麦わらの一味「歌姫のウタ」 (さとね)
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東の海編
プロローグ「二人の冒険の夜明け」


かくのが たのしくて うれしい です。


「この帽子を、()()()()に預ける」

 

 後に四皇と呼ばれる海賊『赤髪のシャンクス』は、大切な友人と彼の娘が作るという”新時代”に懸け、一つの帽子を彼らに託した。

 

「いつかきっと返しに来い。立派な海賊になってな」

 

 一つの王国が滅んだことで。

 大海賊の片腕を失ったことで。

 己の非力さを知った二人は、彼のような偉大な海賊になるために、自らの足で進むことを選んだ。

 

 あの日から、十年。

 

「〜〜♪」

 

 心地の良い鼻歌を歌う少女と、それを子守唄に眠る麦わら帽子を被った少年が、手作りの小さな舟に乗っていた。

 この世界の海が危険であることなど、百も承知で。

 

 ザバァ!!

 

 格好の獲物を二匹見つけた巨大な怪物が、彼らの前に飛び出してきた。

 のんびりとした鼻歌が途絶えるが、二人の間に慌てる様子はない。

 

「出てきたね、近海の主!」

「よし! おれが先にぶっ倒す!」

 

 麦わらの少年は拳を大きく振りかぶった。

 それこそ、手が後ろまで伸びるほどに。

 

「ゴムゴムの……!」

 

 しかし、弾丸のようなパンチが放たれるよりも数瞬前。

 バチバチ! と。

 黒い稲妻が迸る。

 

「失せなよ」

「――!!」

 

 近海の主の体が硬直し、わずかに体が震える。

 

(ピストル)!!!!」

 

 身動きの取れなくなった近海の主の顔に、強烈なパンチが炸裂し、怪物は海へと沈んでいく。

 

「うーん。まだうまく使えないなあ」

「よーし! おれの勝ちだな!」

「あれー? もしかしてルフィ、私のおかげで勝てたのわかってないの~?」

「なんだよ、ウタ! 一人でだって勝てる!」

「出た! 負け惜しみ~! 昔から変わらないなぁ、ルフィは!」

「勝手に言ってろ! お前のいうことなんてもう聞かねえ!」

 

 ふん! と顔をそむけたルフィの肩を、ウタはトントンと叩く。

 

「ねえ見て、ルフィ! あっちにおーっきなお肉があるよ!」

「肉ぅ~!? 本当か、ウタ!」

「あっはっは! 何も聞かないって言ってたのに! 子どもじゃないんだから!」

「ああ! だましやがったな、この!」

 

 自分を睨みつけてくるルフィのことなど気にもかけず、ウタはパンと手をたたいて水平線を見つめる。

 

「そんなことより、早く進もうよ!」

「そうだな、まずは仲間集めだ!」

「十人くらいは欲しいよね〜!」

「あとは海賊旗!」

「私が描いてあげたやつ、付けなかったのルフィだよね?」

「だってあれ、シャンクスの海賊旗じゃんか!」

「あはははっ! 冗談だよ。いつか絵が上手い人に描いてもらおうね、私たちのトレードマーク」

「おう! 麦わら帽子が、俺たちの目指す夢のマークだからな!」

 

 二人は広大な海へ向かって、高々と宣言をする。

 

「俺は海賊王になって!」

「私は世界一の歌姫になって!」

 

 それぞれの道のりを口にした二人だが、その夢の果ては同じ場所にある。

 

「新時代を!!!」

 

 かくして。

 大いなる旅は始まったのだ!!

 



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第一話「美しい女はどっちだい?」

 意気揚々と海へと出た二人は、早速喧嘩をしていた。

 

「あっちに進むんだってば!」

「やだ! 俺はあっちがいい!」

 

 かつてシャンクスとともに海を旅していたウタには、少なからず航海の知識があった。

 だが、同船する航海術なんて言葉すら知らないルフィは、行き先を指示されるなど耐えらない。

 

「分からずや! このまま行ったら大渦に飲まれちゃうの! 悪魔の実を食べてる私たちは、海に落ちたら終わりなんだってば!」

「そんなことしらねえ! まっすぐだ!」

「あーもう!」

 

 普通に話しても埒があかないと観念したらウタは、ニヤっと笑って先を指差す。

 

「そうだ! あっちの島にお宝があるんだった!」

「え! ホントか!?」

「本当だよ! それに、こわ〜い海賊だっているから、ルフィが行ったら負けちゃうよ〜?」

「俺は負けねえ! 早くお宝を取りに行くぞ、ウタ!」

 

 ルフィはウタに唆された通りに強引に船を漕いでいく。

その背中をニヤニヤと見つめながら方向の微調整をするウタは、少し遠くで渦巻く海を見てホッとため息を吐くのだった。

 

 

 

 そして、とある島。

 

「なあなあ、食いもんないか?」

 

 無事に海岸まで辿り着いたルフィたちは、すぐ近くにあった建物の周りを掃除していた眼鏡の少年に話しかけていた。

 

「ちょ、ちょっと誰ですか、あなたたち!」

「私たち、怪しいものじゃないよ! 海賊だから!」

「悪者じゃないですか!?」

「おい、コビー! うるさいぞ! 掃除はどうした!」

 

 建物から出てきたのは、いかにも悪党ですと自己紹介をしているような風貌の男たち。

 大柄の男三人に囲まれたルフィとウタは、それを気にしている様子は一切なかった。

 

「おい、ウタ。誰だこいつら」

「知らな〜い。海賊みたいだけど、強そうでもないし」

「ちょ、ちょっとあなたたち! 喧嘩を売らない方がいいですよ! この人たちは、かの悪名高いアルビダという海賊の……」

「どこの誰が悪名高いって……? コビー」 

 

 コビーの背筋がピン! と伸びる。

 錆びたブリキ玩具のように振り返ると、そこには風船のような巨躯(きょく)の女海賊が立っていた。

 

「うるさいと思ってきてみれば。……そうかい。お前、どっかからか仲間を呼びやがったな? もしかしたら、ロロノア・ゾロかもしれないと思ったが、さすがにそんな金も度胸もなかったみたいだねえ」

「え、えへへ……。な、なんのことでしょう!」

「しらばっくれるんじゃないよ!」

「うわぁ!!」

 

 アルビダは金棒を振り下ろして地面ごとコビーのいた場所を地面ごと叩き割った。

 腰の抜けたコビーは、その場でわなわなと震えるだけ。

 

「ちょっと、危ないでしょ!」

「なんだ……? 貧弱そうな女がいるじゃないか」

 

 ウタの容姿を見て、ニタリと笑ったアルビダは金棒をコビーへ向ける。

 

「一回だけチャンスをやろう、コビー。そこの小娘と私、美しい女はどっちだい?」

 

 ぎこちない笑顔で、コビーは口を開く。

 

「へへ……それは、もちろん

「何言ってんだ? ウタの方がお前より綺麗だろ」

「!!!!!!(愕然とするアルビダ一同+今の言葉への衝撃と録音する術を持たないことへの後悔が相まって困惑しながらもルフィを一心に見つめるウタ)」

「というか、誰だ。このいかついおばさん」

 

 アルビダのこめかみから血管のはち切れるような音が響く。

 青ざめた表情の子分たちは、あんぐりと口を広げてルフィたちを見つめる。

 

「こいつ、なんてことを……!!」

 

 ブチギレたアルビダはすぐさま金棒を振り上げた。

 

「て、訂正してください! この方はこの海で一番——」

「その必要はないよ、ルフィ」

 

 透き通るような声が聞こえて、

 

「私の世界においで」

 

 心をわしづかみにするような歌声が響いた。

 あまりの美しさに、アルビダの体がぴくりと止まる。

 だが、

 

「ちょっと歌が上手いだけで、海賊が倒せるわけがねえだろ!」

「倒せるんだよね、それが」

 

 アルビダの金棒は、黄金の槍によって阻まれた。

 

「私は、最強」

 

 一撃だった。

 ふわりとアルビダの目の前に浮かんだ音符が破裂し、子分もろとも吹き飛んでいく。

 

「つ、つよい……!」

 

 コビーはウタの力を目の当たりにし、ごくりと唾を飲んだ。

 

「君さ、コビーだっけ?」

「は、はい!」

「なんであいつらの言うことを聞いてるの?」

「そ、それは……」

 

 コビーは悩みながらも、自分の弱さを口にする。

 

「勝てないのに、戦ってもしょうがないじゃないですか。あんなに怖い海賊を目にしたら、足がすくんで逃げることもできなくて」

「ふーん。つまんない人生」

 

 ウタはコビーの頭をコツンと殴った。

 

「夢はないの?」

「それは……あります。けど、僕なんか叶えられるわけ……」

「言わなきゃ、叶わないよ」

「…………海軍に入りたいんです」

 

 コビーは語り出した。

 

「あなたたちとは敵ですけど、海軍に入ってえらくなって、悪い奴らを取り締まることが夢なんです! 子どもの頃からの!」

「でも、海軍っていやーな人もいるよ?」

「そんなことありません! だって、海軍は困ってる人を救い、海賊から人々を守る正義の味方なんですから!」

「そっか。なら何も言わないよ。ってことで、ほら!」

 

 ウタは倒れるアルビダたちの前にコビーの突き出した。

 

「さあ、自由になろう! 言いたいことを言って、やりたいことをやって、なりたいものになろう! それを阻む壁なんて、壊しちゃえ!」

 

 傷つきながらも金棒を杖にして立ち上がったアルビダは、鋭い目つきでコビーを睨みつける。

 

「なんだい、コビー。あたしと、やろうってのかい……?」

「い、いや……それは……」

「コビー!」

 

 ウタは叫ぶ。

 

「なるんでしょ、海軍!」

「…………はいっ!」

 

 足はガクガクに震え、真ん中分け髪型の隙間から見える額には大粒の汗が滲み、目には今にも溢れそうな涙が浮かんでいる。

 それでも、コビーは叫んだ。

 

「ぼ、僕は海軍になりたいんだ! お前みたいないかついクソばばあなんて、懲らしめてやる!」

「このガキャーーーっ!!!」

 

 痛みも忘れて金棒を振ろうとしたアルビダを見て、ウタは笑う。

 

「よく言ったね、コビー」

 

 ふらりと体が揺れる。

 ウタが“ウタウタの実”の力で作り上げた仮想世界に終わりが近づいているのだ。

 

「私、寝るから。あとはよろしくね、ルフィ」

 

 直後、コビーは自分がいつの間にか眠ってしまっていたことに気が付いた。慌てて体を起こすと、同じように眠っていたアルビダのすぐ目の前に、拳を振りかぶるルフィがいた。

 

「ゴムゴムの、(ピストル)…」

 

 今度も、一撃だった。

 次はルフィの“ゴムゴムの実”の力によって放たれたパンチがアルビダの顔面にクリーンヒットし、今度こそアルビダの意識が落ちる。

 

「ア、アルビダ様が負けてる!?!?」

 

 気が付いたら敗北している船長を見て、子分たちは目を丸くしていた。

 慌てふためく子分たちに、疲労によって眠りについたウタを抱き抱えるルフィが指をさす。

 

「こいつにはもう自由だ! 関わるな!」

「は、はい……」

 

 

 

「よく寝たー!」

 

 自分たちが乗っていた小船にコビーを乗せて次の島へと向かっている途中、ようやくウタが目を覚ました。

 

「おはようございます、ウタさん」

「あれ? もう海の上?」

「はい。僕が海軍になりたいという話をしたら、この先の海軍基地まで乗せてくれると言ってくれたので」

「なるほどー! ちょうど私も行きたいと思ってたんだよね」

 

 ウタはルフィと目を合わせる。

 

「ロロノア・ゾロってやつ、強そうじゃない?」

「おれもさっき、コビーからそいつの話を聞いたんだ。おれも仲間にしようと思ってよ!」

「いい人だったらいいね!」

「ええー!! ムチャですよ! ムリムリムリ! 魔獣のような奴なんですよ!」

「そんなの分かんないだろ」

「そうだね。それに、偉大なる航路(グランドライン)に挑戦するなら、魔獣くらいの力は持っててもらわないと」

「ぐ、偉大なる航路(グランドライン)ですか!?」

 

 コビーは船の上で飛び跳ねた。

 

「ま、まさかあなたたち、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を目指すつもりですか!?」

「ああ」

「あそこは海賊の墓場とも呼ばれる場所ですよ」

 

 戸惑うコビーを見て、ルフィとウタは同時に笑った。

 

「おれはさ、海賊王になるんだ!」

「か、か……海賊王ですか!? そりゃあ、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を手に入れるということは、海賊王になるということですけど……」

「ちなみに、私は世界一の歌姫! 私の歌を世界中の人に聞いてもらって、笑顔が絶えない世界にしたいんだ!」

 

 笑顔ではあるが、冗談を言っているようには見えなかった。

 それに、二人とも海の秘宝と呼ばれる悪魔の実を食べた能力者。

 いつか彼らがひとつなぎの大秘宝(ワンピース)に辿り着くことも、あり得るのかもしれない。

 

「でも、あなたたちがいくら強いとはいえ、危険すぎます。命がいくらあっても足りませんよ」

「おれは死んでもいいんだ」

「え?」

「おれがなるって決めたんだから、その為に戦って死ぬなら別にいい」

「私も、この世界を変えるためなら死んだっていい」

 

 本気だった。

 あまりにも固く強く高貴な覚悟を前に、コビーの目に涙が浮かぶ。

 

「僕にも、やれるでしょうか」

「しらね」

「どうだろうね」

「いえ! やりますよ! 僕は悪い奴らを懲らしめる正義の味方になってみせます!」

「おう、そっか!」

「そうなれば急ぎましょう! すぐさま海軍基地に行って、海軍に入れてもらいます!」

「頑張ってねー!」

 

 パタパタとパーカーの余った袖を振るウタの声援を受けながら、コビーは船をこぎ進めていった。

 




誕生日おめでとう、ウタ!
君が変えた世界は、二人で作ろうとした新時代は、ここにある!
歌でみんなを幸せにして、次の時代を作るんだ!


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第二話「親の名前がなんだって?」

「ぷへー、食った食った」

「うん。美味しかったね」

 

 海軍基地の島に辿り着いたルフィとウタは、ようやっと見つけた飲食店での昼食を終えたところだった。

 

「コビーのやつ、上手くやってるといいなぁ」

「そうだね。海軍になるって、早速向かっちゃったからね」

 

 ルフィとウタの夢に当てられ、コビーは悪い奴を取り締まると息巻いて海軍基地へと向かっていったのだ。

 コビーにはコビーの夢があり、ルフィとウタには彼らの夢がある。

 行く道が違うのなら、笑顔で送り出してあげるのが礼儀だろう。

 

「それじゃあ、おれたちは仲間を見つけよう! 偉大なる航路に入るなら、強い仲間がいる!」

「そうだね。じゃあこのあとは、海軍基地に行ってみようか!」

「ああ。どんなやつなんだろうなぁ、ゾロってやつ」

 

 どんがらがっしゃーん!

 

 周りで食事をしていた人たちが、一斉にひっくり返った。

 どうなら、ここでは悪名高いゾロの名前は禁句らしい。

 

「そういえば、さっき貼り紙を見たんだけど、ここの基地にはモーガン大佐って人が——」

 

 どんどんがらがらがっしゃーん!

 

 ウタがその名前を出した途端、今度はテーブルごと皆がひっくり返った。

 

「ええ!? 海軍の人の名前でもそうなるの!?」

 

 不気味さを覚えたウタは、ベリーをテーブルに置いてそそくさと店を出る。

 

「やっぱり、ここでも悪い海軍がいるのかなぁ」

 

 幼き頃のシャンクスと冒険の中、ウタは戦闘中は船の中にいることが多かったが、隙間から見える景色では、周りの人ごと海賊を倒そうとする正義を騙る悪人たちが大勢いた。

 皆が笑える世界を。

 ウタが望む世界には、悪い海軍だっていらない。

 

「だから、コビーには海軍になってほしくなかったんだけどなぁ」

 

 それでも、彼がなると決めたのなら仕方がない。

 自由こそ、ルフィとウタが求める世界の在り方なのだから。

 この世で誰かに縛り付けられる必要など、どこにもないのだ。

 

「おい、ウタ! あっちで縛られてるやつがいるぞ! 多分ゾロって奴だ!」

「え! そんな壁一枚の先にいるものなの?」

「ほら、こっちきてみろ」

 

 ルフィの手を取って壁によじ登ったウタは、確かに黒い手拭いに腹巻きを付けた緑髪の男を見た。

 そして、そんなコワモテの男に近づく小さな女の子が一人。

 

「どうしたんだろう、あの子」

 

 女の子はゾロに近づきながら、懐を漁ってまんまるのおにぎりを二つ、ゾロに差し出した。

 何やら言い争っているようだが、ゾロが危害を加えようとする気配はない。むしろ、あえて遠ざけようと冷たくしているような。

 

「ロロノア・ゾロ! いじめはいかんねぇ」

 

 やってきたのは、頭のてっぺんから足のつま先までシュミの悪い金髪の男。

 その男は、女の子が持ってきたおにぎりを奪い取って一口食べるや否や、味が気に食わなかったのか地面に叩きつけて何度も何度も踏み潰した。

 

「…………」

 

 ルフィとウタは、その様子を真顔で見つめる。

 二人はコビーのような正義の味方になるために海に出たわけではない。

 海賊になると決めて海を出た以上は、立ち向かうべきは自分が進む道を阻む者だけだ。今の二人の目的は、ゾロが仲間にたる人間なのかを見極めること。

 

 ゆえに、二人は見守ること選んだ。

 少しして、金髪男の指示で女の子が塀の外に放り投げられる。

 その子を、ルフィとウタが二人で受け止める。

 悔しいのか、悲しいのか。その場で泣き崩れる女の子を頭を優しくなでると、ウタは小さく穏やかな、ゆりかごのような歌を口ずさむ。

 

「〜〜♪」

 

 泣いていた女の子はその歌に聴き入り、数秒もせずに夢の世界へと誘い込まれていく。

 眠りについた女の子を背負ったウタは、既に塀の中へと入っているルフィの跡を追う。

 既に、ルフィは話を始めてるようだった。

 

「どう? この人は」

「んー、まだ誘わねえよ。悪い奴だって評判だしな」

「言っておくが、海賊なんて願い下げだ。一ヶ月、ここに立ってたら助けてやると、あのバカ息子が約束した。だからおれは生き延びて、やりたいことを成し遂げる!」

「へえ。いいじゃん。夢があるって素敵だよね」

「勝手に言ってろ。仲間探しは他を当たるんだな」

 

 悪い奴ではなさそう……だが、ここまで拒絶されたのなら、強制するつもりはない。

 もし面白い人材だったならば、多少無理を言ってでも勧誘をしたいところだが、残念ながら別の人を探すしかなさそうだ。

 二人が踵を返したところで、ゾロが二人を呼び止めた。

 

「おい、ちょっと待て。それ、俺に食わせろ」

 

 ゾロの視線にあるのは、金髪男が踏み潰した泥だらけのおにぎりだった。

 

「え? これを? もうドロの塊だよ?」

「ガタガタ抜かすな、いいから食わせろ」

 

 嫌な顔をしながらも、ウタがゾロの口にドロおにぎりを放り込むと、涙を浮かべながらも必死に全てを飲み込んで、胃の中へ流し込んだ。

 

「何やってんの、死んじゃうよ?」

「……お前が背負ってるガキが起きたら、伝えてくれ。うまかった。ごちそうさまでしたってよ」

「……はは! 分かったよ、必ず伝える。約束ね」

「ああ、約束だ」

 

 彼を仲間にできないのは本当に残念だ。

 ルフィとウタは目を合わせて小さく笑い、ゾロの元を後にした。

 

 

 

 

 ゾロとの約束を守り、女の子が目覚めてすぐにその話をした。

 

「バリバリぃーって、魔獣みたいに食べてたよ!」

「ほんと!? うれしいっ!」

 

 安心した女の子は、ゾロにおにぎりを渡しにいく経緯を教えてくれた。

 モーガン大佐の息子、ヘルメッポが親の名前を使って街で好き勝手していること。

 ヘルメッポが飼っている狼が野放しになっており、住民が怖がっていたこと。

 それをゾロが切って助けてくれたから、あの場でハリツケになっていること。

 

「悪いのはモーガン親子よ! 逆らったらすぐに死刑にされてしまうの!」

 

 女の子の訴えを上書きするように、気味の悪い高笑いが聞こえた。

 

「ロロノア・ゾロみたいにハリツケにされたくなければ頭を下げろ! ゾロの公開処刑は三日後だ! 楽しみに待ってろ!」

「……三日後?」

 

 その言葉を聞いたウタが、ヘルメッポの前に出る。

 

「一ヶ月ってゾロに約束したんでしょ!」

「約束ぅ!? そんなのギャグに決まってんだろ! 本気にしてるあいつが馬鹿なだけ——ふごぉ!?」

 

 拳を振りかぶっていたルフィより早く、ウタがヘルメッポの頬を引っ叩いた。

 ヘルメッポが悪人だろうがなんだっていい。

 ただ、約束を守り、夢を成し遂げようというゾロの意思を嘲笑うことだけは、許せなかった。

 あんな強い意志を持つ者が、こんなところであっけなく死んでしまうのなら、無理やり海賊にしてでも生きるべきだ。

 

「ルフィ。私さ、ゾロを仲間に引き入れようと思うんだ」

「おう。俺も同じこと、思ってたところだ」

 

 思いもよらぬ攻撃に尻餅をついていたヘルメッポは、立ち上がるやいなや怒声を放つ。

 

「ふざけるなよ! おれは海軍大佐モーガンの御曹司だぞ!」

 

 ピクリ、と。

 ウタの結んでいる髪の毛が揺れる。

 

「親の名前がなんだって……!?」

 

 親を誇りに思っているなら、親のような偉大な人間になろうと思っているのなら、その名で相手を畏怖させようなど、思うはずがない。

 シャンクスの娘であるという誇りを傷つけられた気がして、ウタは怒りを露わにする。

 

「やめとけ、ウタ。あんなやつ、殴る価値もねえ」

「……そうだね。ありがとう、ルフィ」

「お前たち、親父に言いつけてやるからな! せいぜい後悔して死んでいけ!」

 

 顔を真っ赤にして去っていくヘルメッポの背中に向けて、ウタはべーっと舌を出して悪態をついていた。

 

 

 

 

「やっほ〜!」

「また来たのか。海賊にならならねえぞ」

「縄を解いてあげるし、あなたの刀も持ってきてあげるから、一緒に海賊やろうよ!」

「話を聞いてねえだろお前! というか、なんで俺の刀のことを」

「あの女の子が言ってたんだよね。あなたが刀をヘルメッポに取り上げられちゃったって」

「たち悪ぃな、お前ら」

「あなただって、悪い賞金稼ぎでしょ?」

「世間がなんと言おうと、おれはおれの信念に後悔するようなことは何一つやっちゃいねェ! これからもそうだ」

「そんなの知ーらない! 私もルフィも、あなたを仲間にするって決めたの!」

「勝手な事を言うんじゃねェ!」

 

 ウタが勧誘をしているその最中。

 ガシャァア!!! という音が海軍基地の屋上から響いた。

 次いで、何やら騒がしい声が聞こえてくる。

 

「今、ルフィがあなたの刀を取りに行ってるから。無事に持ってきたら、仲間になってよ」

「無謀だな。殺されるぞ」

「こんな所で死なないよ。だってルフィは、海賊王になるんだから」

「海賊王……!? 意味を分かって言ってんのか?」

「うん。本気だよ。私も、世界一の歌姫になってこの世界を——」

 

 パンッッ!!

 

 銃声だった。

 ウタの肩から血が吹き出し、撃ち抜かれた衝撃で地面へと倒れていく。

 

「痛ったぁ……」

「……生きてたか」

 

 肩を抑えながらウタは立ち上がり、ゾロを縛る縄を解き始める。

 

「おい、すぐに逃げろ。あいつらが降りてくる」

「嫌だ。あなたを仲間にする」

「だからって、今でなくたっていいだろうが。一ヶ月後には助けてもらえるって約束を……」

「そんな約束、守るつもりないみたいだったよ。ヘルメッポのやつ、三日後にあなたを処刑するって言って回ってたし」

「なんだと……!?」

 

 左肩を撃ち抜かれているからか、指先に上手く力が入らず、縄がなかなか解けない。

 

「海軍はもうあなたの敵。私たちの仲間になれば、どこまでだって行けるよ」

「そこまでだ! モーガン大佐への反逆につき、お前たち二人をこの場で処刑する!」

 

 ルフィが暴れたことでゾロを解放しようとしていることに気づかれ、海軍たちが集まってきた。

 多くの銃口が向けられ、ゾロは唇を噛む。

 

「クソ、おれはこんなところで死ぬわけには……!」

「大丈夫だよ、ゾロ」

 

 ウタは静かに前へと出ると、自分を囲む海兵の中に見知った顔を見つけた。

 

「あっ、コビーだ! 海軍に入れたんだね!」

「ウ、ウタさん……っ!」

 

 震える手で、コビーは銃を握りしめていた。

 立場上、ウタに銃を向けるのは当然のことだ。怒りなど湧いてくるはずもない。

 

「大丈夫だよ、コビー。あなたはやりたいことをやればいい。あなたは自由なんだから」

「——ッ!」

「何をつべこべやってやがる! さっさと撃て!!」

 

 モーガンの怒号が響く。

 海軍全員が銃の引き金に指をかけるが、その顔には覚悟はない。

 あるのは逆らったときに殺されるという、モーガンへの恐怖。

 

「みんな、笑顔になろうよ! そんな怖〜い顔なんてしてないで!」

 

 ウタは血に濡れた左肩など気にもかけず、大きく腕を広げて。

 

「ゾロ、勿体ないかもしれないけど、耳を塞いで」

「……なんだ?」

 

 ウタがかろうじて解いた縄から腕を抜いて、言われるままに耳を塞ぐ。

 

「ビンクスの酒を♪ 届けに行くよ♪」

 

 跳ねるような小気味良いリズムの歌。

 船に揺られるような錯覚に陥った海軍たちは、たちまちに眠りに落ちていく。

 

(なんだ、何が起こってやがる……!?)

 

 ゾロは困惑しながらも、目の前で起こる現実を直視していた。

 ウタの歌の虜になった海軍たちが次々と倒れていく。失血からか、歌声が遠くまで響いておらず、モーガンには不思議な力は届いていないようだった。

 そして、何十人もの海軍が眠りに沈んだところで、

 

「残念ながら、今日のライブはおしまいかな……」

 

 ふらりとウタの体が揺れる。

 能力の反動による疲労で、ウタすらも眠ってしまい、倒れていく。

 

「おかしな力を使うようだが、どうやらここまでみたいだな! 射殺しろ!」

 

 倒れていくウタに向かって、引き金が引かれる。

 その、直前。

 

「ゴムゴムの……ロケット!!」

 

 倒れていくウタの前に立ったルフィは、壁となって全ての弾丸を体で受け止めた。

 

「お前……ッ!」

 

 間違いなく致命傷のはずだ。

 しかし、ゾロの目に映るルフィは、未だ撃ち抜かれていない。

 

「効かーーーんっ!!!」

 

 受けた弾丸の全てを、ルフィは弾き返した。

 そして、倒れる寸前のウタを抱き抱え、その寝顔にそっと麦わらの帽子をかぶせる。

 

「悪ぃ、待たせたな、ウタ」

「てめぇ……! 一体何者なんだ!」

「おれは海賊王になる男だ!」

 

 笑顔でそう宣言したルフィは、海軍基地で手に入れた刀をゾロへと渡す。

 

「なんか三本あったんだけど、どれがお前のだ?」

「三本ともおれのさ。おれは三刀流なんでね」

「ここでおれと一緒に戦えば悪党だ。このまま死ぬのとどっちがいい?」

「てめえは悪魔の息子か。だがまあ、ここでくたばるくらいならなってやろうじゃねえか、海賊に!」

 

 高々とゾロが上げた声が聞こえたのか、ルフィの腕の中で眠るウタはどこか微笑んでいるように見えた。

 



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第三話「銃は脅しの道具じゃないよ」

 ウタが浅い眠りから目を覚ましたときには、戦況はこちら側へ傾いていた。

 ルフィの蹴りで海軍は一掃され、ゾロの剣技で反撃は全ていなされる。

 

「お! 起きたか、ウタ!」

「……ん、あれ!? ルフィに背負われてる!?」

「だって寝てたじゃねえか、お前」

「だ、大丈夫だってば! 放っておいても!」

 

 ルフィからすぐに離れたウタは、胸元や腕に残るルフィの体温を意識して顔を赤くする。

 

「私だって戦えるんだから、もう昔とは違うもん!」

「分かってるって。何をそんな怒ってんだ?」

「アホ、鈍感!」

「変なこと言うなァ、ウタは」

 

 痴話喧嘩を始める二人を見て、モーガンは怒りに震える。

 

「さっさと撃ち殺せ、お前ら!」

 

 慌てて銃を構える海軍たち。

 しかしその中に、涙を浮かべながら震える少年が一人。

 それに気づいたモーガンが、コビーを睨みつけた。

 

「おい、新入り。何を泣いてる」

「す、すすすすいませんっ! で、でも! あの人たちは恩人で……!」

「恩人だからなんだ。このモーガンに反逆を起こしたんだぞ」

「で、ですが……!」

「もういい。大佐命令だ。お前、銃で自分の頭を撃ち抜け」

「……え」

 

 モーガンの目は本気そのものだった。

 冗談ではないと肌で感じ取ったコビーは、反射的に銃口をこめかみに当てた。

 

「コビー! バカなことはやめて!」

「ウ、ウタさん……!」

「分かったでしょ! 海軍にも嫌なやつはいっぱいいる! あなたが目指すべき道を考えて!」

 

 ウタは精一杯の声でコビーへ言う。

 

「あなたの夢は、悪いやつらを取り締まることでしょ! 誰かから押し付けられた正義じゃない。あなたが本当に銃を向ける相手を考えて!」

「……!!」

「それでも海軍になるなら、銃を向けるのは私たちのはずだよ、コビー! 誰かの言うことを押し付けるような世界なんて、いらない!」

 

 皆が笑える世界に、恐怖による支配なんていらない。

 コビーには気高く尊い夢があるのだ。それを誰かが身勝手に奪っていい権利などあるはずがない。

 ウタの言葉を受け取ったコビーは、二人の言葉を何度も思い出す。

 震えながら、大粒の涙を流しながら。

 考えに考え、そして。

 コビーは、モーガンに銃を向けた。

 

「本物の悪党はお前だろ! 僕が懲らしめてやるぞ、モーガンっっ!!!」

「この愚か者がァ! まずはお前から処刑だ!」

「させねえよ」

 

 モーガンが振り下ろした斧を、ゾロが刀で受け止めた。

 

「なに……!?」

「いい覚悟だったぜ……って、もう気絶してやがる」

「にしし! 面白いやつだなあ、コビー!」

 

 笑いながら、ルフィはパンチを放ち、モーガンの顔面を殴りつけた。

 ぐわんと大きく体が揺れたモーガンへ、ゾロが追撃の剣を——

 

「待てェ!!」

 

 ゾロは反射的に剣を止め、ルフィと同時に後ろを振り返る。

 肩を撃ち抜かれた失血と、能力による消耗が重なり、上手く身動きが取れなかったウタが、ヘルメッポに捕まっていた。

 

「こいつの命が惜しけりゃ、動くんじゃねえ!」

 

 頭に銃を向けられるウタだったが、それで動じる素振りは一切ない。

 それどころか、穏やかに笑っているほどで。

 

「ねえ、ヘルメッポ。銃を抜いたからには、命を懸けてね」

「な、何を言ってやがる……!」

(それ)は脅しの道具じゃないって言ったの」

「ゴムゴムの……(ピストル)!!!」

 

 全力のルフィのパンチがヘルメッポの顔面をとらえ、吹き飛ばす。

 そして、そのパンチで隙だらけになった背中をモーガンが狙いにかかるが、

 

「ナイス、ゾロ」

「お安いご用だ、船長!」

 

 そのさらに背中をゾロが斬り、モーガンは崩れて落ちた。

 倒されて自分の父親を見て、ヘルメッポは泣きながら叫ぶ。

 

「ひ、卑怯だぞ、お前ら! 後ろから切りつけるなんて!」

「卑怯? 甘いこと言わないでよ」

 

 優しい父親の背中を思い出す。

 暖かな仲間たちとの思い出が駆け巡る。

 彼らを悪人だとは思わない。

 しかし、命を懸けるという意味と、それと向き合う冷徹さも、確かに脳裏に焼き付いているのだ。

 あの背中を追うと、あの日に決めたのだ。

 だから、ウタは笑って答える。

 

「あなたの目の前にいるのは、海賊だよ」

「ひぃいいいい!!!!」

 

 逃げるように、ヘルメッポは逃げ去っていく。

 ルフィたちの完全勝利。

 それを目の当たりにした海軍たちは、持っていた銃を投げ捨てた。

 

「やったぁぁあ!!! 解放されたー!」

「モーガンの支配が終わった!」

「バンザーイ!!」

 

 ルフィたちは目を丸くしてその光景を見る。

 

「なんだ、やられて喜んでやんの」

「やっぱり、みんな笑顔が一番だね♪」

 

 ほっと一息をついた瞬間、ゾロがその場に崩れ落ちる。

 

「ぞ、ゾロ!?」

「……ごめん、ルフィ。私もちょっと疲れたかも」

 

 そして、ウタも再び気を失った。

 

 

 

「はァ、食った……! さすがに九日も食わないと極限だった!」

「私もやっと元気でたー! 美味しいご飯って心の底からみなぎってくるよね!」

 

 目を覚ましたウタとゾロは、おにぎりの女の子の家で食事を振る舞ってもらっていた。

 

「ありがとうございます、ご馳走様でした!」

「いいのよ、町を救ってもらったんだから」

 

 隣に座る女の子が、輝いた目でウタを見つめる。

 

「やっぱり、お姉ちゃんたちすごかったんだね!」

「えっへん! 私もルフィも、まだまだこんなものじゃないからね!」

 

 胸を張って得意げに笑うウタの横で、パンをかじるゾロが問いかける。

 

「それで、次はどこに行くつもりだ?」

「もちろん、偉大なる航路(グランドライン)へ向かうよ」

「なるほどな。まあ、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を狙うってなら、当然そうなるか」

「よし! それなら早速出航を——」

 

 ルフィが立ち上がった瞬間、玄関のドアが開いた。

 入ってきたのは、メガネをかけた小柄な少年。

 

「コビーだ! 元気みたいでよかった!」

「はい! 本当に、二度も救われてしまって……!」

 

 小さく笑ったコビーだったが、いつものヘラヘラとした笑い方をやめ、真っ直ぐにルフィたちを見つめる。

 

「ありがとうございます。そして、すいません。僕は、海軍にはなりません」

「おう、そっか! 頑張れよ!」

「うん! 頑張ってね〜!」

 

 あっけらかんとした返事に、コビーはあんぐりと口を開けていた。

 

「好きなことをやろうよ! コビーは何がやりたいの?」

「僕は、悪いやつらを取り締まりたいんです。でも、海軍にも海賊にも、悪いやつはいます」

 

 アルビダの元で苦しみ、モーガンに追い詰められたコビーにとって、夢に至る手段は海軍ではないのだと、そう言った。

 

「どうしたらいいのかは、まだ分からないですけど。でも、見つけてみせます! 僕の夢を叶える方法を!」

「おう!」

「もしかしたら、僕はルフィさんたちの敵になるかもしれません。でも、友達……ですよね!」

「ああ! 別れても友達だ!」

「もちろん! ずっと友達!」

「……!!! ありがとうございます! 僕は僕の信念に生きます!」

 

 深く深く頭を下げたコビーの足元に、ポタポタと水滴が落ちる。

 そんな中、さらに見知らぬ男が玄関から入ってきた。

 

「君たちが海賊だと言うのは、本当かね?」

「うん。本当だよ」

 

 ウタが即答する。

 たとえ不利になるとしても、それだけは嘘をつく気はない。

 

「恩義があるのは分かっている。だが、海軍としては君たちを放置するわけにもいかない。即刻、この町から去ってもらおう」

「そうだね、じゃあ行こっか、ルフィ」

「おう。おばちゃん、ご馳走様」

 

 足早に去っていく三人たち。

 それを見送る海軍の男の視線が、コビーに映る。

 

「君は、新入りだったね。もしかして、彼らの仲間なのか?」

「いえ……僕は」

 

 ほんの少しだけ、コビーはルフィの背中を見て、

 

「僕は、彼らの仲間ではありません。それに、モーガン大佐に銃を向けた僕は、海軍にいる資格もありません」

 

 コビーも海軍の男の横を通り過ぎ、そしてルフィたちとは別の道へと歩いていく。

 一歩、二歩。

 三人とコビーが離れていく中で。

 

「…………っ!! ルフィざんっ!!」

 

 振り返ったコビーは、ボロボロと涙を流していた。

 

「ありがとうございました!! このご恩は一生、忘れません!! またいつか僕たちの夢の道筋が交わる日までっっ!!!」

「しししし! またなー!」

「じゃあねー、コビー!! 元気でー!」

 

 笑顔で手を振るルフィとウタを、ゾロが穏やかな顔で見つめる。

 そして、コビーに続くように海軍の男が声を上げた。

 

「全員敬礼っ!!! 名も知らぬ海賊たちと、勇気ある若者に大いなる感謝をっっ!!!」

 

 海軍たちの心のこもった敬礼と、町の人々の声援が、ルフィたちの乗る船の帆を膨らませ、先へと導いていく。

 

「くーーっ! いくか、偉大なる航路(グランドライン)へ!!」

 

 大きく腕を広げるルフィに続いて、ウタも背筋を伸ばす。

 

「やっと一人、仲間が見つかったからね!」

「あとは、コックとかほしいな!」

「んなもん後でいいだろ!」

「なんでよ! 私は音楽家だよ!」

「もっと後でいいじゃねえか! まずは航海士だろうが!」

「なにをぉ〜!!」

 

 ドタバタと船の中で暴れ始めるウタと、それをどうにかしようと慌てるゾロを、ルフィは大笑いしながら見守っていた。

 



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第四話「魔性の女に動じない女」

 

 

「ルフィ! どうするのこれー!?」

「おれもわからーん! 助けてくれー!」

 

 ウタとルフィは、空を飛んでいた。

 少し詳しく説明しよう。

 海軍基地の島を出たルフィたち三人。

 しかし、その航海の途中で空腹になってしまい、偶然空を飛んでいた大きな鳥を食べようとウタとルフィは鳥に飛びついた。

 

 しかし、遠近法のせいで実は鳥がはちゃめちゃに大きいことにしがみついてから気づいたらルフィとウタは、どうにか落ちないように耐えることしかできず、今の悲惨な状況に至る。

 

 下には海が広がっているため、落ちてしまえば悪魔の実の能力者の二人はお陀仏。

 必死にゾロも追いかけてきてくれているが、みるみるうちにその影が遠くなっていく。

 

「ルフィ、見て! あっちに島があるよ!」

「お! 助かったー! 落ちても何とかなりそうだ!」

「私はゴムじゃないから危ないよ!」

「心配すんなって! おれが守るから!」

「……ならまあ、いいけど」

 

 どことなく機嫌のよくなったウタが小さく鼻歌を歌い始まる。

すると。

 

「――! ウタ!」

「な、なになに!?!?」

 

 突然、ルフィが抱きついてきた。

 心の準備ができていなかったウタは、目をぐるぐると回して、バタバタと手足を動かす。

 

「ちょっとルフィ!? 流石に空はびっくりする――」

「あぶねえから黙ってろ、ウタ!」

 ドォォン!

 どこからともなく飛んできた大砲が、ルフィたちに直撃した。

 そのまま地面へと真っ逆さまに落ちていくルフィとウタ。

 ルフィは、さらに強くウタを抱きしめて自分が下側になるように体をひねる。

 衝撃とともに、二人は町へと落下していく。

 

「大丈夫か、ウタ!」

「う、うん。ありがとうね、ルフィ」

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 どうやら海賊たちのいざこざのど真ん中に落ちてしまったようだった。

 周囲にいるのは、古びた紙を握りしめる同年代の少女と、それを睨みつける悪党たち。

 

「お、親分! 助けに来てくれたのね!」

 

 状況も分からないうちに、少女がルフィたちを親分と呼んだと思ったら、そそくさと逃げてしまった。

 いつの間にか、海賊たちが二人を囲んでいる。

 

「親分が残ってくれるとはな……」

「なんなの、あなたたち」

「分かってねえなら教えてやる! あの女が盗んだ海図は、恐れ多くも海賊“道化のバギー様“の持ち物だ!」

 

 海賊はルフィの顔を殴りつけた。

 そのせいで、ルフィの被っていた麦わら帽子が地面に落ちる。

 直後、迷いもなくルフィの拳が、その海賊の顔面を撃ち抜いた。

 そして、ルフィとウタは鋭い目で残りの海賊たちを睨みつけ、さらにウタの目元からは黒い稲妻が飛ぶ。

 

「おれたちの宝物に、触るな」

「私たちの宝物に、触らないで」

 

 バリバリ、と弾ける音と衝撃が飛び、触れることなく海賊たちが倒れていく。

 まだまだ使いこなせるレベルには至っていないが、これくらいのゴロツキを数人程度なら今のウタでも気絶させられる。

 ただ、消耗が激しいために一日に使えても数回だが。

 ……そんなことよりも。

 

「今、バギーって言ってた……?」

 

 父親、シャンクスの旧友であり、海賊王の船で見習いをしていた二人。

 シャンクスの船に乗っていた頃、何度かバギーと話したことはあるし、かなり良くしてもらった記憶もある。

 できれば、一言だけでも挨拶できればいいと思ったのだが。

 

「まあ、この町にいるんなら、そのうち会えるよね!」

 

 ウタが高速で開き直っていると、近くの家の屋根で高みの見物をしていた先ほどの少女が拍手をしていた。

 

「強いのね、あんたたち! あんな簡単に海賊を倒しちゃうなんて!」

「そういえば、あなたは誰?」

「私は海賊専門の泥棒! ナミって言うの。手、組まない?」

 

 ナミはルフィたちにそんな交渉を持ちかけてきた。

 

 

 

 

 とにもかくにも、ゾロと合流しなければならない。

 そのためにも、せめて港の方へと向かいたいのだが。

 

「私と組めば儲かるわよ」

「別にいいってば。私たち、お金が欲しくて海賊になったわけじゃないの」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 ナミと名乗る見知らぬ少女が、去ろうとする二人の横に慌てて並ぶ。

 

「そういえば、その帽子なんなの? 傷つけられたとき、二人して怒ってたけど」

「これはおれたちの宝物だ」

「へえ! もしかしてそれが宝の地図だとか!?」

「そうじゃないってば!」

「だよねー! ってか、二人の宝物なのにこっちが被ってるのはなんで?」

 

 偉大な海賊から、二人が譲り受けた麦わら帽子。

 当然、子どもの頃はどっちが被るかで勝負をしたこともあった。

 だが、とある出来事があって、ルフィがかぶっていくことになるのだ。

 語れば長いその話を、ウタは端的にこうまとめる。

 

「私には、あの麦わら帽子は似合わないから、かな?」

「なにそれ?」

 

 たとえ、麦わら帽子が二人の宝物であったとしても。

 あの帽子は、()()()()()()()が被るにふさわしいのだ。

 ただ、そんなことを見知らぬ泥棒に言う必要もない。

 

「なんでもいいでしょ。私たちは忙しいの。もういい?」

 

 あえて突き放すような言動をして、ウタは歩く速度を早めるが、

 

「……! あー、そういうこと!」

 

 ニヤリと笑ったナミは、ウタの腕を引っ張って耳元で囁く。

 

「もしかして、私があいつに手を出しそうとか思ってるんでしょ? 大丈夫よ。私、ああいう男、タイプじゃないから」

「それなら気にしてないよ。私はずっとルフィの隣にいるから」

「あはは! 本気になりすぎだって! そんなにあの男が好きなの?」

「……? 大切な人の側にいたいって、当たり前の感情でしょ?」

 

 さも当然かのように、ウタは言った。

 

「…………、」

 

 沈黙。

 数秒して、ナミは甘ったるい声を出すのをやめた。

 

「私、あんたのこと嫌いだわ」

「せっかくなら、私はナミにも笑ってほしいんだけどなぁ」

 

 ウタが悲しげにそういうと、ナミは皮肉るように満点の作り笑いを浮かべた。

 

「そうだ! みんなを笑顔にしたいなら、一緒にバギーのところに来てもらってもいいかしら?」

「え? バギーおじちゃんのところに?」

「そうそう。バギーがこの町にやってきたせいで、町の人たちはみんな避難してるの。私、あいつに追われてるからどうにかしてほしい……って、バギーおじちゃん!?」

 

 ナミはその場で飛び跳ねた。

 うっかり言ってしまった、という顔をウタがするものだから、余計にナミは警戒心を強めた。

 

「まさかあんた、バギーの仲間……?」

「違う違う! 私の親が友達なの! だから昔、船に乗ってたときに何度か交流があって」

「ってことは、結局海賊なんじゃない。はー、やだやだ」

 

 ナミは気怠げに歩きながら、ウタを睨みつける。

 

「私が世界で一番嫌いなものはね、海賊なの。ちなみに好きなものはお金とみかん」

「そっか! 私は海賊のこと好きだよ!」

「ほんっとうにあなたとは話がかみ合わないわね!」

 

 ぷんすかと怒り出すナミを不思議そうに眺めながら、ウタは先へと歩く。

 

「それよりも、バギーおじちゃんのところにいくんでしょ?」

 

 シャンクスの旧友とはいえ、町の人たちを困らせているのはよくない。

 海賊同士が命を懸けるのと、関係のない人たちの命を無意味に危険にさらすのは全くの別問題なのだ。

 だが、『道化』といわれるだけあって、バギーはかなりの曲者だ。

 なんのきっかけで町が戦場になるかもわからない。

 

「……あれ、ナミ。それって、海図だったよね?」

「そうよ。あんたみたいな海賊にあげる気は一切ないけど」

 

 ナミの手に握られた古びた海図を見て、ウタはにやりと笑った。

 

「ねえ、ナミ。こういうのはどう?」

 

 ウタはナミの耳元で何やらささやく。

 すると、ナミもウタと同様にわる~い笑みを浮かべて。

 

「へえ~。さすが海賊。やることが違うわね」

「やってくれる?」

「海賊と手を組むなんてまっぴらごめんだけど、それならやってあげてもいいかもね」

「やった! ありがとう、ナミ!」

 

 というわけで。

 ナミが一時的な協力者になり、バギーの元へ行くことになった。

 

「そういえば、あの麦わら帽子のやつはどこ行ったの?」

「確かに! ルフィ! どこにいるの!」

 

 気が付かぬうちに、ルフィの姿がいなくなっていた。

 万が一、ルフィが先走ってすでにバギーに喧嘩を売ってしまっていれば、ナミと企んでいることがすべて水泡と化してしまう。

 だが。

 

「ワンワン! ワン!」

「なんだってんだ! おれにもわかる言葉をしゃべってみろってんだ!」

「ワン! ワン! ワン!」

「ちくしょう! やんのか、お前!」

 

 どうやら、杞憂だったらしい。

 ルフィは、白い犬と口喧嘩をしていた。

 



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第五話「優しい夢を越えて」

 

 

 慌てて、ウタはルフィの元へ駆け寄った。

 良くも悪くもルフィは誰に対しても対等なのだ。

 故に、たとえ相手がただの犬だとしても。

 

「何すんだ、このっ!」

「ワン! ワン!」

「そんな小さなワンちゃんと喧嘩なんてするんじゃないっ!」

「痛え!!」

 

 流れるような手つきで麦わら帽子を持ち上げてルフィに渾身の拳骨を叩き込んだウタは、頭を抑えて転がるルフィを睨みつける。

 と、ウタが注意をする前に、どこからともなくやってきた見知らぬ初老の男性が怒鳴り声を上げた。

 

「こら! 小童ども! シュシュをいじめるんじゃねェ!」

「誰だ、お前?」

「ワシはこの町の長、プードルじゃ!」

 

 堂々と名乗りを上げたプードルは、銅の鎧を身につけていた。

 戦士が暮らす町のようにも見えないし、プードルの体も戦に慣れているようには見えない。

 どうやらシュシュというのは、この白い犬の名前らしい。

 ルフィはシュシュを睨みつけて、

 

「腹減ったからこいつのメシをちょっともらったら、急に噛みついてきやがったんだよ!」

「それはルフィが悪い!」

「あんたが悪いわね」

「はい…………」

 

 普通に反省していた。

 だが、喧嘩の経緯を聞いたプードルは、ルフィが悪人ではないと感じ取ったのか、大袈裟に笑った。

 

「はっはっは! シュシュが怒るのも無理はないさ。ここは、一〇年前にワシの親友のじじいとシュシュが一緒に開いたペットフード屋なんだ」

 

 シュシュの飼い主は、自分がいない間はお前が店主だと言われていたらしい。

 だから、お店の商品を勝手に食い始めたルフィと喧嘩をしていたのだろう。

 シュシュは自分の店を守ろうとしていただけだったのだ。

 プードルは、傷ついたシュシュの体を見つめる。

 

「これを見ろ。きっと同じように海賊と戦って、この店を守っていたのだ」

「だけど! いくら大切でも海賊相手なんて可哀想だわ! 店の人はみんなと避難してるんでしょ?」

 

 ナミが強めの口調で言うと、プードルは力なく笑いながらその場に座ってタバコを吸い始めた。

 

「いや、奴はもう、病気で死んじまったよ」

 

 三ヶ月前、病院に行ったきり。

 それからシュシュの飼い主は文字通りの帰らぬ人となり、シュシュがこの店を守っている。

 

「もしかして、ずっとこの子は飼い主を待ってるの?」

 

 ウタが寂しげに問いかける。

 誰かを待つという苦しさは知っていた。

 シャンクスたちが戦いに行く際も、船で待つ時間はとても長く、寂しいものだった。

 もし、もしだ。

 もし、あの日、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どれだけ自分は歪んでしまっていたのだろうかと、寒気がする。

 だが、プードルの返事は想定とは違った。

 

「みんなはそう言うがね、ワシは違うと思う」

 

 この店を懸命に守れる強い心と賢さを持った犬だ。飼い主が死んだことくらい、とうの昔に気付いてるのだと、プードルは言う。

 

「きっとこの店は、シュシュにとっての宝なんじゃ。大好きな主人の形見だから、それを守り続けているのだとワシは思う」

 

 ふうう、とタバコの煙をプードルは大袈裟に吐き出した。

 

「困ったもんだよ。ワシがいくら避難させようとしても、一歩たりともここから動こうとせんのじゃ。こうして餓死をしないように様子を観にくることしかできん」

 

 ナミがシュシュを見て優しく笑う中、そっとウタがルフィに声をかけた。

 

「ねえ、ルフィ。ちょっと時間もらっていい?」

「おう、構わねえ」

 

 ゾロには悪いが、やらなければならないことができた。

 コホン、とウタは喉を鳴らして大きく息をする。

 

「————♪」

 

 ルフィ以外は、あまりに美しいその歌声に目を丸くしていた。

 ウタに対して嫌悪感を丸出しにしていたナミでさえ、その声に惹きつけられる。

 同じく町長のプードルも、番犬シュシュも、その歌声に魅了されていた。

 そして、少しして。

 

「おーい! 待たせたなー!」

 

 プードルは目を疑った。

 死んだはずのシュシュの飼い主が。

 戻らぬはずのペットフード屋の店主が、帰ってきたのだ。

 

「どうだ、シュシュ! 店は繁盛してるか!」

「…………ワ、ワン!!」

 

 シュシュも当然戸惑っていたが、すぐに元気よく返事をした。

 

「はっはっは! どうだ、プードル! どうせお前が売れないからって買ってくれてんだろう!」

「……う、嘘じゃ……」

「俺の自慢のシュシュの面倒を見てくれてありがとな、プードル!」

 

 プードルは困惑したような顔のまま、その場に立ち尽くしている。

 対して、シュシュは走り出して飼い主の元へ飛び出した。

 

「ワン! ワン!」

「はっはっは! 元気そうでよかったぞ、シュシュ!」

「ワン! ワン!」

「ちゃんと商品は食ってないか?」

「ワンワン!!」

「そうかそうか! それは最高だな、シュシュ!」

「ワンワン!」

 

 楽しそうに会話をするシュシュたち。

 それを、ウタは穏やかな目で見つめる。

 

「どういうことなの、これ」

 

 呆然とするナミに、ウタは流石に説明をする。

 

「私はね、ウタウタの実を食べたウタ人間なんだ」

「もしかしてそれって、悪魔の実を……?」

「うん。私の歌を聴いた人は、ウタワールドに取り込まれる」

 

 ウタが作り上げる架空の世界では、すべてがウタの想像通りに作り替えられていく。

 現実世界では眠っているようにか見えないが、その中ではどんな奇跡でも起こすことができる。

 

「じゃあ、シュシュの飼い主は……」

「うん。ちゃんと、死んでるよ。死んだみんな、骨しか残らないから」

 

 これはウタが作り出した幻想に過ぎない。

 覚めてしまえば消える夢でしかない。

 それでも。

 

「せめて、夢の世界だけでも。みんなには笑ってほしいんだ。私の歌で、世界中の人々を笑顔にするために」

「そんな目的があって、なんで海賊を……」

「新時代を作らない限り、私の夢は叶わない。そのためには変えなきゃいけないんだ」

 

 ウタは遠くを見て、はっきりとこう言った。

 

「この大海賊時代を、変えなきゃいけないんだ」

 

 呆気に取られて、ナミは言葉を失っていた。

 ゴールド・ロジャーによって始まり、今は当たり前になった大海賊時代。

 それを変えると、大真面目に言っているのだ。

 

「……ワン!」

 

 ナミがウタの言葉に戸惑っていると、シュシュが目の前に立っていた。

 シュシュはウタのことを一心に見つめて、

 

「ワン!」

「……そっか。でも、それでいいの?」

「ワン!」

 

 シュシュは分かっているのだ。

 賢くて強い犬だから。

 自分の主人が死んでいることも、もう帰ってこないことも。

 この世界が、現実でないことも。

 

「この世界は、幸せな世界のはずだよ」

「ワン!」

「うん。それでも、シュシュは約束を守りたいんだね」

 

 当たり前のようにシュシュと会話するウタは、腰を下ろし、シュシュの頭を撫でる。

 

「君は強いね。やっぱり、待ってるわけじゃなかったんだ」

 

 シュシュは飼い主の帰りを待っているのではない。

 自らの飼い主を、その思い出を、その宝を。

 誇りそのものを守っていたのだ。

 

「ワン……!」

 

 シュシュは小さく吠えて、飼い主の幻想に立つ。

 涙を流しながらシュシュは鳴いた。

 最後の別れを、告げるために。

 

「ワンワン!! ワンワン!!」

「……おう。じゃあな。俺の自慢の、大切な相棒」

 

 そうして、シュシュの飼い主の姿が少しずつ薄くなっていく。

 境界を認識することなく、ウタの仮想世界が終わっていく。

 ナミやプードルは、いつの間にか自分が寝ていたことに気づき始めた。

 たった一人、ルフィだけはずっと寝続けているが。

 

「海賊って、勝手に人の大切なものを奪うやつらじゃないの……?」

 

 夢から覚めたナミが、小さく呟いた。

 

「うーん、どうだろうね。否定はしないよ」

 

 ウタ自身だって、シャンクスが奪った宝箱の中にいて拾われたのだと聞いた。

 海賊は奪うものではあれど、与えるようなものではない。

 それは、間違いのない事実だ。

 だが。

 

「ワンワン!」

 

 シュシュがペットフードの袋をくわえて、ウタの元に持ってきていた。

 凛とした姿勢で、シュシュはウタを見つめる。

 

「……くれるの?」

「ワン!」

 

 遠慮なく、ウタは袋を開けてペットフードをつまんで、口に放り込む。

 ポリポリと音を立てて、ウタはゆっくりとほれを飲み込んだ。

 

「うーん、美味しくはないかなぁ」

「ワンワンワン!!!」

「わわ! ごめんって!」

 

 シュシュに攻撃する気はないようで、すぐに威嚇をやめてウタの手を舐める。

 ウタはすっかり心を許してくれたシュシュを眺めながら、

 

「海賊はさ、誰よりも夢を見てるんだよ。誰でも笑っちゃうような、そんな馬鹿げた夢を」

 

 ウタウタの実の力では、夢を見せることしかできない。

 それでは足りないのだ。

 新時代には、辿り着けない。

 ウタはもう一つ粒、シュシュのペットフードをもらってナミへと渡す。

 

「奪うだけじゃないんだよ、海賊って」

「……はは」

 

 小さく笑ったナミは、ウタから受け取ったペットフードを頬張る。

 

「うげー。不味い」

「ワンワン!!」

「わっ! ごめん、シュシュ!」

「あははは! ナミってば、怒られてるー!」

「あんただってついさっき怒られたばっかりでしょうが!」

 

 ウタとナミはお互いを指さして笑い合う。

 それを見て、プードルも笑い出し、シュシュも楽しげに吠える。

 これ以上ないほど穏やかな空気で満ち始めた、その時。

 

 ドゴォオン!

 

 少し離れたところで、砂煙が上がった。

 

「あそこは、バギーがいる酒場の方か……!?」

「誰かがバギーとやり合ってるっていうの?」

 

 ナミが困惑するのも無理はない。

 バギーと対等に戦えるであろうルフィは、隣で寝ているのだ。

 ほかに、バギーと戦えるであろう人間など……

 

「あ」

 

 ここにきて、ようやく思い出す。

 戦闘能力が高く、喧嘩を売られたら簡単に買ってしまいそうな血の気の多い男。

 

「ゾロのこと、忘れた!!!!」

 

 ウタはルフィのことをはたき起こして、ナミと一緒にバギーの元へ向かうのだった。

 



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第六話「バギーおじちゃん」

 

「ちょーーーっと待ったぁー!!!!」

 

 酒場のテラスに全力疾走でやってきたウタは、開口一番に叫び声をあげた。

 意味が分からないままに引っ張られて連れてこられたルフィは、ウタの手にぶら下がったまま、

 

「さっきからなんなんだよ、ウター」

「なんでそんな呑気なの! あれ見て、ほら!」

 

 案の定、剣を抜いたゾロとバギー海賊団が睨み合っている。

 

「あ! ゾロー! きてたのか!」

「ん? ルフィじゃねえか、やっと見つけたぜ」

 

 笑顔で再会を喜ぶ二人だが、そんな場合じゃないことを理解しているウタとナミは頬に汗をかく。

 

「ねえ、ウタ! あの血の気の多そうなバカは誰!?」

「ゾロ! 血の気の多いバカだよ!」

「てめぇらぶった斬るぞ!?」

 

 牙すらも剥いたゾロの後ろで、悠々と大きな椅子に腰掛ける、ピエロのメイクをした小柄な海賊が声を上げた。

 

「なんだなんだァ? 今日は随分と客が多いじゃねェか……」

 

 まさに一触即発の緊張感の中、バギーがこちらへと歩いてくる。

 

「どこの誰だか知らねえが——」

「久しぶり! バギーおじちゃん!」

「ウ、ウタァ!?!?!?」

 

 バギーは飛び跳ねて驚いていた。

 相変わらずのオーバーリアクションに、ウタは思わず笑う。

 

「変わらないね! 元気?」

「元気も元気! こうしてたんまり酒も飲んでるからな!」

 

 バギーはジョッキに並々注がれた酒を一気に飲み干して、ぷはーっと息を吐く。

 現状は問題がたっぷりだが、とにかくバギーが元気そうでウタは頬を緩ませる。

 バギーの顔を見た途端に、昔の記憶が蘇ってくる。

 

「ねえねえ、あれやってよ! 犬の散歩!」

「んー? ったく、仕方ねえなぁ」

 

 やれやれと、バギーは手首を回して。

 右の手首を、スポンと取り外した。

 

(え、腕が取れた……?)

 

 言葉を失うナミのことなど気づきもせず、バギーは自分の右手首を地面に置いた。

 

「ほーら、散歩だぞ! おれの右手首!」

 

 てくてくてくてく。

 バギーの指が可愛らしく動いて、ゆっくりと進み始める。

 少し遅れて、バギーもそれを追いかけるように歩き出す。

 

「あははははっ! 可愛いー!」

「ぶわっはっはっはっ! そうだろ! おれの右手首は可愛いだろ…………って何をやらせてんだあ!」

 

 渾身のノリツッコミが入り、ウタの笑い声がさらに大きくなる。

 一通り笑い終わると、ウタはルフィたちの方を見て、

 

「紹介するね! 私の知り合いのバギーおじちゃん! ご覧の通り、バラバラの実を食べた全身バラバラ人間なの!」

「全部バラしやがったなウタァ!?」

「いーじゃん! それとも、もっと別の事の方がよかったー?」

「きぃいいー!! お前と話してるとシャンクスを思い出してイライラするぜ!」

 

 バギーの言葉に、ルフィが反応した。

 

「お前、シャンクスのこと知ってるのか!」

「知ってるも何も! あいつは俺から夢を奪ったクソ野郎だ!」

「バギーおじちゃんは昔、シャンクスと同じ船に乗ってたんだけど、シャンクスが声をかけた拍子に間違ってバラバラの実を食べちゃったから、海底の財宝を狙えなくなったって怒ってるんだよ!」

「おれのトラウマを淡々と語るんじゃねえ、アホんだらァ!」

「いーじゃん、別に! ケチ!」

「ケチだあー!? ド派手なオレ様がそんなこと言うわけねえだろうが! じゃんじゃん話せ!」

「ありがとー!」

 

 いつの間にか。

 ゾロは刀を鞘に納めていたし、バギーの手下たちは銃の引き金から指を離していた。

 先ほどまでの緊張感はどこへやら。

 ウタとバギーはてっきり昔話に興じており、シャンクスが絡んだ話になるとルフィが文字通り首を伸ばして話に食いついてくる。

 

「うはー! すっげー! お前、そんないろんな冒険してたのか!」

「お前じゃねえ、バギー様だ!」

「バギーおじちゃん、シャンクスの話、もっとしてよ!」

「バギー様だって言ってんだろッ!」

 

 バギーが怒鳴りつつも、楽しく会話は進んでいく。

 だが、さすがのナミもこの状況に理解ができないようだった。

 

「ちょ、ちょっと待って、ウタ。知り合いだとは聞いてたけど、ちらほら聞こえるおかしな単語はなに?」

「ん? ああ、言ってなかったっけ? 私はね、”赤髪のシャンクス”の娘なの!」

「シャ、シャンクスの娘ェェエエ〜〜!?!?」

「そして、バギーおじちゃんは昔にシャンクスとゴールドロジャーの船に乗っていた、海賊仲間なの!」

「ゴ、ゴールドロジャ〜〜〜!?!?!?」

 

 大海賊時代を作った男の名前に、今の海で最も恐れられている海賊の名前。

 歴史に刻まれた大海賊の名前を聞いて、ナミとバギーの手下たちは腰を抜かしていた。

 

「ロジャー船長のことは終わったことだ。オレ様は自分の手で財宝を手に入れる!」

 

 そんなバギーの啖呵を待ってましたと言わんばかりに、ウタはナミへの視線を送った。

 

「バギーおじちゃん! ナミから言いたいことがあるんだって!」

「んん〜? ああ!? てめぇは、オレから海図を盗んだ女じゃねえか!」

「待って、バギーおじちゃん! 実はね、ナミはバギーおじちゃんのために海図を盗んだの」

「はァ? なに言ってんだ?」

 

 ウタの代わりに、ナミが説明をする。

 

「この海図には、暗号が仕組まれてるのよ!」

「なに、暗号だと!?」

「そう。しかもその暗号を読み解けば、なんと財宝の在処まで記されていたのよ!」

「ナミは暗号を解くのが大好きな暗号オタクなの! だから、我慢できなくて海図を持っていっちゃったの!」

「そう! でも、安心しなさい! 暗号は解読したわ!」

 

(嘘だ……)

(あからさますぎる……)

(罠かもしれないな……)

 

「なんだと!? そうだったのか、良くやった!!」

「信じたァ!?」

 

 仰天するバギー海賊団。

 その横で、ルフィとゾロも目を見開いていた。

「なにー!? お前、航海術持ってたのか!?」

「なるほどな。財宝が絡んでるなら、海賊たちの血の気が多いのも納得だ」

 

 ナミはひきつった笑みを浮かべてウタの耳元で囁く。

 

(ねえ、ウタ。あんたの仲間って、もしかしてバカ?)

(可愛いでしょ、ルフィって。私の言ったこと、なんでも信じてくれるんだよ)

(あんたもあんたで大概ね……)

 

 やれやれと首を振ったナミは、もう一つの確認事項もウタに問いかける。

 

(それで、あとは私の仕事よね?)

(うん! ……できる、ナミ?)

(舐めないでよ。私は海賊専門の泥棒よ?)

 

 コツン、とウタとナミは拳を合わせ、ウタは海図を受け取る。

 ウタは受け取った海図を高々と掲げ、その後ろでナミがこっそりと姿を消す。

 

 「さあ、バギーオジちゃん、それにルフィ! みんなで宝に記されたお宝を取りに行くぞー!!」

「ちょっと待て、ウタァ! なんでおれがこの麦わらのガキと仲良く宝を目指さなきゃならんのだ!」

「そうだぞ、ウタ! おれ、なんかこいつ嫌いだからヤダ!」

「なんだてめェ! ここでぶっ殺してやろうか!」

「やってやるぞ、このデカ——」

「喧嘩しなーいっ!!!」

「「痛ェ!?!?!?」」

 

 バギーとルフィの頭に拳骨をかましたウタは、ニヤリと笑って二人に問いかける。

 

「私は、仲良くなんて言ってないよ?」

「みんなでって言ったろうが!」

「私たちは海賊でしょ? 同じ宝を狙う人なんて、山ほどいるんだよ?」

 

 そこまでウタが説明して、バギーとルフィはその意味を理解した。

 この大海賊時代は皆がひとつなぎの大秘宝を狙っている。では、皆で狙っているから、手に入れたら皆で共有するのか。

 答えは、否である。

 

「早いもの勝ちだァ! 野郎ども、船を出せェ!」

 

 先に動いたのはバギーだった。

 それを追いかけるように、バギーの手下たちが一斉に走り出す。

 

「やべえ、おれたちも行くぞ、ゾロ!」

「ったく。海賊ってのはいつもこんな感じなのか?」

 

 戦う気満々だったのか、ゾロは少し不満そうにルフィの後を追う。

 そして、一番最後にウタが走り出し、離れた場所にいるナミへ叫ぶ。

 

「ナミー! 大成功! これで()()()()()()()()()()()()()() !」

「おっけー! なら後は、私がここに来る途中で見かけた無人島にあいつらを誘導するだけね!」

「それじゃあ、また島で!」

「え、ちょっと! あんたも麦わらと一緒に行くんじゃないの!?」

「早い者勝ちなんだよ! 私、ルフィに負けるつもりはないから! バギーおじちゃんの船に乗って向かう!」

「はあ!?!?!?」

「ってことで、お先♪」

 

 走る速度を上げるウタ。

 楽しくて仕方がなかった。

 シャンクスの旧友に、昔から変わらぬルフィとの勝負に、新しい友達。

 まるで()()()()()()()()()()()に戻ったようで。

 ウタはバギーの船に飛び乗ると、一目散に船頭へ走る。

 

「バギーおじちゃん! 私、こっちに乗るね!」

「なに言ってんだてめえ、勝手に乗り込むんじゃねェ!」

「分かってるでしょ! 海図は私が持ってるの! 最短ルートは、一目瞭然だよ! 私、ルフィに負けるつもりないから!」

「ぶわっはっはっは!! そうかそうか! 宝を狙う助けになるなら、拒む理由は一つもねえ! 案内しろ、ウタ!」

「行くぞ野郎ーっ! このウタに続けー!」

「おおおお!!!」

「オレ様が船長だからな貴様ァ!」

 

 ワイワイとバギーの船がバタついてるころ、それを見ているルフィたちが小舟を沈めんばかりの大暴れをしていた。

 

「早く漕ぐぞ、ゾロ! ウタに負けちまう!」

「いつからこんな競争になってんだ! どうしておれがそんなくだらねえ遊びに付き合わなきゃならねえ!」

「仕方ねえだろ、おれには航海術がねえんだ」

「おれにもねえよアホが!」

「ほら、バカ二人! さっさと船漕いで!」

「「バカじゃねえよ!」」

 

 そんなところだけ息ぴったりの二人を、ナミは鋭く睨みつける。

 嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、あえてナミは余裕のある笑みを浮かべて煽り文句を口にする。

 

「はーん。じゃあ、あんたたちは負けてもいいんだ? ウタとバギーに」

「だからおれはまけねえ!」

「おれは勝負なんかするつもりはねえ!」

「はーーん。そうですか、そうですか。逃げるんですか」

「……いま、なんつった」

「逃げるのかって言ったのよ。まあ、仕方ないわよね。負けるかもしれないって思ってるから、そんな思考になるんだもの」

「いい度胸してるじゃねえか」

(うっわ〜! 怖すぎ! 今更思い出したけど、こいつ海賊狩りのゾロじゃない! なんでこんなとこで海賊やってんの!?)

 

 ゾロの鋭い視線が、怯えるナミから隣の船へと映る。

 

「おい、ルフィ! さっさと漕げ! 足引っ張ったら承知しねえぞ!」

「こっちのセリフだ!」

(……バカで助かった)

 

 ナミは全力で船を漕ぎ始めたルフィとゾロを跨いで船頭に立つ。

 

「細かな指示は全部私が出すから、あんたらは全力で漕ぎなさい!」

「お! やっぱり航海術あるのか! 仲間になるかー?」

「海賊にはならないわよ! 私は盗賊よ!」

 

 ルフィとバギーの船が、遠くに薄らと見える無人島に向けて進み出す。

 バギーの船で進むウタは、これ以上ないほど楽しそうに笑って、こちらへ手を振っていた。

 

「あはははっ! 早くしないと勝っちゃうよー!」

「おれは負けねえからな、ウタ!」

「そうだ、ルフィ! ジュースあげるよ!」

「おっ! さんきゅー!」

 

 ウタが投げたジュースを、ルフィは腕を伸ばしてキャッチする。

 その拍子に漕いでいたオールから手が離れ、ゾロだけが漕ぐ形となり、力が偏った船はぐるぐると回り始めた。

 

「おい! ずりぃぞウタ!」

「ルフィがずっと子どもなのがいけないんだよー! べーっだ!」

 

 バギーの船が、ウタを乗せて先へと進んでいく。

 負けじと体勢を整えたルフィは、再び全力でオールを漕ぎ始める。

 

「待て、ウタァ!」

 

 ウタを必死に追いかけるルフィの顔は、心なしか笑っているように見えた。

 



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第七話「ド派手な宴」

 

 

 思いのほか、勝負は拮抗した。

 ウタとバギーたちの帆船は順調に進んでいたが、ナミの先導するルフィ達の船があまりにも速いのだ。

 間違いなくナミの航海術の賜物なのだが、それでも立派な船で冒険をしているバギーたちには及ばない。

 

「ずりいぞ、ウタ! 卑怯な手を使いやがって!」

「出た、負け惜しみィ~!」

 

 にぎにぎ。

 昔から変わらぬポーズでルフィを煽ってみせるウタ。

 

「これで1002戦1001勝1敗だね!」

「だから、俺は負けてねえって!」

「勝手に言ってろ〜!」

 

 ムキーっ! と歯を噛みしめているルフィだが、そんなルフィを気にせずバギーは迷わず走り出す。

 

「ぶわっはっはっは! 馬鹿どもが話してる間にさっさと宝を見つけるぞ、野郎ども!」

「あ! 先に行かせてたまるか!」

 

 ルフィも慌てて追いかける。

 ナミが言っていた通り、この島は無人のようで人の気配は一切しない。

 だが、時より不思議な光景が視界に入ってくる。

 

「なにあれ! コケコッコーって鳴いてるキツネがいる!」

「こっちにはうさぎの耳をしたヘビまでいるわよ、ウタ!」

 

 先頭はルフィとバギー。(ゾロはくだらねえと船で居眠り中)

 その後ろで、ゆったりと無人島を散策するウタとナミは、不思議な動物たちの観察を始めていた。

 他にも、タテガミのあるブタに、馬の体にゴリラの上半身をくっつけたような生き物も歩いている。

 

「変なの! おもしろーい!」

「私はちょっと不気味だけど、そういう変な動物がいる島ってことかしら」

 

 ルフィたちに遅れないように少しだけ走る速度を上げて、ウタとナミたちは走る。

 しかし、その途中。

 コツン、と何かを蹴っ飛ばした。

 

「……ん? 今のって……」

 

 ウタが足を止めたのは、偶然だった。

 きっと、街中であれば気にしていない程度のものだったが、ここは人工物など一切ない無人島。

 そんな中、明らかな人工物を蹴っ飛ばした感覚があったのだ。

 

「これはビン、なのかな……?」

 

 空になったビンの形をした鉄製の何か。

 別になんの変哲もないもののはずだが、何か違和感を覚えたウタは、そのビンに書かれた文字を読む。

 

「ドクター、ベガパンク……?」

「なにやってんの、ウタ! 麦わらたちが行っちゃうわよ!」

「ご、ごめん!」

 

 ビンを投げ捨てて、ウタは再び走り出す。

 すると、すぐに立ち止まっているルフィとバギーの二人がいた。

 二人はキョロキョロと周りを見渡しながら、警戒の意識を周囲に撒き散らす。

 

『——それ以上、立ち入るな!』

 

 ウタにも聞こえた。

 どこからともなく響いてくる不思議な声。

 

『あと一歩でも踏み込んでみろ! 森の裁きが下るぞ!』

「うるせえ! おれは早く宝を見つけなきゃなんねーんだ! 邪魔すんな!」

『なに!? おれの宝を狙いに来たのか! ならば、なおさら見過ごすわけにはいかねえな!』

 

 ズドン! と銃の発砲音が響く。

 その弾丸は見事にルフィの左肩に命中し、

 

「ふんっ!」

「うぎゃあああああー!!!」

 

 バギーの肩に跳ね返った。

 

「てめえ! なにをしてくれてんだ!」

「おう、悪い悪い!」

「悪いで済んだら海軍なんていらねえんだぞクソガキ!!」

『えっ、えっ……? なんだこいつら……!』

 

 森の裁きの人が、普通に困っていた。

 どこからかこちらの様子を伺っているのか、

 ルフィのパンチをバラバラの実の能力で回避したのを見てさらに悲鳴を上げる。

 

『お、お前らなんなんだ! 宝は渡さないぞ!』

「そうだ、宝だ! お前には負けねえからな、赤っ鼻!」

「こっちのセリフだ、麦わらァ!」

『……ほっ。そっちは宝の方じゃないからよかった……』

「よーし、ならこっちだな!」

「あ、待てバギー!!」

『あああ! しまったぁ!』

 

 墓穴を掘った森の裁き担当の誰かの声が慌て始める。

 耳がいいウタは、その響き方から声の主の位置を見つけ、そちらへ向かっていた。

 

「ねえナミ! ピストルが落ちてるよ!」

「本当だ。それになんかめちゃくちゃ怪しい緑色の丸っこいのもいるわ」

「緑色の丸っこいのではなーい!!」

「「ぎゃあああ〜〜!?!?」」

 

 飛び跳ねて抱き合うウタとナミ。

 幽霊か何かかと思ったが、よく見ればどうやら人間のようらしい。

 加えて、宝箱の中に体が見事にハマってしまっている。

 だが、細かい事情を聞く前に、森の裁きおじさんは声を張り上げた。

 

「いいからおれについてこい! あいつらに宝を取られちまう!」

 

 走りながら、森の裁きおじさんは事情を話し始めた。

 おじさんの名前はガイモン。

 この島に来た二十年前。岩の上に隠された宝箱を見つけたが、その拍子に落ちて下にあった空の宝箱にハマって抜けなくなってしまったこと。

 

 仲間に置いて行かれてしまい、それからずっとこの島の宝を奪われないように森の裁きとしてそれを守り続けていたこと。

 諦めきれない夢を見続けるガイモンは、自分の人生そのものである宝を譲る気はないと言っていた。

 

「あれはおれの宝だ! 誰にも渡さねえ!」

「そうだね。それなら、おじさんのものだ」

 

 海賊の世界は無情だが、それでも通さなければならない仁義というものは存在する。

 最初はナミが偶然に見つけたこの島にバギーを誘導して、あの町から遠ざければいいと思っていた。

 しかし、本当に宝があったのなら、こんな事情があったのなら、無視するわけにはいかない。

 なにより。

 

「シャンクスなら、そんな誇り高い宝は奪わない!」

 

 ウタがルフィたちに追いついたときには、彼らはガイモンの宝がある岩の上にいた。

 ルフィとバギーの手には、宝箱が握られている。

 

「ルフィ、バギーおじちゃん! 待って! その宝はこのおじさんのなの!」

 

 ウタは手短にガイモンの過去を語った。

 珍しく、ルフィとバギーはその話を黙って最後まで聞いていて、全てをウタが語り終わった途端に、二人は声を揃えて言った。

 

「「嫌だね! この宝はおれのものだ!!」」

 

「え、ちょっと、ルフィ!?」

 

 違和感があった。

 ルフィならば、こんなことは言わないと思っていたのに。

 それなのに、ルフィはガイモンのことを気にすることなく、バギーに食ってかかる。

 

「お前にこの宝はやらねえぞ、赤っ鼻!」

「なんだとぉ、言いやがったなこのアホんだらぁ! 世界の宝は全ておれのものだ!」

 

 そこから先は、あっという間だった。

「ゴムゴムの……(ピストル)!」

「バラバラ砲!」

 

 本気だった。

 二人は、命を取り合う戦いをしていた。

 

「なにやってるの! 二人とも! やめてよ!」

 

 ウタがなにを叫んだところで、二人は戦いをやめようとしない。

 どうしたのだろう。さっきまで、上手くいっていたはずなのに。自分の好きな人たちが、笑ってほしいと思っていただけなのに。

 こうなってしまえば、もう力づくで止めるしかない。

 ウタは大きく息を吸って、美しい歌声を——

 

「やめてくれ、お前たち! これ以上、おれに情けをかけないでくれェ!」

 

 それよりも先に、ガイモンが叫んだ。

 その目からは、なぜだか大粒の涙が溢れていた。

 

「なんで……」

「お前たちは、いいヤツらだな……」

 

 自分の宝を奪われようとしているのに、ガイモンの顔に怒りはなかった。

 ウタが困惑していると、その足元にルフィたちが狙っていた宝箱の一つが転がってくる。

 しかし。

 

「え……? これって」

「もしかしたらって、思ってたんだ。怖くて、考えないようにしてたけどよ……」

 

 ウタの足元に転がっていた宝箱の中には。

 何も、入っていなかった。

 

「その宝箱には……何も——」

「言うんじゃねえ!」

 

 バギーと戦い続けているルフィは、ガイモンの言葉を遮った。

 ルフィの額からはバギーのナイフによる攻撃で血が流れており、バギーも顔に大きなあざができている。

 冗談ではなく、本当の殺し合いをしているルフィとバギーは、揃えて声を上げる。

 

「バカいうんじゃねえぞ、珍獣!」

「一人の男が命を懸けて守ってきた宝なんだ! 中身がなんだろうが、それを奪うなら命を懸けるのは当たり前だろうが!」

「……お前ら」

 

 ルフィたちは空の宝箱を奪い合っているのではない。

 『ガイモンが二十年守った宝箱』を奪い合っているのだ。それを宝と呼ばずになんと呼ぶ。

 

「お前は夢を見たんだろ! ここにある宝の山を!」

 

 ルフィは当然だが、悪党であるバギーでも。

 二人は人の夢を笑わない。本気で夢を見て海賊になったのなら、それを笑う権利など誰にもないのだ。

 故に、夢見た宝箱が空だったところで、笑っていいのは一人だけ。

 その夢に辿り着いた、その本人だけなのだ。

 だから。

 

「笑え!」

「オレ様が命を懸けてる戦ってるのに、メソメソ泣いてんじゃねえ!」

 

 ルフィとバギーの声が、見事に重なった。

 

「「おれの憧れた男は、こういうときにこそ誰よりも笑う男だった!」」

「…………!!!!」

 

 ガイモンは涙を拭いて、ピストルを空へ向け、一発の弾丸を放った。

 

「ぐわははははははっ!!! いい度胸じゃねえか、お前ら!!」

 

 誰よりも大袈裟に笑ったガイモンは、握りしめたピストルの銃口をルフィたちに向けた。

 

「それなら、おれにも命を懸けさせろ! これでも海賊の端くれだ! おれの宝を奪うってんなら、容赦はしねえぞ!」

「望むところだ!」

「世界の宝はおれの物だって言ってんだろうが!」

 

 そうして、命懸けの戦いにガイモンが加わった。

 見ていられないと、ナミが止めに入ろうとするが、

 

「止めちゃダメだよ、ナミ」

「なんでよ、ウタ! あいつら、死んじゃうよ」

「大丈夫。きっと全部、上手くいくから」

 

 どこまでも、ウタはルフィを信じている。

 ルフィのことを信じきれないナミは、これで死んでも知ったことではないと開き直って、その戦いを見守っていた。

 そして、それから数時間もの間、三人は戦い続けて。

 

 

 

 

「バラバラフェスティバル!!!」

「ぐわはははは!!!! お前、おれとおんなじ形になっちまってるじゃねえか!」

「あっはっはっは!! おもしれー能力だな、バギー!」

 

 気がついたときには、宴が始まっていた。

 ルフィたち三人の手には酒が握られているし、手下たちもワイワイと騒いでいる。

 バギーに至っては、バラバラの実の力を使って胴体と手足を取り外し、ガイモンと同じ等身で酒を飲み合っている。

 極め付けは。

 

「みんなー! 盛り上がってるー!?」

「うおおおおお!!!」

 

 ガイモンの宝が置かれていた岩の上をステージにして、ウタのライブが始まっていた。

 なぜかルフィたちが酒を飲む中にゾロもやってきているし、命懸けの戦闘などどこかへ消えてしまった。

 

「なにこれ……?」

 

 唖然とするナミの隣に、並々と酒が注がれたジョッキがやってくる。

 

「おいおい、ねーちゃん! シケた面してねえで、飲めや!」

「おれと勝負するかー?」

「仕方ないわね……」

 

 そして、数分後。

 空になったジョッキの山が、ナミの隣に積み重なっていた。

 

「なんだこの女ァ!?」

「もう五人倒れたぞ! これ以上は死人が出ちまう!」

「もっとジャンジャン酒を持ってこーい!!」

 

 ナミも楽しそうに酒を飲んでいた。

 ウタはその様子を岩の上から見渡し、歌いながら頬を緩ませる。

 敵も味方も関係なく、皆が笑って宴をし、その宴に自分の歌で花を添え、それで皆が笑ってくれる。

 なんて素敵な時間なんだろう。

 

 どうしてこんなことになったのかは分からない。戦いの中で互いを認め合って、誰かがどこかで笑い出して、そんな笑いが伝染していって、いつの間にか全員が笑いだす。

 まるで、台風の目に迷い込んでしまったかのように。

 

「おい、麦わらァ! 派手さが足りねえ! 宴をするってんなら、もっとド派手にやらなきゃいけねえだろ!」

「おもしろそーなこと、考えてるな!?」

 

 ルフィがノリノリで踊り出す中、バギーは下っ端たちに指示をして巨大な荷物を持って来させた。

 

「おら! 特製バギー玉だ! ド派手にぶちかませ!!」

「よっしゃ! 任せとけ!」

 

 ルフィは特製バギー玉の詰まった大砲を、空へと向ける。

 バギーは楽しげに宙を漂いながら踊り、さあこいバギー玉! とド派手な花火を待ち侘びていた。

 そして、導火線に火がつき、チリチリと縄が縮まり、あと数秒で特製バギー玉が放たれる、その瞬間。

 

「ルフィ〜〜! 楽しんでるー!?」

「当たり前だ、ウタ!」

 

 ウタの声かけに反射的に応じて上げたルフィの腕が、コツンと大砲に当たって。

 

「……はえ?」

 

 その矛先が、宙を漂っていたバギーへと向いた。

 

「うぎゃああああああああ〜〜〜〜〜!?!?!?」

 

 特製バギー玉を真正面から受けたバギーは、そのまま吹き飛んで花火になってしまった。

 

「バ、バギー船長ーー!!!!」

 

 さすがにあれで死んだということはないだろうが、海でも落ちたら一大事だ。

 バギー海賊団たちが、一斉にバギーの救出に向かって走り出す。

 

「……悪い、デカっ鼻!」

「ごめんね! バギーおじちゃん!」

 

 一言だけ謝ったルフィとウタは、早速宴を始めようと酒を手にしたが、

 

「いつまで遊んでるつもりよ、あんたら!」

「痛え!」

「いったーい!」

 

 ナミは二人をぶん殴ると、その首根っこを捕まえて歩き出す。

 

「さっさとズラかるわよ! これ以上の機会なんてないんだから!」

「……は! そうだった!」

「あんたが仕組んだことでしょ、ウタ! なんであんたが忘れてんのよ!」

 

 ライブがあまりにも楽しくて忘れていた。

 頃合いを見て、島から脱出する計画だったのだ。これだけ時間が経ったのなら、プードルたちの町には海軍が来ているはずだし、バギーが戻って悪事を働くこともないはずだ。

 それでも、名残惜しい。

 素敵なライブ会場が、なくなってしまう。

 

「そうだ、ウタ!」

「んー? どうしたの?」

「今日も、すっげー楽しかった! ありがとな、また歌ってくれ!」

「……仕方ないなあ、もう!」

 

 くしゃっと笑ったウタは、今日のライブ会場に別れを告げる。

 そして、突然に終わりを告げてしまった宴の跡で一人、ルフィたちを見つめるガイモンへ。

 

「ガイモンさん! 一緒に海賊やろうよ! もっとたくさん夢を見よう!」

「そーだ! 一緒に行こう! 楽しいぞ!」

「お前ら……! こんなおれを誘ってくれるのか……!」

 

 涙を流しかけたガイモンだったが、それをグッと堪えて大袈裟に笑う。

 

「嬉しいけどよ、おれはこの島の森の番人を続けるよ! ここの動物たちとも、すっかり仲良くなっちまったからな!」

 

 一緒に宴を楽しんだ、不思議な動物たちがガイモンを囲っていた。

 そうだ。ガイモンはこの島で一人だったけれど、決して孤独ではなかったのだ。

 

「ワンピースを目指すんだろう!? お前たちにはきっといい仲間が集まる! 世界一の宝はお前たちが見つけて、この世界を買っちまえ!」

「うん!」

「おう! そうする!」

 

 ナミに引きづられながらも、ルフィとウタは大きく手を振って別れを告げる。

 目標は偉大なる航路(グランドライン)そこへ向けて、ルフィたちは進んでいく。

 

「そういえば、あの犬のおっさんは大丈夫だったかな」

 

 ルフィがポツリと呟いた。

 あの騒動があって、勢いのままに島を飛び出してしまったのだから、当然と言えば当然だろう。

 しかし、ウタとナミは目を合わせてクスッと笑う。

 

「大丈夫だよね、ナミ?」

「もちろん。私を舐めないでよね」

 

 ただそれだけ言って、ウタは鼻歌を歌う。

 そんなウタの鼻歌をBGMにして、ナミが語り始めた。

 

 

 

 

 あっという間の出来事だった。

 バギー海賊団が来て避難をしているうちに、海賊となる若者たち数人が現れたかと思えば、摩訶不思議な体験をしてシュシュが懐き、颯爽と島を去っていった。

 嵐のような少年少女たちだった。

 

「まったく。どうすればいいんじゃ、これから……」

 

 もぬけの空となった町には、当然、金品もない。

 バギーたちが根こそぎ奪っていったせいで、金を稼ぐところから始めなければならなくなってしまった。

 四十年もかけて積み上げてきたものの大半が消えてしまった。寂しさもあるが、こんなところで立ち止まっていられない。

 

「いつまで落ち込んでいるんじゃ、ワシは! 町の被害はゼロだったんじゃ! いくらでもやり直せる!」

 

 プードルは意気揚々と拳を掲げていたが、その背中はどこか悲しげで。

 

「ワン! ワン!」

 

 そんなプードルの足元に、ペットフード屋の店主代理兼番犬のシュシュがやってきた。

 

「ワンワン!!」

「な、なんじゃ、シュシュ! 急に引っ張りおって!」

 

 シュシュはプードルの袖を加え、自分の店の前に連れていく。

 そこで見た光景に、プードルは言葉を失った。

 

「これは……!」

「ワン!」

 

 ペットフード屋の前にあったのは、白く大きな袋。

 その横に立ったシュシュは尻尾を振って「ワン!」と一言。

 あの少年少女がやってくれたのだと、分かっているかのように。

 

「……はは」

 

 バギーの視線を一身に集めたウタの後ろで、ナミは素早くバギーたちが集めた金品を盗み出し、シュシュの店の前に置いていったのだ。

 流れるような手つき。

 あの勢いの中で誰にも気づかれることなく、ナミは大仕事を成し遂げていた。

 

「あっはっはっはっは!! やりやがったな、あいつら! ちくしょう……! 礼まで言わせんつもりか! なんて悪い海賊なことよ!」

「ワンワン!」

 

 ゲラゲラと笑いながら、プードルはシュシュと顔を合わせる。

 

「この店は必ず繁盛させるぞ、シュシュ!!」

「ワンっ!!」

 

 

 

 

「へえー! そんなことしてたのか!」

「そう! バギーおじちゃんたちもどっか行っちゃったし、万事オッケー、かな?」

「にしても、いいのか? それで」

 

 船で目をつぶりながらも、話を聞いていたゾロが問いかけてきた。

 当たり前の疑問だろう。なにせ、宝は全てプードルたちに渡してしまったから、お金がないという現状は変わらないのだから。

 礼の一つでももらいに行けばいいのではないかと、ゾロは言っているのだ。

 

「うーん。まあ、大変だけど、なんとかなるよ!」

「そうだな! 腹は減ったけど!」

 

 仕方がない、と半ば諦めながらルフィとウタはのんびりと船に揺られる。

 しかし、ナミは不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。

 

「私を舐めないでって、言ったわよね?」

 

 そういうとナミは、どこにそんな量を隠していたのか、懐から手のひらいっぱいの金品を取り出した。

 それは、宴の最中にナミがバギーたちからスリをして集めた金銭たち。

 

「私は”海賊専門の泥棒”よ?」 

「ナミぃぃい〜〜〜〜!!!!」

 

 かくして。

 ポケットにコインをそっと忍ばせて。

 

 ルフィとウタたちの偉大なる航路への旅路は、まだまだ続いていくのであった。




僕の友人のしゃけ式とかいうワンピ狂いが面白い短編を書いたのでこちらも是非。https://syosetu.org/novel/299658/


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第八話「ヤソップの息子」

お気に入り登録や評価、ありがとうございます。
多くの人に読んでいただけているようで、嬉しいです。とても励みになります。
これからもよろしくお願いします。


「次の島、到着―!」

 

 ガイモンのいた珍獣島を出てからしばらく経ち、ルフィたちはナミがバギーから奪った海図に描かれていたシロップ村へとやってきた。

 小舟に四人は少し多いので、可能ならばナミがバギーたちから盗んだお金を使って新しい船を手に入れられればと考えていた。

 

「ところで、さっきから気になってたんだが」

「うん。そうだね。四人かな?」

 

 ウタがくるりと首を回し、少し離れた崖の上からこちらを伺う少年たちを見つける。

 彼らと目が合った時には、すでに三人が逃げ出して一人きり。

 たった一人だけ残ったのは、チリチリ髪をした長鼻の少年。

 頬にたらりと汗を流した少年は、それでも仁王立ちで声を張り上げた。

 

「おれはこの村に君臨する大海賊団を率いるウソップ! 人々はおれを称え、さらに称え“わが船長”キャプテン・ウソップと呼ぶ!」

 

 高々と名乗りを上げたその名前に、ウタは聞き覚えがあった。

 幼いころ、シャンクスの船に乗っていた時、耳にタコができるほど聞いた名前。赤髪海賊団の幹部として、その海に名をはせた最強の狙撃手、ヤソップ。

 その、息子の名前だ。

 

「ウソップ~~~~!?」

 

 驚きのあまりに飛び上がったウタに、ウソップの方も驚いて飛び跳ねる。

 

「な、なんだ!? お前、おれを知ってるのか?」

「知ってんのか、ウタ?」

「ルフィ、覚えてないの!? ヤソップがずっと言ってた息子の名前!」

「ん? そういえば、ウソップとかなんとか……」

 

 ルフィはくねくねと首を動かして、ようやくウソップがヤソップの息子の名前であることを思い出す。

 

「ああああ~~~! 思い出した! よく見たら顔もそっくりじゃねえか!」

「お前たち、もしかして。親父を知ってんのか……?」

「知ってるもなにも!」

 

 ウタとルフィは顔をくっつけて声をそろえる。

 

「おれたちの大切な友達だ!」

「私たちの大切な友達だよ!」

 

 

 

 

 ルフィたちは村のめし屋へと行き、昔話に花を咲かせていた。

 

「ヤソップってすごいんだよ! 狙ったものは絶対に外さずに撃ちぬくの!」

「ああ! アリの眉間にだってぶち込めるって言ってたぜ!」

「そうなのか! それにしてもすげえな、おれの親父。赤髪のシャンクスなんていう大海賊の船に乗っていたなんて!」

 

 ウソップは目を輝かせながら、ルフィとウタの話を聞いていた。

 自分を置いて出て行ってしまったヤソップだが、そんな父親を誇りに思っているのだと胸を張る。

 

「おれの夢は親父みたいな勇敢な海の戦士になることなんだ!」

「さいこーの夢だね! きっとウソップならなれるよ!」

「そういえば、なんでお前たちはこの島に来たんだ? 聞いた感じ、ここに来るような理由もなさそうだけど」

「そうだ! 私たちね、仲間と船を探してるの!」

 

 偉大なる航路へ挑むには、この人数と小舟ではさすがに命を捨てに行くようなものだ。せめて、バギーの船のレベルの大きな帆船があればいいのだが。

 

「船を持っているといえば、この村にある大富豪の屋敷の主だな。まあ、主といっても、まだいたいけな少女だけどな。病弱で、寝たきりの娘さ」

「え。そんな子がどうして主なの?」

「一年前にな、病気で親を亡くしちまったんだ。それで莫大な遺産と屋敷と執事だけが残ったってわけさ」

「そうなんだ」

 

 シャンクスが親だとはいえ、実の親の顔をウタは見たことがない。

 親を失うという喪失感は、すぐに癒えるようなものではないだろう。

 

「やめよっか、ウタ」

 

 少し重たくなった空気を、ナミが切り裂いた。

 ナミは海賊専門の盗賊。だから、本来ならば容易に盗めるような相手だとしても、大金を狙うつもりはないようだ。

 

「うん。頑張ってる子から無理してもらうのも申し訳ないもん。それでいいよね、ルフィ」

「そうだな。急ぐ旅でもねえし!」

 

 というわけで、今あるベリーは食糧などを買い込むことに使うことにした。

 ルフィが大食漢であるゆえに、食料がなくなった場合の危険性は非常に高い。

 和やかな雰囲気で食事の時間が進んでいく中、ウソップが突然に立ち上がった。

 

「おっと。そういえばもうこんな時間か。悪いな、みんな! ちょっと出かける時間なんだ!」

 

 ウソップは素早く会計を済ますと、店から出て行ってしまった。

 それから数分経って、入れ違いで三人組の子供たちがやってくる。

 

「ウソップ海賊団、参上っ!」

 

 どうやら子どもたちはウソップを慕っているようで、彼に会いに来たらしい。

 

「あれ、キャプテンは?」

「ああ、ウソップなら……」

「はーーーーっ! 肉うまかった!」

「え! 肉ってまさか!」

 

 クスッと笑ったウタとナミは、即座に話を合わせる。

 

「そうだよ。ウソップはねえ……」

「さっき、喰っちまった」

 

 面白がったゾロが最後の言葉を言い切る。

 そんなあからさまな嘘を聞いて、三人組は目を見開いて叫び声をあげた。

 

「ぎいや~~~~!!」

「このオレンジ髪のお姉さんが食べちゃったんだよ!」

「鬼ババアだ~~~~~~っっ!!!」

「なんてこと吹き込んでのよ、ウタァ!」

「あはははははっ!」

 

 そんな冗談が落ち着いたところで、本題に入る。

 三人組にウソップがどこかへ行った話をすると、彼らは先ほどウソップが言っていた屋敷に向かったのだと言った。

 曰く、ウソップはシロップの村でも有名なウソつきで、村の屋敷にもうそをつきに行っているという話だった。

 そして、ウソはウソでも、誰も傷つけない、立派なウソだと。

 

 

 

 

 

「それで今日は、どんな冒険のお話?」

「おう。これはおれが5歳の時、南海に住む巨大な金魚と戦ったときの話だ……」

 

 ひと際大きな屋敷の裏。

主である少女、カヤの部屋の窓の外。

木を背もたれにして楽しそうに作り物の冒険譚を語るウソップ。

 

「ウソップ、めっちゃ偉いじゃん……!」

 

 屋敷の塀の陰から見守るウタたちは、涙をハンカチで拭っていた。

 ナミやゾロもその様子を微笑ましく眺めている。

 

「もしかして、もうお嬢様は元気なのか?」

「うん! だいぶね。キャプテンが楽しく話をしてるおかげさ!」

「よし! じゃあやっぱり船をもらいに行こう!」

「だめよ! さっき諦めるって言ったじゃない!」

「船くださーい」

「行動が早すぎる!」

 

 塀の陰にいたルフィが問答無用で屋敷の敷地内へと入っていく。

 

「げ! お前ら!」

「ウソップさん? この人たちは?」

 

 窓からカヤが顔を覗かせてきた。

 病弱とは聞いていたが、表情も明るく元気そうだ。

 ウソップのウソがこの笑顔を作っているのだと思うと、それだけでなんだかうれしくなってくる。

 

「こんにちは! 私たち、ウソップのお父さんと知り合いで、さっき友達になったの!」

「まあ! そうなんですね! 楽しそうでなによりです!」

「なあなあ! おれ達さ、でっかい船が欲しいんだ!」

「君たち! そこで何している!」

 

 ルフィたちはもちろん、ウソップもこっそりとこの屋敷に忍び込んでいる。

 さすれば当然、この屋敷の使用人が出てくるわけで。

 

「困るね、勝手に屋敷に入ってもらっては!」

「あのね、クラハドール。この人たちは……」

 

 クラハドールと呼ばれた長身のオールバック眼鏡の執事は、断固として譲るつもりはないようだった。

 

「言い訳は結構! お嬢様への悪影響になるから、さっさと出て行ってくれ!」

「あのさ、おれ船が欲しいんだけど」

「ダメだ」

 

 きっぱりと断ったクラハドールは、ウソップを見つけるとギラりと睨む。

 

「君は、ウソップ君だね」

「あ、ああ! あんたもおれをキャプテンウソップと呼んでくれてもいいぜ!」

「ふふ。海賊ごっこをしているだけ、まだ可愛げがあるな」

「なに……?」

 

 クラハドールは手のひらで眼鏡をくいっと直す。

 

「父親の話も聞いているよ。ウス汚い海賊と、それを尊敬するホラ吹き息子。君はお嬢様とは住む世界が違うのだ。目的はなんだ、金か? いくらほしいんだ」

「言い過ぎよ、クラハドール! ウソップさんに謝って!」

「真実ですよ、お嬢様」

 

 クラハドールは淡々と続ける。

 

「家族を捨てて村を飛び出した財宝狂いのバカ親父の、その息子なんですから」

「てめェ、それ以上親父をバカにするな!」

「何を熱くなっているんだ。得意のウソはどうした? 本当は旅の商人だとか、血はつながっていないとか、言い訳ならいくらでも――」

 

 パンッ!

 

「……謝れ」

 

 クラハドールの頬を叩いたのは、ウタだった。

 珍しく、敵意をむき出しにしてウタはクラハドールを睨みつける。

 

「ヤソップは偉大な海賊だよ。それを誇りに思うウソップの何がおかしいの」

「なんだ、君は」

「いいから、謝って」

「何にだ。彼に暴言を吐いたことか? 確かに言い過ぎたかもな。謝罪の一つくらい……」

「勇敢な海の戦士の誇りを傷つけたこと、謝れって言ってるの」

 

 ヤソップがどれだけウソップのことを想っていたか。どれだけの覚悟で、夢を追うために海へ出たか。

 生半可な覚悟ではない。

 命を懸けて夢を追う偉大で勇敢な海の戦士の姿を、ウタはずっと見てきたのだ。

 それを侮辱されて、黙っていられるわけがない。

 

「……くだらんな」

 

 態度を変えないクラハドールの態度に、ウタは一歩二歩と距離を詰めていくが、

 

「もういい」

 

 ウタの手を掴んで、ウソップが引き留める。

 その表情に、もう怒りは浮かんでいなかった。

 

「お前が怒ってくれただけで、充分だ。ありがとな」

「でも……」

「おれもお前も、親父の偉大さをわかってる。それでいいんだ」

 

 ウソップのまっすぐな視線を受けて、ウタはふう、と息を吐いた。

 

「そっか。それなら、いいよね」

「ああ」

 

 ウタは踵を返し、こちらを見ているルフィにペロッと舌を出して謝る。

 

「ごめんね、ルフィ! 船、別のところで探すことになっちゃった!」

「構わねえよ! のんびり行こう!」

「ありがと!」

 

 ルフィたちと屋敷の外へ向かうウタは、後ろを軽く振り返って、

 

「もう二度と、この屋敷には来ないから。迷惑かけてごめんね」

「さっさと去れ、野蛮な者どもが」

「あなた、嫌い! べーっだ!」

「べーっ!」

 

 ウタに合わせてナミも舌を出して挑発する。

 ついでにルフィもバーカ! と暴言を吐くルフィをゾロが担ぎ、皆で屋敷を去っていく。

 

「ウソップさん……」

「すまねえ、カヤ。おれももう来ないからよ、許してくれ……」

 

 うつむきながら屋敷を去るウソップの背中を、カヤは寂しげに見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 屋敷から離れた島の端の、海岸近くの丘で、ルフィとウタとウソップの三人は並んで座っていた。

 

「ヤソップって、本当に凄かったんだよ。まるで未来が見えてるみたいにさ、撃った場所に敵がやってくるの」

「あの射撃の腕から逃げられるのはシャンクスだけだって、みんなは言ってたなぁ」

「そうか、そうか! 親父は本当に凄かったんだ……!」

 

 ウソップの目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 今まではずっと、父は偉大だと信じて夢を見ることしかできなかったのだ。それが真実だと分かったウソップの心は、満ち満ちているようだった。

 

「そうだ! ウソップもヤソップみたいに射撃が上手だったりするの?」

「はっはっは! おれにかかれば、どんな敵も一撃だ……なんて、言えればいいんだけどよ」

 

 ここには見栄を張るべき相手がいないからか、ウソップは素直に弱音を吐いた。

 

「普通さ。少しはパチンコで狙ったものは当たるけど、お前たちから聞くようなすげえ腕なんかじゃねえ」

「うーん。でも、ヤソップも最初はそうだったって言ってたよ!」

「親父がか……?」

「うん! なんでも、当てるには射撃の腕以上に周りのすべてを『聞く』必要があるんだって!」

 

 ウタがシャンクスの船に乗っているとき、しばしば不思議な力を目にしていた。

 ベンベックマンの装甲をも貫く弾丸。

 ヤソップの狙ったものに吸い付くように当たる弾丸。

 そして、睨んだだけで周りの人たちを倒してしまうシャンクスの威圧。

 ウタにはまだ早い、とその力がなんなのかは教えてもらえなかったが、その力の感覚は、なんとなく理解をしていた。

 

「私ね、『聞く』やつなら、なんとなくできるの!」

「ウタ、昔から耳がよかったもんなぁ。おれも練習はしてるんだけど、できねーんだよな」

「ルフィだってできるよ! ついでに、ウソップもやってみよう!」

「お、おれがか!?」

「ヤソップの息子だもん! できるよ!」

「そ、それもそうだな! よーし、やってやるぞ!」

 

 若干戸惑いながらも、ウソップは拳を握りしめる。

 ウタは静かに目をつぶって、耳を澄ます。

 心を落ち着けて、『音以上のもの』を聞く。

 気配、感情、心。

 バギーと出会った島でウタがシュシュの思考を感じ取れたのも、この『聞く力』によるものだった。

 

「音、以上のもの……」

「うん。でもね、ヤソップはあんまり聞いていた感じじゃなかったかも。どちらかといえば『見る』ことが上手だったのかな」

「ンなこと言ったって、見えるものは変わらねえぞ」

「イメージが大切なんだって言ってた。強い自分のイメージや強い意志が、見えないものまで見せてくれるんだって」

 

 ウソップは集中をする。

 ルフィとウタのおかげで、心のどこかで疑っていた偉大な父親の姿を信じられるようになった。

 やたら心が晴れている気分だった。

 親父のような、偉大で勇敢な海の戦士に。

 

『――計画の準備は、出来てるんだろうな』

「…………え?」

 

 どこからともなく、クラハドールの声が聞こえてきた。

 見渡しても、どこにもその姿はない。

 

「いま、何か声が……」

「ウソップも、聞こえたんだね」

 

 ウタの耳は『感情を聞く』力に長けている。

 あそこまでの明確な殺意と敵意が溢れていれば、感じない方が難しいだろう。その感情の源から発せられる声を、ウタとウソップは聞いていた。

 

「これが、親父が使ってた力だってのか。……ってか、それよりも! なんであの執事の声が……」

『暗殺なんていう言葉はやめろ。カヤお嬢様は、不幸な事故で命を落とすんだ』

「――!? いま、なんて言ったんだ!」

 

 ウソップは声の発生源を探す。

 意識を集中してその音を探すと、丘を隔てた海岸に二人の男の影が透けて見えた。

 

「なんだ、誰かがいる。これも、その力だってのかよ……!」

「ウソップ、もしかして見えてるの!? すごい、私にだって『見る』のはまだできないのに」

「そんなことよりもあいつ、カヤを暗殺とか事故とか……!」

 

 ウソップは会話の続きを聞くために集中をし直す。

 

『キャプテン・クロの名は三年前に捨てた。おれは執事クラハドールとして、お前が催眠でカヤに書かせた遺書で遺産を相続し、平凡な日常を送るんだ……!』

「そんな……! 聞き間違いじゃねえのか……!」

「私にも聞こえた。残念だけど、本当だよ」

「なんだお前ら? なんの話だ?」

 

 頭にはてなを浮かべているルフィは置いておいて、ウタとウソップは話を進める。

 

「おれ、聞いたことあるぞ。キャプテン・クロって名前……」

 

 計算された略奪を繰り返すことで有名だった海賊。

 三年前に海軍に捕まり、処刑されたと聞いていたが、どんな手品を使ったのか、キャプテン・クロは執事クラハドールとして生きていたのだ。

 

「こうしちゃいられねえ! 早くみんなに知らせねえと!」

「あ、待って! ウソップ!」

 

 走り出したウソップはウタの言葉を聞かずに走り出す。

 慌てて追いかけていくウタだったが、追いついたときにはもう遅かった。

 

「信じてくれよ、みんな! 早く逃げなきゃ、殺されちまうんだよ!」

 

 ウソップの言葉は、誰にも届いてなどいなかった。

 普段からウソをついてきたウソップの言葉が、今日もウソとして皆の耳を素通りしていく。

 キャプテン・クロが作戦のために三年間もかけて築き上げてきた村人たちの信頼は、ホラ吹き息子のウソップではどうすることのできない。

 

「くそ……! せめて、カヤだけでも……!」

 

 暗殺の目的はカヤだ。

 どれだけ村人が信じてくれないのだとしても、カヤさえ逃がせればそれでいいはずだ。

 だから、ウソップは屋敷へ向かって走り出す。

 しかし、

 

「ダメだよ、ウソップ!」

「止めるなよ! カヤが殺されるんだぞ!」

「夜が明けたら、君の信頼してる執事が殺しに来るって、そう言うつもり?」

「……それは」

 

 ウタは考えているのだ。

 どうすれば皆を笑顔にできるのかを。

 カヤに何を言っても、余計な不安を煽るだけで、病弱なカヤは結局どこかへすぐに逃げることだってできないはずだ。

 

「じゃあ、どうすればいいんだ! 半日もしたら海賊が来ちまうんだぞ!」

「そんなの、簡単じゃん! ウソップはウソつきなんでしょ! 本当のことを言うつもりなんて、ないよ!」

「まさか……!」

「倒そうよ、私たちで。キャプテン・クロを!」

 

 明日の夜明けも、ウソップがまたウソをついていると皆が穏やかに笑えるように。

 ウタの言葉を聞いたウソップは、震えながらも笑って声を上げる。

 

「そうだ、やる、やってやる! おれはこの言葉をウソにする! 明日の朝、海賊はこの村にはこない!」

 

 誰も傷つけなどさせてやるかと、ウソップは拳を握る。

 決戦は夜。

 クラハドールことキャプテン・クロが動き出す前に攻撃を未然に防ぎ、この村を守って見せる。

 ウタとウソップは、作戦を練るために仲間たちの元へ向かうのだった。

 




次回第九話「ウソップvs百計のクロ」お楽しみに!


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第九話「ウソップVS百計のクロ」

 

 三日月の夜だった。

 寝静まった夜更けの中、ウタとウソップは村全体を一望できる高い木の上にいた。

 そして、その下にはウソップ海賊団の子ども三人が眠たい目を擦って控えている。

 

「こんな夜更けにすまねえな、みんな。悪いけど、お前たちの力が必要なんだ」

「なんでも言ってください、キャプテン・ウソップ!」

 

 ぱちんと顔をたたき、三人の子どもたちは気合を入れる。

 それを微笑ましく見ながらも、ウタとウソップは警戒を怠らない。

 

「ウタ、作戦は大丈夫だろうな」

「うん。私とウソップで、船が来るであろう北と南を警戒して、海賊船が見えたらウソップ海賊団の子たちに伝令をお願いして、港で海賊たちを止めてもらう」

「そうだ。おそらく船は一隻だろうから、どっちかでもいいんだろうが、万が一どちらもから来た場合、カヤも村もおしまいだ」

 

 北にはゾロとナミ。

 南にはルフィが港で待機している。そこらの海賊ならば、どちらか一人だけでも時間稼ぎは容易なはずだ。

 

「北か南の片方だけなら、たまねぎたちに道を誘導してもらって、即座に援護に行かせる。そしたら……」

「あとはあの執事を一人のままにして、やっつける! そうすれば、村のみんなはこの件を知ることなく海賊を追い払える!」

「我ながら、完璧な計画だぜ。でも、あいつら一人で大丈夫なのか?」

「大丈夫! ルフィが負けるわけないし!」

「すさまじい信頼だな……」

 

 ウソップはため息交じりに言いながら、視線をカヤの屋敷へと向ける。

 まだ、特別な異常は起きていない。夜明けまで時間があるからか、クロにも動きはないはずだ。

 

「クロが動くとしたら、海賊たちが屋敷にやってきてからだ。それまではさすがに屋敷にいても何かをするなんてことは……」

 

 と、ウソップが言っている最中に、動きがあった。

 ウソップは持っていた望遠鏡で屋敷の中をのぞく。

 

「お、おい、ウタ! クロのやつ、指先に刃物をつけてるぞ!」

「え、もう動いたっていうの!?」

「ちくしょう、あいつ、もう一人の執事のメリーは先に片づけちまう気だ! カヤには遺書を書かせるから殺さないとはいえ、ほかに手を出さない理由なんてなかった!」

 

 ウソップは木から飛び降りて、屋敷へと走り出した。

 

「すまねえ、ウタ! 偵察と伝達はお前に任せる!」

「ウソップ!? 一人で行くつもり!?」

「行かなきゃ、カヤに血を見せることになる!」

 

 カヤの病気は、精神的な影響が大きい。両親を失ってから、もともと体が弱かったカヤの体調はさらに繊細になり、ほんの少しのストレスなどでも熱を出すようになった。

 そんなカヤに、普段使えている執事の死体なんて見せようものならどうなってしまうか。

 

「おれが、ぶったおしてやる。クロ……!」

 

 ウソップは一人、夜の村を駆けていく。

 

 

 

 

 

「ウソップ、行っちゃった」

 

 ぽかんと走っていくウソップの背中を見つめるウタ。

 しかし、すぐにブンブンと首を振って現状を見つめなおす。

 

「一人じゃ、勝てないでしょ! どうしよう、ウソップが殺されちゃう!」

 

 ウタはすぐにウソップの元へ向かうため、海賊の位置を確かめる。北か南か、はたまたどちらもか。それを確かめるまではこの場を動けないのだ。

 

「……集中」

 

 静寂の中で、神経を研ぎ澄ます。

 まずは南。ウソップがクロの話を聞いた方向だ。可能性としては、こちらの方が高そうだが。

 

『ウタの歌、最近聴けてねーなー』

「あらやだ!?!?!?」

 

 ウタは木の上でひっくり返りそうになった体をどうにか起こして顔を叩く。

 

「顔が緩んでるぞ、ウタ! あとでたっぷり歌ってあげればいいでしょ! 今は敵を見つけるの!」

 

 南から聞こえたのはルフィの声だけ。

 となれば北か。

 ウタは再び耳を澄まして、北の音を辿る。

 

『出航だァ!!!』

「――ビンゴ」

 

 ウタは視線を向け、北の気配を感じ取る。

 十……二十……。

 間違いない。クロの手下たちは、まとめて北に攻めてくる。

 

「ルフィのところへ行かなきゃ!」

 

 ウタも飛び降りて、南の港へたまねぎに誘導してもらう。

 

「一人はゾロとナミのところへ、これから敵が全員来るって伝えて! もう一人はここに残って、その他の伝令用に待機!」

「ら、らじゃー!」

 

 そして、全力で走るウタは、最短経路でルフィの元へと辿り着く。

 

「ルフィ! 敵はこっちには来ない! ゾロたちのところへ行くよ!」

「お、そうか! じゃあ行こう!」

「うん! 一緒に……って、ええ!?」

 

 なんと、お姫様だっこであった。

 軽くウタを抱えたルフィは、そのまま北へと走っていく。

 

「わ、私、自分で走れるから大丈夫だよ!」

「なんでだ? こっちの方が早いだろ?」

「そーゆー問題じゃないんだってばぁ!」

 

 バタバタと暴れるが、全くの無意味。

 今度からはいつ抱っこされてもいいように、食事の量を制限しようと決意するウタと、そんな数キロの違いなど気づくことすらないルフィは、素早く北へと向かっていった。

 そして。

 

「おれはまた走って反対側まで行かなきゃいけないのかよ、ちくしょー!!」

 

 二人に置いて行かれたたまねぎが、涙を浮かべながら走り出した。

 

 

 

 

 

 

 一方、カヤの屋敷では。

 

「な、なにをするのです、クラハドールさん!」

「プレゼントなら、もっと良いものを貰いますよ……」

 

 カヤが屋敷にきて三年の区切りを祝うために用意した新品の眼鏡を踏みつぶしたクロは、指先につけた刃を執事メリーへ向けていた。

 

「ど、どういう……!?」

「もう芝居を続ける必要もない。夜明けが来れば、事故は起きるのだからな」

「お、お嬢様! 逃げ――」

 

 パリンッ!! と、クロが向けた刃がメリーを切り刻む直前にそんな音が鳴った。

 窓ガラスが割れる音だった。

 それはまるで、子どもがパチンコ遊びで窓を割ってしまったかのような音。

 

「出てこい、キャプテン・クロ! この大海賊、キャプテン・ウソップ様と戦い、どちらが本物のキャプテンかを決めようではないか!」

「……そんなに死にたかったのか。言ってくれれば、もっと前に殺してやったのに」

 

 窓から飛び降りてきたクロ。

 それを見て、メリーはすぐにカヤの元へ走ろうとするが、

 

「カヤを起こすんじゃねえぞ、執事!」

「な、なぜですか! 危険極まりない!」

「こんな夜中に起こしたら、体を冷やしてカヤが風邪をひいちまう」

「……は?」

 

 メリーは茫然としていた。

 まさかとは思うが、ウソップの顔は本気だ。

 彼は本気で()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「今までのウソの中で、一番面白かったよ、ウソップ君。夜明けまではまだ少し時間がある。少し、君の冗談に付き合ってあげよう」

 

 ゆらり、ゆらりと。

 クロの影が揺れたと思った次の瞬間。

 

「え。……消えた?」

「さすがウソップ君。冗談が上手いな。おれはここにいるというのに」

 

 目の前にいたはずのクロが、後ろにいた。

 慌ててウソップが振り返るが、そこにはすでにクロの姿はない。

 

「久しぶりに“抜き足”を使ったはいいが、やはり鈍っているな。おれのゆったりとした動き、君も見ただろう?」

「また後ろに……!?」

 

 二度とも、目で追うことはできなかった。

 こんなにも神経を尖らせているのに、気配を感じた時にはクロはその場にいない。

 

「さて、もう一度、冗談を言うチャンスをやろう」

「う、うぁああ!!!」

 

 ウソップの背中に大きな四本線の切り傷ができる。

 その場にばたりと倒れたウソップを、クロは冷たいまなざしで見つめる。

 

「ここには海賊、キャプテン・クロはいなかった。カヤは事故で死んだ。そんなウソを皆についてくれるのなら、君を見逃してあげよう」

「なんだと……!」

「得意なんだろう? ウソをつくのは」

 

 ニヤニヤと、ウソップを見下ろすクロ。

 激痛に耐えながら、ウソップはどうにか立ち上がって、クロを睨みつける。

 

「悪いな。おれは、お前のためにウソをつく気はねえ」

「なんだと……?」

「おれの名はキャプテン・ウソップ! 勇敢な海の戦士にして、偉大なる大海賊ヤソップの息子! お前のような悪党に偽るような名前なんか、あいにく持ち合わせてなんていねえ!」

 

 この村には、いつもと同じ朝が訪れるのだ。

 いつも通りのウソだと、皆が笑っていられるように。

 ここで一歩として引くわけにはいかないのだ。

 

「この村に海賊は来なかった! おれはその事実だけを掲げて、またウソをつく!」

「くだらないな」

 

 これ以上の情けはクロにはない。

 ウソップは出血と命の危機が合わさった極限状態の中、それでも視線をクロからそらすことなく正面から向かい合った。

 ゆえに、見えた。

 

(――なんだ? もしかしてあいつ、おれの首を切ろうとしてる……?)

