異世界魔女の配信生活 (龍翠)
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プロローグ

 

 とある場所に、広大な森がありました。この星で最も広い森で、精霊の森と呼ばれています。森の中央には他の木よりも圧倒的に太く、高く、大きな木があります。世界の魔力の流れを司る世界樹です。

 その広い森をたった一人で管理しているのが、守護者です。

 守護者は世界樹に宿る精霊により選ばれたり、もしくは異世界から召喚されてきます。選ばれた守護者は、森でのんびりと暮らして見守ることになります。

 

 もちろん、精霊も無理強いはしていません。選んだ者の意志を尊重して、拒否された場合は別の人を探すようにしています。

 ですが、今代の守護者は今までの守護者とはちょっと違っていました。

 前代の守護者である魔導師に拾われ、弟子となり、そしてそのまま守護者の役目を引き継ぎました。もちろん精霊も承認はしているのですが、それでも今までの守護者とは違う選ばれ方をしています。

 そしてもう一つ。今代の守護者は、前代の守護者から引き継いだ、ちょっとした趣味がありました。

 

 

 

 精霊の森の奥深く。木造の大きな家があります。二階はありませんが、広さはそれなりにあるでしょう。その家の扉が開かれて、一人の人族が出てきました。

 真っ黒なローブに身の丈以上もある大きな杖を持っています。フードを目深に被っていて、顔は見えません。

 その誰かは顔を上げて、少しだけ嬉しそうに口角を持ち上げました。

 

「ん。いい天気」

 

 そう言って、フードを外します。腰ほどもある長い銀髪が風に揺れます。整った顔立ちをした少女は青い瞳で周囲を見回すと、満足そうに小さく頷きました。

 

「今日も平和だね」

 

 もちろん森のどこかでは弱肉強食の掟に従って動物が殺して食べて、なんてことをやっているのですが、それを含めても平和な朝です。

 少女は少し歩くと、家の前にある小さな空き地に立ちました。杖で何度か地面を叩くと、一瞬で地面に魔法陣が浮かび上がります。

 

 そしてさらに地面を叩くと、拳大ほどの大きさの光球が現れました。そして同時に、小さな黒板のような板が光球の側に出てきました。

 その黒板を見ていると、少ししてから文字が流れ始めました。

 

『きちゃ!』

『まってた!』

『リタちゃんおはよう!』

 

 その文字はこの世界の文字とは違い、日本語、という言葉の文字です。ですが少女にとっては見慣れた文字であり、問題なく読むことができます。

 

「みんな、おはよう」

 

 リタと呼ばれた少女がそう挨拶すると、黒板は挨拶の文字で埋め尽くされました。その様子に小さく笑いながら、言います。

 

「早速だけど、研究で疲れたので甘いものが食べたいです」

 

『いきなりすぎるw』

『開幕でいきなりねだるなよw』

『まあ送るんですけどね!』

 

 そういった文字列のあと、リタの目の前の地面にたくさんのお菓子が並びます。ケーキやクッキー、和菓子などなど。リタは頬を緩ませると、早速一つ手に取りました。

 草大福。食べやすくて美味しいのでとても好きです。

 

「うまし」

 

『うまし』

『誰だよこんな言葉教えたの……』

『俺たちなんだよなあ……』

 

 草大福を食べ終えたリタは、さらに続けてお菓子を食べていきます。一つ一つ、丁寧に感想を言いながら……。

 

「うまし。うまし」

 

『うまししか言ってねえw』

『いやまあ、美味しそうに食べてくれるだけで十分だけどw』

 

 送られてきたお菓子をぺろりと平らげたリタは、さて、と咳払いをしました。真面目な話をするとしましょう。

 

「それじゃあ、研究結果の報告だけど」

 

『その前に、口の横にクリームついてるぞ』

『ついでにあんこもついてるぞ』

『もうちょっと落ち着いて食べてもいいんだぞw』

 

「わ……。失礼」

 

 それほど急いで食べたつもりはなかったのですが、少々がっつきすぎていたかもしれません。久しぶりの糖分だったので仕方ないかもしれませんが。

 

「改めて、研究結果の報告です」

 

『あいあい』

『前は確か、俺たちの世界が本当に異世界かどうか、だったよな』

『結論ってどうなってたっけ?』

 

「保留、だね。推測として異世界ではないとしてるけど」

 

 リタの仮説としては、遠く遠く離れた場所のどこか、と考えています。というのも、そもそもとして、

 

「異世界ってなんだよって話なんだよね」

 

『それはそう』

『言われてみると謎だからなあ』

『お話の題材としてはわりとあるけど、改めて聞かれると答え方に困る』

 

 異なる世界。言いたいことは分かります。ただ、異なる世界というなら、そもそもとして観測できるわけがないだろう、と考えています。

 リタと、そしてこの魔法の向こう側にいる誰かたちは、こうしてリアルタイムで会話しています。それが、異なる世界とやらでできるとは思えません。

 

 まあ、だからといって、あちら側がどこにあるかと聞かれるとそれも分からないのですが。

 ですが、ふと思ったのです。こうして魔法で会話をしているのなら、今この魔法は地球に繋がっているはずだ、と。つまりこの魔法を解析すれば、地球がどこにあるのか分かるのでは、と。

 

「というわけで、師匠から譲り受けたこの意味不明な魔法を解析してみたよ」

 

『意味不明言うなw』

『意味不明だけどな!』

『解析しようとしてできるもんなん?』

 

 そんな簡単にできるわけがありません。少なくとも、一朝一夕でできるものではないのです。

 ですが、リタには師匠から教わった数多くの魔法があります。その魔法の中に、特殊な亜空間を作り出す魔法があるのです。アイテムボックス、と師匠によって命名されたその魔法で作られた亜空間は、中で一年過ごしても外ではたった一時間しか経っていないというものです。

 

 その亜空間内で研究をして、ついにリタは答えにたどり着きました。何年かかったかは内緒です。あえて言うなら、この配信は一週間ぶりだと言っておきましょう。

 まあ、それを魔法の向こう側にいる彼らに伝えるつもりはありませんが。

 

「結論を言えば、異世界なんて存在しない」

 

『まって』

『それはつまり、お互いがどこにあるか分かったってこと?』

 

「ん。ばっちり」

 

『なんと』

『まじかよ』

『え? え? ということは、そっちに行けるかもしれないってこと!?』

 

「それは無理」

 

 あちら側、彼らが言う地球の場所は分かりました。ですが、気軽に行ける場所ではありません。リタですら、地球に行く方法はこれから確立させなければならないのです。

 そう伝えると、具体的な場所を知りたがるコメントがたくさん流れていきます。隠すつもりもないので、リタは素直に答えました。

 

「地球があるのは天の川銀河」

 

『うん。うん? それはそう』

『銀河なんて知ってるのか。いやまあ、師匠の入れ知恵だろうけど』

『いや待て、今それに触れるってことは、まさか』

 

「ん。この世界があるのは、アンドロメダ銀河」

 

『ちょ』

『まって。いや本当にまって!?』

『いやいやまさかそんなご冗談を』

 

 残念ながら本当です。リタも最初は信じられず、魔法の解析を何度もやり直したほどです。けれど、結論は変わりませんでした。

 地球があるのは天の川銀河であり、そしてリタのいるこの世界、いいえこの星があるのは、アンドロメダ銀河です。

 

「ご近所さんだね」

 

『ご近所さんのスケールがおかしい』

『どういうこと?』

『説明しよう! アンドロメダ銀河は地球から目視できる銀河なのだ!』

『ただし距離は二百万光年以上』

『ご近所さんとは』

 

 他の銀河と比べると近いというだけの意味です。それ以上はありません。

 

『その距離を一瞬で繋いでる師匠の魔法、やばすぎない?』

『やばいなんてもんじゃねえよ。師匠が精霊様から与えられた魔法だっけ?』

『精霊様がやばすぎるw』

 

 それについてはリタも同感です。この魔法で解析できたのはごく一部。術式の仕組みなど、リタでは理解できないものでした。

 だからといって諦めるつもりはありませんが。とても面白い研究対象です。継続して調べてみようと考えています。

 

「今回の研究結果はこんな感じ。で、地球の場所も分かったし、次はそっちに行く方法を考える」

 

『おお、なんかいよいよって感じやな』

『さすがに不可能だろ、て言いたいところだけど、投げ銭ならぬ投げ菓子があるからな』

『この投げ菓子もかなり謎だけどw』

 

 リタから見ても、意味不明が極まった謎な魔法です。

 この投げ菓子というものは、表示させている魔法陣をあちら側の人が印刷とやらをして、そこにお菓子を置くことで発動します。何故かお菓子のみ発動します。誰がどうやって区別してるのか、それもやっぱり分かりません。

 さすが精霊の魔法。

 

「正直、不思議を通り越して気持ち悪い」

 

『気持ち悪いwww』

『言いたいことは分かるけどw』

 

「うん。まあ、ともかく、次はこれを解析して、地球の正確な位置と転移方法を考えるよ。また気が向いたら配信するから、よろしくね」

 

『あいあい』

『待ってるよ!』

『うまくいけば異星人が来るってわけだな。胸熱すぎる』

 

 なるほど。確かに異星人ということになるでしょう。不思議なことに、こちらの人族とあちらの人間はほとんど同じのようですが。

 リタも地球に行くのがとても楽しみです。実現するためにも、研究を頑張りましょう。

 そう考えながら気合いを入れたリタの目に、そのコメントが流れていきました。

 

『そのがんばりの理由がカレーライスを食べたい、という理由について』

 

 それは触れなくていいことです。

 



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そうだ、地球に行こう

 

 私はリタ。精霊の森の守護者だ。

 私は幼い頃、この森の入り口で捨てられていたところを、師匠に拾われたらしい。拾われた直後のことはあまり覚えてないけど。

 師匠に拾われた後は、守護者である師匠から直接魔法を教わって、今では私が守護者の立場を引き継いでる。

 

 魔法を教わっている間、師匠からは多くのことを教えてもらった。魔法のことじゃなくて、師匠の出自とか。

 師匠は地球という世界の日本という場所で生まれ育ったことがあるらしい。そこで死んで、世界樹の精霊によってこの世界に呼ばれたのだとか。

 そのためか、師匠から聞く故郷の話は、とっても不思議な世界だった。

 

 そして、師匠は転生の特典とやらで、その世界との繋がりを持っていた。

 配信魔法、だって。これを使うと、師匠の故郷と交流ができるとてもすごい魔法だ。最初はどんな魔法か想像もできなかったけど、今となっては私も慣れたものだったりする。

 師匠は守護者の資格と、そしてついでに配信魔法を引き継ぐと、せっかくの異世界だから見て回ってくると森を旅立っていった。それ以来、私は一人で過ごしてる。

 

 でも、寂しくはない。師匠から引き継いだ魔法を使えば、いろんな人とお話しできるから。もしかしたら寂しくないようにとこの魔法をくれたのかも。

 森でのんびりと過ごしながら、時折異世界の人と話していて。

 私は思った。思ってしまった。この世界に行ってみたい、と。

 

 いやだって、気になるよ。魔法はないけど科学というものですごく便利な世界。その上、美味しいものもたくさんあるんだとか。

 師匠に作ってもらったカレーライスというものは、すごく美味しかった。それですら、日本のものと比べるとかなり劣っているらしい。

 美味しい料理を、カレーライスを食べてみたい、ということで、私は地球を探すことにした。

 

 

 

 そして、今日。

 

「見て、精霊様。魔法、作ってみた」

 

 世界樹の精霊様に紙に書いた魔法陣を見せると、それはもうとても驚いていた。

 

「嘘でしょう……? 本当に、作ってしまったんですか?」

「作ってしまいました」

「ええ……」

 

 精霊様は、半透明の不思議な人だ。姿は人族のものだけど、常に宙に浮いていて、けれど世界樹から離れることはできない。足首まで届く長い髪もその瞳もそしてシンプルな衣服も、全体的に緑色。そういうものらしい。

 その精霊様は、私の魔法陣を見て頭を抱えていた。

 

「信じられません。どうして作れるんですか。私の魔法を解析しただけでも、はっきり言って異常なのに……」

「照れる」

「褒めてませんが」

 

 精霊様は大きなため息をつくと、まあいいでしょう、と諦めたみたいに首を振った。ちょっとひどいと思う。

 

「それで、リタ。どうするつもりですか?」

「その前に、精霊様から見て、この魔法はちゃんと使えそう?」

 

 精霊様に魔法陣を書いた紙を渡すと、精霊様はじっとその魔法陣を見始めた。邪魔をするのも悪いので、黙って待つことにする。

 地球に行ったら何しよう。もちろんカレーライスは食べたいけど、他にも美味しいものがたくさんあるはずだし、漫画とかゲームとか、そういうのも興味ある。

 ああ、そうだ。アニメ。アニメも見たい。他の人の配信ってやつも見たい。ああ、やりたいことが多すぎて困るなあ。すごくすごく楽しみ!

 

「リタ。聞いてます?」

「聞いてませんでした」

「でしょうね。すごく気持ち悪い笑顔でにやにやしていましたよ」

「…………。気をつける」

「そうしてください」

 

 私はこれでも、世界に一人だけの守護者だ。こう、威厳というものがあると思う。

 

「ん? 人に見せることのない威厳に何の意味が……?」

「魔法はもういいのでしょうか?」

「あ、ごめんなさい。聞きます」

 

 危ない。威厳は必要かどうかは今はいいよね。それに、これから行く地球だとたくさんの人に見られることになるだろうし。異星人代表として、かっこよくありたい。

 

「この魔法ですが、結論を言えば、問題なく使えます」

「やった! じゃあ、早速……」

「ただし、条件があります」

「条件?」

「こちらの物をあちらに置いて帰らないこと、逆にあちらのものをこちらに持ってこないこと、です」

 

 んー……。つまり、食べ歩きはしてもいいってことかな。お土産とかで何かを買ってくるのは避けてほしいってことかも。

 

「あれ? でも私、配信でお菓子もらってるけど」

「森から持ち出さなければ大丈夫ですよ。正確に言えば、この世界の人族の手に渡らなければ問題ありません」

 

 ああ、なるほど。まあ、ろくなことにならないよね。

 この星も緑と水がたくさんある豊かな星だけど、それでも環境とかは全然違う。私にとっては無害でも、あっちの人にとっては劇毒になる場合だってある、かもしれない。その逆もね。

 そういった事故を防ぐためにも必要だし、事故とかなくても調べられたりとかしたら、それも大変なことになりそう。あっちにはないものだし。

 

「分かった。気をつけます」

「はい。あなたは普段からよく働いてくれています。休暇だと思って、楽しんできてください」

「うん。他に何か気をつけておいた方がいいことってある?」

 

 そう聞いてみると、精霊様は少しだけ視線を上向けて考える素振りを見せたけれど、

 

「特に……ないでしょう……。自由にしても大丈夫。なんなら、すこしやんちゃをしても。どうせあちらの星で何があろうと、私には関係ありませんし」

「…………」

 

 うん。よし。聞かなかったことにしよう。

 ちょっとだけ笑顔が引きつるのを自覚しながら、私は自分の家に戻った。

 




壁|w・)先に言っておきますが、最初に行く場所は日本の架空の島です。
拠点?はさすがに念のため……。


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配信での安価

 

「というわけで、今から地球に行きます」

 

 帰宅して、早速配信を始めて宣言した。こういうのを何て言うんだっけ。善は急げ? そんな感じ。

 

『まってまってまってまって』

『開始早々何言ってるんですかねこの子は』

『ネタなのか冗談なのかマジなのか、くわしく』

 

 怒濤の勢いでコメントが流れていくけど、全部を読むのはめんどくさいので適当に答えていけばいいかな。

 

「転移魔法、作れたよ。さっき、精霊様にも見せてお墨付きをもらったところ」

 

『早すぎませんかねえ!?』

『前から思ってたけど、魔法に詳しくない俺らでも分かるぐらいに成果出すの早すぎる』

『何かやってんの?』

 

「うん。亜空間を作って、普段はそこで研究してる。中の方が時間の流れがゆっくり」

 

『ああ、なるほど。いわゆる精神と……』

『それ以上はいけない』

『はへー。便利なお部屋ですねえ』

『あれ? リタちゃんってハイエルフだから成長がすごく遅いって聞いたような』

『つまりロリババア』

『やめろwww』

 

 なんかすごく喧嘩を売られた気がするけど、かといってなんとなく、否定できないやつの気もする。師匠直伝、都合の悪いことは無視、だ。

 

「で、今から行くよ」

 

『今から? ……今から!?』

『今って、マジの今から? 今すぐってこと!?』

『行動力の化身すぎるwww』

 

「それほどでも」

 

『褒めてないんだよなあ』

 

 ん? あれ、違うの? ちょっとだけ褒められたと思ったんだけど。

 まあ、うん。いっか。それよりも、決めることがある。

 

「行き先、どうしよう。日本は決めてるけど、日本も広くていろいろあるみたいだし」

 

 とりあえずカレーライスが食べたい。でも師匠から聞いた話が間違ってないなら、カレーライスって日本のどこでも食べられるらしい。だったら、正直どこでもいいかなって。

 ただ、人の住んでない場所だけは避けないといけないけど。山奥とか行っても、散歩して帰ることになりそうだし。

 私がいくら考えても、当たり前だけど分かるはずがない。だから相談しようと思ったんだけど、ふと思った。この人たちの性格から考えると。

 

「オススメ聞いたら、自分が住んでる場所ばかり答えてきそう」

 

『なぜばれたし』

『そそそそんなことことするわkぇwなあお;kdsjf』

『落ち着けwww』

『全員がそうとは言わんけど、まあかなりの割合でいるとは思うぞ』

 

 つまりまともにオススメが出てくると思わない方がいってことだね。

 それなら、やることは一つだ。なんだっけ。えっと……。

 

「そう。安価だ」

 

『安価!?』

『安価!? それはそれで面白そうだけど、スレじゃないのにどうやんの?』

『それよりも初めての地球を安価で決めるなよwww』

 

「ん。じゃあやめる?」

 

『是非お願いします!』

 

 素直でよろしい。

 私も直接見たことがないから詳しくは知らないけど、確か質問者、でいいのかな? 適当に番号を指定して、その番号を取った人の提案通りに動く、とか、そんな感じだったはず。

 視聴者さんが言うように、コメントに番号なんて割り振られてない。だから。

 

「私が手を叩いてから、十番目に流れたコメントの場所に行くよ」

 

『なるほど』

『コメントなら履歴として流れてるし、まあ分かるっちゃ分かる』

『いや待て、十番目って早すぎませんかね。本当に一瞬だぞ』

『つまり、反射神経の勝負!』

『やっべえ、意味もなく緊張してきたw』

『おう。露骨にコメント減り始めてんぞ。お前ら準備しすぎだろw』

 

 明らかに流れてるコメントの量が減ってるね。いつもひっきりなしにコメントが流れてるのに、今はもうたまにしか流れてない。みんな待ち構えてるみたい。

 私が両手を前に出すと、そのコメントも止まってしまった。

 それじゃあ。ぱん。

 

『栃木!』『東京』『名古屋』『竹島』『秋葉原』『難波!』『札幌。ラーメンうまい』『琵琶湖』『那覇とか!』

『心桜(こころ)島』

『青森!』『鳥取砂丘』『四国のどっか!』『飛島の名前が好き』『うどん!』

『もうええかな?』

『誰だよ琵琶湖とか言ったやつwww』

『食べ物言ってるやつもおったぞw』

 

 いろいろ出たね。悪ふざけもいくつかあったけど。琵琶湖って、日本で一番大きな湖だっけ? この森にも大きい湖があるけど、どっちの方が大きいのかな。

 とりあえず結果確認から、だね。

 

「えっと……。読めない。心に桜って文字の島」

 

『心桜島か』

『最近開発が始まった島やな。一応、東京のはず』

『東京の離島かな? 観光にはええやん』

『なお目的はカレーライス』

『かすりもしてねえwww』

 

 あまり人がいなさそう? ある程度人のいる場所の方が、美味しい店がありそうだったけど。でもまあ、カレーライスにこだわらなくても、最初の転移だし観光を楽しめれば十分ということで。

 地図を買えれば、次の目的地とか決めやすくなるしね。

 そう。地図。師匠が作った地図に心桜島はあった覚えはあるけど、正確な位置までは分からない。

 

「心桜島提案者さん、いる?」

 

『はいはーい。自分でーす』

『戦犯』

『ギルティ』

『処す? 処す?』

『いや、なんで?』

 

 相変わらず血の気の多い人たちだ。

 

「心桜島に住んでる?」

 

『そうそう。うちに来てくれたら、美味しいカレーライスがあるよ』

『へ、へんたいだー!』

『不審者だー!』

『やってることが犯罪者のそれだぞ分かってる?』

『え。いや待ってそんなつもりない』

 




壁|w・)言わずもがな、心桜島は架空の島です。


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第一地球人ちいちゃん

「んー……。美味しいカレーライスがあるなら、いいよ。魔法陣広げておいて。目印にするから」

 

『正気か?』

『リタちゃん考え直した方がいい。ろくでもないやつだぞ!』

『失礼だなあ!』

 

 本当にちょっと失礼だとは思うけど、でも私を心配してくれてる人の方が多いってことは、多分感覚がずれてるのは私の方かな。このあたりは、少しずつ直していった方がいいかも。

 でも、心配する必要とかはないよ。

 

「銃だっけ? 撃たれたとしても剣で斬られたとしても刺されたとしても問題ないから大丈夫。結界張ってるし」

 

『ア、ハイ』

『リタちゃんが強すぎる……』

『見た目のかわいらしさに忘れがちだけど、この子、精霊様曰く世界最強の一角です……』

『心配するだけ無駄だなこれ』

 

 実際はどうかは分からないけど、でも一般人に不意打ちで負けるようなことはさすがにない、と思う。

 うん。心桜島の人も魔法陣を広げてくれたみたいだ。それじゃ、行ってみよう。

 

「それじゃ、行くよ。ちなみに私以外の人にはモザイクっていうのがかかるから、よろしくね」

 

『プライバシー大切だもんな』

『見習えマスゴミ』

『荒れる話題はやめるんだ』

 

 それじゃ、行ってみよう。

 

「てんいー」

 

『気の抜ける言い方すんなwww』

 

 知りません。

 

 

 

 というわけで、やってきました心桜島。の、上空。眼下に小さく島が見えてる。ちょっとした町はあるみたいだけど、島そのものは精霊の森よりも小さいかもしれない。

 いや、広大な精霊の森と比べる方がおかしいかな。師匠曰く、四国ぐらいの大きさはあるらしいから。私はその四国がいまいち分からないけど。

 

 私の魔法陣の反応があるのは、多分マンションっていう建物からだ。十階建てで、五階の部屋にあるらしい。魔法陣がある部屋のベランダに近づいてみよう。

 その前に、コメントが流れる黒板を軽く叩く。すると黒板はすっと消えて、コメントが私の耳に聞こえるようになった。少しうるさいけど、人と会うのに出しっぱなしは邪魔だからね。

 

「大きい家だね。日本のお家はみんなこんな感じ?」

 

『違うぞ』

『マンションの中では中堅ぐらいでは? でかいやつはもっともっとでかい』

『三十階とかあるからな!』

 

「ふーん……。物好きだね」

 

『ひでえw』

 

 いやだって、そんなに高いところに住んでどうするのかな、て思うよ。一階に下りるだけでも大変そうだ。

 そんなことを話していたら、ベランダの窓が勢いよく開かれた。

 

「わ……」

 

 思わずそんな声が漏れてしまった。

 窓を開けたのは、小さな女の子。多分、五歳ぐらい。私を見て、きょとんと首を傾げてる。

 

『幼女だ!』

『モザイクで幼い子供しか分からんけど、多分幼女!』

『まさかこの子が視聴者!?』

『いや、その子は妹。ちょっと待ってて』

『何故か妙に安心した俺がいるw』

『気持ちはわからんでもないw』

 

 妹さん、か。どうしようかな。私のことは聞いてるのかな。

 ベランダに下りてみる。小さなベランダで、小さな鉢植えがいくつかある。何かの芽が出てるね。

 女の子はじっと私を見てたけど、やがて一歩下がって、

 

「おねえちゃあああん! まほうしょうじょ! まほうしょうじょだー!」

 

 そう叫びながら部屋の中に走っていった。

 

「魔法少女、だって」

 

『魔法少女……少女?』

『確かにリタちゃん、見た目は少女だね。で、実年齢はいくつで?』

 

「さあ?」

 

 いわゆる黙秘権、というわけでもなく、単純に覚えてないだけだ。研究の時はそれに没頭してるから。亜空間の中は昼夜がないから、余計に分からない。

 でも、少女ではないかな。うん。

 

「リタちゃん、中に入っていいよ!」

 

 部屋の中からそう声がした。女の人の声だ。

 

『まって』

『え、もしかして女性?』

『うせやろ!?』

 

 さすがに失礼だと思うけど、私も男だと思ってたよ。

 確か、日本では靴を脱ぐんだよね。ブーツを脱いで、中に入ってみる。

 中はリビングだ。ベージュのカーペットが敷かれていて、中央には机がある。机の側には座布団が三つ。壁際にはテレビ、だったかな。あとは棚もいくつか。

 

 窓の逆側に扉があって、そこに少女が立っていた。年は、十五ぐらいかな。黒髪をポニーテールにした少女だ。パーカーにジーンズという服装。

 その少女の足に、さっきの女の子がしがみついてる。ショートカットの黒髪で、くりくりとした目がかわいらしい。

 

「おねえちゃん! ほら! まほうしょうじょ!」

「うん。魔女ちゃんだよ。リタちゃんって言うの。ほら、挨拶」

「はい!」

 

 少女の足から離れて、そして勢いよく右手を上げた。

 

「中山千帆です!」

 

 なるほど。

 

「かわいい」

『かわいい』

『かわいい』

 

 小さい子は初めて見たけど、なるほど、これはかわいい。守りたくなっちゃう。

 

「私はリタ。魔女だよ。よろしくね。ちほちゃん」

「ともだちからは、ちいちゃんって呼ばれてます!」

「ちいちゃん、だね。わかった」

 

 あだ名ってやつかな。少し羨ましいかも。

 ちいちゃんの頭を撫でると、今度はもう一人の方が自己紹介してくれた。

 

「私は中山真美です。よろしくね、リタちゃん」

「ん。あなたがコメントをくれた人?」

「そうだよ」

 

『なん……だと……?』

『声で分かる。間違い無く美少女』

『声ソムリエたすか……、いやきめえわ』

『ひでえwww』

 




壁|w・)主人公は最強の一角ではありますが、最強じゃないです。
良くも悪くも魔法に特化してます。特化しすぎてます。


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カツカレー

 師匠も男の人の方が間違い無く多いって言ってたから、正直予想外だ。

 実を言うと私としてはどっちでもいいんだけど。男の人は師匠しか知らないし、女の人は精霊様しか知らない。……いや、精霊様って性別あるのかな……?

 ともかく、私としてはどちらも未知の相手だから、あまり気にならない。話しやすそうな人だからそれは嬉しいけど。

 

「リタちゃんの希望はカレーライスだよね。もうすぐできあがるから待っててね」

「ん」

 

 ああ、本当に作ってくれてるんだ。それは純粋に嬉しい。

 真美さんが料理得意かは分からないけど、師匠のよりは美味しいはずだ。材料からして違うしね。師匠は材料が悪すぎるって言ってたぐらいだし。

 真美さんが部屋を出て行く。さて、私は何しよう。

 

「魔女のおねえちゃん!」

「ん?」

 

 ちいちゃんは部屋にいたままだった。じっと私を見てる。なんだろう、瞳がきらきらしてる気がする。これが期待の眼差しってやつなのかな。

 

「魔法、つかえるの?」

「ん。使えるよ」

「見たい!」

「いいよ」

 

 どんなのがいいかな。森にいる時なら少し危ない魔法でも問題ないけど、さすがにここでそれは危ないよね。

 んー……。

 

「ちょっと待ってね。危なくない魔法を構築するから」

「はーい!」

 

『今さらっとすごいこと言ったような』

『こうちく……構築? 今から作るの!?』

『そんな簡単に作れるもんなん?』

 

「ん。作れるよ」

 

 師匠曰く、魔法は術式のイメージ。効果をイメージして、それに対応する術式を脳内で構築、その術式を描くことで魔法は効果を発揮する。

 術式を描く方法は人それぞれ。術式を言葉にする詠唱という手段を用いる人もいれば、直接地面とかに書く人もいる。そして私や師匠は、自分の魔力で見えない術式を空中に描く方法だ。

 

 危なくない、でもちょっと派手そうな効果を考えて、術式を構築して、転写。杖で軽く床を叩けば、色とりどりのたくさんの泡が部屋に舞い始めた。

 シャボン玉、だっけ。師匠に見せてもらった時は何の意味があるのかなと思ったけど、これはこれで綺麗だったと思ったから真似してみた。

 

「わー! すごい! しゃぼんだま!」

 

 うん。喜んでくれたみたい。たくさんのシャボン玉をちいちゃんが追いかけてる。ちょっとやそっとじゃ割れないようにしたのが良かったのか、ぺちぺちとシャボン玉を叩いていて楽しそう。

 

『これは子供が好きそうな』

『綺麗やねえ』

『はへー。危なくない魔法もあるんだなあ』

 

 むしろ本来の魔法の用途は、生活を楽にするためのものらしいからね。こういうのが普通、のはず。多分。

 

「魔女のおねえちゃん、すごーい!」

「ん……」

 

『照れてはにかむリタちゃんかわよ』

『ちょっと顔赤くしてるのがいいね!』

『てれてれリタちゃん』

 

「…………。配信切っていい?」

 

『すみませんでしたあ!』

『やめてくださいしんでしまいます!』

 

 あまり突っ込まないでほしいからね。恥ずかしいから。

 シャボン玉を楽しそうに追いかけるちいちゃんを眺めていたら、扉が開いて真美が入って来た。その手には、山盛りのカレーライス。

 

「温めながら見てたけど、これはすごいね」

 

 シャボン玉を見ながら真美が言う。ご飯を食べるなら、さすがに邪魔かな。

 

「ちいちゃん。シャボン玉、消すよ。いい?」

「えー……。うん……」

 

 ちょっと残念そうだけど、すぐに頷いてくれた。良い子だね。

 シャボン玉を消すと、真美がカレーライスを机に並べ始めた。三人分だ。そのうち一つは小さいお皿。ちいちゃんの分だね。

 そして、そのカレーライス。ご飯の上に、見慣れないものが載っていた。

 茶色いさくさくしていそうな、何か。

 

「これは……?」

「トンカツだよ?」

「トンカツ……!」

 

 トンカツ! 師匠が作ろうとして諦めていたもの! つまり、これが……!

 

「伝説の、カツカレー……!」

 

『でwwwんwwwせwwwつwww』

『伝説のwww』

『思わず茶吹いたわwww』

 

 まさか、カツカレーを食べられるなんて! どうしよう、すごく嬉しい……!

 い、いいのかな? 本当に食べていいのかな?

 真美を見ると、おかしそうに笑っていた。それを見て、少しだけ正気に返る。うん。ちょっと恥ずかしいかもしれない。いやでも、それぐらい本当に嬉しい。

 

「どうぞ、リタちゃん。遠慮無く食べてね」

「ん……!」

 

 手を合わせて、いただきます。

 まずは、トンカツ。一口サイズにカットされてるトンカツを口に入れてみる。

 

「さくさくしてる……。なんちゃってトンカツとは全然違う……!」

 

『なんちゃってトンカツってなんだよw』

『師匠が作った失敗作なんだろうなっていうのは分かるw』

『むしろそれが見てみたいんだがw』

 

 あんなもの、見たところで何も面白くはないよ。お肉にべちゃべちゃの何かがかかってただけだったし。まさかあれの完成形がこんなに美味しいなんて……!

 

「お肉もすごく柔らかい。んー……。変なお肉だね」

 

 お肉を見てみると、なんだろう、厚切りのお肉じゃなくて、薄いお肉を重ね合わせたようなものになってる。

 

『ミルフィーユカツやな。薄切りの豚肉を重ね合わせて揚げたカツ』

『おいしいやつ』

『難しくはないけど、わりと面倒だよなこれ』

 




壁|w・)ちょっと聞かれたのでこそっと。異世界側で出かけて配信するのはもうちょっと先です。


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アイスクリーム

 聞いた限りだと難しく思えるけど、実際にやると簡単なのかな。でも、面倒なのは変わらないみたい。わざわざ作ってくれたってことだよね。

 真美を見る。にこにこしてる。

 

「すごく美味しい」

「そう? よかった」

 

 小さく、安堵のため息が聞こえてきた。不安だったのかな。作ってくれてるのに文句なんて言うわけないんだけど。

 それじゃ、次はカレーそのものを……。

 

「なにこれ。すごくどろどろしてる」

「え?」

 

『え?』

『映像見る限り、標準程度だと思うけど』

『リタちゃんが食べた師匠のカレーってどんなんだったんだ……?』

 

「ご飯に茶色の水がかかってた」

 

『お、おう』

『なにそれ(困惑)』

『聞くだけでまずそう』

 

 いや、美味しかったから私は気に入ってたんだけど……。でも、これとは全然違うね。師匠がこれをイメージしてたなら、失敗作だって言ってたのも理解できる。

 ご飯にかけて、食べてみる。ぴりっとした辛さは私好みだ。

 

「とりあえず、これだけは言える」

「な、なに?」

「師匠のカレーライスは生ゴミだった。間違い無い」

 

『ちょwww』

『辛辣ぅ!』

『そこまで言うかw』

 

 そこまで言うほど違うんだから仕方ない。私も、ここまで違うなんてびっくりだ。

 初めて師匠のカレーを食べたあの日。とても美味しくて、すごいご馳走だね、なんて師匠に言ったけど、師匠は微妙な表情だった。今ならその気持ちが分かる。思ってたのと違ったんだね。

 

「ん……。食べるのに集中していい?」

「う、うん。どうぞ」

「ありがと」

 

 じっくり堪能させてもらおうかな。

 

 

 

 お代わりもいただいて、三杯も食べてしまった。いや、美味しくて、つい。

 

『すごく美味しそうに食べてたなあ……。カレー食べようかな』

『今レトルトのカレー温めてる』

『出前のカレー頼んだ』

『おまえらwww 俺はコンビニで買ってきたぞ』

『お前ら行動力ありすぎだろw カレー専門店に向かってる』

 

 今日はみんなカレーライス食べるのかな。これだけ美味しいなら、毎日でも食べたくなるよね。うんうん。私も毎日食べたい。

 ところで。

 

「ちいちゃん?」

「なあに?」

「ん……。いや、いいけど」

 

 私がカレーライスを食べ終わってから、ちいちゃんが私の膝の上に座ってきた。そのまま小さい器でカレーを食べてる。食べにくくないかな?

 

「おまたせ、食後のデザート……、ちい、何やってるの?」

「えへへー」

「リタちゃんに迷惑でしょ! 早く下りて!」

「あ、いや。私は別にいいよ」

 

 正座の上に座られてるけど、痛いってほどでもないし大丈夫だ。

 ほどよい場所にちいちゃんの頭があるのでとりあえず撫でてみる。さらさらの髪の毛だね。妹がいたら、こんな感じなのかな?

 

「リタちゃんがいいなら何も言わないけど……。ちい、食べたら戻りなよ?」

「ん!」

 

 口をいっぱいにして頷くちいちゃん。とてもかわいい。なでなで。

 

「リタちゃんがでれでれしてる……」

 

『意外な一面だなあ』

『クールでかっこいい系と思ってたんだけど。いやかわいいけど』

『やはり幼女。幼女しか勝たん』

『何言ってんだお前』

 

 なんだろう。癒やし系だね。正直なところ、物珍しさというのもあるんだけど。

 

「ところでリタちゃん。これ。デザート。アイスクリーム」

「アイスクリーム……?」

 

 それも師匠に聞いたことがある。

 

「師匠が作ろうとして凍った牛乳になったやつだ」

 

『なんて?』

『凍った牛乳www』

『師匠さん、一体何と勘違いしたんだよw』

 

 よく分からないけど、牛乳を凍らせたらそれっぽくなるんじゃないか、とか言って凍らせた結果だったはず。最終的に砕いて舐めて食べた。

 アイスクリームというやつは、確かに色は白いけど、凍った牛乳とは全然違う。スプーンですくってみると、少し固いけどあっさりと取れた。

 口の中に入れてみると、冷たい甘さが口の中に広がって、とっても幸せな気持ち。

 

「ん……。美味しい」

「あはは。よかった」

「師匠は生ゴミ生産者だった」

「ちょ」

 

『生ゴミ生産者www』

『辛辣すぎるw』

『でも話を聞いてる限りあながち間違ってない……w』

 

 いや、悪くはなかったんだけどね。うん。

 アイスクリームを堪能した後は、のんびりとする。というより、ちいちゃんが相変わらず私の膝の上で食べてるから動けない。

 もちろん嫌ってわけじゃない。大人しいし、とってもかわいい。

 

「撫で心地もとてもいい感じ」

「むぐ?」

「気にせずに食べてね」

 

 アイスクリームをもぐもぐしてる。にっこり笑って頷いてくれた。見てて和むね。本当に、子供は初めて見たけど、こんなにかわいいんだなあ。

 




壁|w・)カレーとアイスクリーム食っただけじゃないか……!


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洗浄の魔法

『リタちゃんに同じような頃があったはずだぞ』

『師匠さんが同じことを思いながら育ててくれてたはず』

 

「ああ、うん。よく私に、いないいないばあ、とかやってたよ。変な顔してて、ちょっと意味が分からなかった」

「え。リタちゃん、小さい時の頃覚えてるの?」

「ん。覚えてる」

 

 拾われてからだけじゃなくて、捨てられるまでも私は覚えてる。

 私が魔女として生きていけるのも、この記憶力が理由の一つだ。魔法使いにとって、記憶力は魔力を扱う才能と同じぐらい、もしかするとそれよりも重要な才能だから。

 

『記憶力もそうだけど、師匠の話がびっくりなんだけどw』

『いないいないばあwww』

『あの人、そんなことする人だったのかw』

 

 わりとでれでれしてたかな。さすがに私が覚えてるなんて考えてもなかったみたいだけど。

 私がその話をした時に、面白いぐらいに頬が引きつってたからね。

 

「さてと。それじゃ私は食器を洗ってくるから、リタちゃんはゆっくりしていってね」

 

 そう言って、真美が立ち上がった。

 

「ん? それだったら私がするけど」

「え。あ、いや。さすがにそれは……」

「すぐ終わる」

 

 洗浄の魔法を使うから問題ない。カツカレーをご馳走になって、アイスまでもらって、その上何もせずに帰るなんて、さすがにそれはだめだと思う。

 杖を持って、洗浄の魔法を使う。机の上の食器は一瞬だけ光に包まれて、新品みたいに綺麗になった。

 

「わ……。すごい。ありがとう」

「ん。こちらこそ」

「それじゃ、片付けだけしてくるね」

 

 真美が食器を持って部屋を出て行く。それも手伝いたいところだけど、さすがに食器を片付ける場所までは分からない。

 

『洗浄の魔法って便利そうやな』

『いいなあ。洗い物をしなくていいってだけでかなり助かる』

『ところでちいちゃんのお目々がめっちゃきらきらしてますが』

 

「ん……?」

 

 膝の上のちいちゃんを見てみると、こちらを見つめていた。なんだかすごく、物欲しそうというか、なんというか。

 

「ちいちゃん?」

「さっきの! ちいも使いたい!」

「ええ……」

 

 さっきの魔法って、洗浄の魔法だよね。どうしてこれなのかな。いや、私もこのあたりの、日常生活に使える便利な魔法を先に覚えたけど、それは師匠の指示だったし。

 

「この魔法を覚えたい理由って、何かある?」

 

 私の世界の人相手なら洗浄の魔法なんて少し勉強すれば簡単に覚えられるものだから、教えてあげてもいいと思える、かもしれない。

 でもちいちゃんは、この世界の住人だ。日本人だ。魔法のない世界で、魔法を教えるのは少し問題になると思う。

 だから、理由を聞いて、それでだめだと言おうと思ってたんだけど……。

 

「おねえちゃんがね、毎日がんばってるから」

「うん」

「少しでもちいがお手伝いしたいなって……。でも、ちいが手伝おうとしても、遊んでおいでって言われちゃうから……」

「…………。そっか……」

 

『ええ子やなあ』

『視聴者の妹とは思えないできた妹やで』

『おう。ここの視聴者がろくでもない奴らばかりと決めつけるのはどうかと思う。否定できんけど』

『できねえのかよwww』

 

 真美も、ちいちゃんには自由に遊んでほしいと思ってるのかな。まだ小さい子だしね。

 でも、二人の両親はどうしたんだろう。ちいちゃんはまだ小さいし、真美も日本で働ける年齢ではないと思う。両親がいれば、そこまでお手伝いとか意識しなくてもいいと思うんだけど。

 

「んー……。配信しながら聞くことじゃない、か」

 

 顔も知らない人たちに聞かれたくはないだろうから。

 

「今日の配信はここまで」

 

『え』

『ちょ、いきなり!?』

『リタちゃん待って!』

 

 待たない。配信の魔法を解除すると、すぐに光球は消えてしまった。

 

「ちいちゃん。お父さんとお母さんは?」

「えっとね。おとうさんは、おっきい島でおしごと! おかあさんは、ずっとおしごと!」

 

 うん。ごめん。意味が分からなかった。配信はやめるべきじゃなかったかも。

 

 

 

「お父さんは島の外というか、東京の方で働いてるよ。お母さんは、お昼前から夜遅くまで働いてるかな」

 

 戻ってきた真美に聞いてみたところ、そんな答えが返ってきた。

 

「ん……? わけあり?」

「いやあ……。どうだろう?」

 

 真美の家族は貧しいというわけではないけど、お父さんの収入だけだと少し厳しいらしい。だからお母さんも働いてるらしいけど、昼から夜の仕事しか見つからなかったそうだ。

 

「日本ではよくある共働きの家庭だよ。お母さんのお仕事の時間がちょっとずれてるだけかな。晩ご飯は一緒に食べられないけど、朝ご飯と休日は一緒にいるし」

「ふうん……」

 

 でも、晩ご飯とかの用意は真美がしてるってことだと思う。ちいちゃんからすると、忙しそうに見えるのかな。楽させてあげたい、とか。

 まあ、うん。それなら、教えてあげてもいいかな、なんて。初めて出会った日本人だしね。少しぐらい特別扱いしてあげたい。

 

「ちいちゃん。魔法、教えてあげる」

「え」

「ほんと!?」

 

 目をまん丸にして驚く真美と、嬉しそうに顔を輝かせるちいちゃん。真美は不安そうな表情になったけど、安心してほしい。危険な魔法を教えるつもりはないから。

 

「注意として、家の外で使わないこと。これを絶対に守れるなら、洗浄の魔法とか、便利な魔法を教えてあげる」

「まもる!」

「ん。ならよし」

 

 真美が何か言いたそうな顔をしてるけど、もう決めた。あ、いや、でもさすがに、お母さんの許可は取っておこうかな。

 

「お母さんがだめって言ったら、だめだからね。期待はしちゃだめ」

「う……。はーい……」

 

 ちいちゃんがしょんぼりしちゃったけど、聞き分けよく頷いた。とても良い子だ。なでなでしてあげよう。なでなで。

 

「えへへ……」

「かわいい。お持ち帰りしたい」

「やめて」

 

 真美に真顔で注意されてしまった。冗談なのにね。

 




壁|w・)なお、記憶力は良くてもど忘れは普通にします。


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ルール違反をしちゃいけないってルールはなかった!

 

「というわけで、ただいま」

 

『何が、というわけ、なんですかねえ』

『いつの間にかいつもの森である』

 

 あの後、いつもの森に帰ってきた。二人のお母さんに直接説明しようと思ったんだけど、真美が言うにはややこしくなるからやめて、とのことだった。真美が説明してくれるって。

 正直なところ、私は説明が苦手だから助かった。

 

『結局どうなったん?』

 

「ん。危なくない魔法だけ教えてあげるつもり。洗浄の魔法とか」

 

『教えるのか』

『ちょっと意外』

『洗浄の魔法なら、まあ大丈夫、か?』

 

 多分大丈夫。もしかしたら使い方次第では悪いこともできちゃうかもだけど、そんなのは子供でも触れる道具でも同じことだ。ちゃんと教えてあげれば大丈夫、なはず。

 

『それでリタちゃん。初日本、というより初カレーの感想は?』

 

「控えめに言って最高」

 

 まさかカツカレーを食べれるなんて思わなかった。すごく、すごく美味しかった。是非ともまた食べたい。想像しただけでよだれが出そう。

 

「テレビ、ていうのも見たけど、あれもすごい。あんなに薄い板みたいなやつで絵が動くなんて、意味が分からない。科学すごい」

 

『なんだろう。ちょっと嬉しい』

『わかる。にまにましちゃう』

『ドヤア!』

『まあ作ったのは俺たちじゃないんだけどなw』

 

 でも、地球の人間が作ったのは間違い無い。本当にすごいと思うよ。こっちの人は絶対に作れないから。科学技術そのものがそれほど発達してないし。

 暗くなりつつある森をのんびり歩く。向かう先は、世界樹だ。

 世界樹にたどり着いた私は、すぐに精霊様を呼んだ。

 

「精霊様、いる? いないね。じゃあおみやげはなしで」

「います! いますから! せめて返答する時間をください!」

 

『草』

『リタちゃんwww』

『精霊様おっすおっす!』

『相変わらず美人やなあ』

 

 精霊様はコメントが流れる黒い板を一瞥して、けれどそれを意識から外したみたいで私に視線を戻した。師匠も言ってたけど、コメントは気にしすぎると終わらないらしい。正しい対応だと思う。

 

「それで、お土産とはなんでしょう?」

「ん。これ」

 

 持っていた袋を掲げてみせる。私が帰る前に、真美が買ってきてくれたものだ。精霊様とわけてねと渡されたから、独り占めしたいのを我慢してわけてあげよう。

 

「感謝しろー」

「ははー」

 

『何やってんだこの二人w』

『上下関係あるはずなのに仲いいなあw』

『友達みたいな関係に見えるよな』

 

 んー……。実際、どうなんだろう。精霊様の指示や命令に従うけど、なんというか、上の人っていう感じではない。命令といっても、いつもお願いの形式だしね。

 でも、私たちはこれでいい。話しやすいこの関係がいい。

 

「ところでリタ」

「なに?」

「いきなりあちらの星のものを持ち込んでいるじゃないですか……」

「ん。漫画で読んだ。ばれなきゃいいのさ」

 

「すごく正直に報告してきましたね」

「ルール違反をしちゃいけないってルールはなかった!」

「リタ? 悪い影響を受けてませんか?」

「そんなことない」

 

 ちょっと悪のりしただけです。

 

『本当に悪い影響受けまくってるやんけw』

『なんか、うちの国が本当に申し訳ない……』

『テレビを褒められた誇らしさが一瞬で消えちまったよ……』

 

 でも漫画もすごく良かった。師匠から教えてもらってはいたけど、実際に見たことはなかったから。師匠は描いてくれようとしたけど、師匠の絵は壊滅的だったからなあ。

 

「そんなことより、お土産。ここで全部食べて捨てたら問題ないはず」

「それもそうですね」

 

 この世界の人の手に渡らなければ問題ないって話だったからね。さすがにそれぐらいはちゃんと覚えてる。

 

「この袋もすごい。ビニール袋、だって」

「薄くて丈夫なのでしたね。ちょっとしたものなら手軽に持ち運びできて便利そうです」

「師匠が作ったアイテムボックスっていう魔法があれば必要ないけど」

「それを言う必要はありませんよね?」

 

『すごい魔法だよなあ、アイテムボックス』

『それが使えるだけで物流に革命が起きるな!』

『そういえば、今日の子にアイテムボックスは教えるん?』

 

 ちいちゃんに、てことだよね。確かにアイテムボックスはそれほど危険な魔法じゃないから教えても問題はないかもしれないけれど、それよりも何よりも。

 

「多分、使えない」

 

『あら』

『そうなん?』

 

「必要な魔力がわりと膨大。子供の頃から魔法に触れてるこの世界の人でも、使える可能性がある人は少数だと思う」

 

 極めて便利な魔法ではあるけれど、出し入れのたびに少なくない魔力を要求される。地球の人だと、使うことすらできないはず。

 探せば、もしかしたらいるかもしれないけど。

 




壁|w・)(現地人に)ばれなきゃいいのです。


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おみやげ

「そんなことより、おみやげ」

 

 ビニール袋から取り出したのは、カレーパンが二個と四本入りのみたらし団子が一パック、あとは真美お手製のおにぎりが二つ。精霊様と二人でちょうど分けられるようにしてくれてる。

 

「どうぞ、精霊様」

「はい。ありがとうございます」

 

 精霊様にカレーパンとおにぎりを渡して、と。それじゃあ、早速食べよう。

 カレーパンの袋を破って……。この袋もすごい。日本すごすぎない?

 ぱくり、と一口。んー……。

 

「カレーがない……」

 

『ああ……w』

『リタちゃん、市販のカレーパンってわりと中具が寄ってる時があるんだ。食べ進めれば出てくる』

 

「へえ」

 

 もぐもぐと食べ進めていけば、すぐにカレーが出てきた。カレーライスのかかっているようなどろっとしたものじゃないけど、これは確かにカレーだ。ほんのり甘めだけどスパイシー、それがパンによく合う。美味しい。

 

「パンにカレーを入れるという発想をした人は天才だと思う」

 

『わかる』

『そこに気が付くとは、さすがやでリタちゃん』

『パンにあんこを入れたあんパンも美味しいよ』

『特に粒あんパンがな』

『いや、こしあんの方がうまいし』

『は?』

『あ?』

 

 なんだか険悪な雰囲気になってるけど、気にしないでおく。和菓子の話をしていたら、たまに始まる喧嘩と似たようなものだから。そのうち勝手に終わる。

 流れる量が増えたコメントを無視して精霊様に視線を向けると、美味しそうに食べていた。

 

「やはり食に関してはあちらの方が進んでいますね。この世界でももう少し頑張ってほしいものです」

「料理は師匠が作ったものしか食べたことないから分からない」

「ああ……」

 

『配信もいつも森だしな』

『ぶっちゃけ魔法とか魔獣が出ないと異世界って感じがしない』

『異世界の街並みを見たい』

 

 師匠からどんな街があるのか聞いたことあるけど、私も伝聞でしか知らない。人が住んでる街に行ったのは今回の日本が初めてで……、いや待って。

 

「あれ? 私、真美の家にしか行ってない……?」

 

『気付いてしまわれましたか』

『あの子のカレーで満足しちゃったからなw』

『まあどっちみち、心桜島はまだこれからの島だからな。どうせならもっと都会に行ってほしい』

『東京とかな!』

『東京はいきなり難易度高すぎだろw』

 

 東京。確か、日本の首都だっけ。次はそっちにも行ってみようかな。

 

「あの、リタ」

「ん?」

「そちらも……頂いても……?」

 

 気付けば精霊様はカレーパンを食べ終わっていた。私はまだだけど……まあ開封ぐらいいっか。

 みたらし団子のパックを開封して精霊様に差し出す。精霊様は嬉しそうに食べ始めた。

 なんだかんだと精霊様も日本のお菓子とか大好きだよね。間違い無く師匠の影響だと思うけど。

 私は先におにぎりを食べよう。のり、というものを巻いたおにぎりだ。

 

「んー……。塩がよくきいてる。中に入ってるの、お魚かな? 美味しい」

 

『見せて見せて』

『何入れたんだろ』

『ちょっと!? 恥ずかしいんだけど!』

『本人降臨』

 

「あ、真美。どれも美味しい。ありがとう」

 

『あ、うん。喜んでもらえたなら良かった。ちなみにおにぎりは鮭です』

『ありきたりすぎて面白みがない』

『つまんね』

『お前らwww』

 

 鮭は一般的なんだね。こっちにもお米はあるけど、やっぱり師匠が個人的に育てたものしかない。お米を気に入った精霊様がこっそり継続して育ててくれてるけど……。

 

「このおにぎりのお米と比べたら、私のお米は正直ちょっと微妙ですね……」

「ん。まあ、仕方ない」

 

 あっちは長年かけて、品種改良、だっけ、続けてきた結果だからね。師匠もお米に関しては一朝一夕でできるわけがないって諦めてたぐらいだし。

 

「んー……」

「リタ、どうかしましたか?」

「ちょっと、師匠をよく思い出しちゃうなって」

「…………」

 

『リタちゃん……』

『音信不通になってそれっきりだもんなあ……』

『あのバカ、マジでどこで何やってんだよ』

 

 あ、なんかしんみりした雰囲気になってる。精霊様も心なしか悲しそうだし。正直、私はそこまで気にしてない。あの師匠のことだから、そのうちひょっこり顔を出すでしょ。

 

「どうせ師匠のことだから、美味しいものを見つけて再現しようとがんばってるだけだと思う」

 

『あり得るwww』

『食べ物と料理に対する執着が半端ないからなあいつw』

『戻ってくるのが楽しみだね』

 

 うん。きっといい土産話を聞けるはず。

 そう私が言ってる間も精霊様は何とも言えない表情をしていたけど、私は気付いていないことにした。だって、聞きたくなかったから。

 




壁|w・)ここで第一話?は終わりです。
次回も地球側。その次の話で異世界?側、になります。


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魔法の訓練入門編

 

 私が地球に初めて行ってから一週間。あれから一日一回、地球に、というより真美の家にお邪魔してる。目的は美味しいごはん、というわけじゃなくて、いやそれもあるけど。

 

「んー……。感じる?」

「ちょっとあったかい?」

「いい感じ」

 

 ちいちゃんの両手を握って、魔力を感じてもらう特訓だ。

 お母さんには真美が話したみたいで、一応許可はもらえたらしい。一応というのは、半信半疑というか、そういう遊びなんだろうと思われてるらしいから。

 真美が言うには、いきなり魔法なんて言われてもそういう反応になるんだって。

 

 それでも、許可は許可だ。だからあれから、ちいちゃんに少しずつ教えていってる。

 まあ、教えてるといっても、魔力を感じる訓練しかしてないけれど。

 魔法を使うためには、魔力を扱う技術が必須だ。そして扱うためには、魔力がどんなものか感じ取れるようにならないといけない。

 

 つまり、ちいちゃんがやってることは、魔法を使う上での最初の訓練ってこと。

 そしてこの訓練は、最初にして最大の難関とも言われてる。精霊様が言うには、私たちの世界の人でも十人に一人しか魔力を感じることができないそうだ。

 

『でも十人に一人ってわりと多いって感じる』

『いやいや。感じることができるのが十人に一人、てだけだろ。実際に魔法を使うってなったらさらに少なくなるんじゃないか?』

『なるほど理解』

 

 まあ、そういうことらしい。生活に便利な魔法を使えるのはその中からさらに二人に一人ぐらいで、実戦的な魔法となるとさらに十人に一人とか。

 だからまあ、一週間も魔力を感じる訓練をしてるけど、ちいちゃんが特別遅いとか才能がないってわけじゃない。人によっては一年以上かかる人もいるらしいから。

 ちなみにこの訓練に興味があるのか、希望が多かったから配信で流してはいるけど、この世界の人だけでこの訓練はできないと思う。魔力を扱える人が他にいるなら別だけど。

 

「ところでリタちゃん」

「ん?」

「今日はお出かけするって言ってなかった?」

 

 そう。いつも真美の家にばかり入り浸っているから、そろそろ別の場所も見に行こうと思ってる。真美は気にしなくていいって笑ってくれるんだけど、いつもお世話になって迷惑をかけて、というのもさすがにだめかなって。

 

「ん。ちょっと、しゅと? 東京だっけ。見てくる」

「え」

 

『とうきょう? 東京!?』

『まじで!? いきなりすぎん!?』

『東京なら案内できるぞ!』

 

 そんなコメントが黒い板を流れていく。真美はそれを一瞥して、そして私の両肩に手を置いた。

 

「リタちゃん。絶対に、男の人にはついて行っちゃだめ」

「ん……? えっと……。なんで?」

「女の子一人に声をかける男なんてろくな奴がいないよ!」

 

『辛辣ぅ!』

『偏見でござる! 偏見でござる!』

『でもそのアドバイスは正しいと思う』

 

 どっちだよ、と言いたくなった私は悪くないと思う。

 ふむ。男の人はだめ、と。

 

「なら女の人なら大丈夫?」

「そっちもだめ!」

「ええ……」

 

『これは草』

『そりゃリタちゃんも困惑するわw』

『結論、誰かについて行くなってことですね』

『でもわりと間違ってないかも。変な人も増えてるし』

 

 なに? 東京って魔境か何かなの? すごく危なそうな場所に聞こえてくるんだけど。

 でも、相手は所詮人間だ。そこまで警戒が必要とも思えない。

 

「私は自分の身は自分で守れるから大丈夫」

「それは……そうかもだけど……」

「ん。でも、心配してくれてありがとう。嬉しい」

「リタちゃん……!」

 

『これはてえてえ?』

『わからん』

『なんだかんだと仲良くなったよなこの二人』

 

 真美は、性格が近いってわけでもないけど、なんとなく話していて楽しい。とても気楽にお話しできるから。真美がどう思っているか分からないけど、私は友達だと思ってる。

 

「ちいちゃん。今日はここまでにするから、訓練は続けておいてね」

「はーい」

 

 両手を見つめて、うむむと唸るちいちゃん。その姿はとっても可愛らしくて、思わず頬が緩む。

 師匠も、こんな気持ちだったのかな?

 

「それじゃあ、そろそろ行く」

「うん。気をつけてね」

 

 ん、と頷いて、コメントの板を消す。配信は……まあ続けてても大丈夫かな。

 真美とちいちゃんに手を振って、私は予め決めていた場所に転移した。

 




壁|w・)(百合要素は)ないです。友情です。


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コスプレ

 

 三日前、だったかな? それぐらいに、配信で次の行き先の募集をした。募集というか、オススメを聞いただけだけど。

 その中の一つにあったのが、首都東京にあるビル。いや、東京にビルなんてたくさんあるらしいけど。真美にそれとなく聞いて調べてもらったから、正確な場所は把握済み。

 それで、今日はなんかイベントがあるんだって。コスプレイベントとかいうの。ゲームのコスプレをする人もいるから、この服装でもあまり目立たないはず、とのこと。

 

 私はあまりこのローブを脱ぎたくない。というのも、このローブにはいろんな魔法をかけてある。このローブがあるから無防備に地球に行けると言っても過言じゃない。

 早い話が、防御系の魔法だね。いわゆる現代兵器とやらの干渉ならだいたい弾ける、はず。多分。

 だからローブを着てても目立たないのなら、それが一番だ。

 

 というわけで、私は今、そのイベントの会場にいる。ビルの前の広場で、日本だとあまり見ない服装の人たちに紛れてる。紛れてる、と思う。

 転移した場所は、広場の隅にある木の陰。広場の周囲は木が植えられていて、木の陰ならあまり目立たない。転移してきた時も、誰かに見咎められるかもと思ったけど、幸い誰にも気付かれなかった。

 その後はこの会場の人たちに紛れたんだけど……。なんというか、うん。失敗したかもしれない。

 

 まず一つ。会場から出られない。会場の出入り口は分かるんだけど、出ようとしたら呼び止められた。更衣室で着替えてから出てください、だって。なにそれ聞いてない。

 次に。恥ずかしい。

 なんで私と同じ服装の人がいるのかなあ!?

 視界に入っているだけでも、二人。会場全体ならもっといるかも。

 

「あれって、もしかして、私のコスプレ……? 他の、お話のキャラクターとか……」

 

『違うぞ』

『正真正銘、リタちゃんのコスプレだぞ』

『真っ黒ローブに三角帽子なんてわりとありがちだけど、杖はちゃうやろ?』

 

「うぐう……」

 

 そうなんだよね。服装だけならわりとありがちらしいけど、杖もとなると偶然の一致とはさすがに言えないかなって。身の丈ほどの長さで先端に青い魔石が埋め込まれた杖。さらにはどの人も私と同じ長い銀髪。うん。私だ。

 

「なんで私なの? もっと他にないの?」

 

『そりゃ、なにかと最近話題だしなあ』

『ニュース系のサイトにも取り上げられてたぞ』

『見出しなんだっけ。異星人来訪、とかだったような』

『事実確認を行いますってどこかの偉い人が言ってた』

 

「よく分からないけど、事実確認ってなにするの? 真美とちいちゃんに何かするつもりなら、さすがに怒るよ」

 

『ヒェッ……』

『どうどう、落ち着いてリタちゃん。さすがに誰もリタちゃんに喧嘩売ろうなんて思ってないから』

 

 それなら、いいけど。真美もちいちゃんも、こっちの世界での唯一の、大切な友達だ。何かするつもりなら容赦しない。

 

「あれ、でもこれって、私が原因だよね……? そもそもとして来るべきじゃなかった……? せめて真美の家に行くのはやめるべき?」

 

『絶対やだ! 来てよ! せっかく友達になれたのに絶対に嫌だからね!』

『推定まみさんのコメントが爆速すぎて草なんだ』

『リタちゃん、変なこと考える前に、ちゃんと真美ちゃんに聞いた方がいいよ』

 

 それもそうか。ここまで関わったのに、何も言わずにお別れするのも不誠実だと思うし。それに、私がいやだし。うん。次に会った時に、迷惑じゃないか聞こうかな。

 それはそれとして。これからどうしよう。出ようと思えば転移で出られるけど、そこまでして出たいかと聞かれるとなんとも言えない。こうしていろんな服の人を見てるのも楽しいし。

 

『リタちゃんの世界にはあんな感じの剣士とか魔法使いとかいるの?』

『リタちゃんがこてこての魔法使いな服装だからやっぱりいるんかな?』

 

「さあ……? 私は森から出たことないから……」

 

『あっ(察し)』

『そう言えばそうだった』

 

 森を訪れる人も少ないからね。いたとしても、私がいる最深部まで来る人は少ないし。だいたいは森に入ってすぐのところで何か集めて帰ってるみたい。

 でも、言われてみるとちょっと気になる。私も、自分の世界を見て回ろうかな。一人旅は寂しいけど、配信しながらなら楽しいかも。

 

「配信しながら私の世界を旅してみる、なんてどう? 興味ある?」

 

『ありますねえ!』

『すごく見たい。とても見たい』

『でも無理はせんでいいぞ』

 

 興味ある人が多いみたいだから、ちょっと考えてみようかな。

 そんな話をしながらぼんやりと眺めていると、私に近づいてくる人がいた。ちょっと背の高い女の人で、服装は、その……。私と同じ。

 つまり、私のコスプレ。ちょっぴり照れる。

 

「こんにちは! 写真、いいですか?」

「ん……。えっと……」

 

 あれ、これもしかして、気付かれてない?

 

『そりゃ普通はこんなコスプレイベントにいるなんて思わんだろうからな』

『そういえば、視聴してる参加者はいないの?』

『確かに。一人ぐらいいてもよさそうだけど』

 

 それはまあ、弾いていますので。この近辺にいる人からのものは、だけど。あっちの世界でなら難しいけど、実際にこの場にいれば、見える範囲で視聴を弾くことぐらいは一応できる。

 精霊様の魔法とはいえ、すごく研究したからね。無理矢理弾くことぐらいはできるのだ。

 それはともかく、そう。写真。写真だ。

 もちろん写真についてもちゃんと知ってる。撮られることに抵抗もないけど、どうしようかな。

 

「あ、もしかして写真NGですか? それでしたら無理強いは……」

「ん。いえ。大丈夫、です」

「そうですか!」

 

 写真ぐらいいいか。減るものじゃないし。

 その場に立って、えっと……。どうしたらいいんだろう?

 

「やっぱり! リタちゃんのコスプレですよね!」

「え」

「リタちゃんかわいいですもんね! 小柄で銀髪で、クールだけどわりと好奇心旺盛! とってもかわいい!」

「あ、はい、そう、ですか……」

 

『照れてる』

『めっちゃ照れてる』

『照れ照れリタちゃんかわいい』

 

 うるさい。

 




壁|w・)主人公の配信はわりと有名、かもしれない。


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雨よけの魔法

「それにしても、完成度高いですね! すごく力が入ってる!」

「ど、どうも……」

 

 完成度も何も、本人だからね……!

 お姉さんがポーズの指示を出してくれたので、とりあえずそれに従っておく。するとどんどんと写真が撮られていく。なんだろう。恥ずかしいけど、これはこれで楽しいかも。

 そうして被写体になっていたら、さらに人が集まってきた。自分もいいですか、自分も、なんて。勝手にやってくれていいのに。とても律儀だ。

 でも、その、えっと……。多すぎませんか……?

 

「助けて」

 

 配信にだけ聞こえるように言ってみたら、すぐに返答があった。

 

『無理』

『あきらめろん』

『ふっるwww』

『うるせえw』

 

 うん。だめだこれ。

 

「あ、そうだ。あの、ツーショットとか、いいですか……?」

 

 最初の人がそう聞いてきた。もうどうにでもなれ。好きにしてほしい。

 私が頷くと、近くの人にカメラを預けて駆け寄ってきた。二人でポーズをして、また写真を撮られる。

 本当にたくさん撮るよね。人の写真を撮って、そんなに楽しいの?

 

『人によるとしか』

『そもそもとしてコスプレに興味がない人もいるし』

『好きな人はとことん好き』

 

「ふーん……。よくわからない……」

「え? 何か言った?」

「何でもない、です」

 

 でも、うん。これもある意味、貴重な体験かも。普段なら絶対にないこと……。

 あ、いや、そうでもないかも。確か視聴者さん、配信中の画面を保存とかできるんだよね。むしろ配信そのものを録画、だっけ? そんなのもできるんだよね。

 あれ? そう思ったら、この写真とか、かなり人が少ない方なんじゃ……。

 

『リタちゃんの表情がなんか変なことになってる』

『多分気付いちゃいけないことに気付いたんだと思う』

『例えば?』

『写真で慌ててたけど普段はもっと多くの人に見られてるじゃん、とか』

『あり得そうwww』

 

 その通りだから言わなくていいよ。

 思わず口を開こうとしたところで、なんだか少し騒がしくなってることに気が付いた。隣の人もちょっと慌ててる。

 

「やばい! 雨だ雨だ!」

「十パーセントって言ってたのに!」

「ばっかお前、十パーセントの確率で降るってことは、十パーセントの確率で雨が降るってことだよ!」

「意味不明な構文をリアルで言わなくていいんだよ!」

 

 ふむ。雨。確かに、ちょっとぱらぱらしてきてる。通り雨かは分からないけど、本格的に降ったりもするのかな。

 

「コスプレって雨だと大変なの?」

 

『事前に知ってたら雨の用意してくるかな』

『雨の中での撮影もなかなかいいもの』

『なお嫌いな人は嫌いだよ。雨対策してなかったら機材が壊れかねないし、ウィッグとかもだめになっちゃうかもだし』

『今回みたいに唐突に降られるのはマジで害悪』

 

 準備次第ってことかな。周囲を見てみると、予め準備してる人もいたみたいだけど、してない人の方が多いと思う。慌ててる人の方が多いから。

 

「屋内に避難しよっか! ほら!」

「ん。大丈夫。ちょっと待ってて」

「待っててって、どうするの?」

 

 この人も早く避難したいんだろうけど、私のことを気に掛けてくれてる。優しい人だ。

 まあ、ちょっと恥ずかしかったけど、楽しかった。だからちょっとだけ、お手伝い。

 手に持った杖で地面を叩く。こつこつこつ、と三回。無理矢理晴れにするのは良くないって精霊様にも言われてるから、ちょっとした雨よけだ。

 魔法陣を思い浮かべ、起動。杖の先が淡く光って、次の瞬間にはうっすら光る光の壁が頭上に現れた。壁というか、屋根?

 

「なに、これ」

「え? え? なにあれ?」

 

 うんうん。みんな驚いてる。ぽかんとしてる。ちょっぴり楽しいかも。

 

「くせになりそう」

 

『リタちゃんが変態さんになっちゃう……!』

『でもなんとなく気持ちは分かるw』

『こうして見てるだけでもちょっとした優越感』

 

 悪いことはしてないし、いいよね?

 でも雨の撮影をしたいって人もいるだろうから、魔法の時間は短めにしておいた。一応、伝えておいた方がいいよね。

 もう一度、杖で地面を叩く。ちょっと強めに叩くと、みんな静かになってるからか思った以上に音が響いた。みんなの視線が私に集中する。

 なんだろう。ちょっと恥ずかしいかもしれない。配信だと、もっとたくさんの人が見てるはずなんだけど。

 ちょっと恥ずかしいから、さっさと伝えて退散しよう。

 

「この魔法、三十分ぐらいで消えるから」

「え?」

「魔法? え、じゃあ、もしかして、本物……?」

「ん。ただ少し前後すると思うから、それまでに雨の用意か帰るか、してね」

 

 呆然としながら頷いてくれる。とりあえず、伝えることは伝えたからもう大丈夫のはず。問い詰められたりするのは嫌だから、移動しないとね。

 

「ぎょうざ、だっけ。食べてみたい。この辺に詳しい人、教えて」

 

『しらね』

『俺地元。美味しい店知ってるよ。案内する』

『有能』

 

「ん。よろしく」

 

 それじゃ、とりあえず姿を消して……、いやその前に。

 

「お姉さん」

「え、あ、あたし!?」

「ん。楽しかった。ありがとう」

「ど、どういたしまして……?」

 

 撮影会なんていきなりでびっくりしたけど、楽しかったのは間違い無いから。ちゃんとお礼は言わないといけないと思った。

 それじゃ、改めて。姿を消す魔法を使う。誰の視界にも写らなくなる魔法。仕組みはよく分からない。これも師匠の魔法だから。

 私が急に消えたからか、みんなが騒然としてる。少しだけ罪悪感と、あとちょっとした優越感を覚えながら、私はその場を後にした。

 




壁|w・)主人公は特に隠すつもりはないので、必要だと判断すれば使います。


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餃子

 

 会場から出て少ししたところで姿を消す魔法を解除したんだけど……。いや、すごいね。周囲がすごい。話には聞いてたし分かってたつもりだったけど、実際に見ると予想以上だ。

 右を見ても左を見ても摩天楼。私が住んでる森の木もかなり大きくて高いと思ってたんだけど、比べることすらおこがましいとはまさにこのことだ。

 

「すごい。高い。すごい」

 

『リタちゃんの語彙力がwww』

『ただのお上りさんになってるw』

『まあ初めて来ると圧倒されるよな。わかるわかる』

 

 こんなに高い建物にたくさんの人が住んでるっていうのが信じられない。ただ、ちょっと窮屈そうだなとも思う。

 

「日本ってそんなに狭い国なの? 人数が増えたとか?」

 

『どういうこと?』

『あー……。リタちゃん。ここのビルのほとんどは仕事のための建物なんだ。家は別にある人の方がほとんどだよ』

 

「あ、そうなんだ」

 

 それもそうか。変な誤解をしてしまった。反省しよう。

 あとは、車、だっけ。これもすごい。すごい速さで行き交ってる。でも、ちゃんと決まった場所を走ってるから、危険はあまりない、のかな? でもぶつかったら危なそうだね。

 

「あれだけの速さがあるなら、エネルギーもかなりのもののはず。あれで体当たりしたら、魔獣にも通用するかも」

 

『リタちゃんwww』

『いちいち発想が物騒すぎるんだがw』

『車は移動手段であって攻撃手段じゃないからね?』

 

 分かってるよ。ちょっと考えてみただけ。

 他にも気になるものはいくつかあるけど、ご飯が食べたい。それに、さっきの場所ほどではないけど、ちらちらと視線を感じるし。それも、なんとなくちょっぴり居心地の悪い視線だ。

 敵視とかそんなんじゃないけど、なんだろう。不信感とか、そんな感じ。警戒されてる気がする。

 

 でも、仕方ないことというのは分かる。他の人を見てみたら、私の服ってかなり場違いだから。真っ黒ローブに三角帽子なんて私ぐらいだ。

 だから、早めに移動しよう。

 

「案内よろしく」

 

『あいよー』

 

 そうして視聴者さんの指示に従ってしばらく歩いて。大きな道から逸れて細い道に入って。たどり着いたのは、少し古いビル。一階が目当ての飲食店、らしい。

 

『ここ知ってる。確かに美味しいけど、ここって夜だけでは?』

『そうなん?』

『十七時から二十三時までの営業のはず』

 

 え。まってそれ聞いてないんだけど。十七時ってまだかなり先のはずなんだけど。

 私は時計を持ってない。だから今の時間を自分で調べることができない。聞けばいいだけだけど。

 

「今は何時?」

 

『十四時』

『まだまだやんけ』

『案内人、無能か?』

『反応なし。逃げたか』

 

 むう。困った。間違いは誰にでもあると思うから怒るつもりはないけど、さすがに暇すぎる。でも美味しいのは間違いないみたいなんだよね。どうしようかな。

 お店の前で困っていたら、お店に明かりがついた。そのまま中から扉が開かれて、出てきたのは男の人。三十歳ぐらい、かな?

 

「や。待ってたよ」

「え」

「俺、案内人。で、ここの経営者」

「え」

 

『ちょwww それありかw』

『自分の店に案内したんかいw』

『ちくしょう、その手があったか!』

 

 さすがにちょっと予想外だけど、案内してくれたってことは作ってくれるってことかな?

 

「まだ時間じゃないみたいだけど、作ってくれるの?」

「もちろん。というより、そうでないと案内しないよ」

 

 それに、と男の人が続ける。

 

「他の人がいる中で食べるのは、目立つだろ?」

「あー……」

 

 なるほど確かに。視線から逃れたくても逃れられない状況になるところだった。

 

『これは有能』

『やるやんけ案内ニキ』

『案内ニキってなんだよw』

 

 男の人、案内人さんに促されてお店の中に入った。

 比較対象がないから分からないけど、多分小さなお店だと思う。カウンターと、テーブルが四つ。案内人さんが一人で経営してるらしい。

 

「好きなところに座ってくれたらいいよ」

「ん……。じゃあ、ここ」

「うん。とりあえず水だけ持ってくるけど、餃子以外に食べたいものはある?」

「美味しいもの」

「うん。うん。よし! わかった!」

 

 案内人さんは少し困ったような笑顔だったけど、問題ないみたいで頷いてくれた。すぐにコップに入った水を持ってきてくれて、カウンターの方へと行ってしまった。

 ちなみに私が座ったのは窓際のテーブル席。近かったから。

 

『注文が抽象的すぎて草でした』

『まあ第一希望の餃子は作れるみたいだし、問題ないやろ』

『ところでここって美味いんか?』

『美味いぞ。隠れた名店ってやつ』

『奥まった場所にあるのに夜になると満席になるのがいい証拠』

 

 知ってる人からの評価は高いらしい。それなら期待できるかな。

 椅子に座って、のんびりと待つ。もう知ってる人しかいないし、コメントの黒板も戻しておこう。

じゅうじゅうと何かを焼く音、かな? 聞こえてくる。すごくいい匂いがしてる。お腹が減ってくる匂いだ。

 足をぷらぷらさせながら、コップの水を少しずつ飲んで暇つぶし。漂ってくる香りがすごく気になる。まだかな。まだかな。

 

『すっごくそわそわしてる』

『そわそわリタちゃん』

『かわいい』

 

「怒るよ」

 

『なんで!?』

 

 ちょっぴりバカにされた気がしたので。

 そうして待っていると、案内人さんが戻ってきた。大きなお皿を持ってる。

 

「とりあえず餃子、十個。ご飯もいるかな?」

「ほしい」

「はは。どうぞどうぞ」

 

 テーブルにお皿に盛られた餃子と白ご飯。餃子には茶色い焦げ目がついてる。お箸で持ってみると、焦げ目はカリッとしていてちょっとかため。でも他は柔らかい。これが餃子。

 

「いただきます」

 

 早速食べてみる。真ん中あたりでかじると、見た目通りかりっとした食感だった。それだけじゃなくて、焦げ目のない部分はもちっとした食感だ。

 食感だけでも楽しいけど、味もいい。たっぷりと閉じ込められた肉汁が溢れてくる。お肉の味だけじゃなくて、お野菜の味も感じられる。ほどよいバランスだ。

 うん。美味しい。

 

「んふー……」

 

『すごく美味しそうに食べるなあ……』

『やべえ、餃子食いたくなってきた』

『ちょっと出前頼もうかな……』

 

 おかずとしても優秀。ごはんが進む。何杯でも食べられそう。

 




壁|w・)餃子を食べただけでは……?

感想受付の設定をこっそり緩くしておきます……。


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世間は意外と狭いもの

「こういうのもあるよ」

 

 案内人さんの声に振り返ると、なんだか赤いスープみたいなのを持っていた。テーブルに置いてくれたそれからは、少し独特な香りがする。匂いで分かる。これ、辛いやつだ。

 

「辛いのは大丈夫?」

「ん。もちろん」

 

 一緒に出してくれたスプーンで食べてみる。たくさん入ってる白っぽいものは豆腐かな? 口に入れてみると、予想以上に辛い。カレーよりも辛い。でもなんだろう、くせになりそうな辛さだ。

 これもご飯にとても合う。美味しい。

 

「えへー……」

 

『ああもう俺は何の出前を取ればいいんだよ!』

『全部取ればいいのでは?』

『おっさんに餃子と麻婆豆腐はきついっす』

 

 あ、これ、そういう名前の料理なんだね。えっと……。

 

「まばあとうふ?」

「まば……っ、んふ……っ」

 

 あ、なんか案内人さんに笑われた。違うらしい。

 

『まばあとうふwww』

『いやまあ、読み方知らずに漢字だけ見てもわからんわなw』

『リタちゃん、まーぼーどうふ、だ』

 

「ほうほう。まーぼーどーふ」

 

『なんか発音が微妙に違う気がするけど、まあ大丈夫!』

 

 面白い名前だね。もちろん、読みも。美味しければ私は文句なんてないけど。

 その後も案内人さんは中華料理というのをいろいろ出してくれた。私のお気に入りは餃子と麻婆豆腐、あと春巻き。春巻きは皮がぱりぱりしていて、とっても楽しかった。

 

「美味しかった……。ごちそうさまでした」

「うん。美味しそうに食べてくれて、俺も作りがいがあったよ。お粗末様でした」

 

 お皿を片付け始める案内人さんを眺めながら、水を飲む。食後のこののんびりとした時間、いいよね。幸せだ。

 そうしてまったりと過ごしていたら、お店のドアが開かれた。

 

「お邪魔します。リタちゃん、やっぱりここだった」

「ん? えっと……」

「あれ? 分からない? リタちゃんのコスプレしてた人よ」

「あ」

 

 言われてみれば、確かにあの人だ。服装が違うだけでこんなに変わるものなんだね。印象が全然違う。すごい、変身みたいだ。

 でも、どうしてここにいるのかな。

 

「ああ、姉貴。遅かったな」

「いや、これでも急いで来た方だから」

 

 なるほど、家族か。

 

『まじかよ、案内人とコスプレの人、姉弟かよ!』

『世間は狭いなあ(白目)』

『リタちゃんの配信を見てるからこそリタちゃんのコスプレをしていて、弟も視聴者。あり得なくもない、か……?』

 

 こういうこともあるよね、と思っておこう。考えても仕方ない。

 

「ん。お姉さん。あの後、大丈夫だった?」

 

 すでに魔法は解除されてると思うけど、ちゃんとみんな雨対策はできたのかな。

 そう思って聞いたんだけど、お姉さんはなんとも言えない表情になった。

 

「うん。あのね、リタちゃん。すごく大騒ぎになったよ」

「ん?」

 

『ですよねー』

『いきなりマジの魔法使ったら騒ぎにもなる』

『しかも一部の人しか分からないようなものじゃなくて、誰からの目にも見える魔法だったしな』

 

 そういうものらしい。よかれと思ってやったんだけど、だめだったかな。

 

「いやいや、すごく助かったから! 大騒ぎだったけど、みんなリタちゃんに感謝してたよ!」

「そう? それなら、嬉しい」

「おっふ……。淡い笑顔、とてもかわいい……」

「信じられるか? これ、俺の姉貴なんだぜ……」

 

『ご愁傷様としか言えねえwww』

『姉貴殿の気持ちも分かるけどな』

『普段表情があまり出ないクールなリタちゃんだからこそ、たまに見せてくれる笑顔がすごくかわいいのです。天使なのです。ありがたがれ』

『長文で変なお気持ち表明すんなw』

『さーせんwww』

 

 うん。よく分からないけど、みんな楽しそうだからそれで良し。

 それじゃ、食べるものも食べたし、私もそろそろ帰ろうかな。

 

「その前に、お金だけど……」

「お金はいいよ。多分、宣伝効果がかなりあるだろうから」

「そう?」

「間違い無く」

 

『あるだろうなあ』

『東京在住のワイ、すでに今から行く準備始めてる』

『今から行ってもリタちゃんに会えるわけじゃねえぞ?』

『あんなに美味しそうに食べられたら行くしかないだろうが!』

 

 宣伝効果、というものが私にはあんまり分からないものだけど、案内人さんがそれで満足してくれるなら、私としても文句はないし嬉しいところ。

 日本のお金、あまり多く持ってるわけじゃないからね。節約できるならしておきたい。

 

「ん。それじゃ、そろそろ帰るね」

「あ、待ってリタちゃん! あと十分だけ!」

「ん?」

 

 なんだろう。何かお話あるのかな。急いで帰らないといけないわけでもないから、別に待っていてもいいんだけど。

 でもこのお店の営業開始までには帰りたいところだ。面倒なことになるかもしれないし。

 私が椅子に座り直すと、お姉さんは逆に勢いよく立ち上がった。案内人さんへと叫ぶ。

 

「パソコン!」

「はいはい。二階で起動済み」

「ありがと!」

 

 そしてお姉さんが走って奥の部屋へと入っていく。私はここで待っておけばいいのかな? いいんだよね。のんびりと待とう。

 

『あいつ何しに行ったんだ?』

『ヒント、コスプレ直後』

『あー……。プリントアウトか』

 

 ぷりんとあうとが分からない。いや、覚えたいってわけでもないけどね。

 

「じゃあ、姉貴が用意してる間に、これ。俺からの土産な」

「ん?」

 

 案内人さんに渡してもらったのは、ビニール袋。ビニール袋にはどこかの店名が書かれてる。えっと……。そうそう。このお店の看板がこれだったはず。

 

「お持ち帰り用のセットな。餃子が十二個と春巻き二個。精霊様と食べてほしい」

「おー……。ありがとう」

 

 これはわりと嬉しいお土産だ。精霊様と一緒に食べたいとも思ってたし、帰ったら早速食べてみよう。

 ほんのり漂ってくる良い香りを嗅ぎながら、お姉さんを待つ。餃子の香りってすごくいいよね。食欲がわく香りだ。すごく食べたくなるけど、我慢我慢。精霊様と一緒に食べるんだから。

 少しして、お姉さんが戻ってきた。お姉さんの手には、封筒がある。

 

「リタちゃん。これ、せっかくだから持っていってね」

 

 渡された封筒から中身を取り出してみると、写真だった。

 私と、お姉さんの写真。あの会場で撮ってもらったツーショットだ。

 

『ほほう。これはよく撮れてる』

『光の加減もいい感じ』

『同じ服着て姉妹みたいでかわいい』

 

 同じ服、だね。私のコスプレをしていたらしいから、当然と言えば当然かな。でも、なんだろう。すごく嬉しい。

 

「ありがとう。大事にする」

 

 私がお姉さんにそう言うと、お姉さんも嬉しそうに笑ってくれた。

 

 

 

「というわけで精霊様。写真撮ってもらった」

「何がというわけなのかは分かりませんが、拝見しましょう」

 

 森に帰ってきた私は、早速精霊様に写真を見せてあげた。

 ちなみに写真にはすでに保護魔法をかけてある。私が死なない限り、あの写真は今の状態のまま維持されるはずだ。

 

「リタと同じ服を着ているのですね」

「ん。なんか、私はあっちではわりと有名らしい」

「でしょうね」

「え」

 

『でしょうねwww』

『精霊様はわりとこっちの事情も分かってそうだからな』

『リタちゃんだけは理解できてなかったってことだな!』

 

 そう言われると面白くない。じっとりと光球を睨み付けたら、ごめん、という言葉が流れていった。私の知識が足りてなかっただけだから、別にいいんだけどね。

 

「あとこれ、餃子。食べよう」

「ぎょうざ、ですか? いただきます」

 

 ちなみに精霊様の感想は、ご飯がほしい、とのことだった。ごはんも貰っておくべきだった。少しだけ反省しておく。

 




壁|w・)なんだかんだと写真は主人公も気に入っています。
第二話は一応ここで終わり。次話から異世界側の街へ行く、そんな予定。

お気に入りや評価、本当にありがとうございます。
昨日あたりから突然増えていて驚いています。
とても励みになります……!
まったりがんばりますので、よろしくお願いします、です。


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たくさん増えました

 

 東京に行った日の翌日。いつものようにお昼前から配信を始めて、すぐに首を傾げてしまった。

 

「なにこれ」

 

 挨拶してくれてるんだけど、明らかに日本語じゃないものがたくさんある。英語とか。他もたくさんあるけど、よく分からない。師匠から教わったのは日本語だけだから。

 コメントの数もすごく多い。なんかもう、すごい。黒い板が文字で埋まってて、ちょっと読みにくい。読めないほどではないけど。

 

『リタちゃんこんちゃー』

『予想以上にすごいことになってんなあw』

『視聴者数もえぐい数になってるw』

 

 視聴者数。そういえば見れるんだっけ。興味ないから気にしたことなかった。えっと……。

 

「なにこれ。五万人……? それも、まだ増えてる……?」

 

 すごい勢いで人が増えていってる。なにこれ怖い。五万人がすごく多い数だっていうのは、さすがに私でも分かるよ。

 

「今日はどうしてこんなに人が多いの? お休みか何か?」

 

『違うぞ』

『リタちゃんの配信はそれなりに有名だけど、それでも異世界とか異星とか本当に信じてる人なんて少なかったんだよ』

『魔法とかCGとかと思ってた人も多かったみたい』

『それが昨日の配信で覆ったってことだよ』

 

「昨日? 昨日って何が……、あー……」

 

 うん、さすがに分かった。コスプレの会場で使った雨よけのことだね。会場の人にしか見えない、なんてことはなかったはず。普通に外からでも見えてしまった、と。

 

『目撃した人はかなり多いし、いろんな角度からの写真もあるしで、今こっちはすごく楽しいことになってるよ』

『今この配信は世界の注目の的ってやつだ』

 

「なる、ほど……?」

 

 きっかけは分かったけど、注目の的っていうのはちょっと分からないかも。規模が多すぎて、イメージできない。

 でも、興味を持ってもらえたなら、嬉しい……ような気がする。

 

「それはそれとして、コメントの方もどうにかしないとね。せめて英語ぐらいは読まないと」

 

『え? リタちゃん英語できんの?』

『師匠さん日本語だけっぽかったけど。大丈夫?』

 

 ばかにしないでほしい。英語も、少しだけ教わってる。読むことぐらいはできるよ。

 流れてる文字のうち、アルファベットのものを確認する。えっと……。

 

「なにこれ。めちゃくちゃになってる。こんなの読めない」

 

『ん?』

『え、どゆこと?』

『詳しくないけど、ちゃんと英語に見えるけど……』

 

「いや、だって、母音と子音の組み合わせをするだけだよね?」

 

 あれ? 分かってもらえない。意味が分からない、みたいな言葉ばかり流れてる。意味が分からないと言われても、そのままの意味なんだけど……。

 どうやって説明しようかと悩んでいたら、そのコメントが流れてきた。

 

『いや待て。分かったかもしれない。リタちゃん、それ英語やなくて、ローマ字読みや』

 

「え」

 

『あー! なるほど分かった!』

『確かに英語をローマ字読みしようとしても意味不明に決まってるわ』

『リタちゃん、ローマ字読みと英語って全然違うんだよ』

 

 ざっくりと説明してもらったけど、本当に全然違うものだった。たくさん言語があるって大変そうだね。本当に。

 

「つまり日本語以外は私にとって邪魔にしかならないってことだね」

 

『ちょwww』

『辛辣ぅw』

『でも間違いじゃないw』

 

 私が読めない文字を流していても意味がない。書き込んでくれてる人には悪いけど、排除させてもらおう。

 魔法陣のそれっぽいところを抽出して、すこし書き加えて、反映させる。すると黒い板には日本語しか表示されなくなった。

 

「これでよし」

 

『まじかよこんなことできたのか』

『いや、こっちだと無理だったはず。魔法由来のものじゃない?』

『魔法すげえwww』

 

 精霊様の魔法とはいっても、少しぐらいなら私でもいじれるからね。あくまで少し、だけど。

 ともかく、これで目障りな理解できない文字は排除できた。あとはいつも通りでいいかな?

 

『いや、いいの? リタちゃん』

『外国の偉い人がリタちゃんにコンタクト取ろうとしてるはずだけど』

『無視してええんか?』

 

 外国の偉い人。それを聞くと、私はこれしか言えない。

 

「いや知らないよ。私に用があるなら、私が分かる言葉を使ってよ」

 

『草』

『そりゃそうだw』

『最低限そこだよなw』

 

 私が分かる言葉を覚えようともしない人と話すことなんてないからね。いや、単純にめんどくさいだけだけど。私だって師匠に教わって勉強したんだから、そっちもがんばってほしい。

 これ以上言語を覚えたくないので。

 

「それじゃ、改めて。今日は、街に行こうと思うよ」

 

『まち?』

『東京は昨日行ったし、大阪とか札幌とか?』

『九州もいいぞ!』

 

「いや、そっちじゃなくて、こっちの。私の世界の街に行ってみようかなって」

 

『え』

『きたあああああ!』

『異世界の街! わくわくしてきたぞ!』

 

 なんだか一気にコメントが増えた。もしかしてみんな、結構気になってたのかな。

 




壁|w・)前回の配信でたくさん増えた視聴者さん。
でも日本語以外は読めないのでしゃっとあうと。


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様式美

 大量にコメントが流れていていちいち反応するのも面倒だ。しばらくコメントは無視しよう。

 

「まずは精霊様に挨拶に行く。そこでだめって言われたら、諦めないといけないし」

 

『守護者だもんな。勝手に出歩くのはさすがにまずいか』

『日本にはわりとひょいひょい来てるけどw』

『おかしい……日本の方がずっと遠いはずなのに……』

 

 それを考えると、ちょっと不思議なことになってる気がする。

 ずっとずっと遠い場所にある日本には頻繁に行ってるのに、ずっと近い場所にあるはずのこの世界の街にはまだ行ったことがない。

 あまり興味がなかったから仕方ないかもだけど。

 転移して世界樹の側に移動。精霊様を呼ぶと、すぐに出てきてくれた。

 

「ちょっと街に行ってきます」

「え。え……? ええ!?」

 

『精霊様がめっちゃ驚いてるw』

『いやまあ、精霊様からしたらそりゃ驚くだろうけどw』

『なにせリタちゃん……』

 

「どうしたのですか、リタ! 引きこもりのあなたらしくない! 亜空間にこもって出てこない日があるほどの引きこもりなのに!」

 

『ほんそれ』

『精霊様が言いたいことを全て言ってくれた』

『さすが精霊様やで……!』

 

 バカにされてるような気もするけど、これに関してはあまり強く言えないのも分かってる。研究に没頭したら、異空間の中で年単位で過ごしてたぐらいだから。

 でも腹が立たないわけでもないのでちょっと睨むと、精霊様は申し訳なさそうに手を合わせてきた。許してあげる。

 

『あざとい』

『精霊様はあざとい女』

『これがリタちゃんの保護者とか世も末やな』

 

「ひどくないですか!?」

 

 わりと正しい評価だと思うよ。

 

「で、精霊様。出かけても大丈夫?」

「ああ、はい。構いませんよ。何かあれば呼びますので」

「ん。よろしく」

 

 転移魔法もあるから、戻ってくる時は一瞬だ。だから森に何かあれば、すぐに駆けつけることもできる。それができなければ出かけようとは思わなかった。一応、これでも守護者だから。

 精霊様の目の前で、亜空間から取り出した地図を広げる。この森が地図の中心になってる世界地図だ。なんと師匠の手作り。

 師匠が見ていた時に、欲しくなったからおねだりしちゃったんだよね。一枚しかないからだめだって言われて諦めたんだけど、一週間ぐらいで新しく描いてくれた。

 私のために、師匠が描いてくれた地図。私の宝物だ。

 

「いいでしょ」

 

 というのを視聴者さんにも説明しておいた。

 

『リタちゃん、やっぱり師匠さんのこと、好きだよね』

『めっちゃ嬉しそうに語ってて見ていて微笑ましかった』

『リタちゃんからすればお父さんみたいなものだもんな』

 

 お父さん、ね。みんながそう言うなら、そうなのかもしれない。ただ私にとって、父も母も私を捨てた存在だ。あまりいいイメージはない。

 それはともかく。行き先を決めよう。

 行き先、といっても、この森から近い街は一つだけだけど。

 精霊の森の南にある大きな街。精霊の森に異常が起きないか監視するための街、らしい。

 当初はそんな目的で作られた街だったらしいけど、今となっては交易路の中心地点でとても賑わってると聞いた。だから、最初に行くのに丁度良いかなって。

 

「それじゃ、精霊様。行ってきます」

「はい。気をつけて行ってらっしゃい、リタ」

 

 精霊様に手を振って、私は意気揚々と森の入り口へと転移した。

 突然景色が変わったことに視聴者さんも驚いたのかコメントがたくさん増えたけど、転移はわりとよくやるから今更のはず。新しい人が増えたみたいだし、その人たちかな。

 

『ところでリタちゃん、その街へはどうやって行くの?』

『やっぱり転移?』

 

「転移はしないよ。せっかくだから、のんびり飛んでいこうかなって」

 

『なるほど……、いや待って』

『さらっと空を飛んで行くとか言ってるんだけど』

『そういえば、心桜島に最初に行った時も空飛んでたな……』

 

 空を飛ぶ魔法は慣れればわりと簡単だったりする。姿勢の制御がちょっと大変だけど、その程度だ。だから移動には便利な魔法。私も最初の方に教わったぐらいだし。

 

「空を飛ぶ魔法なんて基礎中の基礎、なんて師匠も言ってたし、魔法を使える人はみんな飛べるんじゃないかな」

 

『なにそれクッソ羨ましいんだけど』

『俺も空を自由に飛んでみたい……』

 

 まあ姿勢の制御に慣れない間はすごく怖い思いをするけどね、この魔法。

 精霊の森の外は、とても広い、静かな草原だ。精霊の森に住む魔獣を恐れてか、動物たちすら近寄らない。だからこの境目あたりはいつも平和だ。

 さて。それじゃあ、街に行こう。亜空間から箒を取り出して、魔法をかけると箒が宙に浮いた。

 

「これでよし」

 

『まって』

『ほうき!? ほうきなんで!?』

『リタちゃん、普通に飛んでなかったっけ? 箒っているの?』

 

 それは私も思うところだけど、師匠から教わったのがこれだからね。

 

「師匠曰く、様式美、だって」

 

『くっそwww』

『あのバカ、ほんとバカwww』

『いやでも、気持ちは分かる。魔女と言えば、箒に乗って空を飛ぶ、だからな』

 

 師匠も同じようなこと言ってたね。私としてはどうでもいいんだけど、師匠のこだわりだったから、基本的には私も箒に乗るようにしてる。

 箒に座って、ゆっくりと浮かぶ。精霊の森の木よりも高く。

 

『ほほう。ええ眺めやなあ』

『見渡す限りの緑の絨毯、てか』

『すごく過ごしやすそうな場所なのに、見える限りで村すらない』

『本当に、不可侵の聖域なんだな』

 

「ん。まあたまに森の入り口の薬草を取りに来る人はいるけど」

 

『それは言わないお約束』

 

 森の入り口程度なら迷惑でもないから黙認してるからね。奥深くに入ることも止めはしないよ。腕に覚えがないと死ぬだけで。

 

「それじゃ、行くね」

 

『おー』

『楽しみだなあ!』

 

 みんなのコメントを読みながら、私は街に向かって飛び始めた。

 

 

 

『リタちゃん。一ついい?』

「ん。どうぞ」

『景色だけだと飽きてくっそ暇です』

「…………。わがままだね……」

 




壁|w・)魔女はほうきに乗って空を飛んでこそ魔女だと思う。
空を飛ぶ魔法は基礎中の基礎、です!


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空を飛ぶ魔法

 

 視聴者さんが景色に飽きたので、スピードを上げた。精霊の森から街までは馬を丸一日走らせたぐらいの距離、らしい。一時間ほどでついたけど、それでもみんな暇そうだった。

 

『スピードアップしてから景色すら分からなくなったからなw』

『会話しかすることなかった……』

 

「んー……。次から移動中の配信はやめておくね」

 

 移動が重要とはさすがに言えないし、街の中だけ見せる、とかでもいいよね。

 とりあえず、到着だ。ある程度高い場所を飛んでるんだけど、眼下に大きな街が見える。魔獣対策の大きな壁が街を取り囲んでいて、東西南北それぞれに門がある。

 

「どこの門を使うべきかな。最寄りでいい?」

 

『だめ』

『精霊の森から来たってこと丸分かりになるやん。南門から入ったら?』

 

「南ね」

 

 地上から見えないように高度を上げて、反対側へと向かう。

 こうして上から眺めてみると、本当に広い街だっていうのが分かる。中心に大きな建物があるのは、何だろう?

 

『はえー。ファンタジーですなあ』

『何がすごいって、あれだけ大きな街なのに電線がないってことだよね』

『現代日本からじゃ考えられないな』

 

 日本は、というよりあっちの世界は、電線ばかりだったね。どこを見ても必ず電線があった、と思う。科学は魔法よりも便利だとは思うけど、電線は本当に邪魔だった。

 この世界は、どうなるのかな。科学がなくても、魔法がある。魔法そのものが使えなくても、魔法の道具なんてものもある。今更科学が入り込む余地はない、と思えるほどに。

 なんて、そんなこと考えてみたけど私にはあまり関係ないことだね。なるようにしかならない、とも言う。

 そんなことを考えていたら、反対側の南門にたどり着いた。

 

「おー……」

 

 長蛇の列で並んでる、というほどではないけど、途切れることなく街に入っていく人や馬車がある。逆に街から出て行く馬車も。交易の街と言われるだけあるね。

 それじゃ、私も入ってみよう。とりあえず南門の前に下りていけばいいかな?

 いきなり落ちたらびっくりする人もいるだろうし、ゆっくりと下りていく。あ、ちらほらと私に気がつき始めた。指を指されてる。門番らしい人も気付いたみたいで、こっちを見てぽかんとしてる。仕事しなよ。

 

『おやかた! 空から不審者が!』

『よし、撃ち落とせ』

『なんでやw』

 

 いきなり攻撃されたら反撃しちゃうよ?

 うん。なんか、注目を集めてしまってる。いつの間にか誰も動かなくなってる。みんな私を見て固まってる。どうしよう、何があったのか分からない。

 ゆっくりと地面に着地する。相変わらず視線を集めたまま。えっと、私は何を求められてるの? 何も悪いこと、するつもりはないよ?

 あ、この黒い板が怪しいのかな。当たり前か。

 

「コメントの板、消すね。いくつかのコメントは直接耳に届くようになってるから」

 

『りょ』

『当然やな』

『相変わらずの謎技術』

 

 技術というか、魔法だしね。

 黒い板を消して、改めて周囲の様子を確認する。うん。うん。やっぱりみんな見てる。どうしようかこれ。

 次の行動を決めかねてる間に、街の方から兵士さんが走ってきた。武器の類いは何も持ってない。丸腰と言ってもいいかも。

 走ってきた兵士さんは、二人。二人とも私の目の前で立ち止まると、直立の姿勢になった。

 

「失礼致します! 高名な魔女殿とお見受けしますが、ゲーティスレアへはどのようなご用件でしょうか!」

「ん……。ゲーティスレアって?」

「は! この街の名前です!」

 

 街の名前はゲーティスレアというらしい。長い名前だね。日本を見習え。

 

『高名な魔女ってなんや』

『リタちゃんって有名なん?』

『森から出たことのないリタちゃんが有名だとしたら師匠さんの仕業だろうけど』

 

 ん。そっか。師匠の手がかり、かもしれない。聞いておこう。

 

「私のこと知ってるの?」

「いえ!」

「ん……? 高名っていうのは?」

「空を飛んでいたためです!」

 

 待って。

 

『空飛べたら有能なんか?』

『兵士の反応見る限り、有能なんてもんじゃないっぽい』

『はい、ここで皆さん、かつての師匠の言葉を思い出してみましょう』

『空を飛ぶ魔法なんて基礎中の基礎、だっけw』

 

 いや、うん。おかしいとは思ってた。思ってたよ。だって、基礎のわりにはかなり難しかったから。今でこそ自由に飛べるけど、覚えるのにかかった時間は他と比べて圧倒的に長かった。

 何が基礎だ。会えたら怒ってやる。

 

「魔女殿?」

「ん……。なんでもない、です」

「そうですか。では、そのですね。どのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?」

「んー……。ただの観光、ついでに人捜し、です。ところで、私からも聞いていいですか?」

「何なりと」

「なんで、その、そんなに丁寧なんです? 子供相手ですよ……?」

「魔女というのは、見た目通りの年齢とは限りませんから。空を自由に飛べるほどとなれば、きっと長い時間を研鑽に費やしたのだろうことは容易に想像できます」

「…………」

 

『リタちゃんがなんかすっごい顔になってるw』

『嫌そうというか、申し訳なさそうというかw』

『でも実際のところ、亜空間だっけ? あそこにどれぐらいいたのか分からないからな……』

 

 そうなんだよね。あたらずも遠からず、というか。確かに私はエルフで、亜空間の中で過ごした時間を考えるとそれなりの時間になってると思う。

 でもそれって、魔法の研鑽というよりは、興味があることの研究だったんだよね。地球とか日本とかお菓子とか。だから、その、うん。研鑽とか言われると……。そこまでじゃないと思います。

 まあ、それはいいや。勘違いされて困るようなことでもないし、説明もめんどくさいし。それよりも、気になってることがある。

 

「私、街の中に入れますか?」

 

 ここまで注目されたりすると、難しいのかなって。わざわざ兵士さんが来たぐらいだし。

 




壁|w・)基礎中の基礎(基礎とは言ってない)


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テンプレお嬢様

 私が聞くと、兵士さんはすぐに頷いてくれた。

 

「もちろんです! 魔導師は街の、国の、そして世界の宝です! 拒む者などいるはずもありません。人捜しとのことですが、こちらで協力させていただきます」

「あ、それはいいです」

「そうですか……」

 

 なんか、しゅんと落ち込まれてしまった。ちょっと子犬っぽい……、いやそれはないか。こんなに大きな犬なんていてほしくない。

 

「では、どうぞ魔女殿。ご案内させていただきます」

「え。あ、えっと……。並ぶんじゃ……?」

「魔女殿をお待たせするなんてとんでもない!」

「はあ……」

 

 いや、いいんだけどね。待たされずに入れるならすごくありがたいし。

 でも、なんとなくだけど。何か目的というか、そういうのがあるんだろうなっていうのは察してる。特別待遇っていうよりも、私が待ちくたびれてどこかに行ってしまわないように、とかそういうやつだと思う。

 

 だって、単純に案内だけなら兵士さんは二人もいらないだろうし。一人は何も言わずにじっと私を見てるからね。少し怖い。

 話しかけてくれた兵士さんが先導してくれて、私がそれに続く。もう一人の兵士さんは私の後ろ。護衛なのか逃がさないようになのか、どっちかな。

 

『これはリタちゃん、捕まっちゃうのでは?』

『よろしい、ならば戦争だ!』

 

「いやしないけど」

「魔女殿?」

「なんでもない、です」

 

 思わず口が滑ってしまった。人の目があるところでは黙っておかないと。

 ちなみに捕まえようとしてきたら、さっさと転移で逃げるつもりだ。その場合は他の街に行こうかなって。

 兵士さんに連れられて、大きな門へ。たくさんの人や馬車が並んでいて、順番に検問を受けてる。その列の横を堂々と通っていく私たち。

 気のせいかな。列の人にすごく見られてる気がする。気のせいかな。気のせいだよね。

 

『少なくとも俺ならなんだよあいつって思う』

『軽くイラッとするね!』

『殺意とまではいかないけどむかつくかな』

 

 お腹がきゅっとするようなことは言わないでほしい。

 そうして私が案内されたのは、門の中にある部屋だった。小さな部屋だけど、椅子やテーブルは精巧な造りをしていてちょっと高級そう。私には物の価値なんて分からないけど。

 そして、その部屋では女の人が待っていた。華美な装飾が施された黒いローブの人。とても綺麗な金の髪で、年は私よりも少し上ぐらい。

 私を見て、その人は胸を張って言った。

 

「よく来たわね! わたくしはミレーユですわ! あなたを招待したのはこのわたくし! 感謝なさい!」

 

 うん。なんだこいつ。

 そう思ったのは私だけだったみたいで、

 

『お嬢様だあああああ!』

『すげえ! 典型的なお嬢様や! こんなんマジでいるんか!』

『ツンデレですか!? ツンデレお嬢様ですか!?』

 

 止まることなく声が流れてくる。正直言うとすごくうるさくて切りたくなるけど、でもこれは楽しんでくれてるってことだし、このまま続けようかな。

 視聴者さんが楽しんでくれるなら、この人とお話しするのも悪くないと思えるから。

 

「ん。初めまして。リタ、です」

「リタね! 覚えたわ! わたくしはミレーユですわ!」

「ん……? はい」

 

 いやさっき聞いたけど。なんで二回も繰り返したの?

 私が首を傾げると、ミレーユさんも不思議そうに首を傾げた。

 

「あ、あの。魔女殿。お相手はミレーユ殿です。ご存知でしょう?」

「いや知らないけど」

「え?」

「え?」

 

 そんなさも知ってて当然みたいな反応されても。もしかしたら森の外ではわりと有名な人なのかな。ごめんね、私には聞き覚えも何もないよ。

 師匠の話にも出たことがない名前だし、最近有名になった人なのかな?

 

「わ、わたくしを知らないの!? 最年少で魔女となったこのわたくしを!?」

 

 え、なにそれ。魔女になるも何も、魔法を使える女の人なら魔女じゃないの……?

 

『これはお互いの認識に蘇我があるやつ』

『齟齬な。多分だけど、魔女として認められるのってすごいことなんじゃないかな』

『称号とか位とか、そんなやつでは』

 

 あ、それならなんとなく分かるかも。でも一応、聞いておこう。

 

「魔女ってなんですか?」

「え?」

「え?」

 

 どうしてそんな、信じられないものを見るような目で見てくるの? うそでしょ、とか小声で言わないでよ。聞こえてるよ。少し傷つくよ。

 

『これが世間知らずの弊害か』

『引きこもりだからなあ、リタちゃん』

『パソコンのない引きこもりとか情弱一直線だからなw』

 

 もう配信切ろうかな……。ひどいと思うよ。うん。

 

「魔女というのは、魔法を扱う冒険者に与えられる称号の一つですわ。魔法の最上位に到達した女性に与えられます。冒険者はご存知? ギルドは?」

「なんとなく」

「なんとなく……。あなた、どんな田舎から来ましたの……」

 

 失礼な人だ。私はそんな田舎者じゃ……。田舎……。いや待って。

 

『田舎者ですらないんだよなあ』

『人が住んでない森に引き籠もってる子だからなw』

『むしろ野生児の方が近いのではw』

 

 いや。いや。ちょっと、え……。否定できない!?

 そうだよね、森だからね、私の他に人は誰一人として住んでないからね。田舎にすらなってないよね。野生児って言われると誤解されそうだけど、でも野生で生きてると言える気がする。

 でも! でも待ってほしい! 私は日本を知ってるよ! 伝説のカツカレーとか、餃子とか、お饅頭とか、この世界にはないとっても美味しいものを食べて……。

 

『ちなみにリタちゃん、当たり前だけど日本はノーカンだぞ』

『そもそもとして日本に住んでるわけじゃないからな……』

『観光に行った場所を自慢して田舎者じゃないは無理があると思う』

 

 逃げ道が……一つもなかった……。

 

「あの、リタさん? 急に黙って、どうされましたの?」

「なんでもないです……。田舎者なんてそんないいものじゃないです……。どうぞ野生児と呼んでください……」

「どういうことなの……」

 

『お嬢様の困惑も致し方なし』

『野生児ちゃん、落ち込むのは分かるけどとりあえずお話しに集中しようぜ』

『さりげなく追い打ちかけんなwww』

 




壁|w・)異世界側の重要人物、のようなそうでもないような。


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二つ名と称号

 仕方ないとは分かってるけど、野生児はわりと本当にショックだったかもしれない。いや、うん。いいけどね。私は自分のお仕事に誇りを持ってるから。多分。きっと。

 

「では、僭越ながらわたくしから簡単に説明してさしあげますわ。わたくしがここにいる理由でもありますので」

「はあ……。お願いします」

 

 というわけで、ミレーユさんから冒険者とギルドについて軽く教えてもらった。

 冒険者というのはギルドに登録してる人のことで、ギルドは冒険者の人に仕事を斡旋する組織のこと、らしい。登録の時の聞き取りで適性を調べられて、戦士か魔法使いに分けられるのだとか。

 その適性に合った仕事を紹介してくれるようになってる、とのこと。

 

「ふむふむ」

「もちろん高難易度の依頼をすぐに受けることはできません。冒険者にはランクがありまして、そのランクに応じた仕事を振り分けられますわ」

「ほうほう」

「聞いてます?」

「ん」

 

 大丈夫。ちゃんと理解してるよ。ただ、視聴者さんがちょっとうるさいだけ。

 

『はいはいテンプレテンプレ』

『いつものやつですね分かります』

『つまりは仕事を決められなかったやつらの最終受け入れ先ってことだろ。単発バイトみたいな』

『身も蓋もない言い方すんなw』

 

 視聴者さんにとっては、どこかで聞いたことのあるようなものらしい。私も何かで見た覚えがあるけど。漫画とか。

 

「ちなみにランクは六段階ですわ。上からS、A、B、C、D、Eとなります」

 

『なんでアルファベットなんだよwww』

『お前新参か? そこを気にするならまず言葉通じてることを気にしろよ』

『ちな配信魔法は異世界語と日本語が自動的に翻訳されてるぞ』

『ランクの等級も翻訳の都合だろうな。なんでアルファベットかはわからんけど』

『多分リタちゃんが読んでた漫画の影響じゃないかな』

『あんなところから学習すんなよwww』

 

 あー……。そういえば、あったね。漫画のタイトルは忘れたけど、その漫画にもギルドがあって、ランク付けがあった。

 全部が一緒ってわけじゃないけど、なかなか似通ってると思う。分かりやすいからかな。

 

「さらに、Aランクに到達した者には、二つ名が与えられますわ!」

「二つ名?」

「そうです! 多くの冒険者が、二つ名を得ることを目標にしていますわ!」

 

 二つ名。称号みたいなものだよね。かっこいいやつだ。なんとかの魔導師、とか。

 

「わたくしは最年少のSランクです。もちろん二つ名持ちですわ!」

「おー……。なに?」

「わたくしは! 灼炎の魔女! ミレーユ!」

「おー……!」

 

 なんだかすごいかっこいい気がする! 気がした!

 でも視聴者さんの反応は違っていた。

 

『ぎゃああああ!』

『あいたたたたた』

『うぐおおおお!』

 

「……っ!」

 

 頭の中に唐突に悲鳴のようなものが流れて、思わずびくっとしてしまった。悲鳴はまだ続いてる。コメント由来のものだと思うけど、いきなりすぎるよ。ミレーユさんからすごく不審そうに見られてるし。

 

「ど、どうかしました?」

「ん……。ま、待って……」

 

 私が聞きたい方だから! えっと、少しコメントに集中しよう……。

 

『うおおおお! 封印した厨二病がうずく……!』

『よせ! やめろ! それ以上やるとこの右目の封印をばばばばば』

『この俺の右腕に封印されし邪龍がお前をろろろろ』

 

 いつも以上に意味が分からないことになってる。なにこれ。

 

『阿鼻叫喚で草』

『誰もが一度は通る道だからね、仕方ないね』

『リタちゃんは気にしないでいいから。バカどもの問題だから』

 

 気にしなくていいと言われても気になるよこれ。

 落ち着くためにゆっくり深呼吸してから、ミレーユさんに意識を戻す。どこか心配そうに私を見てる。やっぱりこの人、いい人だ。

 

「ごめんなさい。もう大丈夫」

「そうですか? その、ご気分が優れないのでしたら、宿の手配をさせていただきますけれど……」

「平気」

 

 説明したくてもできないし。

 

「魔女というのは、Sランクに到達した女性の魔法使いに与えられる称号ですわね。他にも国から称号を与えられる場合もありますわ。二つ名と称号を合わせて、灼炎の魔女、ということです」

「かっこいい」

「ふふふ。そうでしょう?」

 

 素直に褒めると、ミレーユさんは満更でもなさそうに、でもちょっぴり頬を染めて微笑んだ。かわいいと思う。

 

『かっこいい……のか……?』

『痛いと真っ先に思った汚れた俺を誰か殺してくれ』

『今回は多分ほとんど全員が思ってるよ……』

 

 えー。かっこいいと思うけど。灼炎の魔女。かっこいい。

 私も何か名乗りたいな。二つ名。私の場合どうなるんだろう。ミレーユさんは、多分炎の魔法が得意なんだよね。じゃあ得意なものから連想して……。

 

「私の得意な魔法って、なに……?」

 

 ミレーユさんに聞こえないように小声で聞いてみたら、みんなから答えがあった。

 

『転移魔法?』

『召喚魔法?』

『何を召喚してるんですかねえ』

『お菓子』

『つまり、お菓子の魔女』

『それだ』

 

「それだ、じゃないよ。もっとかっこいいのにしてほしい。例えば……そう……。深淵の魔女とか」

 

『審議中』

『審議中』

『審議するまでもなく、ないな』

『ない』

『満場一致で否決されました』

 

 なんで!?

 




壁|w・)リタちゃんの二つ名はまだ未定。

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勧誘されてます

「あの……リタさん?」

「あ、えと。ごめん。なに?」

 

 コメントに集中しすぎた。多分ミレーユさんが何か話してたと思うけど、全然聞いてなかった。

 ミレーユさんは呆れたようにため息をつきながら、もう一度話してくれた。

 

「その様子ですと、本当にギルドや冒険者については知らなかったようですわね」

「ごめん」

「いえ。どうやら上級貴族の使者というわけでもないようで」

「ん……?」

 

 なんでいきなり、貴族とかが出てくるの? いや確かに関係ないけど。むしろ関係ないと思われた理由が気になる。

 

「どうして関係ないと思ったの? いや、上級貴族なんかと関係はないけど」

「上級貴族の関係者がこんなバカ……、失礼、もっと理知的かと」

「…………」

 

 なんか、すごくバカにされた気がする……!

 

『草』

『否定できないのがまた……』

『無知は分かりやすいほどに晒してたからなw』

 

 視聴者さんはどっちの味方なのかな。

 

「それにしても……」

 

 ミレーユさんが私をじろじろと見つめてくる。頭の先からつま先まで。そんなに見られると、少し恥ずかしい。

 

「あなたほどの魔法使いが、ギルドに所属しておらず、貴族の子飼いでもないのに、今の今まで無名だなんて……。驚きですわね」

「ん……? あなたほどって、どういうこと?」

「空を飛んでいらしたでしょう? 空を飛ぶのは熟練の魔法使いでも難しいですわよ」

 

 まって。いや本当に、待って。

 私、空を飛ぶ魔法を覚える時に、師匠から基礎的な魔法だって言われたんだけど。いやでも確かに、基礎的な魔法なのに他の魔法と比べるとやたらと難しいと思ったけどね。

 魔力のコントロールがかなり難しい魔法なんだ。正直、空を飛べる魔法さえ使えたら、あとはコントロールについては大丈夫だと言えてしまうほどに。

 だからこそ初期に教える基礎的な魔法、とか師匠は言ってたんだけどね……。

 

『間違い無く騙されてますね』

『お師匠の代から見てるワイ、みんなでいつ気付くか賭けていたということを暴露しておく』

『俺、すぐに気付かれると予想してたんだけどなあ』

『一年で気付くと予想してたw』

『お前らwww』

 

 え、なにこれ。視聴者さんの大勢が知ってったってこと……? 教えてくれてもいいのに。

 でも言われれば言われるほど、私が気付くべきだったとも思う。せめて次に教わった魔法がすごく簡単だと感じた時に気付いておくべきだったよ。

 

「師匠からは空を飛ぶ魔法は基礎の魔法だと教わりました……」

「ええ……」

 

 どん引きされたんですが。

 

『草www』

『草に草を生やすな』

『まあでも、実際にリタちゃん以上の魔法使いなんてそうそういないだろうし、問題ないさ』

 

 私の気持ちにはとても問題あるけどね。とても。

 

「こほん。まだどこにも所属していないのなら、是非ともギルドに所属することをオススメいたしますわ」

「ん? なんで?」

「貴族ですら手出しできないからですわ」

 

 名の売れた冒険者は貴族から声がかかることもあるのだとか。でもそれで貴族に仕えるかは自由に選べる。

 無理に引き抜こうとすると、その国からギルドがなくなるかもしれない。それを危惧して、あくまで勧誘する程度になるのだとか。

 

「もちろんそれでも無理矢理な引き抜きはありますわ。けれどそれを国王なり上の方に報告すれば、対処していただけます。なので、貴族に仕えたくないのなら、ギルドに所属することが一番安全ですわ」

 

 ということで、とミレーユさんが身を乗り出してきた。

 

「是非とも、ギルドに入ってほしいですわ!」

 

 んー……。さて、どうしよう。正直なところ、どっちでもいいと思ってる。貴族は煩わしいかもしれないけど、そもそもとして迷惑だと思ったら帰ればいいだけだし。

 もしも森まで追ってくるなら、それこそ容赦しない。容赦せずに放置する。それだけで、森の魔獣に食われるだろうから。

 視聴者さんはどうしてほしいんだろう?

 

『ギルドに入るべき』

『めんどくさいのなら、入らなくてもいいんじゃね?』

『是非とも入ろう。王道だし』

 

 何がどう王道なのかはよく分からないけど、入る方の意見が多そうだし、入ってみようかな。わりと楽しそうだし、ね。

 

「じゃあ、入ります」

「本当に? 嬉しいですわ! 歓迎致します!」

 

 にっこり笑って手を差し出してきたので、その手を取る。しっかりと握手だ。

 

「それでは、ギルドの本部に招待させていただきますわ」

 

 そう言って、ミレーユさんが部屋を出て行くので慌てて追う。その時に、ミレーユさんはぽつりと。

 

「貴族に取られる前に確保できましたわ……」

 

 そんな言葉が聞こえてきた。どういう意味なんだろうね。聞くつもりはないけど、ね。

 




壁|w・)飛行の魔法が難しいことは古参の人は知っていた、というお話。


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先輩冒険者の皆様

 

 たくさんの建物が並ぶ街。道路は石畳で整備されていて、馬車も走りやすそう。多くの人が行き交い、雑談や子供の元気な声が聞こえてきて、活気に溢れてる。

 うん。すごい。日本とはまた違ったすごさだ。私はこっちの方が好きかも。

 

『俺は日本かな、やっぱ』

『パソコンとネットがあればどこでもいい』

『パソコンやスマホのない生活とかイメージできない。ぜったいやだ』

『ここには廃人しかいないのか?』

『ここを見てる時点でお前も同類なんだよなあ』

 

 パソコン、便利だからね。私も真美が持ってるものを少し触らせてもらったことがあるけど、すごいと思った。

 だって、ちょっと検索とかいうのをやっただけで、いろいろ情報が手に入るんだよ。便利なんてものじゃない。真美が言うには嘘や間違いの情報もあるから取捨選択が大変らしいけど、そんなものパソコンじゃなくても同じだ。

 

 私も欲しいな、パソコン。まあパソコンを手に入れても、森では使えないだろうけど。そもそもとしてインターネットというのに繋げられないだろうし。

 そんなことを考えながら、ミレーユさんについて行く。それにしても、賑やかな街だね。みんな楽しそう。お店もたくさんあるから、あとで寄ってみたいな。

 

「リタさんは大きな街は初めてなのですね」

「ん……。この世界の人里が初めて」

「本当にどんな田舎ですの……?」

 

 周囲が巨木と魔獣に囲まれた素敵な森です。私以外、人が住んでいないけど。

 

「つきましたわ。ここがギルドです」

 

 不意にミレーユさんが立ち止まって、そう言った。

 ミレーユさんが案内してくれた建物は、他よりも一回り大きい建物だ。具体的に言えば。二階建ての建物が多くて三階建てがちらほらとある中、ここだけ四階建てになってる。

 人の出入りも多くて、その人たちも鎧やローブのいかにも冒険者な人ばかりだ。なるほど、ここがギルド。

 

「おー……」

 

『やべえ、イメージ通りすぎてやべえw』

『ここが……異世界の本拠地……!』

『異世界の本拠地ってなんだよw』

 

 日本の漫画でもたまに見るやつとすごく似てるね。ここまで似通ってると、誰かこの星から日本とかに行っちゃって広めた人が実際にいるんじゃないかって思ってしまう。

 ない、とは言い切れない。だって師匠が実例だから。

 

「リタさん?」

「ん。今行く」

 

 ミレーユさんを追って、ギルドの中に入った。

 ギルドの中は広い部屋になっていた。左側に掲示板みたいなのが設置されていて、小さい紙がたくさん貼り付けられてる。部屋の奥にはカウンターがあって、三人ほどカウンターの奥で座っていた。

 

 あれが受付かな。依頼を出したり受けたり報酬をもらったり。ちょっとやってみたいかも。

 他にも丸テーブルがいくつかあって、たくさんの人が談笑していた。

 カウンターの両側には階段がある。二階より上には何があるのかな。聞いたら教えてくれるかな。だめかな。

 

「リタさん、わたくしは支部長と少し話してまいりますわ。すぐに戻ってまいりますから」

「あ、はい。りょです」

「りょ……?」

「了解です」

 

『おい誰だよリタちゃんに変な言葉教えたやつ』

『俺ら全員だろ言わせんな恥ずかしい』

『これ絶対に師匠さんに怒られると思うんだ……』

 

 階段を上っていくミレーユさんを見送る。ミレーユさんは有名人みたいで、階段に向かう間、たくさんの人に話しかけられていた。さすが灼炎の魔女だね。これが二つ名持ち。

 

「かっこいい」

 

『あ、ハイ』

『カッコイイナー』

 

 なんだかすごく流されてしまった。

 この後は、どうしよう。ミレーユさんはすぐに戻ってくるみたいなこと言ってたけど、だからって待つだけっていうのも……。なんだかちらちらと見られてる気がするし。

 

「そこの君、どうしたの?」

 

 不意にそんな声がカウンターの方からかけられた。見ると、受付の一人が私を見て手招きしていた。

 呼んでくれたし、行ってみよう。

 なんだかちらちらと感じる視線が気になるけど、カウンターへと歩いて行く。受付さんは私が目の前まで来ると、にっこりと笑った。

 

「こんにちは。ギルドに用事? 依頼を出したいの? それとも、迷子かな?」

「んー……」

 

 さて。どうしよう。

 

『登録しようぜ!』

『テンプレやろうテンプレ!』

『お前みたいなガキが登録なんてふざけんなとか言われよう!』

『もしくは魔力の測定とかでばかな! すごい魔力だ! みたいな!』

 

 なんかみんな好き放題言ってるけど、登録するという意見はみんな同じみたいだ。それなら、うん。登録しよう。

 

「登録したい。冒険者になりたい」

「え」

 

 驚いて目をまん丸にする受付さん。どうにも困ったような表情だ。

 

「えっと……。冒険者って、危険な仕事も多いの。何があったか知らないけれど、別の仕事を探した方がいいんじゃないかな? どこか紹介してあげようか?」

「それはいい。冒険者がいい」

「ええ……」

 

 なんだか、断りたいっていう気持ちがひしひしと伝わってくる。ただこれ、私を嫌ってるというよりは心配してくれてるみたいだね。いい人なんだと思う。

 受付さんが言い淀んでいると、今度は真後ろから声をかけられた。

 

「おう。嬢ちゃん、冒険者になりたいんだって?」

 

 振り返る。筋肉むきむきなおじさんだ。とても強面の人で、私のことをじっと睨んでる。

 

『テンプレキタアアア!』

『新人への洗礼ってやつですね分かります!』

『ぶっ飛ばそうぜリタちゃん!』

 

 血の気多すぎない?

 視聴者さんのコメントに困惑していたら、おじさんが私の両肩をそっと掴んで、

 

「悪いことは言わねえ。やめとけ」

「え」

 

『え』

『おや?』

 

「いいか? 冒険者っていうのは、楽しい仕事じゃねえんだ。はっきり言っちまえば、まともな仕事ができねえやつの掃きだめさ。だから命の危険ともいつも隣り合わせだ。例えば……」

 

 そこから始まったのは、おじさんの苦労話。ただの薬草採取のはずが大きな魔獣に襲われたり、ゴブリンの討伐に行ったら巣が大きくて危うく死にかけたり、そんな話。

 途中からおじさん以外も加わってきて、顔に傷があるお兄さんとか、魔法使いのローブを着たお姉さんとか、たくさん集まってきて。そしてみんな、冒険者なんてやめとけと言ってくる。

 うん。なんか、予想と違う。漫画とかだと、言いがかりをつけられて襲われたりとかだったのに。

 

「ん? どうした嬢ちゃん」

「ん……。えっと……。知り合いの人に、登録の時に襲われる、みたいに聞いたから……」

 

 ちょっと濁してそう言えば、おじさんたちは一瞬だけぽかんとした後、気まずそうに目を逸らした。

 

「いや、うん。確かにそれもやってるんだけどね……」

「あのな、嬢ちゃん。嬢ちゃんみたいな子供に難癖つけて喧嘩をふっかけるとか、人間としてクソすぎるだろう……」

「間違い無くギルドから除名処分を受けるわね」

 

 ぐうの音も出ない正論でした。

 




壁|w・)子供にケンカ売ってるのを依頼人が見かけたら、信用を失うと思うのです……。


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魔力測定

『ド正論である』

『洗礼みたいなものはやっぱあるんだな』

『あるけどリタちゃんみたいな子供にはやらないってことか』

『テンプレ不発で悲しい』

 

 私もてっきりやるかと思ったよ。期待、とかではないけど、ちょっとわくわくしていたのは内緒。

 私の不満そうな顔に気付いたのか、おじさんは肝っ玉が据わった嬢ちゃんだなと苦笑した。

 

「俺たち冒険者も信用で成り立ってる商売だからな。子供に喧嘩をふっかけた、なんて街の人に知られてみな。信用なんて吹き飛んで仕事なくなっちまうよ」

「ん……。なるほど」

 

 言われてみれば当然か。依頼したギルドで働く人が不誠実な人とか粗暴な人だと、信用なんてできるはずもない。そんな噂が流れたら依頼が減っちゃうんだろうね。

 依頼が減るっていうことは、働ける人も減るわけで。冒険者の人からすれば死活問題になる。

 

「冒険者も大変」

「そうなんだよ。ギルドの看板を背負ってるわけだからな。下手なことなんてできねえ」

「それをすぐに理解できる君は見込みがあるよ。Aランクも夢じゃない」

「魔法使いなんでしょう? 期待しているわ。機会があれば、色々教えてあげるわね」

 

 みんなにこやかにそう言ってくれる。もちろん遠巻きにして面白くなさそうな人もいるけど、でも優しそうな人の方がずっと多い。これなら新人さんも安心だ。

 

『やさしいせかい』

『やさいせいかつ』

『ここまでテンプレ。ここからからあげ』

『どっから唐揚げが出てきたんだよw』

『でもこいつら大丈夫か? なんか、冒険者になることを止めようとしてたのに、逆に勧めてない?』

 

 そんなコメントが聞こえた直後だった。

 

「って、いやいや待て待て! 冒険者になるのを止めようとしてんのに、なんで勧めてんだよ!」

「は! そうだったわ!」

「いいかい、悪いことは言わない。冒険者になるなんていつでもできる最終手段だ。他の真っ当な仕事を探した方がいいよ!」

 

『コントかな?』

『こいつら絶対ノリで生きてるぞ。間違い無い』

 

 そんなことないと思う。多分。

 止められても、私は登録するわけだけど。いやだって、ミレーユさんにも勧められたし、承諾したし。そういえば、ミレーユさんが遅い。

 まだかなと思って階段の方を見れば、にやにや笑いながらこちらを見ていた。

 よし。なるほど。

 

「じゃあ、やめる」

 

 私がそう言うと、周囲の人とミレーユさんで面白いほどに反応が分かれた。

 

「おお! それがいいそれがいい! よし、なんなら一緒に仕事探しに行くか! 大丈夫だ、おっさんは顔が利くぞ! 依頼料なんていらねえから任せとけ!」

「さすがおっさん、頼りになるね!」

「てめえがおっさん言ってんじゃねえ!」

 

 周囲の人は安心したみたいで嬉しそう。

 そしてミレーユさんは、

 

「ま、まってまってまって! 本当に待って! リタさん考え直して!」

 

 ものすごく大慌てて駆け寄ってきた。少し面白い。

 

「あん? 灼炎の魔女さんじゃねえですか。Sランクの人がどうしたんです?」

「あら。もしかしてミレーユ様のお弟子さん? 修行でギルドで働いてみる、とか」

「そっか、それなら納得……」

「違いますわ! そうではありませんの!」

「はあ……?」

 

 首を傾げる人と、慌てたままのミレーユさん。受付さんも困ってる。

 ミレーユさんはじれったそうにしてたけど、すぐにぽんと手を叩いて受付さんへと叫んだ。

 

「そこのあなた! すぐに魔力測定の宝珠をお持ちなさい!」

「は、はい!」

 

 受付さんが慌てたように立ち上がって、カウンターの奥にある部屋に走って行く。すぐに戻ってきて、カウンターの上に丸い宝石を置いた。

 拳大ぐらいの大きさだ。これは、あれだね。触れると魔力が多いほど光り輝く魔道具だ。師匠に聞いたことがあるから間違い無い。

 

「さあ、リタさん! これに触れてくださいまし!」

 

『テンプレ展開キタコレ!』

『誰よりも光り輝かせてびっくりされるやつや!』

『よっしゃやったれリタちゃん!』

 

 うん。知ってる。みんなも乗り気だね。

 でも、そんなテンプレ展開は拒否しよう。

 魔力をコントロール。体外に漏れ出る魔力を完全に消す。これで触れば、光ることなんてあり得ない。

 そうして宝石に手を触れれば、やっぱり一切光ることがなかった。

 

『なんでえ!?』

『リタちゃんが意地悪すぎる……!』

『やり直しを要求します!』

 

 断固として拒否します。理由は特にない。

 どうだ、とばかりにミレーユさんを見れば、目をまん丸に見開いていた。信じられないものを見るかのように。周囲を見ると、みんなが同じように固まってる。

 はて。ミレーユさんはともかく、他の人はなんで?

 

「信じられねえ……。光らないってことは、漏れ出る魔力を完全に止めたってことか……」

「そんなこと、あり得るの? 魔法使いでなくても漏れ出るものでしょう……」

「わたくしでも、完全に止めることなんて不可能ですわ……」

 

 うん。よし。なるほど。

 わたし、何かやっちゃいました?

 

『そっちできたかあw』

『それもテンプレっちゃテンプレだなw』

『さすがリタちゃん、そこに痺れる憧れる! 真似はできないけど!』

『できるわけがないんだよなあ』

 

 これ、光らせてしまった方が良かった気もする。

 私が何とも言えない苦い気持ちを抱いていると、誰かが私の肩に手を置いた。振り返ると、ミレーユさんがとってもいい笑顔で私を見てる。とってもとってもいい笑顔。

 

「リタさん。やはり逃がすわけにはいきませんわね」

「…………」

 

 この人怖い。

 

『ヒェッ』

『本性現したわね!』

『これはもうダメかもしれんね』

 

 何がダメなのかなあ!?

 ミレーユさんに腕を掴まれて、二階へと引っ張られていく私。他の人も、もう止めようとはしてくれなかった。悲しい。

 




壁|w・)今日と明日、明後日は朝夜の2回更新です。
11日からは1日1回更新になります。
ストックがもうないので……。


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ギルドマスター

 

 階段を上って、三階へ。三階はたくさんのドアが並ぶ廊下だった。ミレーユさんに手を引かれて連れて行かれたのは、一番奥の部屋。

 

「リタさん。これから支部長、つまりここのギルドマスターに会いますわ」

「ん」

 

 ギルドマスターさんとの面会。何をするんだろう。でもとりあえずあれかな。ここで一番偉い人に会うから、粗相の無いようにとか……。

 

「ギルドマスターに不愉快なことをされたら言ってくださいまし。制裁しますわ」

「…………」

 

『なにそれ怖い』

『なるほど察した。ギルマスよりもSランクの方が上なんだな』

『一番上かと思ったら中間管理職じゃないですかやだー!』

『しかも上司がいつ来るか分からないというおまけつき』

『異世界にすら! 夢も希望も! ないんだよ!』

 

 実力主義ってやつなのかな。人材的にはSランクの方が貴重ってことなんだと思うけど。

 

「ギルドマスターなんて事務職はいくらでも代わりがいるのですわ」

「あ、はい」

 

『日本って恵まれてるんやなって』

『法律とかあるかもわからんからな。気付いたら路頭に迷ってそう』

『俺たちのファンタジーへの憧れをぶっ壊すのやめません?』

 

 私に言われても困る。

 ミレーユさんがドアをノックすると、中からどうぞ、という声が聞こえてきた。女の人の声だ。ちょっと年配の人かも。

 ミレーユさんが先に入って、私もそれに続く。

 大きな机とソファのある部屋だった。壁際には本棚もある。

 ソファは机を挟むように二つ置かれていて、その一つに初老の女の人が座っていた。にこにこと柔和な笑顔を浮かべてくれていて、優しそうな人だ。

 

「お待ちしておりました。どうぞお掛け下さい」

「ん」

 

 頷いて、ギルドマスターさんの対面に座る。ミレーユさんは私の隣に座った。なんで?

 

「なんで私の隣に座るの?」

「嫌ですの?」

「んー……。まあ、いいけど」

 

 ありがとう、とミレーユさんが笑った。

 

『てえてえ?』

『いや、単純にリタちゃんがめんどくさくなってるだけだろ』

『尊みのかけらもねえw』

 

 何を求めてるのかなこいつらは。

 ギルドマスターさんを見ると、あらあらと笑っていた。

 

「あらあらうふふ?」

「え?」

「なんですのそれ?」

「なんでもない」

 

『おい誰だよリタちゃんに変な知識教えたやつ!』

『だから全員では?』

『最近だとリタちゃんが漫画を読んで勝手に仕入れたりしてるからなあ』

『防ぎようがねえwww』

 

 余計なこと言っちゃったのはなんとなく分かる。黙っておこう。

 

「改めまして、ギルドマスターのセリスです。ミレーユさんから優秀な魔法使いと聞いているわ。飛行魔法も習得済みだとか」

「ん」

「素晴らしいわね。飛行魔法はそれだけで重宝される魔法だから、あなたの加入は歓迎するわ」

 

 けれど、とセリスさんが続ける。

 

「いきなり高位ランクというのは、さすがに厳しいわね」

「ギルドマスター」

 

 声をかけたのはミレーユさんだ。ミレーユさんは不満そうにセリスさんを見てるけど、セリスさんは肩をすくめて、

 

「当然でしょう。何の実績もない女の子を、灼炎の魔女の紹介だからといきなり高位ランクにしてしまえば、それこそ周囲は納得しないわ」

「むう……」

 

 変わらず不満そうだけど、今回は納得したらしい。それ以上文句は言わなかった。

 当たり前と言えば当たり前だと思う。他の人からすれば、きっと面白くない。

 でも、こつこつ仕事してランクを上げる、というのもやる気はないんだよね。せっかくだから入ってみよう、程度の気持ちだから。

 

 我ながら不真面目すぎると思う。やっぱりギルドは断った方がいいかも。いや、でも、二つ名はほしい。かっこいいのが欲しい。どうしよう。

 頭の片隅でそんなことを考えていたら、セリスさんが困ったように片手を頬に当てた。あんな仕草、本当にする人いるんだね。

 

「やっぱり納得はできないわよね」

「納得できませんわ!」

「なんでミレーユさんが答えるの?」

 

 今のは間違い無く私への質問だったと思うんだけど。いや、いいけどね。

 

「そこで、Aランクの冒険者用の依頼を三件、用意したわ。このどれか一つを、ミレーユさんと一緒に受けてもらえるかしら。それを試験としましょう。ミレーユさんは今一度、試験官としてリタさんを見極めてください」

「まあ……それなら、いいですわ」

 

 ミレーユさんが承諾したっていうことは、この辺りが現実的なラインってことなんだろうね。それでもかなり譲歩してもらえてると思う。何も知らない私でも、ミレーユさんが紹介するからっていきなりAランク以上は無理があると思うし。

 一階の冒険者さんを見たら分かるから。信用が大事だって。

 

「それではリタさん。どの依頼がいいかしら」

「ん……? どれでもいいの?」

「ええ。これならできるというものを選んでね」

 

 うん。本当にすごく譲歩されてるのが分かる。ミレーユさんの方が心配になるぐらいに。大丈夫かな、他の人に疎まれたりしないかな。

 でもここで聞いても、問題ないって絶対言われると思う。それぐらいは私でも分かる。だから素直に選んでおこう。

 えっと……。

 

「廃都イオに生息するドラゴンの討伐。不死鳥の涙の採取。精霊の森の調査……」

 

 ん? あれ? え? 精霊の森の調査って、なんで……?

 




壁|w・)ギルドの上司と実質上司(Sランク)に挟まれる中間管理職。地獄かな?


ブクマ、評価、感想、誤字報告、ありがとうございます!
とても助かりますし励みになります。がんばります……!


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賢者

「では依頼の説明をするわね。ドラゴンの討伐だけれど、一年前にイオという国を滅ぼしてしまったドラゴンがいるの。他の国に来てしまう前に、先手を取って討伐したいというものね」

「あ、うん……」

「不死鳥の涙の採取は、不死鳥と会えれば、わりとあっさりともらえることができるわ。ただし火山の奥地に住んでいるから、住処にたどり着くのが難しいわね」

「ん……」

「精霊の森の調査は、最近大きな魔力反応が度々観測されるようになったの。その原因の調査になるわ。私が言うのもなんだけど、これはあまりオススメしないわね」

 

 大きな魔力反応? 魔獣たちの縄張り争いとは違う、よね? 最近だって言うぐらいだから。でも、特に変わったことなんて何も……。

 

『リタちゃんリタちゃん』

『大きな魔力反応ってリタちゃんの転移魔法では?』

『銀河から銀河への転移なんだから、魔力っていうのもすごく使ってる気がする』

 

「あ……」

 

 あーあーあー……。そうだねそうだよその通りだ。しかもあの魔法、帰りの魔力も先に確保しちゃってるから、消費魔力も相応だ。それだけ一気にごっそり魔力を使ったら、何かしら観測されるのも当然かもしれない。

 これは予想しておくべきだったかなあ……。隠蔽の手段を考えた方がいいかも。

 

「リタさん、聞いてます?」

「え」

 

 ふと顔を上げたら、ミレーユさんとセリスさんが呆れたような目で私を見ていた。

 

「ん。ごめん。聞いてなかった」

「そうですわね。どれも難しい依頼ですもの。悩むのも仕方ありませんわ」

 

 ごめんなさい。全然別のことです。

 

「わたくしとしてはドラゴンの討伐がオススメですわね。ドラゴン一匹ということは群れから追い出されたはぐれでしょう。私一人でもやろうと思えば勝てますわ」

「私としては不死鳥の涙ね。火山の探索は大変だけど、過酷な環境だから魔獣に襲われることはあまりないわ。時間はかかるかもしれないけど」

 

 精霊の森は候補にも出さないんだね……。

 

「じゃあ精霊の森の調査で」

「嫌ですわ!」

 

 即座にミレーユさんに拒否された。早すぎてびっくりだよ。

 

「リタさん! 考え直しましょう! 精霊の森の調査など自殺行為ですわ!」

「そこまで言う?」

「そこまで言います!」

 

 そこまで言われる森に住んでる私は何なの?

 

『化け物』

『魔女』

『魔王かな?』

 

 さすがに怒るよ。

 

「リタさん、候補に入れた私が言うのもおかしいけれど、やめた方がいいわよ。入り口付近ならともかく、精霊の森の奥地は本当に危険なの」

「そうですわ! ドラゴンに勝るとも劣らない魔獣がうじゃうじゃいるのですわ! 命がいくつあっても足りませんわ!」

「うじゃうじゃ」

 

『うじゃうじゃ』

『うじゅうじゅ』

『なんかきたねえな』

 

 何の話をしてるのかな。

 本気で避けたがってるミレーユさんには悪いけど、森の調査の方が気が楽だ。原因が分かってるから。守護者がいるのはわりと有名のはずだから、その実験とでも言えば納得する、はず。

 

「森の調査で」

「ええ……。私は構わないけど……」

 

 セリスさんがミレーユさんを見る。ミレーユさんは愕然とした表情で私が選んだ依頼書を見ていた。

 たっぷり一分ほど固まってから、叫んだ。

 

「分かりましたわ! やりますわよ! やればいいんでしょう!」

 

 そういうことになった。

 

 

 

「ああ……いやですわ……行きたくありませんわ……」

 

 ただいま上空を飛行中。街から離れて北に向かってる。目的地はもちろん精霊の森だ。飛ぶ速度はミレーユさんに合わせてる。というより、先導してくれてる。

 ただ、その……。すごく遅い。このペースだと、休まず飛んでも丸一日かかりそう。丸一日なんて飛んでられないだろうから、どこかで野宿するつもりなのかな。

 

「ミレーユさん」

「はいはい。なんですの?」

「どこかで野宿するの?」

「そうなりますわね。ああ、野宿の用意の心配なら必要ありませんわ。わたくしのアイテムボックスに入っておりますので」

「ふうん。そっか……、いや待って」

 

 今、すごく聞き逃せない単語があった。声を小さくして、視聴者さんにだけ聞こえるように言う。

 

「間違い無くアイテムボックスって言ったよね?」

 

『言った』

『すまん。最近見始めたんだけど、何かあんの?』

『アイテムボックスはリタちゃんのお師匠さんが考案したオリジナル魔法。モチーフはそのままネットゲームのやつな』

 

 もちろん他の人が新しく考えたっていう可能性もあるけど、それでも名前まで被るわけがない。アイテムボックスなんて言葉、あの魔法以外で聞いたことがないから。

 

「ミレーユさん。そのアイテムボックスの魔法について詳しく」

「あら。リタさんは知りませんの? 賢者コウタが考案した魔法ですわ。習得難易度はトップクラスで高いものですが、とても便利な魔法ですわよ」

 

 師匠の名前はコウタっていうらしい。初めて知った。でも、それよりも。

 

「賢者……?」

 

『けwwwんwwwじゃwww』

『あいつが賢者かよwww』

『あいつは森を出て何をやってんだよw』

 

 なんというか。すごい呼ばれ方をしてるね。これも二つ名って言うのかな。

 でも、うん。賢者。いいと思う。賢い人ってことだよね。かっこいい。

 

「さすがは私の師匠。合ってるかはおいといて」

 

『おいとくなw』

『フォローのようでフォローをする気がねえなw』

 

 いや、だって……。師匠はすごく尊敬してるけど、どうしてもあのいないいないばあを思い出してしまうから……。

 

「そのコウタさんに直接教わったの?」

「そうですわ。魔法学園で教鞭を執っておられました。とても良い教授でしたわ」

 

 魔法学園。そこで先生をやってるらしい。なんというか、私がいなくても誰かに何かを教えてるんだね。師匠らしいと言えば師匠らしいかも。

 

「その人に会いたい」

「え? アイテムボックスならわたくしが教えてさしあげても……」

「会いたい」

「…………」

 

 ミレーユさんが押し黙ってしまった。なんだろう。言いにくいことを聞いてしまったかな。

 じっと黙ってミレーユさんの返答を待っていると、やがてミレーユさんが口を開いた。

 

「亡くなりました」

 

 え。

 ……え?

 

「なん、て……?」

「一年ほど前ですわね。魔獣から教え子をかばって……」

 

 いや。まって。おかしい。ししょうが? まじゅうに? だれを? かばって?

 ちがう。ありえない。だって、ししょうだ。ししょうだよ。そんなこと。

 あり得ない!

 

『リタちゃん!』

『待って落ち着け!』

 

「無理!」

 

 ああ、そうだ。精霊様だ。精霊様なら知ってるはずだ。

 私はミレーユさんの腕を掴むと、一気にスピードを上げた。全速力で森へと向かう。

 

「なあああああ!?」

 

 ミレーユさんの悲鳴なんて気にしていられない。私は一直線に精霊様の元へと向かった。

 




壁|w・)このお話はハッピーエンドが約束されています(断言)


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精霊様の秘め事

 

 精霊の森の上空を突っ切って、まっすぐ森の中央、世界樹の元へと向かう。

 精霊の森の上空はワイバーンみたいな飛行できる魔獣の縄張りなんだけど、今日ばかりは無視だ。襲ってくるやつだけ適当に返り討ちにしていく。

 そうして三十分足らずで、私たちは世界樹にたどり着いた。

 世界樹の側で地面に降り立ち、そして勢いでミレーユさんを連れてきてしまったことに気付いた。

 

「あ……」

 

 ミレーユさんは、ぐったりとしていた。どう見ても気絶してる。加減なんてする余裕がなかったからなあ……。悪いことをしちゃったかも。

 とりあえずその場に横にしておく。魔獣は世界樹の側には近寄らないから、一先ずここで待っていてもらおう。

 

『リタちゃん、往路の時はあれでも加減してたんだなあ……』

『早すぎてびっくりした』

 

「ん。ごめん」

 

 でも今は視聴者さんは後回しだ。

 

「精霊様!」

 

 世界樹に向かって呼びかければ、すぐに精霊様が出てきてくれた。私の顔を見て、一瞬だけ言葉に詰まった、ように見えた。

 

「おかえりなさい、リタ。早かったですね」

「ん……。聞きたいことが、あったから」

「どうぞ」

「師匠は、生きてるの?」

 

 誤魔化すことなんてできないように、はっきりと聞いておく。問われた精霊様は、悲しげに眉尻を下げた。それだけで、答えが分かってしまった。

 

「リタ。その、ですね……」

「ん……。もう、いないんだね……」

「…………。そうなります……」

 

 そっか。そう、なんだ……。

 精霊様は、召喚した縁をたどって、師匠が元気に過ごしているかなんとなく分かると聞いたことがある。その精霊様がいないと言うってことは、そういうことなんだろう。

 信じたくなかった。ミレーユさんが言う賢者さんは、師匠とは別の人だと思いたかった。でも、精霊様が嘘をつくとは思えない。だから、まあ……。受け入れないといけない。

 受け入れないといけないけど……。

 

「あああああああ!」

 

 叫ばずには、いられなかった。

 

 

 

 ひとしきり叫んで、ついでにみっともなくわんわん泣いた。こんなに泣いたのは初めてかもしれない。ずっとずっと、たくさん泣いた。

 その間にミレーユさんが起きてきた。泣いてる私と精霊様にぎょっとしたみたいだけど、何も言わずに私の背中をさすってくれた。聞きたいことがたくさんあると思うのに、優しい人だ。

 視聴者さんたちは、とても静かだった。泣かないで、なんてコメントがちらほらと聞こえてきただけ。気を遣ってくれたのかもしれない。視聴者さんも、優しい人が多いよね。

 

 たくさん泣いて、泣いて。日がすっかり沈んだ頃に、ようやく落ち着くことができた。我に返ると、ちょっとだけ恥ずかしかった。見た目相応でしてよ、なんてミレーユさんに言われたけど。

 もう夜も遅いから、ミレーユさんは私のお家に泊めてあげることにした。森の最深部に連れてきちゃったのは私だからね。放り出すことなんてできない。当たり前だけど。

 

「ここが私のお家。結界があるから魔獣は入ってこないから、ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます。精霊の森の深部に家があるなんて思いもしませんでしたわ……」

「守護者だって人間だから。住む家ぐらいはある」

「人間……?」

 

『人間……?』

『知ってるかなリタちゃん。普通の人間は高速で空を飛べたりしないんだ』

『ミレーユさんの反応から考えると、そっちの人間も同じくだと思う』

 

 いやいや、がんばればきっと誰でもできるよ。才能さえあれば、だろうけど。

 私のお家は結構広い造りだ。入ってすぐにリビングがあって、机とかソファとか、くつろげるようになってる。左右と奥にドアがあって、左が私の私室、右が師匠の私室、奥が秘密の部屋。

 秘密の部屋というか、私が配信について知らなかった時に師匠が配信していた部屋ってだけで、今はただの物置だけど。

 ただ、私も師匠もアイテムボックスがあるから、あまり物は置いてない。ベッドと本棚と机があるぐらい。

 

「適当に座って。はい水」

「ありがとうござ……、すごいですわね……」

 

 椅子に座ったミレーユさんの前に、コップに入った水を出してあげると驚いていた。アイテムボックスから出したコップに魔法の水を入れただけだけど、違う何かに見えたのかな。

 私がミレーユさんの対面に座ると、ミレーユさんがおずおずといった様子で口を開いた。

 

「あの、ですね……。色々と聞いても……?」

「ん。いいよ。でも色々と察してるよね? 先にそれを聞かせて」

「そうですわね……。まず、リタさんは精霊の森の守護者、でしょうか」

「ん。そう」

「実在していたことに驚きましたわ……」

「そんなに……?」

 

 詳しく聞いてみたら、森に守護者がいるという話はよく聞くそうだけど、実際に会った人はもう長い間いなかったらしい。今となっては架空の存在、もしくは長い時間でいなくなってしまったと思われていたんだって。

 確かに私は森から出ない。他の守護者も同じくだ。でも師匠みたいに役目を譲ってから外に出た人はわりといるらしいから、気付いていないだけで元守護者とは会ってるんじゃないかな。

 




壁|w・)明言はしていない(ボソ

どうしても師匠周りについて知りたい方は活動報告へ。
20時までには書いておきます。
ネタバレになるので注意、です。


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ちーん

「ええ……。本当に……?」

「ん。私の師匠、つまり先代の守護者は学園で教師やってたみたいだし」

「賢者コウタのことですわね……。確かに多くの魔法に精通しているとは思いましたが、まさか守護者だったなんて……」

「師匠のことだから、守護者の話が出るたびに内心で笑ってたはず」

 

『あり得るw』

『というより間違い無いw』

『あいつ性格悪いところがあるからなあw』

 

 わりといたずらとか好きな人だしね。椅子の上に変なクッション置かれたことは未だに忘れてない。ぶーって鳴るやつ。会うことがあったら殴ってやる。

 殴って……やろうと思ってたんだけどなあ……。

 

「ちょ!? いきなり泣かないでくださいまし!」

「だっでえ……」

「守護者といっても見た目相応なのですわね……。ほら、ハンカチ差し上げますわ。はい、ちーん」

「ちーん」

「よくできました」

 

『なんだこれ』

『ミレーユさんにママ味を感じる……』

『ミレーユママー!』

 

「な、なんですの? 変な悪寒を感じましたわ……!」

 

『マジかよwww』

 

 ん……。勘が鋭いのかもしれないね……。知らない人に見られてるのはいい気がしないだろうから言わないけど。

 

「話の続きですけれど……。森を出た目的は人捜しと仰っておりましたわね? 師匠を……賢者コウタを捜すつもりだったのでは?」

「正解。名前は知らなかったけど」

「ええ……。師事していたのでしょう……?」

「師匠としか呼ばなかったから……」

 

『俺らも名前知らなかったぐらいだしな』

『あいつも初回配信の時は魔法使いとしか名乗らなかったから……』

『リタちゃんが配信するようになってから師匠さん呼びになったはず』

 

 師匠に聞いたことがあるけど、こういう配信では本名は名乗るものじゃないらしい。配信魔法を譲られた時にそう注意されたことがある。私は気にせず本名だけど。日本出身じゃないから影響ないだろうし。

 

「それで、リタさん。これからどうしますの?」

「ん?」

「お師匠様のことはその……。分かったのでしょう? 森の外に出る必要はありますの?」

「邪魔?」

「いえ、そんな、滅相もありませんわ! あなたほどの方が冒険者になってくれるのなら、とても頼りになりますもの。けれど、あなたにとって冒険者という立場は必要ないでしょう?」

 

 旅をするだけならそうだと思う。今まで通り森の外に出なくても同じく。

 でも、師匠が教師をしていたと聞いて、ちょっとだけ思ってしまった。見てみたかった、なんて。

 だから、せめて師匠が何をしていたのか、見に行ってみたい。

 

「学園っていうのを見学するのに、何かしら立場があった方が便利そう」

「見学? あなたが? ……ああ、なるほど。お師匠様の軌跡を調べたいのですわね」

 

 なにこの子鋭すぎて怖い。

 

『さとりようかいかな?』

『いやわりと分かりやすかったぞ今の』

『むしろそれ以外の理由が思い浮かばないんだが』

 

 言われてみればそうだね。私が先生をしたいとか思い浮かばないだろうし、私もやりたいとは思わないし。ちいちゃんに教えるのは楽しいけど。

 

「分かりましたわ。それではさくっと、大きな魔力反応とやらを調べてしまいますわよ!」

「あ、ごめん。その原因、私」

「え」

「ちょっと大きな魔法を何度か使ったから。守護者が魔法の実験をしている影響って伝えておいて」

「ええ……」

 

 正直、えっとなんだっけ……。まっちぽんぷ、というものになってる気がするけど、嘘は言ってないから許してほしい。私もまさか観測されてるだなんて思わなかったし。

 

「ま、まあいいですわ。ちなみにその実験、これからも続けるのですか?」

「ん。定期的にやると思う。だめ?」

「危険はありませんの?」

「精霊様のお墨付きを貰ってるから大丈夫」

「豪華なお墨付きですわね……」

 

 守護者の特権ってやつだね。気軽に見てもらえてとても助かってる。

 そんなことを言ったら何故かとても呆れられてしまった。

 

「今日は休暇だと思ってゆっくりしていって。本ならたくさんあるから暇つぶしは困らないと思う」

「そうですか? ではお言葉に甘えますわ」

 

『リタちゃんが誰かを泊まらせるなんて……』

『正直一生無理だと思ってたよ……』

『成長したなあwww』

『草を生やしてやるなよw』

『オマエモナーw』

 

 喧嘩売ってるのかなこいつらは。

 ちなみに。本棚にある本はどれも貴重なものらしくて、ミレーユさんがとても大騒ぎしていたけど、まあ些細なことだと思う。

 あ、うん。保存魔法かかってるから自由に読んでいいよ。遠慮無くどうぞ。

 




壁|w・)サブタイトルが思い浮かばなかったのは秘密です。


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国宝級

 

 夜。日も沈んできたしそろそろ晩ご飯かなとは思うんだけど、ミレーユさんがひたすらに本を読んでる。リビングの椅子に座って、黙々と。

 

「ミレーユさん、そろそろ夜だよ」

「…………」

「すごい集中力。反応しない」

 

『結界の話を聞いてるからかな?』

『危険がないって分かってるもんな』

『それにしても警戒心なさすぎでは』

『まるでリタちゃんやな』

 

 否定はできない。私も読書に集中するとずっと読みふけってしまうから。一度配信しながら読書に集中して、丸一日ずっと読んでいたなんてこともあった。

 あの時は視聴者さんに悪いことをした、という感想よりも、そんな私の本を読むだけの姿を丸一日見続けた視聴者さんがいたことに戦慄したよ。

 だからミレーユさんのこれも分かるのは分かる。親近感を抱いたりもする。でも、私はそろそろお腹が減ってきた。

 というわけで、申し訳ないけど本をさっと抜き取らせてもらった。

 

「あ……」

 

 切なそうな声を出さないで。すごく申し訳ない気持ちになるから。

 

『えっ……』

『すごいえちえちな声でした』

『おまえらwww』

『リタちゃんも聞くコメントでくだらないこと言うなっての』

 

 変態ばっかりなのかな?

 じっとミレーユさんを見ていると、ミレーユさんはすぐに我に返って咳払いをした。色々と手遅れだけど。

 

「失礼しました、リタさん。何かご用でしょうか」

「用も何も、ごはんの時間。晩ご飯」

「えっ!?」

 

 わ、びっくりした。ミレーユさんが勢いよく立ち上がって、慌てたみたいに外へのドアへと駆けていく。さすがに結界の外に出ないとは思うけど、私も一緒に行こう。

 ミレーユさんは家の外に出ると、呆然とした様子で呟いた。

 

「まっくらですわ……」

 

 ん……? あ、本当だ。もう日が沈んでしまったらしい。月明かりがあるから真っ暗ってわけではないけど、家の中と比べると雲泥の差だね。街灯とかないから当たり前だけど。

 そういえば、まだ日本の夜って見てない。なんか、すっごく明るいんだよね。どこにいってもきらきらしてるって師匠が言ってた。今度真美に会いに行く時は夜までいてみようかな。

 そんなことを考えていたら、ミレーユさんが振り返って頭を下げてきた。

 

「申し訳ありません、リタさん」

「え。な、なにが……?」

「泊めてもらう上に本まで読ませていただいたので、夕食ぐらいはわたくしが用意しようと思っていたのですわ。今から用意しますから、少しだけ時間を……」

「あ、大丈夫。もう用意したから」

「え」

「もう用意したから大丈夫」

 

 繰り返し言ってあげると、ミレーユさんは愕然とした様子で膝を突いた。そんなにショックを受けることなのかな。

 

「本当に……何から何まで申し訳ありませんですわ……」

「ん。別にいいよ。師匠のことを教えてくれたお礼」

 

 ミレーユさんに聞いてなかったら、多分ずっと捜し続けていたと思う。ずっと、ずっと。

 だからお家にも泊めてあげるし本も見せてあげるし晩ご飯も作るよ。

 

「ちなみにご飯は私のとっておき」

「守護者様のとっておき、ですか。それはとても楽しみですわ」

「ん。期待して損はない」

 

 私に料理の才能なんてまずないけど、でも今回のは誰でも作れるものだ。日本すごい。とてもすごい。

 家の中に戻ってアイテムボックスから取り出すのは、日本で言うところのレトルト食品というやつだ。真美に私の世界でもカレーを食べたいって言ったら渡された。

 でも、なんとなくもったいない気がしてしまって食べてなかったのだ。いやだって、いつでもカレーが食べられる素敵なご飯だよ? そう、つまりこれは。

 

「国宝級のごはん」

「国宝級、ですって……!?」

 

『国宝級www』

『国宝 (レトルト)』

『レトルト国宝w』

『やっすい国宝やなw』

 

 いやいや、視聴者さんはそんなこと言うけど、本当にすごいものだと思うよ。温めるだけで美味しいごはんが食べられるって、すごくすごい。すっごくすごい。

 

『それは確かに』

『こっちではありふれたものだけど、素晴らしい発明だったのは間違いない』

 

 この世界でも作れるようになってほしい。いやその前にご飯の美味しさを追求してほしいけど。

 テーブルにお鍋を置いて、水を入れてさっと沸騰させる。火はいらない。水そのものを温めるから。こういう時にこそ魔法を使わないとね。

 その水にレトルト食品を投入。パックご飯とレトルトカレーを二つずつ。少し時間はかかるけど、後は待つだけ。すごく簡単だ。

 

「あの……。なんですの、これは……」

「レトルト」

「れとると……?」

「んー……。とっても長持ちする、簡単に料理が作れる素。他の人には内緒だよ」

「よくわかりませんが、すごそうですわ」

 

『実際すごい』

『俺もレトルトカレーには何度お世話になったことか』

『安くて早くて美味い。まさに完全食』

 

 うんうん。概ね同意見だ。

 十分に温まったところで、大きめのお皿に出してあげる。ご飯を入れて片側に寄せて、カレーを逆側へ。スプーンを添えて、と。

 

「お待たせ。カレーライス」

「かれーらいす、ですか……」

「ん。どうぞ」

 

 私も自分の分を取り出してさっさと食べ始める。うん。さすがに真美が作ってくれるカレーには劣るけど、それでもカレーライスだ。美味しい。

 ミレーユさんはまだ警戒していたみたいだけど、恐る恐ると食べた一口目の後はすごく早かった。さすがカレーライスだね。

 私もミレーユさんもあっという間に食べ終わってしまった。

 

「とても美味しかったですわ……。これはもしかして、守護者にのみ伝わる料理ですの?」

「え? あ、いや、えっと……」

「他では見たことも聞いたこともない料理ですし、そうですのね……」

「…………」

 

 よし。説明ができないから、そういうことにしておこう。

 




壁|w・)国宝級のごはん(レトルトカレー)

明日からは1日1回、夕方に更新します。


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年代の違和感

 でも、見たことも聞いたこともない、か。師匠はもう、挑戦することはなかったのかな。それとも、挑戦はしてたけど一人でやってたか。どっちだろうね。

 

「泊まる部屋だけど、師匠の部屋を……」

「ああ、いえ。寝袋がありますのでここでいいですわ」

「え?」

「きっと、たくさんの思い出があるのでしょう? わたくしが汚すわけにはいきませんわ」

 

 それは、そうなんだけど。でも、うん。うん。そうだね。私もまだ気持ちの整理ができてるとは言えないし、そうしてもらおう。

 

「ん。ありがとう。それじゃあ、私はこっちの部屋にいるから、何かあったら呼んでね」

「わかりましたわ。ありがとうございます、リタさん」

「ん」

 

 うなずきを返して、リビングを後にする。そして私が入ったのは自室、ではなく。

 師匠の部屋だ。

 いつか帰ってくると思って清潔に保っておいた部屋だったけど、結局師匠が帰ってくることはなくなってしまった。師匠の私物とかそのままにして、待ってたんだけどね。

 

『リタちゃん……』

『元気だして』

『泣かないで』

 

「ん……。大丈夫。でも、ちょっと一人になりたいから、今日の配信はここまで」

 

 そう言って、返事を待たずに配信を切った。

 師匠の部屋は、机と椅子、本棚とベッドだけの部屋。本棚にあるのは、師匠が記憶を頼りに書いた日本の書物。大雑把な日本地図もあったりする。

 師匠が帰ってくるまではあまり触らないようにしてたけど、もう、いいよね。

 本棚から一冊抜き出してみる。何かの小説、かな。架空の物語だ。眠たいとも思わなかったから、師匠のベッドに腰掛けてそれを読み始めた。

 

 何冊も何冊も読んでいって、あふれる涙が本に落ちないようにだけ気をつけて、読み続けて。

 そして、それを見つけた。

 師匠が書いた日本地図。覚えていることを書いたというそれには、いろいろと注釈も書き添えられていた。

 そしてそこに、それはあった。

 心桜島。開発中の島だ。師匠の注釈には、開発予定、とだけ書かれていて。

 

「いや、なんで……?」

 

 師匠が転生した時期は正確には知らないけど、それでも私を育ててくれたから、二十年ぐらいは前のはずだ。そして心桜島は、視聴者さん曰く、最近開発が始まった、らしい。

 師匠の地図には開発予定とある。予定が決まってから開始まで二十年もかかったってこと? それはさすがに……どうなんだろう。日本のことはまだそこまで詳しくないから、あり得るかどうかも分からない。

 なんだかちょっと気持ち悪い。考えても仕方ないし……。明日、精霊様に聞きに行こう。

 

 

 

「それじゃ、ミレーユさん。転移魔法で街まで送るから」

「転移魔法まで使えるのですね……」

「え? うん」

 

 朝。保存食だけの簡単な朝食を済ませた後、私は用事があるからここに残るとミレーユさんに伝えた。ミレーユさんも承諾してくれたんだけど、当然ながら帰りは一人になってしまう。

 森から街まで、魔獣どころか動物の姿すら少ない。だから大丈夫だとは思うけど、それでももし何かあったら嫌だから、転移魔法で送ることにした。

 

 そう言ったらすごく驚かれたけど。ミレーユさん曰く、転移魔法はすでに失われた魔法だそうだ。

 驚きはしたけど、当然かなとも思う。転移先を失敗したら岩と体がくっついて変なことになるらしいし、消費魔力も膨大だ。使える人がいなくなるのも仕方ないとは思う。

 

「依頼のことですが、リタさんのことはどこまで伝えていいのかしら」

「ん……。まあ、別に全部でも。ただ、不用意に広めるのはやめてほしい」

「もちろんですわ。ではギルドマスターにのみ伝えますわね」

 

 律儀な人だと思う。すごくいい人だ。だからこそ信用できる。

 手を振って別れを告げて、転移魔法を発動。一瞬だけ光に包まれて、ミレーユさんの姿は消えた。

 さて。それじゃあ、精霊様に聞きに行こう。とりあえず配信はスタートさせておく。心桜島についても聞いておきたいし。

 

「おはよう。少し早いけど、聞きたいことがあるから始めます」

 

『おはようリタちゃん!』

『マジで早すぎて草』

『聞きたいこと? なんでも聞いてくれ』

 

 夜よりは少ないけど、それでもすぐに返事をしてくれる人がいる。朝から暇なのかな。さすがに失礼だと思うから言わないけど。

 あと、相変わらず読めない文字の文章もたくさんある。こちらについては見えないようにしておく。せめて私が読める文字で話してほしい。

 

「私が聞きたいのは心桜島について」

 

『今更だなあ』

『あまり専門的な知識はさすがにないけど、それでいいなら』

 

「ん……。あそこの開発が始まったのって、いつ頃?」

 

 私がそう聞くと、流れてくるコメントはどれもが不思議そうにするものだった。今更だとは私も思う。今まで成り立ちに興味なんて持ってなかったから。

 

『開発が始まったのは二年前の春だったかな』

『予定としては五年ほど前からあったはず』

 

「ん……。そっか。ありがとう。精霊様とお話ししてくる」

 

『まってまってまって』

『何があったか気になるんだけど』

『説明ぷりーず!』

 

 説明は、精霊様とのお話しを聞いてもらったらだいたい分かるはず。

 コメントの質問には答えずに、世界樹の側に転移する。精霊様を呼ぶと、すぐに姿を現してくれた。

 

「おはようございます、リタ。どうかしましたか?」

「ん。聞きたいことがある」

「聞きたいこと、ですか?」

 

 首を傾げる精霊様に、私は小脇に抱えていた本を広げた。師匠が描いた地図のある本だ。心桜島のことが書いてあるページを開いて、精霊様に見せた。

 

「これ。心桜島の注釈」

「開発予定、とありますね」

 

『なにそれ。おかしくない?』

『え。何が? どういうこと?』

『誰か詳しく!』

 

 視聴者さんも、気付いた人と分からない人がいるらしい。精霊様はまだ不思議そうにしてる。そんなに難しいことじゃないんだけどね。

 

「心桜島の開発が始まったのは二年前。計画が出たのは五年前ぐらい前、だって」

「え……」

 

 あれ。精霊様が絶句してる。精霊様も知らなかったらしい。食い入るように地図を見つめてる。

 

「師匠が転生したのはいつかは知らないけど、私を育ててくれてるんだから最低でも十年は前のはず。赤子が赤子を拾えるわけもないから、現実的に考えて二十年は前じゃないかな。つまり、心桜島の計画なんてなかったはず」

「そう、ですね……」

 

『いやいや待ってなんだこれどうなってんの?』

『それが分からないからリタちゃんが精霊様に聞いてんだろ』

『そして精霊様すら知らなかったという有様。草も生えないwww』

『生えとるやないかい』

 

 んー……。精霊様なら知ってると思ったんだけど、予想外だ。

 




壁|w・)つまりお師匠の前世が亡くなったのは5年以内である。


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精霊様の仮説

 これは本当にどういうことなのかな。日本の特徴はだいたい一致してるから、地球からの転生者というのは間違いないと思うんだけど……。ただ、もしかしたら、似て非なる惑星が他にあるかも、とも思ってしまう。

 

「ですが、リタ。それほど気にする必要もないのでは?」

「んー……。まあ、うん。それはそう」

 

 この世界での生活にも、日本へ遊びに行くのも、師匠の生まれがどうとかはあまり関係ないのは事実だ。別の地球があるとしても、あそこの料理で私は満足してるし。

 でも。それでも。

 

「師匠の家族がまだいるなら、挨拶ぐらいはと思って……」

「家族、ですか」

「ん……。日本に帰りたそうにしてたから、それぐらいはしてあげたい」

 

 師匠が帰ってきたら、自慢して、日本に連れて行ってあげよう、なんて思ってた。けど、それはもう叶わない。だったらせめて、師匠がここで生きていた証を、師匠の家族に伝えたい。

 ただ、それだけ。それだけの理由。

 

「そんな理由だから、どうしてもっていうわけじゃない。会えたらいいなって思っただけ」

「…………」

 

『リタちゃん……』

『ええ子やなあ……』

『師匠の名前なんだっけ? 名前さえ分かれば探せるかも』

 

「名前は、コウタ、だったかな。ただ本名かは分からない」

「本名ですよ」

 

 精霊様の声に顔を上げると、精霊様は真剣な目で私を見ていた。

 

「心桜島の計画が五年前なら、おそらく五年前から開発が始まる二年前の間に亡くなったのだと思います。地球と呼ばれる星も、私が知る限りあの星だけです」

「ん……。でも、時間がおかしい」

「そうですね……。私もこれが正しい、と言えるわけではありませんが……」

 

 そう前置きして、精霊様は仮説を話してくれた。

 宇宙には目に見えない星、光すら吸い込む超重力の星、ブラックホールというものが無数にあるらしい。銀河の中心にすごく大きなブラックホールがある他、それ以外にも小規模なものが点在しているのだとか。

 

 その重力は光を呑み込み、そして空間すらねじ曲げてしまうほど、らしい。それどころか、時空間すらねじ曲げることすらあるのだとか。

 師匠の魂がこの星に呼ばれる時、ブラックホールを通り、そのまま過去に飛ばされたのかもしれない、というのが精霊様の仮説だった。

 

「これが正解かは分かりません。この仮説でも、説明できない部分もやはりありますから」

「ん……。例えば?」

「はい。私が呼んで、それほど間を置かずに彼の魂がこちらに来ました。この仮説なら、何も知らない過去の私の元へと飛ばされたはずです」

「なるほど……?」

 

『精霊様の声が届くのに数十年かかったとか』

『届いて、そっちの星に向かう間にブラックホールに巻き込まれて過去に飛んだ、てことか?』

『お前ら落ち着け。考えたところで正解なんて絶対に分からないぞ』

 

 それもそうだね。師匠が生きていれば直接話を聞けたかもしれないけど、それはもうどうにもならないことだ。現実は受け入れないといけない。

 

「そうですね。ですが、コウタの出身はそちらの地球で間違いないかと思います」

 

 それさえ分かれば、十分だ。名前も分かったから、あとはあっちで探せば見つかるかも。

 そう考えてたら、そのコメントが流れてきた。

 

『失礼します。少々よろしいでしょうか』

『おん?』

『なんかお堅い文が流れてったぞ』

 

 分かってるならちょっと静かにしてあげなよ。

 

「ん。なあに?」

 

『その人捜し、こちらで引き受けさせていただきます。その代わりにお願いがございます』

 

「ん。どうぞ」

 

『あなたを是非とも正式に、我が国へとご招待させてください』

 

「ん……?」

 

 えっと。なんだか、すごく変なこと言われた気がする。誰だろうこの人。

 

『日本国外務省外交官、渡辺春樹と申します』

『ふぁ!?』

『ついにお国が接触してきた……!』

『えらいこっちゃえらいこっちゃ!』

『お前ら間違いなく楽しんでるだろwww』

『むしろ楽しむ要素しかねえ!』

 

 ん……。えっと。つまりは日本のえらい人、かな? えらいかどうかはよく分からないけど、そんな感じの関係者ってことかもしれない。

 あまり興味はないけど、でも師匠の家族を代わりに捜してくれるなら、それはとてもありがたい。捜し方すら分かってなかったからね。

 だから、まあ。少しぐらいなら、いいかな?

