強くなりたければオラリオに行けば良い (はんふんふ)
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それは人形さんとのお話で
1話


 

 「今夜も冷えるわね」

 

 そう言って俺を抱きしめるのは豊穣の大地をそのまま人の形に具現化したような超越存在(デウス・デア)、しかしそこに崇拝はなく畏怖もない、ただ目の前で焚かれた暖炉の暖かい風と温かな香りが全てだった。

 

 俺の名前はデモポン、俺を赤子の頃に拾って育ててくれたデメテル様のファミリアの一員で、今日は一つの区切りの日であった。

 

 ファミリア、それは下界に降臨した神々が持つ派閥のこと。

 豊穣と慈愛を司るデメテル様のファミリアは、農業を含めた生産と商業を行っている。

 ファミリアの先輩達も俺も毎日汗水垂らして、畑を耕している。

 それは幸せな毎日だけれど、この世界は常に危険と隣り合わせだ。

 

「あの子が襲われたのはポンちゃんの責任なんかじゃない」

 

 この世界にはモンスターがいる。

 太古の昔、神々がこの世界に降臨する以前ダンジョンと呼ばれる場所から這い出して人々を襲った人類の天敵種。

 そのような存在を打倒するために、神から与えられた人類の可能性の指針、神の恩恵(ファルナ)、それは人々に様々な力を与えた。

 それは世界を豊かにする力ではあったが、逆にそれを悪用する者達も生み出すきっかけとなった。

 そして俺のファミリアの仲間もそんな悪人に襲われ傷ついた。

 

 「でも、俺が弱かったから……。守られていることしか出来なかったから、だから強くなりたい、皆を守れるように、強く」

 「そう……」

 

 デメテル様は、俺がいる農場に訪れると毎回暖炉の前で俺を包み込んでくれる。

 それは親を知らない俺にとって母の愛を知らせる温もりだった。

 デメテル様の俺を包む腕に力が少し入る。

 

 「ポンちゃん、約束してちょうだい。今言った言葉を忘れないってことを」

 

 俺はデメテル様の腕の中で体の向きを向き合うように変える。

 デメテル様の瞳は潤んでいた。

 今にも泣きだしそうな程に。

 俺はいつもデメテル様からしてもらうように、両手でデメテル様の頬を優しく包む。

 そして、笑顔で答えた。

 

 「はい!」

 

 そんな俺の笑顔を見たからだろう、デメテル様はハッとした顔になる。

 

 「ポンちゃんも男の子なのね。……よし、ファルナを刻むわね!」

 

 

 それがだいたい一年と少し前のこと。

 

 四方がレンガで固められ、屋根を支える木の骨組みが見えた一室、机の上には十手のような形をした片刃の剣があり、そばに油の染みがついた布が乱雑に置かれている。

 木組みの本棚には分厚い本が敷き詰められており、それぞれが専門書であった。

 そんな部屋の一つしかない窓の下、ベッドに眠る一人の男児、齢9つであるが男の顔になりつつある。

 その時、扉の先から声がした。

 

 「ポンちゃ~ん!!」

 

 その声に目を覚ます。

 ブラウンの髪にブラウンの瞳、眠たそうに伸びを一つして声を張り上げた。

 

 「はーい!」

 「おはよう、ポンちゃん」

 

 そう言ってデモポンを抱きしめるのはデメテルだった。

 彼女は愛おしそうに大きな胸にデモポンの顔を埋めるように抱きしめる。

 その苦しさでデモポンが目を完全に覚ますのがいつもの日常だった。

 

 「お~お~、苦しそうだな」

 「羨ましいような、そうでないような……」

 「ほら、仕事が詰まってるんだから急いで朝食をすませてしまいましょ」

 

 デメテルファミリアのホームの食堂、かなりの人数が食事をとれるように端から端まで走って移動しなければならないほどの広さである。

 そんな食堂には種族も性別もバラバラの人達が集まり、出来るだけ一緒に朝食を食べる。

 それはデメテルファミリアの暗黙のルールだった。

 デモポンが食事を始めると、ファミリアの仲間達がデモポンの今日の予定を聞いてくる。

 

 「今日もダンジョンにいくのか?」

 「うん、今日は10階層で頑張ってみようかなって」

 「10階層だと、オークがでてくるのよね?心配だわ」

 「大丈夫だよ、ガネーシャファミリアの人とも何度も行ったし」

 

 ガネーシャファミリアは、街の憲兵の役割を担っており、デモポンを除き非戦闘員しかいないデメテルファミリアでは良く護衛の依頼をしている派閥である。

 デメテルがガネーシャに頼み、デモポンはダンジョンでの経験をガネーシャファミリアの団員に見守られながら積んでいた。

 また、戦闘訓練の教導なども受けさせてもらっている。

 それでも、ここ最近はソロでのダンジョン探索を行っている。

 理由としては、デモポンはデメテルと必ず帰ってくると約束していることと、彼女の慈愛は甘やかすことが全てではないからだ。

 危険な仕事をしないデメテルファミリアの中に合って、あえて冒険者になる。

 いつでも冒険者を止めて、ファミリア本来の仕事に戻ってもいい。

 それでもその道に進むなら、応援はするし手も貸すが、それしかしない。

 そういう約束で、デモポンはデメテルにファルナを体に刻んでもらったのだ。

 時間が惜しいと朝食を掻き込んだデモポンは、食器を手に持ち席を離れる。

 

 「大丈夫!俺はレベル2のレコードホルダーだから!」

 

 そう胸を張って言うも、しっかりとデメテルに「慢心しちゃダメ」とデモポンは怒られた。

 デモポンは装備を装着すると、ファミリアの仲間に声をかけてホームを飛び出す。

 デモポンの瞳に映り込んだのは、道を行き交う人の波と、その中を縫うように進む冒険者の数々、その進行方向に目を向ければ、天に刺すほどに巨大な白亜の塔(バベル)、ここは冒険者の街【オラリオ】、ダンジョンを有し英雄が生まれる土地と言われている。

 デモポンは、まず冒険者達の元締めを行っているギルドに向かう。

 まるで巨大な神殿のような作りをしているが、中に入ってしまえばそこは冒険者のような荒くれ者達が利用する場、綺麗ではあるが貴族の屋敷のような雰囲気は無い。

 デモポンはまっすぐ受付に向かうと、自身の担当アドバイザーの受付嬢に挨拶をした。

 

 「おはようございますソフィさん!」

 「はい、おはようござます」

 

 笑顔でそう返してくれたのは、銀髪の女性エルフのソフィであった。

 エルフは基本的に容姿が整っていることが多い、ソフィもそれは同様で整っている。

 変な男神や冒険者に口説かれている姿をデモポンは良く目にするほどである。

 そんなソフィが優しく笑い挨拶する姿には、周囲からごくりと唾を飲み込む音が聞こえてくるほどである。

 ただ、子供のデモポンには関係がない。

 

 「今日は10階層まで行って、オーク狩ってきます」

 

 デモポンがそう言うと、ソフィは眉尻を下げた。

 

 「今日もソロなの?」

 

 デモポンは元気に返事を返す。

 

 「せめてパーティーを組んで欲しいのだけれど……」

 「デメテル様から知らない人とパーティーを組んじゃダメと言われてますので」

 「ガネーシャファミリアのアーディさんは忙しいの?」

 「闇派閥(イヴィルス)の対応で忙しいそうです」

 

 デモポンの答えにソフィは眉を下げた。

 それでも、今はその話題は別の人物に奪われているが、最年少冒険者として有名であったデモポンである。

 幼いことには変わりない。

 受付嬢として祈るぐらいしか出来ないことが歯痒いが仕方がない。

 ソフィはいつもデモポンと会うと、そう考えてしまう。

 受付嬢としてのキリッとした顔にソフィがなったのを見たデモポンは、日課をこなす。

 

 「装備は?」

 「斬撃に強い戦闘衣と中に打撃用のチョッキを着てます!」

 「アイテムは?」

 「回復薬(ポーション)6つと精神力回復薬(マジックポーション)6つ、ポーションベルトに入れてます!」

 「リュックの中は?」

 「解体用のナイフとお昼ご飯が入ってます!」

 

 ソフィは受付カウンターから身を乗り出す。

 

 「ガントレットとメタルブーツも手入れ出来てます!」

 

 デモポンは片足を上げて、脛の部分と靴の先端に刃がついたブーツを見せると、両手の指先が尖り前腕部が盾のように分厚いガントレットを見せる。

 

 「武器は?」

 「刃毀れ一つありません!」

 

 デモポンは腰の鞘から、十手の様な形をした剣、双頭剣をカウンターに置く。

 ソフィはそれを慎重に見てデモポンに返した。

 

 「良し!それじゃ、夕方までには帰ってきてね」

 

 デモポンは返事をし、いってきますと告げてダンジョンに走り出す。

 その後ろ姿を見て、ソフィは静かに祈った。

 

 

 「ハッ!」

 

 左手に握られている双頭剣をモンスターの首に突き刺し、捻じり引き抜く。

 

 「グギィィィィィィ!」

 

 モンスターは声にならない叫びを上げて消え去った。

 モンスターは致命傷を負うか、体内に宿す魔石を砕かれると、黒い灰となって消えていく。

 

 地面に落ちた魔石をデモポンは拾うとリュック内の専用ポケットにしまい入れる。

 

 「ふぅ……」

 

 デモポンはダンジョン9階層に来ていた。

 ガネーシャファミリアの団員に教えてもらった通りに肩慣らしも兼ねて、ここにくるまでそれなりのモンスターを倒している。

 

 「これだけ魔石があればそれなりの稼ぎになるな」

 

 稼いだお金で防具を買い替えるか?

 デモポンはそんなことを考えながら、10階層を目指す。

 

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは追い詰められていた。

 付き添いでダンジョンに来ていた口うるさい者を巻いたと思った先に下層へ繋がる縦穴が開いており、足を滑らせて冒険者となって初となる10階層まで落ちてきてしまっていた。

 そこで別の冒険者のパーティーに怪物進呈(パス・パレード)を受けてしまった。

 見渡す限りのオークの群れ、醜悪な豚鼻を鳴らしている。

 だが、アイズにはそれすら単なる経験値稼ぎにしかならない、むしろ向こうから来てくれた、モンスターを譲ってくれた人達は良い人達だ。

 自分が蜘蛛の巣に捕らわれた蝶だとも知らずに、歓喜の笑みを浮かべる。

 

 「これでまた、強くなれる」

 

 ―――強くなる。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは、その強迫観念に支配されていた。

 彼女は何故強くなりたいのか。

 そう聞かれた時に、内心こう考えている。

 

 ―――私には、英雄がいなかった。

 

 助けてくれる英雄がいない。

 ならば自らが英雄になるしかない。

 だから剣を手に持ち、どれだけ傷つこうがモンスターを屠り続けて来た。

 周りの制止も聞かずに。

 

 10階層のダンジョントラップ。

 視界全ての霧が濃くなっていく。

 今まで捉えていたオークの群れが見づらくなる。

 

 ―――関係ない。

 

 アイズは、少女と言うには似つかわしくない剣を持ち、能面のようなともすれば人形のような顔で眼前にいた一体のオークの腹部に剣を叩き込む。

 瞬間、まるで剣が振れた先がハンマーで抉られたかのように爆ぜた。

 血飛沫がアイズの黄金色の長髪を赤く染め上げる。

 

 ―――構わない。

 

 アイズは、絶命していないオークに留めを刺そうと剣を振るうと、次の瞬間剣が粉々に砕け散った。

 そしてオークが最後の力を振り絞って太い腕を振るうと、アイズはそれを躱し切ることが出来ないまま、少女らしく木の葉のように殴り飛ばされる。

 

 「アッ―――、ガッ……」

 

 アイズは自身の体中から酸素が枯渇した瞬間を知覚した。

 だが、憎いモンスターはたくさんいる。

 

 ―――憎い、許せない。

 

 その思いだけで立ち上がり、絶望した。

 霧は晴れていないが足音で理解した。

 オークの数が増えているのだ。

 手には砕けた剣だけ。

 一発殴られただけで致命傷。

 足音は近づいてくる。

 だが、アイズが絶望したのはこの状況にではない。

 この程度のことを超えられない、自分の弱さに絶望していた。

 足音は近づいてくる。

 アイズはそれでも戦うと、刃がない剣を握りしめる。

 だがその時気が付いた。

 自身が震えていることに、尻餅をついてしまっていることに。

 

 「え……?」

 

 アイズは呆然とする。

 霧の先からオークの足先が見えた。

 そしてこれから無惨に殺される。

 少女が泣いて震える様をオークに見せつけるためだろうか。

 霧が晴れていく。

 オークはあと少しの距離。

 アイズが最後の足掻きの様に、オークの顔の位置を睨めつけると、下卑た笑いを浮かべるオークの顔が。

 

 ―――吹き飛んだ。

 

 オークは首先から血を吹き出し黒い灰となって姿を消す。

 霧が完全に晴れ、それを為した少年が姿を現した。

 

 「なんでこんな所に女の子が……、それよりも、大丈夫?」

 

 アイズは思う。

 

 彼は英雄ではない。

 私の英雄ではない。

 それでも、その時彼が浮かべていた表情はどこか、自分が本当に助けて欲しかった英雄に似ていた気がした。

 



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2話

 アイズはデモポンにポーションを渡されると、あまり美味しくないそれを一息で飲み干した。

 そしてアイズが呆けているのを見たデモポンはアイズの手を引き10階層の中を歩く。

 アイズは自身の手を引き歩くデモポンを見る。

 握られた手の大きさから同い年か少し年上だろう。

 歩くたびに揺れるブラウンの髪は良く整えられていてさらさらとしている。

 ひたすら前だけを見て自身に溢れた様に歩く姿は、あの三人に似ている。

 そんな事を考えていると、少し大きな岩が見えた。

 その岩を回り込むと、子供の背丈ほどの洞窟が口を開けている。

 その中に入ると、入り口に比べて大きな空間が広がっていた。

 デモポンは手を離すと、アイズに振り返った。

 その顔はどこか自慢気である。

 

 「ここは俺がたまたま見つけてな。不思議な事にこの中にはモンスターが入って来ないし、生まれもしない。休憩するにはもってこいの場所だ」

 

 その時アイズのお腹から可愛らしい音がした。

 アイズは顔を赤くし、そっぽを向く。

 デモポンは苦笑すると、ドカリと地面に座り、背のリュックから昼食袋を取り出した。

 その袋から香ばしい匂いがして、アイズの食欲は臨界点を突破し、口から涎が垂れる。

 そして少し近すぎなくらいの位置までデモポンに迫り座ると、昼食袋を穴が開くほどに見つめた。

 デモポンがその中から紙に包まれた物を取り出しアイズに手渡す。

 

 「それ、今度東の区画で売り出すことになってるジャガ丸くんだ」

 

 アイズは一口食べて、驚愕した。

 油の風味に、芋の食感、どこかしつこい感じだが、口が止まらない。

 デモポンは無言でがっつくアイズを見て満足したように頷く。

 商売の成功を確信したのだろう。

 

 「そのジャガ丸くんの芋な、俺の故郷で取れた芋なんだ。旨いだろ?」

 

 デモポンがそう言うと、アイズはジャガ丸くんの衣がついた口を拭おうともせずに、キラキラとした瞳がデモポンの瞳の中一杯になるほどに顔を近づける。

 

 「この美味しい芋を……、すごい……」

 

 デモポンはアイズを押しやると、手に持っていたもう一つのジャガ丸くんを手渡す。

 アイズは「いいの?」と尋ねるが、デモポンが笑顔で見ていたことに気が付いて、喜んで食べ始めた。

 すると入口から声がした。

 

 「探したぞアイズ」

 

 その凛とした声を聞いた瞬間、アイズの肩は跳ね上がりデモポンの背に隠れる。

 

 「リヴェリア……」

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴ、オラリオ探索系ファミリアの二大巨頭の一つロキファミリアの幹部、二つ名は九魔姫(ナインヘル)

 デモポンの遥か上の存在、レベル5の第一級冒険者。

 突然の大物の出現にデモポンも目を見開く。

 王族(ハイエルフ)のリヴェリアは美しい若葉の如き緑髪を見せながら、子供の背丈程しかない入口から屈んで入ってくる。

 

 「……10階層にこんな場所があったのか」

 

 リヴェリアはそう呟き、アイズを視線に納めた。

 デモポンはその瞳を知っていた。

 デモポンを叱りつけてくる時の、ファミリアの大人達の目と同じだったからだ。

 リヴェリアがそのまま説教を始めようとしたため、デモポンが待ったをかけ、自己紹介からの状況説明をした。

 その間、アイズはデモポンの背に隠れながらもしっかりとジャガ丸くんをリスの様に食べていた。

 そして、アイズが食べ終わるのと同時にデモポンの説明も終わる。

 その瞬間、アイズからヒキガエルの断末魔の様な声がした。

 デモポンが振り返る。

 そこには、先ほどまで目の前にいたリヴェリアがいつのまにかそこにいた。

 これにはデモポンも驚愕した。

 リヴェリアの姿は初対面の者でも、なんとなく察することが出来るような、魔導士としての出で立ちだ。

 ファミリアでは、後衛職であろうに、眼で追うことすら出来なかった。

 アイズに振り下ろした拳骨もかなりの威力だったようで、アイズは声も出せずにいる。

 そんなアイズの姿にデモポンは内心、今ので耐久の経験値(エクセリア)だいぶ稼げたのではないだろうかと思うほどだった。

 

 「デモポンだったか。ありがとう、ロキファミリアを代表して感謝する」

 

 リヴェリアはそう言ってデモポンに手を差し伸べた。

 デモポンはそれを見て、慌ててガントレットを外そうとして考えた。

 エルフとは他種族と接触を極端に嫌う種族であるということ。

 ましてや相手が、異性の他派閥の人間である。

 そしてなによりリヴェリアはハイエルフだ。

 ガントレット越しでなど、不敬と言われるかもしれない。

 ガントレットはすでに外してある。

 外気に触れた手は少し汗ばんでおり、ひんやりと空気が肌を撫でた。

 固まったデモポンを見て、リヴェリアは差し出した手を伸ばし、強引に握手をした。

 

 「私がハイエルフだからなどと気にしないでくれ、私はそういうのが嫌いなんだ」

 

 リヴェリアはデモポンの手を握りながら、話しかける。

 

 「私達はこれからオラリオに戻ろうと思う。だが道中、後衛の私だけでは武器の無いアイズを守り切れるか心配なんだ。良かったら、デモポンにも一緒に来て欲しいのだがどうだろうか?」

 

 どうだろうか?なんて尋ねてはいるが、リヴェリアは手に少し力を加えデモポンを逃がそうとしない。

 まるで、頷かなければ引きずってでも連れて行くと言わんばかりである。

 デモポンは第一級冒険者の圧に負けるようにして、頷いた。

 デモポンとアイズとリヴェリアはダンジョンの帰路を進む。

 デモポンが現れるモンスターを一撃で灰に返していく様子をアイズとリヴェリアは見ていた。

 

 「シッ!」

 「ギャッ!!」

 

 デモポンが双頭剣をウォーシャドウの首元に突き刺し捻り抜くと、その勢いのまま背後から近づいてきていたもう一体を切り裂く。

 その見事な体捌きにリヴェリアも驚く。

 

 「うぅ~~~~」

 

 アイズは自身もモンスターを倒したいと藻掻くが、リヴェリアがガッチリとアイズの肩を握っているために抜け出すことが出来ない。

 

 「デモポンは随分とうまく立ち回るのだな」

 

 魔石を回収して戻ってくるデモポンにリヴェリアが声をかける。

 

 「ありがとうございます!先生達が良いからですかね」

 

 デモポンはそう言うと、子供らしく笑いながら後頭部を恥ずかしそうに掻いた。

 道を進んでいるとアイズが話しかけて来た。

 

 「デモポンは……、私も戦いたい」

 

 アイズはそう言ってデモポンを見つめた。

 言外にだから剣を貸してほしいと言っている。

 リヴェリアが叱ろうとするが、デモポンはそれより早く言葉にする。

 

 「それは出来ないな」

 

 まさか断られるとは思っていなかったのだろう。

 アイズの大きな瞳がさらに大きくなる。

 

 「これは俺の体だからな。体を貸すことなんて出来ないだろ?」

 

 デモポンはそう言いながら、双頭剣をクルクル回転させ、時には投げながら、それでも体から離すことなく、まるで体の一部とでも言うかのように巧みに操っている。

 

 「それにアイズは戦い方が下手糞だからな」

 

 下手糞と言われてびっくりするアイズの頭にデモポンは手を置く。

 

 「アイズには俺よりも強い人が知り合いにいるだろ?」

 

 デモポンは一瞬リヴェリアに視線を向ける。

 

 「そんな人達に戦い方を教えてって聞けば良い。そしたら、今よりも強くなってより下層に潜れるさ」

 

 その時、獣の唸る音が聞こえた。

 音の方向に視線を向けると、そこには子牛程の大きさの黒い犬がいた。

 

 「ヘルハウンド、どうしてこんな上層に!」

 

 リヴェリアが声を張り上げる。

 ヘルハウンド、本来は13階層から出現するモンスター。

 本来は群れで移動することが多いモンスターであるが、雰囲気からして単体で上層まで昇ってきたらしい。

 このモンスターは別名放火魔(バスカビル)と呼ばれている。

 

 「くっ」

 

 リヴェリアがデモポンとアイズの前に立とうするが、デモポンはそれよりも前に出た。

 ヘルハウンドは口を大きく開くと、火炎を周囲一帯に広がるように吐き出した。

 まるで強者であるリヴェリアの身動きを封じるかのように、弱者であるデモポンとアイズに向けて吐き出された火炎は、それを遥かに上回る熱波によって封じられる。

 

 「アイトーン!」

 

 火炎に向け翳されたのは、デモポンの右手。

 ガントレットが悲鳴を上げるかのように金属を打ち鳴らす音と同時に、掌から紅い波が紫電を伴って放たれていた。

 まるで心臓の鼓動のように何度も波打ちながら、その波は火炎を防いでいる。

 

 「速攻魔法……だと……」

 

 冒険者にとって切り札となる魔法は、その効果・威力によって詠唱文の長さが決められている。

 それを撃発音声だけで放てる魔法は、威力や効果こそ低いがレア中のレア魔法であることに変わりはない。

 が、リヴェリアの驚きはそれだけに留まらなかった。

 火炎の放射が終わると同時にデモポンは駆け出し、二度と火炎を放てぬようにと、口を閉じさせるように右掌をヘルハウンドに叩きつけた。

 そして今度は撃発音声無しに、アイトーンを放った。

 ヘルハウンドは苦しみに藻掻く暇なく。

 内部の水分を瞬間沸騰されたかのように膨れ上がり、爆ぜた。

 沸騰し舞い散った血の霧、それはまるで大輪が花開いたかのようでどこか美しい。

 リヴェリアが呟いた。

 

 「……紅蓮」

 

 アイズが視線を向けてくるも、リヴェリアはその視線をデモポンに固定したままだ。

 

 「可笑しいとは思っていた。子供がソロでダンジョンになどと……。だから、私は小人族(パルゥム)だと決めつけて……」

 

 アイズがリヴェリアに尋ねる。

 

 「リヴェリア……?」

 「あぁ、アイズ……。彼の二つ名は紅蓮、冒険者になって僅か1年1か月で上級冒険者へと至った。レコードホルダーだ」

 



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3話

 ダンジョンを蓋する建物、バベルを背にデモポン達は歩いていた。

 

 「いいか?オークの攻撃はこう来たらこう避けて」

 

 ダンジョンの中とは違い、年相応のはしゃぎ方でアイズに先輩風を吹かせて話し続けるデモポンと、それをうんうんと聞いているアイズを見てリヴェリアは嬉しそうに微笑む。

 

 人形姫―――。

 

 アイズは冒険者達からそう呼ばれている。

 それは何もアイズが人形の様に可愛らしいからではない。

 どれだけ傷付こうが感情の欠落した表情で淡々とモンスターを屠るその姿が余りにも悍ましいからそう呼ばれているのだ。

 リヴェリアとアイズが所属するロキファミリアの黄昏の館(ホーム)でもそれは変わらない。

 いつもその表情は死相が見えそうで、他者との関わりを極端に減らし、すべて鍛錬に当てている。

 最近では食事の時間や睡眠時間すら削っているありさまだった。

 無理に強要をすれば、その反発はアイズ・ヴァレンシュタインの死と言う結果をもたらすだろう。

 それが分かっているだけに、保護者役のリヴェリアも主神であるロキもアイズとの距離の埋め方を図りかねていたのだ。

 それを自然と詰めてしまったデモポンはアイズと年齢が近いからだろうか。

 他者との関りを避けていたアイズもどこかぎこちないが自然体で接している。

 

 「……少し妬けるな」

 

 リヴェリアのその言葉は、街の喧騒に揉まれて行った。

 

 

 ギルドについたデモポンはアイズの手を握ると受付まで駆け出した。

 

 「ソフィさん、ただいま!」

 

 銀髪の美しいエルフは、無表情だった顔を瞬時に安堵の表情に変え、その表情を驚愕に変えた。

 

 「ポンちゃん……?えっと、隣の子は?」

 

 デモポンは一瞬キョトンとするが、握っていたアイズの手事持ち上げる。

 

 「アイズって言うんだ。えっと……、友達!」

 「ッ!?」

 

 デモポンの友達発言にアイズはビックリして手を放してしまう。

 急に手を離されて、デモポンは悲し気な表情を浮かべた。

 それに気が付いたアイズはあわあわしながらも、今度は両の手でデモポンの手を握ると恥ずかしそうに言った。

 

 「と……友達……」

 