 

 咄嗟に、ウソップはその場に伏せた。

 直後、頭上で空気を切り裂く音が響く。あと数瞬でも遅れていれば、ウソップの首は地面に転がっていた。

 

「運がいいな。勘で避けるとは」

「あ、ああ! ラッキーだったぜ、本当に!」

 

 あえて、ここでウソップは強がらなかった。

 この力を、見えているものを、クロに悟られないように。

 

「三年も経つと、体が鈍って仕方ない。次こそちゃんと、殺してやる」

 

 再び、クロが動き出す。

 ウソップの視界には、やはり薄らとそれが映っていた。

 

(ぼんやりとした赤い光が、クロの狙っている場所なんだ! ここにクロは攻撃をしてくる。それなら……)

 

 クロの高速移動を、ウソップの目は追えているわけではない。

 ただ、次の瞬間にこの場所にいたら殺されるという程度の予感がするだけ。

 しかし、それでも。それで充分だった。

 

「ここだァ! 必殺、鉛星!」

「な――!?」

 

 クロが次の瞬間に来るだろう位置に向けて、ウソップはパチンコの弾を放ち、それが見事クロのアゴに直撃した。

 自分が高速で動いているがゆえに、手で放たれたパチンコ弾すらかなりの衝撃が入る。

 

「……は、はは」

 

 ここまで見事に当たったのは、偶然だった。

 しかし、ここではあえて、大げさにウソップは笑う。

 

「はーはっはっはっは! 計算通りだぜ、クロ! 貴様の動きは、たった今すべて見切ってしまったァ!」

「……一度のまぐれで調子に乗るな」

 

 今度も、クロはウソップの攻撃を偶然だと判断した。

 運よく放ったパチンコ弾が当たっただけで、クロがどこを攻撃しようとしているかがわかっていることは、まだ伝わっていない。

 ウソップは腰に巻いたポシェットに手を突っ込む。

 隠し持っていたハンマーの柄を握る。

 

(感覚は掴んだ。あとは、次の攻撃でこれを思いっきり叩き込めば……!)

 

 クロが再び動き出し、ウソップの視界に赤い光が灯る。

 そこに攻撃が来る前提で、ウソップは勘でハンマーを振り下ろした、が。

 

「なるほど、本当に勘が良いようだ」

「え」

 

 ウソップのハンマーは空を切った。

 クロは攻撃を途中でやめ、ウソップの背後に回っていた。

 

「これでもおれは百計のクロと呼ばれていた。お前のような小細工をする人間の思考など、簡単にわかる」

 

 すべてを計画通りに運ばせ、計画した作戦は例外なく成功してきた、頭脳派の海賊。

 ウソップが気配を見ていること自体には気づいていないものの、殺気か何かを感じ取って反撃をしてくるのではないかと仮説を立てて、フェイントを行ったのだ。

 

「そんなに気配を読むのが好きなら、とっておきを見せてやろう」

 

 だらりとクロは脱力をし、小さく呟いた。

 

杓死(しゃくし)

 

 瞬間、クロの姿が消えた。

 ウソップがそう思った時には、体に無数の切り傷が生まれていた。

 

「うぐあああああああ!!」

 

 視界には確かに赤い光が見えている。

 しかし、赤い光は周囲のいたるところに見えており、どれがいつどのタイミングで自分に襲い掛かってくるのかがわからない。

 

(もしかして、とりあえず周囲にあるものをすべて切ってるのか!? それじゃあ、いくら攻撃するところが見えても、避けられねえし反撃もできねえ!)

 

 ウソップの体に、さらなる切り傷が生まれ、空中が血で染まる。

 あまりの痛みに、ウソップはその場に崩れ落ちた。

 

「おや、手ごたえがなくなったと思ったら。こんなところで倒れていたのか」

 

 血だらけで動かくなったウソップを見下し、クロは呟いた。

 そのうちこいつは死ぬだろうと判断したクロは、屋敷へと戻ろうとするが。

 

「……待てよ、クソ執事」

 

 ウソップは、それでも立ち上がった。

 

「おれは……勇敢なる海の戦士、キャプテン・ウソップ」

「驚いた。その執念だけは、認めてあげよう」

 

 クロは素早く刃をふるった。

 だが。

 

「なに……?」

 

 クロの攻撃は、当たらなかった。

 

「行かせ、ねえぞ。カヤは殺させねえ。あの子の命を、お前みたいなクソ野郎に奪われてたまるかよ! いつかカヤは太陽の下を元気に歩いて、みんなと同じように夢を見て、それを叶えて幸せに生きていくんだ!」

「そろそろしつこいぞ」

 

 “猫の手”が振られる。

 しかし。

 今度の攻撃も、当たらなかった。

 

「どういうことだ」

 

 困惑するクロだったが、攻撃を避けたという事実に驚いているのは、ウソップも同じだった。

 

「なんだ、これ」

 

 血が目に入って視界は歪んでいて。

 痛みと失血で輪郭は曖昧になっているのに。

 今まで生きてきたどんなときよりも、世界が鮮明に見えている。

 

「これが……親父の、見てる世界なのか……?」

 

 ぶつぶつと呟くウソップに気味悪さを覚えたクロは、即座に次の攻撃へと動くが、

 

「……右腕を、横に振って。首を狙う」

「――なに!?」

 

 ウソップが言った通りの動きを、クロは行った。

 最低限の回避で攻撃を避けたことに、クロは驚きを隠せない。

 

「お前がどう動くか、分かるぞ。気配も、殺気も、何もかもが『見える』ぜ」

 

 死の淵に立った極限状態で、一時的にウソップの神経が研ぎ澄まされた結果だった。

 だが、この瞬間だけその力があれば、充分だ。

 

「おれの動きがわかったところで、そんな死に体で何ができる!」

 

 ウソップの動き方はどう見ても死ぬ間際のそれだった。

 だから、クロの動きはこれ以上ないほど単調なとどめの一撃。

 それをずっと、ウソップは待っていた。

 

「ウソップハイパーハンマァー!」

「ぐはァ!?」

 

 残りの力を絞り出した渾身の一撃が、クロの額に直撃した。

 自分がまっすぐに向かった勢いをあいまって、頭が反対方向にゆれ、クロの意識が飛んでいく。

 三日月の夜。

 村の誰もが寝静まった、屋敷の敷地内にて。

 誰にも気づかれることなく、決着が着いた。

 

「はァ……はァ……! おい、クロ。どうやらお前は、忘れてたみたいだな」

 

 ふらふらの体で、気絶したクロの前に立ったウソップは、自分の実力を見誤った海賊へこう吐き捨てる。

 

「おれがシロップ村のウソつき少年、ウソップだってことを!」

 

 そして、とウソップは続ける。

 

「お前の心に、刻んでおけ! この海で最も偉大で勇敢な海の戦士、キャプテン・ウソップの名をな!」

 

 そう言い切ったウソップだったが、クロによって切られた傷はウソではない。

 だらだらと流れる血と、クロを欺いて残していた余力をすべて出し切ったウソップは、静かに倒れる。

 

 そうして静かに、いつもと変わらぬ夜が明けた。

 




少し前に後書きで宣伝した友人の短編が週間一位になってました。
あいつすげーって別世界のことのように思いながらこつこつ書いてます。
次でウソップ編おしまいです。


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第十話「海賊のマーチ」

 

「ウソップ~~!! 生ぎでてよがったよぉ~!」

 

 カヤの屋敷の一室で目を覚ましたウソップの視界に映ったのは、涙と鼻水をこれでもかと垂らすウタだった。

 周囲を見渡せば、ルフィたちにカヤ、メリー、ウソップ海賊団の三人もいる。

 

「生きてたのか、おれ……」

 

 包帯でぐるぐる巻きの体ではあるが、それでも命は残っている。

 クロと戦っていた記憶はあるが、終盤の記憶はほとんどない。

 しかし、こうしてカヤたちが生きているということは。

 

「すげーな、お前! あの執事に勝っちまうなんて!」

「そうだよ、すごいよウソップ! あの執事、懸賞金1600万の賞金首だったんだよ!」

「…………おれが、そんな相手に」

 

 今でも信じられないが、皆を守れたという事実だけは確かに目の前にある。

 そこまで理解して、ウソップは大切なことを思い出した。

 

「そういえば、クロが呼んだ海賊は……!」

 

 ウソップが問いかけると、ルフィとウタは肩を並べてにっこりと笑い、大きく手を広げてピースサインを掲げた。

 

「楽勝っ!」

 

 皆の体に少なからず傷があるのは、見ればわかる。

 間違いなく彼らは、命を懸けて戦ってくれたのだ。

 感謝をしても、しきれない。

 

「ありがとな……みんな」

 

 ぽたぽたと涙をこぼすウソップは、深く息をつくと顔を上げた。

 

「みんな、お願いがあるんだ」

 

 この村に海賊は来なかった。

 キャプテン・クロなんて海賊はこの村に潜んでいなかった。

 クラハドールは、故郷へと帰っていった。

 そんな言葉で、この一件を片付けようとウソップは言った。

 

「ウソップさん、みんな誤解を解かなきゃ……」

 

 心配そうにカヤが問いかける。

 しかし、ウソップは飄々とした態度で、

 

「誤解も何もない。おれはいつも通りホラ吹き小僧といわれるだけさ。みんなに余計な恐怖を与える必要なんてねえ」

「わかりました! それが村のためなら、おれたち黙ってます!」

「おれだって!」

「ぼくも! 一生、秘密にします!」

 

 カヤもメリーも心配ながらもそれで構わないという顔だった。

 安心したウソップは、次の言葉を口にする。

 ウソップが決めたことは、もう一つあった。

 

「おれさ、海に出ようと思う。本物の海賊になるんだ」

「え? キャプテン……?」

「理由はたった一つ。海賊旗が、おれを呼んでるからだ」

 

 親父の気持ちがようやくわかった。

 心のどこかで抑えていた夢が溢れて止まらなくなって、いつの間にか海に出ていたのだろう。

 しかし、ウソップ海賊団の三人は困惑をあらわにしたまま、

 

「いやだよ!」

「行かないでよ、キャプテン!」

「世話になったな。お前たちを守りたいって思ったから、おれは勇敢な戦士になれたんだ」

 

 駆け巡る。大切な記憶たちが。

 ちっぽけな出来事をウソで広げて、夢の世界を作り上げた毎日。

 

「いろいろ、あったな」

 

 この三人に恥じないようにと身に付けた技術が、こうしてウソップを生かしてくれたのだ。

 だが、彼らの進む道はここではないのだ。

 

「お前らの野望はなんだ!」

「酒場を経営することです!」

「大工の棟梁になることです!」

「小説家になることです!」

 

 素敵な夢、と微笑みながらウタが呟く。

 夢を追うために海賊になったルフィやウタからすれば、ウソップ海賊団だって立派な海賊だ。

 しかし、キャプテンが海へ出るというのなら、話は変わる。

 

「おれの野望は、誰もが認める勇敢な海の戦士になることだ! そのために、おれは海へ出る! ……だからっ……!!!」

 

 上を見ても、それでも溢れてきてしまう涙を、必死に拭いながら。

 ウソップは別れを告げる。

 

「今日限りをもって、ウソップ海賊団を、解散する!!!」

 

 こうして、ウソップは一人の海賊になった。

 ボロボロと泣き続けるウソップたちの横で、ウタが小さな歌を口ずさむ。

 

「みんな、歌おうよ! 今日は夢を追う出発の日なんだよ!」

 

 元ウソップ海賊団の三人は肩を組んで、大きな声で歌う。

 それに合わせてルフィとウタが歌いだし、ウソップも遅れて声を出す。

 ナミとカヤは微笑ましく手拍子をして、ゾロはそれを子守歌に居眠りをする。

 こうして、一つの海賊団が解散し、一人の海賊が誕生した。

 

 

 

 

 翌朝。

 ルフィたち一行は、港にいた。

 今回の礼として、カヤが持っていた船をくれたのだ。

 

「わあーっ! すごい立派な船!」

「これは私がデザインしました船で、カーヴェル造り三角帆使用の船尾中央蛇方式キャラベル『ゴーイングメリー号』でございます」

「これ本当に貰っていいのか!?」

「ええ、ぜひ使ってください」

 

 体調も良くなり、少しずつ外を歩けるようになってきたカヤが、出航を見送りに来てくれた。

 航海術はからっきしのルフィとゾロの代わりに、ウタとナミがメリーからの説明を受ける。

 偉大なる航路(グランドライン)までの準備がどんどんと整っていく。

 仲間が増え、船も手に入れた。

 

「楽しみだね、ルフィ!」

「ああ! 早く冒険したいなー!」

 

 ウキウキとメリー号へと乗り込んでいくルフィたち。

 すると、遠くからなにやら丸い何かが叫びながら転がってくる。

 

「止めてくれーーーーーーっ!!」

「ウ、ウソップ!?」

 

 どうやら、海に出るからと意気込んで詰め込んだ荷物があまりにも多すぎたせいで、その巨大団子になったリュックに巻き込まれて転がっているらしい。

 

「何やってんだあいつ」

「とりあえず止めとくか。このままだと船にぶつかっちまう」

 

 サクッと足でウソップを止めるルフィとゾロ。

 血だらけになって長い鼻が針金のようにねじ曲がったウソップは、かすれた声で「わ、わりい……」と呟いていた。

 

「……やっぱり、海に出るんですね、ウソップさん」

 

 応急手当をしながら、カヤはウソップを見つめる。

 

「ああ。決心が揺れないうちにとっとと行くことにするよ。止めないでくれよ」

「止めませんよ。そんな気がしていましたから」

「今度この村にくるときはよ、ウソよりずっとウソみてえな冒険譚を聞かせてやるよ!」

「うん。楽しみにしてます」

 

 メリー号の隣に用意された小さな船に荷物を積み込むウソップは、ウタの方をみて、

 

「そういえば、ありがとな、ウタ! あんなプレゼントをもらっちまってよ!」

「いいのいいの! なんてったって、私は音楽家だからね! これくらいお安い御用だよ!」

「ははは! おれとしてはちょっと恥ずかしいけどな!」

「いいじゃん! キャプテン・ウソップの活躍がなかったら、この村に平和は訪れてないんだから!」

「……そ、そうか」

 

 ウソをずっとつき続けてきたからか、実際にやったことを褒められるのは少し苦手らしい。

 そんなウソップを微笑ましく眺めながら、ウタは「ところで」と問いかける。

 

「なんでその船に、荷物を積んでるの?」

「あ? なんでって、おれはこれから海に出るんだぞ?」

「おう、そうだな! だから早くしろよ!」

「お前ら、何を言って……」

「早く乗れって言ってんだ」

「え」

 

 ルフィとウタの表情はいつもと変わらない。

 まるで朝起きておはようと一声かける程度の声で。

 どうしてこんな当たり前のことを聞くのだろうというような顔で。

 

「仲間だろ、おれたち」

「仲間でしょ、私たち」

 

 やたらと間があった。

 自分のちっぽけさを知っているからこそ、まだまだ自分は一人前でもないのだから、一人で始めようとでも思っているかもしれない。

 しかし、皆は知っていた。

 

「勇敢な海の戦士をスカウトしないなんて、勿体ないことするわけないじゃん」

「…………」

 

 ウソップのことを認めていない人間など、この場には一人もいない。

 そんな信頼を受けていることにようやく気付いたウソップは、いつもの調子で声を上げた。

 

「キャ、キャプテンはおれだろうな!」

「ばかいえ! おれが船長だ!」

 

 笑い声が絶えることのないメリー号が、ゆっくりとシロップ村から出航した。

 

 

 

 

 

 そして、そんなメリー号を眺める少年たちが三人。

 元ウソップ海賊団の三人は、寂しそうにウソップの船出を見送っていた。

 

「行っちゃったな」

「ああ、でもあの人たちと一緒だから、安心したよ」

「そうそう。あれだけ強い人なんて見たことないもん」

 

 港の海賊迎撃の伝令役として活躍していた三人は、いともたやすく何十人もの海賊をたった三人で撃退するルフィたちを実際に見ていた。

 だから、安心そうに水平線を見渡した三人は、よし、と立ち上がった。

 

「行くか! おれたちにはおれたちの仕事があるからな!」

「そ、そうだね。上手くできるか分からないけど」

「ぼ、ぼくも……」

 

 不安そうな顔をしつつも、三人は村へと走り出した。

 

 

 

 

 それは、カヤがウソップたちを見送り、屋敷へと戻る途中だった。

 村の大通りを通っていると、カンカンとスコップを叩く音が聞こえたのだ。

 一定の間隔で、音楽を奏でるように石でスコップを鳴らしている。

 次いで、心地よいリズムでなるスコップの音に重なって、お鍋を叩く音も聞こえてくる。

 極めつけは、びよよん、とアクセントとして入るパチンコのゴムの音。

 

 カンカン、ゴンゴン、びよんびよよん。

 

 今はいつも、ウソップがウソをついて回っている時間だった。

 ウソップを追いかけることを日課にしていた村人たちが、どうしたのかと家の外に出てくる。

 そして。

 

「キャプテン、キャプテン、キャプテン・ウソップ~♪」

「勇敢な海の戦士~♪」

「今日もみんなを守るため、悪い海賊たちを追い払う~♪」

 

 歌だった。

 元ウソップ海賊団たちの手には、ウタの文字で書かれた楽譜が握られている。

 カヤはクスっと笑いながら、その歌を聴く。

 その歌詞は、つい先ほどメリーから聞いた話にそっくりだった。

 

「誇りに思った海賊の父~♪」

「夢見て眠った優しい母~♪」

「愉快なウソを重ねて笑顔を作る~♪」

 

 願いのこもったウソで、誰かの笑顔を作ってきた勇敢な海の戦士がいたと。

 たとえ何年経ったとしても。

 その優しさを、勇敢さを、忘れないように。

 カヤは遠く、海の向こうに見える一隻の船を見つめて、

 

「メリー。私ね、夢ができたの」

 

 親を失って苦しむ気持ちを理解して寄り添ってくれた彼のように。

 いつか自分も、ベッドの上で苦しむ人の気持ちに寄り添えるようになれたなら。

 

「なんでしょう、お嬢様」

「私ね、医者になる」

「ほう、それは立派な夢ができましたね」

 

 彼がくれたこの気持ちを、忘れずにいるために。

 カヤも少年たちに並んで、この歌を歌って村を歩く。

 村に明るさと元気を運んだホラ吹き小僧の代わりに、その意思を引き継いだ少年たちの音楽が響き渡る。

 とある音楽家がプレゼントしたこの『海賊のマーチ』は、何年も何十年も、シロップ村の伝統として歌い、受け継がれていったそうだ。

 



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第十一話「コックと猫」

評価が赤くなってました。
とても凄いことです。ありがとうございます。
お気に入りももうすぐ200です。
とても凄いです。本当にありがとうございます。
サンジ、ナミ編です。ウソップ編より面白いはずです。
楽しんでください。


 

 

「ルフィ! あそこの岩の上で誰かが倒れてるよ!」

「んー? そうか!」

「た、す、け、る、の!!!」

「ら、ラジャー!」

 

 シロップ村を出発し偉大なる航路(グランドライン)を目指すルフィたち。

 新たな海賊船、ゴーイングメリー号を手に入れ、狙撃手ウソップが仲間に加わった一行は、遂に麦わら帽子の海賊旗を掲げるに至っていた。

 絵が上手いウソップのおかげで、立派な海賊旗が帆となり広がっていた。

 そんな中、ウタの耳に助けを求める声が聞こえたのだ。

 

「た、助けてくれ! 相棒が死んじまいそうなんだ!」

 

 ルフィが手を伸ばして引っ張ってきたのは、涙ながらに助けを乞うサングラスの男と、口から血を流して死にかけた額当てをつけた坊主の男。

 ナミはその容態を見るやいなや、すぐに皆に指示を出す。

 

「ウタ、ウソップ! キッチンにライムがあったでしょ! 絞って持ってきて!」

「はい!」

 

 すぐさまキッチンへ向かい、コップいっぱいの搾りたてライムを額当ての男の口に流し込んでいく。

 その様子を眺めていたゾロが、ピクリと反応した。

 

「おい、ヨサクとジョニーじゃねえか!」

「ゾ、ゾロの兄貴!? どうして海賊船に!」

「そんなことよりも、ヨサクはどうした!」

 

 ゾロの知り合いらしい、ジョニーと呼ばれたサングラス男は、涙ながらに答える。

 

「それが、突然病気になっちまって……! おれ、医者の知識なんてからっきしだから、どうしたらいいのか分からなくて……!」

「壊血病よ」

 

 ナミはきっぱりと言った。

 一昔前までは航海につきものの絶望的な病気だったものの、今は植物性の栄養さえあれば治ることが分かっているらしい。

 

「手遅れでなければ、数日もすれば治るわ」

「本当ですか、姉貴!」

「栄養全開治ったやったー!!」

「そんなに早く治るかっ!」

「ありがとうございます! あなたは命の恩人です! ナミの姉貴!」

「ナミ、すごい! お医者さんじゃん!」

「あんたらの知識がないだけでしょうが! いつか死ぬわよ!」

 

 ナミに叱られたルフィたちは、話をしながらとある役職の必要性に気づく。

 限られた食材をやりくりしながら、長旅の栄養配分を考えられる“海のコック”が、ルフィたちには欠けているのだと。

「よし決まりだ! “海のコック”を探そう!」

「美味しいものをたくさん食べるの、楽しいもんね!」

 次の仲間に求める要素が決まったところで、ジョニーがピンと手を挙げた。

「アニキ! 海のコックを探すなら、うってつけの場所があるんだ」

 現在、ルフィたちがいる場所から数日進んだ位置にあるそれは、ルフィたちが求めるまさにそれだった。

 

「海上レストラン!?」

 

 少々北へ進路を向けて、ルフィたちは進み始めた。

 

 

 

 

「か……紙一重……」

 

 海上レストラン『バラティエ』を目と鼻の先にして、ヨサクとジョニーが海軍本部大尉のフルボディにぼこぼこにされていた。

 ルフィたちはまだ海に出たばかりで無名の海賊。

 フルボディが認知しているのがヨサクとジョニーだけだった上に、どうやらフルボディは休暇中らしい。

 無用な戦闘は起きることなく、船はバラティエへと向かっていくが、

 

「ジョニー、これなに?」

 

 殴られて腫れあがった顔のジョニーがもごもごと口を動かして説明する。

 

「そいつは、賞金首のリストですよ。おれたちはゾロの兄貴と同じように、賞金稼ぎですからね」

 

 ナミが散らばった賞金首のリストを眺めていると、途中でその視線が止まる。

 手に取った紙は、()()

 

「ねえ、このリストって最近のやつ?」

「いや、賞金を貰いに海軍に行くときに、そこらへんにあるリストをとりあえず取ってきてるので、昔のも混じってますよ」

「そういえば、必死に追ってた海賊が五年前にもう捕まってた、なんてこともあったなあ」

「ってことで、下手すりゃ一〇年前のも混じってるので、そこまで食い入るように見るもんじゃないですよ、姉貴」

「そうね。そう……よね」

 ナミは呟きながらも、握りしめた懸賞金リストから手を離さない。

 嫌な汗をかいているナミだが、その様子には誰も気づかない。

 

「ルフィ、大変! 大砲で狙われてる!」

「任せろ! ゴムゴムのぉ~風船っ!」

 

 ドゴーン! と。

 ルフィの跳ね返した大砲の弾は、見事、バラティエに直撃した。

 

 

 

 

「大変、ルフィ! このおじさん、足が吹っ飛んでるよ!?」

「なんてこった! 本当にごめん、おっさん!」

「足は元からだ、クソガキども!」

 ブロンズの髪と長く伸ばしたひげ、そして杖で作られた義足のおじさんこと、バラティエのオーナー、ゼフの部屋で、ルフィとウタは頭を下げていた。

「金がねえんじゃ、働くしかねえよな」

「そうだな、ちゃんと償うよ」

「うん! 私もお手伝いします!」

「なら、一年間の雑用ただ働き! それで許してやる」

「一年!?」

 驚きが隠せないルフィだが、すぐに気を取り直して指を一本立てた。

 

「一週間に負けてくれ!」

「お願いします! 私たち、早く先に進みたいの!」

「ダメだ。甘ったれたこと言ってんじゃねえ」

「嫌だ! おれが一週間で償うって決めたんだ!」

「意味わからんこと言うんなクソガキが!」

 

 ゼフは隻脚であるにも関わらず、鋭いキックをルフィにお見舞いした。

 そこらの老人には出すことのできない威力に負けて、ルフィが跳ね返した弾の衝撃で割れていた床が抜け、ルフィとウタは食事用のホールへと落ちる。

「いてて」

「大丈夫か、ウタ」

 

 下敷きになってくれていたルフィが、心配そうにウタの顔を覗き込む。

 ささっとルフィから離れたウタは、ぱんぱんと服をはたいて立ち上がる。

 

「大丈夫だよ! 怪我一つなし! ありがとう!」

「そっか! よかった!」

 

 ルフィとウタが周りの様子を伺うと、なにやら騒ぎが起こっているようだった。

 なんと、先ほどの海軍大尉、フルボディが血だらけで倒れているではないか。

 どうやら、正面に立つ黒いスーツに身を包んだ、なぜかタバコを吸っているバラティエの店員がやったようだった。

 

「おい、サンジ。また店で暴れてやがるのか」

「うるせェなくそジジイ……」

 

 サンジと呼ばれた青年は、不貞腐れた態度で丁寧に分けられた長い前髪の隙間からオーナーゼフを睨みつける。

 そしてその隣には、坊主頭にねじり鉢巻をつけた体の大きなコワモテコック。

 

「いいか、お客様は神様だ!」

「てめェのくそ不味い料理を食ってくれる限りな……」

「サンジ、パティ! 喧嘩なら厨房でしぐされ!」

 

 威圧感しかないコックさん人たちの間に張り詰めた空気が流れ始めた直後、慌てた海兵がバラティエに入り、さらに空気が変わる。

 

「海賊クリークの手下を逃してしまいました!」

「ばかな……! やつは餓死寸前だったんだぞ!」

 

 慌てる海軍の横から、青い顔をしたガイコツのように痩せ細った男がバラティエに入ってくる。

 どっさりと椅子に腰掛けると、すぐさま飯を要求した。

 店のコックたちはその雰囲気に飲まれて身動きすらできずにいたが、

 

「代金はお持ちで?」

「鉛でいいか?」

 

 恐れ知らずにも質問したコワモテコックに、痩せ細った海賊は銃で答えた。

 直後、ガン! と海賊の座っていたを破壊するほどの力でコワモテコックが殴りつけ、衰弱していた海賊はそのまま汚れた雑巾のように店のテラスへと投げ捨てられた。

 その光景をショーのように見ていた客は愉快そうに拍手をして再び食事を始める。

 皆が日常へ戻っていく中、サンジだけがテラスへと歩いていく。

 そして、苦しむ海賊の目の前に、出来立てのピラフを一皿置いた。

 

「食え」

「……!」

 

 ピラフへとむさぼりつく海賊は「面目ねえ……!」と涙を流す。

 その光景を眺めていたルフィとウタは、目を合わせてにっこり笑う。

 

「ルフィも思った?」

「おう! あいつ、うちのコックになってもらおう!」

 

 というわけで、勧誘。

 

「ねえねえ、サンジ……って言ったっけ?」

「おや!?!?」

 

 終始クールだったサンジだったが、ウタの姿を見た瞬間に目の色を変えて(ピンク色)ウタの手を取る。

 

「ああ! 今日はなんて良い日なのでしょう! こんな素敵が出会いが待っていたなんて!」

「こんにちは! 私、ウタっていうの、よろしくね!」

「ウタさん! なんて美しい響き! ぼくはこの恋のためなら海賊にでも悪魔にでもなりましょう!」

「じゃあさ、わたしたちと一緒に海賊やろうよ!」

「そうしたいのは、山々なのですが! しかしぼくたちの間には大きな障壁があるのです……!」

 

 サンジはちらりとゼフの方へ視線を送る。

 どうやら、ゼフの許可なしに店は辞められないのだと、遠回しに断っているようだった。

 

「しかし、ウタさん。ここでの出会いはまさに運命! どうですか、海賊なんて辞めてぼくとともに愛への道へ……」

 

 ウタはサンジが取った手を離して、食い気味に言った。

 

「ごめんね、海賊をやめるつもりはないんだ。それにね」

 

 ウタは迷いのない笑みで、はっきりと答えた。

 

「私が死ぬまで添い遂げるって心に決めてる人は、もういるから」

「……おっと、これは失礼致しました」

 

 強く固い意志を持つ女性を口説くなんて無粋なことを、サンジはしなかった。

 代わりに、と優しく手を差し出して、

 

「では、せめて席までお連れいたします」

「うん、ありがとう! 行こう、ルフィ!」

「お? 飯食えるのか!? やったー!」

 

 楽しそうにウタの隣にルフィが座った途端、ゼフの蹴りがルフィへと飛んできた。

 

「てめェは雑用だろうが、麦わらのガキ!!!」

「うぎゃああー!!」

 

 

 

 

 

 そして、ルフィがバラティエで雑用を続ける日々が始まった。

 なんでも、バラティエでは女の従業員はダメだそうで、ウタはメリー号で待つか、たまに客としてルフィの様子を見にいく程度。

 ゼフは女を蹴らない主義らしいのだが、雑用として働いてるルフィがミスをするたびに蹴飛ばしているところを見ると、女を蹴りたくないから働かせない、ということなのだろう。

 

「あ、ウタ! 今日も来たのか!」

「うん! 今日も雑用、頑張ってる?」

「おう! 見て通りだ!」

「うんうん、じゃあ頑張ってるご褒美に、はい! あーん!」

「やったぁ! 飯だ——」

「何十枚も皿を割っておいて何をいちゃついてんだ雑用!」

「うぎゃあああ!!!」

 

 そんな感じでルフィが蹴飛ばされるのを笑って眺めているうちに、二日経った。

 そして、この日。

 突然の事件が、()()()()()()()()()

 

「おい、なんだあの船は……!」

「ボロボロじゃねえか、あんな大きなガレオン船が……!」

 

 ルフィが一人バラティエで雑用をこなし、ウタがゾロやウソップ、ナミたちとのんびり船でくつろいでいるところだった。

 突如としてやってきた巨大船。ヨサクとジョニーは「首領(ドン)・クリークの船だ……!」と震えていた。

 聞けば、東の海(イーストブルー)を制し、偉大なる航路(グランドライン)へ向かった海賊らしい。

 こうしてボロボロの船で帰ってきたということは、夢破れたということだろうが。

 

「行くぞ、ウソップ」

「そそそそ、そうだな! ルフィだけじゃあ、心配で仕方ねえ!」

 

 颯爽と船を降りていくゾロとウソップ。

 それに続くように、ウタも船を降りようとするが、

 

「待ってちょうだい、ウタ」

「ん? どうしたのナミ?」

 

 振り返れば、ナミはいつもとは違う冷たい表情をしていた。

 なにやら雰囲気が違う。

 先ほどの声からも、単純ではない複雑に混じった感情が『聞こえ』た。

 

「……ごめん」

 

 ナミはフルボディにやられた傷が治りきっていないヨサクとジョニーを海から投げ捨てた。

 

「ちょっと、ナミ!? 何してるの!」

「……この前、ヨサクが持っていた手配書を見たときに、見ちゃったのよ」

 

 ナミは素早くウタの背後に回ると、縄でウタの体を縛り上げた。

 流れるような手際で、ウタは一瞬で身動きが取れなくなる。

 

「ナミ! どうして……!」

「びっくりしたわよ。まさか、あんたがこんな大物だったなんて」

 

 ナミが懐から取り出したのは、一枚の手配書。

 古びてボロボロになった手配書に写っているのは、赤と白の髪をした幼い頃のウタだった。

 そして、その下には……

 

「懸賞金、3000万。“歌姫のウタ”」

「…………」

 

 ウタは何も答えない。

 その沈黙が、写真に写る少女が自分であるという証明だった。

 

「どうして少女だったあなたにこんな破格の懸賞金がかけられているのかはどうでもいいわ。とにかく、私にはお金が必要なの」

「……ナミ」

「命乞いをしたって無駄よ。この船はもう、バラティエを離れて私の故郷への向かってる」

 

 聞いてもないのに、ナミは淡々と語る。

 

「私は元々、アーロン海賊団っていう魚人海賊団の航海士なの。だから私は、あなたの仲間でもなんでもない。都合がいいから、あなたたちと一緒にいただけ」

「そっか」

 

 ウタの表情は変わらない。

 ナミがどんな事を言ったとしても、友達であることは変わらないと伝えるように。

 

「……ねえ、ナミ」

「なに」

「思ってもないこと言わないでよ。本音で話そう。私たち、友達でしょ」

「——違う!」

 

 ナミはウタにまたがり、胸元を強く掴んだ。

 

「私はあなたの敵なの! あなたを殺して海軍に突き出して、金を稼ごうって思ってるのよ!」

「じゃあなんで、泣いてるの」

「——ぇ」

 

 ウタの頬に置いた雫を見てから、ナミは自分が泣いていることに気づいた。

 慌てて目元を拭ったナミに、ウタは言う。

 

「いいよ。連れて行って。そのアーロンっていう魚人のところまで。だからさ」

 

 縄で縛られたまま、ウタはにっこりと笑った。

 

「教えてよ、ナミのこと。私はあなたのこと、もっと知りたい」

「……バカね、あんた」

 

 馬鹿馬鹿しくなって、ナミはその場に腰を下ろした。

 そして少しずつ、ナミはウタに自分の過去を話し始める。

 航海に必要な一日半。二人は言い争うこともなく話をして過ごすことになった。

 

 そうして。

 ルフィたちの知らぬ間に、メリー号はナミとウタだけを乗せて、アーロンが支配しているココヤシ村へと向かっていく。

 

 この日、起きた事件は二つ。

 一つは、首領(ドン)・クリーク、バラティエ襲撃事件。

 そしてもう一つは。

 

 アーロン海賊団幹部、ナミによる“歌姫のウタ”誘拐事件だ。

 



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第十二話「魔女と歌姫」

誤字脱字報告本当に助かります。
今回も誤字あったら「まったく、仕方ねえやつだな」ってこっそり教えてください。


 

「シャハハハハハ!! ずいぶん長旅をしてると思ったら、宝に加えてこんな土産まであるとは! さすがナミだ!」

 

 ノコギリ刃のような長い鼻をした青肌の魚人、アーロンは椅子にふんぞり返りながら大笑いをしていた。

 アーロンの取り巻きをしている魚人たちも、合わせてゲラゲラと笑っている。

 そんな中、ナミはいつものように笑って、

 

「どうせ、賄賂を渡す海軍がそのうち来るんでしょう? そのタイミングで、この子を引き渡して頂戴」

「シャハハハ! お安いご用だ! 今回もお前の十八番(オハコ)の裏切りが大活躍だな!」

 

 バンバンの膝を叩いて、アーロンは愉快そうに続ける。

 

「お前も不運だったな! こいつは金のためなら親の死さえも忘れる、冷血な魔女のような女さ!」

 

 アーロンは無表情のままのウタをニヤニヤと眺める。

 

「それにしても、こんな小娘がおれよりも高い懸賞金とはな。それも、一〇もいかないガキの時から。一体、何を隠してるんだ? “歌姫のウタ”さんよ」

「過去に何があったかはどうでもいいけど、一つ耳寄りな情報があるわ」

 

 ナミはウタの髪の毛をそっと撫でた。

 丁寧に右目の上で整えられた、赤い髪を。

 

「この子の父親は、”赤髪のシャンクス”よ」

「おいおい、ナミ! また面白い冗談言うじゃねえか! あの新世界の化け物、シャンクスの娘だって?」

「本当よ」

 

 ナミの顔は真剣そのもの。嘘と裏切りが常のナミだとしても、その言葉が嘘ではないとはっきりと伝わってくる。

 しかし、それでも信じがたい。

 

「モームッ!」

 

 ——モオオオオオ!!

 

 ウタの後ろにある海水のプールから、牛の柄をした巨大な海獣が現れた。

 アーロンパークと呼ばれる、アーロンの拠点と並んでも同じくらいの大きさをしたその海獣は、クンクンと興味深そうにウタの匂いを嗅ぐ。

 

「こらこら、女の子の匂いを嗅ぐのはマナー違反だよ?」

「ンモっ!?」

 

 ドギマギとしているモームだったが、そんな気の緩みを締めるようなアーロンの冷たい声が飛ぶ。

 

「食え」

「ンモ……?」

「このガキを食って言ったんだ」

「ア、アーロン! 何言ってるの!」

 

 動揺するナミなど気にもかけず、モームは言われるままにウタを捕食しようと大きな口を開ける。

 それでも、ウタに動揺する様子はなく、むしろナミへ視線を移して、

 

「ごめん、ナミ。加減とか調整とかできないから、頑張って耐えて」

「ウタ……?」

 

 瞬間、黒い稲妻が迸る。

 

 側から見れば、ウタがモームを睨んだようにしか見えなかった。

 しかし、たったそれだけで。

 心の底が震えるほどに空気が震えた。

 

「……こいつは驚いた」

 

 モームだけではない。アーロンの幹部以外の下っ端は半数以上が気を失って倒れてしまっており、幹部たちも指先に痺れがあるのか、困惑しながら自分の手を眺めている。

 当然、ナミもその威圧感に気圧されて膝をついてしまい、なんとか戦闘用の杖で体を起こしているレベルだった。

 

「シャハハハハハ!!! 東の海に”この色の覇気”を使うヤツがいるとはな! そりゃあガキの頃から賞金首になるわけだ! ……だが」

 

 アーロンは暴力的に見えて頭が回る。弱き者は力で支配し、海軍には腰を据えて賄賂を使って交渉を行う。

 だから、分かる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おい、”歌姫”。お前、まだ何か隠し持ってるな?」

「あなたに言う必要のないことがたくさんあるだけ」

「シャハハハ! 口が回るな。なら、まずは一つ、確かめさせてもらおう」

 

 アーロンはウタの体を持ち上げる。

 ナミは慌ててアーロンを止めに行こうと立ち上がるが、

 

「おいおい、ナミ。裏切ったやつに対して情けをかけるような顔じゃねえな」

「……なにを言ってるの」

「安心しろ。何もぶん殴って尋問しようって訳じゃねえ。この目をした人間は死ぬまでくだらん信条を掲げて何も話さねえ。だから、こうするんだ」

 

 アーロンはウタを()()()()()()()()()

 海に落ちるというのを確信した瞬間、初めてウタの表情に変化があった。

 

「まあ、だろうな」

 

 小さく呟いたアーロンは、ナミに視線を送る。

 

「おい、ナミ。助けてやらなくていいのか? 悪魔の実の能力者は海に嫌われて泳げねえんだ。高尚な魚人たちと違ってな」

「——!」

 

 迷いなく、ナミは海へと飛び込んだ。

 陸へ引っ張りあげられ、大量に飲み込んだウタは、何度も咳をして酸素を必死に体に取り込む。

 

「アーロンッ! 海軍に渡す前に死んだらどうするの!?」

「シャハハハ! お前が行かなかったら別のやつに行かせてた。なにせ、俺たち‘‘至高の種族’’に泳げねえヤツはいねえからな!」

 

 高笑いするアーロンに合わせて、幹部たちが笑い始める。

 ナミはわずかに唇を噛んでから、すぐに脱力をして踵を返す。

 

「……まあ、私は懸賞金が貰えればそれでいいわ。そのうち海軍が来るんでしょ? そのタイミングで、約束の一億に届くから。そうしたらこのココヤシ村は買わせてもらうわ」

「ああ、俺たちは必ず約束を守る。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、この村はお前のものだ」

「……そう。ならいいわ」

 

 それだけ言って、ナミはアーロンパークから去っていく。

 

「じゃあね、ウタ。感謝してるわ。あなたのおかげで、簡単に金が稼げるんだから」

 

 ウタは黙って、ナミの後ろ姿を見送っていた。

 魚人たちに囲まれながらも、ウタの表情に絶望はない。

 口を開いて最初に放った言葉も、いつもと同じ穏やかな口調だった。

 

「ナミとの約束、本当に守るんだよね?」

「命乞いかと思えば、まずはナミの心配か幸せな頭をしてやがるな」

「いいから、答えて」

「シャハハハ! 威勢のいい女は嫌いじゃねえ! 答えてやるよ」

 

 縛られたままのウタの顔にグッと近づいたアーロンは、いやらしい笑みを浮かべる。

 

「俺は金の上の約束を破るくらいなら腹を切って死ぬ方がマシだ。決して約束は破らねえ」

 

 ただし、とアーロンは笑う。

 

「偶然海軍がどこからかナミの隠してる一億ベリーの場所を見つけて、偶然奪われちまったら、また集め直してもらうがな」

「……最低」

「あんな優秀な航海士を簡単に手放すかよ。俺は人間なんてこれっぽちも信用してねえが、その人間が高い能力も持っているなら別だ。その力を搾り取るだけ搾り取って、俺たち魚人族の糧になって貰わねえとな!」

 

 甲高い叫び声が響き渡る。

 アーロンも、ウタのことを殺すつもりはないらしく、ナミの財宝を奪った海軍がこちらへ来るのを待っているらしい。

 ウタは縛られたまま放置され、しばらくの時間が経過した。

 

「…………ナミ……」

 

 遠くから聞こえたのだ。

 怒りや悲しみに満ちた、悲痛な叫び声が。

 息が詰まる。

 こんなにも人々を苦しめた上に成り立つ笑顔なんて、考えたくもない。

 

「アーロン海賊団!!! おれたちはもう耐えられないッ! おれたちのために命をかけて戦ってくれたナミの心を、踏みにじるな!」

「シャハハハ!! 恨むんならおれじゃなく、下等な人間なんていう種族に生まれた運命を恨むんだな!」

 

 隠し持っていた剣や銃を持ち、それでも足りない場合は、クワなどの農業具を持ち、ココヤシ村の人々がアーロンパークへと踏み込んでいた。

 それをどうにか止めようと必死に作り笑いをするナミだが、それでは村人たちは止まらない。

 

「みんな、お願いッ! 殺されちゃうの!」

「止めるな、ナミ! お前が命懸けで戦ってくれていたこの一〇年間、どれだけ己の無力を恥じたか!」

「それでもいい! みんなに死なれたら、私は……!」

 

 ナミの願いも虚しく、村人たちは問答無用で乗り込んでくる。

 対する魚人たちは、クスクスと笑って彼らを眺めるばかり。

 

「……この村は、苦しくて仕方がない」

 

 ウタは呟く。

 自由のない、恐怖と暴力で支配された島。

 そこに平等はなく、人の命は金で表される。

 だから、ウタは思う。

 この時代が悪い、と。

 

「ナミ! 約束、覚えてるよね!」

「——!!」

 

 涙でぐしゃぐしゃのナミの背筋が跳ねる。

 悔しさと怒りと悲しみでもみくしゃになったナミは、鋭くアーロンを睨みつけたあと、ウタへ視線を移し、コクリと頷いた。

 直後。

 

「みんな、聞いて!!」

 

 ウタが叫び声を上げた。

 その声に全員が惹きつけられ、村人たちの動きが止まる。

 

「私の名前はウタ! 私の夢は、世界一の歌姫になって、私の歌で世界中の人を笑顔にすること!」

 

 突然の宣言に、皆は訳の分からないという顔をする。

 アーロンたちも、ウタの言動が理解できずに彼女を見つめているままだった。

 

「私は誰にも死んでほしくない! こんな不毛な争いなんて、起こってほしくない! だから、()()()が代わりに戦う!」

 

 ウタが話をしている間にナミは、アーロンパークの外へと走り出した。

 アーロンたちがそれに気づき、すぐさまナミを追いかけようとするが、

 

「ナミはこれから、私の仲間を連れてきてくれる! だから、待ってて!」

「シャハハハ! 仲間を連れてくる!? こんなときになんて悠長な話をしてやがるんだ! おれがそれまで待ってやると思ってるのか?」

「そ、そうだ! おれたちだって、止まるつもりはないぞ!」

「それは心配しないで! わたしがアーロンたちを止める!」

 

 ポカン、とアーロンはウタの言葉を理解するまでの間、あんぐりと口を開けていた。

 そして、数秒遅れてから、大笑いを始める。

 

「シャハハハハハハハ!!!! 縄で縛られたままのお前が、おれたち全員を相手取って時間稼ぎをするってのか! 冗談もほどほどにしろ! それに、だ!」

 

 アーロンは強い口調のまま、

 

「ナミから聞いたぞ。懸賞金がかかってるのはお前だけだそうじゃねえか! そんな海賊になったばっかりの若造が助けにきたところで何ができるってんだ!」

「あなたに勝てる。ルフィは、海賊王になる男だから」

「…………もういい。くだらん話はここまでだ。やれ」

 

 ウタの言葉は信じるに値しないと、アーロンは判断した。

 夢を見過ぎた若者が、自らの力量も知らずに威勢のいい言葉を並べているだけだと、そう受け取った。

 だが、ウタは笑う。

 

「さあ、みんな! 私のライブ、楽しんでね! 今日は出血大サービスの、ロングタイムショーだよ!」

 

 この世で最も美しい歌声が響いた。

 アーロンパーク中に届く伸びの良い声。

 その歌声に、人も魚人も平等に取り込まれていく。

 そして、その場にいる全ての人間が、眠りへと落ちる。

 

「……やっぱり、静かなのは嫌いだな」

 

 誰も、自分の歌を聴く人がいなくなったところで、ウタは小さく呟いた。

 軽く呼吸を整えると、ウタワールドが終わらないように再び歌い始める。

 これから、何時間もルフィたちを待つとしても、手を抜けば皆が目を覚まして争いが始まってしまう。

 

「大丈夫、大丈夫。どれだけ待つとしても、私は大丈夫」

 

 言い聞かせるようにウタは呟く。

 孤独になると途端に浮かんでくる嫌なイメージを必死に振り払って、ウタは歌い続ける。

 シャンクスが船から出て帰ってくるまでの間も、歌を歌って待っていた。

 ルフィ、エース、サボとの四人でいたときに起こったあの事件の日も、歌って待っていた。

 そして、必ず彼らは来てくれた。

 

 どれだけ辛くても、怖くても。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ずっと待ってるよ、ルフィ」

 

 何時間も、何時間も。

 夢の中で抵抗し続けるアーロンたちを抑えながら。

 ウタの歌が、沈黙で満ちたアーロンパークに響いていた。

 





「大変だったんだね、ナミ」
「うるさいわね。まさに裏切ってる真っ最中なのに、同情してどうすんのよ」
「なんだっていいよ。なにがあっても、私はナミの仲間だもん」
「……勝手に言ってなさいよ」
「ねえ、ナミ。一つさ、約束してよ」
「お金はあげないわよ」
「もし、ナミ一人でどうしようもなくなったらさ、ルフィを連れてきてよ。私が時間を稼ぐからさ」
「はあ? ふざけてるの?」
「真面目だってば! ルフィってば、いつも来るのは遅いくせに、どんなときでも一番良い時に来て、必ず私を助けてくれるの」
「だから、アーロンに勝てるって信じてるってこと?」
「うん。信じてる」
「本当に重症ね。どれだけ好きなのよ、あいつのこと」
「大好きだよ。この旅の途中では、伝えるつもりはないけど」
「海賊王になったら告白するつもり?」
「うん。でもさすがに、もう二度と会えないって思ったら言うかも。心残りになるし」
「それで、今回は言うつもりは?」
「……? なんで来てくれるのが分かってるのに言うの?」
「全く……」
「なんでため息つくの!」
「分かったわよ。そんなことはないと思うけど、万が一になったら、あなたの言う通りにするわ」
「うしし! ありがと!」
「もし助けられたって、お金は渡さないわよ」
「最後にナミが笑ってありがとうって言ってくくれば、それだけでいいよ。仲間でしょ?」
「……ばっかみたい」


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第十三話「17時間17分13秒」

 どれだけの時間が経ったのだろうか。

 歌って、歌って、歌って。

 ウタウタの実の力を使い続けている反動による疲労で、意識はいつ途切れてもおかしくなかった。

 

「…………もう、つめ、なかったんだった」

 

 意識を強引に覚醒させようと剥がした爪は、随分と前に全てなくなっていたことすら、覚えていなかった。

 近くに転がっていたナイフで太ももを刺した気もするが、足にも感覚はほとんどなく、なにをどうしたかもわからない。

 加えて、自傷によって溢れた血のせいで、ウタの顔は青ざめ、いつの間にか噛み切っていた唇からはもう血さえ出てこない。

 

「……あれ、いまって、うたってなかったんだっけ」

 

 今も夢の世界ではアーロンたちや村人たちを止めるために歌での強化による拘束を行っていた。

 ウタワールドの意識で歌っている自分と、現実世界でウタワールドからの脱出を防ぐために歌い続けている自分の境界が分からなくなる。

 歪んでいく。

 自分の輪郭が曖昧になっていく。

 ふと、一瞬だけ。

 

「…………わたし、ねてた?」

 

 眠ったという意識はない。

 しかし、目の前に立っているアーロンが現実世界のそれであるのならば、きっと自分は寝てしまっていたのだろう。

 

「恐るべき能力だ。お前が甘っちょろい人間じゃなければ、俺たちは殺されていた」

 

 ウタウタの実で眠らせてる間に、アーロンたちを殺してしまうことも、眠った人間を操って同志撃ちをさせることも、ウタにはできた。

 だが、そんなことはしなかった。

 

「みんな……わらえる、じだいを……」

 

 ルフィと目指すと決めた、新時代。

 こんな苦しみと支配で窮屈な世界ではなく、誰もが笑って、楽しくご飯を食べれるような、そんな世界を。

 

「お前は危険だ。生かして海軍に引き渡して、懸賞金以上の金をもらおうと思っていたが、やめだ」

 

 アーロンの手には、鮫肌を繋ぎ合わせたようなギザギザの大剣が握られていた。

 キリバチ。アーロンが本気のときにしか取り出さない、恐怖で支配するためではなく、殺すためだけに使う凶器。

 

「夢に自分(テメェ)の命を懸けられる狂った人間ほど、怖いものはねえな」

 

 アーロンはもう、ウタを舐めてはいなかった。

 下等な人間でありながら、魚人を殺す力を持つ存在。

 情けも容赦もなく、キリバチを振り上げ、下ろす。

 その瞬間、ウタが小さく笑う。

 聞こえたのだ。

 自分の名を呼ぶ、彼の声が。

 

「ウタァァァァアア〜〜〜ッ!!!!!!!」

 

 弾丸のように飛んできたルフィが、アーロンの顔面に向かって突っ込んできた。

 大砲ですら噛み砕く力を持つアーロンだが、あまりの勢いに体ごと吹き飛ぶ。

 

「な、なんだ!?」

 

 慌てて起き上がったアーロンが目にしたのは、小柄ながらも圧倒的な迫力で自分を睨みつける少年。

 よく見れば、彼は全身傷だらけだった。

 身体中に槍を刺したような穴が空いており、右の拳には棘の山を殴りつけたような無数の傷ができている。

 しかし、そんな傷など、気にすらしていなかった。

 静かにその場にしゃがんだ少年は、ウタの体をそっと抱き抱える。

 

「わりい、ウタ。遅くなった」

「……だい、じょうぶ。きてくれるって、しんじてたから」

「ああ。お前のためなら、どこだっていくよ」

 

 ウタの体を優しくその場に寝かせたルフィは、首を鳴らして目の前に立つアーロンを睨みつける。

 

「なんだ、お前」

「ルフィ。海賊王になる男だ」

「お前が、この”歌姫”が待ってた仲間ってやつか。随分と貧弱そうだな」

 

 アーロンの挑発を聞き流して、ルフィは周囲を見つめる。

 眠っていた村人たちはゆっくりと体を起こして現実の世界に戻ってきたことに気づく。だが、彼らにもう戦う気はなかった。

 風車を帽子につけた傷だらけの男は、皆をアーロンパークの外へ誘導する。

 

「退け。私たちのために戦ってくれた勇敢な歌姫の意志を、踏みにじるわけにはいかん」

 

 何時間にも渡るウタワールドの中で、彼らはアーロンたちに抵抗するウタを見続けてきた。

 これ以上誰も傷つかないように。もう誰も失わないように。

 命を懸けて村人たちを守ろうとしたウタの気持ちに、村人は突き動かされた。

 

「おい、そこの少女が待っていた少年よ!」

 

 ルフィが振り向くと、風車の男は声を張る。

 

「勝てるんだろうな、アーロンに!」

「ああ、勝てる」

「随分と威勢の良いガキだな……」

 

 アーロンだけでなく、他の魚人たちも体を起こす。

 間髪入れず、魚人たちはルフィへと襲いかかるが、

 

「「雑魚はすっこんでろ!!」」

 

 魚人たちに襲いかかったのは、斬撃と蹴り(あとは気持ちばかりのパチンコ玉)。

 瞬く間に、何人もいたアーロンの手下たちが倒れていく。

 遅れてやってきたのは、緑髪の剣士と金髪のスーツ男。

 

「おせえぞ。ゾロ、サンジ」

「おめえが速いんだっての。船からすっ飛んでいきやがって」

「おい、クソ剣士。そんなことはどうでもいいだろ」

 

 タバコを吹かしたサンジは、魚人たちを睨みつけて、

 

「女を泣かせるやつらには、蹴って分からせるしかねえ」

「おれは切る」

 

 それだけ言って、二人はアーロンの幹部たちと戦い始める。

 そして、横で戦闘が始まる中、睨み合う二人の船長。

 先に口を開いたのは、ルフィだった。

 

「おれの仲間を、泣かすなよ」

「ふざけたこと抜かすんじゃねえ! ナミはうちの航海士だ!」

「無理やりやらせた旅にも、冒険にも、なんの価値もねえ!」

 

 ルフィは拳を構えた。

 

「だからお前をぶっ飛ばして、ナミを自由にする」

「奇遇だな。おれもお前をぶっ殺してナミを連れ戻そうと思ってたところだ」

 

 間髪入れずに、ルフィのパンチが放たれる。

 (むち)銃弾(バレット)銃乱打(ガトリング)

 ルフィの攻撃が全てアーロンに命中し、その体は吹き飛ばされる。

 しかし、

 

「なにかしたか……?」

 

 一切のダメージを感じさせないアーロンに、ルフィは真顔で言い切る。

 

「ん。準備運動」

 

 ここからようやく、両者の戦闘が始まった。

 アーロンの力は絶大だった。特に、凶暴で鋭利な歯とそれで噛み付いたものを容易く砕く顎の力。

 ルフィが避けた場所にあった石製の柱が、最も容易く壊れていく。

 

「おれはお前たちとは違う。魚人はお前たちよりもよっぽど上等な種族なんだ」

「変わらねえよ、おれもお前も」

 

 ルフィは傷口から赤い血が滲む拳で、アーロンの顔をより強く殴りつけた。

 さらに力が増したルフィの拳は、アーロンの歯を砕き、口元から血を流させる。

 それは、ルフィと同じ赤色だった。

 

「ほらな。同じ血の色じゃねえか」

「この……クソゴム……ッ!!」

 

 ルフィとアーロンの戦いは、さらにヒートアップしていく。

 彼らの周りではゾロとサンジ、それにウソップも加わり、幹部たちを相手にしていた。

 そして、その戦いの最中。

 

「ごめん、ウタ」

「…………ナミ?」

 

 ぽたぽたと、ウタの顔に涙がこぼれる。

 自傷でボロボロになったウタを見ることに、ナミの心が耐えられなかった。

 

「わたし、あなたにこんなに酷いこと……」

「わるいのはアーロンじゃん。ナミがあやまることなんてないよ」

「……本当に、ごめ――」

 

 ウタは震える指先で、ナミの言葉を止めた。

 声を枯らして、ここまで追い込まれてもなお、ウタは優しく笑う。

 

「やくそく。ちがうでしょ」

「……でも」

「だいじょうぶ。みてて」

 

 ウタは視線を横へ向けた。

 そこには、アーロンとの戦いを続けるルフィ。

 

「……ルフィ」

 

 かすれて消え入りそうな、小さな声。

 しかしそれでも、ルフィはすぐに振り向いた。

 

「どうした、ウタ!」

 

 アーロンを相手にしながら、ウタを見るルフィ。

 ウタはゆっくりと、アーロンパークの最上階を指さした。

 

「あそこ。あそこに、ナミを閉じ込める檻があるの」

 

 測量室。

 ナミがアーロンの一味として支配されてから、海図を描くために閉じ込められてきた牢屋にも似た場所。

 世界中の海図を描くのが夢だと言っていた。

 ただそれは、こんな場所で強引に書かされて叶うものでは必ずない。

 だから。

 

「ぶっ壊しちゃえ」

 

 ルフィは不敵な笑みを浮かべた。

 

「ああ! このふざけた建物ごと、こいつをぶっ飛ばしてやる!」

「お前の方がよっぽどふざけた考えをしてやがるだろうが!」

 

 アーロンのこめかみの血管が異常なほど膨れ上がり、目の瞳孔が細く締まった。

 素早い動きでルフィの横を通り過ぎたアーロンは、プールへと飛び込み。

 弾丸のような速度で飛び出してきた。

 

(シャーク)・ON・DARTS!!!」

「うぐぁああ!」

 

 アーロンの鋭い鼻が、ルフィの肩に突き刺さる。

 しかし、ルフィは逃げずにその鼻を握りしめ、血を流しながらも強引にねじ折った。

 

「ギャアアアア!」

「おれとウタが目指す新時代に、こんな窮屈な檻はいらねえ!」

 

 ルフィは鼻が折れた痛みでその場に転がるアーロンを掴み、アーロンパークへと投げつけた。

 そして、大きく息を吸って。

 

「ナミ、見とけよッ!」

 

 ルフィは建物ごと、アーロンを殴り始めた。

 

「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)!!!!」

 

 無数のパンチがアーロンへと襲い掛かる。

 何度も何度も、体の傷から血が噴き出そうとも。

 ルフィのパンチは、止まらない。

 そして、一階が崩れた。

 

「おれはよく分かんねえけど、あんな場所にお前はいたくねえんだろ!」

 

 続けて、二階まで壊れる。

 

「そんな居場所なんて、おれたちが壊してやる! だから、お前は自由だ!」

 

 そのまま、三階、四階が壊れ、

 

「……ねえ、ナミ」

 

 ウタが言う。

 ナミがずっと言うことのできずに胸に秘めていた言葉。

 アーロンのような道具としてではなく、真っすぐに対等に言ってほしかった言葉。

 

「仲間になってよ。私たちと一緒に、冒険しよう」

「…………うんっ!」

 

 そして。

 

「おおああああああああああッッッ!」

 

 ナミが書いてきた海図が散っていく。

 長年使ってきた机が飛んでいく。

 彼女を支配してきた象徴が、崩れていく。

 

「……はァ、はァ…………!」

 

 ガラガラ、と。

 そびえ立っていたアーロンパークは、跡形もなく崩れ落ち。

 

「おれの勝ちだ! アーロンッ!」

 

 勝負は決した。

 気を失ったアーロンの体がだらりと横たわる瓦礫の上で、ルフィは勝利のおたけびを上げた。

 




次は10/16です


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幕間「10時間37分11秒」

ぼくの力不足で本編に組み込めなかったシーンは幕間って形でしばしば出すと思います。
今回はここです。ここはさすがに書きたかった。


 本当は、信じ切れていなかった。

 なにせ、あのときバラティエにいたのはあの首領クリークだ。

 ルフィたちがどれだけ強かったとしても、あいては東の海の覇者だ。悪魔の実を食べた能力者だといえども、勝てるわけがない。

 だが、ウタは心の底から信じていた。

 首領クリークを侮っていたわけではない。おそらく、ウタの感覚は正しく相手の力量を理解したうえで、ルフィが勝つと疑わなかった。

 

 だから。

 そんなウタを、ナミは信じた。

 

「うそでしょ……?」

 

 バラティエからココヤシ村までの航路に、その船はあった。

 傷だらけなのに、それを治療する気もなくヨサクとジョニーを急かして船を進む麦わら帽子。

 

「あ!! メリー号だ!」

 

 腕を伸ばしてナミの元に駆け寄ってきた。

 ヨサクとジョニーから話を聞いていたのだろう。ナミがウタを攫ったなんて言葉を一切信じていなかったのか、ルフィは最初にこう問いかけた。

 

「あれ? ウタはどこだ?」

「…………ごめんなさい」

 

 ナミはその場に崩れ落ちた。

 涙こそ必死に耐えているが、何かの拍子に簡単にこぼれてしまいそうだった。

 

「ウタは……!」

 

 ナミは語った。

 ウタが今、自分のためにどれだけ苦しんでいるのか。

 アーロンとの関わり。

村を買う約束。

 奪われた一億ベリー。

 そして、皆を殺さぬために歌い続けるウタのこと。

 全てを話し終わるまで、ルフィは黙って聞いていた。

 

「ごめん、ルフィ」

 

 それ以外の言葉が見つからなかった。

 泣き崩れるナミに対して、ルフィは冷たく言い放つ。

 

「言いたいことは、それだけか」

「え……?」

「お前はウタに、そんなことを言えと言われたのか!」

 

 ウタがルフィを心の底から信じていたように。

 ルフィもウタのことを心の底から信じている。

 だから、分かるのだ。

 ウタはきっと、ナミにごめんなんて言ってほしくて命を懸けているわけではないと。

 

「……ルフィ」

 

 ナミは抑えきれなくなった大粒の涙を流して、声を絞り出す。

 ずっと言えなかった言葉を。

 誰にも頼らずに一人で生きていくと決めた、あの日からずっと。

 

「助けて……っ!」

 

 約束をしたのだ。

 言わなければならない言葉があるのだ。

 

「ウタにありがとうって、言いたいの」

 

 ルフィはその言葉を聞くと、静かに笑った。

 

「当たり前だ」

 いうと、ルフィは被っていた麦わら帽子をナミの頭に乗せる。

 これから激しい戦いになるから、渡してくれたのだろう。

 しかし、ナミの記憶には彼らと出会ったときの光景がよみがえる。

 

 ――おれたちの宝物に、触るな。

 ――私たちの宝物に、触らないで。

 

 ああ、彼らは本当の意味で。

 自分のことを仲間だと言ってくれているのだ。

 

「行くぞ、お前ら」

「おう!」

「ナミ! お前の航海術が頼りだ! ウタのところに、一秒でも早く着くぞ!」

「うん……っ!」

 

 だったら、自分も応えなければならない。

 ナミの涙は止まっていた。

 今はただ、大切な友達を少しでも早く助けたいという気持ちだけ。

 

「待ってて、ウタ……!」

 

 この日、ナミは初めて。

 誰かのために、航海をした。

 




(本編の)次の更新は10/16です


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第十四話「オレンジ色の笑顔」

 アーロンと話を合わせてナミが集めた宝を奪った海軍たちをボコボコし、彼らをまとめる海軍支部大佐、ネズミを脅すところから、後始末は始まった。

 

「お前ら……おれに手を出してみろ……! ただじゃ置かないからな……!」

 

 コテンパンにされてもなお、口だけは回るネズミの前で、ナミは腰を下ろす。

 

「あなた、私の大切な家族や村人の人たちに手を出したわよね?」

「へ……?」

「ついでに、私が命がけで集めたお宝、持って行ったわよね?」

「な、なにを……」

「ただで済むと、思わないでよね」

 

 バキャ! と鈍い音が響き渡る。

 ナミのステッキで吹き飛ばされたネズミは、どうにかプールから顔を出して空気を吸い込む。

 

「アーロンたちが持っていたお金はこの村のものなの。関与しないでよ!」

「わ、わがりまじだ……」

 

 泣きながら許しを請うネズミに対して、今度はウタがぐっと顔を突き出した。

 応急処置が終わり、包帯でぐるぐる巻きになった指をネズミに向けて、疲弊しながらもはっきりとした口調でウタは言う。

 

「私の友達を泣かせたら、絶対に許さないからね!」

「く、くぅ……!」

 

 ネズミは唇を嚙みしめ、そそくさと泳ぎながら海軍の軍艦へと戻っていく。

 その途中で、精いっぱいの負け惜しみを投げつけてきた。

 

「覚えてろ、この腐れ海賊ども! 麦わらの男と、赤と白の髪の女! ルフィとウタと言ったな! 忘れるな! てめぇら凄いことになるぞ!」

「え! あの人、私たちが新時代を作るってなんで知ってるの!?」

「おれが海賊王になることまで知ってんのか。実はすごいやつなのかもな」

「そうじゃねえだろバカ二人」

「お、おい! マジで凄いことになったらどうするんだよ!」

 

 アーロンたちを回収して逃げ去っていった海軍たちを見送ると、村人たちは一斉に村へと走り出す。

 支配が消え、自由になったのだと。

 この喜びを、一秒でも早く伝えるために。

 そして、その知らせは光の速さで島全体に広がって。

 

「みんなー! 今日も私のライブ、楽しんでいってねー!」

 

 島を上げた盛大な宴が、何日も続いていた。

 ウタは村人が作ってくれた特製ステージから、踊り、歌い、騒ぐ人たちを眺める。

 自分の歌を熱心に聞いて楽しむ人もいれば、BGMとして酒を飲んで騒ぐ人もいる。そして、その全ての人が、これ以上のないほどの笑顔で今を楽しんでいる。

 

「ルフィも楽しんでるー!?」

「おうー! やっぱりウタの歌を聴くのは楽しいなぁ!」

「えへへん! もっと歌っちゃうから、もっともっと騒いでいこー!」

 

 やはり、どんな笑顔よりも、ルフィが自分の歌を聴いて笑ってくれるのが一番うれしい。

 ()()()()()()から塞ぎこんで笑わなくなった自分を救ってくれた時も、同じようにルフィは笑ってくれたのだ。

 だから、今の自分も笑っていられる。

 歌っている間も、視線をルフィへ向けると、いつだってその視線に気づいて食べていた肉を掲げて手を振ってくれる。

 いつかルフィと目指した夢が叶って、その夢の果てに辿り着けたのなら。

 世界中の人々が、こうやって笑ってくれるのだろうか。

 そんな想像をするのが楽しくて、散々歌ってから、夜が更けていることに気づいた。

 

「たくさん聴いてくれてありがとー! 今日も最高のライブだったよー!」

 

 ウタは特製ステージから降りて周囲を見渡す。

 このライブの間、姿を見ない人がいたのだ。

 

「ねえ、サンジ」

「ん? なんだい、ウタちゃん」

「ナミのこと、見なかった?」

「今日はあんまり見てないな……待てよ。確か、はずれの方に歩いていくのを見たような……」

「ナイス! ありがとね、サンジ!」

 

 ウタは村の外れに走っていく。

 船の中での話で、聞いた覚えがある。

 サンジの言った通りであるなら、きっといる場所はあそこだ。

 

「やっぱり、ここにいた」

「あら。ウタじゃない。どうしたの?」

「宴に来ないで何してるのかなーって」

「ちょっと、報告にね」

 

 ナミの視線の先にあるのは、二本の丸太を十字にして作られた素朴な墓。

 ベルメール。ナミとその姉ノジコを拾った、育ての親。

 その人が眠る場所だった。

 

「この人が、ベルメールさん?」

「うん。ようやく自由になれたよって」

「そっか。大好きなんだね、ベルメールさんのこと」

「当たり前じゃん。私の大切な親だもん」

 

 ナミが墓の前で腰掛けるのに合わせて、ウタも隣に座る。

 ベルメールたちと血がつながっていないことは、すでに知っていた。

 だからこそ、ウタは素直に言った。

 

「私さ、シャンクスとは血がつながってないんだよね」

「どうして今更、私に言うの?」

「分かるから」

「親と血がつながってないって気持ちが?」

「家族って繋がりに、血なんて関係ないってこと」

 

 ウタのその言葉にクスッとナミが笑う。

 なに笑ってんのさ、とウタが肘で突っついて、今度は二人で笑う。

 

「なんだ、楽しそうじゃないか、二人とも」

 

 やってきたのは、軍帽に風車を刺した傷だらけの男。

 宴のときにゲンゾウ、という名前を聞いた。

 この村の長であり、ベルメールとともにナミの父親代わりをしてくれていたらしい。

 その手には、酒の瓶が握られていた。

 

「一緒に飲むか、四人で」

「そうね。お酒が飲めるようになってから、ベルメールさんと飲んだことなかったし」

 

 三人はグラスに注がれた酒を持ち、墓の前に置かれたグラスと乾杯する。

 普段、ウタは酒を飲まない。

 宴は好きだが、自分は歌いたいし、アルコールは喉にもよくないからだ。

 

「懐かしいな、お酒」

「そういえば、飲んでるの見たことないわね。最後はいつ飲んだの?」

「うーん。あれは確か、十年前だったかなぁ。ルフィたちと兄弟の盃って、お酒を飲んだの」

「き、兄弟!? あんたたち、そういう仲だったの?」

「歳的にはお兄ちゃん二人とその下に私で、ルフィが末っ子だったんだけど、私が弟って呼ぶの、すごい嫌がるんだよね。私も弟っていう感じじゃないし」

「形だけのお遊びってわけね」

「でも! お兄ちゃん二人は今もお兄ちゃんって感じだよ!」

「はいはい。わかったわよ」

 

 うんざりと首を振って、ナミは言う。

 そんな二人の会話を見て、ゲンゾウは楽しそうに微笑んでいた。

 

「ベルメールがお前たちを連れてきたときはどうなるかと思ったが、こんなにたくましくなって、こんなにいい友人を持つとはな。本当に、立派に育ってくれた」

 

 ゲンゾウはベルメールの墓に向けてグラスを掲げる。

 

「我々はこれから、精一杯生きようと思う。お前を含め、多くの犠牲があった。だからこそ、精一杯。バカみたいに笑ってやろうと思うのだ」

「いい夢ですね」

「歳も重ねて酒も入れば、こんな夢も見るものだ」

「ふふっ。ゲンさんらしい」

「うるさいわ」

 

 くすくすと笑うナミは、ふと上を見上げた。

 

「私さ、あの日からちゃんと笑えたことは一度もなかったの」

 

 アーロンがやってきたあの日から、ナミは笑顔を作り続けてきた。誰かに取り繕い、ウソの笑顔を並べ、騙し、金を稼いできた。

 だが、ルフィやウタたちと笑った時間は、決してウソではなかった。

 

「本当に、楽しかった」

 

 約束をしたから、ではない。

 ただ言いたくて、ナミはその言葉を口にする。

 噓偽りのない、オレンジ色の笑顔で。

 

「ありがとう、ウタ」

「えっへへん! どういたしまして!」

 

 どや顔で胸を張るウタ。

 ふんす、と鼻息を出している横で、ゲンゾウがナミを見て何かに気づいたようだった。

 

「ナミ、お前またイレズミを入れたのか?」

「うん。みかんと風車。私の大切な家族のマークだよ」

「……そうか。それは、いいマークだ」

 

 ゲンゾウは照れくさそうに帽子を深くかぶる。

 そのせいで余計に風車が強調されてしまっているが。

 

「ねえ、ウタ」

「ん? どうしたの?」

「私、まだあなたたちと一緒に旅がしたい」

「え? 世界地図を描くんでしょ? 行かないの?」

「あはははっ! そうね、聞いた私がバカだった」

 

 笑いながら、ナミはグラスの酒を一気に飲み干して、ゲンゾウに言う。

 

「止める? 私のこと」

「ダメだと言ったら、言うことを聞くのか?」

「絶対きかないっ!」

 

 はあ、と深く長いため息をついたゲンゾウは、諦めた声でウタへ言う。

 

「あの麦わらの小僧に言っておけ。もしお前らがナミの笑顔を奪うようなことがあれば、私が殺しにいくと」

「そんなこと、ルフィはないと思うけどな」

「分かったな!」

「は、はい!」

 

 ずばびしっ! とウタの背筋が伸びる。

 それを見たナミが笑い、ウタがやり返し、その繰り返しが続き、それを見てゲンゾウが笑う。

 そんなことをしているうちに時間は過ぎていき。

 出発の朝が来た。

 

 

 

 

 

「あっしらはまた本業の賞金稼ぎに戻りやす」

「ここでお別れっすけど、またどこかで会える日を楽しみにしてるっす」

 

 バラティエからアーロンパークまでをともにしたヨサクとジョニーに別れを告げたルフィ達は、メリー号でウタとナミを待っていた。

 ナミがともに行くという話はウタにしかしていないため、いつまで待つべきかと四人は村を眺めていた。

 

「しかしこねえな、あいつら」

「どうした! ナミさんとウタちゃんのいねえ航海なんてありえねぇぞ!」

「おい、サンジ! 生ハムメロン、どこにもなかったぞ!」

 

 サンジとウソップだけがやたらとそわそわしていると、遠くでなにやら騒ぎ声が聞こえてくる。

 皆が目を細めて何かと見つめていると、いち早くウソップがそれに気づいた。

 

「おい! ウタとナミが村人に追いかけられてるぞ!」

「はあ? なにやったんだあの二人」

 

 無邪気な笑顔で笑いながら村人から逃げるウタとナミは、ルフィたちに叫んだ。

 

「ルフィ~~! 船を出して~~!」

「何のつもりだ!?」

「船を出せってよ。とりあえず出すか」

 

 船がゆっくりと動き始め、港から離れていく。

 ナミとウタが近づいてくるにつれて、村人たちの声も聞こえてきた。

 

「こらー! クソガキどもォ! おれたちの財布を返せェー!」

 

 アーロンたちから取り返したお金や、ナミが集めた宝は置いていくくせに、村人たちの財布は盗んできたらしい。

 どうせウタが皆を眠らせて、その隙にナミが片っ端から財布を集めたのだろう。

 波止場までやってきたウタとナミは、手を握って一緒に飛ぶ。

 

「ルフィー! 任せた!」

「任せとけ!」

 

 ルフィは腕を伸ばし、ウタとナミの腕を掴んで船へと引っ張ってくる。

 ナミはきれいに船へと着地し、ウタはルフィがキャッチする。

 

「ありがと、ルフィ!」

「おう!」

「なんで私は受け止めないわけ?」

「えへへ~! いいでしょ!」

「別に羨ましいわけじゃないっての。まったく」

 

 やれやれ、と呟いたナミは懐からドサドサと盗んだ財布たちを出す。

 そして、ひらりと舞った札を掴むと、いたずらに笑って、

 

「みんな、元気でね♡」

「この泥棒ネコがァーーーッ!!」

 

 きっとこれは、ナミなりの船出なのだ。

 海賊として村を出るのだから、礼などを言わせないために、ナミらしい船出を選んだのだ。

 

「これからよろしく、みんな!」

 

 一味に挨拶を済ませたナミは、振り返って村の人たちに大きく手を振る。

 きっと村の皆が昔によく見た、子どものような明るい笑顔で。

 

「じゃあね、みんな! 行って来る!」

 

 いつでも帰って来いよ、と声がする。

 元気でやれよ、と背中を押される。

 ナミは肩に新しく掘ったみかんと風車のイレズミをなでる。

 

「行ってきます。ベルメールさん」

 

 昔、ベルメールがナミに言っていた。

 幼いころ、泣いてばかりのナミをあやすためにゲンゾウが帽子に風車を刺したら、驚くほど笑ったという。

 からからから、と。

 役目を終えた風車は、ベルメールの墓の隣で回っている。

 ナミの笑顔はこれからきっと絶えることはない。

 

「~~♪」

 

 空は快晴。

 風は軟風。

 心地よい気候に包まれながら、ウタは鼻歌を歌う。

 

 まるで親子の笑顔を表すかのように。

 風車は、船が水平線に消えるまでいつまでも回っていた。

 




今回は原作の解釈を深堀する形で締めました。
改変も楽しいですけど、こうやって一つ一つの言葉を味わいなおすのもいいものですね。
次はローグタウン。ようやく大きく原作とは違う流れを作れるのでわくわくしてます。
長い旅ですが、お付き合いください。よろしくお願いします。


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第十五話「新時代の鐘が鳴る」

 

 

「ええええええええ~~~~~!?!?!?」

 

 偉大なる航路へと向かう麦わらの一味。

 その道中でナミが買った新聞に、二枚の手配書が挟まっていた。

 そこには、笑顔のルフィと歌っているウタの写真がそれぞれ印刷されており、その下には。

 

「なんでおれが三千万ベリーで、ウタが五千万ベリーなんだよ!」

「でた、負け惜しみィ~! 私の方が偉大な海賊だからに決まってるじゃん!」

 

 三百万ベリーが懸賞金の平均である東の海において、その十倍以上の破格の懸賞金がかけられたルフィとウタ。

 えっへへん! とウタはこれでも渾身のドヤ顔をルフィにお見舞いしていた。

 

 “麦わらのルフィ”懸賞金三千万

 “歌姫のウタ”  懸賞金五千万

 

「お尋ね者だって、ナミ!」

「あんたたち、事の深刻さがわかってないのね……」

 

 裏切りの中で金を稼いできたナミは、懸賞金がかけられるということの意味を一番理解していたし、この金額が示す意味を分かっていた。

 

(アーロンを倒したルーキーが三千万はまだわかる。でも、最初から三千万な上に、ルーキーで五千万なんて海賊の歴史で数えるほどしかいないはず。本当に、あなたは何者なのよ、ウタ)

 

「どうしたの? あ、もしかしてちょっと前髪を整えたの気づいた?」

「赤い方、ちょっと切りすぎよ」

「うげっ! やっぱり!? 自分で切るんじゃなかったぁ」

 

 がっくりと肩を落とすウタを見て、ナミは諦観のため息を吐く。

 と、そんなことなど気にしていないゾロが遠くを指差した。

 

「おい。なんか島が見えるぞ?」

 

「見えたわね。あそこには『ローグタウン』っていう有名な町があるのよ」

「え、それってもしかして」

「そう。別名“始まりと終わりの町”。かつての海賊王G(ゴールド)・ロジャーが生まれ……そして処刑された町」

「海賊王が死んだ町……!」

「行く?」

 

 ルフィとウタは、躊躇いなく頷いた。

 

 

 

 

 

 ローグタウン。

 海賊王が死んだ町。

 それはつまり、海賊に怯える人たちにとっては平和の象徴ともいえる町であり、これまでルフィとウタが足を運んだどの島よりも人と活気で満ちていた。

 

「よし! おれは死刑台を見てくる!」

「あ、待って、ルフィ!」

 

 まっすぐに町の中心へと歩き出したルフィの腕を掴んで、ウタは止めた。

 なにやらうずうずしているウタは、ナミへと視線を送る。

 

「ね、ねえ、ナミ。お買い物とか、する予定ある?」

「ん? 長旅になるし、偉大なる航路(グランドライン)に入るならどの気候にも対応できるように服とか買うつもりよ」

「お洋服! 私も行きたい!」

「じゃあ一緒に行きましょ」

「うん!」

「なんだ、ウタは買い物するのか。じゃあおれは死刑台に……」

「だから待ってってば!」

 

 ルフィの腕を掴んで離さないウタは、子どものように駄々をこねる。

 

「死刑台はルフィと一緒に行きたいの!」

「あとで来ればいいじゃんか」

「一緒がいいの!!」

「分かったよ。まったく、ウタはたま~によく分かんねえんだよな」

 

 ウタの言うことを聞いてくれたのか、ルフィは肉を探しに町へと歩き出した。

 ゾロも何かを買いにいくらしい。加えて、サンジは食材の買い出し、ウソップは装備集めにそれぞれ出かける。

 二人で残ったウタとナミも、町へと繰り出す。

 そして、二人のファッションショーが始まった。

「どう?」

「うわー! すっごい似合ってるよ! セレブみたい!」

 

 毛皮のコートを羽織ったナミに対抗するように、ウタは黒のワンピースドレスを着て登場する。

 

「どう、ナミ!」

「超似合ってるわ! エレガントよ、ウタ!」

 

 ぐっと親指を立てたナミ。

 ウタは鏡の前で自分の姿を眺めながら、小さく呟く。

「ルフィが見たら、褒めてくれるかな」

「い~や、さすがにないんじゃない? ルフィよ?」

「確かに……。女心とか、今までわかってくれたことないんだよね~」

「そんなやつのどこがいいんだか……」

「分かってないなぁ、ナミは。そこがいいんじゃん」

「一生分からなくていいわ……」

 

 この子はまったく、と呟いていると、店員がナミたちに声をかける。

 

「お姉様方、どちらになさいますか?」

「あ、私は別にいらないわ。もっとラフなのがいいや」

「そうだね。私、このパーカー気に入ってるし、合わせるシャツとかパンツとかほしいかも」

「そ、そうでございますか……!!」

 

 散々試着に付き合わされた店員が泣きそうな目をしていると、ウタは自分が着ている黒いドレスに触れる。

 普段は使わないだろうが、これくらいならライブ衣装としても使えるかもしれない。

 何より、ちょっとだけ可哀想だった。

 

「あ、私はこれください!」

「毎度ありぃ!!」

 

 せっかくなので、黒いドレスは着たまま外を歩いてみる。

 いつもは白の丈が短めのワンピースだが、今日は長めの丈で黒いワンピース。少し歩きにくいが、不自由さが新鮮で楽しい。

 と。次の店へと歩く途中で、ルフィとすれ違った。

 すぐにウタはルフィの元に駆け寄って、

 

「見てみて! 新しいお洋服買ったの! どうかな、ルフィ!」

「お、いいじゃねえか! 似合ってるぞ!」

「…………へ?」

 

 そんな回答がくると思っていなかったウタは、口をパクパクとさせてどうにか一言だけ絞り出す。

「あ、ありがと……」

「今回は、あなたの負けかしら、ウタ?」

「し、勝負なんてしてないもん!」

「あははっ! 冗談よ」

「なんだ、お前ら。何話してんだ?」

 

 ウタとナミの会話が一切理解できていないルフィは、不思議そうに首をかくんと曲げた。

 

「それより、まだ買い物するのか?」

「う、うん! もう一軒行こうかな!」

「そっか! んじゃあまたぶらぶらするかなー」

 

 退屈そうに頭で手を組んだルフィは、ゆっくりと歩き出す。

 

「そうだ! さっき旨そうな肉見つけたんだ! それ、食ってこよー!」

 

 美味しそうな肉が売っていた露店があったのを思い出して、ルフィは走り出した。

 その背中が見えなくなってから、ウタはナミに寄りかかる。

 

「ルフィのああいうところ、本当にいけないと思う」

「ええ、悪質ね。見てる分には面白いけど」

「ナ、ミ!!」

「はいはい。もうからかわないから」

 

 子犬のような威嚇をしているウタの頭を、ナミはポンポンと撫でる。

 少しして落ち着いたウタは、それにしても、と空を見上げる。

 

「ルフィがあんなこと言うなんて。嵐でも来るのかな……?」

「まさか、流石にそんなわけ……」

 

 断言しかけて、ナミは言葉を止めた。

 いつの間にか、空気が変わっていた。気圧も落ち、条件はとうにクリアしている。

 

「あー、ウタ」

「ん? どうしたの?」

「本当に嵐、来るかも」

 

 

 

 

 一方、肉を求めて町を歩いていたルフィは、思いがけぬ人物と出会っていた。

 

「おー! コビーじゃねえか!」

「ああ! おひさしぶりです、ルフィさん!」

 

 真ん中分けのピンク髪をしたメガネの少年。ルフィとウタが海に出て最初に出会った、女海賊アルビダの雑用をしていたコビーが、ローグタウンにいた。

 なんでも、コビーも偉大なる航路へ入るつもりらしい。

 

「お前も海賊やるのか!?」

「いいえ、僕は海賊にはなりません! でも、強くなりたいんです。困ってる人を助け、悪い奴らを倒すために!」

「にしし! いいじゃねえか、頑張れよ!」

「は、はい! ルフィさんこそ、悪さしてませんよね?」

「してねーよ! ちゃんと金払って肉食ってるし!」

「なら、安心です。でも、気をつけてくださいね」

 

 これでも、元々は海軍を目指していたのだ。この町の管轄の海軍についても、コビーはある程度知っているようだった。

 

「海軍本部のスモーカー大佐という人が、この町を担当しているようです。その人に見つかった海賊は決して逃してはくれないらしいそうです」

「そーなのか! にしし、気をつける!」

「危機感なさすぎですよ! それに、もう一つ噂があるんです!」

 

 コビーはメガネをクイっと掛け直して、

 

「なんでも、スモーカー大佐の下に新しく配属された中佐も、かなりの強者のようです。二〇歳にもならずにそこまで昇格するのは異例のようで」

「へー! 強いのかなぁ、そいつ!」

「聞くところによると、気がついたら背後にいて、叫ぶ暇もなく捕まえられてしまうそうです。ルフィさんが悪さをした時に懲らしめるのは僕なんですから、簡単に捕まらないでくださいね!」

「あはっはっは!! 任せろ、捕まらねえよ!」

「それなら、良かったです!」

 

 ぱあっと笑顔になったコビーは、ルフィに手を振る。

 

「それではさよなら、ルフィさん! 偉大なる航路で会いましょう!」

「おう! またな!」

 

 満面の笑みでコビーを見送ったルフィは、さっそく買った肉を頬張る。

 うめー、と呟いていると、視線の先にウタを見つけた。どうやら、死刑台へ向かって走っているようだ。

 

「あ! あいつ、抜け駆けしやがったな、ちくしょう!」

 

 ルフィが走り出してウタヘと近づくと、その気配に気づいたウタがルフィに手を振った。

 

「ルフィ! もうすぐ嵐が来ちゃうみたいなの! 船が出せなくなるかもしれないから、早く見に行こう!」

「なにー!? 分かった!」

 

 ルフィの少し先をウタが走っていく形で、二人は死刑台へと向かっていく。

 そして、一足早く死刑台へ登ったのは、ウタだった。

 

「えへへー! 私の勝ち!」

「ああ、ずりぃぞ、ウタ!」

 

 死刑台の下で、ルフィが文句を言っているし、海軍がメガホンで降りなさいと警告しているが、気にせずウタはそこからの景色を一望する。

 

「これが、時代を変えた人が見ていた景色」

 

 海賊王がやったことは、ただの一つだけ。

 ひとつなぎを大秘宝(ワンピース)を探せ。

 死ぬ間際のたった一言で、大海賊時代は始まった。

 新時代を作るということは、この大海賊時代を変えるということ。

 今ここで、ウタが何を言っても意味などないことは、よく分かっていた。

 高みへ行かなければならない。こんなステージでは小さすぎると言えるほどの、上の舞台へ。

 そんなふうに、ウタはしばらくの間、自分の世界に浸っていた。

 ところで。

 

「……ルフィ、来ないのかな?」

 

 ルフィならば、すぐにでもこの場に飛び乗ってくると思っていたのだが。

 やはり今日は、ナミの言う通り嵐がくるのだろうか。

 しかし、その問いに答えたのは聞き覚えのない声だった。

 

「あいつは来ないよ。なにせ、あいつの恨みを買ったんだからね」

 

 油断していた。

 海賊王が死んだ死刑台に立って、舞い上がってしまったからかもしれない。

 すぐ隣にいた女海賊に、ウタは遅れて気づいた。

 

「——」

「させないよ」

 

 女海賊は、ウタの身動きを封じるよりも先に、まず首を絞めた。

 

(——しまった……! 声が出ない……!)

 

「あんたの悪魔の実の能力、本当に恐ろしい力だわ。歌を聴いたら寝てしまう? 初見殺しも良いところだわ。でも、二度目はない」

 

 見覚えがないはずの女海賊は、ウタのことをよく知っていた。

 そこまで聞いて思い出す。見た目はすっかり変わってしまっているが、声はあの時から変わらない。

 

「アル……ビダ……!?」

「正解。まあ、一度見たら忘れない私の美しさを持ってしても、こんなにも気づくのが遅いだなんて、イライラするけれど」

 

 ルフィとウタが冒険を始めて最初に出会った海賊、アルビダ。

 なぜかやたらと美人になっているが、そんなことよりもウタはどうにか首を絞める手を離させようともがく。

 しかし、ウタは能力者であるが、身体能力が高いわけではない。

 自力で金棒を振り回すほどの力を持つアルビダには、到底敵わない。

 

「あはははは!! 懸賞金五千万も、歌えなければただの小娘ね!」

「…………!!」

 

 声が出せないまま、ウタはルフィに助けを求める。しかし、ルフィもどうやら手が離せないようで、

 

「よくもおれを遠くまで吹き飛ばしてくれたな麦わらァ!」

 

 バギーとその一味に、ルフィは囲まれていた。

 腐ってもバギーは悪魔の実の能力者。楽に倒せるような相手ではない。

 

「どけよ、赤っ鼻! ウタが捕まってんだ!」

「うるせえ! お前の相手はおれだ!」

「じゃあお前は、ウタが殺されたっていいってのか!?」

「はァ!? 何を甘えたことを言ってんだ麦わらァ!」

 

 バギーはルフィにナイフを持った手を飛び道具にして攻撃した。

 そして、その背後から他の一味たちの攻撃も襲いかかる。

 

「確かにおれの手で殺すのは躊躇うが、だからと言って誰かが殺すのまで止めるのは、海賊であるおれの仕事じゃあねえ。海賊同士の殺し合いに負けて文句言うやつなんか海賊やめちまえ!」

「……くそッ!」

 

 その理屈を、ルフィは否定しなかった。

 海賊になった以上、命の取り合いは必須。

 大切な人を奪われ、殺されたとしても、守れないほどの力しか持たない自分が悪い。

 今は、そういう時代だ。

 

「ウタァ! 逃げろ!」

「無駄だよ、麦わら」

 

 アルビダはいたずらに笑う。

 

「あんたのパンチ、痺れたよ。あんたは私のものになってもらう。こんな弱っちい小娘なんかの隣じゃなくてね!」

 

 アルビダは金棒を取り出し、大きく振り被った。

 ルフィの周りにはバギーの一味。騒ぎに気付いてやってきた仲間たちも、死刑台からは距離がある。

 

「やめろォ! おれはウタと一緒に新時代を作るって約束したんだ! おれはウタ以外との冒険なんてするつもりはねえ!」

「妬けるねえ。まあ、そんな戯言もここまでさ!」

 

 そして、金棒は振り下ろされて——

 

 

 

 

 

 わずかに時間を遡り、場所は海軍派出所。

 死刑台で起こった海賊たちの騒ぎのせいで、海軍たちはバタバタと駆け回っていた。

 

「大佐! スモーカー大佐! 海賊が死刑台の広場で騒ぎを!」

「……海賊か」

「はい!」

 

 それだけ聞くと、スモーカーは大量の葉巻を巻きつけたジャケット羽織り、次々に海兵たちに指示を飛ばす。

 派出所を出た後も、海兵は必死にスモーカーの指示を覚え、伝達していく。

 

「スモーカーさん! 遅くなりました!」

「たしぎィ! てめえいつまでトロトロ支度してやがる!」

「すいません! すぐ支度を……!」

 

 女性ながら、巧みな剣技で海軍本部の曹長へと昇進した期待の新人。

 そして。

 

「おい、たしぎ! あいつはどうした!」

「私は見てないですけど……!」

「ったく、あの英雄の愛弟子だがなんだか知らんが、ちょっと海軍を舐めすぎなんじゃねえか……?」

 

 葉巻をこれでもかとふかすスモーカーだが、彼のすぐ後ろで爽やかな声が聞こえた。

 

「すいません、スモーカーさん。さっき、アイスを持った女の子がぶつかってしまって」

「そうやって気配を消す癖がついてるせいじゃねえのか? ちゃんと子どものアイス代は弁償したんだろうな?」

「あはは! 当たり前ですよ。今度は五段のアイスを食べてもらうつもりです」

 

 金髪の青年は、笑顔でスモーカーの隣には並び、歩き始める。

 三人が揃ったタイミングで、海兵が現状を報告する。

 

「現在、広場にいる海賊は四人! “金棒のアルビダ”、“道化のバギー”、“麦わらのルフィ”、“歌姫のウタ”以上の四名です」

 

 羅列された海賊たちの名前を聞いて、金髪の青年が反応する。

 

「ルフィとウタ……?」

 

 思わずその場に立ち止まってしまった金髪の青年へ、スモーカーは怒鳴り声をぶつける。

 

「おい、いつまでぼーっとしてやがる! 民間人まで巻き込まれてるんだぞ!」

「ええ、分かってます」

「さっさと心の準備をしろ! 英雄ガープが後ろ盾だろうが、おれは容赦なんてするつもりはねえぞ、サボ!」

 

 金髪の青年、サボは、スモーカーからの怒鳴り声など気にせずに笑みを浮かべる。

 

「ついに来たか。ルフィ、ウタ……!」

 

 海軍本部中佐サボは、スモーカーの元へと走り出した。

 



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第十六話「始まりの日」

これらは止めることのできないものだ。

“受け継がれる意志”
“人の夢”
“時代のうねり”

――人が『自由』の答えを求める限り

それらは決して
――止まらない。

海賊王G(ゴールド)・ロジャー

ワンピース一〇〇話 “伝説は始まった”より引用



 

 その日、彼は『奇跡』を見た。

 田舎の島でチンピラを束ね、暗黒街のボスまでなった自分は、誰よりも強くなった気でいた。

 しかし、そんなことはなかった。海にはもっと強い奴がいる。陸の中で小さな山の大将になってはしゃいでいた自分が、これ以上ないほどちっぽけに感じた。

 緑色の髪をトサカのように天へ向け、太いセプタムピアスを付けた、上裸にジャケットを羽織っただけという奇抜なファンションをした青年は、目を丸くしてその光景を見ていた。

 

「なんだべ、これ……!」

 

 海の秘宝、悪魔の実を食べた能力者の戦い。

 腕が伸び、体がバラバラになり、銃弾がスベスベな体を滑っていく。

 

「世界ってのは、こんなにも広かったんだべか……!?」

 

 その青年、バルトロメオは異次元の戦闘に恐怖を抱いてきた。

 偉大なる航路(グランドライン)に近いとはいえ、ここは東の海(さいじゃくのうみ)

 そんな場所でこのレベルの戦闘なら、まさに井の中の蛙。

 

「ど、どっちが勝つんだべ」

 

 いつの間にか、バルトロメオはその戦いに見入っていた。

 麦わらの少年が叫ぶ声が聞こえたのだ。

 

 ——新時代を作る、と。

 

 そこらへんの海賊が、大海賊時代を変えるつもりなのだと、そう言っているようにしか聞こえない。

 そんなことを、考えたこともなかった。

 生まれた時から海賊の時代は始まっており、物心ついたときには略奪や暴力は生活の延長戦にあった。

 彼は今、本気でその常識をひっくり返そうとしているのだ。

 

「そんなこと、できるわけねえ……! だって、今にもあいつらは負けそうで……!」

 

 死刑台に登った麦わら帽子の海賊の仲間である赤と白の髪をした黒いワンピースドレスを着た女は、首を絞められ、女海賊に殺されようとしているところだった。

 女一人守れずに、世界が変わるわけがない。

 そう、思っていたのに。

 

「やめろォォォォオオオ!!!!!」

 

 直後だった。

 バルトロメオには、麦わら帽子の海賊が叫び声を上げただけのように見えたはずなのに。

 何か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()が広場一帯に広がった。

 小枝を折ったような音が耳元で聞こえたと思えば、突然足が震えて立っていられなくなる。

 バルトロメオでもこれなのだ。一般人たちは、一斉に気を失って倒れていく。

 

「なんだ、なんなんだべ、これ……!!」

 

 麦わら帽子と戦っていた海賊も、その仲間を殺そうとしていた女海賊も、一瞬だけ意識を失い、行動ができなくなる。

 女海賊から逃れた赤と白の髪の女は、迷いなく死刑台から飛び降りた。

 

「ルフィ!」

「ウタァ!」

 

 死刑台から飛び降りた女へ、麦わら帽子の海賊は走り出す。

 

「く、逃すか……!」

 

 意識を取り戻した女海賊は、すぐに金棒を振り上げる。

 距離的にも、女海賊の攻撃の方が早く到達する。

 しかし、それも叶わなかった。

 もう一度、念を押しておく。

 彼はこの日、『奇跡』を見たのだ、

 

 ——ドゴァァンッッ!!!!

 

 女海賊が振り上げた金棒がきっかけなのか、それとも麦わら帽子の海賊が呼び寄せたものなのか、理由など分からない。

 ただ、結果として。

 死刑台は崩れ落ち、女海賊は雷に倒れ、麦わら帽子の海賊は女を抱き抱えて雷から彼女を守っていた。

 あれだけの雷であるのに、全くの無傷で。

 突如として降り出した大雨の中、彼らは太陽のように笑っていた。

 

「悪い、遅くなった」

「ルフィなら助けてくれるって信じてたよ」

 

 そう言って笑い合う二人、

 バルトロメオが呆気に取られていると、突如やってきた突風に運ばれて、二枚の手配書が飛んできた。

 

「”麦わらのルフィ”と”歌姫のウタ”……? まさか、あの二人の手配書だべか!? しかも、この懸賞金は……!」

 

 東の海(イーストブルー)でこんな額の懸賞金など聞いたことがない。

 目の前で起こった出来事が急に現実味を帯びてきた。そんなレベルの海賊ならば『奇跡』だって起きてもおかしくない。

 さらに。バルトロメオの心を揺さぶるような言葉をルフィは放つ。

 

「おれは海賊王になって、ウタと新時代を作るんだ! 邪魔すんじゃねえ!」

「か、かかかか海賊王〜〜!?!?」

 

 よりにもよって、海賊王が死んだ場所で。

 海軍だって迫ってきているこの状況で、臆することもなく、堂々とそう言ってみせたのだ。

 

「あの人は、麦わらのルフィは、海賊王になるお方だべ……!」

 

 確信にも近い予感だった。

 さらに、バルトロメオが敬意を表するところはそれだけではない。

 

「ルフィとウタ、この二人の愛は本物だべ。おらは今、奇跡だけじゃなく、真実の愛まで見てしまったんだべ……!!」

 

 気がつけば、バルトロメオの目から涙が溢れていた。

 もし誰かに神を信じるかと聞かれれば、迷うことなく『今、目の前にいるお方が神様だべ』と言い切っているだろう。

 

「なんて尊い、存在なんだべ……! ルフィとウタ……いや、この概念には名前をつけなければ……!」

 

 直後、バルトロメオの脳に電流が走る。

 天に打たれたような衝撃とともに、バルトロメオはそれに名をつける。

 

「ルウタ……! ルウタだべ……! この世で最も尊い存在が、ルウタなんだべ〜!」

 

 バルトロメオはそう叫ぶと、近くで気絶していた仲間を叩き起こす。

 

「おい! てめぇら、船を出せ! 偉大なる航路(グランドライン)へ入るんだべ、あのお二方のような、尊く気高い存在におらはなるんだべ〜〜!!!!」

 

 いつかあの二人のような気高い存在へとなるために。

 バルトロメオはこの日から、ゴロツキから海賊になった。

 

 

 

 

 

「よーし、お前ら! 逃げろォ〜!」

 

 ウタを抱えたまま、助けようと近くに来てくれていた仲間たちと合流したルフィは船へ向かって走り出す。

 それを見て、バギー一味と雷に打たれてボロボロのアルビダが立ち上がる。

 

「逃すな! まだ海軍本部の大佐はこの広場に着いてねえ!」

「麦わらのルフィ! あんたは私のものになるんだよ!」

 

 走り出した海賊たちだったが、その前に一つの影が立ち塞がる。

 それは、小さな体でピンクの髪をした少年。

 

「待て! アルビダ、バギー!」

「ん? てめえ、コビーじゃないかい!?」

「僕はお前たちみたいな悪党を懲らしめると決めたんだ! 覚悟しろ!」

 

 既に広場の出口まで差し掛かっており、嵐に襲われているルフィたちにはその声は届いていない。

 たった一人、目的のために。

 コビーは海賊たちに立ち向かう。

 しかし、相手は腐っても悪名高いアルビダ。金棒を力強く横振りしただけでコビーの体は吹き飛ばされる。

 

「ぐ、あ……っ!」

「あんたに興味なんてないのよ! 雑魚はすっこんでな!」

 

 あまりにもあっけなく、コビーの戦いは終わった。

 たった一撃で気を失ったコビーはそのまま広場を転がっていく。

 

「民間人が何を無謀な……!」

 

 広場に降りてきたスモーカーが、コビーの体を受け止める。

 スモーカーに続いて、大量の海兵たちが広場へと入ってくる。その間に、スモーカーは自分が食べた悪魔の実“モクモクの実”の力で全身を白い煙へと変化させて海賊たちを制圧されていた。

 

「やべえ! バラバラになって逃げねえと……!」

「もう遅いぞ“道化のバギー”」

「んな!? いつの間に!?」

 

 バギーが逃げようとしたときには、既にその手に海楼石製の手錠がはめられていた。

 海そのものを削り出したとも言われる石によって、海に嫌われた悪魔の実の能力者であるバギーは全身に力が入らなくなる。

 

「アルビダはスモーカーさんの方が相性がいいですよね? 任せます」

「おれに指図をするな!」

 

 スモーカーはスベスベの実によって物理攻撃を全て滑らせて回避してしまうアルビダの身体を、煙で捕縛した。

 その他の海賊たちも暴れるが、体そのものが煙であるスモーカーには攻撃が当たらず、武器を持って暴れる者たちへはたしぎが個別に対応し、民間人は海兵たちが避難の誘導をする。

 流れるような手際で、あっという間に賞金首である二人が捕まってしまった。

 次は麦わらの一味だとスモーカーが周囲を見渡したところで、あることに気づく。

 

「……おい、たしぎ」

「はい! なんでしょう、スモーカーさん」

「サボのやろう、どこに行った」

 

 スモーカーが咥える葉巻の煙は、風とともに強く西へと吹いている。

 まるで、ルフィたちの船出を後押しするかのような、強烈な偉大なる航路(グランドライン)への追い風。

 

「何が起こってる。天があいつらに味方してるってのか……!?」

 

 スモーカーは一人、海兵たちを置いて先へと進む。

 と、その道中。

 

「この世界に、神なんてものはもういないさ」

 

 黒いローブを羽織った男が一人。

 スモーカーの前に立っていた。

 

「お前は……!」

 

 稲光に照らされた顔と、頬に彫られたタトゥーを見て、スモーカーは生唾を飲んだ。

 革命家、ドラゴン。

 世界政府打倒を掲げ、政府そのものを敵とみなす、海賊とは違った反乱分子。

 そのトップに君臨する男が、こんなところにいるとは。

 

「政府はお前の首を欲しがってるぜ」

「世界は我々の答えを待っている……!」

 

 スモーカーとドラゴンの間には、異様な緊張感があった。

 相手がドラゴンだと分かった海兵たちは、その場で武器を構えることしかできない。

 

「残念だが、あと少しだけここで止まってもらおう」

「なぜ、あいつらに手を貸す!」

「男の船出を邪魔する理由がどこにある」

 

 直後、猛烈な突風が海兵たちを襲った。

 流石のスモーカーも、強風に耐えられずその場で膝をつく。

 

「それでは、そろそろ失礼しよう」

「くそ、待て……!」

「いいのか? この町から海賊を逃したことはないのだろう?」

「——総員、麦わらのルフィの確保へ迎え! この戦力でドラゴンは捕えられない!」

「いい判断だ」

 

 ニヤリと笑ったドラゴンは、ローブを翻してどこかへと歩き去っていく。

 唇を噛み締めてその背中を見送ったスモーカーは、再びルフィたちの元へと走り出した。

 

 

 

 

 

 一方、あと少しで波止場へ辿り着くルフィたちは、海兵たちを蹴散らしながら走っていた。

 

「どけどけ〜! 偉大なる航路(グランドライン)を目指せ〜!」

 

 楽しそうに走るルフィの隣に、ウタも並ぶ。

 まるで、雨を楽しみに外ではしゃぐ子どものような顔だった。

 新品の黒いワンピースドレスが汚れても気にせずに、ウタは走り続ける。

 そんな彼らの前に、二つの影が現れた。

 

「そこまでだ、麦わらの一味!」

 

 やってきたのは、一輪車に乗った曲芸師の男と、白いライオンに乗った猛獣使いの男。

 カバジとモージ。バギー海賊団の幹部の二人だ。

 

「もうー、面倒なやつ! 来ないでよ!」

「おい、こんなところで戦ってたら海軍たちが来ちまうぞ!」

「バギー船長は捕まってしまったのだ! せめて、お前たちだけでも道連れにしてやる!」

 

 捨て身の特攻だった。

 負けることは決してないが、追われているという現状では、ルフィたちに戦闘を任せている時間すら惜しい。

 仕方がない、とウタは大きく息を吸う。

 

「みんな、耳塞いで!」

 

 ウタウタの実の力で眠らせ、逃げる。

 おそらく、それが今の最適解だ。

 しかし。

 

「——“(カーム)”」

 

 何者かによって、ウタの肩がポンと叩かれた。

 すると、予想だにしない事態が起こる。

 

「————」

 

 ウタは確かに歌っているはずだった。

 口は動いているし、喉だって震えている。嵐にかき消されないほどの声量が出るように肺の空気を出し切るつもりで歌った、はずだ。

 それなのに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「やめとけ、ウタ。お前の歌は、こんな安っぽいステージのためにあるわけじゃねえだろ」

 

 やってきたのは、海軍の制服に身を包んだ金髪の青年。

 その横顔を見て、ルフィとウタは腰を抜かす。

 

「————」

 

 最初に彼の名を呼んだウタの声は相変わらず一切聞こえない。

 そして驚きのあまりに、ルフィが言葉を失っている間に、彼は動く。

 

「よく見ておけよ、可愛い弟と妹。能力に頼る戦闘に限界は必ず来る。そのための力を、おれは身につけた」

 

 素早い動きで金髪の青年はカバジとモージの背後に回った。

 

「速い——!?」

(ソル)って名前が付いてるんだ。覚えておきな」

 

 その場で飛び上がった金髪の青年は、右の拳を固く握りしめた。

 すると、

 

鉄塊(テッカイ)!」

 

 青年の拳が()()()()()()()()

 そして、その漆黒の拳でカバジとモージと猛獣にそれぞれ一撃ずつ。

 たったそれだけで、バギー海賊団の幹部たちは倒れてしまった。

 

「っと。まあ、こんなもんかな」

 

 圧倒的な力を見せた一人の海兵。

 サンジとゾロは、その力量を知って素早く身構えるが、ルフィとウタにその様子がない。

 むしろ、その姿を喜んでいるようで。

 

「おっと、そういえば。まだ解除してやってなかったな」

 

 金髪の青年がパチンと指を鳴らした瞬間、聞こえなくなっていたはずのウタの声が響く。

 

「サボ〜〜〜〜!!!!!」

 

 少し遅れて、ルフィも叫ぶ。

 

「サボだ〜〜!! 元気にしてたんだな〜!」

 

 ルフィとウタは海兵であるはずの青年に同時に抱きついた。

 何が起こっているのか理解ができない一味の皆に向かって、ウタは満面の笑みで彼を紹介する。

 

「この人はサボ! 私とルフィの、お兄ちゃんだよ!」

「お、お兄ちゃん〜〜〜〜!?!?!?」

 

 驚嘆の声を上げる麦わらの一味に向かって、よろしくとサボは爽やかに笑ってみせた。



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第十七話「時代のうねり、人の夢」

この前、お気に入りが200を超えそうです、と喜んでいたら、いつの間にか350が目前でした。
びっくりです。いつもありがとうございます。感想とか評価も本当に嬉しいです。今回で東の海おしまいです。よろしくお願いします。


 

 

「生きてるとは聞いてたけど、こんなに強くなってるなんてびっくり! さすがサボ!」

「ははは、買い被りすぎだ。おれなんてまだまださ」

「すっげえな、サボ! なんであんなに速く動けるんだ!?」

「なんでか分からないうちは習得できないな。もう少し強くなったら教えてやるよ、ルフィ」

「くそ〜! おれだって強くなったぞ!」

「おれからしたらまだまだ可愛い弟だよ」

 

 嵐の中、海軍に追われているという現状であるにもかかわらず、三人は呑気に再会を楽しんでいた。

 麦わらの一味の中で唯一、ルフィとウタの兄弟の話を聞いていたナミが、恐る恐る聞いてみる。

 

「ウタ。もしかして、この人が前に言ってた……?」

「うん、サボ! 私とルフィと一緒に兄弟の盃を交わしたお兄ちゃん!」

 

 改めて紹介されたサボは、使い古されたゴーグル付きの黒いハットを取った。

 

「弟と妹が世話になってる。振り回されることも多いだろうが、支えてやってくれ」

 

 丁寧に頭を下げたサボを見て、ゾロが問いかける。

 

「おい、本当にこいつがルフィとウタの兄貴なのか?」

「確かに、こんな礼儀がいいと疑わしいな」

「ちょっと!? ルフィならまだしも私もその礼儀が悪い側に入ってない!?」

「あっはっはっはっ! ウタ、礼儀がなってねえってよ!」

「「「主にお前のことを言ってんだアホ!」」」

 

 周りからのツッコミが入って、サボは楽しそうに笑う。

 

「ははっ。いい仲間を持ったみたいだな。ルフィ、ウタ」

「おう!」

「うん!」

 

 昔のウタを知っているサボは、こうして楽しそうに笑っているウタがこの場にいるという意味を分かっていた。

 初めて会ったときのウタは、それは酷いものだった。笑うことなんて一度もなかったし、目の奥には生きようという意思すら感じられなかった。

 一人の女の子が背負うには重すぎる十字架を、よく乗り越えてくれたと、サボは思う。

 だからサボは、ルフィとウタの背中を押す。

 

「行くんだろ? ルフィ、ウタ」

「おう! 入るぞ、偉大なる航路(グランドライン)!」

「私たちは、新時代を作るからね!」

 

 当たり前にルフィたちを逃がそうとするサボを見て、ウソップが問いかけた。

 

「お、おい。でも、いいのかよ。お前、海兵なんだろ? おれたちを逃したってなったら、やばいんじゃないか?」

「心配ないよ。そのためにこいつらを逃したんだ」

 

 サボは近くで気を失っているカバジとモージへ視線を送る。

 この二人は、騒ぎに乗じて逃げ延びたのではない。サボがバギーを捕まえる際に、あえて逃がさせたのだ。

 案の定、ルフィたちを追ってくれたおかげでこうしてくる機会ができた。

 

「逃げた海賊を追ってここまできた。彼らは麦わらの一味を追っていたが、すでに海へ出た後だったので、この二人のみを捕えた」

 

 そこまで想定済みで、サボはこの場に来ていた。最低限の仕事はして、最初からルフィたちを捕まえる気などなかった。

 理由は、決まっている。

 

「おれも入るつもりだ。偉大なる航路(グランドライン)に」

「待って。あなた、ここにいるってことはスモーカーって海軍の部下じゃないの? どうやって偉大なる航路(グランドライン)へ?」

「スモーカーさんは正義感が強く、執念もある。お前たちを逃したとなれば、地獄の果てまでだろうと勝手に追ってくるだろうさ」

「まさか、そこまで含めておれたちを逃すって……!?」

「さあな。こうなったのは偶然さ。もう少ししたらまた昇進して、偉大なる航路(グランドライン)の管轄に配属される予定だったからな。少し早まった程度の話だ」

 

 そこまで説明をしたサボは、さて、と黒いハットを被り直す。

 

「そろそろ時間だ。船に乗り込め、お前たち」

「ありがとな、サボ! 行ってくる!」

「行ってきます!」

「ああ、そうだ」

 

 メリー号へと乗ろうとする二人へ、サボは最後にこう言った。

 

「エースも待ってるぞ。偉大なる航路(グランドライン)で!」

「だよな! エースなら絶対にいると思った」

「うんうん! 何せ私たちのお兄ちゃんだからね!」

「さっさとしねえと取られちまうぞ、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)!」

「安心しろって! 海賊王になるのはおれだ!」

「私たちが新時代を作るんだから!」

「それでいい! これから先は、夢を見れなくなったやつから脱落していく海だ! やりたいことを、好きなだけやってこい!」

「にしし! 任せろ!」

 

 ルフィとウタは手を振って、サボに別れを告げる。

 風は追い風。目指すは島の灯台が示す光の方角。

 偉大なる航路(グランドライン)へ向けて、大嵐の中を船は進んでいく。

 ぐわんぐわんと大きく揺れる船の上で、サンジは空っぽの樽を持ってきた。

 

「よっしゃ。じゃあ、偉大なる海に船を浮かべる進水式でもやるか」

 

 進水式は本来、新しく完成した船を海に浮かべ、初めて進むときに行う祝いの儀式。

 それでも、あえてルフィたちはその進水式を行う。

 なにせ、ここまでの冒険は、スタートラインにすら立ってなかったのだ。

 ここからようやく、本物の冒険が始まる。

 

「夢を見れなくなった人から脱落していく海……」

 

 それなら負けないと、ウタは思った。

 この夢は、死ぬまで諦めるつもりはない。だったら、ただ進むだけでどこまでだっていける。

 だって、ルフィと二人ならば、どんな敵にだって負けないのだから。

 

「再確認するよ! みんなは何のために進むの!?」

 

 最初に、ウタが黒いワンピースドレスをたくしあげて樽の上に踵を置いた。

 

「私は、世界一の歌姫になるために!」

 

 ルフィが続く。

 

「おれは、海賊王っ!」

 

 そして、サンジとゾロが続く。

 

「おれはオールブルーを見つけるために!」

「おれは大剣豪に!」

 

 次いで、ナミとウソップ。

 

「私は世界地図を描くため!」

「おれは、勇敢なる海の戦士になるためだ!」

 

 皆が皆、自分たちの夢を語る。

 これから先は、夢を見れなくなった者から脱落していく地獄、ではない。

 夢を見続けた者に必ずそのゴールを与えてくれる、世界で最も偉大な海だ。

 だからこそ人々は、多くの者が挑み、沈んでいった魔の海に敬意を表してこう呼ぶ。

 

「行くぞ!!! 偉大なる航路(グランドライン)!!」

 

 かくして。

 樽を踏み壊した麦わらの一味は、ようやくそのスタートラインに足をかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ————そして。

 

 時代のうねりの芽が、ローグタウンにまた一つ。

 

「コアラ、船を寄せてくれ。もうすぐ集合地点に着く」

『急に船を降りたと思ったらなんなんですか、ドラゴンさん! この嵐の中で船を付けるこっちの身にもなってくださいよ!』

「ああ、悪い」

『反省してないですよね、それ!』

 

 電電虫から聞こえる若い女性の声が、勝手にもローグタウンにやってきた革命軍リーダー、ドラゴンを叱りつける。

 革命軍のメンバーはその口調に怯えているが、それが許されるのは彼女の実力あってのものだった。

 革命軍幹部、コアラ。人間ながら魚人空手を巧みに使いこなす武闘派が、彼女だ。

 

『本当に。革命軍だって、今は戦闘要員も多くないですよ! あの人だって政府の方でやることがあるからって帰ってこないし! あっちはあっちで捕まってるし! 幹部たちはどうなってるんですか!』

「すまない。世話をかける」

 

 それだけ言って、ドラゴンは電電虫の受話器を戻す。

 なにかコアラが言っていた気もするが、表情一つ変えずにドラゴンは嵐の中を歩く。

 彼を追ってくる海軍はどこにもいない。遠くでは羊の船頭が見える。

 船出は無事に済んだらしい。

 さきほどちらりと見えたが()()()()()()()()()()()も、元気に育ったらしい。

 革命軍に勧誘でもしていれば、かなりの戦力になったのではないだろうか。

 

「おそらくもうすぐ、時代は動く……」

 

 ドラゴンは歩きながら、小さく呟いた。

 嵐にその呟きがかき消されていく中、正面から物音がした。

 そこにいたのは、傷だらけの少年。

 

「……あなたが、革命家ドラゴン、ですか……?」

 

 ドラゴンは思わず足を止めた。

 相手が海軍でも海賊でも、気にせず力で押し切るつもりだった。

 しかし、違う。

 頭から血を流し、割れた眼鏡をかけたピンク髪の少年は、()()()()()()()()()()

 どこにでもいる、ただの青年だ。

 

「何のようだ」

 

 そこまで観察して、ドラゴンは問いかけた。

 問いかける価値があると、判断した。

 

「あなたは、悪者ですか?」

「政府は私の首を欲しがってるらしいな」

 

 どこかの海兵の受け売りだった。

 反政府軍の筆頭。彼を捕まえるために今でも多くの人間が動いている。

 世間一般では、ドラゴンは悪人だ。

 だが。

 

「そんなことは聞いていません」

 

 ピンク髪の少年にとっては、そんなことはどうでもいい。

 

「善か悪かは、僕が決める」

 

 その瞳は真剣だった。

 ここでドラゴンが自分が悪だと言ったのなら、迷いなく握りしめた拳を振りかぶるという確信があった。

 

「私と戦う気か?」

「僕は、悪い奴らを取り締まって世界を平和にするのが夢なんだ」

「夢のために死ぬのも躊躇わないと?」

「そんな人たちに憧れて、僕はここまで来た」

 

 それまでピクリとも動かなかったドラゴンの表情が、わずかに綻ぶ。

 

「……お前はまだ、世界を知らない」

 

 たかが東の海(イーストブルー)程度では、善や悪の判断など、できるはずもない。

 

「それにお前に足りないものは、何か分かるか?」

「…………力が、足りない」

「……フフ。そうだ。弱き者は、権力を振りかざす悪人に立ち向かうことすら叶わない」

 

 ドラゴンはピンク髪の少年へと近づき、()()()()()()()

 たったそれだけで、ピンク髪の少年は気を失い、ドラゴンの方へ倒れる。

 その体を受け止めたドラゴンは、少年を抱えると懐から電電虫を取り出し、コアラを呼び出す。

 

『ちょっと、ドラゴンさん! また勝手に切った上に無視しましたね! 本当にいい加減に——』

「コアラ、医療班を起こしてくれ」

『……やれやれ、今度はなんですか?』

「面白い人材を見つけた。これから連れていく」

『はい!? 正気ですか、ドラゴンさん!』

「正気ではないさ。ただ、夢や野望に命を懸けることができる異常者が、いつだって時代を変えてきた。ロジャーのようにな」

 

 再び、ドラゴンは一方的に通話を切って歩き出す。

 すぐ近くでは大きな嵐で、海がうねり、高い波が上がっている。

 

「喜べ、少年。お前の夢が叶う日が、いつか必ずくるだろう」

 

 かくして。

 何者でもなかった少年が。

 時代のうねりの中心へと向かっていく。




そういえば、二次創作って各話にサブタイトルつける人少ないんですね。僕はつけますけど。


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第十八話「いつか聞いた歌声を」

 

 

 

 つい数分前まで、ウタたちは嵐の中にいた。

 サボと別れ、荒波の中をかき分けて、偉大なる航路(グランドライン)への入り口が山だという説明を受けたばかり。

 それなのに。

 

「嵐、なくなっちゃた」

 

 ポツンと呟いたウタの言葉を聞いて、ナミが慌てて外へ飛び出した。

 綺麗に晴れた空を見て、ナミは冷や汗をかく。

 

「しまった。凪の帯(カームベルト)に入っちゃった」

「……? なにそれ」

「話してる余裕はないわ! 早く帆をたたんで船を漕いで!」

「何慌ててんだよ。漕ぐって言ったって、帆船だぞ?」

「いいから言うことを聞けェ!」

 

 ナミはゲンコツでルフィの頭をしばく。ゴムなはずなのに「いてー!?」とルフィが頭を抑えているので、ウタは穏やかにナミの肩に手をおく。

 

「分かりました! ナミがとても大変なようなので……!」

「ウタは分かってくれるって思ってたわ……!」

「歌うよ! 元気出して、ナミ!」

「あんたもそっち側回ってどうすんのよアホー!」

「〜〜♪」

 

 本当に楽しそうに歌い出したウタを見て、ナミはがっくりと膝を落とす。

 

「これを言わなきゃ分からないのね……! この無風の海域は——」

「……? いま、誰かの声が」

「私でしょうが!」

「いや、ナミじゃなくて——」

 

 歌うのやめたウタが当たりを見回していると、船が突然大きく揺れ始めた。

 すると、そのまま船が上へと昇り始める。

 いつの間にか、船は空を飛んでいるかと錯覚するほど高くまで上がり、その下には……。

 

 

「ここは、海王類の巣なのよ……」

 

 シクシクとなくナミが、船にしがみついていた。

 口をあんぐりと開けてその巨大な海王類たちに驚くルフィたちだが、たった一人、ウタだけは表情を変えず耳をすましていた。

 

「…………あなた、たちなの?」

 

 そんな呟きをウタが口にした直後、体の内側から鼓膜を叩くような不思議な声が聞こえた。

 

 ——聞こえた? 聞こえた? いま、王の声に似た歌が聞こえた

 ——わたしも、聞こえた。でも、違う。いまの声は、()()()()()()()ではない

 

「あなたたち、喋れるの……?」

 

 戸惑いながらも、ウタはその声の主を予感した。

 それが海王類のものであると信じて、ウタは声をかける。

 

「ねえ、私の言葉、分かる?」

「何言ってるのウタ!? いまはそれどころじゃ——」

 

 言い切る前に、ナミは言葉を切った。

 ウタの目が、真剣そのものだったからだ。

 また何か不思議なことをやろうとしてるのだと察したナミは、ウタを信じて口を閉じる。

 

 ——分かる、けど。あなたの話を聞く必要もない

 ——わたしたちが言うこと聞くのは、王の言葉だけ

 ——でも、あなたの歌は、とても楽しい。ずっと昔に聞いた歌声に、よく似ている

 ——うん。王ではないけど、あのときの()()()()()()()()

 

 勝手に話を進めながら、海王類たちはメリー号を頭の上に乗せてゆっくりと動き始める。

 何が起こっているのか分からない一味たちに、ウタは問いかける。

 

「みんなは、聞こえないの?」

「なに言ってんだ、ウタ」

「怖さで変なもんでも見てんだろ」

「てめえ、ウタちゃんに悪口言うんじゃねえよ!」

「お、お前ら、喧嘩してる場合じゃねえって!」

 

 誰にも、彼らの声は届いていない。

 この声が聞こえているのも、ウタだけのようだった。

 ならば、とウタは口を開く。

 

「あのね。私たち、間違えてここにきちゃったんだけど……」

 

 申し訳なさげにウタが呟くと、海王類たちは顔を見合わせる。

 

 ——迷い込んで、しまったんだね

 ——懐かしい歌声を聴かせてくれたお礼をしようよ

 ——そうだね。それがいい。久しぶりに楽しい気持ちになれた

 

 海王類たちは本来の航路の方角へ、メリー号を乗せたまま動き始める。

 

 ——今回だけだよ。本当はお姫様の言うことは聞かないんだから

 

「ありがとう、みんな!」

 

 ウタは笑顔で海王類に礼を言う。

 一味の皆がこの現象に訳がわからず困惑をしたまま、メリー号は嵐の中に戻された。

 

 ——いつか、君にも()()の手伝いをしてもらうよ

 ——そうだね。()()()()()()と出会うことがあれば、あの子を助けてあげてほしい

 

「分かった! 約束する」

 

 ——ありがとう、お姫様

 ——また会おうね、お姫様

 ——今度は会えてよかったね、お姫様

 

 そして、メリー号が嵐の波に運ばれているうちに、海王類たちはどこかへ消えていく。

 

「なんだったの、今の……?」

「ウタのやつ、海王類と喋ってなかったか?」

「なんだ? 知り合いか、ウタ?」

「うーん、どうなんだろう」

 

 ウタは首を傾げる。

 シャンクスと冒険に出たときも海王類は見たことがあったが、こんな感覚は初めてだった。

 初めて会うはずなのに、ずっと昔から知り合いだったかのような感覚。

 

「分かんないけど、悪い子たちじゃなかったよ!」

 

 ケロッと笑ってみせるウタへ、一味たちは苦笑いを浮かべることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、嵐に飲まれて進んでいるうちに、それは見えた。

 

「本当に水流が上に登ってやがる……!」

 

 リヴァース・マウンテン。

 凪の帯(カームベルト)を渡れない以上、赤い大陸(レッドライン)に直角に交わる偉大なる航路(グランドライン)に入るためにはこの山を登る以外の方法はない。

 凄まじい勢いで登っていく海流の上、天候は最悪。幸いなのは、風が追い風ということだけ。

 

「覚悟しろよ。偉大なる航路(グランドライン)に挑むやつの半分は、ここで沈んで死ぬって噂だ」

「確かに、少し間違えれば山にぶつかっておしまいだもんな……」

 

 リヴァース・マウンテンを見上げる一味たちは、ごくりと生唾を飲み込む。

 しかし、そんな中でウタだけは表情に余裕があった。

 

「大丈夫だよ。私たちの航海士の腕は、世界一なんだから!」

「……ったく、仕方ないわね」

 

 嬉しそうに笑ったナミは、すぐに指示を出す。

 

「みんな、力を貸して! 全員で入るわよ、偉大なる航路(グランドライン)!」

 

 全員の「おう!」という声が重なる。

 サンジとウソップが舵を持ち、ゾロとルフィが進路を確認する。

 

「もっと右だ!」

「おっしゃぁぁあ……ああああ!?!?」

「どうした!?」

「舵が折れたァ!」

 

 サンジとウソップが声を上げながらひっくり返っていた。咄嗟の判断で、ルフィは体を膨らませて、メリー号の緩衝材になって山との間に挟まる。

 

「頑張れ、ルフィ!」

「うぬぬぬ〜〜〜!!!」

 

 ボインっっっ!!! とメリー号の向きが変わり、船体が真っ直ぐに山の頂上を向く。

 その勢いで宙に弾かれたルフィが手を伸ばし、ゾロがそれを掴む。

 一味の中でトップクラスの腕力で強引にルフィを引っ張り上げ、それをウタが受け止める。

 

「ルフィ、ナイス!」

「にしし! なんとかなった!」

 

 そして、船は見事に山を駆け上がり、四つの海が交わる山頂で跳ね上がる。

 あとは、下るだけ。

 そのはずだったのだが。

 

——ブォォオオオオオ!!!