 

「捜してくれるの?」

 

『全力を尽くします』

『さすがに見つけるとまでは言えないか』

『万一を考えるとリスクになるからな』

『ほーん。よく考えてる』

 

 んー……。いっか。

 

「それじゃ、お願いします」

 

 利用できるものは利用していこう。国そのものであろうとも。なんて、ね。

 




壁|w・)つっこまれる前に言い訳しておきます。

Q.仮説あたりがわけわからん。
A.大丈夫だ私も分からない! ぶっちゃけどうでもいい部分なのでふわっとしたままでも大丈夫!
 一応さくっと説明するなら、西暦にむりやり換算すると、1990年頃の精霊様が召喚をする→2020年頃地球に魔法が届く→師匠の魂が移動を始めて、ブラックホールに巻き込まれてぐにゃぐにゃして1990年頃の精霊様の元へたどり着く、みたいな感じです! 年代は参考程度に適当に選んだのでこの年ではないですよ!

Q.ブラックホールって時空ゆがませてんの?
A.分からないのでちょっとブラックホールにつっこんできてください!

Q.外交官が担当なの?
A.宇宙人に対応する部署ってどこですか……? 分からないので外国扱いで外交官にしておきました。適当です。こっちの方がそれっぽい、というのがあったら教えてください。


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おうどん

 

 朝の配信を終えて、お昼過ぎに日本に転移。向かう先は真美の家。

 ベランダに転移して中に入ると、真美とちいちゃんが何かを食べていた。器に水がたっぷり入っていて、白っぽくて細長いものをすすってる。初めて見るものだ。

 私に気付いた真美が、目をまん丸に見開いた。

 

「え? リタちゃん、なんで?」

「なんでって……。来ない方が良かったの?」

「そうじゃなくて。配信見てたけど、政府の人は?」

「ん……。後回し。私は急がないし」

 

 朝の配信の後、待ち合わせの場所だけ決めておいた。私の手が空いたら来てほしいと言われたから、先にやることをやっておこうかなって。

 つまりはちいちゃんへの魔法の指導だ。

 

「ええ……。いいのかな……」

「ん。問題ない」

 

 確かに師匠のことは調べたいけど、弟子をほったらかしにすることはできない。そんなことをしたら、師匠に怒られるから。

 でも、その前に。

 

「それ、なに?」

「おうどん。食べる?」

「食べる。食べたい」

 

 先にお昼ご飯だ。

 真美は苦笑しながら立ち上がると、ちょっと待っててねと部屋を出て行った。残されたのは、私とちいちゃん。

 ちいちゃんはふうふうと冷ましながら、おうどんというのを食べてる。ちゅるちゅるとすすっていて、なんとなく美味しそう。すごく気になる。

 

「ちいちゃん。美味しい?」

「おいしい!」

 にっこり笑顔のちいちゃん。これは、すごく楽しみだ。

 

 もぐもぐうどんを食べながらのちいちゃんと話していたら、真美が戻ってきた。手のお盆には二人が食べていたものと同じおうどんというもの。それをテーブルに置いてくれた。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 

 早速食べてみよう。

 半透明の水、湯気が立ってるからお湯かな。それに二人が食べていた白くて細長いものが入ってる。他には、えっと、なんだろうこれ。ちょっと茶色っぽくて、薄いやつ。食べてみれば分かるかな。

 

「いただきます」

 

 しっかり手を合わせて、と。それじゃあ、早速。

 お箸を使って、うどんを引っ張る。なんだかすごく長い。これをすすって食べればいいのかな?

 ずるずるとすする。できたてだからか、少し熱い。でも食べられないほどじゃない。味は濃いわけじゃないけど、すごく食べやすいね、これ。美味しい。

 

「どうかな?」

「ん。美味しい」

「よかった」

 

 嬉しそうにはにかむ真美。いや本当に、料理上手だね。本人曰く、レシピ通りに作ってるだけ、らしいけど。

 

「これ、なに?」

「え? きつねあげだよ。うどんあげとも言うかな。うすあげも聞くかも」

「ええ……。多すぎない?」

「あはは……。どこかの和菓子よりはましだから……」

 

 どうして同じものにそんなたくさんの名称があるのやら。

 かじってみると、ほんのり甘い。あと、なんだろう。水の味? それも混じってる、気がする。

 

「お水の味もよくする……」

「み、水……? あ、うん。おだしの味、の方が他の人には伝わりやすいよ」

「おだし」

 

 おだし。なんか、師匠が言ってた気がする。すごく大事なものだって。

 ちいちゃんと一緒にずるずるとうどんをすする。ちいちゃんはちゅるちゅるって感じだけど。ちいちゃんを見てたら、にぱっと笑いかけてくれた。かわいい。

 

「ところでリタちゃん」

「ん?」

「本当にこれ、待たせてもいいの……?」

「ん……?」

 

 真美が指さすのは、テレビ。すごいよね、遠くのものをたくさんの人が見れる機械だって。魔法みたいだ。

 いやそれはともかく。

 緊急記者会見、話題の推定異星人と接触成功、この後会談の予定……、なんて文字が画面に出てる。あと黒い服を着た人が何かたくさんの光を浴びながら話してる。

 うん。うん。うん。いや、えっと……。

 

「なにこれ」

「あはは……。リタちゃんの少し前の配信からこの話題でもちきりだよ。ついに異星人との接触が、とか、実は壮大ないたずらでは、とか、実際に魔法が見れるとか、そんな感じで」

「うわあ……」

 

 ええ……。そんな、話題にすることなの? なんか、逆に怖いんだけど。この調子だと、待ち合わせの指定の場所もすごく人が多くなってそうだなあ……。

 

「もう行くのやめようかな……」

「ええ……。ほ、ほら。師匠さんの生家を探してくれるんでしょ?」

 

 生家とはまた違うかもしれないけど、そうなんだよね。それがすごく大きい。

 

「それに、ほら。リタちゃんが美味しいものを食べるのが好きっていうのもみんな知ってるから、きっとすごく高級な美味しいものが出るよ!」

「高級……」

 

 高くて美味しいもの。うん。それも、いい。真美がいろいろ作ってくれるからわりと満足してるけど、高級なご飯はちょっと興味がある。

 んー……。まあ、うん。よし。行こう。

 でもまあとりあえず、今はうどんに集中だ。美味しいものはしっかり味わわないとね。

 

 

 

 うどんを食べて、少し休憩してから、私は真美とちいちゃんに見送られて転移した。

 転移先は東京上空。眼下に見えるのはたくさんのビル群。そのうちの一つの屋上が待ち合わせ場所。そこを見てみると、へりこぷたー? が降りる場所のマーク? そういうやつの真ん中に、真っ黒な服の人が三人ほど並んで立っていた。

 その周辺を見てみたけど、他に人はいないみたい。テレビカメラっていうのかな。ああいうのもないみたいだ。気を遣ってくれたのかもしれない。

 

 ただ、うん。空にはいたわけだけど。

 ヘリコプターが何台か飛んでいて、そこからカメラが向けられていた。私を指さして何か言ってるみたい。あまり気分は良くないけど、気にするだけ無駄かな。視聴者さんたちも、マスコミがいても気にするなって言ってたぐらいだし。

 おっとそうだ。配信しておこう。

 手を振ると、見慣れた光球と黒い板が出てくる。早速コメントが流れ始めた。

 

『リタちゃん何やってんのwww』

『テレビでめちゃくちゃ流れ始めてる』

『待たせてるのに配信を優先するのほんと草』

 

「ん。いやだって、私は視聴者さんの方が大事だし」

 

『リタちゃん……!』

『とぅんく……』

『こいつらチョロすぎない?』

 

 将来が不安になるやつだね。

 これで準備は完了。さて、行こう。

 




壁|w・)偉い人よりもおうどんが大事。
ついに偉い人と接触です、が、難しく考えずにゆるく……。
実際国がどういう反応すらか分からないので、この世界ではこういうものだと考えてください。


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エレベーターと車

 ビルの屋上をもう一度見ると、さすがに私に気付いてるみたいでこちらをじっと見ていた。目が合ったかと思うと、頭を下げてくる。なんだかちょっと恥ずかしいのでやめてほしい。

 彼らの前に降り立つと、三人はまた頭を深く下げてきた。

 

「ようこそいらっしゃいました、精霊の森の守護者、リタ様」

「うわ……。なんでそれ知ってるの? え? そんなに前から私の配信見てたの?」

「もちろんです」

「ええ……。暇人なの……?」

 

 あ、言葉に詰まった。さすがに失礼だったかもしれない。ごめんなさい。

 

『リタちゃんもしかして機嫌悪い?』

『いや多分純粋にそう思ってそう聞いただけだと思う』

『知ってるか? 言葉のナイフって悪意がない方が鋭いんだ』

『見れば分かるwww』

 

 こほん、と男の人が咳払いして、続ける。

 

「リタ様、軽食をご用意しております。いかがでしょうか?」

「軽食? おやつ?」

「はい。おやつです」

「もらう」

 

 おやつはすごく欲しい。是非とも欲しい。私が頷くと、男の人たちはなんだか優しそうな笑顔を浮かべた。何なのかな。

 男の人と一緒に建物の中に入る。この部屋は特に何もないみたいで、不思議な扉と階段があるだけだった。扉は、何のやつかな。持つところがない。

 

「変な扉。なにこれ?」

「エレベーターです」

「えれべーたー……。エレベーター!」

 

 エレベーターって、箱みたいな乗り物だよね。入って何かボタンを押したら、勝手に別の階に行ってくれるってやつ。すごい、一度乗ってみたかった。

 

「エレベーター、初めて」

「え」

『え』

『え』

 

『あー! あー! ほんとだ! リタちゃん、エレベーターに乗ってない!』

『言われてみれば確かに! 車とか電車とかもまだ乗ってないやん!』

『しゃーない。リタちゃんの興味がほぼほぼ食べ物にいってるから』

 

 便利な乗り物に興味はあるけど、やっぱり美味しい食べ物の方が重要だと私は思ってるよ。

 まあ、それはともかく。男の人たちに先導されて、エレベーターの中へ。エレベーターは思ったよりも広くて、なんだか柔らかな絨毯みたいなのが敷かれていた。

 男の人がボタンを押すと、エレベーターが下りていく。最初はゆっくり、だんだん早く。エレベーターの扉以外は透明な壁になっていて、建物の外の景色を眺めることができた。

 

 空からの景色ほど良くはないけど、こういうのも悪くはない。それに、ここからの方が人の動きはよく見える。他の建物では人が行き交っていたり、机で何か仕事をしていたりと様々だ。

 こうして見ると、やっぱりたくさんの人がいるね。本当に、たくさんいる。

 すぐにエレベーターは一階に到着して、扉が開いた。

 

「こちらです」

 

 先導されるままについていく。周囲にはたくさんの人がいたけど、誰もが周囲を警戒してるみたいだ。案内してくれる人って、偉い人だったりするのかな。

 

『違うぞ』

『多分リタちゃんの警護だぞ』

『わりと時の人になってるからなあ……』

 

「ふーん……」

 

 それはつまり、迷惑をかけてしまってるだけのような気もする。でも、私が何を言っても多分変えないんだろうなっていうのは、なんとなく分かる。

 だから、このままおとなしくついていこう。

 そうして案内された先にあったのは、黒い車。そういえば車に乗るのも初めてだ。少し楽しみ。

 

「これ? これに乗るの?」

「はい。そうです」

「車だよね。車って、乗ったら自動で動くんだよね。どんな感じなのかな。楽しみ。すごく楽しみ」

 

『わくわくリタちゃん』

『リタちゃんの自動車の認識が微妙にずれてないか?』

『自動といっても、運転する人は必要だよ』

 

 でも一人いればあとは勝手に動くってことだよね。すごい。

 あと車の周囲にも、小さな乗り物に乗った人がたくさんいる。これも、聞いたことがある。ばいく、だっけ。そうバイクだ。

 あれも楽しそう。乗ってみたいけど、特殊な訓練が必要なんだっけ。残念だ。

 楽しみな気持ちのまま車に乗る。後ろの席だ。私の両隣に案内してくれた人が二人座って、もう一人は前の右の席だった。丸い変なのが取り付けられてる。

 その丸い変なのを握ると、車はゆっくりと走り始めた。

 

「おお……」

 

 両隣に人が座ってるせいでちょっと見にくいけど、それでも窓から外の景色が見える。自分で飛ぶよりは遅いけど、それでもこんなに人が乗ってると考えるとすごく速い。

 あと、あまり揺れない。のんびりして、寝ることすらできそう。これは自分で飛んだらできないことだ。すごい。

 

「車すごい……」

 

『魔女から見ても車ってすごいんやな』

『なんだろう、ちょっとだけ誇らしい気持ちになる』

『俺らが作ったわけじゃないけどなw』

『そうだけどw』

 

 いやいや。地球の人はもっと誇ってもいいと思うよ。これは本当にすごいから。

 

「よろしいでしょうか、リタ様」

「ん?」

「防犯のためにも、一度配信をお切りいただけますか?」

「ん」

 

 襲われないように、とかそんな理由かな。それなら仕方ない。

 

「じゃあ、一度切ります。また後で」

 

『はーい』

『がんばれリタちゃん!』

 

 配信を切ると、光球と黒い板は消滅した。

 

「ありがとうございます」

「ん」

 

 話し相手もいなくなったので、あとはのんびり待つとしよう。乗り心地もいいし、眠たくなるし。うとうとしよう。寝ないようにだけ気をつけないと、ね。

 




壁|w・)うとうと。丸い変なの=ハンドルです。


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首相さん

 

 車に乗って連れてこられたのは、大きなビル。すごくいいホテルなんだとか。エレベーターに乗って、案内されたのは最上階。とても広い部屋に通されてしまった。

 

「ここでお待ちいただけますか?」

「ん。どれぐらい?」

「おそらく、日が沈むまでには間に合うかと……」

「んー……」

 

 待つことに問題はない。泊まったとしても、心配する人がいるわけでもないし。精霊様も心配はしないはず。だからまあ、いいかな。

 

「この部屋でなら配信してもいい?」

「部屋から出ないのでしたら大丈夫です」

「ん」

 

 許可ももらえたので配信再開。

 視聴者さんは部屋の様子にすごく驚いてるみたいだ。私も驚いてる。

 広々とした部屋に、落ち着いた家具が並べられてる。部屋の中央には大きなテーブルと椅子があって、テーブルにはたくさんのお菓子が用意されていた。

 

「これ、食べていいの?」

「もちろんです」

 

 許可ももらえたので早速食べよう。おお、なんかすごく高そうなチョコレートがある。これが有名メーカーのチョコレート、ていうものなのかな。よく分からないけど。

 

『メーカーをリタちゃんに言っても分からないだろうから省略して、金額の目安だけ』

 

「ん?」

 

『それ一粒で喫茶店のカツカレーが食べられる』

『ヒェッ……』

『マジで高いチョコだ……』

 

 カツカレー。伝説の料理と同じ値段。それだけですごくいいものだっていうのが分かる。でもここにはたくさんあるけど……。本当に食べていいのかな。

 入り口横で待機してる案内してくれた人へと振り向けば、笑顔で頷いてくれた。食べていいらしい。

 それじゃあ、早速……。もぐ。

 

「んー……」

 

『どう? どうどう?』

『俺たちも食べる機会なんてそうそうないから、すごく気になる』

『感想はよ!』

 

「えー……。ごめん。よく分からない。美味しい気もするけど……。んー……?」

 

 もちろん不味いわけじゃない。濃厚な甘さの中にちょっとだけ苦みもあって、その調和がとてもいいバランスになってると思う。とても美味しいよ。美味しい、けど……。

 

「みんなからもらったチョコの方が好き」

 

 魔法談義しながら、送ってもらった板チョコをかじって笑い合う、その時のチョコの方が美味しいよ。間違いなく。

 

『泣いた』

『そう思ってくれるだけでめっちゃ嬉しいんだけど』

『一人で静かに食べるより、みんなで楽しく食べる料理の方が美味しいのは当たり前だな』

 

 そんなものかな。そんなもの、だろうね。楽しい方がやっぱりいいよ。

 

「でもいっぱい食べる」

 

『草』

『リタちゃんwww』

『高級なお菓子なんてそうそう食べられないし、たくさんお食べ』

 

 遠慮無く食べちゃう。おかしおいしい。

 

 

 

 みんなからお菓子の説明を受けながらもぐもぐ食べていたら、誰かが部屋に入ってきた。案内してくれた人たちが迎え入れてるから、この人と話せばいいのかな。

 振り返って見てみると、紺色の服の人だった。初老の男で、私のことを興味深そうに見つめてる。私は見覚えがないけど、視聴者さんは知ってるみたいでコメントの量が一気に増えた。

 

『いきなり首相?』

『本当にリタちゃん、かなり重要視されてんだな』

『リタちゃん、その人がこの国のトップだよ』

 

「トップ。王様?」

「いや、王様とは違うよ」

 

 そう答えてくれたのは、首相さん。彼はにっこり笑って、私に手を差し出してきた。

 

「初めまして。内閣総理大臣の橋本司(はしもとつかさ)です。ようこそ、日本へ」

「ん。リタです。魔女、です。よろしく」

 

 手を握ってしっかりと握手。日本ではあまり握手の文化がないって聞いたけど、この人はやるんだね。嫌だってわけじゃないけど。

 

「遅くなってしまい、申し訳ない。夕食はいかがかな?」

「ん……? 今何時?」

 

『夜の六時』

『良い子は寝る時間です』

『はえーよwww』

 

 六時。もうそんな時間なんだね。少し帰りたい気持ちもあるけど、でも夕食も気になる。きっと豪華なご飯だ。とても食べたい。

 

「食べたい」

「ああ。すぐに用意させよう」

 

 橋本さんが側の人へと目配せすると、すぐにその人が出て行った。取りに行ったってことかな。

 

「夕食の準備までに……。リタさんに確認しておきたいことがあるんだ」

「ん?」

「君は本当に、他の星から来ているのかな?」

 

 事実確認、かな。私自身は間違いないと思ってる、というより違ったら転移の魔法がまともに発動しないから間違いないはずなんだけど、かといってそれをこの世界の人に言っても無駄だというのは分かってる。

 でも、この世界の科学技術とやらで証明することもまた難しい、はず。アンドロメダ銀河を観測することはできても、その細部までは分からないみたいだし。

 んー……。どうしたらいいんだろう?

 

「何が証拠になる?」

「ふむ。そうだね……。それじゃあ、シャボン玉の魔法を見せてくれるかな?」

 

 なんでそれ、と思ったけど、いい選択なのかも。

 私がこの部屋に来て、ずっと誰かが側にいた。だから部屋に何かを仕込むことはできない。小さい炎を出すとかだと私が服の中に何かを仕込んでるかもしれないけど、部屋中にシャボン玉を出す魔法ならそれも難しい。

 魔法の確認なら、確かに一番無難なのかもしれないね。

 

 私は杖を手に持つと、術式を展開した。この程度の魔法なら別に杖なんてなくてもいいんだけど、まあ気分の問題ってやつだ。魔女らしく、なんてね。

 すぐに部屋中が色とりどりのシャボン玉で埋め尽くされる。橋本さんも案内してくれた人たちも、目を瞠って驚いていた。

 橋本さんが手を伸ばしてシャボン玉に触れる。今回は特にシャボン玉を保護するようなことはしてないから、あっさりと割れてしまった。

 

「これは……。なるほど、本当にシャボン玉なのか……」

「むしろ他の何かに見えるの?」

 

 正真正銘のシャボン玉だよ。ちいちゃんお墨付きだよ。気に入ってくれてるみたいで、たまに頼まれて使ってあげてるから。

 




壁|w・)当たり前ですが架空の首相さんです。
こういう場合、首相なら敬語とかになるかなとも思いましたが、敬語ばかりだとキャラの区別がつきにくいのでこういう口調になりました。


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お寿司

「なるほど、魔法というのは事実みたいだね」

「ん。他の星、とかの証明にはならないけど」

「いや、十分だよ。ああ、十分だとも……」

 

 そう言って、橋本さんは疲れたように天を仰いだ。いや、本当に疲れてるねこれ。やっぱりお仕事大変なのかな。プレッシャーもすごいだろうし。

 

『リタちゃん。首相の疲れはそういうのじゃなくてな……』

 

「ん?」

 

『だいたいリタちゃん由来やねん』

『本当に大騒ぎだったから』

『たちの悪い冗談とか、そっちの方がまだ楽だったんじゃないかなあ』

 

「あー……」

 

 うん。本当に、私のせいですごく大変だったらしい。具体的に何があったのかまでは分からないけど、これはやっぱり私のせいかな。

 

「ごめんなさい」

 

 謝っておくと、橋本さんは慌てたように視線を戻して、手を振ってきた。

 

「いやいや! 君が気にすることじゃない! むしろ私としては、日本に来てくれてありがとうと言いたいよ」

「そういうもの?」

「そういうものさ」

 

 そう言うなら、私もこれ以上は気にしないでおこう。気にしたところで、私には分からないし。

 そこまで話したところで、夕食が運ばれてきた。

 テーブルに並べられたのは、お盆みたいな……。そう、確か寿司桶だ。大きめの寿司桶に、たくさんのお寿司が並んでる。

 

 お寿司。これも師匠がチャレンジして、そして一回で諦めてしまったやつだ。川魚でやるものじゃないって後悔していたのをよく覚えてる。

 これが、ちゃんとしたお寿司。

 

「目の前で握ってもらうようにしようかと思ったんだけどね。まずは二人で話をしたいと思って、こうして持ってきてもらったんだ」

「へえ……。一応聞くけど、これってお寿司、だよね」

「ああ、そうだよ」

 

『日本人のソウルフード、寿司!』

『は? ソウルフードは味噌汁だろうが』

『あ? お茶漬けだろ何言ってんの?』

『バカヤロウ! 日本で独自の発展を遂げたカレーライスこそソウルフードにふさわしい!』

『はあ!? やんのかこら!』

『すっぞこらあ!』

 

「…………。そうるふーどかっこわらい」

「んふっ……」

 

 あ、橋本さんが噴き出した。口を押さえて笑いをこらえてる。

 コメントを確認するとこれがいいとかあれがいいとか流れていたから、とりあえず無視することにする。聞いていたところで無意味だよこれ。

 

 今はそれよりもお寿司だ。師匠が作った失敗作じゃない。もちろん私はその失敗作も美味しかったんだけど、カレーライスとかを思い出すと、こっちの方がずっと美味しいっていうのは想像できる。だから、とても楽しみだ。

 お箸を手に持って、お寿司を選ぶ。違いが分からないから、最初に目に入ったものを。少し赤っぽいピンク色のお魚だ。橋本さん曰く、サーモンらしい。

 

「こちらの醤油に少しつけてからお召し上がりください」

 

 案内してくれた人が小皿を渡してくれた。黒い液体が入ってる。醤油、らしい。ちょんちょんと少しだけつけて、口に入れた。

 

「おー……」

 

 師匠の失敗作とは全然違う。そもそも師匠が作ったものは、もしものためにと焼き魚を使っていた。でもこれは、生だ。生魚だ。本当に生のまま食べるんだね。びっくりだけど、ちょっとだけ感動。

 ご飯は固く握られてるわけじゃなくて、噛むと簡単に口の上でばらけていく。お魚も厚めに切られていて、すごく濃厚な味わいだ。ちょっとだけこってりしてる気がするけど。

 でも、うん。

 

「すごく美味しい」

 

 いや、本当に。すごく、すごく美味しい。

 

『見た目だけでもうまそうだしなあ……』

『絶対高いやつだぞこれ。一皿二百円とかじゃない。一貫千円とか、そんなやつ』

『リタちゃん、その一口でカツカレー食べられるよ』

 

「え」

 

 え。まってなにそれ。いや、確かに美味しいけど、そんなにするの……!? 確かにこれは高級料理だ。怖い。

 

「こ、このなんだかてかてかしてるのは……?」

 

『リタちゃんがびびってるw』

『寿司にびびる魔女』

『サーモンにびびる魔女』

『魚にびびる魔女』

 

 そう言われるとすごく情けない感じになるね。よ、よし。お寿司は高級。でもこれは、偉い人のお金。おごり。私は味わえばいいだけ。ふふん。そう思うと、気が楽だね!

 

「もぐ……。うわ、すごい、お魚がとろける……。すごく濃厚。なにこれすごい……」

「ははは。大トロだからね。正直私のような年になると少し重たいけど、リタさんなら美味しく食べられるはずだよ」

「ん……? ああ、年を取るとこってりしたものが辛くなるらしいね」

 

 そのあたり人族は大変だなと思う。私はまだまだ遠い話だ。

 

『ちなみにリタちゃん。大トロってサーモンよりとても高い』

 

「え」

 

『高級寿司の値段とか知らんけど、サーモンの倍はするんじゃないかな』

 

 ええ……。なにそれこわい……。本当に、お寿司って高級なんだね……。

 いやでも、本当に美味しい。高級なのもよく分かる。高いものには相応の価値があるってことだね。それはまあ、納得できる。

 その後もたくさんのお寿司を食べた。遠慮無く。それはもう、遠慮無く。橋本さんが食べ終わっても食べ続けた。だって美味しいから。偉い人ならお金いっぱい持ってそうだし。

 

「あとおみやげに少し欲しいです」

「ははは……。用意させておくよ」

 

 苦笑いの橋本さん。さすがに少しだけ申し訳なく思うけど、許してほしい。食べる機会なんて滅多になさそうだしね。

 

『すごいな……。五十皿分は食べてるのでは……?』

『リタちゃんって小柄なのにマジで健啖家だよな』

『いっぱい食べる君が好き』

『少し……黙ろうか……』

 

 やっぱり食べ過ぎたのかな。いや、でも、今更だよね。うん。気にしないでいこう。

 

「それじゃあ、少し話をさせてもらえるかな」

「ん。どうぞ」

 

 食後のお茶を飲みながら、橋本さんの話を聞く。あ、これが熱いお茶なんだね。少し苦いけど、これはこれで悪くないかも。

 

「探してほしい人物の情報だけど、もう一度お願いできるかな?」

「ん。橋本さんに言っていいの?」

「ああ。担当の者は配信で聞いているからね」

 

『マジかよ』

『国の偉い人が見てる配信』

『外国の偉い人も見てるみたいだけど』

『そう考えるとやべえ配信だなこれw』

 

 私は外国のことはどうでもいいけど。日本語しか分からないから。

 




壁|w・)なお、お師匠さんはそもそもとして酢飯の作成にも失敗しているので、ただの焼き魚を載せた、なんかお酢っぽい、でも明らかに違う水がまぜられたご飯、になってます。


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夜景

「ん。名前は、コウタ。漢字も分からないし名字も不明。亡くなった時期は、心桜島の計画が発表されてから、開発が始まるまでの間。これぐらい」

「なるほど。分かった、それで調べさせよう」

「よろしく」

 

 どこまで調べられるのか、私には分からないけど。でも私よりはきっと調べられるはず。

 さて。私にとっては、むしろここからが本題、かな。

 

「それで、橋本さんは私に何を望むの?」

 

 ただでやってくれるとはさすがに思ってない。日本は人口がすごく多いって聞いてるし、そこから探すとなるとすごく大変な作業っていうのは理解できる。

 だから、その対価を考えると、何か無茶ぶりがあっても……。

 

「そうだね。特には無いかな」

「え」

 

 あ、あれ? ないの? もっとこう、魔法を教えろ、とか、便利な道具をよこせ、とか言われると思ってたんだけど。

 私の困惑が伝わったのか、橋本さんは笑いながら首を振った。

 

「私もファンタジーは大好きだけどね。かといって魔法を教えてもらうとなると、あまりにリスクが大きい。その知識を巡って戦争が起きる、なんてこともあり得るかもしれない」

「お、おお……」

 

『大げさやな』

『いや、わりとそうでもないだろ』

『あれ? じゃあ、その、ちいちゃんまずいのでは……?』

『あの子は楽しい魔法しか教わってないからギリセーフ、と信じたい』

 

 ちいちゃんに教えちゃったのは、考え無しすぎたかな。あの子については私の方で何か考えよう。

 それにしても。

 

「本当にいいの? 何もしなくて」

「ああ。もちろんだよ。強いて言うなら、今後も配信を続けてほしいぐらいだね。あとは、時折こうして話し合いの場を設けてもらえたらと思っているよ」

「ん。まあ、それぐらいなら」

 

 今日みたいにご飯をもらえるなら、私としても問題ない。あまり頻繁にやりたくはないけどね。

 その後は本当に特に要望も言われることもなく、少しだけ今までの日本の感想を聞かれただけで解散になった。指定の場所まで送ろうかと言われたけど、それは断っておいた。面倒だし。

 

 

 

「というわけで、真美。もらった」

「う、うん……」

 

 帰り際にすごくいいものをもらっちゃった。お寿司のお土産もそうだけど、それ以上に。

 なんと、スマホだ! スマートフォンだ! すごい!

 なんだか妙に優しげな笑顔の真美とお目々をきらきらさせてるちいちゃんへスマホを掲げて、私は言った。

 

「ててーん」

「何言ってるのリタちゃん?」

 

『ててーんwww』

『何の効果音だよw』

『ちいちゃんはちいちゃんでお箸を掲げて真似してるしw』

『あああリタちゃんもちいちゃんもかわいいよおおお!』

『まずいぞ錯乱兵だ! 衛生兵! 衛生兵!』

『衛生兵はお前だろうが!』

 

 なんかコメントでコントが始まってるけど、気にしないでおこう。

 スマホだよ。すごいよね。これ一つで遠くの人とお話しできるんだって。科学って魔法よりすごいのでは?

 

「科学ってすごい」

「うん。リタちゃん。魔法でもできるんじゃないの? こう、念話とか、ないの?」

「あるけど、相手のことを知らないと使えないよ。数字だけで顔の知らない相手とお話しできるなんて無理。しかもこれ、でまえ……? ご飯も注文できるって聞いた。すごい。えらい」

「リタちゃんがすごく興奮してるのは分かったよ」

 

『大興奮やな』

『見ててちょっと微笑ましい』

『おもちゃを与えられた子供みたいw』

 

 子供扱いはちょっと恥ずかしい。いやでも、だって、こう……。すごいから!

 

「当面の問題は、異世界側で使えないことだね」

「当たり前だけどね?」

「だからちょっと、通話できるような魔法を作ってみる」

「何言ってるの?」

 

『ついにスマホが銀河すらこえるのか』

『技術革新やな!』

『技術革新じゃない上に通話できるようになっても出前は頼めないぞ』

 

 通話だけでも十分だから。真美とかちいちゃんとかと帰ってからでもお話しできるって、夢があると思う。うん。やっぱりがんばって研究しよう。

 

「さて。明日の予定だけど」

 

『うわあ急に落ち着くな!』

『懐かしいネタやなあ……』

『次は東京とは違う場所かな?』

『大阪どう? たこ焼きとか手軽で美味しいぞ』

 

 まだ何も言ってないのに誘惑するのやめてほしいんだけど。

 正直なところ、ちょっと迷ってたんだよね。このまま日本のいろんなところに行くのも悪くないなと思ってたけど、でも異世界の街を見てみたいっていう人もいるし……。

 それに、ミレーユさんにも迷惑かけたし、謝りに行かないと。

 

「明日はちょっとミレーユさんに会ってくるよ」

「あ。じゃああっちの街に行くってことだね」

「ん」

 

『そういえば転移で街に送ったままだっけw』

『本来はリタちゃんのための依頼だったのになw』

『ミレーユさん、ギルマスさんになんて説明してんのかね』

 

 やめて。ちょっと、こう、お腹痛くなるから。

 いやほんと、かなり申し訳ないことをしたと思ってる。よくよく考えるとあれはひどかったかなって。ちゃんと謝らないと。

 

「怒られるかな……? すごく怒られるかな?」

「ど、どうだろう……?」

 

『びびりリタちゃん』

『いくらなんでもびびりすぎやろw』

『いうて向こうもある程度事情は知っとるんやし平気やろ』

 

 それだったらいいなあ……。理不尽に怒られたなら私も怒れるけど、依頼を投げ出しちゃったのは私だし。ギルマスさんも呆れてるかも。

 

「あー……」

「そんなに嫌なら、えっと……。別の街に行くようにしたら……?」

「だめ。それは嫌なことから逃げてるだけ。ちゃんとごめんなさいする」

「ふふ。そっか」

「ん」

 

『リタちゃん、ええ子や』

『偉いなあ……』

『なお実年齢不詳』

『やめたれ』

 

 いや、うん。だからこそだよ。うん。

 とりあえず、そろそろ帰って……。

 

「あ、リタちゃん」

「ん?」

「せっかく夜だし、夜景でもどう?」

「あ」

 

 そうだそうだった! 日本の夜はきらきらしてて綺麗なんだよね。是非とも見てみたい。

 真美に案内されて、私が最初来た時に入ってきたベランダへ。ベランダに出て、外の景色を眺める。

 

「おー……」

 

 民家の明かりがたくさんある。なるほど、これはまあなかなか……。

 

「東京とかならもっとすごいんだけどね」

「ん……。よし行こう」

「え」

 

 真美の手を取って、転移。転移先は東京のビル。なんとかツリーのてっぺんだ。わりと分かりやすいから転移にちょうどよかった。

 

「わ、わわ……!?」

 

 急に転移したためか、真美がびっくりしてる。周囲を軽く見回して、足下を確認して、ひっと短い悲鳴をあげてしがみついてきた。

 

「りりりりたちゃんここどこどこここ!?」

 

『たかいたかいたかいたかい』

『高所恐怖症のワイ、無事死亡』

『よかったな、天国が近いぞ。成仏しろ』

『助けてやれよw』

 

 ん。急に転移はだめだったみたい。せめて行き場所は教えた方がよかったかな。

 真美に魔法をかけて、と……。

 

「これで大丈夫。落ちたとしても、浮く」

「ほ、本当に?」

「ん」

 

 しっかり頷いてあげると、納得したのか私から離れた。それでも高いところが苦手なのか、私の手は繋いだままだ。別に私はいいけどね。

 

「わあ……。すごい。絶景」

「ん。本当にすごい」

 

 空の星は見えないけど、代わりに地上に星がたくさんある。それも数え切れないほどたくさんの。これら全てを人間が灯してると思うと、科学って魔法よりもずっとすごいと思う。

 魔法は、術者しか使えない。魔道具なんてものもあったりするけど、それでも魔法よりも劣ってしまうし、数が限られる。

 でも、科学は違う。最低限の使い方さえ分かれば、こうしてたくさんの人が使うことができる。すごいことだよ、これ。

 個人の魔法、全体の科学、みたいな感じかな。

 

「リタちゃん、連れてきてくれてありがとう。ここは普通はまず入れない場所だから、すごく感動しちゃった」

「怖がってたのに?」

「それは言わないで。怖いで言えば今も怖いから」

 

 そうだろうね。絶対に手を離そうとしないし。私は別にいいんだけど。

 

『てえてえ?』

『てえてえ』

『なんでもかんでも、そういうのに結びつけるのは良くないと思う』

『この二人、ふっつーに友達だろ』

『残念』

 

 何が残念なのやら。

 

 

 

 夜景に満足して真美の家に戻ると、一人置いていかれたちいちゃんが頬を膨らませて拗ねていた。

 いや、うん。ごめん。本当にごめん。今度はちいちゃんも一緒に行こうね……。

 




壁|w・)ここまでが第三話、です。
お寿司のおみやげは真美とちいちゃんが美味しくいただいて、精霊様もちゃんと食べました。

途中で切ると中途半端になるので今回は少し長くなりました。
ペース調整のため、次話から何度か短くなります。ご了承ください……。


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久しぶりの投げ菓子

 

 起床。家を出て、あくびをして、配信を開始。

 

「お菓子なくなった。ください」

 

『おはよう』

『挨拶ぐらいしようぜw』

『お菓子だな、まかせろ!』

 

 打てば響く、みたいな返答。とても助かる。朝ご飯ができるよ。

 少し待つと、私の目の前にたくさんのお菓子が並び始める。今日は和菓子よりもスナック系が多い。美味しいからこれも好き。

 

『まってまってこれ何が起きてんの!?』

『これが噂の投げ菓子ってやつ?』

『どうやんの? 俺もやりたい』

『そういえば例の一件からご新規さんが激増してんだよな』

『そろそろまた魔法陣出したら?』

 

「ん……。そうだね。そうする」

 

 あちら側で私の配信を見る時にどうやって見るのか、実は私はあまり知らない。ただ投げ菓子用の魔法陣は、私が見せたのを、きゃぷちゃ? なんか、そんなやつ。それで印刷するんだとか。

 ちなみに印刷方法を視聴者さんに教えたのは師匠であって私じゃない。私はむしろ分からないから、分からない時はあちらで相談しあってほしい。

 杖を持って、杖の先に魔法陣を表示させる。それを光球に向ける。

 

「この魔法陣をどうにかして紙に出して。ちなみに手書きはまず無理だと思うから、印刷ってやつをちゃんとしてね。その上で、私が魔法陣に魔力を流すと、魔法陣の上のお菓子が回収される」

 

『なるほど理解』

『ただし原理がまったく分からない』

『そんなん言い始めたら魔法が意味不明だ』

『それもそうだな!』

 

 それで納得するんだね。

 スナック菓子の袋を開けながら待っていると、菓子がまた増え始めて……、

 

「いやまってまって! 多い多い! 終了! 終了!」

 

 すごい量になってるんだけど! 一瞬ですごい量になったんだけど! え、え、なにこれ!?

 こんもりと山になってる。数えるだけでも億劫だ。とりあえずアイテムボックスの中に突っ込んでおこうかな……。

 

「でもなんで急に増えるの?」

 

『マジで言ってる?』

『視聴者数が激増した上に魔法陣を出して全員に行き渡らせた。じゃあとりあえず試してみよう、と思うのが人情』

 

「そんな人情捨ててしまえ」

 

『ひどいwww』

 

 食べ物用に作った亜空間内は開いてる時以外は停止してるから、とりあえず腐ることはないはずだけど……。それにしても、消費するのが大変だ。

 

「もう少し何か考えた方がいいかな……」

 

『まあそれは確かに』

『正直あの量はちょっと引いた』

『リタちゃんのお家の天井に届く量だったからなw』

 

 気持ちはとても嬉しいんだけどね。本当に。

 

 

 

 今日はこちら側でお出かけするから、精霊様にお菓子を押しつけ……、もとい、挨拶に来た。

 

「リタ。何か今、変なこと考えていませんでしたか?」

「気のせい。すごく量が増えたお菓子を少し押しつけようとか思ってない」

「リタ!?」

 

『リタちゃんwww』

『正直なのはいいことだけどw』

『まあまあ、精霊様も食べてくださいよ……へへへ……』

『怪しすぎて草』

 

 何か毒でも入れてそうな言い方だね。

 実際は毒とか入れていた場合、魔法陣が弾くから私のところには届かないらしいけど。

 

「冗談は置いといて。ちょっと近くの街に行ってくる」

「分かりました。ミレーユという者に会いに行くのでしょうか?」

「ん。そう。……え? もしかして、関わるのはまずい人?」

「いえ。大丈夫ですよ」

 

 良かった。安心した。そんなに改めて聞かれると、関わり合いになるなとか言われるかと思ったよ。私が気付かなかったことがあったのかもって。

 問題ないのなら、このまま会いに行こう。もう空を飛ぶ必要もないだろうし、門番の人に気付かれない程度に転移で近づけばいい。

 精霊様に手を振って、一度森の出入り口へ転移。相変わらずとても静かな場所だ。

 

「それじゃ、街の上空に転移するよ。それとも空の景色を見たい人とかいる?」

 

『俺見たいかも』

『暇だからなあ、あの時間。それならさっさと行ってほしい』

『どっちでもいいよ。リタちゃんのしたいように』

 

 んー……。コメントの比率は均等だね。それじゃあ、やっぱり転移かな。私としてはそっちの方が楽だから。

 転移して、街の上空へ。今回は北門から入ろうと思う。こっちは並ぶとかを考えなくていいからね。今も、門はあるけど閉まっていて、兵士さんが見張ってるだけだ。

 ミレーユさんと出た時は、北門から出発した。戻るのもここからで大丈夫なはず。

 ちなみに、北門は精霊の森に向かう人のためにある門で、ここから入るためには北門から出発したという記録が必要なんだとか。ミレーユさんから教えてもらった。

 




壁|w・)今回のお菓子の具体的な量。一般的なコンビニを思い浮かべてください。そこにお菓子が隙間なく詰まってると思ってください。多分それぐらい。


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串のお肉

 上空からゆっくりと下りていく。門の前でぼんやりしていた兵士さんは、私に気がつくと慌てたように直立した。

 

「お待ちしておりました!」

「え」

 

 なんか、待たれてたみたい。なんで?

 

『ミレーユさんの手回しでは?』

『むしろそれしか考えられない』

『ミレーユ有能』

 

 私としては意味が分からないんだけど。守護者だっていうのは、あまり広めてほしくないんだけど……。広めちゃったのかな?

 

「あの」

「はっ!」

「私のこと、何か聞いてる?」

「いえ。ただ、魔女の称号が与えられることが確定している、とだけ聞いています」

「そ、そうなんだ……」

 

 確定、なんだ。依頼は失敗してなくても、一緒に帰らなかったから怒られると思ったんだけど。もらえるならもらいたいけどね。

 こう、かっこいい称号とかほしいし。

 

「私も二つ名、もらえるのかな?」

「おそらく間違いなくもらえるかと」

「んー……。ミレーユさんの灼炎ってかっこいいよね」

「格好いいですねえ……」

 

 うんうん。この兵士さんは話が分かる! 視聴者さんは理解してくれる人の方が少ないんだよ。なんか、ちゅうにとかなんとか。

 やっぱり視聴者さんの方がおかしいよね。間違いない。

 

『なんかごめんなリタちゃん……』

『いや俺らもかっこいいとは思うんだよ? でもなあ……』

『いいのか!? 俺のこの封印をといて……! 俺が右腕の封印をといた時、貴様らは……!』

『やめろおおお!』

『香ばしいコメント流してんじゃねえ!』

 

 視聴者さんはいつも通りだね。たまに意味が分からないっていう意味で。

 不思議そうに私を待ってくれている兵士さん。咳払いして、話を再開だ。

 

「ごめんなさい。それじゃあ、通っていい?」

「はっ! もちろんです! どうぞお通りください!」

「ありがと」

 

 門を開けてもらったので、そのまま通る。普段は締め切ってる門のためか、こっちの門は人が少なめだ。分厚い門だし、閉めてる間は安心なのかな。

 北門側は比較的静かな区画だ。商店とかは少なくて、住宅の方が多いらしい。商人さんとしても、他の門に近い方が売りやすいのかな。

 でももちろん何もないわけじゃない。屋台で串焼き肉を売ってる人もいるから。

 

「これください」

「まいど!」

 

『リタちゃんw』

『ふらふらっと寄っていったなw』

『美味しそうだけどw』

 

 熱された鉄板で焼いてるだけなのに、すごく美味しそう。じゅうじゅうとした音が、なんかすごく、いい。

 お金を渡して、軽く塩を振られた串焼き肉をもらう。一口大の大きさのお肉が四個もささってる。とってもお買い得。

 

『値段的にどうだったの?』

『銅貨を渡してるのは見えたけど』

『美味しそうだけど、高そう』

 

 高いか安いか。んー……。

 

「分からない」

 

『え』

『ちょwww』

『わからないんかいw』

 

「ん。あまり買い物しないから」

 

 だいたいは森の中での自給自足だからね。足りないものがあったら精霊様が作ってくれたりするし。だから街での買い物なんて必要なかったから、相場っていうのはよく分からない。お金も師匠が残してくれたものだから、価値なんて分からないし。

 でも私がお金を持っていても仕方ないし。持ってるお金はどんどん使っていきたいところ。

 それよりも、私としてはお肉の方が気になる。

 大きく口を開いて、お肉をかじる。一口大とは言ったけど、私の口には入りきらなかった。

 

『ちっちゃいお口かわいい』

『リタちゃんちっちゃくてかわいい』

『クールだけどちっちゃくてかわいい』

 

「ケンカ売ってるの?」

 

 ちっちゃいちっちゃい言うな。少し気にしてるんだから。

 お肉は何のお肉なのかな。すごく柔らかい、とはさすがに言えないけど、でも食べられないほどじゃない。塩がしっかりきいていて悪くない、かな。

 

「でもちょっと、物足りない味」

 

『まあ住宅立地だから安価なものを売ってるだろうしな』

『見た目はすごく美味しそうだったけど』

『リタちゃんは日本の料理で舌が肥えてしまったのでは?』

 

 それはまあ、否定できない。いやでも、これも悪くはないよ。うん。

 お肉を食べながら歩いて、全部食べ終わった頃にギルドにたどり着いた。

 扉を開けて中に入ると、中の人が一斉に私に視線を向けてきた。

 

『ひぇっ』

『なんかこわいw』

『みんなじっとこっちを見てるぞ』

『リタちゃん何をしたんだ!』

 

「いや何もしてないけど……。してないよね?」

 

 すごく不安になることを言わないでほしいなあ。

 




壁|w・)お肉しか食ってない……。


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ランク確定

「おお、なんだ嬢ちゃん、遅かったな」

 

 私にそう声をかけてきたのは、このギルドに来た時に話しかけてきたおじさんだ。

 

「灼炎の嬢ちゃんから聞いてるぜ。とりあえずCランクから始めるらしいな」

「ん……?」

「Cランクって言えば、冒険者として一人前として見られるランクだよ。さすがは灼炎の嬢ちゃんが連れてきただけはあるな!」

「はあ……」

 

 やっぱりミレーユさんに報告を任せたのが悪かったかな。できればAランクが欲しかったけど……。二つ名も欲しかった。かっこいいのが欲しかったな……。

 

『リタちゃんが露骨に残念そうなんだがw』

『おっさんとの温度差よ』

『でもCか。なんだかんだ特別扱いされると思ってた』

『俺も』

 

 まあ仕方ないよね。特別扱いは他の人から反感を買うだろうし。うん、これでいいよ。うん。

 …………。Aランク、欲しかったなあ……。

 

『リタちゃん、元気出して』

『おっさんが困ってるから』

『リタちゃんが元気なくなったせいでおろおろしてるのおもしろい』

 

 そうだね。気を取り直そう。おじさんは何も悪くないんだし、困らせたくない。

 とりあえずミレーユさんに戻ってきたって報告しよう。受付の人に聞けばどこにいるか分かるかな?

 

「ごめんなさい。用事があるので行きます」

「お、おう……。よくわからんが元気出せよ」

「ん。ありがとう」

 

 おじさんから離れて、受付の方へ。受付の人は私の姿を認めると、何故か顔をこわばらせた。その反応はなんなの?

 

「お待ちしておりました、リタ様。ミレーユ様とギルドマスターがお待ちです。支部長室へどうぞ」

 

 支部長室。えっと、前回話し合いをした部屋かな。いやその部屋しか知らないし、違ったらその時に改めて探そう。

 階段を上って、三階の支部長室へ。ノックをするとすぐに、入りなさいという声が届いた。

 扉を開けて、中に入る。前回と同じ位置に、ミレーユさんとギルドマスターさんが座っていた。

 

「お帰りなさいませ、リタさん。お待ちしていましたわ」

「お帰りなさい。どうぞ」

 

 二人に促されて、ミレーユさんの隣に座る。どうしてか、二人とも表情が硬い。

 で、沈黙と。なにこの沈黙。静かすぎてちょっと困る。

 

『なんやろなこの空気』

『謎の緊張感』

『好き』

『変態はカエレ!』

 

 なんだろうねこれ。何を待ってるんだろう私は。

 少しの間じっと待つと、ギルドマスターさんが先に動いた。

 

「まずは謝罪を。あなたが、かの守護者様とは思いもせず……」

 

 ああ……。ミレーユさんから聞いたんだね。それでそんな変な沈黙を……。

 

「こちら、Sランクのギルドカードです」

 

 そう言って、金色のカードを渡してきた。さっきと話が違うような気がする。Cランクじゃなかったっけ?

 

「Cランクじゃないの?」

「他の冒険者から聞きましたか。最初にSランクにすると妙な軋轢を生みかねませんから。なのでCランクとさせていただきましたが、ギルドの職員には真実を伝えてあります。Sランクの依頼も問題なく受けることができます」

「おー……。それはすごく嬉しい、です。ところで」

「はい」

「なんで敬語なの?」

「…………」

 

 あ、ギルドマスターさんの頬がおもいっきり引きつった。

 

『やめたげてよお!』

『平民とかかと思って話していたら上司よりやばい人だったでござる』

『ギルドマスターさんの胃が心配』

 

 ん。だめらしい。でも私としては普段通りがいいなあ。

 そう言うと、ギルドマスターさんは安堵のため息をついた。

 

「そう言ってもらえると助かるわ。精霊の森の守護者だったって聞いて、正直生きた心地がしなかったから」

「なんで?」

「だって、あなたの意思一つで世界の魔力の流れを変えられるでしょう? この周辺に流す魔力を減らされると、農作物が育たなくなるから」

 

 まって。いやいやちょっと待って本当に待って。

 

『マジかよリタちゃん最低だな』

『幻滅しました。リタちゃんのファンやめます』

『リタちゃんだけはそんなことしないと信じてたのに……!』

 

「いや本当に私知らないから。何その不思議能力。聞いてるだけでやばいって分かるよ」

 

 小声でそう言っておく。本当に知らないからそんな能力。

 それとももしかして、私が知らないだけだったりするのかな……?

 

「そういうことはしないです」

「そ、そう? それなら安心したわ」

 

 分かってもらえた、でいいんだよね?

 分かってもらえたなら、このカードは一度返却かな。守護者だからの特別扱いみたいだし。

 

「このカードはどうしよう? 私は、Cランクからでもいいよ?」

「それはそのままでいいわ。実力は申し分ないもの」

 

 というわけで、私のランクはSで確定ということで。でも他の冒険者さんと話す時はCランクということに、ということになった。

 ちょっと分かりにくいけど、私も他の冒険者さんに恨まれたりしたくないから、そっちの方が助かるね。

 




壁|w・)ちなみにギルドマスターさんが言っている能力は、守護者の能力というより精霊様の能力です。守護者がここやべえとか言おうものなら精霊様が動く。ただそれだけ。


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リタの二つ名

「話は決まりましたわね!」

 

 そこで今まで黙っていたミレーユさんが声を張り上げた。なんだかすごくわくわくしてるように見える。続きを待っていると、ミレーユさんが叫んだ。

 

「リタさんの二つ名を考えますわよ!」

「そうね。考えましょう」

「え」

 

『ついにリタちゃんにも二つ名と称号が……!』

『やべえわくわくしてきた!』

『てか二つ名って自称なのかよw』

 

 私としてもそれがびっくりだよ。てっきり誰かからの評価で呼ばれるようになるとか、そんな感じで思ってたし。

 

「二つ名って自分で考えるの?」

 

 そう聞いてみると、ミレーユさんは少しだけ呆れたような顔になった。

 

「だってリタさん、誰かに評価されるほど活動していないでしょう」

「…………」

 

『ですよねー!』

『今のところ精霊の森の調査しかしてないからな!』

『しかも報告はミレーユさん任せだったから実質何もしてないw』

 

 改めて言われると、だめだめだね。ただ、その、自称となるとちょっと恥ずかしい。誰かから呼ばれるようになった、とかはかっこいいって思えるけど、自称って……。

 

「まずはわたくしから提案ですわ!」

「ど、どうぞ……?」

「殲滅の魔女!」

「まって」

 

 なんで殲滅とかそんなのが出てくるの!? 殲滅なんて連想されるようなことしてないはずなんだけど……。

 

「だってリタさん、精霊の森の上空を飛んでいた時、ワイバーンを次々に撃ち落としていたらしいじゃありませんか。精霊様が教えてくれましたわ」

「何やってるの精霊様……」

 

 話しちゃだめとは言わないけど、話す必要もなかったと思うよ。むしろちょっと暴走してたと今なら思うから、黙っておいてほしかったぐらい。

 

『バーサーカーリタちゃん』

『はえー。そんなことなってたんやな』

『ぶっちゃけ早すぎてよく見えんかった』

 

 わりと遠慮無くやってたから、見えなくてよかったと思うよ。

 

「精霊様は娘を自慢するような感じでしたわ」

「あ、そう、なんだ……。うん……」

 

『てれてれリタちゃん』

『てれリタかわいい』

『ただしやったことは虐殺である』

 

 いや、うん。それを言われると微妙な気分になる。でもちょっと嬉しかったりもする。

 その後も色々と候補が出てきた。エルフで長く生きるだろうから悠久とか、私が特定の魔法の研究をしてると言ったら探求とか……。でもどうにも、二人の間でしっくりくるものはなかったみたいで、まだ話してる。

 そろそろ一時間かな。正直、私は面倒になりつつある。

 

「森に帰りたい……」

 

 私がそうつぶやくと、ミレーユさんがなるほどと手を叩いた。

 

「これですわ!」

「次はなに……?」

「隠遁、ですわ!」

 

 いんとん。隠遁。んー……。

 

「じゃあもうそれで」

 

『これは本当にめんどくさくなってるやつw』

『完全にリタちゃん置いてけぼりで話進んでたからなw』

『でもなんで隠遁?』

 

 あ、それは確かに私も気になる。

 ミレーユさんに聞いてみると、にっこり笑顔で理由を明かされた。

 

「だってリタさん、普段は森に引きこもっているでしょう?」

「…………」

 

『ひきこもりwww』

『現地人からも引きこもり判定w』

『草ァ!』

 

 やめろ。やめて。いや、いや、え、あ、うん……。

 えー……。

 さすがにその理由はちょっとやだな、と思ってしまう。もうちょっと変えよう、と言おうとしたところで、

 

「隠遁ね。隠遁の魔女。あまり表に出ない魔女としてはなかなかいいのではないかしら」

「我ながら名案ですわ! 決定ですわね!」

 

 うん。もう、いいや。

 

『リタちゃんが達観した……w』

『まあしゃーない』

『引きこもりは事実だしな!』

 

 追い打ちやめてくれないかなあ……。

 とりあえず隠遁の魔女で決定、ということで。これが日頃の行いってやつなのかな。いやこれが理由だと守護者は全員この二つ名になりそうだけど。

 引きこもり。引きこもりかあ……。わりと出かけてるんだけどね。日本には、だけど。

 

『異世界側から見るとずっと森にいるのと大差ないのでは』

『出かけた先も真美ちゃんの家が多いしな』

『やはり引きこもり……!』

 

 そろそろ怒るよ?

 




壁|w・)いろいろ悩みましたが、リタの二つ名は『隠遁(いんとん)』になりました。
引きこもりだからね、仕方ないね。
日本には行ってると言い張ってますが、それも片手の指で数えられる回数だから……。


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魔獣の評価基準(リタばーじょん)

「さて、それでは隠遁の魔女殿に依頼があるわ」

「ん……? いきなりだね……?」

「ええ。今後のためにも、分かりやすい実績が欲しいのよ」

 

 精霊の森の調査でも実績としては十分だけど、いまいちすごさが分からないのだとか。特に内容のせいで。調査結果、つまり守護者の魔法の研究はあまり表に出せないらしい。

 多分これ、私に配慮してくれた結果なんだと思う。ちょっぴり申し訳ない。

 

「内容によるけど、なに?」

「ええ。今度の依頼はSランクのものよ」

「Sランク……。ごめん今更だけど依頼のランクづけの基準が分からない」

「それならわたくしが説明しますわ!」

 

 静かになっていたミレーユさんがいきなり叫んだ。退屈だったのかも。

 ミレーユさんの話では、それぞれのランクの依頼はそのランクの冒険者がパーティを組んで取り組むものらしい。SランクならSランクのパーティで、AランクならAランクのパーティで、みたいな感じかな。

 

『てことは、Sランクの依頼ってかなり危険なのでは?』

『最高ランクがパーティを組んで取り組むってだけでやばそう』

『リタちゃん大丈夫? 無理したらだめだよ?』

 

 心配してもらえるのはとても嬉しい。内容次第、だね。

 

「内容は?」

「精霊の森の生態調査よ」

 

 みんな精霊の森に興味津々なの?

 でも、少し気になる。生態調査をして何をするつもりなんだろうね。もしかして伐採とか、そういうのをしようと思ってるのかな?

 

「目的は? 手を出すつもりなら許さないけど」

「もちろんそのつもりはないわ! むしろその逆よ!」

 

 少し睨みながら言うと、ギルドマスターさんは慌てたように手を振った。

 

「守護者の話が伝説として扱われているように、精霊の森の危険度も言い伝え程度のものとして扱われつつあるのよ。だからこそ、改めて危険度を周知させるためにも、こんなに危ない魔獣がいる、というのを教えてほしいの」

「んー……。まあそれならいいけど。対策が無駄な魔獣もいるし」

 

 対策のしようがない、とも言うけど。詳しくは言わないけど。

 とりあえず、私のSランクとしての最初の仕事は、精霊の森の生態調査になった。正直、自分の住んでる森の調査とか、意味分からないけどね。

 

「助手ついでにミレーユも連れて行って。Sランクの依頼はSランクの冒険者を最低二人にしないといけないから」

「ん。わかった。よろしくミレーユさん」

「正直気が乗りませんわ……」

 

 相変わらずミレーユさんは怖がってる。一度行ったのに……、あ、でも世界樹と私のお家に入っただけだったね。じゃあ次で体験すればいいよ。

 

「それじゃ、早速行く? 今更だし転移で行くよ」

「そうですわね……。でもせめて街の外に出ましょう。不審がられますわ」

 

 なるほど、それもそうか。

 ギルドマスターさんに挨拶して、ギルドを出る。私とミレーユさんが一緒に一階に戻ると、どうしてかみんなの視線が突き刺さった。敵意とかは感じないけど、これは困惑、かな?

 

『CランクのリタちゃんがSランクと出てきたらやっぱり注目はされんじゃない?』

『もしかしたらパーティに誘ってくれようとしたのかも』

『あのおっさんとかなw』

 

 んー……。そうかも。おじさんを探すと、視線が合った。苦笑してる。

 

「灼炎の魔女さん。嬢ちゃんの研修か何かですかい?」

 

 おじさんがミレーユさんに聞いて、ミレーユさんは笑顔で頷いた。

 

「ええ、そうですわ。わたくしの関係者なので、わたくしが教えることにしたのですわ」

「なるほど。あんたなら安心ですわ。嬢ちゃん、がんばれよ」

 

 後半は私に向けての言葉だったので、とりあえず頷いておいた。

 

 

 

 街を出て、転移して精霊の森の側へ。転移なら一瞬だからとても楽だ。

 

「調査ってどうやるの?」

「リタさんが思いつく限りのことを話してくださればいいですわ。こちらでまとめますから」

「んー……。じゃあ、お家でやる?」

「できれば実際に見てみたいのですが……」

「ん。了解」

 

 それじゃ、さくさくっとやっていこう。

 

 

 

「フォレストウルフ。森の外にもいるらしいね」

「サイズが違いすぎますわ! でっかいですわ!」

「食べるとちょっとまずい」

「食べる!?」

 

「サンドワーム。でっかいミミズ。地中からいきなり食いにくるから気をつけてね」

「人間なんて丸呑みじゃないですの……。リタさんはよく平気で捕獲してますわね……」

「食べるとわりとおいしい」

「なん……ですって……!?」

 

「おなじみワイバーン。炎はいたり電撃落としたり風の刃を起こしたりするよ」

「待ってくださいまし。よく見るとこれも大きいですわ。外のドラゴンぐらいあるじゃありませんの。というより攻撃方法が多彩すぎません? え? ドラゴンより強くありません?」

「食べるとすごく美味しい」

「あなたもしかして評価基準に味が入ってません!?」

 

『数十種類の魔獣を一緒に見てきたけど……その……なんだ……』

『食べた時の感想が必ず入ってるのにちょっと狂気を感じた……』

『弱肉強食の世界ってこういうことなんやなって』

 




壁|w・)美味しいか不味いか、それが問題だ(by師匠)


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ゴンちゃん

 

 日もすっかり傾いて、森の中はとても薄暗くなった。ミレーユさんにもだいたいの魔獣を伝えられたと思う。ミレーユさんはやつれてるけど、仕方ない。

 

「想像以上に人外魔境ですわ……」

「ん。貴重な薬草いっぱいだよ?」

「お金より命ですわ」

 

 そりゃそうだ。

 さて。そんなミレーユさんには悪いけど、次が本番だ。むしろ私が伝えたいのは、ここからだ。

 

「植物も危険なものがたくさん……」

「ミレーユさん。次に行くけど、本気で警告する」

「な、なんですの?」

「今から会う魔獣とは絶対に敵対しないで。助けられない」

 

 私がそう言うと、ミレーユさんはごくりと喉を鳴らした。

 私は人間の魔法使いの中でなら最強格だと、精霊様からお墨付きをもらってる。人間全体で見ても、魔法を封じられなければ負けることはない、と。勝てることもない相手もいるらしいけど。

 でも、それは人間の中での話。魔獣たちを含めると、少し変わってくる。

 

「私は精霊の森の守護者だけど、森で一番強いわけじゃない」

「そ、そうなんですの?」

「これから会う二体の魔獣は、私よりも明確に格上。勝てない。絶対に」

 

 ミレーユさんが顔を蒼白にしてしまった。脅しすぎたかもしれないけど、嘘は言ってない。その魔獣が暴れることがあれば、精霊様が自ら鎮圧に動くほどだ。

 もっとも、二体とも理知的で、仲が悪いってこともないから暴れることなんてまずないけど。

 

『多分あれだよなあ』

『あれは画面越しでもマジでやばい』

『まってまってすごく気になる、え、ほんとにやばいやつ?』

『トイレ行った方がいい?』

『ご新規さんは行っとけ。本気で』

『マジかよ』

 

 初めて配信で紹介した時は阿鼻叫喚だったよね。懐かしい。

 そう話してる間に到着。世界樹の西の地下空洞。そこでのんびり惰眠を貪る魔獣の王の一体。

 水の音だけが響く静かなその洞窟で、彼は今日も眠ってる。とても巨大なドラゴンが。

 

「な、なんですのこれ……!?」

 

 ミレーユさんもびっくりしてる。まあ、そうだよね。

 なにせこのドラゴン、目の大きさですら私たちより大きいから。

 うん。つまり、ドラゴンが目を開いた。

 

「おお……。久しいな、守護者殿。何用だ?」

 

 重く響くドラゴンの声。その声だけで威圧感がすごい。

 

「ん。ちょっと挨拶だけ。調子はどう?」

「問題ないとも。守護者殿も元気そうだ」

「ん」

「先代殿は元気か?」

「師匠は、その……。亡くなったって……」

「なんと……」

 

 ドラゴンが目を見開いて、そして静かに閉じた。短い黙祷の後、再び目を開く。

 

「残念だ。至極、残念だ。守護者殿、何かあれば、無理をする前に声をかけておくれ。必ず力になろう」

「ん。ありがとう」

 

 ドラゴンはにっこり笑って頷くと、また目を閉じた。そのまま動かなくなって、寝息だけが聞こえてくる。この子、基本的にずっと寝てるからね。何もしなければ無害だよ。

 

「あの……リタさん……」

「ん。とりあえず出よう」

 

 転移で地上、お家の前に戻る。戻った直後に、ミレーユさんはその場に座り込んでしまった。呼吸もすごく荒い。初めて会ったらこんなものだ。

 コメントは……まあ、ちょっとだけ阿鼻叫喚。叫んでる人も経験者がなだめてる感じだね。

 

「さっきのドラゴンは……なんですの?」

「原初のドラゴン。彼に種族名はない。全てのドラゴンの始まりであり、全てのドラゴンの頂点」

「なるほど……」

 

『テンプレっちゃテンプレだけど、現実にいるとなるとマジでやばすぎる』

『リタちゃんですら絶対に勝てないって言うぐらいだからな……』

『でもかっこよかった』

『それなwww』

 

 視聴者さんの立ち直りはわりと早い。直接見たわけじゃないから、かな?

 

「ちなみに名前がないって言ってたから私がつけてあげた」

「え?」

「ゴンちゃん。あの子の名前。名前をつけられるのは初めてだって喜んでくれた」

「ええ……」

 

 そんなにどん引きした顔をしないでほしいんだけどなあ。

 

『マジで喜んでたの?』

『マジだぞ。しっぽびったんびったんしてたから』

『暴れてると勘違いして精霊様が大慌てで駆けつけたからなw』

『なにそれ見たいw』

 

 あの時の精霊様は本気で慌ててたからね。事情を説明したらすごく呆れられたけど。そんな精霊様を見てゴンちゃんがさらに大笑いして地震が起きて。精霊様が本気で怒ってゴンちゃんが平謝りしていた。ちょっと楽しかったよ。

 

「で、もう一体いるわけだけど」

「も、もういいですわ! 十分ですわ!」

「ん……? でも生態調査なんだよね?」

「そ、そうですけれど!」

 

『もう逃げられないぞ(はぁと)』

『がんばれミレーユさん、見えないだろうけど応援してるから……』

『ところでもう一体はみんな知ってんの?』

『師匠さんの代から見てる人なら、かな』

 

 ん。私が配信するようになってからだと、ゴンちゃんぐらいだったと思う。ゴンちゃんで怖かったっていう人が多かったから避けてたんだよね。

 でも、今日は仕方ないよね。生態調査なんだから。

 

『あれ? これ逃げられないのって俺らなのでは?』

『お、そうだな。画面切って逃げてどうぞ』

『ばかやろう! 俺は見届けるぞお前! ちゃんとトイレに駆け込む用意もしておいた!』

『かっこいいのか悪いのかこれもうわかんねえなw』

 

 かっこ悪いと思うよ。

 ミレーユさんを見る。深呼吸して、気持ちを整えてるみたいだった。少しして、意を決したように私へと頷いた。

 

「準備できましたわ! 覚悟できましたわ! 行きますわよ!」

「ん。じゃあ、呼ぶね」

「え?」

 

『呼ぶ?』

『行くんじゃないの?』

 

 あの子の場合は、呼ぶのだ。

 




壁|w・)今回と次回はリタちゃんファミリーの紹介です。
名前をつけてもらってとっても嬉しい上機嫌なドラゴンちゃん(なおサイズは大きな山)


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フェニちゃん

 杖を上空へと構え、魔力をこめる。術式をイメージして、魔力を流して起動。そうして杖の先から放たれるのは、真っ青な火柱だ。

 

「あら。綺麗ですわね」

 

 感心したようにつぶやくミレーユさん。でもその表情は、すぐに引きつることになった。

 私が火柱を上げてからほぼ一分。その子が上空から姿を現した。

 炎がそのまま大きな鳥になったかのような魔獣。この子も大きくて、多分私のお家ぐらいの大きさはあると思う。炎の鳥は、静かに私たちを見下ろしていた。

 

「ままま、まさか不死鳥!?」

 

『不死鳥だあああ!』

『フェニックスってやつですね!』

『やべえリアルで見るとマジでかっこいい!』

 

 うんうん。みんな驚いてくれてる。この子はゴンちゃんと違って、威圧感はあんまりないからね。

 私が手を上げると、不死鳥が口を開いた。

 

「リタちゃんおひさー」

「フェニちゃんおひさー」

「ええ……」

 

『かっる』

『不死鳥さんめちゃくちゃ軽いな……w』

『ゴンちゃんからの落差よ……』

 

 この子はまあ、うん。こんな子だ。師匠に紹介された時からとても気安かった。

 

「かわいいでしょ?」

「えっへん」

「…………」

 

『かわ……いい……?』

『ミレーユさんがすごく反応に困ってるw』

『今回ばかりは異星人と気持ちが一つになった気がする』

 

 かわいいと思うんだけどなあ。ゴンちゃんも含めて。

 

「それでリタちゃん、何か用?」

「ん。ごめん特にない。あ、お菓子余ってる。いる?」

「いる!」

 

 フェニちゃんが下りてきて、顔を下げて口を開ける。大きなその口に、手持ちのお菓子を放り込んであげた。とりあえずチョコレートだ。

 

「おー……。あまーい! うまーい!」

「ん。すごく美味しいやつ」

 

 もっぐもっぐと食べるフェニちゃん。やっぱりかわいい。確かに大きいけど、でもかわいいのはかわいいよ。

 

「こんな感じで、お菓子がたくさん余ったらフェニちゃんとさっきのゴンちゃんに食べてもらってる。二体とも、すごく美味しいって」

 

『お、おう』

『地球のお菓子は異世界のモンスターにも通用するのか……』

『お菓子すげえ』

 

 美味しいからね。すごいことだと思う。

 

「それじゃあ、フェニちゃんありがとう。気をつけて帰ってね」

「ありがとー。いつでも呼んでね。リタちゃんのためならいつでも駆けつけるから」

「ん」

「じゃねー!」

 

 大きく翼を広げて飛び去るフェニちゃん。飛び去る姿はとても美しくて神秘的だ。飛び去る姿は、ね。話していて楽しい子だけど、言動を知ってると神秘的にはさすがに結びつかないからね。

 

「というわけで、さっきの子が不死鳥のフェニちゃん。あの子もすごく長く生きてる魔獣で、私だと勝てない」

「はあ……。肝に銘じておきますわ……」

「ん。そうしてほしい」

 

 そもそもとしてあまり下りてこない子だけど、それでも怒らせたらだめな子だからね。

 

『精霊の森ってやっぱ危険なところなんやな』

『ところでフェニちゃんって、さっきの鳥のことだよね?』

 

「ん。フェニちゃん」

 

『フェニックスからかな。分かりやすいけど……』

『リタちゃんのネーミングセンスよwww』

 

 む。二体とも気に入ってくれたから問題ない。間違いない。

 

「ミレーユさんは大丈夫? これでだいたい全部だけど、まとめられそう?」

「が、がんばりますわ」

 

 すごく疲れたような顔をしてるけど、大丈夫かな。まあ……、大丈夫か。

 せめて集中できるように、今日は私のお家で一泊することにした。

 

 

 

 私のお家のリビングで、ミレーユさんがたくさんの紙にひたすらに文字を書いていってる。かりかりかり、と文字を書く音だけが部屋に響いてる。

 

「このかりかりって音、好き」

 

『わかる』

『なんか落ち着く』

『でも退屈』

 

 それは否定しない。

 夕食の時以外、ミレーユさんはひたすら書き物をしてる。忘れないうちにまとめたいから、だって。忘れても聞いてくれたらいつでも答えるんだけどね。

 ちなみに夕食はまたカレーにした。ミレーユさんから、あの時のご飯がほしいです、なんて頼まれたら断れなかったよ。真美にまたもらわないと。

 

「ふう……。こんなものですわね」

 

 そう言って、ミレーユさんはペンを置いた。テーブルに広げていたたくさんの紙を集めてまとめて、アイテムボックスへ。さすがに疲れたのか、ミレーユさんは少しぐったりしてる。

 

「お疲れ様。手伝わなくてごめん」

「気にしなくていいですわ。わたくしはこういったことに慣れていますもの」

「ふーん……」

 

 慣れてる、ね。依頼でなのか、それとも別の何かでなのか、ちょっと分からない。

 アイテムボックスからコップを二つ取り出して、この森で取れる果物も出しておく。日本で言うところのみかんみたいな見た目の果物だ。

 

『出たわね』

『みかんもどき』

『なにそれ』

『精霊の森で広く分布してる果物。リタちゃん曰くすごく甘いらしい』

 

 そう。すごく甘い。さすがにチョコレートほどではないけど、お菓子をのぞくと一番甘いと思う。私は好きだけど、逆に人を選ぶかもしれない。

 魔法でぎゅっとしぼってジュースにして、一つをミレーユさんに渡してあげる。ミレーユさんは目を丸くして、じっとそれを見つめてる。

 

「それ、まさか、みかんもどきですか?」

「ん……? いや、えっと……。なんで適当に呼んでるその名前を知ってるの……?」

「賢者コウタが故郷の果物だと配っていたのですわ! その時にそういった名前だと言っていたのです。また食べたいと多くの貴族が探し回っていますわよ」

「あー……。うん、なるほど……」

 

 師匠本当に何やってるのかなあ!?

 




壁|w・)リタちゃんファミリーまとめ
母親:精霊様。いつも優しい見守りタイプ。なおキレると魔力の流れを止めて国を滅ぼしにかかるやべー人。人?
父親:お師匠。わりとのんびり楽しく過ごす。なお地球人から見てやべー料理を量産するやべー人。
長兄:ゴンちゃん。いつもぐーすか寝てる。尻尾をびったんびったんするだけで地震が起こるやべードラゴン。
次兄:フェニちゃん。常に世界中の空を飛び回る放浪息子。ケンカを売られたらとりあえず相手を燃やす。絶対に燃やすやべー鳥。
末妹:リタ。引きこもりで世間知らずのはずなのに、ファミリーの中ではまだ常識人となってしまってるやべー環境。家族以外の魔獣の評価は主に味のやべーエルフ。

常識人どこ……?


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ミレーユの事情

『これは草』

『あいつは何のために森の外に出たんだよw』

『いやこれ、あいつのことだから、森の外側にないことを知らなかったのでは……?』

 

 あー……。それ、あり得るかも。私もわざわざ精霊様に確認しようとは思わないし。

 ミレーユさんはジュースを一口飲むと、ほっと息を吐き出した。

 

「やっぱり美味しいですわね……。これは精霊の森で取れるのですか?」

「ん。ただ、浅い場所だと少ないから、わりと危険だと思う」

「そうですのね……」

 

 とても残念そうだ。多分自分でも取りに来たいと思っていたのかも。でもごめんね、ミレーユさんでも一人だと危ないと思うよ。

 私はそれよりも、少し気になったことがある。ミレーユさんはさっき、やっぱり美味しいって言った。これって、前も飲んだことがあるってことじゃないかな?

 

「ミレーユさん、前にもこれ、飲んだことあるの?」

「ありますわよ。賢者コウタからいただきました」

「へえ……」

 

 でもこれ、少量を配って、そして貴族が探してるってことは、師匠が配った相手って貴族なんじゃないかな。それでミレーユさんももらってるってことは……。

 そこまで考えて、気付いてしまった。私は、ミレーユさんのことを全然知らないなって。

 私のことは話したのに、ミレーユさんのことは全然知らない。不公平とかそんなんじゃなくて、ただ、なんとなく寂しいだけ。せっかく仲良くなったんだから、もう少し知っておきたい。

 

「ねえ、ミレーユさん」

「なんですの?」

「ミレーユさんのこと、聞いてもいい?」

 

 私がそう聞くと、ミレーユさんは一瞬だけ目を瞠り、そして頷いた。

 

「ええ、いいですわよ。わたくしに興味がありますの?」

「ん。ある」

「そ、そう……。それなら仕方ありませんわね」

 

 そう言ってそっぽを向いたミレーユさんの顔は、ちょっと赤かった。

 

『かわいい』

『やはりツンデレは至高』

『ツンあったか……?』

『こまけえことはいいんだよ!』

 

 何言ってるのやら。

 とりあえず気になってることは、これかな。

 

「ミレーユさんって、貴族?」

「ええ、そうですわ。公爵家の長女になりますわね」

「ん……?」

『ちょ』

 

『まってまってまってまって』

『あかん声だけやとどっちかわからん! 公爵か侯爵かどっちや!』

 

「それは、すごいの……?」

「すごいかどうかはともかく、格としては一番上ですわね」

 

『公爵家じゃないですかやだー!』

『悲報、朗報? ミレーユさん、マジで公爵家だった』

『リタちゃん一応説明しておくけど、王家の次の格と思ったらええ』

 

 王家の次って、それって本当にすごく高いやつ、だよね。もしかしてとは思ってたけど、本当に貴族だったんだね……。

 

「貴族って、そうそう生活に困らないんでしょ? ミレーユさんはどうして冒険者に?」

「そうですわね……。恥をさらすようで情けないのですが……」

 

 そこでミレーユさんは言葉を句切った。唇を湿らすかのようにジュースを少し飲んで、続けてくれる。

 

「王子から婚約破棄されたのですわ」

「こんやくはき」

「はい。婚約破棄です」

 

 なにそれ。意味が分からなかったのは、私だけだった。

 

『婚約破棄!』

『異世界テンプレキタアアア!』

『できれば生で見たかったなあ!』

 

 すごく楽しんでるけど、なんとなく分かるよ。これ、当事者にとっては辛いことだよね。ミレーユさんもすごく辛そう……でもないか。薄く笑ってる。

 ミレーユさんが言うには、ミレーユさんは幼い時から魔法の才能があって、ずっと磨いていたらしい。その魔法の才能が認められて、第二王子と婚約したんだとか。

 政略結婚なんて貴族だと当たり前だから、ミレーユさんもこれには不満はなかったらしい。

 ただ、その第二王子、すごく女好きだったらしくて、真実の愛に目覚めたとか言って他の貴族の子にも手を出したんだって。

 

『出たよ真実の愛』

『真実の愛www』

『仮にそれが本当だとしても、婚約相手を蔑ろにしていい理由にはならんやろ』

 

 ミレーユさんも何度か諫めたけど聞き入れてもらえず、その上パーティのさなかに何も知らない罪をでっち上げられて、大衆の面前で婚約破棄を言い渡されたそうだ。

 

「さすがにまあ、わたくしも怒り狂いましたわね」

「ん……。ひどいね。ミレーユさんさえよければ、ばれない程度に呪いかけようか?」

「いえ、大丈夫ですわ。仕返ししましたので」

 

「あ、はい」

『ア、ハイ』

『なにそれこわいw』

 

「腹が立ったので無実の証拠を完璧に用意してお父様に託して、わたくしは家を出ました。つまりあの男は無実のわたくしを責め立て、不当に婚約破棄して、さらには、わたくしが言うのもなんですが、貴重な魔法の才能を持つ子供を外国へと逃がす原因を作った、ということですわね」

「う、うん……」

 

『こわい』

『すげえ真っ当に仕返ししてる……w』

 

 あまり詳しくない私でも分かる。それ、王子様の立場がすごく悪くなるやつだ。

 でも、私としてはそれでもあまり納得できない。だって、それでもまだお城にいるんでしょ? 贅沢な暮らしをしてるんじゃないの? ちょっと、やだな。それ。

 

「それでですね」

「あ、まだ続くんだね」

「え? ああ、はい。もう少しですわ」

 

 うん。黙って聞きます。

 

「冒険者として働き始めて少しして、王子が廃嫡されたと聞きましたわ。剣の才能はあったから、冒険者になったようですわね」

「冒険者になってるんだ……。会うの、嫌だなあ……」

「いえ、多分会うことはないですわ」

「え」

 

 なんだろう、すごく不穏な気配が……。

 

「一年ほどして、そいつがわたくしに会いに来ましたわ。お前を取り戻せば俺は王家に戻れる、一緒に来い、と。もちろん無視したら、剣を抜いて襲いかかってきましたので……」

「う、うん」

「ぶちのめして憲兵に突き出しました。今頃奴隷になっているかと」

「そ、そうなんだ……」

 

『ヒェッ』

『わりと容赦なくて草』

『テンプレお嬢様とか言ってごめんなさいでした……』

 

 その王子様の自業自得だけど、なんというか、すごいね。いやもちろん王子様の肩を持つ気はないけど。なんならその上で呪いかけたいけど。

 

「まあそんなわけで、わたくしは冒険者になっているのですわ。ちなみに一応、貴族の身分もまだ持っていますので、公爵令嬢かつSランク冒険者、ですわね。おそらく世界で唯一ですわね!」

 

『それはそう』

『むしろそんなやつが何人もいてたまるかw』

 

 普通なら冒険者なんてやる必要ないはずだよね。波瀾万丈な人生だ。私としてはミレーユさんと知り合えたから良かったけど。

 




壁|w・)これも一つのテンプレ(解決済み)
作中では出ませんが、いわゆるヒロインさんは完全に巻き込まれた被害者だったりします。王子の言葉には逆らえないからね……。仕方なく一緒にいたらあれよあれよとすごいことになって、ヒロインさんはヒロインさんで軽く発狂しかけました。なお、事情を察した公爵家さんとは和解済み。
もしかしたら、いずれこのヒロインさんも出てくる、かも……?


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朝ご飯はチョコバーです

「話のついでに、リタさんに言っておきますわ」

「ん?」

「この先、貴族と関わることもきっと出てくるでしょう。あなたが必要だと判断したら、わたくしの名前を使ってくれて構いませんわ。灼炎の魔女の名はそれなりの力を持っています。伯爵程度の貴族なら黙らせられますわ」

 

 それとこれを、とミレーユさんが渡してきたのは、小さなナイフ。柄に紋章が描かれてる。馬にまたがった騎士、がモチーフかな。かっこいい。

 

「バルザス公爵家の紋章ですわ。魔法がかけられていて、わたくしが持っていたものだとそれだけで証明できます。もし疑われたら、それも使ってくださって構いませんわ」

「ん……。ありがとう」

 

 これは、すごく助かる。私はこの世界の人間社会は未だによく分かってない。だから、いざという時に使えるものは、できるだけ持っておきたい。

 もちろん、ミレーユさんに迷惑がかかるのは分かるから、できるだけ使うつもりはないけれど。

 

「それじゃあ、私も」

 

 ナイフみたいに渡せるものなんて、私にはない。だから、私ができるのは、約束だけ。

 

「もし何か手に負えないこととか、困ったことがあったら、精霊の森に来てほしい。入り口で私を呼べば、精霊様がこっそり案内してくれるから」

「それは……。いいんですの?」

「ん。私にできることは限られてるけど」

 

 魔法によるごり押しとかぐらいしかできないと思う。ただそれでも、私の力が必要なら、遠慮無く頼ってほしい。

 ミレーユさんのことは気に入ってるから、助けてあげてもいいと思ってる。

 

「ありがとうございます、リタさん」

 

 そう言って、ミレーユさんは柔らかく微笑んだ。

 

『ええ話やなあ』

『わりとシリアスしてたから黙ってたぜ』

『おれもおれも』

 

 そのまま黙っておいてほしかったと、ちょっとだけ思ったよ……。

 

 

 

 翌朝。日の出とともに起床した私は、早速配信を始めるために外に出た。いつものように魔法を起動させる。

 

「おはよう。朝ご飯になりそうなお菓子をください」

 

『今日はちゃんと挨拶してる』

『挨拶できてえらい』

『でも要求がわりと無茶ぶりw』

 

 難しいかなとは思うんだけどね。でも何かあるなら欲しいかなって。

 

「まあ、みんなに任せるよ。私が選ぶと、お菓子なら何でもいいってなるから」

 

 そう言いながらお菓子の回収を始めると、やっぱり大量に送られてきた。今回は予想できていたから早めに止める。くれようとしてるのに回収できなかった人は、ごめんなさい。

 内容を見てみると、栄養がたくさん入ってるみたいなことを書かれているスティック菓子とかチョコバーとか、そういったものがメインだった。

 あと、読めない文字のお菓子もある。明らかに日本語じゃない。しかも日本語がない。別の言語の国からなんだろうけど、ごめんね、読めないと怖くて食べられないよ。これは封印かな。

 

「たくさんのお菓子、ありがとう。ミレーユさんと食べるね」

 

『ええんやで』

『むしろもっと貢ぎたい』

『常時開放して、どうぞ』

『それやるとすごいことになりそうw』

 

 同感だね。一週間もすれば精霊の森がお菓子で埋まるんじゃないかな。そう思ってしまうぐらいには、最近はちょっと多すぎる。

 ゴンちゃんとかフェニちゃんも食べてくれるし、もう少しもらってもいいかも、とは思うけど。

 

『ところでミレーユさんはまだ寝てるの?』

 

「ん。リビングで寝袋に入ってる。師匠の部屋のベッドを使ってもいいって言ってるんだけどね。思い出を汚したくないって断られちゃう」

 

『やっぱミレーユさんはいい人やな……』

『そのミレーユさんを裏切ったあたり、例のテンプレ王子の無能さがよく分かる』

『でもリタちゃん、それなら一緒にベッドで寝てもよかったのでは?』

 

 それはさすがにね。少し恥ずかしいから。部屋を見られたくないっていうのもあるけど。

 配信を続けながら黒い板を消して、室内に戻る。するとちょうどミレーユさんが起き出したところだった。

 寝袋から這い出して、大きなあくび。ゆっくりと伸びをして、振り返って私と目が合った。

 

「…………」

 

 顔を真っ赤にするミレーユさんはちょっとかわいいかもしれない。

 

『かわいい』

『無防備いいぞこれ!』

『変態がいる……』

『オマエモナー』

 

 みんな似たようなものだと思うよ。

 

「おはよう、ミレーユさん。これ、朝ご飯にどうぞ」

「あ……。ありがとう、ございます……。なんですのこれ?」

 

 私がお皿に載せて渡したのは、チョコバーだ。栄養がたっぷりなチョコバーらしい。なんかそんなことが袋に書いてあった。

 さすがに袋からは出してる。ミレーユさんなら秘密にしてくれそうだけど、念のため。

 

「チョコバー。美味しいよ」

「ああ……。チョコなんですのね、これ」

 

 珍しいものを見るみたいに、チョコバーを上や横から観察してる。この世界にもチョコはあったはずだけど、もしかして高級品だったりするのかな。

 確認しておけば良かったと思うけど、今更だ。

 ミレーユさんはチョコバーを手に取ると、意を決したように口に入れた。

 

「もぐ……。これは、チョコとは思えない食感ですわね。ざくざくしていますわ」

「ん。美味しいでしょ?」

「すごく美味しいですわ」

 

 気に入ってくれたみたいで、チョコバーはあっという間に完食してしまった。

 朝ご飯の後は、このあとの予定について。ただ決めるようなことはあまりない。あとはもう、報告に戻るだけだ。

 

「改めて思いますけれど、リタさんと仕事をすると、ある意味で時間の感覚が狂いそうですわ……」

「ん?」

「普通、調査の依頼が一日で終わるなんてあり得ませんわよ」

 

 それは、うん。もともと私が詳しかったっていうだけだからね。楽に仕事ができたと思ってほしい。

 

『これもある意味で知識チート……なのか?』

『ちょっと違う気もする』

 

 巡り合わせ程度に思ってほしいと思う。

 

「それじゃ、そろそろ行く? また街の側まで転移するから、忘れ物ないように気をつけて。忘れ物しても気付いたら届けに行くけど」

「大丈夫ですわ。情報をまとめた書類も持ちました」

「ん」

 

 準備完了、ということで。私も最後に部屋を見回して、忘れ物がなさそうなのを確認してから転移した。

 




壁|w・)公爵家のナイフに出番があるかは謎である!


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初めての報酬

 

 街の側に転移して、門を通ってギルドへ。受付に行くと、すぐにギルドマスターの部屋に通してくれた。

 そして、ギルドマスターさんは、

 

「すぐに終わらせるだろうとは思ったけど、一日で終わるとは思わなかったわ……」

 

 ミレーユさんが提出した書類を確認しながら消え入りそうな声でつぶやいた。

 

『ですよねー』

『リタちゃんが入った時、忘れ物ですかって聞いてきたぐらいだもんなw』

『依頼の報告って聞いた時の唖然とした顔はある意味最高でした』

 

 視聴者さんはいい趣味してるよね。もちろん悪い意味で。

 セリスさんが黙々と確認してる中、私とミレーユさんは出してもらったジュースをのんびりと飲みながら待つ。日本のジュースと比べると甘さ控えめだけど、これはこれで悪くないと思う。

 私たちがジュースを飲み終えて少しして、セリスさんも読み終わったらしい。書類をテーブルの上に置いて、頭を抱えてしまった。

 

「これを私は上に報告するの……?」

「ん……。問題、あった? 信用がないのは、仕方ないけど……」

「ああ、違うの。それは問題ないわ。そのために二人に行ってもらったわけだし」

 

 調査系の依頼は必ず二人以上で受けないといけないらしい。適当に嘘を書くような不正の防止が目的なんだって。だから二人そろって戻ってきた時点で疑ってはいないらしいけど……。

 

「リタさん、よくこんな森に住んでるわね……」

 

 この言い草だよ。

 

『こんな森w』

『でも言いたい気持ちは分かるw』

『人外魔境の極みみたいな森だから……』

 

 視聴者さんたちもひどい。でも否定はできないけど。

 

「ではこれで依頼は完了ということで、こちら、報酬よ」

 

 そう言って書類を回収したギルドマスターさんがテーブルに置いたのは、重そうな布の袋を二つ。ミレーユさんが先に手に取り、頷いてアイテムボックスの中にしまった。

 私も袋を取って中を見てみる。えっと……。金貨でぎっしりだ。枚数は、さすがにちょっと分からない。ミレーユさんはあまり確認せずにアイテムボックスに入れてたけど、すぐに分かるものなのかな。

 

『経験を積めば分かるのかも?』

『いやさすがに無理だろこれは』

 

 ミレーユさんを見てみる。何故か目が合って、ミレーユさんは小さく笑った。

 

「私を含めSランクはお金に困っていない人が多いので、調べないことの方が多いですわ。けれど気になるなら調べてもいいと思いますわよ。それぐらい待ってくれるはずですもの」

 

 次にギルドマスターさんを見る。間違いないみたいで頷いてくれた。

 

「ですがギルドもSランクの信頼を裏切るようなことはしませんから。よほどの馬鹿でもない限り、ごまかしたりはしないはずですわ」

「ん……。そっか」

 

 それはそうかもしれない。ミレーユさんが騒いだら、すぐに噂が広まりそうだし。そうなったら、冒険者からも街の人たちからも信用を失って、仕事がなくなる、かな?

 それを考えると、ごまかす方がおかしいよね。

 

「それでは、これで精霊の森の生態調査、完了となります。お二方、ありがとうございました」

 

 ギルドマスターさんが頭を下げてきたので私も慌てて下げておいた。ミレーユさんも少しだけ下げた。

 んー……。これで今回の依頼は終了みたい。なんというか、うん……。

 

「つまんない……」

 

『ちょwww』

『いや確かに仕事っていうより、実家案内だったけどw』

『もっとこう、冒険者っぽい仕事がしたいよな』

 

 それだよね。お話に出てくるみたいな、掲示板で依頼を取って、薬草を集めに行く、とかそんなのをしたい。どうせならそういうのがいい。

 

「Cランクの依頼とかは受けてもいいの?」

 

 セリスさんに聞いてみると、特に悩むそぶりもなく頷いた。

 

「もちろんよ。ただ、あまり下位ランクの子の仕事を奪わないように気をつけてあげて」

 

 ほどほどに、てことだね。当然の配慮だとは思う。私もお金に困ってるわけじゃないし、余ってる依頼を選ぼうかな。

 

「それじゃ、私はもう行くけど……。いい?」

「ええ、もちろんよ。今後ともよろしくね、隠遁の魔女さん」

「ありがとうございました、リタさん。わたくしはこの街を拠点にしていますので、何かあればいつでも声をかけてくださいな」

「ん」

 

 二人に小さく手を振って部屋を出る。二人とも笑顔で手を振り返してくれた。それが、なんとなく嬉しかった。

 巡り合わせがよかっただけ、というのは分かってる。悪い人だってたくさんいるだろうし、ミレーユさんですら私に話してないことなんていっぱいあるはず。

 それでも、とてもいい出会いに恵まれて、私はとても運がいい。

 

「んふー」

 

『リタちゃん機嫌いいなあ』

『リタちゃんが楽しそうで俺も嬉しい』

『でも次はもっと楽しい依頼がいいです』

 

 わがままだなあ。でも、そうだね。次はもっと冒険者らしいお仕事、選ぼうかな。

 




壁|w・)お小遣いをもらいました。
ここまでが第四話、みたいな感じです。次話からはまた日本にお出かけです。


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家の鍵

 

 生態調査の依頼を受けてから一週間。あの後、特に依頼を受けずに過ごしてる。他の人が受けなかった余ってる依頼を受けようと思ってたんだけど、楽しそうな依頼はなかったから……。

 なので今はのんびりだらだらと。真美の家でちいちゃんとだらけてる。いや、魔法を教えてるよ。

 

「じんわりあったかいのを感じられるようになったら、今度はそれを動かせるようになるのが目標。ただ、すごく時間がかかるから気長にやろうね」

「うん!」

 

 自分なりに魔力を感じられるようになっても、そこからがとても長い。魔力を動かす、と言われてもどうやって動かすかになると説明できないから。

 さっきちいちゃんの手を握って、実際にちいちゃんの魔力を動かしてあげた。でもそれは動いたらどうなるかが分かるだけ。結果は分かっても方法が分からないってことだね。

 こればっかりは自分なりのやり方を見つけるしかないから、ちいちゃんにはがんばってほしい。

 

「ところでちいちゃん。真美は?」

「んー……」

 

 あ、集中してる。邪魔しないでおこう。

 私がここに来たのは、一時間前だ。その時、真美はちょうど出かけるところだった。私を見て、少し迷ったみたいだったけど留守番を頼まれた。少し遅くなるとは言われたけど。

 

「んっとね……。にゅうがくしき、だって」

「にゅうがくしき……」

 

 えっと。入学。学校に入ること、だね。そのための儀式みたいなものかな。楽しそう。

 みんなで魔法陣を書いて魔法を使ったりとか……、ないね。魔法ないからね。

 

「ちいも明日からようちえん!」

「じゃあ、昼に来てもいないってこと?」

「うん」

 

 そっか。それはまあ、仕方ないかな。二人だって生活があるんだから、私ばっかり拘束するのはだめなことだ。それぐらいは分かる。

 でも、ちょっとだけ、寂しい。

 

「ああ、そうだ。ちいちゃん」

「んー?」

「ちょっとごめんね」

 

 むむむ、とうなるちいちゃんの頭に手を置いて、用意しておいた魔法を発動。んー……。よし、大丈夫。これで安全。

 

「あとは真美かな」

 

 急ぐ用事もないし、のんびり待とう。

 

 

 

 以前視聴者さんからもらったお菓子のグミをちいちゃんと食べる。食べながらテレビを見る。時間が時間だからかは分からないけど、ニュース番組をやってるね。

 それを見てると、少しだけ恥ずかしい。

 

『異星からの来訪者、首相と会談』

『会談は和やかな様子で行われたと関係者が明かす』

『今後も継続して交流を図っていく方針』

 

 私に関わるニュースが多い。多すぎる。ちょっと、うん。そんなに注目することなの?

 なんとも言えない気持ちでグミをかじっていたら、ドアが開く音がした。

 

「ただいまー」

 

 真美だ。ぱたぱたと走ってきて、すぐにこの部屋に入ってきた。

 

「リタちゃんごめん!」

「ん。気にしなくていい。二人にも生活があることは分かってるから。それよりも」

「うん」

「こっち来て」

 

 真美は首を傾げながらも、私の前で座ってくれた。その真美の頭に手を置いて、先ほどちいちゃんに使ったものと同じ魔法を発動。とりあえず、これで安心だと思う。

 

「リタちゃん、何かしたの?」

「ん。ちょっとした認識阻害。私に関わることは二人にたどり着かなくなる、はず」

 

 かなり特殊な魔法だ。単純な認識阻害ならそんなに難しくないけど、条件付けがかなりややこしかった。細部の調整を精霊様に手伝ってもらったぐらいには。

 本当は私一人で完成させたかったけど、あまり時間をかけすぎると問題の方が先に起こるかもしれないからね。それでも時間がかかりすぎたけど。

 

「なんだかすごい魔法みたい……?」

「ん。がんばった」

「あは。そっか。ありがとう、リタちゃん」

「ん」

 

 笑顔でお礼を言ってもらえると、がんばったかいがあったと思う。満足だ。

 

「それじゃあ、出かけてくる」

「うん。どこに?」

「ん。未定。安価やる」

「そっか。前回は私の家に来てもらったし、今回は参加しないようにしておくね」

「ん」

 

 私はどっちでもいいけど、真美が気にするならそれでいいと思う。

 ちいちゃんにがんばってと声をかけて転移をしようとして、

 

「あ、ちょっと待って」

 

 呼び止められたので、魔法を中断。真美を見ると、鞄から何かを取り出した。

 

「これ、渡しておくね」

「ん……?」

 

 銀色の細長くて平べったいもの。私が首を傾げると、真美はすぐに教えてくれた。

 

「この家の鍵。転移があるから必要ないかもしれないけど、一応持っておいて」

「ん……? いいの?」

「うん。お母さんにも許可をもらってるから。いつでも使ってね」

 

 どうしよう。本当にいいのかな。家の鍵って、日本ではかなり大事なものだったと思うんだけど。

 真美を見ると、とびきりの笑顔だった。これは断れないやつだね。それなら、受け取って、絶対になくさないように気をつけよう。

 

「ありがとう」

 

 お礼を言うと、真美は嬉しそうに頷いた。

 




壁|w・)真美のお家の鍵をもらいました。親公認のお友達。


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二回目の安価

 

 真美の家から転移して、私がいるのはなんとかツリーの屋上だ。人がいないのでとても便利。

 それじゃあ、配信開始。

 

「ん」

 

『ん』

『ちゃんと挨拶して?』

『こんにちはって!』

 

「今からどこに行くのかを安価で決めるよ」

 

『完全無視w』

『安価!? 安価マジで!?』

『久しぶりの安価だー!』

『しかも今なら人が少ない! チャンスだ!』

『人が少ない(万単位)』

『少ないとは』

 

 たくさんだね。最近はいつ始めてもすぐに一万人こえるから、驚かなくなってきた。特に何もしない配信なんだけどね。それはともかく、行き先だ。

 

「最初に条件。日本国内。他の国に行くつもりはない」

 

『ですよねー』

『ニューヨークと言いたかった俺涙目』

『海外ニキは諦めてどうぞ』

 

 何度も言うけど、言葉が通じないなら絶対に行かないよ。不便しかないだろうし。ただ逆に言うと、言葉が通じればどこでもいいっていうことだよ。

 

「それじゃあ……。私が手を叩いて十番目のコメントで」

 

『だから近すぎだよ!』

『絶対に一瞬じゃねえかw』

『さっさと終わらせる気まんまんやなw』

 

 お昼ご飯、まだだからね。早く済ませて食べに行きたいと思ってる。それにこっちの方が私が分かりやすいし。

 それじゃあ、手を上げて……。

 

『露骨にコメが減るのほんと草』

『ここからは反射神経の勝負……!』

『よっしゃいつでもこい!』

 

 もう少しだけ待って、コメントがかなり減ったのを確認してから、手を叩いた。

 

『北海道!』『山梨!』『富士山』『琵琶湖一択』『たこ焼き』『ちゃんぽんとか美味しい』『奈良の大仏!』『香川』『原宿とか!』

 

『大阪やろ!』

 

『青森』『長崎、カステラうまい!』『宇都宮』『どこかの離島とか』『鳥取砂丘!』

 

 んー……。他にもたくさんあるけど、とりあえずは決定だ。今回は大阪だって。確か、大阪も大きい街だったっけ?

 

「大阪。大阪のどこに行けばいい?」

 

『大阪かあ……。狙ってたのになあ……』

『切り替えていこうぜ。大阪ならやっぱたこ焼きだろ』

『あとはお好み焼きとか串カツとか?』

『見事に食べ物しか候補に出さないの草なんだ』

『いやだってリタちゃん相手だし』

 

 たこ焼き。師匠も作ってみたいって言ってた覚えがある。ただその時は、たこの代わりになるものが見つからなくて諦めてたはず。

 

「師匠が、ゲテモノの魔獣はいるのになんでたこは見つからないんだって嘆いてた」

 

『師匠さんwww』

『チャレンジしようとはしたのかw』

『見つからなくてもしゃーない』

 

 たこ。どんなのなんだろう。ちょっと気になる。

 それはともかく、大阪だ。まずは正確な場所を調べよう。アイテムボックスからスマホを取り出して、と。

 

「ててーん」

 

『ててーん』

『ててーん、気に入ったの?w』

『ついにリタちゃんにも文明の利器が……!』

 

 大げさすぎない?

 使い方は、真美から少しずつ教わった。真美曰く、まだ基本的な部分だけ、らしいけど。でも地図機能ぐらいは使える。

 起動して、地図を開いて、お、お、さ、か……。

 

『なんだろう。すごく微笑ましい』

『一文字ずつ丁寧に入力するの、ちょっとかわいい』

『俺も最初はあんなんだったなあ……』

 

 ん。よし、開いた。んー……。結構距離があるみたいだけど、だいたいは分かる。でも一応念のために、ある程度上の方、ビルの上空あたりを目指して転移しよう。

 杖で床を軽く叩いて、転移の魔法を使う。ちなみに床を叩く動作は必要なかったりもする。

 一瞬の浮遊感の後、私は空の上にいた。

 

「んー……。合ってるのかな……? 分かる人、いる?」

 

 光球を地上へと向ける。私からすると東京も大阪も大差ないように感じてしまう。どっちも高いビルがたくさんの街だ。こんなにたくさんビルを作れるってすごいよね。

 

『ヒェッ』

『さっきよりも低いけど足場がないからこっちの方がこわい』

『なんかもう不安になるから早くどこかに下りよう』

 

 そんなに心配しなくても落ちたりはしないんだけどね。もし仮に何かあって落ちても、このローブを着ている限り大丈夫だし。

 でも高いところが苦手な人も多いみたいだし、移動しよう。どこに行こうかな。

 

『いきなり地上は避けた方がいいかも』

『人通り多いからな。みんなが一斉に立ち止まったら、誰かが怪我したりするかもしれない』

『右斜め前ぐらいにビルあるやろ? あそこ商業施設だからそこがいい』

 

「ん」

 

 頷いて、言われた方向を見る。屋上がちょっとした庭園になってるビルだ。人の姿もあるけど、すごく多いってほどでもないし大丈夫かな。

 そちらに向かってゆっくり飛ぶ。落ちるように移動して誰かにぶつかったら怪我させちゃうから。

 屋上の庭園に近づくにつれて、何人かが私に気付き始めた。

 

「うそ、あれってもしかして……」

「なんや人が飛んどる! なんかやってんのか?」

「すっげ、マジで飛んでる!」

 

 んー……。ちょっと恥ずかしいかもしれない。

 

『なんだろうこの優越感』

『その場にいるわけでもないのにちょっと、こう、くせになりますね……』

『空に花火打ち上げて注目集めようぜ!』

 

「いやしないよ」

 

『ですよねー』

 

 それこそ危険だと思うから。

 ゆっくり下りていくと、みんなが場所を空けてくれた。広くなったスペースに着地して、周囲を見回す。みんなが私を見てる。あとスマホを向けられて何かされてる。

 スマホって確か写真が撮れるんだっけ。んー……。

 

「ん」

 

 軽く手を振ってあげると、スマホを向けていた人が騒ぎ始めた。小声だからよく分からないけど、喜んでくれてるみたいだから別にいいかな。

 

『リタちゃんに手を振ってもらうとか羨ましいんだけど』

『俺も手を振ってほしい』

『カメラに向かって振ってほし……、いやむなしくなるだけだわ……』

 

 視聴者さんたちは私に何を求めてるのかな。

 とりあえず、そろそろ移動しよう。ここにいても騒がれるだけだろうし。

 

「案内よろしく」

 

『おっしゃまかせろ!』

『この役目は俺たちにしかできねえ!』

『リアル側にいる奴らじゃできない役目だからな!』

『これぞ優越感の極み!』

『まあ結局リアルでは見れないわけですが』

『やめろください』

 

 今日はいつもよりみんな楽しそうだ。私もなんだかちょっとだけ楽しい。

 コメントに表示される案内に従って、私は庭園を後にした。

 




壁|w・)というわけで、今回は大阪です。


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すごく見られてる

 

 庭園から出て、階段を下りて、ドアから建物に入って。行く先々にたくさんの人がいて、ほとんどの人が私を見てくる。しかも一部の人はついてくる。どうしよう。

 

「すごく人が多い……」

 

『そういや、人が多いところは今回が初めてか?』

『一応東京都内も歩いてるけど、あの時はまだ知らない人も多かったしなあ』

『テレビで取り上げられてから初めて行くのが大阪なのは、ちょっと難易度高かったかも』

 

 もうちょっと人が少ないところを自分で選べば良かったかな。ちょっとだけ反省するけど、でも今更なのは変わらないわけで。もうここまで来たんだし、たこ焼きはちゃんと食べて帰りたい。

 

『そこエレベーター。とりあえず一階まで』

 

「ん」

 

 言われた通りにエレベーターの方へと向かう。待ってる人が何人かいたけど、私を見るとみんな驚いていた。ちょっと慣れてきたかもしれない。

 エレベーターのドアが開く。中に入っていた人が出てくる時に私を見て、やっぱりびっくりして。そんな固まっている人を気にせず、エレベーターの中に入った。

 

「ん……?」

 

 誰も乗ってこない。待っていた人たちも。

 

「乗らないの?」

 

 私が聞くと、もともと待っていた人たちが慌てたようにエレベーターに入った。一の数字を押して、ドアを閉める。

 

「何階?」

「あ、その……。五階で……」

「あたしは四階を」

「俺は二階でお願いします」

「ん」

 

 数字のボタンを言われた通りに押しておく。あとは待つだけ、だね。

 

「あの……」

 

 声をかけられたので振り返ると、一緒に乗った三人が私を見ていた。

 

「リタさん、ですか?」

「ん」

「わあ……。あ、あの! 握手! いいですか!?」

「ん……? いいけど……」

 

 三人とそれぞれ握手。どうしてかみんな嬉しそうだ。よく分からない。

 

『あああああ!』

『くっそ羨ましいんだけど!』

『いいなあいいなあ俺もリタちゃんと握手したいなあ!』

 

 私と握手して何が楽しいのかな。

 五階、四階、二階と三人が下りていく。下りる時に思い出にしますと言われたけど、何なのかな。不思議と乗ってくる人はいなかった。

 一階で下りて、指示に従って歩いて行く。見られることにはそろそろ慣れてきた。

 

「本当に人が多い。これ、私邪魔してない? 大丈夫?」

 

『大丈夫!』

『ふっつーに観光してるだけだし気にしすぎさ』

 

「ん」

 

 それならいいんだけどね。

 信号を待ってる間、やっぱりみんな私をちらちらと見てくる。他の人と違って目立つのは分かるけど、ね。

 そうして信号を渡ったところで、

 

「あ!」

 

 そんな、短いけど大きな声。そして、

 

「ねえ! ねえ! 君、リタちゃん!?」

 

 その声に振り返ると、男女二人が私を見ていた。このあたりではよく見る服装、スーツかな? 二人ともその服装だ。

 

「その服! 杖! あと浮かぶ光と黒い板! リタちゃんで間違いない!」

「ん……。そうだけど」

「おお。ほんまにリタちゃんなんや。ほんまにおるんやなあ」

 

 そう言ったのは男性の方。その男性の頭を女性が叩いて、

 

「アホ! 間違いないゆうたやろ! あ、リタちゃん! 配信、ずっと見てます!」

「いてて……。俺も見てます」

 

 二人はそう言って笑った。ちょっと警戒しちゃったけど、悪い人ではなさそう、かな。

 

「ん。ありがと」

「それでそれで! 大阪に来てるってことは、たこ焼きかな!? もしくはお好み焼きとか!」

「たこ焼き」

「たこ焼きか。それならうまいとこ知ってるよ。一緒にいこか」

 

 男性の人がそう言って歩き始める。女性はちょっと困った顔をしてたけど、ごめんね、と手を合わせてきた。

 

「案内してもらってたよね? 今だけでいいから付き合ってもらっていいかな?」

「ん。大丈夫」

 

 美味しいたこ焼きが食べられるならいいよ。もちろん。案内してくれてた視聴者さんには悪いけど、これも何かの巡り合わせってやつだと思うから。

 それじゃ、と女性が手を差し出してきたので、とりあえず握っておいた。人が多いからこっちの方が安心だ。

 

『クッソ羨ましい通り越してめちゃくちゃ羨ましいんだけど』

『案内人さんはちょっとお休みかな』

『しゃーないさ』

 

 みんな優しくて、そういうところは好きだよ。

 




壁|w・)ちなみに注目される描写は大阪のみになる、かもしれません。
いや毎回やっても同じ描写にしかならないので……。少しはやるかもですが……。
予定は未定、です。書きたくなったら多分書いてます……!


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たこ焼き

 歩いている間に簡単な自己紹介をしてもらった。女性はケイコ、男性はジロウという名前らしい。二人とも仕事が終わって、これからどこかにご飯に行こうかと思ってたんだって。

 

「邪魔してよかったの?」

「いいよいいよ! むしろリタちゃんと出かけられるとか、間違いなく最初で最後だろうし!」

「こっちの方が自慢できるやろうしなあ。あ、あとで写真ええかな」

「ん。いいよ」

「よっしゃ」

 

 写真で喜んでくれるなら、それぐらいはね。

 そうして歩くこと十分ほど。二人に案内してもらったのは、小さなビルの一階にあるお店だった。一階は全てお店が使っているらしくて、買ったら中で食べることもできるようになってるらしい。

 

「おっちゃん来たで」

「こんばんはー!」

「おお、君らか。いらっしゃい」

 

 料理をしてるのは、ちょっと強面のおじさんだ。強面だけど、笑顔で二人に挨拶してる。私の世界のギルドにいたおじさんを思い出しそうな、気さくな人だ。

 

「お? 今日はもう一人いるのか。君らの子供か?」

「んなわけないやろ」

「あれ? ていうかおじさん、この子知らないの?」

「知らんぞ?」

 

『マジかよ』

『まあみんながみんなテレビ見てるわけじゃないし、こういう人もいるだろうね』

 

「じゃあおっちゃん、八個入りを三パック、ソースで」

「あいよ」

 

 おじさんが手に持つ串を動かすと、不思議な形をした鉄板で熱されていた何かがくるっとひっくり返った。なんだか丸いこれがたこ焼きっていうものらしい。

 ささっと何度かひっくり返して、白い器に器用に並べていく。八個入れたところで、真っ黒で良い香りのソースをたっぷりとかけた。マヨネーズに、あと何かいろいろ振りかけてる。

 

『あおさ、鰹節だね。好みがあるからかけない人もいるけど』

『シンプルに何もなしも悪くないと思う』

『何もなしは生地次第かな』

 

 んー……。とりあえず、一般的なたこ焼きと思っていいのかな。

 はい、と渡されたたこ焼きを受け取る。湯気が立っていてすごく熱そうだけど、ソースの香りが食欲をそそる。食べなくても分かる。これは絶対美味しい。

 

「リタちゃん、熱いから気ぃつけて食べな」

 

 ジロウさんに注意されて、頷いておく。一個食べてみる。まあこれぐらいなら大丈夫そう。そう思ってかじると、予想以上に中が熱かった。

 

「はふ……、んん……」

「だから言ったのに」

 

 ケイコさんが笑って、ジロウさんとおじさんも楽しそうに笑ってきた。少しだけ恥ずかしいけど、でも美味しい。うん。シンプルだけど、すごくいいと思う。

 外はカリカリと香ばしくて、かむととろっとしたものがあふれ出てくる。ソースの味もとても濃厚だ。食感も楽しくて味もいい。みんなが勧めてくるのも分かるね。

 

『やばいたこ焼き食いたくなってきた』

『冷凍のたこ焼きもいいけど、焼きたてのたこ焼きは格別だよね。食いたい』

『食いに行こうかな……』

 

 ん。それがいいよ。美味しいよ。

 八個はあっという間に食べ終わってしまった。美味しかったから私としては満足だ。

 

「いい食いっぷりだな、嬢ちゃん。見ていて気持ちよかったよ」

「ん。すごく美味しかった」

「ははは! 最高の褒め言葉だ!」

 

 ところで、とおじさんは言葉を句切って、周囲を見回した。どうしたのかなと私も周囲を確認する。なんだかすごく人が増えてる。こちらの様子をうかがってるというか、なんというか。

 ケイコさんとジロウさんもそれに気付いて、二人そろって焦り始めた。

 

「やっば、ゆっくりしすぎた」

「おっちゃんごめん、多分かなり忙しくなるけどがんばってな!」

「え。いや待てどういう……」

「ほなリタちゃん、次行こか!」

「こっち!」

 

 ジロウさんが急いでたこ焼きを食べてから歩き始めて、ケイコさんに手を引かれてそれに続く。少し強引だと思うけど、この人たちなら一緒に行っても大丈夫かな。

 ちらと後ろを振り返ると、たくさんの人がたこ焼きを買おうとしていた。あれは、いいのかな……?

 

 

 

「リタちゃんごめんなあ。もういっこ、行ってええかな?」

「ん。大丈夫」

「ありがとう!」

 

 そうして連れて行かれたのは、小さなお店。電車が走る高架の下にあるお店だ。もともとはここで食べる予定だったんだとか。

 

「ここのお好み焼きがめっちゃうまいねん」

「きっとリタちゃんも気に入るから!」

「ん」

 

 さっきのたこ焼きも美味しかったし、信頼してもいいかも。

 二人に続いて中に入ると、テーブルが三つあるだけのお店だった。テーブルの中央には鉄板が備え付けられてる。ケイコさんが言うには、あれでお好み焼きを焼くんだとか。

 んー……。たこ焼きの時と違って、平べったい鉄板だね。お好み焼きってどんな料理なんだろう。少し気になる。早く食べてみたい。

 

「おばちゃーん! 俺豚玉!」

「あたしモダン焼きで!」

「あいよー」

 

 お店の奥からそんな声。出てきたのは、初老のおばちゃんだ。おばちゃんは二人を見て嬉しそうに微笑んで、次に私を見て目を瞠った。

 

「あれまあ。あんた有名な子やろ。今もテレビでやっとったで」

「ん。リタです。よろしく」

「よろしくなあ。リタちゃんは何がいいんかな?」

「ん……。分からない」

「そりゃそうかあ」

 

 おばちゃんが屈託なく笑う。優しそうなおばちゃんだ。おばちゃんは少し考えて、

 

「それじゃ、シンプルに豚玉にしとこうかね。ああ、そや。お餅も入れてあげるな。おいしいで」

 

 ちょっと待っといてな、とまた店の奥に行ってしまった。

 えっと……。これ、どうすればいいのかな。とりあえず待っておけばいいの?

 

「リタちゃんこっちこっち」

「ほらここ座って」

 

 ケイコさんに促されて、椅子に座る。ジロウさんとケイコさんは私の対面側に座った。

 あとは、待つだけなのかな? 待ってるだけでいいの?

 




壁|w・)本日で投稿から1ヶ月となりました。ご愛読ありがとうございました。
冗談です。今後ものんびりまったり続けていく所存です。ふんすふんす。
こんな感じでのんびりまったりだるーんと続いていくお話、になるですよ。
今後ともよろしくお願いします。

なお、11月から少し忙しくなりそうなので、毎日投稿はできなくなるかもしれません。
できるだけ続けますが、たまにお休みしていたら間に合わなかったんだなと笑ってください……。


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お好み焼き

『待ってるだけやで』

『もうちょっとしたら運ばれてくる、はず』

『自分で焼くのさ』

『え? 焼いてくれないの?』

『自分で焼くのがいいんだろ』

 

 んー……。なんか意見が分かれてる。ジロウさんとケイコさんに視線を向ければ、二人とも興味深そうにコメントの黒い板を眺めていた。

 

「ここはどうなの?」

「どっちでも大丈夫だよ。おばちゃんが聞いてくれるから。でもここは自分で焼く人の方が多いかな」

「お好み焼きは自分で焼いてなんぼやからな」

「んー……」

 

 そういうものなのかな。いまいち分からない。

 そんな会話をしていたら、おばちゃんがボウルを持って戻ってきた。ボウルの中にはなんだかどろどろしたものが入ってる。えっと……。

 

「まずそう……」

 

 小声でそう言うと、ジロウさんがにやりと笑った。

 

「まあ騙されたと思って食べてみ」

 

 ジロウさんとケイコさんがボウルの中のどろっとしたものを鉄板の上へ流していく。じゅうじゅうと焼ける音はちょっと楽しい。二人はヘラっていうのかな、ひらべったいもので器用に形を整えていた。丸くすればいいのかな?

 

「リタちゃんのやつはうちがやってあげるな」

 

 おばちゃんが手際よく同じように焼き始めてくれる。あ、ちょっといい匂いがする。

 

『この焼ける音がいいよね』

『この音を聞きながら雑談して、ほどよいところでひっくり返す』

 

 ひっくり返すんだ。ちょっと難しそう。

 さらに少しして、三枚ともひっくり返された。

 

「わあ……」

 

 茶色っぽい、綺麗な焼き色だ。いつの間にか香ばしい匂いが店内に充満してる。ボウルに入っていたものと全然違う。これはすごく美味しそうだ。

 

「もう食べられるの?」

「あはは。気が早いよリタちゃん。もうちょっと待ってね」

 

 むう……。食べられそうなのに。でも、何度も食べてる人が言うんだから間違いないよね。ちゃんと待つ。しっかり待つ。じっと待つ。

 

『お好み焼きをじっと見つめるリタちゃん』

『尻尾を振る犬を幻視した』

『わかる』

『わんこリタちゃん』

 

 待って、待って、そしてようやくジロウさんが言った。

 

「そろそろええやろ」

 

 ジロウさんが手に持ったのは、黒い液体が入ったボトルだ。ソース、だよね。たこ焼きと同じものかは分からないけど。それを鉄板の上のお好み焼きに豪快にかけはじめた。

 お好み焼きからはずれたソースが鉄板の上で焼けていく。その瞬間、独特な香りが鼻をくすぐった。あまり嗅いだことのない香りだけど、すごく美味しそう。

 

『あああああ!』

『この音いいよね! この匂いもいいよね!』

『音しかわからんけどな! でも思い出せる!』

『すごくお腹が減ってきた……!』

 

 私のお好み焼きにもソースがたっぷりとかけられて、青のりと鰹節もかけてもらった。おばちゃんがヘラで器用に切り取って、小さいお皿に入れてくれる。

 ん。すごく、美味しそう。

 

「リタちゃん、お箸は使えるんかな?」

「ん。大丈夫」

「そか。ほなごゆっくり」

 

 朗らかに笑って、おばちゃんはまた戻っていった。

 

「それじゃ、早速……」

 

 お箸を使って、お好み焼きをもう少し小さく切って、口に入れる。これもすごく熱いけど、でも美味しい。ソースのほんのりとした甘みがある。

 

「どうかなリタちゃん」

「ん。すごく美味しい」

 

 これもお勧めされた理由がよく分かった。食べてよかった。

 

「ん……。おもちも、不思議な感じ。ここだけ食感が違って、ちょっと楽しい」

 

 うん。うん。すごく満足だ。

 

 

 

 そうして気付けば日は暮れて、店内の少ないテーブル席は全部埋まってしまった。相変わらずみんな私を見て驚くけど、軽く手を振れば満足してくれて、お好み焼きを焼き始めた。お酒を飲む人も増え始めて、すごく騒がしくなってきたね。でも、楽しい雰囲気だ。

 

『でもリタちゃん、そろそろ離れた方がいいと思う』

『酔っ払いはやっかいなやつもいるからね』

『もういい時間だし』

 

 ん。それもそうだね。そろそろ帰ろう。

 

「ジロウさん。ケイコさん。そろそろ帰るね」

「そか。付き合わせてごめんな。楽しかったで」

「気をつけて帰ってね、リタちゃん。すごく楽しかったよ!」

 

 そう言って二人とも笑ってくれた。やっぱりいい人たちだ。

 

「あ、そういえば、お金、渡してない。えっと……」

「ああ、ええよええよ。いい思い出になったから」

「そうそう。あたしたちのおごりってことで!」

「ん……。そう? いいの?」

「もちろん!」

 

 んー……。それじゃあ、いっか。無理矢理渡されても気分は良くないらしいし。

 

『気前いいなあ、この人たち』

『大阪の人はドケチって聞いたのに』

『それは人によるだろw』

 

「じゃあ……。ごちそうさまでした」

「はーい。気をつけてね!」

 

 二人の笑顔に見送られて、私はその場から転移した。

 

 

 

「精霊様、おみやげ。ちょっと少ないけど」

 

 帰った後、精霊様を呼んでお好み焼きを渡しておいた。紙のお皿に一切れだけ残しておいたものだ。本当はもうちょっと残しておこうと思ってたんだけど、お話ししながら食べてたら忘れかけてしまった。ちょっと反省してる。

 

「ああ、ありがとうございます、リタ。これはなんですか?」

「ん。お好み焼きだって。一切れしかないけど……。ごめん」

「ふふ。いえいえ。リタが楽しんでいるなら十分ですよ。……ああ、これは美味しいですね」

「ん。また食べたい」

「ふふ。ええ、そうですね」

 

 精霊様も喜んでくれたし、一安心。次も楽しみだ。

 




壁|w・)ここまでが第五話、です。


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トースト

 

 大阪から帰ってきた翌日、真美の家に行くとスマホに連絡が入っていた。

 

「ん……。真美。ちょっといい?」

「はーい?」

 

 まだ朝だからか、真美もちいちゃんも忙しそうだ。あと三十分ほどで出かけるらしい。

 

「これ、メール? だよね?」

「えっと……。うん。そうだね。メールだよ」

「ん」

 

 確か、このアイコンだよね。タッチすると、メッセージが表示された。首相の橋本さんからみたいだ。

 

「リタちゃん、トースト食べる? それぐらいなら用意できるよ」

「いいの?」

「もちろん。ちょっと待っててね」

 

 忙しそうだから、二人を見送るだけでいいかなと思ってたんだけど……。迷惑かけちゃったかな。もう少し早くか遅くに来た方がいいのかな。ちょっと悩む。

 

「なにみてるのー?」

 

 ちょっと考えていたら、ちいちゃんが私の膝の上に乗ってきた。きょとんと首を傾げて私を見てくる。とてもかわいい。

 

「メールだよ」

「めーる! ちいにもおねえちゃんから来るの!」

「ん。そっか」

 

 えへー、と嬉しそうなちいちゃんの頭を撫でてあげる。気持ち良さそうに目を細めるのはちょっと小動物みたい、

 そういえば、この世界には小さな動物と触れ合えるカフェっていうのがあるんだっけ。探してみようかな。いやその前に、とりあえずメールだ。

 

 橋本さんからのメールを開いて読んでみる。そこに書かれていたのは、師匠の実家が見つかった、というものだった。ただ、確定というわけじゃなくて、それらしい候補がいくつかあるらしい。何か他に情報がないかという問い合わせだね。

 追加の情報。んー……。精霊様に聞いたら何か分かるかな?

 

「リタちゃん、できたよー」

 

 真美がこんがり美味しそうに焼けたトーストを持ってきてくれた。とりあえず今はトーストを優先しよう。せっかく作ってくれたんだし。

 

「ん。ありがと」

「いえいえ。熱いからゆっくり食べてね」

 

 渡されたトーストを早速一口かじる。さくっとした食感がとても楽しい。ほんのりした甘さもちょうどいいね。

 さくさくと食べていたら、真美が向かい側に座った。

 

「リタちゃん、さっきスマホ見てなかった?」

「ん。見てた。橋本さんからメール」

「橋本さんって……。首相さんじゃ……?」

「ん」

 

 頷くと、少しだけ慌て始めた。どうしたのかな。

 

「は、早く確認とか返信とかした方がいいんじゃないかな!?」

「ん? 別に大丈夫。暇な時に返信してってあったし」

「そうなの……?」

「そうなの」

 

 今はとても忙しい。トーストを食べてるから。だからメールは後回し。そう言うと、真美は何とも言えない表情になった。

 トーストを食べ終えたところで、真美たちが出発する時間になったらしい。真美とちいちゃんが玄関に向かうから見送ることにする。

 

「いってきます」

「いってきまーす」

「ん……。いってらっしゃい」

 

 二人は手を振ると、ドアを開けて外へと出て行った。

 んー……。いってらっしゃい。いってらっしゃい、か。なんというか、感慨深いというかなんというか……。最後に言ったのは、師匠が旅立った時だったかな。結局おかえりは言えなかった。

 

 今回は、ちゃんと言いたい。お昼過ぎぐらいに戻っておけば言えるかな?

 リビングに戻って少し考えていたら、リビングのドアが開いた。入って来たのは、妙齢の女性。眠たそうに欠伸をするその人は、私に気が付くと優しげな笑みを浮かべた。真美の笑顔ととても似てる。

 

「来てたのね、リタちゃん」

「ん。真美とちいちゃんならもう行った」

「あー、そっか……。ちゃんと送り出しておきたかったんだけど……」

 

 この人は真美とちいちゃんのお母さん。朝に来ると起きていることが多い彼女だけど、たまにこうして寝坊する。疲れてるだろうからと真美も起こさないらしい。

 

「リタちゃんはこの後どうするの?」

「んー……。橋本さんに会いに行くことになると思う」

「へえ。すごいわねえ」

 

 ついこの間この人に直接挨拶したんだけど、すごくのんびりしてる人だった。私のことを話しても、少し驚いただけで流してしまうぐらいには。でも、付き合いやすいから好きだったりする。

 

「リタちゃんもちっちゃいんだから気をつけて行きなさいね」

「ん」

 

 いやもしかしたら分かってないだけかも……? ちょっと不思議な人だね。

 




壁|w・)ここから一応、第六話。
さりげなく真美&ちいちゃんのお母さん初登場。挨拶の場面はいずれ書きたいとは思いますが、予定は未定です。


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守りの魔法

 

 橋本さんと何度かメールのやり取りをして、指定された場所は前回と同じホテル。今回は私も場所を知ってるから、待ち合わせの時間に直接転移をした。

 

「いらっしゃいませ、リタ様。おやつはいかがです?」

「ん。もらう」

 

 待ってくれていたのは、前回ここまで案内してくれた人だ。テーブルにはいろんな種類のお菓子が用意されていた。チョコレートもあるし、グミとかゼリーもある。たくさん。

 

「配信は?」

「部屋から出ないのでしたら大丈夫です」

 

 それじゃ、配信も開始、と。

 すぐに光球とコメントの黒板が現れて、コメントも流れ始めた。

 

『わこつ』

『こんちゃー』

『わこつでいいのか……?』

 

 わこつってなんだろう。挨拶みたいなものかな?

 

「こんにちは。今はホテルの部屋の中にいるよ。おやつ美味しい」

 

『いきなり何か食べてるw』

『ホテル? てことはお国関連?』

『師匠の実家が分かったとか!』

 

「ん。候補は見つかったらしいよ」

 

『マジかよ』

『早いなマジで』

 

 正直私も驚いてる。一ヶ月とか一年とかかかると思ってたから。まだ半月もたってないよ。

 

『かなり急いだんだろうなあ』

『それだけリタちゃんが重要視されてるってことだろ』

 

 嬉しいけど、ちょっとだけ困る。ちょっとだけ、ね。

 そんな感じでお菓子を食べながら視聴者さんとお話しをしていたら、橋本さんがやってきた。ノックの後に入室してくる。もぐもぐ口を動かす私を見て、橋本さんは薄く笑った。

 

「こんにちは、リタさん。美味しいかい?」

「ん。美味しい」

「ははは。それは良かった」

 

 橋本さんが対面に座る。真面目な話だろうし、私もお菓子を食べるのをやめよう。でもあとこれだけ……。この紫色のゼリーがすごく美味しそう……。

 

「もぐ……。ん、満足」

 

『満足と良いながらすごく名残惜しそうなんですが』

『視線がお菓子に釘付けになってるw』

『リタちゃんwww』

 

 だって今回のおやつもすごく美味しかったから。最後のゼリーも濃厚な味で良かった。

 

「よかったら持っていくかい? こちらから話は通しておこう」

「ん!」

 

『めっちゃ嬉しそうw』

 

 めっちゃ嬉しいからね!

 

「さて、すまないけど今日は私もあまり時間がなくてね。早速本題に入りたいんだけど、大丈夫かな?」

「ん。候補がいくつかあるんだよね?」

「そうだね。いや正直、かなり多いんだ。ああ、個人情報が含まれるから、配信には映らないようにしてもらえるかな?」

「ん」

 

 頷いて、光球の向きを変える。とりあえずお菓子でも映しておこう。

 

『仕方ないのは分かるけど、なんでお菓子をw』

『美味しそうなのに食べられない……! 食いたくなる……!』

『お高いお菓子だけど、取り寄せできるぞこれ』

『なんで個包装の袋だけで分かるんですかねえ……』

 

 橋本さんが分厚い封筒を渡してくる。封筒を開けて中を見ると、少し大きめの紙がたくさん入っていた。もしかしてこれ全部が候補なのかな。

 

「コウタ、というのはわりとよくある名前でね。せめて年齢や名前の漢字などが分かれば、もう少し対応できるらしいが……」

「ん。私も情報が少ないと思ってたから、仕方ない」

 

 むしろだいたいの時期と名前しか分からないのによく探してくれた方だと思うよ。

 でも本当に多い。五十枚はあると思う。試しに一枚抜いてみると、詳細な名前に生年月日、家族構成、住所までだいたいそろっていた。

 

「今更だけど、これ大丈夫? たくさんもらっちゃったけど……」

「もちろん大丈夫じゃない。非難は免れないと思うし、きっと多くの人から問題にされるだろう」

 

 けれど、と橋本さんは続けて、

 

「それでも、君との関係性を続けていくことを優先させてもらうよ。きっと私の政治生命よりも大事なことだろうから」

「ん……。そっか」

 

 正直なところ、過大評価だと思う。異星人っていうのは向こうにとって無視できないっていうのは分かるんだけど、今のところそれだけだ。

 気まぐれに日本に来て、気まぐれにご飯を食べて、満足したら帰る。それだけなのに、ここまでしてくれるのは本当によく分からない。

 んー……。うん。やっぱりこれはもらいすぎだ。

 

「これ、精霊様と確認して、必要のないものは返すね」

「ああ。それはとても助かるよ」

「あと……。何か、お守りみたいなの、ある? アクセサリーでもいいよ」

「アクセサリーかい? それなら……」

 

 橋本さんが取り出したのは、キーホルダー。黄色い石が取り付けられたもので、娘さんが幼い頃におみやげで買ってきてくれたものなんだって。家にいる時以外は常に持ち歩いてるんだとか。

 うん。それならちょうどいいかも。

 

「ちょっとだけいい?」

 

 そう聞くと、橋本さんは少しだけ躊躇しながらも渡してくれた。壊さないから安心してほしい。

 両手で包み、魔力を流す。キーホルダーに魔力が浸透したところで、魔力に術式を刻む。んー……。これでよし。

 

「はい」

「え? もういいのかい?」

「ん」

 

 橋本さんはキーホルダーを受け取って、不思議そうにそれを見てる。魔法をこめただけで見た目は変わらないから、魔法を使えない人だと何も分からないと思うよ。

 書類の入った封筒をアイテムボックスに入れて、光球を戻す。橋本さんもすぐに気付いてキーホルダーをしまった。

 

「キーホルダーに魔法をこめておいた。悪意のある攻撃を一度だけ防ぐ魔法」

「な……!」

 

 橋本さんが大きく目を瞠る。コメントもたくさん流れ始めた。みんな驚いてるみたい。

 

『マジかよなにそれすげえ!』

『魔道具ってやつですか!?』

『いいなあすごく羨ましい!』

『これがあれば事故も安心?』

 

 あ、そっか。それも注意しておかないとね。

 

「悪意のある攻撃にのみ反応するから。悪意を持って引き起こされた事故なら乗り物ごと守ってくれるけど、そうじゃない事故だと防げない。あと、防げるのは大きな怪我が予想される攻撃のみ」

 

 ケンカで殴られたりとかでも素通りする。師匠曰く、わりとがばがばな魔法だそうだ。でも、偉い人だと色々と危険なこともあるだろうから、役に立つかも。

 




壁|w・)守りの魔法(使い捨て)


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精霊様の照れ隠し

「これはすごい……。ちなみに、いくつか作ってもらったりとかは……?」

「んー……。今回は、情報のお礼だから。対価をくれたら、考える」

「対価……対価か……」

 

 そこまで真剣に考えるほどのものなの? 私にとっては、一回しか防げないから微妙だと思ってたりするんだけど。

 

「これそんなにすごいの?」

 

『わりと真面目にかなりすごい』

『一般人だとあまり意味がなさそうだけど、政治家にとっては喉から手が出るほど欲しいんじゃないかな』

『大金積まれてたくさん作ってくれって言われても不思議じゃない』

 

 うわ、それは面倒だ。そこまでやりたいとも思わない。さすがに私の生活の邪魔になるほど引き受けるつもりはないよ。

 

「どれだけお金を積まれても、私は気まぐれにしか作らないから」

「そ、そうか」

「ん。あと、私が知らない人に使われるのもやだ。最低限私と会って話すこと。あと嫌いな人にはそれでも作らない。あと何度も言うけど気まぐれ。もう一度言うけど気まぐれ。気まぐれ」

 

『大事なことなので三回言いました』

『マジで三回言ったのは草w』

『草に草を定期』

 

 橋本さんは少し考えてたみたいだったけど、それでもいいと頷いてくれた。これでいいなら、私も作ってあげるよ。対価はもらうけど。

 その後は、依頼する場合のことを少し細かく決めて、帰ることにした。ちなみに依頼方法の詳細は一度配信を切った。秘密の方法ってやつだよ。かっこいいでしょ。

 まあ、メールを送るだけ、なんだけどね。

 

 

 

 ホテルの部屋から世界樹の側に転移して、私はすぐに精霊様を呼んだ。

 

「これ。師匠の実家候補」

「早くないですか!?」

 

『間違いなく早い』

『でもその代わりに候補は多いみたいだけど』

『あー! リタちゃん隠さないで! 見たい!』

 

 見せるわけないでしょ。みんなには森でも見ておいてほしい。

 精霊様は書類の量に驚きながらも、一枚ずつしっかりと確認していく。一応私も見ていくけど、昔からの師匠を知ってる精霊様の方が分かると思う。私は師匠との会話内容で判断するしかないし。

 時間をかけてじっくり見ていって、最後に精霊様は一枚の書類以外を片付けてしまった。

 

「ここですね」

 

 そう断言して。

 

「ん……。間違いない?」

「間違いありません。あの子のフルネームとご家族のフルネームが一致していますから」

 

 うん。よし。いや待って。

 

『フルネームって言いましたか精霊様?』

『下の名前しか分からないんじゃなかったのかよw』

『情報の出し惜しみはよくないと思います!』

 

 そう流れるコメントを見て、精霊様はにっこり微笑んだ。

 

「私は人間をあまり信用していませんので」

 

『あ、ハイ』

『ヒェッ』

『すみません黙ります』

 

 ちょっと背筋がぞくっとした。でも、私はごまかされない。

 

「フルネームを見て思い出しただけでしょ」

「…………」

「精霊様? 私の目を見よう? ねえ?」

 

『くっそwww』

『偉そうなこと言ってて忘れてただけかよw』

『照れ隠しに脅すとか精霊として恥ずかしくないんですかねえ?』

 

「くっ……! あなたたちなんか嫌いです!」

 

 精霊様はそう言って消えてしまった。消える直前の精霊様の顔は真っ赤だった。かわいかったよ。

 それじゃ、また地球に、と思って立ち上がったところで、ひらひらと私の目の前に落ちてくる世界樹の葉っぱ。手に取って見てみると、文字が書かれていた。

 思い出せなくてごめんなさい、だって。

 

「かわいい」

『かわいい』

『かわいい』

 

 たまに私より人間くさく思えるのは気のせいかな。気のせいだよね。うん。

 それじゃ、改めて地球に行こう。真美たちをお出迎えしてあげたいしね。

 

 

 

 真美の家に戻った時には、夕方だった。書類を確認するのに時間がかかりすぎたかも。この後のことを考えて、先に配信は切っておいた。師匠の家族に会うなら邪魔なだけだから。

 真美の家の中にはまだ誰もいない。でもそろそろ戻ってくる頃だと思う。ちょっとだけそわそわしながら待っていると、玄関のドアから声が聞こえてきた。

 

「ただいまー」

「ただいまー!」

 

 真美とちいちゃんの声だ。二人とも、すぐにリビングに入ってきた。

 

「ん……。おかえり」

「ただいま」

 

 にっこり笑って、そしてすぐに真美は首を傾げた。

 

「電気つけてもいいよ?」

「私も今戻ってきたところだから」

「あ、そうなんだ。ちい、手洗いとうがいを先にしなさい!」

「はーい」

 

 走って行くちいちゃんと、苦笑する真美。うん。こういうの、いいなあと思う。ちょっぴり羨ましい。

 

「リタちゃん、晩ご飯は食べていく? 今日は……」

「あ、ううん。今日は大丈夫。何を作るか言わないで。食べたくなるから」

「えー? じゃあ食べていけばいいのに」

 

 不満そうに頬を膨らませてくる。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、今日は行かないといけないところがあるから。

 

「師匠の実家に行ってくる」

「え……。分かったの!?」

「ん」

「そっか……! じゃあ、うん。仕方ないね。すぐに行くの?」

「ん。二人と挨拶したかっただけだから」

「そうなんだ。ありがとう」

 

 ありがとう、はおかしいと思う。これは私の自己満足だから。でも言ってもらえて嫌な気持ちにはならない。なんだかこう、ぽかぽかする。

 

「それじゃ、行ってくる」

「うん。行ってらっしゃい、気をつけてね」

「いってらっしゃーい!」

 

 慌てて戻ってきたちいちゃんが元気よく手を振ってくれる。思わず小さく笑いながら、手を振り返して転移した。

 




壁|w・)そういえばこんな名前だったなあ、みたいな感じで思い出しました。


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師匠の家族

 

 転移した先は、とある家の前。日本の他の家と比べても大きくもなく小さくもないお家だ。二階建てのクリーム色の家。小さな門とお庭もあるけど、それだけだね。

 んー……。さて。どうしよう。勢いで来てしまったけど、なんて言えばいいのかな。えっと……。うん。すごく緊張してきた。

 

 チャイムは……門の側にあるやつかな。これを押すと、家の中にいる人を呼び出せるんだよね。緊張はするけど、躊躇していても仕方ない。なるようにしかならない。

 押す。うん。押す。ただそれだけ。とりあえずそれをすれば、もうあとは進むだけなんだから。

 最後に深呼吸して、チャイムを押した。ぴんぽん、という軽い音が聞こえてくる。そしてその直後に、はい、という女の人の声が聞こえてきた。

 

「あの……。ここは、菊池コウタさんの家ですか?」

「はあ、そうですが……」

「私は、その……。リタ。です。師匠の……コウタさんのことで、お話しがあります」

 

 そう言うと、向こう側で息を呑んだのが分かった。三分ほど無言の時間が続く。さすがに急かすようなこともできないので待っていると、ドアがゆっくりと開かれた。

 

「どうぞ。入って」

 

 出てきた中年の女の人は、どこか悲しげに眉を下げながらそう言った。

 

 

 

 案内されたのは、和室だ。中央に机があって、机の両隣に座布団が置かれてる。和室の隅には、初めて見るもの。仏壇、かな。それがあった。

 私の対面に座るのは、二人。さっき私を入れてくれた女の人と、最初からこの部屋にいた男の人。男の人は武(たけし)さん。師匠のお父さんだ。女の人は智恵(ともえ)さんで、師匠のお母さん。二人とも、書類にあったからちゃんと覚えてる。

 神妙な面持ちの二人に、私は頭を下げて自己紹介をした。

 

「初めまして。リタといいます。その、今日はお二人に話があって……」

「待ってほしい。その前に」

 

 武さんに言葉を止められて顔を上げると、優しげな笑顔を浮かべてくれていた。

 

「敬語が苦手なら気にしなくていい。話しやすいようにしてくれて構わない」

「ええ、そうよ。配信のままで構わないから」

 

 ということは、配信、見てくれてるってことだね。いつから見てたんだろう。もしかして、師匠の配信も見てたりしたのかな。

 少しだけ気になっていると、武さんがすぐに教えてくれた。

 

「俺たちは配信は見ていなかった。君がテレビで取り上げられてから、興味本位で見るようになったんだよ」

「ええ。だから、リタちゃんが、あなたのお師匠様の実家を探していることも知ってるわ」

 

 だから、と続けた智恵さんは、今にも泣きそうな顔だった。

 

「リタちゃんのお師匠様は、私たちの息子なのね?」

「ん……。精霊様が、間違い無いって」

「そう……」

 

 二人とも、それきり黙ってしまう。私も何を言っていいのか、ちょっと分からなくなった。ずっと考えてたんだけどね。師匠があっちで何をしてきたかを、私が知ってる限りで話してあげたいと思ってたんだけど……。私の頭も、真っ白だった。

 少し重たい沈黙に耐えながら次の言葉を考えていると、武さんが意を決したように口を開いた。

 

「リタちゃん。よければあいつのこと、教えてくれるかな? もちろん、君が知っているだけでも構わないから」

「ん……。もちろん」

 

 話したいこと、話せることを頭の中で整理しながら、私は師匠のことを話し始めた。

 

 

 

 話し終えた頃には、日はもうとっくに沈んで、さらにもっと時間が経っていた。時計の短針が九の時間にある。夜の九時、らしい。すごく長く話していた気がする。

 話を聞き終わった二人は、どこか嬉しそうに笑っていた。

 

「本当に、あいつらしいと言うかなんというか……」

「料理は嫌いなくせに食べることが好きだったから……。頑張ったのね」

 

 師匠は前世でも食べることが好きだったらしい。ただ、あれだけ料理を頑張ってたぐらいだから、こっちでも料理をしてると思ったんだけど……。そうでもなかったんだね。

 二人はひとしきり笑うと、二人そろって目を伏せた。静かな時間が流れていく。二人とも、小さく肩を震わせてるから泣いてるのかも。だから、何も言わないでおく。

 

 今更だけど、私はここに来てよかったのかな。亡くなっていた大事な人が知らない場所で生きていたと聞かされて、でも今はまた亡くなってる、なんて。私は、ひどいことをしたのかも。やっぱり来ない方が良かったかな。

 でも、そう思ったのは私だけだったみたい。

 

「リタちゃん」

 

 顔を上げた二人の顔は、どこか晴れやかだった。

 

「最後に教えてほしい。コウタは、楽しそうだったか?」

「ん。毎日楽しそうだった」

 

 間違いなく、師匠は第二の人生を楽しんでたよ。生まれてからの記憶が残ってることを言った時も、くだらない復讐心なんて持たずに俺みたいに楽しく生きろよ、なんて言ってきたぐらいだし。

 後ろを見て暗くなるぐらいなら、何も分からない前を見て今を楽しむ。そうすれば人生どうとでもなる。というのが師匠の考え方だった。笑う門には福来たる、だって。

 

 だから私も後ろを見ない。かつての両親に思うところはもちろんあるけど、私にはもう関係のない存在だ。だから私は、今も好きなように生きてる。

 そう言うと、二人とも嬉しそうに笑ってくれた。

 

「そうか。最後まで楽しんでいたなら、幸せに生きてくれたなら、もう何も言うことはないさ」

「リタちゃん、教えに来てくれてありがとう」

 

 

 

 その後は、智恵さんが手料理を振る舞ってくれた。師匠が一番好きだった料理、唐揚げだ。

 

「さあ、リタちゃん。たくさん食べてね」

 

 揚げたての唐揚げはカリッと香ばしくて、噛むと肉汁があふれてきた。真美も作ってくれたことがあるけど、唐揚げは智恵さんの方が美味しいと思う。

 もしかしたら、師匠が好きだったっていうのを知ってるからかもだけど。それでも、私にとってもすごく好きな味だった。

 

「ん。すごく美味しい」

「あらそう? たくさんあるからどんどん食べてね」

 

 本当にたくさんの唐揚げをごちそうになった。満足。

 

「ここをもう一つの家だと思って、いつでも帰ってきなさい」

 

 武さんは少しだけ恥ずかしそうにしながらもそう言ってくれた。智恵さんが言うには、急に孫ができたみたいで恥ずかしいんだとか。

 少しだけ。私も少しだけ、照れくさかった。もちろん嬉しかったけど、ね。

 

 

 

「精霊様、おみやげ」

 

 精霊の森に帰ってから精霊様を呼ぶと、すぐに出てきてくれた。ただ、少しだけ心配そうな顔だ。やっぱり気になってたのかな。

 

「リタ、その……。どうでしたか……?」

「ん。師匠のこと、ちゃんと伝えてきた。教えてくれてありがとう、だって」

「そうですか……。それは、安心しました……」

 

 精霊様はそう言うと、大きなため息をついた。安堵のため息、みたいなのかな。でも、今回はちょっと気持ちが分かるかもしれない。私だってすごく緊張したから。

 

「この唐揚げ、師匠のお母さん、智恵さんが作ってくれた。食べる?」

「はい……。はい。是非とも」

 

 大きな紙のお皿を地面に置く。山盛りの唐揚げだ。揚げてすぐにアイテムボックスに入れたから、揚げたての美味しさを楽しめるはず。

 

「いただきます」

 

 精霊様は早速一つ手に取って、口に入れた。ゆっくりと食べてる。いつもよりしっかり味わってるように感じるのは気のせいかな。

 

「とても……。とても美味しいです」

「ん」

 

 私もこの唐揚げはお気に入りだ。すごく美味しいから。

 二人で唐揚げを食べていく。師匠のことを少し思い出しながら。

 

「リタ」

「ん?」

「何かあれば……、必ず相談してください。私は、あなたを失いたくありません」

「ん」

 

 心配性だと思う、けど……。きっとこれは、精霊様の本心、なんだろうね。心配してくれて嬉しくないと言えば嘘になる。心がぽかぽかしてくる。

 だから。

 

「私は守護者だから。まだ、やめるつもりはないよ」

 

 どこに行っても、友達ができても、家が増えても。それでも私の帰る場所は、ここだから。

 それを聞いた精霊様は、嬉しそうに微笑んでくれた。

 




壁|w・)ここまでが第六話で、第一章、みたいなイメージで書いてました。
次話からは第二章で第七話。いずれ時間ができれば章分けしたいところです……。


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無垢なナイフ

 

 日の出と共に起床して、お菓子を食べて配信を開始。いつもの流れ。

 

「ん。おはよう」

 

『ぐっもーにんっ!』

『リタちゃんおはよう!』

『今日もかわいいねえ!』

『ところでですね……我々は気になることがありまして……』

 

 そんな感じのコメントがたくさん流れていった。

 昨日の夜、私は師匠の実家を訪ねていた。それはみんな知ってることだから、心配してくれてるらしい。いろいろと不思議なことを言う人たちだけど、それでもやっぱりみんな優しいね。

 

「ん。会ってきた。優しい人たちだったよ。師匠のことも伝えてきた」

 

『おー! それはよかった!』

『正直、怒られたりとかしないか心配だった』

『そんなこと知りたくなかった、とか』

 

「私もちょっと緊張したけど、大丈夫だった。唐揚げもたくさん作ってもらった」

 

『からあげ?』

『なんでからあげ?』

 

「師匠が一番好きな料理だったんだって」

 

『おー……』

『唐揚げはそれっぽいのすら作れてなかったなあ……』

 

 私も食べた覚えはないから、師匠が作ろうとしたのかもわからない。もしかしたら、師匠にも思うところがあって、作ろうともしなかったのかも。

 真実は分からない。師匠に聞くこともできないから。

 

「ん。それじゃあ、今日の予定だけど。こっちの世界で冒険者の仕事に挑戦するつもり」

 

『マジで!?』

『ギルドに行くってことだよな』

『すごく楽しみ』

 

 まだ冒険者らしい仕事ができてないからね。今回は楽しい依頼があればいいなあ。

 とりあえずいつものように、私は街の側に転移した。

 

 

 

 ギルドに入ると、たくさんの視線が私に突き刺さった。ただし敵意とかは感じられない、ただ誰が入ってきたのか確認しただけの視線だ。

 

「お、嬢ちゃん! 依頼受けにきたのか?」

 

 そう声をかけてくれたのは、初めて来た時にも声をかけてくれたおじさんだ。おじさんは機嫌良さそうに笑いながら、こっちに歩いてきた。

 

「それで、何の依頼を受けるんだ? ん?」

「ん……。おじさん、暇なの? いつもいるよね」

「ぐふっ……」

 

 あ、突っ伏しちゃった。えっと……。私が悪いのかな?

 

『悪意がないからこその切れ味』

『おっちゃん……あんたはいい奴だったよ……』

『もう少し手加減してあげて?』

 

 んー……。やっぱり私が悪いみたい。少し疑問に思っただけなんだけど。

 

「おじさん。ごめん」

「ふ、ふふ……。いいさ……。確かに暇を持て余してるのは事実だからな……」

「あ、やっぱり暇なんだ」

「ぐはっ……」

 

『リタちゃんwww』

『もうやめて! おっちゃんのライフはゼロよ!』

『これが……隠遁の魔女……!』

 

 むう。何も言わないようにしておこう。

 ついに倒れてしまったおじさんを無視して、依頼が貼り出されてる掲示板を見に行く。たくさんの依頼がある。どれにしようかな。薬草採取とかやってみようかな。

 

「どれがいいかな?」

 

『採取とか駆け出しの定番だよね』

『やはりここはゴブリン退治では? リタちゃんならぐへへの展開もあり得ないだろうし』

『護衛依頼とか。他の街も見に行けるよ』

 

 んー……。見事にばらけてる。もう適当に決めちゃおうかな。

 

「ま、待つんだ嬢ちゃん……!」

「ん?」

 

 倒れていたおじさんが立ち上がった。なぜか周りの大人たちが見守ってる。なにこれ。

 

「おお、フランクが立ち上がったぞ!」

「さすがフランクだ! 俺なら一日泣くのに……!」

「さすがね、フランクさん……!」

 

 いや本当になにこれ。

 

『そりゃまあ、リタちゃんの無垢なナイフが鋭すぎたから……』

『多分視聴者も刺し殺されてる人がいるはず……』

『見える……見えるぞ……死屍累々の視聴者どもが……!』

 

 んー……。正直、私には意味が分からない。だから、うん。申し訳ないけど無視しよう。

 ところで、おじさんの名前はフランクさんというらしい。自己紹介、してなかった。初めて知った。覚えておかないとね。何度も話しかけてくれてるんだし。

 フランクさんは私の側まで来ると、にっと笑った。

 

「ついに初めての依頼か?」

「ん。何か受けようかなって」

「そうかそうか。じゃあ薬草採取なんてどうだ? 教えてやれるぞ」

「んー……?」

 

 薬草採取。視聴者さんからの提案にもあったから悪くはないと思うけど、これ、難しい依頼じゃないよね。フランクさんは多分Bランク以上だし、割に合わないと思う。

 

「フランクさんってランクは?」

「俺か? Aランクだ。三人パーティだぞ」

「おー……」

 

 うん。すごい。すごいけど、余計に意味が分からない。薬草採取なんて、Aランクがやるような仕事じゃないと思うんだけど。

 

「Aランクがやる仕事とは思えない」

 

 フランクさんにそう言うと、フランクさんより視聴者さんからの突っ込みの方が早かった。

 

『いやリタちゃん、それブーメランって分かってる?』

『Sランクの人がなんで薬草採取なんて受けようとしてるんですかねえ?』

 

 それは、そうだけど……。んー……。ん。よし。私のことは棚に上げる。それでいこう。

 




壁|w・)無垢なナイフ(悪意のない言葉)
ここから第七話、です。


UA10万、お気に入り2000件、評価100人突破しました!
読んでくれている皆様、ありがとうございます……!
これからものんびりまったり続けていきますので、よろしくお願い致します!


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パーティメンバー

 私の質問に、フランクさんは苦笑いを浮かべた。

 

「まあ儲けがないのはその通りだけどな? でも、それはいいんだよ別に」

「ん?」

「初めての依頼だと分からないことだってあるかもしれないだろ? 特にリタちゃんはいきなりCランクになってるんだしな。まあ、それでだよ。うん」

 

 ああ……。つまり、私のため。ただそれだけのために、何のメリットもないのに手伝ってくれようとしてるんだね。本当に、いい人だ。

 

「ありがとう」

 

 私がお礼を言うと、フランクさんは照れくさそうに笑った。

 

「俺がやりたくてやることだからな。気にするな。それで、どれにする? 薬草採取にもいくつか種類があるぞ」

「ん……?」

「この街なら、DランクとCランクの二つがある。Dランクなら街の外だが近くで見つけられるもの、Cランクなら森の奥、魔獣の生息域まで探すものだな」

 

 つまり戦う必要があるかどうかっていう区別かな。もちろん街の外に出るならDランクでも戦う必要があるかもしれないけど、Cランクよりはずっと少ないと思う。

 その二つなら、Cランクかな。Dランクだとちょっとつまらない気がする。

 

「じゃあCランクで」

「ま、そうだよな。じゃあこの依頼票を持って行くといい」

 

 フランクさんが掲示板から剥がした依頼票を私に渡してくれた。依頼の詳細が書かれた小さい紙だ。これを受付で渡せば、依頼を受けたことになるってことかな。

 早速受付に向かう。フランクさんもついてくる必要はないと思うんだけどなあ。

 受付にたどり着くと、フランクさんが言った。

 

「受付で依頼票とギルドカードを渡せば、登録完了だ」

「ん……?」

 

 え。待って。ギルドカードを渡すの? 今? 私、あの目立つSランクのカードしか持ってないんだけど……。

 

「嬢ちゃん、どうした?」

 

 フランクさんが怪訝そうに聞いてくる。どうしよう。あんまりSランクっていうのは言いたくない。

 

『リタちゃんどうしたんだ?』

『目立つのが嫌みたいだから、ギルドカードを渡したくないんだろ』

『めちゃくちゃ目立つカードだからなw』

『金ぴかだっけなそういえばw』

 

 そうだよ。だから困ってる。

 私が困っていると、助け船を出してくれたのは受付の人だった。

 

「ああ、リタちゃん。その依頼を受けるの? だったら預かっていたカードで受けるわね」

 

 そう言って受付の人は私から依頼票を取り上げると、カウンターの中で何かを書いて、そして依頼票とカードを渡してきた。そう、カードもだ。

 カードは、真っ白のカード。Cランクということと、私の名前が書かれてる。思わず受付さんを見ると、笑顔でウインクされた。わざわざ用意してくれていたらしい。

 

「ん。ありがと」

 

 いろいろな意味をこめてそう言うと、受付さんは笑いながら頷いた。

 

『さすがギルド、太っ腹やな』

『どうせくれるなら先によこせよと言いたいけどw』

『たしかにw』

 

 それはちょっぴり思うけど、問題なく私の手元に届いたんだから、気にしないでおきたい。

 私は待ってくれてるフランクさんに振り返ると、カードと依頼票を掲げてみせた。

 

「受けた」

「はは。おう。それじゃ、行くか」

 

 フランクさんが大きな剣を担いでギルドの外へ出て行く。私も慌ててその後を追った。

 

 

 

「なんでお前らがいるんだよ……」

 

 フランクさんが疲れたようなため息をついて、あとの二人が機嫌良さそうに答えた。

 

「だっておもしろそうだから」

「こんな面白イベントを逃すわけがないでしょう?」

 

 あ、フランクさんが頭を抱えた。気持ちは分からなくもない。

 最初、私たちは二人で街を出るつもりだった。簡単な依頼にフランクさんのパーティメンバーを巻き込むのも申し訳ないから。依頼の報酬も、フランクさんたちからすれば雀の涙程度のものだろうし。

 でも、それを許してくれなかったのがフランクさんのパーティメンバーだ。ギルドを出たところで、すぐに捕まってしまって同行してもらうことになった。

 

 フランクさんのパーティメンバーは、二人。顔に傷のあるお兄さんと、黒いローブの魔法使いのお姉さん。二人とも、私が初めてギルドに入った時にお話ししてくれた人だ。

 お兄さんの名前はケイネスさん。背中には剣と盾を背負ってる。

 お姉さんの名前はパールさん。見た目通り魔法使い。二人とも、ランクはBランクらしい。

 

『ゲームに当てはめれば、前衛の剣士、タンクの騎士、後衛の魔法使い、てところかな』

『ほーん。なかなかバランスが取れた構成じゃね?』

『逆に言えば面白みのない構成だなあ』

『命がかかってんだから面白みを求めんなw』

 

 本当にね。死なないようにと思ったら、こういうパーティになるのかも。

 

「よかったの? 薬草の採取だけだよ?」

 

 二人に一応聞いてみたけど、二人とも満面の笑顔だった。

 

「もちろん。将来有望な新人を指導するのも、僕たちの役目だからね」

「リタちゃんは何も気にしなくていいわ。私たちが勝手にちやほやしたいだけだから」

 

 それはそれでちょっと困る。少しだけ、恥ずかしい。

 私たちが向かうのは、街の南にある森だ。街の南側へ一時間ほど歩くと、大きな森になるらしい。ただ未開の森っていうわけじゃなくて、ちゃんと馬車が通れる道が整備されてる。その道から逸れた場所が目的地だ。

 整備されている道があるとはいえ、森は森。一部危険な魔獣も出てくるから油断はしないように、と注意された。

 外の魔獣ってどんな子がいるのかな。すごく楽しみだ。

 

「おかしいな。俺は一応、忠告したつもりだったんだけどな……」

「はは。怯えるどころか楽しそうだよ」

「いい性格してるわね、この子」

 

 だって、楽しみだからね。

 

『魔獣に会いたがるリタちゃん』

『やはり野生児、間違いない』

 

 怒るよ? あ……、いや、これ、否定できない。怒れない。普通に考えたら魔獣が楽しみってあり得ない。せめて表情に出ないようにしないと。

 




壁|w・)テンプレ(を外した)おっちゃんたちが仲間になりました。
一応、あの街ではそれなりに腕の立つ冒険者だったりします。


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フォレストウルフ

 森に入ったら、わざと道から逸れて森の奥へと向かっていく。今回採集の薬草は、森の比較的深いところで採集できるらしい。

 それにしても、精霊の森以外の森って初めて入ったけど、すごく平和だね。精霊の森だと、こんなに無防備に歩いてたら、間違いなく襲ってくる魔獣がいるのに。まあそんな魔獣がいるから、ごはんに困らないんだけど。

 平和で静かな森。ちょっとだけ楽しくて周囲を見回す。綺麗な森だね。気持ちいい。

 

『きょろきょろリタちゃん』

『なんか、そわそわわくわくしてて、見た目相応って感じ』

『かわいい』

 

 余計なことは言わなくていいよ。あと後ろの人たちもなんだかすごく笑顔なんだけど。こう、微笑ましいものを見るみたいな。すごく恥ずかしいんだけど。

 後ろの人たちをあえて意識から外して散策していたら、森の奥から何かが駆けてくる音が聞こえてきた。すぐにフランクさんたちも気付いて、ケイネスさんが私の前に出てくる。

 

「おそらくフォレストウルフ。数は三。どうする?」

「脅威でもなんでもないなあ……。リタちゃんの初実戦にはちょうどいいだろ」

「そうね。それじゃあ、リタちゃん。私の隣においで。ここから魔法で安全に攻撃できるから」

 

 フォレストウルフ。精霊の森にもいるすごく大きな狼だ。脅威じゃないって言えるなら、フランクさんたちは私の予想以上に強い……、あ、出てきた。ウルフが出てきたけど……。

 

「ちっちゃい!」

 

『ちっさ!』

『ちっちぇえなおい!』

『あかん、精霊の森のやつで感覚が麻痺してるw』

 

 いやだって、すごく小さいよ。あと魔力もかなり少ないよ。え、なにこの子、すごくかわいい! わあ! すごくかわいい! もふもふしたい! もふもふ!

 

『リタちゃんの目がめちゃくちゃきらきらしてるw』

『子犬や子猫を見かけた女の子のそれw』

『左手がすごくわきわきしてるw』

 

 だって! すごくかわいい! ちいさい! もふもふ!

 小さくてかわいいウルフたちは、私たちを警戒してるのか少し離れたところで唸ってる。それもかわいい。

 

「り、リタちゃん? 攻撃していいよ?」

「おーい、嬢ちゃん、どした?」

 

 フランクさんもケイネスさんも待ってくれてる。でも私は攻撃できない。したくない。連れて帰りたい。もふもふ。

 

「ん。連れて帰る」

「え」

 

 三人とも唖然としてるけど、そんなに不思議かな。小さくてもふもふでかわいいウルフだよ。

 

『小さい小さい言うても、普通にハスキー程度の大きさがあるんだけど』

『そりゃお前、リタちゃんの比較対象が精霊の森のあれだぞ?』

『あっちは大型の車ぐらいの大きさだからな……』

 

 同じ種類でも場所によって全然違うんだね。ミレーユさんが驚いていたのも今なら分かるよ。

 と、いうわけで。私はさっさと二人の前に出てウルフへと歩いて行った。

 

「ちょ、リタちゃん!?」

「おい危ないぞ!」

 

 ん。大丈夫大丈夫。

 というわけで、はい、どん。

 

「ひっ」

 

 短い悲鳴が、後ろから、パールさんから聞こえてきた。

 私がやったのは、威圧みたいなもの。少し大きめの魔力をウルフたちへと叩きつけただけ。もちろんこれを受けたからってダメージなんてほとんどない。

 ただ、本能で察するとは思う。察してくれたし。

 ちっちゃくてかわいいもふもふウルフたちは、体を震わせてその場に伏せた。そしてもう動かない。ただ体を震わせてるだけ。んー……。ちょっとかわいそうなことをした気がしてきた。

 でも、とりあえずこれで触れるよね。よし触ろう。もふもふしよう。

 

「なあ、あれ、何がどうなってんだ……?」

「僕に聞かれても……」

 

 私が側に近づいても、ウルフはやっぱり動かない。遠慮無く、ウルフの体を触ってみた。もふもふ……もふ……。んー……。

 

「ごわごわしてる……」

 

『草』

『でしょうねwww』

『野生だからなw』

 

 むう……。とても、とても不満だ。もっとこう、もふもふをイメージしてたのに。

 いやでも、考えてみたら当然だったかもしれない。だって、ご飯のために精霊の森でフォレストウルフを狩った時も、そんなにもふもふじゃなかった。わりとごわごわだった気がする。むしろ結構固かった気がする。

 でも、もふもふをもふもふしたい。むう……。

 

「よし。決めた」

 

 私は目の前のウルフを撫でて、そして言った。

 

「群れ、なんだよね。ボスのところに連れて行って?」

 

 びくりとウルフが震える。恐る恐る顔を上げたウルフに、私は笑顔で言った。

 

「よろしくね」

 




壁|w・)今作のもふもふ?枠です!


