獣拳のヒーローアカデミア (魔女っ子アルト姫)
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1話

「―――……」

 

歩く、歩く、歩く……瞳に光はなく、目的も意思も無く、唯々何も考える事もなく歩き続ける。絶えず燃え続ける炎の中を――――歩き続ける、絶えず崩落し続ける残骸のビルが立ち並ぶ道を―――歩き続ける。

 

世界総人口の八割が"個性"と呼ばれる不思議な特殊能力である力を持つ超人社会。ある時、中国で光り輝く赤ん坊が生まれ、世界は新しい流れに呑まれていく。不可思議な能力、のちに個性と改められる力を持った人間たちが現れた。この始まりの時代は後に『超常黎明期』とも呼ばれたその時代の中で徐々に個性という力は超常というカテゴリーから常識というカテゴリーに変化していった歴史を持った世界が存在する。その世界では個性は当たり前、常識であり強い個性で在れば憧れを持たれたり将来への道を開けるという事もある。

 

―――だが、逆に力が強すぎる影響で大きな傷を負ってしまった者もいる。

 

この社会には明確な光と闇がある。個性を悪用し犯罪を起こし人々を苦しめる闇であるヴィラン。その脅威から守る為に"個性"を用いてその闇を払い人々の笑顔と平和を守り続ける者、ヒーローの存在。

 

「―――……」

 

その街は、ヴィランの襲撃を受けたのだ。強大なヴィランはその力を振り翳して自らの欲望のままに街を破壊し人々の命を奪って行った、僅かな時間で街は地獄へと変わり果てた。そんな中を一人の少年は歩いていた。

 

「……」

 

何の言葉も発さず、唯々荒い息遣いとはち切れんばかりの心臓の鼓動が頭にまで響いてくる。思考は既に死んでいる、精神は枯れて如何したらいいのかすら思う事も出来ない。それでも彼の命は叫び続けていた、生きたい……生きたいと。だが、彼に手を差し伸べられる手は一つもなく、余りにも破壊の規模が大きすぎるとヒーロー達は撤退していった。せざるを得なかったのだ……これ以上此処に居たら自らの身も危ない。

 

多くの命が残された、一つ、また一つと命の灯が消えていく。呻き声が聞こえては消えていく、正しく現世に具現化された地獄で少年は歩み続けていた。きっとヒーローが、きっとヒーローがと励ましてくれた友も死んだ、家族は自分を庇って死んだ、絶対にヒーローが……故に少年はヒーローを探していた。ヒーローは既にいない、それでも……絶望の中で足搔き続けて彼を待っていたのは……矢張り、絶望だった。

 

「ああそうか……ヒーローは、いない、んだね」

 

そんな言葉が空へと向けて放たれた。視界が回った、身体がどんどん熱くなっていくのに寒くなっていく、血溜まりの中に沈んだ身体が感じるのは炎の熱さと凍えるような寒さと湯船につかっているかのような温かさだった。

 

「熱くて寒くて温かい……気持ち、悪」

 

思わず出た笑い、瞼もどんどん重くなっていく。身体に力も入らず目も霞んでいった、そして同時にビルの残骸に挟まれて血を流しながら死んでいる人間を見て思ったのだ……ああ、これはきっと罰なんだ……自分が助けようとすれば助かる人もいた筈だ、それなのに何もしなかった罰なんだ……そう思いつつもその罰を受け入れようとした。

 

「ごめん、なさいっ……何も出来なくて……」

 

そして次第に増す睡魔に身を委ねようとした時に……

 

「確りするのじゃ、お主はまだ死んではならぬ。お主に何かできる事があるのならば―――生き抜く事じゃ!!!」

 

力強い言葉が飛んできた、同時に身体中にあった熱さと寒さが消し飛んで温かさだけが増して行った。重くなった瞳を開けてみるとそこには……人のように二足歩行をする猫、恐らく異形型の個性と思われるモノによって猫の姿になっている人がそこにいた。

 

「貴方、は……?」

「なぁに通りすがりじゃよ、さあ確りするのじゃぞ」

 

何もかもが分からなかった、気付けば自分はその力強くも優しい言葉に身を委ねていた。そして……少年は地獄から生還した。

 

 

 

獣を心に感じ、獣の力を手にする拳法・獣拳。

 

獣拳には相対する二つの流派があった。

 

1つ―――正義の獣拳、激獣拳ビーストアーツ。

 

1つ―――邪悪な獣拳、臨獣拳アクガタ。

 

二つの流派は一つに還り、激動の時代は終わり告げた―――が

 

世の平穏が乱れた時、獣拳は再び現れる!!

 

 

 

深い深い樹海の奥、獣達が自由気ままに暮らす自然の中。その奥の奥、巨大な滝の中にその影はあった、一分間に一体何ℓの膨大な水が流れ出しているのか分からないが、その水の勢いは巨大な岩を穿つ程の力を秘めているのにも拘らず、その中に身を投じながらも座禅を組み続けていた。

 

「……」

 

一体何時間そのままで居るのか、身動ぎ一つせずにいる影……そこへ丁度太陽の光が差してきた。鍛え抜かれた肉体が浮き出る様に身体にピッチリと合うように作られた黒と赤の道着を身に纏っている少年、そして何かを気配を感じ取ったのかゆっくりと瞳を開いた。

 

「何か御用ですか、マスター」

 

その言葉に木々の陰から楽し気な笑いを浮かべながらも師と呼ばれた者は姿を現した。猫のような人、人のような猫なのか、その正体は彼の師でもあるマスター・シャーフー。

 

「修行の邪魔をしたようで済まなかったのう、気配は消しておったつもりじゃったが」

「確かに気配はしませんでした、ですが周囲の木々が貴方を気にしておられた」

「ホッホッホッ見事なり、気配を感じる術は見事に会得しておるの」

 

態々師匠が尋ねて来てくれたのに何時までも滝に打たれ続ける訳には行かぬだろうと滝から飛び出した、シャーフーの前へと立ち拳を合わせて敬意を表すポーズを取った。そんな姿をシャーフーは見つめながらも水滴一つない事に満足気に笑いながらも好々爺のような笑いを滲ませた。

 

「お主に手紙が来ておったぞ、雄英高校からじゃった」

「それで内容は」

「ホッホッホッ……弟子に来たものを見るほど野暮ではないわい、ほれ確認するとよい」

 

そう言いながらもシャーフーは懐から一通の手紙を差し出した。先日、ヒーロー科最難関とも呼ばれる高校、雄英高校への受験を終えた身、これが来たという事は合否が分かるという事なのだろう。そう思って中身を確認してみると……書類もあったのだが、500円硬貨程度の大きさの装置のような物があった。それが何かを察したのか、直ぐに適当な石の上に置くとそれは直ぐに動き出した。

 

『私がぁぁぁぁ……投影されたぁ!!』

 

装置からは光が溢れ出して映像が映し出された、映ったのは現代における大英雄とも呼ばれる№1ヒーローのオールマイトだった。

 

『HAHAHA!!如何やら驚いてくれたようだね、私には君が思わず投影装置を落としてしまう姿が見えているよ!因みにこれは中継とかではなくて録画された映像だぞ!!そして私は今年から雄英にて教鞭を取る事になったのだ!!その告知も含めて私が合格発表を行っているのだよ!!』

「随分と自意識過剰な№1ですねマスター」

「ホッホッホッ、自分の立場をよく理解しておるという事じゃよ」

 

普通ならばオールマイトの登場に大興奮するかもしれないが、彼にとってはオールマイトは別段テンションが上がる相手でもない。正直言えばどうでもいいとさえ思っているので若干冷めている。

 

『さて本題に入ろうじゃないか!!君が獲得したヴィランポイントは45ポイント!!実に素晴らしい成績だが実は表沙汰にはしていない物があってね、ズバリレスキューポイント!!』

 

随分と楽し気に語るな、と思いつつもただそれを聞く。何の感傷も抱く事もなく、そしてそのポイントも合わせると首席合格になると語られるが同時にオールマイトは言った。

 

『いやぁ本当に驚いたよ、何せ雄英始まって以来の無個性での首席合格者だからね!!ともかく、来いよ無月少年!!此処が君のヒーローアカデミアだ!!』

「どう思います、マスター・シャーフー」

「全てではなかろう、お前さんを見極めたいのが大部分じゃろうて」

 

シャーフーの言葉通り、自分は個性は持たない。それなのに首席合格に成りえるだけの成績を残した、普通ならばあり得ない事である……だが自分にはそう成し得る牙と爪を宿す獣を秘める。それを用いて入試では邪魔者として出された巨大ヴィランロボを一人で倒した。無個性なのになぜそんな事が出来るのか、放置するのは危険だと雄英は考えているのだろう。

 

「獣拳も今の世の中では知る者は極めて少ない……悲しき事じゃがこれも時の流れにて失われた時、致し方ない事じゃて。さて、お主はこれから如何に過ごすつもりじゃ―――零一」

「変わりません、私は私の道を貫き通すまで。己が内に溢れる魂のままに」

「それでよい……さて、それじゃあ飯にするかの~」

「そうしましょう」

 

頷く彼はそのままオールマイトがまだ映っている装置を蹴り砕いた、最後に映っていたのは―――巨大なロボヴィランと戦っている巨大な白い獣だった。その獣はまるでオーラで作られているかのように姿が揺らいでいるが……何処までも力強くロボの腕を簡単にその爪で切り裂いていた。



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2話

「此処か」

 

漸く着いたと言い含めるような言い方をしながらも到着した雄英高校、元々住んでいた場所からは随分と遠いので暫くは此方で家を借りる事になる。何とも勿体ない事だが師曰く

 

「暮らしの中に修行あり、じゃよ」

 

とトライアングルを鳴らしながら窘められた。まあそう言われてしまったら弟子の自分は何も言えなくなるので従う事にする、そのまま校舎へと入って自分の教室へと向かって行く。雄英の敷地は広いがそれは校舎にも適応されるらしく豪く広い、しかも金が掛かっている。流石はヒーロー科最難関校にして多くの有名ヒーローを輩出してきた超エリート校と言った所か……そう思いながらも漸く到着した教室、1-A、此処が自分の教室―――の筈なのだが、教室の入り口では何やら男子と女子が話をしていて入れそうにない。

 

「入れない―――」

「お友達ごっこがしたいなら余所へ行け。ここは……ヒーロー科だぞ」

 

そう言おうとした時、背後から何やら声がして来た。そこには余りにもズボラすぎる風貌をした男が寝袋から顔を出しながら忠告めいた事を呟いていた、警告なのだろうか……しかし高校にいる人間としても相応しくない恰好では説得力が余りにもないと言わざるを得ない。それは男子と女子も同じなのか言葉を失っている。

 

「ハイ、静かになるまで八秒かかりました。時間は有限。君達は合理性に欠けるね」

 

その男は自分が担任である相澤 消太であると伝える。それに思わず先生で担任!?と驚きの反応が出来るがそれを切り捨てるかのように新しい言葉を飛ばす。それは酷く簡単な指示だった、体操服に着替えてグラウンドに出ろというものだった。余りにも突然すぎる指示に皆は戸惑いを隠せない。

 

「質問宜しいでしょうか!?」

「却下、指示に従え」

「分かった。指示に従おう」

 

が、その中でただ一人だけその言葉に素直に従う事を表明したものが居た、零一である。彼は直ぐに自分に机を見つけるとそこに荷物を放り投げると体操服を手に取ると更衣室へと向かって行く。その姿に相澤は

 

「合理的で結構、お前らもさっさとしろ」

 

とだけ言い残した。困惑しながらも自分達もと体操服を手に取って更衣室へと向かって行く、そして更衣室では既に着替え始めている零一に対して質問をしようとした眼鏡男子、飯田は零一に声を掛けた。

 

「君は何とも思わなかったのかい、これはいきなり過ぎると思うが!!」

「……いきなり、ね……」

 

話し方や立ち振る舞いからきっと良い教育を受けて来た事が伺える、故に硬く常識に縛られ続けている。

 

「いきなりに対処する、そう言うのを目指して此処に来たんじゃないのか」

 

着替えも終わったのでそう言い残して一足先に更衣室を出る。良くも悪くも自分とは違い過ぎている、まあそれも悪い事ではないが……兎も角グラウンドに出てきた全員、告げられた次の指示は……個性把握テストを行う、という趣旨のものだった。

 

「テ、テストっていきなりですか!?あの、入学式とかガイダンスは!?」

「ヒーローを目指すならそんな悠長な行事、出る時間ないよ。雄英は自由な校風が売り文句。それは先生達もまた然り」

 

雄英は自由な校風が売り、常軌を逸した授業も教師によっては平然と行われる。そしてそれがいきなり自分たちに適応されるという事に皆戸惑っているが、ヒーローが立ち向かう災害やヴィランだって何も待ってくれる事はない。こんな事で戸惑って如何すると言わんばかりに、自分達の動揺なんて知らんと無視するかの如く、相澤が爆豪を見た。

 

「個性禁止の体力テストをお前ら中学にやってんだろ。平均を成す人間の定義が崩れてなおそれを作り続けるのは非合理的、まあこれは文部科学省の怠慢だから今は良い。爆豪、個性使ってやってみろ」

 

促された爆豪はそのまま軽いストレッチをこなした後にボールを投げる体勢に入った。

 

「んじゃまあ―――死ねぇッ!!!!!」

『……死ね?』

 

本当にヒーローを目指す気あるのか、と言いたくなるような掛け声と共に投げられるボール。それには同時に彼の手から起きた爆発の爆風が乗せられて通常の投擲ではありえない勢いが加算されて吹き飛んで行く、爆豪の個性が名前が示すかのような爆破。爆風を利用してソフトボールが投げられる、一瞬にしてボールは見えなくなっていくが落ちた瞬間に相澤は持っていた端末を見せる。そこには705.2mと表示されている。

 

「まず自分の最大限を知る。それがヒーローの筋を形成する合理的手段だ」

 

それを見て皆から歓声が上がる、何せこれまで自分達は個性を個性の使用が許可されている場所でしか使えなかったのだ。体力テストでも個性は原則禁止、だがこれは本当の意味での全力を出していい。そう言われたら滾るに決まっている。だがそんな面々を相澤は冷ややかな目で見つめていた。

 

「……面白そうか。ヒーローになるための三年間、君らはそんな腹積もりで過ごすつもりでいるのか。ならこのテストで最下位だった生徒は除籍する」

『ええええええっっっ!!?』

「改めて言おう、ようこそ雄英へ。此処はヒーローを目指す最高峰、並大抵の覚悟や才覚では淘汰される世界へ―――此処では生徒の如何は教師の自由、分かりやすく言えば俺がルールだ。さあ嫌なら死ぬ気で結果を出せ」

 

何という横暴なルール……だが、そうでもしなければ自分達がなりたいヒーローへの道なんて開けない、故に皆は気合を入れていく……が零一は何処かマイペースに構えている。特に何も気張らず、リラックスしている。例え相澤から睨まれようとも……

 

「(面倒な人だな、俺に言ってるようなもんか)」

 

分かりやすい警告だ、この中で唯一と言ってもいい無個性の自分。明確に他者より劣る自分を真っ先に落とすと言っているような物、そしてが嫌なら入試でも見せたあの力を見せてみろ、本当に個性でないか見極めてやると言いたげな瞳だ。だったら勝手にやるがいい、自分は自分のやりたいようにやるだけだ。

 

「あいつ、本当に無個性か……?」

 

思わず相澤はそんな言葉を呟いてしまった。現在進行形に続けられている個性把握テスト、此処でA組の力を見るつもりだったが……その中で全く個性らしい力を見せる気がない無月 零一、だがその記録はどれも飛び抜けている。現状では総合戦績は4位、時々自分の個性を発動させてみたが、その記録が衰える気配はない。つまりあれは自力の身体能力という事になるのだが……

 

「無月、次は本気でやれ。でなきゃ除籍だ」

『ええっ!?』

 

思わず周囲から驚きの言葉が溢れた。これまでも他を圧倒するような物を見せ付けているのにこれ以上の先があるのか、中には舐めプかと憤ってる者も居るが相澤は気にする事もなく警告し続けた。それを受けて零一は溜息をついた。折角だから自分が何処までやれるのかを試そうとしたのだが……まあしょうがないかと溜息をつきながらも一旦ボールを置いた。

 

「フゥゥゥゥゥ……スゥゥゥゥゥハァァァァァ……」

 

深く息を吸い、深く吐く。それを数度繰り返していく、それによって頭の中を空にする、忘我の中に自分を落としながらもリセットしながらも瞳を開くと同時に零一を中心に周囲に爆風のような物が溢れた。

 

「な、なんだこれ!?」

「風!?風があいつの個性なのか!?」

「じゃあ今までなんでそれを使わなかったんだよ!?」

「これって、風じゃなくて……もしかして―――!!」

 

その中心でまるで演武を舞うかのようにしながらも零一は己の中に眠る獣を開放する。

 

「轟け、獣の鼓動!!激技、臨気激装!!!」

 

全身から溢れ出して行くオーラ……いや激気、そしてもう一つ、彼からは圧倒的な圧迫感と力強さを感じさせるオーラ、臨気が溢れ出した。それは零一の全身を包み込んでいく。熱い激気と冷たい臨気。その二つが一つとなりながらその身を守る強固な鎧と化して行く。そしてそこにあったのは獅子の如き鬣を備えた白と赤が混じった戦士の姿だった。

 

「勇往邁進。魂から全身へ、猛る勇気の力―――勇者の魂(ヒーローズ・ソウル)!!激獣ライガー拳の無月 零一!!」

「激獣……」

『ライガー拳!?』

 

姿を変じた零一の名乗りに圧倒されながらもそれに見惚れる全員、そしてそのまま零一はボールを握り直すと力を込めながら叫んだ。

 

「激技、剛勇咆弾!!」

『ゴオオオオオッッ!!!』

 

練り上げられた激気を自らの内に宿す獣の形に変えて放つ一撃、それによって現れるのはライガー。ライオンとトラの混血の生き物、今の零一と同じ白いライガーはそのまま投げられたボールを加えこむとそのまま空を駆けて行く。余りの事に呆然とするも相澤は気を取り直して手元のタブレットを見つつも個性を発動させつつ零一を見る。だが距離はどんどん伸びている、つまり……個性ではない。

 

「な、んだよあれ……如何言う個性だよあれ……」

「個性じゃない」

 

思わず一人が呟いた言葉に零一は答えた。

 

「今のは獣拳、激獣ライガー拳だ」

 

そう答える零一は明るくも力強い声だった。その声はまるでライガーの雄叫びのようだった。




という訳で主人公、無月 零一(むげつ れいいち)が使うのは激獣ライガー拳です。
そして分かるには分かる白いライガー、後名前。うん、つまりそう言う事だ。


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3話

激獣ライガー拳。その言葉の意味を深く理解出来る者はその場にいたのだろうか、獣拳は超常黎明期よりも以前から伝わる武術に。今ではそれを伝える者は久しくおらず、絶滅危惧種と言える程に小さいものになってしまっていた……だが、それを見て一人だけ、それに感銘を受けていたものが居た。

 

「凄い、凄い!!凄いよ俺獣拳を観られた凄い感激してるよ!!」

「んっ?」

 

呼吸を整えていた零一の元へとやって来た一人の男子、彼は太く立派な尾を持っていた。いわゆる異形型の個性である事が伺える。だがそれ以上に獣拳という言葉を確りと発音していた事が零一の興味を引いた。

 

「獣拳を、知っているのか?」

「勿論!!昔アメリカに行った時あるんだけどその時に獣拳の人に助けられて凄い憧れたんだ!!」

「アメリカ……まさかニューヨークか?」

 

その言葉を聞いて思わずニューヨークの名前を出してみると更に強く反応した。どうやら本格的に獣拳を知っていてくれるらしい、しかも現代で此処まで興味を持ってくれるのは正直嬉しい限りだ。

 

「獣拳を見られて感動だよ俺!!ああゴメン、俺ばっかり話しちゃって、俺尾白 猿夫って言うんだ」

「激獣ライガー拳の無月 零一だ。まさか同門に会えるとは、光栄だ」

「ど、同門なんてとんでもないよ!!アメリカには短期間しか居なかったから初歩の初歩しか手解きしか受けられなかったんだ、だから激気のゲの字も使えないし……」

 

まさか雄英に獣拳を知ってくれている人がいた事に零一は強い喜びを覚える、しかも自分の勘が正しいのならば尾白があった獣拳の人というのは自分にとっては偉大な人の一人に他ならない。兎も角、話はその場を離れてからにすることにする。零一は自分のソフトボール投げを終えている、その記録はライガーによって15キロになっている。

 

「あ……あの、僕も聞いても良いかな」

「えっと君は緑谷、君だっけ?指大丈夫?」

「あっうん、大丈夫、だよ……!?」

「全然大丈夫そうに見えないけど……」

 

改めて話をしようとした時に一人の少年も近寄って来た。彼は自分の前に個性を発動させながらも指に大ダメージを負っていた緑谷 出久、彼は何やら爆豪と因縁があるのか先程から凄い睨みつけて来る。まあ其方は気にしないでおこう。

 

「その、獣拳って一体何なの?個性とは、違うの?」

「全然違うよ個性なんかと一緒にするなんて失礼な位だよ!!獣拳って言うのは自分の内側の獣を感じて、その力を手にする拳法だよ。地球上に存在する様々な生物の動きと能力を己の技や術に応用し行使する、いわゆる"象形拳"の一種だよ。古代中国にて誕生して4000年もの古い歴史を誇る由緒正しき武術さ!!であってる……よね?」

「ああ、合ってるから安心しろ」

 

本来は自分が言うべき事なのだが、何やら尾白は獣拳に熱心なのか心酔しているのか分からないが熱くなりながらも語っていた。その気持ちはとても正しく説明も正しいので何も言わずに肯定するが少し苦笑してしまう。

 

「じゃああれは武術の技の一つなの!?その、姿が変わったのも!?」

「ああ。獣拳には激気という気がある、それを高めれば様々な事が出来る―――例えば……ハァッ!!!」

『ゴオオオォォォォォッッッ!!!!』

 

気合を入れながらの裂帛、直後に零一の背後には先程の巨大な白いライガーが姿を現して雄たけびを上げた。それを見てA組の反応はそれぞれ、腰を抜かす者もいれば声を上げて驚く物、ライガーの姿に感激する尾白やその存在感に圧倒される者、敵意を示すように目つきを鋭くする者と全く異なっている。そしてライガーは飽きたかのように欠伸をすると消えていく。

 

「いいいいい、今のはぁ!?」

「さっき尾白が言ってただろ、獣拳は己の内に宿す獣の力を手にする拳法、こんな事も出来るって事さ」

「凄い……!!凄いよこんな事も出来るんだ獣拳って!!」

 

個性ではなく、単純な技術としてここまでの事が出来る。その事実に皆は呆気に取られている、個性ならばまだ理解できる、だがそれを介す事も無く自分という体一つで完結している事がこの時代の理解を超えている事でもあるのだ。

 

「興味深い話だが、今は個性把握テスト中だ。話がしたけりゃ後にしろ」

 

相澤も聞いていたい話だが……今はもっとやるべき事がある、それを行わないのは合理的ではない。今の段階では無個性の少年が扱う不可解な力の正体が獣拳という武術である事が分かっただけでも相澤としては収穫なのである。

 

「失礼しました、そしてこれで俺の力は御理解頂けましたか」

「……まだまだだな」

 

それはどういった意味なのか、それは相澤にしか分からないが零一は少なくともある程度驚かせる事が出来たので少し満足していた。

 

「あの無月君、放課後とかにもっと話とか出来ないかな!?俺、獣拳をずっと学びたいと思ってたんだ!!」

「無論。初歩とはいえ学びがあるならば同門と変わりなし」

 

その後もテストは行われ続けて行く、持久走では飛び抜けた記録を出す事は出来たが流石に長座体前屈や上体起こしではそこまでの記録は出す事は出来なかった。そして全てのテストの結果発表を行われるのだがその際に放たれた言葉は思わず全員が驚愕した。

 

「あっ因みに除籍は嘘だから、君たちの最大限を引き出す合理的虚偽」

『……はぁっ~!?』

 

このテストで最下位を取ったものは除籍されると脅しを掛けられていたのだが相澤はあっさりと嘘だと白状した。確かに除籍させられると言われたら全力を出すだろうが、よくもまあ抜け抜けとそんな事を言う物だ……零一は総合2位だった。1位は八百万 百という女子生徒、創造という個性で万力やら大砲、果てはバイク迄生み出してテストで好成績を叩きだしていた。

 

「(個性込みならばある意味正しいか……当人自体はどうか知らないけどな)」

 

兎も角、個性把握テストを無事に潜り抜けた零一。雄英では獣拳繋がりで思わぬ友人も出来た、悪くない学校生活になるかもしれないと少しばかりの喜びを浮かべるのであった。

 

 

 

「根津校長、無月の持つ力は獣拳という物らしいです」

「獣拳……その言葉を聞くのは何年振りだろう、今の今まで忘れていたよ」

 

相澤は個性把握テストが終わった後、校長室を訪れていた。それは入試から話題になっていた零一の事が僅かながらに分かったので報告する為だった。それを聞いたネズミ……校長の根津は漸く思い出せたと言わんばかりにスッキリしたような表情で答えた。

 

「ご存じなので?」

「と言っても概要だけさ、詳しくは全く。超常黎明期には一部地域でその使い手達が治安を守っていたという話があったのさ」

「そうですか……奴に対しては如何しますか」

「問題はないと思うよ、何せ―――獣拳を扱う事が出来るのは正義の心を持つ者だけと言われているからね」

 

その言葉に相澤は怪訝な表情をするが、兎も角自分が見極めれば良いだけだと思い直しながらもこれからの事を考えるのであった。

 

「そうか、尾白が会ったというのは矢張りゴリー・イェンだったのか」

「そうゴリーさんなんだ。だから僕も激獣ゴリラ拳を体得したいって思ってるんだけど出来るかな!?」

「きっと出来るさ、お前からは獣拳に対する真っ直ぐな思いを感じる。心を司るゴリラ拳は会得できると思うぞ」

 

尾白と話に花を咲かせる零一は様々な意味で注目をされていた、それは獣拳に対して、そして彼に対しても……。




という訳なので、武闘ヒーロー・テイルマンこと尾白君にも獣拳要素を組み込みました。
元々なんかピッタリだし、適任な方が七拳聖にいますので組み入れました。


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4話

個性把握テストにおいて、獣拳という個性とは何の関係も無しであるのにも拘らず、個性を凌駕するような力を見せつけた無月 零一はA組の中でも不思議な立ち位置になりつつあった。

 

「結局のところ、獣拳で重要なのは己の内に秘めた獣を感じる事だからな。感じた情熱を燃やす事で生まれるのが激気」

「獣を感じる……か、もしかして今まで俺が感じられなかったのってゴリーさんの事を意識しすぎてたのかな」

「それはあるな。本来ある獣を感じるよりも、まだない獣を感じ取ろうとしても激気は生まれない」

 

通常授業が始まった雄英高校、その中でも尾白と話をする事が基本。向こう側としても是非とも獣拳の事を聞きたいと思っていたりしているのでそれについて答える事は別段何とも思っていない。

 

「獣拳ねぇ……ネットで調べても全然ヒットしなかったんだよねぇ~」

「私も調べてみたけど全然だったわ」

 

A組では獣拳についての興味がわいたので調べてみようと思い立ったものが大多数だった。だが、幾らネットで探しても情報は出てこない。図書館や図書室などで調べてみようとも思っても該当は0。本当にあるのか、という疑いすら持ちあがる程ではあるが、個性把握テストで見たライガーは絶対に幻覚などではないという実感がそれを阻害する。

 

「まずは自分の獣拳を収める事に集中するべきだな。後からゴリラ拳は覚えればいい」

「あっ、やっぱりと思ったけど、後から他のも覚えられるんだね!ちょっと安心したよ」

「当然だ、俺だってライガー拳しか使えない訳じゃないからな」

 

と聞こえてくる話は非常に気になる物ばかり。そんな話も授業に流されていき、遂に時間は皆が待ち兼ねていたヒーローになる為の重要授業、ヒーロー基礎学の時間がやって来た。

 

「わぁあたぁあしぃぃがっ……普通にドアから来たぁっっ!!!」

 

大きな声とともに教室へと入ってきたのは平和の象徴と呼ばれ、現代における大英雄、皆が憧れる№1ヒーローのオールマイトだった。皆の憧れのスーパーヒーローに教えて貰えるという事だけで皆のテンションは爆上がりしていく……但し、零一を除いて。

 

「さて、では早速行こうか!!私が受け持つ授業、それはヒーロー基礎学!!少年少女たちが目指すヒーローとしての土台、素地を作る為に様々な基礎訓練を行う科目だ!!正にヒーローになる為には必須とも言える!!単位数も多いから気を付けたまえ!!そぉして早速今日はこれ、コンバット!!即ち戦闘訓練!!!」

 

その手に持ったプレートにはBATTLEと書かれている。オールマイトが指を鳴らすと教室の壁が稼動をし始めていく。そこに納められているのは各自が入学前に雄英へと向けて提出した書類を基に専属の会社が制作してくれた戦闘服コスチューム。

 

「着替えたら各自、グラウンドβに集合するように。遅刻はなしで頼むぞ」

『ハイッ!!』

 

各自は勢いよく自分のコスチュームが入った収納ケースを手に取ると我先にと更衣室へと向かっていった。そこにあるのは自分が思い描いた自らがヒーローである姿を象徴すると言ってもいい戦闘服、それをプロが自分たちの為に制作してくれるなど興奮して致し方ない、なんて素敵なシステムだろうか。

 

「―――形から入るってことも大切なことだぜ少年少女諸君、そして自覚するのさ!!今日から自分は"ヒーローなんだ"と!!!」

 

皆が着替える為に更衣室へと向かって行くのだが、零一はそのままの格好でグラウンドβへと姿を現したのであった。それを見てオールマイトは笑いながら声を掛ける。

 

「おや、無月少年は申請しなかったのかい?」

「必要ないですから、激技、臨気激装!!」

 

激気と臨気、二つを放出する零一にオールマイトは表面上はトレードマークの笑顔を崩す事は無かったのだが溢れ出す二つのそれを肌で感じていると内心では僅かに汗を流していた。

 

「(何という存在感のオーラだ……)これが激気、か」

「……獣拳を御存じで?」

「ああいや、相澤君から話を聞いて知り合いに話を振ってみたら知っている人がいたのさ」

 

先日の事は相澤から教職員全員に通達されている、零一は獣拳という武術を扱うと。オールマイトは全く知らなかったが、もしかしたらと思ってある人に電話をしてみたのだがその人物は獣拳の事を知っていた。

 

『獣拳だぁ?お前の口からその名前が出るとは驚いたな』

『ご存じなのですか!?』

『知ってるも何もお前の師匠も世話になってた武術だ、なんだ聞いてなかったのか?』

『な、なんと!?』

 

それを聞いて驚かされた、嘗てのオールマイトの師が助けを借りた事のある武術であると。そして獣拳は正義の心を持つ者しか扱えない特殊な武術である事も知らされたが、それを聞いて益々オールマイトは獣拳に対する興味と零一に対する認識が変わっていた。そんな子が雄英に来ている、ヒーローを目指してくれる事に喜びを感じていた―――先程までは。

 

「(……この冷たく研ぎ澄まされた刃のような凄まじい殺気のような物も、激気、なのだろうか……これは到底正義の物ではない、これは……寧ろ悪のそれだ)」

 

オールマイトのそれは寧ろ正常な感覚、そう零一が放っているのは正義の獣拳使いが放つ激気だけではない。かつて、人々に恐怖を齎し正義の獣拳と敵対していた獣拳の一派―――臨獣拳 アクガタが纏っていた気……即ち臨気。人々の苦しみや悲しみ、絶望といった負の感情が増幅するとより強さを増すという性質を有する悪の気力。

 

「(……まるで奴のそれだ、無月少年君は何故こんな物を放てるんだ……!?)」

 

正義と悪、その二つを有しそれらを扱う零一。仮にそれが正義の心を持つ筈の彼が何故それを扱えるのかとオールマイトは激しく動揺してしまっていた。だが……零一の心は極めて穏やかだった、何故ならば……臨気は悪の激気などではないからだ。



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5話

臨気を使った事でややオールマイトからは怪訝な思いを向けられている零一、と言っても彼はあまり気には止めずにいた。そしてそのまま他のクラスメイト達が来ると、直ぐに戦闘訓練が行われる事になった。オールマイトによる説明は行われている最中、零一は周囲の姿を確認してみた。それぞれが思う自らがイメージする自分のヒーロー像、それの具現化。言うなれば自分の臨気激装、その姿は本当にそれぞれ。

 

「(様々な物があるな)」

 

何処か機械的で鎧のような物もあれば、一般的な服装に近い物もある、中にはまるで手榴弾をイメージしたような篭手まである。だが中には尾白の道着のような物まであり、本当に様々な物があると思う。

 

「さあ次は無月少年の番だぞ!!」

「ああ、はい」

 

そう言われて差し出されたくじを引く。戦闘訓練はヒーローチームとヴィランチームに分かれて実施される。ヒーローチームはヴィランを確保するか、ヴィランが隠し持つ核兵器を確保すれば勝利。ヴィランは制限時間までに核兵器を守りぬく、又はヒーローチームを全員確保が勝利の条件となっている。核兵器は張りぼてだが、これは本物として扱えというのが基本ルール。それを念頭に置きつつも誰と組むのかと考えていたのだが……

 

「あっアタシと一緒だね!!」

「ああ宜しく頼む」

 

零一が一緒になったのは透明化の個性を持っている葉隠だった。改めて個性が透明である事を聞いて思わずとある事を思い出しつつもある事を聞く。

 

「……それって周囲の景色に同化しているのか?それとも光を屈折させているのか?」

「う~ん……よく分からないかも、でもお父さんとお母さんの個性から考えてその両方かも」

「成程。しかし……そのコスチュームは如何なんだ?」

 

思わず苦言を呈してしまった零一、何故ならば葉隠のコスチュームは手袋とブーツのみでそれ以外は全く身に付けていないのである。透明人間としては極めて合理的かもしれないが、女性としては正直言って問題しかない。

 

「……訓練が終わったらすぐにコスチューム変更願いだしとけ」

「ええっ~?」

「それだと災害救助などに出れないぞ、それにコスチュームに自分の髪や爪なんかの繊維や成分を織り込んだコスチュームなら個性と同調して消える筈だぞ」

「そうなの!?オールマイト先生マジですか!?」

「えっああそうだよ、いわゆる変身系の個性を持ってるヒーローなんかはそう言う事をして、コスチュームと一緒に変身して強くすることはよくやる事だよ」

「全然気づかなかったよぉ~!!!」

 

と今更ながらに後悔を浮かべてしまっている葉隠、取り敢えず今回ばかりは我慢して貰う事にしつつも共に頑張る事になった。因みに自分達の対戦相手はA組の人数が21人になるので三人チームになった轟、障子、尾白達であった。

 

「それにしても無月君ってコスチュームに詳しいの?」

「知り合いがサポート会社で特別開発室室長を務めてるからその縁で詳しいだけ」

「それって凄いコネだね!!」

 

そんなこんなで戦いの相手は決まり、二人は出番を待ち続けた。が、その前に何ともド派手な戦いがいきなり繰り広げられた。過去の因縁があるのか、爆豪は緑谷を潰そうとする攻撃を連発しそれに引かない緑谷は自らを犠牲にするような形で麗日をアシストしつつも勝利を支えた。こんなとんでもない直後に自分達の戦闘が始まるのだから何だかハードルが上がってるような気がする葉隠であった。

 

「う~ん、如何しよっか無月君」

「如何するかな」

 

ヴィランチームである二人はハリボテの核を見ながらもどうするかを話していた。単純な人数差による不利、それに加えて相手には推薦入学者だという轟という実力者までいる。個性把握テストでは氷を扱って好成績を叩きだしていた、が同時に自分で生み出した氷を溶かしてもいたので恐らくだが炎、少なくとも高温を扱う事が出来る事は確定。

 

「尾白君は尻尾で障子君は腕とか耳とか口を増やせる個性だったね」

「搦手、正面突破、索敵が全部出来る良バランスチームだな」

 

対する此方は葉隠による奇襲などがあるのだが……生憎これは障子に索敵に引っかかる事が予想されるので取れない。ハッキリ言ってバランスが酷い。

 

「あっそうだ、無月君にはどんな個性があるの?」

「個性?俺はないぞ」

「えっ」

「俺は無個性だ」

「えええっそうなの!!?」

 

思わず仰天した、正直な事を言ってしまうと葉隠は獣拳というのは零一自身が持っている個性を使っているとばかり思っていたのだ。流石に武術であそこまでの事は出来ないだろうと思っており、個性を使っていたと考えれば自然と納得できていた、のだが……それが今ひっくり返った。

 

「む、無個性なの!?じゃ、じゃあ獣拳って本当にあのガオ~って奴を出せたりするの!?」

「ライガーの事だろ、ああ出来るよ。というか俺からしたらそっちも同門と思ってたよ」

「えっ私が?」

「ああ。獣拳にはカメレオン拳ってのがあるからそれで景色に同化してるもんだとばかり」

「へっ~獣拳って本当に色々あるんだね!!」

 

そうなると益々興味が引かれて来る、獣拳とは一体何なのかと、そして自分の個性とよく似た物まであるのか、詳しく聞いてみたいが今は訓練に集中しようと気を引き締めるのだが本当に如何しようか思った時にオールマイトから開始の合図が飛んできてしまった。

 

「わわっ始まった!?如何しよう無月君!?私、本気出してブーツとか脱いだ方がいいかな?!」

「取り敢えず落ち着け、というか本気でそのコスチュームは変えた方がいいな……」

 

兎に角葉隠を落ち着かせようとするのだが―――直後、ビルが一気に凍結してきた。壁や天井に一気に氷が走っていき自分達にもその手を伸ばそうと氷が迫って来る。思わず葉隠は声を上げながらも零一の後ろに隠れてしまった。

 

「こ、これって轟君の個性!?」

「みたいだな。とんでもない出力だな」

「ど、どうしよう!?」

「任せろ。激技、大魁咆!!ハァァァッ!!!!」

 

全身から凄まじい勢いで噴出されていく臨気、部屋全体へと充満していく臨気は氷を食い止めるどころか逆にそれらを喰らい尽くすかのように侵食していき氷を砕いていった。そして部屋全体は全く氷どころか霜一つない。

 

「す、すっごぉ……今のも獣拳、なの?」

「ああ」

 

呆気からんと言って見せる零一に対して心から頼もしさを感じ取った葉隠、そしてその一方で零一は轟の個性の凄まじさを感じ取った。だが勝てない相手ではない。

 

「それじゃあ……勝つか」

「うん、私も自信付いたから頑張る!!」

 

先程まで狼狽えていたとは思えぬほどに確りした葉隠と一度ハイタッチを交わすと直ぐに零一は行動に移し始めた。

 

 

「……轟、何やら上階から無月の叫び声が聞こえて来た。それに足音も、恐らくだが氷による封殺は失敗したと見て良い」

「そうか……じゃあ次だな」

 

轟は個性:複製腕で耳を複製して索敵を行っている障子の言葉に素直に従って次の手段、全員纏まって行動して核の確保に行く事に決定した。透明の葉隠という心配もあるが、障子ならばそれも感じ取れるので問題はないだろう。

 

「尾白、お前あいつの使う……獣拳だったか、知ってるなら何かないのか」

「俺が知っているのはあくまで初歩も良い所で何年も修行し続けてライガー拳を習得してる零一君とじゃ月とスッポンだよ」

 

障子は何かヒントになるような事がないかと尾白に聞くが、尾白も大した事は知らない。友人になって一番話している身ではあるが、それでも詳しくは聞いていない。寧ろ自分の獣拳修得の手伝いをしてくれている恩人であって彼のライガー拳については全然聞いていない。

 

「関係ねぇ、今度は確実に凍らせて確保すりゃいい」

「それが出来れば理想的だよね」

「ああ―――何かがこっちに凄いスピードで迫って来るぞ!」

 

突然の障子の警告に全員が戦闘状態に入る。

 

「何処からだ!!」

「すごい勢いだが、なんだ何処からだ!?」

「一体何処から……」

 

その時、尾白は何故か地面を見た。そして尻尾を地面にあてたのだ、こうすれば何か感じられると直感したのかもしれないが―――それによって知った。

 

「二人とも地面からだ!」

「「地面!?」」

 

その刹那、三人の目の前の地面が爆裂するかのような音を立てた。土煙と爆風が周囲に溢れる中……その奥に人影が見えた。そして視界がハッキリするとそこには零一が立っていた。

 

「旋旋掘、見事に不意を突けたみたいだな」

「お前、地面も潜れるのか。ライガーはンな事しないだろ」

「確かにな、だけど俺はライガー拳使いだが他の獣拳を使わないなんて言ってない」

「そう言えば―――」

 

『俺だってライガー拳しか使えない訳じゃないからな』

 

尾白はあの時の言葉を思い出した、そうだ零一はライガー拳以外の獣拳も修得しているのだった。だがまさか地面を掘って来るとは思いもしなかった。

 

「今のも、獣拳なんだ、よね?」

「ああ。激獣モール拳だ。そしてこれからお前の相手をするのは―――!!」

 

地面を力強く踏み込みながら零一は改めて名乗りを上げた。

 

「勇往邁進。魂から全身へ、猛る勇気の力―――勇者の魂(ヒーローズ・ソウル)!!激獣ライガー拳の無月 零一!!さあ何処からでも掛かって来い!!」

『―――っ!!!』

 

同時に吹き荒れる風が全身に突き刺さってくるような錯覚を味わう、それは激気と臨気が同時に襲いかかってきている証拠。これは絶対に楽な相手ではない事を悟りながらも三人は構えを取った。



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6話

「轟の個性でビル凍らせて終わりだと思ってたのに……無月は何だあれ!?あの時の風みたいので氷を退けたぞ!!」

「なんだよあいつも才能マンかよ!?」

「というかどういう個性なんだよ!?」

 

モニター室では戦闘訓練の様子が事細かに映し出されている、音声はオールマイトにのみにしか聞こえない仕組みだが各地に仕掛けられているカメラでそれを追えるようにはなっている。

 

「でも、本当に個性なのかしら?」

「えっどういうこと?」

「思った事を言っちゃうけど、無月ちゃんって把握テストで個性って使ってたかしら?」

 

クラスメイトの一人、蛙吹がそんな言葉を口にした。そう言われて皆が思い返しても零一は個性を使っているようには見えなかった。言うなれば個性を使う前の緑谷の完全な上位互換的な感じで己の身体能力のみだけでテストを受けているような姿ばかりが思い浮かぶ、肝心の部分だって獣拳という物を使用しているだけで個性とは言えない。

 

「じゃあ、あれも獣拳で無月にはまだ隠し玉の個性があるって事なのかよ!?」

「嘘だろ獣拳とか言うだけであんだけ強いのにまだ先があんのか!?」

「いいえ違うわ、もしかしたらなんだけど……無月ちゃんって無個性なんじゃないのかしら?」

 

蛙吹の言葉に思わず一瞬皆がハッとなるが、直ぐにいや流石にどうなんだろうか……となった。

 

「いやそれは流石にないんじゃないか?だって無個性じゃ」

「でも入試のロボだって獣拳で倒せると思わない?寧ろ、あの時の大きさの物ならば0ポイントヴィランだって倒せると思うわ」

 

そう言われると何も言えない、確かに個性把握テストで出したあのライガーならば0ポイントヴィランとだって戦える筈……ならば、彼は本当に……と言う空気が流れだす中でオールマイトには自らの名乗りを上げている零一の声が聞こえてくる。

 

「(そう、無月少年は無個性……無個性でありながらも首席で合格を果たしている、それだけの力を齎す獣拳……それは一体何なんだ)」

 

そんな何処か不安を感じているオールマイトはこの訓練を一コマだろうが見逃さないようにするべく、目を皿にようにして映像を見つめるのであった。

 

 

一方、戦闘訓練の舞台では全身を突き刺すような激気と臨気に身体を包まれてしまっている轟たちが居た。これまで体験した事がないような感覚、此方を飲み込まんばかりの圧倒的な存在感と此方に対する敵意と殺意にも似た物が同時に身体を食い破ろうとしてくる。

 

「(これが激気……!?いや違う、ゴリーさんが俺に激気を飛ばしてくれた時はこんな感じはしなかった!!)」

 

嘗て、アメリカで七拳聖の一人であるゴリー・イェンの激気を感じた事がある尾白からすればそれは違和感の塊であった。確かに激気と感じられる物はある、だがそれ以上に別のものが混在している。

 

「(っそういえばゴリーさんは獣拳には激気の他にももう一つあるって言ってたような……)」

「尾白ッぼうっとするな!!」

「っ!?」

 

一歩、たった一歩踏み込んだだけで零一は距離を詰めて来た。まるで地上を滑るかのように、そしてそのまま構え込んだ拳を打ち放とうとしてくる。

 

「尾白危ない!!」

「激技、剛勇衝波!!」

 

咄嗟に尾白を複製腕で作った手で押して庇う障子、だがそれは代わりに零一の一撃を受ける事。その気概は買う、と言わんばかりに障子へと掌底を打ち放つ。直撃の瞬間に臨気が放出されて零一の力との相乗効果で威力は増幅されてたった一撃で障子は吹き飛ばされて入り口近くの壁へと吹き飛ばされて、めり込むように叩き付けられた。

 

「障子!!」

「っ……なんて、威力なんだ……!!」

「咄嗟にガードされたか、良い反応だ」

 

尾白を庇いつつも自らの防御も固めていた障子、だがそれでもダメージは甚大で壁にめり込んだまま意識を手放してしまった。一撃、たった一撃で相手をKOする程の威力を誇る技、これが激獣なのかと尾白は息を呑んだ。

 

「チィッ!!」

 

轟は氷結を零一に向けて放ち地面から次々と氷柱が伸びていく、最初はしくじったが今度は捕らえる!!と言わんばかりに氷はすさまじい勢いで迫って来る。

 

「激技、旋頑拳!!」

 

それに対して零一は両腕を真っ直ぐ伸ばしたまま高速で回転し始めた、その勢いは零一は一つの竜巻のように見える程の超高速であり氷はその回転の勢いで振るわれる拳によって全て粉砕されていく。それに舌打ちをして氷の勢いを加速させるが、それに対して全く怯む事がない。

 

「チッ!!」

「もう終わりか、この位の氷で俺が倒せると思ってるなら拍子抜けだ」

 

回転を止めて腕を組んで此方を見て来る零一に轟は怒りを感じるが、現実問題として容易く砕く事が出来るのだとすればこのままの戦いは厳しい。

 

「今度は俺が相手だ!!」

 

先程は自分のせいで障子に庇われてしまった、それに多少なりとも獣拳に対する知識がある自分が頑張らなければという強い想いが尾白の背中を押した。尻尾で地面を殴り付けるようにして跳び掛かって蹴りを繰り出すが何の防御をする事もなく、受け止められる。

 

「おおおおっっ!!」

 

それでも尾白は屈しない、寧ろなんて自分は光栄なんだという思いすらあったのだ。憧れ続けた獣拳を修めている人間と手合わせが出来るのだから、そのまま尻尾を組み合わせた俺流の武術スタイルで零一へと攻撃していく。

 

「フッタァ!!やぁ!!」

「思った以上に、筋が良いな!!」

「そりゃどうも!!」

 

流れるように連撃を組み立てながら相手に反撃の隙を与えないように攻め続ける尾白、回し蹴りに連続で襲いかかる尻尾。それをガードしたと思ったら今度は逆回転しながら再び回し蹴りと尻尾の一撃。そして次が尻尾をばねのようにして勢いをつけての跳び蹴りと従来のそれらに自分の長所を上手く組み合わせて連撃をしていく。

 

「引け!!」

「っ!!」

 

その時、轟の言葉を聞いて咄嗟に仰向けになる様に跳びながらも尻尾で後ろへと跳ねた。そこへと飛来するのは零一が地面から出て来た時に生まれた瓦礫、それを氷でコーティングしてから蹴り飛ばした。それは頭部へと向かって行くが、あっさりと受け止められると握り潰される。

 

「駄目か……」

「零一の相手は俺がするから、そっちは核の確保をしてくれ」

「何?」

 

唐突な言葉に轟は驚いたような聞き返した、自分の力が通用しない相手に対してお前で勝てるのかと言わんばかりの聞き方だがそれは正しく尾白も理解はしている、だがそれ以上に尾白に攻撃出来ているのも尾白なのも事実。

 

「轟の氷は多分通じない、また砕かれるだけだ。だから近接攻撃が有効だと思う」

「分からなくはないがお前で勝てるのか」

「勝つ意味はない、核を確保すればいいんだから」

 

そう言われて確かにそうだと轟は思う、様々な意味で異質な零一に呑まれていた。だが零一もそれを簡単にやらせてくれるほど優しいとは思えない。そして直後にそれは事実だと思い知る事になる。

 

「悪いが、お前達の自由にやらせるほど俺は優しくはない。激技、剛勇咆弾!!」

『ゴオオオオオッ!!』

「なっ!?こんな所でも出せるのか?!」

 

零一から飛び出したライガーは大きな雄叫びを上げながらも突撃していく、それに轟は氷を放つがライガーはその爪で氷を砕くとそのまま轟と尾白をその両脚で叩き伏せた。

 

「ぐっ……!!こいつなんてパワーなんだ……!?」

「これが、ライガー……!!」

 

二人は必死に抵抗を試みようとするが、ライガーは抵抗されればされる程に力を強めていく。そして二人が次に見たのは自分達を見下ろす零一が自分達に確保を示す確保テープを巻きつけた姿だった。既に障子は気絶して戦闘不能、即ち―――

 

『ヴィランチーム、WIIIIIIN!!!!』

 

オールマイトの声が響き渡り、戦闘訓練の勝敗を告げた。数で勝るヒーローチームの敗北、ヴィランチームの勝利。



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7話

「さあ再び戦闘好評の時間だぞ!!」

 

モニタールームへと戻って来たチームたちを迎えながらも好評の時間がやって来た。

 

「さて今回のMVPだが……無月少年と障子少年!!無月少年は言うまでもないと思うけど、障子少年は何故か分かる人はいるかな?」

「はいオールマイト先生」

 

手を上げたのは先程の緑谷&麗日、爆豪&飯田の好評でも見事な評価を下した八百万。その時はオールマイトが言いたい事を全て言われてしまったが、今度はそれを考慮しつつも指名する。

 

「索敵も勿論でしたが、咄嗟に尾白さんを庇った際の判断の素早さも特筆するべきだと思います。自らも防御しつつも庇う事で被害を最小限にしようとしておりました、が余りにも無月さんの一撃が強すぎてしまったのであそこでダウンしてしまいました」

「その通り!!あれは複製腕を持つ障子少年だからこその行動だったね」

 

それを言われて少しだけ嬉しさが出る障子、それならば身体を張った甲斐があったという物だ。だがそれ以上に皆が気になる事があった、正しく獣拳の事だ。

 

「な、なあ聞いていいか。お前が今回やってたのって全部獣拳って奴なのか、個性じゃなくて?」

「違うよ~無月君は無個性だから個性もってないんだって~」

『む、無個性!!?』

 

それを聞いてA組の全員が驚愕してしまった。あれだけの力が個性とは全く関係性はない、戦っていたのが規格外とも言うべき規模を誇る個性を持つ轟がいるので余計に異質さが際立つ。轟も目を大きくし、それを聞いていた爆豪は更に大きな驚きに包まれていたようだった。

 

「嘘だろじゃあ今の全部個性関係なしなのかよ!?」

「全て獣拳による物だ、俺には個性の欠片もない。あるのは獣拳だけだ」

 

そう言うがあっさりとは信じる事は難しいだろう、個性という物が浸透しきっている超人社会において個性を使う事も無くあれ程の事が出来るなんて考えられない。だがそんな中でも獣拳の存在を理解している尾白はある事を尋ねた。

 

「なあ零一君、戦う時に激気とはまた別の物を感じたんだ。あれって何なのかな」

「ああ、臨気の事か」

『臨気?』

「これの事だろ」

 

そう言いながら身体から臨気を放出するとその場にいなかったが故に理解出来なかったモニタールームの面々も臨気を感じ取った。それを改めて感じながらも尾白は尋ねる。

 

「ゴリーさんは獣拳には激気とはまた別の物があるって言った、それが臨気なのかい?」

「ああそうだ。獣拳には激気と臨気という表と裏の気が存在する、正義の心から生まれる激気と悲しみや絶望といった負の感情から生まれる臨気」

 

激気と臨気、それこそが獣拳において重要な物となる物。

 

「だけどその臨気?ってなんか悪っぽくないか……?それなのにその臨気を使うのか?」

 

思わず上鳴はそう尋ねてしまった、ヒーローを志す者がそのような感情に囚われていいのだろうか。寧ろ臨気ではなく激気を重視していくのがヒーローとしては正しいのではないかと、ある意味その意見は正しいように思えるしヒーロー志望の身からすれば当然の意見だろう。が、零一はそれを一蹴する。

 

「お前、それヴィランが銃を使ったから銃を全否定するのと同じだぞ」

「えっそ、そうか?」

「どんな力も使い方次第だ、だったら個性だって同じだ。ヴィランもヒーローも同じ個性を使ってる、それなのに明確に分けられているのは何故だ」

 

そう問われる、忌避感があるのであれば個性を同じように扱うヒーローとヴィランは何が違うのか。そう問われて真っ先に応えたのは蛙吹だった。

 

「使う人の心……ね?」

「そうだ。俺は俺の使いたいように激気も臨気も使う……勇者の魂、そう俺に名付けてくれた人の想いに応えられるようにな」

 

此処まで言われてオールマイトは自身の考えを酷く恥じた。そうだ、その通りじゃないかと。本質的には個性を使うヒーローもヴィランも同じなのだ、決定的に違うのはそれぞれの内に秘める想い。それが自らの使う力を正義にも悪にも変えて行く。ヒーローには辛い経験を重ね続けた者も多い、だがそれを力に変えて世の為人の為に頑張っている。自分もまだまだ未熟だったという事を思い知りながら後で彼に謝罪する事を決意するのであった。

 

 

「(あれが、激気か……)」

 

引き続き戦闘訓練が行われている中、尾白は拳を握り込みながらも全身で感じられた激気の事を考えていた。あれこそがゴリー・イェンが言っていた激気、それを自分の身体で受けて感じる事が出来た。激気によって具現化されたライガーの力強さ、本物の獣さながらの獰猛さ、本当にそこに生きているライガーが居るのでは……とその感覚が残り続けている。

 

「(己の中に眠る獣、それを感じる……)」

 

これまではゴリー・イェンという尊敬する人が扱う物に固執してしまっていた、だが零一に言われて本当の自分の中にある獣を見つけ出さなければいけない。そう言われて何も考えずに自分の内に潜り込んでみる。真っ暗自分の中、奥底に眠っている野生……そこに自分の獣が居る、そう思った時に僅かに何かが見えた気がした。手を伸ばそうとするがそれは離れていって意識は浮かび上がった。

 

「(……っでも一瞬見えた、あれが俺の獣だ……!!あれをもっと感じられる事が出来れば……よぅし!!)」

 

「(……んっ今のは……)」

 

尾白がそんな事を戦闘訓練をモニターで見なければいけない時にやっている時、それに気付いたのか零一は其方を見た。何故ならば極僅かだが激気を感じたから、まだまだ弱くてお世辞にも激気とは言えない物だが……如何やら自分の激気を感じる事で切っ掛けが出来たのだろうとこれからが楽しみだと言わんばかりの笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

「……」

 

その一方で零一の事を何処か鋭い視線を投げかけている轟、彼は先程の言葉を何度も何度も頭の中で繰り返し続けていた。

 

「(悲しみや絶望といった負の感情から生まれる臨気……あの力があれば親父を越える事も出来るんじゃねぇか)」

 

常に黒い感情が渦巻き続ける自分にとっては臨気ほど力を得るには相応しい物はないのではないか、そんな考えが頭を過っていく。もしも獣拳という物を学ぶ事が出来れば……あいつを越える事が出来るかもしれない、自分の個性をあそこまで簡単に破った力が自分に……そんな思いを抱きながらも轟は零一を見つめていた。




尾白は獣拳の習得に一歩近づいた。

轟は臨気と獣拳への興味を深めた。


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8話

『如何じゃの高校生活は?』

「まあ、楽しい部類……何じゃないですかね」

『そうかそうか』

 

洗濯物を畳みながらも携帯に掛かって来た電話に応える零一。相手はマスター・シャーフー、別に自分の事を心配している、という訳でもないが一応保護者としての役割をこなす為に電話を寄こしてきている。

 

『友人は出来たかの?』

「一応一人は、驚く事に獣拳の事を知っておりました」

『獣拳に関わる者以外で知っていてくれる者がいるとは……今時珍しいの』

「と言っても彼もアメリカでゴリー・イェンにお会いしたからとの事です」

『成程のぉ~』

 

シャーフーは自分の話を我が事のように嬉しそうに聞き続けている、そうしている内に時間は随分と進んでいきそろそろでなければいけない時間にもなって来た。

 

「すいません、そろそろ登校時間です」

『そうか長い時間喋ってしまったの』

「いえ、私も声が聞けて嬉しかったです」

 

其処に嘘はなく本心からの言葉。シャーフーには心からの感謝しかない、故に声を聞きたいというのならば喜んでそれに応える。そして彼はシャーフーの弟子である事を誇りに思っている。

 

『零一よ、お主の友人が獣拳を学びたいというのならば手解きをしてあげなさい。お主の為になるならば本望じゃ』

「分かりました、それではマスター……まだ何れ」

『うむ、それではまた声を聞ける日を楽しみにしておるぞ。そして忘れずにな、暮らしの中に修行あり……じゃ♪』

 

最後に茶目っ気タップリに言葉を告げながらも電話は切れた。暮らしの中に修行あり、些細な出来事の中に修行を見出すというのがシャーフーのモットー。それを心にしながら生活していると毎日の事も修行に置き換える事も出来る。故に師の元を離れても零一は毎日修行をし続けている。

 

「さて……今日も修行だ、行くか」

 

まるで自分に言い聞かせるように呟きながらも借りている部屋を出て雄英へと向かうのであった。

 

 

「ハァッ……」

 