 

 霧がかかった海の先に、黒い影が見えた。

 ナミはこれを風の音ではないかと言っているし、誰も気にかけていないが、ウタの耳だけはそれが『声』だと聞き取っていた。

 『聞く』ことに長けたウタの耳は、その声から様々なものを感じ取る。

 この気持ちは、痛いほどよく知っているから。

 

「……泣いてるの?」

 

 ほんの数瞬だけ動きを止めてから、ウタはすぐに声を上げる。

 

「みんな! 今すぐブレーキかけてっ!!」

「どうしたんだ、急に?」

「何言ってるのよ、このままいけば偉大なる(グランド)——」

「信じて!!!」

「「分かった!!」」

 

 すぐさまナミとルフィが動き出し、船を止めにかかる。

 その動きを見て、ゾロたちも精一杯に船にブレーキをかけていくが、滑り台のような海流では、簡単に止まることができない。

 

「ウソップ! 隙間は『見える』!?」

「左斜め前! 霧がすげえが、確かに隙間がある!!」

「サンジ、ゾロ!」

「舵が折れてんだよ!」

「うるせえ、ちょっと貸せその刀!」

 

 ゾロから三代鬼徹を奪い取ったサンジは、踵落としで折れた舵の根っこに突き刺した。

 

「おれの刀を舵にしやがったなテメェ!!」

「うるせえ! さっさと舵切らねえと間に合わねえんだ!」

「妖刀に呪われても責任取らねえぞ!」

 

 ゾロとサンジは舵(三代鬼徹)を握りしめて思い切り左へと方向を向ける。

 

「ルフィ! もう一回風船!」

「任せろ!」

 

 最後の最後、ルフィは再び体を膨らませて、船を守るように間に入る。

 そこまで来て、ルフィたちは気づく。

 目の前に見えていた山のような影が巨大なクジラであることに。

 

「クジラァ!?!?」

 

 その体は半分以上も海の中に隠れているというのに、ルフィたちにはそのクジラが山にしか見えなかった。

 どうにかこうにか力を合わせてクジラにぶつかることだけは回避したが、それでも危機は去っていない。

 

「ウタ! さっさと逃げるわよ! こんなの、少し動いただけで船がひっくり返っちゃう!」

「待って、ナミ」

 

 ウタは、かけらも怯えていなかった。

 メリー号よりもずっと大きな瞳を見つめて、ウタは声を出す。

 

「ねえ、君! 私の声が聞こえる!?」

「アホー!! 何やってんのよ! わざわざ位置を知らせてどうするの!」

「ダメなの! 無視なんてできない!」

 

 直後、ギョロ! とクジラの瞳がウタたちを向く。

 ウタたちの姿を確認したクジラは、また大きな鳴き声を上げる。

 

——ブォォオオオオオ!!

 

 全員がその音量に耳を塞ぐ。

 早くこの場から逃げなければ、このクジラにやられて全滅だ、

 そのはずなのに、ウタは一歩も動かない。

 

「ウタ! いい加減に……!

「……泣いてるの」

「分かってるわよ! さっきの音も、こいつの鳴いてる声で——」

「違う! “泣いてる”の!」

 

 ウタの夢は、世界一の歌姫になること。

 そして、自分の歌で世界中の人々を笑顔にすること。

 要するに。

 

「目の前で泣いてる子を無視して、この海を進む気なんてない」

 

 そう口にしたウタは、クジラに問いかける。

 彼が泣く理由が、なんとなく分かるのだ。

 何よりも悲しくて、途方もなく苦しいこの感情を、ウタは知っているから。

 

「教えて。あなたは一体、誰を待っているの?」

 

 高々に泣き声を上げるクジラに対して、ウタは優しくそう問いかけた。

 




もうお分かりだと思いますが、僕はワンピースの考察厨です。そっち方面の僕の考察を含めた掘り下げの描写も多いです。皆さんの考察も感想とかで聞けたら楽しいなって思ってます。
たくさん教えてください


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第十九話「52ヘルツの歌声たち」

 

 ウタは確信していた。

 偉大なる航路(グランドライン)の入り口、二つの山が連なる双子岬で佇むクジラが、()()()()()()()()()()()()()と。

 

「危ねえって、ウタ!」

 

 ウソップの声に、ウタは振り返ることすらしない。

 ただまっすぐ、クジラの瞳を見つめて、

 

「苦しいよね、誰かを待つって」

 

 どれだけの時間を、このクジラが待っているのかなんて見当がつかない。

 どんな人たちを待っているのかだって、予想すらできない。

 でも、この悲しみだけは、痛いほど理解できる。

 

 あの日、シャンクスがエレジアで抱きしめてくれなかったら。

 あの日、ルフィが迎えに来てくれなかったら。

 

 きっと自分は歪み、夢すらも見失ってしまったのだと思うから。

 

 ——ブォォオオオオオ!!!

 

 ウタの声に対し、クジラは()()()で答える。

 と、その泣き声の中に、ウタは先ほどとは別の感情を感じ取った。

 

「どうしたの!? 痛いの!?」

 

 突然に慌て出したウタは、ナミの肩を掴む。

 

「ナミ! クジラに向かって進んで!」

「何言ってんの!? 食われろってこと!?」

「本当はそれがいいんだけど、どうなるか分からないし……そうだ!」

 

 ウタの視線は、ウソップへと向く。

 

「ウソップ、何か見えない!? きっと何かあるはずなの! じゃなきゃ、助けてなんて言わない!」

「意味が分からねえが、とりあえず見てやる!」

 

 ウソップは意識を集中させ、クジラの体を見つめる。少しずつ、その体が透けているような感覚になり、薄らと人間の影が見えた。

 

「見えた! 敵意を持つ人間の影が一つ! ……いや、二つか? 何にせよ、一人は確実に誰かを殺すつもりだ!」

「やっぱり、クジラの中に誰かがいるんだ!」

 

 とは言っても、口から入るのは危険だ。どうにかして、クジラの中に入る方法を探さなければ。

 

「おーい! このクジラ、背中に入り口ついてるぞー!」

「いつの間に登ったんだルフィ!?」

 

 クジラの上で手を振るルフィに、ウタは引き上げてもらい、ルフィとウタがクジラの中に潜入することにした。

 

「みんなは岬で待ってて!」

「分かったよ! 死ぬんじゃないわよ!」

「はーい!」

 

 元気よく返事をしたウタは、ルフィと一緒にクジラの背中についた入り口を開いて中へと入っていく。

 そこは生物の体内とは思えないほどに整備されており、足場は鉄ででき、下水道のように胃液や体液がその横を流れている。

 不思議そうに体内を眺めながら二人が歩いていると、急に足場がひっくり返った。クジラが体勢を変えたのだろう。横だったはずの道が縦になって、ルフィとウタは落ちていく。

 

「「うわぁあああ〜〜!?!?!?」」

 

 団子のようになって通路を転がり落ちたルフィとウタは、そのままずっと先にあった扉を壊して大きな空間に飛び出した。

 目が周りながらも、ウタは視界に悪意を持つ二人を見つける。

 

「ルフィ! あの二人!」

「よっしゃ! とりあえず殴る!」

 

 ドガン! とルフィが殴った後に、その二人がバズーカを持っていたことに気づく。

 そして、そのバズーカが狙っていた先にいたのは、傷だらけの老人。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 ウタが駆け寄ると、老人は朦朧とした意識を首を振って取り戻し、こちらを見る。

 

「すまない、助かった……」

「えっと、応急処置しないと……! えっと、えっと……ルフィ、分かる!?」

「ん? これくらいなら寝りゃ治るぞ?」

「よし! おじいさん、寝てください!」

「……気持ちだけ受け取っておく。安心しろ、私は医者だ……」

 

 小さく呟いて、老人は応急処置を始めた。

 その間に、ウタはルフィが殴り飛ばした二人の男女を拘束する。

 

「ねえ、あなたたち誰?」

「言うことは何もねえな!」

「そうよ! このミス・ウエンズデーの口の固さは天下一品よ!」

「へー! ミス・ウエンズデーって言うんだ! よろしくね!」

「さっそく名乗ってんじゃねえか!」

「ご、ごめんなさい、Mr.9!」

「おれの名前まで言ってどうする!?!?」

 

 なんだこいつら、というツッコミは置いておいて、ウタが拘束を終えたところで、老人も応急処置を終わらせていた。

 

「礼を言う。名も知らぬ海賊よ」

「いいよ、いいよ! このクジラさんが苦しんでたんだし!」

「…………お前、ラブーンを知ってるのか?」

「ううん。さっき初めて見たけど、なんとなく分かるの。この子、泣いてたから」

「驚いた。まさか、そんな人間に()()会うとは……!」

「えへへ! 耳はちょっぴり良いんだ! ところでさ、おじいさん!」

 

 ウタはにっこりと笑いながら、包帯を身体に巻いた老人にこう言った。

 

「このクジラさんから出る方法とかわからないから、助けてください!」

「はっはっは。良いだろう、ついてこい」

 

 クジラの中に住んでいる不思議な老人、クロッカスに案内されて、ルフィとウタはクジラの外へ向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 岬に着いて、一味と合流したルフィとウタは、クロッカスからこのクジラについての話を聞く。

 ウタの推測通り、このラブーンという名前のアイランドクジラは、かつてこの双子岬で再会を誓った海賊の仲間がいたらしい。

 群れから外れ、一人ぼっちだったラブーンと笑い、泣き、ともに冒険をした大切な仲間を、ずっと待ち続けている。

 

「……もう、五〇年も前になる」

 

 その誓いの重みに、一味は思わずラブーンを見上げた。

 今もなお赤い土の大陸(レッドライン)を見つめるラブーンの目には、仲間を信じているという意思が見える。

 

「強い子なんだね、ラブーンは」

「ああ、強いさ。だが、それももう限界に近い。毎日、山に頭をぶつけては傷つくだけの日々」

「…………」

 

 聞けば、ラブーンの仲間の海賊は偉大なる航路(グランドライン)を離れたという。

 逃げ出し、ラブーンとの約束を守れなかったのだと、クロッカスは言う。

 

「あの約束が偽物だとは思わない。あいつらは心の底から世界を一周すると夢を見ていた。だが、そんな夢が無情に泡と消えるのがこの海だ」

「夢、破れた海賊」

 

 ラブーンだけは未だ、夢を見ているのだ。ふと気づいたら、壁の向こうから仲間たちがやってくるのではないのかと。

 偉大なる航路(グランドライン)に挑む海賊たちがやってくるたびに顔を出して、もしかしたら彼らかもしれないと期待をして絶望をする繰り返し。

 だから、ウタたちが来たときにラブーンは泣いていたのだ。

 自分たちが待ち望んだ海賊ではなかったから。

 

「……そんなの、あんまりだよ」

 

 ポツリとウタは呟き、ラブーンを見上げる。

 ラブーンの鳴き声を何度か聞いて、さまざまな感情が流れ込んできた。

 それをゆっくりと思い出すウタは、その中に記憶に似た何かを感じ取った。

 ぼんやりとした何かではあるが、それでもそれが何かは分かる。

 

「ねえ、ラブーン」

 

 ウタは一言、こう言った。

 

「どれだけ時間が経っても、歌はそれを超えて私たちにも届いてくれるんだよ」

「…………ブオ?」

 

 ラブーンがわずかに首を傾げた直後。

 ウタは、ゆっくりと歌い始めた。

 

——ビンクスの酒を、届けに行くよ

 

「…………!!」

 

 たったワンフレーズで、ラブーンの脳内に思い出が駆け巡る。

 

——海風 気まかせ 波まかせ

 

 ウタはたった一人で歌いながら、手拍子を始める。それに続いて、一味の皆も手拍子をする。

 すると、ルフィの目の前にシンバルがポンッ! と飛び出してきた。

 

「うお!? なんだこれ!」

「もしかして、もうウタワールドにいるの、私たち」

 

 ウタはこくんと頷いて、ルフィのシンバルを指差す。

 

——潮の向こうで 夕日も騒ぐ 空にゃ、輪をかく鳥の唄

 

 最初の始まりは、ウタのアカペラの独奏(ソロ)

 そして、ゆったりとしたテンポに合わせてルフィがシンバルを鳴らす。

 そうして、二重奏(デュエット)になって。

 

——さよなら港 つむぎの里よ ドンと一丁唄お船出の唄

 

 サンジの前にはトランペットが、ゾロの前にはドラムが、ウソップの前にはチェロが、ナミの前にはバイオリンが。

 空想のままに現れた楽器たちが、麦わらの一味の手に現れる。

 最初に手を動かしたのはナミ。

 

「お前、演奏できるのか!?」

「この世界なら、ウタがそう思えばできるのよ」

 

——金波銀波も しぶきにかえて おれ達ゃいくぞ 海の限り

 

 ナミが加わり、三重奏(トリオ)に。

 

——ビンクスの酒を 届けにいくよ

 

 半信半疑で、ウソップがチェロを弾く。

 想像以上に美しい音が鳴ったのか、驚いたような顔をしてから、すぐに演奏を再開する。

 

——我ら海賊 海割ってく 波を枕に 寝ぐらは船よ

 

 ウソップが加わり、四重奏(カルテット)に。

 

——帆に旗に 蹴立てるはドクロ

 

 遅れて、ゾロとサンジが演奏に加わる。

 そのまま、なんとMr.9とミス・ウエンズデーの前にも楽器が現れた。

 

「なにこれ! 私たちに演奏しろっての!?」

「おれたちを馬鹿にしてるのか!?」

「敵とか味方とか、なんでもいいよ! みんなで歌おう!」

 

 ウタの言葉に、ラブーンはぴくりと反応した。

 この歌も、その言葉も、忘れたくても忘れられないあの頃とそっくりで。

 

「私の夢は、歌で世界中のみんなを笑顔にすること! 泣く子も笑わせる、世界の歌姫になること!」

 

 ウタの声が、ラブーンの深いどこかへと響く。

 遠い遠い、思い出の中。

 決して色褪せることのない、大切な記憶。

 

『泣く子も笑うルンバー海賊団の旗揚げだァ!』

「……ブオ…………!」

 

 ラブーンの目に、涙が浮かんでいるからだろうか。

 懐かしい仲間の影が、ウタと重なって見えた。

 

——嵐が来たぞ 千里の空に 波がおどるよ ドラムならせ

 

 ガシャーン! とルフィが楽しそうにシンバルを鳴らす。

 気がつけば、クロッカスも笑顔で手拍子をしていて。

 

「さあ、あとはあなただけだよ、ラブーン!」

 

 ウタはラブーンへ手を伸ばす。

 その手を、ラブーンはじっと見つめる。

 

「一緒に歌おうよ! 仲間がいるんでしょ! 私は夢を諦めない! もしかしたら、死んでも死にきれない仲間が生き返ってでも来てくれるかもしれない!」

 

 それはきっと無責任な言葉かもしれない。

 ウタだって、五〇年も帰ってこない海賊が、あと少しで帰ってくるなんて都合が良すぎると思う。

 だから、ウタは口にする。

 

「それでも不安なら、私が約束する! 私たちはこの偉大なる航路(グランドライン)を一周して、あなたの代わりにこの赤い土の大陸(レッドライン)を壊してあげる!」

 

 高々に、ウタはそう宣言した。

 相手を待たせるという意味を、誰よりも知っているウタが、言い切ったのだ。

 

「あなたの夢を、私に預けてちょうだい!」

 

——おくびょう風に 吹かれりゃ最後 明日の朝日が ないじゃなし

 

「だから一緒に歌おう、ラブーン! 私もあなたも同じ、海賊の仲間なんだから!」

「————!!!!」

 

 ボロボロと涙を流しながら。

 最後はみんなで肩を組んで歌う。

 いつかこの場所で歌い踊った海賊達のように、どこまでも陽気に笑って。

 何百年の時を越えてきた、海賊の歌を。

 

——ヨホホホ ヨホホホ〜♪

——ブォオオ ブォォオ〜♪

 

 この日。

 双子岬に、二つ目の約束が結ばれた。



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バロックワークス編
第二十話「子守唄」


バロックワークス編スタートです。
ここからは物語を組み立てる規模がかなり大きいので、ついに毎日投稿できなくなるかもしれません。
その分、面白いものにできるように頑張ります。
たくさん楽しんでください。


 

 

 ラブーンと約束を交わしたウタたちの前で謎の二人組、Mr.9とミス・ウエンズデーが土下座をしていた。

 

「お願いします! 私たちの町、ウイスキーピークへと連れて行ってください!」

 

 ラブーンの体内でこの二人を懲らしめた時に、この二人が持っていた記録指針(ログポース)をルフィが拾っていたのだ。

 偉大なる航路(グランドライン)では、それぞれの島が特殊な磁気を放っており、羅針盤は正常に機能しない。

 そのために、常に一つ先の島を指す記録指針(ログポース)がこの航海には不可欠なのだ。

 

(ねえ、ウタ。こいつらさっき負けたからって下手に出てるだけよ。絶対裏切るわ。私には分かる)

 

 ナミがそっとウタに耳打ちをする。

 しかし、ウタはにっこりと笑ったまま、

 

「乗っていいよ! 一緒に次の島に行こう! ルフィもそれでいいよね?」

「おう、いいぞ!」

 

 というわけで。

 

「じゃあ、またね! ラブーン! 元気にしてるんだよー!」

 

――ブォォォオオオオオオオ!!!!

 

 楽しそうに声を上げるラブーンの声に背中を押され、麦わらの一味with謎の男女による航海が始まったのだが。

 

「……疲れた…………」

「本当にね。まさか偉大なる航路(グランドライン)がこんなにも常識の通用しない海だったなんて……」

 

 偉大なる航路(グランドライン)の天候は、とてつもない速度で変わり続ける。

 大雪が降ったと思えば春一番が心地よく吹き、その風が通り抜けないうちに嵐が来る。

 航海術以上の肌感覚で気候を探るナミでさえ、この海を攻略するのは困難を極めていた。

 あっという間に進路がそれ、氷山にかすり、雷が落ち、強風で帆が破れかける。

 その全てを全員の力(ゾロは寝ているので何もしていない)でどうにか乗り切った。

 

「それでも、何とか終わったよ。一本目の航海が!」

 

 ナミが指さした先には、大きなサボテンがそびえる島が見えた。

 あの島が、ウィスキーピーク。

 どんな島かは分からないが、だからこそワクワクする。

 

「それでは、我々はこの辺で!」

「送ってくれてありがとう! 縁があったらまたいずれ!」

 

 まだ港についていないにも関わらず、Mr.9とミス・ウエンズデーはそれだけ言って島へと飛び出して消えて行ってしまった。

 

「なんだったんだ、あいつら」

「うーん。まあ、無事に帰ってこれたならよかった!」

 

 気にすることなく、ルフィたちは港へと進んでいく。

 蛇が出るか鬼が出るか。

 なにが起こってもおかしくないのが、この偉大なる航路(グランドライン)だ。

 そう、思っていたのだが。

 

「ようこそ! 歓迎の町、ウィスキーピークへ!」

 

 百人近い町の人々が、海賊であるルフィたちを出迎えてくれた。

 状況の理解できないルフィ達の前に、ロールケーキを六つ頭にくっつけたような奇抜な髪形をした男性がやってきて、丁寧に頭を下げた。

 

「いらっっしゃい。私の名前はイガラッポイ。ここは酒造と音楽の盛んな町、ウィスキーピーク。酒なら海のようにございます。ぜひとも、あなたたちの冒険の話を肴に、宴の席をもうけさせてはいただけませんか」

「「「喜んで~~~~っ!!!!」」」

(三バカ……)

 

 ルフィとサンジとウソップが、肩を組んで宴へと向かっていく。

 それを見たナミがやれやれと首を振るが、はしゃいでいないだけで酒が飲めるからとゾロも乗り気のようだった。

 

「あなたがテンション高くないなんて珍しいわね、ウタ」

「え? そうかな?」

「そうじゃない。いつもだったらライブだーって走り出すところだと思ったけど」

「確かに! もちろん、後でやるけどさ」

 

 ウタは言葉にできない違和感を覚えていた。

 町の人たちの笑顔や笑い声が、なんとなく本物のようでないように見えてしまって。

 

「考えすぎかな」

「まあ、なんでもいいでしょ。あのバカたちの食料とか考えるなら、好きなだけ食べさせてくれるっていう好意に甘えましょ」

「ん! そうだね!」

 

 ニコっと笑って、ウタは頷く。

 イガラッポイに背中を押されて、ウタとナミも酒場の中へと入る。

 そして、ウイスキーピークの日は暮れていく。

 

 

 

 

 

 

 月明かりが、寝静まったウイスキーピークを照らす。

 麦わらの一味のほとんどは、航海と宴の疲れとご馳走の満腹感で深い眠りに落ちてしまっている。

 そんな中。

 コツン、コツン、と足音が響く。

 

「今宵も、月光に踊るサボテン岩が美しい」

 

 呟いたのは、町長イガラッポイ。

 静かにサボテン岩を眺めるイガラッポイの元へ、皆を歓迎していた一人である体格のいいシスターが歩いてくる。

 

「全く。あんな弱そうなガキたちに“歓迎”する必要があるのかね。あの二人がクジラの肉を取るのも失敗したみたいだし、食料だって無限じゃないんだ」

()()()()()() これを見ろ」

「な、なに……!?」

 

 イガラッポイが取り出したのは、ウタとルフィの手配書だった。

 

「ご、五千万に三千万!?!?!?」

 

 偉大なる航路(グランドライン)に入ったばかりのルーキーにつく額としては破格の数字に、ミス・マンデーは目を見開く。

 

「さっそく船にある金品を押収して、やつらを縛り付けて……」

「なァ、悪いんだが。あいつらは寝かしといてやってくれないか」

 

 月明かりに照らされたのは、三本の剣を腰に差した剣士。

 

「やっぱり、ここは“賞金稼ぎの巣”か。賞金稼ぎ、相手になるぜ。“()()()()()()()()”」

「な、なぜわが社の名を……!」

 

 ゾロもかつては名のある賞金稼ぎだったのだ。名前さえ知ることすらできない犯罪集団からも、一度スカウトを受けている。

 社長(ボス)の居場所も正体も、写真の素性すら謎の犯罪集団。

 

「秘密だったか?」

「仕方がない。また一つ……サボテン岩に墓標が増えるな……!」

 

 直後、眠っていたはずの町人たちが一斉に飛び出し、ゾロへと襲い掛かる。

 賞金稼ぎ百人VSゾロの戦いが始まる。

 ここはウイスキーピーク。

 丸いサボテンのようなシルエットの岩に、無数の墓標が刺さって針となった、初心者を刈る偉大なる航路(グランドライン)の最初の島。

 ウイスキーピークの“歓迎”が、今始まった。

 

 

 

 

 

 

 今日は月が綺麗に見える。

 船旅の疲れもあるが、アーロンとの一件で基礎的な体力が増えた気もする。

 

「~~♪」

 

 ウタは()()()()()()()()()()()()()ウイスキーピークで、優しい子守唄を響かせていた。

 酒があまり得意ではないからと、飲むのを遠慮したのも今思えばいい判断だったかもしれない。

 最初から、ウタは彼らのことを信じ切れていなかった。

 笑い声や歓迎する声と、ウタが『聞いた』感情が嚙み合っていなかったのだ。

 もしかしたら、圧制や恐怖に支配をされているから笑っているのかもしれないと思った。だから様子を見るためだけに、ウタは()()()()()()()()()()()使()()()

 

「やっぱり百人は疲れるなぁ。でも、そのおかげでいい情報も聞けたし、ラッキー♪」

 

 酒場の席で眠る麦わらの一味たちを眺めながら、ウタは微笑む。

 なによりも良かったのは、相手が素直な敵だったこと。

 誰かに命令をされてウタたちに刃を向けざるを得ない優しい人々である可能性が、一番怖かった。

 だが、それならば、心気なくルフィたちに戦ってもらえばいい。

 

「音楽家の夜は長いなぁ~、にしし!」

 

 あとはゾロがバロックワークスとかいう集団をウタワールドの中で倒しきり、麦わらの一味には勝てないと理解させたうえで能力を解く。

 それだけで終わりだと思ってたのだが。

 

「な、なんだ!? なんで全員が寝てるんだ!?」

「今頃、あのガキたちもまとめて倒すつもりじゃなかったの!?」

 

 別の場所にいたのか、遅れてやってきたMr.9とミス・ウエンズデーが酒場に現れたのだ。

 能力による疲労もあり、この場から動ける気もしない上に、この二人をウタワールドに引き込む余力もない。

 こうなれば、強引にルフィだけを起こすべきではあるのだが、ゾロはいま、賞金稼ぎ百人を相手にしているのだ。

 万が一を考えて、ルフィはウタワールドの中にとどまっていてほしい。

 

「ま、不味いぞ……! おれたちだって13日の金曜日(アンラッキーズ)に失態を報告されて、()()()()が来てるんだ。こんなところを見られたりしたら……!」

 

 直後、酒場の入り口ごとMr.9たちのいたところが爆発した。

 瓦礫や木片が吹き飛び、ウタの頬をかすめる。

 

「身内の処理を命令されたと思えば、殺す奴らが増えちまうなんてな……」

 

 やってきたのは、チリチリの髪をしたサングラスの男と、雨でもないのに傘を差したオレンジのワンピースを着た女。

 ミス・ウエンズデーが、その二人を見て呟く。

 

「Mr.5、ミス・バレンタイン……!」

 

 二人の名前を口にしたミス・ウエンズデーに対し、Mr.5は言う。

 

社長(ボス)の言葉はこうだ。『おれの秘密を知られた』。わが社のモットーは“謎”。社長の正体を探ろうとした時点で、お前はバロックワークスから消えてもらう」

「しかも、よく調べてみれば、()()()()()()()がバロックワークスに忍び込んでいるらしいじゃない」

「……!!」

 

 ミス・ウエンズデーが二人を睨みつける。

 その沈黙が答えであるかのように、Mr.5はにやりと笑って懐から写真を取り出した。

 

「罪人の名は、アラバスタ王国護衛隊長イガラム。そして、アラバスタ王国“王女”、ネフェルタリ・ビビ」

「……そこまでバレてるのね」

 

 ミス・ウエンズデーは奇怪な衣装から武器を取り出そうと手をかける。

 しかし、その前にウタが声を上げた。

 

「ねえ、あなた」

「……!? あなた、起きてたの!」

「もちろん。だって、これみんな私の能力で眠ってるんだもん」

「な……っ!?」

 

 ウタウタの実の能力を使えば、寝ている間に殺すことも、同士討ちをさせて命を奪うこともできる。

 ウタは()()()その能力は使わないと決めているが、そんなことを知らない彼らにとっては、ウタの存在は脅威でしかない。

 

「それでさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「な、なに……?」

「私、あなたのことを勝手に助けようと思ってるんだけど、いい?」

「は?」

 

 ウタはにっこりと笑う。

 

「なんとなくさ、ずっと思ってたの。あなたって()()()()()()()()()()()()()()()()よね? てか、王女様なんだから当然か!」

「……なにを」

「私の夢はね、世界中の人を私の歌で笑顔にすることなの。だから、あなたみたいに誰かのために生きようと思う人の誇りの尊さを、私は知ってる」

 

 シャンクスだって、ルフィだって、自分がしたいからと冒険をしているけれど、いつだって誰かのために怒って、剣や拳を握る人たちだった。

 

「というわけで、彼らを起こすとしますか!」

 

 ぱちんと指を鳴らすと、麦わらの一味の三人が目を覚ます。

 

「向こうで話は聞いてたけど、いいの? 勝手に首突っ込んで」

「ナミ。相手は王女様だよ? 助けたらお金がいっぱいもらえるかも」

「さあ、やるわよ! 起きなさい、ルフィ、ウソップ」

「お、おれがやるのか……!?」

 

 まず起き上がったのはウソップ。

 事情はウタワールドで説明をしてあるが、それでも戦闘要員として駆り出されることに驚いていた。

 

「大丈夫。勝てるよ、ウソップなら」

「ま、まあな! 勇敢なる海の戦士に任せておけ!」

「んで、ルフィはまだ寝てるけど」

「問題ないよ」

 

 優しく笑ったウタは、そっとルフィに声をかける。

 

「ルフィ。助けてもらっていい?」

「ん? どうした?」

「ほらね、私が言うといつでも起きてくれるんだよ、ルフィって」

「はいはい。いつものいつもの」

 

 舞台は整った。

 偉大なる航路(グランドライン)を進む道中で、麦わらの一味に与えられた使命。

 

 

 アラバスタ王国“王女”ビビを、犯罪集団バロックワークスから守りきれ。

 




「いつの間に加勢してやがるんだクソコック!」
「うるせえ、アホマリモ! ウタちゃんからお前を助けてやれって声が聞こえたんだよ!」
「ウタのやつ、余計なことを……!」
「てめえの力不足でウタちゃんとナミさんに何かあったらぶっ殺すからな!」
「いいじゃねえか、相手してやるよ!」
「はっはっは! よそ見ばかりしやがって! 隙だらけだ!」
「「うるせえ!!!」」
「アギャ~~~~~!?!?!?」


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第二十一話「逃亡劇」

お気に入り400超えてます。とてもびっくりです。
ランキングにも全然載ってないのに、見つけてくれてありがとうございます。
面白いもの書けるように頑張ります。
もっとたくさんの人に読んでもらって、楽しんでもらいたいな。


 

 

 正体不明の犯罪組織、バロックワークス。

 そのオフィサーエージェントであるMr.5、ミス・バレンタインの前に立つのは、ルフィとウソップ。

 

「たった二人でおれたちとやる気か。命知らずもいいところだな」

「キャハハハ! 格の差ってやつを教えてあげないとね」

 

 壊れた酒場の入り口で、何人もの海賊を葬ってきたエージェントが笑う。

 ゴクリと唾を飲むウソップだったが、ルフィはイマイチ状況が把握できていないようで、

 

「んで、なんでこいつらと戦うんだ?」

「話聞いてなかったのかよ、お前! 王国が大変で、ミス・ウエンズデーってやつが王女でだな……!」

 

 どうにかこうにか説明しようとするウソップだったが、ただ座っているだけなのに既に息が上がっているウタが一言でまとめる。

 

「ご馳走をくれたご飯の人たち殺そうとしてるから、まもってあげて」

「なにィ!? そいつは許せねえな……!」

「そんなどうしようもねえ理由でおれたちと戦う気か?」

「飯の恩ってのは大切なんだぞ!」

 

 叫んだルフィに対して、Mr.5はやる気なさげに鼻をほじり始めた。

 

「まあ、好きに言ってろ。おれたちは好きにやるだけだ」

「——! ルフィ、危ねえ!」

「遅えよ。鼻空想砲(ノーズファンシーキャノン)!」

 

 ドガァン! とルフィを正体不明の爆撃が襲う。

 呆気ねぇな、とMr.5はため息を吐くが、

 

「ゴムゴムの(ピストル)ッ!!」

「ごふァ!?」

 

 爆風の中から飛び出してきたルフィのパンチで、Mr.5は吹き飛ばされる。

 飛んで行ったMr.5を追って、ルフィは走り出す。

 

「ウソップ! そいつ任せた!」

「お、おう! 任せとけ!」

 

 残されたのは、ミス・バレンタインとウソップの二人。

 仲間が殴り飛ばされたというのに、彼女はニヤニヤと笑っているだけだった。

 

「な、なにがおかしい!」

「別に。ただ、不意打ち一発入れただけで勝った気になるなんて、よっぽどなバカなんだろうなって思っただけ」

「は! お前こそルフィの強さを分かってねえんだな」

「じゃあ、あんたは強いの?」

「おうとも! おれは勇敢なる海の戦士——」

「言葉なんかいらないから、戦いで教えてよ!」

 

 ミスバレンタインはふわりとその場でジャンプをして、ウソップの視界から消えていった。

 慌てて外に出てウソップが上を見ると、

 

「一万キロプレスッ!」

「うおぁ!?」

 

 突然、猛スピードで落ちてきたミス・バレンタインを、ウソップは反射的に避ける。

 

「キャハハハ! いい勘してるじゃん!」

「お前、まさか悪魔の実の……!」

「正解! 私は、キロキロの実を食べて体重操作を自在にできる!」

偉大なる航路(グランドライン)にはそんなやつがうじゃうじゃいるってことか……!」

 

 戦うための道具を出そうとするウソップの手が震えているのを見て、ミス・バレンタインは大笑いをする。

 

「キャハハハハ! 手が震えてるじゃない! そんな覚悟でこの海に来たことを後悔するんだね!」

 

 再び、体重を軽くしてふわりと浮かぶミス・バレンタイン。

 それを見て、ウソップは不敵に笑う。

 

「なに、別にビビってるんじゃねえよ」

「じゃあ何さ!」

「武者震いさ。お前らみたいな化け物たちを倒さねえと、親父には追いつけねえ!」

「言ってろ! 一万キロプレス——」

「ウソップハンマーカウンタァ!」

 

 ゴンっっ!!! と紙一重でミス・バレンタインの攻撃を避けたウソップが、落ちてきた頭にハンマーでカウンターを合わせる。

 速度と重さの乗ったミス・バレンタインの攻撃にハンマーも砕け散るが、彼女の頭もその衝撃に耐えられない。

 見事に気を失ったミス・バレンタインを見下ろして、ウソップは呟く。

 

「お前なんかより、どっかの執事の方が何倍も速くて強かったよ」

 

 それだけ言い残して、ウソップはルフィの方へ目を向ける。

 ウソップが『見た』限り、ミス・バレンタインよりもMr.5の方が格上だ。ルフィもそれを本能的に分かって、真っ先にあいつへと向かっていったのだろうが、

 

「……食後のいい運動になった」

 

 血だらけになって気を失ったMr.5が、ルフィに引きずられていた。

 ミス・ウエンズデーもとい、アラバスタ王国王女、ネフェルタリ・ビビは、その光景を見て息を呑む。

 

「なんて強さ……! こんなやつらがどうしてこんな入り口に……!」

 

 ビビがそんな言葉を呟いた直後、敵がいなくなったことを確認したウタはホッと息を吐く。

 

「ふう。なんとかなったね。……よかっ、た……」

 

 ふらりと倒れたウタを、ナミがそっと支える。

 

「まったく。無茶ばっかするんだから。いつかサクッと命とか懸けそうで怖いったらないわ」

 

 ナミがウタを背負うと、ウタワールドから解放されたバロックワークスの面々が次々に目を覚ます。

 しまった、とビビは慌てるが、ロールケーキ頭のイガラッポイもとい、アラバスタ護衛隊長イガラムがビビに告げる。

 

「問題ありませんよ、ビビ様。彼らには、おそらくもう戦う気力はありません」

「……え?」

 

 ウタワールドの中に囚われている間、その中ではゾロとサンジが徹底的に彼らを懲らしめていた。

 たとえそれが現実ではないとしても、ゾロに斬られた感覚も、サンジに蹴られた感覚も、全て残っている。

 立ち上がった賞金稼ぎたちを目覚めたゾロとサンジが睨みつける。

 

「「まだ、やるか?」」

「ひぃぃいいいいい!!!!」

 

 夢の世界で何度となく敗北した賞金稼ぎたちは、悲鳴を上げて逃げていった。

 

「……すごい」

 

 麦わらの一味の強さを知ったビビは、空いた酒樽を椅子にして皆に事情の説明をした。

 進んだ文明と平和に満ちた砂の国、アラバスタ。そんな国に革命の波が起き、それにバロックワークスが関わっていることに気づいたビビは、潜入捜査としてミス・ウエンズデーになって情報を探っていた、

 そして見つけたのは、衝撃の事実。

 

「バロックワークスの本当の目的は理想国家ではなく、アラバスタ王国の乗っ取り! 革命軍の動きも、あいつらの仕業だと私は思ってる」

「おい、黒幕って誰なんだ?」

「い、言えないわ! 相手が王下七武海の一人”クロコダイル”だなんて知ったら、あなたたちだって無事では済まない…………」

「…………え? なんて?」

 

 あんぐりと口を開けていたナミの隣で、休んで体力が回復したウタが何故かポーズを取っていた。

 そこにいたのは、どこからどうみてもバロックワークスの仲間であろうラッコとハゲタカ。

 

「見てみて、ナミ! このラッコさん、すごい絵が上手なの! ほら、似顔絵もこんなにそっくりで——」

「あんたそれ、あいつらの仲間のラッコじゃないの!?!?」

 

 牙を剥き出しにして怒鳴るナミにラッコはナミたちの似顔絵も見せてくれた。

 

「わっ! うまーい!」

「でしょー!」

「これで逃げ場がなくなったわけね!?!?!?」

 

 泣きながら叫んだナミは、その場に座り込んでシクシクと泣き始める。

 ごめんなさい……とビビが申し訳なさそうにナミの背中をさすっていると「背後からご安心ください!」という声が響く。

 

「私に策があります!」

 

 やってきたのは、おそらくビビの服装を真似ただろうイガラムだった。

 人形を何体か抱えているところを見ると、囮役でも買ってくれるのだろうか。

 

「ちなみに。参考までに言っておきますが、クロコダイルが王下七武海に入る前の懸賞金は八千万ベリーです」

「アーロンの四倍じゃない!」

「私とルフィ足したら同じだね! 力を合わせれば勝てる!」

「そういう問題じゃないでしょうが! 懸賞金を足して多い方が勝つゲームじゃないのよ!」

「それで、ビビ様をアラバスタへ送り届けていただくという話は……」

「ん? いいぞ! ついでだし!」

「勝手に話を進めるんじゃないわよ!」

「それでは、ビビ様。アラバスタへの永久指針(エターナルポース)を私に」

 

 聞き慣れない単語が出てきて、ナミはそれの単語を聞き返した。

 永久指針(エターナルポース)

 一度記録した島の磁気を永久に記録し、常にその島の方角へ向き続ける指針。

 イガラムはそれをビビから受け取ると、船へと歩き出す。

 

「私はあなたになりすまし、アラバスタへの直進航路を進みます。あなたたちはビビ様を連れて通常の航路にてアラバスタを目指してください」

「分かったわ、イガラム」

「どうかご無事で……。祖国で会いましょう」

 

 そう言って、イガラムは船に乗り、アラバスタへの進路を進み始めた。

 それを見送った一味たちは、自分たちも船を出すために振り返る。

 直後。

 

 ——ドゴォォン!!

 

 爆発の音が聞こえて。

 

「……イガラム?」

 

 振り返れば、そこには炎しかなかった。

 森のように燃え盛る炎に、イガラムの生死さえ確認できない。否、確認する必要すらない。

 追手はもう、すぐ目の前にまで来ていた。

 

「立派だった!」

 

 一番初めにルフィが船へと進み始める。

 

「ナミ、ログは!」

「もう溜まってるわ!」

「行くぞ、ウタも早くしろ!」

 

 ウタは炎の森を眺める。

 許せない、と単純に思った。

 ふつふつと怒りが湧いてきて、バロックワークスのやつらをぶん殴ってやろうと拳を握りしめて、

 

「…………」

 

 唇を噛み締めて炎を見つめるビビを見て、ウタはその拳を解いた。

 ここで怒りに我を忘れるのは、彼らにあまりにも失礼だ。

 

「行こう、ビビ」

 

 ウタはビビを抱きしめ、言う。

 

「私たちが、クロコダイルとかいうやつ、ぶっ倒してあげるから」

 

 すぐに麦わらの一味は走り出し、全員が船に乗った瞬間に出航する。

 ビビにはナミほどではないが航海術を持っているため、二人の指示によって最速でウイスキーピークを抜けていく。

 ようやく落ち着いた船内で、ルフィが後ろを振り返る。

 

「なあ、追手って何人いるんだ?」

「分からないけど、バロックワークスは二千人いて、ウイスキーピークのような島が近くに幾つかあるらしいけど……」

「じゃあ、何百人も来てたりして!」

 

 ナミが冗談混じりに笑ってそう言うと、聞き覚えのない声が返事をした。

 

「残念。正解は千人よ」

 

 即座にその場にいた全員が臨戦体制を取った。

 船で優雅に座っているのは、露出の高い黒い服と革製のハットを被った女性だった。

 その姿を見て、ビビが冷や汗をかく。

 

「なんであなたがこんなところに! ミス・オールサンデー!」

 

 ビビが口にしたのは、バロックワークス副社長であり、社長であるMr.0 クロコダイルの相方を務める者の名前。

 ほくそ笑むミス・オールサンデーは、ビビから視線をウタヘと逸らす。

 

「あなたが、“歌姫のウタ”ね」

「だったらなに?」

「ウイスキーピークからの報告を見た瞬間、社長(ボス)の目の色が変わったのよ。王女だけでなく、あなたもここに連れてこいってね」

「どうして、私を」

「興味があるのよ。あなたのその能力」

 

 ミス・オールサンデーは穏やかな顔のまま、予想だにしない言葉を呟いた。

 

 

 

「あなた、知っているんじゃないの? 古代兵器“ヴィーナス”の在処を」

 

 

 



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第二十二話「小さな庭」

 

 

 古代兵器“ヴィーナス”。

 ミス・オールサンデーが口にしたその言葉を聞いて、ウタとルフィは顔を見合わせる。

 

「ねえ、ルフィ。知ってる? 古代兵器って」

「なんだそれ、美味いのか?」

 

 案の定、二人は知らないようだった。

 それも想定内だったのか、ミス・オールサンデーは微笑んだまま、

 

「知らないならいいのよ。なにしろ、私も名前以外の情報はほとんど知らないわ。ただ、一つだけ知っているとしたら」

 

 ロビンはウタを指差した。

 

「ウタウタの実が関係している、ということだけ」

「私の悪魔の実が……?」

「そう。あなた、その実をどこで食べたの?」

「知らない。物心ついたときには、この能力が備わってた。そもそも、言われるまでは自分が能力者だってことすら知らなかった」

()()()()。そうなのね」

 

 ウタがシャンクスに拾われたのは、二歳の頃。当時のことはほとんど覚えていないが、悪魔の実を食べたなんていう出来事はほんの一欠片も記憶にない。

 そんなことはあり得ないのだと、ミス・オールサンデーは言う。

 

「悪魔の実は、食べれば魔法のような力を手に入れる代わりに海に嫌われる、この海ではトップクラスの財宝よ。それをいつの間にか食べていました、なんて聞いたことがないわ」

 

 ルフィがゴムゴムの実をうっかり食べてしまったときですら、シャンクスたちの動揺は果てしなく、あの時のシャンクスの焦った顔は今でも記憶に残っている。

 そんな衝撃が一つもないウタが異質だと言うのだ。

 

「考えられる理由は一つ。政府が悪魔の実を隠したかったから」

「……隠す?」

「悪魔の実は同じ時代には決して存在しない。しかし、実のまま保管してしまえば、その存在を知った海賊に狙われてしまう」

 

 悪魔の実を管理するにあたり、実のまま保管するのは非常に危険なのだ。

 故に、その際にはある手段が用いられる。

 

「政府の支配下に住む、なにも知らない人間にこっそりと食べさせて、なんでもない場所で平和な人生を暮らすだけで、何十年も悪魔の実を隠すことができる」

 

 例え、食べた人間が発覚して捕えられたとしても、戦闘能力のない人間は使い物にならないし、殺してしまえばまた悪魔の実を探すというスタートから始まる。

 そうなれば、また海軍が悪魔の実を先に探し出して同じことをすれば、半永久的に悪魔の実を支配下に置くことができる。

 

「…………私が、ウタウタの実の保管庫……?」

 

 言われてみれば、やたらと納得がいく。

 シャンクスはウタの故郷についてなにも教えてはくれなかったし、ウタウタの実についても詳しく話そうとしなかった。

 そもそも、だ。

 ウタウタの実は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その能力を考えれば、なにも知らない人間に食べさせておけば、ただのカナヅチだとしか本人は思わないのだ。

 つまり。ウタが()()()()()()()()()()()()()だったのなら。

 腑に落ちてしまう。

 ミス・オールサンデーの言葉が、やたらと体に染み込んでくる。

 

「じゃあ、私は……」

 

 ウタウタの実の能力を持って、なにもせずにゆっくりと死んでいくためだけに生まれたとでも言うのか。

 いや、もしかしたら。

 歌うことが好きなことも、歌がが人よりも上手く歌えていることも、()()()()()()()()()()()()()なのだとしたら。

 それなら、自分は何のために生まれて——

 

「ウタ!」

 

 思考を遮ったのは、ルフィの声だった。

 ルフィはミス・オールサンデーのことを鋭く睨みつけて、

 

「お前なんかがウタの人生を決めつけんなよ! ウタはウタだ! それ以外の何者でもねえ!」

「……ルフィ」

 

 なにを迷っていたのだろう。

 自由を求めて、新時代を目指してこの海に出たというのに。

 見知らぬ人間の言葉を間に受けて、大切なものを見失っていた。

 だって。

 こうしてルフィに抱く感情は、本物ではないか。

 なら、海に出た選択だって、今ここに立っているのだって、全ては自分自身で決めたことではないか。

 

「ありがとう、ちょっと迷子になってた」

「なんだっていい。とにかく、おれはお前、嫌いだ!」

 

 ミス・オールサンデーは、穏やかな表情を崩さない。

 

「……そう。とにかく、これであなたに古代兵器の情報が隠されているという可能性は高くなった。あとは、追手にあなたを捕まえさせてから詳しく聞くとするわ」

「おっと。敵船に乗り込んで簡単に帰ろうだなんて、虫がいい話じゃねえか?」

 

 剣を抜いたゾロが切先をミス・オールサンデーに向ける。

 そして、彼女のすぐ隣ではウソップがパチンコを引いていた。

 いつでも倒せると、全員は神経を張り詰めていたのだが、

 

「私は戦うつもりはないわ。社長(ボス)からはその仕事を請け負っていないの」

「へえ、じゃあこの状況で逃げるってのか?」

「ええ。逃げるのは得意なのよ」

 

 なにもせずにその場に座っているはずなのに、ウソップの体がふわりと浮かび、ゾロの方へと投げ出された。

 咄嗟にゾロがウソップを受け止めたタイミングで、ミス・オールサンデーはメリー号から降りた。

 そこには大きな亀が浮かんでおり、それに乗って彼女は去っていく。

 

「あなたたちの次の航路はリトルガーデン。普通はそこに着いた時点で全滅が基本だけれど、さらにこの後ろには千人の追手がいる。歌姫と王女は殺さないように、と言ってあるから、大人しく差し出した方が全滅せずに済むかもしれないわよ」

「知るか! お前が勝手に決めんな!」

「べーっだ! 私たちが進む道が正解なんだもんねー!」

「ふふ。面白い子たち。運が良ければ、また会いましょう」

 

 ウタは舌を出してミス・オールサンデーを見送る。

 ルフィのおかげで取り乱さずに済んだが、それでも彼女の言葉を一切気にしていないわけではない。

 

(ウタウタの実……。シャンクスが教えてくれなかったことには、何が隠されてるの……?)

 

 心の奥で何かが蠢く感覚を意識的に無視しながら、水平線を見つめる。

 ビビもミス・オールサンデーには少なからず因縁があるため、なんとなく緊張した重たい空気で船内が満ちる。

 すると、サンジがたくさんのグラスを持って現れた。

 

「おい! 野郎ども! おれのスペシャルドリンク飲むか!?」

「おー!!!」

 

 ルフィたちにドリンクを配ると、男たちはワイワイと楽しそうにドリンクを味わって話し始めた。

 その姿を見て、ビビが強めな口調で、

 

「いいの!? こんなんで!」

「いいんじゃない? シケが来たらこいつらも働くわよ。はい」

 

 ナミがサンジから受け取ったドリンクをビビを渡す。

 戸惑いながらもそれを受け取ったビビに、ナミは可愛らしくウインクをして、

 

「悩む気も失せるでしょ、こんな船じゃ」

「……ええ」

 

 ビビの次は、ウタの元へナミは歩く。

 遠くを見つめるウタの視線の先に、ナミはグイッとドリンクを出す。

 

「はい、ウタ」

「ありがと、ナミ」

 

 ちゅーとウタはドリンクを飲み始めるが、心は依然としてどこかへ言ってしまっているようだった。

 それを見かねたナミが、ウタの背中をドン!と叩いた。

 

「えい」

「うひゃあ!? なにすんの、ナミ!」

 

 ナミはウタの額をピンと叩いて、

 

「あんたが笑ってないでどうすんのよ。あなたの笑顔のおかげで、私は救われたのよ」

「…………うん」

 

 偽物かもしれない人生の中でも、自分の人生を肯定してくれる仲間がいる。

 一人ではないというのは、こんなにも嬉しいことなのか。

 口元を緩ませたウタは、いつも通りの笑顔で大きく頷いた。

 

「ありがと、ナミ!」

「お互い様でしょ?」

 

 もうすぐ、麦わらの一味はリトルガーデンに到着する。

 前方には全滅必至の魔の島。

 後方には千人のバロックワークス。

 逃げ場もない現状であるにも関わらず、ウタたちは島に着くまで笑顔で航海を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「あれかァ! 偉大なる航路(グランドライン)、二つ目の島!」

 

 視界に映ったのは、岩肌の露出した山々に密林が生い茂る自然の島。

 怪物の一つなどいない方がおかしいほどに悠然と佇むその島に、ルフィたちは船をつける。

 

「リトルガーデン。ミス・オールサンデーが言っていたことも気になるわ。気をつけて行きましょう」

「そろそろ食料も調達しねえとな。ウイスキーピークは待ってる時間もなかったし」

 

 慎重になるサンジとビビは、周囲を見渡しながら、

 

「にしても、これのどこがリトルなんだ? 秘境の地じゃねえか……」

「わー! 見てみて! あそこにでっかい蛇がいる!」

「なんであんた、そんな楽しそうなのよ! こっちは怖いって言って——」

 

——ドォン!!!!!

 

 心臓まで揺らすかのような爆音が島中に轟いた。

 あまりにも強烈な音に、ナミは震えることすら忘れていた。

 

「こ、これがジャングルから聞こえる音なの!?」

「……噴火かな? 火山か何かがあるみたい」

「じゃあなおさら危険じゃない! こうなったら、船の中でログが溜まるのを待つしか……」

「でも、ここにいたらバロックワークスが来ちゃうよ?」

「そうだったわ……私たち今、千人に追われてるんだったわね……」

 

 船を進めている限り、見える範囲にバロックワークスの追手は見えていない。

 しかし、やつらがいつ来てもおかしくはないのだ。丸見えの場所でじっとしている方が危険に決まっている。

 がっくりと肩を落としたナミの肩に、ウタは手をおく。

 

「というわけで、この島で隠れる場所か、向かいうてる場所を探そう!」

「お、ということは……!」

 

 ウタとルフィは目を見合わせて、

 

「「冒険だァー!」」

「私は絶対に隠れる場所を探すわよ!」

「それでいいよ! サンジ、お弁当!」

「おれも海賊弁当!」

「仕方ねえな。すぐに作ってやるから待ってろ」

 

 サンジが厨房に入った直後、ビビもルフィたちの横に並んだ。

 

「私も、ついていっていい? じっとしていられなくて」

「もちろん! 行こう!」

「ありがとう。じゃあ、行くわよ、カルー」

「…………!!!!?!?!?」

「あはははっ! それはないよって言ってるよ!」

「……え。あなた、カルーの心が分かるの?」

「なんとなくだけどね! はっきり聞こえるのは本当に稀だけど、どんなことを考えてるかとは大体分かるよ!」

 

 凄まじい能力をサラッと言ったウタをみて、ビビは呆然としていた。

 そんなビビへ、ナミが気にしたら負けよ、と笑う。

 

「というわけで……!」

「行くぞォー!!!」

 

 ルフィとウタが並んで走り出す後ろで、カルーに乗ったビビがついていく。

 千人が追ってくるのなら、先に地形の把握をしている方が必ず有利になる。

 それに、見るべきはここに住む生物たちだ。

 

「みろ! イカガイだ!」

「これって、アンモナイトじゃ……?」

「すごいすごい! ビビ、見て! すごいおっきな首長海王類! ……あれ、でもなんで陸に……」

「き、恐竜!?」

「「恐竜!?!?」」

 

 何十メートルもある長い首に、分厚い薄緑の皮膚で覆われた巨躯。

 ロマンの塊のような存在を前に、ルフィとウタは目を輝かせていた。

 さらに他に面白いものはないかと周囲を見ていると、ルフィが何かを見つけた。

 

「みろ、ウタ! 変な色のキノコ!」

「本当だ! 白とピンク色だ! しかもなんか耳みたいなのも付いてる!」

 

 偶然に見つけたキノコを面白がってウタが触っていると、そのキノコを見たビビが慌ててウタの手を払った。

 

「さ、触っちゃダメ!」

「わあ! どうしたの、ビビ!」

「それ、猛毒キノコだわ。図鑑に載ってるのを見たことがある」

 

 王女の教養のおかげか、ウタは転がった白とピンクのキノコの毒に触れずに済んだようだった。

 ほっと息をついたウタは、ビビに詳細を聞く。

 

「これ、なんてキノコなの?」

「そのキノコの名前は『ネズキノコ』。食べた人は、眠れなくなると言われているわ」

「え! じゃあ私が食べたら無敵じゃない?」

「やめておいた方がいいわ。そのキノコは……」

 

 ゴクリと唾を飲んだビビは、重々しい言葉をウタに伝える。

 

「一口食べただけでも数日で命を落とす猛毒キノコ。一つ丸々食べてしまえば、数時間も持たないと言われているわ」

 

 恐るべき力を持つネズキノコの毒を知ったウタは、慌ててそれから距離を取る。

 体に何も異常がないことにホッと息を吐くのも束の間、頭上からルフィの声が聞こえた。

 

「すげー!! いい眺めだぞー!」

 

 いつの間にか首長の恐竜の頭に乗っていたルフィが、大きく手を振っていた。

 それに呑気に手を振りかえしているウタだが、ビビは注意をする。

 

「危ない! 大人しくしてても恐竜よ!」

「大丈夫だよ、こいつさっきから草ばっかり食ってるし……ん?」

「食べられてるじゃないのよー!!!」

「ルフィが食べられちゃったー!?」

 

 ウタとビビが慌てふためいていると、何十メートルもある恐竜の首を、何者かが()()()()()()()()()

 両断された恐竜の首から、飲み込まれる途中だったルフィがひょっこりと顔を出す。

 

「お!?」

 

 そんなルフィを片手で、しかも手のひらに簡単に収まるように受け止めたのは、恐竜よりも大きな巨人だった。

 

「ゲギャギャギャギャ!! 活きのいい人間だな! 久しぶりの客人だ!」

「き、巨人だー!!!」

 

 髪の毛の輪っかをピコピコと動かして、ウタは目を輝かせていた。

 

 

 

 



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第二十三話「誇りを守るために」

今日はやけに書くのに時間がかかるなと思ったら、いつもの倍分量がありました。
いつもより遅めですいません。
その分、内容も濃いので楽しんでください。


 

 

 巨人たちが暮らす村、エルバフの戦士、ドリー。

 リトルガーデンに人がやってくるのは珍しいのか、先ほど倒した恐竜を焼いてもてなしてくれた。

 

「おいしー!」

「こりゃうめえな! 巨人のおっさん!」

「ゲギャギャギャ!! お前らの弁当もなかなかいけるぞ! ちと量が少ないがな!」

「当たり前だろ! 不味いなんて言ったらぶっ飛ばすぞ!」

「ギャギャギャ! 面白いチビだ!」

 

 ルフィたちの弁当を器用につまんで味わってるドリーは、バンバンと手を叩いて笑っていた。

 楽しく笑う人で、話しているこっちまで楽しくなる。やたら馴染んでいるので、ビビは戸惑っていたが。

 

「ところで、なんでおっさんはこんなところに住んでんだ?」

「ここで一騒動起こしちまってな。いまはある男との決闘中なのさ」

 

 エルバフの村には掟がある。

 争いごとに決着がつかないときは、エルバフの神の審判を受けるために決闘を行う。

 それは正しいものを生き残らせる。つまり、勝ったものが正しいという至極簡単なものだ。

 それゆえに、ドリーは決闘していると言うのだが。

 

「かれこれ百年、てんで決着がつかん! ゲギャギャギャ!」

「ひ、百年も!?」

 

 驚いた三人の表情を見て、ドリーはまた笑う。

 巨人の寿命は普通の人間の三倍はあると言うが、それでも三〇と余年。ルフィやウタの人生を全て使っても追いつかない。

 ビビはそんなにも争いをする必要などないと言うが、ルフィとウタはそんな問いはしない。

 

 ——ドォォン!

 

 視界の端にある火山が噴火した。

 それを見て、ドリーはゆったりと起き上がる。

 

「さて、行くかね」

「行く?」

「いつしかお決まりになっちまった。真ん中山の噴火は、決闘の合図」

 

 剣を握り歩き出すドリーを、ビビは止めようと声をかける。

 百年も経っても消えない憎しみではないだろうと。そんなにも戦い続ける理由などないだろうと。

 だが、そんな醜い理由ではないと、ルフィとウタは分かっていた。

 

「やめろ、そんなんじゃねえよ」

 

 ビビの口を塞いだルフィ。

 確信じみた何かを感じたウタは、一言問いかける。

 

「……誇り、ですか?」

「その通り」

 

 命を懸けた戦いに赴く男は、こう叫ぶ。

 この戦いの意味など、言葉で表せるものではないのだと言うように。

 

「理由など、とうに忘れた!!!!!」

 

 ドリーが剣を振ると、どこからともなくやってきた斧を持つ巨人がそれを盾で受け止めた。

 同じようにドリーも盾で斧を受ける。

 一目見れば、それが命をかけた戦いであると分かる迫力。

 圧倒されたウタは腰が抜け、その場に座り込む。ルフィも同じようにその場に倒れ、空を見上げる。

 

「まいった。デっケェ……!」

 

 あまりにも気高い誇りが二つ、目の前にあった。

 そこまで見て、ウタは思い出す。

 初めて出会ったときも、ドリーは体に傷があった。最初は、これだけの猛獣に囲まれた島だから、それくらいは当たり前にあるのだろうと思っていた。

 だが、違う。

 島に入ったときに聞こえた音は、先ほど聞いた噴火の音と同じ。

 ついさっきまで、ドリーは決闘をしていたのだ。

 これほどまでに強烈な、本当の殺し合いを。

 

「これが、誇り……!」

 

 ウタは自分の指先が震えていることに気づいた。

 二人は笑っている。命と誇りをかけたこの戦いを心から楽しんでいる。

 

「こんな、笑顔の形があるんだ。私、知らなかった」

 

 歌って楽しい。遊んで楽しい。

 自分の歌で笑ってもらおうと思ってきた今まで、単純にそれだけでいいと思っていた。

 

「すごいね、ルフィ。世界って、こんなに広かったんだ」

「ああ、すげえな」

 

 ルフィもその決闘を静かに見守っていた。

 肉を振る舞ってくれたからドリーを応援するなんて、そんな失礼なことは決してしない。

 例えドリーがここで死んだとしても、それを見届ける覚悟を持たないと、その方が失礼だ。

 

「なんでこんな……!」

 

 ドリーともう一人の巨人の戦いを見ていられないビビに、ウタは言う。

 

「これはね、戦士という旗を胸に掲げた二人の、誇り高き決闘なんだよ。先にどっちかの旗が折れれば、殺し合いすらしなくて済んだんだろうけどさ」

 

 死ぬまで折れぬ(ほこり)が胸にある以上、決着は死ぬまでつかない。

 これは、そういう戦いなのだ。

 

「ウソップ、大興奮してるんじゃないかな。きっと、ウソップが目指してる人は、あんなおっきな背中をした人たちだよ」

 

 話をしているうちに、この決闘は終わりを告げる。

 

「七万三千四六六戦、七万三千四六六引き分け」

 

 相打ちだった。

 盾で殴りつけたパンチがお互いの顔を打ち抜き、同時にその場に崩れ落ちる。

 今回も決着をつけることができなかったドリーは、いつものように笑い出す。

 それにつられて、もう一人の巨人も笑い出した。

 

「ガバババババ!! ドリーよ! 実は客人から酒をもらった!」

「そりゃいい! わけてくれ! ゲギャギャギャ!」

 

 

 

 

 

 

 

 もう一人の巨人の名はブロギーというらしい。そして、そちらの客人とやらはどうやらウソップとナミだったようだ。

 

「ろ、ログが溜まるまで一年!?」

 

 自分たちの話をし始めたルフィたちは、ドリーから告げられた言葉を聞いて動揺していた。

 自分たちならば、この地で一年過ごすことは問題ないだろう。だが、今はそんな場合ではない。

 

「数時間ならまだしも、そんな時間がかかってしまっては追手もこの島にくるだろうし、アラバスタだってどうなるか分からない」

「持っている指針(ログ)は、おれたちの持つエルバフの永久指針(エターナルポース)だけだな」

「それじゃあダメだ。おれたちが行きたいのはアラバスタなんだよ」

「ゲギャギャギャ! なら適当に進んでみるか!? 運が良ければ着くかもな!」

「あっはっはっはっは!!! 着いたりしてなぁ!」

「あはははっ! 一発でアラバスタ着いちゃうかも!」

「ゲギャギャギャ! 本当に面白ェチビたちだ!」

 

 笑いながら、ドリーはブロギーから分けてもらったという酒を口に運ぶ。

 そして、それを飲む直前。

 

「——!?」

 

 ウタの背筋に嫌な予感がして、慌てて声を上げた。

 

「待って、ドリーさん! それ、飲んじゃダメ!」

「ん? なんだぁ? 止めるんじゃねえよ。久しぶりの酒なんだ」

「とにかく飲んじゃダメ! ルフィ、取り上げて!」

「わ、分かった!」

 

 ウタに指示されて、ルフィはドリーが持っていた酒を強引に地面に落とした。

 

「な!? 何しやがる!」

「いいから、これ見て!」

 

 ウタは肉を焼くときに使った薪の中でまだ僅かに火が残ってるものを掴んで、こぼれた酒へと投げる。

 薪が酒に触れた瞬間、その場の地面が抉れるような爆発が起こる。

 散っていく草花を、ルフィたちは目を丸くして見つめる。

 

「……悪意が『聞こえた』。そのお酒に、何か嫌な感情が入ってた」

 

 ウタは耳を澄ます。

 ウイスキーピークを出るときに聞いた千人の追手ではない。

 ずっと少数で、しかしそこらの小悪党よりもよっぽど嫌な気配が聞こえてくる。

 

「……誰? くだらないことをしようとしてるのは」

 

 直後、再び噴火の音が聞こえた。

 この頻度で、彼らは百年も命懸けの決闘を続けてきたのだ。何かの拍子で決着がつく可能性だって充分にある。

 もし、あの酒をドリーが飲んでしまっていたら。

 考えただけでも、寒気がする。

 

「許せない」

 

 ウタはポツリと呟いた。

 それはさながら、宣戦布告だ。

 相手の海賊船に忍び込み、こっそりと海賊旗を燃やすような、卑怯で卑劣で、低俗な行為。

 

「ドリーさん!」

「なんだ。もう決闘が始まる」

「ごめんなさい。この島に、敵を連れてきました。あと少しで、あなたたちの誇り高き決闘に水を差すところだった」

「ゲギャギャギャ! 気にするな! 結果的に何もされてねえ!」

 

 笑い飛ばしてくれるドリーに、ウタは深く頭を下げた。

 

「これから、もしかしたら千人もの敵がこの島に来てしまうかもしれません。そうしたら決闘どころじゃなくなってしまう」

「それも気にしなくていい。やたらとコバエが多い日だって何度かあった」

「……決して、決闘の邪魔はさせません」

 

 言って、ウタはルフィの方を向く。

 

「行こう、ルフィ。絶対に、あいつらをここに近づけないように」

「おう!」

 

 すぐに、ウタとルフィは気配を感じた森の方へと歩いていく。

 あたふたとしているビビは、とりあえずウタたちについていくことを選んだようで、逃げ出そうとするカルーの紐を懸命に引っ張っていた。

 少し走ったところで、ウタが足を止める。

 

「そんな。もう来たの……?」

 

 すぐ近くの海の上に、気配が千人ほど。

 ビビとウタを攫うためだけに、本当にバロックワークスは仕掛けてきた。

 

「ルフィ、そっち任せる!」

「分かった! ウタは!」

「大人数の制圧なら、私の得意分野だから!」

 

 ウタの中にある選択肢は二つ。

 ()()()()()()()()()()()()()をするか、ウタウタの力によって身動きを封じるか。

 走りながら考えるが、千人をウタワールドに取り込むなどやったことがない。

 だが、それくらいで怯んでいてはならない。

 

「世界中の人に聞いてもらうなら、千人くらいで止まってられない……!」

 

 ウタは海岸へと走る。

 そこへ着いたウタは、周囲を見回す。

 メリー号には残念ながら誰もいない。だが、助けを呼ぶ暇もない。

 ゾロやサンジがいれば心強かったが、後悔してる時間もない。

 バロックワークスたちは、既に海岸へとやって来ていた。

 後ろでは、ドリーとブロギーが戦う音が響いている。あの決闘が自分たちのせいで台無しになるのは絶対にいけない。

 

「あなたたちの目的は、ビビと私でしょ!」

 

 ウタが高々と宣言すると、バロックワークスたちは手配書を眺め、武器を構えた。

 標的として、ウタを認識したようだった。

 ウタは大きな深呼吸をして、千人もの敵を眺める。

 

「誇りを汚そうとしてるんだから。命、懸けてよね」

 

 ウタは精一杯の声量で歌声を響かせる。

 海岸に響き渡った歌声は、たちまちにバロックワークスたちを魅了し、ウタワールドへと誘い込む。

 瞬間、ガクッと視界が下がった。

 足に力が入らなくなって膝をついたのだと、後から気づいた。

 

「……きっついなぁ。千人」

 

 既に息は上がっていて、寒気や冷や汗が止まらない。

 まだ数秒しか経ってないのに、気を抜いたら意識が飛びそうだった。

 アーロンパークで体力がついたと思っていたのだが、まだまだ力が足りない。

 

「せめて、島の外へ……!!」

 

 ウタは眠りについたバロックワークスたちの体を操って、船に戻して海へと出そうとしていた。

 時間稼ぎで、これ以上の手段を思いつかなかったのだ。

 

「——♪」

 

 疲労と眠気に耐えながら、ウタは歌い続ける。

 遠くで、ルフィたちの戦っている声が聞こえる。少し手強いような気配もあったが、ルフィたちならば問題ないだろう。

 だから安心して、目の前の敵だけを押さえつけていればいい。

 

「——ダメ。あと少ししか、持たないかも……」

 

 まだ一分しか歌っていない。

 一曲も歌い切らずに終わるライブなんて、あってはいけないのに。

 と、ふと。

 ウタはポケットに何かが入ってるのに気づいた。

 それは、白とピンクをした禍々しい気配を放つキノコ。

 

 ネズキノコ。眠れなくなる代わりに、食べれば死んでしまうという猛毒キノコ。

 一口でも数日で死んでしまうというが、かじる程度なら。数分持たせる程度なら。

 口まで運ぼうとして、ウタはぶんぶんと首を振った。

 

「ダメ。こんなところで、そんな賭けなんて——」

 

 そこまで言って、ふとウタは先ほど自分の言った言葉を思い出す。

 命を懸けろと、相手に言ったのだ。

 それはつまり、自分の命も同じテーブルに乗せるということ。

 

「————」

 

 ウタはそっと、ネズキノコを口へと運んで——

 

 

 

 

 

 

 

 ルフィたちは、森の影に身を潜めていた、髪型から見るに明らかにMr.3だと思われるエージェントたちと相対していた。

 ドリーとブロギーも狙っていたのか、酒の罠が不発に終わって不満そうな顔を浮かべていた。

 

「フハハ! 罠に掛からなかったのは残念だが、勝手に殺し合ってくれてありがたいガネ!」

「……なに?」

「分からんのかね? あいつらの首は一人一億! うっかり足を滑らせて決闘に決着をつけさせて、油断したところをいただけばそれだけで大金持ち! 実に簡単な仕事だガネ!」

「Mr.3。早くしないとまた決闘が終わっちゃうよ」

 

 Mr.3の隣に立つ大きなハットを被った少女が釘を刺した。

 おそらく、島に来たタイミングが決闘の合間で、妨害の工作をできなかったのだろう。

 そして、邪魔をするなら今この瞬間だとでも言わんばかりの顔をしているが、

 

「お前ら……あの決闘をなんだと思ってるんだ!」

「なにって、バカみたいな殺し合い以外のなんだというのガネ! 気の遠くなる時間を戦い続けるなど、アホでしかない——」

「ゴムゴムの(ピストル)!」

「ウゴォア!?」

 

 言い終わる前に、ルフィが繰り出したパンチでMr.3が吹っ飛ぶ。

 問答無用で殴り飛ばしたMr.3へ、ルフィは吐き捨てるように言う。

 

「おっさんたちの決闘は、絶対邪魔させねェ!」

「ミス・ゴールデンウィーク! (トラップ)を!」

「もうやってるよ、Mr.3」

「……なんだ?」

 

 ルフィは違和感を覚えた。

 ふつふつと湧いてくる怒りに任せて、Mr.3などいくらでも殴れるつもりなのに、殴れない。

 否。()()()()()()

 

「カラーズトラップ」

 

 ルフィの足元に描かれた黒い模様。

 ミス・ゴールデンウィークは絵の具を使って、相手に暗示をかけることができる。

 しかし、

 

「殴りたくねえ〜!!!」

「ウゴォア!?!?」

 

 叫びながら、ルフィはMr.3を殴り飛ばした。

 再び吹き飛んだMr.3は体を起こしてミス・ゴールデンウィークを睨みつける。

 

「どうなってるんだガネ!? 普通に殴られたガネ!」

「そんなはずは……! 笑いの黄色……!」

「あっはっはっは! 笑いがとまらねぇええ!!!」

「ウゴォア!?!?!?」

 

 またMr.3は殴り飛ばされた。

 

「もうお前には頼らんガネ! キャンドルチャンピオン!」

 

 Mr.3は痺れを切らし、ロウによって全身を固め、メカメカしい見た目へと変貌した。

 かっけー! と叫びながらも、ルフィは拳を構える。

 

「闘牛の赤……!」

「全部ぶっ飛ばす!」

「効かんガネ!」

「なごみの緑!」

「お茶がうめぇー!!!!!」

「効かーんガネェ!」

「どうして効かないの……!」

「こっちのセリフだガネ!!!」

 

 自分の技が一切通用しないミス・ゴールデンウィークは、その場に崩れ落ちた。

 だが、ルフィも何がなんなのかはよく分かっていないようで、

 

「知らねェけど、ウタの歌を最後まで寝ずに聴くみてえなもんだろ!」

 

 ウタの力は、ウタワールドに引き込むというものだが、その導入は洗脳や催眠に近い。そして、それを幼少期から間近で経験し続けてきたルフィには、暗示程度ならほとんど効かないような耐性がついていたのだ。

 もちろん、そんなことなど誰も知る由もないが。

 

「だったら私だけでやるガネ!」

「ゴムゴムの……バズーカ!」

「ぐっっ……!? 鉄の強度をほこる装甲を壊そうとしてるのかガネ!?」

 

 ルフィの一撃でも砕けないMr.3の装甲を前に、ルフィは自分の拳を見つめる。

 

「もうちょっとできそうなんだよなー。サボがやってた腕を黒くするやつ」

 

 ローグタウンでサボに出会ったとき、サボはルフィたちを導くように力を見せてくれた。

 高速で移動していたのはどうやったのか分からなかったが、サボの手が黒くなったのははっきりと目に焼き付けていた。

 あれがなんの力なのかは分からないが、力を入れるとはまた別の感覚を探っていくその先に、サボが使っていた力があるように感じたのだ。

 

「うっし! ちょっとおれの練習に付き合え! 三のやつ!」

「Mr.3だガネェ!」

 

 ルフィは楽しそうに、Mr.3へと殴りかかっていった。

 

 

 

 

 

 一方、ブロギーと出会っていたウソップとナミはというと。

 

「お前ら、ウイスキーピークの!」

 

 ルフィたちのように追手が辿り着いたことに気づいたわけではないが、目の前に現れたMr.5とミス・バレンタインを見て、すぐに状況を察した。

 

「追手がもう来てたのね……!」

「今更気づいたのか。もう海岸には千人来てるぞ」

「何……!?」

 

 ウソップは目を凝らして海岸の状況を『見る』。

 すると、本当に千人以上の敵意と、それに向き合う一人の影が見えた。

 

「おい、ナミ! ウタが海岸に!」

「あのバカ……! また一人で無茶してんじゃないでしょうね!」

 

 ウタの元へ走り出そうするナミだったが、その前にはMr.5とミス・バレンタインが立ち塞がる。

 

「キャハハハ! 私たちを置いてどこかへ行こうなんていい度胸してるじゃない!」

「通して。友達が待ってるの」

「倒せたら通してやるよ!」

 

 ミス・バレンタインは、ふわりとその場に浮かび上がった。

 既にその力を知っているウソップは、ナミへと叫ぶ。

 

「ナミ! 右に避けろ!」

「——チッ! 長鼻ァ!」

 

 ナミのすぐ横に悪魔の実の力で体重を増やしたミス・バレンタインの蹴りが突き刺さる。

 背中に走る寒気に耐えながら、ナミはウソップの元へ走る。

 

(ねえ、どうすんのよ! あんなやつらに勝てっこないわ!)

(安心しろ、ナミ。おれに考えがある)

 

 ウソップが耳打ちをすると、ナミはニヤリと笑って、

 

「なら、任せたわよ、ウソップ!」

「おう、任せろ!」

 

 直後、ウソップはMr.5へ向かってパチンコを向けた。

 

「必殺、火薬星!」

「——火薬だと?」

 

 パクン! とウソップが放った弾を食べたMr.5は平然とした顔のまま体内で火薬を爆破させる。

 

「質の悪い火薬だな。不味い」

「効かねえのなんか分かってるよ! もう一回、火薬星!」

「だから効かねえって——」

 

 パクン、とまた弾を食べたMr.5は、違和感を覚えて眉間にシワを寄せた。

 それを見て、ウソップがニヤリと笑う。

 

「食ったな。おれの特製、タバスコ星!」

「辛ーーーーー?!?!?」

 

 Mr.5があまりの辛さに悶絶している隙に、ウソップは足元に煙幕を投げた。

 白い煙が、ウソップとMr.5をまとめて覆う。

 

「全く、情けないね……っと!」

 

 ミス・バレンタインは走って距離を取ろうとするナミを追いかけながら体重を軽くしてふわりと浮いたが、

 

「……かかったわね」

 

 ナミが不敵に笑った途端、ミス・バレンタインを強風が襲う。

 

「な、なに!?」

「本日の天気は晴れ時々北風! 急な突風にご注意下さい、ってね!」

 

 風に煽られたミス・バレンタインは、ナミに狙いを絞ることができずに舌打ちをするが、それよってウソップの煙幕も消え始め、ウソップが被っている帽子がちらりと見えた。

 

「そっちは丸見えだよ! 一万キロプレス!」

 

 標的を変えたミス・バレンタインが完璧な一撃を繰り出した、が。

 煙がなくなって足元にいたのは、Mr.5だった。

 

「え……? なんで?」

「残念だったな。苦しんでて可哀想だから帽子でも被せてやったんだが、逆効果だったみたいだ」

「てめェ……!」

 

 ミス・バレンタインは歯ぎしりをしながら、再び空中に飛ぼうとするが、ただその場にジャンプしただけでまた着地する。

 

「あれ、私の傘……」

「ごめんね。私、元盗賊なのよ♡」

 

 ミス・バレンタインの傘を盗んでいたナミは、戦闘の全てを無くしたミス・バレンタインの顔面をステッキで殴りつけた。

 見事に気を失ったミス・バレンタインと、戦闘不能になったMr.5を確認して、ウソップとナミは走り出す。

 

「さっさと行くわよ、ウソップ!」

「おう! ウタがあぶねえ!」

 

 二人は海岸へ向かって走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 逃げようとするカルーを連れてやっと海岸に辿り着いたビビは、目の前にある光景を信じられなかった。

 バロックワークスのエージェントたちが、目をつぶったまま船を漕いで海へと出ているのだ。

 まるで、操り人形のように。

 

「……これは」

 

 視線の先には、一人歌い続けるウタの姿があった。

 その立ち姿があまりにも美しくて、ビビは助けようとしてこの場に来たことすら忘れていた。

 我に帰ったのは、背後からナミたちの声が聞こえてからだった。

 

「——ビビ! ウタは!」

「ウタさんなら、あそこで」

 

 ビビが指をさした方向へ視線を向ける。歌い続けるウタと去っていくバロックワークスを見ただけで、ナミは状況を察した。

 

「——ウタ! もう良いわ! もうすぐ決闘も終わるし、敵も倒した! ウソップがさっきルフィも敵を倒したのを見たそうよ!」

「………………そっか。ならよかった」

 

 歌い終えたウタは、ケロッとした表情で立っていた。

 いつもならすぐに眠りにおいてしまうのに、その様子が一切ない。

 体力が成長したにしても、あまりにも急すぎる。

 

「ウタ。あなた、何をしたの」

「……あはは」

 

 ウタはポケットから()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を取り出した。

 それを見て、ビビが目を見開く。

 

「な、なんでそれを食べたの!」

「いやー、はは。こうでもしないと、ドリーさんたちの決闘を邪魔しちゃうと思って」

「な、なによ。何を焦ってるの、ビビ」

 

 ビビは唇を振るわせながら、懸命に次の言葉を探す。

 そして。

 

「おーい、ウター! 無事だったかー!」

 

 その言葉をビビが言ったのは、ちょうどルフィが海岸まで来たときだった。

 

「数日以内に解毒薬を飲まなければ、ウタさんはキノコの毒で死にます」

 

 たった一言だけで、笑顔だったルフィの顔が凍りついた。

 

 



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第二十三話「亀裂」

 

 

 決闘を終えたドリーとブロギーは、戦いを終えたルフィたちと座り、円を作っていた。

 

「なんと……! ネズキノコを食べたのか。無茶な真似を……!」

「おれたちの決闘のためにそこまで……!」

 

 見れば、ルフィもかなり苦戦したらようで、身体中に傷があった。

 その事実に決闘が終わってから二人が気づいたことが、ルフィたちの戦いの証拠だった。

 

「それにしても、豪快なチビたちだ! 千人もの追手を追い払っちまうとは! ゲギャギャギャ!」

「ガバババ! そうだな、何か礼をさせてくれ!」

「なら、ログをどうにかしてちょうだい! 早く解毒薬を飲ませないと、ウタが死んじゃうの!」

「……済まぬ。ログばかりはどうにもならん」

 

 ナミは医学をかじってはいるが、解毒薬を作れるような医者ではない。航海をする上で気をつけるべき知識や応急処置を把握しているだけ。

 ビビも王女として図鑑でネズキノコを見たことはあるが、実務としての医療などやったことがない。

 

「アラバスタまでどれだけ急いでも、一週間以上はかかる。例えひとかじりだとしても、ウタさんの命がそれまである保証は……」

「…………」

 

 皆の間に沈黙が満ちる。

 急ぎたいのに、急げない。

 重たくなった空気を笑い飛ばそうしたのは、誰でもないウタだった。

 

「み、みんな! 私は大丈夫だから! ほら、見て! ピンピンしてるから、一週間だって生きていられるって!」

「……決めた! 医者を探しに行こう! ログなんていらねえ!」

 

 ずっと黙っていたルフィが、立ち上がってそう言った。

 その場に、それを否定しようとする者はいない。

 しかし、そんな中でナミはとある新聞を持ち出してきた。

 

「ビビ。これ、読んで」

「…………これは……っ!」

 

 ナミが渡した新聞に書かれていたのは、アラバスタの情勢。

 国王軍の兵士三〇万人が反乱軍に寝返り、アラバスタの暴動がさらに激化するだろうという記事だった。

 これは昨日の時点でナミの手元にあった新聞で、ビビに見せれば不安を煽るだけになってしまうかもしれないと隠していたようだった。

 

「私たちは、ウタを見捨てるつもりはない。でも、だからと言って医者がいる島を探すとなれば、必然的にアラバスタへは遅れてしまう」

「……間に合わなかったら、百万人もの国民が意味のない争いをすることに……!」

 

 さらにその場の空気が濁っていく感覚があった。

 ネズキノコの解毒薬を見つけ、アラバスタへ急ぐ。一秒も無駄にできないのに、先へ進む道標すらない。

 そんな八方塞がりの一味の元へ、この状況を何も知らない呑気なコックが走ってきた。

 

「ナミさ〜ん! ウタちゃ〜〜ん!! ビビちゃ〜〜〜ん!!!」

 

 やってきたサンジは、ドリーとブロギーを見て目を疑う。

 

「なんだお前!? お前がMr.3ってやつか!?」

「どうしてサンジがMr.3を?」

 

 サンジはすぐに説明を始めてくれた。

 一人で島を歩いている間に、Mr.3の拠点を見つけ、そこでボスであるクロコダイルからの電伝虫を受け、任務は完了したとの連絡をしたようだった。

 ウタはバロックワークスたちを島の外へ追い出した際に、彼らが持っていた記録指針(ログポース)を海へ捨てさせ、電伝虫も処分させていた。

 

 そのため、追ってくることもクロコダイルに連絡することもできないはずだ。

 これ以上の追手はもう来ないと安心する一味だが、一番の問題であるログが溜まっていないのだ。

 

「ん? 何かまだこの島に用があんのか? せっかくこういうものを手に入れたんだが……」

 

 サンジは懐から、何食わぬ顔でアラバスタへの永久指針(エターナルポース)を取り出した。

 皆が呆気に取られてから、全員が両手を上げる。

 

「やったー!! 出航できるぞォ!」

「ありがとう、サンジさん!」

「え、あ……♡ ど、どういたいしましてェ……♡」

 

 ビビに抱きつかれて鼻の下が伸びきっているサンジの頭を引っ叩いて、ナミはすぐにその場から歩き出す。

 

「一秒でも惜しい! みんな、すぐに出航の準備を!」

「おう!」

 

 皆でメリー号へと進み出す前に、ルフィとウタはドリーとブロギーに向き合う。

 

「ありがとう、ドリーさん、ブロギーさん!」

「おれたち、行くよ!」

「そうか……! 止めはしねえよ、誇り高き友たちよ」

「じゃあなー! 決闘、頑張れよー!」

 

 去っていくウタの背中へ、ドリーが声をかけた。

 

「歌姫よ。お前のような誇り高き戦士には、エルバフの加護があるだろう。こんなところで野垂れ死にゃあせん」

「もちろん! 運が良かったら生きてるだろうから、暇があったら祈っててよ!」

「ゲギャギャギャ!! 面白ェ! 行ってこい、友よ!」

 

 手を振りながら一味の元へ走っていくウタを見送ったエルバフの戦士たちは、ゆっくりと起き上がって目を見合わせる。

 

「……友の船出だ」

「行くか。東の海には魔物がいる……」

 

 ドリーとブロギーはボロボロになった剣と斧を掴み、進み始める。

 

「この戦斧も剣もそろそろ寿命だな……」

「未練ならあるさ。それこそ、おれの命みたいなものだ。だが」

「おれたちも命を懸けなければ、彼らの誇りに応えるために」

 

 船が出る水路の先に二人の巨人は既に回っていた。

 見送りに来てくれたのだとはしゃぐルフィたちへ、二人は言う。

 

「この先に、次の島に辿り着けぬ理由がある」

「お前たちは命を懸けて我らの誇りを守ってくれた」

「ならば……いかなる敵があろうとも」

「友の海賊旗(ほこり)は決して折らせぬ!」

「我らを信じてまっすぐ進め! 何があろうと、まっすぐにだ!」

 

 その言葉の力強さに、ウタは笑顔で頷く。

 

「りょーかいです! ナミ、進路は直進ね!」

「まっすぐだ!」

 

 二人の返事を聞いて、二人の巨人は笑う。

 

「別れだ。また会おう、必ず」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、ナミが正面を指差した。

 

「見て、前!」

 

 皆が視線を向けると、信じられないものがそこにはあった。

 海が、山が迫り上がってきたのだ。

 

「……違う! 金魚だァ!」

 

 島食い、と巨人の二人はそれを呼んでいた。

 たった一口で小さな島ごと飲み込んでしまうその巨大な金魚につく異名としてはこれ以上ないだろう。

 当然、まっすぐ進んでしまえば、船は島食いの中に沈んで消えてしまうだろう。

 そんな中。

 

「〜〜♪」

 

 その場に座って鼻唄を歌いながら、ウタは微笑んでいた。

 

「なに呑気に歌ってるのよ!」

「ん? だって、私たちはまっすぐ進むだけだもん。ね、ルフィ?」

「ああ。まっすぐだ」

「バカ言わないで! ラブーンのときみたいにはいかないのよ!?」

「大丈夫だってば。ナミも歌おう?」

「…………はぁ。そう」

 

 ナミはウタの隣に座ると、ルフィがボリボリと食べていたせんべいを奪い取って食べ始める。

 

「あ! ルフィのやつ!」

「なんであんたが先に文句言うのよ」

「ずるいじゃん!」

「はいはい。じゃあ残りはあげる」

「そうじゃないのにぃ〜……もぐもぐ」

「ど、どうしたのみんな! まさか、諦めて開き直ったとかじゃ——」

 

 慌てているビビへ、ウタは笑顔で答える。

 頭上で風を受けて揺らめく自分たちの海賊旗(ほこり)を指差して。

 

「誇り高きエルバフの戦士が折らせないと言ったのなら、絶対にこれは折れない」

「どうしてそこまで信じられるの……?」

「そういうのじゃねえよな、ウタ」

「うん。ただ私たちは彼らの誇りに命を懸けただけ」

 

 ウタは当たり前のように、そう言った。

 直後。

 

「————覇国っ!!!!!!!」

 

 海に、亀裂が走った。

 大海原を裂く異次元の斬撃が、島食いの腹ごと貫き、メリー号の障害物を吹き飛ばした。

 その勢いに乗って、ルフィたちはまっすぐに飛んでいく。

 

「ああ、世界は広いなぁ」

 

 ウタはそう呟いて、空を見上げる。

 海よりも広い青がどこまでも続いている。

 冒険に出てよかった。海賊になるという選択をしてよかった。

 こんなにも素晴らしい出会いや笑顔に触れることができるのだから。

 なのに。

 

「…………なに、この気持ち」

 

 ズクズクと。

 自分ではない何者かが心の深く内側からノックをしてくるような感覚が、止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラバスタへの直進航路の中で、ルフィたちは医者のいる島を目指し進んでいく。

 リトルガーデンを出てから、一日が経った。

 ウタに残された時間は、あと二日程度。

 

「ほら、サンジくんが作ってくれたプチフール」

「ん、ありがとう、ナミ」

 

 サンジ特製の一口ケーキ、プチフール。

 あと数日しか命が持たないかもしれないという現状は、ルフィたちの焦りを生んでいた。

 さらに、ビビのアラバスタへ到着したいという焦燥感は口にせずとも伝わってくる。

 それを見て、ウタは小さく口を開く。

 

「……ごめんなさ——」

「その言葉だけは、言っちゃダメよ。ウタ」

 

 ナミはウタの口元に指を当てた。

 ウタが謝罪をするということは、自分の選択が間違っていたと言うも同義。

 誇りに命を懸けたのなら、それに恥じる言葉など決して言ってはならないのだ。

 

「……うん。ありがとう」

「よし。……それにしても、なんだかあたし、疲れちゃった」

 

 壁に寄りかかったナミは、上を見上げたままウタヘ話しかける。

 

「大丈夫よ、なんとかなる」

「……うん」

「いままでもなんとかなってきたじゃない。ほら、アーロンパークのときも……」

 

 ウタは遠くを見つめる。

 なぜか、ナミの言葉が頭に入ってこないのだ。ネズキノコの影響で一睡もできてないことも、関わっているのだろうか。

 なぜか、聞こえないものまで聞こえてくる。

 

「ほら、せっかくならのんびり歌でも歌えばいいんじゃない? 焦っても仕方ないし」

「…………分かってるよ」

「私も、ちょっと疲れちゃったからさ。気晴らしみたいな娯楽があるってありがたいのよね」

「…………分かってるってば」

「そんなカリカリしてないで。いつもみたいに笑って——」

「分かってるって言ってんじゃん! うっさいなぁ!!!」

 

 あろうことか。

 ウタは、ナミを突き飛ばしてしまった。

 

「——ッ!?」

「……ぇ、あ。……え?」

 

 壁に背中をぶつけてその場に倒れるナミ。

 自分がやったことが理解できず、自分の手のひらを見つめる。

 突き飛ばした感覚が。柔らかなナミの肌の感覚が、ちゃんとそこにはあった。

 自分がやった。

 大切な仲間を、突き飛ばした。

 

「——ごめん、ナミ! 大丈夫!?」

 

 ウタが慌てて駆け寄ると、ナミはゆっくりと体を起こす。

 

「だ、大丈夫よ。私こそごめん。うるさかったわよね」

「そんなことない! 悪いのは私で……」

「いいのよ。……私にくらい…………」

「ナミ?」

 

 再び、ナミはその場に倒れた。

 よく見れば、その顔は赤く熱っていて、無数の汗が流れている。

 どうして、すぐ隣にいたのに気づけなかった。

 なんで、こんなにも苦しそうな仲間を突き飛ばしたりした。

 

「おい、どうした!」

 

 異変に気づいたルフィが二人の元へやってきた。遅れて、ビビやサンジたちもナミの元に駆け寄ってくる。

 

「大変! 早くベッドへ!」

「どうしたんだ、ナミさん!」

「分かんねえけど、すげえ熱だ!」

 

 ベッドへ運ばれていくナミを、ウタはただ呆然と眺める。

 まだ、自分がなぜこんなことをしたのか分からない。

 指先が震えている。

 

「ウタ、どうしてすぐに呼ばなかった!」

「だって……! 何が何だか、分からなくて……!」

「お前も、なんかあったのか!?」

 

 心配そうにウタの顔を覗き込むルフィ。

 ぐっと近づいてくるルフィを前に、ウタは後ろへ下がる。

 

「やめて……! 私は、大丈夫だから……っ!」

「お前だって死ぬかもしれねぇんだぞ、どっか悪いところがあるなら……」

「私に近づかないで!!!」

 

 パンっ! と乾いた音が響く。

 

「……ウタ?」

「………………」

 

 麦わらの一味の視線が、一斉にウタヘと向いた。

 そんなことがあるわけないと、信じられないような顔で。

 

「……違うの」

 

 頭の中がぐしゃぐしゃに散らかっていく感覚があった。

 自分が何をしたのかも分からない。

 何をしたかったのかも分からない。

 

「私じゃない……! 私じゃない……!」

 

 頭を掻きむしったウタは、心配そうに自分を見つめる一味の視線に震え始めた。

 視界が歪む。

 泣いていることすらも、気づいてないウタはその景色に恐怖を覚える。

 

「やだ。いやだ……!」

 

 ウタはルフィたちに背を向け、メリー号の奥深くの一室へと閉じこもる。

 誰かが止めるような声がしたが、そんなものはウタには届かない。

 暗い部屋の中、ウタは一人うずくまる。

 どこから、声が聞こえる。

 

「……うるさい。うるさいうるさいうるさい!!!」

 

 ウタは耳を塞ぎ、誰の言葉にも返事をしない。

 憎むべきは、ウタの凶暴性の理由を誰も知らなかったこと。

 ネズキノコの猛毒に、人格を凶暴にするという副作用があることを知るものは、この船には一人もいない。

 

 故に。

 ウタは独り、得体も知れない恐怖に震えながら閉じこもることしかできなかった。

 

 



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第二十四話「あなたの隣に」

 寒い。

 ドアの隙間から入ってくる風が、やたらと冷えていた。

 部屋に閉じこもってから意識的に耳を塞いでいるから、外で何が起こっているのかはわからない。

 しかし、それでもウタの耳は『聞いて』しまう。どれほど前だったかは忘れたが、気味の悪い笑い声が船から聞こえてきた。

 悪意と軽蔑に満ちた、下劣な声と感情。

 脳幹がぐわんぐわんと揺れて、ウタは部屋の隅でサンジの作ってくれた料理を戻してしまっていた。

 

「…………嫌だ」

 

 ポツリと呟く。

 自分の中で蠢く()()()()()()()()が、輪郭を帯びていく感覚があった。

 自分の内側から延々と聞こえるのだ。

 

——私を歌って。

——人々を呪え。

——皆に知らしめろ。

 

 蘇る。

 一つの国を滅ぼすに至った、災厄の記憶。

 

——怒れ。

——集え。

——謳え。

 

 無数の声が、胸の奥から鼓膜を揺らす。

 耳を塞いでも、避けようのない(こえ)が響き続ける。

 

「出ていって……ッ! 私の中から、出ていってよ……ッ!!!」

 

 胸を叩いても、体を引っ掻いても、何をどう足掻いても、聲は止まない。

 悲鳴と怒号が体で弾け続ける。

 

——あなたは、私。

——私は、あなた。

——救世主(メシア)よ。

——代弁者よ。

 

「違う。私は、あなたみたいな化け物とは違う……!」

 

 その歌だけは歌わないと、決めたのだ。

 あれは破滅を招く(うた)だ。

 誰かを傷つける歌など、歌ってなるものか。

 

「私は、世界中の人を笑顔にするために歌うって決めたの……! だから、出ていって……!」

 

 拒み続け、遠ざけ続けて。

 ふと、目の前に鏡があった。

 そこには、誰かがいた。

 

 泣いているのに笑っていて。

 楽しんでいるのに苦しんでいて。

 怒っているのに受け入れていて。

 悲しんでいるのに喜んでいて。

 

 目も背けたくなる化け物のような顔をした人間が自分なのだと気づくのに、随分と時間がかかった。

 

「……ああ、そっか」

 

 自分はシャンクスの娘(ウタ)なんかではなくて。

 ただの化け物——

 

 

 

ドゴァン!!

