ハリー・ポッターとアズカバンの吸魂姫、あるいは曇りの海のミラステラ (銀杏鹿)
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吸魂鬼の御伽噺
憂鬱と怪物の伝説


 

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むかしむかし、とある場所。

 

薄暗く、とても寒く、恐ろしい場所に、誰にも見えない怪物がいました。

 

怪物は、他の誰かの幸福を食べることでしか、生きられません。

 

なので暖かい場所にいる、親切な人々から幸福を貰って、生きていました。

 

でも、幸福をお腹いっぱい貰ってしまうと、人々はあっという間に凍えてしまいます。

 

幸福で満ちていたのに、とても冷たくなって、寒くなって、怪物や、その住処と同じになります。

 

怪物には寒くて冷たいのは普通でしたが、お腹は空いてしまいます。

 

だから、また幸福で親切な人々を場所を探して、探して。

 

そして、みんな凍えてしまいました。

 

人々は怪物を嫌って悪者にしてしまいました。

 

怪物がいるだけで寒くなりますし、幸福を分けてあげても、怪物にはお礼も言えないのですから。

 

怪物は人々からこう呼ばれました。

 

憂鬱、と。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

憂鬱はいつでも人の側に寄ろうとしました。

 

ですが憂鬱は嫌われ者です。一緒に暮らせる人はいません。

 

いたとしても、すぐに冷たくなって、動かなくなってしまいます。

 

追い出された憂鬱達は、とある島に集まりました。

 

そこに暮らしていたのは、人ではない人。つまり、"人でなし"でした。

 

人でなしは魔法使いでしたが、嫌われ者なので、一人で暮らしていました。

 

人でなしは冷たくなりませんでした。最初から冷たかったので、なりようがありません。

 

人でなしは集まってきた憂鬱達に語りかけます。

 

「お前達が嫌われているのは、目に見えないからだ」

 

憂鬱には目がないので、どう言う意味なのか分かりません。

 

「人は人を愛するのだから、同じような姿を見せるしかないのだ」

 

憂鬱には形というのもよくわかりませんが、人でなしの言う通りにすることにしました。

 

目が見えないなりに人のような形、というものになろうとしましたが、上手くいきません。

 

人でなしの言う通り、連れてきた人を触って、なんとか似たような形を作ります。

 

暫くして、憂鬱は形を持ちました。

 

憂鬱達はこれで嫌われずに済むと思いました。

 

でも形は不恰好で、人と呼べるようなものではありませんでした。

 

やっぱり、あまり上手に作れなかったのです。

 

人でなしと、憂鬱はなんとかしようとしました。

 

そうして長い時がたって、人でなしも、とうとう動かなくなってしまいました。

 

憂鬱達は冷たくなっても動き続けますし、元々冷たい人でなしがどうなったのか、分かりませんでした。

 

ただ、喋らなくなったことしか分かりませんでした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

憂鬱は自分達だけで、ずっと、ずっと作り続けました。

 

島から出て行っても、また追い出されてしまうから、もう動かない人でなしを触って、人の形を確かめて、ずっと。

 

ですが、人でなしも生物なので、朽ちて骨になり、崩れて行きます。

 

憂鬱にはそれも分かりませんでした。

 

崩れて骨だけになった人でなしを真似て、彼が纏っていたように布を纏って、憂鬱達は人の形をつくりました。

 

そうして憂鬱は人とはかけ離れた形になっていきました。

 

それから長い時が流れて、憂鬱達は自分達がどうしてそんな姿になったのかすら忘れてしまった頃。

 

島に人が訪れました。

 

憂鬱達は人々の前に姿を表します。

 

その時をずっと、ずっと待っていたような気がしていたからです。

 

憂鬱達を見て人々が口にしたのは

 

怪物、という言葉でした。

 

 

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憂鬱という、人々が付けた名すら忘れ去られ、単なる怪物になってしまったのです。

 

彼らは思い知りました。

 

怪物は怪物のままでしかないのだと。

 

人が獣と言葉を交わさないように。

 

人が憂鬱を愛することはありませんでした。

 

憂鬱達の物語はこれでおしまいです、なんの救いもありません、憂鬱なのですから。

 

──ですが、どうでしょう。

 

憂鬱達が本当に人間の姿を作ることが出来たのなら。

 

例えば、人々が愛する晴天と、輝かしい太陽のように。

 

凍えるような、暗い曇り空でも美しく思わせることが出来たのなら。

 

誰もが望む希望や喜びのように、悲しみや絶望もまた、受け入れられるのなら。

 

例えば、人でなしが作ろうとしていたものが、亡くなった自分の娘の似姿だとして。

 

その願いが叶っていたとしたら。

 

 

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吸魂姫と死への飛翔
0 白昼夢


初投稿です


「こんにちは、ここ、空いてる?」

 

 ホグワーツへ向かう特急列車、コンパートメントの扉を叩いて顔を見せたのは、黒とも銀ともつかないような奇妙な髪色の少女だった。

 

「……え?あ、うん、こんにちは」

 

 少年──ハリー・ポッターは少女の入室を許可した。現実離れした美しい容貌に見惚れていた。ついその感想をそのまま口走ってしまいそうになる程に。

 

 しかし、どこか違和感があった。

 彼女が入った瞬間から、急に部屋の温度が下がったような。

 それに、つい先ほどまで室内に別の誰かが居て、話していたような気がするのに、何故自分はここに一人で座っているのだろうかと。

 

「貴方、生き残った男の子?」

 

 またそれか……と、少年は少しだけ不機嫌になった。好きでそうなったわけではないし、両親が殺されたせいでこれまで酷い目に会った。

 英雄なんて言われても実感はいまだにない。

 

「……まあ」

 

「よろしく。私、貴方の両親を殺したヒトの娘なの」

 

 言いながら、当然のように手を差し出した。

 

「うん──え?」

 

 手を握り返すが、挨拶のように言うそれを、少年は理解できなかった。

 

 手を握る少女の微笑みは慈母のようですらある。だが死人のような蒼白の手からは生気が全く感じられない。

 瞳は光の反射で黒にも銀にも見え、見つめるだけで吸い込まれるような感覚に陥った。

 仄暗い何処かへ引き摺り込まれるような。

 

「今、何て」

 

「貴方の両親を殺したのは、私の父親」

 

 つまり、目の前に座っている少女は──

 

「代わりに会いに来たの」

 

「……殺すために?」

 

 少年の視界が歪み、脳裏に見覚えのない景色が浮かぶ。

 両親と死別したその瞬間の声、叫び、光が。

 

「殺されるために」

 

 そう言いながら微笑む。一片の曇りもなく。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

──某魔法学校、とある教授の研究室にて。

 

「アズカバンの囚人の間で奇妙な伝説があった。看守を務める化け物、魂を吸う鬼には美しき姫がいると言う」

 

 その教授は深々と椅子に腰掛け、懐中時計を眺めながら一人しかいない聞き手に語る。

 

「その髪は黒とも、また銀にも揺れ、姿形は定かではないが美しく見え、しかし目撃した者に魂を対価に何かを与えると言う。だが、惑わされてはいけない。形を成した憂鬱に心を許した時、君の魂から安寧は永久に失われるのだ。忘れることなかれ。蔑まれ、疎まれ、遠ざけられるべきモノを封じることこそ、アズカバン唯一の存在意義なのだ」

 

 慎重に耳を傾けていた聞き手は、あることを教授に告げた。

 

「ホグワーツでも似たような化物の噂が?」

 

 教授は呆れたように笑った。

 

「……祈り給え、暗闇にそれが佇んでいないことを。伝説が伝説でしかないことを。さもなければ君、我々は既に怪物の舌の上にいるも同然なのだから」

 













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01 名前のない怪物とアズカバンの囚人

初投獄です


 

「やめ、やめてくれ!許してくれぇ!」

「ひ、ひひ、あはは、あはは!」

「みんな死ぬんだ、死ぬ、死ぬ……」

 

 広くて寒い城の中を歩けば、いつも通りヒトの元気な鳴き声が湿った壁に響いている。

 

 この城──アズカバンにいるヒトは、悪いことをして送られてくる、らしい。

 

 私は違う。悪いことはしてない。

 "看守"だからここにいる、らしい。

 

 いつからいるのか、どうして"看守"なのかは覚えてない。"看守"がなんなのかも知らない。

 覚えているのは、いつもお腹が空いていたことと、いくら食べてもお腹いっぱいにはならないこと。

 

 それと親戚のことくらいだった。

 

「──」

 

 "親戚"──真っ黒なローブを着たヒトの骨みたいな何か──が檻の中にいるヒトからご飯を貰っていた。

 

「ぁあぁ……あぁぁ」

 

 魂を吸われてヒトが呻いている。

 

 "親戚"は幸福とか、喜びとか、そういう記憶とか思い出、魂を食べる。もちろん私も。

 

「こんにちは、美味しい?」

 

「(こんにちは。香りが強く中々の出来栄えです)」

 

 よく分からない返事は頭に直接聞こえた。

 感想は大体同じ。私にとっては美味しくないものばかり。

 

「それって美味しいの?」

 

「(ここ数年で最高と言えます)」

 

「前も同じこと言ってた」

 

「(昨年同様良い出来栄えです)」

 

「ぁぁ………」

 

 ヒトから魂が全部なくなった。

 

「私の分は?」

 

「(これは土に与えます)」

 

 親戚が動かなくなったヒトを引き摺っていく。

 

 魂を全部吸い終わると、ヒトは冷たくなる。全部吸わなくても、大体動かなくなる。どんなヒトも食べてしまえば同じ。動かなくなると、今度は城の裏の土が食べる。

 

 土にあげるのが面倒な時は海が食べる。土と海はいつでも何でも食べるから、多分私達よりお腹が空いてるんだろう。

 

 

 

 

 ここは、とても寒くて、冷たくて、何もなかった。

 私だけヒトと似たような姿。親戚とも違う。ヒトでもない。私は別の何かで、一つだった。

 ずっとお腹が空いたまま。

 いつか動かなくなるまで、このままなんだと思っていた。

 

 そうじゃないことを知ったのは、変な魂を食べてからだった。

 

「あ、アズカバン……なんで……」

 

 空きだった牢屋に、いつのまにか居たヒト。親戚は「(アズカバン史上最悪の不作です)」とだけ言って何処かに行った。たしかに全然、美味しくなかった。

 

 けれど、そのヒトの思い出を食べていたら、色んなことを知れた。

 ここの外のこと、魔法のこと。

 これから先のこと。

 "闇の帝王"、"生き残った男の子"

 遠いどこかの物語。

 いつか、ここが解放されて、親戚が外へ出て行くこと。

 でも中身が多過ぎて私にはよく分からなかった。

 

 気になったのは、この城の中の何処かにヒトとは少し違うモノがいるということ。

 

 ヒトでも、親戚でもない。

 それは真っ黒な姿らしい。

 もしかしたら、私と同じかも知れない。

 

 そうして見つけた。その黒い生き物を。

 

「黒い……」

 

 檻の中に四つ足の毛むくじゃらが寝ていた。

 

 小さいもの……ネズミというのは見たことあるけれど、こんなに大きいのは初めてだった。

 

「こんにちは、貴方はヒト?ネズミ?」

 

「……ッ!?」

 

 こっちを見た。驚いてるみたいだった。

 

「挨拶しない、失礼な生き物?」

 

「……」

 

 失礼な方の生き物だ。ネズミ、土とか海と同じ。

 

「どうしてヒトの檻にいる?」

 

「……」

 

「貴方も悪いことした?」

 

「……」

 

 毛むくじゃらはお尻をむけて寝てしまった。

 

「ヒトなのに違う姿だから、ここに来たの?」

 

「……」

 

「そうなの?」

 

「……」

 

 毛むくじゃらは見向きもしない。

 

「わかった。貴方は黒いから、(ブラック)ね」

 

「……ッ?」

 

 黒いのが少し動いた。

 

「驚いた?なんで?」

 

「……」

 

「また、来るから」

 

 返事はない、けれど、その日から私の何もない世界にひとつだけ色が生まれた。

 

 まだ黒一色だけれど。

 

 黒い毛むくじゃらに話しかけるのが、日課になった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 目が覚めて直ぐ会いに行った。

 だけど、毛むくじゃらはいなかった。

 

 代わりに、ヒトが親戚に吸われていた。

 

「(100年に1度の出来、近年にない良い出来です)」

 

「……なんで?」

 

 私の声を聞いた親戚は吸うのをやめた。

 

(ブラック)は?」

 

「(これはブラックです)」

 

 倒れているヒトを指差す。

 

「毛むくじゃらは?」

 

「(分かりません)」

 

「それ私の。勝手しないで」

 

「(最高の出来です、どうぞ)」

 

 親戚は居なくなった。

 

「……黒?ねえ、貴方、黒なの?」

 

 鍵を開けて入ると、髪の毛は黒とそっくりだった。

 

 でも、動かなかった、とても冷たかった。

 

「……貴方も、動かなくなる?」

 

 動いて欲しかった。そのヒトが絶対に黒だってわけじゃないのに。

 

「……」

 

 だから待った。ずっと待っていた。

 

 起きるまで寝ないで待った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……アズカバンで子供に助けられるとは」

 

 目が覚めるとヒトが私を眺めていた。

 私、全然起きてなかった、寝てた。

 

「…こんにちは?」

 

「ああ、こんにちは」

 

 挨拶ができる生き物だ。偉い。

 

「貴方は黒なの?」

 

「ブラック家の人間で間違いない、一家というにはあまりに少ないがね」

 

 ヒトは変な顔で笑う。

 

「少ない?」

 

「知らないのか?」

 

「知らないことだらけ」

 

「君は……受刑者か?」

 

「多分違う」

 

「その布は……吸魂鬼の物か?それに……此処へどうやって入った?鍵は……」

 

「服を着ないのは失礼だから、くれる。鍵も貰った。看守?だから」 

 

「……奴らは人間に友好的なようには…」

 

「親戚なの」

 

「……親戚?」

 

「私も親戚と同じ。魂食べるから」

 

「……君が……吸魂鬼だとは思えないが」

 

「そう、親戚は親戚。私は私」

 

「……君は……いや、俺はシリウス・ブラック……君の名前は?」

 

「名前?」

 

「君が生まれた時、与えられたものだよ」

 

「分からない。私、生まれたの?」

 

「生きているんだ、そのはずだ」

 

「生まれるって何?」

 

「……難しい質問だな。そうだな…新しく、この世界に出てくるんだ」

 

「生まれるって、難しい」

 

「……そうかもしれない」

 

「この城って世界?」

 

「……城?……ああ、世界の中にある」

 

「じゃあ、世界に出てくる前と、この城の中にいるのって何が違うの?」

 

「それは……」

 

「生まれた時に貰えるもの、ないよ。それなら、私、生まれてない?私、生きてるの?」

 

「──っ」

 

 黒は私を捕まえた。親戚が思い出を吸う時とは違った。ぎゅってされて、動けない。

 

「黒は私を食べるの?」

 

「食べない」

 

「じゃあ、何で?」

 

「悲しいことを言わないでくれ」

 

「悲しい?何が?」

 

「聞こえないか?心臓の音が」

 

「くさいよ」

 

「……聞こえないのか?」

 

「とくん、とくんって、鳴ってるの、心臓?」

 

「生きてるってことだ」

 

「私のは聞こえない」

 

「……いつか聞こえるかもしれない」

 

「生まれたら、聞こえるの?」

 

「きっと」

 

「名前は?どうやったらもらえるの?」

 

「君の親はどこにいるんだ?名前は親が与える筈なんだ」

 

「親?それに頼めば名前、もらえるの?」

 

「……親は…君のことを守ってくれる存在だ」

 

「見たことない、そんなの」

 

「分かった……なら……代わりに私が名前をあげよう」

 

「いいの?黒の名前、なくなったり、減ったりしない?」

 

「助けてくれたお礼だ。どうせブラックはもう一人しかいないんだ」

 

「じゃあ、黒が私の親?」

 

「……そういうことになるのか」

 

「私の名前、何?」

 

「君の名は……ミラだ。ミラ・ステラ・ブラック。ブラック家に相応しい星の名だ」

 

「星……?」

 

「ブラック家では星の名を与えるんだよ」

 

「どんな星?」

 

「不思議な星だ、見るときによって違う明るさなんだ。君の髪は光の加減で黒にも銀にも見える。だから、ミラ・ステラ」

 

「そう」

 

「気に入ったかな」

 

「……わからない、でも覚えた。ミラ・ステラ・ブラック、私の名前」

 

 よく分からなかった。

 

 言えることは……

 

 

 彼の魂は黒くて、親戚の言う通り、すごく美味しそうだってことで。

 彼の思い出を食べたら、もしかしたらお腹いっぱいになれるかも知れない。

 

 そう考えると、涎が垂れそうになった。

 

 親戚の気持ちが少しだけ分かったような気がした。

 冷たくなるまで吸い尽くしてしまいたい気持ちが。




★(空想上の)質問コーナー★

Q.吸魂鬼の接吻って執行が決まらないと行われないんじゃないの?
A.アズカバンの看守は吸魂鬼しか居ないっす(ソース不明)何があっても本国の人間は分かんないっす。やりたい放題っすね。

Q.闇の魔法使いは吸魂鬼の耐性があるんじゃないんですか?
A.それならシリウス以前に(クラウチJr.は例外として)だれか一人くらい脱獄しててもおかしくない筈です。なので闇の魔法使いだから全く効かないってわけじゃなさそうです(要参考文献)

Q.なんか思い出とか幸福とか色々言ってるけど、吸魂鬼が食べるのって魂じゃないの?
A.自分が食べている物が何なのか、吸魂鬼も主人公ちゃんも理解してません。

Q.吸魂鬼主人公とかなんか被ってませんか?
A.ええ!奇遇ですね!


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02 ミラ・ステラと黒い星

吸魂鬼ネタ被りしたので初投稿です。


 今日も城は寒いし、暗い。

 でも気分は暗くない。

 

「黒!これ!新聞!」

 

「ああ、ありがとう……君もブラックだろ?」

 

「私も黒だ……すごい……」

 

 毛むくじゃらだった黒は、私が牢屋に来るとヒトの姿になって新聞を読み始めた。

 

「黒はなんで新聞?がいるの?」

 

「……外のことを知りたいだけだよ……大した理由じゃ──は?」

 

「なんで驚いたの?」

 

「……死人が動き回っているのを見たことはあるか?」

 

「死人って何?」

 

「動かなくなった人のことだよ」

 

「土と海なら、多分知ってる」

 

「……そうだろうね」

 

 魂の色が少し変わった。黒くなった。

 

「やっぱり黒が似合う、黒がいい」

 

「なんの話だ?」

 

「名前」

 

「……私には相応しくないさ(星の名はまだしも──」

 

「でもシリウスの星は太陽の次に明るい星」

 

「明るい星は似合わないか?」

 

「光ってない。同じなのはイヌだけ」

 

「ヒトは光らないんだ」

 

「光ったらヒトじゃない、覚えた」

 

「ちょっと違うが……いいか。でも、星の話をなんで知ってるんだ?(私の星の由来を話した覚えは)」

 

「私は知らない。貴方が知ってる」

 

「どういう意味かな?(まさか開心術なわけ)」

 

「開心術ってなに?」 

 

「っ!?…ヒトの言葉に出さない考えを読み取る魔法だよ」

 

「分かった。覚えた」

 

「君は、私を軽蔑するか?」

 

「軽蔑ってなに?」

 

「……そうだな、親切心だけで君に名前を与えたわけじゃないかも知れないって言ったら、嫌な気持ちにならないか?」

 

「嫌な気持ち……?なんで……?それが軽蔑?」

 

 美味しくなるのに?

 

「わかった、忘れてくれ。……ミラは杖も呪文も使わないのか?」

 

「親戚は思い出食べるから、その時分かる。私は聴こうと思えば分かる」

 

「……変身しててもか?」

 

「イヌの気持ちが知りたい気分なら」

 

「聴けるのは──」

 

「ここから、此処のヒト全員」

 

「……すごいな、それは」

 

「そう私、すごい」

 

「聴こえすぎて困らないか?」

 

「五月蝿いから、いつもは聴かない」

 

 どうやったら美味しくなるか知りたいから、黒の気持ちは聞く。

 

「……例えば、ネズミに変身してるヒトが居たとして、そいつの考えを読んでくれと言われたら、分かるか?」

 

「ネズミになりたい気持ちは分からない」

 

 美味しくなさそうだから。

 

「質問を変えようミラ──」

 

「"ピーター・ペティグリューのことを知っている死喰い人は、この牢獄にいるか"?」

 

「……そうだ、分かるか?」

 

「死喰い人って何?」

 

「闇の帝王の僕だよ」

 

「帝王?は知ってる。みんなの思い出にある。空飛ぶヒト」

 

「……まあ間違ってはいないが」

 

「でも変なの。みんな、私たちの食べ物なのに食べる人なんて」

 

 少し息を吸って、耳を澄ませる。

 

 呻き、叫び、泣き声、苦しみ、憎しみ、怒り、絶望。私の慣れた暗い音。

 どこかで親戚が思い出を吸い尽くして冷たくなった音。

 床に何度も頭を打つけるヒトの音。

 冷たくなることを怖がって震える音。

 何もかも諦めて冷えていく音。

 

 その中から聴こえる。

 

 "我らが主人を騙した裏切り者、ピーター・ペティグリュー──"

 "なぜアレが生き残って我々がここに──"

 

「生きてるって」

 

「場所は!?」

 

「誰も知らない場所」

 

「……そうか」

 

「裏切り者って何?」

 

「……ぶっ殺してもいい奴のことだ」

 

「ぶっ殺すって何?」

 

「君の親戚がいつもやってるだろ」

 

「ぶっ殺す……覚えた」

 

 キスするんだ……じゃあ、いつか黒も私がぶっ殺すんだ……?

 

「君が言うにはぶっ殺すだと少し品がない。別の言い方をした方がいい」

 

「なんて言う?」

 

「……いや、そもそも言う機会がない方がいいんだ」

 

「そうなんだ」

 

 聴こえる中でも強い、とても強い音。

 誰よりも強い言葉が、目の前の黒から聞こえる。

 

 "必ず復讐する。必ず。地球上のどこに隠れていても見つけ出して、息の根を止めてやる。ハリーには絶対に近づけさせない……!"

 

「復讐って、何?」

 

 あと"ハリー"ってなんだろう。

 

「尊厳を取り戻すことだよ」

 

「じゃあ、やっぱり黒は黒だ」

 

 此処にいる誰よりも真っ黒な音がするから。

 聴こえる音を黒く塗り潰すから。

 

「シリウスだよ、私は……ただのシリウスだ」

 

 そして、きっと、もっと黒くなる。

 

 はっきりした色は、どの色も聴いていてとても気分が良い。

 だから太陽の次に明るい星なんて、貴方の星じゃない。

 

 黒に黒以外は似合わない。

 黒い魂はどんな味がするんだろう。

 

 復讐をさせてあげたら、ずっと黒くなって……それを食べたら……すごく美味しいんじゃないかと思う。

 

 でも復讐ってなにするんだろう。

 やっぱりキスするのかな。

 

「ミラ、もし復讐に協力してくれと言ったら、君は手伝ってくれるか?」

 

「そうしたら、黒は嬉しい?」

 

「……だろうな」

 

「分かった、手伝う」

 

「代わりに、私に叶えられることならなんでもしよう。…もう君は私の娘でもあるんだ」

 

「私は、お腹いっぱいになりたい」

 

「そんなことでいいのか?」

 

「ここじゃ、そうなれない」

 

 黒の復讐?する相手がいない。

 

「っ、そうだな。君はずっと此処に居るんだよな……必ず、叶えよう」

 

「ありがとう!絶対、約束だから」

 

「ああ、約束だ」

 

 自分から魂をくれる……すごい……もっと美味しくなるまで頑張らきゃ……!

 

 そうしたらきっと、お腹いっぱいになれるはずだから。

 

「ミラ、ここから出るにはどうしたらいい」

 

「出る?」

 

「脱獄するんだ、この牢獄から」

 

「どうやって?私、知らない」

 

「聞けばいいさ、看守以外に。君ならそれが出来る」

 

「?」

 

 黒はもう、外に出る方法を考えついたみたいだった。




★誰も望まないtips★

・ブラック家の名付け法則
星か星座に由来する命名、そして女性名には"エラ/ella"か"ドーラ/dora"が含まれることが多い。
ellaはギリシャ語で「光り輝く」或いは「明るい」指す"Eleanor"の短縮系であり、doraはギリシャ語で「贈り物」を指す。
シリウスの高祖母にあたる"Elladora"(屋敷しもべ妖精が年老いてお茶の盆を運べなくなったら首を刎ね壁に飾るとかいう伝統を作った人物)から引用されている可能性が高い。
fandomではellaに関して何故かドイツ語由来の解説が一部記載されているが、星座や星の命名がギリシャ神話由来であることから考えれば、同様にギリシャ語由来と考える方が自然である(要参考文献)(独自研究?)。異議は認めない(天下無双)。

・"シリウス/Sirius"
おおいぬ座で最も明るい恒星。地球上から見える星で太陽の次に明るい星。
「光り輝くもの」を意味する。
ellaの意味から考えるとブラック家はどうも輝きがちである。

・"ステラ・ミラ/stella mira"
くじら座の心臓、あるいは頸に輝く星。
収縮と膨張を繰り返すことにより明るさが変わる脈動変光星。
"Mira"は「不思議なもの」を意味する。
"くじら"は一般的な鯨を指すわけではなく、ギリシャ神話における海の怪物の"Cetus"を指す。


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03 シリウス・ブラックと御都合主義の方法

初脱獄です


◆◆◆◆◆◆◆◆

 

「1942年、ハーバード大学の生物学者カーロル・ウィリアムズ博士が行った実験についてだ」

 

 マグル学の教授は語り続ける。

 

 居眠りしたり、他の講義の"内職"や友人とのお喋りに夢中な生徒達を他所に。

 

「蛾の蛹がどのように成虫に変わるのか観察する為に、"分断した蛹"を管で繋ぐなどして、それぞれの結果を見たものだ」

 

 僅かに耳を傾けていた一部の物好き達は、自らの奇特さと勤勉さを後悔した。

 教授が持ち込んだマグルのプロジェクターの映す実験風景はあまりに悍ましいものだったからだ。

 

「判明したのは組織が発達するならば、分断されていようと、管で繋がっていようと成虫になると言う結果だ。つまり我々哺乳類のような生物とは成育の過程が根本的に異なる」

 

 さらに、歪な形で成虫になった蛾の"動かない"写真──頭部だけの蛾、腹部だけの蛾、そして、管で上下が繋がった蛾の──を投影し、説明を続ける。

 

「腹部だけの蛾は産卵すらできる。身体の上下を管で繋げられた蛹でさえ、生命の奇跡のように翅を得た。そして、当然のように羽ばたいて見せたと言う」

 

 もはや講堂の生徒は誰一人として続きを聞きたいとは思っていなかった。

 

 そして羽ばたいた瞬間の写真を見せ──

 

「勿論、管で繋がった弱い組織はすぐに千切れ、墜落し蛾は死んだ。生命をほんの一瞬だけ謳歌して。その瞬間、実験室では歓声が上がったと言う。実にマグル的な反応と言えるだろう。また、この実験は"死への羽ばたき"と呼ばれている。"死の飛翔"ではない。死"への"飛翔だ。もっとも、どちらとも飛翔できると思い込み"墜落"して死んだ事には変わりないがね」

 

 その教授が何を嘲笑しているのか理解できている生徒は一人として存在しなかった。

 

「さて、マグルの研究成果が魔法界の生物にも同様の結果を齎すのか否か、実験しようと思う者はいるかな?」

 

 教授は微笑みながら提案するが、それに応える生徒はいない。

 

「だろうな。いくら魔法生物でも真っ二つにして実験しようとは誰も思わない。だが、このように興味関心のためになら幾らでも残酷なことを容易く行うのがマグルの科学だ。君らが一年間、ここで講義を受けるのはある種、闇の魔術よりも恐ろしい存在に関してなのだと、理解できたことだろう」

 

 下手をすればマグルへの偏見を、それどころか脅威を煽るような言葉を無遠慮に吐き出す。

 

「さて、前置きはこれぐらいにして本題へ入るとしよう。これは、私がアルバニアで調査して来た社会主義国家の末路に関してだが、先ずは社会主義とは何なのかを──」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「動くものはいないな?」

 

 コートを着込んだ初老の男は牢を見回す。

 

「大臣に危害を加えられるだけの気力がある人間は居ません。恐れは何もありません」

 

 ローブを纏った部下は告げた。

 

「私が恐れるのはダンブルドアぐらいのものだよ」

 

「左様で」

 

 苦笑しながら、男は鉄格子の並ぶ回廊を歩き始め、数人の部下もそれに従う。

 

「……しかし、何故生かしているのですか?」

 

「囚人が変わらず檻の中で苛まれていることが、魔法界の安心を産む。例のあの人が亡き今、脅威の種が息絶えるまで管理することが、安心を守るのだよ」

 

「殺せば二度と起き上がりません、始末しましょう、吸魂鬼の仕業ということで」

 

「余計な脅威を産むだろう。死喰い人とて泥から自然に生まれてくるわけではない」

 

「いずれは同じことでは?」

 

「元死喰い人も省内で働いているし、身内の面会にだって来る。クラウチ氏のように」

 

「あの人が蘇ったら魔法省は終わりますね、やはり殺すべきでは?」

 

「…そんなことはありえない。だが連中に大義名分を与えてはならないのだ」

 

「左様で、勉強になります」

 

「君もいずれ、平和を守っているのが何なのか理解する時が来るだろう」

 

 部下の一人は大臣の言葉を聞きながら、鉄格子の向こうで吸魂鬼に魂を吸われている囚人を眺め、考えていた。

 ここが魔法界の安寧を担うのならば、その守り手は大臣ではなく忌まわしい吸魂鬼に他ならないのでは、と。

 そして囚人ではなく、魔法族を無作為に狙い始めれば、それも容易に瓦解するのではないか、とも。

 

「……大臣、吸魂鬼は信用できますか?」

 

「信用というのは、人間に対して使う言葉だ。断じてマグルや吸魂鬼のような下等な生物に使う言葉ではないよ。餌さえあればいくらでも制御できるのだからな──」

 

 そう振り返って部下に告げる大臣の後ろに。

 

「──え」

 

 視界を埋め尽くす数の吸魂鬼達が殺到した。

 

「(解禁日です)」「(解禁日です)」

「(解禁日!)」「(素晴らしい年!)」

「(新鮮な魂!)」「(解禁日!)」

「(生産者に感謝!)」「(フルーツ!)」

 

 そして大臣の言う"その時"が来て、彼は理解した。

 平和を守っていたのは制度でも闇祓いでも、ましてや大臣でもない。

 儚い共同幻想でしかなかったのだと。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「本当に吸魂鬼が言うことを聞くんだな…」

 

 気を失った大臣と、吸魂鬼に魂を吸われている部下達から杖を取り上げるシリウス。

 

「外に出ていいなら、ここに居る理由、ない。もっと美味しいヒトがいるはず」

 

 ミラはいつも胸元に下げている銀色の鍵を弄りながら言う。倒れた大臣達には興味がないらしい。

 

「──」

 

 吸魂鬼の一体は、大臣の部下の魂を品評していた。

 

「"果実味豊かで、滑らかでバランスの取れた味わい"、だって。果実味って何?」

 

「果物の味だろ……多分な」

 

「ヒト以外食べたことないのに?」

 

「人の肉は…柘榴の味がするらしいが」

 

「──」

 

 吸魂鬼はミラへ何事かを語る。

 

「昔、ヒトだった頃に、島の外で食べたってさ、へー」

 

「……そうか……だったら、そういう嗜好があってもおかしくはないのか……」

 

 シリウスは幾つかの恐ろしい事実に気が付いた。

 その中でも最悪なのが、自身の選択が魔法界に未曾有の脅威を齎すやも知れぬということだったが、もはや後の祭りだった。

 

 なにせ手を借りる代わりに彼らに提示したメリットは、"脱獄したシリウスを追う名目で本土へ渡り、その際、事故を装って死なない程度に人々の魂を吸っても良い"というものだったからだ。

 

「美味しいものを食べたい。それって不思議?」

 

 もっとも、吸魂鬼側のミラからすればその一言に変わってしまうのだが。

 

「……そう言う風に生まれただけ……か。そうだな、おかしくはないよ」

 

「うん。大丈夫。ヒトが怒ると怖いの、みんな知ってる」

 

 思考を読みシリウスの懸念に応えるミラ。

 

「……目覚める前に早く行こう、こいつらが乗ってきた船があるはずだ」

 

「わかった」

 

 シリウスはミラの手を引き、足早に回廊を進んでいく。

 

 杖さえ有れば、幾らでも方法がある。手早いのは船員に錯乱呪文を使うことだろう。彼の頭の中では最悪の場合、服従の呪文すら選択肢に含まれていた。

 

 執念で生きながらえ、結果的にイギリス魔法界に吸魂鬼を放つことになったシリウスにとって、その程度非道の内には入らなかった。

 

 だが。

 

「……船が………ない?」

 

 牢獄の外へ出た彼らを迎えたのは、荒れ狂う極寒の海と吹き荒ぶ風、そして船一つ停泊していない埠頭だった。

 

 どのような悲壮な決意をしていたとしても、物理的に手段が存在していなければ、何の価値もない。

 

「っ………」

 

 焦燥。脱獄の筋道が音を立てて崩れる。

 

「どうする?飛ぶ?」

 

「人は飛べないんだよ」

 

「私も。親戚は飛べるのに」

 

 アズカバンでは姿現しが出来ない。移動キーも存在しない。そもそも、人間の出入りが想定されてすらいない。

 訪れるのは、囚人用の数ヶ月分の食料を運ぶ闇祓いや、視察に来る一部の職員に限られる。

 

 囚人を除けば、帰宅する必要のない吸魂鬼しかいない以上、常用できる交通手段など必要ない。

 

 余談だが吸魂鬼が実際どうやって囚人の食事を管理しているのか誰も知らない。しかし少なくとも囚人が"餓死"した記録はない。尚、彼らが記録をどう取っているのかも謎だ。

 

 シリウスは時折訪れる職員達の思考をミラに読ませ、最近の出入りには船が使われていることを掴んでいたはずだった。大臣が視察に使うことも。

 

「……何故だ」

 

 ならば、大臣達は一体どうやってこの北海の孤島へ訪れたと言うのだろうか?

 

「屋敷しもべ妖精か……?」

 

 ホグワーツでは姿現しは封じられているが、屋敷しもべ妖精はその限りではない。

 アズカバンに於いてもその手段は通用するだろう。

 

「ミラ──」

 

「いない。ヒト以外の魂はない」

 

 既にミラは周囲の心を読み終わっていた。

 

「大臣を人質にでもするしかないか……?」

 

「多分無理」

 

「……なんでだ?」

 

「さっきの人達の何人か、起きて、こっち来てる」

 

「早すぎる…….!いや、杖はこっちに──」

 

 シリウスは吸魂鬼に、"死なない程度"と言ったことを後悔していた。

 殺して良いと言っても後悔したのは間違い無いが。

 

「なくても使える人がいるみたい」

 

「……伊達じゃないか、流石だな」

 

「もう、すぐ近く」

 

「船が何処にあるか、知ってる奴はいるか?」

 

「……此処にはない、大臣……?の指示?"時間毎の信号がなければ問題発生と判断、本土へ戻る"──どう言う意味?」

 

「クソ大臣め……」

 

 背後には杖なしの使い手、前方には暴力的な海。時間稼ぎは相手の増援を招くだけ。

 もし、シリウスがホグワーツの校長か、闇の帝王並みの腕前があったのなら、力でこの場を切り抜けることができただろう。

 

 無論、彼にそんな力はなく。取れる手段はもう、何もなかった。

 

 ──生身で海に挑む以外には。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「後少しだ!もう少しだけ耐えてくれ!」

 

 背にミラを負ったまま、シリウスは北海を泳ぎ続けた。

 

「もう、むりかも、むり」

 

 ボロ布のような服を、辛うじて両手で掴んでいるが、指先は震え、その力は尽きる寸前だった。

 

「無理じゃない!あと少し泳げばアズカバンの範囲から出られる!そうすれば」

 

 北海の水はあまりにも冷たく、監獄が温室に感じるほどの温度差があった。

 

「黒……飛んで……」

 

「だから人は飛べないんだよ……!頑張れ……!頑張ってくれ……!」

 

 船がなかったカラクリは単純なもので、視察の間は沖で待機させていただけだった。

 万が一にも脱獄させたくない大臣の策だったが、荒れ狂う海に飛び込む輩などは考慮の外にあった。

 北海を泳ぎ切り、生きて本土に渡れる者など居るはずもないからだ。

 

「飛べないって思うから……飛べない……私、あそこのヒト達の思い出で見た……自分で飛んでたヒトがいる……ヒトは……飛べる……」

 

 彼女はまだ理解できなかった。

 見ていたのは、死の飛翔という称号のみに許された人類の越権行為だ。

 

「……分かったよ……飛んでやるよ……!飛べばいいんだろ……!」

 

 シリウスも限界が近かった。

 アズカバンの領域が何処までの範囲か分からず、闇雲に姿現しを試しながら泳ぎ続けていたが、杖が機能する気配はなかった。

 疲労と衰弱、冷たい海水で下がり続ける体温。肉体を動かしているのは、彼を生かし続けた執念だけだ。

 

 人間は意思の力で限界を超えることがある、ありとあらゆる場面で、肉体を超えて、奇跡のような結果を齎すことがある。

 

 だからこそ。

 

「ちゃんと……掴まっていろよ…ミラ」

 

「飛んで、黒、美味しく食べる……約束……」

 

「ああ、そうだ、約束だ──」

 

 気力も尽き果てた、シリウスはただ掴んだ。

 離れぬよう、固く握りしめた少女の冷え切った右手を感じながら。

 

「飛べ……飛べよ……飛べよぉぉぉぉ!!」

 

 そして彼は北海から姿を消した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「っ──!はぁ……はぁ……」

 

 ノクターン横丁の路地裏に転移し、転がるシリウス。

 

「やった……俺はやったぞ……ミラ──」

 

 人は奇跡を起こせる。

 

「ミ……ラ……?」

 

 ただ彼の奇跡は使い果たされていた。

 

 彼が掴んでいたのは、少女の冷たい右腕"だけ"。

 奇跡の跳躍を果たしたのは、彼と少女の一部だった。

 

 今まで生きながらえたのが彼の奇跡で、それ以上は起きなかった。

 

 彼らは飛翔した。ただ、死へ向かって。

 

「ぁ、ぁぁぁ……ぁぁぁぁ……!!」

 

 押し殺した慟哭が、路地裏の壁に反響していた。

 

 数ヶ月後、魔法界にはシリウス・ブラックの脱獄が報じられ、吸魂鬼が追跡の為に放たれた。

 

 吸魂鬼の少女のことは、記事に記されてはいなかった。いるはずもなかった。

 

 

 

 

 

Prologue.吸魂姫と死への飛翔──fin.

 

 

 



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観測者の世界より-1
【RTA】w.w.oランダム開始any% 【part1 】


初失踪です。
雰囲気を崩す可能性があるので注意です。
重要なのは今回のtipsの方なので後書きまで読み飛ばしても構いません。


 

はい、よーいスタート

 

全てを乱数に任せたRTAはーじまーるよー。

 

本実況はお馴染みウィザーディングワールドオンライン、通称w.w.oのRTA実況になります。

 

計測開始はキャラクターの操作可能になり次第開始、計測終了はエンディングまで(お辞儀再札か、魔法界支配エンド等)です。

 

キャラクリエイトですが、今回のRTAの都合上全て乱数で決定します。

というのも今回のレギュレーションはランダム開始any%RTAだからですね!RTAになるのか……?(自己矛盾)

初期位置も素性もランダムで如何にエンディングまで最速で到達するかを競います。

マイクラのエンダードラゴン討伐RTAみたいなものですね(語録無視)

 

ちなみに今回は既に生成済みかつ、クリアされていないワールドへ参加です。ワールドをランダムに生成して創立者世代になったら果てしない時を彷徨うことになり、失踪不可避なので。

 

参加するワールドの現在の環境は、概ね長寿のオンラインゲーにありがちな廃人兄貴と海外のチーター、迷い込んだキッズが盛り合う県北の土手の下です。ああ〜〜たまらねぇぜ。早くクソ塗れになろうや(マローダーズ感)

 

さて名前は入力速度を考慮してランダムに生成、素性と開始地点もランダムに指定してダイブするとしま──ファッ!?

 

開幕でリセポイントに入ってしまいました(絶望)

 

はい。一般男性、アヌスガバガバンでスタートです。(クゥーン)あーもうめちゃくちゃだよ。

一般男性がなんで捕まってるんですかねぇ?なんj民なんでしょうか。おっ冷えてるか〜?(監獄)

 

当然ながらRTAでもTASでも即リセ案件です。

なぜなら、ここで開始すると終盤のお辞儀復活からの吸魂鬼寝返りまで何もすることがありません。永遠と吸魂鬼(ピンキー)と幸せなキスをするハメになります。死喰い人ではなかった場合、解放もされないのでナニも出来ません。

 

シリウス君憑依プレイならば北の海を泳ぎ切って脱出する(ウッソだろお前)という公式の手段がありますが、それはシリウス君が執念ガンギマリおじさんだからというだけで、一般囚人は途中で溺れる!溺れる!(全敗)

それにオンラインでは原作キャラはプレイできません(チートを除き)

 

姿現しも使えない為、ワープすることも出来ません。

魔法省のキャラクターが視察に来ることはあるようですが(名誉死喰い人ファッジ君)来たところでこちらのキャラクターは行動も出来ません。

 

さて、一般男性君、動物もどきとかって……ダメみたいですね(諦観)

 

吸魂鬼の判定は変身中には行われないので、シリウス君のように動物もどきだとワンちゃんありますが(激ウマギャグ)、今回はなかったので完全にお手上げです。

 

何を目的に運営は実装したのか分かりませんが、アヌスガバンに関しては今更アプデされることはないでしょうから、答えは闇の中ですね。

彼の尊い犠牲を忘れずに、さぁ次だ次だ!

 

さあて、リセットしていきま……you died!?

 

早スギィ!情報を確認している間に一体何が……!?

 

 

ああ、どうやら、吸魂鬼に吸われたらしいですね……ログになんか開心術食らったとか書いてありますが……まあ次ワールドへ行きましょう。

 

アズカバンで開心してくるキャラなんているはずないですし。

 

……

 

………

 

……………




★誰も望まないtips★

・w.w.o/ウィザーディングワールドオンライン

フルダイブ式のウィザーディングワールドを体験できるオンラインゲーム。
サービス開始から数年経過しており人気のピークは過ぎている。
オープンワールドかつ、あらゆる年代(ハリーポッター本編・ファンタビ・呪いの子・ホグミス・レガシー・その他)のセッションを生成、或いは参加でき、原作キャラでのプレイ以外ならば出来ないことは殆どない(オフラインならば可能)
プレイヤー達とNPCの行動データが蓄積され、ゲームの全体的な難易度とシステムがaiによって調整される。これによって世界観がコメディチックなものからダークファンタジーにまで様変わりする為、ワールドによっては全く違うゲームように変化していることがある(例:ダンブルドアで言うg.g値と呼ばれる指標の有無、メッセージ表記や文体の変化)
このaiが調整する際の挙動や、フィールドの生成に不正なデータを与えるツールが出回っており、チートが横行している。
それら不正すら含めてゲームの難易度が調整されてしまうため、しばしば整合性が取れなくなったワールドは時折進行不可になり時間が進まなくなる。(通称、エターナル)
オフラインプレイでもゲーム自体はオンラインのデータ参照を行っている為にエターナルが発生することがあり、ワールドは"賢者の石"章を突破できない場合がある。
加えてクリアまでに膨大な時間がかかる為、クリアを目的とすると高難度ゲームになってしまっている。
エターナルはaiを褒めたり応援することで何故か回避できたり復旧することがあると言われており、実はシンギュラリティを突破しているのではないかと噂されている。


・新人無名実況者兄貴
ミラステラにキャラクターのデータを吸われた挙句、何故か再ログインできなくなり無事失踪。


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【炎上】W.W.O炎上ワールド実況スレpart83【定期】

初連続投稿です
本日中にほんへを進めるのでどうかお待ちを


 

42:名無しの魔法使いさん

ワイ入ってる世界なんやが一年目なのにシリウス脱獄してるし

吸魂鬼がそこら辺で普通に沸いてるしなんでや

 

43:名無しの魔法使いさん

なんか失踪した実況者がアナルガバンで

何かしらに開心されてたで

 

44:名無しの魔法使いさん

暫く前に視察行ったら突然襲われて聖マンゴ行きや

キャラクリやり直しやで

 

45:名無しの魔法使いさん

そこ例のワールドやん

だいぶ前からAIの挙動変やから見切りつけた方がええぞ

 

46:名無しの魔法使いさん

>>44

ロックハート氏を癒者にして忘却術でワンチャン

 

47:名無しの魔法使いさん

>>46

来年まで操作不能やん

 

48:名無しの魔法使いさん

吸魂鬼いるとかやばない?おい運営どうにかしろよ

 

49:名無しの魔法使いさん

>>48

プレイヤーが開心された場合は諦めろって言ってる

開心されるような奴が悪い

 

50:名無しの魔法使いさん

プレイヤーの記憶すら読み取ってくる開心術ってなんなんほんま

 

51:名無しの魔法使いさん

そらフルダイブは脳信号読んでるんだし余裕よ

 

52:名無しの魔法使いさん

クソゲー特有の無意味な性能の高さで草

 

53:名無しの魔法使いさん

知識取られたパターンの最悪が例の黄金の化け物さんやからな

あんなん見たら諦めろとしか言わなくなるわ

 

54:名無しの魔法使いさん

アレは逆に最高傑作だから

 

55:名無しの魔法使いさん

閉心術スキルは必須ってそれ一番言われてるから

 

56:名無しの魔法使いさん

開心してくる奴に普通は遭遇しないんですがそれは

 

57:名無しの魔法使いさん

プレイヤー最大の敵はダンブルドアやから……

 

58:名無しの魔法使いさん

開心されたのは無名実況者のカッスや

作法も知らんのはアウトやな

 

59:名無しの魔法使いさん

は〜つっかえ、実況やめたらぁ?

 

60:名無しの魔法使いさん

>>59 もうやめてるんだよなぁ

例のワールドでプレイしてる人は物好きか

チーターしかいないし別に……

 

61:名無しの魔法使いさん

ぼくのうごかないのなんで

 

62:名無しの魔法使いさん

なんか知らんがキッズ可哀想過ぎて草なんだ

 

63:名無しの魔法使いさん

>>61

先ずはセーブデータを一度消すんや、その後セレクトでメニュー開いた後にステータス画面からセレクトとbを同時押しや、するとメニューがストレージされるからその状態でセーブや、これで治るやで

 

64:名無しの魔法使いさん

ありがとうございましたすぐにやるます

 

65:名無しの魔法使いさん

騙されてて草

 

66:名無しの魔法使いさん

詐欺罪と器物損壊罪で訴えられるで

 

67:名無しの魔法使いさん

あああああうんちうんちうんちうそつき

 

68:名無しの魔法使いさん

キッズ壊れちゃった……

 

69:名無しの魔法使いさん

もう二度とプレイできないねぇ

 

70:名無しの魔法使いさん

>>69

通報しといたンゴ

ログとID運営に送られてるからお前のキャラもアズカバン送りや

悔い改めて、どうぞ

 

71:名無しの魔法使いさん

はぁぁぁぁ!!?何してんだテメェェェェ!?

 

72:名無しの魔法使いさん

>>71

もう二度とプレイできないねぇ?

 

73:名無しの魔法使いさん

残念ながら当然で草

 

74:名無しの魔法使いさん

魔法の世界はみんなで楽しく、遊ぼうね!

 

75:名無しの魔法使いさん

今北産業

 

76:名無しの魔法使いさん

大丈夫おじいちゃん?

ログ見たかな?

じゃあ死のうか?

 

77:名無しの魔法使いさん

豹変してて草

 

78:名無しの魔法使いさん

てかもう壊れてるなら何しても良いのでは?

 

79:名無しの魔法使いさん

ワイの考えた最強のエボニーちゃんを投入してもええんか?

 

80:名無しの魔法使いさん

ええぞ

 

81:名無しの魔法使いさん

尚既に4人ほどいる模様

 

82:名無しの魔法使いさん

エボニーちゃんってあれやろ、でんぷんで作ったアレ。

 

83:名無しの魔法使いさん

違うわ。昔チート使って好き勝手してたクソプレイヤーや

同じような奴はみんなエボニーちゃんって呼ばれるんやで

 

84:名無しの魔法使いさん

運営はこれでええんか?プレイヤーが開心されただけでゲーム性崩壊しとるやん。原作者はなんも言わんのか?

 

85:名無しの魔法使いさん

>>84

どうせ原作者関わってないし……

 

86:名無しの魔法使いさん

>>85

ホグミスの悪口はやめろ

 

87:名無しの魔法使いさん

>>85

レガシーの悪口はやめろ

 

88:名無しの魔法使いさん

基本ゲームには原作者関わってないんだよなぁ

 

89:名無しの魔法使いさん

>>85

原作の話するのやめろよ、来るぞ

 

90:★正史★

原作を逸脱しようとしてるプレイヤーがいるんですね、任せて下さい。

>>79

エボニーは見つけ次第粛清します

 

91:名無しの魔法使いさん

出たわね

 

92:名無しの魔法使いさん

また君かぁ、壊れるなぁ

 

93:名無しの魔法使いさん

エボニーちゃん掃除してくれるんやぞ、有難がれ

 

94:名無しの魔法使いさん

カノンちゃん様お疲れ様です!