そんな風に自分に言い聞かせていた零一は朝、教室に姿を現してからいきなり溜息を零したのであった。そんな姿に早めに来ていた尾白が声を掛ける。

 

「如何したのなんか疲れてるみたいだけど」

「いや、疲れてるというか……これからもあんなのと付き合わないといけないと考えると面倒だなと辟易してるだけだ」

 

それを聞いて納得したような困った笑いを浮かべてしまった、雄英の校門前には凄い数の報道陣が集まっていた。目的は当然№1ヒーロー、オールマイト。そんなヒーローが教師として雄英の就任したのだから少しでも情報を得ようと生徒達へのインタビューを行っていた、唯々登校の邪魔でしかなく零一もその例に漏れずにしつこくインタビューを迫られたがガン無視した。

 

報道の自由は人の自由を侵害して許されるモノなんだろうな

「ア、アハハハハッ……」

 

零一の言葉に込められた力は極めて強かった、単純なマスコミ嫌いなのか、それともマスコミ関係で嫌な思い出があるのか……取り敢えず聞く事はやめておく事にしようと思う。そんな時にやってきたのは緑谷だった、彼も彼で早めにやって来たらしい。

 

「あっおはよう尾白君に無月君!」

「ああっおはよう緑谷、腕はもういいの?」

 

先日の戦闘訓練で緑谷は自らの腕を犠牲にするような戦法を取った、如何やら彼の個性は超パワー過ぎる為か力を出し過ぎると自らをも傷付ける類の物らしい。彼は直ぐに保健室へと運ばれていった程の怪我だった筈。だが既にギプスなどは取れていた。

 

「あっうん、リカバリーガールに治癒して貰った所でもう完治だって」

「そっかよかったな」

「うんっ!!それでなんだけど無月君獣拳について僕にも教えてくれないかな!?」

 

本題はそこか、と零一は思うがそう言えば戦闘訓練の時に語った時に彼は保健室送りになっていたので分からないのかと勝手に納得しつつも改めて説明をする。獣拳には激気と臨気がある事、その二つの性質、そして自分は無個性である事を話した。

 

「あ、あれだけの事が出来たのに無個性なんて……僕、信じられないよ」

「お前が信じようが信じまいが事実は変わらない、俺は無個性だ。社会的に弱い存在が強いのは容認できないか」

「い、いやそう言う事を言いたい訳じゃないよ!!」

「冗談だ、そう声を荒げるな」

 

零一としては軽い自虐ギャグのつもりだったのだがまさか此処まで強く言い返されるとは思いもしなかった、だが唯の否定とは思えない。緑谷の表情的に縁者に無個性で苦労している者がいるのかもしれない、そう思うと悪いのは此方だ。

 

「済まん、気を悪くさせたな」

「えっ!?ああいや、僕の方こそ何か大声出しちゃってごめんなさい……」

 

一先ず素直に謝罪していく事にした、お互いに頭を下げる頭になったが水に流す事にした。

 

「今朝、師匠と話したんだが……尾白、獣拳を学びたいなら俺から手解きしても構わんぞ」

「えっ本当に!?」

「ああ、師匠からの許可は貰っている」

 

弟子のみではあったが、零一はシャーフーの元で修行に励んでライガー拳だけではなく、他の獣拳も修得している。そんな零一ならば指導を行っても問題ないとみなされてその許可は下りていた。それに、零一自身もゴリー・イェンとの縁もある。

 

「やったぁっ!!実は戦闘訓練の時に俺の獣を少しだけ感じられたんだ、それから何とか頑張ってるんだけど難しくて……」

「いきなり感じられるだけ才能ありだな、それとお前あの時に僅かだが激気を出したぞ」

「えっマジで!?」

 

彼が体験した事がある激気はゴリー・イェンに零一と言った獣拳に精通した使い手の物だけ。まだまだ未熟な自分の激気とは比べ物にならない程の巨大な物だったので尾白が自分の小さな激気に気付けなかったのも致し方ない。

 

「良かったぁ~……実はちょっと期待してたんだよね」

 

と笑っている尾白、憧れのゴリー・イェンに近づく事が出来る事が余程嬉しいのだろう。漸く獣拳への道を本格的に歩む事が出来るんだ!!と喜んでいると背後からもう一つの影が迫って来ていた。

 

「俺にも教えて貰えるか」

「と、轟?」「轟君!?」

 

その影は戦闘訓練で一戦を交えた轟 焦凍だった。彼も獣拳を学びたいと申し出て来た。

 

「意外だな、興味があると?」

「ああ。俺は今よりもずっとずっと強くなりたい、お前は俺の個性を一切寄せ付けなかった、それをもっと知りてぇ」

 

零一は此方を見つめて来る轟の瞳を見る。瞳に宿っているのはプライド、知りたいと言いつつも自分を破った力に対抗したい、その為に知識を得たいという事なのだろうか。だが……別の何かを感じる、唯知りたいという訳ではなく……力を求めているように思える。

 

「言っておくが獣拳は武術だ、唯学べば強くなれるなんて物じゃない。全て自分の努力次第だ、それでもやる気はあるのか」

「ああ、ある」

 

即答。硬い意志がある……と言うよりも何か固執しているような節を感じる。早く教えてくれと言わんばかりの焦りに近い何かを。正直悩み処ではあるが……零一は溜息混じりに引き受ける事にした。

 

「悪い、助かる」

 

一度頭を下げると轟は自分の席に戻っていった、もう話す事はないと言わんばかりだ。だがその表情は僅かに変化していた、口角が持ち上がり笑っているようにも見えた。だが笑っているにしてはどうにも歪んでいるように見えた……。

 

「え、えっと……無月君、僕も……駄目かな?」

「駄目だな」

「ええっ!!?」

 

緑谷も興味があるのか名乗りを上げるのだが、即答でNGを出した。だが意地悪で断っている訳ではない。

 

「お前はまず個性で身体を壊さない事を覚える方が先だろ。それなのに別の物にうつつを抜かしてる場合か」

 

尾白は零一の説明に納得する、確かにまずは自分の個性で身体を壊す事のを何とかしなければいけないのが先決。だが緑谷はそれでも何とかお願いしたいのか食い下がった。

 

「ぼ、僕の身体をもっと鍛えれば力は自在に使えるかもって、言われたんだ!!だからその獣拳を学びながら身体を鍛えれば―――」

「言いたい事が分からなく訳じゃないが……それならば益々基礎的な体力作りが先だろ、激気やらに反れるよりもずっと早く個性を扱えるようになる筈だ」

「俺も零一君の意見に賛成」

「そ、そうかなぁ……」

 

余程獣拳を学びたいと思っている……というよりも何処か緑谷は焦っているように見える、だが焦って獣拳に手を伸ばしてもきっと身に付かないし本来出来る筈の成長の妨げにも繋がるだろう。何を急いでいるのかは分からないが、急いては事を仕損じる、零一は緑谷への指導は断った。その時にチャイムが鳴る時間になったので話は強制的に終了してしまい、それぞれの机へと戻っていく。

 

「あっそうだ、零一君これからは先生とか師匠って呼んだ方がいい?」

「やめてくれ俺はまだそんな高みにいない。後俺の事は呼び捨てで良いぞ」

 

「獣拳……か」

 

緑谷 出久、彼は獣拳への興味を捨てきれなかった。何故ならば零一は無個性であるのも関わらずあれだけの力を発揮出来ていた。つまり自分も……そんな思いを捨てきれなかった。彼も、零一と同じように無個性だったが故に。



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9話

放課後、早速獣拳の手解きを受ける事になった尾白。基本的な部分は粗削りではある物の掴めている上に自分の獣も見えている、故にやる事は単純明快で瞑想による精神統一で集中力を高める事で獣を更に強く感じ取れるようにする事。

 

「フゥゥゥッ……何となくだけど、見えているようで見えないような……微妙」

「そんなもんだ。いきなりはっきり見えました、なんて言われたら何年も獣拳の修行を続けている俺の立つ瀬がない」

 

見えるようにはなっているが如何にもそのイメージが薄い、というよりかは弱く激気自体も出ているが微弱。だが先達である零一からすれば拳聖に僅かな期間教わっていただけで此処まで出来るのは才能がある証拠という他ない。

 

「元々武術をやってたんだろ、それが良い方向に行ってるな」

「ちょっと照れるな……」

「さてと、そっちも始めるか轟」

「ああ頼む」

 

瞑想している尾白の傍らに立つ轟。彼も彼で獣拳を学ぶために此処に居る、と言ってもまさか今日から始める事になるとは思わなかったが……

 

「せめて明日が良かったんだがな……まあ時間が出来ちゃったからしょうがないけど」

 

昼休みの時間帯、彼らが昼食を取る時刻に雄英ではある事件が起きた。突然雄英のセキュリティが破られた、生徒は避難しろという緊急放送が入った。結局それはマスコミが雄英のセキュリティを突破して校内に入って来た、という何ともふざけた理由でこの事に関しては雄英はそれぞれのマスコミの会社を既に特定しているらしく訴える予定らしい。

 

兎も角、それによって雄英では授業を一部短縮する事が決定したので早めに授業は終わった。その時間を利用する形で零一は二人に獣拳の手解きをする事になった。メニューなども考えたかったので前述の通りせめて明日が良かったのだが……こうなったのだからしょうがない。

 

「と言っても獣拳も武術、基本的な部分は他の武術ともに通っているところは多い。獣拳の極意は心技体のトライアングルだったりするからな」

「心技体、じゃあ俺は何をするんだ」

「まあそこだよ一番の問題は」

 

零一が時間を欲しがったのもそこである。ハッキリした事を言えば零一は轟の事を全く知らない、尾白にはゴリー・イェンに初歩的な手解きを受けた事とこれまで武術を習って身体を鍛えていたという事から自分と照らし合わせて予測は付くが轟にそれを適応は出来ない。

 

「後、轟お前近接苦手だろ」

「……いやそう言う訓練もしてたが」

 

何やら苦虫を噛み潰したような表情で極めて嫌そうに答える、苦手と言われる程自分は弱くないと言いたげだが如何にも得意には見えない。

 

「なまじ個性が強いせいもあって個性による力押しが強い」

「……そうか?」

「格下はそれで如何にでもなるが同格相手だとそれは通じない」

 

如何やらあまり自覚はないらしい、だが思えば彼にはそう言う傾向があると尾白は思う。戦闘訓練でもいきなりビルを完全に凍結させたり、その後の零一との戦闘でも氷の勢いはかなり強い。見極めというか搦手やフェイント、ジャブを使わずに個性の力で一気に押し切ろうとしているようにも思える。

 

「それらの矯正をしつつ、基本をやっていくしかないな」

「……そうか、激気とか臨気とは何時覚えられるんだ」

「そんなの知るか、お前次第に決まってる」

 

話を聞いてみれば轟はこれまでやって来たのはメインは個性の訓練で身体は鍛え込まれている、だが其処に技術は余りない。それでも他を圧倒できるだけの個性がある故に力押しになっている。

 

「後一応言っておくけど、臨気はやめとけ」

「何……?」

 

取り敢えず基本的な事から始めようとした轟は思わず動きを止めてしまった、自分が是非とも覚えたいと思った臨気を止めておけと言われたのだから止まらない方が可笑しい。自分が行きたい道をいきなり遮られたな気分になり、思わず声を荒げそうになりながら問い返す。

 

「如何言う事だよ」

「単純な話だ、臨気は人間の負の感情で増幅する。人間って奴は正義感やらよりもずっと負の感情が強くなりやすい、怒りや悲しみ、絶望とかの方を抱き易いしそれは根深くなりやすい」

 

絶対的な正義感を持てる人間は極めて限られる、それこそオールマイトなどはその典型例で仮に彼が獣拳を修めたらその激気は途轍もなく膨大な物になる事だろう。だが其処まで人間は高潔になれない、それよりも負の感情の方が強くなる。

 

「激気は扱いやすくて臨気は扱いづらいって事でいいのかな零一」

「大体はな。臨気は扱いづらい故に負担もデカい、増幅されやすいから身を滅ぼしやすい」

「うっわぁ……」

「対して激気は情熱やら正義の心で大きくなる、だから意図的に増幅させる必要があるから制御もしやすい」

 

そう言われて轟は何処か納得したようなしていないような表情を作る、扱いづらくて負担もデカい、だがその分得られる力は非常に大きいという事だろう。だからこそ臨気を身に着けたいと轟は強く望む、自分の中にある物を使えば自分は大きな飛躍をするという確信がある。

 

「でも、零一は激気と臨気の二つを使ってるよね」

「俺は俺で師匠に確りと修行を付けられたからな、自分の中にあるマイナスを制御するって大変だぜ」

 

自分の中にある負の感情、臨気を扱う事が出来ているという事は零一の中にもそれはあるという事。それに比べたら自分のそれは取るに足らないと言いたいのかと思わず拳を握り込んでしまった。

 

「まあ兎も角、激気にしろ臨気にしろまずは基本から入らないとそこに入門すら出来ない。まずは己の中にある獣を感じる、だ」

「具体的に如何やるんだ」

 

初日から随分と大変な事になったと思いつつも零一は彼らに対して獣拳の手解きを続けていく。尾白は順調そのもので近々確りとした激気を出す事は出来るだろう、だが問題は轟の方。何やら臨気の方に執着しているのでこれからの指導は慎重にやっていかなければと思いつつも必要になったら師の助けを借りる事を心に誓うのであった。

 

「……俺の中に何かいた、あれがそうなのか」

「えっ轟まさかもう見えたの!?自分の獣!!?」

「ああ、なんていうか……デカい奴が見えた……」

「お、俺よりもずっと……!?」




ショックを受ける尾白、が二人とも零一よりもずっと早く獣を感じられている。なので零一は内心で尾白よりも大きなショックを受けている。

「……俺、もっと苦労してたのに……」


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10話

『なんと初日でそこまで至るとは……末恐ろしい才能じゃ』

「はい、ハッキリ言って手解きで済ませていいレベルではありません」

 

手解きから数日、零一はシャーフーへと連絡を行っていた。内容は当然手解きをしている尾白と轟の事、此処までの手解きで尾白は獣を更に感じられるようになれる所まで、だが轟に至っては既にその尾白に追い付こうとしているだけではなく追い抜こうとまでしている、獣拳の事を何も知らなかったにも拘らず。

 

「マスター達の元で確りとした獣拳を学ぶべき、そう思わざるを得ない程に素晴らしい才覚の持ち主です」

『ふぅむ……途轍もないのぉ、今風に言えば才能マンと言った所かな?』

「実際そんな風に言ってた奴もいましたね」

 

自分の元で長年修行を積み続けている愛弟子がそこまでいる逸材、少しばかり興味が湧いたのかシャーフーは一度会ってみたくなってきた。

 

『よし、それでは近々其方に顔を出そう。その時に詳しい話を煮詰めるとしよう』

「分かりました」

 

 

そんな話を朝にしていた日のヒーロー基礎学、今回の内容発表を相澤が行った。

 

「今回のヒーロー基礎学は俺ともう一人も含めての三人体制で教える事になった。そして今日の授業内容は災害水難なんでもござれの人命救助(レスキュー)訓練。今回は色々と場所が制限されるだろう。ゆえにコスチュームは各々の判断で着るか考える様に」

 

伝える事を伝えたからさっさと行動しろと言わんばかりに相澤はバスで向かうと最後に言い残して教室から出ていった。今までの事を考えれば遅れたら即刻除籍すると言われかねないと皆思っている為かテキパキと動きながら集合場所へと向かっていく。早急に準備を整えて集合バスに向かうのであった。そこでは

 

「バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列で並ぼう!!」

 

と笛を吹きながら張り切って先導している飯田の姿があった。マスコミのセキュリティ突破騒動があった日、緑谷は自らの委員長職を飯田へと譲渡した。セキュリティ突破による警報によって食堂で起こったパニックを飯田が身体を張って鎮めたからとの事。実際先導するのはあんなタイプの人間の方が優れているのかもしれないと皆が思う。

 

「くそ、こう言うタイプだったのか……!!」

 

と、バスは所謂公共機関でも使われているような物だったので席順が余り通じなかったりとやや空回り気味でこそあるがクラスを統率しようとしている努力は感じられるので彼が委員長で良かったかもしれない。

 

「という訳だ、近々俺の師が会いに来るかもしれない」

「零一の師匠か~……どんな人なんだ?」

「激獣フェリス拳の使い手で七拳聖のリーダーのような存在だな」

「フェリス*1……猫か?」

 

バスの中では朝あった事を二人に伝えつつもこれからの事を話している零一。素直な事を言うと自分はまだ精進すべき立場なので誰かを指導するには値しないのでシャーフーが顔を出してくれるというのは素直に有難い申し出あった。

 

「尾白は兎も角、轟の指導は俺には荷が重い」

「そんなもんなのか?」

「自分の才を自覚しろ」

 

自分と比較として思わず溜息をついてしまうが、零一の場合は過去の経験が余りにも心に強く刻まれてしまっている為に無意識的にも臨気が起きやすいという状態にもなっている。その制御やそれと釣り合うようにするための修行もあったので獣を感じるのはかなりの時間があった、同じ条件にすれば轟との才に大きな開きはない。

 

「無月の師匠か……」

 

どんな人なのかなと楽しみにする尾白とは対照的に轟はその人の教えを受けれたらもっと先に進めるのか……と何処か黒い炎を燃やす轟、それは臨気にも似ている感じがすると零一は感じた。獣拳を教えてよかったのだろうか、と僅かな疑問が生まれて来たのであった。そんなこんなで到着した訓練の舞台……巨大なドーム状の施設でその入り口には一人のヒーローが待っていた、宇宙服のようなコスチュームを纏っている宇宙ヒーロー・13号。そんなヒーローに伴われて入ったドームの中は―――

 

『USJかよ!!?』

「水難事故、土砂災害、火事、etc……此処はあらゆる災害の演習を可能にした僕が作ったこの場所――嘘の災害や事故ルーム――略して“USJ”!!」

『本当にUSJだった……!?』

 

色々と危ないネーミングだと冷や冷やする。そんな中でこれからの訓練で何を見出して欲しいのか、個性という力の危険性、それを活かせばどれだけの人を救える事かを説きながらこの授業ではそれを人を助ける為に使う事を学んでほしいという強い思い。それらを感じた所で授業に入ろうとした時の事―――それは現れてしまった。

 

「っ!?」

「ど、どうしたの零一!?」

 

それは突然だった。ジャージ姿だった零一が突然に臨気激装を使用して戦闘形態とも言うべきライガー拳使いとしての姿に変化した、尾白は何かあったのかと問いかける。

 

「身体の中が冷える様なゾワゾワする……悪意、敵意だ。ヴィランが来るぞ!!」

「えっヴィ、ヴィラン!?」

「お前も感じてみろ、今のお前なら出来る筈だ!!」

 

その言葉には尾白どころか相澤や13号も驚いていた。ヴィランが居る筈はない……だが彼が嘘を言うとは思えずに尾白は意識を集中させてみた、獣を感じようとするように神経を尖らせてみる……そしてその途端に感じ取った。酷く嫌な気配を。

 

「確かに、凄いゾワゾワする……!」

 

その直後だった、広場の噴水の前に黒いモヤが漂い始めた。USJには火災現場もある、そこから煙が漏れているのか、いや距離がありすぎる上に靄は徐々に大きくどす黒くなっていき空間が奇妙なほどに捻じ曲がり広がっていく光景に素早く指示を飛ばしながらゴーグルを装着、それを見ながらも13号も動き出す。

 

「皆さん避難します!!これは訓練ではありません!!」

 

その言葉で漸く今のこの状況が緊急事態だという事を飲み込む事が出来たのか、その指示に従い始める。相澤は自らの得物である捕縛布を握り締めながらも飛び出すタイミングを見計らう。此処まで進入するヴィランだ、恐らく先日のマスコミの一件もあれらの手があったのだろう。ならば油断せずに行くしかない、覚悟を固めると相澤は単身、黒い靄から次々と姿を現してくるヴィラン達へと突撃していく。その間に13号は皆を連れてUSJからの脱出を図ろうとするのだが……

 

「逃しませんよ、13号と生徒の皆様方」

 

自分達の向かう先、出口を封鎖し立ち塞がる霧のような姿をしているヴィラン、他のヴィランをここに連れてくる役目も担っている黒い霧のヴィランが立ちはだかって来た。そしてそれは此方をバカにするように仰々しく頭を下げ慇懃無礼な口調をしながらも明確な敵意と悪意を向けてくる。それらから守るように13号が一歩前に出る。

 

「はじめまして生徒の皆様方。我々はヴィラン連合。この度、ヒーローの巣窟であり未来のヒーロー候補生の方々が多くいる雄英高校へとお邪魔致しましたのは他でもない。我々の目的、それは平和の象徴と謳われております№1ヒーローであるオールマイトに息絶えて頂く為でございます」

「オールマイトを……随分な事を言いますね」

 

その目的が語られた時、その時皆の思考は死んだ。オールマイトを殺す為に態々雄英に乗り込んできた、その言葉の意味が分かっているのか問い返したいほどに狂った目的だ。ヴィランにとってオールマイトは最も恐れる存在で彼らからしたら最悪の悪魔、避けようとするのがベターなのに敢えてそれを殺そうとしているその神経が信じられない。

 

「大胆不敵でしょう、不敵、正しく我々ヴィランの特権です……そして生徒の皆様が金の卵という事も承知しておりますので―――散らさせて頂き嬲り殺しにさせて頂きます」

 

そしてヴィランは靄を今度は広範囲に広げながらもA組の皆を包み込んでいく。身体が何処かに飛ばされているかのような感覚を味わうが直ぐにそれは明らかになった。

 

「あっちぃ!?」

 

そんな声が聞こえて来た、周囲を見てみると見渡す限り火の海、此処はUSJの火災ゾーンだという事が直ぐに分かったが異質な点もあった。そこには数多くのヴィランが自分達を待っていたかのように待ち構えていたのだ。

 

「尾白か、無事でよかった」

「零一!?良かった、一緒に居られたみたいで安心したよ」

「だと良いがな」

 

頼ってくれるのは嬉しい限りだが、状況はあまりよくない。周囲は火の海でその中には火をものともしないヴィランが群れを成している。

 

「さあ来たぜ、やったきたぜエサがよぉ!!」

「殺すぜ、ぶち殺してやる!!」

「高学歴の坊ちゃんか、女がいないのは残念だが殺して発散してやるよぉ!!」

 

凶悪なヴィランというには十分過ぎる位の言葉を吐きながらも此方を明確に敵意を向けながらも迫って来るヴィラン相手に互いに背中を合わせるようにしながら構える二人。

 

「戦えない、なんて甘ったれた言葉を吐かないだろうな」

「言って状況が変わるなら幾らでも言うよ、気の利いたジョークが聞けるなら是非聞きたいよ」

「生憎俺はそっちはサッパリだ、ゴリー・イェンに憧れるお前は何か言えないのか」

「そうだね……生憎だけど思いつかないかな。だって文字通りの三流の台詞しか言わないから、それに返したらこっちだって三流しか言えなくなっちゃう」

 

「ンだとぉ!!?」

「このガキ!!俺たちが三流だって言いてぇのか!!」

 

余裕の笑みを浮かべながらも、戯けるようにしながら言った言葉は見事にヴィランの怒りに火を付けた。

 

「ほら、火でも付かない導火線に火が付いた。こんなに扱い難いって事は三流の証拠だよ」

「ゴリー・イェンより余程ジョークの才能があるな」

「そうかな、ゴリーさんのもあれはあれで僕は好きなんだよね。単純明快で」

 

その言葉に笑みを零しながらも零一は意識を集中させながらも名乗りを上げた。

 

「勇往邁進。魂から全身へ、猛る勇気の力―――勇者の魂(ヒーローズ・ソウル)!!激獣ライガー拳の無月 零一!!」

「俺はまだそう言うの無いけど……ライガー拳、無月 零一の弟弟子、尾白 猿夫!!」

「「さあどっからでも掛かって来い!!」」

 

 

「さてさて……いきなり行ったら零一はびっくりするかの、ニャニャ……しかし少し胸騒ぎがするのぉ……零一、確りと励むのじゃぞ」

*1
猫の学名。フェリス・シルヴェストリス・カトゥス



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11話

燃え滾る炎の中、迫り来るヴィラン達。それに対して一歩も引く事もなく応戦の道を選ぶ二人の影、普通ならばその選択肢は愚策とも言えるかもしれないがその力は愚策を最高の策へと変貌させていた。

 

「くそガキィ!!」

「てぇぇえだぁ!!」

「がぁっ!?」

 

炎に耐性を持つ個性、金属になる個性や高い体温になる個性などの持つヴィラン。それに対して尾白はギリギリまでそれを見極めるようにしながらも自らが持ちうる最高の一である尾を使って対抗する。全身を捻る様に回転させながらも一撃を叩きこむ。

 

「貴様ぁ!!」

「(あれは炎の個性!!)零一頼む!!チェストォ!!」

「ぐぼえらぁ!!?」

 

迫って来たのは全身を発火させる事が出来る個性のヴィラン、それに対して先程金属になる個性のヴィランの鳩尾に尾を叩きこんで意識を朦朧とさせるとそのまま背中合わせになっていた零一にその場を交代する。

 

「激技、剛勇衝波!!」

「がっ―――!!?」

 

深く深く震脚を行いながらも掌底を炸裂させた、臨気によってそれはさらに増幅されてヴィランはまるで玩具のように吹き飛ばされて彼方へと吹き飛んでいく。

 

「頭下げろ!!」

「っ!!」

「激技、剛勇吼弾!!!」

 

尾白に頭を下げさせると臨気を練り上げて硬質の弾丸へと変えた物を周囲に向けて撃ち放つ。的確にヴィランを撃ち抜いて崩して行くその姿に尾白は……素直に感涙を感じた。これが鍛え上げられた獣拳使いの戦いなんだ。

 

「怯むなぁ何れ限界が来る筈だ、まずは尻尾のガキから仕留めろ!!」

 

炎に干渉して操る個性、それを持つヴィランが協力して周囲の火災を使って炎の津波を作り出して丸呑みしようとしてくる。それに尾白は逃げる事を考えるが、それよりも早く零一が激気と臨気を溢れ出した。

 

「俺がそれを、させると思うのか!!剛勇雷来陣!!!」

 

激気と臨気が頭上で渦巻くとまるで雷のように轟ながら自分達の周囲へと落ちて来た。それは互いに共鳴するようにドーム状のバリアを展開して炎から自分達の身を守ってくれている。こんな事も出来るのか、尾白は驚愕する。

 

「尾白、今の内に態勢を整えろ」

「あ、ああ……」

 

頼もしすぎる、彼と一緒なら負ける気がしないと思うが同時に思った、自分は何て情けない存在なんだ、自分は頼るだけの存在なのか、何の為に獣拳を学んでいるのかと、誰かを守りたいという思いは嘘なのかと自分の中で渦巻く中心で尾白はそれを全て否定する。

 

「違う、違う!俺は!!」

 

『良いか尾白君、君は優しく強い、そしてその願いは高潔だ。だからこそこれから苦難の道が待っている。その時に、自らの願いを叶える為に獣拳を使ってくれ』

『ゴリーさん……俺、頑張ります!!』

 

「そうだ、俺は叶えたい夢があるんだ。その夢は……誰かを守って一緒に笑顔になるヒーロー!!」

 

力強く叫ぶ尾白、その時―――その身体からオーラが沸き上がって来た。それは紛れもなく……激気!!今、尾白の中にある正義の心が完全に目覚めた。それによって彼の奥底に眠る野生が解き放たれた。それを感じた時、零一は笑った。

 

「ここで覚醒したか……雷来陣を解くぞ!!」

「ああっ!!!」

 

未だ炎に呑まれ切っている自分達、それを剛勇雷来陣の内側から力を咥えて一気に破裂させて炎ごとぶち破った。だが炎が消し飛んだ時、そこへより硬い金属になる個性を持つヴィランがそれを狙い撃ちにするかのように飛び掛かった。ヴィラン達とてバカではない、だが―――彼らはそれに負けるような事はない。

 

「烈烈蹴!!」

 

互いに迫って来るヴィランに向けて技を放った、それは強力な激気を纏っており零一の一撃はチタンのような身体のヴィランの肉体に罅を入れて崩壊させる程に強力であった。そして尾白は……

 

「馬鹿めお前程度じゃ俺に傷なんて入らねぇよ!!」

 

尾白に向かっていたヴィランの個性は鋼。肉体を鋼に変える個性、到底尾白では戦う事が出来ない程に強固な物。だが尾白はそれに動じなかった。

 

「でぇぇえいっ!!!」

 

渾身の力を込めながらも己に燃え滾る正義の心と高潔な願いは溢れんばかりの激気へと変わる、そしてその身に己が内に眠る獣の力が宿る。尾白の尾には鱗のように変化した激気が纏われていく、その一撃は鋼の肉体にも負けぬ鎧となってそのまま鋼を穿ち吹き飛ばした。

 

「で、出来た……?これが、これが激気……!?全身から凄い力が、溢れ出してくる!!」

「そうだ、それが正義の心を持つ者が扱う事が出来る力、激気。そして今のは……激獣クロコダイル拳!!水陸両地の戦いを完全掌握する事も出来る獣拳だ!!」

「クロコダイル拳……!!」

 

そう言われるとストンと胸に落ちて来た、何故ならば尻尾の個性を持つ尾白はこれをどのように生かすべきなのかと考えていた時に真っ先に参考したのはワニだったからである。ワニは強靭な顎に目が行くが、尻尾も強靭な武器にもなっている。その一撃はその威力は人間が喰らえば骨折、最悪死に至るほど。更にデスロールとも呼ばれる回転まで兼ね備えており、自分に組み込むにはこれ程に絶好な手本は存在しなかったからである。

 

「フフフッ猿夫って名前なのに鰐か!!それも一興だね!!」

 

それを聞いて笑いながらも尾白の表情は何処までも晴れやかだった、長らく願い続けていた獣拳、激気の修得。それが成し遂げられた事で漸く自分は本当の意味で抱き続けていた願いへと歩き出せたのだ、そして今それを形にする為の名乗りを上げる。

 

「願望成就。願いと誓いを胸に、極めてみせよう己が技―――高潔な願い(インテグリティ・プレイ)!!激獣クロコダイル拳の尾白 猿夫!!」

 

力強く、真っ直ぐとした激気に零一は素直に素晴らしいと思った。この土壇場で激気を引き出しただけではない、その事に一切疑いを持たず自分を信じている。精神的にも尾白は素晴らしい逸材だと感じながらも続けた叫ぶ。

 

「燃え立つ激気は正義の証!!」

「この激気を恐れぬのであれば!!」

「「掛かって来い!!!」」

 

「な、なんだこいつらさっきと全然雰囲気が違うじゃねえか……!?」

 

確かに先程までだって自分達に立ち向かい続けて来ていた、だが明らかに違う。纏っている空気が全く異なっている、しかもただ変わっただけではない。何か途轍もなく強靭な物へと変貌している。それを感じたヴィラン達は思った、勝てない……と。

 

「クロコダイル拳、俺はその神髄は分からない……だが分かる事もある!!鰐の回転攻撃は強力無比、死の回転とも呼ばれるその一撃に俺の尻尾の力が加われば―――倒せぬものなどいない!!ハァァァァ……!!!」

 

激気を溢れさせ高めていく尾白、その背後には巨大な鰐が構えて大口を開けているようにヴィラン達には映っていた。

 

「な、なんかやべぇぞ!?」

「や、やれぇ!!どうせ付け焼き刃だぁ!!」

 

一部の希望を抱いて尾白へと突撃していくヴィラン達、それを見ながらも向かってきた一人を薙ぎ倒した零一はそれを静かに見つめていた。クロコダイル拳は攻撃と防御を兼ね備えた攻防一体の獣拳、そしてそこに回転の速度が加わった時―――その力は正しく一撃必殺。ヴィランがあと一歩まで迫った時、尾白は瞳を開けながらも叫んだ。

 

「激技、高転鰐舞!!!」

 

尻尾で地面を叩きながら真正面へと飛び込みながら超高速で回転、猛烈な激気を纏ったその身体はさながらドリル。高速回転その身体に触れるだけでヴィランは吹き飛ばされるが直後に襲いかかるのは大きく広げられた尻尾による追撃。相手の身体を削る様に突き進み、直後に猛烈な一撃を叩きこむという一撃必殺の連続攻撃。

 

「がぁぁぁ!!」

「俺の、身体が……崩れてる……!?」

「信じられない……」

 

それは金属のように硬い身体を砕き防御を無力化させてしまう程の威力、防御を奪った所を確実に倒すという尾白の技量が光る見事な激技だと零一は思わず感心した。そして着地した尾白に合わせたかのようにヴィラン達は次々と倒れこんでいく。

 

「ハァハァハァ……うぅっ……」

「大丈夫か」

「あ、ああ……大丈夫」

 

敵を倒した直後、尾白は激しく息を切らして膝を突いた。初めて激気を引き出せただけでも大した物なのにいきなりの激技、激気の調節が出来ずに大量に消費してしまったらしく軽いスタミナ切れを起こしてしまっている。

 

「でも、出来たぁ……激獣拳……」

「見事な物だった。激獣クロコダイル拳、確かに見せて貰った」

「でもまだまだだね、無駄が多すぎた……もっと練習しないと……」

「そこは誇っていい所だぞお前」

 

零一としては此処まで出来たのだからもっと自分に自信を持ってもいいとは思うが、尾白的には目の前にもっと凄い獣拳使いが居るのでそんな気にはなれない模様。故に慢心せずにこのままじっくりと練り上げて行こうと決意する。

 

「兎も角ヴィラン達は倒した、一先ず火災ゾーンから出るぞ」

「そうだね、此処じゃおちおち休憩も出来ないし」

 

先導する零一に続きながらも尾白は拳を深く握り込みながらも嬉しさに満ち溢れていた。危機的な状況に変わりはない筈なのにその足取りは不思議と軽かった。




という訳で尾白の獣拳は激獣クロコダイル拳です。

猿じゃないの!?とも思われるかもしれません。私も最初はモンキー拳とかを考えていたのですがまんま過ぎるかなぁ……と思ったりしながらも尻尾を活用するならどんな動物を参考にするかな?という所に重点を置きました。

勿論、猿を参考にしてたりもすると思うのですがは回転を利用している描写が多い印象を受けたのでそれならワニなんかも参考にしたんじゃないかなと思いました。それに尾白がゴリラ拳の修得を目指す事を考えたらモンキー拳にしてしまうとタブるんですよね……ですのでワニにしました。



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12話

「脱出終了」

「あ~……普通の気温の筈だけどすっげぇ涼しい~……」

 

火災ゾーンから無事に脱出する事が出来た零一と尾白。思わず首元から空気を入れてその涼しさに声を上げる尾白、激気も扱えるようになっているから余計に心は晴れやかな気分になっている尾白だが……それに対して零一は何処か冷淡、いや冷静にUSJを見回している。

 

「矢張りUSJに敵がいる、その場所に俺たちはそれぞれ転移させられた」

「うん俺はそれも思ったよ、あいつらの個性は明らかに火災ゾーンに適した物だった」

 

炎系の個性に炎熱を無効化出来る個性を持ったヴィランばかりがそこにいた、つまりこれは雄英のスケジュールが把握された上で計画されていたという事。

 

「……考えられるとするとこの前のマスコミのセキュリティ騒ぎか」

「あっそっかワープ個性ならセキュリティは突破出来るし後は目くらましさえあればいいんだ」

「恐らくな……となると、オールマイトの殺害目的は本気という事か」

 

それを聞いて思わず尾白は背筋が寒くなる感覚を覚えてしまった。決して勢いづいたヴィランの無謀な行動などではなく、綿密に計画された作戦である事が伺える。他もヴィランによる襲撃を受けている筈。仮にも雄英に合格出来ているメンバーなのでそう簡単にやられるとは思わないが……一刻も早く他の生徒と合流するのが先決と考えるべきだろう。

 

「あっ零一あそこ!!」

 

尾白が指を指した先では水難ゾーンの水辺の傍で身を潜めている影が見えた、目を凝らしてみるとそこにいたのは緑谷に蛙吹、そして峰田であった。如何やら水難ゾーンに飛ばされていたらしいが、湖の中心ではヴィランが一塊になっているのが見えた。あの様子ではヴィランの襲撃は退ける事は出来たらしい。

 

「よしあいつらと合流しよう」

「分かった」

 

だが他にもヴィランが居る事を警戒して声を潜めながらもゆっくりと歩み出して行く、そしてある瞬間に―――二人は思考するよりも先に激気に導かれるように全力で駆け出していた。その視線の先では脳が剥き出しになっている巨漢のヴィランを従えている全身の各所に手のような物を付けたヴィランが蛙吹へと腕を伸ばし、巨漢のヴィランは今にも緑谷を殴り殺そうとしている場面だった。

 

「チェエエエエストォォォォ!!!」

「でぇぇえいっ!!!」

 

だが二人の激気はそれを許せなかった、許しておけるわけがないと叫びそれに身体が応えた。尾白は手を付けているヴィランへと尻尾の一撃を浴びせ、零一は巨漢ヴィランの顔面が歪むほどの一撃を放ちそれを吹き飛ばした。

 

「ぐっ!!」

 

一撃を受ける瞬間、即座に飛び退いてその勢いを軽減しながらも距離を取ったヴィラン……それは霧のヴィラン、黒霧から死柄木弔と呼ばれていた。その死柄木は忌々し気に自分達へと殴り掛かって来た者達へと目を向けるのだが……直ぐに目を見開いた。何故ならば―――巨大な白き獣が飛び掛かって来ていたからだ。

 

『ゴォォォォォォォッ!!!』

「なんだこいつはぁぁっ!!?」

 

咄嗟に回避する、微かに獣の爪が髪を削り取りながらも横を抜けていくがそのまま走り抜けると何かを回収して再び飛び掛かって来た。舌打ちしながらも回避するとその獣は零一の元で歩みを止めて此方を威嚇するように唸りを上げていた。

 

「なんだお前……いきなり殴りかかって来たと思ったら今度は化物を出しやがって……サモナー気取りかよ」

「生憎召喚士じゃない、格闘家だ。そして―――相澤先生は返して貰ったぞ」

 

その言葉通り、白い獣……ライガーの足元には血だらけになっている相澤が転がっていた。

 

「尾白、あいつは俺が喰いとめる。お前は先生とそいつらをライガーで連れていけ」

「零一!?俺も戦うよ!!」

「付け焼き刃以下の獣拳使いなんて戦力にならん」

「ちょ、ちょっと無月君!?」

 

助けてくれた事へのお礼を言うよりも先にその言葉に思わず緑谷は声を荒げてしまった、感謝したいが幾らなんでも言い方が酷くないかと思った。しかも今の言い方からすると彼は此処に一人で残ろうとしているように聞こえる。まさか戦うつもりなのかと、その直後に零一が吹き飛ばしたヴィランがゆっくりと死柄木の背後に戻って来ていた。

 

「戦局を考えろ、相澤先生は重傷な上にお前も怪我をしている。怪我人は大人しく下がれ、尾白任せる」

「―――分かった、ライガー借りるよ!!」

「ああ、ライガー」

 

零一の言葉にライガーは何処か渋々といった態度を取りながらも身体を下げて背中に乗れと促した。尾白が先導する形で蛙吹と峰田、相澤を乗せるのだが緑谷はどうにも納得がいかないようだった。

 

「君も一緒に!!」

「時間稼ぎは必要だ、これ以上の問答は不要。ライガー連れてけ」

「うわぁぁぁぁ!!?」

 

そう言われてライガーは緑谷を咥えるとそのまま走り出して行った、その姿を見送りながらも零一は忌々し気に首を掻き続けている死柄木に睨みつけられる。憤りと苛立ち、様々な物を自分に向けている。

 

「お前何様のつもりだよ、お前一人で足止めする気か?自己犠牲か何のつもりか知らないけど身の程知らずも大概にしろよ」

「身の程は弁えてるさ……それにな―――俺はヴィランに無用な加減をする気はない」

「あっ?」

 

その言葉に更なる怒りを募らせようとした時、そこに冷や水が掛けられる。臨気だ、零一の全身から溢れんばかりの臨気が放出され始めた。全身を突き刺すような

凄まじい臨気、それに思わず顔を歪めつつも驚愕した。

 

「死柄木弔……これは……!!」

「なんだ、なんだよあいつ……!!」

 

臨気という感じた事もないそれに顔を歪めている死柄木達、それを放っている零一の視界は―――炎に包まれている地獄のように映っていた。自分にとっての地獄、血溜りに沈んで死に絶えた知人、友人、家族の姿に相澤の姿は被った。既に克服しているそれを想起した零一は敢えてそれを心象一杯に映し出した。あの時感じた物を再び呼び起こす、それによって臨気は増幅されていく。

 

「おい何をやってるんだ脳無、あいつを殺せ!!!」

 

脳無、そう呼ばれた巨漢ヴィランは訓練された猟犬、いや機械のようにその命令に従って零一へと向かっていく。その巨体からは想像出来ない程の速度で零一の元へと到達するとその剛腕で殴り飛ばそうとする。迫り来る剛腕、当たれば大ダメージは避けられないだろうそれを一歩前に出ながらも腕の内側に左手を入れるようにして受け流しながらも脳無の心臓目掛けて肘打ちを臨気と共に打ち込む。

 

「ぜぇらぁ!!」

 

後ろに下がった瞬間を見逃さずにその顔面に裏拳を叩き込んで更に仰け反らせつつも鳩尾に渾身の掌底を叩き込んだ。同時に放たれた臨気によって脳無の巨体は浮き上がって後方へと吹き飛んで倒れこんだ。

 

「あの脳無を真正面から……!?」

「っ……落ち着けよ、脳無にあんな攻撃が利くと思ってるのか」

「そ、そうでしたね」

 

黒霧は脳無が真正面から殴り飛ばされた事に驚愕するが、直ぐに冷静さを取り戻した。その言葉通りに脳無は起き上がって再び殴り掛かってくる、それに零一も流石に眉を顰めながらも攻撃を受け流していく。

 

「近接自信があるみたいだけどな、そいつはショック吸収の個性を持ってるんだ。幾ら攻撃した所で無意味なんだよ」

「成程―――それなら!!」

 

凄まじい勢いで迫り来る脳無の攻撃、それらを臨気でガードしつつも受け流していく。回転しながら脳無の一撃を地面へと導く、剛腕は地面へと深く突き刺さって動きが一瞬止まった。そこを突くように右腕へと臨気、そして激気を収束させる。

 

「セェイヤァァァ!!」

 

裂帛の叫びを上げながらも渾身の力で脳無の腕へと拳を振り下ろす。臨気と激気を纏った拳は脳無の肉体へと深く深く突き刺さり、筋肉を穿って骨にまで到達し激気と臨気の力で骨を砕いた。

 

「直接折っちまえば、吸収の使用もねぇだろう!!」

 

脳無の腕の中へと直接腕を突っ込んで骨を折るという手段を取った零一。白い激装には返り血で濡れるが当人はそんな事を気にはしない、これで少なくとも片腕は……と思ったが腕を引き抜いた直後に傷口は一気に塞がっていった。

 

「何っ!?」

 

その異様さに驚くが、それが隙を産み零一の腹部に脳無の一撃が炸裂し吹き飛ばされて地面を転がった。その姿に死柄木は酷く愉快そうに声を上げて喜びを露わにした。

 

「凄いねぇ本当に。脳無の腕の骨を物理的に折るのは流石だと褒めてやるよ、だが残念だったなぁ……脳無はな、オールマイトの為に用意した超高性能サンドバック人間なんだよ、ショック吸収だけじゃなくて超再生の個性持ちでもあるんだよ」

 

愉悦に染まり切った声と表情で零一を嘲笑いながら脳無の姿を語った。本来あり得ない個性の二つ持ち、複合した能力を持つ個性という物はあるが、別々の個性を同時に持つという事はない。あり得ない事を持つ脳無に全身を貫くような痛みを感じつつも立ち上がる。

 

「ぐっ……ぅぅ……成程、超再生とショック吸収か……羨ましいもんだな」

「そう悲しむ事ねぇよ……どうせもう感じなくなるんだからよ、誇っていいぜ脳無の腕を折った事をな」

「お前は木の枝を折る事を誇るのか」

 

愉悦に染まっていた表情が再び、怒りに染まっていく。此奴はなんと言ったのか、脳無の腕を折る事は別段誇る事でもないと言ったのか、気に入らない、本当に気に入らない。その怒りのままに脳無に命を下す―――あいつを殺せと。ならば来ると良い……お前の望む通り、サンドバックにしてやる。

 

「ライガー拳、激技!!」

 

地面を殴り付けつつも構えを取る、両手に激気と臨気がそれぞれ収束していくと両手は強い光を放ち始めて行く。腕を振るうとその光によって残光が生まれて行く程に強い光が溢れ出して行く。

 

「烈光爪撃!!!」

 

そしてそれを迫って来る脳無へと向ける、そして差し向けられた腕を回避しつつもその腕へと光り輝く爪を突き立てるようにしながらも一気にその肉体を切り裂き、そのまま脳無の腕を切り落としてしまった。続けて片腕へと差し向けて其方も切断する、両腕を切り飛ばされてしまった脳無はたじろぐように後退ったが死柄木は余裕がある様に笑った。

 

「今度は腕を飛ばすか、ヒーローを目指すのにひどい事するな。だけど無駄だ、分からねぇかな超再生で―――……おい、脳無、おい脳無!!」

 

脳無の腕が中々再生しない、再生を試みているがそのスピードが明らかに遅いのだ。少しして漸く腕は再生し始めて行くがそれを再び零一は切り飛ばす。

 

「個性は身体機能の一つ、再生するならば細胞を介してだろうな。だったら焼き切れば良い」

「な、にぃ……!?」

 

幾ら個性の力と言っても死滅した細胞まではそう簡単に再生出来ない、故に脳無の腕の再生速度は著しく遅くなっていた。そして絶えず全身を刻み続けて行く零一、先程までとは攻守が完全に逆転し脳無が押されていた。そして遂に傷の再生がされなくなった。

 

「限界が来たか、ならばっ!!!」

 

傷だらけの脳無は片腕を完全になくした状態のまま、立ち尽くしていた。激気と臨気を常に送り続けていた為に再生の限界にも達していたのだろう、止めの一撃を言わんばかりに両手を構えてそこに二つの気を集中させていく。正反対と言っても気はぶつかり合いながらも激しくスパークしながらも莫大なエネルギーとなっていく。

 

「死柄木弔、あれはまずい!!絶対に不味い!!」

「ぐっぐぅぅぅぅ……!!撤退、撤退だぁ!!」

 

黒霧は零一が繰り出そうとしている技の恐ろしさを感じ取ってしまった、故に取り乱しながらも歯軋りをする死柄木と共にUSJへと来た時と同じように転移して消えていく。それを見ても零一はそのまま気を集中させ続け、遂に臨界に達したそれは一段と巨大となりながら太陽の様な輝きを放ち始める。

 

「激技、激臨威砲!!!ぬぅぁぁああああああ!!!」

 

唸るような雄叫びと共に放たれた光球は轟音を立てながらも脳無へと向かって行く、脳無は最後の抵抗と言わんばかりに残った腕で光球を殴り付けるが……エネルギーの塊と言ってもいいそれは一瞬にして腕を跳ね除けると脳無の胸部へと直撃した。脳無は全身に二つの気を浴びせられ、そのショックを吸収する事がしきれず臨界を迎えたエネルギーは大爆発した。

 

「―――……」

 

その爆炎の中で脳無はゆっくりと崩れ落ちて動かなくなってしまった。それを見届けた零一は息を荒げながらも膝を突いてしまった。

 

「っ……やっぱりこの技、身体に来る、な……」




激臨威砲、分かりやすく言うと一人で行う激激砲。但し、激気と臨気を合わせる上にゲキバズーカも無しで行うので零一への負担も大きい。

烈光爪撃、分かりやすく言うとストライクレーザークロー。


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13話

「ぐっ……ぅぁ……」

 

直後、呻き声と共に臨気激装が解除されるように四散し零一の姿が露わになる。

 

「あれで漸く動きを止められたからな……あの威力じゃなきゃ多分駄目だっただろうが……無茶、し過ぎたな……」

 

動きを停止している脳無、対オールマイトの切り札というのは伊達ではなくとんでもないパワーとタフネスさだった。未だに殴られた部分は鈍痛が響き続けており肋骨が逝っているかもしれない。あれだけの化物を止める為に激臨威砲を使ってしまった……その反動はすさまじい。痙攣でも起こしているかのように振るえている両腕をそっと見ると酷い有様になっていた。あちこちで内出血を起こし腕が上がらなくなっている、特に酷いのは両手だった。

 

「ったく……修行が足りんな俺も」

 

両手は感覚すらない、緑谷が自爆覚悟で個性を使った際の指の状態が両手でなっているというべき状態だ。それだけ激臨威砲の威力を高めすぎたという事。そもそもこの技は激激砲という技をゲキバズーカと呼ばれるアイテム無し且つ一人で行う激技。両手を砲身にしつつ砲弾を生成して放つという自爆覚悟の反動技。それを今回は威力を高めるために限界まで激気と臨気を込めた。

 

「ハァッ……」

 

溜息は自分の情けなさと未熟さを孕み、自らを罰する為には吐いた。恐らく自分は今日の事を絶対に忘れないだろう。

 

「あっ零一君だ~お~いってわあああああ!!?なんか凄いのが居るぅ!!?」

「なら……こいつ、もう戦闘不能みたいだな」

「あっそうなの!?あっもしかして零一君が倒したやつとか!!?」

 

身体にへばりつく様な疲労に項垂れていると思わず奇声が聞こえて来たので其方へと目を向けてみると、そこには葉隠と轟が揃って一緒に居た。如何やら此方に来たらしいが倒れこんでいる脳無に仰天したらしい。まあ脳が剥き出しになっているから致し方ない。

 

「零一君大丈夫って腕と手が凄い事になってる!?それ大丈夫なの!!?」

「気にするな、痛みはない」

「いや緑谷の指みたいな事になってるぞお前」

「感覚がないから痛みもないから気にするな」

「いやそれ全然大丈夫って事にならないからね!?」

 

詳しい事を言ってしまえばダメージで言えば緑谷の自爆攻撃以上に酷い、緑谷のそれは使用した部位に甚大なダメージを及ぼすが零一の場合は反動が余りにも大きすぎる為に両腕全体が酷い状態になっている。

 

「あっそうだ!!轟っ……君が冷やして上げたらマシにならないかな!?」

「ああ、弱めにやれば痛みを和らげることぐらいは出来る」

 

そう言いながらも轟は零一の腕に軽く触れながらもかなり慎重に氷を出して腕に当てて行く。

 

「悪い、あれが手強くてな」

「あの脳みそが出てる奴だよね、あんなのと戦ってたの!?」

「無茶しすぎた。轟、悪いがこっちも頼めるか」

「何処だ」

 

ジャージを捲って脳無に殴られた部分を見せながら言う、その部分には見事に拳の跡が残っている青く腫れている。しかしそれを見て葉隠は少し抗議した。

 

「ンもう!!こんなになるまで無茶するなんて駄目だよ!!後女の子の前でいきなりそんな事したら駄目だよ!!」

「この前まで手袋とブーツ以外全裸だった奴に言われても説得力がないな」

「そういう事じゃないってば!!女の子が、此処に居るんですよ!?」

「ならその女が全裸の露出狂だったんだがな」

「今は違うんだから良いでしょうがぁ~!!」

 

因みに葉隠のコスチュームは確りと変更されており、個性に合わせてコスチュームが自動的に透明になる物になっているらしい。但し、肌に触れてしまうと自動的に透明になるので着る時が大変らしいのでその辺りの改良申請をするらしい。そんな言い合いをしている時に轟は何故か停止していた。

 

「轟、悪いが早く冷やしてくれると助かる。多分だが肋骨逝ってるから鈍痛がする」

「えっ折れてるの!?」

「っわ、悪い」

 

慌てながらも轟は慎重に触れながらも冷やして行く、以前に個性が余りにも力押し過ぎると言ったのと怪我人相手に個性を使うせいか何処か慎重というか引き気味になっている様子が見られる。そんな時、USJの入り口の方から凄い音が聞こえて来た。同時に吹き飛んできた何かが広場の噴水を粉砕した。

 

「もう大丈夫だ少年少女諸君―――私が来た……!!!」

 

オールマイトである、如何やら誰かがUSJからの脱出に成功し他の教師陣を応援として連れて来てくれたのだろう。今はオールマイト一人なのを見ると、恐らく先発として文字通り飛んできたのだろう。

 

「ねえ聞いた聞いたオールマイト!!もう大丈夫だね!!」

「やれやれ……これ以上のは完全に酷使無双だから有難いな」

「……っ」

 

流石の零一もこの状況でのオールマイトは非常に有難く感じる。激気も臨気も出そうと思えば出せるが流石にこの状態で戦う事は勘弁願いたい、まあいざとなったらライガーを繰り出すだけだが……そんな時に入り口から何かが此方へと跳んできたきっとオールマイトだ!!と葉隠が騒ぐのだが……

 

「ホッホッホッ如何やら修羅場だったようじゃな」

 

突然現れたのは猫……思い描いていた人物と違った為に葉隠は硬直し轟は素直に誰だ、と言いたげな視線を向けるが零一だけは思わず大きな声で叫んでしまった。

 

「マ、マスター・シャーフー!!?」

 

自分達の所にやって来たのはなんと師であるマスター・シャーフーであった。如何してシャーフーが此処に居るのか!?と思っていると直ぐに隣にオールマイトが跳んできた。

 

「シャッシャーフーさん勝手な行動は……って無月少年どうしたのその腕ぇ!?なんか緑谷少年みたいな事になってるんだけど!!?」

「ホッホッホッ如何やらあの怪人とやり合ったらしいの、強かったか?」

「まあ強かった、ですかね。対オールマイトの戦力だったらしいですから」

 

それを聞いて葉隠や轟はおろかオールマイトも驚愕した、オールマイトの為に用意された戦力と戦って勝ったという事実が信じられなかった。同時にオールマイトはそこまでの準備をして此処に来たのかというのと同時に獣拳はそこまでの力があるのかと様々な疑念を抱く。何故ならばこのシャーフーは自分とほぼ同時にUSJに到着していたのだから。

 

「話すべき事は色々あるじゃろうが、オールマイト殿は施設を回って生徒達の保護をした方がいいのではないかの?この子達は儂が見ておきましょう」

「そうですね、では私は行きますので!!トゥア!!」

 

そう言って跳躍して何処かに去っていくオールマイト、本当に如何言うレベルの身体能力をしているのかと言いたくなる。そしてシャーフーは零一の腕を見ながら突っついた。

 

「トニャ、トニャトニャ」

「触っても無駄ですよ、感覚ないので」

「無理をしたの、まあすべき無理だったじゃろうな―――よくやった、切り抜けて立派じゃぞ」

 

師のその言葉は素直に身に染みるようだった、心から有難かった。

 

「ええっと……零一君この人は?」

「俺の師匠で激獣フェリス拳の使い手にして激獣拳の重鎮、マスター・シャーフーだ」

「前に言ってたお師匠さんか」

「ホッホッホッ弟子が世話になっとるの」

 

しかし如何してシャーフーが雄英に来ているのか全く分からなかった、近々此方に来るという話は来ていたが此処まで早いとは全く思わなかった。シャーフーとしてはサプライズのつもりで忘れ物を届けに来たという体でこっちに来たのだが雄英にはどうやって入るべきか悩んでいるとその時に対応してくれた先生がいたらしい。

 

「激獣拳とは如何なる物なのか、という事を聞かれての。それで部屋に案内されてる時に突然その先生、確か八木先生じゃったかな?急いだ様子で何処かに行ってしまっての、儂も気になったので跳んできたという訳じゃよ」

「そうですか……いやそれはそれで此処に居るって割と問題になるのでは?」

「そうかの?大丈夫じゃろそれにしても美人な子達じゃな零一?」

 

軽く笑っているシャーフー、それに呆れている零一、愉快なお師匠さんがいるんだな~と思っている葉隠、そしてこの人が獣拳の……と思っている轟。様々な事がありながらその後、雄英の教師陣が到着しUSJの事件は終息する事となった。

 

 

 

 

 

 

 

「……バレて、ないよな?」



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14話

USJでの事件は終息、零一は両腕や手の事もあって直ぐに保健室へと連れていかれてリカバリーガールの治癒を施される事となった。全快とまでは行かなかったがそれでも使い物になる程度には回復すると直ぐに雄英の校長であるネズミのような……というか小柄なネズミ人間とも言える根津校長から話を聞きたいと言われて談話室へと向かう事になった。

 

「さてと……両腕の治療がさっき終わったばかりで申し訳ないけど是非とも話を聞かせて欲しいのさ」

「獣拳について、ですか。それならマスター・シャーフーから聞けばいいでしょう、俺は高々10年程度の修行を積んだ身でマスターとは比べ物にならぬ未熟者」

 

其処で待っていたのは校長だけではなく、ミッドナイトにプレゼント・マイクと言った雄英の教師陣までもが共にいた。これではまるで尋問されるようではないかと内心で想いつつも隣で暢気にお茶を啜っているシャーフーに倣うように平静を装う。

 

「勿論獣拳についても聞きたい、僕も話程度にしか知らないからね」

「それじゃあ無個性である事が信じられないとでも、守るべき存在に守られた事が不服だと?」

「そんな事はないわ、なんか凄い言葉に棘があるわね無月君」

 

とミッドナイトは否定しつつも零一の態度には明確にヒーローに対する棘がある事を感じ取る。普段からあまり言葉に衣を着せないという話を聞いているが教師にもそれを貫くとはあまり思っていなかったようだ。

 

「まあ落ち着けよ、俺からすればお前は超COOLだぜ!!だけど俺たちの常識からは掛け離れちまってるのさ、獣拳だって個性でしたって言われた方が納得できるレベルだ」

 

個性が常態化している超人社会において個性を持たない者が個性を凌ぐ力を持つ事はハッキリ言って超常の域だとマイクは語るが、それを聞いて零一は鼻で笑った。言うなれば旧人類に区分される自分が新人類である個性持ちから超常扱いされるなんて何て笑える話だろうか。

 

「加えて言わせて貰うとオールマイトが君のいう激気から悪の物を感じると言っていたな、我々からすれば獣拳とは何なんだという疑念も大きくなっている」

 