 

 

 

 光が差した。

 本棚やベッドを強引に積んで閉ざしていた扉が、蹴り壊されたのだ。

 ズカズカと入ってきたその人は、やつれて変わり果てた化け物の前に立って、たった一言、こう言った。

 

 

「行くぞ、()()。医者、見つけたから」

 

 

 それはさながらと太陽のようだと、化け物は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その光景を見た一味は、言葉を失っていた。

 

「離して! 離せよ!」

「うるせえ。暴れられると上手く持てねえ」

 

 強引に部屋からルフィに引っ張り出されたウタは、担がれた肩の上で見苦しく暴れていた。

 あまりにも無惨な見た目になってしまったウタを、皆はただ見ることしかできない。

 

「みんな。おれ、ナミも連れてあの山を登るから」

「お、おい! 正気か、ルフィ! 二人を担いであんな山を登るなんて……!」

「そうじゃなきゃ、こいつら死んじまうだろ」

 

 それだけ言って、ルフィは目の前にそびえる円柱型の山を見つめる。

 ウタが閉じこもってから一日経って、ルフィたちはアラバスタではない島を見つけていた。

 どうやらちゃんとした町があるようで、ここなら医者がいるだろうとルフィたちは船を止めたのだった。

 

 どうやら、訳ありのようで海賊だと判断するや否や銃を向けられたが、話せば分かってくれる人たちのようで、ビビのおかげで無事に休ませてもらえるようになった……のだが。

 

「なあ、医者ってあの山の上にしかいないんだろ?」

「ああ、ドラムロッキーの一番高い山にそびえる城に住む魔女こそが、この国の唯一の医者“Dr.くれは”だ」

 

 このドラム島の民間護衛団団長を務める大男、ドルトンは頷いた。

 ナミの体調やウタの状況を知ったドルトンは、対処するにはDr.くれはの治療以外ないと言うが、彼女は気まぐれに山の下に降りてきて治療をするのみで、通信手段がないのだと言う。

 つまり、彼女に会うためには強引にでも山を登るしかない。

 

「私なんか放っておいてよ!」

「うるせえ。おい、ナミ」

 

 ウタの言葉を無視するルフィは、眠るナミの顔をペシペシと叩く。

 うっすらと目を開いたナミへ、ルフィはあっけらかんと言う。

 

「あんな。山登んねえと医者いねえんだ。山登るぞ」

「お前……! ナミさんやウタちゃんの負担を考えろ! お前は落ちても平気かも知れねえけどな……!」

「んなこと言っても、やるしかねえだろ」

 

 ケロッと答えるルフィを見て、ナミは笑う。

 

「……よろしくっ!」

「そーこなくっちゃ!」

 

 小さく手を上げたナミの手を、ルフィは笑顔で叩く。

 その光景を、ウタは直視できない。

 

「いやだ! 嫌だ嫌だ嫌だ!!」

 

 バタバタとウタは暴れ続ける。

 あまりに悲惨な様子を、一味は見ていられない。

 ただ一人、ルフィだけがウタを見つめる。

 

「おれは、ウタに死んでほしくねえ」

「そんなの、私の勝手でしょ!」

「ああ。だからおれも、勝手に山登る」

 

 ナミを担いで、ルフィは部屋の扉に手をかける。

 その後ろに、サンジが付く。

 

「よし。おれも行く」

 

 山を登る直前まで、サンジが哨戒をすることになり、一歩先をサンジが進む。

 ルフィたちが訪れたドラム島には、猛獣が多い。ナミとウタを背負うルフィは、攻撃の衝撃を二人に伝えないためにも、サンジが戦うしかない。

 そんなやりとりをしているうちに、そんな状況がさっそく訪れる。

 うさぎのような見た目をした屈強な白熊が、無数に彼らの前に現れた。

 

「ドルトンが言ってたラパーンってやつか……! いいか、ルフィ! お前は手を出すんじゃねえぞ!」

「分かった! 戦わねえ!」

 

 ルフィは避けることに専念し、サンジが蹴りで牽制しながら先へ進む。

 しかし、あまりにも数が多すぎる。

 

「くそ……! どうしろってんだ!」

 

 サンジの攻撃をかいくぐり、ラパーンの凶暴な爪がルフィへ襲いかかる。

 

「おい、やめろ! ウタとナミが怪我すんだろうが!」

 

 必死にルフィは攻撃を避けて、どうにか先へと進んでいく。

 そんな中、ルフィの背中で眠っていたナミが小さく声を出した。

 

「大丈夫よ、ウタ。ルフィたちが、なんとかしてくれるから」

「……私なんか、どうでもいいのに」

 

 ウタは呟く。

 もう、ナミの優しさを無碍にしていることへの罪悪感すら生まれていなかった。

 それでも、ナミは笑いかける。

 

「私は怖くない。二人がいてくれるもの」

「…………」

「ウタがこんなことしたくないっていうは分かってる。だから、気にしないで」

 

 ウタはかすむ視界の中で微笑むナミを見つめる。

 ああ、なんて。

 ()()()()()()()()()

 

「あっち行ってよッッ!!! 煩わしいッ!!」

 

 黒い稲妻が、周囲に飛び散った。

 ウタの無作為な威圧を受けて、ラパーンたちは震え始める。そのまま、ラパーンたちは背を向けて逃げ去っていく。

 急にいなくなった敵の背中を眺めて、ルフィとサンジは唖然としていた。

 そんな中、ナミは穏やかな声で、

 

「ほら。私たちには何もない」

「…………話しかけないで」

 

 何が起こったか理解をできてないまま、二人は走り始めるが、さらなる障壁が二人の前に現れる。

 

「どけよ!」

「まははははは! カバじゃなーい?」

 

 立ち塞がったのは、ドラム王国の元国王、ワポルだった。

 ウタがメリー号の部屋に閉じこもっている間に、メリー号に乗り込んできて船を食べるという前代未聞の行動を起こした暴君。

 ルフィにコテンパンにやられた腹いせから、ワポルは仕返しをする気まんまんで前にその場に立っていた。

 

「ルフィ。ウタちゃんとナミさんを頼む」

「サンジ!?」

「こんな馬鹿ども、おれ一人で充分だ」

「カバはお前だろうが! 侮辱罪で死刑っ! いけ、チェス!」

 

 ワポルは悪魔の実の能力者であり、その側近の二人も侮れない。

 サンジ一人には荷が重いと、ルフィは足を止めるが、

 

「安心しろ。隙を見て逃げるつもりだ。死にゃしねえよ」

「……約束だぞ、サンジ」

「仰せのままに、船長(キャプテン)

 

 ルフィはサンジを置いて山の麓へと走る。

 そして、凍えるような暴風に耐えながら、ようやく山へと辿り着いた。

 これから、ルフィの垂直登山が始まる。

 

「てっぺん、みえねえや」

 

 それだけ呟いたルフィは、布でナミとウタを体に縛って山の段差に指をかける。

 

「もう少し、我慢してろよ……!」

 

 ゆっくりと、ルフィは山を登り始める。

 自分が着ていた厚手のコートを、ウタに着せているルフィは、素肌で寒波を受ける。

 

「……なんでよ」

 

 必死に登るルフィに対して、ウタは問いかける。

 

「なんで、私の言うことを無視するの」

「意味わかんねえこと言うからだ」

「それは、こっちのセリフだよ……!」

 

 ルフィにしがみついてる手を強くして、ウタは言う。

 心の中で叫ぶもう一人の自分の言葉を、代弁するように。

 

「ずっとさ、イライラしてたんだよね!」

 

 思ってもない言葉が飛び出して、ウタは自分自身に驚いていた。

 そんなこと、思っていないはずなのに。

 

「私が何を言っても都合よく誤魔化してさ!」

 

 違う。

 

「冒険しようって並んで歩いてても、ルフィの視線はずっと前を向いてた!」

 

 そんなことない。

 

「私のことなんて、ちゃんと見てくれなかったじゃん!」

 

 言いたくない。

 

()()()からずっと、分かってたんでしょ!」

 

 口が止まってくれない。

 

「私は()()()を歌うための兵器なんだって! 人間なんかじゃないんだって!」

 

 一度、口にしてしまえば、止まらない。

 

「新時代なんて言っていたあの日にだって、私の意思なんてどこにもない! 全部悪魔の実を食べただけなの!」

 

 底で眠っていた感情すら、ネズキノコの毒は寝かせておいてくれない。

 

「私はただ空っぽな人形なの! 好きなものも嫌いなものも、全部全部私のものじゃない!」

 

 ミス・オールサンデーからウタウタの実のことを言われたときに、否定できなかったのだ。

 自分の中身が、何もないことを。

 

「私の正体は、私の中にいる化け物そのものなんだよッ! こんな化け物なんて、死んじゃえばいいんだ! このまま落っこちて、消えちゃえばいいんだッ!」

 

 ルフィの体を握りしめて、ウタは叫ぶ。

 涙が出ていたことなんて、気づいてすらいない。

 ウタの涙が寒波に吹かれ、小さな雪の結晶になってどこかへ溶けていく。

 風の音が、ただただ響く。

 

「なにか言ってよ! 私はこんなに苦しんでるのに……! 私はこんなに、ルフィのこと……こんなに……、こんなに……ッッ!」

 

 その先だけは、どうしても言えなかった。

 どこかに残る意地のような何かが、ウタの口を止めていた。

 ドン、ドン、と。

 ウタはルフィの背中を叩く。

 そして、ウタが何も言わなくなったのを確認してから、ルフィは呟いた。

 

「言いたいことは、それだけか」

「……ぇ?」

 

 今もなお、ルフィは指先から血を流して山を登り続けている。

 ウタとナミのために命を懸けている真っ最中でも、ルフィはウタを睨みつけたりなどしなかった。

 

「言いたいことは、それだけかって聞いてんだ」

「……なんで」

「おれはよ、馬鹿だから。言ってもらわねえと分かんねえ」

 

 淡々と、ルフィは語る。

 

「それに、言わなくてもウタなら分かってると思ったから、言ってなかったけどよ……」

 

 ルフィは肺が凍りつくことなど一切気にせず、大きく息を吸い込んで叫ぶ。

 

「おれはッ! ウタがいない船で冒険するつもりなんてねえ!」

「————!」

 

 息が詰まる。

 それの言葉は、ずっと。

 

「約束しただろうが! 一緒に新時代を作るって! 決めただろうが! この麦わらは、()()()()の新時代のシンボルだって!」

「…………ルフィ」

 

 ウタの声が震える。

 ルフィの服を掴む力が、どんどんと強くなる。

 

「ウタの中身が空っぽとか、兵器がどうとか、そんなこと知ったことじゃねェ!」

 

 ウタはルフィの背中に顔を押し付けた。

 溢れて仕方がない涙を、どうにか止めるために。

 

「ウタと誓った新時代は、ウタにだって否定させねえッ!!!」

「……ルフィ…………っ!」

 

 言って欲しかった言葉。

 聞きたかった言葉。

 

「だから、気にすんな。おれがずっと隣で、ウタの歌、聞いてやるから」

「…………ゔん……」

 

 自分が歳上だからだと、ルフィに虚勢を張ることが多かった。

 ルフィは自分がいなければダメなのだと、思い込むことで飲み込んでいた。

 本当はずっと、言いたかった。

 笑ってしまうほど、単純なこの言葉を。

 

「死にたくないよ……っ。ずっとルフィと、一緒にいたい。ずっとルフィと冒険がしたい。ずっと、ずっと……!」

 

 遠い昔に置いてきた、この気持ちを。

 

「ずっと、ルフィの隣にいたい……!」

 

 その言葉に、ルフィははっきりとこう答える。

 

「ああ、おれもだ」

 

 ウタはルフィの体に抱きつく。

 それから、何時間も登り続けるルフィへ、ウタはありがとうと、頑張れと、声をかけ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 町で出た病人を治療し、城へと戻ってきたDr.くれはは、その目を疑った。

 

 赤と白の髪をした少女が、ボロボロになった少年と病人の少女を抱えて歩いていたのだ。

 

 既に二人には意識がないのか、非力な少女では上手く運ぶことができず、なんどもつまずきながら、それでも一歩ずつ城の門へと歩いている。

 

「……おい! そこの小娘!」

 

 Dr.くれはが声をかけると、見るからに憔悴した少女がこちらを向いて、泣きながら叫び始めた。

 

「おねがい、します……! この二人を、助けてあげてください……っ!」

 

 Dr.くれはが医者であるかどうか確認することもなく、すぐにその少女はそう言った。

 大切そうに二人の男女を抱えながら、彼女は叫ぶ。

 

「大切な……大切な人たちなんです。もう、誰も……私のせいで死んでほしくないんです……! おねがいします……どうか、どうか……!!」

 

 不格好に頭を下げる赤と白の髪の少女を見て、Dr.くれはは隣にいる帽子を被ったトナカイに声をかける。

 

「わかったよ、助ける。チョッパー! 治療だ!」

「う、うん……!」

 

 トナカイは返事をすると、赤と白の少女の元へ駆け寄る。

 ……と、トナカイの鼻がヒクヒクと動いた。

 

「……この匂い……! ドクトリーヌ、この人、ネズキノコを食べたんだ!」

「なに!? あの猛毒キノコをかい!? だからこんなにクマがあるのか……それにしても」

 

 Dr.くれはは少女を見て、ニヤリと笑った。

 

「あのキノコを食べてもなお、誰かのために助けを求めるとは。……笑っちまうくらい強い意志さね」

 

 ふらりと倒れる赤と白の少女を受け止めたDr.くれは、そのまま彼女を抱えて歩き出す。

 

「行くよ、チョッパー。いいものを見せてもらった。こいつらは必ず助けるよ!」

 

 その言葉が聞こえた直後、赤と白の髪の少女は安心したのか、Dr.くれはに体を預け、眠ることなく意識を薄めていった。

 



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幕間「晴れ男」

 山を登りに行ったルフィたちを待つビビとウソップは、寒さに凍えながらも山を見つめて皆の無事を祈っていた。

 だが、そんな中、黒い毛皮のコートを着た男たちが村へと入ってくる。

 

「動くな! おれ達は国王ワポルの家来だ! 命令に従わない者の命はないと思え!」

 

 武装した彼らによって、村は一気に包囲される。

 ドルトンも村人に銃口が向けられている現状では、身動きをすることができない。

 タイミングが悪く、ゾロもこの場にはいない。

 これだけの大人数では、ビビとウソップだけでは対処がしきれない。

 

「くそ、どうすれば……!」

 

 唇を噛みしめるドルトンと、何か手はないかと画策するビビとウソップ。

 皆が次の一手を決められずにいる中、ビビがあることに気づく。

 

 雪が、止んでいた。

 

 ほぼ毎日、雪が降り続けると言われている冬島、ドラム王国は、今日も極寒の雪の日だった。

 薄い灰色の雲は依然として空を覆っているが、それでも雪が降っていない。

 そんな違和感に、ビビが気づいた直後だった。

 

「――火拳!!」

 

 ワポルの家来たちが、巨大な炎に飲み込まれた。

 すさまじい勢いで現れた炎は、たちまちに消えて空気に溶けていく。

 その炎の発生源に視線を移すと、そこにはロングコートを羽織りオレンジのハットをかぶった青年が立っていた。

 その体にはなぜか陽炎のように火が灯っているようにも見える。

 ゴシゴシと目を擦ってみても、その光景に変化はない。

 

「取り込み中のところ、失礼。なにやら困っているようだったので、ちょっかいを出させてもらった」

 

 それだけ言った炎の青年は、キョロキョロと周りを見ながら、

 

「すまない。人探しをしているんだが――」

「総員、あのバカを撃ち殺せェ! 村人に当たっても構わん!」

「おいおい。カタギを巻き込んでもいいってのは感心しねえな」

 

 青年は銃を構えたワポルの家来たちの元へ、ゆっくりと手を広げて歩いていく。

 

「的は大きい方がいいだろ。ちゃんと狙えよ」

「舐めやがって……ッ!」

 

 躊躇いなく、青年に向かって銃が乱射される。ウソップは慌ててビビを倒して覆いかぶさり、流れ弾が当たらぬように頭を伏せるが。

 

「……どういう、ことだ」

「安心しな。ちゃんと当たってるぜ。残念ながら、全部溶けちまってるから返却はできねえけどな」

 

 全ての弾丸を体で受けたはずの青年には、傷一つついていなかった。

 その異常な現象にワポルの家来たちは恐怖を覚え、一目散に逃げて行った。

 シン、と静まり返った空間で、青年は思い出したように声を上げる。

 

「そうだ! あいつを探してるんだった!」

 

 青年は偶然にも、ビビとウソップに向かって問いかける。

 

「この国に黒ひげと名乗る男が来たはずだ。そいつはどこにいる?」

「……黒ひげ?」

 

 ビビはすぐに、その名前がこのドラム王国を襲い、ワポルが逃げ出したことでこの悲惨な現状を作り出した張本人だと思い出した。

 

「いえ、その人はもう、この国を出たと聞いています」

「そうか……じゃあ、麦わら帽子を被った海賊と、赤と白の髪をした女の海賊を見なかったか」

「……え?」

 

 ビビは返答に迷った。

 麦わら帽子、という時点で、彼が探しているのはルフィで間違いないだろう。しかし、彼が敵か味方かがわからない以上、安易にあの山の上にいると答えることはできないと察したのだ。

 それにウソップも気づいたのか、勇敢にもあれだけの実力を見せた青年に向かって距離を詰める。

 

「その麦わら帽子の海賊ってのは、おれの船の船長だ。何かするつもりってんなら、おれが相手するぞ……!」

 

 鬼気迫るウソップの迫力を前に、青年は一切動じずに笑い出した。

 

「プハハハ! 悪い悪い! それじゃあ警戒するよな! 説明もなしに失礼した!」

 

 青年は軽く頭を下げて、

 

「弟がお世話になってます」

「…………へ?」

「いやぁ、ルフィとウタはいい仲間を持ったな! 兄として、嬉しい限りだ」

「もしかして……ルフィとウタが言ってた、二人の兄ちゃんのもう一人って……!」

「おう。せっかく二人の仲間に会えたんだ。自己紹介もしておかないとな」

 

 青年は帽子を取り、爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「おれはエース。ルフィとウタの兄貴だ。よろしくな」

 

 エースはそう言って、体からメラメラと炎を燃やしていた。

 





感想や評価、お気に入り、本当にありがとうございます。
毎日、感想をいただいてそれに返信をしている時間が楽しくて仕方ありません。たくさん読んでくださって感謝です。


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第二十五話「化け物の代弁者」

 

 

 

 誰かが話している声が聞こえる。

 ガシャーン! と、何かが倒れる音が聞こえる。

 少しずつ目が開いてから、自分が眠っていることに気づいた。

 

「…………ん」

 

 頭の奥がガンガンと痛む。

 空腹の後に思いっきりご飯を食べて腹痛になるような、そんな痛み。

 ゆったりとウタが体を起こすと、すぐ近くにナミがいた。

 ナミもウタと同じように、ベッドの上で体を休めている。

 

「おはよう、ウタ」

「……よかった。ナミ、無事だったんだ」

「こっちの言葉よ。あんた、私よりも死にかけだったらしいわよ」

 

 言われて、ウタは近くにあった鏡を見た。

 荒れに荒れた肌に、散らかった髪の毛に、濃く染みついたクマ。

 指先に視線を落とせば、掻きむしったせいでささくれ、剥がれかけた爪が包帯で処置されていた。

 

「ごめん、私……」

「気に病むことはねえぞ。ネズキノコは、食べた人の人格を凶暴化させる毒があるんだ。思ってもないことを言っちまうことだってあるさ」

「でも…………って、今の声は?」

 

 ナミではない声が聞こえて横を見ると、ピンクの帽子を被ったトナカイが医療器具を運びながら説明してくれていた。

 なんだ、トナカイか、とウタはナミの方を向く。

 

「そういえば、ルフィは?」

「無事よ。私たちと違って外傷だけだから、別の部屋で寝てるらしいわ」

「そっか。……よかった」

「それで、ウタ」

 

 コホン、とナミは咳払いをして。

 

「このトナカイ、喋ってない?」

「ん? ああ、そうだね」

 

 興味なさげにウタは答えてから、数秒経ってナミに問いかける。

 

「え? ナミにも聞こえるの?」

「聞こえるというか、ちゃんと喋ってるじゃない。ほら」

 

 ナミが指を差して、もう一度トナカイへ目を移す。

 確かに、ちゃんと口まで動いていたような……。

 

「…………普通に喋れるの!?」

「——!!!」

 

 急に声を上げたウタに驚いたのか、トナカイは慌てて後ろに下がって、そのまま棚に体をぶつけた。

 ガシャーン! と大きな音が鳴る。

 

「ふふっ。私が驚いたときも棚にぶつかってたわね。変な子」

「う、うるせえ、人間っ! ……あと、体調は大丈夫か……?」

「ありがとう、トナカイさん。おかげですごい元気だよ」

「そ、そっか! よかった!」

 

 パァと顔を明るくしたトナカイを見て、ナミとウタはくすくすと笑う。

 そんな二人に、トナカイは言う。

 

「な、なにがおかしい! おれが化け物だから、嗤ってんのか!」

「……化け物?」

「そ、そうだろ! おれはトナカイだし、青っ鼻だし……し、喋るし!」

 

 まくし立てるトナカイを見て、ウタは笑う。

 

「そっか! じゃあ私も化け物だから、仲間だねっ!」

「…………へ?」

 

 さらっと言ったウタの言葉に、トナカイは呆気に取られる。

 少し経ってから、トナカイは部屋の出口まで走り出して、

 

「お、おれを騙そうってんだな! そんな魂胆は見え見えだ、この野郎め!」

「うるっさいよ、チョッパー!!」

 

 走って逃げていくトナカイを怒鳴りつけたのは、酒瓶を持つスタイルのいいエネルギッシュな老婆だった。

 

「ヒッヒッヒ! ハッピーかい、小娘たち!」

「あなたは……?」

「あたしゃ医者さ。Dr.くれは、ドクトリーヌと呼びな!」

「ドクトリーヌさんが、私たちを助けてくれたの?」

「そっちのオレンジ髪は私が保管してた抗生剤を投与して治したが、あんたには何もしてないさね」

 

 Dr.くれはは、部屋の入り口で体の八割を出してこちらを覗いているトナカイを親指で差した。

 

「あいつも医者さ。名前はチョッパー。ただ”ヒトヒトの実”を食べて、人の能力を持っちまっただけの、ただのトナカイさ」

 

 チョッパーの背中を見つめるDr.くれはの瞳は、どこか寂しげに見えた。

 少し部屋の空気が重くなったと思った直後、廊下から聞き覚えのある大声が聞こえてきた。

 

「ギャーーー! 助けてー!!」

「待てっ! 肉っ!!!」

 

 窮地にいたはずのルフィは、ほんの少し休んだだけで誰よりも回復し、有り余る食欲を偶然廊下を歩いていたチョッパーにぶつけていた。

 それを見て、ウタはクスッと笑って、

 

「ルフィ! その子は食べ物じゃないよ!」

「——ウタ!?」

 

 すぐさまブレーキをかけてこちらへと走ってきたルフィは、微笑むウタを見てベッドへと飛びついてきた。

 強く抱きしめたルフィは、ウタの顔をまっすぐに見つめて、

 

「よかったぁ、無事だったんだな、ウタ!」

「うん! ありがとね、ルフィ!」

 

 ハキハキと返事をするウタ。

 二人して、会った途端に先ほどよりもよっぽど元気になるのは相変わらずだな、とナミは笑う。

 

「麦わらの一味、完全復活ね! さあ、早くアラバスタへ向かわないと——」

「待ちな、小娘!」

 

 立ちあがろうとしたナミを、Dr.くれはは押さえつけた。

 

「あたしの抗生剤で熱は引いちゃいるが、まだ細菌は体に残ってる。最低三日は大人しくしててもらうよ」

「そんな! こんなところで止まってる時間はないのに……!」

「患者があたしの前から消えるときは、治るか死ぬかのどっちかさ。……どっちがいい?」

「ドクトリーヌさん。脅しにしてはちょっと言葉が強くない?」

「私の言葉が嘘だって言うのかい?」

「違うよ。聞けば分かるもん。あなたはただ、ナミのことを心配してくれてるだけでしょ?」

「……調子が狂うね、嫌な海賊を救っちまったもんだ」

「えへへ! それほどでも!」

 

 ウタはピコピコと髪の毛を動かした。

 と、そんな話をしていると、いつの間にかルフィが城の入り口へと歩いていた。

 見れば、冷たい風と雪を自由に入れてしまう半開きの扉が見えた。

 どこかこの城が肌寒いのも、城の入り口が空いてしまっているからだろう。

 その寒さを解消するために、ルフィが扉へと手を伸ばそうとするが、

 

「おい、やめろ! その扉に触るな!」

「なんでだよ。このままじゃ寒くて凍っちまう」

「…………?」

 

 チョッパーの言葉に違和感を覚えたウタは、目をつぶって耳を澄ました。

 そして、とある音を聞き取ったウタは、ルフィへと声を放つ。

 

「ルフィ、待って! 上を見て!」

「……ん?」

 

 ふと見上げた扉の縁の上に、雪鳥(スノウバード)の雛がいた。

 ピヨピヨと、鳴く雛たちは、扉が軽く動いただけで巣ごと落ちてしまうだろう。

 それに気づいたルフィは、扉に伸ばしていた腕を止める。

 

「だから、閉められねえのか……」

 

 ルフィは寒さに耐えかねて、また城の中へと入っていった。

 ウタはその光景を見て、ニコニコと笑う。

 

「ねえ、ナミ!」

「はいはい」

「チョッパーのこと、仲間にする!」

「そんなんだと思った。私は構わないわよ」

「なんだい、私に許可なく勧誘しようってのかい?」

「あれ! じゃあ許可とります! いいですか!?」

「ヒーッヒッヒッヒ! 構わねえさ。持っていきたきゃ持ってきな!」

 

 ケタケタと笑うDr.くれはは「だがね」と目をつぶる。

 

「あいつは心に傷を持ってる。仲間にするのは、一筋縄じゃいかないよ。医者(あたし)でも治せない傷さ……」

「大丈夫! そんな人を笑顔にするために音楽家(わたし)は海に出たんだから!」

「ヒーッヒッヒッヒ! 言うじゃないか。楽しみにしようかね」

 

 Dr.くれはが楽しそうに笑っていると、ウタの髪の毛がぴくんと動く。

 振り返って、窓から外を見る。

 

「……気持ち悪い気配が近づいてきてる」

 

 ウタがそう呟いた瞬間だった。

 

「大変だよ、ドクトリーヌ!」

 

 人形から四足歩行の姿に変わったチョッパーが、勢いよく部屋へとやってきて叫ぶ。

 

「ワポルが……帰ってきた!」

「……そうかい」

 

 呟いたDr.くれはは、チョッパーとともに城の外へと歩き出していく。

 二人が部屋から出ていった直後、ナミがウタヘと視線を送る。

 

「ねえ、逃げるなら今じゃない?」

「確かに! 早くビビたちのところへ戻ってアラバスタへ——」

 

 と、ウタが立ち上がった瞬間。

 

「…………今の」

 

 何かを聞き取ったウタが、城の外へ走り出した。

 

「ちょ、ちょっと、ウタ!?」

 

 まだ体調が万全ではないナミは、毛布に包まりながら、様子を伺いに城の入り口へと向かう。

 そして、目に映ったものを見て、ナミは息を呑んだ。

 

「……うそ」

 

 ナミの視線の先には、ウタの背中。

 ウタは拳を握りしめて、身体を震わせて叫ぶ。

 

「私の仲間に、何してるのッ!」

 

 ワポルの足元には、雑巾のようにズタボロになったサンジが転がっていた。

 ウタとルフィは、貫くような鋭い視線をワポルへと向ける。

 それを受けて、ワポルはゲラゲラと笑う。

 

「まーーはっはっは!! この金髪、とんだカバだったぜ! 多少は厄介だったが、近くにいた村の女を盾にしたらぴくりとも動かなくなりやがった!」

「…………それで、一方的に攻撃したの?」

「おれは王様だぞ! 逆らったやつが悪いのさ! まーはっはっは!」

 

 太々しく笑うワポルは思い出したように視線を上へと向ける。

 

「そうだ、なーんか気に食わねえ旗が立ってると思ったんだ! ついでにあれもぶっ壊すぞー!」

 

 ワポルは腕を大砲に変形させて、城のてっぺんに掲げられた桜が舞う模様が描かれた海賊旗を砲撃した。

 灰色の煙が上がり、旗が折れて落下していく。

 それを見たルフィは、チョッパーの方を見て、

 

「おい、あれ……」

「…………」

 

 呆然と折れた海賊旗を見つめるチョッパーを見て、ルフィは走り出した。

 次いで、ウタがまた低い声を放つ。

 

「ねえ、変な口のおじさん」

「な、なんだその態度は! 王様であるおれに対して失礼だとは思わねえのか!」

「失礼なのは、あなたでしょ!?」

 

 ビリビリ、と。

 ウタの周囲を黒い稲妻が走った。

 触れてすらいないのに、ワポルたちはその威圧感に震え上がる。

 

「私の仲間を傷つけて、誰のかも分からない海賊旗(ほこり)を勝手に踏みにじって。いい加減にしてよ……っ!」

 

 睨みつけ、ウタは言う。

 

「あなたはどれだけ自分勝手に、誰かの笑顔を奪ってきたんだッ!」

 

 今、初めて会ったにも関わらず、ウタは察していた。

 この国から寂しげな声しか聞こえないのも。チョッパーやDr.くれはの言葉に後悔や未練があるのも。

 その全てがこの男のくだらない(わら)い声のせいなのだと。

 

「あなたには、正しい笑顔を教えてあげなきゃいけないみたいだね」

 

 ウタは呟き、()()()()に入った。

 彼らのような笑顔のために、自分は歌ってきたわけではないのだと、伝えるように。

 

「あのキノコの力で眠れなかった私は、()()()()()()()()()()。本当に苦しくて、悲しくて、逃げ出したかったけど、それでも分かったことがあった」

 

 自分の中で蠢く真っ黒な自分。

 ここから出してくれと騒ぐ()()の声を聞いているうちに、ウタは一つ、気づいたことがあった。

 

「私のウタウタの実の力は、ウタワールドに()()()()()()()()()()()()。」

 

 ウタウタの実を食べた者の歌に魅了されると、ウタワールドに入ってしまう。

 だがウタは気づいた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 つまり。

 

「ウタウタの実は、空想と現実の世界を繋ぐ、()()()の力を持つということ」

 

 きっと、この力の本質にあるのは『寂しさ』だ。自分の中で蠢く()()の意志を歌によって代弁することで、その『寂しさ』に招かれて自動的にウタワールドへと入ってしまう。

 なら、その原理を自覚できているのなら。

 

「……うん。なんとなく、分かるよ」

 

 ウタは呟く。

 自分自身の中で囁く、()()()()()()()の声を。

 

「こんな光り輝く美しい斧なんて()()()()よね」

 

 ウタは、自分の力の再解釈を行い、能力の拡張を試みたのだ。

 そして、ウタは鼻歌を唄いながら、

 

「ウタウタの……」

 

 告げる。

 

「斧……ッ!」

 

 高く掲げたウタの手のひらに、光り輝く金色の斧が現れた。

 

 



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第二十六話「五人目」

 ウタウタの実の『代弁者』としての力を使い、空想の世界から斧を引っ張り出してきたウタは、その斧を振りかざす。

 

「うりゃああああ!!」

「なんだ!? どこからそんな金ピカな斧を持ってきやがった!」

「夢の世界からだよ……っ!」

 

 ウタは大きく斧をワポルへと振り下ろす……が。

 

——バキ……っ!!!

 

「…………んあ?」

 

 思わず目をつぶっていたワポルは、自分に傷がないことに首を傾げる。

 その正面では、ウタがペロッと舌を出して、

 

「……折れちゃった!」

「折れんのかいっ!!」

 

 ビシ! っとワポルがツッコミを入れた隙に、ウタは走り出す。

 

「とりあえずサンジを回収して逃げるっ!」

「あ! いつの間に!?」

 

 ワポルの目の前まで来ていたウタは、倒れているサンジを抱えて、Dr.くれはの元へ運んでいく。

 

「ドクトリーヌさん! この人も仲間なの! 助けてあげて!」

「……仕方ないね。高くつくよ」

「えっとぉ……宝払いで!」

「ヒッヒッヒ! 楽しみにしておくかね」

 

 Dr.くれははサンジを抱えると、城の中へと入っていくが、その途中で足を止めてこちらを振り返る。

 

「……勝てるんだろうね、ワポルに」

「よゆーっ! ちょっとだけ待っててね!」

「ヒッヒッヒ! そうかいそうかい。なら、のんびり待つとするよ」

 

 これでサンジは無事だ。

 それで、好きに戦える。

 

「よし、好きに暴れるぞー! って、ルフィは?」

「こっちだ、ウタ!」

 

 ルフィは城の上にいた。

 ワポルによって折られた桜模様の海賊旗を、ルフィは直していた。

 

「まーはっはっは! わざわざ海賊旗を直して的になってやがる!」

「命も懸けてねえで海賊をやってるお前たちに、この旗を折る権利なんかねえよ」

「……は?」

 

 眉間にシワを寄せたワポルは、気色の悪い笑い声を上げる。

 

「まーはっはっはっは! そんなアホみてえな飾りを折ることに権利もクソもあるか! ご希望なら、いくらでも折ってやる!」

 

 言って、ワポルは再び大砲を海賊旗を持つルフィへと向ける。

 だが、ルフィもウタも、その動きに対して眉ひとつ動かさない。

 その横で、チョッパーが心配そうに声を上げた。

 

「お、おい! あいつ、危ねえぞ! 旗だって……!」

「大丈夫。折れないよ、あの旗は」

 

 ドガンっ! とルフィに砲弾が直撃する。

 ゲラゲラと笑うワポルだったが、砂煙が晴れれば、そこには海賊旗を持ったまま立ち続けるルフィがいた。

 そうなることを知っていたかのように、ウタはチョッパーへと笑いかける。

 

「ほらね、折れない」

 

 チョッパーが言葉を失っていると、城の上のルフィが叫ぶ。

 

「この旗は信念の象徴なんだ! 遊びで立ってるわけじゃねえ!」

「——ルフィ、行ける?」

「おう!」

 

 ルフィは海賊旗を城に強引に刺して、ゴムの力を使ってワポルたちへ突撃する。

 真っ直ぐに向かうのだ、当然、避けようと動くが、

 

「ルフィ! 少し狙いを右へ!」

「分かった!」

 

 ウタの指示を受けて、ルフィは強引に身体を捻り、避けようとするワポルの腹に突っ込んで行った。

 

「うごぉ!?」

「聞こえてるよ、あなたの動きは全部!」

 

 重たい一撃をくらったワポルは、怒りに任せて強硬手段に出る。

 

「……くそ、こうなれば! 王技、バクバク工場(ファクトリー)!」

「ぎ、ぎゃあああああ!!」

 

 ワポルは突然、味方の二人を大口でかぶりついた。

 

「な、なに!? 味方を食べちゃったの!?」

 

 そのまま味方二人を飲み込んだワポルは、なにやらもぐもぐと咀嚼してから、自分の腹にある扉を開ける。

 

「見よ、これが奇跡の合体!」

「チェスマリーモ!」

 

 出てきたのは、弓使いとモジャモジャボクシンググローブの男たちが肩車をしたような合体というにはお粗末な姿。

 だが。

 

「かっけーっ!!」

 

 それでもルフィは目を輝かせていた。

 少しだけウタもワクワクしていたが、こんな場合ではないと首を振る。

 だが、そんなウタヘ向かって、チェスマリーモ(合体した二人の)攻撃が襲いかかる。

 

「危ないっ!」

 

 咄嗟にウタを庇ったのは、チョッパーだった。

 攻撃を受け止めたチョッパーの身体は、巨大な球体のモフモフになっていた。

 

毛皮強化(ガードポイント)っ!」

「ふ……ふかふかのモフモフだぁ!」

 

 今日一番の笑顔を見せたウタは、守ってくれたチョッパーに抱きつく。

 

「すごいすごい! なにその身体!」

「う、うるせえ! お前なんかに褒められても嬉しくなんかねぇぞ、コノヤロ〜!」

「か、可愛い〜!」

 

 チョッパーにメロメロのウタは、今が戦いの最中であることを思い出して、ハッと背筋を伸ばす。

 

「そうだ! あなた、戦えるんだよね?」

「ああ! おれ一人で十分だ!」

「何言ってんの、一緒に戦おうよ! 仲間じゃん、私たち!」

「お前……!」

 

 嘘でも冗談でもない。

 こんなにも笑顔で、命を懸けた戦いに臨むと言っているのだ。

 ウタのことをジッと見つめたチョッパーは、身体の大きさをいつものマスコットサイズへの変えて、

 

「もう、迷わないぞ……!」

 

 チョッパーは高々に声を上げた。

 

「おれの名前は『トニートニー・チョッパー』! 世界で一番偉大な医者が名付けてくれた名前だ!」

「いい名前だね、チョッパー! さあ、行こう! 化け物タッグであいつらをぶっ倒すよ!」

「ああ! あいつらなんて、二分で充分だ!」

「ってわけで、その変なおじさん、任せたよルフィ!」

「おう! 任せとけ!」

 

 ルフィはワポルへ、ウタとチョッパーはチェスマリーモへ、視線を向ける。

 最初に動いたのは、ウタだった。

 

「試したいこと、たくさんあるんだよね!」

 

 素早い動きで、ウタはチェスマリーモの正面へ出る。

 合体したことで四本の腕を備えたチェスマリーモは、握りしめた斧をぶんぶんと振り回す。

 しかし、それは全て空を切る。

 

「うん。()()()()()()()()()()

 

 音以上の何かを、ウタは聞いていた。

 それは気配や殺気とも呼べるもので、その音に耳を傾けることで、ウタは攻撃を回避していた。

 

「こざかしいっ! ならば……!」

 

 チェスマリーモは巨大なハンマーを取り出して、ウタへと振り下ろすが、

 

「〜〜♪」

 

 鼻歌を唄いながら、ウタはその場でくるりと回る。

 すると、彼女の周囲に桜吹雪が舞い始めた。

 

「綺麗な桜で、私のこと見えないでしょ!」

「またまたこざかしいっ!!!」

 

 力任せに桜吹雪へ向かってハンマーを振り下ろすが、そこにはもうウタはいない。

 

「残念っ! こっちでしたぁ〜!」

 

 べっと舌を出すウタは、遠くで蹄を合わせてチェスマリーモを睨みつけるチョッパーへ声をかける。

 

「どう、チョッパー?」

頭脳強化(ブレーンポイント)で弱点を見つけた! あとは一撃、決めればいいだけだ!」

「よし! なら……!」

 

 ウタは、チェスマリーモの耳にそっと口を近づけて、小さく美しい歌声で彼らの鼓膜を揺らした。

 ふっ、とチェスマリーモの意識がウタワールドへと飛び、体から力が抜ける。

 

「そして、即解除!」

 

 パチン! と指を鳴らすと、チェスマリーモの意識が再び戻り、自分が気を失っていたことに気づく。

 直後。

 

腕力強化(アームポイント)!」

「……なんだ、いま、なにが起こって」

「刻帝……『(ロゼオ)』ッ!!!」

「グオガッ!?!?」

 

 完璧な一撃が、チェスマリーモのアゴに炸裂し、最も容易く意識を刈り取った。

 チョッパーは倒れたチェスマリーモを見下ろしながら、ぱんぱんと帽子をはたく。

 

「……一分も残っちまったよ」

「すごいすごーい! しかもまだこのフォルムできるのー!? またモフモフやって!」

「し、仕方ねえなぁ! このやろう! 毛皮強化(ガードポイント)!」

「わぁー! ふわふわ〜っ!」

 

 はしゃぎながらチョッパーをクッションにして楽しむウタ。

 作戦は成功だった。

 この戦い方ならば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 激戦続きや、歌を聞こえないようにされる工作など、いくらでも考えられるクロコダイルとの戦いでは、ウタワールドに引き込む以外の戦闘方法が欲しかったのだ。

 この力なら、これからもルフィの隣にいることができる。

 

「ウタちゃん、完・全・復・活っ!!」

 

 ウタは元気よくピースをして胸を張った。

 そんな中、倒れたチェスマリーモを見て、ワポルは舌打ちをしていた。

 

「……チッ! 使えんカバどもめ!」

「ゴムゴムのォ……銃弾(ブレッド)ォ!」

「ドォア!?」

 

 ぶん殴られたワポルは、地面を転がっていく。

 血を吐きながら立ち上がり、ワポルはルフィを睨みつける。

 

「おれは王様だぞ! 偉いんだぞ! それに、ドラム王国は世界政府の加盟国……! その王に手を出すのは、世界的大犯罪だぞ!」

「そんなの、関係ねえよ! だっておれは、『海賊』だからな……!」

「な、なななな何を……!?」

 

 地位や権力に一切動じないルフィに震えるワポルへ、今度はウタが歩いていく。

 

「私たちは、あなたみたいな王様がいるような世界が嫌で、海賊になったんだ!」

「ああ! なんてたって、()()()()()()()()()()が、海賊王だからな!」

 

 ルフィはワポルの顔を片腕で掴み、もう片方の腕を長く長く伸ばし始めた。

 それに合わせて、ウタもウタワールドからハンマーを引っ張り出し、大きく振りかぶる。

 

「だから、私たちの夢の果てのために……!」

「や、やめろ……! 何をする……!」

 

 ニコリと笑った二人は、同時にワポルの顔面に向かって攻撃を叩き込む。

 

「「ぶっ飛んで、反省しやがれッ!!」」

 

 砕け散るウタのハンマーが金色の粉となってワポルが吹き飛んでいくのを彩り、さながら流れ星のように、ワポルは空の彼方へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、みんなが来たよ、ルフィ!」

「んー? お、みんな!」

 

 ロープウェイでこの山を登ってきたのはビビ、ウソップ、ゾロと、ドラム王国の兵士たちだった。

 どうやら戦うつもりでここまで来たらしいが、既にどこかへ消えてしまったワポルに、皆はどうしたものかと呆然としていた。

 

「みんなー!」

 

 手を振って一味のメンバーに駆け寄ったウタは、ぺこりと頭を下げた。

 

「ごめーわくをおかけしました!」

「いいのよ! 無事でよかった」

「おれは最初から、ウタを信じていたぞ!」

「なんでもいいけど、切るやつはいねえのか?」

 

 いつもと変わらぬ様子の皆を見て、ウタは楽しそうに笑う。

 スキップしながら、今度はチョッパーの元へと行く。

 

「ねえね、チョッパー! 仲間になってよ!」

「お、おれが……!?」

「うん! 面白くて強くて、さらにはお医者さんなんだもん! 私たちには不可欠だよ!」

「そ……そうじゃねえよ!」

 

 チョッパーが気にしているのは、そんなところではなかった。

 ルフィたちは人間で、チョッパーはトナカイ。

 そんなことが一番大切だった。

 

「おれはトナカイなんだぞ! ツノも蹄もあるし……! …………青っ鼻だし!」

「…………」

「海賊には、そりゃあ……なりたいけど! おれは、人間じゃねえんだ! 化け物だから、お前らの仲間には……!」

 

 途切れ途切れの言葉で語るチョッパーを前に、ルフィとウタは首を傾げた。

 そしてウタは、ルフィのほっぺたをつまんでぐいっと引っ張る。

 

「私たちも、化け物! だからもう、仲間だね!」

「…………え」

「人間とかトナカイとか。()()()()()、どうでもいいよ! 私たちは自由なんだ! 同じ地面に立って、同じものを見てるのに、上も下もあるわけないじゃん!」

 

 チョッパーはようやく理解した。

 だから彼らは、ワポルが王であることなど気にしていなかったのだ。

 それゆえに。チョッパーはその言葉の意味を正しく理解する。

 彼らは、本当に。

 

「なんだっていいよ! 私たちと一緒に、冒険しようーー!!」

 

 人間だとかトナカイだとかではなく。

 ただ『トニートニー・チョッパー』とともに冒険をしようと、言ってくれているのだ。

 

「…………お、おおお!!」

 

 気づけば溢れていた涙をそのままに、チョッパーはその言葉を受け取った。

 

 こうして。

 麦わらの一味に、また一人、大切な仲間が加わった。

 




アラバスタの地図を手書きして「ここにこいつがいるなら……」とうんうん唸る日々を過ごしています。
もうちょっとしたらいい感じにまとまりそうです。
頑張ります。


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第二十七話「夢と桜」

 チョッパーが仲間になり、ルフィたちは出航の準備をしていた。

 本来ならば完治までもう数日はかかるため、ナミとウタはベッドに縛られかけたが、ウタが偶然にもワポルを吹き飛ばしたときに拾っていた武器庫の鍵を交渉材料として、お代をまけてもらった上に、勝手に出ていきな、という旨の言葉をいただいた。

 

「やっぱり、ドクトリーヌさんっていい人だね」

 

 ウタは呟きながら、出立の準備を整える。

 お気に入りのパーカーを羽織り、髪の毛を整え、鏡の前に立って指先を口角に当ててぐっと引き上げ、笑顔の練習をする。

 

「うん! 今日も上々!」

 

 ワポルとの戦いが終わった後も少し休んだウタは、ネズキノコを食べる前の健康な状態まで戻っていた。

 これで、満を持してアラバスタへも迎える。

 

「ねえ、ウタさん! 大変なの!」

「ど、どうしたの、ビビ!」

 

 慌てて部屋へと入ってきたビビに連れられて、ウタは廊下を走り出す。

 どうやら、事件は城の外で起こったらしい。

 

「その……私たちと一緒に山を登ってきた人が、突然倒れてしまって……!

「え、それなら、ドクトリーヌさんに見てもらえば……!」

「そうなんですけど、なんでもその人、ウタさんとルフィさんのお兄さんらしくって……!」

「え!?!?」

 

 ウタは走る速度を一段階上げ、城の外へ飛び出した。

 そこには、上半身裸のまま、雪の上でうつ伏せに倒れるオレンジのハットを被った青年がいた。

 その姿を見て、ウタはそれが誰かを一目で理解した。

 

「エース!?」

 

 全力でエースのそばに駆け寄ったウタは、その身体を抱え上げる。

 体温はまだある。死んだわけではないようだが、意識がない。なにせ、この雪の中でたおれているのだ。

 寒さで身体に異常が出てしまってもおかしなところは何もない。

 

「ねえ、起きてよエース! こんなところで……!」

「………………ん?」

 

 薄らと目を開いたエースは、言う。

 

「…………寝てた」

「紛らしいってばっっ!!!」

「いっってェ!?」

 

 スコーン! と頭をぶん殴ったウタは、心配して損した、と抱えてたエースを雪に投げ捨てた。

 

「余計な心配させないでよね、バカエース!」

「だっはっは! 悪い悪い…………って、ウタじゃねえか! 久しぶりだなぁ!」

「遅いよっ! ……はあ、エースは変わらないなぁ。せっかく会えて嬉しいのに、台無しじゃん」

 

 うんざりとウタが首を振っていると、騒ぎを聞きつけたルフィたちが城の外までやってきた。

 ルフィもエースを見つけたようで、目を輝かせて飛んでくる。

 

「エース〜〜〜!?!?」

 

 凄まじい勢いで抱きついたルフィを優しく受け止め、エースはルフィの頭をポンポンと叩く。

 

「ルフィも久しぶりだな。元気そうでよかった」

 

 二人との再会の挨拶が済んだところで、エースは本題に入る。

 

「まあ、あれだ。お前たちの手配書を見たから、ヤボ用ついでに会っておこうと思ってよ」

 

 エースはニヤリと笑って、

 

「ルフィ、ウタ。お前たち、ウチの白ひげ海賊団に来ねェか? もちろん、仲間も一緒に」

「「いやだ」」

 

 ルフィとウタは、声を合わせて即答した。

 案の定だったのか、エースは楽しそうに笑った。

 

「プハハハ! だろうな。言ってみただけだ」

「そういえば、見覚えのない刺青があるけど……」

「ああ。おれの誇りだ」

 

 エースが海に出るまで、あの背中には何も彫られてはいなかった。

 背中にあるのは、シャンクスに並ぶ大海賊、白ひげの海賊旗のドクロ。エースはこの海賊旗を誇りにしていると言う。

 

「白ひげは最高の海賊だ。おれはあの男を海賊王にしてやりてえ。ルフィ、お前じゃなくてな」

「いいさ! だったら戦えばいいだけだし!」

「そうだね。私たちは私たちの航路(みち)を進むだけだから!」

「……そうか。いい目、するようになったな」

 

 優しく微笑むと、エースは懐から何かを取り出してルフィとウタに放り投げた。

 受け取ったそれは、なんの変哲もない紙きれだった。

 

「なにこれ?」

「紙切れじゃんか」

「そうだ。その紙切れが、おれとお前たちを引き合わせる」

 

 それだけ伝えると、エースは肩にかけたカバンを背負いなおす。

 

「できの悪い弟たちを持つと、兄貴は心配なんだ。おめェらもコイツにゃ手ェ焼くだろうがよ、よろしく頼む」

 

 エースはそれだけ告げて、踵を返す。

 

「え、もう行っちゃうの!」

「ああ。元々、ここに来たのはおれが追っている重罪人を見つけるためなんだ」

「こんなところにまで?」

「そうだ。この国を滅ぼした黒ひげってやつだ。おれの部下だった奴は、仲間殺しをして船を逃げた。その始末を、隊長であるおれはやらなきゃならねえ」

 

 ゆっくりと歩き出すエースは、装備も何もないまま、山の淵へ立つ。

 

「じゃあな、ルフィ、ウタ。次に会うときは――」

 

 言いかけたところで、後ろから叫び声が聞こえた。

 

「みんな、そりに乗って! 山を下りるぞぉ!」

「待ちなァ!」

「うぁあああ!?」

 

 城から逃げてきたチョッパーと、こちらのことを気に掛けることなく無作為にナイフを投げるDr.くれは。

 わけも分からず皆がそりに乗り込み、エースも戸惑いながらも一緒にそりに乗る。

 

「お、おい! おれはお前たちと一緒に行くつもりは……」

「いいじゃん! せっかくだし、海に出るまでは一緒に行こうよ!」

「……ったく、仕方ねえな」

 

 ウタに言いくるめられて、エースもそりに詰め込まれる。

 チョッパーがそりを引き、山の頂上から麓へと繋がれたロープをかけていく。

 かなりの速度で駆けていくそりには、凍えた風が打ち付ける。

 

「さむー!」

「ん? 寒いか。ほれ、火だぞ」

「わあー! あったかーい!」

 

 エースの拳に灯った火を暖炉にしてウタが温まってから、ウタは驚いて飛び上がった。

 

「手が燃えてるよ!?」

「はっはっは! そりゃあ、おれも悪魔の実を食ったからな!」

「そうだったんだ!」

 

 楽しそうに話しているウタの脇腹を、ナミが肘でつつく。

 

「ちょっと、ウタ。チョッパー、きっと海賊になるって言ってくれはに追い出されたのよ。もう少し、気にしてあげても……」

「え? 私、そんな風には聞こえなかったけど……」

 

 死の淵を越えたウタの耳は、今まで以上の情報が聞こえてくる。

 だからこそ、Dr.くれはがこんなことをする理由も、よくわかっていた。

 

「湿っぽいのは苦手なんだよ、ドクトリーヌさんって」

 

 しっしっし、とウタは笑う。

 そんなウタの言葉を聞いたチョッパーは、それでも苦しそうに顔を歪ませる。

 

「でも、ドクトリーヌは、ドクターの夢を幻想だって……!」

「そのドクターって人のこと、私はよく知らないけどさ」

 

 ウタは振り返り、城の頂点に刺さった海賊旗を見つめる。

 

「あの人はお医者さんだよ? 人の意志や夢を、殺すようなことはしないよ」

「…………!」

 

 チョッパーは思い出す。

 亡くなった大恩人、ヒルルクがかつてチョッパーに言っていたこと。

 それと同じことを、ウタは語るのだ。

 

「たとえ体が滅んだとしても、その人の夢や意志が消えない限り、人は死なない」

「……でも」

 

 信じ切れないチョッパーが表情を曇らせたまま、そりは麓までたどり着いた。腐ってもルフィ達は海賊。

 目的が達した以上は、アラバスタへ急がねばならない現状、長居する理由はどこにもない。そのまま、皆はそりを降りてメリー号へと向かうが。

 

 ――ドンドンドンドンドン!!!

 

 後ろで大砲の音が聞こえた。

 まだワポルが何かをやらかしたのか、はたまた、家来が残っていたのか。

 嫌なイメージが一気に流れて、全員が一斉に振り返る。

 

「…………これ、は」

 

 それを見た瞬間、チョッパーが声を上げる。

 涙を流して、どこか遠くで見ている誰かへ届くように、高々と。

 

「ウオオオオオオオ!!!!」

 

 桜だった。

 凍えるような寒さの中、雪が降り続けているドラム王国に、美しい桜が咲いていた。

 円柱型の巨大な山、ドラムロッキーを幹にして、大砲によって打ち上げられた赤いチリが、雪に付着して綺麗なピンク色になり、まるで桜のようにドラム王国の中心にそびえ立っているのだ。

 

「……綺麗」

 

 ウタは呟く。

 そこには夢があり、意志があり、確かな命があった。

 あの桜こそが、チョッパーが誇りにする海賊旗を掲げた人の夢なのだろう。

 自分の歌では、きっとチョッパーの深くに刻まれた傷は癒えないのかもしれないと思っていた。

 

 いつか一緒に歌っていれば、辛い過去も忘れて笑顔になってくれるだろうと。それが、音楽家である自分にできることだろうと。

 しかし、それ以外の方法もあった。

 

「お医者さんって凄いや。こんな傷も、治せるんだ」

 

 しみじみと桜の美しさを味わうウタに、そっとエースが語りかける。

 

「夢はまだ、変わってねえのか」

「うん。私もルフィも、新時代のために海に出たよ」

「そうか。初めて聞いたときは驚いたが、お前たちならきっとできる。ただ……」

 

 エースは振り返り、帽子を深く被った。

 

「お前らの夢とおれの夢がぶつかったときは、敵同士だ。恨みっこなしだぜ」

「もちろん! 負けないよ!」

「だっはっは! 楽しみにしてるぜ」

 

 エースはそれだけ言って去っていく。

 あまりにも大きな兄の背中。

 エースもサボも、まだまだずっと先の場所にいるのだ。

 負けていられない。

 

「行こう、ルフィ。アラバスタへ!」

「おう!」

 

 世界で最も偉大な医者の墓標とそれを弔う奇跡の桜に別れを告げて。

 麦わらの一味は、アラバスタへ向かう。

 




やっとアラバスタのプロットできたぞー!
行くぞ、アラバスタ!
めっちゃ面白いから楽しみにしててねー!


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第二十八話「砂の国、港の町」

ようやくアラバスタやってきました。
今までで一番面白くなる予定です。
感想とかお気に入りに評価、本当にありがたいです。
この先もよろしくお願いします。


 

 

 

 ドラム王国を出てから数日が経過し、アラバスタは目と鼻の先だった。

 ウタがリトルガーデンで千人規模のバロックワークスを追い返したこともあり、非常に穏やかに麦わらの一味はアラバスタへと上陸した。

 

「ビビー! みてみてー!」

 

 辿り着いたアラバスタの港町、ナノハナに上陸したウタは、地面に足をつけた瞬間に楽しそうにステップをして、

 

「天使の歌姫、ウタちゃん! Withカルーっ!」

「クエーー!」

 

 美しくポーズをとったウタの背中からカルーの翼が広がり、正面からはまるで天使のように見える……とのことだった。

 ビビは楽しそうに笑って、

 

「ふふふっ! カルーったら、いつの間にウタさんと仲良くなったの?」

「クエっ!」

 

 動物の感情や気持ちを『聞く』ことができるので、カルーと仲良くなるのは一瞬だった。

 だが、浮かれているウタへナミが釘を刺す。

 

「あんたとルフィは手配書が出回ってるんだから、気をつけなさいよ。大きな国に来た今回は特に!」

「はーい! でもね、カルーって王国最速の超カルガモ部隊の隊長なんだって! ほかの仲間たちにも会いたいなぁ」

「クエっクエっ!」

 

 バサバサと翼を動かすカルーも、早く仲間に会いたいようだった。

 

「そうだ。カル―には頼みたいことが……」

「あああーーーーっ!!!??」

 

 ビビが何かを話そうとしたところで、ナミが叫び声をあげた。

 どうしたものかとナミを見ると、頭を抱えながら周りをキョロキョロと見まわし、

 

「ルフィがいないの! あいつ、勝手にどっか行っちゃった!」

「あちゃー! 多分、ご飯屋さんに行ったね……」

「あのバカ……! あいつも指名手配されてるのに! 海軍に見つかったらどうなることやら……」

「では私、探してきます!」

 

 ビシッと敬礼をしたウタは、耳を澄ませてルフィの居場所を探す。

 数秒すると、ウタの髪の毛がピクンっと跳ねた。

 

「あっちから、いい匂いがする……!」

「普通にご飯を食べに行こうとしてるだけじゃない!」

「どっちにしろ、物資の調達するんでしょー? 私、ルフィとご飯食べてくるねー!」

「……まったく! 気をつけなさいよ!」

「はーい!」

 

 鼻唄を歌いながら、ウタはステップでルフィの元へと進んでいく。

 いい匂いがする場所で、さらにルフィの気配を感じるところへ向かって行く。

 

 その途中で、ウタはナノハナの街並みを眺める。

 砂の国ながら、海に隣接するナノハナは非常に活気があり、人が並んでいる露店などもちらほら見かける。

 家々は雨があまり降らないからか、箱のような四角形のものが多い。その中には、灯台や鐘を鳴らすための細長い建物が散在している。

 

「素敵な町。本当に、ここで反乱が起きてるんだ」

 

 ビビから聞いた話では、反乱軍の拠点はここから離れたユバという町らしく、ここは比較的治安が良いところなのだそうだ。

 

「これくらい、みんなが笑ってくれたらいいんだけど……あ! あった!」

 

 見かけたのは『spice bean』という看板が掲げられた飲食店。人気の店なのか、入り口には多くの人が出入りしていた。

 並ぶとなると少し手間だが、先に店にいるだろうルフィの席の隣に座ってしまえば問題ないだろう。

 

「こんにちはー!」

 

 お店に入ると、ひと際に目を引く麦わら帽子がいた。

 もしゃもしゃと食べ物を山ほど食べるその後ろ姿は、間違いなくルフィだ。

 どうやら、ルフィは町の人と大食い勝負をしているらしく、それを見物している人たちが増えてきて人の出入りが多かったらしい。

 

「おっさん! ここのメシ、すげぇうめえな!」

「あ、ありがとう……」

 

 あまりに大量のご飯をニコニコと胃袋に流し込んでいるルフィの体は風船のように膨らんでいるため、あまりに変わったルフィの体を見て、店主は苦笑いしかできなかったようだ。

 

「やっほ! どう、ルフィ!」

「お、ウタか! お前も食うかー?」

「うん! 食べる!」

 

 ウタは隣に座って、あーんと口を開ける。

 頬杖をついてご飯を待っているウタの口に、なんと一口で食べきれないサイズの肉が放り込まれた。

 

「美味しいけど、美味しいけど! ルフィ!」

「なんだ? 肉が一番うめえぞ?」

「もう! ありがとう、すごく美味しいよ!」

「だろ! にしし!」

 

 理想には程遠いとウタがため息をついていると、いつの間にか入り口が騒がしくなってきている。

 ルフィに意識を向けすぎて気づくのに遅れたが、どうやら聞こえた言葉が本当ならば、穏やかではないようだ。

 

「……ルフィ。海軍が来てるかも」

「なに!? 海軍!?」

 

 ナミが言っていた通りだ。

 ルフィもウタも、いまや世界中に顔写真が広がっている指名手配犯。変装も何もせずにここまで楽しく食事をしていれば、常駐の海軍に話が伝わるのもすぐだろう。

 

「ルフィ! 早くご飯を食べていくよ!」

「おう! でも、これもうめえんだ! 食ってみてくれ!」

「え、ちょっと……あーん! ……美味しい!」

「だろー!?」

「――よくもぬけぬけと大衆の面前でメシが食べられるもんだな」

 

 聞こえてきたのは、低い男の声。

 振り返れば、そこにいたのは飲食店に葉巻を咥えながら入ってきた海軍の男。

 

「えっと……こんにちは?」

「大人しく捕まれ。それでおれの仕事はおしまいだ」

「それはちょっと難しいかも! ルフィ、行くよ!」

「わ、分かった!」

 

 テーブルに並んでいた食事を口に詰め込むだけ詰め込んだルフィを引っ張って、ウタは店の外に出る。

 当然、海軍の男もルフィたちを逃がすつもりはないようで、

 

「二度もおれが逃がすと思うなよ、麦わらの一味!」

 

 海軍の男は、体を煙にしてルフィとウタを掴もうと腕を伸ばした。

 エースと同じ自然系(ロギア)の力を持つモクモクの実の能力者、海軍本部大佐スモーカーが二人に襲い掛かる。

 最初に捕まったのは、食べ過ぎで身動きが遅くなっているルフィだった。

 

「とらえたぞ、麦わら……!」

 

 体が煙そのもののため、スモーカーの意志で掴むことはできるが、ルフィがもがいたところで煙を掴むことができずに、ばたばたと体を動かすことしかできない。

 そんなルフィを見て、ウタはスモーカーを睨みつけ、

 

「ねえ、ルフィから離れてよ」

 

 煙となったスモーカーの腕を、ウタは()()()

 

「な……ッ!? この力は……!」

 

 ウタはスモーカーを掴んだ手とは反対の手を頭上に掲げ、金色に輝く斧を取り出した。

 そして、それをスモーカーの腕に勢いよく振り下ろした。

 

「――クソっ!」

 

 万が一、ウタの斧がスモーカーの煙となった腕を攻撃できる場合、油断をしていたでは済まされないケガを負うことになる。

 スモーカーは悔しそうに煙を解除し、ルフィを手放した。

 ハッタリが上手くいった。攻撃力皆無の斧を投げ捨てると、ウタはすぐにルフィの手を取る。

 

「逃げるよ、ルフィ!」

「おう!」

 

 スモーカーに捕まりながらも口の中にため込んでいた料理を飲み込んでいたルフィは、元気よく返事をしてウタとともに走り出す。

 店をでてすぐ、買い出しを終えて荷物を背負う一味たちと合流した。

 

「みんな、ごめん! 海軍に見つかっちゃった!」

「言わんこっちゃない! さっさと荷物積んで船を出すわよ!」

 

 うんざりとしながら、ナミを先頭にして一味は船へと走り出す。

 と、そんな中で、ビビが足を止める。

 

「そうだ、カルー! あなたにお願いがあるの!」

 

 ビビは買ってきた水の入った樽をカルーの首にかけ、懐に紙を忍ばせる。

 

「これには、私とイガラムで探ったクロコダイルの情報が書かれているの。これをお父様に渡して、みんなにクロコダイルの本当の顔を教えて!」

「クエッ!!」

「それじゃあ、頼んだわよ、カルー!」

「クエーーーー!!」

 

 走り出したカルーを見送るビビの横で、ウタも手を振る。

 

「カルー! お友達、絶対に会わせてねー!」

「クエーーーーっ!」

 

 ぱたぱたと翼を振って返事をするカルーの背中を見ながら、ウタは後ろを振り返った。

 

「このままじゃ、海軍に追いつかれちゃう!」

 

 ウタは大きく息を吸う。

 ここで眠らせるほどの歌を歌うのは危険だ。この先はまだまだ長い。自分が動けなくなった直後にバロックワークスの敵と出くわしてしまったら、見る影もない。

 ゆえに、ウタは鼻唄を歌いながら、指揮をするように指先を立てて大きく腕を横に振った。

 

音の帯(トーンベルト)

 

 目の前に、巨大な鍵盤のような外観をした壁が現れる。

 相変わらず耐久性はほとんどないだろうが、視界を妨げることもできたし、初めて見た海軍たちは警戒して距離を詰めてこない。

 

「今のうちに、みんな!」

 

 麦わらの一味は時間稼ぎをしている間にメリー号へと乗り込み、港町ナノハナから反乱軍の拠点、ユバへと向かう。

 そのためには海岸沿いから西へと進んで緑の町エルマルにて船を降り、そこから歩いて半日ほど、北上する必要がある。

 ナノハナでは、そのための物資を補充していたのだ。

 どうにか、ルフィたちは緑の町エルマルに着いたのだが、海軍が迫っていることもあり、すぐに麦わらの一味は砂漠を歩き始める。

 

「ねえ、ビビ。ここって、緑の町なんだよね?」

「ええ。……かつては、緑いっぱいの活気ある町だったわ」

 

 そう言うビビは、どこか遠くを見つめていた。

 エルマルには誰も住んではおらず、緑なんて言葉は想像すらできないほど一面が砂で埋まってしまっていた。

 幼いころの記憶を思い出しているのだろうか。わずかに唇を嚙んでからビビが話始めようとしたところで、ルフィの声が聞こえた。

 

「おい、大変だーっ!」

 

 走ってやってきたルフィは、離れたところで倒れている白い鳥を指さして、

 

「大けがしている鳥がいっぱいいるんだ! チョッパー、治してやってくれよ!」

「う、うん!」

 

 チョッパーが鳥の元へ走ろうとしているが、ウタはなぜか心配そうにする様子はない。

 むしろ、皆が見ている方向とは逆へ視線を向ける。

 

「……ふうん」

 

 ウタが視線を向けると、みんなの荷物を盗もうとしている鳥の仲間がいた。どうやら、けがをしたふりをして油断を誘い、盗みを働く鳥たちなのだろう。

 その(よこしま)な感情を聞いたウタは、白い鳥に向かってにっこりと笑う。

 

「悪いことしちゃ、ダメだよ?」

「――――!?!?!?!?」

 

 ウタから出た殺気は、チョッパーが治療している鳥たちにも伝わったようで、震えながらこっそりと担いでいた荷物を持ったままウタの隣に並んだ。

 

「ま、待って! その鳥はワルサギって言うの! 旅人をだまして荷物を盗む鳥なんだけど……」

「大丈夫だよ、ビビ!」

 

 ウタはニコニコと笑いながら、隣に立つワルサギの頭をなでる。

 

「この子たち、ケガを治してくれたお礼に、しばらく荷物を持ってくれるんだって! ……ね?」

「――(コクコクコクコクコク)!!!!!!」

「いい子たち! これからよろしくねー!」

 

 荷物持ちを快諾してくれたワルサギたちとともに、麦わらの一味はユバへと進む。

 熱く苦しい砂漠の道を、ウタは楽しそうに歌いながら進んでいく。

 いつの間にか、ワルサギたちは一列になってウタの歌に体を揺らしながら進んでいた。味方も敵もごちゃまぜにして進み続けるウタは、ビシッと前を指さして言う。

 

「さあ、行こう! 打倒、クロコダイル!」

「ええ! 早く、反乱軍を止めましょう!」

 

 ウタとビビは、砂漠の過酷な環境に負けることなく、ユバへの道を進み続けていった。

 



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第二十九話「ケンカ」

 

 

 北西へ上がること、約半日。

 長く苦しい砂漠の道を歩き切った麦わらの一味の視界に、ユバが映ったのだが。

 

「……砂嵐が!」

 

 反乱軍の拠点であり、長く続くアラバスタの歴史では最も新しい町、ユバ。

 交通の要所であり、美しい水が湧くオアシスであったかつてのユバの面影は、もうどこにもなかった。

 

「……ここも、枯れてしまったというの……?」

 

 ビビは震えながら、なぜこのアラバスタの町が枯れてしまったのかを語り始めた。

 町が枯れた直接の原因は、この三年間、雨が一滴も降らなかったこと。

 しかし、そんな中で唯一首都であるアルバーナには雨が降っていた。

 

「皆はそれを王の奇跡と呼んでいたわ。でも、真相は違った」

 

 ナノハナに入ってきた貿易船から運ばれた袋から、偶然ダンスパウダーという粉が溢れてしまったのだ。

 御者はそれを国王、コブラに届けるはずであったと語ったが、それもクロコダイルの罠であったのだと、今になってビビは理解した。

 

「ダンスパウダーは雨を呼ぶ粉。人工的に雨を降らす不思議な粉だけど、それには落とし穴があったの」

「……隣国の干ばつ、ね」

「ええ。強引に雨を降らせる魔法の粉は、他の町の雨を奪っていた。だから三年もの間、首都以外に雨が降らなかった」

 

 そんな災いを呼ぶ粉を、国王が買っていたのだという噂はたちまちに広がり、調べてみれば王宮からは大量のダンスパウダーが出てきてしまった。

 

「そうして、反乱は起きてしまった。罪もないのに苦しむ国民と、身に覚えのない無実の国が戦う不毛な争いが、もう二年以上続いている……!」

 

 ビビは枯れ果てたユバを見つめて、震えた声を放つ。

 

「私は、あの男を許さない……っっ!!!」

 

 決意に満ちた瞳で、ビビはユバへと入っていく。ここは反乱軍の拠点。

 これ以上、無駄な殺し合いなどさせてたまるかと、ビビは先頭を切って進んでいく。

 だが、ユバには痩せ細った一人の老人しかいなかった。

 

「……すまんな。この町は少々枯れている」

 

 スコップを使って、枯れたオアシスを掘り続ける痩せ細った老人が、ポツリと呟いた。

 どうやら、敵意はないらしい。

 

「せっかく来てくれたのだ。ゆっくりと休むといい。この町は宿が自慢なのだ……」

 

 泊まる場所があるのはありがたいが、皆の目的はそれではない。

 もぬけの空になったユバを見渡しながら、ビビはローブを深く被って問いかける。

 

「あの。この町には反乱軍がいると聞いたのですが……」

「反乱軍に、なんのようだね……!」

 

 穏やかな口調だった老人の声が鋭く尖る。

 どうやら、反乱軍に対して良いイメージを持っていないようだ。

 

「あのバカどもなら、もうこの町にはいないぞ」

「なにィー!?」

 

 一味たちは声を上げた。

 海軍から逃げながら、懸命に進んできた道のりが水泡に帰したのだ。悲鳴にも似た声がユバに響く。

 

「三年前からの日照りに、頻繁に町を襲う砂嵐。少しずつ蝕まれて、かつてのオアシスもこの有り様さ」

 

 物資の流通さえ止まってしまったユバでは、反乱軍の耐久戦も困難になり、彼らは拠点を移したのだと言う。

 その場所の名前は、カトレア。

 

「……カトレア!?」

「どうしたの、ビビ! 近くにあるの!?」

「……ナノハナの隣にあるオアシスよ」

「ナノハナ!? さっきまで私たちがいたところの隣だったの!?」

 

 戸惑いを見せる麦わらの一味の言葉の中に、老人は一つ気になる名前を見つけた。

 

「お前たち、いまビビと……?」

「ち、違うよ、おじさん!」

「そうだ! ビビは王女じゃねえ!」

「言うなっ!」

 

 スパーン! とルフィの頭が弾かれる横で、老人はビビに近寄り、その顔を確認する。

 

「ビビちゃんなのか……! 生きていたのか、よかった……!」

「えっ、あの……」

「少し痩せてしまったからね。分からないのも無理はない……!」

 

 詰め寄って真っ直ぐに見つめてくる老人の顔を見て、ビビはハッと記憶の中の面影に合う人物を思い出す。

 

「トトおじさん……?」

「そうさ……!」

 

 ビビの記憶では、トトは丸く太ったシルエットだった。

 彼はいまは反乱軍のリーダーをしているコーダの父親であり、このユバをほんの十年強でオアシスに変えた立役者だ。

 見る影もないほどに貧相な体になったトトは、泣きながらビビの肩を掴む。

 

「あの反乱を止めてくれ……! もう、君しかいないんだ……!! あいつらは、死ぬ気だ! 命を懸けて、次の攻撃をするつもりなんだ!」

「…………」

 

 深く息を吸ったビビは、優しく笑ってトトに手を差し出した。

 

「心配しないで! 反乱はきっと、止めるから!」

「ああ……ありがとう」

 

 ウタはそのビビの言葉を聞いて、笑顔を見せることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ユバについた時点で日が暮れていたので、麦わらの一味は宿で体を休めてから次の目的地に進むことになった。

 夜もふけ、月が高く登った頃。

 皆が寝ている中で、ウタは一人、外に出た。

 

「まだ、掘ってるんですか?」

「ああ。ユバのオアシスはまだ、生きてるからね」

「……強いですね」

「強いさ。ユバは、砂になんか負けないからね……!」

 

 きっと、こうして毎日のように砂を掘っているのだろう。

 砂嵐が来て穴が埋まってしまっても、諦めずに何度も、何度も。

 

「負けないですよ。私、分かります」

「はははっ。いつか君たちにも、満足するくらいの美味しいユバの水を飲ませてあげるからね」

「はい。楽しみにしてます」

 

 にっこりと笑ったウタは、宿に戻る途中で、小さく呟く。

 

「あなたも寝れないの?」

「……気づいてたの?」

「残念。私、耳はすごく良いの。音楽家だからね」

 

 影に隠れていたのは、ビビだった。

 ひたすらに砂を掘り続けるトトが心配で寝れなかったのか、ビビは眠らずに外にいたのだ。

 

「ねえ、ビビ」

 

 単刀直入に、ウタは言った。

 

「私は、カトレアには行かないよ」

「…………え?」

 

 ビビもしばらく麦わらの一味と冒険をした仲だ。こんなときにウタが冗談を言わないことぐらい、分かっている。

 

「どうして? カトレアに行って反乱を止めないと、多くの人が死んでしまうのよ」

「反乱を止めて、()()()はどうするの?」

「…………!!」

 

 ビビはすぐに答えられなかった。

 だってその答えは、あまりにも現実味がなさすぎる。

 

「すべての出来事の根源がクロコダイルなら、クロコダイルを倒すべきじゃないの? 私は反乱軍を止めて、それからクロコダイルを倒そうって思ってたんだけど」

「……そう。そうよ! 反乱軍を止めて、たくさんの味方を引き連れて、クロコダイルと戦うの! そうすれば、きっと相手が七武海でも——」

「嘘つき」

「——!?」

 

 ウタの耳は、ビビの嘘まで聞き取っていた。

 

「反乱軍を止めて、クロコダイルたちが諦めばいいと思ってるんでしょ? そうすれば、私たちもクロコダイルと戦って死ぬこともないし、あなたが守りたいもの全てを守れるって」

 

 何年もかけた計画が台無しに終わり、海軍が来ればクロコダイルは止まるのだと。

 悪事を暴けば、クロコダイルは諦めるのだと。

 そうすれば、誰も死なずに済むと、ビビは思ってるのだろう。

 

「甘いよ。そんな簡単に、海賊は止まらないよ」

「何がいけないの。私はただ、みんなにもあなたたちにも死んでほしくないだけなのに」

「どんなに辛くても、人は死んじゃうよ」

「——!!」

 

 バシンッ! とビビはウタの顔を強く叩いた。

 身体中が震えたまま、ビビは叫ぶ。

 

「なんでそんなこと言うの! それを止めようとしてるんじゃない!」

「本当に、誰も死ななければいいって思ってないじゃん」

「そんなことない! 私は、あなたにだって——」

 

 パン、と。

 今度はウタが、ビビの顔を叩いた。

 

「じゃあなんで、ビビはここで死ぬつもりなのッ!」

「…………っ!」

「私の夢は、世界中の人たちが笑って暮らせる新時代を作ること! もちろん、私だって笑ってみせる! それが()()()()()()()()()()()()()()()()だから!」

「そんな理想論で、全てが片付くと思わないでよ!」

 

 次は、ビビが殴る。

 ウタも負けじと、ビビを殴り返す。

 

「理想論じゃない! 私はいつだって、叶えるための夢を、その道筋を進んでるんだ!」

「そんなの、口でならいくらでも言える!」

「違う! 私は新時代を作るって決めたから、海賊旗(いのち)を掲げて海に出たんだ!」

「そんな海賊の理屈なんて分かんないわよ!」

 

 ビビとウタは殴り合いながら、思いをぶつけ続ける。

 二人の顔には青あざが浮かび、コブができ、口の端は切れて血が溢れ出す。

 それでも、二人は喧嘩をやめない。

 

「ビビが一番悔しくて、クロコダイルをぶっ飛ばしたいってことくらい、私じゃなくても分かるよ!」

「そんなの知ってどうするの! だって、クロコダイルの力の前じゃ、どうしようも……!」

「勝つよ、私たちは!」

 

 ウタはビビをひたすらに見つめる。

 その言葉に嘘の一欠片もないことなど、ビビは分かっている。

 それでも、ビビは頷けない。

 

「怖いんでしょ。自分以外の人間の命を賭けるのが!」

「だったら何よ! 何もない私には、それ以外に出来ることなんて一つも——」

「私たちの命だって、賭けてみてよ!」

「…………ぇ」

 

 ウタは弱く、ビビの胸を殴った。

 そんな小さな力の拳が、ビビの深くにまで響く。

 

「仲間じゃん。私たち……!」

「……ウタ、さん」

 

 ビビはようやく、涙を流した。

 王女という重圧に潰されないように、上に立つ者の使命をまっとうするために。

 堪え続けてきた涙を、ようやくこぼした。

 

「一緒に死んであげるから。だから、一緒に生きよう。守ろう、この国を。みんなの笑顔を」

「…………なんで、そこまで」

「私はただ、世界中の人たちに笑っていてほしいだけ。ただ、それだけなの」

 

 だからさ、とウタはその場に倒れて、空を見上げる。

 乾き切った砂漠の空には、眩しいほどに輝く星々が散らばっている。

 

「変えようよ、一緒に。この世界を」

「……ふふっ」

 

 ビビもウタの隣に倒れ、空を見上げる。

 痛む傷も、砂利と血が混ざった口の中も、全部気にせず、二人は笑う。

 

「信じて、いいのね?」

「もちろん! そのためにアラバスタに来たんだもん! 仲間の国がこんなことになってるのに、見過ごせるわけないってば」

「海賊とは思えないわ」

「にししっ! 私たちは自由でいたいだけだよ。だから、海賊なの」

「……変なの」

「なにをっ! 格好いいんだからね、海賊!」

「あはははっ! 分かってるってば」

 

 ウタとビビは小突きあいながら笑って、しばらくすると沈黙が訪れる。

 活気のなくなったユバでは、風が砂を擦る音しか聞こえない。

 そんな静まり返った砂の上で、ウタは口を開く。

 

「ねえ、ビビ」

「ん?」

「勝とうね、絶対」

「ええ。やってやろうじゃない。みんなで、クロコダイルを倒しましょう」

 

 ビビは横を向き、ウタヘ笑いかける。

 

「よろしくね、()()

「うん! こっちこそ!」

 

 目的地は、反乱軍現拠点カトレアから、クロコダイルの拠点レインベースへ。

 今度こそ、二人は声を揃えて夜空に叫ぶ。

 

「「打倒、クロコダイル!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、レインベースでは。

 

「取り逃しただと!? 麦わらの一味も、王女ビビもまだ生きているのか!?」

 

 バロックワークスの幹部、ナンバーズを集めた会合で、傷だらけの身体を引きずってやってきたMr.3の言葉に、クロコダイルは声を荒らげた。

 

「…………てめぇ。一人や二人は殺したんだろうな……?」

「い、いえ……それが……!」

 

 麦わらの一味を誰も殺すこともできずに戻ってきたのだと話すMr.3の言葉を聞いて、クロコダイルは深く深く息を吐く。

 

「千人の雑魚どもから連絡が途絶えたのはまだいい。だが、この地位を与えたお前が、この失態をするのは許しがたい事実だ……!」

 

 クロコダイルはMr.3の首を掴んだ。

 すると、瞬く間にMr.3の体がミイラのように干からびていく。

 

「……み…………みず……」

「ミス・オールサンデー。そのマヌケ野郎を処分しておけ」

「ええ。承ったわ」

 

 ミス・オールサンデーは小さく頷くと、地面から手を生やしてMr.3を建物の外へ運んでいく。

 役立たずを処分してようやく落ち着いたクロコダイルは、どっさりと椅子に座り込んだ。

 

「……厄介なのは、王女ビビと反乱軍リーダーのコーザが幼馴染ってことだ。あの二人が出会えば、反乱軍に迷いが生じて、作戦に支障が出る」

 

 クロコダイルはテーブルを力強く叩きつけ、ミス・オールサンデーへ叫ぶ。

 

「王女と海賊を決してカトレアへ入れるな! 見つけ次第、抹殺しろ!」

「はい。すぐに命令を回します」

「ナンバーズは計画通り、『ユートピア作戦』を実行しろ。決行は変わらず、明朝七時!」

「——了解」

 

 幹部たちがレインベースを去り、クロコダイルが周到に用意してきた作戦のために動き始める。

 若干のイレギュラーはあれど、まだ作戦に支障は生まれていない。

 ビビとコーザが出会わなければ、何も問題はないのだ。

 

「これ以上のトラブルは……」

社長(ボス)! 伝令です!』

 

 鳴り響いたのは、ミス・オールサンデーが持つ、クロコダイル直通の電伝虫。

 緊急時以外は決して鳴らしてはならないと念を押されているその電伝虫が鳴るという意味を、クロコダイルはすぐに理解した。

 

「何があった。端的に説明しろ」

『お、王宮内に海賊が侵入してきました! コブラ王をさらい、どこかへ行ったようです!』

「——なに!? 麦わらの一味の奴らが一直線にアルバーナヘ向かってきたってのか!?」

『い、いえ……! 王宮に侵入してきた海賊は——』

 

 バロックワークスの手下は、一呼吸入れて告げる。

 

 

 

『——“黒ひげ”と、名乗っていました!』

 



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幕間「黒い影」

 

 

 

 首都アルバーナ。

 王宮の西、葬祭殿。

 部外者が立ち入ることのできないこの地に、海賊が足を踏み入れていた。

 

「ゼハハハ!! 随分と素直じゃねえか! 話が分かる奴は嫌いじゃねえぜ、さすが聡明な国王様だ!」

 

 薄汚れたバンダナに、くたびれたシャツとズボンのみという格好で、黒ひげ——マーシャル・D・ティーチは王家の墓を歩く。

 その横には、怪我を負った国王コブラの姿があった。

 

「大切な家臣の命に比べれば、これくらいなんてことない。ただでさえ、今はクロコダイルによって国が壊れかけているのだ。ここを見せれば帰るというなら、言う通りにする」

「ああ! その通りだ! おれも時間がなくてな。さっさとここを出ねえと()()()()が来ちまう。お互い、手早く済まそうぜ」

 

 事が起こったのは、クロコダイルによる『ユートピア作戦』によって反乱軍が蜂起し、国王軍が混乱の中、決戦の準備をしている最中だった。

 アルバーナヘ到着したカルーから渡されたビビの伝書によって、この騒動の黒幕がクロコダイルだと知った国王軍は、レインベースへの突入の動きをしていた。しかし、その準備の最中、国王の偽物によってナノハナが襲われ、反乱軍に火がついたのだ。

 さらに、事件の辻褄を合わせるためにバロックワークスの工作員が国王を拉致しようとしたところで現れたのが、黒ひげだった。

 

「我ながら、素晴らしいタイミングで来たもんだ。おれはただ、仲間集めのついでに歴史の本文(ポーネグリフ)を見れればいいと思ってただけなんだがな!」

「……たった一人でアラバスタの軍を圧倒しておいて、よく言う」

 

 反旗を翻したバロックワークスの工作員ごと、アラバスタの王国軍を()()()()()()()()で蹂躙した黒ひげは、たった一つ、コブラ王への要求を口にしたのだ、

 

——歴史の本文(ポーネグリフ)へ、連れていけ。

 

「……隠し階段! ゼハハハ! 国王に尋ねたのは正解だったみたいだな。これじゃあ自力で見つけられねえ!」

 

 コブラ王が淡々と歩いていく後ろを、黒ひげはゆっくりと着いていく……が。

 

「……どこの海賊だ、てめぇ」

 

 砂煙の中から突如として現れたクロコダイルが、黒ひげの首を右腕で掴んだ。

 これでクロコダイルは黒ひげの命を掴んだ……と、わずかな油断が生まれた。

 

「ゼハハハ! さすが七武海クロコダイル! 容赦がねえな!」

 

 笑いながら、黒ひげもクロコダイルの首を掴む。容赦なく、クロコダイルは自らの能力で黒ひげを枯らそうと力を入れるが、

 

「——これは」

「驚いたか!? 残念ながら、能力差で雑魚を蹴散らしてきた自然系(ロギア)は、おれとの相性は最悪だぜ……!?」

 

 クロコダイルの能力は全身を砂に変える事ができる“スナスナの実”の力だ。エースの“メラメラ”の力と同じように、物理攻撃は基本的に当たらない。

 しかし、今のクロコダイルには、その砂の力が使えなくなっていた。

 

「落ち着けよ、クロコダイル。おれは別に、お前とやり合うためにアラバスタに来たわけじゃねえ」

「…………隠し階段か。まさか、お前も……!」

「ああ、知っておきたくてな。古代兵器『プルトン』ってやつが、どんなものなのかを!」

 

 クロコダイルの後ろにいたミス・オールサンデーが、その言葉に目を丸くする。

 

「……あなた、どうして『プルトン』を知っているの」

「——その顔、ニコ・ロビンか!? ゼハハハ! こんな人材まで仲間にしているとは、クロコダイルって海賊の底は知らねえな!」

「答えろ、みずぼらしい海賊が」

 

 黒ひげは不敵な笑みのまま、クロコダイルから手を離す。

 両者とも、戦うつもりがなくなったのか、殺気はありながらも互いに能力を使うことはせずに階段を降りていく。

 

「歴史研究が趣味でな。古代の兵器や種族は知らねえと気が済まねえのさ」

「普通はその名にすら辿り着かないはずだが」

「ああ、そうだろうな。例えばオハラの生き残りとかじゃなければ、知る機会なんてほとんどねえ」

「——なんでその名を」

「ゼハハハ! 物好きはお前だけじゃねえって話さ!」

 

 笑いながら、黒ひげは先へ進んでいく。

 そして、隠し階段の先に置かれた立方体の石が、現れる。

 通常の手段では傷つけることすらできない硬質な石に刻まれた、現代で読める人間はいないとされる文字には、政府が隠している歴史が記されているとされる。

 それこそが、この歴史の本文(ポーネグリフ)

 歴史を刻んだ石の前に立った黒ひげは、小さく呟く。

 

「……やっぱり、何も聞こえねぇな」

「読めるわけではないのね」

「解読なんか出来るわけがねえ。おれが確かめたかったのは、海賊王のように何かが聞こえるかってことだけだ」

「なんの話だ、クソ海賊」

「ゼハハハ! こっちの話だ。さて、おれは何も分からなかったからな。ここは、歴史的犯罪者の考古学者に聞くべきじゃねえか?」

 

 黒ひげは視線をミス・オールサンデー、もといニコ・ロビンへ向けた。

 わずか八歳にして懸賞金7900万ベリーの賞金首となった海賊、ニコ・ロビン。

 そこまでの危険因子と見做される理由は、彼女の持つ知識にあった。

 ニコ・ロビンは歴史の本文(ポーネグリフ)を眺め、呟く。

 

「カヒラによるアラバスタの征服。……これが天暦239年。260年テイマーのビデイン朝支配……」

「オイオイ、待て待て! おれたちが知りたいのはそんな事じゃねえだろ!」

「……記されていないわ。ここには、歴史しか記されていない。プルトンなんて言葉は、どこにも出てこなかった」

「……そうか、残念だ」

 

 クロコダイルは、ニコ・ロビンの首を掴みに手を伸ばした。

 しかし、それを阻むのは黒ひげ。

 

「ゼハハハ! いいじゃねえか、これくらい! そんなことで殺していいほど、この女の価値は低くねえぜ……?」

「お前もここで死ぬつもりってことだな」

「おっと、そうは言ってねえ。まだ七武海とやり合うつもりはねえ。むしろおれが求めているのお前みたいな地位さ、クロコダイル!」

「七武海の席が空かない限り、お前みたいな小悪党の席なんてねえぞ」

「ゼハハハ! ここで一席空けてくれるってんなら、願ったり叶ったりだがなァ!」

 

 砂と闇が、葬祭殿の地下で絡み合う。

 そして、両者の拳がぶつかりかけた瞬間。

 

社長(ボス)! 麦わらの一味が、王宮付近の砂漠に現れたという情報が入りました!」

 

 ピタリ、と。

 クロコダイルの腕が止まった。

 それに合わせて、黒ひげの手も止まる。

 声が聞こえたのは、ニコ・ロビンの持つ直通電伝虫からだった。

 

「……麦わらぁ?」

 

 黒ひげが首を傾げた直後、電伝虫から更なる情報が付け加えられる。

 

「目撃した者によると、どうやら王女ビビと麦わらのルフィが一緒にいるようで、今のままでは反乱軍が王宮に到着する前に王女が辿り着きます!」

「——なに!? ナンバーズはどうした!?」

「それが、二人は巨大な(ハヤブサ)に乗って空を移動しているらしく……!」

「護衛隊の動物系(ゾオン)か……!! クソ、余計な真似を……!」

 

 クロコダイルはマントを翻すと、踵を返して歩き出す。

 

「おれは帰ってもいいってことか?」

 

 煽るように問いかける黒ひげを、クロコダイルは鋭く睨みつけた。

 

「勝手にしろ。おれの計画に支障をきたさない奴に構ってる時間はない」

「ゼハハハ! 利口な男は楽で助かる。こっちとしても、こんなところで時間のかかるケンカをしてる場合じゃあねぇんだ」

 

 クロコダイルに続くように、黒ひげも外へ出る。

 そして残ったニコ・ロビンへ、クロコダイルはわずかに視線を向け、

 

「お前の始末はもう少しだけ仕事をしてからだ。それまでの命だ。覚悟は決めておけよ」

「ええ。別に、私はいつ死んだって構わないもの」

「……コブラ王を捕える人間を手配しろ。もう用済みだが、もう少しだけ生きてもらう」

「——すぐに」

 

 クロコダイルへついていくニコ・ロビンへ、黒ひげは笑いながら言う。

 

「どうしようとお前の勝手だが、身の振り方は考えた方がいいぜ……! あの文字を読めるってだけで、世界中から狙われてるんだ……!」

「ええ。知っているわ。いつだって、全員が敵だったもの」

「良い肝の座り方だ! おれと一緒に来るか!?」

「遠慮しておくわ」

「ゼハハハ! 気に入ったぜ! いつでもお前の分の席は空けておく!」

 

 地下から出た黒ひげは、ニコ・ロビンの耳元で小さく呟く。

 

「おれの仲間になったときには、隠してたプルトンの情報も答えてもらうぜ……!」

 

 ハッと振り向いたニコ・ロビンを見て、投げかけたハッタリが正解だと理解した黒ひげは、大きく笑う。

 

「ゼハハハハハハ!! それじゃあ、この国がどうなるのか、楽しみにしてるぜ! また会おう、次はおれも七武海になってる予定だ!」

 

 クロコダイルの返事も聞かず、黒ひげはその場から姿を消した。

 既に興味を失っているのか、動じることなくクロコダイルは外へと歩いていく。

 そして、そのまま砂となり、宙に浮かび上がって広く砂を飛ばす。

 砂漠というフィールドは、クロコダイルの独壇場だ。わずかな砂の振動などを頼りに、誰がどこにいるのかという情報すら把握できる。

 

「……そこか」

 

 クロコダイルはニコ・ロビンを見下ろし、吐き捨てるように言う。

 

「この先の仕事次第では、お前を許してやろう。期待してるぞ、ミス・オールサンデー」

 

 それだけ告げて、クロコダイルは砂となってルフィたちを捕らえるために消えていった。

 そして、一人残ったニコ・ロビンは、空を見上げてポツリと呟く。

 

 

「…………私には、敵が多すぎる」

 

 

 ロビンの寂しげな言葉を受け取る仲間は、ここには一人もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒ひげがクロコダイルの元から離れて、約三〇分ほど。

 アラバスタから出航するための準備を整える黒ひげは、その道中で驚くべきものを見た。

 

「…………あれは、なんだ……!?」

 

 『それ』を呆然と見つめる黒ひげは、しばらくしてから笑いだす。

 

「ゼハハハハハハ!!! あんな化け物、おれでも勝てるか分からねえ! 世界ってのは広いなァ! 面白くなってきたじゃねえか! この世界には、一体どれだけの歴史が埋もれてるってんだ!」

 

 道中で買った酒を勢いよく飲む黒ひげは、仲間が待つ船へと向かう。

 

「海賊の時代は終わらねえ! この時代をいただくのはこのおれだァ!」

 

 黒ひげは笑いながら、終わりゆく国を肴に酒を飲み干した。

 

 




黒ひげの笑い方好きで、気を抜くとずっと書くセリフ笑っててびっくりしました。


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第三十話「激動のAM7:00」

初めて活動報告書きました。
感想欄に書くほどでもないかなみたいなコメントなどあればそっちに雑にコメントいただいても大丈夫です。
一緒にワンピースを楽しみましょう。


 

 

 時は少しだけ遡り、ユバで一夜を過ごした翌朝。

 顔中ケガだらけのウタとビビを見た一味たちは、二人の姿を見て驚嘆していた。

 

「ど、どうしたの二人とも!」

 

 そんな問いかけに、二人は笑って答える。

 

「「ケンカしたの!」」

 

 その言葉を聞いて、一味たちは顔を見合わせてやれやれと首をする。

 チョッパーがガーゼで傷口を消毒してくれている間に、ウタはルフィへ声をかける。

 

「ルフィ! ビビもクロコダイル、ぶっ飛ばしたいって!」

「……にししっ! そーか! おれもだ!」

「皆さん、お願いします! 私と一緒に、あいつと戦ってください!」

 

 麦わらの一味は、口を揃えて即答した。

 

「当たり前!」

 

 心の準備は整った。

 休息も充分に取った。

 物資の蓄えも申し分なし。

 満を持して、麦わらの一味はクロコダイルの拠点である夢の町、レインベースへと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 レインベースが夢の町と呼ばれる理由は、中央に位置する公営ギャンブルのためだ。

 枯れてしまったユバやエルマルとは違い、川の水も海に侵食されず、豊富な資源が並ぶ地は、港町ナノハナと同様の活気があった。

 

「いい? ここはバロックワークスの拠点。顔が割れてる私たちはクロコダイルと遭遇するまでは決して騒ぎを起こさないこと!」

「はーい!」

「そして、海軍にも見つからないこと! 分かった?」

「はーーい!」

 

 元気よく返事をした麦わらの一味は、クロコダイルがオーナーを務めるカジノ『レインティナーズ』へと向かう。

 ビビを先頭にしてカジノへ入った麦わらの一味は、スロットや歓声で溢れる店内の音量に圧倒された。

 

「すごい。これが、カジノ!」

「やってみてえー!」

「ダメよ。あんたはどうせ稼ぎにならないんだから」

 

 走り出そうとしたルフィとウタの首根っこを掴んだナミの横で、ビビがカジノの店員にこっそりと顔を見せて話をしていた。

 相手がビビだと分かった瞬間に、店員たちはすぐさま奥の扉へと誘導する。

 

「も、申し訳ありませんが、オーナーはただいま外出中ですので、こちらのVIPルームにてお待ちください!」

「……外出中?」

 

 ビビは訝しげに眉をひそめながらも、案内されるままにVIPルームへと入っていく。

 クロコダイルは基本的に、表には出ずに部下に指示を出すことで基本的な物事を解決するタイプだ。

 何年もかけて築き上げたアラバスタの英雄の称号を、そう簡単に手放すはずがない。

 というよりも、それすらも計画に織り込んでいるはずなのだ。

 ということは、つまり。

 

「予想外の何かが起こってるって? 正解だ」

 

 答えたのは、VIPルームの中でテーブルに腰掛けていたゴーグルのついた黒いハットを被った海軍の青年だった。

 その姿を見ただけで、ルフィとウタは声を上げる。

 

「「サボっ!!!」」

「また会ったな、ルフィ、ウタ。順調に進んでいるようで何よりだ」

 

 サボの足元には、倒されているバロックワークスの手下たちがいた。

 そして、その中には見覚えのある髪型の男も転がっていた。名前は忘れたが、髪の毛が3の形で結ばれているので、ナンバーズか誰かだろう。

 最も容易くバロックワークスたちを片付け、一人でこの場所にいるサボを、一味は不思議そうに見つめる。

 

「ねえ、ウタ。この人、海軍でしょ? 大丈夫なの……?」

 

 問いかけるビビへ、ウタは笑顔で答える。

 

「大丈夫! この人も私たちのお兄ちゃんだから!」

「……白ひげの幹部と海軍がお兄ちゃん……? 不思議な家系だわ」

「あはは! ちょっと夢が違うだけだよ!」

 

 それだけ言って笑い飛ばしたウタは、一番気になっている事を質問する。

 

「それで、なんでサボがここに?」

「スモーカーさんが、王女ビビを誘拐した麦わらの一味を追っているから、かな?」

「誘拐ー!? おいビビ、無事か!?」

「アタシたちが誘拐してるってことでしょ! 海賊と一緒にいるんだから!」

「なんだ、無事なのか。じゃあいいや」

「はははっ! 変わらないな、ルフィは」

 

 爽やかに笑ったサボは、倒したバロックワークスたちを見下ろす。

 

「お前たちが王女様を悪気があって誘拐したとは思えなくてな。調べてみたら、バロックワークスと、その社長(ボス)へと辿り着いた」

「じゃあ、あなたもクロコダイルを……?」

「まだ確証はなかったが、本当にクロコダイルが黒幕なのか……これは面倒だな……」

 

 サボは帽子を深く被り直す。

 

「七武海であるクロコダイルは、海賊だが政府側の人間だ。決定的な証拠がないと、海軍は動けない」

「そんな! あんなにたくさんの人を苦しめているのに……!」

「ああ、おれもそれは分かってるが、()()上に向かって無茶をするわけにはいかない。というわけで、お前たちの仕事だ、ルフィ!」

「……お? クロコダイルをぶっ飛ばせばいいのか?」

「正解だ。さすがだな」

 

 麦わらの一味の全員が絶対にそこまで考えてない……という顔をしているが、気にせずにサボは続ける。

 

「クロコダイルは首都アルバーナへ向かった。お前たちには、すぐにそこへ行ってクロコダイルを倒してほしい。時間がないんだ」

「そうかしら? 聞いた話によると、まだ反乱軍が動くまで時間があるって聞いたけど」

「いや、()()()()んだ。この幹部に喋らせたんだが、クロコダイルが計画した『ユートピア作戦』は、もう既に決行されている」

 

 サボは語り始める。

 クロコダイルが何年にもかけて計画をした『ユートピア作戦』を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはあまりにも衝撃的な事実だった。

 変装の力を持つ能力者が国王のフリをしてダンスパウダーの一件の責任を王国に押し付け、反乱軍を扇動する。

 加えて、クロコダイルが手配した武器を積んだガレオン船を港に突撃させ、人々を混乱に陥れる中で、ナンバーズたちに暴れさせる。

 さらに、国王コブラが同じタイミングで誘拐され、行方をくらませることで王国軍の指揮を滞らせ、反乱軍を迎え打つしかない状況へと追い込む。

 ほんの一時間で、反乱軍と王国軍の衝突まで、あと七時間程度の余裕しかない事態になってしまった。

 

「…………そんな!」

 

 その場に崩れ落ちるヒビを見つめながら、サボは呟く。

 

「アラバスタを守りたいという気持ちを逆手に取った、最低の作戦だ。……反吐が出る」

 

 強く拳を握りしめながら、サボは唇を噛み締めていた。

 背中に書かれた正義の文字が嘘ではないのだと、それだけでわかる。

 

「ルフィ、ウタ。もうすぐここにスモーカーさんたちが来る。早くアルバーナヘ向かってくれ」

「サボはどうするんだ?」

「言ったろ。おれは表立って悪事を働いていない七武海を無闇に攻撃することができない。すまねえな。まだ上まで辿り着けてねえんだ」

「いいよ、別に! どうせ私たちがぶっ飛ばすつもりだったから!」

「いつの間にかたくましくなったな。だがまあ、兄貴から一つだけ注意がある」

 

 サボは二人の頭を撫でて、優しく笑った。

 

「あんまり背負いすぎるなよ。せっかく良い仲間が出来たんだ。焦りすぎず、お前たちのペース一緒に歩いていけ」

「……? どういうこと?」

「そのうち分かるさ」

 

 そんな話をしていると、サボとのやりとりを見ていたサンジとゾロが声を上げる。

 

「おい、危ねえ!」

「なんかやべえワニが出てきてんぞ!」

 

 サボの後ろに、巨大なワニが歩いてきたのだ。強靭な爪と牙を持つそのワニは、容赦なくサボへと襲いかかるが、

 

「ああ、そうだ。このナンバーズのやつを助けるときに、このワニが出てきちまったんだった」

 

 サボはルフィたちへ視線を向けたまま、()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、そのままたった一撃、反撃のパンチをアゴへと打ち込む。

 ただそれだけで、ワニは倒れ、動かなくなった。

 

「悪いな。驚かせた」

「……ねえ、ウタ。あんたのお兄さん、後ろ目に目がついてるわよ?」

「あはは! さすがサボだね!」

「すっげえー! どうやったんだ、いまの!」

「お前たちもいずれできるようになるさ。とにかく今は、アルバーナヘ」

 

 言われるまま、二人は踵を返す。

 クロコダイルを倒すにしろ、反乱軍を止めるにしろ、向かうべきは首都アルバーナだ。

 この場に留まっていても、何も意味がない。

 

「いまから急いでアルバーナヘ向かえば、反乱軍が王宮に辿り着く前に止めることができるはず……!」

「そして、そこにはクロコダイル! やることは決まったね!」

 

 麦わらの一味は、すぐにカジノの入り口へと向かっていく。

 最後に振り返ったウタは、笑顔で手を振る。

 

「サボ、またねー!」

「おう! きっとまたすぐに会えるさ!」

 

 カジノの外へ出ても、アルバーナやナノハナから遠いレインベースでは日常が流れている。

 そんな中でも緊張感を孕んだ空気をまとう麦わらの一味は、アルバーナヘ向かう手段を考えていた。

 

「どうすれば……! 徒歩では到底、アルバーナヘは間に合わない……!」

「そういえば、来る途中で馬小屋があったわ! それに乗ったら行けるんじゃないかしら!」

「さすがナミさん! まだ海軍には見つかってないし、今ならまだ間に合う!」

 

 すぐに馬を借りようと走り出す麦わらの一味。その道中、凛々しい鳴き声が空から聞こえた。

 上を見上げたビビは、その姿を見て笑顔を見せる。

 

「——ペル!」

「ご無事でしたか、ビビ様!」

 

 現れたのは、アラバスタ最強の戦士と言われる、護衛隊副官、ペルだった。

 ひし形の模様が入った牧師のような白いローブの内側から(ハヤブサ)の翼を生やした彼は、王国でも有名な悪魔の実の能力者だ。

 飛行能力を持つ優秀な副官へ、ビビはすぐに目的を告げる。

 

「ペル! 私を乗せて、アルバーナヘ連れて行って!」

「——かしこまりました。すぐに乗って下さい」

「よし、おれも行く!」

 

 ペルの背中に乗ったビビに、ルフィも続く。

 どうやら、重量的にはなんとか平気らしい。クロコダイルの元へ行くのだ。ルフィがついていなければならないのは当然だろう。

 

「ちなみに、私も乗れたりする?」

「……試しに乗ってみてもらってもよろしいでしょうか?」

 

 恐る恐るペルの背中に乗ってみるウタだったが、頬から汗を流すペルは申し訳なさそうに言う。

 

「……すいません。二人が限界のようです」

「そ、そんな……!」

 

 ショックを受けるウタを、ゾロが笑う。

 

「ははっ! 重いってよ、ウタ!」

「ゾロぉ!? 言って良いことと悪いことがあるよね!?」

「おいクソマリモ! てめえ、ウタちゃんに向かってなんてひでぇこといいやがる!」

「そーだ、そーだ! ノンデリカシー緑!」

「クソマリモ!」

「女の敵ーっ!」

「なんでナミまでついでに参加してんだ! 切られてえのか!」

 

 ギャーギャーと皆が騒いでいるうちに、ビビとルフィを乗せたペルが空へと飛び始める。

 トリトリの実の力による力強い風が吹く。

 

「それじゃあ、私たちは先に行くわ!」

「みんな、先に行ってる!」

「すぐに追いつくからねー!」

 

 ピョンピョンと跳ねて手を振っているウタは、すぐに自分たちの移動手段を見つけようと周囲を見回す。

 どうやら先ほどの話の後に、サンジがすぐに動いてくれていたらしく、馬を引き連れてやってきてくれた。

 だが、やってきた馬は四匹。

 ウタ、ナミ、ゾロ、サンジ、ウソップ、チョッパー(ナミの膝の上に乗るので実質カウントなし)の四人分だとするならば、一頭ほど足りない。

 

「さて、どうする?」

「うーん、おれが動物たちと話して手伝ってくれそうなやつを探すか?」

「それだと時間がかかりすぎちゃう……!」

「よーし、ならばこのキャプテンウソップが——」

「あ、そうだ! もしかしたら……っ!」

 

 ウソップをガン無視したウタは、コホンと咳払いをして大きく息を吸う。

 そして、ユバへと向かうときに歌っていた歌を高々と奏でる。

 

「————♪」

 

 その歌声が遠くまで響いてから、ほんの数秒。見覚えのある影たちが、ウタたちの前に現れた。

 

「ゴァーー!!」

 

 白く美しい羽毛とは裏腹に、下品でいやらしい目つきをした鳥。

 つい昨日、ウタたちの荷物運びを手伝ってくれた上に、ウタと仲良しになったワルサギたちだった。

 

「わーっ! 来てくれたんだね、みんな!」

「まさか、鳥集めの特技まで持ってるなんてね……」

「友達を呼んだだけだよ〜♪ ね、みんな!」

「ゴアー!」

 

 楽しそうに翼を上げるワルサギたちの背中に、ウタはそっと身体を預ける。

 そして頭をポンポンと叩くと、東の空を指差した。

 

「みんな、お願い! 私をアルバーナまで連れて行って!」

「ゴアーーー!!」

 

 快諾の意を示すように、ワルサギたちは翼を羽ばたかせた。

 馬の頭数を合わせるために、チョッパーもその背中に飛び乗る。

 

「おれも乗るぞー! よろしくな、お前ら!」

「ゴアー!」

「よぉ〜し! それなら、キャプテンウソップ様も空の旅をお供して——」

「ゴアアアッッ!!」

「いだだだだだだだ!?!?」

 

 全方向からクチバシで攻撃を受けた上に水を奪われて目の前で飲まれているウソップを見て、ウタは「めっ!」とワルサギの頭をコツンと叩く。

 

「ゴア……」

「反省してるならヨシ!」

「お、おれの水……」

「まあまあ、まだあるんだし、許してあげてよ」

 

 ウタはワルサギの上で体勢を整えながら、細長い首に手を回した。

 いつでも飛べるよ、と伝えるようなウタの動きを感じ取って、ワルサギたちは空へと飛び上がった。

 

「それじゃあ、私とチョッパーも先に行くね! みんな、アルバーナで!」

「おう!」

 

 ワルサギはどんどんと浮上していき、拳を掲げた一味たちの姿が、小さくなっていく。

 おそらく、ペルーの方が速さは数段上であろうが、それでも空を飛んでアルバーナヘ向かえるというのは非常にありがたい。

 

「待っててね、ルフィ……!」

 

 空を駆けながら、ウタは遠く東に位置するアルバーナを目指す。

 

 ——反乱軍、王宮到着まで、残り五時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——反乱軍、王宮到達まで、残り三〇分。

 

 

「見えた、アルバーナ!」

「うん! ワルサギたちもあれがアルバーナだって言ってるぞ!」

 

 ワルサギに乗ってしばらく空を飛んだ頃、ウタの視界に豪奢な王宮が映った。

 どうやら、あれが首都アルバーナであり、ビビたちが目指していた王宮のようだ。見た限り、反乱軍よりも早く到着ができたらしい。

 とすれば、ルフィたちがいるのは王宮のはず。

 

「サボは国王が捕まってるせいでユートピア作戦が実行されたって言ってたもんね。ビビも分かってるはずだし、向かうのはあそこで——」

 

 悪寒が走った。

 聞き逃してならない声を、ウタは確実に聞き取った。

 

「………………ルフィ?」

 

 視線を王宮からわずかに逸らし、砂漠を見渡す。

 そんなわけがないと、ウタは探すことすらしたくなかった。

 しかし、それでも見つけてしまう。

 

 

 ——クロコダイルに敗北した麦わらのルフィが、砂漠に倒れていた。

 

 

「…………ぇ?」

 

 ウタは躊躇わずにワルサギから飛び降りた。

 その暴挙に慌てたワルサギたちが、次々とウタの下敷きになって衝撃をできる限り消し、無傷でウタを砂漠へとおろす。

 

「おい、ウタ! あぶねえぞ!」

「………………うそだ」

 

 チョッパーの言葉を無視して、ウタはルフィの元へ走る。

 ルフィの胸に、クロコダイル義手として左腕に付けれた金色のフックが突き刺さっていた。

 その近くでは、血だらけで泣き崩れるビビの姿。

 ゆっくりと、ウタはクロコダイルへ近づく。

 

「……なに、してるの」

「ああ……? なんだ、お前は」

 

 オールバックに、顔面を横断するように走る傷跡と、高級感の溢れる毛皮のロングコートが印象的だった。

 その立ち振る舞いで、自己紹介などなくともウタは彼が誰かに気づく。

 

「あなたが、クロコダイル……?」

「だったらなんだ? お前もこのアホみたいな麦わら帽子の仲間か?」

「………………」

 

 バチン、バチンと。

 ウタの顔の周りに黒い火花が散る。

 あまりに威圧的なその表情を前にしても、クロコダイルは微動だにしない。

 

社長(ボス)。彼女が『歌姫のウタ』よ」

「——ほう? ()()歌姫か?」

「ええ。懸賞金は、5000万ベリー。ルーキーとしては異例なこの数字の意味は、あなたはよく分かっているでしょう?」

「…………お前と同類か」

「そう。彼女には、()()()()()がある」

「面白い。そこの王女とともに、丁重にもてなそうじゃないか」

 

 クロコダイルはフックを突き刺したルフィを投げ捨て、倒れているビビに手を伸ばす。

 首を掴んで持ち上げたクロコダイルは、ニヤニヤと笑いながらビビを見つめる。

 

「どんな気分だ? お前のせいでこいつらが傷つくのは」

「……うるさい、黙れ……ッ!」

「はッ! 威勢のいい王女様だ」

 

 ビビも投げ捨てたクロコダイルは、視線をニコ・ロビンへ向けて回収を促す。

 ロビンは自身の悪魔の実の能力でビビの身柄を回収すると、その場に立ち尽くすウタへ視線を移す。

 

「…………イル」

 

 怒号が、轟く。

 

「クロコダイルァァァァアアッッ!!!!」

「……無謀だな」

 

 走り出すウタへ、クロコダイルは躊躇いなく攻撃を繰り出す。

 

砂漠の宝刀(デザート・スパーダ)!」

 

 クロコダイルが腕を振ると、砂塵が刃を形作り、縦に伸びた砂の刀が地面のごとウタを刻もうと突き進む。

 

「……ぁ」

 

 反応が、遅れた。

 怒りで耳への集中が途切れたウタは、攻撃を見てから回避しようと動くが、間に合わない。

 そして——

 

「…………だい、じょうぶか……ウタ……」

 

 意識を失っていたルフィが、それでもウタの盾となって彼女を守り切った。

 巨大な切り傷ができたルフィの背中と、ぽっかりと空いた肩の傷穴から、とめどなく血が溢れる。

 

「……ルフィ?」

 

 事態を受け止めきれないウタの横に、遅れてチョッパーが現れる。

 

「——! すごい傷だ! おまえぇぇえ!!」

「やめろ……! お前らじゃあ、こいつには勝てねえ……!」

 

 身体の形を変え、クロコダイルへ向かおうとしたチョッパーを止めたのは、ルフィだった。

 ぼたぼたと血を垂れ流しながら、それでもルフィは立ち上がり、クロコダイルを睨みつける。

 溢れる闘志を前に、クロコダイルは手のひらに汗が滲んでいることに気づいた。

 

「そのどうしようもないプライドだけは、認めてやろう」

 

 トドメを刺さねばならないと、クロコダイルの本能が予感をした。

 だからこそ、渾身の力をクロコダイルは右腕に込める。

 

「死ね、麦わら」

 

 そして、巨大な砂嵐がルフィたちへ追いかける。

 それでも、ルフィは引かない。拳を構えて、ウタたちを守ろうと真っ直ぐに立つ。

 

「…………だめ」

 

 ウタは直感した。

 あと一撃で、ルフィは死ぬ。

 

 ルフィを、失ってしまう。

 

「やだ。それだけは、やだ」

 

 この絶体絶命の状況は、ウタの奥深くで眠っていたトラウマを引きずり出すのには十分過ぎた。

 

「あ、ああ、ああああああ!!!!」

 

 頭の奥に鈍痛が走る。

 最悪の記憶たちが脳裏を駆け巡る。

 

 炎に埋まる国。

 泣き叫ぶ悲鳴。

 跳ねる水の音。

 沈む船の轟音。

 

「が、ぁぁあ、ああああッッ!!!」

 

 ウタは、口にする。

 奥深くに眠っていた、災いの名を。

 

 

「————謳え」

 

 

 そして。

 

 

T o t M u s i c a(死の音楽を奏でる者よ)

 

 

 魔王が、顕現する。

 



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第三十一話「破滅の譜」

 

 

 本心を言えば。

 あの言葉は自分のために言ってくれた誇張の表現なのだろうなと、どこかで思っていた。

 

 

 ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ

 

 

 鼓膜を超えて、心臓を強引に掴むような魔性の艶麗さを孕む歌声。

 その歌声を奏でる歌姫に絡みつく漆黒の瘴気。

 そして、歌姫の背後に現れた、禍々しい衣装に実を包んだ上半身だけの道化の巨人。

 腕は鍵盤でできており、得体の知れない体液が上半身の切れ目から滴り、それが不思議にも音符の形になって地面へと落ちていく。

 音楽が、その身体を作り上げていた。

 

 

 ᛗᛁᛖ ᚾᛖᚷ ᛟᚾ ᚷᛁᛖᚲ ᚷᛁᛖᚲ

 

 

 歌姫の内側で眠っていたそれを見て、チョッパーは理解をした。

 あれが、ウタが自身を()()()と呼ぶ理由なのだと。

 なるほど、これは確かに。

 

「…………化け物」

 

 ポツリと呟いてから、ハッと我に返る。

 化け物の下で頭を押さえ、苦しみながら歌うウタが見えたのだ。

 咄嗟に、チョッパーはウタの元へ走ろうとするが、

 

 

 ᚾᚨᚺ ᛈᚺᚨᛋ ᛏᛖᛉᛉᛖ ᛚᚨᚺ

 

 

 ほんの少し化け物が腕を振っただけで、チョッパーの身体が吹き飛ばされた。ウタがきっかけで出てきたとはいえ、敵や味方の区別がついていないのだ。

 

「せめて、ルフィとビビだけでも……ッ!」

 

 チョッパーは懐からランブルボールを取り出し、身体の形を自在に変形させて化け物の攻撃を掻い潜りながら、ルフィとビビを抱えて走る。

 対して、クロコダイルは取り乱すことはなかった。

 七武海として生きてきた海賊の経験値の賜物ではあるが、それでもその光景に息を呑んでいた。

 

「……ニコ・ロビン。あれは、なんだ」

「私が研究してきた歴史にも、あんな外見の化け物はいなかった」

「ならば、あれは……」

歴史の本文(ポーネグリフ)にしか記されていない、世界から消された記録にしか存在しない兵器」

「おいおい、冗談言うなよ、ニコ・ロビン」

 

 化け物が振った腕が、今度はクロコダイルへと襲いかかる。

 自然系(ロギア)の力を持つクロコダイルには、物理攻撃は基本的には効かない。

 ……はずなのだが。

 

「————ッッ!?!?」

 

 その腕は、確かにクロコダイルの身体を捉えて吹き飛ばした。

 すぐに身体を砂にして吹き飛ぶ衝撃を消したクロコダイルは、こめかみから血を流しながら立ち上がる。

 

「……こいつ、覇気をまとってやがるのか……ッ!」

 

 しかし、それでも。

 クロコダイルは、声を上げる。

 

「ニコ・ロビン! こいつは古代兵器なんかじゃねえだろ!」

「私は“ヴィーナス”に関わる何かだと思っているわ」

「いや、違うな……!」

 

 クロコダイルは化け物へと向かい合い、叫ぶ。

 

「こいつが古代兵器だとしたら、おれが追い求めてきたプルトンも()()()()()だってのか!?」

 

 化け物の攻撃を受けて、クロコダイルは確信じみた何かを感じた。

 今の一撃よりも()()()()()()()()()()()()()()

 

「おれが求めたのは島一つを消し飛ばすほどの軍事力だ! この程度なら、“新世界”にいくらでもいるぞ!」

「…………もし、この姿が秘められた力のほんの一部だとしたら?」

「力の制御もできない。敵味方の区別もつかない。そんなもの、兵器とは呼ばねえ。ただの災害だ。おれが求める軍事力には、そんな不確定要素はいらねえ」

 

 クロコダイルは、周到に積み上げた計画の上で目的を達成しようとする男だ。

 こんな不安定で暴力的な怪物など、クロコダイルの興味をそそらない。

 

「引くぞ。どうせ、じきに麦わらも死んで、あいつらもあれに巻き込まれて死んでいく」

「では、あれどうするの? 暴れ回ってるけど」

「反乱軍の工作員に『国王が隠して飼っていた化け物によって戦場の混乱を図った』と連絡をしろ」

「王女は?」

「勝手に死んでいくだろう。このタイミングなら、反乱軍の間に入った場合の対策もある」

「……それならば。仰せのままに」

 

 クロコダイルは化け物から離れ、ニコ・ロビンとともにその場から去っていく。

 あの化け物はどうやら、歌姫の周囲から動くことはないようで、クロコダイルを追ってくることはない。

 歌姫本人が頭を抱えて身動きが取れていないところを見ると、余計に兵器としての運用などできるとは思えない。

 

「歌姫? 女神(ヴィーナス)? 聞いて呆れるな。あれはただの化け物だ」

 

 それだけ吐き捨てて、クロコダイルは首都アルバーナヘと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ

 

毛皮強化(ガードポイント)!」

 

 チョッパーは二つ目のランブルボールを食べ、厚い毛皮でルフィとビビを覆うことでどうにか攻撃を耐え忍んでいた。

 しかし、それも長くは続かない。

 

(二個目だから、変形も上手くできない……! 攻撃の直前に毛皮強化(ガードポイント)を使えてるからまだいいけど、もう一分も持たない……!)

 

 チョッパーのヒトヒトの実の力を強化するための錠剤、ランブルボールには副作用がある。

 時間を空けずに三個目のランブルボールを食べてしまえば、この場に二体目の化け物が現れることになる。

 

(ダメだ! そうなったら、どうやってルフィやビビの怪我を治すんだ! おれは医者だ!)

 

 必死にウタが呼び出した化け物の攻撃を回避し続けるチョッパーだが、ついにそれにも限界が来る。

 コロン、と身体の小さくなったチョッパーが砂漠に転がり、ルフィとビビが投げ出される。

 

「ご、ごめん、二人とも! 大丈夫か!」

 

 ルフィからの返事はない。

 ビビもクロコダイルへの抵抗をしたからか、致命傷はなくとも、全身に切り傷があった。

 二人とも、この化け物に対抗する余力などあるはずがない。仲間として、医者として、逃げる以外の選択肢がない。

 しかし。

 

「ウタ…………!」

 

 見捨てられない仲間が、目の前で苦しんでいるのだ。

 化け物である自分を笑わずに仲間だと言ってくれたウタが、自分と同じ苦しみを味わっている。

 勝ち目がないはずなのに、チョッパーは逃げるという決断ができずにいた。

 そんな中。

 

「——逃げて」

 

 ウタの声だった。

 涙を流して、苦しみながら。

 溢れ出る力に蹂躙されながら。

 自分を置いて行けと、そう言った。

 

「…………嫌だよ、ウタ」

 

 返したのは、ビビだった。

 骨が軋むほど拳を握りしめて、血が滲むほど唇を噛み締めて。

 ビビは、言う。

 

「一緒に生きるって、約束したじゃない……!」

 

 次はさらに、大きな声で。

 

「絶対に見捨てないからっ! 諦めの悪さなら、あなたたちに教わったんだから!」

 

 ビビは走る。

 あの化け物を対処することは不可能だとしても、ウタを気絶させるなどの方法なら、いくらでもあるはずなのだ。

 どんなに絶体絶命な状況だったとしても、諦めずに進めばどこかで光が差すはずなのだ。

 そんな仲間たちを、見てきたのだ。

 

「私はまだ、あなたと冒険がしたいの……!」

 

 ないはずの希望を胸に、ビビは走る。

 しかし、魔王の攻撃は容赦なくビビを襲う。

 

「——がっ……っ!」

 

 ビビの華奢な体が吹き飛び、砂漠を転がる。

 大柄に見えて、隙がない。自分が進もうとした場所に、的確に攻撃がやってくる。

 血が溢れる。

 体が重い。

 だが、それでも。

 

「絶対、助ける……!」

 

 ビビは折れない。

 懸命に、勝ち目がなくても、ひたすらに進む。

 魔王の右腕が上がる。

 押し潰されると、本能が理解した。

 足が固まる。前に進めない。

 そして、ビビの頭上にそれは振り下ろされて——

 

 

「——防音壁」

 

 

 目に見えない音を遮断する壁が、ビビの前に現れた。

 直後、バチンッ! という弾ける音が鳴り響き、化け物の腕が弾き返され、透明な壁が砕け散る。

 

「さすがに、トットムジカ相手だとおれの壁も一回しか持たねえか……!」

 

 だが、その一回で充分だった。

 彼はビビの身体を抱き抱え、すぐにその場から離れる。

 

「ありがとう、おれの弟たちのために命を懸けてくれて」

「……あなたは」

 

 ごつごつとしたゴーグルのついた黒いハットに、背中に『正義』を刻んだ白い軍服。

 彼の姿は一度見たことがある。

 つい数時間前にレインベースであった、ルフィとウタの兄弟、サボ。

 

「どうして、ここに」

「世界政府の王女を救出するのなら、海軍の仕事だからな」

 

 化け物の攻撃が届かない位置までビビを運んだサボは、優しく地面に降ろして化け物と向き合う。

 そして、傷だらけで倒れるルフィを見て、サボは状況を理解した。

 

「……さて、そこのトナカイくん」

「お、おれか!?」

「ああ。ルフィの応急処置はできるかい?」

「おう! 医者だからな!」

「じゃあ頼む。大切な弟なんだ。死なせないでやってくれ」

「…………でも、あれはどうすれば」

「おれが止める」

 

 サボは即答した。

 あの凶悪な魔王を前にして、臆することなく真っ直ぐに向き合う。

 

「まったく。世話が焼ける妹だな」

 

 サボは笑っていた。

 まるで、駄々をこねる妹を仕方がないとなだめる兄のような、そんな微笑み。

 

「やろうか、トットムジカ」

 

 皮の手袋で覆われた指を鳴らし、サボはトットムジカへと向かっていく。

 凶悪な腕がサボへと向かうが、

 

「防音壁!」

 

 壁は砕け散るが、それでもトットムジカの攻撃を相殺している。

 サボは砕けていく防音壁を見て笑っていた。

 

(まさか、この能力を防御として使うことになるとはな)

 

 防音壁は本来、内側にいる事物の音を遮断し、無音の空間を作り出す能力。

 本来ならば、攻撃を防ぐという能力は一切ない。

 しかし、トットムジカが相手に限り、この能力は別の意味を持つ。

 

 ——その身体は、音楽でできている。

 

 凪こそが、トットムジカの天敵だった。

 音を拒絶する壁は、トットムジカそのものを拒絶するのだ。

 

「——獣厳(ジュゴン)!」

 

 凄まじい速度で繰り出せれたパンチが、振り下ろされたトットムジカの右腕を弾き返す。

 触れた瞬間に互いの腕が弾かれるが、決定打には至らない。

 

「やっぱり、ウタ本人に触れないと意味がないみたいだな」

 

 サボの能力は、触れた人間から発生する音を全て消すという力だ。

 つまり、ウタに触れることさえできれば、ウタから発生してる音楽であるトットムジカも消えるはず。

 その可能性に賭けて、サボは戦いを続けるが、

 

「さすがに戦闘向きじゃない悪魔の実だと、火力が劣るな……!」

 

 サボの打撃も、一般人が受けたら一撃で致命傷に至るような凄まじいものだが、相手がトットムジカとなるとそう上手くはいかない。

 足踏みをするしかないサボが、わずかな苛立ちと隙を見せた、その瞬間。

 

「——しまっ」

 

 その動きを予知していたかのように、トットムジカの攻撃が襲いかかる。

 防音壁も、防御も間に合わない。

 だが、

 

()()が足りないって!? サボ!」

 

 聞き覚えのある、精悍な声が聞こえた。

 そして。

 

「——火拳ッッ!!!!!」

 

 あと少しで当たるはずだった攻撃を、猛烈な勢いの炎が飲み込み、焼き尽くした。

 空気まで熱されて肌がひりつき、すぐにサボは後ろへと下がる。

 そして、炎の発生源へと視線をやると、

 

「久しぶりだな、サボ!」

「エースじゃないか! 来ていたんだな!」

「ちょっと野暮用があってな。アルバーナにいるって聞いたから来てみたらこれだ」

「いいのか、用事は」

「サボだけに任せられる状況でもないだろ?」

「ああ。良い年になった妹のヤンチャを止めるのは少々骨が折れる」

「ぷはははっ! いいじゃねえか! ()()()()なら、いけるだろ?」

「当然だ」

 

 エースとサボは肩を並べ、トットムジカを睨みつける。

 

「いつぶりだ、一緒に戦うのなんて」

「さあな。忘れたよ」

「ちゃんと強くなってるんだろうな?」

「安心してくれ。夢を追おうと決意できる程度には、力をつけたつもりだ」

「なら。任せるぞ、背中」

「おう。お前こそ頼んだぞ、兄弟!」

 

 二人は笑って、拳を構える。

 海軍本部中佐、サボ。

 白ひげ海賊団、エース。

 二人の兄が泣き叫ぶ妹へ向かい、走り出す。

 

「待ってろ、ウタ! 今度こそ、お前を助けられる力をつけてきた!」

「心配かけやがって! 兄貴たちがゲンコツしてやるから、ちょっと待ってろよ!」

 

 長い時を経て、偶然にも重なった道筋の上で、エースとサボはトットムジカへの戦いを始めた。

 



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第三十二話「エース&サボVSトットムジカ」

800年前の君から


 

 トットムジカは、相手を強敵と認めた。

 その意は、形となってエースとサボへと伝わった。

 

「……おいおい、なんだあれは」

「さあな。あの時にみたときより、一段階強くなったってのは間違いないみたいだ」

 

 鍵盤の足の量が倍になり、黒いハットには竜の意匠が加えられた。

 そして、この巨躯から溢れ出る覇気の量も、段違いに上がっている。

 

「この覇気……! 油断するなよ、エース!」

「大丈夫だ。これよりも強い覇気の女と、少し前に戦った記憶がある!」

 

 白ひげ海賊団の幹部にもなった超新星のルーキーであるエースは、重ねてきた経験値の質も段違いだった。

 サボはニヤリと笑って、トットムジカへと向かっていく。

 

「おれたちの勝利条件は分かってるな!」

「ああ。サボがウタに触れば、それでおしまいだろ!?」

「よし、行くぞ、エース!」

 

 エースとサボはそれぞれが、ウタを目指して走り出す。

 未来を予知しているかのような精度で向かってくるトットムジカの攻撃を、サボは海軍で鍛え上げられた身体能力で、エースは自然系(ロギア)による身体の変形で、紙一重の次元で回避して進んでいく。

 

「後ろだ、エース!」

「お前だって狙われてんぞ、サボ!」

 

 対処しきれない攻撃を、お互いがピンポイントで撃ち落とし、無傷でトットムジカへと迫っていく。

 十年以上も前の記憶が、二人の身体には染み付いていた。

 

「そういう無茶して進もうとするところ、変わらないな、エース」

「お前こそ、変に丁寧で真面目なのが滲み出てるぞ、サボ」

 

 そんな言葉を投げかけながら、二人はウタヘの距離をどんどんと進めていた。

 そして、それを眺めていたビビとチョッパーは、あんぐりと口を開けてその光景を眺める。

 

「ねえ、チョッパー。あの二人が何をしてるか、見える?」

「……見えねえ」

 

 次元が違った。

 戦いに身を置いていない時間が長い二人には、あの二人の実力者が何をしているのかすら理解できない。

 世界は、あまりにも広かった。

 

「…………すごい」

 

 ビビは目を奪われていた。

 必死にその姿を追い、どうにかこの戦いを目に焼き付けようと瞬きすら忘れて見入っていた。

 そんなことをしている横で、チョッパーが手当てをしていたルフィの腕がぴくりと動いた。

 そして、重傷の身体に鞭を打って、強引に立ち上がり始めたのだ。

 

「だ、だめだよ、ルフィ! まだ応急処置だって終わってないんだ! 安静にしてないと死んじまうぞ!」

「そ、そうよ、ルフィさん! あなたのお兄さんたちが来てくれたから、私たちはここで——」

「知らねえ」

 

 一蹴したルフィは、トットムジカのその先にいるウタをただ見つめていた。

 

 

「ウタが、泣いてる」

 

 

 それだけ言って、ルフィもトットムジカへと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢と現実の狭間にいる感覚だった。

 私が繋いでいる二つの世界の間で、引き裂かれるような痛みが全身を駆け巡る。

 

 

 ——また、会ったね。

 

 

 何重にも絡まった誰かの声が聞こえたけれど、返事をする余裕もない。

 ずっと、思っていた。

 私の中にいるこの化け物は、いったい誰なのだろう。

 

 

 ——名前は、忘れちゃった。

 

 

 寂しそうな声だった。

 泣いてるのだろうか、怒ってるのだろうか。

 私の耳でも聞き取れないほどに捻じ曲がった感情だった。

 

 

 ——約束が、あったの。

 

 

 何の?

 

 

 ——大好きな人と大切な友達との、約束

 

 

 その約束は、どうなったの?

 

 

 ——分からない。私は、先に沈んでしまったから。

 

 

 淡々と答えるその言葉には、後悔と諦観と憤怒と愛憎が入り混じっていた。

 あの子はきっと、最初から真っ黒だったわけではない。

 何色もの感情がぐるぐると混ざり合って、真っ暗に染まってしまっただけなのではないか。

 あなたは、本当はこんな色じゃなかったんじゃないの。

 

 

 ——何も、分からない。何もかもが、なかったことになった。世界は、上書きされてしまったから。

 

 

 輪郭が曖昧になった私の身体は、動くことすらできない。ただ真っ黒な空間の中で一人、何かを待っているだけ。

 この先にあるのは、死だろうか。

 

 

 ——ああ、いいなぁ。

 

 

 誰かが呟いた。

 それは嫉妬だった。

 はっきりと、その感情だけは感じ取れた。

 

 

 ——あなたは、迎えに来てもらえるんだもの。

 

 

 あなたは、どうするの。

 

 

 ——何もないよ。もう、誰もいないから。

 

 

 …………泣いてるの?