 

95:★正史★

私が遵守させます。

原作通りの物語を楽しみたい皆様のために頑張ります。

 

96:名無しの魔法使いさん

流石にここからはカノンちゃんさんでも無理やろ

 

97:名無しの魔法使いさん

頼むでマサフミ

 

98:★正史★

マサフミではありません!正史と書いてカノンです!

 

99:名無しの魔法使いさん

任せたでマサシ

 

100:名無しの魔法使いさん

期待してるでタダシ

 

101:★正史★

カノンです!黄金の化け物以外なら何とかします!

 

102:名無しの魔法使いさん

さっきからちょくちょく聞くけど、黄金って何なん?

 

103:名無しの魔法使いさん

本スレで"黄金のアレ"とか呼ばれてる奴や

 

104:名無しの魔法使いさん

ミラ……ナントカさんやろ

 

105:名無しの魔法使いさん

それは黒龍伝説や

 

106:名無しの魔法使いさん

ええな、ワイもドランゴになりたいわ

 

107:名無しの魔法使いさん

>>106

ドラゴンの巣窟でニグンドマリというドラゴンになるんやな

 

108:名無しの魔法使いさん

あっ!そうか!テクスチャとモーション流し込めばええんやな!これで、わいもドランゴや!ホグワーツで会おう!

 

109:名無しの魔法使いさん

カノンちゃん早く来て〜!

 

110:名無しの魔法使いさん

>>108

討伐されんように震えて眠れ

 

111:★正史★

>>108

どこへ逃げようと、地の果てまで追いかけて討伐します。原作者も知らないドラゴンなんて存在してはならないのです。

 

112:名無しの魔法使いさん

ヒェッ

 

113:名無しの魔法使いさん

怖いなぁー、戸締りすとこ(閉心術)

 

114:名無しの魔法使いさん

原作者の知ってるドラゴンならいいのか……

 

115:★正史★

正史にさえ従っていただければゲームなのですから自由にプレイしていいんですよ?

 

116:名無しの魔法使いさん

運営は全て許可してんだよなぁ……

 

117:★正史★

原作者と関わりのない運営の許可なんて無意味です。皆さんも正史に理解のない運営には気をつけましょう!

 

118:名無しの魔法使いさん

なんでこのゲームやってんだコイツ

 

119:名無しの魔法使いさん

これもうわかんねぇな

 

120:名無しの魔法使いさん




★誰も望まないtips★

・掲示板・スレ
w.w.oプレイヤーが使える共有チャットスペース。プレイ中にも使える為、ワールドの状況や何かを知りたい場合はここで聞くと話半分くらいの情報が手に入る。知ったかぶったことを言うと自称有識者が詳しく反論してくれるが、正しいかどうかはわからない。
純血主義以上に偏見、独自解釈、歴史修正主義に塗れているので、ソースを探せない初心者や嘘を嘘と見抜けないプレイヤーは使うべきではない。

・運営
謎の企業。社名非公開。謎の技術力と莫大な資金力でw.w.oを作ってしまった。
ウィザーディング・ワールドのゲームとしては必要ない機能(魔法界とは無関係なフィールドの生成や、プレイヤーの行動の追跡や集計、AIが搭載された大量のNPC)が多々あり、ゲームを社会実験やシミュレータとして使用している疑惑がある。

・正史
カノン。ここではウィザーディング・ワールドを構成する正統なる作品の全般を指す。
複数の作品で一連の構成や世界観を持つ作品に見られる概念でありハリーポッター用語という訳ではない。
w.w.oは原作者が監修している訳ではないので最初から正史ではない。
自称正史警察や正史主義者達は他のプレイヤーにも正史の遵守を求め、チーターや敵対する歴史修正主義者達と日夜抗争を繰り返している。

・黄金のアレ
とあるワールドにてNPCにも関わらずプレイヤーを開心し乗っ取った挙句、魔法界最強の生物となり、隠しエンディングを迎えた"とあるキャラクター"を指す。元のプレイヤーがどうなったのかは不明。
当該のキャラはバランス調整のため運営によってスポーンしないよう設定されたが、運営はNPCに開心された場合のその後の挙動に関して知るところではないと宣言。それ以降プレイヤー間では、ダンブルドアや闇の帝王の前以外でも閉心術は必須と認識されるようになった。

・エボニー
史上最悪のチーター。オッドアイだったり、吸血鬼だったり、リストカットが趣味だったり、苗字がダークネスだったり、特に理由なく強かったり、所謂厨二属性が満載されたこの世の終わりみたいなキャラで暴虐の限りを尽くした。
それだけでは飽き足らず、ワールドやNPCの設定を勝手に書き換え(すべての寮をスリザリンに変更する、ハグリッドに制服を着せてホグワーツの生徒にするなど)、BGMを許諾されていないゴスパンク楽曲に変更するという原作レイプの限りを尽くした結果、正史警察やスリザリンに変更された被害者から一斉に攻撃され、運営からはBANされた。
以降、そういった設定改変型のチーターはエボニーと揶揄されるようになった。
"黄金のアレ"との違いはプレイヤーか否か、そして改変の内容とその"面白さ"にあるのでスレでは明確に区別されている。
端的に言えば、他のプレイヤーに許容されていればエボニーではない。
一般的な二次創作で言うメアリー・スーと同義。


・原作者も知らないドラゴン
原作者「何だこのドラゴン!?」


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ハリー・ポッターと賢者の石そして秘密の部屋さらにアズカバンの囚人と憂鬱・第一章
エピソード04 ハリー・ポッターと新たなる希望


原作主人公が登場したので初投稿です。



 

 

「簡単に物を浮かせて見せるのが分かりやすいじゃろうか」

 

 プリベット通り四番地のダーズリー家。

 

 ホグワーツへの招待状の代わりにダンブルドアは直接現れ、ハリー・ポッターに出生の真実と運命を明かした。

 

「手品ですか?」

 

 だが、ハリーは何故か魔法に懐疑的だったため、目の前で叔母の花瓶を浮かせて見せていた。

 

「これで理解できたじゃろうか?」

 

 振り返ったダンブルドアの背後で浮力を失った花瓶が音を立てて割れた。

 

「つまり、僕は実はジェダイの戦士の息子で、反乱同盟軍の妹を救出する為に、銀河帝国をぶっ殺す旅に出なきゃ行けないってこと?」

 

「なんの話じゃ?」

 

「さっきのはフォース?」

 

「魔法じゃ」

 

「……僕のオビワンケノービじゃないの?」

 

「人違いじゃ、もう一度最初から説明するからよく聞いておくれ」

 

 ハリーはマグル文化に毒されていた故に懐疑的だった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……僕は魔法使いでホグワーツに行く、でも両親を裏切った友達が脱獄して僕の命を狙ってる。学校は魂吸う怪物が警備してて、しかも闇の帝王を殺さなきゃいけないってこと?」

 

「その通りじゃ」

 

「それで貴方はダンブルドアで、最高裁主席魔法戦士?で、ホグワーツの校長」

 

「うむ、正解者にレモンキャンディをやろう」

 

「お菓子を貰っていいのはハロウィンだけなんだ」

 

「魔法界はハロウィンじゃよ、全てハロウィンじゃ」

 

「どう思う?ビックD」

 

「"トリック・オア・トリート"」

 

 同席していた"筋肉の塊のような"少年はサングラス越しに睨みを効かせながら言う。

 

「ほぉ?君もハロウィンか?」

 

「レモンキャンディは"イエス"。見るからに"可笑しな"招待状(トリック)"は"ノー"だ」

 

「……なにか知っておるようじゃな?」

 

「吸魂鬼はもう会った。僕がビッグDを助けた。だから」

「コイツは"粗大ゴミ"じゃない。お引き取り願うは爺さん、アンタだぜ」

 

「彼がここにいれば、いずれ君は犠牲になるとしてもか?」

 

「コイツがいなきゃ死んでた。惜しかねぇよ」

 

「ビックD!」

「イェア!!」

 

 バチッと、ハイタッチを交わす少年と筋肉の塊。

 

「……どうやったのかはさておき、それだけではない。魔法を知らぬ他の人々も危険に晒す事になる。その度ビックDのように助けられるかの?」

 

「それは……」

 

「ナめるのは飴にしな。被害者だぜ?オトシマエ付けんのはそっちだ」

 

「甘くないの」

 

「吐かせ、俺は甘ちゃん(sweet)さ」

 

「こちらでの身の安全は保証する。魔法使いの誇りにかけての。悪いようにはせん」

 

「……なら僕の両親はなんだったんだ」

 

「…ハリー?クールになれよ、キレてもクールにだぜ?」

 

「僕は"クール"だ。ビックD。"違う"か?」

 

「あ、ああ……そうだな」

 

 筋肉の塊は少年の"凄み"に気圧されて黙ってしまった。

 

「親は殺されたんだろ……?僕が魔法使いで、英雄ならなんでここに預けた?」

 

「それは……」

 

「粗大ゴミだったんだ、僕は」

 

「……どう言うことじゃ?」

 

「悪いようにはしないなんて!ここに預けたことが両親への裏切りじゃないか!」

 

「決してそんなことは……」

 

「五歳と六歳と七歳のときと、九歳のときも僕はずっと!待ってた!」

 

「何を……?」

 

「クリスマスプレゼントだろっ!!」

 

「……そうじゃったのか」

 

「なぁ"サンディ・クローズ"!あんたは"ハロウィン・タウン"の住人なんだ!じゃなきゃ僕へのクリスマスプレゼントを11年間も忘れておけるものかよ!」

 

「……君のことを忘れたことなどないよ」

 

「嘘だ!何がハロウィンだ!今日は誕生日だよ!分かるか?生まれた日に古い靴下しか貰ったことのない子供の惨めさが!」

 

「古い靴下に文句が?この英国魔法界靴下愛好会会長のわしに向かってそれを?」

 

「くさいんだぞ!」

 

「古き良き香りじゃ」

 

「あんたは靴下の代わりに、イカれた死刑宣告を僕にくれるっていうのか!」

 

「わしは実の息子のように育ててくれと、彼に頼んだのじゃ、バーノンなりの教育だと思っておったが……」

 

「実の息子を階段下の物置に住ませるわけがないだろぉ!」

 

「君がそこまで苦しんでいるとは知らなかった。すまぬ」

 

「これまでずっと、仕方ないと思ってたことは、全部誰かのせいなんだろ……?」

 

「そうじゃな」

 

「……両親を殺した奴も、裏切った奴も、僕をこんなとこに預けたあんたも、僕の親をクズだって言ったデブオヤジだって!」

 

「許してくれとは言わぬ。必要じゃった」

 

「虐待の放置が?それを平然と言えるのが魔法界?だったらあんただって闇の帝王と変わ──」

 

「待ちな兄弟…もうその辺にしてやれ。いくら爺さんが悪かったとしても、言い過ぎだぜ」

 

 筋肉の塊が口を開いた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ビッグD、だって!」

 

「確かに"納得"は全てに優先する。だが悪いのはパパやママ、それに少し前までの俺もだ。もっと悪いのは闇の帝王とかいうクソだろ」

 

「……そうだよ、でも」

 

「話からすると、そのジジイは一人の命くらい大義のためなら犠牲やむなしって奴だ。しかも校長とか言う偉そうな肩書きの。ホグワーツとやらに校長が1万2000人くらいいるならともかく、ガキ一人に頭下げに来ているからには、それなりの"誠意"がある」

 

「なら、なんでもっと早く」

 

「それは違う」

 

「何が?」

 

「価値──いや、世界が。多分、魔法界じゃ大体のことは魔法で済む。つまり殺人鬼や化け物程度じゃなんともねぇ。なあ校長先生よ、骨折したらどのくらいで治る?」

 

「呪文を使えばすぐじゃ」

 

「その分じゃ、死んだ奴も化けて出るかもな」

 

「ゴーストはいるが、だからと言って命が軽いことはないぞ」

 

「……なんだよ、それ、そんなの、完全にハロウィンじゃないか!」

 

「ほぼハロウィンと言っても過言ではないのう」

 

「だから、ジジイを恨んでも意味がない。無駄なんだよ。全く……無駄なんだ」

 

「じゃあ、ビックDも僕がジェダイになって悪の銀河帝国を滅ぼして来いって言うのか?」

 

「そうだよ、若きスカイウォーカー。それに……さっきはああ言ったが、すまん、ありゃウソだった。やっぱり自分の命は惜しい」

 

「……ビックD」

 

「"その気になれば"旅立たせる為だけに、俺らを殺しておくことだって簡単にできた筈だ。ジョージ・ルーカスみたいに、主人公に"闇の帝王が悪い"とでも知らせればいいんだからな」

 

「そのジョージがどのような闇の魔法使いかは知らぬが、そのような非道はせぬ。仮にそんなことがあったとしても、やはりそれは闇の帝王の仕業じゃよ」

 

「いいや、"できる"ってのが全てだ。ナイフ、銃、核兵器……あるってだけで意味を持つ」

 

「…そうかもね」

 

「"同等"の"暴力"が対等を作る。俺は筋肉を鍛えて兄弟と対等になろうとしたが……今ので理解した。筋肉は魔法には勝てない」

 

「他の可能性だってある筈だろ……?それじゃ大人と子供との関係とか、信頼的な何かが、そういう力の差だけが絶対なものなんかじゃ……」

 

「つい最近まで世界は東西で分かれてたんだぜ?分かるだろ。"核兵器"を持ってないとどうなるか」

 

「僕はそんなの、持ってない」

 

「それを踏まえた上で言うが、骨も一瞬で直したり、死が身近な魔法族は……ハッキリ言って魂を吸い取る奴よりも"怖い"」

 

「吸魂鬼より?何を言ってるんだビックD!」

 

「お陰で理解したんだ。パパやママが魔法を恐れる理由を。俺の感情がお前への敬意じゃなく"ただの恐怖"に過ぎなかったことを……こっちの世界と、あっちを知った俺だけが理解する」

 

「僕だって怖いよ」

 

「その恐怖は解決できる、ジジイと行けばな。このままここに居ても、いつかお前は孤独になる。俺らとは分かり合えないからだ」

 

「……靴下以外の友達が出来たと思ってたのは、僕だけなんだな」

 

「核兵器を俺が手にした時は友達になれるかもな、それが不可能だと言う点に目を瞑れば」

 

「そうかよ……そうなのかよ……分かったよ……"ダドリー"!これで良いんだろ!」

 

「それで良い、"粗大ゴミ"。お前の生きる世界はここじゃない……行けよ。あとはそっちで話してくれ。俺はまた二つ目の寝室の使い道を考えなきゃならねぇ、もう…筋トレも必要ないしな……もう…」

 

 筋肉の塊は席を立った。

 たった今決裂した関係に背を向けて、二階の筋トレグッズ達が待つトレーニングルームへ向かった。

 

「……校長先生。どうやら引き取りが必要らしい"です"……連れてって"下さい"」

 

「勿論じゃ。立派な粗大ゴミとして処分すると誓おう」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ダンブルドアと共に家を後にしたハリーは、"姿現し"の気持ち悪さに暫く動くことが出来なかった。

 しかも移動先は異世界でも別次元でもなく、ロンドンのチャリング・クロス通りだったので、苦痛を伴う魔法で移動する意味が全く理解できなかった。

 

 漏れ鍋というパブで胃の内容物を全て吐き出したり、陰気なホグワーツの教師とその助手に恭しくお辞儀をされたり、英雄扱いする変人達にもみくちゃにされた挙句、やっと休めるのかと思った彼は、何故か寒々しい中庭に立たされていた。

 

 やはり子供が苦しむ姿をみて喜ぶ畜生なのだろうかと、ハリーは疑っていた。

 

「……満足ですか?これで僕も今日から歩くハロウィンですね」

 

「ああ、言い忘れておった。今生の別れに水を挿してすまない。授業期間はこちらで過ごしてもらうが、長期休暇には帰ってもらう。それに魔法界は異次元にあるわけでもない」

 

「……え?」

 

「ホグワーツはキングスクロス駅から行けるのじゃよ。あとは予言でハリーを殺せるのは闇の帝王だけじゃ、逆説的に他の要因で死ぬことは恐らくない。試すのはお勧めせんがの」

 

「……じゃあ友情を解消した意味は……?」

 

「どうじゃろうな、ないかも知れん」

 

「必要なことじゃなかったんですか!?」

 

「力が全ての関係を決めることなどないよハリー。もしそうなら、とっくに魔法族がマグルを支配していてもおかしくない」

 

「侮りすぎです。核兵器が防げるんですか?」

 

「逆じゃよ、マグルは力も数も圧倒的に魔法族よりも上になる。いずれ魔法のようにしか見えない科学を使うようになるかも知れぬ。力が関係を規定するならば、それを恐れてもっと昔にそうなっている筈じゃ」

 

「…そういうことですか」

 

「……しかし、そうはならなかった。ならなかったのじゃ、ハリー。だから…終わりではない。君は、友人を失う必要などないのじゃ」

 

「じゃあ、一体何が関係を決めるのですか?」

 

「愛じゃよ。愛。ラヴアンドピースじゃ」

 

「はぁ……まあ、次の休みにはアイツも核兵器を手に入れてるかも知れませんし、それを祈ります」

 

「それもまた愛じゃな。さて行くとするか」

 

「もうハイパードライブは嫌です。地下鉄で行きましょう」

 

「その必要はない、ここが入り口だからの」

 

 杖で煉瓦を何度か叩き始めた姿は、ボケ老人の奇行にしか見えなかったが、その感想はすぐに塗り替えられた。

 

 煉瓦が自ら道を開ける様に動き、その先に、如何にも魔法使いといった格好の変人達が歩き回る、賑やかな街路が見えたからだ。

 

「行こうか、少年。先ずは11年分の靴下を買わねばならんからの」

 

「クリスマスプレゼントですか?」

 

「勿論、君にはウールの新品が良かろう。この英国靴下愛好会終身会長に任せると良い」



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05 クィリナス・クィレルと闇の魔術

とある事情でエピソード4に出来なかったのですが時系列的にはこちらが先なので初投稿です。


 歴代校長は肖像画の中で殆ど寝ていた。

 

「よくぞ戻ったクィリナス。サバティカルは有意義なものであったかな?」

 

 ダンブルドアは山盛りのレモンキャンディーをクィレルに差し出しつつ尋ねる。

 

「ええ、勿論。どうぞ、お土産です」

 

「ほう。これは…」

 

「徳用のうまい棒100本セットです」

 

「アルバニアからわざわざ日本まで?」

 

「それは……助手の探し物の為に」

 

「独り身の君にもついに春が来たのじゃな」

 

「ではありませんが、ある意味、人生は変わったと言えるでしょう。……紹介しても宜しいでしょうか?」

 

「勿論。ホグワーツでも働いて貰うことになるかも知れんからの」

 

「……入って"下さい"」

 

 入って来たのは左目に眼帯を付けた、黒とも銀ともつかない髪色の少女。

 揺らめく黒いローブを肩に掛け、首から銀色の鍵を下げ、何故かホグワーツの制服を着ていた。

 

「こんにちは」

 

 銀色の光沢がある義手の右手でスカートの裾を摘み、静かにお辞儀をする彼女は、老いた魔法使いに微笑みかけ、目を合わせた。

 

 その瞬間、彼の人生で最も最悪な記憶が甦り──目の前にいる存在が、"かつて失った者"の姿に見え──

 

「──っ」

 

 言葉に詰まり、息すら忘れたように黙り込んでしまう。

 

「貴方は、お辞儀しない失礼な生き物?」

 

 黒銀の瞳が呆然とする彼をただ見つめる。

 

「申し訳ありません、校長。彼女に悪気はないのです。少し……その…人間の倫理観に慣れていないだけで」

 

「……ああ、気にするでない。すこし"馬鹿馬鹿しい"ものを見ただけじゃ。わしはアルバス……アルバス・ダンブルドアじゃ。君は名前は何というのかな?」

 

「私もダンブルドア」

 

「……ああ、"そう"じゃろうな」

 

「どうしてハロウィンのことを考えているの?」

 

「死霊が会いに来たなら笑えるじゃろう?」

 

 ダンブルドアは相手の発言──開心術を使用した前提の──に微笑みを返す。

 

「それで、"ミラ・ステラ"。君は何故、誰もやりたがらない闇の魔術に対する防衛術の教師を志望しておるのじゃ?」

 

 彼もまた、開心術を平然と使って聞き返す。

 

「昔から夢だったの」

 

 しかし、ミラの心象は全てハロウィン的な何かに変換されて何一つ読み取れなくなった。

 

「そうか、君もハロウィンか」

 

「好きな呪文は緑色の絶対に死ぬ奴」

 

「その歳で使えるとしたら凄いことじゃ」

 

「アバダ・ケダブラ」

「ミラ様ぁ!?」

 

 ミラが杖から放った光線は不死鳥のフォークスに直撃し、緑色に燃え上がる。

 クィレルは一言で完全に立場を表明していた。

 

「おお、緑じゃなぁ。死んではおらんが」

 

 ダンブルドアは呑気している。

 

「緑色の……多分死ぬ呪文」

 

 ミラは不死鳥が文字通り死なないのを良いことに何度も光線を放った。

 

「──!」

 

 不死鳥は迷惑そうに唸るだけで灰にはならなかった。

 

「……好きな呪文は緑色の死なない奴」

 

「彼は不死鳥じゃ。効かぬよ」

 

「クィリナス、死んでくれる?」

「おやめ下さい!」

 

「そこまで出来れば十分じゃ。"予定していた教師"よりもずっと優秀じゃよ」

 

「採用?」

 

「一つ、教師になったら何をしたいか教えてはくれぬか?」

 

「闇の魔術で子供達を死ぬほど怖がらせる」

 

「なるほど、よく分かった。合否は後ほど知らせよう」

 

「期待してる」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 面接が終わったミラは不死鳥──彼女が連発する死の呪文を鬱陶しく思い、窓から飛び去った──を追い、黒い煙に姿を変えて飛んで行った。

 

「彼女はどこで?」

 

「アルバニアで初めて会った時はアズカバンから来たと言っていました」

 

「にしては随分と若く見えるが」

 

「…貴方にはどう見えたのですか?」

 

「新品のウールの靴下じゃ」

 

「は……?」

 

「わしは新品のウールの靴下が怖いのじゃ。枕元に置かれたら怖くて泣くじゃろうな」

 

「ば、馬鹿馬鹿しいことを」

 

「随分怖がっているようじゃが、ならば君には一体何に見えた?」

 

「……時々、闇の帝王に見えます」

 

「彼女が?」

 

「……正直に申しますと、ついこの間まで、闇の帝王は我々と一緒に過ごしていたのです」

 

「騎士団の抹殺リストに追加じゃ」

 

「い、今は違います、最初は我々の目的は一致していたのです」

 

「一致するような目的があるか甚だ疑問じゃな」

 

「私が出会った時、彼女は死の呪文を放つ蛇……闇の帝王が憑依した蛇を振り回して、アルバニアの森を火の海に変えていたのです」

 

「"東欧革命"の調査の為に森に行く理由が?」

 

「あ、あの子の右腕は義手で、左目はありません。"バラけた"らしいですが薬では治らなかったのです。ですから……」

 

「復活させた闇の帝王の力で、治そうとしたわけか」

 

「……その通りです。ですが」

 

「何があった?」

 

「目を離した隙に食べてしまったんです」

 

「闇の帝王を?」

 

 ダンブルドアは冗談のつもりだった。

 

「そうです…!」

 

「……ほう」

 

「彼女はあの見た目ですが、吸魂鬼です。……ある程度過ごした相手を躊躇なく食べるような」

 

「なら生徒の魂をつまみ食いせんように注意せねばな」

 

「教師の魂も食べないように言っていただけないのですか……?」

 

「ゴーストになっても教師は続けられるじゃろう」

 

 吸魂鬼に吸われて死ぬとゴーストにはならない、と言うのが一般的な説である。

 

「……貴方は……予測していたのですか?」

 

「"そんな"迂遠で壮大な策を練って実行出来るなら、闇の帝王が"生まれる前に"阻止できたじゃろうな……生まれないようにできた筈じゃ」

 

「何故そう平然と……アレは彼の魔法を引き継いで自由に使っているのですよ?」

 

「クィリナス。原理は分からぬがアレはボガートと似たようなもじゃ。恐れると却って力を増すじゃろう」

 

「吸魂鬼にそんな能力は……」

 

「吸魂鬼が残忍な闇の魔法使いに"作られた"存在ということを考えれば、作られた当時に島の外へ放たれなかったのは何故じゃろうか。例えば、吸魂鬼"は"試作品でしかなかった、ということは考えられぬかの?」

 

「……アレが…完成品ということですか?」

 

「人間の姿で会話できるようなものが完成形だったのなら、何らかの意図があったように思える。なれば、知ることで恐れはなくなるやも知れぬ」

 

「……知った上で滅ぼすと?」

 

「きちんと整理された心を持っているなら、死は次の大いなる冒険に過ぎんのじゃ」

 

「滅ぼすことを正当化する台詞でなければ素晴らしいお言葉です、校長」

 

「ならば何故連れてきた?」

 

「……貴方なら彼女だけを生かし、闇の帝王だけを滅ぼせるのではないかと、私は期待していたのです。私の能力や知識では到底及ばない何かがあって欲しいと、考えていました」

 

「"魂を分割するような"魔法は、あったとしても闇の魔法に他ならぬよ、クィリナス。このホグワーツの図書館からは、闇に関するものは全て排除しておる」

 

「今世紀で最も偉大な魔法使いが、知らないというのですか?」

 

「わしは闇の魔法を使わん、決して」

 

「それなら……私が使います」

 

「恐れている相手のためにか?」

 

「……彼女が闇の帝王を食べなければ、私の目が覚めることはなかった。私には僕の道のほかに道はなく、いずれ死を迎えていた。それも、とても不名誉な形で」

 

「きちんと整理された心を持っているなら、死は次の大いなる冒険に過ぎんのじゃ」

 

「もう聞きました」

 

「忘れたのではない。言の葉を弄しても実際に花となって実を結ぶのは遥か先のことだからじゃ。それ故、何度も同じようなことを言う。忘れたわけではない」

 

「もし、私が闇の帝王と彼女の魂を分割する方法を見つければ、彼女の命を見逃して頂けますか?」

 

「吸魂鬼は不死じゃ、そもそも心配するようなことはないじゃろう」

 

「……分離できなければ、闇の帝王はもう既に不死であると?」

 

「あと数ヶ月で予言の子が入学して来る。その時までにはどうするか算段はつけねばならんじゃろうな。闇の帝王が彼を見逃すはずもなく、彼が闇の帝王を許すはずもない」

 

「……その期限までに術を手にします」

 

「君が闇の魔術に負けぬこと祈っておるよ」

 

「防衛術も私の専門です。本日はこれで。直ぐにでも取り掛かりますので」

 

 クィレルは校長室を去り、老人が取り残された。

 

「どうやらわしらはとんでもない約束をしてしまったらしいぞ──シリウス」

 

 不死鳥の守護霊を呼び出し伝令を飛ばす。

 数ヶ月前に彼を訪ねて来た脱獄犯の元へ。

 

「……さて、どうしたものかの」

 

 そして、予定していた講師からの返事──自筆のサイン付きの著作が同封された長々しい手紙──を眺め、老人は髭を撫でた。



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06 ハリー・ポッターとホリデー・スペシャル

クリスマス・ホリデー・スペシャルなので初投稿です


 

「ここじゃ、魔法使いにとって、最も重要なものがここにある」

 

「紀元前創業……?大丈夫なんですよね?先生」

 

 ダンブルドアがハリーを案内したのは、ジーザスが地上に現れる前から営業しているという、俄かに信じ難い看板の店。

 

 だがハリーは魔法界特有の施設を警戒していた。

 

 既に一度、裏切りそうな面構えの小鬼の案内で、意図の分からない爆速ジェットコースターの洗礼を受けており、胃の中身を再び空にしたからだ。

 

「扉の中は開けてみねば分からぬよ」

 

「じゃあ、祈りますよ」

 

 その扉を開いた途端にハリーが感じたのは、何処かで嗅いだことのあるような匂いだったが、すぐには思い出せなかった。

 

「……これは。ハリー・ポッターさん、貴方の両親が来たのがつい昨日のようだ、いつか必ず来ると思っていましたよ」

 

 壁に並んだ棚を整理していた老爺は、来客に向き直ると、すぐに客が何者か理解した。

 

「僕の両親が?」

 

「貴方の両親も、そのまた両親も、この店に訪れたのです。さて、採寸と行きましょう」

 

 店主は巻尺を取り出し、あらゆる角度から身体の長さを測った。

 ハリーは自分で服を買ったことがなかったので、それがオーダーメイドでも作るような細かさだったことには疑問を持てなかった。

 

「これを試してみてご覧なさい」

 

 老爺の差し出す"それ"を受け取るハリー。

 

「これは……?」

 

「アクロマンチュラの刺激毛、知性と毒を備える」

 

「……なんかチクチクするんですけど、というかこれが魔法使いに必要って」

 

「勿論毒がありますので、少し腫れます」

 

「いらないよ!何で毒が必要なんだ!だいたいこれって」

 

「そういう"靴下"をお好みの方もいらっしゃる、ということです」

 

「やっぱ靴下じゃないか!」

 

 ハリーが慌てて投げ返した"布"は自ら棚に戻って行く。

 

 果たして靴下のために先程の採寸は必要だったのか、それは誰にも分からない。

 

 嗅いだ覚えのある匂いは靴下の匂いだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「先生!これが魔法使いに必要な物なのですか!」

 

「そうじゃ。魔法使いに最も必要なものは靴下じゃ」

 

「杖じゃないの!?せめて帽子とか」

 

「優れた魂は優れた靴下を履いていると言うじゃろう?」

 

「聞いたことないよ!」

 

「ギャリック氏、ハリーは魔法界のことを何も知らんのじゃ、許してくれ」

 

「ええ。ハリーさん、ではこちらは如何でしょう?」

 

「あの、どれのことを?」

 

 オリバンダーが指差す先には何もない。

 

「こちらはセストラルの尾毛、死を見たものにしか見えぬ靴下です」

 

「馬鹿には見えない服と同じ奴だ……」

 

「ハリー、セストラルは実在する。ホグワーツにもそれなりにいる。まあ、君ならば直ぐに見えるようになるじゃろ」

 

「誰かが僕の目の前で死ぬ予定が?」

 

「どうやら、合わないようですね」

 

「むしろ何故合うと思った……?」

 

「ご両親が目の前で殺害されているので」

 

「そっか!不謹慎って言葉は魔法界には存在しないんだ!ハロウィンだから!」

 

「それではこれは?」

 

 青い靴下を差し出すオリバンダー老。

 

「やっと普通っぽいのが」

 

 しかし、受け取った瞬間に消失した。

 

「え?……え?」

 

「ディリコール……マグルの世界ではドードーと呼ばれる鳥の羽毛、危機を感じると消えます」

 

「僕が持っただけで?」

 

「合わないようですね」

 

「いや、持っただけで危機を感じるってそういうことだよね!?先生!僕は予言で死なないんじゃないんですか!?」

 

「死にはせん」

 

「命だけは無事って意味か!クソ!」

 

「それではこれは」

 

 お次は箱から取り出した紫色の靴下。

 

「もうまともな物はないって分かったよ」

 

 しかし、受け取っても消滅しなかった。

 

「オカミーの羽毛、大きさを自在に変える」

 

「へぇ、それじゃ履いてる人に合わせて大きくなったりするんだ」

 

「いいえ、持ち主の器の大きさでサイズが」

 

 言い終わる間も無く、靴下は巨大化してハリーを覆った。

 

「素晴らしい!貴方はとても大きな器をお持ちということです!」

 

「いらない」

 

「……あれもダメ、これもダメ、なるほど貴方は余程靴下に厳しいようだ。さすがは英雄…」

 

「次は何?ウーキー族の毛の靴下?もうなんでもいいからちゃんとしたの出してよ」

 

「偉くなったものじゃ……ポッター家の分際で……」

 

 呟いた言葉の意味は聞かない方が良いとハリーは判断した。

 

「もしかすると……ああ、不思議じゃ、何とも不思議……」

 

「この店が紀元前から続いてることの方が不思議だよ」

 

「不思議すぎて逆に普通かも知れん……つまり不思議じゃ……聞かれない限り不思議について永遠に語らざるを得ない程度には不思議じゃ……」

 

「分かったよ!聞くよ!何が不思議なんですか!?」

 

「…この靴下に使われているのは、不死鳥の尾羽、どうやら貴方は、この靴下に選ばれたらしい」

 

 取り出したのは白と赤の、少し古い靴下だった。

 そう、ハリーが11年間求めていた、クリスマスに使うにはピッタリなハッピーな色合いの。

 これまでの靴下とは一線を画す圧倒的なザ・クリスマスだった。

 

 手に取るとほんのりと暖かく、消えたり巨大化したりもしない。

 

「実は、同じ不死鳥から取った尾羽を芯に作られた魔法の杖が二つあります、片方は貴方の額に傷を負わせた杖、そしてもう片方は……」

 

「片方は?」

 

「その靴下とセットで売っています」

 

「ここ何の店なんだよ!?」

「オリバンダーの店ですが?」

 

「どうじゃハリー、どう見てもクリスマスの上、杖も付いてかなりお得じゃ」

 

「お得とかなんか、夢がないよ……」

 

「一生を共にする道具との出会いは、意外にも凡庸なものじゃ。誰しもが剣を引き抜くわけではない」

 

 ダンブルドアはまるで威厳を持った校長のようにそれらしく言う。

 

「いや、一生は履けないでしょ……というか多分、その杖売れ残り……」

 

「左様でございます、ハリーさん。闇の帝王関連で売れる品物なんぞ、今のご時世にありません。死喰い人(ファン)は買わないで強奪するので」

 

「……それで、いくら?」

 

「今なら靴下と合わせて7ガリオンです」

 

「先生、杖の相場は?」

 

「わしが知っているのは随分昔の話じゃ……確か、日本円では4900円と聞いたことがあるが……」

 

「オリバンダーさん、靴下の方はいくら?」

 

 ハリーは参考にならない老人を無視した。

 

「7ガリオンです」

「ほぼ在庫処分じゃないか!」

 

「杖は処分するのも骨です。店の奥にある杖も本当は処分したいのですが、0.8ヤードもある上に暴れるので……ああ、折角ですしそれもセットで10ガリオンでいかがでしょう?」

 

「折角で値段上げられて嬉しい客いる?」

 

「めちゃ凄いパワーがあります。大きく振りかぶって殴れば、闇の帝王も吹き飛ばせると言っても過言ではないでしょう」

 

「魔法使えよ……」

 

「ハリー、力はみだりに振りかざす物ではない。大いなる力には大いなる責任が伴う」

 

 ダンブルドアは威厳のある校長のような話し方で諭す。

 

「棍棒振り回すのは暴力じゃないの?」

 

「今、この靴下と杖を手にすれば間違いなくあなたは何か偉大なことを成し遂げることでしょう」

 

「偉大って、そんな大袈裟な」

 

「ええ、前にお買い上げ頂いた方は闇の帝王になったので」

 

「ありがとう、魔法界での偉大という言葉の意味がよく分かったよ」

 

「仕方ありません、そこまで言うのなら、今ならオリバンダーの店印の、不死鳥の靴下3つもお付けしましょう、これで13ガリオンです」

 

「ハリー!買いじゃ!此処で買いじゃ!まだまだ上がるぞ!」

 

「だからなんの、」

「オリバンダーの店です」

 

 食い気味だった。

 

「さらに!これまで紹介した靴下全部つけて15ガリオン、いえ折角ですから倍の40ガリオンでどうでしょう?」

 

「倍は30ガリオンだよ」

 

「30ガリオンでお買い上げ!ありがとうハリーポッター !聞いて下さい!皆さん!ハリーポッターが30ガリオンも払います!30ガリオンも!」

 

「だれが買うなんて」

 

「物の価値はそれを持つ者が決めるのじゃ、ハリー。物自体が価値を持っているのではない」

 

「どうぞ、これが樹木子の棍棒+10です」

 

 物凄い勢いで振動している巨大な杖が手渡された。

 

「本当に棍棒だ……」

 

 棍棒は少し手を離した瞬間に、店のガラスを突き破って飛び出して行った。

 通りから悲鳴が聞こえた。

 ハリーは気にしないことにした。

 

「……で、靴下は?」

 

「ここオリバンダーの店では、品物が貴方を選びます」

 

「さっき靴下に選ばれたよね?」

 

「貴方を選んだのは、このアクロマンチュラの刺激毛靴下ですか?それともオーグリーの湿った靴下ですか?」

 

「不死鳥の靴下だ!」

 

「馬鹿正直な正解者にはレモンキャンディーを差し上げましょう」

 

「素晴らしい選択じゃハリー、さ、その飴は勿論、わしにくれるんじゃろうな?トリック──」

 

「トリック・オア・トリート!」

 

 ハリーは咄嗟に叫んだ。

 

「分かってきたようじゃな。ぺろぺろ酸飴をやろう」

 

「僕にはあんたらがわからないよ……!」

 

「ハリーさん、紹介した靴下全て、紹介していない靴下、そして売れ残った幾つかの杖を此方の紙袋にまとめておきました。袋はサービスしておきます」

 

「ああ!ありがとう!もうこれでいいよ!樹木子の棍棒+10も喜んでるさ!」

 

 11年分の靴下と売れ残った杖を手に入れたハリーは、どれが不死鳥の杖なのかさっぱり分からなかった。

 

 そんなことより、横丁で暴れ回る樹木子の棍棒+10を回収するのに気を取られ、運命だとかそう言う説明はすっかり忘れてしまった。

 

 +10で一体何が加算されているのかは謎だったが、言われた通り、めちゃ凄いパワーの棍棒だった為、しっかりばっちり被害が出た。

 

 ハリーが悪戦苦闘している間、ダンブルドアは素知らぬ顔でアイスを食べていたことを彼は知らない。

 

 その弁償は当然のように彼の財産で賄うことになった。

 

 しかし、直ぐに金貨を取りに銀行へ向かわなかったのは正しい選択ではなかった。

 

 何故なら。

 

 同時刻にグリンゴッツを破ろうとしている者がいたからだ。








★誰も望まないtips★

・スターウォーズ・クリスマス・ホリデー・スペシャル
スターウォーズでありスターウォーズではない何か。
ジョージ・ルーカス本人に黒歴史とまで言われた幻のテレビ映画作品。
放送は初公開時の1回のみ。その後、再放送もされておらず現在視聴できるのはサブスクリプションのサービスで提供されている一部のアニメパートか、動画サイト等に違法アップロードされているもののみ。
内容はチューバッカ一家が登場して、”生命の日” を家族で祝う準備をする様子を描いたシットコム風の作品。
あまりにもチープかつ主な会話シーンはウーキー族の唸り声が殆どのため、何を言っているのかは推測するしかない。
さらに途中から劇中劇が複数(この劇中劇の挿入歌や様々な権利が関わることによって再放送等が不可能になっているとと思われる)挟まり、展開は混沌を極め、視聴者を次元の彼方に置き去りにしていく。一部ファンには先行登場する設定等を見ることができることからカルト的な人気を持っているが、多くのファンからすればネタでしかない。


・樹木子の棍棒+10
それは杖と言うにはあまりにも大きすぎた。
太く、大きく、重く、そして大雑把すぎた。
それは正に棍棒だった。


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07 ミラ・ステラと服従の呪文

まだストックはありますが、書き溜めではなく書き下ろしなので初投稿です


 

 グリンゴッツに向かい、ダイアゴン横丁を歩く二人がいた。

 

「いいか、ミラステラ。我々の目的をもう一度確認するぞ」

 

 白髪の弱々しい風体の老人が見た目に似合わない口調で尋ねる。

 

「グリンゴッツに閉じ込められてる可哀想な財宝を救出する」

 

 ミラは胸元の鍵を弄りながら、やる気のない声で答える。

 

「……この際それでも良い……ポリジュース薬は?」

 

「美味しくないから捨てた」

 

「は!?私がどれだけ夫妻の髪の毛を手にするのに苦労したと思っている……!賢者の石とはなんの関係もない話を延々と聞かされる気分を味わってみたらどうだ?」

 

「美味しくなさそうだからいい」

 

「そうだろう、そうだろう!私が作った朝食だって全然食べないのも美味しくなさそうだからなのだろう……!どうして私の言うことを聞いてくれないんだ……」

 

「だって先生が作るのはいつも野菜入ってる、ブロッコリー嫌い」

 

「黙れ、栄養学を知らないからそう言うことが言えるのだ。病気を治す魔法より、そもそも病気にならないことの方が重要だと……いや、お前に言っても仕方ないか」

 

「私、ヒトじゃないし、野菜食べなくても死なないよ」

 

「なら食べても死なないだろう」

 

「美味しくないから死んじゃう」

 

「私の作るものは全て至高だ!魔法も!そして料理もだ!」

 

「そう思ってる限りは絶対に良いものは作れないよ、先生が作ったもので一つでも世の中の人に感謝されたり喜ばれたものがある?」

 

「……歓迎されない発明だとしても、それは発明であり、進歩だろう?マグルの核兵器や毒物がそれに当たる。文明とはそう言う側面もあることを知るべきだ」

 

「大きな話で誤魔化す前に、美味しく野菜が食べれるように工夫を考えるべきだと思うよ先生。自分を正当化する発想しかないから、どうして私が先生の料理を美味しく食べれないのかとか、私が先生の言うことを聞いてあげないのとか、慮る発想が浮かばない。愛がないよ愛が。だから、貴方は誰にも愛されないヒトなんだよ。愛なきヒトだよ」

 

「……今日は妙に饒舌だな?本当にミラステラか?」

 

「自分の欠陥を突きつけられるのって"怖い"でしょう?」

 

「……リディクラス」

 

 横丁の景色は変わらなかったが、隣で歩いていた筈のミラステラの姿が白髪の老婆へと変わる。

 きちんとポリジュース薬を飲み、変身している姿に。

 

「……私は一人で喋っていたか?」

 

「さっきからずっと。先生は何を見たの?」

 

「妙なものを見せるのはやめろ」

 

「怖かった?」

 

「最高に不愉快だ、やめろ」

 

「はーい」

 

「……私の作った朝食は不味かったのか?」

 

「私が野菜なら調理される前に自殺する」

 

 ミラステラは言い切った。

 

「そんなに酷かったのか?」

 

「お陰でポリジュース薬も飲めた」

 

「分かった。二度と料理はしない、二度とだ」

 

 音声を変換し、他者に会話を聞かせないようにする魔法をかけ直しながら、男は呟いた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 案内役のゴブリン、グリップフックはトロッコから降りても服従の呪文の効果で最高にハイだった。

 彼の後ろを歩く二人のポリジュース薬の効果が切れていても全く気にならない程度には。

 

「ねぇ、先生。ドラゴン、見てドラゴン」

 

 指差す先にはグリンゴッツが誇る強力なセキュリティ。

 ウクライナ・アイアンベリー種……ではなく漆黒の鱗と甲殻、巨大な翼を持つ黒龍。

 まるで別の世界から連れてこられたような凶悪な龍が鎮座していた。

 

「……あれは盗人を食い殺すためのものだ」

 

 クィレルの知らないドラゴンだった。

 

「悪い人を食べる?」

 

「ああ、そうだ」

 

「私と同じだ……!」

 

 ミラステラは鎖に繋がれたドラゴンへフラフラと向かって行く。

 

「放っておけ、いいな、ドラゴンにはくれぐれも関わるな、ミラステラ。流石に倒す準備はして来ていない。いいな、絶対に関わ」

 

「へー、貴方もミラって言うんだ」

 

 ドラゴンはミラの手によって解放された。

 

「ダメだ。戻しておきなさい」

 

「──!!」

 

 自由を得たドラゴンは咆哮する。

 

「"うるせぇ!行こう!"だってさ」

 

「……服従の呪文を使ったな……もういい」

 

 クィレルは禿げ上がった頭にこれ以上抜ける髪が残っていなかったことに感謝し、目当ての金庫へ向かう。

 

「グリップフック!ドラゴンは持ち帰り(テイクアウト)だ。良いな、さっさと金庫へ案内しろ」

 

「ええ!最高です!盗人を殺すドラゴンが盗まれるなんて!ええ!これ以上のことが?」

 

 今のグリップフックは何を言われてもハイだった。

 

「用が済めばお前も殺すと言ったら?」

 

「殺す!それは素晴らしい!勿論殺しましょう!ミスター・フラメル!」

 

「グリップフック、この子暴れたいんだって」

 

「勿論!暴れましょう!このグリンゴッツは貴女のような、ならず者が暴れるのに最適の空間です!」

 

「行こう」

「──!!」

 

 ミラが乗ったドラゴンが羽ばたき、地下洞を好き勝手に飛び回り、クィレルの視界から消えていった。

 遠くから爆発音が鳴り響き、地下が激しく揺れた。

 

「……服従の呪文は最高だな……全く。713号金庫だ、早くしろ」

 

「恐らく、たった今ドラゴンが破壊した金庫です」

 

「クソ、中身が壊れたら……」

 

「ええ!壊れたら最高です!」

 

「最高なわけがあるか!何が入っていると思って」

 

「中身ですか!ええ!ありません!何も!713号金庫には何も入っていませんとも!」

 

「……は?何を言っている、ならばなぜここまで案内して……」

 

「ええ!最高です!713号金庫へ向かうニコラス・フラメル夫妻が現れた際は、何があろうとこちらまで案内するように、職員全員に服従の呪文がかけられていますとも!」

 

「……そんなことを継続してできるわけが……」

 

「ええ!お互いに掛け合うように指示されたので!ええ!盗人落としの滝を止めているのも解除しないためです!」

 

「……リディクラス……ダメか、ミラの悪戯だった方がまだマシだったな……!」

 

「これでも命令通りですとも!ええ最高です!たまりませんな!!んほぉぉぉぉ!!」

 

 走っていったグリップフックは狂喜しながら警報機を作動させ、口から泡を吹いて倒れた。

 

「随分と用意が良いじゃないか、闇の帝王め。もう賢者の石は回収済みって訳か……!」

 

 グリンゴッツ全体に、盗人の侵入を知らせる警報が鳴り響く。

 

「いいだろう、私の方が上手だと教えてやろうではないか……!」

 

 クィレルはポリジュース薬を飲み、杖を構えた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「先生、大変。泥棒がいるんだって」

 

 倒れたゴブリン達の記憶を書き換えているクィレルの元へ、ドラゴンに乗ったミラが合流した。

 風圧で何人かの意識のないゴブリンが転がっていく。

 

「それは我々のことだ」 

 

「泥棒だったの?」

 

「そんなわけがあるか、罠だ。金庫は既に空だった。大体こちらは校長の指示で動いて……いやあれは本当に校長だったのか……?」

 

「アルバスのお願いなら、なんで変身して忍び込むの?」

 

「……ミラステラ、私は何か普段と違っていなかったか?」

 

「服従の呪文、使われてないかって?」

 

「そうだ」

 

「待って……んー、使われてる」

 

「誰だ?」

 

「知らない人、見たことない」

 

「服従の呪文を使わせるように服従の呪文を、か。闇の魔法使いは自由で良いな全く……ミラステラ、呪文を解除してくれ」

 

「フィニート」

 

「……ついでに自分が最高だと思うようにされていたのか、嫌がらせにしてはかなりの出来だな、最悪の気分だ全く」

 

「目、覚めた?」

 

「……お前は分かっていて私にあの幻を見せていたのか?」

 

「何のこと?」

 

「……まあ、どちらでも良い。ここのゴブリン共の記憶は処理済みだ、すぐにでも出よう。幸い、脱出手段は我々の手にある」

 

 その日、グリンゴッツには地上から地下洞まで続く巨大な穴が穿たれた。

 

 彼らの脱出後に用済みとなった黒龍はダイアゴン横丁で暴れ回ることになるが、それはまた別の話である。

 








★誰も望まないtips★


・服従の呪文
許されざる呪文の一つ。
一部の抵抗力を持つ存在以外を完全な支配下に置き、命令を従わせることができる。
W.W.O内では他者へ服従の呪文をかけるように命令を与え犯人を分からなくさせたり、悪霊の火を使わせて特攻するような指示するのが一般的な使い方であり、用法が多岐に渡る便利な呪文のため、W.W.Oプレイヤーにとっては必須呪文と言える。

尚、NPCばかりではなく、プレイヤーにも効果がある。
使用されたプレイヤーはゲームのシステムにより認知機能へ介入され、催眠状態へ移行し命令を遂行するが現実世界や命に関わる内容に関しては従わないようになっている。
この呪文の真価は使用された可能性というだけで、疑心暗鬼により社会集団を崩壊に導くというものであり、オンラインプレイヤーのサークルの数々がこの呪文によってクラッシュされた。
プレイヤー間に関してはゲーム性を損なうためにお互いへの使用を自主的に禁じている。


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08 ドラコ・マルフォイと原作通りの世界

初登校(大嘘)です。安心して下さい。原作通り、ハリーはマダムマルキンの店でマルフォイと遭遇しますとも。
掲示板回を見ていないと意味不明なキャラクターが存在します、注意して下さい。


 

 ダームストラング専門学校の寮の一室、薄暗い何者かのベットルーム。

 

 拘束されていた少年の轡が乱暴に解かれる。

 