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動物との触れ合い

 

「なあ、嬢ちゃん」

 

 三匹のウルフを先に歩かせてついて行っていると、フランクさんが話しかけてきた。振り返ると、困惑してるのがよく分かる。

 

『そりゃそうだ』

『フランクさんたちからすれば、マジで意味不明な光景だっただろうしなw』

 

 そうかな。そうかも。

 

「嬢ちゃんは実はテイマーだったりするのか?」

「ん? 違う。魔法使い」

「だよなあ……」

 

 不思議そうにしてるけど、深く気にしない方がいいと思うし、私の真似はしない方がいい。だって、ただ脅しただけだから。ちょっとかわいそうなことをしたと思うし。

 それよりも視聴者さんがなんだか大騒ぎだ。

 

『テイマー!? テイマーって言った!?』

『言ってた! 間違いなく! テイマーいるのか!』

『それっぽいのぐらいあるかもと思ってたけど、テイマーそのものあるとか胸熱』

 

 この人たちはテイマーというのに何かこだわりでもあるのかな。

 ただ、私はテイマーについては詳しくない。師匠や精霊様から、魔獣を使役する技術があるらしいっていうのは聞いたことがあるけど、魔法じゃないらしくて興味がなかったから。でも、そんなに気になるなら聞いておいてあげれば良かったかな。

 

「確か、エサとかで調教して、協力関係を築く、みたいなものだっけ」

「テイマーか? そうだな。かなり特殊な技術が必要だ」

「ん。だよね」

 

『テイム魔法みたいなのがあるわけじゃないのか』

『エサで調教ってことは、リアルと大差なさそうな感じかな』

『魔法がある世界なのにもったいない』

 

 魔法で無理矢理従わせる、なんて基本的にはできないよ。そういう魔法が作られたとしても、間違いなく精霊たちからの介入があるはず。多分完成してすぐか、完成前に抹消されるはずだ。

 でも、テイマーをしてる人にはちょっと興味があるかも。ウルフもテイムしてるかも。もふもふかも。すごく気になってきた。あの街にテイマーさんっているかな。

 

 いやその前に、先に目の前のウルフたちだね。

 気付けば私たちは見事に囲まれていた。周囲にたくさんのフォレストウルフがいる。でも、どれも小さい。それにたくさんと言っても、二十はいない。私一人でも平気だ。

 それはフランクさんたちも同じみたいで、囲まれてることに気付いても特に慌てていない。武器だけ抜いて、とても落ち着いてる。この程度なら問題なく対処できるんだろうね。

 

「わりと大きめの群れだね」

「そうね。どうせならフォレストウルフの討伐依頼ぐらい受けておけば良かったかもね」

 

 討伐依頼。それも定番だね。受けてみたいかもしれない、けど今は関係ない。武器を構えてる三人には悪いけど、ちょっと待ってもらおう。

 

「だめ」

「ん? どうした、嬢ちゃん」

「襲われない限り手を出さないで」

「は? いや、嬢ちゃんがそれでいいなら、待ってやるけど……」

 

 武器は構えたままだけど、少しだけ力を抜いたのが分かった。わがまま言ってごめんね。でも。

 

「私はもふもふが欲しいから……」

 

『ぼそっとなんてこと言ってんだリタちゃんw』

『連れて帰る気まんまんじゃんw』

『ペットかな?』

 

 もちろん無理強いはしない。するつもりはない。でも、一匹ぐらい、来てくれないかな。

 目の前、案内してくれた三匹は、一番奥にいる大きなウルフに近づいて何かを報告してるみたいだった。魔獣独自の言語でもあるのかもしれない。何を話してるのかな。

 やがて話が終わったのか、大きめのウルフが歩いてきて、私の少し前で止まって座った。まるで指示を待つみたいに。

 んー……。まだこの子には何もしてないはずなんだけどね……。

 でもとりあえず触ってみよう。んー……。やっぱりごわごわだ。

 

「なあ、俺たち何を見てるんだ?」

「女の子と動物の触れ合いさ。癒やされるね」

「いえ魔獣だからね?」

 

『現地の人も完全に呆れてるw』

『普通はすぐに討伐なりするんだろうな』

 

 それも分かるけどね。でも私としてはやっぱりもふもふが一番です。

 とりあえずちょっとごわごわだったけど、一先ず満足。改めてボスに向き直った。それじゃあ、一匹だけでも来てくれないか交渉を……。

 

『なあ、リタちゃん。リタちゃんから言うと、脅迫にならないか?』

 

 え。

 

『自分たちを滅ぼせるようなやつから一匹来いって言われたら、例えお願いの形であっても向こうにとっては拒否権がないのと同じだよ』

『機嫌を損ねないようにしないといけないからね』

『もちろんもともと討伐をするような魔獣だし、そっちでもいいかもだけど』

 

 そっか。そっか……。そう、だよね。この子たちからすれば、逆らえないよね。

 んー……。そっかあ……。

 

「ん……。薬草、たくさんある場所知ってる? 教えて」

 

 ボスは不思議そうに首を傾げたけど、振り返って歩き始めた。ついてこい、ということだと思う。この子について行けば、薬草がたくさんあるはず。

 もちろん罠の可能性だってあるけど、その時こそ対処すればいいだけだし。

 

「ん。この先に薬草があるって」

「そ、そうか……」

「本来の方法と全然違うけど……。いいのかな?」

「他でもないリタちゃんのやり方なんだし、いいとしましょう」

 

 悪いことをしてるわけじゃないからね。認めてほしいと思う。

 ボスについていく。時折こちらを振り返って待ってくれたりもする。いい子だね。視聴者さんから話を聞いた後だと、私の機嫌を損ねないように細心の注意を払ってるだけなんだろうけど。

 そう思うと、やっぱり悪いことしちゃったと思う。中途半端なことはしちゃだめだね。

 …………。もふもふ……。

 

『すっごくしょんぼりしてる……』

『ペットを飼うことを許してもらえなかった子供みたい』

『ひらめいた!』

『何をだよw』

 

 ボスについて歩いて行って、そうして案内された場所は、特に何の変哲もない、他の場所とあまり変わらないところだった。でも、生えている草はちょっと違ってるみたいで、パールさんも目を丸くしてる。足下の草を調べたパールさんは、呆然とつぶやいた。

 

「ここ、多分全部薬草ね……」

「全部? 全部!?」

「そう、全部」

 

 どこまでが薬草かはいまいち分からないけど、こんなに集まってるのは珍しいみたいだ。ここのを採取していけば、依頼の量には足りるかな。

 

「どうするリタちゃん。ここにあるもの、全部採取するか? 追加報酬ぐらいはもらえると思うぞ」

「んー……」

 

 ボスを見る。その場で座って待ってるボスを。じっと待ってくれてるけど、なんだかいろいろと諦めてるような顔、というか。諦観を感じる。

 

「必要分だけ」

「それでいいのかい?」

「ん。多分ここの薬草、この子たちも使ってるだろうから」

 

 ボスを見ながらそう言うと、三人とも納得してくれたみたいだった。

 

「優しいんだな、リタちゃん」

「ん……。脅迫しておいて優しいはないと思う……」

 

 本当に、ちゃんと反省だ。

 採取する量はあまりないので、それほど時間もかからずに終わってしまった。採取をやめた私たちを見て、ウルフはどこか安心したような雰囲気だ。やっぱりここの薬草はこの子たちも使うものだったのかな。

 

「すごいな、こんなに早く終わるとは思わなかった」

「かなり普通とかけ離れたやり方だったけどね」

「ウルフと交渉するなんて初めてよ」

 

『交渉(脅迫)』

『終わりよければ全てよしってことで』

『途中で変わってしまったリタちゃんの目的は果たせなかったけどw』

『もふもふなwww』

 

 ん……。それは残念だけど仕方ない。とりあえず大きいウルフをもふもふして満足しておく。ごわごわだけど。

 

「それじゃ、嬢ちゃん、帰ろうか」

「ん」

 

 フランクさんに促されて、ウルフから離れる。手を振ると、ウルフは一鳴きしてくれた。かわいかった、と思うよ。うん。

 




壁|w・)もふもふ枠とは言ったが、連れ帰るとは言ってない。
それ以前にもふもふしてないという突っ込みは受け付けません。


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もふもふ

 

 ギルドで薬草を渡すと、なんだかすごく驚かれてしまった。早すぎる、だって。

 

「本当はもっとかかるの?」

「そりゃなあ。普通は地道に探すしかないんだよ。魔獣を警戒しながら少しずつ探していく。依頼の量まで集めようと思ったら、だいたいは一日仕事だよ」

 

 その上、儲かる仕事でもないそうだ。

 Cランクの冒険者さんなら他に依頼がないなら薬草を集めようとなるらしいけど、Bランク以上になるとBランクの依頼が来るまで待とうと思うようになるんだとか。報酬が全然違うらしい。

 その上、薬草採取は見つからなかったら儲けも減る。とてもじゃないけど安定しないんだとか。

 

「ふうん……。じゃあ私も、次は討伐の依頼にしてみようかな」

「嬢ちゃんならそっちの方が向いてるだろうな。手が空いてたら付き合ってやるよ」

「ん」

 

 一人よりも誰かと一緒の方が楽しいかもしれないから、その時はお願いしてもいいかも。

 受付さんからもらった報酬は、私が全部もらうことになった。俺たちは何もしてないから、だって。お金にも困ってないから、とも言われたけど、私もあまり困ってない。まあ、しつこく言っても仕方ないし、今回は私がもらっておく。

 この後はどうしようかな。予想以上に早く終わっちゃった。んー……。

 

「もふもふでも探しに行こうかな……」

 

『本当急にどうしたんだリタちゃんw』

『謎のもふもふ熱』

『もふもふだと思って触ったらごわごわだったからなあw』

 

 普段はそんなに気にしないんだけどね。でもなんだか今日はもふもふの気分。日本にはもふもふなペットもたくさんいるって聞いていたから、その影響かも。

 でも探したところで見つからなさそうだから、諦めようかな。

 そう思ってたんだけど。

 

『リタちゃん、真美です。よければ夕方、こっちに来てください』

『おや?』

『真美ちゃん?』

『マ?』

 

 ん……。多分、真美本人だね。わざわざ来てほしいって言うってことは、何かあるのかな。

 とりあえずもう少し待ってから、日本に転移することにした。

 

 

 

 夕方。真美の家の中へと転移すると、知らない人がリビングで待っていた。真美が最近着てる制服というものと同じものを着てる。学校というのが同じなのかな? 茶色の髪はショートカットにされてる。

 その人は転移してきた私を見て、目をまん丸にしていた。

 

「えっと……」

 

 ん……。どうしよう。挨拶ってどうすればいいんだっけ。えっと。えっと。

 

『お互いに挨拶しようとして止まってる……』

『どうすんだよこれwww』

 

 本当にどうしよう。

 二人で何も言わずに固まっていたけど、すぐに真美がリビングに入ってきた。私を見て、先に入っていた人を見て、そしてどうしてか苦笑した。

 

「こんばんは、リタちゃん。待ってたよ」

「ん。何かあるの?」

「うん。今のリタちゃんなら喜んでくれるはずだよ」

 

 その前に、と真美が前置きして、

 

「この子は咲那(さな)。私の友達だよ」

「は、初めまして! 咲那です! よろしく!」

 

 咲那が勢いよく立ち上がって、頭を下げてきた。なんだろう、すごく元気なのが分かる。

 

「ん。リタです。よろしく」

「はい!」

 

 咲那は顔を上げると、真美へと振り返った。

 

「び、びっくりした! 急に呼ばれたから何かなと思ってたけど、リタちゃんがいるなんて! びっくりした!」

「あはは。うん。その、ごめんね?」

 

 んー……。咲那は、私が来ることは知らなかったみたいだね。もしかして真美にかけた魔法が失敗したのかも、とちょっとだけ思っちゃったけど、それはなさそうで安心だ。

 でも、真美はどうしてこの子を私に紹介してきたのかな。あと、咲那の足下の箱、ケージっていうのかな。あれはなんだろう。

 

「でも、なるほど。それで真美はあたしを呼んだんだね」

 

 ん。咲那の方は、心当たりがあるみたい。真美を見ると、目が合った。悪戯っぽく笑ってる。

 

「それじゃ、リタちゃん! あたしも配信見てる! 今も見てた!」

「ん。ありがと」

「うん! それでね! あたし、犬飼ってるんだ」

 

 犬。わんこ。もふもふ。もしかして。

 つい視線が下へ、ケージへと移ってしまった。咲那もそれに気付いたみたいで、ケージの蓋を開ける。そして咲那はケージの中から、その子を取りだした。

 小さい、とても小さい犬。茶色っぽいふわふわもふもふな子犬だ。もう見た目からしてふわふわしてる。もふもふしてる。かわいい。

 咲那に抱き上げられてる子犬は少し眠たげにしていて、くあ、と小さくあくびをした。

 

「わあ……」

 

『やばいこれはめちゃくちゃかわええ!』

『見た目で分かるもふもふ!』

『いいなあいいなあもふりたいなあ!』

 

 すごいね。すごくもふもふしてるね。触りたい。

 じっと子犬を見ていたら、咲那が子犬を差し出してきた。

 

「はい。おとなしい子だから、抱いても暴れないよ!」

「ん……」

 

 そっと抱いてみる。抱き方は咲那と同じように……。

 わあ……。すごく、すっごくもふもふだ……!

 

「もふもふ……!」

 

『リタちゃんが嬉しそうで俺も嬉しい』

『かわいいとかわいいが合体してとてもかわいい』

『お前は何を言ってるんだ』

 

 すごくもふもふしてるね。うん。すごく、すごく幸せ。んふー。

 




壁|w・)もふもふ!


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咲那の提案

 子犬もすごくおとなしい。抱かれたまま、とてもリラックスしてる。もしかして嫌だったりするかなと思ったけど、尻尾を振ってるから嫌じゃない、ということかな?

 私が子犬のもふもふを堪能していたら、咲那が言った。

 

「ねえ、リタちゃん。その子、私の家で生まれた子なんだけど」

「ん」

「よければ、もらってくれない?」

「…………」

 

 もらう。もらって帰る。つまり、精霊の森に連れて帰ってもいいってこと、だよね。それはすごく魅力的な提案だ。誘惑されそうになる。でも。

 

「それは、だめ」

「え……?」

 

 咲那が、そして真美も、驚いたみたいに目を丸くした。

 

「その……理由とかは、ある? リタちゃんなら、この子を任せてもいいと思ったんだけど……」

「ん。危険だから」

「危険?」

「ん。私が住んでる精霊の森は、すごく危険。私がずっと一緒にいてあげられたらいいけど、出かけられなくなるのはちょっと困る」

「精霊様に預けたりとか……」

 

 んー……。そっか。私が呼べばいつも来てくれるから、誤解してる人も多いのかも。

 

「精霊様は、すごく忙しい。私が呼べば来てくれるけど、普段はいつもお仕事してる。私がいない間犬を見ていて、なんてさすがに言えないよ」

「そうなの……?」

「そうなの」

 

 精霊様は、世界樹の精霊だ。世界樹の精霊の仕事は、世界樹を守ることと、そして世界樹からあふれ出す魔力の流れを管理すること。それは精霊様にしかできない仕事で、代わりがいない。

 だから、犬のお世話まで頼むことはさすがにできないよ。

 そう説明すると、二人とも納得してくれた。

 

『精霊様ってもしかしてすごく偉い?』

『多分あの世界の頂点だぞ』

『俺は師匠さんの頃から見てるけど、精霊様の上を見たことないな』

 

 ん。精霊様はすごいのだ。

 

「ん!」

 

『謎のどや顔』

『多分精霊様を自慢できて嬉しいんだと思う』

『お母さんを自慢する子供かな?』

 

 それはよく分からない。

 

「そっかあ……。でもまあ、仕方ないね」

「ん。せっかく言ってくれたのに、ごめん」

「ううん! 納得できる理由だったし、無理強いなんてしても、ろくなことにならないから!」

 

 名残惜しいけど、子犬を咲那へと返す。咲那が子犬をケージの側に下ろすと、子犬は自分からケージの中に入っていった。すごく賢い。

 

「いやあ、それにしても、真美がリタちゃんの友達だっていうのはびっくりした! 何も言ってくれなかったし!」

「ああ、うん。ごめん」

「いやいや! 仕方ないのは分かってるから! 慎重になるのも致し方なし!」

 

 そう言って快活に笑う咲那。本当に、すごく元気な子だ。それだけでも好感が持てる。真美も信頼してるみたいだし、きっといい子なんだろうね。

 

「その子犬はどうなるの?」

「里親探すよ、もちろん! 幸せにしてくれる素敵な里親さんを見つけないと!」

 

 ん。そっか。この世界の犬について詳しくない私は、あまり手を出せることはなさそう。だからせめて、いい人が見つかるように、それだけ願わせてもらおうかな。

 

「ところでリタちゃん」

「ん?」

「犬? 猫? どっち?」

「急になに?」

 

 えっと、それは好きな方を聞いてるのかな。犬か猫か。んー……。両方とも、かわいいよね。両方とも好き。でもどっちかと言えば……。

 

「犬かな」

 

『よっしゃあ!』

『ちくしょう……!』

『犬派の俺、大歓喜』

『犬派と猫派の争いかこれ』

『争いってほどでもないけどな』

 

 どっちも好き、でいいと思うんだけどね。

 咲那はそっかと頷きながら、一枚の紙を取り出した。チラシ、かな? それを私と真美に渡してくる。えっと……。犬カフェ?

 

「そこ、東京で新しくオープンしたお店で、たくさんの犬と触れ合える喫茶店!」

「へえ……」

「最高だったよ!」

 

 あ、咲那は実際に行ったことがあるんだね。それで、私に勧めてくれたと。

 犬と触れ合える喫茶店。いいなあ。すごくいい。とても気になる。行ってみようかな。

 

「あ、えっと……。リタちゃん」

「ん? どうしたの。真美」

「その、私も興味あるなって……。一緒に行っちゃ、だめかな?」

「ん。いいよ」

 

 そういえば、真美と一緒に出かけるっていうのは、あの高い場所に行った時ぐらいだった。せっかく友達になったんだし、友達と一緒に遊びに行くっていうのも体験してみたい。

 友達と遊びに行く。うん。すごくいい。

 

「いつがいい?」

「土日なら大丈夫」

「ん。じゃあ、土曜日で。楽しみ」

「うん! よろしくね、リタちゃん」

 

 ん。友達と一緒にお出かけ。すごくすごく、とっても楽しみだ。気付けば頬が緩んでた。

 

「ん……」

「リタちゃんがすごく機嫌よさそう」

「あはは。かわいいでしょ?」

「うん。すごくかわいい」

 

 そういうことは言わなくていいよ。

 




壁|w・)犬か猫かで言えば僅差で犬だけど、やっぱりどっちも好き。そんな感じです。
ちなみにここまでが第七話のイメージです。次回からは第八話。

来週から金曜日の更新をお休みさせていただきます。それ以外はできるだけ更新を続けます……!


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約束の日

 

 土曜日。真美の学校が休みの日。ようやくこの日がきた。一応、待ち合わせはお昼前、十時の予定。合流したら、犬がたくさんいる喫茶店と猫がたくさんいる喫茶店、両方行く予定だ。

 もふもふも楽しみ。でもそれ以上に、真美と、友達と出かけるのがとても楽しみ。

 ちなみに配信はしてもいいということになってる。というより、咲那からするように言われたらしい。私としてはいつものことだからね。

 というわけで、配信開始。

 

「おはよう」

 

『おはよう!』

『挨拶できてえらい!』

『もう合流したのかと思ったけど、まだいつもの森の中か』

 

 まだ八時だからね。合流は十時だから、まだ時間がある。かといって何かするわけでもないんだけど。

 

『じゃあ投げ菓子しようぜ』

『いつでも投げれるように買い置きしてる!』

『はよ! はよ!』

 

「ん……。いやまだ余ってるから……」

 

『ですよねwww』

 

 一回の量が多いからね。それでも投げたいって言ってくれる人が多いから、週に一回は不定期でやってるけど。それでも余るお菓子はゴンちゃんとフェニちゃんが食べてくれる。

 とりあえず今日の朝ご飯は干し芋。たっぷり入ってパックされてるもの。開封して、干し芋を取り出して、指先に火を点す。干し芋を軽く炙ってぱくりと食べる。

 そのままでも美味しいけど、干し芋は少し温めるともっと美味しい。甘みが増してる気がするし、何よりも柔らかくなってすごく食べやすい。

 

「ん」

 

 うん。今日も美味しい。

 

『いっぱい食べる君が好き』

『美味しそう……。俺も干し芋買ってくるかな』

『おなじく』

 

 甘くて美味しい。

 

 

 

 干し芋を食べて、時間までのんびりと森を散策。一応は見回りだけど、どうせ何か起きたら転移で向かうから、見回りの意味はあまりないと思う。

 

『原生林って感じがして好き』

『感じじゃなくてまさに原生林だけどな』

『人の手が入ってるところなんて、リタちゃんの住処ぐらいだし』

 

 手を入れる必要がないからね。歩きにくくても、飛べばいいだけだし。

 そうしてのんびり散歩を楽しんでいたら、持っていたスマホから十時のアラームが鳴り始めた。時間だから、転移しよう。その前に、精霊様にいつもの報告。

 世界樹の前に転移すると、精霊様はすでに待っていてくれていた。

 

「ん。遊びに行ってくる」

「はい。いってらっしゃい、リタ」

 

『精霊様にママ味を感じる』

『ママー!』

『まあ実質リタちゃんのママみたいなもんだし』

 

 んー……。精霊様がママ……お母さん……。

 精霊様を見る。にこにこしてる。んー……。

 

「よし行こう」

「スルーはひどくないですか!?」

 

『草』

『いやでもきっと恥ずかしがってるだけだし!』

 

 いや、恥ずかしいとかそれ以前に。

 

「私にとっては父も母も、私を捨てた存在だよ」

 

『あ……』

『正直すまんかった』

『そうだったよごめんよ』

 

 まあ、気にしてないよ。少しだけしか、ね。

 

「それじゃ」

「ふふ……。はい。行ってらっしゃい」

 

 精霊様に手を振って、真美の家へと転移。転移した先では、すでに真美が待っていた。最近よく着ているセーラー服というものじゃなくて、赤色のパーカーに黒いスカートのラフな格好だ。

 

「いらっしゃい、リタちゃん」

「ん。待ってた?」

「そうでもないよ」

 

 そうかな。そうだったらいいんだけど。

 

「ちいちゃんは?」

「今日はお母さんとお買い物。お母さんも休みだからね」

「ん……。真美はよかったの?」

「うん。リタちゃんとお出かけしたかったから」

 

 照れたようにはにかむ真美。ちょっとかわいい。

 

『まあ正直高校生どころか中学生にもなると、親とお出かけってなかなか恥ずかしいよ』

『わかる』

 

 そういうもの、なのかな。私にはよく分からない。ただ、優先してもらったみたいで、その点はちょっと嬉しい。

 

「ん……。じゃあ、行く?」

「うん。そうだね」

 

 それじゃ、出発だ。真美の手を取って東京に転移した。

 転移した先は、いつものタワーの頂上。ここには人がいないから、最初に転移するのには丁度いい、と思ってたんだけど……。

 

「な、なんだ!?」

「もしかしてリタ!?」

 

 うん。なんか、人がたくさんいた。テレビカメラっていうのを持ってる人とかもいる。何やってるのかな。

 

「り、リタちゃん」

「ん?」

「あの、認識阻害って、カメラには……」

「ん。大丈夫。顔は認識できるけど真美に結びつかないはず」

「それはそれで怖いよ!?」

 

 そうかな。そうかも。でも真美にかけた魔法はそういう魔法だ。今も少しずつ改良してるから、もっと便利な魔法になるはず。というか、する。がんばる。

 真美一人だけでならまた変わるけど、私と一緒にいる限り認識阻害が働く。映った真美の顔は認識できても、どこの誰かまでは思い出せないしたどろうとも思えない。そんな魔法。

 

「あの! お話しいいでしょうか!」

 

 そう聞いてきたのは、女の人。女の人の後ろにはテレビカメラを持った人。んー……。

 

「テレビ?」

 

 私が聞いた先は、視聴者さんだ。たくさん見てる人がいるなら、テレビを見ながらの人もいるかなって。そしてすぐに返答があった。

 

『リタちゃん、生中継されてる!』

『ヒャッハー! 新鮮な生リタちゃんだ!』

『いつも配信で生リタちゃん見てるだろうにw』

 

 むしろ生リタってなんだよと言いたい。お肉か何かかな?

 




壁|w・)ここから第八話のイメージです。


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わんこ

 女の人に向き直ると、なんだか期待に目を輝かせていた。まあ、いいけども。

 

「少しだけなら。今から遊びに行くので」

「遊びにですか!? ちなみにどちらに?」

「それを聞いてどうするの?」

 

 張り込むつもりかな? 大きな遊園地だっけ。そういうところなら今からでも待ち構えることができるかもだし。いや行かないけど。いや行ってみたいけど。

 

「真美。真美」

「え、な、なに? どうしたの?」

「遊園地行ってみたい」

「本当にどうしたの!?」

 

 思い立ったが吉日ってやつだよ。師匠が言ってた。

 

「えっと……。今から行く?」

「んーん。今度。あと電車も乗ってみたいね。うん」

「あはは……。やりたいことがいっぱいだね」

 

 私の世界じゃ体験できないことだからね。たくさん遊びたい。

 

「あ、あの……」

 

 あ。女の人を無視してしまっていた。

 

「ん。まだ何かある? 勝手に入ったのは謝るけど、そろそろ行きたい」

「ああ、いえ。リタさんが転移先に使っていることはすでに皆さん知っているようでして、誰かに迷惑がかかることでもないので黙認するそうです」

「あ、そうなんだ」

 

 それはとても嬉しい。ここ、便利だから気に入ってるんだよね。

 

「ではお忙しいようですし、あと一つだけ」

「ん」

「よければ、日本の感想をお願いします」

 

 んー……。日本の感想。日本の感想かあ……。

 

「美味しい」

「んふっ……」

 

 真美のつぼに入ったらしい。口を押さえてぷるぷる震えてる。女の人たちも、なんだか楽しそうに笑っていた。

 

「ははは……。リタさんらしいですね」

「ん。ん……?」

 

 私らしいってどういう意味かな……? あれ? 食べてばかりとか思われてない? 変なイメージ持たれてない?

 

『リタちゃんのイメージは大食いだからなあ』

『ぶっちゃけ食べ物さえ与えてれば満足しそう』

『食べ物で簡単に釣れちゃいそう』

『尻尾振ってついてくるイメージ』

 

 ひどい偏見を見た気がする。いやわりと否定できないかもしれないけど。

 まあ、うん。いっか。それでも。きっかけがカレーライスだったのは事実だしね……。

 

「それじゃあ、もういい?」

「はい。ありがとうございました、リタさん」

「ん」

 

 ここで転移場所を決めたかったけど、とりあえず避難だ。真美の手を取って、とりあえず目に見えるけどちょっと遠いビルの屋上に転移した。

 

 

 

 商業ビルの屋上からエレベーターで一階へ。いつもの視線を感じながら、真美と一緒に歩いて行く。目的地は決まってるし場所も覚えてるから、迷う心配はない、はず。

 真美の方は、物珍しそうに周囲をきょろきょろと見回していた。

 

「真美、どうしたの?」

「高い建物がいっぱいだなあって。心桜島にはビルはあまりないから」

「ん……。そういえば、そうだね」

 

 真美が住んでるマンションは大きい建物ではあるけど、あの島の大きい建物ってそれぐらいだったはずだ。ここみたいに大きいビルが建ち並ぶ光景はあまり見ないらしい。

 

『心桜島はまだまだ開発途中だから』

『これから先も観光資源みたいな扱いかもしれないしなあ……』

 

 観光。じゃあ、何か面白いものがあったりするのかな。

 歩いている間、いつもの視線は感じるけど、話しかけてくる人はいない。歩きやすいから私としては嬉しいけど。

 そうして歩いていると、すぐに目的地が見えてきた。小さなかわいらしいお家で、犬の大きいぬいぐるみがドアの前に置かれていた。ぬいぐるみの首にはプレートがかけられていて、営業中の文字。かわいいかも。

 

「リタちゃん、このぬいぐるみふわふわしてる!」

「ん?」

 

 ぬいぐるみを撫でてる真美に近づいて私も撫でてみる。なるほど、これは確かにふわふわだ。大事に手入れしてるのがよく分かる。

 

「真美。それよりも」

「あ、そっか」

 

 真美を促して、私たちは喫茶店の中に入った。

 喫茶店の中は、思っていたよりも広かった。丸いテーブルが四つと、椅子がいくつか。そしてそんな家具よりも何よりも。

 わん、と子犬が駆け寄ってきた。どの子もまだすごく小さくて、そしてもふもふしてる。すっごく見た目がふわふわだ。そしてどこに行くのかと思ったら、私たちの足下にじゃれついてきた。

 

「わあ……!」

 

 真美も感嘆のため息をついてる。すごくいいよね、ここ。これだけで気に入った。

 

「いらっしゃいませ」

 

 そう言って店の奥から出てきたのは、とても若い女の人。多分店主さんだ。店主さんは私たちを見ると目を丸くして、そしてすぐににっこりと笑顔になった。

 

「わあ、びっくり! あなた、リタちゃんよね? 配信、見てる! ここに来てくれたのね!」

「ん……。ありがと」

「ということは、君が真美ちゃん? へえ、すごくかわいい!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 うん。この人、ちゃんと見てくれてる。真美はすごくかわいい。照れてる顔とかおすすめ。

 店主さんが言うには、どの犬もみんな人なつっこいらしい。抱いてあげたら喜ぶんだとか。ただ、変な抱き方をすると犬たちも辛いらしくて、店主さんが犬の抱き方を教えてくれた。

 教えられて気付いたことは、咲那はわりとちゃんと抱いていたんだなと。犬を飼う人はみんな覚えてるのかな。

 

「今はどの席も空いてるから、好きな席にどうぞ。飲み物とかはメニューを見てね」

「ありがとうございます。リタちゃん、どこに座る?」

「んー……」

 

 そこで私に振ってくるんだ。どこでもいいんだけどね。犬をたくさんもふもふしたいとは思ってるけど、それだけだし。ああ、でも、外からの視線はめんどくさいから、奥の方がいいかな……。

 

「窓から離れてるところで」

「それじゃあ、あそこかな」

 

 一瞬だけ店内を見回して、真美が店の奥まった席に連れて行ってくれた。それだけで、店主さんも察してくれたらしい。置かれてる観葉植物を動かして、窓から私たちが見えないようにしてくれた。

 たださすがに入ってきた人からは丸見えだけど……。こればっかりは仕方ない。隠れたい人なんて想定してないだろうし。

 




壁|w・)いぬ!


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犬喫茶

 私たちが椅子に座ると、犬たちが足下に集まってきた。本当に人なつっこい犬だね。撫でても全然嫌がらない。むしろもっと撫でろとばかりに集まってくる。すごくかわいい。

 

『なんだこの殺人毛玉』

『このお店の犬、人なつっこすぎない?』

『やべえ、俺もここ行きてえ……!』

 

 とってもいいお店だよ。癒やされる。

 

「飲み物は決まった?」

「あ、私はオレンジジュースで! リタちゃんは?」

「ん。同じもので」

 

 すぐにジュースが運ばれてきた。飲んでみると、甘いけど酸味が感じられる味だ。こっちではみかんみたいな果物ってこういう味らしいね。みかんもどきとは全然違う。どっちも美味しいけど。

 犬たちは、私たちにじゃれつくのが飽きてきたのか、少し離れたところで遊び始めた。別の犬の体によじのぼろうとしたり、失敗してころんと転がったり。見ていてとっても和む。

 

『子犬が遊んでるのを見るのすごく好き』

『わかる。とてもかわいい』

『動画見てたらいつの間にか時間が飛んでるよね……』

『あなた疲れてるのよ。いやマジで休め』

 

 限界を迎える前に休もうね。

 まだ足下にいるままの子犬を抱き上げてみる。すごくふわふわもふもふ。ちなみに足下には小さい犬だけじゃなくて、大きめの犬もいる。ハスキーっていう犬種らしい。誰かがフォレストウルフに似てるって言ってた子だよね。大きさだけの話だっけ?

 確かに似てると言われれば似てるかもしれないけど、そこまでだよね。何よりも色が全然違うし。フォレストウルフは森に紛れることを想定していたのかわりと緑色だったからね。

 ハスキーを撫でてみる。子犬とはちょっと感触が違うけど、こっちもふわふわだ。

 

「真美。この子持ってて」

「え? あ、うん」

 

 子犬のじゃれ合いを眺めていた真美に私が抱き上げていた子犬を渡す。ハスキーに両手を差し出してみれば、両前足をぽふんと置いてきた。賢い。

 

「わあ! なにそれかわいい! 私もやりたい!」

 

 私よりも真美の方が大興奮だけど。

 

『賢いわんちゃんやなあ』

『多分いろんな人に求められて覚えたんじゃなかろうか』

『うちのわんこより賢い……教えようかな……やってくれるかな……』

『そこはがんばれとしかw』

 

 でも教えたらやってくれるんだね。それはすごいと思う。

 たくさんの犬を撫でながらジュースを飲んでいると、少しずつ人が増えてきた。スーツ姿の人もいれば、学生服の人もいる。みんな、犬と遊ぶのかな。

 その人たちは店内に入って私たちを見つけると、ほとんどの人が驚いてるみたいだった。でもみんな、犬と遊ぶことを優先してる。気付けばそれぞれの人にちゃんと犬が遊びに行っていた。

 私たちの側には少なくなったけど、みんなが遊んでるのを見るのもいいね。店主さんが言うには、常連さんにはお気に入りの子がいるんだって。犬たちもそれをなんとなく察してるらしい。

 

「リタちゃん、ごめんね。満足できたかな?」

 

 店主さんがそう聞いてきたので、最後まで残ってくれてるハスキーをなでなでしながら頷いた。

 

「ん。すごく楽しかった」

 

 だからまた来たい。あのもふもふはすごく気持ちよかったから。

 

「それじゃあ、リタちゃん。そろそろ行こっか?」

「ん。そうだね」

 

 人も増えてきたし、そろそろお店にとっても邪魔かも。そう思って、真美と二人で立ち上がる。すると、店主さんが少し慌て始めた。どうしたのかな。

 店主さんが店の奥に走って取ってきたものは、スマホだった。

 

「あ、あの! 最後に写真、いいかな!?」

「ん? いいよ。少しぐらいなら」

「お店に飾ったりとかは……?」

 

 写真を、かな? 正直それに何の意味があるのか分からないけど、私の方は特に問題ない。勝手にやればいいと思うよ。いつかのコスプレイベントの写真がたくさん出回ってるぐらいだから、今更だ。

 でも、さすがに真美はだめ。真美は私と違って、この世界で生活してるからね。認識阻害の魔法があるから写真を飾られても問題はないはずだけど、念のために気をつけておいた方がいい。

 

「真美。ごめん。ちょっと待ってて」

「うん。一緒に写れなくてごめん」

「ん。それは気にしなくていいから」

 

 真美には扉の側で待ってもらいながら、私は店主さんにたくさんの写真を撮ってもらった。何枚か見せてもらったけど、なかなか良い写真になってたと思う。

 最後に真美のスマホで真美と一緒に撮ってもらってから店を出た。真美の家にもプリンターがあるらしいから、あとで見るのが楽しみだ。

 

 

 

 次の場所はさっきのお店から三十分ほど歩いた場所にある猫喫茶だ。ある程度転移したから、五分ほどしかかかってないけど。

 そこのお店はさっきのお店と違って、猫がたくさんいるんだって。楽しみだ。

 

「ここ?」

「ここだね」

 

 猫喫茶にも行くと咲那に伝えたら教えてくれたそのお店は、大通りから外れた場所にある静かな区画にあった。ビルの一階にあるみたいで、すごく広く造られてるみたい。看板には、自由に猫たちと触れ合えますとあった。

 猫。猫もかわいいよね。どれぐらいの大きさなのかな。

 

「猫ってどれぐらいの大きさ? これぐらい?」

「大きすぎるからね?」

 

 腕をいっぱいに広げて聞いてみたけど違ったらしい。猫もちっちゃいんだね。それは楽しみ。

 

『基準が精霊の森の魔獣だから仕方ないけど、毎度のスケール違いに笑いそうになるw』

『リタちゃんはアニマル動画を見るべきでは?』

『名案かもしれない』

 

 アニマル……。動物だっけ。動物がたくさん見れる動画かな。真美に聞いてみたら、そうだと頷いてくれた。それは見てみたいかも。

 

「美味しそうな動物もいるかな」

「リタちゃん!?」

 

『アニマル動画で食べ物を探そうとするなw』

『この野生児ちゃんはさあ! ほんとにさあ!』

 

 ん。だめだったみたい。少し控えよう。日本にいれば、食べ物には困らなくて済みそうだし。

 




壁|w・)アニマルビデオにしようと思いましたが、リタには動画の方が通じるのではと考え直してアニマル動画にしました。


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コーラ

 猫喫茶のドアを開けて中に入ると、カウンターにいる店員さんが笑顔で、

 

「いらっしゃいま……」

 

 固まった。

 

『よく見る光景』

『リタちゃんも有名になったなって』

『猫と遊んでる人らも固まってるw』

 

 邪魔しちゃったかな? 早めに切り上げるから、ちょっとだけ遊ばせてほしい。

 

「ん。一時間だけでいい。二人。だめ?」

「いえ! もちろん大丈夫です! あ、当店はワンドリンク制になっていますが、よろしいでしょうか?」

「わんどりんくせい」

 

『発音が微妙におかしい』

『これは分かってないやつ』

『リタちゃん。利用料の他にドリンクも頼まないといけないんだよ』

 

 ん。ジュースを頼めばいいってことかな。

 メニューを見せてもらうと、たくさんの種類があった。ただ私にはよく分からないものもたくさんあるけど。どれにしようかな。

 

「真美は?」

「私はコーラで」

「じゃあ、私も同じもので」

 

『真美ちゃんと同じものを飲みたいのかな?』

『お姉ちゃんにべったりな妹みたい』

『まあ実際は分からないものが多くて選ぶのが面倒なだけだろうけどw』

 

 その通りだから言わなくていいよ。

 椅子に座って飲み物を待ってると、小さな猫が近づいて来た。にゃあ、と小さく一鳴き。すごく小さい。かわいい。私が手を差し出すと、膝の上に跳び乗ってきた。

 

「わ……。ま、真美。どうしたらいいの……?」

「わあ。いいなあリタちゃん。撫でてあげればいいと思うよ?」

「な、撫でるんだね……」

 

 猫の背中をゆっくりと撫でてみる。猫は私の膝の上で丸くなってしまった。えっと……。続けていていいのかな。

 んー……。猫ももふもふ。嫌がらずに、むしろ気持ちよさそうに目を閉じてる。とってもかわいい。なでなで。

 気付けば真美の膝の上にも猫がいる。私のところにいる子よりもちょっとだけ大きめだ。あの子もかわいい。

 

「人なつっこいね」

「ん……」

 

 たくさん集まってくるわけじゃないけど、これはこれで悪くない。のんびりできる。

 

「あ、あの……」

 

 のんびり猫を撫でていたら、声をかけられた。カメラを持ったお兄さんだ。お兄さんは少し緊張してるみたいで、光球と黒板と私を順番に見てる。

 

「リタちゃん、ですよね?」

「ん」

「あの、写真、いいですか? すぐにプリントアウトして渡しますから……」

「ん。いいよ」

「あ、ありがとうございます! ちなみに、ネットにあげたりとか……」

「真美が写ってなければ、大丈夫」

「分かりました!」

 

 真美が写らないように移動しながら、お兄さんがスマホで写真を撮り始める。たまに真美と一緒に撮ってくれたけど、それはネットには絶対にあげないと言ってくれたから、まあいいか、ということで。

 何度か撮影すると、店員さんに一言言ってから荷物を置いて出て行ってしまった。向かい側のコンビニでプリントアウトするんだって。

 すごいね。自分の家でなくてもできるんだ。本当に、日本ってすごい。

 

「お待たせしました。コーラです」

 

 店員さんがコーラというのを持ってきてくれた。

 

「なにこれ。まっくろ」

「コーラだからね」

「な、なるほど……?」

 

『困惑リタちゃん』

『見た目真っ黒な水だもんなw』

『異世界側で出されたら飲まないだろうねこれw』

 

 真美も飲んでるから安全って分かるけど、それがなかったら飲まなかったと思う。

 ちょっと緊張しながら、コーラを口に含み……、

 

「んっ、けふっ」

 

 なにこれなんかぱちぱちする!? しゅわしゅわする!? なにこれ!?

 思わず咳き込んでしまったせいで、膝の上の猫がびっくりして逃げてしまった。すごく残念だけど、それに構ってる余裕もなく。

 

「な、なにこれ! なにこれ!」

「落ち着いてリタちゃん。コーラってそういうものだから」

「ええ……」

 

 なんか、すごい。ぱちぱち。しゅわしゅわ。

 

『ああ、炭酸飲料が初めてだとそうなるかw』

『師匠さんは作らなかったんか?』

『確か作り方がわからんって言ってたはず』

 

 んー……。んー……。

 

「ごめん、真美。飲んでもらってもいい……?」

「え。いいけど……。炭酸、だめだった?」

「たんさん……?」

「こういうシュワシュワな飲み物」

「ん。私には、無理」

 

 痛いってほどじゃないから、慣れたら大丈夫かもしれない。でも、ちょっとすぐには慣れそうにない。真美は美味しそうに飲んでるから、ちょっとずつ慣れていこうかな……。

 どうしようかなと思ってたら、店員さんがアップルジュースを出してくれた。

 

「え? えっと……」

「ふふ。私のおごり、ということで。私も注意するべきだったし」

 

 そう言って、戻っていってしまった。もらえるなら、もらっておこう。

 ん。ジュースおいしい。

 

『ふんにゃりリタちゃん』

『でもあのびくっとして目を白黒させるリタちゃんは、それはそれでかわいかった』

『普段だとまず見ない慌てっぷりだったw』

 

 恥ずかしくなるからやめてくれないかな?

 二人でジュースを飲んでいると、お兄さんが戻ってきてプリントアウトした写真を渡してくれた。しかも二枚ずつ。真美にも渡せるように。

 

「あの、ありがとうございます!」

 

 真美がお礼を言うと、お兄さんは笑いながら手を振った。

 

「いやいや。僕もいい写真をたくさん撮らせてもらったから。それじゃあ、リタちゃん。一枚だけ、真美ちゃんが写ってないものだけネットにあげるね」

「ん。どうぞ」

 

 お兄さんは嬉しそうにありがとうと言うと、離れていった。

 




壁|w・)某漫画でコーラの作り方が出てましたけど、それをしっかり覚えてる人なんてあんまりいない、はず……。


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師匠が好きだった飲み物

 

「あ、リタちゃん! さっきの写真、もう載ってるよ!」

「ん」

 

 猫のもふもふに満足した私たちは、真美の家に帰ってきた。ちいちゃんのおみやげもちゃんと買ってある。真美が選んだものだけど。

 二人でリビングでのんびりしていたら、真美が猫喫茶にいたお兄さんのページを見つけたらしい。私も見せてもらうと、確かに私の写真が載っていた。反響っていうのかな、それもすごいことになってる、らしい。

 

『俺も見てきた。ちょっとしたお祭り騒ぎだった』

『みんなリタちゃんに会いたがってるんやなって』

『やっぱ羨ましいわ。俺も生リタちゃんとお話ししたい』

 

 ニュースで私のことが取り上げられる頻度はすごく減っていてかなり落ち着いてきてるはずなんだけど、それでも見てる人はちゃんと見てるらしい。物好きだね。

 

「それじゃ、真美。私はそろそろ帰るね」

「あ、うん」

 

 私が声をかけると、真美は少しだけ寂しそうだった。寂しそう、でいいのかな。いいんだよね。こうして、少しでも別れを惜しんでくれると、友達になって良かったなと思える。

 

「リタちゃん、お土産は持った?」

「ん」

 

 精霊様にも体験してほしいからね。食べ物じゃないけど、ちゃんとお土産は選んだ。今から反応が楽しみだ。

 

「今日はすごく楽しかった。ありがとう、真美」

「私もすごく楽しかったよ。また一緒に行こうね、リタちゃん」

「ん」

 

 最後に真美に手を振って、精霊の森へと転移した。

 

 

 

 精霊の森に戻ってきた私は、早速精霊様を呼ぶことにした。

 

「精霊様、いる?」

 

 世界樹の前で聞いてみる。するとすぐに、精霊様が姿を現してくれた。ちらりと配信の光球と黒板を一瞥して、私へと笑顔を浮かべた。

 

「おかえりなさい、リタ。今日も楽しかったですか?」

「ん。楽しかった。これ、今日のお土産」

 

 アイテムボックスから取り出したのは、赤いパッケージの缶ジュース。コーラだ。精霊様はコーラを受け取ると、不思議そうにそのパッケージを眺めていた。

 

「炭酸飲料、と書いていますね」

「ん。知ってるの?」

「コウタから話だけ聞いていました。すごく美味しいものだと」

「そ、そうなんだ」

 

『リタちゃんの顔がちょっとだけ引きつってるw』

『炭酸飲料はこっちだとありふれた飲み物だからなあw』

『慣れればリタちゃんも美味しく感じられるよ』

 

 そうなのかな。少しずつ慣れた方がいいのかな。少し、困る。

 精霊様はコメントと私の顔を見て困惑してるみたいだった。精霊様からすれば、よく分からない状態かもしれない。師匠含め地球の人は美味しいと言っていて、私の感想は顔を見てもらえれば分かってもらえるはず。好みじゃない。

 この正反対の感想に精霊様も少し警戒感を持ったらしい。精霊様は器用に開封すると、口をつける前に少しためらった。

 

「あの、リタ。美味しいですか?」

「…………」

「せめて反応してくれませんか……!?」

 

 私が何か言うのは違うと思うから。正直、味については特に問題ないものだったからね。いやそもそもとして刺激が気になって味がおろそかになっていたと思うけど。

 精霊様は未だに躊躇していたけど、意を決したのかコーラを口に流し込んだ。

 そして、

 

「んん……っ、な、なんですかこれ……!?」

 

 やっぱり精霊様も予想してなかったらしい。目をまん丸にしてる。

 

『ですよねーw』

『炭酸飲料が初めてならその反応も致し方なし』

『二人とも期待通りの反応してくれるから好きw』

 

 ちょっと馬鹿にされた気がするのは気のせいかな。

 精霊様はしばらくコーラの缶を見つめていたけど、また少しずつ飲み始めた。ただやっぱり刺激が気になるみたいで、一気には飲めないみたいだけど。

 

「精霊様、全部飲むの? 大丈夫?」

 

 精霊様に聞いてみると、飲むのをやめて薄く笑った。

 

「コウタが好きな飲み物だったのです。残してしまうのはもったいないと思いまして」

「あ……」

 

 そっか。そう、だよね。師匠が好きな飲み物、だよね。ん……。私も、もうちょっと飲んだら良かったかな……。

 少しだけ後悔していると、精霊様がコーラを差し出してきた。受け取りながら、精霊様の顔を見る。にっこりと笑っていた。

 

「一緒に、少しずつ飲みましょう」

「ん……」

 

 私も口をつける。刺激は変わらないけど、でもなんとなく、少しだけ好きになれるような気がした。

 

『なんか急にしんみりした……』

『あいつの配信には一切出なかったのは根本的な作り方が分からなかったからだよな』

『そう思うとちょっと悲しい』

『コーラ買ってくる』

『みんなでコーラ飲むか』

 




壁|w・)精霊様がどうやって開封したのかはご想像にお任せします。
ちゃんと開けられたかもしれないし、風の刃みたいなものでさくっと上部を切ったかもしれない……。

ここまでが第八話のイメージ。次からは異世界側でわちゃわちゃ。


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ダンジョンの仕組み

 

 もふもふを堪能してから一週間ぐらい。その間、真美の家に遊びに行きつつ、薬草採取の依頼だけ受けていた。いやだって、分かりやすかったから……。

 討伐依頼も受けてみようと思ったことはあったんだけど、根本的な問題が発生したんだよね。何がというと、魔獣の名前を言われてもほとんど分からないってこと。

 ワイバーンやドラゴンとか、そういったものなら分かるんだけどね。例えば、フォレストウルフとグラスラウルフ。見た目はほとんど変わらないけど、色が微妙に違うし危険度も大きく違うらしい。フォレストウルフの方が危険なんだとか。

 

 私は区別がつかない。見れば分かるかもしれないけど、まずその一匹目でつまずくから。

 だから今はのんびり薬草採取しながら、見かけた魔獣を一匹狩って、持って帰ってフランクさんに教えてもらってる。もうすぐこの近辺の魔獣は覚えられるかも。

 今日の予定もそのつもり。いや、そのつもり、だった。

 

 

 

 いつものように配信を開始して、黒板を消してからギルドに入る。するとギルドは、なんだかいつもより慌ただしかった。

 

「Aランクを探せ! 報酬は上乗せして構わん!」

「Bランクの方! 防衛依頼を受けてください!」

「Cランク! こっちだ! 避難誘導を頼む!」

 

 ギルドの人があっちこっちで叫んでる。非常事態、かな。何かあったのかな。

 

『蜂の巣をつついたような騒ぎだな』

『蜂の巣をつつくってよくよく考えなくてもアホだよね』

『そこはつっこまなくていいよw』

 

 視聴者さんは平常運転。この人たちはあまり関係ないからね。

 いつも通りの依頼は、ちょっと受けられそうにない。せっかくだし私も何か手伝おうかなと思ったけど、Cランクとして参加すればいいのかな。それとも、Aランク? それとも。何か他にあったり……。

 

 そう考えて視線を少し上げてみれば、階段の上にいたミレーユさんと目が合った。私を見つけたミレーユさんは嬉しそうに破顔して手招きしてきた。

 うん。最近は接触を避けてくれてたけど、そうも言ってられなくなったみたいだね。やっぱり非常事態かな。

 

 

 

 階段を上ると、こっちですわと手を引かれて歩き始めた。多分、ギルドマスターさんの部屋に向かってる。

 

「ミレーユさん、何かあったの?」

「ええ、ありましたわ。ギルドの様子はご覧になったでしょう?」

「ん。みんなすごく忙しそうだった」

「ええ。数年に一度はあることらしいですけれど」

 

 ん? だったら、忙しいだけでそこまで非常事態ってわけでもないのかな。

 そう思ったけど、ミレーユさんはため息交じりにつぶやいた。

 

「今回はとてもやっかいなタイミングで発生してしまいましたわ……」

 

 やっぱり、非常事態。

 ミレーユさんと一緒にギルドマスターさんの部屋に入ると、私たちを、というより私を見たギルドマスターさんは目を丸くして、そして勢いよく立ち上がった。走るように私に近寄ってきて、両手を取られる。そして、

 

「リタさん! お願い、助けて!」

「ん。いいよ」

「もちろん急に言われても困るのは分かって……、え?」

「ん。だから、いいよ」

 

 何があったのか分からないけど、知らない仲じゃないし、助けてあげようぐらいは思うよ。

 

『食い気味に引き受けるの、リアルで見てもいいよね』

『でもリタちゃん、あんまり感心しないぞ』

『無理難題をふっかけられることもあるかもしれないから、次は必ず内容を聞いてからな』

 

 ん……。それもそうだね。ギルドマスターさんならそんなことはしないと思うけど、別の意思が入ってくることもあるし。ギルドマスターさんにも上がいるみたいだから。

 だから次はちゃんと内容を聞いてから。覚えておこう。でもとりあえず今はこのまま進める。

 

「それで、私は何をすればいいの?」

「え、ええ……。それじゃあ、改めて……」

 

 ギルドマスターさんは咳払いをすると、姿勢を正した。

 

「隠遁の魔女殿に、ギルドから依頼させていただきます。西にあるダンジョンから、とある人物の救出をお願い致します」

 

 

 

 ダンジョン。それはとても不思議な洞窟や建物。最奥にダンジョンコアというものがあって、そこから魔物が生み出されてる。魔物には自意識というものが存在せず、見つけた生者を襲う性質がある。どうしてそんなものが存在するのか一切分かっていない、不思議な場所。魔物を倒した時に残る魔石は魔道具の原動力としての価値があるから、その採取を生業とする冒険者も少なくない。

 

 というのが、表向きの、というより人間の認識だ。私は精霊側なので、この裏事情を知ってたりする。

 

 ダンジョン、それは汚れた魔力の浄化施設。ダンジョンには精霊たちによって魔力にのみ作用する浄化魔法がかけられてる。ダンジョンコアに集められた汚れた魔力が一定量貯まると排出されて生き物の形を取って、浄化魔法によって浄化されていくという仕組みだ。けれどそれは最低限で、人間から魔力を受けて浄化されるのが主要な浄化方法になってる。

 どうしてそんな仕組みかと言えば、ずっと昔、精霊たちが当時の人間たちと契約を交わした名残らしい。人間が過ごしやすいように魔力を循環させる代わりに、人間たちは魔力の浄化を手伝う。そういう契約だったそうだ。

 

 今ではその契約を覚えてる人間は少ないらしいけど、少なくとも王族みたいな偉い人はまだ伝え聞いてるはず。浄化が足りてないダンジョンには国から兵か何かが派遣されてるはずだから。

 というのをミレーユさんたちに説明すると、二人とも口をぽかんと開けて呆けて、そして二人そろって頭を抱えてしまった。

 

「それ、絶対にわたくしたちが聞いていいことではなかったでしょう……」

「間違いなく機密情報じゃないの……。え? これ、私たち暗殺されない? 大丈夫?」

「ん……。多分大丈夫」

 

 口外しなければ気付かれないと思うしね。

 

「ちなみに、どうして生き物の形を取るんですの? 適当な球体にして順番に浄化していくじゃだめですの?」

「ん……。それは勝手にそうなってるだけ。魔力の汚れって生き物の負の感情らしくて、排出したら勝手に生き物を襲う形になったらしいよ」

 

 精霊たちも魔物が生まれた時はかなり驚いたらしい。でも浄化は滞りなく進んでいたから、現状維持を選んだって聞いた。

 




壁|w・)今作のダンジョンの仕組みはこんな感じです。

あ、ここから第九話、のイメージです。


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趣味は自然落下です

『皮肉だよなあ。生活を豊かにするために魔力を融通してもらったら、魔物の対策が必要になってしまったって』

『楽だけなんてできないってことだな』

 

 精霊たちもさすがにそこまでは意図してなかったみたいだけどね。

 

「それで、そのダンジョンがどうしたの?」

「ええ……。西のダンジョンから、魔物が溢れかえりつつあるの」

「ああ……」

 

『スタンピードってやつか』

『お約束はお約束だけど……』

『なんだおまえら、大好きなテンプレなのにテンション低いじゃん』

『そりゃまあ、さすがに人が死ぬような災害は楽しめねーよ……』

 

 ん。中にはそれでも楽しんでる人はいるみたいだけどね。でもそれはその人の価値観だ。ケンカさえしなければ、特に何かを言うつもりはないよ。

 ちなみにスタンピードが起こる理由はとても単純。魔物の討伐が間に合わなかったから。魔物の発生数が討伐数を上回ると起こる、ただそれだけのこと。

 魔物の発生は止められるものじゃないからね。精霊たちからすれば人間の怠慢が原因みたいなものだから。

 

「この街は精霊の森に近いということもあって、どこの国にも属していない街なの」

「ん?」

「街一つが小さな国になっていると思ってくれてもいいわ」

 

 ギルドマスターさんが言うには、隣接する三つの国からアドバイザーは派遣されてるらしいけど、どの国も精霊の森を気にしてかとても街に友好的らしい。だから交易の拠点になっている街でも、一定の自治は保てているのだとか。

 私は政治のことなんてよく分からないから、正直興味がない。でも、言いたいことはなんとなく分かった。

 

「つまり、スタンピードを起きないようにすることは難しいんだね。兵士さんの数が足りないから」

「そういうことね」

 

 スタンピードが起こるって分かっていれば対策も立てられるからね。湧き出てくる魔物もいつもの魔物と変わらないはずだし。

 ただ、今回は本当にタイミングが悪かったみたいだけど。

 

「今はまだ本格的なスタンピードには至っていないわ。だから、Aランクの冒険者が取り残された方の救助に向かったのだけど、それでも魔物が多すぎて深部にはたどり着けなかったらしくて……」

「ん……。魔物って少しずつ増えるよね? 注意とかしなかったの?」

「もちろんしたけれど、それでも入っていってしまったのよ」

「ええ……」

 

『それはもう自業自得では?』

『阿呆のために命をかけることなんてしたくないわな』

『冒険者の皆さんも救助についてはやる気なさそう』

 

 正直私もそう思う。忠告までされてそれでも入ったのなら、それはもう自己責任だ。だから私もそんな依頼なら受けたくなかったんだけど……。

 

「貴族ですの、そいつ」

 

 ミレーユさんが疲れたような声音で言った。

 

「国からも、可能であれば助けてほしいと。失敗しても責任は問わないとは言われているけれど、この街に援助してくれている国なのよ。その援助が打ち切られたら、少し痛いわね……」

 

 それに、とギルドマスターさんが続ける。

 

「その貴族の派閥はこの中立の街を好ましく思ってないらしくて。何かあれば、面倒なことになりかねない……」

 

 何かしらのきっかけで小競り合いからの戦争になったり、とかあり得るかも。とのことらしい。貴族側が出兵して、他の国が守るために出兵して、三国で戦争とか。

 最悪の想定ではあるけど、ないとも言い切れないんだって。わずかでも可能性があるなら、どうにか防ぎたいというのがギルドマスターさんの意見。

 

『ギルドマスターさん、ストレスやばそうやなw』

『アホに巻き込まれるのはいつも一般人』

『でも戦争になったら、森の近くだし精霊が介入するのでは?』

 

 んー……。多分、それはない。森にまで影響が出るなら精霊様が介入するだろうけど、森と街はかなりの距離がある。そうそう影響は出ないはずだから、静観すると思う。

 正直、私の気持ちとしてはそんな人は無視していつも通りに対処すればいいと思うんだけど……。でも、何かあってミレーユさんたちが巻き込まれるのは、やだなあ……。

 だから、まあ、うん。そうしよう。

 

「ん。わかった。じゃあ、ダンジョンに行って、助けてくる。何人いるの?」

「ありがとう! 貴族が一人、護衛の冒険者が一パーティ四人よ。もしも手遅れなら、遺品だけでもお願いできるかしら」

「ん。いいよ」

 

 手遅れでしたっていう証拠もいるだろうしね。それぐらいなら問題ない。

 それじゃあ、行こう。あ、その前に、一つだけ確認しておきたい。

 

「そういえば、ミレーユさんでも対処できるんじゃないの?」

「わたくしの魔法は広範囲殲滅を主としていますわ」

「つまり、勢い余って救助対象を殺してしまう可能性がある?」

「そういうことですわね」

 

『広範囲高火力の弊害ってか』

『ゲームと違ってフレンドリーファイアが普通にあり得るからなあ』

 

 ん。じゃあ、やっぱり私だね。がんばる。

 

 

 

 箒に乗って街の西へ。案内役としてミレーユさんも同行してくれてる。ミレーユさんはこの後、ダンジョンの側で待機するらしい。魔物が増えてきたらミレーユさんの魔法で一掃するらしいよ。

 

「私が魔法を使う前は必ず合図を出します。ダンジョンから出てくる時は気をつけてくださいませ。できれば脱出のあとすぐに合図をしていただければ嬉しいですわ」

「ん。じゃあ、大きな水を打ち上げる」

「分かりましたわ」

 

 お互いに間違わないようにそう決めて、私はフードを目深に被った。私のローブのフードは認識阻害がかけられてる。フードを被っていれば、見られても私だとは分からない。

 私が帽子とフードを使い分けてる理由がこれだったりする。ちなみに帽子にかけてあるのは防御と緊急脱出の魔法だね。もしものための魔法だ。

 

「すごいですわね……」

 

 ミレーユさんがそうつぶやいた。

 

「わたくしがそこにいるのがリタさんだと知っているから、まだなんとなく分かりますわ。でも、不思議ですわね。魔法使いがいるとは分かりますけれど、どんな人かというのが分かりませんわ。こんな感覚になりますのね」

「ん。おもしろいでしょ?」

「そうですわね」

 

 どうしてそこで苦笑いになるのかな。もし欲しいなら作ってあげてもいいよ。

 地上を見下ろすと、とても広い草原になってる。その草原にぽっかりと空いた穴。大きなビルぐらいならすっぽり入るその穴には、地下に続く階段があるらしい。ダンジョンの仕組みは知っていても入るのは初めてだから、ちょっと楽しみだ。

 穴から一定の距離に、穴を囲むようにたくさんの人が集まってる。這い出てくる魔物を倒してるみたいだね。

 んー……。とりあえず、穴の側に下りればいっか。

 

「それじゃ、行ってくる」

「はい。お気をつけて」

 

 ミレーユさんに声をかけて、私は箒をアイテムボックスに収納した。

 

「ちょ!?」

 

 ミレーユさんが驚く声を聞きながら自然落下。これが結構気持ちいいんだよね。

 

『気持ちいいのは分かるけどいや分からんけどこわいこわいこわい!』

『すごい勢いで自慢があああ!』

『ひええええ!』

 

 大げさすぎない? 視聴者さんは風とか感じないはずだけど。誤字してる人までいるし。

 地面に激突する寸前で体を浮かし、ゆっくり着地。地面は割れてないから問題なしだね。

 




壁|w・)サブタイトルがあまりにも思い浮かばなさすぎてこうなりました。
ギルドマスターさんの想定は最悪の最悪なので、実際にはないはずですが、可能性が一でもあるのならどうにかしたい、という考えです。


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すぷらった!

『あのスピードで落ちて一気に止まったら普通に死ぬと思うんですが』

『物理法則どうなってんの?』

『魔法がある世界で今更何言ってんだお前ら』

『そんなん言い始めたら二百万光年以上離れてる場所から一瞬で来る方がおかしいだろうに』

 

 遠くの方で冒険者の人が騒がしくなってるけど、気にしないでおく。

 穴からは今も少しずつ魔物が這い上がってきてる。とりあえず邪魔なので処理しよう。

 

『リタちゃんが手を振ったら魔物が全て地面に押しつぶされた件について』

『すぷらっただあああ!』

『閲覧注意閲覧注意!』

『いや、全部一瞬で消滅してるから、それほどスプラッタってわけでもないが』

 

 生きてる間は生き物に近い構造だけど、死んだら魔力になって霧散するからね。こんなものだよ。死ぬまでは血がどばあってしてるけど。あ、それがだめなのかな……?

 

「ん。じゃあ一応、閲覧注意ってことで。定期的に誰か注意喚起のコメントしてあげてね」

 

 それじゃあ、改めて進んでいこう。

 穴に近づくと、一カ所だけ階段になってる部分があった。石でできた不思議な階段だ。その階段を下りていくと、唐突に階段がなくなっていて横壁に穴があった。ここから内部に侵入するらしい。

 

『めちゃくちゃ気軽な足取りですぷらったが量産されてるんだけど』

『下りながら魔物を文字通り潰していくの草なんだ……』

『笑えてねえぞ大丈夫かお前』

『いやほんと、敵には容赦ないなって』

 

 容赦する必要性を感じないからね。

 穴に入ると、薄暗い通路が延びていた。あと、魔物がすごく多い。なんか、うん。

 

「うじゃうじゃいる」

『うじゃうじゃ』

『うじょうじょ』

 

 魔物は人型だったり獣型だったりするけど、真っ黒だから分かりやすい。さくっと行こう。

 

   ・・・・・

 

「お、灼炎の魔女さん。てことは、さっき下りていったのは別人か。お知り合いで?」

「お疲れ様ですわ、フランクさん。ええ、先ほどの魔女はわたくしの知り合いですわ」

「ほほう。応援ですか。いやほんとありがてえ。でもあんな魔法の使い手、魔女にいたか……?」

「知らなくて当然ですわ。彼女はつい先日、二つ名が与えられた魔女です。実力は間違いなくトップクラスですわよ」

「あー、なんかそんな噂がありましたねえ。ほうほう、あいつが……」

「隠遁の魔女。彼女に任せておけば安心ですわ」

「灼炎の魔女さんは隠遁の魔女さんとやらを信頼してるんですな」

「ええもちろん! わたくしが最も尊敬し、信頼する魔女ですわ!」

 

   ・・・・・

 

 私は頭を抱えてうずくまっていた。自分でも分かる。顔が真っ赤になってる。恥ずかしい……!

 

『盗聴なんてするからw』

『知ってるかリタちゃん。日本だと盗聴は犯罪なんだ』

 

「ここは日本じゃないから」

 

『それはそうだけどw』

 

 いや本当に、ちょっと過大評価だと思うよ、ミレーユさん……。

 私がやったことは単純。ミレーユさんにある魔法をかけただけ。対象の周囲の音を拾う魔法。日本からすれば盗聴の魔法と言っても間違いじゃないと思う。

 いや、違うんだよ。盗聴をするためにこの魔法を使ったわけじゃないの。脱出する時に、周囲の状況が分かるようにと思って、念のためにかけただけなの。それだけだったんだよ。

 まさか、あんな会話してるなんて。いやちょっと、本当に恥ずかしかった。ちょっと、ね。うん。

 

『恥ずかしがりながら魔物を容赦なく潰してる……w』

『両手で顔を覆いながら歩く女の子と勝手に潰れていく魔物たち』

『ホラーかな?』

 

 ここの魔物たちはあまり強くないからね。こんなものだよ。

 ミレーユさんの会話内容は私のことが頻繁に含まれてるから、聞こえないようにしておこう。ただやっぱり脱出時は聞こえてる方が便利だから、解除までしない。

 恥ずかしさからも解放されたので、どんどん行こう。

 

 魔物を倒しながら奥へ奥へと進んでいく。上ったり下りたりぐねぐねしたりと、今自分がどこにいるのかちょっと分かりにくい。ここまで一本道だったから、道を間違ってることはないはず。

 たくさんの魔物を倒しながら歩いていると、広い空間にたどり着いた。天井もない、というより、微かにだけどこの穴の出口が見えてる。洞窟に入らずに穴を下りてきたらここに来れたのかも。

 

「ん? あれ? 洞窟を通ってきた意味は……?」

 

『ただの遠回りで草』

『いやいや落ち着け。洞窟を通ってきたから次どこに行けばいいのか分かるだろ?』

『まっすぐこっちに来てたら、逆走することになったかもしれない』

 

 それもそう……かな……? いやそんなこともなさそうだけど。

 私の目の前には、たくさんの横穴がある。ざっと八つぐらい。どれか一つだけが正解なんだと思うけど、さすがにこれを一つずつ調べることはできないかな。時間がかかりすぎるから。

 

「ここはやっぱり安価で決めるべき?」

 

『やめろバカ!』

『さすがに人命がかかってるところで安価はよくない』

『安価やりたいけど、せめて助けてあげてからにしようぜ』

 

 ん。まあ、それもそうだよね。うん。冗談だよ。それじゃ、適当に決めずにちゃんと魔法を使おう。

 私が杖で地面を叩くと、小さな水球が浮かび上がった。数は八。横穴の数と同じだ。その水球をそれぞれの穴へと同時に進ませていく。

 

「んー……」

 

 たっぷり魔力をこめたから、水球の周りがなんとなく分かるんだけど……。さすがにちょっと数が多くて、判別が難しい。んー……。

 

『そんなんで分かるんか?』

『多分水球を通して認識してるんだろうけど……』

『珍しくリタちゃんが難しい顔をしてる。これ絶対難易度高いぞ』

 

「ん。例えるなら手を八本動かして指先でぺちぺち調べてる感じ」

 

『ぺちぺち』

『なるほどわからん』

『つまりどういうことだってばよ』

『俺たちには到底理解できないことだってことさ』

 

 ん。それは正直そうだと思う。今更だけど別の魔法の方が良かったと思うぐらいだし。

 あ。

 

「ん。見つけた」

 

『マジで?』

『これはすごい! ……よな?』

『多分すごい!』

『リタちゃん多分えらい!』

 

「微妙な褒め方だね」

 

 別に褒めてほしいわけじゃないけど、ちょっとこう、気になる。もちろん褒めてくれてもいいけどね? ね?

 そんなことをちょっぴり考えながら、横穴に入っていく。今はまだちゃんと隠れてるみたいだけど、魔物がたくさんいるみたいだから少し急ごう。

 




壁|w・)ちなみに配信中に魔獣の解体を始めたりするので、実はわりとすぷらったが多い……かもしれない。

次回は初別視点。助けられる冒険者さん視点です。


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・彼らの後悔

※別視点です。


 

   ・・・・・

 

 ちくしょう、とパーティのリーダーであるヘイズは内心で悪態をついた。

 簡単な依頼のはずだった。貴族を護衛しつつ、最寄りのダンジョンの最下層を確認する。ただそれだけの依頼だ。それだけのはずだった。

 不安が出始めたのは、魔物が増えてきたという報告が上がってからだ。それはつまり、スタンピードが近いということ。前回よりも発生が早まった気はするが、もともと発生時期には少なからず誤差があるものだ。

 

 問題は、貴族がそれでも見に行くと言い張ったことだ。本気で耳を疑った。考え直してほしいと伝えても、聞き入れてもらえなかった。

 正直なところ、護衛依頼なんて放り出して逃げようかと思ったほどだ。だがそれをすれば、ヘイズたちの評価は地に落ちる。現在のギルドマスターなら理解してくれるだろうが、依頼放棄の記録までは隠せない。この先、受けられる依頼は少なくなってしまう。

 

 それを考えて、急げば本格的なスタンピードまでには帰還できるだろうと判断したのだが……。

 間違いなく、失敗だった。逃げておけばよかった。生きてさえいれば、やり直すことなど何度でもできただろうに。

 

 ヘイズたちは今、最下層の岩だらけの広間の隅で集まっている。この場にいるのは、護衛対象の貴族が一人と、ヘイズたちのパーティ四人だ。仲間の魔法使いの魔法で気配を消して、岩の陰に隠れてはいるが、いつ見つかってもおかしくはない。

 ヘイズは持っていた剣を握り直し、隣の盾を持った男に声をかけた。

 

「あとどれぐらい戦える?」

「やれと言われればやるけど、正直、少しきついね」

 

 男の弱り切った声に、ヘイズもそうだろうなと内心で頷いた。男の盾にはいくつものひびが入っている。男の体力が残っていても、盾の方が耐えられないだろう。

 ヘイズたちの後ろにいる魔法使い二人も、すでに魔力が枯渇しかけている。魔法はあと一回か二回か。まともに戦えるとは思えない。

 そう考えているヘイズ自身も、すでに体力の限界だ。いつまで戦えることやら。

 せめてもの救いは、貴族が静かにしてくれていることだ。もっとも、今更ではあるが。

 

「すまない……私のせいで……。君たちだけでも逃げられないか……?」

 

 貴族から出されたとは思えないその提案に、ヘイズたちは思わず目を瞠った。

 

「はは。無理ですね。唯一の出口もすでに魔物に塞がれていますから。まあお気持ちだけ受け取っておきますよ」

「…………。すまない……」

「そう思うなら、最初から強行しないでほしかったですね」

「…………」

 

 こんな嫌みなど言うべきではないのだろうが、言わずにいられなかった。どうせ生還は絶望的なのだから構わないだろう、と。他の三人も同じことを思っていたのか、忍び笑いを漏らしていた。

 

「この隠蔽の魔法、いつまで持つ?」

「日没までなら……。もともと得意な魔法ですから。それ以上は、絶対無理です」

「そうか……。悪いな、せっかく加入してもらったのに、こんなことになって」

「仕方ないですよ」

 

 隠蔽の魔法を使っているのは、青髪の小柄な魔法使いの少女だ。つい先日、Cランクに上がり、Bランクのヘイズたちの勧誘を受けて加入した少女。もともといた魔法使いが攻撃に特化しすぎていたために、サポートに特化した彼女を勧誘して、今回が初依頼だった。

 

「冒険者の命が軽いことは知っています。いつかこうなるとは思っていました。……こんなに早いとは思いませんでしたけど」

「ああ……。まあ、そうだな……」

 

 Cランク以上ともなれば、街の外に出ての依頼が多くなる。当然魔獣に襲われることも増えるため、昨日共に酒を飲んだ友人と二度と会えなくなる、なんてことはわりとよくある話だ。

 今回は自分がそうなった。ただそれだけのこと。それだけのことなのだ。

 それでも。ヘイズとしても、この少女だけは、強気なことを言いながら震えている少女だけは帰してやりたいと思ってしまう。この子なら間違いなく、もっと活躍できたはずだから。

 だから。

 

「なあ、貴族さん」

「なんだ?」

「この子、優先させてもらってもいいですかね? 俺たちよりも将来有望なんですよ。こんなところで失いたくないんですわ」

 

 ヘイズがそう言うと、少女と貴族が目を見開いた。そして少女が何かを言う前に、貴族が言った。

 

「もちろんだ。私などの命よりも彼女を優先させてやってくれ。私にできることなら何でもしよう。肉壁ぐらいにはなるだろう」

「はは。ありがとうございます」

 

 きっとこの貴族も根は善人なのだろう。もっと別の出会い方をしていれば、違った結末になっていたかもしれない。信頼関係を築けていれば、スタンピードが治まるまで依頼を先延ばしにできたかもしれない。

 まあ、もっとも。そんなものは過去の話であり、今更どうしようもないことだ。

 

「だ、だめです! わたしも、最後まで戦います!」

 

 少女が怯えたような目で言ってくるが、少女は攻撃魔法をほとんど使えないと聞いている。一緒に戦っても大差はない。それなら、一縷の望みをかけてこの少女を逃がしてみせる。

 

「お前らもそれでいいか?」

「もちろん」

「当然よ」

 

 パーティ全員、少女以外ではあるが、許可は取れた。あとは動くだけ。

 

「なあ、ミト」

 

 少女に呼びかける。ミトと呼ばれた少女は、いつの間にか涙を流していた。

 

「俺たちのことは気にしなくていい。お前だけでも生き残って、そうだな……。俺たちの勇姿でもみんなに語ってくれや」

 

 少しでも、誰かの心に残ってくれるように。ミトは持っていた杖を握りしめて、今度はしっかりと頷いた。

 

「いい子だ。それじゃ、いくか」

 

 そうして立ち上がろうとして。

 突然、出口付近の魔物がぐしゃりと潰れた。

 

「は?」

 

 全員の呆けた声。一体何が、と思っていると、ゆらりと一人の人間が姿を現した。真っ黒のローブを身にまとうそれが軽く手を振ると、この部屋にいた全ての魔物が例外なく地面へと押しつぶされた。

 意味が分からない光景だ。見たこともない魔法だ。振り返って魔法使い二人へと視線を向ければ、二人そろって勢いよく首を振った。

 

 その人間は軽く周囲を見回すと、すぐにこちらに気付いた。ミトの隠蔽は、あれには通用しなかったらしい。まっすぐにこちらに歩いてくる。

 そしてそれはヘイズたちの目の前まで来ると、また手をかざした。何をされるのかと思えば、ミトから小さな声。

 

「隠蔽を……強制解除された……」

 

 そんなことできるのかよ、とヘイズの頬が引きつる。ちなみに後で聞いた話では、強制解除の方法すら分からないらしい。

 やがてそれは、口を開いた。

 

「ん。見つけた。無事でなにより。ギルドからの依頼で助けに来た。帰ろう」

 

 それを聞いた瞬間、ヘイズは緊張が解けたためか、腰が抜けてしまった。

 

   ・・・・・

 




壁|w・)リタ視点のままだとうまく書けなかったので、パーティリーダー視点になりました。
なお、ヘイズさんは覚える必要ありません。


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管理精霊ちゃん

 

 五人とも、ぺたりと座り込んでる。よっぽど怖かったのかな。

 

『むしろこれリタちゃんに怯えてるのでは?』

『命の危機を感じていたら魔物が全てぐっちゃりいっちゃったからな』

『ホラーなんて生やさしいものじゃない、それ以上の何かを見せつけられたぜ……!』

 

 いやだって、邪魔だったから。いちいち結界を張って探すのも面倒だったし。

 

「あんたは……冒険者か……?」

 

 剣を持った人がそう聞いてきた。

 

「ん。隠遁の魔女、と呼ばれてる。よろしく」

 

『呼ばれてる(自称)』

『自分でつけた二つ名なんだよなあ』

『ち、ちがうし! つけたのはミレーユだし!』

『一般的な二つ名を考えたら大差ないだろうがw』

 

 いちいちつっこまなくていいよ。自称隠遁の魔女です、とか言いたくないよ。そっちの方が恥ずかしいよ。

 

「隠遁の魔女……。そうか、魔女か……」

「ん。立てる?」

「あー……。いや、すまん、ちょっと腰が抜けて……」

「ん。じゃあ、もうしばらくここで休んでて。ちょっと終わらせてくるから」

「は?」

 

 意味が分からないといった様子の五人へと、隠蔽の魔法をかけてあげる。そういえば、さっき私が解除した隠蔽の魔法、気配だけ消すものとはいえ、なかなかいい、そして思い出深い魔法だった。

 

「さっきの隠蔽の魔法、すごかった」

「え?」

「多分、見られなかったら誰にも気付かれなかったんじゃないかな」

 

 そう言ってあげると、小柄なローブの子がちょっと顔を染めてうつむいてしまった。なるほど、この子が使ってたんだね。

 

『見られなかったら気付けなかった、だって』

『リタちゃん、わりとあっさり見つけてたよなw』

『まあリタちゃんだし』

 

「私の場合は魔力の流れに違和感があったから気付いただけだよ」

 

 視聴者さんに言ったつもりだったけど、小柄な子にも聞こえたらしい。あんぐりと口を開けてる。あ、いや、隣のもう一人の魔法使いさんも同じ感じだ。

 

「空気中の魔力の流れを感じ取れるの……!?」

「すごい……!」

 

 うん。よし。これはまさに今言うべき時。

 

「私、何かやっちゃいました?」

 

『やめろwww』

『でも実際どうなん? 難しいの?』

『魔力の制御がなんかおかしいらしいからな、リタちゃんは』

 

 ギルドでの登録の時に言われたね。そんなことないと思ってたんだけど。

 

「これ、隠蔽……!? すごい、気付かなかった……!」

「なんて緻密な魔力制御なの……。これが、隠遁の魔女の魔法……!」

「…………」

 

 よし。やることをやろう。

 

『リタちゃんお顔真っ赤やで』

『照れ照れリタちゃん』

『照れリタかわいい』

 

 やめて。やめろ。

 私は五人に追加で結界の魔法をかけてから、部屋の中央に視線をやった。そこにあるのは、ダンジョンコア。人一人ぐらいの大きさの綺麗な水晶、みたいな魔力の塊だ。このコアは緑色をしてるけど、色はコアによって違うらしい。

 私はダンジョンコアに手を触れると、小声で言った。

 

「管理精霊、いる?」

「はーい」

 

 コアから飛び出したのは、小さな精霊。視聴者さんには妖精と言った方がイメージが近いかも。小人の姿で、蝶のような羽がある。その名の通り、コアの管理をする精霊だ。

 この子たちが放出する魔力量をできるだけ一定にしてるんだけど、魔物の討伐数が少なくて放出が間に合わなかったら、許容量があふれてスタンピードが起きる。一度あふれると空になるまで止まらない。

 でも、あふれる先ぐらいはまだ指定できるはず。

 

「私のことは分かる?」

「はいー。大精霊様のお気に入りさんですよねー。世界樹の森を守ってくれてるひとー。今はこんなにかわいいんですねー。なでなでしていいですー?」

「むしろ私が撫でたい」

「わはー。どうぞー」

 

 すり寄ってきたので指先で撫でてあげると、むふーととても満足そうに頬が緩んだ。

 

「かわいい」

『かわいい』

『なんだこれ、すごくかわいい』

 

 いや待って、今はそれじゃなくて。

 

「お願いがある」

「なんでしょー。今は放出中なのでできることは限られますよー」

「ん。放出先をこの部屋だけにしてほしい。あと、放出のスピードを上げることはできたよね? どんどん出して。私が処理する」

「わはー。豪快ですねー。それならいいですよー」

 

 ゆっくり十、数えてから始めますねー、と言って、管理精霊はコアの中に戻っていった。もうちょっと撫でたかったから残念。

 私は唖然としている五人の元へと戻って、言った。

 

「コアの管理精霊と話がついた。今から一気に魔物があふれるから、ここでじっとしてて」

「コアの管理精霊……?」

「あー……」

 

 そっか。それすらも、今の人は知らないのか。

 

「気にしなくていい。忘れて。誰にも言わないで」

「お、おう……。分かった。忘れる。ろくなことにならなさそうだし」

 

 話が分かる人で助かるよ。

 それじゃ、と振り返ると、ちょうど魔物が増え始めたところだった。それはもう、一気に。床から天井から壁から、ぐねぐねと黒い塊があふれてきてる。

 

「うおわ……!?」

 

 縮こまる五人。まあ、うん。仕方ないよね。

 

「怖がらなくていいから、そこでじっとして待ってること」

 

『無茶ぶりがすぎる』

『これ間違いなくさっきよりも怖い状況w』

『鬼か何かかなリタちゃんはw』

 

 配慮、足りなかったかな。でも今更だし、処理を優先しよう。

 




壁|w・)本編では触れる予定が一切ない、精霊たちの序列
大精霊→統括精霊→管理精霊→中精霊→小精霊
大精霊:精霊様。世界樹の魔力を、つまりは世界全ての魔力の制御。
統括精霊:だいたい世界を十ぐらいに分割してそれぞれの地域を管理する。
管理精霊:ダンジョンの魔力を管理。
中精霊:統括精霊が管理する区画をさらに小分けにして、それぞれを管理。
小精霊:比較的大きな魔力の流れを見つけては、暴走しないように見守り、何かあれば中精霊に報告。

なお、覚える必要は一切なく、お話にも触れる予定が一切なく、触れたとしても都度説明を入れるつもりなので、こんな感じでいるんだー、程度に思ってください。作中で設定の羅列は避けたいけれど、でもなんとなく出したかったので……。


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子犬な魔法使い

 どんどん出てくる魔物を片っ端から叩き潰していく。出てきたところごめんね、消えてね。申し訳ないとかは思ってないけども。

 

「な、なんだなんだ!?」

「どうしてこんなに急に……!」

「なんて数だ……!」

 

 んー……。

 

「外野がうるさい」

 

『外野扱いすんなw』

『いや確かに戦力外だろうけど!』

『この魔女理不尽すぎない?』

 

 そんなことはないと思う。

 床も壁も天井も覆うぐらいにあふれてくる魔物を叩き潰していく、そんな繰り返し作業を二時間ほど続けると、突然魔物が出現しなくなった。多分放出が終わったんだと思う。ちなみに視聴者さんは途中で飽きたのか、雑談を始めていた。

 

「ちょっと待っててね」

 

 五人にそう言って、もう一度コアの元へ。管理精霊を呼ぶと、すぐに出てきてくれた。

 

「はーい。おつかれさまでしたー」

「ん。おつかれさま。ありがとう」

「いえいえー。こちらとしても早めに終わらせられて一安心ですー」

 

 それに、と管理精霊が続けて、

 

「あっちの怠慢が原因とはいえー、やっぱり死んじゃう人は少ない方がいいのでー」

「ん……。そうだね」

 

 この子は管理精霊にしては珍しく、スタンピードの時の犠牲者を気にしてたらしい。気にしない精霊の方が多いんだけどね。

 

『精霊ってこんなに優しいもんなんやなあ』

『ちがうぞ、この精霊が特殊なんだぞ』

『師匠さんの代からたまに精霊は出てたけど、基本的に人間なんてどうでもいいって連中だからな』

 

 精霊は世界の管理がお仕事なだけだからね。この管理精霊みたいに例外はいるけど、人間を特別扱いする精霊はかなり少数派だ。

 

「それじゃ、もどりますー。また遊びに来てくださいねー」

「ん。おやすみ」

 

 管理精霊は小さな手を振ると、コアの中に戻ってしまった。とりあえずこれでスタンピードは終わりと思って問題ないはず。コアの魔力が空だからしばらくは魔物の発生すらないだろうけど、数日もすればまた出てくるはず。

 五人の元へ戻ると、みんな周囲を警戒したままだった。あれだけ魔物が出てきたあとだからか、やっぱり不安らしい。

 

「ん。気持ちは分かるけど、もう安全だから。帰ろう」

 

 そう言って、結界を解除する。五人はゆっくりと立ち上がって、でもまだ周囲をきょろきょろ確認してる。まあ、仕方ないかな。死にかけたばかりだからね。

 でも待っていたらいつになるか分からない。私が歩き始めると、五人は慌てたようについてきた。

 

 

 

 なんか、えっと……。懐かれた。

 

「あの。さっきの魔法、とてもすごかった、です。どんな仕組みの魔法だったんですか?」

「ん。潰しただけ」

「潰しただけ。すごい。隠蔽の魔法もすごい、です。わたしも隠蔽には自信があったのに、比べることすらできないです……!」

「ん」

「握手してください!」

「ん……」

 

 本当になんなの? ずっとこの調子だよ?

 

『見える! 見えるぞ! 全力で振られる犬の尻尾が!』

『奇遇やな、俺にも見える』

『子犬魔法使いか……。ひらめいた』

『おいばかやめろ』

 

 何をひらめいたのかな? ろくなものじゃなさそうだから言わなくていいけど。

 でも本当に、ちょっと困る。握手とかもう七回はやったよ。飽きないのかな。

 助けを求めて背後へと、ヘイズさんというリーダーさんへと振り返れば、ヘイズさんは肩をすくめただけだった。対応してもらえないらしい。

 

 適当に返事をしながら歩き続けて、まずは広間にたどり着いた。ダンジョンの穴の底部分だ。入ってきた横穴もちゃんと覚えてるから、来た時と逆に行けばいいんだけど……。ちょっと面倒。

 だから、ずるしよう。

 とりあえず杖を上に向けて水球を打ち上げる。穴のふたになりそうな大きさの水球を打ち上げたから、間違いなく気付くはずだ。これでいきなり穴から出ても攻撃されないはず。

 

『脱出前に打ち上げるんじゃなかった?』

『さすがに早すぎるだろ』

『ミレーユのことだから心配して入ってくるぞ』

 

 それは私も想像できる。ミレーユさん、優しいからね。でも大丈夫、すぐに脱出するから。

 

「じっとしててね。暴れたら落ちるよ」

 

 五人にそう言ってから、浮遊魔法をかけてあげた。ふわりと浮き上がり、ゆっくりと上昇していく。一気に行ってもいいけど、驚いて暴れられると制御が面倒になるから。

 

「な、なんだこれ!? 浮いてる!? 浮いてるぞ!」

「浮遊の魔法……! すごい!」

「ミト! どうすごいんだこれ!」

「空を飛ぶ魔法の簡易版! 簡易版だけど、魔法としての難易度はかなり上の方! それを六人同時だなんて、信じられない……!」

 

 え……?

 

「今適当に作った魔法っていうのは、言わない方がいいの……?」

 

『マジかよwww』

『まあ言わない方がいいかなって……』

『さらっと何をやってるのやら……w』

 

 いや、だって、空を飛ぶ魔法があるんだから、浮遊魔法なんて誰も作らないと思ってたから……。あ、でも、師匠なら作りそう。師匠かな?

 そのままふわふわと浮かんでいって、大きな穴からダンジョンの外へ。浮いたまま、ミレーユさんの元へと向かった。横へ移動し始めたところでまたみんなが騒いでたけど、気にしても仕方がないので無視しておく。

 こちらを見て呆然としている冒険者の中にミレーユさんの姿があったから、その側に降り立った。

 




壁|w・)当たり前ですが本当に尻尾があるわけじゃないですよ……?


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師匠の弟子

「ん。ただいま。助けて来たよ」

「さすが、隠遁の魔女ですわ……。ちなみに、魔物が出てこなくなっていますが、何かやりまして?」

「ん。終わらせておいた。もうスタンピードは終わり」

 

 そう言ってあげると、ミレーユさんだけじゃなくて、周囲の他の冒険者さんたちも目をまん丸にして驚いていた。

 

「たった一人でスタンピードを終わらせたのか……!?」

「すげえ……、これが隠遁の魔女の力ってことか……!」

 

『周囲からの賞賛が気持ちいいぜぇ!』

『おいなんか変なやつわいたぞ』

『ええやん、リアル俺tueeeやぞ。めっちゃ楽しい』

『気持ちはわかるwww』

 

 ん……。もう、好きにしてくれていいよ。

 私が連れてきた五人のうち、他よりも明らかに上等な衣服の青年が、私に対して頭を下げてきた。

 

「この度は本当にありがとうございました、隠遁の魔女様。是非とも何かお礼をさせていただきたく……」

「ん。いらない」

「は……?」

 

 信じられないものを見るような目で見られてるんだけど、どうして? 命が助かったんだからそれだけを喜んだらいいと思う。別にお金が欲しいわけでもないし。

 ミレーユさんに助けを求めると、苦笑いと共に教えてくれた。

 

「何も求めない冒険者なんていませんわよ。ましてや相手は貴族、それなりにふっかけても誰も文句は言いませんわよ」

「ふーん……」

 

 そういうもの、なのかな。難しい。

 

「じゃあ……。私が何か困った時に助けて。それでいい」

「わ、わかりました。何かありましたら、アート侯爵家を頼ってください」

「ん……。ん?」

 

『こうしゃくけ!?』

『おいこれどっちだ! いつものことだけど音じゃわからねえ!』

『どっちでもいいよどっちでも上位貴族だよ!』

 

 実はすごい人だったらしい。だったらなんで直接来てるのかと聞きたくなるけど、聞かない方がいいかもしれない。

 この話はこれで終わりでいいよね。私はむしろ、あっちで居心地悪そうにしてる四人のパーティに用がある。隠蔽の魔法を使ってた子に、だけど。

 

「陛下の密命とはいえ、次回からはギルドの制止を聞き入れてくださいませ」

「もちろんです。今回の件で十分に理解しましたから……」

 

 だから私は何も聞いてない!

 

『密命』

『国からの密命とかなにそれかっこいい』

『これ、リタちゃんのダンジョンの話から察するに、様子を見に来たのでは……?』

『あっ……(察し)』

 

 王族の依頼だったらその可能性があるかもしれないけど、私はもう関係ないので聞きません。

 後ろの会話を無視して、パーティの方へ。四人は周囲の冒険者から声をかけられてた。険悪な雰囲気はなくて、生きて戻ってこられたことを喜ばれてるみたい。

 ここの人たちはやっぱりみんな優しい。だから好き。

 

『やさしいせかい』

『やさいせいかつ』

『ここまでがテンプラ。ここからがテンプレ』

『どういうことだってばよ……』

 

 私が聞きたいよ。

 私がパーティの方へと歩いて行くと、何故か急に静かになってしまった。誰もが私を見てる。ちょっと怖いんだけど、なんで?

 

『そりゃSランクの冒険者が来たら気になるでしょ』

『しかもたった一人でスタンピードを終わらせるやべー魔女』

『邪魔したら殺される!』

 

 そんなことしないけど。しないってば。

 みんなからの視線が気になるけど、私は隠蔽の魔法を使っていた小柄な女の子に声をかけた。

 

「隠蔽の魔法を使ってたの、あなたで間違いないよね?」

「あ、はい! わたしです!」

「ん。名前は?」

「ミトです!」

 

 ミトさん。とりあえず今のところ、聞き覚えはない。当たり前ではあるんだけど。

 

「じゃあ、こっち来て」

 

 ミトさんの右手を取って歩き始める。ミトさんはびくりと体を震わせたけど、黙ってついてきてくれた。

 他の人に声が届かない場所まで歩いてから立ち止まる。それでもこっちを見てる人はいるみたいだけど、さすがに連れ去ったらパーティの人が心配しそうだからそれは我慢だ。

 

「ミトさん」

「はい!」

「隠蔽の魔法、使ってみてもらっていい?」

「はい! …………。はい? 隠蔽の魔法ですか?」

「ん」

 

 ミトさんが自分の右手を見る。私に握られたままだね。集中できないのかな? でも、このままでやってほしい。

 ミトさんからの視線だけの問いに頷くと、ミトさんは不思議そうにしながらも引き受けてくれた。

 

「それじゃあ、いきます」

 

 そう言って、ミトさんが左手に持ってる杖で魔法を発動する。隠蔽の魔法。

 

「んー……」

 

『この子の魔法に何かあったんか?』

『こっちからだと隠蔽の魔法が分からないからなあ……』

『精霊様の仕事が恨めしく感じることになるなんて……』

 

 配信の向こう側の人には、一部の隠蔽の魔法が通じないらしいね。真美にかけたものは通じてるみたいだから、精霊様が区別してるのかも。

 まあ、それはどうでもいいことだ。不便に感じたことはないしね。今はそれよりも、この子の魔法だよ。

 この隠蔽の魔法、私の魔法とかなり近い術式をしてる。近いというか、私の隠蔽の魔法の劣化版だと思えば間違いないかもしれない。だから、私が気付いてないだけで、私が知ってる人なんじゃないかと思ったんだけどね。

 

 ん、いや、でもこれ、ちょっと違う。私の魔法というよりも……。

 師匠の魔法だ。

 師匠が見せてくれた隠蔽の魔法、それに術式が似通ってる。かなり近い、と思う。

 

「ねえ、ミトさん」

「はい!」

「賢者コウタって知ってる?」

 

 その名前に、ミトさんはすぐに頷いた。

 

「はい。わたし、魔法学園に在籍していました。賢者様からも魔法を教わりました」

「ふーん……」

 

 そっか。師匠から、魔法を教わったんだ。師匠の弟子ってことなのかな。

 ふーん。そっか。そうなんだ。ふーん……。

 

『おや? リタちゃんの様子が……』

『ほーん。つまり、嫉妬やな?』

『自分以外の弟子がいてもやもやしてると』

 

 否定できないから言わなくていいよ。

 気持ちをごまかすように咳払いをして、ミトさんに向き直った。

 

「じゃあ、ミトさんは賢者コウタの弟子?」

「え、いやまさか! 違います!」

 

 思っていた返答と違うものがきてしまった。てっきり、すぐに認めると思ったんだけど……。

 ミトさんは少しだけ寂しそうに笑いながら、言う。

 

「わたしも、弟子にしてくださいって頼んだことがありました。でも、断られました。わたしだけじゃなくて、他のみんなも」

「そうなの? どうして?」

「えっとですね……」

 

 俺は弟子を二人も取るつもりはない。故郷に残してきてる弟子が、俺の最初で最後の弟子だ。あいつ以外の弟子なんて考えたくもねえよ。

 

「そんなことを言われました。一番大切な愛弟子だって聞いてます」

「そう、なんだ……」

 

 うん。うん。どうしよう。なんだろう。すごく嬉しい。すごく恥ずかしい。

 愛弟子。愛弟子だって。

 

「えへへ……」

 

『かつてないほどにリタちゃんが笑顔になってる……』

『感情が薄い子だって思ってたけど、こんな顔できるんやな』

『見てるこっちも嬉しくなる笑顔』

『かわいい』

 

 うん。だってすごく嬉しいから。すごくすっごく嬉しいから。

 




壁|w・)嫉妬するリタを書きたかった。
師匠さんにとってもリタは特別で、学園で教え子がたくさんいても、それでも弟子と呼べるのはリタだけです。

明日は金曜日なのでお休みです。


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ねたばらし

「あ、あの、魔女様……?」

 

 そのミトさんの声に我に返った。そうだよね、無視はいけない。師匠のことを教えてくれたんだし、満足だ。みんなのところに帰してあげよう。

 

「ごめん。話してくれてありがとう。帰ろうか」

「あ、いえ……。あの。もしかして、隠遁の魔女様は賢者様のお知り合い、ですか?」

「ん。そうだよ。師弟関係」

「え」

「ん?」

 

『ちょ!?』

『リタちゃん言っちゃってよかったんか!?』

 

 んー……? だめ、だっけ? 別に問題ないかなと思ったんだけど……。この子は悪い子じゃないと思うし。

 でも、そうだね。あんまり言わない方がいいのかも。ミトさんもすごく驚いてるし、魔女の称号って私が考えてるよりもずっとすごいのかもしれない。

 んー……。よし。師匠がここまで教えてるなら、きっとこの子は信頼できる。だから、せっかくだから引き込もう。

 そう結論づけて、私は隠蔽の効果があるフードを外した。

 

「え」

 

 ミトさんはあんぐりと口を開けて固まっていたけど、すぐに大きな声を上げた。

 

「ちっちゃい……!?」

「ちっちゃい……」

 

 いや、確かに小さいよ? それはちゃんと自覚がある。でも、指さして言ってくるほどじゃないと思うんだよね。気にしすぎなんだろうけど。

 

「隠遁の魔女様って、子供だったんですか……!?」

「ん」

 

 否定しても意味はなさそうだから、頷いておく。

 

「私が、隠遁の魔女、リタ。賢者コウタは私の師匠で、元精霊の森の守護者。今の守護者は私」

「え。え。ちょ、待って……。ええ!?」

 

『一気にいったなあw』

『もう全部ぶちまけるのか』

『でもどうすんだこれ?』

 

 協力者になってもらう。ただ、何かをしてほしいっていうわけじゃない。少しだけ、相談に乗ってもらえれば十分だ。

 あとは、ミトさんの魔法。あの魔法を見れば分かる。ミトさんはすごく優秀な魔法使いだ。だから、少しだけ私も教えてあげたいと思ってしまった。もったいないから。

 私はミトさんの肩に手を置いて、言った。

 

「この後、もう少しお話ししよう。いいよね?」

「は、はい! わかりました!」

 

 なんだか声音に緊張が多分に含まれてる気がするけど、どうしたのかな。

 とりあえず、今のところの話は終わり。あとでギルドに来た時にお話しさせてもらおう。

 

「それじゃ、戻ろう」

「分かりました……」

 

 少しだけ疲れたような声でミトさんは頷いた。大丈夫かな?

 

 

 

 後片付けを他の冒険者さんたちに任せて、私たちは転移で街に戻ってきた。一緒に転移してきたのは、私の他にミレーユさんと貴族さん、そして助けたパーティ四人。

 すでに転移魔法を知ってるミレーユさん以外の五人は、転移魔法にすごく驚いてるみたいだ。ほとんど失われたも同然の魔法らしいから仕方ないのかな。

 ちなみにもちろんフードはまた被ってる。隠蔽はばっちりだ。

 

「隠蔽があるからとやりたい放題し過ぎでしょう……」

「ん……」

 

 だめだったらしい。

 

『当たり前なんだよなあ……』

『転移魔法って、魔法に詳しくない俺らでもかなりやばいって分かるからな?』

『暗殺とか窃盗とかなんでもござれ』

 

 いやそんなことやらないけど。ああ、でもそっか。他の人からすれば、それを警戒しちゃうってことだね。

 でももう見せてしまったものは仕方ない。記憶を消すこともできるけど、それに関しては高確率で失敗するからね。他の記憶もたくさん消しちゃうことになる。だから、言われない限りやらないよ。

 

 私たちは報告のために、一度ギルドマスターさんの部屋に行くことになった。

 そして部屋で報告を聞いたギルドマスターさんは、おもいっきり頬を引きつらせていた。多分貴族さんたちがいなかったら、頭を抱えてたと思う。

 

「でも私は悪くない。私はちゃんと依頼通りに仕事した」

 

『それはそう』

『想定の斜め上を行ってるだけ』

『見てておもしろいからヨシ!』

 

 ヨシじゃないと思う。いや、ヨシでいっか。

 私の小声のつぶやきに反応する人はいない。ギルドマスターさんは貴族さんと話し合いをしてる。今回の救助費用についてとか、そんな話みたい。多分、私に支払うお金についても含まれてると思う。

 

「リタさん。何か要望があるなら今のうちですわよ」

 

 ミレーユさんが小声で言ってくれるけど、別にどうでもいいかな。報酬とかも勝手にしてほしい。

 私はむしろ、ミトさんとそのパーティに用があるから。

 




壁|w・)サブタイトルが思い浮かばなかったぱーとつー。


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術式の仕組み

「ミトさん」

「あ、はい! 何ですか?」

「魔法、教えてあげたい。だめ?」

「え」

 

 ミトさんが大きく目を見開く。すごく驚いてるのは分かるけど、そこまで?

 でももちろん、これは私の意見を押し通すわけにはいかないし、ミトさんだけの意思で決められるものでもない。だってミトさんは、すでにパーティに入ってるから。今後のパーティの活動もあるし、反対されるとやっぱりちょっと難しいかも。

 ミトさんの意思は多分私側。嬉しそうにしてくれてるし。でもすぐに顔を曇らせて、周囲の様子をうかがい始めた。つまり仲間の表情を。

 その仲間の人たちの反応は、少し予想と違うものだった。

 

「つまり魔女の弟子になるってことか……!?」

「それは、すごい……! すごいことだよミト!」

「魔女にも実力を認められたってことよね……。正直、羨ましいわ……」

 

 意外と好感触。もっと渋られると思ってたよ。

 

『それだけ魔女のネームバリューが大きいってことだろうな』

『実際のところどうなん? 弟子にするの?』

『リタちゃんもついに弟子を取るのか……』

『師匠さんの頃から見てるワイ、胸圧すぎて泣きそう』

『胸を圧迫したらそりゃ泣きたくなるだろ』

『誤字につっこまないでくれませんかねえ!?』

 

 んー……。弟子、になるのかな……? 弟子とはまた違うような、そうでもないような……。

 

「ちょっと教えるだけ。弟子とは違う。今のところは」

「つまり可能性があるってことだな!」

「そ、そう、かも……?」

 

 どちらかというと、修正したいというか、そういう感じなんだけど。

 ミトさんの隠蔽の魔法、師匠のものに似てるんだけどちょっと効果が弱いんだよね。

 魔法の術式って、魔法使いとして慣れてきた人ほど、少しずつ自分なりに調整していくものだったりする。でもミトさんの魔法は、多分師匠の術式そのままだ。ミトさんには微妙に合ってないから、師匠の劣化になってるんだと思う。調整の仕方を教わってないんじゃないかな。

 

 ただ、師匠が自分の術式を教えたのに、その調整の仕方を教えていないっていうのはちょっと疑問だ。だから、多分教える予定だったけど、教えられなかったんじゃないかな。

 その理由は、死んじゃったから。だから、中途半端になってるものを最後まで教える、みたいな感じ。

 そんなことを考えながら四人の話し合いを眺めていたけど、すぐに答えが出たらしい。ミトさんは三人に背中を押されて、私の前に立った。

 

「よろしくお願いします!」

「ん」

 

 よかった。ミトさんなら、きっとすごい魔法使いになれるはず。

 その後はギルドマスターさんたちの話し合いが終わるのを待ってから、解散になった。

 

 

 

 ギルドマスターさんたちの話し合いの結果だけを言えば。

 貴族さんは忠告を聞き入れなかったことで生じた問題の謝罪と、今回の件に見合うだけの報酬の上乗せという形で落ち着いたみたい。ミトさんのパーティも、本来よりもずっと多い報酬をもらえたみたいだ。

 私にも報酬は支払われたけど、これは私の要望の通りに少なめ。その代わりに、何かあったら協力してね、という形。後から聞いた話だと、こっちの方が貴族さんからすれば怖いらしいけど。

 

 ちなみにまだ細かい話し合いは残ってるらしいけど、私たちに関わることはもうないとのことなので、私たちは解散ってことだね。ミレーユさんは一応残るらしい。

 ギルドマスターさんの部屋を出て、廊下を五人で歩く。ミトさんたちはこの後、酒場で宴会するんだって。たくさんお金が入ったから、ぱーっと使うんだとか。

 

「宴会、楽しそうだよね」

 

『実際楽しい』

『リタちゃんも参加させてもらえば?』

『言ってみたら多分まぜてくれる』

 

「んー……。さすがに邪魔だよ」

 

『それは確かにw』

 

 ミトさんとは明日の朝、門の前で合流することになってる。パーティの活動は今日までになるから、きっと話したいこともあるはず。邪魔はできない。

 私も今日は森に帰ろうかな。疲れてはいないけど、美味しいものが食べたい気分。

 

「真美。真美。見てる?」

 

『見てるよリタちゃん!』

『即反応するのは草なんだ』

『マジでずっと見てるんかなこの子w』

 

 学校とかで見れない時以外は見てるって言ってたね。嬉しいのは内緒。

 

「カレーライス、食べたい」

 

『いいよ! チーズカレーにするね!』

『打てば響くとはまさにこのこと』

『でも配信中に晩ご飯の話をするなw』

『おいお前ら絶対配信でカレーライス食べ始めるぞ! 用意しとけよ!』

 

 チーズカレーだって。初めて。チーズって焼いたりしたらとろとろになるあれだよね。あれをカレーライスに入れるんだね。美味しそう。楽しみ。

 

『めっちゃうきうきし始めてる』

『わくわくリタちゃん』

『表情薄いのに上機嫌が分かるってある意味すごいw』

 

 余計なことは言わなくていいよ。

 

「あの、隠遁の魔女様」

「ん?」

 

 ミトさんに話しかけられたのでそっちを向くと、少しだけ不思議そうにしていた。

 

「すごく機嫌がよさそうですね……」

「ん。晩ご飯が楽しみ」

「そ、そうなんですか」

 

 少し意外そうにしてるけど、そんなにかな? 美味しいものを食べるのは、人にとって大事なことだと思うよ。間違いない。

 

「それで、どうしたの?」

「は、はい! 明日は門の前とのことですけど、中でいいんですか?」

「ん? 外」

「え。そ、外……?」

「ん。門のすぐ横にいてほしい。迎えに行くから」

 

 まさか街の中で教えると思ってるのかな? やだよ、めんどくさい。森にご招待です。

 ミトさんは首を傾げながら、パーティメンバーの方へと戻っていった。それじゃ、私もそろそろ行こう。チーズカレーが私を待ってる。

 




壁|w・)サブタイトルが以下略!
魔法使いの等級?のほんわかイメージ
初級→魔力のコントロールが可能、かつ基本的な魔法が術式通りに使える。
中級→基本的な魔法を自分に合うように調整、かつ高等魔法を術式通りに使える。
上級→高等魔法を調整できる。
やべー人→禁術レベルの魔法を調整してしまう、ちょっとぶっとんだやべーやつ。
なお、ほんわかイメージなので微調整が入るかも。


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チーズカレー

 

 チーズカレーをすごく楽しみにしながら真美の家に転移した。

 

「むう……!」

 

 ちいちゃんが頬を膨らませて私を待ち構えていた。どうしたのかな。なんだか怒ってるみたいだけど。

 戸惑ってる間にちいちゃんが私の側に歩いてきて、両手でぽかぽか叩き始めた。痛くはないけど、どうしよう、どうしたらいい? えっと、えっと……。

 

『おろおろリタちゃん』

『両手をさまよわせてるw』

『ぽかぽかちいちゃんもおろおろリタちゃんもかわいいなあ』

 

 他人事だと思って好き勝手言われてる気がする。

 じっとしてても仕方ないし、ちいちゃんと目線を合わせる。するとちいちゃんは叩くのをやめてくれた。

 

「ちいちゃん、どうしたの?」

「むう!」

「えっと……。怒ってるのは分かるんだけど……。えっと……」

 

 どうしよう、本当に分からない。助けを求めて真美の姿を探すと、すぐにドアが開いて真美が入ってきた。私たちの様子に一瞬だけ目を丸くして、そして苦笑。真美がちいちゃんを引き剥がしてくれた。

 

「ほら、ちい、ちゃんとリタちゃん、来てくれたでしょ?」

「むう!」

「はいはい、拗ねないの」

 

 拗ねてる、らしい。多分私が原因だよね……?

 

「ごめんね、リタちゃん。ちいがね、ちいが弟子だったのにって拗ねちゃってて……」

「ああ……」

 

 なるほど。なんとなく理解した。理解はしたけど、その……。私はちいちゃんも弟子とは思ってなかったんだけど……。

 ああ、でも、そっか。私が一から魔法を教えてるからね。弟子になるか。うん。

 なんとなく。ちいちゃんを見てたら、なんとなく、幼い頃を思い出してしまった。

 

 外行くぞ、と歩いて行く師匠と、師匠に作ってもらった小さな杖を抱えてついていく私。置いていかれないようにとローブの裾を掴んだら、笑いながら頭を撫でてくれたっけ。それが、とても心地よくて、安心できて……。ちょっとだけ、懐かしくなってしまった。

 ちょうど、ちいちゃんぐらいの年だったかな。確かに他に弟子を取ったって言われたら、拗ねてたと思う。その、実際に少し嫉妬しちゃったしね。

 ちいちゃんに手を伸ばすと、ちいちゃんにそっぽを向かれてしまった。それでも、ちいちゃんの頭を撫でる。

 

「ちいちゃん。ちいちゃんは私の一番弟子だよ。ミトさんを弟子にしたとしても、それは変わらないから」

「…………。うん……」

「ん。だから、一緒にがんばっていこう」

 

 正直なところ、私は教え方が下手だと思う。わりと感覚で魔法を使ってるところもあるから。改めて口頭で説明するのは、すごく苦手。

 でも、それでもいいと言ってくれるなら、私はちいちゃんの師匠でいたい。なんとなく、だけどね。

 ちいちゃんはそっと私を見てくれて、頷いてくれた。

 

「がんばる」

「うん。がんばろう」

 

 にぱっと笑ってくれて、すごく嬉しかった。

 

『仲直りしてくれてよかった』

『めっちゃはらはらした』

『仲良しでいてほしい』

 

 ん。もう大丈夫。きっと、ね。

 

「それじゃ、リタちゃん、ちいのことよろしくね。今作ってるから!」

「ん。任せて」

 

 リビングから出て行く真美を見送って、ちいちゃんに向き直る。ちいちゃんの機嫌はすっかり直ったみたいで、じっと私を見てる。なんだかちょっぴりこそばゆい。

 

「それじゃ、今日も魔力の循環、頑張っていこうね」

「うん!」

 

 ん……。ちょっとだけでも、良い師匠になれたらいいな。

 

 

 

「お待たせ。真美特製チーズカレーだよ!」

 

 そう言って真美が持ってきたものは、いつものカレーライス、の中にとろとろのチーズが入っていた。ほどよく溶けたチーズがたっぷりと入ってる。スプーンで持ち上げてみると、カレーと一緒にチーズがとろりと。

 

『あああああ!』

『なにこれすげえめちゃくちゃしっかり溶けてる!』

『自分で作るとチーズが固形になっちゃったりするのに!』

 

 ん。単純な料理なのかなと思ったけど、見た目に反して結構難しいらしい。ほどよく溶かすのが難しいってことかな。レトルトでしか作れない私には分からないけど。

 

「どう? どう?」

「ん」

 

 なんだか真美が期待のこもった目で見てくる。とろとろチーズのカレーとご飯を一緒にぱくりと。

 おー……。チーズがカレーとご飯に絡んで、いつもと少し違う食感。これはこれですごくいいものだ。うん。いいものだ。もぐもぐ。

 

『無心で食べてる……』

『美味しかったんやろなあ』

『レトルトのカレーしようかと思ったけどチーズカレーの出前頼んだ』

『出前の地域じゃない俺涙目』

 

 うんうん。これはいいもの……。あ。

 

「ん……」

 

『空になって悲しそうになるのやめーやw』

『子供かw (見た目は)子供だったわ』

『見た目言うなw』

 

 ちょっと、物足りない。もうちょっと食べたい。

 真美を見ると、にこにこ笑っていた。

 

「おかわり、いる?」

「ん!」

 

『声だけで嬉しいっていうの分かるw』

『今更だけどリタちゃん完全に餌付けされてね?』

『そりゃリタちゃんは真美ちゃんのペットだから』

 

 ペット扱いはさすがにひどいと思う。ペットじゃないよ。友達だよ。

 




壁|w・)コ○○チのチーズカレーをイメージしたのは内緒です。


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魔法使いは太りません

 真美がおかわりを持ってきてくれた。さっきと同じチーズカレ……、あれ?

 

「とんかつ入れてみたよ!」

「……!」

 

 チーズ入りのカツカレー! すごい! すごくいいもの! 絶対美味しい!

 

『チーズカツカレーもいいよな』

『カロリーやばそう……』

『チーズとカツってどう考えてもカロリーの暴力w』

『ふと思ったんだけど、リタちゃんわりと暴食するのに、全然太らないな』

『若いっていいなあ……』

『さすがに違うだろw』

 

 んー。そっか、そういえば言ってなかったっけ。師匠の時はそもそもこんなに食べなかっただろうし。

 

「私たち魔法使いはある程度食べたものをなにこれすごく美味しい」

 

『リタちゃんwww』

『説明はいいから先に食べなさいw』

『美味しそうに食べてるのを見てるだけで俺たち満足だから』

『ここには変態しかいないのか?』

『お前も含めてな!』

 

 すごい、とろとろチーズがとんかつに絡んで、今までと違う食感になってる。チーズとソース、カレーの味がどれも邪魔にならずに調和していて、これもまた美味しい。

 

「んふー」

 

『めっちゃ美味しそうに食べるやん』

『いつものこと』

 

「えへへー」

 

『そして真美ちゃんはめちゃくちゃ嬉しそうw』

『ここまで美味しそうに食べてくれたら作るのも楽しいだろうな……』

 

 ん。すごくすごく美味しい。幸せ。

 その後、もう一回だけお代わりをもらった。すごく美味しかった。

 全部食べ終わった後は、洗浄魔法でさっと食器を綺麗にする。真美が手早く片付けて、一息。

 

「ところでリタちゃん」

「ん?」

「太らない理由について詳しく」

 

 テーブルから身を乗り出して聞いてきた。圧がすごい。なんか、すごい。怖い。

 助けを求めてちいちゃんに視線を投げれば、テーブルの上でお絵かきをしていた。かわいい。

 

『現実逃避すなw』

『真美ちゃんの圧がやべえw』

『でも実際俺らも気になる』

 

 ん……。別に隠してることじゃないし、私たち魔法使いからすれば当たり前なんだけど……。

 

「先に言うけど、真美は絶対にできないよ?」

「あ、そうなんだ……。でも、教えてほしいな」

「いいけど……」

 

 これは私だけじゃなくて、魔法使い全員がやってることになる。もともとは精霊様ですら知らなかったことだけど、師匠が何かの本で知って、精霊様が確認してくれた。これについては私どころか師匠のオリジナルでもない。

 

「魔法使いは必要以上に食べたら、魔力に変換してるんだよ。だから魔法使いに太ってる人はまずいない。ミレーユさんやパールさん、それにミトさんも太ってなかったでしょ?」

「言われてみれば確かに……」

 

 もちろん冒険者になると動くことも多いから、そもそもとしてたくさん食べても足りないことが多いかもしれないけどね。でも、魔法の研究とかしてる人でも太ってないはずだよ。

 

「理由も分かったし私が使えないのも分かったけど言っていい?」

「ん? どうぞ」

「すっごく羨ましいんだけど!」

 

 真美がおもいっきりテーブルを叩いたせいでちいちゃんがびっくりしてる。でも、そんなにかな? 太りたくないなら、魔法使いじゃないなら動けばいいと思う。冒険者の人に太ってる人がほとんどいないのはそういうことだろうから。

 コメントを見てみると、これもまたちょっとすごいことになってた。

 

『羨ましすぎてはげそう』

『魔法使えるよりも何よりも羨ましいと思ってしまったよ……!』

『リタちゃん、現代人はね、動く機会が少なくなってるんだよ……』

 

 ああ……。ですくわーく、だっけ。そういうのも多いんだよね。それなら、仕方ない、のかな?

 私にはよく分からなかったけどね。うん。だからごめんね真美。なでなでしてあげる。なでなで。

 

「あ! ちいも! ちいもなでなで!」

「ああ、うん。なでなで」

 

 なんだか妹が二人できた気分になってしまったけど、これはこれで楽しかった。

 

 

 

「明日、森の外から一人、連れてくるね」

 

 森に帰った後、精霊様とコーラを飲みながらそう報告した。ぱちぱちがまだ慣れない……。

 

「珍しいですね。ミレーユという方ですか?」

「んーん。ミトさん。師匠の術式そのままだったから、少し教えてあげようかなって」

「それは……。気になりますね」

 

 ん。多分精霊様が気になってるのは、師匠の教え子ってことだと思う。

 

「いい人そうだったから大丈夫だよ」

「そこは心配していません。リタを信じていますから」

 

 ん……。そう言われると、ちょっと照れちゃうというか……。うん。

 まあ、もし何かあったとしても、その時は私がどうとでもするつもりだ。ミトさんはいい人そうだから大丈夫だと思うけど、どっちが大事かと聞かれたら精霊の森の方が大事だから。

 

「念のため、一度ここにも連れてきてくださいね」

「ん。わかった」

 

 しばらくは滞在してもらうことになるだろうしね。精霊様にも会ってもらっておこう。

 んー……。今からちょっとだけ楽しみだ。ちょっとだけ、ね。

 




壁|w・)イメージとしては、カロリーを魔力に変換してるイメージ。なお、少なくなった魔力を補おうと魔法使いさんたちは無意識で行っていたりします。
裏設定的なものでしたが、太りそうと何度かご指摘を受けたので……。


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精霊様への挨拶

壁|w・)ここから第十話、のイメージです。


 

 スタンピードの騒動の翌日、私が街の門の前に行くと、すでにミトさんが待っていた。街に入っていく人たちから不思議そうに見られていて、ちょっと恥ずかしそう。違う場所を指定してあげた方がよかったかな。

 フードを被って、ミトさんの側にふわっと着地。ミトさんだけじゃなくて周囲の人の視線も感じるけど、無視しよう。

 

「おまたせ。変なところで待たせてごめん。とりあえずこっち」

「は、はい!」

 

 ミトさんの手を引いて、門から離れる。草原のど真ん中、人の視線を感じなくなった場所で立ち止まってフードを外した。代わりにいつもの三角帽子を被って、ミトさんに向き直る。

 

「パーティの人たちには挨拶した?」

「はい、大丈夫です。ちょっと大変そうでしたけど」

「ん?」

「えっと……。ギルドで、ちょっと冷やかされていたというか、なんというか……。ヘイズさん、あ、リーダーです。リーダーが言ったことをすごく大げさにパーティの人が面白おかしく吹聴して、みんな絶対に分かってるのにはやし立てて、リーダーが部屋の隅で丸くなってました」

 

 なにそれすごく楽しそう。今からでも見に行きたいけど、お別れを済ませたのに戻らせるのはちょっと申し訳ない。すごく残念だけど。とても見たかったけど。

 

「…………。見に行ったらだめ?」

「え……」

 

 ん。ミトさんの頬がちょっと引きつった。やめておこう。

 

「なんでもない。それじゃ、転移する。忘れ物はない?」

「は、はい! 大丈夫です!」

「ん」

 

 さっと転移を発動。転移先は、森の前。お家の前に直接転移してもよかったけど、しばらく滞在してもらうつもりだから、森の危険性をちゃんと知っておいてほしい。だから、ここから歩いて行く。

 

「お家まで歩くけど、絶対に私の側を離れないように」

「分かりました。ちなみに離れたらどうなります?」

「死ぬ」

「離れません!」

 

 ひしっと左手を掴まれた。ん、まあ、これなら離れたらすぐに分かるから、ちょうどいいかな。

 ミトさんを連れて森の中を歩いて行く。時折出てくる魔獣にミトさんがいちいち驚いていて、ちょっぴり楽しい。すごく楽しい。

 私にとっては歩き慣れた道だけど、ミトさんにとっては大変で怖い道だったみたいで、一時間ほどで結局お家の前に転移した。少しは怖い場所だって分かってもらえたからいいとしよう。

 お家の前、私が結界を張っていて安全だと教えてあげたら、その場にへたり込んでしまった。

 

「噂には聞いていましたけど、実際に来てみると予想以上でした……」

「ん。途中で転移したから、ミトさんが見たのはまだ比較的安全な魔獣だよ」

「あんぜん……?」

 

 森の奥の方が魔獣も強いからね。入り口付近はまだまだ安全な方だよ。

 

「荷物は?」

「アイテムボックスに入ってます」

「ん。じゃあ空いてる部屋に……」

「テント張りますね!」

「…………」

 

 いや、普通にお家の部屋に泊まってくれたらいいんだけど。

 私が不思議そうにしていたからか、理由を教えてくれた。守護者の家に泊まるのは恐れ多いとかなんとか……。むしろ緊張で休めなくなるとか。

 守護者ってみんなにどう伝わってるのかな。伝説扱いだってミレーユさんからは聞いてるけど。

 ミトさんがそっちの方が安心できるなら、無理強いはしないでおく。無理強いしたせいで休めなくなったら本末転倒だしね。

 

「じゃあ、先にテント張って。手伝った方がいい?」

「大丈夫です! すぐに終わらせます!」

 

 ミトさんはそう言うとテントを取り出して、あっという間に組み立ててしまった。すごく手慣れている感じがする。冒険者にとっては必須技能だったりするのかな。

 

「終わりました!」

「ん。じゃあ、精霊様に挨拶に行く」

「え」

「ん?」

 

 ミトさんが固まってしまった。予想してなかったらしい。なんだかすごく慌て始めたけど、そんなに気にしなくていいよ。怖くないよ、優しいよ?

 

「でもわたし、こんなローブしかありません……」

 

 ミトさんがそう言ってくる。ミトさんのローブは、ちょっとだけ装飾のあるローブ。装飾は魔力の制御を補う魔道具だね。一般的な魔法使いのローブだと思う。帽子はなし。小さいポニーテールの青髪だね。

 うん。問題ない。

 

「それで問題あるなら私も問題ありになるけど」

「え? あー……」

 

 私のローブにもいくつか装飾はあるけど、師匠お手製の手作りだ。効果? そんなものはないよ。女の子なんだからおしゃれぐらいいるだろって師匠が作っただけだから。

 私と師匠の場合、装飾にじゃなくてローブそのものに魔法をかけるし。そっちの方が仕込みやすくて強い魔法を付与できるから。

 

「精霊様は気にしないから行くよ。はい転移」

「ちょ……!?」

 

 ミトさんが何か言おうとしたけど、問答無用で転移した。転移先はもちろん、世界樹の前だ。

 視界いっぱいに突然世界樹が広がったミトさんは、その場であんぐりと口を開けて固まってしまった。ほっぺたをつんつんしてみる。動かない。おもしろい。

 

「リタ。やめてあげなさい」

 

 ふとそんな声が聞こえて振り返ると、精霊様が苦笑していた。

 

「あなたがミトですね。リタから聞いていますが、コウタから教えを受けていたそうで。私が世界樹の精霊です。よろしくお願いしますね」

「…………」

 

 見事に固まってる。もう一度つんつんしよう。つんつん。

 

「ひゃい! はい! よろろろろしくおねがいしましゅ!」

「おー……」

 

 なんか、うん。ごめんね。そんなに緊張してたんだね。うん。うん。

 羞恥で真っ赤になってるミトさんの手を取ってから、精霊様に言った。

 

「ごめん。明日出直す」

「ん、ふっ……。わ、わかりました。そうしてください」

 

 精霊様も噴き出しそうになってるのを必死に堪えてる。早めに移動してあげよう。

 一度だけ小さく頭を下げて、転移した。

 




壁|w・)道中での心の準備すら許さない精霊様への挨拶でした。


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感覚派に期待してはいけない

 

「殺してください」

 

 テントの前で三角座りして、ミトさんは顔を真っ赤にしてそう言った。遠い目をしてる。でも顔は真っ赤。すごく恥ずかしかったらしい。

 

「よしよし。ミトさんえらい。がんばった」

「殺して……いっそ殺してよ……」

「ん……。ごめんね。一日休んで、心の準備をしてからの方がよかったよね……。ごめんね」

 

 ミトさんの頭を優しく撫でながら、私は久しぶりに本気で反省した。配信してなくてよかったよ。絶対にからかわれるところだった。

 

「ミトさん、美味しいもの食べて元気出そう。これあげる。チョコバー」

「ありがとうございま……、なんですかこれ!?」

 

 わ、一気に元気になった。日本のお菓子、チョコバーを握りしめて驚いてる。あんまり握ると体温で溶けちゃうよ。

 

「チョコバー。美味しいよ」

「チョコは分かります! でもこれ、この袋! 見たことないです!」

「あー、うん……。こう、ぴりっと破って、ね……」

「これを破るなんてとんでもない!」

「ええ……」

 

 なんだろう、視聴者さんがいたら面白がりそうな言葉だった気がする。

 ただ、ちゃんと食べてくれないと困る。どんな反応するか見たいのに。こっそりわくわくしてるのに。

 

「食べて」

「でも……!」

「食べろ」

「はい」

 

 めんどくさくなったので少しだけ睨んだら、ミトさんは素直に包装を破いてくれた。どこから破るのかちょっと戸惑ってたけど、ギザギザのところからなら破りやすいと気付いたらしい。

 ミトさんが食べる直前に、こそっと配信魔法を使っておいた。

 

『ヒャッハー! 新鮮な配信だぜえええ!』

『新鮮な配信とは』

『開幕リタちゃ……、ミトちゃんやんけ』

『チョコバーかじってめちゃくちゃ目を見開いてるの草』

『勢いよく食べ始めたのも草』

『さすが我らのお菓子だ。破壊力が違う』

 

 気に入ってもらえたみたいで私もなんだか嬉しいよ。

 ミトさんはあっという間にチョコバーを食べ終わった。最後の一口を食べ終わってから、叫んだ。

 

「すっごく美味しかったです!」

「ん」

「これ、どこのお菓子ですか? わたしも買いに行きたいなって……!」

「あー……」

 

 買いに行くのは多分無理かなあ……。日本への転移魔法は魔力をごっそり使うから、さすがに二人分は厳しい。私が行くだけでも、ミレーユさんたちが気付いてたぐらいだし。二人分の魔力なんて使ったら、大騒ぎじゃないかな。

 

「ちょっと、ミトさんを連れて行くことはできない」

「そうですか……。隠れ里なんでしょうね。残念です」

「隠れ里……」

 

『隠れ里 (ビル乱立)』

『隠れ里 (人口一億人超)』

『なるほど隠れ里だな』

『どこがだよwww』

 

 ここから見たらある意味で隠れ里かな……? こっちの人たちだと、観測すらできないだろうし。

 それはともかく。ミトさんも元気になったし、ここからは魔法の勉強だ。と言っても、私は人に教えるのがとても苦手。特に師匠から教わっていたなら、落差がとってもすごいと思う。

 

「なので私ができるのは、今までの守護者が集めてきた本を見せてあげることぐらい。その後に、修正とかをしてあげられたらなと思ってる」

「そう、ですか……」

 

 教えるのが苦手なことも含めてそう伝えたら、残念そうに肩を落とした。私から直接教えてもらえる、と思っていたらしい。別にそれでもいいけど、私はいわゆる感覚派だよ。私が言うのもなんだけど、絶対に理解できないと思うよ。

 

「たとえば調整のやり方として、ここがぐねってるからしゅびっとして、ぐちゃってなってるところは転がして、で分かる?」

「本でお願いします」

「うん」

 

『即答www』

『これはマジで分からなさすぎるw』

『術式ってやつの調整、だよな……? どういうことなんだこれ……』

『私の妹に教えてるのって、かなり言葉を選んでくれてたんだね……』

 

 ん。ちいちゃんは真っ白だったから、すごくがんばった。真っ白だったからやりやすいっていうのもあるけどね。それに基礎の基礎だからだよ。調整のやり方になると、言葉にするのが難しい。

 ミトさんをお家に入れてあげる。ミトさんはそわそわしてたけど、とりあえず椅子に座ってもらった。

 

「一冊読むのにどれぐらいかかる? 速読はだめ。ちゃんと理解しながら読むこと」

「それでしたら一日一冊ぐらいです」

「ん。じゃあ、とりあえず三冊」

 

 アイテムボックスから本を取り出して、テーブルに置く。ミトさんは本を手に取って、表紙を見て、凍り付いてしまった。

 そういえば、私が持ってる本って本棚の本も含めて貴重なものなんだっけ。ミレーユさんも驚いてたぐらいだし。熱中して読んでたぐらいだし。

 

「あの、これ……。いいんですか? 借りちゃっても……」

「ん。そのために出した。保存魔法をかけてあるから、気にせずに読んで」

「は、はい……!」

 

 すごく慎重に本を開いてる。手荒に扱ってもそうそう破損しないから、気にしなくてもいいんだけど。

 

「この三冊の本だけど……、だめだねこれ」

 

『あの一瞬で本に集中してる……』

『ミレーユさんといい、すごいな魔法使い』

『リタちゃんに認められるほどの魔法使いならでは、だったりして』

 

 んー……。まあ、適当に勉強してる人を森に入れようとは思わないから、これぐらいはね。ちなみにそんな人が入ってきたら見捨てるよ。どうぞ魔獣の晩ご飯になってください。

 本の説明ぐらいはしたかったけど、読めば分かるかな。書き置きだけしておこう。この様子だと、多分夜まで読み続けるだろうし。でも一応、口には出しておこう。

 

「出かけてくる。お昼には戻るから」

 

 予想通り反応はなし。書き置きを残して、お家を出た。

 




壁|w・)なお、リタは師匠さんが教えるのが上手と思っていますが、過大評価です。
お師匠「いいかリタ。例えばここ。ここ、ぐねってなってるだろ? ぐにゃじゃない。ぐね、だ。ぐねの場合は、ガチっとやればいい。バチっじゃないぞ。ガチっだ」
リタ「ん(完全に理解)」
…………。かもしれない!
ちなみに学園ではさすがに真面目に教えてました。…………。かもしれない!

明日は金曜日なのでお休みです。


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リタの依頼

「今日の予定だけど、まずはギルドに行くよ」

 

『お? またギルド?』

『昨日の今日だから行かないと思ってた』

『何しに行くの?』

 

「ん。ちょっと、ミレーユさんに依頼したいことがある」

 

 コメントにたくさんの疑問符が並んでる。私が依頼するのはちょっと不思議かもしれないけど、この世界の知り合いが少ない私だとどうにもならないから。

 とりあえず、転移。転移先はいつもの街の中、ギルドマスターさんの部屋の前だ。すぐに帰るつもりだから、時間優先で転移してみた。さすがに驚かれるかも。

 私がドアをノックするとすぐに、どうぞ、というギルドマスターさんの声が聞こえてきた。

 

「ん。こんにちは」

「あら、リタさん。こんにちは」

 

 執務机で仕事中のギルドマスターさんが少しだけ驚いて、そしてすぐに笑顔で挨拶してくれる。でもなんとなく、少し戸惑ってるような気もする。

 

「リタさん、一応聞いておくけれど、隠蔽せずに来たわけじゃないわよね? Cランクが気軽に入ってくるのはさすがに問題なのだけど……」

「ん。ドアの前に直接転移した」

「あ、そう……」

 

 頬が引きつってる。転移魔法についてはもう知ってるはずなのにね。それとも、やっぱり下で一声かけた方がいいのかな。んー……。面倒だからいいか。

 

「ミレーユさんは?」

「ミレーユに用事なの? もうすぐ来ると思うけど」

「ん。じゃあ、待っててもいい?」

「ええ、どうぞ」

 

 そう言ってから、ギルドマスターさんはまた仕事に戻ってしまった。ペンを持って、何かを書いてる。書類仕事ってやつだね。

 

『異世界でも中間管理職は書類仕事に追われるんやな』

『俺もそろそろ仕事行くかな』

『学校行かないと……』

『学生と社会人はがんばれよー』

 

 ん。視聴者さんたちもこれから仕事とか行くみたいだね。真美たちも今頃、準備してるのかな。

 ソファに座って、ミレーユさんを待つ。ギルドマスターさんがペンを動かすかりかりという音が聞こえてくる。この音、結構好きだな。

 ぼんやりと待っていたら、ドアが開いてミレーユさんが入ってきた。

 

「ミレーユ。いつも言ってるけど、ノックぐらいしてくれない?」

「忘れていましたわ」

「おかしいわね、ほぼ毎日言ってるはずなんだけど」

 

 ミレーユさんはそれを無視して、私ににっこり笑顔を向けてきた。

 

「来ていたのですわね、リタさん」

「ん。ちょっとミレーユさんに用事があって」

「あら。わたくしに? 何でしょう?」

「ん。魔法学園に行きたい」

 

 ぴたりと、ミレーユさんが動きを止めた。ギルドマスターさんのペンを動かす音も聞こえなくなってる。二人の視線が私に集中してるのが嫌でも分かるね。

 

『ほーん、魔法学園』

『なんで今更?』

『ミトちゃんの話で行きたくなったとか?』

 

 んー……。まあ、そんなところかなあ。勉強をしに行きたいわけじゃないけど。

 ミレーユさんは怪訝そうにしていたけど、すぐになるほどと手を叩いた。

 

「そういえば、お師匠様の軌跡を調べたいと以前話してくれていましたわね」

「ん。それ」

 

『あー! なるほど師匠さん関係か!』

『森を出て行ったあいつが間違いなく行った場所が学園だもんなあ』

『それ以外はどっかあったっけ?』

『さあ?』

 

 ん。それも学園に行ったら分かるかも。でもとりあえず、学園に行きたい。師匠が最後に過ごした場所だから。

 

『魔女なら、魔法使いを育てる場所に視察とかもあり得そうだし、わりといけそう』

 

 あ、それいいかも。使わせてもらおう。

 

「隠遁の魔女として視察、とかでもいいよ。行けたらいい」

「それが一番手っ取り早いですけれど……。でも、それだとあまり時間は取れないですわ。それに、魔女が滞在していると知られれば、きっとどうにかして依頼しようとする者が出てくるはずですわ」

 

 んー……。それはすごく面倒だ。相手したくない、というのが本音だね。それにしても、なんだかとても実感がこもってる言い方だった。

 

「もしかして、経験談?」

「経験談ですわ。すごくうっとうしかったですわ。焼き尽くしたくなりましたわ」

 

 うふふと笑うミレーユさんはとても怖かった。

 

『ヒェッ』

『この人ちょいちょい怖いなw』

『まあしっかり王子様に復讐した経験もあるお人ですし』

『改めて言われるとマジですごいなこの人』

 

 ん。私の友達はとってもすごい。

 

「じゃあ、どうすればいい?」

「そうですわねえ……」

 

 腕を組んで考えてくれるミレーユさん。ちなみにギルドマスターさんは仕事に戻ってる。ペンを動かす音が聞こえてきてるから。

 でも提案は、そのギルドマスターさんからだった。

 

「留学生みたいな感じならどうかしら。隠遁の魔女の弟子として、見聞を広げるために一時的に通うことになった、とか」

「それですわ!」

 

 ん。留学生、だって。私はあまりぴんとこないけど、ミレーユさんが言うにはとてもいい案らしい。でもばれたりしないのかな。私が弟子役をするなら、魔女としては行けないわけだし。隠遁の魔女を連れてこいって言われたらちょっと面倒だよ。

 

「ばれない?」

 

 短くそう聞くと、ミレーユさんとギルドマスターさんはにやりと笑った。

 

「魔女の紹介とするなら、魔女本人が弟子を連れて行かなければいけませんわね」

「でもね。今回に関してはとてもいい抜け道があるのよ」

「ん……?」

「リタさん、アート侯爵家は覚えているかしら」

「ん。昨日助けた人」

「そうですわ。そのアート侯爵家の当主が、学園長ですわ」

 

『おー!』

『世間は狭いというかなんというか……』

『これはやっぱり今行くべきやな!』

 

 少しだけ、できすぎのような気もするけど、ちょうどいいのも事実だね。アート侯爵家の人には困ったら手伝ってほしいとは伝えてあるし、早速だけど協力してもらおう。

 

「ん。じゃあ、それで行く」

「了解ですわ、それならこちらで手続きを……」

 

 そこまで言って、ミレーユさんが動きを止めた。少し考えるように視線をさまよわせて、そしてまた私を見つめてくる。

 

「リタさん。わたくしからも依頼をしても?」

「ん? いいよ。なに?」

「護衛の依頼ですわ」

 

 護衛。護衛ならミレーユさんがやってもいいと思うんだけど、わざわざ私に依頼するということは、何かミレーユさんじゃ引き受けられない事情があるってことかな。

 視線だけで続きを促すと、ミレーユさんはすぐに話し始めた。

 

「護衛対象は、魔法学園に在籍している、わたくしの妹ですわ」

 




壁|w・)異世界テンプレ、魔法学園編開始なのです。……いや違うかも……。

申し訳ありません、作中の時間経過でミスを発見しました。
『精霊様への挨拶』の文中で、森に入った後にリタの家に転移したのはお昼過ぎとなっていましたが、森に入ってから一時間と修正しております。
七時前に転移して、八時前に家に到着、八時過ぎにギルドへ、というのを想定してあります。
混乱させてしまい申し訳ありません。以後気をつけます……。
なお、話の流れに大きな変更点はありません。


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私が私を保証します

 うん。うん。…………。え?

 

「妹?」

「妹ですわ」

 

『妹さんいたの!?』

『マジかよどんな子だろう』

『妹さんもツンデレお嬢様かな! ですわですわ言うのかな!』

『ツンデレお嬢様キターーー! (素振り)』

『変な素振りすんなw』

 

 視聴者さんは視聴者さんで不思議な盛り上がりを見せてる。

 でもミレーユさんに妹がいたんだね。どんな子かな。ちょっと楽しみかも。

 楽しみ、ではあるんだけど……。

 

「ミレーユさん」

「なんですの?」

「怖い子じゃないよね……?」

「あなたがわたくしをどんな目で見ているのか、詳しく聞く必要があるみたいですわね」

「第一印象はわりと悪かったよ」

 

 正直にそう話したら、ミレーユさんが見事に固まった。ギルドマスターさんの方からは、一瞬噴き出して笑いを堪えてる音が聞こえてきてる。

 ミレーユさんはそっと私の両肩に手を置いた。

 

「ごめんなさい」

「え、なにが……?」

「リタさんはずっと森にいたのですわね。だったらわたくしのような自意識過剰の貴族なんて高圧的に見えたことでしょう。謝罪いたします。ですから嫌わないでほしいですわ」

「うん。今はミレーユさんのこと、好きだよ」

「…………」

 

 これも正直に話したら、ミレーユさんの顔が真っ赤になった。照れてるのは分かるけど、どうして照れたのかがちょっと分からない。

 

『キマシ?』

『いや、リタちゃんのこれ、間違いなく友達としてだよ。好感度的には絶対に真美ちゃんの方が高いぞこれ』

『えっへん』

『推定真美さんのどや顔が見えるwww』

 

 ん。そうだね。それは間違いない。森の関係者を除いたら、私は真美が一番好きかな。

 こほん、と咳払いして、ミレーユさんが続ける。

 

「脱線しましたわね。護衛対象は他に、あなたが助けたアート侯爵家の方もいますわね」

「ん……。つまり、護衛として同行して、魔女に推薦されるだけの実力があると見せればいい?」

「話が早くて助かりますわ。間違いなく留学の話もスムーズに進められるかと」

「ん。わかった。そういうことなら」

 

 ちょっと時間はかかりそうだけど、急がば回れ、だっけ? そういう言葉もあるらしいし、護衛の依頼を受けよう。一度やってみたいと思ってたしね。

 

「だって、護衛もテンプレなんでしょ?」

 

 そう小声で言えば、視聴者さんからのコメントは、

 

『微妙に違う気もする……』

『王女を助けて護衛する、とかの方が多いか……?』

『いやでもただの護衛もよく聞くし……』

『途中で盗賊か魔物に襲われる。これは譲れない』

 

 そんな都合よく襲われるかな……。

 

「ではリタさん。出発は明日になりますが、夕方にあの貴族と会っていただきますわ。その時に、弟子の紹介状を書いてくださいませ」

「ん……。え。私が私の紹介状を書くの?」

「そうですわ!」

「ええ……」

 

『紹介状ってなんだっけ……w』

『私は私が留学するのに値すると私が保証します私が!』

『やめろwww』

 

 なりきって書けっていう意味なのは分かるけど、そもそもとして紹介状をどう書くのかも分からないし……。どうしよう……。

 私が唸っていると、ミレーユさんが小さく噴き出した。

 

「ふふ……。冗談ですわ。紹介状の文面はわたくしが考えますから、リタさんはそれをそのまま書いてくださいませ」

「ミレーユさん嫌い」

「ごめんなさいですわ!?」

 

 最初から言ってほしいと思う。そっぽを向くと、ミレーユさんがおろおろし始めた。こういうところはかわいいと思うよ。

 

 

 

 面談は夕方ということで、それまでにまたここに来ることになった。というわけで、私は森に戻ってきてる。転移すればすぐだしね。

 お家に入ると、ミトさんがまだ同じ体勢のまま本を読んでいた。ぶつぶつと何かをつぶやいてる。

 

「なるほどそっか……。私はあっちよりもこっちの式の方が使いやすいから、代わりに使えばいいんだ……。でもそうすると、別の式が崩れちゃう……。そこをどうするか……」

 

 そんなことをぶつぶつと。自分なりの調整のやり方を頭の中で考えてるみたいだね。

 さあ、ここからだよミトさん。魔法使いにとっての、最大の関門だ。自分に合うように調整する。言うは易く行うは難し、だよ。特に簡単な魔法ならともかく、難しい魔法ほど術式は緻密に関わり合ってる。下手な調整だと元の方がまだいい、となるぐらいに。

 がんばれ……、と言いたいところだけど、その前に。

 ご飯の時間だ。

 

「ご飯どうしよう。レトルトでいいよね。真美にたくさんもらってるけど、どれが美味しいかな」

 

 ミトさんの向かい側に座って、レトルト食品を広げる。ちなみにミトさんはやっぱり反応しない。完全に自分の世界にいるね。その集中力はとってもすごいことだと思う。師匠が目をかけるだけはあるよ。

 まあ、師匠の弟子は私だけだけど。

 

『唐突なリタちゃんのどや顔』

『多分師匠さんのことを思い出しただけ』

 

 その通りだから言わなくていいよ。

 

『ところでリタちゃん。広げたレトルトの半数がカレーとはこれいかに』

『カレーのレパートリーだけやたらと多いw』

『その子にはカレーまだだし、カレーでいいのでは?』

 

 ん。それもそっか。カレーにしよう。

 レトルトのシーフードカレーを手に取って、他はアイテムボックスにしまう。あとはご飯だ。これももちろんレトルト。とっても便利。

 てきぱき用意しながら、ぽつりと一言。

 

「味は真美のカレーの方が美味しいけど」

 

『どうしよう、すごく嬉しい』

『真美ちゃんwww』

『ていうか真美ちゃん、学校はどうしたw』

『内緒』

『おいwww』

 

 勉強は大事だよ?

 楕円形のお皿の片側にご飯を入れて、もう片側にカレーを入れる。カレーの香りってすごくいいよね。お腹が減ってくる。ミトさんはまだ本に集中してるし、先に食べちゃっても……。

 いやだめだよ。ミトさんがんばってるんだから。

 

「ミトさん。お昼ご飯」

「…………」

 

 やっぱりと言うべきか、反応はなし。

 

「知ってた」

『知ってたwww』

『予想通りではあるけどw』

『ミレーユといい、集中しすぎでは?』

 

 もうちょっと周囲に気を配るべきだと思うよ。あまり人のこと言えないけど。

 




壁|w・)昨日のノックの部分、修正しました……。
そして昨日中途半端な切り方をしてしまったせいで、ちょっと誤解させてしまったみたいですみません。
学園内での護衛ではなく、道中の護衛です。リタが学園にいるのはわりと短めになるので……!


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初めてのカレーライス(ミトばーじょん)

 仕方ないのでミトさんから本を引き抜く。するとすぐにミトさんははっと我に返って、私を見た。

 

「あの、魔女様、まだ途中なんですけど……」

「ん。お昼ご飯。ご飯はしっかり食べること」

「もうそんな時間ですか? ごめんなさい、すぐに作ります!」

「いやもう作ってる」

「え」

 

 ミトさんの前にカレーライスを差し出す。もちろんちゃんとスプーンもあるよ。ミトさんはカレーライスを見て、どうしてかとても焦っていた。

 

「ご、ごめんなさい! 魔法を教わるのに、食事の用意まで……!」

「ん? いいよ。私も師匠から魔法を教わってる時は作ってもらってたし」

 

 魔法を教わる人はご飯を作らないといけないっていうしきたりとかあるのかな? ミレーユさんも本を読ませてあげてたら、謝ってきたぐらいだし。

 私は手が空いてる人が作ればいいと思うんだけどね。その方が効率的だよ。

 

「あの、学園では、もし誰かに師事する機会があれば、最低限として家事はやりましょうと教わりました」

「ふーん……」

 

 そういうものなんだね。私は師匠と分担するのが当たり前だったから、不思議な感覚だ。

 

『わりとよく聞く話かな』

『地球側でもそういうのあるよね。家事は弟子の役目っていうやつ』

『それぞれのやり方があるから』

 

 ん。まあ、そうだね。それぞれのやり方があるよね。あまり気にしないでおこう。

 

「洗浄の魔法は?」

「使えます!」

「ん。水の魔法は? 飲み水とか自分で用意できる?」

「もちろんです!」

「ん。じゃあ、気にせずに勉強に集中していいよ」

「え?」

「ん?」

 

 どうしてそこで不思議そうにするのかな? もしかして、今言ったこと、私の分もやれっていう意味に取ったとか? そんなこと言わないよ。それ以前に、私も出かけてる時の方が多いし。

 

「ご飯の用意はしてあげる。それ以外の自分のことは自分でやって。私のことは気にしなくていいから、あとは勉強と術式の調整に集中してほしい」

「いいんですか……? あ、いえ、わかりました!」

 

 ん。一応そういうことで話はついた。それよりも、ご飯だ。

 私が食べるように促すと、ミトさんは改めてカレーライスを見て、そしてなんとも言えない微妙な表情になった。初めて見る料理なんだろうね。ちょっと警戒してる。

 

「すごく美味しいよ」

「分かりました……」

 

 何故か緊張した様子のまま、ミトさんはスプーンを手に取って、カレーライスを口に入れた。

 

「……っ!」

 

 目を瞠って、そして勢いよく食べ始めた。気に入ってくれたらしい。

 

「さすがカレーライス。カレーライスは世界を救う」

 

『壮大すぎるwww』

『カレーライスが美味しいのは認めるけど大げさだわw』

『異世界をカレーライスで無双しようぜ!』

『意味不明すぎるわw』

 

 剣や魔法の代わりにカレーライスが武器になるんだね。こう、スプーンを持って、カレーを投げて相手を戦意喪失させる、みたいな。

 

「…………。ちょっとカレーライスを食べて落ち着く」

『何を考えてたんだリタちゃん……w』

 

 ちょっと言うのも恥ずかしいから気にしないでほしい。

 自分のカレーライスも作って、食べ始める。レトルトは真美のカレーライスには劣るけど、それでもすごく美味しい。もっとたくさん用意しておこうかな。

 

「ああ、そうだ。ミトさん」

「はい?」

「私、明日から護衛依頼で出かけるから。ご飯だけは作りに来るね」

「わかりまし……、た? え? あれ?」

「ん?」

 

 何故か途中で固まって、そして首を傾げるミトさん。どうしたのかな。

 

「あの……。護衛依頼、ですよね?」

「ん」

「一日だけですか?」

「ん? んーん。魔法学園まで。一週間ぐらいって聞いてる」

「えっと……。その間、戻ってこれないのでは?」

「なんで?」

「なんで……?」

 

 ミトさんが意味が分からないって顔してるけど、私もよく分からない。ご飯の時間に抜け出してくるだけだよ。

 

『いやそりゃ意味わからんわ』

『リタちゃん、護衛って多分、ずっと護衛対象の側にいないといけないはずだぞ』

『転移魔法があることはあの貴族さんも知ってるだろうけど、抜け出してくるのは論外では』

 

 なるほど。それもそうだよね。護衛なんだから、抜け出したらだめか。

 ん……? じゃあ、日本にも行けない? え? ご飯は? 料理は? 真美の手料理は?

 

『なんかリタちゃんが微妙にへこんでる気がする……』

『多分日本にすら行けないことに気付いたのでは?』

『気付いてなかったのかよw』

 

 いや、だって……。だって……。ええ……。

 

「ちょっと考える」

「えっと……。はい」

「ん。ちょっと、私がいなくても護衛が成り立つようにする」

「はい……?」

 

『ミトちゃんの困惑っぷりよ』

『大丈夫やミトちゃん。わりとこの子、こんな感じだから』

『全然大丈夫じゃなくて草』

 

 とりあえず魔法、作ろう。護衛中でもご飯が食べられるように。

 




壁|w・)リタの持論『カレーライスは世界を救う』(ふんすふんす)


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柑橘系

 

 ミトさんにはまた本を読むように言って、私は日本に来た。夕方には戻らないといけないから、ちょっとだけだけど。

 今はまだ昼過ぎだから、真美もきっと学校だと思う。というわけで、真美のお家には行かずに東京の大きいタワーの上に転移した。土砂降りだった。

 

「ん……。雨なら教えてほしかった」

 

『ごめんて』

『怒らないで』

『いや、いつも真美ちゃんの家に行ってからだからさ……』

 

 ん。それもそうだね。直接こっちに転移なんてほとんどしないし。

 さっと雨よけの魔法を使う。私の体の周りで雨が弾かれると同時に、雨で濡れた体と服もすぐに乾いた。これでよし。

 

『便利な魔法やなあ』

『羨ましいけど、雨がリタちゃんの周りだけ弾かれてるのが地味にシュールw』

『それで今日はどこ行くの?』

 

 んー……。特に目的はない、かな。その辺をぶらりとしてみよう。そう思ってとりあえず地上に転移しようと思ったんだけど、

 

『リタちゃんリタちゃん! どうせなら是非とも行ってほしいところがある!』

 

「ん?」

 

『築地とかどう!? 新鮮なお魚お肉果物たくさん!』

 

 築地。なんか、聞いたことがある、気がする。テレビでちらっと。お店の人がお店で使うものを買いに行く場所じゃなかったっけ。

 

「それ、私が行ってもいいの?」

 

『仕入れの人はだいたい朝のうちに済ませるから、今なら大丈夫!』

『今なら昼も少し過ぎたぐらいだし、少しは混雑もまし……か?』

『ただお昼の二時までが基本で、その後は自由営業になってるから行くなら早めに』

 

 ん。そっか。それじゃあ、行ってみようかな。とりあえず場所が詳しく分からないから、スマホを取り出して地図を出す。飛んでいけばいいかな。

 

『築地って確か今は……』

『何も言うな』

『おk』

 

 ん。何か企んでるのかもしれないけど、悪意は感じないし大丈夫、かな。

 

 

 

 なんとかツリーから空を飛ぶ魔法で移動。築地にはすぐにたどり着いた。入り口みたいな場所にふわっと着地。周囲から視線を感じるけど、いつものことなので気にしないでおく。

 

「ん。到着」

 

『はえーよw』

『なんかいつもより混雑してね?』

『まあ、うん……』

 

 いつもより混雑してるらしい。そのいつもが私には分からないけど。

 とりあえず歩いてみる。たくさんのお店がたくさんのお魚を並べてる。お肉とか果物もあるね。どれも私はあまり食べたことがないから、すごく気になる。

 

「んー……。でも、どうせなら料理を食べたい……。私がやると、焼くだけだし……」

 

『マジかよwww』

『マジだぞ。この子、たまに配信で魔獣を狩ったりするけど、だいたい焼くだけだからな』

『一応、森で採れる野草とかを使ったりもするけど、その程度やな』

 

 だって、あまり困らないから。それでも十分美味しいと思ってたし。私は師匠と違って、そこまで料理しようと思えなかったしね。師匠の料理の作り方はなんとなく覚えてるけど。

 理由は単純、お菓子で満足しちゃったから。お菓子美味しいから。

 日本の料理を食べてからは、すごく好きになったけど。食べることは。

 

「何を食べたらいい?」

 

『定番はお寿司だけど、リタちゃんすでに良いお寿司食べてるんだよな……』

『仮にも首相が用意したお寿司だし、間違いなく一級品だったと思う』

『ここのお寿司も当然負けてないと思うけど、どうせなら違うものがいいんじゃない?』

 

 ん。飽きてるわけじゃないから同じものでも私はいいけど、どうせなら少しでも違うものを食べたいとは思ってる。お魚をよく見かけるけど、お肉とかもあるみたいだし、そういうのでももちろんいいよ。

 視聴者さんが相談してる間も、私はのんびり歩いて行く。なんだか少し、周りに人が増えた気がするけど、気のせいということで。

 

「あ、君! そこの君!」

 

 ふと、そう声をかけられた。見てみると、お店の人が手招きしてる。果物がたくさん置かれてるお店だね。みかんみたいな果物がたくさんだ。

 お店の人は、若い男の人。その人が声をかけてくれたみたい。

 

「リタちゃんだよな? 配信、時間が合えば見てるよ!」

「ん。ありがとう」

 

 そっか。この人も視聴者さんの一人か。朝とか夜、お休みの日に見てくれてるのかも。

 

『マジかよ視聴者かよこいつ』

『はあああ!? リアルでリタちゃんに会うとかめっちゃ羨ましいんだけど!』

『ギルティ。みんなで殺れば怖くない』

『やめろwww』

 

 物騒だね。みんな仲良くしてほしい。たくさんの人が集まってるから難しいのは分かるけど。

 

「今日仕入れた美味しい果物があるんだ。よければ食べてく?」

「ん。いいの?」

「ああ。いい宣伝になるしね」

 

 私の側の光球を見ながらにやりと笑う店員さん。この配信でお客さんが増えるとは思えないけど、それでもいいならお言葉に甘えよう。

 店員さんが渡してくれたのは、カットした大きなみかん、みたいなもの。皮は白っぽいね。あと、なんだか香りがすっぱい気がする。

 

『これってまさかw』

『こいつやりやがったw』

 

「ん。悪いもの?」

 

『いや? 毒ではないよ』

 

 毒ではない、ね。つまり他に何かあるってことかな。気になるような、怖いような。

 警戒していても仕方ないので、とりあえず食べよう。一切れぱくり。

 

「…………。ん……!?」

 

 すっぱい! 香りそのままではあるけど、みかんよりも酸味が強い……!

 

『リタちゃんの顔がw』

『梅干しみたいなきゅっとしたものにw』

『みんなめっちゃ笑ってるw』

 

 店員さんだけじゃなくて、周囲で見てる人も笑ってるみたい。予想できてたのかな。そういう果物だったってことだよね。

 文句の一つでも言いたくなるけど、でもこれはこれで悪くないかもしれない。酸っぱいだけじゃなくて、ほのかな苦みも感じる。なんだか不思議な味だ。

 美味しい、とは私は言えないけど、でも好きな人は好きかもしれない。

 

「んー……。私の好みじゃない、けど……。でも残りももらう。いい?」

 

 店員さんが頷いたのを確認して、残りのみかんみたいな果物をアイテムボックスへ。あとで精霊様とミトさんにもあげよう。

 




壁|w・)築地は地名(断固ととした意思)

水木が諸事情により投稿できない可能性があります。その時は金曜を含めて三日間お休みになりますので、ご了承ください……!
18時になっても更新されていなければお休みです。


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リポーターさん

「ちなみにさっきのはグレープフルーツだよ。次はこっち、甘夏」

「あまなつ……」

 

 名前から甘そうな果物だね。これもやっぱりみかんみたいな果物だけど、さっきよりも香りはすっぱくない。むしろ少し甘い香りもある、かも?

 これも切ってくれたので、食べてみる。んー……。

 

「少しすっぱい気もするけど、甘いね。少しだけある苦みも、ちょうどいいかも。食感もみかんより少し固めで、なんだか不思議な感じ。ん……。美味しい」

 

 こっちは好き。たくさん食べたくなるけど、これも精霊様とミトさんへのお土産にしよう。

 

『甘夏美味しいよね』

『この時期だとみかんがないからなあ。みかんの代わりにちょうどいい』

『でもグレープフルーツはいらなかったのでは……w』

『言うなw』

 

 グレープフルーツを食べてたからこそ、甘みを強く感じたかもしれないけどね。

 

「気に入ってもらえて嬉しいよ。よければ次は買いに来てね」

「ん。考えておく」

 

 これなら買いに来てもいいかも。その時はたくさん買っていこう。

 店員さんに手を振って、お店を離れる。それじゃあ、次はどこに……。

 

「あ!」

 

 今度はそんな驚いた声。次は何かな。

 

「リタさんです! リタさんがいました!」

「ん……?」

 

 あれ、なんだろう。呼ばれたわけじゃないみたい。むしろ、誰かに報告するような、そんな声だ。

 見てみると、私の周りに集まってる人とは別の集まりがあった。その中心にいるのは、テレビカメラとかそんなたくさんの機械と、お姉さん。

 うん。とりあえず言いたい。

 

「また?」

 

『テレビによく遭遇するなあw』

『なお今回は築地提案者が知ってて提案してました』

『あの微妙な間はそういうことかよw』

 

 テレビに出たくないってわけじゃないからいいんだけどね。ただ、少しだけあっち側に申し訳ないと思うだけで。あっちからしたらいきなりだろうからね。

 女の人がこちらに駆け寄ってきた。同時に、周囲のカメラの人たちも。ここの取材か何かだったのかな。邪魔しちゃったかな。

 女の人は少しかがんで私と視線を合わせると、言った。

 

「こんにちは、リタさん。リタさんは何か買いに来たんですか?」

「ん。美味しいものを探しにきただけ」

「美味しいものですか!」

 

 後ろを向いて何かを確認してる。すぐにそれが終わったのか、女の人は私に向き直ってきた。

 

「よろしければ一緒に行きませんか? これから海鮮丼を食べに行きますよ」

「海鮮丼……」

 

 海鮮丼ってあれだよね。ご飯の上にたっぷりとお魚とかそういうものを入れる料理。それは、美味しそう。お寿司は食べたけど、海鮮丼は初めてだ。

 

「ん。行く」

 

『即落ち二コマかな?』

『リポーターさんも驚いて固まってるしw』

『まあまさか受けるとは思わなかっただろうからなあw』

 

 そうなのかな? 悪い人相手じゃなかったら、問題ない限りはついていくけど。

 我に返ったリポーターさん、て言えばいいのかな。海鮮丼をごちそうしてもらえることになった。すごく楽しみだね。

 

 

 

 テレビの人たちに連れて行ってもらったのは、人が多いわりに少し狭いお店だった。カウンター席が十席と、テーブル席がいくつか。そんなお店だ。

 テレビの取材だから今日はお昼から貸し切りになってたみたいですぐにお店に入れたけど、本来はそれなりに行列があるんだって。

 

「ん。らっきー?」

「ふふ。ええ、ラッキーですね!」

 

『なんだろう、ちょっと微笑ましい』

『でも実際、本当にラッキーだよ。このあたりのお店って早くに予定数になっちゃう店も多いから』

『このお店も普段なら昼に行っても間に合わないはず』

 

 ん。それなら、一緒に来て良かったね。新鮮なお魚が食べられそう。

 私たちが店に入ると、カウンターの奥にいた二人が顔を上げた。中年ぐらいのおじさんと、青年ぐらいのお兄さん。

 

「いらっしゃい、お待ちしておりました」

「いらっしゃ……っ!」

 

 おじさんの方は笑顔で挨拶をし終えたけど、お兄さんの方は途中で止まってしまった。私の顔を凝視して、固まってる。いつものやつだね。

 お兄さんが固まったままでいると、おじさんがそのお兄さんの頭を思い切り殴った。

 

「いてえ!」

「バカヤロウ、お客様を待たせてぼけっとすんな!」

「でも親父! 親父だってあの子知ってるだろ!」

 

 二人は親子なのかな。親子二人できりもりしてるのかも。ちょっとだけ感心してると、おじさんが私をちらりと一瞥して、言った。

 

「魔女だろうが総理大臣だろうが、ここに来たってことは料理を食べに来たお客様だろうが! あの子のファンならそれこそ失望させるようなことすんな!」

「あ……、わ、わかった!」

 

 わあ……。なんだかちょっと、いつもと違う。おじさんも私を知ってるみたいだけど、それでも一人のお客として最後まで接してくれるみたい。ちょっと嬉しい。

 

『かっこいいおっちゃんやな』

『素敵。抱いて!』

『リタちゃんに変なコメント見せてんじゃねえ!』

 

 なんだか変なコメントが流れてきた気がするけど、気にしないようにしておこう。

 お兄さんが席に案内してくれたので、リポーターさんと一緒にカウンター席に向かう。リポーターさんの隣に腰掛けると、お兄さんはすぐにお茶を出してくれた。熱いお茶だ。

 

「申し訳ありません、お伝えしているとは思いますが、二人分でも大丈夫でしょうか?」

「もちろんです。すぐにご用意しますのでお待ちを」

 

 リポーターさんが、というよりテレビの誰かが連絡してくれたらしい。私もちゃんと食べられそうだ。

 リポーターさんが言うまですっかり忘れてた。昼から貸し切りにしてたってことは、もともと人数分で予約してたってことだよね。次は気をつけよう。

 




壁|w・)甘夏もぐもぐ。
リタの地球側でのお金事情はそのうち書きます。書いていてあまり面白くなかったので軽く触れる程度に終わらせるかもしれませんが……。


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海鮮丼

 おじさんとお兄さんがカウンターの向こうでお魚を切り始めた。手際よく切っていってる。職人技ってやつだね。すごい。

 

「リタさん。海鮮丼は初めてでしょうか?」

 

 二人の仕事を眺めていたら、リポーターさんにそう聞かれた。

 

「ん。お寿司は食べたことがあるけど、海鮮丼は初めて。楽しみ」

「そうなんですね! 私もここは初めてですけど、とても美味しいと評判ですよ!」

「そうなんだ」

 

 それはとっても楽しみ。でもお兄さんの方の表情がちょっとだけ引きつったように見えたけど、大丈夫かな。

 

『さらりとハードルを上げるリポーターの鑑』

『鬼だ。鬼がいる……』

『かわいい顔してやることがえげつない……!』

 

 ん。お兄さんとおじさんには頑張ってほしい。

 少しして、大きめの丼が私たちの目の前に置かれた。

 具材は三種類だけの海鮮丼だ。具材の半分はサーモンといくらで、もう半分はトロ、かな? 見た目だと私はまだ判別できないから、多分だけど。

 

「これ、サーモンとトロ?」

 

 目の前にいたおじさんに聞くと、おじさんはすぐに頷いて答えてくれる。

 

「そうです。サーモンとトロになります。是非ご賞味ください」

「こちら、醤油もお好みでどうぞ。最初は少なめをおすすめします」

 

 お兄さんがお醤油を渡してくれたので、少しだけかけておいた。ちょんちょん、と。足りなかったらもう少しね。

 お箸を手に取って、早速食べる。海鮮丼だから、下のご飯と一緒に。

 んー……。美味しい。サーモンもトロも、とても濃厚な味わいだ。ご飯によく合ってる。いくらはぷちぷちした食感が楽しいね。少しだけかけたお醤油もほどよいアクセントになってる。

 

「ん。美味しい」

「ありがとうございます」

 

 個人的にはお寿司の方が好きだけど、こういうのも悪くないね。うん。これも好き。

 

『海鮮丼いいなあ』

『トロの海鮮丼とかマジで贅沢』

『大トロの海鮮丼とか食ってみたい』

『今のうちだぞ……年とると大トロはこってりしすぎになるから……』

『お、おう』

 

 大トロが苦手な人もいるらしい。味、じゃなくて体質の問題みたいだ。大トロ、美味しいけどこってりしすぎだからね。辛い人もいるかも。

 リポーターさんの方は、海鮮丼のレビューをテレビカメラへと伝えてる。私と違って、言葉巧みに伝えてるね。これがプロなんだろうなあ。すごい。

 

「私には無理だね。うん」

 

『リタちゃんは言葉じゃなくて表情で伝えてるから』

『表情は薄いのに、すごく美味しそうに食べるのは器用だと思う』

『ある意味それもまたプロだよ』

 

「ん。魔女なんだけど」

 

『いや草』

『そういえば魔女だったなw』

『え? メシテロのプロでしょ?』

『いやちが……ちが……ちがわない……?』

 

 ん。さすがに怒るよ?

 美味しかったから、すぐに食べ終わることができた。ごちそう様でした。

 リポーターさんも食べ終わったみたいで、休憩してる。私と目が合うと、にっこりと笑顔になった。

 

「リタさん、いかがでしたか?」

「ん。すごく美味しかった」

「ありがとうございます。ちなみにこちら、番組で使わせてもらっても……?」

「ん。大丈夫」

「ありがとうございます!」

 

 そう言って、リポーターさんだけじゃなくて、テレビの人たちみんなが頭を下げた。とても大げさだけど、断られるかもと思ってたのかな。今更だから好きにしていいと思ってる。

 それじゃあ、満足したし、そろそろ帰ろうかな。

 そう思ってたんだけど、

 

「少しいいですか?」

 

 声をかけてきたのは、おじさんだ。いつの間にか、手にはカメラを持ってる。おじさんは、多分笑うのに慣れてないんだろうね。なんだか変な笑顔を浮かべながら言う。

 

「よければ写真いいでしょうか。できれば飾らせてほしいなと」

「親父!?」

 

『ちょwww』

『最初のかっこいいと思った俺の気持ちを返せw』

『食べ終わったしもういいか、かなw』

 

 ちょっと予想外だけど、もちろん問題ない。私は席を立つと、噴き出しそうになってるリポーターさんに、おじさんとお兄さんと一緒に撮ってもらった。

 

「ありがとうございます。よければまた、ご来店ください」

「ん。とても美味しかった。ありがとう」

 

 最後にお店にいるみんなに手を振って、転移でその場を後にした。

 

 

 

 転移先は森のお家の中、じゃなくて、ギルドマスターの部屋の前。ミトさんはまだ勉強中だろうから、邪魔したら悪いかなって。

 ドアをノックして少し待つと、どうぞ、と声が届いた。ドアを開けて中に入る。ギルドマスターさんとミレーユさんがソファに座って待っていた。

 

「待っていましたわ、リタさん。紹介状を書いておきました。この通りに書いてくださいませ」

「ん」

 

 テーブルの上にはミレーユさんが書いてくれた手紙と、白紙の便せん、それに封筒。白紙の便せんにミレーユさんが書いてくれたものをそのまま書き写していく。とても楽だ。

 

「内容も確認しておいてもらえますか?」

「ん……。大丈夫、と思う」

 

 変なことは書いてない。自己紹介と、弟子との関係、その弟子の能力、そして学園で学ばせてほしい、という内容。これ以上は私が考えても出てこないと思う。

 そもそもとして紹介状に何を書けばいいのかすら私には分からないから。

 さっと書き写して、封筒へ。

 

「これでいい?」

「ええ、大丈夫ですわ。わたくしの妹も夕方に来るのでもう少しお待ちくださいな」

「ん」

 

 ミレーユさんの妹か。魔法使い、なんだよね。どんな子かちょっと楽しみだ。

 

『ロリお嬢様かな?』

『ちっちゃいミレーユさんが出てきたりしてw』

『それはそれでおもしろそうw』

 

 みんなはみんなで好き勝手言うね。私も気になるからいいんだけどね。

 




壁|w・)控えめにぴすぴすしながら写真撮影をした……かもしれない。

明日は金曜日なのでお休みです。


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エリーゼ

 

 ミレーユさんと魔法の話をしていたら、ドアがノックされた。書類仕事をしていたギルドマスタ―さんが真っ先に反応して顔を上げる。私とミレーユさんの顔を交互に見て、私がフードを被るのを確認するとギルドマスターさんが言った。

 

「どうぞ」

 

 その声でドアを開けて入ってきたのは、二人。貴族さんと、そしてもう一人。見た目だけなら私と同い年ぐらいに見える女の子。金色の髪で、赤い装飾のある黒いローブを着てる。

 なんだか勝ち気そうな印象を受けたけど、ミレーユさんを見つけるとすぐに破顔した。

 

「お姉様!」

「エリーゼ!」

 

 エリーゼと呼ばれた女の子はミレーユさんの元へと駆け寄ると、ひしっと抱き合った。この子がミレーユさんの妹みたいだね。なんだかとても仲が良さそうだ。

 

「お姉様……! エリーはとても会いたかったです……!」

「ええ、ええ。大きくなったわね、エリー。けれど、先にするべきことがあるでしょう?」

 

 ミレーユさんがエリーゼさんの頭を優しく撫でながらそう言うと、はっと我に返ったみたいにミレーユさんから少し離れた。こほん、と小さく咳払いをして、ギルドマスターさんへと向き直った。

 

「お久しぶりです、セリス様。またお目にかかれて光栄です」

 

『ほーん。丁寧な子やな』

『貴族らしいけど、貴族としては言葉遣いが微妙なような気も……』

『翻訳の問題かもしれんからなんともなあ』

 

 んー……。私も貴族の挨拶はよく分からないから、正しいかも分からないね。私としては知り合いということにちょっと驚いたけど。

 ギルドマスターさんは立ち上がって、すぐにエリーゼさんへと挨拶を返した。

 

「お久しぶりです、エリーゼ様。こちらこそ、こうしてまたお目にかかれてとても嬉しく思います」

 

 エリーゼさんは笑顔で頷いて、そして今度は私へと向き直った。なんだか、心なしか目が輝いてるように見える。すごく嬉しそうな顔だ。

 

「あなたが隠遁の魔女様でしょうか?」

「ん。そう」

「まあ……! あ、あの! 初めまして! エリーゼといいます! ミレーユの妹で、その、えっと……。握手してください!」

 

 うん。なんだこれ。

 

『さては隠遁の魔女のファンやな?』

『ミレーユさんからあることないこと吹き込まれてそうw』

『すごくあり得る』

 

 ん。ミレーユさんを見てみたら、勢いよく視線を逸らされた。みんなの予想通りらしい。何を言ったのか気になるけど、悪いことは言ってないと信じたい。

 

「ん。隠遁の魔女。よろしく」

「はい! はい! よろしくお願いします!」

 

 ぎゅっとを手を握られてる。なんだろう、ミトさんに近いものを感じるね。気のせいかな?

 

『犬の尻尾がぶんぶん振られてる様を幻視した』

『奇遇だな、俺もだ』

『リタちゃんって魔法使いの人に懐かれる才能でもあるんか……?』

『単純にすごい魔法使いだからでは?』

 

 そうなのかな。そうだといいな。

 

「エリー」

 

 ミレーユさんが静かにエリーゼさんの名前を呼ぶと、エリーゼさんははっと我に返って私から離れた。姿勢を正して、頭を下げてくる。顔は少し赤いけど、切り替えの早さはさすが貴族なのかな。

 いやそもそもとして暴走がだめだと思うけど。

 

「大変失礼致しました。改めまして、バルザス公爵家が次女、エリーゼ・バルザスです。かの高名な隠遁の魔女様とこうしてお会いできて、とても感動しております。サインください」

「エリー」

「大変失礼致しました」

 

 うん。ミトさんごめん。ミトさんに近いものを感じるとか言ってごめん。この子、別方面ですごい子だよ。

 

『流れるように暴走状態に入りかけてたなw』

『バーサーカーか何かかな?』

『後ろでミレーユさんが頭を抱えてるのがもう、笑うしかねえw』

 

 ん。笑いたくないけど、ちょっと、うん……。ごめんね。

 エリーゼさんが挨拶を終えたと判断したのか、今度は貴族さんが前に出てきた。真っ先に私へと丁寧に頭を下げてくる。

 

「またお会いできて光栄です、隠遁の魔女様。本日は私にご用があると伺っています」

「ん。私の弟子を魔法学園に通わせてほしい」

 

『私の弟子 (本人)』

『私が弟子』

『師匠にして弟子! 弟子にして師匠!』

 

 余計なこと言わなくていいよ恥ずかしくなるから。

 貴族さんは私の言葉を聞くと、興味深そうに目を細めた。

 

「魔女様の弟子、ですか。であればこちらに否やはありませんが……。そのお弟子様と直接お話しをさせていただくことはできませんか?」

「ん。だめ。今日はすでに修行を言いつけてあるから、明日来るよ。明日からは私が忙しい」

「それは……。本来は魔女様が同席の上で面談をさせていただきたいのですが……」

「ん。助けてあげたよね?」

 

 貴族さんの目が大きく見開かれた。こんなところで、この間の件を使ってくるとは思ってなかったんだと思う。普通なら弟子を連れてきて、もっといざという時のために残しておくものらしいし。

 視聴者さんの受け売りだけどね。私はそんな機微はよく分からない。

 

「それでいいのですか?」

「ん。それでいい」

「そういうことでしたら、かしこまりました。学園長の方にもこちらから伝えておきましょう」

 

 ミレーユさんたちが言った通りに、わりとあっさり通ってしまった。

 

「学園への出発は明日早朝、南門からとなります。あなたのお弟子様にもお伝えください」

「ん。わかった」

 

 お待ちしております、と貴族さんはとてもいい笑顔だった。何か企んでるわけじゃなさそうだけど、なんだろうね。

 




壁|w・)魔女は魔法使いにとって憧れの対象、なのです。

一週間ほど感想の返信をお休みさせていただきます。
不愉快な感想があったから、とかではなく、ただただ単純にリアル多忙のためです。
ですが感想をいただけると励みになりますので、今後とも是非お願いします……。
なお、更新は普段と変わらず続けます。がんばる。ふんすふんす。


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魔道具オタク

 

 その後は貴族さんとギルドマスターさんで詳細を打ち合わせるということで、私たちは先に部屋を出ることになった。明日の護衛についても話をするらしい。

 一応私が護衛することになってるけど、弟子として同行するからね。さすがに貴族さんも心配だと思う。だから他にも護衛がいるはず。ギルドマスターさんのことだから、変な人はつけないと思うけど。

 そんな難しい話は興味がない。むしろ私はこっちの方が問題かな。

 

「これが魔女様のローブ……! 細かい魔道具を使うのではなく、ローブに直接魔法をかけているのですね……! 素晴らしい! ああ、研究を……研究をしたいです……!」

「…………。なにこれ」

「妹は……その……。魔道具オタクですわ。あらゆる魔道具を集めて調べ、そして作成する。それを趣味としているのですけど、珍しい魔道具を見るとこうなります」

「うわあ……」

「正直、バルザス家にとってはわたくしと同レベルの厄介者だと思いますわ」

 

 あ、ミレーユさんも自分が実家にとっては厄介者だと思ってるんだね。ただミレーユさんも、おそらくエリーゼさんも、自己評価が低すぎると思う。それとも、貴族としては厄介者だってことかな。

 

「そんな感じ?」

 

 聞いてみると、ミレーユさんは苦笑しながら頷いた。

 

「わたくしは相手が原因とはいえ、婚約を解消していますわ。その上、復讐までしてしまっています。他の貴族の殿方にとっては、扱いが難しいと思われていることでしょう」

「ん。エリーゼさんは?」

「ご覧の通りです」

 

 振り返る。私のローブの裾を握って、はあはあと荒い息遣い。この子、わりとぶっ飛んでる子かもしれない。

 

『へ、変態だー!』

『リアルではあはあするやつとか初めて見たぞw』

『世の中の研究者なんてこんなもんだろ』

『偏見がすぎるぞそれw』

 

 ん。さすがにこんな人ばかりじゃないと思いたい。

 私が言葉に困っていると、ミレーユさんが動いてくれた。エリーゼさんの頭に勢いよくげんこつを……、あ、いや、本の背表紙で殴った。あれは痛い。

 

『ヒェッ』

『たまに出る過激さが好き』

『ドMかな?』

 

 視聴者さんも変態が多いよね。いつものことだけど。

 

「痛いです!」

「痛いです、ではありません。魔女のローブに何をやっているのですか」

「はっ! そうでした! 失礼しました!」

 

 本当に大丈夫かな、この子。私はちょっと心配になってきたよ。

 正直なところ、あまり深く関わりたくないので今日はさっさと帰ることにする。ミトさんのご飯も用意してあげないといけないから。多分今も本を読んでるから。

 

「それじゃあ、また明日の朝に」

「はい。お待ちしておりますわ」

「ありがとうございました」

 

 頭を下げるミレーユさんたち。それがどうにも慣れなくて、私は先に階段を下りて見えないところで転移した。

 

 

 

 ミトさんはやっぱり本に夢中だった。

 

「ん。すごいね」

 

『すっげえ集中力』

『この集中力は俺らも見習いたい』

 

 ミトさんはテーブルに本を置いて読みながら、右手の人差し指で宙に何かを書いてる。もちろん文字として見えることはないけど、多分自分なりに整理しようとしてるんじゃないかな。

 ああいうのは多分無意識でやってるから、注意しても気付いてないと思う。それで集中できるなら、私が何かを言うこともないけど。

 

 先に晩ご飯を用意しようかな。何にしようかな……。ああ、そうだ。真美から冷凍の唐揚げをもらってるんだった。それにしよう。レンジで温めるだけのものだから、これもすぐに食べられるはず。すぐに温めよう。

 アイテムボックスから取り出した唐揚げを大きなお皿に出して、さっと温める。特に時間もかからず、湯気の立つ唐揚げが完成した。あとは白ご飯。唐揚げには白ご飯だと思う。

 ついでに森の草花で作ったサラダも添えておく。もちろん安全なものを選んでるよ。さすがに毒を食べさせようとは思わないから。

 

『精霊の森のサラダってそれだけで危なそう』

『魔力とかで変異してそう』

『人食い植物とか生まれてそう』

 

「精霊様に怒られるよ?」

 

 確かにとても濃い魔力を浴びてるけど、そこまで変なことにはならないよ。人間に必要な栄養がたっぷりだって精霊様のお墨付きが出てるぐらいだし。

 それらを並べて、準備完了。ミトさんを起こすとしよう。

 読書に夢中なミトさんから本を抜き取ると、すぐに気がついてくれた。

 

「あ、リタ様。もしかしてもう夜ですか……?」

「ん。晩ご飯にするよ」

「はい……。ごめんなさい、また忘れてしまって……」

「ん。大丈夫。集中できるのはいいこと」

 

 実戦とかだと命取りだろうけど、今は勉強中だからね。本に集中して大丈夫。

 ミトさんは顔を上げると、テーブルに並ぶ唐揚げに釘付けになった。じっと見つめてる。

 

「あの、これは……?」

「ん。唐揚げ。美味しいよ」

「からあげ、ですか。とても美味しそうな香りです……!」

「ん。それじゃあ、食べてね」

 

 ミトさんの前で、手を合わせていただきます。ミトさんは不思議そうにしていたけど、同じように真似をしてくれた。

 ミトさんに出したものの、私も冷凍の唐揚げは初めてだ。師匠のお母さんの唐揚げはとっても美味しかった。真美も作ってくれたことがあったけど、それも美味しかった。これはどうかな?