 

 

 ——分からない。全部、忘れちゃった。

 

 

 ねえ。

 あなたは、私の夢を知ってる?

 

 

 ——…………夢? なに、それ。

 

 

 私が果てに辿り着くときには、きっと、あなただって。

 そして。次の言葉を、伝えようとした時。

 

 

 ——それじゃあ、またね。

 

 

 待って。

 まだ、伝えたいことが。

 

 

 ——あなたは、失敗しないでね。

 

 

 直後、闇が引いていく。

 太陽が、黒い感情たちを掻き消していく。

 ああ、あの光は。

 まるで何百年も待ちわびたかのような、この湧き上がる喜びは。

 声にならない声を、私は張り上げた。

 

 

「————イ」

 

 

 直後、世界が切り替わって。

 

「ウタ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」

 

 ルフィの声が、はっきりと聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 その場にいた全員が自分にできる最善の動きをしていた。

 エースとサボが切り込み、ペルの背中に乗ったビビとルフィとチョッパーが、ウタヘ向かって駆けていく。

 ビビへの攻撃がくるタイミングで、ルフィはペルから飛び降りて、トットムジカの攻撃を迎え撃つ。

 

「おおおおおお!!!」

 

 全力の拳を放つが、ルフィの拳が砕けて血が溢れる。

 トットムジカのまとう力が、ゴムゴムの力を超えてルフィに対抗しているのだ。

 

「あと、ちょっとなんだ! あとちょっとで、分かるのに……!」

 

 ルフィは何度も挑み続ける。

 そんなルフィへ、ビビは連続で指示を飛ばしていた。

 

「上から! その次は左に避けて!」

 

 王女という身でありながら、秘密結社バロックワークスのエージェントを務めたビビは、危険を察知する能力や、人へ支持する能力に長けていた。

 さながら『参謀』のように、ビビは全体を俯瞰する。

 

「エースさん! ルフィさんと協力して腕を二つずつ弾いてください!」

「だとよ! 戦えるか、ルフィ!」

「ハァ……ハァ……! 勿論だ!」

 

 メラメラとゴムゴムの拳が、トットムジカの腕へと向かう。

 

「ルフィ、見ておけよ……!」

 

 トットムジカの腕と衝突すれば、エースの腕は炎ではなく実態を持つ拳になる。だが、それでもエースは拳を握る。

 

「火拳っっ!!!!」

 

 ルフィとは違い、エースの拳はトットムジカの腕を弾いたのだ。

 さらに、エースの拳は砕けず、黒い膜で覆われている。

 それを見て、ルフィも拳を構える。

 

「ゴムゴムの……!」

 

 リトルガーデンでのMr.3戦で、ルフィはすでにその感覚の一部を掴んでいた。

 そして、ドラムロッキー登頂、レインベースでのサボ、エースの火拳。

 学べることは全て学んだ。

 見れることは全て見た。

 そして。

 

「絶対にお前を一人にはしねえぞ、ウタッ!」

 

 覚悟も、確かにここにある。

 全ての条件は、整った。

 

鷹銃(ホークガン)ッッッ!!!」

 

 ルフィの拳が、黒い膜で覆われた。

 トットムジカの腕と衝突した拳は、砕けずにその腕を弾き返す。

 

「おおおおおぉぉぉおおおおおお!!!」

 

 もう一度、もう一度、もう一度。

 懸命に繰り出したルフィの攻撃が、トットムジカに隙を生じさせた。

 

「よし、後は——」

「ドンピシャ! 乗ってください!」

 

 ルフィが道をこじ開けると信じていたビビが、開いたペルに乗って全速力でサボへと突っ込む。

 

「必ず助けるからね、ウタ!」

 

 寸分の狂いもないタイミング。

 だが、サボはペルの背中には乗らず、その場で跳ねてペルのクチバシの先に足を乗せて、グッと身を縮める。

 

「——(ソル)!!!」

 

 目に見えぬ速度で、サボはウタヘと飛び出した。

 今までは、動きを読んでくるせいで高速で動くことができなかったが、ここまでのお膳立てがあればなんてことはない。

 さらに、ペルの飛行速度に後押しされたサボは、トットムジカが気づくより先にウタヘと辿り着く。

 

「待たせたな、ウタ」

 

 サボはウタの頭を、ポンと撫でた。

 

(カーム)

 

 それは、触れたものから発生する音の全てを消し去る力。

 当然、悪魔の実の能力のぶつかり合いとなる。しかし、トットムジカの力ではなく、ウタウタの実の能力者とナギナギの実の能力者の実力が天秤にかけられるのであれば。

 その天秤は当然、サボへと傾く。

 

 ————!!!!

 

 断末魔のような甲高い音を響かせながら、トットムジカは凪となって溶けるように消えていった。

 そして、地獄のような苦しみから解放されたウタが、ゆっくりと倒れていく。

 

「ウタ!」

 

 その身体を受け止めたのは、ルフィだった。

 傷だらけの身体で強く抱きしめたルフィの胸の中で、ウタは静かに目を開いた。

 

「……また、迷惑かけちゃったね」

「にししっ! 気にすんな!」

 

 ニカッと笑ったルフィだったが、今度はルフィの身体がふらふらと揺れ始める。

 

「あ、あれ……? おかしいな……」

 

 ウタが無事だったことへの安心感からか、ルフィの意識が途絶えて地面へと倒れていく。

 

「無理しすぎだ、アホが」

 

 エースが倒れたルフィの身体を受け止める。

 やれやれ、と微笑んだエースは、サボにそっと視線を移す。

 

「本当に、手のかかる弟たちだよ」

「……えへへ。それほどでも」

 

 力なく笑ったウタは大好きな兄弟たちへ笑いかける。

 

「みんな、ありがとう。私のことを、迎えに来てくれて」

「気にすんな」

「当たり前だ」

 

 笑いかけるエースとサボ。心なしか、エースに抱えられるルフィも笑っているように見えた。

 その光景にビビとチョッパーもホッと息を撫で下ろすが、

 

「…………この、音って……?」

 

 最初に気づいたのは、ウタだった。

 向けた視線は、南の方角。

 トットムジカの暴走を経て、さらに怒りや悲しみなどの負の感情を感じ取る聴力が鋭敏になったウタは、とある感情を聞き取った。

 それは、怒り。

 

「——あ」

 

 ビビが言葉にならない声を発した。

 目の前のことに必死で、忘れていた。

 ここにきた目的は、なんだったかを。

 その光景を目にして、ビビはようやく頭ではなく身体で理解した。

 

 まだ、アラバスタの反乱は始まってすらいないということを。

 

 

「王宮を目指せッッッ!!! おれたちの雨を、取り返すんだ!!!」

 

 

 ビビの視界に、無数の旧友たちが映る。

 舞い上がる砂埃と鬨の声。

 不恰好な装備で身を固めた人々が、馬に乗って一直線に進む。

 ウタとビビがルフィの元へ到着してから、ちょうど三〇分。

 

 反乱軍が、首都アルバーナヘ到達した。

  

 

 



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第三十三話「凪と声」

 その数、約二〇〇万人。

 反乱軍の全てが、足並みを揃えて首都アルバーナを目指して突き進んでいた。

 

「地面が、震えてる……」

 

 柔らかな砂漠が、その行進によって揺れていた。大きく揺れる地面がわずかに空気を振動させ、それが肌から伝わってくる。

 絶体絶命の状況は、変わらない。

 それでも、ビビは諦めない。

 

「私が、止めます」

 

 ぎゅっと口を結んで、ビビは反乱軍の真正面に立つ。

 このままいけば、反乱軍の侵攻の下敷きになって踏み潰されるだけのはずなのに。ビビの目から、希望は消えていない。

 

「この国の人々にこれ以上、無駄な血を流させない……!」

 

 その覚悟を前に、ウタは疲弊した身体を奮い立たせて立ち上がった。

 そして、ゆったりと歩きながらビビの隣に立つ。

 

「私も、隣にいるから」

「いいの? 踏みつけられても知らないわよ?」

「怖くないよ。止めるんでしょ?」

「ふふっ。ええ、止めるわ。必ず」

「だから、大丈夫」

 

 二人は笑って、反乱軍の前に立つ。

 あと数分も経たずに、軍勢はこの場に到着する。勝負は一瞬。失敗すれば、戦争が始まる。

 

「……ビビ様。危険です」

「ペル。あなたはチョッパーとルフィさんを連れて王宮へ。彼の指示に従って、ルフィさんの傷を治療しなさい」

「な、なにを! そんなわけには……」

「反乱軍を止めた、その後を考えれば当然よ」

 

 ビビは、真っ直ぐにペルを見つめて告げる。

 

「彼の力がなければ、クロコダイルは倒せない」

「…………クロコ、ダイルを……?」

「ええ。ここで反乱軍を止めて、王宮にいるクロコダイルを倒す。それが、この国を平和に導くための最善よ」

「ってことなの、ペルさん! ルフィのこと、よろしくね!」

「……本気、なのですか?」

 

 ペルの真剣な眼差しに、ビビは笑って答える。

 

「ずっと私の側にいてくれたのに、この言葉が嘘だって思うのかしら?」

「……あなたも強くなられた。コブラ王も、きっとお喜びになる」

 

 ペルはその場に跪き、声を張って答える。

 

「仰せのままに、ビビ王女! この少年の命、確かに預かりました!」

 

 ルフィを担いだぺルは、瞬く間にその姿を(ハヤブサ)に変え、チョッパーが乗り込んだ瞬間に上空へと舞い上がり、王宮を目指して羽ばたいていった。

 その場に残ったのは、ウタ、ビビ、エース、サボの四人。

 その中で、現状を理解できてないのはエースだけ。

 

「ん? いま、何してんだ?」

「ああ、お前は確か黒ひげを追ってるんだったな……」

 

 少し前に、エースが海軍のフリをして暴れたという話を聞いていたサボは、黒ひげを追っているという情報も得ていたため、やれやれと首を振った。

 エースはおそらく、この反乱にもあまり興味はないだろう。サボたちがいるなら安心だと任せてすぐに黒ひげを追いに行くようなやつだということは、サボが一番よくわかっていた。

 

「ねえ、エース。もう行くの?」

「ん? ああ、黒ひげを追ってきたんだが、もしかしてもういないのか?」

「いないな。少し前に王宮にいる海軍から黒ひげという名前を聞いたが、お前が来ていることを知っているのか、すぐに行方をくらましたらしい」

「……なるほどな。ったく、逃げ足の速いやつだな」

 

 言って、エースはすぐにその場を去ろうとするが、

 

「もう少しだけ待って、エース」

「どうした、ウタ」

「あとちょっとだけ、手伝ってもらってもいい?」

「あれ、止めるからか?」

「うん。邪魔されたら、嫌だから」

 

 ウタは後ろを振り返り、王宮を睨みつけた。

 目はウソップほどではないので、相手の顔は見えないが、嫌な悪意が聞こえてくる。

 万が一のためにクロコダイルが仕組んだバロックワークスの一員だろうか。何かがあったときに、何かしらの手を打ってくる可能性がある。

 

「よし、分かった。妹の頼みだからな。少しだけだぞ?」

「うん! ありがとう!」

 

 そして、ウタはサボの方へと視線を送る。

 サボは肩をすくめて微笑む。

 

「おれは海軍だぞ? こっちが本業さ」

 

 アラバスタは世界政府の加盟国だ。その国が戦争を始めるというのならば、国民を守るというのは海軍の仕事である。

 むしろ、海賊の手にアラバスタの今後がかかっているという状況が異常なのだ。

 

「というわけで、ご命令を。ビビ王女」

 

 ビビは頷き、高々と宣言する。

 

「これより、反乱軍の侵攻を止めます! 可能な限りの支援を!」

「かしこまりました」

 

 紳士的に頭を下げたサボは、おもむろにつけていた皮の手袋を外した。

 そして、ビビとウタの前に出て、反乱軍を見つめる。

 

「確認しますが、ビビ王女と反乱軍のリーダー、コーザは幼馴染だと聞きました」

「ええ。その通りよ」

「つまり、声が届けば反乱軍を止められると」

「止めてみせる」

「それなら、話は簡単ですね」

 

 サボはふう、と息を吐いて神経を集中させる。

 彼を囲む空気が変わった。

 というよりも、風がなくなったように感じた。

 

「ウタ。これからおれがやることを、よく見ておけよ」

「……おい、お前まさか」

 

 なにかに気づいたエースが、動揺して声を荒らげた。

 どういうことだか分かっていないウタへ、サボは言う。

 

「おれたちが食べた悪魔の実の能力には、さらに上の世界があるんだ」

 

 グッと拳を握りしめたサボは、片手を真っ直ぐに正面を向く。

 

「『覚醒』と呼ばれるその力は、己以外にも影響を与え始める。まあ、おれはまだ一日に数分しか、この力を使えないけどな」

 

 それはどこまでも優しい声だった。

 荒れ狂う大海賊時代をなだめるような、泣き喚く赤子をあやすかのような、そんな穏やかな空気。

 そして、ゆっくりと。

 サボは拳を開いた。

 

「——凪の帯(カームベルト)

 

 直後。

 世界から、音が消えた。

 

「……これは…………!」

 

 地面は揺れているのに、地鳴りはしない。

 武器を掲げて口を開いているのに、鬨の声が上がらない。

 王宮からも、声が聞こえなかった。

 指揮系統が乱れ、情報の伝達ができなくなり、統制が取れているからこそ身動きができなくなる。

 

 わずか二十歳で海軍本部中佐まで駆け上がったきっかけは、この『覚醒』にあった。

 とある島で起こった海賊と海軍の大規模な衝突の際、突如として海賊たちの連携が乱れ、形勢が逆転したのだ。

 会話はおろか、電伝虫による通信もできずに、意思疎通をはかることができないまま、気がついたときには海賊たちは制圧されていた。

 そこで最も海賊たちを捕らえたのが、サボだった。

 

 ナギナギの実を駆使して相手の指揮系統を麻痺させ、諜報、内部捜査、隠密などに長けながら、六式を使いこなす超人的な身体能力が認められ、瞬く間に成り上がった『英雄の後継者』とも名高い男が、サボだった。

 

 無音となった砂漠の中心で、サボはビビへ笑いかける。

 

「さあ、後はよろしくお願いします。たかが海軍一人の言葉では、彼らは止まらない」

「……わかりました」

 

 ビビは迫り来る反乱軍の前に立つ。

 音が消えたことへの動揺がありながらも、進み始めた反乱軍は先頭のコーザに続いて進み続けている。

 指先が震える。

 ここで止まらなければ、数分後には音が戻り、戦争が始まる。

 全てが自分にかかっているという重みを感じているビビだったが、その手をウタがぎゅっと握った、

 

「届くよ、ビビの声は」

「ありがとう、ウタ」

 

 深く深く息を吸い込んだビビは、声を張り上げた。

 

 

「止まりなさい! 反乱軍!!!!」

 

 

 アルバーナを満たした凪の中、ビビの声だけが遠くまで響き渡った。

 その声に気づいた反乱軍が、ビビの姿をとらえる直前、ウタは後ろを振り返った。

 

「――砲弾!?」

 

 バロックワークスの仕組んだ攻撃だということは、すぐに分かった。狙いはビビでもウタでもない。おそらく、砂漠へと打ち込んで舞い上がった砂埃でビビたちの姿を隠すつもりなのだろう。

 本来、トットムジカによる疲労から、今のウタは立っているだけでも困難な状況なのだ。反応が遅れた今は、即座に動くことはできないが。

 

「野暮なこと、しやがって」

 

 砲弾を、炎が包み込んだ。

 そして、その炎に飲まれた砲弾は、瞬く間に溶けて音もなく砂漠へと垂れていく。

 

「これでいいか、ウタ?」

「完璧!」

 

 ぐっとウタは親指を立て、ビビを見つめる。

 コクリとうなずいたビビは、次の言葉を放つ。

 

「私の名はネフェルタリ・ビビ! アラバスタの王女です! 私の話を、聞いてください!」

 

 今度ははっきりと、反乱軍はビビの声を受け取り、その姿を目の当たりにした。

 行方知らずになっていたはずの王女が、傷だらけの体で反乱軍への静止を叫んでいる。先頭を走っていたサングラスをかけた反乱軍のリーダー、コーザは掲げていた旗を振って全体に指示を出す。

 そして、反乱軍はビビの目の前で止まった。

 この凪が王家の奇跡であると錯覚をするほどに、全員の視線がビビに集まっていた。

 

「この戦いは、仕組まれたものです! この国を乗っ取ろうと企む、秘密結社バロックワークスのボス、王下七武海クロコダイルの手によって!!」

 

 反乱軍たちは顔を見合わせるが、サボの力にとってざわめきすら生まれない。

 情報は、ビビからしか提供されないのだ。

 

「すぐには信じられないと思います。だから、時間をください! あと一時間だけ、この場に留まってください! それまでに、すべてを証明してみせます!」

 

 クロコダイルは、アラバスタへと足を運んできた海賊たちを倒して治安を守ってきた英雄だ。あの男が黒幕だと言ったところで、言葉だけでは信じてもらうことはできない。

 ここでようやく、すべての目的が最初に戻ってくる。

 

「クロコダイルは今、コブラ王を人質に王国軍を操っています! それを止め、クロコダイルを引きずり出し、すべての証拠を皆さんにお見せします!」

 

 覚悟はすでに決まっている。

 もう、後に引くつもりなど微塵もない。

 

「私たちが、クロコダイルを、バロックワークスを倒します!!!」

 

 その宣言の直後、凪が消えた。

 たちまちに反乱軍たちのざわめきが広がり、混乱が起こり始める。

 しかし、そんな反乱軍たちへ、リーダーであるコーザが声をかける。

 

「総員! この場で待機ッ!!!」

「ほ、本気ですか、リーダー!? もうアルバーナは目と鼻の先なんですよ!」

「ああ、分かっている」

 

 コーザは馬から降り、ビビの前に立った。

 久しぶりの再会であるが、コーザはたった一言、こう問いかける。

 

「この国は好きか、ビビ」

「ええ。私が生まれた国だもの」

「……それだけ聞ければ、充分だ」

 

 コーザは振り返り、旗を掲げて声を張り上げる。

 

「おれたちの仲間であるビビが、信じろと言ったのだ! 一時間、この場にて待つ! 文句があるやつはいるか!!!!」

 

 反対の声は、一つも上がらなかった。

 奮い立った闘志をこらえ、ビビを信じる皆の視線だけがあった。

 ビビは溢れそうになる涙を必死にこらえ、その期待を背負う。

 

「約束します! 雨も、笑顔も、すべてを必ず取り戻してみせます! ネフェルタリ家の誇りにかけて!」

 

 ようやく、舞台は整った。

 一時的であるが、反乱軍を止めることができた。

 おそらく、クロコダイルは麦わらの一味を仕留めるために王国軍を使って攻撃をしてくるだろう。

 やることは変わらない。

 ともに戦うと言ってくれた仲間たちと、奪われた国を取り戻すのだ。

 

「格好良かったよ、ビビ」

「当たり前でしょ。これでも私、王女なんだから」

 

 不敵に笑ったビビは、首都アルバーナへ視線を送る。

 心配になるのは、父であり国王のコブラだ。とらえられているとは聞いているが、なりすましができる以上、いつまでも生きている保証はない。

 一秒でも早く、アルバーナへと向かわなければならない。

 ビビは反乱軍から馬を借りようとするが、

 

「大丈夫だよ、ビビ。もっと心強い仲間が来てくれたから」

 

 最初にその声を聞き取ったウタは、アルバーナから走ってくる影を見て、歓喜の声を上げる。

 

「クエ――――――っっっ!!!」

「カルー!!!」

 

 しかも、カルーは一人ではなかった。

 同じ黄色をした、個性的なゴーグルと帽子を被ったカルガモの部隊が、隊列をなしてビビたちの前に並んだ。

 彼らこそ、カル―が隊長を務めるアラバスタ王国の最速集団。

 

「超カルガモ軍団だ~~~~!!!」

 

 目を輝かせたウタは、楽しそうに飛び跳ねて彼らに飛びつく。

 ビビも口元を緩ませて、カル―の背に乗った。

 

「カル―、お願いよ。誰よりも早く、アルバーナへ!」

「クエッ!!」

 

 ビシッと敬礼をしたカル―は一目散に南へ走り出した。

 

「あっちよ、カルー! 逆に走ってどうするの!」

「ク、クエーっ!」

 

 すぐさま反対を向いたカル―は、今度こそアルバーナへと走っていく。

 そして、ウタが乗った超カルガモも、カル―の後に続いて走り出していく。

 その去り際、ウタは振り替えって二人の兄を見る。

 

「二人は、どうするの?」

 

 先に答えたのはサボだった。

 

「おれはスモーカーさんのところに戻るよ。これ以上、勝手な行動をしてたら本気でぶん殴られちまう」

「そっか! じゃあ、また会えるかな?」

「それはどうだろうな。もしかしたら、しばらくは会えないかもしれないぜ。まあ、お前たちが大人しく捕まるってんなら、すぐだろうが」

「それはないない! じゃあ、またいつか!」

「ああ! 元気でな、ウタ!」

 

 そして、今度はエース。

 

「おれも、寄り道はここまでだ。じゃあな、ウタ! ルフィにも、よろしく伝えてくれ!」

「もちろん! 先で待っててよ、エース!」

「ああ。次に会うときは、海賊の高みだ」

「にしし! 分かった!」

 

 それ以上の言葉は、交わす必要などなかった。

 どれだけ離れようとも、あの日に誓った兄弟の絆は、決して途絶えることなどないのだから。

 だから、ウタは一度も振り返らなかった。

 

「待ってろ、クロコダイル……!」

 

 舞台は最終局面へ。

 バロックワークス最高戦力との戦いが、始まろうとしていた。

 



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第三十四話「宝物」

 

 

 首都アルバーナヘと入るための正面玄関、南門へとウタとビビは超カルガモに乗って駆けていく。

 反乱軍の一員だと思われ、砲台部隊がウタたちへ狙いをつける。

 しかし、そんな状況であえてビビはカルーの背中に立ち、大きく手を広げた。

 

「チャカ! 私よ! 撃たないで!!」

「ダメ、ビビ! 避けてっ!」

「————っ! カルー!」

 

 チャカとはおそらく、王族の側近なのだろう。砲台部隊へ何かを叫んで攻撃を止めるように叫んでいる大男の声が聞こえた。

 だが、おそらくはバロックワークスの工作員だろう人間がビビへ向かって砲弾を打ち込んだのだ。

 

「……危なかった。ありがとう、ウタ」

「大丈夫! ほとんど動きは止まってるみたいだから、正面から行こう!」

 

 カルーがどうにか身体を捻って砲弾を避けてくれたので、舞い上がった砂に紛れてウタたちはアルバーナヘの道を駆け上がった。

 そして、駆け上がったビビは、部隊をまとめ上げるチャカへと声を張り上げる。

 

「チャカ! 今すぐ攻撃をやめて!」

「——ビビ様!? 生きておられたのですか!」

「再会を喜んでいる時間はないわ。あと一時間で全てを片付けないと、戦争が始まる!」

 

 チャカは既にビビがカルーに託した伝書の内容を知っているため、クロコダイルが黒幕であること分かっている。

 しかし、『ユートピア作戦』自体を知る前だったため、反乱軍の動きさえもクロコダイルによるものだという確信が持てていなかったのだ。

 さらに国王コブラが誘拐されたことで、護衛隊であるチャカは反乱軍からの侵攻を食い止めるという決断しかできなかったのだ。

 

「誰も悪くないの。悪いのは、クロコダイルだけ……!」

 

 チャカは部隊に待機の命令をかけた上で、ウタたちとともに走り出すが、アルバーナの中で、おかしな動きがあった。

 

「チ、チャカ様! 反乱軍がいつの間にかアルバーナヘ侵入しており、不意打ちで多くの兵士がやられました!」

「な、なんだと!? どこから入った!」

「アルバーナに潜伏してたバロックワークスを動かしたんだわ! 守りを固めることを最優先に! 大切なのは国民達の命よ!」

「承知しました! お二人は王宮へ! 私は全体への指示を出します!」

「任せたわ、チャカ!」

 

 即座に命令を下したビビは、迷わずに王宮へと走る。

 その横顔はどこまでも悔しそうに唇を噛み締めていた。一つ一つの選択が、あまりにも辛いのだ。王宮へ向かうということは、今この瞬間に襲われている人々の元へ向かわないと言うことだから。

 

「すぐに倒そう、ビビ! 一時間もいらないよ!」

「ええ、そうね」

「絶対に勝てるよ! だって、王宮には手当をしてもらったルフィが……」

 

 ウタがそんな言葉を言っているちょうどその時だった。

 ペルに運ばれたルフィは、チョッパーが必死に手当をしてくれているはずだ。あれだけの重傷だったのだから、ほんの数分で傷が治るわけがない。

 そのはずなのに。

 

「わりぃ、ウタ。遅くなった!」

 

 ルフィが、馬に乗ってウタの元へ現れたのだ。

 それなのに。

 

「……え? ウタ?」

 

 ウタはルフィのことを無視して、王宮への道を走る。

 そんな行動を予想していなかったビビは、慌てて止まってウタへ声をかける。

 

「ウタ! ルフィが来てくれたのよ! なんで行っちゃうの!」

 

 ビビの言葉を受けてようやく止まったウタは、ほんの少しだけ振り返って冷たい声を放つ。

 

「…………ねえ、あなた」

「どうした、ウタ!」

()()は、どうしたの?」

 

 目の前にいるルフィは、麦わら帽子を被っていなかったのだ。

 ただ、たったそれだけで何をこんなにも怒っているのだろうと、ビビは首を傾ける。

 

「ああ、帽子か! さっきどこかで落としちまってよ! まあすぐに見つかるだろ!」

「………………あのさ」

 

 深く深く、重たいため息を吐き出したウタは、ルフィを睨みつけた。

 

「それ以上、その顔で話さないで。虫唾が走る」

「何言ってんだよ、おれたち仲間だろ!」

「私たちの宝物を、それ以上汚すのは許さない」

「……あ〜〜ら。変装は完璧なはずだったんだけどねぇ〜い?」

 

 ルフィが左手を頬に当てると、その顔が見知らぬオカマの顔になった。

 ビビは呆然のその様子を見つめているが、ウタには動揺している様子はない。

 

「私の耳が、ルフィの声を聞き間違えるわけないじゃん」

「んもう! 熱〜い絆を見せつけられたら、文句のつけようがないじゃなぁ〜い?」

 

 オカマはウマから降りて、こちらへ歩いてくる。どうやら、力づくで捕えるつもりらしい。

 

「……こんなところで油を売るわけにはいかないのに!」

「でも、やるしかないわよ、ウタ!」

「分かってる! 準備はできてる!?」

「もちろん!」

 

 ビビは懐から無数の小さな円形の刃物がついた紐を取り出し、小指に装着する。

 わずか十四歳でバロックワークスに入り、十六歳になった今、No.9の相方として実力を認められたビビが使う、近中距離の敵を切り刻む道具、孔雀スラッシャーだ。

 だが、相手は間違いなくバロックワークスの一員であり、悪魔の実の能力者。つまり、幹部であるオフィサーエージェントの一人に違いない。

 実力は間違いなく、自分よりも上。

 

「こんなところで止まるくらいなら、どうせクロコダイルを倒すことだってできない!」

「その通り! よく言ったよ、ビビ」

「あ〜ら。言うじゃないの。そこまで言われたらあちし、本気出しちゃおうかしら?」

 

 オカマは変装を解き、白鳥の衣装をまとってウタたちに襲いかかってきた。

 想像以上に速い。ウタは咄嗟に防御の体制をとるが、

 

「待てよ。レディーを蹴ろうだなんて下品な真似するんじゃねえ」

 

 オカマの蹴りを、サンジが受け止めた。

 間に合ったのだ。レインベースで別れた仲間たちも、間違いなくここに来ている。

 

「サンジ〜! ナイスタイミング!」

「間に合ってよかったぜ。状況は?」

「反乱軍は一時間だけ止めた! その間に、クロコダイルを倒す!」

「そうか! なら話は簡単だな」

 

 サンジはニコッと笑って、懐からタバコを取り出し、そっと加えて火をつける。

 

「そのオカマ、おれが引き受けた」

 

 サンジはそれだけ言って、キュッとネクタイを締め直した。

 それを見て、ウタとビビはすぐにカルーたちに走れと指示を出す。

 

「ジャマすんじゃないわよ〜〜う!」

「ウタちゃん、ビビちゃん!」

 

 追いかけようとするオカマを蹴りで止めたサンジは、笑いながら問いかける。

 

「デザートは、何がいい?」

「プチフール!」

「了解。こいつを片付けて、飯の準備をしておくよ」

「ありがとう〜! 楽しみにしてる!」

 

 手を振って、ウタは王宮へと向かっていく。

 そして、サンジはオカマへと向かい合った。

 

「あーん、もう! 他の仲間に尻拭いをさせるのが申し訳ないわよ〜う!」

「残念ながら、他の仲間もあの二人には辿り着けねえぜ」

「ジョ〜ダンじゃないわよ〜う! あいつらの実力を知らないから、そんな減らず口が叩けるのねい!」

「そんなことはねえさ。強いぜ? おれたちの仲間は」

 

 サンジはふぅ、とタバコの煙を吐く。

 それはふわりふわりと風に乗って、北へと流れていく。

 

 

 

 

 

 そして、煙が溶けた風は、メディ議事堂前まで吹いて、

 

「…………随分と、面白い身体をしてやがるな。お前たち」

「いかにも。おれはスパスパの実を食べた全身刃物人間だ」

「わたしはトゲトゲの実の棘人間。あなたに私たちが倒せるかしら?」

 

 時は同じく、場所は王宮のすぐ隣に位置するメディ議事堂前にて。

 バロックワークスのトップオフィサーエージェント、No.1とミス・ダブルフィンガーがゾロの前に立っていた。

 

「倒すも何も。負けるつもりで戦場にくるバカがいるのか?」

「ごもっともだ。話が早くて助かる」

 

 Mr.1とミス・ダブルフィンガーは悪魔の実の力によって腕を刃物とトゲに変える。

 当然ゾロは負けるとは思っていないが、トップクラスの二人を相手に楽に勝てるとも思っていない。

 加えて、

 

「女を斬る趣味はねえんだがな……!」

「あら? 優しいのね。安心して。斬られて死ぬのはあなただけだから」

「そういうわけだ。手早く終わらせてもらう!」

 

 凄まじい速度でMr.1が距離を詰め、刃物と化した右手を広げ、ゾロへと襲いかかる。

 

掌握斬(スパークロー)!」

「——ぐッ!」

 

 Mr.1の実力は本物だ。

 反射的に、ゾロは両手の剣でその攻撃を受け切った。さらに、その後ろから無数のトゲが襲いかかる。

 

「スティガーフレイル!」

「しまっ——」

 

 ミス・ダブルフィンガーがゾロへと、鈍器に変形した腕を振り下ろす。

 そして、それがゾロに直撃する瞬間。

 

 ——ドゴァァンッ!!!

 

 ミス・ダブルフィンガーの頭が、爆発した。

 

「…………か、は……っ!?」

 

 どうやら、大砲か何かの流れ弾が運悪く直撃してしまったらしい。

 意識外からの一撃に、ミス・ダブルフィンガーはふらりと身体をよろめかせた。

 その一瞬の隙を逃さず、ゾロは渾身の峰打ちをミス・ダブルフィンガーに叩き込み、瞬く間に意識を刈り取った。

 そのまま、ゾロはMr.1から距離を取る。

 

「……運がいいな」

「まあな。なんだか分からねえが、これで一対一だ」

「構わねえさ。元々、それで勝つつもりだった」

「そうかよ。まあ、おれだって一対ニで勝つつもりだったからな!」

 

 プライドとプライドが、己の刃に乗ってぶつかり合う。

 バロックワークス最強の剣士と、東の海(イーストブルー)最強の剣士が、衝突した。

 

 

 

 

 

 

 そして。

 ゾロのいるメディ議事堂前から南東に五〇〇メートル。

 南東ゲート入り口の砂漠にて。

 瓦礫を利用して作った即席パチンコの隣に立つウソップは、嬉しそうに拳を上げていた。

 

「よっしゃあ! 見たか、バロックワークス! これでゾロの勝利は間違いねえ!」

「何言ってんのよ、アホ! 急になんかやり始めたと思ったら、敵を無視して王宮に撃ち込むなんて!」

「悔いはない! おれは味方のピンチを救ったのだ!」

「知らないわよ! 私たちが殺されるかもしれないのよ!?」

 

 ウソップとナミの前に立つのは、金属バットを持った大柄の男と、モグラの見た目をしたサングラスをかけたおばさん。

 戦闘力のみならばMr.3よりも上と言われる、Mr.4とミス・メリークリスマスが二人の前に立っていた。

 

「フォーーー…………」

「バッ!! このバッ!! 格好の的だったのにどうしてそのタイミングで休憩してんだ! さっさとやるよ!」

 

 ミス・メリークリスマスは、モグラのような大きな爪を使って地中への潜っていく。

 

「ねえ、ちょっと! 来たわよ、ウソップ!」

「安心しろ、ナミ! ちゃんと天候棒(クリマ・タクト)は持ってるよな!」

「ええ! 武器の改造を頼んだけど、これ本当に使えるんでしょうね!?」

「キャプテン・ウソップの大発明品だ! お前ならおれの想定の何倍もの力を引き出してくれるはずだ!」

 

 言いながら、ウソップは足元へ目掛けてパチンコを放った。

 

「さあ、あんたを殺すモグラ塚四番街さ——」

「必殺、タバスコ卵星ッ!」

 

 突如として地面から現れたミス・メリークリスマスの位置が分かっているかのように、ウソップ大量のタバスコも生卵の混じった弾を放った。

 

「うぎゃあああ〜〜〜!?!?」

「ぐわ〜〜はっはっは! どうだ、おれの攻撃は!」

 

 ウソップは堂々と胸を張って高々と笑う。

 目と鼻に直撃したタバスコと卵に苦しむミス・メリークリスマスから距離を取ったウソップとナミは、並んでそれぞれの武器を構える。

 

「行くぞ、ナミ! 偉大なる航路(グランドライン)を進むんだったら、化け物じみたあいつらの強さに少しでも近づかなきゃならねえ!」

「ちょっと! 私、航海士なんだけど!」

「んなこと言ったら、ウタは音楽家だぞ!」

 

 誰よりも前に立って、命を懸けている仲間がいる。

 ナミはグッと唇を噛んで、諦めたように息を吐いた。

 

「あー、もう! 分かったよ! やってやろうっての! 覚悟しなさいよ、バロックワークス!」

 

 覚悟を決めて、ナミは天候棒(クリマ・タクト)を構えた。

 相手はバットを持った大男と、モグラのおばちゃんと……

 

「……イッキシ!」

 

 爆弾を口から吐き出す、鼻水を垂らしたダックスフンドだった。

 

「うぎゃ〜〜!? 逃げろ、ナミぃ〜!」

「さっきの威勢はどこ行ったのよ、アホォ!」

 

 ドガァン! と爆発した衝撃で吹き飛ばながら、二人は泣き叫びながらも、Mr.4たちとの戦いを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 首都アルバーナ、宮殿の広場にて。

 

「パパ!!」

「国王様!」

 

 バロックワークスの工作員たちによって宮殿の入り口を塞ぎ、入ってくるものをニコ・ロビンの能力で追い返す。

 外部からの侵入をことごとく防ぎ、宮殿のテラスにクロコダイルは腰掛けていた。

 その下には、壁に磔にされた国王コブラの姿。

 

「……すまん、ビビ。お前が命を賭して作ってくれた救国の機会を、活かせなかった……!」

 

 血だらけのコブラが声を絞り出す中、クロコダイルの視線はネフェルタリの二人には向いてなかった。

 

「…………あの化け物は、消えたのか」

「うん。私は、独りじゃないから」

「くだらないな。盲信的な信頼は身を滅ぼすぞ」

「命を懸けてもいいって人のためなら、構わないよ」

「……病気だな。救えない」

 

 クロコダイルはその身を砂にしてビビたちの前に降りてくる。

 その顔は、どこまでもウタたちを見下していた。

 

「予定では、最後に歴史の本文(ポーネグリフ)を確認して、この国の終わりを眺めようと思っていたのだが、トラブルで順番が変わってしまってな」

「なにを……!」

「この国に伝わるのは、()()()()()だけじゃないだろう?」

「——まさかっ!」

 

 ビビはコブラ王へ視線を送る。

 コブラ王は苦しそうに歯を食いしばりながらも、はっきりと言う。

 

「最も大切なのは、国民だ。民を人質に取られている以上、しなければならない決断もある」

「でも、反乱軍はいま、門の前で止まって……」

「この国のどこかに、直径五キロを吹き飛ばす爆弾を設置した。あと一時間で、そこの広場に撃ち込むようになっている」

「…………なんてことを……」

 

 一時間経って、クロコダイルを倒せなければ、反乱軍はアルバーナヘ流れ込んでくる。

 そして、反乱軍がアルバーナヘ集まったところで、王国軍ごと爆弾で殺されてしまう。

 

「おれの裁量で、爆弾を打ち込む時間なんざいくらでも変えられる。それを分かってるから、賢明は王は素直に場所を教えてくれたのさ」

 

 クロコダイルは、懐からあるものを取り出した。

 それは、自然界には生まれないだろう色と形をした、禁断の果実。

 

「アラバスタの国宝。海の秘宝、悪魔の実だ。いったいどれほどの力が、この実には眠っているんだろうな」

 

 ビビすらその名を知ることのない、アラバスタに伝わる悪魔の実を手にしたクロコダイルは、高みからウタたちを見下ろして笑っていた。

 



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第三十五話「麦わらの一味、攻撃開始」

この話はゾロ、サンジ、ウソップ、ナミの戦いのみを書いた話です。
ウタ、ビビ視点はないため、サクサク読みたい方は飛ばしてもらって構いません。


 

 吸いかけのタバコが、ポトリと落ちる。

 

「オカマ拳法……!」

「ムートン・ショット!」

「白鳥アラベスク!!!」

 

 ほぼ同時に、凄まじい威力の後ろ回し蹴りがお互いの体に直撃する。

 反発するように吹き飛んだ二人は、崩れた瓦礫の中から身体を起こす。

 

「……くそ、こんなオカマ野郎に……!」

「あんなへなちょこに……!」

 

 睨み合うのは、Mr.2とサンジの二人。

 二人の実力は拮抗してる上に、同じ蹴り技の使い手。だからこそ、二人は負けられない。

 

「ウタちゃんとビビちゃんが、必死に全員を守ろうと足掻いてるんだ。邪魔なんてさせるかよ」

「残念ながら、あちしの仕事は王女を殺すこと! 邪魔なのはそっちなのよう!」

 

 Mr.2はサンジへの攻撃を狙いながら、ニヤリと笑って右手で頬を触った。

 

「あなたたちの仲間を想う心を逆手にとってやるわ! 船長であるこいつの顔は、お前には決して蹴れなブヘェ!?」

 

 ルフィの姿に変身したMr.2を、サンジは問答無用で蹴り飛ばした。

 サンジは落ち着いた様子でタバコに火をつける。

 

「……一つ、教えておいてやる」

 

 タバコの煙を吐いたサンジは、胸を張ってこう言い切った。

 

「人は、心だろうが!!」

「——粋!!!!」

 

 感銘を受けて口を押さえるMr.2だが、そんな場合ではないと首を振り、次の作戦に移る。

 

「なら、これならどう!?」

 

 今度は、Mr.2がウタの姿になった。

 先ほど、サンジが間に入る前にこっそり触れていたのか、Mr.2は二人目に変身をした。

 そして、サンジは当然。

 

「……かわいい…………ッ!」

 

 タバコを落としていた。

 あまりにも分かりやすいその態度で全てを察したMr.2は、ウタの見た目のままサンジへと襲いかかる。

 

「バカね〜い!」

「ぐ、……ッ!」

 

 Mr.2の強烈な蹴りがサンジの脇腹をとらえ、

ミシミシと骨が軋む音が響く。

 

(オカマだって分かってても、ウタちゃんの顔を蹴れるわけねぇだろ……!)

 

 血を吐きながら立ち上がるサンジは、打開策を考える。

 何か、何か弱点を。

 しかし、目の前にあるのはウタの顔。

 そして、それは幸か不幸か。

 

(……そういえば。前にウタちゃん、面白れぇこと言ってたな……)

 

 アラバスタへの航路の途中で交わしたウタとの会話を思い出しながら、サンジは目をつぶった。

 それを自分の命を差し出したととらえたMr.2はゲラゲラと笑いながら、攻撃態勢へと移る。

 

「オカマ拳法! あの夏の日の回想録(メモワール)!」

「……ああ、なるほどな」

 

 サンジはMr.2の蹴りが直撃する寸前で、ゆっくりと目を開いた。

 

ほほ肉(ジュー)ショット!!!!」

「ブホァ!?」

 

 サンジのカウンターが顔面にクリーンヒットし、Mr.2の身体が吹き飛び、建物へと突き刺さった。

 

「おい、オカマ。いまの攻撃は、随分と『甘い』ぜ」

「な、何を言ってるのかしら〜ん!」

「攻撃の直前、お前から『甘さ』を感じた。油断と隙の証拠だ。要はお前、自分の顔じゃねえと攻撃ができねえんだ」

「えーーー!? なにーー? 全然聞こえなーーい!」

「図星じゃねえか」

 

 Mr.2は自分の弱点がバレたからか、ウタの顔をすることをやめ、攻撃に全力を注ぐことを決めたようだ。

 そして、なぜか白鳥の顔を模した細長いつま先を足に装着した。

 

爆撃白鳥(ボンバルディエ)!!」

「——!!」

 

 サンジはその攻撃を、受け流さずに避けることを選択した。

 Mr.2はその賢明な判断にニヤリと笑う。

 

「避けて正解よ〜〜ん!」

 

 Mr.2の蹴りは、弾丸のような爆発音とともに建物に突き刺さった。

 これをまともに受けてしまえば、たった一度で致命傷は必須。感覚的に、サンジはそれを理解していた。

 

「だろうな。相当『辛い』攻撃だ。だが……!」

 

 Mr.2が大振りの蹴りをした分、わずかに長くなった体勢を整える時間を、サンジは見逃さない。

 

「リーチが長えのは『甘さ』だぜ……っ!」

「ぶへェ!?」

 

 反撃が完璧に入る。

 負けじと、Mr.2も攻撃をするが、

 

「その動きは良くねえな。顔周りが『苦く』なってるぜ」

「ぐぼはァ!?」

 

 全ての攻撃を避けきり、相手の弱点を見切って的確な蹴りをドンドンと入れていく。

 あまりに圧倒されるMr.2は、苦し紛れの攻撃を繰り出していく。

 

「なんでよ〜う!? あんた、何者だってのよ!」

「おれは世界一の料理人(コック)さ。一流ってのは、味覚も誰より優れてなきゃいけねえ……!」

 

 サンジはMr.2の攻撃を完璧に受け流し、渾身の一撃を叩き込む。

 

仔牛肉(ヴォー)ショットッッ!!!」

「ぎゃァァァァアア!!!!」

 

 そのあまりの威力に、遅れてMr.2は凄まじい回転とともに吹き飛ばされていった。

 起き上がることのできないMr.2の元へ歩き、静かにタバコに火をつける。

 

「いい勝負だった。だがまあ……」

 

 ふう、とタバコの煙を吐いたサンジは、得意げに笑って去っていく。

 

「下ごしらえがまだまだだな。いつか味が乗ってきた頃に、また味見してやる」

「…………い、粋……っ!!!」

 

 涙ながら、Mr.2はサンジの背中を見送る。

 アルバーナ南ブロック、ポルカ通りの戦い——勝者、サンジ。

 

「……ウタちゃんに、感謝しねえとな」

 

 タバコを味わいながら、サンジは数日前のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 数日前。

 ドラム王国からアラバスタへの航路の途中。

 いつものように、サンジとゾロが喧嘩をしている最中のことだった。

 

「こらー! 喧嘩しないの、二人とも!」

「おれは悪くねえぜ、ウタちゃん。こいつがおれの作った飯に文句を言うから悪いんだ」

「だからってわざわざチョコかけたやつ出してくんだアホが! 甘すぎて食えねぇ!」

「海で料理人(コック)に文句を言うとは、覚悟は出来てんだろうな……!?」

「三枚に下ろされる料理人(コック)ってのが見れるのは本当か……!?」

「はいはーい! 二人とも、スマイルスマイル〜!」

 

 ウタはサンジとゾロのほっぺたをつまんでグイッと持ち上げる。

 なんだかんだで同じ歳の三人なので、一味の皆もこのやりとりは何度も見ているお決まりの光景だった。

 

「まったく! 二人とも強いんだから、もっと冷静にしてよね! 強い人はもっとこう、ドーンと構えないと!」

「「でもこいつはおれより弱えぞ」」

「「なんだとてめぇ!?」」

「スマイルスマイル〜〜」

 

 うんざりとほっぺたをつまみ上げる。

 ウタはうんざりとため息を吐いて、

 

「二人は良いところとかだって別々なんだから、そんなに喧嘩してもしょうがないと思うけどなぁ」

「こいつにいいところなんかあるのか? ギリギリ料理作れるくらいだろ」

「てめえはせいぜい仙人みたいに瞑想するくらいだな」

「うんうん! 二人とも、良い線いってるね!」

 

 さすがはサンジとゾロ、とウタが頷くので、調子が狂った二人は、やれやれとようやく喧嘩をやめてくれた。

 やはり仲良しが一番嬉しいのか、むふふ〜と笑うウタはサンジの肩をポンと叩く。

 

「サンジはね、すごい料理人(コック)さんなんだから、もっと料理の腕が戦いにも活かせると思うんだよなぁ」

「ウタちゃん。悪いがおれが使うのは足だけだ。料理人としての手を戦いに使うつもりはないぜ」

「ん〜、そっちの手じゃないんだよね」

 

 ウタは、んべっと舌を出して見せた。

 首を傾げるサンジだったが、ウタの意図に気づいて首を振る。

 

「いやいや。それはさすがにないだろ」

「そんなことないよ! ルウがよく言ってたもん! あいつは美味そうだって!」

「ウタちゃん、もしかして人間を食う文化があるところで育てられたのか?」

「ぐへへ、サンジのことも食べてあげようか……?」

「レディに食われて死ぬなら、それも本望! ウタちゃーーん!!」

「あ、それでゾロのことなんだけどね!」

 

 渾身の空振りをして床を滑っていくサンジをガン無視して、ウタはゾロの話を始める。

 

「なんだ。おれは人は食わねえぞ」

「知ってるよ! ゾロは優しいもんねー!」

「ニヤニヤすんな! 斬るぞ!」

「おっと、失礼いたしました!」

 

 ぺこりと、頭を下げたウタは、ニコニコと笑いながら続ける。

 

「それでね、ゾロはやっぱり獣っぽくいくべきだと思うの!」

「やっぱり馬鹿にしてんだろ!?」

「違うもん! 例えば、そうだなぁ……」

 

 ウタはただその場に立ったまま、ふう、と息を吐いて、ほんの少しだけ()()()()()()()()

 

「————ッ!?!?」

 

 ゾロは剣を抜いていた。

 ウタから感じた異常な圧力に、思わずありもしない攻撃を受け止めるような防御の体勢を取っていたのだ。

 

「ほらね? ゾロって、考えるより先に肌で感じるセンスがあるんだよ」

「…………なるほどな」

 

 無意識に抜いてしまっていた剣を眺めながら、ゾロは昔を思い出していた。

 

「昔、おれに剣を教えてくれた先生が言ってたんだ。何一つ斬らない剣が、鉄をも斬れる剣だってな。当時は理解できなかったが、お前のおかげでなんとなく理解できた」

「ふむふむ。その答えは?」

 

 ゾロは深く息を吐いて、刀身をそっとウタの肩に乗せた。

 そして、その直後。

 

「——うわぉ」

 

 ウタの背筋に寒気が走った。

 確かに今、ウタは()()()()()()()()()()()()()()()

 首が飛んだ生々しい感覚が、傷一つない身体に染み付いていた。

 

「肌で呼吸を感じると、斬るという行為の隅々に、おれの意識を乗せることができる。この気迫の強弱で、斬るも斬らないも自在ってことだ」

「……それはちょっと、私にはよく分からないけど」

 

 でも、とウタは笑う。

 

「また一歩、大剣豪に近付いたね!」

「ははっ! 当たり前だ。あいつに追いつくためなら…………」

 

 

 

 

 

 

 

「鉄ぐらい、軽く斬ってみせねえとな」

 

 しばらくの技の応酬の中で、ゾロはウタとの記憶を呼び起こしていた。

 あの時に実際に感覚は掴んだものの、本当に鉄の体を持つ実力者が目の前にいるとなると、話は別だ。

 

「フン。ならさっさとおれにかすり傷の一つでも付けてみろ」

「残念だな。おれが鉄を斬る時はてめえがくたばるときだ。見せられねえよ」

「…………もっともだ」

 

 両者の刀と腕が交わり、火花が散る。

 Mr.1の刃となった腕は、刃こぼれする気配すらない。

 

螺旋抜斬(スパイラルホロウ)

 

 剣だった腕の刃が形を変え、肘から先が螺旋状に回転する刃と化す。

 まるでドリルのように回転する刃が、ゾロを襲う。

 

(……呼吸を。あいつの呼吸を……!)

 

 ゾロは意識を集中させ、Mr.1の斬るための準備を整えていくが、

 

「しまっ……!」

 

 猛烈な回転をするMr.1に剣が弾かれ、ゾロの懐がガラ空きになる。

 そこへすかさず、問答無用の一撃が入る。

 

「——ぐ、ッ……!!」

 

 大量の血が飛び散り、ゾロは思わず膝をつきそうになる。

 しかし、そこでグッと堪え、ゾロは立ち続けた。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 荒く息をするゾロは、大きく息を吐くやいなや、何を思ったのか両手の剣を鞘へ納め、咥えていた剣だけを両手で握った。

 

「どうした。諦めたのか」

「ああ、諦めたさ。おれはまだまだ未熟だ」

「ならば、死ぬといい。安心しろ。殺すのがおれの本業だ」

 

 殺し屋の一撃が、ゾロへと襲いかかる。

 これを受ければ、当然ながらゾロの命に関わる傷になる。

 しかし、ゾロは避ける素振りすらしない。

 

「まだおれには、三本の剣全てを呼吸に合わせる技術がねえ。だが、こうして一本にすれば、はっきりと肌で感じるぜ」

「何をだ!」

「おれはまだまだ、強くなれるってことだ」

 

 決着は、一瞬だった。

 

「一刀流『居合』——獅子歌歌」

「————カ、ハ……ッ!?」

 

 Mr.1の鋼鉄の身体を、ゾロは完璧に斬ってみせた。

 斬れないはずの身体から血が吹き出し、Mr.1はその場に崩れ落ちる。

 ふう、と息を吐いたゾロは、頭に巻いていた手拭いを解いて空を見上げる。

 

「後でウタに、礼を言わねえとな……」

 

 ゾロはそう呟いて、一人ウタたちがいるであろう王宮へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、南東ゲート付近の砂漠にて。

 ウソップは、ナミにしばかれていた。

 

「なによこの宴会芸のオンパレードは! こんなくだらないことして殺されたらどうすんのよ!!」

「ゴ、ゴメンナザイ……」

 

 目の前のMr.4とミス・メリークリスマスよりも重い攻撃を受けたウソップは、瀕死の状態で砂漠で転がっていた。

 ナミが怒るのも無理はない。

 いざ戦おうとすれば、飛び出すのは鳩のおもちゃだし、出てくるのはジョウロのような勢いの水。

 満を持して放った攻撃でこんなものが飛び出したのだか、ナミは顔を真っ赤にしてウソップをしばき倒していたのだ、

 

「そ、それは遊び心だ! 本当の力はそこじゃねえ!」

「じゃなにをすりゃいいのよ!」

「いいか、ナミ! お前は天候を操るんだ!」

「はぁ!? んなことできるわけないでしょ! そんなことができたら神様よ!」

「できるんだよ、お前とその天候棒(クリマ・タクト)があれば!」

 

 と、ウソップがナミを説得していると、

 

「隙あり!」

「しまっ……!」

 

 地面からひょっこりと顔を出したミス・メリークリスマスがウソップの足を掴んで、身動きを封じた。

 彼女はモグモグの実を食べたモグラ人間。

 巨大な爪で地中を掘り、すでにウソップたちの下には移動用のトンネルができているのだ。

 そして、

 

「やりな! Mr.4! ラッシー!」

「フォー……」

「バウ!」

 

 銃のような鎧に実を包んだ胴長の犬が、ボール型の爆弾を吐き出し、それをMr.4が超重量のバットでウソップへと打ち込む。

 

「クソ! ナミ、伏せろ!」

 

 ナミの身体を強引に引っ張り、地面に倒したが、固定されたウソップには爆発が直撃する。

 

「ガ、ハ……!」

「アーハッハハッハ! ざまあないね!」

 

 ふらりと身体をよろめかせながらも、ウソップは倒れない。

 ウソップの闘志は、消えていなかった。

 

「ナミ! 砂嵐を起こせ! お前ならできるはずだ!」

「——分かった!」

 

 ナミは天候棒(クリマ・タクト)の三つに分解し、そのうちの二つを器用に回転させて、少しずつ風を起こしていく。

 

「風向きは西北西。この風の強さなら、回転を産むきっかけさえあれば……!」

 

 本来はブーメランとしてしか使えないはずの機能を、ナミは最大限まで活用する。

 

「砂漠限定……サイクロン・テンポ!」

 

 クロコダイルの砂嵐に比べれば可愛いものだが、それでも視界を防ぐには充分な量の砂煙が二人を覆っていく。

 

「なにを……! あ、しまった! あいつ、靴を脱いで逃げやがった!」

 

 姿をくらましたウソップとナミを探すが、砂嵐の中では見つけることができない。

 

「クソ! Mr.4! 見えるかい!?」

「フォ……」

 

 ぶんぶんとMr.4は首を振る。

 この場では、全ての視界が閉ざされている。

 だからこそ、ミス・メリークリスマスは得意げに笑った。

 

「あいつらはバッ! だね! 自分たちだって姿が見えないなら、攻撃だって出来ない! 砂煙が落ち着くまで警戒をするだけでいいよ、Mr.4!」

「…………フ、フォ……」

「……な、なんでお前、攻撃されてんだい!?」

 

 いつの間にか、Mr.4は血を吐き出してその場にひざまずいていた。その近くにはハンマーが転がっている。

 だが、あんな小さなハンマーで怪我を負うほど、Mr.4はヤワではない。

 となれば。

 

「狙ったのかい!? この、砂煙の中で!」

「よく気づいたな、モグラ女!」

 

 煙の中で、影が見えた。

 その長鼻のシルエットを見て、ミス・メリークリスマスはすぐに地中へ潜る。

 

(どんなトリックを使ったか知らないが、砂煙が落ち着いてほんの少しだが見えた! 直接この爪であいつから殺す!)

 

 そして、地中から飛び出して、渾身の力で爪を振る。

 しかし、確実にウソップをとらえたはずの爪は、空振りをした。さらに、斬ったはずのウソップの身体が、ぐにゃぐにゃと歪んでいく。

 後ろから、ナミの声が響く。

 

「本日は高気圧を伴う晴れ晴れした一日になりますが、一部地域のみ、蜃気楼や竜巻、そして爆発や落雷の心配が必要です」

「な、なにを……!?」

「残念ながら、このおれは本物じゃねえぞ。なんせおれは、嘘つきだからな!」

「行くわよ……! サンダーボルト・テンポ!!」

「ぎゃああああ!?」

 

 目の前の長鼻の姿が歪んで消えたかと思えば、今度は雷がミス・メリークリスマスを襲う。

 これで戦闘不能になるわけではないが、それでもたまらずに地中へ潜っていく。

 

「クソ、クソ! なんなんだ、あいつら! Mr.4! 早く起きやがれ!」

「フ、フォー!」

 

 Mr.4も起き上がり、咄嗟に地中のトンネルへ潜り込んだ。

 

「あいつら、姿を隠すのが上手い! 下で様子を見ながら、攻撃の機会を探すよ!」

「…………フォ?」

「なんだい、今度、は……?」

 

 コロコロコロコロ。

 見覚えのあるボールが何個も、地中のトンネルに転がっていた。

 そして、上から声が聞こえる。

 

「お前らの気配は『見えて』るぜ!」

 

 ドゴァァン! と地中のトンネルが無数の爆弾によって爆発し、爆風でMr.4とミス・バレンタインが空へと飛び上がる。

 

「どうだ、ナミ!」

「風は、安定! 行っちゃって、ウソップ!」

「よし、完璧だぜ!」

 

 ウソップが待機していたのは、先ほどゾロを支援するために使った、瓦礫を利用した即席巨大パチンコ。

 それを全力で引っ張ったウソップは、Mr.4とミス・メリークリスマスの身体が一直線上に重なる瞬間を見極めて、

 

「ハンマー彗星!!!!」

 

 たった一投で、二人の身体をとらえたウソップの一撃によって、遠くまで吹き飛ばされていく。

 

「一石二鳥って言葉は、おれから生まれたんだぜ……!」

「嘘つけ!」

 

 スパンとウソップの頭を叩きながらも、ナミは笑顔でハイタッチの手を上げる。

 

「ナイス、ウソップ!」

「おうよ、お前も最高だったぜ!」

 

 パチン! とハイタッチをして、笑い合った二人は、近くでどうしようと困っている銃の犬、ラッシーと目があった。

 さすがに攻撃とかしないよね……? みたいな目で見てくるが、二人は目を合わせてにっこりと笑う。

 

「「た〜まや〜〜〜!!!」」

「バウ〜〜〜〜〜!?!?」

 

 巨大パチンコでMr.4とミス・メリークリスマスが吹き飛ばされていった方角へ、ラッシーも飛ばされていく。

 そして少しすると、ドガン! と爆発の煙が上がっているのが見えた。

 

「よし、じゃあ行くか! ウタたちのところ!」

「ええ! きっと今ごろは王宮についてるはずだもの! 早く追いついて、少しでも手助けをしないと!」

 

 勝負、決着。

 これにて、幹部の戦いは全て麦わらの一味が勝利を納め、全員が王宮へと向かっていく。

 そして、話はウタとビビがいる王宮へ戻り。

 

 

 最後の戦いが、始まろうとしていた。

 




ゾロとサンジとウタの同い年トリオは書きたかったので、こういう形で書けて楽しかった。
アンケート答えてくれた人たちありがとう。


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第三十六話「守護神」

第三十四話からそのまま続きとなっております。
よろしくお願いします。


 

 

 時限爆弾起爆まで、残り一時間。

 宮殿広場に立つウタとビビは、クロコダイルと相対していた。

 

「ククク……! 二つ目の悪魔の実はさすがに食えねえが、国宝とまでされる悪魔の実を得れば、強力な武器になる……!」

 

 得意げに笑うクロコダイルは、王宮の上部に腰掛けて優雅に足を組む。

 吸っていた葉巻の煙を大きく吐き出したクロコダイルは、ゆっくりと身体の大半を砂にして下まで降りてくる。

 

「……お前には、その悪魔の実は奪えんよ、クロコダイル」

「なに?」

「その実は、何百年も前から、誰が食べてもどこへ行っても、必ずこの地に帰ってくるという伝説がある。その場で食わん限り、すぐにお前の手から離れるぞ」

「ほざいてろ。そんな迷信を信じる気などさらさらない」

 

 コブラ王の言葉を一蹴したクロコダイル。

 見下すようなその態度に耐えきれず、ここまで共に着いてきてくれたチャカが前へ出た。

 

「ビビ様。私はもう、我慢なりません……!」

 

 国を弄ばれ、王を傷つけられ、誇りを汚された。

 これで怒らずにいられるほど、チャカの忠誠心は浅くはない。

 

「チャカ、よさんか! お前まで死んではならん!」

「クロコダイルッ!」

「ほう。……動物系(ゾオン)か……」

 

 チャカの身体が黒い毛に染まり、長い鼻とピンと伸びた獣耳が生えてくる。

 それはアラバスタを古くから守ってきた守護神だと言われる動物の一つ。

 

「イヌイヌの実、モデル“ジャッカル”!!」

 

 チャカは悪魔の実の力で大幅に強化された身体能力を駆使して、凄まじい勢いでクロコダイルを切りつける。

 が、しかし。

 

「てめぇも……他人の為に死ぬ口か……」

「——チャカ!!!」

 

 一方的だった。

 チャカの攻撃は砂漠に剣を突き立てるが如く手応えがなく、クロコダイルの攻撃は確実にチャカに傷を与えていく。

 

「弱ェってのは、罪なもんだ」

「……そんなわけ、ないじゃん!」

 

 クロコダイルを貫かんとばかりに睨みつけるウタが声を上げた。

 しかし、クロコダイルは余裕のある態度で笑うだけ。

 

「クハハ! そうだろうがよ。その証拠に、お前らの船長はここにいねェだろうが!」

「……そういえば、ルフィさんは」

 

 ビビが呟くと、クロコダイルはニヤリと笑った。

 

「ああ、さっき目障りな鳥を見つけてな。撃ち落としておいたんだが、もしかしてあの鳥に乗っていたのか、麦わらが」

「……ペル、まで……ッ!」

 

 王宮にいるはずだったルフィがこの場にいないのは確かにおかしい。

 だが、それも当然だったのだ。

 ここに辿り着く前に、クロコダイルの攻撃を受けていたのだから。

 

「そんな! じゃあ、ルフィさんは……!」

「大丈夫だよ、ビビ。チョッパーがついてるから」

「そんなこと言ったって……!」

「私はルフィを、仲間を信じてる」

 

 ほんの一欠片も、ウタは疑わなかった。

 真っ直ぐに言い切ったウタへ、クロコダイルは嫌悪感をあらわにした。

 

「……仲間を信じるだの、そんな甘いことを言ってるから弱いんだよ、お前たちは」

 

 葉巻の煙を吐き出すクロコダイルを見て、ビビはとあることに気づく。

 彼の近くに倒れている人の中で、忘れたくもない顔があることに。

 白い毛皮つきのロングコートと、近くに落ちている同じ色のハット。どう見ても、それはクロコダイルの相方であるエージェントの姿だった。

 

「まさかあなた、ミス・オールサンデーを!?」

「あいつはおれの期待に応えられなかった。だから始末した。それだけだ」

「仲間を、始末……?」

 

 ウタは握っている拳が震えてることに気づいた。あまりに不愉快極まりないその言動に、耐えられる自信がない。

 

「ビビ、やろう。私たちで」

「ええ。元から、そのつもりよ」

 

 残された時間は一時間もない。ルフィは死んでいないと確信しているとはいえ、いつ戻ってくるか分からないという現状に賭けるのなら、この手でクロコダイルを倒す方が確実だ。

 

「私たちはあなたを倒して、このくだらない戦いを止めてみせる」

「クハハハ! 死にたいなら、爆弾が起爆するまでの間、遊んでやろうじゃないか!」

「——ビビ!」

「ええ! 行くわよ、ウタ!」

 

 二人は同時に走り出す。

 ここまでともに行動をしてきたウタとビビに、連携のための声など必要なかった。

 

孔雀(クジャッキー)一連(ストリング)スラッシャー!!」

 

 無数の円形刃物がついた紐状の武器を、ビビは迷いなく振り切った。

 クロコダイルの顔を確実に切り裂く一撃。しかし当然、そんな攻撃は自然系(ロギア)のクロコダイルは避けることすらしない。

 

「なんのつもり——」

「ウタちゃ〜んハンマー!!!」

 

 ビビの目的は傷つけることではなく、クロコダイルの顔を砂にすることで一時的に視界を奪うことだった。

 ほんの一瞬の間に空想のハンマーを現実に取り出したウタは、渾身の力を込めて攻撃を放つ。

 

「——!!!」

 

 その攻撃は、クロコダイルの()()()()()()()

 しかし、クロコダイルはほんの少しだけ体勢を崩しただけで、それ以上のダメージはない。

 

「非力だな。このレベルで、よくもまああんな額の懸賞金がついたもんだ。ああ、そうか」

 

 ケタケタと笑いながら、クロコダイルは告げる。

 

()()()()()()()()もんなァ! ウタ人間!!」

「それでもいいよ、別に」

 

 ウタはさらに金色の槍を取り出し、クロコダイルに突き刺す。

 だが、それはクロコダイルの身体に弾かれ、槍は光となって消えていく。

 

「諦めが悪りィんだよ!」

「そりゃあ、諦めてないからね!」

 

 クロコダイルに何度攻撃を弾かれても、ウタ一切引くことなく、攻撃を続ける。

 

「わずらわしい……!」

 

 クロコダイルが右手を伸ばし、ウタを掴みにかかるが、

 

孔雀(クジャッキー)スラッシャー!」

 

 その腕を、ビビの攻撃が砂へと変える。

 不意の攻撃に僅かに対応が遅れたクロコダイルの頭に、ウタのハンマーが直撃した。

 

「…………てめぇ」

 

 ぽたりと血を流すクロコダイルを見て、ウタは得意げに笑う。

 

「ほら、届いた」

「本気で殺してやらねえと、その口は黙らねえみたいだな……!」

 

 そして、クロコダイルがウタヘ攻撃をしようとした、そのとき。

 

「……おれの目はどうかしちまったのか…………?」

「コーザ!」

 

 反乱軍のリーダーであるコーザが、ビビたちの元へとやってきたのだ。

 おそらく、彼とビビが昔に使った抜け道を使ったのだろう。

 あれだけの軍勢を引き連れてきたのだ。一時間待てと言われて、何もせずに素直に待つ方がおかしい。

 とはいえ、この状況は予想していなかったようで、

 

「……国の英雄が、国王を殺そうとしてるなんてな……」

 

 磔にされた国王。血まみれで倒れるチャカ。まさに攻撃をされようとしていたウタとビビ。

 それを見て、まだクロコダイルが英雄だとは思えるはずもない。

 

「この国から雨を奪ったのは、お前か……!?」

「おれさ、コーザ! 雨も、紛争も、これから国民たちが死んでいくのも、全部おれさ! 知らなきゃ、幸せに死ねただろうにな。運の悪いやつだ……!」

「聞かなくていいわよ、コーザ」

 

 愕然とするコーザへ、ビビが声をかける。

 

「私たちがここでクロコダイルを倒して、全部終わらせるから」

「まだ言ってやがんのか。懲りねぇやつらだ」

「全ての元凶であるあなたを倒さない限り、この国の人々が笑える未来は来ない!」

「どうせ、どんな未来もお前は見れねえだろうが!」

 

 クロコダイルは強烈な攻撃をウタとビビの二人に放つ。

 砂の刃と、凶悪な左手のフック。

 それぞれが、ウタとビビを狙うが。

 ウタとビビに、傷はなかった。

 代わりに、二人の男が崩れ落ちていく。

 

「コーザ!」

「チャカさん!」

 

 倒れていくコーザの目には、涙が浮かんでいた。

 

「すまない、ビビ……!」

「…………!」

 

 ドサリ、と寂しげな音が響く。

 目の前に広がっていく血を見つめ、ビビは叫んだ。

 

「あなたは、悪くない! 全部、こいつが……」

「ああ、おれだ!」

 

 今度は逃さぬように。

 ウタとビビは砂で絡め取られ、その体を拘束された。

 苦しみながら、ウタは悔しさに唇を噛む。

 

(トットムジカの疲労が凄くて、ウタウタの力を全く使えない……! 今歌っても、クロコダイルは数秒で目覚めて、私は起きていられなくなる……!)

 

 まだ戦意を失っていない二人を見て、クロコダイルは見下すような視線を送る。

 

「お前らの理想論は見苦しくてかなわねえ。力がねえやつが語る理想に、なんの価値もねえ」

「うるさい! 夢を諦めたお前に、私たちを嗤う資格なんかない!」

「……なに?」

「諦めたんでしょ、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を。だから、あなたは七武海なんかになってここにいるんだ……!」

「てめぇに、おれの何が分かる!」

「分かるわけないから、喧嘩売ってるんだよ!」

「…………もういい。いい加減、死ね」

 

 そして。

 クロコダイルがトドメを刺そうとした、そのとき。

 

角強化(ホーンポイント)!!!」

 

 巨大な二本の角が、クロコダイルの身体を貫いた。

 

「「チョッパー!!!!」」

「ごめん、待たせた! みんな!」

 

 四足歩行の姿をしたチョッパーが、クロコダイルの後ろから突進をしたのだ。

 当然、ダメージなどは微塵もないが、ウタとビビの拘束は完全に解除された。

 加えて、全身を貫く攻撃によって、クロコダイルの懐からとあるものが転がっていく。

 

「——悪魔の実が!」

 

 初めて慌てた様子を見せたクロコダイルよりも先に、その実を掴んだのはビビだった。

 まるで、クロコダイルからビビの元へ逃げたのかと思うほどに、ビビがいた位置へと転がっていく。

 それを手にした瞬間、ビビは咄嗟にその悪魔の実を口は運ぶ。

 

「あなたに、この実を奪われるくらいなら……!」

「おい! ふざけるなッ! それはお前如きが口にしていいもんじゃあねェ!」

 

 すぐさま、クロコダイルは攻撃をするが、

 

「させないッ!」

 

 咄嗟にウタが防御のための壁を作り出すが、容易に破壊される。だが、その後ろに死に物狂いで立ち塞がるのは、コーザとチャカ。

 

「我はアラバスタの守護神! 決して、ビビ様は殺させない!」

「お前が変えてくれるんだろう、ビビ! この壊れちまったアラバスタを!」

 

 二人の期待を背負ったビビは、はっきりと答える。

 

「ええ。必ず」

 

 そして、ビビはその悪魔の実を口にした。

 一口でも飲み込んでしまえば、その力は食したものに宿る。

 クロコダイルは、防ぎきれなかった。

 そして。

 

「…………食べたのか。いずれアラバスタを背負うお前ならば、その実も答えてくれるだろう」

 

 コブラ王の呟きの最中、ビビの身体に変化が訪れる。

 美しい肌から水色の毛が生え始め、鼻先が丸みを帯びて膨らみ、指先には爪が生え、手のひらには肉球が現れる。

 さらに。

 その背中には、純白の翼が生えていた。

 

「アラバスタを作ったとされる神の姿と酷似していたという。その、悪魔の実の名は……」

 

 コブラ王の小さな声が、その場にやけに響いて聞こえた。

 

 

 

 

「ネコネコの実 幻獣種:モデル“シャルベーシャ”」

 

 

 



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第三十七話「ウタ&ビビVSクロコダイル」

 

 

 

 こんな逸話がある。

 

 このアラバスタという国ができる前は、森や川で溢れた、さながら庭のような島だったと。

 だが、その神によってアラバスタという砂の国が創られたのだと。

 故に、国宝だった。

 誰も触れてはならぬものとして、その詳細すら王家にしか伝えられず、大切に保管されてきた。

 理由は、いうまでもない。

 力を欲するものが持てが国が滅び、優しい心しか持たぬものは力に飲まれ国を滅ぼす。

 アラバスタは、アラバスタを創った神に喰い殺されぬようにそれを守っているのだと。

 

 そんな逸話がある。

 そして。

 この逸話には、誰にも伝えられていない続きがあった。

 

 もし、強く気高い心を持ちながら、正しい力を使いこなす技量と器を持つものがその神に認められたのなら。

 その神は、破壊神から守護神へと変わるだろう、と。

 

 

 

 

 

「ネコネコの実、幻獣種だと……!?」

 

 その名を聞いたクロコダイルは、口元を引き攣らせていた。

 動物系(ゾオン)幻獣種。

 それはクロコダイルが口にした自然系(ロギア)よりも希少で、強力な力を持つと呼ばれる悪魔の実。

 なるほど、それは確かに。

 

「アラバスタの国宝……! そんなもんを、食いやがって……!」

 

 すぐさま攻撃するべきであるはずのクロコダイルは、変わりゆくビビの姿を見つめていた。

 動けなかったのだ。

 その佇まいが、あまりにも美しすぎて。

 

「これが、悪魔の実の力……!」

 

 ビビは、海に呪われた自分を眺める。

 

 凶暴な爪が生えた指先まで、全身を覆うように蒼い体毛が生えた身体。

 丸みを帯びて獅子のように膨らんだ口と、そこから顔を出す強靭な牙。

 背中から生えた、純白の翼。

 そして、変化はそれだけではない。

 

 青い髪を結んでいた髪留めはいつの間にか外れ、美しい長髪が風に吹かれてる中、その毛先は蒼い炎と化してゆらゆらと揺らめていていた。

 ビビはその炎を熱がる様子もなく、むしろその炎を優しく撫でてみせた。

 

「この、力なら」

 

 一つ呼吸を置いて、ビビは正面に立つクロコダイルを睨みつけた。

 その威圧感からか、もうクロコダイルの表情に余裕はなかった。

 

「クロコダイル! お前を倒して、アラバスタを守ってみせる!」

「随分と、調子に乗っているようだが」

 

 強大な力を手にしたとはいえど。

 何年もの間、挑んでくる海賊たちの全てを圧倒し続けたクロコダイルの力は変わらない。

 

「おれがお前よりも強いという事実が、変わったわけじゃねえだろうが!」

「それをひっくり返すために、私はここにいるんだ!」

 

 ビビは、クロコダイルへ踏み出す直前、ウタヘと視線を向ける。

 言葉などなくとも、意図することはわかった。

 

「〜〜〜♪」

 

 ウタはウタウタの能力を使い、覇気のこもった真紅のスラッシャーを作り出してビビへと渡した。

 それを掴んだビビは、軽やかなステップを踏む。

 

「私はこの力を手に入れたばかりで、使いこなせる自信はない」

「能力が使いこなせねぇ海賊なんざ、ただ海に沈んで死んでいくだけだ!」

「でも、私がこの国を守るために進んできた時間は、ちゃんと私の中に残っている!」

 

 この能力ならばどんな動きができるか、という思考ではない。

 今までやってきた動きを、この力で何倍にも跳ね上げる。

 故にビビは。

 

「艶麗の獅子舞踏(レオーネ・ダンス)!!!」

 

 美しく、踊った。

 細長く刃物が連なるスラッシャーを巧みに操りながら、蒼い炎を身に纏い、予測を超えた角度から無数の攻撃がクロコダイルへと襲いかかる。

 

「——チィ!」

 

 回避をしようと思えば蒼い炎で退路を絶たれ、覇気を感じる攻撃は無視することができずに受けようとするが、蛇のようにしなりながら予想外の方向へと曲がり、身体をかすめていく。

 無敵のはずだったクロコダイルの身体に、切り傷が生まれていく。

 

「ウタ、次!」

「もう準備してる!」

 

 覇気で強化しているとはいえ、ウタが仮想世界から生み出した武器たちの耐久力は低いままだ。

 攻撃に加え、ビビの素早い動きに対応しようとすれば、数秒でスラッシャーは砕け散ってしまう。

 そのために、ウタは次々と武器を生み出し、ビビの持つ武器が壊れた瞬間に次の武器を渡していた。

 踊りながら、隙を作らずにビビは武器を手にして、クロコダイルへの攻撃を続ける。

 

「そんな攻撃を続けようと無駄だ! 動きも、武器の挙動もそろそろ見切れる! 諦めるんだなァ!」

「諦めて、たまるもんですか!」

 

 ビビは踊りをやめて、身体を捻る。

 バロックワークスのエージェントとして培ってきた技は、これだけではないのだから。

 

獅子炎牙(レオーネ・スラッシャー)ッ!!」

 

 ドリルのように身体を回転させながら、スラッシャーと蒼炎を巻きつけてクロコダイルへと突進する。

 今まで不規則な動きで攻撃をしてきたからこそ、正面からの高速攻撃への反応が遅れたクロコダイルへ、攻撃が直撃する。

 

「ぐ、ぁぁぁああ!!!」

 

 手応えがあった。

 目の前に立つクロコダイルの口から、血が溢れ出す。

 戦える。

 あのクロコダイルへ、立ち向かえる。

 そう、ビビの気が緩む。

 

「——ビビ、後ろ!」

「ぇ」

 

 クロコダイルはこの攻撃を避け切らないと判断した瞬間、右腕を防御には使わず、足元の地面に手のひらをぺったりとつけていた。

 そして、近くの石を乾きによって砂へと変え、それを駆使してビビの背後から左肩を貫いたのだ。

 ポタリ、ポタリと。

 棘のような形をした砂の先端から、ビビの赤い血が流れる。

 

「……ぐッ!」

 

 ビビは翼を羽ばたかせながら強引に砂の棘を引き抜き、周囲の砂を風によって吹き飛ばす。

 

逆風(ランバック)!!!」

 

 クロコダイルの武器である砂から距離をとって空中へと逃げたビビだが、肩に負った傷から溢れる血は、どんどんと彼女の体力を奪っていく。

 

「大丈夫、ビビ!」

「うん! もうすぐ、血も止まるはずだから!」

動物系(ゾオン)の回復力か……!」

 

 痛みを堪えて、ビビはそれでもクロコダイルへと距離を積める。

 翼によって風を起こし、蒼炎を盾にしながら、クロコダイルへと向かっていく。

 

獅子牙突(レオーネ・ストライク!)!」

三日月形砂丘(バルハルン)!」

 

 ビビとクロコダイルの手が衝突し、お互いの手を掴み合う体勢で状況は硬直した。

 ビビの手のひらからは蒼炎が、クロコダイルの手からは乾きの砂がとめどなくぶつかりあっている。

 炎と砂のぶつかりあいで生じた風圧に、ウタは飛ばされかける。

 だが、そこで踏ん張りながら、ウタは倒れておるチャカとコーザの応急処置を進めていたチョッパーへ叫ぶ。

 

「投げ飛ばして、チョッパー!」

「お、おう! 分かった!」

 

 強引にウタはチョッパーに投げ出され、空中で身体をひねりながらどうにか着地し、いつの間にか毒が溢れていたクロコダイルのフックへと手を伸ばした。

 

「——!! てめぇ、正気か!?」

「正気だよ! 私だって、戦うって決めたんだから!」

 

 砂の右手はビビが、毒の左手はウタがどうにか抑え込み、クロコダイルとの力比べが始まる。

 ビビの翼と蒼炎の風圧によって、クロコダイルの砂は二人へと届かず、両手でフックを抑える捨て身のウタによって、防がれる。

 本能的に、ウタはその毒の危険性を聞き取っていた。

 あれがビビに突き刺されば、いくらビビでも耐えられないはずだ。

 

「ぐ、ぅぅう!!!」

「非力だなァ! ウタ人間!」

 

 クロコダイルの力に負け、毒のフックがウタの心臓へ目掛けて襲いかかり、

 

「ウタッ!」

 

 ビビが腕を伸ばして、代わりにそのフックを受け止めた。

 ボタボタと血が溢れながら、さらにその身体に毒が回っていく。

 

「クハハハ! お前も死ね!」

「死なない! お前の毒くらい、全部飲み干してやるッ!!」

「絶対に、やらせない……!」

 

 ウタは懸命に、クロコダイルの身体にしがみついた。

 覇気を使いこなし始めたウタは、その身体の動きをどうにか抑えようと力を入れる。

 

「煩わしい……! そんなことをして何になる!」

「…………遅いよ、バカ」

「は?」

 

 クロコダイルの身体を押さえたのは、ビビが殺されそうになるのを止めるためではない。

 聞こえたのだ。

 彼の声が。

 だから、ウタはしがみついた。

 彼の(ピストル)のようなパンチが、間違いなくクロコダイルへ当たるように。

 

「ゴムゴムのォ……!」

「ま、まさか…………ッ!?」

 

 その声を聞いて、クロコダイルは咄嗟に横を向いた。

 そして、そこにはすでに拳があった。

 

鷹銃(ホークガン)ッッ!!!!」

「————!!!!」

 

 ドゴァァンッッ!!!!

 

 クロコダイルの顔面に直撃したそのパンチは、その身体を吹き飛ばしてそのままぶつかった建物の壁すらも壊してしまった。

 白い隼に乗ってここまでやってきた彼は、真っ直ぐにクロコダイルを見つめながら言う。

 

「わりぃ、待たせた」

「うん。待ってたよ」

 

 ルフィが負けたとも、死んだとも思ってなどいなかった。

 必ずきてくれるからこそ、繋ごうと必死になれた。

 クロコダイルとの戦いでボロボロになったビビは、悪魔の実の力を使った疲労からか、眩暈を起こしてその場で倒れる。

 それを受け止めたウタは、その場にペタリと座って、ルフィへ言う。

 

「勝って、ルフィ。クロコダイルを、倒して」

「ああ。当たり前だ」

 

 そうルフィが宣言した直後、崩れた瓦礫からクロコダイルが起き上がる。

 

「おれを倒すだと……? それがどういう意味か、分かってるんだろうな」

「ああ、海賊王になるんなら、七武海くらいで止まってられねえんだ」

 

 激戦を予感したルフィは、被っていた麦わら帽子をウタにかぶせ、拳をコキコキと鳴らす。

 

「おれはお前を越えていく! クロコダイル!!」

 

 高々な宣言とともに、ルフィとクロコダイルの最後の戦いが始まった。

 




次回、クロコダイル戦、決着。
アラバスタ編完結まで、残り三話です。
どうか最後までお付き合いください。


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第三十八話「雨」

 

 

 凄まじい攻防だった。

 覇気の感覚を掴みながらも、やはり習得したてということもあり、その練度は低い。

 そのために自然系(ロギア)の身体をとらえきれないケースも多々ある中、ルフィは機転を効かせてさらにパンチを繰り出す。

 

「てめぇ、まさか……!」

「血でも、砂は固まるだろ……!」

 

 クロコダイルの攻撃によって開いた傷口に拳を当てて、べったりと血をつけたルフィは、その拳でクロコダイルを殴り続ける。

 

「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)!!!」

 

 何度も何度も、ひたすらにクロコダイルを殴り続ける。

 だが、一筋縄で終わるクロコダイルではない。

 ルフィのパンチで吹き飛ばされる直前、毒針のついたフックを伸ばしてルフィの肩に突き刺した。

 

「クハハハ! そいつは猛毒だ! そこのウタ人間も、随分と苦しんでいるようだしなァ!」

 

 ルフィはハッと後ろを振り返った。

 先ほど、二人でクロコダイルを押さえていたときに受け止めた毒針から溢れた毒によって、ウタの手のひらは焼けるように煙を上げていた。

 しかし、ウタは痛がる素振りなどわずかにも見せず、ルフィへ叫ぶ。

 

「大丈夫! チョッパーがいる!」

「——! 分かった!」

 

 たったそれだけの会話だった。

 全てを疑い、必要のない仲間を切り捨ててきたクロコダイルとはあまりにも対照的な仲間への信頼。

 そもそも、いまルフィたちが命を賭けている理由だって。

 

「なぜそこまで命を賭ける!? お前たちとこの国の繋がりなど、あの女一人だけのはずだ! 一人見捨てるだけでいいはずなのに、どうしてここまで首を突っ込む!」

「分かってねえな、お前は……!」

 

 ルフィは血だらけの拳を握りしめる。

 

「あいつは、ビビは……! この国を死んでも諦めねぇ。だから、お前たちに殺されないように、おれたちで倒さねえといけねえんだ」

「その厄介者を見捨てちまえばいいとおれは……」

「死なせなくねぇから、仲間なんだ!!!」

 

 強く叫ぶ。

 それを先にビビに伝えたのはウタだった。その光景を、あの夜に偶然起きていたルフィは見ていたから、余計なことは言わなかった。

 そんな当たり前なこと、言うまでもないからだ。

 

「仲間を助けるためなら、命ぐらいいくらでも賭けてやる! だからおれは、戦うことをやめねぇ!」

「たとえ、死んでもか」

「死んだときは、それはそれだ……!!」

 

 命がかけがえのないものだからこそ、失ってしまえば二度と帰ってこないものなのだと知っているルフィとウタだからこそ、命をかけるのだ。

 ビビの覚悟と意志と夢には、それだけの価値があるのだから。

 

「お前は、おれたちには勝てねえ……!」

「根拠もねぇこと言いやがって」

「おれは、海賊王になる男だ!!」

 

 ルフィは大きく拳を振りかぶる。

 全てをかけた攻撃がくる。それを理解したクロコダイルも、全身全霊の一撃で応える。

 

「ゴムゴムのォ……!」

砂漠の(デザート)……!」

 

 クロコダイルは空中へと飛び上がり、ルフィの頭上から研磨したかのように輝く砂の大剣をいくつも作り出した。

 それを正面から打ち破るべく、ルフィは大きく息を吸いながら、身体を回転させて勢いよく頭上のクロコダイルへと向かっていく。

 さらに、ルフィの拳は黒い膜をまとっていた。

 

鷹暴風雨(ホークストーム)ッッ!!」

金剛宝刀(ラ スパーダ)ッッ!!」

 

 砂の大剣と、覇気をまとうゴムの拳がぶつかり合う。

 本来ならば、人の拳など意図も容易く切り刻むクロコダイルの必殺技だ。クロコダイルも当然、覇気を使っているが故に、砂とは思えぬ強度まで大剣は硬化されていた。

 しかし、それでも、

 

「おおぉぉぉぉおああああああ!!!!!」

 

 ルフィは止まらない。

 痛くても、苦しくても、拳が裂けても、殴り続ける。

 ずっと堪えて一人で戦ってきたビビのために。彼女が背負ってきた大きすぎる使命ごと、全てを壊すために。

 そして、ついに。

 

「————バカな……ッ!?」

 

 砂の大剣に亀裂が走る。

 全ての敵を切り刻んできた宝刀が、崩れていく。

 

「おおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 砕けた。

 跡形もなく壊れた砂の大剣は風に飛ばされ、そのままルフィの渾身の連打がクロコダイルに直撃し続ける。

 数えられないほど殴った。

 ルフィに、この国を背負っているつもりはなくとも。

 ただ、仲間が死なないためにと立ち向かった相手が七武海なだけだったのだとしても。

 

「……ありがとう、ルフィさん……!!」

 

 ビビの目には、クロコダイルに苦しめられた全ての人の想いがルフィの拳に乗っているように見えてしまったのだ。

 ボロボロと涙をこぼしながら、ビビは立ち上がり、その戦いを最後まで見守る。

 そして。

 

「…………ハァ、ハァ……ッ!」

 

 完全に意識を失ったクロコダイルが、ルフィのパンチの勢いに乗って遥か遠くまで飛んでいく。

 もう、クロコダイルは立ち上がれない。

 力の抜けた身体が、アルバーナの前で待機している反乱軍の元へと吹き飛んで行った。

 そして、攻撃をやめたルフィも、ウタの目の前に落ちてきた。

 傷だらけながらも、その顔には笑みが浮かんでいる。

 勝者がどちらかなど、聞くまでもない。

 

「かっこよかったよ、ルフィ」

「にしし! 勝てた!」

 

 パチン! とルフィとウタは手を叩く。

 誰が見ても、勝負は明らかだった。

 

 

 七武海クロコダイルVS麦わらのルフィ

 勝者——麦わらのルフィ

 

 

 

 

 

 だが、まだ戦いは終わっていない。

 それを分かっているウタとビビは、目を合わせて頷く。

 

「「爆弾!」」

 

 ルフィたちがクロコダイルを倒すのにかかった時間は、およそ四十分。

 爆弾がアルバーナを吹き飛ばすまで、まだ二十分ほどの猶予があった。

 

「焦らずに爆弾を探して撃たれるのを防げば、誰も死なずに済む!」

「うん! それで、肝心の爆弾の場所だけど……」

「それなら、見当がついてるわ」

 

 ビビは視線をアルバーナの中心にそびえる時計塔へと移した。

 

「ねえ、コーザ。覚えてる? 私たち、昔あそこに秘密基地を作ったりして遊んでたわよね?」

「ああ、懐かしいな。そんで、確かにあそこにはもう誰もいねえし、何かを隠すならうってつけだ」

「……決まりね」

 

 街の中心ならば、爆心地としても申し分ない。

 だが、間違えてしまえば時間のロスになり、一気に事態は悪化してしまう。

 故に、ウタは問いかける。

 すぐ離れた位置で倒れている、白いハットとコートのエージェントへ。

 

「ねえ、ずっと起きてるあなた。爆弾の場所、それであってる?」

「…………気づいていたのね」

「この距離なら、呼吸の音で寝てるか起きてるかくらい聞こえるよ」

「ふふふ。面白い子……」

 

 血で染まった肩を抑えながら、ニコ・ロビンは身体を起こした。

 致命傷ではなかったのか、死んだフリをしていたらしい。

 クロコダイルが倒された今、隠す必要もなくなったのか、ニコ・ロビンはあっけなく答える。

 

「あなたたちの想像通り、爆弾は時計塔よ。今なら、いくらでも止める手段はある」

「なら行こっか、ビビ!」

「ええ、行きましょう!」

 

 翼を羽ばたかせて、空へと飛ぼうとしたビビは、応急処置が終わりその場に座っていたコーザの前にいく。

 

「反乱軍の人たちは、任せてもいい?」

「ああ。おれとコブラ王が出ていって、全てを説明する。それで、この戦いはおしまいだ」

「うん。じゃあよろしく、リーダー」

「ああ、任せろ。副リーダー」

 

 コツン、と拳を合わせて、ビビは背を向ける。

 青い身体、白い翼。

 その後ろ姿を見たコーザは、小さく呟く。

 

「変わったな、お前も」

「ええ、そうでしょう」

 

 一緒に飛ぶためにビビに抱きついたウタを顔を並べて笑いながら、ビビはピースサインをしてみせた。

 

「友達、あのときよりもたくさん出来たのよ」

「…………ははっ! そうだな! おれたちしかいなかったもんな、友達!」

「わ、笑わないでよ!」

「悪い悪い。それじゃあ、行ってこい」

「うん。行ってくる」

 

 ビビはニコッと笑って、翼を羽ばたかせる。

 ふわりとその身体が浮かび、ウタとともに時計塔へと向かっていく。

 その道中、ウタはニヤニヤと笑って、

 

「ビビの身体、ふわふわだね……」

「ウ、ウタ!? 気持ち悪いこと言わないでよ!」

「いいじゃん! チョッパーとは別のふわふわで、なんだか癖になる感じがして……!」

「ば、バカなこと言ってないで時計塔行くわよ!」

 

 バタバタと空中で暴れながらも、ウタたちは時計塔の上部へと到達する。

 そして、時計の裏に存在する空間があることを証明するかのように、その時計が開く。

 

「ゲーロゲロゲロ! なんだか邪魔な鳥が飛んでるみたいね!」

「オホホホ! そういうスンポーだね! 邪魔な鳥は今のうちに排除しておかないとね!」

 

 砲撃の邪魔になると判断したのか、エージェントであるMr.7とミス・ファーザーズデーが銃口をこちらへと向けていた。

 だが、これだけの激戦を越えてきたウタとビビにとって、たかだか銃の一つや二つ、なんてことはない。

 

「ウタ、どう避ければいい?」

「右から二発、左から三発。軽く身体を捻れば問題ないよ」

 

 ドドドドドン! と連射された銃弾を、ビビは軽々と避けてみせた。

 そのまま二人のエージェントの前に降り立ち、ビビとウタは先へ進む。

 

「まだ導火線に火はついてないみたい」

「じゃあ間に合ったんだね! よかったー!」

 

 呑気な会話を続ける二人へ、エージェントたちが銃口を向ける。

 

「ゲ、ゲーロゲロゲロ! 少し驚いたけど、まぐれで避けたくらいで調子に乗られちゃ、私たちの昇進に関わるの!」

「オ、オホホホ! そういうスンポーだよ! 任務をぼくたちにはやらなければならないことが——」

 

「「邪魔っっっっ!!!」」

 

 ゴンッ!! と二人のゲンコツが、エージェント二人の意識を意図も容易く奪い去った。

 獅子の拳と、黒い拳。

 七武海との後では、あまりにも手応えがなかった。

 だからこそ、これも余裕だと思ったのだが。

 

「……待って、ウタ」

「ん? どうしたの」

「この爆弾時限式だ……!」

「ええ!? じゃあ、どうやっても爆発しちゃうってこと!?」

 

 ウタにもビビにも、爆弾を解体する技術はない。万が一、失敗して爆発してしまえば、全ての努力が水の泡だ。

 

「あ! ビビが飛んでどこかへ持っていけば、いいんじゃないかな!」

「いや、この質量は、能力者になりたての私の飛行能力じゃ運べない……!」

「じゃあ、どうすれば……!」

 

 困り果てた二人の背後から、優しい声が聞こえた。

 

「その仕事、私に任せてはいただけませんか?」

 

 振り返れば、そこにいたのは白い(ハヤブサ)だった。

 

 

 

 

 

 

 チ、チ、チ、と。

 終わりまでの時を刻む時限爆弾は、空でゆらゆらと揺れながら運ばれていた。

 それを持つのは、飛行能力を持つ動物系(ゾオン)の能力者である、ビビとペル。

 そんな二人が運ぶ時限爆弾の上に腰掛け、ウタは楽しそうに鼻唄を歌っていた。

 

「ペルの背中に乗せてもらって空を飛んだの、楽しかったなぁ」

「ああ、ビビ様が弾薬庫で騒ぎを起こした件ですね」

 

 二人の昔話を、ウタは楽しそうに聞いている。

 

「あなたの破天荒な行動に、毎度手を焼かされっぱなしでした」

「だって、みんなが私のことを大切にしすぎなんだもん」

「この国の宝ですからね。慎重になるのも当然です」

「もっと対等に扱って欲しかったの!」

「それは……」

 

 護衛兵であるペルには答えづらい言葉を放ったビビは、すぐに笑って、

 

「でも、もういいの」

「そうなのですか?」

「うん。だって、ようやくあなたと並んで飛ぶことが出来たんだもの」

「…………そうですね。私もビビ様を侮っていたようです」

 

 ペルはニッコリと笑って、

 

「あなたはもう、どこまでも行けるほどたくましい人になられたようです。私からはもう、何も言うことはありません」

 

 ただ一つ言うのなら、とペルは続ける。

 

「ビビ様が生きていて、本当によかった」

 

 それだけだった。

 ビビという王女を嫌う国民など、この国には一人もいない。

 

「そういえば、食べちゃってよかったの? 悪魔の実。国宝なんでしょ?」

「ビビ様が食べて咎める民など、どこにもいませんよ。むしろ、このアラバスタに食べる資格があるのは、ビビ様だけです」

「…………」

 

 もうすぐ爆弾が爆発する時間だ。

 ビビとペルは砂漠のど真ん中に爆弾をそっと置いて、再びアルバーナヘと引き返す。

 

「ねえ、ペル」

「はい、なんでしょう」

 

 風をかき分け、高く飛ぶビビは、あの日の景色を思い出しながら呟く。

 

「やっと分かったわ。あなたが言っていたこと」

「はて。なんのことでしょうか」

「この国を守りたい、って気持ち」

 

 ペルは小さく微笑んだ。

 

「ええ。アラバスタは、私たちが生まれた国ですから」

 

 そうして、三人は戻っていく。

 生まれた国を守ろうと武器を持った人々が待つ、アルバーナヘ。

 

 

 

 

 

 

 

 反乱軍のリーダーが語った真実に、国民たちは言葉を失っていた。

 誰もがその言葉を嘘だと否定したかったが、血だらけになったコーザとコブラ王がお互いを支え合いながら立つその姿を疑えるものは、誰もいなかった。

 

「おれたちは、取り返しのつかない戦いを始めるところだった」

 

 あと少しビビの到着が遅れていれば。

 もし、ビビの声が届いていなかったなら。

 多くの人々の命が散る、凄惨な戦争が起こっていただろう。

 

「防げたこともあるが、失ったものは大きい。得たものなど一つもない」

 

 コーザの横で、コブラ王が声を上げる。

 

「だが、これは前進である! 我々は勝ったのだ! 疑心暗鬼に惑う暗闇の中で、かすかに見えた一つの光を目指して、あの場で同じ方向を向くことができたのだ!!」

 

 王は叫ぶ。

 この国が再び、興る日を迎えるために。

 

「誇れ、アラバスタ王国よ! 我々の国を思う気持ちは、その全てが本物だったのだから!!!!」

 

 直後。

 アルバーナから離れた砂漠で、巨大な爆発が起きた。

 偶然だったはずのタイミングだが、人々はそれがまるで王の奇跡のように見えている。

 さらに。

 

「…………これは……!」

 

 強大な爆弾によって生まれた熱と爆風によって起こる上昇気流は、天候にすら影響を与えたのだ。

 

「…………雨だ」

 

 枯れたはずの国に、雨が降り始めたのだ。

 誰もが求めた雨が。

 奪われ続けていた雨が、人々の元に帰ってきたのだ。

 

「夢か……?」

 

 呟くコーザへ、コブラは告げる。

 

「いや、現実だよ。これこそが彼らが命を賭けて掴み取り、守り切った未来なのだ」

 

 全ての戦いが、終結した。

 麦わらの一味が偉大なる航路(グランドライン)へ突入してから、いくつもの島を跨ぎ、続いてきた因縁に決着がついたのだ。

 

 

 秘密結社バロックワークスVS海賊『麦わらの一味』

 

 

 麦わらの一味の、完全勝利!!!

 

 




次回、幕間を一話挟んだらアラバスタ編最終話です。


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幕間「宴前夜」

 

 

 

 一つの国が救われた。

 そんな事実と笑顔を眺めながら。

 海軍たちは、ただ黙々と事後処理を行なっていた。

 部隊は二つ。

 首都アルバーナで暴れ出した暴徒を装ったバロックワークスの工作員を制圧するたしぎたちの部隊と、砂漠にて反乱軍の動きを警戒していたスモーカー、サボの部隊。

 

「おい、サボ。てめぇ、ずっと一人で何をやってやがった」

「クロコダイルたちを倒すのなら、動くための証拠が必要でしたので、さきにカジノへ行きました」

「そういう意味じゃねえ。海軍は『組織』だ。上の指示を受けて動く。それが徹底されなければ綻びが出る」

「……では、綻びが出ることのなかったおれたちは、この戦いで何をしましたか?」

「…………生意気なガキだ」

 

 事実。今回のアラバスタの内紛において、功績という功績を挙げたのはサボだけであった。

 バロックワークスたちを倒したのは、麦わらの一味。

 海軍がやらなければならぬ仕事を、敵である海賊にされてしまったのだ。

 なんという生き恥か。

 

『——カーさん! スモーカーさん!』

「どうした、たしぎ」

 

 スモーカーの持つ電伝虫より通信が入る。

 

『麦わらの一味を発見しました! どうやら、王宮の方へと向かっているようです! これから彼らを追い、捕まえます!』

「……いや、いい。アルバーナ内の暴徒を制圧、拘束ののち、戻ってこい」

『どうしてですか! あいつらは目と鼻の先で……』

「お前じゃあ、あいつらには勝てない」

『…………!!!』

 

 傷を負っているとはいえ、バロックワークスを十人にも満たない海賊が壊滅させたのだ。

 まだ偉大なる航路(グランドライン)に入ったばかりのたしぎでは、勝てるはずもない。

 

「たしぎ、覚えておけ。この海では、駆け上がれなければ死ぬだけだ。その覚悟を持っているあいつらに、お前は勝てない」

『……私は、何もできませんでした』

「恥だと思うのなら、強くなれ……!!!」

『なりますよ……っっ!!!!』

 

 クロコダイルが敵だという証拠が整った段階で、麦わらの一味はすでに最終戦へと突入していたのだ。

 介入しようとしたたしぎも、たかだか工作員との戦闘で手を焼き、それだけしかできなかった。

 だが、そんな重い空気に沈む海軍の中で、

 

「……はい。クロコダイルとバロックワークスとの関係も紐付き、王下七武海クロコダイルは秘密犯罪会社バロックワークスの社長であることが明らかになりました」

「…………おい、サボ」

 

 サボはいつの間にか、どこかへの通信を始めていた。

 スモーカーが電伝虫を見てみれば、それは『海軍本部』への通信用だった。

 

「加えて、バロックワークス社の所有船から大量の『ダンスパウダー』が発見。その他、余罪も多いと判断し、世界政府直下『海軍本部』の名の下に、クロコダイルの『敵船拿捕許可状』および、政府における全ての権限と称号を、剥奪します」

 

 反乱軍の側で意識を失い、倒れているクロコダイルへ海楼石の手錠を装着させながら、サボはそんな報告をしていた。

 

「何を勝手に事を進めてやがる、サボ!!」

「そうだ。本部からご連絡だそうです、スモーカー大佐」

 

 サボが押し付けた電伝虫からは、淡々とした無機質な海軍本部からの連絡が語られ始める。

 

『今回のクロコダイル討伐に関しまして、スモーカー大佐とサボ中佐に政府上層部より”勲章”が贈与されることになりました』

「……討伐? ちょっと待て。クロコダイルを倒したのは、おれたちじゃねえ……!」

『……スモーカー大佐。今回の騒動におきましては()()()()()()()()()()()()()()()』 

「おい! バロックワークスと戦っていたのは麦わらの一味、海賊だ!」

「無駄ですよ、スモーカーさん。政府が、海賊に国を救われたなんて事実を公にすると思いますか?」

『さらに今回の功績を踏まえ、あなたとサボ中佐は一階級の昇格が決定しました。つきましては、お二人に勲章の授与式に出向いていただき……』

 

 スモーカーは電伝虫の受話器を持つ手を震わせながら、行き場のない怒りを発散できずにいた。

 自分が背中に背負った正義が、あまりにも陳腐なものに感じてしまったのだ。

 誰かを救った海賊は悪人のまま、何も救えなかった自分たちには名誉が与えられるなど、我慢できるはずがない。

 

「おい、政府上層部のジジイ共に伝えてくれるかね……!」

 

 スモーカーは、こめかみに青スジを浮かばせて、

 

「クソ食ら——」

「その勲章、謹んでお受け致します」

「……なんだと、サボ」

 

 サボは躊躇いなく答えたのだ。

 その目に迷いは一切ない。

 

「……スモーカーさん。おれは、こんなところで止まるわけにはいかないんです」

 

 わずか二〇歳という若さで中佐から大佐へ。あまりに早すぎる昇進であるにも関わらず、サボの顔に喜びはなかった。

 

「夢の果てへ辿り着くためには、手段など選んでいられない」

「お前……!!」

「おれは可能な限りの功績は上げました。上手くいけば二階級上がると思っていたのですが、やはりそう上手くはいきませんね」

 

 サボは単調な口ぶりで話し続ける。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()言動なのだ。

 サボの単独行動は目に余るものがあるが、その先で必ず結果を出してきているから、スモーカーは何も言わなかった。

 しかし。

 

「お前……結果を出してるのは()()()()()()じゃねえだろうな……!」

「あはは。そんなわけ、ないじゃないですか。ぼくは結果を出すために働いてますよ」

 

 ニッコリと笑ったサボは、思い出したように声を出す。

 

「ああ、そうだ。もうすぐ、ヒナ大佐が来るそうですが、クロコダイルの捕縛及び連行に専念していただきましょう」

「おれに指図する気か?」

「独断で何かをするのは『組織』ではないのでしょう?」

「……ロクな死に方しねえぞ、お前」

 

 どこまでサボが予測しているのかは分からないが、このままスモーカーがヒナの部隊を使って島を囲い、ルフィたちの船が見つけられてしまえば、アラバスタからの脱出はかなり困難になる。

 クロコダイルとの激戦を終えたのだ。

 寝れば大抵の傷が治るルフィとはいえ、砂漠で見たときの傷では、長ければ一週間は動けないはずだ。

 それまでスモーカーたちが留まるとも思えないが、可能な限りの手をサボは打っていた。

 

「おれは止まるわけにはいかないんです」

「どこを目指してやがる」

「ただ夢のためですよ」

 

 サボは笑って答える。

 

「いつか()()()()()()()()()そのときに、おれはできる限り高い地位にいなければならないんです」

 

 それだけ答えたサボは、スモーカーの横を通って軍艦へと戻っていく。

 ゆったりと歩いてるはずのサボの後ろ姿は、スモーカーにはどうにも速く歩いてるように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サボたちがそんな真面目な会話をしている一方で、麦わらの一味はというと。

 

 

「肉〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」

 

 まだ傷も塞がり切っていないルフィが、アラバスタの食料を食い尽くす勢いで走り回っていた。

 

「ほら、ルフィ! こっちにお肉あるよー!」

「肉〜〜!!!」

「さすがウタね。ルフィを肉で釣って遊んでるわ」

「感心してる場合じゃないですよ、ナミさん! ルフィさんってば大怪我してるんだから!」

 

 遊んでいるウタとルフィを眺めてウンウンと頷くナミの肩を掴んで心配そうに二人を指差すビビ。

 一応、麦わらの一味をもてなすための会食は明日に行われる予定なのだが、どうやらルフィはそれすらも待てないようだった。

 それを眺めながら、ゾロは酒をぐいぐいと飲んでいた。

 

「まったく、落ち着きがなさすぎんだろ、あいつ」

「そういうお前も酒はどこだって騒いでたじゃねえか、アホマリモ」

「ああ!? もう数本肋骨折ってやろうか!?」

「やってやろうじゃねえか、クソ剣士!」

「はいは〜い! スマイルスマイル〜!」

 

 ゾロとサンジのほっぺたをつまんで引っ張りあげたウタは、二人の間にちょこんと座って、

 

「二人も頑張ってくれたんだよね! ありがとう!」

「気にすんな。鉄の切り方を学べて逆にありがてえくらいだ」

「おれも、前にウタちゃんが言ってた『匂い』の意味がなんとなく分かった。ありがとな」

「えへへ〜! 二人が強いからだよ!」

 

 ふにゃあ〜と溶けるような笑顔になったウタは、両の手のひらをゾロとサンジに向ける。

 それは二人に、ハイタッチを求める手だった。

 

「ってことで、これからもお願いね、二人とも!」

「「任せとけ!!」」

 

 パチンと二人は同時に、ウタとハイタッチをした。

 そして、立ち上がったウタはなにやら騒いでいるウソップとチョッパーの元へ行く。

 

「勇敢なる海の戦士はどこだー!」

「あ、ウタ! 見てくれ! キャプテン・ウソップの伝説の技を見せてくれるだって!」

「はーはっはっは! 見るがいい、おれの最強の魔法をな!」

 

 ウソップはグッと手のひらを握って、ウタとチョッパーの前に拳を差し出す。

 そしてそれを開くと、ポンっ! と花束が目の前から飛び出してきたのだ。

 

「「すっっげーー!!」」

 

 ウタとチョッパーは手を合わせてその場で飛び跳ねる。

 

「ねえねえ、見た、チョッパー! ウソップったら、魔法を使ったよ!」

「お、おれも見たぞ! すごすぎるぞ、ウソップ! ドクターの発明品にも引けを取らねえ!」

「ぶわ〜〜はっはっは! この程度の魔法など、朝飯前だよ、諸君!」

「よ〜〜し! それなら、私もやっちゃうぞ、新技!!」

 

 ウタはむむむ〜と目をつぶって身体に数秒力を入れてから、ふっと力を抜いて歌い出す。

 

「————♪」

 

 ウソップとチョッパーは目を疑った。

 

「ウ、ウタが二人〜〜!?」

 

 ()()()()()()()()()()

 あまりに異常なその光景に、二人の目はどーんと飛び出てしまっていた。

 新技が成功したからか、ウタはニッコリと笑う。

 

「やったやった! 分身、成功!」

「す、すっげえ〜!! こっちのウタも、動けるのか!?」

「ううん! ハリボテ! 触ったら消えちゃうの、ほら!」

 

 ウタがツン、と突っつくと、分身は金色の光となって消えていってしまった。

 戦闘ではぶっつけ本番で使えなかったからと、なぜかウタはここで披露して見せたのだ。

 

「触られたらすぐバレちゃうけど、触らなかったら三十分くらいは持つと思うんだよねー!」

「畑のカカシとかに使えそうだな!」

「私をカカシにしようとしないでよ!」

 

 ぷくーっと頬を膨らませて文句を言うウタだったが、すぐに笑って両手を上げた。

 

「でもまあ、とりあえず! お疲れ様、二人とも!」

「「おう!!」」

 

 ウソップとチョッパーともハイタッチ。

 そうして皆で笑い合って勝利の喜びと久しい休息を味わいながら、夜はふけていく。

 

 

 

 月が綺麗だった。

 明日の会食のためにぐっすりと寝ている一味たちを見つめて、ビビは微笑む。

 

「良いのですか、ビビ様。あなたも疲れているでしょうに」

 

 声をかけたのはイガラムだった。

 美しい青髪を揺らしながら、ビビは外を眺める。

 窓から見える景色には、いまだに雨が降っていた。

 

「もっとこの雨を、見ていたいの」

「……左様でございますか」

 

 それ以上、イガラムは何も聞かなかった。

 部屋には不思議なくらい、雨の音が響いてくる。

 

「国の人々は、なんて言うかしら」

「国宝を食べたこと、ですか?」

「ええ。ペルは気にするなと言ってくれたけれど……」

 

 ビビは自分の手を見つめる。

 ほんの少し意識をするだけで、人の身が獣へと変わっていく。

 海の秘宝であり、アラバスタの国宝。

 さらにそれは、悪魔の実の中でも最も希少とされる動物系(ゾオン)幻獣種。

 咄嗟の行動だが、取り返しがつく話ではないのだ。

 謝ったところで、何も変わらないのに、ビビは許しを求めていた。

 

「あなたは、自分がどれだけ愛されているのか分かっておられないようですね」

「……だって、私は国を置いて……」

「命を懸けて、国のために一人で戦ってきたあなたを誰が責められましょうか」

 

 ハッキリと、イガラムは言い切った。

 

「たとえあなたがこの国の財宝を持ってどこかへ行ってしまったとしても、きっと皆は笑って許してくれますとも」

「…………そう」

 

 ビビは麦わらの一味たちを見つめる。

 苦楽をともにした仲間たちの寝顔を見て、ビビは静かに口を開いた。

 

「ねえ、イガラム」

 

 ビビは、どこか遠くを見つめて、呟いた。

 

「お願いがあるの」

 

 雨はもうすぐ、止もうとしていた。

 

 

 

 

 



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第三十九話「夢のつづき」

 

 

 それは一応は『会食』という名目だった。

 場所は大食堂。シワ一つない純白のクロスがかかった縦長のテーブルの上で、本来ならば厳かでありながらも笑顔に満ちた国にとっての要人をもてなすための場所だ。

 だが、その場に海賊が座るというのなら、話は別。

 

「んもんもんばんば!!」

「はいはい。テラコッタさん、ルフィが美味しいご飯ありがとうだって!」

 

 食事を詰め込みすぎて口が膨らみ、聞き取れる言葉など一切発しないルフィの声を、ウタが代弁する。

 だが、そんなウタも行儀いいわけでもなく。

 

「おいしー! お肉、サイコー!」

 

 椅子の上ではしゃぎながら、ウタはもぐもぐとさまざまな料理に手をつけていく。

 さらに、他の一味のメンバーも好き勝手に食事をしているのだ。

 

「おい、ルフィ! いまおれの肉取ろうとしやがったな!」

「早く食わねえとなくなっちまう……って、ウソップの代わりにおれの持っていくんじゃねえ、ルフィ! 酒しか残ってねえ!」

「量ならあるから、ゆっくり食べてね」

「あ、ウタ! この料理美味しいわよ。はい」

「んっ、おいしー! ありがと、ナミ!」

「おいおい、チョッパー。ルフィみたいに詰め込むと……」

「………………!!」

 

 会食なんて言葉をどこかへ投げ捨てた麦わらの一味たちを見て、それを見守るアラバスタの兵士たちが呆然としていた。

 

「気品のかけらもない……! 大食堂でも会食はもっと静かであるハズ……」

 

 そもそも、この場に海賊がいるというのがおかしいのだ。

 国を救ってくれた英雄であるから、コブラ王の命令で彼らを秘密に匿い、こうして会食という体で食事を振る舞っている。

 本来ならば、こうしてもてなしているだけでも重罪なのだ。

 しかし、コブラ王は戸惑う兵士たちにたった一言、声をかけたのだ「身分など関係あるものか。お前たちは、命を救ってもらった者にありがとうの一言も言わずに追い払うつもりか」と。

 だから、兵士たちは見守る。

 

「チョッパーが喉を詰まらせたぞ! 水だ水!」

「大丈夫だよ、サンジ! チョッパー、おっきくなって!」

「……! うごぉあああ! 飲み込んだァ!」

「そんな気合い入れて飯の飲みこむ奴がいるかっての。おい、酒をもっともらえるかー?」

 

 見守っている。

 

「ボォォオオ!?」

「うしし! ナイス、ウソップ!」

「おれたちの特製ハバネロタバスコ星、決まったぜ!」

「やーい! 私のお肉まで食べたのが悪いんだからね!」

「ずりぃぞ、お前ら!」

「やーい! 負け惜しみィ〜!」

「うがぁあ!」

「あ!!! また私のお肉を!」

「ほらほら、ムキにならないの、ウタ。私のあげるから」

「おいしー! ビビも食べなよ、これ!」

「ええ、いただくわ。テラコッタの料理はいつだって一流だもの。美味しいに決まってるのよ」

 

 ビビも、今までないほどに楽しそうに笑っていて。

 ほんの少し、時間が経つ頃には。

 

「みんなー! 盛り上がってるー!?」

「おおおおお〜〜〜!!」

 

 こんがり焼けた骨つき肉をマイクにしたウタがテーブルの上に立ち、ライブを始めていた。

 もうそこに、テーブルに立つことを気にする者など一人もいない。

 ルフィとウソップとチョッパーもテーブルに上がり、好き勝手に踊り始め、兵士たちも手を叩いて盛り上がる。

 どんな食事の場でも、彼らにはすべて宴になってしまうのだ。

 そして、宴が終わって。

 

「宮殿自慢の大浴場よ。本来は雨季にしか使わないんだけど、昨日の雨で使えるようになったから、特別よ」

「すごーい! ゴージャスだね!」

 

 女湯サイドで、ウタとナミとビビがのんびりと入浴を楽しんでいた。

 

「気持ちいいね! これだけ広いお風呂がある船とかあったら楽しそう!」

「あるわよ、きっと。海は広いもの」

「そうね。巨人も恐竜もいて、雪国には桜が咲いて。しばらくは少しくらいじゃ驚きもしないわ」

「楽しそうだね! まだまだ冒険したりない!」

「ふふふ、そうね」

 

 三人は円を作るように背中を洗い合いながら話していた。

 和気あいあいと話している中で、いち早くそれに気づいたのはウタだった。

 

「……まったく。子どもなんだから」

 

 男湯側から、壁を越えてこちらを覗く影がいくつかあった。

 それを見て、ビビは慌てて身体を隠すが、

 

「男なら、堂々と胸を張って覗きなよ!」

 

 タオルなどで隠すことすらしない、裸体で仁王立ちのウタから放たれた一言。

 その言葉に衝撃を受けた男たちは、敗北を感じたのか何やら叫びながら落ちていった。

 

「ち、ちょっとウタ! 少しくらいは恥じらいを……」

「私は、いつか来るその日のために身体も磨いてきたつもりだよ! 恥ずかしがっていたら、海賊王の女になんてなれないじゃない!」

「あははは! でもちょっと顔が赤いわよ、ウタ」

「それは、それ! これは、これ!」

「ルフィに見られるのはまだ早かったみたいね」

「……もう!」

 

 拗ねたウタはぶくぶくと泡を立てながら温泉に身をつけていく。

 ピロピロと動くウタの髪の毛を見て、ビビはクスッと笑った。

 

「ウタって、攻撃意欲はあるのに防御力低いところあるよね」

「あるある。この前だってルフィが寝てるときに……」

「だぁぁぁぁああああ!!!! それは、それだけはダメ、ナミ!!!」

「はいはい。秘密だったわね」

 

 ナミがウタの頭をポンポンと叩くと、ふぅと大きく息を吐いて、ナミはビビを見る。

 

「私たちね。今夜にでもここを出ようかと思ってるの」

「え、ほんと!?」

「うん。一番怪我が酷かったルフィもあれだけ元気になったし、あなたも無事にアラバスタへ届けられた。目的を達成した今、海軍がいるだろうこの島にずっといれば、あなたたちにも迷惑がかかる」

「……そうね」

 

 ほんの少し視線を落としたビビだったが、すぐに笑顔で話を始める。

 それからもしばらくも他愛のない話を続けて、夜は更けていく……。

 

 

 

 

 

 

「ルフィ! 今夜、アラバスタを出るよ!」

「よし! もう一回料理食ったら出よう!」

「すぐに出るのよ、アホ!」

 

 風呂から上がり、一味は荷物をまとめていた。

 アラバスタからの物資も充分に預かり、あとはメリー号へと乗り込んで、出航するのみ。

 船を置いた場所はアルバーナからかなり離れた位置にあるため、急ぐのならば油を売っている時間はない。

 

 ——と。

 あと少しで王宮を出るというところで、ルフィたちの部屋に電伝虫を持った兵士がやってきた。

 プルルルル、と鳴る電話相手の名前を、兵士は口にする。

 

「電話の相手はミス・オールサンデーと名乗っておりまして……」

「な、なんですって!?」

 

 真っ先に受話器を取ったのはビビだった。

 不安そうな表情を浮かべながらも、それに悟られないように精一杯に強い口調で話す。

 

「何のようかしら。バロックワークス副社長様」

『あら、まだそうやって呼んでくれるのね』

 

 聞こえてきた穏やかな声は、間違いなくあのニコ・ロビンだった。

 

『単刀直入に言うわ。私もあなたたちの船に乗せてほしい』

「はァ〜〜!?!?」

 

 一味たちの声が一斉に重なる。

 真っ先に反対をしたのはナミだった。

 

「ダメよ! あいつ、敵なんでしょ!」

「そ、そうだ! クロコダイルの仲間なんて、何をするか分からねえ!」

『そうなるわよね。ただ、私も取引にタダで臨むような人間ではないわ』

 

 一呼吸置いて、ニコ・ロビンは続ける。

 

『あなたたちの船に乗って、既にサンドラ川上流まで上がって来ているわ。ここまでアルバーナから、一時間程度しかかからないはずよ』

「メリー号を盗んだってのか!?」

『逆よ。もう海軍の船が島の至る所にやってきているわ。表立って探している様子はないけれど、見つかれば即アウト。それを助けてあげたの』

「ふーん。なるほどね。詰まるところ、あんたも後ろ盾がいなくなって海軍に捕まるから、私たちに助けてもらおうって腹ね」

『ええ、そうよ』

 

 ニコ・ロビンが否定することはなかった。

 素直に、自分の損得をひけらかす。

 一味は皆、乗り気ではないようだった。しかし、たった一人だけ。

 

「おう、いいぞ」

 

 ルフィだけは、サラッと返事をしてみせた。

 全員が何を言っているんだルフィに詰め寄るが、ルフィは電伝虫を見つめて、

 

「あのとき助けてくれたの、お前だろ?」

『さあ、なんのことかしら』

「え……! もしかして、あの時の手ってこいつの力なのか!?」

 

 声を上げたチョッパーが、事情を説明し始めた。

 トットムジカを止めたあと、傷だらけのルフィはペルの背中に乗ってチョッパーと王宮へと向かった。

 しかし、王宮にはルフィはおらず、やって来たのはウタとビビよりも後。

 その理由はクロコダイルの部下によって撃ち落とされたからだと、言われていたが。

 

「あの時、ペルの身体から変な手が出てきて、銃からペルを守ってくれたんだ。でも、そのまま手を羽に絡ませたせいで下に落ちちまって……」

『クロコダイルは既に王宮に陣取っていたの。傷だらけのまま王宮へ着けば、間違いなくトドメを刺される。だから近くに落ちてもらったのよ』

「ああ。そのおかげで、クロコダイルたちに見つからずにルフィの手当ができたし、おれもすぐにウタたちのところへ向かえたんだ」

 

 そう。

 既にルフィたちは、ニコ・ロビンに借りがあったのだ。

 さらに、ルフィは「こいつ、悪い奴じゃねえぞ」と言っている以上、一味たちはその意見を汲むしかない。

 

「まあ、ルフィがいいならいっか!」

「うっし! じゃあ船、いくか!」

 

 すぐに切り替えたウタは、ルフィの後に続いて部屋から出ようと動き始める。

 

「それじゃあ、私たちの船をよろしくね! ……えっと」

『ロビン。ニコ・ロビンよ。よろしくね、歌姫さん』

 

 そして。

 一味たちの出立の準備は整い、外へと向かっていく。

 そんな中、ビビはウタに声をかけた。

 

「ねえ、ウタ」

「ん? どうしたの?」

 

 ビビの真剣な表情に、ウタは茶化すことなく耳を澄ます。

 

「少しだけ、話があるの」

 

 夜は、さらに更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 アラバスタ王国首都、アルバーナから西へ数十キロ。

 島の中央に流れるサンドラ川を下るメリー号には、()()()()()()()()()()()()()()

 

「すごい綺麗だね、ビビ!」

「ええ。今日は『立志式』ですもの」

 

 場所はアルバーナ王宮。

 ドレスを着付けているビビを見て、ウタは笑顔で手を叩いていた。

 

「本当は、二年前にやる予定だったのよ。でも、そのときにはバロックワークスにいたから」

「そっか。みんなが待ってたんだね」

「ええ」

 

 コクリと頷いたビビは、窓から王宮前の広場を見渡す。

 そこはもう人で溢れかえっており、王女ビビの帰還を喜ぶ人々がその姿を一目見ようと押しかけてきていた。

 着付けが終わり、ビビとウタは二人だけで部屋に座り、コブラ王とイガラムを待つ。

 

「おお……! 驚いた!」

「ええ。王妃様そっくりでございますね」

 

 娘の晴れ舞台を喜ぶコブラ王へ、ビビは言う。

 

()()()

 

 王女として。

 ビビは話す。

 

「大切な話があるの」

 

 そう言って、ビビはウタと目を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スピーチは予定の午前十時から三〇分遅れの十時半に始まり、()()()()()()()()()()()()()()()

 王宮のテラスに立つビビが真っ直ぐに立ったまま、スピーカーから大きな声が流れ始める。

 

「少しだけ、冒険をしました。

 

 それは暗い海を渡る絶望を探す旅でした。

 

 国を離れて見る海はとても大きく、そこにあるのは信じ難く力強い島々。

 

 見たことのない生物……夢と違わぬ風景。

 

 誰かを救うために海に出たつもりが、救われていたのは私でした。

 

 そして、そんな冒険の中で」

 

 そんな切り出しから、ビビはこう紡ぐ。

 

「夢と仲間が、できました」

 

 そうして、ビビは語る。

 

「暗い暗い航海の中で、一つの歌声を聴きました。

 

 それは何よりも力強く、私に問いかけてきました。『お前には光が見えていないだけなのだ』と。

 

 闇の中でも懸命に進路を失わぬように進むその歌声は、踊るように大きな波を越えていきます。

 

 どれだけの逆風だとしても、その歌声は途絶えることなく、私に言います。『そこには夢があるのだ』と。

 

 歴史はやがてこれを幻というけれど、私にはそれだけが真実。

 

 そして……」

 

 

 一呼吸置いて、ビビは言う。

 

「私の夢は、歌声の進む道と重なりました……!」

 

 ビビの声がわずかに揺れる。

 その場に立っているはずのビビの声が、まるで振動をしているかのように震えていた。

 

「私はこの立志式で大人だと認められるけれど、それは本当の意味で国を背負うに足る人間になれたという証明にはなりません。

 

 海が広いことを知ったのなら、その果てに何があるのかを見届けて始めて、私は一人前になれるのだと思います。

 

 私の夢は、世界の広さを知り、この目で見ることです。仲間たちと共に進み、共に笑い、共に苦しみ、そうしてたどり着いた夢にこそ、私の『果て』はあります」

 

 ざわざわと、国民たちが話し始める。

 ビビは一体何の話をしているのかと、不思議そうに首を傾げる。

 

「私はこの国を、愛しています……!」

 

 ビビの声が、震えている。

 泣いているのではないかと国民たちは心配そうにビビを見るが、彼らが見つめる先のビビは無表情で立ったまま。

 

「だからどうか、皆さん。私に時間をください!

