襲い掛かる。
当然、ダブルも黙って切り裂かれるわけはなく、自身を中心に旋風を巻き起こして枯葉の軌道を逸らす。
「サマーに続いてオータム。これはウィンターやスプリングも併せ持っていると思って対処した方がよさそうだ」
(そりゃバレるか。まあ勝つ必要はないんだから関係ないが)
枯葉を防がれたオータムは大振りの剣を出現させると再びダブルの元へと駆け出す。見れば既にダブルは銀のメモリを手に持っており、接近の結果がどうなるかは簡単に予想できた。
『サイクロン メタル』
振り下ろした剣は
(いいぞ、この分なら無事倒してくれそうだ。怪しまれない程度の抵抗はさせてもらうが)
オータムが左腕の羽をもう一度光らせると、右手に持った剣や宙に舞う枯葉が激しく燃える炎を纏い始めた。
追撃しようと接近して来ていたダブルは速度を緩めないまま、すかさず赤いメモリを取り出す。
『ヒート メタル』
右半身が赤く染まり、オータムの剣と、同じく炎を纏ったメタルシャフトとがぶつかり合う。ヒートメモリを使用した段階でダブルは炎、熱への耐性を獲得しており、状況はオータムが炎を出す前とほとんど変わらないものとなる。むしろダブルの側が攻撃力を増した分有利になった。
「……相棒」
「ああ」
『バット』
電子音と共にどこからか現れたカメラがコウモリ型のメカへと変形、カメラのフラッシュを利用した目くらましを行う。
「ちぃっ!」
「今だ」
『デンデン』
今度はゴーグル状の機械がカタツムリ型のメカに変形し、
「やはり変身者はいないようだ。純粋なエネルギーの塊にガイアメモリのデータで形を与えた疑似的な肉体……エネルギーの正体共々興味深いが、それどころではなさそうだ。未知のウイルスのような物を検知した。星原 風鈴も同様で、しかも少しずつ肉体を蝕んでいる……? 理屈は不明だが彼を倒さなければ死ぬというのは本当らしい。だが何故そんな情報をわざわざ伝えてきた?」
「っと、あぶねえ!」
違和感を覚えつつも解析した情報を戦いながら考察し始めようとするフィリップだったが、足元が唐突に隆起し、飛び出してきたそれを素早く反応した翔太郎が飛び上がって躱したのに気付き、一旦思考を中断してそちらへ意識を向ける。
「これは、桜の木……?」
『スプリング』
見ればオータムの居たはずの場所には緑色の狼を思わせる怪人、スプリング・ドーパントが威嚇するように姿勢を低く構えていた。
「喰らえよ!」
スプリングが吼えると同時に綿毛のようなものが大量に発射され、ダブルの
「あの姿は猟犬座か。戦闘中に変化できるとはね」
「厄介だな」
「ああ、だが問題ない」
『ヒート マキシマムドライブ』
抜き取ったヒートメモリをスタッグフォンに装填すると、炎を纏ったスタッグフォンがダブルの周りを旋回し、襲ってくる蔦を片っ端から焼き切っていき、その間にダブルは二本のメモリを取り出す。
『ルナ トリガー』
黄色い右半身と青い左半身に、銃を携えた姿へと変わったダブルはそのまま
「「トリガーフルバースト」」
警告を発するような甲高い電子音を立てる銃の引き金を引くと無数の光の弾丸が発射される。あろうことかそれらすべてがそれぞれの意志を持ったように軌道を捻じ曲げ、未だ宙に浮いている綿毛を全て蒸発させ、桜の木を抉り、なぎ倒していく。何割かは当然スプリングの方へ向かい、その体を大きな軌道で吹き飛ばす。
(ははは、仮に本気でやっても勝てる気がしねぇ)
地面にたたきつけられたスプリングは思わず内心で乾いた笑いを上げる。負けるのが目的なので大したショックは無いが、勝つつもりで挑んできたドーパント達はこの対応力に泣きたい気分だったことだろう。何かするたびに対処され一歩ずつ詰みへ向かって歩かされているのが分かる。
『ウィンター』
無事に追い詰められたのを感じたスプリングはウィンターに変化し、冷気で最期の足掻きを演出する。それも炎を纏ったスタッグフォンに減衰させられ、大した威力は発揮されない。
『サイクロン ジョーカー』
対するダブルは基本形態のサイクロンジョーカーに戻り、開いたベルトをすぐさま閉じて頭上に飛来した鳥のようなメカを受け入れる。
『エクストリーム』
体の中央に走った銀のラインが幅を広げるように開き、光を反射する白い結晶体のボディが現れる。