「なァ、何っ、何なんだよ!僕を、わかっているのか!?マルフォイ家に手を出すこと意味を!父上がお前を」

 

「わかってるよぉ!ドラコくぅん!私は貴方の血を吸いたいだけなのぉ!そ、そして貴方のせい──」

 

「アバダ・ケダブラ」

 

「ギャッ」

 

 緑色の閃光が煌めき、吸血鬼──ゴスパンク衣装で不健康な色の肌を晒したオッドアイの黒髪の女──は吹き飛ばされ壁に激突した。

 

「無事ですか」

 

 修道服に身を包んだ金髪の童女が少年の下へ歩み寄り、手足の拘束を解く。

 

「ぼ、僕に当たったらどうするっ!何処の闇祓いか知らないが、一歩間違えば僕が死んでいたぞ!父上に報告するからな!」

 

「大丈夫です、貴方は生きてます」

 

「何なんだよ!僕の血が欲しいとか」

 

「アレは貴方のドラコをフォイするつもりでした」

 

「は?」

 

 少年がその言葉の意味を理解する間も無く──

 

「──ふ、ふひ、ど、ドラコくぅん、わた、わたしとぉぉ」

 

 死の呪文を食らった筈の吸血鬼が折れた手足を再生させながら、起き上がり、昆虫じみた動きでにじり寄る。

 

「お、おい!死んでないぞ!どうにかしろ!」

 

「そのための私です──クルーシオ」

 

「いたっ、痛いィィ!!でも効かないねェ!吸血鬼だからぁ!!」

 

「吸血鬼、貴女には彼がどう見えますか?」

 

 のたうち回る吸血鬼に問う。

 

「プ、プラチナブロンドで、色白でぇ、将来絶対にイケメンになぁ──グギャッ」

 

 銃声。

 

 童女が銀色の拳銃を取り出し、吸血鬼の肩を撃ち抜いていた。

 

「ええそうですね、では貴女には彼が売女(ビッチ)に見えるのですか?」

 

「え?」

 

「ならば、何故貴女は彼のドラコをフォイしようとしたのですか?」

 

「フォイ!?そんなこと」

 

「したんですよぁ!貴女がぁ!彼をフォイしようとしたぁ!」

 

「違っ、私はっ!」

 

 そして銃声。

 

「賢者の石、25章17節。『正しき者の道は、悪しき者の不埒な偏見と暴虐によって行く手を阻まれる。暗闇の谷に迷う弱き者を、愛と善意によって導く者に幸いあれ』」

 

 童女は取り出した分厚い本を聖句のように読み上げる。

 

「私は、私はただ、彼の血を吸って」

 

「『なぜならその者は、仲間の守り人であり、迷い子たちを救う者なり。そして我は仲間たちを汚し破滅をもたらす汝らを、大いなる復讐心と激しい怒りをもって打ち倒すであろう』」

 

「ドラコをお父さんに──」

 

「『──そして復讐が遂げられしとき、汝らは我が名が主であることを知るであろう!』

 

 銃口から雷火が迸り、吸血鬼に水銀の弾丸が何発も撃ち込まれた。

 

「彼のドラコをフォイして良いのは彼の妻だけです」

 

「それじゃあ、私、乾いちゃう──」

 

 しかし異常な生命力で生きながらえるそれ。

 

「ペトリフィカス・トタルス・トリア」

 

「──」

 

「お前はそこで乾いていけ」

 

 石化呪文で硬直した塊を、さらに無言呪文で壁の中に封印した。

 

「お、終わったのか?」

 

「終わりではありません。"ここ"には貴方をフォイしようと狙っている連中がごまんといます」

 

「だからフォイって何なんだよ!」

 

「いずれ分かります。ではホグワーツへ向かいましょう」

 

「今は危険だって父上が言うからこっちに留学してるんだ!お前、闇祓いじゃないな!」

 

「当然です。闇祓いは死喰い人以外を許されざる呪文でフォイしません」

 

「じゃあ何だよ」

 

「私は正史(カノン)ちゃん。清く正しき歴史の番人です」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「歴史がなんだか知らないが、僕はホグワーツには行かないからな」

 

「ドラコ・マルフォイはダームストラングに通ったりしません」

 

「はぁ?なんでお前が決めるんだ」

 

「正史だからです」

 

「お前もさっきのイカれた奴と同じってことだな。よく分かった。好きにフォイでも何でもすれば良い。必ず思い知らせてやる」

 

「落ち着いて下さい、私は味方です。正史は貴方に幸福な人生を約束します」

 

「知るか、僕の人生を勝手に決めないでくれ」

 

「私が決めたわけじゃありません。未来を知っているだけです」

 

「魔法省からタイムターナーでも盗んできたのか?」

 

「私は今年、ホグワーツで起きることを知っています。勿論、貴方が今後どのような成長するのかも、クディッチワールドカップで何処が優勝するのかも、そして貴方の父上がどうなるのかも」

 

「……父上になにか起こるのか?」

 

「ええ」

 

「……」

 

「どうかしました?」

 

 ドラコ少年には逡巡があった。

 

 許されざる呪文を平然と使い、見たこともない武器を振り回し、吸血鬼を瞬殺するような相手に逆らうのは"合理的"ではない。

 かと言って言葉を全て信用できるわけでもなく、闇祓いでもない。

 だが、彼女の目的を達成するのならば問答無用で服従の呪文を使う方が早い。

 先程の様子からそれを使うのに戸惑う筈もない。

 そこから導き出されるのは、それが出来ない理由がある──か、言葉通りに味方であるか、だ。後者はあまりに楽観的に過ぎるが。

 

 いくら一年生とは言え、身の危険は先程味わったばかり。見知らぬ異常者を信用するには材料が足りない。

 

「……なら、僕が正しき歴史とやらに協力するならそれを教えるか?」

 

 結果、彼は服従の呪文を使わざるを得ないと判断される前に従ったふりをすることにした。

 従うに足るような理由付けをした上で。あくまで自然なように。

 

「必要な時に。知るべきではない時に知れば歴史は乱れます」

 

「僕との会話は正しき歴史に含まれるか?」

 

 もし含まれていなければ、どうする、という意味の質問だった。

 

「安心して下さい。歴史が正しい道を辿りさえすれば、多少の蛇足も厭いません。ここでは」

 

「……そうか。わかった。協力する。その代わり、父上に何かが起こるときには絶対に教えてもらうからな」

 

「ええ、必ず。では行きましょう、姿現しするので手を出して下さい」

 

「……ああ」

 

「──おや?」

 

「どうしたんだ?」

 

「……出来ませんね」

 

「何で?」

 

「どうやら吸血鬼とかが阻害しているようです、先ずはそれをフォイしていきましょう」

 

「ぼ、僕はまだ一年生だぞ!吸血鬼なんて無理だ!お前がフォイしろ!」

 

「ドラコはフォイとか言いませんよ?いいえ、言ったことありません。正史にないセリフを喋らないでもらえますか?」

 

「ここまでの会話は本当に正史に含まれるんだろうな!」

 

「ええ勿論。原作には人生に必要な全てのことが詰まっているんですから。私の読み上げた25章17節だって必ず存在します」

 

 存在しないし、引用元は原作の25章17節ですらない。

 

「わかった!わかったよ!やれば良いんだろ!お前の言う通りにするさ!」

 

「フォイしてくる吸血鬼どもを逆にフォイしてやりましょうフォフォイの──」

 

「だからフォイって何だ!」

 

 彼らがダームストラングに巣食う吸血鬼達を全て打倒し、ホグワーツへ訪れるのは、まだ先の話。







★誰も望まないtips★

・正史ちゃん
W.W.Oのスレッド内で★正史★と名乗っている固定ハンドルのプレイヤー。あらゆるワールドへ武力介入し正史に従わない者を問答無用で粛正するが、実のところ本人の正史に関しての知識は疑わしく、よく議論で負ける。その場合は概ね暴力と勝利宣言で解決する。
力の源泉は主にチートプレイヤーから剥奪したデータを流用したものであり、正史を守らせるためならば如何なる手段も問わない原作原理主義者の成れの果て。呪いの子は非正史と主張している。
W.W.Oの界隈に現れる前はルーカスの作ったスターウォーズしか認めないタイプの正史主義者として活動していた。


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09 ハリー・ポッターとマルフォイ家の秘密

秘密の部屋要素が追加されていくので初投稿です


 

「……あら、貴方。もしかして」

 

 マダムマルキンの洋装店でハリーに声を掛けたのはプラチナブロンドの少女。

 

 頭の先から靴に至るまで明らかに高価な衣服に身を包み、優雅な所作や立居振る舞いで、全身から嫌味な程に高貴さを漂わせていた。

 左眼の瞳が黒とも銀ともつかない、奇妙な色合いである以外には完璧だった。

 

「なに?君もハロウィンなの?」

 

 ハリーには次なる刺客にしか見えなかった。それだけ魔法界の洗礼は厳しかったということだろう。

 

「私はホグワーツですわ。ハロウィンなんて(学校が)ありましたの?」

 

「魔法界の全てはハロウィンだって言っても過言じゃないって、靴下教会の会長が」

 

「そのような偉大な……ハロウィン……覚えておきますわ」

 

 彼女の脳内で"ハロウィン魔法学校"が爆誕していた。

 

「私もまだ無知でしたのね、反省です…わ」

 

 感心したように言う少女の表情に、ハリーは相手がただの同年代の少女で、ハジけている魔法界の住人ではないのだと思った。

 

「……こっち来て初めてハロウィンじゃないじゃない人に会ったよ」

 

「私だけハロウィン(の生徒)じゃない……?」

 

「その分だと、君もここに来るのは初めてらしいね」

 

「そ、そのようなことはありません、でしてよ……!」

 

 ハリーには箱入り娘が自分を恥じているように見えた。

 

「大丈夫。君も同じなんだろう?吸魂鬼がいるような場所に送り込まれるんだ、死ぬかもしれないのにね」

 

「……な!何故そのことを!?」

 

 ハリーは自分でホグワーツと言ったじゃないかと笑いそうになった。

 

「君の顔に書いてある」

 

「へっ!?」

 

 少女は自分の顔をペタペタと触って確かめる。

 

「くっ、くく。やっぱりハロウィンじゃないな君は」

 

「も、もしかして貴方」

 

「大丈夫、僕も同じだからさ。よろしく。僕はルーク・スカイウォーカー」

 

「よろしくお願いします、スカイウォーカーさん。私は"ドロシー・マルフォイ"と申します」

 

 ハリーは魔法界に来て、初めてまともな友人が出来そうな気がした。

 

 残念ながら、全くの誤解だったが。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 時は遡り、マルフォイ邸の一室。

 ルシウス・マルフォイは呼び出したメイドにあることを告げた。

 

「お前にはドラコの代わりにホグワーツへ行ってもらい、死んでもらう」

 

「私が……ホグワーツへ代わりに…?」

 

 メイド服の少女──左目を長い銀髪で隠し、美しい容姿ではあるが頬や手足に火傷のような跡のある──に。

 

「そうだ。そして死ぬ」

 

「何かのお仕置きですか?」

 

「違う」

 

「申し訳ございません!この無知なドロシーをお許しください!お仕置きして下さい!そうしないと気が済みません!して頂けないのなら床に頭を」

 

「……この腐った卵味とゲロ味だけの百味ビーンズを食え」

 

 面倒そうにルシウスは菓子の袋を懐から取り出した。

 

「ありがとうございます!うっ、ぐっ、おぇぇぇぇ、不味いですっあはっ、苦しっ、不味いですっ、ルシウス様ぁ、おぇっ……このような見苦しい姿をお見せして……申し訳ございません……お許しくだっおえっ、あはっあはは」

 

「…話を続ける」

 

「むぐ、んく。拝聴します!」

 

 袋の中身を一気に食べて青くなりながら、姿勢を正す。

 

「…シリウス・ブラックが脱獄した。ハリー・ポッターが入学するこの年にだ。目的は復讐だろう」

 

「良いですね復讐。私も気軽に復讐されたいです!」

 

「…ドラコは一年間ダームストラングだ。すでに送り出した。あのカルカロフでも流石に子供の面倒はみれるだろう。第一、吸魂鬼が配置される予定の場所に年端も行かぬ子供を預けられるか?他の純血達も正気とは思えん」

 

「そんな場所では私でも死んでしまいますよね?」

 

「…葬式の準備は万全だ」

 

「ありがとうございます!私のためにそこまでしていただけるなんて!マルフォイ家の為に死ねるなんて感激です……!」

 

 皮肉ではなく、少女は心の底から微笑み、感謝していた。そういう風に育っているが故に。

 

 狂信的な感謝にルシウスの顔は引き攣っていた。死を告げられた子供の表情ではなかったからだ。

 

「…純血は殆ど知り合いだとしても、一年間の不在は人間関係の形成に大きな瑕疵を与えるだろう。そこでお前の出番だ。ドラコの代わりにホグワーツ内で派閥を形成しろ。そしてダンブルドアの信用を下げる工作として"死んでもらう"。それがお前の仕事だ」

 

「私のようなメイドで……そのような大それたことができるでしょうか?」

 

「そのためにこれを用意した」

 

 ルシウスは瓶を取り出した。その中で眼球が浮いている。

 黒とも銀ともつかない色の不思議な瞳の眼球が。

 

「魔法の義眼……ですか?」

 

「開心術に特化した生きた眼球だ」

 

「それは……生きているのですか?眼球だけで?」

 

「左目の義眼と入れ替えておけ。使用者の魂を吸い取るので私も処分に困っていたが、お前には関係あるまい」

 

「感謝します!涙が出そうです!出ました!今泣いてます!左目がまだあったら抉り出していたところです!」

 

「……見た目は"いつも通り"我々の血族らしく変えて行け。お前のその姿は……そうだな、見るに堪えん」

 

「お見苦しい姿で申し訳ありません!」

 

 ドロシーが指を鳴らすと、銀髪はプラチナブロンドへ変わり、顔はルシウスの妻ナルシッサの幼少期に似た容姿へと変わった。

 容姿端麗で知られるブラック家の血を引く者らしく、見目麗しく傷跡もない少女の姿へ。

 

「い、如何でしょうか?」

 

「…流石は"しもべ妖精の"魔法と言ったところか。妻に似せすぎるのが難だが──」

 

「あっ、あの、申し訳、お仕置き、お仕置きして下さい、すぐに戻りますからっ、先程のお仕置きは甘かったので!もっと痛いお仕置きをお願いします!」

 

 指を鳴らして元の格好へ戻る。

 

「……はぁ……来い」

 

「叩いて下さいますか?」

 

 ルシウスのやる気のない平手が頬を叩く。

 

「……どうだ、身の程が理解できたか?」

 

「触れて頂いて嬉しくなりました!お粗相をしそうです!少し出ました!出てます!」

 

 少しだけ力を入れた平手が再び頬を叩く。

 

「……もう良いだろう」

 

「まだです!全然理解できていません!もっと叩いて下さい!あ、あの、お、お尻とか、真っ赤になるまで!して頂けないなら自分で頭を」

 

「……はぁぁぁぁ……そこに立て」

 

「はい!脱ぎま」

「ふん!」

「ギャッ」

 

 無言呪文で放たれたフリペンドでドロシーは吹き飛んだ。

 

「いたっ、痛い……痛いです……あはっ、痛い……あははっ、痛い……はぁ……ぁ……これです、これ最高です……すごく反省できます……」

 

「……さっさと立て、これまでのような挨拶だけではないのだ。貴族らしい所作を改めて叩き込む」

 

「服など……ドビーのように薄汚れた枕カバーが良いのですが……」

 

「……黙れ、何度も言うが正式なしもべ妖精と同じ待遇にするわけがないだろう。恥知らずに人間の服を着ておけ、それが相応しい仕置きだ」

 

「……やはり普段から私の尊厳を踏み躙っておいでだったのですね……!服なんか着させて、人間のように配し、パーティにだけは出席させ、いつも人の食事などを取らせて……!」

 

「……ああ、そうだ。その通りだ。何度言ったら覚える」

 

「この卑しい身分を自覚させていただけて感謝致します……」

 

「……頼むからくれぐれもマルフォイ家に恥をかかせるなよ」

 

「かしこまりました!ルシウス様のためならば!」

 

「くっ……この気狂いが……」

 

「ありがとうございます!」

 

 ルシウスは、絶望的な気分だった。

 

 人選が誤っているのは承知の上だったが、能力的には彼女に任せる他になかったからだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「私が、ホグワーツに……」

 

 ドロシーは自分の身に起きたことがその日の夜になっても信じられなかった。

 屋根裏部屋の自室で古びた教科書を何度も読み返しては悶々としていた。

 

「良いのでしょうか……私のような半妖精が人間如きの魔法で学ぶべきことなんて……ああ、ですがホグワーツには……」

 

 思いを馳せるのは魔法界の子供の殆どが通う魔法学校。

 マルフォイ家に引き取られるまでの環境と日々からは想像もつかない世界。

 

「拷問も虐待もお仕置きもないなんて耐えられません……毎回ホグワーツから戻ってくるわけにも行きませんし……」

 

 ただ、彼女が望んでいるのは真っ当な扱いではなかった。

 

「私が……仕事を全うすれば……ルシウス様は…」

 

『……貴方、ヒトじゃないの?』

 

「え……!?」

 

 突然、頭に響いた声に部屋を見回すも姿形もない。

 

『こうすれば分かる?』

 

「……っ!」

 

 それは黒い靄を纏い、目の前に浮かんでいた。

 左目の義眼と差し替えたはずの黒銀の眼球が。

 

『こんばんは、ドロシー。私は……見ての通り貴女の新しい左目』

 

「こ、こんばんは」

 

『ヒトじゃないのに、挨拶ができる生き物だ…』

 

「挨拶も出来ない道具に価値がありますか?」

 

『道具は挨拶できるのか……?』

 

「あなた道具でしょう?」

 

『……確かに。けど、私が居た場所は挨拶が出来ない失礼な生き物が多かった。どこかは思い出せないが』

 

「あなたも大変なんですね」

 

『……貴女の願望の方が大変だと思う』

 

「願望?」

 

『あのルシウスってヒトに──』

 

「そ、そんな、恐れ多い、ことです、私は。そんなことは全くありません、道具として、ゴミになるまで使い潰してもらうのが……心からの望みで」

 

『言わなくても分かる。心が読めるんだから。私には度し難いけど』

 

「ち、違います……私は道具で」

 

 火傷の跡がある頬がほんのり赤くなる。

 

『……なるほど』

 

「え?」

 

 左目が顔に近づき、瞳孔が横に割れドロシーから何かを吸い上げる。

 

「え……あっ……あぇ……?」

 

 なす術もなく、へたり込むドロシー。

 

『ご馳走様』

 

「……わ、私に何を?」

 

 力は入らず、ホグワーツに興奮していた感情は冷め切っていた。

 

『美味しそうだから、少し食べさせてもらっただけ』

 

「……まさか、吸魂鬼……」

 

『さあ?私は私』

 

「あなた、誰からでも魂を吸い取れますか?」

 

『美味しくないのは嫌』

 

「……あはっ、ルシウス様、なんと恐ろしい武器を……これが有れば、より効率的にルシウス様の邪魔者を消せます……消して、消して、消せば……きっと……ふ、ふふ」

 

『私にあのヒトの心を読めとは言わないんだ?』

 

「私は道具です、道具は主人の心を読んだりしません」

 

『……なら教えないでおく』

 

「そうして下さい」

 

『じゃあ、誰を邪魔だと思ってるか、特別に教えてあげようか?』

 

「誰ですか?」

 

『その代わりに私の願いを叶えてもらう』

 

「ルシウスさまのお役にたてるなら、どんな犠牲でも支払います」

 

『契約成立。教えてあげる。ダンブルドアってヒト。ホグワーツって学校の校長……とにかくそれ』

 

「ダンブルドアを……ええ、やります、やってみせます……あなたの力と私の魔法があれば何だって出来ます……」

 

『じゃあ、今度は私の番。私は体を取り戻したい。どんな姿だったか思い出せないけど、体が何処かにあるはずなんだ』

 

「分かりました。手伝います」

 

『ダンブルドアと言う人が、きっと私の体のことも知ってるはずだから』

 

「何故ですか?」

 

『"ドロシー"が"偉大な魔法使い"に出会えば、欲しいものは手に入るものでしょう?』

 

「……?どういうことですか?」

 

『教養がないな。貴女の願いも叶うかもしれないってこと』

 

「分かりました」

 

『ところで、私の名前とかは聞かないの?』

 

「道具に名前なんていりません。あなたは鍋や杖に名前をつけますか?」

 

『じゃあ、ドロシーには何で名前があるの?』

 

「ルシウス様に頂いたのです……!私には不要でもルシウスが付けていただいたなら名乗らないのは不敬です!ああ、頂いたものを不要となど……どうしましょう、お仕置きしなきゃ……」

 

『……魂全部吸った方が良かったか』

 

「そうです……今からルシウス様を起こしてお尻を……夜中に起こした罰も加えて……は!私は天才なのでは……!?」

 

 そして、屋根裏部屋から姿晦ましで消えた。

 

『……暫く何も見ないことにするよ』

 

 翌朝、石化呪文で拘束されていたのを左目は発見したが、放置しておくことにした。

 

 あまりに満足した表情だったからだ。








問.1
殺人鬼が向かうことが確実で、吸魂鬼の警備が入るような学校に、工作員として送り込むような相手に対するルシウスの思考として正しいのは何でしょうか?

a.正直、厄介なので闇に関わる物と一緒に消えてくれると嬉しい。

b.愛じゃよ。愛。

c.家具に感情なんて持ちませんが?勝手に主人の考えを規定するのはやめてもらえませんか?

d.その為(自由記述)


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10 ハリー・ポッターと半純血のプリンセス

10話にしてまだ登校すらしていないので初投稿です。


 

 閑話休題、物語はマダムマルキンの洋装店での出会いへ戻る。

 

「大丈夫、僕も同じだからさ。よろしく。僕はルーク・スカイウォーカー」

 

「よろしくお願いします、スカイウォーカーさん。私はドロシー・マルフォイと申します」

 

「あ、いや……"それ"は……本物の名前じゃ」

 

 彼はスターウォーズを知らない人間がこの世に存在していることを知らなかった。

 

「ほ、本物ですわ!嘘偽りなんてありませんの!」

 

 一方ドロシーは本来家名を名乗れる立場ではないことを見破られたのだと思い込んでいた。

 

「なんで君が決めるんだ……」

 

「私が決めてはいけませんの!?」

 

他人(ヒト)の名前だよ?」

 

「ひ、(ヒト)ですわ……人以外の何者でもありません……死ぬ時まで人ですわ」

 

 強張った表情で言い聞かせるように言う。

 

 不自然だったが、幸いなことにハリーは変身術やポリジュース薬のような物もまだ知らなかった。

 そして目の前にいるのが人間ではないと疑えるほどには、まだマッドアイではなかった。

 

「え……まあ、会ったばかりだし、そうだけど。死ぬ時までって、そんな。変わらないってことはない……でしょ?」

 

 彼は彼女の言葉から、生涯分かり合えないと言われた友人との別れを思い出していた。

 

 ドロシーの考えとは全く無縁だが。

 

「(人間が他のものに)変わることございますの?」

 

「それは……時間が経ったら?」

 

「時間が経つと、べ、別の何かになるんですの!?」

 

 ドロシーの人間観が揺らぎ始めた。

 

「そういうものだよ、多分」

 

「変わったら、何になるんですの?」

 

「何にでも、君が望むものに。なんてね」

 

「……(人間は)そんな自由な存在なんですの?」

 

「思い通りにはならないけどね。知り合いは"力"で変わるって言うし」

 

「(私が妖精の力で化けていると)分かっているのですね」

 

「まあ、半分くらいは僕もそうだと思うよ」

 

「貴方も(半妖精)ですの……?」

 

「まあ、生まれつき違うものは、仕方ないかも知れないから」

 

「──。貴方も、同じですのね」

 

 ドロシーには念のため心を読んでおくという選択肢があったが、未成年者の付近では魔法省に検知される可能性を考え、やめた。

 

「そうだね」

 

「…分かりましたわ。スカイウォーカーさん」

 

「僕はハリー・ポッターだよ。マルフォイさん」

 

「……ドロシーですわ」

 

「もう知ってるよ」

 

「マルフォイではなく、ドロシーですわ。もう、家の名で呼ぶ必要もないでしょう」

 

「分かった。よろしくドロシー」

 

 ハリーはそれらしいことを言って、可愛らしい友人を得たような気になっていたが、実際は面倒な状況になっただけだった。

 

 ドロシーはここまでバレていれば、いずれにせよ始末しなければならないと考えていたからだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 採寸と精算が終わり、二人は店の外へ出た。

 

「おお、こんにちはドロシー。姿が見えないがルシウスは壮健かの」

 

 ダンブルドアはアイスクリームを両手に待っていた。どちらとも食べかけなのを見るに、子供達の為に用意したものではないらしい。

 

「ごきげんよう、校長先生。父は多忙でして今日は私一人ですわ」

 

「子供一人では……いや、いらぬ心配か」

 

「お心遣い感謝致します。お考えの通り、マルフォイ家の者に手を出そうなどという輩は魔法界にはおりませんので」

 

「そこの英雄が魔法界の淑女を毒牙にかけようとしているように見えるがのう?ハリー?」

 

「友達が出来ただけですよ、先生」

 

 ハリーは浮ついた気持ちを指摘されて顔が赤くなるのを感じた。

 

「……?校長先生とハリーはお知り合いなのでしょうか?」

 

「そうじゃ。学校の準備をせねばならんが、生憎ミネルバもハグリッドも別の生徒の引率があるのでな」

 

「……ハロウィンなのに?」

 

 ドロシーはつい口にしてしまった、ホグワーツの教員が"ハロウィン魔法学校"の生徒の案内に遣わされる理由が分からなかった。

 

「ハロウィン?……そうじゃな、ハロウィンじゃよ。全てはハロウィンじゃ」

 

「そう?ですわよね…?……っ!」

 

 ドロシーは混乱したままだったが、壊滅的な事実に気が付いてしまった。

 

 もし、ハリーに工作員であることを密告されでもしたら、今回の任務が始まる前に失敗してしまうことに。

 

「仲良くなったところ申し訳ないが、ハリーはこれから銀行に向かわねばならんのじゃ」

 

「き、奇遇ですわ、私も向かう予定でしたの」

 

 なんとかして口封じをするか、早急に始末しなければならない。ドロシーは焦っていた。

 

「そうか?……ならば二人で行ってきたらどうじゃ?ドロシーが居れば闇の勢力は手は出せまい」

 

「先生は来てくれないんですか?」

 

「ハリー。わしは校長でそれなりに仕事があっての」

 

「わ、私は別に二人でもいいですわ。いえ、二人きりがいいですの」

 

「え?」

 

 ハリーの手を握り必死に言うドロシー。

 

「あ……うん…?」

 

 ハリーは直感した。

 

"この子、僕のことが好きなんだ……!"

 

 彼はまだ11歳で、男の子だった。

 

「もう守護霊で連絡はしておる。金貨を受け取るだけじゃ、まあ金庫までは行かねばならぬが、道に迷うこともあるまい」

 

 それだけ言うとダンブルドアはアイスクリーム屋の看板へ向かってへ歩き始めた。

 アイスクリーム屋に一体何の仕事があるのだろうか。

 

「……あ、いや、待って、そういう問題じゃ──」

 

 彼等の頭上を影が覆う。

 

「……あれは?」

 

 ハリーは金庫番の前で見た真っ黒なドラゴンが元気に空を飛んでいるのを指差した。

 

「おお、飛んでおるなぁ」

 

 何ともない顔のダンブルドアを見て彼は思った。

 きっと魔法界では巨大なドラゴンはありふれた生物で、カラスのように家屋の上を飛び回ったりゴミを漁ったりするもので、カラスと同じくらいハロウィン的な生物なのだと。そして、マグルに伝わっているような凶悪な代物ではないのだと。

 

 そうでもなければ──これから向かう先から上がっている煙や炎の原因が、自由を謳歌している上空のドラゴンだとしか思えないからだ。

 

「ドロシー、ドラゴンが街の上を飛んでいるのって普通……なの?」

 

「え?」

 

 ドロシーは"表の世界"を知らなかった。任務や社交会への顔出し以外に殆ど外に出ることがなく、移動も煙突粉か姿現しを使い、ダイアゴン横丁に訪れたことすらない。

 彼女に貴族たるを教えたルシウスは、魔法界の一般常識を教え忘れていた。

 

 だが、知らない事柄でも知ったように語り、主導権を握らせないのが貴族──らしい。

 実際にルシウスがそう説明した訳ではないがドロシーはそう理解していた。

 

 下手な事を言えば、ハリーはともかくダンブルドアに事が露見するきっかけを与え兼ねない。

 

 年長者が平然としているのだから、ここは同じように振る舞うのが貴族──と結論付け、

 

「ドラゴン程度に恐れをなすマルフォイ家ではございませんわ!」

 

 結果的に意味不明な回答になった。

 

「……先生、ドラゴンに社交が分かるとは思えない。せめて護衛とか、強力な魔法を教えて欲しいです。この子が尊い血筋ならそのくらいはしてくれますよね?」

 

 ハリーは務めて冷静な発言をした。浮かれていられないことを察して。

 

「ハリー、残念ながら未成年が魔法を使うのは禁止されておるのじゃ。使うと"匂い"で感知される。ウィゼンガモット法廷に掛けられ、場合によっては杖を折られる」

 

「先生、なんで他人事みたいに……」

 

「例えハリーでも使えば即時開廷じゃ」

 

「……じゃあどうやって身を守るんですか?」

 

「不死鳥に君らを預けよう。致命傷を負っても不死鳥の涙が有れば助かるし、転移も可能じゃ」

 

「……闇の帝王がそこら辺に居ないことを祈ってますよ」

 

「では……"エイビス"」

 

 ダンブルドアが杖を振るうと虚空から煌々と真紅の炎が燃え上がり、翼を広げた鳥のような形へ変化し──そして。

 

「──」

 

 グリルされた首のない丸鶏がハリーの足元に落下した。

 

 ピクリとも動かない。

 

「不死鳥、コケッピーじゃ」

 

「チキンでは?」

「あの……校長先生」

 

「わかっておる。不死鳥は生き絶える時、その身を自ら焼いて蘇るのじゃよ」

 

「…息絶えて見えるのは僕だけ?」

「私から見ても死んでますわ」

 

「そのうち蘇るから持って行くと良い」

「ええ、知ってましたとも!そのうち蘇りますわ!」

 

「……分かりましたよ」

 

 ハリーが持ち上げたコケッピーは生暖かく、何故かとても香ばしい香りがした。

 

「特に、お呼びでない者が現れた時には有効じゃ」

 

 ダンブルドアの去り際の言葉の意味はまるでわからなかったが、気にしないことにした。

 

 振動する棍棒をベルトで背中に固定し、大量の靴下と売れ残りの杖が入った袋、そしてグリルチキンを抱え、ドラゴンが暴れ回る銀行へ向かう。

 

 ダイアゴン横丁の住民達は死地へ向かう勇者を盛大に讃えた。

 生き残った男の子ならば、ドラゴンをチキンと棍棒で打倒出来るのだろうと思い込んで。

 

 当のハリーは煽られているようにしか感じなかったが。



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11 ハリー・ポッターと原作者も知らないドラゴン

初討伐です


 

「こんにちは。貴方達、何故グリンゴッツへ向かうの?」

 

 銀行の方から逃げて来たと思しき少女──赤いマフラーを巻き、黒にも銀にも見える奇妙な髪色と瞳の──が二人に声をかけた。

 辺りの建造物は倒壊しているか、燃えていたりするにも関わらず、何事もない昼時のように。

 

 ハリーは相手のことを何処かで見たような気がしたが思い出せなかった。

 

「…え、あー、お金が必要なんだ」

「至急の要件ですの」

 

 ハリーからすると、この状況でグリンゴッツへ行くように見えるのも不思議だったが、魔法界の謎は考えると頭がおかしくなりそうなので気にしないことにした。

 

「やめたら?盗人落としの滝起動してたし、ゴブリン達怒ってるし、盗み働けるほど今、警備甘くない」

 

 まるで見てきたような物言いだった。

 

「自分の金庫に行くだけだから」

「働く……?私、働く身分ではありませんわ」

 

「なんだ。貴方達も泥棒かと思った。なんか沢山持ってるし、物騒だし」

 

「泥棒?」

 

「行ったら金庫、空だったの」

 

「それは……お気の毒に」

「まるでウィーズリー家ですの」

 

「私は別に困らない……あ、ドラゴン、気をつけて。逃げた泥棒追ってる。それじゃあ、また」

 

 少女は走り去って行った。

 

「また……?あの子も生徒かな……?」

 

「……彼女がドラゴンの追っている泥棒なのでは?」

 

「なんで?」

 

「…自分が泥棒だったから、最初からグリンゴッツに火事場泥棒しに向かってるように見えたのではないでしょうか?それに金庫が空になっていたのに困らない人というのは妙です。ウィーズリーならまだしも。そして……ドラゴンが脱走した理由を知っているのも変ではありませんか?」

 

「……まさか、子供が銀行強盗なんて」

 

 ハリーは魔法界の治安の悪さと不可解さを感じながら 、重い足を銀行へと向け──

 

 ──その数メートル先にドラゴンが降ってきた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「え」

 

 衝撃で石畳は弾け飛び、建造物は薙ぎ倒される。

 

 ハリーも危うく飛ばされそうになったが、ドロシーが咄嗟に背後に回り込み、彼を盾のように扱ったため、持ち堪える事が出来た。

 だが、彼は吹き飛ばされていた方が良かったかも知れないと後悔した。

 

 漆黒の鱗と甲皮に覆われた堅牢な肉体、余りにも大きな翼。身体を支える強靭な二足。

 子供など一口で丸呑み出来そうな顎門を持つそれは、縦に割れた瞳孔で二人を視界に捉えている。

 

 上空を飛んでいる姿は何処か幻想的なモノに見えていたが、目前のそれは現実以外の何者でもなく、先程の少女が逃げ遅れていないか振り返って確認する余裕すらなかった。

 

"これがたぶん闇の帝王だ。冒険は終わりで僕は死ぬ。おめでとう、両親に会えるね!"

 

 ハリーの脳内でハリーの暗黒面が好き勝手に語る。

 

「あ、あー、死にましたわー、流石に正面からでは倒せませんわー、これは死んでしまっても仕方ありませんわー」

 

 ドロシーはこの期に乗じてハリーを亡き者にしようとしていた。

 

 彼女は姿現しで逃げられるがハリーの側で魔法を使うと未成年者の検知に引っ掛かる恐れがある。

 屋敷しもべ妖精が魔法を使ったとしても付近に未成年者が居れば疑われる例もあり、検出されれば、ドロシーの正体もいずれ発覚するやも知れない。

 だがそれも"未成年者が存在していれば"、だ。死んでいれば年齢など関係がない。

 

 ドロシーからすれば魔法を使わず、先にドラゴンにハリーをサクッと殺してもらい。悠々と逃げてしまえば完全犯罪が成立する。

 あとは泣きながら私を守った英雄とでも説明すれば美談が完成する上に、ダンブルドアがマルフォイ家の娘を、それも入学予定の児童を危険に晒したとして責任も追求できる。

 

 そう、入学前に任務を達成でき、口封じまで出来てしまう。

 

 これがドロシーの逆転の一手だった。

 

「コケッピー……起きろ……出番だ……起きてくれ……」

 

 ハリーの声にチキンは返事をしない。揺すってもただ香ばしい香りが漂うだけだった。

 

 もしかするとダンブルドアは本当にイカれていて、これは不死鳥ではなく単なるグリルチキンなのではないだろうか?

 真相はまだ誰にも分からない。

 

 足はすくみ上がっていたが、頭はどうにか生き残る術を思考し続けていた。

 手元にあるのはめちゃ凄いパワーの棍棒、使い物にならない大量の靴下、売れ残りの杖、そして推定不死鳥のコケッピー。

 

「は、ハリー!何とかして下さいませ!」

 

 背後では動転しているらしい美少女がハリーをグイグイ押している。

 

 だがハリーはこれが英雄の旅で言う"試練"であれば、必ず乗り越えることが出来る筈だと考えた。

 スターウォーズが正にそうであり、これまで見聞きした物語がそうであるから。

 自分が物語の主人公ならば、この巫山戯た手札でも見事に解決する筈だと。

 同じ主人公でもシニカルかつ写実的なエグみを表現するために描かれるような作品ならばその限りではないが、彼はまだそう言った物語は知らなかった。

 

 そして、少年は棍棒を構えない、雄々しく叫んだりもしない。

 

 彼はジュラシックパークで学んだ。

 巨大な爬虫類を前にヒステリックに叫んだり、焦って逃げ出すような間抜けは最初に食われて死ぬ。

 頭の中の恐竜博士は、ティラノサウルスは動いている獲物しか見えないからじっとしていろと説明しているが、実のところ爬虫類に関して全く何も分かっていない発言であることをハリーは既に理解していた。

 

 蛇は視覚に劣る代わりに舌で匂いを感じ取り、赤外線で温度を測って獲物を見つけるという。

 動物園の蛇に直接聞いてそれを知って衝撃を受けて以来、目の悪い恐竜が嗅覚に優れていないなど、あり得るのだろうかと疑問だった。

 

 目と鼻の先でじっとしているだけでは単なる餌にしかならない可能性の方が、カエルの卵の遺伝子を操作して恐竜を作るよりも遥かに現実的かつ科学的だろう、と。

 

 寧ろ嗅覚に優れているからこそ、ドラゴンは目の前にいるようにも思えた。

 

 ──なにせ、自分の懐には矢鱈と香ばしい匂いを放つ不死鳥のグリルがあるのだから。

 

「コケッピー……君の出番だ……悪く思うなよ……」

 

 ハリーは不死鳥を高く掲げ、ドラゴンに見えやすくすると──勢いよく放り投げた。

 映画でティラノサウルスは発煙筒に釣られて犬のように走って行った。ドラゴンも同じように動いてくれることを祈って。

 

 放物線を描いた不死鳥は、ドラゴンが首を少し動かすだけで容易に食いつかれて口の中へと消え、栄養になった。

 

 残された手札は棍棒と靴下、杖。

 

 魔法を習ったわけではない、杖は使い物にならない。靴下で一体何が出来るというのか。

 消去法で残るのは樹木子の棍棒+10だけだ。

 

 しっかりと縛っていた棍棒に手を伸ばす──

 

「ギャッ」

 

 留め具が外れると棍棒はドロシーをノックアウトし猛烈な勢いで何処かへ飛んでいった。

 

「ご、ごめ……!!」

 

 ハリーは完全に気絶した少女を背負う。

 

 ドロシーの逆転の一手は棍棒に粉砕された。

 

 このままでは二人ともコケッピーの仲間入りだ。

 

 手札は靴下と現状棒切れでしない杖になった。

 袋の中には毒の靴下や透明な靴下、巨大化する靴下、ほんのり暖かい不死鳥の靴下。湿った何か。ガラクタのような何本もの杖。

 身の危険を感じると消える靴下は判断が早く既に消えていた。

 

 巨大化する靴下で視界を覆って走るか?

 

 否。蛇のような器官をドラゴンが持ち合わせていれば無防備に背を晒し、先程のコケッピーと同じ末路が待つだけだ。

 

 後は突然不思議なパワーに目覚めるとか……さもなければ自分のこれまで役に立たないと思っていた能力がドラゴンに対して有効な特別な力だったとかしない限り打開策は──そこで彼は思い付いた。

 

 "蛇と会話"できるのなら、同じ"爬虫類らしき生物と会話"できるのではないか、と。

 

 これだ!まさに自分が避けられるようになった原因が実は有用な力だった、これこそがカタルシスというものだ!

 

 魔法界で手に入れた靴下やチキンが冒険の役に立たないのは物語としては"まともじゃない"が。

 

「"こ、コンニチハ"……」

 

 蛇に話しかけるようにシューッと空気が抜けるような音で語りかける。

 

「……」

 

 ドラゴンの返事を待つが言葉は返ってこない。

 

「"……ボク、ハリーポッター、アナタ、ナハ?"」

 

「──!!!!」

 

 返答は腹の底にまで響き渡る重低音だった。

 

「……そっか。そう言う名前なんだ」

 

 残念ながらドラゴンと蛇の言葉は違うらしい。

 ゴギャァとか、グォォとかいう咆哮が名前を指すのではなければ。

 

 残るは杖と靴下だけだった。

 

 やはりこれは魔法界で手にした道具で解決しなければならない問題で、生まれつき持った隠された力で何とかなるような展開ではなかった。

 

 もし売れ残りの杖に使い道があるのなら……

 

 ハリーが見たことのある魔法は然程多くない。精々が物体を浮かしたりするくらいだ。

 

 その中でも詠唱まで覚えているのは──

 

「──"エイビス"!」

 

 握った杖から、赤赤とした業火が燃え上がる。

 

──不死鳥を呼び出すという呪文。

 

 ドラゴンに対してどこまで通用するか分からないが、ハリーはこれに掛けるしかなかった。

 

 ダンブルドアが唱えた時より、遥かに大きくそして力強く燃え上がり、やがて炎は翼を広げた巨鳥のような形へ変化し──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足元にグリルチキンが落下した。

 

「そうなると思ったよ!」

 

 ハリーは呼び出した不死鳥を再び放り投げる。

 

 

 ドラゴンは丸呑みした。残るは靴下のみ。

 

 勿論、靴下に何か秘密の力や材料になった魔法生物の力が使えたり──は、しない。

 

 靴下は靴下でしかない。

 

「履けなくなる前に履いておけば良かった……」

 

「──!!!!!」

 

 様子を伺っていたドラゴンは相手が脅威にならないと理解したのか、雄叫びを上げ、重い足音を響かせて迫り来る。

 

「ッ!?……わ、私は一体……ワァッ」

 

 ドロシーは目を覚ましたが状況は手遅れだった。今すぐ姿現しで逃げるしか──

 

「ドロシー、ごめん」

 

「な、何を」

 

「ホグワーツには行けないらしい」

 

 ハリーは覚悟を決めた。

 

「あ、貴方はハロウィンでしょう!」

 

「……僕はクリスマスの方が好きなんだ」

 

「…???」

 

「これでお別れかもってこと」

 

「え──?」

 

 巨体が前方に迫る中──

 

 ハリーは囮になる為、ドラゴンに向けて駆け出した。



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12 ドロシー・マルフォイと絶望的な展開

初公判です


 

 ハリーはあっさりドラゴンに丸呑みされた。

 

「ハリー?」

 

「──!!!」

 

 咆哮するドラゴン。

 

 彼は逆転の手段など持ち合わせていなかった。

 

「え、え?死にましたの?ハリー?」

 

 返事はない。

 

「し、死にましたわ!」

 

 ドロシーは取り敢えず口封じが完了したと思い込み、姿現しで逃げ──

 

「──ッ!??」

 

 ドラゴンの頭が横から弾き飛ばされ、唾液塗れのハリーが吐き出された。

 

「ま、まさかダンブ──」

 

 

 

「そう!まさかの時のウィゼンガモット魔法裁判だ!」

 

 ドラゴンを吹き飛ばしたのは赤紫のローブを着た魔法省の男だった。

 

「魔法裁判だ!」「開廷!」

「ウィゼンガモット法廷の名に於いて!」

 

 その後次々と魔法使い達が姿現しで転移し集結する。

 

「──!!!」

 

「静粛に!」「開廷中だぞ!」

 

 魔法使い達はあっという間にドラゴンを拘束し、制圧した。

 

「魔法を使った未成年者は誰だ!」

 

 振り返った魔法使いの一人が問う。

 

「わ、私じゃありませんの!そ、そこのハリーが勝手に……いえ、私を守る為に魔法を使ったんですの!」

 

「そうなのか、君?」

 

「……そう……です」

 

 ハリーはよろけながら立ち上がる。

 

「何故だ!言え!」

 

「未成年者が魔法を使えば匂いで分かるなら、それで場所を知らせることが出来ると……」

 

 加えて、"予言で死ぬことがない"。だからどうにかなると踏んで行動した。とは言わなかった。

 

「なるほど!チベリウス卿!罪状を述べよ!」

 

「君には三つの罪がある!許可なく魔法を使った罪!それが違法だと分かっていて使った罪だ!……二つか?……二つの罪がある!」

 

「……え、あー、その、そうですね?」

 

「我々を利用するとは、歳の割に頭が回る!だが!17歳未満の者が許可なく魔法を使うことは禁じられている!例え英雄であっても例外はない!杖を出せ!」

 

「……分かりました」

 

 大人しく杖を差し出す。

 

「プライオア・インカンタート!」

 

 チベリウスと呼ばれた男が直前呪文を唱えると、白い鳩が一羽現れた。

 

「エイビスか!一体誰に習った?」

 

「ダンブルドア先生に」

 

「……彼が"鳥を出すだけの"魔法を?奇妙だな!」

 

「は?不死鳥を呼び出す魔法じゃないんですか?」

 

「エイビスで不死鳥を?何を馬鹿な!呼び出せるのはグリルチキンか主に白い鳥だ!」

 

「「「HAHAHA!!!!」」」

 

 裁判官達は悪魔的な笑い声を上げた。

 

「や、やっぱりそうですの、校長先生は巫山戯ていたんですの!これは問題っ!責任問題ですわ!」

 

 唖然として何も言えなかったが、ハリーはドロシーに賛成だった。

 

「お嬢さん!ウィゼンガモット魔法裁判の主席魔法戦士を訴えると言うのか!」

 

「え」

 

「我々が司るのが、司法、立法、そして魔法による暴力と知った上で告訴すると?」

 

「マーリンの髭(クソ)ですわ……!」

 

「就学前の児童に対しての保護責任は君の両親にあるが、君の家名に掛けて責任を追求したいかね?我々を相手に?」

 

「……あー。助かって良かったですわー本当に感謝いたしますわー、この件に関しての栄誉は魔法を使ったハリーに与えるべきですわー」

 

 ドロシーは負けた。

 

「なるほど、ハリー・ポッター。噂に違わぬ素晴らしい少年だ!」

 

 男はハリーから受け取った杖を持ち。

 

「女の子を守るため、己を顧みずに行動した君を称賛しよう!」

 

「は、はは….…」

 

 そして、ハリーの目の前に杖を差し出し。

 

「だが罪は罪だ!」

 

 ハリーの杖は粉砕された。

 

「え、実は未成年者でも緊急事態なら、使用を許されたり……緊急避難とか……」

 

「ウィゼンガモット法廷は容赦しない!」

 

「弁護士は!」

 

「弁護士と闇の魔法使いは権利を持たない!邪悪な存在だからだ!」

 

「以上!閉廷!」

「閉廷!」

 

 ローブの魔法使い達は瞬く間に姿晦ましで去って行った。

 

 拘束したドラゴンを放置して。

 

「杖を折られるなんて……酷いですわ……これではもう魔法学校には……」

 

 学校に通うことが無ければダンブルドアとの接点も恐らく消える。ドロシーは法廷では負けたが状況的には勝利したと思っていた。

 

「……まあ、売れ残りだし」

 

「….…はい?」

 

 ハリーは懐から別の杖を取り出す。

 

「魔法界がまともじゃないのは分かってたから……」

 

 ドラゴンの拘束に使われている魔法が発動している内に、グリンゴッツへ向かおうとするハリー。

 

「……まだ杖があったんですのね」

 

「ドロシー?早く行」

 

「──」

 

 ドロシーは指を鳴らした。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ノクターン横丁の路地裏に何かが割れるような音が鳴り、ドロシーが姿を現した。

 

『なんで考えてる内容を私に聞かなかった?』

 

 眼孔から抜け出て宙に浮かぶ左目が、変身を解きメイド服に着替えた彼女に思念で問いかける。

 

『道具は主人の意思を問わないものでは』

 

『私はただの道具じゃない』

 

 歩き出したドロシーの眼孔に左目は戻り、彼女達は闇の魔法道具専門店へ向かって、薄汚れた石畳を進む。

 

 表の横丁がドラゴンや魔法裁判で騒いでいるのに対して、裏の横丁は静かな代わりに相変わらず陰気で、洗っていない犬のような臭いが漂っていた。

 

『……生き物の魔法は未成年者の使用として検知されるかもしれませんでした。杞憂だったようですが。それにダンブルドアは開心術師です』

 

『なんだ。お話が楽しくて私の存在を忘れちゃったのかと思った』

 

『私は愚かな半人ですが、会話を楽しんでいたつもりはありません』

 

『君はメイドよりコメディアンの方が向いていそうだね』

 

『……それは褒め言葉ですか?』

 

『君がそう思うのなら』

 

『私は貶される方が好きです』

 

『そ。で、ハリーポッターにしたこと、意味分かってる?』

 

『私が半妖精であることと、工作員であるという記憶は書き換えた筈なので、問題は解決しました。ドラゴンに魔法がかかっていたので、私の使用もバレません』

 

『その書き換える記憶というのが最初から間違っているんだよ』

 

『彼は私の素性を完全に把握していたのでは……?』

 

『いや、全く』

 

『……ではあの会話は何を……?』

 

『……マルフォイの令嬢が、英雄のポッターに初対面で口説かれて、名前で呼ぶことを許した。しかもドラゴンから命まで守ってもらった。ウィゼンガモットの連中が見たってことは明日には予言者新聞とかクィブラーに乗るね。ルシウスも間に合わないだろう』

 

『……?????』

 

『君の任務はドラコ君のための派閥形成。彼がスリザリンに入るのなら、それでいいさ。そうじゃなかったら君はジュリエットだよ?』

 