 

 世界を見て、国を学び、人を知る時間をください!

 

 いつかこの国を背負うために、夢を叶える時間をください!

 

 必ず夢を叶えて戻ってきます!

 

 そして、その果てで……!」

 

 場所はアルバーナ東の海岸。

 周囲を巡回していた海軍の船を撃墜しながら海岸に船を寄せるメリー号の、目と鼻の先。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私が生まれ、愛したこの国を。アラバスタを世界で一番笑顔で満ちた場所にします!」

 

 アラバスタ全土に繋がる電伝虫を片手に、ビビは背中から生やした翼で空を飛ぶ。

 そして、その背中にウタも飛び乗る。

 爽やかな風が、二人を迎え入れてくれる。

 ビビは空中で身体を捻り、自分の愛している国を見つめ、叫ぶ。

 

「それが私の()()()()だからっ!」

 

 淡く脆い夢を見た。

 だが、それが叶うものなのだと、背中を押してくれる仲間がいた。

 

「だから、行ってきます!」

 

 そして。

 

()()()!」

 

 自分で空を飛ぶ術を身につけたビビを、ここまで二人を乗せて走ってきたカルーは見つめる。

 

「クエ〜〜!!」

 

 ビビは迷っていた。

 この海に出るという決断は、自分のわがままのようなものだ。

 それにカルーを巻き込んでいいのだろうか。

 

「ビビ!」

 

 ビビの背中に乗るウタが叫ぶ。

 

「あなたはこれから、何になるの?」

「え……?」

 

 その言葉の意味が理解できなかったビビへ、ウタは言う。

 

()()なら、わがままでいいんだよ!」

「——っ!!」

 

 ずっと、ビビは王女だったのだ。

 自分の感情を抑え、国全体のための選択をしてきた貴族なのだ。

 でも、もうその必要はない。

 だって彼女は、もう。

 

「来なさい、カルー! 私と一緒に、夢の果てまで!」

 

 夢を追うために海に出た、海賊なのだから。

 

「クエ〜〜!!!!」

 

 カルーはめいっぱいの助走をつけて海へ飛び、ビビの胸に飛び込んだ。

 少しバランスを崩しながらも、ビビはどうにかウタとカルーを背負ってメリー号へと進む。

 

「よし! ここからは私の出番っ!」

 

 ウタはビビからアラバスタの海岸まで響く放送用電伝虫を受け取り、受話器を口元に当てた。

 

「みんなー! ビビの冒険の門出を祝うための歌を、歌わせてもらうねー!」

 

 そうしてウタは、歌う。

 彼女たちの旅立ちを、その続きを進むための歌を。

 

 

 

 信じられる? 信じられる?

 あの星あかりを 海の広さを

 

 信じられる? 信じられるかい?

 朝を待つ この羽に吹く

 追い風の 誘う空を

 

 

 

 アラバスタの国民たちは、その目を疑っていた。

 王宮で立つビビの身体が少しずつ()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 だが、その光景に悲鳴を上げる人はいない。むしろ皆は、その美しさに目を奪われていた。

 奇跡を目の当たりにしているのだと、全員が錯覚していた。

 

 

 

 信じてみる 信じてみる

 この路の果てで 手を振る君を

 

 

 

 ビビが目指す夢の果てを、国民全員が信じていた。

 必ずこの国に彼女が戻り、今よりも豊かで笑顔の絶えない国になるのだという確信を、全員が抱いていた。

 誰かからは分からないが、拍手が起こる。

 次いで、歓声が上がる。

 ビビの言葉が、アラバスタの国民全員に同じ夢を見せたのだ。

 そして。

 

 

 信じられる? 信じられる?

 あの星あかりを 海の広さを

 

 

 海軍の軍艦の全てが、沈黙した。

 スピーカーによって拡散された歌声は海軍たちにも届き、彼らの全てをウタワールドへと誘い込んだのだ。

 戦闘の必要がなくなり、皆が笑顔で待つ船へと二人は降りていく。

 ウタとビビは目を合わせて、ハイタッチをした。

 

「ようこそ、ビビ!」

「ええ! みんな、これからもよろしくね!」

 

 無事に船に辿り着いた二人は、安心感からか同時に腰を下ろし、頭をコツンと合わせて身体を預け合う。

 そして、ウタは歌を歌う。

 沈黙した海軍たちへでもなく、ビビの門出を祝う国民たちへでもなく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 信じられる 信じられる

 夢のつづきで 共に生きよう

 暁の輝く今日に

 

 

 

 歌い終えたウタは、ゆっくりと目をつぶる。

 ビビの分身を活動時間ギリギリまで出したまま、ウタワールドに海軍たちを引き込んだのだ。

 眠りへと、ウタの意識が誘われていく。

 船出の道ができた麦わらの一味は、すぐに船を進める準備を始め、遠くを見渡すルフィが大きく手を広げて、

 

「しゅっこ——」

「しっ! 静かに!」

 

 叫ぼうとしたルフィの口を塞いだのは、ナミだった。

 なにすんだ! という視線でナミを睨みつけるが、ナミは声を出さずにウタとビビを指差す。

 

「…………そっか!」

 

 笑ったルフィは、メリー号の船頭へと登って寝転がった。

 あまりに無防備な麦わらの一味を攻撃するものなど一人もいない。

 

「行くぞ、みんな」

「ええ。出航ね」

 

 海賊とは思えぬほど小さな声。

 それとは対照的に、首都アルバーナでは大きな歓声が上がっていた。

 王女ビビの身体が、光の粒となって消えていったのだ。

 それはさながら、()()()()()()()が旅立ったようにも見える。

 後に『王女ビビの奇跡と冒険』として語り継がれるその光景を、国民たちは目に焼き付ける。

 そして。

 

「見て。すごい楽しそう」

「どんな夢、見てるんだろうな」

 

 ナミとチョッパーが見守るのは、穏やかな寝息を立てて眠るウタとビビ。

 その寝顔は、幸せな夢を見ているのが一目で分かるほど喜びに満ちていた。

 

 共に歌い、共に笑い、共に戦い。

 誰よりも真正面からケンカをして。

 苦しむ姿を救い、救われ。

 隣に立って強大な敵と立ち向かって。

 短くも長い冒険をともにしたこの二人でなければ、辿り着けない結末だったのだと、誰もが思う。

 

 そうして、二人は同じ夢を見て。

 微笑みながら身体を預け合って、穏やかな寝息を立てる。

 

 たとえ、その夢の果ては同じでなくとも。

 彼女たちがいま見ている夢のつづきは、きっと同じなのだろう。

 

 あらためて。

 ネフェルタリ・ビビは新たな仲間の海賊として、麦わらの一味に加わった。

 

 空も海も、どこまでも広がっている。

 この空と海の果てに行き着くまで。

 彼らの冒険はどこまで続いていく。

 




これにて、アラバスタ編もとい、バロックワークス編完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
楽しんでいただけたのなら、評価やお気に入り登録をしてもらえるとモチベーションにも繋がります。でもまあ、別にしなくてもいいです。
というわけで、次は空島——「黄金の音色と天使の歌声」編です。
活動報告とかで「こういうシーン」が見たい!などありましたら教えてください。上手く入れられるようにします。
あと、まだまだ先の話ですが、一応アンケートで聞いておきたいことがあるので、よろしくお願いします。
夢のつづきは、まだまだ続きます。
よろしくお願いします。


使用楽曲「世界のつづき」


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黄金の音色と天使の歌声編
第四十話「その記録指針は天を指す」


見切り発車です。
話を作りながらですが、早めに投稿できるように頑張ります。
それでは空島編もとい「黄金の音色の天使の歌声編」スタートです。
よろしくお願いします! 楽しんでねー!


 

 

 空は快晴。

 雨粒一つも見当たらない、心地の良い天気。

 ウタウタの力によって眠らされ、完全に逃げ切った麦わらの一味は、久しぶりのんびりとした航海をしていた。

 そして、ルフィとウタは肩を組んで、

 

「新しい仲間に、かんぱーいっ!!」

 

 麦わらの一味に加わったビビとカルーを迎えるための宴を、遅れて彼らは始めていた。

 だが、浮かれているのは二人だけで、その他のメンバーは笑ってすらいない。

 

「ねえ、ウタ。それより先に、やることがあるんじゃない」

「ええ。歓迎してくれるのは嬉しいけれど、こればかりは無視していられないわ」

 

 ナミとビビがウタヘ声をかける。

 それは当然、ビビ以外にもう一人の女性が船に乗っているためだった。

 

「あら。麦わらくんと歌姫ちゃんがいいって言ってるんだから、てっきり仲間にいれてくれるものかと」

 

 ニコ・ロビン。

 元バロックワークス副社長であり、つい先日までルフィたちの敵だった女だ。

 ルフィを助けたという恩があるがゆえに、一味たちは手を出さずにいたが、それもそろそろ限界のようだった。

 

「おい、お前ら。こんな麗しいレディに向かって、その態度はねえんじゃねえか? ああ、こちら、ダージリンでございます」

「ありがとう、コックさん。優しいのね」

「はいぃ!!♡」

 

 訂正すると、サンジ以外は限界のようだった。

 ロビンは椅子に腰掛けて優雅に紅茶を嗜みながら、

 

「できることなら死にたかったのだけれど、あなたたちがクロコダイルに勝つものだから、死に切れなかった。残念ながらね」

「死にたかった?」

 

 すぐにウタが聞き返した。

 

「ええ。私は二十年間ずっと、歴史の本文(ポーネグリフ)に記された歴史を知るためだけに生きてきた。でも、もう私に歴史の本文(ポーネグリフ)への手がかりはない。もう、生きる理由なんてないのよ」

「うーん、あんまりよく分かんないんだけどさ」

 

 ウタは何気ない声で、こう問いかけた。

 

「海は広いよ? 全部探してないのに、諦めるの?」

「いえ。生き残ってしまったのだから、出来る限りは探してみるわ。だから、仲間に入れてほしいの」

「あ、そうなんだ! いいよー!」

「「「「おいウタァ!!!!」」」」

 

 一味から一斉にツッコミが入る。

 ゾロはウタの油断が我慢ならないようで、

 

「こいつが組織の仇討ちをしようとしてたらどうするんだ、ウタ。その責任まで背負う覚悟があって、言ってんだろうな」

「うーん。私的にはまったく敵意なんて感じないんだけど。そこまで言うならば仕方ない!」

 

 ウタはパン、と手を叩いてメリー号のクローゼットへ走っていった。

 そして、数分後に出てきたウタは、チェックの入ったベレー帽を被り、いつもの白のパーカーを茶色のコートへと変えていた。

 帽子のツバを押さえ、ピコピコと髪の毛を動かしたウタは、ニヤリと笑う。

 

「これより、事情聴取を開始しますっ!」

 

 なぜか、ウタはとてもノリノリだった。

 

 

 

 

 

 

 丸テーブルを引っ張り出し、椅子を二つ持ってきて、ウタとロビンは向かい合う。

 最初に切り出したのはウタだった。

 

「質問するから、素直に答えて」

「ええ。分かったわ」

「ね、ねえ、ウタ。嘘だって、つくかもしれないのよ」

「関係ないよ、ビビ。大抵の嘘なら、()()()分かるから」

「……いい耳を持っているのね」

「えへへ。それほどでも!」

 

 コホン、と咳払いをして、ウタは事情聴取を始めた。

 

「それでは、あなたの経歴を教えてくださいな」

「八歳で考古学者。そして賞金首になったわ」

「そんな小さいときから!?」

「そういう家系なのよ。そして、その後二〇年、政府から姿を隠して生きてきたわ」

「二〇年も逃げられるものなの?」

 

 素直な疑問だった。

 理由は当然、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 ガープがいなければ、今頃自分は政府にとらえられていたのだから。

 小さくロビンは笑って、その疑問に答える。

 

「もちろん、子どもでは無理だった。だから、悪党に付き従う事で身を守ったわ」

 

 淡々と、ロビンは過ぎ去った地獄を語る。

 

「お陰で、裏で動くのは得意よ?」

「お、自信満々だね! 例えばどんなの?」

「暗殺♡」

「なるほど! みんな、この人は一切嘘をついてないよ!」

「なおさらやべえじゃねえか!!」

 

 ウソップが即ツッコミを入れた。

 だが、そんなものは気にしていないルフィと、そもそもロビンが最初に麦わらの一味に来たときにはまだ仲間でなかったチョッパーが、ロビンが咲かせた腕と遊んでいた。

 

「ん〜〜?」

 

 くにゃりと曲がった腕につられるように二人は横に身体を倒し、そのまま引っくり返る。

 そのままロビンの能力によって遊んでもらっている二人を見て、ウタも我慢できずにベレー帽とコートを投げ捨てて飛びつく。

 

「私も遊びたーい!」

「ち、ちょっとウタ!」

 

 心配そうにビビが声をかけるが、そんなビビの前にもロビンの手が現れる。

 

「な、なによ。私はこんな子ども騙しには……」

 

 ふりふり、と。

 ビビは目の前で左右に揺れるロビンの手を目で追ってしまう。

 

「……子ども…………騙しには……」

 

 本人も忘れていたが、ビビはネコネコの実を食べた能力者だ。

 強力な能力を持っているとしても、気を抜いて戦うつもりがないときは、彼女にはネコっぽい本能のようなものあるだけの元王女様なのだ。

 

「にゃにゃにゃ……っ!」

 

 ぶんぶんぶん! とビビはロビンの手をぺしぺしと叩いて遊んでしまっていた。

 その姿を見て、うんざりとナミは首を横に振る。

 

「ビビ……」

「——はッ!」

 

 本能に負けてしまったことに後から気づいて、ビビは顔を真っ赤にしてその場に崩れ落ちた。

 

「……私は、なんて恥ずかしいことを……」

「ビビらしくていいじゃん! ほらほら〜」

 

 落ち込むビビのアゴの下をウタが撫でると、ビビはくすぐったそうにしながらも気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

 

「…………って、なんで恥を重ねさせるのウタっ!」

「あはははっ! かわいーっ!」

 

 シャー! っと牙を剥いてウタとビビがじゃれあっている横で、いまだに冷静なナミは小さな声で問いかける。

 

「あなた、まだ話していないことがあるわよね?」

「なにかしら? 聞かれたのなら、答えるわよ」

「古代兵器”ヴィーナス”。あなたが前に私たちに言った言葉よ。あの時にウタを悲しませたの、私は忘れてないからね」

 

 ウイスキーピークから出た際に現れたロビンが言った、得体の知れないそのヴィーナスという名前にはウタが関わっているのだと、ロビンは確かに言っていた。

 そして、ロビンはそのときにこう言っていたのだ。ウタは()()()()()()()()()()だったのではないかと。

 

「別に、私自身は兵器には興味はないのだけれど。でも、嘘は一言も言ったつもりはないわ」

「じゃあ、ウタは本当に……!?」

「それは私には分からないわ。これはあくまでも推測の域を出ない。そうかもしれないし、そうでないかもしれない」

 

 曖昧な返事に、ナミは眉間にシワを寄せた。

 これでは、何も前に進んでいない。

 

「ねえねえ、なんの話してるのー?」

「あんたの話よ! 聞いててよ、ちゃんと!」

「聞いてるけどさ。それってそんなに大事なことなのかな?」

 

 ケロッとした顔で、ウタは言う。

 

「確かに、初めて聞いた時はショックだったけどさ。でも、あの後にちゃんと分かったもん。私には、みんながいるって」

 

 ニッコリ笑ったウタは、ルフィへ声をかける。

 

「ねえね、ルフィ。私、兵器かもしれないんだって!」

「何言ってんだ? ウタはウタだろ」

「……ね?」

 

 パチリとウインクをしたウタを見て、ナミははぁと息を吐く。

 

「それじゃあ、せめてあなたが知ってる情報を教えなさい」

「ウタウタの力が関わっていること。私が見つけた文献には、ヴィーナスとその実の力になんらかの繋がりがあったことしか書かれていなかったわ」

「じゃあ、保管庫っていうのは」

「果たしてウタウタの実が本当に保管庫にあったのかは、私は知らないわ。ただ、()()()()()()があるのは事実」

 

 ロビンが悪党たちの中を点々とする中で、さまざまな情報を耳にしてきた。

 その中にこんな話があったのだ。

 

「政府は重要な悪魔の実を手に入れた場合、厳重な警備の元で悪魔の実をどこかへと輸送しているの。行き先は不明。用途も不明。でも、送られるということは、保管されるということ」

「ちなみに、ウタの出身はどこなの?」

「うーん。シャンクスからは教えてもらえなかったんだよね。それに、シャンクスに拾われる前の記憶はまったくなくて」

 

 しかし、ウタはまったく気にしていないようだった。

 

「まあ、どうでもいいよ、そんなこと! どこで生まれたって、私は私だからっ」

「……そういう子だったわね、あなたは」

「そういえば、一つだけあったわ。ヴィーナスについての記述が」

 

 ロビン曰く、その情報には信憑性がないらしい。ヴィーナスという名前は複数回目にしたが、その記述だけは古い文献にたった一度しか記されていなかったようなのだ。

 

「読み取れたのはいくつかの単語だけだったけれど『金色の衣』『女神』『空想』この三つの単語があったの。女神(ヴィーナス)という単語の横にあるのだから、何かしら関係があるのではないかと私は思ってるわ」

「きっと、冒険すれば分かるよ! 海はとっても広いんだもの!」

 

 ウタは楽しそうに腕を広げて大空を見つめる。

 その場でくるりと回転したウタは、ロビンの目をまっすぐに見つめて、

 

「じゃあ、最後! あなたの夢は?」

「私の、夢……?」

「うん。海賊、やるんでしょ? 夢もロマンもないのに、冒険なんてできないじゃん!」

 

 ワクワク、とウタはロビンを見つめてその場でふらふらと動く。

 じっとしていられないのか、足踏みをしているウタを見て、ロビンはクスッと笑う。

 

「私の夢は歴史を知り、紡ぐこと。この世界の闇に埋もれてしまった歴史を掘り起こして、次の世界に伝えたいの」

「とっても素敵な夢! 絶対に叶えようね!」

 

 無邪気な笑顔を見せるウタを前に、ロビンは素直に驚き、目を丸くしていた。

 その明るさに戸惑いながらも、ロビンは頷いた。

 

「ええ。よろしく、歌姫さん」

「……私はまだ、信用してないわよ」

 

 ウタとは違い、ナミはロビンの言葉の真意までは聞き取れない。

 ゆえに、いまだに警戒をしているようなのだが、

 

「ああ、そういえば。クロコダイルから宝石を少し持ってきちゃった。いるかしら?」

「いやんっ! 大好きよ、お姉様♡」

「ソッコーで買収されやがった!」

 

 ゾロとウソップがツッコミを入れる。

 一味たちの中で警戒しているのはこの二人だけなのだ。

 ルフィとチョッパーはロビンの手で遊んでいるし、ビビはいまだにロビンの手にじゃれているし、サンジはまたロビンのためのお菓子を作っているし、カルーに至っては、

 

「見てみて! カルーの真似! クエーっ!」

「クエーーっっ!!」

 

 ロビンの能力で大量の手を背中に生やして翼に見立てたウタが、カルーの真似をして遊び、カルーもそのポーズを真似して楽しんでいた。

 それを見て、ウソップも笑い出す。

 

「ギャハハ! なんだそれ、ウタ!」

「…………ったく、どいつもこいつも」

 

 呆れたゾロは手すりによりかかってため息を吐く。

 そんなゾロの隣に、ウタはささっと駆け寄って、

 

「ほらほら、険しい顔しないのー!」

「お前がなんと言おうと、おれはいつでも剣を抜けるようにするぞ」

「大丈夫大丈夫。安心してってば!」

 

 バンバンとゾロの背中を叩いたウタは、あからさまに嫌そうな顔をするゾロを見て楽しそうに笑う。

 

「さあさあ、気を取り直して冒険だよ! ナミ! 記録指針(ログポース)はどっちを向いてるの?」

「西北西にまっすぐね。順調よ」

「よーし! 仲間も増えてきたことだし、どんどん行こう! ね、ルフィ!」

「おう! 冒険だー!」

「目指すは世界の果てまで! 海も空もどこまでも広がっていて、何が起こるか分からないから、冒険は楽しい——」

 

 そんな言葉を、ウタが言い切るより先に。

 ウタの言葉に応えるように、予期せぬ事態が起こる。

 

「……雨?」

 

 最初にゾロがそう呟いて直後、それが雨ではないことが分かった。

 木片だった。

 朽ちて腐った木片が、空から雨のように降り始めて。

 

「空から……!?」

「船が……!!?」

「振ってきたァ〜〜〜!?!?!?」

 

 メリー号の何十倍もあるガレオン船が、空から降ってきたのだ。

 すさまじい音と波を立てて水面に落ちてきたガレオン船の衝撃に、メリー号全体が震える。

 思わず全員が船にしがみつくが、船の揺れ方があまりにも大きく、油断をすれば簡単に船などひっくり返ってしまいそうだった。

 

「舵を切れ!」

「きくかよこの波で!」

「ルフィ! 一緒に船を守るよ!」

「おう! ウソップも頼む!」

「ああ、おれが危険なものがないかを見て…………って、うぎゃああああ!?!?」

 

 ガレオン船の落下に遅れるように、人骨自体が目の前に降ってきた。

 動転したウソップは思わずその骨をぶん投げて、

 

「きゃあぁぁぁあ!? そんなの投げないでよ、アホ!」

「また落ちてくるぞ〜!!!」

「どうにか耐えろ!!!」

 

 そんなこんなで、本日の天気は晴れ時々ガレオン船。

 偉大なる航路(グランドライン)の猛威を久々に味わった一味たちは、くたびれてその場に座っていた。

 

「なんだったんだ、これは……」

「空には何もなかったのに……」

「……え!? 嘘でしょ……!?」

「どうしたの、ナミ?」

 

 ナミの方へ視線を移すと、ナミは青ざめた表情で記録指針(ログポース)を見つめていた。

 さらにその針はどう考えても西北西へは向いていなくて。

 

記録指針(ログポース)が壊れちゃった……! さっきからずっと上を指してるの!」

「…………それはきっと、故障ではないわね」

 

 言ったのは、ロビンだった。

 

「新しい記録(ログ)に書き換えられたのよ。指針が上を向いているのなら……」

 

 ロビンは静かに、空を見上げた。

 

「空島に……記録(ログ)を奪われたと言うこと……!!」

 

 その言葉に嘘をついている様子がないことは、ナミでもはっきりと分かった。

 




活動報告に、アンケートへのご意見や、今後の展開や掛け合いで見たいものを募集する場所を作りました。
なにかあればそちらにもらえればと思います。
よろしくお願いします!


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第四十一話「遠くからの声」

 

 

 空島。

 ロビン曰く、そこには海そのものが浮いていて、そこからあの巨大なガレオン船は落ちてきたのだと言う。

 そんな言葉に、ルフィたちは胸を躍らせて飛び上がる。

 

「空に島があるのか!?」

「すごいね、ルフィ! 冒険の匂いがぷんぷんするね!」

「よお~し、野郎ども! 上に舵を取れ!」

「上舵いっぱ~い!」

 

 はしゃいでいるルフィとウタとウソップだが、そのほかの一味は冷静だった。

 ゆったりとタバコの煙を吐いたのはサンジ。

 

「とりあえず、上に舵は取れねえよ」

「正直、私も空島については見たこともないし、たいして知っているわけでもないの」

 

 あのロビンでさえ、空島の情報はほとんど持っていないらしい。

 空島そのものが眉唾ものの存在なのだ。ナミは空島自体を信じられていないようだった。

 

「ありえないことよ! 島や海が浮かぶなんて! やっぱり記録指針(ログポース)が壊れたんだわ!」

「いや。それは違うよ、ナミ」

 

 真っ先に否定をしたのは、ウタだった。

 ウタはシャンクス達の船に乗っていたときを思い出す。

 さまざま航海をしている中で、その中で絶対にシャンクスたちが守っていたこと。

 

「ちゃんとした航路を進もうっていうナミの気持ちも分かるけどさ。ここは偉大なる航路(グランドライン)なんだよ。記録指針(ログポース)が球体なのは、こんなときのためなんだよ」

 

 そのように語るウタの言葉に相槌を打ったのはビビだった。

 

「私は信じるわ。だって、私はそのために海に出たんだもの」

「うん。海や空の果てまで、だもんね」

「ナミ。お風呂で話したでしょ? この海にはなんだってある。それなら、空にだって島があると思うの」

「その通りよ。この海で疑うべきはその常識。その指針の先には、必ず島がある」

 

 ゆえに。

 麦わらの一味は情報取集から始めることにした。

 まずは、ウソップの元に降ってきた人骨の調査から。

 

「おお。すごいね、ロビン」

 

 慣れた手つきで割れた頭蓋骨を修復したロビンは、それに残った痕跡を眺める。

 

「船医さん。この穴は、人工的に開けられた穴でしょう?」

「うん。昔は脳腫瘍を抑えるときに頭蓋骨に穴をあけたんだ。でも、ずっと昔の技術だろ……?」

「そう。彼が死んでからすでに二百年は経過しているわ。歳は三十代前半。病に倒れて死んでしまったのね。歯が残っているのはタールが塗り込んであるから。この風習は南の海(サウスブルー)の一部地域特有のものだから、歴史的な流れからあの船は過去の探検隊の船」

 

 語りながら、ロビンは歴史書を開く。

 ぺらぺらとページをめくって見つけたページには、落ちてきた船と同じマークをした船の写真が載っていた。

 

「あった。南の海(サウスブルー)の王国ブリスの船『セントブリス号』二百八年前に出向している。少なくとも、この船は二百年もの間、空をさまよっていたのね……」

「骨だけでそんなことまで割り出せるの……!?」

「遺体は話さないだけで情報は持っているのよ」

 

 ロビンは船が落ちた水面へ視線を移す。

 

「探検隊の船ならいろいろな証拠や記録が残っていたはずだけれど……」

「ええ。でも船はもう沈んで……」

「ぶわっばばぶべえ~!」

「大変! ルフィが溺れてる! 今助けに行くからね!」

「ちょっ……!? ウタ、あんたも能力者じゃ……!」

「…………!!」

「やっぱり溺れてるじゃないの! あんたたち、助けてあげて!」

「分かったわ! 行くわよ、カルー!」

「だからビビも能力者でしょうがァ!」

「痛いっ!」

 

 愛の拳がビビに炸裂した横で、やれやれとサンジとウソップが二人を助けに海へと飛び込む。

 二人の活躍によってどうにか救出され、ゴホゴホと水を吐き出してどうにか起き上がる。

 ウタが海水で重たくなったパーカーを脱いで絞っていると、その横でルフィが少年の笑顔で、

「やったぞ! すげェもんみつけた!」

 

 満面の笑みでルフィが広げたのは、一枚の地図。

 そこに描かれていたのは『スカイピア』と言う名前が書かれたそれはつまり……

 

「空島の……地図!?」

「スカイピア……? 本当に空に島が……!?」

 

 驚くナミの表情を見て、一味はその地図が本物であると思い、ロマンを求める奴らが飛び跳ねる。

 

「やったぞ、ウタ、ウソップーっ!」

「空島、あるね!」

「夢の島だ! 夢の島に行けるんだ!」

 

 はしゃいでいるウタたちへ、ナミはなだめるように声をかける。

 

「騒ぎすぎよ。これはただの可能性に過ぎないの。世の中には嘘の地図なんて山ほど……」

「そんなこと言わないでよナミぃ〜!」

 

 泣きながらウタが抱きつくと、ナミは所在なさげに途切れ途切れの言葉を紡ぐ。

 

「あ、あると思うわよ、きっと! あるんだけど、行き方が分からないのよ……! だって、空にあるんでしょ……!?」

「なんとかしろ、航海士!」

「なんとかならないもんがあるでしょうが!」

「そこをなんとか……!!」

「あー、もう! だったらまずは情報収集よ!」

 

 気合いで詰め寄るルフィをゲンコツで沈めたナミは、左手につけた記録指針(ログポース)を指差す。

 

「指針が上を向いてるのなら、空から降ってきたあの船を調査する以外ないわ! あの船が空に行けるのなら、何かしら方法がきっとあるはずよ!」

「でも、船はもう完全に沈んじまったぞ?」

「それなら……サルベージよっ!」

「おおおお!!!」

 

 ルフィとウソップとウタが両手を上げた。

 だが、サルベージとは沈没船の引き上げ作業。さすがにメリー号の装備では引き上げることは不可能。

 それゆえに。

 

「それじゃあ、よろしくね♡」

 

 ウソップの発明品である樽を改造した潜水服を使って、沈没船の中を調査することになった。

 調査は赴くのは、ルフィ、ウタ、ゾロ、サンジの四人。

 能力者が二人というなんとも無謀な調査隊だが、本人たちが調査に行くと言って聞かないので、先ほどのようにゾロとサンジについてもらうことにした。

 

「幸運を!」

 

 ドプン! と海底へ向かって四人が沈んでいく。

 樽を改造した潜水服は、それぞれに空気を入れる用のホースがあり、それを通じて会話もできるようになっている。

 ホースの長さを調整する係になったチョッパーが、反応を確かめるために声をかけてくれた。

 

「こちらチョッパー。みんな返事して」

「こちらルフィ。怪物がいっぱいです。どうぞ」

「ここは巨大ウミヘビの巣か!?」

「こちらサンジ。うわっ! こっち見た!」

「こちらウタ! すっごい可愛い蛇が泳いでるよ〜!」

「よし、平気ね」

「平気なのか!?」

 

 食べられたら一発でやられてしまうだろう巨大なウミヘビの横をゆっくりと通過しながら、ルフィたちは沈んでいく。

 しばらく降りていると、なにやら前方に同じように潜水服を着ている人が降りてきていた。

 こっちを見て何かを叫んでいるのを見て、反射的にルフィがパンチを放って追い払う。

 よく分からないが、とりあえずごめん、とルフィたちは謝って探索を再開した。

 

(これが……空を旅した船……)

 

 深度が高くなり、空気も長いホース経由のために少しずつ息が苦しくなってきているので、ルフィたちは無言で船の中へと入っていく。

 落下した衝撃で船体が中央から大きく二つに分かれているため、中へは容易に入ることができた。

 その道中で、さまざまなものを見た。

 

(変な模様の壺……? 確かこれ、この船の船頭と同じマークだったっけ……?)

 

 ということは、これは空への手がかりではない普通の遺物だ。

 触れた瞬間に壊れてしまった壺に名残はなく、ウタは先へ進んでいく。

 

(あれ。ルフィ、何か見つけたのかな)

(なんか、乗り物っぽいのあるぞ!)

 

 みたいなジェスチャーでルフィが伝えてきたので見てみれば、木と鉄で出来た小さな船……? のような何かを見つけていた。舵のようなハンドルが中央に付いており、立つとちょうど手元に持ち手がくるような長さではあるが、波がある海の上でこれを持つような体勢は作れないだろう。

 後ろには穴があるが、動力がない。エンジンか何かが付いていたが、沈没の際に取れてしまったのかもしれない。

 

(……ん? これは……なに?)

 

 探索を進める中でウタが見つけたのは、不思議な形をした手のひらサイズの貝だった。

 見たことのない形の貝を興味津々でウタが物色していると、なぜか貝の中心がカチッと沈んだ。

 まるでボタンを押したような手応えがあってから、何やら貝がガタガタと動き始める。

 

(わわっ。なんだろ、これ。泡がぶくぶく出てる……?)

 

 中に空気でも溜まっていたのか、貝の中から出てきたのは少量の泡だけ。

 それ以外は何ら変哲のないもののようだが、ボタンのようになっているのがいささか不思議で、ウタは目が離せなかった。

 と、そんな中でルフィがウタの樽をコンコンと叩く。

 何か伝えたいことがあるのかと振り返ってみれば、そこにあったのは宝箱。

 

(お宝……! やっぱり沈没船には財宝がないとね……!)

 

 ワクワクしながら蓋を開けたウタだったが、残念ながら宝箱はスカ。

 まあ、空振りの宝箱などこの世には山ほどあるのだ。これくらいで気を落としている場合ではない。

 そう思って次なる部屋を探しに行こうとしたところだった。

 

 ドゴォン! と船に横っ腹に巨大なクワのような鋭利な爪が突き刺さった。

 

「なにこれ!?」

 

 ウタが驚嘆の声を上げたその後も、変化は訪れる。

 突如として、船の中に空気が入り込んできたのだ。

 そのまま船の中の水まで押し除けて空気で部屋がいっぱいになり、分けもわからぬままルフィは潜水服を脱いだ。

 

「すげえ、タルとっても大丈夫だ!」

「本当だ。すごいね! 息もできる!」

「この船を引き上げようってのか。何者だ……?」

「ナミさんとビビちゃんとロビンちゃんの身に何かあったんじゃ……! さっきから返事がねえ!」

 

 現状を理解するより先に、部屋の壁が吹き飛ばされた。

 そして入ってきたのは。

 

「どこの誰だァ! おれの縄張を荒らす奴ァ!」

 

 ルフィとウタは、入ってきた男の顔を見て一言。

 

「「あ、さるだ」」

「え? おれはそんなにサル上がりか?」

「うん。サルみたい」

「ああ。サルまがいだな」

「どういう会話だよ」

 

 サクッとツッコミを入れたが、どうやら彼には攻撃してくる様子はどこにもなかった。

 話をしてみれば、このサルベージもこのマシラという男によるもののようだ。

 

「おれはマシラってんだ。海賊団の船長やりながら、サルベージをしてお宝を狙ってる」

「そうなのか! おれはルフィ! 東の海(イーストブルー)からこの海にやってきたんだ!」

「そーか! おめェら東の海(イーストブルー)から!」

「そうなの。それにしてもマシラさん、とってもサルに似てるね!」

「んな褒めるなってば! ウッキッキ!」

 

 なんて、悠長な話をしてる状況ではなくなってしまった。

 突如、船内が真っ暗になり、船が部屋ごと潰れてしまったのだ。

 山ほどあった空気も一瞬にして抜け去り、潜水服を脱いだ四人に海水が襲いかかる。

 咄嗟に四人は近くにあった荷物を袋に詰めるだけ詰めて、ルフィとウタがサンジとゾロにそれぞれ捕まり、脱出を図る。

 しかし、それを見るやいなや、マシラが怒り狂って攻撃してきたのだ。

 サルベージをしているお宝に手を出したからとはいえ、こんな状況でも攻撃してくるとはなんという執念。

 どうにかこうにか、逃げ仰せた四人は荷物を抱えたままゾロとサンジがルフィとウタをメリー号へと投げ込んだ。

 とりあえずはなんとかなったが、問題は怒り狂ったマシラだ。

 

「みんな、船を出そう! マシラのこと、怒らせちゃったみたい!」

「やべぇぞ、あいつは……!」

 

 慌てふためくウタたちへ、無事なのを知ったウソップが笑顔で駆け寄ってくる。

 

「無事でよかった! とりあえずあのカメから逃げよう!」

「カメ? いや、海にいたのはサルだぞ」

「うん。さすがにマシラはカメじゃないかも……?」

 

 妙に話が噛み合っていない気がするが、構わずウソップは亀の話をする。

 

「カメの口が開きっぱなしだ。なにか変なもんでも食ったのか……? いや、だからお前たちは逃げて来れたのか……」

 

 そんな言葉でようやく後ろを振り向いた四人が、何が船を潰したのがを目の当たりにする。

 

「おおお!? 何じゃありゃあ!?」

「でっかいカメだ! かわいー!」

「可愛くねぇだろ、あれは!」

「そうよ。ウタたち、あれに船ごと食べられちゃってたのよ!」

「でも、生きてるからおっけ! それより、これでしょ、ルフィ!」

「おう! これこれ……!」

 

 海水から無事生還したルフィとウタは、どうにかマシラの猛攻を避けながら袋に詰め込んだ金品をどっさりと置いた。

 

「ナミ見て! お宝!」

「え、財宝!? 財宝があったの!?」

「ああ! いっぱいあった!」

 

 ニンマリとルフィが戦利品を見せびらかそうとしたところで、水面からマシラが飛び出してきた。

 

「おめぇら……! このマシラ様のナワバリで、財宝盗んで逃げ切れると思うなよォ!」

「やべぇ! こいつにここで暴れられたら……!」

 

 マシラの怪力は、先ほど沈没船の中で目の当たりにした直後だ。あの拳が振り回されれば、メリー号ごと壊されてしまうかもしれない。

 そんな窮地の中、なぜかウタは空を見上げていた。

 違和感があったのだ。

 なぜか、いつの間にか空が暗くなっていたから。

 

「ねえ、ロビン。なんでもう夜なの?」

「さあ? あなたたちがカメに食べられた直後に、急に暗くなったのよ」

「そう……なんだ」

 

 ウタは騒ぎが起きている中でまだ空を見上げる。

 何か、ひっかかる。

 そして。

 

「————誰っ!?」

 

 何か声が聞こえて、ウタは振り返る。

 しかし、そこには暴れようとするマシラと、それを止めようとする一味のメンバーしかいない。

 聞いたことのない声だった。

 ウタはさらに耳を澄ますために目を閉じる。

 

「……聞こえない?」

 

 空耳だったのだろうか。

 頭の奥に響くような声は、もうしなくなっていた。

 その代わりに。

 

「な、なんだ……!? ありゃあ……!!」

 

 怯えるような声が聞こえて、目を開く。

 そして、目の前にいたのは。

 

「怪物だァ〜〜〜!!!!」

 

 ドリーやブロギーのような巨人ではない。

 首が痛くなるほどに上を見上げないとその全貌が見えないほどの赤い土の大陸(レッドライン)規模の大きさの人の影。

 霧や雲に隠れているため、シルエットしか見えないが、その背中には小さいながらも翼が生えており、人型ではあるが人ではないのは間違いなかった。

 さすがのウタも、普通に怖い。

 

「うぎゃ〜〜〜!! ナミぃ! 早く船出してェ!」

「分かってるわよッ! 全員、手でも漕ぐわよ! 全力であの化け物から反対の方向へ!」

「おおおおお!!」

 

 麦わらの一味は一体となって、必死に船を漕いでいく。

 海を駆けていく中、ウタはまた空を見上げる。

 そこには、その場で佇む化け物が三体。

 しかし、ウタが見ているのはその化け物たちではなく。

 

「…………誰かを、待ってるの……?」

 

 再び聞こえた、不思議な声。

 言葉ではないその声に込められた感情をほんのわずかに感じ取ったウタは、そんなことを呟くが、

 

「ウ、ウタ! 早く漕がないとどうなるか分からないわよ!」

「う、うん!」

 

 ビビに肩を叩かれ、ウタはまた船を漕ぎ始める。

 そのうち、雲の切れ間が見えて、その先にある朝へと、麦わらの一味は進んでいくのだった。

 

 

 




実はこっそり別の小説を書いてました。
ポケモンへの衝動が抑えられなくてつい……
よかったらこちらも読んでください。ここまで読んでくれた方でポケモンが好きなら100%面白いです。
よろしくお願いします。

「病弱で大人しかったネモという親友について話そう」

https://syosetu.org/novel/303686/


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第四十二話「無法者の町」

大変お待たせしました。
空島って構成がとても綺麗なので、少しずらすと歯車が狂うのでまだ調整に手間取ってます。
考えれば考えるほどワンピースってすげえって思います。


 

「今日は何かおかしい日だったぜ……」

「巨大ガレオン船が降ってきたと思ったら」

「指針を空に奪われて……」

「妙なサルが現れて船を引き上げる」

「でも船ごと食っちゃうでっけーカメにあって」

「夜が来て……」

「巨人の何十倍もある大怪物……!」

 

 怒涛の展開に心身ともに疲弊した一味たちは、ぐったりと床に座りって今までのことを振り返る。

 どこをとってもあり得ないの連続を、最後に締めたのは、サルみたいな見た目をした大柄の男だった。

 

「さすがにあれにはビビったね、どーも……」

 

 ふう、と全員が一つ息を吐いて、

 

「出ていけ〜〜!!!」

 

 マシラを全員でぶっ飛ばして、麦わらの一味はようやく休みを取り始めたのだった。

 

 

 

 

 

 その後。

 ナミは普通に怒っていた。

 

「あんたたち! 何のために海底に潜ってたの!」

 

 ナミが指差したのは、ルフィやウタたちが沈没船から引っ張り上げてきた品々。

 本人たちは財宝を拾ってきたと言っているのだが、その中には財宝と呼べるものは一つもない。

 錆びたヨロイ、割れた陶器、欠けたナイフに謎の小舟と大きいだけの貝。

 

「こんなガラクタばっかり持ってきて、空への手がかりなんて一つもないじゃない!」

「だから何もなかったんだ!」

「そうだよ! ね、サンジ!」

「ああ、ウタちゃんの言う通りなんだ、ナミさん」

 

 サンジはどうにか持ってきたガラクタを見下ろして、

 

「あの船は何者かに荒らされた後だった。でなけりゃ内紛が起きたかのどっちかだ」

「だったらなおさらじゃない! 空へ行くなら、同じ目に私たちも合うかもしれないのよ!」

「まあまあ、ナミってば。そんなにカリカリしなくても……」

「そんな甘い考えじゃダメなのよ、ウタ!」

 

 いつも間にか錆びた盾と槍を装備していたウタヘ、ナミはビシッと指を指した。

 

「情報が命を左右するのに、なにこの錆びた剣! 食器! 貝! 必要なのは海図とか日誌なの!」

「あああああ!」

 

 ガシャガシャとナミに踏み潰されているガラクタたちを、ゾロとサンジが悲しそうに見つめる。

 さらに、ヨロイで身を固めるルフィと盾と槍を構えるルフィとウタヘ、ナミは自然を移して、

 

「それで、あんたたちのそれはなに?」

「かっこいいでしょ!」

「かっこいいだろ!」

 

 ゴンッ! と愛の拳が二人の脳天に突き刺さった。

 想像以上の威力に、七武海を落とした賞金首たちがその場に崩れ落ちる。

 

「だ、大丈夫、ウタ!?」

 

 心配そうにウタヘ駆け寄って、ビビはウタの頭を撫でる。

 ビビが撫でてくれたからか、すぐに回復したウタは負けじとナミへと向かう。

 

「だったらこれはどう、ナミ! おっきい貝! 可愛いでしょ!」

「いらないわよ、アホッ!」

「うえ〜ん! ビビぃ〜!」

「わ、私はかわいいと思うわよ、その貝!」

 

 泣きついてきたウタの頭をポンポンと叩いて、ビビはなだめる。

 はぁ、と息を吐いたナミへ、一味の様子を眺めていたロビンがねぎらいの言葉をかける。

 

「大変そうね」

「本当よ、まったく。これで完全に行き先を失ったわ!」

 

 この偉大なる航路(グランドライン)では、記録指針(ログポース)に従って進む以外の航路がない。

 その指針が上へ向いてしまって、さらには空に行くための方法すらないのだから、どうやっても詰みなのだ。

 しかし。

 

「はい、これ。さっきのおサルさんの船から取ってきたのよ」

「え、これ……永久指針(エターナルポース)……!?」

 

 それに書かれた名前はジャヤ。

 どうやらその島が、彼らの本拠地らしい。

 

「ジャヤってところなら行けるの?」

「ええ。これなら問題ないわね」

「よぉ〜し! ジャヤ舵いっぱ〜い!」

「空島への手がかりを探しに行くぞー!」

 

 ピョンピョンとその場で跳ねたウタは、その途中でぴたりと止まる。

 

「あれ、でもジャヤに行ったら記録(ログ)が上書きされちゃわない?」

「行ってすぐ記録(ログ)が溜まるわけじゃないわ。その前に情報を集めて島を出ればいいんじゃないかしら」

「お! それなら問題ないね! よぉ〜し、ジャヤ舵いっぱ〜い!」

 

 ルフィはメリー号の船頭に乗って、大きく手を広げる。

 行き先は一時、謎の土地ジャヤへ。

 空島への準備への航路を、麦わらの一味は進み始める。

 

 そして、そこから数刻。

 気候もかなり安定をし始めて、ジャヤが近づいてきたことがそれだけで分かる。

 ぽかぽかした穏やかで暖かな風は、ジャヤが春島であろうと感じさせてくれる。

 

「春はいい気候だな。カモメも嬉しそうだ」

 

 チョッパーがのんびりと見上げた先には、カモメが三羽。

 ゆったりと空を飛んでいた……のだが。

 ボトトト、と。

 カモメが空から落ちてきたのだ。

 瞬間、ウタが進行方向へ視線を移す。

 

「そんな……!?」

「ど、どうしたんだ、ウタ!? 敵か!」

「ううん! たぶん、敵じゃない……けど」

 

 ウタはカモメへと視線を戻す。

 落ちてきた瞬間に、まだギリギリ生き残っていたカモメの感情が何となく聞こえたのだ。

 ——撃たれた、と。

 

「チョッパー! そのカモメって……!」

「う、撃たれてるんだ! ほら、弾もある!」

 

 ウタの背筋に悪寒が走る。

 銃声が、聞こえなかったのだ。

 

「——ウソップ!」

「……わりい、ウタ。おれには、見えねえ」

 

 メリー号のマストに登って必死に周囲を見渡すウソップだが、彼にも銃撃の相手は見えていない。

 だが、そのうちにウソップは小さくつぶやいた。

 

「いや、いるぞ……! なんとなくしか分からねえが、確かにやべえやつがいる……!」

「こっちへの敵意は……なさそう、かな?」

 

 警戒をし続けるウソップとナミ。だが、そんな中で船頭のルフィは呑気に背伸びをしていた。

 

「なんだ、敵か?」

「敵ではないと思う……けど」

「警戒した方がいいぜ! あのやべーやつ、たぶんこれから向かうジャヤってところ、危ないんじゃねえか……?」

 

 心配そうにしているウソップを見上げて、ルフィはぐっと背伸びをする。

 

「大丈夫だろ。つえーやつが出てきても、ぶっ飛ばせばいいだけだ!」

「あははっ! そーだね、ルフィがいるなら安心だ!」

「よーし! それじゃあ気にせず、ジャヤ舵いっぱ〜い!」

 

 そうして、麦わらの一味はジャヤへ向かい……

 

 

 

 

 

 

「「ワタクシはこの町では決して、ケンカしないと誓います」」

 

 船を降りたルフィとウタは、ナミに言われた言葉を復唱していた。

 その理由は、港の至る所に停まる海賊船たちだった。

 

「いい? この町にはどうやら海賊たちがうようよいるの。変なことをしたら、すぐに騒ぎになって情報収集どころじゃなくなる。空に行くために、ケンカはしないこと。分かった?」

「「はーーい」」

「心配ね……」

「大丈夫よ。私もついていくから!」

「余計に心配ね……!!」

 

 ルフィとウタに続いて、ビビが二人に続く。

 海賊になって最初についた島なのだ。冒険の始まりを船で待っていられないらしい。

 

「カルーは船番、任せたわよ!」

「クエー!」

 

 長距離の移動がないため、カルーはチョッパーと遊んで待つことに。

 そして、このメンツが心配なナミは、用心棒としてゾロを引っ張り出し、五人でジャヤでの情報収集を始めることにした。

 海賊が多いので、何かあった時のためにサンジも船に残ってもらう。

 いつの間にかロビンがどこかへ行ってしまっているが、おそらく別で情報収集をするのだろう。

 

「本当に騒ぎだけは起こすんじゃないわよ!」

「あーーー」

「何その気の抜けた返事は、まったくもう!」

 

 うんざりとナミがため息を吐いた直後、目の前でドサリと人が倒れる音が響く。

 見れば、真っ黒な服を着た白髪の男が、顔面蒼白で真紅の血を吐き出してるではないか。

 どうやら、隣に立っている白馬から落ちてしまったらしい。

 

「すまんが、お前ら……立たせてくれ……」

「だ、大丈夫!?」

「いやいや……悪いな」

 

 すぐさま衰弱した男を馬に乗せたウタへ、男は微笑みながら、

 

「助かった……。おれは生まれつき体が弱いんだ……ハァ……行こう、ストロンガー」

「ガブッ」

「「いや馬も弱いのかい」」

 

 ルフィとゾロがスパッとツッコミを入れる。

 ウタやビビは馬のことを心配しているようだが、なんとか進むことはできるようだった。

 

「お礼と言っちゃ何だが……おひとつどうだい……?」

 

 男が差し出してきたのは、りんごが山積みされたバスケット。

 どこからどう見ても怪しいそのりんごに、ルフィとウタは迷いなく手を伸ばした。

 

「「いただきます」」

「ち、ちょっと。ルフィ、ウタ!? そんな無警戒に口に運ぶなんて……!」

 

 りんごを迷わず咀嚼し始めたルフィとウタへ、ビビが声をかけるが、その直後。

 ドォン! とすぐ近くで爆発が起こった。

 そして、その原因を語る町人たちの声が聞こえてくる。

 

「さっき妙な男からリンゴをもらったやつらが……五人、爆発したんだ!」

「店の中は惨劇だぜ……!」

 

 モグモグと、そんな言葉を聞きながらルフィとウタはリンゴを飲み込んでいた。

 二人の首根っこを掴んで、ナミとビビが声を上げる。

 

「ル、ルフィ! いますぐそのリンゴを吐き出しなさい!」

「ウタもよ! 死んじゃうわよ!」

「……うーん。多分、大丈夫だと思うけどな。……だよね、おじさん?」

「アハハ……その通り。ハズレを引いたなら、もう吹き飛んじまってるはずさ……」

「運がいいね、私!」

「それだけじゃねえだろうに……アハハ……面白いやつらだ……」

 

 パカ……パカ……と重々しい足取りで、白馬に横たわった白髪の男は去っていく。

 リンゴを食べ終わって呑気にまた歩き始めるルフィたちの横で、ナミは苛立ちを露わにしていた。

 

「なんなのよ、この町!」

「まー、そう荒れんなよナミ」

「あんた、意味もなく殺されかけたのよ!」

「海賊がうようよいるんだから、そんなときもあるよー」

「なんでウタもそんな呑気なのよ! ビビも言ってあげて!」

「これが……海賊……っ!」

「ちょっとワクワクしてるんじゃないわよ、アホっ!」

 

 ナミはルフィたちを怒鳴りつけて先頭を切って進む。

 道中、雄叫びを上げる格闘チャンピオンに奪われかけた視線を強引に正面に戻し、目的である情報収集の場を探していた。

 

「ここは素敵ね。ガラの悪い町だけど、静かなところもあるみたいね」

「私はもう少しワイワイしてる方が好きかも」

「でも、美味そうな匂いはするんだよなぁ」

「……確かに、いい匂いがするわね」

「なんでもいいけど、酒が飲みてえな」

 

 クンクンと鼻を鳴らすビビの横で、ルフィたちはグイグイと先に進んでいく。

 だが、奥から出てきた店主のような男は、なにやら困ったような顔をしていた。

 

「お、お客様! ただいまこの『トロピカルホテル』は、ベラミー様ご一行の貸切となっておりまして」

「ありゃ。貸切なんだー」

「いいじゃん、中に入るくらい」

「ベラミーって誰よ」

 

 ルフィたちが引かずに立っていると、後ろから声が響く。

 

「おい、誰だその小汚い馬の骨は……」

「サ、サーキース様! これは、その……!」

「言い訳はいいから早く追い出して! 貸切にいくら使ってると思ってるの!」

「ってことで、帰れ、クソガキ」

 

 サーキースと呼ばれた銀髪に成金のような毛皮のコートを羽織る男が、ルフィを睨みつけた。

 当然、そんな態度にルフィが納得するわけもなく。

 

「なあ、こいつぶっ飛ばしていいか?」

「ほらほら。ナミと約束したでしょ、ルフィ」

「そうだった」

 

 ケンカはしないと約束したルフィのボーッとした顔を見て、サーケースは嘲笑を浮かべる。

 

「面白ェ奴らだ。このおれをぶっ飛ばす?」

 

 得意げな態度を崩さないサーキースはコートのポッケに手を突っ込んで小銭をルフィたちの前に投げ捨てた。

 

「それにしても貧相なナリだな。これで好きな服でも買うといい」

「え、いいの!?」

「やったぞ、肉が食える!」

 

 喜んでお金を拾おうとした二人の服を引っ掴んで、ナミは去っていく。

 

「行くわよ、不愉快!」

「ナミ。一ベリーでも大切なお金よ……?」

「いいの! あんなお金いらないわ!」

「なんだ。要らないのか……ハハハ!」

 

 嘲るサーキースを尻目に、ルフィたちはホテルを後にした。

 そうして向かうのは、情報収集には不可欠である酒場。

 ここには多くの人がやってきては、いろいろな話をして去っていく。情報通な人間がいたり、物知りな店主がいたり、情報を得るのなら酒場が最適なはずだ。

 

「ぷはー!」

 

 酒を美味そうに飲む横で、ナミは店主に声をかける。

 

「おじさん。ここの記録(ログ)はどれくらいで溜まるの?」

「そうだな。四日ってところか。この町には無法者たちしかいねえから、記録(ログ)が溜まったら早めに出た方がいいぜ」

「なら、ゆっくりもしてられないわね。ねえ、おじさ——」

「ねえ、おじさんっ!」

「おい、おっさん!」

 

 隣でチェリーパイを食べていたルフィとウタが、同時に声を上げた。

 さらに、その奥で同じチェリーパイを食べたみすぼらしい見た目の大男も同じように声を上げる。

 

「このチェリーパイは死ぬほどマズイな!」

「このチェリーパイ、すっごくマズイね!」

「このチェリーパイは死ぬほどウメェな!」

 

「「「……ん???」」」

 

 わずかに間があって、三人は軽く睨みつけて今度はドリンクを手にする。

 

「このドリンクは格別にウメェな!」

「このドリンク、すごくマズイね!」

「このドリンクは格別にマズイな!」

 

 ガタン! と三人は同時に席を立った。

 

「てめぇら、おれにケンカ売ってんのか……!?」

「おめえこそケンカ売ってんだろうが、やんのか!」

「私、ここのご飯全部口に合わないかも……」

 

 バチバチと火花を散らす二人の間で、ふらふらとよろけるウタ。

 ルフィと大男は依然として張り合いを続けており、今度はお土産勝負が始まる。

 

「おっさん! おれ、肉を五十個、お土産で!」

「おれはチェリーパイを五十一個、土産で頼む」

「あ、やっぱりおれは五十二個……」

「わりぃ、おれのパイは五十三個だ」

 

 そんなこんなで、二人の競り合いは続き、

 

「「なんだお前やんのかァ!?!?」」

 

 一触即発の空気がルフィと大男の間に流れていた。

 あまりに突拍子もない出来事に、ナミたちが慌てて止めに入る。

 

「約束したでしょ、喧嘩しないって! それにそんな量の肉を買うお金もないわよ!」

 

 ぐっと殴りかかるのを堪えているルフィへ、大男が問いかける。

 

「お前ら……海賊か?」

「ああ……! 懸賞金は三千万!」

「ちなみに、私はルフィよりも多い五千万!」

 

 水を流し込んで口直しを終えたウタが、ルフィに張り合うように割って入る。

 

「ああ……!? お前らが三千万と五千万……!?」

 

 ルフィとウタの顔をマジマジと見た大男は、ドカンと机を叩きつけて叫ぶ。

 

「ウソつけェ! そんなワケあるかァ!」

「嘘なんかつくか、本当だァ!」

 

 今にもケンカが始まりそうな空気に耐えかねて、店主が注文していた土産を突き出して仲裁をする。

 

「ホラホラ。店の中で乱闘はゴメンだぜ。てめぇはこれもってさっさと帰んな!」

「…………フン」

 

 袋に詰められたチェリーパイをぶん取った大男は、不機嫌そうに店から出ていく。

 ようやくその場が落ち着いたかのように思えたが、入れ替わりで入ってきた金髪の男を客たちが見た瞬間に、周囲の空気が変わった。

 青いコートを羽織った男の名を、周囲の客たちが口にする。

 

「ベ、ベラミーだ……っ!!」

 

 その名にピクリと最初に反応をしたのはウタだった。

 先ほど訪れたホテルを貸し切っていた男の名前。つまりは、悪名高い海賊。

 

「麦わら被った男と、赤と白の髪をした女の海賊が、ここにいるか……?」

 

 ベラミーは獲物を狙う粘着的な視線を、ルフィとウタに向けていた。

 




アンケートありがとうございました。
アマプラでfilmシリーズを見返す日々です。
書くのが楽しみですね。


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第四十三話「夢を見るから」

お気に入りが750件超えたようです。
どうやってランキングに載っていないこの小説を見つけてもらえてるのか不思議でなりませんが、いつも本当にありがとうございます。
やはり目に見える形で応援してもらえるのはとても励みになりますね。
この先もよろしくお願いします。


 

「へェ……お前らが三千万と五千万の首か。麦わらのルフィと歌姫のウタ」

 

 値踏みをするような粘っこい不快な視線。

 気持ちの悪い声に、思わずウタは顔をしかめた。

 

「なんだ?」

「お前らに用みてぇだな」

「なんか嫌な感じね」

「ええ。それにベラミーって、さっきのホテルを貸し切ってたやつじゃ……」

「…………」

 

 ルフィの隣の席にやってきてベラミーはドッサリと腰を下ろし、

 

「おれに一番高ェ酒を。このチビにも好きなもんを」

 

 注文を受けて、店主はすぐに準備を始める。

 その途中、また別の男たちが入ってくる。

 

「なんだ……満席じゃねえかよ」

 

 先ほど、ルフィたちを汚えやつらだと金を目の前で捨ててみせたサーキースとその仲間たちだった。

 サーキースは近くに座っていた海賊を躊躇いなく斬りつけ、席を奪って腰を下ろす。

 

「席ぐらいすぐに空けろ。気が利かねえ奴らだ」

 

 酒場の海賊たちは、この程度の行為は日常茶飯事なのか、気にせずに酒を飲み続ける。

 と、ルフィとベラミーの前にグラスが二つ置かれた。

 

「まァ飲め」

「おお、ありがとう」

 

 ドリンクを飲もうとしたルフィの横で、ゾロたちが目を見開いた。

 直後。

 ドガァン! とベラミーはルフィの頭をカウンターに叩きつけた。

 木製のカウンターは簡単に砕け散り、ウタの横で木片が舞う中、ウタは微動だにせずに口だけを動かす。

 

「……剣を納めて、ゾロ」

「おい、ウタ。てめぇはこれだけあからさまに売られたケンカも買わねえのか」

「この町ではケンカしないって、ナミと約束したの。分かって、ゾロ」

「…………なら、仕方ねえ」

 

 ゾロは抜こうとしていた剣を納め、カウンターに座り直す。

 それを見て、ウタは穏やかな表情のまま、

 

「ごめんね、おじさん。カウンター、壊れちゃった」

「あ、ああ。構わねえさ、これぐらい……」

 

 言って、ウタは目の前のドリンクを少しだけ飲んで、

 

「うべー。やっぱり口に合わない……」

 

 なんて呑気にしているウタを見て、ビビは一つだけ問いかける。

 

「いいの、ウタ」

「うん。目的は、こんなくだらないことじゃないから」

「分かった。じゃあ、見てる」

 

 ウタとビビは、それだけの会話をして静かに座り続ける。

 その横で、ルフィがゆっくりと身体を起こした。

 

「おい、ウタ。こいつ……ぶっ飛ばすぞ……!」

「ダーメ」

「ハハハッ! そんなビビることはねえぜ、歌姫! お前たちが格下なのは分かってる。ケンカじゃなくてテストをしてやろうって言ってやってんだ!」

「うーん。なんだか長くなりそうだから、先に聞いておこうかな!」

 

 ウタは振り返って、酒場にいた全員に一斉に問いかける。

 

「ねえ! 私たち、空島に行きたいんだけど! 何か知ってることはない?」

「空島……??」

 

 一斉に酒場の空気が変わった。

 全員がゴクリの唾を飲み込み、あのベラミーすらも言葉を失っていた。

 そして。

 

「……ぷっ!」

 

 小さく吹き出した誰かを皮切りに。

 

「ギャハッハッハッハッハ!!!!」

 

 酒場にいた全員が、ルフィたちを嗤い始めたのだ。

 海賊たちはウタの言葉を肴にして愉快そうに酒をあおぐ。

 

「空島だと……!? うわっはっは!! 勘弁してくれ!」

「なんで? 記録指針(ログポース)はちゃんと上を指してるよ?」

「ひゃっはっはっはっは!! 記録指針(ログポース)ってのは、すぐにいかれちまうのさ!」

 

 嗤う海賊たちを、ウタは真顔で見つめる。

 

「何がおかしいの?」

 

 低い声で問いかけたウタに説明を始めたのは、ベラミーだった。

 

「お前がそんな大昔の伝説を信じているからさ……! 空島なんてのは、突き上げる海流(ノックアップストリーム)に巻き込まれて空から落ちてきた船を見た航海士が考えた空想さ!」

「自分で見たこともないのに、ないって決めつけるの?」

「そうやって夢を見た馬鹿どもがありもしねえ幻想に死んでいったんだよ!」

 

 ベラミーは椅子を倒しながら立ち上がり、ルフィとウタヘ吐き捨てるように言う。

 

「海賊が夢を見る時代は終わった! 黄金郷!? エメラルドの都!? 泡島に空島!? 大秘宝『ワンピース』!? そんなもんに目が眩んで足元の利益にも気付かねえ馬鹿どもは『あいつは夢に生きたんだ!』だなんて負け犬の戯言を残して死んでいくのさ!」

 

 ルフィもウタも、ベラミーの言葉に対して一切の反応を見せない。

 そんな言葉を信じていないというより、その言葉に興味自体がないような態度だった。

 

「そういう夢追いのバカを見てると、虫唾が走るんだ!」

 

 バリンッ! とベラミーは持っていた瓶でルフィの頭を殴りつけた。

 どさりとルフィは倒れ、飛び散った酒がウタの顔に飛ぶ。

 だが、二人とも何かを言うこともなく、ベラミーのやることを黙って受け止めていた。

 

「てめぇらみてえな軟弱な海賊のせいで、同じ海賊を名乗るおれたちの質まで落ちちまう! そうだろう、なあ!?」

「その通りだ、ベラミー! そんなやつら追い出せ!」

「この町から消え失せろ!」

 

 ジャッキや酒樽がルフィへと放り投げられる。

 ナミやビビは、飛んできたゴミたちを反射的に避けているが、ウタはそれを避けようとは一切しなかった。

 

「なんで何もやり返さないのよ、ルフィ、ウタ! 約束なんてもういいから、あんな奴らぶっ飛ばしてよ!」

「だってさ、ルフィ。でも、私はこのケンカ、買うつもりなんてないよ」

「ああ。おれもだ」

「な、なんでよ……っ!」

「私たちが海賊だから、だよ」

 

 ただそれだけ、ウタは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 酒場には、先ほどよりも多くの人が集まっていた。

 ベラミーの公開リンチ。

 それを聞きつけた野次馬たちがやってきたのだ。

 

「いいぞ、ベラミー! そんな夢見がちなアホどもはぶっ飛ばせ!」

「ギャハッハッハ! 夢見て海に出るからそうなるのさ! もっと現実を見な!」

 

 ルフィとゾロが、ベラミー一味から一方的な暴力を受けていた。

 ゾロは言うまでもなく血だらけであるし、打撃が効かないルフィでも、ビンやガラスで出来た切り傷から血が溢れている。

 

「なんでずっと見てるだけなの、ウタ! こんな奴ら、あんたたちなら……!」

「無駄だ、お嬢さん。こいつら、勝てねえと悟って立ち向かわねえと決めたのさ。利口だが、なんともみっともねえ判断だ……!」

 

 ウタはその言葉にも反応することはなく、ルフィから一時的に預かった麦わら帽子を深く被る。

 その表情は見えないが、いつものよく笑うウタではなかった。

 

「船長の面目もねえな! それに、こっちの女が五千万なんて、なんのミスだ!?」

「分かった! 政府の要人とあれこれしてる間に、聞いちゃいけねえ情報でも聞いて逃げてきたのさ! ここなら海軍は来ねえからな!」

「ぎゃははは! 女ってのは怖いねぇ!」

 

 嘲笑が響き渡る酒場で、ジョッキに注がれた酒を飲み干したベラミーは、ゆったりと二人の前に歩いてくる。

 

「おれよりも少し下の懸賞金だからどんなもんかと思って見てみれば……! 興醒めにも程があるぜ、まったくよ!」

 

 ルフィとゾロを殴り飛ばしたベラミーは、倒れた二人を見下ろしてツバを吐き捨てた。

 

「目障りだ! さっさと消えろ、雑魚ども!」

「……行こっか、ナミ、ビビ」

 

 ゆっくりと立ち上がったウタたちへ、サーキースが声をかける。

 

「おい、女どもよ! そんな奴らについてても先の時代についていけねえよ! おれがお前たちを買ってやろう! いくらがいい!」

「……! 買う、ですって……!?」

「そうさ。おれたちと一緒にこれからやってくる新時代を生きようじゃねえか!」

「…………新時代を……?」

 

 ピタリと、ウタの動きが止まった。

 その単語だけは、どうしても聞き逃すことができなかった。

 

「あなたにとって、新時代ってなに……?」

「さっきも言っただろうが! バカみたいな夢の宝じゃねえ、目の前にある確かな宝を手に入れるために海賊が生きる時代さ! おれたちは()()()()()()()()()()()()へ向けて、力を蓄えてるんだよ!」

()()()()()、か……」

 

 ウタは小さくため息を吐いた。

 心底興味がないという冷たい視線をベラミーへ向けて、ルフィとゾロを抱えたウタは、はっきりとこう言ってのけた。

 

「私たちはひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を手に入れて()()()()()()()()()()つもりだから。こんなところで誰かが何かしてくれるまで待つつもりはないの」

「…………!!」

 

 その言葉を聞いて、全員が一斉に目を見開き、笑い出す。

 

「ウワッハッハッハ!! こりゃ傑作だ! せいぜいおれたちの知らねえところで死んでくれ!」

「…………」

 

 返事もせずに去ろうとするウタの前に、サーキースがやってきた。

 その手には、ナイフが握られている。

 

「なあ、歌姫さんよ。どうせどこかで死ぬなら、おれたちにその五千万恵んでくれやしねえか!」

 

 ナイフを振り上げたサーキースは、ウタヘ向かって振り下ろしたが、

 

「退いて?」

 

 バチン! と小さな黒い火花が散り、サーキースはその場に倒れてしまった。

 ただ歩いてるだけのウタの前で崩れ落ちるサーキースを見て、ベラミーは笑う。

 

「おいおい! ちょっと酒を飲みすぎたんじゃねえか、サーキース! 誰か水をかけてやれ!」

 

 ゲラゲラと笑う海賊たちの横を抜けて、ウタたちは酒場から出た。

 ウタとビビは何も言わなかったが、ナミだけは悔しそうに薄らと涙を浮かべている。

 そんな一味たちに、先ほど聞いた声が響く。

 

「……空島はあるぜ」

 

 ムシャムシャと地べたに座ってチェリーパイを食べているのは、先ほどルフィとケンカをしかけた大男だった。

 

「おい、ねーちゃん。あんた、いい海賊だな。今の戦いは、お前たちの勝ちだ」

「勝ちとか負けとか、そういうのじゃないと思うけどな」

「ゼハハハ! 確かにそうだ! お前たちからすれば、戦いですらなかったな!」

 

 酒を飲みながら、大男は叫ぶ。

 

「あいつらの言う『新時代』ってのは、クソだ!」

 

 大男は大きく手を開いて、

 

「海賊が夢を見る時代が終わるって……!!?? えェ!!?? オイ!!!! ゼハハハ!!!!」

 

 

 

「人の夢は、終わらねェ!!!!」

 

 

 

「そうだろ!!!?」

「……うん、そうだね。夢を見るから、海賊だもん」

「ゼハハハ!! そうだよなァ! 力不足で歩みを止めて夢を見ようともしねえ馬鹿どもなんか、海賊ですらねえ! そりゃあ、同じ土俵にすら立ちたくねェよなァ!」

 

 叫ぶ大男を見て、周りの海賊たちは彼を嗤う。

 しかし、おかしなことを言っているのだと指を差す奴らなど気にも留めずに、大男は続ける。

 

「笑われていこうじゃねェか。高みを目指せば、出す拳の見つからねェケンカもあるもんだ!! ゼハハハ!!」

 

 大男が一人で大笑いをしているうちにルフィとゾロは自力で立ち上がり、踵を返して歩き始める。

 

「……行くぞ」

「うん」

 

 預かっていた麦わら帽子をルフィに被せると、ウタもその後ろを歩き出す。

 

「オオ、邪魔したみてえだな。先、急ぐのか」

 

 大男も満足したのか、残ったチェリーパイを持って立ち上がり、自分の道を歩く。

 

「行けるといいな、空島!」

「うん。ありがと!」

 

 小さく手を振ったウタは、迷いなく船へと歩いていく。

 

「ねえ、ウタ。あいつ、何者か分からないけど空島について何か知ってたんじゃないかしら」

「まあ、そうだね。でも、いいよ。それに……ね、ルフィ」

「ああ。()()()じゃねえ」

「何を言ってるの、ルフィ?」

 

 ナミの代わりに問いかけたビビへ、代わりにゾロが答える。

 

()()()()だ。……たぶんな」

「え? 今のやつに仲間がいたの!? どこに!?」

「きっと、そのうち分かるよ」

 

 ウタはそれだけ言って、メリー号へと戻る。

 ルフィとゾロも何も言わず、真っ直ぐに帰路を進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 メリー号へ着くや否や、修理をしていたウソップたちが目を見開いた。

 

「お前らその怪我、何があったんだ!」

「た、大変だ!」

 

 チョッパーはあたふたとその場で走り回りながら叫び声を上げる。

 

「医者ァ〜〜〜〜っ!!!」

「いや、お前だろうが!」

「あ、おれ医者だった!」

 

 バタバタとメリー号を駆け回って、チョッパーは救急の道具を持ってくる。

 

「それにしても、何と戦ってきたんだ? お前らがこんな傷だらけなんて」

「海賊だ。でももういいんだ。済んだことだから」

「あんた達が済んだからって私の気は済んでないのよ!」

 

 ナミは苛立ちを隠せないのか、椅子に座ったままバタバタと手足を振り回す。

 

「男なら売られたケンカくらい買ってぶっ飛ばしちゃえばいいのよ! いっそこんな腹立つ町なんて吹き飛ばしちゃえばいいんだわ!」

「お前、最初に何て言った」

「過去は過去よ! 古い話をしてるんじゃないわよ! ハッ倒すわよ」

「まあまあ、そんな荒れないでよ、ナミ」

 

 仲裁に入ったウタへも、ナミは鋭い牙を見せる。

 

「ウタもウタよ! あなたならあいつらを制圧する方法なんていくらでもあったでしょ! なんで何もしないでルフィが殴られるの見てたのよ! あんたらしくないわよ!」

「わ、私たちは海賊なんだからさ! あんな奴らの相手なんてする必要ないよ!」

「埒が開かないわ! ビビ、あなたも何か言ってあげて!」

「これが……海賊……っ!」

「だからなんでちょっとワクワクしてるのよ!」

「いたいっ!」

「クエ〜!」

 

 ビビを守ろうとして間に入ったカルーへも、ナミは容赦なく詰める。

 

「いっそのことあんたが飛んで連れてってよ、空島!」

「ク、クエ……!?」

「ナミ! カルーは飛べないよ!」

「限界なんて超えなさい!」

「な、なんて無茶振り……!」

 

 ビビとカルーは怯えながら抱き合って船の端まで逃げる。

 それでも収まらないナミは、後ろを振り返った。

 

「もう、なんなのよ、一体!」

「必殺、ケチャップ星!」

毛皮強化(ガードポイント)!!」

 

 とばっちりを食らう前にウソップとチョッパーは守りを固めていた。

 ナミの怒りを鎮めるためのお供物にはまだ時間がかかるようで、サンジは厨房から出てこない。

 どうしたものかと一味のメンバーが困り果てている中、別行動をしていたロビンが帰ってきた。

 

「ずいぶん荒れてるわね。どうしたの?」

「あ、ロビンおかえり〜! どこ行ってたの?」

「服の調達と、空島への情報をね」

「そうよ、最初に空島を言い出したのはあんたじゃない! 本当は在りませんでしたなんて許さないからね!」

「うふふ。あるわよ、きっと」

 

 ロビンは笑いながら、ルフィとウタに一枚の地図を渡した。

 地図の左上にはジャヤと書かれているので、どうやらこの島の地図のようだ。

 

「西にある町がこの現在地であるモックタウン。そして、対岸の東にバツ印があるでしょ?」

「もしかしてこれ、宝の地図だったり!」

「残念だけど、そうではないわ。そこにはジャヤのはみ出し者が住んでいるらしいの」

「はみ出し者?」

 

 ルフィとウタが同じように首を傾げると、ロビンは説明を続ける。

 

「その者の名は『モンブラン・クリケット』。夢を語り、この町を追われた男。話が合うんじゃない?」

 

 こうして、空島を目指す麦わらの一味は、手探りながらも空島への手がかりを見つけるために一歩ずつ進んでいく。

 夢を嗤う町から、夢を語る男の元へ。

 

「よし、じゃあ行こう! そのモンブランって人のところ!」

 

 ウタは楽しそうに笑って、東の方角を指差していた。

 



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第四十四話「夢見る正直者」

お待たせしました。
待たせた分、いつもの倍以上の量書きました。
空島編を忘れてる人も思い出しながら楽しんでもらえるように、結構説明は原作のものを省かずに書いてます。


 

 

 船は東の海岸を目指し、ジャヤの海岸線に沿って進んでいく。

 その道中の時間を、ルフィたちはメリー号の修理に使っていた。

 

「トントントン〜♪ 元気になってね、メリー号〜!」

 

 ウソップと出会い、メリー号に乗ってから、リヴァースマウンテンを登り、偉大なる航路(グランドライン)を抜け出て、多くのことがあった。

 致命的な損傷はないものの、至る所に傷や綻びの出たメリー号は、既にツギハギだらけだった。

 マストを鉄板で直しているゾロは、トンカチで釘を打ちながら、

 

「気がつきゃいつの間にかこの船もボロボロだな。かえ時か?」

「勝手なこと言ってんじゃねえぞおめぇ!」

「そーだよ、薄情剣士!」

「なんだてめぇら! 切るぞ!」

 

 ゾロが言い返している横で、ルフィは黙々と作業をしてきた。

 

「メリー号もおれたちの大切な仲間だからな! おれたちで直してやろう!」

「そうだよ! 絶対に私たちはメリー号と一緒にこの海の果てまで行くんだからっ!」

「ルフィ……ウタ……! お前らってやつは……!」

「…………あ」

「「ルフィ〜〜!!!」」

 

 ウソップとウタは、力の加減を間違えてさらにメリー号を壊してしまったルフィに詰め寄るのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、もう少しだけ東へ進み、麦わらの一味は目的地へと辿り着いた。

 

「着いた! ここが……夢を語る男の住む場所……!」

「す、すげえ! これがそいつの家なのか!」

 

 メリー号の前にあるのは、豪華絢爛な城だった。

 ドンと構えるその城に、ルフィやチョッパーが飛び跳ねていた。

 だが、その横でゾロとサンジは落ち着いた表情のまま、

 

「バーカ。よく見ろ」

「夢見る男、ねえ。少なくとも、見栄っ張りではあるようだが……」

 

 二人がそう言う理由は、岸に船を付けようとしたときに分かった。

 その城は横から見ると、ただのハリボテだったのだ。

 

「げ! ただの板!?」

「お家が半分しかないよ!? どうなってるの!?」

 

 さっそく船から降りてその家の異質さを眺めているルフィとウタを視界に映しながら、ナミはロビンへ問いかける。

 

「一体、どんな夢を語って町を追われたの?」

「詳しくは知らないけれど。このジャヤという島には、莫大な黄金が眠っていると言うわ」

「黄金!?」

「海賊の埋蔵金かなにか!?」

「さぁ。どうかしら」

 

 あくまでも噂レベルだと言うロビンの態度など関係なしに、ナミはすぐに船を降りて地面を指差した。

 

「掘るのよ、チョッパー! 金が出るわ!」

「え? 掘ったら出るのか!?」

「わ、私も手伝うわ! 私の手、穴掘りにも使えるのよ! ほら、カルーも!」

「クエっ!」

 

 チョッパーのツノと、ビビのネコネコの手でさっそく地面を掘りながら、出てきた砂をカルーが翼で挟んで運んでいく。

 

「こんなところに一人暮らしか……」

「こんにちはー! おじゃましまーす!」

「いきなりすぎるだろお前!」

「ちょっと、ルフィ!」

 

 ずかずかとハリボテの半分城に入っていったルフィの肩を、ウタはがっしりと掴んで、

 

「中に入ったら、もう一回ちゃんと挨拶しないと! 寝てたらびっくりしちゃうでしょ!」

「おお! それもそうだな!」

「「こんにちはーーーーっっ!!!」」

「そこじゃねぇだろ、気にするところはァ!」

 

 ルフィとウタがモンブランの家の中へと入っていく後ろで、ナミは近くにあった切り株の上に置かれた絵本を手に取った。

 随分と色褪せて年季の入った絵本のタイトルを、ナミは読み上げる。

 

「うそつきノーランドだって、あはは」

「ほー? イカすタイトルだな!」

 

 やたらシンパシーを感じているウソップが腕を組む横で、反応したのはサンジだった。

 

「うそつきノーランド!? 懐かしいな、ガキの頃よく読んだよ」

「知ってんの? サンジ君。これ、北の海(ノースブルー)の発行って書いてあるわよ?」

「ああ。おれ、生まれは北の海(ノースブルー)だからな。言ってなかったか?」

「初耳だな。てっきり東の生まれかと」

「育ちは東だ。まァ、どうでもいいさ。こいつは北では有名な話で……」

「ちょっと待ってね、サンジ君」

 

 絵本の話を始めようとしたサンジの言葉を止めたナミは、今までずっとザクザクと穴を掘っていたチョッパーとビビの方を向いて、

 

「あんたたち、静かにしてよね! 話が聞こえないじゃない!」

「「「…………!!!」」」

 

 衝撃を受けたビビたちは、その場に崩れ落ちて泣く泣く穴を埋め始める。

 

「チョッパー、カルー。……埋めましょうか……」

「おう……」

「クエ……」

 

 穴掘りに夢中になって身体も軽く変化していたビビは、猫ヒゲとしっぽをたらりと垂らして寂しげに穴を埋め始めた。

 

「それじゃあ、お願い。サンジ君」

「あ、ああ。まあ、このうそつきノーランドは実在したって話なんだ……」

 

 そう言って、サンジはノーランドの話をし始めるのに合わせて、ナミもその童話を読み始める。

 

 四〇〇年前の北の海にいた、とある冒険家の話。

 ウソかホントかと分からない胸踊る冒険譚を語る男、ノーランド。

 彼はとある冒険から帰り、王様にこう言ったのだ。

 

——偉大なる海に山のような黄金を見た。

 

 それを信じて、王を連れて偉大なる海への向かったノーランドだったが、ついた先にあったのは何もないジャングルだった。

 うそつきの罪で死刑になったノーランドは、死に際にこう言った。

 

——山のような黄金は、海に沈んだんだ。

 

 当然、その言葉は信じられず、ノーランドはうそつきとして死んだのだった。

 

 

「うそつきは……死んでしまいました。勇敢なる海の戦士に……なれもせずに……」

「おれを見て言うなァ! 切ないこと勝手に足すんじゃねえよ!」

 

 ウソップがすかさずツッコミを入れる。

 ナミたちが絵本を読んでいる間、ルフィとウタは目当てのモンブランがいなかったので、暇を拗らせて海岸に座って海を眺めていた。

 ……はずだったのだが、

 

「「ぎゃあああああ〜〜!?」」

 

 なぜか、ルフィとウタが突如として同時に海に落ちたのだ。

 二人は能力者。海に嫌われた二人は、自力で陸に上がることはできない。

 

「おい、ウソップ! ルフィとウタちゃんを!」

「わかった!」

「私も手伝うわ!」

 

 ウソップとナミが慌てて海へと走る横で、代わるように上裸の男が海から上がってきた。

 

「人の家でくつろぐとはいい度胸だ。ここらの海はおれのナワバリ。狙いは金だな? 死ぬがいい」

 

 問答無用で、上裸の男はサンジへと襲いかかる。

 その動きはかなりのもので、攻撃する意思がないとしても、サンジの防御をかいくぐりながら一撃を腹に入れ、さらに懐から取り出した銃の引き金を躊躇いなく引いた。

 さすがのサンジも、反撃せねばやられると感じたのか、すぐさま足を振り上げたが……

 

「…………潜水病?」

「うん。ダイバーがたまになる病気さ」

 

 急に様子がおかしくなり、その場に倒れた上裸の男を留守だった家へと運び、チョッパーたちは看病をしていた。

 場合によっては死に至る病である潜水病を患っているこの男は、毎日無茶な潜水をしているのではないかというチョッパーの診断だった。

 とはいえ、命がすぐに消えてしまうような状況でもない。ルフィとウタは看病のための道具を運び、手伝いをしていた。

 そんなとき。

 

「おやっさん!!! 大丈夫かァ!?!?」

 

 入ってきたのは、サルのような見た目をした大男の二人組。

 そのうちの一人は、サルベージの際に一悶着あったマシラだった。当然、ルフィやウタを見れば敵であると判断されるようで。

 

「おめぇら、ここで何してんだ!」

「おやっさんに何をしたァ!」

「なんだお前ら。今、このおっさんを看病してんだから、どっか行けよ」

「急におっきい声を出したらびっくりしちゃうだろうから、静かにしてあげてね」

「お、おい! そんなこと言って、話を聞いてくれるわけが……」

「いい〜〜奴らだなぁ」

「めちゃくちゃ素直に信じやがったよ!!」

 

 というわけで。

 見事、即和解したルフィたちは『猿山連合軍』たちと話を始めていた。

 

「ショウジョウっていうんだ! よろしくね!」

「ウォッホッホッホ! よろしくなぁ、ちび姫さんよ!」

「それにしても、おめーら身体がでっけえけどよ、こんな家に住めんのか?」

「たいがいはてめェらの船で寝泊まりだ」

「おれたちにこの家は小さすぎるからな!」

「まー巨人のおっさんたちから見たら、耳くそみてーなもんだけどな」

「ドリーさんとブロギーさんは、こーんなにおっきかったもんね!」

 

 ウタは大きく手を広げ、四人で楽しく話している。

 と、家から出てきたチョッパーが上裸の男、もといモンブラン・クリケットが目を覚ましたのだと教えてくれた。

 

「迷惑をかけたな。金塊狙いのアホ共だと思った」

「え!? 金塊をお持ちなの!?」

「狙うな狙うな」

「そんなことよりよ、栗のおっさん!」

 

 ルフィはクリケットに詰め寄った。

 クリケットの頭にある栗の形をしたコブか何かを見て、ルフィは栗のおっさんとクリケットを呼んでいる。

 

「おれさ、空島に行きてえんだ! 行き方を教えてくれ!」

「ウワッハッハッハ! お前ら、空島を信じてるのか?」

「ないの? 空島」

「さぁな。あると言ったやつを一人知っているが、そいつは世間じゃ伝説的な大うそつき。その一族は永遠の笑い者だ」

「「まさか……」」

「おれじゃねえよ!」

 

 マジマジとルフィとウタに見つめられたウソップはビシッとツッコミを入れる。

 当然、クリケットが言った者とはウソップではなく、

 

「うそつきノーランド。そういう昔話がある」

 

 クリケットはあのノーランドの子孫だった。

 そして、うそつきノーランドの舞台となったのはこのジャヤであり、うそつきの烙印を押されたモンブラン家は追放され、何代も後のクリケットですら笑い者。しかし、それを恨む人は誰一人としていない。

 その理由は、

 

「ノーランドが類稀なる、正直者だったからだ」

 

 ノーランドは間違いなくこのジャヤに黄金都市を見たのだと告げ、消えたのは地殻変動によって沈んだからだとして、海に沈んだと言ったのだ。だが、そんなことを信じられることもなく、ノーランドは死刑となった。

 

「じゃあ、おっさんはその汚名返上のために海底へ黄金都市を探しに行ってるのか!」

「バカ言うんじゃねえ!」

 

 ズガン! とウソップの顔スレスレに銃を撃ったクリケットは、強い声を放つ。

 

「大昔の先祖がどんな正直者だろうが、関係あるか! 血を引いているというだけで罵声を浴びせられておれは育った! 中には一族の名誉のために海に乗り出したやつだっている。だが、その全員が帰ってくることはなかった」

 

 クリケットは窓から外を眺めながら、

 

「おれは一族を恥じ、海賊になった。そうしたら幸か不幸か、おれだけがこのジャヤに辿り着いた。当然、黄金郷なんてない。だが、だからこそ運命を感じたのさ」

 

 タバコの煙を吐きながら、クリケットは決意をした過去を思い出す。

 

「これはおれの人生を狂わせた男との、決闘なのさ。おれがくたばる前に、白黒はっきりつけてぇのさ……!」

「そっか。それで、空島にはどうやって行くんだ?」

「お前、なんでこの話を涙なしに聞いてやがんだ! おれなんてもう……!」

「おっさんの過去とか、おれは興味ねえんだってば」

「フフフ……! せっかちな男だ。証言者が『うそつきノーランド』でもいいなら、これを読みな」

 

 クリケットは棚から一冊の本を取り出し、ナミへと渡す。

 

「これ、もしかしてノーランド本人の航海日誌!?」

「ああ。そうだ、真ん中らへんのページ、読んでみろ」

「……すごい。四百年前の日誌なんて……!」

 

 ナミは書いてあるページの文字を読み上げる。

 

『海円歴1120年。6月21日快晴。陽気な町、ヴィラを出航……』

『道中、「ウェイバー」というスキーのような珍しい一人乗りの船を手に入れた』

『無風の日でも自ら風を生み走れる不思議な船だ』

『この動力は空島に限る産物らしい。ほかにも、空島にのみ生息する「空魚」を探検家から見せてもらったこともある』

『いつか空の海へも行ってみたいものだ』

——モンブラン・ノーランド

 

「空の海……!」

「すごいね! 昔は空島が当たり前みたい!」

「やっぱり空島はあるんだよ! どうにかして行こう!」

 

 ワイワイと騒いでいる麦わらの一味を見て、クリケットは微笑み、立ち上がる。

 そして、そのまま家の外に出て、

 

「ついてこい」

「ん? 空島に行けるのか?」

「行けるかどうかは分からねえ。だが、教えてやるよ。空島についておれの知っている全てをな」

 

 

 

 

 

 

 

 クリケットはマシラとショウジョウに何かの指示を出して、ルフィたちを切り株の椅子に座らせた。

 どうやらこれから、空島へ向けた講義が始まるらしい。

 

「いいか。これから話すことは何もかもが不確かな事だが、信じるかどうかはおめェら次第だ」

「うん。信じる」

「さっそく行こうよ、空島!」

「早ェよ」

 

 スパンとルフィの頭をウソップが叩く。

 ナミは静かに、ビビは行儀正しく椅子に座り、チョッパーとカルーは仲良く地べたに触ってクリケットの話を聞く。

 

「この辺の海では、時として真昼だってのに一部の海を当然夜が襲う奇妙な現象が起きる」

「あった! あったぞそれ!」

「うんうん。確かに夜でしたな」

 

 いつの間にか伊達メガネをかけてインテリっぽい雰囲気を出して話を聞くウタは、クイっと伊達メガネを掛け直しながら頷く。

 

「確かその後に怪物が現れたんだ!」

「巨人のことか。あれがどこからやってくるのかという謂れもあるが、今回は空島の行き方には関係ねえ。大切なのは、夜の正体だ」

「つまり、あれは本当は夜じゃないってこと?」

「ああ。あれは極度に積み上げられた雲の影だ」

「……積帝雲、だっけ」

「博識だな。その通り、空高く積まれた雲の中は、気流も生まずに雨にも変わることはない」

「積み上げても気流を生まない雲!? そんなものがある事……!」

「あるわけがないと思うも自由。だが、それが通りかかった時に昼はたちまち夜に変わる。もし空島が存在するのなら、その中しかねえ」

 

 これがクリケットの見解だった。

 つまり、ウタたちがサルベージの際に迎えた夜の上に、空島はあったのかもしれないのだ。

 

「そうか! よし分かった! その雲の上に行こう!」

「おいみんな、支度しろ! 雲舵いっぱいだ!」

「行き方がわかんないって何度言わすのよ!」

「じゃあビビ! みんなを連れて空へ飛ぶよ!」

「さ、さすがにみんなを抱えて飛ぶのは厳しいわ……!」

「しょうもないことさせようするんじゃないわよ、ウタ!」

 

 騒ぐ麦わらの一味を眺めながら、クリケットはタバコの煙を吐き出す。

 

「言っておくが、空島へ行きたいなら命を懸けろ」

「もうヒン死……」

 

 騒ぎすぎてナミにしばかれたルフィとウソップは腫れた唇でどうにか言葉を紡いでいた。

 

突き上げる海流(ノックアップ・ストリーム)。この海流に乗れば空へ行ける」

「それって、船が吹き飛ばされちゃう海流なんでしょ?」

「そうか! 吹き飛べばいいんだ、空まで」

「なるほど! おじさん、もしかして頭がいいのでは……!?」

 

 クイっとメガネを直すウタの頭をコツンと殴って、ナミは問いかける。

 

「だけどそれじゃあ、海に叩きつけられるだけってモックタウンで聞いたわ」

「普通はな。大事なのはタイミングだ。通常、断固回避されるべき災害であるこの海流は、およそ一分間ほど海は空へ上昇し続ける」

「どんな規模の爆発よ……!」

「爆発の場所は毎回違う。頻度は月に五回ほど」

「じゃあ、その海流の先に上手く空島がやってこなかったら……!」

「飛び損だな。ただ海に叩きつけられておしまいだ。もっとも、積帝雲の中に空島がなければ、どっちにしろ同じことだがな」

「…………はは。面白くなってきたじゃねえか……!」

 

 ウソップは足を震わせながらも強引に笑っていた。

 その横で、インテリウタがビシッと手を伸ばした。

 

「はいはい! メリー号がボロボロなんだけど、ちゃんと空へ登れるかな?」

「いや、あの船じゃあ新品でも厳しいだろうな」

「なにぃ!?」

「心配するな。マシラとショウジョウに補助をさせる。もちろん、事前に船を補強した上でな」

「任せろおめえら!」

「「よろしくー!!」」

 

 ということで、空島へと向かう準備が着々と進んでいく。

 しかし、懸念事項はまだある。

 

「ウタ。記録(ログ)の問題もあるわ。次が貯まるまであと二日。あと一日くらいしか滞在できないのよ。突き上げる海流(ノックアップ・ストリーム)の真上に積帝雲がくるなんてラッキーを待つ時間すらないわ」

「ちなみに、おじさん的にはいつそのタイミングが来るの?」

「明日の昼だな。行くならしっかり準備しろよ」

「にしし! 間に合うな!」

 

 楽しそうに笑うルフィの顔を見て、ウソップは一歩前に出た。

 そして、真剣な表情でウソップを見つめる。

 

「……信じて、いいんだな?」

「どうした、怖気付いたか?」

「ああ、怖えよ。こっちは命を懸けるんだ。ルフィはこんなだから、おれたちが見極めてやらなきゃいけねえんだ」

 

 ゴクリと、ウソップは唾を飲み込んだ。

 

「あんたは『うそつきノーランド』の子孫なんだからな」

「…………」

「ウソはおれの専売特許だ。本当のことを言うなら、今のうちだぜ」

 

 細く長く、クリケットはタバコの煙を吐き出す。

 わずかな沈黙があって、返事がやってきた。

 

「マシラのナワバリで夜を確認した次の日には、南の海に夜が来る。そして、突き上げる海流(ノックアップ・ストリーム)の周期や場所的にも、明日の昼に南の海だ。重なる可能性は、かなり高い」

「……それだけか」

「それだけじゃねえさ」

 

 クリケットは笑う。

 その顔は、夢を見て笑う男の顔だった。

 

「おれはお前らみたいなバカに出会えて嬉しいのさ。さァ、一緒にメシを食おう。今日は家でゆっくりしていけ。同志よ」

 

 ウソップの横を通り過ぎたクリケットは、食事の支度を進めるマシラとショウジョウの元へと歩いていく。

 クリケットの言葉がウソかどうかを既に聞き分けているウタは、優しい笑顔でウソップへ問いかける。

 

「どうだった、ウソップ?」

「おれの負けだよ。分かったのは、一つだけだ」

 

 どっさりとその場に座って、ウソップは空を見上げた。

 

「モンブラン家ってのは、本当に正直者たちしかいなかったんだな」

「あはは。私もそう思うよ」

 

 麦わらの一味の進路は決まり、空は夜に包まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

「今日はなんて酒のうめぇ日だ!」

「さあ食え食え! サンマのフルコースはまだまだ続くぞ!」

「おい、姉ちゃんたち、こっち座れ!」

「てめぇ、うちのレディたちをはべらそうだなんて百年はええ!」

 

 麦わらの一味は、猿山連合軍たちとのささやかな宴を楽しんでいた。

 ビビとロビンは、少し離れたところでノーランドの日誌をペラペラと読んでいる。

 と、ロビンが開いたページを見て、クリケットはその顔をぐいっと近づけた。

 

「——髑髏の右目に黄金を見た」

「黄金!?」

「ノーランドが処刑の日に書いた最後の文章だ。このジャヤに来ても、その意味はまったく分からねえ」

「でも、わくわくするね!」

「その通りだ! かつての都市の名か、おれの死への暗示か。そのあとの空白のページを見たって何も分からねえ。だが! だからこそ、おれたちは海を潜るのさ!」

「海の底に、夢を見てんだ!」

「私たちは空へ行くぞー!」

「飛ぶぞー!」

「おおー!!」

 

 ノリに乗ってきたクリケットは、暗唱できるほどに読み込んだノーランドの日誌を語りだす。

 

「ジャヤに到着したノーランドが聞いたのは、奇妙な鳴き声の鳥と大きな鐘の音! その巨大な黄金の鐘は、過去の都市の繁栄を誇示するようでもあった! ほら、これをみろ!」

「素敵! 黄金の鐘じゃない!」

「っておい! どこが巨大なんだ!」

 

 クリケットが取り出したのは、手のひらサイズのインゴット。

 曰く、これは海底で見つかったものなのだという。

 

「なんだよ、あるじゃん黄金都市!」

「これぐらいなら遺跡にいくらでもある。そーいう証拠にはならねえぜ」

「だけど、インゴットは文明があった証拠ね。可能性は充分にあるわ」

「それと、さっき言った奇妙な鳴き声の鳥は……おい、マシラ!」

「オウ」

 

 コン、とマシラが目の前においたのは、鳥を模った黄金の像。

 十年潜って、ようやく見つけた大切な金らしい。

 

「黄金の鐘に鳥……。それがジャヤの象徴だったのかね」

「さあな。だが、これはサウスバードって言って実在する鳥なんだ。こいつは、面白くて………………って、しまったァ!!!」

 

 慌てた様子のクリケットの顔からは、すっかり酔いは消えていて、鳥の像を指差してルフィたちへ言う。

 

「お前たち! 南の森へ行ってこの鳥を捕まえてこい!」

「なんでだ?」

「明日の昼にお前たちが向かう突き上げる海流(ノックアップ・ストリーム)の位置は、岬からまっすぐ南に行った位置だ」

「それなら、まっすぐ進めばいいじゃねえか」

「ここは偉大なる航路(グランドライン)だぞ!? 一度海にでちまえば、方角なんて分からねえ!」

「そうか! 目指す対象が島じゃなくて海だから……!」

「そこで、鳥の習性を利用する!」

 

 サウスバードは特殊な磁石を体内に持つため、常に南を向く習性があるらしいのだ。

 故に、鳥の向く方角こそが、空島への航路へとなる。

 

「いいな。夜明けまでにサウスバードを一羽、必ず捕まえてこい!」

 

 突如として課せられたミッション。

 ルフィたちはすぐに森へと向かおうとするが、

 

「ごめん、ルフィ! 私、ちょっとここに残ってる! 鳥を捕まえるの、任せていい?」

「お? そうか! 分かった!」

「珍しいわね、あんたがこういうので留守番するなんて」

「うん! やることがあってさ!」

「じ、じゃあ私も残るわ!」

 

 留守番をしようとするウタへ、ビビが続く。

 鳥を一羽捕まえるのに、二人がいなければならないわけでもなく、ウタとビビをクリケットの家に残し、ルフィたちはサウスバードの捕獲に向け、森へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 それから一〇分ほど経った頃。

 

「ビビも、気づいてたの?」

「ウタほど耳がいいわけじゃないけれど、こう……野生の勘というか、嫌な気がしたの」

「そっか! でも、ビビもいるなら余裕だね!」

 

 マシラとショウジョウがメリー号の補強をしている横に、一つの海賊船が止まった。

 

「……おいおい。黄金をいただきにきたと思ったら、知ってる顔がいるじゃねえか」

 

 現れたのは、ハイエナのベラミー。

 昼間にルフィたちを一方的に殴った、三流の海賊。

 

「また会ったな、歌姫! お前も黄金を奪いにきたのか!?」

「ううん。下品な鼻歌が聞こえたから、どんな人が歌ってるんだろうって気になっただけ」

「ハハッハハ!! 相変わらず、口だけは達者だなァ! 昼間はアホみてえな船長を殴って満足したが、お前がその気だってんなら、女だろうが容赦はしねェぜ……?」

「来なよ。私も、クリケットおじさんの黄金を奪いに来たって言うなら、理由を持ってあなたを殴れる」

 

 冷たく言い放つウタを見つめながら、ベラミーは舌を卑しく垂らす。

 

「言うじゃねえか! おれより格下の女が!」

「……ビビ。ベラミーは、私に任せて」

「分かった。他は?」

「任せた」

「うん」

「もしかして、本当にやり合うつもりか?」

「覚悟、してよね」

「おいおい! こいつ本気だぞ!」

 

 ベラミーの船から、嘲笑う声が響く。

 海賊船を前にしたウタは、拳をパキポキと鳴らして、言う。

 

「私さ、こう見えて結構根に持つタイプなんだよね」

 

 冷めた目でベラミーを睨みつけるウタの腹の中では、グツグツと何かが煮えたぎっていた。

 




空島、今までで一番面白くなりそうです(いつもの)


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第四十五話「一億の二人」

 

 

 

 

 ベラミーとウタが睨み合う。

 その騒ぎに気づき、すぐにクリケットが飛び出してきた。

 

「おい! お前、余計なことすんじゃねえ! 相手が誰だか分かってんのか!?」

「知らない」

 

 きっぱりと、ウタは言った。

 

「相手が誰でも、関係ない」

「夢追いのバカは、どうしても目の前の現実を見たくねえみたいだな!」

 

 ベラミーはコートを脱ぎ捨て、屈伸を始める。

 それは、相手をもてあそぶための準備運動。そのことを知っている海賊たちは、ニヤニヤとウタとビビを見つめる。

 

「見てろ、お前ら。見栄とハッタリだけで上がった懸賞金だけで、五千万も稼げるビッグイベントだ!」

 

 ベラミーは深く膝を曲げる。

 すると、ふくらはぎがバネのような形へと変わり、凄まじい力を蓄え、それを一気に放出する。

 

「スプリング……狙撃(スナイプ)!」

 

 クリケットたち猿山連合軍は、その動きを目で追えなかった。

 気がつけばベラミーの姿は消えており、ただ横を通る突風だけを感じた。

 そして。

 

「ハハハハハッ! 随分と運がいいな、歌姫!」

 

 いつの間にか後ろへ立っていたベラミーは、ウタを睨みつけて声を上げる。

 ベラミーの放った高速のパンチは、ウタの横を通り過ぎたのだ。

 ほんのわずかに横に動き、ベラミーの攻撃をかわしたウタ、ポツリと呟く。

 

「単調で退屈なリズムだね」

「その減らず口、すぐに閉じさせてやる!」

 

 再び、ベラミーはバネバネの力でウタヘと襲いかかるが、また当たらない。

 今度も、その次も、ウタはいとも容易くベラミーの攻撃を避ける。

 そのうちに、ベラミーの仲間たちはこんな想像をし始める。

 

「……ベラミーの攻撃が、見極められてる……!?」

「んなワケあるか! こいつは格下なんだ……ッ!」

 

 ベラミーは、単調に地面を蹴って攻撃しているから、予測されているのだと判断した。なるほど、確かに自分に近い懸賞金をかけられるだけあるが、それだけで負けるつもりなどさらさらない。

 今度は角度をつけてウタヘ攻撃するために、手頃な壁を探し、とあるものを視界にとらえる。

 

「いいものがあるじゃねえか……!」

「あ、やめてよ! メリー号!」

 

 ベラミーは補強途中のメリー号を足場にして、ウタヘの攻撃を仕掛ける。

 その反動で、メリー号の船体にメキメキと亀裂が走り、ただでさえボロボロの身体がさらに壊れていく。

 

「嫌だってんなら、避けるだけじゃなくて止めてみやがれッ!」

「……うん。そうだね」

 

 空気が裂けるほどの速度で突撃してくるベラミーの動きを当たり前のように目で追いながら、ウタは言う。

 

「私は今まで、歌で世界を変えたいと思ってた。みんなを笑顔にできると思ってた。でも、それだけじゃ足りないって、クロコダイルと戦って分かった」

 

 思い出すのは、砂の国。

 圧倒的な力の前に、ビビと力を合わせても勝ちきれなかった。

 歌で笑顔にできるとしても、笑ってくれる人がいなければ、なんの意味もない。

 

「——なに……ッ!?」

 

 ウタはベラミーのバネバネの力で放たれたパンチを、黒く光る右手で受け止めていた。

 自分よりも懸賞金が上の海賊の攻撃を、平然とその手で受け止めたウタは、言う。

 

「強くならなきゃ、みんなを守れないんだ」

 

 アラバスタを抜けてから、強い自分をイメージしていた。

 今度こそ、最後までルフィの隣に立てるように。

 

「……ハハッ! おれとしたことが、女だからって無意識のうちに加減しちまったみてえだな!」

「いくらでも言い訳しなよ。命を懸ける度胸すらない人に、負けるつもりなんてないよ」

「——!!」

 

 ベラミーは再び勢いをつけて、ウタヘと殴りかかるが、その全てが受け止められ、どんどんとベラミーの顔が青ざめていく。

 

「てめぇ……! なんのつもりだ……!」

「ん? 準備運動」

「クソが……ッ!!」

 

 だが、その光景の意味を理解できていないベラミーの一味は、未だに余裕のある表情だった。

 

「ベラミー! 楽しませてもらったからそろそろ終わらせてくれよ!」

「ハハハっ! 余裕のある女の顔が絶望に染まる時間が一番楽しいんだよな!」

「うるせぇな……!!」

 

 ここまでくれば、ベラミーでも気づいていた。

 何の間違いもなく、ルーキーながら5500万ベリーの懸賞金をかけられたベラミーの全力の攻撃が、格下のはずの海賊に簡単に止められている。

 加えて、相手は『音楽家』なのだ。

 

「どういうことだ……! 何者だ、てめぇ……!」

「私はウタ。それ以上でも、それ以下でもないよ」

「そういう話はしてねぇんだよ!」

 

 ベラミーが叫んだと同時、真っ青な顔をした男がベラミーたちの元へ走ってきた。

 子分の一人なのだろうが、その手には三枚の手配書が握られていた。

 

「べ、ベラミー!! いますぐそいつから離れろ! そいつらは、おれたちが関わっていい相手じゃなかったんだ! 殺されるぞ!」

「んなことはどうでもいい! このおれが、こんな奴に負けるわけねぇだろ! こんな、パンチの打ち方も知らねえ弱そうな女に!」

「うん。知らなかったよ。だからちょうど、()()()()()()もあったんだよね」

 

 ウタは拳を掲げ、グッと力を入れる。

 すると、ウタの後ろに黒い霧が集まり始め……

 

「……って思ったけど、もう私の出番は終わりみたい」

 

 ウタが握った手の力を抜いたと同時、ビリビリとした圧力が辺り一帯を覆う。

 攻撃をする準備をしていたベラミーは、視線をその気配の根源へと向ける。

 

「——おい、お前ら」

 

 そこにいるのは、麦わら帽子の海賊。

 

「ウタに、手ェ出すなよ」

 

 どうして気づいたのかは分からないが、確かにルフィはパキポキと拳を鳴らしてそこに立っていた。

 チャンスだと、ベラミーは思ってしまった。

 

「——ハ、ハハッ! より格下が来てくれたんなら、これ以上ありがたいこともねえ! まずはお前からだ!」

 

 ベラミーは攻撃をする相手を、ウタからルフィへと変え、襲いかかる。

 

「お、おい! 待て、ベラミー! その麦わらも——!!」

 

 思わず手を伸ばした子分の手から、手配書が風に吹かれて飛ばされて、宙を舞う。

 そして、その手配書に書かれていたものは……

 

 

 

 

 

 

 

 

「今頃、ビビ様はなにをしていらっしゃるでしょうか……」

 

 心配そうに紅茶を飲むのは、髪をロールケーキのように巻いたアラバスタ王の側近、イガラムだった。

 紅茶好きなのは周知の事実だが、船に乗って旅立ったビビのことが心配でならないのか、何度も何度も細かく紅茶を口に運んでおり、カチャンカチャンとコップがリズミカルに音を鳴らしていた。

 

「世界の広さを知ってくれているさ」

「ええ。ビビ様には、立派な翼がありますからね」

「それに、強靭な爪も持っておられる」

 

 誇らしそうに、護衛隊のトップツーであるペルとチャカが笑う。

 彼らが見下ろすのは、復興が進み、活気を取り戻し始めたアラバスタの街並み。

 

「それにしても、よくあの海軍の包囲網をいとも容易く抜けていったものですね」

「只者ではないとは思っておりましたが、この懸賞金を見れば、それくらいはやってのけてしまうような二人だったのですね」

 

 彼らが囲むテーブルの中心には、三枚の手配書が置かれていた。

 

 

 麦わらのルフィ

 懸賞金 一億ベリー

 

 海賊狩りのゾロ

 懸賞金 六千万ベリー

 

 歌姫のウタ

 懸賞金 一億二千万ベリー

 

 

 たった三人でトータルバウンティが三億近くにもなる規格外のルーキー。

 そんな船に、アラバスタの王女が乗っているのだ。ビビの心配はもちろん、アラバスタ自体への不安も当然に存在する。 

 

「彼らはきっと、この先も進み続ける。その船にビビ様が乗っているという事実は、どうなさるおつもりですか?」

「数年後に来るレヴェリーに、出席できるかどうかも……」

「何も問題はない。王であるという地位と血筋を、政府は最も重視するのだ。本人が海賊をやっている王すらいる場で、娘が海賊かどうかで文句を言われる筋合いはない。それに、だ」

 

 アラバスタ国王、コブラは優しく笑い、街を見つめる。

 思い出すのは、ほんの少し前に広場に集まった多くの国民たち。

 誠実に夢を語り、この国を想い、海へ出た王女を人々は笑顔で見送った。

 

「アラバスタの民が、あの子の門出を祝ったのだ。これ以上に、何を求める」

「やはり、あなた方には敵いませんね」

 

 チャカが穏やかに微笑む。

 いつの間にかイガラムの紅茶を飲む手もゆっくりになっており、皆の間に包み込むような風が吹き込んでくる。

 

「きっと、この国に戻られるときには、ビビ様はさらに立派な方になられていることでしょうね」

「うむ。そのときこそ、本当の意味でアラバスタは再び興るのだ」

「ええ、きっと。いや、必ず」

 

 どこかで強く生きている王女を想いながら、アラバスタの民たちは今日も少しずつ、前へ進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか、麦わら! この海は弱肉強食! 賢く弱者を見つけて、強い俺たちが食い散らかすのさ! そうやっておれは、ハイエナと呼ばれてきた!」

 

 ベラミーの勢いは増していき、常人では目で追うことすら困難な速度にまで到達する。

 だが、ルフィもウタも、ビビでさえも、表情に変化はない。

 

「おめェらもそのホラ吹き一族の猿どもと同じだ! 幻想(ゆめ)は決して叶わねえって現実を教えてやる! この先の『新時代』を行く海賊ってもんを、教えてやる!」

「あなたみたいな人が、新時代を、海賊を語らないでよ」

「——なに?」

「まだ、分かんねえのか」

 

 タバコの煙を吐きながら言ったのは、クリケットだった。

 これまでの戦いを見て、ルフィたちへの心配など不要だと分かったのだろう。悠然とした態度で、彼は言う。

 

「幻想に喧嘩を売る度胸もねぇヒヨッ子なんざ、海賊の風上にもおけねぇ」

「自分の目で確かめてもないのに、勝手にないって決めつけたら、私たちはどこにも冒険なんていけないじゃんか」

 

 ウタの言葉を、ルフィは静かに聞く。

 だが、ベラミーは譲らない。

 

「馬鹿どもが! 何が黄金郷!? 何が空島!? 夢ばっか見てるアホに、おれが現実を教えてやる!」

 

 最高速まで到達したベラミーは、渾身の一撃をルフィへと向ける。

 そして。

 

「あばよ!!! 麦わ——」

 

 

 

 ドンッッッ!!!!