 とりあえずかじってみる。肉汁があふれる、なんてことはなかったけど、柔らかいお肉で味付けは少し濃いめかな。うん。美味しい。それにご飯にもよく合う。

 

『リタちゃん唐揚げの袋見せて!』

『ちょっと買ってくるから!』

『ただの冷凍の唐揚げがこんなに美味しそうに見えるなんて……』

 

「ん……」

 

 唐揚げの袋をテーブルの上に広げておく。これで視聴者さんも見えるかな?

 当然のようにミトさんもその袋に興味を示していたけど、さすがにこれについては説明するのが面倒だから黙っておく。いずれまた、時間ができた時にね。

 

「どう? 美味しい?」

 

 もぐもぐ唐揚げを食べるミトさんに聞いてみる。ミトさんはすぐに頷いてくれた。

 

「はい! すごく美味しいです! 不思議な料理ですね……!」

「ん。喜んでくれて嬉しい」

 

 すごく美味しそうに食べてくれる。もしかして、視聴者さんもこんな気持ちなのかな。

 とっても美味しそうに食べ進めるミトさんを眺めながら、私はそんなことを考えていた。

 

 

 

 ミトさんが食事を済ませてテントに入っていった後、私は精霊様にお土産を渡した。

 

「これは、果物ですか?」

「ん。グレープフルーツ、だって。こっちは甘夏」

「みかんみたいなものでしょうか」

 

 早速とばかりにグレープフルーツを食べる精霊様。そして、

 

「ん……っ!?」

 

 すごい表情になった。なんか、こう、きゅっとしてる。

 

「すっぱい……!?」

「ん。私もびっくりした。すっぱくて、ちょっと苦い」

「これは不思議な果物ですね……。おや、こちらは甘いです」

 

 そんなことを言いながらも食べ進める精霊様。私ももうちょっとだけ食べようかな。

 んー……。私はやっぱり甘夏の方が好きだね。

 




壁|w・)いろいろぶっ飛んでますが、実は優秀……だったらいいな……。


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護衛開始

 

 翌日。私は日の出と共に起床、あくびをしながらお家を出ると、家の前のテントの内部からごそごそと何かを漁る音が聞こえてきてた。

 昨日、ミトさんは最初に言った通りにテントで眠っていた。ここなら魔獣に襲われないとはいえ、やっぱりちょっと気になる。お家で寝てくれていいんだけどね。そっちの方が安心できると思うんだけど。こんなところで無理強いをしようとも思わないから、あまり強くは言うつもりはない。

 

 それにしても、私が言うのもなんだけど、ミトさんは起床がとても早いと思う。まだ日の出すぐだよ。それとも、冒険者だからこそ、だったりするのかな。

 

「ミトさん。朝ご飯と本、テーブルの上にあるからね。食べてから読んでね」

 

 テントの前でそう言ってあげると、ありがとうございますという返事があった。これなら大丈夫かな。朝ご飯用にチョコバーを置いてきてあげたから、次はお昼に来てあげよう。

 転移して、南門の側の道へ。まだ朝早いからか、誰にも見られることはなくて一安心だ。

 南門の前には馬車があって、貴族さんとエリーゼさんがすでに待ってくれていた。いくらなんでも早すぎないかな? あとは、ミレーユさんの姿もあるね。お見送りかな?

 私が馬車に近づくと、ミレーユさんが真っ先に気付いてくれた。

 

「おはようございます、リタさん」

「ん。おはよう。もしかして待ってくれてた?」

「大丈夫ですわ。まだ荷物の確認中なので」

 

 ん。そっか。魔法学園に到着するまでのご飯とか、確認することは多いからね。途中で村はあるかもしれないけど、食料が足りるかは分からないし。

 

「それじゃあ、リタさん。エリーたちに挨拶に行きましょう」

「ん」

 

 ミレーユさんに促されて、馬車の側で待つエリーゼさんの元に向かった。

 エリーゼさんも貴族さんも、自分たちが乗る馬車の側で待ってる。そして貴族さんとは別に、知ってる人たちが何かを話し込んでいた。

 

「お待たせしました。隠遁の魔女の弟子、リタが到着しましたわ」

「ん……。リタです。よろしく」

 

 私もミレーユさんに続いてそう挨拶すると、私とミレーユさん以外の全員が驚いていた。

 

「まあ……! 隠遁の魔女様のお弟子様はこんなに小さい方だったのですね! エリーゼ・バルザスです! よろしくお願いしますね」

「ん。よろしく」

 

 エリーゼさんは、私が見た目はまだ子供だったことに驚いていたみたい。でもエリーゼさんもそんなに離れていないように見えるはずなんだけどね。

 

「これは、驚きました……。まだ子供ではありませんか。それだけ見込みがあるということでしょうか……」

 

 貴族さんはそう言って、私をまじまじと見つめていた。そんなに見つめられると、少し照れる。

 

「私はミリオ・アートです。よろしくお願いします、リタさん」

「ん。よろしくお願いします」

 

 今更だけど、この貴族さんの名前、ミリオっていうんだね。この先使うかは分からないけど、ちゃんと覚えておこうかな。

 そして、あと三人。貴族さんと話していた護衛の冒険者さんだ。

 

「これは驚いたな……。リタちゃん、隠遁の魔女様の弟子だったのか! てっきり灼炎の魔女さんの弟子かと思ったぜ」

 

 私が初めてこの街に来た時に最初にお話しした冒険者さんのフランクさんだ。フランクさんは、そしてそのパーティメンバーのケイネスさんとパールさんも、同行者が私と知って喜んでくれた。

 理由はとても単純だったけど。

 

「嬢ちゃんが一緒なら俺たちも気楽にやれるってもんだ!」

 

 そう言ってフランクさんが私の背中を何度も叩いてくる。ちょっと痛い。

 

「ほほう……。この子はそれほど優秀なのですか?」

「そうですね。優秀も優秀。正直、俺たちよりも強い可能性すらありますね」

「それは素晴らしい……」

 

 なんだろう。ミリオさんの視線が、なんだか獲物を見つけた肉食獣みたいなものになってる気がする。なにこれ。私何かで狙われてるの?

 

「ん……。えっと……。よろしく」

 

 なんだろう。ちょっとだけ怖いかもしれない。主にミリオさんが。

 

 

 

 荷物の確認も終えたところで、出発になった。

 

「気をつけて! エリー、皆様に迷惑をかけないように!」

「分かっていますよもう!」

 

 そんな姉妹の掛け合いを横目で見つつ、私もミレーユさんに小さく手を振ってみる。ミレーユさんが少しだけ驚いて、手を大きく振ってくれた。

 さて。それじゃ、護衛だね。

 

「ん。じゃあ、私は屋根にいるから」

「本当に空を飛べるのですね……。了解しました」

「すごい……」

 

 ミリオさんとエリーゼさんに断りを入れて、幌馬車の屋根の上へ。足をつけるのは怖いから、少しだけ浮いてゆっくり飛んでいく。

 少しだけ飛んだ場所で、私は配信魔法を使った。

 

「ん。護衛中」

 

『おはよう!』

『もう護衛始まってんのかよw』

『大丈夫? 集中しなくていいの?』

 

「ん。片手間でも大丈夫」

 

 もちろんお仕事だから適当にやるつもりはないけど、こっそり全員に防御魔法をかけてある。いきなり魔獣に襲われても、そうそう傷は負わないよ。

 

『相変わらずぶっ飛んだことしてるなあw』

『せめて堂々とやればいいのにw』

『ところで規模はどれぐらい?』

 

「ん……」

 

 周囲の様子に光球を向けていく。

 馬車は三台。先頭の馬車は野営の道具とかが満載になっていて、最後尾の馬車は食料だ。護衛対象の馬車は真ん中だね。

 

「侯爵家の護衛としてはすごく少ないらしいよ」

 

『それはそう』

『正直十台とか言われても驚かない自信がある』

『なんせ侯爵家だからなあ……』

 

「ふーん……」

 




壁|w・)ここから第十一話のイメージ。

ちなみにこの世界で考えても護衛は少ない方ですが、Aランクのパーティはわりと突出して強いので問題なかったりします。
Aランクを長期間拘束できる財力があればそっちの方がいい、な感じですね。
このあたりはいずれ触れるかもしれません。かも。


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のんびり時々ばくっ

 侯爵家ってそんなにすごいんだね。なんだかいまいち、よく分からない。ミリオさんもそんなにすごい人には思えなかったし。

 

「護衛の冒険者はフランクさんたちのパーティだよ」

 

『マジかよすごい偶然だな』

『いやこれ、多分ギルドマスターさんあたりが配慮してくれたんじゃね?』

『少しでもリタちゃんに面識がある人をってことかな』

 

 あー……。なるほど、そうなのかな。言われてみるとそんな気もしてきた。でないと、たくさんいる冒険者さんからあのパーティが選ばれる確率なんてすごく低いと思うし。

 ギルドマスターさんには、またお礼を言っておかないといけないかな。

 

「魔法学園まで、順調に行けば一週間ほどらしいから。その間は私はここでのんびり風景でも見てるから、みんなも適当にどうぞ」

 

『あいあい』

『馬車のごろごろをBGMにして仕事がんばるわー』

『いや仕事中に配信見るなよw』

『うるせーカレーライスぶつけるぞ!』

 

「は?」

 

『あ、ごめんなさいでした冗談です』

『カレーライス狂の前でうかつな発言はやめるんだいやわりとマジで』

 

 もちろん冗談だって分かってるよ。多分セリフか何かを引用したんだと思うし。でも、こう、好きなもので言われると、ちょっとだけ怒っちゃう。でも短気すぎると自分でも思った。

 

「ん。ごめん」

 

『ええんやで』

『こっちこそ変なネタぶち込んでごめんな』

 

「ん」

 

 お互いに謝って、終わり。これでいい。これがいい。

 馬車の上でのんびりする。それにしても、暇だね。んー……。今のうちに何か食べようかな。

 アイテムボックスに入ってるお菓子を探して、目当てのものを引っ張り出した。

 

「ん。今日はコーンチョコ。好き」

 

『コーンパフをチョコでコーティングしたやつやな! 俺も好き!』

『突然の告白とても助かる』

『リタちゃんに嫌いなお菓子ってあったっけ……?』

『そりゃ当然リタちゃんにも嫌いなものが……、あれ?』

 

 んー……。今のところ、お菓子で嫌いなものはないかも。ミント系の飴も好きだし。みんなが美味しい物を選んでくれてるからだとは思うけどね。

 袋を開けて、一粒食べる。さくさくとした食感と甘さがマッチしていて、とっても美味しい。

 

「んふー」

 

『この幸せそうな顔よ』

『美味しそうに食べるからこっちも食べたくなるんだよな……』

『ちょっとコーンチョコ買ってくる』

『ちょっとフィギュア買ってくる』

『お前はなんでだよw』

 

 ん。コーンチョコ美味しい。みんなも食べればいいと思うよ。

 

 

 

 幌馬車の屋根、その後ろに腰掛けて、足をぷらぷら。ちなみに実際に腰掛けてるわけじゃなくて、少し浮いてる。頑丈かどうか分からないから、実際に腰掛けるのはちょっと怖いなって。

 視聴者さんと雑談をしながら景色を楽しむ。景色といっても、森だけど。私が薬草を探しに来た森だね。あのウルフたちもこの森のどこかにいるのかな。

 元気にしてるかな、なんてことを考えていたら、進行方向から何かの気配を感じた。ウルフじゃないね。んー……。ゴブリン、かな? 数は、八。どうしようかな。

 

「ん。なんか、前にいる。どうしよう」

 

『敵かな? 魔獣か盗賊か』

『フランクさんに聞いてみたら? ベテランさんはどんどん頼ろう』

 

 ん。なるほど、それもそうだね。まだ距離もあるし、どうするかフランクさんに聞いてみよう。

 少し浮いて、先頭を歩くフランクさんの側へ。私に気付いたフランクさんは一瞬だけ驚いて、そしてすぐに真剣な表情になった。私が意味なく来るとは思ってないみたい。

 

「どうした、嬢ちゃん」

「ん。進行方向にゴブリンか何かいるよ。まだまだ距離はあるけど、どうする?」

「あー……。ゴブリンか……。数は?」

「八」

「問題ないけど数が多くてただただ面倒だな……。嬢ちゃんはどれぐらいの距離からなら攻撃できる?」

 

 どれぐらいの距離。え、どうしよう、考えてなかった。適当に言ったらまた変なことになりそうだし……。えっと……。

 

「それなりに」

「そうか……。じゃあ、攻撃できるようになったら、一度攻撃してもらえるか?」

「ん」

 

 じゃあ、はい。

 

「終わったよ」

「は?」

「じゃあ、戻るね」

「え」

 

 一仕事やったでいいよね。うん。すごく護衛らしいことをしたかもしれない。

 中央の馬車の屋根に腰掛けて、ちょっとだけ満足。視聴者さんも満足したんじゃないかな?

 

『護衛が護衛してねえ……』

『むしろちょっとした侵略行為では?』

『こんな護衛があってたまるかw』

 

 なんだか、お気に召さなかったらしい。どうしてかな。さっさと終わらせた方が進むのも早くなると思うんだけど。

 

『リタちゃん、たくさん漫画読んだだろ? 漫画の護衛のシーン思い出して』

 

「んー……」

 

『ほとんどの漫画が、襲われてから敵を倒してると思うんだよね』

 

 ん……。それは、確かに。遠くから倒すことってあまりないはず。

 ああ、でもそっか。視聴者さんは、襲われてるところを助けるのを見たかったのかも。でもそういうことなら、ちょっと面倒だからやらないかな。進むのも遅くなるし。

 

『ちなみにどうやって倒したん?』

『攻撃魔法を使ってるようには見えなかったけど』

 

「ん。ばくってした」

 

『なるほどわからん』

 

 多分、見れば分かると思う。

 しばらく進んだところで、馬車が止まってしまった。どうしたのかなと周囲を確認すると、フランクさんが走ってくるところだった。

 

「嬢ちゃん!」

「ん?」

「薄汚れた武器とか防具とかが道ばたに落ちてるが、あれってまさか……」

「ん。ゴブリンを倒した名残」

「あー……。あとで詳しく教えてくれ」

「ん」

 

 そう言って、フランクさんは戻っていった。詳しくって何をかな。

 馬車がまた進み始める。すぐに、道の脇によけられた薄汚れた武具が見えた。フランクさんが急いで片付けたらしい。そこまでやった方が良かったかな。

 

『あかん、まるでわからん』

『マジでリタちゃん、何やったんだよ……』

『ちょっと怖いんだけど』

 

「ん。フランクさんにも説明しないといけないから、それを聞いてね」

 

 何度も説明するのも面倒だからね。あとでまとめて、ということで。

 




壁|w・)ゴブリンさんはただの被害者。


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異世界の保存食

 

 お昼頃。すでに森を抜けて、広い草原になってる。木もところどころにあるけど、見晴らしは良好。ここで少し休憩していくらしい。

 フランクさんたちが周囲を警戒している間に、同行者の人が馬車から出てきて準備を始めた。

 ちなみに護衛以外の同行者は六人。御者台に座ってる三人も含めてだけど、これは多いのかな、少ないのかな。ちょっと分からない。

 

 その六人は手際よく準備をしていく。折りたたみの椅子を二つ取り出したのは、ミリオさんとエリーゼさん用かな。貴族だしね。あの六人は特に座ることはしないみたい。

 さらに火をおこして、お湯を作る。お茶か何かにするのかな。

 

『はえー。こういう時魔法って便利だな』

『火起こしを魔法、水を出すのも魔法、すげえ』

『一家に一人リタちゃん』

 

「なんで?」

 

 私を巻き込まないでほしい。魔法使いがいてほしいっていう意味合いっていうのは分かるけど。

 ご飯は……、なにあれ。

 

「フランクさん」

 

 見たことがないから、少し離れた場所で警戒中のフランクさんに声をかけた。

 

「ん? どうした?」

「あの人たちが食べてるのって何?」

 

 私が指さしたのは、休憩中の八人が食べてるもの。なんだろう、なんか、大きいチョコバーみたいなもの。しかもそれぞれに色があるみたい。なにあれ。食べ物、だよね?

 

「ああ……。魔法で作った保存食だよ」

「魔法で……」

「そうだ」

 

 フランクさん曰く、お肉とか野菜とかを集めて、魔法でぎゅっと固めて保存魔法をかけたものらしい。簡単な魔法で解除できる保存魔法らしくて、食べる時に解除するんだとか。

 色が違うのは味だって。味の元になる果物とかを多く入れると色が変わるらしいよ。

 

『異世界の保存食かあ……』

『興味あるけど、正直見た目はまずそう』

『作り方が適当すぎてなんとも……』

 

 なんというか、すごいね。一度食べてみたいような気もするけど、後悔する気がする。すごく。

 そんなことを考えていたら、ばきりと何かを引きちぎる音が聞こえてきた。

 

「ほら」

 

 フランクさんが差し出してきたのは、その保存食だった。

 

「食べてみるか?」

 

 渡されたのは、一口サイズの紫色の、それ。んー……。

 

「もらう」

「ああ」

 

 受け取って、口に入れる。そして、噛んで……。

 

「…………」

 

『リタちゃん感想は?』

『美味しい? 不味い? どっち?』

 

「にちゃってしてる……」

 

『うわあ……』

 

 味はそんなに悪くない。ちょっと甘めの何かの果物、だと思う。

 問題は食感だ。なにこれ、なんかすごいにちゃってしてる。いや、にちゃあってしてる。口全体に張り付いてくるような、ねばねばな感じ。気持ち悪い。

 思わず渋面を浮かべていると、フランクさんが笑って言った。

 

「食感が最悪だろ? 固めたって言ったけど、ぐちゃぐちゃに混ぜただけだと思うよ。でも保存食としては悪くないからなあ……」

 

 料理とかだと場所を取るからね。この形のこれが、魔法で保存しやすいのかも。食感は最悪だけど。私もこれはもういらない。

 自分で水を作ってそれを飲んでいると、フランクさんが少し迷いながら口を開いた。

 

「ところで、嬢ちゃん。結局ゴブリンはどうやって倒したんだ?」

「ん。これ」

 

 聞かれたので、魔法を使う。杖で地面を叩くと、そこから黒い影が地面の中に潜っていった。そして少し離れたところで飛び出す、獣の口の形をした影。

 

「あれで丸呑み。その後に武器を吐き出す。静かで目立たない便利な魔法」

「…………」

「フランクさん?」

「なんでもないさ……」

 

 うん。これ分かる。どん引きってやつだよね。

 

『いや普通に怖いわこれ』

『これが初見殺しってやつか』

『リタちゃん、もうちょっと分かりやすい魔法でもいいと思うんだ』

『主にその場に居合わせる人の精神衛生上』

 

 ん。見られるわけじゃないから、別にいいでしょ。

 フランクさんにもそう言うと、なんとも言えない表情になってしまった。なんでかな。

 

「それじゃ、フランクさん。私はまた屋根の上にいるから」

「そうか? 昼飯は?」

「ん。いらない。野営の時までは周囲の警戒と敵の排除に集中する」

「了解だ。何かあったらいつでも言えよ」

「ん」

 

 私は頷いて、幌馬車の屋根に戻った。

 さて。

 

「まずは馬車の周囲に認識阻害。よし。次に、分身の魔法」

 

 手で自分の影を叩くと、影がぐねぐねと動いて、そして飛び出してくる。真っ黒な影はすぐに私そっくりに変身した。

 

「ちなみに実際に影を使ってるわけじゃなくて、ただの演出だって。師匠が言ってた」

 

『あのバカ何やってんだよw』

『すごい魔法だとは思うけど、くだらない部分にこだわるなw』

『まあもう言えないんだけどな』

『言うな』

 

 ん。そう、だね。

 作った分身はこのままだと何もしない、人形みたいなものだ。だから魔法でこの分身を動かすプログラムを仕込む。もちろんそんなに複雑なものじゃなくて、魔獣や盗賊などの敵を見つけたら自動で攻撃する、というもの。

 そしてもし会話を求められた時のために、私からもある程度動かせるようにしておく。これが一番大変だけど、私が日本に行く時は精霊様が魔力を繋げてくれるらしいから、きっと大丈夫。

 そうしてできあがったのは、敵を自動で迎撃する私の分身。これなら大丈夫のはず。

 

『リタちゃんが増えた!』

『リタちゃん一人ください』

『俺も! みたらし団子を出す!』

『こっちはカステラだ!』

『競売かな?』

 

 何か嫌な予感がするから絶対作らない。

 準備ができたところで、認識阻害を解除してから精霊の森のお家に転移した。

 




壁|w・)分身ちゃんは一切喋らず、ただひたすらに敵を屠ります。ばくばくっ!

Q.なんでや! ゴブリンさん歩いてただけやろ! ひどい!
A.リタ「ん(興味なし)」


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ノートパソコン

 

 お家ではミトさんがやっぱり本を読んでいた。熟読してる。ミトさんが本を読んでる間に、これからのお話しをしておこうかな。

 

「護衛依頼を受けてる間、日本に行く時は真美の家だけになるよ」

 

『えー!』

『そんな! ひどい! 次はこっちかと楽しみにしてたのに!』

『まあまあ落ち着け、理由を聞こうや』

 

 ん。冷静な人がいてくれるととても助かる。なんだか楽しみにしてくれてる人も多かったみたいで、ちょっと申し訳なく思っちゃってたし。

 私ももっと日本を見て回りたいけど、私自身が分身と魔力を繋げられるのは、この世界限定だ。日本に行くとなると精霊様に手伝ってもらう必要があるんだけど、精霊様といえどもあっちこっちに移動されるとちょっと難しくなってくるんだとか。

 

 私としても本来の仕事をおろそかにしてまで手伝ってほしいわけじゃないから、護衛依頼の期間中は真美の家だけ、ということで約束した。

 そんなことを説明すると、視聴者さんたちも納得してくれたらしい。

 

「ごめんね。私ももっと観光したいんだけど……」

 

『いやいや、リタちゃんが悪いわけじゃないから』

『おら文句言うやつのせいでリタちゃんが気に病んでるだろ!』

『ごめんよ、そんなつもりなかってん……』

『しんでわびろ』

『過激すぎない?』

 

 さすがにそこまで求めないよ。そんなことされても迷惑なだけだ。

 説明も終えたところで、ミトさんのお昼ご飯だ。お昼ご飯といっても、今回はせっかくだから果物をね。

 アイテムボックスから取り出したのは、築地でもらったグレープフルーツと甘夏。風の刃ですぱっと切って、お皿に並べておく。そうしてから、ミトさんの本を引き抜いた。

 

「あ……。ご、ごめんなさいリタさん!」

「ん。ごはん」

「わ……。ありがとうございます!」

 

 ミトさんはしげしげと果物を眺めてる。すごく物珍しそうだ。ミトさんにとっては、見るのも初めてかな。

 

「見たことない?」

「はい。これはなんですか? みかんもどきに似てますけど……」

「ん。その仲間、らしいよ」

「なるほど」

 

 やっぱりこの二つの果物はこの世界にはないらしい。ミトさんはグレープフルーツを手に取ると、ためらいなく口に入れた。

 

「あ」

『あ』

『あー……』

 

「んぐ……!?」

 

 うん。その、えっと……。わざとじゃないんだよ。ちゃんと説明しようと思ったんだよ。まさかそんな、ためらいなく口に入れるとは思わなかったから。みかんもどきの仲間って言ったから、味も近いものと思ったのかな。

 ミトさんは両手で口を覆うと、すごく涙目になっていた。それでも吐き出すまいと必死に噛んで、のみこんで……。困惑した表情で私を見た。

 

「なんですか、これ……?」

「ん。グレープフルーツっていう果物。すごく酸っぱくてほのかに苦みがある……、と言おうと思ってた」

「ごめんなさい、少し待つべきでした」

「んーん。私がすぐに説明するべきだった」

 

 精霊様はこういういたずらは笑いながら許してくれるけど、ミトさんは分からないから、するつもりはなかった。気にしてないみたいだから一安心だ。

 

「こっちは甘夏。みかんもどきほどじゃないけど、甘いよ」

 

 ミトさんは頷いて、すぐに口に入れた。また驚いてるけど、さっきとは真逆の意味の驚きだと思う。

 

「これは、本当に甘いですね……。美味しいです」

「ん。でしょ?」

「はい!」

 

 喜んでもらえて私も嬉しい。よかった。

 

『日本の果物は異世界にも通用するんだな』

『グレープフルーツは日本じゃないけどな!』

『こまけえことはいいんだよ!』

 

 ん。あれ? 日本の果物じゃないの? それは知らなかった。外国とかいうところの果物なのかな。少しだけ、調べてみようかな?

 

「ところでミトさん。本はどこまで読んだの?」

「今日中には読み終わりそうです」

「ん。急がなくていいから。ゆっくりでもいいから、理解を最優先で」

「はい!」

 

 ミトさんなら大丈夫そうだね。私もあまり心配してない。

 果物を食べ終えて、再び読書に戻ったミトさんを残して、私は真美の家に転移した。

 

 

 

 真美の家には誰もいなかった。みんな学校かお仕事に行ったらしい。ちょっと寂しいけど、仕方ない。

 

「あ」

 

 机の上には、えっと……。そう。ノートパソコンが置かれてる。真美が使ってるもので、ピンク色のかわいいノートパソコンだ。

 

『おお……。女の子っぽい』

『真美ちゃんは美少女だからな!』

『そうなん?』

『知らんけど』

『知らんのかい』

 

 最近その言い方、よく聞くね。認識阻害があるから、真美の顔は誰も覚えてないから仕方ない。

 ノートパソコンの横には、自由に使ってね、という真美の文字。以前に使い方は簡単にだけど教わったことがある。ちょっと使ってみようかな。

 

「せっかくだからみんなが私のことをどう思ってるのか、見てみる」

 

『まって!?』

『おいやめろそこから先は地獄だぞ!』

『マジで考え直していや本当に』

 

 そんなになの? そこまで言われると余計に気になるんだけど。

 というわけで、パソコンを開いて調べてみる。起動させて、えっと……。ぶらうざ? をくりっく? する。あ、ちがう。えっと。そう、だぶるくりっく。

 




壁|w・)なお、間違っても壊さないようにすごく慎重にマウスをカチカチしてます。
そっと……そっと……。どきどき……。
なお、掲示板回ではありません。それはまたいずれ……いつか……多分……。

ここで大事なお知らせを一つ……。
書籍化します。
書籍化します!!
書籍化!!! します!!!
発売時期やレーベルなど詳しいことはまだ内緒です。
これもいつも読んでくれている読者様のおかげです。本当にありがとうございます。
今後とも是非是非よろしくお願い致します。
…………。もし更新頻度が落ちても怒らないでね……。
来年からお仕事も忙しくなるはずなので……。

明日はいつも通り金曜日なのでお休みです。


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ニュースサイト

『あかん、見られたらやばいと思ってるのに、リタちゃんの動きがいかにも慣れてませんな動きで微笑ましいw』

『わかる、見ていて面白い』

『でもやめてほしい』

 

 少しバカにされた気もするけど。私だって初めてのことは簡単にはできないよ。

 えっと、これだ。真美が使ってるニュースサイト。真美のマイページには、私の記事がお気に入り登録されてる。ちょっとだけ恥ずかしいけど、それと同時になんだかちょっと嬉しいような……。ちょっと、ぽかぽかする。

 

『リタちゃん機嫌良さそう』

『友達に気にしてもらえて嬉しいんだろ察してやれよ』

『リタちゃん友達少ないからな』

『う』

『ぐふっ』

『変なところにダメージいってて草』

 

 友達少ないのは、認めるよ。知り合いそのものが少ないぐらいだし。

 何の記事があるのかな。真美は私がここに来る前からお気に入りをしてくれていたみたいで、日本に来る前の記事も登録されてる。正直なところ、そんな記事があることに驚きだけど。

 一番古いのは、これかな。

 

「自称異世界の魔女の配信者の正体に迫る、だって。正体。そのままなんだけど」

 

『言うなw』

『あの頃はまだ信じてないやつも多かったからな……』

『実際に日本に来てる今でも信じないやつはわりと多いぞ』

 

 ふーん……。まあ、仕方ないよね。自分の目で見てないことは、なかなか信じられないものだと思うよ。

 記事の内容は、私の紹介だね。

 

「えっと……。異世界の魔女という設定の配信者が生まれた。高度な映像技術に少なくない人数が騙されている……。そんな感じだね」

 

『騙されている (騙されてない)』

『今これ書いた人はどう思ってるのかなw』

『書いた記者の会社に電話してやろうかw』

『やめたれw』

 

 この人もお仕事だからね。別に罵詈雑言ってわけでもないし、私は気にしない。

 記事の下にはコメント欄っていうのもある。記事を読んだ人がその感想を書くことができるみたい。内容は……、ケンカしてる……。

 

『リタちゃんを信じる人と否定する人のケンカが当時は多かったかな』

『まあ気持ちは分からないでもないけどw』

『このアンチどもも今は何を思ってるんだろうか……』

『だからやめたれとw』

 

 ん……。まあ、仕方ない。

 次はこの記事にしようかな。

 

「実在した異世界魔女、イベント会場で魔法を披露……。コスプレの時のやつかな?」

 

『それやろうな』

『本格的に一般の人にリタちゃんと魔法が認識された記念すべき日と場所』

『記念すべき場所 (コスプレ会場)』

『もうちょっとこう、いいお披露目場所はなかったものかな……w』

 

 んー……。あの時に困ってた人がいたから使っただけだし。それ以外の目的で魔法を使うつもりは、今のところはないよ。

 

「私の魔法を考察してるみたい。どんな原理なのか、だって。私が科学を理解できないのと同じだと思うけど」

 

『科学から見ると魔法は絶対に理解できないってことか』

『絶対に相容れない学問だとは思う』

『学問、なのか……?』

 

 私も科学はすごく気になるけど、正直理解できないことが多すぎるよ。多分、魔法に絡めようとして分からなくなってるだけとは思うんだけどね。

 科学からでも同じで、科学の方面から魔法を理解しようとするからだめなんだと思う。

 次は……。これ、かな。

 

「異世界魔女、正式に来日、首相と会談。…………。お寿司美味しかった」

 

『ちょwww』

『首相との会談の印象が真っ先にお寿司なのは、さすがと言うべきかなんというべきか……w』

『お寿司、美味しいよね……』

 

 ん。すごく美味しかった。また食べたい。

 

「私の意図とか考察されてるみたいだけど、そんなのないよ。呼ばれたから行った、ただそれだけ」

 

『リタちゃんだったらそうだろうな』

『後ろ盾とかなくても、勝手に行って勝手に帰れるしw』

『でもスマホは便利でしょ?』

 

「それはそうだね。スマホ、すごく便利」

 

 首相さんからもらったスマホは本当に役に立ってる。好きな時に地図が見れるのはとっても便利だ。

 

「他にも見ていこうかな……、と……」

 

 そう思ったけど、あっち側で私の分身に話しかけた人がいるみたいだ。これは、エリーゼさんだね。休憩中、なのかな。んー……。いや、大丈夫そう。

 

『リタちゃんどした?』

『緊急の案件?』

『リタちゃんの分身に何かあったとか』

 

「ん。大丈夫だよ。気にしないで」

 

 緊急のことがあれば、精霊様が教えてくれるだろうし。今はまだ、大丈夫。

 それでもちょっと心配だから、会話を拾っておこうかな。んー……。

 

『リタさん! リタさん! 今よろしいですか! …………。あれ?』

『あー……。すいませんね。あの子、どうやら索敵に集中してくれてるらしいですわ。野営までは集中するらしいんで、それからにしてもらえますかね』

『あ、そうですか……。残念ですが、そういうことでしたら……』

 

 ん。やっぱり休憩中みたいだね。それで私に話しかけようとしたみたい。ごめんね、夕方ぐらいには戻るから。

 

「それじゃ、他の記事も見ていこうかな」

 

『まだ見るのか……』

『これ絶対書いてる人ら蒼白だろうな……w』

『まさか今になって本人に見られるとは思ってなかっただろうしw』

 

 変なこと書いていても怒るつもりはないから大丈夫だよ。どんな記事があるかなあ……。

 




壁|w・)エゴサするのも楽しそうでしたが、間違いなくきりがないのでこの形になりました。

書籍化のお祝いコメント、ありがとうございます!
まだ決定したところなのでお届けできるのはもうしばらく先になりますが、ご満足いただけるように頑張りたいと思います……!


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バナナ

 

 のんびり記事を探していたら、真美たちが帰ってきた。

 

「ただいまー」

「ただいまー!」

 

 とても元気な挨拶。二人が部屋に入ってきたところで、言った。

 

「ん。おかえり」

「ただいまー。リタちゃん、学校でも話題だったよ」

「ん?」

「長い時間配信してるでしょ? どうにかして見ようとしてる人が多かったかな」

「ふーん……。学校は勉強するところだよ」

「あはは。そうなんだけどね」

 

 私も人のこと言えないから、と真美は言葉を濁してしまった。何を言いたいのかはなんとなく分かるけど、ここは触れない方がいいかな。

 

「リタちゃん、晩ご飯は?」

「ん。まだ」

「じゃあ今日は焼きそばにするね。パックに詰めるから、ミトさんにも持って行ってあげて」

「いいの?」

「もちろん」

 

 真美が笑いながら言って、早速料理を始める。どうしようかなと思ってたから、とても助かる。

 

『相変わらずええ子やなあ』

『俺も真美ちゃんの焼きそば食ってみたい』

『美少女の手作りご飯食べてみたい』

『それな』

 

 何言ってるのかなこいつらは。

 鼻歌を歌いながら料理をする真美を眺めていると、ちいちゃんが私の側に来た。とりあえず撫でておく。なでなで。

 

「えへー」

 

 ん。かわいい。

 

「魔法の訓練は順調?」

「あ……。えっと……」

「ん。大丈夫。急がないから、気長にね」

「うん……」

 

 落ち込まなくても大丈夫。そう簡単に終わるとは思ってないから。正直私は一年以上かかると思ってるよ。

 

「あ、ちい! 果物渡しておいて!」

「はーい!」

「ん?」

 

 渡しておいてって、私にかな? ちょっとだけ期待してると、ちいちゃんが袋を渡してきた。小さいビニール袋で、中には黄色くて細長い果物が入ってる。細長いものがたくさんついてる、かな?

 

「バナナ!」

「バナナ……」

 

 バナナ、という果物らしい。みかんの仲間じゃないみたいだけど、果物ということは甘いのかな。

 

『バナナは甘い』

『グレープフルーツと違って裏切らないから安心していいよ!』

『あれは悲しい事件だったねwww』

『悲しい言いながら草生やすな』

 

 ん。グレープフルーツも、嫌いってほどじゃないんだけどね……。

 試しに一本食べてみることにする。一本ちぎって、コメントに従って皮をむいて……。中はちょっと白っぽいんだね。ぱくりと一口。

 

「ん……。甘い」

 

 甘くて、あとみかんとは全然違う食感だ。でも、美味しい。うん。いいと思う。

 ちいちゃんを膝にのせて、バナナをもぐもぐ。とてものんびりした時間。無駄な時間のはずなのに、なんだかとても心地いい。

 ちいちゃんと一緒にテレビを見ていたら、真美が部屋に入ってきた。真美の手にはビニール袋があって、焼きそばの入ったパックが二つ。食欲を刺激するソースの香りがここまで届いてる。

 

「お待たせ、リタちゃん。どうぞ」

「ん。ありがとう」

 

 ちいちゃんに下りてもらって立ち上がる。袋を受け取ると、真美は少しだけ寂しそうに微笑んだ。

 

「しばらくは一緒に晩ご飯食べられないね」

「ん……。とても残念」

 

 真美のご飯、好きなんだけどね。こればかりは仕方ない。

 

「あはは。そう言ってもらえると嬉しいなあ。気をつけてね、リタちゃん」

「ん」

 

 真美とちいちゃんに手を振って、転移した。

 

 

 

 ミトさんは変わらず勉強中だった。昨日と同じように、本を引き抜いて中断させる。

 

「あ……」

 

 ん。ちょっと切なそうな声を出すのはやめてほしい。

 

『えっ……』

『変なこと言うな殺すぞ』

『さーせん』

 

 聞かなかったことにしておくよ。

 

「これ、晩ご飯。食べたらちゃんと休んでね」

 

 焼きそばのパックをミトさんに渡す。ミトさんはありがとうございますと受け取ってくれたけど、やっぱり少し驚いてるみたいだ。多分、入れ物に驚いてる、と思う。

 

「あの、リタ様、これ……」

「んー……」

 

 説明した方がいいのかもしれない。でも、さすがに地球のことまで話すのはだめだと思う。ミトさんが私の次の守護者になるのなら、いいのかもしれないけど、今のところ私はまだ守護者をやめるつもりはない。

 だから、うん。ミトさんにはちょっとだけ悪いとは思うけど。

 

「ミトさん」

「はい?」

「気にしない。いいね?」

 

 威圧なんてことはしない。ただ、じっと見つめて、小さな声で告げただけ。それでもミトさんは何かを察してくれたのか、真剣な表情で頷いてくれた。

 

「分かりました。何も聞きません。何も言いません。何も、気にしません」

「ん」

 

 話が早くて助かるね。早すぎてびっくりするぐらいだけど。これも魔法学園で何か言われてたりするのかな。

 聞いてみると、ミトさんは苦笑いしながら頷いた。

 

「はい、そうです。特に熟練の魔法使いの方は独自の研究をしている方も大勢います。もしも何かを見てしまっても、それが犯罪に関わることでない限り、何も見なかったことにするように言われています」

「ん。そっか」

 

 不思議とは思わない。当然だと思う。だって、研究成果を盗まれたらやっぱり嫌だろうから。私は盗まれても困るものはないけどね。そもそもとして使えないだろうから。

 




壁|w・)リタが地球への転移を研究していたように、熟練の魔法使いは独自の研究をしたりしていますが、研究者なんて作中に出てこないのでそういうのもあるんだ、程度の認識でいいです。

もう1週間ほど感想の返信ができません。すみません……!
また、来週から更新を奇数日にしようと思っています。申し訳ありませんが、よろしくお願いします……!


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焼きそばと星空

「それじゃ、私は護衛の方に戻るから。ちゃんと休むように」

「はい!」

 

 元気な声の返事はいいけど、本を持ったままになってるのはどうしてだろうね。気付いてるよ? 気付いてるからね? だからミトさん、私が本を一瞥したからってそんな目をそらさなくていいんだよ?

 んー……。あとで様子を見に来ようかな。

 

 お家を出て、分身の魔力をたどって転移する。転移先では馬車がまだゆっくり走ってるところだった。特に変わったこともなく、順調な旅路みたいだね。

 分身を解除して、分身が座っていた場所に腰掛ける。んー……。いい加減飛んでるのも面倒だし、座る場所に保護魔法をかけておこう。そうしたら壊れないだろうし。

 さて、と……。

 

「暇だね」

 

『ちょwww』

『まだ再開したところじゃないかw』

『もうちょっとがんばって!』

 

「えー」

 

 いやだって、さっきまでわりと楽しかったからね。私の記事とか新鮮だったし、真美から焼きそばももらったし。

 ああ、そうだった。先に焼きそば食べよう。温かいうちに食べたい。

 焼きそばを取り出して、フタを開ける。とってもいい香り。

 

「ん。匂いが他の人のところにいかないように、ちょっと結界張るね」

 

『結界を使う目的がなんかおかしい……w』

『防御用の魔法だと思ってたんだけどなあ……w』

『他の人を香りから守ってるじゃないか!』

 

 うんうん。そういうことにしておこう。

 割り箸で焼きそばをすする。結構濃いめの味のソースだね。甘みと辛さがちょうどいい感じだ。美味しい。

 あ、そういえばミトさんはお箸使えるかな……。フォークぐらい持ってそうだし、大丈夫かな?

 

「んー……。やっぱり真美って料理上手だよね……。すごく美味しい」

 

『そう言ってもらえると嬉しいけど、それ市販のソースをブレンドしただけだからね?』

『推定真美さんがなんか頭おかしいこと言ってる……』

『大多数の人はソースのブレンドなんてしないんだよなあ……』

『え? リタちゃんの味覚に合わせて少し混ぜてるだけだよ』

『やばいマジでやばいこと言ってるこの子やばいw』

 

 ん。すごいよね。何がどうすごいのかは、私はそこまで分からないけど。

 焼きそばを食べ終えて、ゴミをアイテムボックスに突っ込んだところで、馬車がようやく止まった。気付けば日が傾いて、周囲が赤く染まり始めてる。今日はここで野営かな?

 周囲は、変わらず草原。見晴らしはいいけど、その分魔獣たちからも見つけられやすいってことになる。こういう時ってどうするのかな。

 同行者さんたちがてきぱきと野営の準備を始める。テントを張って、夕食の用意をして……。私も何かした方がいいのかな。

 

「リタちゃん!」

 

 少し考えていたら、フランクさんのパーティメンバーの魔法使い、パールさんに呼ばれた。私が腰掛けてる馬車の側で手を振ってる。

 

「どうしたの?」

 

 馬車から降りてパールさんに聞くと、

 

「今から馬車を囲む結界を張るわね。この魔道具を使うけど、定期的に魔力を補給しないといけないの」

 

 パールさんが見せてくれたのは、赤くて丸い石だ。大きさはこぶし大ぐらい。これが結界の魔道具らしい。パールさんが言うには、この魔道具に魔力を込めると、馬車三台ぐらいなら包める結界を張れるんだとか。

 すごいね。こんな魔道具があるんだ。結界の強度は多分自分で使った方が強いだろうけど、ある程度魔力を扱えれば誰でも使えるっていうのは大きいと思う。

 

「だいたい二時間に一回補給をしないといけないから、私が前半を、リタさんは後半で補給を頼めるかしら。その逆でももちろんいいけど……」

「ん。必要ない」

「え?」

 

 とても便利な魔道具で興味があるけど、途中で補給なんてめんどくさいからね。それだったら結界ぐらいは私が張っておく。日中とか遊びに出かけてたから、その分ということで。

 杖で地面を叩いて、術式を展開。結界を張っておく。突然張られた結界にパールさんは困惑していたけど、すぐに私の魔法だと気付いて胡乱げな目で私を見てきた。

 

「リタさん、本当に魔女の弟子なの? 一人前じゃないの……?」

「弟子です」

 

 誰がなんと言おうと、私は弟子です。その設定を変えたりしないよ。

 

『弟子設定、かなり無茶が出てきてないかこれw』

『隠遁の魔女、どれだけ厳しいんだよw』

『大丈夫かこれ。まだ一日目だぞ……?』

 

 正直、私も不安になってくるよ。やめるつもりはもちろんないけど。

 

「この結界はいつまでもつの?」

「ん。明日の朝までなら大丈夫」

「そう……。それなら、そうね。任せるわ」

 

 そう言って、パールさんはフランクさんの方へと歩いて行ってしまった。なんだかちょっと、ごめんなさい。

 みんなが野営の準備をするのを、私はのんびりと眺めてる。手伝おうかなと思ったけど、フランクさんも手を出していないから私も待機だ。フランクさんたちは周囲を警戒してる。

 

 結界は張ったけど、フランクさんのお仕事も護衛だからね。もしも結界が破られたら、なんて考えたら、結界に任せっきりもできないんだと思う。

 そうして待っていたら、日もすっかり沈んでしまった。たき火があるから真っ暗ではないけど。

 

『リタちゃん。お願いがあるんだけど』

「ん?」

『空見たい』

 

 ん。空ね。昔からたまに言われるけど、なんだろうね。

 光球を空へと向ける。空にはたくさんの星が輝いてる。あの星のどれかが太陽だったりするのかな。そう考えたら、なんだかすごいと思ってしまう。

 

「でもあそこに太陽があっても、その光は今の太陽のものとは違うんだよね。すごい」

 

『それはそう』

『リタちゃんが見てる太陽の側の地球に俺らはいないんだよな……』

『そう思うと配信魔法やっぱやべーわ』

 

 光の速度をこえてやり取りしてるからね。すごいと思う。

 

『すっげえ星空。森だと木が邪魔だったからこれはこれで新鮮だわ』

 

「ん……。それもそうだね」

 

 ここには木も建物もない。星の観察で言えば、今が一番かもしれない。

 




壁|w・)焼きそばもぐもぐ。

数年後の小話。
「馬車古くなってきたから解体するぞー」
「おー」
「…………。おいここ砕けないんだが!? どうやっても壊れないんだが!? なんだこれ!?」
「なに言ってんだおまえなあにこれえ……」
こんなことがあるかもしれないし、ないかもしれない。


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ライスもどき

 でも残念だけど、今の私は護衛中なわけで。

 

「護衛の皆様! 夕食ができました! どうぞ!」

 

 晩ご飯が優先だよね依頼人さんが呼んでるからね!

 

『うきうきで向かうの草なんだ』

『星より団子』

『まあリタちゃんだしw』

 

 お昼ご飯のあれはともかく、晩ご飯はちょっと楽しみにしてた。何が出てくるのかな。

 エリーゼさんに手招きされて、その隣に座る。そして私に渡されたお椀の中には、なんだかちょっとどろっとした何かが入ってる。一緒に渡されたのはスプーンだから、これで食べるのかな。

 

「いただきます」

 

 手を合わせてそう言ったら、隣に座るエリーゼさんに不思議そうな顔をされた。いつものくせでやったけど、ここにはない文化だよね。私も師匠から教わってやってるだけだし。

 

『完全に日本の文化だからな』

『そっちだと食べる前に何かやってる?』

 

 ん。どうだろう。周囲を見てみると、人それぞれみたい。手を組んで祈ってる人もいれば、何もせずに食べ始めてる人もいる。

 

『宗教の違いかな?』

『こればっかりはリタちゃんも分からなさそう』

 

 ん。分からないし、あまり興味もない。宗教は信じたい人が信じればいいと思う。私には精霊様がいるからね。

 それよりも、晩ご飯だ。

 スプーンでお椀の中身を見てみると、これは、えっと……。お米……?

 

『え、うそ、マジで?』

『米!? 森の外にも米があんの!?』

『マジかよお米あるのかよすげえ!』

『絶対ないと思ってた……!』

 

 うん。私も驚いた。みかんもどきみたいにお米とはちょっと違うんだろうけど、見た目はお米そのものだ。すごい。

 

「エリーゼさん」

「はい! どうしましたか!」

「近い」

「ごめんなさい」

 

 声をかけたらすごい勢いで顔を近づけてきたので、少し離れておく。ショックを受けたような顔をしてるけど、自業自得だと思ってほしい。

 

「これ、なに? このつぶつぶ」

「ライスもどきですよ?」

「ライスもどき」

 

『ライスもどき』

『もwwwどwwwきwww』

『なあこのネーミングセンスってまさか……』

 

 ん。私もそんな気がする。

 エリーゼさんに視線で先を促すと、嬉しそうに語ってくれた。

 

「これは賢者様が学園に持ち込んだ作物なんです! 育て方さえ分かれば、強く育つ魔法のような作物なんです! 今では魔法学園から他の都市に販売されているほどですよ!」

「そ、そうなんだ……」

 

『ライスもどきすげえ……』

『さすがお米、でも明らかに何かがおかしいw』

『育てるのがすごく簡単みたいな言い方だったな……』

『異世界の米ってそうなんか……』

『素直に羨ましい』

 

 ん。多分、精霊の森で育てられてるのと同じものだと思う。師匠が持ち出して広めたんだろうね。師匠、お米好きだったみたいだから、外でも食べられるようにって。

 

「そんな苦労するぐらいなら食べに帰ってきてよ……」

「え? 何か言いました?」

「ん。なんでもない」

 

 弟子の顔ぐらい見に来てもいいのに、なんて思ってないよ。ほんとだよ。

 

『リタちゃん……』

『ほんとあのバカ、ほんとバカ』

『努力の方向性が行方不明』

『まあ落ち着こう。あいつだって、まさか死ぬなんて思ってなかっただろうから』

 

 ん。それは分かってる。分かってるよ。分かってるけど……。ん。何でもない。

 それはともかく、この晩ご飯だ。エリーゼさんに続きを聞いたら。お米と水、そしてとろみが出てくる野菜を入れて煮込んで、塩とかで味付けしたものらしい。お米を知ってる人は、旅のご飯としてよく食べてるんだって。

 とろみが出る野菜っていうのはよく分からなかった。地球にはない野菜かも。

 とりあえず、食べてみる。スプーンで一口。

 

「んー……」

 

 うん。悪くない。日本の料理と比べると微妙だとは思うけど、調味料が少ないこの世界で考えると美味しい方だと思う。これが旅の間に食べられるなら、十分価値があるかも。

 

「ところでリタさん! 魔女様について詳しく……!」

「ん。やだ。ごちそうさま」

 

 さっと食べてお椀を置いて、定位置に戻った。幌馬車の屋根の上。お話は面倒だったから。

 

『妹さんもすごいなw』

『諦める気配がないw』

『何があの子をそこまで駆り立てるんや……』

 

 ほんとにね。巻き込まれる私はいい迷惑だよ。まったく。

 その後は特に変わったこともなく。エリーゼさんとミリオさんは馬車の中で休んで、他の人はテントの中。護衛の人は念のため交代で見張り。ちなみに私はフランクさんと二人で見張りをしたよ。あまり会話はしなかったけど、知ってる人だから気が楽だった。

 護衛の一日目はそうして終わった。

 




壁|w・)この世界のお米は師匠と精霊様の魔改造により無駄に強靱です。じゃがいもより強いかもしれない。なお、味の方はお察しです。


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盗賊さん

 

 二日目、三日目も特に変わったことはなかった。真美の家に行ってパソコンを使うのも変わらず。代わり映えがなさすぎてちょっと退屈になるぐらいには。

 ああ、でも、初日以外の夜はちゃんと小さな村に立ち寄って休んでる。それが一番違うところ。フランクさんが言うには、一定間隔でこういった村はあるらしくて、普通はそこで宿泊するらしい。

 

 問題、と言うべきかは分からないけど。それは四日目だった。

 配信しながら、馬車からの景色をのんびり楽しむ。今は小さな山の道を通ってるところだ。木々に覆われた緑豊かな山で、なんだか私もちょっとだけ気分がいい。森は好き。

 足をぷらぷらさせながらそんな森の景色を楽しんでいたんだけど、それでもそれにはすぐに気付いた。

 

「んー……」

 

 人の気配。人型の魔物とかじゃなくて、間違いなく人間の気配だ。それも、たくさん。

 もちろんここまででも、他の人とすれ違うことは何度かあった。でもそういった人たちは、みんなそれぞれの目的地に向かっていた。

 でも今回は違う。みんな、その場から動かない。

 

「んー……」

 

『どうしたんだリタちゃん、急に黙って』

『何か食べ物欲しいとか?』

『魔物の群れを見つけたとか!』

 

 まだそっちの方が気が楽だったと思う。

 馬車から離れて、フランクさんの元へ。フランクさんに声をかけると、驚いたように一瞬だけ震えた。

 

「なんだ、嬢ちゃんか。どうした?」

「ん。道なりに進むと、人間が二十人ほどいる。今までと違って全然動かない」

「あー……。そうか。多分盗賊だな」

「盗賊」

 

 なんだか、ついに来たって感じだね。

 

『盗賊だあああ!』

『テンプレ待ってました!』

『リタちゃんどう料理するんだ!?』

 

 視聴者さんも喜んでる。盗賊が出て喜ぶのはどうかと思うけど、あまりうるさく言わないようにしてあげよう。

 

「ん。盗賊なんだね。どうしよう? ばくっとする?」

「いや、それはやめようか!」

 

 すごく勢いよく断られてしまった。ばくっとする魔法はフランクさんにとってはあまり好ましくないらしい。便利なのに。

 

「本当に盗賊なら別にいいけど、盗賊じゃない可能性もある」

「ん。そうなの?」

「ああ。例えば馬車が壊れて立ち往生している場合とかな」

 

 だから、実際に近づくまで待ってくれ、というのがフランクさんの意見だった。

 

『確かにフランクさんの意見はよく分かる』

『これで無実の人間を大量に殺した、とかになると、ちょっと問題だろうし……』

『だからリタちゃん、不満そうな顔はだめ』

 

 んー……。仕方ない、かな。私も襲われてないのに殺すようなことは、できれば避けたいし。

 フランクさんがミリオさんたちに報告した結果、とりあえずはこのまま、警戒しながら接近することになった。道を変えない理由は、立ち往生している場合は助けてあげた方がいいから、らしい。

 そもそもとしてこんなに早く気付く方がおかしい、とも言われたけど。

 みんなが警戒感を強めて近づいた結果は、

 

「おおっと残念だったな! 通行止めだ! 恨みはないが死んでくれ!」

 

 そんな盗賊さんたちだった。

 

『盗賊だあああ!』

『テンプレだー!』

『盗賊に捕まってあんなことやこんなこと……』

『お前は帰れ』

 

 ん。でも実際に負けて捕まっちゃうと、命はないと思った方がいいんだよね。

 人数はちょうど二十。一人、奥の方でふんぞり返ってる人も含めて。弓とかの隠れてる人はいないみたい。あまり数は多くないけど、これって手を出していいんだよね?

 

「フランクさん。どうしたらいい?」

「全員生け捕りってできるか? 情報を吐かせたい」

「ん」

 

 少し面倒だけど、問題はない。さくっと捕まえよう。

 

『全員生け捕りってわりと無茶ぶりでは?』

『でもフランクさんからリタちゃんならできるだろっていう謎の信頼を感じる』

『実際ほんとにできるの?』

 

 できるよ。

 フランクさんの隣に立って、杖で地面を叩く。すると地面が揺れて、岩でできた大きな檻が浮かび上がってきた。そしてそのまま、盗賊たちをほぼ全員捕まえた。

 

「え」

「わあ……」

 

 呆然とするフランクさんと、馬車から目を輝かせるエリーゼさん。エリーゼさんに手を振ると、勢いよく振り返してきた。ちょっとだけかわいいかも。

 

『子犬令嬢やな』

『憧れる気持ちもわからんでもない』

『テンプレは? ピンチからの強者の余裕みたいなやつは? まだ?』

『おじいちゃん、盗賊イベントはもう終わったでしょ』

『なん……じゃと……?』

 

 ん。あまり時間もかけたくなかったし、さくっとやらせてもらった。時間をかけても仕方ないだろうし。盗賊さんたちも、自分たちが捕まってると気付いたのか、みんな顔を青ざめさせてる。

 最初からやらなければいいのに。やった時点でもう言い逃れなんてできないから。

 ただ、一人だけ様子が違う。奥で偉そうにしていた大柄な人だ。背中には巨大な剣を背負ってる。その人はゆっくりと歩いてきて、檻の内側からフランクさんへと言った。

 

「豪腕の剣王とお見受けする」

 

 ん。フランクさんの二つ名かな?

 

『ごwwwうwwwわwwwんwww』

『豪腕の剣王www』

『ここに来て新たな二つ名が出てきて草』

『フランクさんも二つ名持ちじゃったか……』

 

「ん。格好いいよね。豪腕の剣王だって。いいと思う」

 

『え?』

『え?』

「え?」

 

 この人たち、ちょっと感性がおかしいと思う。

 大柄な盗賊さんは、フランクさんを見据えて言う。

 

「我らは運がなかった。だがせめて、豪腕の剣王、貴殿と手合わせ願いたい。我が願い、聞き届けていただけないだろうか?」

「そう、だな……」

 

 フランクさんが迷ってる。受けてあげたいって思ってるのかも。

 確か盗賊が捕まった場合、ほぼ例外なく死罪か、死ぬまで鉱山とかの危険な場所で働くことになったはず。フランクさんもそれは知ってるだろうから、せめて戦うことぐらいは、とか思ってるのかもしれない。

 

『実質的な最期の願いってやつやな』

『そう思うと聞いてあげたいよなあ……』

『リタちゃん、どうする?』

 

「え、嫌だけど」

 

 私が思わずそう言うと、視聴者さんだけじゃなくてフランクさんと盗賊さんも驚いて私に振り向いてきた。そんなに驚くことなのかな?

 

「あー、リタちゃん。負けることはないだろうから、ここは一つ……」

「ん。やだ。私は早く進みたい。これ以上盗賊なんかのために時間を使いたくない。だから嫌だ。それとも……」

 

 死人に口なし、でもいいよ?

 




壁|w・)金目のものを奪おうとしたら大きな檻に閉じ込められた盗賊さんの図。
なお、殺していいと言われた場合はばくっでした。


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ジニアス

 檻の中で風の刃を発生させて、地面を大きく抉っておく。盗賊さんたちはそれだけで全員怯えたように後ずさりした。フランクさんが言うから生け捕りにしただけで、余計な手間とか時間とか必要ならさっさと殺すよ。

 こんこんこん、と杖で地面を叩いていたら、盗賊さんたちは大柄な人も含めて我先にと武器を捨てていった。最初からそうすればいいのに。手間ばかり取らせないでほしい。

 

『盗賊死すべし、慈悲はない』

『人を殺して金品奪う連中の願いなんて聞く必要ないってやつやな!』

『それはそうだけど、容赦なさすぎて笑うわこんなんw』

『テンプレどこ……? ここ……?』

『圧倒的な力で制圧するっていうテンプレはしただろ?』

『画面映えはしなかったけどな!』

『戦いすら起こらなかったからなw』

 

 これでも視聴者さんにとってはちょっと不満らしい。もっと派手な魔法を使ってほしかったのかな。爆発とか、嵐とか、雷とか。

 んー……。

 

「今からどっかんする……?」

 

 そう言った瞬間、盗賊さんたちがもれなくびくっとしたのはおもしろかったかもしれない。

 

「リタちゃん、さすがにそろそろ勘弁してやってくれないかな。片付けの方が面倒そうだし」

『慈悲はないけど殺意はあった』

『リタちゃん、もう満足だからね……』

 

 ん。じゃあ、いっか。

 杖で地面を叩いて、土から手枷を作る。全員の腕を拘束して、ロープでそれぞれの腰を結ぶ。あとは近くの村まで連れて行けば、牢屋で拘束できるんだとか。

 

「村に牢屋があるの?」

「村でも犯罪はあるからな。これだけの人数を入れられるかは見てみないと分からないけど」

 

 ん。じゃあ、とりあえず出発だね。大行列になっちゃったけど、気にせず行こう。大行列だからゆっくり、なんてせずに、むしろ時間を使ったから急ぎ足でね。

 

「鬼だ……」

『鬼がいる……』

『リタちゃん、マジで身内以外に容赦ないな……』

 

 必要性を感じないから。

 歩き始めたところで馬車に戻ると、エリーゼさんに手招きされた。とりあえず二台目の馬車に入ってみる。

 

「リタさん! すごく、すっごくかっこよかったです!」

 

 あ、お褒めの言葉だった。

 

「ん。勝負ぐらい認めてやれって言われるかと思った」

「ははは。そんなこと言いませんよ。本来ならすぐに殺されても文句は言えないですからね」

 

 そう答えたのはミリオさんだ。可能なら生け捕りにして他にいないかの情報を吐かせたいらしいけど、それが難しいなら手加減せずに殺してしまえ、というのが盗賊の扱いらしい。

 私もそれでいいと思う。相手だってこっちを殺すつもりで来てるから。

 

「それじゃあ、私はまた上にいるから。何かあったら呼んでほしい」

「はい、分かりました!」

 

 エリーゼさんたちに小さく手を振って、馬車の屋根に移動。いつもならそろそろ日本に行きたいところだけど……。今日は捕まえた盗賊もいるし、さすがにちゃんとしておこう。

 ミトさんのお昼ご飯は……。今日は大丈夫、かな……?

 

 

 

 盗賊の引き渡しも済ませて、さらに数日馬車で移動を続ける日を送って。

 ミレーユさんに見送られてから八日。私たちは魔法学園のある街にたどり着いた。

 街の周囲は大きな壁に囲まれてるけど、これは大きな街ならどこでもそうらしい。人が住む場所に魔獣が入ってくることはあまりないけど、それでも絶対にないわけじゃないから、そういった魔獣対策として壁があるんだって。

 

「この街、ジニアスは魔法学園が中心にある街です。街の北側に商店が集まっていて、南側は住宅街です。もっと細かく分けられたりしていますが、それさえ分かっていればここでの生活には困らないかと!」

 

 そう説明してくれたのは、エリーゼさんだ。門が見えてきたところでどんな街なのか聞いてみたら、それはもうすごい勢いで説明してくれた。

 

「冒険者ギルドは北側ですが、魔法学園のすぐ側にあります。素材集めを学園が依頼することもあるためですね」

「ん……。じゃあ、とりあえずはギルドに向かうの?」

「はい。そこで依頼の報告ですね。リタさんはどうします? 魔法学園は全寮制ですけれど」

「ん……?」

 

 ぜんりょうせいって、なに?

 ちょっと待ってね、とエリーゼさんに告げて、私は振り返って光球へと小声で言った。

 

「ぜんりょうせいってなに?」

 

『リタちゃんwww』

『マジかよw』

『全寮制、な。簡単に言ってしまえば、生徒は必ず学園が用意した家に住まないといけないってやつ』

『遠方から来る人もいるだろうから、それで統一させたんだろうね』

 

「ん……。なるほど」

 

 宿に泊まる必要がないと思えば便利だと思う。ただ、私はお家に転移すればいいだけだし、ミトさんのご飯も用意しないといけない。この街に住む必要はないんだけど……。

 でも、決まりなら仕方ないかな。お家に転移する時に誰にも見られない場所があるっていうのは便利かもしれないから。

 エリーゼさんに向き直ると、不思議そうに首を傾げていた。

 

「リタさん、どうかしました?」

「ん。気にしないで。私はその、寮? に住めるの?」

 

 これに答えてくれたのは、ミリオさんだ。

 

「部屋には余裕があるので問題ありませんが、まずは学園長に報告をしますのでお待ちください」

「ん」

 

 最初の街でギルドマスターさんに挨拶したみたいなものだね。私も行った方がいいかな。

 そこで思い出した。一応、この街のギルドマスターさんにも挨拶した方がいいよね。

 

「ミリオさん」

「はい?」

「ギルドについたら、ギルドマスターさんに挨拶してもいい?」

 

 私がそう聞くと、ミリオさんはどうしてか戸惑ったように目を見開いた。なぜか私の顔をまじまじと見つめてる。私が首を傾げると、いえ、と小さく首を振った。

 

「さすがは魔女の弟子、と考えただけです。お気になさりませんよう」

「ん……?」

 

 んー……。どういうこと、かな?

 

『いやいやリタちゃん』

『他の街から移動してきたからギルドに挨拶は分かる。でもギルドマスターに挨拶は普通はないと思う』

『それ』

 

 ん……。そっか。そうだよね。Aランクとかの高位ランクならどこにいるかを把握しておきたいっていうのはあるだろうけど、低いランクの人をわざわざギルドマスターさんが管理したりはしないか。

 ミリオさんは、私が魔女の弟子だからって納得してくれたみたいだし、それを利用しよう。

 その後も馬車に揺られて、太陽が真上に上る頃にギルドにたどり着いた。

 




壁|w・)そろそろ勘弁してやってほしい(建前) 片付け面倒だから(本音)
どっかんしちゃったら穴埋めないと後の人に迷惑だからやめて(内心)

明日は金曜日なのでお休みです。
また、25日からは奇数日更新に変更となります。ごめんなさい……!


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怒ってる人を見ると冷静になるあれ

 門からここまで、つまり魔法学園の側まで、しっかりと石畳で舗装されていた。活気もあるし、いい街だね。

 魔法学園は……あとで詳しく見よう。

 

『とりあえず学園が無駄に大きいってことは分かった』

『探検とかしたら楽しそう』

『隠し扉を見つけてからの隠し財宝発見、とか!』

 

「ん……。楽しそう」

 

 すごく大きい建物みたいだし、それも考えてみようかな。

 

「それではリタさん。学園長には私が話を通しておきますので、ギルドマスターへの挨拶が終わったら魔法学園へいらしてください」

「ん。わかった」

 

 三台の馬車が魔法学園へと向かっていく。私と、そしてフランクさんたちはギルドまでだ。さすがに街の中だし、ギルドは目と鼻の先。襲われるようなことはまずないと判断したみたいで、依頼はここまでということになった。

 

「リタちゃん、ギルドマスターに挨拶するんだろ? 俺たちもすぐに戻るとはいえ、報告があるからな。一緒に行こうか」

「ん」

 

 それはとても助かる。いつもの街のギルドならもう慣れたけど、初めての街のギルドは少し緊張するから。知らない人ばかりだろうし。

 

『こっそりテンプレ期待してる』

『おうおう見ねえ顔だなどこのもんだ、みたいな!』

『次は是非ともたたきのめしてほしい!』

 

 変な期待しなくていいよ。実際に起こったらどうするの? 確か、こういうのをフラグって言うんだっけ。やめてほしい。

 でも、私はそこまで不安には思ってない。だって、あの街だとみんな優しかったから。きっとここもそうのはず。

 その期待は、見事に裏切られた。

 

 私たちが入った瞬間に向けられる好奇の視線。フランクさんが報告にカウンターに向かうと、その視線はさらに強くなった。

 特に強い視線は、掲示板の側から。ここのギルドの内装はあのギルドのものと大差はないね。その方が嬉しい。そんな現実逃避はほどほどにして。

 私に向かってくるのは、中年の男。片手にはお酒を持ってるみたい。ちょっと息が酒臭いかも。

 

「おうおう嬢ちゃん、何しに来たんだ? まさか冒険者になろうとか思ってるわけじゃねえよなあ」

「ん……」

 

『テンプレキタアアア!』

『今度こそ! 今度こそこのテンプレを!』

『さあリタちゃんしっかり格の違いを分からせてやろうぜ!』

 

 視聴者さんは相変わらず血の気が多い。何に興奮してるのかはよく分からない。

 

「もう冒険者」

「子供が冒険者なんてやるもんじゃねえんだよ! こういう危ないこともあるからな!」

「聞いてない……」

 

 男の人は背中の剣を鞘ごと引っ張り出すと、私に向かって思いっきり振り下ろしてきた。でも、うん。言葉は強いし敵意はあるみたいだけど、殺意は感じない。少し痛い目にあえってやつかな。

 それだったらまあ適当に……。

 男の人の剣が、私の目の前で壁に当たったみたいに止まってしまった。

 

「あ」

「あ?」

『あ……』

 

 私のローブのフードには隠蔽の魔法がかけられてるけど、三角帽子には防御の魔法がかけられてる。この防御の魔法が発動すると、もう一つ、自動的に発動する魔法を仕込んでる。

 反射、と言えばいいのかな。受けた衝撃をそっくりそのまま返しちゃう魔法だ。

 つまり。

 

「うげえ!」

 

 男の人の顔面に衝撃がいっちゃったみたいで、その人は後ろに倒れてしまった。

 

「…………」

 

 周囲を見る。みんな、私を見てる。うん、その、えっと……。

 

「私は悪くない」

 

『どこかで聞き覚えのあるセリフだなあw』

『俺は悪くねえ!』

『いやまあ実際に反撃しただけだからそんなに悪くないと思うけど』

『何よりもちゃんと生きてる! 生きてるよね?』

 

 ん。それは大丈夫。咄嗟だったけど、衝撃を返す前に男の人の前に簡易的な結界を張ったから、ちゃんと生きてる。大怪我を防ぐ程度の結界だったけど。

 でも、どうしようこれ。私が困っていると、笑い声が聞こえてきた。

 

「いきなりやってるなあ、リタちゃん」

 

 フランクさんだ。げらげらと楽しそうに笑いながらそんなことを言われた。

 

「ん。なにこれ。殺意は感じなかったけど」

「おう。洗礼みたいなもんだよ。子供相手にはやらないはずだけど、酔っ払ってたからな……。ちゃんと判断できてなかったんじゃないか?」

「んー……。これ、怒られる?」

「怒られるとしたら黙って見てた周りの冒険者どもだから気にするな」

 

 な? とフランクさんが周囲を見渡せば、みんな気まずそうに目を逸らしていた。普通は止めるものだったってことなのかな?

 

『だったら止めればいいのに』

『いや多分このおっさんの方が強いとかじゃね? 強そうだし』

『それで怖くて止められなかったってこと?』

 

 それはそれでどうなんだろう。私がそう思っていると、カウンターの方から女の人が歩いてきた。ギルドの受付さんがみんな着てるおそろいの服の人。制服って言うんだっけ。その女の人は水がたっぷり入ったバケツを持っていて、容赦なく男の人にぶちまけた。

 

「ぶえ……っ、何しやがる!」

「うるせえテメエが何してやがんだ殺すぞハゲ座れボケ」

「あ、はい」

 

『ア、ハイ』

『やべえネタじゃなくてマジのア、ハイだw』

『てか職員さんが怖すぎるんですがそれはw』

『青筋浮かんでますねえ!』

 

 すごく怒ってるね。とても怒ってるね。私は何も知りませんなので受付に行きます。

 

「誰が座れ言ったんだクソがあ! 立てやゴルァ!」

「理不尽!」

「うるせえ今はあたしがルールだ文句あっか! 文句あれば言え! 殺すから」

「ありません!」

 

『最後の殺すがガチトーンなのマジで草』

『やばいぞくぞくしてきた……。なんか、いい……』

『おいバカ冷静になれその先は地獄だ』

 

 なんだかとっても楽しいことになってるね。フランクさんたちも我関せずだ。あの職員さん、多分強いだろうからね。元冒険者だったりするのかな。

 気にしても仕方ないし、私も早く用事を済ませよう。魔法学園に行きたいし。

 




壁|w・)遊びすぎた自覚はあるけど書いていて楽しかったです。


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サブマスターさん

「すみません」

 

 受付の人に声をかけると、座っていた男性はにっこり笑顔で挨拶してくれた。

 

「はい。いらっしゃいませ。いかがなさいましたか?」

「おー……」

 

 すごい。後ろから今も怒鳴り声が聞こえてきてるのに、完全にないものとして扱ってる。すごい。

 

『これはプロですね間違いない』

『下手すればこれ、日常茶飯事なのでは?』

『こんなんが日常とか嫌すぎるわw』

 

 そうかな。そうかも。でも楽しそう。

 

「ん。しばらくこの街に滞在するから、挨拶」

 

 そう言ってから、ギルドカードを差し出す。Cランクのものを上にして、その下にSランクのカード。これで察してくれるはずだってあっちのギルドマスターさんが教えてくれた。

 受付さんはカードを手に持ち、目を瞬かせて裏返し、そして絶句した。すぐに慌てたように元に戻してカウンターにカードをまた置く。Sランクのカードが見えないように。

 

「申し訳ありません、リタ様。あちらのサブマスターを呼んでもらえますか?」

「ん……?」

 

 サブマスター……。えっと、多分二番目で偉い人かな。受付さんが示す人は、

 

「よしお前らこいつ押さえてろ。殺すから」

「悪かったよ許してくれよおおお! 本気じゃなかったんだよおおお!」

「サブマスター! どうか! どうか落ち着いてください!」

「うるせえ黙れこんな恥知らずな旦那殺すしかないだろ。お前を殺してあたしは生きる」

「そこはせめて一緒に死んでやってくれませんかね!?」

「え、やだよ。なんでこいつと心中しないといけないんだよ」

「あんたらそれでも夫婦か!?」

 

 えー……。あれに声をかけるの……? 正直、とても嫌なんだけど……。

 嫌だなあと思いながら振り返ると、受付さんは苦笑いしながら言った。

 

「僕たちだと部下なので、止まってくれないんです」

「そう、なんだ……」

 

 このギルド、本当に大丈夫?

 

『すっげえカオスだなあw』

『てか夫婦だったってことに衝撃なんだけど』

『完全に尻に敷かれてて草』

 

 視聴者さんは楽しそうだね……。他人事だからね……。

 仕方なく女の人に近づく。するとすぐに気付いてくれて、にっこりと笑顔を浮かべてくれた。

 

「これはこれは。先ほどはこの者が失礼致しました。わたくし、当ギルドのサブマスターを務めるフェンと申します」

「ん。リタです。Cランク」

 

 フェンさんが一瞬だけ目を見開いて、少々お待ちを、と振り返った。

 

「お前やっぱあとで殺すわ」

「…………」

 

 男の人が蒼白になってるけど、大丈夫かなあれ。正直ちょっと心配になってくるよ。

 サブマスターさんはまた私に振り返って、そして受付の方を見て眉をひそめた。受付さんが手招きしていたみたい。少々お待ちください、と受付の方に向かっていった。

 

「嬢ちゃんごめんなあ……悪気はなかった……わけじゃないけど、ごめんなあ……」

「ん。別にだいじょう……うわあ……」

 

 泣いてる。すごく泣いてる。うわあ。

 

『ガチ泣きやないかいw』

『どれだけ嫁さんが怖いんだよw』

『いや確かにめちゃくちゃ怖かったけどw』

 

 ん。最初からしなければいいのにね。私は気にしないけど、気をつけてほしい。

 その後、近くの冒険者さんが教えてくれたんだけど、サブマスターさんのにんしん? が発覚したんだって。それで嬉しくてお酒を飲んでちょっと暴走しちゃったとか。

 

「だからこういうのは今回が初めてだから……」

「ん。大丈夫。怒ってないから」

 

 むしろ反撃で殺しかけていたのは黙っておく。私は何も知りません。

 

「失礼致します。そろそろよろしいでしょうか」

 

 話し終えたところでサブマスターさんが声をかけてきた。振り返って見ると、なんだろう、こっちも蒼白になってる。微妙に体が震えてる気がする。怯えられてる、と言ってもいいぐらいに。

 

「申し訳ありませんでした。この者の処罰はどうかこちらにお任せいただけないでしょうか」

「ん……? いいよ。挨拶に来ただけだから」

「ありがとうございます」

 

 丁寧に頭を下げるサブマスターさん。ギルドカードのことを聞いたのかな。あまり注目を集めたくないから、やめてほしい。手遅れのような気もするけど。

 

「魔女様のお弟子様だと伺っています。ギルドマスターが話をしたいそうなので、少々お時間いただけますか?」

 

 ん……? 魔女の弟子、というのは話してなかったはずだけど……。不思議に思っていると、視界の隅でフランクさんが手をひらひらと振っていた。フランクさんが話したらしい。このままだと時間がかかりそうだから、とかそんな理由かな。

 魔女の弟子というのを聞いた周囲の人がざわめいているけど、もう気にしない方がいい気がしてきた。とりあえずギルドマスターさんに会いに行こう。

 

 

 

 ギルドはどの街、どの国もほとんど同じ構造らしい。これは遠方から来た冒険者さんが困らないようにするためなんだって。ギルドマスターさんの部屋に向かう途中にフェンさんが教えてくれた。

 とてもいい配慮だと思う。私も次からも迷わなくてすみそうだし。

 

「あの」

「ん?」

「ギルドカードを拝見しました。あなたが隠遁の魔女様なのですね?」

「ん」

 

 Sランクのカードを見たら誰でも分かるよね。話が早くなるから、次からはもっと早くに見せた方がいいかも。

 ちなみにギルドカードは、誰にも見えなくなってからフェンさんから返してもらった。

 

「先ほどは本当に失礼致しました。普段はもっと落ち着いている人なのですが……」

「ん。いいよ。子供ができるんだよね。おめでとう、でいいの?」

「はい……。ありがとうございます」

 

 視聴者さんも教えてくれたから。子供ができたら、すごく嬉しくて舞い上がっちゃうって。私には分からないし、多分この先も理解はできないんだろうけど、でも人の嬉しいに水を差すつもりもない。注意はしておいた方がいいだろうけど。

 

「こちらです」

 

 サブマスターさんに案内されたのは、いつもと同じようなドアだ。本当に構造が同じらしい。分かりやすくて便利ではあるけど。

 サブマスターさんがノックをするとすぐに、どうぞという声が聞こえてきた。

 




壁|w・)平常時なら、実はフランクさんみたいな気のいいおっちゃんでした。
魔女の弟子と聞いた時の旦那さん「あ、俺死んだわこれ」

遊びすぎた自覚はありますが書いていて楽しかったです二回目!
もうしばらく挨拶が続きま……、まだ挨拶すらしてなかった……。

本日から奇数日更新となります。2日に1回の更新ですね。
なお31日と1日は両方ともちゃんと更新します。奇数日だからね。


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エブレムさん

「では私はここで失礼致します」

 

 そう言ってサブマスターさんが帰ってしまう。一緒に来てくれるわけじゃないみたい。少しだけ期待してたけど、仕方ない。

 

「ん。じゃあ、入る」

 

『がんばえー』

『リタちゃんなら大丈夫!』

『見守ってるよ! それしかできないとも言うけど!』

 

 それでも十分。

 ドアを開けて、中に入った。

 ギルドマスターの部屋は、あっちのものと大差ないね。デスクと机、ソファ、そして本棚がいくつか。違うところは、壁にたてかけられてる杖かな。たくさんの宝石がついたちょっと豪華な杖だ。

 その杖の側におじいさんが立っていた。長い白髪にたっぷりの髭のおじいさんだ。

 

『おお、いかにもな魔法使い』

『これはリタちゃんと魔法バトルやな!』

 

 いやしないけど。

 おじいさんは柔和な笑顔を浮かべて言った。

 

「ようこそ、隠遁の魔女殿。わしがここのギルドマスター、エブレムじゃ」

「ん。リタです。隠遁の魔女とも呼ばれる時がある。でも普段はCランクにしてもらってる」

「うむ。セリスの嬢ちゃんから聞いておるよ」

 

 セリスの嬢ちゃん……。あっちのギルドマスターさんの名前だね。すごく親しげな呼び方だけど、知り合いか何かだったりするのかな。

 

「ふむ……。ところで隠遁の魔女殿」

「ん?」

「おぬし、何か他にも隠しておるな? それも言ってしまった方がいいと思うがの」

「…………」

 

 隠してる、というのはもちろんある。私が精霊の森の守護者っていうのは、さすがに知らないはずだから。でも言う必要はないと思う。

 

『てかこのおっさん、なんで知ってんだよ』

『いやそりゃこんな子供がSランクって、何もない方がおかしいのでは?』

『確かにwww』

 

 あー、うん……。そうだね。Sランクってすごいらしいからね。気にしたことがないせいで、忘れそうになるけど……。

 

「言えない」

「なんじゃ、つまらん。刺激あるわくわくなお話を期待したんじゃがの」

「うわあ……」

 

『ただの興味本位の暇つぶしってかw』

『一瞬でも警戒した俺らがバカみたいじゃんw』

『あのシリアスな空気なんだったんだよ!』

『言うほどシリアスだったか……?』

 

 そうでもなかったと思う。世間話みたいな感じだったね。エブレムさんもどうしても知りたかったってわけでもなかったんだと思う。

 

「無理強いなどせぬよ。下手に触ると実は公爵令嬢だった魔女とかいたしのう……」

 

『どこの灼炎の魔女さんかな?』

『多分同じような感じで聞いたんだろうな……』

『そして語られる身の上話と公爵家の立場』

『地雷じゃないですかやだー!』

 

 ミレーユさんは優しいけど、みんな貴族は扱いが面倒とか、そんな評価だよね。他の貴族がどんな人か、ちょっとだけ興味がある。会う機会はあまりなさそうだけど。

 

「して、隠遁の魔女殿。この街での活動はどうするのかの?」

「ん。冒険者としては何もしない。学生になるから」

 

 そう答えると、エブレムさんは不思議そうに首を傾げた。

 

「学生?」

「学生」

「どこの?」

「魔法学園」

 

 ふむ、と頷いて一言。

 

「魔女が今更通うとか意味不明じゃの」

 

『ですよねーw』

『何も知らなかったら当然の評価』

 

 これについては何も言えない。でも私の魔法は師匠と精霊様に教わったものだから、人間が発展させてきた魔法にも得るものがあると思う。だから、実は結構期待してたりするよ。

 

「でも、そういうことだから」

「ふむ。了解じゃ。もし緊急で隠遁の魔女殿に依頼したいことがあれば、連絡させてもらうがいいかの?」

「ん。受けるかは分からないけど、確認はする」

 

 十分じゃよ、とエブレムさんは笑ってくれた。話の分かる人で良かった。

 それじゃ、と手を振って、ギルドマスターさんの部屋を出る。それじゃあ改めて、魔法学園に向かおうかな。

 




壁|w・)きりがいいところを選んだら短くなりました……。すみません。
次は魔法学園に向かいます。


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学園長

 

 ギルドを出て、街の中心部、魔法学園へ。魔法学園は大きな壁に囲まれた場所にある。街を囲む壁よりは低いけど、それでも立派な城壁みたい。

 街と違って、門は北と南に一つずつ。街の兵士さんが二人ずつと、先生が一人ずつで門番をしてるんだとか。先生は持ち回りの当番制らしいけど。

 

『前衛二人に後衛一人かな』

『わりと良い構成』

『今度こそ魔法バトルしようぜ!』

 

 どれだけ戦わせたいのかな。やらないってば。

 兵士さんたちがいる門へと向かうと、一緒にいた男の先生が私に笑顔を向けて挨拶してくれた。

 

「いらっしゃい。エリーゼさんから話は聞いているよ。君がリタさんだね?」

「ん。学園長に会いたい」

「もちろんだとも。魔女様の弟子なら大歓迎だ。案内するね」

 

 先生が兵士さん二人に行ってくると告げると、兵士さんは敬礼を返していた。門を守るためにいるわけじゃなかったのかな。連絡係、とか?

 先生に案内されて門をくぐる。そこにあったのは、とても大きな建物。なんだかお城みたいにも見える。その建物と門を繋ぐ道はとても大きくて、両端には立派な木が植えられていた。しっかり石畳で整備されていて歩きやすい。

 道じゃない場所には建物や広場が無秩序に並んでる。先生曰く、実験室とか魔法の演習場に使われてるらしい。

 

『なんか日本の大学よりもすごい気がする……!』

『機械とかはないけど、規模だけなら下手な大学より上かもしれない……』

『お城すげえ! なんでお城なのか謎だけど!』

 

 それは私も気になる。聞いてみよう。

 お城へと歩きながら、先生に声をかけた。

 

「質問、いい?」

「いいとも。何かな?」

「なんでお城?」

 

 お城を指さして聞くと、先生はああ、と笑いながら教えてくれた。

 このお城、実際に本当にお城だったらしい。ずっと昔、まだここが街じゃなくて一つの国だった頃に使われていたお城らしいよ。今の国の属国になった後、いつからか精霊の森の素材を求めて魔法使いが集まるようになって、そしてまたいつの間にか魔法を教える組織ができあがって、それならと正式に国の方針で魔法学園が作られたんだとか。

 その時に学び舎として使われることになったのが、このお城ってことだね。

 

 もともとの王様がどうなったか、とかは……。まあ、聞かないでおこう。結構昔のことらしいから、そもそもとして知らないかもしれないし。

 お城の中は見た目通り豪華絢爛な内装……ではなかった。

 入ってすぐの広間には大きなカウンターがあって、魔法学園の案内係さんがいる。階段もたくさんあるのが入ってすぐに分かるんだけど、その階段の側には迷子にならないようにと、見取り図が貼り付けられた看板が必ず設置されていた。

 

『外観とのギャップがすげえ……』

『ただの迷いやすい校舎やなこれ』

『広さはあっても利便性がかけらもねえ!』

 

 覚えるまではすごく大変だよね、これ。

 先生の案内に従って階段を上って、そうして連れてこられたのは最上階の部屋。元は王様のお部屋だったらしいけど、今は学園長が使ってるらしい。

 先生が大きなドアをノックすると、すぐにドアが開いた。中から開けてくれたのは、ミリオさんだ。私たちの姿を認めると、お待ちしておりましたと笑顔を浮かべた。

 

「お疲れ様です。ここからは私が引き継ぎます」

「はい。よろしくお願いします」

 

 ミリオさんに連れられて、部屋の中に入った。

 王様の私室だったって聞いたからすごい部屋なのかなと思ったけど、なんだかギルドマスターの部屋と似てる。テーブルや椅子、ソファ、そしていくつかの棚が並ぶだけの部屋だね。

 ただ、一番奥の壁だけちょっと新しく見えるから、意図的に狭くしたのかもしれない。使いやすいように、とか。

 

 一番奥の机に中年ぐらいの男の人がいた。エブレムさんほど年は取ってないけど、ミリオさんほど若くもない。顔にいくつかしわが刻まれてる。

 ただ、眼光はとても鋭い。私を値踏みするみたいに睨み付けてる。ちょっと怖い。

 

『すっごく感じ悪いなこいつ……』

『なんだあ、てめえ……』

『視聴者がキレた!』

『なお意味はない』

『な、ないこともないし! その、あれだ、応援できる!』

 

 つまりないのと一緒ってことだね。知ってた。

 

「学園長。この者が隠遁の魔女の弟子、リタです。ここまでの道中で護衛をお願いしましたが、紹介状にあるように間違いなく魔法使いとしては一人前と言える腕前です」

「ならなんで魔法学園に通いたいんだよ……」

「…………」

 

 ミリオさんが言葉に詰まって私へと振り返ってくる。説明は私だね。

 

「私は師匠からしか魔法を教わってないから、どんな魔法があってどうやって魔法を使ってるか、見てみたい」

「なるほどね。まあ、一応理解はできる。私がここの学園長であり、そして領主でもある、エドリア・アートだ。アート侯爵家の当主でもある」

「ん。隠遁の魔女……、の弟子。リタ。よろしく」

「ああ、よろしく」

 

『リタちゃん弟子って言い忘れかけただろw』

『リタちゃんがんばれ! 超がんばれ!』

『多分ばれるのも時間の問題だろうけど!』

 

 余計なことは言わなくていいよ。私も内心でそう思ってるから。

 エドリアさんは頷いて、けれどやっぱり眼光は鋭いまま。

 

「では、リタ。愚息の命の恩人だ。君の学園への留学を認めよう」

「ありがと」

「だがその前に、聞きたいことがある」

 

 エドリアさんはそう言ってから、少しだけ間を空けて、

 

「君は、隠遁の魔女の弟子と言ったな?」

「ん」

「では賢者コウタが隠遁の魔女と言いたいのかな?」

「…………。え?」

「君は賢者コウタの弟子だろう?」

「…………。ん……? え……、あれ……?」

 

『リタちゃんがめっちゃ混乱してて草』

『いや草生やしてる場合じゃないだろどういうことだこれ』

『あー……。いやこれ、わりと単純なのでは……』

 

 単純、なの? えっと、どうしてこの人は師匠と私の関係を知ってるのかな。だって、師匠以外だと、ミレーユさんとセリスさん、ミトさんぐらいしか知らないはずなのに……。

 あ、そっか。師匠がここにいたのなら……。

 

「あいつは、コウタはよく君のことを自慢していたよ。リタという、自慢の弟子がいると」

「…………」

 

 本当に単純に、師匠が話していた、ただそれだけ。

 




壁|w・)エブレムさんと名前が似てるけど血縁関係ではないです。ちょっとややこしいかなあ……。


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師匠の繋がり

「は? 父上、それはどういう……」

「黙っているといい。すぐに分かる」

「はあ……」

 

 ミリオさんとエドリアさんの短い会話。ミリオさんの方はやっぱり何も知らないみたいだね。改めてエドリアさんを見ると、眼光が鋭いというより、興味深そうに私を見てるだけみたい。

 

「賢者コウタからは、何を聞いてるの?」

「元精霊の森の守護者と」

 

 あ、そう。全部言っちゃってるんだね、師匠。いや、うん、隠さないといけない、なんて精霊様に言われてるわけじゃないからね……。多くの人に伝えてるわけじゃないみたいだけど、一部の人には伝えてるのかも。

 師匠の性格を考えると、多分信頼した人だけだと思う。信頼した人で最小限に、かも。エドリアさんがその対象なら、隠す必要もないかな。

 

「ん。改めて……。賢者コウタの弟子。精霊の森の守護者。隠遁の魔女。リタ。よろしく」

「なあ!?」

 

 ミリオさんがすごく驚いてるけど、気にしない。今はエドリアさんとの話の方が大事だから。

 私の名乗りを聞いたエドリアさんは、さっきまでの表情が嘘みたいに、満面の笑みになった。

 

「そうか! そうかそうか! やはり君があいつの弟子か! ミリオが出会った場所と名前を聞いて、もしかしたらと思っていたんだ! 歓迎しよう!」

 

 わあ、すっごく明るい。びっくり。

 

「私じゃなかったら、どうしたの?」

「もちろん消すが」

 

『ヒェッ』

『あかん完全に貴族だわこの人』

『ある程度確証持ってたんだろうけど、こえーよw』

 

 思い切りがいい人、と言えばいいのかな。そういうことにしておこう。

 

「師匠とどういう関係だったの?」

「あいつがどう思っているか分からないが、私は友人だと思っていたよ。親友だと思っている。毎週のように酒を飲みに行った」

 

 懐かしそうに目を細めるエドリアさんを見ると、友人だっていうのは間違いないんだと思う。

 そっか、この人は師匠を知ってるんだね。私が知らない間の師匠のことを。どうしよう、すごく話を聞きたい。師匠がどんな生活をしていたのか、とか。あと……。

 

「あの……。師匠は、私のことをなんて言ってたの……?」

 

 気付いたら、そんな言葉が口から出ていて。それを聞いたエドリアさんは、何とも言えない表情になった。

 

『あれ、なんか微妙なお顔』

『もしかして悪いことを言われてたり……?』

『あいつが? リタちゃんを? ないない。ない、はず』

 

 ん……。もしそうだったら、ちょっと、やだな……。

 

「君のことか……。それはもう……自慢の嵐だった……」

 

 エドリアさんは、ふっと遠い目をした。

 

「故郷に残してきた弟子がどれほど優秀か、どれだけかわいいか、どれほどの才能かをそれはもうあらゆる言葉を尽くして自慢してきたよ……。しつこいほどにね……」

「ん……。その……。ごめんなさい」

 

『あいつらしいっちゃあいつらしいけどw』

『聞かされる側はたまったもんじゃないだろうなw』

『俺ら関係ないけど謝りたくなる謎の罪悪感』

 

 何をやってるのかな師匠は。そう思って思わず謝ったけど、エドリアさんはいや、と笑って、

 

「安心するといい。君は間違いなく、あいつに愛されていたよ」

 

 そう、言ってくれた。

 

「ん……。ありがと。嬉しい」

 

 今更師匠を疑うようなことはしないけど。でも、それでも、やっぱり嬉しい。

 

「教えてくれてありがとう。できれば、他にもいろいろ聞きたい」

「もちろんだとも。また改めて時間を取ろう」

 

 さて、とエドリアさんが咳払いをした。ここからは話を戻して真面目に、だね。

 

「君の留学の件だが、もちろん歓迎させてもらうよ。守護者殿が得られるものは少ないだろうが……。そうだ、臨時教師なんてどうだろうか。その方が動きやすいと……」

「やだ」

「そ、そうか? それなら、うん。いいんだが……」

 

 そんなに残念そうにされても、嫌なものは嫌だよ。ちいちゃんに教えるのでも大変で、ミトさんぐらいになると本を貸してあげることしかできないから。大人数に教えるなんて、できるとは思えない。

 それに。

 

「学校、興味があるから」

「うん?」

「私も学校に通ってみたい。それだけ」

 

 ついで、だけどね。師匠のことを調べるついでに、学校も体験できたらいいなって思ってる。学校から帰ってくる真美はいつも楽しそうだから、ちょっと気になってる。

 どんなことをするのかな。今から楽しみ。

 

『そっか、学校か』

『リタちゃんずっと森で暮らしてるもんなあ……』

『ごめんねリタちゃん気付かなくて……』

 

 今のは真美かな。ちょっといいな、なんて思ってただけだから、気にしないでほしい。

 私の意思が変わらないことを察したのか、エドリアさんは苦笑と共に頷いた。

 

「分かった。寮についてはエリーゼさんに聞いてほしい。一階で待っているはずだ。彼女に任せてある」

「用意がいいね?」

「教師の方は断られると思っていた」

 

 引き受けてくれたら儲けもの、みたいな考えだったのかも。

 

「明日の朝、教師を案内に向かわせる。授業についてはその者に聞いてほしい」

「ん。分かった。いろいろありがとう」

「いや。ミリオを助けてもらった礼だと思えば安いものだ」

 

 そういうものなのかな。ともかく、これでアート侯爵家との貸し借りはなしだね。もったいない使い方だと言われるかもしれないけど、こうして簡単に話し合いが終わったと思えば、私にとっては十分価値があった。

 

「ん。それじゃ、行くね」

「ああ。時間を作れたらこちらからまた連絡するよ」

「わかった」

 

 二人に手を振って、私は学園長室を後にした。

 




壁|w・)学園長はお師匠の親友で飲み友達であり、そして弟子の自慢相手。
そんなうっとうしい自慢も聞けなくなって、ちょっと寂しい学園長さん。

今回が今年最後の更新です。大晦日だしね!
年末年始は感想の返信ができないかもしれません。更新までになかったらそういうことです。
次回更新は明日です。ではでは皆様、良いお年を!


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学生寮の部屋

 

 案内してもらった時と逆順に階段を下りていく。一階に戻ると、エドリアさんが言っていた通りにエリーゼさんがいた。私を見つけて、嬉しそうに手を振ってくれる。

 

「リタさん! お待ちしてました! あなたへ寮の案内をするように、学園長から頼まれています!」

「ん。よろしく」

「はい!」

 

 エリーゼさんなら、安心して任せられる。ここまでの道中でその程度には信頼してるよ。ミレーユさんの妹さんだしね。

 

『よくよく考えなくても、公爵家の令嬢を案内人にするってすげえな……』

『仮にも公爵家の令嬢に指示できるってエドリアってやつもすごいんだな』

『むしろエリーゼちゃんが自分で立候補してそうw』

『確かにw』

 

 それはあるかもしれない。なんだかすごく懐かれてるし。

 寮へ行く間、エリーゼさんはいろいろと教えてくれた。

 寮は男子寮と女子寮の二つがあって、お城の西側にある大きい建物が女子寮らしい。造りは男子寮と同じらしくて、三階建てだ。一階に食堂などの施設の他、平民出身の学生の部屋があるらしい。二階には平民の他、下級貴族出身の部屋、三階は上級貴族出身のみ。

 私の扱いは平民出身みたいだけど、留学生ということで二階の下級貴族向けの部屋を使わせてもらえることになった。

 

「本来なら三階の部屋を使ってもらえれば一番なのですけれど、リタさんはそれを嫌いそうでしたから」

 

 すごい。よく分かってる。広い部屋を使わせてもらっても、正直困るだけだった。

 

『なんとなくリタちゃんの気質を把握してるんだろうなあ』

『観察眼は貴族にとって重要だから素晴らしい才能だ』

『そうなん?』

『いや知らんけど』

『知らんのかいw』

 

 部屋に連れて行ってもらう間、たくさんの生徒を見かけることができた。どこにもたくさんの生徒がいるけど、ほとんどの人が魔法について話してる。ギルドとはまた違う意味ですごい場所だ。

 

 そうしてエリーゼさんに案内された部屋は、特に何の変哲もない部屋だった。テーブルといすが一つずつにベッドがあって、そしていくつかの棚があるだけの部屋。広さは、真美のお家のリビングぐらい、かな?

 出入り口の他にもドアがあって、そこは水浴びとかができるらしい。最低限の生活ができる部屋みたいだね。

 

「私は三階の部屋になります。寂しくなったらいつでも来てくださいね! 歓迎しますから!」

「ん……。ないとは思うけど、その時はよろしく」

「はい!」

 

 ないと思うってちゃんと聞いてくれたかな。嬉しそうに出て行ったエリーゼさんを見てると少し不安になるよ。

 さて、と。

 

「部屋で見たいところとか、ある?」

 

『特にないかな』

『水浴びができる部屋が気になる』

『お風呂みたいなもんかな。シャワーとかあったり?』

『さすがにシャワーはなさそう』

 

 水浴びの部屋か……。防水とか、そんなことをしてる部屋だと思うけど、どうなのかな。私は逆にあまり興味がないから。

 

「水浴びとか、最後にしたのっていつだっけ」

 

『え』

『え』

『ちょっと待ってリタちゃんそれマジで?』

 

「ん。だって、魔法で終わるから」

 

 体の汚れも服の汚れも、魔法で簡単に取り除くことができる。水浴びするより綺麗になるし、手軽だよ。すぐに終わるから。

 

「そういえば師匠はお風呂が欲しいってよく言ってた気がする」

 

『それはそう』

『日本人ならお風呂は必須』

『マジで気持ちいいから。リタちゃんにも体験してほしい』

『お前リタちゃんの裸を見たいだけでは……?』

『そそそそんなことねーですよ!?』

『これはダメみたいですね』

 

 この人の考えはともかく、視聴者さんにもお風呂が好きな人は多いみたいだね。でも、温かいお湯に入るだけ、だよね。そんなにいいものなの?

 

『リタちゃん』

 

 なんとなく。そのコメントには不思議な圧力があった。

 

「ま、真美……? えっと……。なに?」

 

『お風呂、入ろう』

 

「いや、私は別に……」

 

『入ろう』

 

「はい分かりました」

 

 怖い。なんだかすごく怖い。これ絶対に逆らったらだめなやつだ。怒ってる、のかは分からないけど、従っておこう。

 

『もしかして真美ちゃん、リタちゃんより強いのではw』

『もしやリタちゃんの天敵になってるのでは?』

『餌付けされてるからなあw』

 

 それは関係ないと主張します。いや、本当に、ないはず。うん。

 そんなわけで、かは分からないけど。日本に行ってお風呂に入ろうかな……。美味しいもの、

食べたいけどね……。

 




壁|w・)明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

今回はちょっと短めでしたが、次回はその分長めになるかなと思います。お風呂回。


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お風呂

 

 夕方。真美の家のリビングに転移すると、すでに真美が待ち構えていた。なんだかすごく機嫌が良さそうだ。怒ってないみたいでよかった。

 

「待ってたよリタちゃん!」

「ん……。それで、どうするの?」

「うん。リタちゃん、パジャマとか持ってる?」

 

 パジャマ……。えっと、寝る時に着る服、だっけ。どこかでそんな言葉を見た気がする。

 

「ないよ」

「え」

 

『ない、だと……?』

『待ってリタちゃん今まで気にしてなかったけど服どうしてんの!?』

 

「ん……?」

 

 ローブの下にも服は着てるけど、それぐらい。別に着替えとかはない、かな? 寝る時はもちろんローブは脱いでるけど。

 そう説明すると、真美の笑顔が引きつっていた。

 

「いや、えっと……。その、不衛生というか……。汚れるから着替えたりとか……」

「ん? 魔法で綺麗になってるよ。寝る前と起きた時にちゃんと魔法を使ってる」

「あ、だめだこれ。一般的な正論が魔法で全部封殺されるやつだ」

 

『そこで諦めるなよ真美ちゃん!』

『リタちゃんを助けられるのはお前だけだ真美!』

『がんばれ超がんばれ!』

 

「うん! 私、がんばるよ!」

 

 なにこれ。いや本当に、なにこれ。

 こほん、と咳払いして、真美が続ける。

 

「リタちゃん! お風呂のあとはパジャマを着るものなの!」

「う、うん。そうなんだ」

「そうなの! リタちゃんの背だと私が昔使ってた着ぐるみパジャマになるけど、大丈夫?」

「ん。よく分からないけど、大丈夫」

 

 お風呂そのものがよく分からないから、真美にお任せするよ。

 

「それでね、質問だけど! リタちゃん、犬と猫、どっちがいい?」

 

『犬の着ぐるみか猫の着ぐるみかってことかな』

『リタちゃんならどっちも似合いそう』

『これは楽しみ』

 

 んー……。どっちでもいいけど、どっちかで言えば、私は犬の方が好きかな。

 

「犬で」

「そっかリタちゃんは犬派なんだね! でも残念、キツネさんの着ぐるみしかないよ!」

「なんで聞いたの?」

 

『草草の草』

『なんか真美ちゃんのテンションが無駄に高いぞw』

『せめて選択肢に入れろよw』

 

 今日の真美はなんだかちょっと怖い。不思議な圧力があるよ。ちょっと、困る。

 今日は一度帰った方がいいかも、と考えてる間に、真美に左手を掴まれた。真美は満面の笑みだ。

 

「それじゃ、行こっか」

「…………」

 

 こわい。

 

『いったい何が真美ちゃんを突き動かしてるんだ……』

『それはともかくお風呂だぞ』

『よし全裸待機だな!』

 

「あ、リタちゃん、光球はちょっと離れた場所でお願いできる? 間違っても中に入れないように」

「ん」

 

『なんでえええ!?』

『そんな殺生な!』

『ここまで期待させておいてそれはひどいと思います!』

『断固として抗議する!』

 

 そんな視聴者さんの抗議の声を、真美は完全に無視していた。

 

 

 

 お風呂場、というのは意外と狭い場所だった。大きな箱みたいなものに湯気の立つお湯がいっぱい入ってる。あと、なんだかよく分からない変なもの。先端に穴がたくさんある。

 

「真美。これ何?」

「シャワー。はい、リタちゃんここに座って」

「ん」

 

 言われた通りに小さな椅子に座る。真美が蛇口、かな。何か違うかも。それを回すと、シャワーの穴からたくさんのお湯が出てきた。

 これ、すごいね。こんな感じでお湯が出るんだ。おもしろい。

 

「ところでリタちゃん」

「ん?」

「防御の魔法というか、そういうの、かけてる? 水、弾かれてる気がするんだけど」

「ん」

「解除してもらうのは、だめかな?」

「んー……」

 

 それは、ちょっと不安というのが本音だ。昔から師匠がかけてくれていたし、自分で使えるようになってからは自分で常にかけてるものだったから。

 

「リタちゃん。だめ、かな……?」

「ん……。わかった。だから、そんな顔しないで」

 

 別に真美を信じてないわけじゃない。だから、そんな悲しそうな顔をしないでほしい。

 魔法を解除すると、お湯が直接肌にかかったのが分かった。熱くはないけど、不思議な感じだね。んー……。不思議。とか思っていたら、頭からお湯をかけられた。

 

「わぷ」

「目、閉じててね」

 

 しゃかしゃかと、真美が頭を洗ってくれてる、というのはなんとなく分かる。

 

「かゆいところとか、ない?」

「ん。気持ちいい」

「あはは。それならよかった」

 

 シャンプーとかリンスとか、そういったなんだかよく分からないものも使って洗われてる。泡がいっぱいでちょっとおもしろい。

 最後にお湯で洗い流して、終了、かな?

 

「はい、お疲れ様でした」

「ん……。悪くなかった」

「よかったよかった。じゃ、次は体の方ね」

「え」

 

 ちなみに、さすがに洗い方を教わって自分で洗うってやり方だったよ。ちょっとびっくりした。

 洗い終わったら、お風呂。お湯の中に入るって不思議な気分だね。つま先をちょっとお湯に入れると、少し熱く感じた。

 

「んー……。ちょっと熱いかも」

「シャワーが大丈夫だったなら平気だよ。ゆっくりでいいから」

「ん……」

 

 つま先からゆっくりと入っていって、足を入れて、体を入れて、肩の上まで。

 ちょっと怖かったけど、うん……。悪くない。なんだかすごく、気持ちいい。

 

「ふへ……」

「リタちゃん、どう? 気持ちいい?」

「ん……」

 

 これは、すごくいいね。師匠が入りたがっていたのもよく分かる。なんだかとっても、いい気持ち。

 真美もお風呂に入って、二人で一息。んー……。悪くない。とてもいい。なんだか幸せ。

 

「ちなみに、公衆浴場とか温泉とか、そういうのもあるよ」

「なにそれ」

「どっちも基本的にはたくさんの人と入るお風呂かな。その代わりにすっごく広いお風呂。あと、いろいろ種類もあったりするかな。体をほぐしてくれるジェット噴射みたいなのがあるお風呂とか、お月様とか見ながら入れる露天風呂とか、サウナとか」

 

「んー……。気になる……」

「うん。今度、一緒に行こうね」

「んー……。真美と一緒なら、いいよ……」

「うん! ……って、リタちゃん寝たらだめ! 気持ちは分かるけど! リタちゃん!」

 

 はあ……いいきもち……。

 




壁|w・)念のために言っておきますが、百合じゃねーです。多分。
私のお風呂描写はこれが限界だったよ……。


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ピザ

 

「焦った。本当に本気で焦った……!」

「ん。なんか、ごめん」

「私が一緒の時はいいけど、一人の時は絶対に寝たらだめだからね。寝ちゃって、お湯で溺れて死んじゃうっていう事故だってあるから」

「き、気をつける……」

 

 お風呂の後。体を拭いて、私たちはリビングに戻った。私の服は着ぐるみパジャマ、というもの。ちょっと暑いけど、これはこれでいいかもしれない。

 動物の顔が描かれたフードはさすがに外してるけど。今は真美が髪を乾かしてくれてる。ドライヤーっていうので。これも便利そうだね。ある程度は魔法で真似できそう。

 

『声だけだったけど、俺らも満足』

『てえてえ』

『なんだかんだと真美ちゃんに懐いてるよなあ』

 

「ん。こっちだと一番信用してる」

「あはは……」

 

『真美ちゃん顔真っ赤やぞ』

 

「お風呂上がりで火照ってるだけだから!」

 

 髪も乾かしてもらって、終わり。もちろん真美の髪も乾かしてあげた。魔法を使えばすぐだけど、これはこれでちょっと楽しかったかな。

 

「ところで真美、ちいちゃんは?」

「ちいなら、お母さんとお出かけ。お母さんが休みだったからね。ご飯は外で食べてくるって」

「ふうん……」

 

 そっか。じゃあ、今日はちいちゃんはいないのか。まあ、うん。仕方ないかな。

 

「というわけで、リタちゃん」

「うん?」

「今日は出前を頼むけど、食べたいものってある?」

「出前……」

 

 出前って、確か……。注文すると、お店からお家まで届けてくれるサービスだっけ。そう真美に聞いてみたら、合ってるよと頷いてくれた。

 んー……。食べたいもの。日本のご飯は何でも美味しいから、希望を聞かれると困る……。

 

「じゃあ、出前でないとあまり食べないもので」

「ええ……。えっと、それじゃあ……。ピザ、かな?」

 

『なるほど、確かにピザはあまり店で買おうとは思わんな』

『ファミレスでもあるにはあるけど、出前のものと比べるとやっぱりちょっとね』

『ピザはピザで種類多いけどw』

 

 真美がスマホをささっと操作して、私に画面を見せてきた。どこかのピザのお店のページらしい。たくさんのピザの写真が載ってる。ここから選ぶみたいだけど……。どれがどれなのか、よく分からない。

 

「選べない……」

「だよね……。リタちゃん。チーズは好き?」

「ん」

 

 とろとろに溶けたチーズはすごく好き。食感も味もお気に入りだ。

 

「それじゃあ、チーズがたくさん入ってるものにするね。半分ずつ味が違うやつで、これと、これで……。はい、注文終わり」

「ん……? 電話? とかは?」

「いらないよ。ネット注文できるから。一時間ほどで届くって」

「おー……」

 

 日本は本当に便利だね。お家にいたまま、スマホで何かをするだけで、お店の料理がお家で食べられる。本当にすごい。

 

「んー……。私のお家にも届けてくれたらいいのに……」

 

『無茶言うなwww』

『さすがに星を飛び越えて配達はできないってw』

『配達待ち時間三百万年とかになりそうw』

 

 光の速度で移動なんてできないだろうから、実際はもっとかかるかな。ともかく、私には使えないってことだよね。ちょっと残念。

 

「リタちゃん、スマホ貸してもらっていい?」

「ん? いいよ」

 

 はい、と渡すと真美がスマホを操作し始める。すごいね、指の動きがちょっと見えないよ。

 しばらく操作していたかと思うと、真美が眉をひそめた。不思議そうにしながら、また操作を再開する。三分ほどでスマホを返してもらった。

 

「ん。何か増えてる?」

 

 最初の画面にあいこん? が増えてるね。何のアイコンかな。

 

「それが私が使ってる出前のアプリ。ここの住所を登録しておいたから、私たちがいなかったら頼んでもいいよ」

「いいの?」

「もちろん。支払い方法はスマホに入ってる電子マネーにしておいたけど……」

 

 真美が光球を一瞥してから体を寄せてきた。小さな声で聞いてくる。

 

「そのスマホの電子マネー、すごい額が入ってたけど……。何かしたの?」

「ん。橋本さんからもらった。依頼の報酬だって」

「依頼って……。あ、あれか……」

「ん」

 

 結界の魔法の付与だね。橋本さんの希望でちょっと改良したやつを付与するようにしてる。一度発動すると、一日は結界が張られるようにした。短い間隔で襲われたら大変だから、らしい。

 今のところまだ使ってないけど、電子マネーさえ使えたらお金の心配はなさそうなぐらいはあるらしい。だからお買い物もできる、はず。

 そう説明すると、真美は納得したように頷いてくれた。

 

 

 

 真美とのんびりお話をしていたら、ピザが配達されてきた。受け取りに行ったのは真美だ。ドアを開けて、受け取るだけ。すごく簡単だ。

 リビングのテーブルにピザの箱を置いて、真美が開封した。

 

「おー……」

 

 丸いパンみたいな料理。たっぷりとチーズがかかっていて、お肉や野菜とかの具材が散らばってる。香りもすごく良い。

 

「真美。真美。これはどうやって食べるの?」

「素手で大丈夫。こんなふうに」

 

 真美が素手でピザの端を持って引っ張ると、あらかじめ切られてるみたいで綺麗な形で切り分けられた。チーズがすごく伸びていってる。チーズが切れたところで、先端をぱくりと食べた。

 

「うん! 美味しい! ほら、リタちゃんも!」

「ん……」

 

 ピザの端を持って、引っ張る。おお、簡単にちぎれた。チーズが伸びるのを見るだけで期待できる。口に入れて、食べる。

 ん。すごく美味しい。チーズがたっぷりでその味が濃いけど、お肉とトマト、かな? その味もしっかりと感じられる。チーズもとろとろに溶けていて、食感も楽しい。

 

『あかん無理耐えられんちょっとピザ頼んでくる』

『俺も』

『冷凍のピザにチーズかけまくってチンしてくる』

『ピザの注文かなり増えてるんじゃないかこれw』

 

 そうなっていたら、ちょっとだけごめんなさい。

 ピザってすごく美味しい。また食べたい。だから全部食べたくなるけど、ちょっとだけ、我慢。

 真美が注文してくれたピザは実は二枚ある。そのうちの一枚を半分こしたんだけど、残りの一枚の半分は精霊様へのお土産、もう半分はミトさんの晩ご飯だ。

 

 今も勉強を頑張ってるだろうから、しっかり食べてもらわないと。ちょっと、私も食べたくなるけど。もう、食べちゃったからね。

 ちなみにすでにアイテムボックスの中に入れてある。ちゃんとあったかいピザを食べてほしい。

 

「ん。それじゃ、私はそろそろ帰る」

「ああ、うん。そうだね」

 

 いいお土産もできたし、精霊様もきっと喜んでくれるはず。

 

「それじゃあ、ありがとう、真美」

「うん。気をつけてね、リタちゃん」

 

 笑顔で手を振ってくれる真美に手を振り返して、精霊の森へと転移した。

 




壁|w・)お風呂上がりの牛乳はキャンセルされました。書こうと思いましたが、銭湯回にとっておきます。いつ書くかは一切予定ありませんが!

ファミレスのピザももちろん美味しいですよ! 念のため!


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キツネの着ぐるみ

 

 自分のお家に転移して、ミトさんの様子を見る。まだ本を読んで……、いや、読み終わってるみたい。よく見ると最初に読んでいた本だ。

 

「ミトさん」

 

 呼んでみると、今までと違ってミトさんはすぐに反応してくれた。

 

「あ、お帰りなさい! 晩ご飯は……、何ですかその服……?」

「あ」

 

 しまった、真美に返すのを忘れてた。着ぐるみパジャマのままだ。えっと……。次の時に返したらいいかな……?

 

『あ、そのまま使ってね。できればフードも被ってほしいけど!』

『てか気付いてなかったんかいw』

『吹っ切れたのかと思ってたw』

 

 さすがにそれはないよ。ちゃんと着替えて戻るつもりだったんだけど……。見られたのなら、もういいかな。

 フードを被ってみる。キツネの耳がチャームポイント、らしい。よく分からないけど。

 

「もらった。どう?」

「抱きしめていいですか?」

「何言ってるの?」

 

『ミトさんwww』

『いやでも実際かわいい。すごくかわいい』

『スクショしまくった』

 

 えっと……。うん。喜んでくれたなら、いいよ。うん。

 

『リタちゃんちょっと顔赤い?』

『てれてれリタちゃん』

『てれリタ』

 

 やめてほしい。恥ずかしいから。

 

「晩ご飯は持ってきてるから……。服にはもう触れないで」

「あ、はい……。その、ごめんなさい」

「んーん。気にしないで」

 

 テーブルの上にアイテムボックスから取り出したピザの箱を置く。ついでに紙皿も取り出して、半分をそこに置いた。残りは精霊様へのお土産だからアイテムボックスに戻しておく。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。リタさんは……」

「食べてきたから気にしないで」

「分かりました。えっと、これはどうやって……」

「素手で食べるもの」

「素手ですか……!」

 

 なんだろう。ちょっと楽しい。反応が面白い。もしかしてみんなが私を見てる時ってこんな感じなのかな。

 ミトさんは戸惑いながらも、ピザの端を持って引っ張った。食べやすい大きさに切れたことに驚きながら、先端から口に入れて……。

 

「美味しい……!」

 

 目をまん丸にしてそう言った。

 

「すごく美味しいです!」

「ん。いっぱい食べてね」

「はい!」

 

 喜んでもらえて良かった。ピザ、美味しいからね。

 ミトさんはあっという間に食べ終わってしまった。とっても満足そうで、見ている私もなんだか嬉しい。

 

『こっちもピザ届いた』

『ピザうまー!』

『たまに食べるからこそいいよね、こういうの』

 

 そういうものなのかな。私にはちょっと分からない。

 

「ミトさん、本は全部読み終えたの?」

 

 そう聞いてみると、ミトさんはすぐに姿勢を正して頷いた。

 

「はい、読み終わりました。大丈夫です」

「ん。それじゃあ、明日からは実際に術式を組み立ててみて。本を読み直しながらでもいいから、妥協せずに作ること。夜に確認するからね」

「分かりました!」

 

 すごくいい返事。期待できるかも。

 

「それじゃあ、ゆっくり休んでね。私は精霊様に会ってくるから」

「はい、おやすみなさい」

 

 ミトさんに手を振って、今度は世界樹の前へと転移した。

 世界樹の前では、すでに精霊様が待ってくれていた。いつも通りの、優しい笑顔。

 

「おかえりなさい、リタ。楽しか……、ちょっと抱きしめます」

「精霊様?」

 

『草』

『いいなあいいなあ羨ましいなあ!』

 

 なんなんだろうね。普段とは違う服だからかな。もう……。いいけど。好きにしてほしい。

 精霊様から後ろから抱きしめられて、頭をなでなでされてる。フードごしだけど、気持ちいい。ちょっとだけ恥ずかしいけど、ね。

 

「それで、楽しかったですか?」

「ん。楽しかった。お風呂も気持ちよかったよ」

「ああ、お風呂ですか。コウタも恋しがっていました」

 

 やっぱり師匠もお風呂が好きだったみたい。日本の人はみんな好きなのかな。

 アイテムボックスからピザの箱を取り出して、精霊様の前に置く。ありがとうございます、と頷いて、精霊様は一切れ食べ始めた。

 

「なるほど。これも美味しいですね……」

「ん……」

「ふふ。リタも食べていいですよ。私はこの一切れで満足ですから」

「いいの?」

「ええ、もちろん」

 

 精霊様がいいなら、遠慮なく。一切れ手に取って、食べる。とろとろチーズがとっても美味しい。もぐもぐと食べ進めていると、精霊様が笑ったのが分かった。

 何かあったのかなと振り返ったけど、精霊様は何も言わない。ただ、どことなく機嫌が良さそうだ。

 

「精霊様、何かあった?」

「いえいえ。何もありません」

「そう……?」

 

 精霊様がそう言うなら、そう、なのかな?

 ちょっと不思議に思いながらも、私は精霊様と一緒にのんびりとお話をして過ごした。でもそろそろ撫でるのをやめてほしいなあ……、視聴者さんに見られてるからちょっと恥ずかしいよ。

 




壁|w・)キツネリタを見た反応、でした。

次から第十二話、のイメージです。


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留学生のリタ

 

 朝。学園の自室に転移して、バナナを食べながらのんびりと待つ。誰かが迎えに来てくれるって話だったよね。先生の誰かとは思うんだけど、誰かな。

 配信を開始しつつのんびりと待っていると、日がすっかり昇ってからドアがノックされた。

 

「はい」

 

 ドアを開けると、そこにいたのは中年ぐらいのおじさんだ。どうしてか少し緊張してるみたい。んー……。学園長から何か聞いてるのかな。

 おじさんは私を少しの間見て、どうしてか安心したようなため息をついた。

 

「初めまして、リタさん。僕はタレス。君のクラスの担任になる」

「担任?」

 

『そのクラスをまとめる先生と思えばいいよ』

『何かあったらその先生に相談すればいいと思う』

 

 ふうん……。とりあえずこの先生を覚えておけばいいってことだね。なら、大丈夫。

 

「リタです。よろしく」

 

 手を差し出すと、タレスさんは少しだけ驚いた後、嬉しそうに手を握ってくれた。

 

「魔女の弟子って聞いていたからどんな子かなと思ったけど……。安心したよ」

「どう予想されていたのかとても気になる」

「あ、あはは……」

 

 ごまかすように笑いながら歩き始めるタレスさん。このまま教室に案内してくれるらしい。

 

『多分、高慢で生意気な子供を予想していたのでは?』

『気を配るように間違いなく言われてるだろうし』

 

 そうなのかな。私は勝手に見て回るから気にしないでほしいんだけど。

 女子寮を出て、お城に向かう。階段を一つだけ上って、二階の廊下を歩く。さすがお城と言えばいいのかな、床は石造りですごく綺麗だね。

 

『校舎とは思えないほどに豪華やなあ』

『再利用してるだけとは言え、贅沢すぎるわこれ』

『だがしかし教室にエアコンはない!』

『やっぱクソだわここ』

 

 エアコンって、部屋の温度を変えてくれる機械だっけ。それ一つあるかないかでここまで言われるなんて、そんなに便利なんだね。ちょっと気になる。

 

「リタさん」

「ん?」

「これから案内するのが僕のクラスで、リタさんが一応は在籍するクラスになるけど……。これは、強制じゃない。他に受けてみたい授業があれば、リタさんは自由に見学することが許されてる」

「おー……」

 

 それはとても嬉しい。でもそこまで特別扱いしていいのかな。他の生徒が怒ったりしないのかな。

 聞いてみると、タレスさんは笑いながら教えてくれた。

 

「確かに特別待遇ではあるけど、魔女の弟子というのは伝えさせてもらうつもりだよ。その肩書きさえあれば、この学園で疑問に思う人は生徒含めていないはずさ」

 

 さすがは魔法学園、なのかな。私が思ってる以上に魔女の名前は重たいものみたい。あまり軽々しく使わないようにしないといけないね。

 案内された教室には大きなドアがあった。タレスさんが言うには、ドアの向こうは生徒が座る席が並んでいて、一番奥に魔法板があるらしい。

 

『魔法板ってなんぞや』

『多分黒板みたいなものじゃない? チョークの代わりに魔法で文字を書いたりとか』

『なにそれ楽しそう!』

 

 楽しいかどうかは分からないけど、その認識で間違いないよ。というより。

 

「私がみんなのコメントを流してる黒板も、魔法板だけど」

 

『まって』

『それ初耳なんだが』

『今明かされる衝撃の事実!』

 

 言っても分からないだろうから言ってなかっただけだよ。今まで誰も疑問に思ってなかったのがいい証拠だと思う。多分師匠も同じ考えだったんじゃないかな。

 

「それじゃあ、一緒についてきてほしい」

「ん」

 

 タレスさんがドアを開けて入っていく。私もすぐにそれに続く。

 教室の中は、長いテーブルがいくつも並ぶ部屋だった。三人ほど並んで使える程度のテーブルが、横三列、縦五列で並んでる。実際には二人ずつ使ってるみたいだけど。

 教室の奥に広い台が置いてあって、その台の上にもテーブルと、そして真っ黒な魔法板が浮かんでる。あそこが先生用ってことだね。

 タレスさんに手招きされたので、一緒にその台の上へ。みんなの視線が、タレスさんじゃなくて私に向いてる。どれもが興味深そうな視線だ。

 

『転校生に興味津々な生徒って感じ』

『とても分かる』

『リタちゃんの噂とか流れてたりすんのかな』

 

 あるかもしれない。だって、視線の中に知ってるものがあったから。

 最前列に座るエリーゼさんが、目をきらきらさせて私を見ていた。ちょっと怖いかも。

 

「みんな、おはよう」

 

 タレスさんがそう言うと、さすがに視線はタレスさんの方へと向いて……、いや半分以上は私に向けられたままだね。

 

「今日は留学生の紹介だよ。この子はリタ。期間は詳しく決まってないけど、しばらくの間、君たちと一緒に学ぶことになる。ただ、この子はどの授業に出てもいいと学園長から許可されているから、いないこともある」

 

 エリーゼさん以外の生徒たちが不思議そうに首を傾げた。改めて聞いても特別待遇だからね。人によっては不快かもしれない。

 

「何故、と思うかもしれないけど……。この子は、隠遁の魔女の弟子なんだ」

 

 そうタレスさんが言うと、みんなが目を丸くした後に小さな声でささやき始めた。さすがに黙って聞き流すのは難しかったらしい。

 でも、反応は千差万別だね。

 

「隠遁の魔女って聞いたことある?」

「ないよ。先生が言うぐらいだから自称じゃないだろうけど」

 

 そんな、そもそもとして知らない人がいるのはもちろんだし、

 

「隠遁の魔女って、つい最近に魔女の称号と二つ名が与えられた最新の魔女だよね!」

「スタンピードをたった一人で解決したなんて聞いた!」

 

 私のことを知ってる人もやっぱりいるみたい。スタンピードの方で知った人が多いみたいだね。あれはさすがに少しやりすぎた気がする。

 タレスさんが苦笑いしつつ手を叩くと、すぐに静かになった。

 

「質問がある人は、リタさんの迷惑にならない程度に本人に聞いてください。席は……」

「ここ! ここが空いてます!」

 

 叫んだのは、エリーゼさんだ。確かにエリーゼさんの隣は空いてるけど、そのもう一つ隣は普通に生徒がいるよ? どの机もみんな空けてる部分だよ?

 

「えっと……。いいのかな?」

 

 さすがにタレスさんも困惑しながらそう聞くと、もう一人の生徒も笑いながら頷いてくれた。

 

「それじゃあ、リタさん。今日はあの席で」

「ん」

 

 正直なところ、エリーゼさんの隣はあまり気が進まないんだけどね。悪い子じゃないけど、質問がすごく来ちゃうから。楽しくないわけじゃないんだけど、たまに疲れる。教えるより研究する方が楽しいから。

 でも、知らない人の間に座るのもちょっと怖いし……。それなら、エリーゼさんの隣の方がいい。

 

「よろしくね」

 

 そう言って隣に座ると、エリーゼさんは花が咲いたような笑顔で頷いた。

 




壁|w・)さらっと配信魔法の補足説明。
学園生活、ようやくスタートです。なお、あまり長くはやらない予定……かもしれない。


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お昼ご飯と特例の説明

 

 その後はそのまま授業を受けたけど、新しい知識は特になかった。私も知ってる術式の仕組みとか、そういったことばかり。

 でも、教え方、という意味では学べたかもしれない。人に教えるのってやっぱり大変だ。

 授業の後、短い休憩時間があるんだけど、たくさんの人に囲まれてしまった。

 

「どこから来たの!」

「隠遁の魔女様ってどんな人!?」

「好きな魔法とか!」

 

 できるだけ、当たり障りのない内容だったけどちゃんと答えたつもり。大丈夫かな? それにしても、さすがにちょっと疲れたかも。あんなにたくさんの知らない人に話しかけられるのは、ちょっと気疲れが……。

 

『どこの世界も転校生に興味を持つのは一緒なんやなって』

『転校生じゃなくて留学生だけど』

『細けえことはいいんだよ!』

 

 留学生なんて普段はほとんどいないみたいだし、仕方ないのかな。

 そんな授業と休憩時間をお昼まで繰り返して思ったことは、授業についてはあまり学ぶものがないかな、ということ。とりあえず今日聞いたものは、全てお家の本のどこかに書かれているものが全てだった。

 わりと基礎の部分、魔力のコントロールに関わるものだったから、そのせいかも。別の授業も見に行きたい。

 でもとりあえず。今はお昼休み、お昼ご飯の時間だ。どんなご飯なのか、ちょっと楽しみ。

 

『授業よりもわくわくしてる』

『授業は途中から完全にやる気なくなってたからなあw』

 

 正直、あれなら亜空間で研究してる方が楽しいから……。

 

「リタさん!」

 

 お昼ご飯に行こう、と思ったところで、エリーゼさんに呼び止められた。隣の席だし予想はしてたけど……。

 

「昼食ですが、一緒にどうですか? よければその時に、他の授業を受ける注意点とか伝えさせていただきたいなと」

「それはありがたいけど……。どうしてエリーゼさんが?」

「それは私も、他の授業を受けられるからです」

 

 でもとりあえずお昼ご飯ですね、とエリーゼさんは立ち上がった。

 

 

 

 食堂はお城の一階と寮の一階それぞれにあるらしい。晩ご飯は必ず寮で食べないといけないみたいだけど、お昼はどっちでもいいんだって。身分差で区別されてる、というわけでもないみたい。

 正確に言えば。上位貴族用の食堂がお城の二階にあるらしいけど……。エリーゼさんは面倒だから行ってないとのこと。

 

「ただでさえ実家に帰ったりしたら色々と面倒なんです。せめて学園にいる間ぐらいは、貴族の煩わしい面倒事は忘れたいんです」

 

 魔法学園に通う貴族の子供の多くがエリーゼさんの考えらしい。例外は、箔をつけるために通っている人。少数派だけど確かに存在していて、そういった人はお城の二階を使うらしい。

 

「もちろん私たちも二階は使えますけど……。魔法談義をするなら、身分など気にせずに大勢の人と意見交換をしたいです」

「ふうん……。貴族のイメージと違うね……」

「はい! 間違いなく私たちが異端です!」

「胸を張るところなのそれ」

 

『やっぱり異端なのかw』

『バルザス家の令嬢さんはこんなのばっかなの?w』

 

 でも、エリーゼさんはとても楽しそうだからこれでいいのかも。

 学園の食堂は、奥に食事を渡すカウンターがあって、他は長テーブルと椅子がたくさん並ぶだけの広い部屋だった。年齢性別問わずたくさんの人が、ある程度の塊になって話をしてる。

 

「何かしら話したいテーマがあるなら、どこかのグループに加わってもいいと思います。今回は私たちの特例についてのお話になるので、隅に行きましょう」

「ん」

 

 エリーゼさんに連れられて、まずはカウンターでご飯をもらう。さすがに人数が多いからか選ぶことはできないみたいで、柔らかそうなパンにお肉が入ったスープ、サラダというメニュー。スープはお肉よりも味を楽しむためのものかな。お肉が少ない。

 

「みんなが魔力を使った後のご飯、つまり晩ご飯ではお肉がたくさん食べられます!」

「そうなんだ」

 

 エリーゼさんが慌てたようにそう言った。もしかして、不満がちょっと顔に出てたのかな。

 

『わりとがっつり出てたな!』

『これだけ? みたいな顔だったw』

『いつものご飯と比べたらやっぱりなあw』

 

 それは、うん。失礼だよね。気をつけよう。

 エリーゼさんと一緒に、食堂の隅の席へ。席はカウンターの側から順番に埋まるみたいで、隅の席は人が少なかった。

 

「それじゃあ、リタさん。授業について軽く説明します」

「ん。よろしく」

「はい!」

 

 すごく嬉しそうに頷かれたけど、どうしてだろう。とりあえずちゃんと聞かないとね。

 授業は午前に座学、午後に実技を行うらしい。座学は私が午前に受けた魔法の基礎の授業の他、各種系統の専門的な講義もあるんだって。

 入学後の最初の二年は必ず基礎の授業を受けて、それから専門的な講義を受けることになるんだとか。最初から基礎を完璧に習得していれば、その過程は省けるらしいけど。

 

「もっとも、基礎の省略を認めてもらうのはかなり難しい試験を突破しないといけないんです。合格できるのは年に一人いるかどうか、ですね。ちなみに私は合格しました!」

「すごい」

「えっへん、です!」

 

 じゃあエリーゼさんは、特別扱いでもちゃんと正規の手続きをして認められたってことだね。本当の意味で特別扱いは私だけかも。

 午後の実技は午前の授業を受けた上で、実際に試していく時間らしい。座学だけじゃ上達しないから当然かな。

 

「エリーゼさんはどうして基礎の授業にいたの?」

「もちろんリタさんを迎えるためです!」

「あ、うん……。ありがとう……」

 

『圧がすごい』

『こわい』

『これは間違いなくリタちゃんの信者』

 

 微妙に困るからやめてほしい。

 各系統の講義は色々と種類があって、さすがにエリーゼさんも内容までは知らないみたい。というより、エリーゼさんは魔道具の講義ばかり受けてるらしいけど。

 だいたいのお話は聞けたから、改めてご飯に集中……したいところ、なんだけどね。不味くはないけど、正直なところなんとも言えないかなって。日本のご飯だけじゃなくて、適当に作るご飯の方が美味しいかもと思ってしまう。晩ご飯に期待したい。

 




壁|w・)基礎の後は大学の講義に近い、かも!


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金髪ドリルさん

 お昼ご飯の後は実技の授業。これはちょっとだけ見て、ミトさんの様子を見に行こう。

 そう思ってたんだけどね。

 

「あら。エリーゼ様。またこちらで昼食を食べておられたのですか?」

 

 食堂から出た私たちに声をかけてきたのは、長い金髪をなんだか不思議な形にしてる女の人だった。年は多分エリーゼさんと同年代ぐらい。十代半ば、かな。

 

『お嬢様だあああ!』

『すげえ金髪ドリル! 初めて見た!』

『ツンデレお嬢様ですか!? それとも悪役令嬢ですか!?』

 

 視聴者さんはすごく興奮してる。ドリルって、なんのことかな。あの不思議な髪型のことかな。ドリルというのがいまいちよく分からないけど。

 金髪ドリルさんに声をかけられたエリーゼさんは、分かりやすいほどに顔をしかめていた。

 

「フォリミア様……」

 

 エリーゼさんが頬を引きつらせながら笑顔を浮かべてる。苦手な人なんだろうね。

 とりあえず私は小声で言った。

 

「金髪ドリルさんの名前はフォリミアさんだって」

 

『リタちゃんwww』

『リタちゃんの口から金髪ドリルはちょっと笑うw』

『おい誰だよ変な言葉教えたの』

『俺含むお前らだよ』

 

 面白い言い方だと思ったけど、あまりよくない言葉なのかな。

 フォリミアさんはエリーゼさんをじっと見つめて言う。

 

「あなたはまだこんなところにいるのですね。なんでも、今日は基礎の授業に出席されていたそうで。バルザス家の者でありながら何をなさっているのです。聞いて呆れますよ」

「わ、私が何を受けていてもあなたには関係ないです!」

 

 犬猿の仲なのかな。でも、ごめん。正直なところ、どうでもいいと思ってる。二人の確執なんて私には分からないし、あまり関わろうとも思えないから。もう無視していいかな。でも視聴者さんはちょっと楽しんでるみたいだし……。もうちょっとだけ、見守ろう。

 

「魔道具なんてくだらないものを研究する時間があるなら、もっと上の魔法を扱えるように学ぶべきではなくて? あなたはバルザス公爵家の次女なのですから」

「私は魔道具の研究のために入学したんです!」

「もったいないと言わざるを得ません。ミレーユ様は魔女にまで上り詰めたのですよ。あなたにも間違いなくその才能があるはずです。私に続いて、特例を勝ち取っているのですから」

 

『てことは、この子はエリーゼさんの前年に例の難しい試験を突破したってことかな』

『はえー。すごいんだろうけど、なんか素直に尊敬できない言動だなあ』

 

 まあ、そうだね。私もあまりこの人は好きになれない気がする。

 

「私は別に魔法を極めたいわけじゃないんです……! それに、フォリミア様だって、無詠唱魔法を使えるだけじゃないですか!」

「ええ、そうですね。けれど、無詠唱魔法は世界で私にしか使えない特別な技術。成果として十分ではなくて?」

「待って」

 

 私はそれを聞いて、思わず二人の会話を遮ってしまった。いや、だって、聞き逃せない言葉があったから。私でも使えないものを。

 

「無詠唱魔法って、なに?」

「あら? 誰ですのあなた」

「隠遁の魔女の弟子のリタ様です」

「まあ……!」

 

 エリーゼさんの簡単な紹介にフォリミアさんが目を丸くする。知らなかったんだね。でもそれはどうでもいい。私は無詠唱魔法というものが見たい。

 

「無詠唱魔法に興味を持っていただけるなんて……。さすがは魔女のお弟子様ですね」

「ん。すごい。見たい」

「ええ、ええ! もちろんです! 演習場へ向かいましょう!」

 

 フォリミアさんはそう言うと、それはもう嬉しそうな足取りで歩き始めた。嫌みな人だけど、案外分かりやすい人かもしれない。

 

「あ、あの、リタさん。いいんですか?」

「ん。本当に見てみたい」

 

 無詠唱魔法なんて、師匠ですら使えなかった。本当に使えるのならすごいことだし、できれば教えてほしい。学園に来て良かった。

 

『面白いことになってきたなあ』

『特定の分野の天才が主人公よりも秀でている、これはなかなか王道では!』

『でも本当に無詠唱魔法ってないの? リタちゃんいつもさらっと魔法使ってない?』

 

 フォリミアさんの後ろを歩いてついて行く。私の後ろは、まだ少し納得してなさそうなエリーゼさん。その二人に聞こえないように、小声で伝える。

 

「私の魔法は無詠唱じゃない。魔法陣を使ってる。ちゃんと魔法陣を描いてるよ」

 

 見えないようにという工夫はしてるから、知らない人からすれば無詠唱と変わらないかもしれないけど。もちろん、フォリミアさんについてもその可能性はある。そうだったらちょっと残念だね。

 あとは、もう一つ似たものがあったりするけど……。以前から使っていたなら師匠にも見せてるはずだし、その場合はさすがに止められてるはず。良い方法とは言えないから。

 ああ、でもでも。楽しみ。無詠唱魔法! 本当だったら本当にすごくすごい!

 

『わくわくしてるなあw』

『エリーゼさんが困惑してるほどにw』

 

 それはちょっと恥ずかしいから、少し落ち着こう。

 フォリミアさんと一緒に、お城の外の演習場へ。とても広い演習場で、すでにいくつかのグループが集まって使い始めてる。ただそれでもスペースに余裕はあるみたい。

 フォリミアさんは軽く周囲を見回すと、監督役らしい青年の方へと歩いて行った。

 

「先生、的を一つ使わせていただきます。リタ様が無詠唱魔法を見たいとのことですので」

「ん? ああ、分かった。見ておこう」

 

 あれ? あの先生も一緒に見るみたい。エリーゼさんを見ると、察してくれたのかすぐに教えてくれた。

 

「フォリミア様の無詠唱魔法はまだ先生方も仕組みが分かっていないんです。フォリミア様も奥の手だからと隠していて……。なので、もしものために必ず教師の誰かが立ち会うことになっています」

 

 教師も分からない。だったら、本当に無詠唱魔法かな。魔法陣を使ってるなら気付きそうだし。

 演習場は等間隔で、木でできた人形が並んでる。その的に魔法を放つのがこの演習場らしい。もちろん他の目的の演習場もあるみたいだけど、やっぱり遠方から放つ魔法用の演習場が一番広いんだって。

 

『魔法と言えばやっぱ遠距離からだからね』

『固定砲台みたいなイメージ』

『というか他の魔法とかあんの?』

 

 近接用の魔法だってあるにはあるけど……。でも言われてみると、基本的には遠方からだね。

 的から少し離れた場所で集まったところで、フォリミアさんが言った。

 

「では、いきます」

 

 ついに無詠唱魔法だね。どんなのかな。どんなのかな。

 

『リタちゃんがすっごいそわそわしてるw』

『そわそわリタ』

『リタちゃんがここまで興奮するってマジですごいんやな』

 

 フォリミアさんが杖を向ける。するとすぐに彼女の目の前に氷の塊が形成されて、的へと射出された。氷の塊はまっすぐ的へ向かって、木でできた的に穴を空けた。

 これが、フォリミアさんの無詠唱魔法。魔法の種類は初級魔法だったけど、なるほどこれはすごい。本当にすごいよ。

 そして、とてもがっかりした。落胆した。

 無詠唱魔法、ね。まさかとは思ってたけど、そっちなんだ……。

 

『なんか、リタちゃんの様子が』

『いきなりすん、て落ち着いてちょっと怖いんだけど』

『めちゃくちゃ冷めてるなあ』

 

 期待してただけに、ちょっと。まあ、仕方ないけど。

 

「これが私の無詠唱魔法です! いかがでしたか?」

 

 フォリミアさんが自慢げに語ってくる。確かに自慢できるものではある、かもしれない。

 でも。

 

「ちょっと来て」

「え? な、なんですか!?」

 

 フォリミアさんの手を取って歩き始める。向かう先は、私の部屋。あそこなら誰にも邪魔されないと思うから。

 

「ま、待ってください!」

 

 エリーゼさんも慌てたように追ってきた。エリーゼさんは……まあ、いっか。一緒に聞いてもらおう。

 




壁|w・)この世界での無詠唱魔法は、リタが語ったように呪文も魔法陣も使ってない魔法です。
ちなみにリタは基本的には魔法陣を瞬時に組み立て、魔力で描く魔法陣を利用。師匠も同じく。


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フォリミアさん

 

「エリーゼ様。これは、どういうことですか? この子は隠遁の魔女様の弟子なのでしょう? どうしてこんな、二階の狭い部屋に?」

「いやそれは、その……」

 

 私の部屋に入ったフォリミアさんの第一声がそれだった。別に文句を言いたくて連れてきたわけじゃないからね。気にしなくていいよ。どうせ寝る時はお家に帰るし。

 

「私の希望。広い部屋は落ち着かないから」

「そうですか。あなたがそう言うなら、私からも何も言いません。それで? ここに連れてきた目的は何でしょうか? 無詠唱魔法を教えろというなら、お断りさせていただきますが」

 

 魔法の研究成果はその人の財産でもあるから、それは当然だと思う。私も転移魔法について聞かれても絶対に答えないと思うし。私の場合は、無理に使おうとして魔力不足で死なれたら嫌だからだけど。

 でもフォリミアさんの無詠唱魔法について言いたいことがあるのは本当だ。

 

「フォリミアさん」

「はい」

「賢者さんに無詠唱魔法を見せたことはある? あるのならなんて言われた?」

 

 フォリミアさんは言葉に詰まると、私と視線を合わせなくなった。視線をさまよわせて、そしてどこか誰もいない方に逸らされて。その態度が全てを語っていた。

 

「見せたんだね。何か言われたんだね」

「さて。知りませんね」

「ふうん……」

 

 やっぱり、師匠に見せたことがあるんだ。そして多分、注意されてるはず。あまり頼らないようにしろって。

 

「無詠唱魔法って、これの応用でしょ?」

 

 そう言って、人差し指を出して小さな火を灯す。エリーゼさんとフォリミアさんの二人とも、目を丸くした。

 

「これは、無詠唱魔法じゃないよ。ただ魔力の形を変えただけ」

 

 魔力のコントロールが得意で、ある程度多めの魔力があれば同じことができる。魔力を直接変換させて、形を作り、固定させて、そして撃つ。それだけの、魔法とも呼べない技術。

 そう説明すると、エリーゼさんは信じられないものを見るような目でフォリミアさんへと視線を投げた。でもこれ、純粋にすごいと思ってるだけかもしれない。

 

『いやでも何がだめなん?』

『説明を聞く限りでは難しいだけで問題なさそうだけど』

『フォリミアさんがすごく優秀としか思えない』

 

 それは、うん。間違いないよ。魔力コントロールと魔力量の面だけで考えれば、確かにフォリミアさんはとっても優秀。それは認める。でも、それだけ。

 

「中級魔法はこのやり方だと絶対に使えない。規模が大きくなるから」

 

 そう言うと、自覚があったみたいでフォリミアさんは目を伏せた。

 術式というのは、魔力の変換を簡略化する大事なものだ。あらかじめ変換後を指定することで、最小限の魔力で効果を得られる、そういう仕組み。

 術式を頼らないやり方になると、魔力の変換から膨大な魔力を使うことになるし、変換した後の形を固定するためにも魔力で押しとどめる必要がある。ついでに射出にももちろん追加で魔力が必要。初級魔法ですら上級魔法ほどの魔力が必要になる。

 

 はっきり言って、現実的じゃない。それに中級魔法を覚えるには初級魔法の術式を理解しておいた方が覚えやすいから、二度手間もいいところ。

 

「賢者さんから、ちゃんと術式を覚えるように言われなかった? そのやり方だと、いつまでも上達はでき……」

「そんなこと、私が一番分かっています! でも私にはもうこれしかないの!」

 

 それはフォリミアさんの叫び声だった。

 

「私には魔力コントロールしか才能がありません。中級魔法を覚えることすら難しく、上級魔法は覚えられる気すらしません。私に期待していた皆が失望していく……。その上、私の後輩が私と同じ試験を突破して、私と違って魔道具の方で分かりやすく才能を開花させました。これほど惨めなことがありますか?」

 

 エリーゼさんが絶句した。フォリミアさんがそんなことを考えてるとは思ってなかったんだと思う。私は正直、よく分からないっていうのが本音。

 

『なんとなく分かるかなあ。部活の後輩がレギュラー入りして俺はベンチにすら入れなかった時、なんかもう、悔しいなんてものじゃなかったから』

『俺も後輩が上司になった時はへこんだもんだ』

『異世界も競争社会なんやなって』

 

 競争……。誰かと競うことなんてやったことない。私にはちょっと分からない。

 

『レースゲームでも探しておくね』

『レースゲームwww』

『それは違う気がするなあw』

『競争は競争だけどw』

 

 真美、かな? レースゲームっていうのは分からないけど、次の日本を楽しみにしておこう。

 それはともかく。

 

「エリーゼさんに嫌みを言ってたのは?」

「ただのやっかみです。このことを黙っていてくれるなら、もうしません」

「ん。じゃあ、約束。私は誰にも言わないから、フォリミアさんももうしない」

「分かりました。エリーゼ様、今までのご無礼、謝罪致します」

 

 そう言ってフォリミアさんが頭を下げると、エリーゼさんがそれはもう面白いほどに慌て始めた。頭を下げられるとは思ってなかったみたいで、手を上げたり下げたりして挙動不審になってる。

 でもエリーゼさんが何か言わないと、フォリミアさんも頭を下げっぱなしだと思う。一応、家の格っていうのも、エリーゼさんの方が高いらしいし。公爵家の方が上だったよね?

 エリーゼさんは少しして動きを止めて、こほんと咳払いをした。

 

「フォリミア様。私も、無詠唱魔法については何も聞かなかったことに致します。その上で、謝罪を受け入れます。ですからどうか、顔を上げてください」

「ありがとうございます、エリーゼ様」

 

 これで一安心、かな。私は期待していた無詠唱魔法がちょっと残念だったけど、二人が仲直りできたなら十分と思っておく。

 あとは、どうやって中級魔法を覚えるかだよね。

 

「魔力量も十分あって、魔力の制御もできる。じゃああと問題があるとしたら、記憶力かなあ……」

「それはその通りですけど言葉を選んでくれませんか!?」

 

 あー、うん。言い方が悪かったかもしれない。術式を覚えるのって普通の暗記とはまた違うらしいから。でも、やっぱりそれが事実だと思う。

 ちょっと考えていたけど、でもフォリミアさんは小さく噴き出して首を振った。

 

「私のことは気にしないでください、リタ様。無詠唱魔法さえあれば最低限の卒業はできるでしょうから、それで十分です」

「そうなの?」

「はい。というより、貴族令嬢に中級魔法なんて必要ありませんから」

 

 そう言ったフォリミアさんの笑顔は、憑き物が落ちたみたいに綺麗だった。

 




壁|w・)分かりにくいですかね……?
つまり術式を通さずに魔法を使うということは、メテオのMPでファイアを撃つってことです。その代わりに魔法使いの弱点である詠唱の隙をなくせる! すごい!
消費MP100でMP1の魔法を使ってる、と考えても大丈夫!

次回はミトさんの様子を見に行きます。


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ミトさんの試行錯誤

 

 エリーゼさんとフォリミアさんの二人が帰った後、私はベッドに腰掛けて足をぷらぷらさせながら光球と黒板を見つめていた。話す内容は、さっきのこと。

 

「言われてみれば当たり前だった。戦うわけでもないんだから、中級魔法以上なんてまずいらないよね」

 

『それはそう』

『多分貴族にとって魔法は箔づけみたいなもんかな?』

『でもリタちゃん、無詠唱魔法っぽいやつはほっといてよかったの?』

 

 使うのを止めさせなくてもよかったのか、てことだよね。これについては別にいいと思ってる。止めたかった理由は、中級以上を覚えるのに邪魔になるから、だから。

 中級魔法を無理して覚えるつもりがないなら、あの魔法の使い方でも一応は問題ない。ある意味で応用が利くし。術式の形に縛られないから。

 でも消費魔力は膨大だから、回数が大きく制限されるのが難点だけど……。それも、貴族にはあまり関係なさそうかな。

 

「でも、なんだか打ち解けてたみたいで安心した」

 

『あっさりと仲良くなってたのは草でした』

『さっきまでの刺々しい対応はなんだったのかとw』

『悪役令嬢どこ……?』

『そんなもの、現実にはいなかったんや……』

 

 悪役令嬢って、主人公をいじめる令嬢さんだよね。真美が持ってる漫画で見たよ。もしそういう人だったら、明日からは避けようと思うところだったけど……。大丈夫そう。

 

『婚約破棄もあったし悪役令嬢もいると思ったのにw』

『婚約破棄なんてあったっけ?』

『リタちゃんは見てないけどミレーユさんが体験してた』

 

 そういえばエリーゼさんはミレーユさんの婚約破棄のこととか、どう思ってたりするんだろう。ちょっと気になる。

 でも今は、晩ご飯が楽しみ。今回はエリーゼさんは一緒に食べられなくなっちゃったけど。フォリミアさんと今後について相談するから、らしい。

 

「今後についての相談って何なんだろう」

 

『知らね』

『貴族はいろいろ面倒そうだ』

『平民な俺たちには理解できない世界だから……』

 

 明日、教えてくれるかな。他の授業を見に行く時は同行してくれるらしいから。

 さてと。そろそろミトさんの様子を見に行こう。

 立ち上がって、森のお家の前に転移。お家に入るまでもなく、ミトさんはお庭で本を開いてぶつぶつと呟いてた。ミトさんの足下には試作中らしい魔法陣のような落書きが大量にある。

 

「ここを繋げると……。あ、だめだ、安定しない……。それなら、こう……」

 

 書いては消して、書いては試してを繰り返してる。でもまだまだ納得はできなさそう。

 ミトさんの後ろに立って、作成途中の魔法陣をのぞき見してみる。んー……。悪くはないけど、これだと魔力の消費量が増える。

 

「ミトさん」

 

 肩を叩くと、ミトさんが驚いたように振り返った。

 

「あ、リタさん! す、すみませんまだ未完成で……!」

「ん。大丈夫。急かすつもりはないから」

 

 調整は魔法でも奥が深くて、一番難しいところだから。そんな簡単に満足できるものが作れるはずがない。人それぞれの感覚もあるから、正解もないものだし。

 でも、うん。そうだね。

 

「ミトさん」

「はい!」

「根本的な部分に問題があると思うよ」

「え……?」

 

 今日はこれだけしか言えないかな。ミトさんなら、すぐに意味が分かるはず。

 

「晩ご飯だけど、私は学園で食べようと思うんだけど、ミトさんはどうする?」

「あ、えっと……。手持ちの食料があるので大丈夫です」

「ん。それじゃ、がんばってね」

 

 そう言って、ミトさんに手を振る。ミトさんはぼんやりとしながらも手を振ってくれた。

 

 

 

 学園の寮に戻って、自室の部屋でのんびりする。晩ご飯はお肉がたくさん出るらしいから、ちょっと楽しみ。お昼のことがあるから、期待しすぎもだめかもしれないけど。

 そう思ってのんびりとしていたら、扉がノックされた。開けてみると、そこにいたのは学園長だ。女子寮で何やってるのかなこの人。

 

「押しかけてすまない。一緒に夕食はどうかと思ってね。コウタの話を聞きたいだろう?」

「行く」

 

 師匠の話を聞けるなら、どこにでも行く。とても楽しみ。

 

『即答で草』

『魔法学園でのあいつかあ……。教師をしてるところとか、イメージできねえw』

 

 それは言い過ぎのような気も……。いや私もイメージできるかと言われたら困るけど。

 ともかく、夕食だ。あ、でも、一応エリーゼさんに言っておいた方が……。

 

「ちなみにエリーゼには伝えてある」

「ええ……。断ってたらどうするつもりだったの?」

「断るとは思えなかったからね」

 

 うん。その通りだったから何も言えない。

 学園長に連れられて、寮の食堂へ。学園長を見た食堂の生徒は、みんなが絶句して固まってしまっていた。女子寮に男の人が入ってるから、かな?

 

『女子寮にいるからもありそうだけど、急に学園長が来たらそれはそれで驚く』

『てっきり外食かと思ったよw』

『普通に食堂に入るのは予想外w』

 

 私も食堂で食べるとは思わなかった。師匠の話ってこんなところでしてもいいのかな。誰が聞いてるかも分からないのに。防音の魔法を使うのもいいかもしれないけど。

 学園長と一緒にカウンターで料理をもらう。受け渡しの人は学園長を見て一瞬固まったけど、すぐに表情を取り繕って料理を渡してくれた。立ち直りが早くてすごい。

 

『これがプロってやつか……!』

『急に上司が来るとか想像もしてなかっただろうな』

『しかも女子寮』

『あれ? クソ上司では?』

 

 学園長と一緒に、隅の席へ。お昼にエリーゼさんと一緒にご飯を食べた席だ。お互いに向かい合って座ると、学園長は小さな声で詠唱をして魔法を使った。

 やっぱり防音の魔法だ。薄い膜が私たちの周囲を覆っていく。これがあれば、膜の外に声は漏れない。せっかくだし私も使っておこうかな。念のために。

 




壁|w・)ミトも頑張ってるよ、というお話でした。
あとリタはわりとつりやすいです。師匠をエサにするとほぼヒットします。
なお疑似餌、つまり騙した場合は……。朝日が見れたらいいね……。

本当はフォリミアはもっとこてこての悪役令嬢の予定でしたが、書いていて楽しくなかったので仲良し方向になりました。学園編ががっつり減った原因でs……なんでもない。

次回は、ちょっとだけ師匠の話。


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魔法学園での師匠

 さっと魔法を使うと、学園長は私の防音魔法に感嘆のため息をついた。

 

「さすがと言うべきか。素晴らしい。私のものとは比べるまでもないね」

「ん。でも、そっちの魔法も悪くない」

「ははは。守護者殿にそう言ってもらえると光栄だ」

 

 小さく笑って、さて、と学園長がナイフとフォークを手に取った。先にごはんだね。

 

「いただきます」

 

 そう言ったのは、私じゃなくて学園長。ちょっと驚いた。

 

「それ……」

「ああ、コウタがいつもやっていたからな。一緒に食事をする時に彼に合わせていたんだが、気付けば私も必ずやるようになっていた」

 

 分かりやすくて便利だ、と学園長はどこか遠くを見るような目で呟いた。

 

『日本の風習が異世界で広がりつつある件』

『言うてまだ学園長だけだから。きっと。多分。めいびー』

『でも他の場所にも行ってそうだし、地味に広めてそう』

『確かにw』

 

 晩ご飯は、大きめのステーキに白ご飯とサラダ。あと、具材たっぷりのスープ。お昼よりもずっと量が多くて、美味しそう。

 ナイフでお肉を切って、口に入れる。肉汁があふれて……まではいいんだけど……。

 

「塩……かな? それだけ?」

 

 もうちょっと何か欲しかったかな……。お肉はとても柔らかくて美味しいけど、それだけにちょっと残念だ。

 でも、うん。慣れれば悪くない。これはこれで美味しい気がする。

 スープにはごろごろとした具材、野菜とか一口サイズのお肉がたくさん入ってたけど、しっかり煮込んだのかすごく柔らかくて、こっちの方が美味しかったかも。悪くなかった。

 日本の料理と比べると物足りないけど、満足はできたかな。

 

『気付けば全部食べ終わってるw』

『話をしながら食べるもんだと思ってたのにw』

 

「あ」

 

 そうだった。食べながら話す、みたいな感じだったよね。学園長を見ると、なんだか微笑ましいものを見るような目だった。その目はやめてほしい。

 

「コウタが言っていた通りだな」

「な、何が?」

「食べることが好きで美味しそうに食べてくれると」

 

 師匠は何を言っちゃってるの? さすがにそんなことまで話されてるとは思わなかった。私の知らないところで私のことを好き放題話していたりしない? それはさすがに怒るよ。

 とりあえず深呼吸して落ち着いてから、学園長に言った。

 

「そんなことより、師匠の話を聞きたい」

「ああ、そうだったな。それじゃあ、あいつがこの街に来た時の話でも……」

 

 そう前置きしてから、学園長は思い出を語ってくれた。

 師匠がこの街に来たのは、本当に偶然だったらしい。ギルドにいたのを学園長が見つけて、その場で雇ったんだって。その時はすでに師匠は賢者として有名だったみたい。

 

「その賢者っていうのも私は驚いた。師匠は何をやったの?」

「アイテムボックスという魔法の発明や、効率的な魔力運用の論文など、彼によって魔法はさらなる発展を遂げたと言っても過言ではない」

「へえ……」

 

『アイテムボックスは確かにそれだけの価値があると思う』

『日本でも使えたらなあ! 物流に革命が起こるのに!』

『今からでも全員を魔法使いに……!』

 

 絶対に無理だから素直に諦めた方がいいよ。

 でも、師匠はここだけじゃなくて、やっぱりいろんな場所を巡ってたみたい。どんな旅をしてたんだろう。他の場所にも行ってみたいな。

 

「ああ、そうだ。これを言うと君に怒られるかもしれないが……」

「ん?」

「コウタは、この街の後は森に帰るつもりだったらしい」

 

 え。

 …………。え?

 

「つまり、私が引き留めてしまった。少しでいいから、教鞭を執ってほしいと。君の知識を分け与えてほしいと。彼は最終的には引き受けてくれたが、それでもかなり悩んでいたよ」

「ん……」

 

 そっか。師匠、もうすぐ帰るつもりだったんだ。ほどほどにここで先生をして、それから森に帰ってくるつもりだったんだね。

 それが分かっただけでも、聞けて良かった思う。でも。

 

「怒ることなんてしないけど……。でも、複雑」

 

 ここで先生をしなかったら、師匠はちゃんと帰ってきてくれた。そう思ったら、なんだろう、怒りがわいてくるわけじゃないけど、でも笑って流せることもできなくて……。ちょっと、もやもやする。

 

『本当に、目と鼻の先まで帰ってきてたんだな』

『最後に思い出話を増やそうとか、そんなつもりだったんかね』

『教師なんてしなければよかったのに』

 

 でも、無理矢理やらせたわけじゃなくて、決めたのは師匠だから……。私が文句を言うのは違うよね。だから……。せめて、もっと師匠の話を聞きたい。

 

「師匠は何を教えてたの?」

「ああ。臨時教師だったから、特定の講義を持っていたわけじゃない。優秀な者や悩みがある者にそれぞれ声をかけて集めて、アドバイスをしていたみたいだったよ。自由にしていいとは言ったが、本当に自由だったなあ……」

 

 どこか遠い目の学園長。何をやってるのかな師匠は。

 

「だが、実際に多くの子が飛躍的に成長したのは事実でね。そういう意味では、優秀な教師だった」

 

 聞いてるだけで分かる。師匠、わりと楽しんでたんだなって。それなら、良かったかな。

 その後も学園長は師匠のことをたくさん教えてくれた。

 




壁|w・)何事もなければ、リタが地球に遊びに行くようになる前には帰ってきてました。
でも多分、そうなったらリタも地球に行くことはなかったでしょう。

次回は学園の講義を軽く流して、そろそろ学園も終わりかな……?



100話こえたし、たまには言ってもいいかな……?
お気に入りとか評価とかいただけると嬉しいです……励みになるのです……。
すでにしていただいている方は本当にありがとうございます。がんばるのです。


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フラグさんを立てました

 

 翌日。この日はエリーゼさんが朝に迎えに来てくれた。今回は最初の教室には行かずに、それぞれの授業を回ってくれるみたい。とりあえず出発前にこっそりと配信は開始しておこう。

 

『なんかさらっと始まってる』

『リタちゃんちゃんと挨拶はしないと』

『ちゃんとちゃんをかさねた激ウマギャグですwww』

『そんなつもりないが!?』

 

 視聴者さんは朝でも元気だ。視聴者さんのコメントに耳を傾けながらエリーゼさんについて行く。

 

「エリーゼさんは、魔道具の授業だっけ。行かなくていいの?」

「少しぐらい大丈夫です! むしろリタさんと一緒にいた方が、アイデアがわきそうです!」

 

 それはどういうことなの……? ちょっと意味が分からないよ。

 エリーゼさんの案内に従って歩いて行くと、廊下の向こう側からフォリミアさんが歩いてきた。エリーゼさんが立ち止まって、フォリミアさんもすぐ側で立ち止まる。ちゃんと仲直りはしてるから、挨拶だけで……。

 

「あら、エリーゼ様。今日は基礎学でなくてもよろしいのですか? それともまたおもちゃ作りでしょうか。飽きないですね、あなたも」

「フォリミア様こそ、少しは他の魔法も学んではいかがですか? 中級魔法とか」

 

 そう言って、二人は笑顔で睨み合った。怖い。

 

『ヒェッ……』

『なんでまだ険悪なんですかねえ!?』

『エリーゼちゃんが突っかかってるから前よりもひどいw』

 

 昨日はエリーゼさんは受け流そうとしてたのにね。どうしたんだろう。

 二人はしばらく睨み合うと、一瞬だけふっと笑って、そしてフォリミアさんは通り過ぎていった。

 んー……。ケンカ……してるの?

 

「エリーゼさん、仲直りしたんじゃないの?」

 

 そう聞いてみると、エリーゼさんは周囲を少し見回してから小声で教えてくれた。

 

「私にも、フォリミア様にも立場がありますから」

「ん?」

「派閥って分かります? 私とフォリミア様はそれが違うんです。お互いに情報交換はするつもりですけど、しばらくは演技ですね。いきなり和解すると、何が起こるか分かりませんから」

 

 よく分からないけど、貴族のしがらみか何かなのかな。ミレーユさんの話を聞いた時も思ったけど、貴族って大変だね。私は……捨てられて良かったと思うよ。

 また少し歩いて、教室に入った。最初の授業は、炎魔法。その使い方。

 

「そういえば、リタさんはどれが得意ですか? 勝手に炎魔法を選びましたけど……」

「全部使える」

「あ、はい」

 

『あ、ハイ』

『属性みたいなものってやっぱりあるんかな』

『よくある有利不利とかがあるかは知らんけど、ざっくり分けられてはいそう』

『リタちゃんぽんぽん何でも使うから……』

 

 私も分ける必要性を感じない方だから、何も言えない。

 先生が来て、講義をして……。それを聞いた結果としては、ちょっとだけ納得できるものだった。魔力の変換の得手不得手が人によってあるらしい。あとは効率的な魔法陣の考え方とか、聞いていてちょっとだけ楽しかった。

 

『俺たちはちんぷんかんぷんだけどな!』

『ちんぷんかんぷんなんて久しぶりに聞いたな』

『魔法の説明のはずなのに説明が呪文にしか聞こえなかったw』

 

 魔法を使えないんだから仕方がないよ。

 

「みんな、魔力の変換でもすごく考えてやってるんだね。考え方もいろいろあるんだって勉強になったよ」

 

 次の授業は水魔法。その教室へ行く途中に、エリーゼさんにそう言った。

 

「それはもちろん、変換の効率は魔法の回数にも関わってきますし……。待ってください、リタさんはどうやって使ってるんですか?」

「感覚」

「え」

 

『かwwwんwwwかwwwくwww』

『知ってたw』

『ミトさんに教える時もめちゃくちゃ抽象的だったしなw』

『なんだっけ、ぎゅっとしてふにゅってしてどかーん、だっけ』

『適当すぎるわw』

 

 だって、いちいちそんなことを考えていたら素早く使うことなんてできないし。魔法使いは瞬時に把握して即座に使う、これが鉄則だよ。師匠もそう言ってた。

 そうエリーゼさんに言うと、エリーゼさんはにっこり笑って頷いた。

 

「魔女に教わるというのがどういうことか、よく分かった気がします」

 

 少し距離が開いた気がするのは気のせいだよね?

 

 

 

 午前は授業を見学して、午後は実技を見学して、夜は真美のお家でご飯を食べて……。そんな日々を一週間ほど過ごして。

 

「飽きた」

 

 やることが本当になくなった。

 

『リタちゃん……』

『いやまあ、正直俺らも理解できない魔法の授業ばかりで飽きてきてるけど……』

『どこぞの研究機関ぐらいだろうな大喜びなの』

 

 そうらしい。地球ではどこの国も魔法を解明しようと頑張ってるみたいだよ。絶対に無理だと断言するけど。解明できたとしても、魔法を使うことは絶対にできない。断言する。

 それはともかく。私も、見るべきものは見たと思う。それなりに楽しかったけど、学びがあるかと言われるとちょっと首を傾げるから。これ以上ここにいても、あまり意味はないかなって。

 

「なので今から学園長に言ってくる。明日には出て行くって」

 

『急すぎるw』

『学園長先生もさすがに困るぞw』

『いやあの人なら笑って許してくれる気がする』

 

 私もそんな気がするよ。

 今はまだ朝だから、学園長も部屋にいるかな。とりあえずエリーゼさんを待ってから……。

 そう思っていたら、ドアがノックされた。開けると、そこにいたのはエリーゼさん。いつも通りだ。

 

「おはようございます、リタさん!」

「ん。ちょうどよかった、エリーゼさ……」

「それで、ごめんなさい!」

 

 私の言葉を遮って、エリーゼさんが頭を下げてきた。急でちょっとだけびっくりだよ。

 

「これから魔道具の素材を集めに、東の森に行ってきます! なので今日はちょっとご一緒できないです!」

「あ、うん……。それはいいけど、一人?」

「フォリミア様も一緒です。こっそりと」

「ん。それなら、いっか」

 

 エリーゼさんは魔道具の作成だけじゃなくて、それなりに魔法も使える。ミレーユさんとは比べられるほどにもなってないけど、それでも中級魔法も一応は使えるみたいだし、大丈夫。その上フォリミアさんもいるなら安心だ。

 

『なんだろう。フラグが立った気がする』

『おいばかやめろ』

『フラグ回収しちゃったらどうするんだバカ』

 

 不安になることは言わないでほしいよ。

 

「私も、今日は学園長に用があるから。気をつけて行ってきてね」

「はい! ありがとうございます!」

 

 エリーゼさんはそう行って頭を下げると、足早に去ってしまった。

 素材集め……。いいなあ。私もやりたい。何か受けようかな。

 

「そういえば、ギルドで依頼受けてない気がする……。まあ、いっか」

 

『よくはないんじゃないかなw』

『この街を出る前に何かしら受けてあげてもいいかもなー』

『でも無理する必要はないと思う』

 

 すぐに終わる依頼があれば、考えてみるよ。

 




壁|w・)そろそろ日本のシーンを書きたいので学園編はもうすぐ終わりです。
機会があれば、いずれ休日のお話でも……。


前話にて、本当にたくさんの評価をいただけてとても嬉しいです。
ありがとうございます……!
これはしっかり完結までがんばるしかない……!


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庇われた生徒

 

 慣れてきたお城を歩いて、学園長の部屋へ。ノックするとすぐに、どうぞという声が聞こえてきた。中に入って学園長を見ると、書類仕事をしてるみたいだ。せっせと読んではサインを繰り返してる。

 でも私の方を一度見ると、手を止めてくれた。

 

「どうした? コウタの話でも聞きに来たか?」

「んー……。もう満足した」

 

 学園長は毎日のように私の部屋を訪ねてきて、師匠の話を聞かせてくれた。私の知らない師匠のことを知れて満足してる。でも。

 

「そろそろここを出ようかなって」

 

 そう伝えると、予想していたのか学園長は分かったと頷いた。

 

「君が授業には満足していないことは察していたからな。そろそろだろうとは思っていた」

「でも、楽しかったよ。教え方とかも参考になる……気がする」

「そこで言い切らないのが君らしい。そもそもとして、君が学べることは少ないとは思っていた。それで、出発はいつかな?」

「んー……。今日」

「本当に急だな……。分かった。手続きはこちらで終わらせておく。だが、エリーゼには君から伝えるように」

 

 それは当然と思ってる。だから、あとはエリーゼさんを待ってから出発かな。でも待つだけっていうのももったいないし、ギルドに行って依頼を受けてもいいかも。

 でもその前に。聞きたいことがあったのを思い出した。

 

「帰る前に聞いておきたいことがあった」

「なにかな?」

「師匠は生徒をかばって死んじゃったんだよね? かばわれた人が誰なのか、聞いてもいい?」

 

 私がそう言うと、学園長は分かりやすいほどに体を強張らせた。そして私をじっと見つめてくる。これは、警戒されてる気がする。でも理由が分からない。聞き方が悪かったかな。

 

『リタちゃん、せめてなんで聞きたいのかを説明した方がいい』

『俺たちはリタちゃんが話を聞きに行きたいだけって分かるけど、よく知らなかったら殺しに行くつもりなのかと思いかねない』

 

 ええ……。そんな意味のないことするつもりないんだけど……。でも、その通りなら納得もできる。生徒が殺されるかもしれないと思ったら、学園長は警戒して当たり前かな。

 

「師匠の最後を聞きたいだけ。それだけだよ」

「それは……。本当か? 君の師匠に誓えるか?」

「ん」

 

 しっかりと頷くと、学園長は安心したようにため息をついた。

 

「現在は休学中の子だが……。ミト、という子だよ」

「…………。なんて?」

「ミトだ」

 

 ミト? ミトって……。ミトさん? え? いや、ほんとに?