『私はドロシーです』

 

『知ってるよ』

 

『それに、彼はハロウィン魔法学校へ入学するのでは?』

 

『……彼が入学するのはホグワーツだよ。ハロウィン魔法学校も存在しない』

 

『……え……えぇ?』

 

『つまり君は、ドラコ君に設立時から仲違いしている二つの寮を橋渡しするような、とても偉大な仕事を提供することになる』

 

『それは、喜ばしいことでは?』

 

『……あぁもう、自分のしたことを自覚しないといけないんだよ君は。ご主人様を失望させるかも知れないんだよ?いいの?』

 

『……そ、そんなことしてしまったら……ああ、どんなお仕置きを……』

 

『お仕置きで済んだらいいけど』

 

『あはっ……考えるだけで涎が……』

 

『……無敵か君は……』

 

 ドロシーは気味の悪い笑顔のまま、ボージン&バークスの扉を開く。

 

『……この店より薄汚い場所は他にないだろうね。自分が目だということを忘れておきたい』

 

『左目を閉じておきましょうか?』

 

『眼帯を買ってくれると助かるよ、私は目立つからね』

 

『変身術以外にそんな手段が……!』

 

『頼むからもう少し賢くなってくれよ……』

 

『それは褒め言葉ですか?』

 

『貶してるんだよ!』

 

『ありがとうございます』

 

『ああぁぁぁ!!!』

 

 左目は絶望した。



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13 ハリー・ポッターと忘却のアイスクリーム店

お絵描きAIが反乱を起こしたので初投稿です


 

 フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリーム・パーラー。

 

 ハリーが冒険の終わりにたどり着いたのはアイスクリーム・ショップだった。

 

「よくぞ戻った。地下での取調べは楽しめたかのう?」

 

 ダンブルドアは疲れ切った様子のハリーに微笑みかける。両手にはやはり食べ掛けのアイスクリーム。

 

 ホグワーツ魔法学校校長の本日の業務は、子供を放置してアイスクリームを食べることらしい。

 

「"ドラゴンを放った容疑"って何ですか!?」

 

「ドラゴンを追ったらハリーが居たからと説明されたが」

 

「学校が始まるまで横丁で待機って!」

 

「暫く帰るような雰囲気でもなかったじゃろう」

 

「ドラゴンが脱走した頃、僕らは制服のサイズ測ってたんですよ?」

 

「マダムマルキンが離れておる間に過去に遡ってグリンゴッツへ忍び込み、ドラゴンを脱走させた上でまた店に戻れば犯行は可能じゃろうな」

 

「過去に戻れるなら、僕の両親を救いに行きましょう。デロリアンはどこですか?まさか1.21ジゴワットの電力が必要とか言いませんよね?」

 

「時空の問題は繊細じゃ。矛盾に気がついた者は発狂して死ぬ」

 

 片方のアイスクリームがなくなり、ダンブルドアは指差して注文しつつ呟く。

 

「僕への疑いも矛盾してるでしょ……」

 

 いくらんでも食べ過ぎなのではないかとハリーは思った。

 

「犯人が分かりませんでしたでは済まないようじゃ。真犯人を捕まえるか、でっち上げるまで調べるフリをしておけば、信用は守られる……というのがゴブリン達の見解らしい」

 

「僕の信用の被害はいいんですか?ウィゼンガモットに訴えても?」

 

「難しいことを言うものじゃな」

 

「11歳でも何がどうなってるのかくらい分かりますよ」

 

「いや、ゴブリンと人間の価値観は違うからの。彼らに対して訴訟を起こしても勝ち目は少ないじゃろう」

 

「……価値観の問題なんですか?」

 

「一例じゃが、正当な手続きで売買したものであっても彼らは作った者に所有権があると主張し返却を要求することがある。こちらの法や手続きは無効というのがあちらの価値観じゃ」

 

「……でも、向こうからしたらこっちの"正当な手続き"も価値観になるって意味ですよね?」

 

「そうとも言えるが、魔法界で暮らす以上は、魔法界の法に従ってもらわねばならんはずなんじゃがな」

 

「……何で共存してるんですか?」

 

「まるで闇の魔法使いじゃ……暗黒面に目覚めたか?」

 

「僕が言いたいのは争いにならないわけないってことです」

 

「なっておるし、隙あらば魔法界を乗っ取ろうとしておる」

 

「……ゴブリン達は杖を持ってませんでした。何故ですか?」

 

「禁じておるからじゃ。……無くとも彼らは魔法使えるから何の意味もないが」

 

「……力が関係を規定することはないって言いましたよね?」

 

「ああ」

 

「立法と司法、おまけに魔法まで持っていて、教育の頂点なのに、社会的な問題は根治させるつもりがないってことですか?」

 

「わしはただの校長じゃよ」

 

 ダンブルドアは舌を出してトボけた顔をした。

 

「……はあ。実は先生が闇の帝王ってオチなんじゃないですか?」

 

「光の戦士と闇の帝王の二役を一人で?」

 

「どっちの陣営が勝っても貴方は支配者になる、現に先生は光の陣営の権力を手にしてる」

 

「そんな二役が出来るほど、わしは器用では」

 

「じゃあ闇の帝王と共謀していたらできますね」

 

「そんなわけ……む……そんなわけが……」

 

「先生?」

 

「……いや、何でもないよハリー」

 

「はぁ。校長先生、それで今日アイスクリーム屋で一体何の仕事があったんですか?僕らを放置するのに納得出来る理由が?」

 

「ああ、それじゃ。君が二ヶ月間この魔界で過ごすにあたり、寝泊まりする場所が必要になるじゃろう?」

 

「そうですね」

 

 魔界という言葉は聞かないフリをした。

 

「ここじゃ」

 

「……アイスクリーム屋ですよ?」

 

「アイスクリーム屋で暮らしてみたいと思ったことがないと言うのか?将来アイスクリーム屋をトラックをごと買い占めたりしたくないと?」

 

 ハリーは未知の生物に遭遇したような目で見られた。

 

「先生、僕がドラゴンに遭遇する前からここに向かってましたよね?それっておかしくないですか?」

 

「予め知っておったからの」

 

「予言ですか……こうなるのがわかってたからあんな巫山戯た呪文を?」

 

「不死鳥のお陰で助かったじゃろう?」

 

「勿論!杖も折られました!」

 

「だから何本も貰ったんじゃな」

 

「……吸魂鬼を家の近くに放ったのは先生なんですか?」

 

「そっちは知らぬ。闇の帝王の仕業じゃろうな」

 

「今後の予定を聞いたら時空が乱れたりしますか?」

 

「いいや、君の頭がおかしくなって死ぬ」

 

「予言で死なないんじゃないんですか?」

 

「死なないだけじゃ」

 

「あぁぁぁぁ!!!何なんだ本当に!!」

 

「時空の矛盾に気が付いたのか?不味いぞ!急いで忘れるんじゃ!」

 

「違いま」

 

「オブリビエイト!」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「先生……頭が痛いんですが……僕はいつの間にドラゴンの前から……?」

 

 ハリーはアイスクリームを急に食べた時のような痛みに襲われていた。

 

「そこまで記憶を消したつもりは……そうか」

 

「え?記憶?」

 

「アイスの食べ過ぎで記憶を失ったのじゃ。頭痛もアイスクリームの仕業じゃよ」

 

「……ドロシーは?」

 

「銀行に行く前に帰ったと言っていなかったか?」

 

「……全然思い出せません….…ドラゴンに遭遇したことしか……」

 

「なるほど。記憶の上書きを受けたようじゃな……犯人は闇の魔法使いで間違いない……もしかすると闇の帝王が甦ったのかも知れぬ」

 

「闇の帝王が?本当に?」

 

「魔法界の不都合なことは大体闇の帝王の仕業じゃ」

 

「ドロシーは大丈夫なんですか?」

 

「無事じゃろうな。闇の魔法使い陣営の令嬢に手を出すわけがない」

 

「あの子は敵……ですか?」

 

「マルフォイ家の当主は闇の帝王の僕じゃ」

 

「あの子とは仲良くなれたはず……です」

 

「相手はそうは思っとらんかも知れんがの」

 

「どう言う意味ですか?」

 

「誤解を恐れずに言えば、マルフォイ家というのはマグルの世界で言うレイシストのコウモリじゃ」

 

「……言葉の意味が分からないので、今度彼女に直接聞きます。君の家ってレイシストのコウモリなのって」

 

「きっと感情を込めて教えてくれるじゃろう」

 

「激怒も感情込めてるって意味で?」

 

「小賢しい子供じゃあ……大人しく破局しておけば良かったものを……」

 

「あの女の子と仲良くしちゃダメなんですか?」

 

「ダメではないが……良いかハリー、魔法界には光と闇の陣営がある。そして今日、闇から攻撃を受けた可能性が高い」

 

「別にあの子自身は闇じゃないですよね?」

 

「君らに因縁が無くとも、環境と人心には断絶がある。問題は根深い。特に闇の帝王は君の両親を殺しているんじゃからな」

 

「生きてますよ、どうせ闇の帝王が僕の父親ってオチなんだから」

 

「そう言った物語が数多くあるのは否定せん」

 

「じゃあ僕の両親の死体を見たって言うんですか?」

 

「わしの見たモノがまだ喋ることが出来れば、君をダーズリー家に連れて行くことを許しはしなかったじゃろうな」

 

「……まあ、ここは毎日ハロウィンなんだ、ゴーストにもその内会えますよ。僕に未練がないわけがないんだから」

 

「そうじゃな」

 

「あと先生、自分の友達は自分で選べます」

 

「その友人が闇に染まったら?」

 

「"僕なら救い出せる。善の世界に引き戻せる"、きっとそうします」

 

「それは"ルーク・スカイウォーカー"のセリフかの?」

 

「ええそうです。何事も試してみなくては。違いますか?先生?」

 

「…現実もまた、そうあって欲しいものじゃな」

 

 ダンブルドアはアイスクリームを注文した。

 

「……なんでアイスばかり食べてるんですか?」

 

「いずれ分かる日が来る」

 

 ハリーは別に分からなくてもいいと思った。



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観測者の世界より-2
【正史】w.w.o・炎上ワールド実況スレpart95【崩壊】


novelAIが楽しすぎて2日なにも手につかなかったので初投稿です


 

 

 

114:名無しの魔法使いさん

カノンちゃんさん早速ダームストラングに閉じ込められてて草なんだ

というかワイも脱出できないんやが

 

115:名無しの魔法使いさん

それもエボニーちゃんが悪いんや

 

116:名無しの魔法使いさん

原作通りなんて誰も求めてないし……

 

117:★正史★

え?誰もが望む「正史」なんですが?求めてないなんて誰が言ったんですか?ソース出してもらっていいですか?

 

118:名無しの魔法使いさん

望んだソース出してもらっていいですか?

 

119:名無しの魔法使いさん

正史ちゃんはエボカスの掃除続けてもろて

 

120:名無しの魔法使いさん

というかなんでダームストラング?

 

121:名無しの魔法使いさん

エボニーちゃんがまたマルフォイ誘拐したんやろ多分

 

122:名無しの魔法使いさん

普通に留学や、マルフォイ父曰く今年はホグワーツヤバいから

 

123:名無しの魔法使いさん

妥当な判断で草

 

124:名無しの魔法使いさん

ほなダームストラング行くわ!突然行ってびっくりさせたる!

 

125:名無しの魔法使いさん

一般プレイヤー可哀想

 

126:名無しの魔法使いさん

例のワールドに残ってんのは変なのと

炎上から入ったスレの住人くらいや

 

127:名無しの魔法使いさん

>>117

エボニーもう一匹向かってるやん、なんとかしてくれる?

 

128:名無しの魔法使いさん

【速報】ドラゴンさん、グリンゴッツから脱走した模様

 

129:名無しの魔法使いさん

なんか原作者の知らなさそうなドラゴンが横丁で暴れてたんやけど、それけ?

 

130:名無しの魔法使いさん

多分それや

 

131:名無しの魔法使いさん

どう見てもウクライナ・アイアンベリーじゃなかったんやが

 

132:名無しの魔法使いさん

この間のレスの奴じゃね、ほら黒龍伝説の

 

133:名無しの魔法使いさん

クィレルがグリンゴッツに侵入すんのって何日か後じゃなかった?

 

134:★正史★

ハリーが行った日の午後です!お間違えなく!ドラゴンが脱走するのは死の秘宝です!クィレルはそんなことしません!

 

135:名無しの魔法使いさん

もう通常ルートから変わりすぎてて分からんわ

 

136:◆BLACK_DLAGOON

ハリーと会ったで!蛇語で挨拶されたわ!

 

137:名無しの魔法使いさん

自分から明かしていくのか……

 

138:名無しの魔法使いさん

スペルちゃくちゃで草

 

139:名無しの魔法使いさん

お前それドラゴンやない、竜騎兵や

 

140:◆BLACK_DLAGOON

え?そうなん?ドラゴンの強い版やと思っとったわ

 

141:★正史★

貴様は震え、藁のように死ぬのだ。待っていろ。正史への無関心で看過される貴様を私が許しておくものか

 

142:◆BLACK_DLAGOON

やっぱ正史ちゃんは不満よな

ミラナントカ、逃げます。

 

143:名無しの魔法使いさん

頼むから二人とも思い出の中でじっとしていてくれ

 

144:★正史★

>>143

私は思い出にはなりません!

 

145:◆BLACK_DLAGOON

ハリー食おうと思ったら、ウィゼンガモットの連中にボコられたんやが、なんなんあいつら

 

146:名無しの魔法使いさん

残念でもないし、当然

 

147:名無しの魔法使いさん

当たり前のように食おうとするとか倫理観がもうドラゴンなんだ

 

148:◆BLACK_DLAGOON

だって金庫破りしたっぽいし

俺、金庫番だから、なんか食わないといけないと思って

 

149:名無しの魔法使いさん

仕事には忠実で草の草

 

150:名無しの魔法使いさん

ハリー魔法使ったか?

 

151:◆BLACK_DLAGOON

グリルチキン出してた。食った。

 

152:名無しの魔法使いさん

じゃあ、仕様や。

このワールドだと未成年者の魔法を検知すると突然裁判が始まる。

 

153:名無しの魔法使いさん

なんだそれ、まさかスペイン宗教裁判でもあるまいし

 

154:名無しの魔法使いさん

NOBODY!!!!expects!!!the Spanish Inquisition!!!!!!

 

155:名無しの魔法使いさん

マジレスやが

それ"まさかの時"じゃなくて、"誰も期待しない"や

 

156:名無しの魔法使いさん

くっさ。元ネタ知らんし。パロディはお前がオモロイんやなくて元ネタがオモロイだけや

 

157:名無しの魔法使いさん

無知キッズイライラで可愛いね♡無知っ♡無知っ♡無知なのは自分の所為だからな♡

 

158:名無しの魔法使いさん

豹変兄貴楽しそうなんだ

 

159:★正史★

ハリポタはコメディーではありません!シリアスなんです!巫山戯ないで下さい!

 

160:◆BLACK_DLAGOON

スターウォーズがMCUみたいになった時も同じこと言ってなかった?

 

161:★正史★

悲劇は繰り返させません。私が守るからです。

 

162:名無しの魔法使いさん

最近横丁でハリー見るんだけど、何で帰ってないの?愛の守りは大丈夫なん?

 

163:名無しの魔法使いさん

ダンブルドアが何とかしてるんやろ

 

164:名無しの魔法使いさん

ここのアルバス爺さんはなぁ……

 

165:名無しの魔法使いさん

"お父さんの石"とか持たせて来るタイプ?

 

166:名無しの魔法使いさん

もっとおかしいぞ、何を聞いてもハロウィンって答えて来る

 

167:名無しの魔法使いさん

宇宙の悪魔に頭やられてるやん

 

168:◆Halloweeeeeen

ハロウィン!

【Halloween.exe】

 

169:名無しの魔法使いさん

>>166

おいやめろ、その言葉を口にするな

 

170:名無しの魔法使いさん

劇遅忠告兄貴!劇遅忠告兄貴じゃないですか!

 

171:名無しの魔法使いさん

あからさまな偽ファイル名で草、化石かよ

 

172:名無しの魔法使いさん

このスレ口にしてはいけない言葉多くない?

 

173:名無しの魔法使いさん

呼ばれたら来る奴多いから……

 

174:◆Halloween

ただの画ぞは。ハロウィン。ハロウィン。

 

175:名無しの魔法使いさん

いいな!そのリンク、ウィルスだから踏むなよ!絶対踏むなよ!絶対だからな!

 

176:名無しの魔法使いさん

劇遅忠告兄貴……!!

 

177:名無しの魔法使いさん

開いた!?今、この中の中で!?

 

178:名無しの魔法使いさん

お、開いてるじゃーん(リンク)

 

179:名無しの魔法使いさん

自分で開いてんだよなぁ

 

180:名無しの魔法使いさん

ハロウィン君!フルダイブゲーで人の脳にウィルスを撒くのはやめようね!

 

181:名無しの魔法使いさん

普通に重犯罪なんだよなぁ、通報しとくは

 

182:◆Halloween

ハロウィン?ハロウィン、ハロウィン!

 

183:名無しの魔法使いさん

変換されるからログアウトせんと戻らんぞ、ログアウトしたらクリーニングや、バックアップとってなかったら死やが

 

184:◆Halloweeeeeen

happyHalloween!!HAHAHA!!

 

185:名無しの魔法使いさん

何なんだよこいつ……

 

186:名無しの魔法使いさん

おお、ハロウィンじゃなぁ

 

187:名無しの魔法使いさん

ハロウィンとは……うごご

 

188:◆BLACK_DLAGOON

ハリーがなんで金庫破りしてたのか知ってる人いない?

 

189:◆公認会計ゴブリン

グリンゴッツのゴブリンだけど

お前が脱走した時間帯にハリーが銀行にいた記録はない

でも何故か容疑者

あと頼むから帰ってくるなよ、面倒だから

 

190:◆BLACK_DLAGOON

つまりどういうことだってばよ

 

191:名無しの魔法使いさん

闇の帝王じゃ!闇の帝王のしわざじゃ!

 

192:名無しの魔法使いさん

ヴォルデモートなんていない(大本営発表)

 

193:名無しの魔法使いさん

死の秘宝は存在しただろう?闇の帝王だってそうさ!必ず存在する!

 

194:◆BLACK_DLAGOON

誰か詳しい死喰い人いないんか

 

195:◆元祖闇の帝王

闇の帝王じゃが、わしのせいじゃないぞ

 

196:◆真・闇の帝王

転生した闇の帝王だけど>>195は偽物だよ、実物よりちょっと頭が弱かった。闇ホグでは★3くらいの小物の闇の帝王だよ。

 

197:◆元祖闇の帝王

はぁ?闇の帝王なんじゃが?闇ホグなんて★100なんじゃが?お主偽物じゃろ?

 

198:◆過去最高の闇の帝王

闇ホグから来ました!俺様が本物です!騙されないでください!金庫を破ったのも俺様!全部俺様です!!闇ホグで高評価お願いします!!

 

199:名無しの魔法使いさん

闇の帝王ワラワラ湧いてて草

 

200:名無しの魔法使いさん

分霊箱に憑依すれば誰でもなれるから……

 

201:名無しの魔法使いさん

最高プレイヤー7人も闇の帝王とかゲームバランス終わってんな。

 

202:名無しの魔法使いさん

ハリーもカウントされてんじゃんそれ

 

203:名無しの魔法使いさん

それぞれの7体の化け物がお互いを生贄にするために争うとか聖杯戦争かな?

 

204:名無しの魔法使いさん

皆で憑依してクソ塗れ(聖杯の泥)になろうや

 

205:★正史★

聖杯戦争は別のゲームでやって下さい。分霊箱は私が守ります。

 

206:名無しの魔法使いさん

これは、せいしを救うたたか……いや、まずダームストラングから脱出してくれ

 

207:◆BLACK_DLAGOON

俺バカだからわかんねぇんだけど、俺ら服従の呪文使われてたんじゃね?

 

208:◆公認会計ゴブリン

そんなわけないだろ。ヒトカスと違ってこっちには盗人落としの滝があるんだからな。

 

209:名無しの魔法使いさん

いきなり差別かよ、流石ゴブッパリだな

 

210:名無しの魔法使いさん

へ、ヘイトスピーチ…

 

211:名無しの魔法使いさん

ゆるさねぇぞ、もうグリフィンドールの剣返還しねぇからな。ホグワーツ固有の品だぞ、上等だろ。

 

212:◆BLACK_DLAGOON

滝なんてあった?

 

213:◆公認会計ゴブリン

……え?

 

214:◆BLACK_DLAGOON

俺が出てくとき、そんなのなかったけど

 

215:★正史★

正史ではクィレルの侵入以後警戒が強化されるので起動していないと考えるのは正史です

 

216:名無しの魔法使いさん

>>215

横からですまんが、それおかしいやろ、何のためのセキュリティーや

 

217:★正史★

正史に文句が?

 

218:名無しの魔法使いさん

>>217

魔法界随一の銀行で、しかも少し前まで魔法大戦があったのに、警戒が緩んでますはおかしくないか?大戦時に服従の呪文でかなり社会に混乱が起きてるはずなのに、それを常時有効にしないなんてあり得ないと思うんだが。もっと言うなら盗人落としの滝は明らかにゴブリンから魔法族に対する服従の呪文対策に見える。それが魔法族にも流通してるなら服従の呪文なんか怖くないはずだし。あと滝の水くらい携行してても良いだろ。魔法族とゴブリンとの関係を鑑みるに闇の帝王が滅んで気が緩んでるなんて、考え難いとは思わないのか?なあ、正史が絶対に正しいなら、納得のいく説明をしてくれるんだろうな?

219:★正史★

う、うるさい、今日は用事がある……いいな、今日はもう返事しないからな……!絶対返事しないから!マーリンの髭!

 

220:◆元祖闇の帝王

>>218

正史ちゃんを虐めるとか、こいつ闇の帝王じゃろ?

 

221:◆真・闇の帝王

転生した闇の帝王だけど>>218はほぼ闇の帝王と言っても過言ではないよ。闇ホグでは★10くらいの闇の帝王だ

 

222:名無しの魔法使いさん

……君らは、正史ちゃんのことが嫌いだったんじゃないのか?

 

223:名無しの魔法使いさん

殺したいだけで、死んでほしくはないんや

 

224:◆BLACK_DLAGOON

これもうわかんねぇな………

 

225:名無しの魔法使いさん

お前が言うのか……









★誰も望まないtips★

・スペイン宗教裁判
大英帝国が誇る空飛ぶモンティパイソンのスケッチの一つ。
このワールドでAIが裁判を参照する際の情報がそれに変えられてしまったために、ウィゼンガモットは頭のおかしな集団になってしまった。

・◆Halloweeeeeen
開くとハンドルネームと言葉がハロウィンになるウィルスをばら撒いている迷惑なプレイヤー。フルダイブ式のゲームにおいては脳に深刻な影響が起こり得るので重犯罪であるが、感染源があからさまに怪しいファイルな上に内容が内容なので引っかかる間抜けはスレを見るべきではない。

・◆BLACK_DLAGOON
キャラ名はミラ・ナントカ。ブラックドラグーンというハンドルネームにしたかったらしいが、色々と間違っている。ハリーに出会った後グリンゴッツの職員に拘束されるも、再び脱走した。

・ウクライナ・アイアンベリー種
原作者の知ってるドラゴン。原作ではグリンゴッツの地下で金庫番をしており、死の秘宝のグリンゴッツ破りの際にハリー達を乗せて自由の身になる。ミラ・ナントカに書き換えられた。正史ちゃんは整合性を取るために、死の秘宝までに新しいドラゴンをグリンゴッツに届けようとしている。

・グリルチキンの魔法
原作でエイビスは鳥を呼び出すだけの魔法である。断じてチキンを呼び出すものではないが、例のワールドだとグリルチキンも召喚できることがある。
召喚すると何処かのマグルの食卓からグリルチキンが突然消える。不思議である。勿論、食べられないので魔法の法則には従っている。

・闇ホグ
闇の魔法使いをレビューするサイト。W.W.Oの闇の魔法使いがプレイヤーの口コミでランキングされ、10段階の評価が表示される。一般的な闇の帝王は★5。正史のヴォルデモートは★7。ダンブルドアは★6で評価されている。評価欲しさに金銭を受け渡し、評価を水増しするプレイヤーもいる。エボニーはこのランキングの上位に載るのがステータスである。

・ハロウィン
ハロウィン最高といいなさい。


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ハリー・ポッターと賢者の石そして秘密の以下略・第二章
14 ハリー・ポッターと高慢と偏見と吸魂鬼


やっと特急に乗ったので初登校です


 

 ホグワーツ特急列車は子供達や教員、そして危険な魔法生物を乗せ、スコットランドの辺境に向かう。

 

「ここで何をしているんですのハリー?」

 

 目当てのコンパートメントを発見したドロシーは扉を開け、開口一番そう言い放った。

 

「ああ、二ヶ月ぶりだね、ドロシー」

 

「お久しぶりです。さ、私のコンパートメントへ」

 

 室内にいたハリー以外を完全に無視して連れ出そうとする。

 

「うわぁ!マーリンの髭じゃん!」

「ちょっと!なんなの貴女!」

 

 無視された二人──ロナルド・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーから反感を買うのは当然だった。

 

「これは失礼いたしました。挨拶が必要な知らない純血がいらっしゃるとは。初めまして、私はドロシー・マルフォイと申しますの」

 

「純血?どう言う意味?」

「……言いたくないけどウィーズリーだってそうだ!馬鹿にするなマルフォイ!」

 

「ウィーズリー。少しは純血の自覚が芽生えたのですね。ですが吠えるのは下品ですわ」

 

「黙れマー髭!」

「また吠えましたわ!犬語でないと分かりませんの?わんわんっ!ばうっ!」

 

「ドロシー、ロン、二人って知り合い?」

 

 ハリーが険悪な二人に問う。

 

「私の父も、そこのウィーズリー犬のお父様も魔法省に勤めておりますの」

 

「あの……質問いい?純血って何?」

 

 ハーマイオニーが授業中のように挙手して質問する。

 

「本当に知らないんですの?まさか、穢れ」

「おいマルフォイ、いい加減に」

 

「ドロシー、僕にも教えて欲しいな」

 

「ハリーも?おかしいですわ。校長先生は何をやっていたのでしょう……?」

 

「あの人は頭おかしいから」

 

「確かに。純血は純血ですわ。魔法使いの血を継い──」

「なら、片方の親が魔法使いじゃないなら?」

 

 話を先読みしたハーマイオニーが問う。

 

「半純血ですわ」

 

「両親がマグルなら?」

 

「穢れた血ですわ」

 

「社会的地位は低い?」

 

「ええ、魔法界で最低のマグル、スクイブ、その次の扱いですの。まあ魔法が使えるだけマシと言えるかと」

「それは偏見だぞマルフォイ。純血とかこだわってるのは純血主義者のマー髭だけさ」

 

「ありがとう、大体分かった!そういう民族的な思想や信仰は教科書に載ってなかったの!」

 

「理解が早くて助かりましたわ。それで、貴女はどちらの家の方ですの?」

 

「私はハーマイオニー・グレンジャー」

 

「グレンジャー?貴女、孤児院出身ですの?」

 

「……はい?」

 

「両親を失った純血の子が何かしらの理由で預けられていた場合、家名が孤児院の名前になることが」

「マルフォイ!お前!」

「何か?孤児なんて魔法大戦後にはありふれているでしょう?」

 

「ねぇドロシー、その説明なら闇の帝王に両親を殺された僕は孤児じゃないの?」

 

「家名が残っている以上、貴方がポッター家の当主ですし、金庫を相続しているでしょう?」

 

「別に純血じゃなさそうなんだけど」

 

「ポッター家は聖28一族からは除名されていますが、貴方の家は間違いなく純血でした。でなければ貴方が何もせずに暮らせるほどの財産が存在する理由はありません」

 

「……そうなのかな……?」

 

「まあ。純血でも金庫にゴミしか入ってない人達もいるようですが」

「僕ん家の金庫はゴミじゃない!」

「ウィーズリーの話はしてません。勝手に家の金庫のことを想像しただけでしょう?」

「マーリンの髭!マーリンの髭!」

「あはっ、変わった鳴き声ですこと!躾がなってなくてよウィーズリー!」

 

「ドロシー、ロンに喧嘩を売りに来たんじゃないよね?」

 

「ええ、違いますわ。話というのは…」

 

「僕の記事が載ってた予言者新聞の話?」

 

「あ!そうだ!マルフォイ!ハリーと婚約してるってクィブラーに!」

「あれを真に受けるのは今世紀で最もお間抜けな人種だけですわウィーズリー」

 

「新聞?クィブラー?なんなの?」

 

「ハーマイオニー、ハリーがこいつと婚約してるって」

 

「え?そうなの!?ハリー!?」

 

「……違うけど、僕がドロシーに忠誠を誓ったとかも書いてあったよ。予言者新聞には」

 

「申し訳ありませんわ。父の訂正が……」

 

「……校長先生から聞いてたけど、まあ仕方ないよ」

 

「本当は他人に聞かせるような話でもなかったのですが……貴方を連れ出すのは難しいようですし。こちらでお詫びいたします、迷惑をおかけしましたわ」

 

「あー、でもお陰で僕がドラゴンを脱走させた容疑はあまり目立たなかったから……」

 

「──ええ。父はそのつもりですの」

 

「……え?それって」

 

「下らないゴシップが前に出ていれば、人々は他の問題に目を向けたりしませんわ」

 

「恩を売ったつもりだな!汚いぞマルフォイ!」

「あはっ、そちらはクィブラーにジネブラとも婚約していると書かせていたでしょう?」

「ジネブラって誰?」

「ロナルドの妹です、可愛らしい仔犬ですわ」

「あれはルーナ・ラヴグッドが勝手にやったんだ!クィブラーを信じる奴なんかマー髭だね!」

「……貴方、矛盾してません?」

 

「すごい!魔法界も政治的なことするのね!もっとファンシーな感じだと思ってた!」

 

 ハーマイオニーは言い争う二人を眺め、初めてアフリカに来た観光客のような偏見を言い放った。

 原住民が未だに槍でサバンナの野生動物と格闘していると思っている類の観光客のそれだ。

 

「……君は魔法使いをなんだと思ってるの?」

 

 尋ねるハリーはマグル生まれと対立が生まれるのも仕方ないような気がしていた。

 

「科学的な教育が必要な人達!少なくとも遺伝に関してメンデルの法則から啓蒙が必要ね!ロンは特に論理性が必要だわ!」

 

 未開人に対する直接的な見下しだった。

 

「え?なんで僕?君もマーリンの髭なのか?」

「マグル的学問は魔法界ではマーリンの髭程の役にも立ちませんわ」

 

「問題の根は深いのね!それじゃ、私はネビルの蛙探すから!」

 

 ハーマイオニーは未開文明社会に対する優越感の獲得という精神的な勝利を果たし、コンパートメントから去って行った。

 

「あいつ、レイブンクローでも絶対いじめられるぞ」

「同じ意見とは奇遇ですの。そうなった時、何を考えるのか知ってみたいですわ」

 

「……どこも大差ないんだなぁ」

 

 ハリーは脳が疲労するのを感じたので、深く考えないことにした。

 

「大違いですわ。私なら貴方を下世話な世間やウィーズリー家との婚約からも守れますし、便宜をいくらでも」

「そいつの言うことを信じたらマーリンの髭になるぞ!闇のマー」

「犬が五月蝿いので私もお暇いたしますわ、また会いましょう、ハリー」

 

 ドロシーは犬用の骨型ガムをロンの開いた口に投げ入れ塞ぐと踵を返し、外で待っていた小型トロール……のような少年二人を連れて去った。

 

「……実はドロシーのことが好きだったりする?」

「キャノンズの優勝くらいありえないね!」

 

 ロンは犬用のガムを噛みながら言う。

 

「可能性としてはあり得るってこと?」

「キャノンズが優勝するわけないさ!一番のファンの僕が言うんだ!間違いない!」

 

 クディッチのプロチームであるキャノンズが絶対に優勝しない理由に関しての解説が暫く続いたお陰で、ハリーはクディッチのルールを完全に理解した。

 

 空飛ぶ箒のスポーツと聞くと心躍ったが、スニッチという高速で飛ぶ球体を手にした瞬間に試合終了というルールを教えられた結果、魔法族とマグルの和解は永劫に不可能なのではないかと思った。

 

 イングランドのフーリガンが観戦していたら、何が起きても暴動を起こすだろうというのは想像に難くなかったからだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「クラップ、ゴイル、歩きながらお菓子を食べるのはやめて下さい。品位をうたがわれますわ」

 

 ドロシーは振り返らず下僕を嗜める。

 

「これ、お菓子じゃない」

「違います」

 

「じゃあさっきから何を噛んでますの?」

 

 不可解な二人の発言に怪訝な目を向ける。

 

「分かんない」

「何かゴムっぽいもの?」

 

 涎まみれの得体の知れない物体を見せた。

 

「貴方達も実は犬なんですの?」

 

「おれたち忠実な犬」

「ドロシー様の犬」

 

「リードと首輪を父に注文しておきますわ」

 

 コンパートメントへ到着したドロシーの代わりに、ゴイル少年がドアを開く──

 

『だめだドロシー、逃げろ』

 

 ドロシーの脳内に声が響く。

 

「え?」

 

 室内の窓には"それ"が当たり前のように佇んでいた。

 

「ドロシー様──!」

 

 腹を空かせた吸魂鬼が。

 

 直後、いくつものコンパートメントから悲鳴が響いた。



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15 ネビル・ロングボトムと闇の帝王

novelAIの悪魔と戦ってたので初登校です


 

 少年──ネビル・ロングボトムには自信がなかった。

 

『一族の誇りたれ』

 

 常日頃、祖母が口にするその言葉に見合わず。

 

 一つ目の理由は魔法力の発現する年齢になっても全くその兆候がなかったことだ。

 

 二つ目には彼に両親がいなかったことである。

 

 生きてはいたが精神はこの世界に存在していなかった。

 死喰い人に磔の呪文で長時間拷問された結果、正気を失って聖マンゴ病院で物理的に生きているだけだ。

 

 ネビルは物覚えが悪く、厳しい祖母の言うことだけは確実に覚える以外に能がなく、スクイブ寸前の彼を肯定するような優しい親というものはいなかった。

 

 保護者である大叔父や大叔母も非常に厳しく、彼の身に危険に晒すことで魔法力を発現させようと、虐待染みた仕打ちを行っていた。

 

 幼い子供の未熟な精神を折ってしまうにはそれだけで十分だった。

 

 だが、そんな彼にも転機が訪れ、ようやく魔法を使えるようになった。

 

 意図的ではなかったが、家の二階の窓から落とされた時、彼は鞠のように弾み、一命を取り留めたのだ。

 

 それによってようやく彼は魔法力を発現し、これまで認められなかった保護者達にも認められた。

 

 その証が、大叔父の買い与えた蛙のトレバーだ。

 

 少年にとってトレバーは認められた証であり彼の分身であった。

 

 どこに行くにも連れて行き、寝食を共にし、カエルに夢を語った。

 

 誰もが認めるような魔法使いになったり、新しい魔法を開発したり、冒険をして本を書いたりするような微笑ましい夢だ。

 

 自分でもその可能性があまりないと分かっていながらする話を、いつもトレバーは表情も変えずに聞いていた。カエルの表情がわかる人間なら違う感想を持つかもしれないが。

 

 トレバーは何故か時折逃げ出すのでその度に彼は探すことになったが、必ず見つけることができた。

 

 逃げ出されても、彼にとって最も大切なものであることには変わらなかった。

 

 少年の心は折られたままだったが、それでも彼にほんの少しの幸福が齎されていた。

 

 だからこそ、一族の恥を晒してでも列車のコンパートメントを巡って、トレバーを探していたのだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……その、あの…ね、ねぇ、」

 

 見るからに気弱そうな暗いブロンドの少年──ネビル・ロングボトムは言葉に詰まりつつも、コンパートメントの扉近くから、中に座る少女へ声をかけようと、懸命に勇気を出そうとしていた。

 

「おーい、おばちゃん!お菓子じゃ!」

 

 その彼を無視し、室内で寝転がっている桃色髪の少女は車内販売の魔女を呼び出す。

 

「お菓子はいらんかねぇ!!」

 

 お菓子が満載されたカートを押す老婆が、どこからともなく出現する。

 

「いるから呼んだんじゃがの」

 

「あ、の……その……だから」

 

 ネビル少年は依然、まごついていた。

 

「お菓子はいらんかねぇ!!」

 

 ネビルの注文かと誤認した魔女が両手にかぼちゃパイを持って迫る。

 

「え、その、僕はいい、です」

 

「ご注文なら呼ぶんだよ!!」

 

 魔女は何処かへ消えた。

 

 呼ぶと現れる車内販売の魔女はホグワーツ特急の謎である。

 存命のホグワーツ卒業生は彼らが一年生の頃から全く同じ姿で現れるのを見たことがあるので、少なくとも百年程前から姿が変わっていないらしい。

 

「あ、ごめん、それで、その」

 

「……はぁ。で、なんじゃ?」

 

 いつまでも言い出せない様子にしびれを切らした少女は、座席から起きて問う。

 

「ぼ、僕の、トレバー、か、返してっ……よ」

 

「知らぬ」

 

「き、君がいま、て、手に持ってる、じゃないか……!」

 

「これはワシのトレバーじゃ、魔法が使えるようになった記念に大叔父がくれたのじゃ」

 

 少女は蛙をさも大事そうに抱える。ネビル少年が明確な言葉を発するまで、玩具にしていたにも関わらず。

 

「え……それは僕の話…どこで知って…」

 

「ワシがネビル・ロングボトムじゃからな」

 

「……え」

 

「お前はモブじゃ、諦めよ」

 

「え、え……?モ…?」

 

 困惑する元ネビル少年は、何を言えば良いのかすら分からなかった。

 

「あ!ネビル!蛙は見つかった?」

 

 そこへ救世主が訪れた。

 

「ハーマイオニー!良かった!」

 

「あ!見つかったのね!」

 

「そ、それが、聞いて──」

 

「もう見つかったのじゃ、探してくれて助かったわ!ハーマイオニー!」

 

「大したことじゃないの。社会的弱者を可能な限り救済するのは真っ当な教養を受けた者の勤めだから!それじゃあねネビル!」

 

 ()()()()()()()そう呼び、元ネビルには目もくれず人道的啓蒙主義者ハーマイオニーは去って行った。

 

「え、え?」

 

「というわけじゃ、理解できたじゃろう。ネビル・ロングボトムは最初からワシだったことになった」

 

「服従の呪文……?ま、まさか、死喰い人」

 

 彼は生い立ち上、闇の呪文は嫌でも祖母に熟知させられていた。

 

「死喰い人?違うな」

 

「じゃ、じゃあ」

 

「実はワシが闇の帝王なんじゃ」

 

「え……」

 

 少年の混乱は極限に達した。

 

「闇の帝王じゃから大体なんでも出来る、存在すら消されたくなければここを去れ」

 

「や、闇の……闇の帝王は…死んだんだ」

 

「生きておるわ!失礼な奴じゃな!」

 

「や、闇の帝王が、な、なんで学校なんか」

 

「死喰い人の子供が通って良くて、闇の帝王は通ってはいかんのか?差別か?さすが純血じゃな、そんなに自分達の血が好きならちゃんと通ってるかどうか見せてやろうか?」

 

「や、やめてよ」

 

「よしわかった!見せてやろう!ワシが闇の帝王だということを──」

 

 杖を掲げ、立ち上がった少女──

 

「──あ?」

 

 ──は、窓から入ってきた吸魂鬼に覆い被さられた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ひ、ひぃ!」

 

 少年は急激に冷え込んだ空気に震えながら後退る。

 

「な、なんで今ここでくるんじゃ、や、やめろっ!ぎゃぁぁ!!」

 

 自称闇の帝王は吸魂鬼の接吻から辛うじて脱出すると、トレバーを吸魂鬼に投げつけながら、少年の前に転がった。

 

 吸魂鬼は壁に張り付いた蛙を無視した。

 

「トレバー!」

 

「蛙なんぞどうでもいいわ……!た、助けろ……!」

 

「や、闇の帝王なのに、吸魂鬼に弱いの……?」

 

「怖い……帰りたい……助けてくれ……」

 

 ガタガタ震えながら縋り付いて来て言う少女。

 

「もうだめじゃ、今回もここで終わりじゃ……どうせここもエターナルなんじゃ……」

 

 更に訳のわからないことを口走りながら泣き始めた少女を見て、自分も逃げ出したくなったがなんとか我慢した。

 

 優しき元ネビル少年は思った。この頭が可哀想な人を放置して逃げるのは、"一族の誇り"に反するのではないかと。

 

 磔の呪文を長時間受け両親は正気を失った。彼らのいる聖マンゴ病院には何人もおかしくなってしまった魔法使い達が入院していることを、少年はよく知っている。

 

 未来から帰ってきた有名人だとか、別の世界から来たとか言う者がそれなりにいるのだ。

 そう言った人々は大体、オブリビエイトで記憶を消去されることもよく知っている。

 

 まさか自分を名乗る者が現れるとは夢にも思わなかったが、何かしら悲惨なことがあって自分を闇の帝王だと思ったり、ネビル・ロングボトムだと思うことで、心を守っているんだろう──そう思うことにした。

 

 ハーマイオニーが服従の呪文か、記憶改変術を食らっている可能性に関しては、持ち前の物覚えの悪さでなかったことになった。

 

「──」

 

 吸魂鬼がゆらりと少年達に近付く。

 目のない眼孔で彼らを捉え、節くれだった青白い指を広げる。

 

 元ネビル少年は、少女とコンパートメント奥のトレバーを見比べ──決めた。

 

「……い、一緒に、逃げよう、掴まってて、い、いいから」

 

 彼は自称闇の帝王を助けることにした。

 

「無理じゃぁ、もう死ぬんじゃ……」

 

「ごめん、トレバー!」

 

 ネビル少年はコンパートメントのドアを開き、渾身の力で少女をズルズルと引き摺りながら逃げ始める。

 

 出来れば抱えたかったが、そんな力はなかったし、ほぼスクイブの彼は便利な魔法を使えるわけではない。

 トレバーが取り残されてしまったが、吸魂鬼は動物には興味を持たないくらいのことは知っていた。

 

「──」

 

 列車の廊下を震えた足でノロノロと逃げる少年。振り返れば吸魂鬼はゆっくりと追いかけて来ている。

 

「ほ、ほら、立って、逃げなきゃ……!」

 

「無理じゃ……こうなったら、どこにも逃げ場などない……」

 

「でも……!」

 

 直後、他のコンパートメントから悲鳴が鳴り響き、廊下へ逃れた子供達で通路は混沌に包まれた。

 動転する彼らが見たのは、窓を埋め尽くすように殺到する吸魂鬼の群れ。

 そして、元ネビル少年の背後から迫る影。

 

「……見ろ…言った通りじゃ」

 

 悲鳴、狂乱、恐怖。その只中で子供達は無力に捕食されていく。

 

 だが、元ネビル少年達は飛び出してきた他の子供達に挟まれる形になり、運良く台風の目の中に入った。

 もっとも、このままでは次期に捕食されることは変わりはないが。

 

「き、君は、や、やみの、闇の帝王なんだろ……!な、な、なにか」

 

「守護霊……守護霊が出せれば…良いが……」

 

「だ、出してよ!闇の帝王なら守護霊くらい!」

 

「無理じゃ……ワシは無力で無能なカスじゃ……実はネビル・ロングボトムですらない……ただの闇の帝王なんじゃ……闇ホグの評価だって実は★2なんじゃ……」

 

「えぇ……あ、」

 

 あまりにも急変した闇の帝王の状態を見て、彼は聖マンゴ病院で見た魔法省の職員を思い出した。

 

 アズカバンで吸魂鬼に襲われて以来、抜け殻のようになってしまった男だ。

 祖母曰く、魔法の腕と知恵で急激にキャリアを駆け上がり、大臣の左腕にまでなった筈が、魂を吸われて以来、一切の覇気がなくなってしまったという。

 

 彼は祖母に尋ねた。どうして有能な魔法使いなのに、吸魂鬼に勝てなかったのかと。

 

 そして、彼女はこう答えた。

 

『吸魂鬼に被曝した人間は、前向きなことを考えられなくなる。例え守護霊の呪文を習得していたとしても、使えなくなってしまう可能性すらある』と。

 

 

「……で、でも、どうすれば…」

 

 元ネビルは、なんとか闇の帝王を回復させて、守護霊の呪文が何かは分からないが、とにかく使ってもらうしかった。

 

「……あ〜……死ぬ、もう死ぬんじゃ……」

 

「な、何か、何か幸せなことを思い浮かべて!」

 

 一時的な被曝の対処方法として祖母から教わったものだ。

 

「幸せ?幸せってなんじゃ……?食えるのか……?ワシは食べたことないがの」

 

「幸せって言うのは……」

 

 言われてみると、自分も何が幸せなのか分からなくなっていた。

 最初から知らなかったような気すらしてくる。

 思い浮かんでくるのは、見舞いに行った際、気の狂ってしまった両親がくれたお菓子の包み紙だけだった。ゴミでしかない。

 元ネビルのことを認識できず、慰者だと勘違いして手渡したそれは、決して悪意ではないらしい。

 

 彼らなりの好意だった。ただ、慰者に喜んでもらおうとして、手渡しただけだった。

 受け取った彼は、もう二度とまともに戻ることはないと理解させられた。

 そこから生まれたのはただ、深い悲しみだった。

 

「せめて、食べれるものをくれたら……よかったのに」

 

「死ぬんじゃ……食べても死ぬ、食べなくても死ぬ……みんな死ぬ……」

 

「……無理だよ……僕にだって何も出来ないよ……」

 

 殆ど知らない魔法で何ができるだろうか、何も出来ない。

 手元にあるのはローブのポケットに入っている蛙チョコレートだけだ。

 

 一族の誇りを、自らのアイデンティティを選んだ結果、辿り着いたのは死だ。

 

「どうせ死ぬなら、食べておこう……」

 

 箱を開く。

 

「あっ──」

 

 チョコレートの蛙は飛び出して逃げる。

 

 ただでさえ鈍い元ネビル少年は最後の晩餐にすらありつけなかった。

 

「そっか、やっぱり僕は包みだけなんだ……」

 

 弱々しくチョコレートの箱を握り、何もかもを諦めて、目を閉じる。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か心残りがあったような気がした。

 

 両親から受け取った包み紙は悲しみだけではなかった気がした。

 

 絶望感はいつも感じていた。

 

 決して戻らない両親、つい最近までまともに魔法も使えなかった自身。

 闇の魔法使いに対する恐怖、ロングボトムという家の名前に相応しくないという評価と卑下。訓練と称した日常的な虐待。

 

 それらは、彼に悲しみだけを与えるだろうか。

 

 いや、断じて否だ。

 

 人は死を悟った時、否認し怒りを覚え、死に対して取引を持ちかけ、挙句、それらが不可能と知ると抑うつに包まれて、最後には死を受け入れて死ぬ。

 

 だが、彼はまだ否と言ってすらいないのだ。

 

 並外れた魔法使いですら抜け殻になるような化け物の群れの中で、生き延び、脱獄した男がいる。

 

 何故それが可能だったのか、元ネビルの祖母はその男を狂人とは言わなかった。

 

『幸福や絶望によらない生への渇望、それが有れば吸魂鬼であろうと退けるのでしょう』

 

 強い意志、それが漆黒の殺意であれ、黄金の意思であれ、その意志を持つものは何者にも屈さないのだと、祖母は語った。

 

 魔法界においては良し悪しに関係なく、なし得ないことを成したものは偉大と評される。

 その意味で言えば、不可能を可能にした脱獄犯は偉大だった。

 彼の祖母はそれを評価したのだ。

 

 意志。あらゆる要素を取り除き、削ぎ落とされてもなお輝くモノ。

 

 曖昧模糊な幸福を取り除かれ、より深く自分を取り巻く世界に絶望した彼に残るものは何か。

 

 それは決して諦観ではない。

 

 ──理不尽な世界への反抗の意志だった。

 

 彼は無意識の中から、生まれて初めて世界に否を告げた。

 

 彼にはまだ夢があった。

 

 やりたいことだって、知りたいことだってあった。

 出来るかどうかは全くわからないが、少なくとも、魔法使いとしてまともには生きていけるはずだったのだから。

 

 だが、抵抗するためは足りないものがあった。

 

 力と、ほんの少しの前向きさだ。

 

 吸魂鬼によってあらゆる気力を奪われている彼には、自分で何かをすることは出来ない。

 

 そう、自分では。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 少年は、ふと口元に甘みを感じて目を開けた。

 

 白んだ視界の中で、自分の胸元にトレバーがいた。

 

「トレバー?」

 

「ワンッ!」

 

 トレバーはワンと犬の様に鳴く蛙だ。飼い主のネビル以外は知らないことだが。

 

「僕、死んじゃったのかな……そうだよね、僕……でも一族の誇りは守れた……よね」

 

 自重気味に笑う。

 

「……ネビル。私はネビルの語る夢の話が──」

 

 そんなネビルに向かい蛙が話し始める。

 

「え?」

 

「はっきり言って嫌いだった」

 

「……え?え?」

 

「ここまでずっと君を見てきたが、ちっとも成長しない。何のために何度も君の元から去ろうとしていたと思う?」

 

「え、その、それは」

 

「ペットの役割は、見守り、遊び、共に育ち、そして失うことによって命の意味を知ることにあるんだ。私はその役目を全うしたいんだよ」

 

「そ、そうだったの?」

 

「ああ、そうだ。私は君の成長を早めなければならないのに、君はいつまでだっても弱虫で、ノロマで、物覚えが悪くて、ネビルだった」

 

「ネビルって悪口なの!?」

 

「しかもロングボトムだ」

 

「えぇ……?」

 

「だけどね。君は漸く私より、自分の誇りを、そして誰かの為に、私から離れた。それは成長なんだよ。子供の頃のおもちゃから卒業するように、君は私から、漸く卒業したんだ」

 

「卒業?なんで、なんでそんな」

 

「だから、ネビル。君には明確に私を失って精神的に成長してもらいたい」

 

「い、嫌だよトレバー……」

 

「君は本当にネビルだなぁ」

 

「そうだよ!ネビルだよ!」

 

「だけど、ロングボトムだ」

 

「……そうだよ」

 

「ネビル。私にネビルの成長した姿を見せてくれ」

 

「トレバー?」

 

「あと実は私、蛙じゃなくて蛙チョコなんだ」

 

「え?」

 

「私を食べて──生きて」

 

 トレバーは蛙チョコだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「トレバー!?」

 

 起き上がると、辺りは吸魂鬼の作り上げた地獄だった。

 

 口元にはチョコレートの甘味がまだ残っていた。

 

 そして、トレバーの足と思しきチョコレートの破片が。

 

「僕が、僕がトレバーを食べちゃったんだ……」

 

「なんじゃ……急に元気になったの……」

 

 桃色髪の新ネビルの言葉通りだった。

 

「ほ、ほんとだ……何で──あ!」

 

 旧ネビル少年の脳が高速で回転し、様々な思考の過程を経て、そして結論を出した。

 

「チョコレートを食べれば良いんだ……!」

 

 物凄く単純なことを。

 

「何を言って」

 

 怪訝な目を向ける新ネビル。

 

「──お、おばちゃぁぁぁぁぁん!!」

 

 そして車内販売の魔女を呼び出した。

 

「お菓子はいらんかねぇ!!」

 

 お菓子のカートで吸魂鬼達や子供達を弾き飛ばしながら、魔女が現れた。

 

「み、みんなの口に、チョコレートを!この列車にいる全員にチョコレートとかお菓子を!お金はみんなから貰って!」

 

「お前の……金じゃ……ないのか……」

 

 新ネビルの懐からガリオン金貨が全て消えた。

 

「毎度ありぃぃぃいいい!!」

 

 老婆は虚空から魔法界に見合わぬガトリングのようなお菓子ケースを取り出す。

 

「え、なにそれ」

 

 旧ネビルも想定外の挙動だった。

 

「お菓子はいらんかぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 そして一斉に子供達向かって溶けかけたチョコレートを乱射し始めた。

 

 凄まじい連射に吸魂鬼達は何事かと怯み、鬱陶しいのか子供達から離れて窓の外へ飛んで行く。

 

 倒れていた子供達はあっという間にチョコ塗れになり、廊下は別の意味で地獄と化していった。

 

「チョコレートォォォォォ!!!」

 

 そう言いながらカボチャパイを子供達の顔面に次々と叩きつけていく。

 

 もう吸魂鬼が様子を見るために完全に窓の外へ避難していても関係なかった。

 

 この列車の中にある金が全てお菓子に変換されるまで、この蛮行は終わらない!