緑、白、黒の三色に変わったダブルのボディに素早く光が走る。ほんの数秒にも満たないわずかな時間でそれが収まると、ダブル、サイクロンジョーカーエクストリームはゆっくりとウィンターの方へ歩き出す。
「敵のすべてを閲覧した。彼をそのまま撃破するのは危険だ。爆発で周辺一帯が壊滅する恐れがある」
「ならどうする?」
「対処方法も検索済みだ。プリズムを使う」
「了解だ」
「「プリズムビッカー!」」
『プリズム』
ダブルは白い結晶部分から盾に収まった剣を取り出す。剣の柄に薄緑色のメモリを装填すると、一気に抜き放ち、物語の剣士のようにそれぞれの手に構えると徐々にスピードを上げて走り出す。
対するウィンターも冷気を右拳に一点集中して構え、全力で走り出す。
『プリズム マキシマムドライブ』
剣に備えられたスイッチを押すと音声と共にまずメモリが、次いで刀身が輝き始める。
「おおおおオオオオオオ!」
「「プリズムブレイク!」」
叫び声と共に突き出されたウィンターの右拳を左手の盾で受け止めたダブルは、その勢いを利用するように体を右回りにひねりながら、輝く剣をウィンターの左腕に突き立てた。
「ぐぅッ……!」
心臓と脳が同居していると言っても過言ではないメモリ本体を損傷したウィンターは苦悶の声を上げながら数歩後退し、地面に膝をつく。
ダブルは剣を盾に収め、ゆっくりとそれをウィンターの方へ向けた。
それを見上げたウィンターは、表情があるなら祈りが通じてほっとしたような、そんな顔を浮かべているだろう雰囲気でふっと笑う。
「検索して……分かってるって事かな?」
「勿論だ、妖精くん。
頷いたウィンターが盾に左手を触れると、大穴の開いた腕から4枚の羽根が抜け落ち、ふわりと浮かんで盾の四隅に備えられたガイアメモリ装填スロットへ収まる。
『スプリング』
『サマー』
『オータム』
『ウィンター』
「「ビッカーファイナリュージョン」」
真上へと構えられた盾から大量の光の粒子が放出され空へと昇っていく。光からは雪、桜の花びら、蛍、紅葉が滲みだすように出現し、地面へと降り注いでは消えていく。
「季節ごちゃまぜで、訳分かんないことになってるけど……結構、きれいじゃないか」
「ああ、同感だ」
「……だな」
降り注ぐ葉や雪が消えていく度、少しずつウィンターの体が透けていく。既に完全に倒れ伏しており、穴の開いた左腕をスパークさせながら顔だけをダブルの方へ向ける。
「仮面ライダー」
「……どうした?」
「……あの娘の事……頼んでいいかな?」
「任せろ。絶対無事に帰してやる」
「ありがとう」
「馬鹿野郎が。なんでこんなことになるまで黙ってた」
「ハハハ……もしかして変身前にキレてたのってそれ? なんだ、最初っから全部ばれてたか」
「あの娘を助けるのが目的だっての、
探偵を騙すことの難しさと、それを毎度やってのける風都の女に薄ら寒さを感じつつ、ほとんど透明になった自身の体から最期の瞬間が目前に迫っているのを確認したウィンター……シズは徐々に霞んできた視界に、倒れているすずを収めると絞り出すように語り掛ける。
「すずちゃん、多分聞こえてないだろうけど……君と出会えてよかった、なんて……殺しかけといてこんな事言えないな。その……出会えて嬉しかったよ」
当然返事も反応もない。すずの精神は分離されて肉体には宿っていない。だから一体化しているはずのその心に届いているのを祈って独り言をつぶやく。
「お母さんの件とか……気になるけど、そっちは何もできそうにない。ごめんね?」
ダブルの持つ盾から放出される光の粒子はその量を徐々に減らしていき、最後には完全に放出が止まってしまう。
「さよなら」
ドーパント、あるいはゾディアーツとしての体がエネルギーをすべて失ったことで完全に消え去り、破損してバラバラになったシーズンメモリの残骸が地面に転がった。
「……シズ?」
繭に包まれたままだったすずの目がゆっくりと開き、次いでその視線が散らばる残骸へ向けられる。
「シズ……! シズっ!」
すずは上手く動けないのか、這いずるようにしながら残骸へと手を伸ばす。重度のメモリ使用者がメモリブレイクを受けた際よくやる行動だったが、涙を流し嗚咽を漏らしながら残骸を拾い集めるすずの意図がそれらとは全く違うという事は探偵でなくとも一目で分かるものだった。
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第10話 悪魔のS/あなたは何者?