ヒーロー科のB組担任のブラドキングはハッキリそう言った、そう言われて漸く解せた。雄英としてはヴィランかもしれない、という自分に不安を寄せてしまっている。加えて対オールマイトの脳無というヴィランを倒しているしその師匠はオールマイトに追い付けるだけの能力を持ち合わせる、獣拳に関しても全く情報がない。未知の存在に対しての不安が積み重なっている。

 

「……」

 

ある種その反応は正しい。獣拳は世間とは一線を引いた所にいる武術、基本的に学ぼうと思っても学べない物。学ぶ為には尾白のように拳聖や獣拳使いに直接教えを乞うしかない。加えて以前シャーフーから獣拳の使い手は数を減らし続けていると聞いた、零一はシャーフーからしても久しぶりの弟子でもあった。

 

「悪、か……」

 

臨気は確かに正義とは言えない物を源にする。悲鳴や絶望などの負の感情から生まれる、しかしそれを悪と言われるのは不服でしかない。ならば……自分の臨気の源でもあるあれは何なんだ、あれは悪なのか。

 

「流石に聞き捨てならんぞ」

 

だがそれに真っ向から立ち向かったのは零一の肩に手を当てながらも瞳を大きく開いたシャーフーだった。

 

「オールマイトが感じたというのは臨気、悲しみや絶望から生まれるものじゃ。しかしそれを悪と断じられるのは潔癖が過ぎるのではないかな?」

「いや、だが……オールマイトはその臨気、だったか。それはヴィランが放つ悪意や殺意に似ていると言っていた」

「否定はせぬ、じゃが人間はそこまで崇高な生き物かな?ヒーローは全員殺意も敵意を出さないと言えるのかな」

「そ、それは……いや、その通りだシャーフーさん、申し訳ありませんでした」

 

諭すような言葉にブラドキングは素直に自らの過ちを認めて謝罪をした、ヒーローは自らを正義に身を置く者としての意識を強く持つ故に悪であるヴィランと戦う事を誓っているような物。そんな彼らからすれば悪に準ずるような物は受け入れづらい物なのかもしれない。

 

「何も知らぬ者からすればそう感じるのも致し方ないじゃろう」

「……無月君、こういう事を聞くのは失礼かもしれないけど言わせて貰うよ。君は何か大きな災害や事件に巻き込まれた経験があるのかい」

 

素直に根津の頭の回転には舌を巻く、此処までの話を聞いて根津は零一の力は正義の獣拳だけではなく臨気が大きく関わっていると分かった。ならばそれだけ大きな臨気を生み出すだけの物が彼の中にあり、それを生み出してしまうだけの経験をしたのではと思い至った。

 

「そして恐らくだけど……君はヒーローにある種の失望を抱いている、違うかな?」

「絶望だよ」

 

思わず言い放った。失望なんて物じゃなかったと、そんな生易しい物ではなかった。

 

「俺は地獄を見た、地獄の中で死んでいく友達や家族を見た。皆言ったよ、きっとヒーローが、きっとヒーローがってな。だけど誰も来なかった、そして多くの人が死んでいった」

 

それを言われてプロヒーローである雄英の教師陣は言葉を紡げなかった。目の前で大切な人たちがヒーローが助けてくれると言いながら死んでいく、だがヒーローは決して自分を助けてはくれなかった。そしておそらく彼を救ったのは獣拳、シャーフーなのだという事も察する事が出来た。

 

「では、何故君は雄英に来たんだい?ヒーローに絶望したという君が」

「修行の為だ、目の前で誰が死に掛けているのに助けられない自分を変える為の」

 

そう言い切るとこれ以上は語る事はないと言わんばかりに零一は頭を下げてから談話室から出て行く、これ以上は語りたくはなかった。早くこの場から出ていきたいというのが素直な本音だった、早歩きをしているとシャーフーがそれに追い付いてきて肩を叩いた。

 

「マスター……ヒーローを許せぬ俺は未熟でしょうか」

「いや、一定の理解を寄せ割り切っているお主は立派じゃよ」

 

ヒーローに絶望している、だが嫌っている訳ではない。ヒーローは人を救っている、そこは尊敬するべき所かもしれないが……許しきれない、許してしまったらあの地獄を忘れてしまいそうで……辛いあの日の事を忘れようとしてしまいそうで……忘れてしまったら家族が、友人が本当の意味で死んでしまうような気がしてならない。

 

「あの絶望が風化してしまうのが怖い……あれだけは、絶対に忘れてはいけないんだ……」



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15話

USJでの事件後、休校となった雄英の職員室では忙しそうに仕事をし続ける者もいる。雄英の内部に他にヴィランが潜んでいないかの警察との合同調査、次はどのようにそれを防ぐかの職員会議などで普段以上に忙しさが増しているが、子供を導き守る責任がある大人として手を抜く訳には行かないと職務に励み続けている。

 

「さて……ん?」

 

次の書類を……と思ったのだが、重ねていた書類が随分と低くなったような……と違和感を覚えたブラドキングは顔を反らしてみるとそこには自分の書類を半分ほど自分のデスクに起きながら席に着いた―――包帯塗れのミイラ男が居た。

 

「ぬおっ!!?」

「俺だブラド」

「イレイザー!?お前、またそんな状態で来たのか……」

 

其処にいたのはUSJで重傷を負ってまだ安静にしなければいけない筈のイレイザーヘッドこと相澤であった。と言ってもこの男は怪我を負ったとしてもある程度の所まで、仕事が出来る程度まで完治したら基本的に出て来るのでまたか……という印象が強い、まあ一応リカバリーガールの許可は取って来たのだろうが……それでも今回は最大級。

 

「婆さんの治療が大袈裟なだけだ、仕事は十分出来る。お前は一息入れろ」

 

そう言いながら早速始めてしまった同僚の姿を見ながらも溜息混じりに折角だからそうさせて貰うと珈琲を飲む。その最中にある事を調べるためにHN(ヒーローネットワーク)にアクセスしてある事を調べ始める。その止まる事ない手に相澤は何を調べているのかと気になった。

 

「今回のUSJでの事か?」

「まあ、間違ってはいないな。イレイザー、お前を倒したヴィランを無月が倒したという話は」

「聞いた」

 

治療を受けながらもUSJの顛末については聞いた、自分が脳無によって重傷を負わされた後に零一によって自分ごと緑谷達を救った後にたった一人で立ち向かって勝利を収めたという。無個性が勝てる通りなんてないと思うかもしれないが、獣拳の存在を知っている身としてはあり得ない話ではないと捉えていると同時に、生徒に自分の尻拭いをさせてしまった事を済まないと感じている。

 

「あの後、俺達は偶然雄英を尋ねていた彼の師というシャーフーさんと共に話を聞いた。獣拳とは一体何かと、その時に……彼に対して失礼な事を言ってしまってな」

「あいつの殺意や敵意にも似たあれの事か」

「知っていたのか」

「オールマイトから大体の事は聞いていた」

 

戦闘訓練のVを見る時にオールマイトから話をされた、零一のそれはまるでヴィランのそれのように鋭く冷たい物を感じてしまったと。だが自分は別段そこは気には止めなかった。そして今、それが臨気と呼ばれるものである事を聞いたが相澤は別段何も感じていない様なリアクションだった。

 

「別にいいだろ、ヒーローがヴィランみたいでも。ヴィランのようなヒーローランキングや俺みたいなアングラヒーローもいる、その位でギャアギャア騒ぐな、非合理的だ」

「お前はそうかもしれんが……俺達はヒーローとして彼らを導く立場だぞ、しかもオールマイトからそんな事を聞かされては気にするなというのが無理だ」

「悲しみや絶望で力が増すか、結構な事だ。現場はそれで溢れているんだからあいつはその増した力で誰かを救える、寧ろ臨気は災害現場などにおいて本領発揮をするヒーロー向きの力だと俺は思うがね」

 

ブラドキングはハッとした。そうだ、災害現場においては人々の悲しみなどで満ちている、ならば臨気はその特性で増幅していく。誰かを救う為には持って来いの性質だと相澤は寧ろ肯定的な見方をしていた。

 

「臨気の力が落ち着いていく、逆にそれを利用してセンサーのような使い方も出来る筈だ。合理的に判断すればそう言う見方も出来る、オールマイトに限った事じゃないが潔癖が過ぎるぞ。清濁併せ呑む、それをした方がいい」

「……全く以て恥ずかしい話だ」

 

一歩引いた客観的に観るだけで臨気をそれだけの事に使える、自分との差に歯痒さを覚える。相澤は合理主義者故に切り捨てる時程ドライに切り捨てに掛かる、それも優しさである事も知っているつもりだったが……自分は何処かでそれを理解出来ていなかった事を思い知ってしまった。

 

「それで何を調べたんだ」

 

話す、零一が言っていた過去の出来事、そして何故雄英に来たのかを。それを聞いて合点が言ったように溜息をもらす。

 

「成程な、あいつからヒーローへの熱意が感じられないのはそう言う事か、単にここを踏み台としてしか見てなかったという事か。んで何を調べてる?」

「過去に起きた事件のリストだ、中でも一際被害が大きかったものをな……」

 

何も知らない、知らなさすぎる。それでは許さない、だから手始めにブラドキングは零一のオリジンを探ろうとしていた……。

 

 

 

「激獣クロコダイル拳とはこれはまた優れた獣拳に目覚めた物じゃの、これは将来有望じゃて」

「あ、有難う御座います!!」

 

その頃、零一はシャーフーに尾白を紹介しつつも尾白の激気を見て貰う事にしたのであった。

 

「激獣クロコダイル拳は獣拳の中でも古い類の物、それよりも古い物はライノセラス拳以外ないのじゃ」

「ライノセラス拳、獣拳の祖が扱っていたという」

「そ、そんなに古いのか……」

 

目覚めた獣拳がまさかそこまでの歴史を持つものだとは知らずに少しばかり気圧されてしまう尾白、それだけの物を自分が扱い切れるのかという不安もあるが逆にそれだけの獣拳を使える事に喜びも感じている。

 

「じゃが気を付ける事もあるぞ、クロコダイル拳は使い手を選ぶと言われて来た獣拳。何故かと言われればクロコダイル拳は強き心が無ければそれに呑まれてしまうとも言われておる」

「の、呑まれる!?」

「安心してよいぞ、この場合はクロコダイル拳に慢心して敗れる事をさすからの」

 

曰く、ワニのような硬き鱗と剛力を齎すので使い手の弱い心を引き出しやすいという脆さを持つ。武術は最初は誰もが弱い、だがクロコダイル拳は身に着けた瞬間から一定の強さを持ててしまう、しかもその強さはかなりの物なので使い手となる者は多かったが、結果として身を滅ぼす使い手の数の方が圧倒的に多いとの事。

 

「さて、如何するかの?他の獣拳の習得を目指すかの、激気を扱えるようになった今ならばそれも出来るが」

「……俺は何れゴリラ拳を修得するつもりです。ですがゴリラ拳は心を司り強き心が無ければ扱えない、ならその為の心を鍛えるにはピッタリって事ですよね」

 

不敵に笑う尾白に零一は思わず笑い、シャーフーは嬉しそうに微笑んだ。正しい選択だ、ゴリー・イェンもこの場に居たら彼を褒める事だろう。

 

「身を滅ぼす獣拳……何だろう、ちょっとカッコいいって思っちゃったよ俺」

「暢気だな、臨気とは別の意味での危険を持つというのに」

「ホッホッホッ若きことは良い事じゃの~」

 

シャーフーは兎に角ニコニコと笑っていた。何故ならば零一は楽しそうしているからだった、これからも尾白とは良い友人関係を築いて欲しい物だと頷くのであった。




相澤先生的には臨気は全然OKな認識。寧ろヒーロー的に素晴らしい素質だと思っている。


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16話

「暮らしの中に修行あり、激獣拳とは生きる事と見つけたり。それがマスターの言葉だ」

「暮らしの中で修行かぁ……それって毎日が修行って事?」

「まあな。俺も色々やったからな」

 

USJでの一件後初となる登校日、既に多くクラスメイトが居る中で零一は相も変わらずに尾白と獣拳についての話をし続けている。一応その話には轟も参加しており、積極的とは言えないがその話には耳を良く済ませていた。

 

「例えば何をやったんだ」

「体育館の床を一人で掃除させられるとか」

「あ~……でもなんかキツそうだなそれ」

「そうだな、雑巾の中には重りが入った上でそれを絞らされたな」

「「ぞ、雑巾……!?」」

 

聞いているだけでは本当に修行なのかと言いたくなるような物だが、実際にやってみるとこれが中々に辛い。重りが入っているので腕に確りと力を入れた上で強く床を蹴らないと前に進まなかったりするし文字通り床がピカピカになるまで掃除を続けさせられる。

 

「それ、役に立つのか……?」

「俺も轟と同じ事聞こうとしてた」

「馬鹿にしてるが雑巾がけは体幹を鍛える上では最も優れてる、腹直筋、大殿筋、大腿四頭筋、大腿二頭筋、下腿三頭筋も同時に鍛えられる上に姿勢の維持の為に肩や腕にも力を入れる」

 

といった風に雑巾がけは思った以上に身体を鍛える事が出来るメニューなのである。嘗て、シャーフーの弟子の一人はこの掃除力で相手を圧倒した事があるという。

 

「へぇっ……知らなかった」

「……やってみるかな」

 

と尾白と轟もその話を聞いて興味を惹かれたのか、家に帰ったらやってみようかなと思ったりしていた。轟的には鍛える事もそうだが、家の手伝いにもなるな……と内心で別な事を考えたりもしていた。そんな事もありながらも予鈴がなる時間となった、皆は席に着くが同時に怪我をしている相澤の代わりに誰が来るのか―――

 

「おはよう」

『相澤先生復帰早!?』

「婆さんが大袈裟だから包帯を巻いてるだけだ気にするな」

 

と何事もなくミイラ男状態の相澤が教室へとやってくるのであった。既に動けるので授業をするのに差し付けないから動く、合理的ではあると思うがそこは全快するまで休むべきでは……と皆は思ったりもするが相澤は完全に無視して進める。

 

「俺の事を気にしている暇はない。新しい戦いが迫っている、覚悟しておけ」

 

そんな言葉に思わず一同は身体に力を入れてしまう。先日のUSJでのヴィラン襲撃、それがまだ続いているのかと皆に緊張が走っていく。誰もが自分達に危機が及ぶのではと緊張感を持っていた、そして相澤の口から語られる言葉に―――

 

「雄英体育祭が迫っている」

『クソ学校っぽいの来たあああ!!!』

 

大声をあげて歓喜する、何故ならば雄英の体育祭と言えば学校規模のイベントというわけではない一大イベントなのだから。

 

雄英高校の体育祭は唯の体育祭の枠では収まらない程の規模と内容を秘めているのだから。日本最難関のヒーロー科を抱える雄英高校、そんな雄英が行う体育祭は個性ありの体育祭。TVでも放送され高視聴率をキープ中な日本の超ビッグイベント。そしてUSJ襲撃があったにも関わらず敢えて開催に踏み切ったのも理由がある。

 

「開催に否定的な意見もあるが、開催はする。雄英の管理体制や屈しない姿勢を見せつけるいいチャンスでもある。警備やらは例年の5倍以上だ、生徒諸君は安心して体育祭に挑んでくれ」

 

そんな言葉もあるA組の意識は一気に体育祭へと向けられているが、唯一それに対して情熱を燃やす事がない生徒もいる。零一である。

 

「(体育祭……か)」

 

雄英体育祭は何方かと言えば生徒がプロに対してアピールする場の意味合いが強く、此処で好成績を残せば卒業後の進路にも直結する。しかし零一としてはそこまでの興味はなく、良い修行になればいいな程度にしか考えていないので特別なモチベーションは皆無。

 

「零一、放課後頼むよ!!」

「俺にも」

「ああ分かった」

 

故に特別な事は何もしない、何も変わらぬ毎日を過ごすと決める。なので今日も今日とて二人に獣拳の手解きをする―――筈だったのだが、放課後になり二人と共に外に向かおうとした自分達を出迎えたのはA組の目の前の廊下を埋め尽くすかのような生徒達の山だった。

 

「す、凄い人……何事なんだろ」

「敵情視察ってのが妥当な所だろ」

「同感」

 

轟の意見に同意する、雄英ヒーロー科であるA組が授業中にヴィランの襲撃にあったが無事に撃退されたという話は出回っている。ヴィランの襲撃を生き延びた奴らが自分達の脅威になるのかどうかを見に来た、という所だろう。

 

「おいモブども邪魔だ、無意味なことしてねぇで退け」

「爆豪君!君は取り敢えず知らない人をモブ扱いするのを好い加減にしたまえ!!」

 

御尤もな意見を飛ばす飯田だが、そんな時に人の波から一人の少年が顔を見せた。紫の髪と目の下のクマが印象的な男子生徒だ。

 

「噂のA組がどんなもんかと見にきたがずいぶん偉そうだな、ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのか。ちょっと幻滅するなぁそう言うのを見せられると」

「ンだテメェ」

 

爆豪の剣幕にも負ける事もなく、彼は言葉を続けた。それは明らかな挑発と宣戦布告だった。

 

「俺は普通科の心操ってもんだが……アンタら知ってるか、普通科とか他の科ってヒーロー科落ちたから入ったって奴結構いるんだよ。そんな俺らは体育祭の成績(リザルト)次第じゃヒーロー科への編入も出来る。つまり―――あんたの言うモブでもアンタっていう主役を引きずり下ろすチャンスはあるって事だ」

「オウオウオウオウッ!!!隣のB組のもんだけどよぉ!!!ヴィランとの話聞こうと思ったけど偉く調子に乗って生意気な事言ってくれるじゃねぇか!!」

 

そんな心操に同調する訳ではないだろうが、爆豪の言葉遣いが気に入らないのだろう。これで少なくともA組は完全に他のクラスからのヘイトを集めた事になるのだが―――

 

「なら一々こんな所で馬鹿な事やってないで修行しろ」

 

そんな言葉を投げかけたのは零一だった、それにB組の生徒も呆気に取られつつも直ぐに怒声を上げた。

 

「馬鹿だと?」

「馬鹿でくだらねぇよ。宣戦布告か、結構な事だが結局お前がしたいのはヒーロー科の編入だろ、だったらもっとやるべき事があるのに何故それをしない」

「っ……」

 

煽りをぶつけて挑発しようと思っていた心操からすれば思っていた以上に冷静且つ正しい意見に思わず息を呑んだ。零一の瞳は何処までも冷淡で此方を蔑んでいるような色をしたのも大きい。だが心操は直ぐに気持ちを切り替える。

 

「ハッ言ってくれるな、じゃあこれだけは言っておく。俺はお前達に勝つ、個性だけで認められた奴らには絶対に負けない」

「個性だけねぇ……だったら無個性の俺はどうなる」

「……何?」

 

その場の全員、いや怒声を上げていたB組の生徒、鉄哲を止める為に教室から出て来たB組の面々もそれを聞いて思考が止まった。無個性なのにこの雄英にいるのかと。そのまま零一は続ける。

 

「今こうして視察に来ているのは体育祭だから頑張ろう、鍛えようと思ってる奴らばかりじゃないのか。鍛錬は常日頃からするもの、お前の言うリザルトを出すのはそういう事をして来た奴だ」

 

暮らしの中に修行あり、その言葉に従って生きている零一からすれば目の前で屯しているのは普段からそれをしてこなかった者達、してきたが足りなかった者達、ならばこそ今は修行に熱を入れなければ目指す場所で活躍するなんて夢のまた夢。

 

「尾白、轟、こいつらに構っている時間が惜しい。早く行くぞ」

「えっああうん、そうだね。俺は俺のやる事があるし」

「分かった」

 

二人を連れて廊下へと歩みを進める、語った言葉のインパクト故か零一の進もうとする道を溢れていた生徒達は自主的に譲っていた。そしてその言葉受けた心操は……

 

「上等だ、ひっくり返してやるよ」

 

自らの鍛錬へと向かう、それに続くように一人、また一人と続いていく。その様子を見たA組の面々は零一の凄味を改めて感じ取った。

 

「あいつが無個性だっていまだに信じられねぇよ……何だよあの凄味」

「然り。だが正論、奴は我らの幾重も超える程の鍛錬を重ねて来たに違いない」

 

無個性なのに此処に居る、獣拳を会得する為に重ねてきた修行、その積み重ねで彼は此処に居る。ならば自分達もそれに続くべきだと自分のやるべき事を見据えて動き始める中で緑谷はうつむきながらも拳を握り締めていた。

 

「……そうだ、僕は何て愚かなんだ……僕は全然皆と同じ立ち位置じゃないんだ……!!」



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17話

緑谷 出久は無個性である。

 

彼には個性がある、矛盾しているが彼は後天的に個性が発現した。だがそれまでの彼は無個性として生きて来た、オールマイトという巨きな光に憧れて自分もあの人のようになりたいと願っていた。だが無個性だと知らされた自分には決して叶える事が出来ない夢だと打ちのめされた。しかしそれでも夢は簡単に捨てきる事が出来る訳ではないのだ。

 

ヒーローの分析ノート、プロヒーローの事を調べて自分なりの分析や個性の応用などを書き綴ったノート、ヒーローになる事が出来ないならせめて……と始めた趣味に近い。未練がましいと言われればその通りだ、自分もそう思っていた事だろう。どんなにヒーローになる為の努力をしても意味はない、無個性は……現実を見なければいけない。

 

「個性だけねぇ……だったら無個性の俺はどうなる」

 

だが、そんな自分の考えに真っ向から立ち向かうような存在とあった。無月 零一、クラスメイトである彼は獣拳と呼ばれる武術を扱い強個性を持つ相手とも対等以上に戦う事が出来る、そんな彼は以前の自分と同じ無個性。そう、無個性、自分と同じなのにあれだけの力を得ている。如何してかと問えば答えは簡単に帰って来た。修行をしたからだと言われる。

 

「今こうして視察に来ているのは体育祭だから頑張ろう、鍛えようと思ってる奴らばかりじゃないのか。鍛錬は常日頃からするもの、お前の言うリザルトを出すのはそういう事をして来た奴だ」

 

体育祭を控えて、敵情視察をしに来た心操だけではなくその場の全員に言った。それを言われて一番胸を抉られたのは他でもない、緑谷だ。無個性だから、ヒーローになれないから……なんて諦めに甘えて本気で目指そうともしなかった、それまで必死に身体を鍛えようともしなかった。

 

「……そうだ、僕は何て愚かなんだ……僕は全然皆と同じ立ち位置じゃないんだ……!!」

 

そうだ、今まで何もしてこなかったのは自分だってそうじゃないか。無個性である零一はきっと自分以上に努力を重ねて続けている、それは間違いなく今も。それを思うと立ち止まってなんていられない、そう思うとスマホを取り出してある人に連絡を取る、如何やらいま休憩室に居るらしいので行っていいかと聞くとOKのスタンプが返って来た。麗日や飯田が止める声なんて聞こえなくなっていたのか廊下を爆走していった。

 

「ウォオオオオルマイトォ!!!」

「緑谷少年が凄い勢いで来たぁ!!?」

 

扉を開けるとそこではオールマイトがお茶を淹れようとしていたのか急須をもって吃驚していた。骸骨のような風貌をした男、その男はオールマイト。特別な事情と理由があり、緑谷とオールマイトは強い絆で結ばれている。それは個性。

 

「ど、どうしたんだ一体……?」

「お、お……オールマイト、アメリカンドリーム、プランの予定表ってまだ、残ってますか……!?」

「ア、アメリカンドリ-ムプラン?あ、ああそれは当然あるけど……」

「それ下さい!!」

 

現緑谷が持つ個性はオールマイトより託された物、脈々と受け継がれて来た正義の心、その名もワン・フォー・オール。オールマイトは依然大きな戦いの傷の影響で長い時間のヒーロー活動が出来なくなり、その後継を探していた。そしてその後継として選ばれたのが緑谷だった、がハッキリ言ってこれまで大して鍛えてこなかった彼は個性の器としては不適合。そんな彼を雄英の入試に間に合わせるように鍛え上げたプランこそオールマイト考案、目指せ合格アメリカンドリームプランなのである。

 

「どうしたんだい緑谷少年、突然そんなにやる気というか覇気に満ち溢れちゃって……」

「僕、何もしてなかったんです……オールマイトから個性を貰って、それで何とか最低限扱えるようになって、オールマイトに見て貰えてただけで……皆と同じで居たつもりになってたんです……僕は何倍も努力しなきゃいけないって自分で言ってたのに……!!」

 

彼は恵まれている。境遇は同情に値する、理解も出来る、だがその一方で酷く恵まれている。№1ヒーローに見初められて後継者として扱われ、直接の指導や相談にも乗って貰えている立場にある。そんな自分に甘えてはいけないと今更ながらに本当の理解が出来た。

 

「僕はもっともっと頑張らないといけない身でした、だからっ!!アメリカンドリームプランで体育祭まで自分を鍛え直します!!」

「おおっ……まさかナンセンス界の貴公子というべき君から此処までの熱い言葉を聞けるなんて……Oh my……Oh my……goodness!!!」

 

大声を上げながらも突然筋骨隆々の馴染みのある姿へと変じるオールマイト。曰く、プールで腹筋に力を入れているような原理で本当の姿(トゥルーフォーム)今の姿(マッスルフォーム)を使い分けているらしい。

 

「受け取ったぞ君の熱い想い!!そうだ、その想いこそが君に欠けていた物。そうだ、そのパッションこそが君を更に高みへと連れて行く!!こんな事もあろうかと実はこっそり君のプランを用意しておりました!!でもこれあの時よりもマジできついから―――」

「有難う御座います!!」

 

プランをひったくるかのように奪い取るとそのまま駆け出して行く緑谷、遠くから走るな!!という注意が聞こえて来てようやくオールマイトは我に返った。

 

「まさか緑谷少年があそこまでの情熱を燃やすとは……クラスで何かあったのかな、もしや無月少年に何か影響されたのか?」

 

 

「ハァァァァァ……ハァッ!!!」

「うっそぉ……」

「正しく逸材か……」

 

そんな言葉を漏らしている尾白と零一、二人は許可を取ってトレーニングの台所ランド、通称TDLで修行を行っていたのだが……そこで轟が自分の成果を見て欲しいと言いながら自らの激気を放出し始めた。しかも激気の量も半端な物ではない。

 

「俺の激気よりもずっと強いしデカい……」

 

と尾白は半分落ち込んでしまった。折角クロコダイル拳に目覚める事が出来て轟よりもずっと先に言っている自信があった、あの轟よりも少し上にいるというのは気分とは嬉しい物だったのにそれをあっという間に覆された……慢心はしていなかったのにこの有様と凹んでいるがこれは完全に轟の才覚が飛び抜けている。

 

「獣拳の差でもあるな」

「差?」

「クロコダイル拳は何方かと言えば身に纏って繰り出す方面に優れている、激気の大きさ=獣拳使いとしての強さには直結しないから安心しろ」

「そ、そっか……よし負けないように修行だ!!如何すればいい!?」

「簡単だ」

 

クロコダイル拳は身体に纏う激気によって強化される身体能力と強固な鱗による防御力、それを高めるには―――より強い攻撃を受けながらの組手。

 

「思った以上に分かりやすいね……」

「轟も参加だ、激気を使ってみろ。難しく考えずにインスピレーションに任せろ」

「分かった」

「じゃあ行くぞ」

 

早速構えを取る零一に二人も構えを取る、のだが直後に零一は演武を行いながらも激気を高めた。そして狩りをする獣が如く勢いよく飛び込むように迫って来た。

 

「烈光爪撃!!!」

「い、いきなりぃ!!?」

 

飛び込みながらも光り輝く爪を振り翳してくる零一に対して激気を纏う尾白、同時に防御を固めるのだが零一の一撃はそのまま尾白のガードとクロコダイル拳の堅さを越えて激気を一瞬で切り裂いて肉体へと届いた。

 

「ぐぁっ!?」

 

二重のガードを一瞬で貫通された尾白は驚愕した、クロコダイル拳の防御力は自分で検証してみたが鉄にも匹敵していた。未熟な自分の激気で此処まで硬くなるのか……と驚いていたのにそれをアッサリと貫いてしまった零一。

 

「これは常にこのまま攻撃する、これを防げるようになったら合格って所だな。その為に激気を高め続けろ!!」

「そういう事か、やってやる!!」

「はぁぁぁっ!!」

 

カバーに入るように轟が飛び出して行く。下から氷を生み出して押し出すようにして推進力を得ながらも激気を纏った延髄蹴りを放つ。が、零一はそれを受けながらもその勢いで身体を回転させて攻撃を受け流すと轟の足を掴んで地面へと振り下ろす。

 

「がぁっ……!!はぁ!!!」

 

だが轟は怯まない、そのまま手から氷柱を飛ばすのだがその氷柱にも確りと激気が纏われている。それを回避しつつ距離を取るが、直後に真上から尾白が飛び掛かってくる。

 

「激技、高転鰐舞!!!」

「舐めるなぁ!!」

 

渾身の一撃が零一へと直撃する、まるでドリルのように此方を削らんとしてくる攻撃は未熟な激気であるのにも拘らず凄まじい衝撃と威力を出している。これは将来が楽しみだと思いつつも零一はそれを完璧にガードしていた、そしてそのまま両腕に力を籠める。

 

「激技、烈光絡撃拳!!チェェエエエストォ!!!」

 

腕で円を描くように回してそのまま高転鰐舞の力を方向と全く別の方向へと導きつつもそこに自らの激気と臨気を乗せて回転速度が数倍に増幅させながら放った。

 

「うわああああっ!?轟退いてぇぇぇ!!?」

「くぅっ!?」

 

咄嗟に回避した轟、尾白はそのまま回転を止める事が出来ずに壁に激突してしまった。余りの勢いだったせいか尾白は壁に突き刺さってしまっている。あれだけの一撃を完璧にいなしつつも自分の力を加えて跳ね返す技に轟は言葉を失っていると零一が手を差し出してきた。

 

「如何だ、激技を目の当たりにした気分は」

「……素直にすげぇ」

「そうか、後お前上着破れちまったな」

 

尾白の高転鰐舞の余波で敗れてしまったか首部分が結構派手に破れてしまっていた、それを気付いた轟は後ろを向きつつもジャージを持ち上げるようにしてそこを隠した。

 

「気になるなら着替えて来い」

「……そうする」

 

轟は何処かそっぽを向いてしまったまま着替える為に姿を消すのだが……零一はある事を考える。

 

「あいつ、晒付けてたのか。気合入るもんな―――んっ?」

 

『―――それにしても美人な子達じゃな零一?』

 

不意に脳裏をよぎったのはUSJでのシャーフーだった。何故それを思い出したのか、全く分からない……だがこうして思うと妙な点もあった。

 

「あの子"達"?あの場には葉隠しかいなかったような……いや葉隠は葉隠で透明で顔分からないからそれはそれで可笑しい気もする……そうか、そこか」

「れ、零一~出るの手伝ってくれ~……」

「ああ、悪い」

 

そんな思考が生まれたのだが、葉隠の事だったんだろうなと結論を付けてそれを終わりにすると中々壁から抜けられない尾白を引っ張るのであった。

 

 

 

「―――ふぅ……大丈夫だろ、多分……」

 

一人、更衣室で轟は荒くなっている息を鎮めながらも何かを抑えていた。それは呼吸なのか、それとも激気なのか、それとも……。




壁犬神家をさせてしまってすまん尾白。

なんかスマホのニュースのおすすめみたいなのに尾白を許すなってあったからつい……。だが皆甘いな!!私はずっと前から葉隠さんが可愛い事を知っていたからな!!残念だったな!!

だが尾白、一発殴らせてくれ。主に龍牙のドラゴンインパクトで。


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18話

体育祭までの準備期間はあっという間に過ぎて行き、開催までの時間を各々が有効に使ったと確信出来るような日々を送りながら遂に当日の朝がやって来た。オリンピックに変わるイベントとも言われる程の知名度と人気を博する雄英体育祭、縁日のように出店が立ち並び空には高らかと花火も打ち上げられている。正しく祭りの様相である。

 

「コスチューム着たかったなぁ~……残念~」

「公平を期す為だからしょうがないわよ三奈ちゃん」

 

折角自分の為の衣装があるのにそれを着られない事に文句を言う芦戸だが、公平を期す為故にこの辺りは致し方ないだろう。コスチュームによっては筋力増強などの効果を付与しているのもあるので公平さを欠いてしまう、故に自分の力で戦って貰う為にコスチュームは抜き。

 

「尾白、今回は時間が取れた拳聖も来るらしい」

「えっという事はシャーフーさんとかも来る訳!?」

「師匠は絶対に来るな、こういうの好きだし」

 

賑やかな事は好きなシャーフー、加えて超人社会になってからはシャーフーは基本的に猫の個性を持ちという扱いになる。なので昔に比べても気兼ねなく出歩く事が出来るとその点は良い時代になった物だと言っている。

 

「ゴリーさんとか来るのかなぁ……」

「一応連絡はしておいた、来られてるかは知らん」

「見られてるかもしれない―――よし頑張るぞぉ!!」

 

と一気にモチベーションが上がっていく尾白。そんな彼と同じく、零一も体育祭に挑む為のモチベーションは基本的に師匠たちに情けない姿を見せないようにする、というのがメインでプロに自分の力を見せる云々は一切考えていない。

 

「俺のも見られるのか」

「まあだろうな、俺が手解きしてるってのはマスターから伝わってるだろうし」

「……大丈夫かな」

 

と僅かな不安を漏らす轟。と言っても零一から見ても尾白もだが轟の獣拳の心配はしていない、今日まで獣拳の修行はミッチリとして来たし激気も大きく強い物になっている。零一からすれば2週間足らずで此処まで成長する二人に本格的に師匠を探したほうが良いかもしれないと思ったりしている。

 

「にしても、この中で一番変わってるのって緑谷だよね」

「それは思う」

「ああ」

 

そんな視線の先に居るのは心なしか逞しくなっている緑谷だった。流石に身体つきが大きく変化しているという訳ではないのだが、表情にこれまであった不安や心配といったマイナス方面の物がかなり減っていて自信を持てているように思える。それ故か胸を張っているように見える。

 

「デク君も気合十分だね!!一緒に頑張ろ!!」

「うん、気合入れて頑張るつもり!!」

 

 

 

「お待たせしました~買ってきましたよ焼きそばとタコ焼き、後イカ焼き」

「おおっすまんの、走りのような事をさせてしもうて」

「いえいえ、ちょうどカキ氷買って食べてたところですから」

 

客席に腰を落ち着けながら始まるのを今か今かと待ちわびているマスター・シャーフー、そんなシャーフーへと袋に買って来た食べ物を渡すのはサメの半魚人とも言うべき姿をしている、そんな者の正体は―――零一の師の一人にして七拳聖の一人、激獣シャーク拳のシャッキー・チェン。

 

「随分と嬉しそうにしとるのぅ」

「そりゃもう!!だって零一の晴れ舞台なんですよ、今日なんて朝3時には目が覚めちゃった位なんですから!!」

「早起きじゃのう」

 

マスター・シャーフーの下で修業しているが、その他の拳聖の下で修業する事は別段珍しくはない。零一もその例に漏れずに修行を付けて貰った事がある。その中でも一番仲が良いというよりも大切にして貰っているのがシャッキー。

 

「シャーク拳使ってくれるかな~使ってくれたら嬉しいな~♪シャッキーン!!」

「それなら日常的に使っていると思うぞ」

「ええっ本当ですかマスター・シャーフー!!?」

 

とシャーフーの言葉に驚きを隠せないシャッキー、が、意味合い的には少し違うかもと前置きしつつ答える。

 

「お主のシャーク拳の神髄は兎に角努力し続ける事で成長し続ける事、頑張る事じゃ。零一は毎日修行を欠かさずに努力し続けておる。故にシャーク拳を扱っていると言えるのではないかな?」

「おおっ……そうかぁ零一、君は何て良い弟子なんだぁ……」

 

感動して泣きだしてしまうシャッキー、拳聖の中では最年少で涙脆い。だがそれ故に真っ直ぐで一時期、歪みそうになっていた零一の心を解きほぐして強い絆で結ばれているシャッキー。そんな彼が一番この体育祭を楽しみにしていた、そんな思いに応えるように開始の合図であるプレゼント・マイクの声が聞こえて来た。

 

『刮目しろオーディエンス!群がれマスメディア!今年もおまえらが大好きな高校生たちの青春暴れ馬…雄英体育祭が始まディエビバディアァユウレディ!!?』

 

「さて、どのような事になるか楽しみじゃなぁ……ほれシャッキー、泣いとらんでお主も食べろ」

「ぅぅぅぅっ……はい、応援の為にも食べます!!」

 

 

 

 

「選手宣誓!!」

 

入場も終わったのでいよいよ開会式を勧めようと一人の教師が声を上げる。それは全身を肌色のタイツにガーターベルト、ヒールにボンテージ、色んな意味でエロ過ぎて18未満は完全に禁止指定のヒーロー、18禁ヒーロー・ミッドナイトが主審として台の上へと上がった。そして宣誓として呼ばれるのは―――

 

「選手代表、1ーA 無月 零一!!!」

 

そう、首席で合格を果たしている零一である。周囲から視線を集めながらも壇上へと上がった。

 

「さあっ頼むわよ無月君、一応前以て話は行ってるわよね?」

「ええ大丈夫です」

 

深呼吸をしてから零一は言った。

 

「宣誓、我ら此処に集うのは誇りある雄英の生徒。ヒーローシップに則って正々堂々と戦う事を此処に誓います」

 

オーソドックスでテンプレに近い宣誓、それに見事と関心を寄せる者もいればつまらないと思う者もいる。だが相澤としては普通にこなしてくれて良かった、と思っていた。

 

「あくまで今のは選手代表としての言葉、こっからは俺自身の言葉を言わせて貰う」

『!?』

「良いわよ言っちゃいなさい!」

 

皆が驚愕する中唯一人、ミッドナイトだけはサムズアップで許可を飛ばした。此処は自由が校風の雄英、教師が自由ならまた生徒も自由で良いではないか。それに零一は則る事にした。

 

「ある生徒が言っていたが普通科の生徒にはヒーロー科落ちた者が大半だと、その上で言うが―――俺は無個性だ」

 

いきなりの爆弾発言に会場だけではなくTVを見ていた全員が硬直した事だろう。だがそれに構う事も無く零一は続けた。

 

「無個性だが首席で合格している。無個性でヒーロー科に合格した俺と不合格になったお前らとの差は何だ、修行不足だ」

 

正しく簡潔でシンプルな理由。無個性であるのに合格しているという事実がそれを物語っている、どんなに言い訳しても覆る程がない程のインパクトがそこにはある。

 

「この場の全員に聞く。修行はちゃんとして来たか、覚悟を決めて来たか、身体を鍛えて来たか、技を高めて来たか、そうでなければどう足搔いてもこの場で結果を出すなんて夢のまた夢でしかないぞ。その成果を見せてみろ―――俺をいや俺達を蹴落としてみろ」

 

其処まで言い切ると零一は頭を下げて壇上から降りていく、余りにも大胆不敵な宣言に誰もが呆気に取られる中、一人の生徒が声を上げた。

 

「ああ、その為に今日まで必死になって鍛えたんだ……絶対に負けない!!」

「―――っああそうだ、俺達だって努力してるんだ!!」

「負けねぇぞヒーロー科ぁ!!」

 

「うおおおっ一気に盛り上がってるなぁ!!?」

「クソモブ共が、テメェなんざ敵じゃねぇんだよ!!」

「蹴落とせるものならやってみろってんだ!!」

 

一人の声を皮切りに、彼方此方から闘志溢れる声が出て来た。零一の言葉はその場にいる者のプライドとこれまでの努力を刺激した。お前だけが努力してきたのではないと言いたげなそれに零一は僅かに笑い、それを見たシャーフーとシャッキーも思わず笑ったのであった。

 

「ホッホッホッ言うのぅ零一」

「これは楽しみになってきましたね、零一のシャッキーンが!」



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19話

遂に始まりが告げられた雄英体育祭、主審ミッドナイトから第一種目の内容が明かされる。

 

「第一種目はいわゆる予選、毎年ここで多くの者が涙をのむ(ティアドリンク)!!さて運命の第一種目、今年は―――障害物競走!!一学年の全クラスによる総当たりレース、コースはこのスタジアムの外周で距離は約4㎞よ!!コースを守れば何でもあり!!全力を尽くすように!!」

 

振られた鞭の先、ゲートがスタジアムの奥の青空とコースを映し出す。これから自分達が走る事となる先へと続くロード、すぐさま誰もが自分に有意な場所へと陣取ろうと動き出していく。それぞれがスタートダッシュを決める為に準備を進める中で零一も準備を行っていく。間もなくスタートを告げるランプが点灯始まる、一つまた一つと色が変わっていく。誰かがつばを飲み込む音が木霊しそうなほどの静寂、点灯音が重く響く。そして今―――それが始まる!!

 

『スタートだぁぁああっっ!!!』

 

開幕の知らせ、それと共に土石流のごとくスタートへと殺到していく選手たち。皆が他人より少しでも早く前へ前へと焦りを持っているからこそ起きている。

 

『さぁてこれより実況はこの俺、プレゼント・マイク。そして解説はイレイザー・ヘッドでお送りするぜ!!そしてスペシャルゲストも来てるぜ!!ちなみにイレイザーヘッド、序盤の見どころは何処だと思う!?』

『今だろ』

 

その言葉の直後、スタートであるトンネルエリアから冷たい空気が伝わっていく。そこへ飛び込んできたのはもう一つのマイクと映像だった。

 

「実況のマイクさ~ん!!此方現場です、現場では何と何と皆さんの足元が凍り付いちゃってま~す!!」

『おっとぉこれはもしかして~!?』

 

一早く変化が起きたのは会場から外へと出る門、そこには多くの生徒達が既に立往生していた。その理由は彼らの足元が見事に凍結しているのである、そしてそれを尻目に颯爽と一早く飛び出して行くのは轟であった。個性を使って地面を凍らせて妨害を行ったのである。

 

「おおですがですが、その氷を突破していく生徒さんたちも沢山いますよ~!!爆破で空を飛ぶ、物を作って跳び越える、純粋に氷を砕いて行くなどそれぞれで実にバラエティ豊かですぅ~!!」

『ハッハァッ!!雄英体育祭1年の部、早速面白くなってきやがったなぁ~!!そして現場レポーター自己アピール宜しくぅ!!!』

「はいぃ~!!」

 

そう言うと直後にモニターが切り替わって姿を見せたのはなんと20㎝程の大きさをした口がマイクのようになっているハエであった。それは小さなカメラを確りと携えながら現場の空気を自らの声で会場全体へと伝えていく。その姿が見えた時に思わずシャーフーとシャッキーは驚いてしまった。何故ならば彼は―――

 

「現場中継レポーターはこの私。巨大戦ある所に私あり、たとえ火の中水の中~激獣フライ拳のバエが担当させて頂きます~♪」

 

激気による言霊で相手を操り、言葉を力に変える激獣フライ拳の使い手。そんなバエはシャーフー達とも密接な関係にあるのだが、常日頃から巨大を求めて世界を旅している。その旅の中で巨大を実況した生配信などを行っていてそれは大好評、的確な戦力分析や状況を伝えるその手腕が買われたのか、今回は雄英から依頼を受けたらしい。

 

「さあ現在トップはA組の轟君、このまま一気に独走でしょうか~しかし背後からも次々と妨害を乗り越えて来た相手が迫ってくるぞ~!!」

 

そんな言葉を聞いている観客席の全員は不思議とその様子が頭の中に鮮明に浮かび上がってくる、巨大モニターに映る映像そのままにそれが伝わってくる。そんな中で遂に動きが起こった。遂に彼らが第一の関門へと足を踏み入れると思わず足を止めた。彼だけではなく全員が足を止めていた。

 

『さあさあ遂に来た来たやっと来たぜ!!!これは唯の長距離障害物走じゃねぇのがわが校だぜ!!手始めの第一関門、駆け付けいっぱいで全力だせる戦闘はいかが!?イッツァ、ロボインフェルノ!!!此処を超えないと次にはいけねぇぜぇえエエエイエエイ!!!』

「これは衝撃ぃ~!!目の前に現れるのは無数のロボロボロボ!!人型サイズのものもいれば巨人サイズのものもいるぞぉ!!!」

 

熱の籠っている実況で状況説明と周囲のボルテージを上昇させるマイク、障害物として出場選手たちを遮ったのはヒーロー科を受験した者達ならば誰もが目にした物。様々な感情を呼び覚ます赤い眼、入試にて登場しそれらを倒して得られるポイントを競った仮想敵が立っていたのだ。

 

「なんならもっと凄いのを―――」

 

戦闘の轟はそれを目の当たりにするが、全く慌てる事も無く一瞬で凍結させてやろうかと思っていた。そして氷結を放とうとした時、一際巨大な仮想ヴィランが突然軽く浮き上がったのだ。

 

「おっと何でしょうか、突然最大サイズのロボヴィランの脚が浮き上がりました?違和感を覚えたように脚を踏み鳴らしておりますが……っとおぉぉぉおおおと突然ロボヴィランが体勢を崩して倒れこんでいったぁ!!?」

 

突然、ロボヴィランは片足を思いっきり押されたが如く背中から倒れこんでいく。後ろに居た多数のヴィランを巻き添えにしつつも崩れ落ちて行ったそれに何が起きたのかと流石の轟も目を白黒させていた。が、その原因は足元にあった。

 

「やっと出られた、全く誰だ押さえつけていたのは」

 

地面から這い出るように立ち上がると身体に着いた土を払うかのように身体を叩いている、それをやったのは―――そう、零一であった。

 

「おっと地面から出てきたのは首席で合格を果たした期待のスーパールーキーの無月 零一君だ~!!如何やら地面を掘り進んできたようですね」

『地面を掘るだぁ!?あいつモグラかよ!?ウけるぅ~!!!』

 

突然の出来事に驚く皆だが、それ以上に気になったのは今の零一の姿だった。選手宣誓を行った時と違って臨気激装を行っている故か知らない者からしたら個性もってるじゃないか!!と言いたくなるような姿だが、それに対してマイクとバエが補足を入れ始める。

 

『一応言っておくぜリスナー!!無月は個性は持ってねぇ、あれは獣拳っつう特殊な武術の技の一つだぜぇ!!!』

「そうなのです!零一君は激獣ライガー拳という拳法を修得しておりあれはその技の一つである臨気激装!!獣拳使いが纏うオーラをその身に鎧のように纏う事が出来るんですね~!!ちなみに地面を潜ったのはモール拳というモグラを手本した獣拳のお陰ですね、獣拳については後程詳しくお話いたしますのでお待ちください。兎に角零一君は無個性であるという事はご理解ください~」

 

取り敢えず運営である雄英側がそれを許している、という事は間違いなく無個性である事には変わりないのだろうが俄かには信じられないと言いたげ。しかしそんな事は無視して零一は振り返ると立ち上がって来たロボを見ると跳躍した―――尾白と轟と共に。

 

「独り占めなんてさせないからね!!」

「ああ、やりたい事はやらせて貰うからな」

「なら好き勝手にやるのが一番だ!!」

 

そう言いながらも三人は立ち上がって来たロボヴィランを爪で切り裂き、尻尾で装甲を抉るような一撃を決めながら、触れた瞬間に凍結させつつも直後に粉砕しながら巨大なロボを踏み越えて行く。まだまだ戦いはこれからなのだから―――!!




という訳でバエさんの登場です。

ゲキレンジャーの巨大戦と言えば欠かせないのがバエの実況。勿論、個性社会でもそれは変わらずに日々巨大戦を求めて飛び回っております。今回は折角なので起こし頂きました。

後、観客に向けての獣拳の説明役も兼ねてます。


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20話

『さあぁ先頭がいよいよ第二の関門へと差し掛かったぞぉ!!!落ちれば即アウト、それが嫌なら這いずりなっ!!!ザ・フォォォオオオオオル!!!!』

 

第二の関門として姿を現したのは巨大な峡谷のように大口を開けている地の底へと向かっているような真っ黒い闇、切り立った崖のような足場とそれらへと架けられているロープの橋だった。つまり、ロープを綱渡りの要領ので渡っていく事で奥へと進んで行けという事になる。

 

「この程度っ……!!」

『おっとぉ流石推薦入学者!!轟は足でロープを凍らせてその上を滑って移動していく!!中々に速いしこりゃ有利ぃ!!』

 

足を押し付けるようにしながらも同時にロープを凍てつかせ、氷の上をすべるように移動していく轟。あっという間に先へと進んでいくのを見ながらも尾白もそれに続いて行く。

 

「ハッ!!よっ!!タァ!!」

「尾白君は自慢の尻尾で地面を殴った勢いを利用しての跳躍!それぞれ個性を生かしてますね!!」

 

そんな中、零一は一旦後ろへと猛ダッシュして十分な距離を取った。

 

「よし、この位の距離があればいけるな……」

『おーと此処で零一が逆走!!?おいおいそっちは逆だぞって止まった、一体何をする気だぁぁあああ!!?』

「再び走り出しましたぁ!!そしてそのまま―――跳躍ぅぅぅぅ!!!」

 

十二分に距離を付けて十二分に加速し、そのままの大跳躍。尾白のと似ているがその距離を段違い―――が

 

「あぁ~と流石に飛び過ぎたのか闇に落ちていくぅ!!零一君の勢いは此処で途切れて、おりません!!何と零一君壁に爪を食い込ませるようにしながらも壁を蹴って攻略していきますぅ~!!」

 

深い深い闇に立つ円柱状の足場、それを利用して柱から柱へと飛び移っていく事を何度も繰り返して行く。そして最後には鋭利な爪を食い込ませようにして凄い勢いで壁を登っていき第二関門を突破。その直後に轟と尾白も並ぶように突破していくが―――

 

「待ちやがれぇぇ!!」

「爆豪、来たか!!」

「やっぱりスロースターターだ、時間が立てばたつほどに爆発の勢いが増して行ってる!!!」

 

背後から迫ってくる凄まじい爆音と怒号、爆豪も迫ってきている。既に自分達との差は余りない、この先で差を詰められる訳には行かない。脚に込める力も増して行く中、轟は地面を凍らせながらもその上をスケートのように滑って進んでいく。尾白も先程の尻尾による加速を上手く使ってスピードを上げていく。

 

「生憎―――負けるつもりはない!!」

 

正直体育祭での成績なんざどうでもいいが、同じ修行をした物として簡単に負けるのは癪だ。故に自分も負けないと言わんばかりに激気を強めながら駆け抜けていく、背後から迫る爆豪にも警戒しながら進んでいくと遂にラストの障害が見えて来た。

 

「さあ遂にラストの障害へと足を踏み入れてまいりましたよぉ!!っておっと危ない危ない近づきすぎたら私も危ないのでしたね!!」

『そうだから気を付けろよブラザ-!!何せそこにあるのは無数の地雷が仕掛けられてるぜ、しかも空中個性に対応する為にミニガンや空中攻撃ドローンも完備ぃ!!そこだけは完全な戦場!!名付けて―――ラースオブアフガン!!!まあ競技用に威力は皆無だから安心しな!!!まあ衝撃と音はド派手だけどなぁ!!』

 

「っそがぁ!!」

 

と爆豪は突然高度を下げた、茂みから飛び出したミニガンから放たれた弾丸を回避する為だ。高度が一定まで下げるとミニガンも追尾を止める、此処からは低高度、つまり地上を走る者も空中に手が届く事を意味する。

 

「チッ!!」

「流石にこれはまずい、かなぁってうおおおお!?」

 

此処までトップスピードだった轟と尾白も流石に速度が落としてゆっくりと進んでいく。幾ら競技用とはいえ地雷は踏みたくない、だがそこへ爆豪が乱入して二人を攻撃しながらも前へと進もうとするが二人は二人で爆豪を行かせないようにするので中々三人は前へと進めない―――のだが、そこに地雷の連鎖爆発が起き始めて行く。

 

「おっと突然の連続爆音!!何が起こっているのかって零一君まさかまさかの超正面突破ぁ!!臨気激装の防御力でのごり押し戦法だぁ!!!」

『こいつはシヴィィィィィィ!!!』

『十分な防御があるなら合理的な判断だな』

 

臨気激装からすれば威力もない地雷など気にする意味はない、うるさいのを我慢すれば地雷を踏みつけながら進む事も苦ではない。どんどん前へ、前へ前へと好き進んでいく。そして一早く地雷を踏み越えたと思った時、真横から何かが通り過ぎた。

 

「ここまで有難う!!!」

「お前、緑谷―――!!!」

 

「なんとぉ!!此処で零一君を抜き去ったのは緑谷君です、地雷の爆音と衝撃で気付かなかったのでしょうがまさか此処での順位変動だぁ!!」

 

零一を抜いたのは全身に個性の光を待っていた緑谷だった。今日までオールマイト考案のアメリカンドリームプランをやり続けていた結果、緑谷はある成果を引き下げてこの体育祭に挑んだ。

 

「ワン・フォー・オール・フルカウル―――!!!」

 

それこそがフルカウル。大基となったのは零一の臨気激装、全身をオーラで包んで鎧とするという事から着想を得て個性を全身で発動させる事を可能にして身体能力を向上させた。そして大逃げの態勢を作っていたトップに喰らいつくように動き、最後の最後で溜めて来た力を開放して一気に抜き去った。

 

「やってくれる―――だが、俺とてそう簡単に負けるかぁ!!」

 

「さあ零一君も駆け抜ける、いや後ろでも一気に轟君爆豪君尾白君が一気に迫ってきますぅ~!!!さあ第一種目、長距離障害物競走を1位で突破するのは一体誰なんだ~!!?」

 

隙を狙い続けながらも切り札を解き放った緑谷、見事な戦略にやられつつもそれによって激気と臨気を滾らせている零一、クールで居ながらも負けないという情熱を燃やしている轟、強敵が多い事に嬉しさを覚えつつも激気を纏って突き進む尾白、爆破の勢いが最高潮に達しているのかこれまで以上に勢いがエグくなっていく爆豪。誰が1位を取っても可笑しくない状況、そして間もなくゴール、一体誰がゴールを最初に潜るのか―――!!?