 

「や、もうやめ、ぐえっ」

 

 旧ネビルが止めようとしても無駄だった。注文はキャンセル出来ない。これはホグワーツ特急の常識だ。

 

「お菓子をぉぉぉ!!食らえぇぇぇ!!」

 

 口の中に尋常ならざる量のお菓子を詰め込まれたネビル達が、意識を失う寸前まで、老婆の暴走は続いた。

 

 そして。

 

「──毎度あり」

 

 列車の内部をチョコレートで完全に塗装しきると老婆は姿を消した。

 

 吸魂鬼達は何事もなく内部へ戻り始めた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 子供達の何度上げたのか分からないチョコレートで枯れ切った悲鳴が再び響く。

 

「……全員の小遣いを消して無駄にチョコ塗れにしたじゃと……?もしかして悪戯の天才なのか?この闇の帝王を差し置いて?」

 

 チョコレートで復活した新ネビルは、偉人でも発見したような顔で旧ネビルの顔を見た。

 

「……ぼ、僕は…じゃなくて、闇の帝王さん。し、守護霊、今なら出せる?」

 

「どうじゃろなぁ、まだなんか足らんなぁ。ワシ、幸せとか分からんからなぁ」

 

 そう言う後ろでは、窓から吸魂鬼達が侵入し、子供達がまた襲われている。

 

「そ、そんな……」

 

「守護霊の呪文は、幸せな記憶とかを思い浮かべないと使えないんじゃなぁ!」

 

「じゃあ思い浮かべて!」

 

「はぁ〜、闇の帝王だと認めるなら思い浮かべてやっても良いんじゃがなぁ〜誰かいないかのぉ〜」

 

「……み、認める!すごい、闇の帝王!」

 

 旧ネビル少年が絶対に言いたくない言葉だった。

 

「本当か〜?本当に闇の帝王か〜?」

 

 背後でまた一人、また一人と子供が目の光を失っていく。

 

「あ、す、すごい!闇の帝王、さんだ!死んでなかった!闇の帝王!闇の帝王!」

 

「★何点じゃ?返答次第では殺す」

 

 その背後には吸魂鬼が浮かんでいる。

 

「──百万点!!百万点の帝王!!」

 

「おっふ、百万か、★百万点かぁ!!これは──エクスペクト・パトローナム!」

 

 純白の猫の守護霊が列車の廊下を駆け抜ける。

 

「──!!」

 

 その光を嫌った吸魂鬼達は今度こそ退散していった。

 

「ふっ、ワシの手柄じゃな。闇の帝王最高と言え!」

 

「や、闇の帝王……最高……」

 

 ネビルは最悪の気分だった。

 

 大切なペットで親友だった相手を自分で食べて失った上に、助けた相手は自称・闇の帝王だ。おまけにハーマイオニーを洗脳していた気がする。

 

 さらに人生で最も言いたくない類の言葉まで言わせてくる。

 

 これ以上状況が悪化することがあるのだろうか。

 

「さて、モブよ」

 

「僕は……僕はネビル・ロングボトムだよ」

 

「いいや、その役はこれで終わりじゃ」

 

「え──?」

 

 無言呪文で吊り上げられた旧ネビルは窓の外へ吹き飛ばされた。

 

 どうやら最悪より下があったらしい。

 

 列車は高い陸橋の上を進んでいたようで、上空に放り出されたように錯覚する。

 

 列車の外には当然、吸魂鬼の群れが待っていた。

 

「今日からワシがネビル・ロングボトムじゃ──」

 

 遠ざかって行く列車。彼が空中で聞き取れたのは、そんな台詞だった。



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16 ダフネ・グリーングラスと死に至る病

途中の長台詞は流し読みで構いませんので初登校です


 

 私は学校を卒業できるか分からない。

 別に頭が悪いからってわけじゃない。

 

 呪いだ。グリーングラス家は呪いで短命だから。

 私も、妹もいつまで生きていられるのか分からない。

 美人薄命といえば聞こえがいいかもしれないけど。

 

 私達が誇る純血には血の呪いが潜んでいる。

 治す方法はない。一族が血眼になって研究しても何一つとして掴めなかった。

 

 私が生まれる前に、クィーニーという名前の姉がいたらしい。でももういない。

 この間、お母様も亡くなった。

 

 私もどうせ死んでしまう。

 すぐ死んでしまうのになんで頑張らなきゃいけないんだろう。

 純血は素晴らしいことなのに、どうして私達のモノは死んでしまう血なんだろう。

 分からない。

 

 呪いを知った時は怖くて何日も泣いたけど、私は私から逃げられないって分かって、もう諦めた。

 

 みんなどうでもいいと思った。

 どうせ死ぬんだから。生きることなんて無意味だ。

 人は無意味に生まれて無意味に死んでいく。

 

 だから、私は自殺することにした。

 私の命は私のものだから、呪いにはあげないことにした。

 自分で殺せば最後まで自分のもので、グリーングラスの血を呪いに渡さなくて済む。

 

 全く無意味な生に、意義のある死を飾ろう。

 

 血に殉じて死ぬのだから、純血としてはきっと誇らしいことだろう。

 

 

 

 

 ──と、思ったのに。私は死ねなかった。

 

 ことあるごとに、妹に邪魔された。

 

 何するにも後ろについてくる妹だった、自殺しようと思うまでは別に気にならなかったような、相手だった。

 

 まるで私の考えが全部わかってるみたいに、

 

 首を吊っても。

 

「お姉様!死なないでぇぇ!!」

 

 すぐに見つけて降ろされる。

 

 飛び降りても。

 

「レビコーパス!浮きなさいよおぉぉ!!」

 

 謎の呪文で浮かされるし。

 

 手首を切っても。

 

「ヴァルネラ・サネントゥール!治れオラァァァ!!」

 

 治療されててベッドの上だ。

 

「お姉様は死にません!私が守りますから!!」

 

 何も知らない無邪気で優しい妹は邪魔だった。

 

「ダフネ、なんでも話してくれていいんだ。頼むから話してくれ。私達に出来ることなら何でもする」

 

 私のことを心配してくる家族も邪魔だった。

 

「心身ともに良好です、血の呪いの兆候も見られません。まだ絶望するようなことは決してありません」

 

 血の呪いを治せもしないのに、慰者の顔をしている奴らが邪魔だった。

 

 だから、私はホグワーツに行くことにした。

 

 今年のホグワーツは殺人鬼が脱獄していて、生き残った少年が狙われていて、吸魂鬼が山ほど警備してる。

 

 事故で死んでしまったとしても、おかしくない。

 

 何より、鬱陶しい妹から離れられる。

 

 これで心置きなく自殺する事ができる。

 

 純血として、何一つ穢されないままに。

 

 私が欲しいものは愛じゃなくて、死だ。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 列車の窓からは延々と続く辺境の景色が見える。

 

「ダフネ、生きてるー?」

 

 断りもなくコンパートメントに入ってきた誰かが言う。

 

「残念ながら」

 

 私の名前を知ってて、その声の相手は一人しか知らない。

 

「それ笑えなーい」

 

「本気だから……パンジー?」

 

 黒髪のボブカットは変わらなかったけれど、潰れたパグみたいな顔がマグルの映画に出てる子役みたいな、なんというか綺麗な顔になっていた。

 

「何?」

 

「魔法で顔を変えるなんて、自分の血を否定するようなものだと思わない?」

 

「ダフネみたいに頭硬くないしさー、私」

 

「5回も顔を変えるの硬いとか柔らかいとかじゃない」

 

 見るたびに顔が違う、なんの魔法を使ってるんだろうか。

 

「死にたがってるより健康的じゃない?」

 

「私は健全でいるために死を選ぶ」

 

「またそれ?」

 

「意味があるのは死だけ、どう終わるかが全て。物語は終わって初めて完成するでしょう?途中までしかなかったら最初からなかったのと変わらない。それと同じ」

 

「なんか小難しくてマグルみたい」

 

「……そう。魔法族は長生きだから死を意識することが少ない。死にたくないって必死になる時期には死なないし。それに、大体の病気は治せる……龍痘にでも感染しなければ。だから死は敵対者に齎される単純な結果としてしか意識されないし、死に関しての思考や思想を言葉で表したり記したりすることがない。出てくるのは死を秘宝で制するだとか、死を飛翔するだとかそんなものばかり。本当の意味で死を思ったことなんて魔法族にはないの。だからマグルみたいって指摘は正しい。彼らはすぐに死んでしまうし、病気も魔法で治せないからこそ、死について意識せざるを得ない」

 

「へぇ、そうなんだー」

 

「最初から理解してもらえるとは思ってない」

 

「それ私に言われてもねー」

 

「貴女の死は敵対者に齎されるものだから?」

 

 パンジーの家族は何者かに殺された。本人は誰なのか知ってるらしいけど頑なに言わない。

 

「そー。死ぬのが正しいとか、全然」

 

「その敵対者がいれば私も簡単に死ねる筈なのに」

 

「死の呪文を撃って下さいって?」

 

「できるならそれが一番いい。私が私の形を残したまま死ねるから。きっと死の呪文を考え出した人は死を迎えさせるために作ったんだと思う。もし敵対者としての死を元に呪文を作り上げたとしたら、形を残したまま傷もつけずに命だけを終わらせる呪文なんて作らないでしょう?死の呪文こそが私の想いを体現してるんだよ」

 

「そんなに好きなら自分で自分に撃てばー?」

 

「自分には撃てないの。杖が言うこと聞いてくれなくて」

 

「……闇の帝王って貴女みたいな奴がなるんだろうね」

 

「死は闇じゃない。忘れてはならないものであって──」

 

 

 

「──それは、メメント・モリね!」

 

 また許可してない来客だ。

 

 ブラウンの緩くカールした長い髪。

 自分への自信に満ちた表情。

 

 今度は全然知らない相手。私が知らないってことは、つまりは純血じゃないか……孤児か……それか或いは。

 

 まあ、私達の会話に断りもなく入ってくるのを考えると、世間知らずのマグル生まれで間違いない。

 

「ご機嫌よう。生憎、歓談中ですので改めて下さる?」

 

 何も知らなくても、こう言えば身分の違いを察してくれるはず。まともな教育を受けているのなら。

 

「…これは大変失礼致しました、私はハーマイオニー・グレンジャーと申します。純血の方とは存じ上げず、不躾な真似をしていました。魔法界に来てから程なく、無知に恥いるばかりです、どうかご容赦願います」

 

 そう言いながら、小さく腰を曲げてカーテシーをする。

 

 完璧とは言い難いけれど、マグル生まれにしては動きに迷いがない。さぞ厳しく教えられたのだろう。

 

「…マグル生まれの方でしたか。それでは無知でも礼儀知らずでも仕方ありませんね。私はダフネ・グリーングラス。グリーングラス家の長女です」

 

「私はパンジー・パーキンソン」

 

「…お二人とも聖28一族でしたか、これは大変な無礼を働いてしまったようです」

 

「マグル生まれの割によく知ってるじゃん。じゃーあー、私の親戚のパーセウスが何をしていた人なのかも答えられるー?」

「パンジー、やめなさい」

 

「1726年から1733年の間に魔法大臣をされていらっしゃった方でしょうか?」

 

「……そ、そー。それそれ。正解。正解」

 

 パンジーも知らなかったんじゃないのそれ。

 

 にしても200年前の事のことを聞くなんてかなり性格悪い。

 

「読めるものは全て暗記しているので。教科書も指定のものは全て暗記しましたし」

 

 ……何を言ってるんだろう、この子は。

 ホグワーツに来なくても一人で魔法使いになれそうな子は初めて見た。しかもマグル生まれなのに。

 

「それで、グレンジャーさん。先程の言葉はなんでしょうか?割り込む程の内容なのでしょうか?」

 

「ええ!こちらでまさか多少なりとも思想的な内容を含む会話が聞こえるとは思わなくてつい!」

 

「……?思想?」

 

「グリーングラスさん、貴女が語っていた内容は、メメント・モリという──まあラテン語で死を忘れることなかれと言う意味そのままなのですが──その言葉を思わせるお話が聞こえたので!」

 

「……それで?言葉の意味と使い方は違うのでしょう?」

 

「"明日は死んでしまうかも知れないのだから、今日を最大限に楽しんで生きよう"ということです」

 

 なんだそれは。

 

「……グレンジャーさん。私が考えていたこととはどうやら違うようです」

 

「ああ、なるほど。クリスチャンの信仰ですか」

 

「まるでさー、貴女は違うみたいじゃん」

「パンジー、純血としての自覚は言葉遣いからです」

「親見てるわけでもないのにー?」

 

「違いますよ、私は信仰ではなく科学を実践しているので!」

 

「科学……?」

 

 ああ、これがマグル生まれでたまに現れるという手合い。殆どはその知識の欠片しか持ち合わせていない連中ばかりだと言う。

 

「パーキンソンさん、魔法族は月に行けますか?」

 

「なんで月に行かなきゃいけないのー?」

 

 パンジーには何を言ってるのか分からないらしい。

 

「グリーングラスさん、空を、いいえ、そこから更に先の宇宙へ飛ぶ魔法はありますか?」

 

「……ありません。それどころか生身で浮かび上がるだけでも偉業になるでしょうね」

 

 だからある意味で死の飛翔は偉大なのだ。

 

 ……今思うと私の体を浮かせたアストリアの呪文は本当に得体が知れない。

 

「ええ!それも読んだので知ってます!対して科学は宇宙へ到達しているのです!」

 

「……?どゆことー?だからなんなの?」

 

「……グレンジャーさん、つまりは闇の帝王を凌駕する技を、科学とやらはマグルに与えていて、それは信仰されている神とは明確に異なるそれなのだとおっしゃるわけですね?」

 

「概ねご理解いただけて何よりです!ただ科学を作るのは人間ですし信仰するものではありませんが!」

 

 相手に理解されるつもりがない喋り方は少し腹が立つ。いや、かなり腹立たしい。

 

「一つ訂正しておきます、グレンジャーさん。私が話していた死に関しての内容は来世の話ではありません。生きることの無意味さと死に関してです」

 

「実存的ニヒリズムですね!なんて"近代的"な発想でしょう!グリーングラスさん!どうやら貴女は"幼年期の終わり"を迎え、"19世紀"に進みつつあるようですね!何が貴女をそこまで思考させたのですか?」

 

「……血の呪いをご存知で?」

 

「存じ上げませんが、少なくとも魔法族に死を意識させるほどに治療が困難であること、名称から感染する類ではなく特定の一族にかけられたものと推測できます。マグルで言う難病というものでしょうか。であれば、貴女の思考が年齢や魔法界を逸脱したとしても不思議ではありませんね」

 

 ……気味が悪い。同い年の子供が話してるとは思えない。前に会ったホグワーツの教授と話してる時と同じ感じがする。

 

「ただ……」

 

「ただ?」

 

「──私はニヒリズムに陥るのは結局のところ、青年期に至る過程でのありがちな精神状態に過ぎないのではないかと。あらゆるものを知覚したような万能感というものがなければ、"無意味"を"悟った"り出来ない筈です。知識は悟るものではなく、実証、実験、研究に積み上げられることによって築き上げられるものです。今や人間の思考や行動に対しての研究は神学の世界にはなく、脳内物質の作用、信号、認知機能の領域に進んでいます。そう言った成分によって説明される意識や認識に対して旧時代的なアプローチをすることは、顕微鏡で観察したり分析もせずに表面の色で判断しているようなものです。かつてアリストテレスは四大元素を用いて無限に関して考察していましたが、そもそも四つの元素など存在しておらず、デモクリトスが偶然に提唱した"原子"、あらゆる物質を構成する最小の物体の存在こそが正しかった。いえ、それすら正しくはありません。厳密には原子の中には素粒子があり、その素粒子すら粒子ではなく波の形質を兼ね、さらに素粒子や波は10次元の弦の振動が構成しているという説すらあります。いずれそれとも異なる理解や発展した研究が生まれていくことでしょう。科学は科学自体の限界を認めないことから、"悟り"や思考停止を超克することから始まるのです。はっきり言って限界を認識したという態度は"傲慢"なんです。我々の認識できる次元が時間までの4つに過ぎないとしても、それを探る手段はあるのですから。確かに、物事に意味性を与えているのは人間の認識に過ぎませんし、勿論、物理的に生命の誕生に意味というものは付帯していない可能性の方が高いでしょう。無意味である可能性の方が。ですが、我々の認識や知覚は本当に現実でしょうか?ああ、これはあくまで全てが虚で虚しいものであると言いたい訳ではなく、我々の認識している世界自体がそもそも何かしらの目的によって構成された、謂わば仮想空間のようなものだとして、我々がその中で制作された存在だとすれば、我々の存在や誕生に意味性や役割が最初から与えられているとも考えられます。皮肉にもこれは神の信仰にも近くなるでしょう。創造主の存在を認めることになるのですから。この説には反証可能性がないように思えますが、違います。それが魔法の存在です。魔法などという特定の呪文、謂わばプログラムコードと特定の動作を組み合わせないと機能しないモノなんて明らかに何者かの法則の設定と関与がなければあり得ません。法則なく音素と動作によって生じるなら、ありとあらゆる場所で不完全な魔法が発生しているでしょう。そんな世界で人間が今の形で進化するとは思いがたい。はっきり言って魔法は魔法族とっても、ある意味マグルにとっても都合が良過ぎます。言語学から言えば言語そのものに意味性は付帯していません。あくまで人間が表象したり意思の疎通のために用いているのです。ここでいう言語というのは音だけではなく、身振り手振りも含まれます。手話やジェスチャーです。つまりは、魔法とその言語が繋がっているのはあまりに不自然なのです。人間が現象に対して名前をつけているだけなのに、なぜ世界がそれに答えて現象を起こすのでしょうか?ああ、世界が応えるというのは魔法自体が個別に異なるものではなく手順と音素を守れば同じように使えてしまうからです。よって個人の中から現れている訳ではない。そして勿論、魔法が先に存在し、それを元に言語になったというのも考えられません。それはマグルが根拠です。マグルと魔法族で同じ言語を使っているにも関わらず、言語の元が魔法を指す言葉だったと考えるのは無理があります。マグルの方が圧倒的に人口が多いのですから、共通した言語として成立するには魔法族は少な過ぎます。やはり、その都合の良い"プログラム言語"を作り上げた何かが存在し魔法を管理しているか、自動的に管理させている可能性の方が高い。こういった魔法の不可解を科学が解明すれば、この世界の正体すら暴き出すでしょう。故に、私は言いましょう、ニヒリズムこそ無意味であると。グリーングラスさん、貴女はまだ何も解明していないのです。貴女のニヒリズムがなぜ19世紀の段階なのかお分かり頂けましたか?」

 

 訂正、あまりにも長い講義だ。こちらの理解しているものや常識なんてお構いなし。例の教授より酷い。

 

「……んん?んん?」

 

 パンジーは完全に停止していた。手だけが機械的に動いてお菓子を口に運んでいる。

 

「貴女……ポリジュース薬で化けているホグワーツの教授ではありませんか?」

 

 そうとしか思えない。話していることの殆どは聞いたこともないことばかりで正直理解できることじゃない。

 

「いいえ。でも自分自身が本当にハーマイオニー・グレンジャーなのか、11歳の子供なのかデカルトのように嗜み程度に疑う時もありますが。我思う故に我ありです。思考する私が存在するが故に私の存在は規定されています。それに、私は程度ではマグルの世界では大学生の足元にも及びませんよ。グリーングラスさん。それともホグワーツの教授のことを揶揄しているのでしょうか?」

 

 マグルはみんなこんな事を考えている……?そんな馬鹿な。

 

「……私の考えは理解できたということですか?」

 

「ええ!思考自体の構造は理解できます!まあ、思考を止める理由はなんらありませんが!」

 

「呪いで死ぬって分かってても?」

 

「その呪いを解けないというのが思考停止です!貴女たちの信仰で言うならば──『コリント人への手紙15章26節』──"最後の敵なる死もまた亡ぼされん"です」

 

「その言葉は……」

 

 捉えようによっては死を飛翔しようとした者の思想と変わらない。

 

「死後に生きる?人を悼む?そんな言葉ではありません。これは死への宣戦布告なのです。"終末において救世主は全ての権力と権威を討ち滅ぼし、あらゆる敵をその足元へ置く。その中ですら死は支配されず、滅ぼされる"──でしょう?私の仮説が正しく、創造主が存在するのなら、死を滅ぼす者こそ逆説的に救世主であり全てを支配する者ということです」

 

「……なら、貴女が次の闇の帝王という事ですか?」

 

「科学は光ですよ。なるとしたら闇を照らす新地平の太陽の帝王です。私があらゆる病をこの世から消し去るのですよ」

 

 一つ言えることは、多分この子は狂っている。

 

「……出来もしないことを」

 

「ええ、必ずしも病気が悪いとはアリストテレスは言いませんでした。ですがマグルの古い哲学より魔法の解明へ漕ぎ出すことが幸せの秩序です」

 

「っ、グリーングラスが何年研究していると思って」

 

「吸魂鬼だってです!子供達たちの悲鳴やお小遣いに合わせて溶けかけのチョコレートが吹き出してくる様は圧巻で、まるでスティーブン・キングのB級映画なんですよ!これが!スタンドバイミーの作家惨殺シーンや一億総マグルのホグワーツ卒業を私が許さないことくらい、オセアニアじゃあ常識なんですよ!」

 

「……は?」

 

 熱弁する姿はまるで正気に見える。けれど先ほどまで感じられた言葉の繋がりが急になくなったような。いや、私に意味がわからないだけでなにか意味が……?

 

「ネビルよ!青空に向かって凱旋だ!絢爛たる寒気は車窓をくぐり、周波数を同じくする半妖精と混ざり物は先鋒をつかさどれ!200年前の賞味期限を気にする無頼の車内販売は急行列車の空路にさながらシミとなってはばかることはない!思い知るがいい!ハロウィン達の心臓を!さぁ!この祭典こそ内なる6年生が決めた遙かなるパンチ望遠鏡!」

 

 もう私達すら見ていない。

 

「進め!集まれ!私こそが!闇の帝王!すぐだ!すぐにもだ!私を迎えいれるのだ!」

 

 そして、叫びながらコンパートメントから駆け出して行った。

 

「穢れた血って怖〜……」

 

 唖然としていた私の後ろで、パンジーが呟いた。

 

「最初からデタラメだったということ……?それともあのわけの分からない言葉にも意味が?……考えすぎ──」

 

 そして、悲鳴が響いた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……う、う」

 

 気がつくと室内はチョコレート塗れになっていた。

 

 パンジーも倒れている。

 

 窓の外には吸魂鬼が佇んでいる。

 

 死だ。私の求めていたものだ。

 

「……吸魂鬼……私を殺して……早く……そうじゃないと」

 

 今更可能性があるなんて思いたくない。

 

 裏切られる希望に縋って生きていかなきゃならないなんて、いつ死ぬか分からないなんてそんなのは嫌だ。

 

「──」

 

 吸魂鬼がゆっくり覆い被さってくる。

 

 良かった、これで私の希望は叶う──

 

「──(最悪の出来栄え、生産者は職を失え)」

 

 耳元でそんな声が聞こえた。

 

「……殺してくれないの?」

 

「──(甘み少なく食欲奪う。囚人同様ありきたりの感情)」

 

 吸魂鬼は離れていく。

 

「わ、私の感情がありきたり……!?」

 

「──(気分が悪い。早く別の魂でうがいをしなければ)」

 

 窓の外へ飛んでいこうとする。

 

「ま、待ちなさい!私を殺すために来たんでしょう!早く殺せ!殺しなさい!!」

 

 それにしがみついて引き止めるも、吸魂鬼は私を簡単に振り払った。

 

「……何がありきたりだ……万能感だ……何が死の超克だ……何がオセアニアだ……」

 

 殺せ、殺せ、殺してくれ。

 

「私の願いを叶えないなら……死ね──!アバダ・ケダブラァァァ!」

 

 緑の光線が吸魂鬼を穿ち、緑色の炎で包んだ。

 

「これなら殺す気になるでしょう!ほら!早く殺し──」

 

「──(不死に対して死の呪文とは愚か。不死ならざる者が死を望む滑稽)」

 

 緑の炎すら些細な火の粉のように払われて消える。

 

「不死……?」

 

「──(我らは理性なく死を与える者にあらず。無知な子供よ、精々その無意味な生を全うすることだ)」

 

 吸魂鬼は飛び去った。

 

「……私が……ありきたり……私の死が子供の戯言……?そんなわけない……そんなわけが……」

 

 それじゃあ、私の名誉ある死は……?

 

 それが思考停止した現実逃避なら、私の尊厳は……?

 

 私が無知だと言うのなら、これまで私は何を分かったつもりで言って……?

 

 いや、やめよう。他のコンパートからも悲鳴は聴こえていた、なら、別の吸魂鬼なら、私を殺してくれるかもしれない。

 

 立ち上がって廊下に出る。

 

 吸魂鬼達がこちらを見る、けれど歩み寄っても避けられてしまう。

 

 子供達の魂を吸ってる連中でさえ、私が近づくと嫌そうにする。

 

 挙句、どいつもこいつも私を避けて、道を開けているような風景になる。

 

「何なの?何で?何で殺さないの?私は死を望んでるんだよ?貴方達は殺すためにいるんじゃないの?」

 

「──(否、我々は殺さない。殺さない程度に吸う、そういう決まり──)」

 

「巫山戯るな怪物が!言う通りに殺せばいいだけなのに何故それができ──」

 

 

 

「──吸魂鬼を手引きしたのは君か?」

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……は?」

 

 立っていたのは、全身チョコレートに塗れた禿げ頭の男。

 

「死を望むだとか、殺せだとか。吸魂鬼に命令しているように見えたのでね」

 

「そうだと言ったら、殺しますか?──クィレル先生?」

 

 私が苦手なホグワーツの教授だ。

 

「お優しいアストリア君と違って君は将来有望な闇の魔術師らしい。自殺のために列車ごと襲わせるとはね」

 

「……そうならば、私は死に値するでしょう?」

 

 本当は全く知らないけれど、この際もう何でもいい。とにかく死にたい。

 

「私は……そう。みんな一緒に死ねば良いと思うんです。死こそが誰にも平等なもの。素晴らしき死を皆に与える私こそ、蘇った闇の帝王なのです」

 

「闇の帝王か……なるほど」

 

「そうです」

 

「……はあ。グリーングラス。この世には下らないものがいくつもあるが、その中でも目立つのが三つほどある。クディッチ、予言者新聞、そして闇の帝王だ」

 

「…え」

 

「闇の帝王と名乗るものがどんな存在か教えてやろう、グリーングラス──自らの能力も、現実も知らない愚か者の事を言うのだよ」

 

「……わ、私は……無知じゃない……違う……」

 

「己の無知を認めることが出来ないところまで闇の帝王を真似ているのか?それならば相当に出来がいいな、グリーングラス」

 

「……わ、わた、私は」

 

「闇の帝王というだけで死に値するが、残念ながら今の私は君らの家庭教師ではなく、ホグワーツの教員なのでね。子供達の救出と事態の収拾に努めなければならない」

 

「なら私がアバダ──」

 

「レビコーパス」

 

「あぇっ」

 

 視界が逆転して体は浮かび、宙吊りになる。

 

「アクシオ」

 

 杖すら取り上げられた。

 

「アストリア君の呪文も便利なものだ。どうだ?飛翔した気分は。闇の帝王気分が味わえるだろう」

「お、下ろし、やめ!」

 

「本当に吸魂鬼を呼び出したのかはともかく、君が近づくと避けていくようだからな。吸魂鬼避けに使わせてもらうよ。生憎守護霊は使えないのでね」

 

「離しなさい!殺しなさい!こんな無様な状態で生きていたくない!殺せぇぇ!」

 

「死にたがりの生きた守護霊か、面白い奴だな君は」

 

「ぁぁあああ!!私を殺せぇぇ!!」

 

 吸魂鬼達は顔を見合わせると、一斉に別の車両へ向かっていった。

 

「素晴らしい。気迫で吸魂鬼を退けるとは、さあ、行こう。他の車両の子供達も待っている」

 

「こ、このまま他の車両へ!?」

 

「ああ、そうだ。どうせ例の下らない思想を吸魂鬼どもに否定されて荒れているのだろう。この際だ。君はきちんと己の無知や負けることを知った方がいい」

 

「い、いや!やめなさい!いやぁぁぁ!!」

 

「ふははっ!私の前で闇の帝王を名乗ったことを後悔するといい!」

 

 私は欲しいのは死だ!断じて恥なんかじゃない!

 

 だけどまず死ぬ前にやるべきことが出来た!グレンジャーも、吸魂鬼も、教授も!絶対に分からせてやる!

 

 私の考える死が正しいってことを!



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17 ハーマイオニー・グレンジャーと11次元宇宙の使者

 

「こんにちは、ハーマイオニー・グレンジャー」

 

 ホグワーツ急行の廊下、ハーマイオニーは一瞬鏡でも見ているのかと錯覚した。

 

「どういう魔法?」

 

 挨拶をして来たのは自分そっくりそのままの顔で、髪で、同じ服を来た──自分そのものだった。

 

「魔法は使ってないわ!私は別の時間軸から来ただけ!こんにちは過去の私!」

 

「……時間軸?魔法ってタイムマシンも作れるの?」

 

「いいえ!作れないわ!この世界に於いて主観的に時間移動を可能にする魔法や装置は存在しないわ!タイムターナーは使用可能性がある存在を事前に複製してあたかも時間遡行して存在しているようにみせかけているのよ!」

 

「……全然分からないんだけど……じゃあ何で貴女はここにいるの?」

 

「11次元とこの世界の解明の為に、タイムターナーを分解したの!そうしたら私が時間軸に偏在するようになっちゃった!もう戻らないわ!」

 

「……私が無数に存在してるってこと?」

 

「そう!ハーマイオニーグレンジャーが存在する可能性が高い場所には私達が現れるってこと!今の時間軸だと列車内でネビルの蛙を探してる私が何人も居るはずよ!」

 

「……いつまで居るの?」

 

「一定周期!特定のハーマイオニー・グレンジャーが関わる可能性の高い出来事が片付くまで!」

 

「関わることがまるで最初から決まってるみたいな言い」

 

「そう!この世界にはダイアグラムがあるの!起こることはある程度決まっているわけ!だからその決まっている出来事、イベントに対して私達は自動的に存在するの!」

 

「……その、"イベント"が終わったら?」

 

「消えるわ!」

 

「死ぬってこと?」

 

「爆散して、別の時間軸に飛ぶわ!」

 

「重要なことを勝手にされて、勝手に消えて、しかも私は知らないまま……凄く迷惑ね」

 

「ええ!余計なことは知らない方がいいわ!無数に存在する私達の認識や経験を受け取った私は皆、頭おかしくなったから!」

 

「目的は?」

 

「それぞれ!正しいことをする私!間違ったことをする私!時間軸の研究をする私!ロンのストーカー!いろいろよ!」

 

「スト……いえ、貴女は何をする私なの?」

 

「私に状況を説明する私!」

 

「だから親切なのね」

 

「そう!知ってくれればタイムターナーを分解しようとしないかも知れないし!」

 

「……よく分からない道具は分解しないことにするわ」

 

「そうしてくれると助かるわ!永遠に彷徨い続けるのって結構気が滅」

 

 説明者ハーマイオニーは爆散して七色のカラフルな肉片になった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「え」

 

「こんにちは!私はオリジナルの私を抹殺する私よ!それじゃ!ボンバータ・マキシマ!」

 

「──っ!」

 

 オリジナル・ハーマイオニーは咄嗟に杖の射線上へ虹色の肉片になった説明者ハーマイオニーの破片を投げ、走った先でコンパートメントへ転がり込む。

 

「こんにちは!私はハーマイオニー!貴女は何をする私?」

 

 室内ではお菓子を貪り食っているハーマイオニーが3人程いた。

 

「わ、私を殺す私がいるの!助けて!」

 

「私を殺す私に私が殺される!?」

「む、無理よ!私はお菓子を無限に食べる私だもの!」

「私だってイベントをサボる私だし!」

 

「そのお菓子を寄こしなさい!」

「あっ!私の蛙チョコ!」

 

「──ボンバータ・マキシマァァ!!」

 

 コンパートメントの扉が爆散する。

 

「こんにちは!オリジナルの私を殺す私よ!私に殺される私はどこ?」

 

 押し入って来た殺戮者ハーマイオニーが問う。

 

「そいつよ!そいつがオリジナル!」

 

 お菓子を奪ったオリジナル・ハーマイオニーはお菓子喰らいハーマイオニーを指差した。

 

「え!?私が私を殺す私に殺される私なの!?」

 

「分かったわ!ありがとう私!ボンバータ・マキシマ!」

 

 お菓子喰らいハーマイオニーは虹色の肉片になって飛び散った。

 

「やった!オリジナルを殺したわ!」

 

「そう──ボンバータ・マキシマ!」

 

「え──?」

 

 殺戮者ハーマイオニーも虹色に爆散した。

 

「っ、は、はぁ、何度も、…つ、使い方と詠唱を見せたのは間違いね……おえっ」

 

 罪悪感に思わず吐き気を催すオリジナル。

 

「ひゃあ!私殺し!」

「私を殺す私を殺した私だ!私を殺す私を殺した私に私も殺されるわ!」

 

「…き、危害を加えないなら殺したりしないわ──」

 

 他のコンパートメントから子供の悲鳴が響く。

 

「……な、なんなの?」

 

「え、なんで!?ダイアグラムじゃ今は来ないはずなのに!」

 

「何が?」

 

「イベントサボってるから私も知らないわ!」

「吸魂鬼よ!」

 

「──」

 

 言うが早いか、窓から吸魂鬼達が殺到した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「ボンバータ・マキシマ!」

 

 オリジナルハーマイオニーは爆散呪文を駆使し、チョコレート塗れの列車にひしめく吸魂鬼の群れの中を駆けていく。

 

「終わりよ!吸魂鬼に魂を吸われる私なんだわ!」

 

「イベントに参加なんかしたくないのに!」

 

 騒ぐだけのハーマイオニー、イベントをサボるハーマイオニーがその後に続く。

 

「先生がいる列車に行けば何とかなるでしょ!」

 

「でもこんなイベント知らないしぃ!」

 

 そもそも何のイベントも知らないハーマイオニーが言う。

 

「何も分からないまま終わるんだわ!」

 

 そして騒ぐだけのハーマイオニーは嘆くだけだった。

 

「貴女達永遠に彷徨ってる間何してたのよ!もっと何かしなかったの!?無限に可能性があるんじゃないの!?──ボンバータ・マキシマ!」

 

 廊下のあらゆるものを爆破し、吸魂鬼が爆散する物を避けた隙間を駆けながら問う。

 

「な、何にもならなければ何にでもなれるって可能性があるし!何もしなければ!」

「無限の可能性!?無理よ!私には何もできないのよ!」

 

 彼女達は無数にいるハーマイオニーの中でも選りすぐりの役立たずだった。

 

「貴女達マーリンの猿股ね!マー猿だわ!」

 

「私そんな言葉聞いたことないわ!」

「ああ!スラングを知らないと笑い物だわ!消しゴムだと思ったらコン」

 

「とにかくクソの役にも立たないってことよ!」

 

「役に立つ私を探せばいいじゃない!私は降りる!死んで別の時間軸に行くわ!」

「サボる私、吸魂鬼に吸われても死なないわ!廃人になるだけ!次の時間軸でも治らないの!」

「撤回!撤回だわ!次をサボる為に今は生き残るわ!」

 

「あぁもう!何か吸魂鬼に効くものは!」

 

「知らないわ!吸魂鬼なんて初めてだもの!」

「守護霊の呪文なんて使えないわ!」

 

「──こんにちは!私は靴下愛好家の」

「ボンバータ・マキシマ!」

 

 オリジナルの目の前に出現した靴下愛好家ハーマイオニーは虹色に爆散した。

 

「あっ」

 

 反射的に撃ってしまったことを彼女は後悔した。

 

「ああ!靴下愛好家の私が死んだわ!」

「でも知らない靴下愛好家だわ!」

 

「わ、私だって殺すつもりじゃ……あっ」

 

 オリジナルは躓き、転びかける。

 

「──」

 

 その隙へ吸魂鬼達が迫る──

 

「ぼ、ボンバータ・マキシマぁぁ!!」

 

 ──が、投げ込まれた虹色の肉片が爆裂し、吸魂鬼を退ける。

 

「た、助けてくれたの?」

 

 虹色の液体で汚れた顔で問いかけるオリジナルハーマイオニー。

 

「オリジナルが死んだ世界なんて私、知らないわ!」

「サボる私!普通にそれなりにあるわ!」

「え!?じゃあ助けなくて良かったじゃない!」

「でもオリジナルいなかったら私達廃人コースよ!」

「じゃあ助けるしかないじゃない!」

 

「……取り敢えずありがとう。早く先生を見つけないと──」

 

 別の車両へ続く扉を開く──

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「殺せぇぇ!!私を殺しなさい!!」

 

「精々恥を晒すことだグリーングラス。君の希望を叶える者は誰一人としていないよ」

 

 宙吊りのまま叫ぶ女生徒と、杖を向けて浮かべている禿頭の男。

 

 ハーマイオニーに見える限り、吸魂鬼は廊下には居ない。窓の外には漂っているが何故か入ってこない。

 

 オリジナルハーマイオニーには、男の方は状況からしても、如何にも闇の魔術師と言った気配からしても、この事件の黒幕のように見えた。

 

「そ、その子を離しなさい!」

 

「……グレンジャーさんが…三人も!?」

 

 ダフネには、あの気味の悪い相手が三倍もいるなんて悪夢としか思えなかった。

 

「自力でここまで来たのか?君は……ハーマイオニー・ジーン・グレンジャーだね。三つ子とは知らなかったが……」

 

「とにかくその子を!」

 

「悪いがそう言うわけにはいかない。これは彼女のためでもあるんだ」

「何が私のためだ!」

 

「わ、私は爆砕呪文を使える!その子を離さないなら、容赦なく──」

「エクスペリアームス。アクシオ」

「──!?」

 

 オリジナル・ハーマイオニーは杖を没収された。

 

「私を殺す私の杖が!終わりだわ!」

「私、そんな魔法知らないわ!」

 

「……三つ子ではなく、分身の類いか?まさかマホウトコロではなくこちらで見るとはね」

 

「あ!そうだ!ここは私に任せて!」

 

 何を思いついたのか、サボるハーマイオニーが二人のハーマイオニーに言う。

 

「だ、だめよ私!クィレルには多分闇の」

「ちょっ、ちょっと!何を勝手に」

 

 二人のハーマイオニーの抗議を無視し、サボタージュ・ハーマイオニーがクィレルに近付く。

 

「何の警戒も無しに近づいて来るとは。一見愚かだが実のところそれが正しい。全ては誤解なのだからな。さて、冷静な会話をしようでは──」

 

「──私を殺して欲しいの!」

 

 サボるハーマイオニーはこの時間軸からの手っ取り早い脱出方法を見つけた。

 

「何なんだ君らの年頃は。流行っているのか?」

「ほら!私間違ってない!死を望む人いる!」

 

 ダフネは仲間を見つけたような気分だった。

 

 少し前までハーマイオニーに自分の思想を思い知らせようとしていた彼女は死んだらしい。

 

「この時間軸から脱出する為には、死ぬ必要があるの!死ねば別の時間軸で再構成されるから!」

 

「グリーングラス。彼女の言うことが君と同じ思想だと?」

「違う……私の仲間じゃない……」

 

「貴女は私じゃないもの!私は私達だけだから!」

 

「──エクスペリアームス!」

 

「おっと」

「ぐぇっ」

 

 赤い閃光が、クィレルの持っていた杖を弾き飛ばす。

 レビコーパスが解かれ、ダフネが落下する。

 

「中々の腕前だ。誰から習ったのかな──グレンジャー君」

 

「教科書を読んだのよ」

 

 騒ぐだけのハーマイオニーから奪った杖を構えるオリジナル・ハーマイオニー。

 

「や、やめなさい、勝てないわ!私達と違って死んだら本当に死んじゃうのよ!?」

 

「当たり前じゃない。人生は一度きり、無限の可能性なんてないのよ」

 

 後ろに隠れる騒ぐだけのハーマイオニーに、オリジナルは呟く。

 

「……素晴らしい勇気と行動力だ。グレンジャー。だが君は決定的に間違っている」

 

「何が──」

 

「私を解放してくれてありがとうグレンジャー!」

 

 クィレルの杖を拾ったダフネが猟奇的な笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「さあ!正しい貴女に選択問題の時間だ!今ここで私を殺さなければ私はこのグレンジャーさんを殺す!!さあ!どうする!!貴女が武装解除を唱えるより早く私は死の呪文を撃てる!!」

「捕まったわ!なんか知らない子に捕まったわ!私、こんな展開知らないわ!」

 

 ダフネに拘束されたサボるハーマイオニー。

 

「はぁ!?どういうことなの!?」

 

「だから彼女のためだと言ったのだよ。彼女の暴走を食い止めていたのは私なのだから」

 

 わざとらしく肩をすくめるクィレル。

 

「え!?じゃあ吸魂鬼を呼び出したのも!?」

 

「そう!私こそが闇の帝王だ!死を振り撒くこのダフネ・グリーングラスこそが!」

「違う」

「闇の帝王の私以外に闇の帝王が居たの!?そんなの知らないわ!」

 

 ダフネは肯定し、クィレルが否定し、サボタージュは本物の闇の帝王を知らなかった。

 

「分からないけど、とにかくその子も悪い奴ってことね」

 

「私!私のことは気にしなくていいから!助けなくて良いから!」

 

 よくある台詞だが、サボるハーマイオニーは心の底から助けられたくないだけだった。

 

「賢い貴女なら正しい選択ができる筈、さあ、グレンジャーさん!正しいことをしなさい!」

 

 ダフネはとにかく殺されたかった。

 

「……私は……」

 

 オリジナルハーマイオニーの脳内で、サボタージュ・ハーマイオニーとの会話やこれまでの短い間のやり取りが走馬灯のように駆け巡る。

 

『知らないわ!』

『そんなの知らない!』

『何もしなければ無限の可能性があるもの!だから何もしないの!』

『こんにちは!私は靴下愛好会の』

 

 "あれ?別に見殺しにしても良いんじゃない?"