 

『変なところで繋がったなあ』

『つまりここに来るまでもなく、あいつのことが聞けたってことか……?』

 

 そういうことだね。ミトさんも教えてくれたら良かったのに。隠さなくてもいいと……。

 いや、うん。言えない、よね。賢者の弟子だってことを知った後なら、特に言えるわけがない。むしろ学園に通ってるっていうのは聞いてたんだから、私から聞いてあげたらよかったかな。

 むしろミトさんは、私がいつ気がつくかと気が気でなかったかも。

 よし。帰ったら、ちゃんと話を聞こう。思えばミトさんの身の上ってほとんど聞いてない気がするし。学園を卒業して、冒険者になってCランクになったことしか……。

 

『そういえば、さっき学園長、休学って言ってなかった?』

『言ってた。ミトさん卒業してないっぽい』

 

 言われてみれば、確かに休学中って聞いたね。卒業してないってこと、だよね。

 

「その人、どうして休学したの?」

「それがな……。コウタが死んでしまう原因になったことを気に病んでいるらしい。コウタを慕っている者も多かったからな。そういった者たちからの視線に怯えたというのもあるんだろう」

 

 実際はそんなこと誰も思ってないはずだが、と学園長は苦笑した。

 私もさすがにミトさんに責任があるとは思えない。ミトさんを助けたのは師匠の意思だから。ミトさんにも、ちゃんと学園には通ってもらおう。

 でもとりあえず、私はミトさんに話を聞きたい。早く帰りたい。

 

「ちょっと急いで帰る。話を聞いてくるから」

「それは構わないが……。誰にかな?」

「ミトさん。私のお家で勉強してる」

「そうか……。いや、ちょっと、待ってほしい。勉強? 誰が? どこで?」

「ミトさんが。私のお家で」

 

 そうしっかりと言ってあげると、学園長は口をあんぐりと開けて固まってしまった。

 

『休学して去って行った生徒が、賢者の弟子の家でお勉強中である』

『そりゃ情報の処理に困るわw』

『お労しや学園長……』

 

 え。これ、私のせいなの?

 少しだけ待つと、学園長ははっと我に返って咳払いをした。でもまだ困惑してるのがすぐ分かる表情だ。それぐらいには驚いたみたい。

 

「何がどうなってそうなったのか分からないが……。いや本当にどうしてそうなった……。いや別にいいのだが。いいのだが。いや本当に意味がわからん」

「ダンジョンの調査でミリオさんに同行していたパーティメンバーの一人」

「そうか……。いや、まあ、いい。うん。いい。元気にしているなら、私から言うことはないさ」

 

 そう言いながらも、学園長はまだ少し混乱してるみたい。待っていても仕方ないから、とりあえずミトさんに会いに行こう。

 

「ミトさん、もう一度学校に通うことはできるの?」

「え? ああ……。もちろんだ。それは、もちろんだ」

 

 落ち着くのに時間がかかりそうだね。まだまだ混乱してる学園長に軽く手を振って、私はお家に転移した。

 




壁|w・)モブとは違うのだよ、モブとは!
というわけで、ミトさんの経歴でした。

次回は、ミトさんからちょっと話を聞きます。


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ミトの視点

 

 お庭に転移すると、ちょうどミトさんが隠蔽の魔法を使うところだった。ミトさんが地面に描いた魔法陣を杖で叩いて、魔力を流していく。すると魔法陣はすぐに効果を発揮して、ミトさんが見えなくなった。

 

「おー……。すごい。すごくすごい。かなり良くなった」

 

『今までにない高評価!』

『そこまで言うってことは、お師匠をこえたか……!』

『もうリタちゃんでも見つけられないとか!』

 

「いや、それはないけど」

 

『ですよねー』

 

 さすがに私や師匠の魔法と比べると、まだまだ安定はしてない。微妙に残る揺らぎが、そこに誰かがいるのを教えてくれる。そしてそれがあれば、揺らぎから中を調べることもできる。

 でも、隠蔽の魔法としてなら十分だと思う。森の外なら、発動の瞬間を見られない限り見つかることはないんじゃないかな。

 

「森の魔獣にも通用すると思う」

 

『いやリタちゃん、それならほぼ全世界で通用するってことでは……?』

『人外魔境と一緒にするんじゃありません!』

 

 人外魔境扱いはやめてほしいな。

 ミトさんに近づいて肩を叩く。するとびくっとミトさんが震えて、魔法は一瞬で解除されてしまった。もったいない。

 

「あ……。リタさん……」

「ん。集中力が課題。体に触れられた程度で解除しないように気をつけて」

「は、はい……。ごめんなさい……」

「ん……。でも、さっきの魔法はすごくよかった。あれなら十分だと思う」

「あ、ありがとうございます!」

 

 ミトさんが勢いよく頭を下げてきたけど、さすがにそれはやめてほしい。だって、少しだけ助言はしたけど、ほとんど本に任せちゃったから。

 だからこれは、ミトさんの才能と努力の結果。

 

「隠蔽の魔法だけとはいえ、まさかこんなに早く終わるなんて思わなかった。ミトさん、すごい」

「そ、そうですか? そう言われると照れちゃいますね……」

「ん。じゃあ他の魔法も、いずれは上級魔法もがんばっていこう」

「はい!」

「ただし魔法学園で」

「はい?」

 

 何を言われたのか分からなかったみたいで、ミトさんの表情が固まってしまった。そしてすぐに青ざめていく。やっぱり学園で何か言われてたりしたのかもしれない。

 そう思ってたんだけど。

 

「リタさん……。学園長から聞いたんですか……?」

 

 怯えられてるのは私だったみたい。

 

「ん。ミトさんには聞きたいことがある。師匠に助けられたのはミトさんで合ってる?」

「はい。私が油断してしまったせいで、賢者様は……。私の、目の前で……!」

「ん……?」

 

 師匠は生徒をかばって魔獣に殺された、と聞いた覚えがある。助けただけで魔獣を倒してないなら生徒が生き残れるはずもないから、相打ちになったってことかなと思っていた。

 だって、師匠の結界を破れるような魔獣から逃げ切れるなんてあり得ないから。

 

 でもミトさんは、油断したのが原因みたいなことを言った。それはつまり、油断しなければミトさんでもある程度は渡り合えることができたってことのはず。

 その程度の魔獣に師匠が殺される? だって師匠、私みたいに常に結界を張ってるよ? 少なくとも森のワイバーン程度じゃ破れない結界を。

 

 何かが違う気がする。私は何かを勘違いしてる。根本的なところで。

 

『リタちゃんどした?』

『急に黙り込んだせいでミトちゃんも困惑してるぞ』

『むしろこれはびびってるのではw』

 

 ああ、うん。ごめんねミトさん。全然聞いてなかった。気になるけど、考えるのは後回しにしよう。

 

「ミトさん。あとで詳しく教えてほしい。師匠の最後は聞いておきたいから」

「はい……。はい。もちろんです」

「ん。じゃあとりあえず、学園に行こう。ここで学んだことを活かせば、卒業なんてすぐだよ」

 

 ここで一人でがんばるよりも、誰かに教わった方がいいと思うから。先生たちの授業は分かりやすかったから、質問とかができない本で学ぶよりも、先生に教わる方がいい、と思う。

 

「それとも、やっぱり何か言われてたの?」

 

 そう聞いてみると、ミトさんは小さく頷いた。学園長も把握できてなかったってことかな。

 

『それはしゃーない』

『ずっと一人を監視してるわけにもいかんだろうし、嫌がらせとか気づきにくいもんだよ』

『でも辛いのは辛いと思うよ。勉強にも邪魔だし』

 

 んー……。どうしようかな。学びやすいのはやっぱり学園だと思うけど……。

 うん。よし。

 

「学園長に相談しよう。それでもだめそうなら、一緒に帰ってくる。それでどう?」

「それでいいのなら……。あ、でも、せめて片付けは待ってほしいです」

「分かった。急がないからゆっくり片付けて」

 

 こくりと頷いて、ミトさんが片付けを始める。テントとか、だね。テントの中にも色々と出してたみたいだし、時間がかかりそうだ。お昼ご飯の用意でもしながら待っていよう。

 

 

 

 ミトさんが片付けを終えると、お庭からはもう何もなくなってしまった。ミトさんが来る前の状態に戻っただけだけど、なんだか少しだけ寂しく感じる。

 お昼ご飯にレトルトのカレーを食べて、それから転移、と思ってたんだけど。

 

「あの、リタさん。最後に精霊様にご挨拶をしたいです」

「ん? あ……。そうだね。そういえば最初に失敗したきりだった」

「思い出させないでください……!」

 

 あれを忘れるのは難しいよ。あの時に悪かったのは間違いなく私だからあまり言うつもりはないけど。

 ミトさんと一緒に世界樹の前に転移すると、精霊様はすぐに出てきてくれた。

 

「おかえりなさい、リタ。そしてようこそ、ミト。いえ、お疲れ様でした、でしょうか?」

「あ、あはは……。挨拶ができずに申し訳ありません」

「ふふ。いえいえ。リタがいないと来られないでしょうから、気にしなくて構いません」

 

 そう言われると、少しだけ申し訳ない気がしてくる。もっと早く連れてきてあげればよかったかも。

 

「短い間でしたがお世話になりました」

「いえ。あなたにリタとの繋がりがある限り、私はあなたを歓迎しましょう。また来てくださいね」

 

『これは紛う事なきママ』

『精霊ママー!』

『しかしこの惑星の生命の母とも言えそうだし、あながち間違いないのでは?』

 

 ミトさんが深く頭を下げて、私の方に戻ってきた。それじゃあ、行こう。

 

「精霊様、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい、リタ。気をつけて」

 

 精霊様に手を振って、学園長室に転移して。

 転移した先に学園長だけじゃなくてギルドのサブマスターもいたからすごく驚いた。

 




壁|w・)一歩前進。

次回はまた学園長とお話。と、回収。


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フラグを回収しました

「え、ええ……? 魔女様!? 今のはまさか転移魔法……? まさか使える人が今もいたなんて……!」

「隠して。誰にも言わない。いい?」

「あ、はい。分かりました」

 

 さすがに転移魔法について噂になるのは困るから。守護者のことを知ってる学園長なら大丈夫と思って使ったけど、まさか他に誰かいるとは思わなかった。気をつけないといけない。

 

『部外者がいると分かった瞬間にリタちゃんが何かしたのは分かった』

『サブマスターさんも学園長も真っ青で草』

『リタちゃん何やったんだよ……』

 

 えっと……。魔力をちょっと、叩きつけたかな……。それだけ。それだけだよ。

 とりあえず放出しちゃった魔力を引っ込めて、改めて学園長に向き直った。

 

「ミトさん、連れてきた」

「あ、ああ……。久しぶりだな、ミト。元気そうで何よりだ」

「え、と……。ご無沙汰しています、学園長先生。恥ずかしながら戻ってきました……」

「いや。優秀な君に戻ってきてもらって、こちらとしても嬉しいよ」

 

 んー……。問題はなさそう、かな。二人が話している間に、私はサブマスターさんと話をしよう。

 

「サブマスターさん」

「は、はい! 何でしょう!」

 

 明らかに怯えられてるけど、気にしないでおく。謝ったらだめだと思うし。転移魔法を言いふらされるぐらいなら怯えておいてほしい。少しだけ罪悪感は覚えるけど。

 

「サブマスターさんはどうしてここに?」

「実はですね……。街の側の岩山にドラゴンが来ているようなのです。森にも近い山なので、学生たちに立ち入らないように伝えていただきたく、参りました」

「ドラゴン? 強いの?」

「はい。おそらく、イオという国を滅ぼしたドラゴンです。かのドラゴンはずっとその廃都を住処にしていたのですが、いつの間にかこの街に来ていました。かのドラゴンの目的はいまだ不明です」

 

 そういえば、ギルドに登録する時に聞いた覚えがある。高位ランクにするための試験の一つにあったはず。私が受けなかったから他の誰かが討伐したのかなと思ってたけど……。

 

「まだ討伐されてなかったの?」

「はい。廃都から動かないのなら、手を出す必要はないだろうという周辺国の判断です」

 

 楽観的だね。いずれドラゴンが起きて、どこかの国に行くかもしれないのに。

 

『誰も引き金を引きたくなかったんじゃない?』

『下手に攻撃して暴れられたらと思ったのかも』

『その結果放置はだめだと思うけど』

 

 怖かったから、か。あり得そうだなと思ってしまう。ミレーユさんも勝てるらしいけど、やろうと思えば勝てる、だったはず。つまりはSランクでも簡単に勝てる相手じゃない。

 手を出して襲われたら、なんて考えたら、やっぱり難しいのかも。

 少し気になるけど、山にいるなら今は気にしなくてもいいかな。この街を襲おうとしたら、さすがに対処しようと思うけど。ばくっと。

 

「ということなので、学園長。生徒たちにはしばらく森に立ち入らないように、必ずお伝えください。こちらはもしものために、高位ランクの冒険者を集めておきます」

「ああ、もちろんだ。すぐに手配する」

 

 学園長が頷くと、サブマスターさんは一礼して帰って行った。

 

「さて。それではミト。君の復学は明日からだ。寮の部屋もそのままにしてある。使いなさい」

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 ミトさんの方も話は終わってるみたいで、ちゃんと学園に通えそう。これで安心だ。あとはドラゴンだけど、何もしてないドラゴンを討伐するのは……どうなんだろう?

 少し考えていると、学園長が立ち上がった。

 

「私は生徒たちにドラゴンのことを伝えてくる。この部屋には鍵をかけるが、大丈夫か?」

「ん。転移で出るよ」

「転移を頻繁に使うのは避けた方がいいと思うがね」

 

 それはそうかもしれないけど、便利だからね。我慢するつもりもない。

 学園長は手を上げると、そのまま部屋を出て行った。少し急ぎ足だったのは気のせいじゃないと思う。生徒がドラゴンに襲われたらひとたまりも無いだろうから、当然だろうけど。

 

「ミトさんは寮の前でいい? 転移で送るよ」

「はい。大丈夫です。でも、リタさんは?」

「私は、ちょっと森に行く」

 

 エリーゼさんとフォリミアさん。二人とも、素材を集めに東の森に行ってる。山がどこにあるかはまだ分からないけど、もしものことがあるから。

 

「わたし、ここで待ってますよ?」

「ん……。じゃあ、ちょっとだけ待ってて」

 

 ミトさんの言葉に甘えて、とりあえず二人がどこにいるのか、ドラゴンがどこにいるのか調べておこう。探査の魔法を、広範囲へ……。

 

「え。いや、え……?」

 

『おん? どしたリタちゃん』

『珍しく慌ててるけど』

 

「あの二人、森をこえて山に入ってる。しかもドラゴンがいる……」

 

『いや草』

『笑ってる場合じゃねえよやばいやつじゃん!』

『今朝のやり取りはフラグっぽいとは思ったけどマジで回収しなくていいんだよ!』

 

 これは、まずいよね。すぐに行かないと……。やっぱりミトさんにはここで待ってもらって……。

 いや。

 

「ミトさん」

「はい。なんでしょう?」

「一緒に来て。隠蔽の魔法、使ってほしい」

 

 それを聞いたミトさんはすごく不思議そうな顔だったけど、でもすぐに力強く頷いてくれた。

 

「はい。任せてください!」

「ん。任せる」

 

 それじゃあ、改めて。エリーゼさんたちを迎えに行こう。

 




壁|w・)生徒が二人だけで素材集めに行ったら襲われるに決まってる(偏見)

次回はエリーゼさん視点。優秀な一般人から見たドラゴンさん。


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・人間の天敵

※別視点です。


 

   ・・・・・

 

 エリーゼとフォリミアの二人は、岩の陰に隠れて息を潜めていた。岩の向こう側、少し離れてはいるが、見える場所にドラゴンがいるためだ。

 素材集めのために森を訪れたエリーゼだったが、ついでに岩山の素材も回収しようと移動したのだが、それが悪夢の始まりだった。ドラゴンが見えた瞬間にフォリミアの手を引いて急いで岩の陰に隠れたものの、逃げることは難しい。

 

 偶然、見つかることもなくこうして隠れることができたが、逃げる時に見つからないとは限らない。いやむしろ、見つからなかった方が奇跡だ。普通はこちらが気付くよりも早くに見つかるし、そのまま食べられるなりするはずだ。殺されないわけがない。

 だから。二人は動けずにいる。動けば見つかりそうだから。

 

「ごめんなさい、フォリミア様。こんなことになるなんて……」

 

 エリーゼがフォリミアにそう謝罪すると、フォリミアは顔を真っ青にしながらも首を振った。

 

「気にする必要はありません。これは天災みたいなものです。ドラゴンは予想外ですが……」

「はい……。ドラゴンが出るなんて、聞いてなかったのに……」

 

 素材の採取はこれが初めてというわけではないし、街の外に出る以上、危険がつきまとうのは承知の上だ。前日のうちに変わったことがないかの情報収集も行ったが、ドラゴンの話は出てこなかった。

 このドラゴンが夜の間に移動して朝に来ているのなら、朝に情報収集をすれば避けられたかもしれない。そうだとすれば、エリーゼの判断ミスだろう。

 そもそもとして。普段出てくる魔獣程度なら、エリーゼの魔道具とフォリミアの魔法があれば十分に対処可能だった。ドラゴンが出てくるなんて予想外にもほどがある。

 

「ドラゴンは一匹だけのようですね……。まさか、廃都イオのドラゴン?」

「そうだと思います。はぐれのドラゴンなんて、そうそういないはずなので……」

 

 ドラゴンが人里を襲うことなどそうある話ではなく、その上ドラゴンはある程度の群れを形成する。今現在、確認されているはぐれのドラゴンは両手の指で数えられる程度しかいないはずだ。

 

 距離を考えると、最寄りの廃都イオのドラゴンだろうとは思う。確信はないが。

 もっとも、ドラゴンの種類など二人には関係がない。どのドラゴンであっても、人類にとっては天敵だ。ドラゴンを討伐できる人間はSランクを与えられた、姉のような規格外ぐらいなのだから。

 幸い、ドラゴンはまだこちらに気付いていない。足音がまだ、近くに聞こえないから。

 

「フォリミア様。私がドラゴンを引きつけます。フォリミア様は逃げて、助けを呼んできてください」

「は? 何を言っているのですか。馬鹿らしい」

 

 嘲るように鼻を鳴らし、フォリミアは言った。

 

「囮をするなら私です」

「え……?」

「あなたの方が家の格は上でしょう。それに、あなたの魔道具は多くの人に評価されています。先のない私の無詠唱魔法よりも残すべき価値のあるものです」

「そんなこと……!」

「あるのですよ」

 

 フォリミアはそう言って、ゆっくりと立ち上がる。顔は真っ青で膝も笑っているが、それでもフォリミアはその場に立っていた。死ぬのが怖くないわけがないだろうに、それでも囮になるために。

 

「エリーゼ様」

「は、はい……」

「あなたは必ず生き残ってください」

 

 そう言って、にこりと笑って。

 フォリミアは岩陰から飛び出した。

 

「待って……、え?」

 

 だがすぐにフォリミアは目を大きく見開くと、慌てたように戻ってきた。そしてそのままエリーゼの手を取り、走り始める。姿を隠さず、ただ必死に。

 

「ふぉ、フォリミア様! 何が……!」

 

 そう叫んだエリーゼの背後で、大きな爆発が起こった。衝撃に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて。それでもどうにか顔を上げると、口から煙を吐き出すドラゴンが見えた。

 それを見て、ようやく悟った。ドラゴンは気付いていなかったわけではない。ただ、こちらの様子を見ていただけだと。しかもそれは警戒故のものではなく、怯える二人の様子を面白がっていただけだ。

 だって、今も。ドラゴンはこちらを見て、ただただ観察しているだけだから。今ならブレスですぐに殺せるはずなのに。

 

「フォリミア様、無事ですか……?」

「ええ……。一応、ですけれど……」

 

 幸いと言うべきか、フォリミアはエリーゼの隣に倒れていた。だが、その表情は険しい。このまま待っていれば、間違いなく殺される。それが分かってしまうから。

 

「エリーゼ様、何かいい魔道具はありませんか?」

「結界の魔道具ならありますけど……。多分、耐えられません……」

「そうでしょうね……」

 

 ドラゴンのブレスは強力だ。上級魔法に匹敵するほどに。魔道具で耐えられるとは思えない。

 ドラゴンがまた口を開く。衝撃に備える二人。その肩を、誰かが叩いた。

 

「ひっ……!」

 

 小さく悲鳴を上げて二人が振り返れば、そこにいたのは。

 

「あなたは……ミトさん?」

 

 一年前に学園を出て冒険者になった知り合いがそこにいた。

 以前と変わらない姿、けれどどこか、以前よりも自信を感じる雰囲気。

 

「失礼しますね」

 

 ミトが地面に素早く魔法陣を描く。それは彼女が以前から好んで使っていた隠蔽の魔法……の、はずなのだが、以前よりも明確に術式が違う。複雑すぎて、エリーゼでも理解できないほどに。

 そうして発動された隠蔽は、あっという間にエリーゼとフォリミアを覆い隠した。

 

「これは……隠蔽……?」

 

 確かに、見つかっていない時に使っていれば、ドラゴンでも欺けたかもしれない。けれど今はドラゴンに見つかってしまっている状態だ。それで使っても意味はないはず。

 そう思いながら振り返ると、ドラゴンは戸惑った様子で周囲を見回していた。目の前で使ったというのに、エリーゼたちを認識できていないらしい。

 以前とは比べものにならない効果だ。その術者へと改めて視線を投げれば、

 

「うわ、すごい……。本当に目の前でも効果があった……」

 

 そう呟いていた。

 

「ええ!? ミトさんが驚くんですか!?」

「あなた分かっていて使ったのでは!?」

「ごごごごめんなさい! 私はただリタさんに指示されただけで……!」

「え……」

 

 その言葉の意味を正しく理解するよりも早く。

 ドラゴンの悲鳴のような咆哮が周囲に響き渡った。

 

「こ、今度は何ですか!?」

 

 慌てて振り返った先にいたのは、大きな翼をどうやってか切り落とされたドラゴンと。

 そして、そんなドラゴンを、興味なさげに見つめる小さな魔法使い。

 魔女の弟子。ドラゴンに勝てるかは分からない。そのはずなのに、何故かエリーゼたちはその姿を見て安心してしまっていた。

 

   ・・・・・

 




壁|w・)普通の人間ならまず勝てない天敵です。Sランクという規格外で対等に渡り合えるぐらい。

どこかの魔女「なんか翼取れた」


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ドラゴンの強さ

 

 エリーゼさんたちを襲ってたから、とりあえずミトさんに隠蔽を頼んで隠れてもらおうと思ったんだけど……。必要なかったかもしれない。

 

「様子見の風の刃で翼が取れちゃうとは思わなかった」

 

『取れちゃう……』

『表現がかるーい……』

『どう見ても切り落としてるんですがそれは』

 

 だって、精霊の森にいるドラゴンなら間違いなく通用しない魔法だから。ワイバーンですら個体によっては弾いてくるよ。つまり、

 

「ワイバーン以下かな……」

 

『ええ……』

『サイズも風格もワイバーン以上なのにw』

 

「ん。見た目で判断はだめっていうことだね」

 

『違うそうじゃない』

『知ってるかリタちゃん。多くの場合、その言葉は油断しないようにするための言葉なんだ』

 

 そうなんだ。覚えておくね。

 私はのんびりと視聴者さんと雑談してるけど、これは別に油断でもなんでもない。だってもう、戦いは終わったから。もうあの大きいトカゲは何もできない。

 

 風の刃で翼を切り落とした後、私は結界の魔法を使った。私を守るためのものじゃなくて、ドラゴンを閉じ込めるための結界だ。

 ドラゴンの体にぴったりと覆う結界を作ったから、あのドラゴンはもう身動き一つ取れない。私の結界を破れる魔力があれば逃げることもできるけど、あのドラゴン程度なら絶対に無理。

 つまり、あとはばくっとすればいいだけ。

 

「じゃあ、ばくっとするね」

 

『え?』

『え?』

「え?」

 

 私が杖で地面を叩く前に、たくさんの一文字だけのコメントが流れていった。変なこと言ったかな。

 

『リタちゃんのことだからてっきり食べるかなと』

『日本で漫画を読んだなら分かると思うけど、ドラゴンって高級食材のイメージ』

『実際、精霊の森のワイバーンってすごく美味しいんだろ?』

 

 食べる。食材。そっか。それもいい。師匠の話を聞きたいから手早く終わらせようと思ったけど、そうだね、どうせなら食べてみようかな。

 みんなが言う通り、精霊の森のワイバーンはすごく美味しいお肉だ。だからドラゴンも美味しいかもしれない。日本の漫画にも、ドラゴンステーキが美味しいっていうのはよくあったから。

 そう思うと……。すごく、食べたくなる。

 

「はい」

 

『はいじゃないが。はいじゃないが!?』

『すぷらっただあああ!』

『はいの直後にドラゴンの首が落ちた……こわひ……』

 

 やったことは最初と同じ、風の刃ですぱっと。翼よりも硬いかもしれないから威力を上げておいたけど、これも必要なかったかも。

 結界を解除すると、ドラゴンの体が地面に倒れた。ドラゴンのお肉、楽しみ。

 

 解体にはとっても便利な魔法がある。かなり複雑な術式だけど、血抜きとかを終わらせてくれる魔法。ちなみに私のオリジナルじゃない。師匠の魔法でもない。ずっと昔の守護者が作った魔法だ。昔の守護者さんはとってもえらい。

 ドラゴン用の解体の魔法を使うと、ドラゴンの体がふわりと浮き上がって、すごい勢いで解体されていった。血みたいな液体は大きな球体になって浮かんでる。たくさんだね。

 

『まってまってなにこれすぷらったあああ!』

『あー、そっか。地球に行ってから、あんまり狩猟してないんだっけ』

『最近は配慮してくれてるのか、解体はあんまり配信してなかったのもある』

『古参組が教えてやろう。これは解体魔法というものだ。効果は見ての通り』

『めちゃくちゃ羨ましい魔法……!』

 

 いや、でも不便な部分もあるよ。獲物やサイズとか細かい部分はその都度、術式をいじらないとだめだから。血もたくさん出るからか、見るのが苦手な人も多いみたい。

 ドラゴンの解体が終わったところで、エリーゼさんたちが近づいて来た。すごく怯えられてる気がする。

 

「び、びっくりしました……。まさか一瞬でドラゴンを倒してしまうなんて……」

「あなた本当に魔女の弟子なのですか? ミレーユ様でもそう簡単に勝てないと思うのですが……」

 

 えっと……。いっか。学園に通うことはもうないし、言っちゃっても。それに、二人にはちゃんと話しておきたいから。

 

「私が魔女」

「え?」

「隠遁の魔女は私のこと」

 

 私がそう言うと、二人はそろって目を丸くした。その隣ではミトさんが苦笑い。

 

『ミトさんも一度通った道だからなあw』

『内心でわかるわあ、とか思ってそうw』

 

 そうなのかな。そうかも。

 

「エリーゼさん、ドラゴンの素材はいる?」

「あ……。いえ、その……。襲われていただけですし……」

「口止め料ということで」

「そんなものがなくても言いません! 命の恩人なのに!」

「でも私もお肉ぐらいしかいらないから、捨てるよ?」

 

 エリーゼさんの頬が面白いほどに引きつった。信じられないものを見るような目で見られてる。魔道具を作るエリーゼさんにとっては宝の山だとは思うけど、私にとっては生ゴミだよ。

 

「では、その……。鱗、とか……」

「ん。エリーゼさんのアイテムボックスに入れてくれたらいい」

「多過ぎて入りません!」

「んー……。じゃあ、とりあえず入るだけ入れておいて。残りは預かっておく」

 

 私のアイテムボックスなら、ドラゴンの素材程度なら邪魔にもならない。必要になったらミレーユさん経由で連絡してくれたら、ミレーユさんに預けることもできる。劣化もしないし、これが一番だね。

 エリーゼさんが鱗をアイテムボックスに入れ終わるのを待ってから、残りを私の方に全て入れた。お肉もたっぷりだ。しばらくはお肉に困らないかも。

 せっかくだし、真美に料理してもらおうかな。きっと真美なら美味しくしてくれる。楽しみ。

 

『なんだろう、今すごく無茶ぶりされる気配を感じた……』

『推定真美さん、ドラゴンのお肉の持ち込みに備えるべし』

『配信楽しみにしてます!』

『さすがに無理だよ!?』

 

 初めてのお肉だと難しいかな。精霊様に注意点だけ聞いていこう。

 それじゃあ、後片付けも終わったし、帰ろう。その前にフードを被っておこうかな。ドラゴンの討伐の報告で目立ちたくないから。魔女が討伐した、程度にしておきたい。

 私がフードを被ると、エリーゼさんとフォリミアさんが息をのみ、そしてエリーゼさんがぐいっと近づいてきた。

 

「リタさん! ですよね!」

「ん……」

「そのローブ、すごい魔道具です! すごい、目の前で見ていたのにリタさんだと分からなくなりました! まさかこれほどの魔道具だったなんて……! リタさん是非とももっと詳しく……!」

 

 こわい。

 

『圧がやべえ』

『リタちゃんのローブの衝撃はドラゴンすら上回るのか……』

『これが……魔道具オタク……!』

 

 これだけ情熱を持てるのは、それだけで才能だと思う。天才とはまた違うのかもしれないけど、きっと努力をやめないだろうし、いずれすごい魔道具を作りそうだ。

 その時は是非とも見たい。多分ミレーユさんが自慢しに来るだろうけど。

 でも今はとりあえず、うっとうしいので無視して歩き始めた。

 

「隠蔽の魔法の付与? でもそれだけとは思えない、魔女のローブ、魔女の魔道具、きっと他にも何かあるはず。一体どんな……どれほどの……」

 

 私のローブを食い入るように見つめながらエリーゼさんがついてくる。歩いてくれてはいるけど、ぶつぶつ小声で何かを言っていて、ちょっと怖い。

 助けを求めてミトさんとフォリミアさんに振り返ると、二人そろって目を逸らした。

 

『これはだめみたいですね』

『異世界のオタクってすげえな』

『お前らも好きな物を語る時にこうなってないか?』

『黙秘権を行使する』

 

 好きなものに一直線なのはいいことだよ。多分。きっと。

 ただ、うん……。ドラゴンと戦うより移動中の方が疲れたよ……。

 




壁|w・)現在の森の外のドラゴンの評価は『ワイバーン以下』です。
あとは味……味でリタの評価が決まる……。全ては、味……!

明日は1日、つまり奇数日なので更新します。


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学園とのお別れ

 

 私たちがギルドに入ると、大勢の視線が突き刺さった。視線は私の方を向いてる。フードを被ってるせいで、よく分からない人が入ってきた、みたいになってるだろうから仕方ない。

 私はまっすぐにカウンターに向かって、Sランクのカードをカウンターに置いた。

 

「ドラゴン、討伐してきた。確認してほしい」

「は……。は、はい! では、ドラゴンの討伐証明は角か牙となりますが、お持ちでしょうか?」

「ん」

 

 アイテムボックスから角と牙を一本ずつ取り出す。それをカウンターに置くと、周囲がざわざわとうるさくなった。受付さんが確認して、間違いありません、と言うとさらにうるさくなった。

 

「これはこれは。隠遁の魔女殿。依頼を受けずに帰ってしまわれるのかと思っておったが、まさかドラゴンを討伐するとは驚いたわい」

 

 奥の階段から下りてきたのはギルドマスターだ。多分、誰かが急いで報告したんだと思う。ギルドマスターはカウンターの角を手に取ると、しっかりと観察して頷いた。

 

「見事なものじゃ。一人で仕留めたのかの?」

「ん。強かった」

「ほう……?」

 

 やめてほしい。そんなじろじろ見ないでほしい。疑ってるのは分かるけど、これ以上何も言うことはない。

 

『強かったわりに汚れ一つないからなw』

『強かった (無傷)』

『強敵と書いてザコと読むんですね分かります』

 

 視聴者さん、絶対に楽しんでるよね。配信切ろうかな。

 私がちょっとだけ内心で葛藤していると、ギルドマスターさんが角をカウンターに置いた。

 

「ドラゴンの討伐、感謝するよ、隠遁の魔女殿。素材はどうしようかの? いらないのであれば、是非とも買い取らせてほしいところなのじゃが」

「だめ。譲る相手は決めてる」

「ほほう……。それは全て?」

「ん。食べられるところ以外は、全て」

 

 ギルドマスターさんとしては売ってほしいみたいだけど、ドラゴンの素材はミレーユさんに渡すって決めてある。角と牙の一本ずつぐらいならそのまま持って行っていいから、諦めてほしい。

 ギルドマスターさんとじっと見つめ合っていると、慌てたようにエリーゼさんが駆け寄ってきた。私の腕を取って、

 

「あ、あの! り……、隠遁の魔女様! 私は最低限でいいですから! 是非ともギルドにも売ってあげてください!」

「えー……」

「というより、あの量の鱗をいただいても使い切れませんから!」

 

 エリーゼさんがそこまで言うなら、仕方ないかな。私が頷くと、エリーゼさんはほっと安堵のため息をついて、ギルドマスターさんは嬉しそうに微笑んだ。

 渡す量は、食べられない素材の半分ほど。鱗とか骨とかだね。ただし目とか数が少ないものはエリーゼさんに渡すことにした。とりあえずそれで決着。相談とか面倒だから、これで終わり。

 ちなみにもちろん、ドラゴンの討伐の報酬とは他に、素材のお金ももらった。金貨いっぱい。しばらくお金には困らなさそう。

 

 ギルドを後にした私たちは、そのまま学園長室へ。まだどこかに行ったままかなと思ってたけど、学園長は部屋に戻ってくれていた。

 部屋に私たちが入ると、学園長は驚愕に目を見開いて、そして深く椅子に腰掛けた。大きなため息をついてる。エリーゼさんとフォリミアさんがいなくなってることに気付いて心配してたのかな。

 

「無事でよかった……。エリーゼ。フォリミア。怪我はないか?」

「はい、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした、学園長先生」

「隠遁の魔女様に助けていただき、無事に帰ってくることができました」

「ああ……。そうか。教えたのか?」

 

 最後の問いは私に向けてのものだった。素性のことだよね。

 

「ん。もう帰るし、最後にちゃんと伝えておこうかなって」

「そうか。それならいい」

 

 そう言って立ち上がると、学園長は私に深く頭を下げてきた。

 

「生徒二名の救出、感謝致します、隠遁の魔女殿」

「ん……。知ってる人が死んじゃうのは、嫌だから。それだけだよ」

「ふ……。そういうことにしておきましょう」

 

 そういうことだから変なことは考えなくていいよ。

 

『リタちゃんお顔真っ赤やで』

『てれてれリタちゃん』

『もじもじリタちゃん』

『かわええのう』

 

 本当に怒るよ……?

 とりあえず、やることはやった。と、思う。だからあとはミトさんに話を聞くだけ。

 そのはずなのに、エリーゼさんとフォリミアさんに両手を掴まれてしまった。二人を見ると、なんだかとっても素敵な笑顔だ。

 日本の本で笑顔はもともと攻撃的な表情っていうのをどこかで見た気がするけど、本当にその通りだと思う。怖いよこの二人。

 

「リタさん、帰るとはどういうことですか?」

「寮に、という意味ですよね?」

「森に帰る」

 

 短く告げると、二人は途端に泣きそうな表情になってしまった。でも、引き留めるようなことはしてこない。そうですか、と二人とも離れてしまった。

 

「せめて……何かお礼をさせてほしいです! 何かできることありませんか?」

「私もお力になれることがあれば」

 

 いきなりそう言われても困る。二人ができることで私ができないこと、だよね。何かあるかな。

 

『リタちゃん、どうせならミトちゃんのこと頼んでおいたら?』

『この二人と一緒ならミトさん孤立しなさそう』

 

 ああ、それはいいかも。それにしよう。

 

「ミトさんのこと、気にかけてあげてほしい。賢者が死んだ原因だって嫌がらせとかあったみたいだから」

「な……!」

 

 驚いたのは学園長。やっぱり気付いてなかったみたい。対してエリーゼさんとフォリミアさんの二人は知ってたみたいで、そういうことならとすぐに頷いてくれた。

 

「ん。よろしく。それじゃあ、ミトさん。お話をしよう」

「あ……。はい。分かりました」

 

 ここからが、私にとっての本題だ。師匠の最後を、ちゃんと知りたい。

 




壁|w・)学園編?も次回で終わりです。次回は、師匠の最後の真相。


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次の目標

 

 ミトさんに場所を聞いて転移した先は、さっきの山の近くだった。ドラゴンがいた場所は目で見えるほどに近い。今回は関係ないはずだけど。

 

「ここ?」

「はい。賢者様にお願いして、魔法を見てもらうために来たんです。不慣れな攻撃魔法だったので、人が少ないここで試そうと……」

 

 ミトさんが言うには、ここで魔法を試そうとしたところ、魔獣に襲われたらしい。この岩山に生息するサンドワームという魔獣だったそうだ。

 サンドワームは、精霊の森にも生息してる魔獣だね。話を聞いているとやっぱりサイズは違うみたいだけど、特性は同じみたい。だから普段は地上には出てこない魔獣のはずだけど、ミトさんの魔力に気付いて食べようとしたのかも。

 

「もしかして、慌てて隠れようとして隠蔽の魔法を使った?」

「はい……。あとから、通用しないと知りました……」

 

 そうなんだよね。私や師匠みたいに完全に隠れられるならともかく、多少なりとも揺らぎのある隠蔽だとサンドワームには気付かれてしまう。

 サンドワームは普段は地中にいるからか目がない魔獣で、地上の魔力を感知して食べようとしてくる。つまり魔力の流れに敏感ということ。揺らぎのある隠蔽の魔法だと、サンドワームにとっては狙ってくれと言ってるようなものだ。

 

 ミトさんはそれを知らなくて、隠蔽の魔法で隠れられると思ってしまったらしい。そのため迎撃の用意もせず、完全に油断してしまっていた。襲われそうになって初めて気付いたみたいで、でもそれじゃあ間に合わなくて。それで助けに入ったのが、師匠。

 ミトさんの視点では。師匠はサンドワームとの間に立つと、不思議な魔法を使って大きな光を放った後、サンドワーム諸共消えてしまった、ということだった。

 

「ん……。分かった。ありがとう。それじゃあ、学園に転移させるね」

「はい……。あの、本当にごめんなさい……。せめて、もっと早く言うべきでした」

「ん。気にしてない。本当に気にしてないから」

 

 だからそんなに泣きそうな表情をしないでほしい。私もちょっと心苦しくなっちゃうよ。

 

「それじゃあ、またね。また行き詰まったら森に来て」

「はい……! ありがとうございました!」

 

 そう言って頭を下げるミトさんを、学園長室に転移させた。

 さて。

 

「聞いてた?」

 

『聞いてた』

『聞いて思った。おかしくない?』

『あいつがサンドワームと相打ちになるか? しかも精霊の森のやつより弱いんだろ?』

 

 そうなんだよね。師匠がサンドワームと相打ちになるとは思えない。例え丸呑みにされてしまったとしても、お腹をぶった切って出てくるはずだから。私もできるし。

 でも、そうなると師匠が消えた理由が分からない。ミトさんは師匠が自爆みたいな魔法を使ったと思ってるみたいだったけど、あり得ないから。使う必要性がなさすぎる。

 

 んー……。だめだ。分からない。無駄だとは思うけど、魔力の残滓でも調べてみようかな。強い魔法なら、一年経っても何かしら残ってるかもしれないし。

 もちろん師匠の魔法はとても綺麗な魔法だから、そんな痕跡が残るようなことはないと思うけど……。

 

「ん……?」

 

『おん?』

『どした?』

『なんかすっごい変な顔』

 

 失礼だと思うけど、今はそれどころじゃない。

 魔法は、超常現象を起こす技術だ。だから、使い方が下手だと何かしらの魔力の残滓が残ってしまう。普通はすぐに消えてしまうけど、禁術級の魔法を無理矢理使うと、長く影響が残る、らしい。

 私も師匠もそれを残すようなことはしないから気にもしていなかったけど、ここにはほんのわずかにそれがあった。

 一応それを視聴者さんにも説明したら、納得はしたみたい。

 

『自然現象でも影響が長く残るものもあるし、そういうもんなんかね』

『で、具体的にどんな魔法が使われたっぽい?』

『それで分かるかも!』

 

 んー……。さすがに一年以上も経つと、禁術級でも微かにしか残らないから……。ちょっと調べるのに時間がかかって……、あ、いや。違うこれすぐ分かる。私がつい最近まで、実験で頻繁に見ていたものに近い。

 つまりこれは、転移魔法だ。

 

「私が地球に行くのと同規模の転移魔法」

 

『マジかよ』

『え? いやでも、つまりあいつ、生きてんの?』

『でも精霊様、コウタは死んだって……』

 

 そうだよ。精霊様が嘘をつくとは思わない。精霊様も師匠が死んだって言って……。

 いや。待って。違う。そうだ。言って、ない。

 

「私がそう思っただけで……、精霊様は師匠が死んだって一言も言ってない……」

 

『マジで!?』

『ちょっと急いで過去配信見てきた。マジだ、死んだなんて言ってないぞ!』

『見てきた! もういない、とは言ってたけどそれだけだ!』

『つまりなんだ、地球への転移と同規模ってことは、死んだからいないじゃなくて』

『この世界にはいないって意味かあれ!』

 

 確信はない。でも、それで間違いないと思う。師匠はまだどこかで生きてるかもしれない。

 

「ちょっと、精霊様に聞いてくる」

 

『りょ!』

『精霊様、嘘だけは絶対につかないから、しっかり聞けば教えてくれるはず!』

『でもリタちゃん、あまり期待しすぎないようにな』

『精霊様が濁した事実は変わらないから』

 

「ん……。そう、だね。大丈夫。分かってる」

 

 期待はしちゃうけど、しすぎないように、だね。そう自分に言い聞かせて、私は精霊の森、世界樹の前に転移した。

 

 

 

「精霊様」

 

 世界樹の前に立って精霊様を呼ぶ。するといつも通り、精霊様はすぐに出てきてくれた。いつもの笑顔で私を見て、でもすぐに顔を曇らせてしまった。

 

「リタ……」

「精霊様。はっきりと言ってほしい。師匠が生きているか、死んでいるか」

「…………」

 

 精霊様がじっと見つめてくるので、私も見つめ返す。しばらく睨み合うような形で見ていたら、精霊様は一瞬だけ目を伏せてから答えてくれた。

 

「生きています」

「……っ!」

 

 ああ、やっぱり。師匠は、生きてる。生きてる!

 

『おおお! やったあああ!』

『とりあえず生きてることは確定か!』

『でもまだこれからだぞ。喜びすぎたらだめだ』

 

 そうだね。生きてる、という事実だけ受け止める。精霊様が言わなかった理由があるはずだから。

 

「精霊様。師匠とはすぐに会える?」

「いいえ」

 

 そしてやっぱり、会うことは難しいみたいだった。

 

「ん……。どうして?」

「その前にリタ。何故コウタが生きていると思いましたか?」

「師匠が殺されたっていうのが、そもそも不自然だった。だから、師匠が庇った人に場所を教えてもらって、魔法の痕跡がないか調べた。大規模な転移魔法の痕跡があった」

「そこまで分かっているのなら、もう察しているでしょう。コウタは、こことは違う惑星に召喚されてしまったようです。どこにいるかは、私でも分かりません」

 

 ああ、そっか。精霊様が言わなかった理由が分かった気がする。生きていたとしても、もう会えない事実は変わらないから。だから、私が諦められるように、私の勘違いを利用したんだ。

 それが悪いとは言わない。思うところがないわけではないけど、きっと精霊様は、私を気遣ってそうしてくれたんだと思うから。

 

「精霊様、本当に分からない? 師匠がいる場所」

「おかしなことを聞きますね、リタ。それが分かっていれば、取り返しに行きますよ。その世界を滅ぼすことになろうとも」

「あ、うん。ごめんなさい」

 

『ヒェッ』

『目が笑ってないってこういうこと言うんやなって』

『でもまさか異星とくるとは……。これは探すのはかなり難しいぞ……』

 

 地球を探す時は、天の川銀河というヒントがあったからまだ探すことができた。でも、今回は難しい、なんてものじゃない。天の川銀河の他の星も調べる必要があるだろうし、他にも銀河はたくさんあって、惑星はもっともっと多い。見つけられるとは、私もさすがに思えない。

 けれど。それでも。

 

「精霊様」

「はい」

「私は、師匠を探すよ。どれだけ時間がかかっても、必ず」

 

 そう宣言すると、精霊様は眉尻を下げて淡く微笑んだ。

 

『よっしゃ、やったろうぜリタちゃん!』

『俺たちで協力できることは何でもするぞ!』

『まあ何もできないけどな!』

『悲しい』

 

 ん……。その気持ちだけでも、十分だよ。うん。十分。

 

「お菓子をくれたらいいよ」

 

『あいあいさー!』

『とびきりのお菓子を用意するぜ!』

『美味しい晩ご飯を用意するね!』

 

 ご飯は楽しみにしてる。

 とりあえず、まずは魔法を作ろう。最低限、生命がある惑星をある程度自動で探せるような、そんな魔法を作りたい。自分でも無茶だと思うけど、どうにかする。

 術式を考えながら帰ろうとしたところで、精霊様に呼び止められた。

 

「リタ。精霊を一人、あなたの配下につけましょう。自由に使いなさい」

「いいの?」

「もちろんです。私が直接的に協力する余裕はありませんが、せめてこれぐらいはさせてください」

 

 それはすごく助かる。人手はあった方が絶対にいいから。

 

「ん……。ありがとう、精霊様。がんばる」

「はい。よろしくお願いします、リタ」

 

 ん。よし。目標ができた。師匠を探し出そう。絶対に、必ず。

 




壁|w・)と、いうわけで。ネタバレをすでに確認している皆様は知っていた部分ですが……。
お師匠、しっかり生きています。どこぞの惑星に召喚されています。
いつか再会できることを信じて、リタは魔法の研究をするのです。

次回は魔法の研究の成果。そして協力者になってる精霊の紹介。


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カリちゃん

壁|w・)ここから第十三話、みたいなイメージ。


 

 亜空間から出ると、お日様がすっかり昇ってしまっていた。お昼前ぐらい、かな? 日本は何曜日だろう。亜空間でずっと研究していたから、ちょっと曜日の感覚は曖昧だ。

 とりあえず配信魔法を使おう。

 

「ん」

 

『きたあああ!』

『よかった! リタちゃん生きてた!』

『一週間近くも音信不通になるなよ心配するだろ!』

 

 ああ……。もう一週間ぐらい経ってるんだね。亜空間にどれだけいたかは……、うん。計算しないでおこう。

 

「亜空間でずっと研究してた」

 

『まって』

『確か、亜空間で一年過ごしても外では一時間、だっけ……?』

『つまり』

 

「計算しなくていいよ」

 

 でも、今回は本当に大変だった。地球に行く転移魔法の研究よりもずっと難しかった。同じぐらいの時間だと思われそうだけど、今回は協力者がいてこれだからね。

 

「リタちゃんー。準備終わりましたよー」

「ん」

 

 開けたままの亜空間から出てきたのは、小さな妖精のような精霊。精霊様が私につけてくれた協力者だ。この子とずっと研究をしていた。

 

『管理精霊ちゃんだ!』

『もしかして精霊様に派遣されてリタちゃんの配下になった子?』

『管理精霊ちゃんおっすおっす!』

 

「おー。これがリタちゃんが言ってた配信ですねー。管理精霊ですー」

 

 管理精霊は興味深そうにコメントが流れる黒板を叩いてる。ぺちぺちしてる。裏に何かないかと確認していて、ちょっとかわいい。

 

『かわいい』

『かわいい』

『ちなみに管理精霊ちゃん、名前はないの?』

 

「名前ですかー? ないですよー。でもリタちゃんが呼びにくいってつけてくれましたー」

 

『リタちゃんの命名……?』

『まって不安しかねえw』

『ドラゴンがゴンちゃん、フェニックスがフェニちゃんだからな……』

『カンちゃんかンリちゃんかどっちだ……? ンリは言いにくいからカンちゃんか?』

 

「カリちゃん」

「カリちゃんですー」

 

『かwwwりwwwちゃんwww』

『相変わらずの命名センス』

『さすがだぜリタちゃん!』

 

「怒るよ?」

 

 そんなに悪かったかな? 覚えやすくていいかなと思ったんだけど。ゴンちゃんもフェニちゃんも喜んでくれたし、カリちゃんも喜んでくれたよ?

 

「カリちゃん、だめだった?」

「いえいえー。カリちゃんでいいですよー」

 

 にっこり笑顔のカリちゃん。これはこれでとてもかわいい。指先で撫でてあげると、嬉しそうに頬を緩めてくれた。

 

「わはー。気持ちいいですー」

 

「かわいい」

『かわいい』

『この子かわいすぎない?』

 

 人間に友好的な数少ない精霊だからね。それもあると思う。

 

「それはともかく、師匠を探す魔法、一応は完成した」

 

『おおおおお!』

『マジかよすげえさすがだリタちゃん!』

『この短期間で!』

『短期間 (亜空間で数十年)』

『それは言わないお約束』

 

 まあ、うん。今更だからね。

 

『じゃあ今から師匠に会いに行くってことか?』

『やべえついにきたかって感じだ!』

『おらわくわくしてきたぞ!』

 

 それができたらいいんだけどね……。

 師匠を探すための魔法だけど、当然だけどそう簡単にはいかなかった。

 今回作った魔法は、二つ。まず一つ目は、生命がいる惑星を探す魔法。でもそんなすぐに調べられるものじゃない。一つの銀河につき一日はかかる。使われた転移魔法からそこまで離れた銀河じゃないとは思うけど、それも確実じゃない。

 

「一つ目の魔法はこれが限界だった。もっと短く調べるのは多分無理。少なくとも私もカリちゃんも思い浮かばなかった」

 

『いやでも一日で一つの銀河を調べられるって十分すぎるほどにすごいのでは?』

『人類は未だに生命のある惑星を見つけられてないからな……』

『ぶっちゃけリタちゃんがいなかったら、他にはないって思う人も多かったと思う』

『でも時間はかかりそうだな……』

 

 宇宙にはたくさんの銀河があるからね。近くの銀河で見つかってくれたら早いかもしれないけど、遠くの銀河になると見つけられずに終わる可能性もある。亜空間から使えたらいいけど、それはさすがにできなかったし。

 

『ちなみに銀河ってどれぐらいあるの?』

『数千万ぐらい? 億はいかんだろ』

『落ち着いて聞けよ。少なくとも二兆だ』

『ふぁ!?』

『宇宙やばすぎて笑えない』

 

 私も師匠から聞いたことがあるよ。全てを数えられてるわけじゃないけど、少なくても二兆。つまり、最後まで見つからなかったとしたら、五十億年はかかるということ。

 当たり前だけど、そんなに長く生きていられる生命なんて存在しない。少なくとも私は知らない。エルフでも、精霊たちですら無理だ。ましてや、人間の師匠なんて……。

 だから、これで探すのは百年ほど。それで見つけられなかったら諦めるしかない。

 

「確率で考えると、絶望的に低いのは分かってる、けど……。でも、諦めたくない」

 

『リタちゃん……』

『大丈夫だリタちゃん! 近くの銀河にいる可能性の方が高いんだろ!?』

『いけるいける絶対見つかる!』

『だから元気出して!』

 

「ん……。ありがとう」

 

 そうだよね。私が疑ったらだめだ。諦めも後悔もあとでできるから。

 




壁|w・)ミトさんが去って、カリちゃんが住み着きました。
ちなみに、銀河の数は2016年の研究で『少なくとも2兆』という推定結果が出ています。
さらに銀河は1000万ほどの星の数で矮小銀河と呼ばれています。1000万で矮小扱いです。こわひ。
もしも興味が出てきたら、調べて見るとおもしろいですよ。

次回は、もう一つの魔法についてと、安価。


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久しぶりの安価

 二つ目の魔法は、生命のある惑星から師匠の魔力を探す魔法。これはそのままだね。

 

『てことは、リタちゃんもう日本には来ない?』

『魔法使うので忙しそうだし』

『仕方ないかもしれないけど、寂しいよ……』

 

「あ、えっと……」

 

 それは、うん。私も最初はそのつもりだったんだけどね……。

 私が言葉を探している間に、カリちゃんが代わりに答えてくれた。

 

「いえー。リタちゃんはいつも通りですよー。私が魔法を使うのでー」

 

『え』

『そうなん?』

 

「ん……。まあ、そういうことになってる」

 

 二人で使えば二倍の効率になる、という魔法じゃないからね。近くの銀河から自動的に探していく魔法だから、二人で使っても意味がない。むしろお互いの魔法に干渉して効率が悪くなる可能性もある。

 だから、カリちゃんに全て任せることになった。なってしまった。

 

「本当は私が探したいから、私がやるべきだと思ったけど……」

「それは絶対にだめなのですー」

 

 こんな感じだった。だから私は、暇になってしまった。

 カリちゃんが続ける。

 

「リタちゃんにはーいつも通り楽しく過ごしてほしいですー。大精霊様からもー、リタちゃんを自由に動けるようにと言われていますからー」

 

 ん……。精霊様は過保護だと思う。もちろん嬉しいけど。

 

「魔法は私が引き受けますからー。リタちゃんはいつも通りー、いろんな世界を見てきてくださいー」

「ん……。ありがとう」

「いえいえー。ご褒美にお菓子を期待してますー」

「ん」

「あと褒めてくれると嬉しいですよー」

「ん。カリちゃんすごい。いい子いい子」

「わはー」

 

 指先で頭を撫でてあげると、カリちゃんはとても嬉しそうな笑顔になった。

 

『なんだこのほのぼの』

『やはり管理精霊ちゃんは癒やし枠』

『ただのかわいいとは違いカリちゃんの小さなかわいさとリタちゃんの静かなかわいさが以下略』

『どうした急に』

 

 なんだかコメントが変なことになり始めてるから、気にしないようにしよう。

 カリちゃんは、それではと魔法を使った。お庭を埋め尽くすほどの大きな魔法陣が描かれて、それがまぶしく光り始める。そして光が消えるのと同時に魔法陣も消えて、たくさんの光の粒が空に昇っていった。

 

『おー。神秘的な光景』

『あの光の粒が調べていくのかな?』

 

 そういうことだね。あとは放っておいたら勝手に調べてくれる。生命のある惑星が見つかるたびに、カリちゃんが師匠を探す魔法を使っていくことになる。

 

「それでは、私は暇な時はリタちゃんのお家にいますねー。ご本を読ませてもらってもいいですー?」

「ん。いいよ。でも保存魔法は消さないでね」

「もちろんですー。リタちゃんもずっと研究漬けだったんですからー、ゆっくりしてきてください―」

 

 そう言って、カリちゃんは私のお家に入っていった。最近はずっと一緒だったから、少しだけ寂しくなるかも。

 ちなみに。カリちゃんがこっちに来たから、カリちゃんが管理していたダンジョンには別の管理精霊が配置されるらしい。人間に友好的な精霊だったらいいけど、どうだろうね。

 さてと……。それじゃあ、久しぶりに日本に行こうかな。

 

「真美。真美。いる?」

 

『いるよ!』

『誰よりも早く返事をする推定真美ちゃん、さすがやで』

『日曜日とはいえ、返事早すぎるだろwww』

 

 私は助かるけど、ちょっとだけ心配になるね。

 

「カレーライス、食べたいなって……。だめ?」

 

『作るよ! あ、それとも出前頼む? 美味しいカレーライスの出前があるけど』

 

「真美のカレーライスがいい。カツカレー食べたい」

 

『作る。すごく作る。がんばる』

『これは……てえてえやな……?』

『俺には胃袋掴まれた子供に見える』

『あかんそれにしか見えなくなったw』

 

 否定はしないよ。最初のイメージが強すぎるだけかもしれないけど、真美のカレーライスが一番美味しいと思ってる。

 

『でもまだお昼だけど、お昼ご飯はどうする?』

『安価やろうぜ安価!』

『リタちゃんおかえり記念に!』

 

 んー……。そうだね。晩ご飯は決まったし、お昼ご飯はどこかに行ってみよう。みんなのオススメがいいかな。

 

「それじゃあ、安価で。いつも通り手を叩いてから十番目のコメント。日本語のみ。海外は行かない。もしも海外が選ばれたらやり直し。いい?」

 

『おk』

『おらわくわくしてきたぞ!』

『今度こそ来てもらうんだ……!』

『来てもらっても会えるとは限らないけどな!』

 

 私が両手を前に出すと、コメントの量がすごく減ってきた。まだ流れるコメントは、安価に参加しいない人たちかな。それでも楽しみにはしてるみたい。

 それじゃあ……。ぱん。

 

『沖縄!』『長野県』『今度こそ琵琶湖』『串カツ』『愛媛!』『奈良の鹿かわいいよ』『長崎ちゃんぽんとかカステラとか』『青森……!』『犬!』

『讃岐うどん!』

『鹿児島とかどう?』『東京』『京都!』『鳥取砂丘!』『離島の景色いいよ』

『決まった?』

『コメントが多すぎて分からねえw』

 

 んー……。讃岐うどん、だね。どう見ても地名じゃないのは分かるよ。おうどんの種類だとは思うけど。ただ、ちょっと漢字が読めない。なにこれ。

 




壁|w・)そんなわけで、讃岐うどんです。つまり香川県です。

次回は、ドラゴンのお肉の味見。


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ドラゴンのお肉

「えっと……。さんやま? し? うどん……?」

 

『草』

『ちょっとログ見てくる』

『さぬきうどん、じゃないかな』

『地名じゃねえw ちな香川県な』

 

 香川県だね。スマホを取り出して、地図を開く。検索するとすぐに出てきた。以前行ったことがある大阪の側だね。四国、という地方の一つらしい。

 

「讃岐うどんはどこで食べられるの?」

 

『どこでも』

『香川に行けば苦労せずに見つけられると思うよ』

『ちょっとオススメ考える』

 

「ん。よろしく」

 

 どこでも食べられるってすごい。それだけ讃岐うどんが愛されてるってことかな。

 待っている間は暇だから、ちょっと真美の家に行こう。預けたいものもあるし。

 

「真美。ちょっと今から行く。預けたいお肉があるから」

 

『はーい』

『預けたいお肉……?』

『あっ(察し)』

 

 覚えてる人もいるみたいだね。私も、食べてみたかったのをずっと我慢してたから。

 真美の家、リビングに転移すると、ちいちゃんがお昼寝をしていた。机に突っ伏してくうくうと整った寝息を立ててる。かわいい。

 起こさないように台所に行くと、真美が待ってくれていた。

 

「いらっしゃい、リタちゃん。久しぶりだね」

「ん。本当に久しぶり」

「あはは……。絶対に時間の感覚が違うよね……」

 

『真美ちゃんは俺らと同じ一週間ぐらいだろうけど、リタちゃんは数十年だからな』

『この子ほんと実年齢いくつなんだろうなw』

『それなのに精神面が成長しないのは、その、なんだ……。うん』

 

 ケンカを売られた気がするのは気のせいかな。言いたいことは分かるから別にいいけど。

 精神面の方はハイエルフだからとしか言えない。あとはまあ、守護者になった時にいろいろと。

 

「真美。これ、調理してみて」

 

 アイテムボックスから正方形に切り取られたお肉を渡す。ずっしりとした重さがあるほどの大きさだけど、余った分は適当に食べてほしい。

 

「これ、何のお肉?」

「ドラゴン」

「ドラゴ……、ああ……」

 

『エリーゼちゃんたちを助けた時のやつか!』

『そういえば回収してたなw』

『でもこれ、調理方法分からないのでは……』

 

 それはそうだと思う。魔獣によっては毒とか持ってたりもするし。でも、ドラゴンのお肉については大丈夫だ。

 

「魔法で処理済み。毒はない。あと精霊様に聞いたけど、牛や豚みたいに使っても問題ないって。生でも食べられるよ」

「生でも……」

 

『ははーん。つまり馬刺しみたいなこともできるってことやな?』

『なにそれめちゃくちゃ羨ましい』

『お肉の刺身か。今はほとんどないからなあ』

 

 お腹が痛くなるんだっけ。その辺りはよく分からないけど。

 真美はまな板と包丁を取り出すと、さっとドラゴンのお肉を薄く切り取った。とりあえず二枚ほど。私と真美で一枚ずつみたいで、渡してくれた。

 見た目は悪くないかな。うん。とりあえず食べてみる。

 

「んー……。うん。美味しい。ワイバーンより弱いけどワイバーンより美味しい」

 

『それ絶対ドラゴンにとって嬉しくないwww』

『強さはワイバーン以下なのに味は上って、乱獲される未来しかねえw』

 

「いや、しないよ」

 

 そもそもワイバーンだってそんなに頻繁に狩るわけじゃない。一匹狩ったらしばらくお肉に困らないし、地上にいる私を襲ってくることも、ほとんどないから。

 

「真美はどう? 美味しい?」

「うん……。すごいね。今まで食べたどのお肉よりも美味しい。すごく濃厚だけど、不思議とくどくない。これなら胸焼けとかもしないかも」

 

『なにそれめっちゃ食べてみたい!』

『こってりしてるのに胸焼けしないってすごく気になる』

『リタちゃん俺たちにもわけてくれー!』

 

 無茶を言わないでほしい。ドラゴンのお肉はいっぱいあるけど、さすがに視聴者さん全員に配ったら残らない。私だって真美に料理してもらったのを食べたいんだから。

 

「それじゃあ、今日はこのお肉をカツにするね」

「ん。楽しみにしてる」

 

 お肉は真美に任せて、私はお昼ご飯に行こう。それじゃあ、転移を……。

 

「あ、リタちゃん待って!」

「ん?」

 

 魔法を中断して、真美に向き直る。真美は少し言いづらそうにしていたけど、すぐに話してくれた。

 

「ちょっと、お使いというか……。香川に行くならお願いしたいことがあって……」

「ん!」

 

『おや、リタちゃんちょっと嬉しそう』

『多分普段もらってばかりだから、頼られて嬉しいのだと予想する』

『なるほどリタちゃんかわいいな!』

 

 やめてほしい。わりとその通りだから言わないでほしい。

 

「えっとね……。香川に、イルカと触れ合える施設があるんだけど」

「いるか」

「うん。その……。ぬいぐるみが欲しいなって……」

 

 これなんだけど、と真美がスマホで見せてくれたのは、かわいい魚のふわふわな人形。さわり心地が良さそうだ。私もちょっと触ってみたいかも。

 

「わかった。場所は?」

「地図に登録するね。スマホ貸してもらえる?」

「ん」

 

 アイテムボックスからスマホを取り出して……。なんだかすごく震えてるけど気にせず真美に渡した。すごくぶるぶるしてる。

 

「リタちゃん、通知いっぱい来てるけど……」

「後回し」

「ええ……」

 

 日本でご飯よりも優先する用事なんてないから。だからお昼ご飯を食べて、晩ご飯を食べて、それから確認する。それまでは待ってもらうよ。

 真美は、いいのかなあと苦笑いながらも、スマホを何度か操作して返してくれた。

 

「ん。分かった。じゃあ、行ってくる」

「うん。気をつけてね」

 

 手を振ってくれる真美に私も小さく振り返して、転移した。

 




壁|w・)写真でイルカのぬいぐるみを見て、イルカのぬいぐるみをぎゅっとするリタが書きたくなっただけなんて言えない。
ちなみに参考にした場所はありますが、架空の施設です。架空の、施設です。
ここかなと思っても書かないようにしてください。

次回は、イルカ見学。


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イルカとの触れ合い

 

 転移した先は砂浜だった。わりといい場所に転移した気がする。目の前には海がある。

 

「海の水ってしょっぱいんだっけ」

 

『しょっぱいというか、塩辛いというか』

『なめれば分かる!』

 

「ん……。うわあ……」

 

『本当になめるのかw』

 

 一度は試してみたいと思ったから。でも、本当に水にこんな味がついてるんだね。海は不思議だ。私の世界の海も同じようなものになってるのかな。

 

『そういえば、リタちゃんの世界で海はまだ見てないな』

『よくよく考えたら日本でも初めてなのでは?』

『初めての海が日本で良かったのかな……w』

 

 森の周辺に海はないから、別にいい。でもいずれは、私の世界の海も見てみたいと思う。

 指先の海水を払って振り返ると、何人かが私を見て驚いていた。いつものやつなので気にしないでおく。周囲を確認すると、三階建てかな、建物があった。

 ちょっと不思議な形状の建物だ。岩の上に建ってるのかな。それとも、そういう風に見えるようにしたのかな。

 ともかく、気にせずに建物に向かうと、外に受付があるみたいだった。受付にいる人も私を見て目を丸くしてる。

 

「入りたい。大丈夫?」

「あ、はい……! 入場ですね! 入場料は……」

「ん。電子マネー? それで」

「では、こちらにかざしてください」

 

 ん、と頷いて、アイテムボックスからスマホを取り出す。アイテムボックスはやっぱり目立つみたいで、周囲がちょっと騒がしくなってる。

 受付の人の指示に従って、小さな機械にスマホをかざす。するとスマホから小さな軽い音が聞こえてきた。お金を落としたような音だ。これが支払い完了の合図らしい。

 すごい。本当に、お金のやり取りをせずに終わってしまった。日本すごい。

 

「あの……。リタさん、ですよね?」

「ん。讃岐うどんを食べにきた。そのついでに、友達にイルカのぬいぐるみを頼まれた」

「なるほど……! では少しお待ちください!」

 

 なんだろう? でも悪意は感じられないから、おとなしく待ってみよう。

 受付の人は小走りで建物に入っていって、そしてさほど待つこともなくもう一人、女の人も連れてきた。おそろいの服を着てる。制服なのかな。

 連れてこられた人は私を見て驚いてるみたいだったけど、すぐに嬉しそうに破顔した。

 

「ようこそ! 私はトレーナーの相沢といいます。トレーナーと呼んでいただければ大丈夫です」

「ん。トレーナーさん。私はリタ。イルカのぬいぐるみが欲しい」

「はい。でもせっかくなので、どうでしょう? イルカと触れ合ってみませんか?」

 

 イルカと触れ合う……。何するのかな。大きいお魚というのは分かるけど、それしか分からない。他のお魚より賢いのは知ってるけど。

 

「イルカってお魚だよね? 何するの?」

 

 トレーナーさんに聞いてみると、何故か苦笑いされてしまった。

 

「イルカは哺乳類なので、魚とは違いますよ」

「え」

 

 そうなの? 光球へと振り返って黒板を確認すると、

 

『そうだぞ』

『でもそうだよな、見た目しか知らないんだもんな』

『勘違いしてもしゃーない』

 

 みんな知ってることだったみたい。大きいお魚だな、なんて思ってしまってた。もしかして、他の動物や魚にも似たようなものがあったりするのかな。調べてみたい。

 

「今ならイルカの餌やりを体験していただけますよ」

「餌やり……ごはん……」

 

『リタちゃん間違ってもイルカは食べちゃだめだぞ』

『当たり前だけどイルカのエサも食べちゃだめだぞ』

 

「食べないよ」

 

 私をなんだと思ってるのかな。お腹はちょっと減ってるけど、今はおうどんが楽しみだから我慢できる。早くおうどん食べたい。

 でも、イルカという生き物にも興味がある。かわいいらしいし、見てみたいかも。

 

「見てみたい」

「ふふ。では、こちらにどうぞ」

 

 トレーナーさんに案内されて、建物の横を通って海の上へ。道が作られていて、その周辺を大きな魚が泳いでいた。魚じゃないらしいけど。

 

「これがイルカたちのエサになります」

 

 そう言ってトレーナーさんが渡してくれたバケツには、小魚がたくさん入っていた。これを投げたらいいのかな?

 トレーナーさんと一緒に道の先へ。するとイルカが二匹ほど近づいてきた。ひょこりと顔を出して、きゅるる、と高い音を出してる。鳴き声なのかな。かわいい。

 小魚をイルカの方に投げてあげると、ぱくりと食べた。そのまままた口を開けてる。

 

「撫でることもできますよ」

「ん……」

 

 顔を出してくれてるイルカを撫でてみる。ちょっと硬いけど、つるつるしてる。似たような感触のお野菜があった気がするけど、なんだっけ。

 きゅるる、とまた鳴いたからお魚をあげて、また撫でる。んー……。かわいい。

 

『リタちゃんずっと撫でてるw』

『イルカ気に入ったのかな』

『かわいいがかわいいを撫でててすごくかわいい』

 

 犬や猫とはまた違うかわいさだ。甘えてくれるのがすごくいい。人にすごく懐いてるからこそ、だとは思うけど。

 

「ちなみに、こんなこともできますよ」

 

 トレーナーさんがそう言って腕を上げると、もう一匹のイルカがジャンプした。続いて、私が撫でていたイルカもジャンプ。そうして戻ってきたイルカたちにトレーナーさんがエサをあげてる。

 お魚じゃない、とは聞いたけど、でも見た目はお魚だ。それなのにあんなに大きくジャンプできるなんてすごいと思う。イルカ、すごい。いいものを見れた。

 

「ん。ありがとう。楽しかった」

 

 最後のエサをあげてもう一度撫でてから、そうトレーナーさんに伝えた。

 

「いえいえ。お付き合いいただいてありがとうございます。せっかくですから、イルカの魅力を伝えたくて……」

「ん。かわいかった」

「そうでしょうそうでしょう! いやあ、嬉しいですね!」

 

 この人はイルカのことがすごく好きなんだね。この人にとっては家族みたいなものなのかも。長く一緒にいるんだろうし。

 

「君たちもありがとう。またね」

 

 そう言ってからもう一度撫でると、またかわいく鳴いてくれた。本当に賢い。また機会があれば、遊びに来たいかも。

 




壁|w・)イルカの感触はナスみたいらしいです。

次回は、イルカのぬいぐるみ。もふもふ。


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イルカのぬいぐるみ

 イルカとの触れ合いの後は、真美ご希望のぬいぐるみを買うために建物の中へ。二階にお店があるらしくて、そこまで案内してもらった。

 

「おー……」

 

 お店にはたくさんの商品が並んでる。イルカのぬいぐるみもたくさんあるし、他にもイルカの形をしたクッキーとか、キーホルダーとか。イルカづくしだ。

 

「すごい。イルカばっかり」

 

『まあイルカ専門の場所ですし』

『イルカクッキーとかすごく気になる』

『めちゃくちゃおっきいぬいぐるみもあるなw』

 

 大きいぬいぐるみ。気になるから探してみたら、すぐに見つかった。私よりも大きいぬいぐるみで、大人と同じぐらいの大きさかもしれない。こういうのもあるんだね。

 

「大きい」

「抱いてみます?」

「ん」

 

 トレーナーさんが棚の一番上にあったそのぬいぐるみを取ってくれた。受け取ろうとしたけど、これはちょっと大きすぎる。私だと床についてしまう。

 

「えっと……。こっちにしましょう!」

「ん」

 

 諦めて、二番目の棚にあるぬいぐるみを取ってもらった。これは私と同じぐらいの大きさ。十分大きいけど、さっきよりは持ちやすい。

 とりあえずぎゅっとしてみる。おお……ふわふわだ。もふもふしてる。とてもいいさわり心地だね。これを抱いて寝ると気持ちいいかも。

 

「んー……。これ、とりあえず一個もらう。真美はいる?」

 

『ちょっと欲しいけど、さすがに大きすぎるよ……』

『そりゃそうだw』

『大きいぬいぐるみはそれだけで魅力的だけど、スペースをすごく取るからなあ』

 

 ああ、そっか。アイテムボックスがないのって不便だね。

 大きめのぬいぐるみを持ったまま、手頃なサイズのぬいぐるみも探す。あ、クッキーも買っておこう。食べてみたい。とりあえず先にクッキーを、と思って棚を見てみたら、見覚えのあるデザインだった。

 

「んー……。そうだ。もらったお菓子にあったはず」

 

『マジかよwww』

『いやでもあれだけもらってたら、お土産系もありそうではあるw』

『お土産にありがちな値段なのにw』

 

 駄菓子とか、そういうのに比べると全然違うね。お土産はそういうものらしいけど。

 クッキーはもらったものを食べるとして、やっぱりぬいぐるみだ。見にいこう。

 

『ぬいぐるみを抱いたままちょこちょこ歩くリタちゃんかわいい』

『周囲の人がすごく微笑ましそうに見てるw』

『気持ちはとても分かる』

 

 持ったままだとさすがにちょっと歩きにくい。次も選びにくいし、仕方ないので魔法で浮かしておこう。

 とりあえず私の側でぷかぷかと浮かせると、トレーナーさんが残念そうなため息をついた。ろくでもないため息の気がするから気にしないでおく。

 

『トレーナーさんw』

『いや分かるけどw』

『お前らあからさまに残念そうにしてんじゃねえw』

 

 コメントを見て、周囲を見てみる。いつの間にか少しずつ人が増えてたみたいだけど、遠巻きにされてるだけだ。何故か顔を逸らされてるけど。

 気を取り直して、ぬいぐるみ選び。どのサイズがいいのかな。

 

「真美。サイズは?」

 

『膝にのせるとちょうどいいサイズがいいかな』

 

「ん」

 

 じゃあ……。これぐらいかな。

 手に取ったのは、膝に横向きに載せると少しはみ出す程度のサイズ。これならちょうどいいかも。何個いるかな。どうせだから精霊様にも買ってみたい。反応を見てみたい。んー……。

 

「真美。真美。ちいちゃんの分は?」

 

『ちょっと予算の方が……』

 

「お金はいい。三個買っておく」

 

 いつもご飯もらってるからね。真美と、ちいちゃんと、あとは精霊様に。精霊様がいるかはちょっと分からないけど。

 ぬいぐるみを抱えてカウンターに持っていって、会計をしてもらってスマホで決済。このスマホでの支払いも少し慣れてきたかもしれない。

 

「袋は大丈夫ですか?」

「ん。アイテムボックスに入れるから」

 

 ぬいぐるみ四個をアイテムボックスに入れて、と。これでおつかいは終了だ。イルカもかわいかったし、ぬいぐるみもたくさん買えたし、とても満足。

 

「トレーナーさん、ありがとう。楽しかった」

「いえいえ! またいつでも来てくださいね」

「ん。ところで、美味しいおうどんが食べられるお店、知らない?」

「おうどんですか」

 

 これも縁かなと思って。どうせだから、現地に住んでる人に聞いてみたかった。美味しくて静かなお店とかも知ってるかもしれないし。

 

「そうですね……。先に聞いておきたいのですが、セルフの方は分かりますか?」

「せるふ……?」

「欲しいおかずを自分で取って、みたいなお店ですね」

 

 なにそれ。注文をすれば出してくれるわけじゃないの? えっと……。自分で、取るの?

 

「やり方が分からないから普通のお店がいい」

「あはは。そうですね、初めてだとちょっと入りづらいですよね。それじゃあ……」

 

 トレーナーさんがスマホを操作して、表示された画面を見せてくれた。お店の写真と地図がある。肉うどんが美味しい讃岐うどんらしい。

 

「ちなみに冷たいざるうどんもオススメなので、よければ是非」

「ん。ありがとう、行ってみる」

 

 相談してよかった。写真と地図も見せてもらったから、転移もしやすい。早速出発しよう。

 

「それじゃあ、また」

「はい! ありがとうございました!」

 

 言うと、トレーナーさんも、そして遠巻きに見ていた人たちも手を振ってくれた。少しだけ嬉しくなって、私も小さく振り返しておく。そうしてから、トレーナーさんが教えてくれたお店の場所に転移した。

 




壁|w・)大きいぬいぐるみを持って、歩きにくそうにちょこちょこ歩くリタを書きたかった。
真正面から見るとぬいぐるみから三角帽子がちょこんとはみ出してる、かもしれない。

次回は、讃岐うどん。


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讃岐うどん

 

 転移した先は商店街、という場所らしい。たくさんのお店が並ぶ道なのかな。人がいっぱい歩いてる。その道には天井があって、雨が降っても濡れることはなさそうだ。便利だね。

 

「商店街、初めて」

 

『あれ、そうだっけ?』

『ちなみにその屋根はアーケードっていって、大きめの商店街にはあったりなかったり』

『どっちだよw』

 

 あるかもしれない、てことだね。

 私が転移した場所だけど、そのアーケードの少し下側に転移した。人にぶつからないように少し高めに転移したけど、今度はアーケードにぶつかりそうだった。もう少し気をつけよう。

 地上からはたくさんの人が私を見つけて驚いてる。いつものことなので気にせずに、とりあえず地面に着地。たくさんのお店があるけど、トレーナーさんが言ってたお店はどこかな。

 スマホを見てみるけど、この商店街のどこかにあるのは間違いない。でも、詳しい場所はちょっと分からない。お店が多すぎる。

 

「人に聞いた方が早いかな……」

 

 周囲を見回すと、多くの人が私を遠巻きに見てる。とりあえず最初に目が合った人に……、あの主婦さんでいいかな。

 目が合った主婦さんに向かって歩いていくと、主婦さんは分かりやすいほどにうろたえ始めた。取って食べたりしないから落ち着いてほしい。

 

「聞いていい?」

 

 主婦さんに話しかけると、少し緊張した面持ちで頷いた。

 

「このお店に行きたい。場所、分かる?」

「え、ええ……。道案内ね。どこ?」

 

 主婦さんにスマホを見せると、知ってるみたいですぐに頷いた。こっちよ、と案内してくれる。

 

「あなた、もしかしなくてもリタちゃんよね」

「ん。讃岐うどんを食べにきた」

「あら! それは嬉しいわね。このお店は地元でも有名だから期待してね!」

 

『本場の地元で有名ってなかなかすごいのでは』

『これはとても期待できる』

『おうどんわくわく!』

 

 そうだね。とても楽しみ。

 そうして案内された場所は、二階建てのお店。一階でおうどんを買って、二階でも食べられるんだって。窓から商店街を眺めながら食べられるのも魅力の一つだとか。

 お昼を少し過ぎてるけど、それでも何人か並んでる。人気のお店ってことだね。それだけ美味しいのかな?

 私が列の最後尾に並ぶと、前の人たちが気になるのかちらちらと見てきた。

 

「案内ありがとう」

「いえいえ。ごゆっくり」

 

 主婦さんが手を振って帰っていく。あとはおうどんを食べるだけ。楽しみだ。

 

『リタちゃん、何のおうどんを食べるかは決めた?』

『シンプルなかけうどんも美味しいし、定番のきつねうどん、肉うどんも捨てがたい』

『ちょっと変わり種の豚汁うどんとかもいいぞ。あるか知らんけど』

『せめて調べてから言えよw』

 

 んー……。どれも美味しそうだね。とりあえず肉うどんを食べようかなと思ってるけど、他のおうどんも食べてみたい。トレーナーさんはざるうどんをオススメしてたし……。悩む。

 でも、こうして何を食べようかと悩む時間も楽しい気がする。わくわくする。わくわく。

 視聴者さんからおうどんの種類について聞きながら並んでいると、少しして私の順番になった。店員さんに促されて店内に入る。

 

 奥にカウンターがあって、左側に二階への階段がある。二階は座って食べる席があるみたいだけど、一階は立ったまま食べるようになってるみたい。椅子がないし、テーブルもちょっと高め。私は、食べられないことはないけど、ちょっと食べづらいかも。

 そして。私がお店に入った瞬間、何故か一瞬だけ静かになった。

 

「本当にリタだ……!」

「すげえ実在してたんだ……」

「何を食べるのかな……」

 

 注目されるのはいつものこと、だね。

 どこに行こうかなと考えていたら、店員さんがカウンターの隅に案内してくれた。当然のように立って食べる場所だけど、小さい台を用意してくれてる。小さい子供用かな。子供じゃないと言いたいけど。

 私がそこに立つと、カウンターの向こう側にいる店員さんが笑顔で聞いてきた。

 

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

「んー……。肉うどんとざるうどんで」

「肉うどんとざるうどん。半分ずつとかできますが、どうします?」

「両方とも普通で大丈夫」

 

 本当ならもっと食べたいところだけど、我慢しておく。

 待っている間は他の人が食べているのを観察してみる。本当にいろんな種類のおうどんがあるね。あれは、カレーかな? カレーにうどんを入れたりもするみたい。あれも美味しそう。気になる。

 

『これめちゃくちゃ食べづらそうw』

『リタちゃん、さすがにじっと見るのはやめてあげてw』

『ちらちら見られてリタちゃんも気になるのは分かるけどw』

 

 他のおうどんを見てみたかっただけだけど……。そうだね。私も見られてると少し気になる時もあるし、やめておこう。おとなしくおうどんを待つことにする。

 おうどんはすぐに運ばれてきた。お盆に載ったおうどんは、ほかほかと湯気の立つ肉うどんと、冷たそうなざるうどん。ざるうどんはなんだか麺が白く輝いてるように見える。

 うん。美味しそう。それじゃあ、早速。お箸を持って、手を合わせて。

 

「いただきます」

 

 最初は肉うどんから。おうどんをずるずるとすすってみる。

 んー……。真美に作ってもらったおうどんも美味しかったけど、このおうどんは全然違う。噛むともちもちしていて、なんだか楽しい。のどごしもつるつるしてる。同じおうどんでここまで違うものなんだ。うどん、すごい。

 

「ん……。すごく美味しい」

 

 私がそう言うと、店員さんだけじゃなくて何故か他のお客さんも安堵のため息をついていた。

 

『まあ地元のおうどんを食べに来たと言われて気にならないわけがないから』

『リタちゃんに受け入れられたら普通に嬉しいと思う』

『次は長崎ちゃんぽん食べに来てほしいな!』

 

 長崎ちゃんぽん。気が向いたらそっちも行きたい。

 お肉も濃いめの味付けだけどしつこくなくて、ほどよい加減だ。あっという間に食べることができた。

 

 次は、ざるうどん。こっちはカップに入ったつゆに少しずつ入れながら食べるみたい。他の人がそうやって食べてるから。

 つゆにおうどんをつけて、ちゅるっとすする。冷たいおうどんもすごく美味しい。つゆも濃すぎない味で美味しいけど、これはおうどんがしっかりと感じられる。食感とかを楽しむならざるうどんの方がいいかも。

 ちゅるちゅるすするのもちょっと楽しい。ざるうどん、すごくいい。

 二人前を食べ終わるのにあまり時間はかからなかった。満足。

 




壁|w・)私にメシテロを期待してはならない。

カレーうどんを食べてる人はもれなくリタにじっと見つめられます。
なお危険なので餌付けはしないでください。


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スマホの宇宙進出

「んー……。他のも気になる……」

 

 おうどん、たくさん種類あるみたいだけど、どうしようかな。お持ち帰り、だっけ。それもやってるなら欲しいけど……。

 

「お持ち帰りってできる?」

 

 近くの店員さんに聞くと、言葉に詰まって困ったように眉尻を下げた。やってないってことだね。

 

「ん……。残念」

「ちょ、ちょっと待ってください……!」

 

 慌てたように奥に小走りで去ってしまった。ちょっと無茶なことを言ってしまったかも。あとで謝らないと……。

 そう思っていたら、カウンターの奥から中年ぐらいのおじさんが出てきた。私を見て、少し驚いたように目を丸くしてる。でもすぐににこやかな笑顔になった。

 

「リタちゃんだね。うどんを持ち帰りたいとか」

「ん。でも、やってないなら無理を言うつもりは……」

「そうだな。本来ならやってないけど……。でもせっかく来てくれたんだ。一杯ぐらいなら、器ごと持ち帰ってくれて構わないよ」

 

 内緒だぞ、とウインクというものをしてくれる。でも、その……。

 

「配信中だから内緒になってない……」

「…………。内緒だぞ!」

「あ、うん」

 

『草』

『いい店主さんだなあw』

『俺らは何も聞いていないし、この後に見るものもちょっと覚えられる気がしないな!』

 

 みんなで内緒、だね。

 

「それで? ご注文は?」

「んー……。オススメは?」

「あー……。肉うどんとざるうどんを食べたんだよな……。それなら、天ぷらうどんかな」

「じゃあ、それで」

「あいよ。ちょっと待っててくれよ」

 

 おじさんが中に戻っていく。私はアイテムボックスを開けておこう。ここに入れておけば、なかなか劣化しないから。暇な日のお昼ご飯にしようかな。楽しみ。

 待つこと数分。さっきのおじさんが天ぷらうどんを持ってきてくれた。肉うどんに似てるけど、お肉の代わりに違うものがたくさん載ってる。これが天ぷらなのかな。

 

「ちょっとサービスだ。とり天にえび天、そしてかき揚げ。アイテムボックス、というものの仕組みは一応理解してるつもりだけど、早めに食べてくれよ」

「ん。ありがとう」

 

 おうどんの器ごと、アイテムボックスに入れる。正直、今すぐ食べたくなっちゃうけど……。我慢。お楽しみにするから。

 

「ありがとう。ここのおうどん、とても美味しかった」

「こちらこそ、ここを選んでくれてありがとうよ。気をつけてな」

「ん」

 

 スマホの電子マネーでお支払いをして、お店を出る。いいお店だった。

 

「まだちょっと早いけど……。あ」

 

 そういえば、首相さんから連絡が来てたはず。スマホを起動させて、えっと……。こう、だっけ。こう……。

 

『もたもた』

『電子マネーには慣れたのに操作は慣れないなw』

『電子マネーはかざすだけだからw』

 

 自分でも研究前よりひどくなってる気がする。

 スマホのメッセージを呼び出して、首相さんからの連絡を確認する。結構前、私が研究中の時に送られていたメッセージみたい。また話をしたい、というものだったけど……。返信、遅すぎるかな。とりあえず、いつ、どこがいいかを送信しておこう。

 

「ああ、そうだ。電波を森まで届くようにするのを忘れてた」

 

『そんなこと言ってたなあ』

『また研究かな?』

『リタちゃん、晩ご飯忘れないでね?』

 

 それは大丈夫。竜カツカレーは私も楽しみにしてるから。生でもあれだけ美味しかったんだし、カツならもっと美味しいはず。

 でもその前に。やっぱり電波はどうにかしたい。

 

「んー……。よし。ちょっと研究してくる」

 

『マジでやるのかw』

『がんばれー』

『どれだけかかるかな』

 

 

 

 森に戻って亜空間に入って研究して。魔法を形にして精霊様に確認してもらった時には、おうどんを食べてから一時間が経っていた。配信魔法を真似して作ればすぐかなと思っていたけど、結構時間がかかってしまった。

 晩ご飯はまだ大丈夫、だよね。それを楽しみにしながら頑張ったから。

 電波の魔法陣はもらったスマホの裏に刻み込んだ。壊れないかちょっと心配だったけど、問題なさそう。魔法陣に魔力を流すと、すぐにスマホのアンテナって言うのかな、それが立った。

 

 この魔法陣、仕組みは配信魔法の簡易版と言えるものだ。配信魔法から映像も声も全て削除して、電波のみをやり取りする、そんな感じだね。ただ、さすがに常に電波を送受信することはできなくて、私が魔力を流している間のみになってしまった。

 こればかりは仕方ない。かなり無茶なことをしようとしていたのは自覚してるから。

 とりあえず、試しに真美にメールを送ってみよう。えっと……。ここを、こうして……。お、う、ち、か、ら……。送信。

 少し待つと、すぐに返信があった。

 

『もしかしてもう完成したの!?』

 

 驚いてるみたい。ちょっとだけ嬉しいかも。あとは配信で、だね。それじゃあ、いつも通りに配信開始、と。

 

「ただいま」

 

『おかえりゃー!』

『わりと早い気がする。行き詰まった?』

 

「んーん。完成した。試しに真美にもメール送ったよ」

 

『ちゃんと届いたし返信もした!』

『おおおおお!』

『すげえええ!』

『ついにスマホが宇宙に進出かあ……! 胸熱やな!』

 

 これで真美といつでも連絡が取れる。予定も聞きやすくなるからちょうどいい。

 首相さんからの返信も届いてる。えっと……。明日のお昼、東京のいつものホテル。渡したいものがある、だって。

 たまにお守りの依頼は受けてるけど、それとは違うみたい。なんだろう。

 

「まあ、いっか。とりあえず明日も日本で」

 

『やったー!』

『安価は!? 安価はやりますか!?』

『連続安価!』

 

「安価はしない」

 

 もう行く場所は決まってるから。晩ご飯をどうするか、ぐらいだ。

 




壁|w・)しれっと研究して話数を変えることなく一瞬で終わってますが……、いや何でもない。
スマホがリタの世界でも使えるようになりました。ただし常時接続型ではないので、リタが忘れるとやっぱり放置されたままになります。

次回は、竜カツカレー、の予定。


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竜カツカレー

 それじゃあ、そろそろいい時間だし、真美の家に転移しよう。

 いつものように転移魔法で真美の家に移動。リビングでは、ちいちゃんがむむむと唸っていた。魔法の練習中らしい。

 んー……。ちいちゃんは、まだまだ先が長そうだ。魔法が存在しなかった世界だし、気長にやるしかない。

 

「おかえり、リタちゃん」

 

 真美が顔を出してそう言った。配信しながらだったから、すぐに気付いたみたい。

 

「ん。もうすぐ?」

「もうすぐ。もうちょっとだけ待ってね」

「ん」

 

 いよいよ竜カツカレーだ。とても、とっても楽しみ。

 テーブルで少し待つと、真美が戻ってきた。真美の手にはカレーライスが盛られたお皿。ただ、香りがいつもと違う。カレーライスの香りはもちろんあるけど、別の美味しそうな匂いの方が強いかもしれない。

 ちいちゃんも気付いたみたいで、はっと顔を上げた。私と目が合って、ぱっと顔を輝かせる。ちいちゃんはいつも通りかわいい。

 

「順調?」

 

 短くそう聞くと、ちいちゃんは顔を曇らせてふるふると首を振った。そうだろうな、とは思う。そう簡単にいくはずもないことは分かってる。

 

「大丈夫。ゆっくりね」

「うん……」

 

 撫でてあげると、ちいちゃんは笑顔で頷いてくれた。

 さて、改めてご飯だ。私の前には切られたカツが載せられたカレーライス。お肉の方はまだ少し赤いけど、生でも食べられるぐらいだから大丈夫だと思う。

 ただ、多分この強い匂いは竜カツ由来のものだと思う。不愉快な匂いじゃないけど、カレーライスの香りよりも強いのはなかなか人を選びそう。

 

「それじゃ、食べよっか」

「ん。いただきます」

「いただきます」

 

 みんなで手を合わせてそう言って、早速竜カツを口に入れた。

 すでに切られた後なのに、それでも噛むと肉汁があふれてくる。ソースもないのにお肉の旨みだけで十分美味しい。むしろソースは邪魔になるかも。

 うん。うん。…………。うん。

 

『おや?』

『竜カツ食べてる時は美味しそうなのに、なんか微妙な表情』

『美味しいんだよな?』

 

「ん。すごく美味しい。すごく美味しいけど……」

 

 これ、カレーライスで食べるものじゃないと思う。試しにカレーと一緒に食べてみたけど、予想通り、竜カツの味が強すぎる。カレーの味があまり感じられないほどに。

 真美を見てみると、苦笑いしながら頷いた。

 

「ちなみに、肉汁もすごく強い味があってね……。肉汁だけでもカレーを感じにくくなるよ。正直、カレーライスにしたのは失敗だったかも」

「竜カツとご飯で食べれば良かったかも」

「あはは。そうだね」

 

 不味いわけではないけど、失敗だったね、これは。

 

『カレーって万能だと思ってたけど、さすがにダメだったか』

『でもそれなら、ドラゴンステーキとかなら美味しそう』

『次はそっちやろうぜ!』

 

 そうだね。次はステーキにしてほしい。真美を見ると、笑顔で頷いてくれた。

 

 

 

 デザートにアイスクリームをもらってから、森のお家に転移した。お家の窓からは少しだけ明かりが漏れてる。カリちゃんが今も本を読んでるのかも。

 お家に入る前に、私はちょっとだけやることがある。

 

「配信を終わる前に、もうちょっとだけ」

 

『お?』

『おやすみー、と書こうと思ったのに』

『なになに?』

 

「ん。お菓子、ほしい」

 

『おおおおお!』

『久しぶりの投げ菓子だ!』

 

 お菓子はたくさんあったけど、研究中にカリちゃんと一緒に全部食べちゃったから、そろそろ補充しないといけない。ただ、この前みたいに無制限で受け入れるとまたすごい量になってしまうと思う。

 だから、今回はちょっと制限をかけることにした。お菓子を投げてくれる人には申し訳なく思っちゃうけど、あのお菓子の山はさすがに怖いから。

 

「魔法陣に置いてくれてるお菓子から百個、適当に選ばれて回収されるようにしてもらった。だから、回収されなくても怒らないでほしい」

 

『りょ!』

『まあしゃーない』

『家より大きいお菓子の山はさすがになw』

 

 さすがにもう、あの光景は見たくない。

 短く合図をして、杖で地面を叩く。するとすぐに、目の前にお菓子の山ができた。今回は大きな山じゃなくて、私の身長にも届かない小さな山だ。けれど、それでもたくさんのお菓子をもらえた。本当に嬉しい。

 

「ん。お菓子、ありがとう。カリちゃんと食べる」

 

『いえいえ』

『いっぱい食べてね! いつでも送るから!』

『むしろ送らせろ!』

 

「んー……。頻度は多分、増えるよ」

 

 カリちゃんもたくさん食べるだろうから。

 配信を切ってお家に入ると、やっぱりカリちゃんは本を読んでいた。テーブルの上に本を広げて、小さな光球を浮かばせて本を読んでる。じっくり読んでるみたいで、なかなかめくらない。読みにくいだけかもしれないけど。

 カリちゃん、と呼ぶとすぐに顔を上げてくれた。

 

「リタちゃんおかえりですよー。どうでしたー?」

「楽しかった。お菓子、食べる?」

「もちろんですー」

 

 さっきもらったお菓子の山を床に置くと、カリちゃんはすぐにお菓子を食べ始めた。選ぶことはせずに、手に取ったものから順番に食べてる。私も食べよう。

 

「もぐもぐ……。これはなかなか、酸っぱいけどおいしいですー。日本はすごいですねー」

「ん。ところでカリちゃん。どうだった?」

「さすがに初日から見つかりませんよー」

 

 まあ、そうだよね。さすがにそんなにすぐに師匠が見つかるとは思ってない。それでも、ちょっとだけ期待してしまうけど。ちょっとだけ、ね。

 

「生命のいる惑星は少し見つかりますけど、それだけですねー」

「そっか……。今後もよろしく」

「はーい、よろしくされましたー」

 

 にっこり頷くカリちゃん。本当に、カリちゃんにはとても助けられてる。いつか、お返しができたらいいんだけどね。

 




壁|w・)失敗回。美味しいけど、一緒に食べる意味はないよね、という状態。

ちなみに、投げ菓子の調整は「してもらった」とあるように精霊様がやりました。
頼ってもらってうきうきで調整する精霊様がいたとかいないとか……。


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渡されたもの

 

 竜カツカレーを食べた翌日。私は首相の橋本さんと会うためにいつものホテルにいた。いつものテーブルで向かい合って座ってる。

 

「来てくれてありがとう」

「ん」

「昼食は気に入ってくれたかな?」

「美味しかった」

 

 お昼ご飯に出してくれたのは、お寿司。何度か食べさせてもらってるけど、やっぱりお寿司は美味しい。炙ったサーモンが特に好き。

 

「それじゃあ、改めて……。君に渡したいものだけど」

「ん」

「これだよ」

 

 そう言って橋本さんが渡してきたのは、少し大きめの紙の袋。受け取って中を見てみると、何かの生地みたいな……。いや、服、かな?

 

「服?」

「ああ。心桜島の高等学校の制服だよ。もちろん、君のサイズだ」

 

 制服って、学校に行く時に真美が来てる服だよね。黒いセーラー服、というもの。真美曰く、昔ながらの制服らしい。最近だとあまり見かけなくなってるらしいけど。

 

「どうして?」

「渡したのか、ということだね。君が親しくしている中山真美さんから連絡があったんだよ」

 

 なにそれ。真美は何やってるの……?

 橋本さんが言うには、本人確認がとても難しくて、確認するのに苦労したらしい。真美には認識阻害をかけてるから当然だと思う。結局住所とかは分からなかったみたいだけど、配信時以外の私の写真で信用したとのこと。

 何の写真を見せたのかな。別に怒るつもりはないけど、ちょっと恥ずかしい。

 

「もし別人だったとしても、不利益になるほどではなかったからね。協力したんだ」

 

 詳しくは真美に聞いてほしい、ということらしい。本当に何をやったのかな。

 

「ん……。分かった。真美に聞いてみる」

「ああ。一応言っておくけど、彼女に悪気はなかったよ。写真も最終手段のようなものだった」

「大丈夫。怒ってるわけじゃない」

 

 そう言うと、橋本さんは安堵のため息をついた。怒ってるように見えちゃったのかな。

 渡す物はこれだけみたいだったから、私は橋本さんに手を振って真美の家に転移した。

 まだお昼過ぎだからか、真美の家には誰もいない。とても静かだ。暇だから、とりあえず配信でもしよう。

 

「ん」

 

『きちゃ!』

『まってた!』

『最近最初の挨拶がんで固定されてないか?w』

 

 だって考えるのが面倒だから。

 

「橋本さんに会ってきた」

 

『橋本さんて……首相か』

『リタちゃんの配信見てると感覚が麻痺してくるな』

『近所のおっちゃんみたいなイメージになってるw』

 

 とても偉い人、というのは分かってるけど、でも私もその感覚に近いかもしれない。ちゃんと最初の条件は守ってくれてるし、いい人だと思うよ。

 

「橋本さんからもらってきた」

 

 紙袋の中身をテーブルに置いていく。ビニールというものに包まれた服だ。私から見ると、とりあえず服ということしか分からないんだけど、一部の視聴者さんはすぐに分かるものみたい。

 

『セーラー服? なんで?』

『首相の趣味ですね分かります』

『憶測で言うのはやめろと言いたいところだけど、マジでなんで?』

 

「さあ……。真美に聞いてほしいって言われた」

 

 何かをするつもりなのかな。私には分からないけど。でも、真美とおそろい。ちょっと楽しそう。

 

「とりあえず……着てみる?」

 

『是非』

『はよ!』

『まって』

 

 賛成の中に少しだけ反対の声があった。一つは、多分真美だと思う。私に着させるためのものじゃなかったのかな。

 

「真美、だよね。学校は?」

 

『配信見てる時はどうしてかみんなにあまり認識されてない』

『ええ……』

『どういうことだってばよ』

 

 あー……。多分、私に関することだから、かもしれない。真美にかけた認識阻害はかなり複雑で、一部の条件指定がちょっと曖昧だから。

 

『だから私は気兼ねなく配信を見れる!』

『おいwww』

『それでいいのか高校生www』

『平日でも真美ちゃんが出没してた理由はこれかw』

 

 これは、だめなのかな。私だと判断ができないけど、真美が何も言ってこないのなら別にいいのかな。何かあったら、真美なら言ってくれると思うし。

 

「ん。それで、真美。これ、着たらだめなの? 誰かに渡すもの?」

 

『リタちゃんが着るものだけど今はだめ! だめったらだめ! ぜったいだめ!』

 

「ええ……」

 

『なんかめちゃくちゃ言ってるぞこの子』

『一番最初に見たいというちょっとした独占欲だったりして』

『あり得そう』

『その通りだよ悪いかばか!』

『草』

 

 えっと……。まあ、うん。私も別に早く着たいわけじゃないし、別にいいけど。それじゃあ、紙袋に戻して……。

 

『今すぐ帰るから待ってて早退する』

 

「え」

 

『ちょwww』

『なんだその行動力』

『勉強しろよ高校生だろ』

 

 さすがに今回は視聴者さんが正しいと思う。でも真美はもう反応することはなかった。多分本当に帰り始めてるんだと思う。

 嬉しいような、申し訳ないような、呆れるような、ちょっと複雑な心境だよ。

 




壁|w・)真美の暴走回リターンズ、導入編。

ちなみに。この暴走フラグは100話目の『師匠の繋がり』で発生していたりします。あそこを書いた時からこの暴走回は決定していました。ないしょないしょ。


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真美の学校

 

「ただいま!」

 

 真美が戻ってきたのは、真美の最後のコメントから三十分後だった。

 

「ええ……」

 

『早すぎて草』

『学校が近いのかもしれないけど、それでも早すぎるわw』

 

 真美はリビングに駆け込んでくると、私と紙袋を見てにっこりと笑った。そのまますぐに私の手を掴んで立たせてくる。ちょっとだけ怖いよ。

 

「リタちゃん、それはこの部屋に待機させておいてね」

「ん」

 

 言われた通りに、光球が動かないようにしておく。そして真美は私の腕を引っ張って歩き始めた。

 

「はいこっちに来てね! 着替えよう!」

 

 真美のこの行動力はどこから来てるのかな。不思議。そうして案内されたのは、初めて入る部屋だった。

 勉強机に本棚やクローゼット、ベッドが並ぶ部屋。白いカーペットが敷かれていて、小さな机やクッションもある。ベッドにはぬいぐるみがいくつか。

 そのぬいぐるみを見て思い出した。竜カツカレーですっかり忘れていた。

 

「真美。真美」

「うん?」

「はい」

 

 アイテムボックスからイルカのぬいぐるみを取り出して真美に渡す。あ、と真美も声を出していたから、すっかり忘れていたのかも。お互い様だね。

 ぬいぐるみを受け取った真美はしばらくもふもふとしていたけど、嬉しそうに微笑んでくれた。

 

「ありがとう、リタちゃん。大事にするね」

「ん」

 

 イルカのぬいぐるみはベッドのぬいぐるみたちのお隣へ。真美のコレクションらしい。ちいちゃんも気に入りそうな、ほどよいサイズはリビングに置いて、大事なものはこの部屋に、だって。

 じゃあ……。私もぬいぐるみはお家の私室に飾っておこうかな。

 

「あ、そうだ。リタちゃん、ぬいぐるみのお金は……」

「別にいいよ。いつもご飯作ってもらってるから」

「え、でも……」

「いいから」

 

 これでもまだ返し切れてないと思ってる。だから、ぬいぐるみが好きならこれからもちょっとずつ買おうかなと思ってる。でも邪魔になったら困るだろうから、買う前に聞くようにはするけど。

 真美は納得してなさそうだったけど、私が絶対に受け取らないと言うと諦めてくれた。

 

「それじゃあ、改めて……」

「ん」

「制服だね!」

「ん……」

 

 そしてこれは避けられなかった。嫌なわけじゃないんだけどね……。

 

 

 

 真美に手伝ってもらって着替えてから、私たちはリビングに戻った。

 

「着替えた」

 

 真美とおそろいのセーラー服。色はともかく、セーラー服は日本の学校の制服としてはわりと多いらしい。着心地はそれほど悪くない、と思う。

 

『ちっちゃい学生さん!』

『かわええ』

『黒セーラーに赤スカーフ。王道やね』

『古参勢のワイ、リタちゃんの制服姿に泣きそう』

『あのバカにも見せてやりてえなあ』

 

 師匠に見せても多分笑うだけだと思う。似合わない、とか言われそう。なんとなく、お腹を抱えて笑い転げる師匠がイメージできる。

 でも、師匠のことだから、悪かったって謝って頭を撫でてくれるんだろうな。できればまた撫でてほしい。

 

「よし! それじゃあリタちゃん!」

「ん」

「学校、行ってみよう!」

「ん?」

 

 何言ってるのかな真美は。

 

『どうした真美ちゃん、気でも狂ったか』

『落ち着けいつも通りだ』

『なお悪いわw』

 

「ひどいなあ……。むしろそっちがメインだよ」

 

 苦笑いしながら、真美が教えてくれた。

 真美が橋本さんに依頼したのは、学校の体験入学らしい。魔法学園を見て、どうせだから日本の学校も体験してもらいたい、と。私の見た目だと小学校という場所になるらしいけど、そこは真美が案内するという名目で真美の通う高校になったということだった。

 つまり今回の目的は私に制服を着せることだったわけじゃなくて、私を高校に連れていくことだったみたい。

 

「もちろん、無理強いはしないよ。リタちゃんが行きたくないなら……」

「行く」

「え。いいの?」

「ん」

 

 真美が普段、どこで勉強をしているのか、ちょっと興味があったから。ちょうどいい機会だと思う。それよりも気がかりなのは。

 

「真美はいいの? さすがにそこまですると、認識阻害が機能するかは分からないけど」

「その時はその時、ということで。そこまで生徒数も多くないし、大丈夫だと思う。思いたい」

 

『ただの願望じゃねえかw』

『リタちゃんの認識阻害ならきっと大丈夫!』

『まあもしもの時はリタちゃんがどうにかしてくれるさ!』

 

 私に関することだから何かあればもちろんどうにかするけど。でも避けた方がいいかなと思ってしまう。やっぱり断ろうかなと思って真美を見ると、なんだか嬉しそうな笑顔だった。

 んー……。いっか。きっと大丈夫だ。

 

「それで、いつ? 明日?」

「あ、それなんだけど、少しだけ待ってもらっていいかな。先生たちに改めて伝えてになるから……。また決まったらでいい?」

「ん」

 

 今回は真美の希望だからね。私は特に急がないし、真美に任せようと思う。真美の準備が終わるまでは、他の場所に行こうかな。

 

「それじゃあリタちゃん! 私はまた学校に戻って先生に相談するから!」

「え? あ、うん」

「晩ご飯はステーキとかどうかな? よければ、あのお肉で」

「ん。是非」

「よかった! じゃあ、また後で!」

 

 真美はそう言うと、慌ただしく部屋を出て行ってしまった。それはもう、あっという間に。

 

『行動力の化身やな』

『よっぽど嬉しいんやなって』

『心桜島の高校はわりと設備がいいって聞くから、期待していいと思うぞ!』

 

 そうなんだ。漫画を読んだ時になんとなくでイメージがあるけど、真美の学校はどんな場所になってるのかな。とても楽しみだ。

 




壁|w・)というわけで、日本の学校を見学しに行く、という話でした。
ただしまだもうしばらく先なのです。

次回は、ドラゴンステーキ。



お気に入り3000突破しました。皆様、ありがとうございます。
たくさんの人に読んでもらえてとても嬉しいのです。
お気に入りや評価はとても励みになるのです……!
だからもっとください(ストレート)
いえ、あの、1ヶ月に1回ぐらいなら言っても怒られないかなって……!


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ドラゴンステーキ

 

 晩ご飯はステーキ。ドラゴンのお肉で、だ。真美にはお肉の塊を渡しておいたから、適度な大きさに切ってくれるはず。

 私はちいちゃんの魔力制御の訓練を見守るだけ。

 正直なところ、ちいちゃんが洗浄の魔法とかを使えるようになるのは、多分年単位の時間がかかると思う。まだまだ気長に続けないといけない。

 

 もちろんこれはちいちゃんにも伝えてある。残念そうではあったけど、それでも諦めずに頑張るらしいから、ちいちゃんはすごい。

 ちいちゃんの訓練を眺めながら待っていると、真美がリビングに入ってきた。真美が持つお皿からは、とても美味しそうな香りが漂ってくる。

 

「お待たせ」

 

 ドラゴンのお肉は生でも食べられるからか、かなり分厚いお肉になってる。分厚くて大きいステーキだ。シンプルに焼いただけではあるけど、だからこそお肉本来の味が分かると思う。

 

『すっげえ分厚いステーキ』

『これがゲームでおなじみのドラゴンステーキか……!』

『めちゃくちゃ美味そう!』

 

 うん。すごく美味しそう。匂いだけでもお腹が空きそうになるほど。

 ちいちゃんもすぐに訓練を切り上げて、そわそわしながらご飯を待ってる。気持ちはとても分かる。私もこんなに美味しそうな匂いを感じたら、研究どころじゃないと思うから。

 

「いただきます」

 

 ごはんやサラダもそろったところで、二人と一緒に手を合わせた。それじゃあ、早速お肉から。ナイフとフォークで一口サイズに切って……。柔らかい。

 

『めちゃくちゃ柔らかそう!』

『マジでドラゴンのお肉ってどんな構造になってんだよ』

『あれだけ飛び回ってるぐらいだから、もっと筋張ってそうなのに』

 

 ドラゴンもワイバーンも、飛行には魔法の力を使ってるはずだから、あまり筋肉とかは関係ない。むしろ魔力が行き渡ってるからこそ美味しくなってる、のかもしれない。

 一口サイズのドラゴンステーキを口に入れる。これは、すごい。肉汁があふれてくる。カツの時に感じた美味しさがそのままだ。柔らかく、味も良く、それでいてくどくない。まるで溶けるような柔らかさ。いくつでも食べられそう。

 

 お肉の味が強いから、ソースとかもあまりいらないね。サラダやご飯とよく合っていて、一緒に食べると美味しい。お肉の味がやっぱり強すぎるけど、おかずとしてはとても良いかもしれない。

 真美を見てみると、こちらも満足そうに頷きながら食べていた。真美にとっても、満足できるものだったみたい。私も一安心だ。

 

『これが生殺しってやつか……』

『見た目からして美味しそうだなあ』

『あまりに美味しそうだから買い置きのステーキで我慢する』

『それじゃ代わりにはならんだろw』

 

 牛のステーキも美味しいけどね。豚のステーキも。ドラゴンのステーキはお肉の味が強すぎるから、苦手な人もいるかもしれないし。

 分厚いステーキだったけど、あっという間に完食した。とても満足。

 

「はあ……。美味しかった。お肉ありがとう、リタちゃん」

「ん」

 

 焼いてもらうだけでも私はとても楽だからね。

 ちいちゃんも食べ終わったところで、いつものように洗浄魔法で食器を綺麗にする。綺麗になった食器を片付けている間に、ちいちゃんにプレゼントだ。

 

「ちいちゃん、はい」

「あ! イルカさん!」

 

 真美と同じものをちいちゃんにも渡してあげる。ちいちゃんはぬいぐるみをぎゅっとして、嬉しそうにはにかんだ。とてもかわいい。

 ちいちゃんの頭を撫でてあげると、一瞬だけきょとんとした後、にっこりと笑った。

 

「かわいい」

 

『かわいいがかわいいを抱いてかわいいに撫でられててかわいいがかわいい』

『お前は何を言いたいんだw』

『つまりかわいい』

『なるほど』

 

 何がなるほどなのかな。

 

「大事にする!」

「ん。それじゃあ、私は帰るから」

「うん!」

 

 こんなに喜んでくれるなら、買ってよかったと思えるよ。また何かあったら買おうかな。

 

「あ、リタちゃん帰るの?」

「ん」

「気をつけてね」

 

 手を振ってくれる真美に手を振り返して、森へと転移。今回は世界樹の前に。精霊様にも渡しておかないと。

 

「精霊様」

 

 呼ぶと、精霊様はいつも通りすぐに出てきてくれた。

 

「はい。おかえりなさい、リタ」

「これあげる」

 

 イルカのぬいぐるみを手渡してみる。精霊様はとりあえず受け取ってくれたけど、不思議そうにイルカのぬいぐるみをもふもふしていた。首を傾げて、ぬいぐるみをひっくり返したりしてる。

 

『ぬいぐるみをもふもふする精霊様』

『珍しいものを見た気がする』

『精霊様にもにもにされたいだけの人生だった』

『その夢は絶対に叶わないから諦めろ』

 

 また変なこと言ってる視聴者さんがいる。精霊様もそれに気付いて、苦笑しながらぬいぐるみを側に浮かせた。

 

「リタ、これは何でしょう?」

「ぬいぐるみ。イルカっていう、地球のお魚……、動物? そんなの。お土産」

「リタが食べ物以外のお土産を買ってきた……!?」

「驚くところなの?」

 

『驚くところだよ』

『よくよく思い出しても食べ物しか渡してねえw』

『ははーん、さてはリタちゃん、偽物だな!?』

 

 怒るよ? いや、でもそんなに言われることなの? 私だって食べ物以外のお土産を渡したことぐらいあるよ。ほら。

 

「師匠の家族の資料とか」

 

『リタちゃん、本当にそれをお土産にカウントしてええんか?』

『精霊様見てみ? すごくかわいそうなものを見る目で見てるから』

 

 そんなはずはないと思って見てみたら、なんだかとっても優しい笑顔だった。うん。忘れよう。

 

「ぬいぐるみ、かわいいでしょ?」

「そうですね。ごまかそうとするリタもかわいいと思いますよ」

「…………」

「ごめんなさい。冗談ですから拗ねないでください」

 

『ちょっとふくれてるリタちゃんかわいい』

『さすがリタちゃん、あざとかわいい』

『あざとい幼女』

 

「帰る」

 

 ちょっと腹が立ったので配信を終了させて、家に帰る。転移の直前、精霊様は笑いながら手を振っていたから振り返しておいた。

 別に、怒ってるわけじゃないから。うん。

 

 

 

 ちなみに。

 完璧な保存魔法をかけられたイルカのぬいぐるみが世界樹の枝に丁寧に置かれていて、ちょっぴり嬉しかった。ちょっとだけ、ね。

 




壁|w・)ぬいぐるみをもふもふする精霊様とちょっと拗ねるリタを書きたかった。ドラゴンステーキはおまけでs……、なんでもない

次回から第十四話、のイメージです。


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ミレーユさんの宿泊先

 

 カリちゃんと朝ご飯を食べてから、私はいつものように配信を開始した。

 

「おはよう」

 

『おはよう!』

『挨拶できてえらい!』

『でもいつもの、ん、がなくて寂しい』

 

 挨拶してもしなくても文句を言われるってどうしたらいいのかな。

 

「今日はミレーユさんに会いに行く」

 

『てことはそっちの世界の街ってことだな!』

『そういえばそっちの世界でも一週間音信不通だったんだよな』

『心配してそう』

 

「ん……」

 

 心配してるかな。精霊様から、ミレーユさんが森に来たとも聞いてないから、探されてることはないと思うんだけど……。謝った方がいいかな。

 そんなことを考えてる間も、コメントは流れていってる。

 

『でも今更そっちの世界に何かあんの?』

『師匠がとりあえず生きてることも確定したし、必要かい?』

『もっと日本に遊びに来てもいいんだよ!』

『そっちが本音だろうがw』

 

 それも魅力的だけど、でもこっちでもやりたいことがあるから。日本はまた今度、だね。

 

「師匠がこの世界を旅していたのは間違いないから……。師匠が何をしていたか、調べに行きたい」

 

 学園で教師をやっていたみたいに、他の街でも何かしているかもしれない。それを調べてみようかなと思ってる。やっぱり気になるから。

 それに。師匠の旅の目的も知りたい。私には特に理由なんてないみたいな言い方だったけど、何かあったんじゃないかなと思ってる。

 これに関してはあるかもしれないし、ないかもしれない。それでもやっぱり調べてみたい。

 

『やっぱりリタちゃん、師匠のこと大好きだよな』

『まあ親みたいなもんだし』

『何か分かるといいな』

 

 ミレーユさん次第、というのがちょっとだけ申し訳なくなっちゃうけど。

 改めて、転移の魔法を使う。向かう先はもちろん、ギルドマスターさんの部屋。ギルドマスターさんなら、ミレーユさんがどこにいるのか知ってそうだし。

 そうして転移した先のギルドマスターさんの部屋では、ギルドマスターのセリスさんが書類仕事に追われていた。書類なのかな、じっと読み込んでる。

 

「こんにちは」

 

 声をかけると、ギルドマスターさんは驚いたように顔を上げて、私を見て安心したように微笑んだ。

 

「いらっしゃい、リタさん。急に来るから驚いたわ。どうしたの?」

「ん。ミレーユさんを探してる」

「ミレーユなら、今日は休日だから宿にいると思うわよ」

「お休み……。今度にした方がいい?」

「気にしなくていいわよ。むしろ最近リタさんを見ないと心配していたから、顔を見せてあげて」

 

 ああ、やっぱり心配してたんだ。謝っておかないと。

 セリスさんからミレーユさんが宿泊している宿の場所を聞いて。早速向かうことにする。

 セリスさんに手を振って、また転移。次に出たのは、ギルドの側の路地裏だ。人の視線が少ない場所が良かったからここになった。

 

『ミレーユさんの部屋の前に直接転移するかとw』

 

「さすがにしないよ」

 

 地図はもらったけど、まだ正確な場所じゃないからね。確認すれば転移しても大丈夫だろうけど、見もしてないのに転移は怖くてできない。

 杖を持って、街の中を歩いていく。日本と違って注目されるようなことがない。たまにちらちら見られるけど、私の背のせいだと思う。子供が一人で、とか思われてるのかも。

 

「ミレーユさんの宿ってどんな宿だろう。大きいかな」

 

『多分大きい』

『数少ないSランク冒険者の宿泊先だぞ?』

『絶対に豪華だと思う』

 

 それは、そうかも。とっても大きな部屋かもしれない。

 そんなことを話しながら歩いてたどり着いた建物は、少し予想と違うものだった。

 看板に宿と書いてある二階建ての建物。多分ここがミレーユさんが宿泊してる宿だと思うんだけど、看板の下には貸し切りと書いてある。一階は食堂になっていて、こっちは営業中みたいだ。

 

 宿の建物は幅のある建物になっていて、広さはなかなかのものになってそう。食堂だからご飯も食べられるかも。楽しみ。

 左端にある扉を開けて、中に入る。

 一階は受付のカウンターと、その奥に二階に続く階段があった。カウンターの右側はとても広い部屋になっていて、たくさんのテーブルと椅子が並んでる。食堂はこの部分だね。

 カウンターには恰幅のいいおばさん。私を見て、おや、と小さな声を出した。

 

「いらっしゃい。あんた、もしかしてリタさんかい?」

「ん」

「そりゃよかった。ミレーユ様が、魔女の姿をした女の子が来るかもって言っててね。あんたが来たら教えてほしいと頼まれてんのさ。ちょっと呼んでくるから待っててもらえるかい?」

「ん」

 

 私が頷くと、おばさんは奥の階段を急いで上っていった。

 

「なんだか、予想と違う宿だね。もっとすごく豪華な場所なのかなと思ってた」

 

『俺も俺も』

『宿部分を貸し切ってるとはいえ、ファンタジーにありがちなふっつーの宿屋だよなあ』

『ここが仮にも公爵令嬢が泊まる宿か?』

 

 もっとこう、大きなというか、豪華な建物なのかなと思ってたから、ちょっと拍子抜けだ。

 




壁|w・)ここからしばらく異世界側です。師匠が何をしていたのか、のんびり調べていきます。

次回は、ミレーユさんの拠点(ふつーの宿)紹介。


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おへやたくさん

 すぐに階段を駆け下りてくる音が聞こえ始めた。そして姿を見せたのはミレーユさん。いつもよりラフな服装で、すぐに私に駆け寄ってきた。

 

「リタさん!」

「ミレーユさ……、むぎゅう」

 

 おもいっきり抱きしめられた。少し苦しいからやめてほしい。

 

「ああ、本当に久しぶりですわ! どこに行ってしまったのかと心配しましたわ!」

「んー……。でも、一週間ぐらいだよ?」

「リタさんは帰ったという手紙が先に届いたのですよ? 転移で帰ってこられるあなたよりも先に。心配もします」

「あー……」

 

 そっか。そうだよね。私が帰ろうと思えば一瞬で帰れることをミレーユさんは知ってる。それなのに日数がかかる手紙が先に来たら心配もする、のかな。

 

「森で研究をしてた。ごめん」

「それなら仕方ありませんわね。研究に没頭してしまうのは魔女の性ですわ」

「ん」

 

『それで納得するのかよw』

『つまりミレーユさんもそういう時があるってことか』

『魔女って心配をかけるって意味でも迷惑かけてそうだなw』

 

 そんなことはないと言いたいけど、すでに視聴者さんにも心配かけてたみたいだし、あまり言えない。

 ミレーユさんが落ち着いたところで、とりあえず部屋で話そうということになった。階段を上って、五つあるドアのうちの一つに入る。もちろん貸し切りだから全てミレーユさんの部屋だけど、今回入れてくれた部屋が来客用の部屋らしい。

 

「ちなみに他の四部屋は、二部屋が素材の保管室、一部屋が実験室、最後の一部屋がわたくしの私室ですわ」

「部屋がたくさん」

「劣化しない、しづらい素材は部屋に入れるようにしています。アイテムボックスは有限ですから。まあもっとも? 限界が分からない規格外を最近知りましたけど?」

 

 じっとりとした目でミレーユさんに見られてしまった。こればっかりは教えてどうにかなるものじゃないから許してほしい。

 ミレーユさんが来客用に使っている部屋は、少しだけ高そうな家具が置かれていた。高そうと言っても、貴族が使うような家具には見えないけど。座り心地が良さそうな椅子や、書類を広げやすそうな大きなテーブルがあるぐらい。あとは、宿泊を想定してか柔らかそうなベッドもある。

 

「これが公爵家の部屋……」

「やめてください! そんなわけがないでしょう! ここは冒険者としての拠点です!」

「Sランクの部屋」

「待ってくださいまし、それはそれで誤解を招きますわ! まだ低いランクの時からずっと使わせていただいているだけです!」

 

 ミレーユさんが魔女の称号をもらう前から、この宿にお世話になってるらしい。最初は一部屋だけだったらしいけど、ランクが上がるにつれて部屋数を増やして、いつの間にか全部屋借り切っていたそうだ。

 宿屋の人は怒ることもなく、お金を払ってくれるなら構わないとしてくれてるんだって。今ではむしろ灼炎の魔女のお気に入りとして、とってもいい宣伝になってるらしい。実際にミレーユさんはここの料理をすごく気に入ってるんだとか。

 

「ここの料理、美味しいの?」

「わたくしは気に入っていますわ。あとで持ってきてもらいましょう」

「ん」

 

 美味しい料理なら楽しみだ。どんな料理だろうね。

 ミレーユさんに促されて椅子に座る。ミレーユさんは私の対面に座った。

 

「さて、リタさん。わざわざこの宿にまで来たのです。何かわたくしに用件があるのでしょう?」

「ん。でもミレーユさんに会いに来たのもある。心配してるかなって」

「リタさん。抱きしめていいかしら」

「さっきやったからだめ」

「くっ……! もう少し堪能しておくべきでしたわ……!」

 

『堪能てw』

『最近ミレーユさんのリタちゃん大好きに拍車がかかってる気がする』

『魔法使いとして対等以上の相手っていうのが少ないっぽいからなあ……』

 

 それが主な理由だと思う。たった一人で魔法の勉強を続けるって、なかなか辛いと思うから。魔法について誰かと話そうとも、理解してもらえることが難しくなりそうだし。

 私は一人で研究し続けるのも楽しいから平気だけど、普通の人は辛いらしいから。

 

「用件だけど、師匠が魔法学園の前にどこにいたか、知りたい」

「ああ、なるほど。魔法学園でのことは聞き終わったのでしたわね。足跡をたどるのなら次も知りたいというのは理解できます。ですが、今の順番だと逆順に巡ることになりますが、よろしいのですか?」

「じゃあ、師匠が最初にどこに行ったか、知ってる?」

「言われてみれば知りませんわね……。冒険者登録はこの街でしたとの記録は残っているようですけど、ここが最初だったのか、そしてこの街の後にどこに向かったのかは知りませんわ」

「だよね」

 

『でも冒険者登録の街はここだったんか』

『てことは、リタちゃんはお師匠と同じ場所で冒険者登録したってことだな!』

『おお、そう思うとなんかいいな』

 

 そっか。そういうことになるんだね。師匠と同じ出発地点。ちょっと嬉しい。

 

「そういうことなら、そうですわね。逆順もいいでしょう。魔法学園の前は、その国の王都に滞在していましたわ。わたくしもその時に賢者様とお話をさせていただきました」

「そうなんだ」

 

 魔法学園がある国の王都。魔法学園が大きな建物だったし、その王都になるとすごく大きな街かもしれない。師匠はそこで何をやってたんだろう。

 うん。じゃあ、次は王都に行ってみよう。師匠に会った人を探すのは大変そうだけど。

 

「王都に行ってみる」

 

 ミレーユさんにそう言うと、薄く笑いながら頷いた。

 

「そう言うと思いましたわ。では王都の詳しい場所と、あとは紹介状をしたためましょう。王都のバルザス公爵邸を訪ねてください。お父様が対応してくれますわ」

「んー……。貴族に関わるのは嫌だけど……」

「賢者様は王様に謁見しておられますけど」

「ええ……」

 

『マジかよw』

『何やってんだよお師匠!』

『めちゃくちゃ無礼なことしてそうw』

 

 さすがにそれはないと思うけど……。でも師匠が敬語を使ってるところとか、想像できない。あと、私も自信がない。

 




壁|w・)次の目的地は王都になりました。ミレーユさんの出身国でもあります。
でももう少し、この街でわちゃわちゃです。

次回は、宿屋のごはん。


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宿のご飯

 どうしようかなと考えていたら、ミレーユさんが小さく噴き出した。

 

「いえ、ごめんなさい、リタさん。敬語などは気にしなくて構いませんわ」

「ん? いいの?」

「ええ。守護者とはそういうものですわ」

 

 よく分からないけど、いつも通りでいいならその方が楽だ。それじゃあ、早速明日にでも王都という場所に行ってみよう。魔法学園がある街よりも大きい街らしいから、ちょっと楽しみだね。

 

「じゃあ、明日行ってみるね」

「ええ。では明日の朝までに紹介状をご用意しますわ。今日はどうします?」

「んー……。特に予定はない。散歩でもしようかな」

「ではご一緒しますわ。お出かけしましょう」

「ん」

 

 日本に行こうかなと思ったけど、ミレーユさんとお出かけは楽しそうかもしれない。のんびり散歩しながら、ミレーユさんとお話ししよう。

 その後は街を散歩しながら、ミレーユさんから色々と話を聞いた。色々と言っても、この街の案内みたいなものだったけど。

 ミレーユさんはこの街を拠点にしてるからか、この街について詳しくてたくさん教えてもらうことができた。魔法には使えないことだけど、これはこれで楽しかった。

 

 

 

 日が沈み始めた頃に私たちは宿に戻ってきた。一階の食堂にはすでにたくさんの人が入ってる。うるさいというほどではないけど、とても騒がしい。でも私は、こういう騒がしさは嫌いじゃない。

 

「おや、おかえりミレーユちゃん。夕食はどうするんだい?」

「二人分お願いしますわ。客間の方に運んでくださる?」

「あいよ。ちょっと待ってな」

 

 そう言って、宿のおばさんが忙しそうに走っていく。ミレーユさんと階段を上ろうとしたところで、近くに座ってる人が声をかけてきた。私も知ってる人。フランクさんだ。

 

『フランクさん! 君は行方不明になってたフランクさんじゃないか!』

『そのネタもう分かる人少ないと思うぞ』

『むしろ行方不明になってたのはリタちゃんなんだよなあ』

『言われてみればそうだw』

 

 行方不明……ではないと思うけど。でも、そう思われててもおかしくないのかな。

 

「どうも、灼炎の魔女さん。リタちゃんも久しぶりだなあ。元気にしてたか?」

「ん」

「こんばんは、フランクさん。わたくしたちはすぐに部屋に戻りますわ」

「そうですか。せっかくなら一緒にどうかと思ったんですがね」

「それは……」

 

 ミレーユさんが私を見てくる。私が決めていいってことかな。それなら一緒に食べてみたい。騒がしいところで食べてみるのも試してみたいし。

 魔法学園の食堂も生徒の話し声で騒がしかったけど、こっちはちょっと違う気がする。こっちの方がすごくうるさい。

 

「ここで食べたい」

 

 ミレーユさんにそう言うと、わかりましたわと頷いてくれた。

 

「すみません! わたくしたちもここで食べますわ!」

「あいよー!」

 

 ミレーユさんがカウンターへと叫ぶと、おばさんの大きな返事がすぐにあった。

 フランクさんが使ってる丸テーブルには、他に二人いた。フランクさんのパーティメンバー、ケイネスさんとパールさんだ。二人とも、私たちが椅子に座ると楽しそうに手を振ってくれた。

 

「久しぶりだね、リタちゃん。元気そうで良かった」

「ええ、本当に。魔法学園はどうだったのかしら」

「んー……。楽しかったけど、もう満足した」

「さすがは隠遁の魔女のお弟子さんね……」

 

 パールさんは感心してくれてるみたいだけど、飽きただけとも言えなくもないから、あまり触れないでほしい。

 フランクさんから最近の依頼の話を聞きながら待っていると、料理が運ばれてきた。大きなお肉を香草で巻いたものや、何かのお肉の串焼き、たくさんの具材が入ったシチュー、他にもいっぱい。

 

『おお、すっげえ美味そう』

『でっかいお肉とかいいなあ。丸かじりしたい』

『こういう料理、不思議と憧れるわw』

 

 そういうものなのかな。美味しそうだとは思うけど、私はやっぱり日本の料理の方がいい。

 

「相変わらず魔法使いってのはよく食べるよなあ……」

「僕たちの方がよく動くはずなんだけどね」

 

 苦笑いするフランクさんとケイネスさん。魔力に変換されることを知らない人が多いのかな。

 お肉を取って、食べてみる。大雑把というか、味付けはかなり適当のような気がするけど、それでも噛み応えがあって美味しいと思う。日本の料理と比べるとちょっと物足りないけど、それは比較対象が悪いだけだろうし。

 

「ん。美味しい」

「そうでしょう? わたくしがここを選んだ理由は料理にありますから」

 

 あ、そういう理由でこの宿を選んだんだ。でも大事なことだね。美味しいご飯が待ってると思うとやる気も出るし。

 シチューに入っているのはお野菜と大きめのお肉。どれもしっかりと煮込まれているみたいで、とても柔らかい。すごく食べやすい。ちょっと茶色っぽい色のシチューだけど、何のシチューかな。

 たくさんの料理を味わっていると、おばさんがミレーユさんに話しかけた。

 

「ミレーユちゃん。例のあれ、今日は仕入れてるよ。出すかい?」

「本当ですの!?」

 

 ミレーユさんが勢いよく立ち上がった。思わずミレーユさんを見てしまうと、すぐに恥ずかしそうに顔を逸らして咳払い、そうしてから座り直した。そして、

 

「あら、そうですか。それでは出していただけます?」

 

『しれっと言い直してるw』

『それで取り繕えると思ってるのかこの人はw』

『同じテーブルの人がみんなぽかんとしてるw』

 

 ちょっとだけ驚いた。例のあれって何だろう? ここで言うってことは、料理の何かだと思うんだけど……。

 おばさんの言い方を考えると、なかなか手に入らないものを使った何か、だと思う。でもそれって、私がいても大丈夫なのかな。

 

「ミレーユさん」

「は、はい! 何ですの?」

「私はまだいていいの? ミレーユさんの楽しみだよね?」

 

 そう聞いてみると、ミレーユさんはもちろんですと頷いた。

 

「ええ、そうですわね。楽しみですけれど、だからこそリタさんにも食べてほしいですわ」

 

 なんだか意味ありげだ。でも、私も食べられるなら、やっぱり食べてみたい。ミレーユさんのお気に入りの料理、楽しみだね。

 

『リタちゃんがそわそわし始めてるw』

『でもなんか周りがうるさくね?』

『酒も出してるだろうしこんなもんだろ』

『なんかフラグな気がするw』

 

 確かにちょっとうるさいけど、でもこれぐらいなら賑やかなだけだと思う。

 




壁|w・)露骨すぎるフラグ。


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たべもののうらみはおそろしいのです

 テーブルに並ぶ料理を全て食べ終わったところで、おばさんがミレーユさんのお気に入りの料理を持ってきた。大きなお皿に載せられているのは、とても大きなお肉。日本で言うところの子豚ぐらいの大きさはあるお肉だ。実際に何かを丸焼きにしてるのかも。

 おばさんが料理をテーブルに置くと、香草の強い香りが鼻をくすぐってきた。食欲がそそられる、とっても美味しそうな香りだ。

 

「おー……」

「こりゃすげえ……」

 

 フランクさんたちもそのお肉を見て目を見開いてる。

 

「森の奥地にいるキャスティボアの丸焼きだよ。作るのに時間はかかるけど、ミレーユちゃんなら食べきれなくてもアイテムボックスに入れてくれるからね。安心して作れるってもんだ」

「このためにいつもアイテムボックスには余裕を持つようにしていますわ!」

 

 美味しい物のためなら、アイテムボックスに余裕を持たせるのは私も分かる。アイテムボックスが小さかったら、私も食べ物のスペースは確保しただろうから。

 

「リタさんはもちろん、フランクさんたちも食べていいですわよ。もちろんわたくしのおごりです」

「おお! それはありがたい!」

「なかなか手が出せないからね、これ……」

「初めて食べるわ……」

 

 フランクさんたちでもあまり食べられないものらしい。そんなに珍しいものなのかな。

 

「これ、そんなに高いの?」

 

 そうミレーユさんに聞いてみると、

 

「ええ。キャスティボアはなかなか人前に出てこない魔獣ですわ。一週間に一頭、市場に出回ればいい方ですわね。もっとも、お肉よりも中に詰められているお野菜や香草の方が高いのですけど」

「ん?」

 

 そんなに高いお野菜なんだ。どんなのかな。

 おばさんが切り分ける様子をじっと眺める。中にお野菜を詰めてるらしい。おばさんがお肉を切り分けて、そうして出てきたお野菜は、私にとっては見覚えのあるものだった。

 

『なるほど、そりゃ高いわ』

『むしろおばちゃんよく仕入れられるなこれw』

『わからん、もうちょい詳しく』

『おう、最近見始めた人は分からないだろうけど、精霊の森にしかない野菜だよ』

 

 そういうことだね。精霊の森の浅い場所に自生してるから採取はまだしやすい方だと思うけど、それでも精霊の森に違いはない。当然だけど一部の魔獣は浅い場所にでも行くから、冒険者さんにとってはこれでも命がけだと思う。

 でもそれだけに、成功すればとても高値で売れるらしい。どれだけの金額かは私にはよく分からないけど。

 

 それにしても。森の野菜ってこんなに美味しそうになるんだね。もしかしたら、もっと美味しいお野菜とかがあるのかも。調べてみようかな。でも師匠がすでに調べてそうだな……。

 いや、うん。それは後回し。先にこれを食べよう。とても、楽しみ。どんな味かな。

 ナイフとフォークを手に取って、早速食べようとしたところで。

 人が、飛んできた。その誰かはテーブルに落ちてきて、当然だけど美味しそうな料理も飛ばされて、そして床に落ちた。べちゃりと。

 

「てめえ! 何しやがる!」

「うるせえお前が余計なこと言ったんだろうが!」

 

 ケンカだね。うん。

 んー……。油断、かな。結界があるからって周囲に対する注意をおろそかにしすぎかも。特に私はご飯を前にするとそれに集中してしまうって師匠にも言われたっけ。うん。反省しないとね。

 うん。うん。よし。

 

「殺そう」

「お、お待ちくださいリタさん! 気持ちは分かりますが落ち着いて!」

「嬢ちゃん落ち着け頼むから! 座れ! まず座れ! な!」

 

 止めないでほしい。私だって、すぐに謝ってくれるなら、ちょっとこう、ちょっとだけ怒るだけだったよ。でも、ほら。全然反省してないよ。今も殴り合いしてるよ。他の人にも迷惑かけてるよ。

 

「食べ物を粗末にするやつに生きてる価値なんてないと思う」

「だめですわ! この子本気で怒ってますわ!」

「おいお前らあいつら止めてこい! ここに座らせろ謝らせろマジなやつだぞ! これ完全に敵認定してるぞ!」

「わ、わかった!」

 

『やばいやばいリタちゃんこれマジギレしてないか!?』

『そりゃお前、食べるの大好きな子だぞ?』

『さあ食べようとしたごちそうをいきなり取り上げられたんだ。誰だって怒るさ』

 

 うん。そう。私も怒る。さあ食べようと思ったらなくなったから。うん。怒るよ。

 まだうるさいみたいだから、とりあえず静かにさせよう。足で床を叩いて、魔法を使う。

 

「ふぎゃっ!」

 

 それだけで、ケンカをしていた男二人は床に叩きつけられた。そのまま起き上がれずにもがいてる。この人たちだと起きられないだろうね。上から押さえつけてるから。

 その二人の前に立つ。二人は倒れたまま私を見て、なぜか蒼白になった。

 

「どうしようかな……」

「ひっ……」

「リタさん本当に落ち着いてください! お願いですから!」

 

 だめだよ。食べ物の恨みはおそろしいって日本では言うらしいよ。

 ばくっとしようかな。そう思って魔法を使おうとしたところで、

 

『リタちゃん、だめだよ』

 

 そのコメントだけ、不思議と耳に響いた。

 

「ん……。真美?」

 

『リタちゃん、ちょっと怒りすぎだから。落ち着こう? ね?』

 

「ん……」

 

 そうかな。そうかも。うん。ちょっと、怒りすぎだよね。すごく楽しみにしてたからって、殺すのはだめかな。

 

『それに、リタちゃんなら取り返しはつくでしょ?』

 

「ん」

 

 それもそう。とりあえず、落ちてしまった料理を全て回収、アイテムボックスに放り込んでいく。その時に汚れは除去。香草も一部落ちてしまうかもしれないけど、それは妥協かな。

 最後に魔法を解除してから、ミレーユさんに向き直った。

 

「ミレーユさんのお部屋で食べよう」

「そ、そうですわね! そうしましょう! ほら、フランクさんたちも!」

 

 そうして、みんなで移動。その直前に、

 

「いいかお前ら、酒の飲み過ぎには気をつけろよ。見た目はかわいらしくても中身がやばいやつっていうのはどこにでもいるからな。今日のことは教訓にしておけよ」

 

 フランクさんがケンカをしていた二人にそう言っていた。失礼だと思うけど、私もちょっとやりすぎちゃったから何も言わないでおく。私も反省しないとね。

 




壁|w・)リタの分かりやすい逆鱗はごちそうを取り上げられること。
なお、どこかの師匠もいたずらをして怒らせたことがある……のかもしれない。

お友達に注意されて、実は内心でしょんぼりしていて怒りが収まった、かも。

そしてプチお知らせ。感想の返信、厳しくなってきました。
というのも3月中旬に転職することになっていまして、今はその準備で追われています。
感想の返信を優先して更新が間に合わなかったら元も子もないなと……。
というわけで。申し訳ありませんが、感想の返信は、『時間に余裕があればその話数だけ』になりますので、ご了承ください。
もちろん全て読んでいますし励みになりますので、感想はいただけると嬉しいです……!


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異世界風丸焼き料理

 

 ミレーユさんが来客用に使ってる部屋に入って、改めてご飯。さすがに五人用のテーブルはないから、アイテムボックスから取り出そう。魔法の練習で作ったやつがアイテムボックスに入れっぱなしになってたはず……。

 

「あった」

 

 アイテムボックスから大きめのテーブルを取り出すと、フランクさんたちがぎょっと目を剥いた。

 

「リタちゃん、アイテムボックスにそんなもん入れてるのか……?」

「すごい子だとは思っていたけど、そんなに入るとは思わなかったわ……」

「ん。いっぱい入る」

 

 魔法学園よりも大きいよ。間違いなく。

 テーブルの上に料理を置く。ミレーユさんが真っ先に近づいてその料理を観察して、ほう、とため息をついた。

 

「見事なものですわね。汚れが落とされていますわ。アイテムボックスに入れる時に汚れになるものは除外したのですわね」

「ん」

「さすがですわね。わたくしでも苦労しますわよ」

「いや普通はできないから!」

 

 パールさんが頭を抱えてるけど、そんなに難しいことじゃない。慣れれば簡単だよ。

 大きいナイフや取り皿も置いてから、改めて料理を食べることになった。

 ナイフでお肉を切り分ける。当たり前だけどドラゴンステーキとは違って、ちょっと固い。それでもまだちゃんと切れる程度ではある。しっかりと切って、お皿に移してと……。そうしてから、お肉を口に入れた。

 

 んー……。しっかりと焼かれていて、とても香ばしい。でもお肉の味しかしないというわけでもなくて、香草の香りがほどよいアクセントになってる。中に入っていたお野菜の味もお肉に染みていて、焼いただけのお肉とは明確に違う味だ。

 あとちょっと意外だったけど、切り分ける時は固かったけど、固いのは表面だけだったみたい。中は結構柔らかかった。表面はぱりぱりとした食感でちょっと楽しい。

 うん。うん。美味しい。回収してきてよかった。

 

『ドラゴンステーキも美味そうだったけど、こっちもなかなか……』

『作ろうと思ったら、豚の丸焼きが近いのか……?』

『ちょっと手が届かないなあ……』

 

 やっぱり高いのかな。これもすごく高いらしいし。

 

「いや美味いなこれ。すげえ」

「とても美味しい。本当にありがとう、ミレーユさん」

「いえいえ。わたくしも美味しい料理は皆と共有した方が楽しいですもの」

 

 その気持ちはちょっと分かる。一人で食べるより、みんなで食べた方が楽しいしね。

 五人で綺麗に食べ終わって、骨とか食べられないものは私のアイテムボックスに入れておいた。あとで適当に処理しよう。

 

「いや、美味かった。あんな料理もあるんだなあ」

「もう少し食べ物にお金をかけたくなるね」

「以前からそうしようって言ってるじゃない……」

 

 フランクさんたちはご飯にあまりお金を使わないみたい。フランクさんは二つ名持ちの冒険者さんだし、お金はかなり稼いでると思うんだけど、違うのかな。

 不思議に思っていると、ミレーユさんが先に教えてくれた。

 

「いい冒険者というものは、自分に合った武器を使うものですわ。当然ながら低ランクの冒険者の武器よりも高いものがほとんどですし、手入れにも相応の金銭がかかります。おそらく多くの人が想像しているほど稼げることなんてありませんわ」

「そうだぜリタちゃん。報酬から装備、消耗品、そういったものの金額を引けば、残るものはそこまで多くないのさ。冒険者はいつでも金欠だよ」

「ん……。そうなんだ」

 

 特にフランクさんたちみたいに前に出て戦う人だと、剣の整備とかでも高そうだ。苦労しているのかも。

 そう思ってたけど、パールさんが苦笑いしながら言った。

 

「誤解しないでね、リタちゃん。実際にはお金には余裕があるの。フランクの意向で、貯蓄しているだけ」

「そうなの?」

「そうだよ。僕たちは仕事柄、いつ大怪我して動けなくなるか分からないからね。稼げる間にしっかり貯めておこうってわけさ」

 

 そう言ったのは、ケイネスさんだ。フランクさんが苦笑いしながら頷いてるから、それが本当のことらしい。

 ミレーユさんへと振り返れば、さっと視線を逸らされた。今回はミレーユさんの感覚がおかしいってことかな。宿を貸し切ったりしていることを考えると、あまり貯めることは考えてなさそうだし。

 その後も軽くお話をして、フランクさんたちは帰っていった。明日はまた依頼で街を離れるらしいから、しばらくは会えなさそうだ。フランクさんたちは話しやすいから、ちょっと残念。

 

「ミレーユさん、私も帰るね」

「わかりましたわ。明日、またこちらに来てください」

「ん」

 

 紹介状をもらわないといけないからね。忘れずに来るようにしよう。

 

 

 

 森に帰った後は、お家に入る前に世界樹の前に来た。報告と、あとは王都に行くことを精霊様に伝えるために。

 

「精霊様」

 

 私が呼ぶと、精霊様はいつも通りすぐに出てきてくれた。

 

『精霊様だー!』

『精霊様お美しい!』

『崇めなければ!』

 

 精霊様はそんなコメントが並ぶ黒板をちらりと一瞥して、内容を見たのか何とも言えない曖昧な笑顔になった。怒っていいのか照れていいのか分からない、そんな顔だと思う。

 精霊様は咳払いをすると、改めて私に向き直った。

 

「おかえりなさい、リタ。どうかしましたか?」

「ん。報告」

 

 ミレーユさんから聞いた話を話して、明日から王都に行くことを伝える。全部話し終えた時には、精霊様は何に驚いたのか目を丸くしていた。

 

「リタが……ついに王都まで……! あの引きこもりのリタが……!」

「…………」

 

『まあ今はともかく、以前は引きこもりだったからw』

『以前も言われてるんだからショック受けなくても』

『精霊様も分かってて言ってそうw』

 

 結構お外に出るようになってると思うんだけどね。

 




壁|w・)豚っぽい生き物、程度のイメージです。


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天ぷらうどん

 それはともかく。次は王都だ。精霊様をじっと見つめると、すぐに落ち着いて話をしてくれた。

 

「魔法学園の街がある国ですね。他の精霊から報告は何度か受けていますが、あの国は長く安定している国だそうです。リタも気に入るかもしれませんね」

「ふうん……。美味しいもの、あるかな?」

「きっと」

 

 美味しいものがあったら、それだけでも私は満足できる。日本ほどの料理は高望みかもしれないけど、美味しいものがあると嬉しい。

 私がそんなことを考えていると、精霊様が言った。

 

「ところでリタ。先ほどの話からすると、今回は守護者ということを最初から伝えるのですね」

「ん……?」

「え?」

 

 そうなるのかな。えっと……。あ、そっか。守護者として向かえば敬語とかは気にしなくていいっていうことだったよね。隠して行くとなると、敬語とかちゃんとしないといけない。

 えっと……。んー……。どうしよう……。

 

『ていうか、マジで気付いてなかったんか』

『てっきりもう気にしないのかと思ったのに』

『てかリタちゃんなんで隠してるの? 別に言っちゃってもよくない? その方が早いと思うけど』

 

 それは、うん。そうだね。ミレーユさんたちの反応から、守護者というのを出すだけでみんないろいろ教えてくれそうだとは思う。その方が確かに手っ取り早い。

 でも、それはなんだか嫌だ。

 思い出してしまうのは、ギルドマスターのセリスさん。ミレーユさんから私のことを報告された後に会った時、セリスさんは私に対して怯えか恐怖を感じていた。私が魔力の流れを止めるかも、なんて思っていたみたいだったから。

 だから、必要以上に隠すつもりはないけど、かといって自分から名乗るのは嫌かな。

 

「それに、王様だとセリスさん以上に反応しそう」

 

『それはそう』

『なにせ一国の責任者だからな』

『お腹がきりきりしそうだなあw』

『胃腸薬買ってく?w』

 

 それはもう煽りみたいなものだと思うよ。

 師匠もそれを知ってたのか、賢者なんて呼ばれていても守護者というのは言わなかったみたいだしね。ミレーユさんが驚いていたぐらいだから。だから私も、同じようにしようかと思う。

 そう精霊様に言うと、そうですかと納得したように頷いた。

 

「ですがリタ。必要だと思ったら遠慮なく使ってください。私たち精霊は有象無象の人間よりあなたの方が大事ですから」

「いや怖いよ? 怖すぎて嬉しくないよそれ」

「え……?」

 

『それで喜ぶのはよっぽどのサイコパスですよ精霊様』

『さすが精霊様、思い出したように天然要素を入れてくる』

『さすがのあざとさだぜ!』

 

「ひどくないですか!?」

 

 今のは精霊様が悪いと思うよ。私も自分の身の安全を第一にするつもりだけど、そんな容赦なく他の人全てを切り捨てられないからね。

 でも……。

 

『言いながらリタちゃんはちょっと嬉しそうだけどな』

『まさにこの親にしてこの子あり』

 

「ん……」

 

 まあ、うん……。大事だと思ってもらえていると、やっぱり嬉しいかなって。

 

「あ、精霊様。もうちょっとだけ、いい?」

「はい。大丈夫ですよ」

「おうどん、食べよう?」

 

『おうどん? 今から買いに行くの?』

『ばっかお前、お持ち帰りしてたうどんがあっただろうが』

『天ぷらうどんやな!』

 

 そう。精霊様と一緒に食べるためのお楽しみ。でも正直なところ、竜カツカレーの衝撃ですっかり忘れてしまっていたもの。

 アイテムボックスから天ぷらうどんを取り出すと、精霊様の視線がおうどんに釘付けになった。

 

「それがおうどんというものですか」

「ん」

「いただきましょう」

 

 魔法で木の枝を軽く削ってお箸にして、二人で食べる。天ぷらはいろいろとあるみたいだけど、とりあえず半分こ。風の魔法ですぱっとね。

 おうどんは以前食べたから、とりあえず天ぷらから食べてみる。細長いえび天というものから。ぱくりと食べると、さくさくととても楽しい食感だった。あと、ちょっと熱い。

 

「んー……。さくさくしてる。ざくざく?」

「いい音ですね……。私も同じものをいただきましょう」

「ん」

 

『あー! あー! あー! ぶっちゃけ他のうどんの時より食べたくなるんだけど!』

『ざくざくって音が! いいなあ! 天ぷら食いたいなあ!』

『ばっかお前! 俺らには文明の利器があるだろうが!』

『出前ですね! 分かるとも!』

 

 視聴者さんにとってはこの天ぷらの音が美味しそうに感じるらしい。でも確かに、美味しいのも当然だけど、音が楽しいって思ったのは初めてかもしれない。

 精霊様はおうどんも食べていたけど、これも満足そうだった。美味しそうに食べてる。

 

『ちなみに衣に味がしっかり染みこんだやつも美味しいよ』

『ざくざく食感じゃなくなるけど、それはそれでまた格別』

 

 そうなんだ。じゃあ、この大きいかき揚げというのでやってみよう。

 かき揚げを沈めて、精霊様と他の具材を食べる。とり天も美味しいし、おうどんも安定してる。すごく美味しい。

 

「これは素晴らしいですね……。この世界の人々ももう少し頑張ってほしいものです」

「ん。でもこの世界の宿で食べた料理も美味しかったよ」

 

 日本と比べるとやっぱりちょっと微妙かなとは思うけどね。

 おうどんを食べ終わって、最後に残していたかき揚げを食べる。さくさくじゃなくなったけど、本当に美味しいのかな。

 これも精霊様と半分こにして、口に入れた。

 

「おー……」

 

 確かにさくさくの食感はない。でも、お出汁っていうのかな? しっかりしみこんでいて、噛むとじゅわっとあふれ出てくる。この食べ方も美味しい。

 

『あー! いけませんいけません! あー!』

『落ち着けwww』

『俺両方好きだから、カップうどん食べる時は半分はさっさと食べて残り半分はしっかりしみこませてる』

『わかるw』

 

 さくさくも美味しいから、両方食べたくなるね。私もまた食べる時はそうしようかな。

 

「とても美味でした。ありがとうございます、リタ」

「ん。また持ってくる」

「ふふ。楽しみにしていますね」

 

 ん。また美味しいものを見つけたら、一緒に食べたいね。

 




壁|w・)天ぷらうどん&そばは最初のざくざくを楽しんだり、しっかりしみこませただくだくのものを食べたり、その中間ぐらいのものもあって、食べ方いろいろで好きです。


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師匠の旅のやり方

 

 精霊様とおうどんを食べて、翌朝。私はミレーユさんが泊まる宿の前に立っていた。まだ日の出からあまり時間が経ってないんだけど、街の人の一部はすでに働き始めてる。もしくは帰るところだったりするのかな。

 

『みんな朝からがんばるなあ……』

『リタちゃんももうちょっとゆっくりすればいいのに』

 

 起きてからすぐに配信を始めたけど、視聴者さんも眠たそうだ。寝ればいいと思うんだけど。

 宿の中に入ると、カウンターにいたおばさんが……、いや、違った。お姉さんだ。二十代ぐらいのお姉さん。カウンターに頬杖をついて、私を見て目を丸くしていた。

 

「びっくりした……。ミレーユさんから朝にお客さんが来るとは聞いていたけど、本当に来るなんて……。あ、一応、名前を聞いてもいいかな。聞いてる特徴が一緒だから大丈夫だとは思うけど、念のためね」

「ん。リタ」

「はい。それじゃあ、通っていいよ。ミレーユさんなら私室にいるはずだから」

 

 そう言って、手をふらふらと振っていた。

 

『全部宿の部屋なのにミレーユさんの私室とはこれいかに』

『もうこれほとんどミレーユさんの家だよなw』

『常に満室でお金が入ってくると思うといい客なのかもしれないけど』

 

 ミレーユさんが出て行った時は大変そうだけどね。ミレーユさんのことだから、その時は何かしら手を打つだろうとは思うけど。

 階段を上ってミレーユさんの私室の前へ。ノックすると、すぐにドアが開いた。

 

「お待ちしておりましたわリタさん! ささ、どうぞ!」

「ん」

 

 ミレーユさんに手を引かれて部屋の中に入って、そしてちょっと反応に困った。

 

「うわあ……」

 

 それはもう、とてもすごいことになってた。

 

『汚部屋……てわけではないけども……』

『汚れてはいない、か』

『ただし本や書類があっちこっちに散乱してる』

『男の一人暮らしみたい』

『やめてさしあげろ』

 

 これはさすがに、もうちょっと片付けた方がいいと思うよ。歩くスペースはあるけど、これはちょっとひどいと思うから。

 家具は机と椅子、ベッド、そして本棚がたくさん。ちなみに本棚にはぎっしりと本が並んでる。つまり散乱してる本は入りきらなかった本らしい。

 んー……。本棚を見ると、私もあまり言えないかもしれない。私の部屋が片付いてるのは、入りきらない本を全てアイテムボックスに入れてあるからだし。

 

「さて、リタさん」

 

 ミレーユさんの方に視線を戻せば、ミレーユさんは封筒を持っていた。封蝋、ていうんだっけ。それがしっかりとされているものだ。

 

「こちら、わたくしのお父様への紹介状となります。王都の門の兵士にでも見せれば、屋敷へと案内してくれます」

「ん……。その、ミレーユさん」

「はい?」

「私のことはどこまで書いてる? 守護者のことは隠しておきたいなって……」

 

 もっと早く言えば良かったとちょっと後悔してる。書き直しになったら、ミレーユさんにとっては二度手間になっちゃうから。

 ミレーユさんはなるほどと頷いて、そして笑顔で言った。

 

「そうなるだろうと思いまして、守護者については書いていませんわ。賢者様も隠していたことですし」

「おー……」

 

『さすがミレーユさんやで』

『リタちゃんのことをよく分かってる』

『日本での理解者が真美ちゃんとするなら、異世界側の理解者はミレーユさんだな』

 

 そういうのは恥ずかしいからやめてほしい。

 守護者について書かれていないなら、大丈夫かな。受け取ってみると、バルザス公爵の名前が書かれていて、ミレーユさんの名前もちゃんとある。

 封蝋からは魔力も感じられるから、ちょっとした魔道具なのかも。

 

「ですが、リタさん。隠遁の魔女、ということは書かせていただきましたわ。でなければ、わたくしが紹介する理由がありませんもの」

「ん。それなら大丈夫」

 

 ただの一般人が知り合いだと、さすがにちょっとおかしいからね。仕方ないと思う。

 それじゃあ、王都に行こうかな。今からちょっとだけ楽しみだ。

 

「紹介状、ありがとう。王都行ってくる」

「あ、もう少し待ってほしいですわ。それについてなのですけど」

「ん?」

「王都へは転移で直接向かうつもりですか?」

 

 んー……。どうしよう。実はちょっと悩んでる。だいたいの場所が分かれば転移で近くに行けばいいと思うし、でもまた空を飛んでいくのも悪くないと思ってる。

 師匠はどうしたのかな。転移で行ってたりするのかな?

 

「師匠がどうしてるか、知らないよね……?」

 

 聞きながら、さすがに知ってるわけがないと思ってしまった。そもそもとして守護者であることも隠してたぐらいだし、移動方法なんて人に言わないと思う。

 そう思ってたんだけど、ミレーユさんはどこか神妙な面持ちで答えてくれた。

 

「これはあくまで、噂にすぎないのですけれど……」

 

 賢者は二、三日街に滞在すると、その後はほとんど姿が見えなくなったらしい。でも何故か夜になると戻ってきたそうだ。そうして夜にしか見なくなって、やがて夜でも見なくなって。そして夜に現れなかった翌日には、別の街に姿を現していたらしい。

 どこかの国で実際にあったことだと言われてるけど、確かめるようなことはしなかったんだって。さすがに誇張された話だろうと思ったらしい。無理もないと思う。

 でもこれ、師匠が何をやっていたのか、なんとなく分かった。

 

「師匠、野宿するのが嫌で、街から街の移動の途中は前の街の宿に帰ってたんじゃないかな……。日没ぐらいで場所を覚えておいて、前の街に帰って、翌朝にその続きから、みたいに」

 

『なるほど把握……いやちょっと待てw』

『そんなんありかよwww』

『すっげえ気楽な旅してるなあいつw』

 

 私も魔法学園の街に行く間は似たようなことをしたから、人のことは言えないけど……。否定はできない。改めて考えると、ちょっとずるいと思う。

 ちなみに私の説明を聞いたミレーユさんは、何とも言えない曖昧な笑顔になっていた。なんというか、ちょっとだけごめんなさい。

 私は、どうしよう。のんびり歩きたい、なんて思ってるわけじゃないけど……。でも、どうせなら他の街も見てみたいなと思ってしまう。

 

「ミレーユさん。王都まで他の街はある?」

「ええ、もちろんですわ。魔法学園の街はもちろんですし、その後も王都にたどり着くまでに三つほど街がありますわね」

「じゃあ、その街を一日ずつ見て回る」

 

 空を飛ぶ魔法で次の街まで行って、一日のんびり見て回って、翌日にまた次の街。そんな感じで行こう。急ぐ必要もないわけだし。

 そう言うと、ミレーユさんは笑いながら頷いた。私らしくていいと思う、だって。

 

「小さな村でもない限り、ギルドは必ずありますわ。よければ立ち寄ってあげてください」

「ん」

 

 それじゃ、早速出発しよう。

 




壁|w・)ある意味旅の醍醐味の野宿を全否定するお師匠さんでした。


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途中の街

 

 フードをしっかり被って、ミレーユさんと一緒に街を出る。ミレーユさんはやっぱり魔女として有名みたいで、街に入る列の人たちから見られていた。

 いや、ミレーユさんだけじゃなくて、私についても話してるみたい。灼炎の魔女の隣にいるのは誰だろう、みたいな声が聞こえてくる。

 

「皆さんあなたのことが気になるようですわよ? 隠遁の魔女様」

「なんでわざわざ言うの?」

 

 周囲の視線がなんだか強くなった気がする。こう、圧というか、そういうのが。ミレーユさんに向いていた視線も全て私の方に向けられてる。そんなに気になるのかな。

 

『隠遁の魔女って噂だけが一人歩きしてそうだからなあ』

『精霊の森の調査をやってるし、ドラゴンステーキも討伐してるし、実績だけならすごいのでは』

『顔を一切見せない、というのも大きいかも』

『ドラゴンステーキの討伐が特にでかいよな!』

『ドラゴンさんをステーキ呼ばわりするのはやめてさしげろw』

 

 そういうもの、なのかな。やっぱりフードは大事だね。

 アイテムボックスから箒を取り出して、浮かせてから乗る。その様子にミレーユさんは意味が分からないといったような視線を向けてくる。

 

「なに?」

「いえ……。以前から気になっていましたけれど、リタさんはどうして箒に乗っているのですか?」

「ん。師匠にそう教わったから」

 

 おお、ミレーユさんがすごい表情をしてる。いろいろと言いたいのを我慢してるのはよく分かる。その気持ちはちょっとだけ分かるけど、慣れればこれも楽しいよ。

 

「ちなみに、その、お師匠様からは何と……?」

「様式美」

「ようしきび」

 

 うん。これは理解を諦めた顔だ。どこか遠くを見るような目をしてる。

 

「きっと……わたくしには理解できない意図があるのでしょうね……」

「断言するけど絶対ないよ」

「…………」

 

『やめたげてよぉ!』

『ミレーユさんの! 賢者様像が! 崩れる!』

『あいつの素を知ってたら、たまに聞くあいつの評価はだいたい過大評価だからなw』

 

 もちろんすごいことをやってる時もあるけどね。

 ミレーユさんはこの話を聞かなかったことにするみたいで、こほんと咳払いをした。

 

「それでは、隠遁の魔女様。お気をつけて」

「ん。ミレーユさんも」

 

 箒に乗って、ふわりと浮かび上がる。こちらに向かって手を振るミレーユさんに手を振り返して、目的地に向けて飛び始めた。

 

 

 

 誰の視線もなくなったことを確認してから、魔法学園がある街の上空まで転移。そこからまた街道に沿って飛び始める。どうせだからミトさんの様子を見ようかなと思ったけど、邪魔をするのも悪いかなと思うからまた今度。

 

『ミトちゃん元気にしてるかなあ』

『俺はエリーゼちゃんが気になる』

『ドラゴンでトラウマになってないだろうか』

 

 あの三人なら大丈夫だと思う。多分だけどね。

 のんびりと飛んでいくと、小さな集落みたいなものが見えてきた。街というほどの規模ではないけど、少なくない人が暮らしているのが分かる程度の集落。ミレーユさんから聞いてるから立ち寄るつもりはないけど、思っていたよりも大きい集落だね。

 

 出発前にミレーユさんから聞いたけど、魔法学園から先はこんな集落が街道沿いに点在してるらしい。たまに集落にはなってなくて、大きい家が少しあるだけだったりするらしいけど。

 これが何の場所かと言えば、街から街に移動する時に泊まる場所らしい。大きい街道沿いならだいたいはあるんだって。

 

『つまりは宿場町みたいなもんか』

『まあ人通りが期待できるなら、こういう場所もあるだろうね』

『ここは行かないの?』

 

「ん。行かない。ギルドもないらしいし」

 

 ギルドを基準にするつもりはないけど、どうせだから何か依頼を受けるのもいいかなと思うから。その街らしい依頼があるかもしれないし。

 集落を二つ通り過ぎて、お昼前。ミレーユさんが話してくれていた街が見えてきた。魔法学園がある街ほどではないけど、それでもたくさんのお家がある街だ。

 小さいながらも街を囲む壁があって、門もちゃんとあった。兵士さんも立ってるから、ちゃんと門は通った方がいいかもしれない。後で何か言われたくないし。

 

 この街は入る人で並んでる、というようなこともないみたい。すぐに対応してもらえそうだね。

 私が兵士さんの前に降り立つと、兵士さんは口をあんぐりと開いて固まっていた。

 兵士さんは一人だけ。しかもこの兵士さんは若そうに見える。二十代前半か、それぐらいかな。私が彼の前に立つと、はっと我に返ったみたいで姿勢を正した。

 

「失礼致しました。高名な魔女殿とお見受けしますが、ギルドカードを確認させていただいてよろしいでしょうか」

「ん」

 

 アイテムボックスから取り出して、渡してあげる。今回はちゃんとフードを被ってるから、Sランクのカードだ。兵士さんは短く息をのんで、とても丁寧にカードを受け取ってくれた。

 

「少々お待ちください」

 

 そう言って、門の側にある小さな家、みたいな場所に入っていく。兵士さんが待機する場所かな。かすかに話し声が聞こえてきてたけど、それはだんだんと大きな声になってきた。

 

「馬鹿野郎! このギルドカードが本物ならSランクの冒険者だぞ! 魔女だ魔女! 外で待たせるやつがあるか!」

「ぎ、偽造の可能性とか……」

「空を飛ぶような魔法使いならわざわざ偽造する必要なんてないだろうが!」

 

 空を飛ぶ魔法はここでも便利だね。

 

『一定の実力の証明って感じだなやっぱ』

『えっと。なんだっけ。お師匠さん曰く空を飛ぶ魔法は基礎中の基礎、だっけ』

『(精霊の森の基準で)基礎』

『あんな魔境の基準が世界基準なわけないだろうがいい加減にしろ!』

 

 私のお家がある森をめちゃくちゃ言い過ぎじゃないかな。いや、うん。最近は特に否定できないと思うようになってきたけど。

 




壁|w・)ミレーユさんってまだリタの箒に触れてなかったよね……?(うろ覚え)
王都までいくつかの街がありますが、お話に出るのは今回の一つだけです。


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ギルドでの恒例行事やさしいばーじょん

 小さいお家から兵士さんが二人、慌てるように出てきた。初老ぐらいに見えるおじさんと、さっきのお兄さんだ。おじさんは姿勢を正すと、深く頭を下げてきた。

 

「お待たせ致しました、魔女殿。お目にかかれて光栄です」

「ん……。隠遁の魔女。よろしく」

「隠遁……!」

 

 おじさんは軽く目を瞠る程度だったけど、お兄さんの方は口に出してから絶句していた。いつの間にか、この街にも私の話は伝わってるらしい。

 悪い噂じゃないなら好きに話してくれていいから、早く入りたい。

 

「隠遁の魔女殿。よろしければ、訪問理由をお伺いさせていただいても?」

「ん。王都に向かってる。その通過地点。ミレーユさんから立ち寄ってあげてほしいって言われたから、立ち寄っただけ。迷惑なら入らない」

「いえそんなまさか! どうぞお通りください!」

 

 わりとあっさり許可が下りてしまった。門もすぐに開き始めてるけど、本当にいいのかな。偽造とか調べなくても。

 

『ゆるゆるな門番だなあ……』

『国境に面してるわけでもないし、こんなもんじゃね? 知らんけど』

『もしかしたら真贋が簡単に分かる方法があるのかも』

 

 それは、どうなんだろう? お家の中まで調べてないから、さすがにちょっと分からない。

 でも私としては、入れてもらえるなら文句はない。気が変わらない間に入ってしまおう。

 兵士さんからギルドの場所を聞いて、門を通った。

 

 

 

 街の中央付近にギルドがあった。街の中央は噴水のある広場だ。この噴水は魔道具が使われていて、水を浄化しつつ噴き上げてるらしい。だから一応、飲むことができるらしいよ。

 

「飲んでみる?」

 

『浄化してるなら飲めるんだろうけど』

『でも街の人に飲んでる人がいないんだけど』

『それな』

 

 そうなんだよね。兵士さんは飲めるって自信満々に言ってたけど、少なくとも街の人は飲もうとしてない。何かがあったのかな。

 気にしても仕方ないからギルドに入った。

 ギルドはやっぱり同じような造りで、入った瞬間にたくさんの視線が私の方に向いた。ただ、敵意よりも困惑の方が多いかも。フードを被ってるからかな。

 視線の中を歩いて、カウンターへ。受付さんも固まってるけど、ギルドカードを差し出すとはっと我に返って確認してくれた。

 

「え……!?」

 

 口をあんぐりと開けてまた固まる受付さん。しばらく私のカードを凝視していたけど、少々お待ちくださいと慌てたように奥の部屋に走っていった。

 これ、もしかしてどこの街に行っても同じなのかな。毎回になるとちょっと面倒だ。

 

「そこのあんた」

 

 そう思いながら待っていたら、男の人が声をかけてきた。隣の受付さんに対応してもらってる人で、若い剣士さんだ。そしてその剣士さんにべったりはりつく魔法使いのお姉さん。ミレーユさんよりは年上に見える。

 

『なんだコイツ』

『リア充だ! リア充がいるぞ!』

『リア充爆発しろ!』

『よし殺そうぜリタちゃん!』

 

 過激すぎるよ。まだ何もされてないのに手を出すつもりはないよ。リア充って、なんだっけ。リアルが充実してる人、だっけ? よく分からないけど、とりあえず恋人っていうのがいたらその判定は間違いないみたい。

 うるさくなるコメントを無視しながら剣士さんに視線を向けると、どこか困ったような笑顔を浮かべていた。悪い人ではなさそうに見える。

 

「ちらっと見えたけど、今のはSランクのギルドカードだろ? だめだよ、偽造なんて。厳罰になるから、謝った方がいい。今なら許してもらえると思うから」

「ん。どうして偽造だと思ったの?」

「こんな中途半端な場所のギルドにSランクが来るわけないからさ」

 

『草』

『言ってて悲しくならないんかこの人w』

『ていうか、ここって魔法学園の街と王都の間だし、ギルドに立ち寄る人ぐらいはいるんじゃ?』

 

 そうだよね。私もそう思う。だから、聞いてみよう。

 

「なんで? 通り道だし、ギルド立ち寄ったりしないの?」

「ほとんどしないよ。この街に立ち寄ることはあっても、わざわざギルドに来ることなんてしない」

「そうなんだ」

 

『なるほど理解した』

『この街に立ち寄って宿に泊まって、そのまま出発されるってことかな』

『まあ次の目的地が王都か魔法学園の街なら、わざわざギルドに立ち寄る意味はないしなあ』

 

 そうだね。私もミレーユさんに言われてなければ素通りしたと思うし。私も次から素通りしようかな。いやでも、急いでも仕方ないよね。悩む。

 

「そういうわけで、Sランクなんてあり得ないんだ。だから、早く謝罪を……」

「何言ってんだお前」

 

 その声は、カウンターの奥から。

 

「おー……」

 

 筋骨隆々のおじさんだ。ギルドの制服の上からでも筋肉がよく分かる。すごい。

 

『むきむきやな!』

『すげえな、フランクさんとかでもすごいと思ってたけど、それ以上だ』

『服がぴちぴちすぎてなんか、こう……。もう脱げよ』

『それはそれで問題あるだろw』

 

 おじさんは私の前に立つと、そっとギルドカードを返してきた。受け取って、アイテムボックスへ。剣士さんの隣の魔法使いさんが目を見開いたのが分かった。

 

「ぎ、ギルドマスター! この人は違うんだ! その……えっと……」

「あーあー。いい、いい。余計なことを言うな。お前は無駄に優しいからな。でも今回は余計なお世話だ」

 

 このおじさんがギルドマスターらしい。ギルドマスターさんは私に向き直ると、こほんと咳払いをして、

 

「ようこそ、隠遁の魔女殿。この街のギルドにSランクの冒険者が来るなんて久しぶりだ。歓迎するよ」

「な……っ!」

 

 おお、剣士さんが絶句してる。本物だとはやっぱり思ってなかったらしい。理由を聞けば仕方ないかなとも思えるけど、思い込みは良くないと思う。私から言うつもりはないけど。

 私もギルドマスターに向き直ってから言った。

 

「ん。王都に向かう途中で立ち寄っただけ。ついでに、何か依頼があるなら見せてほしい」

「そりゃ助かるが……。いいのか? Sランク向け依頼なんてないぞ?」

「別にいい。簡単だけど誰もやりたがらないお仕事でもいいよ」

「変わった魔女さんだなあ」

 

 ギルドマスターさんは不思議そうに言うけど、私はどちらかと言うと簡単な依頼の方がいいと思ってる。一日で終わらせたいから。

 




壁|w・)街には立ち寄るけどギルドには立ち寄らない、そんな場所。
なお、噴水には意味がありません。


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討伐依頼

「それに、まだゴブリン退治とかもしたことないし」

 

『確かにw』

『スタンピード以外だと素材採取ばかりやってたな』

 

 私の小声に視聴者さんが反応してくれる。

 討伐系の依頼は、対象の魔獣が分からない時が多いから避けてるからね。でもそろそろ受けてみたいと思ってる。

 誰もやりたがらない依頼に討伐があるかは分からないけど。他の冒険者さんは討伐依頼の方をよく受けるみたいだから。報酬がいいらしいよ。

 

「それなら、頼みたい依頼がある」

「ん?」

「これだ」

 

 ギルドマスタ―さんが依頼書を出してくれた。えっと……。

 ゴブリン退治、だね。Aランク向けの依頼みたい。でも確か、ゴブリンってそんなに強くないから、普段はCランク向けの依頼のはずだけど。

 私が首を傾げていると、ギルドマスターさんが教えてくれた。

 今回はゴブリンの大規模な巣ができてしまっているらしい。洞窟を使った巣らしくて、ゴブリンの最上位種、ゴブリンキングがいる数百体規模の巣なんだとか。

 一度Cランクのパーティが向かって、たった一人が逃げ帰ってきて情報を持ち帰った、らしい。

 

『テンプレだ、と思ったけど、犠牲者が出てるとちょっと反応に困る』

『いくら弱くても多勢に無勢だったんだろうな……』

 

 近くの村でも行方不明者が出てるらしいから、次は多数のパーティで向かって早期に片付けるつもりだったみたいだけど……。問題は、やりたがらない冒険者ばかりなんだとか。いくら弱いゴブリンでも数が多すぎる上に洞窟内はゴブリンのテリトリーで危険、さらに報酬も安いから、だって。

 

 薄情、だとは思わない。冒険者さんも命がけだから、危険と報酬が釣り合ってなければ受けるはずもない。

 近く、国の援助を受けて報酬が増額されるか騎士団が派遣される予定らしいけど、それまでは誰も受けないだろうとのことだった。

 

「この国は人を大事にしてくれるからな。援助があるのは間違いないが、それでもまだ少し先の話だ。そしてその間でも、人は死ぬ」

「ん……」

 

 近くに小さな村があるらしくて、そこで犠牲者が出てるらしい。

 これが大きな村だったら依頼料も多く出せて対応しやすいらしいけど、小さい村だから今の依頼料が限界なんだとか。ゴブリンキングはそれを分かっているのかも、と予想してるみたい。

 

「説明終わり?」

「あ、ああ。その、やめておくか?」

「んーん。受けるよ」

 

 私が依頼書を受け取ると、ギルドマスターさんだけじゃなくて、周りの人も驚いてるみたいだった。そんなに割に合わない仕事なのかな。別にいいけど。

 

「だ、大丈夫か? 二つ名持ちの魔女が規格外っていうのは分かってるが、狭い洞窟内で戦うことになるんだぞ?」

「平気」

「そうは言っても……。ああ、そうだ! ならこいつらを連れていってくれ! 二人ともBランクだから詠唱の間を守ることぐらいはできるはずだ」

 

 ギルドマスターさんが指し示したのは、さっきの剣士さんと、魔法使いさん。二人とも慌てたように姿勢を正した。嫌、ではないみたい。なんだか期待のまなざしを向けられてる。ちょっとだけ恥ずかしい。

 

「この二人への依頼料は俺が出す。だめか?」

「大丈夫」

 

 見てもらうだけになりそうだけど、それでも良さそうだし。

 それじゃ、早速行こう。今日中に終わらせたいから。

 

「行くよ。今日中に行って帰ってくるから」

「え、待ってくださいどうやってですか!?」

 

 私が外に向かうと二人が慌てて追いかけてきた。魔法使いさんはいつの間にか剣士さんから離れて、むしろ私に距離が近くなってる。ちょっと困る。

 

「空を飛んで。手を出して。大急ぎで行くから」

「え……?」

「えっと……。こう、ですか?」

 

 困惑しながらも出された二人の手を掴んで、私は空を飛んだ。大急ぎだ。

 

「ぎゃああああ!」

「いやあああ!」

 

『これはひどいw』

『ひどいけど見てる分にはおもしろいw』

『ここには薄情者しかおらんのかw』

『草生やしてる時点でおまえも同類だよ!』

 

 

 

 たどり着いたのは小さな山。自分たちで掘ったのかは分からないけど、確かに洞窟がある。あと、見張りなのかゴブリンが三体ほど。

 森の中にある洞窟で視界が悪そうだけど、どうしようかな。

 

「手っ取り早いのは洞窟を爆発させたり水であふれさせたりとかだけど……」

「ひぇ……っ」

 

『ヒェ……』

『同行者まで怯えてるのは草なんだ』

『発想がガチすぎて怖いw』

 

 手加減する必要もないと思ったから。

 でも、魔法で軽く探知したんだけど、ゴブリン以外がいるみたい。もしかしたら先に来た冒険者さんがまだ生きてるのかも。

 というわけで。

 

「正面から歩いていきます」

「え」

 

『まって』

『真っ正面から行くの!?』

『まずいですよ!』

『何が?』

『ゴブリンさんの精神が!』

 

 勝手に折れればいいと思う。

 でも剣士さんと魔法使いさんは危ないから、ちゃんと魔法をかけてあげる。防御の魔法を使ってあげると、二人に薄い青色の膜が張り付いた。分かりやすいように可視化させてみたけど、ちょっと目立ちそう。

 

「あの、魔女様。これは?」

「ん。防御の魔法。ワイバーンの攻撃でも弾ける」

「な……!? そんな、俺たちにだなんて! 魔女様自身に使ってください!」

「ん? このローブの魔法がそれの上位互換。ドラゴンの攻撃でも平気」

 

「あ、はい」

『ア、ハイ』

『心配するだけ無駄なんだよなあ……』

 

 心配してくれるのはちょっぴり嬉しいけどね。

 それじゃ、行こう。

 




壁|w・)たまには俺(私)つえーをしておこうかなと、そう思いました。
思った結果、ゴブリンさんが標的になりました。
というわけで、次回は、ばくばく。


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とても大きなゴブリン

 見張りのゴブリンをばくっとして、洞窟に入った。

 

「あわ、あわわわ……」

「黒いものが……ひいいぃぃ……」

 

『かわいそうに……』

『これ別の意味でこの人たちのトラウマにならない?』

『ゴブリンとはいえ、一瞬で正体不明の何かに食われてるわけだからな……』

 

 周囲も汚さないから、すぷらったが苦手な視聴者さんも安心、だよね?