 

「ゴォオオオオル!!一位は見事に作戦勝ち、最後の最後に見事なごぼう抜きを見せた緑谷君ですぅ~!!二位は此処まで圧倒的な激気と臨気を見せてくれました零一君!!三位は氷をテクニカルに扱って高いスピードを維持してきた轟君!!四位は爆破のインパクト勢いは伊達じゃない、爆豪君!!五位は肉体こそ彼の武器、此処まで見事な力を見せてくれましたが最後に惜しくもこの順位!!ですが皆さん拍手でお出迎えを、尾白君です!!!」

 

 

「ったく……最後の最後にやられたな」

「ハァハァハァッ……抜かれたぁ……」

「零一は兎も角、緑谷にやられるなんて……くそ予想外だ」

 

獣拳三人組にとって緑谷は完全なダークホースだった。個性こそ凄いがそのコントロールは余りにも未熟で体育祭を戦い抜き事を考えたら使ってこないと考えていたが違った。緑谷は今日に至るまで相当な修行を積んできたのだ、肉体面だけではなく精神面も同時に鍛えられた結果、自らを破壊するだけの使い方しか出来なかったのが自分の身体を活かす使い方を編み出したのだろう。

 

「―――だったらやりがいはある、そう来なくちゃ面白くない」

「おい白獅子野郎」

 

緑谷を敵として認めたようなときに爆豪が迫って来た。その表情には何処か強い敵意を感じる、だが純粋な敵意だ、悪意などは一切ない闘争心が生み出す敵意。

 

「テメェは俺が潰す、半分野郎も尻尾野郎も、そしてデクも。テメェら纏めて俺が潰してやる、俺以外に潰された容赦しねぇぞ」

「宣戦布告か?いいぜお前みたいな闘志を剥き出しにする奴は歓迎だ」

 

爆豪は零一の事を入学当初から意識していた。それは無個性なのに個性持ちにも勝る力を持っていたから―――だが同時に理解していた。零一のそれは積み重ねて続けてきた努力の結晶である事を。故か、爆豪は零一に苛立ちは感じなかった、何故ならば自分の無力を理解した上で自分を限界上に追い込んでいる。

 

だからこそ、真正面から潰したくなった。その時間も、獣拳も自分の力で全て吹き飛ばしてやりたくてしょうがない。

 

「―――テメェは俺が潰す」

「やってみろ」



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21話

「2位通過……いや、本当に、彼は無個性なのか……!?」

「地面を掘り勧めたりあれだけの絶壁をやすやすと登ったり競技用とはいえ地雷を踏み越えて行ったり……」

「獣拳……それが彼の強さの秘密なのか」

 

障害物走の上位が完全に決定し続々とゴールが決まっていく中で話題は矢張り上位、いや零一に集中していたと言ってもいい。緑谷の見事な追い抜きも素晴らしかったがそれ以上に無個性であるのにも拘らず此処までの成績を上げている異常性に途轍もない戦闘能力、話題にならない方が可笑しい。

 

「そうだ直ぐに情報を集めろ、獣拳だ!獣の拳と書いて獣拳!!」

「ああっ何も分からないだと!?ふざけるな調べ直せ!!」

 

その強さの秘密とされる獣拳をプロヒーロー達は必死に調べ上げようとしている動きも既に出来始めている、だがそれは上手くは行かない事だろう。それをシャーフーは横眼で眺めながらもたこ焼きを頬張るのであった。

 

「見事だよ~零一~!!!思わずシャッキンキーンだよ!!!」

「うむうむ」

 

そんな中で次の種目が発表された、それは―――騎馬戦である。個人による順位の奪い合いが行われていたと思いきや今度は協力を求めての団体戦。参加者は2〜4人のチームを自由に組んで騎馬を作り、障害物走の順位で得られたポイントを合計した鉢巻を装着しその鉢巻を奪い合い、合計ポイントの上位4チームが本選勝ち抜けるというルールになる。

 

『そしてポイントだけど最下位43位が5ポイント、42位が10ポイントと言った感じに徐々に増えて行く。そして……一位に与えられるポイントは、1000万!!!!』

「バランス調整へたくそか」

 

と思わず口に出してしまった零一、そう言う彼も2位なので205Pを課されている。まあ自分よりも圧倒的な視線を集めているのは当然緑谷だった、何せ1000万P。この騎馬戦のポイント、2位から43位を全て集めたとしても遠く及ばない。つまり彼のポイントさえ奪えば勝利が確定する一発逆転の切り札。それは逆に言えば緑谷からすれば自分のPさえ守り抜けた本選勝ち抜けは確定―――但し、ちゃんとした騎馬を組めればの話なのだが……何せ、一緒に守るよりも奪い取る方が圧倒的に楽。

 

『因みに個性による攻撃も当然ありよ!!但し、あくまで騎馬戦なので悪質な崩し目的は一発退場とします!!』

 

その辺りの最低限は確りとルールで保証するのか、バランス調整は酷いのに……と勝手にツッコミを入れていると騎馬を組む15分が与えられた、早速誰かを探そうとしたのだが―――誰も近くにいない。

 

「ある種当然か」

 

 

「あれあれ、なんでみんな零一から離れるんでしょう。ポイント的に魅力だし戦力としては十分な筈なのに」

 

チーム組の時間になって直ぐに零一は避けられていた、まるで虐めの現場を見ているような気分になって来たのかシャッキーは何故なのかと首を傾げているとシャーフーは水筒の中に入れてきて温かい緑茶を啜りながら言った。

 

「無個性と宣言しておきながらもあれだけの力を発揮しとるんじゃ、警戒されてるんじゃよ。逆に分からないからチームとして組むのは危険性があるとおもわれてるんじゃよ」

「あ~……そう言われたら納得ですね」

 

現代において個性というのはあって当然という認識が強い。だが零一にはそれがないのに獣拳という訳も分からない力を持っている、故に敬遠されている。

 

「でもこのままじゃ組めないですよ騎馬」

「大丈夫じゃよ、ほれっあやつには友人が居る故な」

 

と言った先には一人に話しかけられている零一の姿があった。

 

 

「零一、良かったら組まないか?」

「尾白か」

 

そう、話しかけてきたのは尾白であった。尾白からすれば零一は無個性であるのに自分達を圧倒する者ではなく対等な友人にして獣拳の手解きをしてくれる兄弟子なのである。

 

「獣拳を修める者同士、組むのも一興だと思ってさ」

「ああ良いだろう。マスター達にも良い報告が出来そうだ」

 

視線を向けるとそこではシャーフーは微笑み、シャッキーは応援の為なのかポーズを取っている。兎も角これで二人にはなったので最低限の騎馬を組む事が出来る。まあ騎馬というか唯の肩車に過ぎないような気もするのだが……。

 

「人数、空いてるか?」

 

其処に声が掛けられた、二人しかいない状態で声を掛けてくるのは誰なのだろうかと振り向いてみるとそこに居たのは体育祭前に宣戦布告をしに来た普通科の生徒、心操であった。

 

「空いてるなら入れて貰えるか」

「意外だね、あんな事言ったのに声掛けて来るなんて……」

「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥だ」

 

頼みながらも挑発も交えている物言い、だがその瞳には真剣さが溢れていた。零一は僅かに視線をズラして身体を見てみると手や腕に傷が見えた、そしてあの時に比べて覇気も強い、自分の言葉を真面目に受け取って今日までしっかりとした鍛錬を積んできたいい証拠だろう。信頼出来ると踏んで尾白を見るとそっちが良いならと肩を竦められる。

 

「分かった、なら何が出来る?」

「個性の事か。なら今実践してもいいか、説明するよりもそっちが分かりやすいと思う」

「ああその方が俺としても有難い―――」

 

受け答えをした時、意識が唐突に薄れていく感覚がした。意識の混濁、いや意識が乗っ取られていくような……そんな物を感じた。

 

「零一?」

 

唐突に静かになった彼を心配して声を掛けるが一切反応しない、が直後に零一は顔を上げると後ろへと跳んだ。空中で回転しつつも着地するが、その体勢は四足獣のそれであり低い唸り声を上げている。臨気激装の姿も相まってライガーが此方を威嚇しているようにしか見えなかった。

 

「グゥゥゥゥゥゥ……ゴォオオオオオオオオ!!」

「なっ……如何なってんだ……!?」

「いやそれは俺が聞きたいんだけど!?」

 

上げられた雄叫びは完全に獣の物だった。それには心操も予想外だったのか完全に取り乱していた。周囲も何が起きているのかと動揺していると、ゆっくりと零一は立ち上がって胸にあるライガーの顔を撫でながら優しい声色で語り掛けながら此方に歩いて来た。

 

「俺なら大丈夫だライガー、そんなに警戒するな……悪いライガーが驚かせた」

「い、今のは……」

 

先程の荒々しい獣のような振る舞いから一転、元の零一に戻った様子に困惑する心操。尾白は何かを察したのかもしかしてと問いかけた。

 

「今のって零一の中にいる獣、ライガーなのか?」

「ああそうだ。心操、お前の個性は精神干渉系か?」

「あ、ああ。所謂……洗脳だ、返事をした相手を操れる」

 

洗脳と言われて零一は納得したような声を上げた。

 

「成程な。ライガーとは長い付き合いでな、気難しい性格なんだ。自分が嫌な事は意地でもしないし命令される事も大っ嫌いだ。きっとお前の洗脳も命令だと思って拒絶したんだろうな。済まない気を悪くさせたな」

「ああいや……その」

 

心操は困惑していた。自身の個性は洗脳、返事をした相手を操る事が出来る個性。故か今までヴィラン向きやら酷い事を言われて続けて来た、だが……目の前の零一は嫌悪感を出すどころか自分に謝罪してくれた。余りにも予想もしてなかった反応に言葉が見つからない。

 

「それにしても洗脳か、かなり強い個性じゃないかなそれ。パニック状態の相手だって落ち着かせる事も出来るしヒーロー向きだと思う」

「俺は交渉人(ネゴシエーター)もありだと思うぞ、犯人と会話するだけで鎮圧可能だ」

「あっそれいいね、人質とかいても直ぐに解決できる」

 

尾白と個性の活用方法を話し合っている、あれだけヴィラン向きだと何だのと言われて来たのに……それが堪らない位嬉しかった。

 

「なんか、有難う……ヒーロー向きなんて初めて言われたよ」

「洗脳だからヴィラン向きってか、安直な発想だな。思考しない馬鹿の話なんか気にするな」

「相澤先生だったら合理的な個性だとか言うよね」

「ああ、寧ろ心操自身が周囲からの言葉で軽い洗脳状態だったんだろうな。ヒーロー向きではないと思い込んでいる」

 

それを聞いて思わず笑えてしまった、自分が洗脳状態?する側である筈の自分が?なんて滑稽な事だろうか……だが同時に晴れやかな気持ちなって来た、自分の個性を此処まで認めてくれる人が居る事が堪らなく嬉しかった。胸で使えていた物を吐き出しながら心操は笑って言った。

 

「心操 人使だ。個性は洗脳、上手く使ってくれ」

「尾白 猿夫。個性は尻尾」

「無個性の無月 零一だ」

 

三人は揃って硬い握手を交わす。そんな様子にミッドナイトは思わず身震いをしながらも恍惚とした表情をしてしまった。

 

「それで他の奴も探すか?」

「いや、三人で十分だ。尾白、俺と騎馬だ」

「分かった、んじゃ心操君に騎手は預けるよ」

「お、俺で良いのか?」

「何言ってるんだ、お前の個性は騎手でこそ輝ける。存分に輝け」

 

洗脳という余りにも凄まじい初見殺し性能を秘めた個性、それこそ思考に力を割ける騎手であった方がいい。

 

「動きは獣拳使いに任せておけ」

「そうそう、俺の尻尾も活かせるしね」

「ハハッ……何だろうな、負ける気しないなこのチーム」

「その意気だ心操、後でお前をバエさんに紹介してやるよ。激獣フライ拳はお前の個性と相性抜群だ」

「あっそれ私も思いました、お望みであればお教えしますよ?」

「うわあっ!?」

 

突然やって来たバエに声を上げて驚いてしりもちをついてしまった心操を見て思わず尾白と零一は笑ってしまった。それに釣られるように心操も大きな声で笑った、騎馬戦の前とは思えない程に和やかで楽し気な空気がそこにはあった。




洗脳って呼び方がまずいですよね、他の名前にすれば印象も変えられたでしょうに……。
ほら、マインドなんちゃらみたいにすれば……あれ、大して変わってない?

後10連一回でアストンマーチャンが二人きました。というかマーチャンなんか重くね!!?ホントにウマ娘のキャラか!?なんかこんな設定のキャラ他作品で見たぞ!!!


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22話

「よし乗れ心操」

「ああ、悪い重いかもしれないぞ」

「大丈夫大丈夫、というかちょっと軽くない?」

「そ、そうか?」

 

間もなく時間になるので騎馬を組む、二人で騎馬を組みその上に騎手が乗るという編成になる。他者に比べて人数が少ない分出来る事は少ないし機動性も落ちるかもしれない―――がそんな事はもう関係ないと言わんばかりに3人は通い合っている。そして心操は鉢巻を巻く、ここに自分達の努力の全てが詰まっている。そして次の努力を見せつける為にこれを奪われる訳にはいかないのだ、それを強く意識しながら額を締め付けるレベルで鉢巻を装備して騎手として声を上げる。

 

「尾白」

「ああ」

「零一」

「応」

「―――この鉢巻、俺も死ぬ気で守る。そして死ぬ気で取りに行くから頼む!!」

「言わずもがな!!」「任せておけ」

 

後数秒で始まる、そんな時に声を掛ける。騎馬たちから頼もしい声が聞こえてくる、それに笑みを作りながらも心操は自然と拳を握る。先程のバエとの事もあり自分の中では既に体育祭の結果による編入なんてあまり意識に登らなくなっていた、この友人達と何処まで行けるのか試してみたいという闘争心が燃え上がって致し方ない。

 

『さあいよいよ始まっぞぉ!!血で血を洗う仁義も情けもねぇ雄英大合戦、大戦国時代!!残虐ファイトの幕が今上がるぜぇ!!さあ狼煙が今―――上がったぁぁぁぁ!!!』

「流石に物騒すぎません!?」

 

というバエのツッコミも入りながらもいよいよ始まった騎馬戦、凄まじい熱気と共にほぼ一斉に1000万Pを狙う物が大勢いる。だがしかし、堅実にポイントを稼ごうとする者もいる。

 

「鉢巻寄こせやゴラァ!!!」

 

突撃してくるのはB組の鉄哲が騎手を務める騎馬、他にも自分達を狙ってくる騎馬は一定する。何せ人数的にも少ないので取る手は少ないのにポイント的にも美味しいからだ、確かにいい狙いだが……彼らは忘れている。自分達が狙ってしまっているのは獰猛な獣である事を。

 

「合わせろ尾白!!」

「分かった!!」

「ハァァァッ……ゴォォオオオオ!!!」

「ハァ!!!」

 

姿勢を低くするようにしつつも一気に力を解き放って跳躍する零一に合わせて地面を尻尾で打ち付けてサポートする尾白、その力は騎馬であるのにも拘らず騎手を跳び越す程だった。

 

「ンだ、とぉ!!?」

「ライガーを甘く、見るなぁ!!」

 

鉄哲を容易く跳び越えながらも着地するのだが、その時、零一は心操に向けてある物を投げた。それは鉄哲チームの鉢巻だった。

 

「何時の間に!?」

「今のすれ違いざまだ、腕が無くでも脚で十分だ」

 

すれ違いざまに激気と臨気を込めて蹴りを放ち、その爆風で鉄哲の鉢巻を外しつつも奪い取ったのである。それに何と器用な事をするんだ……と思いつつもこれは頼もしいと笑いながら鉢巻を付ける。

 

「まるで空飛んでるみたいだ……」

「流石零一だ、此処まで頼もしい騎馬もそうはいないな!!」

「そう褒めるな―――激気が溢れるだろうがぁ!!」

 

そう言いながらも勢い良く地面を踏みしめると地面に無数の亀裂が走っていく、しかもそれには激気が込められており亀裂と共に此方に向かってきた力が相殺された。それを見た犯人は驚愕した。

 

「嘘だろ失敗したのか!?」

 

鉄哲チームの騎馬の骨抜、その個性によって地面を柔らかくして機動力を奪って鉢巻を取り返そうとしたのだが……まさかそれがこうも容易く防がれるなんて予想もしなかった。その間、尾白は迫ってくる気配を察知したのか地面を叩いて跳躍した。

 

「気付かれたか!?」

「バレバレだよ、お前らそれでもヒーロー科かよ」

「なんだと―――」

「鉢巻寄こせ」

 

迫って来ていたのはB組の鱗チーム、それに素早く気付くと心操は個性を発動させながらも挑発した。相手はそれにまんまと乗って返事をしてしまい、洗脳下に置かれる。返事をしてしまうだけの個性の制御下に入ってしまうという凶悪な性能をしている心操の洗脳、正面突破が出来る零一にそのアシストも出来る尾白、そしてそれらに騎乗しつつ周囲を見回して搦手を繰り出す心操。三人チームだが、最も恐ろしい騎馬となっている。

 

「この野郎ォォォォォッ!!!」

「っ!?零一なんか来たぞ!?」

「爆豪か!!」

 

そんな騎馬に挑む者もいた、それは爆豪だ。騎手自らが攻撃を行うという何とも奇抜な戦法、まあ彼ならば納得だが……。

 

「寄こせぇぇぇぇ!!!」

「お前か、そんなので俺達に勝てるかよ!!!」

「死ねぇぇぇ!!!」

 

洗脳を試みるが全く効果を示さない、洗脳が通用するのはあくまで返事をされた時のみ。爆豪は絶え間なく爆破を起こして空中に浮いているのでその爆音で聞こえていない可能性が高い上に恐らく聞く耳を持っていない。故に洗脳が利かない、心操は一番厄介なタイプだと思うが直後に爆破と共に鉢巻へと手が伸ばされて、奪われる!!と思った時

 

「激技、剛勇雷来陣!!」

「ってぇ!!なんだこりゃ!!?」

 

騎馬を包み込むように展開された激気と臨気によるバリアドームに阻まれて爆豪は手が出せなくなっていた、何度も何度も爆破を叩き付けてそれを破ろうとするが破れないそれに苛立ちながらも爆破のせいで緩んできた鉢巻を巻きなおす為に撤退していく姿に安心感を覚える。

 

「れ、零一、獣拳ってこんな事まで出来るのか?」

「やろうと思えばな、だが長続きはしない。こいつは消耗が激しくて短時間しか張れない」

「っ―――今度は絶対に油断しないし渡さない!!」

「その意気だ心操!!」

 

其処からの心操は無駄な事を考える事を完全にやめていた、自分の全てを二人に託しつつも自らは俯瞰して自分達を見た上での判断を下して行く。時折、零一の剛勇雷来陣に頼ったりもしてしまったが、心操は手にした鉢巻を一度も相手に渡す事が無く騎手としての役目を見事に全うし続けて3位で騎馬戦を突破するのであった。

 

「やったぁ~心操、君ホント凄いよ一度も鉢巻奪われなかったし!!」

「言ったろ死ぬ気で守るって、俺は吐いた言葉には責任を持つタイプだから」

「気に入ったぞ心操。ならば俺も責任をもってお前にバエさんを紹介しよう」

「ああ、是非頼むよ」

 

人数的な不利を引っ繰り返し続けた結果、見事な勝利を勝ち取る事が出来た零一チーム。三人は屈託のない笑みを浮かべており、争いだらけの雄英体育祭としてはかなり異例なものがあった、一般的な体育祭で生まれるような友情の笑いがそこに出来ていた。

 

「それでは皆さんお疲れ様でした、この騎馬戦を持ちまして午前の部は終了となります。午後の部はお昼休憩を挟んでの開始となります。選手の皆さんは集合時間のお間違いのないようにご注意ください!!では心操君、折角ですからお昼をご一緒しながら獣拳についてお話しますか?」

「はっはい宜しくお願いします!!」

「ハハッ緊張してるね、折角だから俺も付き合っていいですかバエさん。俺も聞きたい事ありますし」

「勿論大歓迎ですよ。零一君は如何しますか?」

 

無事に突破した事で終わりを告げる午前の部、此処からは昼休みになるので食事でもしながらゆっくりと身体を休めようと思っていた零一はそれに付き合おうとしていたのだが……何やら此方を見つめて来る轟の視線に気づいた。何かを訴えたいような物を放置する事は出来ない。

 

「すいません後で合流します」

「分かりました~それじゃあ行きましょうか、雄英って美味しいご飯あるんですかね?」

「ここの食堂は滅茶苦茶美味しいですよ」

「そうそう今日は確かメンチカツが日替わりランチ出てたと思いますよ」

 

そんな話をしている皆を見送りながらも零一は誘って来る轟の後に続いて行く、付いて行った先は誰かに話が聞かれる心配がないような人気のない通路だった。そして轟はそこで漸く口をきき始めた。

 

「悪い、腹減ってるだろうけど少し話をしてもいいか」

「別に構わないさ、俺は別にレクレーションに参加する気はないからな。ンで話って何だ?」

「……その、話した方がいいと思った事があるんだ」

 

勇気を出している言い難い事を言おうとしている轟に何が飛び出すのかと少しばかりドキドキしてしまった。勇気を出すかのように深呼吸をすると轟は少しだけ不安げな目をしながらも言った。

 

「俺の親父は、№2ヒーローのエンデヴァーなんだ……その事は多分知ってると思うけど」

 

エンデヴァー、№2ヒーローとして名を馳せるトップヒーローの一人。事件解決数史上最多記録を保持するヒーローでもある故に知らぬ者はいないほどの超有名人なのだが……

 

「エンデヴァー……あ~エンデヴァーエンデヴァー……ああっ!!缶コーヒーのCMに出てるヒーローか!!」

「あ、ああ確かに出てるけど……」

 

ヒーローにはあまり興味を抱いていない零一からすればエンデヴァーは如何でもいい存在にしか過ぎない、それ所かトップヒーローである事も把握していなかった。オールマイトと比較される事が多かったような気もするが、それ以上にCMの缶コーヒーの方が余程印象に残っている。取り敢えず咳払いをして話を仕切り直す。

 

「兎に角、俺の親父はエンデヴァーなんだ。親父はずっとオールマイトの後塵を拝してる、故に親父は自分じゃオールマイトを越えられないって悟って自分の子供にそれを託そうとしている」

「つまり、轟にか」

 

憎悪を表にしながらも頷く、余程父親であるエンデヴァーの事を疎ましく思っているらしい。そしてエンデヴァーが取った手段が所謂個性婚、強い個性と個性を掛け合わせる事でより優れた個性にして引き継がせようとするという個性によって価値観が揺れていた時代の行いを行った。

 

「俺は、親父が憎い。無理矢理オールマイトを越えるための訓練を押し付ける日々、それを止めようとしてくれたお母さんにまで手を上げた……そのせいでお母さんはいつも泣いてた……だから俺はお母さんの個性しか使いたくなかった……!!!」

「……」

 

それを零一は静かに聞いていた、彼も無個性故に苦労してきたが個性故の個性をして来た轟は様々な思いがある。轟本来の個性は炎と氷を生み出す半冷半燃、だが轟は父への想いから炎を使いたがらない。父を否定したが故に、きっと獣拳を学びたかった根幹は父の炎を扱わなくても強くなれるという事を証明したかったのだろう。

 

「それで氷だけをか」

「……それだけじゃない、俺はあいつを徹底的に否定したかった」

 

その言葉の意図は掴めなかった、続けて轟は以前の訓練を持ち出した。

 

「尾白の激技を跳ね返した時に服が破れた時あっただろ」

「ああ、あの時か」

「その時に気付いてると思うけど……」

 

そう言いながらも轟は上着を脱いだ、その時に見たのは……何かを抑え込むようにしている晒。肌に吸い付く肌着と晒で抑え込むようにしているが、抑えきれないような膨らみが出来ていた。

 

「俺は、女なんだ……親父への反抗心でこんなことしてるんだ……母さんの一件からなんか今更女扱いしようとするあいつが嫌で……」

「マ、マジか……?」

「隠してて、ごめん……騙してるみたいでいやだから、話そうと思って……」

 

恥ずかしいなのか、それとも罪悪感からなのか顔を紅潮させながらも反らしている轟は少しだけ上擦った声で言った。その姿は個性を扱っていた時の力強さなどからは全く想像出来ない程に何処か儚げだった。そしてこの時に零一は理解した。

 

『―――それにしても美人な子達じゃな零一?』

「(あの時のマスターってこういう事だったのか!!?)」

 

シャーフーは既に轟の事に気付いていた、だから達と表現したのだ。それに自分は全く気付けなかったのか……と思う反面、なんだか轟に対して申し訳なさが出て来た。

 

「あ~……えっと、取り敢えず上着着たら如何だ?」

「あ、ああ……そう、だな」

 

一先ず、そんな言葉を掛けるのが精一杯だった零一であった。




という訳で―――轟は轟じゃなくて焦凍ちゃんでした。

うん、分かってたよね!!やっちゃったよね!!
そして男装は完全なエンデヴァーへの当てつけ、テメェのせいで娘がこんな事になってんだぞ的な。実はこれ、エンデヴァーには会心の威力を放ってます。


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23話

「成程……そう言う訳だったのか」

「……ああ」

 

何処か気まずくなってしまった二人、まさか轟が男装をしているなんて思いもしなかった。

 

「USJの時、葉隠が如何にも言い淀んでたがあの時って」

「……ちょっとバレそうになって」

 

如何やらUSJの一件でも危ない時があったらしいが、その時に見たのは葉隠のみだった上に彼女は内緒にしてくれると約束してくれたとの事。それはそれとして……個性によってそこまでの想い悩みを抱えているというのは正直零一からすれば意外な物だった。零一からすれば個性は絶対に手に入らない物の象徴的な存在、個性関係のコンプレックスはあるとは思っていたが此処までのものがあるのは予想外だった。

 

「それで獣拳を、臨気の事を聞いてきた訳か」

「……」

 

素直に頷く轟に零一は理解が出来た。そこまでの強い憎しみがあるならば臨気は間違いなく相当なものに増幅される事だろう、それを使ってエンデヴァーを越えたいと思っていただろう。

 

「如何して話した、俺は獣拳を学び続けるなら臨気を教えるつもりだった」

「……したくなかった、真面目に獣拳に取り組んでる二人を見てたら」

 

最初は確かに臨気目当てで激気の事なんて大して興味も無かった、だが獣拳との向き合っていく内に自分の中に獣を感じ、正義の心で生み出す激気を作り出せるようになっていく中で真面目に修練に励む尾白、自分達の指導に一切手を抜く事もなく懸命に指導をしてくれる零一に申し訳なさが生まれて来た。憎悪によって覆い尽くされていた正義の心が自分の行いは卑怯ではないのか、と自分に問いかけてくるような気がした。

 

「だから話そうって思った。話したかった」

「……そうか、もう立派な獣拳使いだな」

 

激気は正義の心を持つ者にしか使えない、だが獣拳使いが常に正義の側に立ち続けるとは限らない。時や環境によって揺れ動くのが人間、轟もその内の一人だったが修行で高めていた激気によって一度立ち止まって自分を見直した。それは勇気がいるし正しい事だ。

 

「零一は、如何思う……」

「何を」

「氷しか使わない、私を……」

 

その時、零一は初めて轟が女に見えた。弱弱しくも何処か救いを求める様な姿をして答えを求めてくる、轟の中にも悩みが生まれていた。激気が高まると共に今の自分で良いのか、皆が全力を出す中で自分は氷に拘り続けている、騎馬戦でも自分の我儘を通して氷しか使おうとしなかった。炎を使えばよかったと思う場面もあったのに炎を使いたくなかった。エンデヴァーと一緒になりたくない、父の言葉を認めるようで嫌だった。

 

「さあな、無個性の俺には個性の事は分からない。だがな―――お前がしたいようにすればいい、俺はそう思う」

 

零一からすれば個性の悩みというのは共感しづらい、感じた事もない。だが共感出来るものもある、それは大きな感情のうねり、自分も味わったそれにならば言葉を掛けて支える事は出来る。

 

「俺から言える言葉なんて限られてる、だけどお前のそれは俺のライガー拳のようにお前の物でしかない。だから使いたければ使えばいい、いやなら使わなければいいんだ」

「それで、良いのかな……」

「良いんだよ、それよりも―――」

 

そのままそっと轟を抱き寄せた、突然の事に目を白黒させる。だが不思議とその温かさが心地良く嬉しくなっている自分が居て困惑している。同時に零一は激気を出しながら彼女の身体を包む。

 

「良く話してくれた。辛かっただろ、悲しかっただろ、痛かっただろ、疲れただろ、今はゆっくり休んで良いんだ」

「れい、いち……」

「大丈夫だ、大丈夫」

 

自分に出来るのはこんな事でしかない、嘗て師たちが自分にしてくれたように優しさを込めた激気で包み込んで抱き締めてあげる事ぐらい……悲しさを癒す事は出来ない、だが寄り添って支えてあげる事位は出来る筈だ。そう思ってあの時の師のように優しく、彼女の背中を優しく叩いてあげる。

 

「俺にはこの位しか、俺もやって貰った事位の事位しか出来ない」

「……ぅぅん、有難う……」

 

彼女にとってそれは初めての体験だったのかもしれない、父親に抱きしめられて慰められる感覚。それが如何しようもなく心地良くて、嬉しかった。

 

「もう少しだけ、こうさせて……」

 

その我儘を零一は素直に受け止めた。出来るだけ彼女が温かくなれるように努めた、あの日の事を忘れられずに泣いていた夜を、眠れるまで抱きしめくれたマスターのように……。

 

「ごめん、その……」

「気にするな、何時でも貸してやるよ」

 

10分ほど経ったであろう頃、漸く轟は離れた。紅潮した顔は零一の優しさ故なのか、それともまた借りると思われている事に対してなのか。

 

「それよりも……トーナメントじゃ俺とお前は勝ちあがれば確実に当たる、その時は手加減してやらないぞ」

「分かってる、その時は―――私も激気で応えるから」

 

その言葉と共に激気を放つ姿は紛れもない獣拳使いの姿だった、見えている獣も何処までも力強く此方に喰らいつかんとする勢いがある。本気でのぶつかり合いが今から楽しみになって来てしまった。順調に進めば彼女とは準決勝でかち合う事になる、それよりも先に自分は第一回戦で尾白と激突するのだが……それはそれで楽しみでしかない。

 

「お前の気持ちは分かるつもりだ。俺もお前ほどじゃないが、怒ったし悲しかったし憎んだ」

「零一それって……」

「だから何かあったら相談に乗ってやる―――全ては自分の意思次第、激気も臨気も使い手次第で変わっていく。だからお前も負けるなよ」

 

そう言いながらも軽く頭を撫でてから去っていく背中を、小さな声を出しながらも手を伸ばそうとしてしまった自分に驚いていた。だけど今はそれをそっと胸にしまいながらも心に灯った温かさと一緒にそれを宝物にすることにした。

 

「零一……有難う」

 

その時、彼女は雄英では初めての笑みを浮かべていた。

 

 

「あっ遅いよ零一、何やってんだ?」

「悪い、轟の獣拳スケジュール管理だ。マスターに紹介しようと思ってな」

 

食堂にやって来た零一を尾白が迎える、食事を確保しながらも席に向かうと心操はバエの話を熱心に聞きながらもノートを取っている姿が見えて来た。

 

「如何ですかバエさん」

「いや~私も弟子を取った事はないんですが何とかなりそうです」

「本当に興味深い……言葉でそんな事も出来るなんて」

「言葉を侮ってはいけませんよ?言葉には言霊という力が宿っています、激獣フライ拳はそれを激気によって扱う技です」

 

洗脳というフィルターでしか言葉を操った事しかない心操にとってバエの話は何処までも新鮮で刺激的な物だった。出来る事ならば今すぐにでも獣拳を習いたいと思う程の魅力で溢れている。

 

「と言いましてもまずは自分の獣を感じないといけませんね、その辺りは私がフライ拳でお手伝いすれば早める事は出来ます」

「えっそんな事も出来るんですか!?」

「はい勿論、相手の心の内を実況するなんて朝飯前です」

 

それを聞いて益々心操、そして尾白は獣拳の奥深さを体感するのであった。



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24話

『ヘイガイズ、アアアァァユゥレディィィ!!?色々やってきましたが結局これだぜガチンコ勝負!!!頼れるのは己のみ!!ヒーローでなくともそんな場面ばっかりなのはわかるよな!!?心・技・体に知恵知識!!!総動員して駆け上がれ!!!!』

 

レクレーションの時間も恙無く終わり、遂に本選の始まりとなった為か実況にも今まで以上に熱が入っている。これから最大級の盛り上がりが始まるトーナメントの初戦が始まるのだ、テンションが上がってしょうがないのだろう。そんな実況を受けながら遂に互いに拳を交える生徒がステージ上へと上がった。同時に観客席から沸き上がる声が血流を加速させていく。

 

『成績の割にどうしたその顔?ヒーロー科緑谷 出久!バァアアサス!!唯一の普通科よりの参戦、普通科心操 人使!!』

 

最初は緑谷と心操の対決、身体能力の差では個性によって圧倒的な開きが生まれている。故に心操の取る手は限定されている、勝機はそこしかないだろう。だが……心操は酷く余裕そうにしている、というよりも何処か笑みを作っている。

 

「緑谷、だっけ。この前は悪かったな」

「この前?」

 

思わず、その言葉に返事をしてしまった時に緑谷は思わずハッと口元を抑えてしまった。それを見て心操はマジかと言いたげに笑った、何故ならば彼は自分の個性の事を把握している事を意味する行為だからだ。他者を分析する能力は相当な物で評論家や事務所の経営方面に行った方が確実に大成と零一から言われるだけはある。

 

「宣戦布告の事だ、俺は確かにお前達の事を舐めてた。だけど今は違う、ああ違うとも」

 

自分の中で既にこの体育祭でのリザルトなんて如何でも良くなっていた、自分はもうかけがいのない物を手に入れる事が出来た。だから今此処に立っている自分とあの時の自分は全く違う。零一と尾白のやっていた構えを真似するように演武を行いながらも緑谷を睨みつける。

 

「こっからはアドリブだ、今の俺を簡単に倒せると思うなよ―――普通科、舐めんじゃねぇぞ」

「そんな瞳をする人を下に見るのは完全な馬鹿のする事だ」

 

またもや言葉を返してしまったが洗脳されなかった、試合開始の合図がなされているのにも拘らずだ。個性を使えば確実に自分に勝てるのにそれをしてこなかった、これも戦術なのかと思う中で緑谷は余計な考えを捨てる事にした。どんな考えがあるにしろ、自分はただその決意を侮辱しないように本気で戦うだけ。

 

「ワン・フォー・オール……フルカウル!!!」

 

全身に力が漲っていく、全身が許容出来る個性出力7%で全身を包んで強化する。そして地面を蹴って一気に懐に飛び込んで殴り掛かるのだが心操はそれを真っ直ぐ見据えていた。

 

「(何もしない、これもブラフ!?)」

 

騎馬戦の時、周囲を気にしていた時に見た心操が相手から容易く鉢巻を取る光景。それによって心操の個性を見抜いた緑谷は兎に角シンプルに攻めようと思っていた、無駄な返答をする事もなく唯々真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす。それだけがプランだったのだが……洗脳という搦手の個性を自分ならどう活かすか、という思考も相まって疑心暗鬼を自分で陥りながらも拳を振るった時―――

 

「っ!!此処だぁっ!!!!!」

「し、しまったカウンター狙いだったのか!?」

 

拳が到達する時、心操は声を張り上げながらもパンチに合わせて身体を回転させながらもその腕を掴んだ。そして緑谷の圧倒的な推進力を逆に利用して背後へと投げ飛ばした。

 

「な、なんと心操君、緑谷君の圧倒的な飛び込みを利用して逆に投げ飛ばしたぁ!!柔よく剛を制すとはよく言った物です!!あっ実況は引き続きバエがお送りします!!空中に投げ出されたぞ緑谷君、しかしあっと体勢が崩れている、そのまま弾着~……今!!と言わんばかりに地面に突っ込んだぁ!!これは危機的状況(デンジャークローズ)だぁ!!」

『こいつはいてぇぇぇぇ!!!顔面から突っ込んだなぁ!!』

『心操は心操で動きを決め打ちしていたのか、カウンター狙いだな。合理的だ』

 

「いったぁぁぁっ……あ、あれ僕何を……」

 

地面から突っ込んだ緑谷は顔を上げつつも痛がっていると何やら正気に戻ったような反応をしていた、それを見た心操はしまった!!と思いつつも走り出して追撃を加えようとして飛び蹴りを放った。

 

「えっとそうだ!!フルカウル―――返しぃ!!」

「がぁぁぁ!!?」

 

理解してからの行動は著しく早かった、再度フルカウルを発動させつつも先程心操が行ったようなカウンターを実行。脚をガッチリと掴むとそのまま渾身の力で投げ飛ばした。心操はそのまま場外へと飛ばされて壁へと叩き付けられてしまった。

 

「心操君場外!!緑谷君の勝ち!!」

 

主審ミッドナイトの判断により心操はバトルフィールドから出てしまった事による場外負け、スピーディな攻防による勝敗に歓声が上がった。

 

「決着ぅ~!心操君功を焦ってしまったのか詰めが甘かったです、しかし緑谷君の反応速度も素晴らしかったです!!」

『心操の個性、洗脳で緑谷を洗脳しつつ投げたはいいが空中で脱力されて体勢が崩れた事で飛距離が落ちたか。それで解除されたのは惜しかったな』

『一回戦目から中々に熱いバトルで俺は満足だぜぇぇぇぇ!!』

 

「くそぉっ……やべぇっうっかり個性使っちまった……使い所じゃなかった、というか掛かると思わなかったのに……」

 

心操は壁に叩けつけられた事による痛みに顔を歪めつつも自分を振り返って反省を行っていた。カウンター狙いは成功した、だがその時にうっかり個性を使ってしまった。緑谷の事を考えて相手が思っても見なかったタイミングで個性を発動させようと思っていたが、うっかり使ってしまった。使わなければあのまま緑谷が場外だった可能性もあったのに……落ちた痛みで洗脳が解除された事で功を焦ったのも敗因だ、あそこで攻めずにいれば別の結果も……

 

「いや、もしとかたらとかればとか言うのはダサいか……あいつが強くて俺が弱かっただけか」

 

これまでの自分だったら考えられないような台詞に自分も驚いてしまった。こんなキャラだったっけ……と自分でも思う。

 

「取り敢えず……一から鍛え直す所か始めないとな……やる事はたくさんあるか」

 

勝敗は彼の敗北で緑谷の勝利、それなのに心操の表情は何処までも晴れやかな物だった。対する緑谷は何とか勝てた……咄嗟の制御も上手く行った……と何処か驚きに満ちている、二人の表情だけ抜き出せばどちらが勝ったのか誤解しそうな程の差がそこにあった。

 

 

「醜態だな」

 

続く第二試合、それを行うのは轟と瀬呂のA組同士の対決。その為に入場口に向かっていた轟を待っていたのは……実の父、フレイムヒーロー・エンデヴァーだった。そんな父は自分の個性を引き継いで置きながら使わないからこうなっているんだと言わんばかりの言葉を掛けて来る。

 

「左を使えば、障害物走でも騎馬戦でも他を圧倒出来ていただろう」

「なんで圧倒する必要がある、合理的じゃないな。だから何時までも№2ヒーローなんだろ」

「……!!」

 

轟はエンデヴァーの言葉を真っ向から否定する、圧倒する事が出来たのは恐らく正しいだろうがする必要があったかと言われたらない。相澤に言わせれば余計な力を使うのは合理的じゃない、故に自分は無駄な体力を使わずにいられる。そして№2ヒーローのままなんだろうという言葉はエンデヴァーの心を抉る、だが大人としてそれを飲み込む。

 

「……子供じみた拘りはやめろ、左を使え。お前にはオールマイトを超えるという義務がある、分かっているんだろうな」

「分かってる、お前は娘にこんな事させてれば満足なんだろ」

「っ……」

 

言葉に詰まった。その姿に僅かに愉悦する。

 

「でも私はオールマイトを超えるつもりはない、超えたきゃ勝手に超えてよ」

「焦凍お前!!!」

 

思わず怒りの感情を乗せたまま左肩を掴む。

 

「お前は最高傑作だ、そのお前がそれを果たさないだと、ふざけるな!!!」

「離せよ―――エンデヴァー」

「何ッ!?」

 

その時、不思議な事が起ったのだ。娘の個性は半冷半燃、右で凍らせて左で燃やす個性だ。それなのに左肩に置いた筈の手が凍て付き始めた、そして轟はそのまま腕を弾きつつも左手でエンデヴァーの腹部に掌底を放った。鋭い痛みだがこの程度何ともない……と言いたかったが、掌底を受けた部が冷たくなっていた。

 

「焦凍お前、今何をした!?何故左で冷気を扱える!!?」

 

轟はその言葉に応えずに母から受け継いだ白い髪を触れながらも振り返る、好い加減に試合が始まる時間だから急がなければならない。これだけは言っておきたい。

 

「私に言ってくれた、慰めてくれた、優しくしてくれた……あの人と一緒に居たい」

「なっ……!!?」

 

驚愕に目を見開きながらエンデヴァーは言葉を失った、娘はそのまま去っていくがその表情は絶対に忘れる事が出来ない。頬を赤く染めながら恥ずかしさと嬉しさを同居させたようなあの顔は……まるで、まるで恋をしているような―――

 

「許さん、許さんぞ……俺は認めんぞ焦凍ぉ……!!!」

 

それは炎を使わない事をさしているのか、それとも別の事なのかは誰にも分からなかった。

 

 

 

「クソックソクソクソッ!!!勝てるなんて微塵も考えてなかったけど、なんだよこれ!!?」

 

続く第二試合、瀬呂と轟の対決。実力差は明白だが簡単に負ける訳には行かないと必死に戦い続けている瀬呂だが……圧倒的な強さを発揮する轟に防戦一方であった。個性:テープ、肘の先からテープのような物を発射するという個性で相手を拘束したり高速移動や3次元的な移動にも使える汎用性が高い個性、なのだが……

 

「てぇや!!」

「フッ……!!」

 

迫って来る轟がテープを掌で殴るように弾く、そう弾いた。粘着する訳でも無く瞬時に凍結してボロボロと崩れていく。その凍結が自分に及ばないように即座に切り離すが勢いが留まる事を知らない轟はそのまま加速し続けて行く。連続でテープを放つが―――それらも全て凍結していく、しかも両手で。

 

「お前の個性って炎も無かったっけ!!?」

「ある。使わないだけ」

「くっそぉおおおお!!!」

「悪いが、これで終わりだ―――はぁぁ!!」

 

勢いよく両手を地面へと叩き付けると地鳴りが起こり始めた、瀬呂は一体何が起きるのかと困惑していると自分の足元から巨大な氷柱が伸びて来て自身の顎を的確にクリティカルヒットした。完全に不意を打ったアッパーに意識を刈り取られてしまい瀬呂はそのまま倒れこんでしまった。ミッドナイトの勝利判定を受けながらも轟は空を見上げながらも口角を持ち上げながら小さく呟いた。

 

「勝ったよ、零一」



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25話

『さあぁ続けて第三試合行くぞぉぉぉ!!!お前らリスナーが一番気になってる戦いでもあるんじゃねえかなぁ!!?』

 

いよいよ第三試合が始まろうとしているが、マイクの実況通りにこの試合を一番望まれていたのではないだろうか。マイクの実況にも熱が乗っている、その熱がスピーカーを通じて会場のボルテージを更に過熱させていく。ステージへと足を進めていく零一の心もその熱に乗っかり、気分が高揚する。矢張りプロの実況は場を熱くして舞台に上がる人間の心をも熱する力がある。フィールドに上がった両雄は凄い集中を発揮するように互いを睨みつけている。既に戦闘準備は整っているので開始の合図を待っていると言わんばかりだ。

 

『結構便利な尻尾持ってるなぁ!!ヒーロー科 尾白 猿夫!!ヴァアアアサスッ!!!個性はねえけどその手に獣拳あり!?獣拳ってマジで何なんだ!!同じくヒーロー科 無月 零一!!』

 

無個性である人間が此処まで勝ち上がってきたのは予想外ではあるが、それなのに個性を持超えるような力を持つ獣拳を引っ提げて堂々のトーナメント入り。十分過ぎるほどのインパクトを纏っている、そしてプロヒーローは未だに獣拳についての情報集めに躍起になっている。だが芳しくなく、せめてこの戦いでヒントでも見出そうとしている。

 

「零一、この時を待ってたけどまさかいきなりとはね」

「全くだ。だがお互いにベストな状態だ、楽でいい」

「それは言えてる」

 

個性という個人によって大きく違う関係上、完全に公平な戦いという物は成り立たない。だがこの二人の場合は別、尾がある事を踏まえると尾白が有利とも取れるのだが、互いに武術でぶつかり合う事を考えると限りなく近い戦いになる。

 

『おっとおっと、互いにもう気合十分みてぇだな!!!それじゃあ―――レディィィィスタァアアアアアトッッッ!!!!』

 

スタートの合図が響いた。同時に尾白は一気に地面を尻尾で蹴って駆け出していく、先手を取った。脚の力よりもずっと強いな跳躍力で一気に距離を詰めていきながらのラッシュ、しかし零一はそれらに冷静に対処しながらも全てを捌く。廻し蹴りと共に飛んできた尻尾との二重攻撃を対処する、その時に尾白は笑った。防御した零一の腕が鎧で覆われている、それを見ると後ろへと跳んで距離を取った。

 

「チェッやっぱり間に合わないよな」

「狙いは悪くない、だがそれを俺が考慮しないとでも思ったか」

「いや思ったけど狙わない理由にはならないでしょ」

「だな―――臨気激装」

 

その言葉と共に腕を覆っていた激気と臨気は全身へと巡っていき、純白の鬣を携えたライガーの姿へと変貌する。それにプロヒーローから再びどよめきの声が聞こえてくるが、そんなものはどうでもいいと言わんばかりに零一は構えを取った。

 

「勇往邁進。魂から全身へ、猛る勇気の力―――勇者の魂(ヒーローズ・ソウル)!!激獣ライガー拳の無月 零一!!」

 

溢れ出る激気と臨気、これが自分との分かりやすい差かと思わず笑いが込み上げて来た。面白いじゃないか、この舞台での試合だ、存分に力を尽くして立ち向かわせて貰う!!尾白も軽く地面を踏みしめながらも尻尾をしならせながらも構えを取る。

 

「願望成就。願いと誓いを胸に、極めてみせよう己が技―――高潔な願い(インテグリティ・プレイ)!!激獣クロコダイル拳の尾白 猿夫!!」

 

高らかに名乗りを上げると同時に己も激気を発する尾白、二人の激気はぶつかり合って激しくスパークする。

 

『って何だ何だ!?尾白も獣拳使いだったのかよ!!?』

「はいそうなんです~尾白君は以前から獣拳の手解きを受けておりました、元々武術をやっていたからか呑み込みも早かったと零一君は言っておりました~さあ今や幻とも言われるようになった獣拳同士の対決、ライガー拳とクロコダイル拳の激突にこれは目が離せないぞ~!!!」

 

「「―――……ハァッ!!」」

 

構えを取り続けていた両雄は同時に駆け出して行く。そして激気を込めた拳を放つ、激突するそれは周囲に猛烈な爆風を生み出す。尾白の方が押されているが、クロコダイル拳の防御力と自らの尻尾で身体を支える事で零一の一撃に持ち堪える。だが押された隙を見逃がす事も無く、尾白の腹部に掌底打ちが炸裂する。それを受けて吹き飛ばされる、いや自ら後ろへと跳ぶとそのまま地面に向けて尾を叩き付けた。

 

「激技、万降石!!続けて―――尾尾旋打!!!」

 

地面を砕いて辺りに破片を降り注がせるが、降って来た物に尻尾に激気を込めたまま高速回転して打ち付けて零一へと向けて撃ち放つ。

 

「連続の激技だぁ!凄まじい勢いで零一君に向けて巨大な破片が向かって行きます!!如何する零一君っと全く動じる事も無く迫り来る破片を砕いて行くぅ!!」

 

「やっぱりそうだよなぁ!!なら、どっせぇぇぇえええええい!!!!」

 

全く平気そうに迫り来る破片を砕き続ける零一に対して尾白は特大の破片を渾身の力で弾き飛ばす。人間の数倍はありそうな巨岩は真っ直ぐ零一へと向かって行く。これには主審ミッドナイトと副審のセメントスも一瞬焦った。これは流石に不味いと思ったが零一はそれを察知したのか、邪魔をされない為にも自ら巨岩へと向かっていく。

 

「剛勇衝打!!」

 

そして臨気を込めた一撃でそれを粉々に粉砕してしまう。彼にとってはこの程度の物なんて恐れるような物ではないと言わんばかりの行動―――が、すぐさま傍にあった大きめの破片目掛けて蹴りを入れる。

 

『なんだいきなり破片に蹴りいれたぞ!!?』

『実況ならしっかり見とけ』

「私は見てました~!!破片に隠れていた尾白君を狙ったのです、破片をカモフラージュに使って潜んで攻撃を狙っていた尾白君の企みを打ち砕きました!!」

 

即座にフォローを入れるバエの実況。巨大な破片を弾くと同時に走り出し、そのまま零一が砕くと同時に大きめの破片に潜んで攻撃を狙っていたがすぐさまそれに気付かれてしまったので尾白は距離を取った。

 

「クソッ流石にバレるか!!」

「流石にな、さて―――お前がちゃんと成長してるか見てやる。激技、烈光爪撃!!!」

「(来たっ!!)」

 

距離を取るのであれば此方から攻める、と言わんばかりに飛び込みながらも強烈な一撃を放ってくる零一。訓練の中で常に烈光爪撃を維持しながらも攻撃され続けてきた尾白にとってこの場は本当の意味での成果を出す場面。

 

「ハァァァァァッ……!!!」

 

激気を全開にしながらもそれらを全て全身へと纏う、そしてそれをクロコダイル拳特有の硬い鱗の上に重ねていく。より硬い激気を纏いながらも超高温によって相手を切り裂く烈光爪撃を真っ向から迎え撃った。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

輝く爪と激気によって完全に固められた尻尾が激突する。矢張り激気は凄い勢いで削られていく、だが負ける訳には行かない。簡単にやられてしまっては今日まで修行を付けてくれた零一に顔向けできない。更に情熱を燃やす、自分はこんな物じゃないと激気を燃やして渾身の力を込めると―――烈光爪撃を押し返し始めた。

 

「オオオオオリャアアアアアアアア!!!!」

「ぅぉ……!!」

 

烈光爪撃を尾白の激気が完全に押し切って零一を弾き飛ばした、それでも零一は上手く着地するが尾白からすれば今まで一度も出来なかった事を成し遂げた瞬間だった。

 

「零一君を弾き飛ばしたぁ!!これぞ攻防一体のクロコダイル拳の特性が生きた瞬間!!」

 

バエの言葉に思わず頬が緩んだ、だがクロコダイル拳に頼った勝利という訳でもない。それはシャーフーとシャッキーも認めるほかない。

 

「マスター・シャーフー、今彼が行っていたのって」

「うむ。激気を堅く変化させおった、あれこそ激気堅甲」

「あの激気研鑽に通ずるというあれを修得しちゃってるなんて……凄い子ですね」

 

シャッキーの言葉に頷く。激気をより堅い物へと変える激気堅甲、それは七拳聖ですら修得出来なかった激技、激気研鑽にも通ずるとされる物。まだまだ未熟な部分も目立つが修練をし続ければ、研鑽の域にまで届くかもしれない。零一は良い友達を持ったものだと笑う。

 

「行ける―――行くぞ零一!!」

 

激気堅甲を行ったまま迫って来る尾白、硬い身体は更にそれが増しており一撃一撃が更に重い物へと変化している。防御を極め攻撃をも極める、クロコダイル拳が目指すものこそ尾白の行っている物なのかもしれない。

 

「やるな尾白」

「兄弟子の、教えが良かったからねぇ!!」

「そうかなら……もっと厳しさを上げるとするか!!」

「グガァッ……!?」

 

ラッシュを捌きつつも尾白の顎にアッパーを入れた。それだけならば驚きはしない、が激気堅甲の防御を貫通して身体にダメージが走っていく。痛みに身体を震わせながらも立ち上がる、とそこにあったのは右手に激気、左手に臨気を集中させている零一の姿だった。そのまま殴り掛かって来るが、今度は受けるのはまずいと判断したのか回避するが先読みされ、今度は脇腹に掌底が炸裂し荒々しく息を吐く。

 

『一転攻勢!!さっきまで無月を押してた筈の尾白が逆にぶっ飛ばされたぞぉ!?これもゲキワザって奴なのかブラザー!!?』

「イエースマイブラザー!!尾白君はクロコダイル拳の防御を激気によって高めておりましたが、零一君はそれを拳に激気を集中させる事で突破したのです!!激気の強さや量で言えば零一君の方が圧倒的ですからね!!」

 

「そうか、一点に……!!!」

「激技、激気一擲。激気と臨気を完全にコントロールして望む場所に集中させる、これならばお前の防御なんてないも同然だ」

 

確かに激気堅甲は天才でなければ修得は出来ない、零一は使えないので指導もした事もない。尾白が自力で試行錯誤して到達した技、だが零一にはこれまでに積み重ねて来た修行がある。それは天才であっても決して崩す事の出来ない牙城、例え天才であっても彼のそれは揺るがない時間。

 

「尾白、お前は俺以上の天才だな。これからが楽しみだ」

「兄弟子に、そう言われると嬉しいなぁ……」

「だから手向けと受け取れ―――激臨威砲!!!」

 

両手に集めた激気と臨気を激突させて光球へと変え、それを尾白へと放った。尾白はそれを避ける事も無く、残った最後の力と激気を振り絞って激気堅甲を行いながらもそれに立ち向かうが―――立ち向かえる訳もなくそのまま光球を諸に受けて場外へと吹き飛ばされていった。

 

「尾白君、場外!!無月君の勝利!!」

 

注目の第三試合、勝利を掴み取った零一だが……勝利以上に友人の成長に頬が緩んで致し方なかった。




激気堅甲:激気研鑽に至る為の前段階とも呼ばれる激技。激気を更に強固な堅い物へと変える激技。拳聖も此処までは至る事は出来るがこの先が極めて難しいとされる。


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26話

「威力抑えてもこれか……火力だけは良いんだけどやっぱり課題は負担だな」

 

尾白との試合を終えて控室に戻った零一は椅子に腰掛けつつも天井を見上げるようにしつつ自分の身体に来ている負担についての分析を行っていた。激気と臨気の消耗具合、身体へと来たバックファイア、様々な物を総合しつつもこれからの修行について考えるのだが……矢張り激臨威砲は使うべきではないような技であるという評価を付けるしかなかった。

 

「威力は良いんだけどな……だけど威力だけなんだよな」

 

そもそもが複数人技なのに一人でやるから問題が起きる、何れは一人で出来るようになる事を目指しつつ今は余り、という風にした方が良いだろう。

 

「あっいた」

「んっ轟」

 

そんな風に自己分析を行っている控室の扉が開けられた。入ってきたのは何やら袋を下げている轟だった、その表情には何処か嬉しさのような物が滲み出ているのが感じ取れる。

 

「お疲れ様、売ってたから買ったけど食べる?」

「ああ、よければ貰うわ。幾ら?」

「この位良い」

 

控室には他に誰もいないからか、普段の男口調ではなく女っぽく感じるのはカミングアウトを受けた身だからだろうか。何処か今までの轟よりも女っぽさというかそう言う気配を感じずにはいられなくなっている。

 

「最後のあれも激技?」

「正確に言えば臨気と合わせた合体技だな、本来は激激砲っていう複数人でやる技を一人でやる為に俺が作った」

「凄い」

「でもまだまだ改良の余地がありまくりだ」

 

そんな話をしつつも買ったというたこ焼きやら焼きそばに手を付ける、一方は経営科が販売している物で一方は外部の人がやっている出店で買って来たらしい。如何やらこんな比較をしてみるのも面白いという話を聞いたらしいので試した見たとの事。

 

「次は飯田とだってね」

「らしいな」

 

トーナメントはどんどん進んでいる、零一の後の試合では飯田が勝利を収めて自分の対戦相手となった。クラス委員長が相手になるが純粋にスピードに優れる相手が対戦相手という事になる。しかし零一は余り危機感を持っていないというか酷くマイペースだった。

 

「自信ありって事」

「まあな―――ンでお前の方は大丈夫なのか、緑谷相手だが」

 

そう、轟の相手は緑谷。心操を下している彼が対戦相手。零一から獣拳の指導を受けて個性頼りな戦法はかなり矯正が出来たし近接戦闘術も順調に学び続けている、しかし身体能力を直接向上させられる緑谷と比べれば総合的な物では劣っている。なので個性も上手く使って立ち回っていく必要がある。

 

「獣拳使うのはあり?」

「前にも言ったが、お前の物をも如何使おうが使わないのも勝手だよ。自由にすりゃいい」

「分かった。じゃあ使う」

 

そこですんなりと自身の獣拳を使う事を決意する轟。自分の意志がない、という訳ではないだろうが純粋に今の段階で使っていいのか分からなかったのだろう。だが自由にすればいいという言葉を聞いて寧ろ吹っ切れた気がする。

 

「絶対に勝つからそっちも負けちゃ駄目だから」

「負けねぇよ、お前こそ負けたら承知しないぞ」

 

そう言いながらも激気を出しながらも互いの拳をぶつけあう、獣拳使いの間で行われる激気励を行って互いの健闘を祈るのであった。

 

 

「背中を押して貰ったんだ、カッコ悪い事出来ないぞ……!!」

 

様々な決意を胸にしながらも前へと進んでいく緑谷。彼は少し前に零一と轟が居た控室とは別の控室で麗日と会っていた―――先程まで爆豪と激戦を繰り広げていた彼女と。結果は健闘こそしたが、爆豪に敗北してしまった。それでも彼女は気丈に振る舞い、自分の戦いを確りと応援した上で見ていると言ってくれた、それが嬉しいと思いながらも心強く、少しだけ情けなくなった。だからこそ確りと轟との試合に臨まなければ―――

 

「おォいたいた」

「エ、エンデヴァー!!?」

 

とした時に廊下の曲がり角から姿を現したのは№2ヒーローとして名を馳せるフレイムヒーロー・エンデヴァーだった。しかも此方を探していたかのような物言いに思わず身体を固くしてしまう。だが此方を指差しながら放った言葉を聞くと、それは解けた。

 

「君の活躍を見させてもらった。素晴らしい個性だね。全身を強化しつつもまだまだ先があるように見えた、恐らく今の君は発展途上……成長し切った時には、その力はさながらオールマイトのような物へとなるだろう」

 

それを聞いてゾッとした、ワン・フォー・オールをフルスペックでは活かしきれていない。自分ではオールマイトのような肉体はまだ出来ていないから扱える範囲で扱っている、それを手合わせするまでもなく見ただけで見破ったというのか。そしてオールマイトのようなと表現した事から似たような個性であるとも睨んでいる、凄い洞察力だと思いつつも約束を思い出してバレないように努めようとする。 

 

「―――っ……すいません、もう試合近いので僕は行きます」

「ウチの焦凍にはオールマイトを超える義務がある。君ならば恐らくあいつは左を、炎を使わなければいけない所まで追いこむ事が出来る筈だ」

 

何を言っているのか分からなかった、要するに自分に相手を追い込んでくれと言っているのか。

 

「そうなれば使わずを得なくなるだろう、下らない反抗心など無くなるだろう」

 

義務に強制、そして圧力。それらを緑谷はエンデヴァーから感じた、それはとても自分が今まで知っていた№2ヒーローの姿ではなかった。そのまま言いたい事を言い切ったと言わんばかりに去っていく後姿を見送る事しか出来なかった緑谷は不意にエンデヴァーの発言とこれまでの轟の事を思い返す。

 

「轟君にはエンデヴァーの炎もある、だけどずっと氷だけを使い続けて来た。確執があるんだ……義務、オールマイトを超える義務……って何なんだ、まさか自分の代わりにオールマイトを超えさせるつもりなのかエンデヴァーは……!?それじゃあ轟君はそんな圧力を受けながら今日まで……!?」

 

常日頃から考える事をしているが故に頭の回転は今も冴えていたが、冴えていたが故に憶測に過ぎない筈のものの殆どは的の中心を射続けていた。轟の激突するこの試合、自分は何をすべきなのか……それを考えつつも彼は試合へと臨む。唯一つの誤算―――

 

「行くぞ、緑谷」

「っ……!!」

 

轟が既に獣拳を身に付け、それを使う事に躊躇いを無くした事を知らなかった。




零一と二人でいる時は轟ちゃんになる、というかなれる。

後この時のCVを考えているんですが……中々纏まらない、男装中は基本的に梶さんで通して流してますけど……
天海 由梨奈さんって思ったけどこれ絶対私の趣味のせいだ。のぐち ゆりさん?あかんこれも趣味だっつうか推しだ。

うーん……考えときます、真面目に。


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27話

『待たせたな諸君!!!二回戦第一試合は目玉カードの一つ、一回戦では瀬呂を文字通り凍り付かせる程の強さで圧倒!!これは期待しちゃってもいいんじゃねぇか!?ヒーロー科、轟 焦凍ォォォっ!!!その対戦相手はこいつも注目株だぁ!一回戦は此方も中々に熱い戦いを繰り広げてくれたファイター!!同じくヒーロー科、緑谷 出久ぅぅぅ!!!』

 

大歓声が上がるスタジアムの中心地に立つ轟はそれらを一切気にする事も無いような顔をしながらも向け続けている、何事もなく唯々ルーティーンをこなすかのような落ち着きを見せ付けて来る轟に緑谷は喉を鳴らしながらも気を引き締める。

 

 

―――ウチの焦凍にはオールマイトを超える義務がある。君ならば恐らくあいつは左を、炎を使わなければいけない所まで追いこむ事が出来る筈だ。

 

 

脳裏で何度も何度もリピートされるエンデヴァーの言葉、忘れられずに刻み込まれている。如何しても考えてしまうのだ、その言葉から相手のこれまでの事を。その顔の火傷の後ももしかしてと考えてしまうんだ……だが頬を叩いてそれらを無理矢理掻き消して前を向く。

 

『レディー……スタート!!』

 

真っ先に飛び出したのは緑谷。瞬時にフルカウルを発動させると轟の直線状から退避した、だが轟は何もせずにそれをジッと見つめていた。

 

『おっと緑谷いきなり動いたけど轟は何もしなかったぞ?』

『恐らく轟の氷結攻撃を警戒したんだろ、ある意味では正しい』

 