 アイズの言葉にデモポンも嬉しそうに笑う。

 そんなアイズの様子にソフィは目を見開いた。

 ソフィはギルドの受付嬢だ。

 冒険者の情報は逐次仕入れている。

 そんな中でもロキファミリアのアイズ・ヴァレンシュタインは有名人だった。

 いつもボロボロで、他の冒険者が腰を抜かす程の戦い方と戦績を残し、その瞳は濁り切り、その体は諸刃の剣のようにボロボロで触れればこちらがケガをするのではと思わせる。

 ギルド職員の間では、いつ死んでしまうのかと言う話題が出てくるほどに死に急いでいる冒険者。

 都市に貢献しているロキファミリアのギルド内での評価を下げてしまった元凶。

 そんな存在が可愛らし気に頬を染めている。

 瞳は未だに濁っているが、奥深くにあった彼女本来の輝きが少し見えた。

 ソフィはギルドの入り口に視線を移す。

 そこには、苦笑を浮かべるリヴェリアが立っていた。

 その姿を見て、ソフィは相手がハイエルフであるため目礼してから、息を吐きだし椅子に座りなおした。

 するとデモポンは今日の成果を報告し始めた。

 何階層のどんなモンスターと戦ったのか、回復薬は使ったのか、そしてアイズを助けたこと等を褒めて欲しそうに話す。

 ソフィはデモポンの報告を聞くと、その頭を優しくなで、ついでにその柔らかい頬を抓った。

 

 「いひゃい!」

 「ポンちゃん!今回はリヴェリア様がいらしたからよかったけど、危ないことはダメって言ったでしょ?そんな時は、周りの大人に頼ること!」

 「ひゃ、ひゃい……」

 「でも、ヴァレンシュタインさんを助け出してくれてありがとう」

 

 ソフィへの報告が終わると、デモポンはそのままアイズを連れ換金所まで駆け出して行った。

 リヴェリアがその後ろ姿を見ていると、ソフィが受付カウンターから姿を現した。

 

 「ご無沙汰しております。リヴェリア様」

 「なに、私もたまにしかギルドに顔を出さなくなった。気にする必要はない」

 「はい……。リヴェリア様は勿論のこと、ロキファミリアの皆様にも、深く感謝しております」

 「普段なら世辞は止せと言うところだが、闇派閥への対応とダンジョン遠征……、さすがにロキファミリア団員達にも疲れが見え始めている。ギルド長に、苦言を呈しておいてくれ。もう少し、こちらの都合と予定を考えろと」

 「はい、お力になれるかわかりませんが、ロイマンへは私から報告させて頂きます」

 「それで、態々私の愚痴を聞きに来た訳ではあるまい?」

 「はい……、ギルドの職員である私が、ましてやハイエルフで在らせられるリヴェリア様にこのようなことを申し付けるのは忍びないのですが、どうか……、どうか、ダンジョンでデモポン氏を見かけられましたら、お暇がある時で構いません。気に掛けて頂きたいのです」

 「ふむ……、ソフィ、私の記憶が確かならお前は他人に興味を示さない様にしている同胞(エルフ)だと思うのだが?……特に冒険者には」

 「はい……」

 「とは言え、アイズの命の恩人の担当アドバイザーからの頼みだ無下には出来ん」

 「えっ……?」

 「話してみろ、デモポンのことを、お前がそこまで心配するのだ。子供だからという訳ではないのだろ?」

 「はい、彼……、デモポン氏は冒険をしすぎてしまうのです」

 「なに?私はダンジョンから今までしか付き合いはないが、ダンジョン内にてデモポンは分相応な立ち回りをしてみせたぞ?」

 「それは恐らく、リヴェリア様とヴァレンシュタイン氏がいらしたからだと思います」

 「私達がいたから……?」

 「はい、デモポン氏はパーティを組む時は冒険を控えるのです。普段はガネーシャファミリアの私の担当の冒険者に付き添いをして頂いているのですが、ここのところ闇派閥の活動が活発になり始め、そちらの対応で……。その冒険者の方の話によると、デモポン氏はダンジョンに降ると必ず一回は格上と戦おうとするのだそうです。さらにソロの時は、無謀な数のモンスターにその身を投げ出しているとも、報告が上がっています」

 「私が言っては何だが、アイズも同じようなことを仕出かすが、デモポンはアイズのように悪い噂を流されていないように感じるが?」

 「それはデモポン氏がそういう風に見せる戦い方をしていないだけです」

 「つまり……」

 「常に余裕をもって戦っている様に見えている。それが例え、無謀な事であっても……。彼は……ポンちゃんは……、才能に愛されている」

 

 リヴェリアはギルドでデモポンと別れた後、ソフィの話の続きを考えていた。

 

 「さらにデメテルファミリアが、放任を貫いている。……愛されている事は感じることが出来るが、冒険をすることを容認している」

 

 それは矛盾した話であった。

 神デメテルは、豊穣と慈愛を司る。

 その眷属もまた優しい人物達が多いことで有名だ。

 眷属は神に似る。

 それを体現しているかのようなファミリアである。

 そのような者達が子供がダンジョンにソロで向かう事を良しとするだろうか?

 さらにソフィは言いずらそうに言っていた。

 戦闘衣や防具を見れば明らかに負傷した跡があるのに、回復薬を使用していない。

 さらに、身体への傷跡も一切ない。

 

 「回復魔法か?」

 

 だが、デモポンは別の魔法を使って見せた。

 魔法が発現しない者が殆どの世の中で、まだ10にも満たないような子供が二つも魔法を得ることが果たして可能なのか、魔法が特異なエルフではなく、ヒューマンの子供に。

 それに回復魔法を使用したのなら、魔力の残滓を感知した筈である。

 だが、あの場その道中でそれを感じなかった。

 

 「ならば後は、そういった何かしらのスキルに恵まれたということか」

 

 だが、噂が広まっていないのはどういうことだろうか。

 嫌、相手がデメテルファミリアであるということで、それは説明出来る。

 オラリオの約9割の農作物、果物、酒の原料のシェアを誇り、他国との貿易においてもオラリオを利用する数ある商社を儲けさせている。

 さらに、周囲をガネーシャファミリアを始めとしたギルド傘下のファミリアに護衛させている。

 そんな存在、闇派閥ですら、おいそれと手が出せない。

 なら、神デメテルの神意はどこにある?

 

 「帰ったら、ロキに相談してみるか……」

 

 リヴェリアがそう呟くと手を繋いでいたアイズが首を傾げながら聞いてきた。

 

 「……ロキに、なにを聞くの?」

 「あぁ、デモポンのことをな。お前の命を救ってくれたんだ、挨拶に伺うことになるかもしれない」

 リヴェリアがそう言うと、アイズの無表情が一瞬解けた。

 「デモポン……、友達……」

 「あぁ、良かったな。アイズ」

 「……うん」

 

 リヴェリアはそう言うが、内心思考の海から引き返せずにいる。

 ソフィの言うことが全て正しいなら、今のアイズにとってデモポンは劇薬以外の何物でもないだろう。

 デモポンの真似をアイズがしようものなら、目も当てられない状況になることくらい容易に想像出来る。

 リヴェリアは心労がまた増えたと、小さな溜息を零し帰路を急いだ。

 



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4話

 冒険者の街オラリオ、その中心地バベルから北側、北区と言われるその場所にはオラリオ観光の名所の一つがあった。

 その名は黄昏の館、広大な土地の中に城がいくつも組み合わされたかのような、見方によって多彩に姿を変えるトリックアートの様な巨城。

 北区はその巨城に見守られる城下町かのように、闇派閥が闊歩するオラリオ内であっても活気を見せている。

 それが許されているのは、現在のオラリオで探索系ファミリア最強との呼び声もある。ロキファミリアがその巨城に構えているからに他ならない。

 黄昏の館、北区を眼下に一望出来る執務室、そこに人を小馬鹿にしたような糸目の女神、ロキが書類が丁寧に積み重ねられている机に座り、眼前の長机を挟み合う形のソファーに座る三人を見ていた。

 

 「で、リヴェリアたん。ウチに話ってどうしたん?」

 

 ロキが独特な口調で話し出す。

 リヴェリアがどこか言いづらそうにしていると、リヴェリアの反対側に座る小人族の男、フィン・ディムナが口を開く。

 

 「やっぱり、アイズのことかな?」

 

 続いてフィンの隣に座るドワーフの男、ガレス・ランドロックが口を開く。

 

 「そう言えばアイズの奴、また剣をダメにしたそうじゃのう。ダンジョンで何か問題であったのか?」

 

 数瞬リヴェリアは考えて、やっとのこと口を開いた。

 

 「あぁそうなのだが、今日ダンジョンで起こった私の失態は聞いているだろ?」

 「君がダンジョン内でアイズと逸れてしまったことだろ?報告は既に受けているよ」

 「報告を聞いた時は、ヒヤッとしたがアイズの奴、またダンジョンに行きたいと愚図っておったわ」

 「そのことは、アイズたんもリヴェリアも無事やったんやから、それでええやん?」

 「ならリヴェリアが言いたいことは、アイズを助けてくれた冒険者の方かな?」

 リヴェリアはこくりと頷く。

 「確か、デメテルんとこのレベル2最短記録保持者(レコードホルダー)の子やろ?デメテルはゼウスとヘラがおったころからファミリア持っとった古株やけど、眷属は全員が非戦闘員、それが急に冒険者をギルドに登録させて、しかもそれが当時最年少、さらにレコードホルダーになってもうた。デメテルの目利きのセンスはピカイチやって、神の連中から言われとるわ」

 

 ロキは「キーーーーーッ!」と叫んで悔しそうにしている。

 まぁ、ロキの本心はデモポンの事ではなく、それに付随して思い出してしまったデメテルの圧倒的破壊力を持つ胸部に対する嫉妬であるが。

 突然叫びだし、自身の無乳をマッサージし始めたロキに呆れの視線を向ける三人。

 

 「確か神々から与えられた二つ名は紅蓮だったかな」

 「随分とまぁ仰々しい名を付けられたもんじゃのう」

 「うちのアイズとよく似たモノさ。そこに込められているのは、余り良い意味じゃなさそうだ」

 「それで、その紅蓮がどうかしたのか?儂は先程までアイズの命を救ってくれた礼をせねばなと考えていたところなのじゃが」

 「あぁ、それは私が出向こうと思うのだが、そうでなくてな……」

 

 どこか煮え切らないリヴェリアにガレス苛立つ。

 

 「ええぃ、ハッキリ言わんか!」

 

 ガレスの言葉に、もう悩むのも馬鹿らしくなったのか。

 それとも他二人と一柱も巻き込んでしまえと思い至ったのか。

 リヴェリアはガレスの言う通りハッキリと言った。

 

 「アイズに友達が出来た」

 「「「……は?」」」

 

 ロキファミリア陣営が頭を悩ませているその時分、デメテルファミリアでは、暖炉の暖かい熱に頬を蒸気させながら、デモポンはいつもの如くデメテルに抱きしめられていた。

 

 「そう、ロキファミリアのアイズちゃんと、お友達になれたのね」

 「うん!暗い顔した子だったけど、ジャガ丸くんが美味しいって言ってくれたんだ」

 「あら良かったわね。なら、商品化しちゃいましょうか?」

 「本当?やった~!」

 

 その姿はどこからどうみても、母親と愛息子のソレである。

 デメテルはデモポンが怪我をしたであろう箇所を優しく撫でる。

 暖炉の熱と(自身)の熱で温めていく。

 くすぐったそうに身を捩るデモポンが可愛くて抱きしめたくなるが、我慢する。

 デメテルは思う。

 出来る事なら冒険者なんて危ない事は、今すぐにでも辞めて欲しい。

 けれど、その道に進むと眷属(子供)が決めて、その心が本心と告げているなら、妨げてはならない。

 ただ必ず帰ってくると、その約束を履行してくれるなら、他には何もいらない。

 デメテルが重みが増したことに気が付くと、デモポンがすでに寝息を上げていることに気が付いた。

 デメテルはその寝顔にキスを落とすと、まるで壊れ物を扱うかのように優しくけれど熱く抱きしめた。

 それから幾日か過ぎ、ジャガ丸くんの屋台が無事経営を始めた頃、デモポンとデメテルは黄昏の館の大きな門の前にいた。

 今朝がたロキファミリアから訪れた護衛の冒険者数人は、デメテルファミリア産の野菜や果物が入った大きな木箱を抱えている。

 デモポンは大きなリュックを背負いながら、大きな門を前に興奮していた。

 最敬礼をしていた門番が鈴を鳴らすと、門が音を立てて開かれた。

 

 「よぉ来てくれたデメテル、歓迎させてもらうわ!」

 

 まず出迎えたのは女神ロキ、歓迎の意を見せるがその視線はデメテルの胸に固定されている。

 そんな視線など慣れっこだというようにデメテルは意に返さず、一本のボトルを差し出した。

 

 「これ、うちで作ってるワイン持ってきたの、良かったら感想教えて」

 

 デメテルからワインのボトルを受け取ったロキは甲高い声で歓声を上げた。

 

 「やったーーーーッ!!言う言う!いくらでも試飲して感想言うたるで!」

 「ふふっ、よろしくね」

 

 デメテルとロキの横を野菜や果物が入った木箱が通り過ぎる。

 それを見てロキは先程のテンションが嘘かの様に真面目に言った。

 

 「食べ物ありがとうな。ホンマに助かるわ。このご時世や、ウチんとこ見たいなファミリアにとっては買い物するだけでも大変なんや」

 「えぇ分かっているわロキ……。オラリオはあなた達に助けられている。これはただの自己満足だから気にしないで」

 「ホンマおおきにな……、で!」

 

 急にロキが視線を下げデモポンを睨みつける。

 

 「お前がウチのアイズたんを誑かした男か!」

 

 デモポンが固まった瞬間、ロキの叫び声が響いた。

 

 「ほんぎゃーーーーーーッ!」

 

 デモポンが視線を正面に戻すと、そこにはロキの脛を蹴り上げたアイズがいた。

 

 「アイズ、久しぶり!」

 「うん……」

 「あ、これ!」

 

 デモポンはリュックを開けると、紙袋を取り出した。

 アイズが受け取りその中身を見ると、そこにはジャガ丸くんが入っていた。

 

 「やっと店売りになったんだ。凄いだろ?」

 

 デモポンがそう笑うと、アイズはさっそくジャガ丸くんを食べながら頷いた。

 

 「うん、凄い……」

 

 痛みから復活したロキがわなわなと震える。

 

 「お、お前……、アイズたんを餌付けしたんか……。キーーーーッ、許さんで、ウチは許さんで!アイズたんはウチのもんや!」

 「ロキうるさい」

 

 わいわいやっていると、別な人物が現れた。

 

 「ロキいつまで客人を外に居させる気だ?」

 「本来ならば儂等が出向かなくてはならん立場だろうて」

 「さすがにこれ以上はロキファミリアの名に傷がついてしまうよ。ロキ」

 

 そこには九魔姫(ナインヘル)リヴェリア・リヨス・アールヴ、重傑(エルガルム)ガレス・ランドロック、勇者(ブレイバー)フィン・ディムナのロキファミリア幹部の三人がいた。

 

 「あら~、気にしなくてもロキはいつも通りだから大丈夫よ?」

 

 デメテルの言葉にリヴェリアは眉間に皺を寄せ、ガレスは溜息を付き、フィンは天を仰いだ。

 

 「俺も気にしてませんので」

 

 デモポンがそう言うと、フィンが一歩前に踏み出した。

 

 「僕はフィン・ディムナ、まずは君に心から感謝を、アイズを助けてくれてありがとう」

 

 フィンがそう言って握手を求めデモポンはそれに応える。

 

 「ガハハハ、一体全体どんな小僧なのかと思うておったが、良い目をしておるわい。儂はガレス・ランドロック、何も無いところじゃがゆっくりしていってくれ」

 

 蓄えた髭を撫でながらガレスは楽し気に笑った。

 

 「おいガレス何も無いなどと言うな、ロキファミリアの品位が下がってしまうだろう。―――久しぶりだなデモポン、気に入るか解らないがお菓子やジュースを用意させている。今日は疲れを癒して帰ってくれると、こちらもありがたい」

 

 それぞれ挨拶を終えると、客間へとデモポン達は案内された。

 そこには、オラリオで有名な店の菓子類が机に並べられていた。

 デモポンが瞳をキラキラさせていると、フィンは苦笑しながら説明した。

 

 「申し訳ないが、すべて譲り物なんだ。だから遠慮せずに食べてくれ」

 「はい!」

 

 デモポンはそう言いながら、お菓子に手を伸ばそうとして止まった。

 その様子を見て、リヴェリアが心配気に聞く。

 

 「どうかしたのか?」

 

 すると、デモポンは手を引っ込めた。

 

 「……手、洗ってない」

 

 それを聞いてハッとしたリヴェリアは視線を移す。

 そこには客のことなど放っておいて、コップにワインを注ぐロキと、ジャガ丸くんを食べ終え、菓子を食べているアイズの姿があった。

 リヴェリアは再度視線をデモポンに向けると、心底疲れた様に大きく溜息を吐いた。

 それにデモポンが何か不快にさせてしまったのかと、心配そうな顔になるが、リヴェリアは優しくデモポンの頭を撫でた。

 

 「気が付かなくてすまない、すぐに案内しよう」

 

 笑顔でそう告げたリヴェリアはすぐにロキとアイズに視線を移す。

 

 「おいロキ、子供に出来る事がどうして出来ない?アイズ、ここはダンジョンじゃないんだ。食べ物を食べる前は手を洗うこと、良いな?」

 

 一段声色を落としたリヴェリアにアイズはビクッと体を震わせすぐに立ち上がり、ロキは愚図ろうとした瞬間にリヴェリアに叩かれ、渋々同行することとなった。

 それから世間話などで一頻り盛り上がったところで、デモポンはデメテルに視線を向けた。

 

 「あぁ、そうね。デモポン、聞いてみなさい」

 

 デメテルの言葉にフィンが答える。

 

 「どうしたのかな。デモポン君」

 

 デモポンは客室にいる皆が黙ったからだろうか、少し恥ずかしそうにしながら言った。

 

 「お、お願いがありまして……」

 

 デモポンの言葉にフィンは、ようやく来たかと内心身構える。

 今回の催しは、デモポンがアイズを助けたことが切っ掛けである。

 ロキファミリアはオラリオで有名である。

 今のような治安が悪化したオラリオであっても、態々オラリオ外から入団希望者が訪れるほど、その看板にはそれだけの価値がある。

 今回、本来挨拶に伺う所を、黄昏の館に態々来てもらったのには、それなりの理由があった。

 多少の願いなら聞き入れるが、それ以外の法外なモノになるなら、角が立たないよううまく丸め込む。

 ロキファミリア団長のフィンはそう考えていた。

 

 「叶えられる範囲でなら、なんでも言ってくれデモポン君、君はアイズをモンスターから助けてくれた勇敢な冒険者なのだから」

 

 まずはジャブ。

 子供が冒険者になるなんて事は、大抵が物語の英雄に強い憧れを抱いているか、主神やファミリアの誰かに唆されたか、それか―――力を今すぐに手に入れたかったか。

 どれかだろうとフィンは考えた。

 そしてデモポンは会話の内容からある程度の教養があると判断し、物語の英雄譚に出てくる英雄のようにお姫様を助けた君が変なことは言わないよねと、言外にそう言ったのだ。

 静かになった室内、フィンの凛とした声が良く響いた。

 そしてデモポンの唾を飲み込む音が聞こえる。

 デモポンの緊張しきった様子から、フィンはやはりそうか、と納得した。

 おそらくファミリアの誰かに、無茶なお願いをしてくるように頼まれたのだろう。

 神デメテルは、豊穣と慈愛を司る。

 ロキの話からも、信用出来る神だと推測出来る。

 そして、デモポンは良い子だ。

 今回はロキファミリアのしかも幹部の落ち度、デモポンはそれを理解していても他人に無理なことを強要出来ない。

 そういう良い子なのだろう。

 だから少し―――残念だ。

 フィンは一瞬で他にも様々なことを考えた。

 そしてどんな解が示されても何とかして見せようと、気づかれない様に瞳に力を籠める。

 ようやっと、デモポンは口を開いた。

 

 「サイン下さいッ!」

 「―――えっ?」

 



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5話

 静まり返る室内、デモポンはやはりダメだったかと瞳をギュッと瞑った。

 すると、ロキの大爆笑が響き渡った。

 さらにガレスもリヴェリアも笑っている。

 アイズは不思議そうに首を傾げ、デメテルはこうなることが分かっていたかのようにデモポンの頭を優しく撫でた。

 復活したフィンが口の端を曳くつかせながら答える。

 

 「あ、あぁ、そんなことで良いなら。いくらでもさせてもらうよ」

 

 するとデモポンは喜び、室内に入るまで背負っていた、まるでダンジョン遠征のサポーターが持つリュックのように膨れ上がったソレをドンと置いた。

 そしてリュックの口を開けると、その中には膨大な数のサイン用の羊皮紙が入っていた。

 デモポンはそれを嬉しそうに、机に並べていく。

 それはもはや、長机の一角を埋め尽くすほどに積まれていた。

 しかもご丁寧に、インクとペンが4セットも並べられる。

 この光景にフィン達は、違う意味で笑った。

 

 「は、ハハハ……喜んでさせてもらうよ。ところで、これだけの量を誰に渡すんだい?」

 「はい!オラリオ外のデメテルファミリアと従業員の皆に渡します!皆、俺がオラリオに行くって言ったときにフィンさん達と会えるかもしれないのが羨ましいって言っていたので、きっと喜んでくれると思います!」

 

 満面の笑みで言うデモポンにフィンは今日の分の仕事を明日に回そうと決めた。

 

 デメテルが苦笑しながら助け舟を出してくれた。

 

 「ごめんなさいね。仕事が忙しかったら断ってもらっていいからね。……うちは種族関係なく雇っているから、あなた達それぞれにファンがついているの、私もこの量はどうかと思ったのだけれど、デモポンが皆に喜んで欲しいからって聞かなくて」

 

 フィンはやられたな、と内心毒づいた。

 ロキファミリアのサイン、しかも4セットと言うことはロキもだろう。

 それはロキファミリアとデメテルファミリアの仲をこれでもかと知らしめることが出来る。

 今のところデメテルファミリアは何も問題行動を起こしていない。

 だが、それは未来永劫そうであるとは限らない。

 神々とは娯楽を求めて下界に降りて来た者達だ。

 平和を望むのも混乱を望むのも、下界の人間が右往左往する様も多くの神々にとっては娯楽である。

 よって、昨日まで善神と思われていた神が、邪神同様の行動に出ることもある。

 神々の考えることなんて、下界の住人にはわからない。

 

 フィンは横目でロキを見た。

 それに気づいたロキは頷く。

 それを見たフィンは、笑顔になりデモポンと握手した。

 

 「わかった。精一杯やらせてもらうよ」

 

 その時、フィンは見たデモポンの表情が少し曇るのを。

 それからロキとデメテルは二柱で話があるからと部屋から出ていき、アイズも部屋から何やら持ってくると出ていくと、会話は自然と消えてなくなった。

 

 「さて、デモポン君。本当の君の願いを聞かせてくれるかな?」

 

 フィンは真剣な顔でそう言った。

 リヴェリアもガレスも何かを察した様子である。

 

 「別にサインをすることが嫌だと言ってる訳じゃないんだ。ただ、その裏に何か別の願いがあって、それを君は申し訳なく思っている。僕はそう感じたんだ。違ったのなら謝ろう。僕の悪い癖でつい、君を疑ってしまったと、神デメテルにも謝罪する。だからどうか聞かせてくれないかい?」

 

 フィンの声はどこまでも真摯だった。

 叱るでもなく、嫌味でもなく。

 そこにあったのは、力になりたいと言う思いだった。

 そう思わせる声色だった。

 デモポンは静かに語りだす。

 その姿がどこか叱られるのを待つ子供の姿であったためか、リヴェリアはデモポンの隣に座りその手を握りしめた。

 

 「うちのファミリアは規模が大きいです。いろんな人達が働いています。でも、皆本当に優しくて、ケンカとかしているところを見たこともなくて、ましてや戦うなんてこともできなくて……」

 

 デモポンは項垂れるように視線を下げる。

 

 「モンスターなら、罠でなんとか出来ます。強いモンスターなら冒険者を雇います。でも、俺がオラリオに来る前から、強盗とかをする悪い人達が出てき始めて、それで俺を庇って家族が一人傷つきました」

 

 昔のことを思い出したのだろうか、デモポンの瞳は前髪で見えないが、涙が零れ落ちているのが分かった。

 

 「だから俺はオラリオで強くなって、誰にも負けない様な無敵になったなら、誰も家族に悪いことをしなくなるだろうと思っていました。でも、オラリオに来て思いました。それだと時間が掛かりすぎるって、だからオラリオの外に居ても話に出ていたロキファミリアと繋がりが持てたなら、その時間稼ぎが出来ると考えました。……ロキファミリアの皆さんの都合は二の次でした。―――ごめんなさい」

 

 デモポンは深く頭を下げる。

 その話を聞き、姿を見て、三人は視線を合わせた。

 そして恐らく嘘ではないだろうと結論付けた。

 フィンが硬い口調で、デモポンに語り掛ける。

 

 「君は、ロキファミリアと繋がりを得るがために、アイズを利用したのかな?―――つまりは、アイズが苦戦する程のモンスターの群れをレベル1の彼女に押し付けたのかい?」

 

 デモポンはハッと顔を上げて、息を飲んだ。

 フィンの視線は寸分違わずデモポンを射抜いている。

 その視線は嘘を許さないと告げている。

 そして、もし言葉通りなら許すことは出来ないと語っていた。

 デモポンは第一級冒険者の威圧に喉が攣りかけるが、気合で言葉を発した。

 

 「違います!アイズを助けられたのはたまたまあそこにいたからで、リヴェリアさんとアイズと出会ったことをファミリアの皆に話したら、デメテル様が今日会うことが出来るからって教えてくれたから……、もしかしたら……お願いを聞いてもらえるかもしれないって、そう……思って……」

 