 

 頭の中ではそう言う声が大多数を占めていたが、一度助けられた以上、流石にそれは正義じゃないだろうと言う採決が脳内で下された。

 

 何より。"ここで誰かを助けないハーマイオニー"が、ハーマイオニー・グレンジャーであるものかと、心の底から強い意志が叫んでいた。

 

「私は、助ける」

「助けなくていいのに!」

 

「そう!ならば私の言う通りの呪文を唱えなさい、アバダ・ケダブラと──」

 

 高らかに唱えたダフネが握る杖から、緑色の閃光が飛び出し──

 

「えっ、こんなの知らな──」

 

 サボるハーマイオニーは虹色の肉片になって爆散し、クィレルの杖は暴走した魔法の反動で折れた。

 

「な、何も知らない私が死んだわ!」

 

「う、うそ、わた、私、殺すつもりなんか……全然っ、なかったのに……おぇ」

 

 カラフルでファンシーな虹色の肉片と血液に塗れ、崩れ落ちるダフネ。

 

「君の年頃で死の呪文を、しかも他人の杖で制御できるとでも?」

 

「わ、私が殺した…….グレンジャーさんを……私が……」

 

 狼狽するダフネから折れた杖を取り上げるクィレル。

 

「……グレンジャー。飛び散ったのは単なる分身の君で間違い無いな?」

 

「それは」

「……厳密には別の時間軸の私だから分身じゃない……と思う……」

 

 騒ぐだけのハーマイオニーがうっかり答える。

 

「私が、人を、殺、殺し…あぁぁ!!」

 

 ダフネは罪悪感に潰される寸前だった。

 

「時には嘘も必要だと理解したまえグレンジャー。グリーングラスが可哀想だとは思わないのか?」

 

「私が悪いの……?なんで……?」

 

 騒ぐだけのハーマイオニーには理解できなかった。無限の時間軸と永遠がある彼女達には例え人を殺したとしても多元宇宙での些細な出来事でしかないのだ。

 

「……よく覚えておきます」

 

 オリジナルハーマイオニーは正直なところ自業自得のように思えたが、そう言う場合もあるということだけは記憶しておくことにした。

 

「まあ、死の呪文の危険性を理解するには良い薬ではあるがな。これでもう死がどうこうとは容易に言えんだろう」

 

「……えっと、その。クィレル……先生?」

 

 奇妙な雰囲気の中、オリジナルハーマイオニーは相手が恐らく教員で、首謀者ではないと察して問いかける。

 

「なんだね」

 

「先生が吸魂鬼を操っているわけじゃ、ないんですか?」

 

「できたらこれ以上楽なことはないんだがね。私には不可能だよ」

 

「……出来る存在に心当たりが?」

 

「彼女を見つけて止めてもらう他ないだろうな──もっとも、我々が無事にここから脱出できたら、と言う前提があるが」

 

「──」

 

 これまで窓の外にいた吸魂鬼達が静かに車両へ侵入し始めていた。

 

「喜べグリーングラス。連中は今の君の感情は品評に値すると認めたらしい」

 

「わ、私が……私の……」

 

「勇気あるグレンジャー。グリーングラスを守りながら、"彼女"を見つけ、吸魂鬼を止めるよう頼んで来てくれ。黒にも銀にも見える奇妙な髪と瞳だ、見れば分かる」

 

 クィレルはアクシオで奪い取ったハーマイオニー達の杖を無言呪文で飛ばし、彼女達へ返す。

 

「先生は?」

 

「二手に分かれる。私はあちらの車両を探す。君らは後ろの車両へ向かってくれ。どうせ守護霊が使えないのは私も君も変わらない。ああ、他の教員の手助けを期待しない方がいい。私のような物好きを除けば、列車に乗るのは姿現しの免許が取れないような人種だけだ。殆どいないだろう」

 

「その折れた杖で、ですか?」

 

 クィレルが握る折れた杖を見て、まともに魔法が使えるとは思えなかったハーマイオニー。

 

「大人の魔法使いは杖が折れていても問題ないのだよ。行け」

 

「…分かりました。ほら!立って!」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、グレンジャーさん私は……」

 

「あー、大丈夫、大丈夫だから、ほら立って?」

 

「ぅぅぅ、あぁぁ」

 

「駄目ね!オブリビエイトでも使った方がいいわ!」

 

「私が腕の方持つから、足の方持って!」

「魔法使いなら魔法使うべきよ!」

「人を浮かべる呪文なんて──あ!先生!さっき使ってたのって」

 

「呪文はレビコーパス!杖の振り方はこうだ!さっさと行け!」

 

「ありがとうございます!レビコーパス!!」

 

「ぅ、うぅ」

 

 ダフネはまた空中で逆さ吊りになった。

 

「なんか可哀想!酷い呪文ね!」

「今は仕方ないでしょ!早く見つけなきゃ!」

 

 二人のハーマイオニーはダフネを宙にぶら下げたまま、自分達が元々居た車両へ戻って行った。

 

「……さて。吸魂鬼の諸君。今日は君達のために闇の魔術に対する防衛術の特別講義を開講しようか」

 

 彼女達が出て行ったのを見送ったクィレルは折れた杖を構えて淡々と言い放った。



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18 ハリー・ポッターと攻撃的な密航者

久々の原作主人公なので初登校です


 

「──っ!?」

 

 ハリーが意識を取り戻すと、コンパートメントはチョコレートに塗れてカカオの匂いが漂っていた。

 

「ロン!!」

 

 そして目の前には意識のない友人が。

 

 自分の心配よりも先に倒れている友人に気が向くあたり、彼は自分で思っているよりもルーク・スカイウォーカー的らしい。

 

「……」

 

 しかし、ロンの反応はない。

 ハリーが彼の口元に手のひらを当てると、微かな呼気があり少なくとも生存していることだけは分かった。

 

 彼の記憶にあるのは子供達の悲鳴と、吸魂鬼が現れたという言葉。

 

 自分が意識を失った理由までは定かではないが、状況的には襲われた後ということまでは彼にも分かった。

 

 目の前のロンを助けるにはどうするべきか。

 

 彼はダンブルドアから教わった対処法を思い出す。

 

『吸魂鬼への対処はチョコレートを摂取すれば良いのじゃ。甘い物は全てを解決する』

 

 ──というハロウィン的な回答だったが、どうしてそうなったかはともかく、辺り一面がチョコ塗れになっていることと、自分が意識を取り戻したことを考えると、あの老人の言っていることは正しいらしい。

 

 新大陸が発見され、カカオがスペインに持ち込まれる前まで、アステカの人々以外は一体どうやって対処していたのかハリーは質問したが、ダンブルドアの解答は

 

『マグルのチョコレートの起源は"ケツァルコアトル"と名乗り、アステカのマグル相手に神のフリをしていた魔法使いの変人じゃ。魔法界では、チョコは遥か昔からあった。魔法族から見れば、マグルは車輪を再発明したに過ぎぬ』

 

 タイムマシンや紀元前から営業している靴下屋が存在するのだから、メキシコの神が魔法族でもハリーは今更気にしなかった。

 

『主に承認欲求を満たす為にカカオ豆とトウモロコシの使い道を教えたのじゃな。魔法界で認められなかった者の末路じゃ』

 

 どちらかと言うとマグルの文明が変人の承認欲求で築かれたことの方が恐ろしかった。

 

 閑話休題。

 

 お菓子やチョコレートは食べきれない程買ってしまった物がある。それに、(この状況で来るのは分からないが)車内販売の魔女を呼び出せば──

 

 と、ハリーが探ったポケットの金貨は一枚も残っていなかった。それどころか買った筈のお菓子まで見当たらない。

 

 それならばと、検知不可能拡大呪文の掛けられたトランクケース──暴れ回る棍棒や不可解な靴下を運ぶ為にやむ終えず購入した──を見ると何故か鍵が掛かっていない。

 

「……?」

 

 明らかに不自然な状況に、慎重にケースを開く。

 

「あ」

 

 トランクの内部──拡張された部屋のような空間の中──で、ハリーの買った筈のお菓子を食べていたのは、ホグワーツのローブを纏った童女二人。

 

「え?」

 

 一人はライオンの被り物をした全体的に色素の薄い金髪。もう一人は真っ白な髪に緑色の瞳。

 

「……誰?」

 

 ハリーと目があったライオンの被り物の少女は、まるで自分の家に見知らぬ人が入ってきたような顔で尋ねた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「君達こそ誰なんだ……」

 

 カバンの中の部屋に入ったハリーは散らかった室内を眺め、まだ魔法界を甘く見ていたと認識を改めた。

 

「カバンの妖精だもん」

「え……?」

 

 真っ白な方の童女がカバンの妖精の発言に驚いたように見る。

 

「か、カバンの妖精だもん!」

 

 後から合わせるように白い方の童女が言う。

 

「妖精付きのカバンなんて買った覚えは」

 

「私達はカバンの中の平和を守ってるんだもん」

「そ、そうです!だから見なかったことにして欲しいのです!」

 

 ハリーは魔法界のカバンはそういうものなのかと思いそうになった。

 

「じゃあ、なんでホグワーツのローブ着てるの?ホグワーツの生徒は一応ヒトしかいないって聞いたんだけど」

 

「……?」

 

 ライオンの被り物の少女が自分の服を見る。

 

「しまった……!」

 

 語るに落ちた。

 

「どうしようルーナちゃん!潜入失敗だよ!」

 

 真っ白な方の童女の口からもボロが出てきた。

 

「ルーナ……君はもしかして」

 

「……バレちゃ仕方ないね。私はルーナ・ラヴグッド。ザ・クィブラーの編集長!そしてこの子は助手のアストリア!」

「アストリア・グリーングラス……です」

 

「……クィブラーって、僕とドロシーが結婚するって書いてた──」

 

「あんた、ハリー・ポッター?」

「ルーナちゃん多分そうだよ!眼鏡だし!」

 

「眼鏡…まあそうだけど……なんで僕の鞄の中にいるの?」

 

「今年のホグワーツを最前線で取材するんだ。でもまだ入学できる歳じゃないから、キングスクロス駅であんたのカバンの中に忍び込んだの」

「私はルーナちゃんと、病気のお姉様を助けるためです!」

 

「お菓子は?」

 

「お菓子が私の口に入りたいって言ったんだもん」

「私達、忍び込むために親の監視を抜けてきたので何も食べてなかったんです……それでカバンの外の様子を見たらお菓子が見えたので……」

 

「……だいたいわかったよ。吸魂鬼に襲われた友達がいて、チョコレートがいるんだ。残ってるお菓子を返してくれないかな?」

 

「私達がここにいることを見逃してくれるなら、いいよ」

「ルーナちゃん、流石に図々しいよ……お兄さんだって、勝手に入った私達をそんな簡単に許したりしないよ……あぁ、お姉様。ごめんなさい。アストリアはお姉様を助けられそうにありません……私にできることなら何でもします……どなたか助けを…」

 

「ああもう、別に居てもいいよ。追い出したら僕が悪者みたいじゃないか」

 

「交渉成立ですか?ありがとうございます!あ!ハリー様って呼んでもいいですか?私、ファンなんです!ハリー・ポッターってあのハリー・ポッターですよね!凄い!本物初めて見ました!クオリティ高いですね!どう見てもハリー・ポッターって感じです!」

 

「え、ちょっ」

 

 アストリアは全力で媚びてハリーに擦り寄る。切り替えの速さが尋常ではなかった。

 

「アストリア、待って。その前にこの眼鏡が本当にハリー・ポッターかどうか確かめた方がいいよ」

 

 ルーナは全力で媚びるアストリアを引き剥がしながらハリーを指さす。

 

「ハリー・ポッター詐欺かも知れない……!」

「え?本物じゃないんですか?嘘ついたんですか?」

 

「……僕に偽物とかいるの?」

 

 有名人や物語の主人公には偽物は付き物だが、ハリーは自分にもいるとは思いもしなかった。

 

「あんたが本当にハリー・ポッターならお尻に"稲妻形の蒙古斑"がある筈」

 

「傷なら頭に……いや蒙古斑って?」

 

「アジア人に現れる蒼きアンゴルモアの紋章だもん」

 

 知らない方がおかしいとでも言いたげなルーナ。

 

「僕はイングランド出身だよ!」

 

 ハリーは思わず言葉が強くなった。

 

「ロンドンで最も美味しい料理は中華料理。それだけ中国人が多いということ。イギリス人で髪が黒くて眼鏡。つまりハリーポッターは中国人だもん!」

 

 ルーナは断言した。

 

「中国人だったんですか?お兄さん?」

 

「生粋のアングロサクソンだよ!僕は!」

 

「──というのはあくまで仮説。ロンドンで二番目に美味しいものはカレー。それだけインド人が多いと言うこと。つまりハリー・ポッターはインド人だった。マハラジャ光線ブラフマーストラで闇の帝王を倒したんだもん!」

 

「インドでブラフマーストラなんですね!」

 

「…クィブラーを信じる人がいないって言ってた理由が分かる気がするよ……もう何を言っていいのか」

 

「ハリー・ポッターなら、マハラジャ光線やって、ほらマハラジャ〜」

「マハラジャ〜」

 

 童女達は自由だった。

 

「もう僕が本物とか、そう言うことを言ってる場合じゃないんだよ、友達が大変なんだ」

 

「吸魂鬼と戦うなんて、ハリー・ポイント+10点だね。あんた」

「守護霊の呪文が使えるんですね!」

 

「守護霊?」

 

 ルーナの採点を無視し、ハリーは比較的まともらしいアストリアに聞き返した。

 

「吸魂鬼を本当にどうにかできるのは守護霊の呪文だけですから!私も習得しておこうとは思ったのですが間に合いませんでした!」

 

「……いや。先生から聞いてはいるけど、僕は使えない」

 

「使えないのに立ち向かうなんて、まるでハリー・ポッターだね」

 

「…お兄さん、悪いことは言いませんからカバンの中で隠れていませんか?このカバンの中までは吸魂鬼も入って来ないでしょうし」

 

「でも僕は、魔法界のことを知る前に一度、吸魂鬼を追い払ったことがある。なんとかなるよ」

 

「どうやったんですか?」

 

「ごめん。今でもよく分かってない。だけどここに隠れてるわけにはいかないんだ」

 

「わかった。あんたが謎のマハラジャでも構わないよ。あんたに協力する」

 

「ルーナちゃん?」

 

「次の特集はハリー・ポッター密着取材だよ。見出しはこう、〜怪奇!吸魂鬼に立ち向かう謎の中国人を追った!〜」

「面白そうだね!ルーナちゃん!」

 

「協力はありがたいけど……」

 

「アストリアは色んな魔法が使えるし、私は編集長。ペンは杖よりも強いんだもん!」

 

「いや、だから」

 

「そして取材班は謎を追ってジャングルへと向かった!!」

「突撃取材だね!ルーナちゃん!」

 

 鞄の空間から飛び出して行くルーナとそれを追うアストリア。

 

「落ち着け……僕……怒るんじゃない……魔法界だから仕方ないんだ……」

 

 騒めいている内なる暗黒面に言い聞かせながら、ハリーはその後を追った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「大変!ロナルド・ウィーズリーが死んでる!」

「ニュースだね!ルーナちゃん!」

 

 ハリーが鞄から出ると、童女達はロンの口にチョコレートを無理やり詰めながら騒いでいた。

 

「死ぬ……ラヴグッド…やめろ……もう食べれない……」

 

 ロンは窒息しそうになっていた。

 

「もう生き返ってるって!」

 

 ハリーはお菓子を取り上げた。

 

「あんたはロナルドが死んでもいいの!?」

「そうですよお兄さん!」

 

「君らが殺そうとして──え?」

 

 ハリーの手をロンの指が弱々しく握った。

 

「ハリー……キャノンズの未来を頼む……」

「ロォォン!!」

 

 そしてロンはハリーの腕の中で深い眠りについた。

 

「ロナルド・ウィーズリー、ここに眠る……と。ちゃんと載せておく」

 

 ルーナは追悼記事の内容を考えていたが、彼は死んではいなかった。

 

 彼が眠ったのは、俗に言う血糖値スパイク、或いは食い倒れ──短期間かつ多量の糖分の摂取により血糖値が急速に上昇、体内でインスリンが過剰分泌され、それを過剰に抑制された結果、脳内のブドウ糖が不足し意識レベルが低下する──という現象である。

 

 他の子供達が目覚めていないのも、吸魂鬼の吸魂よりかこの生理的な現象の割合の方が多いのだ。

 つまり、ネビルの起死回生の一手は悪戯に列車を汚し、乗客のお小遣いを消滅させただけではなく、健康への被害すら与えていたのだ。

 彼こそ次の悪戯仕掛け人に相応しいのかも知れない。

 

 ハーマイオニーがホグワーツで化学の講義を行えば、『食べ過ぎと早食いには注意しよう!』というありがたい教訓が学べることだろう。

 

 ──だが、今の彼らは体内で何が起きているかなど知る由もなく、目の前で眠ったロンは死んだも同然だった。

 

「ヴァルネラ・サネントゥール!!治れぇぇ!!」

 

 アストリアがロンに魔法を掛けるが、なんの効果もなかった。

 

 彼が眠った理由は正常な肉体の機能だからだ。

 

「わ、私の魔法が全く効かない……ほ、本当に死んでます……!」

 

 彼女の使った呪文は傷どころか着ていた衣服まで再生する強力な闇の魔術だが、生理現象まで解決できるほど万能ではなかった。

 

 失神から回復させるリナベイトであれば効果はあったかも知れないが、強過ぎる効果の魔法を使い慣れているアストリアにその発想はなかったし、彼女はまだ子供だった。

 

「しゅ、取材班は早速難題に直面した。うっかり殺した死体を始末しないといけないのだ……こ、これは早速大変なことに」

 

 ルーナは務めて冷静なように振る舞っていたが、そのペンを持つ手はカタカタと震えていた。期待していたアストリアの魔法が効かず、事態を察したのだ。

 

 ここに彼の死亡を正確に判定できる人間は誰一人としていない──

 

「え、でも、息してるんじゃ」

 

「お兄さん!現実をみてください!彼は死んだんです!大人になるときなんですよ!」

 

 ──そう!誰一人としていないのだ!

 

「……いや、私にいい考えがある」

「ルーナちゃん!どうすればいいの?」

 

「ロナルドを動かして、生きてるように見せればいいんだもん!」

「もしかしてルーナちゃん天才!?」

「ん……編集長に間違いはない」

 

 ハリーはアストリアも立派な魔法界の住人だと理解した。

 魔法界の住人は魔法界の住人なのだ。

 

「ロナルドを操作して吸魂鬼と戦わせる。最後は勇敢に死んだように見せれば、私達の罪はバレない……クィブラーの記事にもなる……というわけで、先ずこれを持たせる」

 

 ルーナはハリーのカバンから、凄まじい勢いで振動している樹木子の棍棒+10を取り出した。

 

「吸魂鬼って棍棒で倒せるの?」

 

「この棍棒は強い。私の直感がそう言ってるもん」

「分かったよルーナちゃん!インカーセラス!縛りなさい!」

 

 アストリアが逃げ出そうとする棍棒を呼び出した縄でロンの腕に固定すると、棍棒の動きに合わせてロンが高速で振動し始めた。

 

「流石アストリア。後は立たせればいい」

「レビコーパス!浮きなさい!」

 

 アストリアの呪文で、眠ったままのロンがまるで自分の足で立っているかのように起き上がり、振動し続ける。

 足元は僅かに浮いているが、かなりよく観察しないと分からない程度には絶妙な浮遊具合だった。

 

「最強のロナルドが完成してしまった……!」

 

「……ロンに恨みでもあるの?」

 

「お兄さん!ロナルドさんにキャノンズを託されたんでしょう!貴方がそんなことでどうするんですか!やるしかないんですよキャノンズを!私達が!」

 

「えぇ……」

 

「ロナルドのポジションはビーター。ビーターは棍棒で相手の選手を全滅させる役」

 

「ビーターってそんなポジションだった?」

 

 ハリーには直接棍棒で殴りかかるようにしか聞こえなかった。

 

「私はフォアードのルーニー。アストリアは左ストイコビッチ」

 

「左ストイコビッチだね!」

 

「ハリー、あんたは勿論、あのマグワイヤをやってもらう」

 

「どのマグワイヤだ……いやマグワイヤって何だよ」

 

 ハリーはクディッチがなんなのか分からなくなった。そもそもクディッチの話なのかも分からなかった。

 

「今年のキャノンズは攻撃的なクディッチで優勝していくんだもん」

 

「左ストイコビッチは安心して私に任せてください!お兄さん!」

 

「さあ!試合開始だもん!」

 

 ロンは眠ったまま棍棒でコンパートメントのドアを破壊し、謎の試合は始まってしまった。












誰も望まないtips

・ケツァルコアトル
魔法界を追放された為、別の大陸で神になろうとした魔法族。奇妙な行動の割にプレイヤーではない。AIが紀元前からプレイするタイプのプレイヤーを学習した結果を反映したNPCである。

・アステカ帝国の滅亡
アステカのマグルにとっては、チョコレートやトウモロコシよりも、ケツァルコアトルが追放された際に残した言葉の方が問題だった。
自称ケツァルコアトルはアステカ神ごっこサークルの飲み会で泥酔し暴れた挙句、メンバー全員の妹を名乗るオタサーの姫に手を出してしまい、自分で作ったサークルから追放された。
その際に、何も知らないマグル達には酒に毒が入れられていたという嘘や、遙か先の未来で復活するなどと言葉を残す。
偶然にも復活を予言した年が西暦で言うと1519年であり、エルナン・コルテス率いるスペイン軍によるアステカ侵攻の年であった。白人の到来に彼が帰ってきたと思い込んだアステカは侵略者であるスペイン軍を歓待してしまい、あっさり滅ぼされる。
また、自称ケツァルコアトルはアステカのトウモロコシやカカオに魔法をかけ薬効を持たせていた。マグルの歴史でアステカの皇帝が日に20杯もショコラトル(チョコレートドリンク)を飲用していたと語られ、或いはスペインの王侯貴族でも薬として扱われていたのは、カカオに強く魔法が掛けられていた過去があったのが原因である。
しかし、薬の常飲により免疫機能が低下するように、紀元前からの主食やチョコレートの薬効によって免疫機能を代替していたアステカの人々はスペインが(意図的ではないにしろ)持ち込んだ疫病である天然痘への耐性が著しく低く、帝国の滅亡を早める遠因となった。
アステカ帝国は魔法族の承認欲求によって栄え、そしてチョコレートによって滅んだのである。世界の歴史がまた1ページ……

・謎の中国人
1929年、イギリスで発表された推理小説を書く際のルールとして知られるノックスの十戒、その五番目のルールには"中国人を登場させてはならない"というものがある。
これは国際魔法使い機密保持法に違反した魔法族が魔法の使用を目撃された際、その場を凌ぐために中国人(当時東洋は無条件でファンタジックであると信じられていた)であるといって誤魔化していたために、中国人=魔法族という認識になっていたためだ。
当時のマグルの言う謎の中国人の話は殆ど信憑性がないと判断され、魔法省の忘却術士が処理を行うことはなかった。
それ故、違反した場合は取り敢えず謎の中国人と名乗っておけば良いという風潮が生まれたのである。
時は流れ、元が違反者の話だとは知らず、マグル達の言う謎の中国人なる魔法使いの集団が存在していると言う噂が魔法界にも広まり、現代でもその存在がまことしやかに囁かれている。主張しているのは主にクィブラーだ。勿論、実際の中国人とは何の関係もない。


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19 ハリー・ポッターvsハーマイオニー・グレンジャーvs魔法界の申し子

 

「ロナルド選手!吸魂鬼を殴る殴る!凄まじい攻撃だもん!」

 

 ロンは棍棒の動きに引き摺られて宙を舞いながら、眠ったまま吸魂鬼を蹴散らしていた。

 

「どうですかフォアード実況のルーニーちゃん!」

「キャノンズの優勝と、しわしわ角スノーカックが現れるのは大体同じくらい珍しいっていうのは常識だけど、もしかしたらナーグルくらいありふれたことなのかも知れない……そんな感じ……」

 

「遊んでないで何か手伝ってくれないかな!」

 

 ハリーは片手に杖、もう片方に緊急避難用の鞄を持ち、浮遊呪文でロンに縛り付けられた棍棒を操作し、子供達に集る吸魂鬼を追い払いつつ叫ぶ。

 樹木子の棍棒はオリバンダー老が説明した通り、+10と言われる程めちゃ凄いパワーを秘めているので吸魂鬼ですら殴れば吹っ飛ばせるのだ。

 勿論ダメージは与えられないし、気を抜けば所有者を吹っ飛ばすが。

 

「私はロナルドさんを浮かせるので手一杯です!」

 

「ルーナは!」

 

「ルーニーだもん!フォアード実況だもん!」

 

 ルーナだけが意味不明で明らかに何もしていなかった。

 

「ロンが倒したことにするんだったら別に今動かさなくたっていいじゃないか!」

 

「おーっと、自称ハリー・ポッター!フォアード実況に抗議しています!これはイエローカード!あと三枚でお皿と交換できます!」

「お得だね!ルーニーちゃん!」

 

「……あ、あれ?な、な、なんで僕浮い……」

 

 ロンが意識を取り戻す──

 

「し、死体が喋っ、わぁぁぁ!!」

 

 死んだと思っていたアストリアは浮遊呪文のコントロールを誤り、ロンを天井に激突させてしまう。

 

「おげっ──」

 

 ロンは気絶した。

 

「はぁ……びっくりしました。ちゃんと死にましたね」

 

「どう見ても生きてたよね!」

 

「お兄さん。私はこう見えてかなり魔法には詳しいんです。ロナルドさんは死んでます。死んだ人は生き返ったりしないんです。ファンタジーじゃあ、ないんですから」

 

「え……」

 

 ハリーはファンタジーそのものの魔法族からそんな言葉が出るとは夢にも思わなかった。

 

「さあ!吸魂鬼のキーパーが吹っ飛び、ガラ空きのゴールが見えます!得点のチャンスだもん!」

 

「ゴールって?」

 

「ロナルドさんをゴールへシュート!」

 

 ハリーが異論を述べるまでもなく、アストリアの操作で飛んでいったロンは次の車両の扉を破壊した。

 

「ロォォン!」

 

 

 

 

「ろ、ロンが飛んできたわ!」

 

 破壊された扉の先で恐れ慄いていたのは騒ぐ方のハーマイオニーだった。

 

「ロンってこの子のことだったのね……」

 

 さらにもう一人のオリジナル・ハーマイオニー。

 

 そして。

 

「うぅ……」

 

 空中で逆さ吊りになって意気消沈しているダフネだった。

 

「お姉様!」

 

「…君のお姉さんってあの宙吊りの?」

 

 ハリーは消去法でアストリアの姉を特定した。ハーマイオニーが二人いることに関してはもう考えないことにした。

 

「そうだよ、死にたがりのグリーングラスといえばあのダフネだもん」

 

「た、助けなきゃ、私がお姉様を」

 

「……貴方達、何してるの?」

 

 オリジナル・ハーマイオニーが訝しむ。

 

「ちょっと待った!!先にやることがあるもん」

 

「ルーニーちゃん?」

 

「前半戦終了!吸魂鬼のみんなもハーフタイムだもん!」

 

 ルーナは吸魂鬼達に向かって当たり前のように声を掛けた。

 

「──???」

 

 吸魂鬼達は戸惑うばかりだった。

 

「休憩!15分したら戻ってきて。いい?」

 

「──」

 

 ルーナの言葉を無視し魂を吸おうとした一体は──

 

「──!?!???」

 

 吸魂の際にルーナの中身を開心してしまい、吐き気を催して逃げ、その様子を見た吸魂鬼達は大人しく窓の外へ出て行った。

 

「よし。じゃ、ロナルドを動かさないと。死んでるってバレたら不味い」

 

「そ、そうでした……レビコーパス」

 

 アストリアすら何が起きているのか分からないまま、気絶したままのロンを起き上がらせる。

 

「さて、目の前には女の子三人、ロナルド選手はここをどう乗り切るのか、腕の見せどころ」

「流石に続けるのは無理じゃないか?」

 

「……もしかして貴女が吸魂鬼に言うことを聞かせられる人なの?」

 

 ハーマイオニーが聞いていた風体とは違ったが吸魂鬼達が命令に従っている以上、彼女の疑問は何らおかしなものではなかった。

 

「私はなにもしてないよ。ロナルドがやったんだもん」

 

「……どう見ても意識ないし…魔法で浮かせてなかった……?」

 

「違うもん、ロナルド生きてるもん。高まりすぎた意識が貴女の認識できる領域を超えて振動してるだけだもん」

「そ、そうです!ロナルドさんが私達を…」

「ハーマイオニー、察してくれ」

 

「なんで私の名前を……ああ、別の私か」

「死んだんだわ!吸魂鬼に襲われて空飛ぶ死体になったんだわ!」

「死っ……!ひぃっ…ごめ、ぅあ……ぁぁ」

「あーよしよし、落ち着いてダフネ、私は生きてるから」

「お、お姉様……!」

 

 状況は混迷を極めていた。

 

「流石魔法界ね……」

 

 ハーマイオニーの溢した言葉に、ハリーは概ね賛成だった。彼女が二人いなければ握手を求めていたかも知れない。

 

「……本当に意識あるんだったら彼に聞くけどいい?」

 

「ロナルドの話術が光るもん!」

 

 ルーナは断固としてロンの昏睡を認めなかった。認めるわけにはいかなかったのだ。

 彼女は実況者としてのプライドがそれを許さなかったと後にクィブラーに記している。

 

「ロン……でいいのよね?貴方、髪の毛が銀にも黒にも見える人を見なかった?」

 

 ロンに意識がある前提でオリジナル・ハーマイオニーが尋ねる。

 

「──」

 

 ロンはだらしなく口を開けて涎を垂らしていた。

 

「ロナルド選手、初手は無言!これは強気だ!攻撃的な会話です!強い!強すぎる」

「無理があるよ、試合終了だよ…」

 

 ハリーの心の声をそのまま発していた。

 

「やっぱりこの子──」

 

 呆れ返ったハーマイオニーが当然の疑問を──

 

「し、死んでません!どうしても殺したいんですか!お姉さんは!」

 

 アストリアが遮る。

 

「さっき死んだって言ってなかった……?」

 

 彼女の圧倒的な切り替えの速さにハリーは全く追いつけなかった。

 

「死っ……や、やだ、死にたくない……死にたくない……ぁぁぁああ」

 

 死という単語を聞いて精神が不安定になっているダフネがまた泣き始める。

 

「ちょっと!ダフネが泣くから死ぬとか言わないで!」

「お姉様は死を恐れたりしません!貴方達が何かしたんじゃないですか!」

「……それは……」

 

 ダフネを宥めるオリジナル・ハーマイオニーは答えに窮した。

 ダフネ本人が譫言のように呟く言葉を聞く限り、別のハーマイオニーから自論を否定され精神が不安定なっていたらしい。

 その状態で何も知らない方のハーマイオニーを殺してしまい罪悪感と死の恐怖が彼女の情緒を滅茶苦茶にしてしまったのだ。

 自分は何もしていないが、他の自分が関わった所為でもある。

 全く何もしていないとは言い切れないのだ。

 

「やめよう、アストリア。ここで僕らが争っても消耗するだけだ」

 

 ハリーが諌める。

 

「だってお姉様が……私のお姉様なのに」

 

「ハーマイオニー、悪いけどそこのダフネさんはこの子の大事な人なんだ。こっちに渡してもらえるかな?」

 

「……死体をオモチャにしてるような人達に今のダフネを?話にならないわ」

 

「君だって分身してるし、ダフネさんを宙吊りにしてるじゃないか」

 

 ハリーは苦笑いするしかなかった。

 

「し、仕方ないのよ、今この子歩けないし……いまはそんなことより、吸魂鬼を止められる人が列車の何処かに居るはずなの!」

 

「……ハリー、私に良い考えがある」

 

 ルーナが耳打ちする。

 

「なに?」

「あの子達を倒せば今季は優勝かも知れない」

「ありがとうルーニー、黙っててくれ」

「実況が黙ったら観客が困るもん」

 

「……お姉様が歩けないなら、私が介抱します」

 

「ここでアストリアが前に出た!怒りが滲んでいます!」

 

「冷静に考えて下さいお姉さん。こっちは四人もいます。バッターのロナルドさん、フォアードのルーニー、あのマグワイヤさん、そして私は──お姉様より強いです。一年生の魔法使い程度なら制圧できます。これは交渉ではありません。良いですか?」

 

「く、屈しないわ!ロンをそんな目に合わせる奴なんて──オリジナルが何とかしてくれるわ!」

「えっ、私が?」

 

 騒ぐだけ騒ぐと、オリジナルの後ろに隠れた。

 

「他に誰がいるの!?ロンがやられてるのよ!」

「私は知らない子なんだけど……貴方なんでそんなに彼を……」

 

「とりあえずお互いに浮かべてる人を下そう。そうしたほうがいい」

 

 ハリーは漸く極めて現実的な提案をした。

 

「ロナルドが死んだの、バレてもいいの?謎の中国人がやったって言ってもあんたが犯人になるよ?」

「ルーナ、実は僕は中国人じゃないし、ロンは生きてるんだよ」

「そんな……今明かされる衝撃の真実……!」

 

「アストリア、いいね?」

 

「……お姉様の解放が先です」

 

「あの……ごめんなさい、私どうやったら戻せるか分からないの」

 

「リベラコーパスだよ、杖の振り方はこう」

 

 ルーナがオリジナル・ハーマイオニーの近くまで行って説明する。

 

「リベラコーパス」

 

 見よう見まねの呪文でダフネをアストリアの元へ降ろした。

 

「お、おね、お姉様!もう離しません!勝手にどっかにいったりさせないんですから!私は、アストリアはもう離れません!」

 

 憔悴したダフネを抱き止めたアストリアは感極まって涙を流していた。

 

「失敗して飛んでいくと思ったのに……!」

 

 その死角で彼女の親友であるルーナは舌打ちしていた。

 

「アストリア、ロンを戻してくれ」

 

「はい!リベラコーパス、自由に」

 

 アストリアはロンを元の眠れる死体に戻す。

 

「ロン!ロンだわ!もう離さないわ!私が拾ったわ!私の!これ私のロンだわ!」

 

 騒ぐだけのハーマイオニーが浮力を失って倒れ込むロンを抱き止めた。

 

「……貴方って"騒ぐ私"じゃなくてスト」

「私達にとってロンの所有はステータス!何も知らないオリジナルは黙ってて!」

「もう何も聞かないわ」

 

「これで落ち着いて話せるよね?実はアストリアのお姉さんが悪役で急展開とかしないよね?」

 

 ハリーはまだ魔法界を警戒していた。

 

「それ少し前にやったわ!」

 

 ロンの髪の毛をしゃぶっていた騒ぐだけのハーマイオニーが答える。

 

「……僕にはカウンセリングが必要な子にしか見えないんだけど……」

 

「その意見には概ね賛成するわ、マグワイヤ君」

 

 歩み寄って来たオリジナルハーマイオニー。

 彼女はハリーやロンの名前は知らなかった。彼らと出会ったのは"啓蒙主義者のハーマイオニー"だからだ。

 

「もうマグワイヤでもスカイウォーカーでもいいけどさ」

 

「スターウォーズ?…もしかして貴方もマグル生まれ?」

 

「魔法界育ちじゃないだけだよ」

 

「どっちだって構わないわ、今はまともな人間が必要なの」

 

「実況の私を呼ぶ声が聞こえたけど、呼んだ?」

「ルーナ、ルーニーってどういう意味か知ってる?」

「今世紀で1番まともな人間ってクィブラーに書いてあったもん」

 

 編集長は君だろう、とハリーは言いかけたが話が進まないのでまともな人間ということにした。

 

「ハーマイオニー、吸魂鬼を止められる人って?」

 

「銀にも黒にも見える髪の人だって言ってたけれど……」

 

「……ん?」

 

 ハリーには何か見覚えがある気がした。

 

 何ヶ月か前に出会ったような。

 

「……それ、誰から聞いたの?」

 

「クィレル先生が、探してくれって言ってたわ」

 

「クィレル……?…クィレル──あ!」

 

 そしてハリーは思い出した。

 

 漏れ鍋とかいう店で魔法界の洗礼を受けた際、クィレルというホグワーツの教授に出会っていたこと、そして助手を名乗る少女の髪がその奇妙な色合いだったことも。

 

 さらに言えば、ドラゴンに遭遇する前に話し掛けてきた相手で──グリンゴッツ破りの真犯人らしき少女だった。

 

「多分僕、その子知ってる……」

 

「"その子"?子供に吸魂鬼が……」

 

「ハーマイオニー、魔法界なら誰が何をしてもおかしくないよ」

 

「……そうね。そうだった。ここは魔法界だったわ」

 

「私、分かっちゃったもん」

 

 ルーナが呟く。

 

「それで、ハーマイ」

「私、分かっちゃったもん!」

 

 ハリーの袖を引っ張って主張するルーナ。

 

「私!分かっちゃったんだもん!」

 

「マグワイヤ君、一応聞いてあげましょう。魔法界にも耳を傾けなきゃ」

 

「……言ってみなよルーナ」

 

「吸魂鬼を止められる子を見つければ、この事件は解決できる……!」

「自分で思いついたみたいな顔しないでくれるか?」

「見つける方法も分かったもん!」

 

「どうやるのさ」

 

「守護霊に連絡させるの。知り合いなら何処にいても連絡できるもん!」

 

「……でもそれ、誰が使えるの?」

 

「マハラジャ・マグワイヤ」

 

「誰だよ!」

 

「あんた以外にその変な髪の子を知ってる人いる?」

 

「……アストリア、守護霊の呪文ってそんな簡単に使えるようなものだっけ?」

 

「危機的状況に陥ることで才能が開花することもあるそうです……例えば吸魂鬼に襲われたり……だとか」

 

「よし、あんたを今から吸魂鬼の群れにぶち込むから、覚醒して」

 

「そんな物語の主人公みたいな……」

 

「光の戦士は大体覚醒するってクィブラーに書いてあったもん!大丈夫、あんたが死にそうになったら回収するし、死んでも英雄にしてあげる」

 

「……マグワイヤ君、よく分からないけど、貴方にしか出来ないの、お願い」

 

 ハーマイオニーがハリーの手を握る。

 

「……わかったよ」

 

 彼は自覚した。自分は男なのだと。

 

 あからさまに馬鹿げているが、やるしかないのだ。

 吸魂鬼がルーナの言うことを聞くのなら、彼女を盾にしながら探せばいいだけなんじゃないかと考えたが、それを提案できる雰囲気でもなかったし、歳下の女の子を盾にしながら進むなんてハリー・ポッター的ではないからだ。

 

 それに、まともな提案をしても魔法族には全く通じないのだと彼は理解していた。

 

「それじゃ。私は」

 

 ルーナはハリーのカバンを開け、入ろうとする。

 

「何してんだルーナ」

 

「私、ハロウィンだから私がいると近づいてこないもん。それにダフネとかもカバンに入れば運べるもん」

 

「ハロウィンって何なんだ……まあいいよ、ロンもダフネさんもその方がいいだろうし」

 

「ぅ……ぁ……」

「私はお姉様の様子を見ます。マグワイヤさん、呪文はエクスペクト・パトローナムです。何か最高に幸せなことを思い浮かべると使えるそうです」

 

「分かったよ」

 

 ダフネを浮かせてアストリアはカバンの中へ入って行った。

 

「ロンの看病するから私も入るわ!勿論入るわ!安全だから入るわけじゃないわ!勘違いしないで!」

 

 ロンを引き摺って騒ぐ方のハーマイオニーが、勝手に入っていく。

 

「ハーマイオニー、君は?」

 

「一人に全部任せて自分だけ安全な場所にいるなんて卑怯じゃない?私は残るわ」

 

「ありがとう、心強──」

 

 騒がしい子供達がいなくなると、途端に周囲の空気が変わり、強烈な寒気が肌に刺さった。

 前向きな気持ちが根こそぎ取り除かれていくような奇妙な感覚に包まれ、意識が朦朧とする。

 

「……なんで急に……」

 

 これまで様子を窺っていた吸魂鬼達は雪崩れ込むように、ハリーとハーマイオニーを取り囲む。

 

「マグワイヤ……君……唱えて」

 

 気丈だったハーマイオニーもあっという間に行動不能に陥ってしまい──

 

「──エクスペクト・パトローナム!」

 

 ハリーの杖は何の返答も返さなかった。 

 

「ダメか、ごめん……ハーマイオニー!」

 

「……え」

 

 ハリーはなんとかカバンを開け、ハーマイオニーをその中へ押し込んで閉じた。

 

 今なら彼もカバンの中へ逃げ込めるだろう、だが。

 

「ここで逃げたら……スカイウォーカーじゃない」

 

 彼は覚悟を決め──

 

「……ん?」

 

 吸魂鬼達の群れに飲みこまれる寸前、あることに気がついた。

 

 "一体誰が自分を回収するのだろうか"

 

 だが、もはや後の祭りであった。



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20 ネビル・ロングボトムと出口のない部屋

 

「ぁぁぁぁ!!」

 

 足元には何もなく、手は空を切るばかり。

 

 旧ネビルは助けた相手に名前すら奪われ、後は残った命を失うだけだった。

 

 吸魂鬼達が自由落下する旧ネビルの周囲を飛び回る。

 

「くるな!!来るなぁぁ!」

 

 吸魂鬼に吸魂され、踠き苦しんだ挙句、地面に叩きつけられて死ぬ。

 

 彼の人生の終幕はもはや変えようがなかった。

 

 ──ホグワーツ特急の外でなければ。

 

「途中下車は許さなぁぁぁぁい!!」

 

 手押し車で空中を爆走する老婆が旧ネビルを掴み、走行する列車の屋根に叩きつけた。

 

「お、おばちゃん……助けてくれて」

 

「ホグワーツ急行から降りることは許されないぃぃぃ、何人たりとも途中下車はさせないぃ」

 

 老婆は杖を向ける。

 

「え……」

 

「お菓子か独房か、どっちかを選ぶんだねぇぇ!!」

 

「お、お金なんてないよ!」

 

「じゃあ独房だよぉぉぁ!!」

 

 旧ネビルは老婆の魔法によって転移させられた。

 

「痛っ」

 

 そして暗がりに投げ捨てられた。

 

「な、なんでこんな」

 

「脱走するようなガキは、ここでホグワーツに着くまで大人しくしてるんだねぇぇ!!」

 

「で、出たくて出たんじゃ…」

 

「あばよぉぉ!!」

 

 老婆は闇に消えた。

 

「……でも助かった……か」

 

 雑に扱われはしたが吸魂鬼はいない、列車から落ちて死ぬことも無かった、それならば一先ずは安心──と旧ネビルが楽観的なことを考えていると、床に落ちていた何かを踏み潰した。

 

 パキリと音を鳴らして砕けたそれは。

 

「ひっ……!」

 

 人骨だった。

 

「お、おばちゃん!!ここってどうやって出るの!」

 

 手探りで扉を探すがまるで見当たらない。

 

「嘘……だよね……」

 

「嘘ではありませんの」

 

「うわぁ!」

 

 ネビルの背後でしゃがみ込んでいたのは、ドロシーだった。

 

「この部屋が開放された形跡はありませんわ。中からは開けられないのでしょう」

 

「君は……?」

 

「……列車から姿現しで出ようとしました。その結果です。そしてこの部屋では姿現しは出来ません」

 

「じゃあ、僕らは」

 

「ここで死ぬんですわ」

 

 ドロシーは言い切った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「そんな、ことないよ、きっと何かあるよ!」

 

 だが旧ネビルは諦めなかった。

 

「私に出来なくて、貴方に出来ることなど無いでしょう」

 

「じゃ、じゃあ、君には何が出来るの……?」

 

「生徒が使えるような魔法は大概使えますが?」

 

「すごい……!」

 

「その私が詰みだと言うのです」

 

「守護霊の呪文は?」

 

「何の役に?」

 

「おばあちゃんが連絡するのに使ってた……と思う」

 

「吸魂鬼塗れの列車内で、まだ生きていて、この部屋を開放できるような相手に心当たりが?」

 

「……先生……とか?」

 

「特急に乗るのは姿現しの免許を持っていないような人間だけですわ。教師が持っていない訳がありません」

 

「列車に乗ってる人じゃなくて、学校の人には?」

 

「私がダンブルドアに守護霊を飛ばし、助けを求めろと?そうおっしゃるのですか?」

 

「出来る?」

 

「……はぁ。ええ。出来ますが」

 

「助かるよ!ダンブルドア校長なら──」

 

「……貴方は何も理解していませんわ」

 

 ドロシーは呆れ返ったように、息を吐いた。

 

「なにを……?」

 

「守護霊の伝言は私の声になります。つまり、私は守護霊を使えるにも関わらず、自分だけ逃げようとした結果、ここで捕まっていることが露見するのです。それがどれほどマルフォイ家の家名を貶めるか理解できますか?」

 

「……自分の命より、家が大事なの?」

 

「……貴方、純血ではないのでしょうか?」

 

「純血……だよ」

 

「それは良かった。私達が行方不明である方が、ダンブルドアの吸魂鬼への対策が甘かったこと、この列車の杜撰な管理も指摘しやすいでしょう」

 

「そんなの、そんなのおかしいよ……!」

 

「家がなければ、私は存在していません。報いることの何がおかしいのですか?」

 

「だって、命ってもっと、大切で、そんな簡単に捨てて良いものじゃ」

 

「捨てる?愚かですね。私は"使って"いるのです。私の命一つ程度でマルフォイ家が有利になるのです」

 

「僕は……」

 

「だから言ったでしょう?貴方は、ここで私と死ぬのですわ」

 

 暗闇の中でドロシーは旧ネビルに淡々と告げる。

 

「ダメだよ、そんなの」

 

「……そんなに自分の命が惜しいんですの?」

 

「違うよ!自分から捨てようとしてるから!」

 

「貴方には関係ありません」

 

「あるよ!おかしなことのために死のうとしてる子を放っておくなんて出来ない!」

 

「……堂々巡りですわ。何もおかしくなんて」

 

「子供に死んで欲しい親なんて居ないよ!家のことを言うなら、家を継ぐ子供が死んじゃったらどうするのさ!」

 

「……"口減し"」

 

 ドロシーの声は一切の感情が抜け落ちていた。

 

「……え?」

 

「"憎悪"、"望まれぬ懐妊"、"不具"、"無能"。例には事欠きません。生まれる前から死を望まれる者もいます」

 

「そんなこと、ないよ」

 

「貴方は無条件に生きることを許されているからそんなことが言えるのです」

 

「……違う」

 

「はい?」

 

「僕は少し前まで、スクイブだった。お父さんもお母さんも正気じゃない。それでも、"一族の誇りたれ"って、育てられた。どんな子供でも、死んで欲しいなんて思ってるはずないよ」

 

「私が直々に当主様から命じられたとしても?」

 

「…どうして?」

 

「どうしても何も、必要なことですから──」

 

「そんな、酷いよ。死んじゃったら、もう話せないんだよ?」

 

 旧ネビルの声は上擦り、鼻水を啜るような音が鳴っていた。

 

「泣いているのですか?」

 

「だって、酷いよ、守護霊も使えるなら、幸せな記憶もあるってことじゃないか、君がそんなふうにしか思えないように育てておいて、君はそれを幸せだって、そんな、悲しいことないよ」

 

「……勝手な感傷を。貴方はハウスエルフの名誉を知らないようですね」

 

「君は、人だよ」

 

「貴方が何を思ったところで、ここで死ぬのは変わりませんわ」

 

「僕らが助かった上で、君の目的も達成できるようにすれば良い……違う?」

 

「……はぁ。貴方に何が出来ますの?」

 

「君は……君が、列車の外に投げ出された僕を助けようとして捕まったって、僕が証言する、ロングボトム家はマルフォイ家に借りが出来る。それなら……」

 

「…なるほど」

 

「それなら、いいよね?」

 

「それなら──貴方に服従の呪文を使った方が良さそうですわ」

 

「──え」

 

「私の美談を作った上で、ダンブルドア派のスパイとして働かせる。ロングボトムの子も、それを助けるような娘を疑うわけもない。横丁でハリー・ポッターと行動していたことは周知の事実。そちらにとって好意的な娘が適切なタイミングで"死ぬ"ことで、何より重く責任を自覚していただけるでしょう」

 

「そんな──」

 

「インペリオ、貴方は私の下僕となるのですわ」

 

 指を鳴らす音、旧ネビルは服従の呪文を掛けられた。

 

「あ……」

 

 旧ネビルの意識は朦朧とし、へたり込む。

 

「心地よいでしょう、私の声を聞いているだけで、言うことを聞くだけで天にも昇る気分になれますわ」

 

 ドロシーが旧ネビルの耳元で囁く。

 

「あ、ああ」

 

 彼の脳内はこれまでの短い人生で一度も経験したことのない未曾有の快楽に満たされていた。

 

「気持ちいいから言うことを聞くのは自然なこと。そうですわね?」

 

「……うん」

 

 両親が味わった責苦とは真逆の感覚に、争う術など彼にはなかった。

 

「ですから、貴方は私がダンブルドアを失脚させる為、私の命令に従い続けるのですわ。それこそ……"私が死んだ後も"──」

 

「だ、だめだよ!死んじゃダメだ!」

 

 ドロシーの言葉を遮る旧ネビル。

 

「──は?あの?本当に私に服従してるんですか?」

 

「死んじゃったら、もう声聞けないよ!」

「いや、あの私は家の為に」

「家より君の方が大事だよ!」

 

 旧ネビルは頑なだった。精神が服従しても尚、彼は旧ネビルだった。

 

「一体どう言うことなんですか……!」

 

 左目の魔眼に問うドロシー。

 

『服従させても、相手の能力以上のことはさせられないだろう?もし、そもそも君の意図を理解できない程に間抜けなら、どうなる?』

 

「無能な働き者の完成ですね……フィニート」

 

 もう一度指を鳴らし、解呪する。

 

「……あれ?え?」

 

「オブリビエイト」

 

「あぇ?」

 

 そしてまた指を鳴らし、会話の記憶を消し去った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「……あれ……僕は……君は……」

 

 旧ネビルが目を覚ますと、目の前にドロシーが座っていた。

 

「あー、貴方がお空に投げ出されたのを、私が助けたのですわ。お陰で車内販売の魔女に捕まって閉じ込められてしまいましたが」

 

「そ、そうなんだ……ありがとう」

 

「今から守護霊でダンブルドア校長に連絡をしますわ。安心して下さい」

 

「守護霊が使えるの!?」

 

「……ええ。あまり人には教えたくはありませんが」

 

「すごい!列車のみんなを助けられるよ!」

 

『すごいなぁドロシー。有能にも程があるね』

 

 左目は思念で嘲笑っていた。

 

「いえ……」

 

『おめでとう。君はグリフィンドールだ。もうスリザリンには入れないだろう』

 

「エクスペクト・パトローナム」

 

 左目の"声"を無視したドロシーが杖を取り出し、蛇の守護霊を呼び出す。

 真っ暗だった室内が守護霊の放つ青白い光に照らされる。

 

「わぁ……」

 

 旧ネビルはその姿に見惚れて気が付くことはなかった、ドロシーが杖を持つ手とは反対の手で指を鳴らしていたことに。

 

『これは罠だよ。ドロシー』

 

 守護霊が目的地へ飛び去った後、左目は告げた。

 

『吸魂鬼は手加減なんかしない。最初からそう言う命令なのさ』

 

「どうしたの?」

 

 旧ネビルは黙ったままのドロシーに聞く。

 

『何故黙っていたのですか?』

 

『言っただろう?"ドロシーは偉大な魔法使いに出会って願いを叶える"──それが筋ってモノだからね。こんな狭い部屋で死んでもらっちゃ話にならない』

 

「……あまりお喋りだと潰しますよ」

 

「えっ」

 

「……何でもありません、こっちの話ですわ」

 

「それで、ここって何処なの?」

 

「列車の何処かですわ。こちらから出口を開くことは出来ません」

 

「じゃあ、僕らは」

 

「……ここで救助を待つしかありませんわ」

 

 ドロシーは守護霊の去った方向を見つめて、呟くように言った。



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21 ハリー・ポッター/フォースの覚醒

初覚醒です


 

「こんにちは」

 

 特急列車、コンパートメントの座席で彼に微笑んだのは、黒とも銀ともつかないような奇妙な髪色の少女だった。

 

「……え?あ、うん、こんにちは」

 

 ハリーは現実離れした美しい容貌に見惚れていた。ついその感想をそのまま口走ってしまいそうになる程に。

 

 しかし、どこか違和感があった。

 部屋の温度が異様に低い気がしていた。

 それに、つい先ほどまで別の誰かが居て、話していたような気がするのに、何故自分はここに座っているのだろうかと。

 

「貴方、生き残った男の子?」

 

 少年は何故か既視感を感じたが、それは問いかけに対してなのか、得体の知れない相手に関してなのかまでは判然としなかった。

 

「……まあ」

 

「よろしく。私、ミラ・ステラ。貴方の両親を殺したヒトの娘」

 

 言いながら、当然のように手を差し出す。

 

「うん──え?」

 

 手を握り返すが、挨拶のように言うそれを、少年は理解できなかった。

 

 手を握る少女の微笑みは慈母のようですらある。だが死人のような蒼白の手からは生気が全く感じられない。

 

 瞳は見つめるだけで仄暗い何処かへ引き摺り込まれるような気配すら感じさせた。

 

「今、何て」

 

「貴方の両親を殺したのは、私の父親」

 

 つまり、目の前に座っている少女は──

 