 洞窟の中をどんどん進む。入り組んでいて迷いやすそうだけど、探知の魔法で全体像は把握してるから問題はない。剣士さんたちが迷子にならないようにだけ気をつける。

 そうして歩いていたら、ゴブリンが襲ってきた。変な鳴き声を上げながら走ってきたから、全部ばくっとしておく。ゴブリンって一匹でも漏らすと面倒なことになるらしいから、全部倒さないといけないらしい。恨みを持って近くの村をまた襲うんだって。

 

 森の中で静かに暮らしておけばいいのに、どうして人里を襲うことをするのかな。そんなことをしなかったら、強い冒険者が派遣されてくることもないと思うのに。

 しばらく歩いてたどり着いたのは、小さな部屋。多分牢屋とか、そういった目的で使われてる部屋だ。部屋の前に見張りもいたし。ばくっとしたけど。

 その部屋の隅に、少年と少女が一人ずつ。二人とも私よりも少し大きいぐらい、かな? ぼろぼろの衣服だ。何をされたのかは、考えないでおこう。

 

「この子たち、もしかして先に来てたっていう……」

「生きてるのか……?」

「ん。生きてるみたい」

 

 近づいて、確認してみる。うん。ぎりぎり生きてる。とりあえず回復魔法をかけてあげると、すぐに息が整った。連れて帰れば、まず死ぬことはないと思う。

 

『ほんとにぎりぎりやないか……』

『でも無事で良かった』

『正直、人の死体を見ることになりそうだと覚悟してたから』

 

 あー……。そう、だね。考えてなかったから、気をつけないと。

 

「この子たち、背負える?」

「もちろん」

 

 剣士さんと魔法使いさんがそれぞれ背負ってくれた。魔法使いさんも結構力があるんだね。魔力で強化してるだけかもしれないけど。

 この洞窟の出入り口は一つしかないみたいだし、先にこの子達を外に出そうかな、と考えていたら、狭い部屋の中に大きなゴブリンが入ってきた。

 とても、とっても大きなゴブリン。三メートルぐらいの背丈があるかも。

 

「ゴブリンキング……!」

 

 剣士さんが息をのんだのが分かった。これがゴブリンキングなんだ。

 

『でかすぎて笑えない』

『はえー。でっかいゴブリンですねー (鼻ほじ)』

『リタちゃんがどうやって倒すかしか興味ねーやw』

 

 ばくっとすればいいかな。あ、でも、ゴブリンキングは倒した証明がいるかも。えっと……。

 

「討伐の証拠って何かいる?」

「え? ゴブリン系統なら、耳を切り落として持って帰ればいいけど……」

「耳」

 

 んー……。どうしよう。ばくっとすると、耳も一緒にばくっとしそう。他の手段を考えないとだめかな。んー……。

 

「あの、魔女様」

「なに?」

「痛くない、のですよね?」

「ん」

 

 ゴブリンキングが手に持った棍棒を何度も振ってきてるけど、痛くもなんともない。衝撃すらもない。ついでに音すらも聞こえない。大きなゴブリンが棍棒を振り回してるだけ。

 

「みみ……みみ……。すぱっと」

 

 ばくっはだめみたいだからすぱっといこう。ゴブリンの足下からいつもの口の代わりに黒い刃を射出、耳を切り落としてからばくっとした。これでよし。耳はアイテムボックスに入れておく。

 

「あの……魔女様……」

「ん?」

「今のはなにを?」

「すぱっとした」

「すぱっと」

 

『すぱっと』

『ばくっの次はすぱっか……』

『リタちゃんのオリジナルの魔法、容赦なさすぎない?』

 

 気のせいだよ。多分。

 

 

 

 洞窟を出て、最後にまたゴブリンが住み着かないように爆破して、崩落させて。色々と片付けてから、街に戻った。討伐依頼は初めてだったけど、うまくできたかな。

 ギルドで報告すると、ギルドマスターさんには理解できないものを見るような目で見られてしまった。ちょっと失礼だと思う。ギルドマスターさんだけじゃなくて、他の人からも同じような目で見られてるけど。

 

「まさか、その日のうちに行って帰ってくるとは……」

「耳も確認したよね?」

「ああ、もちろんだ。負傷者も連れて帰ってきてもらってるし、疑うことはしない」

 

 洞窟で助けた二人もギルドまで運んだけど、今は他の人、というよりパーティメンバーさんたちの手で病院に運ばれた。去り際に何度もお礼を言われて、ちょっとだけ、よかったなって。

 

「いや、しかし。灼炎の魔女まで推薦してきたほどだからある程度予想はしていたが、まさかこれほどとはなあ……。なあ、隠遁の魔女。ここに正式に所属しないか?」

「んーん。だめ」

「だよなあ……」

 

 多分ミレーユさんみたいなことをしてほしいんだろうけど、私は精霊の森から移住するつもりはない。私のお家は、あそこだけだから。

 

「それじゃ、私はこれで」

「ああ……。助かったよ。また機会があればよろしく頼む」

「ん」

 

 ギルドマスターさんに手を振って、ギルドを出る。もう夕方だけど、宿は今からでも大丈夫かな? 帰ってくる時に剣士さんたちにオススメを聞いておいたんだけど。

 

「ゴブリン退治、やったよ。どうだった?」

 

 最後に視聴者さんにそう聞いてみると、

 

『イメージと違いすぎるわw』

『テンプレどこ……? ここ……?』

『戦いも何もなかったな!』

 

 んー……。みんなが想像していたものとは違ったみたい。でも私はなんだか新鮮で、ちょっとだけ楽しかったよ。

 




壁|w・)時間をかけても仕方ないと思うので、スピード解決です。

リタのオリジナル魔法
ばくっ:敵の足下の影から大きな口を作り出して食べちゃうぞ! 攻撃力はそこそこだ!(ぶっちゃけ見栄えの問題なだけなので影はどうでもいいぞ!)
すぱっ:敵の足下の影から刃を射出するぞ! 攻撃力はそうでもないぞ!(ぶっちゃけ見栄えの以下略だぞ!)
なお攻撃力の評価はゴンちゃんだ!


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ホットケーキ

 

 働いた後はごはん。あと、宿。実際にはお家に帰るけど、泊まってるって形は必要かなって。誰かに調べられるとは思えないけど、師匠の例があるからね。一応、記録だけでも。

 というわけで、やってきたのは剣士さんと魔法使いさんに教えてもらった宿。帰る途中に聞いておいた。ここの料理なら美味しいはず、だって。

 

 建物は二階建て。二階が宿で一階が食堂になってるみたい。ミレーユさんが泊まってる宿もそうだったし、もしかするとこれがこの世界ではよくある構造なのかも。

 中に入ってみると、食堂は半分ぐらいの席が埋まっていた。みんなが食べてる料理をちらっと見たけど、ミレーユさんの宿で食べたのと似てる気がする。

 

「んー……。ミレーユさんの宿も他より美味しかったらしいし、それ以上は求めたらだめなのかな」

 

『仮にも公爵家のご令嬢が気に入るお味だからな』

『仮にも言うなw』

『前の宿より美味しい、なんてことはそうそうないと思うよ』

 

 それは、そうだね。どこも料理に力を入れてるってわけでもないだろうし。

 カウンターに座っていたのは、若い男の人。私を見て、怪訝そうに眉をひそめていた。

 

「お客さんか……?」

「ん。一泊と、ご飯。美味しいご飯がいい」

「あいよ。料理についてはそれなりに自信があるぜ。作ってるのは親父だけど」

 

 親子で経営してるってことかな。

 とりあえず宿の部屋に案内されたけど、テーブルと椅子、ベッドがあるだけのシンプルな部屋だった。ただベッドのシーツは誰かが宿泊するたびに交換してるらしい。そんなこだわりがあるせいで、少し値段が高くなってるらしいけど。

 もっとも、高いといっても、私の所持金を考えるとそうでもない。ドラゴンの討伐でたくさんもらったしね。

 

『こっちの感覚としては、シーツを交換しない宿がある方がびっくりだ』

『日本は衛星にうるさいからなあ』

『そのおかげで、ホテルに安心して泊まれるっていうのもあるけど』

『空をぐるぐる飛ぶホテルですね分かります』

『なあんでみんなが流そうとした誤字に触れるんですかねえ』

 

 こっちの宿は、普通ならどうなんだろう。どっちにしても、私は宿のベッドで寝るつもりはないけど。

 部屋の鍵を受け取って、そのままご飯を注文する。宿泊客は料理を部屋まで持ってきてもらえるらしい。メニューはお任せになるらしいけど、最初に要望を伝えればある程度はその通りにしてくれる、とのこと。だから高くてもいいから美味しいものと頼んでおいた。

 何がくるかな。楽しみだ。

 

『さらっと難易度が高い注文の仕方してるよな』

『料理人さんの胃が心配だよ!』

『高くてもいいから、というのがちょっと怖いw』

 

 だめ、だったのかな。次から気をつけよう。

 んー……。

 

「真美。真美」

 

『なにかなリタちゃん!』

『即反応するのはいつもながら草なんだ』

『いやまあ、もう学校終わってる時間だろうから、多少はね?』

『学校終わってなくても同じのような……、おや誰か来たようだ……』

『お前のことは忘れないよ』

 

 そんな視聴者さんのコメントを見ながら、私は真美に言った。

 

「ひま」

 

『私にどうしろと?』

『草』

『草www』

『草に草を定期』

『またリタちゃんが無茶ぶりをしておられる』

 

 そんな雑談をしながら、足をぷらぷらさせて料理を待つ。どれぐらい待てばいいのかな。そろそろかな?

 

「まだかな?」

 

『あのねリタちゃん。五分で料理はできあがらないよ? 料理をなめてるの? 怒るよ?』

 

「ご、ごめん……」

 

 ただの文字のはずなのに、真美が怒ってるのが分かってしまった。ちょっとだけ、怖い。

 

『素ギレ真美さん入りました』

『ゴブリンキングを瞬殺するのに女子高生にびびる魔女』

『胃袋掴まれるってこういうことなんやなって』

 

 真美は怒らせたら怖そうだから……。友達をわざと怒らせようとは思わないけど。

 

「真美。真美。何か食べたい」

 

『もうすぐご飯でしょ? でもホットケーキ焼いたから取りに来てくれていいよ』

 

「わーい」

 

『なんだこの……なんだこれ……』

『真美さんリタちゃんを甘やかしすぎでは?』

 

 ホットケーキ。実は以前にも食べたことがある。たまに真美が焼いてくれる不思議なお菓子だ。

 すぐに真美のお家に転移すると、苦笑いを浮かべた真美に出迎えられた。テーブルにはホットケーキが二枚載ったお皿が三つ。一人一皿だね。ちいちゃんがすでに食べ始めてる。

 

「んんんー!」

「ちい。お口は空っぽにしてから喋らないと」

「んーん」

 

 こくん、とちいちゃんが何かを飲み込んで、改めてにっこりと笑顔を向けてくれた。見てるこっちもなんだか楽しい気持ちになる笑顔だ。

 

「こんにちは!」

「ん。こんにちは」

 

 ちいちゃんの頭を撫でてあげてから、真美に向き直る。真美はホットケーキのお皿を一枚、差し出してくれた。

 

「はい。バターとはちみつ、どっちがいい?」

「はちみつで」

「うん。そうだよね。宿の人が困るかもしれないから、料理が届くまではあっちにいないとだめだよ」

「ん」

 

 料理を頼んだのは私だからね。運んできたのにいない、となったらさすがに怒られそうだ。

 ホットケーキとはちみつを持って、それじゃ、と軽く手を振って宿に戻った。テーブルに置いて、はちみつをたっぷりとかける。真美には自由に使っていいと言われてるから、遠慮なくたくさん使う。たくさん。

 

『美味そうなホットケーキ』

『そして大量にかけられるはちみつ』

『いや気持ちは分かるけどw』

『はちみつ、おいしいよね』

 

「ん」

 

 ホットケーキはそのままでも美味しいと思うけど、はちみつをかけるともっと美味しい。

 たっぷりとはちみつをかけたホットケーキをフォークで一口サイズに切る。そうしてから口の中に入れると、ホットケーキのほのかな甘みとはちみつの甘さがほどよく混ざり合って、とても幸せな気持ちになれる。美味しい。

 

「ホットケーキは幸せの食べ物」

 

『わかる』

『子供のおやつの定番だからね』

『ホットケーキ、作ろうかな』

 

 ホットケーキ、すごく美味しい。とてもやわらかくて、ふわふわだ。真美にはちょっとわがまま言っちゃったかもしれないけど、とても満足。

 

「真美。ありがとう」

 

『あははー。いいよいいよ』

『美味しそうに食べてくれるのは作った側としては嬉しいだろうな』

『地味に羨ましいw』

 

 美味しいものには美味しいと言うのは当然だと思う。

 ホットケーキを全部食べ終わって余韻に浸りながら晩ご飯を待っていると、ドアがノックされた。はいと返事をすると、受付の人が入ってくる。両手には大きなお皿。大きなお肉と野菜炒めみたいな料理。お肉は分厚く切られたものを焼いたみたいで、ステーキみたい。

 

「お待たせしました」

 

 テーブルの上に並んだのは、野菜炒めと分厚いステーキ、そしてご飯。スープはなさそう。

 

「食器は食べ終わったら持ってきてください」

「ん」

 

 店員さんを見送って、さっそくお肉を食べてみる。ナイフで切って、お肉を一口。んー……。

 

「かたい」

 

『あらま』

『それは残念』

『味の方は?』

 

 味は、悪くないと思う。スパイスを適度に振りかけていて、ちょっとぴりっとした刺激がある。

 野菜炒めも食べてみたけど、多分ステーキと同じスパイスだね。食感が違うだけで、わりと似通った味付けだ。美味しいけど、やっぱりちょっと微妙。

 でもご飯と一緒に食べると、これはこれで美味しい。

 

「ん。まあまあうまし」

 

『それはよかった』

『久しぶりに聞いたなうまし』

『リタちゃん、具体的な乾燥をおくれ』

 

「うまし。うま……、乾かすの?」

 

『誤字につっこまないでほしいかな!』

 

 あ、感想、だね。ちょっと辛めの味付けがされた野菜炒め。それぐらいしか言えない。美味しいのは間違いないけど。

 

「んー……。まあ、うん。美味しいよ」

 

『リタちゃん舌が肥えてるから……』

『てか直前にホットケーキ食ったのが悪すぎるw』

『それなwww』

 

 それは、否定できないかも。でも我慢できなかったから。ホットケーキはすごく美味しかったです。また食べたいな。

 




壁|w・)異世界料理は犠牲になったのだ……ホットケーキの引き立て役としてな……。
今回はちょっと長めだったので、次回、次々回と少し短めになります……。

本編には関係のないちょっとした設定。
森でもハチミツが取れます。森の食べ物ではかなり甘い方で、リタにとってのごちそうです。
幼い頃に時折お師匠がとってきてくれた時は、リタにとっての特別な日でした。


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お昼ご飯を考えよう

 

 翌日以降も一日につき一つの街を訪ねて、そのたびにギルドに寄って依頼を受けた。魔獣の討伐依頼とかも受けたけど、特に問題もなく終わらせられてる。

 そして、王都に行く日。

 

『リタちゃんおはよう銭湯行かない?』

 

「ん?」

 

 街を出たところで突然真美から連絡が来た。今はまだ配信前で、スマホのメール、だっけ。それで真美から送られてきてる。

 銭湯って大きいお風呂だったよね。急にどうしたのかな。

 

『銭湯って、なんで?』

 

 そう送ると、すぐに返事がきた。

 

『理由は特にないけど、だめ?』

『いく』

『やった! 夕方に行こう! お昼ご飯はどうしよう?』

『晩ご飯は?』

『作ってあげる』

『じゃあ、日本のどこかに行ってくる』

『あはは。気をつけてね』

『うん』

 

 メールのやり取りを終えて、スマホをアイテムボックスへ。そういうわけで、王都は延期だ。大きいお風呂の方が楽しそうだから。

 でもそれは今日の夕方。まずはお昼ご飯を考えないといけない。というわけで。

 

「お昼ご飯を食べに行く」

 

『配信開始直後にいきなり何言ってるんですかねこの子は』

『あれ? 今日は王都では? すごく楽しみにしてたんだけど』

『延期?』

 

「ん。夕方に銭湯に行く。王都は明日。お昼ご飯は未定」

 

『なるほど把握』

『多分真美ちゃんやな』

『お昼ご飯の候補を聞きたいってことやな!』

 

 すごいね。まだそこまで言ったつもりがないのに、伝わってしまった。でもつまりはそういうことだ。お昼ご飯は日本で食べるけど、今はまだ未定。何か美味しいものはないかな。

 

『それならリタちゃん、適当に日本でテレビをかけて、放送してるものを食べに行けば?』

『それいいかも。今の時間ならどこかの局は食べ物に触れてるだろ』

『テレビなら美味しそうに映してくれるしな』

 

 テレビ、だね。確かにテレビのニュース、だっけ。それで放送される料理はどれも美味しそうだ。見るたびに食べに行きたくなるほどに。

 テレビはいいかもしれない。早速見にいこう。

 誰にも見られていないことを確認して、日本に転移。転移した先は、いつもの真美の家。真美とちいちゃんはトーストをかじってるところだった。

 

「あ、リタちゃんおはよう。トースト食べる?」

「食べる」

 

『すげえ、動じることなく会話してるw』

『変な慣れ方してるなあw』

『真美ちゃんにとっては日常の一つなんやなって』

 

 そう、なのかな? 確かに何度も朝にお邪魔してるけど。

 真美に用意してもらったトーストにバターをたっぷりとぬって、食べる。焼きたてだからかとっても美味しい。さくさくしてる。少しずつ溶けていくバターも美味しい。

 

「ん……」

「はいリタちゃん、お水置いておくね」

「ん」

 

 コップから水を飲んで、一息。とっても贅沢な朝ご飯だ。

 

「んふー」

 

『ただのトーストなのにすごく美味しそうに食べるなあ』

『安上がりな子だね!』

『その言い方はかわいそうだよ、事実だけど』

 

 日本ではトーストは安く食べられるらしい。あっちは、あるのかな? 確かパンがあるらしいから、トーストもあるかもしれないけど。でも日本みたいにバターやジャムを贅沢に使おうと思ったら高くなるかも。

 トーストをかじっていると、先に食べ終わったちいちゃんが寄ってきたから膝に乗せてあげる。ちょっと食べづらいけど、大丈夫。食べこぼしにだけ気をつけよう。

 

「料理の番組探すね」

「ん」

 

 やっぱり配信は見てくれていたみたいで、真美がテレビのチャンネルを変え始めた。今の時間はニュースが多いみたい。このニュースもすごいよね。遠く離れた出来事もすぐに分かるんだから。

 ちいちゃんを撫でつつトーストをかじりながら、テレビを見る。五回ほどチャンネルを変えたところで、ついに何かの料理がテレビに映った。

 これは、なんだろう? 丼、だっけ。たっぷりのご飯に焦げ茶色の平べったいものを載せて、たれをたっぷりとかけてる。美味しそう。

 

「これ、なに?」

「ウナギだよ」

「ウナギ……」

 

『鰻美味しいよね』

『焼いても美味いし蒸しても美味い。ちょっとお高いけど』

『俺は嫌いだなあ。小骨が多すぎる。何がいいのかわからん』

『骨は焼きか蒸しかが足らないだけだったりするぞ』

 

 好き嫌いが分かれるのかな。食べてみないと分からないかも。

 




壁|w・)ここから第十五話なイメージです。
ウナギをもぐもぐしに行きます。


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浜松に行こう

 ふとちいちゃんを見下ろすと、なんだか微妙な顔になっていた。視線はテレビのウナギに向いてる。

 

「ちいちゃんは、ウナギが嫌い?」

「きらい!」

 

 そうなんだ。真美はどうなんだろう? 見てみると、真美は苦笑いしながら答えてくれた。

 

「私は好きだよ。蒸したウナギしか食べたことがないけど。リタちゃんも大丈夫じゃないかな」

「そう?」

「多分だけどね。どうせだから焼きと蒸し、両方食べてみたら?」

 

 それもそうだね。それじゃあ、今日のお昼ご飯はウナギにしよう。どんな味か楽しみだ。

 

「ウナギを食べに行く。どこがいいかな?」

 

『生産量で言えば鹿児島県、次に愛知県だけど』

『三位が宮崎県だったはず』

『なんで詳しいやつが多いんだよw』

『自分の県に来てほしいんだろ察してやれ』

 

 鹿児島県が一番多いんだね。それじゃ、鹿児島県にしようかな。早く決めてお店を探さないといけないし。

 そう言おうとしたところで、真美が言った。

 

「ちなみに発祥の地で有名なのは静岡県だよ」

「ん……」

 

『ぎゃー! 予想外の伏兵が!』

『真美ちゃんが言ったら決定しちゃうじゃないですかやだー!』

『静岡県民のワイ、高みの見物』

 

 いや、別に真美が言ったからそこにする、とかはないんだけど……。でも、発祥の地って聞くと、ちょっと気になる。やっぱりそこがいいのかなって。

 んー……。よし。決めた。

 

「静岡県で」

 

『いよっしゃあああ!』

『ちくしょうめえええ!』

『いろんな意味で阿鼻叫喚で草』

 

 でも鹿児島県も気になるから、いずれ行ってみたいね。

 とりあえず今日は静岡県だ。ウナギはどこに行けばいいのかな。

 

「静岡県でウナギ。どこがいいかな?」

 

『浜松じゃね?』

『浜松だと思う』

『食べようと思えばどこでも食べられるけど、発祥の地は浜松』

 

 浜松、だね。スマホで地図を開いて……。どこに行こうかな。浜松もすごく広そうだけど。ウナギに関係するなら、えっと……。浜名湖、かな?

 

「浜名湖に行ってみる」

 

『よっしゃ近場だ!』

『浜名湖なら展望台とか遊覧船もあるよ』

『お店はどこがいいかな……』

 

 どんな場所かな。ウナギは美味しいのかな。楽しみ。

 

「じゃあ、行ってくる」

「うん。行ってらっしゃい、リタちゃん。気をつけてね」

「ん……。行ってきます」

 

 ちいちゃんにちょっと離れてもらってから、二人に手を振って転移した。

 

 

 

 転移した先は、浜名湖という大きな湖の上空。ちょっと高い場所から見下ろしてるんだけど、なんというか、すごく不思議な形の湖だ。大きな動物の足跡みたい。

 

「大きい湖だね」

 

『日本だと五番目に広い湖、のはず』

『改めて見るとなんだこの複雑な形』

『ちなみに海と繋がってる湖でもある』

 

 湖なのに? そう思ってよく見てみたら、確かに端っこの方で海と繋がってるみたいだった。本当になんだか不思議な湖だ。見ていてちょっと面白いかも。

 

「ん……。とりあえず、展望台に行ってみる」

 

『あいあい』

『展望台か……。今から行っても間に合いそうにないなあ』

『そこは素直に諦めろ、リタちゃんはすぐに移動するぞ』

 

 どうせなら、ちょっとだけ見て回りたいからね。でもまずは展望台だ。

 ゆっくり下りながら探してみたら、それらしい建物があった。ちょっとしたビルぐらいの大きさで、最上階が広い部屋になってるみたい。部屋の中から周辺を見渡せるようになってるね。中にはすでに人がいて、景色を楽しんでる。

 ここに入ればいいかな。それじゃあ、転移、と。

 

「あ……!」

「リタちゃんだ!」

「浜名湖に来てる!」

 

 周りからの視線と声を無視して、ここからの景色を見てみる。

 んー……。浜名湖の景色というより、その側の公園を見るためのものかもしれない。もちろん浜名湖も見えるけど、地上の公園もすごく綺麗。お花がたくさん植えられてる。

 

『ええ景色やん』

『湖も綺麗だし地上も綺麗』

『いいなここ。次の休みに行ってみようかな』

 

 いいと思う。のんびり見てるだけでも悪くないと思うから。

 

「遊覧船、だっけ。お船? 乗ってみたい」

 

『そういえばリタちゃん、お船は初めてか』

『心桜島に入り浸ってるはずなのになw』

『どこから乗れたっけ?』

 

 適当に探してみればいいかな? 夕方までは暇だから、急ぐこともないし。

 




壁|w・)どこの展望台かはないしょないしょ。
お船に興味津々。なので、お船に乗ります。


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遊覧船

 軽く周囲を見てみると、何人かが私を遠巻きに見てる。真美みたいな制服を着てる人もいるね。学校はいいのかな?

 

『サボりでは?』

『まああまり気にしないでやってくれ』

 

「ん」

 

 こっちの人の生活に口を出すつもりはないから大丈夫だよ。多分。

 あまり近づいてこないみたいだから、視聴者さんに聞こう。

 

「遊覧船の場所、どこかな」

 

 そう聞いてみると、一瞬だけコメントの流れが緩やかになって、そして一気に流れ始めた。たくさんのコメントが、船に乗れる場所を書いてくれてる。港の名前、かな? ここに行ってみればいいのかも。

 スマホを取り出して、港の名前で調べてみる。えっと……。うん。だいたい分かる、かな。さっと転移して、港の上空に移動。あ、あれがお船かな。

 

 二階建て、と言っていいのかな? 屋根がしっかりとある船で、その屋根の上も柵で覆われていて人が出ることができるみたい。そこからのんびり景色を楽しむことができるのかも。

 お船、楽しそう。乗ってみたいけど、どうやって乗るんだろう?

 

「勝手に乗ったらだめだよね?」

 

『それはさすがになw』

『リタちゃん、そこに小さい建物があるだろ? その中の受付に言えば乗れるよ』

 

「ん」

 

 お船から少し離れた場所に、小さい建物がある。正面に回ってみると、浜名湖遊覧船乗り場、と大きく書かれていた。ここみたいだね。

 入ってみると、たくさんの椅子が並んでいて、奥にカウンターがあった。椅子にはこれからお船に乗る人なのか、十人ほどが座ってる。みんな、私を見てる。

 

『いつもの』

『この人たちからすれば予想外に過ぎるだろうからなw』

『ニュースで何度も取り上げられてたし、さすがにみんな知ってる、か?』

 

 私としてはどっちでもいいけど。

 カウンターまで向かうと、受付の人も口をあんぐりと開けて私を凝視していた。

 

「お船、乗りたい」

「あ、はい! その、えっと……。遊覧船ですね! ありがとうございます!」

 

 支払いを済ませて、チケットをもらう。乗船券って書いてあるね。これを持っていけば、船に乗れるらしい。

 まだ時間はあるけど、出発の時間がまだなだけで船に乗ることはできるらしい。お船も見てみたいから、私は先に向かおう。

 建物から出て、少し歩く。お船の側には男の人が立っていて、私を見て一瞬だけ固まった。でも本当に一瞬だけで、すぐに咳払いをして私に笑顔を向けてきた。

 

「いらっしゃい。配信、見てるよ」

「ん。ありがとう」

 

『こいつ視聴者かよ!』

『いいなあいいなあ羨ましいなあ!』

『私もリタちゃんに会いたい!』

 

「船に乗るのかい? 乗船券は?」

「これ」

「確かに。出発はまだ先だけど、それでよければ乗っておいてもらっても構わないよ」

「ん」

 

 問題ないみたいだから船に乗ってみた。

 船の中はたくさんの椅子が並んでいた。でもある程度の間隔は空けられていて、狭苦しさはない。余裕を持って行き来ができるね。テーブルもいくつかあるから、飲み物を飲みながらのんびり楽しめるのかも。

 

『ほーん。遊覧船ってこんなんなのか』

『船に乗ることなんてそうそうないからなあ』

『こっちはのんびりとできそう』

 

 景色を楽しむというよりは、船に乗ってることを楽しむ、みたいな感じなのかな。

 上に続く階段もあって、これを昇れば屋根の上に出られるみたいだ。上っていいかな? いいよね? 上ろう。

 階段の上、天井部分にもいくつか椅子があるけど、こっちは最小限みたい。こっちには窓みたいなものも何もないから、船が動き始めたら風をしっかりと感じることができるかも。

 

『ちなみにもう少し早い時期なら、カモメの餌やりができた』

『何それ楽しそう』

『冬だけだから興味がある人は調べておけよ』

 

 カモメって鳥だよね。エサを持ってたらカモメが集まってくるのかな。それは、ちょっと楽しそうだ。さすがにもうどうしょうもないけど。あっちの世界の鳥を連れてくるわけにもいかないし。

 

「でも、ここでのんびりするのも悪くなさそう」

 

『せやな』

『最近あっちこっちに行ってるし、たまにはのんびり過ごしてもいいはず』

『だるーんとしようぜ!』

 

 だるーんとしよう。だるーんと。

 

 

 

 二階の椅子に座ってぼんやりと空を眺めていたら、いつの間にか出航時間が近づいてきてたらしい。さっきの建物の中に人が入ってくるところだった。

 

「そろそろ出発?」

 

『多分』

『すでにわりと満喫してそうだけどなリタちゃんw』

 

 波の少しの揺れを感じながらのんびりするのは、悪くなかったと思う。

 椅子に座っていると、何人かが二階に上がってきた。私を見て、びっくりして固まるのはいつものこと。そろそろ慣れてほしいなとちょっとだけ思ってる。

 まだ出発しないのかなと思っていたら、私の側に女の子が駆け寄ってきた。ちいちゃんよりも幼くて、四歳か五歳ぐらいだと思う。

 

「じー……」

「えっと……。なに?」

「じー……」

 

 なんだかすごく見られてる。そんなにじっと見つめられると、ちょっとだけ恥ずかしい。

 




壁|w・)女の子にロックオンされました。じー……。


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船の上でのんびりと

『いつものモザイクでわからんけど、幼女なのは分かった』

『子供は怖い物なしだからなw』

『女の子からしたら魔法少女が目の前にいる感じかな!』

 

 んー……。私もちいちゃんと一緒にアニメをいくつか見たから魔法少女はなんとなく分かるけど、私はそれとは全然違うと思うんだけどね。マスコットなんていないし、あんなキラキラした服じゃないし。

 でも女の子はそんなのは関係ないみたいで、にぱっと笑った。

 

「まほうしょうじょ!」

「ん……。魔法少女じゃない」

「まほうつかえない?」

「使えるよ」

「まほうしょうじょ!」

「ええ……」

 

『なかなかにレアなリタちゃんの困惑顔』

『魔法が使える女の子、つまり魔法少女』

『なるほど間違ってないな!』

 

 前提の方がそもそもとして間違ってると思うよ私は。

 どう反応したらいい分からなくて困っていたら、この子の両親らしき人たちが走ってきた。女の子の側まで来ると、慌てた様子で抱き上げる。男性の方が勢いよく頭を下げてきた。

 

「申し訳ありません! テレビであなたのことを知っていて、魔法少女だと信じているようでして……! まさか会う機会があるなんて思わず……!」

「ん……。大丈夫」

 

 別に何かされたわけでもないし、ね。

 女の子の方を見ると、楽しそうに手を伸ばしてきた。

 

「まほー! まほー! みせて!」

「こ、こら!」

 

 女性が注意してるけど、それぐらいは別にいいと思ってる。こういう時に見せる魔法は決まってるけど。

 魔法を使って、作り出すのはたくさんのシャボン玉。見栄えもいいしこれが一番だよね。

 女の子はシャボン玉を見ると、わあ、と歓声を上げた。

 

「しゃぼん! しゃぼん!」

「きれい……」

「これはすごい……」

 

『いいなあいいなあ、俺も見たいなあ』

『近くの港まで来た。船からシャボン玉が流れていってる』

 

 いつの間に船は動き出していたみたい。シャボン玉は船の進行方向とは逆向きに流れていく。その場に作り出すだけの魔法だから、一緒についてくることはない。

 でもそれはそれで女の子にとってはなんだか幻想的に見えたみたいで、すごく喜んでくれた。見ていて楽しいから、もう少し作ってあげよう。

 

「しゃーぼん! しゃぼーん!」

「かわいい」

 

『おまかわ』

『おまかわ』

 

 こうして魔法で喜んでくれているのを見るのは、悪くない気持ちだよ。

 

 

 

 船からの景色を楽しみながら、シャボン玉を作る魔法を使っていく。特に負担にならないから出しっぱなしだ。いつの間にか子供の人数も増えて、三人ほどがシャボン玉にはしゃいでる。

 あの女の子のご両親以外にも、別の子供の親らしい人にも挨拶された。写真も撮られたりしたけど、それぐらいは好きにしていいと思ってる。

 椅子に座って、のんびり波に揺られて進んでいく。んー……。これはこれで、悪くない、かも。

 

「なんだろう。こののんびりした時間、ちょっといい」

 

『わかる』

『車だとかだとあっという間に景色が流れていくからな』

『船も遅いわけじゃないけど、見える景色がだいたい遠いから遅く見える』

『気分転換に最適だよ』

 

 私も最近は速く飛んでただけだったから、いい気分転換だ。

 景色を楽しんでいたら、頭上を大きな何かが通り過ぎていった。その影はすっぽり船を覆うほど。何かと言えば、大きな橋、なんだけど。

 

「大きな橋だね。車もたくさん通ってるんだっけ」

 

『そうだぞ』

『高速道路の一部だから』

『高速道路は分かる?』

 

「んー……。なんとなく。車専用の、急ぐ人のための道路、だよね」

 

 景色とかはあまり楽しむことはできないみたいだけど、速く動けるようにしている道、みたいな感じだっけ。速く動いてもいい道の方が正しいのかな。

 その橋の下を通って、船はまだまだ進んでいく。でも広い場所には出ずに、陸沿いに進んでいくらしい。どうせなら湖の真ん中までと思ってしまうけど、さすがにそれはわがままだね。

 

「リタちゃん」

 

 声をかけられて顔を上げると、最初の女の子のご両親だった。二人とも、最初の時と違ってずいぶんと緊張が和らいでる。薄くだけど笑顔だ。

 

「今日は本当にありがとう。あの子のわがままにも付き合ってくれて……」

「ん。私も楽しかった」

 

 振り返ると、みんなまだシャボン玉で遊んでる。でも、あの子たちは船に乗った意味はあったのかな。シャボン玉ならどこでもできると思うけど。

 

「ところで、さっき軽く配信を見させてもらったんだ」

「ん?」

「ウナギの美味しい店なら知ってるよ。しかも、つかみ取りもできる」

「つかみ取り……」

 

 お魚をつかみ取りって、どうやるのかな。テレビで見たのは料理後だけだったから、どんな魚かは実は知らなかったりする。少しぐらい調べてきたらよかったかも。

 

『ウナギのつかみ取りは是非オススメしたい!』

『にゅるにゅるしてるよ!』

『すごく掴みにくいよあれ』

 

 んー……。少し、興味がある。つかみ取りというのができるなら、そのお店でいいかもしれない。

 

「ん。ありがとう。行ってみる。場所を教えてもらってもいい?」

「ああ、もちろんだ。場所だけど……」

 

 男性がスマホで見せてくれた地図をしっかりと覚えておく。美味しいウナギが食べられたらいいな。

 




壁|w・)モデルの橋はすぐに分かりそう。
勝手に遊覧船を通らせてますが、実際に通るかは知りません……。
次回はウナギ。


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ウナギ

 

 お船を降りて、手を振る子供達に手を振り返して。みんなに見送られながら、教えてもらったお店に転移した。転移した先は浜名湖の側にある小さなお店。個人経営のお店らしくて、二階建ての建物だ。一階がお店で、二階が住居みたいだね。

 お店の側には小さな池が作られていて、そこを見てみると黒くて細長い生き物がうねうねしていた。なにこれ。

 

「もしかして、これがウナギ?」

 

『そうだぞ』

『この店知ってる。ここの店主さんは焼きも蒸しも両方できるからオススメ』

『マジかよ両方食べられるな!』

 

 そうだったら嬉しいかも。どうせなら両方食べたいから。

 それにしても、これがウナギか……。美味しいのかな?

 

『これが食べられるのかとか、そんな反応を期待してたんだけど』

『ばっかお前、森だとサンドワームすら食べるんだぞ?』

『今更こんな小さいウナギで何とも思わないだろ』

『なるほど確かに』

 

 なんだか少し失礼なことを言われた気がする。

 池から離れて、お店のドアを開けた。お店は、見た目以上に小さい。目の前にカウンター席があって、座れるのは八人ぐらい、かな? あとは丸テーブルが二つだけ。あまり大勢で入ることはできないみたい。

 私の他にもお客はいるみたいで、テーブル席に座る人は私を見て固まっていた。早く食べないと冷めちゃうよ。

 

「いらっしゃい。あいつから連絡が来てたからな。そろそろ来る頃だろうとは思っていた」

 

 そう言ってくれたのは、カウンターの奥にいる男の人。初老の男の人で、まっすぐに私を見つめてる。なんだか少し睨まれてるような気がするのは、気のせいかな?

 

「俺がここの店主だ。ウナギ、食いたいんだろ? 食わせてやるよ」

「ん。お願い」

「おう。その前にまずはウナギを調達しないとな」

 

 店主さんがそう言うと、他のお客さんが小さく笑ったのが分かった。もしかしたらいつもやってることなのかも。

 

「店に入る前に池があっただろ? あそこに行くぞ。ウナギを捕まえるから」

「ん」

 

 店主さんとお店を出て、さっきの小さな池に向かう。池にたどり着くと、店主さんに長靴を手渡された。足下が濡れないように、ということみたい。

 

「いらないよ」

「そうか?」

「ん」

 

 魔法で水は弾けるからね。それじゃ、ウナギを捕まえよう。

 ローブを脱いで、池に入ってみる。改めて池を見てみるけど、そんなにウナギは泳いでないみたい。ここで育ててるわけじゃないのかな。

 

『ちなリタちゃん、ウナギを捕まえるのに魔法は禁止な』

『必ず素手で!』

 

 んー……。魔法でさっさと捕まえようと思ってたけど、ダメみたい。何か理由があるのかな。

 池の中に手を入れて、ウナギにゆっくりと手を伸ばして掴んで……、

 

「わ……。ぬるぬるしてる……」

 

 すごい、なんだろう。ぬるぬる? ぬめぬめ? 不思議な手触りだ。少なくとも手で捕まえるのはすごく難しいんじゃないかな。

 もう一度、手を伸ばしてみる。ぬるっとウナギが逃げてしまった。すごい。

 

「サンドワームほどじゃないけど、ぬるぬるしてるね……」

 

『まって』

『サンドワームがぬるぬるしていることに驚きなんですがw』

『実はサンドワームはウナギでは……?』

 

 さすがにそれはないと思うよ。

 ちょっと掴みにくいけど、練習すればどうにかなりそう。でも、正直なところそれは面倒だから、魔法で捕まえる。一匹選んで、ふわっと浮かして。絶句してる店主さんの目の前にウナギを移動させると、店主さんは苦笑いを浮かべてウナギを受け取ってくれた。

 

「それが魔法ってやつか……。テレビで何度か見たけど、すげえなあ……」

「ん。とても便利」

「はは。確かに便利そうだ。それじゃ、カウンター席で待ってな」

「ん」

 

 店主さんがお店に入っていって、私もすぐにそれに続く。コメントを見てみると、さっきの魔法でちょっとだけ文句を言われてた。ちゃんと素手で捕まえてほしかった、だって。

 

「さすがに面倒。私は早くウナギを食べてみたい」

 

『まあしゃーないわなw』

『ウナギのぬるぬるを体験してもらえただけでよしとしよう』

『微妙に上から目線なのはなんなんだw』

 

 カウンター席に座ると、店主さんがウナギをさばいていくのがよく見えた。すごく手際がいい。さすがプロってやつだね。

 そうしてしばらく待っていると、長方形の箱みたいな食器を差し出された。たっぷりのご飯に、ふっくらとしてそうなウナギが載ってる。たっぷりとたれがかかっていて、とても美味しそうだ。

 

「まずは蒸しからだ」

「ん。いただきます」

 

 お箸でそっと押してみると、特に抵抗もなく簡単にほぐすことができた。まずはウナギだけ食べてみよう。

 んー……。ふっくらしていて、とても柔らかい。他の魚とはまた違う、ちょっと独特な食感だ。たれも今までのたれとはまた少し違うみたいで、ちょっと甘辛い気がする。甘辛いタレがウナギに絡まっていて、とても美味しい。

 

『あああああ! めっちゃ美味そうなんだけど!』

『ウナギの出前取りたいけど絶対に高くなるやつじゃん……!』

『おおおお落ち着け俺はまだ耐えられるぞ……!』

 

 ちょっと濃いめの味だったけど、すごく美味しかった。

 食べ終わったところで、おかわりが出された。見た目はあまり変わらない気がするけど、さっきよりもちょっとだけ平べったい気がするような……?

 

「これが焼きの方だ。ほら、試してくれ」

「ん」

 

 お箸でさっきと同じように押さえて……。あ、これはちょっとだけパリパリしてる。なるほど、確かに焼いたものらしい。でも、柔らかくないわけじゃない。むしろすごく柔らかい。表面がパリッとしていて、中はふわっと。蒸しとはまた違う食感で、これもすごく美味しい。

 たれの味はさっきと同じだけど、純粋に食感の違いを楽しめると思ったらこれもいいかも。

 

『すまない……おれはもう無理だ……出前頼む』

『遅すぎだろお前。もうすでに注文した後だよ』

『販売ページからウナギが売り切れになってるの草なんだ』

『お前らwww』

 

 みんなが一気に注文したっていうことなのかな。

 




壁|w・)ちなみに焼きと蒸しでウナギのさばき方も変わるはずですが、そこまで書くと少しくどく感じたので省略なのです。
次回ももうちょっとだけウナギ。あと、真美のお家へ。


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銭湯に行きます

 そういえば、小骨があるって聞いたけど、あんまり感じなかった。残ってるウナギをちょっといじってみるけど、小骨は……あるような、ないような? 口に入れてもやっぱり感じない。

 

「どうした?」

「んー……。ウナギは小骨が多いって聞いたから。あんまり感じないなって……」

「小骨が残るような調理なんてしねえよ」

 

 店主さんは少しだけ不満そうにそう言った。なんだかちょっとだけ怒ってるかも。私が首を傾げると、はっと我に返ったみたいで、悪いと頭を下げてきた。

 

「日本の人じゃなければ分からないよな。悪かった」

「ん」

 

 別に気にしてないし、どういうことかもよく分からない。

 

『ここは俺、解説ニキの出番だな!』

『まさか! 君はあの解説ニキだと言うのか!』

『やべえ自称するやつなんか初めて見たぞwww』

『自意識過剰すぎてwww』

『泣くぞこのやろう』

『泣いてもいいけど解説は書け』

『ひどすぎない?』

 

 視聴者さんには知ってる人もいるみたい。店主さんもコメントを見てる。間違ってることがあれば訂正する、のかな?

 

『ぶっちゃけ安いウナギを適当に調理すると小骨が気になるぞ。小骨はどれだけ丁寧に調理したかで変わると言っても過言じゃない。ウナギの専門店とかで小骨が気にならないのは、気にならないぐらいしっかりと調理してやわらかくなってるからだ』

『長文乙』

『あー……。スーパーで安いウナギをレンジでチンする程度じゃだめってことか』

『ダメに決まってんだろウナギなめてんのか』

『めっちゃキレるやんwww』

 

 いろんなものがお買い物できるスーパーやコンビニってすごく便利だと思ったけど、たくさん売るからこその不便さもあるんだね。

 店主さんも特に訂正しなかったから、概ね間違ってないみたい。すごく丁寧に調理してるってことかな。すごい。

 

「つまりちいちゃんが嫌いなのは、真美の調理がちょっと適当だから?」

 

『まって!? 専門店と比べないで!』

『さすがにそれは比較対象が悪すぎるわw』

 

 ん……。それもそっか。さすがに真美に失礼かな。ごめん。

 

「あ、お持ち帰りとか、できる?」

「一応できるが……。できればできたてを食べてほしいんだけどな」

「ん。大丈夫。アイテムボックスに入れるからいつでもできたて」

「そ、そう、なのか……?」

 

 意味が分かってないみたいで、店主さんは首を傾げてる。こればっかりは、人によって分かる人と分からない人がいるみたい。ゲームとかする人はなんとなく分かるらしい。

 そういうことなら、と店主さんはまたウナギを用意してくれた。蒸しと焼きを一杯ずつ。お持ち帰り専用のパックに入れてくれた。また精霊様と一緒に食べよう。

 

「ごちそうさまでした。美味しかった」

「ああ。またいつでも来てくれ」

 

 支払いをして、お店を出る。うん……。ウナギ、美味しかった。とても満足。また食べに来たいな。

 

 

 

 真美のお家に戻って、のんびり過ごす。えっと……。漫画、続き読もう。

 

『流れるように漫画を手に取った、だと?』

『まるで自分の家かのようにw』

『真美ちゃんが帰ってくるまでは休憩かな。スーパーでウナギ買ってくるわ』

『品切れ多発してるぞ』

『マジかよwww』

 

 コメントを見てるとお話に集中できないから、しばらくは無視で。のんびりと。

 そうして漫画を読み進めていると、真美が帰ってきた。今日はちいちゃんも一緒みたいで、最初に駆け込んできたのはちいちゃんだ。

 

「ただいまー!」

「ん。おかえり」

 

 ちいちゃんがまっすぐに膝に乗ってきたので、とりあえず撫でてあげる。でもすぐに真美に怒られて手を洗いに行った。なんというか、いつも通りだ。

 

「お待たせ、リタちゃん。ちょっとだけ待ってね」

「ん」

 

 急ぐわけでもないから、のんびりと待つよ。

 引き続き漫画を読んでいたら、真美とちいちゃんの楽しそうな声が聞こえてきた。お風呂に、つまり銭湯に行く準備をしてるみたいで、ちいちゃんがおもちゃか何かを持っていこうとして真美に止められてるみたい。

 お風呂用のおもちゃらしいけど、銭湯だとだめなのかな?

 漫画を一冊読み終えたところで、真美が戻ってきた。その手には大きな鞄。お風呂に必要なものを入れてるみたいだけど、そんなに大きな鞄が必要なのかな。

 

「リタちゃん、行こっか」

「ん」

 

 準備が終わったみたいだから、ようやく出発だ。

 お家を出て、向かう先は心桜島にある唯一の銭湯。とても大きな銭湯らしくて、ちょっとした宿泊施設も兼ねてるらしい。

 

「ネカフェがまだないから、安く泊まれるところだとそこしかないんだ」

「ねかふぇ?」

「うん。パソコンがたくさんあって、決められた時間で自由に漫画を読んだりジュースを読んだりパソコンが使えたりする場所、かな?」

「へえ……」

 

 なんだかちょっと楽しそうかも。そこもいずれ行ってみたい。

 

『ネカフェはな……。時間つぶしの場所なだけで、楽しい場所かって言われるとな……』

『みんなでわいわい騒ぐ場所でもないしなあ……』

『リタちゃんなら真美ちゃんの家の方がいいまである』

 

 んー……? なんだか不思議な評価だ。真美に視線を向けると苦笑いしてたから、間違った評価というわけでもないらしい。でも、一度は見てみたい。

 しばらく歩いて、たどり着いたのは三階建ての大きな建物。真美が言うには、一階が受付と浴場になっていて、二階には飲食店とおみやげのお店、三階は宿泊ブースになってるらしい。

 

「宿泊は別料金だけど、そんなに高くないよ。視聴者さんももし観光に来る時は是非利用してください」

 

『宣伝かな?』

『視聴者数十万の配信で突如始まる銭湯の宣伝』

『真美ちゃん、下手すると客急増で銭湯に迷惑かかるぞ』

 

「大丈夫! 話は通してある!」

 

『マジかよwww』

 

 真美が言うには、そうでもしないと連れてこれなかった、らしい。この配信で流れてしまうこと、それだけで宣伝になってるらしいよ。こればっかりは私にはよく分からないけど。

 

「おーふーろ! おふろー!」

「ちい、ちゃんと手は握っておいてね! 離れすぎたらだめだよ!」

「はーい!」

 

 ちいちゃんはしっかりと真美の手を握ってる。迷子になったことがあったりするのかな。私も、少し気をつけないと。最終手段で森に帰ることはいつでもできるけど、迷子でというのはさすがに嫌だから。いや真美に念話で連絡すれば大丈夫、かな?

 




壁|w・)迷子になることを危惧する魔女がいるらしい。
というわけで、ここからは銭湯回です。おふろ!


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大きいお風呂

 三人で自動ドアをくぐった先は、とても広いホールだった。二階や三階を利用しない人はここに出てくるみたいで、のんびりとしてる人も多い。あと、売店もある。

 

「ここの施設のフルーツ牛乳とコーヒー牛乳、すごく美味しいから楽しみにしててね」

「ん」

 

 ホールの奥にはカウンターがあって、ここで受付をするみたい。入浴だけなら八百円、宿泊もするなら三千円。

 

「これは、高いの? 安いの?」

 

『安い……のか?』

『正直、わからん』

『銭湯としては多分安いけど、宿泊はどうだろう?』

『まず環境がわからんから何とも言えん』

 

 それもそうだね。宿みたいな個室と、大部屋でみんなで寝るのが同じ値段とは思えないし。

 真美がまとめて支払いもしてくれたので、一緒に中に入っていく。カウンターの左側のドアを通ると、また広い部屋に出た。右側にエレベーター、左側にエスカレーターがあって、真正面がお風呂場に続いてるみたい。脱衣所もそこだって。

 

「リタちゃん」

「ん。音も消した方がいい?」

「うん。今回は一般の人もいるからね。一度配信は止めてもらった方がいいかな」

「ん」

 

『そんな殺生な!?』

『そうなるだろうとは思ってたけどちくしょう!』

『感想だけよろしく!』

 

 魔法を解除して、配信の光球と黒板を消す。そうすると、周りの人がため息を漏らしたのが分かった。安堵のため息、かな? 周囲を見てみると、やっぱり見られてるみたい。

 うん。もっと早く切っておいた方がよかったかも。

 

 真美とちいちゃんの三人で脱衣所に入って、そしてお風呂へ。結界は、ちょっと不安だけど消しておいた。一応、別の守護の魔法は使ったけど。命に関わる攻撃がされたら自動的で防ぐ、という魔法だけど、安定して発動しない魔法だから過信はできない。ちょっとだけどきどきしてる。

 お風呂場はとっても広くて、たくさんの浴槽があった。あと、部屋みたいなのもある。

 

「ちい、ほらこっち。リタちゃんも、まずは体、洗おう?」

「ん」

 

 とりあえず真美に従っておこう。広すぎてよく分からないから。

 

「ちい! じっとしなさい!」

「やー!」

「こら!」

 

 賑やかな姉妹の声を聞きながら、体を洗う。やり方は、真美と一緒に入った時と一緒でいいよね。ささっと洗って……、さてどうしよう。

 

「真美。真美。どれに入ればいいの?」

「はい、頭流すよー。え、あ。えっと……どこでもいいよ。あとで探しに行くから。リタちゃんは髪で目立つし」

「ん……」

 

 そっか。髪か。ローブを脱いだのに視線が多いのが不思議だったけど、髪で目立ってたんだね。

 

「あ、でも水風呂もあるから気をつけてね!」

「水風呂?」

「冷たいお風呂!」

「ええ……」

 

 あったかいから気持ちいいと思ってたんだけど……。日本人の考えることはよく分からない。

 それじゃ……。どこに行こう?

 お風呂場は、出入り口の右側の壁側に洗い場があって、真ん中に大きなお風呂、出入り口の反対側に少し小さめのお風呂がいくつか並んでる。大きいお風呂が冷たいとは思えないから、とりあえずはこっちかな?

 

「ん……。あったかい」

 

 お風呂に入って、一息。うん……。気持ちいい。

 

「んふー……」

 

 やっぱり、お風呂はいいね……。森でも作れないかな? さすがに難しいかな……。いやでも、大きな穴を作って、そこにお湯を入れたら大丈夫、かな……? 精霊様に相談してみよう、かな?

 端っこの方でのんびりとしていたら、誰かが近づいて来た。真美とちいちゃんじゃない。隣側を見ると、おばあさん、かな? 初老の女性だ。

 

「あら。外人さんね? この島にも外人さんが来るようになったのね」

 

 外人……。外国の人のこと、だったよね。私はそう見えるみたい。ローブを着てなかったらそんなものなのかも。

 

「日本語は? 分かる?」

「ん。わかる」

「まあ! 日本語上手なのねえ。すごいわあ」

 

 すごく撫でられてる……。えっと……。どうしたらいいのこれ。

 私がちょっと戸惑っていたら、真美とちいちゃんが来てくれた。真美は少し驚いてるみたい。

 

「高畠(たかはた)さん、こんばんは」

 

 真美がおばあさんに声をかけると、おばあさんは頬に手を当ててにっこりと笑った。

 

「あら、こんばんは、真美ちゃん。真美ちゃんのお友達?」

「はい、そうです。かわいい子でしょ?」

「ええ、ええ。とってもかわいいわ。お人形さんみたい」

 

 おばあさんはにこにこ笑いながら、まだ頭を撫でてくる。ただ、不愉快でもない。なんだか優しいなで方で、悪くないかなって。

 

「せっかくだしもう少しお話ししたかったけれど、お友達と一緒なら邪魔しちゃ悪いわね。ゆっくりしていってね?」

 

 おばあさんはそう言うと、離れていった。なんというか、不思議な人だった。

 

「ごめんね、リタちゃん。大丈夫だった?」

「ん。いい人、だったと思う」

「あは。そっか。うん、あの人はすごくいい人だよ」

 

 やっぱり知り合いなんだね。この島の人なのかな。

 真美が隣に座って、ちいちゃんはその向こう側に。ちいちゃんが口をお湯につけてぷくぷくと泡を出して、真美に叱られてる。ちょっと、楽しい。

 

「よし、リタちゃん!」

「ん?」

「ここのお風呂は、足下からたくさん泡が出てくるお風呂と、ジェットバスっていうのがあるよ。あと、打たせ湯っていって、高い場所からお湯が落ちてくるものかな。他は定番のサウナと水風呂! どれから入りたい?」

「えっと……」

 

 正直、イメージができない。から、とりあえず全部試したい。そう言うと、真美は楽しそうに笑いながら頷いてくれた。

 




壁|w・)高いのか安いのか、私にも分からない。一応簡単に調べて値段設定しましたが……。
高畠さんは覚えなくて大丈夫。ぶっちゃけ今回限りのご近所さんです。


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浴衣

 

 最初に向かったのは、打たせ湯。天井近くからお湯が落ちてきてる。お風呂とはまたちょっと違うみたいだね。

 お湯が落ちてきてる場所は三カ所。とりあえず真美の真似をして、頭から。

 

「んー……。真美。これで正しいの?」

「ごめん。実は知らない」

「え」

「いや、その……。こういうのがあるって知ってるだけだから……」

 

 そっか。それなら仕方ない、かな?

 

「多分だけど、刺激を与えて血行を良くするとか、そんな感じなんだと思うけど……」

「ん」

 

 首に当ててみたり、腕に当ててみたり……。うん。やっぱりよく分からない。

 

「たき!」

 

 落ちてくるお湯にはしゃぐちいちゃんがかわいかったから、それでいっか。

 

 

 

 次は、足下からたくさんの泡が出てくるお風呂。最初は沸騰してるのかなと思ったけど、そんなことはなかった。よく考えなくても当たり前なんだけど。

 足下に網みたいなものがあって、そこから泡が出てるみたい。何かの効果があるのかもしれないけど、でも単純にちょっとだけ楽しそう。

 

「おー……。ぶくぶくしてる……」

「不思議なお風呂だよね」

「ん」

 

 足の裏がちょっと気持ちいいかも。あと、泡が体を通っていく感覚が、ちょっとだけくすぐったい。でも、面白い。

 その隣のジェットバスというのも似たようなもので、これは側面から勢いよく泡みたいなものが出てきてるみたい。足下か側面かの違いだけなのかな。ジェットバスというものの方が勢いは強いけど。足下からのものは泡が出てきてるだけだったし。

 座れる場所に座ると、腰あたりに泡が当たって、くすぐったい。でも、なんだか気持ちいいかも。

 

「おー……」

「これは私も好きー……」

「んー……。きもちいい……」

 

 なんだか不思議な感覚だね。でも、一番気持ちいいかもしれない。私は普通のお風呂の方が好きだけど、でも楽しい。

 ちいちゃんは好きじゃないみたいで、足下の泡のお風呂で遊んでいた。

 

 

 

 最後は、サウナと水風呂。冷たい水のお風呂とかどうしてあるのかなと思ったら、サウナとセットみたいなものらしい。サウナでしっかり温まって汗をかいてから、冷たい水に入ると不思議な感覚が味わえるのだとか。よく分からないけど。

 

「とりあえず試してみない?」

「ん」

 

 真美と一緒に、サウナの中へ。ちいちゃんはお風呂でのんびりしてる。ちょっと疲れたのかも。

 サウナは……、うん。すごくあつい。とてもあつい。すごく汗をかきそう。うん……。なにこれ?

 

「お風呂の意味は……?」

「いいからいいから」

 

 真美に促されて、サウナの壁際の椅子に座る。このままじっと待つみたい。

 んー……。本当に、なにこれ? もう結界使ってもいいかな? 何がいいのかよく分からないし……。でも、せっかく真美が連れてきてくれたのに、それをやるのはだめかな?

 おとなしく座って、すごく体が火照ってきたところで、真美に手を引かれた。そのまま向かったのは、水風呂。今度はこれに入るみたい。本当に意味がわからな……、

 

「んー……?」

 

 真美と一緒に水風呂に入ったら、なんだか不思議な感覚になった。なんだろう、言葉にするのが難しい。なんだかすごく気持ちがいい。

 

「どう? リタちゃん」

「ん……。なんだか、不思議な感じ。気持ちいい」

「そっか。安心した」

「ん?」

「子供は気持ち悪くなる子も多いらしいから、リタちゃんは大丈夫かなって不安だったんだ」

 

 そうなったら、さすがに素直に逃げるから心配いらないんだけどね。でも、心配してくれたのはやっぱり嬉しい。私の体が子供のままなのは事実だし。

 

「真美。真美。もう一回」

「あはは。うん。いいよ」

 

 その後も何度かサウナと水風呂を繰り返したけど、本当に気持ちが良かった。なんだかこう、ふわふわするみたいな、そんな気持ちよさ。真美はととのうって表現してたけど、不思議な感覚だったよ。

 

 

 

 お風呂の後は、脱衣所に戻って体を拭いて、そうして服を着るんだけど……。

 

「なにこれ?」

「浴衣だよ」

「ゆかた」

 

 なんだか不思議な服を真美に手渡された。浴衣、だって。服、なんだろうけど、どうやって着るの分からない。ちなみに、真美が持っていた大きな鞄の理由が、この浴衣を持ってくることだったらしい。

 真美の見よう見まねで着ようと思ったけど、分からなかったから手伝ってもらった。なんだか、ちょっと不思議な服だ。帯とか、少し難しそう。真美はとても簡単そうに結んでくれたけど。

 結びながら教えてくれたから、次からは一人でも大丈夫、と思う。

 

「うん。サイズぴったりで良かったよ、リタちゃん。私のお古だけど……」

「ん。気にしない。どう?」

「すごくかわいい! 似合ってる!」

「ん……」

 

 それなら、精霊様にも見てもらいたいかも。あとで貸してほしいってお願いしてみようかな。

 私だけじゃなくて、真美とちいちゃんも浴衣だった。周りを見ると、お風呂上がりの人は浴衣を着てる人が多いみたい。

 

「みんな浴衣を持ってるの?」

「え? ああ、違うよ。私は家から持ってきたけど、ほとんどの人はここのレンタルかな。持ってくるのは正直邪魔だからね」

 

 邪魔なんだね……。でも確かに、大きい鞄のほとんどが浴衣だったって聞いたから、持ってくるのは邪魔かもしれない。

 脱衣所を出たところで、一度真美に声をかけてから配信を再開した。ここならもう大丈夫かなって。

 

「ん」

 

『リタちゃんおかえり……って、え』

『浴衣だあああ!』

『ほかほか浴衣リタちゃん!』

 

 なんだか、みんなとても嬉しそう。真美は苦笑いだ。日本人にとって、浴衣は特別、なのかな?

 

『リタちゃんは水色の浴衣か』

『ええやん、かわいい』

『真美ちゃんの紺色もなかなか……。大人っぽさが出てる』

『ちいちゃんのピンクは子供らしくてええな』

『お前らちょっと気持ち悪いぞ』

『うるせえ浴衣はロマンなんだよ』

 

 うん。コメントはしばらく無視した方が良さそうだね。

 




壁|w・)浴衣を書きたかっただけ、なんて言えない……!


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わたあめ

 三人でエレベーターに乗って、二階へ。エレベーターから出ると、少し広い部屋に出た。向かい側にエスカレーターがあるのも見えるけど、でも他には自動販売機とテーブルぐらいしかない。お店は、なさそうかな?

 

「自動販売機だけ?」

 

 真美に聞いてみると、真美は悪戯っぽく笑った。

 

「二階はこの中間地点を除くと、二つのエリアに分かれてるよ。南側は普通のレストランとお土産が買えるお店。北側がこの施設の目玉」

 

 真美に言われて周囲を確認すると、確かに両端に自動ドアがあった。南側は他でも見るレストランみたいな部屋に繋がってるみたいだけど、北側はなんだか全然違う雰囲気だ。ちょっと、暗いかな?

 

「あっちはすごくたのしい!」

「楽しいの?」

「うん!」

 

 ちいちゃんがすごくわくわくしてる。どんな場所なんだろう?

 真美たちと一緒に北側の自動ドアを抜けると、とても不思議な部屋に出た。少し薄暗い部屋だけど、でもちゃんと見える程度の暗さだ。夜をイメージしてる、のかも?

 そして部屋にはたくさんの屋台が並んでる。一目で食べ物と分かるものもあるし、遊ぶための屋台もあるみたい。そんな屋台が等間隔に並んでいて、たくさんの人が見て回っていた。

 

『なにこれすげえ』

『ただのお店があるだけだろうと思ったら、まさかのお祭り風とは』

『でもいいなこれ、楽しそう』

 

 お祭り……。テレビで見たことがある。夏とかによくあるらしいね。二階はそのお祭りを再現してるらしい。

 

「わたあめ! わたあめたべたい!」

「こーら。それはおやつでしょ? せめて焼きそばとか……」

「あれ! わたあめ! わたあめ!」

「リタちゃんを味方に引き込もうとするのはずるいかなあ!?」

 

 ちいちゃんに手を引かれて向かった先は、なんだか不思議な機械を置いてる屋台。大きなお鍋みたいな機械で、中心に缶みたいなものがある。多分食べ物だと思うけど、想像できない。

 

「わたあめってなに? 美味しいの?」

 

『お菓子大好きなリタちゃんなら絶対に気に入る』

『見れば分かる!』

『反応が楽しみw』

 

 んー……。お菓子、ということしか分からなかった。

 

「真美。食べてみたい」

「もう……。仕方ないなあ……」

 

 そう言いながらも、真美はちょっとだけ楽しそうだ。

 

『これ絶対リタちゃんの反応を見たがってるぞw』

『わかるぞ真美ちゃん……俺も見たい……』

『そちも悪よのうw』

 

「リタちゃんちょっとその視聴者さんに呪いをかけてもらえる?」

「ま、真美?」

 

『あかん目が笑ってない笑顔だ!』

『さーせんした!』

 

 まったく、なんて言いながら真美はお店の人に声をかけてくれた。お金を渡して、お店の人が何かの粉を中央の缶みたいなものに入れる。するとすぐに、機械の中で白い線がたくさん出てきた。

 

「君、リタちゃんだね。見ておいてね」

 

 店主さんにそう声をかけられたけど、どういうことかな?

 店主さんは割り箸を取り出すと、それを機械の内側にゆっくり入れる。そしてお鍋の中でぐるぐる回すと、割り箸にたくさんの白い線がまとわりついてきた。すごくたくさんあるみたいで、あっという間に大きな白い塊になった。塊、というか集まりというか。すごくふわふわしてそう。

 店主さんはそれをちいちゃんに渡すと、にやりと笑って私に割り箸を差し出してきた。

 

「やってみるかい?」

「ん!」

 

 やってみたい!

 ちょっと背が届かないから、店主さんに小さい足場を用意してもらった。私のためというより、子供向けにもともと用意してあるものらしい。子供だって言われた気がするけど、今はあまり気にならない。早くやりたい。

 

 店主さんがさっきと同じ粉を入れると、またすぐに白い線が出てきた。

 店主さんのやり方を思い出しながら、割り箸を入れて、ぐるぐる回して……。わ、すごい、あっという間に大きくなってる。変な形になりそうだから、もうちょっと引いて……、いや奥に入れるべきかな。んー……。

 

「できた」

 

『おお、わりと球形』

『よくできました』

『初めてにしては上出来じゃね?』

 

 ん。結構うまくできたと思う。店主さんもすごいと褒めてくれた。

 

「真美。真美。できた」

「あはは。ほら、食べて食べて。わたあめは時間が経つと食感が悪くなっちゃうから」

「ん」

 

 それじゃあ、遠慮なく。ぱくりと一口。

 おー……。甘い。すごく甘い。そして見た目通りにふわふわだ。なにこれすごく美味しい。

 

「ふわふわしてる……」

「ふわふわー!」

 

 ちいちゃんが食べたがるのもよく分かるね。これ、すごく美味しい。味はちょっと単調かなと思うけど、食感であまり気にならない。

 それに、見た目は大きいけど、実際の量はそこまででもないみたい。口の中であっという間に溶けてしまうから。うん……。これは、すごくいいものだ。

 

「リタちゃんを見てたら私も食べたくなったんだけど……。おじさん、私もください」

「まいどあり!」

 

『真美ちゃんwww』

『気持ちは分かるし羨ましい!』

『なんで! 出前に! わたあめがないんだ!』

『そんな出前があってたまるかwww』

 

 わたあめの出前、ないんだね。すごく美味しいから売れそうなのに。

 そう言うと、店主さんは真美のわたあめを作りながら苦笑いした。

 

「さっき、この子が食感が悪くなるって言っただろう? あれ、本当にすぐに悪くなるんだ。それに、持ち運びも不便だし、かさばるのに安い。出前は誰も運んでくれないよ」

「すぐ悪くなるの?」

「ああ。水分に弱くてね。でも最近はコンビニで小さい袋に入ったものも売ってるけど」

 

 はい、と店主さんがわたあめを真美に渡した。

 

「うん……。美味しい。でもねリタちゃん。コンビニのわたあめと屋台のわたあめを比べると、やっぱり屋台の方が食感はいいよ」

「ふうん……」

 

 でも、コンビニのわたあめも少し気になるかも。

 




壁|w・)せっかくの浴衣なのでお祭り風。
フルーツ牛乳は帰りに、なのです。


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フランクフルトと焼きそば

 わたあめを少しずつ食べながら、他の屋台も見て回る。食べるものは私が決めていいって真美に言われたけど……。正直、どれがいいのか分からない。

 

「だからちいちゃんが食べたいものでいいよ」

「いいの!?」

「ん」

 

 ちいちゃんが選ぶものなら、きっとはずれはないと思うから。

 ちいちゃんはとっても嬉しそうに周囲を見回してる。わたあめが例外なだけで、一応我慢はしていたみたい。

 すぐにお目当てを見つけたみたいで、私の手を握って引っ張ってきた。

 

「あれ! あれおいしい!」

「ん」

 

 ちいちゃんに手を引かれてついていく。すぐ後ろに真美も来てくれていて、困ったような笑顔だった。

 

「ごめんね、リタちゃん」

「んーん。私もお祭りの食べ物って分からないし」

 

 それに、ちいちゃんの嬉しそうな笑顔を見てるだけでも、なんだか私も嬉しくなるから。

 ちいちゃんが選んだのは、フランクフルト、というもの。大きなソーセージを鉄板で焼いて、ケチャップやマスタードをかけたもの、なのかな? とりあえずそう見えるけど。

 

「これ、真美がたまに小さいもので作ってくれてるような……?」

「あはは……。あれは小さいソーセージだから」

 

 真美が作ってくれるのは、小さいソーセージをフライパンで炒めたもの。お手軽なおやつとして出してくれたことがある。あれも美味しかった。

 お祭り用は、串に刺した大きいソーセージを使うみたい。豪快だね。

 

『お祭りのフランクフルトはそれはそれで美味しいぞ』

『なんでか家で自分で作った時より美味しく感じるよね』

『お祭りの雰囲気は最高の調味料なのさ!』

 

 ケチャップとマスタードは自分でかけるみたいで、焼いたソーセージをそのまま手渡された。側のテーブルにケチャップとマスタードのボトルが置いてある。

 

「おねえちゃん! ちい、ケチャップたくさん!」

「はいはい」

 

 ちいちゃんは真美にかけてもらうみたい。私は、さすがに自分でやろうかな。こういうのって、たくさんかけた方がいいのかな? とりあえず、やってみよう。

 

「り、リタちゃん……?」

「ん?」

「マスタード、かけすぎじゃない……?」

「ん……?」

 

『だぱぁ』

『端から端まで三往復するのは草なんだ』

『これケチャップかかるんか?w』

 

 かけすぎ、らしい。んー……。よし。

 

「じゃあ、ケチャップでバランスを取る」

「ええ……」

 

『違う、そうじゃないwww』

『ケチャップも三往復するのはたまげたなあ……』

『すっげえ奇跡的なバランスでのってるな、これw』

 

 油断したらこぼれて落ちちゃいそう。食べるまでは魔法で固定しておこう。それじゃあ、いただきます。

 

「ん。ケチャップとマスタードの味しかしない」

 

『そりゃそうだwww』

『当たり前すぎて何も言えねえwww』

 

 多分美味しいと思う。でも、うん。どうしよう。

 ちょっと困ってたら、真美にフランクフルトを奪われた。何をするのかなと思ったら、自分のフランクフルトにぺたぺたとケチャップとマスタードをうつしてくれてる。すごくやりにくそうだったから、真美の分も魔法で軽く固定。

 

「これぐらい、かな? はい、はんぶんこ」

「ん……。ありがと」

「いえいえ」

 

『真美ちゃんがすごくお母さんっぽい』

『真美ちゃんママー!』

『これが……ママ味……』

『ママあじ』

『み』

『あじ』

『これだからあじ派は』

『やんのかみ派』

 

 なんだかくだらない言い争いをしてるみたいだけど、楽しそうだから放置しよう。

 改めて、フランクフルトを食べる。んー……。フライパンの時よりも、なんだか香ばしい気がする。独特な香りもあって、食欲がそそられる。これは、美味しい。

 その次に選んだのは、焼きそば。焼きそばも真美に何度か作ってもらったことがあるけど、これも全然違う味に感じた。真美には悪いけど、屋台の方が美味しいと思う。

 

「屋台の焼きそば、美味しい……」

「うん。これを再現してみたいんだけどね……。やっぱり、鉄板とフライパンじゃ全然違うみたいで。難しいよ」

「そうなんだ」

 

 鉄板、すごい。焼いている時もなんだかいい香りがした。でも、なんとなく覚えがあるような香りだったんだよね。んー……。

 

「お好み焼きの時のソースの香りに似てるかも……?」

「あー……。ソースが焦げる匂いって独特だからね。嫌いな人もいるみたいだけど、私は好き」

「ん。お腹が減っちゃう匂い」

 

『わかる』

『フランクフルトと焼きそばの屋台は前を通るだけでも腹が減る』

『どっちも出前であるけど、香りだけは現地が一番』

 

 この香りもセットで美味しい、のかな?

 焼きそばを食べたところでちいちゃんも満足したみたい。今度は少し眠たそうにしてる。

 

「ちい。眠たい?」

「むー……」

「ふふ。ほら、おいで」

 

 真美がちいちゃんを抱っこすると、ちいちゃんはすぐに眠ってしまった。寝てるのに真美にきゅっとしがみついてる。かわいい。

 

「リタちゃん、ごめんね。そろそろ帰ろっか」

「ん」

 

 ちいちゃんも寝ちゃったしね。私も満足したから、帰ろう。

 だから。私たちが帰り始めたからって露骨に残念そうにされても、私は知らない。

 




壁|w・)フランクフルトはコンビニでついてくるあのパキッとするやつがちょうどいいと思ってます。
次回はフルーツ牛乳とコーヒー牛乳。


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フルーツ&コーヒー牛乳

 

 エスカレーターで一階に戻って、向かう先は売店。買うのは、真美が美味しいって言ってたジュースだ。本当はお風呂上がりに飲むのが一番美味しいらしいけど、ちいちゃんも寝ちゃったから、そこは諦めよう。

 

「フルーツ牛乳とコーヒー牛乳が美味しいんだっけ」

「うん。あ、私とちいのもお願いできる? お金は後で渡すから」

「ん。お金はいい。ここに入る時のお金も渡してないし」

「いや、それこそ付き合ってもらってるから別に……」

「ん。だから、せめてジュースは出す」

「ええ……。えっと、ありがとう?」

 

 それじゃ、ジュースを買おう。たくさん並んでる棚からジュースを探すと、すぐに見つけられた。なんだか大きなケースに入ってる。扉があるケースで、開けてみるとひんやりとしてる。手に取って見ると、しっかりと冷えていた。

 これを持っていけばいいんだよね。何本いるかな。んー……。

 

「店員さん」

「は、はい!」

 

 店員さんを呼ぶと、エプロン姿の女の人がすぐに来てくれた。ちょっとだけ緊張してるように見えるけど、光球が気になるのかな。

 

「これとこれ、たくさん欲しい」

「た、たくさんですか? 何本ぐらいでしょう?」

「んー……。じゃあ、控えめに、五十本ずつぐらいで」

「ごじゅっ……」

 

『なんて?』

『控えめ (計百本)』

『なんかやべーこと言ってるぞこの子』

 

 だって、あまり大きくないみたいだし。これなら、毎日一本ずつとかでも飲めそうだしね。精霊様にもいいお土産になりそう。

 店員さんや視聴者さんよりも慌てていたのが、何故か真美だった。

 

「まってまってリタちゃん! どうしていきなり大量買いしようとしてるの!?」

「ん? 美味しいって言ってたから」

「私は美味しいと思うけど! でもリタちゃんも美味しいと感じるかは分からないから!」

「大丈夫。真美が美味しいって言ったものにはずれはなかった。この世界では真美を一番信じてる」

「嬉しさよりもプレッシャーの方がずっと大きい!」

 

『草』

『そりゃそうだw』

『リタちゃんに信頼されてて羨ましいけど、確かにプレッシャーがすごそうw』

 

 そこまで気にしなくてもいいんだけど。私も、真美と同じ味覚だとはさすがに思ってないし。ただ何度も来るのはちょっと面倒だから、ここは真美を信じようと思っただけで。

 でも結果としては、さすがにいきなり百本は買えなかった。他のお客様に売る分がなくなってしまうから、だって。言われてみれば当然だね。

 だから、とりあえず十本ずつ購入。美味しかったら、改めて注文しにくることになった。取り寄せしてくれるらしい。

 

「ん。じゃあ、また来る」

「はい。お待ちしていますね」

 

 店員さんに手を振ってから、帰る。真美が分かりやすいほどに安心してたけど、そこまで気にしなくてもいいのにね。

 

 

 

 真美の家に帰り着いて、早速ジュースを飲む。ちなみにちいちゃんはベッドに運ばれた。このまま寝るのかなと思ったけど、あとで歯磨きさせるみたい。虫歯予防は大事だね。

 

「どっちが美味しい?」

「どっちも美味しいよ」

 

 フルーツ牛乳とコーヒー牛乳、どっちから飲もう。もちろんどっちも飲むつもりだけど……。んー……。

 

「じゃあ、フルーツ牛乳から」

 

 アイテムボックスからフルーツ牛乳を取り出す。細長い瓶に入ってる牛乳で、紙キャップというものがついてる。視聴者さんが言うには、昔懐かしい形状とキャップらしい。

 

『牛乳キャップ、よく集めたなあ』

『友達と交換したり、メンコみたいにして遊んだりした覚えがある』

『レアなキャップ持ってるやつはヒーローだったなw』

『お前ら何歳だよ……』

 

 今ではあまりない、のかな?

 

「私もあの店でしか見ないかなあ。紙キャップなんて、もうほとんど使われてないと思うよ」

「ふうん……」

 

 今だとポリキャップというのが普通らしい。何度も開け閉めできるらしいから、そっちの方が便利だと思う。あのお店が紙キャップなのは、観光客向けの商品だからなんだって。

 私としてはどっちでもいいけど。美味しければいいです。

 とりあえず、一口飲んでみる。

 

 んー……。フルーツジュースとはまたちょっと違う。フルーツがたくさん使われていてとても美味しくて、それでいて牛乳特有のなめらかさがある。美味しい。

 コーヒー牛乳もちょっと似てる。コーヒーのほのかな苦みを牛乳で中和させた、のかな? とても甘くて、美味しい。

 

「たくさん買う」

「あはは。気に入ってもらってよかった」

 

 また注文しに行かないとね。

 

「でも、どうして瓶にフルーツとかコーヒーとかしか書いてないの?」

「あー……。見た目で分かるから、というのが一つだけど……」

 

『ぶっちゃけ法律の問題。牛乳表記はできないんだ』

『昔いろいろあったのさ』

 

 法律なら仕方ない、のかな?

 

「満足。そろそろ帰る」

「うん。今日は付き合ってくれてありがとう、リタちゃん。楽しかった」

「ん。私も楽しかった」

「また行こうね?」

「ん……」

 

『照れてるリタちゃんかわいい』

『照れ照れリタちゃん』

『てえてえ?』

 

 余計なことは言わなくていいよ。

 苦笑いする真美にフルーツ牛乳とコーヒー牛乳を二本ずつ渡して、私はすぐに森に転移した。

 




壁|w・)フルーツオレが好きなのに、最近は種類が少なくなっていて寂しいです。
次回は、精霊様へのお土産。


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ゴンちゃんのお風呂

 

 お家の前に転移して、そして気付いた。浴衣、返してない。どうしよう。

 

「真美。見てる?」

 

『どうしたの?』

 

「浴衣、忘れてた」

 

『あげるよ。また着てくれると嬉しい』

『つまり、どういうことだってばよ』

『またリタちゃんの浴衣が見れるってことさ!』

『なん、だと……!』

 

 また着るかは分からないけど、でもせっかくだしもらっておこう。アイテムボックスに入れておけば、そんなに邪魔にはならないし。着心地も悪くないから。

 お家に入ると、いつものようにカリちゃんが本を読んでいた。すごく集中して読んでるみたいだけど、すぐに私に気がついてくれる。顔を上げて、にぱっと笑って、そして首を傾げた。

 

「リタちゃん、おかえりなさいー。いつもと服が違いますねー?」

「ん。浴衣っていう、日本の服。どう?」

 

 カリちゃんは本を置くと、ふわりと浮かんで私の周りを飛び始めた。じろじろと、私を、というより浴衣を見てる気がする。ほうほう、なんて声が聞こえてきて、なんだかちょっと緊張してくる。

 

『カリちゃんも浴衣に興味津々?』

『カリちゃんも着たいのかな? 誰かカリちゃんサイズを作ってあげて!』

『無茶言うなwww』

 

 作れないことはないかもしれないけど、さすがに小さすぎると思うよ。

 

「とてもいいと思いますー。かわいいですー」

「ん。ありがと」

 

 カリちゃんにそう言ってもらうのは、なんだか嬉しい。

 フルーツ牛乳とコーヒー牛乳を取り出して、テーブルの上に置く。カリちゃんは不思議そうにジュースを見てる。お菓子が好きなカリちゃんだから、やっぱりジュースも気になるみたい。

 

「飲む?」

「ぜひー」

 

 早速フタを開けると、カリちゃんは魔法で少しずつ中身を取り出し始めた。どうやって飲むのかなと思ったけど、魔法で液体だけ少しずつ取り出すのはびっくりした。しかも小さな球体にして、自分の側に浮かべてる。

 カリちゃんはその小さい球体をちゅるっとすすって、おー、と笑顔になった。

 

「これはとても美味しいですー。お菓子の水なんてあるんですねー」

「お菓子の水……」

 

『お菓子の水www』

『そういう認識になるのかw』

『お菓子みたいに甘い水だからかな?』

 

 でもカリちゃんもジュースぐらい知ってると思うんだけど……。まあ、いいか。

 

「精霊様に会ってくる。全部飲んでもいいから」

「わはー。ありがとうございますー」

 

 美味しそうに飲むカリちゃんをちょっとだけ撫でてから、世界樹の側に転移した。

 

『全部飲んでもいいって言ってたけど、カリちゃん飲めるん?』

『明らかに体の体積以上あるんだが』

『精霊たちに実体がないっていうのは昔から言われてるから』

 

 私が食べ物を魔力に変換してるみたいに、食べようと思ったら食べ続けられるらしいからね。そもそもとして、精霊たちにとって飲食は娯楽と同じらしいし。

 

「精霊様」

 

 世界樹の側で呼ぶと、すぐに精霊様が出てきてくれた。私を見て、おや、と目を丸くしてる。

 

「おかえりなさい、リタ。ずいぶんとかわいらしい服ですね」

「ん。浴衣って言うらしい。真美にもらった」

「なるほど、浴衣ですか」

 

 精霊様が近づいてきて、じっくりと観察し始める。カリちゃんもそうだったけど、興味があるのかな。確かに私がいつもの服以外を着るのは珍しいと思うけど。

 

「とてもいい服だと思います。お友達からもらったのですから、大事にしなさいね」

「ん。もう保護魔法をかけておいた。汚れないし破れない」

 

『いつの間に……!?』

『またさらっととんでもないことしてるよこの子』

『真美ちゃんの浴衣がやばい物品になった件について』

『危険物みたいに言うなw』

 

 私も気に入ってるから、これぐらいはしようかなって。

 

「精霊様、ウナギ食べよう。ウナギ」

「ウナギ、ですか。今日リタが食べに行ったものですね」

「ん。あとフルーツ牛乳とコーヒー牛乳もある。美味しい」

「ふふ。はい。いただきましょう」

 

 精霊様の前にウナギの丼とジュースを並べる。さすがにウナギとジュースは合わないと思うから、先にウナギから食べてほしい。

 精霊様は早速ウナギを食べ始めた。まずはウナギだけで食べて、次にたれがたっぷりかかったご飯を一緒に食べて。なるほど、と頷いた。

 

「このたれが美味しいですね……」

「ん」

「魚はいらないのでは?」

「え」

 

『あー……』

『そういう意見も、ありますね……』

『ウナギってぶっちゃけあのたれが美味しいからな!』

 

 ええ……。そんなことないと思う。ウナギも美味しい。あの柔らかいお魚とたれ、そしてご飯を一緒に食べるのがいいと思う。たれだけだと、味が濃すぎると思うし。

 ただ、視聴者さんが言うには、好みによるものなんだって。だから気にしすぎたらだめらしい。

 

「んー……。私はウナギがある方が好き」

「ふふ。私もウナギがあるのも美味しいと思っていますよ」

 

 そう言って、精霊様が頭を撫でてきた。別に拗ねてるわけじゃない。

 次にフルーツ牛乳を一緒に飲む。これは精霊様もとても気に入ったようだった。

 

「ところで精霊様。相談がある」

「相談ですか?」

「ん。お風呂、作りたい」

「お風呂ですか。コウタもよく言っていましたね……。そういえば、コウタは以前ゴンちゃんに相談していたと思いますが」

 

『なるほど、と言いそうになったけどまって?』

『ゴンちゃんは精霊様にまでゴンちゃんて呼ばれてんのかw』

『原初のドラゴン(笑)』

 

 怒られるよ?

 でも、そうなんだ。ゴンちゃんに相談してるなら、何かしてくれてるかも。早速行ってみよう。

 

「行ってみる」

「はい。食器はこちらで片付けておきますね」

「ん」

 

 精霊様に手を振って、ゴンちゃんの目の前に転移。ゴンちゃんはいつも通り気持ちよさそうに眠ってる。ゴンちゃんのお鼻の頭を何度か叩く。起きるかな?

 

『ぺちぺち』

『ほんとにぺちぺちなってるのがなんともw』

 

 ゴンちゃんがゆっくりと目を開けて、私を見た。

 

「む? 守護者殿か。どうした?」

「ん。師匠からお風呂を相談されたって聞いた」

「おお……。そんなこともあったな。案を出してみたが、先代殿が悩んだ結果やめたものがある」

 

『マジでか!』

『え、風呂あったの?』

『そのわりにあいつ一言も言ってなかったけど』

 

 ゴンちゃんはそっと爪を出すと、目の前の地面に突き刺した。そうしてできあがった、大きな穴。そこにゴンちゃんが魔法でお湯をいれる。あっという間にほかほかお風呂になった。すごい。

 

「これでどうだ?」

 

『あー……』

『これは、うん……。悩むな……』

『原初のドラゴンの前で裸になって風呂に入るのか……』

 

 視聴者さんには抵抗感があるらしい。師匠も断ったのなら、同じだったのかも。

 私は気にしないけど。今日はもうお風呂に入ったから、別の日に入りにきたい。

 

「ゴンちゃん。また今度、入りにくる」

「うむ。いつでも来るといい。歓迎しよう」

 

『それでいいのかリタちゃん』

『羞恥心というものはないんですか……?』

『野生児にあるわけないだろうがいい加減にしろ!』

 

 なんだがすごく失礼なことを言われた気がするけど、恥ずかしいとは思わないかな。むしろゴンちゃんがいるなら、とても安心。結界を解除していても問題なさそう。

 また今度、入ろう。その時にお風呂上がりのフルーツ牛乳を試したい。とても楽しみ。

 




壁|w・)裏設定。師匠が相談したのは、転生してわりと間もなくでした。
ドラゴンとはいえ、さすがに自分を一瞬で殺せる相手にじっと見られながら入るのはきっついなあ、となったので諦めました。
なお、魔法に慣れた頃にはすでにむしろ食をどうにかしなければ、となっていたのでお風呂のことは頭からすっぽ抜けています。

リタの場合は、むしろゴンちゃんが見守ってくれるから安心安全。むしろ話し相手がいて楽しそう。

ここまでが第十五話、のイメージ。今回はちょっと長めだったので、次回からまたちょっと短くなります、よー。


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馬車を襲う盗賊さん

 

 銭湯に入った日の翌朝。私は前回の街の側にいた。あとは王都に向かうだけ。王都は何があるんだろう。ちょっとだけわくわくしてる。

 配信を開始して、と。

 

「それじゃ、王都に向かいます」

 

『挨拶しよ?』

『挨拶はあったじゃん、それじゃ、という挨拶が』

『それを挨拶と認めていいのか?』

 

 いつものように箒に乗って、空を飛ぶ。のんびりまったり空の旅、なんて。

 そうして空を飛んでいたら、ふと争う気配が伝わってきた。少し先の方で、何かが戦ってる。これは、剣と剣がぶつかりあう音、かな?

 

「何か、争ってるみたい」

 

『マ?』

『何も見えないし聞こえないけど』

『どれぐらい先?』

 

「んー……。かなり、かな? 普通の人には聞こえないと思う」

 

 私でもぎりぎり聞こえるぐらいだから。でも、どうしようかな。私には関係ないことだし、少しだけ迂回して向かっても……。

 

『これは、テンプレでは?』

『テンプレの気配』

『見に行くだけ見に行こうぜ!』

『さきっちょだけでいいから!』

 

 さきっちょだけ見るって意味が分からないよ。

 でも、見たい人の方が多いみたいだし、とりあえず様子を見にいこう。だから、少し急ぎます。

 そうして急いで飛んだ先は、ちょっとだけ森になってる場所だった。そして、人と人が争っていた。大きな、とても豪華な馬車があって、それを守る兵士さんと、それを襲う盗賊、みたいな感じだと思う。

 

『テンプレキター!』

『王女様とかが馬車に乗ってて、兵士さんが全滅しかけとか!』

『そして颯爽と助ける主人公、つまりリタちゃん! 王道だな!』

 

 ん。そういう漫画、見たことある。でも。

 

「全滅しかけ……?」

 

 どう見ても、兵士さんたちの方が優勢だよ。倒れてる人のほとんどが盗賊だと思う。あ、また一人斬られた。

 

『テンプレどこ……? ここ……?』

『いやまあそうそうお貴族様側が負けるわけがないのが普通かもだけど』

『盗賊側ばかり勝つなら貴族は絶対に出歩かなくなるだろうからなあw』

 

 対策もしっかり取るだろうからね。今回も見始めたのは途中からとはいえ、兵士さんの方が強いし、人数も多い。負ける要素がないと思う。

 

「もう少し近づくけど、苦手な人は配信を閉じてね」

 

『どういうこと?』

『今は距離が遠くて分かりにくいけど、あれ、殺し合いだからな?』

『近づいたら……』

『把握した撤退します!』

 

 うん。苦手な人は今のうちに切っておいてほしい。

 少しだけ待って、フードを被ってから近づいていく。もう戦闘は終わっていて、怪我をした人の手当をし始めていた。ただ魔法使いはいないのか、包帯とかで手当してる。

 

「治癒魔法、いる?」

 

 思わずそう声をかけたら、兵士さんたちは一斉に剣を抜いてこちらに向けてきた。反応速度がすごい。

 でも、誰もが何故か目を見開いて顔を青ざめさせてる。どうしてかな?

 

『そりゃ空を飛ぶ魔法使いが相手だとしたら、わりと厳しい戦いになるからでは?』

『遠距離攻撃手段が少ないのに、相手は魔法をばかすか撃ってくるってことだからな!』

『ばかすかとか久しぶりに聞いたぞ』

『うるせえよ』

 

 そっか。戦いになったら大変だから、だね。でも、どうしよう。私は戦う気なんてまったくないけど、それを口で言っても信用してもらえるかは分からない。

 んー……。ちょっと、面倒かも。もう無視して行こうかな。

 そう思ってたら、兵士さんの一人が前に出てきた。

 

「失礼。高名な魔女殿とお見受けするが、名前をお伺いしても?」

「ん。隠遁の魔女」

 

 こういう時のための二つ名、だよね。効果もそれなりにあったみたいで、安堵した人もいるみたい。ただ、やっぱり信用できない人もいるみたいで、警戒をしてる人の方が多いみたいだけど。

 

「あなたが……。失礼だが、ギルドカードを見せてもらっても?」

「ん」

 

 アイテムボックスからカードを取り出して、兵士さんに渡す。もちろんSランクの方のカードだ。兵士さんはそれを見て、なるほどと頷いた。

 

「ありがとうございます。お返しします」

「ん……。治癒魔法は、いる?」

「是非お願いしたいところですが……。報酬は、いかほどでしょうか?」

「いらない」

 

 この場にいる全員に治癒魔法をかける。ただそれだけのことに、お金を取ろうとは思わない。そう思ったんだけど、兵士さんは首を振った。

 

「いえ。お気持ちはありがたいのですが、正当な報酬は受け取っていただきたい。でなければ、他の魔法使いが困りますので」

「どういうこと?」

「他の魔法使いも無料でやらなければいけなくなる、ということです」

 

 また同じようなことが起きた時に、他の魔法使いさんが報酬をもらえなくなってしまう可能性がある、ということらしい。あの人は無料でやってくれたのに、なんて話が出てくるかもしれないから。

 




壁|w・)何かをするまでもなく、テンプレはどっかいきました。
ちゃんと優秀な兵士さんなのです。


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馬車に乗っていた人たち

 私はまだよく分からないけど、報酬をもらった方がいいなら、とりあえずもらっておこう。この人たちも、そこまでお金に困ってるわけじゃないみたいだし。

 

「じゃあ、もらう。金額は任せる」

「かしこまりました」

 

 丁寧に頭を下げる兵士さん。ため息をつきたくなるのを堪えながら、兵士さんたちに治癒魔法をかけた。ついでに、彼らが守っていた馬車にも。淡い光が兵士さんたちを覆って、そしてそれが消えるとみんなの傷は治っていた。

 

『治癒魔法ええなあ』

『この魔法だけでも使えるようになりたい』

『絶対に無理だから諦めろ』

 

 治癒魔法は教えるのも難しいからね。この世界でも、治癒魔法が得意な人はかなり優遇される、というのを師匠から聞いた覚えがある。師匠は精霊たちから聞いただけらしいけど。

 兵士さんは全員の様子を確認すると、私に頭を下げてから馬車の中に入っていった。

 これは、待っておいた方がいいのかな?

 

「もう無視して先に行こうかな……」

 

『気持ちは分かるけどもうちょっと待とう?』

『この人たちも王都に行くのでは?』

『そうだとするとまた会う可能性もあるぞ』

 

 それは、ちょっと気まずくなりそう。仕方ないから、もうちょっと待とうかな。

 他の兵士さんたちが出発準備をするのを見守っていると、馬車の中からさっきの兵士さんと、そしてもう二人、青年と女の子が出てきた。動きやすい、けれどとても高級そうな服を着ている子供たち。青年は真美よりも年上ぐらい、女の子はエリーゼさんと同じぐらいに見える。二人は私を見て、青年は警戒を、女の子は笑顔を浮かべた。

 

「あなたが助けてくれたのですね! ありがとうございます、魔女様!」

「ん……」

 

『照れてる』

『照れ照れリタちゃん』

『ストレートにお礼を言われるのって恥ずかしいよね』

 

 好意を感じられるぐらいの笑顔だから、余計にね。ちょっと恥ずかしい。

 青年と女の子は姿勢を正すと、しっかりとした声で言った。

 

「お初にお目にかかります。マルナイム王国が第三王子、マーク・マルナイムと申します」

「第四王女、シャーリー・マルナイムです」

「あー……」

 

『王族だあああ!』

『テンプレきたあああ!』

『助けた相手が貴族、それも王族! 定番ですね!』

『まあ助けてはないけど!』

 

 王族だとは思わなかったけど……。でも、どうせ王都に行ったらいつか会ってた可能性もあるし、ちょうどいいかも。師匠のことが聞けるかもしれないし。

 

「私は……、隠遁の魔女」

 

 そう名乗ると、シャーリーがぱっと顔を輝かせた。

 

「あなたがあの……! お噂は王都にまで届いています! こうしてお目にかかれて光栄です!」

「ええ……」

 

 それは普通なら私が言わないといけないセリフだと思うんだけど……。王族がただの冒険者に光栄なんて言うとは思わなかった。

 次に話し始めたのは、マークだ。

 

「冒険者なのでしたら、護衛をお願いしてもいいでしょうか。もちろん、Sランクの魔女殿に見合う報酬を支払わせていただきます」

 

 護衛、だって。でも王都はもう目と鼻の先だ。夕方にはたどり着くと思う。お金がもったいないと思うんだけど……。

 ふと、マークが隣のシャーリーを見た。まっすぐに私を見つめてる女の子。なんだろう、ちいちゃんみたいに瞳が輝いてる。

 これは、あれかな。護衛というよりも、この子の話し相手になってほしい、ということかな。

 

「どうしよう」

 

 小声でそう聞くと、すぐにコメントが聞こえてきた。

 

『同行しようぜ』

『王子王女とはいえ、王族との繋がりがあれば、王様に会うのも簡単になるかも』

 

 そっか。王様と会うなら、ここで繋がりを持っておくのもいいかもしれない。

 でも、Sランクの護衛って結構高いよね。この子たちがそれだけのお金を勝手に使うと、怒られたりしないかな。王族ならそんなお金は気にならない、とか?

 んー……。よし。

 

「さっきので魔力を少し使いすぎた。護衛は面倒だけど、休ませてくれると嬉しい」

 

 私がそう言うと、シャーリーは嬉しそうに何度も頷いて、そしてマークはすぐに察しがついたのか苦笑して小さく頭を下げた。

 

 

 

 王族の馬車は、なんだかとても豪華な馬車……、とは思うけど、乗り心地はあまりよくないかも。とても激しく揺れてる。結界がなかったらお尻が痛くなってたかもしれない。

 私の向かい側にはマークとシャーリーが座っていて、私の隣はメイドさんが座っていた。このメイドさんは護衛も兼ねてるらしい。服で見えないけど、ナイフを持ってるみたい。

 警戒されてるみたいだけど、不快にはならない、かな。むしろ初対面の私を無条件で信頼する方がおかしい。つまりとても楽しそうに話しかけてくるシャーリーはおかしい。

 

「あなたの噂を聞いてから、是非とも会ってみたかったんです! ドラゴンですら討伐したと王都でも話題でした……!」

「そうなの?」

「はい!」

 

 みんなの反応からある程度は避けられないとは思ってたけど、もう王都にまで伝わってるんだね。他にも話題ぐらいあると思うんだけど。

 

「それに、精霊の森の調査も隠遁の魔女様が協力したと……!」

「んー」

 

 なんだか、シャーリーの勢いがすごい。正直、ちょっとだけ反応に困る。

 

『なんかエリーゼちゃんみたいやな』

『王女がファンってすごいなw』

『リタちゃん、ファンは大事にせなあかんよ?』

『で、ライブはいつですか』

 

 しないよ。歌って踊って、のやつだよね。絶対にしない。

 




壁|w・)王族さんです。
なお不思議なことに第二王子は空席みたいにいないみたいですよ。


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封蝋された紹介状の効果

 シャーリーの話を聞いて適当に返事をしていたら、マークと目が合った。シャーリーには見えないように、小さく頭を下げてくる。ふと隣を見れば、メイドさんもどこか申し訳なさそうな様子だ。

 

『すぐ近くなのに護衛とかいらんだろと思ったけど』

『これあれだよな。王女様の話し相手に雇った感じだよな』

『はえー。妹想いのお兄ちゃんですね』

『なお護衛費用は血税である』

『クソじゃねえか!』

 

 私としては、どちらでもいいけど。

 のんびり馬車に揺られながら、シャーリーの話に相づちを打つ。なんだか事実確認をされてる気分。シャーリーからこういう話がありますが本当ですか、みたいに聞かれて、私がそれに答えるという感じ。何が嬉しいのか、答えるたびにシャーリーは嬉しそう。

 

 そうして話をしながらも馬車は進んで、お昼を過ぎた頃に王都にたどり着いた。

 王都はとても大きな壁に囲まれているみたいで、壁は他の都市にあるものよりもずっと高い。あと、壁から魔力も感じられる。何かの魔法をかけてるみたい。

 んー……。

 

「壁をこえて入ってきた侵入者を感知する結界、かな?」

「まあ……!」

「分かるのですか!?」

 

 私のつぶやきに、シャーリーとマークが反応した。メイドさんも目を丸くしてるから、間違いないみたい。

 

『なあリタちゃん、その魔力ってはっきり分かるもんなん?』

『わりと国防で大事な秘密なのでは?』

 

 え、あれ? そうなのかな。シャーリーとマークを見てみると、シャーリーは目をきらきらとさせていて、マークは頭を抱えていた。うん。内緒だったのかもしれない。

 

「ん。誰にも言わない」

「はい……。お願いします……」

 

 マークが小さな声でそう言った。ちょっとだけ、ごめんなさい。

 王都の門は、さすが王族の馬車なためか、たくさんの馬車や人が並んでいたけど素通りすることができた。特権ってやつだね。すごい。私はさすがにギルドカードとかを調べられたけど。

 

 そうして門をくぐった先は、どこの道も石畳でしっかりと舗装された、とても綺麗な街だった。ところどころに木や花が植えられていて、景観も悪くない。道もとても広くて、馬車が余裕を持って行き交うことができるほど。

 もちろんこれだけ大きな街だから、ちょっと暗くて危ない道もあるだろうけど、少なくても街に入った直後に見える場所にはないね。

 

『でっかくてきれいな街』

『魔法学園がある街もすごいと思ったけど、この街の方がやっぱすげえな』

『さすが王都』

 

 この国の中心部なだけはあると思う。

 街の中央にはお城があるみたいで、ここからでもそのお城は見ることができる。ただ、まだまだかなり遠い場所だ。かすかにしか見えないから。

 

「隠遁の魔女様。報酬の支払いは今ここでの方がよろしいでしょうか? それとも、ギルドを通しますか?」

「んー……。一応、ギルドで。あとで何か言われたくないし」

「かしこまりました」

 

 メイドさんの問いかけにそう答えて、私は馬車を降りた。さすがにこのままお城に行こうとは思えないから。まずはミレーユさんのお家に行かないとね。紹介状も書いてもらったことだし。

 

「魔女様、お城にも来てくださいね!」

「ん」

 

 シャーリーに手を振ってから少し離れると、馬車が走り始めた。護衛の兵士さんたちがみんな頭を下げて通っていく。とても律儀というか、しっかりした兵士さんたちだと思う。

 兵士さんがみんな通り過ぎてから、一息。楽できたような、逆に疲れたような、そんな感じです。

 

「それじゃ、ミレーユさんの実家を探そう」

 

『おー』

『いや、リタちゃん。どうせならさっきの王子王女に聞けばよかったのでは?』

『普通にお屋敷まで案内してくれたのでは』

 

「あ……」

 

 そう、だね。うん。私も、そんな気がする。何故か最初からとても懐いてくれてるシャーリーなら、喜んで案内してくれたと思う。でも。

 

「そういうことは降りる前に言ってほしい」

 

『さーせんwww』

『気付いてて言わないようにしてたのかとw』

 

 正直、早く離れることしか考えてなかったよ。

 まあ、今更だね。もう馬車が行ってしまったし、今から追いかけるのも面倒だ。とりあえず、門の兵士さんにでも聞けば教えてくれるかも。だから、まずは門に行こう。

 

 

 

 王都は中央にお城、その周辺が貴族のお屋敷が建ち並ぶ貴族街になってるみたい。ミレーユさんの実家、バルザス公爵家のお屋敷もその貴族街にあるみたいだった。

 というわけで。私は今、そのバルザス公爵家のお屋敷の前にいます。とても広いお庭があるお屋敷で、お庭の前の門で足止めされてるところ。門番さんが二人いて、その二人に通せんぼされてるってことだね。

 

「申し訳ありませんが、魔女殿であろうとお通しするわけにはいきません」

「お引き取り願います」

 

 こんな感じで。

 

『これぞまさに門前払い』

『言ってる場合かw』

『紹介状持ってること伝えたら?』

 

 あ、そうだね。いきなりお家の人に会わせてほしいってギルドカードを出して言ったのが悪かったかもしれない。

 アイテムボックスにギルドカードをしまって、次に紹介状を出す。門番さんがアイテムボックスにとても警戒してるのが分かるから、すぐに閉じておこう。

 はい、と紹介状を渡すと、門番さんの表情はさらに険しくなった。

 

「現在、この封蝋を使っているのは、遠方にいるお嬢様だけのはずですが……」

「お嬢様は絶対に使わないと言って、ここを出て行かれています。それをどこで?」

 

 うん。なにそれ聞いてない。ミレーユさん、紹介状が逆効果になってるよ!?

 

『これは草』

『笑ってる場合かwww』

『お前も笑ってるやんけw』

『多分ミレーユさんも、出て行く時は使うつもりはなかったんやろうなあ……』

『リタちゃん、あれだ。ナイフは?』

 




壁|w・)封蝋された紹介状の効果(笑)
その頃のどこかの灼炎さん
「へくしっ……。なにか忘れてるような気がするような……。思い出せないということは重要なことではありませんわね。気のせいですわ」


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バルザス公爵

 ナイフ。そうだった、それがあった。バルザス家の紋章入りのナイフなら、きっと大丈夫。

 

「大丈夫、だよね? さらに疑われたりしない?」

 

『リタちゃん……w』

『微妙に疑心暗鬼になりつつあるw』

『気持ちは分かるけどw』

 

 でも試さないと進まないのも事実、だね。アイテムボックスからナイフを取り出すと、門番さんたちの警戒度が明らかに上がった気がする。武器を取り出したから当たり前かな。

 でもナイフの紋章を見ると、門番さんは明らかに目の色を変えた。

 

「それは、まさか……!」

「ん。ミレーユさんからもらった。確認してほしい」

「は……! お預かり致します……!」

 

 態度が一気に変わった。これが正解だったかな。

 門番さんはじっくりとナイフを確認して、次に手に持ってる槍の先端をナイフに近づけた。すると槍がほのかに光る。真贋を確認する方法もちゃんとあったみたい。

 門番さんは姿勢を正すと、先ほどとは打って変わって恭しく頭を下げてナイフを返してきた。

 

「ありがとうございます。間違いなく、ミレーユ様のナイフです」

「ん」

「紹介状をご当主様に届けて参ります。少々お待ちください」

 

 門番さんの一人が急いで屋敷へと走っていく。とりあえずは一安心だ。

 

『でもこれ、最初からご当主様に確認してくれたら良かったのにと思っちまった』

『なんか警戒しすぎのような気もするよなあ』

『ぺろっ……これは事件のかほり!』

『何をなめたんですかねえ』

 

 どうなんだろうね。視聴者さんは警戒しすぎって言ってるけど、もしかするとこれがこの国の標準かもしれないし……。国によって文化が違うっていうのはよくあることらしいから、今のところは気にしないでおきたい。

 何かあるのかなと気にして、その何かに巻き込まれたくないだけだけど。

 程なくしてさっきの門番さんが戻ってきて、私は屋敷内に案内された。

 

 

 

 バルザス公爵家のお屋敷はとても大きい二階建ての建物だった。入ってすぐの部屋も廊下も、とても広くて大きい。なんだか豪華な調度品とかもたくさん飾られてる。すごい。

 屋敷のメイドさんに案内されたのは、お屋敷のうちの一室。応接室、らしい。真ん中に机があって、その両側にふかふかのソファが置かれていた。

 

「そちらのソファにどうぞ」

「ん」

 

 メイドさんに促されて、ソファに座る。見た目通りにふかふかだ。すごく座り心地がいい。

 

「このソファ、いいな……。どこで買えるかな?」

 

『ソファなら日本でも買えるぞ?』

『日本のソファも柔らかいぞ!』

『むしろ日本で買おうぜ!』

 

「ん……。そうだね。日本のソファも確認する」

 

 別にこっちの世界と日本、両方で買ってもいいとは思うけど、視聴者さんが勧めてくれるからまずは日本で考えよう。

 私がソファに座っていると、ドアがノックされてメイドさんが次々に入ってきた。机に置かれていくのは、美味しそうなお菓子やジュース。どれも高級そうだ。

 

「食べていいの?」

「少々お待ちください。まずはこちらで毒味を……」

「必要ない。毒は効かないから」

「ええ……」

 

『ものすごく困惑しておられるw』

『気持ちは分かるよメイドさん……』

『てかクッキーで毒味って意味あるの?』

『しらね』

 

 お菓子はクッキーと、あとはチョコレート、かな? とりあえずチョコレートを食べてみる。四角形のチョコレートで、日本で見たものより黒っぽい気がする。とりあえず一口。

 

「んー……。にがい……」

 

『苦いタイプのチョコか』

『砂糖とかそのあたりが少なめなんかな?』

『クッキーで甘くなった口を整えるためのチョコ、とか?』

 

 そういう使い道なのかな。試しにクッキーを食べてみると、これはほんのりと甘かった。ただこれぐらいなら、苦いチョコレートはいらない気がする。

 ジュースも飲んでみる。こっちはちょっと赤っぽい色のジュースだ。味は……。

 

「ちょっと酸っぱいけど、甘みも感じる、かな? 悪くない、と思う」

 

『ジュースはわりと高評価』

『それで? リタちゃん的にお菓子とジュースの総合評価は?』

 

「微妙」

 

『厳しいw』

 

 私は甘いジュースの方が好きだから。お菓子も、日本のクッキーと比べると甘さが足りないかな? バタークッキーが食べたくなっちゃった。あとで食べよう。

 でも、慣れるとこのクッキーも悪くないと思う。甘さ控えめだから食べやすい。

 もぐもぐとクッキーを食べていたら、ドアがノックされた。そうして入ってきたのは、真っ赤なドレスに身を包んだ女の人。どことなくミレーユさんの面影がある人で、三十歳ぐらいに見える。もうちょっと上かも。

 

 そしてもう一人、華美な服装の男の人。三十代後半ぐらい、かな? 視線は鋭く私を見てる。睨まれてる、というわけではないみたい。

 クッキーを飲み込んでから立ち上がろうとして、

 

「ああ、座ったままで構わない。楽にしてほしい」

 

 そう言われたから、言われた通りにそのままで。

 二人は私の対面に座ると、柔和な笑顔を浮かべた。

 

「紹介状を読ませてもらった。ようこそ、隠遁の魔女殿。バルザス家当主、ジュード・バルザスだ」

「その妻、フレア・バルザスです」

「ん。隠遁の魔女。よろしく」

 

 二人としっかりと握手をする。フレアさんの手は柔らかかったけど、ジュードさんの手はちょっとかたかった。多分、剣か何かを持ってる人だ。

 自己紹介をした後は、二人ともなんだかちょっとそわそわしていた。視線でお互いに合図を送ってる、みたい。何かを聞きたそうにしてる気がする。

 私が首を傾げると、意を決したようにジュードさんが口を開いた。

 

「あー、その……。ミレーユは、どうだろうか? 元気にしているだろうか」

「ミレーユさんのこと、気になるんだね」

「これでもあの子の父親だからな」

 

 ん……。そっか。両親なら気になるものなんだよね。それが普通だよね。うん。

 

「とても元気。私も良くしてもらった」

「ああ、そうか……。安心した」

 

 そう言ったジュードさんは、本当に安心してるみたいだった。

 




壁|w・)子供想いの公爵夫妻。なお、子供はちょっとあれである。


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公爵さんとのお話

『ミレーユさんの話から予想はできてたけど、マジでいいご両親だな』

『貴族社会だと、女の子は政略結婚の道具としか思ってなさそうなイメージ』

『さすがにそれは偏見すぎる……と思いたい』

 

 私も貴族社会のことなんてほとんど分からない。この両親が普通なのか、それとも珍しい方なのか、ちょっと分からない。あまり興味もないけど。

 

「隠遁の魔女殿。話をする前にもう一つ、確認しておきたいのだが」

「ん?」

「この国でのミレーユのことについて、だいたいのことは話したと手紙にあったのだが……。事実かな?」

「婚約破棄とその仕返しについてなら、聞いた」

「ほう……」

 

 ジュードさんも、そしてフレアさんも、さらにはメイドさんたちも、みんなが驚いてるみたい。もしかしたらミレーユさんは、こんなことはほとんど人には話してないのかも。

 でも、それも当然なのかな。この国ではどうなのかは分からないけど、ほとんどの漫画で貴族の婚約破棄は恥みたいな書き方だったから。

 

「やっぱり、婚約破棄の事実は隠してるの?」

 

 そう聞いてみると、ジュードさんはなんとも言えない顔になった。

 

「隠してるとも言えるし、隠してないとも言える。聞かれれば答えるが、聞かれなければ話さない、という程度だな。ミレーユも、君に話した時に口止めはしなかったのではないかな?」

「ん」

 

 言われてみれば、そうだ。ミレーユさんからは、誰にも言わないでほしい、なんて言われてない。そもそもとして、誰かに話すような内容じゃないだけだけど。

 

『ジュードさん、異世界の人なら不特定多数が聞いてたりするんだぜ』

『しかも一人や二人じゃなくて万単位なw』

『知らぬが仏ってやつだな。だまってよ』

 

 配信のことを言うつもりはないし、ミレーユさんも知らないし、さすがに言わないよ。多分言ったら、ミレーユさんがすごく恥ずかしがると思う。

 

「隠しているわけではないが、あの子が自分から話すことはそうそうないからな……。君はよほど、あの子に信頼されているらしい」

「ん……」

 

 そうだったら、嬉しい。私もミレーユさんのことは信頼してるから。

 

「それでは改めて。君は王都に滞在した賢者殿について調べているのだったな」

「ん」

「あの者については私も知っているが……。国王陛下に直接伺った方がいいだろう。陛下のご命令で、言えないことも多い」

「言えないこと?」

「そうだ。ミレーユ、つまり我が国出身のSランク、灼炎の魔女の紹介だ。陛下も喜んで会ってくださるよ。それは間違いない」

 

 それじゃあ、あとは王様に直接聞こう。ジュードさんに話をお願いしても、困らせてしまうだけになりそうだから。

 

「だが、陛下もお忙しい方だ。この後すぐに使いの者を送るが、時間を取れるのは少し先だろう」

「ん……」

 

『まあそれはしゃーない』

『むしろ一国の王様がいきなり会うってなる方がやばいと思うw』

『守護者のことを言えばすぐに会ってもらえそうだけどw』

 

 それは、まだ避けたい。最終手段ということで。

 

「じゃあ、待つ。宿でも取るよ」

「ああ、いや。ミレーユの友人を放り出すようなことはしないさ。是非とも当家に滞在してほしい」

 

 それは、少し予想外だった。私としては嬉しいけど、いいのかな?

 

『泊まろうぜリタちゃん』

『貴族のご飯が食べられるよ!』

『多分今回の機会を逃したらもう食べられないぞ!』

 

 貴族のご飯。それはとても気になる。是非とも、食べてみたい。むしろお金を払ってもいいから泊まりたい。ご飯が食べたい。

 

「お世話になります」

 

 そう言って頭を下げると、ジュードさんは笑いながら頷いた。

 

 

 

 この屋敷の二階にある客室を使うことになった。王様と会えるまで、というよりこの王都に滞在してる間は自由に使っても構わない、だって。なんだかすごく優遇されてる気がする。

 ジュードさんはすぐに執務室に戻ってしまって、客室まではフレアさんが案内してくれた。その時に、とても気になる話を聞くことになった。

 

「Sランクの魔女様が訪ねてきたと聞いて、最初は剣聖に関わることかと思いました」

「剣聖?」

「はい。現在この国に滞在しているSランク冒険者、深緑の剣聖です。てっきり彼女を探していると思ってしまって……。まさかミレーユのご友人だとは思いもしませんでした」

 

 この国にもう一人、Sランクの冒険者が滞在してるらしい。もしかしたら会うこともあるかも。

 案内された部屋は、応接室ほどではないけど、すごく豪華な部屋だった。大きなベッドに高級そうなテーブルと椅子が並んでる。棚もたくさんあって、中にある物は自由に使ってもいいらしい。

 夕食の時間にまたお呼びします、とフレアさんたちは出て行った。

 さて……。暇になった。

 

「貴族のご飯、楽しみ」

 

 黒い板を出してそう言うと、たくさんのコメントが流れていく。

 

『どんな料理なんかな』

『高級フレンチみたいなものが出てきたりしてw』

『さすがにないと思う』

『てか黒板出して大丈夫なん? 監視とかない?』

 

 どこかに隠れてる人がいないかってことだよね。それなら大丈夫。魔法でも軽く調べたけど、隠れてる人はいなかった。あとついでに結界も張っておいたから、この部屋は外からは見えなくなってるはず。

 この後に監視の人が来たら驚くかもしれないし報告もするだろうけど……。その時は、その時。魔女だっていうのは伝えてるから、結界を張ったと正直に言おう。

 

『俺としては剣聖っていうのが気になる』

『しんりょくのwwwけんせいwww』

『翻訳がどうなってるかわからんけど、深い緑の深緑かな?』

『どんな人なのかいまいちわからんな』

 

「ん。ミレーユさんみたいな二つ名なら戦い方がなんとなく分かるけど、深緑はよく分からない。フレアさんが彼女って言ってたから、女の人だと思うけど」

 

『そういえば彼女って言ってたな!』

『女剣士……? ええやん!』

『ぐへへの展開ですね!』

『リタちゃんの目の前で変なこと言うな』

 

 Sランクだからすごく強いと思うけど、どんな人なのかな。せっかくなら、会ってみたいね。王様と会うまでは暇だし、明日はギルドにでも行ってみようかな。

 




壁|w・)剣聖さんは今回の重要人物……のはず……多分……。


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貴族のご飯

 

 特にすることもないのでお部屋の中でのんびりまったり。暇だし日本に行きたいところだけど、ジュードさんたちは私がこの部屋にいると思ってるだろうから、呼びに来られると困る。

 もちろん呼びに来たら分かるようにしておけばいいけど、あっちでご飯を食べてる時はご飯を優先したいから。

 

「貴族よりご飯だから」

 

『急にどうしたリタちゃん』

『貴族との関係よりご飯が優先されるなんてみんな知ってる』

『食欲の魔女の二つ名の方が良かったのでは?』

 

 さすがにそんな二つ名は嫌だよ。

 視聴者さんと雑談をしながら過ごしていると、ドアがノックされた。

 

「はい」

「魔女様。夕食のご用意ができました」

「ごはん!」

 

 晩ご飯。貴族の晩ご飯! とても楽しみ!

 

『見るからにうきうきしてるw』

『表情薄いのにそれだけはなんでかすぐ分かるなあw』

『雰囲気がもう、うきうき』

 

 どんな雰囲気なのかな。そんなに分かりやすい……?

 ドアを開けると、メイドさんが待っていた。そのままメイドさんの先導に従って、一階へ。案内されたのは、とても広い部屋で長いテーブルのある部屋だ。

 席についていたのは、ジュードさんとフレアさん。ジュードさんは一番奥に座っていて、フレアさんはその手前の左側。私の席は、フレアさんの向かい側みたい。メイドさんが椅子を引いてくれた。

 

「この食卓に私たち以外が座るのは久しぶりですね」

「そうなの?」

「ああ。子供たちは皆、それぞれの道を進んでいるからな……」

 

 ジュードさんが言うには、子供は四人いるらしい。長女のミレーユさんと次女のエリーゼさん。そして今は王宮で仕事をしている長男と、騎士学校に通う次男、だって。

 長男さんはいずれはジュードさんの仕事を継ぐらしいけど、今はまだその基礎の基礎を王宮で仕事をしながら覚えているのだとか。

 貴族もなんだか大変そう。なんとなく、日本の漫画のイメージで贅沢をしてる人たちだと思ってたよ。

 

『ふんぞり返ってる貴族もいそうだけどなー』

『バルザス家はミレーユさんからして真面目だったし』

『多分しっかりと貴族の責任を果たすタイプ』

 

 ミレーユさんの家族だと思うと、なんとなくイメージ通りだと思ってしまう。

 それはともかく、ご飯だ。王都の楽しみの一つだったから、早く食べたい。

 

 テーブルに並んでいるのは、量は少ないけど手間はかかってそうな料理が多い。お肉は食べやすいようにスライスされた上で、茶色っぽいソースがかかってる。パンは柔らかそうな白いパン。サラダはざっくり切られたようなものじゃなくて、しっかり細かく切られてる。あとは、大きなお鍋にスープがたっぷり。ごろごろとしたお肉とか野菜が入ってるみたい。

 これが、この国での貴族の食事、なのかな。街の食堂より手間はかかってるけど、全然違うってわけでもないみたい。

 

「それでは」

 

 ジュードさんとフレアさんが手を組んで何かに祈ってる。私は、いつものでいいかな。手を合わせていただきます。

 とりあえずお肉から。ソースと一緒に口に入れる。んー……。すごく柔らかいお肉。ソースは少し甘酸っぱいソースで、この柔らかいお肉によく合ってる。

 サラダにも似たようなソースがかかってるけど、少しだけ酸味が強い、かな? お肉とは別で調整してるのかも。お野菜は新鮮さがよく分かるぐらいにシャキシャキしてる。

 

 スープは少しとろみのあるスープで、こっちは少し濃いめの味。ジュードさんたちを見てみると、パンをスープに浸して食べてるみたい。試してみたけど、悪くない。美味しい。

 食堂とあまり変わらない、と思ったけど、食材にお金をかけてるというのはよく分かる。ちょっとだけ貴族らしいかな?

 

『これはこれで美味しそう』

『リタちゃんも美味しそうに食べてる』

『これは、初めての日本の敗北か……!?』

 

「いや、日本のご飯の方が美味しいけど」

 

『ア、ハイ』

『ですよねー』

『でも見た目はかなり美味しそうだけど』

 

 うん。美味しいのは間違いない。ミレーユさんと一緒に食べたあのお肉ほどじゃないけど、それ以外だと一番美味しいと思うよ。でもやっぱり日本のご飯が一番かな。

 でも、美味しいのは間違いなくて。晩ご飯はすぐに食べ終えてしまった。少し物足りないと思ってしまうけど、一先ずは満足。

 

「魔女殿。明日からはどうされますか?」

 

 夕食後にジュードさんにそう聞かれた。多分、どこにいるかをある程度は把握しておきたいんだと思う。

 

「明日はギルドに行ってみる。深緑の剣聖に会ってみたい」

「あら……。余計なことを言ってしまいましたか?」

「んーん。会ってみたい、それだけ」

 

 ミレーユさん以外のSランクは初めてだからね。ギルドで会えるかは分からないけど、とりあえず聞いてみたい。

 ただ、それを聞いたジュードさんは少しだけ険しい表情になっていた。

 

「何かあったりする?」

 

 私がそう聞くと、ジュードさんははっと我に返って、いや、と首を振った。

 

「魔女殿とは直接関係はない。ただ……」

「ただ?」

「剣聖は、現在はソレイド公爵家に滞在しているらしい。バルザス家とは、少しばかり確執がある家だ」

 

 ジュードさんが言うには、バルザス家は代々宰相を担うことが多い家らしい。対してソレイド家は武門の家系なんだとか。どちらも王様をしっかりと補佐をしているから国としては安定してるみたいだけど、意見の食い違いがとても多い、らしい。

 それに加えて、ソレイド家は最近、少し様子がおかしい気がする、というのがジュードさんの意見。何も証拠はないらしいけど。

 うん。これ、妙なことに巻き込まれる気がする。気のせいだよね?

 

『フラグがビンビンに立ってますな』

『立った! フラグが立った!』

『マジで言うなら、面倒なら適当なところで逃げるべし』

 

 んー……。まあ、しばらくは様子見、ということで。剣聖さんに会ってから考える。

 

「何か巻き込まれそうになったら逃げるよ」

 

 はっきりとそう言うと、ジュードさんは笑顔で、そうしてくださいと頷いた。

 




壁|w・)この世界、というよりこの国の貴族のご飯は、素材にお金をかけて、ちょっと手間をかけたもの、みたいな感じです。
ぶっちゃけ、素材の違い以外は大差なかったりする……かも?

次回は、ゴンちゃんお風呂入浴編。


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ゴンちゃんお風呂

 

 夜。部屋に戻って少しして、森に戻ってきた。今回の目的は、ゴンちゃんのお風呂。一度は入ってみたいなって。

 

「というわけで、ゴンちゃんの前に来たよ」

 

『最近ゴンちゃんの出番多くない?』

『ゴンちゃんの威圧感にも慣れてきた気がする』

『なにせリタちゃんがぺちぺち叩くからw』

 

 一番気付いてもらいやすいかなって。なので、また叩く。

 

『ぺちぺち』

『ぺちぺち助かる』

 

 ゴンちゃんはゆっくりと目を開けて、そして大きく息を吐いた。ちょっとした突風だ。ぶふーって。飛ばされちゃいそう。

 

「守護者殿か。今回は早いな。どうした?」

「お風呂!」

「う、うむ……。そうか」

 

『ゴンちゃんが戸惑う珍しい光景』

『リタちゃんの圧よw』

『すっかりお風呂の虜になっちゃって……』

 

 お風呂、気持ちいいから。師匠も気にせず入ったら良かったのにね。

 ゴンちゃんが爪で大きめの穴を作って、お湯を入れてくれる。それじゃ、服を脱いで……。

 

『リタちゃん。光球の向き変えよう?』

 

「ん……。ごめん、真美。ゴンちゃんの方に向けておく」

 

『おのれ推定真美ちゃん!』

『たまにはええやんけ! 子供やぞ!』

『死ね』

『ストレートすぎて草なんだ』

『ありがとうございます!』

 

 変態さんが多いね。

 光球はゴンちゃんの方に向けておく。ゴンちゃんは少しだけ珍しそうに光球を見てる。じっと。じーっと。

 

『なんか怖いんですけどw』

『うおぉ……。威圧感ががが』

『や、やんのかこら! うけてたつぞこら!』

『お互いに手を出せないからこその強がりである』

 

 服を脱いで、お湯の中にどぼんと。ほどよい深さと、気持ちいい水温。あったかぬくぬく。

 

「んふー……」

 

『リタちゃんの気持ちよさそうな声だけが聞こえる』

『ちょっとぐらい見たいなあ!』

『きもい』

『さーせんwww』

 

 温泉と比べるとちょっと物足りない気もするけど、これはこれで悪くない、かな?

 そういえば、お風呂に使う入浴剤、だっけ。そういうのもあるって聞いたことがある。機会があれば、それも試してみたいな。

 ゆっくり十分ほど入って、お風呂から出る。魔法で水を飛ばして、ちゃんと服を着てから光球を戻す。そしてお楽しみの、フルーツ牛乳だ。キャップを開けて、と……。

 

『リタちゃんリタちゃん』

 

「ん?」

 

『お風呂上がりの牛乳は、由緒正しい飲み方があるのだ』

『左手を腰に当て、右手で牛乳をぐいっと! それがお風呂上がりの飲み方だ!』

 

 んー……。同意するコメントもあれば、否定するコメントもある。でも半々ぐらい、だね。それなら一度は試してみよう。

 左手を腰に当てて、右手でぐいーっと。ごくごくっと。少し火照った体に冷たいジュースはなんだか美味しく感じられるね。

 

「んー……。美味しい」

 

『ぷはーってやってほしかったw』

『ふっつーに飲み終わったなw』

『まあしゃーないw』

 

 まだちょっと物足りなかった、のかな? でもこれ以上はいいや。私はこれで満足。

 

「ゴンちゃん、ありがとう」

「うむ。またいつでも来るといい」

 

 ゴンちゃんが目を閉じるのと同時に、お湯はすぐに蒸発して、穴はあっという間に塞がった。また入りに来るから、穴ぐらいはそのままでもいいと思うんだけどね。

 

「ゴンちゃん、またね」

「うむ」

 

 ゴンちゃんに手を振って、バルザス家の屋敷に転移した。あとは、寝るだけ。明日は剣聖さんに会えるかな?

 

 

 

 翌日。朝食はシンプルに、白いパンと何かの果実を煮たもの。日本のジャムみたいになってる。少し酸味の強い果物のジャムだけど、悪くはない、かな?

 ご飯の後は、いよいよギルドだ。ジュードさんにギルドに行くことを伝えると、詳しい場所を教えてくれた。馬車で案内しようかと聞かれたけど、それは断っておいた。ちょっと悪目立ちしそうだから。

 

 王都の貴族街の外側は、平民街と呼ばれてるらしい。貴族以外の住人が住んでるみたいだね。他にも、スラム街というのもあるらしいけど……。そこは、私には関係ない、と思う。

 ギルドは平民街の方にあった。貴族もたまに依頼を出すみたいだけど、その時はメイドさんとかを代わりに向かわせる、らしい。

 さて。それじゃ、王都のギルドだ。ギルドまでの道も、とても長い道がしっかりと舗装されていた。これはギルドの内部も全然違ったりするのかも……。なんて、思ったんだけどね。

 

 ギルドはやっぱり他のギルドと似通った造りだった。ただ、今まで見たギルドより単純に広い。受付の人も十人ぐらいいるし、大きな酒場も併設されてる。酒場は冒険者さんだけじゃなくて、一般の人も使ってるみたい。

 それはともかく、受付だ。一般の人用が四人、冒険者用が六人、かな? 今までのどこのギルドよりも受付の人が多いけど、やっぱりそれだけ人が多いってことなのかも。

 

『でっかい建物』

『やっぱ王都ともなると全然違うな』

『日本でいうところの東京だと思えば、多少はね』

 

 そっか。王都だから、日本でいう東京なんだね。東京はいつも人が多いし、そう思うとこの規模も納得できるかも。

 私が受付の方に歩いて行くと、何人かが怪訝そうに眉をひそめていた。今日は帽子を被ってるだけだから、子供が来てる、とまた思われてるのかもしれない。

 今度こそ、テンプレというのがあったりするかな?

 冒険者用の受付の列に並ぶと、視線がさらに多くなった。ただ、不快な視線はあんまりない。少しだけ意外かな?

 

『まだ朝早いのに人多過ぎでは?』

『何人並んでるんだよこれ……』

『みんな依頼を受けようとしてるのかな?』

 

 んー……。そう、なのかな? よく見てみると、並んでる人のほとんどが依頼票を持ってる。もしかしたら、私への視線はまっすぐに受付に向かったから、というのもあるのかも。

 




壁|w・)ゴンちゃんのお風呂、でした。
次回は、剣聖さんの噂。


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自由すぎる変な人

 さらに少し待つと、私の番になった。受付の人は、若い女の人。私を見て、怪訝そうに眉をひそめてる。

 

「お嬢ちゃん、お仕事の依頼に来たのかなあ? もしそうなら、あっちの列よ? 分かる?」

 

 ちょっとだけいらっとした。

 

『少し不機嫌になったのが雰囲気でも分かるw』

『落ち着けリタちゃん! その人は悪気があったわけじゃない! 多分!』

『そうか? わりとバカにするような言い方だった気がするけど』

 

 私もそう感じた。忙しい時に子供の相手なんてしたくない、みたいな雰囲気だ。それに、それを感じたのは私だけじゃないみたいで、隣の受付の男性や側の冒険者さんは、少し咎めるような視線を受付の女性に投げてる。

 こういう時は、ギルドカードだね。とりあえず今はCランクのカードだけでいいかな。視線が多いし。

 Cランクのギルドカードを取り出すと、受付の女性は大きく目を見開いて焦り始めた。やっぱり私が冒険者だとは思ってなかったみたい。

 

「えっと……」

 

 女性が何かを言おうとしたのと、同時に。

 ざわりと、ギルドの中の人がざわめいた。

 

『おん?』

『なんか、みんなの視線が……』

『入り口の方やね』

 

 そう、だね。なんとなく、察しがつくけど。

 振り返って、入ってきた人を確認する。人が多くて分かりにくいけど、明るい金髪の人が入ってきたみたい。その誰かが歩くと、みんなが一歩引いて道を作る。そしてその人は、まっすぐに私の目の前までやってきた。

 

 明るい金の髪の少女。動きやすさを重視した簡素な鎧に、腰には剣。そして、髪で耳は分からないけど、同じ私なら直感で分かる。

 この人は、ハイエルフだ。多分だけど、相手も私がそうだと気付いてるはず。

 じっと見つめ合う。じいっと。

 

「あ、あの! アリシア様! 依頼を受けにきたのでは!?」

「気が変わった」

 

 声をかけたギルドの人には目もくれず、アリシアと呼ばれた人の視線はまっすぐに私に固定されたまま。じっと。じいっと。私も見つめる。じい……。

 

『なんだこれ』

『もう少し、こう、視線で会話せずにさ……』

『誰か! 読心術ができる方はいらっしゃいませんか!』

 

 そんな人がいたら怖いよ。

 アリシアさんは小さく頷くと、私へと手招きした。

 

「こっち」

 

 そして奥にある階段へと向かっていく。ギルドの人には何も言わずに。

 

「私が言うのもなんだけど、自由な人だね」

 

『ほんまにリタちゃんが言えることじゃないなw』

『むしろ一番自由な人が何をおっしゃっているので?』

『ネタですか?』

 

 ちょっと言ってみたかっただけだよ。

 アリシアさんの後を追って、階段を上がっていって。そうして向かった先は、三階の支部長室。その部屋のドアを、ためらいなく開け放った。ノックもなにもない。ある意味すごい。

 

『ごめんこの人リタちゃんより自由やわ』

『リタちゃんですらノックをする常識ぐらいはあったのに……』

『リタちゃん以上か』

 

 私ですら、私以上、というのはどういう意味かな。小一時間問い詰めたい。

 私も中に入ると、奥の椅子に座っていたおじいさんが目を剥いて固まっていた。おじいさんの目の前のデスクには、何枚かのパン。朝ご飯かな?

 アリシアさんはおじいさんの元へと向かうと、そのパンを一切れ食べた。断りもなく。

 

「おい。わしのパンを食べるでない」

「食べた」

「事後承諾をするな」

 

 うん……。すっごく、自由な人、だね。

 

「人のご飯を奪うのは良くないと思う。少なくとも私は嫌い」

「…………。ごめん」

 

 なんというか……。変な人だ。

 

 

 

 おじいさん、ギルドマスターさんの目の前で、私たちは向かい合って座っていた。テーブルを挟んで、ソファに向かい合って座る。ギルドマスターさんはパンを食べながら、少し疲れてるような顔だ。

 

『無理もない』

『おいたわしや』

『いきなり変な人が乱入しまくってるからなw』

『で、この女の人だれだよ。いやここまでの勝手が許されてる時点で察しはつくけど』

 

 そうだね。私も、そうだろうと思う。どこかぼんやりしたアリシアさんをまっすぐに見て、言った。

 

「あなたは、深緑の剣聖?」

「うん」

「ハイエルフだよね」

「うん」

「ちゃんと自己紹介してほしい」

「アリシア。ハイエルフ。冒険者としてはSランク。二つ名と称号は、深緑の剣聖。年は五百から先は数えてない」

 

『ごひゃく!?』

『やべえ人が出てきた!』

『てかやっぱこの人が剣聖さんか。かわいい』

『それな』

 

 視聴者さんから見ると、かわいい人らしい。私から見ても綺麗な人だと思う。凜としていて、かっこいいとも思う。多分。

 

「あなたも、隠さず自己紹介してほしい」

 

 アリシアさんにそう言われたので、私も真面目に答えよう。

 

「リタ。ハイエルフ。Sランク。隠遁の魔女。年はないしょ」

 

 でも言いたくないことは言わない。不満そうに唇を尖らせても、私は知らない。

 私の名乗りを聞いたギルドマスターさんは目を見開いて、お腹をおさえて頭を抱えてしまった。

 

『おいたわしやギルドマスター……』

『ご飯取られるわ核弾頭レベルの爆弾が二発目の前にいるわ、踏んだり蹴ったりやな』

『強く生きて』

 

 しばらく王都に滞在することになりそうだから、挨拶にちょうどいいと思ったんだけどね。ギルドマスターさんはちょっと嫌だったみたい。

 




壁|w・)深緑の剣聖、アリシアさんでした。
リタと同じような静かな人ですが、リタよりは感情が出る……かも……?


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忌み子

 ギルドマスターさんは大きなため息をつくと、片手を上げた。

 

「すまんが、確認させてもらってもいいかの」

「ん?」

「お嬢ちゃんが、隠遁の魔女なのかの?」

「ん」

 

 私が頷くと、ギルドマスターさんは大きなため息をついた。そんなに嫌そうにしなくてもいいと思う。

 

「あー……。アリシア」

「なに?」

「この子が隠遁の魔女だと知っておったのか?」

「隠遁の魔女なのは知らなかったけど、森の外にいるハイエルフにまともなやつはいない」

 

『言い方ァ!』

『だが否定できない!』

『野生児だからな!』

 

 野生児言うな。

 私としては、そもそもとしてハイエルフがエルフの里の外にいることそのものが驚きだよ。もちろん私は例外として。

 アリシアさんに視線を向けると、私の疑問を察してくれたのかすぐに教えてくれた。

 

「今のところ、私以外にはいない、と思ってた。少なくとも数百年、森の外でハイエルフは見ていない」

 

 アリシアさん曰く、ハイエルフが里の外に出ることはやっぱりほとんどないらしい。私をここに連れてきたのも、かなり驚いた上での行動で、とりあえず事情を聞きたかったから、らしい。

 

「ハイエルフはエルフの王族。里の外に出るなんて、普通はあり得ない」

「ん。そう、だね」

 

 私も、そう思う。特にエルフの里はかなり閉鎖的だから。一応、外部との交流も少しはあるらしけど。

 

『いや待ってかなりさらっと流されたけど』

『リタちゃんハイエルフだよな? え? 王族なん?』

『マジで?』

 

 んー……。一応は、王族。それは、間違いない。とても不本意だけど。

 アリシアさんはじっと、私の顔を、というより私の髪を見ていた。銀髪を。

 そして、言った。

 

「銀髪。双子。…………。忌み子」

「…………」

 

『双子はどっからきたんだよ。てか忌み子ってなんだよ』

『そりゃ言葉通りの意味だろ』

『リタちゃんが精霊の森に捨てられてたのって、そういう……』

 

 ん……。そういう、ことだね。

 アリシアさんは私の無言を肯定と取ったみたいで、目を伏せてゆっくりとため息をついた。小さく口が動いて、言葉を紡ぐ。小さすぎて配信には聞こえなかっただろうけど、私には聞こえてしまった。

 相も変わらずクズばっかりか、と。

 それで、なんとなく察した。つまり、アリシアさんは。

 

「エルフの、何よりもハイエルフの価値観が嫌いで里を出た人?」

 

 そう聞くと、アリシアさんは目を瞬いて、薄く苦笑いを浮かべた。

 

「聞こえたんだ。そう。あいつらの考え方が嫌いで、私は里を出た。十年に一度ぐらいは帰ってるけど」

 

 あんな場所でも故郷だから、と呟いたアリシアさんが私へと深く、とても深く頭を下げた。

 

「謝罪する。私の首なんかで君の怒りが収まるとは思えないけど、君の気が晴れるならこの首、持っていくといい」

「いらない。それに、何の謝罪なのかよく分からないし」

「ハイエルフの、王族の一人として。あいつらの腐った風習や価値観から逃げて、変えようともしなかったことを。いずれ、君のような子が出てくると分かっていたはずなのに」

 

 本当に。本当にこの人は、ハイエルフらしくない。私が知ってるハイエルフは、私を見て悲鳴を上げて罵詈雑言を浴びせかけるような連中なのに。こういう人もいるんだね。

 

『さすがに意味がわからんぞ』

『多分だけど、リタちゃんは忌み子として扱われて、精霊の森に捨てられたってことだろうな。忌み子の基準が銀髪もしくは金髪以外、そんな感じじゃね?』

『それだけで生まれたばかりの子供を捨てるとかやばすぎるだろ』

 

 私も、そう思う。でも彼らの価値観では、それが当たり前だった。ただそれだけのことだよ。

 だからこそ、その価値観がないアリシアさんが謝罪する必要性は感じない。この人は私に対して、特に何もしてないから。でも、謝罪を受け取らなかったらずっと気にしそうだよね。

 

「んー……。謝罪は、受け入れる。でも何もいらない。私は、幸せだから」

 

 師匠に拾ってもらえて、精霊たちに受け入れてもらえて、あの森で育って。私は、誰よりも幸せだ。そういう意味では、捨ててくれたことに感謝すらする。

 もちろん実の両親に思うところがないと言えばさすがに嘘になるけど、それでももう、私にとっては過去の存在で、この世界で一番どうでもいい存在だ。だから、ハイエルフのことはどうでもいい。もちろんあっちから手を出してきたら、本気で応戦するけど。

 アリシアさんはそっか、と頷いて、それきり黙ってしまった。

 そして、ある人が一言。

 

「いや、そういうエルフにとって重要なことをわしの前で話すなよ。え? これわし、殺されない? エルフに口封じされない?」

 

『草ァ!』

『ギルドマスターさんwww』

『さすがに不憫すぎるw』

 

 えっと……。これについては、私も連れてこられただけだから。

 アリシアさんを見る。アリシアさんはギルドマスターさんを一瞥して、そして言った。

 

「いなくてもよかったね、君」

 

 ギルドマスターさんが青筋を立てた。えっと、その……。ごめんなさい。いや、私は何もしてないはずだけど。

 

 

 

 ギルドマスターさんが朝ご飯のパンを食べ終わるのを待ってから、話を再開した。今度はギルドマスターさんもしっかりと参加するらしい。もうすでに余計なことを聞いてしまったからか、開き直ることにしたみたい。

 

「つまり、なんだ。隠遁の魔女は深緑の剣聖と同じハイエルフで、生まれた直後に忌み子として捨てられた、ということでいいのかの?」

「ん」

「間違いない」

「エルフ、クソすぎんか?」

 

 私もクソだと思うよ。

 

『聞いた話だけなら間違いなくクソかな』

『アリシアさんだけがまともっぽい?』

『リタちゃんの例があるんだぞ? まともなはずがない』

 

 どういう意味かな?

 アリシアさんはギルドマスターさんの言葉に深く頷いて同意してる。私も頷いておこう。実際のところは、他のエルフについてはあまり知らないんだけど。

 

「いや、連れてこられただけの魔女殿はともかく、剣聖殿もわりとクソなことやっておるからな? 何故にわしを巻き込んだ。はったおすぞ」

「ご、ごめん」

 

 そこは素直に謝るんだね……。本当にどうしてこの部屋にしたのか。でもなんとなく、この人も深く考えなかったんだろうなとは思う。多分、人があまり来ない場所で選んだ結果かなって。

 




壁|w・)なんとなく察してる方もいるかもしれませんが、今回はリタの出生に関わるお話になっています。合間合間に日本に行きますが、エルフあたりのお話はちょっと長くなる予定、です。

明日の夜、多分22時までに活動報告でお知らせをこそっと出す予定です。
ツイッターでは17時に予約しているので、もし早く知りたい方はそちらからご確認ください。
内容については、まあそういうことですね……!


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ソレイド家の依頼

 ギルドマスターさんはとても、とっても長いため息をついて、天を仰いだ。私は悪くないはずだけど、とても申し訳ない気持ちになる。

 少ししてギルドマスターさんは気持ちを切り替えたのか、よし、と頷いてアリシアさんへと向き直った。手を組み、まっすぐにアリシアさんを見る。もうおじいちゃんな見た目だけど、威厳はギルドマスターだけはあるね。

 

「では、剣聖殿。改めて聞こうかの」

 

 対するアリシアさんは不思議そうにギルドマスターさんを見てる。

 

「なに?」

「今回の目的を教えてもらいたい。魔女殿をここに、わしの前に連れてきたということは、何かわしに、ギルド側に通しておきたい話があるのだろう。Sランクの冒険者の依頼だ。こちらも可能な限り協力を……」

「え。そんなのないけど」

「え?」

「え?」

 

 なんだか、その……。すごいね、この人。

 

『Q.目的はなんだ (キリッ)』

『A.そんなものはない (何言ってんだこいつ、みたいな顔)』

『これはひどいwww』

『ギルドマスターさんの顔よw』

『すげえな剣聖w』

 

 ギルドマスターさんは頭を抱えてる。苦労性、というやつだね。

 ギルドマスターさんはもう一度咳払いをして、もう一度、アリシアさんに向き直る。でも今回はちょっと、疲れてるみたい。威厳もなくなってる。

 

「つまり、なんだ。ここを選んだ理由は特にない、と」

「うん」

「そうかそうか。本当に何故ここを選んだんだ……。わしへの嫌がらせか……?」

 

 その小声でのつぶやきはアリシアさんも聞こえてるはずだけど、無視することにしたらしい。心なしか頬が引きつってるけど。今頃になって罪悪感を覚えてるのかも。

 でも、移動はしないみたい。もう手遅れだと考えたらしい。

 

「リタ。王都に来た目的は? 償いになるかは分からないけど、せめて協力させてほしい」

「償いとかはいらないけど……。賢者について、調べてる」

「賢者を? どうして?」

「ないしょ」

「なら仕方ない」

 

『わりとあっさり諦めたな』

『さっきもそうだったけど、リタちゃんが話したくないことは深く聞かないっぽい?』

『マジでこの人、かなり配慮してくれてる……?』

 

 私としては、もう気にしないでほしいんだけどね。この人には本当に関係のない話だと思うし。ハイエルフだからって嫌ったりはしないよ。

 アリシアさんは少しだけ考える素振りを見せて、それなら、と前置きをしてから、

 

「私は今、ソレイド家に雇われてる」

「ん?」

「よければ、紹介する。公爵家だから、賢者のことも何か知ってるかも」

 

 ジュードさんが言ってたね。ソレイド家に剣聖が滞在してるって。ソレイド家に雇われてるっていうのは、ちょっと予想外だったけど。

 

「んー……。私は、バルザス家に泊めてもらってるから……」

「そうなんだ。バルザス家は、どこ? 上級貴族?」

「マジかよお前」

 

 思わずといった様子で突っ込んだのはギルドマスターさん。信じられないようなものを見る目でアリシアさんを見つめてる。

 

「バルザス公爵家はソレイド公爵家と対立しておる。ソレイド公爵家に雇われているなら、それぐらいは最低限覚えておくべきことだと思うがの」

「おー……。じゃあ、リタもソレイド公爵家に来ればいい。依頼、一緒にやろう。お金はいらないから、報酬は全部持っていって構わない」

「んー……。友達の紹介でバルザス家にいるから、それは無理」

「むう……。残念。とても、残念」

 

 これは、本当に残念がってるみたい。ちょっとだけ拗ねてるのが分かる。不思議な人だね。

 

『なんだろう。孫に構いたいおばあちゃんに見えてきた』

『さすがに若すぎるだろと言いたくなったけど、最低五百歳とか言ってたな』

『ハイエルフの感覚がわからねえ!』

 

 人間には分からない感覚だと思うよ。こればっかりはね。

 でも、ソレイド家がアリシアさんを雇ってるのは、ちょっと気になる。ジュードさんが言うにはバルザス家と確執がある家らしいし、場合によってはアリシアさんと敵対したりもするかも。

 

「もしかしたら、アリシアさんと敵対しちゃうかも」

 

 試しにそう言ってみると、アリシアさんは頷いて言った。

 

「大丈夫。それなら私はリタにつくから」

「あ、うん……」

 

 それはだめだと思うんだけどなあ……。ギルドマスターさんも唖然としてるし。雇い主を裏切るって発言しちゃってるからね。

 

『例え敵対したとしてもリタちゃんなら余裕だろ』

『だからとりあえずは向こうにいるように言えばいいんじゃね?』

 

「んー……。余裕じゃ、ないよ」

 

『え』

 

 あまり深く聞いて答えてくれるかは分からないけど、でもせめて聞いてみよう。

 

「アリシアさんは、ソレイド家からどんな依頼を受けてるの?」

「うん。最近貴族の屋敷からいろいろ盗む人がいるらしくて、その捕縛を依頼されてる。だから、最近は兵士も門番も、少しピリピリしてると思う」

「まさかためらいなく教えてくれるとは思わなかったよ……」

 

 バルザス家の門番さんもかなり厳しかったと思うけど、これが理由だったのかな。貴族のお屋敷から盗むって、とてもすごいと思う。もちろん悪いことだけど。

 

「でも、どうしてソレイド家が解決しようとしてるの?」

「ソレイド家の長男が関わってる可能性があるから」

「ぶほぉっ!」

 

 あ、ギルドマスターさんが思いっきりむせた。唖然とした様子でアリシアさんを見てる。アリシアさんもさすがに言ったらだめなやつだと思ったのか、そっと視線を逸らしてた。

 

『なんか、すっごいどろどろしてきてなーい?』

『リタちゃん、悪いことは言わないから関わらない方がいい』

『真面目に厄介事だぞこれ』

 

 ん。私もとてもそんな気がする。少し手遅れのような気もするけど。できるだけ避けていこう。

 

「私はあまり関係なさそうだし、帰っていい?」

 

 そう聞いてみると、アリシアさんは少し考えて、そして首を振った。少し、驚いた。なんとなく、頷いてくれると思ったから。

 




壁|w・)ギルドマスターさんの胃に穴が空きそうなので、お部屋でのお話はそろそろ終わりです。
エルフまわりは、また近いうちに。多分。

活動報告やツイッターでも書きましたが……。書籍の情報が公開されました。
レーベルはBKブックスで、6月5日発売予定です!
こちらも是非是非、よろしくお願いします!


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王都での食べ歩き

「それじゃあ、隠遁の魔女に、正式に協力要請。報酬は、今回受け取るはずだった報酬の全てを隠遁の魔女に譲る。どう?」

「んー……。アリシアさんでも捕まえられるんじゃないの?」

「多分、無理」

 

 そう言って、アリシアさんは少しだけ目を伏せた。

 

「相手が目の前、もしくは近くにいれば捕縛は難しくないけど、相手は姿を全く見せない。多分、何かしらの魔法か魔道具を使ってる。そして私は、そういった感知は不得手」

「じゃあどうして依頼を受けたの?」

「こんな面倒な相手だと思わなかったから……」

 

 アリシアさんが言う通り、アリシアさんの目の前か、もしくは気配が察知できる場所で見つけられたら、多分本当に一瞬で捕まえられるんだと思う。

 でも今回は、そもそもとしてどこに現れていたかは本当に分からないみたいで、気付けばどこかで盗みが入ってるのだとか。だから、魔法か魔道具の魔力を感知できる人が欲しいってことだね。

 

 んー……。正直、あまり乗り気になれないというのが本音だけど……。でも同時に、放置も嫌だなって。だって、そのうちバルザス家にも入りそうだし、さすがに友達の実家が狙われたら無視もできない。

 でも、捕まえに行くのも面倒。あまりソレイド家に関わろうとは思えないから。

 

「少し、考えさせてほしい」

 

 私がそう言うと、アリシアさんは頷いてくれた。

 

 

 

 改めて依頼を受ける気にもなれなくて、のんびり王都を見て回ることにした。観光はまだだったから、ちょうどいいかなって。

 見て回るのは、平民街の方。貴族街の方は、あまり楽しくなさそうだから。貴族街にもお買い物ができるお店があるみたいだけど、どちらかと言うとお店にあまり人はいなくて、だいたいはお店の人が貴族の屋敷に出向いてるみたいなんだよね。だから、楽しくなさそう。

 平民街の方は、他の街にもあるような、露店がたくさん並んでる区画があった。もちろん食べ物のお店もたくさんある。ここを見て回りたい。

 

「美味しいもの、あるかな?」

 

『めちゃくちゃうきうきしてるw』

『ぶっちゃけギルドよりも楽しそうだよなw』

『リタちゃんだからなあw』

 

 ギルドは、今回は暇つぶしみたいなものだったから。あの依頼を聞いて、行かなければよかった、とちょっと思っちゃったけど。

 あ、串焼き肉がある。しかも、他の街よりもちょっとお高め。場所で高いのか、素材が違うのか、どっちだろう? 食べてみれば分かるかな?

 

「一つ」

「あいよ!」

 

 お店の人から串焼き肉を一本もらって、早速食べてみる。味付けはとてもシンプルに塩だけど、でもお肉は結構柔らかい。高いだけはあるね。

 

『なあなあリタちゃん、聞いていい?』

 

「ん?」

 

『アリシアさんと敵対したら余裕はないみたいな言い方してたけど、ぶっちゃけどうなん?』

 

 んー……。どう、と聞かれると少し困るけど……。

 

「負けないけど、勝てない」

 

『え』

『つまり、どういうこと?』

『くわしく』

 

「お互いに決定打がない、みたいな感じ」

 

 アリシアさんもハイエルフだから膨大な魔力を持ってるだろうけど、多分その魔力のほとんどを身体能力の補強に使ってると思う。スピードも相応にあるだろうから、多分私の魔法だと捉えられない。

 そしてアリシアさんは私に攻撃はできても、結界は破れないと思う。感じた限りでは、魔力量は私の方がずっと多いから。

 

 周囲の被害を気にせずに魔法を使えば、また話は変わってくると思うけど……。いや、どうだろう? アリシアさんも何か奥の手があるだろうし、見た感じだけじゃ分からない。

 そういうのを説明すると、視聴者さんはみんな驚いてるみたいだった。

 

『マジかよ』

『リタちゃん人類最強じゃなかったん?』

『魔法使いとしては最強、だったと思う』

 

 魔法使いとしては最強、なら精霊様からお墨付きをもらってるね。ただ、私は魔法に特化しすぎてるから、アリシアさんみたいな近接特化な人が相手だと、ちょっと分からないというのが実際のところかな。

 戦ってみたいかと聞かれたら、面倒だから嫌だと答えるけど。別に私は世界最強になりたいわけじゃないから。

 

「それに、多分だけど……。あの人と戦うことになっても、あの人は私相手に本気を出さないと思う。私に負い目を感じてるみたいだから」

 

『それはそう』

『責任を感じすぎかなとは思う』

『リタちゃんの存在すら知らなかったみたいなのにな』

 

 多分、里では私のことは存在してないという扱いなんだと思う。いや、別にいいけどね。アリシアさんはいい人みたいだから、あの人とだけは接点があってもいいと思うけど。

 それよりも、お買い物だ。他にも美味しいもの、あるかな?

 あ、スープが売ってる。木のお皿に入れてくれるみたい。その場で食べてお皿は返さないといけないみたいだけど……。とりあえず、食べてみよう。

 

「ください」

「はいよ」

 

 お金を渡して、スープをもらう。んー……。ちょっと、味が濃いような……。

 

「お嬢ちゃん、この国ではパンと一緒に食べるのが普通だよ」

「ん……」

 

 スープを売ってるおばさんが指し示したのは、お隣でパンを売ってる男の人。笑顔で手を振ってる。多分これ、夫婦か何か、かな? 最初からセットで売ればいいのに。

 

『スープだけでいいっていう人とか、スープなら家にあるっていう人とかいるんじゃね?』

『最初からセットで売るとそれはそれで怒る人がいそう』

 

 めんどくさいね。

 バルザス家で食べたご飯も同じようなスープとパンがあったし、この街では定番のご飯なのかも。パンを浸して食べると、味がほどよくなった、気がした。悪くはないかな。

 そうしてのんびりと食べ歩きしながら露店を見て回っていたら、その人がいた。

 

「あ」

「あ」

 

 アリシアさんだった。少し前に別れたところだったのに、何やってるのこの人。

 




壁|w・)アリシアさんは剣士としては最強です。
リタとアリシアが戦うと、基本的に勝負がつきません。ある意味で対等な相手だったり。


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孤児院

 アリシアさんが見ていたのは、ペンダント。何故か私を見てちょっと焦ってる。

 

「り、リタ。どうしてここに?」

「ん。のんびり食べ歩き。アリシアさんは?」

「えっと……。わいろ……? 違う。おわび? それも違う……。えっと、えっと……」

 

 そこでアリシアさんは言葉を句切って、また露店に並ぶペンダントに視線をやって、そして今度はちらっと私を見て。そうしてから、よしと頷いた。

 

「私はリタと仲良くなりたい。だからプレゼントを選んでた。でも何かいいのか分からないから、選んで。買ってあげる」

「ええ……」

 

『なんだろう、久しぶりに会った親戚の子供を甘やかすおばさんの気配』

『俺はむしろ孫をかわいがるおばあちゃんに見えたぞ』

『どっちもあながち間違いじゃなさそうなのがw』

 

 別に、それについて何かを言うつもりはないけど……。でも。

 

「どうしてペンダントなの……?」

「え? だって、女の子だし、装飾品かなって……」

 

『女の子 (野生児)』

『女の子 (魔女)』

『女の子www』

 

 怒るよ?

 

「気持ちは嬉しいけど、必要ない。私は食べ物の方が好きだから」

「食べ物! それなら、良いものを知ってる。お店には並ばないやつ。連れていってあげる」

「え」

 

 それは、とても気になる。お店に並ばない美味しいもの。それなら、うん。一緒に行こう。

 

『リタちゃんいつか絶対に騙されそう』

『リタちゃん、知らない人に安易についていっちゃだめだよ?』

 

 視聴者さんは私をなんだと思ってるのかな?

 

 

 

 アリシアさんに連れられて向かう先は、王都の外側。外ではあるけど、門のすぐ側らしい。

 アリシアさんは向かう間に、いくつか食材を購入していた。お肉とかお野菜とか、いろいろだね。あと、調味料。これから向かう先で使うらしい。

 何を食べられるのかな。ちょっとわくわくしてる。

 

『リタちゃん、マジで食べ物に釣られて騙されそうだよな』

『日本に来た時にマジで騙されるのでは?』

『誘拐される! 危険だ!』

『誰が?』

『誘拐犯がだよ言わせんな恥ずかしい』

 

 いや、どうしてそっちの心配をするの? さすがに日本で乱暴なことをするつもりは、あんまりないよ。時と場合によるだろうけど。

 歩いている間、アリシアさんの口数は少ない。完全に無言というわけじゃなくて、時折私に買ったものの説明とかをしてくれるけど、それだけ。なんだか事務的だ。

 アリシアさんを見る。口をもごもごしてる。話題を探してるみたいに。

 

『孫と話したいけど話題が見つけられないおばあちゃんかな?』

『話題を探してお口もごもご?』

『そう思うとなんかかわいいなw』

 

 かわいい、のかな? 私にはよく分からない。

 しばらく歩いて、門を通る。Sランクのギルドカードはこういうところでも有効みたいで、アリシアさんが門番さんに見せるとすぐに通ることができた。入る時も同じらしい。扱いが貴族みたい。

 南門のすぐ側には、一つだけ大きな建物があった。三階建ての建物で、中から賑やかな声が聞こえてる。そしてその建物の周りのとても広い範囲を、頑丈そうな柵で囲んでいた。

 その柵の中には、見覚えのある動物。

 

『まさか、牛、か?』

『なんかでっけえ角があるけど、牛だ!』

『てことはここ、牧場か!?』

 

 牧場。動物を飼育して、お肉にしたり卵をもらったりする場所、だっけ? そんなイメージ。

 アリシアさんを見ると、すぐに教えてくれた。

 

「ここは、孤児院。親がいない、もしくはいなくなった子供たちが暮らす施設。そしてその孤児院が経営する牧場。角牛を育ててる」

 

『つwwwのwwwうwwwしwww』

『まんまやないかい!』

『翻訳の都合かな? そうだと信じたいw』

 

 日本の牛とはまたちょっと違うのかな? 日本の牛も見たことないけど。一応、真美の家のテレビでは何度か見たけどね。

 アリシアさんが孤児院のドアをノックすると、中からばたばたと騒がしい音が聞こえて、はい、と小さな声が聞こえてきた。

 

「どうも。アリシアです」

「おお! アリシア様!」

 

 ドアが勢いよく開かれて、そこにいたのは男の人と女の人。多分三十代ぐらい、かな? 男の人は赤い髪で、女の人は少し青い髪。そして男の人は、剣を持ってる。でもアリシアさんの姿を確認すると、すぐに壁に立てかけていた。警戒していた、のかな? 街の外だから当然かも。

 

「もう晩ご飯の予定は決まってる?」

「いえ、これから決めるところですよ。どうかしました?」

「シチューを食べたい。これ、具材に使って」

「ありがとうございます。そういうことでしたら、喜んで」

 

 男の人はアリシアさんから食材を受け取ると、奥へと走って行ってしまった。残されたのは、女の人。彼女の視線は、不思議そうに私の方を向いてる。

 

「アリシア様。その子は? まさか……」

「ああ、いや。ここで預かってほしいってわけじゃない。冒険者として自立してるから」

「そうでしたか。失礼しました。私はティゼといいます。さっきの男性は私の夫で、ゼスです」

「ん。リタ。よろしく」

 

 ティゼさんと握手をする。柔和な笑顔の、優しそうな人だ。なんとなく、もっと厳しい人がやってると思ってた。

 

『もっとこう、高齢な人がやってると思ってた』

『老夫婦とかな』

『ふっつーに、わりと若い夫婦がやっててびっくり』

『いやでも、三十代か四十代だと思えば、異世界ではわりと高齢な方かも?』

 

 どうなんだろう? ミレーユさんも、相手はともかくとして婚約者が決められてたぐらいだし、若い間に結婚するのかも。いや、貴族は特殊なのかな。ちょっと分からない。

 

「リタちゃんはたくさん食べますか?」

「ん。美味しければたくさん食べる」

「ふふ。分かりました。自信があります。シチューは賢者様から教わった料理ですから」

 

「え」

『え』

『まじかよ』

 

 つまり、師匠がここに立ち寄ってたってことかな。アリシアさんを見ると、悪戯っぽく微笑んでいた。

 

「賢者について調べてるって言ってたからね。ついでに紹介しておきたかった」

 

 アリシアさんはとてもいい人。間違いない。

 




壁|w・)ちなみに。街の外にありますが、門には近いのでいつも兵士さんが見守っています。


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剣聖さんのお誘い

 でも、師匠が教えた料理、なんだね。

 

『あのお師匠さんが伝えた料理か』

『今までの失敗作があるからなあ』

『シチューってことはクリームシチューか? なら余裕だろ』

『レトルトもなければ生クリームもバターもないんだぞ? わりと難易度高いと思うが』

『料理好きならともかく、あいつだからなあ……』

 

 クリームシチュー、というものらしい。私は、まだ食べたことがない、かも。知らずに食べてる可能性はあるけど。

 ちょっと気になるけど、日本で食べるのはここで食べた後にした方がよさそうだね。みんなの反応だと、日本で食べる方がやっぱり美味しそうだから。

 

「賢者様について調べているのですか?」

 

 ティゼさんにそう聞かれたから頷くと、ティゼさんはどこか嬉しそうに微笑んだ。

 

「あの方は子供達とも遊んでくれました。子供達もたくさんお話を聞いているので、よければ晩ご飯の時に聞いてください」

「ん。今は?」

「みんな角牛のお世話に行っていますよ」

 

 もう働いてるってことだね。すごい。

 でも、それだと晩ご飯までは時間ができちゃったってことだね。それなら、少し暇になる、かな?