 言葉を続ける程に、声は小さくなっていく。

 デモポンは子供ながらに考えた。

 今、家族を守れる最善を、ロキファミリアはオラリオ外で英雄のように語られる。

 そして家族の皆はそんなロキファミリアの人達を尊敬していた。

 ならば、代わりに守ってくれるのではないか。

 子供の浅知恵だが、藁にも縋る気持ちで、今まで貯めていたヴァリスを使って出来るだけサイン用羊皮紙を掻き集めた。

 無理なら諦める。

 それはデメテルとの約束であった。

 だが、デモポンは考えつかなかったのだ。

 ロキファミリアのオラリオでの役割とその存在の意味を、彼らの都合を、考えに入れなかったのだ。

 だからそれに気が付いた時に、咄嗟に取り繕ってしまった。

 そしてそれを見逃してくれるほど、フィン達は優しい世界で生きていなかった。

 

 ―――落胆しただろう。

 ―――嫌われただろう。

 

 そう言った負の感情がデモポンを襲う。

 再び下げられた頭は震え、涙が止め処なく溢れた。

 視界が涙で閉ざされた中で、デモポンの耳にフィンの声が聞こえた。

 

 「デモポン君の話は良くわかった、そして信じよう。そのうえで言わせてもらうが、デモポン君の願いを今すぐ叶えることは出来ない」

 

 デモポンは自身の喉がひくつくのがわかった。

 

 「だが君の考えは良い案だと思える」

 

 デモポンは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げた。

 すると、フィンは嬉しそうに笑っていた。

 

 「一つ懸念事項があったとするなら、ロキが許可を出すかどうかだった。神の付き合いなんて下界の住人には知る由もないからね。ロキと神デメテルの付き合いが浅い、もしくは不仲であったなら、この申し出は断ることになっていただろう」

 

 フィンはまるで教導するかのようにデモポンに語り掛ける。

 

 「だがこれは問題が無かった。ならば、サインを得る事は出来る。だがデモポン君は見落としをしている」

 

 え?とデモポンが口を開く。

 

 「まずデメテルファミリアが所有する莫大な土地、そして人々、いくら僕達ロキファミリアがオラリオで最大規模を誇るガネーシャファミリアに次ぐ冒険者を抱えていると言ってもその数には制限がある。つまり、守り切ることは出来ない。ガネーシャファミリアと共同で行ってもね。次にギルドも戦力である僕達を容易にオラリオ外に出させないだろう。いくらデメテルファミリアの農作物が9割に昇るシェアを誇り、オラリオの生命線であると言ってもだ」

 

 ガレスが呟く。

 

 「冒険者依頼(クエスト)を出したとしても、ギルドは出させる戦力を渋りそうじゃしのう」

 

 さらにフィンは続ける。

 

 「最後にこれが一番大きな問題だけど、僕達は有名であるがその分敵も多い。闇派閥の中にはロキファミリアを優先的に狙ってくる者達までいる。そんな者達にロキファミリアと目に見える形で懇意にしていると知られれば、デモポン君の家族がより危険な目にあうかもしれない」

 

 なんだ、ダメではないか。

 自身の考えの浅さにデモポンは気が重くなる。

 だがフィン(勇者)は言った。

 

 「サインは喜んで書かせてもらう。ただし、条件を付け加えさせてもらうよ」

 「条件?」

 「そう条件だ。まず、サインを目立つ位置に飾るのは暫くの間、控えることを周知させて欲しい。期間は、僕達が闇派閥との闘いを終えるまでだね。次に、ギルドに今回の件を報告すること、デモポン君の家族に何かあれば僕達が出向くと脅してもらって構わない。そうすれば、ギルドは今以上に信の置ける冒険者を護衛につけてくれるだろう。もし、その冒険者達よりもやっかいな敵が現れたなら、僕達にクエストを迷わずに出してくれ、必ず出向くと僕の二つ名に誓って言うよ」

 

 その申し出はデモポンにとってみれば非常に有難かった。

 そして少し恐ろしくもあった。

 なぜそれほどまでに考えて、動いてくれるのかと。

 

 「……最後に、これはあってはならないと考えているが、デメテルファミリアがロキファミリアの敵になった場合、僕達は全世界に向けてこの情報を拡散しなければならなくなる。だから、サインを渡す人達に言いつけて欲しいんだ。……ロキファミリアの名を必要以上に利用するなと、僕達は、否、僕はロキファミリアの名に傷がつくことが許せない。それでも構わないかい?」

 

 フィンは真剣な瞳でデモポンに問う。

 破格の条件だが、最後の条件、これは自身がいくら気を付けたとしても完全に回避することは出来ないかもしれない。

 人の欲望は見えない。

 もしかしたら、強大なロキファミリアの名を笠に悪事を働く者がデメテルファミリア、その従業員に出るかもしれない。

 もしそうなれば、ロキファミリアはすぐにこのことを全世界に拡散し、デメテルファミリアの名は地に落ちることになってしまうだろう。

 それこそ、信用が全てと言っても過言ではない商業系ファミリアであるなら尚のこと。

 だからこそデモポンは考えた。

 フィンからの提案、そして最悪を出来るだけ回避する方法を。

 そして、涙は引いたが汚れた顔のままデモポンはフィンを見た。

 

 「わかりました。その条件で宜しくお願いします。ただ変な話ですが、良いですか?」

 「なんだい?言ってごらん」

 「……サインを渡しに行くタイミングは、俺が決めたいと思います」

 「だが、そうなると君の願いはどうなるんだい?直近の危機が去った訳ではないだろう?」

 「はい、ですので……。二番目の条件を……、ロキファミリアとの深い繋がりがあると、ギルドに脅しに行くことを許可してほしいです」

 

 フィンはわざとらしく顎に手を乗せ考える。

 

 「ギルドだけに伝え公にしないなら、構わないと僕は考えるけど、二人はどうだい?」

 

 フィンに聞かれ、リヴェリアとガレスも了承の意思を見せた。

 

 「ただサインはどうするんだい?」

 「……俺が無敵には届いていなくとも、今よりも強くなって、闇派閥を壊滅させてから、自分の足で届けに行こうと思います。そこで、自分の責任で見極めます。ロキファミリアの名を悪用しない人かどうかを」

 

 たかだかサインを書くかどうかの話が随分と大きくなってしまった。

 リヴェリアはデモポンの顔を見る。

 涙と鼻水で酷く汚れているが、その目は未来に向いていた。

 そして夢を語り、現状自身で考え出せる最善を語り、それを実行するという強い意志が見て取れた。

 それは英雄譚の序章かのようにも見えた。

 故に危うい。

 いくら秘め事が大きく、意思が固く、実力を示していると言っても子供である。

 どこかで無茶をして転げ落ちてしまうかもしれない。

 だが他派閥の冒険者だ。

 今以上に踏み込むことはマナー違反である。

 リヴェリアは思考を切り離すべくフィンに問いかけた。

 

 「で、どうするフィン?」

 

 ガレスが続く。

 

 「儂は構わないと思うが?」

 

 フィンは真剣な瞳をフッと緩める。

 

 「わかった、それでいこう」

 

 フィンがそう言った瞬間、疲れがドッと押し寄せたのか、デモポンは椅子に深く座り直し、息を大きく吐き出した。

 

 「すまぬのぉデモポン、第一級冒険者三人に囲まれて、ブレイバーにあんな詰め方されたら、息も詰まるじゃろうて」

 「おいおいガレス、僕だけを悪者にしないでくれ、君達だって止めずに見守っていたじゃないか」

 「私は、途中何度か止めに入ろうとしたが、それを悉く塞いだのはお前だろ、フィン?」

 「やれやれ、少し大人気なかったかな。すまなかった紅蓮、君を試すような真似をしてしまった。僕もロキファミリアの団長として見極めて置きたかったんだ」

 「い、いえ、あの……、大丈夫です。こちらこそ、その……、ありがとうございました」

 「そう言ってもらえるとありがたいよ。うん、アイズが戻ってくるまでの間に顔を洗ってくるといい。君のそんな顔をアイズに見られたら、僕が怒られてしまう」

 「は、はい!」

デモポンが退室すると、少し怒った風にリヴェリアがフィンに問いかけた。

 「いったいどういうつもりだフィン?子供相手に大人気ないだろう」

 「アイズの友人がどういった人物なのか知りたいと言ったのは君じゃないかリヴェリア」

 「私は確かにそう言ったが、それはロキ達がいた間に確認したではないか」

 

 口論になりかけたところでガレスが間に入る。

 この三人はロキファミリア立ち上げ当初かたのぶつかり合いの中で、処世術を身に着けていた。

 

 「もっと深く知りたくなった……。嫌、可能性を見ようとした。そうじゃな、フィン?」

 

 ガレスにそう言われ、フィンは笑う。

 

 「あぁ、この感情は久しぶりだよ。他の派閥が羨ましく感じるなんて」

 

 その言葉にリヴェリアは目を見開いた。

 

 「な、フィンまさか!?」

 「誤解しないでくれリヴェリア、君が思うようなことはしないと誓うよ。……あぁでも、彼をロキファミリアに欲しいと思ったのは事実だね。なんなら、いずれ空席になるであろう僕の席に僕が育てた彼が座るのも悪くない。そう思ってしまった」

 

 そう嬉しそうに語るフィンにガレスも続く。

 

 「後は、どれほどの腕前なのか確認したいところじゃのう。そこに問題がなければ、本格的に勧誘してもいいかもしれぬな」

 「おい、ガレス!」

 「分かっておるわリヴェリア。あやつは儂等がいくら勧誘をしたとて動かん。そういう目をしておる。だからこそ、惜しいという話なのだ。お主もそう思わなかったか?」

 「私はただ……、アイズの友人がどんな者なのか気になっただけだ」

 「フフ、相変わらずお母さんをしているねリヴェリア」

 「誰がお母さんだッ!」

 



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6話

 客室に戻ってきたアイズが異変を感じたのは、少し空気が違ったからだった。

 どこかデモポンが気疲れしたように見え、リヴェリア達はそんなデモポンをわかりにくくではあったが、気遣っていた。

 アイズはその空気が気に入らなかった。

 デモポンと知り合ってから、己の中で色々と考え、出会いと少しの成長の結果与えられた世界にただ一つアイズだけの専用武器ソード・エール。

 なんとなくそれを自慢したくなったアイズが慌ててソード・エールを抱えて戻ってきてみれば、雰囲気が暗い。

 

 「……むぅ」

 

 ここに友達といたくない。

 その思いが、デモポンの手を取って走り出すという結果に変わった。

 デモポンが連れられてきたのは、黄昏の館の裏庭。

 普段は団員達が自主訓練等を行っている訓練場。

 そこの隅の木陰に座るデモポンとアイズ。

 幼子が肩を寄せ合い話し合う姿は、二人の容姿もあってか妖精の語らいのように見えた。

 ただ、手に持っているのが両刃の剣と言う物騒極まりないものであったが。

 

 「……これ」

 

 アイズは美しい波紋を見せるソード・エールをデモポンに手渡す。

 

 「うわぁ……、すっげえ綺麗……」

 

 デモポンは思ったことをそのまま口にした。

 アイズはそれに満足したのか胸を張った。

 

 「振ってみて、……いいよ?」

 「えっ、良いの!?」

 

 デモポンは即座に立ち上がり、子供が持つには少し大きなその剣を片手に持つと、勢いよく振り落とした。

 刃が風を斬る音が一瞬なる。

 子供にしてはよく出来た動きだった。

 基本が良く出来ているとも言える。

 教えてくれた人が丁寧な人だったのだろう。

 そう思わせた。

 ただアイズは何が可笑しいのか、ニンマぁ―――と嫌らしい笑みを浮かべた。

 その顔は、言外に「その程度?」と語っており、デモポンをイラつかせる。

 デモポンはソード・エールの重さ、グリップの心地、剣の重心の位置を確認するために、数度振るい、時には逆手に、時には動作中に左右持ち替えての斬撃、冒険者らしい動きも加えていく。

 そして終わりに華麗にポーズを決めると、決め顔を作ってアイズを見た。

 デモポンは態度で「どうよ?」とアイズを煽る。

 

 「ぐぬぎぎぃ……」

 

 アイズは悔しそうに女の子が出してはいけない音を出しながら、小さなお尻についた土を払うことなく立ち上がり、デモポンの手からソード・エールを奪い取る。

 そして顎と視線で座ってろと促す。

 デモポンは余裕たっぷりに、口笛を吹きながらアイズが座っていた位置に座りなおした。

 

 「ふぅーーー」

 

 アイズは息を吐きだし、全身の力を抜いていく。

 そうやって体内と脳のタイミングを同機させていき、一瞬のウチに踏み込みソード・エールを横薙ぎに振るっていた。

 それは少女の域を超えた一閃だった。

 髪が舞うより速く、ソード・エールは振り抜かれており、数秒遅れで追いつく。

 銀の剣に金の髪が映り込む。

 砂埃が舞った量は少量、大きく踏み込んだのに外界に与える影響は極僅か。

 だが、アイズが振るったソード・エールは必殺の一撃であった。

 アイズはソード・エールを騎士のように鞘に納める動作をすると、静かに振り返り、笑みを浮かべた。

 

 目と目で語り合う。

 

 『ごめんね?私、レベル1だけど、もうこの領域にいるの』

 『は?いやいやいやモンスターは待ってくれないからね?あんな溜めしてたら、死んじゃうからね?』

 『え?あんなの私の全力の一端でもないからね?見せ技って言うのかな?技術力の高さを教えてあげるには、デモポンみたいに無駄に動き回る必要とかないから』

 『ふっ……、あの程度で技術力云々とかないわあ~。俺なら、あの一回で10回は振れてたね』

 『わかってないね。私は態々デモポンにも見えるように一回ですませてあげただけなの、それすら察することが出来なかったの?』

 『強がらなくていいよアイズ。あの一回が全力だったんだろ?手先が震えてるじゃないか。疲れたんだろ?あぁ、無理をしなくても良いよ。なんなら、勝ちを譲ってやってもいい。まぁ、実際に試合をすれば俺が勝つだろうけど』

 『レベル2ってだけでいきがってる?もしかして知らないの?レベル2とレベル1とでは技術力で埋めることも可能なんだよ?そんな状態で私がレベル2になれば、言わなくてもわかるよね?今の間だけなの、あなたが私より優れていられるのは。……悲しいね』

 

 注釈すると、この目だけの会話、互いが互いにそう言ってるだろうと思っているだけである。

 が、沸点を越させるには十分であった。

 デモポンは立ち上がると、アイズの前に立つ。

 アイズはソード・エールをデモポンと自身の間に突き刺すと、ここを超えれば戦争だと態度で示す。

 が、そこはレベル2のデモポン、アイズより先に動き、アイズの柔らかな頬を引っ張った。

 

 「い、いぃ~~~~ッ!!」

 

 瞬間涙目になるアイズだったが、彼女は負けず嫌いであった。

 

 すぐさま反撃とばかりに、デモポンの頬を抓み上げる。

 

 「む、むぃ~~~~」

 

 互いに譲らず、バランスを崩して転んでも、意地でも相手に負けてなるものかと抓った頬は離さない。

 そうしてしばらくすると、突然二人は猫のように持ち上げられ拳骨を落とされた。

 

 「はう!」

 「キャイ!」

 

 その衝撃で互いに手を放してしまう。

 

 「どこかに消えたと思えば、何をしているんだお前達は……」

 「まるで子猫のケンカじゃったのぉ」

 

 持ち上げたのはガレス、拳骨を落としたのはリヴェリアだった。

 だが二人は未だに戦意を失っていない。

 互いに睨み合っていると、再度拳骨が落とされた。

 

 「やめんか」

 

 それで互いに痛みの許容値を超えたのか、頭に手を乗せて小さくなった。

 そうこうしていると、ロキとデメテルが姿を現した。

 

 「なんやどこ行ったんやと思っとったら、こないなところで何いがみ合うとうねん」

 「あらあら、もうすっかり仲良しさんね」

 

 デメテルに仲良しと言われて、顔を見合わせたアイズとデモポンは瞬時にそっぽを向く。

 そんな二人にロキは嬉しそうに笑い、デメテルは困ったように笑った。

 するとデメテルが両手を合わせてデモポンに話しかけた。

 

 「あ、そうだったわ。喜んでポンちゃん、ロキファミリアの皆がお稽古つけてくれるそうよ」

 

 デメテルのその言葉にデモポンは瞳を輝かせた。

 

 「本当っ!?」

 「えぇ、良かったわね。私、がんばっちゃった!」

 「デメテル様大好き!」

 

 ガレスの手から逃れたデモポンはその勢いのままデメテルに抱き着く。

 抱き着かれたデメテルも幸せそうだ。

 

 「けっ、何が頑張ったや。あんなん脅しやないか」

 

 ロキが不満気な様子のまま、デメテルに抱き着くデモポンを睨みつける。

 

 「えぇか、確かにウチのファミリアのもんが自分に稽古つけたる。今はこんなご時世やからな。自分アイズたんの友達なんやろ?なら、せいぜい気張りや。ウチのファミリアはガネーシャのとこみたいに優しくないからな」

 

 ロキなりの叱咤激励であろうか。

 それともアイズの友達を名乗るなら、しごきに耐えて見せろと言う嫉妬心からくる嫌がらせだろうか。

 ただ、そんな思いもデモポンには関係が無かったようで、元気に挨拶していた。

 そして先程まで険悪な雰囲気だったアイズの手をとり喜んでいる。

 デモポンのそんな様子にアイズは瞳を白黒させた。

 その様子にロキファミリアの面々は、破顔した。

 モンスターに復讐することしか、力にしか興味を示さなかったアイズが、他所に興味を示し、消え去っていた感情が出てきている。

 ロキファミリアの面々にとって、これは嬉しいことだった。

 

 「良し坊主、どれほどのものか儂がみてやろう」

 

 ガレスはそう言うと、訓練場の真ん中まで移動した。

 アイズは少し不満を覚えた。

 訓練をするのなら、ダンジョンに行きモンスターを殺したほうがステイタスも伸びるし、強くなれると思ったからだ。

 それに気が付いたデモポンが、準備運動をしながらアイズに語り掛ける。

 

 「良く考えてみろよアイズ」

 「?」

 「俺たちがいくら我儘を言ったってダンジョンでは上層までだ。無理して行ったとしても、皆に心配をかけるだけで、帰ってきたら確実に叱られ、余計にダンジョンに行けなくなる」

 

 アイズはコクリと頷いた。

 

 「それに比べて、地上での訓練ならいくらしたって怒られないし、探索系のロキファミリアならむしろ褒められる。なにより……」

 

 デモポンはそこで歯をむき出しにして、獰猛に笑った。

 

 「あそこにいるのは重傑(エルガルム)、レベル5の第一級冒険者。モンスターにしたら深層か迷宮の孤王(モンスターレックス)レベル、そんな相手と戦えるなんて、こんなチャンス二度とないかもしれない」

 

 そして準備運動を終えると、アイズに拳を出した。

 

 「今ここで全てを出し切って、今の俺を確認してくる。その後は、ダンジョンで本番だ」

 

 アイズは出された拳におずおずと拳を合わせた。

 

 「―――行ってくる」

 

 デモポンがそう言いながら、ガレスの下に向かう。

 その背中を見て、アイズは何故か「いってらっしゃい」と声を出していた。

 デモポンはそれに片手を上げて答える。

 そんな子供達を見て、デメテルは頬に手を当てた。

 

 「あらあら、青春じゃない。素敵だわ」

 

 デメテルのその言葉にロキは「けっ」と唾を吐いた。

 ガレスの前に立つデモポン、先程までの好々爺な雰囲気は消え、大岩の前に立っているかのような感覚を味わう。

 

 「なぁに、小僧がレベル2だということは知っておる。ちゃんと加減はしてやるわい」

 

 ガレスが構える。

 デモポンも構えをとる。

 両者動かない。

 ガレスはデモポンが初手どう動くのか見極めようとしている。

 デモポンは動いた瞬間に地面に倒れている自分が想像出来たので、動けずにいた。

 数秒、両者睨み合っていると、ロキが両手を力強く叩いた。

 それが合図となったのか。

 デモポンが大きく踏み込む。

 レベル2にして速くそして大胆、子供らしい大振り、ガレスは一発受けてやるかと体に力を籠める。

 が、ガレスにとっての意外が起きた。

 

 「ぬぅ!」

 

 デモポンは振り上げた拳の中に砂を仕込んでいた。

 準備運動をしていた時に、握り込んだのだろう。

 砂粒がガレスの顔に降りかかる。

 ガレスはそれを片手で防いだ。

 その瞬間に、デモポンはガレスの腹に二発、そしてガレスの軸足を蹴り抜こうとして、壁の高さを味わった。

 

 「ぐ……」

 

 ガレスの腹を殴った両手は痺れている。

 バランスを崩してやろうと蹴り抜いた足は、ガレスの大樹のような足を1C(セルチ)も動かすことが出来なかった。

 逆に力一杯蹴り抜いた足が止められたことに、バランスを崩す。

 その時、デモポンの頭上から声が落ちてくる。

 

 「まるで昔のフィンのようなことをするのぉ」

 

 デモポンは咄嗟に両手で顔面を、後方に飛び抜きながら片足で腹部をガードするが、その上から大槌で殴り抜かれたような衝撃が全身を襲う。

 

 「ガッ!!」

 

 デモポンは大きく吹き飛ばされ、嫌、空に体を浮かばせながら地面に叩きつけられた。

 

 「ガハッ!」

 

 手を抜かれた、手を抜かれた一撃で、全身の筋肉が悲鳴を上げた。

 デモポンはそれを理解した時、歓喜した。

 これが第一級冒険者、これがレベル5、あと3つ(・・)レベルを上げるだけでこの力が手に入る。

 リヴェリアはその光景を見て叫んだ。

 

 「ガレス!」

 

 それは子供に向けるには凶器と呼んで差し障りない一撃だった。

 大の大人の冒険者でも泣き出し蹲るほどの一撃だった。

 

 ―――心が折れる。

 

 そう感じたリヴェリアはデモポンの下に駆け出そうとした。

 だが、それは意外な神物(じんぶつ)から待ったをかけられる。

 

 「行かないであげて」

 

 その声の主はデメテルだった。

 

 「しかし、神デメテル!」

 

 非難の視線を向けるリヴェリアにデメテルは女神らしく笑みを浮かべる。

 

 「大丈夫、あの程度でポンちゃんの心は折れたりしないわ」

 

 その神託の如き言葉にリヴェリアは喉元まできていた言葉を押し留める。

 

 「天界に居た頃から思っとったけど、自分けったいな愛も持っとんな。けど、その愛がデカ過ぎると、あのガキ潰れてまうぞ?」

 

 ロキが糸目を開けながら、デメテルを見る。

 しかしデメテルの表情は変わらなかった。

 まるでそれも織り込み済みであるかのように、笑みを浮かべている。

 リヴェリアの背筋に冷たい汗が流れた。

 過去ロキはデメテルを怒らせてはならない女神だと言っていた。

 その意味が分かった気がした。

 デメテルはふっと息を抜くと、困ったように頬に片手を当てた。

 

 「あの程度(・・・・)で心が折れてくれるのなら、ポンちゃんは今頃、ファミリアの皆と農作業をしているわ。ポンちゃん必ず帰ってくると約束してくれたけれど、ダンジョンに可愛い眷属()を行かせたくないもの、……オラリオにすら来させたくなかった。ロキ、私がポンちゃんに神の恩恵(ファルナ)を与えてオラリオに連れてきて、まずしたことはなんだと思う?」

 「うん?そりゃ先輩冒険者見繕ってダンジョンに行かせて、ダンジョンの怖さを教えるとかやろ?」

 

 ロキのその言葉にデメテルは首を振った。

 

 「いいえ、私がまずしたことは、ポンちゃんの心を折ることだった」

 

 デメテルのその言葉にロキもリヴェリアもアイズも驚きをもってデメテルの顔を見た。

 その発言は余りにも常軌を逸しているからだ。

 愛している眷属(子供)にやることではない。

 それでは、眷属(子供)に試練だなんだと言って、眷属(子供)で遊んでいる最低の神々と同じではないか。

 

 「だから私は、ガネーシャに頼んだの、子供が無謀な夢を抱いて危険なオラリオに来てしまう。だから、オラリオの怖さを教えてここから逃げたくなるように徹底的に痛めつけてほしいって」

 

 ロキは頭が痛いと、誤魔化すように掻いた。

 

 「で、ガネーシャはその嫌な役を誰にさせたんや?」

 「象神の杖(アンクーシャ)よ」

 

 その予想外の人物にリヴェリアは口を開いてしまう。

 

 「な、馬鹿な!ファルナを与えたばかりの子供にレベル4のシャクティ・ヴァルマをぶつけたのか!?」

 「……団員にそないな心労を与えてまう仕事させられへんかったんやろ。ガネーシャファミリアの団長として」

 「えぇ、あの子には悪い事をしたと思っているわ。でも、シャクティさんは、進んでこの申し出を受けてくれたわ。彼女も今のオラリオに思うところがあったそうでね」

 「で、今のあのガキを見るに、それは失敗したと」

 ロキが起き上がるデモポンを見ながら言った。

 「そう折れなかった。折れるはずが、さらに先に進んだ。それがポンちゃんの怖いところ……、あの子の心は決して折れない」

 

 デメテルは困ったと笑う。

 

 「最後にはシャクティさんから、クエストを放棄したいって申し出があったほどなのよ?」

 

 デメテルのその言葉にまたもやロキ達は驚いた。

 仕事に忠実で、実力がある彼女が折れる。

 それはどれほどのことだったのか。

 リヴェリア達はデモポンとガレスの戦いを見守るしかなかった。

 



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7話

 夜、ロキファミリアのホームの執務室で、フィンとガレスとリヴェリアが集まっていた。

 

 「いや~、若いって怖いよね」

 

 そう言うフィンは手元の書類を片付けながら言った。

 

 「儂との訓練もリヴェリアが無理矢理止め、次はフィンに訓練を申し込み、さらにリヴェリアと魔法について語っておったのお」

 