轟の戦法は緑谷の知る限りでは力押しの物ばかりだった、戦闘訓練ではビルを丸ごと凍結させたりも出来るほどの超高出力個性。故に開幕でのブッパを警戒したのだが肝心の轟はそれをせずに敢えての静観。

 

「間違ってはない、当てが外れたな」

「っ……」

 

だが第一回戦では新しい情報もあった。これまでの力押しとは全く真逆の個性の出力を絞ったテクニカルな戦い、掌のみという極小規模で相手を攻撃しつつも不意に相手を攻撃も出来る繊細さに緑谷はどう攻略するべきなのかを考え続けたか思いつかない、故に彼はこの戦いで情報を獲得して戦略を組み立てるしかない。

 

「だからと言って何もしない訳じゃない」

「来るっ!!」

 

フルカウルでスピードを維持したまま高速移動をして狙いを絞らせないようにするが、轟は地面を凍結させていく。来たかと思いながら跳躍して回避するが、狙いは地面その物を凍らせる事。これで機動力を奪うつもりだったが……それは既に想定済みだと言わんばかりに凍った地面を砕くようにして無理矢理走って行く。

 

「緑谷君なんと凍った地面を砕いて走っております~これは身体能力を強化しているが故の力技だ~!!そしてそのまま一気に距離を詰めて遂に懐に飛び込んだぁ!!」

 

「SMASH!!!」

「っ……!!」

 

凍った地面で滑る事もなく、逆に進んでくる彼に僅かに驚いたのか動きが鈍った隙を突いて緑谷の拳が轟へと突き刺さった。猛烈な一撃によろめく―――よろめくがそれを確りと受け止めてみせた。緑谷はスマッシュが利かない!?と思ったのだが……直後にそんな思考は吹っ飛んだ。何故ならば……

 

「冷たっ!!?」

 

拳に霜が降り、どんどん凍り付き始めていったからだ。音を立てて凍り付いて行く腕に恐怖を覚えつつも地面を蹴って後ろへと跳びのくが……その時には左腕は肘の辺りまで凍り付いていた。

 

「カ、カウンターだぁぁぁ!!!轟君が緑谷君の腕を凍らせましたぁぁぁ!!」

『マジかぁぁ!?完全に入ったと思ったのに!!?』

『さっきの動揺も恐らくワザとか、緑谷の攻撃を誘ったんだろうな。だがそれでも緑谷の攻撃を受け止めたのは意外だったな……』

 

ダメージは覚悟の上だっただろうが、それ以上に緑谷のパワーを考えれば分の悪い戦法である筈なのに迷う事もなくそれを選択し、氷を盾として使う事も無く受け切った轟の肉体の頑強さには流石の相澤も驚きしか生まれない。

 

「うぅぅぅぁぁぁぁ……!!!」

 

激痛と冷たさのダブルが襲い掛かって来る、凄まじいものに顔が歪み切る。完全に誘い込まれていた、制御出来るならば其方を優先し自損覚悟で攻撃なんてしない、故に受け切れると思って攻撃をさせて逆に此方の戦闘能力を奪って行く見事な戦法だと分析して平常心を保とうとする。痛みで思考を止めてはいけない、止めた瞬間に自分はやられると思いながら頭を回転させ続ける。

 

「悪くはない攻撃だった、少し痛かった」

「す、少しっ……!?」

 

僅か7%とはいえ、それでも常人であればまともに喰らえればノックアウト出来る一撃を少しと言った轟に緑谷はこれだけの差があるのかと思う。ブラフとも考えたが全く身動ぎ一つしないで殴られた部分を軽く払っている姿に虚偽は見いだせない。

 

「さてと……そっちが攻撃したんだ、こっちも行くぞ」

「っ!!」

 

身体を反らせてから思いっきり右手を地面へと叩き付けた、そして同時にバトルフィールドを揺るがす地鳴りが起こり始めた。それは瀬呂の時と同じと素早く見抜くと咄嗟に転がると自分の顎の真下から氷柱が伸びた。あのままだったら確実に顎に命中して意識が定まらなかっただろう、だが一度避けられたからなんだと言わんばかりに次々と地面から氷柱が伸びて来る。

 

「凄まじい攻撃だぁ!!地面から次々と氷柱が生えてきますぅ!!無数の氷柱が緑谷君を狙う狙ぅ!!必死に避けているが左腕の事もあるのか動きが鈍いぞ、避けきれるのかぁ!!?」

『氷結を地面から行えば何処から攻撃が来るのかが分かる、だが地面の下からならば解らない。相手を常に警戒させつつの奇襲も可能、合理的だ』

 

「次は―――左ぃ!!」

 

常に警戒を強いらせる事で緊張状態を継続させて消耗を狙いつつも相手の意識の外からも攻撃する事が出来る。この戦法を轟は気に入っていた、何故ならばこれは尾白と共に零一と戦う修練の時に思い付いて実践してみたら零一から地中からの攻撃も防ぐ事が出来る良い攻撃だと褒められた。実際にモール拳で潜っている時に零一はこれを喰らって凍結しかけた。

 

「良く避ける、だけど―――分かってねぇな」

「っ―――しまった!?」

 

「あ~っと緑谷君氷柱の牢獄に閉じ込められたぁぁ!!?」

 

何の為に緊張状態を維持させ続けたのか、それは思考力を奪う為でもある。何処から来るのかも分からない氷柱、警戒と注意にばかりに意識が行くが故に何処に氷柱を生み出したのかは忘れやすい。それは長引けば長引くほどに顕著になっていく。そして気付いた時には……氷柱が檻となる牢獄に囚われる。

 

「氷結牢獄、これでお前は逃げられない」

「クッ駄目だ、通り抜けられない位に狭い……!!」

「んじゃ―――とどめ!!!」

 

間髪入れずにアンダースローのようなフォームで腕を振るうと巨大な氷の塊が全てを飲み込まんと迫って来る、氷の津波が迫って来る。このままでは確実にやられる、そしてその時に緑谷は迷う事もなく―――左腕を捨てる選択をした。

 

「SMASH!!!!」

「っ……!!」

 

咄嗟に轟は自分の背後に巨大で分厚い氷を生み出した。直後に氷の津波が一瞬で消し飛びながらも自分にも爆風が迫って来た、それを背中に作った氷で耐える。

 

「なんという事でしょう!!?途轍もない一撃が大氷結を大大大粉砕ぃぃぃ!!!轟君も咄嗟に氷を壁にしてしのぎましたが何という爆風なんでしょうかぁあ~!!!私も空を舞い続けておりますぅぅぅぅブブブブブブブブゥゥゥウウン~!!!!!??」

『無茶するなブラザァァァァ!!?』

 

バエもそれに巻き込まれつつも実況をし続ける、なんという根性だろうか。そしてそれを行った緑谷は氷の牢獄から脱出こそしたが、左腕は酷い有様になっていた。氷も消し飛んでいるが腕全体が酷い状態になっていた、あれではもう左腕は使い物にならないだろう……追い込み過ぎたかと轟は冷たい息を吐いた。

 

「無茶するもんだな」

「こうでも、しないと勝てないからね……」

「いざって時は迷うことなく選択するか、そういう所は尊敬する。だけど―――それだけやっても俺には勝てない」

 

個性を用いる轟自身の判断力に応用力、機動力、様々な物が飛び抜けている。今の自分では勝てないかもしれないと思うが……だけどまだ何かある筈だ、激痛に震える中でも思考を止めなかった時に見たのは轟の身体に霜が降りている事。それを払うかのように腕を強く振ってそれを飛ばすが……それを見て漸くエンデヴァーの言葉の意味が理解出来た。

 

「そういう事か……君は、まだ全力ですらなかったのか……!!」

「手加減はしてない」

 

霜が降りる、個性を使う身体も冷えて行く、そして炎を使う事を強要させ続けるエンデヴァー……そう、轟は個性を使う事で生まれるデメリットを自ら解決する手段を持っている。氷には炎を、そして炎には氷で体温を調節する事で常に最大の力を発揮し続けられる事が出来る。それなのに轟はそれを一切しない、エンデヴァーとの確執……それがそうさせないのだと緑谷は察した。

 

「―――っなら、如何して本気を出さない……こういうことが出来る僕にはそんな価値がないって事かぁ!!」

「っ!!」

 

瞬間、再び凄まじい爆風が迫ってくる。それに合わせて轟は咄嗟に氷結を放って相殺する、それでも何という威力なのかと言わざるを得ない。これだけの力を待出すのかと思いつつも、安定した力を捨てた事に驚いた。視線の先には無事だった右手の指を犠牲にしている緑谷の姿があった。

 

「右側、が震えてるよ……それって左側の炎を使えば解決、出来るんだろう……」

 

同時に思い出すのは爆豪と必死に戦った麗日の事、心操の事。この体育祭に様々な思いを乗せて挑んできた人たちの事。思いは色々あるけれどもみんな必死の思いで此処まで来て戦っている。我儘かもしれない、身勝手な事かもしれないけれども、全力でぶつかって欲しい。

 

「何で、やらないんだ……!!」

「好き勝手な事を言うな、緑谷」

 

言いたい事は分かる、全力で戦って欲しいんだろう、その気持ちはよく分かる、分かるが―――今の自分が全力を出していないと思われるのは正直言って腹が立った。その時、轟の身体から激気が奔出した。まるで凍土に吹き荒れる吹雪のような猛烈な勢いの激気が。

 

「お前が俺の何を知ってる、何も知らねぇお前が俺の中に入ってこようとするんじゃねぇ……今の俺が本気じゃねえだと?本気だよ、本気で―――今日までの修行で培った事を実践してんだよ!!」

 

今日まで零一に教わった事を実践している、本気でそれをやってこれからの自分の課題に繋げようとしている。それを真面目にやってない、全力を出せ?勝手な事を言うなと怒りと共に溢れ出させた激気を個性に込めながらも最大の力と共に放つ。

 

「激技、吹吹氷!!」

「っ!!!SMASH!!!」

 

放たれたのは強大な氷結だけではない、激気が込められた事によって氷は雪へと変化しながらも猛烈な吹雪となりながらもその中に無数の氷塊が紛れている。それを打ち消すべき緑谷は再び指を弾いてスマッシュを放って相殺を狙うが……吹雪が加わった事でスマッシュの威力が押さえられて完全に相殺し切る事が出来ずに氷結が迫って来る。

 

「くっ!!SMA―――」

 

それを必死に回避して再度指を弾こうとした時、真下から氷柱が伸びて完璧に顎を捉えた。身体が宙に舞い上がり、そのまま背中から落ちた緑谷は辛うじて意識を保っていた。必死に身体を起こそうとするが……

 

「緑谷君場外!!!」

 

無情にもミッドナイトによる場外判定が下った。氷柱の一撃で完全に場外へと出されてしまっていた、それに緑谷は愕然としながらも意識を手放してしまった。それを受けて轟は息を吐きながらもそのまま入場口へと戻っていく、そしてそこには零一が立っていた。

 

「キレたのによく冷静さを保ったな」

「先生が良かったから」

「フッ……おめでとう轟、次は俺の番だな」

「ああ」

 

そう言いながら二人はハイタッチをした。その時に轟の心の中には怒りなんて消え去っていた、出せる範囲での全力を出していた自分の事を理解してくれる零一に心から感謝するのであった。



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28話

轟と緑谷の試合によってフィールドは著しいダメージを受けてしまったので修復の為に補修時間が設けられる事になった。その間に緑谷は保健室へと運ばれる事となり、そこでリカバリーガールの処置を受ける事となった。

 

「取り敢えずこの辺りかね……まだ痛みはあるけど大分楽になったろ?」

「はい、お陰様で……」

 

治癒を施された緑谷は全身に倦怠感と疲労感を感じつつも完治した右手と鈍痛こそするが包帯を巻く程度には回復した左腕を見た。入試試験ではもっと酷い状態になっていたが、あれから身体を鍛えたのもあってかあの時よりかは身体は楽な感じがする。

 

「大丈夫かい緑谷少年」

「オールマイト……いえ、余り大丈夫とは……」

 

其処に居たのは八木先生こと、トゥルーフォームのオールマイト。彼も弟子の事が心配になって保健室まで様子を見に来たのであった。傷の方は問題なさそうだが心の方は余り大丈夫ではなさそうだった。

 

「……僕は、轟君に失礼な事をしちゃったのかもしれません。あの時はなんか、アドレナリンドバドバでなんか暴力的な気分って言うか、興奮してたって言うか……」

「何かあったのかい?」

 

心のケアも保険医の務めとして話を聞こうとした、そこで緑谷が語るのは試合前に出会ったエンデヴァーから言われた轟が背負わされている事柄についてだった。そしてそれを聞いて感じたこと、考えたことに加えて試合中の事も付け加えて話して行く。

 

「エンデヴァー……君は、轟少年に……」

「親が子供に夢を託す、良くある話ではあるけどねぇ……」

 

正直、オールマイトからすればショックな事だっただろう。彼自身は平和の象徴として人々が笑顔で暮らせるように務めて来たつもりだったが、それが原因で別の暗闇を産んでしまった事に悔しさなのか、それとも歯痒さなのか……それを現すかのように拳を握り込んでいた。

 

「それで僕は反抗って言ってたので轟君は炎、エンデヴァーから受け継いだ個性が嫌いなんだと思って……でも、自分勝手に解釈し続けたのかもしれません……」

「それは間違いなくあるだろうね」

 

リカバリーガールは即答した。

 

「恐らくだけど、そっちはそっちで炎を使わずにすむ方法を模索してるんじゃないかね。それをやっている子にアンタがやったのはちと強引が過ぎる、余計なお世話はヒーローの本質って言う事もあるけど、既に乗り越えようと必死に努力している場合にはそれを無駄にしちまう事もある。人の事情に干渉するってのはそれだけ大変な上に相手を傷付けちまう事もあり得るって事を今回の事でよく覚えておいた方が良いさね」

 

そう言われて緑谷は頭を下げて保健室を出た、オールマイトもそれに続いて行く。共に廊下を歩いて行くが互いに会話は無かった、気まずいとオールマイトが思っている時に口が開かれた。

 

「僕、傲慢になってたのかもしれません」

「緑谷少年」

「オールマイトに個性を授かって、無個性じゃなくなったからってオールマイトみたいに誰かを救いたいからって……善意を押し付けてしまった……」

 

そんな風に思いを吐き出している弟子にオールマイトも少しだけ溜息を漏らしながら言う。

 

「確かにそうかもしれない、だが余計なお世話はヒーローの本質というのも事実だ。轟少年は既に乗り越えようとしているかもしれない、だが君の行動が無意味で終わるとも思えない。凝り固まっている所を動かす一助にはなるだろう」

 

オールマイトは肯定的な意見を送る、結果的には上手く行かなかったがそれだけで諦めるというのもヒーローとしてはらしくない。故に改めるべきは行動ではない、タイミングだった。まだまだやれる事はあると言葉を送りつつも弟子を励ますのであった。

 

 

『さあ無月対飯田、中々に盛り上がって来てんぞぉ!!!」

 

漸く修復が終了したステージの上を疾走する飯田、得意の機動戦で零一を翻弄しようと画策するのだが零一はそれらのスピードを完全に捉えているのか、飯田の速度を目で追いながら対応が出来ている。死角に回り込んでからの蹴りを入れようとしても屈んで回避しながらも反撃に転じて来る。飯田はそれを無理矢理回避するしか出来ていない。

 

「飯田君得意のスピードを存分に発揮しておりますが、零一君はそれらに全く動じません!!おっと此処で剛勇吼弾が飯田君に襲いかかるぅ!!回避し続けていきますが表情には苦しさが浮かび上がっております!!これは流石に苦しいか!?」

 

「クッ……!!」

 

飯田は自分の予測が甘かったと自らを罰した。これまでの戦いからして零一は基本的に攻撃と防御が高いタイプのバランス型と推察して自分の最大の武器であるスピードを使って戦う事を考えていた。高速戦闘ならば勝ち目があると―――確かに追い付くという意味では勝っているが、対応出来ているという意味では完全に負けている。

 

「消耗戦狙いか、好きなだけ付き合ってやる―――お前のスタミナと俺の激気と臨気、どっちが先に尽きるかなぁ!!」

「更に苛烈に!!」

 

剛勇吼弾が更に数を増して行く、最早一人で弾幕を張っているような状態。何とかスピードで振り切りたいがこれ以上加速すればカーブで曲がり切れなくなる、かと言って切り札を切ったとしても本当にそれで切り抜けられるのかという不安も付き纏う。

 

「いや、俺はそれを乗り越えない限り勝機なんて存在しないんだ!!!」

 

覚悟を固めながらも叫ぶ、唸りを上げるエンジン、マフラーから青い炎が噴出し個性が限界を越えた力を発揮しようとする。

 

「レシプロォ……バーストォ!!!」

 

超加速しながらも激気弾と臨気弾を切り抜けながらも零一の間合いへと飛び込む、そのまま加速を利用した一撃を放つ。それは零一の背中へと炸裂する、流石の零一も体勢を崩すようにしながら膝を付いた。

 

「まだまだァ!!」

 

そのまま切り返しながらも今度は踵落としを繰り出す、が今度はドーム状のバリアに攻撃が阻まれる。騎馬戦でも使用した剛勇雷来陣、それは完全に零一を保護する障壁として機能して飯田の攻撃を完璧に防ぐ。

 

『おっとぉここで騎馬戦でも使ったバリアだぁ!!飯田の切り札に対して守りに徹するのかぁ!?』

 

「くっあと6秒―――!!!」

 

飯田のレシプロバーストは10秒間という制限がある、その間にけりを付けなければならない。あと少しで半分を切ってしまう、と焦りながらも限界まで引き出された力を使って蹴りのラッシュでなんとか剛勇雷来陣を破ろうと試みる。高速の連打に陣は揺らぐが突破には至らない、後3秒を切ろうとした時―――飯田は思いっきり後退しながらも全速力で疾走して渾身の蹴りを放つ。

 

「いっけえええええええ!!!」

 

これで駄目ならもうおしまいだ!!そんな覚悟を込めながら放った一撃は陣に激突すると深々と突き刺さっていく、消耗が激しい激技だからかもう維持は出来なかったのか、それとも飯田の一撃が防御を上回ったのか定かではないが飯田は確かに剛勇雷来陣を突き抜けた。

 

「やったっ!!」

 

陣を越えた先で待っていたのは構えを取っていた零一、それを見た時、飯田は必死に体をよじって強引に蹴りを繰り出そうとする。もう時間がない事は分かっている、だからこの一撃だけは持ってくれ!!!と願いながらも蹴りを繰り出す。行ける、これならば!!!という確信があったが、それは無残にも臨気激装の鎧によって阻まれた。

 

「間に合わなかったか……!!?」

「時間制限に頭が慣れてないらしいな。使って慣れろ、慣れた時お前は―――俺にとってつらい相手の一人になる」

 

そう呟きながらも飯田の腹部に身体をバネのようにしならせながら臨気を込めた一撃を放たれた。それに飯田は顔を歪めた、必死にそれに耐えようともしたが空中に居たが為に踏ん張る事が出来ず、そのまま吹き飛ばされ場外へと吹き飛ばされた。そのまま壁に激突した彼は呻き声を上げつつも零一を見つめながら

 

「完敗だ……済まない兄さん……!」

 

そう言いながら意識を手放した。これで零一は勝ちあがった、それは同時に……轟と戦う事を意味する。



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29話

いよいよ迫る準決勝、その舞台に出る零一はのんびりとしつつも柔軟を行っている。其処でぶつかるのは轟、同じ獣拳使いとしての対決は彼女も非常に楽しみにしてくれていた。それは自分も同じなので全力で望むつもりでいる、というよりも此処で全てを出し切る覚悟で臨むので決勝は辞退する事も視野に入れている。まあそうなったら戦うであろう一人は絶対に認めないだろうが……。

 

「さてと、行くか」

 

そろそろ出ておくかと思って控室を出るのだが―――そこに待っていたのは

 

「激励に来たぞい」

「やっほ~零一!!」

「マスター・シャーフーにマスター・シャッキー!!」

 

シャーフーとシャッキーであった。自分が尊敬する師二人が直々に来てくれた事に対して嬉しさが込み上げて来たので思わず頭を下げるが、笑いながら下げなくていいと言われてしまう。

 

「準決勝進出おめでとう!!いや~本当に強くなったね、激気にも益々磨きが掛かってる。勿論臨気もね」

「有難う御座います」

「しかし、次の相手は楽とは言えぬな」

 

その言葉に頷く、相手は轟。単純な個性だけでも凄まじい物があるのにそこに獣拳が加わった事で戦力的には大きな向上となっている。修行相手になっているのでどんな激技を使うのか、獣拳を使うのか把握しているが戦いの最中に新しい物を編み出す事も考えられるので油断が全く出来ない。

 

「個性も凄いのにあの激気も凄かったですね」

「うむ。個性に激気を込める事でその力を倍増させておる、さながら零一の激気と臨気の融合のようにな」

「ならば対等という事です」

 

組み合わせて強化しているならば条件は同じ、それに先達として獣拳で負ける訳には行かないというプライドもある。絶対に勝つという強い意志を持ち続けている弟子にシャーフーは笑うのであった。

 

「では我々は席に戻るとするかの」

「そうですね、それじゃあ零一シャッキーン!!で頑張ってね!!」

「優勝祝いの席も準備出来とるから無駄にしちゃいかんぞ~」

 

さり気無く優勝しなきゃダメだぞとプレッシャーを掛けられるが、特にそんな気持ちはなかった。とにかくやれる事をやるだけでしかない―――そして零一は振り返ると曲がり角で待機している影へと声を掛けた。

 

「何の用だ」

「話をしているようだったから邪魔をする事はないと待っていただけだ」

 

現れたのはエンデヴァー、轟の実の父親である№2ヒーロー……轟を歪ませた原因だと思うと臨気が溢れそうになって来るのを必死に押さえつける。

 

「準決勝進出おめでとう。まさか無個性であるのにも拘らずこの雄英体育祭で此処まで勝ち上がるとは思いもしなかった」

「だろうな、今の社会から見れば俺は弱者でしかない。弱者が強者を蹂躙される様は意外か」

 

相手がどんなに実力があるヒーローだろうが、№2ヒーローだろうとも自分にとってはどうでもいい。目の前の男は自分にとっては轟に強引に夢を押し付けて苦しめ続けてきた男でしかない。そんな男に対して零一は極めて冷淡で何時も以上に言葉に棘を含ませていた。

 

「随分と口が達者だな、だが言っておくぞ。君ではウチの焦凍には勝てん、獣拳とやらがどれほどのものだろうともな」

「如何だろうな。俺は轟の修行相手になってるが例え炎を使ってこようが負けねぇな」

「―――なんだと」

 

その言葉は炎があったとしても勝つ、という事よりも焦凍と修行をしているという所だった。という事はこいつが焦凍に妙な事を噴き込んだり左側でも氷を扱えるようにしたのかという怒りを抱き始めた。

 

「貴様が焦凍を変えたのか」

「変えた?違うな、あいつは自分で変わったんだ。自分の意志でな」

 

獣拳を習い始めたのだって自主的にだ、教わりたいと言われなければ自分だって教える事は無かった。それを自分のせいにされても困るしそれは轟の努力を完全に否定する言葉でもある、それを許す事は出来ない。

 

「エンデヴァー、あいつは炎を使いたくないと俺に言った。だから俺は使わなくていいと言った」

「貴様……焦凍にオールマイトを超える義務があるのだ、炎を使わず氷だけでトップを取れる程ヒーローの世界は甘くはない!!!」

「言ってる事だけは正しいな、その結果が今だぞ。娘に男装させてる気分は如何だ」

「ぐっ……」

 

話には聞いていたがまさかあそこまでとは……仮にも娘に何をして来たのか分かっているのだろうか、その轟は娘として扱われる事も嫌って男装している。それは父親から向けられる家族の情すらも拒絶している事になる。それなのに此処まで言えるのはある意味であっぱれだ。

 

「だったら自分の目で見ればいいさ、あいつが今日までやって来た修行の成果を」

 

そう言いながら零一は歩き出して行く、背中にエンデヴァーの視線を感じるが何とも思わずに突き進んでいく。背後では何かを殴り付ける音が聞こえてきたが、無視して進み続ける。

 

 

『準決勝第一試合、その対戦カードはぁぁぁっ!!!此処まで圧倒的な実力で勝ち上がって来た氷河!!ヒーロー科 轟ぃ焦凍ぉ!!ヴァアアアサスッ!!獣拳一つで此処まで駆け上がって来た同じくヒーロー科 無月 零一!!!』

 

遂に始まろうとしている準決勝、その舞台に上がった零一と轟。互いにこの一戦が来るのを楽しみにし続けてきた、こうして舞台に上がると本当に気が引き締まるし闘志が燃え滾る。同じ獣拳使い同士の戦い、マスター達に情けない所を見せる事は絶対に出来ないと思いながらも構えを取る。そして直ぐに戦いの開始が告げられる―――と同時に零一は臨気激装を発動し鎧に身を包んだ。

 

「轟、全力で来い。今出せるお前の全部を俺にぶつけて来い」

「ああ。全力で行く……勿論、こいつもな……!!」

 

そう言いながらも轟は全身から激気を溢れ出させた、その激気は修得した獣拳の差こそあるが先に学んでいた尾白の物よりもずっと強い物になっていた。それを見て零一は思わず笑いながらもそれに負けじと臨気を剥き出しにしながらも名乗りを上げる。

 

「勇往邁進。魂から全身へ、猛る勇気の力―――勇者の魂(ヒーローズ・ソウル)!!激獣ライガー拳、無月 零一!!」

 

それを見て轟も笑みを浮かべた、そして自分なりの演武を行いながらも高らかに名乗りを上げる。

 

「活殺自在。己が未来は、己が力で切り開く―――我が道を行く(ゴーイングマイウェイ)!!」

 

そして激気を高めながら行った震脚、深々と地面に突き刺さりながらも一瞬でフィールドを凍土へと変えてしまった。その凍土の上に立つ轟の背後に見えるのは巨大な影、それは咆哮を上げた。

 

「激獣ポーラベアー拳、轟 焦凍!!」

 

轟の中に眠っていた獣は最大級の獣であり、同時に地上最大級の肉食獣ともされるホッキョクグマ。それの力を手にする獣拳こそがポーラベアー拳。

 

『まさかとは思ってたがお前も獣拳使いだったのかぁ~!!!ブラザー、ポーラベアー拳の解説ヨロ!!』

「OKブラザーマイク!!激獣ポーラベアー拳はホッキョクグマを手本とした獣拳、そしてその特徴は圧倒的なパワー!!そもそも熊自体が自然界における頂点の一つに立つと言われていますが、何せホッキョクグマ!!最強の肉食獣としても名を馳せます!!圧倒的なパワーに加えて持久力にも優れると言われてます!!」

『パワーとタフネスに優れているのか……シンプルに強い組み合わせだ』

 

「ポーラベアー拳とはのぉ……マクを思い出すのぅ」

「う~ん……なんか複雑な気分になっちゃいますねぇ」

 

シャーフーは轟が修めている獣拳に驚きつつも過去の事を思い出し、シャッキーはなんとも複雑そうな表情を浮かべていた。過去に酷い目にあっていたりもするのだが、そのお陰で世界が救われていたりと本当に何とも言えない思い出がある。だがあれはベアー拳であってポーラベアー拳ではないので上手く切り替えようと決意するのであった。

 

 

「「―――行くぞっ!!」」

 

互いの名乗りを終えると同時に駆け出して行く、凍て付いたフィールドにも拘らず轟は零一以上の速度で走っている。零一も決して遅いわけではないのだが……そのまま互いは同時に拳が放たれて激突する。周囲に轟の激気と零一の激気と臨気が溢れて行く。

 

「らぁぁぁぁ!!!」

 

雄たけびを上げながらも強引に拳を振り抜こうとする轟、ホッキョクグマの圧倒的なパワーは零一を抑えつけてそのまま押し込んでいこうとするが、零一は直ぐに拳を引くと轟はそのまま前へと飛び込んでしまう。そこへ廻し蹴りが飛んでくるが咄嗟に氷柱を足元から伸ばして真上へと跳んで回避。

 

「激技、吹吹氷!!」

「剛勇咆哮波!!ゴオォォォォォォッ!!!」

 

緑谷にも使った吹雪と氷塊を放つ激技を発動させる、猛烈な吹雪と氷塊が迫って来るがそれに対して激気と臨気を合わせて咆哮と共に撃ち放つ。放たれた咆哮は吹雪と激突しながらも氷塊をも砕いていく、そして落下してきた轟は両手に氷で巨大な爪を作り出しながらそのまま切りかかって来た。

 

「俺の烈光爪撃のつもりか!!」

「あれを、参考に!!させて、貰った!!氷氷爪撃!!」

「ならテストしてやるよ!!烈光爪撃!!!」

 

零一も轟に合わせるかのように激技を発動させて真正面から迎え撃つ、激気と臨気によって超高熱になっている光の爪に轟は恐れる事も無く向かって行きながらも幾重にも切り合って行く。激気の扱いはまだ拙い、だがポーラベアー拳と轟の個性は極めて相性がよく、かなりの威力を既に持っている。

 

「オォォォラァ!!!」

 

攻撃を受けながらもその氷の爪を切り裂くのだが……即座に氷は再生するかのように再び厚みと切れ味を取り戻して行く。

 

「零一君、果敢に攻め続けて来る轟にやや押され気味か!?それもその筈、ポーラベアー拳は寒冷地において無敵とも言われる獣拳。自ら氷を生み出せる轟君との相性は抜群なんです!!だけど彼だって簡単には負けないはず、まだまだ目が離せません~!!!」

 

「零一、負けない!!」

「上等だ、全力で来い!!」

 

 

「なんだ焦凍、その笑顔は……知らない、ぞ……俺は知らんぞ……!!」




はい、轟の獣拳は激獣ポーラベアー拳、ホッキョクグマですね。尾白と違ってこっちは直ぐにこれにしようと思ってました。
大地の拳魔、マクのベアー拳と似ているからかマスター達は何やら思いを巡らせてます。

これで獣拳使い三人が出揃いました。ライガーにクロコダイル、そしてポーラベアー。なんか凄い攻撃的な感じになったな……まあ言うてゲキレンジャーだってタイガーにチーターにジャガーだからそんな物なのかもしれない。


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30話

「っ!!」

「ぐっ……~っらぁ!!」

 

「猛烈な一撃が零一君を襲いますぅ!!これぞポーラベアー拳、これぞホッキョクグマのパワー!!辛くもそれを反らしながらも顔面に蹴りを入れるぅ!!零一君も全く引けを取っておりません、ですが地の利は圧倒的に轟君にあります、この状況を引っ繰り返せるのかぁ!!?」

 

激戦を続ける轟と零一。圧倒的な力を発揮しながらも襲い掛かって来る轟の攻撃を何とかしのぎつつも反撃する零一だが、氷の上というフィールド故か轟に分がある。加えてポーラベアー拳は寒冷地において無類の強さを発揮するという特性もあるので苦しい展開になり続けていた。

 

「激技、氷柱乱!!」

 

凍った右手で地面を殴り付けると一際大きな地響きと共に地面から極太な氷柱が無数に突き出しながらまるで生きているかのように零一へと向かって行く。それに後ろへと跳ぶと氷柱はホーミングするように此方へと向かって来る、それを見ながらも右に激気、左に臨気を纏わせながらも掌に集中させていく。

 

「剛勇雷迅波!!」

 

手を突き出すと掌から稲妻のような波動が氷柱へと襲い掛かっていく、氷柱を貫きながらも轟の元へと到達していくがそれらは激気を更に纏わせた氷氷爪撃で防御するのだが、余りの強さゆえか氷爪は砕け散ってしまった。

 

「凄い、一体どれだけの技を修得してるんだ」

「伊達に10年も獣拳の修行を続けてないって事だ、お前とは文字通り年季が違うんだよ」

 

見事な技で自分の氷柱を粉砕した零一、彼も認める程に自分は才覚が優れているが矢張り経験の違いは覆す事は難しい。通じているのはフィールドを支配して戦いやすくしているのもあるが自分の個性との相性のもいい為。次はどうするかを必死に考えるが、轟は笑みを深めていた。

 

「まだまだ、勝つつもりだから」

 

「(ポーラベアー拳……想像以上の威力だな、臨気激装しているのに腕が少し痺れてる)」

 

対する零一は腕に感じる痺れを振るって無理矢理打ち消す、分かっていた筈だが修行をしていた時よりもずっと強くなっている轟には驚きしか感じない。本当に自分以上の逸材だ、かと言って負けるつもりは毛頭ない。ポーラベアー拳はライガー拳よりも遥かにパワーに優れているのは事実だが、やりようなんて幾らでもある。それに―――自分はまだまだ全力を出し切っている訳ではないのだから。

 

「轟、よくもまあ此処まで成長してるもんだ。自主練にも気合入れてたな」

「当然だ、お前に追い付く為にな」

「フフフッ嬉しい事言ってくれるな、だったらご褒美に良い物見せてやるよ―――尾白、お前も確り見ておけ!!!」

 

友の名を叫んだ、その尾白はA組の観客席に居ながらも獣拳使い同士の戦いを目に焼き付ける為に目を皿にようにして見つめていた。そんな時に零一からそんな言葉を言われてしまった。これ以上のものがあるのかと驚きつつも期待してしまう、本当にこの先を見れるんだな!!

 

「さあ行くぞ、こっからが俺の全力だぁぁぁぁ!!!」

 

腰を落としながらも叫びながらも全身から激気と臨気を溢れ出させていく、まるで火山の噴火を思わせるような凄まじい力強さを感じる。地面に入っていた氷どころかステージの表面が余りの激気と臨気の勢いに負けて剥がれて行く様は正しく異様。

 

『おいおいおいおいお前は何処のZな戦士だよ!!オーラ噴出して地面抉るなよお!!』

『何かする気か、此処まで見た感じだと激技に不可欠な激気を出すのはそうとしか考えられない』

「零一君は如何するのか!?このスタジアム全体を包み込むような凄まじい激気と臨気!!そしてそれは彼の周囲に集結しております、これは、これはまさかぁ!!?」

 

同じ獣拳使い故かバエは何をしようとしているのかを察知している、当然シャーフーとシャッキーも同様。

 

「ホッホッホッ……あやつめ遂にあれを使うか」

「おおっ!!!これは凄い事になりますよぉ……!!」

 

拳聖二人も興奮気味だった。そしてその姿に思わず二人は在りし日の弟子達の姿を重ねてしまった、決して挫ける事も無く、負けたとしても不屈の魂で立ち上がって強くなって必ず勝った正義の獣拳使い達の事を……

 

「行くぞ、招来獣!!」

『ゴオオオォォォォォッッッ!!!』

 

その叫びと共に激気と臨気を糧に具現化されたのは零一が内に秘める獣たるライガー、それは零一の隣に着地すると雄たけびを上げるとスタジアムはどよめきと驚愕に包まれた。

 

「な、なんだぁ!!?なんかいきなり出て来たぞ!?」

「常闇の個性みたいな奴か!?」

「いや、何で無個性の子がそんな事出来るんだよ!?」

「これが獣拳なのか!?」

「そんな事まで出来るのか!!?」

 

「はい~出来ちゃうんですね~!!」

 

観客たちの声に応えるかのように誇らしげにしながらバエは答えた。

 

「零一君の隣に立ったのは彼が内に秘める獣、激気と臨気で具現化された獣、ビースト!!それこそが激技、招来獣!!それによって呼び出された獣の名こそゲキリンライガー!!」

『内に秘める獣を具現化ってどんだけすげぇ拳法なんだ獣拳んんんん!!俺も使いたくなってきちまったじゃねえか!!』

 

呼び出したビースト、ゲキリンビースト。ライガーを前にして轟はその圧倒的な存在感と威圧感に思わず息を呑む、剥き出しの野生、そうでありながらも冷静に此方を見据えながらも零一の敵であると認識して今にも飛び掛かってきそうな雰囲気。これから自分はライガーと零一を同時に相手にしなければならないのかと思った時―――

 

「ライガー、行くぞ獣拳武装!!」

『ゴオオオォォォォォッッッ!!!』

 

その言葉を合図にライガーは叫びを上げながらも跳び上がった、そして自らの身体を分解し始めた。ライガーはそのまま零一の身体を更に強い鎧へと変えていく。そして胸部にはライガーの頭部が装着されると零一は獣のような雄叫びを上げながらも構えを取った。

 

「ゲキリンライガーゼロワン、バーニングアップ!!」

 

「獣拳武装だぁ~!!己の獣を呼び出しそれを纏う事で能力を飛躍的に向上させた激技!!ここからが全力バトルの開始だぁ~!!」

 

臨気激装は激気と臨気で全身を鎧の様に纏う、だがこれはライガー自身を自らの激気と臨気で具現化して一つとなる技。ライガーの威圧感や雰囲気をそのままにその身に纏った零一に轟は思わず喉を鳴らす。

 

「これが、零一の全力……!!」

「凄い、俺も何時か其処に辿り着けるのかな……!!」

 

獣拳使い二人はまだまだ先がある事を示された事に強い喜びと衝動に駆られていく、何時か自分も同じ所に立てるのだろうか……そんな気持ちが沸き上がって来る。それに対して零一は構えを取る事で返事をする、その気があるなら此処まで登って来いというメッセージに思わず口角を持ち上げながら轟は氷柱乱を放つ。ほぼ全方向から迫ってくる氷柱に零一は両手にライガーの爪を展開する。

 

「ライガークロー!!烈光爪撃!!!」

 

先程よりも巨大となった爪、それを振るうと迫って来た氷柱を全てを粉砕する。氷氷爪撃と激突した時とは段違いの破壊力に轟は目を見開いた、そして勢い迫ってくる零一。氷氷爪撃で迎え撃とうと爪を差し向けたが―――拮抗していた筈の爪が一瞬で砕かれてしまった。

 

「なっ……!!?」

「まだまだァ!!」

 

そのままライガークローで斬りかかって来る、それを回避しながらも盾代わりに爪を使おうとしても一瞬で砕かれる。激気と臨気の強さが先程とは全く違っている、何とか挽回する為に拳から氷を伸ばして刃を作り、その身体へと刃を向けるが……身体を捉えた筈なのに全く動かなくなっていた。

 

『ゴオオオォォォォッ!!』

「と、止められてる……!?」

「残念でした!!」

 

氷刃は零一の胸にあったライガーが刃に噛みついて止めていた。そして一息に噛み砕くと腹部に蹴りが入った、そのまま回転蹴りが決まって吹き飛ばさながらも場外アウトにならないように氷で壁を作る。その壁に寄り掛かるようにして何とか立ち上がると身体が震えている事に気付く。今の未熟なポーラベアー拳の激気ではこの辺りが体温の限界らしい。

 

「左だ、左を使え焦凍!!」

 

それを見たエンデヴァーは炎を使えと呟いた、例え聞こえなくても轟にはそれは感じ取れた。確かに今炎を使えば身体は温まってまだまだ戦えるようになるだろう……だが轟はそれをしない決断をしつつも立ち上がる。

 

「零一、それ何時か出来るよな」

「さあな、お前の努力次第だが……お前はその努力を欠かすつもりはないだろ?」

「当然」

「なら良し」

 

その言葉を受けつつも胸のライガーが叫びを上げながらも大きく口を開いた。そこに激気と臨気が収束していき眩いばかりの光を放って行く、それを見た轟は素直に綺麗だな、という感動を浮かべつつも今出せる最高の激気を込めて最後の一撃を放とうとする。

 

「吹吹氷柱乱!!!」

 

吹雪と氷柱を同時に放つ、その場の思い付きで轟が行った吹吹氷と氷柱乱のミックス技。それに思わず零一は微笑みを強めながらも深く腰を落とし、脚に力を籠める。そして臨界にまで達した力を渾身の力で放って迎え撃つ。

 

「激臨ッビースト砲!!」

『ゴオオオォォォォォッッッ!!!!』

 

臨界にまで高められた激気は光線となって閃光を放った。それは吹吹氷柱乱と激突しながらも冷え切った空気を一瞬で加熱して膨張させる、スタジアム全体を揺るがす暴風が吹き荒れる中、光線は吹吹氷柱乱を完全に打ち破って轟の足元に炸裂した。爆風と爆炎の中で轟は最後まで零一を見つめ、その強さに心からの尊敬を向けながら場外へと吹き飛ばされて行った。

 

「と、轟君場外!!無月君の勝ち!!」

「遂に決着ぅぅぅぅぅ!!!凄まじい激戦を制したのは零一君です~!!!途轍もない激気のぶつかり合いに私も獣拳使いとしての血が久しぶりに騒いできてしまいました~ブンブン~!!!」

 

凄まじい熱狂の渦に包まれていくスタジアム、その中心となった零一は倒れこんだ轟の顔を覗き込んでいた。

 

「立てるか?」

「……無理っぽい、ボロボロだから」

「それじゃあ保健室まで運ぶな」

「ありがと」

 

零一は轟を抱き上げた、そして喝采と拍手を受けながらも通路の奥へと消えていく。正しくこれこそ互いの健闘を称え合う素晴らしい光景だと言えるのだが……それに苛立ちを覚えている者が一人いた。

 

「焦凍、何故だ……お前、は何故……!!!」




最初はゲキリンライガーゼロにしようと思ったけど零一だからゼロワンにしました。
後、ライガーッ!!!って合体後叫ばせようか悩みました。


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31話

「急ごっ」

 

そんな言葉を呟きながら廊下を走っているのは轟 焦凍。零一との試合後、彼の手によって保健室まで運ばれてリカバリーガールの治癒を受けたのだがそれは出来るだけ最低限にして貰って時短を図った。決勝戦を見逃がす訳には行かない為にも出来るだけ早く保健室を出たかったから、そう伝えるとリカバリーガールは何処か呆れながらも微笑ましそうな笑みを浮かべながら

 

「若いねぇ……分かったよ、でも無茶はするんじゃないよ?」

 

という言葉を貰いながら了承して貰った。身体はまだ痛むが歩みを止めるような物ではないのでそのまま歩く、まだ準決勝の筈だが遅れる訳には行かない……と向かっていると自分の道を妨げるかのように現れたのはエンデヴァーだった。その表情にはあからさまな程の怒りが浮かび上がっている。

 

「焦凍貴様……何だあの無様な戦いは」

「アンタからすればそうなんだろうな、アンタからすればな」

 

試合の結果を酷評するエンデヴァーだが、それは間違いなく炎を使わなかった事に対するものだろう。自分からすれば完全に言いがかりに過ぎないしあれの何処が無様な敗北と言えるのだろうか、と思う故か言葉も切れ味を帯びていた。

 

「何故左を使わなかった、そうすればお前は勝っていた」

「それはない、例え炎を使っていたとしても零一には勝てなかった、絶対に」

 

あの場で炎を使ったとしても勝てたというビジョンは轟の脳裏には浮かび上がらなかった、経験も技術も上である彼は自分の獣拳も個性を完全に上回る実力を備えている。獣拳武装をする前はいい勝負をしているように見えたかもしれないが、自分の激技は通用していなかった。まだまだ未熟だという事。

 

「兎も角、もうあの獣拳とやらはお前は使うな。あれはお前に不要な物だ」

「―――はぁ?」

 

思わずそんな声と共に激気が漏れた。こいつは何を言っているんだ、血迷った事を言っているが実は酔っているのか、と本気で思った。

 

「頭湧いてるの、ポーラベアー拳の力を見てそれを言うなんて何考えてんだ」

「お前には俺の炎がある!!獣拳なんぞ必要なかろうが!!」

 

宝の持ち腐れと言われるかもしれないが、それでも構わない程に轟は炎を使う気が皆無。そんな事言われても自分は獣拳を使わない選択肢を取るつもりはない、無視して横を通り抜けようとする。

 

「待て焦凍!!」

 

エンデヴァーの大きな手が左肩を掴んだ、炎故か酷く熱い手だ、それを酷く不快に感じたのか自分の中の獣が唸っているのが分かった。それを感じて気が合う事に頬を緩めた。

 

「お前には炎がある、それさえ使えばお前は間違いなく№1になる事が出来る!!オールマイトを超える事が出来る!!何故それが分からん!!?」

「……超えたくないからだよ」

「なんだと!!」

「ヒーローになりたいとは思ったけど、オールマイトを超えたいなんて思った事はない。そうさせたいなら爆豪辺りを弟子にでも取って教育すりゃいい、俺は興味ない。俺、いや私は……」

 

その時に見た光景をエンデヴァーは恐らく、生涯忘れられなかった事だろう。そこにあったのは正真正銘、娘としての焦凍が居た。笑みを湛えながら右手を見つめている、そこにあるのは純粋な嬉しさと希望、これから自分が歩む道の先にあるであろう物に心から楽しみにしている表情。紛いなりにもエンデヴァーは父親、娘である焦凍の事を愛してはいる……だがそれを上回る物があった。

 

「好い加減にして、暑苦しい」

「っ……すまん」

 

つい、手を放してしまった。如何して自分はそんな事を……と思うよりも先に娘は言葉を放った。

 

「私は獣拳を使い続けるし習い続ける、何より……あれは零一との大切な絆、それを切るなんて絶対に嫌」

「……好きにしろ」

 

思わず、そんな言葉を呟いてしまっていた。そのまままるでいたたまれなくなったのか、エンデヴァーは何処か力なくその場から去っていく。それを轟は見届ける事はなく足早に歩きだして行った。

 

 

 

去っていく娘の足音と気配を感じながらもエンデヴァーは見つけた自販機で缶コーヒーを買った、適当に選んだがそれは自分がCMに出ている物だった事に手に取ってから気付いた。

 

「……焦凍」

 

最愛の娘、というには余りにも自分勝手だと自分で想いながらも先程の笑顔を思い出す。あの子の笑顔を見たのは本当に何時ぶりだっただろうか……いや、本当に小さい頃……それこそ赤ん坊の時位だったのではないだろうか。自分を見てきっと泣くだろうと思っていたのに、笑ってくれた事はよく覚えている、その時は思わず顔が緩んでしまって妻にそれを笑われた事も、そして自分がそれに臍を曲げたようにそっぽを向いた事も覚えている―――じゃあ次の笑顔は?

 

「思い、出せん……」

 

分からなかった、№2ヒーローとして多忙な日々を送っていたのもあるが……それからの事は思い出せなかった。直ぐに思い出せるのは……娘の、焦凍の苦しげな表情と怯えた表情だった。オールマイトを超える為だ、その義務があの子にはある、そう言い続けて来た、だが……それは誰に言っていたのだ?娘なのか、それとも自分なのか。

 

「獣拳が、あの子の笑顔を蘇らせた……いや無月、零一……」

 

恵まれた個性を持つ娘とは対照的な無個性であるあの少年が切っ掛けとなった、そして焦凍は笑うようになったのか……自分を否定する為だけに男装までしていたあの子に……礼を言うべきなのだろうか、それとも娘に近づいた不届き者として見るべきなのだろうか……。

 

「俺にそんな事を思う資格はないのかもしれんがな」

 

自傷気味に笑うと乱暴にコーヒーを飲み干した、普段飲んでいる物と比べれば酷い味だが今はこの味が自分には合っているような気がした。

 

「認めざるを得んか……獣拳を学ぶならば好きにさせるのが焦凍の為か、感情的になったがあれだけの力だ、継続させる方が為か……だが、もしも奴が焦凍に近づきすぎた場合は―――燃やし尽くすか」

 

一瞬、脳裏に焦凍が零一を連れて付き合ってます云々言う光景が浮かんでしまい、思わず全身から炎が噴き出そうになった。

 

№2ヒーロー、フレイムヒーロー・エンデヴァー。オールマイトを超える義務があると言いながらも彼はかなりの親馬鹿だった。



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32話

誰がこんな展開を予想しただろうか、雄英体育祭始まって以来の快挙とも言えるだろう。無個性である生徒が体育祭のトーナメントの決勝戦にまで勝ち上がっている、それだけでも異常な事態なのにその生徒は獣拳という個性にも負けないような力を扱うのだ。しかもその力はエンデヴァーの子供も扱っていたのにも真正面から打ち勝つ程。これによって一気に獣拳への興味が集まっていき続けている。

 

「……」

 

そんな話題の中心にいる無個性の獣拳使いこと、無月 零一はというと……

 

「キッツ」

 

素直に自分の状態を吐露しながら控室で項垂れるかのように机に顔を伏せていた。此処までの試合での零一は激気や臨気を使い続けている、10年以上の修行を積んでこそいるがそれでも数多くの激技による消耗や疲労は積み重ねっている。特に轟の対決では獣拳武装まで行ったので流石に来ている。

 

「まだ動けるけどキツい……これから決勝だけど、どれだけやれる事やら……」

 

そもそも零一にとっての目標である轟と尾白の仕上がりを見るというのは既に達成しているしマスター達にも十分活躍は見せる事が出来ている、此処で自分は棄権しても良いという気持ちがある。なので其方を検討しようかなぁ~……と思っていると控室の扉が乱暴に蹴り上げられた。思わず其方に視線を向けるとそこには決勝で激突する爆豪の姿があった。

 

「あっ?何でテメェが此処に、控室―――此処2の方がクソが!!」

 

如何やら控室を間違えたらしい。フォローを入れようかと思ったが彼の性格して何か言ったらキレられる思ったので沈黙で返す、そうしたら―――

 

「部屋間違えたのは俺だけどよ、決勝で戦う相手にどこ向いてんだゴラァ!!?」

 

もうどうしたらいいんだよ、と素直に思うのであった。フォローしたら恐らくキレる、だから敢えてないもしない選択肢で触れないようにしたらそれはそれでキレられる、もう何なんだよこいつ……と零一は思うのであった。

 

「おい獣拳野郎、テメェ最初からあれで来いや」

「主語を入れろ主語を、それでお前の事を察してやるほどテメェと付き合いねぇんだこっちは」

「この位分かれやクソカス無個性野郎が!!!」

 

本当に好き勝手言ってくれる奴だ……と思っていると律儀に何を求めているかを語る。

 

「テメェが半分野郎との試合で使ったラストの奴だ」

「あ~……獣拳武装?」

「それ以外あると思ってんのか!!それを上から、完膚なきまでに叩き潰してやる!!!」

 

それで零一は爆豪の性格を凡そ把握できた、こいつは言うなれば早熟の天才肌で自分に圧倒的な自信がありそれを証明する為に相手にも全力を求めて来る。その上で勝つ事で完全な勝利を手に入れたい、完璧主義者。理解出来なくはない、やるなら完全な勝利というのが一番うまいというのも同意してやれる……だが

 

「エ~……」

「ンだそのやる気ねぇ反応はぁ!!」

 

爆豪のそれに理解は向けてやれるが……それ以上は何も思わない、自己満足する為の我儘でしかないそれに付き合う此方の身にもなってほしい。

 

「獣拳武装をお前にねぇ……」

「テメェ、俺が半分野郎よりも弱いとでも言いてぇのか!!」

「あ~……え~……」

「濁してんじゃねえクソがぁ!!ぜってぇ思ってるだろうが!!テメェの獣拳っつうのはその程度か、所詮無個性はその程度って事か!!!」

 

無個性、自分を構成するうえで如何足搔いても目を反らす事が出来ない物だ。だが残念だが無個性というのは自分を侮辱する要素にはなりえない、だが……このまま言わせて獣拳の事まで言われるのは気分が悪い。

 

「吐いた唾は呑めねぇぞ……ちょいと疲れてるが、良いだろう―――爆豪、本気で潰してやる」

「ハッ最初からそう言えやァいいんだよ!!!」

 

欲しかった言葉を手に入れたので爆豪は笑みを浮かべながらも控室から出て行く。まんまと乗せられてしまった感じがしなくはないが……もうここまで来てしまったのだから折角なら優勝という錦でも羽織らせて貰うとしよう。

 

「やるか」

 

そう言うと零一は改めて椅子に座り直すと座禅をするかのように足を組むとそのまま瞳を閉じて、心の奥へと深く潜って行く。そしてそこにある―――地獄に再び立った。

 

 

 

『さぁ、雄英体育祭もいよいよラスト!!雄英1年の頂点がここで決まる、盛り上がれテメェら!!いよいよトーナメントの決勝、FINAL LAST GRANDだぁあ!!』

 

遂にこの時がやって来た、大注目雄英1年の頂点が決まる戦い。爆豪、零一の激突に全員がその開始の時を待っている。

 

『爆豪はもう来てるんだが、無月はまだか~!?らしくもなく緊張してるのか!?~』

 

既にステージに上がっている爆豪は零一が来るのを今か今かと待ち続けている。だが零一はまだ来ない、こんな事は無かったのに如何したのだろうかとミッドナイトも心配している。その時だった、零一側の出場口の方から音がし始めた。それを聞いたバエも実況に参加する。

 

「おっと~来たようですよ~!!さあ改めてご紹介します、雄英体育祭1年の部、ガチバトルトーナメント決勝戦!!ヒーロー科 爆豪 勝己君!!対するは同じくヒーロー科 無月零一君!!この対決の実況もこの私、バエが確りとさせて頂きます~!!さあ遂に零一君が姿を―――っ……!!」

 

バエが息を呑んだ、何故ならば……出場口から見えたそれに何も言えなくなってしまったからだ。コツ……コツ……と聞こえてくる足音、だがそれと同時に暴風が吹き荒れてステージの傍に設置され、盛り上げるための炎の飾りが一瞬で掻き消された。

 

『な、なんだなんだぁ!!?無月の出場口からやべぇ風が吹いて来なかったか!!?』

「これは、臨気……成程、零一君は此処までの消耗をそれでカバーするのですね」

『おいおいおいブラザー説明プリーズ!!?』

 

目論見を察知したバエは一人で納得しているので思わずマイクは説明を要求した、それはスタジアムに居る全員も思っている事だ。だがバエは敢えて詳しくは語らない。この放送を見ているヴィランの事を警戒しての事、だが何も言わないのも不味いので上手くフォローする。

 

「一つだけ言いますと……今の零一君はMAXパワーという事です、恐らくこれまでの試合の疲労なんてなくなっているに等しいという事です」

『って事はぁ~……超最終決戦って事に期待しちまってもいいのかな~!!?』

「いいとも~!!」

『何言ってんだ』

 

相澤の冷静なツッコミが飛んでくる中で遂に姿を現した零一、その身体からは絶え間なく臨気が溢れ出し続けており暗い闇を纏っているかのような様子だった。その中でも瞳だけは青白く光を纏っているのか一際よく輝いている。そしてステージへと上がった零一に爆豪は好戦的な笑みを浮かべたまま両手から早くも爆破を繰り返している。上限知らずに興奮していくスタジアムの熱とは半比例するかのように零一は何処までも冷淡になっていた。

 

「零一、大丈夫かなぁ……」

「なんじゃお主はあやつを信用しておらんのか?」

「そんな事ありませんってば!!師匠が弟子を信じない理由はありませんって!!」

 

そんな零一の様子を見て心配を浮かべていたのはシャッキー・チェン、あの時の様子は自分が初めて零一と会った時の様子に極めて似ている。今までもあんな姿を見た事がないわけではないのだが……あの姿を見る度に自分は不安になってしまうのだ。

 

「でも、あの引き出し方はやっぱり不安になりますって」

 

シャッキーの言葉はシャーフーとて理解出来る。消耗している身体をカバーする為に激気と臨気を高めて臨んでいる、その為に零一が行うスイッチ……それは自らが全てを失った時の記憶、それへと潜っていく事。自分にとって最大の地獄と言っても過言ではないそこへと飛び込んでいくという狂気染みた方法は拳聖としてあまり褒められる事ではない……だが

 

「あやつはそうと決めたのじゃ、どれだけ辛い思い出だろうとも己の糧ととすると。決して忘れてはならぬ、目を背けてはならぬ、無駄にしてはならぬと誓いを立てた」

「……はい」

 

もう二度とあんな悲劇を繰り返させたくはない、その為に自分はこの地獄を忘れないという正義の心。その地獄で自分が味わった家族、友人全てを失った絶望、苦しみ、悲しみ。その二つをもって激気と臨気を増幅させる。決して色褪せる事のない地獄が零一に力を与える。

 

 

『んじゃまあ……そろそろ始めようじゃねぇか!!さあ決勝戦―――爆豪ヴァアアアアアサス、無月!!!いざ、開始ぃぃぃぃいいいいいっっっ!!!!』



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33話

「―――臨気激装」

 

開始とほぼ同時に展開される技、鎧を身に纏いながらもその隣にはゲキリンビースト、ライガーが出現し唸り声を上げている。

 

『おっと無月、いきなり轟戦で見せたゲキリンビーストを召喚したぞ!?これはそれだけ本気って事で宜しいかぁ!?』

 

その言葉を否定はしない、爆豪がそう望むのであるならば全力をもって獣拳の力を見せ付けてやろうと思っただけの事。この身から溢れる激気と臨気で力を見せ付けてやる、と思いながらもライガーをその身に纏う。

 

「ゲキリンライガーゼロワン、バーニングアップ!!」

「そうだ、それでいいんだ。テメェは此処に立った、俺と戦う事を決めた、だったら全力で俺と戦う事だけに頭使えやぁ!!」

 

両手から爆破を繰り返し、凄まじい勢いで迫ってくる爆豪。そのまま腕を差し向けて来るが零一はそのまま一歩深く踏み込むとその腕を掴んで投げ飛ばそうとするがそれに途轍もない反応速度で片手で爆破を行って無理矢理空へと跳び上がると逆に零一を地面へと向けて投げ落とす。

 

「んの位分からねぇと思ったかクソが!!」

「だろうな、この位出来ないなら―――拍子抜けだ」

 

投げ飛ばされたのにも拘らず、空中で体勢を変えて着地すると両手から臨気弾を放ち始める。性質上、爆発的な勢いで増幅する臨気の方が上である為に其方を使って行く。

 

「ハッ!!こっちの台詞だぁ!!」

 

相手が強い、だから何だ、強ければ強いほどいいじゃねぇか!!それを叩き潰して自分の強さを証明できる、より完璧な勝利になる。そう思いながらも好戦的な笑みを更に強めながら爆破で攻撃を回避し、回避不可な物は片手で薙ぎ払うような爆破を起こして迎撃する。

 

「なんと爆豪君、空中で回避しながらも片手爆破で臨気弾を迎撃ぃ!!何というバランス感覚、そして個性の制御!!これで本当に1年生なのか!?」

『戦う度にセンスが光る、唯戦うだけじゃなくて相手の攻撃を分析しながら戦っている』

 

「雷剛弾!!」

「死ねぇ!!」

 

互いの一撃が激突し大爆発を引き起こして爆炎が巻き起こる、それを突き破るかのように突貫する爆豪は零一の背後を取ると両手を合わせるようにしながらも爆破の方向を一点にする事で威力を倍増させる。が、それを突き破るかのように零一が突進し拳が深々と腹部へと突き刺さる。

 

『ボディッ!!諸に行ったぁぁ!!!』

「いえ違います!!爆豪君は咄嗟には爆破で後ろに飛んでダメージを殺しております、なんという判断力、いやこれは反射というべきなのでしょうか!?」

 

「ぐっはぁ……利かねぇなぁ!!」

「強がりを……!!」

 

 

「―――……」

 

その戦いを見つめている轟、勿論応援しているのは零一。そもそも体育祭自体に乗り気ではなかった事は理解しているが、でているのならば応援する。爆豪と獣拳武装を行って戦っている様子は様々な意味で勉強になるので自分の戦闘の参考にもしている。

 

「ホッホッホッ勉強熱心じゃの」

「マ、マスター・シャーフー……さん」

「シャーフーで良いぞ」

 

自分の後ろにやって来たのはシャーフーだった、もう一人誰かを連れ立っている。

 

「シャッキーンの中に修行あり、兎に角頑張るシャーク拳!シャーキー・チェン、これでも拳聖の一人なんだ。宜しくね」

「よ、宜しく……」

 

テンションが高めなシャッキーに押されているが、獣拳において重役も重役な拳聖が二人も目の前に居る事にやや緊張気味。そんな中で歓声が上がったので其方に目を向けるとラッシュの速さ比べと言いたげな真正面からの殴り合いを繰り広げている二人があった。

 

「ッゥゥゥウウウオオオラアアアア!!」

「ダダダダダダダダッ!!!」

 

爆豪はパンチに織り交ぜる形で爆破を、零一は激気と臨気を込めた拳によるラッシュ。何方も一歩も引かない殴り合いに轟は素直に感嘆の息を漏らした。

 

「凄い……まだあんな力が……」

「零一は既に大分消耗しておるが、それを激気と臨気を増幅させる形でカバーしておるんじゃよ」

「激気ってそんな事も出来るんですか」

「うんまあ出来なくはないけど……零一のそれはあんまり褒めちゃいけないモノなんだよね」

 

シャッキーの物言いに首を傾げてしまった、体力の減少をカバー出来るのに何が褒められないのだろうか。獣拳に触れてまだ時間が浅い轟には理解が出来ないのでシャーフーは説明を行う。

 

「臨気はマイナスの感情で増幅する、じゃが零一の行っておる方法は一つ手を誤れば廃人となりえるかも知れぬ方法なのじゃ」

「廃人……!?」

「零一は過去に酷い目にあってね……その記憶を使って激気と臨気を高めているんだけど……その方法は邪法に近いんだ」

 

臨気を使う激技、臨技には暗黒咆と漆黒咆という技がある。暗黒咆は相手の深層心理や普段は心の底に封じ込めている絶望を呼び起こし、漆黒咆は相手が心の底に封じ込めている記憶を呼び起こす技。零一はそれらを応用して自らの記憶へと潜り、絶望などを引き出している。だが、一つでも間違えば自分で自分の心を壊しかねないような危険な物。

 

「それ程の体験って、何が……」

「すまんが儂らの口からは言えんな」

「ゴメンね、流石に勝手に話せないんだ」

「あっいえ、そういう事だったらしょうがないと思います」

 

どんな事かは分からない、だが自分にとっての男装をしたかの理由に近い何かではある事を察する。勝手に話されるのは零一だって嫌な筈、故に轟は理解して深入りを止める……だが逆にそんな事がありながらもそれで臨気だけではなく激気を高める事が出来る零一を素直に凄いと思ってしまう。

 

「その辺りについては追々当人から聞いて欲しいかな、きっと君になら話してくれると思うから」

「そう、ですかね」

 

そうなのかな、という不安もあるが本当に話してくれるのであればそれだけ信頼してくれているという事なのかもしれないと思うと僅かに頬が赤らむのであった。

 

 

「チェエエエエエストォ!!!」

「ぁぁあっ……!!」

 

絨毯爆撃のような爆破を越えて今度は後ろに飛ばれる事も無く爆豪へと蹴りを喰らわせる。力を込めて蹴り飛ばして場外を狙うが、地面を転がりながらも爆破で制動を掛けて場外を回避。本当に咄嗟の行動の素早さには舌を巻くしかない。

 

「……ソがぁ……!!!」

 

もう既に何度も爆豪の身体には激気を込めた拳に臨気を込めた蹴りなどを浴びせている、中にはクリティカルヒットしているのもあるというのにまだまだ立ち上がってくる。肉体と精神の双方が極めて頑強、それ故のタフさ。戦う者として此処まで厄介な相手もないだろう。

 

「ハァハァハァハァッ……!!」

 

だが、肝心の爆豪はこの苦しい状況であるのにも拘らずに何故か―――高揚し続けていた。本気の零一に対して自分は戦えている、渡り合えている、その事実は紛れもなく零一もかなり本腰を入れて此方を叩きに来ているのに未だにそれが成就しない事に驚きを覚えている筈。

 

「ざまぁみやがれ……!」

 

勝利にはまだほど遠い、それなのに笑みが零れて来る。それは―――格上であろう相手が自分の実力を認めて潰しに来ている、その喜びを知ったから。これまでライバルも居らず文字通りの爆発的なスピードで登り続けて来た爆豪、その彼の前に立ちはだかるのは無個性というハンデを背負いながらも上へと登った零一、つまり本気で勝ちたいライバル……まあ爆豪的に言わせれば本気で叩き潰して上に立ちたいと思う相手なのだろうが……シンプルに捻じ伏せたい相手が零一なのである。

 

「爆豪君まだ立ちます、既に限界に近い筈なのに何というタフネスでしょうか。ですがそれに半比例するように爆破の勢いは増しているように見えます!!まだ続けるのか、それとも最後の一撃が近いのか!!?」

 

「(っそがぁ……あのクソハエの言う通りなのが腹立つ……だけど今なら最高最強の爆破が出来る……!!)」

 

爆豪の爆破は掌の汗腺から爆破性の汗のような物を分泌しそこに引火させて爆破させる、戦いが長引き尻上がりに爆破の規模、勢いは増して行く。既に肉体はフルボルテージを越えたMAXボルテージ、これならば最高の爆破を出せる……それで零一を仕留める!!とゆっくりと両手の爆破で浮き上がると後ろに下がって距離を取った。

 

「ならばっ此方も……!!!」

 

それに零一も気付く、次が最後の一撃だと―――ならばそれに自分も応えるのみ!!獣拳武装をした零一の瞳とライガーが遠吠えを上げる、ライガークローを展開し両手に激気と臨気を集中させていく、右手には激気を、左手には臨気を、それぞれに収束していくと眩い光を放ち始めそれを同時に放出してぶつけ合い、スパークさせる。

 

「行くぞ、爆豪!!」

「これで終いだぁぁぁぁぁ!!!!」

 

身体を軸に回転させるように爆破を右、左と爆破を連発させて風を纏いながら突っ込んでいく爆豪。まるで竜巻でも纏ったように突撃していく爆豪に零一は両手の間に生まれたエネルギーを球体へと変えながらそれを構えた。既に退路は無し、互いの最強の一撃をぶつけ合うのみ。

 

激臨威砲!!!