 

「それじゃ、夜にまた来る。いつまでに来ればいい?」

「そうですねえ……。日が沈むまでに来ていただければ大丈夫ですよ」

「ん。わかった」

 

 とりあえずジュードさんたちに晩ご飯はいらないっていうのを伝えてから、何か適当に依頼でも受けようかな。

 そう思ってきびすを返したところで、アリシアさんに肩を掴まれた。振り返ると、アリシアさんはじっと私を見つめてる。とても何か言いたげに。

 

「えっと……。なに?」

「一緒に依頼、受けよう? だめ?」

「んー……」

 

 ダメ、とは言わないけど……。微妙に上目遣いで見つめてくるのはだめだと思う。ちょっと、断りづらいから。

 

『なんだこの少女』

『あざとい。あざとい少女』

『少女 (五百歳)』

『少女とは』

 

 本人に言ったら怒られそうだからやめた方がいいよ。

 どうしようかなと少し考えたけど、断る理由もないから一緒に行くことにした。どうせなら、私も仲良くしておきたいとは思うからね。

 

 

 

 バルザス家の門番さんに伝言を頼んでから、アリシアさんと一緒にギルドに戻ってきた。今回は隠遁の魔女として依頼を受けるつもりだから、入る前にフードを被る。それを見ていたアリシアさんが、分かりやすいほどに目を剥いた。

 

「リタ。聞いていい?」

「ん?」

「そのローブは?」

「フードに隠蔽の魔法がかかってる。すごいでしょ」

「うん。…………。リタが犯人じゃないよね?」

「違う」

 

 さすがにその疑いは心外だよ。でも、アリシアさんからすると、疑いたくもなるのかな。さすがに本気で聞いてきたわけじゃないと思うけど。

 アリシアさんと一緒にギルドに入ると、たくさんの視線が一斉にこちらを向いた。

 

「アリシアさんは人気者?」

「警戒されてるだけだと思う」

 

 二人でまっすぐに受付に向かう。まだ人は並んでいたけど、みんなが譲ってくれた。警戒というより、恐れられてる方じゃないかな。

 

「難しい依頼を受けたい」

 

 アリシアさんが受付でそう言うと、受付の人は一瞬固まった後、慌てたように一枚の依頼票を出してきた。さっと一瞥してから、私に依頼票を渡してくれる。えっと……。

 

「フェンリルの討伐、だって」

 

『フェンリル!?』

『テンプレモンスだ!』

『でっかい狼ですか!? もふもふですか!?』

 

 大きい狼の魔獣だね。図鑑で見たことがある。精霊の森では見ない魔獣だ。精霊様が言うには、森のウルフの方が数が多くて危険らしいけど。

 特に問題もないので頷くと、アリシアさんも頷きを返した。

 

「これでいい。受ける」

「か、かしこまりました! 場所ですが……」

 

 受付さんから詳細な情報を教えてもらってから、ギルドを出る。場所は少し遠くて、南西にある大きな山。馬車だと休まず移動したとしても二日はかかる距離、らしい。

 そこの鉱山にフェンリルが棲み着いてしまったから討伐してほしい、というのが内容だね。

 

「リタ。かなり急ぐけど、どれぐらいの速さで飛べる?」

「ん……。それなりに。アリシアさんは飛べるの?」

「走る」

「ええ……」

 

『まさかの走るは草なんだ』

『リタちゃんの見立てでは身体能力特化っぽいし、当然、なのか?』

 

 この人の場合は、走った方が間違いなく馬とかよりも速いと思う。

 でも、今回は走る必要も飛ぶ必要もない。アリシアさんはいろいろと隠さずに教えてくれたから、私も少しぐらいは、ね。

 

「アリシアさん、とりあえず街の外に出よう」

「え? いいけど」

 

 アリシアさんと一緒に、近くの門から外に。道に沿って歩かずに、少し外れた場所へ行く。誰にも見られない場所に。

 十分歩いたところで、立ち止まった。

 

「リタ? どうするの?」

「ん。こうする」

 

 転移の魔法を使う。初めて行く場所だから洞窟の真正面に転移なんてことはできないけど、十分近くには転移できると思う。

 一瞬だけ光に包まれて、そして次の瞬間には鉱山の側にいた。

 

「え」

 

 アリシアさんがあんぐりと口を開けてる。かなり驚いてくれたみたい。その反応が少しだけ新鮮に思えるね。

 

『そういえば転移魔法って今の人は使えないんだっけ』

『リタちゃんがぽんぽん使うせいで感覚が分からねえw』

 

 私もたまに忘れそうになるけど……。でも、アリシアさんの表情を見ると、やっぱり転移魔法はかなり特別みたい。唖然とした様子で私をまじまじと見つめてる。

 

「今のは、転移魔法? リタ、使えるの?」

「ん」

「すごい……」

「でも、内緒にしてほしい」

「わかった」

 

 特に隠したい理由とかは言ってないのに、アリシアさんはすぐに頷いてくれた。ただの口約束だけど、アリシアさんならきっと秘密にしてくれるはず。

 

「行こうか」

「ん」

 

 アリシアさんと一緒に、目の前の洞窟に向かって歩き始めた。

 




壁|w・)剣聖さんと一緒にフェンリル討伐に行きます。

なお、どこかの森のウルフはフェンリルと同格……かも?


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大きいもふもふ

 

 洞窟にはフェンリルの仲間なのか、たくさんの狼が棲み着いていた。私の魔法で火球を浮かせて明るくしてるけど、普段は真っ暗のはず。よくこんなところで生活できるよね。

 

『精霊の森みたいな魔境より暗いだけの場所の方が住みやすいと思う』

『よくあんな森に住んでるよね!』

 

 何も言えないけど、そこまで言うことないと思う。

 襲ってくる狼は、全て倒していく。私がいつもの魔法でばくっとしたり、アリシアさんが一瞬で距離を詰めて切り伏せたり。特に困ることなく進めてる。

 予想通り、アリシアさんは身体能力特化で、それもスピード特化だね。気が付いた時には敵の目の前だ。あの速さについて行ける人はそうそういないと思う。

 

『瞬間移動に見える』

『移動だけで技名がありそうw』

 

 私の魔法も、もちろん見せてある。ばくっの方だけど。

 何故かすごく奇妙なものを見るような目で見られてしまった。納得いかない。

 

「リタは私のスピードがすごいって言ってくれるけど」

「ん」

「リタのその魔法の方が、その……。怖い」

「ん……」

 

『怖いwww』

『足下から不意打ちで何も分からない間にばくっ』

『剣聖ですらどん引きさせるとかさすがやな!w』

 

 ばくっとしてるだけなのに。

 時々現れる狼を倒しながら、鉱山の奥へ。ちなみに倒した狼は一応回収してる。とりあえず、食べてみようかなって。あまり美味しそうじゃないけど。

 そうして、かなり深くまで進んだところで、広い部屋にたどり着いた。普段は物置とか、そういうことに使ってる部屋なのかも。その中央に、その魔獣はいた。

 真っ黒な体毛に覆われた、大きな狼。私たちを警戒した目で見つめてきてる。これがフェンリルなんだね。とても大きいもふもふだ。

 

「でも、ごわごわしてそう」

「急になに?」

「ん。もふもふしてみたかっただけ」

「そ、そうなんだ……」

 

 ん。アリシアさんに正気を疑うような目で見られるのは、ちょっと納得がいかないよ。

 大きいもふもふは低くうなり始めた。ぐるぐると。

 

『ヒェッ……』

『大型犬がうなってると、さすがに怖い』

『大型犬言うなw』

 

 確かに、ここまで来る間の狼たちを思うと、威圧感は大きいもふもふの方が上だと思う。でも。

 

「かわいい」

「え?」

 

『え?』

『え?』

『こんなところで剣聖と気持ちが一つになるとはこのりはくの略!』

 

 そこまで言うほどのことかな? アリシアさんも、すごく変な人を見る目で見てくるし。

 とりあえず、触ってみたい。なんだかふわふわしてそう。日本の犬ほどではないと思うけど、あのサイズだ。ちょっともふもふしてみたい。

 歩いて近づいていくと、うなり声が大きくなる。今にも襲いかかってきそう。だから、とりあえず魔法で縛っておく。

 杖で地面を叩いて、術式を発動。影から伸びた真っ黒な蔓が大きいもふもふを拘束していく。もちろん抵抗されるけど、あれぐらいじゃびくともしないと思う。

 

『なんかでてきたー!』

『新魔法? 新魔法ですか!?』

『ばくっ、すぱっ、ときて、次はなんぞ?』

 

「何にしよう……。えっと……。ぎゅっ……?」

 

 正直、今作った魔法だしかなり適当なものだから、これからも使うかは分からないけど……。どうせなら、もっとちゃんと考えたい。

 大きいもふもふも抵抗するのを諦めたのか、おとなしくなった。とりあえず、体に触ってみる。あまり期待はしてなかったけど、予想に反してなんだかもふもふだった。さらさらかな? 手触りがとてもいい。

 

「リタ」

「ん。アリシアさん。もふもふ。触る?」

「是非」

 

 アリシアさんも大きいもふもふに触り始めて、おー、と感嘆のため息を漏らした。二人で、もふもふ、もふもふ。

 

「リタ。依頼、失敗でもいい?」

「ん?」

「この子が欲しい」

 

『なんて?』

『まさかのお持ち帰りwww』

『ええんかそれでw』

 

 私もちょっと驚いた。私としては、依頼についてはそこまでこだわってないから、別にいいけど……。でも、このもふもふ、さわり心地はいいけどそれだけだ。強いかと聞かれたら、私たちからすれば弱い方だし。

 私の驚きが伝わったのか、アリシアさんが説明してくれた。

 

「このサイズなら、私も乗れる」

「ん」

「移動中、このもふもふを堪能しながらのんびりできる」

「ん……」

「だから欲しい」

「なるほど」

 

『なるほどじゃないが。なるほどじゃないが!?』

『それで納得するんかいw』

『移動式もふもふベッドと思えばまだ……、いや理解できねえわやっぱ』

 

 私は、別にいいと思うけどね。もしもこの子が暴れたとしても、アリシアさんならすぐに処分できるだろうし。逃げたとしても、やっぱりすぐに捕まえられるだろうし。

 

「でも、リタが捕まえたし、リタが欲しいのなら諦める」

「んーん。別にいい。それより、どうやって言うこと聞かせるの?」

「むりやり?」

「むりやり……?」

 

『まって』

『なんかとても嫌な予感がするのですが』

『すぷらったですか!?』

 

 アリシアさんに頼まれて、魔法を解除する。もふもふは大きく飛び退くと、明らかに私を警戒し始めた。ただ勝てないことは察したみたいで、どちらかと言うと怯えてるかも。

 そのもふもふにアリシアさんが近づいていく。そして、気が付けばもふもふは地面に叩きつけられていた。何かを地面に打ち付ける轟音は、まあそういうこと、だよね。

 

「リタ、先に出ていてほしい。上下関係を叩き込むから」

「ん」

 

『マジで物理的にかよw』

『動じることなく頷くリタちゃんも大概だけどな!』

『猛獣に同情することになるとはおもわんかったよ……』

 

 手っ取り早い方法ではあると思うよ。

 それじゃ、私は外でのんびり待とう。あと、群れのボスが急にいなくなると下がどうなるか分からないから、他のウルフはちゃんと逃がさないようにしないとね。

 




壁|w・)ついにフェンリルとさえ呼ばれなくなった大きいもふもふ。


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彼の受難はまだ続きます

 

 外で待っていたのは、十分ぐらい。もっと時間がかかると思ってたけど、わりと物分かりがいいもふもふだったみたい。アリシアさんに引きつられて、もふもふも外に出てきた。

 

「待たせた。他のやつは?」

「全部倒した」

「そっか。あ、これの名前、ランにした。意味は特にない」

「ん」

 

 大きいもふもふの名前はランにしたらしい。ランはすっかり怯えきった目でアリシアさんに従ってる。どんなお話をしたのかは……、聞かなくてもいいかな。

 アリシアさんが言うには、エルフには動物を従える独自の手段も持ってるらしい。それを使えば、ある程度相手に自分の意思を伝えることができるんだとか。

 

 もちろん最低限の条件が、自分が格上であること、らしいけど。

 とりあえず、依頼はどうなるかは分からないけど、これで終わりだ。王都から少し離れた場所に転移して、ランの背中に乗って門へと向かう。

 んー……。これはいい乗り心地かもしれない。もふもふだ。

 

『あれ、なんか羨ましいって思えてきた』

『奇遇だな、俺もだ』

『いいなあ、でっかいもふもふに俺も乗りたいなあ』

 

 ん……。これは、すごくいい。気持ちよくお昼寝できそうだね。今度、頼んでみようかな?

 門にたどり着くと、やっぱり大騒ぎになった。さすがにフェンリルのランと一緒に入ることはできないみたいで、門の側で待ってもらうことに。その間は兵士さんにランのご飯を頼むらしいけど……。頼まれた兵士さんは、とっても嫌そうでした。

 

『そりゃそうだwww』

『日本で例えるなら、言うこと聞くからって外にいるライオンに餌を与えるようなものなのでは』

『確かにそれは嫌すぎるw』

 

 助けを求めるような目を向けられても、私には無理だよ。

 門を通った後は、まっすぐギルドへ。依頼のことも伝えないといけないから。

 アリシアさんがギルドのドアを開けて、まっすぐに受付に向かう。やっぱりみんな、アリシアさんを優先してる。そして、呆然としてる受付の人に向かって、アリシアさんは言った。

 

「依頼、失敗した」

「え」

 

 唖然とする受付さんと、騒ぎ始める周囲の冒険者さんたち。Sランクの剣聖の依頼失敗は、とても驚く出来事みたい。

 

「ど、どういうことですか!?」

「鉱山に棲み着いていたのは、フェンリルだった。とりあえず倒して……」

「倒してるじゃないですか!」

「連れ帰った」

「なんで?」

 

 不思議そうに首を傾げる受付さん。同じように首を傾げるアリシアさん。そして、ああまたいつものやつかと自分たちのことに戻っていく冒険者さんたち。

 

『この周囲の反応がアリシアさんの扱いを物語ってるなあw』

『すげえな、一瞬でみんないつも通りに動き始めたぞ』

『ハイエルフって変なやつばっかなの?w』

 

 それ、私も含まれてたりするのかな……?

 アリシアさんと受付さんが会話を続け、そして受付さんが絞り出すような声で言った。

 

「ギルドマスターに……お話しください……!」

 

『いや草』

『ギルマスさんに丸投げしやがったw』

『もうやめて! ギルマスさんの胃はぼろぼろよ!』

 

 私も、ちょっとだけかわいそうだと思っちゃいそうだよ。

 

 

 

 ギルドマスターさんの部屋にやってきた。今回はアリシアさんが勝手に入ったわけじゃなくて、ちゃんと受付さんに案内してもらった形だ。でも。

 

「げ」

 

 アリシアさんを見たギルドマスターさんは頬を引きつらせていたけど。

 

『げ、てw』

『すごいな、厳格そうな顔だったのに一瞬で引きつったぞw』

『朝のやり取りを思えば気持ちは分かるw』

 

 すごく嫌そうだね。アリシアさんは気にした様子もないけど。

 ギルドマスターさんは受付さんから簡単に話を聞くと、大きなため息をついた。同時にお腹のあたりをおさえてる。さすがにちょっとだけ心配になるよ。

 

「よし……。剣聖殿。座れ」

「うん」

「魔女殿も……あー……。とりあえず、座ってくれるかの?」

「ん」

「おかしい。私の時と対応が少し違う気がする」

 

 私は何も言わないよ。ギルドマスターさんの額に青筋が立ってる気がするけど、きっと気のせいだから。

 

「で? フェンリル討伐の依頼なのに、討伐せずに連れ帰った、だと?」

「うん。王都の前で待たせてる。大丈夫、私に服従するように調教したから」

「お前はわしに恨みでもあるのかの? ん?」

「えっと……。ごめん?」

 

 なんというか……。セリスさんもわりと振り回されてると思ってたけど、このギルドマスターさんを思うとかなりましだったんだね……。セリスさんとミレーユさんはわりと友達みたいな感じだし。

 ただ、アリシアさんもずっと王都にいるわけじゃないみたいだし、しばらくの辛抱だと思う。ギルドマスターさんにはがんばってほしい。

 

「あー……。うむ。まあ、なんだ。鉱山からウルフはいなくなったのは、間違いないのかの?」

「ん。私が全部討伐した。もれはない」

「魔女殿が言うなら、信じよう」

 

 ギルドマスターさんは頷くと、今回の依頼を達成扱いにしてくれた。討伐はしてないけど、目的の鉱山は解放できたからいい、ということらしい。他のウルフを討伐しておいてよかった。

 

「そもそも剣聖殿は、なぜフェンリルを討伐せずに調教したのかの? おぬしが冒険者として活動していた期間は、わしの人生よりも長いはず。フェンリルの討伐も今回が初めてではなかろう?」

「それは……」

 

 アリシアさんの視線が、何故か私の方を向いた。もしかして、何か私が理由だったりする?

 




壁|w・)他の冒険者さんにとってはすでに日常だったりする……かもしれない。


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孤児院のシチュー

「リタが……気に入ってたみたいだから。連れていけば、またもふもふついでに会いに来てくれるかなって……」

「ええ……」

 

『これもリタちゃんが理由だったんかいw』

『そういえば真っ先に反応してたのはリタちゃんだったもんなw』

『この人、変な人だけどもしかしてある意味めちゃくちゃ扱いやすいのでは?』

『リタちゃんを理由にしたら何でもやってくれそう』

 

 わりと冗談になってなさそうだよ。私もちょっと、そんな気がしてきてしまったから。

 

「もしかして、そんなに興味なかった?」

「んー……。触れるなら、触る」

「そっか。それなら、連れて行く」

 

 もふもふのために会いに行こうとはさすがに思えないけど、どこかでまた会った時にもふもふできたら嬉しい、かもしれない。多分。

 

「管理はしっかりとするようにの。本当に。頼むから」

「任せて」

「…………」

 

 ものすごく、うさんくさそうにアリシアさんを見てる。気持ちは、ちょっとだけ分かる、かな。

 報告も無事に終わったから、孤児院に向かおう。これ以上ここにいると、ギルドマスターさんの気苦労が増えそうだから。そろそろいい時間だと思うし。

 

「それじゃ、また」

「頼むからもう来るな」

 

 アリシアさんの挨拶にギルドマスターさんはとっても疲れたような声でそう答えた。

 

 

 

 改めて、孤児院だ。ギルドを出て、門の外の孤児院へ。門の外は他の家の明かりもないし暗いかなと思っていたけど、門の側には明かりになる魔道具が設置されていて、わりと明るかった。

 長い柱の先端に球体があって、そこが明るく光ってる。街灯みたいな感じだね。ちなみに街の中だと等間隔で設置されてるから、歩くのには困らなかったりする。日本ほど明るくはないけど。

 アリシアさんが孤児院の扉を叩くと、ティゼさんがすぐに出てきてくれた。

 

「お待ちしていました。どうぞ」

 

 ティゼさんに案内されて、孤児院の中へ。孤児院の一階は大きな部屋になっていて、食堂を兼ねてるらしい。二階とかに子供達の寝室があるらしいよ。

 部屋には大きなテーブルがいくつか並んでいて、たくさんの子供が座っていた。三十人ぐらい、かな? 下は三歳とか四歳に見える子から、上は真美ぐらいの年齢の子まで。みんなが、私たちを、というより私を興味深そうに見てる。

 

『なんか、予想以上に多いな』

『二人でやってるのにこんなに子供おるんか』

『でっかい鍋があるw』

 

 テーブルは三つ。それぞれ十人ぐらい座っていて、テーブルごとに大きなお鍋が置かれてる。あれにシチューが入ってるのかな?

 

「リタ。こっち」

 

 アリシアさんと一緒に、二つ空いてる椅子に座る。何故かアリシアさんの隣だけど、いいかな。一応、あっちからしたらお客様みたいなものかもしれないし。

 

「ねえねえ。君、ここに住むの?」

 

 そう話しかけてきたのは、隣の男の子。見た目は私と同い年ぐらい。活発そうな印象を受ける元気な子だね。

 

「んーん。私は冒険者だから」

「冒険者! すごい! もしかしてアリシアさんの弟子だったりするの!?」

「え……。んー……。仲間、みたいな感じ」

 

 仲間でいいよね? 親戚が一番近いだろうけど、それを言うとややこしくなりそうだし。

 アリシアさんの顔を見てみると、少しだけ嬉しそうだった。

 改めて、ご飯。それぞれのテーブルの年長者さんが配るみたいで、背の高い年上の人がお皿にシチューを入れて配っていく。私の分もその子が入れてくれた。

 シチューは、白っぽいスープにたくさんの具材が入っているというシンプルなもの。これは……牛乳かな? 牛乳をあっためてスープの代わりにしたのかも。

 

『マジで牛乳のみかw』

『なんか師匠さんらしさがある料理だなあw』

『牛乳だけだとさすがに微妙そうなんだが』

『調味料もあるだろうし、少しぐらいは整えてるだろうけど』

 

 食べてみないと分からないってやつだね。早速食べよう。

 でも、その前に。手を合わせて、いただきます。

 このいただきます、孤児院では定着してるみたいで、みんながやっていた。師匠が滞在していたっていうのは間違いないかも。

 とりあえず、シチュー。スプーンで食べてみる。んー……。少し味付けはされてるけど、やっぱり温めた牛乳が近いかもしれない。悪くはない、というよりこの王都で食べた中では美味しい方だけど、なんとなく物足りない。

 

「微妙そうな師匠の顔が目に浮かぶ」

 

『やっぱりかw』

『バターとか生クリームがなかったら、やっぱり物足りないよなあ』

『牛乳だけの作り方もあるらしいけど、あいつが知ってるとは思えないしな』

 

 師匠だからね。もちろん不味いわけじゃない、というより美味しい方だと思うけど、日本のものを食べたいと思ってしまった。クリームシチューって言うんだっけ。食べたい。

 

『冬の寒い時期が一番美味しいと思うけど、でもまた作ってあげるね』

『推定真美さんの行動力よ』

『真美ちゃんの料理なら謎の安心感があるw』

 

 真美なら安心だ。期待しよう。

 隣では、アリシアさんが二杯目をもらっていた。そんなに食べると子供たちの分がなくなるよ。どうせなら、みんながたくさん食べるべきだと思う。

 私は、とりあえず食べ終わったから、みんなに師匠の話でも聞いて回ってみようかな。

 

 

 

 子供たちの前に、とりあえずティゼさんとゼスさんに話を聞いてみる。最初に来た時は子供たちに聞いてほしいって言われたけど、最初に会ったのはこの二人だろうから。

 

「賢者様は、牛乳が使いたいって理由で最初はここに来たんだよ」

 

 そう教えてくれたのは、ゼスさん。ティゼさんが頷いて、

 

「そもそもとして、孤児院だっていうことすら知らなかったみたいです。かなり驚いていたみたいですから」

 

 それは、当然だと思う。私も孤児院っていうのがあることは知ってたけど、まさか王都の外側にあるとは思わなかったから。

 師匠はここに二泊したんだって。子供たちと遊んで、夜はこのシチューを試作していたらしい。二回ほど作って満足したらしいけど。

 ティゼさんは満足したから、と思ってるみたいだけど……。

 

「多分、諦めただけだよね」

 

『それなw』

『長居できる環境ならもう少し続けたんだろうけど、孤児院だしなあ』

『旅の目的とは違っただろうし』

 

 料理の修業が目的とは思えないしね。

 




壁|w・)フェンリルを連れていく理由を言い当てられていてびっくりですよ。
牛乳のみのシチューが美味しいのかは分かりません。
でも、美味しく作る方法はあるみたい、です。


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怪しい人

 次は、子供たちの方に話を聞いてみたけど……。やっぱり、特別な話はしてないみたい。魔法を見せてくれた、と嬉しそうに教えてくれた。

 

「あなたも魔法使いだよね? 魔法見せて! 魔法!」

 

 そう言ってきたのは、見た目は私と同い年に見える女の子と男の子。すごくわくわくした目で私を見てる。気が付けば、周囲の視線も私に集中してる。アリシアさんも何故か私を見てる。

 んー……。どうしよう。師匠はどんな魔法をこの子たちに見せたのかな。

 とりあえず、子供に見せる危険のない魔法といえば、やっぱりこれ、だよね。

 使ったのは、ちいちゃんにも見せてあげたシャボン玉の魔法。色とりどりのシャボン玉が部屋の中をふわふわと浮かび始める。

 

「わあ!」

「すごい! きれい!」

「賢者様の魔法とおんなじだ!」

 

 喜んでもらえて、私も嬉し……、まって。

 

「賢者様と同じ?」

「うん! 賢者様もこの魔法を見せてくれた!」

 

 この魔法は、私がちいちゃんに見せるためにその場で作った魔法だ。だから、私は師匠がこの魔法を使っているのを見たことがないし、私も見せたことがない。そのはず、だったんだけど。

 

『子供に見せる危なくない魔法、の発想がおんなじだったんだろうな』

『ほーん。やっぱ師弟なんやなって』

『似たもの師弟』

 

 ん……。おんなじことを考えたってことだね。ちょっと、嬉しい。

 

『嬉しそうw』

『リタちゃんほんま師匠大好きだからなあw』

『おそろいで嬉しいってなんか微笑ましい』

『いやお前らなんでこの子の薄い表情で分かるんだよ……』

 

 でも、このままで終わるのも、ちょっと寂しいかな? シャボン玉にもうちょっと魔法をかけよう。こう、かな……。

 

「わ! すごいすごい!」

「おさかなになった!」

「つのうしー!」

 

 それぞれのシャボン玉に術式を加えて、形を変えてみる。子供たちの反応は上々だね。喜んでもらえて、私も少し嬉しい。

 そう思ってたんだけど。

 

『リタちゃんリタちゃん』

 

「ん。真美?」

 

『ちいが、ちいはまだ見てないのにって拗ねてる』

 

「あ……」

 

『あw』

『そういえば俺たちも初見ってことは、やっぱちいちゃんも見てないのかw』

 

 今作ったからね……。ちいちゃんにも見せてあげるから、今回は我慢してほしい。ちいちゃんに見せる時は、他にも何か魔法を考えておこう。

 今は、それよりも。少しだけ気になってることがある。

 

 私のシャボン玉で騒ぐ子供たち。ティゼさんたちも微笑ましそうにその様子を見守ってるし、それはアリシアさんも同じ。みんなが楽しそうな部屋の片隅に、その人はいた。

 部屋の隅で椅子に座って、シチューを飲むその人。そのシチューはティゼさんに渡されていたから、不審者ということはないはず。ただ、不思議なほどに他の人から注目されてない。

 

 若い男の人だ。年はミレーユさんと同じか少し上ぐらいかな? ぼさぼさの赤い髪で、灰色の外套を身にまとってる。その外套に魔法がかけられてるみたい。認識阻害、というよりは認識をずらす魔法かな? 自分から話しかけない限りは見つかりにくくなると思う。

 その人に近づいても、反応しない。少しずつシチューを飲んでるだけ。周りの人も、やっぱり反応しない。子供たちがシャボン玉に夢中になってるからかもしれないけど。

 

『なんだこいつ』

『見るからに不審者』

『たたき出す?』

 

 それは、話をしてから、かな。

 

「少し、いい?」

 

 私が話しかけると、その人は弾かれたように顔を上げた。大きく目を瞠って、私を見つめてる。声をかけられるなんて思ってもみなかったみたい。

 

「お、俺か……?」

「ん」

「なんで……?」

「そのなんでは、魔道具の外套を着てるのになんで見つかったかってこと?」

 

 男の人が絶句した。とても分かりやすい反応だ。

 アリシアさんもこっちに気付いたみたい。最初は怪訝そうにしてたけど、男の人に気付いたのか少しだけ目を細めていた。警戒するように。

 そして、ゼスさんたちも気が付いた。すぐに立ち上がって、こっちに歩いてくる。ゼスさんもティゼさんも、二人とも笑顔だ。

 

「カイザ君、そんなところにいたのかい?」

「あなたはすぐに隅っこに行きますね」

 

 二人はこの人のことを知ってるみたい。

 

「この人、だれ?」

「少し前から滞在している旅人さんですよ。旅の間に手に入れたという金銭を寄付していただいたので、とても助かっています」

「ふーん……」

 

 旅の間の金銭、ね……。

 

「冒険者か何かなの?」

「そ、そんなところだ」

「そっか」

 

 なんというか……。とっても分かりやすい。少し呆れてしまうぐらいに。

 いつの間にかアリシアさんは、ゼスさんを連れて少し離れて話してる。アリシアさんもやっぱり気付いたみたい。

 

「ま、まだ何かあるのか?」

 

 分かりやすいほどに警戒してくるカイザさんに、私は首を振って言った。

 

「んーん。賢者の話を聞いて回ってるから、何か知らないかなって」

「お、俺は何も知らない!」

「ん。わかった。邪魔してごめん」

 

 そう言って、離れる。するとカイザさんはあからさまに安堵のため息をついた。

 んー……。あまり首を突っ込みたくなかったんだけどなあ……。

 




壁|w・)へ、へんたいだー!
師匠さんと同じ発想でなんだか嬉しいリタでした。


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バルザス家からの依頼

 

 孤児院からの帰り道。私はバルザス家、アリシアさんはソレイド家の屋敷に戻ることになる。でも途中までは一緒の道。その間に、ちょっとだけ話した。

 

「さっきの人、多分アリシアさんが受けてる依頼の犯人だよ」

「だろうね」

 

『マジかよ』

『そんなに変な服だったん?』

 

 あの外套があれば、盗みはとてもやりやすいと思う。

 でも、だからこそ、アリシアさんがその場で捕まえなかったのが不思議だった。

 

「どうして捕まえなかったの?」

「ちょっと、背景がよく分からないから」

 

 アリシアさんがゼスさんから聞いた話によると、カイザさんが孤児院に対して行った寄付は、なかなかの金額になるらしい。おそらく、盗んだ金品の半分以上を寄付してしまってるみたい。

 あまりの額だからゼスさんたちもさすがに少し不気味に思ってるみたいで、手をつけずに保管してるらしい。正しい判断だと思う。

 

「盗みを正当化するわけじゃないけど、あいつの事情をもう少し知りたいというのが少し。あと、なによりも」

「なによりも?」

「状況証拠しかない」

 

 それは確かに。あの外套を持ってるから怪しい、というだけで、実際に盗んでるところを見たわけでもないし。何かしらの証拠か、やっぱり現行犯というのが一番みたいだね。

 

「それに……」

「それに?」

「なんだかあいつの顔……少し、見覚えがあるような……」

 

 アリシアさんが見覚えのある顔。多分、それほど昔じゃないんだと思う。

 私も、少し調べてみよう。とりあえずジュードさんに聞いてみようかな。

 

 

 

 バルザス家の屋敷に戻ってきた私は、メイドさんたちにジュードさんに取り次いでもらった。まだ仕事中だったみたいで、執務室に案内された。

 私が入った時には、ジュードさんは私のことを待っていたみたい。椅子に深く座って、腕を組んでる。なんだか威圧感のある座り方、のような気がする。

 

「それ、似合ってない」

 

 思わずそう言うと、ジュードさんは苦笑しながら頷いた。

 

「そうだろうな。さて、ここに来たということは、何か問題でもあったのかな?」

 

 問題、と言えるのかな。正直、私には直接的には関係ないんだけど。

 

「カイザ、という名前に聞き覚えはある?」

 

 そう聞くと、ジュードさんは分かりやすいほどに顔をしかめた。

 

『めちゃくちゃ嫌そうw』

『これ、何か関わりがあるってことかな』

『ここまで嫌そうな顔するって、なーんか、妙な予感がしますねえ』

 

 私も、もしかしたら、と思い始めてきた。ジュードさん、つまりミレーユさんのお父さんがこんな反応を、しかも取り繕うことなくする相手。

 

「第二王子だ……。元、がつくが」

 

『第二王子?』

『この国の第二王子がなんかあんの?』

『ミレーユさんの元婚約者で、真実の愛 (笑)に目覚めたお人やな』

『ちな勘当されて奴隷落ちしてる』

『草』

 

 そうなんだよね。以前ミレーユさんから聞いた話だと、奴隷になってどこかで働かされてるって話だったんだけど……。何故か、あの孤児院にいた。とても不思議なことに。

 

「どうしてその名前を?」

「ん。孤児院にいた。本人かどうか分からなかったけど」

「なんだと?」

 

 ジュードさんの視線が鋭くなってる。その反応も当然だとは思うけど。

 

『ヒェッ』

『これはガチギレしてますねえ!』

『娘のことを考えたら、殺したいほどに憎く思っててもおかしくないからな』

 

 私も、ミレーユさんから聞いた話だけだけど、不愉快な人だと思う。ミレーユさんが望むなら呪いをかけてもいいと思ったけど、ミレーユさんがすでに仕返しは終わってるからいいって言ってたんだよね。

 でも、その仕返しが不十分になってる気がする。呪ってもいいかな? いいよね?

 

『リタちゃんの顔もちょっと怖くなってるんですけどw』

『おおお落ち着けリタちゃんまずはみんなの反応をだな!』

『そもそもとして、まだ本人か分からんわけだし!』

 

 それもそっか。あの男の人が、第二王子の名前を使ってるだけかもしれない。もうちょっと様子を見てからの方がいいよね。

 

「魔女殿。詳しく聞いても?」

「ん」

 

 頷いて、ギルドでの出来事から話していった。ギルドで深緑の剣聖と会ったこと、ちょっとした依頼で貴族の屋敷に盗みに入る泥棒を捕まえようとしていること、孤児院にいた自称カイザという男の人がとても怪しいこと。そんなことを含めて、だいたい話したと思う。

 さすがにアリシアさんの依頼がソレイド家からのものとは話さなかったけど……。アリシアさんがソレイド家に滞在してるのは知ってるみたいだし、察するとは思う。

 全て聞き終えたジュードさんの反応は、苦虫をかみ潰したような顔だった。

 

「貴族の屋敷から金品を盗み、それを孤児院に配る……? なんだその偽善者は。いや偽善にすらなっていない。孤児院にまで迷惑がかかる行いだ。あまりにも浅慮すぎる」

 

『それはそう』

『共謀とか疑われて孤児院も取り壊しになったり、とか』

『この国の貴族がどういう連中かわからんけどあり得そうで困る』

 

 それは、ちょっとかわいそうだと思う。もし本当にそうなるなら、その時はまたちょっと考えないといけないかも。

 

「カイザは奴隷になっていたはずだ。誰かが手引きして助けたのか? いやだが、何故孤児院に金を出したりする? まるで意味が分からない……」

「ジュードさん」

「む……。なんだ?」

「知り合いが言ってた。そういうのは馬鹿なだけだから、理由を考えても分からないって」

 

『ちょwww』

『リタちゃんwww』

『俺それ知ってる! 漫画で読んだ!』

『誰だよそんな漫画教えたやつ!』

 

 漫画はジュードさんには通じないと思うから知り合いって言い換えておいた。ジュードさんは、なるほどと頷いてる。納得してしまったらしい。漫画はとってもすごい。

 

「そうだな。経緯など関係ない。魔女殿、依頼してもいいだろうか」

「ん……。なに?」

「そのカイザを捕まえてほしい。言い逃れができないように、現行犯で。可能だろうか」

「んー……」

 

 可能かどうかで言えば、問題なくできる。どこかに入ろうとしたところを転移で捕まえてしまえばいい。でも私の方が犯人だって誤解されたくはないから、そのあたりはジュードさんにどうにかしてほしいけど……。

 そう言ったら、今すぐ王様と各上級貴族にお手紙を出してくれることになった。お手紙を書くだけでも大変そうだけど、がんばってほしい。

 あと、問題があるとすれば、いつになるか分からないことだね。必ず夜に盗まれてるらしいから、お昼は自由だけど……。でも長いと、ちょっとやだ。

 

「引き受けてもいいけど、一週間だけ。それまでに何もしなければ、諦めてほしい」

「一週間か……。いや、そうだな。Sランクの冒険者を引き留め続けるのも申し訳ない。その条件で依頼するよ。報酬は……」

「適当でいい。あ、でも、しばらくは滞在させてほしいかな」

「あ、ああ……。それはもちろん。依頼終了までの間、世話係にメイドを一人つけよう。自由に使ってもらって構わない」

「ん」

 

 メイドについては報酬以上にどうでもいいけど……。でも、お買い物とか代わりにしてくれるのなら、便利かも。お言葉に甘えておこう。

 とりあえず、今晩から早速警戒だ。早くやってくれないかな。

 

 

 

 部屋に戻る時に、私のお世話係のメイドさんを紹介してくれた。メグさんというらしい。栗色のセミロングの髪で、ミレーユさんと同年代ぐらいだと思う。

 

「初めまして。メグといいます。本日から魔女様のお世話をさせていただきます。何かありましたら、遠慮なくお申し付けください」

 

 丁寧な人だけど、緊張してるみたい。お買い物を頼むぐらいなんだけど。

 

「今日は何もないから、戻っていいよ」

「え? あ、はい。かしこまりました」

 

 メグさんには帰ってもらって、部屋の中。昨日と同じ結界を張って、コメントが流れる黒い板を見た。

 

「お世話係のメイドだって。何かした方がいい?」

 

『主人公つきのメイド……! これもよき!』

『ただのお世話係だけどなー』

『何かしてほしいことがあったら言うぐらいでいいと思う』

 

 しばらくは気にしなくてもいいかな。

 

「とりあえず、最長一週間、ここに滞在することになったから。もしも今日、捕まえられることができたら、また違うだろうけど」

 

 その時は、最初と同じで王様待ちだね。功績で会わせてくれたりしないかな。さすがに無理かな。

 

『第二王子相手なら仕方ない』

『ミレーユさんのためにも、きっちり捕まえてしっかり呪おうぜ』

『不能の呪いをかけよう!』

『鬼がいるw』

 

 不能っていうのが何かはよく分からないけど、何か考えておこうかな。

 

「でも、拘束されるのは夜だけみたいだし……。明日は日本に行く。クリームシチューが食べたい」

 

『わかった! 用意するね!』

『相変わらずの爆速返事で草なんだ』

『明日の晩ご飯は決まりやな』

 

 日が沈むまでには戻らないといけないから、ちょっと早めに食べないといけないけどね。

 あとは、お昼ご飯。お昼ご飯も何か考えたい。でもとりあえず、日本のご飯。クリームシチュー、楽しみだね。

 




壁|w・)いつもより少し長めになりました。
調整のため、次回から何回か、短めになります。ご了承ください。


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どら焼きとお煎餅

壁|w・)ここから第十七話のイメージです。


 

 朝。私はいつもの自室で目を覚ました。森の自分のお家だ。お屋敷のベッドも気持ちよさそうだけど、やっぱり慣れてるここがいい。

 まだ日の出すぐだから、森は薄暗い。とりあえず外に出て、配信を開始して、と。

 

「お菓子が欲しい」

 

『開幕第一声がそれかw』

『いつでも準備はできてるぜ!』

『選ばれたら嬉しい』

 

 すごいね。もう用意してくれてるみたい。早朝で配信開始すぐだから、いつも待ってくれてるのかも。何を置いてくれてるのかちょっと気になるけど、どれを回収するかはランダムに選ばれるからね。期待はしないし、しないでほしい。

 とりあえず魔法陣に魔力を流して、お菓子を回収。まだ早い時間なのにたくさんだ。

 

「あ、どら焼きがある。どら焼き好き」

 

『リタちゃん嫌いなお菓子ってあったっけ?』

『食べる前はいつもこれが好きって言ってるような』

『それを食べたい気分ってことだろ言ってやるなよ』

 

 恥ずかしくなるから余計なことは言わないでほしい。

 個包装のどら焼きを取って、ぱくりと一口。少し甘めの生地の中には、たっぷりの粒あん。とても甘いけど、そんなにしつこくない甘さだ。自然の甘みって言うのかな。そんな感じ。

 あんこの食感も好き。粒あんとこしあんがあるけど、私は両方とも好きだ。粒あんはあのつぶつぶの食感がほどよいアクセントになってると思うし、こしあんはなめらかで食べやすい。

 

「うまし」

 

『うまし』

『ちなみにリタちゃんは粒あん派? こしあん派?』

『おいばかやめろ』

『お前それは戦争だろうが!』

 

 たまに聞かれるけど、そんなに気になることなのかな。

 

「私はどっちも好き。その、なんとか派っていうのが、よく分からない。どっちも美味しいでいいと思うんだけど」

 

『ぐわあああ!』

『リタちゃんの純粋な瞳が、汚れた俺たちを焼き尽くす……!』

『ちゃうねん、言い負かしたいわけじゃないねん、自分が好きなものを認めてほしいだけやねん!』

 

「ふーん」

 

『興味なしw』

 

 興味ないからね。さっきも言った通り、どっちも美味しい、で十分だよ。

 もう一個食べたい。お煎餅にしよう。醤油味、かな? 茶色っぽくて、とても美味しそう。包装を破って、ぱくりと。

 んー……。このざくざくとした食感もいいよね。少し濃いめのお醤油の味が口の中に広がっていく。ざくざくと噛むたびに味が広がって、とても楽しい。

 

「このお煎餅、美味しい」

 

『さすがリタちゃんお目が高い! それは俺の地元にある老舗の和菓子屋さんのお煎餅なんだ! ちょっと高いけど、すごく美味しいって評判なんだぜ!』

『説明が長いw』

『ちょっとは自重しろw』

 

 そんなに高いお菓子を送らなくてもいいんだけどね。選ばれるかも分からないのに、もったいない。

 

「お返しできないし、高いお菓子じゃなくていいよ?」

 

『むしろこの配信のお返しです』

『むしろ投げ菓子じゃなくて投げ銭させてほしい』

『上限投げる自信がある』

 

 投げ銭って、なんだっけ。えっと……。お金を送るシステムだよね。確かに以前は地球に行く予定がなかったけど、今なら使い道があるから投げ銭でもいいのかもしれない。

 でも、お守りの依頼もあるからお金に困ってるわけでもない。むしろ、みんなが選んだお菓子を食べたいかな。

 

「投げ銭はしないよ。お菓子がいい」

 

『そっかー』

『投げ菓子こそこの配信、というかリタちゃんらしいよね』

『リタちゃんと言えばお菓子!』

 

 それはそれでどうかなとちょっと思う。

 お菓子を食べ終えたところで、移動だ。そろそろメイドさんが部屋に来るかもだから、一度戻らないとね。その後は、夕方まで出かけるって伝えよう。

 屋敷の部屋に転移して、少し待つ。ベッドはとてもふかふかだ。ふかふかすぎて、寝心地はちょっと悪そう。楽しそうではあるんだけど。

 ベッドに座ってのんびりしていたら、ノックの音が聞こえてきた。

 

「魔女様。朝食のご用意ができました」

「ん。すぐ行く」

 

『朝食さっき食べてなかったっけ?w』

『お菓子食べてた気がするんですがそれは』

 

 朝ご飯の前のおやつだよ。そういうことにしておいてほしい。

 




壁|w・)文字数調整するのは、投稿ペースが落ちないようにするためです。
だからゆるして……。

さて。さてさて。すでにお気づきの方もいるかもしれませんが……!
書籍版の書影が公開されました!
活動報告にぺたりとしていますので、是非是非ご覧ください。
リタをとってもかわいく描いてもらっています……!
書籍版の方も、是非是非よろしくお願いします!


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ミレーユさんへ報告

 

 朝食の席でジュードさんに夕方まで出かけることを伝えてから、転移してきた先は精霊の森の側の街。ミレーユさんに会いにきた。

 

「ミレーユさんに、カイザって人のことを伝えておきたい」

 

『え、伝えるの?』

『ミレーユさんの気苦労を増やすだけのような気もする』

『やめておいた方がいいのでは?』

 

 んー……。確かにミレーユさんにとっては面白くない話だとは思うけど、でも伝えないのも不誠実だと思うから。少なくとも私はミレーユさんの事情を知っていて、こうしてすぐに伝える手段があるわけだし。

 それに、何かするにしても、ミレーユさんの意向は聞いておきたい。仕返しの方法はミレーユさんが決めるべきだと思う。

 

 とりあえずまだ早朝だし、ミレーユさんの宿に行ってみよう。そこにいなかったらギルドかな? それでも見つからなかったら探知しようと思う。

 アイテムボックスからあめ玉を取り出して口に入れて、のんびり歩く。んー……。メロン味。美味しい。

 

『さらっと飴を食べてるw』

『あまりにも早すぎる開封、俺でなきゃ見逃しちゃうね』

『わりと普通に見えてたがw』

 

 別に見られたからってこの程度で声をかけられるとは思えないし、気にもしてないよ。

 宿に入ると、カウンターのところでお姉さんがあくびをしていた。私に気が付いて、慌てて姿勢を正してる。

 

「い、いらっしゃい」

「ミレーユさん、いる?」

「自室にいるよ。どうぞ」

 

 私のことを覚えていてくれたみたいで、すぐに通してくれた。

 階段を上って、ミレーユさんの私室へ。ノックすると、すぐにのんびりとした声が聞こえてきた。

 

「はーい……。どなたですの……?」

「ん。リタ」

「リタさん!?」

 

 部屋の中からどたばたと、慌てたように立ち上がって、そして何かにぶつけて転んで、そしてまた立ち上がったような音が聞こえてきた。

 

「ふぎゃって聞こえた」

 

『言うなw』

『確かに聞こえたけどw』

『めちゃくちゃ慌ててるなw』

 

 急がなくてもいいんだけどね。そう思っている間に、ドアが勢いよく開かれた。少しだけ髪がはねてるミレーユさんが、息を切らして立っていた。

 

「お、おはようございます、リタさん。どうされましたの?」

「ん。ちょっと王都のことで報告があって。今、少しだけいい?」

「ええ、もちろんですわ。あー……。でも、来客用の部屋で待っていてもらっても? 準備をしてから行きますわ」

「ん」

 

 私が頷くと、ミレーユさんはすぐに部屋に戻ってしまった。部屋からは断続的に物音が聞こえてきてる。これは、邪魔しない方がいいよね。

 ミレーユさんが指定した部屋に入って、椅子に座る。前も来た部屋だけど、やっぱり綺麗な部屋だ。掃除も行き届いてる。ここの掃除はミレーユさんがしてるのかな?

 

「ここの掃除って誰がしてるのかな」

 

『急にどうしたリタちゃん』

『ミレーユさんでは? 魔法使いの部屋なんて何があるか分からないし、宿の人もやりたくないだろ』

『いや、でも公爵家のご令嬢が掃除するっていうのはあまり想像できない』

『でも、ミレーユさんだし』

『そこだよなあ』

 

 ミレーユさんにちょっと失礼だと思うよ。

 そうして待っていると、すぐにドアがノックされて、ミレーユさんが入ってきた。さっきまでと違って、しっかりと服装も髪型も整ってる。すごい。

 

「お待たせしました、リタさん。王都で何かあったのでしょうか?」

「ん」

「詳しく聞きましょう」

 

 ミレーユさんが私の対面に座る。私がアイテムボックスからジュースとクッキーを取り出すと、ミレーユさんはすみませんと頭を下げてきた。

 二人でジュースを飲んで、一息。それじゃ、そろそろ。

 

「王都でジュードさんたちに会ったよ。いい人たちだった」

「あら、そうですの? そう言ってもらえると嬉しいですわ」

 

 嬉しそうに、どこか安堵した様子で、ミレーユさんが微笑んだ。少し心配してたみたい。ミレーユさんのご両親なんだし、何かあったとしても気にしないんだけどね。

 

「あとは、深緑の剣聖と会ったよ」

「な……! 剣聖様と!? それはまた……、驚きましたわ」

「いい人だった。あと、とても強い」

「リタさんの基準で強いと聞くと、わたくしでは想像が難しいですわね……」

 

 多分、ミレーユさんだと勝てないと思う。魔法使いと剣士で考えるのがまずおかしいんだけど。

 でも、せっかくだから話そうと思ったから話しただけで、今はあまり関係ない。重要なのは、ここからだから。

 

「ミレーユさん」

「なんですの?」

「カイザって人に会った」

 

 ミレーユさんが大きく目を見開いた。すごく驚いてるみたい。

 




壁|w・)アイテムボックスにはあめ玉が大量に入ってる……かもしれない。


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わんことにゃんこのシャボン玉

「本人かどうかは分からないけど、ミレーユさんの元婚約者、だよね?」

「ええ、そうですわ……。またその名前を聞くことになるなんて、思ってもいませんでした」

 

 ミレーユさんの顔はとても苦いものになってる。やっぱり、あまり聞いて楽しいものではないんだと思う。ミレーユさんからすれば、奴隷として今も働かされてると思ってただろうから。

 自称カイザの話をとりあえず伝える。おそらく貴族の屋敷に盗みに入ってることと、そのお金を寄付するというよく分からないことをしている話。あと、何故か持ってる魔道具もだね。

 一通り話すと、ミレーユさんは頭を抱えてしまった。

 

「あの馬鹿、何をやっているんですの……。脱走した上に、盗みを働いて……。意味が分かりませんわ……」

「ん……。知りたくなかった? ごめん」

「ああ、いえ。構いませんわ。リタさんは気にしないでください」

 

 ミレーユさんはそう言ってくれるけど、その表情は少し暗い。やっぱり、話さない方が良かったかも。

 私のその考えを察したのか、ミレーユさんはすぐに苦笑して言った。

 

「本当に気にしないでくださいね。いえ、むしろ、教えていただいてありがとうございます、ですわ。知っているのと知らないのとでは違いますから」

 

 それに、とミレーユさんが続ける。

 

「もう少し、復讐をしても許されるということでしょう……?」

「ん……」

 

『こわいwww』

『これが、目が笑ってない笑顔かw』

 

 ミレーユさんが何かをするなら、できるだけ協力するつもりだよ。呪いをかけるなら、それもいいと思うし。

 

「リタさん。お願いがありますわ」

「ん。呪い? 今すぐかける?」

「そ、それは今のところはいいですわ……」

 

『ミレーユさんが微妙に引いてるw』

『リタちゃんちょっと気が早いんじゃないかなw』

『本人かどうかまだ分からないって言ってるのはリタちゃんだろうにw』

 

 それは、そうなんだけど。でもみんなの反応を見てると、同一人物で間違いないと思えてくる。

 

「お願いというのは、単純ですわ。捕まえたら、わたくしも呼んでほしいのです。直接話を聞きたいですわ」

「ん……。それぐらいなら、いいけど」

 

 転移を使えばすぐだから、ミレーユさんが望むのなら迎えに来てあげるのは問題ない。でも、ミレーユさんはいいのかな。当然だけど、直接会うことになるだろうけど……。

 少し心配したけど、それは意味のないものだった。

 

「ふふふ……。今度こそ念入りに叩き潰してあげますわ……」

「…………」

 

『こわいこわいこわいこわい』

『やべえこの人目がガチだw』

 

 んー……。この様子なら、心配なさそうだね。

 最後にミレーユさんに迎えに来ることを約束して、私は日本に転移した。

 

 

 

 真美の家で待っていたのは、ちいちゃんだった。

 

「おはよう、ちいちゃん」

「むう……」

 

 じっと、ちいちゃんに見つめられてる。何かをお願いするみたいに。何をお願いされてるかは、さすがに私も分かってるけど。

 シャボン玉の魔法を使って、さらに追加でシャボン玉の形を変えていく。今回は何にしようかな。

 

「ちいちゃん、見たい動物はいる?」

「わんこ! にゃんこ!」

「わんことにゃんこだね」

 

 シャボン玉の形を犬や猫に寄せていく。するとちいちゃんは分かりやすいほどに喜んでくれた。私も一安心だ。

 

『シャボン玉にはしゃぐ幼女』

『かわええのう、かわええのう』

『おまわりさん、おれたちです』

『自ら出頭するのかw』

 

 動物のシャボン玉にはしゃぐちいちゃんは確かにかわいいと思うよ。

 

「リタちゃん。いらっしゃい」

 

 嬉しそうなちいちゃんを眺めていたら、真美が声をかけてきた。何かを作ってるみたいで、お皿にはパンが載ってる。何のパンかな。

 じっとそれを見ていたら、真美は笑いながら教えてくれた

 

「今からピザトーストを作るよ。ピザは覚えてる?」

「ん」

「それを家庭で簡単に作ったもの、かな。すごくお手軽だからたまに作ってる。リタちゃんも食べるよね? 焼いてくるから待っててね」

 

 真美はそう言うと、すぐに部屋を出て行ってしまった。もう用意はしてくれてたってことかな。とても楽しみだ。

 

『ピザトースト、いいよね』

『自分の好きなトッピングで、好きな量をかけられて、焼きたてを食べられる』

『お店のピザではなかなか味わえないよな、あれは』

 

 みんなもピザトーストは好きみたい。とても気になる。

 




壁|w・)復讐が中途半端っぽいので、今度こそ叩き潰すことを誓ったミレーユさんでした。
そしてシャボン玉にはしゃぐちいちゃん。清涼剤……なんでもないです。


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ピザトースト

 しばらく待っていると、真美が戻ってきた。その手のお盆には、お皿が三枚。テーブルに並べるそれを見てみると、使ってるのは食パンみたいだ。

 食パンにたっぷりとチーズがかかっていて、とろとろに溶けてる。とても美味しそう。

 

「トッピングはシンプルにウインナー。どうぞ」

「ん」

 

 ピザトーストを手に持ってみる。本当に焼きたてみたいで、ちょっと熱い。でも、以前食べたピザと違って、これはとてもサクサクしてる。食パンの耳だけじゃなくて、全体的にサクサクだ。

 チーズもたっぷりで、あと何かソースみたいなものを使ってるかも。トマト味のような、少し違うような。でもそれがチーズに合っていて、食べやすい。

 出前で食べたピザにも負けてないと思う。うん……。とっても美味しい。

 

「んふー」

 

『あかんめちゃくちゃ美味そう』

『音が! 音がすごくいい!』

『サクサクを維持しながらも必要以上に焦げてない……』

『真美ちゃんの料理スキルマジで高いよなw』

 

「ん。真美の料理はとっても美味しい。好き」

「もう……。そんなに褒めてもお代わりしか出ないからね」

「わーい」

 

『わーい (無表情)』

『草』

『ちゃんとお代わりも用意してる真美ちゃん優しいw』

『表情薄いのにめちゃくちゃ嬉しそうって分かるのは慣れなんかなw』

 

 チーズがとってものびてる……。ウインナーも美味しい。幸せ。

 

『あかんもうピザトーストに夢中になってるw』

『ちょっと俺もピザトースト作るわ』

『俺もちょっと材料買ってくる』

 

 みんなで作ればいいと思うよ。

 

 

 

 美味しいピザトーストを食べられて、とっても満足できる朝ご飯だった。

 

「あれ? 朝ご飯三回目のような……?」

 

『気付いてしまわれましたか』

『いっぱい食べる君が好き』

『しかもピザトースト三枚食べてるしなw』

 

 いやだって、美味しかったから……。

 ふと真美を見ると、なんだかとっても微笑ましいものを見るような目だった。少しだけ恥ずかしい気がする。

 

「リタちゃん、この後はどうするの?」

「んー……。どうしようかな……」

 

 朝ご飯をたくさん食べたけど、お昼ご飯もちゃんと食べたい。でも今回の一番の目的はクリームシチュー。だからお昼は、観光が目的でもいいかも……、いややっぱりご飯も欲しい。悩む。

 

「決まってないから、安価する」

「あ、じゃあ私も参加しようかな」

「ん? 何かあるの? そこに行くけど」

「やっぱり今のなしで」

 

 えー……。真美のオススメがあるなら、そこに行きたかったんだけど……。一番安心できるから。

 

『あっぶねえw』

『真美ちゃんへの信頼が大きすぎて安価がなくなるところだったw』

『真美ちゃんの俺らへの気配りがありがたすぎてな……』

 

「あ、あはは……」

 

 視聴者さんのため、だったのかな。目的地を決める手段なだけだから、私としてはどっちでもいいんだけど。安価を楽しんでくれてるのは知ってるけど、それはそれ、これはこれ、というやつだ。

 

「リタちゃん、私も普通に参加したいだけだよ。だめかな?」

「ん。いいけど」

「ありがとう」

 

 イベントに参加する、みたいな感覚なんだって。よく分からない。

 とりあえず、安価だ。今回はどこになるのか、それはそれでちょっと楽しみだね。

 

「いつも通り。手を叩いてから十番目のコメント。日本語のみ。外国はなしで日本限定。もし外国が選ばれたらやり直し」

 

『いつもの』

『わりとみんなルール守るよな』

『いやだってどうせなら、自分の地元に来てほしいから』

『そりゃそうだw』

 

 そもそもとして日本語以外はほとんど弾いてるからかもしれないけどね。

 両手を前に出すと、一気にコメントが減っていった。いつも思うけど、面白い。試しに手を下げてみよう。

 

『ちょwww』

『フェイントはひどいと思います!』

『露骨な待機からのコメントの増え方よw』

 

 本当にみんな待ってるんだね。

 ふと真美を見てみると、何とも言えない顔で私を見ていた。

 

「…………。ごめん」

「うん」

 

 なんだろう。怒られた気がしました。

 

『真美ちゃんが強すぎるwww』

『つよつよ真美ちゃん』

 




壁|w・)ピザトーストは好きなトッピングを好き勝手に増量できるのが強みだと思っています。
次回は安価の結果、なのです。


活動報告の方に、特典についてのちょっとした情報と、個人企画の詳細を記載させていただきました。
特典は森の住人視点での過去話になっています。
個人企画は、初めて海外に行くお話になっています。
ご興味があれば、ご確認くださいませー。


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次の行き先

 それじゃ、改めて。手を前に出して、コメントがしっかり減ったのを確認して……。

 ぱん。

 

『那覇!』『三重』『沖ノ島!』『札幌』『オーストラリア』『琵琶湖』『台湾!』『ちゃんぽん!』『みかん』

『鹿!』

『東京!』『桜島!』『日本橋とかどうっすか』『サトウキビ』『砂丘いいよ砂丘』

『そろそろええかな?』

『今回はどこだ』

 

「んー……。鹿。鹿……?」

 

 鹿。鹿って確か、動物、だよね……?

 

『鹿? ……鹿!?』

『鹿www』

『ついに料理名ですらなくなったぞw』

『てかログ見てみたら海外出してるやつもいるし無人島もあるし』

『今回わりとやばかったなw』

 

 ちゃんとルールは守ってほしい。それはそれとして、鹿。鹿、だね。うん。

 

「真美。真美。鹿と言えば?」

「奈良かな」

「ん。じゃあ、奈良で」

 

『まあそりゃそうなるわな』

『鹿肉とかもあるにはあるけど、この場合はやっぱ奈良かな』

 

 テレビで見たことがあるから鹿は分かるけど、あの動物、食べられるんだね。今回も鹿肉ってことだったりするのかな?

 

「奈良は鹿が街の中を歩いてたりで有名だね。鹿せんべいを食べさせたりとか触れ合えたりとかできるよ。食べちゃだめだからね?」

「そうなの?」

「そうなの。天然記念物だから」

 

 真美が言うには、鹿肉を食べられるお店もあるらしいけど、少なくとも街で見られる鹿は捕まえたらダメらしい。そういうことなら仕方ない。鹿肉はまた別の機会にしよう。

 

「それじゃ、奈良で何を食べたらいいの?」

 

『奈良と言えば柿の葉寿司では?』

『奈良はそうめんの発祥の地』

『いやいやせっかく奈良なんだし、鹿にちなんだお菓子とか』

 

 んー……。結構多くありそう? でも、お寿司が気になる。お寿司、美味しいよね。柿の葉寿司というのを食べに行ってみよう。時間があれば、そうめんも。

 

「奈良に行ってくる」

「うん。私たちは学校に行くから。夜までに戻らないといけないんだよね? 早めに晩ご飯にするようにするね」

「ん。とても楽しみ」

「が、がんばるよ……」

 

 とても、とっても楽しみだ。

 

『これプレッシャーやばいだろうなあw』

『いつものことではあるけどw』

『がんばれ真美ちゃん、応援だけはする!』

 

「あはは……。がんばってみるよ」

 

 プレッシャー、なのかな? 私だって口に合わないことぐらいあるだろうから、あまり気にしないでほしい。

 とりあえず。改めて、奈良に行こう。せっかくなら鹿も触ってみたい。まずは転移先だね。スマホで地図を開いて……。ん……?

 

「橋本さんからメールが来てる」

「え」

「会いに来てほしい、だって。んー……。お昼過ぎぐらいで」

 

 メールを送ってから、改めて地図だ。目安として分かりやすいのは、大仏、というものかな? 大きな建物みたいだけど、その上空ぐらいなら迷惑にならないかも。

 

「決めた。それじゃ、行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい」

「いてらさーい!」

 

 トーストをかりかりかじってるちいちゃんにも手を振ってから、転移した。

 転移先は、決めていた通りに大きな建物の上空。本当に大きな建物だ。ビルみたいにすごく高いわけじゃないけど、とっても広く造られてるみたい。

 

『どこかと思ったら、ここか!』

『奈良と言えばやっぱここだよな』

『修学旅行で来たことある』

 

 やっぱり有名な場所みたい。せっかくだから、見ていこうかな。人がすごく多いけど、今更だしね。入り口は、あそこ、かな?

 私が向かった先は、とっても大きな門。木で造られてるみたいで、高いところに看板みたいなものがあった。ちょっと読めないけど。

 

「大きな門だね」

 

『東大寺の南大門やな』

『それはそうと、めちゃくちゃ注目されてるんだけどw』

『観光地だしなあw』

 

 私がここに下りた時から、周囲が騒がしい。みんな足を止めて、私のことを話してるみたい。いつものことだね。でも、ちょっと違うところがあって、私が分からない言葉もあること。

 そっちを見てみると、真美たちとは違った顔立ちの人が多かった。外国人、かな? 言葉が分からないし、早めに移動を……。

 

「ヘイ!」

「あ……」

 

 移動しようと思ったら、その集団の一人がこちらに走ってきた。金髪の男の人だ。どうしよう、会話はまず無理だと思うけど……。

 




壁|w・)というわけで、奈良編です。

書籍発売一週間前となりました。どきどきしています。
是非是非、よろしくお願い致します……!


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おっきな像

「あなたは、りた、ですか?」

「ん……? 日本語、できるの?」

「ちょっとだけ」

 

『おー!』

『日本語ができるなら安心やな!』

 

 何が安心かは分からないけど、少しぐらい話してもいいかな、とは思えてきた。

 

「ん。リタ、です」

「おー! あなたは、わがくにでも、わだいに、なっています!」

「そうなの?」

 

『せやで』

『日本ほど騒ぎにはなってないけど、それでも話題にはなったっぽい』

『まあ本物かイタズラかの話題が多かったみたいだけど』

 

 日本でも、最初はそういう感じだったらしいね。海外には一度も行ってないし、やっぱり本物かどうか分からないっていうのは大きいのかも。この世界には魔法がないみたいだし。

 でも、あまり興味はないかな。海外の人にどう思われても、私には関係がないから。行く予定は今のところないし。

 

「リタ、ぜひとも、ぼくのくににも、きてほしい、です」

「それは、やだ。言葉が通じないのは不便」

「ぼくが、つうやくで、どうこうします!」

「それはそれで面倒だからね?」

 

 いちいち誰かを間に挟まないと会話できないのは不便すぎるよ。それに、通訳の人が間違えたら、ケンカになっちゃうかもしれないし。

 それに、何よりも。それを認めたら海外の偉い人が何か言ってきそうで、それもまた面倒だ。

 

「だから、やだ」

 

 簡単に説明すると、金髪の人は残念そうにため息をついた。

 

「それなら、しかたありません。なら、おもいでに、まほうを、おねがいできますか?」

「ん。それぐらいなら、いいよ。シャボン玉でいい?」

「もちろんです」

 

 それじゃ、いつものシャボン玉を。杖で地面を叩くと、周囲にシャボン玉が浮かび上がった。ついでに形も変えていく。せっかくの奈良だし、鹿の形にしてみよう。テレビで見ただけだけど。

 

『犬猫じゃなくて鹿の形は驚いたw』

『すげえな、なんとなくだけど鹿って分かる』

 

 鹿の形のシャボン玉に、目の前の男の人だけじゃなく、周囲の人も騒ぎ始めた。写真をたくさん撮ってる。喜んでくれたのなら、ちょっとだけ嬉しい。

 

「おー! ありがとうございます、りた!」

「ん。それじゃ、元気でね」

 

 金髪の人に手を振って、その場を離れた。それじゃ、改めて入っていこう。大きな門を通っていく。あ、なんだかでっかい像がある。すごい。

 

「おっきい」

 

『金剛力士像やな』

『日本最大級の木彫像、だったはず』

 

「かっこいい」

 

『せやろせやろ!』

『なんかちょっと嬉しいw』

 

 宗教とか歴史的背景とかはよく分からないけど、すごくかっこいいと思う。なんだか強そうだね。迫力もある、気がする。

 門を通って道を歩いて行く。次の大きな門は通れないみたいで、隅にある通路から中に入っていく。とても広い。あと通路の真ん中って言えばいいのかな。不思議な物がある。なんだろうこれ。

 

『八角燈籠』

『ものすごーく、古いやつ』

 

「ふーん……」

 

 歴史的価値がある、みたいな感じかな?

 そしてそのまままっすぐ、大きな建物に入った。大仏殿っていうらしい。その中に、それはあった。

 

「おー……」

 

 さっきの、金剛力士像、だっけ? それよりもずっと大きい。見上げるほどに大きな像だ。これを昔の人が造ったなんて、本当にすごい。

 

『これが有名な奈良の大仏です』

『リタちゃんには分からないだろうけどw』

『観光客が多い一番の理由、かもしれない』

 

 これだけ大きい像なら、見に来る価値はあるのかもしれないね。うん。私もなんだかすごいなと思った。

 大仏殿を抜けて、のんびりと歩いてたくさんのお店の並ぶ通りに出た。お土産を買うお店がたくさんあるみたい。そしてその道に、いっぱいいた。

 鹿だ。鹿がいっぱいいる。我が物顔でうろうろしてる。すごい。

 

「鹿って、誰かに飼われてるの?」

 

『一応野生だよ』

『餌付けはされまくってるけどな!』

『なお鹿せんべい以外はあげないように』

 

 鹿せんべい。鹿のためのおやつ、かな? ちょっと私も食べてみたくなるけど、さすがにそれはだめな気がする。なんとなく。

 周囲を見てみると、鹿せんべいらしきものを直接あげてる人が何人かいた。すごいね、人間の手から直接食べるんだ。野生とは思えない。ちょっとかわいい。私もやってみたい。

 近くのお店に行くと、店員さんが私を見て口をあんぐりと開けた。

 

「え、あ……。リタ? 魔女の?」

「ん。鹿せんべいほしい」

「食べちゃだめだよ?」

「食べないよ?」

 

『草』

『真っ先に注意されてるw』

『みんな考えることは同じなんやなってw』

 

 待って。つまりみんなも私が食べるって思ったってこと? みんな私のことをどう思ってるの?

 鹿せんべいを買って外に出ると、鹿がこっちに集まってきた。見て分かるのかな?

 とりあえず鹿せんべいを一枚取り出して、差し出してみる。すると鹿がぱくりと食べた。もぐもぐと食べて、また食べて。その間に他の鹿も寄ってきてる。いっぱいだ。

 

「たくさん来た」

 

『いやすごいなこれ』

『日常風景です、と言いたいところだけど、これは多すぎるw』

『何故かリタちゃんのところにばっかり寄ってきてるなw』

 

 不思議だね。本当にたくさん集まってきた。鹿せんべいを一匹ずつに渡してるけど、全然足りない。とりあえず追加で購入して、またあげていく。

 もぐもぐ食べる鹿。なんだかとても美味しそうに見える。ちょっと、食べてみたい。

 




壁|w・)のんびり観光。

書籍版発売五日前です!
とってもかわいいイラストもたくさんなので、是非是非よろしくお願いします!


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鹿せんべい

「本当に食べちゃだめ?」

 

『食べられないことはないけど』

『オススメはしないかな』

 

 それなら、物は試しだね。ぱくりとかじってみる。んー……。

 

「はい、これあげる」

 

『ちょwww』

『リタちゃんw』

『食べかけを押しつけるなw』

 

 いや、だって美味しくなかったから。ほとんど味がしなかった。鹿もちゃんと食べてくれてるから、きっと問題ないよ。ほら、お礼みたいに何度も首を振って……、なにこれ。

 

「首を振ってる。なにこれ」

 

『鹿せんべいの催促です』

『鹿せんべいをありがとう、もっとくれ、という合図かな!』

『つまりはちょっとした威嚇行動に近いらしいよ』

 

 威嚇なんだね。手持ちのせんべいはあげるから別にいいけど。

 食べてる間なら撫でても大丈夫かな。鹿せんべいをもぐもぐしてる鹿を撫でてみる。とりあえず首回りあたり。んー……。

 

「見た目はもふもふしてそうなのに、あんまりもふもふじゃないね。さらさらというより、ざらざらかな……?」

 

『野生なので』

『誰もブラッシングなんてしてないから、そんなもん』

 

 そう考えたら当然、なのかな。もふもふするなら、やっぱり喫茶店かな……。

 鹿との触れ合いにも満足したから、そろそろ帰ろう。柿の葉寿司とそうめん、食べないとね。とりあえず外まで移動してから……。

 

「ついてきてる」

 

『なにこれwww』

『リタちゃんを追って鹿が大移動してるw』

『すげえ初めて見たなんだこれw』

 

 私の後ろをぞろぞろとついて歩くたくさんの鹿。これは、どうしたらいいんだろう? 周囲を見ても、面白がって写真を撮る人ばかりだし。ちょっと、困る。

 このまま転移したらどうなるのかな。ちょっと分からない。暴れたりはしないと思うけど……。本当にどうしよう。でもかわいいから撫でておこう。

 

『これはもう説得しかないのでは?』

『鹿に説得ってw』

『リタちゃんならいけるいける!』

 

 いくら何でも無茶ぶりだと思う。やってみるけど。

 屈んで、鹿と視線を合わせてみる。何故か鹿がじっと見つめてくる。鹿せんべいはもうないから、見つめられてもちょっと困る。

 

「私はそろそろ帰るから、みんなも戻ってね」

 

 首を傾げる鹿。思わず私も首を傾げてしまった。本当に、どうしようかな。

 そうして少し悩んでいたら、鹿たちは回れ右して戻っていった。なんというか、急に、だね。私としては助かるけど、よく分からない。

 

『マジで通じたの?』

『リタちゃんがもう鹿せんべいを持ってないと気付いたから、だったりして!』

『でもリタちゃんについて歩く鹿さんたちはちょっとかわいかったw』

『現地で見たかったなあw』

 

 まあ……、私も楽しかった、かな? かわいかったしね。

 それじゃ、改めて、柿の葉寿司とそうめんを食べに行こう。

 

「ご飯、どこに行こう。詳しい人、いる?」

 

『俺知ってる! 地元!』

『飲食店経営してます。柿の葉寿司も出せるので是非』

『観光事業やってます! 来て!』

『多い多い多い多いw』

『我こそはという人がどんどん増えてるw』

 

 すごいね。なんだかすごく多い。たくさんのコメントが流れてる。この中から選ぶのはまたちょっと難しいかな。

 

「んー……。そうめんは三輪っていうところだっけ。とりあえずそこに行ってみる」

 

『やったー! 地元だー!』

『生リタちゃん見たかった……!』

 

 スマホで地図を開いて、場所を確認。あまり大きい建物はないのかな? それでも、一応上空に転移しておこう。とりあえずは、駅の真上でいいかな。

 転移をして、改めて周囲を確認。東京や大阪と比べると、静かな場所だ。

 

『お、もう転移したんか』

『地元民です。かすかにリタちゃんが見える』

『ちょうど観光に来てた俺、生リタちゃんが少しだけど見えてめっちゃ得した気分』

『三輪って何かあったっけ?』

『日本最古の神社、大神神社があるぞ』

 

 おー……。最古の神社。なんだかすごそう。ちょっと見てみたい気もするけど、人がたくさんいるかもしれないし、今回は避けておこう。次の機会があれば、かな?

 コメントを見てみると、お正月はとてもすごい混雑になる、らしい。その時にちょっと見てみるのもいいかも。遠くから、だけど。

 とりあえず三輪駅の前に下りてみる。周囲を見てみるけど、んー……。ビルが全然ない。ちょっと不思議な気分。日本はビルばっかりだと思ってたから。人もわりと少ない方かも。

 でも、やっぱり視線は感じる。早くご飯、行こう。

 

『その近くなら美味しいお店があるよ』

『そっちなら、あそこだな。案内するよー』

 

 コメントの案内に従って、歩いて行く。道も細い道が多いけど、いつもと違う雰囲気でなんだか楽しい。

 

『やった、リタちゃんとすれ違った!』

『家の前を通っていった。とりあえず写真撮った。家宝にする』

『なにやってんだこいつらw』

『いや気持ちは分かる、俺も近くにリタちゃんいたら同じことするw』

 

 視聴者さんも側にいるらしい。周囲を見てみると、通り過ぎた道でこちらを振り返るおじさんと目が合った。慌てたように視線を逸らして歩いて行ってしまう。あの人が視聴者さんかな?

 

『がっつり配信に映って草』

『でも案外優しそうなおっちゃんやったな』

『あのおっちゃんは絶対いい人、間違いない』

『恥ずかしいのでやめてくださいお願いします』

 

 んー……。悪いことしちゃった、かな?

 




壁|w・)鹿を引き連れて歩くリタを書きたくて奈良編になった、というのは秘密です。

書籍版発売四日前です!
個人企画も実施します! 詳しくは活動報告へ!
ぜひぜひよろしくお願いします!


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柿の葉寿司とそうめん

 なんとなく追ってみて、声をかけてみた。認識阻害を軽くかけて、と。

 

「ちょっといい?」

「ひょ!?」

 

『ひょ、とか言う人初めて見たぞw』

『声をかけられるとか羨ましいんですが』

『てかどうしたんだリタちゃん』

 

 いや、せっかくだから、案内してもらおうかなと思って。そっちの方が手っ取り早い気もするから。

 おじさんの手元を見てみると、私の配信が映ってるスマホを持っていた。間違いないみたい。

 

「ここの人だよね? 案内してほしい」

「は、はい……。いいですよ」

 

 おじさんは戸惑いながらも頷いてくれた。やっぱり優しい人だね。

 

『ちょっと、くっそ羨ましいんだけど!』

『家の窓から見てる俺、恥ずかしがらずに出ていればよかったと航海中……』

『いつの間にか海に出てるニキは元気出して』

『あああああ誤字までしてなんかもうあああああ』

『おちつけwww』

 

 コメントがなんだか楽しいことになってるけど、気にせず移動しよう。

 

 

 

 おじさんの道案内でやってきたのは、木造の飲食店。そうめんで有名なお店らしい。柿の葉寿司も出してるらしいから、ここで両方とも食べられるみたい。

 お店の中はとても広くて、テーブル席がたくさんある。すでにいくつかの席が埋まってるけど、問題なく座れそうだね。

 

「いらっしゃいま……」

 

 お店の人が出てきて、私を見て固まってしまった。

 

「二人」

「あ、はい! かしこまりました! ど、どうぞ!」

 

 なんだか、店員さんの声が上擦ってる。他の人もそれで気付いたみたいで、私の方を見てくる人が増え始めた。

 

「あれ、リタちゃんだ……!」

「え、このお店に来たの……? 本当に?」

「写真いいかな……だめかな……」

 

 気にしても仕方がないと思うから、店員さんに案内されて店の奥に向かっていく。そうして案内してもらったのは、店の一番奥の席。比較的目立たない席だ。気を遣ってくれたみたい。

 

「ありがと」

 

 そうお礼を言うと、店員さんは顔を真っ赤にしながら頭を下げて行ってしまった。

 

『かわいい店員さんだったなあ』

『いいなあ、うぶな反応かわいいなあ』

『お前ら一般人相手はさすがに自重しろ』

 

 他の人に迷惑をかけるのはだめだよ。

 メニューを開いてみる。たくさんの料理の写真だ。んー……。

 

「こういうメニューってずるい。どれも美味しそう」

 

『わかる』

『食べるものを決めて来ても、メニューを見てるとすごく悩んじゃう』

『誘惑に負けて一品多く頼んだりとかなw』

『あるあるw』

 

 私は、シンプルに普通のそうめんでいいかな。柿の葉寿司もセットである。これでいっか。

 

「あの、リタちゃん」

 

 メニューを閉じたところで、目の前のおじさんに声をかけられた。

 

「ん?」

「俺はそろそろこの辺りで帰るよ……。さすがに、同席はまずいと思うから」

「私は気にしないよ」

「俺が気にする、身の安全的な意味で」

 

『身の安全www』

『まあおもしろく思わないやつもいるだろうからなあ』

『変な逆恨みする馬鹿もいそうだし』

 

 そういうもの、なのかな? でもそこは安心してほしい。

 

「最初に声をかけた時に認識阻害もかけた。真美たちと同じで、顔は分かるけど誰かは分からないってなってるはず」

「え」

 

『なん……だと……?』

『てことは、知ってる人が見ても気付かないってことかな?』

『それなら安心やな! 羨ましい気持ちは増したけど!』

 

 なんだっけ。日本の言葉にあったよね。袖振り合うも多生の縁、だっけ?

 でも、おじさんは席を立ってしまった。申し訳なさそうに頭を下げて、

 

「気持ちは嬉しいけど、ここは失礼させてもらうよ。ごめん」

「ん。気にしないで。案内してくれてありがとう」

 

 おじさんはもう一度頭を下げると行ってしまった。無理強いも良くないから仕方ない。

 

『マジで帰ったんか』

『もったいないなあ、リタちゃんとメシを食べるなんて今後絶対ないぞ』

 

 私がテーブルに設置されているボタンを押すと、すぐに店員さんが来てくれた。注文して、少し待つ。柿の葉寿司とそうめん、楽しみだね。

 視聴者さんと雑談しながら少し待つと、店員さんがお盆を持って料理を運んできてくれた。

 透明な器にいくつかの氷が浮かぶ水に、たくさんの細い麺が入ってる。側には黒っぽい水、つゆ、というらしい。それが入った器もある。

 そして柿の葉寿司。少し小さめのお寿司で、何かの葉っぱに包まれてる。柿の葉寿司っていうぐらいだから、柿の葉っぱなんだと思う。

 

「柿って、果物にあったよね。食べたことない」

 

『あー……。柿は秋だからなあ』

『ちょっと季節が違うかな』

『柿も美味しいから楽しみにしておいてほしい』

 

「ん」

 

 季節によって食べられる果物が変わる。それは精霊の森でも同じだったから理解できる。半年程度ならすぐだから、楽しみに待つよ。

 それじゃ、まずは柿の葉寿司から。

 柿の葉っぱは食べられないらしいから、葉っぱをとって中身を取り出す。四角形のお寿司だね。何のお魚かな?

 

『柿の葉寿司なら、一応は鯖が基本かな』

『最近は他の魚でも作るみたいだけど』

 

 この切り身はなんだろう? 何度かお寿司は食べたけど、どれが何のお魚かはあまり聞いてないから。サーモンとトロならすぐに分かるけど。思い出したらサーモン食べたくなってきた。

 とりあえず、食べてみる。んー……。普通のお寿司とは食感が違うね。でも固いわけでもないかな。あと、なんとなく、お米の味がちょっと違う気がする。

 

『押し寿司はネタとシャリがよくなじむって言われてるよ』

『正直、表現はちょっと難しいけど、普通のお寿司と思って食べるとわりと違ってびっくりする』

 

「ん……。でも美味しい」

 

『気に入ってもらえて嬉しい!』

 

 特に、普通のお寿司とは違う香りがあるのも、違いがよく分かる部分だと思う。柿の葉の香り、なのかな? いい香りだと思うよ。

 次は、そうめん。見た目はとっても細いおうどん。おうどんとは違うらしいけど。つゆにつけて食べるというのは、ざるうどんにとても似てると思う。

 器には氷が入っていて、とっても冷たそう。なんだか涼しげだね。

 お箸でそうめんを取って、つゆにつけて、すする。ちゅるちゅるっと。

 

「おー……。ほんとだ。おうどんと全然違う」

 

 麺がすごく細いからか、食感が全然違う。それに何よりも、ざるうどんよりもずっと冷たい。でも嫌な冷たさじゃなくて、気持ちのいい、ほどよい冷たさだ。

 麺が細いからか、つゆもしっかり麺にからまってる、気がする。のどごしもいいね。麺の太さが違うだけでここまで変わるものなんだね。

 

『ちなみにそうめんにもいくつか種類があります』

『シャキっとした食感だったり、もちっとしてたり、古かったり新しかったり』

『その辺り食べ比べしてみるのもいいかもね!』

 

 そんなに種類があるんだね。少し気になるけど……。それはまたそのうち、かな?

 ちゅるちゅるすすって、気が付けば空になっていた。あんまり多く見えなかったけど、それなりの量はあったと思う。満足かな。

 




壁|w・)もぐもぐ。

書籍版発売二日前です!
書店様によってはすでに並んでいるお店もあるみたいですよ……!
ぜひぜひよろしくお願いします!

なお、次回更新は本編の更新の他、発売記念SSも公開します。
分かるようにサブタイトルに記載しますが、間違えないように気をつけてください。


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書籍発売記念SS:魔女の適当晩ご飯

壁|w・)このお話は書籍発売記念のSSです。
本編ではないのでご注意ください!


 お日様が沈み始める時間。そろそろ晩ご飯を作ろうと思って、とりあえず配信を開始した。現れる光球とコメントが流れる黒い板。黒い板には早速コメントが流れ始めてる。

 

『おん? 珍しい時間に配信開始したね』

『朝にちょろっと挨拶しただけだったし、何かあるかなとは思ってた』

『今から日本に行くの?』

 

 そんなコメントを横目で見ながら歩き始める。向かう先は森の中だ。晩ご飯の時間だから。

 

「今日は日本には行かないよ。真美も予定があるらしいから」

 

『そうなん?』

『つまり真美ちゃんに予定がなければ行ってたってことかw』

『ほほう。晩飯はどうすんの?』

 

「今から狩るよ」

 

 たまにはそれもいいかなって。日本に行く前は、ほぼ毎日やってたことだしね。視聴者さんもすぐに納得した……、と思ったんだけど、分からない人もいるみたい。

 

『狩るって、どういうこと?』

『お前新参やな? そのまんま、魔獣を狩って食べるのさ』

『わりとスプラッタだから注意な!』

 

 さっくりやるから大丈夫だとは思うけど、ね。

 のんびりと森を歩く。この時に注意するのは、魔力を抑えておくこと。でないと、弱肉強食の世界で生きる魔獣たちは襲ってきてくれないから。みんな危険に敏感だからね。

 そうしてのんびり歩くこと、十分ほど。最初に出てきたのは、フォレストウルフだった。

 

『オオカミさんや!』

『わんわんお!』

『リタちゃんの評価はちょっと不味い、だったっけw』

 

 そうなんだよね。襲ってこられたら迎撃するし、殺した以上は食べるけど、今日はどうせならもうちょっと美味しいお肉を食べたい気分だ。なので、うなり始めたウルフに魔力を叩きつけた。何にも変換してない魔力だから攻撃にもならないけど、それでも十分。

 フォレストウルフは瞬時に固まり、そして次の瞬間には脱兎のごとく逃げ出した。ちゃんと相手を見極められる賢い子だね。

 

『一瞬で逃げてったな』

『多分リタちゃんが魔力で脅したんだろ。食べちゃうぞって』

『鬼かな?』

 

 優しい対応だと思うんだけど。ちゃんと生き残るんだし。

 もうちょっと探そう、と思ったけど、やっぱり早くご飯を食べたくなった。なので、手っ取り早く済ませよう。こういう時は、飛行魔法だね。

 ふわっと浮かんで、上空へ。森の木々から出てさらに上空を飛べば、すぐに襲いかかってくるものがあった。大きな翼を広げた二本足のトカゲ、みたいなやつ。ワイバーンだ。

 

『ワイバーンだー!』

『でっかいなあ、ドラゴンみたい』

『この森のドラゴンと比べるとやっぱ劣化ドラゴンだけどなー』

 

 それはそう。でもワイバーンと違って、この森のドラゴンはお肉を食べる必要はない。食べられないわけじゃないけど、魔力を栄養素に変換するというおかしなことをしてる。だから彼らは基本的に表に出てこない。

 だからこそ、ワイバーンが我が物顔で森の空を飛び回ってるんだけどね。

 

「この森のドラゴンは温厚だからね。肉食魔獣としてなら、ワイバーンは種としては最強格だと思うよ」

 

『その最強格さんを一瞬で仕留めてませんかね……』

『最強格だと思う、と言いながら瞬殺すんなw』

 

 これでも守護者だからね。ゴンちゃんとか出てこない限り、そうそう負けるつもりはないよ。負けたら死んじゃうし。

 ちなみにワイバーンにやったことは単純、風の刃で首を切り落とした。ただそれだけ。

 森の地面に落下したワイバーンを魔法で浮かして、お家の前の広場へ。浮かしたまま、その下の地面に魔法で火を起こし、その火を大きくしてワイバーンを包み込む。丸焼きにするよ。

 

『めちゃくちゃ豪快で草』

『見えてないけど大丈夫? 炭になっちゃわない?』

『ワイバーンは火に耐性があるらしくて、なかなか焼けないらしいぞ、と古参が教えておく』

 

 本気で焼こうと思えば話は別だけど、美味しく食べたいからね。経験上、ワイバーンはじっくり焼く方が美味しい。

 じっくりじっくり焼いていく。一時間ぐらいかかるから、視聴者さんにはつまらないかもしれないけど、それは我慢してほしい。ああ、でも、まだかな。早く食べたいなあ。

 のんびり一時間焼いたところで、火を消す。ワイバーンはこんがりと美味しそうに焼けていた。皮が真っ黒になってるせいで美味しそうには見えないけど。

 

『炭化してね?』

 

 こういうものだよ。

 風の刃でとりあえず足を一本切り落として、ついでに食べられない皮の部分をすぱっと切る。すると、美味しそうに焼けたお肉が姿を見せてくれる。肉汁がしたたる美味しそうなお肉だ。

 お肉にかぶりつく。固すぎず柔らかすぎず、ほどよいバランス。塩もなにもかけてないけど、濃厚なお肉の風味が口に広がる。けどくどくはない、不思議な味。

 

「ん。美味しい」

 

『マジで美味しそうなお肉。食べてみたい』

『足の肉のはずなのになんであんな美味しそうな色つきになってんの?』

『異世界の魔獣に常識求めるなってやつだよ』

 

 美味しければいいんだよ。

 うん。たまにはこんな適当な晩ご飯も悪くない。たまには、ね。

 




壁|w・)リタの異世界での食事風景でした。

では、改めて。
本日、書籍版『異世界魔女の配信生活』発売です!
たくさんの登場人物を魅力的に描いてもらっているので、是非見てみてください!
また、web版読者様向けの個人企画も行っています。活動報告をご覧ください。
是非是非、よろしくお願いします!


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鹿の○○

 料理を持ってこられた時に置いていかれた伝票を持って、入り口のカウンターへ。するとお店の人がすぐに来てくれた。いつもみたいにスマホで電子決済。とっても便利。

 

「あ、あの! 写真、いいですか!」

「ん」

 

 写真はいつものことだから、と思ってたんだけど……。

 お店の外に出て、みんなで並んで撮ることに。お店の建物を背にして、料理人さんも全員出てきて、さらには居合わせたお客さんも集まって、みんなで記念撮影。今までで一番の大人数かもしれない。

 

『こいつらwww』

『写真を撮りたい、分かる。料理人さんも出てくる、まあわかる。お客もみんな出てくる、これが分からんw』

『でもその場に居合わせたら同じことするんだろ?』

『それはそう』

 

 みんな写真好きだよね。これで喜んでくれるのなら、写真ぐらいなら一緒に撮るよ。あまり時間がかかるようなら帰るけど。

 お店の人やお客さんが手を振って、お店の中に戻っていく。私も満足したし、そろそろ次に……。

 

「リタちゃん!」

 

 そう思っていたら、聞き覚えのある声で呼び止められた。ここまで案内してくれたおじさんだ。おじさんはビニール袋を持って、こっちに走ってくるところだった。

 

「間に合ってよかった……!」

「どうしたの?」

「是非これを。奈良に来たのなら食べてほしくて」

 

 渡された袋の中を見てみる。入ってるのは、お菓子だね。お菓子。嬉しい。嬉しい、けど……。なんだろうこのお菓子。

 

「チョコのお菓子……? えっと……。鹿のうんち……?」

 

『ついにきたw』

『今回は巡り会わなかったかと思ったらw』

『おじさんファインプレーだ!』

 

 奈良では有名なお菓子みたい。でもすごいお菓子だね。奈良と言えば鹿、とは聞いたけど、まさか、その……。うんちモチーフのお菓子があるとは思わなかった。

 うん……。その、えっと……。

 

「さすがに私でもうんちばっかり言いたくないんだけど」

 

『草』

『そりゃそうだw』

『だがリタちゃん、そのお菓子を語る上では鹿のうんちは避けて通れないのだ……!』

 

 どうしてそんなお菓子にしたの? よりにもよってうんちなの?

 チョコ菓子とチョコのお団子があるみたい。どっちも、うんちモチーフ。なんというか……。すごいね。美味しそうだから困る。

 試しにチョコ菓子の方を開けて、少し食べてみる。

 

「美味しい……」

 

 いや、本当に、普通に美味しい。見た目は鹿のうんちなのに。

 

「気に入ってもらえたかな?」

「ん。精霊様と一緒に食べる。鹿のうんちあげるって言う」

「え」

 

『ちょwww』

『やめてさしあげろwww』

『どうしよう、止めるべきなのに精霊様の反応を見てみたいw』

 

 私もちょっと見てみたい。これはやっぱり精霊様と一緒に食べるべきお菓子だ。後の楽しみだね。

 

「ありがとう、おじさん」

「いやいや。また是非とも奈良に来てね」

「ん」

 

 おじさんに手を振って、その場から転移した。

 

 

 

 転移した先は、橋本さんと会う時に使うホテルの部屋。すでに橋本さんは待ってくれていたみたいで、椅子に座って何かを飲んでいた。

 

「いらっしゃい。待っていたよ」

「ん」

 

 橋本さんの向かい側に座る。テーブルの中央にはいつもと同じようにお菓子がある。今日のお菓子は、クッキーだね。美味しそう。

 

「今日もお守りの依頼?」

「いや、今日は別件なんだ。お菓子を食べながら聞いてほしい」

「ん」

 

 言われた通りにお菓子に手を伸ばす。なんだかちょっぴり高そうなクッキーだ。食べてみると、ほんのりと優しい甘さが口の中に広がった。

 

『これは高級クッキー』

『誰でも知ってるメーカーだな』

 

 有名なクッキーなのかな。

 

「実は、是非とも相談したいことがあってね」

「ん?」

「テレビ局から、ある番組に出てくれないかと問い合わせが来ているんだよ」

 

『ふぁ!?』

『テレビ番組だって!』

『いや、でもわざわざ首相が伝えてくるっておかしくない?』

 

 そうなのかな。それに同意するコメントは結構多いみたいだけど。

 

「何かあるの?」

「何か、というよりも、リタさんへの連絡手段を私しか持っていない。だからどうしても国を通すことになる。ただ、リタさんは日本に来る時間は限られているからね。いつもは全て断っているけど……。今回の依頼は、リタさんも気になるだろうと思って、一応伝えておこうかと」

「ん?」

 

 詳しい話を聞いてみると、温泉地への一泊二日の旅行番組、らしい。私の配信を見ていた偉い人が、お風呂が好きならということで企画してくれたみたい。

 番組側からの同行者もいるけど、私の方でも連れていっていいらしいから、受けるなら真美に来てほしいかも。

 

「日程は、私にメールをしてくれたら、私の方から伝えさえてもらうよ。可能な限り希望に添えるようにするそうだ。断る場合も、私の方から伝えさせてもらう。どうかな?」

 

 んー……。どうしよう。すごく興味がある。テレビでもそういう番組は見たことあるけど、楽しそうだったんだよね。ご飯も美味しそうだったし。

 でも、行こうと思えばいつでも行けるかな……。

 

「視聴者さんはどう思う?」

 

『テレビ番組なら前もっての準備を全部してくれそう』

『悩まずにただ楽しめる、という点では大きいかも?』

『ただし日本中の人に見られるけどな!』

『ぶっちゃけ第三者から見たリタちゃんの様子を見てみたい』

 

 んー……。賛成の人の方が多いのかな。じゃあ、やってみてもいいかも。

 

「詳しい話を知りたいのと、あとは真美に聞いてみる」

 

 私がそう答えると、橋本さんは頷いて、

 

「分かった。ではもう少し詳しい内容を聞いておくよ。メールで送ってもいいかな?」

「ん」

「できるだけ急がせるよ」

 

 温泉はちょっと楽しみ、かな?

 




壁|w・)ぶっちゃけ柿の葉寿司やそうめんよりも、鹿のあのお菓子の方が有名な気がする……。
一応、正式名称は避けておきました。


本日、書籍版『異世界魔女の配信生活』発売です!
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クリームシチュー

 

 橋本さんとの話の後、真美の家に戻ると、真美がすでに料理を始めていた。えっと……。まだ学校の時間だったはずなんだけど。

 

「真美。学校は?」

「あ、おかえりリタちゃん。学校は大丈夫。これでも成績優秀だから」

「そうなんだ」

 

『成績優秀なら早退してもいいってことなん?』

『どんな学校だよそれw』

『真美ちゃんサボりはよくないと思います』

 

 そんなコメントを見て、真美は何とも言えない笑顔で視線を逸らした。だめなことみたい。じっと真美を見つめると、真美は苦笑を浮かべた。

 

「今回だけだから。リタちゃんが早く戻らないといけないから、急いだだけだよ」

「ん……。それなら、いいけど」

「うん。もうしないよ。多分。きっと」

 

『これは絶対またやるやつですね』

『これはもうダメかもわからんね』

『一度楽を覚えたやつは戻ってこれんぞ』

 

「いや、さすがにそこまでじゃないからね!?」

 

 多分だけど。私が早く帰るからっていう理由は本当のことだと思う。ちょっと迷惑かけちゃった気がする。やっぱりあっちの依頼、早く終わらせないといけないかな。

 

「真美。真美。ありがとう」

「え? あ、えっと……。どういたしまして」

 

 そう頷いてくれた真美は、どこか恥ずかしそうだった。

 

『これはてえてえやな?』

『きっとてえてえ』

『お前らなんでもかんでもてえてえ言えばいいってわけじゃないぞw』

 

 せっかくだから、私もちょっと手伝ってみる。手伝うと言っても、野菜を切るだけだけど。それも魔法でさくっと終わらせられるから、とても楽なものだ。

 野菜を切った後は見守るだけ。私よりも真美が作る方がきっと美味しいから。

 待ってる間にちいちゃんも帰ってきた。せっかくなので、ちいちゃんの魔法の訓練を見守る。前見た時とほとんど変わってないように思えるけど、普通はこういうものだ。

 むしろ、変化を感じられないその訓練をずっと継続できていることがすごいと思う。ちいちゃんはすごい。間違いない。

 

「ちいちゃんはえらいね」

「えへへー」

 

 撫でてあげると、ちいちゃんは嬉しそうにはにかんだ。かわいい。

 

『あああかわええんじゃあ!』

『まずいぞ錯乱兵だ! 衛生兵! 衛生兵!』

『錯www乱www兵www』

『やべえ今回の衛生兵は煽ることしかできねえぞ!』

 

 何をしてるんだろうね。

 そうしてのんびりと待っていたら、真美が料理を持って部屋に入ってきた。

 少し大きめの器には、クリームシチューというものがたっぷり入ってる。お野菜やお肉が入っていて、とっても美味しそう。香りも孤児院で食べたものとは全然違う。

 

「たくさん食べてね」

「ん」

 

 それじゃ、手を合わせて。いただきます。

 スプーンで早速一口、食べてみる。

 んー……。すごくとろみがあるシチューだ。真美が言うには、バターや生クリームとかも使ってるらしい。少しだけ甘みを感じる、不思議な味だね。しっかりと煮込んだからか、野菜もお肉もとても柔らかくなっていて、食べやすい。

 牛乳だけのあのシチューとは全然違う。いや、本当に。まず、牛乳の匂いがそんなにしないから。

 

「ご飯と一緒に食べても美味しいよ」

 

 とのことだったので、ご飯ももらった。ご飯にちょっとかけて、一緒に食べてみる。シチューにとろみがあるからか、ご飯にしっかりと絡まって、とても美味しい。

 

「ん……。すごく美味しい」

「そう? よかった」

 

 うん。ご飯も美味しい。いいね、これ。

 

『やべえ、めちゃくちゃ食いたくなってきた』

『レトルトのクリームシチューでも買ってこようかな』

『母ちゃんの得意料理だったなあ』

『泣くからやめろ』

 

 気付けばお皿が空になっていたので、真美にお代わりを入れてもらう。ご飯と一緒に食べるのもいいけど、そのままで食べるのもやっぱり美味しい。

 

「冬に食べるともっと美味しいんだけどね。体がぽかぽかするから」

「ん……。冬も食べたい」

「もちろん。作ってあげる」

「楽しみ」

 

『さらっと冬も食べに来る約束してる……』

『俺も真美ちゃんの手料理を食べてみたいです!』

『むしろ美少女の美味しい手料理が食べてみたいです』

『おまわりさん、こいつらです』

 

 もぐもぐ……。おいしい……。これ、とても好き。

 気付けば五回もお代わりしてしまって、さすがに真美に呆れられてしまった。

 

「いっぱい食べてくれるのは嬉しいけど、さすがにびっくりしたよ」

「ん。カレーの次に好き」

「びっくりするぐらいの高評価だね!?」

 

『つまり全ての料理の中で二番目に好きってことでは?』

『マジかよクリームシチューすげえw』

『でも確かに美味しいからな!』

 

 ん。とても満足した。また食べたい。

 




壁|w・)クリームシチューもぐもぐ。

書籍購入報告、ありがとうございます!
個人企画にご参加いただいた皆様もありがとうございます!
とても、とっても、嬉しいのです……!
今後ともがんばりますので、是非是非よろしくお願いします!


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精霊様と例のお菓子

 食べ終わって、一息ついたところで、

 

「真美。真美。温泉、行かない?」

 

 そう聞いてみた。もちろんこれは、あのテレビ番組のことだ。真美もそれはすぐに察してくれたみたいで、少し考えてる。

 

「認識阻害は……大丈夫? さすがに全国に顔を見せるのは恥ずかしいよ」

「ん。しっかりかける。平気」

「それなら、いいかな……。でも、宿泊だよね? ちょっとお母さんと相談するから、待ってもらってもいい?」

「ん」

 

 テレビの人はこっちの予定を優先してくれるみたいだし、大丈夫だと思う。もしだめになっても、その時は私のお金で泊まりに行ったらいいし。あの依頼のおかげで、日本のお金にはあまり困らなくなったから。

 

『てことは、マジでテレビにリタちゃんが出る?』

『盛り上がってまいりました!』

『温泉回が楽しみ!』

 

 何を楽しみにしてるのかはよく分からない。私は勝手に楽しませてもらうつもりだから。

 

「それじゃ、そろそろ戻る」

 

 私が言うと、真美は頷いて手を振ってくれた。

 

「うん。気をつけてね、リタちゃん」

「ばいばーい!」

 

 真美とちいちゃんに手を振って、まずは森へと転移した。

 

 

 

「精霊様。いる?」

 

 世界樹の側で精霊様を呼ぶ。するといつも通り、すぐに精霊様は出てきてくれた。いつもの優しい笑顔で私を見てる。

 

「おかえりなさい、リタ」

「ん。これ、お土産。手、出して」

「え? はい」

 

 精霊様の手に、あのチョコを直接、いくつか置いた。小さな黒いたくさんのもの。

 

「なんでしょうか、これ」

「鹿のうんち」

「え?」

「鹿のうんち」

「え……。ええ……」

 

 おー……。精霊様が戸惑ってる。精霊様の目の前で一粒持って、口に運ぶ。甘くて美味しい。また精霊様を見てみると、今度は唖然とした様子だった。

 

『精霊様www』

『愛し子がいきなりうんち食べたらな……』

『そりゃそんな顔にもなるわw』

 

 さすがにちゃんと言わないとだめだね。あまり引き延ばすと怒られそう。

 

「鹿のうんちに見せかけたチョコ、だって」

「ええ……」

 

 あ、今度は戸惑ってる。その気持ちは、とても分かる。

 

「どうしてそれの見た目をチョコで再現したんですか……」

「ん。不思議」

 

『面白いから、じゃないかなw』 

『やっぱインパクトはすごいからなw』

 

 それはそうかもしれない。私も奈良では一番印象に残ったかもしれないし。

 

「これは……。美味しいですね……」

「ん」

 

 鹿のうんちを思い出してしまうとちょっと抵抗感があるかもしれないけど、食べてみると普通に美味しいチョコ菓子だ。だからこそ許されてるような気もするけど。

 精霊様に食べてもらったところで、私はそろそろ王都に移動だ。早く捕まえられたらいいな。

 

 

 

 バルザス家の屋敷に戻って、自分の部屋に向かう。部屋の前にはメグさんが立っていた。私を見つけると、笑顔で頭を下げてくる。

 もしかして、ここでずっと待ってくれてたのかな?

 

『多分そうかも?』

『今はリタちゃんのためのメイドさんらしいからなあ』

『急に戻ってくるかもしれないし、ずっと待機ぐらいは普通にしてそう』

 

 夜まで出かけるって言ったのにね。もしかしたらお昼は別のことをしてたのかもしれないけど。

 部屋に入って椅子に座って、一息。今のうちに探知魔法を王都全域に広げておこう。誰にも気付かれないように、ゆっくりと。

 

「魔女様。お飲み物はいかがですか?」

「ジュース」

「かしこまりました」

 

 メグさんが用意してくれたジュースをちびちび飲みながら、魔法を広げて、完成。これでこの王都で使われた魔法は全て把握できる。細かい魔道具もたくさん使われてるけど、情報の取捨選択なんていつものことだから。

 

「あの、魔女様。また夜にお出かけになるのですよね?」

「んーん。ずっとここにいる。魔法でもう監視してる」

「魔法で!? すごい、ミレーユでもそんなことできなかったのに……」

「ん……?」

 

 最後の方、小声だけどしっかり聞き取れてしまった。ミレーユさんを呼び捨てだ。でも、嫌いな人だから、みたいな雰囲気じゃなくて、親しい人相手のような感じだね。

 ちょっと不思議だったけど、でもミレーユさんだし……。

 

「ミレーユさんなら、メイドさんと友達になっていても驚かない」

 

『確かにw』

『冒険者になってるぐらいだからなw』

『気が合うメイドさんなら普通に友達になりそうな人ではある』

 

 私の小声に、視聴者さんが反応してくれる。やっぱりそうだよね。ミレーユさんだし。

 でも、一応聞いておこう。

 




壁|w・)名前が明言されてるメイド、つまりはそういうことです。多分。


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メグの事情

「ミレーユさんとはどういう関係なの?」

 

 そう聞くと、メグさんは一瞬だけきょとんとした後、はっとしたように我に返った。今度は蒼白になってしまってる。

 

「も、もしかして聞こえてしまいましたか!? 申し訳ありません、その、えっと……」

「ん。別に私はミレーユさんの家族じゃないから、気にしない。それで?」

「は、はい。ありがとうございます。えっと、ミレーユ様とは、学園で良くしていただいて……。友達、でした。いろいろとご迷惑をおかけしてしまいましたけど……。私のせいで、冒険者になってしまったようなものですし……」

「ん……?」

 

 改めて詳しく話を聞いてみると。このメグさんが、王子様の真実の愛の相手らしい。

 

『マジかよwww』

『この人ヒロインちゃんかw』

『ヒロインちゃんどうなってるんかなと思ったら、まさかのメイドw』

 

 私が経緯を知ってることを言うと、それはもう、すごい勢いで話し始めた。

 

「あのクソヤロウ……、失礼、第二王子はいつからか急に私に話しかけるようになってきたんですよ。あのタマナシ……、失礼、馬鹿王子は何を勘違いしたのかいきなり婚約破棄とか言い始めて、私と婚約するとかアホなこと言い始めて、本当にあのゴミクズ……、失礼、クソ王子には苦労したというかなんというか……」

「…………」

 

 こわい。

 

『これはあかんやつ』

『実はこの子から言い寄っていたのではとかちょっと疑ってすまんでした……』

『取り繕おうとして失敗しすぎっていうか、もはや取り繕う気もなくなってるのではw』

 

 ミレーユさんもかなり怒ってると思ったけど、この人はもっと怒ってる気がする。

 でも、話を聞いてみると、それもちょっと納得かなって。

 ミレーユさんのおかげで最終的に誤解は解けたけど、それでもやっぱり、いろいろあったらしい。学園では例の王子がまだしつこく言い寄ってきて、そのせいで誰とも会話する機会を作れず、親しくしていたミレーユさんとも話せなくなって不満だったらしい。

 

 誤解が解けた後も、王子をたぶらかしたのではという疑いがずっとつきまとって、勉学に集中できる環境じゃなくなってしまったみたい。せめてミレーユさんが残っていれば違ったかもしれないけど、ミレーユさんは自主退学して国を出ちゃったからね。

 当然ながら就職もうまくいかず、路頭に迷いそうになってしまった、らしい。

 

「そこで助けてくれたのが、バルザス家の皆様でした。最初の頃にミレーユ様が機会を設けてくださって、騒動の謝罪はしていたのですが、その時も巻き込まれただけなのだから気にすることはないと許してくれていたんです。私の就職の件も予想していたみたいで、ここでメイドとして雇っていただけることになりました」

 

 ちなみに。待遇はかなり良いみたいで、他にやりたい仕事が見つかればその勉強を支援してくれることになってるのだとか。太っ腹だね。

 

「何かしたい仕事があるの?」

「正直、貴族社会が怖くなったので、今はもうあまり希望はないですね……」

 

『そらなあ』

『貴族の、しかも王族や公爵家が関わる騒動に巻き込まれたってことだもんな』

『ミレーユさんもそうだったけど、この子も不憫すぎるだろ』

『いやミレーユは今の生活絶対楽しんでるだろあれw』

『言うなwww』

 

 ミレーユさんは、うん……。第二王子に怒ってるのは間違いないけど、ちょうどいいとも思ってたかもしれない。多分、貴族として生活していても、そのうち飛び出したんじゃないかな。なんとなく、そんな気がする。

 

 メグさんは、第二王子のせいで生活がめちゃくちゃになったと思うから、すごく怒っても仕方ないかなと思う。メグさんの言い方だと、以前まではやりたい仕事があったみたいだし。でも貴族の怖い面を見て、嫌になったのかな。

 かわいそうだとは思うけど、そういう面を知らないまま働くよりは良かったかもしれない。そう思った方がきっといい。

 

「せっかくメイドとして働いているので、いつかはミレーユ様の元で働けたらな、とはこっそり思っているんです。どうせあの子のことだから、私生活はずぼらでしょう?」

「いや、そんなことは……」

 

 ない、と言いかけて、言葉が止まってしまった。いや、その、人に見られる部屋は片付いてるけど、私室の方はなかなかすごかったからね……。

 

『これは有能メイドになりそうな予感』

『むしろ今すぐ行くべきでは?w』

『早くするんだ、手遅れになっても知らんぞ!』

 

「わりと手遅れだと思うよ」

 

『ちょw リタちゃんwww』

 

 さすがにあの部屋はだめだと思うから。

 だから、メグさんをまっすぐに見つめて、言った。

 

「メグさん。がんばってね」

「え? あ、はい。ありがとうございま……、待って! そういうことですか!? つまり、そういうことなんですか!?」

「のーこめんと」

「のーこめんとの意味は分かりませんが、察しましたよ……! あの子は、もう……!」

 

 うん。本当にミレーユさんと仲が良かったんだね。でないとミレーユさんのあの一面は知らないと思うから。だから、メグさんには是非ともがんばってほしい。

 それに、ミレーユさんはSランクだ。メイドの一人ぐらい、雇ってもいいと思う。お金は余裕あるだろうし。

 

「ありがとうございます、魔女様! 私、がんばります! がんばって一人前のメイドになって、あの子の性根をたたき直します!」

「あ、うん……。がんばってね」

 

 今になってちょっと余計なことを言っちゃった気がするけど……。まあ、いいか。

 その後ものんびりお菓子を食べながらお話をしつつ、警戒を続けていく。

 でも、その日は結局、妙な魔力反応を感じることはなかった。

 




壁|w・)というわけで? いわゆるヒロインさんでした。


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つんつんおまえ

壁|w・)ここから第十八話のイメージ。


 

 朝に少しお昼寝をして、夕方に真美のお家でご飯を食べて、夜は警戒。それがここ数日の行動パターンになってる。まだ捕まえることはできてない。被害の報告もないみたいだから、まだ犯行もしてないみたいだけど。

 でも、そろそろやってほしいなと、ちょっと思ってる。

 

「正直、飽きてきた」

「あはは……。でしょうね……」

 

 椅子に座って足をぷらぷらさせながら、ただただ待つだけ。メグさんが話し相手になってくれてるけど、さすがにこう毎日だと話題も尽きてくる。ミレーユさんのことも話し尽くしたし。

 

『正直俺らも飽きてます』

『二人の話がつまらないわけじゃないけど、ちょっと物足りない』

 

 言いたいことはなんとなく分かるよ。私も、メグさんとの話は楽しくないわけじゃないけど、やっぱり飽きてきてるのも事実だし。

 ちなみにメグさんは、私が夜にずっと起きてるからか、いつも付き合ってくれてる。私が朝から夕方までいないから、その時に睡眠を取ってるみたい。不規則な生活をさせてちょっと申し訳ないから、早く捕まえたいところだね。

 

「魔女様、お夜食をお持ちしましょうか」

「ん」

「はい。では少々お待ちください」

 

 夜に起きてるからか、深夜になってからメグさんはいつも夜食を用意してくれる。ハムと卵を使ったサンドイッチだけど、結構美味しいからちょっと楽しみにしてる。

 

『シンプルなサンドイッチだけど、それがいい』

『食べやすいのもいいよね』

『コンビニでレタスハムサンドでも買ってくるかな』

 

 レタスの入ったサンドイッチも美味しそう。シャキシャキしてるのかな。

 メグが持ってきてくれたサンドイッチを一緒に食べる。結構美味しい。

 そうして食べていたら、ついに、その時がきた。

 

「ん……」

 

 いつもと明らかに違う魔力反応。あの魔道具の反応で間違いない。ようやく、だね。

 

『お? リタちゃんの視線がちょっと鋭くなった』

『ちょっとすぎて分からないんだがw』

『もしかして、きた?』

 

「きた」

 

 本当に、ようやくだ。早速捕まえに行こう。

 

「ちょっと行ってくる」

 

 私がそう言うと、メグさんはすぐに察してくれたらしい。すぐに立ち上がると、丁寧に頭を下げてきた。

 

「お気をつけて、魔女様」

「ん」

 

 メグさんに手を振って、魔力反応があった場所に転移。バルザス家のお屋敷と比べるとあまり大きくないけど、それでも他の民家と比べるととても大きい、そんな家からその魔力反応はあった。

 そして、私の目の前に、窓から侵入する人がいた。黒いローブの男。あの時、孤児院にいた人で間違いない。捕まえようと思えば今すぐ捕まえることもできるけど、現行犯で捕まえてほしいと言われてる。だから、もうちょっと待ってついて行こう。

 

 少し強めに隠蔽魔法を自分にかけて、男の後をついていく。窓は、割って鍵を開けたみたい。とても豪快だ。気付かれないのかな? その音もあの魔道具が消してるのかも。

 侵入した後は、ゆっくりと屋敷を見て回る。ただほとんどが、少し開けては閉じるを繰り返してる。何かを探してるみたい。

 

『なんというか、泥棒を真後ろから見守るって、不思議な気分』

『やつもまさか、真後ろから監視されてるとは思うまいw』

『普通は思うわけがないわなw』

 

 そうだろうね。それにしても、何を探してるのかな。

 

『そりゃま、金目の物だろ』

『宝物庫とかあれば一発なんだろうけど、さすがにそんなのはないだろうしな』

『見てるこっちが緊張してくるw』

 

 何度も言うけど、私は早くやってほしい。とりあえず今日で終わりそうだから、それだけは安心だ。

 さらにしばらくついて行くと、やがて男はめぼしいものを見つけたのか、とある部屋の中にするりと入っていった。少し大きめの扉の部屋だ。広間か何かかな。もちろん私も後を追う。

 ここは……食堂、かな? 大きなテーブルがあって、部屋の奥には綺麗な絵が飾られてる。どこかの風景を描いたものみたい。

 

『はえー。綺麗な絵ですねえ』

『てか、これを盗むつもりか? マジで?』

『はははそんなまさか』

 

 わりと大きいよね、あれ。私よりも大きい絵だよ。盗むのは大変だと思うけど……。

 そう思ってたら、男は椅子に乗って、その絵を取り外してしまった。本当にこの絵を盗むんだ……。お金になるのかな?

 まあ、私には関係のないことだね。これは間違いなく現行犯だ。ぎゅっ。

 

「おわ!?」

 

 男が影から出てきた縄に拘束されて、その場で倒れた。ついでにフードも剥ぎ取っておく。もうこの魔道具の術式を壊してしまった方が手っ取り早い気もするけど、これも大事な証拠になるかもしれない。

 

「うおおお! なんだこれ! くそ! はなせ!」

「悪役が言いそう」

 

『リタちゃんwww』

『いや間違いなく悪役なんだろうけどw』

 

 男の側に立つと、男は私を睨み付けてきた。うん。間違いなくカイザさんだ。

 

「お前! お前の仕業か! お前! こんなことをして、ただですむと思ってるのか! お前!」

「おまえって鳴き声なの?」

「お前!」

 

『草』

『大事なことなので三回……、いやたくさん言いました』

『途中にお前を挟まないと話せないのかこいつはw』

 

 おもしろい人だね。いろんな意味で。アイテムボックスから木の枝を取り出して、つんつんしてみる。カイザさんの顔をつんつん。

 

「お前! お前! ふざけるな! お前!」

「ちょっと楽しい……」

 

『リタちゃんが……Sに目覚めた……!?』

『いやまあ、今回はちょっと気持ちが分かるけどw』

『すげえな、つんつんされるたびにお前って言ってるぞ。マジで鳴き声なん?w』

 

 つんつんお前を何度か繰り返していたら、部屋の扉が開かれた。慌てたようにたくさんの人が入ってきて、そしてみんな、私たちを見て固まってしまう。最後に入ってきた、少しだけ太った人が側に来て、何とも言えない不思議な表情をしていた。

 

「これは、どういう状況ですかな……?」

 




壁|w・)さくっと捕縛!


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王城へ

「ん。泥棒」

「ふむ……。ということは、あなたがバルザス公爵が雇っている魔女殿ですか。お目にかかれて光栄です。ところで、その者が……?」

「ん」

 

 つんつんお前を中断して、立ち上がる。カイザさんの顔を見えるようにしてあげると、カイザさんが突然叫び始めた。

 

「伯爵! 貴様! 俺にこんなことをして、どういうつもりだ! 貴様! 不敬だぞ! 貴様!」

「鳴き声が貴様になった」

「なきご……」

 

 伯爵さんが一瞬だけきょとんとした後、小さく肩を震わせる。それを見てカイザさんがまた何か叫び始めたけど、伯爵さんは咳払いをしてカイザさんを睨み付けた。

 

「どうも、カイザ殿。あなたはすでに王家から追放されたので平民であり、そして今は犯罪者です。奴隷でもあったはずですが、不敬なのはどちらでしょうな?」

「俺は! この国の第二王子だ!」

「だった、でしょうが。実に不愉快だ。心配せずとも、これからあなたを王城へとお連れしますよ」

「そうか! 父上なら分かってくださる!」

「ええ……」

 

『伯爵さん渾身のどん引きw』

『まさか喜ぶとは思わないわなw』

『是非とも続き見たいんだけど、リタちゃんこの後どうするの?』

 

 んー……。正直、この後についてはどうでもいいんだけど……。でも、私もこの人がどうなるかは興味がある。それに、ミレーユさんも呼びに行かないとね。

 

「伯爵さん」

「ああ、はい。これはお見苦しいところを。バルザス公爵には今すぐこちらからも使いを出しますが、もちろん私からも報酬を……」

「そっちには私から報告する。あとで私も王城に入れるかな? 見届けたい」

「ふむ……」

 

 伯爵さんは何かを考えるように手を組んで、そしてすぐに頷いた。

 

「魔女殿も当事者となりますので、問題ないでしょう。では、馬車の用意を……」

「んーん。飛べるから、いい」

「ほう。飛行魔法も可能とは……。では、王城でお会いしましょう」

 

 ということで、私はバルザス家に移動だ。一度外に出て、誰も見ていないことを確認してから自分の部屋に転移した。

 

 

 

 転移した先ではメグさんが呆然として突っ立っていた。

 

「なにしてるの?」

「はっ!? 魔女様!? いえ、今、一瞬でお姿が消えて……。あれ、でも、戻って……」

「あ」

 

『あ』

『あーあ』

『やっちまいましたねクォレハ……』

 

 ちょっと急いじゃったから、目の前で転移を使っちゃった。それだけ私がメグさんに慣れてしまったっていうのもあるけど。話していて、わりと楽しいから。

 でも、いい機会かな。メグさんがミレーユさんのメイドさんになるなら、遅かれ早かれ気付かれることだと思うし。守護者のことは話せないけど、転移ぐらいいいと思う。

 

「まさか……今のは……」

「ん。転移魔法。内緒だよ?」

「は……、はい! かしこまりました!」

 

 この様子なら問題ないと思う。もしかしたらジュードさんに報告しちゃうかもしれないけど、そこはあとで確認すればいいかな。ジュードさんに話してしまったら王様にも伝わりそうだけど、その時はすぐに逃げよう。

 

「ジュードさんに報告してくる。メグさんはどうする?」

「同行させていただきます」

「ん」

 

 メグさんを伴って、部屋から出る。でもこの時間ならさすがに寝てると思う。

 その予想は当たっていたみたいで、執務室に向かうと待機していた別のメイドさんがすぐにジュードさんを呼びに行ってくれた。

 少しだけ待たされて、食堂に集合。私がカイザさんを捕まえたことを報告すると、ジュードさんは少しだけ目を瞠って、そして獰猛な笑みを浮かべた。

 

「感謝致します、魔女殿。ふ、ふふ……」

 

 ちょっと、こわい。

 

『この人たちからすれば、娘が出て行った原因だもんなあ』

『この怒りは残当』

『こっちからすれば、関係ないのにちょっと怖いがw』

 

 少し落ち着いてほしいね。

 でもすぐに私が見ていることを思い出したみたいで、咳払いをして真面目な顔になった。それでも、どこか苛立ちを感じるのは、仕方ないのかも。

 

「伯爵さんは報告のために王城に向かった」

「ふむ。では私も向かうとしましょう。少々問題のある時間ではありますが、関わった者を考えると早い方がいい」

 

 ん……? これって、私のことかな。小声で聞いてみると、視聴者さんはすぐに否定してきた。

 

『多分違うぞ』

『リタちゃんは仕事しただけだしなー』

『カイザがやっぱり問題ってことでは』

 

 ああ、それもそっか。私は、早めに終わらせられるなら何でもいいんだけど。

 そこからすぐに王城に移動することになった。バルザス家のなんだか豪華な馬車にみんなで乗り込む。みんなと言っても、四人だけだ。

 私とジュードさん、それにジュードさんの護衛とメグさん。

 メグさんについては、私が連れて行きたいと言うと、不思議そうにしていたけど了承してくれた。多分私が気に入ってると思ったんだと思う。間違いではないけど。

 

 貴族の馬車は、なんだか大きなクッションを使った椅子になっていた。装飾もたくさんだ。クッションは馬車の揺れの前には少し無力だったけど。

 そうしてたどり着いた王城は、とっても大きなお城だった。魔法学園のものよりもさらに大きい。

 

「おー……。おっきい……」

 

『遠くからでも見えてたけど、マジででかいなこれ』

『ついにお城か。楽しみ』

 

 私も楽しみ。

 すでに伯爵さんがたどり着いてるみたいで、なんだか中がとても騒がしい。私たちは中に入って、準備ができるまではお城の中の部屋で待つことになった。

 お城の中だけど、すごく掃除が行き届いてるみたいで、床も壁もぴかぴかだ。装飾品もなんだかとても高級そうに見える。見えるだけで、詳しくは分からないけど。美術品はあまり興味がないから。

 

『すっげえマジのお城だ!』

『魔法学園とちょっと似てるけど、こっちの方が規模感は大きいかな』

『なんかすっげえわくわくするw』

『わかるw』

 

 視聴者さんが楽しんでくれてるみたいだし、それでいいかな。

 お城のメイドさんに案内されたのは、狭くはないけど広くもない、本当に待つことだけが目的の部屋みたい。

 

「ジュードさん、この後はどうなるの? さいばん? みたいなことするの?」

 

 ソファに座って一息入れてるジュードさんに聞いてみると、いや、と首を振って、

 

「おそらくは、夜の間に処罰するはずだ。元とはいえ、カイザは王族だった。これ以上、王家の信用を落とすわけにもいかない」

「んー……。ジュードさんは、それでいいの?」

「しっかりと処罰をしていただければ問題ない」

 

 つまりは、この後次第ってことだね。どんな話になるのか、ちょっと楽しみ。面倒でもあるけどね。

 




壁|w・)さくさく進めたい。


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カイザの言い分

 三十分ぐらい、かな? それぐらい待たされて、メイドさんが迎えに来た。今はメイドさん以外にお城の人はここを見てないみたい。ちょうどいいね。

 

「メグさん」

「はい?」

「ちょっと出かけてくる」

「はい!?」

 

 とても驚いてる。私もさすがに急だとは思うけど、今しかないと思うから。

 

「ジュードさんに何か聞かれたら、すぐに戻るからって伝えておいて」

「えっと……。はい。かしこまりました」

 

 まだまだ困惑してたみたいだけど、頷いてくれた。さすがはメグさんだ。

 

『おかわいそうに』

『てかリタちゃん、どこ行くつもり?』

『ばっかお前、ミレーユちゃんのとこだろ間違いなく』

 

 ん。そうだね。ミレーユさんのところで間違いない。

 カイザさんは本物の第二王子だし、やっぱり処罰の場にはミレーユさんが必要だと思うから。処罰に納得するかどうかは、誰よりもミレーユさんとメグさんが大事だと思う。

 もちろん盗みの被害の家もあるだろうけど、孤児院の人はそのお金に手をつけてなかったから、そっちはお金で解決できると思う。多分だけどね。

 

 というわけで、メグさんしか見ていないことを確認して、転移。転移先はミレーユさんの宿の前。中に入ると、宿の人がとても驚いていた。でも、私だと分かるとすぐに通してくれた。覚えてくれたらしい。

 階段を上がって、ミレーユさんの部屋へ。ドアをノックすると、すぐにミレーユさんの声が聞こえてきた。

 

「ふぁい……。どなたです……?」

「ん。リタ。カイザさんを捕まえた」

「え? えー……。ああ、なるほど。処罰の場に私を連れて行くべきだと、リタさんは判断してくれたのですわね」

「ん」

 

『すげえ、会話らしい会話がなかったのにだいたい察したっぽい』

『これが天災か……!』

『誤字のはずなのにあながち間違いではなさそうなのがw』

 

 少し待ってくださいまし、という声の後、十分ほどばたばたと音が聞こえて、そして出てきたミレーユさんはいつもの服装のミレーユさんだった。

 

「お待たせ致しました。お願いしますわ」

「ん」

 

 ミレーユさんの手を握って、再び転移。今度の転移場所は、お城で案内された部屋。幸いなことに、部屋の中には誰もいなかった。片付けのメイドさんとかも入ってなくて、一安心だ。

 

「あれ? どこに行けばいいのかな?」

 

『そりゃもちろん……、あれ?』

『部屋を出てすぐ転移したから行き先が分からねえw』

『どうすんだよこれw』

 

 いや、うん。本当にどうしよう。

 そっとミレーユさんを見ると、なんだか少し呆れたような表情だった。

 

「仕方ないですわね……。この時間ですし、謁見の間は使わないでしょう。おそらくは、会議室ですわね。こちらですわ」

 

 そう言って、ミレーユさんが先導してくれる。私もそれについて歩く。

 ミレーユさんの歩みに迷いはない。お城の中をしっかりと把握してるらしい。

 

「お城の中、詳しいの?」

「そうですわね。第二王子の婚約者でしたから。彼の補佐のためにも、城の内部はしっかりと把握しておりましたわ」

 

 もっとも、無駄になりましたけど、とミレーユさんはどこか寂しそうに言った。

 

「ん……。ごめん」

「ふふ。気にしていませんわ」

 

 まったく気にしてない、ということもないのかもしれない。ちょっとだけ、悲しそうだったから。

 そのまま黙って歩いて、そうしてすぐにある部屋にたどり着いた。一応、開ける前に中の状況を確認しておこう。中の声を拾って、ミレーユさんと、あとついでに配信にも聞こえるようにしよう。

 

「なんでもありですわね……」

「えっへん」

「褒めてるわけではありませんわ。いえ、助かりますけれど」

 

『正直、リタちゃんなら何をしても驚かない自信がある』

『なにせリタちゃんだし』

 

 どういう意味かなそれは。

 さてと……。えっと……。

 

「皆の者、待たせたな。そして、カイザよ。またお前の顔を見ることになるとは思わなかったぞ」

「お久しぶりです、父上」

「見たくなかったがな」

 

 この聞き覚えのない、ちょっと低い声が王様の声なのかな。振り返ってミレーユさんの顔を見ると、陛下ですわと頷いた。王様もちょうど今来たところみたい。

 

「まさか、ここ最近の盗みの犯人がお前とはな……。なんと、嘆かわしい」

「お言葉ですが、父上。私は何も悪いことはしておりません!」

「はあ……?」

 

 これは、王様だけじゃなくて、ジュードさんたちの声もある。みんな呆れてるみたい。

 そこから、カイザさんの演説が始まった。

 

「私は! 自分の間違いに気が付きました! 確かにメグを婚約者にするための、ミレーユに対して婚約破棄をしたのは失礼だったと!」

「あー……。よし。続けろ」

 

『これ絶対王様諦めてるだろw』

『すでに王様の声からやる気のなさが伝わってくるw』

 

 すごいね。私でも分かるほどだよ。カイザさんには伝わってないみたいだけど。

 

「しかし! すでに私は宣言してしまった! 故に、まずは汚名を返上しなければならないと考えました!」

「ふむ。それで?」

「故に! 私は私腹を肥やす貴族から! 富の再分配を行うことにしたのです!」

「なるほどわからん」

 

『なるほどわからん』

『やべえマジで意味不明だぞこいつ』

『なあんでその発想から盗みになるんですかねえ?』

 

 なんというか、んー……。なんだろう。もう、うん。すごい。

 

「この善行を完遂させ! 改めてミレーユに婚約を申し込み! メグを側室として迎え入れようと考えております!」

「ちょっとあいつ殺してきますわ」

「ミレーユさん落ち着いて!」

 

『ミレーユさん、キレた!』

『なんかどっかで見たことある光景だなあ』

『そうだな。例えばメシを台無しにされてキレたリタちゃんを止めるミレーユさんとかな』

『それだw』

 

 あの時の私ってこんな感じだったんだね。ちょっと気をつけようかと思う。

 




壁|w・)まともな言い分が出てくるわけがないだろうがいい加減にしろ!


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飽きたのでグミをもぐもぐ

 ちなみにミレーユさんを止めることは結局できなくて、ミレーユさんは会議室の扉を勢いよく開いて入っていった。

 

「誰だ……、ミレーユ!?」

「ミレーユ!? お前どうしてここに!?」

「おお! ミレーユ!」

 

 王様、ジュードさん、そしてカイザさんの反応。ミレーユさんはカイザさんを冷たく睨み付けて、そして王様へと跪いた。

 

「申し訳ありません、偶然依頼で王都を訪れていたのですが、隠遁の魔女からカイザの話を聞き、はせ参じました。先触れのない無礼をお許しください。この者の話を聞いていると、我慢ができず……」

「良い。許す。正直気持ちはとても分かる」

 

 王様とミレーユさんが目を合わせて、そろって小さくため息をついた。

 王様は中年ぐらいの男の人。多分だけど、ジュードさんたちと同じぐらいだと思う。短い赤髪に、なんだか豪華な服装だ。頭には王冠がある。本当に王冠って被るんだね。

 

「ふむ。であるなら、あなたが隠遁の魔女殿か。バルザス公爵から話は聞いている」

「ん……。よろしくお願い、します」

「うむ。少々見苦しいものを見せてしまうが、なに、すぐに終わる。少し待っていてほしい」

 

 時間をかけるつもりがないって言ってるようなものだね。王様にとって、カイザさんはもうその程度の人なのかもしれない。私も好きじゃないけど。

 

「それでは陛下、私もあまり時間を使うつもりはありません。とりあえずこの馬鹿、燃やしていいでしょうか?」

「うむ。いや待とうかミレーユ。説教などもはや無意味である故、やるつもりはないが……。せめて、こいつを手助けした愚か者も捕まえておきたい」

「なるほど」

 

 手助けって何だろうと思ったけど、奴隷になったカイザさんを助けた誰かがいるらしい。

 犯罪をした上での奴隷は、決められた年月働かないと解放はされないはずなんだって。どれだけお金を積んでも変わらないらしい。それなのにここにいるということは、カイザさんを逃がした人がいるということ。

 

「そしてそれは、カイザが使っていた魔道具の持ち主だろう」

 

 そう王様が言った直後、部屋のドアがノックされた。そうして入ってきたのは、知らない人たちと知ってる人、アリシアさんだ。

 知らない人は、中年ぐらいの男の人と若い男の人。多分家族かな。アリシアさんがいるなら、この人たちがソレイド家なのかも。

 若い男の人は、真っ白な顔色でアリシアさんの前を歩いていた。アリシアさんはその人をじっと見つめてる。逃げ出さないように、だと思う。

 

「失礼致します、陛下。ようやく愚息めが口を割りましたので、ご報告にと参りました」

「うむ。こちらもカイザを捕らえたところだ。使っている魔道具はお前の家の物だな?」

「間違いなく」

 

 その後の話をまとめると、ソレイド公爵の息子はカイザさんの側近みたいな立場だったみたい。奴隷になってしまったカイザさんを助けるために、家宝とも言える魔道具を持ち出し、カイザさんを救出、そしてカイザさんに魔道具を貸し出したらしい。

 カイザさんが汚名返上すれば、自分も第二王子の側近に返り咲けるから、みたいな理由だったみたい。そんなにいい立場なのかな。

 カイザさんの理由は、すでに語られてる通り、だね。

 それらの話を全て聞き終えたみんなの反応は、

 

「まさか、ここまで愚かだったとは……」

「我が息子ながら情けない……」

「呆れて言葉も出ないとはこのことだな」

 

 父親たちの反応はこんな感じ。ミレーユさんとメグさんは、ただただ黙ってカイザさんを睨み付けてる。放っておくとミレーユさんが燃やしちゃいそうで、ちょっと怖い。

 

『てかマジでカイザが馬鹿すぎない?』

『教育係とかどうなってんだよw』

『さすがにここまでいくと教育係が悪い気がしてくるな』

 

 そうなのかもしれないけど、私としては正直、早く終わらせてほしい。私の目的は、王様に師匠のことを聞くだけだったんだから。

 

「ミレーユさん」

「はい。どうかしました?」

「この後は何かある?」

「そうですわね……」

 

 いつの間にか大人たちで相談が始まってる。カイザさんが盗みを働いた家への賠償とか、カイザさんたちへの罰とか、そんな話だ。今回は奴隷落ちよりもさらに厳しい罰になりそうな声が聞こえてくる。

 ちなみにカイザさんは何度も叫んでその話し合いに介入しようとしてるけど、お仲間さんはもう諦めたのか項垂れて黙り込んでる。自業自得ではあるんだろうけど。

 

「もうないですわね。わたくしも話し合いに参加してきますわ。リタさんはどうされますか?」

「んー……。隅で待ってる。呪いをかけるのもいいよ」

「考えておきますわ」

 

 あ、これ、今までと違って本当に候補に入れてる気がする。もちろん私は大歓迎だけど。

 そういうわけで、みんなが話し合いをしている中、私は部屋の隅でのんびり待つ。アイテムボックスからお菓子を取り出して、ついでにジュースも。お菓子はなんだかとっても長いヒモみたいなグミ。

 グミをもぐもぐしながら話し合いを眺める。内容はあまり興味ないから聞いてない。結果だけでいいから。

 

『途中で飽きたけど惰性で見続けるアニメを見てる時のワイみたいやな』

『リタちゃんとテメエみてえな小汚いおっさんを一緒にすんな』

『そうやな、ごめん』

『素直に謝るなよ悪かったよ言い過ぎたよ……』

『なんだこいつら』

 

 深夜のせいか、普段とはなんだか違う人も多い、気がする。気がするだけでいつも通りかも。

 もぐもぐしていると、アリシアさんが近づいてきた。アリシアさんは私のグミに興味があるみたいで、じっとグミを見てる。

 

「リタ。なにそれ?」

「グミ。食べる?」

「食べる」

「ん」

 

 グミをちぎって、アリシアさんに渡す。アリシアさんはグミを口に入れると、少しだけ困惑してるみたいに首を傾げた。

 

「美味しいけど、これ……。食べ物?」

「食べ物。飲み込んでも大丈夫」

 

『そっか、異世界にグミなんてないわな』

『グミの歴史って地球でも百年かそこらだからな』

『何も知らなかったらやわらかいゴムだと思われそうw』

 

 私も初めて投げ菓子でもらった時は、ちょっとびっくりした。不思議な食感だったから。

 




壁|w・)グミの発祥は1920年のドイツらしいですよ。日本だと1980年ぐらいらしいです。
リタはめんどくさい話に飽きました。お夜食もぐもぐ。


書籍版、発売から2週間経ちました。お買い上げいただいた皆様、ありがとうございます。
購入者向けの個人企画も継続中なので、買ってくれた皆様は是非ともご応募ください……!
1万4千文字書いたので、たくさんの人に読んでほしいな……!
リタが海外に行くお話を読めるのは、この個人企画だけ、なのです!


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追放の先

「リタはこの後どうするの? 今回はリタのお手柄だから、多分王様ともすぐに謁見できるようになるはず」

「王様からお話を聞いてから考える。どうして?」

「うん。よければ、ずっととは言わないから、少しだけ一緒に旅をしてみたいと思って」

「一緒に……」

 

 アリシアさんと一緒に旅。それはそれで楽しそうではあるけど……。あのもふもふでのんびり旅というのも悪くないと思うけど……。でも、地球には行きづらくなりそう。そう思うと、一人の方がいいかも。

 

「ごめん」

 

 私がそう言うと、アリシアさんは少しだけ眉尻を下げて、そっか、と頷いた。ちょっとだけ悪いことをしちゃった気がする。

 二人でグミを食べながら話し合いを見守っていると、少しだけ変化が出てきた。主に、カイザさんに。なんだか顔色が蒼白になっていってる。処罰が決まりそうなのかも。

 

「それは反対ですわ!」

 

 そう思っていたら、突然ミレーユさんが叫んだ。ジュードさんたちがとても驚いていて、カイザさんまでも目を丸くしてミレーユさんを見てる。

 

『なんだなんだ?』

『リタちゃん、そろそろ会話拾おうぜ』

 

 そうだね。私もちょっと気になってきた。アリシアさんにも聞こえるように、魔法で声を拾おう。

 

「ミレーユ、お前、やはり私のことを……!」

 

 カイザさんの声だ。アリシアさんがちょっとだけ驚いて私に視線を投げてきたから頷いてあげる。それで察したのか、アリシアさんも会話に集中し始めた。

 

「別にあなたのことはどうでもいいです! どうせなら、わたくしがぶっ殺したいですわ! 今から燃やしてもよろしくてよ!」

「ひっ……」

「み、ミレーユ! 落ち着け! な!?」

「ミレーユ様、気持ちは分かりますというか私も同じ気持ちですが、落ち着きましょう!」

 

 ジュードさんとメグさんがミレーユさんをなだめてる。それでもミレーユさんは怒ったまま。でもこれはどちらかと言うと、焦ってるような顔、だと思う。

 そしてちらりと、私を見た。

 

「ん……?」

 

 なんだろう。私が聞いてないことを確認しようとしてるような、そんな感じ。私が首を傾げると、安心したみたいに話し合いに戻ったし。

 これは、なんだろうね。

 

『リタちゃんが関係することなんてあったか?』

『捕まえただけだろうからなあ』

『カイザがリタちゃんの方が怪しいとか言ってるかも?』

『公爵が正式に雇ってる魔女に疑いなんてさすがにかけないだろ、とは思うけど』

 

 冤罪、だっけ。そういうのがかけられそうなのかな。その場合は、んー……。次の国に行けばいいかも。

 

「落ち着け、ミレーユ。何故反対する? 死罪ではやりすぎだと思うのか?」

 

 死罪、なんだね。妥当なのか重たいのかは、ちょっと分からない。

 

『さすがに重すぎね?』

『一度目のやらかし、刑罰からの脱走、そして貴族の屋敷への繰り返しの窃盗、かな』

『誰も殺してはいないし、重いと思う』

『いや、一番やばいのは思想と妄言だと思う。仮にも元王子だし、脱走した経緯もあるから、また何か知らない場所でやらかして王家と国の信用を落とすことがあるかもしれない』

『ま、ぶっちゃけ異世界の国のことだからな。俺らにゃわからん』

 

 それもそうだね。私も国が決めることに口出しするつもりはない。

 そう、思ってた。

 

「死罪に反対はいたしません! 方法がだめだと言っているのです!」

「ふむ……。残酷すぎたか?」

「ですが、王家、そして国家の信用を著しく損ねた罪はあまりにも重いでしょう。死罪の中でも最も重い追放刑が妥当だと思われますが」

「そういうことではないのです、ソレイド公爵! 追放刑の追放先が問題なのです!」

「精霊の森に送るだけだろう?」

 

 ん……? 今、どこって言った?

 

『おや……?』

『今、精霊の森って言ったよな?』

 

 さすがに、聞き捨てならない。カイザさんがどうなっても気にしないけど、森が関わるなら無視はできない。

 

「ねえ、ミレーユさん」

 

 私が歩きながらミレーユさんに声をかけると、ミレーユさんはびくりと体を震わせて、振り返った。何故か、ちょっと顔が青い。

 

「り、リタさん……。聞いて、いましたか?」

「ん。追放刑について、詳しく」

 

 そう言うと、ミレーユさんが小さく喉を鳴らして頷いた。

 ミレーユさんが言うには。死罪の中でもいくつか種類があって、その一番重たいのが追放刑らしい。死罪の追放刑は、国から追い出す追放とは違って、兵士の監視のもと、精霊の森に送られるのだとか。つまりは、森の野生の魔獣に食べてもらおう、ということだね。

 野生の魔獣に食い殺される、というのは、確かにとても残酷だと思う。最も重い刑罰だと考えると、そういうのもあるのか、なんて思ったりもする。

 

『ひぇっ……』

『こわいこわいこわいこわい』

『日本だとマジで考えられないよなこの辺りは』

 

 視聴者さんには、ちょっとショックが大きすぎる内容だったみたいだけど。

 私は刑罰の内容については口を出すつもりはないよ。私からすれば、犯罪者も命知らずな冒険者も変わらないから。森に入った以上は自己責任だ。

 それに、実際にそれが行われることはほとんどないらしいし。十年に一度あるかないか、ぐらいだって。

 それはいい。刑罰についてはいい。勝手にすればいい。精霊たちが気にしてないなら、私も気にしない。でも。それでも。

 

「この人を、追放刑? 精霊の森に? カイザさんを? 送るの?」

「そ、そういうことになりますわね」

「は?」

 

 自分が思っていたよりも、低い声が出てしまった。どうやら私は、このカイザという男が心底嫌いになってるみたい。森に入ってほしくない、と思うぐらいには。

 

『あ、これマジでやばいやつ』

『リタちゃんキレかけてね?』

『そりゃ実家のお庭に不審者入れるとか言われたらキレるやろw』

 

 さすがにその例えは極端な気もするけど、近いと思う。

 




壁|w・)精霊の森に比較的近い国ならではの刑罰、かもしれない。
ちなみにどうでもいい裏設定としては、この刑罰はどちらかというと、逃がす目的の刑罰でした。死罪には惜しい人物を、誰にも見られない場所に送って処罰したふりをして、みたいな。いつの間にかそれが実際に行われるようになった……、なんて考えたりしていますが、本編にとってはどうでもいいのでこの辺りは流し流し。


書籍版、発売中なのです。こちらもよろしくお願いします!
異世界魔女の配信生活


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断固拒否します

「だめ。それはだめ。こいつを森に入れることは許さない。絶対に、許さない」

 

 私がそう言うと、ミレーユさんの顔色がどんどんと悪くなっていく。ミレーユさんを責めるつもりはないのに。

 

「Sランクの冒険者とはいえ、国の刑罰に口を挟む権利はない」

「リタ。少し落ち着いて、離れよう。私が話を聞くから」

 

 ソレイド公爵が言って、アリシアさんが私の肩に手を置いてくる。私はそれを気にせず、続ける。

 

「Sランクとか冒険者とか魔女とか、どうでもいい。守護者として、言う。こいつを森に入れることは認めない。入れた人間は敵と見なす」

 

 理由なんてない。私が嫌いだから、こいつに森に入ってほしくない。ただそれだけ。ただのわがまま。自覚はあるけど、森だって本来は関係ないんだから、巻き込まないでほしい。

 私の言葉にほとんどの人は困惑と不快感を示してたけど、ミレーユさんだけは目に見えて狼狽していた。

 事情を知ってるのはミレーユさんだけなんだから、こうなることは予想しておくべきだった。あとで謝らないと。

 

「ああ、もう……! リタさん! もう言いますからね!」

「ん」

 

 魔女という肩書きだけだとさすがに認められない。それは分かるから、頷いておく。ミレーユさんは王様へと向き直って、

 

「今からするのは、ここだけの話です。外部には漏らさないでください。絶対に」

「貴様、陛下に命令など、いくらなんでも……」

「黙りなさいソレイド公爵!」

 

 ミレーユさんの叫び声に、ソレイド公爵が目を剥いた。口をあんぐりと開けて固まってる。ちょっとおもしろいかも。

 

「良い。許す。申してみよ」

「はい。陛下、こちらにいる隠遁の魔女は、守護者です」

「ふむ。…………。いや、待て。なんと?」

「精霊の森の守護者です。彼女に敵対するということは、精霊たちと敵対するのと同義になります。これについては、わたくし自身が精霊の森に共に入り、世界樹の精霊様に確認しております」

「ふむ……。…………。ええ……」

 

 王様の顔色も悪くなってしまった。気付けば、公爵二人と伯爵の顔色も真っ青だ。ソレイド公爵にいたっては土気色になってしまってる。

 

『かわいそうwww』

『そう思うなら草を生やすなよw』

『お前には関係ないとか言った相手が、送る先の管理者、それもやばい相手だったからなあw』

 

 少しだけ長い空白。先に言葉を発したのは、王様だった。

 

「理解、した。精霊の森の守護者殿が反対されるのならば、追放刑は除外しよう。ソレイド公爵も、それでよいな?」

「もも、もちろんです陛下!」

 

 何度も頷くソレイド公爵は、私を怯えた目で見ていた。そんなに怯えなくても、直接的に何かをするつもりはないんだけどね。

 

「避けてくれるなら、何も言わない。邪魔してごめんなさい」

 

 小さく頭を下げて、部屋の隅に戻る。言いたいことを言ったから、少し落ち着いてきた。改めて思うと、ちょっと悪いことをしちゃったかもしれない。反省、だね。

 

「リタ、精霊の森の守護者だったの?」

 

 同じように隣に戻ってきたアリシアさんに聞かれたので頷いておく。するとアリシアさんは、おー、と感心したような声を出した。

 

「すごい子だとは思ってたけど、守護者だとは思わなかった。親戚として鼻が高い」

「ん……」

「ふふ……。照れてるリタ、かわいい」

「やめて」

 

 フードの上から頭を撫でないでほしい。フードが邪魔? じゃあもう下ろすよ。守護者だって言っちゃったんだし。

 私がフードを外すと、ちらちらと私を見ていた王様たちが一瞬だけ言葉に詰まったのが分かった。じろじろと私を見てる。こんな子供が、なんて声も聞こえてくるけど、見た目で判断しないでほしい。

 

「リタの髪はさらさらで気持ちいい」

「ん……」

 

『てれてれリタちゃん』

『てれリタかわよ』

『表情が薄いからこそ、この薄い恥じらいがもうかわいくてな』

 

 変なことを語らなくていいよ。

 

「ところで、リタ。少しだけお願いがある」

「ん?」

「私も一度、精霊の森に行っていい? 挨拶しておきたい。親戚の子がお世話になったから」

「ん。わかった」

 

 それぐらいなら、精霊様も歓迎すると思う。アリシアさんはいい人だから。

 

「それにしても……。エルフは守護者と精霊たちを敵に回してるのか……」

「大丈夫。エルフと関わるつもりはない」

「いつ爆発するか分からない爆弾を抱えてる方が怖いと思う」

 

『なるほど、言い得て妙やな』

『何がきっかけで爆発するか分からんからなあ』

『ぶっちゃけ、リタちゃんが何も思わなくても、精霊たちがキレてエルフの里を攻撃するかも』

 

 いや、そんなことはない、と思う。ない、はず。え? ないよね? ちょっと、精霊様に確認と念押ししておこう。不安になってきた。

 

「あと、これ、できればギルドマスターにも話しておきたい。あいつは顔が利くから、便利」

「ん。わかった」

 

『いや草』

『もうやめて! ギルドマスターさんの胃に穴が空いちゃう! いやわりとマジで』

『決定事項っぽいから止められないけどな!』

 

 ギルドマスターさんには、ちゃんと謝っておこう。

 そうしてアリシアさんと話していたら、ミレーユさんたちの話し合いも無事に終わったみたい。今回はミレーユさんも納得してるみたいで、頷いて……。いや、ちょっと不満そう。

 

「どうしたの?」

「もう一度奴隷として扱うことになりましたわ。ただし今回は、死ぬまで奴隷、という扱いですわね」

「死罪じゃなくなったんだ」

「ええ、その……。何があなたの逆鱗に触れるか、分からないからと……」

「ええ……」

 

『なんでや、と言いたいところだけど、気持ちは分かるかなあ』

『すでに一回逆鱗に触れてるからなw』

『同じことがあったらと思うと怖いわなあ』

 

 そういうもの、なのかな。でもそれだと、また逃げられるかもしれない。すでに一回逃げられてるわけだし。それをミレーユさんに言ってみると、やっぱりその可能性は考えてるみたいで、難しい顔をしていた。

 




壁|w・)ちょっとおこなリタでした。なので早めのカミングアウト。

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呪いの仕組み

「んー……。呪い、かける? 逃げられないように」

「待ってくださいまし。それができるんですの!?」

「ん」

「守護者殿。それは我らにも詳しく教えてほしい」

 

 そう言ってきたのは王様だ。教える、というほどのものじゃないけど……。

 

「そういえば、森の外だと呪いってどういうものになってるの?」

「相手を悪い状態にする特殊な魔法、という扱いですわね。魔法陣が必須となりますわ」

 

『いわゆるデバフってやつかな』

『そういえばさらっと呪いって聞いてるけど、俺らも詳しく知らん』

『わりと軽く呪いって言ってるけど、やばい魔法なのでは?』

 

 そっか、視聴者さんも知らないんだね。じゃあ、せっかくだから視聴者さん向けに説明しておこう。ミレーユさんたちも詳しく知らないみたいだし。

 

「そもそも呪いは魔法じゃない」

「え?」

『え?』

 

「呪いは魔法陣を使うけど、それは精霊への指示書みたいなもの。こういうことをしてほしい、という内容の依頼書を魔法陣で代行してるだけ。呪いって、つまり精霊たちにお願いして代行してもらってるものなんだよ」

 

 そもそもこの世界の魔法に、相手の状態に直接作用するものはほとんどない。自分の体の身体能力を上げるのも、便宜上魔法とする人もいるけど、あれは魔力を利用してるだけで魔法とは違うものだし。

 

「多分、特定の魔法陣でないと普通は呪いを使えないんだと思う。だって、精霊への指示の出し方なんて分からないだろうし」

「そうですわね……。わたくしたちが使える呪いは、昔からある魔法陣を使ったものですわ」

「ん。精霊と会話できた人が残したんだと思う」

 

 ほとんどの精霊は人間に興味なんてないからね。新しい魔法陣なんて作れない。ごくまれに交流を持てた人が奇跡的に残せた魔法陣が、呪いとして残ったんじゃないかな。

 

「えっと……。つまり、リタさん。あなたは、わりと自由な内容で呪いをかけられると……?」

「ん。直接お願いするから、わりと自由」

 

 さすがに変なお願いはだめって言われるかもしれないけど、それでも魔法陣を使う必要もないからとてもやりやすいと思う。

 

「逃げられないようにするんだから、どこそこの場所から出たら罰を、ぐらいでいいかな。場所の指定はある? 地図とかでも大丈夫」

「地図なら、ここに」

 

 王様が会議室の隅、本棚から一枚の紙を抜き取った。少し大きめの紙で、折りたたまれたそれを広げるとこの周辺の地図だった。かなり大雑把な地図のようにも見えるけど、だいたいの位置関係は分かるから大丈夫だと思う。

 

「鉱山は、ここにあります。この地域から出られないようにしていただきたい」

「ん」

「父上! 待ってください! もう一度、もう一度チャンスを!」

「黙れ。ああ、守護者殿。この者の口を封じることもできるでしょうか?」

「多分大丈夫」

「そんな!?」

 

 カイザがまだ何か叫んでるけど、これ以上付き合う必要もないと思う。少し離れて、ついでにテーブルを隅に移動させる。魔法を使って、ささっと。

 それじゃ、呼ぼう。

 精霊を呼ぶ方法はとても簡単。ちょっとした魔法陣を使って魔力を放出するだけ。この魔法陣を知ってるのは守護者だけだから、これですぐに来てくれる。

 ほとんどの人は私が杖を掲げただけに見えただろうけど、ミレーユさんとアリシアさんの二人は少しだけ眉をひそめていた。違和感程度で感じ取れたのかな。

 

『どんな精霊が来るのかな』

『カリちゃんが来たら楽しそうw』

『あの子は師匠を探す魔法担当だからさすがに来ないだろw』

 

 カリちゃんは今も森で魔法を使ってくれてる。だから、まず来ないと思う。

 少しだけ待つと、ふわりと、私の目の前に半透明の人影が現れた。

 

「な……!」

「これが……精霊……!?」

 

 そっか。精霊を見たことがない人の方が多いんだね。

 来てくれたのは、全体的に青っぽい女の姿の精霊と、赤っぽい男の姿の精霊。呼んだのは一人だけだったんだけど、多分同じぐらいの距離にいたんだと思う。

 

「あなたからの呼び出しは初めてですね。元気そうで安心しました、我らが愛し子」

「うむ! どのような用件か楽しみだな! だが変わらない姿を見れて嬉しいぞ! リタ!」

「ん。こんばんは。アクア様。フレア様」

 

 正直なところ、この二人が直接来てくれるとは思ってなかったけど。

 

『リタちゃんリタちゃん』

『この精霊さんたちはどんな精霊?』

『どう見てもちょっとすごい精霊に見えるけど』

 

「統括精霊。精霊様、つまり世界樹の精霊の直属の部下、みたいな感じ。とっても偉い精霊」

 

 普段精霊の森にはいないけど、ゴンちゃんやフェニちゃんと同格の、とてもすごい精霊だ。

 ただ、私としては、実はちょっとだけ苦手というか、んー……。

 

「呼んでくれてとても嬉しいですよ、リタ。ああ、このほっぺたの柔らかさがたまりません。ぷにぷにですね、ぷにぷに」

「いやいや、俺としてはこのさらさらの髪がいいと思うぞ。なあ、リタ。かわいいやつめ」

 

 ものすごくべたべた触られるから。青色の精霊、アクア様は私のほっぺたをむにむにするし、赤い精霊、フレア様は髪をわしゃわしゃしてくる。

 

『青っぽかったり赤かったり、やっぱり属性とかあるの?』

『なんか水属性とか火属性っぽい』

 

「んー……。少し得意、とかはあるかもだけど、特にそういうのはないはず」

 

 一つのことしかできなかったら、世界の管理なんてできないだろうから。

 とりあえず、ぽかんとしてるこっちの人たちの説明しよう。

 

「ん……。改めて。こっちの青い精霊がアクア様。赤い精霊がフレア様。どっちもとっても偉い精霊だよ」

 

 私がそう説明すると、その場にいる全員が跪いた。王様もだ。みんな顔色が真っ白だけど、きっと気のせい。

 紹介されたアクア様とフレア様は、とても冷たい目でその場にいる人を見ていた。

 

『ヒェッ……』

『視線が怖いっぴ』

『寒気で震えた気がするけど、っぴ、なんて今更聞かないものを聞いたからかもしれない』

『うるさいなあ!』

 

 いつも言ってるけど、基本的に精霊たちは人間たちに無関心だ。それは統括精霊も同じで、今も怒ってるわけじゃなくて、興味がないものをただ見てる、本当にそれだけだったりする。

 でもそれを言っても仕方ないし、早く終わらせてしまおう。

 

「アクア様。フレア様。お願いしたいことがある」

「愛し子のお願いですか。何でしょう? 何でしょうか?」

「愛し子の願いを我らが聞く機会はあまりないからな! 言ってみるがいい!」

 

 私が声をかけるだけで、笑顔で振り返るアクア様とフレア様。その変化がある意味怖いんだと思う。表情が全然違うからね。

 




壁|w・)ちょっとしたバフや治癒魔はあっても、デバフはほぼなかったりします。人を眠らせることならできるかも、ぐらい。
統括精霊さん。実は統括精霊はみんなリタが大好き……かもしれない。


むかしむかしのある日の森。
「おー。ししょー。ししょー。えらいせーれー?」
「そうだぞ。統括精霊ってやつだ。悪いな、来てもらって」
「いえいえ、構いませんよ」
「うむ。その子が守護者殿が拾ったという子か」
「ししょー。なまえは? とーかつせーれーさまのなまえは?」
「そういうものは、私たちにはありませんよ、人間」
「うむ。そもそも、会うことなどほとんど……」
「なまえ、だいじ。んー……。じゃあ、あおいせーれーさまが、あくあさま! あかいせーれーさまが、ふれあさま!」
「お前、そんなさらっと名前を……」
「それは……私たちの名前ですか?」
「ほう……。なんだ、こう……。他意のない名付けはここまで心地よいものなのだな……。ふむ……」
「だめ?」
「いえいえ! 素敵なお名前をありがとうございます。あなたはリタ、でしたね。よろしくお願いしますね。……あら、やわらかいほっぺた……」
「おい! ずるいぞ! 俺ももちろん構わないからな! 守護者殿は確かこうやって……、ほほう、良い撫で心地だ……」
「んー……。やーめーてー……」
「…………。まあ、気に入られるぐらい、いいか。うん」

こんなことがあったりしたかもしれないし、なかったりしたかもしれない!
ちょろい!

ちなみに、幼いリタは購入特典のSSでちょろちょろしてます。隙あらば宣伝!


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呪いの効果

「この地図、この場所、分かる?」

「ふむ……。人間が掘り返す山がある場所ですね」

「うむ。分かるぞ」

「この男がここから出られないようにしてほしい。あと喋られないようにしてほしい。できる?」

 

 私がカイザを指さすと、アクア様とフレア様はまた無表情になってカイザを見つめ始めた。カイザに近づき、じっと見つめる。カイザは口を開くこともできずただ震えてるだけ。

 さすがにかわいそう、なんて思ったりはしないけど。

 

「可能かどうかであれば、問題なく可能ですが……」

「正直、人間は愛し子と先代以外、見分けがつかんからな……。どれ、まずは目印だ」

 

 フレア様がそう言って、指先をカイザへ向ける。するとカイザの顔面に幾何学的な模様が描かれた。日本で言うところの入れ墨みたいに見える。ただし、真っ黒で何の模様かも分からないけど。

 

『おおう……えげつない……』

『信じられるか? これ、罰じゃなくてただの目印なんだぜ……』

『これさ、もしかして顔面だけじゃない感じ?』

 

「ん。多分、全身だと思う」

 

 この模様は、精霊たちの目印だ。人間に何かを依頼された時に、その相手につけるもの。普通はここまで大きなものじゃなくて、わりと小さな目印でその魔力を判別してるらしいけど。

 

「目印、大きい」

「はい。リタの怒りを感じましたから」

「相応の罰なのだろう? ならばその相手を間違えないように、目印も大きくしておかないとな」

 

 カイザが呆然としてるけど、きっとこの人は自分がどういう状態になってるのか、気付いてない。目印は別に痛みも何も感じないから。

 次にアクア様が指先を向ける。そしてすぐに、満足そうに頷いた。

 

「リタ。終わりましたよ。これでこの者は、二度とあの地から離れることはできません。また、口と鼻から音を発することもできないでしょう」

「な……!」

 

 周囲が驚いてる。わりとあっさり終わったからかな。少し唐突だったから、というのもあるかもしれない。でも、精霊というのはそういうものだから。彼らは人の事情を考えたりしてくれない。

 

「なお、地に縛る呪いの効果は日の出と共に始まります。急いで送ってくださいね」

「ん。ちなみに、放っておいたらどうなるの?」

「ここで死にます」

 

 さらりと告げられたそれに、喉を手で押さえていたカイザだけじゃなくて、王様たちまでもが目を剥いてる。本当に、急だからね。さすがに間に合わないから、近くで死ぬことが確定したのと一緒だ。

 さすがにそれはまずいと思ったみたいで、王様が慌てたように叫んだ。

 

「お、お待ちください! せめて、その場にたどり着くまでお待ちいただけませんか!?」

「面倒。却下だ」

 

 まあ、そうなるよね。何度も言うけど、これが精霊というものだから。

 

『こうして見ると、マジで精霊様とカリちゃんが特別なんだなって思えてきた』

『まだまだ俺らの認識は甘かったんやなって』

 

 でも、さすがにちょっとひどいかなというか、それだと死罪と一緒だよね。これで精霊が責められたらちょっと嫌だ。

 

「アクア様。フレア様。一時間後ぐらいに地図の場所に送ってほしい。だめ?」

「だめじゃありませんよ! 引き受けましょう!」

「ああ! 我らが間違いなく送り届けよう!」

 

 ん。これで一安心。王様たちも安堵のため息をついて、そしてすぐに慌ただしく動き始めた。手紙を持たせて送って現地の人に任せる、ぐらいはできると思う。これ以上は、もう私も知らない。

 

「アリシアさん。グミ、まだあるよ。食べよう」

「うん。食べる」

「ぐみ!? ぐみとはなんですの!? わたくしも食べてみたいですわ!」

「ん。あるよ。メグさんも食べる?」

「えっと……。い、いいのかなあ……」

 

 あとは大慌てな大人たちに任せて、私たちはのんびり休憩しよう。もう私たちにできることは何もないだろうから。

 カイザは何か言いたげにミレーユさんを見ていたけど、もういないものとして扱うことにしたみたいで、ミレーユさんもメグさんもそちらには一切視線を向けなかった。自業自得、だね。

 

 

 

 そうして一時間後、カイザは地図のあの場所へと送られた。あとは現地の人が適当に使うことになる、らしい。私ももうあとは知らない。この地図の場所には近寄らないようにする。

 お仲間さんは手助けだけだから、まだちょっと罪は軽くなるみたい。ただそれでも、ソレイド家はもう継ぐことはできなくなるみたいで、今後はずっと誰かの監視のもとで生活しないといけないみたいだけど。あとは、今回の件に関わった人の情報提供だって。

 

 ただここから先は本当にもう関係がない。カイザについてはミレーユさんが関係してたから見届けたけど、お仲間さんについては興味がない。ミレーユさんたちも特に思うところはないみたいだから。

 

「守護者殿。あなたの都合のいい時にいつでも王城へ来てほしい。いつでも構わない。最優先で対応させていただきましょう」

「ん。ありがとう。よろしく」

「精霊の方々も、ありがとうございました。このような雑事に関わらせてしまったこと、深くお詫び申し上げます」

「まったくです。これ以上、くだらないことに我らの愛し子を巻き込まないように」

「それでは我らは戻るとしよう。リタ、またいつでも呼ぶといい。さらばだ」

 

 アクア様とフレア様も、そう言って姿を消してしまった。最後にほっぺたを触られて頭を撫でられたけど、いつものことだから気にしない。

 精霊がいなくなったからか、その場の雰囲気は一気に弛緩したみたいになった。誰もがため息をついてる。緊張してたみたい。

 アリシアさんだけは、わりといつも通りだけど。

 

「貴重な経験ができた。それなりに長く生きてきたつもりだったけど、統括精霊を見たのは初めて。少し感動してる」

 

 それにしても、と続けて、

 

「リタ、ずいぶんと気に入られていて、驚いた。精霊が個人に固執しているのも、初めて見た」

「んー……。なんでだろう?」

 

 アクア様とフレア様もそうだけど、統括精霊はみんな私に対してあんな感じだったりする。初めて会った時から。理由はよく分からないけど、師匠が気にしなくていいって言ってくれたから、聞いてない。悪いことがあるわけでもないから。

 

「それじゃ、そろそろ帰っていい?」

 

 そう聞くと、ミレーユさんが頷いた。

 

「もちろんですわ。こちらの話し合いが終わったら屋敷に向かいますわね」

「ん」

 

 ミレーユさんたちはまだちょっと話すことがあるみたい。でも私はもう必要なさそうだから、帰るとしよう。

 隠す必要もなくなったので、その場で転移して屋敷の部屋に戻った。さっきまで少し騒がしかったから、急に静かな部屋に来るとちょっとだけ寂しくなる。ちょっとだけ。

 

「みんなも、お疲れ様。満足した?」

 

『したした』

『それなりに、かな?』

『統括精霊とやらも見れたのは良かったな!』

『もっと分かりやすいざまあ展開が良かったけど、スプラッタは見たくないしあんなもんかな』

『何目線だよw』

 

 そんなもの、なのかな? 私は、正直あまり楽しくなかったし、もうこういうのは避けたい。明日からはまたいつもの生活に戻れるから、それで良しとする。

 んー……。ミレーユさんを送ったら、また日本で食べ歩きしたい。次はどこに行こうかな。

 




壁|w・)これで色々終わり、かも?

明後日29日は電子書籍版の発売日となります。そちらもよろしくお願い致します!
ちなみに、電子書籍の個人企画受付は7月5日までとしたいと考えています。
少しだけ余裕があるので、慌てずに送っていただけると嬉しいです!


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ミレーユさんの天敵

 

 部屋でグミを食べながらのんびりしていたら、太陽がすっかり昇った頃になってからミレーユさんたちが戻ってきた。部屋に入ってきたのはミレーユさんとメグさんだけで、二人とも疲れてるのはよく分かった。

 ジュードさんはまだ帰ってこれないみたい。貴族は大変だ。

 

「疲れましたわ……。リタさん、何か、その……。ありますか?」

「ん。チョコあげる」

「いただきますわ」

 

 ミレーユさんと、ついでに少し羨ましそうに見ていたメグさんにチョコレートをあげた。大きな袋にたくさんの個包装されたチョコが入ってるものの一つだ。一口サイズだけど、食べやすいから好き。

 

「両端を引っ張ったら出てくるよ」

「こう、ですの? あら……。これはすごいですわね」

「あの……。この、包んである紙みたいなものは何ですか……?」

「メグ。守護者殿の持ち物は気にしない方がいいですわ。詮索もしない方がいいと思います」

「なるほど理解しました」

「ん……。間違ってはないけど、ちょっとひどい」

 

『詮索されると困るし、ちょうどいいと思おうぜw』

『触らぬ神になんとやら、みたいな扱いだなw』

 

 みんなでチョコを食べる。包装をとって、一口。んー……。やっぱり日本のチョコレートはとっても甘くて美味しい。こっちのチョコは、ちょっと苦めのチョコだったから。

 

「わ……。すごく甘いですね、これ……」

「甘さが疲れた体に染み渡りますわ……!」

 

 気に入ってもらえて、私も嬉しい。

 

「お城の方はもう終わったの?」

「そうですわね。あとは盗品の買い取りなどを行った者など、そのあたりも調べる必要はありますが……。少なくとも、わたくしたちに関しては終わりですわね」

「思うと、長かったですね……。もう終わったと思っていただけに、余計に疲れました……」

「まったくですわ……。でも、今回で本当に終わりです。わたくしは気ままな冒険者生活に戻りますわ」

「あ、ミレーユ様、さっきの話ですけど……」

「わたくしと共に来るのでしょう? 構いませんわよ。正直、助かりますわ」

 

 話を聞いてみると、メグさんはすでにミレーユさんとしっかり話をしたみたい。一緒にあの街に行って、ミレーユさん専属のメイドさんになるんだって。

 ミレーユさんは、メイドというよりも友達として側にいてほしそうだったけど……。余計なことは言わなくてもいいかな。メグさんが考えることだと思うから。

 

「お父様からリタさんに伝言を預かっていますわ。この部屋は自由に使っていいそうです。この国に来た時の拠点にしてください、とのことですわ」

「ん……。じゃあ、もう少しだけ、使わせてもらう」

 

 お城に行くのは、もうちょっと後にした方が良さそうだから。時間が空けば行こうと思うけど……。ミレーユさんが戻るタイミング次第かな。

 

「ミレーユさん、いつ頃戻るの? 連れてきたから、ちゃんと送る」

「あら、そうですか? それは、その……。メグも一緒でも?」

「ん」

「ではメグの準備次第、ですわね。メグ、準備はどれぐらいかかりますの?」

「一日あれば十分です」

「では、明日の朝にお願いしますわ」

「明日の朝だね。分かった」

 

『ついにメグちゃん、ミレーユさんと一緒に行くのか』

『メグさんの反応が気になるなあw』

 

 それは、そうだね。ミレーユさんは気付いてないのかな。あのお部屋、見られることになると思うんだけど。

 

「ミレーユさん」

「はい?」

「お部屋、いいの?」

「え……?」

 

 不意に固まるミレーユさん。ぴくりと動くメグさんの眉。すっとメグさんが目を細め、ミレーユさんを見つめ始めた。

 

「ミレーユ様……?」

「そ、そうですわね! わたくしは一度、先に戻りましょうか! いえ! 何もないのですけどね! ほら、メグもわたくしがいると緊張して……」

「ミレーユ」

「ごめんなさいですわ!? あ、いえ! りりりリタさんお願いですわ一度わたくしを先に!」

 

 んー……。そう、だね。ミレーユさんを先に戻してあげるのもいいとは思う。でも。

 

「普段からお片付けしないミレーユさんが悪いと思う。明日、一緒に送るね」

「そんな!?」

「はい、それでお願いします」

 

 ミレーユさんがそれはもう分かりやすいほどに絶望した顔になって、その反対にメグさんはとっても楽しそうな笑顔だった。これは私でも分かる。怒ってる時の笑顔だ。

 

「ミレーユ、私に言ったからね。わたくし一人でも家事ぐらい余裕ですわーって」

「はひ」

「楽しみだなあ……」

 

『これはひどいwww』

『ミレーユ様、おいたわしやwww』

『とってもかわいそうwww』

『お前らw』

 

 今後はメグさんが片付けをしたりするんだろうけど、危険な道具とかがあると手出しできないと思う。だからやっぱり、ミレーユさんもお片付けはしないとね。だから、頑張ってほしい。

 

「ああ……。わたくしは、どうして片付けを後回しにしてしまったの……」

 

 テーブルに突っ伏すミレーユさん。それはミレーユさんしか分からないことだと思うよ。

 




壁|w・)実はわりと仲良しな二人です。気の置けない仲。それ故に天敵。

本日、電子書籍版の発売日となります!
電子書籍派の方は是非是非よろしくお願い致します。
電子書籍の個人企画の締め切りは7月5日までとなっていますので、忘れずにご応募ください……!
書籍版の締め切りは明日までとなっております。まだの方はお早めに……!


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王様との話し合い

 

 その日はメグさんが荷物を整理するということで、早めに解散。私は一日のんびりと過ごして、真美のお家でご飯を食べて、そうして翌日。

 ミレーユさんたちを送るのはお昼から、ということになったので、私は王城に来ていた。魔女らしく、空を飛んで移動して、お城の門の前に着地。門番さん二人が目を剥いて槍を構えてる。お仕事熱心だ。

 

『いきなり配信始まったと思ったら、なんかお城の前にいるし』

『あれ? 今日はミレーユさんたちを送るんじゃなかったっけ?』

 

「ん。それはお昼から。だから朝のうちに、師匠の話を聞いておきたい」

 

 待ってるだけなのも退屈だから、時間は有効利用しないとね。

 槍を構えている門番さんたちは、じっと私を見つめて、そして言った。

 

「失礼ですが、お名前をお伺いしても?」

「ん。隠遁の魔女」

「なるほど、あなたが……。失礼致しました。少々お待ちください」

 

 構えをといて、門番さんの一人が中へと走って行く。待っていればいいかな?