 ガレスは疲れたと言わんばかりに肩を回す。

 だがどこか嬉しそうだ。

 

 「馬鹿を言うなガレス、私が止めに入らなければ、熱を入れ過ぎるところだったぞ」

 「まぁまぁリヴェリア、あそこまで真剣に何度も挑まれては、ガレスだって手を抜くことは難しかったんじゃないかい?」

 「フィンお前もだ。槍まで持ち出して、怪我をさせたらどうするんだ」

 「アイズもあやつの姿に喚起されたのか、ダンジョンに向かうと言わずに儂等との訓練にいつにもまして精力的だったしのお、まぁいつまでもつかは不明じゃが」

 「だが、同年代で別方面から力を得ている彼の姿を見たアイズには、良い刺激になったんじゃないかな」

 

 そういうフィンとガレスにリヴェリアは溜息を吐いた。

 

 「デモポンはあの後、ダンジョンに向かったそうだ……」

 「「は?」」

 「昼間に覚えたことを試しに行ったと、神デメテルから知らされた……」

 

 リヴェリアのその言葉にフィンとガレスは絶句する。

 一日安静にしなければならないくらいには、扱いたつもりだったからだ。

 

 「それは神デメテルは彼を死なせたいのか?」

 

 フィンが低い声でそう呟くと、リヴェリアは違うと答える。

 

 「神デメテルは確かにロキとは違った愛し方をしているが、むざむざ自分の子供を死地に追いやるような神ではない」

 「と、するとダンジョンに向かう前に既に回復しておったと言う事か」

 

 ガレスがそう言うと、フィンは頷いた。

 

 「スキルか魔法か……。たしかに訓練の最中違和感は大きかった。回復薬も使わず異常なまでの回復速度。発展アビリティにもそういったのはあるが、レベル2の段階ではありえない」

 「まぁ、スキルや魔法、発展アビリティでないにしろ、帰ってからであるならばやりようはいくらでもあるわい。深く考える必要もないじゃろ。アイズに良い刺激を与えてくれたのは事実じゃからな」

 「後は少しの笑顔もね。もしかしたら彼はアイズのボーイフレンドの候補だったりするのだろうか?」

 「ガハハハハハハ!それは目出度いの!」

 「笑うなガレス、後フィン、巫山戯るな!」

 「おや、反対かい?」

 「アイズにはまだ早い」

 

 ロキファミリア幹部三人の談笑は夜遅くまで続いた。

 デメテルファミリアでは、いつもの様に暖炉の前で、デモポンはデメテルに抱きしめられていた。

 

 「今日は凄く頑張っていたけれど、大丈夫だった?」

 「うん全然、でも凄くためになった」

 「そう……」

 

 デメテルはデモポンを優しく撫でる。

 我が子に愛が通じるようにと、丁寧に髪に手を流していく。

 

 「ロキがね。なにかあったらすぐに相談にきても良いって、言ってくれたのよ」

 「ロキ様が?フィンさんも、僕達のために色々考えてくれたんだよ」

 「えぇ、これでファミリアの皆も今よりもずっと安全になるわね」

 

 デメテルはそこで一区切りをつき、声に少し力を乗せた。

 

 「だからね。ポンちゃんが頑張らなくても大丈夫なのよ?もう、痛い思いをしなくてもいいの……」

 

 ただ、デモポンは拒絶した。

 

 「ダメだよ。人任せにしちゃダメ……。それに、今日戦って思ったんだ。確かにロキファミリアの皆は凄く強かった。俺なんかの遥か先で高い壁だった。でも、見えたから……。だからきっと超えることが出来るんだ」

 

 デメテルはそれ以上言う事がないかのように、デモポンが眠るまでその小さな体を抱きしめ続けた。

 そして可愛らしい寝息が聞こえてきたところで、自然と声が漏れ出た。

 

 「あなたも、魅せられてしまったのね……」

 

 それから数日間、時間が空いている時にはロキファミリアに顔を出すことが多くなった。

 門番の人もローテーションを組んでいるはずなのに、すでにデモポンと顔なじみかのように接するまで、自然と出入りをしていた。

 そんなある日、アイズから相談を持ち掛けられた。

 

 「どうしたら、もっと強くなれるの?」

 

 水分補給を行っていたデモポンにアイズは酷く落ち込んだように言った。

 

 「アイズは強くなってるだろ?初めのころは俺が完勝だったのに、今では一撃もらうことがあるし」

 「……でも、ステイタスが伸びなかった」

 「あぁ~~……」

 

 ステイタス、それは自身の経験値の可視化であり、その数値は冒険者の強さのパラメーターである。

 

 そしてその数値がある一定のラインを超え神々が認める程の偉業を達成した時にランクアップと言う、進化をすることが出来る。

 

 そしてもちろんのこと、経験とは慣れであり、慣れが続けば経験値も伸び悩む。

 これはほぼすべての冒険者が経験することであり、強さを求める冒険者は思い悩む。

 アイズは強くなることに並々ならぬ思いがあることは、デモポンも分かっていた。

 だからこそ、共にダンジョンに向かった時は、デモポンよりも先にモンスターを狩ることに必死になっていた。

 

 「今のように着実に強くなる方法が歯痒いってこと?」

 

 アイズは小さく頷いた。

 

 「じゃあランクアップするしかないよなぁ~」

 「でも、皆教えてくれない……」

 「そりゃ、そんなもの無いからなんじゃねぇの?」

 

 デモポンの言葉にアイズがショックを受けたようにたじろぐ。

 逆にデモポンは驚いた。

 

 「え……、そんなのあんの?」

 「デモポンはランクアップしてる」

 「俺は知らない間にって感じ、いつも通りにしてたら、デメテル様がランクアップできるって教えてくれたんだ」

 「私もデモポンと同じ方法をしたら、強くなれる?」

 「それは何とも言えないかな」

 デモポンは深く悩むように頭を抱えた。

 「俺と同じ……、俺と、同じ……。じゃあまずはロキ様と約束してみれば?」

 「……なにを?」

 「絶対に帰ってくるからって、ダンジョンに行こうがどこにいようが、絶対に帰ってくるって、俺はまずそれをデメテル様としたかな」

 

 デモポンのその言葉を聞き、アイズは少し取り乱した。

 

 「それは……出来ない……。私の帰る場所は……帰りたい、場所は……」

 「でもそれだと、俺と同じ方法がとれないぞ?」

 

 デモポンがキョトンとして言った。

 それが我慢ならなかったのか、アイズは叫んだ。

 

 「そんな約束なんていらない!私は強くなりたいの、ならなきゃいけないのッ!!だから、教えてよッ!!」

 

 アイズの叫びは風に乗って遠くまで運ばれる。

 デモポンはその衝撃を正面から受けて、眼を白黒させた。

 

 「なぁ、アイズはどうしてそんなに……」

 

 デモポンがアイズの心に寄り添おとしたが、アイズはその手をはじいた。

 

 「もぅいいッ!……私には、英雄なんていなかったんだ」

 

 言葉尻は小さくなにを言っているのかわからない。

 けれど、アイズは泣きそうになっていることはわかった。

 

 「アイ―――」

 「ちぃと待ってくれるか?」

 

 デモポンを止めたのはロキだった。

 

 「今のアイズたんはな、デリケートやねん。少し一人にしたってや」

 「でも、アイズは泣いていました」

 「その涙も今は必要なんや。アイズたんが気付くまで、考えさせたらなあかん」

 

 デモポンが非難の籠った視線をロキに向ける。

 その視線を受けてロキは珍しく、真面目な顔になった。

 

 「デメテルがお前に向けとる愛と、ウチがアイズに向けとる愛、違いはあるが子を思う親の心は同じや」

 

 ロキにそこまで言われてしまっては、これ以上言うのは違うのではないか。

 デモポンはそう思い、今日は切り上げるとロキに伝える。

 そしてデモポンが歩みを進めようとしたとき、言い忘れていたと立ち止まった。

 

 「……アイズがソレに気が付くか、本当に困っていたら、抱きしめて話を聞いてやって下さい」

 

 デモポンがそう言うと、ロキはニッと笑う。

 

 「当たり前やボケ」

 

 そんな日の夕方のことだった。

 アイズが家出したと、慌てたロキファミリアの人に聞いたのは。

 



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8話

 アイズは暗闇の中を駆け回っていた。

 眼前に迫るモンスターを、一刀の下に壊滅させダンジョンを一人走り走っていた。

 それはまるで何かから必死に逃げるようで、事実彼女は涙を流しながら、叫び声を上げそうになる口を必死に噤んでいた。

 

 ―――誰も教えてくれなかった。誰も。

 

 アイズは逸っていた、ステイタスの伸び悩み、顕著に表れたそれは自身の限界を知らしめるには十分であった。

 だから求めた。

 目に見えて成長出来るランクアップの方法を、しかしロキファミリアの誰に聞いてもはぐらかされ、友人であり自身の先に進むデモポンに聞いても答えてくれなかった。

 それは悲しかった。

 仲間外れにされたように感じた。

 だが、強くなれと追いかけ回してくる黒い自分の恐怖よりも、リヴェリアを悲しませたことが、怖かった。

 ダンジョンに潜る前、たまたま出会ったリヴェリアは案じてくれていた。

 なのに暴言を吐いてしまった。

 デモポンにもそうだ、嫌われたかもしれない。

 一人に……、また一人になってしまう。

 でも欲しい、力が欲しい。

 アイズの小さな体の中に宿る剣の様な心は、罅割れようとしていた。

 振るって、叩いて、切り裂いて。

 ボロボロになった剣。

 それが今のアイズだった。

 

 アイズが家出したと聞いて、ホームを飛び出したデモポンは完全武装していた。

 それは恐らくロキファミリアの人達がオラリオ中を探し回っているだろうと考えたからだ。

 ならば自分とアイズの隠れ家、10階層の洞穴。

 あそこにいるかもしれない。

 確認していなければすぐに戻る。

 そうデメテルに告げてデモポンはダンジョンに向かった。

 その道中、不思議な出来事があった。

 夜のオラリオの喧騒。

 普段は騒がしい街の人々と、その中に混じり込む神々。

 一瞬の内に、神々から声が消えた。

 それは周囲にいる人々も怪訝になるほど顕著で、酒を飲んで騒いでいた眷属達が心配しているほどだ。

 あまりに異様な風景、その中で走るデモポンは一人の男神に声をかけられた。

 

 「やぁ、久しぶりだね紅蓮君」

 「ヘルメス様、お久しぶりです。でも今俺急いでて、また今度でお願いします」

 

 ヘルメスと呼ばれた神は、眼深に被った帽子を持ち上げると、真剣な瞳で呟いた。

 

 「今君が向かおうとしているのは、ダンジョンだね。―――行かない方がいい。今のあそこは、どこかの馬鹿のせいで地獄と化しているだろうさ」

 「……それはどういう?」

 「おいおい、いくらオレがヘルメスだからって、なんでも知っている訳ではないよ。ただ、そう感じるだけさ」

 

 その声、その佇まい。

 発する全てが超越存在、普段はおちゃらけている神であるが、今この時は、神託を授ける神の名に恥じていない。

 ただ、それでもデモポンは止まらない。

 

 「ありがとうございます。でも、行かなきゃいけない理由がありますので、大丈夫だったら引き上げますので」

 

 デモポンはそう言ってヘルメスの視界から消え去った。

 その姿を見送ったヘルメスは呟く。

 

 「まったく……、『約束の時代を担う英雄』その可能性を上げるためとは言え、俺の行動がこうなって帰ってくるとは、下界は本当にままならない。だからせめて、俺は見届けよう。切り裂くことしか知らない姫を彼等は優しく抱きしめることができるのか。―――その行く末を」

 

 「ギオォォォォオオオオ……」

 「グォォオオオオオオオ……」

 

 デモポンの視界には流れるように通り過ぎていくモンスター達の姿が映っていた。

 上層とは言え、モンスターは人を容易に捕食出来るように、徒党を組むこともままある。

 それでも、デモポンの動きを捉えることが出来ずに、見送ることしか出来ない。

 本来のレベル2の俊敏値では到底ありえない速さを、デモポンは見せつけていた。

 それを可能にしているのはデモポンのスキルの一つ。

 その名もアレイオーン、効果はスキル発動時の速度高域強化、ただし逃げに徹した際には超域効果となり、それはレベルの差を覆す程となる。

 デモポンは、敢えてモンスターを倒さず、追わせることで、疑似的に逃げの状態を作っていた。

 加速する加速する加速する―――。

 限界を超え加速し続けても、ダンジョンの壁にぶつからないのは、偏にそれだけ通った道であるからであり、体に染みついた道程は勝手に足を動かしてくれる。

 

 「邪魔だ、どけええッ!!」

 

 突き出された右手より発せられる紫電を伴った紅い熱波。

 アイトーンを使用し、紅い彗星となって進む先にいたモンスター達は、訳も分からぬままその命を散らしていった。

 デモポンは10階層の洞穴に辿り着く。

 だがそこには誰もいなかった。

 嫌、微かに人のいた形跡はあった。

 だが、アイズの姿はそこにはなかった。

 

 「クソっ」

 

 デモポンは悪態をつく。

 待っていたかもしれないからだ。

 友人である自分を。

 その時、デモポンの背に悪寒が駆け巡った。

 まるですぐ真後ろにモンスターレックスが口を開けて待っているかのような、次の瞬間には命を散らせてしまう想像が全身を包み込む。

 

 「ッ!」

 

 デモポンは飛び退き、双頭剣を構えた。

 だがそこには何もいない。

 デモポンが小さく息を吐きだすと、下腹部が揺れた。

 

 「なッ!!」

 

 それはモンスターの咆哮、今まで聞いたこともないような絶叫だった。

 まるで、親の仇を目の前にした誰かのように、相手を殺戮するための予備準備のように、戦いの狼煙を上げたかのように、その声は10階層を包み込んだ。

 どこだ、どこにいる。

 霞が充満する10階層、その全土を把握するかのように神経を研ぎ澄ませる。

 だが、それらしい感触を得ることは出来なかった。

 嫌、それのいる場所はすぐにわかった。

 

 「ここよりも、下……?」

 

 10階層よりも下層、それもそんなに変わりない。

 11階層か12階層、その辺りにこの声の主はいる。

 デモポンはそう確信した。

 今なら逃げ出すことは可能で、そうしても誰も咎めない。

 むしろ良く生き延びたと褒められさえするだろう。

 だが、そこにアイズがいたならばどうだろうか。

 友人を見殺しにした男が出来上がるだけだ。

 その考えに至ると同時に、デモポンは駆け出していた。

 目指す先は12階層。

 11階層は、走りながら確かめればいいと考えて。

 

 ―――覚悟は出来ていた。

 

 アイズは眼前に浮かぶソレを見ても、頭の中は酷く冷静だった。

 ある時、ロキに言われた言葉を思い出す。

 

 「えぇかアイズたん。神の言う事なんか信じたらあかんよ?皆が皆、アイズたんの為を思って言うてくれるわけやないからな。特に、男神には気いつけや。アイズたんは可愛いからなぁ~」

 

 今日は男神と二回会ったな。

 一回目は帽子を被った男神、ランクアップの方法を教えてくれた。

 けれど、それが原因でリヴェリアを悲しませた。

 二回目の神は、フードを被った男神。

 黒い自分の喜ぶことを、甘い言葉で言ってきたが、リヴェリアや友達のことを思い出して断ることが出来た。

 そしたら目の前に産まれた。

 黒いワイヴァーン。

 本来なら中層に現れる筈のモンスター。

 しかも体表の色も違う特殊個体。

 それが、口腔内に漏れ出す程の火炎を溜めていた。

 

 「ゥ―――」

 「ゥァアアアアアアッ!!」

 

 アイズは叫び声を上げると、ワイヴァーンに駆け出した。

 同時に放たれる煉獄。

 アイズは前筋力を足に集約すると、急回転し、岩陰に隠れて炎が通り過ぎるのを待った。

 

 「はぁはぁ……」

 

 息が苦しい―――。

 

 アイズがそう感じた時、あたりの光景は様変わりしていた。

 12階層。

 そこは霞が支配する世界。

 10M(メドル)先も、見通せない世界が、ワイヴァーンの息吹一つで炎の世界に生まれ変わった。

 ただアイズは恐怖と歓喜が織り交ぜになりながらも、冷静な頭で訓練の日々を思い出す。

 飛竜種との闘い方のセオリー、そして強者との立ち回り。

 デモポンと考え、リヴェリア達にダメ出しされてきた日々。

 ただその時間は無駄ではなかった。

 

 アイズは素早く岩陰から飛び出す。

 ただし、岩を足場にしてワイヴァーンに飛び掛かったのだ。

 剣が届かないならば、届く位置まで墜としてしまえばいい。

 アイズは憎しみが籠った一撃を、ワイヴァーンの片翼の付け根に叩きつけた。

 ワイヴァーンもこれは予想外だったのか、回避行動をとることが出来ずに、本来有利な筈の空で、小さな子供に良い様にされている。

 

 「アアアアアアアアッ!!」

 

 叫ぶ、アイズは叫び続ける。

 そして何度も何度も翼を斬りつけ、肉と骨が避ける音を聞きながら、ワイヴァーンと共に落下する。

 それでもアイズは止まらない。

 斬る箇所が無くなったなら、別の箇所を斬るだけ。

 地面にぶつかるまでの僅かな時間。

 その中で、ワイヴァーンは小さな子供に弄ばれるかのように切裂かれ続けた。

 そうして落下の衝撃で、アイズとワイヴァーンは跳ねるように地面を転がる。

 だがアイズの心はまだ折れていない。

 即座に起き上がり再び弄んでやろうとして―――。

 吹き飛ばされた。

 

 「ギィアっ」

 

 それは竜の怒りだった。

 子供に良い様にされて、叩き落されて、弄ばれた。

 その怒りは凄まじく、尻尾による横薙ぎの一撃は、地形を変えながらアイズを木の葉のように吹き飛ばした。

 アイズの肺から空気が一気に抜けて消えていく。

 空気を求めるために、動かした筋肉が痛みで意識を飛ばしにかかってくる。

 それでもアイズはそれらを憎しみの炎で黙らせた。

 黙らせたうえで、立ち上がった。

 攻撃を受けたソード・エールは罅割れている。

 握る拳は震えている。

 切れた額から流れた血が、片目を赤に染め上げる。

 それでも切っ先は敵に向けられる。

 それが気に入らなかったのだろう。

 ワイヴァーンは再生させた翼をはためかせると、鋭利な爪を突き出してアイズに飛び掛かった。

 それは必殺の一撃だった。

 アイズには躱すことも出来ず、差し違えるかもわからない切っ先を向ける事しかできない。

 ただワイヴァーンが通り過ぎた先には、上下に別れた自分がいるだろうなとは、予想できた。

 

 死にたくない―――。

 怖い―――。

 私にはやらなければならないことが―――。

 

 脳裏に言葉が次々と生まれ、虚しく消えていく。

 弾かれたバネのように飛び掛かってくるワイヴァーン。

 爪はすでにワイヴァーンの体の半分を隠す程に迫っている。

 アイズは思う。

 

 英雄がいてくれたならば、私の英雄がいてさえくれば、こんな私を助けてくれるのだろうか。

 ―――だが違う。

 私に英雄はいなかった。

 だから私が英雄になるしかなかった。

 英雄になるために強さを求めたのに……。

 

 その時、アイズはデモポンを何故か思い出した。

 決して英雄になってくれる人ではない。

 でも友達にはなってくれると言ってくれた人。

 どこかムカつくけれど、それでも私の話を聞いてくれて―――。

 

 「もう少し、話したかったかな……ポンちゃん……」

 

 その時、アイズを暖かな風が包んだ。

 

 「俺もそう思ってたところなんだ」

 

 アイズは瞳を大きくした。

 いる訳がない、いない筈の人物。

 最後に言葉を交わした時は、嫌な別れ方をした。

 たった一人の友人。

 

 「ポンちゃん……?」

 「その呼び方アイズにされるのは初めてだけど、友達らしくて良いね」

 

 紅い波が、ワイヴァーンの爪を防いでいる。

 まるで押し寄せる波のように、ワイヴァーンの爪は先に包むことが出来ずにいた。

 ただ、デモポンは友人であって英雄ではない。

 カッコつけて登場は出来たが、敵を倒せるわけではない。

 

 「……えっ?」

 

 アイズの掠れた声が漏れ出た。

 たしかにワイヴァーンの爪はギリギリのところで停まっていた。

 ただし、それはアイズにであってデモポンがそうではなかった。

 アイトーンの魔法の熱波はワイヴァーンの進行を防いだ。

 ただ、少し遅かった。

 デモポンが駆け付けた時には、すでにワイヴァーンの爪はアイズに届きそうになっていた。

 だからデモポンはアイズとワイヴァーンの爪の間に割り込み、魔法で進行を止めたのだ。

 ただ無理に割り込んだせいか、魔法の発動が少し遅れ、ワイヴァーンの爪はデモポンの腹部を貫いていた。

 それにアイズが気が付いたと同時に、これ以上押し込むことは出来ないと判断したワイヴァーンは爪を引き戻す。

 その反動にデモポンはアイズを背に倒れ込んだ。

 アイズも咄嗟にその背を抱える。

 アイズが声を出そうとするが、デモポンに封じられる。

 

 「そのまま支えといて……」

 

 そしてデモポンは叫んだ。

 

 「アイトーンっ!!」

 

 それと同時に押し寄せる劫火。

 アイトーンの熱波の壁がなければ、今頃二人は骨も残さずに消え去っていただろう。

 ワイヴァーンの炎が尽きるまで、デモポンはアイトーンを張り続けた。

 そして炎の放射が終わると、デモポンは倒れ込む。

 アイズはデモポンを労わる様に寝させた。

 辺り一面は、ワイヴァーンが二人を逃がさないためだろう。

 炎の壁となっていた。

 ワイヴァーンはそんな二人を見て、歓声を上げる。

 その死の喇叭を聞きながら、アイズはデモポンの腹部を両手で押さえていた。

 

 「いや、いや!こんなの嫌だっ!」

 

 アイズは叫ぶ、だがそれに呼応するかのようにデモポンの腹部から血は溢れ出す。

 アイズは泣き叫んだ。

 自分のせいだと、己を呪った。

 ただそんな慟哭の中で、デモポンの間の抜けた声がした。

 

 「アイズ……ねえ、アイズさん……」

 「ふぇ……?」

 「お、押さえないで、押さえないで下さい。苦しい、吐きそう……」

 

 今にも吐き出しそうに青い顔をしているデモポンを見て、アイズは慌てて手を離した。

 

 「ポーションあるから……、これをかけて?」

 

 デモポンは片手にポーションの瓶を二本持っていた。

 アイズはそれを奪い取ると、二本ともデモポンの腹部にかけた。

 アイズは泣き腫らした顔で、デモポンの頭を抱えると、自身の膝の上に置いた。

 

 「これで治るの……?」

 

 その声にデモポンはニッと笑った。

 

 「俺は特別だから大丈夫」

 

 デモポンは大丈夫だと言ったが、危機が去った訳ではない。

 未だに炎の壁は健在で、ワイヴァーンはこちらを見据え、口腔内に炎を溜めている。

 もう逃げ場はなかった。

 アイズはそれでもデモポンだけは守ろうと、覆いかぶさる。

 その時、声が聞こえた。

 

 「アイズ!」

 

 その声は、緑の光となって絶望の闇を打ち払った。

 声の主リヴェリアは、幾層もの壁をブチ破って12階層に現れた時、すでにアイズとデモポンの運命は決められようとしていた。

 ワイヴァーンから発せられた大火球。

 それが二人を飲み込もうとしていた。

 だがリヴェリアが叫ぶ。

 この地獄を切り抜けるその言葉を―――。

 

 「アイズ叫べ!」

 

 アイズはソード・エールを握り直し立ち上がる。

 下方で「ブッ!」という音と、地面と何かがぶつかる音がしたが気にはしていられない。

 

 「目覚めよ(テンペスト)と!」

 

 アイズは眼前に迫る大火球にソード・エールを振り上げ叫んだ。

 リヴェリアの声に嘘は無く。

 もう一度、しっかりと話し合いたいと思ったから。

 「目覚めよ(テンペスト)!!」

 

 ―――両断。

 

 本来ならばありえない断面を見せ、大火球は姿を消す。

 アイズは身に纏っていた。

 風を、優しい風を、それは良く知るモノで、帰りたかった母の胸の中(場所)で、アイズの力だった。

 

 「一緒に……いてくれたんだ……」

 

 アイズは涙を流す。

 それも風が優しく拭い取ってくれた。

 ワイヴァーンは混乱しながらも次弾をチャージし始める。

 だが、ワイヴァーンも気が気ではなかった。

 つい先ほど現れた、リヴェリアの存在がワイヴァーンに迷いを生ませた。

 先にリヴェリア(強者)を倒すかアイズ(弱者)を倒すか。

 だが、その数瞬の迷いが決定づけた。

 

 「準備は良いかアイズ」

 「うん」

 

 ワイヴァーンが視線を強者から戻すと、そこには先程まで倒れ伏していた弱者が立っていた。

 デモポンはアイズの背に左手を当て固定し、右手を反対側に伸ばしている。

 右手からまるで渦を巻くように溜め込まれているのは熱波であった。

 アイズはソード・エールをワイヴァーンに固定し、風を纏わせている。

 ワイヴァーンがまずいと感じた時には、遅かった。

 

 「アイトーン!」

 

 デモポンは叫び、熱波を開放する。

 それはまるで流れ星のような軌跡を生み出しながら、二人を押し上げた。

 アイズの背中から黒い炎が力を内側から爆発させようと暴れ回る。

 しかしそれは、デモポンの暖かな波が包んでくれた。

 突き進む先に、ワイヴァーンが口を開けるのが見えた。

 だがそこに恐怖はない。

 どうすれば良いか、緑色の光(リヴェリア)が導いてくれるから。

 そして、立ちはだかる全てから守るように、身を包んでくれる母の愛()が大丈夫だと教えてくれる。

 風を剣の切っ先に集約していく。

 一撃、これにすべてを賭ける。

 でも今は怖くない、皆がいるから。

 だから、どうか―――。

 