 

 

 

 ほんの一瞬で、勝負はついた。

 たった一撃。

 覇気すら纏わぬルフィの拳で、ベラミーは倒された。

 顔にはルフィの拳の跡が深く残っており、刈り取られた意識が戻る気配は微塵もない。

 

「……おい、ベラミー?」

「う、嘘だよな……?」

「いつものショーはどうしたんだよ!」

 

 状況がおかしいとようやく気づいたベラミーの一味は、子分の手から飛んできた手配書を取りとった。

 その全てが、ベラミーよりも高い額。

 なにより、あの赤と白の髪をした女は……

 

「悪さをするな、なんて言わないよ。私たちは海賊だから」

 

 破竹の勢いで駆け上がったルーキーのベラミーと同じはずなのに、その倍額以上の懸賞金がかけられている。

 その意味を、ようやく知った。

 

「夢を語らなくなった海賊が、偉大なる航路(グランドライン)を進めるわけなんてない」

 

 これが、現実だった。

 力が全てだと言うのなら、彼らにこの言葉を否定することはできない。

 そして、ルフィもそれに続く。

 

「時代は終わらねえよ。()()()()()()()()んだ。邪魔すんな」

「ひ、ひぃいいいい!!!」

 

 腰が抜けた海賊たちは、慌ててベラミーを回収して逃げる準備を始めるが、

 

「ま、まぐれだ、こんなの……!!」

 

 目の前の現実を受け止めきれないサーキースは、大振りのナイフを取り出して、ウタヘと襲いかかる。

 

「そんなに強えってんなら、受け止めてみろよ!」

 

 勢いよく振り下ろされたナイフは、真っ直ぐにウタの首へと振り下ろされるが、

 

「ねえ、ウタ。ここから先は、私に任せてもらえるのよね?」

「うん。ありがと、ビビ」

 

 ガキンっ……!! と。

 鋭い切れ味を持つはずのナイフが、二つに折れて宙を舞っていた。

 それを受け止めたのは、強靭な爪。

 

「お前、能力者……!?」

「私の牙や爪と、あなたの武器。どっちが鋭いか確かめてみる?」

「あ、うわぁあ……っ!!!」

 

 有翼の獅子へと姿を変えたビビの迫力に押され、サーキースはその場に尻餅をつく。

 バタバタと逃げ出す海賊たちに向かって、空中に飛び上がったビビは大きく翼を動かす。

 

逆風(ランバック)

 

 猛烈な風が吹き、ベラミーの海賊船が大きく揺れる。

 だが、それでも彼らは偉大なる航路(グランドライン)へ入った海賊。必死に船を操作し、海へと出ようとするが、

 

炎嵐(フラムース)

 

 ふぅ、とロウソクの火を消すような動作で吐いたビビの吐息が、炎となって風に乗り、大きな炎の竜巻となって海賊船を襲う。

 

「に、逃げろ!! 飲み込まれる!」

「加減したつもりよ。さっさと、私たちの船から離れてちょうだい!」

「う、うわあぁぁぁあああ!!!!」

 

 関わってはならない相手を敵に回してしまったのだと気づいたベラミーの一味たちは、ビビが作った炎の竜巻から必死に逃げ始める。

 そして、逃げていくベラミーたちの船を見つめながら、ウタは舌を出して、

 

「べーっだ! おじさんたちの金を奪わせてたまるかっての!」

「……ありがとな、お前ら」

 

 自分たちでは守りきれなかったと分かっているクリケットは、頭を下げるが、

 

「いいよ、そんなこと! それよりも!」

「ああ、そうだな!」

 

 ルフィとウタは、同時に空を指差した。

 

「「早く行こう! 空島っ!」」

「…………ウワッハッハッハ!!! そうだな! 早く準備をしねえと朝が来ちまう!」

 

 ゲラゲラを笑いながら、クリケットはマシラとショウジョウに指示を出し始める。

 そして、そのうちに南から不思議な鳴き声が聞こえてきた。

 

「ジョ〜〜〜〜〜〜」

「なにこの変な声!」

「あ、鳥だ! 捕まえてくれたんだな!」

 

 ルフィが先に戻ってきたものの、一味たちは無事にサウスバードも捕まえてきたらしい。

 これで、ルフィたちがやるべきことは全て終わった。

 

「よし、あとはおれたちに任せな! ゆっくり休んで、明日に備えろ!」

「おー!!」

 

 更けた夜はさらに深く更けていくが、麦わらの一味は明日への希望と冒険への期待に胸を膨らませ、笑顔で眠りにつくのだった。

 



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第四十六話「空への航路」

年末って、忙しいですね。



 

 

 翌朝。

 空への旅のために補強されたメリー号には、翼が生えていた。

 

「ゴーイング・メリー号、フライングモデルだ!」

 

 誇らしげに、ウソップはたくましくなったメリー号を眺める。

 過酷な海を超えてきた大切な戦友の姿に、ウタも満足そうに笑う。

 

「カッコいいよ、メリー号!」

「飛べそ〜〜っ!!」

「だろう!?」

「ありがとう、クリケットさん!」

「さっさと船に乗りな。それに、礼を言うならあいつらさ」

 

 クリケットが指差したのはすでに船に乗って準備を始めているマシラとショウジョウたち。

 彼らがベラミーに傷つけられた分の修理も含め、メリー号を強化してくれたのだ。

 

「ありがと〜! 今日も一段とサル上がりだよ〜!」

「ウォ〜〜!! 良いってことよ!」

「そうだ、ウソップ! あいつを出せ!」

「お、そうだな! お披露目だ!」

「出すのか、あいつを!」

 

 ルフィが声をかけて反応したのは、ウソップとチョッパー。

 二人がサウスバード捕獲の際に見つけた最強生物を受け取ったルフィは高く掲げる。

 

「お前らにヘラクレスやるよ! こいつらが見つけてくれたんだ!」

「ホントにいいのかよ!? めちゃくちゃいい奴だな、お前!」

「ほら、ルフィ! バカやってないでさっさと船に乗るわよ!」

「だってさ、行こう! ルフィ!」

「お〜!」

 

 流れるようにメリー号に一味が乗り込むのを確認すると、クリケットはタバコをふかしながら声を張り上げる。

 

「猿山連合軍! こいつらの為に全力を尽くせッ!」

「ウオオオオ!!」

 

 雄叫びを上げる海賊たち。

 強く温かい声を受けて、ルフィとウタは微笑む。

 

「小僧! 小娘! おれァここでお別れだ!」

「うん! ありがとう!」

「いいか、一つだけ言っておく!」

 

 クリケットは少年のような笑顔で、

 

「黄金郷も空島も、ないと証明できた奴は一人もいねえ! バカげた理屈だと、笑われるだろう! それで結構だ!」

 

 クリケットがノーランドの言葉を信じて探し続ける黄金郷も、ルフィたちが目指す空島も、人々が聞けばないと笑われる幻想。

 だが、それを求めて海へ旅立つのが、海賊なのだ。

 人々がないと勝手に決めつけたものを見つける為に冒険をする。

 

「それでこそ、ロマンじゃねえか!」

「ロマン!」

「そうだ! 空から降ってくるんじゃねえぞ、お前ら!」

「ししし!」

「任せてよ! 絶対に、行ってみせるんだから!」

「じゃあな、栗のおっさん! きっと黄金郷はあるぜ!」

「無茶すんなよおっさん!」

「余計なお世話だァ!」

 

 最後まで、海賊らしく。

 湿っぽい空気など感じさせず、ルフィたちは先へと進む。

 それを見て、ビビは目を輝かせていた。

 

「これが、海賊……っ!」

「そうだよ。どこまで行こう、ビビ!」

 

 目指すは空の果て。

 麦わらの一味の次なる航路は、空だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか。突き上げる海流(ノックアップ・ストリーム)の位置は毎回違ってだな……」

「おい! 見ろこの鳥!」

「ほらほら、ルフィ! この子、南を向いてないと落ち着かないんだって。いじわるしちゃだめだよ!」

「コンパスみたいで面白えんだって! ほら!」

 

 常に南を向く鳥、サウスバードの顔を掴んで強引に別の方角を任せて遊んであるルフィへ、サウスバードはバタバタと羽根を振って威嚇をする。

 

「ジョ〜〜〜〜!」

「だから、ほら、ルフィ! 可哀想だから……ぷぷ……遊んじゃ……」

 

 クスクスと笑い初めてしまったウタを見て、カッチーンとキレたサウスバードは、何やら訴えかけるような鳴き声を出し始めた。

 

「ねえ、チョッパー。この子、怒ってる?」

「南じゃない方を向いてお前らを困らせてやるだって!」

「うっはっは! やってみろ!」

「ジョジョジョ〜〜〜!!」

 

 くるっとサウスバードは北を向いた。

 すぐにソワソワと南を向きたくなってしまうサウスバードを、ウタは応援する。

 

「頑張れ、鳥さん! 私はあなたを応援するよ!」

「ジョ……ジョ……」

「いけ! 頑張れ……!」

「ジョ、ジョ……!!」

「あとちょっと……と見せかけて、ツンツン!」

 

 隙を見てウタがサウスバードの後頭部を軽くくすぐると、びっくりした拍子に南を向いてしまった。

 

「あはっはっはっ! 南向いちまった!」

「ご、ごめんね、鳥さん! 可愛かったから、つい出来心で……!」

「ジョ〜〜〜〜!!!!」

 

 荒れ狂うサウスバードと戯れながら、麦わらの一味は命懸けの航路へと向かっていく。

 ショウジョウは、あまりの緊張感のなさにハラハラと呼吸が浅くなっていた。

 だが観念したのか、同じように不安そうにするマシラと目を合わせて息を吐く。

 

「まあ、まだ時間はある。焦ってもしょうがねえか」

「そうだそうだ! 楽に行こう!」

「うん! 安心してよ! みんな、やるときはやれるんだから!」

 

 グッと細い腕で出てこない力こぶを見せつけたウタは、近くにいたビビの腕を掴んで、そばに引っ張る。

 

「それに、危ないときはビビが船を持って飛んでいってくれるから!」

「む、無理だからね!?」

「あははははっ! じょーだんじょーだん!」

 

 そんなこんなで、和気あいあいと時間は経っていき、気がつけば三時間ほどの時間が過ぎていた。

 いち早く異変に気づいたのは、ウタだった。

 

「…………そろそろかな」

 

 ウタが見つめた先は南西の空。

 その後ろでは、マシラの船が騒ぎ始めていた。

 

「おいおい! まだ十時だろ!? 予想よりもよっぽど早えタイミングで夜が来やがった!」

 

 積帝雲。

 高く高く積み上がり、陽の光を完全に遮り夜を作り出す超高層雲。

 あそこに、空島はあるのだと、全員が信じている。

 

「ショウジョウ、いけるか!」

「任せろ! ウータンダイバーズ! 海へ!」

 

 猿山連合軍は迅速な動きで周囲の状況を探索し始める。

 

「12時の方角、大型の海流!」

「9時の方角、巨大生物を探知! 海王類です!」

「10時の方角、海流に逆らう波を確認! 渦潮です!」

「それだ! そっちに方角を向けろ! 爆発の兆候だ!」

 

 船はあえて荒波の中へと進み、大きく船が揺れる。

 ブランコで振られるように船体が傾き、一味たちはメリー号にしがみつく。

 

「航海士さん、記録指針(ログポース)は?」

 

 ナミは手元に視線を落とす。

 その針は、真っ直ぐに上を向いている。

 

「ずっと、あの雲を指してる!」

 

 ナミは全てを天候の状況を把握して、小さく頷いた。

 

「風の向きもバッチリ! 積帝雲は渦潮の中心に向かってる!」

「どうやら、今回は当たりのようだぞ!」

「ああ、爆発の規模も申し分なさそうだ!」

「ルフィ、行けるよ、空島!」

「ああ! 楽しみだなー!」

「油断しないでよ! ねえ、この先はどうするの!?」

 

 渦の勢いによって起こる猛烈な暴風を堪えながら問いかけたナミへ、マシラが声を張って答える。

 

「流れに乗れ! 逆らわずに中心まで行きゃなる様になる!」

 

 正面を見れば、端が見えないほどに巨大な渦が手招きをしている。

 そこが見えぬほどに水が吸い込まれているその渦から、突き上げる海流(ノックアップストリーム)は吹き出す。

 だが、そこの中へと行けと、マシラは叫ぶ。

 

「飲み込まれるなんて聞いてないわよォ!」

「……!(飛ぶの、楽しみだな……!)」

「大丈夫だ! ナミさんもウタちゃんもビビちゃんもロビンちゃんも、全員おれが守る!」

「こんな大渦、初めて見たわ」

「さ、さすがに怖えが、行くぞ! おれは空へ行くんだ!」

「行くのね、空の果てへ! 準備はいい!? カルー!」

「クエーー!!!」

「せっかくの旅だ。楽しんでいくか」

「「行こう! 空島〜〜!!!!」」

 

 どんどんと渦に吸い寄せられていくうちに、辺りが夜になっていく。

 上に空島があるのだ。

 ルフィとウタは、ワクワクが止まらない。

 

「楽しみだね、ルフィ!」

「ああ! 逃したら一生後悔する!」

「ってことで、突っ込むよ〜!」

「きゃあああ!! 船が大渦にのまれる〜〜…………って、あれ?」

 

 ちゃぷん。

 渦があったはずの場所に飛び込んだはずなのに、何もない。

 

「あれ? 渦、なくなっちゃった?」

「……違う! 始まってるのよ……! 渦は海底からかき消されただけ……!」

「なら、もうすぐ来るんだ。突き上げる(ノックアップ)……」

「危ねえ、ウタ!」

 

 空を見上げていたウタに体当たりをしてその場に倒したのは、ウソップだった。

 一瞬、その行動に戸惑ったウタだったが、その理由はすぐに分かった。

 ウタの頭があった場所に、銃弾の跡があったのだ。

 

「ゼハハハハ! 追いついたぞ、麦わらと歌姫っ!!」

 

 大渦が消えたことで凪いだ海に、特徴的な笑い声が響く。

 遠くを見れば、そこには丸太でできた船に乗った男たちがこちらを見つめていた。

 

「おい、ウタ。知り合いか? あいつら」

「うーん。少しだけ?」

 

 彼はモックタウンで出会った大男だ。海賊だとは思っていたが、どうしてこんなところにいるのだろうか。

 それよりも、なぜウタを狙っているのだろうか。

 

「てめぇらの一億の首を貰いに来た! 観念しろやぁ!」

「一億……?」

「おめぇらの首には一億の賞金がかかってんだよ! 海賊狩りのゾロには六千万だ!」

「え! 私たち、そんなに高い懸賞金なの!?」

「おい、ウソップ! どっちが上だ!」

「ちょっと待てよ……お! ウタが二千万上だぞ!」

 

 ウソップの言葉を聞いて、ルフィが飛び跳ねた。

 

「お、おい! ウソップ! 嘘つくんじゃねえ!」

「ほ、本当だから揺さぶるのはやめろろろろ!」

「ほらほら、ウソップのこといじめないでよね!」

「うるせえ! おれの方が上なんだからな!」

「出た! 負け惜しみィ〜!」

 

 指先をクイクイと曲げて無邪気な笑顔でルフィを煽るウタ。

 ムキー! と地団駄を踏むルフィだが、その横でウタは大男の方へと身体を向ける。

 

「私たちを倒したいみたいだけど、ごめんね。私たち、空に行かなきゃいけないの」

「だから、その前にぶっ殺すんだよ! オーガー!」

 

 大男はおもむろに右手を上げた。

 すると、右側に立つモノクルをつけた狙撃手が、銃をこちらへと向けた。

 どうやら、ウタを狙ったのは彼らしい。

 

「あいつ、ジャヤにつく前に鳥を撃ったやつか……!」

 

 あの時と同じ気配を感じ取ったウソップは、すぐさまパチンコを構えた。

 

「この銃とそんなおもちゃでやりやうつもりか」

「おれだって、この船の狙撃手なんだ……!」

「こちらをはっきりと見ていることは評価するが、その程度なら山ほどいる」

 

 距離は何十メートルも離れている上に、あと少しで突き上げる海流(ノックアップストリーム)か起こるほどの不安定な海の上。

 そんな中で、正確無比な銃撃がウソップを狙うが、

 

「必殺——花火星っ!」

 

 ウソップはパチンコの弾を放つ。

 それは一発の弾ではなく、いくつもの小さな鉄球がまとまったものだった。

 それは敵が撃った弾をメリー号へ辿り着く前に撃ち落とした。

 

「さすが、一億の首の元にいる狙撃手だ」

「なんだっていい。おれは勝手に勇敢なる海の戦士になってやるつもりなんだ。旅の邪魔をすんじゃねえ!」

 

 ウソップが高々と宣言した直後、海が揺れ始めた。

 やってくるのだ。真上へと立ち昇る海流が。

 

「ってことで、じゃあね! 私たち、空島に行ってくるから!」

「なに言ってやがる! 逃すわけ……」

 

 

 ズドォォォンッッッ!!!!

 

 ルフィたちが止まっていたちょうど真下から海が隆起し、弾け飛んだ。

 異常な勢いとともに、猛烈な風と海流が空へと向かっていく。

 

「「行けよ、空島!!」」

「もちろん! ありがとう! マシラ、ショウジョウ!」

 

 大きく手を振ったウタは、すぐに前を向く。

 突き上げる海流(ノックアップストリーム)に押し上げられた船体は、水柱の上を垂直に走る。

 船は空へと進んでいるのだ。

 

「ナミ、任せるよ! 私たちの命、預けるから!」

「任せてなさいってば!」

 

 ナミは小さく笑って皆に指示を出した。

 

「帆をはって! いますぐ!」

「ナミ、もしかして……!」

 

 いち早く気がついたのは、ビビだった。

 

「ええ! この水柱は立ち昇る海流! 上昇気流が地熱と蒸気で生まれているから、風と海が空へと向かっているの!」

「そうだよ、みんな! 風と海が相手だったら、ナミは負けない!」

「当たり前じゃない! 私はこの船の航海士よ! 必ず、あなたたちを空島へ送り届ける!」

「よっしゃ〜! 野郎ども、帆をはれェ〜!」

 

 ルフィの号令で、皆が一斉に動き始める。

 

「ダメよ、ナミ! 船が水から離れる!」

「ううん、いける!」

 

 ふわりと重力に釣られて、船が水柱から離れた。

 だが、ウタは疑わない。

 ただ真っ直ぐに、ナミを信じて前を向く。

 そして。

 

「船が空を飛んだァ〜〜!?!?」

「やった……!」

 

 ナミの力で海流を掴み、流れに乗ったメリー号は、マシラとショウジョウによって補強されて付いた翼を使い、空を飛び始めた。

 

「風と海流は掴んだ! どこまでも昇れるわ!」

「じゃあ、もうすぐ着くね、ナミ!」

「あるとすれば、あの雲の向こう側ね!」

「うん! だね!」

「積帝雲に、突っ込むぞォ〜!!」

 

 空島へ行く準備は整った。

 麦わらの一味は巨大な雲の中に突入し、息ができないほどの雲を進み続けて、一気にそこを飛び出した。

 そうして目の前に広がったのは、間違いのない真っ白な海。

 それが雲であることなど、一目でわかる。

 さまざまな出来事が起こった。

 とはいえ。

 

 麦わらの一味は、空島へと上陸した。

 




たぶん、今年最後かなと思います。
みなさん、良いお年を。また来年も麦わらの一味「歌姫のウタ」をよろしくお願いします。


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第四十七話「空の騎士と白い海」

 

 雲の上で止まった麦わらの一味は、ずぶ濡れだった。それは当然、巨大な水滴の塊に真正面から突っ込んだからだが、それ以上の気怠さを覚えていたウタは、この雲が『海』であると素直に思った。

 

「見ろよ、おれたち、雲の上にいるぞ!」

 

 見渡す限り、真っ白の雲。

 ルフィは雲の上なら乗れると普通に思っているようだが、それが普通ではないことを知っているその他のメンバーはこの異質な光景に言葉を失っていた。

 特にウソップなんて、白目をむいて息すらせずに横たわって……

 

「チョッパー! ウソップが息してないよ!?」

「本当だァ! 医者ァ〜〜!!」

「「おめぇだろうが!!」」

 

 ゾロとサンジに引っ叩かれて、チョッパーは小さなヒヅメで胸をドンドンと圧迫する。

 

「なんとかしろ、人工呼吸を……そうだ! 大丈夫かい、ビビちゃん、ナミさん、ロビンちゃん! 辛いならおれが人工呼吸を」

「い、いらないわよ!? 私、元気だもの! 少し身体が重いけれど!」

「クエーーっ!」

 

 バタバタと騒ぐ一味たちをスルーして、ナミは周りを見渡す。

 

「つまり。ここが、空の海ってわけね」

 

 ナミは記録指針(ログポース)を軽くみて、上への視線を上げた。

 

「でも、記録指針(ログポース)はまだ上を指してるみたい」

「どうやら、ここはまだ積帝雲の中層みたいね」

「まだ上へ? どうやっていくのかしら」

 

 女性陣が悩んでいる中、男どもは呑気に手すりに座っていた。

 どこから取り出したのか、ルフィたちは雲に向かって釣り針を垂らしていた。

 

「なんか釣れねーかなー。はらへったー」

「釣れるわけねえだろ、アホか」

「お、かかったぞ!」

 

 釣り上げた竿の先には、タコとイカをごちゃ混ぜにしたような巨大な生物がくっついていた。

 

「なんじゃこりゃ〜〜!!!!」

 

 海王類にも引けを取らないその大タコへ向かっていち早く動いたのは、ゾロだった。

 

「そうビビるほどのもんでもねえだろ」

 

 剣を抜き、一閃。

 風船が割れたような軽い破裂音とともに、大タコの足が弾ける。

 空の上で独自に発達した生態系なのだろうが、通常ではありえない現象の連続に一味たちは息を吐く暇もない。

 さらに。

 

「お、おい! 大変だ! 変な四角い牛がこっちにくる!」

「——! ウソップ、見える!?」

「ああ、人だ! 雲の上を走ってる!」

 

 どういう原理だか知らないが、雲の海の上を滑って、誰かがこちらへと向かってきている。

 ウタは即座に、その人物が向けている感情を聞き取り、身構えた。

 

「みんな! あいつには、敵意がある! 構えて!」

「上等だ」

「ナミさん、ロビンちゃん、ビビちゃん! おれの後ろに!」

「何だ何だ?」

 

 身構えた一味たちの前に飛び出してきたのは、仮面をつけた誰か。草でできた腰巻きと、奇抜な模様をした仮面と盾。

 民族的な印象がまずあって、

 

「排除する……」

 

 明らかな攻撃性が、一味へと向けられた。

 

「ぐはッ!」

「ぶへッ!?」

 

 流れるように、ルフィたちが殴り飛ばされた。

 いつもならば簡単に受けないはずの攻撃を簡単に受けた理由を、同じように構えていたウタは感じ取った。

 

(身体が重い……! 空の上だから……!?)

 

 今の動きで戦うのは、無謀だ。

 歌で眠らせるのも、いつどれだけの敵が出てくるか分からない現状では愚策。

 ならば。

 

「冒険の邪魔、しないでよね!」

 

 ——バチッ!

 

 黒い稲妻が弾け、仮面の者を鋭く狙う。

 身体が動けなくとも、精神力と思考自体はいつもと変わらない。

 だが、それでも相手の動きを止める程度までしかできない。

 上手く力を練れていないのか、もしくは。

 

(こんな雲の上で戦っていいレベルの相手じゃない……! せめて陸なら、メリー号も気にせずに戦えるのに……!)

 

 自由に暴れてもいいならまだいいが、ここは雲の上で、メリー号に乗っているのだ。

 落ちたら一貫の終わりであるし、メリー号が壊されてもどうしようもない。

 マシラとショウジョウに補強してもらった部分も、突き上げる海流(ノックアップストリーム)でここまで上がってくる衝撃で大半が剥がれてしまっている。

 

「——そこまでだァ!」

 

 ウタの思考を遮ったのは、低く重い声。

 空から鳥に乗って飛んできた老人騎士が、仮面の敵へ槍を向けた。

 仮面の敵を雲の海へ弾き落とした老人騎士は、メリー号に着地して口を開く。

 

「我輩は、空の騎士!」

「…………!」

 

 仮面の敵は、空の騎士と名乗る老人を睨みつけると、分が悪いと察したのか、素早く逃げていった。

 

「……去ったか」

 

 ポツリと呟いた空の騎士へ、チョッパーとビビがペコリと頭を下げた。

 

「助けてくれてありがとう」

「ありがとうございます。私も、身体が動かなかったから」

「ウム。よい、やむを得ん」

「あいつは一体何者……? ってかそれより! どうしちゃったのよ、あんたたち! たった一人相手にあんなに手こずるなんて!」

「不甲斐ねえ……」

「身体が上手く動かねえ……」

 

 ぐったりとするルフィたちを見て、ロビンは言う。

 

「きっと、空気が薄いせいね」

「……なるほど、言われてみれば……」

 

 納得するナミを見て、空の騎士が問いかける。

 

「おぬしら、青海人か?」

「なにそれ?」

「青海人とは、雲下に住む者たちの総称だ」

 

 この空島の海は、真っ白な雲だ。青い水で満たされた海から登ってきたのかと問いかける空の騎士へ、ルフィは頷く。

 麦わらの一味が空島の知識を持たずにやってきた海賊だと判断した空の騎士は、丁寧に説明をしてくれた。

 

 ここは青海より7000メートル上空の白海。

 その上には白々海と呼ばれる上層があり、そこは10000メートルにも及ぶらしい。

 通常の青海人では身体が持たないのは当たり前のことだと、空の騎士は言うが、

 

「おっし、慣れてきた!」

「そうだな。さっきよりも楽になった」

「うん。これならある程度は動けそうだね!」

「イヤイヤイヤイヤ。ありえんて」

 

 空の騎士、ドン引き。

 アホのような海賊たちを前に、こほんと咳払いをして空の騎士は続ける。

 

「それでもベストコンディションではあるまい。ここは危険の多い海だ。先ほどのようなゲリラに、巨大な空魚。空の戦いを知らぬ者では、命がいくらあっても足りん」

 

 そこで、と空の騎士は持っていた槍をピンと立てた。

 

「1ホイッスル500万エクストルで、助けてやろう」

「…………???」

「何言ってんだ、おっさん」

「おぬしらまさか……」

 

 空の騎士はいくつかの質問を投げかけた。聞き覚えのない知名と通貨。

 あまりに無知な麦わらの一味を見て、空の騎士は目を丸くした。

 

「なんと……! あのバケモノ海流に乗って来たのか……!!」

「普通のルートじゃないんだ……やっぱり……」

 ポロポロと涙を流すナミの肩に、ウタがポンと手を置く。

 

「まあまあ、着いたからいいじゃん、ナミ」

「そうだよ。それでいいじゃん」

「死ぬ思いだったじゃない! じっくり情報を集めてれば……!」

 

 ブンブンとルフィの頭を掴んで振るウタの肩に、今度はビビが手を置いた。

 

「そんな冒険こそ、海賊らしいじゃない! ロマンよ、ナミ!」

「冒険バカしかいないんだった……」

 

 よろけたナミは、フラフラとロビンの胸に顔を埋める。

 

「私の気持ちを分かってくれるのは、もうロビンお姉様だけよ……」

「フフフ。ごめんなさいね、航海士さん。私もスリリングで少し楽しかったの」

「……きゅぅ」

 

 ついには倒れてしまったナミを見て、空の騎士は笑いだす。

 

「ホッホッホ。確かに危険な賭けじゃが、おぬしらの場合はこれが正解だったかとしれんぞ」

 

 突き上げる海流(ノックアップストリーム)で白海に突入するのは、下手をすれば全員が命を落とす賭けであるが、反対に全員が無事のままここにたどり着く賭けでもある。

 

「並の青海人では、ここに来るまでに一人も失わないというのは難しい。全員がここにいるという事実と、おぬしらの度量と実力は本物なのであろうよ」

 

 楽しそうに笑う空の騎士は、懐から取り出した笛をルフィたちへ投げた。

 

「本来は料金が発生するが、今回はプレゼントしよう。その笛を吹いたとき、我輩は天よりおぬしらを助けに参上する。その笛で、いつでも我輩を呼ぶがよい」

 

 言って、立ち去ろうとする空の騎士の背中に、ナミが声をかける。

 

「待って! 名前がまだ……!」

 

 その言葉に振り返った空の騎士。そして、その隣にいる変な柄の鳥は、

 

「我が名は空の騎士、ガン・フォール! そして、相棒のピエール!」

「ピエ〜〜〜〜〜!!!」

 

 そんな鳴き声とともに、ピエールの姿に変化が訪れる。

 

「言い忘れていたが、我が相棒のピエールは、鳥にしてウマウマの実の能力者! つまり、翼を持った馬になる!」

「うそ、素敵……! まさか……!?」

「そう、ペガサス!」

 

 ……凄まじく微妙だった。

 ピエールの変な柄がペガサスなんていう神秘の生き物とは似ても似つかず、本当に変な柄の鳥に馬の特徴が追加されただけという、なんとも微妙な姿。

 だが、そんなピエールに乗ったガン・フォールは、勇ましく去っていく。

 

「勇者達に幸福あれ!」

 

 遠ざかっていくその姿を見つめながら、ロビンがポツリと呟く。

 

「……結局、何も教えてくれなかったわ」

「ホントだ……」

「どうやって行くんだ?」

「じゃあ、空の騎士に教えてもらおうよ! ルフィ、笛は?」

「おう。あるぞ! じゃあ早速——」

「待ちなさい、バカ! 緊急事態のときのための笛でもらったんでしょ!? こんなタイミングで使おうとしないで!」

「ぶべっ!」

 

 思い切り引っ叩かれたルフィを尻目に、一味は白い海を見渡す。

 

「あ、あっち! 見てくれ、みんな!」

 

 手すりに捕まって周囲を見渡していたチョッパーが、遠くを指差した。

 ロビンが確認したのは、はるか上まで伸びている細長い雲。

 

「滝のようにも見えるわね」

「とりあえず、行ってみよう!」

 

 早速、一応の指針を決めた一味だが、

 

「でかい雲、どうする……?」

 

 進路には、メリー号の何百倍もの体積の雲がどっしりと構えている。

 単なる雲ならば真っ直ぐ進めばいいだけだが、ここは雲の海の上。その上で漂う雲が、皆の常識に当てはまるとは思えない。

 

「触ったら分かるだろ」

 

 手っ取り早く、腕の伸ばしてパンチを飛ばしたルフィだが、その拳はぽよ〜んと弾かれた。

 この雲は、フワフワのプニプニだった。

 ウタとルフィは目を合わせて、雲へと飛び乗った。

 

「すごーい! 沈まないよ!」

「ふかふかする! 綿みてえだ!」

 

 それに続いて、チョッパーとウソップとビビ&カルーが飛び出した。

 

「スゲ〜〜〜!!」

「高級ベッドか、これは!」

「あははは! 見て、カルー! あなたも飛べてるわよ!」

「クエ〜〜〜!」

 

 トランポリンのように遊ぶ中で、ウタの髪の毛がピクンと跳ねた。

 

「そうだ! ねえ、ビビ! ちょっと悪魔の実の力、出してもらっていい?」

「……? ええ。別に構わないけど……」

 

 ネコネコの力で滑らかな水色の体毛をまとったビビに、ウタは抱きついて雲へと倒れる。

 

「わわっ!? どうしたの!」

「雲もビビのふわふわサンドイッチ……さいこ〜」

「そんなことのために私の力で遊ばないで!? 一応、アラバスタの国宝なのよ、この力!」

「あはははっ! いいじゃーん! 今はビビの力なんだし!」

 

 ワーギャーと騒ぐウタたちを眺めながら、ナミは眉間にシワを寄せていた。

 

「これだと、盛り上がった雲のある場所で船は通れないのね。どうしようかしら」

「オイ、ルフィ! こっちに何かあるぜ!」

「遊びすぎよアンタたちっ!」

 

 真剣に考えているところで水を刺されたナミが怒鳴り声を上げるが、さらにその上からビビの声が響く。

 

「ナミ! あの滝みたいな場所の下に、門があるのよ!」

 

 ちょうどネコネコの力を使っていたビビが、空中に浮かんで先の景色を確認していた。

 一応の目的地を設定した一味は、船に戻って先にある門まで向かう。

 

「Heavens gate……?」

 

 辿り着いた先の門に書かれた文字を見て、ウタは首を傾げた。

 

「やっぱり、あの雲は滝だったのね。でも、天国の門って……?」

「案外、おれたちはもう死んでるのかもな」

「なるほどな。それならおかしな世界にも納得が行く」

「おれたち、死んだのか!?」

「天国かぁ〜! 楽しみだなぁ!」

「遊ぶものとか、たくさんあるのかな!」

 

 やたら呑気にワイワイと話しながら門の中へと船を進める一味たちは、門の端の小さなドアが開くのに気づいた。

 そこから出てきたのは、白い翼が生えたちっちゃいおばあちゃんだった。

 

「観光かい? それとも、戦争かい?」

 

 カメラを持ったおばあちゃんは、カシャカシャと一味の写真を撮って、

 

「どっちでも構わない。上層に行くなら入国料を一人十億エクストルおいていきなさい。それが法律」

 

 その言葉を受けて一味たちはそれぞれの言葉を口にする。

 

「十億エクストルって何ベリーなんだ……?」

「天使ってあんなんだったのか……! 梅干しみてえだ……!」

「ビビとカルーみたいな綺麗な翼! 素敵!」

「観光か戦争の二択……! これが、海賊……!」

「あの、もしお金がない場合はどうすれば……?」

 

 こちらをじっと見つめたおばあちゃんは、言う。

 

「通っていいよ」

「いいのかよッ!」

「それに……通らなくてもいいよ」

 

 どこか不気味な口調で、おばあちゃんは続ける。

 

「あたしは門番でも衛兵でもない。あんたたちの意志を聞くだけさ」

「じゃあ、おれたちは空島に行くぞ! 金はねェけど、通るぞばあさん!」

「そうかい。九人とペット一匹でいいんだね……?」

「クエっ!?」

 

 カルーだけペット判定されているようだが、ルフィは気にせず頷いていた。

 

「うん。でもよ、どうやって上まで登ったら……」

「白海名物、特急エビ……」

 

 おばあちゃんがそう言った途端、雲の海の中から巨大な甲殻のハサミが飛び出し、メリー号を掴んだ。

 ぐわんと船体が揺れる。

 どうやら、本当に巨大なエビが下から船を抱えているようだ。

 

「うわ! 動き出した! 滝を登る気か!?」

 

 先が見えぬほどに上へ伸びる滝の雲を、エビに抱えられたメリー号は登っていく。

 川のように帯状になった雲を運河にして、船は凄まじい速度で先へと進んでいく。

 

「何か書いてあるぞ!」

「ウソップ、読める!?」

「神の国、スカイピア……っ!!!」

「もしかして……!」

「あの先は出口じゃなくて、入り口……!!」

 

 一点に空いた穴以外は雲に覆われた上方から、強い光が差す。

 そして、飛び出したルフィたちは、遂にそれを目にする。

 

「島だ……!!」

 

 見慣れない外観をした建物たちと、それを囲むヤシの木のような森林。

 人の痕跡ではなく、明らかな文化の存在。

 そこに足を踏み入れることは、まさしく上陸と言えるだろう。

 つまり——

 

「空島に、着いたァ〜〜〜!!!!!」

 

 苦難や試練を超えて。

 麦わらの一味は、ついに。

 白々海、神の国スカイピアへ、上陸をした。



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第四十八話「轟音」

 

 ようやく辿り着いた空島。

 早速、ルフィとウタが先陣を切って上陸する。

 

「すごいすごい! この島、地面が雲で出来てるよ!」

「うほー! フカフカ雲だ!!」

 

 それに続いて、チョッパーとウソップ、そしてビビとカルーが上陸する。

 

「スゲー! フカフカ砂浜(ビーチ)だ!」

「本当だわ。こんな世界が、空の上にあっただんて……!」

 

 感動する先頭組を眺めるゾロは、落ち着きながらもその光景に驚いていた。

 

「しかし、たまげたな。まるで夢だ……」

「全くだ。それに、あいつらのハシャギ様ときたら……しかたねえな」

 

 ゾロの言葉を肯定しながらも、サンジは靴を脱いで足のスソを持ち上げた。

 

「ひゃっほ〜〜う!!!」

「おめェもだよ」

 

 うんざりとため息を吐くゾロの後ろで、ナミの叫び声が聞こえた。

 

「ジョジョジョ〜〜〜!!!!」

「痛い痛い! ごめんごめんっ!」

 

 空島上陸のための方位磁針となってくれたサウスバードを逃し忘れていたため、訳の分からないところに連れてきやがってと、ナミは攻撃されていた。

 一通り復讐を終えると、サウスバードはどこかへと去っていく。

 

「人が生きてるような場所だ。ここでも生きていけるだろ」

 

 遠くへ消えていくサウスバードを見送って、ナミは懐から地図を取り出した。

 

「ねえ、航海士さん。スカイピアって……」

 

 ロビンの問いかけに、ナミは頷く。

 

「ええ。ルフィが見つけた地図にあった名前よ。空から降ってきたガレオン船は二百年前に確かにここに来ていたんだわ」

 

 ナミは甲板の手すりを飛び越えながら、

 

「あの時は空の世界なんて想像もしなかったけど」

 

 雲の浅瀬に飛び降りたナミは、満面の笑みで両手を広げた。

 

「ほら、体感しちゃったもの! 疑いようがないわ!」

 

 ナミはウタたちの元へ走りながら、ぐっと背筋を伸ばした。

 

「ここなら海軍も追ってこないし、羽を伸ばせるわね!」

「確かに! 歌も気持ちよく歌えそう!」

「カルー! 私たちも遊びましょう! あなたも羽根を伸ばさないと!」

「クエ〜っ!」

 

 雲の砂浜で、カルーはパタパタと羽根を振って水浴びをして、ビビはカルーの体を雲の海で流し始める。

 その横で、ウタは砂浜に生えているヤシの木を指差した。

 

「ルフィ! 実がなってるよ!」

「ほんとだ! 食えるかなぁ〜」

 

 ルフィは実を一つ取ると、そのまま噛みついてみるが、あまりの硬さにルフィの歯が負けてしまっていた。

 

「何らコレ……?」

「うわぁ。カチカチだね。食べられないやつなのかも……」

「よし、じゃあこの実やるよ、ウソップ!」

「危ねえ! 当たったらどうすんだ、ルフィ!」

 

 ルフィとウソップが、わちゃわちゃと遊んでいる横で、ナミとチョッパーは砂浜に置かれた雲製の椅子に腰掛けていた。

 

「雲で造形する技術もあるのかしら」

「気持ちいい椅子だけど、フカフカ雲とは別だな! まふっとしてる!」

 

 皆がそれぞれに雲の砂浜を堪能している中で、いち早くその音に気づいたのはウタだった。

 

 ポロロロロン。

 ポロロロロン。

 

「……ハープの音?」

 

 自然が奏でる音ではなく、人が鳴らす音だ。

 音の方向へ目を向けると、そこには……

 

「天使がいるぞ!」

 

 いち早く反応したサンジが、彼女を一言で言い表した。

 体格や顔立ちは皆と変わらぬ普通の人間だが、その背中には白い翼があり、髪の毛はチャーミングにまとめられた団子が二つ、触覚のように付いている。

 自分たちとは違う世界の人なのだと、信じる他なかった。

 彼女は麦わらの一味を一瞥し、穏やかに笑って、

 

「へそ!!」

「……へそ?」

 

 言葉の意味にわからず首を傾げるウタだが、彼女は笑顔のままこちらへと歩いてくる。

 

「青海からいらしたんですか? ほら、スーもこっちへ」

「スー!」

 

 彼女の足元を、キツネのような白い四足の動物がちょろちょろと走る。

 アリクイのように細長い口は見たことがない。この空島固有の動物なのだろうか。

 

「おれたち、下から飛んできたんだ。お前、ここに住んでんのか?」

「はい。住人です」

 

 優しく笑いながら、彼女はこの場所の説明をし始めた。

 

「ここはスカイピアのエンジェルビーチです。……あ、そのコナッシュ、飲みたいんですか?」

 

 ルフィが持っていたカチコチな木の実を手にした彼女は、懐からナイフを取り出してヘタの部分に先端を突き刺してくるりと回す。

 

「皮は鉄のように硬いから、後ろから飲み口を作るんです。こんな風に」

 

 ストローを刺したコナッシュを受け取ったルフィは、それをちゅ〜っと飲んで、

 

「んんんんめぇぇえエ〜〜!!!」

 

 あまりの美味しさにルフィの下が波打っていた。想像以上の反応にほんの少しだけ驚いてから、彼女はクスッと笑って白いキツネを抱き抱えた。

 

「私はコニス。この子は雲キツネのスーです。何かお困りでしたら、力にならせてください」

「ありがたいわ。知らないことと不思議なことでいっぱいなのよ」

「はい。なんでも聞いてください」

 

 笑顔で頷くコニスへ、早速ナミは質問を投げかけようとするが、

 

「おい、海から何かするぞ!」

 

 いち早く反応したゾロの視線の先には、小型の船のようなものに乗った人影だった。

 

「あ、父です」

「コニスさん、へそ!!」

「ええ、へそ! 父上!」

「いや、何言ってんだお前ら!」

 

 独特の挨拶にドン引きしているルフィへ向かって、コニスの父親は勢いよくこちらへと向かってくる。

 

「あの乗り物は何!?」

「ああ、ウェイバーのことですか?」

「あれって、もしかして!」

 

 ナミは思い出したようにルフィへと声をかける。

 

「あんた、海底からああいうの、持ってこなかった!?」

「ああ、持ってきたな」

「あれがウェイバーだったのよ! ノーランドの日誌で読んだ、風がなくても走る船!」

 

 その言葉に、ウタの髪の毛がピクリと反応した。

 

「あの船にあったやつが、空島のものなら……!」

 

 ウタは自分の懐から、薄汚れた白い貝を取り出した。

 それは、ルフィの壊れたウェイバーと同じく、空から降ってきた巨大ガレオン船に残っていたもの。

 そこかしこに穴の空いた不思議な形のこの貝も、もしかしたら空島のものなのかもしれないと思ったのだ。

 

「まあ、ダイアルをお持ちなんですね!」

「……ダイアル?」

 

 皆が一斉に首を傾げる。

 聞き覚えのない単語だ。

 

「お持ちなのに、ご存知ないのですか?」

「これ、沈没船で拾っただけだから、どういうものなのかは知らないんだよね」

「そうなのですね。では、父と一緒に説明をしましょうか」

 

 コニスはこちらへと向かってくる父親へと視線を移して……

 

「はい、すいません。止まりますよ」

 

 直後。

 ドガァン! とブレーキに失敗して陸に乗り上げ、ヤシの木に突っ込んでようやくコニスの父親は止まった。

 

「みなさん、お怪我はないですか」

「おめェがどうだよ!」

 

 ゾロにツッコミを入れられたコニスの父親は、パガヤと名乗り、背負った木の皮でできた壺からロブスターを取り出した。

 

「ちょうど今、漁から帰ってスカイロブスターなどを捕ってきたところなのですが。コニスさん。この方々は……?」

「今、知り合ったんです。青海からいらしたそうで」

「そうですか。それは戸惑うことも多いでしょう。ここは白々海ですいません」

「父上。彼らはダイアルのことを知りたいようなのです」

「ほう。それなら、是非是非このウェイバーで体験してもらいますか」

 

 

 

 と、いうわけで……。

 

 

「任せたよ、ルフィ!」

「おう。このアクセルを踏めばいいんだな」

 

 本来は一人用のウェイバーに、ルフィとウタは二人で乗っていた。ウタは体重が軽いからとハンドルを握るルフィの腰に手を回し、ワクワクと発進を待つ。

 そして、ルフィがアクセルを踏むと、ボンっ! と白い海が飛沫をあげて、ウェイバーが勢いよく進み始める。

 

「うおおおお! 走ったぞ!」

「すごーい! 本当に、風がなくても走ってる!」

 

 空島の神秘に感動しているルフィとウタだが、すぐにその表情が強張り始める。

 

「あばばばば!?」

「ど、どうしたのルフィ!? すっごく揺れてるよ!?」

「ゆ、揺れが止まらねえんだ! 舵が上手く取れねえ!」

「大丈夫! ルフィならできるよ、頑張って!」

 

 ルフィのことをぎゅっと抱きしめて、ウタは応援する。しかし、そんな応援も虚しく、ウェイバーは弾け飛び、ルフィとウタは白い海へと投げ出される。

 

「こけたぞ」

「この上ない大転倒だな」

「やだ。ウタってば、どさくさに紛れてあんなに抱きしめちゃって」

 

 その様子をのんびりと眺めている一味たちは、とあることを思い出す。

 

「そういや、能力者にこの海はどうなんだろうな……」

「多分、浮かんでこないわよ」

 

 それに答えたのは、ロビンだった。

 

「白海に上がってきた時、若干の気怠さがあったの。空気が薄いからだと思っていたけど、海の水を浴びたことも要因かもしれないわ」

「ということは……」

「底がないから、早く引き上げないと下に落ちて水面に打ち付けられた衝撃でバラバラになるわね」

「「「急いで引き上げるぞォォ!!」」」

 

 ゾロとサンジとウソップが一斉に海へと飛び込み、ルフィたちの元へと泳ぎ始める。

 それを見て、ビビもカルーと目を合わせて、

 

「私たちも、二人を助けに行くわよ、カルー!」

「クエ〜!」

「お、おれも行くぞ!」

「だからあんたらも能力者でしょうが! 黙って待ってなさい!」

「いてェ〜!!!」

「いたいっ!」

 

 ナミの愛の拳をくらったビビとチョッパーは、二人で手を握ってソワソワしながらルフィとウタの行方を見守る。

 そして。

 

「危ねえな! 下に突き抜ける寸前だったじゃねえか!」

「うるせえな! お前が呑気に眺めてるからじゃねえか!」

 

 ガミガミと文句を言いながら、ゾロとサンジがルフィとウタを引き上げていた。

 喧嘩腰の二人へ、パガヤとコニス親子は駆け寄っていく。

 

「私が初心者にアレを貸してすいません!」

「大変! お怪我はありませんか……!」

 

 砂浜に倒れるルフィとウタを心配そうに見つめる横で、ウソップはウェイバーを引き上げて陸へと引き上げていた。

 

「それにしても、すげえ乗り物だな、これ」

「これがダイアルを動力にしたウェイバーですいません。船体は動力を活かすためにとても軽く作られていて、小さな波にさえ舵を取られてしまうので、波を予測できるほど海を知っていないと乗りこなせないのです」

「そんなに難しいのか!」

「ええ。私も子供の頃から訓練して、ようやく最近乗れるようになったんですよ」

「一〇年も訓練すれば乗れますよ」

「ものすげえ根気がいるぞ!?」

 

 そんな品物なのかとウソップがドン引きしている横で、ナミがウェイバーの後方に付けられた動力部分を眺める。

 

「この機械がダイアルってやつなの?」

「はい。正確には、その部分の核となる貝がダイアルです」

「これが風を生み出してるってわけね」

「ふふふ。生み出すのではなく、蓄えたものを放出しているんですよ」

 

 コニスは笑いながら、ダイアルの説明をしてくれた。

 ウェイバーの動力として使われているのは「風貝(ブレスダイアル)」と呼ばれ、風を蓄えて放出する貝なのだという。

 

「他にも、炎貝(フレイムダイアル)匂貝(フレイバーダイアル)映像貝(ビジョンダイアル)など、さまざまな種類があるんですよ?」

「じゃあ、これは?」

 

 ウタは沈没船で手に入れたダイアルをコニスに渡した。コニスはそれをまじまじと眺めながら、

 

「おそらく音貝(トーンダイアル)の一種だと思われますが……」

 

 コニスはカチっと貝のてっぺんを押すが、何も起こらない。

 

「これは音を蓄え、放出する貝の一種のはずなのですが、どうやら壊れてしまっているようです。蓄える機能がなくなってしまっているみたいで」

「そっかぁ〜。残念だなぁ」

 

 ウタはがっくりと肩を落としながら壊れてしまった貝のボタンを押して、声を出してみた。

 

 

 

「こんにちは〜〜!!!!!」

 

 

 

 ウタの声が、とてつもない大きな声となって辺りに響き渡った。

 その場にいた全員が一斉に耳を塞ぎ(間に合わなかったルフィとチョッパーとカルーがあまりの爆音に泡を吹いて気絶している)、声を出したウタ本人も目を丸くしてその轟音に戸惑っていた。

 

「……なんじゃこりゃ」

 

 不思議な顔をしたウタヘ、耳鳴りに苦しみながら、コニスは声をかけた。

 

巨音貝(ラウドトーンダイアル)ではないかと思われます。蓄えた声を何倍にも大きくして放出する貝なのですが……」

 

 コニスの言葉を聞いて、ウタがハッと思い出す。

 

「蓄える機能が壊れちゃってる……?」

「はい。放出する機能だけが生きていたので、発した声をそのまま大きくしてしまったのでしょう」

「なるほど……それはそれで、あり……?」

 

 壊れたと聞いてがっかりしていたが、どうやら使い道はありそうだ。

 大切そうにダイアルをしまっていると、いつの間にかナミがウェイバーの方へと近づいていた。

 

「あ! 抜け駆けしてる〜!」

「てへ。バレちゃった。ウタも乗る? 一人乗り用だけど、私とウタなら大丈夫じゃないかしら?」

「それより、大丈夫なの? 訓練が必要だって言ってたよ?」

「波を予測できるほどに海を知るまでに十年って、ことでしょ? なら、私の場合は?」

 

 得意げに笑ったナミを見て、ウタは顔を明るくしてウェイバーに飛び乗った。

 

「任せたよ、ナミ!」

「よし! 行くわよ!」

 

 突き上げる海流(ノックアップストリーム)すらも航海してみせたナミに取っては、穏やかな雲の海などなんのその。

 

「なんと……! すごいですね。信じられません……!」

 

 パガヤが驚嘆の声を出し、実際に乗ってみてその難易度を体感しているルフィはあんぐりと口を開けていた。

 

「確かにコツがいるわね! こんなデリケートな乗り物、あんたには無理よ、ルフィ!」

「残念でした〜!」

「お前が運転してるわけじゃねえだろ、ウタ!」

「べ〜! 負け惜しみィ〜!」

 

 舌を出して挑発するウタを乗せて、ナミはウェイバーを走らせていく。

 その背中へ、ビビが声をかけた。

 

「ウタ! パガヤさんとコニスさんが、家に招待してくださっているの! 早く戻ってきてね!」

「分かった! もうちょっとしたら後から行くから、先に行ってて〜!」

「ええ! もう少し遊んでから行くわ!」

「気をつけてくださいね〜!」

 

 みんなに手を振って、ナミとウタは二人で雲の海を走っていく。

 気持ちの良い風を浴びながら、ウタは大きく腕を広げる。

 

「本当にすごいね! 風がなくても進むなんて!」

「ええ、夢みたい! 普通の海でも使えるなら、手に入れて帰りたいわね!」

 

 二人でワイワイとウェイバーでの航海を満喫していると、ナミがサラッと、

 

「さっき、ルフィと一緒に乗ってたときは積極的だったわね?」

「ほえあっ!?!? な、なに急に!」

「あれだけギュッて抱きしめてるのを、私が見逃すと思う?」

「あれはそういうのじゃないから! 普通に危ないから捕まってただけで……!」

「じゃあ、私の腰にはこんな少ししか手を回してないのはなんでかなぁ〜?」

「運転技術を信頼してるからだってば! もう!」

「あはははっ! はいはい。そういうことにしておいてあげる!」

「もう! この、このっ!」

 

 顔を真っ赤にしながら、ペシペシとナミの背中を叩いてるウタは、どうにか話を逸らそうと周りをキョロキョロと見回して、

 

「あ、ナミ! あっちに何かあるよ!」

「ん……? 本当だ。っていうか、あれって……」

 

 ナミはそれの光景に、戸惑っていた。

 ここは空島。土地も海も雲でできた、空にだけ存在する神秘の島。

 そのはずなのだが。

 

「地面があるわ……!」

 

 強く、分厚く、たくましい大地と、それを土壌にしたドリーやブロギーたちのような巨人族にも引けを取らない巨大な樹。

 

「すごい大きさ……」

「てっぺんが見えないね……」

「樹齢何年なのかしら。こんなに大きな木、見たことないわ……」

「——!? 待って、ナミ! 誰かいる……!」

 

 ナミたちの後方。

 そこには、武器を構えた仮面の……男だろうか(上裸から見える身体的特徴から)。スケートのような形の靴を使って雲の海に立つ彼は、肩に担いだ無機質な筒を構えていて……

 

「あれ、バズーカじゃ……!」

「いや、違う! あの人が狙ってるのは……!」

 

 ウタはすぐに正面を向いた。

 仮面の男が狙っている敵は、大地にいる。

 

「伏せてっ!」

 

 ナミの頭を掴んで、慌ててその場に座り込む。

 直後、ドンッ! と目の前の地面と木々が吹き飛ぶ。

 

「……!!」

 

 爆発の衝撃で、ナミとウタの皮膚をビリビリと揺らす。

 と、舞い上がった砂煙が消えていく中から、声が聞こえた。

 

「う、うう……!」

「ナミ! 誰かいる!」

 

 血だらけの男が、土地の端に腕をぶら下げて倒れていた。どうやら、まだ息はある。

 いち早くその存在に気づいたウタは、目の前の土地へと跳ぼうとするが、

 

「ま、待って、ウタ! 状況も分からずに行っても、どうなるか……!」

「でも……っ!」

 

 ナミの腕を振り払おうとするウタヘ、男は声を絞り出す。

 

「助けてくれ! 乗せてくれ! 船に……乗り損、ねたんだ……!」

「分かった! いますぐ……」

「ウタ! ウェイバーは元々一人乗りなのよ! たださえ無理して乗ってるのに、もう一人なんて……!」

「だからって、見捨てられないよ!」

「頼む…………、う、うわ……っ!?」

 

 男が驚いたのは、ウタたちの後ろにいる仮面の男に気づいたからだった。

 彼を見つめた男は、小さな呟きを口にして、

 

「ゲリラ——」

 

 男が言い切る直前、

 

「何か、来る! お兄さん、今すぐそこから逃げ——」

 

 

 カッ!!!!!

 

 

 光の柱だった。

 遅れて、爆音と高熱の衝撃波がウタたちを襲う。

 

「これは……!?」

 

 あまりの眩しさに、目をつぶってしまった二人の後ろで、仮面の男が声を発する。

 

「くそ、エネルか……! よくもヴァースを……!」

 

 

 ドンッッ!!!!!

 

 言い切る暇もなく、光の柱がもう一つ。

 仮面の男は体をひねって飛び跳ね、紙一重でそれを回避し、海に着地するやいなや、ウェイバーにも劣らぬ速度でどこかへと去っていった。

 そして。

 

「……動かないでよ、ウタ……!!」

 

 助けられなかった血だらけの男の元へ行こうとするウタを必死に押さえつけるナミは、巨木の影に隠れて様子を伺っていた。

 どうやら、男が四人。光の柱にやられた血だらけの男を追っていたようで、崩れ落ちた木と大地を眺めながら話しているようだ。

 ウタを押さえながらなのでよく聞こえないが、ナミは必死に聞き耳を立てる。

 

「今の男、誰かと話を……」

「しかし、エネル様はどういうつもりで……」

「時間切れ……」

「青海人九人が不法入国を……」

「アマゾン婆さんから報告が……」

 

 その言葉に、ナミはハッと息を呑む。

 

「不法入国って、私たちのこと……!? 入国料を払わなかったから……!?」

 

 小さく呟いたナミは、震える指先でウタの口元を押さえ続ける。

 

「待ってよ。じゃあ、私たちもあの人みたいな攻撃を受ける可能性があるってこと……!?」

 

 ナミはウタから手を離し、ウェイバーのハンドルを握った。

 

「ウタ。戻るわよ」

「待ってよ、あいつらに一言、言ってやらないと……!」

「ルフィたちが、危険なのかもしれないのよ……!」

「……っ!」

 

 ウタはグッと唇を噛み締めて、上を見上げた。

 どこか遠くを見つめて、ウタは呟く。

 

「分かった。あいつらのことは、あとでにする」

「ありがとう。それじゃあ、すぐに戻るわよ……!」

 

 男たちの目を盗み、ひっそりとナミとウタはルフィたちの元へと進んでいく。

 

「早く、みんなに知らせないと……! ルフィたちが喧嘩しちゃってたら、あの光の柱でやられちゃうかもしれない……!」

「うん。そうだね……」

「……? どうしたのよ、うわの空で。ウタらしくないわね」

 

 ナミの背中をぎゅっと抱きしめるウタは、空を、さらに上を見つめていた。

 

「……もっと、上に誰かいる」

「はあ!? ここが空島なのよ!? その上って……」

「分からないけど。嫌な音が聞こえる。私、あの音、嫌い」

「こっちの方が分からないってば! シャキッとしなさい! まずは仲間の心配でしょ!」

「……うん! そうだね、ごめん!」

 

 パン! と頬を叩いて、ウタは前を向く。

 

「戻ろう! みんなのところに!」

 

 ナミの肩をグッと掴むウタだったが、その胸には言葉にしようのない胸騒ぎがずっと彼女の中で蠢いていた。

 

 

 




第四十一話「遠くからの声」でウタが拾っていた貝の大きさを手で掴める程度のサイズに修正しました。
書いてる最中に懐から取り出せねえやってなっちゃった。


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第四十九話「宣戦布告」

のんびり更新しますよ〜


 

 謎の土地で、自分たちが不法入国者として処罰の対象になっている事実を知ったナミとウタは、ウェーバーを走らせ、ルフィたちがいる砂浜へと戻っていた。

 

「大丈夫かしら、あいつら……」

 

 雲の海を駆け抜けながら、ナミは不安げに呟く。

 

「心配することなんてないよ! ルフィたちなら誰がきても負けないもん!」

「だから不安なのよ! あいつらが喧嘩を始めちゃったら、あの光の柱に襲われるかもしれないのよ!?」

「…………あー、それは……うん。ルフィなら、大丈夫!」

「あんた今、光の柱にやられる前提で想像したでしょ」

「うっ。確かに、コニスさんたちも危ないかもしれないなら、注意しないとね」

「そうよ。……あ、見えてきたわ!」

 

 ナミが指差した先には、先ほどウタたちがコニスと出会った海岸があり、ルフィたちが既に二人を待っているようだったが、そこには背中に翼を生やした白服の男たちもいた。

 まだ何も起こってはいない……が。

 何かが起こる前に、ナミが叫ぶ。

 

「ちょっと待って! その人たちに逆らっちゃダメ!」

 

 不法入国者として問題を起こしてしまえば、空島での満足な探索などできなくなる。

 加えて、コニスたちへの危険も考えれば、今は相手の言うことを素直に聞くべきだ。

 

「逆らうなって……! じゃあ不法入国料の700万ベリーを払えってのか?」

「よかった。まだ罰金で済むのね……」

「う、うん! お金で解決できるなら——」

「高すぎるわよッ!!」

「ぐあァ!?」

「隊長〜〜〜!!!」

「ナミ〜〜〜!?!?!?」

 

 ウェイバーのアクセルをさらに踏み込んで、白服の隊長の顔面に突っ込んだナミと、その後ろで目玉を飛び出すほどに驚くウタ。

 綺麗な弧を描いてぶっ飛んだ白服を全員が目で追い、その頭が雲の地面に突き刺さってから、慌てて部下たちが駆け寄る。

 その騒ぎを見てようやくナミは我に帰って、

 

「ハッ! しまった! 理不尽な高額請求でつい……!!」

 

 うっかり! という顔でウェイバーから降りたナミは、あんぐりと口を開けてるウタを無視してパガヤへと声をかける。

 

「あ、おじさん。ウェイバー、ありがとう! 楽しかったわ!」

「いえいえ、どうもすいません。それよりも、あなた方、大変なことに……!」

「そうだよ! どうするの、ナミ!」

「決まってるじゃない! 迷惑かける前に逃げるわよ!」

 

 とにもかくにも、先ほどの光の柱に襲われたらひとたまりもない。

 どんな手段を使ってあの攻撃をしているのか分からないが、空島の人間を敵に回した以上、どこかへ逃げるしかない。

 なのだが。

 

「待て〜い!!!」

 

 ナミが吹っ飛ばした白ベレー帽の男が、腫れた頬をおさえながらゆっくりと立ち上がる。

 

「すでに逃げ場などない……! お前たちは第5級の犯罪者だ……!」

 

 そして。

 先ほどの聞いた名前を、白ベレー帽の男が口にした。

 

(ゴッド)・エネルの御名においてお前たちを雲流しに処す!!」

「エネル……!? さっきも聞いた……!」

 

 名前に反応したウタの横で、コニスは別の単語を復唱した。

 

「雲流し……!? それはもう、死刑と言っているようなもの……!」

「ルフィ! 私たち、空の上でもお尋ね者だって!」

「ほんとか!? 腕が鳴るなァ〜!」

「あんたら事の重大さが分かってなさすぎよ、アホっ!」

「そうです! 行き場のない小さな島雲の上で死ぬまで彷徨い続けることになるのですよ!」

「なるほど。例の空から降ってきたガレオン船は、その雲流しの刑で処されてしまったのね」

「ってことは私たち、死んじゃうじゃないの! 嫌よ、私!」

 

 あまりに重い罪に頭を抱えるナミの横で、ウタはえっへんと腕を組んで胸を張る。

 

「大丈夫だよ、ナミ」

「引っ捕えろ!!」

 

 白ベレー帽の言葉にも、ウタは動じない。

 

「ルフィ。ジャンプして避けて」

「……? おう、分かった!」

 

 兵隊たちが後ろで弓を弾き始めた段階で、ウタの指示でルフィは飛び上がる。

 その直後。

 

雲の矢(ミルキーアロー)!!」

 

 放たれた矢の軌道が、蛇のような雲になり、ルフィたちへと向かっていく。

 一味の誰にも矢は当たらなかったが、兵隊たちの狙いは別だ。

 

「ウソップ。見えてるよね?」

「あ、ああ!! この程度なら、狙える!」

 

 ウソップはゴーグルを装着し、パチンコを引く。

 

「なるほど!」

 

 空中に飛び上がって全体を見ているルフィが、感心した声を出したのは、兵隊たちが作り出した細長い雲の使い方だった。

 

「雲を導線にしてスケートの要領で距離を詰める。面白い発想ね」

 

 他人事のようにロビンが呟く。

 だが、一味の全員に慌てた様子はない。

 

「カルー。後ろにいなさい」

「クエっ!?」

 

 勇気を持ってビビを守るように立っていたカルーを制して、ビビは一歩前に踏み出すが、

 

「ビビが戦うまでもないよ。ルフィたちに任せておきなって」

 

 爽やかに笑ったウタは、空を見上げる。

 

「ゴムゴムの……花火!!」

「ぐあああああ!?!?」

 

 四方八方に飛び出すルフィのパンチとキックが、兵隊たちを吹き飛ばした。

 そして、ルフィの攻撃から逃れた者もウソップの狙撃とゾロとサンジの攻撃で呆気なく倒れた。

 

「あのホワイトベレーを……」

「やっつけちゃった。青海の人はここでは運動能力が落ちるのに……」

 

 麦わらの一味の強さにドン引きしているコニスとパガヤたちの視界の隅で、白ベレー帽の隊長がゆっくりと立ち上がる。

 

「我々の言う事を大人しく聞いていればよかったものを……」

 

 ハハハハ……という乾いた笑いが響く。

 

「これでもはや第2級犯罪者……! お前たちは、神の島(アッパーヤード)の神官たちの手によって裁かれるのだ!! へそ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウタたちは、コニスの家で冒険の準備をしていた。

 捨て台詞を吐いて去ったホワイトベレーたちの言うように、麦わらの一味は空島でも犯罪者の烙印が押されている。このままではコニスたちに迷惑をかけてしまうから、足早に出立しなければならないのだ。

 ナミは光の柱を見た張本人だからか、すぐに帰ることを提案した。

 だが、そんな提案をルフィとウタが飲むわけはなく、

 

「おれは行っちゃいけない場所へ冒険に行くんだ!」

「私、さっきの奴らにガツンと言ってやらないと気が済まないよ!」

 

 冒険の匂いを嗅ぎつけたルフィと、光の柱にやられてしまった男を見たウタが見つめる先は、奇しくも同じ神の島(アッパーヤード)

 航海士であるナミも、この二人が決めた進路を変えることはできないと踏んだのか、諦めて船へと戻り、出航の準備を始めていた。

 同じように、ゾロとロビン、チョッパーが船へと戻る。

 

 対して、冒険の準備のためにコニスの家で弁当の準備をするサンジと、弁当箱の中に何を詰め込むかを指示するルフィとウタ。そのそばには、冒険の準備というだけで居ても立っても居られないビビとカルー。

 そして、メリー号の修理道具を整えるウソップと、一味はほんの少しだけ二手に分かれた。

 

「ねえね、サンジ! 私、ご飯食べられなかったから、とりあえず種類を多くしてほしいな! 空島の食べ物、いろんなの食べたい!」

「はいよ。見た目も完璧にしてやるよ」

「やったー! ありがと、サンジ!」

「いいってことよ。女の子を食事で楽しませるのが、おれの仕事だからな」

「なんでそんな手間かけてんだ? 腹に入れば全部同じだろ」

「元も子もねえこと言うんじゃねえよ!」

「いいか、まずは食は視覚からだ!」

「そうだよ! そんなことも分からないなんて、ルフィってば子ども〜!」

「ああ!? なんだ、ウタ! おれが子どもだってのか!」

「あはははっ! そうやってすぐに怒るのも子どもっぽい!」

「ムキーーーっ!」

 

 ルフィはウタに茶化されてドタドタと地団駄を踏む。

 その様子を見て笑うビビは、パガヤたちの家にある(ダイヤル)を手に取って眺めて、

 

「ねえ、ウタ。入ってはいけない場所に行くって、なんだかワクワクするわね」

「分かる! シャンクスたちが宝物をしまってる船室に忍び込んでいろいろ盗んでたの、楽しかったし!」

「私も昔、かくれんぼで葬祭殿の地下に入ってとっても怒られたの!」

「あはははっ! 怒られるよね〜! かくれんぼといえば、私も小さい頃に——」

 

 ウタも楽しく話していたが、突然、その笑顔が固まり、ピクリと髪の毛が跳ねる。

 直後、慌てて振り返ったのはウタとウソップだった。

 

「「船の様子がおかしい……!!」」

 

 すぐに様子を見ようとベランダへと飛び出したウタとウソップが見たのは、後ろ向きで進み始めている船だった。

 

「あいつらどこに行くんだ!?」

「船を出したわけじゃねえ!」

「うん。船底に、何かいる……!」

 

 それの名前を告げたのは、パガヤだった。

 

「あれは、白々海名物、超特急エビ!!」

 

 船の何倍もある巨大なエビが雲から飛び出し、メリー号を持ち上げて進み始める。

 すぐさま反応したのは、ビビだった。

 悪魔の実の力を使い、純白の翼を宿したビビが、空を飛んでメリー号へと向かい始める。

 

「私なら飛んで追いつける……!」

 

 既に遠くへ離れてしまっているメリー号。唯一声が届くビビへ、ウタは叫ぶ。

 

「ビビ! メリー号のこと、任せたよ!」

「任せて! ウタも後で必ず来てよね!」

「もちろん!」

 

 ぐっと親指を立てて、ウタはその背中を見送った。

 あっという間にどこかへ連れ去られていったメリー号と、それを追いかけるビビを見つめながら、パガヤは呟く。

 

「超特急エビは神の使い。運ぶものは神への供え物。行き先はおそらく、神の島(アッパーヤード)の北東、生け贄の祭壇です」

「生け贄!?」

「とはいえ、すぐに命が奪われることはありません。彼らは生け贄という名の人質。試練を受けて裁かれるのは、あなた方四人なのです……!」

 

 パガヤはルフィたちが持っていたスカイピアの地図を取り出し、『試練』についての説明を初めてくれた。

 

「つまり、ミルキーウェイってところを船で渡って、北東の祭壇に行けば、メリー号があるってこと?」

「その通りで、すいません」

「神官って奴らをぶっ飛ばせばいいんだな!」

「油断はなりません! 神官たちの強さはあなた方の想像を超えるものでしょう。そしてなにより……」

 

 パガヤはゴクリと生唾を飲んで、

 

神の島(アッパーヤード)には、神・エネルがおられる……!!」

 

 ピクッとウタの髪の毛が反応した。

 神という言葉に、反応したようだった。

 

「空島には神様がいるんだね」

「ええ。逆らえば『天の裁き』が下ります。私は、あなたたちが祭壇へ向かうのがとても恐ろしくて……」

「大丈夫だよ。私たちは、そんなところで旅をやめるつもりはないから。ね、ルフィ?」

「おう! いろいろ教えてくれてありがとな、おっさん!」

「い、いえ。私なんて……すいません」

 

 深く頭を下げるパガヤを見て、ウタは踵を返して、先へ進む意志を見せる。

 

「行こっか! カルーも、置いてかれちゃったしね!」

「ク、クエ〜……」

 

 流れでビビについていくことができなかったカルーは、凹みながらもとぼとぼとウタと歩き始める。

 目指すは、生け贄の祭壇だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に訪れたのは、ウタたちのいる南西のエンジェル島から東へ進んだ、ラブリー通り。

 島国の特性を活かし、路面店の上にもさらに路面店を浮かべることで縦のスペースを上手く利用したエンジェル島唯一の繁華街である。

 軒先に並ぶ珍しい品々を眺めながらも、繁華街に満ちる警戒した空気に、ウタたちは気づいていた。

 

「露骨に避けられてるな、おれたち……」

「犯罪者だって知れちまってるんだろ。……ああ、天使たちがおれを避けてる……」

「あっはっは! 気分いいな、真ん中ガラ空きだ!」

「…………」

 

 そんな中で、ウタは黙って歩いていた。

 何を考えているのかは誰にも分からず、しかし元気がないというわけでもなさそうなので、ルフィたちは気にせずに歩いていく。

 

「お、真ん中に何かあるぞ?」

「ドロ人形にしか見えねえが……」

 

 見かけたのは、円柱のガラスに入った不思議な像。どんな動物にも分類できない不気味さを醸し出しているが、敵意を見せないように腕のようなものを交差して閉じている。

 

「それはヴァース。空に住む人々の永遠の憧れそのものです」

「これが憧れぇ!?」

「ふふ。青海の人には理解し難いですよね。さあ、着きましたよ。船着場です」

 

 コニスが指差す先には、ぷかぷかと雲の海に浮かぶ船たちが並んでいた。その中には、豪華なゴンドラも並んでおり、ルフィたちは楽しそうに飛び跳ねる。

 

「おお! カッコいいなァ! おれ、あれに乗りてえ!」

「バカ野郎。ロビンちゃんとナミさんを助けるんだろ。ビビちゃんも心配だ。真面目にやれ」

「あ、みなさんの船はこちらのカラス丸です」

「そんなバカな!?」

 

 案内されたのは、四人で乗るのが精一杯なほど質素な船。ピョコンと出ている黒い頭は可愛いが、これから仲間を助けに行くというのには幾分か心許ない。

 

「少し前まで、ウェイバーに乗れなかった私が使っていたものです。速くはないですけど、二つ風貝(ブレスダイアル)が乗ってますので!」

 

 笑顔で説明をしてくれたコニスだが、それを聞いていたルフィの視線は隣のゴンドラへと向いていた。

 

「おれ、アッチがいいな……」

「おい! このクソ恩知らずが! コニスちゃんの気遣いをだな……」

「そうだよ、ルフィ! まずはお礼でしょ! ありがとう、コニス!」

 

 唐突に、ウタはコニスの手を取って笑顔で言った。

 ウタはコニスの手をぎゅっと握って、

 

「ここまで案内してくれてありがとう! 私たちは大丈夫だから、もうお家に帰りなよ! パガヤさんも待ってるよ!」

「え、ええ。……そうですね」

「いろいろありがとうね。また会えたらゆっくりお茶でもして、一緒に歌を歌おうよ!」

「…………私と、ですか……?」

「大丈夫。絶対に、生きて帰ってくるから」

「………………!!!」

 

 コニスの笑顔が、急に引き攣り始めた。

 ぎゅっと唇を噛んで、コニスは呟く。

 

「ウタさんは、おかしいと思わないんですか?」

 

 途端、ざわっと周囲の空島の人々の空気がピリつく。

 その異常さに、サンジとウソップはもう気づいている。そして、本能的にルフィもその異変を感じ取っていた。

 

「お前、なんか顔色悪くないか? 怖かったらおれたちだけでここに来たのに」

「……それ、は」

 

 次の言葉を紡ごうとしたコニスの唇に、ウタはそっと指を当てた。

 

「私たちには、言わなくていいよ」

 

 コニスの気持ちを聞き取っているウタだからこそ、優しく言う。

 

「大丈夫。全部、分かってるから」

「…………じゃあ、どうして私のいう通りに……」

「悪者になるのは慣れてるからさ。こういうときは海賊に押し付けちゃっていいんだよ。こうすれば、コニスは大丈夫でしょ?」

「ごめんなさい……ウタさん……! 私、怖くて……!!」

 

 ポロポロと涙を流しながら、コニスは崩れ落ちた。

 その姿を見て、ウタは振り返って。

 

 ()()()()()()()

 

 

「ねえ。全部、聞いてるんだよね」

 

 そこにいた全員が、その声の向けた先が自分ではないとすぐにわかった。

 だが。

 

『分かりやすく広げているといえ、我が心網(マントラ)をその距離から感じ取るとは。青海人の中にも、ほんの少しだけまともな人間がいるようだな』

 

 その場にいる人間で、その言葉を聞き取れたものはいない。

 ウタの並外れた『聞く力』にだけが、その言葉を本能的に捉えていた。

 唯一、その返事を受け取ったウタは、問いかける。

 

「あなた、誰」

『我は、神なり』

 

 ウタは、そんな言葉を聞き取った。

 こいつだ、と思った。

 この空島の立ち入ってはならぬ土地にいる神と呼ばれる者。

 

「ねえ。あなたのせいで、コニスが泣いてるんだけど」

『心外だな。私は何もしていないというのに』

「言うことを聞かなかったら、あの柱で攻撃するんでしょ。命令してるようなものだよ」

『……? 神に歯向かえば、天罰が下るのは当然のことではないか?』

「そっかぁ。話、通じないね」

 

 ウタはため息を吐いた。

 この空島に、彼らの会話の全てを聞き取れたものは一人もいない。どちらか一方の独り言としてしか、皆は感じることができない。

 だが、明確に。

 

「私は、神様が本当にいるかどうかなんて分からないけどさ」

 

 周囲の人々が話す相手を理解できる言葉を、ウタは言う。

 

「少なくとも、あなたは神なんかじゃない」

 

 それはまごうことなき、宣戦布告だった。

 

「仲間を連れ去って、コニスを泣かせた。私は、そんな相手を許すつもりなんてない」

『貴様こそ、何も理解ができていないらしいな』

 

 ピリ、と。

 周囲の空気が軽く弾ける。

 最初に理解したのは、コニスだった。

 

「に、逃げてください、ウタさん! あなたが言ったことは、全て神に届いているんです!」

 

 強くウタのことを抱きしめて、コニスは叫ぶ。

 

「今ならまだ間に合います! 私は、あなたに死んでほしくないんです……!」

「大丈夫だよ、コニス」

 

 ウタは、ニカっと笑って、

 

「私は、こんなところじゃ死なないから」

 

 直後、ウタの耳に声が届く。

 

『それならば、教えてやろう。恐れ慄くがよい。我が神であるという事実にな』

 

 ウタを中心にして、光が溢れ始めた。

 全員が確信した。天罰が下る。

 真っ先に動いたのは、ルフィだった。

 

「ウタ、避けろッ!!」

 

 ビリビリと震える空気の中で、即座に飛び出してウタとコニスを掴んで飛ぶが、ルフィの動きでも、光の柱の範囲から抜け出せていない。

 

「ダメだ、デケェ……!!」

 

 ズンッ!!!!!

 

 天罰が下った。

 足元には穴が空き、焦げたような臭いが当たりに満ちる。

 彼らの視界に、三人の姿はない。

 間に合わなかったと、全員が感じた。

 だが、

 

「三人とも、無事である」

 

 声は、空中から聞こえた。

 全員の視線が上へと引っ張られ、その姿を捉える。

 そこにいたのは、おかしな柄をした翼の生えた馬に乗る騎士。

 

「ウ〜〜〜ム、我輩、空の騎士!! これはサービスだぞ!」

「あはははっ! ほら、死ななかった!」

 

 楽しそうに笑うウタは、抱えられながら騎士へ礼を言う。

 

「ありがとう、騎士さん!」

「次はホイッスルをちゃんと使うのだぞ」

 

 ポイっとウタとルフィを投げ下ろした空の騎士は、コニスを後ろに乗せて、

 

「この娘は我輩に預けよ。みすみすエネルに狙わせはせぬ。おぬしらは……」

「神の島に仲間がいるの。助けに行かなくちゃ」

「そうだ。みんなのところにおれたちは行かなきゃならねえ」

「そうか……幸運あれ」

 

 去っていく空の騎士を見送ったウタたちは、改めてカラス丸に乗りこむ。

 

「ほら、カルーも行くよ!」

「クエっ!?」

 

 怖いから隙があればこっそり逃げようとしていたカルーの翼を掴んで、ウタは引っ張り込む。

 

「ビビのところ、行くんでしょ?」

「ク、クエッ!!」

 

 ビシッと翼を上げたカルーを見て、ウタは微笑んで先を見つめる。

 

「さあ、行こう、ルフィ!」

「ああ! 行くぞ、神の島(アッパーヤード)!」

 

 ルフィ、ウタ、ウソップ、サンジ、カルー。

 カラス丸に乗るには幾分かぎゅうぎゅう詰めの四人+一羽が、仲間の元へ向かって進み始めた。

 



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第五十話「VS神官サトリ」

 

 

 

 生け贄としてメリー号ごと連れ去られた仲間たちの元へ向かうため、ウタたちは雲の川(ミルキーウェイ)を進み、祭壇への向かっていた。

 

「コニスは大丈夫かな……」

「きっと大丈夫だよ。空の騎士が付いてるんだもん」

 

 四人と一匹ではいささか窮屈なカラス丸に座り、ゆったりと皆は進んでいく。

 メンバーはウタ、ルフィ、サンジ、ウソップ、それとカルー(ビビは飛んでメリー号を追ったが、カルーは飛べないのでウタサイドになった)。

 

「見ろ、でっけェ森だ!」

「地図には森があるが……こんなにデカくはないぞ……?」

「どうなってんだ……? それに、この入り口は……」

「な、なんか禍々しいね……!」

「クエ……!?」

 

 ウタが見つめる先にあるのは、コニスが言っていたヴァースと呼ばれる像が並び、槍とドクロで装飾された入り口。

 まさしく、生け贄の祭壇へ続く最初の道だろう。

 加えて、ウタたちへの歓迎までしてくれているようで、

 

「ウソップ、アクセルを!」

「お、おう! ルフィ、サンジ! オールで漕げ! 全力だ!」

 

 気配を先に感じ取ったウタとウソップが、強引にボートを先へ進める。

 直後、

 

「うわァ!!??」

 

 ルフィたちが通過したそのすぐ後ろを、巨大な斧のトラップが襲いかかった。

 間一髪。

 だが、危機は終わらない。

 

「思いっっっきり漕げェ〜!!!!」

「ク、クエ〜っ!!!」

 

 オールを漕ぐサンジとウソップ。

 手伝いたいが、持つ手がないために頑張って翼を動かして少しでも先へ進んでくれと涙を流すカルー。

 そして、ルフィはウタにオールを渡して、後方へと向いた。

 

「ゴムゴムの……!」

「え、ルフィ!? 斧を弾くなら前を……!」

「そっちじゃねえ! バズーカっ!!」

 

 ドンっ! と、ルフィは川へと技を放ち、その推進力で前方へとボートを吹き飛ばした。

 強引に斧のトラップ群を抜けたルフィたちだが、その先には更なる壁が迫る。

 

「今度は巨人か!?」

 

 ルフィはそう言ったが、視界に映ったのは石像の顔だ。その首元には四つの入り口があり、それぞれに名前が書かれていた。

 

 玉の試練。

 紐の試練。

 鉄の試練。

 沼の試練。

 

 このうち、通ることができるのは一つだけ。

 すぐに声を上げたのはルフィだった。

 

「よし、玉の試練にしよう! 楽しそうだ!」

「そうだね! 弾むような響き、嫌いじゃないかも!」

「どれでも試練なら変わんねえだろ!」

「クエっ! クエっ!」

「決まりだな! だが、油断するな。ここは上空一万キロの神の島。何が起こっても不思議じゃねえ」

 

 意を決して、玉の試練へと向かっているルフィたち。

 

「真っ暗だ!」

「結構先まで続いてるみたい!」

「もしかして、ここってハズレだったとかか?」

「クエっ!?」

「ハズレだったら、空島から落ちるとか!」

「バカ言え、落ちてたまるか! 何十週走馬灯を見る気だっての!」

「まったく、そんなわけ……」

 

 サンジが言い切る直前。

 

「は???」

 

 ルフィたちは、宙へと投げ出された。

 

「嘘だろォ!?」

「クエ……」

 

 ついにカルーが気絶し、ウタヘと持たれかかった。

 その身体を押さえながら、ウタは落下の衝撃に備える。

 不幸中の幸いか、落下は崖から落ちる程度で、空島内の雲の川(ミルキーウェイ)に着水した。

 そのまま、ゆったりとルフィたちは大樹の森へと進んでいく。

 

「なんだ、ここは……」

 

 目の前の光景に困惑するサンジの言葉に、ルフィとウタが反応する。

 

「玉?」

「玉だな!」

 

 小さい島雲の玉。

 真っ白でふわふわとした球体が、無数に浮かんでいた。

 さらに、この先の雲の川(ミルキーウェイ)は蛇のように縦横無尽に曲がっており、木の幹の隙間や上を流れている。

 

「これが試練……?」

「もしかして、当たりなんじゃねえか?」

「なんもねえならそれが一番だが……」

 

 ゆったりと、ウタたちは何事もなく先へと進み続ける。

 そのうち、ウタとルフィはじっとしていられなくなって、

 

「へーい! ルフィ、パス!」

「おっし! オーライ!」

「おいルフィ! やることないなら見張ってろ! 敵がいるかもしれねえんだぞ!」

「サンジ! なんでウタには言わねえんだ!」

「男が見張れ! ウタちゃんに余計なことやらせんな!」

「ぶーぶー! 私も仲間にいれてよ、サンジ〜」

「なんでウタちゃんがそっち側回ってんだ!?」

「クエ〜!」

「お、カルーは見張っててくれるよな」

「へい、カルー! パス!」

「クエ〜っ!!」

「オメェも遊ぶんかいっ!!」

 

 ルフィとウタがカルーも交えて呑気に玉遊びを始め、サンジは怒鳴っても無駄だと気付いたのか、うんざりとため息を吐く。

 

「ったく、そんなことしてると痛い目を見……

「「ぎゃあああ!? ヘビが出たァ〜!?」」

「言わんこっちゃねえ!!」

 

 ルフィとウタが遊んでいた玉の中から、獰猛なヘビが飛び出してきたのだ。

 サンジが慌てて玉ごとヘビを蹴飛ばす。

 

「なんなんだ!? この玉、もしかして全部ヘビの巣なのか!?」

「あ、ルフィ! 後ろに玉が来てるよ!」

「よぉし、ぶっ飛ばす!」

 

 そして、ルフィは玉を殴りつけて、

 

 ドゴァァン!!

 

 勢いよく爆発した。

 

「どうなってんだこの玉はァ〜!!」

 

 叫び声をあげる一同。

 その言葉たちに返事をしたのは、聞き覚えのない声だった。

 

「ほーーーうほうほう! それはびっくり雲! 何が出るかはお楽しみの玉の試練だ! ほっほほう!」

「なんだ! お前が玉の試練か!?」

「そのとおーり! おれはサトリ! 全能なる(ゴッド)エネルに仕える神官が一人! この迷いの森のヴァースを掌っている!」

 

 堂々と名乗りを上げたサトリだが、一味に怖気付く様子は微塵もない。

 

「迷いの森?」

「そう、この森のことさ!」

 

 サトリは大きく手を広げて、

 

「この森の雲の川(ミルキーウェイ)は、やがて生け贄の祭壇へ続く一本の出口へと繋がる。それまでにおれの攻撃とびっくり雲が襲いかかる! 生き残れる確率は10パーセント! ようこそ、禁断の地、神の島(アッパーヤード)へ! そして、玉の試練へ!!!」

 

 これが、ウタたちに課せられた試練。

 長い説明があったが、簡単に言えば。

 

「ようは、お前をぶっ倒して船に乗ってれば仲間のところに着くんだな!?」

「その通りだよ、ルフィ! やろう!」

 

 やることは決まった。

 神官サトリの撃破。それだけだ。

 即座に構えたのは、ルフィだった。

 

「ゴムゴムの……」

 

 ルフィが腕を引いた瞬間、ウタは違和感を覚えた。

 

「ほう、伸びるのか……」

「……え?」

(ピストル)!!」

 

 ルフィのパンチは、いともたやすくかわされてしまった。

 まるで、どんな攻撃がくるのかを知っていたかのように。

 

「アイイイイ!!」

 

 ドォゥン!! と。

 サトリがルフィへ掌底打ちをした瞬間、凄まじい音が響き、その身体が吹き飛んだ。

 

「ルフィ!?」

 

 打撃が効かないゴムのはずなのに。

 その攻撃は、間違いなくルフィへとダメージを与えていた。

 

「どうして!? ただの打撃がルフィに効くなんて……!」

「打撃……? 少し違うな」

 

 即座に追撃をするのはサンジ。

 だが、

 

「ほっほう。右足の上段蹴り……!」

首肉(コリエ)……何!?」

 

 サンジの攻撃もかわされ、ルフィと同じ掌底がサンジの頭を弾く。

 

「修行者にのみ授けられる力は心網(マントラ)……! その狙撃も、わかってるぞ!」

「火炎星……ッ!」

 

 ウソップの狙いを済ました狙撃も当たらず、即座に反撃をくらう。

 

「ウソップ!」

「お前は攻撃してこないのか!」

「なっ……!?」

 

 今度の狙いはウタだ。

 問答無用で、サトリの手のひらがウタへ向かう。

 

「——くっ!」

「アイイイイ!」

 

 ドゴァ! とウタが衝撃を受けて吹き飛ぶ。

 大樹の幹に身体が打ち付けられたウタだが、ダメージ自体は少ない。

 

(ギリギリ腕を硬くして防御できたけど……! この人やっぱり、()()()()()()()()()()()……!!)

 

 ウタの『聞く力』よりも、サトリのいう心網(マントラ)の方が、現状は上だ。

 このままでは、こちらの攻撃は当たらず、玉に翻弄される中でルフィにも効く打撃をくらってしまう。

 

「さて、次の一匹は……?」

「クエ……!?」

 

 サトリが次に見たのは、大樹の影に隠れて震えているカルー。

 迫るサトリを見て、カルーはぶんぶんと首を振る。

 

「……まぁ、鳥はいいか」

「クエ!?」

 

 敵とすら認識されてないことはさすがに嫌なのか、カルーは意を決して前へ進みだすが、

 

「おれが手を出すまでもないってだけだぞ」

 

 サトリが指差したのは、カルーの横でふわふわと浮いている雲の玉。それが、走り出したカルーにコツンと当たり、ドン! と爆発した。

 

「カルー!!」

「……ク、エ……!」

 

 このままでは、有効打がないまま戦うことになる。

 頭を必死に回すウタだが、その間にルフィはサトリへと突っ込んでいた。

 

「あの玉のやつは、おれが仕留める! ゴムゴムの……バズーカ!」

「ほっほう! 当たらないぜ! それに、いいのか? そんな無闇に攻撃をして」

「ルフィ! 外れた攻撃で玉が跳ね返ってる!」

「お、おおお!?」

 

 ルフィのバズーカはビリヤードのように玉を弾き、それがさまざまな攻撃となってルフィたちへ襲いかかる。

 炎や武器や動物が続々と飛び出し、ウソップやサンジが必死に避ける。

 

(単純な攻撃は当たらない……! こうなったら、歌って……!)

 

 幸いにも、相手はサトリ一人だけ。

 それならば、歌で眠らせてその隙に船に乗って逃げればそれでいい。

 ウタは深く息を吸って、

 

「——この風は

「おい、その歌! なんかヤバいな!?」

 

 即座にサトリはウタの歌の脅威に気付いた。ルフィたちの相手を止めて、強引にウタヘと距離を詰める。

 

「……ぐ……ぁ」

「危なかった。なんだかよく分からねえが、その歌を聴いたあとに負ける予感がした……! なんなんだ、お前……!!」

 

 ワンフレーズも歌うことができず、サトリはウタの首を掴んで持ち上げた。

 声が出すことができなければ、ウタワールドへ引き込むことなどできない。

 

「ウタァ!」

「ほっほう! お前らの攻撃もわかってるぞ!」

 

 反射的にパンチを繰り出すルフィ。

 そして、ウタは首を絞められた状態でできる唯一の抵抗を行っていた。

 

「は、な……して、よ……!!」

 

 バチン! と、黒い火花が散る。

 体力をかなり消耗してしまうが、仕方がない。

 この『睨みつけ』で少しでも怯んでくれれば、それだけで御の字だ。

 だが、

 

「ほっほう!! 青海人にしては鋭い威圧感だな!」

(——効かない!!)

 

 分かってはいたことだ。

 ある程度の精神力を持つ相手には、ウタの『睨みつけ』は通用しない。そこらへんの下っ端ならば余裕だろうが、ウタよりも鋭敏に気配を読み取ることのできる精神を持つサトリが、この程度で怯むわけがない。

 

「ウタから手を離せェ!!」

 

 横から、ルフィの声が聞こえる。

 視界には捉えられないが、おそらくパンチを繰り出そうとしているのだろう。

 しかし、きっと通じない。

 攻撃は必ず避けられる。相手の予想を超える攻撃じゃないと、サトリは倒せない。

 

「ほっほう! お前のパンチなんて簡単に見切って——」

「ゴムゴムの(ピストル)!!」

「ゴブファ!?!?!?」

 

 ルフィの攻撃がサトリの顔面をとらえ、木の幹へとぶっ飛ばした。

 ウタは喉を掴まれて詰まっていた息を吐き出して、目の前の光景を眺める。

 

「すごいよ、ルフィ! どうやって当てたの!?」

「ん? 普通に殴っただけだぞ?」

「……あれぇ?」

 

 ルフィとウタは目を合わせながらお互いに不思議そうに首を傾げる。

 と、後ろでサトリはゆっくりと腰を上げて、

 

「なんなんだ……? 今、心網(マントラ)が乱れた……! 集中が欠けたのか……!? いや、そんなことはないはず……!」

 

 何かをぶつぶつと呟いているサトリ。

 どうやら、彼のいう心網(マントラ)が機能しなかったようだ。だから、ルフィの攻撃を予測できず、くらってしまった。

 しかし、その理由は誰にも分からない。

 

「ウタ、大丈夫か!」

「ウタちゃん! すまねえ、遅くなった!」

 

 ワンテンポ遅れて、ウソップとサンジがウタの元へやってきた。

 

「へっ! あいつ、ルフィのパンチが当たって動揺してやがる! 今がチャンスだ!」

 

 すぐさま、追いうちのパチンコをウソップが放つが、それはいとも容易く回避される。

 

「なんでおれの弾は避けんだよ!」

「ほっほーう! 少し心網(マントラ)が乱れただけで、お前の弾を避けることなんて簡単だ!」

「クソっ! おれの『目』じゃあ、あいつを狙いきれない!」

「大丈夫だよ、ウソップ! ヤソップは、どんな敵にだって狙えば必ず当たったんだから!」

 

 そう、当たるはずなのだ。

 だが、それにはサトリよりも優れた先読みをできるようにこの場で成長しなければならない。

 

「今、おれにできることはなんだ。考えろ、考えろォ〜!」

「今ここで進化だよ、ウソップ! ヤソップが狙っても当てることが出来なかったのは、シャンクスだけ……」

 

 そこで、ウタの思考が何か引っかかった。

 ふと、思ったのだ。

 おそらく、ヤソップは今のウソップよりもずっと先を見る力がある。ウタはずっと、シャンクスがそれよりも先を読んで動いているから当てることができていないのだと思っていた。

 だが、本当にそうなのだろうか。

 ウタが隣で見てきたシャンクスの本当の強さは、そこではなかったはずだ。

 

(もしかして……)

 

 シャンクスはいつだって負けなかった。誰よりも先に動き、誰に予想される前に攻撃を仕掛けていた。

 しかし同時に、相手は皆、意表をつかれたような顔をしていたのだ。

 大海賊時代の猛者たちが、そんなにも慌てることがあるのだろうか。

 

「シャンクスはそもそも、()()()()()()()()()()()()()()……?」

「お前もぶつぶつ言い出してどうしたんだ、ウタ?」

「ルフィ。できるよ、私たち」

 

 ウタの考えが正しいとしたら。

 たとえ今はシャンクスの真似事だとしても。

 

「サトリに、勝てる!」

「何か作戦があるんだな、ウタ!」

「うん! 援護は任せるよ、ウソップ!」

「おう!」

「ルフィとサンジも、私が指示するからその通りに!」

「「りょーかい!」」

 

 一斉に全員が動き始める。

 しかし、サトリに狼狽える様子はない。

 

「ほっほーう! 一気に動いて、おれの心網(マントラ)の裏をかく気か? その程度では、おれの心は乱れないぞ!」

「じゃあ、これならどう! ルフィ!」

「おう! ゴムゴムの……銃乱打(ガトリング)!!!」

 

 ルフィが狙ったのは、サトリではなく、宙に浮く玉だった。周りの玉全てにルフィのパンチが当たり、縦横無尽に玉が暴れ回る。

 さすがのサトリも、この玉を読み切るのは集中力を使うようだ。

 

「狙い通り!」

「こんなものでおれを騙せるかァ!」

 

 サトリの打撃がウタを狙うが、ウタは正面を向いたまま、真っ直ぐにサトリを睨みつけた。

 

 バチバチッ!!!

 黒い火花が散る。

 直後。

 

「——ッ!?」

「必殺、火炎星っ!!」

「うがァ!?」

 

 またしても、サトリに攻撃が当たった。

 もくもくと上がる煙をかき分け、サトリは声を上げる。

 

「何か小細工をしてやがるな! 神の遣いを騙すとは、なんたる侮辱!」

「サンジ、ラスト!」

「任せてくれ、ウタちゃん。コショウを最高のミニョネットに仕上げるために、強く粗く砕ききる……!」

 

 サンジは上へと飛び上がり、大きなタメを作ってグルグルと縦に回る。

 しかし、それだけの大技ならば、この状況のサトリでも避けるのは容易い。

 

「ほっーほっう! それは見えてるぞ! おれを舐めるなよ!」

「そうだよね。あなたには、その程度しか見えてないよね」

「何……!?」

 

 ウタの黒い火花は以前として散っている。つまり、サトリは心網(マントラ)ではなく、ただ普通に目の前にいるサンジの攻撃を見て、避けようとしているだけなのだ。

 つまり、それ以外の予想外には、一切対応する準備ができていない。

 

「クエーッ!!!」

「聞こえてるよ、あなたの勇気も! カルー!」

 

 ドンっ! と。

 力強い全力の突進が、サトリの背中に直撃した。

 そして、その衝撃でバランスを崩し、サンジが描く放物線の先へ。

 

「ま、待て……っ! それは痛い——

粗砕(コンカッセ)!!!!!」

「が、は…………!!」

 

 脳天にサンジの蹴りが直撃したサトリは、力なくその場に崩れ落ちる。身動きはもう取れそうにないが、それでも朦朧と意識は残っていて、

 

「お前たち……! 神官に裁かれないという罪は、第一級犯罪に値する……それはまさしく、全能なる(ゴッド)エネルへの宣戦布告を意味するのだぞ……!?」

「あー、そういうやつ? 別にいいよ」

 

 ウタはケロッと笑って、

 

宣戦布告(それ)はもう、済ませてるから」

 

 ゴン! とウタは最後の一撃の拳をサトリへと叩き込んだ。

 そうして、完全に意識は途絶え、ウタたちは全員で手を合わせる。

 

「私たちの、勝ち!!!」

「クエ〜〜!!」

 

 四人と一匹はカラス丸に乗り込み、迷いの森を抜けて、神の島(アッパーヤード)をひた走っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、生け贄の祭壇では。

 

「やめてくれよォ!!! 船だけはやめてくれ!!!」

 

 メリー号は、燃やされていた。

 怪我なく生け贄の祭壇に連れられたナミ、ゾロ、ロビン、チョッパー。

 その中で、ナミ、ゾロ、ロビンの三人が神の島(アッパーヤード)の探索へと出向き、チョッパーが一人で船番をすることになったのだが。

 

「生け贄が勝手に脱走したんだ。本来の裁きの形から外れた場合、それは罪となる。故に、お前が犠牲なのだ」

「ハァ……ハァ……クソォ!」

 

 チョッパーはどうにか戦おうとはしているが、相手は神官シュラ。

 パイロットのような服装とゴーグルに身を包んだ、鋭い目つきと鼻下でピンと伸びる二本の髭が特徴的な男。

 心網(マントラ)によって動きは予測され、(ダイアル)が仕込まれた燃える槍によって船も自分も攻撃される。

 おまけに、口から火を吹く大きな鳥を連れた、空中戦すらこなすのだ。

 チョッパーがたった一人で戦うのには、荷が重い。

 

「お前の命を(ゴッド)に差し出せ!!」

「い、いやだ!!!」

 

 槍を構えて向かってくる神官シュラに対して、チョッパーは決死に拳を構え、殴りかかる。

 しかし、変哲のないパンチが神官に当たるわけもない。

 

「グアアアア!!」

 

 槍がチョッパーの肩に突き刺さり、炎が溢れ出る。

 その痛みにもがき苦しむチョッパーへ、シュラは躊躇いなくトドメの一撃を……

 

獅子牙突(レオーネスラッシャ)!!!」

 

 視界に映ったのは、強靭な爪だった。

 続けて見えたのは、青い毛並みに純白の翼。

 美しい体躯を彩る蒼い炎。

 視線を上げれば。

 そこにあったのは、仲間の顔だった。

 

「ビビィ〜〜!!!!」

 

 超特急エビにチョッパーたちが連れ去られてから、必死に飛行能力で追いかけ続け、ようやく追いついたビビが、シュラの攻撃を間一髪で食い止めた。

 

「私の仲間にも、この船にも、もう傷はつけさせない!」

「不思議な力を持っているな。だが、それだけだろう」

 

 シュラはゴーグルを装着しながら、

 

「わがままを言う奴は、実に腹立たしい」

「あなたがどう思うかなんてどうでもいいわ。みんなを襲うというのなら、私はただ守るだけ」

「……ふむ。どうやら、簡単に勝てる相手ではないようだ」

 

 シュラは大きく手を広げ、叫ぶ。

 

「そこまで言うなら、守ってみろ。おれのこの紐の試練からな」

「ええ、守ってみせるわ」

 

 ビビは鮮やかな青の髪を揺らして、不敵に笑った。

 

「だって私は、守護神だもの」

「あいにくだが、この世界に神は(ゴッド)エネルただ一人だけだ」

 

 直後。

 赤と蒼の炎がぶつかり合った。

 

 




次回、ビビVS神官シュラ!

お楽しみに!


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第五十一話「ビビVS神官シュラ」

 

 ビビの悪魔の実「ネコネコの実 幻獣種:モデル『シャルベーシャ』」の力の一つである、蒼い炎を、手のひらから放つ。

 それに対抗するように、チョッパーを襲っていた神官シュラの乗る三丈鳥フザの口から業火が噴き出す。

 そんな炎の中からシュラは飛び出してビビを睨みつける。

 

炎貝(フレイムダイアル)をフザの口に仕込んでいなかったら、かなり危険だった……!」

 

 火を吐く大鳥、フザは生まれついて炎を吐き出しているわけではなく、口に仕込んだ炎貝(フレイムダイアル)を使用して炎を出している。

 それはつまり、炎を溜め込むということもできるということ。

 

「なるほど。あなたの乗る鳥に炎は吸われてしまうのね。なら……!」

 

 ビビは宙へと飛び上がり、身体を捻りながらシュラへと突き進む。

 

獅子牙突(レオーネスラッシャー)、二連!!」

 

 両手の強靭な爪を炎で覆い、それを連続してシュラへと叩き込む。

 シュラは持っていた槍で一つは防御するが、次の爪を受け止めることができない。

 

「グ……ッ!!!」

 

 シュラはフザの上から吹き飛び、宙に飛び出した。

 雲海へと落下していくシュラだが、滑らかな挙動でフザが落ちてきたシュラを背中で受け止める。

 一撃は入れた。

 しかし、ビビの顔に油断はない。

 

(あまり手ごたえがなかった。おそらく、あえて当たる瞬間に後ろに飛んだのね。浅くしか爪が当たっていない……!)

 

 さすが神官というべきか。避けることと距離を取り体勢を整えることを同時にやってのける。

 だが、機動力ならビビの方が上だ。

 もう一度同じように、さらに深く攻撃をすればいいだけだ。

 

「あァ、腹立たしき愚か者どもめ……! 怒りの求道を思い知れ」

「怒り、ですって……?」

 

 眼下には、血だらけなのにも関わらず、メリー号についた火を消そうと必死に動き回るチョッパーの姿。

 痛みと焦りで溢れる涙では、炎は消えてはくれない。

 全身で、火へと向かって身体を押し付けて強引に消火をしようとするその姿を見て、ビビは唇を噛む。

 

「あの船は、私たちの仲間であり宝なのよ! それを傷つけられ、燃やして。守ることの何が悪いっていうのよ!」

「守ることが罪なのではない。この場で素直に人質になっていればいいものを、それを嫌だ嫌だと言ってるから、罰を与えるために我らがここまでやってきているのだろうが!」

「その罰だって、あなたたちが勝手に押し付けてきただけじゃない!」

「わがままな青海人には、何を言っても意味がないということだけ分かった!」

 

 フザの上で再び槍を構えたシュラは、ビビへ向かって真っ直ぐに向かっていく。

 対するビビも、シュラへと爪を向ける。

 

 ガキンッ!!

 

 交差した爪と槍が火花を散らす。

 両者ともに傷ができることなく、二人はすれ違う。

 もう一度、ビビはシュラへと向かう。

 

「おおおおぉぉぉぉお!!!」

「あああぁぁぁあああ!!!」

 

 ビビとシュラの爪と槍がぶつかり合い、いくつもの火と炎の花弁が飛ぶ。

 結果として、シュラとビビの双方の身体に焼けた切り傷が生じた。

 

「気をつけろ、ビビ! その槍、燃えるんだ!」

「みたいね……!!」

 

 上腕の切り傷を抑えながら、ビビは空中で身体をひねり、体勢を整える。

 

「でも、こっちだってダメージを与えていないわけじゃない。このまま、押し切————!?」

 

 一気にシュラへと距離を縮めようとしたビビの身体が、空中でぴたりと止まった。

 まるで蜘蛛の巣に絡め取られたかのように身体が動かない。

 

「かかったな……!」

「体が、重い……!?」

 

 身動きの取れないビビへ向かって、シュラは一気に距離を詰める。

 

「摩訶不思議、紐の試練……!! 我ら神官の険しき試練、ちょっとやそっとで破れると思うな!!」

 

 シュラの燃える槍が、ビビの心臓を狙う。

 

「守護神だって……!? 笑わせる! この世界にいるのは、貴く遠い(ゴッド)エネルただ一人だ!!」

「ビビぃぃいい!!!」

 

 チョッパーの悲鳴が響く。

 空中で起こっている激戦に、彼は何をすることもできない。

 正体不明の拘束に成す術もないまま、その槍はビビへと——」

 

 

「少々待たせた」

 

 

 ガキンッ! と。

 何者かによって、シュラの槍が弾かれる。

 その誰かの影を見て、真っ先に叫んだのはチョッパーだった。

 

「空の騎士〜〜〜!!!!」

 

 チョッパーは首からぶら下げた笛を握りしめた。いざとなったときに吹けば、空の騎士の助けを求めることができるホイッスル。

 ビビが来る前、神官シュラが目の前に姿を現したその瞬間に、チョッパーはそれを吹いていた。

 

「珍しい客が来たな、ガンフォール! まだ神気取りか!?」

「吠えておれ!」

「今日は自称神が多いな……! 神は何人も必要ない!」

 

 と、シュラがガン・フォールへと向かおうとした、その時だった。

 

「私のことを、忘れてもらっては困るわね……!」

 

 チチチチ、と。

 火花が散るような音が響く。

 何か嫌な気配を察知したのか、シュラは慌てて振り返る。

 

「紐の試練……? そんなもので、私は縛れない……!!」

 

 燃えていた。

 ビビの全身から溢れ出す蒼い炎が、細い糸になって周囲に伸びていた。

 

「まさかお前、紐雲を……!?」

 

 神官シュラの司る紐の試練は、紐雲と呼ばれる目に見えない細い雲を張り巡らせ、相手を絡め取るもの。

 その紐雲の強度は、束になれば容易に切ることは到底できない鉄を超える力を手に入れる。

 が、しかし。

 

「どうやら、炎にはそこまで強くないようね!」

「チィ……! 小賢しい!」

 

 ビビの機動力が厄介なものであると理解しているシュラは先にビビを攻撃することを選択した。

 メラメラと炎が揺らぐ槍が、ビビへと向かう。

 

「待て! お前の敵はワシじゃ!」

「全員が、エネル様の敵だ! 順番は、我ら神官が決める!」

「——! ピエール!」

「ピエ〜〜!!」

 

 ガン・フォールはピエールに指示を出して即座に旋回し、先ほどの同じようにビビを守りに行くが、

 

「——くッ!」

「紐の試練……!!!」

 

 たった数瞬の攻防のうちに、さらなる紐雲を辺りに張り巡らせたシュラの罠に、ガン・フォールの身体が引っかかる。

 

「すでにここまで紐雲を……!!」

「相変わらず、生ぬるい!」

 

 凄まじい勢いで、シュラはビビへと向かう。

 そして。

 

「ぐ、ああああ!!」

 

 その槍は、ビビの身体を貫いた。

 しかし。

 

「……やっと、捕まえた」

「な、に……!?」

 

 シュラは急所を貫いたはずだった。

 即死とは言わぬまでも、致命的な傷のはずだ。

 それなのに、なぜ。

 

「どうしてそんな顔で、我が槍を掴んでいられる……!!」

 

 自分の身体を貫いた槍を掴むシュラの手を、ビビは力強く握りしめていた。

 その理由をビビは語る。

 

「空の騎士さんが稼いでくれたわずかな時間。それでほんの少しだけ、紐を焼き切れた。全部は無理だったけど、ほんの少し攻撃を受ける場所はずらせた……!」

「まさかお前、最初から肩を俺に攻撃させるつもりだったのか……!?」

「これくらいの傷なんて、どうってことないわ!」

 

 槍を掴む右手に力を入れたビビは、大きく左手を振りかぶった。

 ボゥ! と、左手の爪に炎が宿る。

 逃げることができないシュラは、苦し紛れに叫ぶ。

 

「すべてのものには、犠牲が伴うのだ! 生け贄ならば、生け贄なりに命を差し出せ!」

「そんな犠牲を出さないような強い人間になるために、私は海に出たのよ!」

 

 誰も死ななければいいなんて、甘いことは言わない。

 だが、せめて。

 自分の守りたいと思った人たちだけは、共に命を賭けてくれる仲間たちだけは、守れるように。

 いつか、胸を張ってアラバスタの民を守れるような、強い人間になるために。

 

「私は、負けない!!」

「——!! フザァ!」

 

 その気迫を、シュラは恐れていた。

 この一撃をくらえば負ける。

 そう思わせるだけの迫力が、ビビにはあった。

 苦し紛れに、シュラはフザへ指示を出し、炎を吐き出させる。

 しかし、ビビの表情は変わらない。

 

「私を燃やしたいなら、地獄の炎でも持ってきなさい……!!」

「ク、クソォォォオオオ!!!」

 

 シュラは槍を捨て、強引に腕を引き抜いた。ビビの爪で押さえていたため、手の甲が引き裂かれて血が吹き出す。

 それでも、後ろへ逃げて——

 

「——衝撃(インパクト)ッッ!!!」

 

 ドンッ! とシュラの背中に衝撃が走った。

 わずかに振り返ると、そこには強引に紐雲を抜け出したガン・フォールがいた。

 衝撃貝(インパクトダイアル)。衝撃を蓄積し打ち出す、空島の強力な攻撃手段。

 その衝撃は、シュラの身体をビビへ向かって吹き飛ばす。

 ビビは全身から蒼い炎を溢れさせ、それを左手の爪へと集約させた。

 

「あなたがどんなことを言おうが、私は構わない。あなたの信じるものを、否定するつもりもない。でもね……!」

 

 渾身の一撃が。

 シュラへ向かい、

 

「私の仲間に手を出したことだけは、絶対に許さない!!!!」

 

 切り裂く。

 

蒼焔獅爪(ブルーム・レオーネ)ッッ!!!」

 

 シュラの身体に、大きな切り傷が生まれ、その傷が蒼く燃え上がる。

 

「————!!!!」

 

 圧倒的な威力。

 たった一撃で意識を奪われたシュラは、フザの上から吹き飛ばされて雲海へと落ちていく。

 

「クカカカ!!」

 

 フザは必死に雲海へと落ちたシュラを追って雲の中へと飛び込んでいった。

 そして。

 シン、と。静寂で満ちる。

 

「やった……のね」

「うむ。素晴らしい攻撃だった。青海人がこの地で神官を倒すとは、にわかに信じがたいが……」

 

 ふわりと、ビビとガン・フォールはメリー号へと降り、呆然と口を開くチョッパーを見つめる。

 

「チョッパーは、大丈夫?」

「お、おう。おれは平気だけど……! ビビだってすごい怪我だ! すぐに治療しないと!」

「ええ。お願いするわ。治りが早いとはいえ……かなり、消耗してしまったから……」

 

 ビビの身体が揺れる。

 その身体を受け止めたのは、ガン・フォールだった。

 

「……見事なり」

 

 朦朧とする意識の中、無事であったチョッパーと、燃えながらも形を残したメリー号を見て、ビビは小さく笑った。

 

「なんとか、守れた……!」

 

 ビビ&ガン・フォールVS神官シュラ。

 

 

 ——ビビ&ガン・フォールの勝利!!!