降り注いでいた雪も花びらも全て消え去ったころ、恐る恐るといった様子で依頼人の
「あの……もう大丈夫でしょうか……?」
「ああ」
ダブルは開いていたベルトを閉じて変身を解除し彼女を迎える。
風と共に二人に分かれた探偵に再び驚いた様子で一旦立ち止まるも、そのまますずの元へ駆け寄ろうとした数枝の前に、フィリップが立ちふさがるように歩み出た。
「娘が心配ですぐにでも助け起こしたい気持ちはお察しする。だがその前に一つだけ聞かせていただきたい」
「……あなたは?」
「彼の相棒だ。ぼくたちは二人で一人の探偵でね」
二人で一人とはそんな物理的な意味だっただろうかと首をかしげる数枝に対し、フィリップは回収していた
「聞きたいのは……先ほど
「データ……? いったい何を」
「このデンデンセンサーは肉眼で捉えられないものを映し出すのに便利なガジェットでね。妖精くんのメモリブレイクと同時に、彼と
フィリップがスタッグフォンを操作するとデンデンセンサーから送られてきた映像が画面に映し出される。内容はシズの姿が消えていくと同時に数枝の下がっていた方向へ1と0のエフェクト――データの転送を分かりやすく可視化した物――が飛んでいく光景と、様子をうかがう数枝の上着のポケットにそのエフェクトが吸い込まれていく光景。
それを見た数枝は困惑した様子で上着のポケットに手を入れ、中に入っていた小箱を取り出し見つめる。
「
「T2メモリだと……!」
すずを助け起こしていた翔太郎が驚きの声を上げるが、フィリップは予想していたらしく表情を変えない。
「やはり、彼は最初からテスト用だったという事か。ブレイクされた場合、自動的に運用データを転送する仕組みになっていたんだ。そして
数枝はフィリップの言っていることがまるで分らない様子で、彼の顔と手の中のT2シーズンメモリを見比べる。
何と返事をするべきなのか迷うように、しかし何か言わなければならないことを察したように口を開こうとした数枝の背後に、魔法陣のようなものが出現する。
『コネクト』
魔法陣から現れたグローブに包まれた手が数枝からメモリをひったくるように奪い、また魔法陣の向こうへ引っ込む。
流石にそれは想定しておらず目を見開くフィリップへ、先の発言への答えとでも言うかのようにどこからか声がかけられた。
「概ねその通り。4つの記憶を”同時搭載”した試作型と違い、4つの記憶を”完全統合”した完成品を目指している」
辺りを見渡して声の主を探すと、すぐに黒と金を基調とした、ドーパントのような何かが佇んでいるのを発見できた。
長い年月を経て朽ちたようなボロボロのマントを羽織り、頭は2009と書かれた、とんがり帽子を思わせる歪な円錐形。腰には真っ赤な骨だけの左手が装飾されたベルトが巻かれている。一目見て抱く印象は邪悪な魔法使い。
その手には先ほど数枝の手から取り上げられたT2シーズンメモリが収まっており、先ほどの魔法陣の発生源であることが伺えた。
「ただし、まだ未完成だがね。お恥ずかしい限りだ……おっと、喋りすぎたね。どこから検索されるか分かったものではない。これで失礼する」
魔法使いは肩を竦めるようにしてそこまで言い終えるとメモリをマントの下へしまい込み踵を返す。
「逃げるつもりか……!」
「その通り。君たちとやり合うつもりは無いよ。勝てるかどうか怪しい上に倒すメリットはほぼゼロと来た。むしろ放っておけば勝手に風都を守ってくれて都合がいいからね……む、また喋りすぎたな」
『クリエイト』
手を掲げると同時に空中にジッパーのようなものが出現。魔法使いは開いたジッパーに素早く跳び込むと同時にそれを閉じた。
飛び込んだ先は真っ暗な部屋。唯一パソコンのモニターだけが光を放っている。
モニターの傍へ歩み寄る魔法使いの姿が溶けるように消え去ると、白衣を着た男が一人現れた。その手には懐中時計を思わせる機械が握られており、男はそれをポケットにしまうとすぐにキーボードを操作し始めた。