 「母の風よ(エアリエル)!」

 

 ワイヴァーンと切っ先が触れると同時に開放された風は、ワイヴァーンの身を魔石を砕き吹き飛ばし、跡形もなく消し飛ばした。

 その一撃は父の剣戟と同じだった。

 身を守る風は母と同じだった。

 崩れ行くワイヴァーンを背に、リヴェリアを見たアイズは、涙が溢れ出した。

 アイズはリヴェリアに向かい走る。

 リヴェリアもアイズに向け走る。

 そして二人は抱き合った。

 

 「わた、私……、ごめんなさい、ごめんなさい!」

 「あぁ、良いんだ。アイズ……、私はお前の母親にはなれない。けれど、愛したいんだ」

 

 リヴェリアの声を聞いてアイズは余計に声を出して泣き始めた。

 リヴェリアも涙声になりながら、アイズに語り掛けている。

 そんな二人の様子を少し離れた場所から見ていたデモポンは、無性にデメテルに会いたくなってしまった。

 



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それは聖女さんとのお話で
9話


 デモポンは微睡の中で懐かしい香りを感じていた。

 それは太陽と土の香り、優しくて暖かい好きな匂いだった。

 デモポンが意識をそのまま覚醒させていくと、目の前に小麦色が広がっていた。

 

 「何してるの、ペルセフォネ?」

 「ん~?ポンちゃんが苦しそうにしてたからお熱でもあるのかと思って」

 「……どう、だった?」

 「たぶん……、大丈夫かな?」

 「自身無さ気~……」

 

 デモポンが目元を擦りながらそう言うと、ペルセフォネは楽しそうに笑った。

 ペルセフォネ、デメテルファミリアの団長にして生産系では珍しいレベル2に至った人物。

 神々は言う、胸が無い方のデメテルと―――。

 ペルセフォネがデモポンに当てていた額を離すと、大きく伸びをする。

 

 「う~~~ん……。よし、朝ごはん食べにいきましょ!」

 

 デモポンが未だ眠そうに返事を返す、するとペルセフォネは仕方がなさそうに、デモポンを抱き上げた。

 デモポンはペルセフォネが大好きである。

 それはファミリアというのもあるが、何よりも彼女が世話好きで甘やかしてくれるからだ。

 顔を洗い終えたデモポンが食堂に向かうと、最近よく見る顔が混ざっていることに気が付いた。

 

 「おはよう、デモポン。ふむ……、ペルセフォネが言うように夜分遅くまで自己鍛錬しているようだな。努力をするなとは言わないが、それは周囲の者達の気持ちを蔑ろにしてまで行うことではないだろう。つまりはだ……」

 

 食堂の一席に座っていたリヴェリアはそう言うと、身を屈めデモポンの小さな鼻を人差し指で弾いた。

 

 「ふがっ!」

 「無理はするなということだ」

 

 デモポンが鼻頭を押さえて、恨めしそうにリヴェリアを睨むとリヴェリアは腰に手を当てて意地悪な笑みを浮かべた。

 それを見ていたペルセフォネは、笑いながらデモポンの鼻を撫でてあげる。

 すると、肩を叩かれた。

 

 「?」

 

 デモポンがそちらを振り向くと、アイズがそこにいた。

 一瞬、なんでここにいるんだ?と考えたが、リヴェリアさんがいるならいるかと一人納得する。

 

 「おはようアイズ」

 

 デモポンがそういうと、アイズは眠たいのか半目で頷いた。

 

 「うん、おはよう……」

 

 その時、よく透き通る声が食堂内に響いた。

 

 「みんな~、おはよ~!」

 

 食堂にいた全員が元気に挨拶を返すと、声を発した本人であるデメテルが満足そうな顔をして現れた。

 そしてキョロキョロと食堂内を見渡すと、デモポンを発見したデメテルは花が咲いたように笑い速足で移動する。

 そして、デモポンの目の前に立つといつものごとく大きな胸にデモポンの顔を埋めて抱きしめた。

 デモポンとアイズの視線が交差する。

 

 『……苦しくないの?』

 『……苦しくない様に見えるか?』

 『なら、なんで……』

 『デメテル様の顔を見てみろ』

 『―――ッ!?』

 『……良い笑顔だろう?この笑顔の為なら、たかだか一分、二分くらいどうということはない』

 『でも、だからと言って』

 『それになアイズ、聞いてもらえやすくなるんだよ』

 『……なにが』

 『我儘が―――』

 『ッ!?』

 『ロキ様……いや、リヴェリアさんで構わない、やってみろ……。少しだが、世界を拓けるぞ』

 デメテル達を見ていたアイズは、リヴェリアを見た。

 リヴェリアはアイズの視線に気が付くと不思議そうな顔をしている。

 アイズは小さくなりながらリヴェリアの前に行くと、リヴェリアに向け両手を広げた。

 

 「……?なんだアイズ、どうした?」

 だがリヴェリアにはそれがどういった意味なのか理解が出来なかった。

 いくら都市最強の魔導士と言えど、すべての知識を網羅しているとは限らないのだ。

 リヴェリアの肩をペルセフォネが突く。

 

 「どうしたペルセフォネ?」

 

 そうしてペルセフォネが指差す先の光景を見て合点がいった。

 その瞬間、リヴェリアは頬が紅潮した。

 アイズを見るリヴェリア、その視線が期待に溢れていることに気が付く。

 リヴェリアは恐る恐るアイズを包み込むように両手を広げ、抱きしめた。

 そうしてリヴェリアは気が付いた。

 朝方の子供の体温の暖かさを、そしてつい口から言葉が漏れ出した。

 

 「……帰りに、ジャガ丸くんを買って帰ろう」

 

 アイズはこの時確信した。

 リヴェリアに抱き着くイコール、ジャガ丸くんであるということを。

 

 

 朝食を食べ終えたデモポン達は、リヴェリア引率の下ダンジョン15階層まで来ていた。

 

 「前方からミノタウロス3、来るぞ!」

 

 リヴェリアが叫ぶと同時に、仄暗いダンジョンの奥から棍棒を持ったミノタウロス3体が姿を現した。

 それと同時に、デモポンとアイズは駆け出す。

 ミノタウロスは叫び声を上げながら、棍棒を振り下ろすが、デモポンは走っていたのを急制動をかけ棍棒を回避し、さらにその棍棒を足場に飛び上がるとミノタウロスの首を一閃した。

 灰となって消え去るミノタウロスの奥では、アイズが剣に風を纏いミノタウロスを両断している。

 アイズとデモポンは視線を一度合わせると、デモポンは着地と同時に地面すれすれを滑るように走り抜け、アイズは風を体に纏い着地すると同時に剣を後方へ振り抜いた。

 デモポンはアイズの後方で、ミノタウロスにより振り下ろされた棍棒を手首ごと双頭剣で切り裂き、棍棒が宙を舞うと同時にアイズの剣がミノタウロスの腹部を切り開いた。

 ミノタウロスが断末魔を上げて灰に返ると、地面に落下を始めた魔石をデモポンがキャッチする。

 そして再びデモポンとアイズは視線を合わせると、二人揃って、残りの魔石を拾いリヴェリアの下に戻ってきた。

 それを見ていたリヴェリアは内心驚いていた。

 

 「お前達は、その……、連携がしっかりととれているのだな」

 

 リヴェリアがそう言うと、アイズとデモポンはキョトンとしている。

 まるでそれが当たり前で、リヴェリアの言っていることが良くわからないと言った様子だった。

 その時、咆哮が一つした。

 声の主はライガー・ファング、ヘルハウンドよりも一回り大きいライオン型のモンスターである。力もスピードも脅威ではあるが、何よりもライガー・ファングは他のモンスターを呼び寄せる特性が危険視されている。

 デモポンは緩急をつけながら接近し、ライガー・ファングの視線を奪う。

 アイズはエアリエルを纏うと、ライガー・ファングを素通りし集結しつつあったモンスターの殲滅を始める。

 ライガー・ファングがすぐ隣を通り過ぎたアイズに気が向いた一瞬、デモポンはライガー・ファングの下顎を掴み上げそのまま押し倒すとアイトーンを発動し、高温の熱波を直接体内に送り込まれたライガー・ファングは紅い花となって弾け飛んだ。

 デモポンは無惨な姿となったライガー・ファングに目もくれずにアイズに加勢すると、集まっていたモンスター達を蹂躙し始める。

 アイズとデモポンはこの間無言だった。

 無言で黙々と、作業の様にモンスターを屠り続ける。

 黙ってそんな二人を見ていたリヴェリアは、多少戦い方がましになったと喜ぶべきか、それとも叱ってやるべきか、頭痛を押さえるように手を頭に押し付けた。

 

 

 ダンジョン探索から帰還したデモポンはアイズ達と別れると、一人ギルドに来ていた。

 そしていつもなら、担当アドバイザーのソフィに報告に行くのだが、今日は少し違っていた。

 デモポンは、ギルドに張り出されている大きな掲示板を見上げる。

 そこにはランクアップを果たした冒険者達が似顔絵と共に張り出されていた。

 その中の一つをデモポンは見る。

 そこにはアイズ・ヴァレンシュタインのレベル2へのランクアップが告知されており、その所要時間が一年丁度であることが記されていた。

 デモポンは黒いワイヴァーンとの戦闘後、今日みたいにロキファミリアに誘われダンジョンに潜る回数が増えた。

 そしてその中で知ることとなった。

 アイズが前に言っていたように、レベルを同じくするなら剣技においてアイズは自分の先を行ったと。

 だがデモポンはそれを悔しいとか妬ましいとは思わない。

 ただアイズが強さを求め日々努力をしているように自分もさらなる努力をしなければならないと、決意を新たにしただけだった。

 

 「やっぱり悔しい?レコードホルダーの座も取られちゃったものね」

 

 デモポンに声をかけて来たのはソフィだった。

 ソフィは膝を抱え込むようにしゃがむと、デモポンと視線を合わせる。

 まるで愚図る弟の話を聞いてあげている姉のように、微笑みを浮かべて。

 だが、デモポンは晴れやかな顔をしていた。

 

 「悔しくはないです。ただ……」

 「ただ?」

 「負けてられないなって、アイツは友達ですけど、きっと神々が言うところのライバルって奴なんだと思います」

 

 そう言って笑うデモポンにソフィも笑い、デモポンの頭を撫でてやった。

 冒険者間ではレベルとは優位性の序列であり、絶対の指針である。

 故に普通の冒険者であれば、急成長を遂げている冒険者を見れば悔しく思うし、妬ましく思う。

 その感情が無用ないざこざを招いてしまうこともある。

 だが、デモポンは子供だからか、逆に大人びているからか、さらなる高みに至るための言葉を紡いだ。

 多くの冒険者を担当していたソフィにはそれが酷く眩しく見え、また危なっかしく見えたのだった。

 その時、一人の冒険者がギルドに駆け込んできた。

 

 「た、助けてくれ!」

 

 ギルドに駆け込んできた冒険者は、戦闘衣に身を包んでいるが肌が見える箇所はその殆どが火傷を負っていた。

 

 「ど、どうされましたか!?」

 

 慌ててギルド職員が駆け付ける。

 冒険者は話し出す。

 19階層で希少種モンスターのファイアーバードが複数体出現し、19階層は火の海と化していること、それに多くの冒険者が巻き込まれ18階層のリヴィラの街に怪我人が多数いること、ヒーラーの派遣をすぐにしてくれと、冒険者は矢継ぎ早に言った。

 その報告を聞いたギルドの対応は早かった。

 すぐに冒険者を向かわせること、また人数分のサラマンダーウールを手配することを走り込んできた冒険者に告げ、指示を出していく。

 そうしてすぐに、ギルドからのクエストは出された。

 ギルドから飛び出して行く職員の姿も見られ、待つばかりだけでなくすぐに行動出来そうなファミリアに要請をしにいったのだった。

 ソフィも慌てて立ち上がり突然の仕事に向かう。

 それを見送ったデモポンは一瞬考えると、ダンジョンに向け駆け出した。

 

 「ポンちゃんは、危険だから行っちゃ……」

 

 ソフィはハッとしてデモポンに向け大声を出すが、その時にはデモポンの姿はギルドになかった。

 

 

 ダンジョンの入り口にデモポンが辿り着くと、そこには人だかりが出来ていた。

 デモポンはそのグループがこれから18階層に向かう冒険者達だと当たりを付け、その中に入り込む。

 デメテルファミリアの護衛を依頼しているファミリアの冒険者も数名おり、デモポンは顔見知りのその冒険者達と会話をしていた。

 その時、デモポンを呼ぶ声が聞こえた。

 

 「なんであなたがここにいるのですか……」

 

 そうデモポンに声をかけて来たのは、腰辺りまで伸ばした銀髪の少女、アミッド・テアサナーレであった。

 

 「あれ、アミッドも行くの?」

 

 デモポンがそう聞くと、アミッドは溜息混じりに言った。

 

 「ファイアーバードによる火傷は普通の火傷とは違います。適切に処理しなければ最悪の事態を招くおそれもあります。ファミリア内で今手が空いているのは私だけでしたので、私が出向いた。それだけのことです」

 

 そう言われたデモポンは素直に返す。

 

 「でも良くディアンケヒト様が許可してくれたな」

 

 神ディアンケヒト、オラリオの二大製薬系派閥の一角を担うこのファミリアでのアミッドの立ち位置は、まさに生命線ともいえる。

 アミッドは未だ少女と呼べる年齢ではあるが、類まれなヒーラーであり、治療行為だけでレベル2に至った稀有な存在だった。

 そしてアミッドの有する魔法は、多くのヒーラーの中でも最上位と呼べるほどの効果を持つ。

 毎日だれかが死に掛けるオラリオにおいてアミッドの価値は鰻登りとなっており、傍若無人なディアンケヒトが許可を出すとは考えにくい。

 デモポンの言葉に無言で返してるところから見ても、いてもたってもいられずにこの場にいることは容易に想像出来た。

 だからこそ、デモポンは自然と笑顔になった。

 

 「やっぱ優しいなアミッドは」

 

 アミッドは褒められたのに、呆れたようにジト目をしてデモポンを見た。

 それは過去、まだ彼女がレベル1の時に、デモポンは彼女の世話になりっぱなしだったからだ。

 しかも、周囲に悟らせることなく姿を現しては、アミッドに治療をさせる。

 そんなことが続けば、年齢が比較的に近かったからだろう二人は友人とも呼べるような気安い関係になっていた。

 

 「はぁ……、あなたのスキルは知ってますが、くれぐれも無茶はしないで下さいね」

 

 そういうアミッドに対し、デモポンは歯を見せて笑う。

 

 「大丈夫だって、もしなんかあっても夜か朝一にアミッドに治してもらいに行くから」

 

 デモポンの言葉にアミッドは人差し指を付きたてながら怒る。

 

 「だ・か・ら、無茶はしないでと言っているのです!!」

 

 そうプリプリ怒るアミッドにデモポンは尚も笑顔だった。

 

 「ヤバくなったら逃げる、いつものことさ。アミッドは俺が守るし、無理なら連れて逃げてやるから安心してろって!」

 

 アミッドとデモポンが会話をしていると、二人分のサラマンダーウールが渡される。

 デモポンはそれを受け取ると、手早くアミッドに着せてやった。

 少し照れくさそうにしているアミッドに向け、デモポンは言った。

 

 「それじゃ、行こうか!」

 

 この冒険はデモポンにとって初めての経験だった。

 守ってくれる人達はおらず、守るべき対象がいるダンジョンアタック。

 それは高みに至るための、最初の登竜門のように感じ取れた。

 だがデモポンは探索に慣れてきていたからだろうか、それとも救助を待つ人達を救いたいという使命感からだろうか、頭の中から抜け落ちていた。

 ダンジョンとは未知の宝庫であり、どこまでも優しくないということに。

 



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10話

 聖女(アミッド)を連れ立った行軍は、問題無く進んでいた。

 

 「そっち二体パープル・モス行ったぞ!」

 

 声を張り上げたのは、このパーティ唯一のレベル3の冒険者。

 彼は中衛にて一時的にリーダーを務め、的確に指示を飛ばす。

 

 「魔法準備出来ました」

 

 後衛の魔導士がそう言えば、すぐにGOサインを出し、パープル・モスを消し炭に変えた。

 

 「ウォーシャドウ3体、ニードルラビット5体、挟撃されます!」

 

 誰かがそう言えば、デモポンが飛び出す。

 

 「ウォーシャドウは任せて下さい!」

 

 駆け出したデモポンは、一体のウォーシャドウの側面に回り、勢いを殺すことなく飛び上がると、メタルブーツで首を蹴り飛ばし、着地と同時に後方に忍び寄っていたウォーシャドウを逆手に持った双頭剣で突き刺す。

 さらに双頭剣を引き抜くと、逆手のまま、眼前のウォーシャドウを切り裂いた。

 その動きは上層域のモンスター相手とは言え、見事なモノであった。

 デモポンがパーティに合流すると、アミッド以外の冒険者達が声をかける。

 

 「いやぁ、噂には聞いていたけれど、君強いな」

 「また強くなったのかよお前、もう先輩風吹かせられないじゃねぇか」

 「君、本当にヒューマンの子供なのか?小人族の大人がふりをしているってわけではないんだよな?」

 

 口々にそう言われ、デモポンは適当に会話をしながら隊列に加わるとアミッドはすかさずデモポンの体を触り始めた。

 これには周囲にいた冒険者も驚き、デモポンだけは少しだけ面倒くさそうにしていた。

 

 「アミッド……、大丈夫だって……」

 「……」

 

 ただアミッドは黙って黙々と触診を行うのみだった。

 一通り終わるとアミッドはスッと元の隊列の位置に戻っていく。

 周囲の冒険者達からは口笛などが鳴らされ、デモポンは弄られていた。

 デモポンはそれに嫌そうな顔をしつつも、どこか楽しそうである。

 アミッドはそんなデモポンを見て、思い出す。

 

 彼と初めて出会った時のことを―――。

 

 「包帯とハイポーション急いでッ!」

 「大丈夫、この程度なら切り落とさないで済みますから!」

 

 純白の神殿、そう形容されることもある広い部屋、神殿と言われているのは、そこが清い場所であることの証明、だが現実は戦場のような血と涙と悲鳴に満ちていた。

 

 「た、助けてくれ……」

 

 アミッドの目の前に冒険者と思わしき男が寝かされている。

 その寝かされた男が、少女に助けを求める。

 

 ベッドに寝かされる男の隣に並ぶ自身の腕と足を見ながら―――。

 

 男の容態は明らかな重体、意識があることが奇跡、この場合は気を失っていた方が双方にとっては救いだった。

 だが神の恩恵(ファルナ)を授かった人間は、強化される。

 それこそ進化したと言われるほどに、手足が吹っ飛んだくらいでは意識は途切れない。

 むしろ、死に掛けているなら足掻いて見せろと、それは神の愛なのかそれとも試練なのか。

 残酷なことには変わりない。

 アミッドは蒼白を通り越して血の気が失せ白くなった顔の表情が悲壮な物に変わることがないよう願いながら、震える手を翳そうと伸ばす。

 

 「い、癒し……の……」

 

 アミッドは喉が震えて声が出ない。

 汗は噴き出しているのに、声だけが出てこない。

 魔法の詠唱をすることが出来ない。

 アミッドの能面の様な表情に悲壮が浮かび、それを見た男が絶望の表情を浮かべようとしたとき、先輩の治療師(ヒーラー)がアミッドを強引に押しのけた。

 

 「変わって下さい!」

 

 先輩の治療師(ヒーラー)は、男の傷口の包帯を取り除き、強引に取れていた足と腕を合わせると回復薬を傷口に塗りながら詠唱を始めた。

 男が痛みに絶叫を上げる。

 アミッドはその叫びに耳を塞ぎ、せめて邪魔にならないようにと逃げることしか出来なかった。

 自室で小さくなるアミッド、ディアンケヒトファミリアの団長として期待されている想いが小さな肩に伸し掛かり、今にも潰されそうになっていた。

 その時、扉がノックされた。

 アミッドが返事を返す前に、扉は開かれる。

 

 「ここにいたのかアミッド」

 

 現れたのはファミリア主神のディアンケヒト、男神である彼は蓄えられた髭を撫でながら、不思議そうな顔をしていた。

 

 「どうしたアミッド、まだまだ患者はたくさんいるのだぞ?これらを全て癒し、我がファミリアがミアハのところより優れていると、都市内外に喧伝しなければならんだろう?」

 

 ディアンケヒトと言う神は、弱り果てた少女に向け平然とそのようなことを口にする。

 それはディアンケヒトがアミッドに団長と言う席を渡したことから分かる通り、彼女に期待しているからに他ならない。

 彼女はその願いから、治療師(ヒーラー)として優れた才能に恵まれていた。

 その才能とはアミッドに発現した魔法である。

 これを見たディアンケヒトは小躍りしてしまうほどだった。

 だが、アミッドの心は怯えていた。

 自身の手に人の生死が伸し掛かることに。

 だがアミッドは弱音を吐くことはしない。

 逃げたとしても、弱音だけは吐けなかった。

 

 「……は……い……」

 

 アミッドは吐き気を覚えながらも、震える足腰に力を入れて立ち上がる。

 そしてディアンケヒトの顔を見て礼をしてから、自室を後にしようとして呼び止められた。

 

 「ふむ、アミッド。今日は治療院の仕事は良い。他の者達で回すことが出来るからな」

 

 アミッドはこの時、安堵からか絶望からか、溜息が漏れ出そうになった。

 

 「お前には別の仕事を言い渡そう。デメテルのところから実入りの良い仕事の依頼があってな。お前にはそちらを任せることにする」

 

 アミッドは何のことかディアンケヒトの顔を見るが、彼はいつも通りの成金スマイルを浮かべていた。

 

 「相手はデメテルファミリアだ。金は腐る程持っているに違いない。搾り取れるだけ搾り取ってこい。わっははははは!」

 

 ディアンケヒトはそう笑いながら、アミッドよりも先に部屋を退室していった。

 アミッドは仕事の内容を聞くことを思い出したが、ディアンケヒトはもういない。

 出来るだけの準備はしようと、治療用の鞄を準備し、裏口に向かう。

 そこにはアミッドよりも少し年上の少女がいた。

 

 「わぁ、本当に可愛いね」

 「アナタは……?」

 

 アミッドがその少女に問うと、問われた少女はキョトンとしながら優しい水色をした髪を揺らして自己紹介をした。

 

 「私の名前はアーディ・ヴァルマ、品行方正でガネーシャファミリア団長のシャクティお姉ちゃんの妹でレベル3の冒険者だよ。じゃじゃ~ん!」

 

 そう言いながら万歳したアーディに、アミッドは冷静に返す。

 

 「ディアンケヒトファミリア団長のアミッド・テアサナーレです。よろしくお願いします」

 

 アミッドが行儀良くお辞儀すると、アーディはうんうんと頷いた。

 

 「噂には聞いていたけど、アミッドちゃんは本当に綺麗だね!」

 

 ハイテンションで言葉を紡ぐアーディに若干気押されながらも、アミッドは仕事内容のことを聞いた。

 

 「あぁそうだった。詳しい話は道中で良いかな?一先ずはデメテルファミリアのホームまでね」

 「はい」

 

 一体何をさせられるのだろうか。

 アミッドは少し不安になりながらも、相手が街の憲兵をしているガネーシャファミリアの眷属なので、信じて大丈夫だろうと、後に続くことにした。

 道中で語られた依頼内容は、至ってシンプルな物で、訓練に明け暮れている若手冒険者の治療だった。

 それなら治療院に訪れるか、薬舗にまで顔を出せば済む話なのだが、その若手冒険者はダンジョンと訓練の往復を繰り返しており、傷を負うが負傷していないというまるでナゾナゾみたいな冒険者なのだという。

 その若手冒険者は特別なスキルを有していてそれが関係しているらしく、信用できる治療師に一度見てもらいたいと言う内容だった。

 

 「我がファミリアまでお越しにならないと言う事は、周知されると困る程のスキルということですか?」

 

 アミッドがそう問うと、アーディは心配気に笑った。

 

 「もうビックリするスキルなんだよ。そこらの神々に知られてしまったら間違いなく面倒ごとに巻き込まれるレベルの超レアスキル」

 

 ガネーシャファミリアの団員にそこまで言われるスキルとはどう言ったものなのか、アミッドは不思議に思いながらもデメテルファミリアに向かう足を止めはしなかった。

 そしてどこかホッとしていた。

 話の内容からして、そこまで悲惨な状況の患者ではないと考えたからだ。

 そしてデメテルファミリアのホームに辿り着く。

 門の前に待っていたのは、デメテルであった。

 アミッドはデメテルに向け一礼する。

 

 「お待たせ致しました。ディアンケヒトファミリアから派遣されてきました。アミッド・テアサナーレです。よろしくお願いします」

 「えぇ、わざわざありがとう。さっそくで悪いのだけれど案内させてもらうわね」

 

 神自ら治療師を待っていた。

 それだけ、その冒険者は愛されているのだろう。

 アミッドはそう考えた。

 

 ―――また一つ心労が取り除かれた気がした。

 