 




次回は、短い幕間(この作品の空島編にとって死ぬほど大切なところ)の後にようやく日常回です。
ここからのチーム分けでようやく原作と話が変わってきます。


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第五十二話「島の唄」

幕間にするには長くなりすぎた上に、内容も本編そのものなので、普通に続きになりました。
改めて書きますが、この作品は「film RED」とも「ONE PIECE本編」とも違う世界線の話になります。
REDとも違う点があり、本編とも違う点があります。
よろしくお願いします。


 

 

 時はビビとチョッパーの元にガン・フォールが駆けつける少し前へと遡る。

 

 ——空島の外れ ガン・フォールのカボチャ畑。

 

 エネルからの裁きを逃れ、遠く離れたガン・フォールの隠れ家で、コニスたちは身を隠していた。

 ポロロン、ポロロンと、ハープの音が響く。

 

「今年は、カボチャの出来が良いのだ」

 

 ガン・フォールは、ジョウロで実りかけのカボチャに水をかけていた。

 その様子を眺めるコニスとパガヤは、まさかエネルが現れる前の先代の神とこのような形で話すことになるとは思ってもいなかっただろう。

 

「なんとお礼を申し上げてよいものか……」

「よい、サービスだ」

 

 言って、ガン・フォールはジョウロを片付け、最近取れたカボチャを使って作ったジュースを二人に手渡す。

 それを受け取ったコニスは、初めて口にするその味に目を見開いた。

 濃厚でどっしりとした味わいなのに、優しい

甘味が舌を撫でる。

 これが、青海人が普段から口にしてる大地(ヴァース)の恵み。

 

「やはり、憧れますね……」

「そうだな。やはり人は、ないものを求める生き物であるからな」

 

 ガン・フォールはそう言って、この空島の歴史を語り始める。

 空の者とシャンディアとの永く止まぬ、何百年にも渡る戦い。

 ガン・フォールはその争いを無くそうと対話での交渉を試みていたが、その志の半ばでエネルが台頭し、全ては振り出しに戻った。

 

「——スカイピアには、古くから伝わるこんな伝説がある」

 

 はるか昔、聖地アッパーヤードが生まれた日。

 島には黄金の歌声が国中に響いたと。

 それは島唄と呼ばれ、それには遠い昔の誰かが綴った歌詞があると。

 

「先ほど、コニスが弾いていたハープの音色も、島唄の一部と言われておる」

「このメロディも……ですか?」

「うむ。残念ながら、空の者には歌詞は伝わっておらんのだ。しかし、このメロディだけは誰かが聴き、覚え、紡がれてきた」

 

 ガン・フォールは、穏やかな顔で。

 

「我輩が二十年以上も前に出会った海賊とも、この話をしたのだ。いつか青海人にも、この歌を届けてほしいと」

「海賊……?」

「青き海を行く犯罪者のことだ。あの麦わらの少年たちも、我輩たち外れ者の仲間よ」

「そう、なんですね」

 

 コニスはポロンとハープを鳴らした。

 寂しげな音色が、カボチャ畑に響く。

 

「ウタさんは、とても歌が上手なようでした。この歌も、伝えればよかったです」

「そうであるな。いつか島の歌声を——島唄を我々が耳にするとき、この戦いは終わると、そう言われておる」

「それが、黄金の音色……」

「うむ。聖地は再び歌に包まれるのだ。きっと、いつかな……」

 

 直後、ピエ〜〜〜!! と甲高いピエールの鳴き声が響く。

 それは、ガン・フォールの預けたホイッスルが鳴らされたことをピエールが聞き取ったという合図。

 ガン・フォールはすぐに兜を被り、ピエールに飛び乗る。

 

「おぬしら! 留守を頼む!」

 

 笛が鳴ったということは、彼らでも困難な敵が現れたということ。

 つまり、神官が本格的に動き出したということだ。

 彼らの力ならば簡単にやられることはないだろうが、だからこそ不安なこともある。

 

「ゲリラたちも動き出せば、事態は深刻……!」

 

 海賊、神官、シャンディア。三つの勢力がぶつかり、もし神官かシャンディアのどちらかが落ちることがあれば、エネルが君臨してから続いてきた均衡が崩れることになる。

 さらに、麦わらの少年たちは、そんな均衡の崩壊を巻き起こすだけの力と影響を持つ者たち。

 

「嵐が起きるぞ……!!」

 

 せめて、少しでも良い方へ空島の未来が進むように。

 先代の神、ガン・フォールは神の祭壇へと向かう。

 

 

 

 

 

 ——ジャヤの外れ モンブラン・クリケットの家。

 

 

 麦わらの一味を突き上げる海流(ノックアップストリーム)によって空へと運び、空島への手引きをした猿山連合軍は、拠点への戻り、そわそわと海と空を交互に見つめていた。

 

「大丈夫かなぁ、あいつら……」

「空島がなかったら、今頃海に打ち付けられて……」

 

 マシラとショウジョウは、心配そうに言葉を重ねる。

 空島はあると、この場いる全員が信じている。だが、誰もその目で空島の存在を確認したわけではないのだ。

 万が一がないという確信も、同じように存在しない。

 

「狼狽えるんじゃねえ、お前ら! ロマンを追って旅路に出た奴らの心配をすること自体が、あいつらの夢への冒涜だ!」

「それは分かってるけどよぉ……」

 

 そうは言いつつも、マシラはそれ以上のことは言わない。

 口にしないだけで、親分であるクリケットも心配なのだ。

 さっきから忙しなくタバコを吸っては、全てを吸い切らぬうちに火を消し、また新しいタバコをつける。

 何か手を動かしていなければ、不安な想像に思考を奪われてしまうことを分かっているのだ。

 嫌な沈黙だった。

 それを嫌ってか、クリケットは特大のため息を吐いて、おもむろに自分の家へと向かい、一冊の本を持ってきた。

 

「ノーランドの航海日誌……?」

「ああ。夢とロマンを追った、正直者の日誌だ。ここに、確かに空島の存在を示唆する記述がある」

 

 だから、空島はある、と。

 クリケットは自分に言い聞かせる。

 そのまま気を紛らわせるように、他のページもペラペラとめくっていく。

 

「そういえば、このページくらいは、あの小娘に見せてやってもよかったかな……」

 

 航海日誌を覗き込んだショウジョウは、ポツリと呟く。

 

「それって、ノーランドが最後に残したっていう……?」

「ああ。髑髏の右目に黄金を見た。これがノーランドが残した最後の言葉だ。だが……」

 

 クリケットはもう一つ、ページを捲る。

 

「それとは別に、まったく意味のわからない、脈略のない文章があるんだ」

 

 日誌でもなければ、情報でもない。

 一言で表すならば、これは。

 

「おれはこれを『詩』だと思ってる」

「歌……?」

「この詩にメロディがあったのかどうかも、おれには分からねえ」

 

 これはきっと、黄金郷に関わる何かしらのメッセージだとクリケットは考えている。

 クリケットは、自分たちが手助けをした海賊たちの手配書を眺めた。

 

「『麦わらの一味 歌姫のウタ』、か。あの小娘にこれを見せれば、メロディでもつけて歌ってくれたんだろうが……」

 

 ノーランドは、日誌に書かれた歌詞をなぞる。

 

 

 ただひとつの夢 決して譲れない

 心に帆を揚げて 願いのまま進め

 いつだってあなたへ 届くように歌う

 大海原を駆ける 新しい風になれ

 

 

「気休めでこの歌を歌ってもらうつもりは、毛頭ねえ」

 

 クリケットはニヤリと笑う。

 

「いつかこの歌を聴くときが、おれたちが黄金郷を見つけるときだ。それこそ、ロマンじゃねえか!」

 

 声を張って、クリケットは言う。

 ただ、と。

 クリケットはパタンと航海日誌を閉じて、小さく呟いた。

 

「教えてくれよ、ノーランド。この歌は一体、誰に届けようとした歌なんだ」

 

 何もない目の前に、クリケットは問いかける。

 しかし、海も空も、何も言うことはなかった。

 

 

 

 

 ——シャンディア(ゲリラ) 雲隠れの村。

 

 遠くの気配や声を聞くとされるエネルの心網(マントラ)の範囲の外に位置する、神の島(アッパーヤード)の外れの村。

 そこでは、エネルへの反逆を企てるシャンディアと呼ばれるゲリラたちが息を潜めている。

 その村の中で、ヒソヒソとしながらも、機嫌が良さそうに鼻唄を歌う少女が一人。

 

 ——ただひとつの夢〜♪ 決して譲れない〜♪

 ——心に帆を揚げて〜♪ 願いのまま進め〜♪

 

 その少女は、肩掛けのバッグを大切そうに抱きしめながら歩いている。

 

「どこへ行っていた、アイサ」

「わっ!?」

 

 上機嫌な少女に声をかけたのは、真っ黒なモヒカンとサングラスの痩せ型な男。

 その男の名を、その少女——アイサは口にする。

 

「げ、カマキリ!」

「また神の島(アッパーヤード)か。バッグの中身は大地(ヴァース)だな? 危険すぎる。ほどほどにしろ」

「べろべろべろ! あたいの勝手だよ!」

 

 カマキリから逃げるように走り出したアイサだが、その途中でテントから聞こえてきた声に足を止める。

 

「どいつもこいつも、排除すべきだ!」

 

 シャンディアの戦士をまとめるリーダーのワイパーの声だった。

 アイサはひっそりとテントを覗き込む。

 左目の周りから後頭部にかけて、そして左肩の周りに刺青を入れた、いつもタバコを咥えている筋肉質な男が、主要武器であるバズーカを抱えながら怒鳴っていた。

 彼の怒りは、アイサが物心ついたときから褪せることはない。

 ワイパーの主張は昔から変わらず、一つだけだった。

 

「『シャンドラの灯をともし、島の歌を響かせろ』。これが、大戦士カルガラの言葉だ」

 

 耳にタコができるほど聞いた言葉。

 先代の神、ガン・フォールだとしても、(ゴッド)エネルだとしても、ワイパーにとっては関係ない。

 目的はただ一つ。

 神の島(アッパーヤード)

 

「帰るんだ。シャンディアの四〇〇年前の、故郷に……!!」

 

 鋭い目つきで決意を口にするワイパー。

 そんな姿をテントの隙間から覗いていたアイサは、「おーこわ!」とテントを閉じて踵を返した。

 そしてまた、先ほどの歌を歌い始める。

 

 ——いつだってあなたへ〜♪ 届くように歌う〜♪

 

 アイサは歌いながら、テントの側で武器の整備をするカマキリに問いかける。

 

「ねえ、カマキリ。この歌って、本当に大戦士が作ったの?」

「ん? ああ、島唄のことか? どうだろうな。おれ大戦士カルガラとノーランドが二人で作ったって聞いてるぜ」

「二人で? じゃあこれは誰に向けた歌なの?」

「さあな。大戦士カルガラが交わしたノーランドとの約束ってことしか知らねえよ」

「もう一度、会いたいってこと?」

「ああ。いつか再会をしたときに、その歌を届けてまた肩を組んで歌えるように。そのための歌なんだってさ」

「ふーん。それもきっと、大地(ヴァース)に帰れたら叶うのかな」

「きっとな。シャンドラの灯がともるときに、この歌は完成して響き渡る。ノーランドは死んじまってるから、肩を組むことはできねえだろうが」

「でも、想いはきっと……」

「そのための、何百年にも渡る戦いだ」

 

 アイサは「そうなるといいね」と呟いた瞬間。

 ピンとその背筋が伸びた。

 聞こえたのだ。

 彼女が生まれつき持つ、鋭敏な心網(マントラ)が。

 思いもよらぬ事態を察知する。

 

「ねえ、カマキリ」

「今度はなんだ。もう知ってることは何もない——」

「神官が二人、やられたみたい!」

「——なんだと?」

 

 カマキリはこの言葉を疑わない。

 幼いアイサではあるが、その心網(マントラ)はシャンディアで横に並ぶ者はいない。

 だからこそ、ひっそりと人目を盗んで危険な神の島(アッパーヤード)へと忍び込めてしまう。

 いつもは厄介に思うこの力だが、今回ばかりは大手柄だ。

 

「すぐにワイパーに知らせるぞ。何が起こったのかは分からないが、神官が二人も落ちるなんて、これ以上ない好機だ」

 

 カマキリは整備していた武器を担ぎ、すぐにテントに向かっていく。

 ワイパーやその他の仲間も事態を聞き、瞬く間にゲリラの準備を進めていく。

 慌ただしく動き始める仲間たちを不安そうに見つめながら、アイサは大地(ヴァース)を詰め込んだバッグを強く抱きしめる。

 

「不安そうね、アイサ」

「ラキ!」

 

 シャンディアの戦闘員では珍しい、女性のゲリラ——ラキが声をかけてきた。

 彫刻のように整えられたスタイルから溢れる凛とした雰囲気と鋭い目つきを前に、アイサはうっ、と後ろ下がってしまうが、本当は怖い人でないことはよく知っていた。

 ラキはアイサが握りしめるバッグを見て、

 

「そのバッグ、こっちへよこしな」

「え、なんでよ! これはあたいの秘匿バッグなのに——」

「知ってるよ。あたしも少しだけ取ってきてやるよ」

 

 ワイパーの影になるように小さく笑ったラキを見て、アイサは嬉しそうにバッグを手渡す。

 こっそりとバッグを懐に忍ばせたラキは、すぐに踵を返して戦闘準備を始める。

 カマキリやラキだけでなく、ワイパーだって本当はみんなのことを思っている優しい人だと分かっている。

 だからこそ、いつか故郷とされている神の島(アッパーヤード)で、憧れの大地(ヴァース)でみんなで過ごす日々を、アイサはまた焦がれていた。

 

「いつか、この歌も完成する日が来るといいな……」

 

 アイサは小さく呟いて、俯いた。

 そのためにどれだけの血が流れてしまうのかを想像して、不安だった。

 と、

 

「————!?」

 

 急にアイサは顔を上げた。

 彼女の心網(マントラ)が、また何かを聞いたのだ。

 それは誰かが倒れたわけでも、敵が近づいたわけでもない。

 

「誰かが、あの歌を歌ってる……?」

 

 シャンディアでも、空の者でもない。

 アイサは不思議そうに、神の島(アッパーヤード)の方角を見つめる。

 

「…………あなたは、誰……?」

 

 鬨の声を上げ、神の島(アッパーヤード)へと向かって進み始める同胞たちの背中を見つめながら、アイサは小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 ——神の島(アッパーヤード) ミルキーロード、迷いの森上流。

 

 

 神官サトリを撃破したルフィ、ウタ、サンジ、ウソップ、カルーは、カラス丸に乗って連れ去られた仲間たちが待つ神の祭壇へと向かっていた。

 

 入り組んだミルキーロードはいつの間にか一本道となっており、視界いっぱいに大樹の森が広がっている。

 今進んでいるところは、見る限りただの平原だ。

 遮るものが何もないが故に、心地よい風が通り抜けていく。

 

「風が気持ち〜!」

「ウタちゃん。次の試練が来るかもしれないんだ。気を緩めすぎるのはやめといたほうがいいぜ」

「いいじゃねえか、サンジ! 気楽にいこーぜ!」

「お、おい待てルフィ、ウタ! ここの草原に刺さってる棒、全部先にガイコツが乗ってるぞ!」

「あ、ホントだ」

 

 この試練を超えることができなかった者たちの亡骸なのだろうか。

 死ねば骨だけ。

 そんな中でも、ウタはのんびりとカルーの羽毛をクッション代わりによりかかって、鼻歌を歌う。

 

「〜〜♪」

 

 風が気持ちいいときには、このメロディがよく似合う。

 

「そういえば、その歌のときだけ、ウタって鼻歌だよな」

「うん。これね、昔にシャンクスから教えてもらった歌なんだ! シャンクスも詩は知らなかったみたいで、メロディだけなの!」

 

 かつては、自分で詩をつけてみようとも思ったことがある。

 しかし、ウタの思いつく言葉では、どんな詩もこのメロディの本質を彩ることはできなかった。

 

「へぇ〜。でも、どうして急にその歌なんだ?」

 

 首を傾げて問いかけたルフィに対して、ウタも同じように首を倒した。

 

「うーん。なんでだろ?」

「なんだそりゃ」

「なんとなくなんだけど、思い出したの。懐かしいメロディが、聞こえてきた気がして」

「ふ〜ん。おれには聞こえねェけどな」

「そりゃあ、おバカなルフィには聞こえないよ」

「な、なにぃ!? おれはバカじゃねえ!」

「はいはい。分かってますよ〜」

「バカにしてるだろ、ウタ!」

「あははっ! ルフィってば、単純すぎ!」

 

 ウタは楽しそうに笑って、ルフィの鼻先をツンとつついた。

 フガっと仰け反ったルフィは、ムキー! っと暴れ始めるが、カラス丸が横転するかもしれないと感じ取ったサンジとウソップが慌てて押さえつける。

 そんな様子もひとしきり笑ったウタは、風で揺れる髪をかけ上げて、呟く。

 

「歌詞はつけてないけど。この歌の名前はもう決めてあるんだ」

 

 ウタは言う。

 

「——風のゆくえ」

 

 この歌にはきっと、本来歌詞があったはずだ。

 誰かが、届かぬ想いを届けようとした、さまざまな気持ちの絡む尊い詩が綴られていたはずだ。

 

「いつかこの詩を見つけたら、思いっきり歌いたいな〜!」

 

 ウタは大きく両手を広げた。

 優しい風が指先に絡む感じが、なんともいえず気持ちいい。

 このままのんびりと、メリー号へと到着するのだろうと誰もが思った、その瞬間。

 

「「——!!??」」

 

 ウタとウソップが、ほぼ同時に気がついた。

 

「何か来るぞ!」

 

 すぐに身構えたウソップを見て、サンジとルフィが構える。

 

「あの格好は……!」

 

 ミルキーロードをスケート靴のようなもので滑走しながらやってきたのは、民族衣装を身にまとった武装集団。

 それはウタたちが空島へとやってきた瞬間に襲ってきた者と同じ外観。

 おそらく、ゲリラと呼ばれる者たちだ。

 

「…………!」

 

 ゲリラの先頭を走る刺青の入った男が、肩に担いだバズーカをこちらへ構える。

 そして、迷いなく引き金を引いた。

 

「——! ゴムゴムの……風船!!」

 

 皆の盾になるように身体を膨らませたルフィが、バズーカの弾を弾き返し、大木の幹に直撃した。

 

超人系(パラメシア)か……!」

 

 人の限界を超えたルフィの身体を見て、悪魔の実の能力者だと察したゲリラは、距離を取って大木の枝を足場にして立つ。

 

「お前たちか。スカイピアで暴れてる青海人ってのは。神官を倒したようで浮かれてるかもしれねえが、死なないうちに青海に帰るんだな」

「帰らないって、言ったら?」

 

 問いかけたのウタだった。

 それに対して、ゲリラはこちらを睨みつけて、

 

「おれたちの邪魔をするなら、エネル同様、消すぞ」

 

 それだけ言って、ゲリラは森の中へと消えていった。

 なんだったんだと、ルフィは苛立ちをあらわにしてゲリラの背中を睨みつける。

 

「……なんだか私、あの人たちが悪い人には見えないや」

「何言ってんだ、ウタちゃん。おれたちは攻撃されたんだぜ?」

「分かってるけど、でも……」

 

 ウタはなぜか、空を見上げる。

 

「何かが……誰かが……待ってる気がするの」

「おれにはなーにも聞こえねえぞ、ウタ」

 

 サンジもウソップも、ウタの言葉は真に受けない。

 しかし、それでもウタだけは。

 

 風のゆくえと名付けるつもりの歌を口ずさみながら、どこか遠くをじっと眺めていた。

 



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第五十三話「再集合、再出発」

 

 

「えええええ〜〜〜〜!?!?!? 空島が、黄金郷〜〜〜!?!?!?」

 

 神の島(アッパーヤード)の生贄の祭壇にて、改めて再集合を成した麦わらの一味は、さっそく作戦会議を始めたのだが。

 先行してこの地を探索していたナミたちから告げられた事実に、ルフィとウタは飛び上がった。

 信じられないが、ジャヤの一部は突き上げる海流(ノックアップストリーム)で島ごと空へと飛び、この空島に辿り着いた。

 それを示すかのように、島の端にはハリボテで半分しかなかったモンブラン・クリケットの家のもう半分がひっそりと佇んでいたのだ。

 

「すごいや! 本当に、黄金郷はあったんだね!」

「ああ、黄金があるんだ! ワクワクしてきた! こんな冒険したかったんだ!」

「そうこなくっちゃ!」

 

 うずうずとしているルフィとウタを見て、ナミも笑う。

 

「まァ、海賊がお宝目当てで黙ってるわけにはいかねェよな」

 

 その横で、シュラとの戦闘の傷もすっかり回復したビビも頬を緩ませる。

 

「黄金を目指す冒険……! これが、海賊……!!」

「クエー!」

 

 それを阻む敵も文句なしの強敵。

 ゾロも満足げに笑っている。

 つまり、やることは決まった。

 

「よ〜〜〜し、やるか!! 黄金探し!!!」

 

 

 

 

 …………というわけで。

 

「ヒマだな〜〜」

「はいはい。サンジに言われた通りに飲み水を作るんだからね〜」

 

 ナベの上にボウルを置いた蒸留水を作る簡易的な器具の目の前で寝っ転がっているのは、ゴロゴロと転がって水ができるのを待っているルフィと、ルフィを下敷きにして寝転がっているウタ。

 ヒマそうなルフィの頭の上にアゴを置いたウタは、充分な飲み水ができる様子をぼーっと眺めている。

 

「てか、なんでウタはおれの上に乗ってんだ?」

「ここが一番落ち着くんだも〜ん」

「……? よくわかんねえやつだなァ」

「分かんなくていーの。ほら、前見てよ」

 

 不思議そうに首を傾げながらも、ルフィはウタが上に乗っていること自体を否定するつもりはない。

 それを眺めながら、ビビとナミはひそひそと話す。

 

「ねえ、ナミ。今までバタバタしていてちゃんと見てなかったけど、あの二人っていつもあんな感じなの……?」

「最初はムズムズするけど、そのうち慣れるわよ。あの二人、距離感バグってるから」

「そ、そんなものなの……?」

「この程度でビックリしてたら、持たないわよ。前のお風呂で言えなかったけど、あの子、ルフィが寝てるときに——

 

 ——バリバリッ!!!

 

「何かあった、ナミ?」

 

 凄まじい威圧感に言葉を止めたナミは、ルフィの上でこちらをニコニコと見つめてくるウタと目を合わせた。

 

「な、なんでもないわよ、あはは〜」

 

 ナミは苦笑いをしながら、元々やっていた作業を再開する。

 

「あの子が地獄耳なの忘れてたわ……! あんたも引っ叩かれる前にどっか逃げなさい」

「う、うん! 分かった!」

 

 てこてこてこ、とやることを探すビビは、シチューを作ってるサンジを見つけ、そちらへ向かう。

 

「サンジさん! 何か手伝うことはある?」

「ありがと、ビビちゃん。でも、今のところは何もないからのんびりしててくれ」

「でも、何かさせてほしいの」

「って言われてもなァ……でも、それなら」

 

 まっすぐなビビの視線に負けたサンジは、頭をかきながら食事の材料を採ってきた剣士を呼びつける。

 

「おい、ゾロ! こっちこい!」

「ああ? なんだ」

「ちょっとこの石、剣に乗せろ」

「なんだそれ。そんなもんにおれの刀を……」

「ビビちゃんのためだ。いいから出せ」

「ご、ごめんなさい。迷惑かけちゃって。私、大人しく見てるから……」

「だー! 分かった分かった! ほら、これでどうすりゃいい!」

 

 すぐに剣を抜いて交差させた上に、サンジは頭の大きさ程度の石を乗せた。

 

「ビビちゃん。この石に火を吹いてもらってもいいかな? アツアツに熱してほしいんだ」

「……!! それならできるわ!」

 

 ビビは身体を青い獣へと変貌させ、ネコのようになった口から蒼い火を吐いた。

 石が熱されていく間に、サンジはシチューの材料を漁る。

 

「シチューはいいんだぜ。食材の栄養分を無駄なく摂取できる。ほら、採ってきたやつ見せろ」

「クルミにアロエ、バナナにニンニク」

 

 まずはチョッパーが腕いっぱいに持った材料を見せる。

 その次は、ルフィの上に乗っていたウタが飛び跳ねて、

 

「私、さっきキノコ採ってきたよ!」

「おいウタ。お前、今度は毒キノコじゃねえよな?」

「ち、違うもん!!! うっかり毒キノコなんて食べるわけないじゃん!」

 

 煽ってくるルフィの頭を引っ叩いたウタの手にあるキノコを取ったナミは、それをチョッパーの鼻元へ寄せた。

 

「どう?」

「これは食べれるぞ! 大丈夫だ!」

「ほら、大丈夫じゃん! ルフィのバカバカ!」

「あ!? お前の方がバカだろ! 今のところ、50パーセントで毒キノコだ!」

「だからあれはわざとじゃないってば!!!」

「いってぇ!?!?!?」

 

 ウタにぶん殴られて脳天がすこぶる痛むのか、ルフィは涙目で頭を押さえていた。

 それを尻目に、ゾロは刀の上の石が落ちないように支えながら、

 

「おい、チョッパー。おれが採ってきた材料も出してくれ」

「おう。ねずみとカエルだな!」

「ちょっと待てぇ! 今おかしな具材あったわよ!」

「ほらほら、ナミ。冒険に行くんだから、ちゃんとニンニクとかも食べて元気つけないとだよ?」

「そうじゃないっての!! あんたもなんか言ってやってよ、ビビ! 王族出身がこんな闇シチュー食べられないわよね!?」

「これが、海賊シチュー……!!」

「助けて、ロビンお姉様……!」

「フフ……。みんな、面白いわね」

「あひゅん……」

 

 涙を流しながら、ナミはロビンに抱きつきながら崩れ落ちていく。

 その隣で、ビビの炎によって充分に熱された石をゾロは具材が山ほど入った鍋の中へ入れる。

 

「え!? 石まで食うのか!?」

「食うかよ。石焼シチューだ。この熱でシチューを煮るのさ」

「ビビの炎だから、余計に美味しく煮込めそうだね!」

「喜んでいいのか分からない複雑な言い方しないでよ……!」

 

 ビビは困りながらも、少しだけ照れて細長い尻尾の先を指先でいじる。

 その様子がウタの何かを刺激したのか、突然にチョッパーとビビのことを抱きしめて押し倒した。

 

「はぁ〜〜! もふもふ天国……!」

「な、なんだ、ウタ!」

「ちょっと、くすぐったいってば……!」

 

 チョッパーとビビのもふもふな毛皮に挟まれて深呼吸しているウタの首根っこを捕まえたのは、ナミだった。

 

「それじゃあ、明日の作戦会議するわよ!」

「シチュー食いながらでいいか?」

「どっちにしろ食うでしょ、ルフィは! 勝手にしなさい」

「よっしゃ!」

 

 サンジが準備してくれたシチューを食べながら、一味はナミの説明を聞く。

 四百年前、神の島(アッパーヤード)はジャヤの一部だった。

 それが突き上げる海流(ノックアップストリーム)によって浮上。島雲に乗り、空島の一部と化した。

 ジャヤに生息しているサウスバードが、巨躯へと進化してこの地に生息しているのも、海雲や空雲の成分によって元々の生態系が変化したからであると。

 

「そして、ジャヤの地図とスカイピアの地図の縮尺を合わせて繋いだものが、これよ」

 

 そこにあった四百年前のジャヤは、ドクロの形をしていた。

 それを皆が確認したところで、ナミとロビンは目を合わせる。

 

「髑髏の右目に黄金を見た……!」

 

 ナミは、ドクロの形をした地図の右目の位置を指差す。

 

「つまり、私たちが目指すのはここ。この場所で、莫大な黄金が私たちを待ってる!」

「お宝〜〜〜!!!」

「目的地も決定!! 冒険だ〜!!」

 

 サンジの特製シチューを食べて満足したルフィたちは、明日の出立へ胸を躍らせる。

 と、日が沈み始めたのを見て、ロビンが口を開いた。

 

「夜も更けたわ。用のない火は消さなくちゃ。敵に位置を知らせてしまうだけよ」

「おい、ウタ。ロビンがあんなこと言ってるぞ……」

「仕方ないよ、ルフィ。ロビンは今まで闇に生きてきたんだから……」

 

 肩を組んだルフィとウタはやれやれと首を振ってから、グッと拳を握りしめる。

 

「キャンプファイアーするだろうがよォ普通!!」

「キャンプの夜はキャンプファイアーを囲んでみんなで歌って踊るのが人間ってやつだよ、ロビン!!」

 

 力で押そうとするルフィとウタを、ナミがため息を吐きながら説得する。

 

「あのね。神官だってゲリラだっている森の中で、夜になったら猛獣に襲われる危険だってあるの。ここはロビンの言う通りに——」

「オイ、ルフィ!」

 

 ナミの言葉を遮ったゾロは、サンジと二人で並んで、

 

「組み木はこんなもんか?」

「あんたらもやる気満々か!!」

「ゾロ。ここに乗せればいいの?」

「ああ、そんなもんだ、ビビ」

 

 積み上がった組み木の上部で、ビビは翼を使ってフワフワと飛んで丸太を抱きしめていた。

 

「大丈夫さ、ナミさん。むしろ猛獣は火が恐ェんだから」

 

 なんて言うサンジの後ろでギラリと光る目を見つけて、ナミは騒ぎ出す。

 が、しかし。

 

「さァ、みんな! 黄金前夜祭だよ!!」

「いただくぞ、お宝〜〜〜!!」

 

 やってきた猛獣すらも巻き込んで、麦わらの一味は炎を囲んで歌って踊っていた。

 

「ウオウオ〜!!」

「おウォウォ〜〜!!!」

 

 ルフィは狼のような猛獣と一緒に遠吠えを上げ、

 

「ラララ〜〜♪」

「ニャニャニャ〜♪」

 

 ビビとウタは肩を組んで歌う。

 それを見て、酒を飲みながら大笑いをして手拍子をするナミに、その手拍子を後押しするように楽器を鳴らすウソップとサンジ。

 火を囲みながらチョッパーとカルーは踊り、少し離れた位置でロビンとゾロがそれを眺める。

 そして、神官シュラとの戦いに参戦し、ビビとチョッパーを守ってくれた先代神、ガン・フォールも、微笑ましくその様子を見守っていた。

 

「ふふ……エネルの住む地でこんなバカ騒ぎをする者は他におらんぞ……」

「あら。傷はもう大丈夫なの?」

 

 シュラとの戦いの傷は、動物系(ゾオン)であるチョッパーとビビはすぐに癒えたが、ガン・フォールはそうではない。

 ようやく傷が癒えてきた彼は、サンジのシチューを軽く食べながら、

 

「さっきのお前たちの話を聞いていた。この島の元の名はジャヤというそうだが。我々にとっては紛れもない聖域なのだ」

 

 ガン・フォールは足元の土をすくい、指先からこぼれていく砂を眺める。

 

「緑も土も、空には元々存在しえぬもの。これらは空に生きる者たちの永遠の憧れそのもの。これを我々は……大地(ヴァース)と呼ぶ」

 

 きっと、コニスが泥人形のことを憧れと呼んでいたことも、人形を作っていた土という素材そのものが空の者の憧れそのものだったのだろう。

 ないものを求める。誰しもが抱くその当たり前の感情を、空の者はこの大地に抱いたのだ。

 だから、聖域。

 そして。

 

「して、あの子の歌は……」

「確か……風のゆくえって名前をつけていた曲ね。風が気持ちいいときに、船頭に船長さんと座って口ずさんでいたわ」

「そう、か。だが、偶然と言うには……」

 

 あごひげをねじりながら考え込むガン・フォールに、ロビンが問いかける。

 

「あなたも、あの曲を知っているの?」

「間違いがなければ、あのメロディーは『島唄』という名で空島に伝わっておるのだ。聖地アッパーヤードが生まれた日から、黄金の鐘の音とともに響いたとされる唄であると」

「なら、このメロディはかつてジャヤで歌われた曲……?」

「もう何百年も前のことだ。詳細な真実は分からぬ。この空島で生まれたのか、それともこの大地で生まれたのか」

 

 と、ガン・フォールが呟いた瞬間、一連の会話を聞きつけたウタがこちらへと飛んできた。

 

「ガン・フォールさんも、この歌を知ってるの!?」

 

 ぐいぐいと近づくウタへ、ガン・フォールは笑いかける。

 

「うむ。だが、青海人が知ってるとしたら……。ちなみに、この歌はどこで知ったのだ?」

「シャンクスから教わったの! 海賊王の船にいたときに、聞いたんだって!」

「海賊王……? それは知らぬが、もしや、あの者のことか……?」

「え!? シャンクスを知ってるの!?」

「いや、名までは知らぬ。だが、我が神であったとき……もう二十年も前になるか。その頃にここにやってきた青海人に、この歌の存在を伝えた記憶がある」

「まさか。海賊王もこの空島に来ていたっていうこと……?」

「すごい! じゃあ、私たちは海賊王が冒険した場所を進んでるんだ!」

 

 ワクワクウズウズと身体を震わせるウタは、溜まった感情を吐き出すように大きく手を広げた。

 

「きっと、この歌は大地(ここ)で生まれたんだよ!」

 

 ウタはぐいっとガン・フォールに顔を近づけて、

 

「私、分かるの! この歌はきっと、誰かに届け〜! って思って作った曲なの!」

「誰に向けてなんだ?」

「細かいことは分からないけど、ここって突き上げる海流(ノックアップストリーム)で空に来たんでしょ? なら、ここに住んでた人って、海の人と会えなくなっちゃったと思うんだ」

「つまり、うそつきノーランドが見つけた黄金郷……その住人たちが作った?」

「うーん、どうだろう。なんだかもっといろんな人の気持ちがこもってる気もするけど、間違ってはないはず!」

 

 四〇〇年も前の歌にこもった気持ちを完璧に汲み取ることは、誰にもできない。

 それでも、ウタは笑っていた。

 

「でも、歌はどこまでも届くから。クリケットさんに、聴かせてあげたいなぁ」

「この歌をか?」

「うん! だって、黄金郷で生まれた曲なんだよ! きっと、喜んでくれるよ!」

「ふふふ、そうね。彼なら、笑ってくれるんじゃないかしら」

「私もそう思う! だから私は、何があってもこの歌を届けるよ! だって私は、歌で世界中の人を笑顔にするのが夢だから!」

 

 えっへんと、ウタは胸を張る。

 巡り巡って空島まで来ているが、ウタの目的は歌で人々を笑顔にすること。

 誰かに届けという願いのこもった歌が、この空に留まり続けてるというのなら。

 

「歌に込められた想いは、どれだけ離れた人にだって届くから!」

 

 そんなことを言いながら、ウタは満足そうに笑って、

 

「それで…………ぐぅ……」

「ね、寝たァ〜〜!?」

 

 考えてもみれば、今日は空島に来た最初の日。突き上げる海流(ノックアップストリーム)に乗ってきたこともあり、怒涛の一日だったのだ。

 ぷつんと糸が切れたように寝てしまったウタが寝てしまったのと同時、キャンプファイアーの近くでルフィも寝てしまったようだ。

 やれやれ、と一味の皆が首を振り、宴の終わりがやってくる。

 境目もなく、夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 真夜中。

 ふと、ウタは目を覚ました。

 何かが聞こえた気がしたのだ。

 ゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡す。

 寝ぼけた目を擦りながら、音の方向へとウタは進んでいく。

 

 音が聞こえてくる。

 

 —— コーン……

 

 —— コーン……

 

 —— コーン……

 

 一定のリズムで響くのは、打楽器のような音。

 

「なんの、音……?」

 

 ようやくはっきりと目を開いたウタは、少し先の木の影に誰かが立っているのを見つけた。

 

「あれ。ウソップ……?」

「おおあ!?!? な、なななんだ、ウタか! びっくりさせやがって……」

 

 後ろにいたのがウタだと知って、ウソップは大きく息を吐く。

 乱れた呼吸を整えると、ウソップは振り返り、指を差す。

 そこは、メリー号が止まっている生け贄の祭壇の上。

 

 ぼやけるような霧の中に、薄らと人影が見えた。

 

「誰かが、メリー号のところに……?」

「ああ。でも、あれは敵のようには見えねえ……」

 

 —— コーン……

 

 —— コーン……

 

 それは、槌を打つ音だった。

 ボロボロのメリー号の船体を、誰かが直してるようにも見える。

 その誰かの姿ははっきりとは見えない。レインコートでも着ているのか、シルエットも曖昧で、子ども程度の背丈であることしか分からない。

 

「なあ、あれってもしかしてよ……」

 

 身体を震わせながら、ウソップはウタに呟く。

 

「お化け……なんじゃ……」

 

 ウソップがそう言った直後。

 人影の頭がこちらへ向いたような気がした。

 そして。

 

 ——大丈夫。

 

 声が。

 

 ——もう少しみんなを。

 

 優しい、声が。

 頭の中に、響いてくる。

 

 ——運んであげる。

 

 人影が、ニコッと笑いかけてきた。

 

「ぎぃやぁああああああああ!!!!」

 

 摩訶不思議な現象に頭の処理が追いつかなかったのか、ウソップは叫び声を上げて気を失ってしまった。

 その身体を支えたウタは、真っ直ぐにメリー号を見つめる。

 

「君は……」

 

 ウタは、その人影に恐怖を抱いてはいなかった。

 声から感情すらも聞き取るウタの耳は、その言葉に込められた気持ちも感じ取っていた。

 だから、ウタはこう言う。

 

「メリー……なの?」

 

 ウタの問いかけに対して、人影は返事をすることなく、ニコッと笑いかけるだけ。

 ただ、一言。

 

 ——みんなと、ずっと一緒に、冒険をしたいから。

 

 それだけ呟いて。

 人影は霧の中へと消えていった。

 生け贄の祭壇に残されたのは、ツギハギのように応急処置が施されたメリー号だけ。

 そこにはもう、誰もいなくて。

 

「……なにやってんだ、ウタ。こんな夜更けに」

 

 後ろから声をかけてきたのは、ゾロだった。

 おそらく、皆が寝ている間の見回りなどをしてくれているのだろう。

 気を失っているウソップを抱えたウタを見て、わずかに殺気が溢れる。

 敵はいないと教えるように、ウタは笑った。

 

「ウソップがおしっこしてたから、驚かそうと思って、わっ! ってやったら気絶しちゃった!」

「なにやってんだ……ったく」

 

 刀に伸びていた腕から力を抜いて、ゾロは頭をかく。

 

「ウソップはおれがそこらへんに寝かせておく。ウタもさっさと寝とけ。明日は黄金を探すんだろ?」

「はーい! ゾロもいつもありがとね!」

「寝れねえだけだ。ほら、早く行け」

 

 ウソップを抱えたゾロは、しっしっ、と手を振ってウタを見送る。

 カツン、カツン、と大樹の根をウタは歩く。

 静寂に満ちた空島の夜が、さらに更けていく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 神官シュラによってボロボロになったはずのメリー号の船体が、誰かによって修理されていた。

 一味の中でメリー号を修理できるのウソップだけ。

 しかし、当の本人は。

 

「見ろ!! 言った通りだろ! 誰かがここにいたんだ! あれは夢じゃなかったんだ!」

 

 不恰好なツギハギで修理されたメリー号を指差して、ウソップは訴える。

 お世辞にも上手とは言えない修繕に、一味の面々は苦笑いしながらも、人知れず直してくれた誰かへの感謝を口にしていた。

 自分たちへの得しかない以上、一味はこの現象をあまり気にしていない。

 だが、ウソップはアゴに手を当ててメリー号を見つめる。

 

「フライングモデルじゃねえな、ウソップ」

 

 ポツリと呟いたルフィの言葉に、ウソップは頷く。

 この空島に来たとき、メリー号は突き上げる海流(ノックアップストリーム)を進むために猿山連合軍によって様々な改造をされていた。

 だが、修理されたメリー号は、初めて出会ったときと同じ姿で修理されていたのだ。

 この空島で、元のメリー号を知っている人などいないはず。

 

「なあ、メリー」

 

 黄金を目指す冒険の準備で騒がしい一味の中で、ウソップはポツリと呟く。

 

「誰だったんだ、ありゃあ……」

「きっと、そのうち分かるよ」

 

 答えたのはウタだった。

 妙に落ち着いた様子で、メリー号のツギハギを撫でる。

 

「私たちにできることは、メリー号を大切にしてあげることだけでしょ?」

「ああ、そうだな。直ったとはいえ、メリーはボロボロだしな……」

「うん。きっとまた、あの子は来てくれるよ」

 

 芯の通るようなウタの言葉に、ウソップは小さく頷く。

 と、その横でナミが地図を開いて今後の動きについて話をしていた。

 

「それじゃあ、打ち合わせの通り『脱出組』と『探索組』はそれぞれの準備を始めて!」

 

 麦わらの一味は、ナミの提案で再び二手に別れることになった。

 一つはルフィ率いる黄金を見つけるための探索組。

 もう一つは、生け贄の祭壇から抜け、黄金郷から戻ってくるルフィたちを回収して空島の脱出に備える脱出組。

 合流先は、東の海岸。

 全ての準備を終えた一味の先頭で、ルフィとウタが両手を上げる。

 

「「行くぞー! 黄金郷!!!」」

 

 そうして、空島での再出発を果たしたのだが……。

 

「おいゾロ! 西はこっちだぞ!」

「人の話を聞かねえやつだな、ルフィ。ドクロの右目って言ってんだから、右だろうが!」

「お前の方向音痴には呆れるなァ」

「はいはーい。私たちが向かってるのは南だからこっちだよ〜」

 

 出発早々にどこかへ行こうとするアホ二人の耳を掴んで引っ張るウタは、素直に南へ進もうとしていたロビンとチョッパーを追いかける。

 

「フフフ。あの二人を南に向かせるだけでも大変なのね」

「おれはちゃんと南は分かるぞ!」

「心強いよぉ。ありがとね、ロビン、チョッパー」

 

 ルフィとゾロをぶん投げたウタは、南を指差してニコッと笑う。

 

「南、あっち。真っ直ぐ、進む」

 

 やたらと影があるウタの笑顔に苦笑いしつつも、ルフィは素直に進み始める。

 

「なんだ南か。それを早く言えよ〜」

 

 探索組は、改めて南へと進み出した。

 ウタは振り返って、メンバーを再確認する。

 

 探索組はウタ、ルフィ、ゾロ、ロビン、チョッパー。

 サンジ、ナミ、ウソップ、ビビ、カルーは脱出組としてメリー号に乗船している(ガン・フォールも同船)。

 当初は、ビビも冒険をしたいと探索組への参加を望んでいたが、船の守りを固めるためにも、どうにか説得してメリー号に残ってもらった。

 だからこそ、必ず黄金を持って帰らなければならない。

 

「だからって、すんなり黄金がありましたっていうのも、それはそれでつまらないよね〜」

「当たり前だ! 冒険なんだから、もっとワクワクすることがねえと!」

 

 ルフィは偶然に拾ったちょうど良い感じの棒を振りながら頷いた。

 

「ルフィそれ、いい雰囲気の棒だな!」

「なはは! やらねえぞ! 自分で見つけろ」

「いいなぁ〜! 棒、棒……!」

「あ、私、発見〜!」

「ああ! いいなァ〜!!!」

 

 棒を振りながらニコニコと歩くルフィとウタ。その横をソワソワと足元を見ながら歩くチョッパー。

 そんな光景を見て、ロビンは微笑む。

 

「おかしな人たちね。そんなにも探索が楽しいのかしら……。それに、アクシデントすら待ってるみたい」

 

 そんな呟きを、ロビンが口にした瞬間だった。

 

 ——ジュララララ……!

 

 その巨躯に、一味は言葉を失っていた。

 頂点が見えないほどに育った空島の大樹の幹が、動き出したのかと思った。

 だが、違う。

 その表面は分厚く青い皮に覆われており、その皮も植物には存在しないトラのような縞模様があった。

 想像を絶する大きさ。

 それはかつて、凪の帯(カームベルト)に迷い込んで出会った海王類を彷彿とさせるような……

 

「逃げろ〜〜!!! 大蛇(ウワバミ)だ〜〜〜!!!」

 

 声を張り上げたのはルフィだった。

 やっと冒険らしいハプニングが起こったからか、満面の笑みで走り出す。

 その行動で、硬直していた一味が一斉に動き始める。

 

「さすがにデカすぎるってば!?」

「ぶった斬ってやる……!」

「なんて大きさ……! これも空島の環境のせいなのかしら」

「ギャ〜〜〜!!!」

 

 大蛇(ウワバミ)が最初に狙ったのは、ルフィだった。

 

「ジュララララ!!」

「うはっ! 危ねえ!」

 

 大樹のような身体が、ロケットのように突進してくる。

 ルフィとゾロは、避けた大蛇(ウワバミ)の様子を伺う。

 ガブリと、ルフィの背後にあった樹へ噛みついていた。

 すると、

 

「あれ、もしかして……!」

「毒……!?」

「こりゃ、逃げた方が良さそうだな……!」

「コエー!」

 

 瞬く間に大樹は折れ、噛みついた部分はドロドロに溶けて重たい蒸気が上がっていた。

 あの毒でやられてしまえば、間違いなく即死。

 

「みんな、とりあえず逃げて! あとで合流しよう!」

「よっしゃ! おーい、毒大蛇(ウワバミ)〜! ついてこ〜い!」

「ジュララララ!!!」

 

 木の枝に捕まって縦横無尽に移動をするルフィを、ウタは追いかける。

 気を逸らした隙に、一味も一斉に離散し、どうにかこうにか大蛇(ウワバミ)からは逃げ切ったのだが。

 

「よし、ウタ! あったかそうな方へ行こう!」

「はいはーい。そっちは南じゃないからこっちね〜!」

 

 ルフィの肩を掴んで身体をグルンと回したウタは、二人でのんびりと黄金郷へと進むことにした。

 

「みんなと合流は、きっと目的地でできるだろうから、大丈夫だね!」

「ゾロは迷子になりそーだけどな!」

「それはほんっっっっとうに不安。なんかの偶然でサウスバードとかに引っかかって南に勝手に運ばれたりしない限りは絶対に無理だと思う」

「にししし! まァ、なんとかなるだろ!」

「……まあ、そっか! 気にしててもしょーがないね!」

 

 気を取り直して。

 ウタは鼻唄を歌いながらのんびりと進む。

 曲は「風のゆくえ」。

 海で待つ猿山連合軍に届けるために、少しでもメロディを綺麗に歌えるようにしておきたい。

 と、気持ちよくウタが歌っている最中だった。

 

「——ルフィ。後ろ、お願い」

「ふん!!!」

 

 ドゴァァン! とルフィのパンチが突如として後ろから襲いかかってきた誰かを吹き飛ばした。

 背中に翼があるので、おそらくは空の者であろうが……

 

「なんだろう、この人」

「わかんね。ヤギじゃねえのか?」

 

 完全に気を失っている空の者を眺めているルフィの、その後ろ。

 何者かがこちらを睨みつけていることに、ウタは気づいた。

 

「おい、お前ら……」

 

 刺青の入った身体を民族的な衣装で飾り付け、肩にバズーカを担いだ男。

 間違いない。

 ゲリラだ。

 

「何か用?」

 

 ウタの問いかけに、そのゲリラは——ワイパーはたった一言だけ言った。

 

「なぜお前たちが、その唄を知っている」

 

 どこからともなく、冷たい風が三人の間を吹き抜けた。

 

 




コロナになって仕事で山ほどトラブってで人生で一番辛い7月でした。乗り越えたので、のんびり書いていきます。
次回はなんと、自分で描いた挿絵を入れる予定です。
あんまり上手くないんですけど、どうしても描きたくて。
この先ものんびりよろしくお願いします。


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第五十四話「届く」

今回は挿絵を描いてみました。上手くはないですけど、よろしくお願いします。


 

「この島を出ろと、忠告したはずだ」

 

 バズーカを担いだゲリラ——ワイパーは冷たく言い放った。

 

「うるせえ! おれの勝手だろ!」

「そうだよ! 私たちの冒険の邪魔しないでよ!」

「何を言う……! この島は元々、おれたちシャンディアの土地だ……!」

「……そうなのか?」

 

 首を傾げたルフィは、ペコリと頭を下げた。

 

「そうなのか。おじゃまします」

 

 そう言ってスタコラと通り過ぎようとするルフィを、ワイパーは怒鳴りつける。

 

「待て!!!」

「なんだよ!」

 

 素通りしようとしたルフィを止め、ワイパーは視線をウタヘと向ける。

 

「そこの女」

「私のこと?」

「お前が歌っていた唄。なぜ、その唄を知っている」

 

 ウタは素直に答える。

 

「シャンクスから聞いたの! たぶん、昔にここに来たことがあるみたい!」

「青海人がスカイピアの者から聞いたのか。くだらない。聞くだけ無駄だったな」

 

 ワイパーはおもむろにバズーカを構え直す。

 明確な敵意。

 邪魔をするなら命をも奪うという覚悟と意志を持った声。

 

「ち、ちょっと待ってよ! でも、私はこの唄を——」

「御託を聞くつもりはない。この島から出るつもりがないのなら、排除するだけだ」

 

 ドンッ!

 二人へ向けてバズーカが放たれる。

 瞬時にウタの前に出たルフィは、身体を膨らませてバズーカの弾を跳ね返した。

 

「危ねえな! ウタに当たったらどうすんだ!」

「嫌ならこの土地から出ていけッ!」

 

 連続でワイパーはバズーカを放つが、ルフィ同じようにその全てを跳ね返す。

 

「何度やっても無駄だァ!」

「……らしいな。戦術を変えて——!?」

「ずっと、ルフィばっかりに任せてられないよ!」

 

 背後に回ったウタは、拳を握りしめて、その手を黒く光らせる。

 

「小娘の打撃など——」

「私だって、ルフィみたいに……!」

 

 ウタはルフィの姿を思い出しながら、パンチを繰り返す。

 ワイパーが咄嗟に取った行動は、反撃の動作だった。その行動は、簡単に言えばウタを舐めていた。

 身体の小さな女の打撃など、受けたところで大したダメージにはならない。

 それならば、次の一撃で数の不利を整えた方が良い。

 そのつもりだったのだが。

 

「ぐ、はッ……!?!?!?」

 

 腹部に直撃したその打撃は、明確なダメージをワイパーの身体に刻み込んだ。

 

(重い……! なんだ、この打撃は……!)

 

 口から血が吹き出す。

 侮っていた。

 ワイパーは瞬時に意識を切り替える。

 敵は二人。そして、そのどちらもが実力者。

 

(あれを使うのも、やむなしか……!)

 

 ワイパーはバズーカの引き金を引く。

 反射的に身体を風船にしていたルフィだったが、なぜか弾は飛んでこない。

 

「なんだ、撃ってねえのか?」

「——! ルフィ、避けて!」

 

 ワイパーの舌打ちと、ルフィが横っ飛びに回避をするのは、ほぼ同時だった。

 直後。

 ゴォォォオン!!!

 

燃焼砲(バーンバズーカ)風貝(ブレスダイアル)に溜めたガスを導線にして、青白い炎で敵を焼失させる……!」

「ルフィでも炎は危ないよ! たぶん、ガスの臭いか何かで気付けるから、感じたらすぐに避け——」

「人の心配ばかりしていたら足元をすくわれるぞ」

「ぐ、……!」

 

 大業の間に移動をしていたワイパーは、ウタの背後からキックを繰り出す。

 咄嗟に防御をしたが、その威力にウタの身体は吹き飛ぶ。

 

「ウタァ!」

「平気! 直撃じゃない!」

「こいつ、強い……! ゴムゴムの(ピストル)!」

 

 ルフィのパンチを、ワイパーは避けながら蹴り、弾く。

 だが、その弾かれた勢いで身体を捻り、ルフィは右足を振る。

 

「ゴムゴムの、スタンプ!」

「……!!」

 

 それでも、ワイパーは受け止める。

 二度、三度、放たれるゴムゴムのスタンプも、足でいなしてバズーカを構える。

 

燃焼(バーン)……」

「やらせない!」

 

 再び、ウタが横からパンチを繰り出した。

 意識がルフィへと向いていた隙間を狙った一撃。

 今度は顔を捉える。

 

「ダメ押しだ! ゴムゴムの、バズーカ!」

「何度も、やられたままでいられるか!」

 

 意地でワイパーはルフィのバズーカを避け、その両手を左腕で掴む。

 腕を縮めようとしてルフィは、反動で体がワイパーへと近づいてしまう。

 そして。

 

「エネルに使う予定だったが、やむを得ない……!」

 

 包帯で巻かれた右腕を、ルフィの額に当てた。

 その瞬間、ウタの背筋に寒気が走る。

 この攻撃は、あまりにも危険すぎる。

 

「避け——」

「……排除(リジェクト)!!!!!!」

「————ッッ!!!!!????」

 

 鈍い音が響く。

 あまりにも深く、ルフィに突き刺さる痛恨の打撃。

 サトリの衝撃(インパクト)とは比べものにならない威力の攻撃は、打撃が効かないはずのルフィの身体を吹き飛ばし、その意識を刈り取った。

 

「ルフィ!!!!!」

 

 直後、ガスの臭い。

 唇を噛み締めながら、ウタは後ろへとステップを踏む。

 

燃焼砲(バーンバズーカ)!!!」

 

 目の前に青い炎が走る。

 ウタは、その攻撃の主を睨みつけた。

 しかし、目の前に立つワイパーの姿を視界に映し、ウタは怒りに染まっていた顔を歪めた。

 

「なんで、そんなになるまで……!」

「シャンデラの灯をともすため……ッ!」

 

 肩を押さえてよろめくワイパーは、口から溢れる血を拭いもせずに言う。

 その目には、確かな意志があった。

 

「だからって、そんなことしてたらあなたの体が耐えられないよ! たった一撃で、そんな満身創痍になって……!」

「それを、覚悟と言うんじゃねえか」

 

 ワイパーはバズーカを構え直す。

 構わず、ウタはルフィが飛ばされた方向へと走り出していた。

 

「背中を見せるとは。舐められたものだ……!」

「ルフィの声が、ほんの少ししか聞こえない……!」

 

 ガスの臭いと、ワイパーが引き金を引く音を聞き、ウタは紙一重で飛び跳ねて燃焼砲(バーンバズーカ)を避ける。

 そして、ルフィが倒れているはずの場所を探すが、

 

「いない……!? なんで! 声も、すぐ近くに聞こえてるはずなのに……!」

 

 周囲を見回すが、悠長にその場を探す余裕など、ウタにはない。

 再び、ガスの臭い。

 

「なんでこんなこと……! 私たちに戦う理由なんてないのに!」

 

 青い炎を避けながら、ウタは叫ぶ。

 

「ならばこの土地から出ていけ! ここはおれたちシャンディアのものだ!」

「出ていくわけには、いかない!」

 

 ウタは、拳を握りしめた。

 

「黄金郷はあったんだって、伝えなきゃならない人がいるの……! この島を探し続けてる人に、ここにあったんだって、そう伝えなきゃならないの!」

「たかが、それだけのためにか!」

 

 鼻で笑うワイパーの態度に対して、ウタは声を張り上げた。

 

「あなたに、クリケットおじさんの夢を笑う資格なんてない!」

 

 攻防は繰り広げられている。

 バズーカで牽制をし続けるワイパーの隙を縫って近づき、黒く武装した拳を叩き込む。

 それをいなすワイパーだが、その反撃をウタは予知したかのように避け、また距離を取る。

 

「何が、目的なんだ! あったと、口で言えば済む話だろう!」

「違う……! それじゃあ、足りない!」

 

 ウタはワイパーへと向かいながら、叫ぶ。

 

「黄金の鐘を鳴らして、唄を届ける!! それだけは必ず、私とルフィは成し遂げる!!」

「なに、を……!?」

「この唄に込められた想いは、黄金郷の鐘の音に乗せて届けるんだ! そうすれば、きっと届くから!」

 

 だから、とウタは突っ込む。

 

「邪魔しないでよ!」

 

 ウタの攻撃が、ワイパーの顔をとらえる。

 しかし、その拳を掴んだワイパーは、ゼロ距離でバズーカの引き金を引いた。

 ドンっ! と今度は実弾がウタに直撃する。

 脳幹が揺れるような衝撃とともに、頭から血が流れる。自らへの被害も辞さない捨て身の砲撃。さすがのタフさというべきか、ワイパーの眼光は鋭いまま。

 ワイパーは容赦なく、ふらつくウタの胸ぐらを掴んだ。

 

「シャンドラの灯をともすのはおれたちの使命だ。お前らがでしゃばるんじゃねえ!」

「そんなの、関係ない! 私が、私たちがやりたいからやるんだ! 伝えるって決めたから……!」

 

 クリケットの顔を思い出す。

 夢に行き、ロマンを求め、そこに命を埋める覚悟を持った、誇るべき海賊。

 彼はこのままでは、ありもしない黄金郷を探して、海を潜り、死んでいく。

 ここに真実を伝える手段があるのに。

 想いの全てを届ける力が眠っているというのに。

 歌で人々を笑顔にするために海に出た。

 彷徨い続けるこの唄は、必ず鐘の音に乗ってクリケットに届く。

 そして、きっと。

 ここは雲の上だから。

 天国にも少しばかり近いだろうから。

 うそつきだと言われ死んでいった、彼にだって。

 

「くだらない夢を追い続ける青海人に、何を伝えようというのだ!」

 

 だから、ウタは叫ぶ。

 

「モンブラン・クリケットは、嘘つきなんかじゃない!!!!」

 

 その名に。

 ワイパーの表情が変わる。

 

「………………いま、なにを」

「この下の海で、沈んだと思ってる黄金郷を探し続けてる人がいるの。ずっと昔……たしか、四〇〇年前に、黄金郷はあったとウソをついて笑い物にされた探検家の言葉を、信じ続けて……!」

「その、今も探し続けてる者の名が、モンブラン・クリケットか」

 

 ウタは、力強く頷いた。

 その目にウソがないと感じ取ったワイパーは、その場に崩れ落ちる。

 

「ならば……っ! 四〇〇年前の、先祖の名は……!」

 

 涙を流しながら、ワイパーはその名を口にした。

 

「先祖の名は……ノーランドか……!!」

 

 ウタはどうしてワイパーがノーランドのことを知っているのかなど、分からない。

 ただ、クリケットと同じ使命が、戦いがあったのだ。

 長く、苦しく、命すらも危ぶまれる戦いが。

 

「あなたも……そう、なの?」

「お前たちと一緒になど、するな……!」

 

 モンブラン家の宿命を知ったとしても。

 ワイパーが向けるウタヘの敵意は、変わらない。

 

「ノーランドの子孫は、誇らしく思う。それは、偽りのない事実だ」

 

 だが……とワイパーは鋭く睨む。

 

「お前はモンブランではない!! なぜ、余計な真似をする! カルガラの意志を継ぐおれたちがあの鐘を鳴らしてこそ、意味があるんだ!」

「だったら、手伝ってよ……! こんな無駄な戦いなんかしないで、一緒に黄金の鐘を探してよ!」

「ただ空島に来ただけお前が、なぜそこまで意地になる! 何のためだ!」

「歌で人々を、笑顔にするため……!」

 

 あまりに突飛なその言葉に、ワイパーは言葉を失っていた。

 歌で、笑顔に。

 たったそれだけのために、命すらかけるこの戦場に、神の島(アッパーヤード)に足を踏み入れたというのか。

 

「私は、笑顔にしてあげたい。私がこの唄を届けて、クリケットのおじさんに心から笑ってほしい。そのためだったら、命だってかけるよ……! そのために、私は海に出たんだから!」

「…………ならば、本当にやれるというのか」

 

 ワイパーは震える声で問いかける。

 

「島唄を、鐘の音を、本当にモンブランに届けられるというのか! エネルに支配されたこの空島で! 猛者が集うこの神の島(アッパーヤード)を超えて!」

 

 どうなんだ! とワイパーは叫ぶ。

 歌を届ける? 馬鹿馬鹿しい。

 そんな簡単に鐘が鳴らせるのならば、四〇〇年もの間、待たせたりするものか。

 

「空島とシャンディアの戦いを、カルガラとノーランドの誓いを、その全てを終わらせることができると、言えるのか!」

 

 だが、どこかで期待をしている自分がいた。

 この娘は、もしかしたら。

 途絶えることのなかった意志を繋ぐだけの、意志と力があるのではないかと。

 

「届くのか……!!! この意志が、鐘の音が、唄が……!! 本当に届けられると言うのか!! 」

 

 ワイパーはいつの間にか、涙を流していた。

 ウタはただ、一言だけ。

 できる、できない、なんて曖昧な言葉ではなく。

 たった一つ。

 言い切って見せる。

 

 

「届く!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 それ以上、ワイパーが問いかけることはなかった。

 ゆっくりと身体から力を抜き、バズーカの先を下ろす。

 

「唄は、想いを繋げることができるんだよ。どれだけの時間が経っても、どれだけ離れ離れになったとしても」

 

 ウタは大きく息を吐いて、その場に座り込む。

 気が抜けた途端、ワイパーとの戦闘で負った傷の痛みが全身に駆け巡った。

 顔をしかめながら、大きく深呼吸をする。

 

「……これからどうするつもりだ」

 

 ウタの前に同じように座り込んだワイパーは、軽い声で問いかけた。

 

「え、もしかして、仲間になってくれるの!」

「勘違いをするな。目的が同じならば、一時的にでも手を組んだ方が余計な体力を使わずに済むというだけだ」

「それって、仲間なんじゃ……」

「一時休戦、および同盟だ。エネルを排除したら、同盟も終わり。次はお前たちだ」

「……ふーん。じゃあ、そういうことにしてあげる」

 

 ウタはニヤニヤと口角を緩ませながら答えた。

 もう、彼はウタのことを敵として認識していない。味方……とまではいかないだろうが、それでも同じ目的を持つ者として、警戒心は解けていた。

 

「それで、これからの方針を聞こうか」

「うーん。とりあえず、黄金郷を目指すかなぁ。まずは鐘を見つけないとだから」

「それよりも、神官たちをどうするかを考えた方がいい。エネルたちはもう動き出してる。奴らをどうにかしなければ、シャンデラの灯へは辿り着けないだろう」

「えっ? もしかして、何十人もの人がこの島で動いてる音が聞こえるのって、あなたたちじゃなかったの?」

「お前……もしかして何も知らずにおれと戦っていたのか……!?」

「だ、だって、話も聞かずに攻撃してきたのはそっちじゃん!」

「それは……そうだが……」

 

 ワイパーはため息を吐きながら頭を掻く。

 ……と、その手が突然、ぴたりと止まる。

 

「待て。お前、その規模の動きを今、この瞬間にも聞いてるというのか?」

「集中すれば、そこそこ? やろうと思えばある程度までは聞こえるだろうけど、疲れちゃうから基本は戦闘中だけかな」

「……青海人に心網(マントラ)を使いこなす者がいるとはな。それに、アイサと同じレベル……いや、戦闘にまで応用しているのなら神官クラスか」

 

 一人でブツブツと呟くワイパーは、集中して視線を遊ばせたまま、

 

「もう一つ。お前の打撃は、普通の打撃とは何かが違った。だが、(ダイアル)を使っているようには見えない。どういうカラクリだ」

「あれは……そうだなぁ。見よう見まねというか。あなたが心網(マントラ)ってよんでる力に近いんだけど」

 

 ウタはグッと拳を握り、黒く光らせたそれをワイパーにコツンと当てる。

 

「……こう?」

「それで説明をしているつもりなのか……?」

 

 ドン引きしていた。

 だが、その意味はなんとなく理解しているようで、

 

「原理は分からないが、攻撃的な心網(マントラ)を身体の一部にまとい、擬似的な衝撃(インパクト)にしているということか」

「うーーん。たぶん、そう!!」

「無理はしなくていい。お前の説明能力の低さはよく理解した」

「ば、バカにしないでよね! 私これでも、この力の使い方はルフィよりもずっと…………あ!!」

 

 ウタは振り返って、

 

「ルフィ、どこ行ったの!!!」

 

 生きているのは分かっている。聞く力云々とは別の、何か信頼や絆に近い繋がりを第六感が知覚しているのだ。

 だが、どれだけ集中しても、ルフィの正確な位置が分からない。

 

「あああ、心配心配心配!! まったく、ルフィってば、私がいないとダメなんだから!」

 

 プンスカと頬を膨らませるウタは、両手を耳に添えて、遠くまでの音を聞く。

 

「気絶してるから音が小さいのかなぁ。でも、それにしてはなんとなく動いてるような……しかも、変な動き方……! 川にでも流されちゃったのかな……」

「それはない。この近くには川も雲の川(ミルキーウェイ)もない」

「じゃあ、気絶してすぐに起きたけど、何かがあって逸れちゃったから、ルフィはルフィで黄金郷に向かってるのかな」

「手応えとして、命まで奪った感覚はない。いずれにせよ、死んではいないだろうな」

「当たり前じゃん! ルフィは死なないもん! でも、そうだなぁ」

 

 う〜〜ん、と悩むウタは、長考の上で決断をする。

 

「まあ、黄金郷へ行けばまた会えるし、いっか! ルフィなら絶対、黄金郷にきてくれるもんね!」

「その結論に達するのなら、今までの話はなんだったんだ……」

 

 戦闘しているよりも、ウタのペースに付き合う方がワイパーの体力が削れているようだった。

 深いため息を吐きながら、ワイパーは呟く。

 

「とにかく、他の青海人と合流したらどうだ。神官やエネルを討つのなら、数が多いに越したことはない」

「確かに!! 名案だね! ナイス、……えっと」

「ワイパーだ」

「ナイス、ワイパー!」

 

 ぐっと親指を立てて微笑むと、ウタは早速皆の位置を把握するための準備に入る。

 大きな深呼吸。

 意識の深くに潜水し、集中するための呼吸。

 深く、深く。

 そして広く。

 

(チョッパーとロビンは……ある程度近い位置、合流は簡単かな。まずはロビンで……あ、ゾロはなんかすごいスピードで動いてる……? 南に向かって真っ直ぐ……黄金郷へはちゃんと進んでるから、現地かな。じゃああとは……)

 

 と。

 さらに遠くへと範囲を広げようとした瞬間だった。

 

「————ぇ」

 

 その気配は、異質だった。

 望遠鏡を覗いているのにもかかわらず、その先に立つ人物と目が合ったかのような、異様な感覚。

 寒気。次いで、悪寒。

 

「……うそ、でしょ」

「おい、何があった」

 

 青ざめていくウタの顔を見て、ワイパーも戸惑いながらその顔を覗き込む。

 

「どうして……メリー号に、エネルがいるの……!!!」

 

 脱出を目指しているはずのメリー号の方角へ、ウタは声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 人の肉が焼ける臭いを、ネフェルタリ・ビビは初めて嗅いだ。

 

「バカな男たちだ……。別に私は、お前達に危害を加えにきたわけではないというのに……」

 

 焦げた身体から、黒い煙が上がっていた。

 

「サンジくん……ウソップ……!」

 

 あまりに唐突なその攻撃は、その場の全員に何が起こったのかを考える時間すら与えなかった。

 ただ、この船にどこからともなく現れた彼が、ほんの少し近づいただけでサンジとウソップが敗北した。

 その事実だけが、ただ突きつけられる。

 

「みんなを、護らないと……!!」

 

 その身体を蒼い炎と毛皮で覆ったビビは、鋭敏になった鼻の奥に染み込む二人の焼けた臭いを感じて顔を歪ませる。

 勝てる勝てないかはどうでもいい。

 とにかく、この外敵をこの船から追い出せ。

 

蒼焔(ブルーム)……」

 

 バリリッ!!!

 

 蒼い炎が溢れる爪を、エネルへと向けた瞬間。

 ビビの身体に眩い閃光が迸った。

 貫く衝撃と高熱。

 それはさながら、神の怒りを具現化したかのような雷鳴。

 おそらく、ウソップもサンジもこの雷撃にやられたのだ。当然だろう。雷を生身で受けて無事でいる人間など、存在するはずがない。

 しかし。

 

「ぉぉぉおあああああ!!!」

 

 もし、その身体が獣の体毛で覆われていたら。

 もし、咄嗟に全身を分厚い翼が覆い、守っていたら。

 もし、常軌を逸した痛みに耐えうるだけの精神力を持っていたら。

 

 その爪は、神にも届くはずだ。

 

獅爪(レオーネ)ッッ!!!」

 

 直撃は、しなかった。

 神・エネルの心網(マントラ)は、閃光に隠れた鋭い殺気を感じ取っていた。

 しかし、それでも。

 

「……ほう。(わたし)に傷をつけたか」

 

 エネルの頬にできた小さな切り傷から、血が流れ落ちる。

 

「私の仲間を、これ以上傷つけさせはしないわ!」

 

 流れた血を親指で拭ったエネルは、小さく笑う。

 

「ヤハハ……! ならば、後悔させてやろう。予定よりも、ほんの少しだけ止まろうではないか!」

 

 メリー号の甲板で、腕を広げて笑うエネル。

 その表情から、余裕は消えない。

 しかし、驕りも油断もない。

 明確に。

 ビビは、神の敵だと判断されたのだ。

 

「守ってみせるわ。ネフェルタリ家の名にかけて……!」

 

 蒼い炎を灯す守護神が、神へと牙を剥いた。




ウタの誕生日までには、次の話もあげたいなぁ(願望)


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第五十五話「開戦」

久しぶりです。
ちまちま書いてはいたのですが、どこかキリが悪くて書きづけてたら今年が終わりかけてました。
びっくりです。
今年もありがとうございました。
ふとみたら、評価のバーももうすぐ赤で満ちるようで。ありがたい限りです。
来年もよろしくお願いします。


 

 

 それはまさに、身を削る攻撃だった。

 

「ヤハハハ! 健気だな、動物(ゾオン)の女よ!」

「負け……ない……ッ!」

 

 エネルの雷撃は、ビビの反応速度では避けることができない。

 ウタのような『先読みの力』があればよかったのにと、ビビは唇を噛む。

 

「もう、ボロボロではないか! まだお前を殺す気はないぞ!」

 

 ビビの身体の至る所が、黒く焦げていた。

 今、彼女がエネルへ向かって攻撃をできているのは、動物(ゾオン)としての治癒力によるものだった。

 傷ついた箇所から治していき、強引に距離を詰める。その度に体力がなくなっていき、身体がどんどんと重く感じてくる。

 そうして得られたのは、数カ所の小さな擦り傷。

 

「面白いな。今までは避ける必要すらなかったが、心網(マントラ)を応用するとここまで狂暴な力になるとは」

 

 返事をする余裕など、ビビにはない。

 エネルは強い。

 さらに、中途半端な強者でないが故に、油断も慢心もない。

 ビビの力を適切に見積もり、万が一にも負けないように攻撃を避け、巧みに反撃をしていく。

 会話をする余力など、あるはずがない。

 

「ふむ。今後のためにも、雷撃以外の攻撃手段も持っておくべきだな。お前の仲間も、同じような力を持っているのだろう?」

「……ッ!」

 

 油断がない、どころではない。

 エネルの握る黄金の棒——のの様棒が、黒い膜で覆われ始めたのだ。

 その意味を知ったビビは、息を呑む。

 

「合っているようだな! こうして力を使えば、より強固で強靭な武器と化すのか!」

 

 素早い突きがビビを襲う。

 翼を持っていなければ、腹部に強烈な一撃を喰らっていた。

 前に進む瞬間に本能的に危機を感じ取ったビビは、大きく翼を羽ばたかせて強引に後ろへと下がったのだ。

 しかし。

 

「知っていると思うが……こちらは、自然(ロギア)だぞ」

 

 本来のエネルのリーチが、さらに伸びる。

 腕の関節部分がバリバリ、と音を鳴らしてその形を変え、長く伸びた。

 そして、避けたはずの攻撃がビビに直撃する。

 

「ぐ、ぁ……っ!」

 

 メリー号の上から吹き飛ばされたビビは、大木の幹へと突き刺さった。

 神の島(アッパーヤード)の砂埃が舞う。

 ビビの元へ移動をしたエネルは、動物(ゾオン)の変身が解けたビビの髪を掴む。

 

「ビビ……!」

 

 あまりにハイレベルな戦いの中に混じることすら出来なかったナミは、涙を流しながらビビを見つめる。

 

「安心しろ。ここに来たのは、殺すためにではない。戦ってやったのはほんの余興だ」

 

 エネルはメリー号にいるガン・フォールへ、告げる。

 

「六年かかった……が、その大仕事ももう終わりになる。その別れを、先代神に伝えようと思ってな」

 

 戦闘不能となったビビの身体を、エネルはメリー号へと投げ飛ばす。

 隠れていたカルーが飛び出し、その身体を受け止めた。

 その様子を視界にも入れず、エネルは続ける。

 

「それにしても滑稽な事だ。スカイピアの連中は、この島をただの大地(ヴァース)の塊だと思っている」

「どういうことだ……!」

「遠い過去に青海で栄えた黄金都市シャンドラ。その存在も価値も、知ることない愚かさを、滑稽だと言っているのだ、ヤハハ……!」

 

 戸惑いの表情を浮かべるガン・フォールを嘲る。

 と、その笑みがピクリと動く。

 

「……ん? また神官が一人落ちたか。まあ、仕方ない。あの小娘を相手取るにはそこらの神官では荷が重い」

 

 一人でぶつぶつと呟くエネルは、思い出したように声を上げる。

 

「そうだ。我はサバイバルゲームをしていてな。黄金をかけた生き残りゲームだ。そこの獣の女が楽しませてくれた礼だ。お前たちには、参加権を自由に行使してよい」

 

 エネルは指を二本立てる。

 一つは、このまま黄金都市を目指し、エネルと戦う道。

 もう一つは、このまま逃げ出して青海へと帰る道。

 

「ちなみに、だ。我は予想を立てていてな。このサバイバルゲームで、あと三〇分後に立っている人数を考えていたのだ」

 

 言葉を失う皆の顔を見下ろして、エネルは右の手のひらを広げた。

 それはつまり、五本の指を見せつけてるということ。

 

「五人だ。我はそう予想をしたし、その予想を実現させるつもりでいる」

 

 圧倒的な恐怖で威圧するエネルは、ナミたちを見下ろして、

 

「それでも向かうというなら、来ればいい。我は寛大な神だ。お前たちの挑戦は受け入れよう」

 

 それだけ言って、エネルはバリッ! という弾ける音とともに消えていった。

 それから、一〇秒ほど重たい沈黙が続いたのち。

 

「生き残った……」

 

 ナミが息を吐きながらヘナヘナと崩れ落ちた。

 そして、思い出したように背筋を伸ばす。

 

「そうだ。みんなの手当をしないと……!」

 

 サンジとウソップは丸焦げ。ビビも激しい戦闘でボロボロだ。

 チョッパーがいない以上、ナミがどうにかするしかない。

 

「手が足りない……! 空の騎士さん、手伝って!」

「承知した!」

 

 しかし、それでも二人と一匹(カルーはビビに対して励ましのエールを頑張って送っているだけ)では、人手は足りない。

 焦りで息が上がる。

 航海で得た知識を頭の中でフル回転させ、記憶に任せて身体を動かし続ける。

 それでも、足りない。

 

「せめて、あと一人でもいれば……」

 

 ナミは決死の治療を施し続ける。

 そんな中、緊迫した空気を吹き飛ばす軽快な音が響く。

 

 パラリラパラリラ〜!

 

 軽快なラッパの音が響き渡る。

 振り返れば、雲の道を快走する貝船(ダイヤルせん)が見えた。

 

「ナミさ〜〜ん! へそ!!」

 

 手を振るのは、スカイピアに上陸して初めて出会った空の者、コニスだった。

 そして、運転するのは貝船(ダイヤルせん)のエンジニア、パガヤ。

 さらに、その後ろには年端もいかない少女が座っていた。

 

「コニス! どうしてここに!」

「いても立ってもいられなくて! どうにか皆さんを青海まで送り届けようと思いまして!」

雲貝(ミルキーダイヤル)で新しく道を作りました! これを通れば、白々海へと直行できます!」

 

 そう二人が話している間に一人の少女がその後ろで、船から降りようとしていた。

 それを見て、パガヤが慌てて引き留める。

 

「ちょっと待ってください! これ以上奥に進んでは生きて帰れませんよ! ここもすぐに出ると約束したでしょう!」

「離せ〜!」

「アイラさん! 落ち着いてください!」

 

 バタバタと暴れるのは、初めてみる少女。

 アイラと呼ばれた少女の背中には翼が生えているため、空の者であるのは違いないが、ナミの顔を見るや否や、手に持った棒を構える様子を見る限り、スカイピアの住人ではなさそうだ。

 

「青海人! 排除してやる! アタイはシャンドラの戦士だ!」

「そんなのことをやってる場合じゃないのよ! 仲間が死にそうなの!」

「まあっ! 大変です! すぐに手当を!」

 

 コニスはすぐさまナミに救急道具の位置を聞き、メリーの船内へと入っていく。

 だが、アイラは依然として敵意を剥き出しにしたまま、

 

「青海人なんか出ていけ! 出てけ!」

「痛っ!? コニス、この子どうしたのよ!」

 

 棒で攻撃をしてきたアイサを押さえつけながら、ナミは叫ぶ。

 

「空魚に襲われていて助けたのですが、シャンドラの子のようで、仲間のところへ行くと行って聞かなくて……」

「シャンドラって、何度か話をしてたゲリラのこと?」

「そうだ! みんな、この神の島(アッパーヤード)を取り戻すために戦ってるんだ! 私だって……!」

「だからって、あなたが行っても何も変わらないわよ!」

「それがですね、ナミさん……」

 

 コニスは説明を始めた。

 アイサは気配を読み取る心網(マントラ)に長けており、それによって倒れていく仲間の声が頭に届き続けるのだと言う。

 

「ラキ……みんな……」

 

 説明が終わる頃には、アイサは膝を抱えて座り込んでいた。

 ナミやコニスが話しかけても、じっとしていられない。何かしたいの一点張り。

 と、ナミがビビの手当をしようと手を伸ばしたところで、その身体がピクリと動いた。

 

「いてて……」

「ビビ!? 気がついたの!?」

「ええ。私は大丈夫だから……サンジさんとウソップさんを……」

 

 さすが国宝である動物(ゾオン)系幻獣種か。桁外れた治癒力は、気を失ったとしても健在だったようだ。

 よろめきながらも立ち上がったビビは、神の島(アッパーヤード)を睨みつける。

 

「あれが、エネル……」

 

 圧倒的な力。

 驕りも慢心もない、絶対的な強者。

 自らが神だと言って、その事実がまかり通るほどの確かな実力があった。

 誰もが負けることは普通だと思っていた。

 むしろ、エネルの機嫌が良くなり、一味もメリー号も無事で彼が消えたことが僥倖すらあった。

 それでもなお。

 

「…………悔しい……ッ!」

 

 ビビが噛み締めた唇から、血が流れた。

 瞬き一つで簡単に落ちてしまうほどの涙を必死に堪えて、ビビは呼吸を整える。

 

「次は、絶対に負けない」

 

 そう言い切ったビビを見て、アイサは困惑していた。

 先ほど、手当を始めたタイミングで経緯は聞いている。エネルに完敗したことも、当然知っている。

 

「なんで、戦おうとするの……!」

 

 今この瞬間にも、アイサは消えゆく声を感じ取っている。

 仲間が倒れ続ける中で、アイサは疑問があった。

 勝ち目がないのに、どうしてここまで命を懸けようとするのか。この神の島(アッパーヤード)を取り戻すというシャンドラの意志に疑いはない。

 この地を守りたいという皆の気持ちに、アイサは全面的に同意をしている。

 しかし、死ぬ必要はないではないか。

 

「みんな、死んじゃうかもしれないんだよ! 神の島(アッパーヤード)を手に入れたところで、みんながいなかったら意味なんて……」

「私は、分かるわ。少しだけ」

 

 ほんの少し前に、自らの国を守るために命をかけた人々を見てきた。

 その意志を、その心の気高さを。

 ビビは理解していた。

 

「あなたたちは、ここで生まれたんでしょう?」

「…………!」

 

 ただ、この地で生まれたから。

 自分たちの帰る場所が、この土地だから。

 

「その誇りを守る意志を、私は決して笑わない。倒れていく人々を、愚かだとも思わない」

「でも、あたいにはみんなを助ける力がない……!」

「なら、力を持つ人を頼りなさい。そして、自分にしかできないことを見つけるの」

 

 泣きながら訴えかけるアイサと目線を合わせて、ビビは穏やかに伝える。

 しかし、アイサは唇を噛み締めて、

 

「そんなの、いないよ! ワイパーたちぐらい強い人なんて、どこにも——」

 

 と、アイサが振り絞ろうとした瞬間。

 

「ほっほほーう!!」

「ほっほーう!」

 

 膨らませた風船のような身体をした神官が二人、メリー号へと飛び込んできた。

 

「おれ達は副神兵長! よくもサトリの兄貴を〜!」

 

 問答無用で、二人の神官は一味へと襲いかかろうと迫ってくる。

 ナミとガン・フォールが武器を構えようとするが、それをビビは手で制す。

 任せて、と目で伝えると、一歩前へ。

 

「あなたのいう仲間がどれくらい強いのか知らないけれど」

 

 エネルに敗北して変身が解けていたビビは、再びその身体を蒼い体毛で覆う。

 空の者よりも大きな白翼が、悠然と広がる。

 ビビの強靭な爪から、蒼い焔が溢れ出す。

 そうして行った動作は、向かってくる敵に対して、ゆったりと右腕を横に振る、ただそれだけ。

 ほんのそれだけでの動きで、猛炎が、二人の神官を焼き尽くした。

 数秒とかからず敵を圧倒したビビは、アイサへ優しく微笑む。

 

「私は、強いわよ」

「………………」

 

 アイサはあんぐりと口を広げたまま、目の前の景色を見つめる。

 言葉を失っているアイサの頭にビビはポンと手を置いて、

 

「どう? 一緒に神の島(アッパーヤード)に行かない?」

「え……?」

 

 その言葉に動揺をしたのは、ナミだった。

 

「ちょ……! ビビ! 危ないわよ! あのエネルってやつとまた会ったら、今度こそ殺されちゃう!」

「大丈夫。次は負けない」

「そんなこと……!」

「それに、ルフィさんもウタも、みんなもいるじゃない。問題ないわ」

「…………はあ。これじゃあ言っても聞かなそうね」

 

 ナミは頭に手をあて、やれやれと首を振った。

 麦わらの一味というのは、どうしてこう一度決めたら頑固として譲らないのか。

 良さでもあるが、さすがに呆れる。

 

「絶対に、生きて帰ってきなさいよ!」

「もちろん!」

 

 ビビとナミは、笑顔で拳を合わせる。

 神の島(アッパーヤード)へと向かうことを決めたビビは、もう一度アイサへ問いかける。

 

「あなたは、どうする?」

「あたいも、行きたい! みんなの役に立ちたい!」

「じゃあ、一緒に行きましょう。シャンデラと麦わらの一味の共闘ね」

 

 アイサと握手をしたビビは、今度は目線を合わせずに背筋を伸ばしたまま、

 

「じゃあ、あなたにしかできないことを教えて」

 

 あくまで、対等に。

 アイサの子守りをするために握手をしたわけではない。

 その意志を尊重して、ビビは子どもではなく仲間としてアイサへ問いかける。

 その意志に恥じないように、アイサは必死に頭を回す。

 

「そ、そうだ!」

 

 アイサは周囲を見回す。

 そこには、先ほどビビが瞬殺した二人の神官が落とした(ダイアル)が転がっていた。

 それを拾い集めたアイサは、何やらそれをガチャガチャといじり始める。

 そして出来上がったのは、棒の先に捻れた二つの貝をつけた簡易的な武器。

 

 一見すると、ただ(ダイアル)をつけただけのように見えるが、

 

「あたい、何個かの(ダイアル)を一つにまとめられるんだ」

「それって、どういう……」

 

 皆が首を傾げたところで、タイミングよく大きな空魚が飛び出してきた。

 アイサは飛び出し、大きく振りかぶった武器を空魚の頭へぶつける。

 

炎の斬撃を生み出す貝(フレイムアックスダイアル)!!!」

 

 ドァア!! と。

 斬撃の形をした炎が飛び出した。

 ただ焼くのではなく、ただ斬るのでなく、焼き斬る。

 ここの一同が知るよしもないが、ワイパーの持つバズーカも、アイサが手掛けた最初期の(ダイアル)武器だった。

 

「これなら、役に立てるかな……!」

「ええ。その力、私に貸してくれるかしら」

 

 二人の戦士は、神の島(アッパーヤード)へ進み始める。

 

 

 

 

 

 

 そして、その決意と前進を感じ取った者が、神の島(アッパーヤード)に一人。

 

「急ぐよ、ワイパー! エネルも今、南へ向かってる!」

「おい! 急に走り出してどうした! さっきから止まったり走ったり……!!」

 

 ワイパーは怒鳴りながらウタの背中を追いかける。

 心網(マントラ)を使えないワイパーは、エネルがメリー号へ現れ、ウタの仲間を攻撃したことに気づいていない。

 ウタはいち早くそのことに気づいて立ち止まり、わずかに思考を巡らせた。

 メリー号へ向かい、ビビたちに加勢するか、黄金郷を目指して走り続けるか。

 ほんの数秒だけ考えて、ウタは黄金郷へ向かって走り出した。

 

「エネルがあっちこっちに飛んで回ってるみたい! そこかしこで敵の数を減らそうとしてる!」

 

 ウタは真実で真実を上書きする。

 仲間が戦っているのはワイパーも同じだ。仲間が何人倒れたとしてもエネルを倒す。その決意を持っているワイパーに対して、仲間が心配で立ち止まったなど口が裂けても言えなかった。

 

「エネルは神の社にいるんじゃないのか……!?」

「分かんないけど、一つの場所にとどまってはいないみたい! でも、きっとあいつも黄金郷を目指してる……!」

 

 進むべきは、変わらない。

 ビビともう一人、おそらく幼い誰かが一緒に神の島(アッパーヤード)へと足を踏み入れている。

 彼らも南へと向かっている以上、これから先の合流を考えても同じ場所を目指すべきだ。

 

「なら、このまま神の社へ向かう! おそらく黄金郷も同じ場所のはずだ!」

「うん! …………って、あれ。この声は……」

 

 ウタは集中力を広く浅くから、狭く深くへと切り替える。

 彼女の『聞く力』は、範囲を広げれば広げるほどその精度が落ちる。いま島の約八割ほどまで意識を広げ、人の位置を大雑把に知る程度。その中で、判別をできるのは、よく知る麦わらの一味だけだ。(ルフィは原因不明のノイズによって位置を把握できないまま)

 

 その意識を約五〇メートルほどまで狭める。この範囲であれば、かなりの精度を持って位置と状況を把握できる。

 

「——ロビンだ!」

 

 わずかにウタは走る方角を変えた。

 

「おい! どこへ行く気だ!」

「私の仲間と神官が戦ってる! 同盟、なんでしょ!」

「……すぐに倒して進むぞ!」

「そうこなくっちゃ!」

 

 ウタとワイパーは、走る速度をさらにもう一段階早める。

 そして、視界に神官と戦うロビンが映る。

 

「あいつは……神兵長のヤマか」

「強いの?」

「見れば分かるだろ。雑魚だ」

「りょーかいっ♪」

 

 二人は一気に距離を詰め、互いに攻撃の準備する。

 ウタは鼻唄を歌い、黄金の槍を生み出す。

 ワイパーは島雲を移動するのに使うスケート靴、シューターを振りかぶり、仕込んである風貝(ブレスダイアル)で蹴りの威力を底上げする。

 

「いつまでこんな枯れた都市をかばい続ける気ですか!」

「あなたには、先人の足跡を尊ぶ気持ちが全くないようね」

「私は過去にこだわらない質なのだ!」

「……そう。なら、不意打ちだって、水に流してくれるわよね」

「何を——」

三十輪咲き(トレインタフルール)!」

 

 神官長ヤマの身体から生えた無数の手が、彼の身体をその場に縛り付ける。

 だが、ロビンの数倍の質量はあるだろう巨軀を縛り付けられるのは、良くて数秒。

 

「こんなもの、すぐに……!」

「ええ。数秒で充分だもの。そうよね、歌姫さん?」

 

 瞬間。

 

「どりゃあぁああ〜〜!!!」

 

 猛烈な突きと蹴りが、神官長ヤマの意識を一瞬で刈り取った。

 

「ロビン、大丈夫!?」

「ええ。助けてくれてありがとう。歴史的に価値のある物を壊さないように立ち回っていたから攻めあぐねていたの」

「へえ〜! そんなにいいものがあるの?」

「ええ。とても興味があるわ。それに、おそらく黄金郷はもうすぐ近く」

「本当! じゃあすぐ行こう! 冒険冒険〜!」

「おい、ウタ! エネルを倒す同盟だろうが!」

「そういえば、ゲリラの人と一緒に行動してるのね」

「そう! 仲間になってくれたの!」

「一時休戦、および同盟だ! 間違えるな!」

「そんなこと言ってぇ〜!」

「ふふふ。なんだか楽しそうね。麦わらくんは?」

「逸れちゃった! なんか不思議なんだよね〜。声もなんだかボヤけてどこにいるのか分からないし……」

「そう。それで、まずは黄金郷へ?」

「うん! ルフィなら絶対、黄金郷へ辿り着くから!」

 

 満面の笑みで親指を立てるウタを見て、ロビンは微笑む。

 やれやれ、と何を言っても無駄だと観念したワイパーは先へと進み始める。

 そして、歩くこと数分。

 

「見ろ。あの巨大豆蔓(ジャイアントジャック)の上にある遺跡と、そのさらに上にあるのが、エネルのいる神の社だ」

「すっご〜い! おっきなツル!」

 

 広大な島雲から逞しく上へと伸びる、超巨大なツル。その先にはいくつかの島雲がついており、そこにも遺跡のようなものがちらほらと見える。

 とすれば、あれこそが。

 

「黄金郷、見つけたぞ〜!」

「そのオーゴン……とやらは分からないが、カルガラの故郷はあの地のはずだ」

「………………、」

 

 しかし、ただ一人。

 ロビンだけは上を見上げず、周囲をキョロキョロと見回していた。

 

「どうしたの? あそこに行けばいいんじゃないの?」

「少し……気になるの」

 

 ロビンは周囲に偏在する遺跡の残骸を眺める。ウタから見れば、ただ小規模な瓦礫の積み重ねにしか見えないが、ロビンは全く別の感想を抱いていた。

 

「ここに来る途中、慰霊碑をいくつか見かけたの。そこにはこの都市の地図もあったのだけれど、少しその地図との食い違いがある」

「……? 空まで飛んできたんでしょ? バラバラになっちゃったとか?」

「いいえ。広さも地形も、全くの別物。バラバラになっただけでは、説明がつかない」

 

 カツンカツンと、ロビンは遺跡の残骸の間を抜けながら、メモを取って状況を整理していく。

 巨大豆蔓(ジャイアントジャック)の根本へ近づいた辺りで、ロビンはぴたりとその足を止めた。

 

「やはり、おかしいわ」

「どうしたの?」

「この遺跡は、青海で栄えたシャンディアの跡地のはず。それなのに、こんなにも島雲に覆われているなんてあるのかしら」

「……? 空島だったら、あるんじゃない?」

 

 ワイパーはよく分からんという顔で首を振る。

 それに対して、ロビンが一つの説を提唱する。

 

「この都市は、おそらく突き上げる海流(ノックアップストリーム)によってこの空島へとやってきた。つまり、島雲をかき分けて上へと飛んできた」

「俺が伝え聞いているのは、四〇〇年前に突如として大地(ヴァース)が現れ、鐘の音と唄が響いたということだけだ」

「やっぱり、突然現れたのね」

 

 ロビンは頷く。

 かつてジャヤであった神の島(アッパーヤード)は、このスカイピアを突き抜けて、この島雲に着地した。

 

「この島雲よりも高い位置まで島が飛んで、ここに落ちたのなら、たとえ島雲といえど深く島雲にめり込むように落ちたはずよ」

「待って、ロビン。まだちょっとわからない」

「八〇〇年前に栄えた黄金の都市の規模が、こんなものであるはずがない」

「……おい、待て、女。それじゃあ、俺たちの故郷は、あの上じゃなくて……」

「ええ。おそらく、この島雲の下が、本当のシャンディアのはず」

 

 すぐさまワイパーがバズーカを下へ向け、ためらないなく引き金を引いた。

 轟音とともに足元の島雲にぽっかりと穴が空き、そこを飛び降りる。

 

「本当に、遺跡の奥が……!?」

 

 島雲の層を一つ下へ降りると、そこはさらに遺跡の中へ入り込んだような空間へと繋がっていた。

 四方はツタが巻き付いた石造りで、それを島雲が蓋をしているような形。

 

「すっごい! 遺跡だぁ! わくわく!」

 

 ぐるぐるとその場で回りながら飛び跳ねるウタを微笑ましく眺めながら、ロビンは遺跡の奥へと進んでいく。

 心なしか、ワイパーの表情が強張っている。

 四〇〇年もの間続いた因縁に決着をつけるためにこの地へ足を踏み入れたが、それまではカルガラの話は伝え聞くだけであった。

 大戦士カルガラ。

 かつて英雄ノーランドとともにこの地の歴史を変え、空へと飛んだシャンドラの灯を灯すために命果てるまで戦い続けた誇り高き戦士。

 そんな夢物語のような存在が生まれ育った場所が、すぐ目の前にあるのだ。

 そして。

 

「…………これが、」

 

 ワイパーは声を震わせながらも、それでもはっきりとこう口にした。

 

「これが、おれ達の故郷か……!!」

 

 ポロポロと涙を溢しながら、ワイパーはその景色を目に焼き付ける。

 堂々と、雄大に。

 その繁栄を滅びた後も誇るように力強く。

 シャンディアは、そこにあった。

 

「すっごーい! でっか〜〜い!!」

 

 と、はしゃぐウタだったが、周囲を見渡して不思議そうに首を傾げる。

 

「あれ? でも、黄金郷じゃないの?」

 

 ウタの違和感は、遺跡の全貌にあった。

 確かにここにあるのは栄えたはずの都市。

 しかし、それは全て石造りで、黄金の欠片は微塵も見当たらない。

 

「いいえ、歌姫さん。ここは確かに、黄金郷だったはずよ」

 

 すぐそばで答えたロビンは、ウタには読むことのできない文字が書かれた壁を眺めていた。

 

「こんなところに無造作に歴史の本文(ポーネグリフ)があるなんて」

 

 そこに書かれた言葉を、ロビンは読み上げる。

 

「真意に口を閉ざせ。我らは歴史を紡ぐ者。大鐘楼の響きと共に……」

「大鐘楼って……!」

「ええ。ノーランドの日誌にあった、巨大な黄金の鐘のことを指しているはずよ」

「すごいすごい! やっぱり本当にあるんだ、黄金の鐘!」

「おい、ノーランドの日誌とはなんだ! お前たち、持っていたりするのか!?」

 

 ワイパーがやたら興味津々に聞いてくるが、残念ながら期待に応えることはできない。

 青海にあると伝えると、少ししょんぼりとしていた。

 

「それにしても……」

 

 ロビンは遺跡の中を散策し、現状を把握していく。

 

「町の書物の類は全て燃やされていた。都市の歴史は絶やされていた。加えて、歴史の本文(ポーネグリフ)が運び込まれているということは……!」

 

 ロビンは遺跡を飛び出した。

 慌ててウタとワイパーがその後ろについて走り出す。

 

「戦ったんだわ。黄金都市シャンドラは、歴史の本文(ポーネグリフ)を守るために戦って滅んだ……!!」

「どういうことだ。カルガラたちよりも前の先祖が、何者かと戦っていたのか……!?」

「ええ。空白の百年に位置する八〇〇年前。そこで何が起こり、滅んだ。それでもなお、栄華を示す黄金は残り続けた。なら、四つの祭壇の中心に……!」

 

 ここに辿り着くまでに散見した痕跡を思い出し、ロビンは巨大豆蔓(ジャイアントジャック)の根本で足を止める、が……。

 

「ない……。なら、黄金の鐘はどこへ……」

「え!? 鐘、ここにないの!?」

「シャンドラの灯は……!」

「もしかしたら、ここへ飛んでくる間に落ちたか、そもそもそんなものなんて存在しなかったか……」

「そんなことないよ! 黄金の鐘は、絶対にあるもん!」

 

 ウタはバタバタと暴れて、ロビンへ訴えかける。

 だが、その動きをピタリと止めたウタは、慌てて後ろを振り返った。

 

「何やら、興味深い話をしているようだが……私も混ぜてもらえるだろうか」

 

 ウタの視線の先に座っているのは、上半身に衣類をまとわず、肩甲骨辺りから羽根ではなく四つの太鼓が連結されている。

 さらに特徴的なのは、胸元まで伸びた耳たぶ。

 普通の人間とは異なる特徴を持つその男を見て、ワイパーは低い声を上げた。

 

「……エネル…………!!!」

 

 突き刺すような殺意を、エネルは一蹴する。

 

「まあそう慌てるな。今、私は会話をしに来ているのだ」

「貴様の都合など、関係あるか……ッ!」

「いいのか? その気になれば、上層遺跡へ辿り着いたお前の仲間をここから倒すこともできるのだぞ?」

「でまかせだ」

「ワイパー。本当だよ。このツルの上に、私の知らない気配がいくつかある」

「……ほう。そのレベルの心網(マントラ)ということは、お前か。私に宣戦布告をした女は」

「うん。そうだよ」

 

 ウタの表情や立ち振る舞いに、恐怖はない。

 だが、この場で襲いかかろうという勢いもない。

 

「でも、戦う前に聞かなきゃいけないことがある」

「いいだろう。聞いてやる。端的に済ませろ」

「黄金の鐘は、どこにあるの」

「…………黄金の鐘、か」

 

 エネルは手に持っていたリンゴにかぶりつき、咀嚼しながら答える。

 

「この都市の黄金を集めたのは私だ。だが、鐘は知らんな」

「やっぱり、何かの拍子でどこかへ……」

「そんなわけがあるか! シャンドラの灯はあるはずだ!」

「シャンドラの灯……? そうか。そういうことか」

 

 エネルはピンとこちらを指差した。

 

「四〇〇年前。神の島(アッパーヤード)が現れたときに島の唄声が響いたと老人たちは話していた。それがお前のいう鐘なら、この空島へ来ているはずだ」

「じゃあ、鐘はどこに……!」

「おそらく、上だな」

 

 端的に、エネルは答えた。

 

「これだけの大地(ヴァース)が崩壊せずに形を残しているということは、一部だけがどこかへ消えたということ。なら、その可能性は限られる」

「そうだわ……! この遺跡の中心は……!」

「さすが、スカイピアに来てすぐにこの遺跡を見つけるだけあるな」

 

 まだその答えに辿り着いていないウタヘ、ロビンが説明する。

 

巨大豆蔓(ジャイアントジャック)に大地が突き刺さったときに、上へと飛び上がったのよ」

「じゃあ、鐘は遺跡の上……!?」

「そうなるな! ヤハハ! 良い話を聞いた!」

 

 リンゴを食べ終えたエネルは、ゴクリと全てを飲み込んで立ち上がる。

 

「直にゲームも終わる。あと二十分……! ついでに探しに行こうではないか!」

「…………!! エネル! 待って! あなた、一体どこに……!」

「ヤハハハ! 鋭い心網(マントラ)だ! なに、島の端のウジ虫を一匹処理するだけだ!」

「ふざけないで! そっちは——!」

 

 ロビンとワイパーはウタとエネルの会話についていけず、発する言葉を探し続けていた。

 事実、この場の誰にもエネルは攻撃していない。

 しかし、ウタの目には涙すら浮かんでいて。

 

「この、声……! あなた、パガヤさんを……!!」

「そいつが誰だか知らんが、想定してない人間まで巻き込んでしまったようだ! まったく、空の者は皆どんくさくて敵わんな! ヤハハハ!!」

 

 ウタは、血が滲みそうなほどに拳を握りしめる。

 

「……なんで、笑えるの…………?」

「滑稽だろう? 力を持たぬ者が慌てふためき、怯えている様は」

「人の命を、なんだと思ってるの……!!!」

 

 許さない、とウタはエネルを睨みつけた。

 

「ワイパー。覚悟はいい?」

「問われるまでもない」

「エネルは絶対に、ここで倒す。こんなやつに、あの鐘を渡すわけにはいかない」

 

 ウタとワイパーは前に出る。

 両者の間に火花が散っているとロビンが錯覚するほどに、彼らの敵意は鋭い。

 エネルは圧倒的であり絶対的な強者だ。

 ウタとワイパーの実力を認め、手を抜くつもりはないという表情で彼らの敵意を受け止めている。

 しかし、それでもエネルの表情には笑みがあった。

 

「ヤハハハ……! 面白い! サバイバルゲームも最終局面だ! 最後の戦いを、始めるとしようじゃないか!」

 

 エネルは手を上げ、光り輝く円柱を真上へ放った。

 誰かを狙った攻撃ではない。だが、その狙いは明らかだった。

 

「上部遺跡を……!?」

 

 既に戦闘が始まっていた遺跡の中心を巨大な円柱で貫いたのだ。

 当然、周囲にいたもの全員が、黄金都市の跡地へと落ちていく。

 

終曲(フィナーレ)だ! 思う存分、踊るがいい!」

 

 瓦礫の雨が降る。

 たまらず、ウタとワイパーはその場を離れるが、その瓦礫の中にそれぞれが見知った人間を見かけた。

 

「ラキ!?」

「ゾロと、チョッパー!?」

 

 既に激しい戦いがあったのか、傷だらけのゾロのチョッパーと、無数の神官が落ちてきていた。

 ウタは咄嗟に鼻唄を歌い、緩衝材となるクッションを生み出す。

 

「ゾロ! それ使って!」

「——ウタか!? 悪い、助かる!」

 

 身体をひねりながら、チョッパーを抱きしめる形でクッションへ背中から落下し、反動で跳ねた直後に空中で体勢を整え、無傷のまま着地する。

 その横でワイパーも髪を結んだゲリラの女性の元へ走り、その身体を受け止めていた。 そして、この遺跡への更なる来客が現れる。

 それは、どうやら上部遺跡から落下してきているわけではないようだが……

 

「「うぎゃあああ〜〜〜〜!!??」」

 

 穴の空いた雲の隙間からやってきたのは、青い翼で空を飛ぶビビと、その背中に捕まるアイサだった。

 

「ビビ!?」

「アイサか!?」

 

 だが、その様子はまるで何かから逃げているようだったが、その理由はまもなくわかった。

 

「ジュララララ〜〜!!!!」

 

 それは、ワイパーと出会う前にウタたちが遭遇し、はぐれるきっかけとなった大蛇(ウワバミ)だった。

 どうやら、なにやら酷く怒っているようで、荒ぶる大蛇からビビとアイサは逃げてきたらしい。

 

「やばいやばい! あたいたち、食われちゃうよ! もっと速く飛んで!!」

「ちょっ、そんなバタバタしないで! 誰かを乗せるのは慣れてないから、上手くバランスが取れなくて……」

「ぎゃああ〜〜!! 目の前! 目の前だってばァ!」

 

 グラグラと空中で揺れるビビを、大きく口を開いた大蛇が見つめる。

 そして。

 

「マズい……!」

 

 咄嗟に、ビビはアイサを放り投げた。

 泣き叫びながら落ちていくアイサの視界の端にとらえながら、ビビはウタを見つめる。

 

「その子、お願い!」

 

 直後。

 パクリと、大蛇はビビのことを食べてしまった。

 あまりにもあっけなく姿を消したビビだが、ウタに心配する様子はない。

 

「任せて! ほら、出番だよ、ゾロ!」

「人使いが荒れぇな!?」

 

 文句を垂れながらも、ゾロは地面を強く蹴り出して宙に飛び、アイサをキャッチして見事に着地する。

 

「おい、ウタ! ビビは大丈夫なのか!?」

「うん。多分、平気だよ。すぐに死んじゃうなんてことは、ないと思う」

「そうか。なら、ビビが戻ってくる前に、ケリつけておくか」

 

 ゾロが睨みつけるのは、ともに上部遺跡から落ちてきた神官。

 一目で強者と分かるその佇まいは、チョッパーが気絶し、ゾロがボロボロな理由をウタが推測するのに充分だった。

 空気が、どんどんと張り詰めていく。

 ピンと空気が張ったところで、エネルが呟く。

 

「これで、ほぼ全員……か?」

 

 黄金都市跡地に集ったのは、十人

 麦わらの一味は、ウタ、ゾロ、チョッパー(気絶中)、ロビン(仮仲間)、ビビ(大蛇が捕食)、ルフィ(行方不明のため人数から除外)。

 ジャンディアは、ワイパー、ラキ、アイサ。

 そして敵は、エネルとゾロと睨み合う大神官の二人のみ。

 この中から、一〇分後に立っているのは五人だけだと、エネルは宣言した。

 

「ふむ。想定よりも些か多いな。貴様たちの力量的に、大神官以外では歯が立たないとは思っていたが、よもやここまで情けないとは」

 

 エネルはそっと、右手を軽く上げた。

 そして、その指をこちら側へと向けて、

 

「仕方なし。私の手で、少しずつ減らしていくとするか」

 

 その気配にいち早く反応したのは、ウタだった。

 

「ゾロ、ロビン!」

 

 ほんの数瞬遅れて、アイサが叫ぶ。

 

「ワイパー! ラキが——!」

「——!? く、そッ!」

 

 ワイパーはアイサの言葉を聞いてからすぐに地を蹴るが、間に合わない。

 

「ふむ。悪くない心網(マントラ)だが、お前自身に力がないのが悔やまれるな」

 

 瞬間。

 雷鳴が轟く。

 

 最初の犠牲者は、ワイパーの仲間である、シャンディアの女戦士。

 長い黒髪を結んだ美形の彼女が、瞬く間に黒く焦げ、その場に崩れ落ちる。

 

「エネルッッ!!!」

 

 ワイパーのこめかみに青筋が走る。

 開戦に、狼煙もゴングもなかった。

 しかし、ウタは一切の遅れを見せない。ワイパーがエネルへと走り出した時には、既に彼へと向かっていた。

 

「やるよ、ワイパー! エネルは、私たちがここで倒す!」

「ああ! 足を引っ張るなよ、歌姫!」

「こっちのセリフだっての!」

「ヤハハハ! かかってこい! 貴様らの誇りも、全て我が野望の養分だ!」

 

 両手を広げ、高らかに笑うエネル。

 対して、向かうはウタとワイパー。

 ゾロはチョッパーとロビンの前に出て、大神官との睨み合いを続けている。

 

 四〇〇年の時を超えた因縁と約束に決着をつけるための戦いの火蓋が、ついに切られた。

 




書くことは決まってるので、次の話のサブタイだけ書いておきます。
第五十六話「ちょっとムジカ」です。
お楽しみに!


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第五十六話「ちょっとムジカ」

 黄金都市、シャンドラの跡地。

 かつてジャヤと呼ばれたこの地で、空の国を奪い合う戦いが始まった。

 敵は神・エネルと、その幹部である神官のオーム。

 サングラスをかけた坊主頭ととんがった髭が特徴的な彼は、実力は幹部格でも上澄み。

 ビビとガン・フォールが二人がかりであるようやく倒すことのできたシュラよりも強いとするならば、強大な力を持つエネルと戦う片手間で倒すことは困難だろう。

 

「どうする、ウタ」

 

 剣を抜いたゾロが問いかける。

 誰が誰と闘うのか。

 ウタは一瞬の間もなく答える。

 

「あのサングラス、ゾロ一人で倒して。あとは全員で、エネルをやる」

「いい案だ。すぐに手伝う」

 

 二人は目も合わせず、ほんの一言で作戦を決めた。

 ゾロはオームへと駆け出し、ウタはワイパーの隣に立つ。

 

「ワイパー。一つ、お願いがあるんだけど」

「なんだ?」

 

 ウタがワイパーへと耳打ちをすると、ワイパーはその耳を疑う。

 

「おい、正気か!?」

「それくらいしないと、あいつは倒せない」

「…………死ぬかもしれないぞ」

「そんなことを怖がってたら、何もできないよ」

 

 ウタの目を見てワイパーは渋々その要求を飲む。

 

「……倒すぞ、あの神とやらを」

「うん! やろう!」

 

 ウタとワイパーへ向き合う。

 対して、二人の作戦会議が終わるまでに余裕綽々で待っていたエネルは、ゆっくりと二人へ殺意を向ける。

 

「こそこそと話をいていたようだが、よもや小細工で私を倒そうなどと考えているわけではないだろうな」

「安心して! 正面からぶっ飛ばす気でいるから!」

「ヤハハハ! 面白い! やってみろ!」

 

 直後、ウタは叫ぶ。

 

「ワイパー! 横へ!」

「——ッ!」

 

 瞬間的に、ワイパーは右へ飛ぶ。

 その直後。

 ドガンッ! と雷がワイパーがいた場所を弾き飛ばした。

 

「悪い、助かった!」

「余裕があるうちは言うから! 無理な時は気合いで避けるか耐えて!」

「やるしかないか……!」

 

 エネルの攻撃は、初動を見てから避けるのでは完全に避けられない。

 ウタは『聞く力』によって敵意を聞き分け、避けることができるが、ワイパーにその力はない。

 できるとすれば。

 

「あたいも戦うよ、ワイパー!」

「アイサ!? 何やってんだ!」

 

 ワイパーの背中に飛び乗って、アイサは叫んだ。

 

「あたいの心網(マントラ)なら、避けられる!」

「バカいうな! もし当たりでもしたらお前は……!」

「それでも、戦うんだ! あたいだって、戦士になるんだ……!!」

 

 ぎゅっと、ワイパーの身体を抱きしめるアイサの声には、確かな覚悟があった。

 ワイパーは思い出す。

 大戦士カルガラの勇姿を伝え聞き、この地を取り戻す決意を固めたのも、ちょうどアイサくらいの歳の頃だった。

 その気持ちを、覚悟を、今も忘れたつもりはない。

 つまり、だ。

 

 アイサが抱いてる覚悟だって、かつてワイパーが宿し、今もこの心を支えているものと変わらない。

 

「役に立たないと思ったら、投げ捨てるからな」

「ずっとくっついてるもん!」

 

 強気に声を張り上げるアイサは、ウタの方を睨みつけた。

 

「やい! 赤白髪の青海人!」

「えっ? 私のこと?」

「ちょっと心網(マントラ)が使えるくらいで調子に乗らないでよね! ビビお姉ちゃんより弱いだろうし、ワイパーの足引っ張ったら許さないよ!」

「かっちーん! 私のことバカにしたね!? これでもワイパーにも負けないくらい強いんだから!」

「嘘つき! そんな細い身体でワイパーに勝てるわけないじゃん!」

「なにをォ!? ねえ、ワイパー! あなたからも言ってあげてよ!」

「まあ、まだ子どもなんだ。口の悪さくらい多めに見てやれ」

「シャンデラの仲間意識強すぎて身内びいきが酷い!」

「へへーんだ! サクッとエネルに負けても知らないからな!」

「あなたこそ、負け惜しみ言ったって知らないんだからね!」

「それはこっちの——」

 

 

 瞬間。

 アイサとウタの顔が瞬時にエネルへ向いた。

 ウタは咄嗟にワイパーへ声をかけようとするが、その必要はなかった。

 もうすでにアイサはワイパーの身体を反射的に逃げる方向へ引っ張っていたのだ。

 両者、ほんの数瞬の間の後に、横へ飛ぶ。

 直後、二人がいた場所が雷で吹き飛んだ。

 

「ふむ。神官に劣らないどころか、心網(マントラ)の質に関しては一歩先にいるな」

 

 小手調べ程度の一撃。

 されど、当たれば致命の強撃。

 次は当てるぞ、という真剣な表情のエネルを前に、ウタの顔から緩みが消える。

 

「これで、いけるね」

「ああ。おれたちで倒すぞ」

 

 エネルは不愉快そうに三人を見下ろす。

 圧倒的な力は見せた。

 絶望的な状況に追い込んだ。

 それでもなお、目の前の敵の闘志は消えるどころか、それを燃料にさらに燃え上がっている。

 

「貴様如きが神を倒せるとでも思っているのか?」

「大戦士カルガラは、神を殺した。おれは、その地を継ぐシャンディアの戦士だ!」

「……不敬だな」

 

 エネルは腕を伸ばし、こちらへと向ける。

 ゆったりと予備動作。

 しかし、

 

「ワイパー! 連続で攻撃がくる!」

「——ッ!」

 

 ドガガガガガッ! と。

 槍のような雷の雨が降る。

 攻撃力を落としながら、当たる確率を少しでも増やす攻撃。

 自分の力で避けているウタとは違い、心網(マントラ)の伝達という工程が挟まるアイサとワイパーにとって、これを避けることは至難の業だ。

 だが、ワイパーはアイサの指示の全てを信じ、避け続ける。

 そして、不規則に雷を落としているが故に生じる偶然に生じた安全圏で、ワイパーはバズーカを構えた。

 それはアイサの(ダイアル)遊びから生まれた、複数の(ダイアル)を組み合わせることによって作られた武器の一つ。

 一度引き金を引くとガスを放ち、もう一度引くと火を吹く、火炎の砲撃。

 

燃焼砲(バーンバズーカ)!」

 

 二度引き金を引くという予備動作を、当然エネルは鋭敏な心網(マントラ)で感じ取っている。

 しかし、エネルはその攻撃を避けない。

 否。

 攻撃とすら、認識していない。

 

「——なッ!?」

 

 ワイパーはその目を疑った。

 炎の柱は確かにエネルを貫いた。しかし、貫かれた穴はパチパチと白く弾けながら塞がっていく。

 まるで水槽に溜まった水を手で掘ろうとするかのように。エネルの形に身体が戻っていく。

 

「我は、神なり」

 

 その光景はあまりに絶望的だった。

 だが、狼狽するワイパーとアイサの横で、真っ直ぐにエネルへ向かう影が一つ。

 

「あなたは、神なんかじゃない……!」

 

 ウタは拳を握りしめ、その右拳を黒く染める。

 

「おい! そんな真正面から突っ込んだところで……!」

「じゃあ、誰があいつをぶっ飛ばすの!」

 

 側から見れば、無謀な特攻だ。

 物理的な攻撃は効かないことをほんの数秒前に目の当たりにしたばかりのタイミングで、真っ直ぐに殴ろうとするなど、無意味。

 そう、誰しもが思うだろう。

 

(きっとエネルは、『聞く力』しか知らない……!)

 

 空島には、心網(マントラ)が広く知れ渡っているが、それ以外の力を聞いた記憶はない。

 ゴム人間であるルフィに対しても、サトリの攻撃手段は衝撃貝(インパクトダイアル)しかなかった。

 事実、ウタの思考は間違っていない。

 数刻前であれば、その攻撃は間違いなくエネルを捉えた。

 惜しむべきは。

 

「待って! それは……!」

 

 既にその不意打ちが行われたことを知っているのが、ウタのことを何も知らないアイサだけだったことだ。

 

「——知っているぞ、その力」

 

 エネルは既に、自然系(ロギア)に触れることができる力とその脅威を体験している。

 さらに。

 

「こうやって、使うのだろう?」

 

 ビビの不意打ちによって初めて知ったその力を、エネルは既にものにし始めていた。

 

「————ぐ、ぅ……ッ!」

 

 強烈な打撃がウタの腹部を捉え、その身体を吹き飛ばした。

 遺跡の壁を破壊してようやく止まったウタの姿は、舞い上がる砂煙で隠れて見ることができない。

 

「ふむ。まだ、気を失っている様子はないな。だが、ハエが一時的にでも一匹になれば」

 

 バチン! と音を立ててエネルは瞬間的に移動した。

 

「……!」

「考古学者よ。残念だが、貴様の研究はここで終わりだ」

 

 瞬間的に、ロビンの身体が雷撃で染まり、その場に崩れ落ちる。

 

「まずは一人」

 

 そして。

 

「ハァ……ハァ……!」

「ふむ。オームをやるとは、なかなかにできる剣士ではないか」

「クソッ!」

 

 瞬間的に背後を取られたゾロは、強引に剣を振る。

 飛ぶ斬撃を習得し、その技によって神官を倒したゾロだったが、強力な技を打った後のゾロに、剣の先まで武装する力と余裕はない。

 

「力の片鱗は垣間見えるが、まだまだだな。私の二時間よりも練度が低い」

 

 バリバリッ! と、今度はゾロが落ちる。

 

「これで、二人目。次に目障りなのは……」

 

 エネルが視線を移したのは、涙を流しながら暴れ回る大蛇(ウワバミ)

 あの大きさと凶暴さ、そして不確定要素である毒は敵意を向けられる前に処理するべきだとエネルは結論づける。

 

「的が大きい分、狙いやすいな」

 

 エネルは先ほどのようにゆったりを腕を上げ、狙いを定めるが、

 

「油断しすぎだ、エネル!」

 

 その横に、ワイパーが迫る。

 しかし、エネルはこの動きを視界に入れようとすらしない。

 ウタとは違い、ワイパーはエネルに攻撃を与える能力を持たない。

 今までの攻防で把握した純然たる事実。

 だが、エネルは知らない。

 

「おらァ!」

 

 ワイパーが履いているシューターには、悪魔の実の力を封じ込める海楼石が仕込まれていることに。

 

「ガハッ!?」

 

 エネルの表情には明確な動揺があった。

 ウタのような力の気配がないにも関わらず、自分が蹴られたという事実だけが存在している。

 

「その、靴か……!?」

 

 だが、エネルの頭は依然として冷静さを保っている。

 すぐさま事実と向き合い、状況を整理し、慢心を省みる。

 この不意打ちに、二度目はない。

 エネルの表情だけで、その事実をワイパーは理解した。

 しかし。

 

「決めろよ、ウタ!」

「な、に……!!??」

 

 エネルは空島で右に出る者はいないほどに、広く精密な心網(マントラ)を使役する。

 事実、その気になれば彼はこの島の全てを把握することができる。

 故に彼はこのスカイピアの神になった。

 そんなエネルが、目の前の敵に集中している以上、こんなことはありえないのだ。

 

「うん。これで、決める」

 

 エネルの背後で、黒い火花が散る。

 その力を知ったのは、神官サトリとの戦闘中だった。

 先を読む力を黒い火花で打ち消すことで予測する力を無力化する、一握りの人間が使うことができる能力から更に限られた人間にのみ許された世界有数の力。

 四人の海の皇帝が一人、四皇『赤髪のシャンクス』は、この力をこう呼んでいる。

 

 ——見聞殺し、と。

 

 さらに。

 見聞殺しによって完全な不意を突いたウタは、異様な雰囲気を纏っていた。

 

「ぶっつけ本番だけど、これじゃないとあなたは倒せない……!!」

 

 強く拳を握るウタの、わずかに右側。

 身体から数センチほどの空間が、黒く歪んでいた。

 

「なんだ、それは……!」

 

 エネルはその不気味な気配に戸惑っていた。

 それは強敵と対峙したときのような緊張感とは全くの別物。

 言うなれば、暴力という概念に輪郭をつけただけのような猛獣を閉じ込めている檻の鍵が、ゆったりと開いてしまったかのような。

 その場にいれば、無事では済まない。

 

「退避を——!」

 

 ここで初めて、エネルは決定的なミスをした。

 逃げようとしたエネルは、悪魔の実の力による移動を試みてしまった。

 だが、海楼石を仕込んだシューターによる蹴りが直撃してから、ほんの数秒しか経っていない。

 

(……能力が、上手く使えん……!!!)

 

 ウタの予備動作は、この数秒で完了した。

 

「ねえ、聞いてるんでしょ」

 

 ウタは呟く。

 その言葉を向ける先は、自分の中に蠢いている『ナニカ』。

 しかし、その声色に負の感情はない。

 

「あの日から、ちゃんと向き合おうなんて、思ったことなかったけど」

 

 それは、これまでの道のりで触れてきた自分の奥底にいる『能力の核』。

 ドラム王国で自分の心の底を覗いた。

 アラバスタで自分の心の底にいるナニカを垣間見た。

 その中でウタは漠然と、あることを考えていた。

 ウタの心の奥底に佇む『ソレ』は、もしかしたら。

 魔王なんてものでは、ないのかもしれないと。

 

「そのうちちゃんと、正面向いて喧嘩しようよ。だから、今はさ」

 

 闘いの最中とは思えないほどの、優しい微笑みをウタが浮かべた瞬間。

 

「ちょっとだけ、力を貸してよ」

 

 黒く歪んだ空間が、その口を開いた。

 右の拳をエネルへ向かって振り抜き、ウタは叫ぶ。

 

「ちょっとムジカ!!!」

 

 現れたのは、巨大な白い腕だった。

 それはエルバフの戦士、ドリーやブロギーにも劣らぬほどの強大な拳。

 ピアノの鍵盤のようなその腕は無数の関節を持ち、一定間隔で黒鍵のような模様が白い腕をモノトーンに装飾している。

 エネルの身体の数倍の大きさの拳が、打撃が効かないはずの自然系(ロギア)を完璧に捉え、吹き飛ばす。

 今度はエネルの身体が遺跡の壁を破壊し、砂煙が上がる。

 

「ハァ……ハァ……!」

 

 今のウタが持つ全てを力を注いだ一撃。

 手応えもあった。

 決定的な一打になるはず。

 そう、思っていた。

 

「……なんで、立てるの……!?」

 

 砂煙の中に浮かび上がるシルエットは、エネルのそれだった。

 

「貴様が使っていた攻撃に運用した心網(マントラ)を、今の一撃を受ける部分に広く分散させた」

「そんなこと、あの一瞬で出来るわけが……!」

「できるから、神なのだ」

 

 圧倒的なセンス。

 ウタの表情が、初めて曇った。

 しかし。

 

「その神も、母なる海には嫌われているようだがな……!」

 

 砂煙に佇むエネルへ、ワイパーが迫る。

 正面へと飛び出し、エネルの姿をはっきりと視界に捉えたワイパーは、不敵な笑みを浮かべた。

 

「あれだけ強がってる割には、ボロボロだな……!」

「——ッ!」

 

 ウタの一撃は、確かにエネルの体力を奪っていた。

 シルエットこそ凛とした立ち姿だが、口から血が溢れ、身体中に傷ができている。

 ワイパーのあからさまな接近に気づいていても、動けないほどに、エネルは疲弊していた。

 

「やるなら徹底的に、だ」

 

 ワイパーはエネルの身体を脚で挟んだ。

 本来ならば触れることさえ叶わないエネルの身体だが、シューターに仕込まれた海楼石がその輪郭をとらえる。

 加えて。

 

「なるほどな。これが、海楼石か。力が、入らん」

 

 海楼石に触れると、悪魔の実の能力者はその異能だけでなく、全ての力を発揮することができなくなる。

 そして、ワイパーはエネルの胸に、包帯で巻かれた右の手のひらを当てた。

 

「——排除(リジェクト)!!!!!」

 

 ドンッッ!! と。

 

 エネルの身体を貫く衝撃が周囲の空気すら震わせる。

 それは、サトリの使用していた衝撃貝(インパクトダイアル)の一〇倍の威力を誇る、絶滅種。

 その威力を肌で感じたウタは、生唾を飲み込んだ。あの一撃がモロに入ったのだ。ウタの一撃もある以上、無事では済まないはず。

 状況を確認するために、ウタは耳を澄ます。

 

「心臓が、止まってる……!」

「やったぞ、同志たち」

「あたいたち、勝ったの……?」

 

 ウタとワイパーは同時にその場に座り込み、ワイパーの背中に乗っていたアイサが転げ落ちる。

 全員、限界だった。

 残ったのは、この壮絶な戦いに巻き込まれないように息を潜めていた大蛇(ウワバミ)だけ。

 

「ビビのこと食べちゃったもんね、君。申し訳ないけど、私の大切な仲間だから、吐き出してもらいたいな」

 

 ウタは優しく問いかける。

 今まではエネルへ神経を集中するため、動物の声を聞く余裕などなかった。

 だが、全てが終わった今ならば、その声に耳を澄ませることもできる。

 

「ジュラ〜!」

「え? あの歌を歌ってくれるならって、一体どういう——」

 

 バリバリバリバリ!!!

 

「——ッ!?」

 

 異様な光景だった。

 エネルの心肺は、停止しているはずだ。

 それなのに、エネルの身体に電気が走っている。

 

「嘘でしょ。もしかして、自分で心臓マッサージをしてるって言うの……!?」

「なるほど、なるほど」

 

 勝ったはずだった。

 ワイパーと手を組み、出せる力は全て出し切った。

 それでもなお、エネルはこうして目の前に立っている。

 

「謝罪しよう。貴様らは、強い」

 

 その声に、嘲りはない。

 自らを神であると宣言するエネルが、ウタを自分の命に届く者だと認めていた。

 その上で、エネルは告げる。

 

「敬意を持って、貴様らに教えてやろう」

 

 狼狽えるウタたちの顔を真っ直ぐに見つめて、エネルは言う。

 

「恐怖こそが神なのだ。貴様たちを倒し、全ての者の畏怖をこの身に受けて初めて、私はまさしく神に成る」

 

 絶望を知らせる第二ラウンドのゴングが、鳴り響く。




ちょっとムジカとかいうクソダサネーミングにちゃんとした技名は考えてあるのですが、お披露目はエニエスロビーです。トットムジカの掘り下げについては、スリラーバークでできればいいなぁ、なんてぼんやり考えてます。


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