ハウザー・インパクトォ(榴弾砲着弾)!!!

 

激臨威砲が放たれる、不規則な軌道を描きながらも爆豪へと向かって行く光球。それを避けるつもりは毛頭なし、真正面から向かって行く爆豪は自身が出せる最大火力に回転と勢いを上乗せした渾身の大爆発を叩き付けた。エネルギーの塊の光球と大爆発の激突は更なる爆発を引き起こした。

 

「な、なんだぁ!!?」

「何事故かなんかですかあれぇ!!?」

 

それは警備をしていたヒーロー達にも見えていた。スタジアムから伸びた巨大な巨大な火柱となって天へと駆けあがっていた、スタジアムには超大型の台風の暴風域に晒されているかのような猛烈な爆風に見舞われて誰もがその嵐に耐えていた。

 

「ななななななんという事なんでしょうかぁぁぁぁぁ零一君の激臨威砲と爆豪君の渾身のハウザー・インパクトの激突の凄まじさをどう表現すればいいでしょうか!?というかこの火柱見れば伝わりますよねぇぇぇぇぇ!!!!」

『ブラザー今はとにかく耐える事に集中するべきだぜぇ!!?』

「御尤もぉ!!!」

 

流石のバエもこの状況ではまともに実況も出来ない、というか飛ばされないように適当な場所にしがみついていた。そして一体何秒登り続けたであろう火柱が収まり、爆煙が薄くなり始めた時……見えてきたのは戦闘フィールドが爆心地のように大きく抉り取られたクレーターになっていた光景だった。

 

「なんて威力なの……」

「これほどとは……」

 

その余波によって吹き飛ばされていたミッドナイトとセメントスは何とか状況の確認に勤しむのだが……バトルフィールドそのものが完全に消し飛んでいる為に判断が難しい。何とか記憶を基にフィールドの大きさなどを計るが……完全に煙が晴れた。そこにあったのは……壁へと叩き付けられて意識を失っている爆豪、場外に吹き飛ばされながらも身体を引き起こして頭を振るって意識をハッキリさせようとしている零一の姿であった。即ち―――

 

「ば、爆豪君、無月君ともに場外!!よってこの試合はDRAW!!引き分けとします!!」

 

両者痛み分けという結果となった。何方かと言えば爆豪よりも吹き飛んでいなくて意識もある零一を勝利するべきと思うかもしれない、何方も場外。この場合はこの判断をすべきとミッドナイトは決定した。



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34話

『それではこれより、表彰式に移ります!!』

 

色取り取りの花火が空を煌びやかに染め上げながら爆ぜて行く、先程までステージで戦いの為に使われていた爆豪の爆破とはまた違った側面の爆発は美しさを刹那を持って消えて行く。そんな側面を持った花火がトーナメントの入賞者を祝福している。焚かれたスモークの中から表彰台が競り上がっていく、だがその中で何かが暴れているのが見えている。

 

「うっわぁ……何あれ」

「意識回復して引き分けって言われてずっと暴れてるんだって、もう一回やらせろって」

「まあ爆豪ならそうするかぁ……」

 

今回は同率1位が二人、故に中央の一番高い1位の台の左右は何方も3位。それらには轟と常闇が居るのだが……肝心の1位の台にはセメントの柱に縛り付けられたうえで両腕を拘束具でガッチリと縛られた上で鋼鉄のマスクで罵詈雑言を封じられながらも身体をよじって暴れている爆豪、そしてそれを見ながらも呆れるような表情で疲れた笑いを浮かべながら座っている零一の姿があった。

 

「なんで座り?」

「いやこいつが暴れる関係で立ってるとスペース的に辛いから」

「納得」

「っ~!!!!」

 

と轟と常闇が呟き、爆豪がもがく。何とも奇妙な表彰台だと本人も思う。兎も角ミッドナイトは彼らを微笑まし気に見つめながらも高らかにマイクを上げながら声を張り上げる。

 

 

『さぁいよいよメダルの授与よ!!今年のメダル授与を行うのはこの人!!平和の象徴、我らがNO.1ヒーロー!!「私がぁ……メダルを持ってきたぁ!!」オォォオルマイ、ト……』

 

授与するメダルを抱えながら会場へと颯爽と参上するオールマイト、しかしミッドナイトの挨拶とのタイミングが合っておらずミッドナイトの宣言の途中で参上してしまい如何にもしまらない事になっている。それでも会場は大歓声に包まれている辺り、オールマイトの人気が窺えるがオールマイトとミッドナイトは微妙な表情を浮かべている。何ともグダグダだ……がオールマイトは咳払いをしつつも無理矢理授与式へと移行するのであった。

 

「常闇少年、おめでとう。強かったぞ君は!!」

「もったいないお言葉」

 

爆豪にこそ破れているが、それまでは無敵に近い戦いをし続けてきた常闇。その敗因は個性の弱点。彼の個性は光などに弱く、明るく照らされると力を発揮出来なくなってしまう。爆豪の爆破の光とは正しく最悪の相性。 

 

「ですので、俺は肉体の鍛錬を行うと思っています」

「ホウ!!」

「今回のトップ……それに倣うつもりです」

 

隣の零一を見る。武術を学び、身体を鍛え続けた末にあそこまで出来るようになっている。ならば自分もそれを御粉ればできる事はきっと増えて行くはずだと常闇は信じている。それにオールマイトは力強く頷く。

 

「その予想は正解だぜ、自力を鍛えていけば取れる択は増えて行く。頑張ってね!!」

「御意」

 

オールマイトからのエールを確かに受け取りながらも常闇は次へと進んでいく。そして次は轟。

 

「さて轟少年、君も素晴らしかったよ。まさか獣拳を使うとは予想してなかったけどね」

「有難う御座います、零一にずっと教わってたので」

 

今回一番の驚きだったかもしれなかったのはあの宣誓だった、獣拳使いとしての決意を現した名乗り。我が道を行く、エンデヴァーに強いられる道ではなく自らが切り開く未来を目指すのだと。

 

「これからも獣拳を極めて行くのかい?」

「はい」

「そうか……生憎私は其方に疎い、だが今回君の戦いは本当に素晴らしかった!!個性もそうだが、鍛錬を怠らずにね」

「勿論、暮らしの中に修行あり……です」

「いいねその言葉!!」

 

シャーフーの言葉を引用しながらもこれからも頑張っていきますと宣言する轟にメダルを掛けてあげながらも苦労を労う意図で軽く抱きしめてあげる。その時にオールマイトは邪な事は考えなかったが柔らかい体してるんだなぁ……と思ったりもした。

 

「(……あれ、オールマイトって轟の事マジで男って思ってる?)」

 

轟曰く、教師陣は知っているのでフォローを受けたりはしていたと聞いていたが……まあオールマイトなら大丈夫だろうと零一は心の中にしまった。尚、エンデヴァーは地獄の業火を滾らせていた。

 

「(……お父さんに抱きしめられるってこんな感じなのかな……)」

 

きっとそれを知られたらエンデヴァーは更に炎を滾らせる事だろう、もしくは落ち込む事だろう。

 

「さてと―――えっと、どっちから授与する?」

 

いよいよ1位へのメダル授与なのだが……何方から渡した物かと悩むオールマイト。まあどっちからでも良いだろうとは思うが……話が進まないだろうから零一が挙手をする。するとオールマイトも助かったような表情を浮かべるのであった、それでいいのか№1ヒーロー。

 

「おめでとう無月少年!!実に素晴らしい戦いだった」

「どうも、俺としても思っていた以上の試合が出来て満足ですよ」

「HAHAHAHAそれは結構!!」

 

メダルを掛けて貰いながらも零一は素直な感想を述べる。尾白や轟の事を抜きにしてもいい試合が出来て収穫は思った以上にあったと思う、これからの自分に足りない物を補う為の修行メニュー作りにも大いに役立つ事だろう。

 

「しかし驚いたよ、獣拳というのはあんな事も出来るんだね!!エネルギーのボールを打ち出したりロボットみたいに合体したり、ビーム撃ったり」

「やろうと思えばですけどね、正直激気と臨気を使い過ぎてかなり疲れてます今。流石に消耗の激しい技を使い過ぎました」

 

激臨威砲に激激ビースト砲、獣拳武装もかなりの消耗を強いる激技。それを連発しているので零一は相当に疲労している、増幅していたのもなくなって本格的にガス欠が近い。

 

「そうかそうか、しかしこれから君は注目される。獣拳というのは今の社会にとっては未知のものに近い、故に様々な目が向けられる事だろう、だがそれに負けることなく頑張ってほしい!!」

「まあどうなろうと俺は自分の道を歩くだけです、日々是精進しながら」

「ウムッ素晴らしい心構えだ!」

 

そうして次は爆豪の番なのだが……改めて本当に凄い拘束のされ方だ。

 

「なんというか、これはこれで凄いなぁ……なんか昔にこんな感じに拘束されて連行されていったヴィラン見た気がする……」

「取り敢えずマスクだけでも外します?俺やりますから」

「おおっ有難う無月少年」

 

零一が爆豪のマスクを取ると直後に今まで拘束され続けた分の怒りを発散するかの如く、烈火の怒りを爆発させながらオールマイトに叫ぶ。

 

「ォォォオオオオオルマイト……こんな一番何の価値もねぇんだよ!!世間が認めても自分が認めなきゃゴミなんだよぉ!!!!」

「(顔すんげぇ……)」

 

思わずオールマイトが言葉に詰まるレベルに目を吊り上げながら叫ぶ爆豪、歯を食いしばりながらも零一を睨みつけて叫び続けた。

 

「テメェもう一度だ!!ぜってぇ今度はぶっ殺してやる!!」

「勘弁してくれ、もう臨気激装すら辛いんだ。俺のこの状態で勝ってお前満足するのかよ」

「する訳ねぇだろうがクソがぁ!!!ふざけやがってぇ!!!」

「だろ、だからさっさと終わらせてくれ」

「テメェに指図されたくねぇんだよ!!」

 

と叫んでくる爆豪に対して零一は思わずオールマイトに視線を送る、これ如何したらいいんだろうかと言いたげな視線にオールマイトは困った笑いを浮かべるしか出来なかった。

 

「まあ爆豪少年、それ程に気に入らぬなら後日にリターンマッチを行えばいい。互いに全力全開を出せる状態でね、その時にこそ叫べばいい―――俺はこのメダルに相応しい存在だとね」

「要らねぇ!!目に入る度にウゼェだろうが!!」

「まあまあ……ハイ返品不可!!」

「ざっけんなぁオールマイトぉぉぉお!!!!」

 

隙を突いて爆豪の首にメダルが下げられる、拘束されている関係上外す事は出来ない。下がったメダルを誇らしげに見つめる者は多いが忌々し気に見る者はそうはいないだろう……。

 

「今回は此処にたつ彼等だった。しかしこの場の皆、誰にもここに立つ可能性はあった!!ご覧頂いた通り、競い、高め合った!!更に先へと昇っていき続けるその姿!!!次代のヒーロー達は確実にその芽を伸ばし成長している!!てな感じで最後に一言。皆さん、ご唱和下さい、せーの!!」

 

「「「「「プルスウルt」」」」」

『お疲れ様でした!!』

 

オールマイトの言葉と共に放たれようとした言葉、それが一斉に出ようとした時にそれら全てをぶち壊すように言った本人が全く違う事を言った事で一瞬静寂になった後に思わずブーイングが出てしまった。最後の最後で台無しである。

 

「……オールマイト、分からなくもないですけどそこは校風出さないと」

「いやそのゴメン、疲れただろうから労おうと思って……え、えっとやり直しプリーズ!!」

 

この後、確りとやり直しが行われたのは言うまでもない。



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35話

『本当に、本当に有難う!!!』

「好い加減に感謝botになるのはやめろ、うっとおしい」

 

それは余りにも突然すぎる事だった。体育祭の翌日と翌々日は振り替え休日なので自宅を掃除している時に連絡が飛んできた。しかも初手が超連続の有難うの連打。何とか相手を落ち着かせようとして漸く相手は落ち着いた。

 

「それにな、それをやったの俺はじゃねえんだからそっちに礼を言え」

『いやその方の連絡先などは知らないんだ!!それにその方は君に言えと!!』

「ったく……分かった分かった、俺経由で転送してやる。こっちも色々とあるんだ、切るぞ」

『あ、ああ済まない!!だが重ね重ねお礼を言っておいてくれ!!』

 

漸く電話を切る事が出来た、自分にだってこれから用事があるのだからこれ以上家に居る事は難しいのだ。掃除も切り上げて支度を済ませてしまおう。

 

「全くあの人は……」

 

そんな言葉を作りながらも零一の表情は微塵も困っていない、それ所か嬉し気ですらあった。

 

 

「あっこっち、こっちだよ~!」

 

約束をしていた駅前、そこには私服姿の尾白と轟の姿があった。今日はせっかくの休日なので二人と約束をしていた。

 

「待たせたな、来る前に感謝botから平謝りされてな」

「感謝botって……一体どんな電話だったのか分かりやすいけど一体誰だったんだ……」

「だけど、今日で良いの?」

 

お昼過ぎに集まった一同。心配する轟の先にあるのは零一の体調だった、体育祭であれだけの事をし続けていたのだからまだ回復しきっていないのではないだろうかと心配している。

 

「何、心配するな。これでも大分回復しているんだ、激臨威砲と激激ビースト砲だって撃てる程にはな」

「タフだなぁ……」

「兎も角行こうか」

 

そう言いながらも零一は二人を連れて歩き出し始めた。二人は心なしかウキウキとしているのか、今日という日を楽しみにしている様子だった。

 

「楽しそうだな」

「そ、そりゃそうだよ!!だって拳聖に招待されたんだからさ!!」

「ああ、純粋に待ち遠しかった」

「ご期待に沿える事を願うな」

 

今回二人を連れて行く先は―――日本における獣拳の活動拠点と言っても差し支えないスクラッチ社。元々はスポーツ用品メーカーだったのだが、現在はヒーローのサポート産業にも参加しており超一級の品質と柔軟な発想から来るアイテムはトップヒーロー御用達と言われる程。そこへと招待されたので二人は様々な思いを浮かべているが、対する零一は慣れ親しんでいる会社に出向くので極めて平常心。

 

「ここが、スクラッチ社―――ってデカァ!!?」

「凄く、大きいんだな……」

 

歩くこと30分程度、やっと到着したスクラッチ社の敷地はまるで巨大な工場を兼ねているかのような大規模な物だった。それも本社を構えているのだから当然とも言える。そんな二人を他所に零一は守衛へと声を掛ける。

 

「零一君じゃないか、久しぶりだね」

「守さんお久しぶりですね。お変わりなさそうで何よりです」

「ハハハハッまだまだ若いもんには負けんよ!!話は聞いてるよ、はい入館証ね。後体育祭お疲れ様」

「ええどうも」

 

入館証を受け取りながらも尾白と轟を伴って奥へと進んでいく。その途中でも思わず広い敷地に呆然とする、敷地だけならば雄英にも負けない程に広い。此処では様々な事が行われているのでこの位は広さはいるのである。そして一際巨大で目立っているビルへと入ると受付のお姉さんたちが零一を見ると声を出した。

 

「あら零一君、あっそっか今日だったわね」

「行くのは特別開発室だったね?」

「ええ、マスターはそこに?」

「そ~首を長くして待ってるんじゃないかしら?」

「喉鳴らしてるんじゃない?」

「どっちもありそうだ」

 

軽くお姉さんたちと談笑を交えながらも手続きをする零一を尾白は大人しく見ているが、轟はその様子を何処か複雑そうな瞳で見つめていた。同時に僅かに胸が痛みを訴えており、如何したのだろうか首を傾げる。

 

「んじゃ行きますんで」

「行ってらっしゃい」

「あっ今度デートしてあげてもいいわよ~?」

「未成年ナンパする暇あったら合コンにでも行ってろ」

「生意気を言うな~!!」

 

そんなやり取りをしながらも許可証を手にしながらも二人を連れてエレベーターへと乗り込む。

 

「なんか受付のお姉さんとも仲良さげだったね」

「よく来てたからな……向こうからしたら弟って感覚があるんだろ、後あの二人に下心は抱くなよ」

「えっ?」

「相手の思考を読める個性と真偽が分かる個性、それで受付という名の防壁を張っているんだ」

 

スクラッチ社は大きな会社なので様々な考えを持って中に入ろうとする人間が後を絶たない。中にはヴィランのような目的を持った人間が居るのでそれを食い止める役目をしている。そしてあの二人はプロヒーローとしての資格を持っているのでいざとなったら実力行使も行える。

 

「す、凄いなぁ……」

「そんな所なんだ……」

「さて、もう着くぞ」

 

止まるエレベーター、扉が開いて廊下を少し歩いて行くと部屋が見えてきた。扉にカードキーを当てると扉は開いて中へと入れるようになった。

 

「あらっ来たわね」

「遅くなりました」

「早い位よ、相手を待たせないって言うのは美徳よ」

 

中にはスーツを見事に着こなしているやや長髪の女性が出迎えてくれた。零一を親しげに迎えると直ぐに此方にも目を向けて来た。

 

「ようこそスクラッチ社の特別開発室へ、私は此処で主任をさせて貰ってる真咲 夏希よ」

「え、えっと尾白 猿夫です!!」

「轟 焦凍です」

「宜しくね。零一から話は聞いてるわ、新しい同門の子が出来て嬉しいわ」

 

その言葉に思わず二人は反応してしまった、同門、という事は……もしかしてと見ると夏希はウィンクをしながらも猫型の頭部で両腕が大型のパンチグローブを付けてたトレーニング用ドロイドの方をへと向くと―――」

 

「えいっ!!」

 

そんな軽い声と共に激気を飛ばした。それを受けたドロイドは吹き飛ばされながらも彼方此方に跳ね回ってしまった、まるで挨拶をするような軽さで放たれた激気の強さに二人は驚いてしまった。

 

「私も獣拳使い、激獣レオパルド拳を修得してるわ」

「凄い……あっポーラベアー拳です」

「お、俺はクロコダイル拳です」

「どっちも強力な獣拳ね、これは将来有望ですねマスター・シャーフー」

「そうじゃのう」

 

部屋の奥の椅子に座っていたシャーフー。二人は挨拶を済ませると如何して招待をしてくれたのかを聞いてみる事にした。

 

「一つは新しい獣拳使いにスクラッチを知って欲しかった事じゃな、スクラッチ社は獣拳使いを全面的にサポートしておるからの。知っておいて損はないぞ?」

「あっ……もしかして、サポートアイテムとか此処にお願いとか出来たりとか!?」

「勿論できるわよ、というか今回はそれを目的で呼んだのよ?」

「激気専用アイテム……って感じですか?」

「そういう事だ」

 

そう言いながらも零一はその手に二振りの剣を携えていた。それはしなるほど薄い刀身の剣、だがこれも歴とした激気を使用して扱う武器にして零一が敬愛する師の元で修得した獣拳と共に扱うアイテムなのである。

 

「ゲキセイバー、やっと帰ってきた」

「ゲキチェンジャーと一緒に貴方の臨気にも適応するようにパワーアップさせてあるわ、ごめんなさいね時間掛かっちゃって」

「いえ、大丈夫ですよ。これからはこいつも使えるんですから」

 

そう言いながらもゲキセイバーをまるで腕の延長のように自由に扱っている零一の手から瞬時に消えてしまった。

 

「け、剣が消えた!!?どうなってるんだ!?」

「此処にある」

「ここって……ガントレット?」

 

轟の視線にあるのは何時の間にか零一が付けていたガントレット型のアイテムだった。その中にあると言われてもどういう事なのか分からなそうにしている二人に微笑ましそうに見ていた夏希が説明に入る。

 

「これはゲキチェンジャー、激気を増幅する力を持っていて獣拳使いはこれを使用して戦っていたのよ。これを使う事で全身に激気を纏う事も出来るの、貴方達も見てるわよね零一の技は」

「あっ臨気激装って……」

「そう、それも原理としては同じね。そしてこれには高次元圧縮を用いた倉庫があってね、様々な物を入れておけるのよ。例えば……」

 

そう言いながらも激気を出しながらも零一のゲキチェンジャーへと手を突っ込むとそこから蒸籠が飛び出してきた、それをテーブルの上に起きながらふたを開けると中には三人分の美味しそうな肉まんが入っていた。

 

「こんな風に色んな物を入れておけるのよ」

「ってなんで俺のゲキチェンジャーにンなもん入れてるんですか」

「いいじゃない高次元圧縮しておくと冷めたりしないから便利なのよ?」

「だからって……」

「さっ二人も食べてね、それを食べたら二人にも色々とアイテムを試して貰うから!!」

 

納得が行かなそうな表情を浮かべながらも肉まんを頬張る零一に釣られて二人も手を伸ばした、どうやら此処は自分達の想像を超えているモノが沢山ありそうだ。




夏希「獣拳使いの基本装備のゲキチェンジャー、これは激気を様々な物に変えたりアイテムを入れておく倉庫にもなるの。戦闘の時には大活躍ね」

零一「まだなんか入れてないでしょうね」

夏希「あっそうだわ、ごめんなさい出前のラーメン入ってたわ」

零一「自分のに入れてください!!」


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36話

「轟け、獣の鼓動!!臨気激装(ビースト・オン)!!」

 

ゲキチェンジャーを装着した零一が拳を合わせると激気と臨気が高められ、鎧のように変化しながら纏われていく。零一が使用する激技、臨気激装のそれと全く同じだが何処か違っている。零一は力を溢れ出させただけでそれからはゲキチェンジャーが自動的に行ったように見えた。装着が終了すると拳を握ったり、軽く廻し蹴りをしてみたりすると……満足したように頷いた。

 

「完璧だ、俺の臨気激装と全く同じだ」

「フゥッ……漸く成功したわね。やっぱりと激気と臨気に対応させるのは大変よね」

 

特別開発室の特別実験修行室、そこに場所を移した零一たちはそこで様々なアイテムの試験を行う事になった。その手始めとしてこれまで臨気に対応出来ないかったので使用出来なかったゲキチェンジャーのテストを行っていた。

 

「漸くって事は、今までは出来なかったんですか?」

「ええ。ゲキチェンジャーは元々激気にしか対応出来なかったんだけど、零一は臨気も扱うからそれに対応させる必要があったの。これまでは何とか誤魔化してきたんだけど零一が大成する毎に増大していく臨気に耐えきれなくなって来たから大規模改修をしたの、言うなればゲキリンチェンジャーね」

 

その名前を聞きながらも演武を行う零一の様子を見る。落ち着き払いながらも、舞うように軽やかに駆ける。

 

「ゲキリンセイバー!!」

 

ゲキリンチェンジャーから己の武器を取り出して構える、ゲキセイバーも臨気に耐えきれなくなっていたので同じく大改修を受けてゲキリンセイバーにバージョンアップが成されている。しなる程に薄いが、切れ味が抜群。それを活かす為に回転を主軸にした動きを行っていく零一に部屋の端から巨大な岩が放たれる。

 

「零一!!」

「危ない!!」

 

それに思わず二人は飛び出してしまいそうになった、その行いに夏希とシャーフーは獣拳使いに相応しい正義感だと思いつつも制止する。岩は迫り続けるが零一はそのまま身体全体で剣を振るって一息に斬撃を繰り出した。それによって岩は十字に切り裂かれて床に落ちた。

 

「な、なんて切れ味……」

「まだまだよ、だってまだ激気や臨気を纏わせてない物。その気になればあの剣は鋼鉄だって簡単に切り裂くわ」

「切島の硬化すらぶった切るような剣って事か……」

 

深く息を吐きながらも背中に剣を隠すようにしながらも臨気激装を解除、零一の表情は酷く晴れやかで満足気な物だった。

 

「如何かしらゲキリンチェンジャーとセイバーは」

「完璧です」

「それじゃあ雄英にはこっちから連絡しておくわね、貴方は元々コスチューム申請してなかったからこっちから資料を送れば問題なく通ると思うわ」

「さてと、お主達二人にもこれを送ろうかな」

 

そう言いながらシャーフーは尾白と轟にゲキチェンジャーを手渡した。

 

「えっでも、良いんですか?」

「勿論じゃ。何かと便利じゃぞ」

「有難う御座います……零一とお揃い」

「俺もいるけどね」

「分かってるって」

 

そんな事を言いつつもゲキチェンジャーを装着してみる二人、初めてつけるのにも拘らず奇妙な程にしっくりくる感じがしている。これを使えば零一のように臨気激装見たいな事が出来るのだろうか……と思ったりする。

 

「それもこっちで貴方達のコスチューム登録はしておくわよ、それに元々のコスチュームを入れておけばそれを付けておくだけで着替えなんてしなくて済むわよ」

「それって、零一みたいにですか?」

「そうよ。激気を纏えばゲキチェンジャーがそれを検知して高次元圧縮してあるコスチュームを自動的に装着してくれるわ、時間かかるけど激気に合わせた特別スーツもこっちで製作可能だけど試してみる?」

「お願いします!!」

「是非」

 

その為にも激気を調べなければならない、此処で激気を用いた実験を行えば自動的に激気の分析が始まるのでアイテムを試して貰う事にしよう。

 

「そうね、零一がゲキリンセイバーだからそれに合わせたら……あれかしらね」

「そうじゃなあれらじゃな」

 

その言葉の意味を二人は理解出来なかったのだが、直ぐに分かる事になった。自分達に使ってみて欲しいというアイテムが此方へと運ばれてくるのだが……それを運んできた人物に尾白は目を限界まで見開いてしまった。それはゴリラのような人……というよりも人のようなゴリラだろうか、普通に服を着こなしつつも知的さを感じさせる眼鏡をかけていた。

 

「やぁっ零一君、久しぶりだね」

「お久しぶりですマスター・ゴリー」

 

そう、運んできたのは七拳聖の一人、荒ぶる賢人、レイジングハート。激獣ゴリラ拳の使い手のゴリー・イェンだった。彼は零一の姿に顔を綻ばせるが直ぐに傍にいた尾白の姿を見ると何処か嬉しそうにしながらも肩を叩きながら声を掛けた。

 

「何年振りかな尾白君。君とこうしてまた顔を会わせる事が出来るとは嬉しい限りだ、しかも獣拳使いとしてね」

「はっはい!!お久しぶりですゴリーさん!!恥ずかしながら零一に指導を受けて獣拳使いになりました!!」

 

まさかこの場でこうして会えるとは思わなかったのか、涙目になりながらも姿勢を正して挨拶をする尾白。彼にとっては獣拳への憧れのオリジン、ゴリーに憧れて獣拳を志したのだから感極まっても致し方ないだろう。

 

「話には聞いているよ、クロコダイル拳を修得したとね」

「はい!!今はクロコダイル拳ですが、何れはゴリラ拳を修得したいと思ってます!!その、その時は」

「勿論私が指導をしよう、あの時の約束だからね」

 

その言葉が何よりもうれしかった、憧れの人と同じ獣拳を、しかも指導して貰えるというのだからこれ以上に嬉しい事はないだろう。そんな再会もありながらも二人にアイテムが渡される事になった。

 

「ゲキハンマーとゲキファンだ。ゲキセイバーは既に零一君が使っているからね、この二つをチョイスしたんだが……二人は何方を使ってみたいかね?」

「えっと……俺はゲキファンですかね」

「それじゃあゲキハンマーで」

 

尾白がゲキファンを、轟がゲキハンマ―を手にすることになった。

 

「所謂、鉄扇……って奴なのかな。軽く齧った事あるけど……確か開いて盾、閉じて突いたり叩いたりとかだったかな……」

「間違ってない。激気を込めるから強度に感じては十二分に扱える筈だ、後はそれをどう扱うかの技が試される」

「ハンマー……如何扱えばいいだろ」

「まあ、ハンマーの名の通りだな。だがそいつは激気を込めれば鎖が伸びるから変幻自在な戦いが出来る」

 

先輩になる零一がアイテムの説明を行いながらも早速テストがてらに扱ってみる二人。ゲキリンセイバーを手にした零一相手に使ってみることになる。

 

「よし来い」

「行くよ!!」

 

ゲキファンを手にしてまま駆けだして行く尾白、そのまま突撃しながらも閉じた状態で勢い良く突きを繰り出す。それは零一に軽くいなされるが直ぐに切り返して薙いだり振り下ろしたりとしてみたり、自分なりに模索している尾白に対して零一も刃をもって応える。

 

「うおっ!?やべ!!」

 

しなり程薄いが撓った際に発する音は酷く力強く鋭い、空気を両断しながら迫るそれに対して回避し続けもなんとかゲキファンを広げながら激気を纏わせて受け止めようと試みるのだが……

 

「ハァッ!!」

「ぐぅうっうわぁぁぁぁぁ!!?」

 

受け止めきる事が出来ずに身体ごと弾かれてしまった。腕全体が痺れるような痛みに歯を食いしばりながらも向かってくる零一のそれを今度は閉じた状態で受け止める。今度は何とか防御出来たが……第二撃は防げずに又もや吹き飛ばされてしまった。

 

「駄目だ、全然違う気がする……なんて難しいんだ」

「俺も修行で扱った事があるけどかなり難しい武器だ。ゲキファンは技の武器、唯闇雲に扱うだけじゃ使いこなせない。防御、受け流しの選択を瞬時に行いながらも舞うように動く。これが基本」

「技を極めないとダメって事か……面白いじゃないか」

 

何とも難しいアイテムだが、それ故か燃えて来た尾白。絶対に使いこなして見せると思っているとそこへゲキハンマーが飛んできて尾白の顔の前を通り抜けていった。

 

「……あっぶな!!?」

「ゴ、ゴメン。扱いが難しくて」

 

硬直したのちに飛び退きながらも崩れ落ちる尾白、目の前を突然鉄球を通り過ぎたのだから無理もない。轟もその事は反省しているのだが……それだけゲキハンマーの扱いに苦心している。

 

「う~ん……難しい」

「まあ最初はそんなもんだ、徐々に慣らして行こう。尾白大丈夫か」

「あ~吃驚した……まあ俺のゲキファンですら難しいんだから当然だよね……」

「一回激気込めてみる、ホントに伸びるかどうか」

 

一旦二人には避難して貰いつつも伸びるかどうかを試してみる轟、激気を込めながらも振り回してみると零一の言う通りに鎖は伸び始めた。試しにその状態で投げてみると先程よりも断然制御がしやすくなった。自らの激気を込めているからか、自分の身体と繋がったという実感がある為だろうか。そのまま振り回してみると激気を通じて途中で軌道を変え、UFOのジクザク軌道を取らせる事も出来た。

 

「相変わらずなんて呑み込みの早い……」

「本当に才能の塊だな」

 

尾白は早くもゲキハンマーの扱いが出来始めている轟に呆れ半分と言った様子、零一は相変わらずの才覚の良さに苦笑いだった。修行で使った時は自分は相当に苦労したはずだが―――

 

「……ごめん助けて」

「「どうやったらそうなるんだ!!?」」

 

少し目を離したら、轟はゲキハンマーの鎖に雁字搦めにされている状態になっていた。しかも妙な縛り方になっていてボディラインがハッキリしてしまっている。それに気付いた尾白は心底驚いた。

 

「ちょっ!?轟なんか胸!?えっどうなってんの!?」

「そう言えば尾白に言ったか?」

「……あっまだだった。ごめん尾白、俺女なんだ」

「いやいやいや如何言う事なの!?意味分かんないだけどぉ!!?」

「訳はちゃんと話す……だからまずは助けて……」

 

ギャアギャアと騒ぎながらも轟の救出を始める尾白と零一、そしてそんな二人に助けられつつも縛り方のせいで時々艶っぽい声を出してしまう轟。

 

「んんっ……」

「と、轟そう言う声出すのやめて貰えないかな!?なんか変なことしてるみたいなんだけど!!?」

「悪い、でも胸のあたりが特にきつくて……」

「なぁんでこんな事になってんだろうな……あのエロゾウの武器だからか」

 

そんな様子をマスター・シャーフーとゴリー・イェンは酷く懐かしい物を見る様な目で見つめてしまっていた。在りし日の弟子たちの風景に酷く、似ていたのだ。賑やかで楽し気に毎日を過ごしながらも修行の日々に身を置き、人々の平和と笑顔の為に戦った獣拳の戦士達の事を。

 

「儂も歳じゃな……つい、あの子達の事を思い出してしもうた……」

「私もですよマスター・シャーフー。本当に、本当に懐かしき日々です……まさかまたあの子らのような子達と出会える日が来るとは……人生というのはこれだから素晴らしいですな」

「ウム……」

 

そんな二人のマスターを見た夏希は自分の名前の事を思わず思ってしまった、自分の名前は獣拳を習っていた母がシャーフーの弟子であった先祖から取ったという。きっとその時を一緒に共有した人たちなのだろうと思うとこの場に居られる事も何処か誇らしかった。

 

そして……この三人が、新たな獣拳のトライアングルになってくれる事を願う。

 

「すいません手伝って貰えます!?なんか妙に胸のあたりの縛りがキツくなってて……!」

「これ如何なってんだぁ!?全然、ビクともしない……!!」

「分かったわ」

「……取り敢えず、今度エレハンの奴を叩きに行きますかな」

「そうしよう」




夏希「心技体。この三つのトライアングルこそが獣拳の極意。そして今回零一たちが使った武器も心技体のトライアングルに属しているわ」

零一「ゲキセイバーが体、ゲキハンマーが心、ゲキファンが技だ」

夏希「因みに、零一は臨気を確りとコントロールする為にこの全部の修行を何年もみっちりさせられてたわ。一番大変だったのは?」

零一「断然ゲキハンマー、修行というか師匠が……」

夏希「ああ……轟ちゃんこれから大丈夫かしら」


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37話

体育祭後初めての登校日となったその日、零一は普段通りに制服を纏って登校をしていた。住んでいる家は雄英から程々に近い距離にある為、毎朝ランニングを行いながら通っている。早朝のランニングも終えて、朝食を取った後に走っていく。生憎の雨だがそんな事は関係ない。何時も通りに走っている時、信号待ちになったので止まってスポーツドリンクを飲んでいると隣何やら目を輝かせた視線を此方に向けられていた事に気付く。いや、隣だけではなく周りから向けられている。一瞬何かと思ったのだが……

 

「たっ体育祭優勝おめでとうございます!!」

「本当にカッコよかったぞ!!」

「無個性なんて信じられない大活躍っぷりだったわね!!」

 

と称賛の声に溢れていた。先日のスクラッチ社の事で完全に頭から抜けていたが自分は雄英体育祭で優勝したのだった、オリンピックの代わりとも言われる大イベントで優勝したのだから注目を浴びるのは当然すぎる事だった。

 

「傘差さなくて大丈夫か?ホラッ一本余ってるから使ってくれ!!!」

「必要ない」

 

そう言うと零一は身体の周囲に纏っていた激気を少しだけ強めた、身体の周囲に見えない程度に薄く激気を纏う事で激気の精密さを維持する修行を行っている。同時に激気が膜の役割をしてくれるので雨などに濡れる事もないので傘などは全く必要ないのである。

 

「それが激気って奴か!俺も武術やってたけど全然知らなかったよ!!」

「ねえねえそれって私達も使えるの?」

「……答えてやりたいのは山々だが、悪いが遅れたくはないのでな」

 

そう言っていると信号が青に変わったので零一はそのまま軽い足取りでそこから脱出し、横断歩道を渡った後に軽くポーズを取る様にしてから去っていく。背後からは頑張れヒーロー!!という声が聞こえてくるのだが、自分は別にヒーローは目指していないのだがな……と内心で想うのであった。

 

「あっ零一おはよう」

「おはよう」

「ああ、おはよう……激気だし過ぎだぞ」

「いやこれ結構きつくて……!!」

「ムゥッ……ちょっと濡れた」

 

雄英を前にした最後の坂、その途中で同じように激気で雨を防いでいる尾白と轟。スクラッチで激気のコントロール修行の一環として、滝などに打たれながら精神統一をしながら激気で水を防ぐ修行を試したばかりだからか、丁度雨になったので試しているのだろう。

 

「難しいなら、もう一枚服を着てみろ。其処に激気を纏わせて慣らせ、それで激気を服のように纏うというイメージを持て」

「ふ、服か……」

「成程レインコートみたいに……こんな感じか?」

 

そう言われて納得したように轟は直ぐに激気の放出が安定し始めていき、激気が服のようになっていった。たった一言で此処まで判定するのは流石としか言いようがない。

 

「マ、マジかよ……」

「気にするな、お前のペースで良い」

「分かってるけど、これは流石に来るよ……」

 

相変わらずの才覚っぷりを発揮している轟に劣等感を感じてしまっている尾白を励ましつつも教室へと向かって行くのであった。教室では矢張り声を掛けられたや凄い見られたなどの意見が多い。それだけ雄英体育祭の影響は大きく強いという事になるのだ。

 

「それにしてもまさかこんな早く許可が下りるなんて思わなかったね……」

「まあ、その辺りはスクラッチ社のネームバリューだ」

 

スクラッチ社はサポート業界でも超大手、雄英との繋がりもある為か申請は恙なく進んでいき直ぐにコスチュームへと組み込む許可は下りたのであった。なので既にゲキチェンジャーはそれぞれのコスチュームに組み込まれた、特に零一は申請などは一切していなかったが漸く埋まった事になる……まあコスチュームと言ってもゲキチェンジャーだけなのだが。

 

「無月君!!!やはり改めてお礼を言わせて―――」

「しつこいぞ駄メガネ」

「駄メガネ!?」

 

のんびりとしている零一の元を訪れたのは飯田だった、来て早々に頭を下げようとするので額を少し強めに指で押した。好い加減にしつこいのである。

 

「もう聞き飽きたぞ、感謝の押し売りでもしているのか貴様」

「だが、君のお師匠様に兄さん、インゲニウムは命を救われたんだぞ!?感謝当然じゃないか!!!」

 

その気持ちは分かるが好い加減に感謝し続けるを止めろと言いたい、したいならスクラッチ社に紹介してやるから直接やってくれと言いたい位である。

 

「飯田君、インゲニウムが助けられたってどういうことなの?ニュースでヒーロー殺しと戦ったってやってたけど」

 

飯田の兄はプロヒーロー・インゲニウム。多くのサイドキックを持ちチームでのヒーロー活動を行っている実力も人気も高いヒーロー、だがそんなインゲニウムが体育祭のトーナメント中に病院に搬送されたと聞いて飯田は閉会式を欠席していた、そしてニュースでインゲニウムが病院に運ばれた事は知っていたのだが……

 

「ああ、兄はヒーロー殺しと戦っていた。危うく命すら危なかったところだった、だが其処に一人の人が現れて助けてくださったというのだ。その人というのがなんと獣拳使いで無月君のお師匠様だったんだ!!」

「ええっ!?零一君のお師匠様!?」

「師匠の一人、だな正確には」

 

それを聞きながらも尾白は何処か尊敬を胸に抱いていた。何故ならば……インゲニウムを救ったというのはゴリー・イェンなのだから。来日して体育祭に来ようとしていたのだが、その途中で遭遇して結果的にインゲニウムを救う結果となった。

 

「それで、お兄さんは大丈夫なの飯田ちゃん」

「入院こそしているが元気にしているよ」

「良かったね飯田君」

 

ゴリー・イェン曰く、不闘の誓いがあるとはいえ、拳聖たる者が命の危険にある人を捨て置く事は出来ない。あくまで威嚇と牽制程度にしかヒーロー殺しとは立ち会わなかったらしい……ヒーロー殺しが此方の実力を知り、ヒーローではない事を把握したからか撤退を選択したとの事。そんな話をしていると何時の間にか予鈴が鳴る時間になってしまったので急いで席に着く。直後に相澤がやって来た。包帯も取れたようで安堵する生徒も多い。

 

「ヒーロー情報学はちょっと特別だ」

『特別?』

 

ヒーロー情報学、ヒーローに関連する法律や事務を学ぶ授業で個性使用やサイドキックとしての活動に関する詳細事項などなど様々とを学んで行く。他のヒーロー学とは異なり苦手とする生徒も多い、特別というので小テストでもやるのかと身構えるが、いい意味でそれは裏切られる事となった。

 

「コードネーム、いわゆるヒーローネームの考案だ」

『胸膨らむヤツきたあああああ!!!』

 

ヒーローネーム、即ちヒーローとしての自分を示す名前の決めるという事。自分の事に関する故にヒーロー足る者として絶対的に必要な物にクラス中からテンションが爆発して行った。相澤が睨みを利かすと一瞬で静かになる辺り本当に慣れてきているというか、調教されている。

 

「ヒーローネームの考案、それをするのも先日話したプロからのドラフト指名に密接に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積んで即戦力と判断される2年や3年から……今回の指名は将来性を評価した興味。卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてことはよくある。勝手だと思うがこれをハードルと思え、その興味を保たせて見せろ」

 

幾ら体育祭で素晴らしい力を見せたと言ってもまだまだ経験も足りない物を採用などはしない、これから力を付けていかなければ今の評価など簡単に引っくり返る。そして相澤は手に持ったリモコンを押してある結果を黒板に表示した。それはクラスの各生徒に来ている指名の件数、本来はバラ付きを見せるらしいが今回が豊作という事もあって偏っている。

 

「うおっやっぱに上位に固まってんなぁ……」

「無月、轟、爆豪が全員2000オーバーだぜ」

「あれでもなんで轟の方が上なんだろ」

「そりゃ拘束されてたからだろ」

『ああ成程』

「納得してんじゃねえクソがぁ!!」

 

矢張りトップは零一、無個性という事もあって票数は低いのではという事も考えていたが獣拳の事もあってかそんな心配は無用だった。そして次に轟、爆豪、尾白、常闇と続いて行く。自分に票が入っていない事に落ち込んだり、入っている事に安堵したりと様々な様子が見受けられる。

 

「(1,14件……来てるぅ……!!)」

 

緑谷は自分にも来ている事に酷く安堵しつつも感動を覚えていた。自己分析を行って途中から自損攻撃を行っていた事はマイナスなのでは……と思っていたがその前の攻防などを評価しているヒーローもいる模様。

 

「これを踏まえ、指名の有無に関係なく職場体験に行ってもらう。お前達はUSJでヴィランとの戦闘を一足先に経験しちまってるが、本来は此処でプロの活動を実際に体験、より実りある訓練をという事だ。職場体験と言ってもヒーローの現場に行く。そこで必要になって来る、まあ仮ではあるが適当なもんを付けたら――」

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!この時の名が世に認知されてそのままプロ名になってる人は多いからね!!!」

『ミッドナイトォ!!!』

 

教室に参上したのは18禁ヒーロー事ミッドナイト、ヒーローネームのチェックなどは彼女が受け持つとの事。相澤はその辺りは出来ないらしいので適材適所という奴だろう、寝袋を取り出して寝始めた。各自にボードが配られ、そこにヒーローネームをかき込んで行く事になるらしい。一生を決める事になる決断、時間を掛けてたっぷりと考えていいとミッドナイトが言う。

 

「ヒーローネーム、か……」

 

そもそも雄英に来た目的自体がヒーローになる事ではなく、修行がメインになっている零一には何とも辛い課題となった。マスター達が見ていたという伝説のチームから取る事も考えたのだが、あれはチームの名前であって個人の名前には適していない。

 

「……良いか、別に」

 

難しく考える事を止めてシンプルに行こうと思って、名前を決めた。そして名前を書いた時、ミッドナイトが声を上げた。

 

「そろそろ時間的にもいい頃かしらね、それじゃあ出来た人からレッツ発表!!」

『!?』

 

まさかの発表形式に驚きの声が上がる、流石にこれは予想していなかったのか皆及び腰になっているので挙手をする。

 

「はい無月君!!トップバッターが優勝者ってのもいいわね!!さあ勢いよく頼むわよ!!」

 

ボードを掲げる。其処にあるのは自分の象徴とも言える獣拳、そして自らが修得しているライガー拳の名前がある。其処に己を込めて……このような名前にした。ライガーゼロワン。それが彼の名前。

 

「確かライガー拳だったかしら、それに自分の名前、零一をゼロワンにしたのね」

「ええ。どんな道だろうと始まりはゼロ、それをワンに出来るように」

「とってもいい名前ね!!トップバッターとして申し分ないわ!!」

 

こうして零一のヒーローネームはライガーゼロワンに決定するのであった。因みに―――

 

「獣拳武闘・テイルマン!!」

「分かりやすいわね、素敵!!」

「ショート」

「あら、名前で良いの?」

「ポラリスも考えましたけど、自分の道は自分で行くためには自分の前で行くのが良いと思って」

 

尾白はテイルマン、轟はショートに決定した。



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38話

「職場体験は一週間。肝心の職場だが指名のあった者は個別にリストを渡しておく、その中から自分で選択しろ。指名のなかった者は予めこちらからオファーした全国の受け入れ可のヒーロー事務所、40件の中から選んでもらう。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なるから良く考えてから選べよ」

 

ヒーローネームを考える時間もぼちぼちにして、詳しい職場体験についての話に移行する。取り敢えず零一は数多くの指名を受けているのでその中から選ぶ事になったのだが……どれもこれも獣拳についての興味が大半でその情報を求めているのだろう、それを踏まえつつも自分の行きたい場所を決めなければならない……そうなると何処になるのだろうか。生憎ヒーローに詳しくはないので名前を列挙されてもピンとこないのが素直な所である。

 

「……」

 

2000件を超えるオファーが来ているので体験先候補となるヒーロー事務所のリストは50枚以上。これから一つを選ぶのは極めて大変だ、もうこれをそのままスクラッチの夏希辺りに転送してお勧めで教えて貰おうかな、ということまで考えてしまっている。それは昼休みまで続いており、シンプルに悩み続けている。

 

「零一は何処に行くか決めた?」

「全然。何処が良いのかも全く分からん」

「なんか、らしいなぁ……」

 

雄英に来ているのも修行の一環と公言する程なのでプロになる事もそこまで興味はない、故に職場体験もそこまでの興味がないのだろうなぁと思っていた尾白だったが、如何やら的中だったらしい。

 

「どうせ大半は獣拳目当てだろうからな」

「まああれだけの事をやればそうだと思うよ、ねえどんな人から来てるのか見てもいいかな」

「好きにしろ」

 

そう言われながらも手渡されたリストを見てみると……そこにはトップヒーローの名前がずらりと勢揃いしていた。自分ならばこれだけ有名なヒーローに指名を受けたのならば嬉しさで震えそうなものだが……そんな素振りすら見せない零一は彼らしいなぁ……とすら思える。

 

「お前は如何するんだ」

「俺?俺はまだ検討中、拳法ヒーローの名前が幾つかあったからそこにしようかなとは思ってるけど」

「そうか」

 

結局、自分がどんなヒーローになりたいかがこの体験先に直結するような物。だとすると……自分がなりたいもの、それはあの日の惨劇をもう繰り返させない、ならばそうさせない為に積むべき経験とはどんな物なのだろう……災害救助、いや……ヴィランによる大規模凶悪犯罪、それに該当するだろう。ならば選択肢は一気に狭まっていく。

 

「零一、何処にするか決めた?」

「……」

「零一?」

「……対ヴィランで実績を積んでるヒーローって誰だ?」

「えっ零一、それマジで言ってる?」

 

轟が如何するかを聞きに来た所にそう聞いて来た零一に思わず尾白は顔を引きつらせてしまった。

 

「なんだ心当たりあるのか?」

「いやいやいや……零一、エンデヴァーって事件解決数史上最多って実績持ちだから」

「なんだあいつそうなのか、唯の缶コーヒーのCMヒーローとしてしか見てなかった」

「如何言う認識してるの!!?」

「ブフッ……」

「轟も笑ってるところなの!?いや笑えるのは分からなくないけど!!」

 

スクラッチ社でのゲキハンマーの一件で轟が女性である事を知り、如何して男装をしているのかの経緯も確りと聞いた尾白。まさかあのヒーローが……と驚愕する一方で轟より、というよりも中立的な立場で物事を見る事を決めたからかエンデヴァーのヒーローとしての側面は普通に評価している。まあその辺りは轟も一応分かっているつもりで入る……感情が乗って評価しづらいが。

 

「零一……あいつの所に行くのか?」

「やりたい事がある、それの為の経験を積めるのが一番近いのがエンデヴァーかもしれないからな」

「やりたい事って……修行以外に何をするんだ」

「……俺が如何して臨気を扱えるか、考えた事あるか」

 

そう言われて二人は特に考えた事は無かったが、轟は爆豪との試合の時にシャーフーとシャッキーから言われた言葉を思い出した。零一の過去、詳しくは聞けなかった、唯―――その過去を使って激気と臨気を高めている、とは聞く事が出来た。

 

「俺にとって、過去は力だ。そして他者にそれが及ぶのであれば止めたい」

 

そう思って零一は体験先を決めるとそのまま教室から出て行った、そこに書いてあったのはエンデヴァーヒーロー事務所の文字。

 

「零一……轟は何か知ってる?」

「いや……マスターも本人から聞けとしか、だから俺は聞く為に行動する」

 

轟も続くように体験先を掻き込むとその後に続いて行った。本当に行きたくはないがヒーローとしては超一流の男、そう言う意味では確りと評価出来るし自分の糧にも出来る。零一がそうしているのであれば自分もそうしようと決めて自分もエンデヴァーの事務所に行く事を決めるのであった。それを見届けた尾白は

 

「俺もそっちに行けたらなぁ……しょうがないか、俺は俺に出来る事をしよっと」

 

生憎自分にはエンデヴァーからのオファーは来ていない。だから今自分に出来る事を精いっぱいにやる事を決意しながらも候補を決めようとするのであった。

 

「おや、済まない二人とも。決めたのかい体験先を」

「そう言うお前は決めたのか」

「勿論、今提出する来た所さ」

 

職員室に体験先を提出した二人が、出た先に飯田がやって来た。如何やら飯田も体験先を定めたのか提出しに来たらしい。

 

「俺は兄さんの事務所、インゲニウムの所に行くつもりだ」

「だけど兄さんは入院中だろ」

「ああ、だからこそ行きたいんだ。兄さんの代わりになる、なんて自惚れを言うつもりはない。でも兄さんと同じ目線で物事を見るチャンスだと思うんだ」

 

飯田の瞳には復讐と言った色は浮かんでいない。ひょっとしてヒーロー殺しに対する敵意などがあるのではと邪推したが、そんな事は無かった。兄は無事であると冷静に受け止めている、だからこそ兄と同じ空気を感じたいと思ったのかもしれない。目標としているヒーローと。

 

「そうか、なら行ってこい」

「ああ、おっと二人は何処に行くんだい?」

「一応エンデヴァーの事務所だ、珈琲でもご馳走になろうと思ってな」

「確かに缶コーヒーのCMに出ているが、そんな事の為に行こうとするんじゃない!!?」

「察しろクソ真面目、ジョークだ」

 

それを見た轟は何処か零一が変わったような印象を受けた、以前から軽いジョークを言ったりはするようになっているが体育祭前と比べると何処か自分や尾白以外に取る態度が軟化しているというか、変化している気がする。彼の中で意識が変化した、というべきなのだろうか……。

 

「放課後は武器の修行をするか」

「分かった、ゲキハンマーに慣れないと……あんま使いたくないけど」

「一応武器としてみれば優秀なんだ。まあ問題はあるが……」

 

 

 

「―――」

『―――』

 

暗闇の何処か、宵闇の中にボンヤリと浮かび上がる煌びやかな光を崇拝するかのように崇め奉る者どもがそこに居た。その輝きは何処か不安定、消えかけたかと思いきや急激に強くなったりを繰り返し続けている。

 

「……新たな嘆きを捧げなければならぬ、全ては偉大なる方の為に」

『全ては尊き御方の為』

 

魅入られているかのように祈りを捧げ続ける者共から一人が立ち上がった、その瞳は妖しく揺れ動いているがその奥に金色の光が宿ると急激に生気を取り戻して行く。

 

「お任せください、嘗ての貢ぎ物……とまでは行きませぬが、己が使命に心血を注ぎし者が道半ばで朽ち果てるなど良い物になると思います」

「良いだろう、任せよう」

「ハハッ」

 

頭を下げた後に金色の光と共に消えていくそれを見送った後、再び祈りを捧げる。それらが捧げる物には嘗て捧げた物が封じ込められた宝玉が未だに残っている、それ程までに深く、大きい貢ぎ……それに等しい物を再び作り出す為の準備が始められようとしていた。



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39話

フレイムヒーロー・エンデヴァー。圧倒的な火力を誇る個性、鍛えられた肉体とそこに刻み込むように高めて来た技術で事件解決数史上最多を達成している日本が誇る№2ヒーロー。紛れもない超一級のスーパーヒーローというに相応しい。そんなヒーローが構えるエンデヴァー事務所は大きなオフィスビル、そこに大勢のサイドキックを抱えている。そんな事務所に二人の影があった。

 

「さてとまあ……行くか」

「うん」

 

そう、零一と轟である。今日から行われる職場体験、その為に此処まで来たのである。轟としてはあまり来たくは無かったが、プロヒーローを目指すのであれば最も№1に近い超一流のヒーローに見て貰うのが最も合理的といえる。だからここに来たとも言える、そしてビルへと入ると早速案内を受けてエレベーターで上がっていく、そして……一室に通されるのだが、そこには多数のサイドキックを背後に抱えているエンデヴァーの姿がそこにあった。

 

「よく来たな、無月そして焦凍」

 

意外と確りと受け入れられる事に対しては驚きがあった。自分の職場体験の申し込みが受領されたのもそうだが、未熟な生徒の職場体験を受け入れるのはプロの仕事の効率を下げる事にも通ずるので嫌う者もいると相澤も言っていた。特にエンデヴァーの事務所は事件解決数ランキングの常連、そんな所が体験を受け付けるのも珍しい……まあ8割以上、轟関連だろうが。

 

「まずはお前達のヒーローネームを聞いておこう」

「ショート」

「ライガーゼロワン」

「成程な……よし、先ず一言言っておこう。お前達に職場体験の使命を出しこそしたが此方としては足手纏いを仕事に着いて来させるつもりはない、故に―――まずは手合わせをさせて貰うぞ」

 

突然すぎる言葉だが、エンデヴァーの言葉は一理ある。プロの仕事に連れて行くが、形式的には自分達が守られなければいけない対象でもあるので出来ればある程度着いて来れる者が好ましいのである。それを判別する為に実力を改めて確認しておきたいという所だろう。そのまま事務所の地下にあるトレーニングルームへと連れていかれる二人。

 

「おいコスチュームは如何した」

「此処にある」

 

そう言いながらも轟は付けているゲキチェンジャーを見せた、此処にあると言われても……唯の手甲にしか見えないとエンデヴァーは言葉を選ぼうとしているのだが、それより前に二人は顔を見合わせながらも激気を出しながら叫んだ。

 

「轟け!!獣の鼓動!!臨気激装(ビースト・オン!!)