 デメテルが向かう先、それはデメテルファミリアのホームの裏に広がる広大な畑のさらに先、市壁のすぐ近くであった。

 そこに近づくたびに、金属と金属が打ち鳴らす甲高い音と、何かを破壊する音、時折呻き声のようなモノまで聞こえてくる。

 そうしてアミッドの前に現れたのは、悲惨な光景であった。

 一人の大人の女性が一人の子供を徹底的に虐めている。

 時には拳で、時には蹴りで、時には槍で、子供を吹き飛ばしている。

 咄嗟に止めに入ろうとするアミッドをデメテルが手で制した。

 それでも向かおうとしたアミッドの瞳に信じられないものが映り込んだ。

 その苛め抜かれている子供は、傷などなく、あるのは汗とこびりついた砂のみで苦し気な声を発したかと思えば、すぐに起き上がり立ち向かっている。

 それは余りにも異常な光景だった。

 アミッドがそう感じた瞬間、その子供はアミッドの目の前まで吹き飛ばされてきた。

 子供をよく見れば、自身と同い年くらいの男の子だった。

 その男の子は汗でへばり付いたブラウンの髪を掻き上げると、立ち上がり再び向かおうとした。

 アミッドはその姿に咄嗟に声をかけてしまった。

 

 「ま、待ってッ!!」

 

 男の子は、その声に立ち止まり振り返る。

 そこで初めて目が合った。

 そしてアミッドは思った。

 

 まるで獣の様だと―――。

 



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11話

 獣―――。

 それは雰囲気からそう思えたのだろうか。

 ただ感情が出やすい瞳からは、何かに追い詰められている壁際の手負いの獣を連想させられた。

 男の子はアミッドを一瞥すると、目礼だけで済ませ、デメテルとアーディには頭を下げ再び訓練と称した虐めに戻ろうとした。

 その時、先程まで散々男の子を吹き飛ばしていた女性が男の子のすぐ後ろにまで歩みを進めており、振り返った男の子の頭に強烈な拳骨を落とした。

 それは決して頭からしてはいけない音がするほどの威力であった。

 

 「ふぎゃッ!!」

 

 男の子は短い悲鳴を上げる。

 その様子を見て、やれやれと女性が首を振ると、アミッドに声をかけて来た。

 

 「やれやれ……、初対面の人物には出来るだけ礼節を持てと私は言ったぞ?……私はガネーシャファミリアの、シャクティ・ヴァルマだ。よろしく頼む。そして、ファミリアを代表して感謝したい、いつもディアンケヒトファミリアには世話になっている。ありがとう、アミッド・テアサナーレ」

 

 ガネーシャファミリア団長の象神の杖(アンクーシャ)に感謝をされる。

 それは大変名誉なことである。

 ただその言葉は今のアミッドには重く感じられた。

 

 「……私達は当然のことをしているだけですので」

 

 アミッドは褒められているのに、その顔は能面の様に無表情で聖女と言われるほど整ってはいるが、無理をしているのが感じ取れた。

 シャクティはスッと目を細めると、拳骨を落とされた頭をさするデモポンの襟首を猫の様に持ち上げ、アミッドの目の前に移動させた。

 デモポンはもうどうにでもしてくれと言ったような諦めの表情を浮かべており、アミッドは少し驚きの表情を浮かべる。

 アミッドが驚いたのは、デモポンから先程まで感じ取れていた獣の様な雰囲気が消えていたからだ。

 デモポンは吊るされながら、首を動かしてシャクティに文句を言う。

 

 「シャクティ、恥ずかしい……」

 「この程度の辱めは我慢しろ。まったく、もう終わりだと言うのに何度も突っかかってきて……、少しはこちらの都合も考えろ」

 

 シャクティは手の掛かる弟に文句を言う姉のように、言外に疲れたと言っていた。

 デモポンの方も、膨れ顔であるがシャクティに言い返している。

 アミッドは二人の関係性に誤解していたのかもしれないと考え直した。

 すると、デメテルが手を合わせながら言った。

 

 「ポンちゃんもシャクティさんも汗をかいているから、先にお風呂に入ってきたらどうかしら?」

 

 デメテルの言葉にデモポンは露骨に嫌そうな顔をした。

 

 「シャクティは、髪の洗い方が下手で痛いから嫌だ」

 「ほう……、いつも早く済ませてくれと言っているのはどの口だったか?今日は記録更新といこうか?」

 

 シャクティがニヤリと笑うと、デモポンの顔は青くなる。

 デモポンは吊るされたまま、シャクティに連れていかれた。

 アーディは、その様子に「あはは……」と苦笑いをしている。

 なかなか濃い人達だとアミッドは思った。

 

 デメテルファミリア内の応接室、そこに用意された丸椅子が二つ。

 そこにはデモポンとアミッドが向かい合っていた。

 アミッドは治療師としての準備を済ませていく。

 デモポンはそれを不思議そうに眺めている。

 二人が未だに子供で背も低いことから、どこからどう見てもお医者さんごっこにしか見えない。

 ただ、アミッドが小さく息を吐いたところで空気は変わる。

 その顔には一切の妥協を許さない、職人の表情があった。

 ただデモポンは年相応に丸椅子から投げだれた足をブラブラさせ、暇であると態度で示している。

 そして軽い問診を行った後に、アミッドは服を脱ぐように言った。

 デモポンは言われた通りに上半身の服を脱ぐ。

 アミッドはデモポンの肌を見て驚く。

 あれほど吹っ飛ばされていたのに、その肌には傷一つ無かったからだ。

 回復薬を飲んだと言う話も聞いていない。

 普通ではありえない状況に、アミッドは少し考え込む。そして素直に感想を述べた。

 

 「凄まじいですね。デモポンさんは、最近神の恩恵(ファルナ)を刻まれたばかりと伺っていましたが、象神の杖(アンクーシャ)と訓練をして、まったくの無傷とは……。これがスキルの効果ですか……、しかし」

 

 アミッドはデモポンの体の一部分を突いた。

 その瞬間、デモポンは飛び上がる。

 

 「イタイっ!!」

 

 その様子を見て、デメテルだけでなくシャクティもアーディも驚いていた。

 

 「やはり、疲れは蓄積されているようですね。いえ、外部からそう見えないだけで内部は損傷しているのかもしれません」

 

 アミッドはそう言いながら、検診を始める。

 アミッドに色々とされているデモポンは先程のがよほど痛かったのか、涙目でアミッドを睨んでいた。

 

 「……内部も特に問題なさそうですが、疲れが抜けていないと言う事はどこかが無理をしている可能性もあります」

 

 アミッドがそう言うと、デメテルは不安そうにした。

 

 「現時点では要観察とし、訓練後などに治療師に診てもらうことをお勧めします。ただ……」

 

 アミッドはデメテルを見た。

 デメテルは眉間に皺を寄せている。

 その表情のままデメテルはアーディを見ると、アーディは頷きデモポンに服を着させると手を引いて退室していった。

 それを見届けたデメテルはシャクティを見る。

 シャクティはそれに対し頷いた。

 

 「呼び出しておいて、こんなことを聞くのは申し訳ないのだけれど、ポンちゃんのスキルは口外しないと約束してほしいの、もちろんあなたの主神にも。その上でお願いしたいの……、ポンちゃんを定期的に診てもらえないかしら?」

 

 神は下界の住人の嘘を見抜くことが出来る。

 それはアミッドも承知している。

 だからこそアミッドは本心から頷いた。

 

 「患者の方がそれを望まれるのなら、それを叶えるのも治療師の仕事ですので」

 

 アミッドが嘘を言っていないと判断したデメテルは、一息つくと話し始めた。

 

 「ならあなたを信じて話すわ。ポンちゃんのスキル、エレウシス・アムブロシアの能力を……」

 

 

 

 

 現在アミッド達、救援パーティは15階層に足を踏み入れていた。

 先程まで和気あいあいとしていた冒険者達も、ここからは油断ならない死地であると理解しており、細心の注意を払っている。

 アミッドも何が起きても良い様に、魔法を待機状態にし、いつでも護衛の冒険者達を癒せるようにと準備していた。

 すると、周囲から亀裂が走る音が聞こえ始める。

 

 「おい、この音は……」

 

 冒険者の一人が呟くや、リーダーを務めている冒険者は叫んだ。

 

 「怪物の宴(モンスターパーティー)だ!走れッ、16階層に急ぐんだ!」

 

 冒険者の一団はアミッドを中心にした隊形を維持しながら、ダンジョンの声の中を走る。

 それでも亀裂が走る音は、まるで自分達を絡めとる様に辺り一帯から響き始めた。

 

 「クソッ!」

 

 そしてとうとう牙を剝き始める。

 眼前に現れたのはミノタウロスの群れ、その数は20を超える。

 さらに後方からは、数えるのも嫌になる量のモンスターが生まれていた。

 完全に挟撃された形となり、次の階層に近かったことから、開けた場所となっていたそこには、迂回路なんてものは存在していない。

 いくらレベル3を含んだレベル2の冒険者達と言えど、物事には限度と言う物がある。

 さすがにこれは捌ききれない。

 リーダーの冒険者は判断を迫られた。

 その時、デモポンが叫んだ。

 

 「後方は俺が行きます!皆さんは前方のミノタウロスの群れをお願いします!」

 

 その声と同時にデモポンは隊列を離れていた。

 冒険者達は困惑の声を上げ、今すぐに救援に向かうべきだと結論を出そうとするが、それをアミッドが制した。

 リーダーの冒険者は、非難の籠った視線をアミッドに向ける。

 それに対し、アミッドはただ「彼なら大丈夫です」としか言わなかった。

 ミノタウロスの群れに魔法の雨が降り注ぐ。

 それはミノタウロスの一部、先遣隊のような個体を粉微塵に変えた。

 だがそれは所詮一部、次から次へとミノタウロスは仲間の灰を踏み均して突き進んでくる。

 

 「うぉおおおおおおッ!」

 

 とうとうミノタウロスの群れと冒険者の一団はぶつかり合った。

 激しい殺し合いが繰り広げられるが、冒険者側に負傷者はいない。

 それはアミッドが、負傷した冒険者を次の瞬間には魔法で癒してしまっているからであった。

 その行いはもはや不死の軍団を生み出した事に等しく。

 まさに聖女の名に相応しい出鱈目さであった。

 ミノタウロスとの戦闘に希望が見え、余裕が生まれたからだろう。

 リーダーの冒険者は後方のデモポンにも意識を向ける。

 部隊とは離れてしまった闇の中、そこから聞こえるのは暴力の音色だけだった。

 

 「……本当に、大丈夫なのか?」

 

 リーダーの冒険者が唾を飲みながら、問いかけるとアミッドは視線を前方のミノタウロス達に向けたまま答える。

 

 「はい、大丈夫です」

 「なぜそこまで信じることが出来る?彼はまだ……」

 「死なないと、約束しましたから……」

 「え?」

 「彼は、デモポンは、私の前で決して死なないと約束しましたから……、だから大丈夫です」

 

 アミッドがそう言った瞬間、中衛の冒険者から悲鳴が上がった。

 それは突然の奇襲であった。

 群れからはぐれていた一匹のミノタウロスが、光に群がる虫のように、魔法を行使するアミッドに向け突進を始めたのだ。

 それにより、アミッドを囲っていた防御陣に穴が空いてしまう。

 そしてそれを許容する程ダンジョンは甘くない。

 さらに湧き出したモンスターがアミッドに向け、その牙を向ける。

 周囲の冒険者達は知覚し反応出来ているが、間に合わない。

 叫び声を発する時間すらない。

 それでもアミッドはその牙を無視して、魔法を行使し続ける。

 まるでそれが目に入っていないかのように、絶対に大丈夫だという確証を得ているかのように。

 あと、数瞬―――。

 それだけで、聖女の美しい銀の髪が鮮血に染まる。

 そう誰もが予想するなか、暗闇の中から一筋の光が差し込んだ。

 その光の矛先はアミッドに向かっていたモンスターの首。

 次の瞬間モンスターは絶叫を上げる。

 モンスターの首から鮮血が吹き上がり、アミッドの美しい銀髪をモンスターの血によって染め上げてしまった。

 

 「血……、かかってしまったな。大丈夫か、アミッド?」

 

 アミッドの目の前にいるのは、血濡れの獣。

 その体の全てを血の赤で染め上げるデモポンであった。

 デモポンの姿は文字通り血塗れであり、双頭剣と防具からは血が涎のように滴っている。

 いまのデモポンの姿を見れば、モンスターと勘違いされてしまうかもしれない。

 そんな姿のデモポンとアミッドの姿は、モンスターと見つめ合う聖女の絵画のように怖くも美しかった。

 アミッドはデモポンを見ながらも、口元に小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

 アミッドがデモポンと出会ってからすでに一月が経過したころ。

 アミッドは自室で文献を読み漁り頭を悩ませる。

 

 「エレウシス・アムブロシア、効果は反逆進化(リベリアスイボルブ)。どの文献を読んでも似たスキルを見つけることが出来ません……」

 

 アミッドが頭を悩ませていたのはデモポンのスキルのことであった。

 エレウシス・アムブロシア、効果は反逆進化(リベリアスイボルブ)

 デメテルの説明によると、攻撃またはそれに類する行為に対しての免疫効果。

 攻撃を受けると体がそれに対抗するために能力の底上げを自動で行う、出鱈目なスキル。

 つまりそれは、格上と戦えばそれに勝てるように瞬時に強くなるということ。

 神の恩恵(ファルナ)の自動更新と言えばそうであるが、このスキルの本質は生き残ることである。

 いくらダメージを負おうが、それが死に直結しないように瞬時に体を進化させてしまう。

 つまり超速回復がこのスキルの本質と言える。

 まだ試してはいないが、魔法にも毒にも呪詛にもこの効果は働くだろう。

 

 「ただ、どこまで回復の効果があるのか不明……。神デメテルから出来ればその境界値を探り出してほしいと頼まれましたが、いったいどうすれば」

 

 アミッドは椅子の背もたれに体重を預ける。

 木製の椅子が苦し気な音を奏でるのを聞きながら、アミッドは皺の寄った眉間を揉み解した。

 

 「ステイタスが上がると言う事は体が経験に則って最適化されていくことと同義、つまりは身体の作り替え、そんなことをダメージを負う度に繰り返す。体のどこかに無理をさせていると考えるのが普通なのですが……」

 

 う~ん……と悩むアミッドの血色は以前よりも大分良くなっていた。

 それはデモポンとの関りとさらにデメテルファミリアの人達のちょっとした怪我を魔法で癒すことがきっかけとなっていた。

 自分の魔法の力で人々が癒される。

 その光景はアミッドに自信をつけさせていた。

 そしてその自信は本来のアミッドの力を十全に発揮させていた。

 強く扉を叩く音がする。

 アミッドが返事を返すと急患のしらせであった。

 アミッドは専門書を閉じるとすぐに立ち上がり患者の元へと急いだ。

 




補足説明

 主人公のスキルを簡潔に説明しますと、ダメージを喰らった分だけ強くなるということです。
 しかも回復もします。
 まるで、ラスボスみたいな能力です。
 後々描写しようと思いますが、弱点も勿論存在します。
 例えば、一撃必殺の攻撃をくらえばもちろん死にますし、腕が吹っ飛ばされても生えてきません。
 主人公の器の許容値を超える攻撃を受けて進化しようとすれば体が耐え切れずに内側から爆発します。
 スキル名は、神話上でデーメーテールがデモポンにアムブロシアを塗り火にくべてデモポンを不死にしようとしていたと言う話から考えました。
 エレウシスはデーメーテールのエレウシスの秘儀から取りました。


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12話

「ディア・フラーテル!」

 

 治療院に並べられたベッドの数々、清潔さを見せる白いシーツは赤く汚れ、涙が色を洗い流していく。

 それは突然のことであった。

 闇派閥による無差別襲撃、彼らは遂にその標的を冒険者から民間人へと変え始めた。

 運び込まれる人だった者達の数々、万能薬は在庫が切れ、ポーションは底をつき、唯一治療師達の精神力を回復させるマジック・ポーションのみが積み上げられていた。

 今までの中で一番の修羅場、泣き言を許さない圧倒的なまでの絶望。

 アミッドが放つ癒しの魔法も死人までは生き返らせることが出来ず、聖女と呼ばれた彼女の目の前で選別が行われている状況が生まれていた。

 精神疲弊(マインドダウン)を起こす前にマジック・ポーションを飲み干し、空き瓶を放り投げると再び詠唱を始める。

 誰が生きていて誰が死んでいるのか。

 それすらわからない人の形をした何か達。

 片方では命が助かったことによる喜びの声が上がり。

 片方では死を嘆く声が上がる。

 アミッドはファミリアの者達に止められようと、魔法を放ち続けた。

 弱音は元来吐けなかった。

 逃げようとはもう思わなかった。

 今自分に出来る最善を命の限り行う。

 アミッドは文字通り寿命を削りながら、膨大な数の命を救い続けていた。

 そんな地獄をどれだけ過ごしたのか、覚えているのは救えなかった人達を愛していた人々の恨みの籠った瞳。

 

 選んだな、と―――。

 救える命とそうでない命の選別を、どうしてこの人を救ってくれなかったの、と―――。

 

 気が付けばアミッドは自室のベッドに眠らされていた。

 酷い悪夢を見たような頭痛に襲われたアミッドは、上半身を起き上がらせると自分の机に座り参考書を読んでいる人物に気が付いた。

 

 「……ここでなにをしているのですか、デモポン」

 

 デモポンはアミッドが目覚めたのを確認すると、コップに水を注ぎアミッドに手渡す。

 

 「アミッドさ、最近元気なかったろ?どうしたらいいかアーディに相談したら、顔を見に行ってやれって言われてさ。だから来た。そしたらディアンケヒト様にここにいるように言われた」

 

 デモポンの言葉にアミッドは溜息を深く吐いた。

 

 「……なんか悩みでもあんの?」

 「あなたには関係の無いことです……」

 

 デモポンの言葉をアミッドは拒絶する。

 それはこれ以上踏み込んでほしくなかったからだ。

 物語に出てくる英雄などであれば、ここで強引にでも話を聞きだして答えを探そうとするのだろうが、デモポンはそんな人物ではない。

 

 「そっか」

 

 デモポンはそれだけ言って再び参考書に視線を落とした。

 見ているのは、薬草や毒に関しての物である。

 アミッドはそんなホームにまで押しかけておいて無関心な態度のデモポンに頬を少しだけ膨らませた。

 そんなアミッドの様子を見もせずに分かっているかのような態度のデモポンは参考書をパタリと閉じると、身体ごとアミッドに向けた。

 

 「アミッドの悩みって仕事関連だろ?そんなの俺に相談されても答えられないよ。気休めの言葉も思い浮かばない。だから、そういうのは同業者の神や人にするべきだと俺は思うな。相手が他派閥でも構わない。今よりもより良くなるためなら行動するべきだ」

 「随分と好き勝手に言ってくれますね……」

 

 アミッドの不機嫌な言葉、それを受けてもデモポンは表情を変えない。

 デモポンは冒険者と治療師を明確に線引きしているだけだからだ。

 

 「好き勝手言うさ。アミッドは俺の専属の治療師だ。不調になられると俺が困る。いつもみたいに俺に得体の知れない毒物ぶち込んで血を抜き取ってニマニマしたり、俺の傷を触ってニマニマしている気持ち悪い聖女様がいなきゃ俺の調子が崩れてしまう。それは冒険者として致命的だ」

 「うぐッ」

 

 デモポンに気持ち悪いと言われてアミッドはダメージを受ける。

 

 「だから、俺にはどうすることも出来ないけれど、アミッドのことは何かあったら俺が守ってやるからさ。今より凄い治療師になってくれ」

 

 デモポンはそう言って笑った。

 その顔が間抜けに見えて、彼がそう言うのならやって見せられると思わせられた。

 

 「ふぅ……、冒険者がダンジョン以外で治療師の心配などしないで下さい」

 

 ブスッとした顔でアミッドはそう言いながら、次には口元に笑みを作った。

 

 「でも、ありがとう……」

 

 その感謝の言葉を聞いたデモポンも笑顔になる。

 

 「おう!」

 

 

 

 ダンジョン17階層に向かう中で、アミッドはそんな昔のことを思い出していた。

 デモポンのあの言葉がきっかけで、他派閥、しかも当時主神がライバル視していた神と交流をもつことが出来るようになった。

 また様々な治療師達の言葉を聞くことで、自身の傷をトラウマとする前に癒すことにも成功している。

 デモポンはただ雑談をしただけと考えているだろうが、アミッドは少なくとも感謝していることは確かであった。

 

 モンスターからの返り血を拭いながら、先に進む冒険者パーティ、怪物の宴(モンスターパーティー)をなんとか退けた彼らは、回復薬をそれぞれ飲みながら17階層に続く階段を覗き込んでいた。

 

 「迷宮の孤王(モンスターレックス)……、ゴライアスは討伐されてからまだ一週間経ってなかったよな?」

 「たしかガネーシャファミリアが前回は討伐したと聞いてるわ。……六日前だったかしら」

 「なら帰りのことを考えても十分に余裕があるな。いくぞ!」

 

 リーダーの冒険者の号令の下、17階層に足を踏み入れる。

 もうここまで来ることが出来れば、クエストは折り返し地点に到達したと言っても過言ではなかった。

 ただ、デモポンは何かを考え込むように虚空を見つめたままである。

 その様子が気になったアミッドが、デモポンに問いかける。

 

 「どうしたのですか?」

 「少し嫌な予感がしてさ……」

 「嫌な予感?」

 「あぁ、別に大したことじゃないと思うけど……、俺の思い違いかもしれないし……」

 「普段と違い煮え切りませんね。一体どうしたのですか?」

 

 17階層を進むデモポン達の足音は広い空間と嘆きの大壁と呼ばれる一面白く輝く壁に反響し鼓膜に良く響く。

 デモポンが口を開こうとしたとき、リーダーの冒険者が少し大きな声で言った。

 

 「よし、ここを抜ければ18階層だ!」

 

 

 

 冒険者ギルドでは、少し混乱が起きていた。

 

 「えっ!?クエストを受注した冒険者達がもうダンジョンに向かったのですか?」

 

 ソフィが聞き返すと、手が空いているファミリアにクエストを要請しに行っていたギルド職員がもうすでにダンジョンに向かう冒険者の一団と戦場の聖女(デア・セイント)の姿を見ているからとクエストを断られたと答えた。

 

 「もしその話が本当なら、ギルドに助けを求めにやってきた依頼者よりも早く冒険者達に救援を求めた誰かがいたと言う事になります。そんな事が可能なのは助けを求めにやってきた冒険者の彼だけですが、あれだけの火傷を負いながらそんな悠長な事が出来るとは思えません」

 

 そしてソフィはふと疑問を口にした。

 

 「……そう言えば、助けを求めにやってきた依頼者の彼は、どこのファミリア所属でどんな顔をしていましたっけ?」

 

 ソフィは気が付いた。

 件の冒険者の顔が思い出せない。

 そればかりか声色すら霞が掛かったように出てこない。

 ソフィはすぐさまその冒険者がどこに行ったのかクエストを担当していた職員に確認をしに行く。

 

 「確か、ギルド内の療養所に依頼者を連れて向かったはず……」

 

 そしてソフィは見つけてしまった。

 

 首を鋭利な刃物で斬られた職員の無惨な姿を―――。

 

 ソフィの判断は早かった。

 職員がすでに事切れていることを確認すると、行動を始めるために走り出した。

 

 

 

 18階層に続く階段、大口を開けた先には闇が広がっているように思えた。

 

 「迷宮の楽園(アンダーリゾート)、ダンジョンのセーフティーゾーンですね。緑溢れる美しい場所だと聞きました」

 

 アミッドがデモポンに話しかける。

 それはある種ゴール地点が目の前にあるからに他ならない。

 ダンジョン内で不測の事態はつきものであるが、18階層はそういった未知とは遭遇しにくい、人が安心して寝泊まり出来る場所などデモポンも18階層くらいしか経験がない。

 アミッドが気を緩めるのも納得であった。

 

 「まぁ、マナーさえ守っていれば問題無い場所であることは間違いないな」

 

 デモポンは流すように言った。

 まるで何かを警戒しているようで、それは冒険者アドバイザーが言う通りの出来た冒険者だ。

 ただしそれは、経験値が少ないからとも言えた。

 それはアミッド達の周囲の先輩冒険者達がすでに臨戦態勢を解いていることからもわかる。

 人間常に集中など出来ない。

 どこかで切り替えることが必要であり、出来れば早い方が良い。

 談笑を始める先輩達もいる。

 そういう空気の中で先陣を切った冒険者が一人。

 彼が足を一歩、下層に向かう階段に足を付けたタイミングでそれは起こった。

 

 「グアッ!」

 

 一瞬の煌めき、闇を切り裂いたのは矢であった。

 それが先陣を切った冒険者の肩に深々と突き刺さっている。

 リーダーの反応は早かった。

 

 「下がれ!」

 

 矢を受けた冒険者を引きずりながら、一団は飛び退くようにして18階層に続く階段から距離をとる。

 続けて、20に及ぶ矢が闇を含んだ大口から飛び出してきた。

 

 「アイトーン!」

 

 デモポンが前衛に踊り出ると、熱波の盾を展開して矢を防ぐ。

 その間にアミッドが矢が刺さった冒険者の矢を引き抜き回復魔法を唱えた。

 そして暗闇の中からその者達は姿を現した。

 

 「闇派閥(イヴィルス)っ……」

 

 誰かが言った言葉を合図に、白濁色の目元以外見えないローブを纏った集団が姿を現す。

 

 「まさか戦場の聖女(デア・セイント)が釣れるとは、実に幸先が良い」

 

 リーダーの冒険者が叫んだ。

 

 「お前は、白髪鬼(ヴェンデッタ)。オリヴァス・アクト!」

 



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13話

 それはまさに間一髪であった。

 闇派閥の一人が抜き放った紅色の短剣。

 一振りするだけで、それは火球を生み出し突き進んでくる。

 デモポンは続けてアイトーンを展開、着弾と同時に爆炎が上がり周囲に煙を立ち昇らせた。

 その煙を突き破る様に現れたのは白濁色のローブに身を包んだ者達。

 人数は4、種族性別は判断不可能。

 もとより顔が判別できないために、いくら記憶を探っても相手の情報は出てこない。

 そのため自身と相手のレベル差が判断できない。

 それでもデモポンに考えている時間は無かった。

 

 「ゼェあッ!」

 