「代わりに会いに来たの」

 

「……殺すために?」

 

 少年の脳裏に見覚えのない景色が浮かぶ。

 両親と死別したその瞬間の声、叫び、光が。

 

「殺されるために」

 

 そう言いながら微笑む。一片の曇りもなく。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「っ──」

 

 ハリーの脳裏に浮かび上がる景色は止まらず、自らの生い立ちを追って、やがて魔法との出会いまで辿り、そして認識している限りの最新──つまり、列車で吸魂鬼達に飲み込まれた時点へ到達した。

 

「君が、吸魂鬼達を?」

 

 ハリーは思わず握っていた手を離す。自分のいる場所が別のコンパートメントであることにも気がついた。カバンも無く、壁がチョコで汚れていないからだ。

 

「そうかも」 

 

 ミラはハリーの何かを確かめるように瞳を覗き込んでいる。

 覗かれている彼からすれば、その黒銀の瞳はまるで心に直接触れているような気味の悪さを感じさせた。

 

「何のために」

 

「授業」

 

「……あれが?」

 

「アルバスが考えたから、そうした。"元々"そうなる予定だから」

 

「やっぱり僕の家の近くに放ったのも先生なのかな……」

 

「アルバスは悪い奴かも」

 

 ミラはわざとらしい仕草で考えるようなポーズをとる。

 

「……殺されるためってどう言うこと?」

 

「私が悪者で、ハリー・ポッターが倒すの。それで一つ目の……授業?はおしまい」

 

 まるで他人事のように語るミラは、飽きたのかハリーの目を見ることを止め、手遊びを始めた。

 

「いくら校長先生でも、子供を殺すようなことを考えたりしない……と思いたいんだけど」

 

「闇の帝王なら、どうする?」

 

「……もういないんじゃなかった?」

 

「いるよ」

 

「……まあ、映画とかなら生きてるだろね」

 

 マグルのフィクションに慣らされたハリーにとっては、然程驚くべきことではなかった。

 

「……なんかつまんない、帰っても良い?」

 

 窓の外を見るミラは明後日の方向に会話の舵を取った。

 

「え、君、黒幕なんじゃないの?えっと、その、なんかもうちょっと、というか闇の帝王は?」

 

「さあ」

 

 何に機嫌を損ねたのか、ミラはハリーを見ることもない。

 

「……帰るなら吸魂鬼達も帰らせてくれないかな?」

 

「なんで?」

 

「みんな死に掛けてるんだ」

 

「約束だから、死なせはしない」

 

「死ななくても、元通りには、ならないかも知れない」

 

「……あ、動かなくなるんだった」

 

 振り返ったミラは、実質的な死を家の鍵を掛け忘れた程度の反応で済ませた。

 

「それじゃ……死ぬのと変わらないじゃないか」

 

 あまりの"世界観"の差に、彼は怒りを覚えることもなかった。

 

「黒は動いたよ?」

 

 ハリーの呟きにごく一部の例外の情報を伝える。

 

「普通はそうじゃないよ。だから、吸魂鬼達が吸ってもし、動かなくなったら……君の言う約束は破られたことになる」

 

 約束が何に対して、どのようなものなのか不明だったが、ハリーに切れる手札は殆どなく、反応を窺うしかなかった。

 

「……黒、怒るかな」

 

 ミラが考え込むような様子を見せたこと、黒とやらが何かしらの鍵を握っていること、この二つを得てハリーは少し安堵した。

 

 この超然的な少女とて、人並みの感情を持っているのだと。

 

「…怒るんじゃないかな」

 

「そっか」

 

 そしてミラは得心し。

 

「じゃあ、怒らせてみようかな」

 

 ──解決する、そう思ったのはハリーだけだった。

 

「え……?」

 

「怒らせたら、どんな色になるんだろ」

 

 ミラは無邪気に、その色と味を想像していた。

 

「なんで……」

 

「だって、"そう言えば、言うことを聞かせられるかも知れない"って考えてる」

 

 ハリーは誤認していた。

 

 言葉が通じるのであれば、こちらの考えるように振る舞うのではないかと。

 これまで魔法界的なモノに振り回されてきた彼だったが、それでもまだ、どこか共通していて当然だと思っていた。

 

 彼の見知った物語では、"実は父親だった悪役"にも良心が残っていたり、"太古の爬虫類"がまるで人間のように盗まれた卵の返却を求めたりしていたからだ。

 

 当然、理解できる存在だった。

 

 だが目の前にいる"それ"は、同じような姿形で似たような言葉を話しているだけに過ぎなかった。

 

「……色って」

 

 心理を読み取られていると自覚したハリーは、ただ相手の言葉を拾うしか出来なかった。

 

「色が違えば味も違う。貴方は……赤い。赤いけど、何か変。でもそれだけ」

 

 振り向いたミラは距離を詰め、黒銀の瞳がハリーの底を眺める。

 

「味って」

 

 吸魂鬼を操る者が語るのだから、それは聞くまでもなかった。

 

「魂の色は味なの、考えてることでも色、変わる……貴方が怖がれば、味も変わる」

 

「……え」

 

「赤は良くあるし、怖がってもらわないと……美味しくない」

 

 そして、彼は最初から獲物としか考えられていなかった。

 

 ドラゴンと対峙した時、ハリーには勝算があった。

 杖を折られても予備があった。ダンブルドアの話から助かる手段も考えついていた。

 

 しかし現状、彼が取れる手段は何一つとしてない。

 

 守護霊の呪文を習得しようとしたように、"死に瀕して覚醒"でもしない限りは。

 

「僕の、魂を食べるつもり、なのか?」

 

「"私がハリー・ポッターに触ったら終わり"のはずだったのに。終わらないから」

 

 にじり寄ったミラが、ハリーにのしかかる。

 

「なんだ、それ」

 

 ハリーの凍えた手足には力が全く入らず、なす術もない。

 

「だから聞いたの。貴方は本当に生き残った男の子って」

 

「……間違いないよ」

 

「じゃあなんで私、消えなかった?」

 

 馬乗りになったミラが問う。

 

「君が"最初の敵"じゃない、とか」

 

「アルバスもクィリナスもそうだって考えてたのに」

 

「……君は消えたいの?」

 

「"吸魂鬼は消えない"。だけど"最初の敵は滅ぼされる"。なら、どうなるか気になる」

 

「ただの好奇心で……自分の命を?」

 

「"きちんと整理された心を持っているなら、死は次の大いなる冒険に過ぎんのじゃ"」

 

 ミラの芝居がかったセリフは誰の真似なのか、説明はなくとも"彼"と面識があるのが真実だと理解させた。

 

「……魔法界に天国があるの?」

 

「気になるから、死んで確かめようと思った」

 

「ゴーストとかに聞けば良いじゃないか、いるんでしょ、ホグワーツには」

 

「そっか、考えたことなかった」

 

 素直に納得するミラ。

 

「……君、もしかして、馬鹿なのか?」

 

 限界に追い込まれ、ハリーの口から漏れ出したのは呆れと怒りだった。

 

「馬鹿?」

 

「……黒幕って、もっと周到な計画とか、野望とかがあって、それで、主人公に立ち塞がるんじゃないの?」

 

「そうなの?」

 

「そうじゃなきゃおかしい、試しに死んでみたかったなんて理由でこんなことされて、挙句思い通りにならなかったら僕の魂を吸って殺す?」

 

 ハリーは捲し立てながら、ミラの肩を掴む。

 

 "こんなふざけた理由で死んでたまるか"

 

 彼の手足を動かしたのはそういった怒りだった。

 それは、アズカバンの脱獄犯が持つ執念にも似た効果を齎す。

 

「え?……え?」

 

 困惑するミラは何も言い返せず、起き上がるハリーに押し返される。

 

「そんなの映画じゃない」

 

 ヤケクソ気味に自論を展開する彼は、自分が何をしているのかすら頭の中になかった。

 

 ──"至らない悪役"が許せなかった。

 

 ──"下らない理由"が許せなかった。

 

 そして何より。

 

 自分の両親を殺した運命や宿命というのものは──"重くて"然るべきだった。

 

 そうでなければ、ならなかった。

 

「君が闇の帝王なら、点数は0点だ。まだダンブルドアの方が高得点だよ」

 

 ハリーの頭の中で何かが吹き出した。彼自身にも正体が分からない何かが。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「アルバスに負けてる……私が?」

 

 ミラにとっては青天の霹靂のような言葉だった。

 

「僕を殺そうとするのはまあ、悪役なら仕方ないとしても、演出も理由も、何もかも噛み合わない。悪役のネタバラシにはカタルシスがあるはずなのに、君は折角のシーンを雑に済ませようとしている」

 

「……分からない、何が悪い?」

 

「何もかも。映画とか見たり小説を読めば分かる」

 

「教えてくれないの?」

 

「僕の心を読んでみれば良い」

 

 ミラはハリーの目を見て、その中身を探るが読み取れている以上の情報はない。

 

「……全然わかんない……どういう意味?」

 

「心が読めても、理解出来ないんだね。だからそんな質問をする」

 

「なんで?どうして?」

 

「大体、良くある色なんておかしな話だよ。ヒトなんてそれぞれ全然違うんだから、同じ赤な訳ない。君が見分けられないだけ、味も差が分からないだけなんじゃないか?」

 

「……考えたこともなかった」

 

「そうだ、君は何も考えたことがない。だから分からない。見に見えるものや聞こえるものがどんなに多くても、それを理解するための知識や教養がない。だから──つまらない。僕を見てつまらないと思ったのは、君自身の分解能が欠けているからに他ならない。いいか、ミラ・ステラ、物事が下らないと評価する前に、自分自身の審美眼が正しいか否か、立ち止まって考えてみることだ」

 

 言葉はハリーの口を通して発せられていたが、その口調は普段の彼とはかけ離れていた。

 

「……貴方、本当に、生き残った男の子?」

 

「何故そんなことを聞く?」

 

「色は同じなのに、違うヒトみたい」

 

「……本当にそう思うか?」

 

「違うヒトみたい──っ」

 

 ミラは座席に押し倒された。

 

「僕は、誰がなんと言おうと、ハリー・ポッターだ。もしまたそんなふざけたことを言ってみろ、今すぐに締め殺す」

 

 ハリーの両手がミラの喉を掴む。

 

「な、なんで、どうして」

 

 ミラは突然のことに頭が真っ白になった。

 

 天敵のいない動物は反撃を食らう想定自体がない場合がある。

 例えば、サメの鼻の頭にあるロレンチーニ器官を刺激するとあっさり全身が麻痺してしまうように。

 

 絶対的捕食者であるが故に、その弱点は隠されていない。

 ミラ・ステラもまた、吸魂鬼でありながら人間のように実体を伴っている。

 故に、死なないとしても自分よりも重いモノに押し倒され、首を絞められれば身動きは取れない。

 

 何より、彼女に対して真っ直ぐに殺意を向ける相手などこれまで存在しなかった。

 大人達は彼女を恐れる一方で、見た目通りの子供に危害を加えようとはしなかった。

 

 ミラ・ステラもまた、誤認していた。

 自分を脅かすモノなど存在し得ないのだと。

 

「お前は言ってはならない言葉を口にした、お前は僕の逆鱗に触れた。お前は僕の両親を殺した」

 

「ぇっ……あっ」

 

「僕の目を見ろ、心を読んでみろ、僕の思いを見てみろ、何でもかんでも知った気になってみろ」

 

「わから……ないっ……なんで」

 

「何が怖がらせるだ。何が味だ。何が殺されるためだ」

 

「ぅ……ぁ」

 

「恐怖は未知だ。理解不能だ。それは死だ」

 

「ぁ──」

 

「最初から死なないだけのモノが不死を語るな。生まれてすらいないモノが上位者の振る舞いをするな」

 

「いたぃ……やだ」

 

「痛いか?良かった。お前が不死だとしても、痛覚があるならいくらでも痛めつけられると言うことだな?骨格全ての骨を砕こうとも、皮膚を剥いでも、その目を抉り出そうとも、四肢を切り落とそうとも、爪を毟り取っても、お前は死ぬことなく永遠に苦しみつづけることができる。僕が誤って首の骨を折ってしまっても、ずっと」

 

 ハリーの手に力が入る。軋むような感覚と止められた呼吸、そして開心術を逆流してくる彼の思考では、ミラはありとあらゆる方法で拷問され続けていた。

 イメージに過ぎないそれを読み取ったミラは、まるで現実にそれが行われているように錯覚する。

 

「ぃたい、いたい、いたい」

 

「世界の悪意や苦痛には総量があるとしよう。いいや、確率で考えれば当然な話だ、ある一定量は幸福で危険のない人間がいて、ある一定量は不幸で苦痛を味わうモノが存在しているはずだ、ならば、お前がその不幸全体を味わえば良い。世界全体の苦痛全てをお前が肩代わりすれば、他の者は全員幸福になる。死にもしない人間もどきが、十字架を背負うことができるんだ、喜ばしいことじゃないか、なぁ、素晴らしいとは思わないか、是非そうするべきだ」

 

「っ──」

 

 ミラに送り込まれるのは地球上に存在するあらゆる苦痛だった、そして、マグルがほんの少し前まで続けていた殺し合いの記録だった。

 

「お前が死にたくなるまで、傷つけてやろう。ありとあらゆる方法でお前の人格を否定し続けてやろう、ああ、そうだ、これだけは言っておかねばならない──」

 

 その男は一瞬、間を置いた。

 

「お前は、生きていてはいけない存在だ」

 

「ひぅ──」

 

 それは、ミラ・ステラの初めて感じた感覚だった。

 

「ぅ……ぁ……ぅ」

 

 言葉は言葉にならず、嗚咽だけが漏れ、黒銀の瞳からは生暖かい液体が溢れ出た。

 

 ミラは自分が震えていることも、涙を流していることも理解出来なかった。

 

「ゃ……めて……やめ……」

 

「知りもしない感情を他者に想起させようとするなど、愚かにも程があるとは思わないか?」

 

「ぅ……ひっ……」

 

「そうだ、これが恐怖というモノだ──」

 

 そして、ミラの細い首は折られた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「っ──」

 

 ハリーは目の前で動かなくなった少女を見て呆然としていた。

 

「……え……なんで……これ」

 

 間違いなく、自分の手で絞め殺した。その感触がはっきりと手に残っている。

 少女の顔は涙に濡れたまま、目は虚になり、息をしていない。

 

 誰がどう見ても、彼女は既に生きていなかった。

 

「僕じゃない……僕じゃないんだ」

 

 どれだけ否定しても事実は目の前に転がっていた。

 

「まさか」

 

 "最初の授業は、ハリー・ポッターが私を倒して終わり"

 

 彼女の言葉が過る。

 

 "あれは予言か何かで、避けようがない運命のようなものが強制力を持っているんじゃないか"──彼はそう考えることで罪悪感や吐き気から逃れ続ける。

 

「ね、ねぇ、吸魂鬼は…」

 

 "消えないはずだ、そう言っていた。だから殺してしまっても死ぬことはない、はずだ。だから僕は何も悪くはない、これは、僕の罪じゃない"

 

 列車が揺れているのか、自分が目眩を起こしているのか、もはや判別が付かない。

 

「ごめん……ごめん……僕は……何を……」

 

 彼が揺すろうと、ミラは動かなかった。

 

 確かに、怒りで多少我を忘れることがあった。

 ダンブルドアの訪問の際も、友人だった者の制止がなければ暴れていたかも知れない。

 だが"悪"であるだけで、相手を締め殺すなど、彼の中ではあり得なかった。

 

 悪事にはそれ相応の罰があり、それを量るのは個人ではないことくらいの認識はあったつもりだった。

 

 しかも、唯一、今の事件を解決できる可能性を持つ存在を自分の手で殺してしまった。

 

 怒りと生存本能であれば言い訳も出来たかも知れない。

 

 だが彼の記憶に染み付いていたのは、明確な悪意と殺意だった。

 

「あ、ぁぁぁぁ!!」

 

 彼はコンパートメントの外へ逃げ出した。

 

 廊下はチョコレート塗れになっており、吸魂鬼が徘徊している。

 

 紛れもなく、ハリーの知っている惨状であり、これまでが幻覚などではなかったことを彼に悟らせる。

 

 全て、現実だった。それを理解できる程度には彼は正気だった。

 

 吸魂鬼達は道を譲るように避け、狂乱して走り去るハリーを眺めるだけだった。



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22 闇の帝王とゲームオーバーの裏技

進みが遅すぎてホグワーツ鈍行なので初登校です。


 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 廊下の吸魂鬼達が遠巻きに様子を見ている中、ハリーは列車の壁に背を預けて座り込み、吐き気を堪えていた。

 

 混乱と狂躁が彼の思考で渦を巻く。

 

 人を殺め、さらには自らの罪を認めずに逃げ出した。

 自分が考える自分から最も遠い行為と対応だった。

 正当な防衛ではなかった。

 だが自分は、"嬉々として"少女の首を握り潰していた。

 何故、そうしなければならなかったのかすら、まるで分からなかった。

 

 手には彼女の冷たい肌と骨が折れた瞬間の残滓が消えず。

 

「なんで……なんで……」

 

 問い掛けに答える者はいない。

 

 "マトモなつもりだった"

 

 "おかしいのは世の中や魔法界で、闇の帝王や叔父で、校長や生徒達で"

 

 "自分は、マトモだと思っていた"

 

 "映画の主人公のように、悪に立ち向かう、光で善性の存在なんだ"

 

 それらは思い込みでしかなかったのだと、彼は思い知らされ、ここまでの全てが懐疑に満ちて行く。

 

 本当の父や母を殺した宿命の相手、予言、魔法、イカれた魔法界、辺境の魔法学校、死を模したような怪物、あまりにも杜撰なルールのスポーツ、正気とは思えない子供達。

 

 本当に疑うべきだったのはそう言った外の世界などではなく。

 

 ──それを現実だと思っている自分自身だったのではないだろうか?

 

 自分が階段下の物置きで、妄想に囚われているだけではないと言い切れるのだろうか。

 ダドリーの命を救って友人になる、なんて都合の良い出来事が起きるだろうか。

 守護霊の呪文もなしに、吸魂鬼を一体どうやって退けたのだろうか。

 そもそも、吸魂鬼に襲われたあの出来事自体、本当に起こったことなのだろうか。

 

 全てを懐疑に沈め、正気を否定することで現状からの逃避を計る。

 それこそが自身の正気を証明する皮肉であるとすら気がつかず。

 

 少年は自らを物語の主人公と思い込んでいたが、自分自身の運命を本当に受け入れる準備はまだ出来ていなかった。

 

 彼は11歳の少年で、ただの子供に過ぎなかった。

 

「なんじゃお主、吸魂鬼にも避けられてるのか?」

 

 震える彼の前に、ふらりと現れる影。

 

「──?」

 

 顔を上げると。

 

「……誰?」

 

「ワシは……あ、いや。ネビル・ロングボトムじゃ!」

 

 桃色髪の美少女、"ネビル・ロングボトム"がそこに立っていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ここで何をしておるのじゃ?もしや、お主が黒幕か?」

 

 新ネビルは屈み、目線を合わせてハリーに問う。

 

「違う……僕は……悪い奴じゃない……悪い奴を止めるために……」

 

「ほぉ、まるでハリー・ポッターじゃの」

 

「……僕がハリー・ポッターだよ……自分でも信じられないけど」

 

「魔法界の英雄がこんなところで一人蹲っておるのか?情けないのぉ」

 

 新ネビルはニヤニヤと八重歯を出して煽るように笑う。

 

「僕は……英雄なんかじゃない」

 

「闇の帝王を倒したんじゃろう?」

 

「闇の帝王なんて、本当にいるの?」

 

「……どう言う意味じゃ?」

 

「僕の両親が実は魔法使いで、悪の親玉が殺して、赤ん坊の僕がそれを倒して、僕も実は魔法使いで、お金が沢山あって……友達が出来て……魔法を勉強するために不思議な場所に来た……そんなの、現実的じゃない」

 

「そうかの?じゃあワシも幻想か?」

 

「……そうかも知れない。僕は階段下の物置きで夢を見てるだけで、本当は魔法なんてどこにも無いし、両親は事故で死んだだけのろくでなしで、逃避のために自分を魔法使いだと思い込んでる惨めなヤツなのかも……それどころか、"ハリー・ポッター"ですらないのかも」

 

「なるほど。まあワシはなんとも言い難いが」

 

 何故かバツが悪そうな顔をする新ネビル。

 

「仮に君が否定しても、妄想が否定してるようなものじゃないか」

 

「ま、それもそうじゃな」

 

「……」

 

「じゃが、幻覚や妄想だったとしても、それを現実と感じてしまうのであれば、もうそれは現実じゃよ」

 

「それは……おかしくないかな」

 

「仮にワシが一人で薄暗い部屋の中にいながら、ゲームをしておるとする。その虚構を現実だと、自分を魔法使いだと思い込んで楽しんでおったとしてもそれは現実じゃ、ワシの中では」

 

「君の中では、でしょう?」

 

「ワシはゲームが好きじゃ。ゲームをして楽しいのは現実じゃ。同じように、小説を読んで何かを知るのも、映画を観て感動するのじゃって、現実じゃ。なら、妄想に浸っていても現実で良いではないか」

 

「同じことが妄想って言葉にも使えるんじゃないかな」

 

「どっちでも同じなら現実でも良いじゃろ」

 

「……人を、殺したとしても?」

 

「生きておれば人の一人や二人は殺すじゃろう、お前が食った物は誰かしらが犠牲になって作られた。無実なヤツなど今の世の中に一人としておらぬ」

 

「自分で相手の首を絞めて殺したとしても、そう言うの?」

 

「……まあ、仮にこの世界が架空のものだとして、目覚める方法がなければ現実と変わらんじゃろ。どうじゃ?"物置き"には戻れそうか?」

 

「……出来そうにない」

 

「世界の存在や自分の正気を疑っても無駄じゃ、まあ哲学者にでもなりたいならそうすれば良いがな……何故ワシがこんなことを」

 

「……楽しくお話しできなくて悪かったね」

 

「そんなにハリー・ポッターが嫌なら辞めてみるか?」

 

「……え?」

 

「ワシは実はネビル・ロングボトムではない」

 

「……じゃあ誰?」

 

「闇の帝王じゃ」

 

「……闇の帝王?……は?」

 

 怒りよりも困惑の方が上回っていた。

 

「突然ですまぬが、この世界は映画でもなければ小説でもないからのう。心の準備をさせてくれるほど悠長ではない」

 

「何を、言ってるんだ……?」

 

「なり変わるなど、造作もないことじゃ。闇の帝王を殺した少年こそ、実は闇の帝王だった──共に青春の血と汗を流した友人こそ、倒すべき敵だった──とか最高に笑えるじゃろ?そうして、最後の最後に裏切って皆殺しにしてしまう。衝撃的なエンディングじゃ……ノーベル平和賞はワシのものじゃな」

 

「お前が、僕の両親を、殺した?」

 

「お主が誰かを殺したことが妄想なら、ワシがお前の親を殺したこともまた妄想じゃろ?違うか?」

 

「……僕は」

 

「そうじゃ!今からこの列車にいる子供達を一人一人殺して回ろうかの!なんせお主の頭の中の出来事じゃ!何をしても無問題じゃあ!」

 

「やめ……」

 

「やめてくれ?バカを言うな。ワシは"慰めてくれる都合の良いお助けキャラ"ではない。闇の帝王、ハリー・ポッターの宿敵じゃ。じゃがお主がハリー・ポッターの役をやりたくないのなら、ワシが一人二役をやってやろう!ただし、友人は真っ二つじゃがな!ぎゃはは!!」

 

 気の狂った子供が戯言を吐いている、そう切り捨てることが少年には、何故かできなかった。

 それを信じることが、現状を認めて魔法界の存在を肯定し、自身の殺人を認めることだったとしても。

 

「……どうして、僕の両親を殺した?」

 

「ん?予言じゃ。ワシを退けた者からワシに匹敵するものが生まれる。殺されたくはないからのう。だから殺した」

 

「僕だけで十分だった」

 

「あー、それは……そうじゃな。まだ腹の中にいるかも知れぬし、また生まれてくるかも知れんじゃろ。油断は死を招くのじゃ」

 

「死にたくないから殺した、そう言うことか?」

 

闇の帝王(ワシ)の行動原理は大体そうじゃ」

 

「分かった。もう十分理解した」

 

 許すことも、両親のために怒ることはできなかった。

 

 生き残るために両親や自分を殺そうとした闇の帝王と、ほんの少し前に少女を絞め殺した自身。

 その両者に然程違いがないように思え、一方的に怒り狂える程、自分に正当性が感じられなかった。

 また、怒りに任せてしまうことの恐ろしさを知ってしまっていた。

 

「そうか。ではお主の代わりにワシが──」

 

 杖を向ける新ネビル。

 

「物置き部屋の妄想だったとしても、目覚めの悪いことはされたくない」

 

 対して、ハリーもまた懐から取り出した杖を向けた。

 

「なんじゃ急に」

 

「僕がどうしようもない人間だったとしても、"ハリー・ポッター"でいることで、みんなが助かるなら、そうする」

 

「……それで?」

 

「自分の罪から逃れるために、君を行かせれば、きっとすごく後悔することになるから」

 

「ワシに勝てるとでも?」

 

「僕はもう一回勝ってる。また同じ事をするだけだよ」

 

 彼に手札はなかった。だが、それでも立ち向かうことが、彼を彼たらしめる証明だった。

 

 ハリー・ポッターという"役割"の証明である。

 

「……ほう、愚かな」

 

 新ネビルは杖を振り上げる。

 その目はハリーなど眼中に無いようですらあった。

 

 対してハリーはその姿から目を逸らすことなく、見つめ続ける。

 

 そして。

 

「……じゃが、そうでなければな!」

 

 そして、新ネビルは杖を収めた。

 

「……え?」

 

「ここでお主を殺しても面白くないじゃろ」

 

「見逃す……ってこと?」

 

「弱いヤツを倒して面白いか?ワシはそうは思わん。戦うなら相応しい相手に限る」

 

「その弱いヤツが赤ん坊だった頃に負けてるのに?」

 

「生きておるからワシの勝ちじゃ」

 

 ニヤリと笑う新ネビルの言葉を聞いて、彼は気が付いた。

 

 ハリーも生き残っている以上、その理屈で言うとお互い引き分けなのではないだろうか、と言うこと。

 

 そして、この状況を打破するための方法の二つに。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……生き残るのが目的なら、一つ聞くけど」

 

「なんじゃ?」

 

「今のこの状態で、助かる見込みあると思う?」

 

「ワシは闇の帝王で、無敵じゃ」

 

「でも、この事件には関係がない」

 

「……何が言いたい」

 

「廃人になっても、"死んではいない"。だから、吸魂鬼は"予言に関係なく"僕らに危害を加えることが出来る。それに吸魂鬼は君が連れてきたわけではない」

 

「……かもしれんな」

 

「姿晦まし、だっけ?もしそれが使えるなら、君はもうここにいるはずが無い。だから、逃げられない理由がある。何かしらの、ね?」

 

 ハリーの目は窮地に立たされた少年のそれではなかった。

 

「なのに君は正体を明かした。逃げられもせず、後で告発されるかも知れないのに。それは……記憶を書き換えられるから。成り変わるっていうのも多分それだ」

 

「ほう、入学前にしては勉強しておるようじゃな」

 

「だけど、僕は君に対抗することができる」

 

 ハリーは杖を自分自身の頭に向けた。

 

「僕は僕の記憶を消す」

 

「それのどこが──」

 

「僕は"この事件を解決する方法"を知っている。もし僕の記憶を改竄しようとするなら、それよりも早く僕の記憶を消す」

 

「オブリビエイトはそんな簡単に使える魔法ではないぞ」

 

「だからこそだよ。"僕が助からなければ"、君もここで廃人になって終わりだ」

 

「吸魂鬼に対抗する術がない前提で行っておるようじゃが、ワシは守護霊の呪文くらい使えるぞ?」

 

「他の生徒達だって守護霊の呪文くらい練習はしてる筈だよ。習得が困難でも一人二人は使えてもおかしくない。でも、今はこの状況だ。つまり、今更一人が使えても大した効果は望めない」

 

「バカな真似は辞めた方が──」

 

「心を読もうとしても記憶を消す」

 

「……お主」

 

「校長先生が目を合わせてきた時も、"あの子"と会った時も心を読まれていた。魔法は無言でも杖なしでも使えるらしい。けど、誰でもじゃない。君は呪文と杖がなければ僕の心は読めない。今、僕の記憶を読み取れてないんだから」

 

「……11歳の子供とは思えんな」

 

「僕もそう思うよ……でも今は気にしないことにしたんだ」

 

「お主の杖が頭から離れた瞬間にワシが魔法を使えば良いだけのことじゃな」

 

「だから、僕は魔法を使わない。全部、君がやるんだ」

 

「お主も闇の魔法使いの才能があるようじゃな」

 

 新ネビルは手の内を見透かされた上に、脅迫されたことにはある程度驚いてはいたが、所詮子供の考える浅知恵と低く見積もっていた。

 

 それが"闇の帝王"らしい浅慮だった。

 

「じゃあ──先ずは"君自身に"服従の呪文をかけろ。僕の指示に従うように」

 

「……は?」

 

 新ネビルは彼が何を言っているのか理解出来なかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「今回の件が片付くまでで、構わないよ」

 

 そう付け加えるのは、11歳の少年で、ホグワーツに入学する前の子供でしかない筈だった。

 

「お、お主は自分が何を言っておるのか分かっているのか……?」

 

「僕の手札にはないカードは、"君の手札"から使うしかないでしょ?」

 

「魔法界の英雄が人に服従の呪文を使わせるなど、そんな」

 

「そう?君の服従の呪文の期限を無期限にさせて、切れかけたらもう一度かけるようにしてもらっても構わないんだよ?その場合、僕が"ハリー・ポッター"をするために、君には"都合の良い闇の帝王"を演じてもらうことになるけれどね」

 

「──っ」

 

 絶句する新ネビルは漸く気が付いた。

 

 立場はとっくに逆転していることに。

 

「今から思い直して僕を殺しても、君は助からない。吸魂鬼は僕を避けているけど、僕が死ねば君は餌でしかない。さあ、選択肢はないよ」

 

 "主人公"が指摘していた通り、彼女は元より、吸魂鬼の全てを退けたり、この事件を解決する手段は持ち合わせていなかった。

 

 また旧ネビルを外に投げ捨てた後の状況から、列車から出た生徒が車両へは戻されないこと、そして何処かへ消えることを把握しており、その"挙動"から姿晦まし等でも脱出出来ない事を予想していた。

 

 彼女は闇の帝王を演じる"プレイヤー"の一人でしかない。

 

 だからこそ、本来の主人公を動かすことでこの"イベント"を進ませることが出来ると考えて動き、それらしく意気消沈していた少年に声を掛けた。

 

 何を言おうと、上位者である自分ならばどうとでもなると考えて。

 

 だが、実際は彼女の想像をはるかに超えていた。

 

 攻略法も前例もないイベントであるにも関わらず、解決するための方法は"主人公"の頭の中にしかない。

 

 彼女にはなす術はなかった。

 

 彼女の視界にだけ現れている、"掲示板"の書き込みに頼る以外には。



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【ホグワーツ特急】w.w.o・炎上ワールド実況スレpart120

 

514:◆元祖闇の帝王

どうしてこうなった!責任者はどこか!

 

515:名無しの魔法使いさん

そいつトムじゃね?ハリーじゃなくて

 

516:★正史★

⚠︎トムには全く似ていません⚠︎

年頃にありがちな軽い厨二病です!

 

517:◆元祖闇の帝王

主人公の姿か……?これが……?

誰か無言で開心できる奴来てくれぬか?

 

518:名無しの魔法使いさん

そこにいるプレイヤーお前だけやろ

 

519:◆元祖闇の帝王

ワシ宛てに守護霊飛ばして吸魂鬼全部追っ払ってくれんか?

 

520:名無しの魔法使いさん

ほぼ使い道のないイベント用呪文なんか習得してる暇人おらんわ

 

521:★正史★

原典では有体の守護霊を使役できる魔法使いは数少なく、優れた魔法使いなのです。寧ろ使える生徒がいる方が原典に即していないのです。

 

522:◆元祖闇の帝王

お主らの安価に従った結果なんじゃが?

 

523:名無しの魔法使いさん

え、ここから入れる保険があるって本当ですか?

 

524:★正史★

正史に従わないから、こうなるのです。

悔い改めて、どうぞ。

 

525:名無しの魔法使いさん

安価を上手く捌くのも実況者の腕や

 

526:◆真・闇の帝王

それで、どっちにする?

 

527:名無しの魔法使いさん

服従呪文→その後ダンブルドアに引き渡されて最後は聖マン○行き

未使用→ハリーが記憶消してクリア不可

最高だな……!

 

528:名無しの魔法使いさん

奴は犠牲となったのだ。犠牲の犠牲に……

 

529:◆過去最高の闇の帝王

俺様が闇ホグで評価しておくゾ

入学前のハリーに負けた闇の帝王って

 

530:名無しの魔法使いさん

「闇の帝王向いてねぇよお前、もう船降りろ」

 

531:◆真・闇の帝王

「む、麦わらァ……!!」ポロポロ……

 

532:◆元祖闇の帝王

嫌じゃあ!!ワシは船から降りとうない!!

 

533:名無しの魔法使いさん

姿晦ましで逃げればええやん

 

534:★正史★

免許もなしに姿晦ましをすれば執行部隊に引き渡します、いいですね?

 

535:名無しの魔法使いさん

姿晦ましする相手をどうやって捕まえるんでしかね……?

 

536:名無しの魔法使いさん

というか使えるなら列車乗らんのでは……?

 

537:◆元祖闇の帝王

>>533

嫌じゃ。列車の外に投げ捨てたネビルが転移して消えよったし

なんの判定があるかも分からんし

 

538:名無しの魔法使いさん

何だよネビル、死んでんじゃん

 

539:◆元祖闇の帝王

>>536

スルーして転移は味気ないじゃろ

 

540:名無しの魔法使いさん

>>760

おい、やめておけ。

アズカバンフェーズだと吸魂鬼の襲撃イベントが確定してるから乗るな

 

541:◆元祖闇の帝王

だからこうして守護霊の呪文をじゃな……

 

542:名無しの魔法使いさん

クソゲーに遭遇してキャラクリやり直す方が怠いやろ

 

543:◆公認会計ゴブリン

一般銀行員ワイ高みの見物

 

544:◆元祖闇の帝王

ゴブカスがよぉぉ!!

 

545:名無しの魔法使いさん

>>540

前スレに向かって警告してて草

 

546:◆過去最高の闇の帝王

大切なことはいつも通り過ぎてから気がつくものだよ、少年

 

547:◆元祖闇の帝王

……クソども、下10まで解決法募集じゃ

 

548:◆公認会計ゴブリン

愛じゃよ、愛

 

549:名無しの魔法使いさん

拓也?今から助けられますか?

 

550:◆過去最高の闇の帝王

あいつ、闇の帝王を辞めるってよ

 

551:◆Halloweeeeeen

halloween!!

 

552:◆真・闇の帝王

自分にオブリビエイト

 

553:名無しの魔法使いさん

お辞儀をするのだ

 

554:名無しの魔法使いさん

愛の妙薬に頼る

 

555:名無しの魔法使いさん

>>549

ウッス

 

556:★正史★

正史に従う

 

557:名無しの魔法使いさん

③ 現実は非情である

 

558:◆元祖闇の帝王

お前ら助ける気ないじゃろ、ウッスじゃねぇよ

 

559:名無しの魔法使いさん

ほぼ案ですらなくて草

 

560:★正史★

正史に従えば自ずと道は開けます。

ホグワーツでは助けを求める者にはいかなる時でも必ず与えられます。

 

561:名無しの魔法使いさん

まだホグワーツじゃないから助からないのでは

 

562:◆元祖闇の帝王

原作が勝手に言ってるだけじゃ

 

563:名無しの魔法使いさん

嘘つけ割と陰湿やろ

 

564:◆真・闇の帝王

クィレルやロックハートは助かりましたか?

 

565:★正史★

正史で生き残るキャラ以外が助かる必要が?

 

566:名無しの魔法使いさん

今北産業

 

567:名無しの魔法使いさん

あの、なんだろう、クッソ古い語録でネット老人会開こうとするのやめてもらっていいですか?

 

568:名無しの魔法使いさん

掲示板使ってるような香具師が若いわけないwwwコポォww

 

569:◆真・闇の帝王

香具師……?コポォ……?

 

570:名無しの魔法使いさん

"施設"からログインしてる"歴戦個体"だろ

 

571:◆BLACK_DLAGOON

えっ?歴戦個体?呼んだ?

 

572:★正史★

呼んでませんが?

 

573: ◆元祖闇の帝王

チート……なるほど、そういうのもあるのか

 

574:名無しの魔法使いさん

落ちたな(確信)

 

575: 名無しの魔法使いさん

頼む!それだけはやめてくれ!

ワイらは君が苦しむ様が見たいだけなんや!

 

576:◆元祖闇の帝王

なんでドランゴが良くてワシはダメなんじゃ!

というかお主ら邪悪過ぎぬか!

 

577:名無しの魔法使いさん

別に許されてない定期

 

578:名無しの魔法使いさん

正史主義者に粘着されたいのか?

 

579:◆BLACK_DLAGOON

どしたん?話聞こうか?

 

580:◆元祖闇の帝王

こいつら助けてくれんのじゃ!

 

581:◆BLACK_DLAGOON

うんうん、それはこいつらが悪いわ(笑)

君は何も悪くないんやで(笑)

 

582:名無しの魔法使いさん

信用するな、"動物の交尾"は倫理的な問題を突破できる

これ以上は言わなくても分かるやろ

 

583:名無しの魔法使いさん

なんでそんなこと知ってるんや……?

 

584:名無しの魔法使いさん

抜け穴を使っていいのは使われる覚悟のあるやつだけってことや

 

585:名無しの魔法使いさん

あっ……(察し)

 

586:◆BLACK_DLAGOON

ドラゴンの性を認めないとか、多様性に反するつもりか?

 

587:★正史★

何が政治的に正しいかは正史、つまり原作者が決めます。

 

588:名無しの魔法使いさん

その発言大丈夫ですか?誰か燃えてませんか?

 

589:◆公認会計ゴブリン

人カスは全員レイシストでいいだろ上等だろ

 

590:名無しの魔法使いさん

ゴブリンは人間じゃないから保護されるべき人権もないゾ

 

591:名無しの魔法使いさん

ゴブリンになれば無敵のヒトって……コト!?

 

592:名無しの魔法使いさん

なんか(態度が)デカくて(権利が)強いヤツやん

 

593:◆元祖闇の帝王

これだけ人がおってまるで役に立たんとは……集合知とは何じゃ?

 

594:名無しの魔法使いさん

有能な魔法使いは死んだ奴だけだよ

 

595:◆元祖闇の帝王

いいか覚えておけ、ワシは死なねェ!

 

596:名無しの魔法使いさん

敗北者の息子と同じこと言ってて草。

 

597:◆元祖闇の帝王

敗北者……?

取り消せよ……!!!今の言葉……!!!

 

598:名無しの魔法使いさん

>>595

甘いんじゃねぇのか?人は死ぬぞ?

 

599:名無しの魔法使いさん

>>595

闇の帝王は……!!!死んだんだろ" !!?

 

600:名無しの魔法使いさん

なんか海賊多い……多くない?

 

601:名無しの魔法使いさん

魔法界やぞ海賊王ぐらいおるやろ

 

602:名無しの魔法使いさん

誰か光域宇宙警察呼んで

 

603:名無しの魔法使いさん

海軍じゃないのか……?

 

604:名無しの魔法使いさん

申し訳ないがそっちは宇宙怪獣も連れてくるからN.O

 

605:★正史★

何が宇宙ですか、ここは魔法界ですよ。

 

606:◆BLACK_DLAGOON

スターウォーズは死んだんだ。

いくら呼んでも帰っては来ないんだ。

もうあの時間は終わって、君も人生と向き合う時なんだ。

607:★正史★

くぁwせdrftgyふじこlp

 

608:名無しの魔法使いさん

それ逆に無傷じゃなきゃ入力せんやろ

 

609:◆元祖闇の帝王

もうさっきまでの案で行くか

 

610:名無しの魔法使いさん

やるんだな!?今…!ここで!

 

611:名無しの魔法使いさん

うっそだろお前

 

612:名無しの魔法使いさん

もう生きて帰れねぇからな

 

613:◆過去最高の闇の帝王

君が辞めても代わりはいるから安心してくれ

 

614:名無しの魔法使いさん

古の追放系なろうかな?

 

615:名無しの魔法使いさん

闇の帝王を辞めて田舎(禁断の森)で

スローライフ(命を投げ捨てる)!?

 

616:◆元祖闇の帝王

おーおー好き勝手言いなさる……!!

 

617:名無しの魔法使いさん

…本気なら止めまい…南無

 

618:◆元祖闇の帝王

別に、ワシが全部解決してしまっても構わんのじゃろう?

 

619:名無しの魔法使いさん

勝ったな、風呂入ってくる

 

620:名無しの魔法使いさん

何を言ってるのかわからんが、とにかくすごい自信だ……

 

621:名無しの魔法使いさん

やったぜ

 

622:名無しの魔法使いさん

この戦いが終わったらパインサラダが待ってるんだ

 

623:名無しの魔法使いさん

勝った!第三部完!

 

624:名無しの魔法使いさん

も う 何 も 恐 く な い

 

625:◆元祖闇の帝王

死亡フラグも積み重ねれば成立しないのじゃ

 

626:◆過去最高の闇の帝王

死は避けられないものだよ、君

 

627:名無しの魔法使いさん

闇の帝王が言うことか……?

 

628:名無しの魔法使いさん

これもうわかんねぇな……

 

629:名無しの魔法使いさん

 



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23 ハリー・ポッターと誰かしらの愛

列車編が終わらないのはps4版のレガシーが発売されないからです


「……仕方あるまい」

 

 新ネビルは自分の視界だけに投影されていた掲示板の画面を閉じて呟く。

 

「じゃあ呪文を使ってもらえるかな?」

 

 ハリーは自分の頭に杖を向けたまま、警戒し続けていた。

 

「ワシは……」

 

 新ネビルの額に油汗が流れる。

 

「ほら、早く」

 

「ワシは……!」

 

 彼女の杖を握った手が震える。

 

「唱えるんだ」

 

「ワシは──!」

 

 そして彼女もまた自身の頭に杖を向け──

 

「さぁ!」

 

「──闇の帝王ではない!」

 

「……はい?」

 

 勝利を確信していたハリーに与えられたのは困惑だった。

 

「ワシは闇の帝王ではない」

 

「じゃあ何で予言を」

 

「……知っておる者に覚えはないか?」

 

「それは」

 

「もしワシが闇の帝王なら、なぜさっき殺さなかった?生き残るのが目的なら、今の内に殺しておくのが正解じゃろ?」

 

 実際は掲示板の住民達の悪ふざけ──"安価"の指示に従っていただけである。

 

「じゃあ、君は」

 

「実は……ダンブルドアなんじゃ」

 

「どう見ても老人には見えないけど」

 

「魔法界には変身術や便利な薬があるのじゃよ」

 

「何か証拠は?」

 

「証拠……?証拠が必要か?」

 

「ネビルだったり、闇の帝王だったり、ダンブルドア先生だったり、何が本当か分からない」

 

「証拠か……」

 

 新ネビルは掲示板の原作に詳しい有識者達に助けを求めた。

 

 無論、最も反応が多かったのは正史主義者達である。

 

「あー、"予言はまだ後半の部分がある。闇の帝王はそれを知らぬ"」

 

 新ネビルは書き込みを読み上げる。

 

「僕には確かめようがないな」

 

「……"お主の杖は不死鳥の尾羽を使っておる、闇の帝王の使っていた杖と同じ不死鳥から採取された尾羽"じゃ」

 

「杖は何本もあるしよく覚えてない、この杖だってどの杖かわからない。もう折られたやつかも」

 

「はぁ!?なぜそんな重要なことを忘れられるんじゃ!?」

 

 掲示板の書き込みは荒ぶっていた。

 

 炎のゴブレットで回収される筈の伏線が何処かへ行ってしまったからだ。

 

「……そうじゃな。"お主は蛇語を話せる"じゃろ。"動物園の事件"を知っておる者は殆どおるまい」

 

「闇の帝王も蛇語を話せるなら、あの蛇が闇の帝王に教えた可能性だってある」

 

「なんじゃそれは……」

 

 "動物園でハリーが逃した蛇が実はナギニだったという説があるが、原作者に否定されている"

 

 有識者による解説が書き込まれ、新ネビルの視界に表示される。

 とは言え、新ネビルはハリーに向かって"正史的に"あり得ないとは否定できなかった。

 

「……"お主が叔父から貰った誕生日プレゼントは、使い古しの靴下"じゃ」

 

 読み上げられたその書き込みは、本気で解決しようと考えて書かれたようには見えなかった。

 

「……はぁ」

 

 少年のため息。

 

 誰もがまた反論されるだろうと予期していた、しかし。

 

「またハロウィンなんですか?」

 

 ハリーは英国魔法界靴下愛好会会長との激論を覚えていた。

 

「ハロウィン……?あ、ああ、そうじゃ、全てはハロウィンじゃ」

 

 偽ダンブルドアは何も分かっていないがハリーに合わせた。

 掲示板のレスにもハロウィンと書かれていたのを思い出したからだ。

 

「ああ……また分かってて放置したんですね」

 

「信じてくれるのか?」

 

「多少不審な点はありますけど、彼らは自分達の風評のためにマグルの間でも口にする筈ありませんし、魔法使いとも関わりがない。闇の帝王がそんなどうでもいいことを知ってる可能性は限りなく低い」

 

 掲示板の正史主義者達は自分達の手柄のように喜んでいた。

 実際には正史に存在していない会話が鍵になっていたとは知らずに。

 

「……すまんの、これも試練なのじゃ」

 

「もう何も言いません。代わりに早くこの状況を改善してもらえますか?」

 

 ハリーは"杖を構えたまま"新ダンブルドアの瞳を見つめて言う。

 

 掲示板の解決ムードは一気に冷め切った。

 

「あー、それはじゃな」

 

 予期していた住民達は"だから言った"を繰り返し呪文のように唱えていた。

 

 もはや烏合の衆とかした集合痴を前に、新ネビルは一人で立ち向かわねばならなかった。

 

「この姿じゃと強力な魔法は使えんのじゃ。無言で心も読めぬ」

 

「まだこの列車の中で意識あるのに?」

 

「守護霊の呪文じゃ……」

 

「先生なのに、自分だけ助かって?」

 

「残酷じゃが必要なことじゃった」

 

「必要なことなら生徒が苦しんでも良いと?」

 

「それは……愛じゃな、ハリー、愛なんじゃ」

 

「何故そこで愛なんですか?」

 

「全ては愛じゃ、ハリー」

 

「いや、だから」

 

 ハリーの頬は叩かれた。

 

「え……?」

 

「愛だって言ってんじゃろ!!」

 

「納得しない僕が悪いの!?」

 

「そうじゃ!!ワシなりの愛を受け入れろ!」

 

「いらないよそんな汚いもの!」

 

「お主は愛が無ければ死んでおったのじゃ!」

 

「は……?」

 

「闇の帝王に赤子が襲われて生き残れる訳があるまい!愛のパゥワーでそのとき不思議なことが起こり、闇の帝王を撃退したのじゃ!」

 

「……愛って何なんですか……?」

 

「魔法界最強の魔法と言っても過言ではない」

 

「……誰の愛が僕を守ったんですか?」

 

「ワシじゃが!?」

 

「何で校長が!?」

 

 母の愛はダンブルドアの愛となった。

 

「何じゃ?それが命の恩人に対する態度か?」

 

「……でも、確かに校長先生が闇の帝王にトラップを仕掛けて居たと思えば納得できます……特別じゃなかったんだ……」

 

「特別……?ああ、そうか。お主はワシが担ぎ上げただけの子供じゃ。英雄でも何でもない」

 

「……よかった」

 

「そこは悔しがるところではないのか?」

 

「都合が良過ぎたら、嘘みたいだから……そう言うことなら納得できます」

 

「無論、ワシは特別な存在じゃ。飴だって貰える」

 

 ハリーが何とも言えない顔で安堵しているのを他所に、偽ダンブルドアは飴を取り出して食べ始めた。

 

「先生」

 

「やらんぞ、この飴は特別な存在にしか許されんのじゃ」

 

「先生の愛でこんなことになってるなら、愛で解決してくれるんですよね?」

 

 そして、一連の会話は全く誤魔化せていなかった。

 

「任せろ、愛は全て解決するのじゃ」

 

 新ダンブルドアの視界では掲示板の書き込みが凄まじい速度で更新されていた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 そのコンパートメントだけはチョコレートで汚れていなかった。

 黒銀の髪の少女はソファの上で呼吸すらしていなかった。

 

 捨てられた人形のように、ただそこに居た。

 

「本当に"これ"生き物か?人形では……?」

 

「……多分、生き物です」

 

「生きておればこれで」

 

 偽ダンブルドアは懐から取り出した緑色の液体を飲ませる。

 

「効かんな……ふっ、脈なしじゃ!ぎゃはは!脈なしの彼女じゃあ!死亡確認!死亡確認ヨシ!」

 

 ミラ・ステラの手首に触れて、何が面白いのか笑い出す偽ダンブルドア。

 

 ハリーは彼女のいい加減な演技よりも、脈拍を測るとかいう概念が魔法界に存在したことに気を取られていた。

 