「滾れ!!獣の力!!ビースト・オン!!」

 

同時に高められて行く激気、零一はそれを臨気と共に鎧のように纏って臨気激装を行った。対する轟はゲキチェンジャーの高次元倉庫に格納されている自分のコスチュームが展開されて自分に纏われる。一瞬のうちにコスチュームの装着が終了した光景に流石のエンデヴァーも感心したような声を上げ、サイドキック達からは初めて見る様なアイテムに興味津々といった様子だった。

 

「おおっ何だあれ!?一瞬でコスチュームが展開された!?」

「便利だなぁ……持ち運びも簡単だし他の物も入れられるなら医療器具も入れられるからそういう面でも役に立つ」

 

「何処のサポートアイテムだ」

「スクラッチ社」

「スクラッチだと!?あの超大手が何故……」

 

思わずエンデヴァーは声を上げてしまった。それだけスクラッチ社はサポート業界としても大手な事もあるが、それ以上にサポートアイテムを依頼するのは向こうが出す条件やテストをクリアしなければいけないという事で有名。それなのに雄英生徒でしかない二人にこれだけの物を作ったというのが信じられなかったらしい。

 

「零一はそこの特別開発室の室長と知り合い、スクラッチ社とも関係が長い」

「そんなパイプがあったのか……」

「ええ。如何でもいいがさっさと手合わせをしないのか、時間の無駄だ」

「良いだろう、始めるとしよう」

 

サイドキックの中にはそんな言葉遣いをする零一に対していい顔をしないものも多かった。当然だ、此処にはエンデヴァーに憧れてサイドキックになったものも多い、それなのにあんな大きく口を叩くのだから生意気な子供だと思うのも致し方ない。

 

「エンデヴァーさん誰がやります?」

「いや俺がやる」

『ええっ!!?』

 

流石にサイドキックの誰かにさせるとばかりと思っていたのか、サイドキックから驚きの声が上がる。早速零一とともに中央に立ちながらも立ち会う、そんな様子にサイドキックは戸惑いの声も上げる。

 

「エンデヴァーさん直々って……」

「噂の獣拳の力を確かめるとかか?」

「だと思うが……体育祭で優勝したからってまだ高1だろ、エンデヴァーさんが直接戦う程ではないと思うけど」

 

などという意見が多い。まあそれも当然かと轟が思っている中で隣に一人の女性がやってきた、エンデヴァーのサイドキックでありながらも有名なヒーローの一人でもあるバーニンだ。

 

「よぉっショート!!体育祭見たぜ、中々強くなったじゃねえか」

「ども」

「それとよ……お前さ、あいつにバラしてるだろ?」

「―――分かるんですか?」

「ったりめぇよ同じ女だ舐めんなよ」

 

ウィンクをしながらも笑うバーニン、サイドキックという立場であるからか交流はそれなりにある。出張で不在の時に鍛えてやって欲しいと頼まれて相手をした事も何度もある、故にバーニンは轟の事を同じ女として色々と理解しているつもりである。

 

「言葉がやわらけぇって思ってさ、なんだ良い事あったか?」

「……うんあった、今度教える」

「応教えろ教えろ」

 

姉、というよりも悪友に近いバーニンに轟は多少なりとも心を開いている。そんな中で遂に零一とエンデヴァーの手合わせが始まった。

 

「っ!!」

「小癪な!!」

 

真正面から突っ込んでいたかと思いきや、瞬時に姿を消した零一。だがエンデヴァーは落ち着きながらも背後に拳を突き立てるとそこに零一の蹴りが飛んできた。そのまま後ろへと跳びながらも激気と臨気を拳から放つ。

 

「っ!」

 

それに炎を放つ、唯の風圧のような物だと思っていたがエンデヴァーの炎を逆に押し込んでいくような力強さ、それに驚きつつもエンデヴァーは生意気な……!!と好戦的な笑みを浮かべつつも一気に炎を強めて押し返して行く―――が、それは一瞬のうちに両断された。

 

「ゲキリンセイバー!!」

「ホウ、徒手空拳だけだと思っていたが武器も使えるか。ならば―――!!」

 

合わせてやろう、と言わんばかりにその手に炎の剣を生み出して握り込むエンデヴァー。それを見て真正面から切り込む零一、それを迎え撃つエンデヴァー。唯個性だけで此処まで上り詰めたのではない、と言わんばかりに見事な剣術で零一を攻撃し始める、サイドキックはヴィラン退治でも行う炎の剣術にやりすぎだと思ったが……

 

「嘘だろ……?」

「エンデヴァーさんの炎の剣と」

「打ち合ってる……!?」

「ハハッやるなぁあいつ!!」

 

「はぁぁぁっっ!!」

 

ゲキリンセイバーは酷く薄い、振るだけで刃が音を立てて曲がる程に薄い。だからこそ腕を大きく振るいながらの回転を加えるのが基本的な使い方。そしてそれはその状態で攻防一体の構えとなる。炎を受け流しつつも防御し、一瞬の隙に攻撃を差し込む事が出来る。

 

「(想像以上に出来るぞ此奴……!!伊達に焦凍に勝っていないという事か、面白い!!!)」

 

エンデヴァーは努力を重ねて続けている、№1になる為に炎を活用する方法を模索し続けていた。剣術、槍術、棒術、様々な物に手を伸ばしてそれらを会得している。故に炎の剣は単純な高い熱量を持った剣で攻撃するだけではなく、技量としても優れている。それらを簡単に受け流し続けている零一に興味が湧き始めて来た時だった。

 

「そこぉ!!薄薄斬!!」

「ぬぉ!?」

 

一瞬の隙を突くかのように一転攻勢、零一は攻撃に出た。二つの剣を操りながらも全身しながら上下左右、様々な角度から凄まじい切れ味の攻撃が行われ続ける。息をする暇もないほどの超連続攻撃にエンデヴァーも防御し続ける。そしてそれを受け続けていた炎の剣が……両断されてしまった。

 

「小僧!!」

 

折られた直後に胸部から炎を噴出した、それを諸に受けた零一は吹き飛びながらも全身が火達磨になっていた。だがそれは咄嗟の事だった、このままでは押し切られてしまう、と思ったエンデヴァーは思わず攻撃を行ってしまった。

 

「しまった、つい……!!」

「不味い消火器消火器!!」

「要らないよそんなの」

「へぇっ?」

 

周囲が慌てる中、轟だけが冷静に必要ないというのをバーニンだけが聞いていた。その言葉の通りに火達磨になっていた零一は立ち上がりながらも勢いよく回転すると竜巻のような激気と共に炎が消し飛んだ。そしてゲキリンセイバーを肩に担ぎながら問いかけた。

 

「まだやるか、見極め」

「……いや十分だ。お前の力は良く分かった―――存外やるものだな。生意気だが」




夏希「ゲキリンセイバー、しなる程に薄いけど切れ味は抜群!!上手く扱えば上下左右からの同時攻撃は空前絶後の防御不可の攻撃を繰り出せるわ」

零一「シャーク拳との相性も抜群、俺が一番好きな武器だ」

夏希「でも本当に薄いのよね、指で曲げられちゃう位に」

零一「薄いが故の抜群のキレ味!!薄薄斬に切れぬものはない!!」

夏希「じゃあこんにゃくも大丈夫?」

零一「当然……って斬鉄剣じゃないよ!!」


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40話

零一の手合わせに続き、今度は轟の手番となった。エンデヴァーの息子、という事で事務所の面々は実力は把握しているつもりだったが獣拳を手にして戦い方が一気に上がっている事には驚いた。個性による力押しではなく、個性を戦術に組み入れた戦い方には目を見張るものがある。そして……焦凍が手に入れた新しい武器、ゲキハンマーもその一助になっている。

 

「氷氷槌!!」

「ぐっ!!」

 

激気を込めればどこまで伸びて行く鎖という特性を利用して変幻自在の戦い方を可能にする事を既に理解し、練習し続けている轟はゲキハンマーの扱いにかなり慣れてきている。ポーラベアー拳という個性との相性も抜群なので、冷気を纏った激気はゲキハンマーの鉄球に即座に纏われてゲキハンマーを絶対零度の氷塊の槌へと変える。その威力はエンデヴァーですら油断出来ず、炎を纏っているというのに体温が一気に下がっていくという威力。

 

「中々やるな、だがこれなら如何だ!!」

 

足元に炎を溜め、放出する事で爆発的な勢いを得て加速していくエンデヴァー。何処までも伸びる鎖鉄球というのは確かにこれ以上ない自在性を持っている、だが故に泣き所は超接近戦。懐に飛び込もうとするエンデヴァーだったが―――次の瞬間には目を見開いてしまった。振り回していた鎖を腕に巻きつけて長さを調節して、至近距離に対応してきた。そして鉄球は自分の顎を捉えようと迫って来る、咄嗟に胸から炎を放出して速度を落として回避する。

 

「くっ!?」

「くそ避けられたか、だが逃がさない!!」

 

一気に距離を取るエンデヴァーだが、それに対して鎖はどんどん伸びながらも意思を持っているかのように自在にコースを変えながらも迫って来る。溜めてジャンプすれば垂直に鎖はコースを変えてくる、それに対処する為に天井を蹴りつつも炎を纏った拳で鉄球を殴り付ける。鉄球はそのままの勢いで床へと叩き付けられる。

 

「フゥッ……全くなんて恐ろしい武器だ」

「これが俺の武器」

「成程な……何処までも伸び、相手を決して逃さぬ鎖鉄球か……良い武器だ」

 

汗を拭いながらもエンデヴァーはゲキハンマーを回収している焦凍を見ながらも、素直に称賛した。最初は鎖鉄球は扱いが難しい部類なので使えるのか、と思った。だがまだまだな所こそあるが、それを激気で上手くカバーしつつ本人の柔軟な対応で補えている。

 

「いやぁ……ライガーの戦いも凄かったけど、ショートの戦いも凄かった」

「なんだよあの武器、エンデヴァーさんを完全に追い詰めようとしてたぜ」

「激気って奴を込めれるだけ伸びるって言ってたけど、マジなのか……やべ、獣拳習いたい」

 

零一と轟に共通しているのは、手合わせとはいえエンデヴァーに危機感を感じさせ本気を引き出したという点。その要は矢張り獣拳、特に零一は個性こそないが獣拳を極める為に10年という年月を捧げている為に体術や武器の扱いなどは既にプロヒーローにも引けを取らない、いや獣拳を合わせて言うなれば凌駕している点も多い。

 

「二人の実力は良く分かった、如何やら同行させたとしても問題はない所かサイドキックとしてカウントしても問題はなさそうだ」

「って事は、あれですねエンデヴァーさん!!」

「ああ。渡してやってくれ」

 

エンデヴァーの許可を得ながらバーニンが胸元からカードのような物を取り出して手渡してきた。そこには零一、轟、それぞれの顔写真がある運転免許証のような物だった。説明を求めるように視線を上げるとバーニンが揚々と説明しようとするのだが―――

 

「それは個性使用許可証の仮の物だ。知っての通り、個性使用許可はプロヒーローや行政から許可を得た企業や現場でなければ発行されん。だが、一定以上の実績や時間を積み重ねている者は使用許可証を一時発行する事を許されている。お前達に分かるように言えば、仮免の仮免といった所か」

 

詰まる所、自分達の職場体験は職場体験とは言えなくなる。寧ろその先のインターンに近い物になるという事、いざという時は自分達もヴィランとの戦闘を強いられるので覚悟しておけという意味を含んでいる。だが二人からすれば望む所でしかない。

 

「なんてアタシの台詞取るかな~……空気読めねぇから№2なんだよ」

「なんだと貴様ぁ!!」

「おっやるかいエンデヴァーさん」

「貴様サイドキックとしての弁えが無いらしいな!!今度という今度は徹底的に扱いてやる!!」

「アハハハッ望むところ~!!」

 

トレーニングルームの奥、特別鍛錬場と銘が彫られている所へ連行されていくバーニンだが、その最中に二人に対してパトロールでも行ってきな~と言葉を漏らしていた。思わず顔を見合わせる二人にサイドキック達はあ~あ、と言いたげな表情を浮かべていた。

 

「悪いな二人とも、バーニンは口が悪いんだよなぁ……」

「エンデヴァーさんの事、尊敬してんのに躊躇なくああいう事言うから扱かれてんの」

「でも本人も意図してやってるっぽいんだよな、ああやって強くなったって自覚あるから」

 

バーニンのああした事はよくある事らしい、寧ろバーニン自身はそれを利用して自分の力を高めるための機会にしている節があるとの事。エンデヴァーとしても自身のサイドキックの筆頭とも言えるバーニンの実力向上と把握を兼ねているらしい、仲が良いのか悪いのかよく分からない。

 

「兎に角、二人にはヒーロー業務についての詳しい説明をした方が良いだろ。許可証渡したなら猶更現場に連れてくの増えるだろうし」

「だな。んじゃ行ったん上に上がろうか、そこで詳しい説明をするよ」

 

その途中、特別鍛錬室から凄まじい音が聞こえてきたりするのだが……一体どんな事をやっているんだろうかと思わず二人は気になったりもしたのであった。

 

 

 

「小僧、中々に悪くないじゃないか」

「あ、有難う御座います……」

 

そんな風に言われつつもボロボロになっている緑谷の姿があった。彼も彼で職場体験に赴いたのだが……その先は何とオールマイトの担任だったヒーロー・グラントリノ。ワン・フォー・オールの事も知っているという事なので、他に指名をくれたヒーローには悪いと思いつつもそこへと行く事にした―――結果、オールマイトも恐れるのも納得な実戦訓練の嵐に揉まれ続けていた。

 

「全身にワン・フォー・オールを使う、規模こそ違うがオールマイトに近い。問題はそこからどう発展させるかだな」

「は、はい……い、一応考えてたりするのはあって……」

「言ってみろ」

 

それはオールマイトの強力な一撃、それに必ず付き纏っていると言ってもいい猛烈な風圧。元々轟との戦いで自損覚悟での全力ブッパで氷を相殺していたように、風圧での攻撃を目指すのがいいのではないか、と思っている。

 

「成程、悪くねぇ選択肢だな。だが今の出力じゃ風圧で相手を倒すなんて事はぜってぇ無理だな」

「お、仰る通りです……ですからとにかく今は、身体を鍛えないと……」

「だがそのアイデアを殺すのも惜しいな……ちと待ってろ」

 

そう言うとグラントリノは何処かに行ってしまう。緑谷はその背中を見送りながらも痛みで震えている身体を摩りつつも、グラントリノの強さに驚いた。小柄なご老人といった風貌なのに、フルカウル7%を簡単にあしらう程の実力を持っている。自分もあんなところに行けるのだろうか……と思っているとグラントリノが戻って来た。そして何やら詰まった小袋を投げつけて来た。

 

「こ、これは?」

「パチンコ玉だ。風圧が出来ねぇなら何かを投げたり飛ばしたらいい、オールマイトはそう言う小細工しねぇが、小細工だって立派な工夫だ」

「―――あっそうか!!これで風圧での攻撃を想定した練習も出来るし遠距離攻撃手段に出来るって事ですね!?」

「理解が早くて結構、だが指で弾いたりするのは難しいぞ。そいつの練習も使いするぞ、可能なら実戦訓練中にそれで俺を攻撃してみな」

「はい、頑張ります!!」

「(思考は柔軟で回転も速い、加えて素直で伸びしろも十二分。良い奴を見つけたな俊典)」

 

 

「オ、オールマイト……震えてた意味が、身に染みて分かり、まし、た……」

『……怖いでしょ?』

「はい……」




夏希「ゲキハンマー、達人級になれば激気を込めれば伸びる鎖の特性も相まって手足のように使うだけじゃなくて相手を絶対に逃さない狩人のようにもなるわ」

零一「本当に何処までも伸びるから、やろうと思えば大空を舞う鷹すら捕まえると言われてるんだ」

夏希「でも、如何してか女性が使うと妙な絡まり方をするのよね」

零一「絶対あのエロゾウのせいですよ」


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41話

エンデヴァーの事務所での日々は間違いなくこれから役立つ者になるという確信があった。どれをとっても超一流、№2ヒーローというのも納得。その上に立つ№1ヒーローであるオールマイトは基本的に自己完結させてしまう究極の一(アルティメット・ワン)に比べてしまったら集団という意味では確実に上回っている事だろう。そんな集団に認められている二人は前々から計画されていた行動の参加が許されたのであった。

 

「保須市か……」

 

二人がやって来たのは東京の保須市、ヒーロー殺しの名を轟かせているヴィラン・ステインが潜伏しているとされる地区だった。此処でヒーロー・インゲニウムは倒されてしまっている。彼のサイドキックは留まっているが、それでも保須市からは不安の声も聞こえている、それ故か多くのヒーローが保須入りを行っている。目的は一つ、ヒーロー狩りを行っているヒーロー殺しを逆に狩る為である。

 

「つってもやる事はあまり変わらないな」

「だな」

 

保須市入りをしたとて、やる事はあまり変わらない。パトロールを基本としたものばかり、場所が変わろうとも基本が変わる事などは無い。№2ヒーローがやってきている、それを知らしめるだけでヴィラン達は犯罪を起こす気持ちにブレーキが掛かる。それについては轟も認めている、あくまでヒーローとしては。時折、それでも暴れる者はいるが、自分達に手番が回るまでもなく鎮圧される事が大半である。

 

「もう夕方か……」

「今日も収穫は無しか」

 

保須入りをして数日、ヒーロー殺しの足取りは掴めていない。そこは行動をしていない、つまり犠牲者が出ていない事に喜ぶべきなのだろうか……何とも言えないもどかしさに言葉が詰まる。

 

「何も起こらない、それが一番だ。それに文句などを付けようとするなよ」

「分かってる」

 

サイドキックのキドウからそのような声を掛けられるが、掛けられるまでもない事は分かっている。平和を望む事こそがヒーローの本懐なのだから……何もないならばそれが一番なのだ……だが、それを乱す者がいるのもヒーローが存在する理由でもある。突如として、轟音と共にそこいら中に何かが出現し始めた。それは手に槍や棒などといった武器を所持しながらもまるでキョンシーのような動きをしながらも近くにいる人々を片っ端から攻撃し始めた。

 

「な、なんだあいつら!!?」

「いきなり現れた……!?」

 

キドウと轟は思わず声を上げたが、零一は言葉を失っていた。そこに居たのは……リンシー。嘗て、獣拳が二つの流派に別たれていた時代、臨気を扱う臨獣殿、道半ばで命を落とした古代の臨獣拳の使い手達が秘術によって仮初の命を与えられてこの世に蘇った存在……それがリンシー。臨気を扱う零一には分かる、あれは本物のリンシーなのだと。

 

「リンシー……いや、なんだこの違和感は……ゾワゾワ、いやもっと変な感じがする……ズシズシのゾワゾワ……?」

 

上手く言語化する事は出来ないが、あのリンシーは唯のリンシーではないという事は理解出来た。金縁の黒い服に目元を帽子と目隠しで覆ったリンシー……聞いていた物とはどこか異なるのもそのせいだろうか、兎に角このままにしておけない。

 

「キドウに轟、あいつらを、俺は知ってる」

「知ってるって何でだライガー!?」

「あれは……道半ばで命を落とした太古の獣拳の使い手、言うなればゾンビみたいな奴らだ」

「ゾ、ゾンビって……そんなオカルトがあるのか!?」

「ハァッ!!」

 

信じないキドウに対して零一は実力行使と言わんばかりに一般人に槍を突き刺そうとしていたリンシーに向けて臨気弾を発射した。臨気弾は槍を圧し折りながらもリンシーの顔面に直撃して吹き飛ばし、地面へと叩き付けると石化して砕け散っていった。

 

「ホ、本当に……ゾンビ……?」

「あいつらを安らかに眠らせてやるのも獣拳使いとしての俺の使命……とにかく、被害を抑える為にも俺は行く!!」

「零一!!俺も!!」

「ああ待て二人ともって言ってる場合じゃないか!!戦闘を許可する、そして俺も行く!!」

 

兎に角被害を抑えなければ!とキドウも戦闘に参加する為に飛び込んでいく、それに反応するようにキョンシーのように跳び跳ねながらも迫ってくるリンシー達。キドウは個性の軌道で攻撃の軌道を反らしながらも反撃に移ろうとするのだが―――

 

「ハッ!!」

「―――」

「何!?」

 

リンシーはキドウの一撃を容易く受け止めるとそのままカウンターで殴り付けて来た、それに負けじと攻撃を仕掛ける。今度は個性を併用しつつ攻撃の軌道を読ませないようにしている筈なのにリンシー達はそれを見事に受け流して防御を行っている。

 

「な、なんだこいつら!?」

「油断するな!!」

 

そんなキドウをフォローするように跳び込んできた零一は強烈な飛び蹴りでリンシー達を吹き飛ばしつつも、激気と臨気を溢れ出させながらも迫り来るリンシー達の攻撃を捌きながらも的確に攻撃を命中させていく。

 

「道半ばで倒れたとはいえ、こいつらは獣拳を学んだ者。本気で掛からんと此方が首を取られるぞ!!」

「っすまん!!」

 

そう、リンシー達は臨獣拳を学んでいた者達。達人とは言えないが、それでも並の武芸者よりも技術という点で言えば優れているのである。零一の攻撃で簡単に倒された光景で舐めていた自分を戒める、キドウは今度は本気で立ち回っていく。

 

「だが、此方―――だぁりや!!」

 

相手の攻撃の軌道を反らす事で隙を作り、カウンターで拳を叩きこむ。それを受けたリンシーは石化、消滅する。油断しなければ勝てる、そう分かれば全力で対処していく。それを見て零一は頷きながらも剛勇雷迅波でリンシーを蹴散らして行く。

 

「激技、氷柱乱!!!」

 

轟も数多くのリンシーを相手取りながらもポーラベアー拳の豪快なパワーで圧倒しつつも氷結攻撃で相手を飲み込んでいく。だがそれでもまだまだリンシーはいる。

 

「くっそ切りがないぞ!!」

「だったら、切り終えるまで!!激技、剛勇咆弾!!」

『ゴオオオオオオォォォッ!!!』

 

激気と臨気によって具現化されたライガーは大きな遠吠えを上げながらリンシーへと向かっていき、次々とそれらを薙ぎ倒して行く。最後に一際大きな咆哮を上げると周囲のリンシーを一掃してしまう。

 

「凄いな……だけど、このリンシーってのは一体何なんだ……?」

 

一先ず暴れ回っていたリンシー達の対応を終えたキドウは息を吐きながらも、粉々になったリンシーの残骸を見つめながら言った。戸惑うのも当然だ、獣拳に身を置く自分ですらリンシーの出現には驚愕させられた。悪しき獣拳使いが現れてしまったのか……と考え込んでしまいそうになった時、仮面をつけた一人の男が此方に向かってきた。それは慇懃無礼に頭を下げた。

 

「これはこれは……ゲンリンシー程度では相手になりませんか……しかしまあよくもまあ私の余興を邪魔してくれたものです」

「余興だと!?今のは貴様の個性か!!」

「個性、個性ねぇ……まあそう言う事にしておきましょうか」

 

キドウの言葉にクックックッ……と薄気味悪い笑みを浮かべながらもその男は仮面を取り外した。その仮面の下に広がっていたのは……額に何かの動物のような像があった。それを見て益々零一は臨気を滾らせそうになってしまった。

 

「本来の目的の食前酒として人々の悲鳴、絶望を頂こうとしたのですが……その前に退治されてしまった、致し方ない……さっさと目的を果たすしかありますまい」

「何を言っている!!貴様を捕縛させて貰う!!」

「捕縛、私を……ヒーロー如きが何をほざくか。余り馬鹿にしないでいただこう」

 

瞬間、男から凄まじいプレッシャーが溢れ始めた。それは臨気、いや臨気よりも更に得体の知れないどす黒くありながらも煌びやかを纏った臨気に近い何かだった。これから何が始まるのかと三人が構えると男は叫びをあげた。

 

「―――邪身変!!!」

 

 

直後、男は激烈な変化を遂げ始めた。頭部と腕が身体の中へと引っ込んでいくように入っていく。そして膨れ上がった身体を突き破るかのように、背中から何かが羽化した。それはカマキリを連想させるような姿をしていた。両腕にはカマキリのような鎌を携え、胸部がカマキリの頭部で両肩がその目をしているという不気味さを纏っている。

 

「へ、変身した!?」

「れ、零一これって……」

「ああ、臨技……獣人邪身変……!!」

 

 

「チッやっぱりこれ止まりか、だから絶望を得ようとしたのによぉ~……まあいい、俺の目的はお前らじゃねえ。お前らはこいつらと遊んでな!!」

 

先程とは口調が変わった男は再びリンシーを繰り出すとその場を任せるように背中にある羽を広げて飛び立って行った。それを追いかけようとするが、瞬時に周囲をリンシーに囲まれてしまう。

 

「くそ、なんなんだ一体!!この保須で何が起きようとしてやがるんだ!?」

 

キドウのその言葉が、この状況の混沌加減を現していた。




夏希「リンシー。獣拳が別れていた時に、臨獣殿の下級戦士として扱われていた戦士達ね。と言っても全員が獣拳を学んでいたから厄介よ」

零一「唯の戦闘員じゃない、というのが厄介ですね」

夏希「更に、このリンシーが特別な修行を行うと更に強力な戦士になるというわ」

零一「やっぱり修行は偉大だな……」


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42話

「チェエエエストォ!!」

 

零一の気迫の籠った延髄蹴りが炸裂し、最後のリンシーが消え去った。なんとか被害は最小限に抑えつつも全滅させる事が出来た。

 

「よ、漸くか……此処までの近接ガチ戦闘は何時振りだろ……事務所に戻ったら鍛え直さないとな……」

「ふぅっ……」

 

流石のプロのサイドキックであるキドウも初めてのリンシー相手は中々にキツかった模様、部類的には雑魚の領域にこそ入っているが、それでも獣拳を修めている事に変わりなし。武術による受け流しや防御も積極的に行って来るので、唯攻撃するのではなく武術で行わなければ倒せないのが厄介な所。

 

「兎に角さっきの奴を追いかけないと……」

「ま、待ってくれ。他の場所にもあのリンシーだっけか、そいつが現れるかもしれないだろ。今の内に情報を渡してくれ!!」

「……確かに、それが良いと思う」

 

轟もその意見に賛成する、あれが一体何処に行くか分からないが人々の悲鳴などを望んでいるならばまた、同じことをする可能性も十二分にある。

 

「あれはリンシー。獣拳は二つの流派に割れていた時期があった、一つは正義の獣拳である激獣拳ビーストアーツ。もう一つは邪悪な獣拳、臨獣拳アクガタ。その臨獣拳の総本山、臨獣殿に身を置きながらも道半ばで倒れた獣拳使いを仮初の命で蘇らせたのがさっきのリンシーだ」

「獣拳って正義の心が無ければ使えないと言っていたが、それは違うのか」

「激気自体は正義の心がないと引き出せない、だが臨気は違う。あれは人々の悲鳴、絶望、嘆きで増幅されていく」

 

その二つは既に一つになっているが、アクガタを継ごうとする者が居た……という事なのだろうか。それらを聞きながらもキドウは険しい顔をしながらもある事を聞く。

 

「その、リンシーだったか。助けることは―――」

「無理だ。奴らの知性は低いから言葉も話せない。悲鳴程度は上げられるが会話なんて以ての外だ。それに厳密には生きてもいない、死体が操られているに近い。倒して解放してやるのが一番だ」

「……そうか、分かった。全員に伝える」

 

そう言いながらインカムのスイッチを入れてエンデヴァーを始めとしたサイドキックに情報を共有する。気持ちは分からない訳でもないが、死者とも生者とも言えない曖昧な存在がリンシー。それが生きる者を襲うのであれば倒して眠らせてやるのが一番の対処法なのである。

 

「ああそうだ、そいつらはある奴の個性で操られているに近い木偶人形!倒すしか術はない!!……ライガー、如何やら他の場所にもリンシーが暴れているらしい、捕縛しようとしたら石化消滅したって話も幾つか出てる」

「他の場所でもか……元を断つしかない」

「あいつだな」

 

先程の男、まるでカマキリのような姿をしていた。恐らく体得しているカマキリを手本とし、その腕で何でも切断する事が出来るのマンティス拳。

 

「だがどこにいるか……」

 

手掛かりもない状況故に手当たり次第にリンシーを蹴散らして行きながら探そうと考えていた時、二人の携帯にメッセージが入った。そこには位置情報のみが添付されていた、発信者は―――緑谷だった。しかも此処から近い。

 

「緑谷から、なんだ位置情報だけが……?」

「見せてくれ……この子賢いぞ、これはプロが良く使う救援要請やヴィラン発見の報告の手段だ。だけど位置情報だけって事は、緊急事態かも知れないぞ」

「急いだほうがよさそうだ、招来獣!!」

 

キドウの言葉で大急ぎで向かう事を決めた二人、零一は即座にライガーを呼び出した。二人もそれに乗るとライガーは遠吠えを上げるとそのまま疾走し始めた。

 

「よし、エンデヴァーさん達への転送も終了。片付き次第援軍に来てくれるはずだ!!」

「流石手早いな、轟次は!!」

「右、次は左の路地!!!」

「了解、GOライガー!!」

『ゴオオオオオオオオッッ!!!』

 

高らかに雄たけびを上げながらも疾走するライガー、夜の帳に包まれ始めている空。暗く静かな物になる筈の夜空の一部には火の手が上がっているかのようにオレンジ色に染まっている。如何やらリンシー達が暴れているというのは本当らしい。そんな事を考えつつも到着した路地裏、ライガーは姿を消す中、見えたのは―――血を流して倒れているヒーロー、それを庇うようにしながらも座り込んでしまっている飯田。そして……蹲っている緑谷の姿だった。そしてその傍には……刀を持った男が飯田への方へと歩き始めた。

 

「緑谷、飯田!!」

「剛勇吼弾!!」

「っ!!」

 

臨気弾を放って牽制を行うが、それに素早く反応した男はビルの壁を蹴って見事に回避する。その身のこなしを見て零一は直ぐに瞳を鋭くする。

 

「ハァッ……邪魔か」

「零一君に轟君!?」

「ふ、二人とも、如何して……!?」

「位置情報が送られて来たんでね、こっちに来たんだよ」

「あいつは、ネイティブ、傷が深そうだな……」

 

状況を分析しながらも構えを決して解く事は無い、それは緑谷達と戦っていたと思われる男にあった。刃毀れしている日本刀を持ち、各部にもまだ刃物を持っている、スカーフなどで顔を隠しているその男の瞳は酷く冷たく、鋭かった。

 

「気を付けるんだ、そいつはヒーロー殺しだ!!!」

「ヒーロー殺し、ステインか!?まさか大当たりとは……」

 

思わずキドウがそんな言葉を口にしてしまう、救援に来たと思ったら元々保須に来た目的を達成してしまうなんて……なんて巡り会わせなのだろう。

 

「ハァッ……増えたか、だがヒーロー・キドウ……貴様も粛清の対象だ」

「粛清、だと……?何をほざくと思えば」

「贋作が口を開くな。貴様は贄だ、正しき社会への―――贄だ」

 

刀を構え直しながらも今にも飛び掛かってきそうな瞬間―――誰よりも早く零一は飛び出していた。全身を襲ってきたゾワゾワに身体が素直に従っていた。ゲキチェンジャーからゲキリンセイバーを取り出すとそのまま構えて壁を蹴って跳躍、そのまま……ヒーロー殺しの真上を取っていたマンティス拳使いの刃を防いでいた。

 

「気付かれただと!!?」

「テメェ……何をする気か知らないが、好きにはさせるかぁ!!!」

 

マンティスの一撃を弾きつつもビルの壁を蹴りつつ、ゲキリンセイバーを振るって足止めを行う。その攻防をヒーロー殺しは何処か驚きつつも澄んだ瞳で見つめていた。

 

「こいつは俺が引き受ける、そっちは、任せたぁ!!」

「無理だけはするな!!俺も直ぐに行く!!」

 

キドウはそう叫び返す、が零一は壁を蹴って去ろうとするのを追いかけて行く。と言っても自分もこの状況で容易く逃げられるという訳ではない。可能なれば確保したいが……ネイティブや飯田の手当ても早急にしなければならない。その状況で相手を確保出来るか、いや上手く凌いで応援を待つのがベターだと思う。零一の実力は知っている、他のヒーローが気付いて応援に駆けつけることを期待しつつも急ぐほかない。そんな事を思っている間……ヒーロー殺しはこんな事を呟いた。

 

「……あの時、インゲニウムを助けた男と同じ目をしている……英雄の、瞳を……」

 

 

「きぃさぁまぁぁぁぁ!!」

「薄薄斬!!」

 

激昂する男がカマキリの鎌の刃で此方を切り刻もうと迫って来るのをゲキリンセイバーで受け止めつつも、薄薄斬で反撃する。鋭利な刃と鋭利な鎌は幾重にも閃光を生み出すように激突していく、だが一瞬の隙を突いて零一がその腕を絡めとるかのように回転で攻撃を受け流して胸部へと一撃を炸裂させる。

 

「貴様ぁぁぁぁ!!!偉大な御方への貢ぎ物を、よくもよくも邪魔してくれたなぁぁぁぁ!!!」

「御方、だと?」

「我らが崇め奉る御方は、人々の悲鳴、絶望、嘆きを欲しておられるのだぁ!!かの時に捧げられた嘆きだけでは足りんだ、故に俺がヒーロー殺しの嘆きを捧げようとした時に、貴様ぁぁぁぁ!!!!」

 

攻撃を受けた事で更に怒りを剥き出しにした男は様々な事を喋り出して行く、偉大なる御方、貢ぎ物、色々な事が分かるがこいつは臨獣殿なのか。

 

「お前、臨獣殿か!!」

「笑わせるなぁ!!我らがあのような下らぬものと一緒にするではないわ、臨気こそ使うが我らが使うのは更に上。ゲンリンシーで得ようとした嘆きで、俺は高みへと登れるはずだったのに……貴様のせいで獣人邪身変止まりだぁ!!」

「止まり……上、まさか……」

 

考えが及ぶものがある、だが本当にそれが使えるのかという疑問もわく。

 

「兎に角、今は貴様で我慢してやる。その次にヒーロー殺しだ!!このマンティス拳、マリカキ様がお前を惨殺してやる!!」

「やれるものならば、やってみろ!!勇往邁進。魂から全身へ、猛る勇気の力―――勇者の魂(ヒーローズ・ソウル)!!ライガーゼロワンが、相手になる!!」




夏希「ゲキビーストは、ゲキチェンジャーで激気を最新の科学で作りだしているの。技量があればなくても出来るけど、あった方が圧倒的に楽よ」

轟「俺も何れ出来ます?」

夏希「勿論、ゲキポーラベアーでもふもふできるかも」

轟「もふもふ……良いかも」

零一「いやゲキビーストの使い方間違ってるよ絶対!!」


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43話

「ダァァァァァ!!」

「ハァァァァァッ―――ぜぇりゃ!!!」

 

迫り来る蟷螂の斧、それらをゲキリンセイバーで上手く捌いていく。零一にとってゲキリンセイバーは最も扱いに慣れている武器、それこそ身体の一部と言っていい程に使い続けて来ていた。その双剣の刃はあらゆるものを切断するというマンティス拳に渡り合えている。

 

「貴様ぁっ!!このマンティス拳に切られぬとは、不敬の極みだぁ!!」

「誰か、お前のような奴を尊敬するか!!はぁぁ!!」

 

振り下ろしてきた鎌を弾きながらもマリカキの身体へとゲキリンセイバーの刃を押し当てた、それに息を呑むが直後にそれぞれに激気と臨気を流して切れ味を一気に高める。

 

「激臨斬!!」

 

そのまま一気に振り抜きながらも竜巻のように高速回転、激気と臨気を纏った刃の超高速回転攻撃をマリカキは鎌で如何にか防ぎつつもその身を幾重にも切り刻まれていく。

 

「がぁぁぁぁっ……!!俺の、俺の力はこんなもんじゃねぇんだぁぁぁ……!!受けるがいい、マンティス拳……丘断拳!!」

 

鎌にオーラを纏わせたまま振り抜く、その一撃は空気を切り裂きながらも飛んでいく真空刃となった。そして零一を切り刻まんと迫って来る、それを防御するがマリカキは自身も高速回転する事で丘断拳を無数に打ち放って弾幕を張る。

 

「数打てばいいってものでもないだろうに!!」

 

手首、腕、肩を回すゲキリンセイバーの基本を行いながらも攻防一体の型で防御を行うが、弾かれた一撃はビルの外壁などを容易に傷付ける程の破壊力。まともに受ければ大ダメージは必須、このまま数を打たせるのは不味いと思いながらも激気と臨気を高めて構えを取る。

 

「激獣シャーク拳激技、水流勢波!!」

 

込められて行くセイバーからは夥しい量の水が溢れ出してきた。それはあっという間に地面を水浸しにしていき、マリカキの足元にも広がっていく。

 

「この程度の水で、俺が動きを鈍らせると思ったかぁ!!」

「はぁぁぁぁ!!オラオラオラオラオラァ!!!」

 

水が流れ続けるセイバーを勢いよく振るえば水は研ぎ澄まされていく。本来のゲキリンセイバーの数倍のリーチを得た刃でマリカキの真空刃を叩き落としながらもその身体へと激気と臨気によって高圧に圧縮されたカッターのような切れ味を持った水の刃でその身を切り刻んでいく。そして遂にはマリカキの両腕の鎌を半ばで圧し折った。

 

「グァァ、ギャアアア!!俺の、俺の鎌がぁぁぁぁぁ!!!!」

 

痛みにもだえ苦しみながらも両腕を見つめては叫びをあげるマリカキ、それを見ながらも零一は決して気を緩めなかった。

 

「観念しろ、これ以上はお前の命に係わると知れ」

「ぅぅぅぁぁぁ……屈辱だ、貴様のような若造に、この俺様が……!!!」

「投降しろ!!」

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

その時、マリカキの全身から凄まじい量の臨気が溢れ出した。ゲンリンシーによって絶望などを集められなかった事への憤り、獣人邪身変という不完全な形態しかとれなかった事の怒り、そしてこんな若造に圧倒されている屈辱がマリカキの心にある臨気を一気に増大されていった。臨気を扱う零一には分かる、この増大の仕方はまずい、確実に暴走すると。

 

「―――……双剣合身!!!」

 

ゲキリンセイバーを合体させて一本の剣へと変化させる、そして其処へ更なる激気と臨気を込めると水は更に勢いを増していく。それは最早激流の流れを思わせるような勢いで溢れて行く。それらを操りながらも零一は渾身の力でそれを振るう。

 

「激技、波波漸斬!!!」

 

数メートルを超えるような巨大な刀身となったゲキリンセイバーの一撃がマリカキを肉体を襲い掛かる。肉体を覆い尽くしていた臨気を切り裂きながらもその肉体へと炸裂し真一文字の傷が残った。

 

「がぁぁぁぁぁぁ……許さねぇ……ざっけんじゃ……ねぇ……!!」

 

最後に呪いのような声を上げながらもマリカキの身体は一気に崩れ落ちるかのように倒れこんだ。それを見て息を一つ吐き出しながらもゲキチェンジャーの通信機能をONにしながらも轟に声を掛ける。

 

「轟、そっちは大丈夫か?」

『零一!?大丈夫だったか』

「ああなんとかな、ちょっとやりすぎちゃったかもしれんが……ヒーロー殺しは」

『なんとか、確保できた……正直言ってかなり際どかった』

 

轟曰く、ほとんど総力戦のような戦いだったらしい。緑谷のパチンコ玉を弾くという遠距離攻撃がかなり有効に働いたらしく、それでヒーロー殺し、ステインの刃を弾いて相手の武器を奪ったり、攻撃の軌道をずらしたりしたとの事。寧ろ、それが無ければ刃を諸に受けていた場面もあったとの事。

 

「そうか、そっちは兎に角無事なのか」

『今は通りに出て応援の人を待ってる、飯田の応急処置もしてる』

「分かった、こっちもマリカキを連れてそっちに戻る」

 

そう言って通信を切る。一応警戒しながらマリカキへと接近する、ピクリとも動かないマリカキの胸には深々と刻まれている波波漸斬の傷がある。そこからは臨気が漏れるように出ている。此奴らは矢張り臨獣殿なのかと思った直後だった、マリカキの瞳が再び光を灯した。

 

「何っ!!?」

 

思わず後ろに飛び退きながらゲキリンセイバーを構える……のだが、マリカキの様子が明らかに可笑しい。まるで幽鬼のように挙動が可笑しく、ふら付いた動きで立ち上がるとそのまま空を仰ぎ始めた。

 

「オオッ……ォォオオ……クル、クルクルクルクル……偉大ナル御方ノ力ァァアア!!!」

 

その叫びと共に胸にあった傷から臨気だけではない、何か煌びやかな激気のような物が溢れ始めた。それが出ると突然マリカキの全身が修復され始めて行く、折った筈の鎌も逆再生されるかのように元通りになっていく。そしてマリカキは一度、睨みつけると大きく笑い始めた。

 

「喜べぇ……御方からぁお力を授かれたぁ……その力で、お前を殺してやる、殺してやるぅ!!!」

「何だか知らないが―――させるかぁ!!」

 

このまま好き勝手にさせる訳には行かないとゲキリンセイバーで渾身の一太刀を浴びせ掛ける、それはマリカキの肉体を確かに切り裂くと大爆発を引き起こしてマリカキは吹き飛んでいく……が、その時にマリカキの瞳が一際妖しく輝いた。

 

「邪神、豪天変んんんんっっ!!!」

 

その叫びと共に凄まじい地響きがし始めた、凄まじい臨気が保須市の空へと打ち上げられて行く。その臨気の中から、あり得ないものが現れた。マリカキである、だがその身体は異常なまでに巨大化しておりビルを軽く超える程の巨躯となっていた。

 

「まさか、あれって邪身豪天変か!?」

 

かつて、臨獣殿との戦いの折に臨獣殿の戦士が最後の手段として用いたとマスターから聞いている技。それをまさか目にする事になるなんて予想にもしなかった。兎も角零一はゲキリンセイバーをゲキチェンジャーへと仕舞い込むとビルの屋上から飛び降りて、下に居た轟たちと合流した。

 

「無事かお前達!?」

「ブブブブブブ、無事だけど何あれ!?さっきの奴だよね、あいつ巨大化の個性だったの!!?」

「冗談じゃねぇぞ巨大化にしても限度があるぞ!!Mt.レディよりもでけぇじゃねえか!!」

 

Mt.レディというヒーローがいるが、彼女でも巨大化出来るのは20m程。軽く見積もってもその倍以上はあるかという超巨人、ヒーローが対処出来る次元を軽々と越えているとしか言いようがない。キドウが冗談じゃないというのも分かる。

 

「無事かお前達!!」

「エンデヴァーさん!?え、えっとヒーロー殺しは此処に居るます!!確保すました!!」

「落ち着かんか貴様!!」

 

思わず言葉遣いが可笑しくなっているキドウをエンデヴァーが一発殴る。

 

「兎も角、避難誘導をしろ!!あいつが暴れ出したら洒落にならんぞ!!!巨大個性に対応出来るヒーローはいるのか!?」

「無理だろ、サイズが違い過ぎる……!!」

 

エンデヴァーの言葉を思わず轟が否定してしまった、幾らなんでもデカすぎる。例えオールマイトでもなんとか出来るのか?と疑問が付くほどだ、だが何とかしなければ最悪保須自体が無くなってしまう。何とかしなければ……とエンデヴァーが思案を重ねている時だった……零一から凄まじい激気と臨気が溢れ出していた。それは爆風となって周囲に発散されていた。

 

「む、無月君どうしたんだ!?落ち着きたまえ!!」

「如何したの零一君!!?」

「……させるか、させて堪るか……」

 

握り拳を作る零一、これから起きるであろう惨劇、それは―――かつて自分が体験した地獄と同じ物になるのだろう。そんな事は絶対にさせる訳には行かない、そう思うと身体中から力が溢れ出してしまう。それを見たエンデヴァーはひょっとしたら……と思った。

 

「おいライガー、まさか獣拳には巨大な相手にも対応可能な物があるのか!?」

「えっ何を聞いて―――」

「ある」

「あるの!?」

「ああ、倍倍分身拳というのがな。だが……生憎俺には出来ない、代用できる技はある」

 

それを聞いて全員の瞳に光が再び宿った、この状況を打破出来るのならば頼るしかない。例えそれが職場体験に来ている相手だろうが……エンデヴァーは決意を固める。

 

「俺が許可する、奴を止めろ!!可能であれば倒せ!!責任はこのエンデヴァーが全て取ってやる!!!」

「―――了解!!ハァァァァァ……激技、招来獣!!!」

 

溢れ出した激気と臨気で具現化されるのはゲキリンライガー、だが問題はそのサイズ。溢れ出した激気で生み出されただけあってそのサイズも巨大だった、それに零一は飛び乗るとライガーは雄たけびを上げて巨大化したマリカキへと向かって行く、それを見送るしか出来ない一同は唯々祈りを捧げる。

 

『ゴオオオォォォォォ!!!』

「来たか、小僧ぉぉぉぉお!!!」

 

ライガーの叫びを聞いて振り向いたマリカキ、両手の鎌をぶつけながらも零一の登場に心から歓喜した。それはこれからお前を殺せるという残虐な喜び、気味の悪い笑いを浮かべながらも迫って来る。

 

「貴様に勝ち目はねぇ、例えゲキビーストが居たとしても俺には勝てん!!」

「ゲキリンビーストだ―――それに、俺は一人じゃない……激技、来来獣!!!」

 

空へ掲げられた拳、溢れ出す激気、激気の嵐の中から現れたのは零一が修得している獣拳……それに対応した獣、黒い身体に頭にドリルを携えている二頭のモグラ、激獣モール拳のゲキモール。青い身体に鋭利な刃を持つ巨大なサメ、激獣シャーク拳のゲキシャーク。ライガー、モール、シャークのビースト達が集結した。

 

「貴様、まさか……!!」

「実戦は初めてだが―――激技、獣拳合体!!!」

『ゴオオオオオオッ!!!』

 

雄たけびを上げながらも飛び上がるライガー、そのライガーへと吸い込まれていくかのように一体化していく零一。それらに合わせるかのようにゲキモールとゲキシャークも飛び上がっていく。ゲキモールは頭の先にあるドリルを移動させながらも脚などを折り畳む、ゲキリンライガーは二本足で立ち上がると頭部が移動して胸へと移動していく。移動した頭部の位置には人間のような頭が現れ、脚はそのままゲキモールと接続される。ゲキシャークが頭部と胴体を分離、胴体は二つに別れながらライガーの両腕へと合体、頭部は兜のように合体した。

 

マリカキの前へと現れたのは胸にライガーの顔を持ち、膝にドリルを備えた漆黒の脚、鋭い刃を備えた青い腕、そして勇ましいサメの兜を付けた獣拳巨人の姿があった。そしてそれは高らかに自らの名前を叫ぶ、その名も―――

 

ゲキリンライガートーオウ・バーニング・アップ!!!

 

絶望を払う為、再び獣拳巨人が大地に立った。




夏希「激技、獣拳合体。本来は倍倍分身拳っていう技があるんだけど、それが出来ない場合はこっちを使う事になるわね」

零一「己の獣を激気で具現化して一体化、そして合体させるから獣拳合体」

夏希「でも、本当は複数人で行う技なのよね。零一一人で大丈夫かしら?」

零一「あっ因みにモデルはガオガイガーだ」

夏希「ジェネシックの方ね」


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44話

ゲキリンライガートーオウ・バーニング・アップ!!!

 

視線の先に見える巨大な背中、あれも獣拳のなせる業なのかとエンデヴァーは言葉を失っていた。長いヒーロー生活の中では様々な個性を持つヒーローやヴィランが居た、それこそ50m級の巨大化を行う個性持ちだって居た。だが彼はそれに特化した個性などは持っていない、獣拳という拳法は激気と言われる正義の心で燃やされるオーラを活用すると聞いた。それがまさかあんなことまで出来るなんて……考えもしなかった。

 

「あんなことまで、出来ちゃうの獣拳って……!?」

「確かに、ライガーを呼び出したりはしていたがこれ程の……!?」

 

最早超常社会でも理解を越えているそれ、だが獣拳は遥か昔から存在している拳法。そして個性という存在の影に隠れてしまっていた、それでも脈々とその遺伝子は継承され続けて行く。七拳聖が伝える獣拳を受け継いだ零一がその力で巨人となった、それを見て驚愕する者もいれば恐怖を覚える者もいるだろう。

 

「零一凄い……何時か、私も……」

 

同じ所に立ちたい、と望む者もいる。焦凍は何れあのような事が出来るようになるのかな、と思いつつも絶対に使えるようになると誓いながらもその背中を見つめた。そして―――

 

「フハハハハハハッ!!!ハハハハハッ!!!」

 

それを見て高らかに笑ったエンデヴァー、その笑いは酷く可笑しそう且つ愉快で心の底からの笑いが込み上げているようだった。

 

「エ、エンデヴァーさん……?」

「これが笑わずにいられるか、俺の半分も生きてもいない小僧があのような事が出来るのだぞ、しかもそれに特化個性でもなく拳法と来た、こいつは傑作だ!!全く、世界はというのは広い物だ……今更ながらそれを感じ取るとは……俺も、随分と愚かだ。ああ本当に……」

 

その時、焦凍が見たエンデヴァーの表情……それは忘れらないモノになった事だろう。普段から灯している顔の炎、威圧の為に纏っている筈のそれを消して微笑みを浮かべているそれは穏やかで優しげだった。自分の知らない父の表情に思わず言葉を失った。

 

「おやっ―――」

「ブブブブ~ン!!!!」

 

思わず、父と呼びそうになった自分を止めたのは何処からともなく飛んできたバエであった。

 

「バ、バエさん何処から来たんですか!!?」

「巨大戦にある所にこのバエあり!!しかも、もう見ることはないと思っていた巨大戦!!しかも奥義とも言われる獣拳合体……ああ、懐かしき昔を思い出します。ジャンさん達見えてますか~貴方達の弟弟子は御立派ですよ~!!!」

 

涙ぐんでいるバエ、そこにあるのは嬉しさだけではない。郷愁に思いを馳せながら、実況した戦いに身を投じていた戦士達への手向けの言葉、今は亡き彼らもこれを見たらどう思うだろうか……だがそんな思いで言葉を詰まらせるようでは実況者の名が廃る。涙を拭いながらも普段の調子で実況を開始する。

 

「全国1億2千万人を超える巨大戦ファンの皆様お待たせいたしました~!!本日は此処、保須市からお送りいたします!!突如出現した獣拳マンティス拳、邪神豪天変を行った謎の怪人マリカキ!!対するはそのマリカキの蹂躙を許すまじと激気と臨気を滾らせ、自らのゲキリンビーストたちと一体化し拳法巨人、ゲキリンライガートーオウとなったライガーゼロワン!!さあ世紀の一戦が今―――切って落とされたぁ!!」

 

マリカキが先手を取るかのように駆け出して行く、巨大となった事で更に大きくなった鎌を振り翳して斬りかかる。それを冷静に見極めるようにしつつも両腕のシャークセイバーで受け止める。

 

「マリカキ鋭い攻撃を仕掛けるが、ライガートーオウはシャークセイバーで受け止めるぅ!!迫る来る巨大な死神の鎌を捌いて行く、これでもゲキリンセイバーの応用ですな!!初めての獣拳合体とは思えぬほどに見事な身体捌きであります!!」

 

「巨人になれるとは驚いた、だがその程度で俺に勝てると思うなぁ!!」

「そう思いたきゃ、思いやがれ!!」

 

その言葉と共に鎌を弾かれ、がら空きのとなった胴体にライガートーオウの左膝蹴りが炸裂する。膝蹴りを受けたマリカキはそのまま後ろに吹き飛ばされて倒れこむ、その胸に抉られたような痕が残っている。

 

「グアアアアアアッ!!?」

「ゲキモールのドリルの味は如何だ!!」

 

その言葉と共に回転を止めた膝のドリルが輝いた。ゲキモールのドリルは固い地面を抉り高速移動する為の物、例えどんなに硬くても穿つ貫通力を持っている。しかしこの程度でやられるマリカキではない、傷口を抑えながらも更なる怒りを滾らせながら構えを取る。

 

「絶対に許さねぇええええ!!!丘大断拳!!!!」

 

邪神豪天変によって巨大化したパワーを使っての丘断拳、それが無数に放たれてライガートーオウに襲い掛かっていく。全身へと炸裂していく斬撃は爆発しながらも確実にダメージを与えて行く、その猛烈な勢いに思わず後退してしまう。

 

「マリカキ痛烈な大反撃!!これはライガートーオウ苦しいか!?全身に刃を受けている、頑張れ~負けるな~!!」

 

「ぐぅぅぅぅぅっ……旋旋斬!!」

 

攻撃を受け続けていたライガートーオウだが、腕を伸ばしたまま上半身を高速回転させ始めた。超高速回転する事でシャークセイバーはまるで丸鋸のよう刃を研ぎ澄ませて丘断拳を逆に切断していく。そして十二分に回転し切るとそのままの勢いで斬撃が放たれた、それはマリカキの傷を的確に捉えた。

 

「グアアアアアア!!?傷口を、あああああああああああ!!!?」

 

余りの激痛に悲鳴を上げるマリカキ、それにライガートーオウは回転をストップする。シャークセイバーを仕舞いこんだ。

 

「マリカキ大ダメージだぁ!!!これはチャンスだ、一気に決めるのかライガートーオウ!!」

 

「これで、終わりにする!!激技―――」

 

ライガートーオウは全身から激気と臨気を立ち昇らせていく、巨人から溢れ出すエネルギーはどんどん高まりながらも両腕へと収束されていく。それが臨界に高まった時、それらを広げた構えを取りながらその技の名を叫ぶ。

 

「激臨統一……大頑頑拳!!」

 

左手に激気、右手に臨気を収束させる。超エネルギーとなった二つの拳、莫大なエネルギー故に反発しあうようなそれらを組み合わせた。その時、臨界にまで高められたエネルギーが一つになって事で途轍もないエネルギーが竜巻となってマリカキへと向かって行く。

 

「な、なんだと―――こいつは……!?」

「おおおおおおおおっ!!!でぇえやああああああ!!!!」

 

竜巻によって完全に動きを封じられるマリカキ、そしてライガートーオウは背中から激気と臨気を推進力にして一気に加速。一直線にマリカキへと突撃しその肉体へと拳を一気に突き立てた、強固な身体を一瞬で貫通したライガートーオウの拳、同時にその内部でエネルギーが解放されて全身にエネルギーが駆け巡っていく。

 

「決まったぁぁぁぁあ!!!ライガートーオウの渾身の一撃が、マリカキへと突き刺さったぁ!!その全身にエネルギーが駆け巡っていく、これにはマリカキも耐えられない!!これは勝負あったでしょう!!おっと、ゲキリンライガートーオウがマリカキを持ち上げた、何をする気だ!?」

 

「大分分拳!!オオオオオオリャアアアアアアアアア!!!!!」

 

拳が突き刺さったまま、マリカキを持ち上げつつも再び上半身を高速回転。そして十二分に勢いを得た所でマリカキを上空へとぶん投げた、放り投げられたマリカキは遂に臨界点を迎えたのか空中で大爆発を引き起こした。その爆発を見届けながらもライガーは勝利の雄叫びを上げた。

 

ゲキリンライガートーオウ、WIN!!!