 双頭剣を振り抜き一閃、その勢いを殺すことなく蹴りを放ち着地と同時に拳を叩き込み足を引っかける。

 倒れた相手の背に肘を叩き込んで黙らせた。

 

 ―――やれる。

 

 デモポンは相手がレベル2以下と判断した。

 いくら顔が知れた闇派閥幹部の白髪鬼(ヴェンデッタ)がレベル3だと言っても、周囲にいるのが、底辺のレベル2、もしくはレベル1の集まりならどうにかなる。

 見たところ闇派閥は30人、いまので4人潰したので残り26、ヴェンデッタさえどうにかすればこちらの冒険者達ですり潰せる。

 それをリーダーの冒険者も理解していたのだろう。

 指示を出し、後衛の冒険者に詠唱を始めさせ防御に最小限の人数を残し残りの冒険者達に突撃の指示を出す。

 ただデモポンは嫌な予感が消えないでいた。

 闇派閥の出現がそうなのではないかと考えたが、先程からその寒気のする予感は消えてくれない。

 勝てると思えてもだ。

 デモポンは向かってくる闇派閥を双頭剣で切り捨てる。

 倒れる闇派閥の者から呻き声が聞こえた。

 デモポンの心に重いなにかが伸し掛かる。

 だがデモポンはそれをあえて無視して向かってくる敵に双頭剣を振りかざす。

 

 やはり戦力ではこちらが上なのか、数で来る闇派閥を次々に撃破し、魔法が放たれ勝敗は喫したと思われていた。

 当然だ、なにせ今回の一団は最低でもレベル2中位である。

 油断さえしなければ大抵の事はなんとか出来るだけのポテンシャルが存在している。

 ただ闇派閥はソレを覆した。

 

 「キャッ!」

 「うわぁ!」

 「あいつら……」

 

 数を残り5人としていた闇派閥全員が、魔剣を抜き放ち、倒れている仲間もろとも吹き飛ばしたのだ。

 それも魔剣が砕け散るまで全力でである。

 その流れ弾は後衛にも届き、盾を失ったアミッド達に落石のように降り注いだ。

 

 「テメェ等ッ!!」

 

 デモポンは怒りに瞳を染めながら、魔剣を振っていた者達を切り裂く。

 ヴェンデッタはリーダーの冒険者が攻防を続けている。

 デモポンは双頭剣に染みついた血を振り払うこともせずに加勢に向かった。

 

 「甘いわ!」

 

 だが、そこはやはり闇派閥の幹部。

 対人戦に異様に慣れているのだろう。

 同レベルのリーダーの冒険者の攻撃を防ぎながら、デモポンに蹴りを打ち込む。

 デモポンは蹴り抜かれた反動で嘆きの大壁に罅を付ける程に叩きつけられた。

 デモポンの口から鮮血が飛び散りガードした右腕が反対方向に曲がり、肋骨を砕き、内臓に骨が突き刺さる。

 それは適格に人を壊す一撃であった。

 デモポンは第一級冒険者達との戦闘訓練の経験がある。

 だが、こんな技術は知らなかった。

 一撃でここまで人体を破壊出来る方法を。

 デモポンに気を取られたからだろうか。

 先程まで優勢に動いていたリーダーの冒険者が防戦一方になっている。

 それを見ながら、崩れ落ちるデモポンは想った。

 

 早く来いと。

 

 瞬間、デモポンの内部からまるで炙られているかのような激痛が生まれる。

 

 「来た」

 

 その激痛がその熱が、身体を焦がし生まれ変わらせる。

 刺さった骨が元の位置に、内臓の傷が癒え、曲がった腕が正確な位置に戻る。

 まるで内側から蒸されているかのような眼球に力を込め願う。

 

 あの敵に勝つ力を、と―――。

 

 ヴェンデッタは勝ちを確信していた。

 目の前のおそらくレベル3の冒険者を倒せば、気を失っている戦場の聖女(デア・セイント)を殺すことなど容易いと。

 目の前の冒険者も後一撃拳を叩き込めばそれで終わると。

 その時、背筋を何かが這い回った。

 そして原因を確かめるために視線を一瞬向けると、倒れていたはずのガキが立ち上がっていた。

 それだけでなく向かって来ている。

 一瞬モンスターか何かかと目を疑った。

 綺麗に入った一撃、それは同レベルだけでなくレベル4の冒険者にも通用した一撃の筈だった。

 それが出来るだけ弱い相手だった。

 

 ―――筈だった。

 

 デモポンは生まれたての雛のように足から腰を震えさせながらも、走っていた。

 奇妙な感覚、この体を炙る熱を感じたときは、格上に勝つことが出来た。

 デメテル様に聞いても教えてはくれなかったおそらくスキルの類のモノ。

 でもこの熱が訴えてくれるのだ。

 生き残れと、勝てと。

 故に走った。

 双頭剣は既に砕けている。

 だが、自分には無二の魔法がある。

 

 デモポンは走りながらアイトーンを展開する。

 紅い熱波は両掌から放出され、地面を枯らして削る。

 ヴェンデッタは危機を感じた。

 アレはまずいと本能が理解した。

 そのため邪魔な目の前の冒険者を一撃もらいながらも拳を叩き込み沈める。

 猶予はまだあるはず一度体制を立て直す。

 ヴェンデッタはそう判断し、距離を取ろうと後方に下がろうとした瞬間に強制的に停止させられた。

 

 「なっ!?」

 「……いかせるかよ」

 

 停止させたのはヴェンデッタの腕を掴んでいた沈めた筈の冒険者だった。

 

 「えぇい離せッ!」

 

 叫び乱雑に殴り続ける。

 それでも腕は絡みついた鎖のように離れない。

 そして―――。

 

 「アイトーンッ!!」

 

 デモポンは手首を合わせるようにして熱波をヴェンデッタに撃ち込んだ。

 まるで上級魔導士の魔法のような威力。

 それをまともに受けてしまったヴェンデッタは苦痛に叫ぶ。

 だが腐ってもレベル3、一瞬で内部の血を沸騰させるまでには届かない。

 そしてその一瞬をヴェンデッタは逃さない。

 弱まった腕を振り払い、飛び退く。

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……、貴様ぁ」

 

 ヴェンデッタは焼け爛れた腹部を見ながら、怒りに毛を逆立たせる。

 その姿はまさに鬼であった。

 対するデモポンは肩で息をしている。

 全力の一撃、後数瞬時間があれば止めをさせていたかもしれない最後のチャンスだった。

 だが、それも無くなった。

 でもデモポンの心は折れない。

 もう一撃、撃ち込んでやると掌に魔力を集める。

 リーダーの冒険者も苦悶の表情を浮かべながら立ち上がった。

 

 「すまない……、やれそうか?」

 「……はい」

 「よし」

 

 その時、デモポン達を地響きが襲った。

 

 「なっ!?」

 「ぐぅ……」

 

 その振動は傷に良く響く程った。

 これも闇派閥の作戦の内なのか。

 デモポンは最悪を予想した。

 だが、最悪を予見したのはヴェンデッタも同じであった。

 

 「ば、馬鹿な」

 

 ヴェンデッタはそう呟くも、口元を三日月型に歪めた。

 

 「ダンジョンとは本当に恐ろしい、故に我が主の悲願成就のために!」

 

 ヴェンデッタは叫ぶと満足したのか、18階層に続く階段にその身を飛び込ませた。

 

 「逃げるな!」

 

 リーダーの冒険者が叫ぶがそこにはもうヴェンデッタの姿は無かった。

 そしてそれが姿を現した。

 

 「グゥオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 嘆きの大壁と呼ばれる白一色の石壁。

 それのデモポン達の遥か高い場所の一部に亀裂が走り、ソレは生まれた。

 

 「う、嘘だろ……」

 

 リーダーの冒険者もそう息を吐くしか出来ない。

 生まれ落ちたのは迷宮の孤王(モンスターレックス)、またの名をゴライアス。

 灰色の体表に覆われた巨人。

 無謀を良しとする冒険者達の裁定者。

 本来ありえない筈の未知が、絶望と共に生まれ落ちた。

 



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14話

 腹の底が震える。

 巨人が一呼吸するだけで、生死を判別されているかのようだ。

 今まで皆を導いていた冒険者も情けない音とも取れない呼気を出すことしか出来ない。

 巨人の一撃。

 ただの拳の振り下ろし、それだけで大地が脈動し、縫い固められたかのように身動きが取れない。

 ただ、それが合図だった。

 

 「行って下さい……」

 

 デモポンは静かに告げた。

 

 「へっ……?」

 「俺達のクエストはアミッドを18階層に届けること。19階層のことは別の冒険者に任せれば良い。今は何よりもアミッドが優先される。それと、闇派閥幹部(あのクソ野郎)が逃げた先も18階層です。戦力は多い方が良い。あと、あなたがいないと守り切れない」

 

 デモポンはゴライアスを睨みつける。

 ゴライアスは足元で逃げ惑う闇派閥の残党に攻撃を加えていた。

 一撃一撃振るい落とすだけで、肉塊が生まれていく。

 幸いこちら側には死者がいないのが救いだった。

 

 「割れてなければ、アミッドのバッグに回復薬と気付け薬が入っています。それを使って皆を先導してください。……悩まないで下さい。今出来る最善をお願いします」

 

 デモポンは見捨てろと言っていると感じられた。

 相手はモンスターレックス、並みの冒険者では太刀打ち出来ない真の化け物。

 それを子供一人を残して逃げるのか。

 ただ、その子供は絶望を前にしても心が折れていなかった。

 なんとかしてやると、背中が語っていた。

 唇を噛み締め、拳をきつく握りしめ、万感の想いを乗せて一言。

 

 「―――すまない」

 

 倒れている仲間達を時には放り投げ、担ぎ上げ、引きずって後方まで下がるリーダーの冒険者を横目で見て、デモポンは申し訳なさそうにしていた。

 辛い選択を取らせてしまったと。

 けれど、これが今は最善だと思えた。

 戦う意思が無い者が、勝つ気が無い者がどれだけ挑んだとしても、ゴライアスには届かない。

 無駄に犠牲を増やすだけだからだ。

 

 ―――準備が出来た。

 

 デモポンはどさくさに紛れて盗んでいた一本の壊れかけの魔剣を握る。

 それを軽く一振り。

 吐き出されたのは、一本の電撃だった。

 それがまっすぐに進み、ゴライアスの顔面で爆発する。

 

 「ふぅーーー……」

 

 デモポンが大きく息を吐きだしたと同時に、ゴライアスは次なる獲物に向け進軍を始める。

 デモポンはゴライアスを引き付けながら、速度強化のスキル、アレイオーンを発動する。

 逃走の際に超域強化をもたらすこのスキルを使えば、ゴライアスの速度を上回ることも可能だった。

 走りながら叫ぶ。

 

 「行けっ!走れッ!!」

 

 起き上がった仲間の冒険者達にデモポンは叫ぶ。

 冒険者達は状況を瞬時に判断、助けに向かおうとする者達も現れたが、それはリーダーの冒険者が短い言葉で説得し、それに成功していた。

 18階層に向かう階段の前に陣取っていたゴライアスは、デモポンに導かれ、階段の入り口に背を向けている。

 その隙間をゴライアスに気づかれることなく冒険者達は走り抜けていこうとした。

 ここでうまく仲間を逃がすことが出来ていれば、デモポンも一端の冒険者と言えただろう、もしくは後世英雄になりえた存在と言われたかもしれない。

 ただそんな未来をダンジョンは許容しない。

 ゴライアスの胸部が微かに膨れ上がる。

 急激な風の流れ、17階層中の空気を搔き集めるかのようにゴライアスに吸い込まれていく。

 そして、ゴライアスが咆えた。

 それは轟雷の様であった。

 視界が一瞬歪み、続いた爆音。

 空気に押しつぶされるという感覚をこの時デモポンは初めて知った。

 

 「咆哮(ハウル)ッ」

 

 ゴライアスはただ吸い込んだ空気を叫びと共に吐き出しただけ、それだけでゴライアスの前面に広がる地面は捲り上がり、押しつぶされた。

 デモポンは咄嗟に行動していた。

 コンマ何秒と言う刹那、仲間の冒険者達の眼前に躍り出て魔法を展開していた。

 だが、無傷とは言えない。

 デモポンのアイトーンは前面を守る盾であっても全面を守護する壁ではない。

 空気が音が蛇のように回り込みデモポン達を襲う。

 傷を癒されたばかりの冒険者達は、また傷を負ってしまい戦意すら喪失した。

 それはリーダーの冒険者も同じだった。

 

 ―――もう駄目だ。

 

 そう呟いた彼は、膝をついてしまっている。

 何度も繰り返される絶望の波状攻撃。

 それでもデモポンは折れない。

 意地を見せた。

 一歩を踏み出す。

 ゴライアスは胸板を叩き威嚇を繰り返す。

 そのリズムにつられるようにしてデモポンは笑って返してやった。

 

 「まだだ、ここからだ。そうだろ、……冒険をしなくちゃなッ!」

 

 ―――走る、奔る。

 

 猫から逃走する鼠の様に、縦横無尽に駆け抜ける。

 その動きが余りにも癪に障ったのかゴライアスは雄叫びを上げながら、所かまわずその巨大な腕を振り回す。

 デモポンの作戦は単純。

 咆哮(ハウル)を撃たせない様に、足元を駆け回り意識を常に自分に向けさせ、人型のゴライアスの二本の脚に魔法を叩き込む。

 デモポンはオリヴァスとの戦闘で編み出した自身の魔法の拡大解釈の一つ、熱波を一つの塊として叩き込む衝撃波としての運用を行っていた。

 狙うは脹脛、ゴライアスが人体を模しているなら、そこには神経が集中しているはずであった。

 ゴライアスが苦悶に満ちた雄叫びを上げる。

 作戦通りに進んでいることからデモポンは笑みを隠すことが出来ない。

 それは危機に陥った弱者の生存戦略の成功を確信したからだ。

 

 「……かと言って全てうまくいくわけではないか」

 

 デモポンも少なからずダメージを受けていた。

 それは単純にゴライアスが捲り上げて生まれた岩石が、砲弾のように撒き散らさられるからだ。

 デモポンの身長以上の大岩が真横を通過していくのは、肝を冷やすどころではなかった。

 

 「それでも!」

 

 繰り返しアイトーンを撃ち込み続ける。

 掌から放たれた熱波は爆風となって着実にゴライアスの脹脛にダメージを与えていく。

 ゴライアスの脹脛は度重なるデモポンの衝撃波を受け変色を始めていた。

 灰色の皮膚が蒼く滲む。

 それはゴライアスがうっ血している証拠だった。

 

 「オラァっ!」

 

 紫電を纏った衝撃波が爆ぜ、ゴライアスは苦悶の叫びを乗せて膝を折った。

 巨体が音を立てて崩れ落ちる。

 四つん這いの姿となったゴライアスは、脹脛の痛みからか苦悶の叫びを繰り返す。

 この時、デモポンには二つの選択肢が提示されていた。

 一つはこのままゴライアスを嬲り殺すこと。

 一つ一つの攻撃は微々たるものだが、塵も積もれば山となる。

 現にゴライアスは膝をついてしまっている。

 もう一つは、この時間を使い皆で避難すること。

 16階層に向かうにしろ、18階層に向かうにしろ状況的にはまさに絶好の機会と言えた。

 そしてデモポンは判断した。

 皆を連れて一端逃げるという選択肢を。

 デモポンはゴライアスに背を向けて駆け出す。

 仲間の冒険者達の方に、咆哮(ハウル)の影響から抜け出し起き上がった者達も数名いる。

 それに安堵を覚えるが、心配なことがあった。

 それはアミッドが目を覚ましていないことであった。

 守ると約束した。

 目の前で死なないと約束した。

 そのアミッドとの約束を履行するために、デモポンはアミッドの下に向かう。

 こんな状況から一刻も早くアミッドを逃がすために。

 だがそれは冒険者として正解であったとしても、生物(弱者)としては不正解であった。

 

 「今のうちに逃げましょう!」

 

 仲間の冒険者達の下に辿り着いたデモポンはそう叫んだ。

 アミッドもただ気絶しているだけであり、特に外傷などは見受けられない。

 故に今しかない。

 起き上がる冒険者達も撤退に向けて、倒れる他の冒険者を担ぎ上げながらゴライアスとは正反対側、つまり16階層に向けて走ろうとした。

 その時、誰かが叫んだ。

 

 「危ない!」

 

 デモポンは咄嗟に振り返る。

 その視線の先には、四つん這いになりながらも足を引き摺りながら進み拳を振り上げたゴライアスがいた。

 



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15話

 

 アミッドは深い暗闇を見つめながら今日は本当に昔のことを思い出す日だと考えていた。

 それはデモポンとの出会いの日であったり、誓いを立てた日のことであったり、守ってもらった日のことであったり、……初めて救えなかった人を目の当たりにした日であったり。

 良き過去であったかと問われれば顔を顰めてしまいたくなるが、胸は張ることが出来る今を形作ってくれた誇りある過去だった。

 そう思えたのは、やはりデモポンの存在が大きいだろう。

 

 「俺は、死なないよ」

 

 そう言ってくれた。

 

 「俺が守ってやるからさ」

 

 そう言ってくれた。

 

 彼の後にもそう言ってくれる人はいたけれど、例え私が魔法を使えないただの町娘だったとしても、彼はそう言ってくれるだろうと、何故だか信じられた。

 ならば目覚めなくてはならない。

 暗闇から自力で抜け出さなくてはならない。

 何故ならば、私は治療師で戦場の聖女(デア・セイント)なのだから。

 

 アミッドは自力で重い瞼を抉じ開けるとそれを見た。

 周囲の大人の冒険者達が腰を抜かして倒れている誰よりも最前線で、巨石を思わせる拳を小さな体と紅い波で防ぐ、男の子の姿。

 何度も何度も、金槌を振るうかのように駄々っ子のように、叩きつけられる拳の雨。

 それを血塗れになりながらも、一歩も引くことなく受け止め続けるデモポンの姿。

 なぜだかその痛々しい背中を見たときに、アミッドの中を支配したのは、溢れんばかりの激怒だった。

 

 「なにを……やっているの……ですか?」

 

 アミッドの呟きはゴライアスの打ち付ける拳の音で誰にも届かない。

 だから叫んだ。

 喉が切れ、口内から鮮血が飛び散っても気にも留めずに力の限り。

 

 「なにをやっているのですかッ!?」

 

 それは果たして誰に対しての怒りだったのか。

 逃げずにたった一人で立ち向かっているデモポンに対してなのか。

 子供一人に任せて腰を抜かしている冒険者達に対してなのか。

 いいや違う。

 なにも出来ずにいた足手纏いの自分に対してだ。

 いつも無茶をする冒険者を救う存在の自分が、一番見たくない人物の鮮血を浴びながらのうのうとしている。

 許される筈がない。

 怒りで視界が染まったアミッドは轟音と振動が続く道を踏みしめて進む。

 

 道は鮮血で塗装されている。

 道は苦痛で補装されている。

 ならば自分の為すべきことは―――。

 

 アミッドは無言でデモポンを背後から抱きしめた。

 デモポンの腹部に回された腕には、ゴライアスが振るう拳の振動が伝わってくる。

 それだけで腕が吹き飛びそうになる。

 だが、アミッドは意識を集中していく。

 彼女はデモポンの専属の治療師だ。

 デモポンの体のことは、デモポン以上に熟知していると言っても良い。

 アミッドの足元から魔法陣が姿を現す。

 その光の暖かさに気が付いたのか、今まで意識がなかったのかもしれないが、デモポンが掠れた声で呼んだ。

 

 「……アミッド?」

 

 その声にアミッドは溜息で返す。

 本当にどうしようもない人だと思ったからだ。

 

 「あなただけでも、逃げればよかったのに……」

 

 アミッドのその言葉にデモポンは「へへへ……」と力なく笑って誤魔化した。

 アミッドはデモポンを抱く力を強める。

 この難局を乗り越えるために、生きて帰るために、デモポンを治療するために。

 アミッドはその祈りを言葉にした。

 

 「癒しの滴、光の涙、永久の聖域」

 

 アミッドとデモポンを包む光に命が吹き込まれる。

 

薬奏(やくそう)をここに。三百と六十と五の調べ。癒しの(おと)万物(なんじ)を救う」

 

 伝えるは世界に刻む歌。

 事象の上書きを行う魔法の力。

 

「そして至れ、破邪となれ。傷の埋葬、病の操斂(そうれん)。呪いは彼方に、光の枢機へ」

 

 アミッドは詠唱を一分の狂いもなく読み上げる。

 目の前に薄い紅い波の壁に打ち付けられる巨石のような拳を見ながら、そこに恐怖はない。

 

聖想(かみ)の名をもって——私が癒す」

 

 抱きしめる腕に込められた想いを乗せて解き放った。

 

 「ディア・フラーテル!」

 

 白銀がデモポンを包み込む。

 アミッドの意思が想いが込められたその魔法は、聖女の名を穢しはしない。

 ゴライアスは何かを感じ取ったのだろう。

 肘を大きく引き絞り、必殺の一撃を白銀の輝きに叩きつけた。

 そして気が付いた。

 拳がまるで割れた風船のように消えたことを。

 ゴライアスが痛みに叫ぶ。

 腕を押さえ、まるで人間かのように苦しんでいる。

 ゴライアスは睨みつける。

 

 白銀の壁を、その光を―――。

 

 「ありがとうアミッド、助かった」

 「当然です。あなたを癒すのは私の仕事なんですから」

 

 光の先から現れたのは無傷のデモポンとアミッドの姿だった。

 本来ならばありえない光景、あと一撃でもゴライアスが拳を振るっていれば容易く潰せたはずの存在が始まりに戻ったかのように平然としている。

 それがアミッドの魔法ディア・フラーテルの効果。

 その力は、死にさえしなければ全てを癒すとまで言われた最上位の治癒魔法。

 アミッドが魔法を発動さえすれば、味方は常に万全の体制でいられる反則級の力だ。

 その力を前にしてもゴライアスは止まらない。

 まだ片方の腕が残っている。

 ゴライアスが拳を握りしめたと同時、剣の刃がゴライアスを襲った。

 

 「すまない、本当にすまない。俺は冒険者なのに、大人なのに」

 

 それはリーダーの冒険者だった。

 ゴライアスの威圧に恐怖し膝を屈していた彼は、デモポンとアミッドの背中を見て立ち上がっていた。

 それに続くようにして冒険者達が立ち上がる。

 

 「勇気をみさせてもらった」

 「情けなくてすまない」

 「ここからはゴライアスの攻撃はすべて防いでみせる」

 

 冒険者達は次々に言葉を発し己が武器を手に取り立ち向かう。

 デモポンはそれを見て瞳を輝かせていた。

 まるで物語のワンシーンのような光景だったからだ。

 それに気が付いたのか、アミッドは抱きしめる腕の力をさらに増してデモポンを軽く締め上げる。

 

 「喜ばないで下さい。まだ、終わっていないのですから」

 

 アミッドに注意されてもデモポンは喜びが隠せないようで笑顔のままだ。

 

 「ねぇ、アミッド」

 「はい」

 「そのまま俺に魔法を掛け続けていて欲しいんだ」

 「なにか手があると?」

 「あぁ、出来るかどうかわからないけど確信しているんだ。俺なら出来るって」

 「はぁ……、よくわかりませんが、また無茶なことをするんですね?」

 「ダメかな?」

 「いいえ、それが必要なら私のことは気にせずに……、全て癒しますから」

 

 アミッドのその言葉にデモポンは笑った。

 そして意識を集中させていく。

 デモポンは考えていた。

 自身の魔法のことを。

 アイトーンは、紫電を纏った紅い波動だ。

 それは魔力を放出するだけで出来ていた。

 今まではそれしかやってこなかった。

 だがヴェンデッタとの戦闘の中で気が付き、ゴライアスの戦闘で実践出来た。

 そこに形を持たせるということを。

 イメージしたのは一つの塊。

 波動をただ垂れ流すだけでなく留めるという一つの工程を加える。

 それを対象に叩きつけることで波動の塊は振れた箇所から弾けるように衝撃を加えることが出来た。

 それはまるで水を詰め込んだ風船に針を差し込めば、そこから水が飛び出すのと同じだった。

 魔法に容を用意して、力の向きを整える。

 本来その役目を担うのは詠唱であるが、それを無理矢理行う。

 デモポンはゴライアスに向けて掌を上下に向け合わせる。

 まるで子供の影遊びのように、大きな獣の口のように向けられた手の中に、紅い波動が重なりあう。

 波動と波動が重なり共鳴し、四散する前にさらに波動を加え練り込んでいく。

 イメージしたのは、アイズと共に倒した黒いワイヴァーン。

 放たれた劫火は一撃でダンジョンの環境を塗り替えた。

 その力が今、必要だった。

 重なり暴発してしまいそうになる熱の塊。

 魔法の使用者であるデモポンですら蒸発させてしまうその熱量をデモポンは全身で受け止め、瞬時にアミッドが癒す。

 それは儀式だ。

 デモポンのスキル、エレウシス・アムブロシア。

 その効果反逆進化(リベリアスイボルブ)、ダメージを負うごとに強制的に進化を促すそのスキルが、デモポンの格を上げていく。

 それは魔法の使用者として相応しい位置にまで押し上げる。

 そして実った。

 

 「アミッド!」

 

 デモポンが名を呼ぶと、アイッドは前線で戦う冒険者達に指示を出す。

 冒険者達がゴライアスから離脱したと同時、手の中で暴れる熱球を解き放った。

 

 「枯れ果てろ(アイトーン)ッ!」

 

 放たれたモノはまさしくドラゴンの一撃と言って良いだろう。

 一直線に進むドラゴンブレスが、ゴライアスの魔石が宿る腹部に突き刺さる。

 

 「グゥオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 だがゴライアスはそれすら耐える。

 紅い閃光となって突き刺さり続けるアイトーンのシャワーをその強靭な皮膚で耐え忍ぶ。

 ゴライアスを中心に温度が急上昇し、瑞々しかった周囲の岩を風化した砂のように吹き飛ばしていく。

 それでもゴライアスは耐えていた。

 