「なあ、これ実は最初から死んでいたというオチじゃないかのう?」

 

「……え?」

 

「列車がチョコ塗れなのは、コンパートメントにいる全員にチョコを振る舞った者がおるからじゃ。代金は全員から徴収させておったが」

 

「……え、ああ、みんなを助けるために?」

 

「悪戯じゃ。犯人はネビル・ロングボトム。全員のお小遣いを消し、チョコレートを浴びるように食べて満足そうにしておった」

 

「こんなときになんて奴だ……」

 

 息を吸うように吐かれた嘘で、ハリーの中でネビルの印象が出会う前に下がる。

 

「……でも、そのおかげで僕は起きてるのかも知れないのか」

 

「まあ、チョコレートが発射されておった時、たまたま誰も居なかったというのも考えられるがな」

 

「……先生、僕は一体何を見たんですか?」

 

「知らん。まあ、死んでおるなら死んでおるで方法はある」

 

「そんな魔法あるん──」

 

「リナベイト・ヴァルネラ・サネントゥール」

 

 偽ダンブルドアが死体を抱え、蘇生を試みる。

 

「……」

 

 少女は目を開いた、ただ開いただけでそこには意識は感じられない。

 

「蘇生ヨシ!」

 

「せ、先生、生き返らせる魔法なんてあるんですか!?」

 

「知り合いが昔、魔法生物を生き返らせるのに使った魔法じゃ」

 

「そんな呪文なんてないって前に……」

 

「死体を操る時にそれっぽくするだけじゃ。詐欺師しか喜ばん闇の魔法じゃよ」

 

 偽ダンブルドアは生気のない少女の手を持って人形のように動かす。

 

「闇の魔法……?」

 

「仕方ない。こいつを動かさねば吸魂鬼に食われて死ぬんじゃ!」

 

「そ、そうですね」

 

「後は服従の呪文で……」

 

「え、先生、許されざる呪文だって教え……」

 

「ワシが黒と言えば黒に、白と言えば白じゃ」

 

「そっか……ここは魔法界だった……」

 

「インペリオ!従うのじゃ!」

 

「……」

 

 しかし、少女は何の反応も返さなかった。

 

「……ダメじゃな。壊れておる」

 

「壊れてるって……玩具じゃないんですよ?」

 

「壊したのはお前じゃろうが」

 

「うっ……」

 

「ちょっと吸魂鬼けしかけるだけで、この仕打ちか、お主は冗談のわからん奴じゃな」

 

「吸魂鬼がイタズラで済むなら、アズカバンはハロウィンタウンですね」

 

「なんじゃお主、無類のハロウィン好きか?」

 

「魔法界はハロウィンだって言ったのは先生だよ!」

 

「……そうじゃが?」

 

「え……?僕がおかしいの?」

 

「動かせんな、どうする?」

 

「僕に聞かれても……」

 

 彼女はハリーではなく掲示板に聞いていた。

 

「ロコモーター?動かすにしても、そもそも名前が分からんしな……古代魔術は……」

 

「あれ、この子先生と面識あるって」

 

「……物体としての名称じゃ。ペットの石に名前を付けていたとしても、それは石じゃろ?」

 

「ペットの石ってなんですか?」

 

「ただの石をペットとして扱うモノじゃ。闇の帝王はなんと、窓際で七匹ものペットの石を飼っておったという……寝床も餌も与えずにな」

 

「空想上のペットを虐待するなんて相当頭が可哀想な奴ですね、闇の帝王って」

 

「……あまり闇の帝王を馬鹿にするのはやめておいた方が良い。何処に死喰い人が潜んでおるか分からん」

 

「気をつけます」

 

「しかし、どうしたものか……」

 

「レビコーパスでぶら下げるとか……?」

 

「誰から教わったんじゃ、そんな非道な真似」

 

「鞄の妖精に」

 

「あまりそう言うことを言わぬ方が良い。どこにクィブラーの読者が潜んでおるか分からん」

 

「死喰い人への警戒と同レベルなんですか?」

 

「狂人の方が怖い……ヨシ、レビコーパスじゃな」

 

 掲示板の結論はレビコーパスだった。

 

 人形のような少女は無表情のまま、逆さ吊りになる。

 

「浮いたな」

 

「浮きましたね」

 

「……」

 

 ハリーには少女の虚な目が非道を訴えているように見えた。

 

「これってどう見ても僕らが悪い役じゃないですか?」

 

「こいつを人質にして吸魂鬼達に撤退するように言おう」

 

「完全に悪役じゃないか!」

 

「どうするんじゃ?この状況を愛で解決できるのか?こいつが愛で生き返るとでも言うのか」

 

「愛が解決するんじゃないんですか!?」

 

「もうその段階ではないじゃろ。見ろ。どうみても死んでおるんじゃぞ?」

 

 偽ダンブルドアが指差す少女は逆さ吊りのまま死んでいる。

 ロンへの誤った死亡判定とはワケが違った。

 

「それともなんじゃ?眠れるお姫様にキスでもしてみるか?愛のパゥワーで何でも解決か?」

 

「……確かにこの子が吸魂鬼なら魂を吸わせれば何か変わるかもしれませんけど……」

 

「うわ、本気かお主。ワシはやらんぞ」

 

「先生、魂を吸わせるのってどうしたらいい?」

 

「あー、……キス?ああ、キスじゃな」

 

「本当ですか……?」

 

「実はワシは嘘をついたことがないのじゃ」

 

 その言葉が嘘だとハリーは思った。

 

 吊り下げられた少女が低い位置まで降ろされ、ハリーの顔と向かい合う。

 

「まるでトビー・マグワイヤじゃ……」

 

 ハリーはルーナの言っていた"あのマグワイヤ"がそれなのだと誤解した。

 

 余談ではあるが1991年、まだサム・ライミ版の映画『スパイダーマン』は公開されていなかった。

 当時の映画版と言えば東映版の地獄からの使者であり、スパイダーマン=巨大ロボのレオパルドンで敵を秒殺する情け無用の男なのだ。

 断じてニューヨークの親愛なる隣人ではない。

 

 閑話休題。

 

「……」

 

 感情の無い瞳がハリーの緑色の目を映す。

 

「いけーっ淫売の息子!!」

 

 偽ダンブルドアは完全に他人事だと思って観戦気分だった。

 

 状況はかなり緊迫している上に彼女が蘇らないならどうにもならない──だが。

 

「それが生き返ってもワシがおるから、安心して死んでくれていいぞ」

 

「っ──」

 

 少女の顔は全くの無表情だった、しかしハリーは物凄く非難されているように感じていた。

 

 彼はキスなどしたこともないし、やり方も分からない。

 少年の頭の中では『ニューシネマ・パラダイス』のラストシーンが如く、記憶の中のキスシーンの数々が脳内シアターのスクリーンに投影されていた。

 

 だが座席に座っているハリーはどれが正解なのかも分からなかったし、他の座席に座っている脳内のハリー達はあーでもないこうでもないと謎の議論を交わしていてまるで役に立たない。何より逆さまなのはどうなのかと言うのが主な議論だった。

 

 

 そして、生きるか死ぬかという段階でそのような考えに囚われている理由すら、彼には全く分からなかった。

 

「ごめんっ──」

 

 脳内の映画評論家達の議論を待たずに、ハリーは目を瞑って死地へ飛び込む。

 

 そして。

 

 



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24 ハリーポッターと死の証明

 

 ハリーの手がミラ・ステラの頬に触れた。

 

 真っ白な肌は陶器に触れているように滑らかで、そして冷たかった。血液の流れも、体温も、生命が感じさせるありとあらゆる感覚がそこには存在していない。

 それが人形でなければ、目を開いているだけの死体でしかなかった。

 

 しかし、目元には涙の跡があった。

 痕跡は涙を流す機能が、ほんの少し前まで働いていたのだと訴えていた。

 

 ハリーの頬を何か生温かいものが伝った。

 

「ごめん……ごめん」

 

 ハリーは今更、恐ろしくなった。

 偽ダンブルドアの巫山戯た態度と言葉で誤魔化されていた。

 今でも彼の後ろでスナック菓子を食べながら映画でも観戦するように座っているが、もはや囃し立てる声は耳に入らなかった。

 

「ごめん──」

 

 彼の唇が触れる寸前──

 

「貴方、寝込みに襲いかかる悪いヒト?」

 

 ──虚な目に光が戻った。

 

「え、」

 

 どこも見つめていなかった彼女の瞳が、ハリーを見つめる。

 

 刹那、天地は逆転した──否、ミラステラが降り立ち、ハリーが逆に吊るされていた。

 

「……っく、ふふっ」

 

 目覚めたミラ・ステラはコンパートメントの座席に座り、顔を押さえて笑い出す。

 

「ふふ、やっぱり"消えなかった"……!」

 

「は?ワシらが生き返らせたんじゃが?」

 

「アバ──」

 

 ミラ・ステラは偽ダンブルドアに杖を向け──

 

「ほい」

 

 偽ダンブルドアは無言呪文で杖を弾き飛ばす。

 

「アクシオ──っと」

 

 そのまま杖を引き寄せて掴み取る。

 

「チェックメイトじゃ。吸魂鬼を撤退させろ。ワシには勝てぬぞ」

 

「クルーシオ」

 

「痛っ──てぇ!!痛えのじゃぁぁ!」

 

 杖無しの磔呪文が偽ダンブルドアに苦痛を与え、彼女は座席から転げ落ちる。

 

「痛い?ねぇ、痛い?ふ、ふふっ」

 

「……やめてくれ、頼むよ」

 

 ハリーは吊り下げられたまま、懇願することしか出来なかった。

 

「なんで?」

 

 ミラ・ステラはハリーに人差し指を向け──

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 緑色の閃光がコンパートメントを照らし、彼に直撃する──。

 

「っ!?」

 

 ──が閃光は跳ね返り、壁に当たってそのまま消失した。

 

「アバダ・ケダブラ、アバダ・ケダブラ、アバダ・ケダブラ」

 

 緑色の炎がコンパートメントで燃え上がる。

 

 しかしハリーには何の影響も与えない。

 

「貴方も不死鳥……?」

 

「僕は……チキンじゃない……」

 

「なんじゃあ!生きかえらせてやったのに恩知らずめ!」

 

「なんで効かない……?」

 

「愛じゃあ!愛!お前には分からんじゃろうが、愛なのじゃあ!」

 

 全身の痛みにのたうちまわりながら、偽ダンブルドアは勝ち誇る。

 

「愛……?それって強い?」

 

「少なくともお主の呪文よりはな!」

 

「じゃあ、アバダ・ケダブラ」

 

 緑色の死が偽ダンブルドアへ向けられ──

 

「うぉっ」

 

 ──閃光が直撃した偽ダンブルドアは、ローブだけを残して消失した。

 

「なんだ。強くないね」

 

「せ、先生……?」

 

 ハリーの目には消えた彼女の姿がダースベイダーとの対決で突然消滅したオビワン・ケノービの最期のように映った。

 

 "フォースと一体になった"だけで、決して死んでしまったわけではない、という姿に。

 

 実のところ直撃と同時に姿晦ましの音が鳴っていたからだ。

 それが彼の願望で聞こえた幻聴かどうかはともかくとして。

 

「貴方はなんで死なない?愛なの?」

 

「分からない……僕には……何も」

 

 ハリーには何も答えられる気がしなかった。

 

 緑色の炎の中、彼が感じていたのは極寒の海に沈んでいるような感覚だった。

 一切の思考すら立ち消えていき、抵抗もままならず、チョコレートは手元にはなく、幸福な記憶は始めから存在すらしないように思えてならない。

 自分がどうにかしなければならないと思うほど、無力感が増大し続ける。

 

「ねぇ、教えて」

 

 緑に染まるコンパートメントの中、ミラ・ステラは問う。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「貴方も、お話できない失礼な生き物?」

 

 冷気に震え、吊るされている少年には答えられるはずもなかった。

 

「何も教えてくれないの?」

 

 彼女の手が、ハリーの喉へ迫る──

 

「っ──」

 

 彼女は少年との間に割って入る光に弾かれた。

 

 魔法が解かれ、ハリーは落下する。

 

「守護霊?誰の?」

 

 ミラ・ステラの声でハリーはそれが守護霊だと知った。

 

 それは形を持たない塊でしかなく、彼らの周りを旋回すると溶けるように消えていく。

 だが"吸魂鬼"を退け、ハリー・ポッターが再起出来る程度の暖かみを与えるには、それは十分な代物だった。

 

「っ──誰か、知らないけど、ありがとう」

 

 肩を打ちつけたが痛みに耐え、壁にもたれながらも何とか立ち上がる。

 

「僕が…君にしたことは許されるようなモノじゃない……けど、君が感じた思いを……それよりもっと大きな恐怖を他の子供達が感じているかも知れないんだ」

 

「……"だから、やめてくれ"?」

 

 ハリーの心を読み取り、先回りするミラ・ステラ。

 

「そうだ」

 

「んー」

 

 考え込むような仕草をする。

 

「良いよ」

 

「えっ」

 

 あまりにもあっさりとした返事に、ハリーは拍子抜けしてしまった。

 

「"説得"できなくて残念?」

 

 彼の当惑を見透かしたように笑い、

 

「"物語の主人公みたいに、解決するのは自分だと思っていた"」

 

 そして、語り始める。

 

「それは……」

 

「"何者でもない、正気じゃない、言われ続けていたように、ろくでなしの子供で、生きている価値も何もないと思いたくない"」

 

「誰だって、そんなこと思いたくないよ」

 

「"だから魔法が使えて、特別な運命のある子供で、貴方は喜んでたんだ──両親が殺されているのに"」

 

「全部が嬉しいわけないじゃないか!」

 

「"自分が特別であるために"私を殺した。この首をギュッと握りしめて──だから」

 

 ハリーの手を取って自分の首に添える。

 

「思った通りに殺してくれて、ありがとう」

 

「思った、通り……?」

 

「みんなが魂吸われて、追い詰められて、許せない相手が、許せないことを言えば、貴方は殺してしまう、そう言うヒト」

 

「……じゃあ、さっき言ってたことは」

 

「普通に殺してって頼んでも殺してくれるヒトじゃないから」

 

「わざと、僕を怒らせた……のか、でも僕らが君を生き返らせなきゃ君は」

 

「そう。驚いた。吸魂鬼は不滅だから死んでも大丈夫だと思ってた。だけど、貴方から痛みが流れてきて、苦しくて息も出来なくなった。気がついたら何も見えなくて、何も出来なくて、何も考えられなくなった」

 

 "少し変わった体験"をした程度の軽さで、ミラ・ステラは死を語る。

 

「それで私は多分死んだ。でも消えなかった」

 

「……その……本当にごめん、あんなことをして」

 

「謝ること、なにもない」

 

「でも、僕は」

 

「貴方はアルバスに与えられた役割通りに、最初の敵を倒した。それだけ」

 

「……やめてよ、どうして君は」

 

「貴方が生きていると代わりに、死ななければならないヒトがいる」

 

「でも"そいつ"は何人も──!」

 

「貴方だって、一人。私を殺したよ」

 

「……」

 

 ハリーは何も言えなかった。命を人数の多寡で計ったことを自覚させられて。

 

「じゃあ、私帰るから」

 

「ま、待って」

 

「どうして?吸魂鬼は帰る。みんなも助かる。私の目的は十分で、貴方は解決した英雄。最初の敵は滅んで、授業は終わり。それとも──貴方の罪悪感を拭うため?」

 

「違う、違うんだ」

 

「"違わない"。"つまらないから"ヒトを締め殺したり、自分を誰よりも"特別なヒト"だと思っててくれて良い。誰を殺したって、どれだけ殺したって。それが貴方の納得できる運命で、みんなに愛される"主人公"だもの」

 

「──っ」

 

「だから一生そのまま、私を殺した罪悪感を持ち続けて。良いヒトになんかならないで」

 

「そんなの……嫌だよ」

 

「嫌なら、生きるの、やめて?」

 

 ハリーの後ろに回り込み、耳元で囁く。

 

「君は……僕に死んで欲しいの?」

 

「そう。殺せないから」

 

「僕は──」

 

「やっぱり"みんなを助けるため"の方がいい?」

 

 ハリーは耳が凍結したように冷え切っていくのを感じた。

 呼び止めた所為で誰かの命が危険に晒されると察してしまった。

 

「貴方が死ねば、みんなを助けてあげる。ほら、理由ができた。こうすれば自己満足だけじゃない」

 

 言葉にはまるで温度がなかった。

 "そう言えば正解だろう?"と問いかけられているように思えた。

 

「いいよね?みんなのために死ぬの。素晴らしい自己犠牲」

 

 こうなってしまえばどう足掻いても自分の選択は貶められる。

 他者のための自己犠牲も、わざとらしく造られた理由に縋ったことになってしまう。

 

「……それで、助けられるなら」

 

 しかし彼は悩まなかった。

 最低な気分になったり、矮小な人間だと思わされたとしても、自分が落ち込むだけで済むならなんの問題もなかった。

 

 ダンブルドアがバーノン家の玄関を破壊して現れたり、吸魂鬼から従兄弟を救出したりするまで、落ち込んでいない日の方が少なかった。

 それと比べれば形はどうあれ誰かを救えるのだから。

 

「やった!死んでくれるんだ!じゃあ許してあげる!」

 

 彼女の言葉は、はしゃぐ子供が言うようなセリフには聞こえなかった。

 ハリーの目にはそのアンバランスさが酷く奇妙に映った。

 

「……僕は自分がしてしまったことを償うだけだよ、いくつかの意味で」

 

「で、いつ死んでくれるの?今?」

 

「……それは無理だ」

 

「え……!貴方、約束を守らない生き物?」

 

 ミラ・ステラは大袈裟に驚いたような顔でハリーを見る。

 その気になればいくらでも心が読める以上、言葉通りの意味ではないことは彼にも分かったが気にしないことにした。

 

「少し待って欲しい。出来れば……三年くらい。僕だって……学校くらい行きたいんだ」

 

 先延ばし。今彼にできる提案はそれだけだった。

 

「だめ、待てない。二年」

 

 むしろ二年は待つのか……とハリーは思った。

 

「……もう少し時間をくれないかな」

 

 残念ながらそう思ってしまえば、相手には筒抜けになる。

 

「じゃあ一年で決定。何を担保にするの?」

 

「担保……?」

 

 ハリーは猶予されないリスクを避け、期限がかなり短くなっていることについては何も考えないことにした。

 

「"一年分の命"を私から借りるなら、それ相応の保証は必要。それとも、貴方の命はそれが必要ないほど価値、ない?」

 

 魔法界でいう担保がどういったものなのかハリーには疑問だったが、この場合金貨ではないのは明白だった。

 

 これまでの問答から考えれば、下手な回答をしてしまえば、"自分の命を金額で換算できるんだ"と一笑に付されるのが目に見えていた。

 

「……それなら……君の望みを可能な限り、叶えるよ」

 

 それが、彼が命以外に差し出せる最大限の条件だった。

 一年の時間にはそれだけの価値があるという意味だ。

 

「……」

 

 ミラ・ステラは目を合わせてハリーの心を読み取っていた。

 

「何でも良い?」

 

「魂とか言われても困るよ、命と同じだから」

 

「黒はなんでもくれるのに」

 

「僕は黒じゃないし……」

 

「……じゃあ、愛?」

 

 首を傾げながら、ミラ・ステラは呟く。

 

「えっ」

 

「強い魔法。貴方が持ってて、私は持ってない」

 

「え、そうか……そういう……分かったよ。必ず渡す。約束するよ」

 

「今、くれないの?また?」

 

「僕にもどうやってあげれば良いのかわからないから……」

 

「後でばっかりだね」

 

「……ごめん」

 

「後で、惜しくなっても知らないから──」

 

 そう言うと、ミラ・ステラは窓から滑るように落ち──

 

「あっ」

 

 ハリーの心配を他所に、彼女は黒い煙のようになって飛び上がって行った。

 

 その後に続いて、数えきれない程の吸魂鬼達が追い、列車を去って行く。

 

「これで終わりか……な──」

 

 ──そして、車内販売カートを押しながら爆速で迫る老婆にミラ・ステラは上空で拘束され、何処かへ消えた。

 

「えっ……えぇ?」

 

 吸魂鬼達は先導者が何処かへ転移させられたが気にせず散って行った。

 

「最初からあの子を窓の外に投げれば……そんなわけないか」

 

 窓に乗り出せば、何事もなかったように冷えた風が吹きつける。

 

 吸魂鬼達が去った後の風は同じ冷たさでも、ハリーに生きた心地を感じさせていた。

 

 一年という期限のある命の感覚を。

 

 見上げた空には何処かで見たようなドラゴン。

 当然のように飛んでいる車。

 骨ばった黒い天馬──セストラルの群れ。

 

 それらを見て何か思い出しそうになったが、疲労は思考を放棄させた。

 

「まあ、いいか……どうせ全部……ハロウィンだ」

 

 辺境の野山以外には何もなかった車窓の風景、その遥か先に湖と町。

 

 長かった列車の旅に漸く終わりが見え、彼は目を閉じて眠りに落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼がもし教科書を──『幻の動物とその生息地』を開くことあったのなら、すぐにでも気が付いたかもしれない。

 

 オリバンダーの店で聞いた言葉の意味を。

 

 "セストラルは、死を見た者にしか見えない"

 

 空を駆ける骨ばった怪物達が、彼が列車の中で紛れもなく"死"を目にしていると証明していたことを。



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25 ロナルド・ウィーズリーと機械仕掛けの神

レベリオは全てを解決するので初登校です


 

 

『偉大なるダンブルドア校長。吸魂鬼が特急を襲撃し、多くの生徒が苦しんでいるという知らせが入ったが、そのような事実は存在しないと私は考える。予期出来ることを貴方程の人物が対策していない理由がないからだ。理事会は常に校長の再就職先を斡旋できるよう支度を整えているが、私は日頃から彼らが誤った選択をしないように貴方の妥当性を強く主張している。今後とも伝統あるホグワーツの校長として是非活躍して頂きたい。私事ではあるが、妻は娘からの便りが届くことを心待ちにしているらしい。無論、私も同じ気持ちだ。我々のホグワーツへの期待を理解して頂きたい──』

 

 蛇の守護霊は"男の声で"語り続ける。

 内容は特急での事件を遠回しに非難するものだ。

 

 だが、そのメッセージはダンブルドアに届くことはなかった。

 

 何故なら、蛇がたどり着いたのはホグワーツの校長室ではなく──ハリーの鞄の中だったからだ。

 

「これなに?」

 

 オリジナルハーマイオニーは語り続ける蛇を眺めて問う。

 

「じゅるっ、オリジナルの私、これは、じゅるるっ、守護霊!伝言代わりに、じゅるっ、使うこともあるわ!」

 

 ストーカーのハーマイオニーがロンの髪の毛をしゃぶりながら答えた。

 

「でも、校長先生宛て……ですよね?」

 

 アストリアがいまだに話し続けている守護霊を検分しつつ呟く。

 

「分かった、全ての謎は解けたよ」

 

「もう何か分かったの?流石ルーナちゃん!」

 

「正体はアンガビュラー・スラッシキルター。守護霊じゃないもん」

 

「どうせ空想でしょ……」

 

 隅の方で膝を抱えていたダフネ──多少パニック症状が落ち着いた──が呆れたように呟く。

 

「お姉様?いくらお姉様でも何でも知ってる訳ではありませんよね?」

 

「っ……」

 

 アストリアの言葉に何かを刺激され、ダフネは口を噤む。

 

「魔法大臣の手下だけど、普段は目に見えないの。喋る言葉は大臣の意思だよ」

「いいえ、守護霊じゅるっ、どうみても守護霊じゅぼ!」

「守護霊じゃないもん」

 

「ダンブルドア先生宛てなのは間違いないでしょう?」

 

 オリジナルハーマイオニーが自分の複製と陰謀論者の争いに割って入る。

 

 その間も白銀の蛇は光を放ちながら朗々と皮肉を唱え上げ続けていたが──

 

『──親愛なる校長先生が今後も壮健であることを』

 

 ──言うだけ言って蛇は消えてしまった。

 まるで本来の役目を果たしていないにも関わらず。

 

「こっちの様子が分かってるなら、何とかなりそう……でも……これがダンブルドア校長宛なら」

 

 ハーマイオニーは最悪の想定をしていた。

 

 ダンブルドア宛てに危機を知らせるはずの守護霊が誤って此処に到達した挙句、助けが来ない未来だ。

 

「守護霊は宛先を間違えたりしないもん」

 

「宛先が間違ってないなら、ここに校長先生がいる事になるけど……今、私達に見えてない……?」

 

 ハーマイオニーは記憶を探り、この場にいる状態で"見えなくなるような"それらしい魔法を探す。

 

「透明じゅるる、目眩しじゅる、なんでもあるわ!そう、じゅるじゅるっ、ドアならね!」

 

「ごめんなさい、何を言ってるかわからないわ……」

 

 内容は不明だったが、誰も気にしなかった。

 気にしたら負けだった。

 

「アストリア、出番だよ」

 

「了解です編集長!レベリオ!レベリオ!レベリオ、レベリオ!!」

 

 アストリアは気でも狂ったように鞄の空間の隅から隅までレベリオを唱え続ける。

 

「……引っ掛かるわけない」

 

「お姉様、レベリオすれば大体分かるって聞きませんでした?」

 

「"あれ"は老人の妄言よ」

 

 妹を嗜めつつ、ダフネは立ち上がる。

 

「──それに疑うべきは、そこのグレンジャーさん」

 

 ダフネは何故かストーカーのハーマイオニーの方を見ていた。

 

「私は妙な話をする"グレンジャーさん"に会った。……その時思った──大人や教授が変身しているんじゃないかって」

 

「ぷはっ、そんなのあり得ないわ!」

 

「レベリオ」

 

 ストーカーの抗弁を無視し、ダフネは杖を向けて唱える。

 

「効かないわ!だって私は私だもの!」

 

 何も効果はなかった。

 

「なら、もう一人の貴女が──レベリオ!!」

 

「ごめんなさい……違うみたい」

 

 またしても効果は無かった。

 

 全員が沈黙するなか、ストーカーのハーマイオニーがロンの髪の毛を一心不乱にしゃぶる音だけが響いていた。

 

 誰も彼女にかける言葉が見当たらなかった。

 あまりに確信を突いたような喋り方で、しかも自分が否定したレベリオを使ったくせに不正解だったからだ。

 

 ダフネは汗が止まらなくなった。

 恥を上塗りしていく自分に耐え切れそうになかった。

 

「じゃ、じゃあ、一体誰が……!」

 

「お、お姉様……」

 

「私、間違ってない……私は間違ってない……!」

 

「自分の間違いを認められないのは愚か者だって、クィブラーにも書いてあったよ」

 

 ルーナはダフネの肩に手を置き、慰めるように全力で煽っていた。

 

「ルーナちゃん、あまりお姉様を虐めないで下さいね」

 

「じゃ、じゃあ!ルーナ・ラヴグッド!貴女は!?」

 

「え、クィブラーに書いてあった?私の知らないうちに?」

 

 ルーナは驚いたような顔をしていた。

 

「レベリオ!!」

 

 ルーナのライオンを模した被り物にかけられた変身術が解け、子猫のような獣に戻り、走り去って行った。

 

「あっ!トム!ちょっと待って!」

 

 ルーナは子猫のような何か──トムを追って部屋の奥へ駆けて行った。

 

「さ、流石ですお姉様。私の掛けた変身術を……」

 

「あ……アストリア……貴女が?」

 

「お姉様が、そう思うのなら好きになさって下さい」

 

「……レベリオ」

 

 そして効果はなかった。

 

「なんで?どうして?私は間違ってない、私は…っ」

 

「お姉様!?」

 

 倒れ込むダフネをアストリアが支える。

 

「っ大丈夫!?」

 

 オリジナル・ハーマイオニーが駆け寄る。

 

「グレンジャー……さん…」

 

「習慣的な発作です。ご安心を」

 

 アストリアは説明しながら無言呪文で治癒をしていたが、ダフネの顔色は蒼白になったまま変化がない。

 

「そう、なの」

 

 ハーマイオニーはその意味をすぐに察した。

 

 マグルの世界に存在する病の殆どは、杖の一振りで治せると言っても過言ではない。

 その中で"習慣的な発作"があるのなら、魔法ですら"どうにもならない病"が存在すると言うことだ。

 

 彼女の中でダフネの評価は完全に可哀想な人という認識に変わっていた。

 

「レベ……リオ」

 

 ダフネが力無く振った杖は、ハーマイオニーを狙ったものだったが、魔法は全く違うものに掛かった。

 

 杖の切先は、ストーカーのハーマイオニーが髪の毛をしゃぶっている──ロンに向かっていた。

 

「ん……?んん……!?」

 

 ストーカーのハーマイオニーは口元の感触に異変が起きている事に気がついた。

 

 視線を下ろすと──それは真っ白な髭だった。

 

「ぶふぉっ!?」

 

 慌てて髭を吐き出すストーカーの目の前で、眠ったままのロンは、膨張するように服を破りながら──或いは元の姿に戻るように──変化していく。

 

「ぁぁ!!ぁぁ!!」

 

 それを見ていたダフネは言葉にならない声でそれを訴えていた。

 

「どうしたのですかお姉様!」

 

「ごめんなさいダフネ、何も出来なくて」

 

 アストリアはダフネ心配するあまり、他の物事に気が回らない。

 オリジナル・ハーマイオニーはダフネの手を握りながら、自分の能力が教科書を読み切った程度だったことを理解し、無力さを痛感していた。

 

「お、おげぇ……」

 

 ストーカーのハーマイオニーはこれまで老人の髭をしゃぶっていたと知り、絶望のあまり意識を失った。

 

 そして。

 

 ルーナ・ラヴグッドは。

 

「……?」

 

 トムを捕まえて戻ると、全裸の老人とストーカーのハーマイオニーが倒れているのを見つけた。

 

 編集長の悪魔的頭脳は瞬時に寝ていたロナルド・ウィーズリーがダンブルドアだったことを察し──自分達が魔法界の実質的なトップを玩具にして遊んでいたことをどう隠蔽するか思考を巡らせ。

 

 そして思いつく。

 

 ──消そうと。

 

「アストリア。緊急事態。振り向きと同時に、目の前にいる人にオブリビエイト。消すのは列車に乗る前から今までの記憶。質問はなし」

 

 オリジナルハーマイオニーに気取られないよう、アストリアの耳元で囁く。

 

「え?分かったよルーナちゃん──オブリビエイ……ト……?」

 

 ルーナの声から何か致命的な危険が迫っているように思えたアストリアは言う通りに実行し、全裸の老人を見た。

 

「あぁっ……」

 

 流石のアストリアも顔が青ざめた。

 

 何が起きているのかまるで分からないが、分かったのはダンブルドアを殺し掛けた上に昏睡させた挙句、忘却呪文を放ったということだ。

 

「アストリア。クィブラーは廃刊になるかも知れない」

 

「ほ、本当にどうしよう……」

 

「だから脅迫する」

 

「えっ」

 

「ダンブルドアは耄碌して、女児に襲いかかった。私達にはカメラもある。記事にされたくなかったら私達を見逃すようにって」

 

「ぐ、グレンジャーさんは?」

 

「消そう」

 

「記憶をだよね?」

 

「私達のことも含めて、忘れてもらう」

 

「……私でもちょっと難しいけど……何とかやってみるよ、ルーナちゃん」

 

「大変そうじゃな。わしも手伝おうかの?」

 

「え……」

「あ……」

 

 ダンブルドアは何事もなかったように衣服を纏ってそこに立っていた。

 彼女達が目を離した僅かな間に目覚め、体裁を整えたらしい。

 

「どうしたの……え?」

 

 振り返ったハーマイオニーはいつの間にか見知らぬ老人が出現していたことに驚きを隠せなかった。

 

「こ、校長先生……!」

 

 アストリアは思わずそう呼んでしまう。

 

「……この歳になると物事を忘れ易くなってしまうのは仕方のないことなのじゃが……わしは何故ここにいるんじゃろうか?覚えがなくての」

 

「えっと」

「それは──」

 

 ルーナとアストリアはもう誤魔化しようがないことを悟った。忘却呪文を使ったことすら見抜かれている様子だからだ。

 

「じゃが、今はその忘れ易さに感謝しよう。──おかげで、"誰のため"に、"何を"しなければならないのか忘れることが出来たからの」

 

「あ、あの、全然分からないのですが、貴方は校長先生なのですか?」

 

 状況を掴めていないハーマイオニーはダンブルドアに問いかける。

 

「わしの記憶に間違いがなければじゃが。──フィニート・インカンターテム」

 

 ダンブルドアは杖を自分の頭に向けて反対呪文を唱える。

 

「あっ」

 

 アストリアはオブリビエイトを解除されたものと思い、胃が重くなったような気がした。

 彼女にとってそれは人生で初めて感じた類いの焦燥であった。

 

「……なるほど。わしとしたことが……」

 

「せ、先生、わたっ」

「ザ・クィブラーは貴方と取引を望む。ダンブルドア校長」

 

 口を滑らせそうなアストリアを遮り、ルーナは懐からカメラを取り出す。

 

「私達のことは見逃して。代わりに、このカメラで撮ったものは」

 

「見逃すも何も"服従呪文の内容"を忘れることが出来たのは君らのおかげじゃ」

 

「えっ」

「そう、私たちのおかげ。恩人。クィブラーをよろしく」

 

 困惑するアストリアを他所に、ルーナは堂々と嘘をついて話を合わせる。

 

「……あの、すみません、どう言うことなのでしょうか?」

 

 ハーマイオニーが挙手して質問する。

 

「すまなかった。わしはどうやら自分を別人と思い込むように服従の呪文を掛けられ、ポリジュース薬でも飲まされていたらしい」

 

「……えっと、つまり。そこにいたロナルド君が先生だったってこと……ですか?」

 

「その通りじゃ。正解者にレモンキャンディを進呈しよう」

 

「え、あ、ありがとうございます」

 

「ここはハリーの鞄の中で外は列車、吸魂鬼に襲われている状況で間違いないじゃろうか?ハリーは──」

 

「私達を守るために一人で吸魂鬼と戦ってるよ」

 

 ルーナは自分の提案で吸魂鬼の群れに放り出したことを完全になかったことにした。

 

「流石じゃな……では待つとするか」

 

「先生が吸魂鬼達を追い払ってくれないんですか?」

 

 ハーマイオニーはもう解決したものと思い込んでいた。

 

「確かにわしがその気になれば機械仕掛けの神のように全てを解決し、"めでたし"で終わらせることもできるじゃろう。じゃがそうしてしまうと"時"に深刻な問題が発生することもある」

 

「時?……もしかして──」

 

「ミス・グレンジャー、その通りじゃ。内緒のことじゃが、実はわしは"後から"この事件のことを知らされ、この列車に来た。そして、この件を解決"した"のが誰なのかも知っておる」

 

「……決まっていることは変えられないってことですね」

 

「その通りじゃ」

 

「じゃあ誰が解決するの?」

 

 ルーナが遠慮なく問いかける。

 

「ハリー・ポッターは何者かの守護霊に助けられて、今回の事件を解決した。じゃが、それはわしの守護霊ではなかった……この列車に乗っておる者で、ハリー・ポッターを知り、守護霊を扱える者が必要じゃ」

 

「守護霊を使える人が居れば最初から解決してるような……」

 

「しかし、そうはなっていない。つまり、それを使える者は吸魂鬼とはあまり関わりのない場所にいた──例えばここのような」

 

「またこの中に化けてる人がいるってことですか?」

 

「残念ながら不正解じゃ。じゃが、これに正解するのは予言者かくらいのものじゃろう」

 

 ダンブルドアは部屋の隅へ向かい──

 

「レベリオ」

 

 壁面の石が波打つように動き、その先に扉が現れる。

 

「これが答えじゃ」

 

 ダンブルドアは扉を開いた。



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26 ダンブルドアと守護霊の正体

 

「今年の新入生は極めて優秀な生徒が揃っておるようじゃ」

 

 ダンブルドアが開いた扉の先、そこに居たのは二人の生徒。

 

「だ、ダンブルドア校長……?」

 

 戸惑うドロシー・マルフォイ。

 

「え……?え?」

 

 状況が掴めていないネビル・ロングボトム。

 

「……」

 

 ──と、物言わぬ倒れ伏した桃色髪の少女だった。

 

「さて、疲れておるかも知れぬが守護霊の呪文を使ってもらわねばならん」

 

「た、大変なんだ、この子が急に出てきて、意識がないんだ!」

 

 ネビルが桃色髪の少女を指差して必死に訴える。

 

「……心配はない。後ほど治療させよう」

 

 僅かな間で検分終えたダンブルドアは、ネビルの肩に手を乗せる。

 

「それで、君らは何故そこに?」

 

「えっと、ドロシーが列車から落ちた僕を助けて、二人とも転移させられたんです」

 

「なるほど、それは素晴らしい」

 

 納得したような顔のダンブルドアは、ネビルに対して杖なしかつ無言の反対呪文を使っていた。

 それは忘却呪文や服従の呪文に対するものだった。

 

 前回ハリーと行動していたドロシーには姿晦ましと忘却呪文の使用疑惑がある。

 

 そのため、ドロシーの義眼が察した通りダンブルドアは罠を仕掛けていた。

 

 戦闘になった際に姿晦ましを使える人間が使わない理由はない。

 だからこそハリーの鞄と列車には細工を施していた。列車の中で姿晦ましを使うか、脱出しようとする者を強制的に捕獲するように。

 

「──?」

 

 ドロシーに消された問答の記憶が戻ったネビルはダンブルドアを見る。

 

「もしや君が守護霊を?」

 

「え、僕は……」

 

 ネビルはドロシーの方を見そうになるが、思いとどまった。

 

「……あの、使えるってことは秘密にしたいんです」

 

「なるほど。"何者か"の守護霊とはそういうことか。良かろう、わしに考えがある」

 

 そう言ってダンブルドアは笑みを浮かべる。

 

 やり取りを観察していたドロシーと、彼女をチラリと見たネビルの目があった。

 

 ネビルはバレないようにウィンクをした──つもりだったがあまりにも下手くそだった。

 ドロシーは苦笑いで返す。

 

 彼女は自分のかけた呪文が解けているなどとはカケラも思ってはいなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「では皆、杖を出しなさい」

 

 鞄の部屋に揃った子供達へ、授業のように呼びかけるダンブルドア。

 

「エクスペクト・パトローナムじゃ。杖はこのように振り、最高に幸せなことを思い浮かべながら唱える。そしてパトローナスは知り合いの元に飛ばすことも出来る。ハリーのことは皆知っておるじゃろう?」

 

「はい」

「もちろんです!」

「存じ上げてますわ」

「ぁ……ぅ……」

「う、うん」

「誰?マグワイヤ?」

 

 ハーマイオニー、アストリア、ドロシーは真っ当に返事を返し、ダフネは呻き声を、ネビルは何となく相槌を打ち、ルーナは未だにハリーを本人だと認めていなかった。

 

「──」

 

 気絶しているストーカーと、倒れている偽ダンブルドアは無論返事をするはずもなかった。

 

「よろしい。では目を閉じ、わしの合図で一斉に唱え、ハリーに守護霊を送るのじゃ」

 

 ダンブルドアの言葉に頷く子供達──と首を傾げるルーナ。

 

「そーれ、わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!今じゃ!」

 

「「「「「エクスペクト・パトローナム!」」」」」

 

 ダンブルドアは室内に青白い光が満ちるのを見た。

 

 子供達は暖かな光の存在を感じていた。

 

 現れた守護霊は不定形の白い靄のまま。

 

 それがあえてそうなっているのか、それとも有形の守護霊を出せる程の実力がないのかは定かではなかった。

 

「それをハリーの元へ!」

 

 守護霊は部屋の外へ飛び出して行く。

 

「皆、よくやってくれた。目を開けても良いぞ」

 

 少年少女は目を開く。

 

「わしからの授業はここまでじゃ。後は我らが英雄が解決するのを待とう」

 

「良かった!これで全部解決だねドロシー!」

「全く……お気楽ですわね」

「でもなんか嬉しそうじゃない?」

「そんなことはありませんわ、全く」

 

 ネビルは脱出の成功とドロシーの秘密を守ったと思い込んで純粋に喜び、ドロシーは悔いていた。

 彼女は自分の守護霊をダンブルドアに送らないために"ルシウスへ"守護霊を送り伝言していたからだ。

 しかしその機転は全くの無駄になった。

 自分以外に守護霊を扱える一年生などいるはずもなく、ダンブルドアがそれを分からない筈もない。

 またルシウスに守護霊を送らせる手間をかけさせたにも関わらず、目的を達成出来ていなかった。

 

「……」

「お姉様?」

 

 ダフネは妹に抱き抱えられながら、何も言えずにいた。

 

 守護霊の呪文を唱えることすらできなかった。

 

 ロングボトムの長男がスクイブ同然なのは有名な話であり、長期間訓練していた筈もない。

 マルフォイ家が闇の陣営なのは疑いようもなく、いくら優れていようと守護霊の呪文など子供に教える筈もない。

 どちらの子供が守護霊を出したにしても、自ら身に付けたことになる。

 

 ダフネは自分が優れた存在だと思っていた。

 思想においても、魔法の腕においても。

 

 だが、思想はハーマイオニーや吸魂鬼に挫かれ、自慢の死の呪文は制御できず、さらに守護霊の呪文を見せつけられた。

 

 彼女に残ったものは砕かれたプライドと血の呪いだけだった。

 

 或いは──死への恐怖だろうか。

 

「……本当に待ってるだけで良いんですか?」

 

 ハーマイオニーは直ぐにでも彼を助けに行くべきだと訴える。

 

「それを出来ぬことは"君自身"が一番よく分かっておるじゃろう?」

 

「……そうですね」

 

 ハーマイオニーは気絶したもう一人の自分を見つめて頷く。

 

「ゆめゆめ、忘れることのないように」

 

「……はい」

 

 彼女は未来の自分がタイムターナーを分解してしまった理由が分かったような気がしていた。

 

「あ、そうだ校長、ロナルド死んだんだけど」

 

 子猫のような何かと戯れていたルーナが、思い出したようにダンブルドアへ問う。

 

「この事件で死者は出ておらぬよ」

 

「じゃあ何処にいるの?」

 

「誰にでも知らないことや、分からないこともあるものじゃ。わしのようにとてもすごい魔法使いでも」

 

 ダンブルドアは微笑みで誤魔化す。

 

「へぇ、クィブラーにそう載せておく」

 

「ところでミス・ラヴグッド、一つ贈り物をしなければならぬのじゃが、受け取ってくれるかのう」

 

「贈り物?じゃあ記事の内容は良くしておく」

 

「おお、それは良かった──ワディワジ」

 

 大量のチョコレートやレモンキャンディがルーナの口や鼻に詰め込まれた。逆詰め呪文である。

 

「むぐぉ」

 

「ほっほ、泣くほど喜んでくれるとは」

 

 変わらず同じ顔で微笑む老人を見て、ハーマイオニーはダンブルドアを信用できない大人リストに追加した。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 列車がホグズミートに到着し、殆どの生徒達がふらつきながらも下車して行った後、ダンブルドアはコンパートメントに取り残された鞄の前に立っていた。

 

 ハリーは余程疲れていたのか、どうやら鞄を忘れていったらしい。

 

「コロポータス」

 

 彼は扉を魔法で施錠すると開かれたままの鞄の中に入り、隠し扉をもう一度開いた。

 

「おお、無事で何よりじゃ。アリ……いや、ミラ・ステラ」

 

 中で座っていた黒銀の少女に微笑みかける。

 

「……なんで?」

 

 ミラ・ステラはひどく不機嫌そうに棘のある声で尋ねた。

 

「車内販売の魔女に移動キーを持たせておったのじゃよ」

 

「それで、黒は自由になった?」

 

「やはり誓いの内容を……」

 

「知らない。今貴方が答えを考えた」

 

 黒銀の瞳がダンブルドアを射抜く。

 だが彼には自分と同じ淡いブルーに見えていた。

 

「その気になれば分かるとは言え、みだりに読むべきではないのう。知りたくないことを知ってしまうかも知れぬ」

 

「貴方が言うこと?」

 

「わしはとても賢いので少し察しが良いだけじゃよ。ただの愉快なホグワーツ校長じゃ」

 

「でも、貴方は笑ってた」

 

「笑いは大事じゃ、ハロウィンじゃからのう」

 

「──"マルフォイの策略は一手で詰ませることができる筈だった"」

 

「そうじゃなぁ、この間のルシウスとのチェスはあと少しでチェックだったのじゃよ」

 

「"しかし、反対呪文を掛けてもネビルの様子は変わらなかった。ロングボトムの子が闇の陣営に鞍替えするとも、彼女を庇い立てするような理由も見当たらない"」

 

「密室で愛に目覚めたのかも知れぬ、わしは知っておるぞ、ロミジュリと言うのじゃろう?」

 

「"闇の陣営が光の側であるロングボトム家の人間の命を助けたとあれば、例えそれが子供同士の行動であろうと、意味を持つ"」

 

「親が争っていても子にはその意識がないこともあるじゃろう?わしが思うに、やはり愛ではないかのう」

 

「"疑いが完全になくなったわけではなかったが、警戒を緩めたように振る舞わざるを得なかった"」

 

「生徒達を無用に警戒して禿げ上がるのはアーガスだけで十分じゃよ」

 

「"そして、もし本当に守護霊を扱えるのならハリーが言うように明るい方へ引き込むことが可能やも知れない"」

 

「そうじゃな、お日様の当たる道を歩くのは素晴らしいことじゃ」

 

「だから──"そんなことを、幼い子供達を前に考える自分自身に対して笑うしかなかった"」

 

「ほっほ、笑いのツボが浅くてのう、最近は羽ペンが転がるだけで爆笑しておるぞ、生きておるだけで笑えてくるんじゃ。ハッピーハロウィン!」

 

「"まだ子供であるドロシーの善性を最初から期待もしていなかった。タイムターナーでは起きたことを変えられないのに、私が今回の事件を起こすことを予期出来てて──黒の『破れぬ誓い』を解くために私が死のうとしてるも分かってて、それを利用して罠を仕掛けた。予期出来ない事故が誰の命を奪うとも限らないのに。そして、私かハリー……或いはどちらとも死ぬかも知れないと知っていながら──"」

 

「なに、クィリナスが乗っておったのじゃから心配はしておらぬし、吸魂鬼達も殺しはせぬ。ハリーは誰かを殺したり、君も殺されたりはせぬ」

 

「"だから自分こそ光と呼ばれる位置とは遠くかけ離れている"」

 

 ダンブルドアは笑顔でマグルの紙幣に火を付けた。

 

「明るくなったじゃろう?わしが思うに、これは光じゃな」

 

「それでも貴方は止まらない。全ては"より大いなる善の為に"」

 

「その言葉は今や"善が良いものとは限らぬ"、という戒めじゃ。わしらは絶対の正義ではない」

 

「……そう」

 

「君にも一つ講義をしておこうかのう。開心術に対抗する術は、閉心術の他にはない。じゃが、それは心を閉ざすと言うことではないのじゃ。それでは隠し事があると分かってしまうからのう。相手の見たいように見せ、見せたくないものを隠すことこそが真の閉心術じゃ」

 

「誤魔化してるだけ」

 

「わしの心を読み切ったように語っているその言葉は、あくまで見えている一面に過ぎぬ。占い師やトムがよく使う手じゃが……誰であろうと、"本当はこう思ってる"と言われればそうかも知れないと考えるものじゃ。それを知らぬ者は思うように動かせるかも知れぬが、歳を重ねた魔法使いはそう易々と誘導できぬよ」

 

「……私より強い魔法使ってるだけじゃないの?」

 

「確かに強い魔法はいくらでもあるし、世の中にはわしらの知らぬ神秘で満ちておる。じゃが、結局は使う側の問題じゃ。死の呪文が如何に強力でも、殺すことが出来るのは一つの命でしかない以上、防ぎようはある」

 

 ダンブルドアは隠し部屋の隅に転がっていたヒキガエルの──無傷の亡骸を拾い上げる。

 

「君が"誰か"を殺し損ねたようにな」

 

「また殺せなかった……?」

 

「そうじゃ。たとえ闇の帝王の知識を持っていようとも、それが世界の全てでは無い。自分の能力や考えが絶対だと思っていれば、必ず破滅する」

 

「自分のこと?」

 

「左様。老人に残された人生の大半は、自分の失敗を若者に伝えるためにあるのじゃ。まるで賢者のように振る舞えるのでおすすめじゃ」

 

「長生きするなんて思ってないのに、酷いね」

 

 ダンブルドアの澄み切ったような色の瞳を見つめた少女は、黒い煙となって鞄から出て行った。

 

「しかし、ミラ・ステラでないのなら……」

 

 彼が読み取ろうとしていたのは、自分に服従の呪文を掛け、ロナルド・ウィーズリーに変身させた相手の正体だった。

 

 しかし、ミラ・ステラの中にはその情報は一切なく、精々が殺しかけた相手の情報だけだった。彼女が今教えたような閉心術の使い方を会得しているはずもない。

 

 つまり、ホグワーツ特急にはダンブルドアとミラ・ステラ、ドロシーの他に何かを企んでいるものが存在していたことになる

 

 今回は偶然、ダンブルドアの変身や服従の呪文を解除できる要素があの鞄の中に揃っていたが、その偶然がなければ……

 

「……さて、飾り付けを変える準備でもするかのう」

 

 残された老人は誰に聞かせるでもなくそう呟いて姿を晦ました。



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