 

勝利したゲキリンライガートーオウは雄たけびを上げ終わると急速にその姿が薄れ始めて行く、そして膝を付くとそのまま一気に崩れ落ちるかのように姿が掻き消えてしまった。

 

「零一!!?」

 

急に掻き消えた事で不安に駆られる轟、今にも飛び出していきそうな娘を引き留めながらもサイドキックに直ぐに彼の元へと行けと指示を出そうとするのだが―――そこへ半透明のライガーが飛んできた。その背中には零一が乗っていた、そして限界を越えたかのようにライガーが掻き消えると疲労困憊という言葉がこれ以上合わない筈が無いと言った様子の零一の姿があった。

 

「零一!!」

「零一君!!」

「無月君大丈夫か!?」

 

思わず駆け寄る友、それに対して零一は疲れ切った笑顔で大丈夫だと答えた。臨気激装も維持出来ぬほどに疲弊してしまっている零一の傍には先程の怪人、マリカキの姿があった。既に意識は完全にないのか、ピクリとも動かない。

 

「よくやってくれたぞライガー、まさかあれ程の事が出来るとはな……そいつがさっきの奴か」

「ええ……そうです、引っぺがしてきました……」

 

強大な臨気で大きな自分を作り出して自分はその中でコアとなり一体化していたらしく、拳を突っ込んだのがちょうど傷口を狙って胸だったのが幸いだった。丁度そこにコアがあったのでついでに引っこ抜いてきたのである。

 

「すいません、後はお任せしていいですか……もう俺、駄目です……激気も臨気も底を尽きました……」

「やはりあれ程の事をすれば相応の反動があるのか……任せておけ、ゆっくり休め。おい誰か彼をホテルまで―――」

 

その言葉を聞き終わる前に零一は全身に付き纏う異常なまでの疲労と倦怠感に蝕まれ、身体に力が入らなくなっていた。そして―――景色が暗転していく……時、最後に見えたのは何故か地面が遠くなっていく光景だった。誰かに担がれたのか……と思いそのまま瞳を閉じてしまった。

 

 

 

「まさか零一が獣拳合体を行えるとはのぅ……教えてなかったのじゃが、流石のセンスと言わざるを得ない」

「しかし、この世にまた邪神豪天変を行う者が現れるとは……彼一人では荷が重いですし、尾白君や轟君にもまだ合体は無理でしょう」

「フムゥ……あやつを呼び戻すか。済まんが夏希、連絡を取ってくれるか」

「はい」

 

 

「へっきしゅぅ!!!」

「大丈夫か、まだ寒いのか?」

「い、いえなんか急に……誰かに噂でもされたか、参ったこれは」




夏希「ゲキリンライガー、ゲキモール、ゲキシャークの力を一つにした獣拳巨人がゲキリンライガートーオウ。闘いの王に相応しい力強さだったわね」

零一「技全部アドリブだったので出力調整やらでたらめだったのでもうフラフラです……」

夏希「必殺技は激気と臨気を高めた拳を合わせて相手を貫く激臨統一・大頑頑拳よ」

零一「分かると思うけど、ヘル・アンド・ヘヴンだ」

バエ「私は実況できて大満足です~!!今度サインくださいね~!!」


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45話

『お父さん、それって何なの?』

『これか、へへっ零一にはまだ早いかな~』

『えっ~ズルいよ教えてよ~!!』

 

そう言いながら、父は何時も勿体ぶって教えてくれなかった。毎日朝早くに起きて、庭で行っている不思議な動きに興味を惹かれていた、だが尋ねても教えてくれない。まだ早いと言われて拗ねて続けていると折れてくれたのか溜息混じりに言ってくれた。

 

『しょうがないな、じゃあ今度の誕生日だ。今度の誕生日に5歳になるだろ、その時に話してやる、いや教えてやるぞ』

『本当!?』

『約束だ、男と男の約束だ!!』

『うん約束!!破ったらお父さんと口きかないからね!!』

『それは怖いな、絶対に守らないとな!!』

 

そう約束したのが……あの日の三日前だった、あの日……地獄が作られた日、自分の誕生日だ。

 

 

 

 

「―――……あの日の、夢か」

 

目を覚ました時、広がっていた景色はやはり家じゃない。自分の家は全て無くなったのだからと、この瞬間にいつも思い知らされる。分かっている筈なのに……求めてしまっている自分が居て情けない気分になる。

 

「……此処は」

 

視線を彷徨わせると此処がエンデヴァー事務所が保須市入りした際に拠点として使う事になったホテルの一室である事に気付く。そしてここは自分の部屋だ、如何して此処に居るのかと思いながら身体を起こすと近くにメモが置いてあった。

 

「〈目が覚めたら連絡を入れる事、エンデヴァー〉……取り敢えず、連絡を入れるか」

 

近くに自分の携帯もあった、それを取って連絡を入れる。数度のコールの後に、電話は取られた。

 

『目が覚めたようだな』

「ご迷惑をお掛けしました」

『いや、寧ろ謝るのは此方だ。あの時お前を守り切れずにダメージを負わせてしまう事になった』

「ダメージ……?」

『気を失っていた時の事だ』

 

疲労からか、意識を失った直後―――なんとマリカキは再び活動を開始。全身から出血しながらも羽を広げて零一を抱えて飛び上がった、全員が即座に奪還に赴こうとした時……誰よりも先に動いたのは捕縛されていた筈のヒーロー殺し、ステインだった。隠し持っていたナイフでロープを切ると、飛び散っていたマリカキの血を舐めた。

 

「血を……」

『奴の個性は相手の血液を経口摂取する事で動きを封じる凝血という物だ、それでマリカキの動きを止めた。そして……奴はマリカキの頭部に深々とナイフを突き刺しながらお前を救った』

「……っ」

 

ステインに助けられたという事実よりも、マリカキが殺されたという事実に驚いた。獣人邪身変で姿を変えていたとはいえ、自分との戦いでボロボロだったマリカキにナイフを防御しきる術は無かったのだろう。

 

『兎も角、お前はよくやってくれた。保須を救ったのだからな、誇りに思っていい』

「……いえ俺はやりたい事をやっただけだ、同じことを繰り返させたくは無かった」

『ならば誇れ、そして次があったならば同じように阻止しろ。今日はゆっくり休んでおけ、以上だ』

 

一方的に通話を切るエンデヴァー、労ってくれている事は感じ取れる。それには感謝しておかなければ。

 

「……シャワー、浴びるか」

 

一先ず汗を流そう、その後に食事にでもしよう。そう思いながら部屋のシャワーを使う為に携帯を置くと近くのテーブルに新聞が置かれている事に気付いた。その見出しには―――

 

『保須に現れた巨人!!戦ったのは噂の獣拳使いだった!?』

 

そんな事が書かれていたが、今はとにかくシャワーを浴びたかった。

 

 

「エンデヴァーさん、ライガー起きたんですね」

「ああ、だが今日は休ませておく。あれだけの事をやったんだ、万全になるまでは時間がかかるだろう」

 

そう言いながらもエンデヴァーは様々な書類に目を通しながらもサインなどを済ませて行く。その中にはマスコミからの取材申し込みの物などもあるが、それらは纏めて後で処理する為に別にしておく。

 

「にしても……世間はステインとライガーの事で真っ二つですな」

「あんな騒ぎになったんだ、当然だ」

 

ニュースを見ればそこにはステイン関連のニュースと保須に現れた二体の巨人の激闘の話ばかりがある。と言っても後者についてはエンデヴァーが自分の名前を出して収めている、だからこそマスコミ各社はこぞって情報を得ようとコンタクトを取ろうとしてくる。

 

「お前達には迷惑だったな」

「良いんですよこの位、それに……救われた身なのに文句を言ってたら罰当たりますよ」

 

そんな風に笑うキドウにエンデヴァーはそれ以上言わずにさっさと書類を片付ける為にペースを速める事にした。

 

「ヒーロー殺し……捕らえられて尚、嵐を呼ぶか」

 

 

 

 

『贋物……!!正さねば……誰かが……血に染まらねば……!!英雄を取り戻さねば!!!ヒーローを、奴のようなものにしなければ……来い、来てみろ贋物……!!!俺を殺していいのは、本物の英雄(オールマイト)だけだ!!!』

 

インターネットに今大規模流通している動画がある、一つはゲキリンライガートーオウとマリカキの戦いの様子。そして一方はヒーロー殺しの最後を捉えている動画だった。ヒーロー殺し・ステイン。本名、赤黒 血染。彼もまた剣崎と同じようにヒーローに憧れながらもヒーローに深い失望を覚え、英雄回帰を促してきた男。ヒーローをあまり目指そうと思っていない零一からすればその意見は理解出来る部分が多かった。

 

「本当のヒーロー……」

 

幾ら救いを求めても、救いを受けられなかった零一は明確なヒーローに対するビジョンは無い。故か本当のヒーローという言葉は何処か重く感じられる。雄英に入学したのもあくまで修行の一環、あの時と同じ事を繰り返させない為の事を学ぶ為であった。

 

「ヒーロー……俺にとってのヒーローはマスター達だ」

 

誰かそれに当たる人がいないのか言われたらノータイムで出るのはマスター・シャーフー達、地獄から救い上げてくれた恩人で生きる意味をくれた、自分にとっての家族である師達しかない。

 

「師匠たちみたいなヒーロー……か、目指すとしたら」

 

無理矢理に形にすればそういう物になるのだろう。自分が目指そうと思うヒーロー……拳聖のようなヒーロー……今まで定まってもいなかった目標が、僅かに定まったような気がする中、携帯が鳴った。マスター・シャーフーからだ。

 

「零一です」

『零一、見たぞお主の獣拳合体』

「いやぁ……まだまだです、初めてでしたので激気と臨気の放出コントロールが全く出来てませんでしたからその後ヘロヘロで」

『うむ、そこが課題という事じゃな。慢心してはいかんぞ』

 

それもあるが、それ以上に話しておかなければいけない所がある。

 

「マスター、俺が戦った奴なんですけど……マリカキは臨獣殿を下らない物だとか、偉大なる御方だとか色々な事を言ってました。それに絶望なんかを集めきれなかったから獣人邪身変止まりだとか……」

『ムゥッ気になるの。分かった、此方でもなんとか調べておこう。それとな零一、恐らくじゃがこれからも獣拳合体をする機会があるやもしれぬ』

「修行ですか」

 

マリカキという存在があった以上、他にも同じような敵がいたとしても不思議ではない。その為に自分はもっと獣拳合体に慣れておく必要がある、その為には修行をするしかない。それをシャーフーは肯定するのだがさらに続ける。

 

『じゃがお主一人では荷が重かろう。かと言って、轟と尾白(友人達)ではそこまで激気を高めるのは難しかろう』

「じゃあどうしろと……マスター達には不闘の誓いがあります、矢張り俺が戦うしか」

『故に―――奴を呼び戻す事にした、連絡も取れて今日本に向かっておるそうじゃ』

「奴って……もしかしてあいつですか!?ロクに連絡を寄こさなかった癖に今更ですか!!?」

 

思わず大声を上げてしまった、奴が誰を指しているのかは零一には確りと分かる。だがそれ以上に怒りもある。

 

「あのバカ、今更連絡を取れたって今まで何やってんですか!!?」

『新しい激技を試しておったら氷漬けになっとったそうじゃ、それで様子を見に行ったピョン・ピョウに救出されてたようじゃ、連絡もちゃんと取れたわい』

「あのバァカ……マスターになんて手間かけさせてんだ……!!!」

『まあまあ言いたい事も分かるが、あやつならば獣拳合体は出来るからの』

「そりゃ……そうでしょうけど……はぁ……」

 

力が抜けてしまったのか椅子に凭れ掛かってしまう、無事であった事は嬉しいが何とも言えない気分になってしまった。しかし、奴が居れば間違いなく獣拳合体の負荷は減る。そういう意味では正しい。

 

『雄英の編入試験の申し込みをスクラッチから出しておくのでな、近々会えるぞい』

「会いたいような、会いたくないような……なんか複雑です俺」

 

 

「ぶえっくしょい!!」

「ほら、やっぱり風邪ひいてるじゃないか。薬飲んで寝とけ、寧ろ氷漬けになってその程度なのを喜ぶべきだな」

「ハハハッ……こりゃ参った、仰る通りで」




夏希「尾白君に渡されたゲキファン、閉じて良し、開いてよしの万能武器よ」

零一「その分扱い難しいけどな」

夏希「まあ一番難しいのはこれを扱うマスターだろうけど、ねっ零一君♪」

零一「……ノーコメント」


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46話

「エンデヴァー、お世話になりました」

「……なりました」

「何、此方としても面白い日々を過ごさせて貰った」

 

1週間の職場体験期間も終了し、これから帰る事になる零一と轟はエンデヴァーに頭を下げていた。保須市での活動は保須でのパトロールと巨大戦で破壊してしまった道路などの復旧の手伝いなども含まれていた。これもヒーローの仕事の一つだと言われ、二人は主に其方を手伝わされていた。だが平和に過ごす人たちの為になると零一は真面目に取り組んでいた。途中、マスコミに群がられそうになったが……その都度、現場作業員の人達が追い払ったり、様子を見に来たエンデヴァーの一喝で散らされていた。

 

「ライガー、お前はこれからヒーローを目指すのか。ハッキリ言わせて貰うとお前にはヒーローに対する熱意という物が感じられなかった、だが修繕作業を行っている時のお前は生き生きしているように感じられた」

 

時折様子を見に来ていたエンデヴァーとしては、零一は其方に行った方がいいのではないかと思った。能力は兎も角、本人にその気持ちがない事をさせても効率としても悪いし思わぬ落とし穴を作る事にもなりかねない。零一ならば個性ではない獣拳も重宝される警察でも活躍出来るだろう。寧ろ、警察に獣拳が普及すれば凶悪なヴィランの抑制にもつながるとエンデヴァーは思っている。

 

「俺が雄英に来た理由は修行の一環、ヴィランによる凶悪犯罪に対する知識や対処法を蓄える為だ」

「成程。そういう物は少なからずいるな、警察を目指す者が敢えてヒーロー校に入学し、そこで得た経験を基にするというのもよく聞く話だ。お前もその類か」

「―――だけど、ヒーローを目指すのも悪くはないと思えた。俺にとっての希望のようになるヒーローになる未来も」

 

その瞳は輝きを帯びていた、それは手伝いをしていた時と同じような瞳の色。確かな熱意がそこにある、それを知れてよかったと思えるエンデヴァーは彼らが思うよりかはヒーローなのかもしれない。

 

「何時でも来い、獣拳の指導をするならば歓迎してやる」

「それかよ」

「此方はヒーローとして働いているんだ、当然だろう」

 

最後の数日、エンデヴァーや他サイドキックからの希望を受けて零一は獣拳の手解きを彼らに行った。別に師匠たちから獣拳を広げてはいけないと言われていないし、寧ろ平和の為にならば喜ばしい事だと言っていた。流石の数日の手解きでは限界があった……と思ったのだが

 

「この激気、悪くない……」

「やっぱりアンタ轟の親父だな、親譲りって事かよこいつの才能」

 

エンデヴァーである。あっという間に激気を扱うコツを掴んでしまったらしく激気を引き出せるようになっている、それに獣もかなり感じ取れるようになっているらしく本格的な獣拳使いになるのも時間の問題。轟の才能は間違いなく、エンデヴァー譲りだ、もしかしたらお母さんも凄い才覚持ちなのではないだろうか……。

 

「フフン、如何だ焦凍。俺の激気は」

「……まだまだ未熟、私のポーラベアー拳に比べたら相手にもならない」

「当然だろう。俺とお前では期間も密度も違う、それを同格と捉えて否定するのは筋違いだ」

「ムムッ……」

「まあ見ていろ、お前にはない経験でこの獣拳をあっという間に俺の物にしてみせる」

「―――負けない、零一修行付けて」

「はいはい」

 

エンデヴァーと轟の関係は何処か軟化している、親子というにはまだまだ刺々しい物はあるが修行仲間やライバルといった物に近いだろうか。兎も角いがみあうような事はしなくなったように思える。まあ殺気を漂わせるような険悪な状態よりかは余程健全だろう。

 

「獣拳に個性を乗せる事は轟を見て居た通りに可能、だけどその分扱いも難しく成る筈。エンデヴァーなら火力調整はお手の物だろうが、注意はしておいてくれ」

「ああ、忠告は有難く受け取っておく。此方もまだまだ未知数且つ不安定な物を戦力とするつもりはない」

 

この辺りは流石№2ヒーロー、自分の事をかなり俯瞰的に観た上で客観的に分析している。これでオールマイトへの執着さえなければある種完璧なのだが……。

 

「兎も角、焦凍も鍛錬を怠るな」

「言われるまでもない」

「ならばいい」

 

それを最後にもう一度頭を下げて去ろうとする、色々あったが今回の経験は為になった。これを基に新しく修行をするのも悪くない、可能ならば獣拳合体の特訓をしたいが……あれは色んな意味で目立ち過ぎるのでサイズダウンして行う事を考えなければ……

 

「ライガー」

 

事務所を出ようとした時に呼び止められた、轟を先に行かせながらも振り向くとそこには穏やかな笑みを浮かべているエンデヴァーがいた。

 

「娘を頼むぞ、立派な獣拳使いにしてやってくれ」

「あくまで手解きまでだ、後は轟が発展させる」

「それでもだ」

「……分かった」

 

そう言い残して零一は今度こそエンデヴァー事務所を後にする。先に出ていた轟は何を話されたのかと聞いてきたが、単純にちゃんと鍛錬しろという事を言われたという事にしておく。

 

「……焦凍の相手としては十分か」

 

 

「零一、あの獣拳合体って私でも出来る」

「出来るかで言えばYES、今出来るかといえばNO」

 

二人はエンデヴァーが手配してくれたヒーローも利用する絶対秘密主義を掲げるタクシーを利用していた。お互いに顔が売れているのもあるが、何より零一は獣拳合体で騒がれている身なので気を利かせて貰ったのである。その最中に轟は獣拳合体について質問をする。

 

「最低でもゲキビーストを具現化出来るようにならないと無理だろうな、それにあれは激獣拳の奥義とも言われる技だ」

「奥義……それを使えるって零一って凄い」

「その結果があれだ、褒められたもんじゃない」

 

ハッキリ言って課題だらけの獣拳合体、マスターの話では昔、臨獣殿と戦っていた時には一人で獣拳合体を行っていた獣拳使いが居たらしい。しかもそれは臨気に近い激気を扱っていたらしく、ある意味で自分にかなり近い存在とも言えると笑っていた。

 

「じゃあ私も鍛える、鍛えて直ぐに獣拳合体に参加できるようになる」

「そうしてくれるとありがたいが……そもそも、そんな事態にならないのが一番だ」

 

そもそも、あの時に自分がマリカキを仕留めておけば獣拳合体が必要になる事態にはならなかった。結果論ではあるが、結局マリカキはステインに殺害されてしまった。ならば自分が息の根を止めるべきだったのでは……これも結果論だ。結果だけを見て後悔するのは愚かだとは分かる。

 

「……修行、あるのみだな」

「うん」

 

独り言のつもりだった言葉に思わず轟は反応してしまった、そして隣に座っている零一の肩に頭を預けた。

 

「私もいる、尾白もいる。大丈夫、私達でチームを組めばいい」

「チームか……それも、ありか」

 

それを聞いて思うのはシャーフーが言っていたかつての獣拳使い達。臨獣殿と戦い、人々の笑顔と暮らしを守り続けた戦士達。そんな戦士達を倣って自分達もチームを結成するのは良いかもしれない。自分だけでは対処できない事もあるだろうし……そんな事を思っていると轟の家に到着した。

 

「零一、泊っていく?」

「いやいきなり押し掛けるのはまずいだろ、それに俺の方も家を一週間放置してる。掃除やらもしないとならない、今度頼む」

「分かった。それじゃあ明日」

「ああ、明日」

 

そう言ってタクシーの運転手に自宅の住所を伝えて走って貰う、家に着いたら掃除と洗濯をしてから買い出しやらもしなければ……本当に日常生活という物は修行するのに申し分ないと思っていると自宅近くに到着したのであった。

 

「ご利用ありがとうございました。料金はエンデヴァー事務所の方に請求いたしますので」

「分かりました」

「それと―――お客様のご事情には関わらないのがポリスーですが、保須を救って頂いて有難う御座いました」

 

運転手はそう言いながら深々と頭を下げた。如何やら保須市の病院には入院中の婚約者がいるとの事、それを救った巨人には感謝してもしきれなかった、それが目の前の少年だというならば頭を下げなければならない。

 

「気にしないでくれ、あとポリシーだろ」

「タクシージョークに御座います」

「面白くねぇ~……」

「あっサイン頂けます?」

「んっ俺にもサインが居るのか、領収書系のサイン?」

「いえ、ヒーローとしてのサインを」

 

何処か力が抜けそうな運転手をしてから零一は家への中へと入ろうとする。その時、家の前で何やら立ち往生をしているような男が居た。近くには大きなトランクがあった、客人の予定は無かった筈だが……と思った、その後姿を見てすぐに誰か分かってしまった零一は溜息混じりに声を掛ける。

 

「なんか用か」

「んっああいや、此処の家主に用があるんだけど留守みたいなんだよなぁ……参ったぜ、何時帰って来るかマスターに聞けばよかったな……」

「応、今テメェの真後ろに居るのが家主だよ」

「ゲッ!?」

 

分かりやすくビックリし、錆び付いた歯車のように首を動かして此方を見る。紫色の瞳がトレードマークな零一よりかは線が細めで腰には石の剣のような物を指している。それは零一を見ると震えた声を無理矢理高くして挨拶をしてくる。

 

「よ、よぉっ零一!!久しぶりだなぁ半年ぐらいかなぁ?」

「……久しぶりだなぁシドー、マスターに御迷惑を掛けたんだってぇ……?」

「いやあれは不可抗力というかミスったというか!!ほら、俺の個性って色々できるだろ!?それと俺の激気と合わせて実験してたら見事に失敗しちゃってさ……ハハハッ参った参った」

「そもそも―――北極なんぞでそんな事すれば当たり前だろうがぁぁぁぁ!!!」

 

零一の激気と臨気が込められた拳が少年の頭へと振り下ろされ、三つほど重なったたんこぶが出来ながら倒れ伏した。

 

「ひ、久しぶりの親友との再会にこれは無いんじゃありません……?」

「黙れ駄犬、んで如何してウチに来た」

「い、いや……編入試験までは零一の家に泊めて貰おうかと思って……マスターにもそれが良いって勧められたからさ……」

「ハァッ……入れ」

「ああ、ありがぁぁぁ!!?」

 

地面に転がった少年を踏みつけながらも零一は鍵を開けて家へと入る、それに続くようにトランクを引き摺って少年も家へ入る。

 

「マジで酷くねこの扱い……」

「お前にはこれが妥当な所だ、駄犬シドー」

「お前、好い加減にそのニックネームマジでやめて……マジでハートがブロウクンしちゃう……」

「してしまえばいい」

「酷い!!」

 

と全く遠慮のないやり取りをするが、最後には零一は溜息混じりに拳を突き出した。それを見て笑顔を浮かべて同じように拳を突き出す。

 

「修行、ちゃんと付き合えよシドー」

「任せとけよ零一」

 

少年の名は紫道 狼我、零一と共にマスター・シャーフーの元で修行に励んだ修行仲間であり零一の親友とも呼べる友人。

 

「一先ず、家賃として掃除と洗濯、買い出しに付き合え」

「参ったぜ……着いて早々それか?」

「嫌なら出てけ」

「分かった分かったって」




夏希「ゲキリンセイバーは双剣合身を行う事で、刃を一つにして一本の剣とする事が出来るのよ」

零一「手数による攻撃から変わって一撃重視の物となる」

夏希「必殺技は激気によって生み出した水を使って相手を切り裂く波波斬よ」

零一「俺の場合は臨気も併せて火力を上げた波波漸斬だ」

夏希「なんか読みづらいわよね、漸と斬って似てるから」

零一「メタい……」


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47話

「「「「「保須での巨人の事聞かせて!!!」」」」」

「予想はしてたが、圧が凄いな……」

 

職場体験を終えて、通常授業が再開されるのだが教室で話されるのはやはり職場体験についての話ばかり、自分の事務所ではどんなことをした、こんな事を倣ったなどなどの話で盛り上がっている。中にはヒーロー活動というよりもヒーローが副業にしている活動がメインだったり家政婦的な扱いを受けて憮然としている者も居るのだが……そんな中、保須市に行っていたメンバーに特に人は集中しており話を聞こうとしていた。そしてそれは大肝心の零一が来ると爆発するのであった。

 

「取り敢えず、荷物を置かせろ。邪魔だ」

 

そんな状況に陥ったとしても極めてマイペースにしながら席に着く。そんな零一に最も食いつけていたのは尾白だった。

 

「零一、あの激技は一体何なんだ!!?俺も出来るようになるのか!!?」

「轟と似たような事聞きやがって……だから敢えて同じ答えを返してやる、出来るかで言えばYES、今出来るかといえばNOだ」

「という事は何れ出来るようになるんだな!!?はぁぁ……目指すべきは先は果てしないなぁ……」

「ねえねえっあれって此処でも出来るの!?」

「出来るが、なんだやれっていうのか」

『勿論!!』

 

ほぼ全周囲から憧れを見つめる輝きのような視線を向けられるのだが、そんな風に観られてもハッキリ言って困るだけ。

 

「あれはあれで消耗が激しい技だ。それにあれはこれから修行してもっと質を上げなければいけない技だ」

「えっアタシ動画見たけどさ、あんなに凄い戦いが出来てたのに?」

「出来たからこそだ、戦い終わった後に俺はまともに動けなかった。初めての技だったとはいえ、あれでは話にならない」

 

それを聞いて皆は驚いた、あれだけ凄い技を初見にも拘らず成功させたうえでヴィランと戦えたのだから。それだけ獣拳が凄まじい……いや、この場合は零一の獣拳の技量が飛び抜けているという事になるのだろう。

 

「んじゃ、あの技はもうやらないの?」

「一人ではもうやらん、やるにしても緊急事態のみだ」

「一人では……って事は今度やる時は尾白とか轟とやるってこと?」

「それが望ましいな」

 

それを聞いて尾白と轟はやる気を燃やした、絶対にその域にまで到達しなければならない。あの戦いを見て真っ先に抱いた思いは、そこに立ちたいという羨望だった。零一はずっと憧れだった、そんな彼に獣拳を習い、己の獣を感じて激気を引き出せるようになり、獣拳使いとして認められて隣に立てたような気分になっていたがまだまだだった。零一はもっともっと先に立っていたんだ、だったら自分達はそこに立てるように修行を積まなければならない。

 

「そんな事より俺は心配な事がある」

「心配な事って、何かマスターに課題出されたの?」

「まあ課題と言えば課題だな……」

 

珍しく零一が深い深い溜息をついた、それに悩みがあるのかと皆が興味津々になった。

 

「悩み事があるのでしたら、お力になりますわ。是非お話しくださいませ」

「あ~……本当は俺と一緒に雄英を受ける筈だった奴が居るんだ」

「一緒って事はもしかしてその人も」

「ああ、獣拳使いだ。だけど、自分の個性と獣拳を合わせた技を試したせいで入試に間に合わなかったんだ」

 

一体どんな事をやらかしたのだろうか……と言ってもこの超人社会では個性の煽りを受けて受験出来なくなるという話は珍しい話はない。突然個性が暴走して昏睡状態になった、高熱が出て動けなくなったなどの事情も考慮して編入試験なども雄英は行っている。その難易度は半端ではないが……。

 

「マスターから編入試験まで俺の家に置いてくれって言われちまってな……」

「へぇっ~じゃあ居候が出来たってこと?」

「まあ、そんな所だ」

 

それを聞きつつも緑谷はどんな獣拳を使うんだろうと思いながらも、やはり興味が引かれるのか耳を澄ましてしまっていた。

 

「でもどうして入試に間に合わなかったんだ?」

「北極で修行してて氷漬けになったんだと」

『氷漬け!?』

「そ、それって大丈夫なの!!?」

「ああ大丈夫だった。半年以上も氷漬けだったのに風邪引いた程度だったらしい、マスターの手を煩わせやがってあの駄犬が」

 

どうにも零一はその友人に対してかなり辛辣になっている、言葉自体は極めて厳しい物だが当人はかなり心配していたのだろう。きっとその言葉は心配の裏返し―――

 

「だから、今朝軽く手合わせしたんだがボコしてやった」

「れ、零一それ相手大丈夫なの?」

「大丈夫だ。胸から下を地面に埋めただけだ」

『犬神家!!?』

 

いや、きっとこれが零一の平常運転なのだろう。

 

 

「それで俺の家に来る気か」

「うん、同門の先輩に御挨拶しておくのが筋かなぁって」

「あいつに挨拶なんざぁいらないと思うが……まあ好きにすればいい」

「好きにする」

 

放課後、尾白と轟は零一の跡に続いていた。目的は当然先輩に当たる獣拳使いに会う為である。一体どんな人なのか気になるし、どんな獣拳を修得しているのかも是非とも知りたいと思っている。様々な想像を膨らませていると到着した零一の自宅、ごく普通の一軒家、強いて言うならば庭が大きめ所だろうか。

 

「此処が零一の家かぁ……ご家族と一緒に?」

 

尾白が何気なく聞いた言葉に鍵を開けようとしていた零一の手が止まった。しばし沈黙が続いた後、自分一人だけだったと答えながら鍵を開けた。玄関を開けるとそこには既に先輩がいた。

 

「おっお帰り零一、にしても雄英って随分遅くまであるんだな。普通の高校よりも多いんじゃないか?」

「そういう所だからな、お前もそういう所の編入試験を受ける事を自覚しろ」

「分かってるっつの……んで後ろの御二人さんは?」

 

先輩は何処か鋭い瞳を投げ掛けながら此方を見据えていた、威圧感を纏ったそれに二人は思わず喉を鳴らしながらも自分から名乗る。

 

「お、尾白 猿夫です!!零一とは同じクラスで獣拳を教わってます!!激獣クロコダイル拳を使えます!!」

「轟 焦凍。クラスメイトで激獣ポーラベアー拳」

「へぇっ……じゃあ随分と覚えが良いって事だな、紫道 狼我だ、零一とは長い付き合いだ。かれこれ10年になるか?」

「10年になる前に北極で氷漬けになった馬鹿だけどなお前は」

 

それを言われて思わずズッコケる紫道、それを言うなよ……と言わんばかりだがその瞳は未だに険しい。まるで何を目指すのかを問うかのような……。

 

「俺は零一と一緒に居たい。何れは獣拳合体も出来るようになる」

「俺も、同じです!!零一と同じ所に立ちたいって思ってます!!」

「……ほう」

 

それを言った二人を紫道は低い声を出した、更に鋭さは極まっていく。重苦しい空気に包まれる中で紫道は言った。

 

「それを目指したいなら好きにすればいい、だけどそれは俺の役目であってお前達の役目じゃない。お前達は身の丈に合った目標を掲げろ」

 

自分達の夢を否定するような言葉だった。零一と一緒に戦うのは自分であってお前達ではない、そんな言い方に思わず二人は怒りを抱いてしまった。零一とどんな修行を乗り越えてきたのかは知らない、だけど自分達だって零一に修行を付けて貰った、その際に抱いた気持ちを其方は知らない筈。何も知らず一方的に否定されて黙っている訳には行かない。

 

「聞き捨てならねぇな」

「事実を言ったんだ、お前達を零一が戦った相手と戦わせる訳には行かない」

「俺達は如何言われようが修行し続けて、零一の隣に立ちます!!!」

「口だけでは幾らでも言える、零一いいよな」

 

許可を貰うような言い方に零一は肩を竦めながらやり過ぎるなよと言い含めながら許可を出した。

 

「だったら俺がテストしてやるよ、零一の親友である紫道 狼我がな」



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48話

その日、休日にも拘らず零一の姿は雄英にあった。理由は単純明快、雄英の施設を使わせて貰う為である。使用理由は鍛錬による戦闘技術と個性向上の為、ではあるのだがそれ以上に尾白と轟が自らの力を先輩である紫道に示すという事がある。

 

「すいません先生、お休みなのに施設を使わせて貰っちゃって」

「構わん。寧ろ個性向上の為に雄英の設備を使おうとするのは合理的だ、まあそれだけではないがな」

 

設備使用の監督という名目でその場にいる相澤。無論、確りと申請をすればこれでも通るのだが……それに合わせて零一は雄英に一人の入校許可を求めた、当然それは紫道の物なのだが、紫道は近々編入試験を受ける事になっている少年であり獣拳使い。獣拳についての情報を集めるのにも都合がいいという事で許可が下りたのである……だが零一としては全く乗り気になれない。

 

「マジでやる気か」

「マジもマジ、大マジって奴だ」

「ったく……知らねぇぞ、お前は手加減出来ねぇだろ。そのせいで北極で氷漬けになる始末だ」

「うるっさいだよ!これだから零一さんは口うるさいんだよ!!」

「あ"っなんか言ったか駄犬」

「何も言っておりません零一様」

 

零一の凄味を利かせた言葉に即座に土下座をする紫道。この二人の力関係が一瞬で分かる構図である。

 

「尾白、轟、油断せずに全力でぶつかれ。仮にもこいつは俺と一緒にマスターの元で獣拳の修行を積んでる」

「零一並に強いって事だろ、そもそも先輩を侮るつもりはないよ」

「まあ負けるつもりもねぇけどな……」

 

真剣な面持ちで腕を回したりして柔軟を行う尾白とかなりの怒気を露わにしている轟。やはりこの前のやり取りがかなり頭に来ているらしい……。

 

「だがあの二人はコスチューム装備だ、奴は良いのか」

「大丈夫です。スクラッチ社が専用のを作ってますから」

「スクラッチ社か……なら問題は無いか」

 

相澤は少しだけ楽しみにしていた、獣拳という力の凄まじさをまたこの目で見られるのだから。自分の個性で無力化出来ない大きな力があるというのは自分にとって大きな刺激であったし、自分が戦うならばどのように立ち回るのかという事も考えられる。

 

「「滾れ!!獣の力!!ビースト・オン!!」」

 

そう言いながらも二人はゲキチェンジャーからコスチュームを展開する、その光景に相澤はやはりあれは便利だな……と言いたげな瞳を向けるのであった。対する紫道は懐からある物を取り出した、それはゲキチェンジャーのようにも見えるのだが……格闘技で使われるゴングが内蔵されていた。

 

「目覚めろ、獣の咆哮!!ビースト・オン!!」

『ウォォォォォオオンッ!!』

 

高らかに鳴らされたゴング、直後にその身を紫色のバンテージのような激気が包み込んでいく。全身を包む紫と黒を基調したスーツ、そして頭部には狼を模ったようなメットが装着される。

 

「艱難辛苦を乗り越えて、辿り着くは己の境地―――貫き通した情熱(ペネトレイト・パッション)!!激獣ウルフ拳、紫道 狼我!!」

 

膝や肘にプロテクターが施されているコスチューム、そして腰に差されている剣、そして全身から沸き立つ紫色の激気。

 

「激獣、ウルフ拳……狼か」

「それより、何あの激気。まるで零一の臨気みたい」

「フン、如何やらぼんくらって訳でもなさそうだな。だけどそれだけじゃあ俺は認めてやらねぇぜ、さあ掛かってきな!!」

 

その言葉に尚更腹が立つ、二人は顔を見合わせると紫道に負けないようにと直ぐに名乗りを上げた。

 

「活殺自在。己が未来は、己が力で切り開く―――我が道を行く(ゴーイングマイウェイ)!!激獣ポーラベアー拳、轟 焦凍!!」

「願望成就。願いと誓いを胸に、極めてみせよう己が技―――高潔な願い(インテグリティ・プレイ)!!激獣クロコダイル拳、尾白 猿夫!!」

 

叫びをあげると直後に轟は攻撃を開始する、地面から猛烈な勢いで姿を現してくる無数の氷結の山。轟の得意技というべきそれに一瞬紫道は驚くが直ぐに激気を高めるとそれへと真正面から突っ込んでいく。そして激気と纏った拳や蹴りで次々と迫り来る氷を砕きながら進んでいく。

 

「と、轟の氷を突き進んでる……!?」

「くっ……それなら、氷柱乱!!!」

 

今度は激気を込めて放つ、これならば―――と思ったが、紫道は落ち着き払いながらも激技を繰り出す。

 

「剛剛撃!!」

 

その身に激気を纏いながら、更に強烈な一打を連続して繰り出し続けながらも前へ前へと突き進み続けて行く。その動きを見ていた尾白はゲキファンをその手に握りしめながらも突撃していった。氷柱を器用に跳ね回って指導の頭上を取ると、高速回転しながらも重力に身を任せるようにゲキファンを広げながら襲いかかる。

 

「扇扇旋!!!」

「ハァッ!!」

 

それに気付いたのか、氷柱を一際力を込めた一撃で破壊しながらも後方へと飛び退きながらもその手に持った武器を見た。

 

「へぇゲキファンじゃねぇか、誰に持たされた」

「マスター・ゴリーだ!!」

「へぇっあのゴリ先生が認めたってか」

「こっちも……!」

 

自らの氷を打ち砕くように真正面から迫って来たのはゲキハンマー。突然の登場に身を反らせて回避する、まさかゲキファンにゲキハンマーまでもが出て来るのは予想外だったのか驚いたような表情でそれを見た。ハンマーの後隙を殺すかのように飛び込んできた尾白はゲキファン、足技、尻尾を組み立てた連撃を繰り出す。

 

「へぇ……尾白の奴、技が上手くなった。それに何処か見せ技っぽくなってる」

「体験先がいい刺激になったようだな」

 

尾白が向かったのは武闘派でありながらもエンターテイナーとしても有名なビューティフルヒーロー・ジョー、鍛えられた強靭な肉体を駆使しつつも魅せる戦いにおいては他の追随を許さぬほどの美しさを発揮するヒーロー。其処で尾白が学んだのは自らの動きで誰かを魅せる事、技に美しさを付与し、スキルをアートに変える事。

 

「ハァァァッ……はいぃぃ!!!」

 

演舞のような動きからゲキファンを手放すとそれを尻尾で上手く拾いながらも予想外の方向からの一撃を狙う。華麗でありながらも狡猾、見ている側を常に刺激させ続ける動き。そして大きく身体を回転させるように跳ぶとそこから氷塊となったゲキハンマーが迫って来た。連携を取れてないと見せかけつつもバッチリと互いの呼吸を把握して、合わせていた事に紫道は笑いながらも腰に差していた剣を引き抜くとそれを盾にしてゲキハンマーの攻撃を防いだ。

 

「思った以上にやるな、だけどまだまだだな。武器の扱いがなってねぇ、身体の一部になってねぇし激気も未熟だ―――これから手本を見せてやる」

「何を……」

「Gソード・W!!」

 

剣の銘を叫びながらもそこへと自らの激気を送り込むと、石化して到底物など斬れるようには見えなかったボロボロの剣が一瞬のうちに一流の砥ぎ師に整えられたような光沢を取り戻した。

 

「ウルフ一刀流剣術、いざ参る!!」

 

剣を抜いた瞬間、一気に威圧感が増した。重苦しさではない、カミソリのような鋭い切れ味を纏った物へと変貌していた。思わず喉を鳴らしながらもそれぞれの武器を構えるのだが紫道は剣を鞘へと戻しながらも、腰を落とした。あれは―――居合だ。

 

「轟、氷を!!」

「ああっ!!」

 

咄嗟に判断した尾白は防御の為の氷を求めた、それに応じるように激気を込めた氷を山のように展開した。だがそれなど知った事かと言わんばかりに一気に溜め込んだ力を開放した。

 

「激技、紫合合!!!」

 

切り上げるように放たれた斬撃、それは激気を纏った飛ぶ斬撃。それは地面ごと氷を両断しながら氷の背後にいる二人へと迫っていく、あっという間に氷を切り裂くとそのまま尾白へと炸裂―――するが、尾白はそれに耐えていた。

 

「グゥゥゥゥッ!!!なんて、パワーなんだ……!!」

「激気堅甲たぁやるじゃねぇか、だが―――俺の紫激気はそう簡単に止められるような!!!」

「やり過ぎだ馬鹿」

 

尾白を吹き飛ばそうとしてた斬撃は真横からの一撃で消し飛んだ。それは零一の放った臨気弾、真横からの力を加えられて斬撃は砕け散ってしまった。尾白は思わずその場にへたり込んでしまった。

 

「何すんだよ零一、今いい所だったんだぞ!!」

「地面見ろ」

「えっ地面って……あ"っ」

 

そこには紫道の一撃によって地割れでも起きたが如く、引き裂かれた大地の姿がそこにあった。紫道は思わず汗をだらだらと流しながらも剣を収めながら相澤の方を見ながら全力で頭を下げた。

 

「すいませんでしたぁ!!」

「……問題ない、この位じゃウチは驚かん」

「おおっ流石は天下の雄英!!」

「だが―――自分の技の威力を把握していないのかお前は」

「いやその……すいませんでした……」

 

先程とは打って変わって頭を下げている紫道に二人は呆気に取られてしまった。戦いとそれ以外の時のギャップが余りにも激しい、一体如何言うタイプの人間なのか全く分からない。そんな二人に零一はお疲れさん、と言葉を送る。

 

「如何だ、強かったか」

「いや……零一とは別の意味で凄かった」

「……甘く見てた、零一の方が強いけど」

「剣技で言えばあいつは俺のより強いからな、剣を抜かせたって事はあいつはある程度の本気を出してくれたって思っていい」

 

零一としても、尾白と轟が此処まで紫道に食い下がるのは予想外だった。それだけ二人の実力が上がっているという事、だがそれでもきっと紫道は認めないだろう。それは悪意を込めているからではない、単純に甘い覚悟では弾かれると分かっているから、先輩としての親切心だろう。




夏希「紫道が使ったのは、彼の為に作った専用のアイテムよ、これでないとビースト・オンが出来ないのよ」

零一「ある意味、俺のゲキチャンジャ―に近いですよね」

夏希「近いと言えば近いけど、専用設計だからやっぱり違うのよね」

紫道「へへん、俺これ気に入ってるんだ。いい音するしな!!」

零一「喧しくしたら飯抜きだ」

紫道「ご勘弁を!!」


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49話

「無月、お前がやらなくてもいいんだぞ」

「いえウチの同門のバカのした事です、俺にも責任があります」

 

そう言いながらも深々と切り裂かれている地面へと向けて土を流し込み続ける零一、本来は整備用の大型ロボがそれを行うのだが、それを修行として行うために零一は獣拳武装を行いながら行っている。時折、胸のライガーが不機嫌そうな声を漏らしている事からライガー自身もこんな事に呼び出された事にかなりの不満をもあっている事が伺える。

 

「無月、大分騒いでるが」

「キレてるんですよ、ライガーからすれば戦いでも無ければ修行でもない尻拭いなんて嫌だ!!って」

「そりゃ嫌だろうな―――紫道、お前反省しろ」

「……ハイ」

 

正座をさせられている紫道は相澤の視線を受けて素直に反省していた。

 

「凄い騒いでるなぁライガー……」

「気難しい上に気性も荒い、自分が嫌な事はしたくないって零一言ってたな」

 

ハッキリ言って零一の獣であるライガーは凄まじい気性難、七拳聖をしてあんな気性が激しい上に自分本位なゲキビーストは見た事がないと言わしめる程。本当ならば獣拳合体なんて以ての外、それ以上に他の獣拳を修得する事にそっぽを向く程。

 

「ライガーは零一の全てを知ってる、だからあいつのしたい事を優先してる……」

「つまり、紫道の尻拭いが今零一のしたい事って訳か」

「これが先輩のやる事か」

「ウグッ……」

 

次々と突き刺さっていく言葉の刃に思わず紫道は苦し気な声を上げる。確かに今回は自分のせいで零一にこんな事をさせてしまっている、修行という体裁を整えているからこそライガーもかなり嫌々で渋々、力を貸してくれているに近い状況。

 

「後は俺が責任を持つ、転入試験のハードルでも上げてやってくれ」

「……そうだな、其方の方がいいかもな」

「ちょっ!?」

 

本気なのか冗談なのか分からないが、相澤はその言葉に同意に近い意見を浮かべたままその場を去っていく。少なくとも零一に近い能力を持つ生徒という事は分かったからか、少しばかり考えたい事もあるのだろう。

 

「れ、零一お前……俺転入できなくなったらどうすんだ?」

「知らん、そんな事は俺の管轄外だ」

「唯でさえ勉強の遅れを取り戻すの大変なのにぃ~!!!」

「自業自得だろ」

 

半年以上の間、氷漬けにされていた紫道は勉強の遅れを取り戻す事にかなり必死になっている。しかも雄英は名門、筆記試験で出される問題のレベルも相応な物。転入試験までにそのレベルまで取り戻せるかは努力次第であり、零一にも勉強を見て貰っているのが紫道の実態。

 

「見ろ、これがさっきまでお前達を圧倒していた先輩の正体だ」

「ぐうの音も出ねぇ」

「だったらちゃんと説明しろ、その義務と責任が先輩にはあるだろう」

 

そう言いながらもこのままだと時間が掛かり過ぎてライガーが更に臍を曲げる事を察した零一は、ゲキモールにも手伝って貰う事にした。ゲキモールの二匹は地面関連ならば自分達の独壇場、お安い御用だと言わんばかりに手伝いを始め、ライガーはそれを見て負けてられるか!!とやる気を出し始めたので本当に自分の相棒はと溜息を漏らす。残された紫道は尾白と轟に対面しながらも気まずそうにしつつも口を開いた。

 

「……その、ゴメン。意地の悪い事言って……別に二人の力を馬鹿にしてたって訳じゃねえんだ、唯習いたての二人には危険すぎると思ったんだ」

「一応、本当に俺達の事を心配はしてくれてたんだ」

「信用無いのでありんすね……」

「あると思うの」

「ごめんなさい」

 

素直に頭を下げる紫道の姿は先程の戦いで見せた豪傑のような勇ましさは全く感じられない、なんというのだろうか……上鳴や峰田のそれに極めて近いような印象を受ける。紫道の素は寧ろ此方側なのかもしれない、頭を掻きつつも紫道は続けた。

 

「分かってると思うけどよ、獣拳の力っていうのは一般的な個性を超える物ばかり。故に獣拳使いはその力が何を齎すのか、その矛先を如何するのかを考えなきゃいけないんだ。零一なんて特に臨気も扱えるからその力は俺よりずっと上だから分かると思うけど」

 

それは百も承知している、いやしていたつもりだったのだ。だがその認識は一変した、保須市での巨大戦……獣拳という物は激気であのような巨人をも創り出す力を秘めている。余りにも巨大すぎる力、自分達もその力の一端を宿している……そう思うと興奮も覚える、が同時に戸惑いと恐怖も覚える。

 

「獣拳を正義の為に、自分の信じる未知の為に使ってくれるのは先達としては嬉しい限りだ。でもその先に進めるか?零一と同じ場所に、立つ覚悟はあるのか?」

 

紫道の瞳は此方を試す物ではなかった、純粋な心配と不安がそこにあった。将来有望な後輩が出来た事はマスターから聞いていたしそれについては非常に嬉しく思う。思う反面、どれだけの覚悟をもってこの世界に足を踏み入れたのかを確かめておきたかった。

 

「ハッキリ言っとくが、零一が立ってる場所は半端じゃない。俺もあいつの隣に立つ為に地獄を見た」

「地獄……」

 

その言葉に思わず尾白は喉を鳴らした。それが比喩表現などではない事には直ぐに気付けた、間違いなく―――本当の意味での地獄なのだ。

 

「マスター・シャーフーとマスター・シャッキーが言ってた、零一は激気と臨気を過去から引き出しているって。その過去が地獄って事か」

「俺も、軽くゴリーさんに聞いた。零一は地獄を拒絶する事なく、受け入れてるって」

「そうだ……そんなこと、普通は出来ねぇよ。誰だっていやな事は忘れたいし思い出したくもない、だけどあいつはそれを忘れようとしない。忘れちゃいけないって言い続ける、本当に獣拳合体まで行く気あるならそれを聞き出さないと駄目だぜ」

 

それは実力云々ではない、心構えと礼儀。本当の意味で零一と共に戦うというのはそれだけの覚悟がいる、地獄に足を踏み入れる……その言葉に思わず二人は身震いをさせてしまった。そんな二人を見て紫道は少しばかり脅かしすぎたかな、と僅かに反省するのであった。

 

「(ちょっと言い過ぎたかなぁ……でも、この位言われて踏み越えないなら難しいからな。零一は激獣拳であり、臨獣殿でもある……本当の獣拳使いだからな)」

 

 

 

 

 

 

「全ては偉大なる方の為に」

『全ては尊き御方の為』

「血を、捧げよ。魂を捧げよ―――あの男、我らが御方に仇した男の末裔を、捧げよ」




夏希「紫道の専用武器、Gソード・W。GはゲキでWはウルフ、大本はゲキセイバーだったんだけど大幅に改造して今の形になったわ」

零一「但し、専用化した事で激気を流さないと何も斬れない鈍らではある」

夏希「盗まれた時に心配はしなくていいのは利点かもね。ウルフ一刀流剣術でこの剣を振るって100人切りをするのが目標って言ってたわね」

零一「あいつ、何処の地獄の番犬目指してるんでしょうね」

紫道「ボスは永遠の憧れ!!」


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50話

『―――っ……』

 

口を紡ぐしかなかったのだ、言葉を発する訳には行かなかったのだ、身体を動かす訳には行かなかったのだ。身体がいかに血に染まろうとも身体を動かす訳には行かなかった。

 

『この位にしておくか、予定通りに末裔の血を捧げる事は出来たのだからな』

『至高の御方の乾き、これにて僅かにでもか分か瀬す事が出来たのならば僥倖』

『『『『『全ては至高の御方の為に』』』』』

 

言葉の意味は理解出来なかった、だが奴らが自分の家族を……いや街を崩した事だけは分かっている。一体何者だったのか……何も分からず、自分は生き残ってしまった。様々な犠牲の上に偶然生き残った自分は何も救わず、何も行わず……その後悔を忘れた事は無く、薄れた事も無い。あの地獄を忘れた事なんて……一度も。

 

「おい、零一」

「……なんだ」

「臨気、漏れてるぞ」

 

精神統一を行っていた零一だが、如何にもそれが上手く行っていないのか臨気が漏れている。それを紫道に指摘されてしまう、気を落ち着けながらも溜息を吐き出した。

 

「お前にそんな事を言われるなんてな……ったく俺も修行が足りないな」

「ホントにアンタ、俺に対して棘あり過ぎません事?」

「当然の処置だ」

 

座禅を解きながらも冷蔵庫から麦茶を入れて一気飲みする。その様子に紫道は何処か心配そうな瞳を作って見つめる。

 

「なあ、お前まさかまた暗黒咆と漆黒咆で……」

「……分かってる筈だ、あれは俺にとって無くてはならない記憶だ」

 

そういうと自分の部屋へと向かって行く零一、もう直ぐ登校時間だからだろうが幾らなんでもあんな姿を見せられれば不安にもなる。精神統一をしている最中に臨気を荒げて漏れださせるなんて事は今までなかった。それこそ出来ていなかったのは完全なコントロールができていなかった昔だけだった筈……零一の中で何かが変わり出そうとしているのかもしれない……。

 

「にしてもさ、俺の編入試験もお前の期末試験の最終日に合わせるってなんかあれだな」

「そっちの方が楽な面もあるだろう、纏めてやれるからな」

「アハハ……ああ、不安だ……」

 

乾いた笑いを浮かべている紫道を連れて、零一は共に雄英へと向かうのであった。そして雄英では零一は期末の三日目が行われる事となった、これでも成績は優秀な方である零一。鍛えるのは身体だけではなく頭の中も確りと行っているという言い証明になっているのか、中間テストのクラス内順位は轟と同率で5位であった

次は実技試験。場所は実技試験会場中央広場、そこでコスチュームを纏ったA組を待っていたのは……プロヒーローでもある教員の面々であった。

 

「それでは演習試験に入る。当然これにも赤点はある、補修地獄に遭いたくなきゃ死ぬ気で乗り越えてみろ」

「あれ、先生多い……?」

 

全明らかに先生の数が多い。相澤にエクトプラズム、セメントスにミッドナイト、13号にパワーローダーと雄英が誇る教師陣が集結している。ヴィランが前にしたら絶望必死だろう。だが慣れ親しんでいる生徒達からすればそんな事は考えていなかった。何故ならば事前にテストの情報を手に入れている―――そう、先輩から話を聞いた結果ロボを相手にした戦闘だと聞いているから―――

 

「尚、君達なら事前に情報を仕入れてこの試験の事を聞いてるかもしれんが生憎その情報は無駄になった」

「「……えっ」」

 

その言葉に絶望し真っ白になったのは上鳴と芦戸であったこの二人に共通しているのは対人相手では全力で個性を使いづらいという事。だがロボ相手ならば一切の加減をする事なくぶつかっていけると踏んでいたのだが……どうやら変わっているらしい。

 

「残念!!今回から内容を変更しちゃうのさ!!」

『校長先生!!?』

 

相澤の捕縛布の中から顔を出す根津、その口から語れるのは変更するのは試験をロボから対人戦、つまり教師との対決へと変更。ヴィランの活性化を警戒してより実戦的な物に変更し、より高みを目指した教育の為との事。そして、これから行われるのは二人一組か、三人一組での教師と戦う試験となる。

 

「ペアの組と対戦する教師は既に決まっている。動きの傾向や成績、親密度…その他諸々を踏まえて独断で組ませてもらったから発表してくぞ」

 

発表されていく組み合わせ、零一は一体どうなるのかとドキドキしながら待っていると遂に自分の名前が呼ばれた。

 

「無月、お前は―――」

 

 

 

遡る事数日前の事、学校の一室では教師らが集まりA組の演習試験についての検討が行われていた。試験の変更理由はヴィランの活性化、生徒達を危険に晒さない為に教師は何をするのか、そう言われたら生徒達を更に強くすること。その為に壁になる、それが変更理由だった。その試験においての組み合わせを話し合う為の会議だったのだが……今年のA組は21人、例年より一名多いので一人を増やした三人一組を作る場合は如何するか、そんな協議も行われている中でその生徒の名前が挙げられた。

 

「続いて無月ですが……こいつを如何するかです」

 

そう言われて校長を含む全員が首を縦に振る。

 

「戦闘力は言わずもがなですが、それは全く個性に由来する事のない自らを鍛え抜いた末の自力、故に俺の抹消で個性を消すにしても意味はない」

 

例えを出すとすれば、以前の轟ならば故に個性を主軸にした立ち回りをしていた為に相手の個性を一時的に使えなくする相澤ならば上手く立ち回る事が出来る。だが零一の場合は無個性であるので相澤の個性でも封じる事は出来ない。

 

「加えて自分の中の獣だったか、それを具現化させることまでも出来てしまう。それに……保須市でのこれもあります」

 

そう言いながらも各自に配られている一番の紙、そこにはでかでかと保須市での巨大戦を映し出した紙があった。まさか此処までの事が出来るのは予想外だった、入試でも零一はライガーを呼び出す事で0ポイントのロボヴィランを撃破しているが……此処までの事も出来るのは予想外だった。

 

「う~ん……編入試験の方もあるのに結構な難関ねぇ」

「此方も此方で獣拳使いが来るとは……」

 

今年の雄英の編入試験は期末に合わせて行う事になった、が問題なのはその生徒。紫道 狼我、零一と同じく獣拳を修めており彼とは友人関係であるらしいとの話が相澤から上がってきている。しかもその実力は零一に匹敵する者だと思われる、そんな相手に誰がやるか……と思う中で校長の根津が妙案我に有、と言わんばかりに手を上げた。

 

「良い事を思い付いたよ、無月の相手は僕がしよう」

「良いんですか校長、貴方には芦戸と上鳴のペアの相手が決定しておりますが」

「問題ないよ、肉体的な事じゃなくて頭脳的な労働をするつもりだからね。パワーローダー、頼んでおいたロボの脳波制御デバイスは出来てるよね?」

「ええ、後はテストするだけですが……校長まさか」

「そのまさかさ!!より優秀な生徒には、より高い壁を用意する、それが雄英であるPLUS ULTRAさ!!」

 

 

「まさか、こんな試験方式とはな……」

「全くだ」

 

無月 零一、紫道 狼我。共に市街地を模した試験場へとやって来た、そして言い渡されたのは……此処で互いに戦う事、試験官は根津校長、勿論根津を確保すればクリアなのは変わらないが……それ以外にもクリア条件はあるという。

 

「三つ巴か」

「単純じゃねぇなぁ……零一を確保してもクリアじゃないらしいし、俺のクリア条件が全然見えない」

「自慢の鼻で嗅ぎ分けてみろ犬っころ」

「狼っだっつの!!」

 

例えどんな条件でクリアなのかは分からない、だがやるだけ、そして見極める事もきっと良い修行になる筈だ。

 

「轟け、獣の鼓動!!臨気激装(ビースト・オン)!!」 「目覚めろ、獣の咆哮!!ビースト・オン!!」

 

「勇往邁進。魂から全身へ、猛る勇気の力―――勇者の魂(ヒーローズ・ソウル)!!激獣ライガー拳、無月 零一!!」

「艱難辛苦を乗り越えて、辿り着くは己の境地―――貫き通した情熱(ペネトレイト・パッション)!!激獣ウルフ拳、紫道 狼我!!」

 

互いにビースト・オンを行い、その身に激気を纏った姿となった。そして―――

 

【試験……READY GO!!】

 

「ハァッ!!」

「ダァリャ!!」

 

互いの拳が炸裂し合い、周囲に衝撃波が四散する中……試験は始まりを告げる。



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