 ―――これでもダメなのか。

 

 そう誰もが思う中、デモポンとアミッドは諦めていなかった。

 

 「「いっけぇええええええええッ!!」」

 

 紫電を纏った熱波の光線に白銀の光が混ざり合う。

 それはデモポンにアミッドの魔力が譲渡されていることを意味し、それは最大の一撃を常に発揮し続けるということだ。

 そして遂にゴライアスの皮膚が爛れ落ちる。

 盾を失ったゴライアスを守るモノはもうなにもない。

 その圧倒的な熱は、ゴライアスの体内に侵入すると、ありとあらゆる物を沸騰させ粉微塵に変えていく。

 そしてアイトーンがゴライアスを貫通すると同時に、ゴライアスは灰となって崩れ落ちた。

 その光景を見て、皆が息を飲んだ。

 それは当然のことで、ゴライアスはレベル4相当とギルドに定義されている。

 つまりレベル4の冒険者でどうにか出来るかもしれないという強さなのだ。

 それがレベル3を中心としたレベル2ばかりの冒険者パーティが打ち倒す。

 しかもその殆どをレベル2の子供がしてしまった。

 そんな夢物語、口にするだけで笑いものになってしまう。

 だが、これは現実だった。

 灰の山となって消えたゴライアスも、いつのまにか逃げて消えていた闇派閥達も、倒したのはそんな冒険者達だ。

 気が付けば皆が叫んでいた。

 涙を流しながら拳を振り上げて、この偉業を祝福した。

 そんな光景を見て、満足したからなのかデモポンは足から崩れ落ちそうになる。

 アミッドは慌ててそんなデモポンを抱き抱えた。

 そしてデモポンを地面に寝かせると、頭を膝に乗せて顔を覗き込む。

 

 「苦しいところはないですか?」

 

 いつもの無表情になっているアミッドに対し、少しだけ嫌そうな顔を作りながらも大丈夫だと伝える。

 そんなデモポンの態度にもアミッドは無表情であったが、ふっと息を噴き出すと小さく笑った。

 それにつられるようにしてデモポンも笑う。

 

 「約束守っただろ?」

 

 デモポンがそう言うと、アミッドは笑顔で頷いた。

 

 「えぇ、信じてましたから」

 

 デモポンが拳をアミッドの前に持ち上げると、アミッドもそれに拳を合わせた。

 



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16話

 

 

 

 

 

 悲鳴が聞こえた。

 弾けるのは命の音。

 燃えるのは精霊の身体。

 

 「生きてっ―――、あなただけは―――」

 

 懐かしいあの子の声が聞こえるけれど、周囲に満ちた熱気の波がそれを搔き消していく。

 なにか大きな生き物が体を震わせる音が響く。

 それはこの地獄を体現した冥府に遣わされた怪物だった。

 歓喜は無く、雄叫びも無く。

 ただ日常の一動作の如く、それは多くの命を奪い取って行った。

 そう、その時だ。

 俺は聞いたのだ。

 鐘の音を、優しくも冷たい響き渡るその哀歌を。

 

 デモポンは瞳を開けた。

 流れる水の音と、野太い冒険者達の声、テントの隙間から洩れる独特の光、デモポンは掛けられていた毛布を取り除くと、静かにテントから外に出た。

 一瞬の白光が視界を埋め尽くし、すぐに世界が輪郭を取り戻す。

 

 「ここは……、俺は……?」

 

 記憶が朧気だ。

 体も少し気怠い。

 そんな様子のデモポンに明るい声が聞こえた。

 

 「おっ、やっと起きたな寝坊助君め~」

 

 駆け寄ってきたのはアーディであった。

 彼女は元気に手を振りながら、その手にスープが入った皿を持っていた。

 そんなアーディの姿に若干の戸惑いを感じつつもデモポンは周囲を見渡す。

 湖畔の周囲に点在する島々、その中央には巨大な一本の木、その頭上には太陽に似た光で全てを照らす巨大な水晶群。

 それだけの情報でここがどこなのかは明白であった。

 

 「18階層……、迷宮の楽園(アンダーリゾート)

 

 そう呟いた瞬間にデモポンは腰が抜けそうになった。

 それをアーディが慌てて支えてくれた。

 

 「おっとと、大丈夫?」

 

 アーディのその言葉に答える余裕は今のデモポンにはなかった。

 何故なら達成感に包まれていたからだ。

 

 「アーディがいるってことはガネーシャファミリアの皆が助けてくれたの?」

 

 デモポンがそう言うと、アーディは笑って答えた。

 

 「私達と後スペシャルゲストでね」

 「ありがとう……」

 

 デモポンは静かに言った。

 腰を下ろしたデモポンとアーディ、デモポンはさらに深く皆の安否などを含めて聞き出そうとしたが、その口にはスプーンが押し込まれた。

 

 「色々聞きたいだろうけど、まずは腹ごしらえが先、腹が減ってはなんとやらってね」

 

 そのまま黙々とアーディにアーんされていたデモポンは気が付いた。

 木々の隙間、そこに見える黄金を。

 そしてその持ち主と目があった。

 

 『いい年してアーんなんて……、恥ずかしいね』

 『ち、違うぞアイズこれはアーディが勝手に』

 『冒険者なのに……、ぷーくすくす……』

 『……お前だって一緒だろうが』

 『はぁ?何を見て言っているのかな?』

 『俺は知っているんだぞ。お前がガレスさんに、にんじんを食べさせてもらったって言う事を!』

 『そ、それは!』

 『あぁ、知っているとも!にんじんを食べたくないがあまりに口を閉ざすお前を、ガレスさんが頑張って説得して、涙目のお前の口ににんじんを優しく入れたってことを!』

 『それは極秘情報だ!どこから漏れ出した!!』

 『情報源を口にするほど腐ってねぇわバーカ!』

 『そ、それよりも現在進行形でアーんされているデモポンに言われたくない!そっちの方が馬鹿じゃない!バーカバーカ!』

 『バーカバーカ!』

 『バーカバーカ!』

 

 目で互いを罵り合うデモポンとアイズ、もう我慢できないとアイズが飛び出すと同時に二人の頭頂に鈍い痛みが走った。

 

 「うげっ!」

 「ぐぎゅう」

 「なにをしているんだお前たちは……」

 「仲が良いのか悪いのか……」

 

 拳骨を二人に落としたのはシャクティとリヴェリアだった。

 頭を押さえるアイズを猫のように持ち上げたリヴェリアがデモポン達に近づく。

 

 「随分と派手にやったようだな」

 

 リヴェリアがそう言うと、デモポンは褒められると思ったのか、恥ずかしそうに笑った。

 

 「ゴライアスの討伐、それもレベル2のパーティで……、おいそれと出来る事ではない」

 

 続けてシャクティがそう言うと、デモポンはもう確信した。

 だがそれは見事に打ち砕かれた。

 

 「だが私はこう言ったはずだ。常に最善を選べと、移り抜く状況を冷静に判断しろと。なぜ、クエストの内容と規模を判断していけると思ったんだ?」

 

 あっ……、とデモポンの口から音が漏れた。

 これは説教の前触れだと。

 

 「もう一度お前には教え込まなければならないらしい。幸いここには九魔姫(ナインヘル)もいる。彼女もお前に教導したいそうだ。よかったな」

 

 デモポンはアイズに視線を移した。

 いつもならこれみよがしに馬鹿にしてくるアイズの瞳が語っていた。

 『逝ってらっしゃい』と、慈しみを乗せて。

 

 「さぁ行こうかデモポン」

 

 シャクティはそう言うと、デモポンを掴み上げ別のテントに足を向ける。

 リヴェリアもその後を静かに追う。

 その後ろ姿を見ながら、アイズは静かに哀悼の意を捧げた。

 

 説教と言う名の尋問が終わったのは一時間が経過したころだった。

 フラフラと覚束ない足取りでテントを後にするデモポンを見ながらリヴェリアとシャクティは考え込むように眉間に皺を寄せていた。

 

 「ふむ……、彼らのパーティーのリーダー役をしていた冒険者と内容は変わらなかったな」

 「あぁ、闇派閥の狙っていたかのような強襲、イレギュラーで生まれ出たゴライアス、ゴライアスはダンジョンであるからと説明出来るが、闇派閥に関してはそうも言ってられない」

 「象神の杖(アンクーシャ)、貴様のファミリアがダンジョンの入り口を警備していたのだったか?」

 「九魔姫(ナインヘル)、言い訳にしかならないが我々も目を光らせている。それでも鼠一匹とはいかないのだ」

 「分かっているさ、責めているわけではない。ガネーシャファミリアの労苦は我々以上であろうことも理解している。それでも、ダンジョン内部に闇派閥が拠点を設けているかもしれないというのは冒険者を生業とする者にとって死活問題だと思ってのことだ。……あくまでの確認だ」

 「勇者(ブレイバー)はこのことを予見していたのか?」

 「フィンは別に預言者と言う訳ではない、さすがにこの事態に対しての報告は受けていない」

 「勇者(ブレイバー)の予想を超える出来事が起こった。ならば……」

 「あぁ、これからさらなる混乱が生まれるやもしれんな」

 

 リヴェリアとシャクティはそう言い合うと深く溜息を零した。

 だがシャクティは少し嬉しそうにしていた。

 それに心当たりのあったリヴェリアがニヤリと笑った。

 

 「弟子が闇派閥、しかも幹部の撃破、さらに階層主の討伐、師匠としては鼻高々といったところか?」

 「よしてくれ、私が教えたのは基礎の部分だけだ。あんな無茶をさせるような指導など行うものか。……アレの戦術の組み方は私のソレとは違う。まるで、参考となる人物がいたかのような動きを時々行う」

 

 シャクティはそう言うと、寂し気に小さく息を吐いた。

 

 「それよりも剣姫について先生としては誇らしいのではないか?深層到達最年少記録樹立らしいではないか」

 

 シャクティとリヴェリアがそう言い合うと互いにクスリと笑った。

 互いにやんちゃな子供の面倒を見る者どうし苦労を分かち合ったのだ。

 その時、テントの外からアーディの声が響いた。

 

 「ケンカはしちゃダメだよ~ッ!」

 

 その声が聞こえた瞬間、先程までの空気は四散した。

 そして二人はテントの外に重い足を引きずるようにして外に出たのだった。

 

 

 夜、と呼べばいいのだろうか。

 地下に埋まるダンジョン内において太陽の役割を果たす巨大な水晶の光が弱くなる時間帯、デモポンは一人芝生の上に寝転がっていた。

 デモポンは想う。

 生き残れたのは奇跡だったと、本来であれば己が運命はあそこが終着点であったと、それでも自身を突き動かす原動力、諦めを放棄したその思想、根源は一体なんだったのかと。

 デモポンは瞼を閉じた。

 

 そう言えばあの人はいつも瞼を閉じていたな―――。

 

 「理解しろデモポン、その涙の訳を、悲しみの意味を―――」

 

 暖炉の中を舞う灰のように刹那的な色をした長髪を風に靡かせながら、鈴のような声でそう叱責するのは、居候をしていた強い女だった。

 

 「それが許せないと言うなら強くなれ、誰よりも何よりも強くなってしまえ、それこそ英雄のように」

 

 あぁ、そうだ。

 英雄について語っていた強い彼女がとても悲しそうにしていたんだ。

 それで、俺はなんて答えたのだったか―――。

 ただ思い出せたのが、彼女の瞳を見たのは、あの時が最初で最後だったということだけだった。

 

 再び瞼を開けると少し違和感に気が付いた。

 

 ―――暖かい。

 

 デモポンは首を動かす。

 その先に居たのは、デモポンの両隣で同じ様に眠るアミッドとアイズであった。

 二人とも疲れているのかデモポンが身動ぎしようが目を覚ます素振りを見せない。

 デモポンは二人の寝顔を見ながら、優し気に笑う。

 そして片手を持ち上げた。

 オラリオに来た頃よりも大きくなった手を見つめながら、再度呪文のように呟いた。

 

 「―――強くなってみせる。誰よりも」

 



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それは正義さんとのお話で
17話


 

 昼時、寒さを感じる季節。

 汗で張り付いた衣服が体温を余計に奪い取る。

 にもかかわらず、広大な庭園の一画で1人、デモポンは己を鍛え続けていた。

 なぜダンジョンに潜らないのかと言われれば、ギルドの担当官であるソフィに無茶をしたことを怒られたからである。

 そのため、付き添いがない状態でのダンジョンアタックを実質封じられていた。

 そして、闇派閥の襲撃とゴライアスの強襲、その二つを見事潜り抜けたデモポンはレベルを3へと昇華させ、新たな力を得ていた。

 デモポンが腕を振るうと大地から次々と武器が生えてくる。

 まるでそれは畑で芽吹いた野菜の類かのように、そこにあって当たり前だと言わんばかりに主張している。

 デモポンはその中から手近な斧を握ると、振り上げ、即座にそれを手放し、槍を手に持ちそれを投げ、剣を手に持ち斬りかかる。

 まるで相手がいるかのような動作で修練を重ねるデモポンの耳に足音が聞こえた。

 

 「―――ッ!?」

 

 その直後、デモポンはその場を飛び退き足音の主へと身構えた。

 デモポンの視線の先、そこにいたのは一人の大男。

 筋骨隆々なその姿、山の如く揺らがない隙の無さ、圧倒的な存在感を放ち現オラリオ最強の冒険者、レベル6の猛者(おうじゃ)オッタルがそこにいた。

 オッタルは自身の背から大剣を抜き放つ。

 一体どれほどの重量を誇るのか、デモポンの身長の二倍はあろうかと言う大剣。

 その切っ先をデモポンに向け、猛者は言った。

 

 「……貴様が何を感じ取ったのか、ソレはどうでもいい。……来い」

 

 その声が耳に届く前に、デモポンはすでに駆け出していた。

 

 鉄と鉄が打ち合う喧騒をBGMにデメテルファミリアのホームには三人の女神が向かい合っていた。

 いつもの客間から感じる事が出来る優しい土の香りを上書きするような甘い誘惑の香、部屋全体に浸食したその異物が、部屋の主すらも上書きしたかのような異常。

 それをそこにあるだけで成しえてしまう超越存在、美の神フレイヤは出された紅茶に静かに口を付けた。

 その香りが鼻についたのか手を眼前で勢いよく振るっているのがロキ。

 そんな二人を笑顔で見ていたデメテルは、テーブルの上に紙の束を差し出した。

 

 「はい、これが私のファミリアが調べ上げた現在オラリオに滞在する外の商人達のリスト。それとこっちはここ一年大きなお金を動かした形跡のある商人と商社のリスト。最後に怪しい動きを見せている商業系ファミリアのリストね」

 

 分厚い紙の束を見せられて、ロキは舌を出した。

 さすがにこの量はどうかと思ったのだろう、フレイヤですら、僅かに眉間に皺を寄せている。

 そんな二柱を見てデメテルは困ったように肩を竦めた。

 

 「もぅそんな顔をしないでちょうだい。うちの可愛い子供達が頑張って集めてくれた情報よ?」

 

 デメテルはそんなふうに言うが、ロキやフレイヤがそんな素振りを見せたのはデメテルファミリアの情報網とその規模であった。

 ただの一介の商業系ファミリアにオラリオに出入りするほぼ全ての商売人の情報が集まる。

 それはオラリオの商いの全土をデメテルファミリアが把握していることになり、口振りから闇市ですら把握していることになる。

 冒険者と商売人は切っても切れない間柄にあり、どちらかが欠けてしまえばダンジョンの攻略も闇派閥の殲滅も悲願の達成も夢のまた夢となってしまう。

 その片翼を握られていると言う事は、ファミリアの内情をいつ知られてしまうかわかったものではない。

 何をするにも物資は必要不可欠であり、何かをしようと動けば、その情報はデメテルの下に集まる。

 ロキやフレイヤが渋い表情をするのは仕方がないことだった。

 だが、この二柱はかつての最強ファミリア、ゼウスとヘラに代わり現在オラリオの頂点に座している。

 デメテルファミリアならこの程度為すであろうことは予想していた。

 ならこの二柱は何が気に入らないのか。

 それはデメテルが近いうちに一端オラリオ外に疎開するためであった。

 膨大な情報の開示、それはデメテルが本気であることの証、ロキとフレイヤに情報を託すと言う事は、嘘でも何でもなく本気だということ。

 オラリオの食を一手に引き受けていると言っても過言ではないデメテルファミリアの喪失は闇派閥との抗争が日に日に増している昨今、頭痛の種となっていた。

 

 「……出て行ってしまうのね」

 

 まず口を開いたのはフレイヤであった。

 天界から親交のあったデメテルとフレイヤ、その関係は友神と言っても良い。

 だからか、普段は余裕のある姿しか見せないフレイヤの瞳は嘘を許さないと語っていた。

 

 「えぇ、来週皆で炊き出しをしたらその日にオラリオを経つわ」

 

 その瞳から逃げないデメテルはハッキリと言い切った。

 

 「善神代表の自分がオラリオから姿を消せば、子供達(住人)の不安がさらに膨れ上がる。それはわかってるんか?」

 

 ロキは肩肘を突きながら言った。

 

 「えぇ理解しているわロキ。私は自分の子供を優先させると選んでしまったの……それに」

 「デモポンか?」

 「……本当は最後まで残ろうって皆で決めていたのだけれどね。私達がオラリオにいる限りポンちゃんはオラリオから離れない。そうしてもし私達(ファミリア)のうちの誰かが犠牲になるようなことがあれば……」

 

 デメテルの言葉にロキは同意を示した。

 

 「ま、自分の子供に辛い現実を直視させたくないっていう気持ちも、失いたくないっていう気持ちも理解できる。けどな、それはデモポンの意思を聞いての行動ちゃうやろ?」

 

 ロキの言葉にデメテルが瞳を伏せてしまう。

 

 「私達()は下界では零能であっても全知であることに変わりはない。このまま徒に時が過ぎれば、オラリオがどういうことになるかアナタも解っているでしょ?」

 

 フレイヤの言葉にロキは乱雑に髪を掻き回す。

 

 「解っとる。解ってるから、聞いたんや。あのクソガキは冒険者やからな。今のオラリオから逃げるんわ冒険者の教示に反してしまうやろ?」

 

 ロキは珍しくデモポンの気持ちを代弁した。

 冒険者と言う生き物を長い時間多種多様に見て来たからこそ、その言葉を発することが出来た。

 一度逃げてしまえば、デモポンは冒険者としてオラリオに戻ることは無くなるかもしれないと考えての言葉だ。

 だがデモテルもそんなことは百も承知である。

 そして説得も不可能だとわかっている。

 なら無理矢理連れていくしかない。

 故にデメテルは原点に帰った。

 

 冒険者としての心が邪魔をするなら、それを折ってしまえばいいと―――。

 

 「それにしてもさっきからうるさいなぁ……。デメテル、鍛冶職にまで手を広げるつもりか?ヘファイストスに言いつけてまうで」

 

 ロキの問いにデメテルは首を振る。

 

 「私はねロキ、皆で楽しく畑仕事をしてお食事が出来ればそれでいいの、それ以上の楽しみを下界に求めていない。だから、今でもポンちゃんが冒険者でいることに内心反対しているのよ。でもね、ポンちゃんは決めてしまったから私の言葉を聞いても辞めようとしてくれない。ならやっぱり、冒険者としてのポンちゃんを折るしかないってそう思ったの」

 

 デメテルの言葉を聞いて、ロキはキツネ目を大きく開く。

 そしてすまし顔で紅茶を飲むフレイヤを見て、デメテルを見て、またフレイヤを見た。

 

 「……一体誰を連れてきよった?」

 

 ロキが非難の籠った声でそう言うと、フレイヤは何故か嬉しそうに言った。

 

 「頂点」

 

 技術が凄いとか、駆け引きが上手いとか、そういう類の冒険者は多く見て来た。

 ただそれらを捨てて暴力だけで向かってくる冒険者をデモポンは見たことがなかった。

 

 「ヌンッ!」

 

 オッタルが大剣を叩きつけるように振り下ろす。

 技も駆け引きも関係ない。

 純粋な力のみの味気ない振り下ろし。

 それが、ゴライアス以上の脅威となってデモポンを襲う。

 

 受けに回れば死ぬ―――。

 

 デモポンは大袈裟なまでの回避運動を行い、大剣から距離をとる。

 瞬間大地が爆ぜた。

 切っ先が触れた瞬間に固く舗装された地面が石ころの様に飛び散り、それが散弾となって襲い来る。

 デモポンは即座に盾を生み出し石の散弾を防いだ。

 次の瞬間には体が宙を浮いていた。

 盾の上から殴り飛ばされたのだ。

 盾のグリップを握っていた手から血が噴き出し、全身の酸素が漏れ出す。

 空を飛びながら、なんとか息をしようと口を動かすと、デモポンに影が差した。

 

 「フッ!」

 

 その正体はオッタル。

 跳躍した彼はそのままデモポンを両断しようと重力に体を任せて大剣を振り下ろす。

 デモポンは盾を放り投げると、小さく魔法であるアイトーンを放つ。

 体の軌道を変え、剣線の予定位置から体を逃がすと、空に浮かぶオッタルに向けアイトーンによる熱波を照射した。

 ドラゴンブレスと見間違うその熱波をオッタルは耐えきった。

 熱波の彼方から煙を全身から吹き出し突っ込んでくるその光景はゴライアスより恐怖である。

 だがデモポンはその一撃すらすんでのところで回避することが出来た。

 そして立ち上がると叫び、拳を握りそこにアイトーンを纏わせ突き出す。

 砂埃の先から巨石のような拳が姿を現し、爆発音を伴いながら打ち付けあった。

 この時初めてオッタルは違和感を覚えた。

 それはデモポンが戦いながらにして強くなっているからであった。

 技や駆け引きを盗み出し、それを応用しているなんてことは当然として、純粋な膂力やスピード、そして戦いにおける感性その全てが別人かのように急速に成長している。

 デモポンにとってみればオッタルは本気で殺しにきているように見えるが、オッタルからしてみれば加減して組み手を行っている程度の認識。

 オッタルはレベル4程度の己を思い出しながら、相手をしていた。

 デモポンと組手を始める前、オッタルはフレイヤからデモポンのレベルが3であることを聞かされていた。

 であるにも関わらず、今のデモポンの能力はレベル4と同等の域に感じられる。

 久方ぶりの未知。

 知らずオッタルは興奮していた。

 そのためか徐々に加減していた部分を開放していく。

 それに必死に食らいついてくるデモポンにさらなる喜びを感じた。

 今この未知を踏破した先に、さらなる高みが待っているかもしれない。

 停滞していた己のステイタスを上昇させうる存在、オッタルは願った。

 もっと強くなれと、そして己はそれを踏み越えると。

 逸る気持ちは剣戟に現れ、より苛烈になっていく。

 血飛沫を上げながらも折れないその瞳に懐かしさを覚えながら、大剣を振り上げる。

 

 「そこまでッ!」

 

 と、その大剣を振り下ろす前に喉元に冷たい感触がしていることに気が付いた。

 視線を下げると、それは槍の切っ先。

 

 「フィン、なぜ止めた」

 

 名を呼ばれたフィンは切っ先を毛ほども揺るがすことなく静かに答える。

 

 「これ以上は単なる加虐となってしまうからだ。僕としては君が冷静になってくれると有難いのだけれどね。―――これ以上を望むなら、僕が相手をしよう」

 

 その冷めきった熱を浴びたオッタルは、敬愛するフレイヤの言葉を忘れかけていた己を恥、静かに大剣を背に戻すと、踵を返し立ち去ろうとする。

 フィンはオッタルのその行動に驚きを見せた。

 フレイヤファミリアは神フレイヤの言葉に絶対で答える。

 団長のオッタルが行動を起こしているということは、神フレイヤの命令であることは間違いない。

 それを途中で引き下がるなどありえないことだ。

 だが、フィンは良く効く視力でデメテルファミリアのホームを見ると、窓の先にフレイヤがいることに気が付いた。

 それを確認したフィンは構えを解くとデモポンに回復薬を渡そうとして、停止した。

 フィンの目の前を何かが通り過ぎたからだ。

 それは余りにも小さな石礫、力なく飛んでいったそれはオッタルの背に当たりポトリと落ちた。

 フィンはそれを唖然と眺め、デモポンに視線を移すとさらに驚く。

 

 「……気絶しているのに?」

 

 デモポンは立ちながら気絶していた。

 にも拘わらず、石礫を放り投げた手はゆっくりと閉じられていき拳の形に収まる。

 そして、その瞳は折れていない。

 フィンは背筋にゾクリと寒気が走ったのを知覚した。

 オッタルは聞こえているかもわからないデモポンに勝者の言葉を贈る。

 

 「勝者は敗者の中からしか生まれない。……泥の味を噛み締めて昇ってこい、高みへ」

 

 その言葉は屈辱と共に、確かにデモポンに届いていた。

 

 そんな光景を見ていたロキは大きく息を吐きだした。

 

 「フィンを迎えに呼んどいて正解やったわ。あの筋肉ダルマ明らかにやりすぎやろ」

 

 ロキがそういうもフレイヤは我関せずの態度を崩さない。

 むしろオッタルに熱が籠ったことに喜びすら感じているほどだ。

 フレイヤの内心を知ってか鼻を鳴らしたロキは、介抱を始めるフィンを見ながら呟く。

 

 「にしても、デメテルはやり過ぎやろ。こうなる可能性も解っとったやろうに」

 

 フレイヤは静かに口を開く。

 

 「眷属は神に似る。いつからか言われ始めた説だけれど、あの子もその説を裏付ける証拠と成り得るのかしら……」

 「はっ、なにいうとんねん。あの包み込むことに関しては右に出る神がおらんデメテルのどこをどう似ればあんな風になってまうんや」

 「ねぇロキ?」

 「あん?」

 「普段優しい神が怒ると、怖いのよ?」

 



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