「しかし星原さんがあんな状態になっているとは……メモリを彼らに渡されるかとヒヤヒヤした。アクセルにでも出くわして負けたのか? それなら捕まっていないのが気になるが」
独り言をつぶやきながら、回収してきたT2シーズンメモリを取り出してキーボードの近くに備え付けられたスロットに装填。回収したデータの確認と解析を始める。侵入者と取引した時と同様、画面にデータが表示されるとともにその目が輝き出し、直前まで気にしていた仲間の異常すら意識の外へはじき出される。
その背後で蜘蛛のようなメカが机と床の隙間を這い回っている事など、当然気づくはずもなかった。
所と時は変わってとある病院の一室。魔法使いを取り逃がした一行は動けないすずを救急車に乗せて一旦その場を離れることにした。今頃超常犯罪捜査課の面々が現場を調べているはずだ。ただし一人を除いて。
今は諸々の検査を終えてベッドに横たわるすずを窓越しに見守れる位置で、4人の人間が向き合っている。翔太郎とフィリップ、数枝、そして現場からそのまま同行してきた赤いジャケットの刑事、照井 竜だ。
「……では、何故自分があのガイアメモリを持っていたのか、全く身に覚えがないと?」
「その……はい。信じられないでしょうけど」
普通なら信じられない。だが翔太郎の探偵として、照井の刑事としての目やフィリップのガジェットまで駆使しても嘘をついている様子が全く見受けられなかった。
逆に身に覚えのない罪を証拠付きで言及され、ついでに照井からの無意識の圧を受けて泣きそうになっているのは誰の目にも明らかであったが。これが演技なら最早誰にも見抜けないだろう。
「最後に現れた彼――便宜上魔法使いと呼称しようか。あの魔法使いが彼女の手からメモリを奪った時に使ったあの力であれば、気づかれずポケットに忍ばせることも可能だろうが……そんな力があるとぼくたちに見せた時点で、ほとんど意味は無い」
「あれはT2メモリだった。あの事件みてえに勝手に飛んで来たって線は……」
「現実的ではないだろう。それなら彼女はドーパントになっているはずだ」
「……結局、魔法使いとやらを捕まえなければ何もわからんということか」
すずであれば彼女が信頼できるのかどうか手っ取り早く証言できそうだが、救急車に乗せられた段階で意識を失い、そのまま眠り続けている。とても話を聞ける状態ではなく、さらには地球の本棚の中の星原 数枝という本に鍵がかかっている以上、検索によって潔白を証明することもできない。
どうしたものかと沈黙する4人に、横合いから声をかける人物が現れた。
「簡単な話だ。彼女は先程まで精神支配を受けていた。今は解除され、すべてを忘れているがね」
「……誰だ?」
4人が振り返れば、そこには白いコートにベレー帽の男。怪しく微笑むその顔は少々胡散臭い印象を与える。その手にはノートのような形の端末が収まっており、画面を4人に向ければ、そこには”星原 数枝、アナザーセイヴァーによる精神支配から脱する”と記されていた。
「あなたは……」
「また会ったね、星原女史。娘と再会できたようで何より」
「知り合いか? 数枝さん」
「ええ、あの場所で妙な人に絡まれて遅れたと言いましたけど……この人のことです」
「……確かに言ってたな。で、あんたは何者だ?」
一挙手一投足も見逃さないというような視線を3人から受けた白コートの男は慇懃に一礼した後、両腕をゆっくりと広げてニヤリと笑う。
「私はウォズ。端的に言うならば……未来人だ」
それを聞いた4人は一斉に顔を顰めた。
クリエイトでクラックが開いた理由:世界を”ここと拠点をつなぐクラックが存在する”ように作り替えたから。戻すときは存在しないように作り替え直しました。オリジナルと比べて小規模な使い方しかできない様子。
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