 

『てかいきなり槍を構えるとか失礼じゃね?』

『そら空から唐突に人が下りてきたら警戒ぐらいするやろ』

『今から行きます、とか言ってたらともかく、リタちゃんは言ってなさそうだし』

 

 先触れ、ていうんだっけ? 出してないね。出した方が良かったのかな。今更だとは思うけど。

 そのまま少し待っていると、門がゆっくりと開き始めた。中から出てきたのはさっきの門番さんと、そして執事さん、だと思う。黒い服を着ていて、丁寧に頭を下げてきた。

 

「ようこそ、隠遁の魔女様。お待ちしておりました」

「ん。王様に会える?」

「もちろんでございます。どうぞこちらへ」

 

 執事さんに案内されて、お城の中へ。前回と違って今回は日中だからか、たくさんのメイドさんたちが行き交ってる。そんなメイドさんも、私たちが近くを通ると恭しく頭を下げてきた。

 なんだか、変な感じ。特別扱いされてるみたい。

 

『特別扱いされてるんだと思うよ』

『守護者とは言ってなくても、とても大事なお客様だから丁重に扱え、程度は言ってそう』

『言っちゃった以上は仕方ないさ』

 

 んー……。次からは言わないようにしたい。ちょっと、嫌だから。

 執事さんに案内されたのは、二階の部屋。少し広めの部屋で、なんだか高級そうな家具がたくさん置かれてる。執事さんが言うには、とても大事なお客様が来た時に使う部屋らしいよ。他国の偉い人、とか。

 執事さんに促されて、椅子に座る。その後にメイドさんがたくさん入ってきて、お菓子とかジュースを用意してくれた。食べていいらしいから、食べてみる。んー……。

 

「ジュードさんたちのお家でもらったものと同じ、かな?」

 

『あっちも公爵家だから、そうそう違いはないだろうな』

『王家の方が高級ではあるかもだけど、リタちゃんは日本のお菓子になれすぎてるからw』

 

 比較対象が悪いってやつだね。

 お菓子をもぐもぐと食べていると、部屋のドアがノックされた。

 

「んー……? どうぞ?」

 

 またメイドさんかな、と思ったけど、入ってきのは王様だった。ジュードさんと、ソレイド公爵さんも一緒だ。

 

「失礼致します。ようこそ、リタ殿。我が国、我が城へ」

「ん」

 

 私も立って挨拶した方がいいのかな? そう思ってる間に、王様がテーブルを挟んで向かい側に座った。ジュードさんとソレイド公爵さんは、王様の後ろで立ってる。

 

「改めて、先日はご協力、誠にありがとうございます。リタ殿のご協力がなければ、あの事件は未だ未解決のままだったでしょう」

「んー……。アリシアさんでも、そのうち捕まえられたと思う」

 

 多分、だけどね。何もしてなかったわけではないと思うし、魔道具の魔力にさえ気づけたら、すぐ捕まえられるようになったと思う。

 

「今回の報酬として、こちらは何を用意すれば良いでしょうか? あなたの要望に可能な限り応えたいと考えています」

「いらない。代わりに、情報が欲しい」

「情報ですか」

「ん。賢者コウタについて、教えてほしい」

 

 私がそう言うと、王様だけじゃなくて、ジュードさんたちも眉をひそめていた。師匠の名前が出てくるのは予想外だったみたい。最近の話じゃないし、亡くなったっていう話も聞いてるだろうしね。

 

「賢者殿なら我が国にも訪れていましたが……。何かありましたか?」

「まさか、精霊に対して何かをしでかしたのですか!?」

 

 ジュードさんが少し慌ててるみたい。どうしてジュードさんが、と思ったけど、もしかすると師匠はジュードさんとも何かあったのかもしれない。ミレーユさんにもう少し詳しく聞いておけばよかった。

 

「んーん。違う。賢者コウタは、私の師匠」

「な、なるほど。安心しまし……、なんと?」

「私の師匠。先代の守護者」

「はははそんなまさかご冗談を」

 

 王様たちは笑ってるけど、残念ながら本当だ。私がじっと王様を見つめると、次第に王様たちは頬を引きつらせた。

 

『王様たちもまさか賢者さんが元守護者とは思わなかっただろうからなあw』

『知らずに地雷を歓待してたと思ったら、まあ怖いわな』

『しかもこれ、真実はどうあれ、自国で死なせてしまってるからな』

 

 あ、そっか。魔法学園はこの国の所属なんだから、魔法学園の周辺はこの国の領土なんだよね。つまり……。

 

「師匠はこの国で死んじゃったってことだね」

「うぅ……っ!」

 

 あ、王様がお腹を押さえてしまった。余計なことは言わないでおこう。

 

『わざとかな?』

『鬼だ、鬼がいるw』

『鬼畜の魔女に改名する?w』

 

 わざとじゃないってば。

 

「それについて責めるつもりはない。私は、師匠がこの国で何をしていたのかとか、この国に来る前にどこに行っていたのか、知りたいだけ」

「な、なるほど……。そうでしたか」

 

 小さく、安堵のため息をつく王様。表情には出していなかったから、とても器用だ。王様は少しだけ目を閉じて、そしてすぐに頭を下げてきた。

 

「ですが、それでも。賢者殿が我が国で亡くなったことに違いはありません。謝罪をさせていただきたい」

「…………」

 

 とても律儀な人だね。王様って、もっと偉そうな人だと思ってた。でも、なんだかとてもまっすぐな人だ。好感が持てる人、だね。

 

「いいよ。許す」

 

 私がそう言うと、ありがとうございますと王様は顔を上げた。その表情は分かりやすい安堵の色だ。ジュードさんとソレイド公爵も同じく。

 

「それで、師匠はこの国で何をやってたの? 知ってる範囲で教えてほしい」

「そうですね……」

 

 王様が言うには。師匠はまず挨拶として、王様に謁見したらしい。その時にいろいろと贈り物もしたみたいだね。精霊の森の果物とか。

 次に、バルザス公爵邸に滞在して、ミレーユさんを含む有望な魔法使いにアイテムボックスの魔法を伝えたらしい。どんどん広めても構わない、という許可まで出して。

 どういう目的でそれをしたのかは分からないけど、少なくない金銭を見返りに要求したらしいから、旅の資金の調達源だったのかも。

 

 あとは、観光をして、そのまま旅立った、とのこと。多分この観光の時に孤児院に寄ったのかな。

 つまりこの国に旅の目的はなかったんだと思う。寄り道、みたいな感じだったのかも。

 




壁|w・)知らない間に守護者の師匠が自国の領地で亡くなっていた王様の心境は……。

個人企画について。
6月に本を注文したのに月内に届きませんでした、という声をいくつかいただきました。
そういう方がいらっしゃれば、ツイッターのメッセやハーメルンのマイページのメッセージで教えてください。
別で対応させていただきます。


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ジュースで一休み

「ん……。ありがとう。参考になった」

「いえ。あまりお力になれなかったようで、申し訳ない」

「んーん。師匠がどこに行ってたか、とかは知ってる?」

「そうですな……。賢者殿を招いて晩餐会を催させていただきましたが、その際に旅の話をお伺いしました。目的地にはすでに寄ったからあとは帰るだけ、と話してもらいました」

「目的地……?」

 

 それは、初めて聞いた。やっぱり師匠は何か目的があって、旅に出たらしい。世界を見て回る、というのもあったんだと思うけど、それとは別の目的が。それも、私には言えないこと。

 

「その目的地は知ってる?」

「エルフの里だったはずです。行き方が分からず、調べるのに苦労したと聞きました」

「え……?」

 

 エルフの里? 師匠が、エルフの里を探して、行ったの? どうして?

 

『エルフの里って、なんでだよ』

『普通に考えれば、リタちゃんに関わることだろうけど』

『リタちゃんの出生を調べに行ったか、もしくはどうして捨てたのか聞きに行ったか』

『どっちもありそう』

 

 そう、だね。師匠なら、どっちでも可能性はあると思う。つまり両方かもしれない。

 ただ、理由までは考えたところで分からないと思う。今は、目的地だった場所が分かっただけでも十分だ。十分、だけど……。どうしよう。

 

「守護者殿、いかがなさいましたか?」

「ん……。何でもない。お話ありがとう。知りたいことはこれで聞けた」

「はあ……。そうですか」

 

 王様はちょっと怪訝そうにしてたけど、それ以上は何も言ってこなかった。詮索はしないでくれるみたい。こっちも説明するつもりはあまりないけど。

 それじゃ、そろそろ帰ろう。

 

「失礼、守護者殿。少しだけよろしいでしょうか」

 

 私が立ち上がったのと同時に声をかけてきたのは、ソレイド公爵だった。あまり直接会話はしなかったけど、何の用かな。

 

「なに?」

「私は深緑の剣聖を雇っていたのですが、彼女からの伝言でして。バルザス公爵家で待っている、と」

「ん」

 

 そういえば、精霊様に挨拶したいって言ってたね。一緒についてくるつもりらしい。別にそれはいいけど、フェンリルのランはどうするのかな。森に連れて行くなら、守ってあげないとさすがに危ないけど。

 それは会って相談すればいいか。とりあえず帰ろう。

 

「それじゃ、王様。お話、ありがとう。お邪魔しました」

「いえ。また何かありましたら遠慮なくお越しください。最優先で対応させていただきます」

「ん」

 

 王様たちに手を振って、私はバルザス公爵邸へと転移した。

 転移した先は、もちろん自分が使ってる部屋だ。部屋にいたのは、ミレーユさんと、そしてアリシアさん。二人とも、のんびりとお茶を飲んでる。

 

「あら。おかえりなさい、リタさん」

「おかえり」

「ん。ただいま」

 

 メグさんはいない。まだ荷物の整理中かな。

 私も椅子に座って、アイテムボックスからジュースを取り出す。じっと見られてるのはすぐに気が付いたから、二人にも渡しておく。コップにジュースを入れて、どうぞ。

 

「ありがとうございます、リタさん」

「おいしそう」

 

 二人がジュースを飲むと、わずかに目を見開いて一気に飲み干した。お代わりほしい? いいよ、たくさんあるから。

 

「リタ。このジュース、なに?」

「グレープジュース。お気に入り」

「へえ……」

 

 アリシアさんがじっとジュースを見てる。気に入ってもらえたみたい。美味しいからね。

 

『グレープジュースは子供が好きなイメージ』

『分かる』

『つまりここにいるのは全員子供……?』

『なお最年少はミレーユさんです』

『頭バグりそう』

 

 アリシアさんとミレーユさんだと、ミレーユさんの方が年上に見えるからね。実際の年齢を知ってると、違和感がとてもあると思う。

 ジュースも飲んだし、今後の予定だ。

 

「アリシアさん。私はミレーユさんを送ったら一度森に行くけど……。一緒に来るの?」

「うん」

「ランはどうするの?」

「お留守番させる。さすがに精霊の森は危ないと思うから」

 

 そうだね。あの子もそれなりに強い魔獣だと思うけど、精霊の森だと下から数えた方が早い程度になる。多分、フォレストウルフの群れでも厳しいんじゃないかな。

 だから、もうしばらく街の外で待機だ。ランにはちょっと悪いけど。

 

「じゃあ、あとはメグさん待ちかな」

「そうなりますわね」

「時間があるなら、リタ、冒険者ギルドに行こう」

「ん……」

 

 そういえば、そんな話もしてたね。ギルドマスターさんには全部話しておいた方がいいっていうやつ。ギルドマスターさんには悪いけど、メグさんの用意が終わるまでは暇だし、先に行こう。

 

『これはギルドに行く流れやな?』

『ギルドマスターさん逃げて、超逃げて!』

『かわいそうに、もう逃げられないぞw』

『Sランクが二人の時点で避ける選択肢がないんだよなあ』

 

 一応は最上位の冒険者だからね。さすがに避けれないと思う。だから、頑張ってほしい。

 

「行こう」

「ん。ミレーユさん、ちょっと行ってくる」

「分かりましたわ」

 

 ミレーユさんに手を振って、私たちは冒険者ギルドに向かった。

 




壁|w・)次回、ギルドマスターさんの受難再び!


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ギルドマスターの受難たぶんふぁいなる

 

 私たちがギルドに入ると、カウンターで職員さんと話しているギルドマスターさんがいた。仕事の指示か雑談かは分からないけど、険悪な雰囲気ではない、と思う。どちらかと言えば和やか。

 でも、そんなギルドマスターさんの顔は、私たちを見つけた瞬間に引きつってしまった。

 

「げ」

「げ、はさすがに失礼だと思う」

 

 アリシアさんがずんずんと奥へと歩いて行く。私もその後に続く。周囲の冒険者さんは、我関せずとばかりに視線を逸らしていた。

 

「待て。来るな剣聖。わしは何も聞きたくない!」

「そんなこと言わずに。大事な報告がある」

「よせ! やめろ! 何も言うな! わしの体重がどれだけ減ったか分かっているのか!」

「素晴らしい。ダイエットは大事。是非協力したい」

「ぶっ殺すぞ貴様」

「やってみなよギルマス」

「できるわけがないだろうがクソが!」

 

『コントかな?』

『実は仲良しだったりするのでは?w』

『まあどう見てもキレてるわけだけどw』

 

 ギルドマスターさんが怒ってるのは間違いないと思う。気持ちはちょっと分かるけど。でも今回は私が原因になりそうだから、少しだけ申し訳ない気持ちもある。

 

「ギルドマスター。本当に大事な話」

「ああ、ああ、分かったよ。わしの部屋で待っておれ」

 

 ギルドマスターさんも話を聞いてくれる気になったらしい。とりあえずは安心、かな?

 階段を上って、ギルドマスターさんの部屋へ。二人で椅子に座って待っていると、すぐにギルドマスターさんも部屋に入ってきた。

 ギルドマスターさんは警戒心たっぷりにアリシアさんを睨んでる。今回もアリシアさんが何かをやったのだと思ってるみたい。

 

「心外。今回は私じゃない」

「なんだと?」

「今回は、魔女の方」

 

 ん。その通りなんだけど、そんな裏切られたみたいな目で私を見ないでほしい。ちょっと罪悪感を覚えてしまうから。

 

『ギルドマスターさん視点だと、多分剣聖のストッパーみたいな感じだったんだろうな』

『残念、その子も爆弾だぞ!』

『なんなら一発の威力は剣聖よりも遙かに上だぞ』

 

 その言い方はちょっと悪意を感じてしまう。否定ができないけど。

 ギルドマスターさんは緊張の面持ちで私の対面に座った。ちなみにアリシアさんは私の隣に座ってる。こっちはなんだかわくわくしてる、気がする。

 

「よし……。よし。良いぞ。何でも言え!」

 

『覚悟完了』

『じいさんかっこいい!』

『なおこれから胃痛で倒れます』

『やめたれwww』

 

 別にそこまででもない、と思うんだけど……。違うのかな?

 

 

 

「つまり、なんだ。隠遁の魔女殿は精霊の森の守護者で、賢者コウタはその師匠、かつ先代の守護者と。そういうことかの?」

「ん」

「ふむ……。よし。待っておれ」

 

 そこまで長い話でもないからさっと話してみたけど、ギルドマスターさんはそう言うとおもむろに立ち上がった。ゆっくり歩いて、部屋の奥、本来の自分の椅子に座る。机の上で手を組んで、深呼吸。そしてそのまま頭を抱えてしまった。

 

「情報量が……多い……!」

 

『草』

『話そのものは数分だったのになあw』

『最初のリタちゃんの一言でフリーズしたのはちょっと笑った』

『わたしは精霊の森の守護者、からの、ほ?』

『お腹を押さえてぷるぷるしててかわいいと思いましたwww』

『お前ら老人はもっと大切にしろwww』

『なら草を生やすなw』

 

「んー……。でも、王様にも話した後だし、ギルドマスターさんはあまり気にしなくていいと思う」

「魔女殿、実はバカだろ? 間違いなくわしもこの後、城に呼ばれるだろうが……!」

「そうなの……?」

「間違いなく」

 

 アリシアさんに聞いてみると、すぐに頷いた。どうしてそうなるのか分からなかったけど、アリシアさんが言うには、ギルドマスターという立場は冒険者のまとめ役みたいなもの。そして私も今は冒険者だから、これを知っていたのか、今後どういう関わり方をするのか、とかそういったことを間違いなく聞かれるらしい。

 うん……。ちょっと、ごめんなさい。

 

「でも、それならやっぱり話しておいたほうがよかった、よね?」

「いや? 言われなければ知らぬ存ぜぬで通せたんだがな?」

「ん……」

 

 ちら、とアリシアさんを見る。話した方がいい、と言っていたのはアリシアさんだから。アリシアさんは、なるほどと手を叩いていた。

 

「言われてみればその通り」

「今の一言で魔女殿がここに来た経緯を察したぞやっぱりお前が元凶かクソが……!」

 

『さすがにギルドマスターさんが不憫になってきたんだがw』

『本人に悪気がないのが一番たちが悪いなこれw』

 

 えっと……。うん。私も、もう少し考えればよかったかもしれない。

 

「ごめんなさい」

 

 そう言うと、いや、とギルドマスターさんが慌てるように手を振った。

 

「魔女殿は悪くない。原因はそこの剣聖殿だからな」

「心外」

「お前は少し反省しろ」

 

 意味が分からないといったように首を傾げるアリシアさんと、青筋を立てるギルドマスターさん。今後はもう少し気をつけよう。

 それにしても、とギルドマスターさんは私とアリシアさんを見比べて、しみじみと言った。

 

「Sランクにまともなやつはやはりいないな……」

 

『いや草』

『そこまでか? 誰かまとめて』

『灼炎の魔女、婚約破棄されて公爵家を出て冒険者になった元上位貴族。貴族との繋がりあり』

『深緑の剣聖、ハイエルフ、つまりエルフの王族で控えめに言ってトラブルメーカー』

『隠遁の魔女、ご存知リタちゃん、精霊の森の守護者、ある意味一番の爆弾』

『まともなやつがいねえ!』

『まともなやつがSランクになれるわけがないだろうがいい加減にしろ!』

 

 そこまで言われることかな、と思ったけど、確かにその通りかもしれないと思ってしまった。私も、さすがに普通の出自とは言えないぐらいは自覚があるから。

 ギルドマスターさんは最後に大きなため息をつくと、すっと背筋を伸ばした。きりっとしたお顔になってる。そうして、まっすぐに私を見つめてきた。

 

「では、守護者殿。あなたは守護者として、我らに何を望むのでしょう。もちろん可能な限り協力を……」

「え?」

「え?」

 

 私が首を傾げると、ギルドマスターさんも首を傾げた。

 

「守護者殿、ちなみにですが、何故このことを伝えに来てくれたのでしょうか?」

「ん……。アリシアさんが、その方がいいって。顔が利くから便利、だって」

 

 二人で同時にアリシアさんを見る。アリシアさんは頷いて、

 

「よろしく、ギルドマスター」

「…………」

 

 ギルドマスターさんはなんだか遠い場所を見るような目になってしまった。なんというか……。うん。ごめんなさい。

 




壁|w・)もはや取り繕うことすらできないギルドマスターさんでした。
彼の受難は今回がふぁいなるです。たぶん。
ちなみに。もしもギルマスに報告しなかった場合、お城に呼ばれても何か聞いているか問われるだけなので、知らなかったらそれで終わりました。
つまりやっぱりアリシアさんです。

本日が個人企画の受付最終日です!
購入してくれた方は是非ともご応募ください。リタが海外に行くお話を読めるのはここだけ、なのです。
6月中に注文したのにまだ届いていない、という方はご連絡ください。本が届いた時に、注文履歴を一緒に送ってくれたらOKとしています。
是非是非、よろしくお願いします!


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ミレーユさんのおへや

 

 ギルドマスターさんは顔が利く、というのは間違いないみたいで、他の街や国に行くなら紹介状を書いてくれることになった。王都のギルドのトップなだけあって、他の街のギルドマスターさんよりもその点は優れてるらしい。

 代わりに、定期的に難しい依頼を受けにくるって言ったら喜んでくれたから、ちゃんと忘れずに来ようと思う。

 ギルドマスターさんとのお話が終わった後は、お部屋に戻る。途中で串焼き肉を買って食べながら、歩いてお屋敷へ。串焼き肉は安かったけど、香辛料が少なめでちょっといまいち。

 

「んー……。やっぱり、安いと微妙」

「安いには理由があるってことだよ、リタ」

「なるほど」

 

『輸送費とか上乗せされるだろうしね』

『この世界だと輸送費がわりと高そう。魔獣も出るし』

『ごめん関係ないけど、アリシアさんが肉食ったことに驚いたよ俺は』

『エルフだからかな?w』

 

 そういえば、日本のお話だとエルフはお肉を食べないっていうのがあったね。この世界のエルフはどうなんだろう。私は気にせず食べるけど。

 

「アリシアさん。エルフもお肉は食べるの?」

「え? 普通に食べるけど」

「そうなんだ」

 

『どうやらこの世界だと関係なさそうやな』

『そんなんいやや! エルフはお野菜しか食べないんや! それこそエルフじゃん!』

『勝手な価値観を押しつけちゃいかんよ』

 

 私が問題なく食べられることから予想しておくべきことだったかもしれないね。

 お屋敷に帰ってきて、部屋に入る。部屋ではミレーユさんとメグさんが待っていた。荷物の整理は終わってるみたいで、メグさんの足下には少し大きめの鞄がある。

 メグさんは私に気が付くと、すぐに立ち上がって頭を下げてきた。

 

「守護者様。お待たせ致しました」

「ん……。リタでいい。荷物それだけ?」

「かしこまりました、リタ様。残りの荷物はミレーユがアイテムボックスに入れてくれています」

 

 ミレーユさんを見ると、少し得意げに見えた。ただ、なんとなく分かる。これは、あれだね。

 

「点数稼ぎってやつだね」

「リタさん!?」

「いいところを見せて、この後のお説教を短くするつもり、とか」

「やめてくださいまし!」

 

 図星みたい。ミレーユさんがそっとメグさんを見ると、メグさんはにっこり笑って言った。

 

「大丈夫だよ、ミレーユ。お友達でしょ?」

「メグ……!」

「この程度で変わらないから」

「メグ!?」

 

『この二人なんかいいなw』

『メグさんがすっごい、いきいきとしてるw』

『ミレーユさんはちょっとかわいそうだけどw』

 

 自業自得の部分だから仕方ない、ということで。

 準備はこれで完了みたいだから、すぐに行こう。三人に私の周りに集まってもらってから、転移魔法を使う。一瞬だけ光に包まれて、次の瞬間にはミレーユさんが宿泊する宿にいた。

 一応、応接室というか、客間の方だね。つまりとても綺麗に片付けられてる部屋だ。その部屋を見て、メグさんは目を丸くしてる。とても驚いてるみたいに。

 

「ここが、ミレーユが宿泊する宿ですか?」

「ん」

「うそ……! ちゃんと片付いてる!」

「メグ? そろそろ怒りますわよ?」

 

 ミレーユさん、それは自室を見られてから言った方がいいと思うよ。言えなくなると思うから。

 

「ふふん。どうですかメグ。わたくしだって、家事ぐらいできるのですわ」

「ここ、客間か何かだよね、ミレーユ。間違いなく」

「どうして分かるんですの……!?」

「やっぱり」

「はめられましたわ!?」

 

 さすがにミレーユさんがわかりやすすぎるだけだと思うよ。話を聞いてるだけのアリシアさんは小さくだけど肩を震わせてるし。

 

「ミレーユ、部屋、見せて?」

 

 にっこり笑顔のメグさんに、ミレーユさんは頷くことしかできなかったみたい。

 そのまま部屋を出て、まっすぐミレーユさんの部屋へ。ミレーユさんがドアを開けると、うわ、と誰かの声が聞こえてきた。ちなみにアリシアさんだった。アリシアさんから見ても汚い部屋らしい。

 メグさんは、表情から感情が抜け落ちて無表情になっていた。怖い。

 

「あ、あの……。メグ……?」

「…………。ミレーユ。今すぐ片付けよう。後回しだめ」

「そ、そうですわね。でも、危険なものもいくつかありますの。メグに触らせるわけには……」

「うん。だから、ここで見てる。監視する」

「え?」

「ここで、見てる。監視、する。ミレーユ、がんばって?」

 

『メグさんに笑顔が戻ったけど目が笑ってないでござる』

『これはマジギレしてますねえ!』

『ミレーユさんwwwかわいそうwwwがんばってwww』

『草生やしてやるなよw』

 

 これは、もう絶対に動かないと思う。ミレーユさんは、うん。がんばって。一回片付けたら、維持は簡単なはずだから。大変なのは最初だけだよ。

 

「そうだよね、メグさん」

「その通りです。だからミレーユ、早くやろう?」

「で、ですがメグ、その……」

「やろう?」

「はひ」

 

 とぼとぼと片付けを始めるミレーユさんと、それを睨み付けるメグさん。なんというか、二人の関係性が分かるやり取りだった。本当に、主従というよりは友達なんだね。

 だって、ほら。メグさん、今はちょっと苦笑いしてるし。

 

「それでは、リタ様。私は宿の方にご挨拶に行ってきます。軽食も作ってあげたいので」

「ん。私は帰るね。ミレーユさんをよろしく」

「はい。アリシア様も、お気をつけて」

「うん。ありがと」

 

 手を振るメグさんに手を振り返して、私はアリシアさんを伴って今度は森に転移した。

 




壁|w・)サブタイトル、汚部屋にしようかなと思っていましたが、さすがにかわいそうかなと思いとどまりました。

突然ですが、一週間ほどお休みをいただきます。次回投稿は13日の予定ですが、7月中は約1週間ごとの投稿になるかも、です。
ぶっちゃけ、追加で個人企画をやろうと思ってまして、その短編を書きたいのです。

というわけで、追加の個人企画を行います。応募方法は前回と同じですが、今回は紙書籍限定となります。電子書籍を買ったのにと怒られそうだとは思うのですが、その辺りは察していただけると嬉しいです……。
詳しくは、本日夜に投稿予定の活動報告をご覧ください。

わがままな作者で申し訳ないのです。やれることはやりたいので、ご理解ください……!


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精霊様とアリシアさん

 

 転移先は、精霊の森。世界樹の前。目の前に突然世界樹が現れたアリシアさんは呆然と、珍しく頬を引きつらせていた。

 

「リタ。その……」

「ん?」

「心の準備が欲しかった……」

「ん……。ごめん」

 

『森の入り口の前とかに転移するかなと思ったら、いきなり世界樹の前でござる』

『さすがにかわいそうと思いそうになったけど、今までのギルマスへの所業を思い出して因果応報かなと思いました』

『否定できねえw』

 

 精霊様に挨拶したいって聞いたから、まっすぐにここに来たんだけど……。でも言われてみると、心の準備は大切だったかも。私も師匠の家族と会う時はすごく緊張したから。

 んー……。ちょっと、唐揚げ食べたくなってきちゃった。食べに行こうかな。

 アリシアさんが見るからに緊張してるから、精霊様を呼ぶのはちょっと待つ。精霊様のことだからすでに気付いてるとは思うけど、多分呼ぶまでは待ってくれると思うから。

 

「ふう……。よし。大丈夫」

「ん。それじゃ、精霊様」

 

 私が呼ぶと、すぐに精霊様が姿を現してくれた。いつもの、柔和な笑顔の優しい精霊様。

 じゃなくて。

 とても、とても冷たい目をしてアリシアさんを睨み付ける精霊様がそこにいた。

 

『ヒェッ』

『やばいマジでやばいやつ』

『精霊様のマジギレなんて初めて見たぞ』

『なんでこんなキレてんの!?』

 

 私も、精霊様のこんな冷たい顔は初めて見た。ちょっと、怖い。

 アリシアさんは小さく喉を鳴らすと、すぐにその場に膝をついた。深く頭を下げて、言う。

 

「お初にお目にかかります。世界樹の精霊様。私はアリシア・エルフィネスト。ハイエルフです」

「…………」

 

 精霊様は何も言わない。ただ、静かにアリシアさんを睨み付けてる。

 どれぐらいそうしていたかな。少ししてから、精霊様が口を開いた。

 

「この子を捨てた一族の者が、よく私の前に来られましたね」

 

 その声も、普段の優しい精霊様とは全然違って、とても怖い声だった。

 

『あー……』

『リタちゃんが仲良くしてるから忘れてたけど、精霊様からすれば許せない相手の一人だよな』

『え? やばくね?』

 

 私もようやく気付いた。精霊様にとっては、アリシアさんも他のハイエルフと同じ扱いなんだと思う。確かに私も何も知らなければ、関わるのは避けたと思うし。

 表情の薄いアリシアさんだけど、私でも緊張しているのが分かる。アリシアさんは頭を下げたまま、言う。

 

「世界樹の精霊様のお怒りは理解しています。あなたの気が晴れるのであればこの首、持っていってください」

 

 それを聞いた精霊様は、とても怖い笑顔になった。

 

「良い覚悟です。いいでしょう、あなたの首をもらい受けましょう」

 

 精霊様がゆっくりと手を振り上げていく。不可視の魔力が渦巻いてるのが感じ取れる。

 そっか。それをしたいと思うほどに、精霊様はエルフに対して怒ってたんだね。アリシアさんも受け入れるつもりみたいで、じっとしてる。心の準備って、これを予想してたのかな。

 んー……。

 

「精霊様。それをやったら私は精霊様を嫌いになっちゃう」

 

 ぴたりと。精霊様が動きを止めた。ちらりと私を見てくる。私もじっと精霊様を見つめ返す。じっと。じいっと。

 精霊様は腕を下ろすと、こほんと咳払いをした。そしてにっこりと笑って、

 

「やり直しを要求します」

 

 ほんの少し焦りを感じる声音だった。

 

『なんて?』

『やばいマジで怖いスプラッタだと思ったらw』

『やり直しw』

 

「え? え?」

 

 顔を上げてうろたえるアリシアさん。アリシアさんは気にしなくていいよ。

 

「ん。許す。ていくつー」

「はい。えー……。こほん」

 

 精霊様が咳払い。そしてにっこりといつもの優しい笑顔をアリシアさんに向けた。

 

「とても良い覚悟です。その覚悟に免じて、あなただけは許しましょう、アリシア」

「え? えー……。ありがとうございます……?」

 

『テイクツーwww』

『精霊様の手のひら返しよw』

『愛し子に嫌われたくないからね、仕方ないねw』

 

 私だって、精霊様を嫌いになりたいわけじゃないからね。アリシアさんはほとんど森を離れてるエルフだし、それで殺しちゃうのは何か違う気がする。さすがに見過ごせないよ。

 精霊様は小さく安堵の吐息を漏らして、そしてすみません、と苦笑いした。

 

「ごめんなさい、リタ。本気ではなかったのです。この子がエルフの慣習を嫌うエルフということは、他の精霊からの報告で聞いていましたから」

「そうなの? じゃあ、どうして?」

「彼女もハイエルフであることに違いはありませんから。精霊としての怒りを示しておきたいと思っていたのです。リタを怒らせるつもりはなかったんですよ?」

「ん。そうなんだ。大丈夫、精霊様、好き」

「ふふ。ええ。私も好きですよ、リタ」

 

 精霊様がふわりと私の側に下りてきて、ぎゅっと抱きしめてくる。いつもみたいに撫でられていると、アリシアさんが呆然とした顔のままで言った。

 

「助かった……で、いいの?」

 

 その認識で問題ないよ。

 




壁|w・)さすがに精霊様も本気じゃなかったです。多分。
なお、一般ハイエルフの場合は……ごにょごにょ。

紙の書籍購入者様向けの個人企画第二段、やっています。
今回の短編は、幼少リタがお師匠とちょっとケンカして家出する話、リタの初配信、師匠のリタの紹介の話、の3編を予定します。
詳しくは活動報告へ!
締め切りは7月月末としていますが、これについてはいずれ変更があるかも……?
書籍の方も是非是非よろしくお願いします!

次回更新予定は19日です。


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精霊の森の名物

 とりあえずこれで挨拶は終わりでいいのかな? アリシアさんも戸惑いながらも立ち上がってる。精霊様ももう何も言うつもりはないみたいで、ずっと私のことを撫でてる。

 この後は、どうしよう? 挨拶をすることしか聞いてない。王都に送ればいいのかな? それとも、一泊するのかな。

 

「アリシアさん。今日はどうするの? 私のお家に泊まるの?」

「リタの家……。ここにある?」

「ん。精霊の森にある。師匠と住んでた家」

「へえ……」

 

 興味を持ったみたい。私のお家にお泊まり、でいいかな。それじゃ、そろそろ……。

 

「精霊様、離してほしい。帰る」

「もう少し」

「ん……」

 

 精霊様は私のことをずっと撫でてる。私も嫌というわけじゃないから、受け入れてるけど。精霊様に撫でてもらうのは好きだから。安心感がある、みたいな感じ。

 

「んふー……」

「ふふ……」

「なにこれ」

 

『なにこれ』

『俺らも聞きたい』

『相変わらず表情は変わらないけど、リラックスしてるのは分かる』

『ゆったりリタちゃん』

 

 んー……。気持ちいい。でも、そろそろ行かないと。

 

「精霊様。そろそろ」

「残念ですが、仕方ありませんね」

 

 精霊様から離れて、アリシアさんの方へ。少しだけ名残惜しいのは、きっと気のせい。

 

「おやすみなさい、精霊様」

「はい。おやすみなさい、リタ」

 

 精霊様に手を振って、アリシアさんと一緒に転移した。

 転移先はもちろん、私のお家。アリシアさんは周囲を見回して、少し驚いてるみたい。

 

「広い」

 

 お家の前のスペースのことかな? ちょっとした魔法の実験とかもできるから便利なスペースだ。魔獣を狩った場合はここで食べるし。

 次にアリシアさんはお家を見て、おお、と声を上げた。

 

「思ってたよりも大きい。小屋みたいなものと思ってた」

「ん……。師匠と二人で暮らしてた」

「なるほど」

 

『二人暮らしでも広いと思うのは俺だけか?』

『日本が狭すぎるだけかも?』

『なんだかんだと俺らにとっても思い入れのある家だよな』

『師匠の代から見てる家だからなあ』

 

 お家のドアを開けて中に入ると、カリちゃんが魔法陣を浮かべてぷかぷか浮いていた。本も浮いていて、のんびり読んでるみたい。

 カリちゃんは私に気が付くと、あ、と嬉しそうに笑った。

 

「おかえりなさいー。おやー? お客ですかー?」

「ん。アリシアさん」

「アリシアです。よろしく」

「はーい。よろしくお願いしますー」

 

 ひらひらと手を振るカリちゃん。そのまま、また本へと戻ってしまった。アリシアさんはそんなカリちゃんが気になるのが、じっと見てる。

 

「精霊が普通にいる……」

「ん。あまり気にしないでほしい」

 

 師匠を探すお手伝い、というのを言っちゃうと、他の星への転移魔法とかそのあたりの話も入ってきてしまう。だから、詳しくは内緒にしておく。

 

「アリシアさん、適当に座ってね。お部屋は師匠の部屋があるけど……」

「いい。ここで寝袋に入る。思い出があるでしょ?」

「ん……。ありがと」

「うん」

 

『ミレーユさんといい、みんなすごく気を遣うな』

『リタちゃんの思い出を汚さないように、という気遣いを感じる』

『やっぱいい人やな!』

『ハイエルフはクソのイメージが定着してるけどな!』

 

 それはアリシアさんは関係ないから言わないであげてほしい。

 今日は、この後どうしよう。たまにはゆっくりしようかな?

 

「リタ。あの本棚の本、読ませてもらってもいい?」

「ん。保護魔法かけてある。どうぞ」

「ありがとう!」

 

 あれ? ちょっと興奮してるみたい。アリシアさんは駆け足で本棚の方へと向かうと、じっくりと眺め始めた。

 

「すごい……。貴重な本ばっかり。どれを読もう……」

 

 ミレーユさんも似たようなことを言ってたね。本の価値はよく分からない。

 アリシアさんは本を読むみたいだし、今日は私も本を読もうかな。

 

「今日は一日、のんびり読書する」

 

『はーい』

『俺はweb小説でも読もうかな』

『リタちゃんは何を、と思ったらラノベ取り出してるw』

『まさかのラノベwww』

『難しい本を読むイメージだったのにw』

 

 お家の本は全部読んじゃったからね。最近は日本の本がお気に入り。真美からこのラノベっていうのを借りてるけど、おもしろいよ。

 それじゃ、のんびり読んでいこう。

 

 

 

 三冊ほど読み終わったところで顔を上げた。お日様が沈みそうになってる。夕暮れ、だね。そろそろ晩ご飯。

 というわけで。本に集中してるアリシアさんの目の前で、レトルトカレーとご飯を取り出す。さっと温めて、お皿に盛り付けて、完成。

 

『なんかいきなりカレー作ってるw』

『まーたレトルトかい!』

 

「レトルトカレー美味しいよ?」

 

『分かるけどもwww』

 

 匂いに気が付いたのか、アリシアさんが顔を上げた。カレーを見て、目を丸くしてる。

 

「リタ。なに、それ?」

「ごはん。どうぞ」

「え? あ、うん……。ありがと」

 

 本を横に置いて、とりあえず一口食べるアリシアさん。ためらいがないのはさすがだと思う。私が出したものだから信用してくれたのかな。

 アリシアさんは一口食べて、一瞬だけ硬直して、そして勢いよく食べ始めた。

 

「美味しい。すごく美味しい。なにこれ。すごい」

「ん。カレーライス。とても美味しい」

「うん。うん。世界一美味しい。間違いない」

 

『世界一www』

『なんなん? エルフはカレーが好きなん?』

『もうエルフという種族がカレー好きと言われても驚かねえぞw』

 

 そんなことはないと思う。多分。

 調べることはできないだろうけど。アリシアさんだから出しただけで、他のエルフに食べさせるつもりなんてないから。

 

「この辛さがほどよくて、とてもいい。これはいい料理。どこの国の料理?」

「んー……。内緒」

「守護者に伝わる料理? 分かった、詮索しない」

「えっと……。ん……」

 

『謎の勘違いが広がっていくw』

『カレーライスは精霊の森の名物だからね!』

『あながち間違いじゃないのがなんともw』

 

 旅をしてるアリシアさんが食べたことがないみたいだし、この世界にはカレーに似た料理はないんだと思う。だから、この世界ではカレーライスを食べられるのは、精霊の森だけ。つまり名物。

 うん。さすがに無理があると思うし、それはだめだと思う。

 ご飯のあとは就寝、なんだけど……。

 

「寝ずに読むの?」

「だめかな。ここでしか読めないから、時間を無駄にしたくない」

「ん……。別にいいけど、大丈夫?」

「一週間ぐらいなら寝なくてもどうにかなる」

「それなら、いいけど」

 

『エルフすげえ』

『ミレーユさんでもさすがにちゃんと寝てたのに』

『リタちゃん微妙に引いてるけど、研究中のリタちゃんはどうなん?』

 

 それは……。何も言わないでおく。似たようなものだったから。

 すっかり読書に集中してしまったアリシアさんを置いて、私はもう寝ることにした。起きていても仕方ないから。(投稿左)

 明日は、アリシアさんを送ったら日本に行こう。久しぶりにゆっくりできるから、楽しみ。

 




壁|w・)次回から日本編です。次はどこにしようかな。

紙の書籍購入者様向けの個人企画第二段について。
3編はちょっと間に合いそうにありませんでした……。少しだけ、予定を変更です。
幼少リタがお師匠とちょっとケンカして家出する話、リタの初配信の2編でお送りしようかと思います。
締め切りについては今のところ7月末予定ですが、終了日未定にするかも、です。
度重なる変更、申し訳ありません。見通しが甘かったです……。

次回更新予定は25日です。


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アリシアさんとの別れ

壁|w・)ここから第十九話のイメージです。


 

 翌朝。アリシアさんは昨日と変わらない姿で本を読んでいた。違うのは、読んでる本のタイトルぐらい。本当にずっと読んでるのはびっくりだね。気持ちは分かるけど。

 

「アリシアさん。おはよう」

 

 そう声をかけると、アリシアさんはすぐに顔を上げた。

 

「おはよう、リタ」

 

 もう朝なんだ、とアリシアさんは窓を見て、少し名残惜しそうに本を片付け始めた。もう少しぐらい、読んでいてもいいんだけど。

 

「もういいの?」

「リタが少しそわそわしてるように見えるから。何か楽しみがあるみたいだし、邪魔にならないように帰る」

 

 表情に出していたつもりはないけど、アリシアさんは察してくれたらしい。今なら学校前の真美とも会えるだろうから早く行きたいとは思ってたけど、察せられるとは思わなかった。

 でも、急かすつもりがなかったのは、本当。アリシアさんがゆっくりするつもりだったら、それぐらいは付き合おうと思ってたから。

 さすがに引き留めるつもりまではないけど。真美に会いたいのも本当だから。

 

「それじゃ、リタ。王都の側に転移で送ってほしい」

「ん。分かった。忘れ物は?」

「ない」

 

 頷いて、転移を発動。転移先はアリシアさんの要望通り、王都の側。おとなしく待ってくれてるランの姿がかすかに見える。

 アリシアさんは周囲を軽く見回して頷くと、私に向き直った。

 

「ありがとう。精霊の森に行けば、また会える?」

「ん。森の前で呼んでくれたら、精霊たちが案内してくれると思う。勝手に入るのは、だめ。アリシアさんなら大丈夫だとは思うけど、危ないから」

 

 アリシアさんなら、森の魔獣にも勝てると思う。でも、それでも危険なことに変わりはない。油断して足をやられて、なんてこともあり得るだろうから。

 アリシアさんも分かってるみたいで、頷いてくれた。

 

「私もずっと戦い続けられるわけじゃないから、さすがにそんな無謀なことはしない」

「約束だよ」

「もちろん」

 

 それなら安心、かな?

 それじゃあ、と手を振ろうとするアリシアさんを、慌てて止めた。まだ私からも用事があるから。

 

「アリシアさん。すぐに、じゃないけど、エルフの里に行きたい」

「え」

 

 アリシアさんが固まってしまった。目を大きく見開いて、私をじっと凝視してる。そんなに意外なことを言ったかな。

 

「エルフの里に……? まさか、襲撃するの?」

「しないよ。興味もないから」

「それならいいけど……。じゃあ、理由は?」

「師匠がエルフの里に行ったらしい。王様が言ってた」

 

 アリシアさんが目を見開いて驚いてるから、アリシアさんも知らなかったらしい。あまり帰らないらしいし、仕方ないと思う。

 

「ちなみにアリシアさん、最後に帰ったのはいつ?」

「三十年ぐらい前……?」

 

 三十年。私が生まれるよりも前だから、本当に私に関係することには一切関わってないんだね。

 

「理由は、分かった。でも少し待ってほしい。一度、確認しに行ってみる」

「いいの?」

「もちろん。そろそろ一度、帰ってもいいかなと思ってたから」

 

 そう言って、アリシアさんは私の頭を撫でてきた。んー……。悪くないなで方だと思う。精霊様ほどじゃないけど、気持ちいい。

 

「何か分かったらギルドを通して連絡する」

「ん。よろしくお願いします」

 

 頭を下げると、アリシアさんはしっかりと頷いてから王都へと歩いて行った。

 

 

 

 アリシアさんを見送った後は、お家に転移。時間は、朝の七時、かな? 今なら真美はまだお家にいるはず。

 というわけで、また転移。今回の転移先はもちろん真美の家だ。

 真美の家に転移すると、真美とちいちゃんがトーストをかじってるところだった。

 

「あ、リタちゃん。いらっしゃい」

「トースト……」

「食べる?」

「ん」

 

 頷くと、真美はなんだか嬉しそうに頷いて、すぐに立ち上がって行ってしまった。

 私は……待っておけばいいかな。

 ちいちゃんを見る。ちいちゃんが食べてるトーストには、なんだか白いものがふりかけられてる。バターとかジャムとはまた違うみたい。なんだろう。

 

「ちいちゃん、美味しい?」

「もぐ!」

 

 口をもぐもぐさせながら頷いてくれた。かわいい。

 とりあえず配信を開始、と。

 

「おはよう」

 

『おはよう』

『挨拶できてえらい!』

『おん? すでに日本? 真美ちゃんの家?』

 

「ん」

 

 光球を移動させて、ちいちゃんが食べてるトーストを映してみる。少しずつ食べるちいちゃんは、なんだか小動物みたい。

 




壁|w・)久しぶりの日本回。とりあえず朝ご飯から。

紙の書籍購入者様向けの個人企画第二段について。
申し訳ありません、月末に間に合うかかなり微妙なところです。
書き上がりましたら送りますので、しばらくお待ちいただければと……!

次回更新予定は31日です。その後は3日1回の更新にさせていただきます。
さすがにそろそろ戻していかないとね……!


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シュガートースト

『リスかな?』

『かわええなあ』

『シュガートーストかな』

 

 シュガーって、確か砂糖だっけ? じゃあ、この白いのは砂糖なのかな。とても甘そうだけど、とても美味しそう。食べてみたい。

 さらに少し待つと、真美が戻ってきた。真美が持ってるお皿には、トーストが一枚。二人のトーストと同じように、白いものがたくさんかかってた。

 

「はい、リタちゃん。これがシュガートーストだよ」

「砂糖のトースト?」

「そうそう」

 

 真美が言うには、作り方はとても単純らしい。あと簡単だから、忙しい朝には最適なんだとか。

 真美の作り方は、あらかじめバターと砂糖を混ぜておいて、それをたっぷり塗ってからトースターで焼くらしい。本当にそれだけなんだって。

 

『ちなみに、バターを塗ってから砂糖を振りかけてもいいぞ』

『その逆でもいいぞ。こっちはちょっとやりにくいけど』

『つまり最終的に混ざれば大丈夫ってことさ!』

『身も蓋もないこと言うなw』

 

 なんとなく、分かったような気がする。とりあえず早速食べよう。トーストを持って、さくっと一口。

 おー……。普通のトーストと全然違う。味もそうだけど、食感が違う。砂糖がたっぷり使われてるからか、じゃりじゃりしてる。そして予想通り、とっても甘い。

 

 これは真美が私の好みに合わせてくれたみたいで砂糖たっぷりだけど、甘すぎるのが苦手だったら調節もできそうだね。なんだか便利そうなトーストだ。

 んー……。すごく、美味しい。じゃりじゃりしていて、食感も楽しい。トーストなのにとっても甘くて、お菓子みたいで美味しい。好き。

 

『すごく美味しそうに食べるなあ』

『グラニュー糖はあるけどバターがねえ』

『グラニュー糖もバターもあるけどパンはない!』

『パンがなければケーキで作ればいいじゃない』

『どういうことだってばよ』

 

 材料があれば手軽に作れそうだけど、材料がないのかな。

 

「真美。真美。すごく美味しい」

「あははー。料理とは言えないかもしれないけど、すごく嬉しい」

 

 甘いものはいいものだね。

 

『なんだろう、わんこの尻尾を振るリタちゃんが見える……』

『わんわんリタちゃん』

『なるほど……。ひらめいた!』

 

「しね」

「んぐ……。真美?」

 

 コメントの黒い板を眺めていた真美がいきなりそんなことを言った。真美らしくないとは思うけど、真美はなんだか汚物を見るような視線をコメントに向けてる。ちょっと、怒ってるかな?

 

『ありがとうございます!』

『ストレートな罵倒最高かよ』

『我々の業界ではご褒美です!』

 

 うん。変な人がいるのは分かった。

 

「リタちゃん。こういう人には近づいたらだめだからね?」

「ん……。ばくっとする?」

「ばくっとしちゃおう」

 

『やめてください死んでしまいます』

『比喩表現でも社会的にでもなく物理的にマジで死ぬw』

 

 さすがに私も日本でいきなりばくっとしたりはしないけど。

 美味しいトーストはあっという間になくなってしまった。まだちょっと食べ足りない。すごく美味しかったから。

 ちらっと真美を見る。真美は楽しそうに笑いながら頷いた。

 

「お代わりいる?」

「いいの?」

「もちろん。たくさん食べてね」

 

 すぐに立ち上がって、真美は台所の方へと行ってしまった。催促したつもりはなかったんだけど……。でも、期待をしていたのは、間違いない。んー……。何か、お礼を考えないと。

 その後ももう一回お代わりして、三枚食べてしまった。満足。

 その後は少しのんびり。でも真美とちいちゃんはもうすぐ学校に行くみたい。二人を見送ってから私もお出かけしよう。今日はどこにしようかな。また安価をやろうかな。

 そんなことを考えていたら、鞄を持った真美が言った。

 

「リタちゃん。今日は日本のどこかに行くの?」

「ん。そのつもり」

「もう行き先は決まってる?」

「まだ」

「それじゃあ……」

 

 真美が隣に立つちいちゃんの背中を押す。ちいちゃんは、なんだかちょっとだけ言いにくそうにもじもじしていたけど、きゅっと手を握って私をまっすぐに見つめてきた。

 

「あのね! ちい、お馬さんが見たい!」

「ん……? お馬さん?」

「うん! だめ、かな……?」

「いいよ。見てくる」

 

 配信をしておけば、きっと真美があとでちいちゃんにも見せてくれるはず。

 私が頷くと、ちいちゃんはぱっと顔を輝かせた。楽しみにしてるね、と玄関へと走って行く。あんなに喜んでくれるなら、お馬さんの価値はあるかな。

 真美はちょっとだけ申し訳なさそうにしてるけどね。

 




壁|w・)お馬さんを見にいきます。おうまさんはでっかいどう。

個人企画のSSですが、まだもう少しだけ時間をください……! あとはもう少し書いて、読み直しだけだから……!

指摘があるまで気付いていませんでしたが、前回で200話でした。なんだかとても長くなってしまったものです。
せっかくなので、久しぶりに。
面白い、続きが読みたい、と思っていただけたのなら、お気に入り登録や評価をいただけると嬉しいです。
書く意欲に繋がりますので、是非是非お願いします。
また、書籍版も発売中です。そちらも是非是非、よろしくお願い致します。


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牧場に行きます

「ごめんね、リタちゃん。わがまま言っちゃって」

「んーん。いつもご飯もらってるし」

 

 これで恩返しになるとはさすがに思ってないけど。

 

「配信しながら見てくるだけでいい?」

「それで大丈夫だよ」

 

 うん。それなら、大丈夫だ。私もちょっとお馬さんに興味がわいた。もちろん知識としては知ってるけど、直接見たことはないから。

 真美たちを見送ってから、静かになった部屋で私は言った。

 

「ちいちゃんの希望で馬を見にいきます」

 

『恥ずかしがるちいちゃんも嬉しそうなちいちゃんもとってもかわいかったです』

『やっぱり幼女は最高だぜ!』

『変なコメントを残すなよ』

『とりま馬だな。馬と言えば競馬場だけど、さすがにちいちゃんが見たいのはそっちじゃないだろうなあ』

『馬にもいろいろいるんだけど、どの馬なんだ』

『でも馬と言えば北海道のイメージ』

『動物園とか触れ合えるイベントとかで馬も当然いるけど、広い場所でのびのび過ごしてる馬が一番かわいいと思います』

『長文でお気持ち表明するなw』

 

 見にいくだけなら、わりとどこでも見れるのかな? でもせっかくのちいちゃんの希望だから、のびのびしてる馬というのを見に行きたい。

 

「のびのびの馬はどこ?」

 

『ゴムみたいな馬だなw』

『それだったらやっぱり北海道じゃね?』

『ただ北海道ってめちゃくちゃ広いぞ』

 

「そうなの?」

 

 スマホを取り出して、地図を開いてみる。えっと……。北海道は、どこかな。コメントを見てみると、北の方って書いてる。北東、とも。えっと……。あ、これ、かな……?

 

「え。この大きい島が全部北海道?」

 

『そうだぞ』

『別名試される大地。冬に行くと雪がやばい』

 

 雪。雪か。雪は見たことあるけど、たくさん積もった天然の雪は見たことがない。師匠が魔法でお家のお庭を雪原みたいにしてくれたことはあるけど、あれがとても広い範囲になってるってことかな。

 

「雪、楽しそう」

 

『あー……。うん……。まあね……』

『スキーとか観光とか、それなら楽しいかな……』

『住むとなるとめちゃくちゃ大変だけど』

 

「ふうん……」

 

 どんな感じなのかな。あとで調べてみよう。今の季節は雪は積もってないだろうから、後回し。

 

「それじゃ、北海道に行きます。美味しいものは何かある?」

 

『ありすぎて困る』

『やっぱ海鮮だよ。特にいくら。旬は九月か十月ぐらいだけど、冷凍品なら手に入るはず』

『俺はジンギスカンを勧めたい。リタちゃんお肉好きそうだし』

『いももち。とあるゲームで有名になった。美味しい』

 

 たくさんあるみたいだね。どれを食べに行こうかちょっと困るけど……。とりあえず今はお馬さんを見に行こう。

 

「まずはお馬さん。オススメ教えて」

 

『それはそれでまた難しいなあw』

『牧場にはそれぞれルールがあるけど、牧場の数そのものも多いし』

『ええい! お前らそれでもリタちゃんを見守る会のメンバーか!』

 

「なにそれ」

 

 私を見守る会って聞いたことないんだけど。変な組織を作らないでほしい。いや、他の人に迷惑をかけなかったら、好きにしてくれてもいいけど。いいかな。ちょっと悩みそう。

 

『それならここは俺の出番だな!』

『おん?』

『まさか牧場で働いてる人だったりする?』

『はははそんなまさか』

『はい責任者です』

『ちょwww』

 

 責任者。牧場の、だよね。じゃあ、この人の牧場に行けば間違いないかな。

 

「行っていいの?」

 

『是非是非。歓迎します。引退した競走馬もいるし、ポニーもいるし、牛もいるよ』

『なんだその牧場』

『何でもありかな?』

 

 牛って、牛乳を出す動物だよね。少し興味があるかも。どうせならその牛も見てみたい。他も比較して考えた方がいいのかもしれないけど、考える時間ももったいないし、この人の牧場を見に行こう。

 

「それじゃ、今から行くね。場所、教えて」

 

『あざーす! 住所は……』

 

 書いてもらった住所をスマホで調べてみる。んー……。北海道が広すぎて、いまいち場所が分かりにくい。山の中、ではあるみたい。えっと……。ここ、かな……?

 

「じゃあ、行きます」

 

『いってらっしゃーい』

『北海道か……。ついに最北端』

『こっちに来てもらえなかったのは残念だけど楽しみ』

 

 牧場の上空を指定して、転移魔法を使う。そうして転移した先は、指定通りに牧場の上空だった。地上にとても広い草原がある。その草原を走ってる動物がいるね。あれがお馬さんかな?

 直接行くのはさすがにだめ、だよね?

 

『お馬さんが驚くから、そこはちゃんと正面から行こうな』

『牧場の人も準備してるかもだし』

 

「ん」

 

 正門は、あそこだね。木の門がある。門の側には少し大きな建物があって、あそこでいろんな人が働いてるのかも。

 とりあえず門の前に下りて、その建物に向かってみる。二階建ての少し広そうな建物だ。ある程度近づくと、大きな声が聞こえてきた。

 

「牧場長! いきなりそんな大切なお客様とか言われても、分かりませんよ!」

「具体的に誰が来るんですか? 経営者の方です? それとも、取引様?」

「すぐに分かるから! もうちょっと待ってなさい!」

 

『予想以上に混乱中w』

『ていうか、責任者って牧場長だよな? 女の人の声じゃなかった?』

『あの責任者、女性だったんかいw』

 

 コメントがちょっと男の人みたいだったね。コメントだと分からないものっていうのは一応分かってるつもりだけど、やっぱりちょっと意外だ。

 




壁|w・)というわけで、北海道です。山盛りのいくらを食べてみたい。


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お馬さん

 とりあえず、大きな自動ドアから中に入ってみよう。この自動ドアも不思議だよね。とっても便利。両手が塞がってる時とか。

 私が入ると、騒がしかった室内が水を打ったように静かになった。

 中は、事務所、ていうのかな? たくさんの机があって、パソコンとかいろいろ置かれてる。本もたくさんだ。事務所にいたのは、五人。男の人が三人と、女の人が二人だね。みんな私を見てる。

 んー……。どの人が牧場長さんかな? みんな同じ服だから分からない。

 

「責任者の人、だれ? 牧場長さんかな? 来たよ」

 

 私がそう言うと、はっと我に返った女の人が駆け寄ってきた。三十代ぐらいの女の人だ。その人は私の目の前まで来ると、嬉しそうに声を上げた。

 

「いらっしゃい、リタちゃん! 待ってたよ!」

「ん。コメントの責任者の人?」

「ええ、そう! あたしがここの責任者! 牧場長ね!」

 

『マジで女性なのかよw』

『しかもなんだろう、わりとかっこいい系の人やな』

 

 他の四人もこっちに歩いてくる。他の人は分かりやすいほどに驚いてる。

 

「大事なお客様って、まさかリタちゃんですか……!?」

「それならそうと言ってくださいよ牧場長!」

「サプライズってやつよ!」

「そんなサプライズいらないですよ!」

 

 なんだかちょっと騒がしい。何度か言葉を交わして、みんなが一斉に私を見た。みんな笑顔だね。

 

「ようこそリタちゃん!」

「馬を見にきたらしいね。ここの馬はみんなかわいいよ!」

「牛もかわいいよ! 乳搾りもやってみる?」

「今日はいつまでいるのかな!?」

 

 結構みんなぐいぐい来るね。すごくうずうずしているのが私でも分かる。ただ、全員で回るとなると、さすがに面倒そう。話を聞くだけでも疲れそうだから。

 どうしようかなと思っていたら、牧場長さんが言った。

 

「はいはい。みんな落ち着いて。リタちゃんの案内はあたしがするから、仕事しなさい」

 

『さすが牧場長』

『みんなをとりまとめる威厳がありますな』

『これはいい上司』

 

「えー! 牧場長だけずるい!」

「横暴だ! 職権乱用だ!」

「パワハラで訴えてやる!」

「パワハラは関係ないでしょう!?」

 

『草』

『これはだめみたいですねw』

 

 ちょっと長引きそうだね。別の牧場に行った方がいいかな?

 真剣にそれを考え始めたけど、すぐに話は終わったみたい。案内はやっぱり牧場長さんで、他の人は妥協案として配信を見ながらの仕事が許可された。それでいいの?

 とりあえず、出発。まずはお馬さんを見に行くことになった。最初の希望だから、みたい。

 

「今の時間だと放牧してるから、走ってる姿を見られると思うよ」

「へえ……」

「ただ、結構広いから、少し歩かないといけないけど……」

「平気」

「そう? それなら、歩きましょう」

 

 そういうわけで、私たちはのんびりと歩いてる。こうして歩いていると、本当に自然がいっぱいだ。今まで行った場所はコンクリート、というのがたくさんで、あんまり自然を感じられなかったから、ある意味で新鮮に感じる。

 日本は東京みたいな街が多いのかなと思ってたけど、そうでもないんだね。

 

『牧場とはいえ、広い自然はなんだか和むなあ……』

『都会は便利だけど、田舎暮らしに憧れる気持ちもある』

『隣の芝は青いってやつだろうけどw』

 

 都会もいいところが多いのは私も分かってる。出前とか、とっても便利。ピザもまた食べたい。

 しばらく歩いて案内されたのは、柵で囲まれた草原って言えばいいのかな? そんなところ。その柵の内側に、動物がいた。

 日本の動物図鑑で見たことがある。馬だ。ちょっと大きめの、がっしりとした馬。競走馬っていうやつかな? なんだか速そう。

 

「私の世界にいる馬とはなんだか違うね。こっちの方がかっこいい」

 

『リタちゃんの世界の馬ってどんなのだっけ?』

『過去配信を見なさい』

『わりとずんぐりしてて、馬と分かりにくいw』

 

 多分だけど、速さならこの馬の方がずっと上だと思う。私の世界の馬は、力と持久力を重視されていたと思うから。馬車に繋げるための馬だったからかな。

 もしかしたら、探せばこの馬みたいな子もいるのかもしれないけどね、

 

「あれが日本の馬?」

「ええ、そうよ。サラブレッド。競走馬として走っていた子。一応、重賞でも勝ったことがある馬なんだけど……」

「ん……?」

「気にしないでちょうだい」

 

『マジかよほんまにいい馬じゃん』

『まあさすがにリタちゃんには通じないだろうけどw』

『そう聞くと、こう、すごい馬に見えますね!』

 

 すごいこと、なのかな? よく分からない。

 もう少し柵に近づくと、お馬さんが私たちに気付いたみたい。こちらを見て、そして歩いてきた。私たちの目の前で立ち止まって、じっと私を見てくる。

 

「ん」

 

 杖を持ってない方の手をそっと差し出してみると、お馬さんが顔をすり寄せてきた。かわいい。

 

『なにこれかわいい』

『めちゃくちゃおとなしい馬やな』

『気性の荒い馬が多いからきっとこいつも、と思ってたのにw』

 

 すごくおとなしいよ、この子。あと、人なつっこい。かわいい。

 

「この子はとてもおとなしくて、人なつっこい馬よ。人が大好きみたいで、近くにいるのを見つけるとすぐにすり寄ってくるぐらいに」

 

 でもそのせいで一般公開はできない、と牧場長さんは苦笑していた。食べ物をあげると拒むことなく食べちゃうらしいから、馬にとって悪いものを食べさせる人がいるかもしれない、だって。

 そんな人、本当にいるのかな。

 

『間違いなく出てくると思う』

『この馬のためにも、公開はしない方がいいだろうなあ』

『俺らとしてもこうして見れただけで十分です』

 

 いるらしい。よく分からない変な人がいるんだね。

 

「ところで、競走馬って何度か聞いたけど、なに?」

「えっと……。見せた方が早いかな……」

 

 牧場長さんがスマホで見せてくれたのは、たくさんの馬が走ってる映像だった。ちっちゃな門みたいなところから、一斉に走り始めてる。ここで走れる馬は競走馬って言うんだって。

 

「じゃあ、この子もここで走ってたの?」

「そう。一番になったこともあるすごい馬なの」

「おー……。すごい」

 

 もう一度お馬さんを撫でてあげる。気持ちよさそうに目を細めていて、とてもかわいい。このかわいい馬が、あの映像みたいに力強く走ってるなんて、本当にすごいと思う。

 




壁|w・)前話にて、分かりにくい表現をしていて申し訳ありません。日本の馬が初めて、ということです。
ちなみに異世界側のお馬さんは、リタが言ってるようにずんぐりしてます。イメージとしてはばんえい馬の方が近い、かも?

個人企画の短編は近日中に送りますので、もう少々お待ちください……!


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小さい馬

「リタちゃんもよければ乗ってみる?」

「いいの?」

「もちろん。正直、リタちゃんなら落馬しても怪我しないでしょうし」

 

『ちょwww』

『それはその通りだろうけど責任者が言っていいことじゃないw』

 

「あ、今の部分はカットで」

 

『生配信ですよwww』

 

 言ってることは間違ってない、と思う。あの映像を見たら、走ってる時に落ちたら、人間だと大怪我すると思うから。私は結界があるから怪我もしないだろうし、そもそも落ちそうになったら飛べばいい。

 とにかく、乗っていいらしいので、乗ってみる。なんだかすごく甘えてくるお馬さんを撫でながら、言った。

 

「のせてほしい」

 

 ぴくり、とお馬さんの耳が動いて、私をじっと見つめて、そしてしゃがんでくれた。乗りやすいようにしてくれてるみたい。

 

「え」

『嘘やろ』

『なんて紳士的な馬なんだ』

 

 ん。すごく優しい子だね。よいしょ、と馬の背中に座ってみると、ゆっくりとお馬さんが立ち上がった。

 

「おー……。なんだか、視線がちょっと高くて、不思議な感じ」

 

『視線が高い……?』

『空を飛ぶ子が何を言ってるんですかね』

 

 それはそれ、これはこれ、だよ。自分で飛ぶのと乗せてもらうのは全然違うから。

 お馬さんがぱっかぱっかと歩き始める。おー……。結構、揺れるね。落ちそうだから魔法で固定しておこう。

 

「りりりリタちゃんさすがに危ないからちょっと待って!?」

「ん。平気」

「平気じゃないが!?」

 

『牧場長さんwww』

『あんなこと言ってたけどやっぱりさすがに慌てるのかw』

 

 心配しすぎだと思うけどね。

 お馬さんが走り始めて、だんだん速くなってきた。んー……。なかなか速い。

 それにしても、あんまり安定しない。魔法である程度固定したから落ちる心配はないけど、それがなかったらちょっと辛いと思う。

 でも、あの動画だとみんな全力疾走の馬にまたがってるよね。とてもすごいと……、待って。

 

「あれ? そういえばあの動画のお馬さん、何かつけてたような……」

 

『お、気付いた』

『鞍、というものがあるんだ。普通はそれを使う』

『牧場長さんが慌てたのはそれをつけてないから、だと思うw』

 

 なるほど。それなら、ちょっと悪いことしちゃったかも。

 お馬さんの首あたりを軽く叩く。もう大丈夫、と言うとお馬さんは立ち止まってくれた。

 お馬さんが振り返って、私を見てくる。もういいの? とでも言いたげに。

 

「ん。満足した。ありがとう」

 

 そう言うと、お馬さんは大きく息を吐き出した。とりあえず撫でてあげておこう。

 甘えてくるお馬さんを撫でていると、牧場長さんが走ってきた。かなり慌てさせてしまったみたい。ちょっとだけごめんなさい。

 

「リタちゃん……。危ないから、鞍をつけずに乗るのはやめてね?」

「ん。ごめん」

「いえ。怪我はないみたいだし、いいのよ。それじゃ、次に行きましょう」

「ん」

 

 お馬さんをもう一度ゆっくり撫でてから、牧場長さんの少し後ろを歩く。次は何を見せてくれるのかな。少し楽しみ。

 そうして次に牧場長さんに案内されたのは、同じような柵で囲まれた場所。でも、中にいる動物は、さっきのサラブレッドとは全然違うものだった。これも馬、なのかな?

 柵の中にいたのはとても小さい馬だ。さっきのサラブレッドと比べると、えっと……。

 

「中ぐらいの馬とちっちゃい馬だ」

 

『中ぐらいwww』

『言い方w』

『シェトランドポニーとファラベラかな』

『なあんで見ただけで分かるんですかねえ?』

『ちっちゃいのがファラベラだよ』

 

 ポニーって、小さいお馬さんだったよね。あんなに小さい馬もいるとは思わなかった。ちょっと大きな犬ぐらいの大きさかもしれない。

 二頭とも、私を見つけるとこっちに歩いてきた。そしてじっと見つめてくる。さっきのサラブレッドみたい。

 手を差し出してみると、二頭とも頭をすり寄せてくれた。かわいい。

 

『リタちゃんはお馬さんを魅了するフェロモンでも出してんの?』

『でえじょうぶだ、俺たちも魅了されてっから』

『おまわりさんこいつです!』

『おまわりさんも魅了されてるので動けません』

『もうだめだこの国w』

 

 そんな変なフェロモンはないよ。

 でも、本当にかわいいね。この、ファラベラ、だっけ。わりともふもふしてる。

 もちろん中ぐらいのお馬さんもかわいい。すごく甘えてきてくれる。なんだか新鮮だね。精霊の森だと、こういう動物はいないから。

 

「リタちゃん、気に入ってくれたみたいね」

「ん。すごくかわいい。特にこのちっちゃいお馬さん、かわいい」

「ふふ。そうでしょう?」

 

『前もちょっと思ったけど、リタちゃんちっちゃい動物が好きなん?』

『犬とか猫も好きだったよね』

『森にいるのが基本的に大きいから、小さくて人なつっこい動物はそれだけでかわいいのかも』

『なるほど』

 

 んー……。多分、それはあると思う。あの森は基本的に大きい魔獣しかいないから。森の浅いところでも、大きいウルフとかがいるし。

 たっぷりとお馬さんを撫でて、とりあえず満足。来てよかった。できればちいちゃんも連れてきてあげたい。牧場長さんに交渉してみようかな。

 

「ちなみにリタちゃん。馬のぬいぐるみもある……」

「言い値で買う」

「定価でいいから!」

 

『言い値www』

『どんだけ気に入ったんだ、リタちゃんw』

 

 すごく、だよ。

 




壁|w・)魔法が使えない人は鞍なしで馬に乗らないようにね!
次は乳牛、その後にごはん巡り。

個人企画の短編、順番に送っています。来週までには送り終わると思うので、もうしばらくお待ちください。


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見学終わり

 

 お馬さんの次は、乳牛。この牧場にはたくさんの乳牛がいて、牛乳の出荷ももちろんしてるらしい。今回は乳搾りをやらせてもらえるらしくて、分かりやすいように一頭、外に出してくれていた。

 

「どどどどうもぼくはここの牛のののの……」

 

『落ち着けwww』

『これはひどいw』

『下手なテレビより全世界に公開されてるから仕方ないけどな!』

 

 牛の側にいた男の人はとても緊張してるみたいで、声も体もすごく震えてる。そこまで緊張しなくても大丈夫、だと思う。

 牛はなんだかのんびりしてる。私を見て、ちょっと興味深そうに見つめてるけど、それだけ。でもなんだかかわいいので撫でておこう。なでなで。

 

『リタちゃん動物には優しいよな』

『リタちゃんはいつだって優しいやろがい!』

『なおゴブリン相手』

『ばくっ』

『やめろwww』

 

 動物でも、襲ってくるなら話は別だよ。

 改めて、乳搾りの体験だ。適当に掴んでも出ないらしくて、コツがあるらしい。教えてくれた通りにそっと力を入れていって……。

 

「おー……」

 

『さすがリタちゃん、のみこみがはやい』

『俺も子供の頃やったことあるけど、うまくできんかったわw』

『同じくw』

 

 慣れれば簡単だと思うよ?

 絞りたての牛乳は、すぐに飲むことはできないみたい。絞りたてを飲めるかも、とちょっと期待してたんだけど、お腹を壊す人も多いらしい。残念だ。

 

「その……。エルフやハイエルフという種族がそのあたりどうなのかは分からないけど……さすがに何かあったら申し訳ないから……。ごめんね?」

「んーん。気にしてない」

 

 私が残念に思ってるのを察したみたいで、牧場長さんに謝られてしまった。勝手に期待しちゃっただけだから、気にしないでほしい。

 その代わり、というわけではないみたいだけど。この牧場で作ってるアイスクリームをもらえることになった。ここでとれた牛乳を使ったアイスクリーム。牧場の出入り口にある売店で売ってるらしい。

 

 早速売店に案内してもらった。最初に入った事務所の隣にある建物で、大きさはコンビニぐらい。アイスクリームの他にも、ちゃんと飲めるようにした牛乳もあるみたい。

 あと、ぬいぐるみ。お馬さん。ちょこんとお座りしてるのがかわいい。

 

「んふー」

 

『珍しく分かりやすく機嫌がいいなあw』

『馬のぬいぐるみを抱えてご満悦w』

『ほんまに気に入ったんだねw』

 

 ちっちゃい馬、かわいかったから。来て良かったと思うよ。

 とりあえず、お馬さんのぬいぐるみを購入。私と、精霊様と、真美と、ちいちゃんと……。ぬいぐるみぐらいなら、ミレーユさんとかにも渡していいかな?

 買ったのは、両手で抱くのにちょうどいい大きさのお馬さんのぬいぐるみを十個。適当に渡そうかなと思う。精霊様に止められた場合は、私のお部屋にいっぱい並べようかな。

 次に、アイスクリーム。早速一つ食べさせてもらった。

 

「おー……。すごく濃厚で、くりーみー?」

 

『微妙に言わされてる感があるw』

『牧場長、何を賄賂に渡したん? 言ってみ?』

 

「渡してないから!」

 

 本当にもらってないよ。なんとなく言ってみただけだから。

 それにしても、本当に美味しい。今まで食べたアイスクリームよりも美味しい。舌触りがなめらかというか、そんな感じ。

 

「師匠のアイスは何だったのかな」

 

『言うなw』

『凍った牛乳、だっけw』

『そういえば、牛乳とかどうやって手に入れてんの?』

 

 ああ、そっか。知らない人も多いよね。

 牛乳とか卵とか、魔獣から分けてもらってる。魔力で生きる魔獣はしっかりと縄張りがあって何も用なく入ると怒るけど、逆に交渉すればいろいろと分けてもらえるんだよ。

 

 基本的には、魔力の塊。魔力をこねこねして、大きな塊にしたものを渡すと、それだけで満足してくれる。彼らにとってはほどよいおやつなのかも。私が行くから応じてくれるだけかもしれないけどね。

 それを説明すると、一応納得はしてくれたみたい。ちょっと半信半疑の人もいるみたいだけど。

 

『精霊の森の生態系がマジで謎すぎる』

『ゴンちゃんフェニちゃんみたいに、魔力で生きる魔獣がいるのはなんとなく分かったけど、結構いるもんなの?』

『みんな襲ってくるイメージ』

 

 んー……。興味がある人がいるなら、いずれちゃんと説明してもいいかもね。

 おみやげはこれで全部、かな。牛乳も買っておいた。真美が喜びそうだから。

 

「牧場長さん、ありがとう。楽しかった」

 

 牧場の出入り口の前で、牧場長さんに言う。今この場にいるのは、私と牧場長さんだけ。他の人も来たがったみたいだけど、収拾がつかなくなるからやめさせたらしい。

 

「いえ。こちらこそ、来てくれてありがとう。楽しんでもらえてよかった。お馬さん、かわいかったでしょう?」

「ん。ぬいぐるみ、大事にする」

「ふふ。是非そうしてね」

 

 大丈夫。ちゃんと保護魔法をかけたから劣化しない。いつでももふもふ。

 

『いい思い出だろうなあ』

『でもこの牧場、明日以降大変なのでは?』

『見学者が殺到しそうw』

 

 そのコメントを見て、牧場長さんが頬を引きつらせた。いっぱい来られるのは迷惑なのかも。動物が怖がりそうだから当然かな。

 

「牧場長さん。何か言いたいことがあるなら、どうぞ」

 

 光球を牧場長さんの方に向ける。意図を察してくれたのか、こほんと咳払いした。

 

「ありがとう、リタちゃん。えー……。見学希望の方は歓迎しますが、当牧場は予約制となっています。ホームページに詳細が記載されていますので、そちらをご覧ください。間違っても、予約なしに来ないでください」

「ん。だ、そうです。みんな、守ってね」

 

『りょ!』

『予約制かー。まあ当然やな』

『見学料で経営してるわけじゃないだろうしな』

 

 動物園みたいに入園料とかがメインならまた違うだろうけどね。

 牧場、楽しかった。また来たい。でもとりあえず、次はお昼ご飯だ。晩ご飯まで時間はまだまだあるし、今日はゆっくり回りたいと思う。

 




壁|w・)もふもふ!
次回からごはんぱーと。もぐもぐぱーと。


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札幌の長い公園

「お昼ご飯、行こう。牧場長さん、何かある?」

「え。あ、えっと……。味噌ラーメン、とか……?」

 

 牧場長さんが言うには、北海道は味噌ラーメンも有名なんだって。ラーメンは真美に作ってもらったことがあるけど、専門店の方が絶対に美味しいとは真美もよく言ってる。

 それじゃ、まずは味噌ラーメンを食べに行こう。どこがいいかな。

 

「味噌ラーメンと言えばどこ?」

 

「札幌ね」

『札幌だろ』

『札幌味噌ラーメンは有名』

 

 コメントには一部別の地名もあるけど、大半が札幌だった。札幌の味噌ラーメンは有名みたい。じゃあ、札幌だ。スマホを取り出して、地図を開く。札幌の場所を確認して、と。

 

『目印ならテレビ塔が分かりやすいよ』

『大きい、というか長い公園の端っこにあるからオススメ』

『俺としては北海道で一番高いビルを言いたいけど』

 

 んー……。長い公園が気になるから、テレビ塔にしようかな。長い公園ってなんだろうね。広いなら分かるけど、長い。見に行けば分かるかな。

 

「牧場長さん。またね」

「はい。お気をつけて」

 

 手を振る牧場長さんに手を振り返して、転移した。

 

 

 

 転移先は北海道の札幌という場所。やっぱり北海道だから自然がいっぱいかなと思ってたんだけど……。なんだかすごい都市だった。

 

「おー……。東京とか大阪みたい……」

 

 都会って感じだね。ちょっとびっくりした。

 長い公園もすぐに分かった。都市の真ん中にまっすぐな公園がある。テレビ塔が端っこみたいで、そこからずっとのびてる。都会だけど、その公園の部分は木もいっぱいだ。

 都会の中に長い公園。おもしろい。

 

『お、リタちゃん発見』

『札幌に住んでて良かった……』

『リタちゃん、写真撮ってもいいですか!?』

 

「写真? 別にいいよ」

 

 悪用するならともかく、写真ぐらいなら好きに撮ってくれて構わない。

 

『テレビ塔のてっぺんでローブをはためかせるリタちゃん』

『かわいくてかっこいい』

『視聴者が写真撮り始めたからか一般の人も気付いたっぽい』

 

 公園の方に視線を向けてみると、スマホを向けてる人の他にも、こちらを指さしてる人とか慌ててカメラを取り出す人とか、たくさんいるみたい。私の配信は見てなくても、私のことは知ってるのかな。

 テレビ塔から離れて、地上に下りてみる。こうして見ると、長さだけじゃなくて広さもそれなりにあるね。たくさんの草花と木。端っこまでのんびり歩くのも楽しそう。

 

「景色を楽しみながら端っこまでゆっくり歩くのもいいかも」

 

『それ、すごくいいです』

『道路はいくつかあるけど、それでもわりとゆったりできるよ』

 

「ん。やらないけどね」

 

『やらないのかよw』

 

 今はご飯を食べたいから。

 周囲に視線を巡らせて、私の写真を撮ってる人を確認する。目的はもちろん怒るわけじゃない。どうせなら、写真を撮ってる人にお店を聞こうかなって。写真の対価、というわけじゃないんだけどね。

 近くで写真を撮ってる人に近づく。その人はすぐに気付いて、口をあんぐりと開けて固まってしまった。

 

「こんにちは」

 

 私がそう挨拶すると、目の前の男性は慌てたように姿勢を正した。

 

「こ、こんにちは!」

「味噌ラーメンのオススメ、教えてください」

「え……、ええ!?」

 

『リタちゃんwww』

『それはさすがに無茶ぶりやでw』

『側に旅行鞄あるし、多分地元の人じゃないw』

 

 言われてみれば、確かに大きな旅行鞄がある。テレビで見たことあるようなやつだ。取っ手をのばして、引っ張ったりしてごろごろと転がす鞄。ちょっとおもしろいよね、この鞄。

 男性は申し訳なさそうに眉尻を下げて、言った。

 

「すみません、実は俺も旅行で来てて、詳しいわけじゃないんです」

「ん……。味噌ラーメンは食べた?」

「それは、はい。食べました」

「じゃあ、そこのお店でいい」

「ええ……」

 

『これは草』

『いやでも、悪くないかも。旅行で来て味噌ラーメン食べたなら、ある程度調べて行ってるだろうし』

『なるほど確かに』

 

 そういうこと、だね。これも何かの縁ということで、たまにはこういう選び方もいいかなと思う。視聴者さんが言ってたのは考えてなかったけど、それは黙っておこう。

 男性はスマホを取り出すと、地図を見せてくれた。えっと……。公園の向こう側みたい。テレビ塔の逆側だね。

 

「ここ、有名ではないですけど、友人に勧められて行ったんです。美味しかったですよ」

「ん。行ってみる」

 

 地図を覚えて、もう一度ゆっくりと飛び始める。男性に手を振ると、写真を撮りながら振り返してくれた。

 せっかくだから、この長い公園を見ながら向かおうかな。

 

「人がたくさん。えっと……。いこいのひろば、みたいな感じ?」

 

『概ねそんな感じ』

『ちょっとしたイベントもたまにやってるよ』

 

「ふうん」

 

 イベント。そういうのもあるんだね。

 

「あ、噴水。大きい」

 

 噴水の側に下りてみる。ちょっとだけ中に入ることができるみたい。すぐに囲いがあって奥には行けないみたいだけど、でも暑い時だとここに足をつけるだけでも快適そう。

 

「私の隣でぱちゃぱちゃしてる子がいるみたいに」

 

『ちょwww』

『(推定)男の子がぽかんとリタちゃんを見てるw』

 

 三歳ぐらい、かな? じっと私を見てる。とりあえず撫でてあげよう。なでなで。

 そうしていたら、お母さんなのか女の人が走ってきた。私の姿を見て、驚きながらもまっすぐに男の子の方に向かってる。お母さんは側まで来ると、勢いよく頭を下げた。

 

「あ、あの! ごめんなさい!」

「んーん。私も邪魔してごめんなさい」

 

 気付けば、たくさんの人が私を見てる。やっぱりスマホで写真を撮られるのも一緒。最近はちょっと慣れてきた。

 




壁|w・)あの公園、歩いてみたいです。

追加個人企画の短編、送信終わりました!
もしまだ届いていないという方がいらっしゃれば、申し訳ありませんがご連絡お願いします。

あと、追記で。
この追加個人企画については、締め切りを未定とします。締め切る場合はまた改めてご連絡します。
なので! 未購入の方、是非是非書籍の購入をご検討いただければと……!
よろしくお願いします!


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ラーメン屋さん

「おねーちゃん、魔法少女?」

 

 そう、側の男の子に声をかけられた。

 

「んー……。似たようなもの」

「かっこいい!」

「ん……」

 

『照れリタ入りましたー』

『照れるリタちゃんもええものです』

 

 怒るよ?

 男の子に手を振って、また飛ぶ。いろいろあって楽しい公園だね。

 噴水の向こう側にも、また別の噴水があった。これもまた不思議な形だ。噴水の外周部から水が噴き出てて、中心の変な形の何かにかけてるような、そんな形。でもこっちも見た目はとても涼しそう。

 

 そのまま進むと、大きめの広場にステージみたいなものがいくつかあった。ここで何かのイベントをしてるのかも。機会があれば見たい、かな?

 さらに進んで、今度は変な像というか、何かがあった。何あれ。小さい子供が中に入って、上に出て滑ってる……?

 

『ヘンテコな形ですが滑り台です』

『ちなみにその奥にも幅の大きい滑り台があるよ』

 

「え? あ、ほんとだ」

 

 奥の滑り台はとても幅が広くて、下が砂場になってる。滑り台で滑ってる子もいれば、滑り台から少し離れた場所で遊んでる子もいる。

 滑り台。いいよね。私もまだ小さい時に、師匠が魔法で作ってくれた覚えがある。わりと楽しかったよ。

 滑り台を過ぎてさらに進んで、大きめの建物にたどり着いた。ここがこの長い公園の端っこらしい。何かの資料館らしいよ。見てみたい気持ちも少しはあるけど、それよりも私は味噌ラーメンを食べたい。

 

「あのお兄さんが教えてくれたお店はこの公園の向こう側だったかな」

 

 いくつかの道路を過ぎて、細い路地。あまり目立たない場所にそのお店はあった。

 小さな一戸建てのお店。のれんにはラーメンと大きく書かれてる。行列ができるお店っていうわけじゃないみたいだけど、中からは賑やかな声が聞こえてきた。

 

『わりとお客はいる方なのかな』

『知る人ぞ知る名店ってやつかも』

 

 おー……。なんだかかっこいいね。

 スライド式のドアを開けて中に入ってみる。中はとてもシンプルで、カウンター席があるだけのお店だ。横に長いカウンターで、十人ぐらい座れるようになってる。逆に言うと十人しか入れないってことだけど。

 今のお客さんは六人ほど。みんな友達なのかな。端っこに固まって雑談してる。

 

「いらっしゃい」

 

 店主さんが私を見てそう言った。あまり驚いてないみたい。逆に珍しい気がする。

 

「嬢ちゃん、コスプレかい? 何かのイベントでもあったかな」

「そんな感じ」

「そうか」

 

 コスプレと思われてるみたい。別にいいんだけど。

 

『コスプレw』

『いやでも、リタちゃん本人が来店する確率とか考えたら当然なのでは?』

『普通は来るとは思わんか』

 

 そういうものなの? でも、今も光球は私の側で浮いてるから、それで気づきそうなものだけどね。

 

「最近のコスプレはすごいな。その光とか、どうやってるんだ?」

「えっと……。内緒」

「そうか」

 

『そうきたかw』

『ここまで来たら店主さんが鈍感なだけだと思うw』

『鈍感でいいのかこれはw』

 

 私としては味噌ラーメンが食べられたらそれでいいよ。

 団体客さんの逆側の端っこに座って、メニューを開く。味噌ラーメンの他にも、醤油ラーメンとか塩ラーメンもあるみたい。

 

「何にする?」

「味噌ラーメン」

 

 店主さんがすぐに作り始めた。ラーメンをお玉みたいなものに入れて、お湯に入れる。そうしている間に、たくさんの具材を包丁で切ってる。卵とチャーシュー、ネギともやし、あとはメンマっていうやつ。

 

『ちなみにあの深いザルみたいなやつ、てぼっていうらしいよ』

『てぼw』

 

 なんだか不思議な名前だね。

 ラーメンが茹で上がったら、てぼを持ち上げて、上下に振る。このちゃっちゃっていうやつ、テレビで見たことあるけど、結構好き。

 

「なんだかすごくプロっぽい」

 

『わかる』

『いやプロなんですがそれは』

 

 そうだった。変なこと言わないようにしよう。

 器にスープを入れて、ラーメン、具材を入れて、完成。目の前に置いてくれたそれは、とても美味しそうだった。

 

『あああああ!』

『いつものことながら食べたくなってきたw』

『出前頼むかなあ……』

 

 それもいいと思うよ。

 私がおはしを手に取って、手を合わせたところで、

 

「あ!」

 

 そんな声が、団体客さんから聞こえてきた。見ると、手に持ってるスマホと私を見比べてる人がいた。スーツの男の人だ。

 

「いや、そんな、まさか……」

「どうした?」

 

 周囲の人が怪訝そうにしてる。スーツの人は立ち上がると、私に向かって聞いてきた。

 

「あの……。リタ、ちゃん?」

「ん」

「本当に、本物?」

「ん。もういい? ラーメン、食べたい」

「あ、はい! どうぞ!」

 




壁|w・)集団客さんはお昼休憩でみんなでご飯を食べに来てる、というどうでもいい裏設定。


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味噌ラーメン

 なんだかざわざわしてる人たちは放っておいて、私はラーメンを食べる。おはしを持って、ラーメンをすする。ずるずるっと。ラーメンはこのすするのが好き。

 

『いいなあいいなあ!』

『人がラーメンを食べてると自分も食べたくなるのはなんでだろうな』

『わかるw』

 

 んー……。少し細めのもっちりとした麺だね。でも柔らかすぎず、ほどよい食感だ。細い麺に少しこってりとしたスープがしっかりと絡んでいて、とても美味しい。

 スープはちょっと濃いめの味つけだね。ごはんと一緒に食べても美味しいと思う。

 あと、チャーシュー。とっても柔らかい。チャーシューの味も濃いめだけど、スープとケンカしちゃうこともなくて、うまく合わさってる。

 

「ほら、サービスだ」

 

 もぐもぐと食べ進めていたら、店主さんが白いご飯を渡してくれた。ちょっと多めのご飯。食べていいのかな?

 

「そっちのやつらから君はたくさん食べる方だって聞いてな。ラーメンだけじゃ足りないだろ?」

「ん……」

 

 正直に言うと、全然足りない。ご飯はとても嬉しい。団体客さんの方を見ると、みんなが笑顔で手を振っていた。とりあえず振り返しておいた。

 

「かわいい!」

「私に振り返してくれた!」

「ばっか、俺だよ!」

 

 やらない方が良かったかな?

 

『普通に羨ましいんですが』

『今なら嫉妬で人を燃やせそう』

 

 視聴者さんは物騒だよ。

 ラーメンにご飯なら、私はこれをやりたい。嫌いな人もいるらしいけど……。ラーメンを食べ終えたスープにご飯を投入。ちょっとだけ混ぜて、食べる。

 

「んふー……」

 

『すっげえうまそう』

『あのご飯になりたいだけの人生だった……』

『お前の人生おかしいよ』

 

 濃いめの味噌のスープがご飯によく合う。少しこってりしたスープだから、ご飯にもよく絡んでとっても美味しい。

 

「どうだ?」

「とても美味しい」

「おう。だろ?」

 

 私が心からそう言うと、店主さんは嬉しそうに笑った。

 

「ねえねえリタちゃん」

 

 食べ終えて手を合わせたところで、スーツの人が声をかけてきた。なんだろう?

 

「ん?」

「配信見てたけど、次は何を食べに行くの?」

「んー……」

 

 何にしようかな。北海道は美味しいものが多いらしいから、他のもたくさん食べてみたい。今日は時間もあることだし。

 

「いくら、かな……?」

 

 お寿司でも見たことある。ちょっと赤っぽくてつぶつぶのやつだよね。たくさん食べられるなら、食べたい。

 

「いくらか。それなら俺の妹が店を出してるぞ」

 

 そう言ってくれたのは、店主さん。店の奥から一枚、チラシを持ってきてくれた。どこかのお店のチラシだね。住所と、どんなお店かが書いてある。海鮮とか新鮮なお野菜とか、そういったものを使った料理を出してるみたい。

 

「あの子のお店かあ。あの子の丼、美味かったなあ」

「目利きがいいんだろうね、あれは」

 

 集団客さんの人たちは知ってるみたい。美味しいらしいから、ここに行ってみようかな。場所はどこだろう?

 

「えっと……。ちない市?」

 

『あー……w』

『いや、うん。大丈夫だリタちゃん。知らなかったら読めなくて当たり前だから』

 

 違うってことだね。こっちを見てた集団客さんたちもなんだか苦笑いだ。

 

『わっかない、な。わっかないし』

『ちな日本最北端だぞ!』

『ついにリタちゃんも最北端に行くのか』

『実際の最北端は実はその側にある弁天島だったりするけどな』

『マジで!?』

 

 最北端だって。コメントを見てみると、最北端だって分かるような目印もあるみたい。じゃあ、食べに行くついでにそれも見に行こう。何かあるかは分からないけど。

 

「じゃあ、そこに行く」

「ああ。妹にも連絡しておく」

「ん」

 

 いくら、楽しみだね。

 お会計をしてから立ち上がったところで、集団客さんに頼まれて記念撮影をすることになった。いつものことだね。お店の前の道はあまり広くないから、店内で。端っこに立って、私と店主さんが中央、集団客さんたちはその周り。

 なかなかいい写真になったと思う。寡黙な人だと思ってた店主さんがわりと恥ずかしがっていたのは驚いたけど。

 

『俺もリタちゃんと記念撮影したい』

『リタちゃんが行く店に立ち会える確率ってどんなもんだろうな……』

『文字通りの奇跡だと思うよ』

 

 そんなに撮りたいものなのかな。

 

「それじゃ、ごちそうさまでした」

「ああ。気をつけてな」

「リタちゃんまたねー!」

 

 店主さんたちに手を振って、私はその場から転移した。

 

 

 

 転移先は地図で調べた場所。とりあえず見ておこうかなと思った場所、日本の最北端。実際は無人島らしいけど、目印があるのはここらしい。

 その目印の前に直接転移したからか、周囲の人がびっくりしたみたいで私を凝視してた。

 

「え、あれって……」

「急に出てきた……。転移ってやつ?」

「じゃあ本物のリタちゃん!?」

「写真撮ってもいいかな……!?」

 

 写真。とりあえず手を振っておこう。するとその人はぽかんとした後、慌てたようにスマホで写真を撮ってた。これでいいかな?

 

『俺、昨日ここに観光に行ったんだけど。一日ずらせばよかったと後悔してる』

『明日行くやつもここにいるぜ泣きたい』

『奇遇だな! 俺は今日だ!』

『あああクソがああ!』

『殺意がわいた』

 

『最北端につくのは一時間後ぐらいだけどな』

『あ、うん……。なんか、ごめん……』

『ある意味一番哀れだ……』

 

 コメントもたくさん流れてる。楽しそうだね。

 




壁|w・)ラーメンのスープにご飯をぶち込むのは私の好みです。
だって美味しいもの……。

書籍版、発売中です。
個人企画も継続中なので、是非是非よろしくお願いします!


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最北端と白い道

 最北端の目印はこれ、だね。何の形かは分からないけど、しっかりと日本最北端の地って書いてる。分かりやすい。

 海もとっても近い。視界いっぱいの海。どこかに美味しいお魚も泳いでるかも。いや、さすがに直接捕まえようとは思わないけど。

 

「何か、他にも像がある。あれ、なに?」

 

『知らぬ』

『間宮林蔵の立像、だったかな』

『昔のすごい人』

 

「ふうん……」

 

 お侍さんみたいな服装、だと思う。真美のお家で見た時代劇っていうのに似た服装。だから本当に昔の人なんだね。

 他は、特に何もないかな? それじゃ、いくらに……。

 

『リタちゃん待って!』

 

「ん?」

 

 転移しようと思ったら、呼び止めるコメントが目に入った。なんだろう?

 

『白い道を是非とも見てほしい! 神秘的で、景色も綺麗!』

『白い道ってなんぞや』

『調べろカス』

『ひでえw』

 

 白い道。なんだろうね。そのまま、白い道、なのかな? でも日本の道って、あすふぁると? こんくりいと? そういうので舗装されてるのが一般的なはず。舗装してない場合は土の道かな? 白くはならないと思うけど。

 

「年中雪が積もってる、とか?」

 

『違うぞ』

『是非ともリタちゃんの目で確かめてほしい!』

『ぶっちゃけホタテの貝殻を砕いた道だ』

『おいwww』

 

 一瞬でネタばらしされちゃったね。でも、気にはなる。せっかくだから行ってみよう。

 スマホを検索して、場所を調べてみる。んー……。わりと近いかな? でも一応、少し上空に転移しよう。

 さっと転移して、周囲を確認。地面を見ると、草原、かな? その中に長い白い道があった。あそこみたい。

 

『ちなみに白い道の側は牧草地で私有地です。入ったらだめだよ』

『上空なら文句は言われない、はず……。多分……』

 

「ん」

 

 怒られちゃったら謝ってその場で転移しよう。

 改めて、白い道の端っこへ。何か看板とかあるのかなと思ったけど、道の途中から唐突に白くなってる。ちょっとおもしろい。

 観光客さんが車で通ることもあるらしいから、私は少し上空をのんびりと進んでいこう。

 

「すごい。本当に道が真っ白。景色もいい」

 

 日本なのに、電柱も電線も見当たらない。横を見ると、とっても広い牧草地。入ったらだめなのは残念だけど、こうして見てるだけでもなんだか楽しい。

 

『ちなみに後ろを振り返ると風車がいっぱい見えるぞ』

 

「ん?」

 

 後ろ。振り返ると、なるほど、近くではないけど、たくさんの風車が見えた。たくさんあって、これもまたすごい景色だ。私の世界でも見たことがない。風車なら、探せばあるのかもしれないけど。

 とりあえず、進んでいこう。本当に、飛んでいてとても気持ちがいい。

 

「風が気持ちいい」

 

『ほほう』

『さすがに上空は分からないからなあw』

 

「ん。それもそうだね」

 

 私みたいに身一つで気軽に飛べたりはできないだろうから。

 のんびり進むと、海も見えるようになった。天気もいいから海も綺麗。牧草地も本音を言えば気になるけど、入っちゃだめなら我慢だね。

 そうしてしばらく進んでいくと、道の側に小さな椅子があった。看板もある。よっこらしょ、だって。

 その小さな椅子に女の子が座ってた。六歳ぐらい、かな? 赤いスカートの女の子だ。女の子は空を飛ぶ私に気が付くと、目を丸くしていた。

 

「迷子、だったりする?」

 

『さすがにこんな場所で迷子はないだろうけど……』

『地元の子かな?』

 

 んー……。送ってあげた方がいいかな? ちょっと悩んでいたら、女の子の方から声をかけてくれた。

 

「リタちゃん!」

「ん」

 

『おお、しっかり覚えられてる』

『リタちゃんも有名になったなあw』

 

 やめてほしい。

 

「君、ここの子?」

「りょこう!」

「旅行……。家族は?」

「わかんない!」

 

 なるほど。

 

「迷子だね」

 

『迷子だな』

『なあんで白い道に入っちゃったかなあ……』

 

 子供の好奇心はとてもすごいらしいからね。

 さすがに放っておくわけにもいかないから、女の子を連れていくことにする。白い道の出口に交番みたいなものがあるらしいから、そこで保護してもらおう。

 女の子を魔法で浮かしてあげると、嬉しそうにはしゃぎ始めた。かわいいけど、少しは反省してほしい。家族が怒ってくれるだろうけど。

 

『かわええなあ』

『まあこの後に怒られて大泣きするでしょうけどね』

『言ってやるなw』

 

 怒られるのは仕方ないよ。悪いことをしたら怒られるものだ。私だって、師匠に怒られたことが何度もあるし。それに、怒られるってことは、心配してくれてるってことだから。

 

「リタちゃん、けしききれー!」

「綺麗だね」

 

 ふわふわ跳びながら進んで、景色も楽しむ。女の子もいるから、さっきよりも賑やかだ。これはこれで、楽しいかもしれない。

 




壁|w・)旅は道連れ(保護)


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防波堤ドーム

 女の子を連れてのんびり空の旅。しばらく飛ぶと、白い道が途切れて普通の道路になった。白い道はここまでみたい。

 白い道の先は、家がぽつぽつとある。交番はどこかな?

 

『リタちゃん、目印はパトカーとかがいいんじゃない?』

『正確に言うと交番ではなかったはずだし』

 

「なるほど」

 

 パトカーだね。周囲を見回してみると、みんなが言う通りにパトカーのある建物があった。そのパトカーの側で、大人が何人か集まってる。

 

「あ、おとーさんとおかーさん!」

「そうなんだ。すぐに見つかってよかった」

 

 早速そのパトカーの側に向かう。最初に気付いたのは警察の人で、口をあんぐりと開けてる。その表情を怪訝に思ったのか、側の男女二人も振り返って、私を見て、固まった。

 

「おとーさん! おかーさん!」

 

 でも女の子がそう叫ぶと我に返ったみたい。女の子を地面に下ろしてあげると、すぐに抱きしめられていた。

 

「よかった……! どこに行ったのかと……!」

「もう! この子は心配させて……!」

「たのしかった!」

「…………」

 

 涙を浮かべて喜んでいたご両親の頬が引きつったのが分かった。んー……。よし。私は気にしない。何も見ない。

 

『おーおー……。これはなかなかの雷ですなあ』

『まあ無事に戻ってよかったよね。でもちゃんと怒らないとね』

『めちゃくちゃ泣いてるw』

 

 ん……。さっきまで楽しそうだったからちょっとだけかわいそうだけど、こればっかりは仕方ない。悪いことをしちゃったのは事実だし、手を出さない程度にはちゃんと冷静みたいだし。

 一応、警察さんにお話ししておこう。見つけた場所とか。

 

「こんにちは」

 

 警察の人に声をかけると、なんだか微笑ましいものを見るような表情だった警察さんはすぐに私に向き直ってくれた。

 

「あなたは、リタさんですね? 迷子を見つけていただいてありがとうございます」

「んーん。白い道の椅子に座ってた。お散歩だったみたい」

「それはまた……。少し遠い散歩でしたね」

「ん。元気なのはいいこと」

「ははは。違いありません」

 

 次からはちゃんと、ご両親の目の届く範囲で遊んでほしいけどね。今回見つけたのも偶然だったから。

 

「それじゃ、行く」

「ああ、はい。ありがとうございました。ちなみに、どちらへ?」

「教えてもらったお店にいくらを食べに行く」

「おお、いいですねえ。是非楽しんできてください。職務中なので配信は見られませんが、あとで過去配信を視聴させていただきます」

「ん」

 

『いやこの警官視聴者かよw』

『き、きっと最近話題の子の情報収集のためだから!』

『今回みたいに偶然巡り会う可能性もあるわけだし!』

『どんな確率だよw』

 

 料理屋さんとかで会う確率よりは低いと私でも思うよ。

 転移する前に女の子に挨拶。女の子へと手を振ると、泣いていた女の子は慌てて言った。

 

「い、いっちゃうの!?」

「ん。ちゃんとお父さんとお母さんの言うこと聞くようにね。怒られてるのは大切に想ってくれてるってことだから」

「わかんない!」

「んー……。いずれわかる。きっと」

 

『小さい子に言ってもわからんわなあ』

『年を取ると親のありがたみがよく分かるよ』

 

 ちょっとだけ、いいな、とも思うよ。私も師匠に会いたくなっちゃう。

 最後にもう一度、元気よく手を振る女の子に手を振り返す。頭を下げるご両親には私も小さく頭を下げて、その場から転移した。

 

 

 

 転移先は稚内市にある、なんだか不思議な建物。いや、建物じゃないかな。施設? 設備? なんだか不思議な形をした建築物だ。大きいから目印にしやすかった。

 

『なんだこれ』

『半分のアーチ? それがずっと延びてるな』

『防波堤ドームだね。結構長い防波堤。駅からも近いからオススメの観光地』

 

 防波堤、というものらしい。防波堤はよく分からないけど、大きな波を防ぐためのもの、なのかな?

 大きな支柱がたくさん並んでいて、なんだかここだけ日本の建物とは違った雰囲気だ。ちょっとおもしろい。

 

「雨宿りとか便利そう」

 

『リタちゃんに必要あったっけ?』

 

「ないね」

 

 私は結界で雨も防いでるから確かに必要ない。でも、雨は嫌いじゃないよ。あの音も好き。

 えっと……。お店は駅から少し南に行ったところみたいだね。あまり遠くないし、のんびり歩こう。面倒になったら飛ぶけど。

 歩道をのんびり歩いて行く。人はあまり歩いてないけど、たまにすれ違う人には二度見されてる気がする。いつものことかな。

 

 しばらく歩いて、目的地が見えてきた。少し人通りは少ないけど、ビルの一階を使ってるお店。綺麗な植木が並べられていて、看板もなんだかおしゃれだ。多分。

 そのお店の前で、エプロンを着た女の人が立っていた。なんだかそわそわと落ち着かない様子で、きょろきょろと辺りを見回してる。誰かを探してるのかな?

 

『間違いなくリタちゃんを待ってるんだと思う』

『普通に仕事してたら兄からこれからリタちゃんが行くという連絡を受けた人の気持ちを述べよ』

『まずは兄の正気を疑うだろうなw』

『確かにw』

 

 本当に私を探してるのかな? 近づいていくと、女の人と目が合った。大きく目を見開いて、喉を鳴らしたのが分かる。そしてゆっくりと深呼吸。なんだか緊張しているのが私にも分かる。

 そうしてから、その人が言った。

 

「ようこそ、リタちゃん。兄から話は聞いています。どうぞ中へ」

「ん」

 

 本当に私を待ってたんだね。お仕事の邪魔をしちゃった気がする。

 女の人に案内されて、お店の中へ。お店はたくさんのテーブル席が並ぶお店。ただ、今までのお店よりはなんだか綺麗というか、ちょっと印象が違う。

 

『料理屋とか定食屋というより、カフェみたいな感じだな』

『若い子がたくさん通ってそうなカフェ』

『これお店間違えてない? もしくはあっちの店主さんが間違えて覚えてるとか』

 

 それはないと思う。だって、あっちにいた人もここで食べたことがある人がいたみたいだから。

 




壁|w・)防波堤ドームが気になる人は是非とも調べてみてださい。すごいよ。


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いももちといくら丼

 お店の中には他のお客さんもいる。お店の隅に三人ほどの、やっぱり若い女の人たち。私を見ると、わっと歓声を上げた。

 

「本当にリタちゃんだ!」

「すっご……! まさか香織の店にリタちゃんが来るなんて!」

「こんな外観詐欺の店に!」

「怒るよ!?」

 

 えっと……。とりあえず、店主さんの名前は香織さんというらしい。あとは気にしないようにしよう。

 

『外観詐欺www』

『てことはやっぱりここで間違いないっぽいなw』

『それにしてもひどい言われようだw』

 

 私は美味しいものが食べられたら文句はないよ。

 香織さんに促されて、カウンター席に座る。すると三人の女の人が近くに寄ってきた。

 

「リタちゃんが迷惑そうにしたらすぐに帰ってよ」

「わかってるわかってる」

 

 友達、なのかな? 気安い間柄みたい。

 

「リタちゃん、いくら丼を食べに来たんでしょう? 期待していいわよ!」

「香織のご飯はとっても美味しいから!」

「メニューにないのにみんな頼むぐらいだからね!」

 

 ん……? どういうことだろう?

 話を聞いてみると、視聴者さんが言ってたように、ここは本来はカフェっていう場所みたい。コーヒーとかジュースとかがメインで、それに加えて軽食を提供するお店だったみたいだね。

 でもある日、常連客さん、というよりこのグループの人がいくら丼とかそういったご飯を頼んで作ってもらったところ、他のお客さんにも頼まれたらしい。

 断り切れずに提供したら、評判になって、いつの間にかそういったご飯の方がよく売れるようになってしまった、とのこと。もちろん今でも一応はカフェらしいけど。

 

「今でも香織はカフェのつもりみたいだけどね」

「でもそう思ってるのは間違いなく香織だけね!」

「誰のせいよ……!」

 

 女の人たちから話を聞いていたら、香織さんが料理を持ってきてくれた。目の前に置いてくれたのは、いくら丼。たっぷりのいくらの丼だ。そしてもう一皿、なんだか丸くて平べったい白い食べ物。焦げ目がついていて美味しそう。それにたれみたいなのがかかってる。

 

「こっちは何?」

「いももち。配信を見てた時にコメントに書いたから」

「いももち。美味しそう」

 

『そういえばそんなコメントがあったような……?』

『ていうか兄妹そろって視聴者かよw』

『最近だと見たことない人の方が少ないかもだけどな』

 

 そうなのかな。嬉しい、気もする。どっちでもいいけど。

 せっかくだから、いももちから食べてみる。おはしでいももちを持って、ぱくりと。

 

「ん……。もちもちしてる。不思議」

 

『ほほう』

『いももちって言うぐらいだしな』

『気になってるけど作ったことないんだよなあ』

 

 これは、美味しい。ご飯になるかは分からないけど、おやつにはちょうどいいと思う。もちもちしてるから、噛んでいて満足感も出るんじゃないかな。

 たれは醤油を使ってるのか、そのまま醤油の味だね。いももちはほのかにジャガイモの甘さがある気がする。ジャガイモの甘さはそれほど強くないけど、感じないわけでもない程度。たれの味としっかりと合っていて、美味しい。

 

「いももちって、ジャガイモ?」

「地域にもよるかな。北海道はジャガイモが多いと思う」

「そうなんだ」

 

 じゃあ、違う味のいももちとかもあったりするのかな? ちょっとだけ気になるかもしれない。

 うん。いももち。美味しかった。満足。

 次は、いくら丼。ご飯が入ってる丼に、たっぷりのいくらが盛られてる。すごくたくさんのいくらが盛られてる。すごい。

 

『あああいいなあいいなあ美味しそうだなあ!』

『いくらって見た目だけで美味しそうに見える』

『いくらが輝いて見えるぜ……!』

 

 ん。実際てかてかして輝いてる。なんだか高級感があるね。

 

『山盛りのいくらはちょっと夢だけど、重たいんだよなあ』

『お寿司ぐらいがいいなって』

 

 苦手な人もいるみたい? 人それぞれだね。私は気にせず食べるけど。

 いくらは醤油漬けされてるらしいから、何もかけずに食べた方がいいらしい。それじゃあ、早速おはしで……。

 

「んー……。食べにくい……」

 

 いくらがぽろぽろこぼれる。ちょっと、面倒。

 

「あはは。スプーン使う?」

「ん」

 

 香織さんにスプーンをもらって、改めて食べる。ご飯といくらをたっぷりと、口にいれる。

 いくらはこの独特な食感がとても楽しいと思う。ぷちぷちとした食感で、食べると中身がじゅわっと出てくる。それがご飯によく絡んで、とっても美味しい。

 お寿司だと一口で終わっちゃうけど、丼だとたっぷり食べられる。なんだかとっても贅沢だ。

 

「んふー」

 

『めちゃくちゃ美味そう』

『リタちゃんが幸せそうで俺も幸せ』

『ちょっと冷凍のいくら注文した』

『それいつ届くんだよw』

『来週ぐらい……?』

 

 いくら丼はあまり出前にないのかな? コメントを見ていたら、出前でも少しはあるみたい。ただ、他の料理ほど多くはない、のかな。

 

「ちなみにいくらは、食べる時期によって少しずつ味が違うよ。人によっては後半の方が好きな人もいるし、早いものの方が好きな人もいるし」

「ん……。そんなに違いがあるの?」

「早いと皮が薄いかな。味もちょっと薄め。後半はとても味が濃いけど、皮も少し厚くなってるから違和感があるかも。真ん中ぐらいが一番美味しいって言われてるけど、人によるかな」

「へえ……」

 

 味が濃いっていうのが少し気になるけど、それは年の最後の方らしい。まだ当分食べられそうにないね。またいずれ食べに来たい。

 うん。いくら丼、すごく美味しかった。こっちも満足。来てよかった。

 




壁|w・)いももちは転がって避けて捕まえる某ゲームで一気に有名になった気がします。

次回更新は9月3日です。1日遅れますのでご注意ください……!


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スープカレー

「ごちそうさま。美味しかった」

「うん。喜んでもらえてよかった。リタちゃん、この後はどうするの?」

「んー……」

 

 今の時間は、三時頃。夕方って言えばいいのかな? これ以上食べると、晩ご飯になっちゃいそう。もちろん私はいくらでも食べられるけど、晩ご飯は真美のお家がいい。

 だから、そろそろ帰ろう。あとは真美のお家で待てばいい。

 

「そろそろ帰る」

「そう? じゃあ、お土産もいるよね?」

「おみやげ!」

 

 欲しい。是非欲しい。いくらとか、買えるなら買いたい。精霊様にも食べてほしいし、真美たちにもお土産になるから。

 

「ちょっと待っててね」

 

 香織さんはそう言うと、奥の方へと行ってしまった。厨房っていうところだと思う。何か作ってくれるのかな。それはそれで、楽しみ。

 

「そっか、リタちゃんもう帰っちゃうんだ」

「残念ねえ」

「次は雪が積もってから来てね。スキーとか楽しいわよ」

 

 スキー。テレビで見た覚えがある。細長い板を足に取り付けて、山から滑るスポーツだよね。やってみたいけど、冬のスポーツらしいからもうちょっと我慢だね。

 女の人たちとそんな会話をしていたら、香織さんが戻ってきた。小さなお鍋を持ってる。湯気が立っていて、ここまで香りが届いてきた。これは、カレーかな?

 

「カレー? カレーライス?」

「ごめんね、カレーライスとはまたちょっと違うかな。真美ちゃんなら分かると思うから、聞いてみてね」

「ん」

 

 ちょっと違うっていうことは、カレーに近いものなのは間違いないみたい。渡されたお鍋の中を見てみたら、やっぱりカレーに見える。あ、でも、とろみが少ないような気もする。

 

「むむ……」

「量はあるから、真美ちゃんたちと食べてね?」

「ん」

 

 すごく気になるけど、せっかくこう言ってくれてるんだし、我慢しよう。早く食べたいけど。

 

『カレーの香りに反応してわくわくするリタちゃん』

『見た目相応の反応でかわいかったです』

『あああリタちゃんかわええんやああばくってしてほしいよおおお!』

『いかん! 錯乱兵だ! 衛生兵! 衛生兵!』

『ばくっとされるなら消えるから大丈夫』

『大丈夫とは』

 

 お鍋にフタをしてもらって、アイテムボックスへ。カレー、楽しみ。あとはいくらも少しもらってしまった。これもみんなで食べたい。

 

「それじゃ、リタちゃん。来てくれてありがとう」

「こちらこそ、お料理、とても美味しかった」

「いえいえ。最後に写真お願いしても?」

「ん」

 

 最後の写真はなんだか恒例になってる気がする。私はもちろん問題ないんだけど。

 香織さんとそのお友達さんたちと一緒に写真を撮って、私は真美のお家に転移した。

 

 

 

 真美のお家でのんびり待つ。

 

「不思議カレー、とても楽しみ」

 

『不思議カレーwww』

『リタちゃん、真美ちゃんにいつでもカレー作ってもらえるのに、それでも嬉しもんなん?』

 

「ん。真美のカレーが一番好きだけど、でも他のカレーも食べてみたい」

 

『なるほどw』

 

 今のところ、真美のカツカレー以上はなかったかな。私の好みに一番近いものを作ってくれてる気がする。

 あ、でも、チーズカツカレーも美味しかった。そっちもまた食べたい。

 今まで食べたカレーを思い出してると、真美が帰ってきた。ちいちゃんも一緒で、真っ先にちいちゃんが入ってくる。元気そうだ。

 

「おかえり、ちいちゃん。お土産」

 

 テーブルにお馬さんのぬいぐるみを並べてみる。真美とちいちゃんで一個ずつだ。デフォルメされたかわいい馬のぬいぐるみ。ちいちゃんは早速ぬいぐるみを抱きしめて、もふもふし始めた。

 

「わあ……。すごくふわふわ! ありがとう!」

「ん。真美も」

「うん。ありがとう、リタちゃん。わ……。すごくもふもふだ……」

 

 真美も気に入ってくれたみたい。ぬいぐるみを抱きしめて、嬉しそうにしてる。買ってきてよかった。

 

「それより、リタちゃん。あれ、食べるんでしょ?」

「ん」

 

 真美はぬいぐるみを棚の上に飾ると、私がアイテムボックスから出したお鍋を確認してくれた。お玉で軽くかき混ぜて、なるほどと頷いてる。

 

「これ、スープカレーだね」

「すーぷかれー」

「そう。スープ状のカレー。さらさらしていて粘り気はほとんどないかな。早速食べよう」

 

『なるほど、確かに北海道と言えばスープカレーも定番だな』

『お師匠さんのカレーに似てるかも?』

 

 そうなんだ。それならちょっと楽しみ。

 時間は少し早いけど、真美は早速晩ご飯を作ってくれた。スープカレーがあるから白米とサラダととてもシンプル。もうちょっとおかずが欲しいかも、なんて思ったけど、最後に出してくれたスープカレーにはごろごろとたくさんの具材が入っていた。

 お魚とか、貝とか、そんなのがたくさん。魚介系ってやつだね。それがたっぷり入ってる。

 

『なにこれめっちゃ美味そう』

『さすがはプロの料理やで』

『プロ (カフェ)』

『やめたれwww』

 

 スプーンでスープカレーをすくってみる。おお……。本当に普通のカレーと全然違う。これは確かにスープだ。あと、視聴者さんが言ってたように、師匠のカレーに似てる気がする。

 

「もしかして師匠、スープカレーを作ろうとしたのかな」

 

『それはあり得そう』

『とりあえず食べてみたら?』

 

 それもそうだね。それじゃ、いただきます。

 

「んー……。とりあえず、これだけ」

 

『お?』

『わくわく』

 

「やっぱり師匠はただ失敗しただけだと思う」

 

『ちょwww』

『やっぱりかーw』

 

 そもそもとして、師匠はカレーライスって明言してたしね。味もこっちの方が美味しい。

 カレーライスと違って、さらさらしてる。でもしっかりとスパイスを感じられて、刺激と辛みがある。味はカレーにとても近い。

 ご飯にかけて食べるのには向かないけど、でもこれはこれで美味しい。大ぶりな魚介もいい味になってる。カレー味のお魚や貝になってるけど、それはそれでいい。

 

「スプーンで先にご飯を取って、スープカレーにひたすと食べやすいと思うよ」

「ん」

 

 真美のアドバイスに従って、スプーンでご飯をとって、スープカレーにひたす。ぱくりと一口。

 おー……。さらさらのカレーライス。しっかりとカレーの味を感じられて、でもカレーライスとは全然違う食感。美味。

 

『最後はスープカレーを直接かけておじや風とか』

『わかる』

 

 なるほど。スープカレーをお椀に注いで、ちょっとまぜて……。食べてみると、スープカレーの味がとても強くなったけど、ご飯としっかりとまざって、食感が変わった。これもいいね。

 




壁|w・)カレーの香りだけでわくわくする魔女の図。


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精霊様へのお土産

 気付けばスープカレーもご飯もなくなっちゃった。んー……。

 

「おかわり」

「ふふ。すぐ用意するね」

 

 もっと食べたい。あ、でも、真美たちと精霊様の分もちゃんと残しておかないと。

 

「あ、そうだ。いくら、もらってる。おみやげ」

「そういえばもらってたね……。食べるの?」

「今はいい。半分、真美たちで食べて」

「え……。いいの?」

「ん」

 

 私はあっちでたくさん食べてきたから、これは真美たちに食べてもらいたい。精霊様にも渡したいから、全部はちょっとだめだけど。

 真美は大きいお椀を持ってくると、お土産のいくらを手早く移し替えた。ちょうど半分ぐらい、かな? 片方をラップして、冷蔵庫に入れる。すぐには食べないみたい。

 

「今日はスープカレーがあるから、明日もらうね」

「ん。こっちは、精霊様に渡してもいいの?」

「もちろん」

「ちょっと多いよ?」

「精霊様が食べてるのを見たら食べたくなるんじゃないの?」

「…………」

 

 そんなことはない、とはちょっと言えなかった。

 

『目の前で美味しい物を食べてたら自分も食べたくなる。間違いない』

『若いっていいなあ……。むしろ美味しいものを食べてるのを見たいよ俺は』

『年だな』

『年だよ』

 

 私も食べたくなるとちょっと思ってきた。精霊様と半分こしよう。

 精霊様のスープカレーもお椀に入れてもらって、あとは真美たちで食べてもらう。スープカレーもちょうど半分ぐらい残った、はず。多分。

 

「スープカレー、足りる?」

「大丈夫。足りなかったらいくらをもらうね」

「ん」

 

 それなら大丈夫だね。それじゃ、そろそろ帰ろう。

 最後にちいちゃんに挨拶してから、と思ってちいちゃんを見てみたら、お馬さんのぬいぐるみを抱きしめてとっても機嫌が良さそうだった。かわいい。撫でておこう。なでなで。

 

「なあに?」

「なんでもない。そろそろ帰るね」

「はーい」

 

 ちいちゃんを撫でてから、真美を見る。なんだか微笑ましそうに笑ってる、気がする。少し恥ずかしいから、すぐに帰ろう。

 

「それじゃ」

「うん。またね」

 

 真美に手を振って、精霊の森に転移した。

 

 

 

 世界樹の前で、スープカレーといくらのお椀を置く。スープカレーはまだしっかりと温かい。ちょっと食べたくなってきちゃったけど、我慢。

 

「精霊様。スープカレーいる? いらない? わかった」

「待ってくださいいります! いりますから!」

 

『草』

『リタちゃんwww』

『まだ食べ足りないのかw』

 

「食べ足りない」

 

『ですよねw』

 

 カレーはずっと食べ続けられる。地球が発明した究極の料理だと思う。

 

「精霊様もそう思うよね?」

「あの、リタ? 同意だけ求められても、何のことか……」

「そう思うよね?」

「あ、はい。思います」

 

『圧がすごいwww』

『リタちゃんの謎の圧に屈していらっしゃるw』

 

 精霊様はスープカレーの器を手に取ると、スプーンで一口食べた。しっかりと味わってる。

 

「なるほど……。とろみのないカレーなのですね。美味しいです。リタが好きそうな味です」

「ん」

「ふふ。リタ、私は一口で満足しました。残りになりますが、いかがです?」

「いいの!?」

 

 精霊様からスープカレーをもらって、食べる。んー。やっぱりこれも美味しい。何かの漫画で見た気がするけど、カレーは飲み物を形にしたものだと思う。

 

「んふー……。…………。なんで撫でるの?」

「気にしないでください」

「ん」

 

『精霊様じゃなくても撫でたくなると思う』

『めちゃくちゃ幸せそうに食べるからなあw』

『リタちゃんが食べるカレーになりたい』

『ただの生ゴミになるからやめろ』

 

 精霊様は次にいくらを食べた。これもスプーンで一口。もぐもぐと口を動かして、なるほどと頷いてる。

 

「食感が楽しい食べ物ですね。ほんのりと甘くて、美味しいと思います」

「美味しいよね。時期によって食感も味も変わってくるらしいよ」

「それは少し気になりますね……」

「また買いに行く」

「ええ、楽しみにしています」

 

 スープカレーといくらを完食して、一息。やっぱり日本の料理は美味しい。次は何を食べようかな。どこに行こうかな。考えるだけでわくわくする。

 

「あ、そうだ。精霊様。これもあげる」

 

 そう言って渡したのは、お馬さんのぬいぐるみ。何度見てもこのぬいぐるみはかわいい。

 精霊様はぬいぐるみを受け取ると、何度か撫でて、首を傾げた。

 

「これは、馬、でしょうか。日本の馬はとてもかわいらしい見た目をしているのですね」

「ん……。ん? デフォルメ、されてるからね?」

「…………。もちろん分かっていました。分かっていましたとも」

 

『嘘だぞ絶対気付いてなかったぞ』

『精霊様はかわいいなあw』

 

 精霊様はじっと黒い板を見つめていたかと思うと、ふっと消えてしまった。恥ずかしかったのかもしれない。気にしなくてもいいのに。

 お馬さんのぬいぐるみは、木の幹に置いておこう。気に入ってくれてたらいいんだけど。

 

 

 

 翌日。世界樹の枝にお馬さんのぬいぐるみも丁寧に飾られていた。喜んでくれてたのかな? でもそのうち、世界樹の枝がぬいぐるみでいっぱいになりそうだね。まだまだ先だとは思うけど。

 




壁|w・)のんびり。次回からまた異世界側です。

ちょっと見かけたので……。
Q.リタがカレー専門店に行ったらどうなるのか。
A.閉店まで居座ります。全カレー、全トッピング、果ては全トッピングの組み合わせまで試し始めます。最後までずっと食べ続けて、最後はカツカレーで締めとなります。…………。かもしれない!

Q.カレーばっかりで飽きないの?
A.リタ「カレーで飽きる……?」(何言ってんだこいつ、という理解不能の目)



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行き先の情報

ここから第二十話のイメージです。


 

 たまには最初のギルドに顔を出しておこう。そう思って訪ねてみた。セリスさん、つまりギルドマスターの部屋に直接。

 転移した先にいたのは、目を丸くするセリスさんとミレーユさん。ミレーユさんはすぐに笑顔になると、ソファの隣をぽんぽんと叩いてきた。ここに座れ、ということらしい。じゃあ、ミレーユさんの隣に座ろう。

 

「ようこそ、リタさん。歓迎しますわ」

「どうしてミレーユがそれを言うのよ……」

「わたくしが! このギルドで一番偉いからですわ!」

 

 あ、セリスさんの額に青筋が浮かんだ、気がした。ちょっと怒ってるかも。

 でもふと、セリスさんは意地の悪い笑顔を浮かべた。

 

「リタさん。どうやらこの子、あなたよりも自分の方が偉いと思ってるみたいよ? とてもお世話になっておいてね」

「ふうん……」

「ま、待ってくださいまし! 冗談です! 卑怯ですわよセリス!」

 

 いや、私は別にそれでいいんだけど。冒険者としてはミレーユさんの方が先輩なわけだし、ランクは同じだし。それに、私はあまりここで依頼を受けてないしね。

 言い合う二人を眺めながら、私はこっそり魔法を使う。もちろん、配信魔法だ。

 

『ヒャッハー! とれたてぴちぴちの配信だぜえ!』

『そしていきなり言い争いが始まってるんだけどw』

『ミレーユさんとギルドマスターさんかな? 仲良しだなあ』

 

 これは、仲良しなの? でも確かに、言い争いはしてるけどどっちも本気では怒ってなさそうだ。じゃれ合いみたいなものなのかな。

 でも、さすがに口論をずっと聞いてるのも嫌かな。あまり長居はするつもりなかったし、帰ろう。そう思って立ち上がったら、ミレーユさんに腕を掴まれた。

 

「なに?」

「ごめんなさいですわ。でも、お話がありますの。今日来なければ、精霊の森に行こうと思っていましたわ」

「ん……。わかった」

 

 いいタイミングだったのかな。こほん、とセリスさんが咳払い。一応、ちょっとだけ姿勢を正しておく。

 

「実は、この街を訪ねてくる冒険者などに依頼して賢者様の動向を調べていたのだけど、一つ、有力で少し面白い情報を得られたの」

「どんな?」

「王都とはまた違う方向だけれど……。東の海をこえた先の大陸に闘技場があるのだけど、そこに賢者様が出ていたことがあるそうよ。年に一回、世界最強を決める大会っていうのがあるのだけど、それに優勝したのだとか」

 

 ええ……。何やってるの師匠。

 

『あのバカ何やってんだよwww』

『いやでも、それ本人か? あいつ、そういうのに興味なさそうだけど』

『そうか? あのバカならやりかねないと思うが』

 

 師匠なら……やらないと思う。必要でなければ、わざわざ戦ったりしないと思うから。

 逆に言えば。必要と思ったら出るだろうけど。経緯次第じゃないかな。

 

「それ、本当に師匠だったの?」

「間違いなく、とは言い切れないわね。伝聞程度の情報だから。でも複数の証言があるから、賢者を名乗る誰かがいた、というのは間違いないはずよ」

「そっか」

 

 それだけでも十分かな。一度行ってみる価値ぐらいはあると思う。

 それに。

 

『闘技場とかめちゃくちゃわくわくするなあ!』

『テンプレですね無双ですねわかります!』

『ヒャッハー! 汚物は消毒だー!』

『汚物扱いすんなw』

 

 視聴者さんは闘技場が気になるみたいだし。むしろもう行くことになってる気がする。いや、多分私が行かないって言ったらそれはそれで納得してくれるとは思うんだけど、私自身、どんなところか少しだけ興味がある。

 漫画とかでもたまにあるよね。闘技場。お話によって扱いは全然違うけど。ここの闘技場はどんなところなんだろう。本当に師匠が出たのなら、そんな変な場所ではないと思うけど。

 

「行ってみる」

「ええ。もし参加するなら、魔女として参加するといいわよ」

「ん? なんで?」

「何の実績もない低ランクの子供に許可が出るわけがないでしょう」

 

 ぐうの音も出ない正論でした。

 

『ですよねーw』

『いやでも、それならわりとクリーンな大会ってことなんかな』

『まだだ! まだ俺は諦めねえぞ!』

『お前は何を期待してるんだよ』

 

 まだ参加するかも決めてないけどね。師匠と会ったことがある人を見つけたら、その人に話を聞くだけで終わるかもしれないし。見学ぐらいはしていきたいけど。

 でも、魔女として行くなら、空を飛んでいっても大丈夫そうだね。空を飛ぶ魔法はミレーユさんとかも使えるんだし……。

 

「ちなみにリタさん。空を飛ぶ魔法で行くのはなしですわよ」

「え。なんで?」

「その反応、やる気でしたわね!? 普通の人は空を飛んで海を渡るなんてできないですわよ! わたくしもできませんわ!」

「がんばれば大丈夫」

「魔力が切れたら海に真っ逆さまですわよ! がんばるべきところではありませんわ!」

「それは……そうかも」

 

『魔力切れで海のど真ん中とか、死ぬしかないよね』

『多分できる人がいたとしても、試さないレベルで危険だと思う』

 

 でも、それなら移動手段は別で考えないといけないってことだね。日本なら、えっと……。ひこうき、だね。飛行機。それで行くのかもしれないけど、この世界に飛行機なんて存在しない。

 




壁|w・)闘技場のある街に遊びに行きます。



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よろしくお願いします……!


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ミレーユさんの注意事項

 それなら、やっぱり……。

 

「船?」

「ですわね。リタさん、船は初めてなのでは?」

「んー……。そうとも言えるし、違うとも言える」

「意味不明ですわよ?」

 

 だって、日本の船しか乗ったことがないから。あれも移動が目的というより、船に乗ることそのものが目的だったし。もちろん楽しかったからいい思い出。

 

『ウナギを食べに行った時のやつぐらいかな?』

『シャボン玉が懐かしい』

『そっちは移動が目的になるし、技術的にも全然違う船じゃないかな?』

 

 そうなのかな。見たことがないから分からない。少し気になるかも。

 んー……。闘技場はあんまり興味がないけど、この世界の船は気になる。移動手段にもなるし、ちょうどいいかも。

 

「じゃあ、船で行く」

「それがいいわね。港のギルドで船の護衛の依頼も受けられるから、小遣い稼ぎにはいいわよ」

「護衛」

 

 学園に行く時に馬車を護衛して以来だね。久しぶりに護衛の依頼もいいかもしれない。

 

「日数はどれぐらいかかる?」

「八日ぐらいかしらね」

 

『おや。わりと早くね?』

『帆船じゃなかったりする?』

『説明しよう! 船は車と違うので時間がかかるぞ!』

『説明になってねえよw』

 

 えっと……。日本の本で見たことがある。昔の船は風の力で進む船なんだよね。帆船、だっけ。そこまで速度は出なかったはず。

 

「どうやって進むの?」

「魔道具ですわね。そのために魔道具に魔力をこめる人員が何人も乗船しますわ」

 

 話を聞いてみると、魔力のコントロールができなくて魔法は使えないけど、保有魔力はそれなりに多い、という人が一定数いるみたい。そういう人が一緒に船に乗って、魔道具に魔力をこめるんだって。

 どうやってこめるのかなと思ったら、船の魔道具は魔力を吸い上げる機能をつけてあるんだとか。ずいぶんと乱暴な魔道具だと思う。吸い上げられすぎたら大変だよ。

 そう思うけど、私が気にすることでもないかな。この世界の船はそういうもの、と思っておこう。

 

「じゃあ、行ってみる。地図見せて」

「もしかして、転移で行くのかしら」

「ん。船で時間がかかるなら、港まで時間をかけたくない」

「リタさんらしいですわ……」

 

 どういう意味かな。

 地図を見せてもらって、港の場所を確認。ついでにセリスさんが、港のギルドへの紹介状を書いてくれた。

 

「それじゃ、行ってきます」

「待ってくださいまし、リタさん!」

「ん?」

「あなたに一つ、大事な注意事項を伝えますわ!」

 

 大事。それは気になる。すでに立ち上がっていたから、そのままミレーユさんに向き直った。ミレーユさんも立ち上がって、じっと私を見つめてくる。どんな注意だろう。どきどきする。

 

「リタさん!」

「ん」

「暴れすぎないでください。いや本当に。怒りそうになったら、とりあえず深呼吸です。いいですわね?」

「…………」

 

『いや草』

『リタちゃんの信用のなさよw』

『そりゃお前、ごはんの邪魔をされてマジギレする子だからなw』

『これが日頃の行いなんやなって』

 

 怒るに怒れない。言われてみると心当たりがいくつかあるから。ちょっと反省しないといけないと思えた。

 ごめんね、精霊様。守護者の威厳は、私には期待できないみたいだよ。

 

「ん……。襲われない限り、大丈夫。きっと、大丈夫」

「不安ですわ」

「不安ね」

 

『フラグにしか聞こえねえwww』

『おらわくわくしてきたぞ!』

 

 余計なことは言わなくていいよ。

 でも、うん。本当に、ちょっと気をつけよう。がんばる。

 

 

 

 ギルドからそのまま転移して、たどり着いたのは港町。の、上空。大きな船がたくさんだ。小さい船もある。

 転移魔法は見られたくないから、結構上空にいる。港町はわりと大きい街になるのかな。ミレーユさんがいる街と同じぐらい、だと思う。

 交易でも重要な場所らしくて、街の門ではたくさんの馬車が並んでる。あの列に並ぶのはちょっと面倒だけど、私にはとっても便利なアイテムがある。

 

『はえー。これが異世界の港町』

『魔道具で動くらしいけど、帆船ばっかやな』

『魔道具が動かなくなった時のためかな?』

 

 そうかも? 魔道具の修理なんてできる人が限られるだろうから。

 とりあえず街に入ろう。ギルドに行って、護衛のお仕事を受けないと。護衛の仕事は久しぶりだから、ちょっと楽しみ。飽きたら、また前みたいに日本に行ってご飯もらってもいいし。

 フードをしっかり被って、門へと下りていく。途中で私に気付いた人たちが指さしたりしてるけど、とりあえず無視。門の前に下りると、門番さんが口をあんぐりと開けて固まっていた。

 

「中に入りたい」

 

 そう言ってギルドカードを差し出す。もちろん今回はSランクのカードだ。門番さんは目を大きく開いてやっぱり固まってる。

 なんというか、すごい。口をあんぐり、目をぱっちり。驚きすぎじゃないかな?

 

「聞いてる?」

 

 動かないから声をかけてみると、門番さんは慌てたように姿勢を正した。

 

「失礼致しました! 少々お待ちください!」

 

 門番さんが慌てて門の中へと走って行く。えっと……。他にも待ってる人がいるから、早くしてあげてほしい。私が他の人に怒られそうだから。

 門番さんはわりとすぐに戻ってきた。もう一人、初老の男の人を引き連れて。責任者か何かだと思う。その人は私のギルドカードを見ると、やっぱりちょっと目を見開いて驚いていたけど、でもこっちはすぐに対応してくれた。

 

「失礼。お預かりします」

「ん」

 

 門番さんがギルドカードを受け取って、表を見たり裏を見たりと何かを確認してる。確認する方法でもあるのかな。

 

「ありがとうございます。隠遁の魔女様でお間違いありませんか?」

「ん」

 

 私が頷くと、なんだか周囲がどよめいた。

 

『この瞬間がたまらなく好き』

『わかる』

『おれつえーに似た何かを感じる』

 

 何かって何だよと言いたい。

 




壁|w・)注意事項という名のフラグ建設。



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港町のギルド

「ギルドはどこ?」

「はっ。大通りをまっすぐ進み、港に向かってください。港に面する道にございます」

「ありがと。通っていい?」

「もちろんです。どうぞ」

 

 これがSランクのカードの効果だね。待たなくていいからとても便利。門を通りながら、思わず言った。

 

「とても便利な通行証」

 

『Sランクのギルドカードを通行証扱いすんなw』

『リタちゃんにとってはその程度の価値なんだろうけどw』

 

 大通りをのんびり歩く。街の雰囲気は他の街と似たようなものかな。でも、お店をちらっと見てみるとお魚が売ってたりと品揃えが違う。

 お魚。そう、お魚だ。お魚食べたい。せっかくの港町だし、何か売ってるかも。

 大通りをてくてく歩いて海の方に向かう。お店を見ながら歩いていたら、ついにそれを見つけた。焼き魚の屋台、なのかな。串に刺したお魚を焼いてるお店。

 

「お魚の屋台だ」

 

『マジかよwww』

『焼き魚の屋台とか日本でもほとんど見ないぞw』

『でも美味そう』

『わかる』

 

 お魚が焼ける音がとても美味しそう。香ばしくて、とてもいい匂い。

 そのお店に近づくと、恰幅のいいおばさんがお魚を焼いていた。私を見て、にっと笑った。

 

「いらっしゃい。食べてくかい?」

「ん」

 

 お金を渡して、お魚をもらう。塩をさっと振りかけただけのお魚だ。とりあえず、一口。

 

「んー……。ほくほくしてる。生焼けになってないし、悪くない」

 

『ええなあ、お魚の丸焼き』

『鮎の丸焼きとか美味しいよね』

『ワカサギの唐揚げとかもいいよ』

『俺は普通にサンマがいいなあ』

 

 お魚、美味しいよね。最初は骨を取るのが面倒だと思ったけど、それをするだけの価値はあると思う。師匠と一緒に森の川で魚釣りをしたことがあるけど、あれも美味しかった。

 

「でも結局面倒になるんだよね」

 

 口を開けて、お魚を骨ごとぱくり。骨をかみ砕く。これがやっぱり手っ取り早い。

 

『ちょwww』

『リタちゃん何やってんのw』

『食べ方がワイルドw』

 

「骨まで食べないともったいないかなって」

 

 師匠が言ってたよ。骨を食べたらかるしうむ? が取れるから体にいいって。成長に大切な栄養素とかなんとか。私はあまり気にしないけど、師匠は気にしてくれてたみたい。

 でも師匠もうろ覚えの知識だったらしいけどね。それに、エルフが必要とする栄養が人族と同じかも分からない、というよりそもそも日本と異世界が同じかも分からない、で終わっちゃったけど。

 お魚を骨ごと食べ終わったところで、港にたどり着いた。海がとっても広い。大きなお船もたくさんだ。

 

「おー……。お船いっぱい」

 

『リタちゃんがなんだかわくわくしてるのが分かる』

『こういう船もいいよね。乗ってみたい』

『帆船とか今じゃ乗る機会なんてほとんどないからなあ』

 

 私は今から乗る予定だけどね。楽しみ。

 とりあえず、まずはギルドに行かないと。港に面する道にあるって話だったけど……。

 道沿いの建物を見てみると、一つだけ、他よりも大きな建物があった。看板にもギルドって書かれてる。あそこみたいだね。

 ギルドの中に入ってみると、なんだかとても賑やかな場所だった。

 

「酒! こっちにもくれ!」

「つまみたりねえぞ!」

「お前ばっかだなあ! がははは!」

 

 えっと……。ギルド?

 

『ただの酒場では?』

『でもある意味一番ギルドっぽい気がするw』

『それゲームか何かのイメージだろ』

 

 部屋を見回してみると、半分がギルド、半分が酒場になってるみたい。これはこれでおもしろいとは思うけど、酒場の方がうるさすぎないかな? ギルドの方が迷惑だと思うんだけど。

 ギルドのカウンターには受付の人が三人いて、冒険者の人はみんなそこに並んでる。どこに並ぶのかは分からないけど、どこでもいいのかな?

 

「ねえ、これどこに並んでもいいの?」

 

 側の剣士さんに聞いてみると、少しだけ怪訝そうにしながらも教えてくれた。

 冒険者が依頼を受ける時、報告する時はどこの列でもいいみたい。依頼の場合は二階に行かないといけないんだって。二階ならまだ静かだから、らしい。

 どうして酒場があるのかと聞いてみたら、もともとはギルドは街の端っこにあったみたいで、船乗りさんが依頼する時に不便だからと移転してきたらしい。その時に、いい場所がここしかなかった、とのこと。

 

『ほーん。ギルドが後から入ったんか』

『他にいい建物なかったのかよと言いたくなるなw』

『こんなに騒がしいと船乗り以外は入りにくいだろこれw』

 

 私もそう思う。それでも船乗りさんを優先するぐらいに、船乗りさんからの依頼が多いのかもしれない。

 列に並んでしばらく待って、ようやく私の番になった。

 

「ようこそ、ギルドへ。依頼なら二階になりますが……」

「ん。挨拶」

 

 Sランクのギルドカードとセリスさんが書いてくれた紹介状を受付さんに渡す。受付さんはぎょっと目を剥いて、恐る恐るといった様子でカードを手に取った。

 

「これは……はい……。確かに……。こほん。ようこそ、冒険者ギルドへ、隠遁の魔女様。来訪を心より歓迎致します」

 

 おー……。明らかに態度が変わった。分かりやすい。

 

『めちゃくちゃ丁寧になってるw』

『やっぱSランクってすごいんだなあ』

『ただの食欲の魔女なのに』

 

 怒るよ? 否定はちょっとできないけど。

 




壁|w・)焼き魚もぐもぐ。骨ごとむしゃあ。



新作投稿しました。一度書いてみたかったダンジョン配信ものです。
ご興味がありましたら是非是非。
少しでもお楽しみいただければ嬉しいのです。
最弱魔女の成り上がり配信


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宿はどこも似たようなもの

 受付さんの声が聞こえたらしい周囲の人も動きを止めてこっちを見てる。そんなに見られても何もしないよ。

 

「闘技場のある街に行きたい。から、船に乗りたい。護衛の仕事、ある?」

「護衛ですか? 魔女様なら、お客様として船に乗ることもできると思いますが」

「小遣い稼ぎ」

「こづか……」

 

 あ、受付さんが固まっちゃった。

 

『小遣い稼ぎが目的とは思わんだろうなあw』

『でも実際のところ、客としてでもいいんじゃないの?』

『確かに、なんか自然と護衛することになってるけど』

 

 久しぶりの護衛の仕事をしてみたい、と思っただけだよ。お客さんとして乗ったら、すごく暇な船旅になりそうだし。転移で移動はちょっともったいないしね。

 

「あの……。護衛でSランクに見合う報酬を出せるかと言われると……」

「構わない。暇つぶしと思ってくれてもいい。目的地にまっすぐ行くなら、なんでもいいよ」

「はあ……」

 

 受付さんはなんだか困った様子だったけど、紹介状を開いてぴたりと固まった。そして一言。

 

「やっぱりSランクの方は物好きな人が多いわね……」

 

 うん。セリスさん、何を書いたの?

 

『きっと聞き取られると思ってなかっただろうなあ』

『セリスさんが何を書いていたのかちょっと気になるw』

『とても自由な子だから言う通りにしてあげてほしい、とか?w』

『あり得そうw』

 

 それはそれで、セリスさんとお話をした方がいいような気がしてくるね。

 受付さんは頷くと、カウンターの下から一枚の紙を取り出した。依頼票かな? それを私に渡してくる。えっと……。

 

「明日出発の船なのですが、できればもう一人護衛が欲しい、と依頼が来ております。大型船なので他の冒険者の方も多く、飽きてしまった場合は途中でやめても問題ありません。例えば船の探検をしていただいても構いませんよ」

「…………」

 

 セリスさん本当に何を書いたの……?

 

『扱いが子供のそれで草なんだ』

『お船の探検www大事だよねwww』

『紹介状の中身がマジで気になるw』

 

 でも、私にはちょうどいい依頼だと思う。思うところがないわけじゃないけど、これでいいかな。

 

「じゃあ、その依頼を受ける」

「かしこまりました。出発は明朝、日の出すぐになります。遅れないようにお気をつけください」

「ん」

 

 ギルドカードと紹介状、あと依頼票を受け取って、依頼の受諾は完了。あとはこれを、明日持っていけばいいってことだね。

 

「船ですが、現在停泊中の船で最大のものです。明朝出発はその船だけとなりますので、もし分からなければ港の者に聞いてください」

「わかった」

 

 依頼も受けたから、一度帰ろう。明日まで待たないといけないみたいだし、お家に帰って、いや真美に晩ご飯をもらってもいいかも……。

 

『リタちゃん、今日は宿泊かな?』

『港町だしな。異世界の魚料理とか出てくるかも』

『うまそう!』

 

 魚料理! そっか、港町だから、お魚もいっぱいとってるかもしれない。宿の食堂とか、魚料理があるのかも。それはとても、とっても気になる。

 

「どこかいい宿ある?」

 

 受付の人に聞いてみると、一瞬だけ驚いた顔をした後、すぐに教えてくれた。

 

 

 

 ギルドの人に教えてもらった宿は、これもやっぱり港の側にある宿で、この街の宿ではとても有名な宿らしい。美味しい魚料理を提供してくれるお店だって聞いてる。

 

「お魚、楽しみ」

 

『ワイらも楽しみやで』

『どんな魚料理が出てくるんかなあ』

『お前ら異世界に何を期待してんだよ』

 

 宿の中に入ると、他の街の宿でも見かけたような、一階が食堂になってる宿屋だった。ミレーユさんが利用してる宿みたいな感じだね。

 

「おや、いらっしゃい。宿泊かい?」

「ん。一泊。あと、ご飯」

「はいよ」

 

 カウンターの中にいるおばさんに受付をしてもらう。金額はほどほど、かな?

 

「二階の一番奥の部屋だよ。これ、鍵ね」

「ん」

 

 おばさんから鍵を受け取って、壁際の階段から二階に向かう。一番奥、突き当たりのドアを開けると、ベッドとテーブルのあるシンプルな部屋だった。

 

「どこも同じ?」

 

『貴族とかでもない限り、最低限が基本なんじゃないかな』

『その日だけ泊まれればいいって人がほとんどだろうしな』

 

 それはそうだと思う。最低限の質と安さが優先かも。連泊とか、拠点にするならミレーユさんみたいに勝手に居心地良くするだろうし。

 うん。部屋についてはこれ以上言うことはないかな。それより、ご飯。

 

「ご飯。お魚。楽しみ」

 

『リタちゃんがうきうきしてるのがよく分かる』

『でも晩ご飯まではまだまだ時間あるぞ』

『ていうか昼ご飯は?』

 

 お昼ご飯は……お魚は、やっぱりだめかな。いや、どうせなら真美のお家でお魚を……、あ、学校だっけ。むう。

 

「考えるのが面倒だから森に帰る」

 

『ちょwww』

『宿の意味w』

『いや、まあリタちゃんらしいけどw』

 

 しっかりと鍵をかけてから、森に転移。ここまで来たら、誰の視線も気にしなくていいから自由だ。

 今日のごはんは……どれにしようかな……。

 

「んー……。お菓子食べよう」

 

『なんて?』

『お菓子www』

『お昼ご飯じゃなかったんかいw』

『いや確かにリタちゃんならお昼ご飯にお菓子を食べても不思議じゃないけどw』

『でもあまり良くないよ?』

 

 今日だけ。そう、今日だけだよ。うん。多分。

 




壁|w・)セリスさんのお手紙要約『Sランクの魔女だけど見た目通りの子供の感性だと灼炎の魔女から伝えられています。大型船の護衛で、かつわりと手が余りそうな護衛の依頼があれば紹介してあげてください。格安でSランクを雇えるチャンスです。探検できそうならなお良し』



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バタークッキーとお魚

 アイテムボックスからお菓子を取り出す。特に選ばず適当に。よいしょと。

 

「えっと……。バタークッキー」

 

 紙の箱に入ってるクッキーだ。何度も食べてるけど、食べ飽きない美味しさで好き。

 箱を開けて、中の袋も開ける。一枚取り出してかじると、さくっとした軽い食感。この食感がとっても楽しい。バターの風味もちゃんとあって、とっても美味しい。

 

「さくさくしてるのが好き」

 

『わかる』

『そのサクサク感がくせになるよね』

『素朴な味でなかなか飽きないのもいい』

 

 お家の前でのんびりと食べていたら、お家のドアが開いた。振り返ると、カリちゃんだ。あれ、と首を傾げてる。

 

「リタちゃん、おかえりなさいー。今日はおでかけって言ってませんでしたー?」

「ん。ちょっと戻ってきた。クッキー食べる?」

「わはー。ありがとうございますー」

 

 カリちゃんはクッキーを受け取ると、かりかりと食べ始めた。カリちゃんからするとクッキーはとても大きいと思うけど、それでも美味しそうに食べてくれてる。

 

「ところで……どう?」

「まだ見つかりませんねー」

「ん……。そっか」

 

 大丈夫。分かってる。すぐに見つかるとは思ってない。まだ、大丈夫。

 

「大丈夫ですよ、リタちゃん」

「ん?」

「きっと、見つかりますー」

「ん……」

 

 なんだか慰められてしまった。そこまで落ち込んではないんだけどね。まだ一年も経ってないんだから。

 でも。

 

「ありがとう、カリちゃん」

「いえいえー」

「なでなで」

「わはー」

 

 お礼の気持ちをこめて、なんとなく、ちょっとだけ撫でておいた。

 

『カリちゃんはかわいいなあ』

『これも一種のてえてえかな……?』

『カリちゃんが食べてるクッキーになりたい』

『急に変態がまざってくんなw』

 

 視聴者さんはいつも通りで、それはそれで落ち着くよ。

 カリちゃんとのんびりクッキーを食べながら、珍しくゆっくり過ごさせてもらった。たまにはのんびりも悪くないと思う。

 

 

 

 夜。晩ご飯の時間。

 

「晩ご飯欲しい」

「うわ!? あんた部屋にいたのかい!?」

 

 部屋から出ておばさんに声をかけたらとても驚かれてしまった。

 

「肉か魚どっちがいいか聞きに行ったんだけど、返事がなかったからね。出かけているかと思っていたよ」

「あー……。ちょっと、お昼寝してた」

「それは悪いことしたね。で、どっちだい?」

「お魚。楽しみ」

「あっはっは! じゃあすぐ作るからカウンター席で待ってな!」

 

 おばさんに言われた通りに、一階のカウンター席に座る。もう日も暮れたためか、食堂はとっても人が多い。ギルドで紹介してもらった宿だけあって、冒険者らしい人もたくさんだ。

 それよりも。ご飯。お魚。まだかな?

 

『リタちゃんがすごく子供っぽくなってるw』

『足ぷらぷらさせてかわいいなあ』

 

「最近みんなの言葉がちょっと気持ち悪い」

 

『ありがとうございます!』

『我々の業界ではご褒美です!』

『ここまでテンプレなのでリタちゃんは気にしなくていいよ』

 

「ええ……」

 

 視聴者さんは本当に、たまによく分からなくなる。みんな楽しんでくれてるのなら、別に私はいいんだけどね。

 

「はい、お待ちどう!」

 

 のんびり待っていたら、おばさんが料理を持ってきてくれた。大きな焼き魚にたくさんの香辛料がふりかけただけのシンプルな料理だ。とてもいい香り。

 

「パンに入れても美味しいから試してみな。ただし骨には気をつけなよ!」

 

 おばさんはパンを置くと、さっさと戻ってしまった。

 それじゃ、お魚。お魚だ。大きなお魚。食べ応えがありそう。一緒にもらったフォークで身を削って、一口食べてみる。

 

「んー……。塩味がちょっと強めだけど、香辛料の香りもしっかり感じられるね。ちょっと辛め、かな? でも美味しい」

 

『見た目ですでに美味しそうです』

『彩りがすごくいい。異世界の料理とは思えないな!』

『お前ら異世界を下に見過ぎだろ』

『戦犯は師匠さんです』

『あいつは、その、料理が下手だから……』

 

 日本の料理の方が種類がたくさんで美味しいけど、こっちの料理も美味しいものは美味しい。大雑把だからこその美味しさって言えばいいのかな? そういうのがあるよ。

 

「すまない。あんた、隠遁の魔女様だよな?」

 

 もぐもぐと食べ進めていたら、話しかけてくる人がいた。冒険者さん、かな? 剣士さんだ。

 

「もぐもぐ」

「あんたが魔女様なら、是非とも手合わせ願いたい。俺とあんたの差がどれほどのものか知りたいんだ。だから……」

 

 ちょっと、うるさい。

 ぎゅっと、影の縄で剣士さんの体を締め上げる。驚いてる剣士さんに、私は短く言った。

 

「ご飯の邪魔は許さない」

 

 それだけ言って解放してあげる。あとはご飯。お魚。続き。

 

「し、失礼した……」

 

 剣士さんはそれだけ言って、帰っていった。

 

『びびった、ぶっ殺すかと思った』

『リタちゃんが冷静で安心したよ』

『すぷらったかと……』

 

 みんなは私のことを何だと思ってるのかな。ご飯の邪魔をされるのは嫌いだけど、別にご飯を台無しにされたわけでもないから、そこまで怒らないよ。

 そのまま一人で食べ続けて、完食。うん。たくさん食べられて、満足。

 

「んふー」

 

『リタちゃんが嬉しそうで何よりです』

『さっきの剣士さんは探さなくてええの?』

 

「別にいい。手合わせとか、面倒だよ。そもそも私は魔法使い」

 

 剣士が魔法使いと勝負をしても意味はないと思うよ。本当に。アリシアさんを探すべきだと思う。

 おばさんにお礼を言って、部屋に戻る。あとは森に戻って、寝るだけ。明日はお船だ。楽しみ。

 




壁|w・)ごはんの邪魔は許さない。絶対にだ。



こそこそ新作始めてます。よければこちらも是非是非。
『最弱魔女の成り上がり配信 ~ダンジョンの罠で落ちた先にいたのは異世界の魔女でした。魔女に弟子入りしてダンジョンクリアを目指します~』
というタイトルです。


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一緒に働く冒険者さん

 

 翌日、日の出と共に起床して、配信を開始。さすがに早朝だし誰も来ないかなと思ったけど、あっという間にコメントが流れ始めた。

 

『リタちゃんおはよー』

『今日は早朝から配信だろうなと思って待機してた!』

『よっしゃ間に合ったぜ!』

 

「暇なの?」

 

『辛辣ぅ!』

 

 いや、だって、まさか本当に朝から誰かいるとは思わなかったから。お仕事とか学校とか考えると、だめだと思う。

 

「睡眠時間は大事」

 

『と、亜空間に引きこもって研究をする魔女が言っております』

『リタちゃん鏡って知ってる?』

『でもリタちゃんに心配してもらえるのは嬉しいです』

 

 私は、例外だと思うから。魔女ってそういうものだよ。多分。

 宿を出て、港に向かう。一番大きい船だって聞いてるから、あの船かな。他よりも一回り大きいお船。帆は畳まれてるけど、とても大きい。

 

「おー……。お船。大きい」

 

『でっかいなあ』

『ワイバーンとかもたくさん入りそう』

『ゴンちゃんも入りそう』

『いやそれは絶対に無理だろw』

 

 ゴンちゃんはさすがに大きすぎると思う。

 お船の側には受付をしてるらしい人がいた。乗船する人が何かを見せて、受付の人が頷いてから乗船していってる。

 私もそれに並ぶと、すぐに順番になった。

 

「乗船券は?」

「ん」

「あ? 依頼票……」

 

 受付の人はそれを見て、怪訝そうに私を見てくる。ギルドカードを見せると、目を瞠って息をのんだ。

 

「まさか……! Sランクの冒険者が乗るとは聞いてたが、あんたがそうなのか……!?」

「ん」

「いや、驚いた……。見かけによらねえもんだな……。船の上に船長がいるから、声をかけてくれ。通ってよし」

 

 船長さん。誰だろ? 行けば分かるかな?

 船と桟橋を繋ぐ橋を渡って、お船の上へ。乗ってきた人を丁寧に案内する人や忙しそうに動く人がたくさんいて、そしてその忙しそうに動く人に指示を出してる人がいた。

 初老の男の人、だけど、体つきはがっしりしてる。筋骨隆々っていうわけでもないけど、一般の人よりは力があると思う。

 その人に近づくと、いぶかしげにしつつも柔和な笑顔を浮かべた。

 

「乗船ありがとうございます、お客様。客室はあちらの者が……」

「冒険者。隠遁の魔女。よろしく」

 

 そう名乗ると、男の人は一瞬だけ固まったけど、すぐにこっちを値踏みするような視線を向けてきた。ほう、と私を観察してる。

 

「Sランクの冒険者が格安で受けてくれるとは聞いていたが……。あんたがそうか」

「ん」

「ちっこいのにたいしたもんだな。俺は船長だ。名前なんてどうでもいいだろ」

 

 そう言って、船長さんは豪快に笑った。

 

「まずは冒険者で顔合わせしてほしい。ほら、あそこにいかにもな連中が集まってるだろ? 魔女さん以外は全員そろってるぜ」

 

 船長さんが指さした方には、六人ほどの人が集まっていた。盾を持ってる人、剣を持ってる人、ローブの人……。いろいろ。一応、剣を持ってる金髪の人がリーダーみたい。だって。

 

「なんだかちょっと偉そう」

 

『偉そうwww』

『いやまあちょっと偉そうには見えるけどw』

『もうちょっとこう、オブラートに包もう?』

 

 必要ならそうするけど。

 私がそっちに向かうと、真っ先にリーダーさんが気付いた。続いて、他のメンバーも。その中に二人、若く見える二人が険悪な表情で私を睨み付けてきた。

 一人は盾、もう一人は杖。盾で防ぎながら魔法で仕留める戦い方かな。悪くないと思う。

 

「おいお前! 冒険者だろ!」

 

 その二人の片方が叫んで、もう一人が続く。

 

「上位ランクの人より後に来るとか、冒険者としての常識がないのか!」

「ん……?」

 

『これは勘違いしてるかな?』

『まあ見た目は子供だしな、リタちゃん』

『よっしゃ、ちょっとぶっ飛ばしてわからせてやろうぜ!』

 

 やらないよ。血の気が多すぎると思うよ。必要以上に仲良くしたいわけじゃないけど、わざわざケンカする必要もないと思う。数日とはいえ、一緒に船に乗るからね。狭い場所なんだから、顔を合わせることも多いだろうし。

 

「まあ私は適当に森に帰るけど」

 

『それはそうだけど口には出さないようにね』

 

 ん。気をつける。

 私が無視していると、杖を持ってる人が眉尻を上げて私に近づいてこようとして、

 

「バカ野郎!」

 

 リーダーさんにわりと強めなげんこつを落とされていた。あれはちょっと痛いと思う。

 

「り、リーダー! 何するんすか!」

「お前が何やってんだよ! 最後の一人は誰か聞いてなかったのか!」

「え? いや、でも、こんな子供が……?」

 

 もういっそ、姿も何も分からないぐらいに隠蔽強くした方がいいのかな。いやでもそれをすると、ただの怪しい人になるだろうし……。難しい。

 

「見た目で判断するな。いいか、感じるんだ。相手の強さを。相手の魔力を。そうすれば、相手の力量が自ずと分かる」

「おー……」

 

 なんだかすごくかっこいいことを言ってる、気がする!

 

『アイタタタ』

『これはなかなかのちゅうにびょう!』

『お医者様! どなたか厨二病に詳しいお医者様はいらっしゃいませんか!』

『ほうほう仕方ないのう、見てしんぜよう。処置無し。死刑』

『なあんで刑罰が発生してるんですかねえ』

 

 視聴者さんにとっては、かっこいいとはまた違う感想みたい。この辺りの感覚はやっぱり分からないね。

 

「リーダー。あなたに魔力を感じる才能なんてなかったでしょう」

 

 そう言ったのは、ローブのお姉さん。同じパーティなのかな。リーダーさんがさっと目を逸らしたから、お姉さんが正しいらしい。リーダーさんは言ってみただけってやつだと思う。

 




壁|w・)お船です。
リタ「魔法使いはそんなもの」
灼炎さん「え」

お知らせ。10月中は更新が止まるか、不定期になるかと思います。
転職先の研修が始まり、それが終わるまでは睡眠時間が短くなりそうなので……。
申し訳ありませんがご理解ください……!


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お船探検

 おもしろい人たちだから観察してみてもいいけど、それよりも私はお船が気になる。見て回りたい。

 

「隠遁の魔女。Sランク。よろしく」

 

 私が短く自己紹介すると、若い二人が何故か固まった。何度か目を逸らして、私を見て、そして、

 

「……っ!」

 

 二人そろって顔を赤くして目を逸らした。なにこれ。

 

『ほほう。これはこれは……』

『一目惚れってやつですな』

『青春だねえ』

『なお、この二人はリタちゃんと縁が切れると顔とか忘れます』

『悲しいねえ……』

 

 意味が分からない。どうしたらいいんだろう?

 

「隠遁の魔女殿。あんたが一番ランクが上だが、俺たちはあんたの指示で動けばいいかい?」

「無理。私は護衛で人に指示を出した経験がない」

「そりゃまた……」

 

 リーダーさんが驚いてるけど、そんなに驚くことなのかな。もしかして、みんな一度は経験したりするの? 私も一度はやるべきかな?

 考えてみたけど、やっぱりそれはないかなと思う。だって、アリシアさんが人に指示を出すイメージがわかない。だから私も必要ない。そう、適材適所ってやつだね。

 

「みんなが倒せない強い魔獣とか出たら呼んでほしい。その時は私がやる」

「了解だ。それまではどうするつもりか、聞いてもいいか?」

「のんびりする」

「それはちょっとずるいだろ!」

 

 若い二人が叫んでくる。仕事しろよ、ということらしい。

 

「よせ、やめろ」

「なんでだよ、リーダー!」

「この子、Sランクなのにお前らと同じ依頼料で乗ってるから。何かの保険で乗ってるだけでも、そんな金額じゃ絶対雇えないから。というよりも、頼むからSランク相手につっかかるな。相手を選べ頼むから。死ぬぞ。俺の胃が」

「ご、ごめん……」

 

 納得してくれたらしい。さすがはリーダーさんだね。

 

「じゃあ、魔女殿。何かあったら呼ばせてもらうよ。あんたはこれから何するんだ?」

「ん? 探検」

「は?」

「お船を探検」

「…………。は?」

 

『草』

『きっとリーダーさんは、魔法の研究とかそういうことを言われると思ったんだろうね……』

『お船の探検www』

『子供かな? 子供だったわ』

 

 お船は初めてだからね。今から楽しみだ。

 リーダーさんは戸惑ってたけど、納得してくれたみたい。納得というより、まあいいか、と流されただけのようにも見えたけど。自由行動を許してくれるなら、私は何でもいい。

 

「それじゃ、何かあったら呼んでほしい」

「わかった。その時は頼むよ」

 

 頷くリーダーさんに手を振って、私はその場を後にした。それじゃあ、適当なドアからお船の中に入ろう。楽しみだ。

 

 

 

 お船は弓なりって言えばいいのかな。そんな形になっていて、船内に入るドアは前と後ろ側にそれぞれあった。前のドアは船員さんたちが使う部屋に繋がってるみたいで、お客さんや私たちが使う部屋に繋がるのは後ろのドアらしい。

 

「じゃあ、前のドアは入ったらだめ?」

「客なら断るが、魔女さんなら構わねえよ」

 

 そう教えてくれたのは船長さん。ただし何も触るな、と注意はされた。

 

『優しい(とぅんく)』

『惚れる要素がどこにあったよw』

『めちゃくちゃ大事なものとか置いてそう』

 

 あり得るかも。海図、だっけ。そういうのもあるのかな。見たところで私は分からないから意味がないけど。

 せっかくだから前のドアから見ていこうかな。私が向かうと、船員さんはちらちらと私を見てくるけど、船長さんからすでに話は聞いてるのか何も言ってこなかった。

 入ってみると、えっと……。階段。ドア。それだけ。

 

『シンプル』

『てかリタちゃんどこまで見るの?』

 

「んー……。適当」

 

 船員さんの部屋とかはさすがに興味ないからね。

 目の前のドアをちょっと開けてのぞいてみる。会議室、みたいな感じかな。大きめのテーブルと椅子がいくつか。

 ドアを閉じて、階段を下りてみる。するとたくさんの部屋が並ぶ広い廊下に出た。開けてみると、たくさんの資材とか置かれてるみたい。

 

「あ、大砲だ。海賊とか出るのかな」

 

『やっぱいるんじゃないかな』

『魔法と大砲、どっちが早いんだろうか』

 

「人によると思う」

 

 私やミレーユさんだったら、大砲より魔法の方が早いし強力だと思う。超遠距離魔法が苦手な人なら、大砲の方がいいかな。

 ほかにも、厨房とかもあった。さすがに入ったらだめだって。美味しい海鮮のご飯を作ってくれるらしいから、とても楽しみ。

 さらに下に下りる階段があったけど、その階段には見張りの人がいて、さすがに冒険者でも通せないと言われてしまった。例の魔道具があるらしい。見てみたいけど、無理強いはだめだよね。

 

「魔道具、見たかった」

 

『仕方ないさ』

『それより船室行こうぜ船室』

『リタちゃんのしばらくのお部屋!』

 

「お部屋」

 

 それもそうだね。どんな部屋だろう。

 次に入るのは後ろ側のドア。後ろ側の方がなんだか高くて、二階建てみたいになってる。ドアも下側と上側にあるね。上側は何のドアだろう。

 のぞいてみると、とても広い部屋だった。ここは、食堂みたいなものかな。たくさんのテーブルと椅子が並んでる。船員さんじゃないいろんな人が談笑していた。

 

『お客さんとかが集まる部屋かな?』

『まあ狭い部屋にこもりっきりだと気が滅入るしな』

『奥に下へのはしごがあるね』

 

 あ、ほんとだ。一応外に出なくてもこっちの部屋には入ってこれるみたい。

 




壁|w・)声で惚れる人。

新作をもう一つ始めました。こちらはきりのいいところまで更新したらお休みすることになりますが……。
寝袋配達ダンジョンマスター
ダンジョンで迷子になった人に寝袋を配達するダンジョンマスターの女の子のお話です。
こちらも是非是非、よろしくお願い致します。


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船室確認と見張り台

 お客さん以外にも、さっきの冒険者さんたちも集まってた。みんな私を見てぽかんとしてる。

 

「早いな、魔女さん。探検は終わりかい?」

「んーん。探検中」

「あの……。楽しいんですか?」

 

 そう聞いてきたのは、私に突っかかってきた二人のうちの一人だね。ローブの方だ。

 

「ん。楽しい」

「はあ……。子供だ……」

 

 最後、小声だったけどちゃんと聞こえてるからね。別にいいけど。

 魔法使いは好奇心が大事。好奇心のない魔法使いなんて成長しないよ。研究も何もできなくなるから。

 

「魔女さん、この下は船室がたくさんあるだけだぞ」

「ちなみにあなたの船室は二つ下りた先の二等船室です」

「二等?」

「二番目にいい部屋だな。ちなみにあとは三等船室があるだけだ」

「おー……。なんで?」

 

 てっきり一番狭いお部屋とかかなと思ってた。どうせその部屋を使うわけじゃないから、私はそれでもよかったんだけど。夜は適当に影を残して森に帰るよ。

 

「冒険者は基本は三等船室、報酬を少なくすれば二等船室にできる、が……。その様子だと知らなかったみたいだな……」

「ん」

「じゃあさすがに依頼主側が気を遣ったんじゃないか? Sランクが船の護衛とかあり得ないしな。正直、一等船室が割り当てられてても俺は驚かないよ」

 

 そういうものらしい。じゃあ、別にいっか。早速見に行こう。

 

「どの部屋?」

「階段下りて一番手前、右側の部屋だよ」

「ありがとう」

 

 お礼を言って、早速下に向かう。せっかくだからはしごを使ってみよう。

 

「おお……。縄ばしごだ。すごい」

 

『そういやリタちゃん、はしごも初めてでは?』

『そうかな……そうかも……』

『ぶっちゃけはしご使うぐらいなら普通に飛べばいいもんなw』

 

 それを言うと階段も同じになるから、単純に使う機会が少ないだけだと思う。

 せっかくだから魔法を使わずに、ゆっくりと足を下ろしていく。おー……。ゆらゆらしてる。

 

「ゆらゆらしてる。ゆらゆら」

 

『なんかリタちゃんテンション高い?』

『船に乗り始めてからわりと高めだぞ』

 

 それは、うん。否定しない。

 縄ばしごで一つ下りる。ここから先は普通の階段みたいだね。この階は一等船室みたい。外からも入れる階層だけど、いいのかな。あ、でも、何かあって沈没するとかになった時に一番逃げやすいのもここかも。みんなで脱出する時は多分パニックになってるだろうし。

 

 階段を下りて、次の階層。ここは二等船室ってことだね。先にもう一つ下を見てみたけど、こっちはドアがたくさん並んでるだけだった。本当に寝るためだけの部屋みたい。ベッドだけある、みたいな感じかな。

 それじゃ、早速自分の部屋に入ろう。どんな部屋かな。

 一番手前の右側。ドアを開けると、そこそこの広さ。日本で言うところの六畳一間ぐらい、かな? テーブルや椅子、棚とかもちゃんとあるから、この部屋でも十分にゆっくりできそう。

 

『わりといい部屋やな』

『日本のビジネスホテルっぽい』

『風呂はないけどな!』

 

 ん……。多分、それは日本とこっちで違う部分だと思う。魔法で綺麗にできちゃうから。

 うん。とりあえず、中は見て回った。あとは外だね。でも外って、船員さんがみんな働いてるよね。邪魔にならないかな。

 考えても仕方ないから見に行こう。邪魔になりそうだったら、空に逃げればいいし。

 部屋を出て、階段を上って外に出る。とても今更だけど。

 

「出港してる」

 

『ほんまやwww』

『なんで護衛の人らみんな船内に引っ込んでるのかと思ったらw』

『リタちゃん気付かなかったんかw』

 

 多分、私が下の方に行ってる間に出港したのかも。興味なさすぎて気にしてなかった。

 帆もしっかりと張られてる。これ、船員さんが上ったりして畳んでるのかな。大変そうだ。

 

「おお、魔女さん。乗り心地はどうだ?」

 

 そう声をかけてくれたのは船長さん。にやにやと楽しそうに笑ってる。

 

「出港してることに気付かなかった」

「ええ……」

 

『船長さんもどん引きである』

『普通は気付いてると思うわなあw』

 

 あまり言わないでほしい。さすがにちょっと恥ずかしくなりそう。

 

「まあ、あまり問題が起こることはないからよ。ゆっくりしててくれ」

「ん」

「他に何かあるか?」

「んー……」

 

 何かあるかと聞かれるとちょっと困る。とりあえず甲板を見て回って終わろうと思ってるけど……。あ、そうだ。あそこに乗ってみたい。

 

「あそこ。あそこに乗ってみたい」

「あー? あそこって……。見張り台か?」

「そう」

 

 帆のある大きな柱、マストっていうんだっけ。そのマストの上の方にある見張り台。あそこに乗ってみたい。普通に飛ぶ方が高いのは分かってるけど、そこは気分が大事だと思う。

 

「あそこは素人が上るのは大変だぞ?」

「飛べるから大丈夫」

「…………。見張り台に上る必要あるか……?」

 

『普通にもっと高いところ飛べるもんな』

『いやでもリタちゃんの気持ちも分かる。上ってみたい』

『謎の憧れがある』

 

 船長さんは少しだけ考えていたけど、まあいいかと頷いてくれた。ついでに、誰かに迷惑をかけなければ、好きに動いていいっていう許可も。

 

「ありがとう」

「おう」

 

 船長さんは笑いながら手を振って、どこかに行ってしまった。

 それじゃあ、早速。ちょっとだけ飛んで、中央の一番大きなマストの上へ。一番高い位置の見張り台には船員さんがいて、周囲を警戒していた。

 

「おわ!? え、えっと……。魔女、さん?」

「ん。乗っていい?」

「ど、どうぞ。何もおもしろいものはないですが……」

 

 見張り台に乗ってみる。周りの景色は、あまり良くないかも。他のマストや綱とかが邪魔になってる。それでも、遠い場所を見るなら最適、なのかな?

 

「風が気持ちいい」

「そうでしょう? ここはある意味特等席ですよ。まあ責任も重大ですが」

 

 船員さんが言うには、何か異常があれば真っ先に気付かないといけないらしい。でないと、発見の遅れが命に関わることもあり得るのだとか。

 そう思うと、景色を楽しむ余裕はあまりなさそうだね。大変そうだ。

 




壁|w・)リタは高いところが好き。精霊の森だと世界樹のてっぺんでのんびりしたりするかも。
そう、つまりあれです。バカとなんとかは高いところg(ばくっ)

一度書いていますが、再度お知らせ。10月中は更新が止まるか、不定期になるかと思います。
転職先の研修が始まり、それが終わるまでは睡眠時間が短くなりそうなので……。
申し訳ありませんがご理解ください……!


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てっぺんとお船のご飯

『そのための見張り台だろうしな』

『でもこういうところってどうやって上ってんの?』

『マストを支える綱がたくさんあるだろ? それを使ってるんだよ』

『有識者ニキ助かる』

 

 ああ、そうか。私なら飛べばいいけど、船員さんが飛べるわけないよね。張り巡らされてる綱で上ってくるってことだね。それも大変そう。落ちたら大怪我しそうだし。

 

「気をつけてね」

「え? あ、はい。気をつけます」

「ん」

 

『これ絶対意味通じてないぞw』

『多分リタちゃんは、落ちないように気をつけてねって言いたいのだと予想』

『はたから聞くと、見逃さないように気をつけろよにしかならないと思うw』

 

 そうなのかな。んー……。でも言い直すのも難しいし、いいかな。

 

「それじゃ、ありがとう」

「いえいえ……って、どこに行くんですか!?」

「マストの上に立ってみたい」

 

『リタちゃんwww』

『いや分からないでもないけどさw』

『てっぺんに立つのは間違いなくリタちゃんにしかできないなw』

 

 ゆっくり飛んで、マストのてっぺんへ。他の見張り台の人が驚いてるのが見えるけど、気にしないでほしい。満足したら帰るから。

 てっぺんに立ってみる。ここまで来ると、視界を遮るものは何もない。とても見晴らしがいい場所だ。うん。ここ、好き。

 

「風も気持ちいいし、見晴らしもいい」

 

『確かに見晴らしはいいけどもw』

『あれ? これリタちゃんのお気に入りになってない……?』

『暇があればここに陣取る姿が今から見えるw』

 

 そんなことはない……とは言えない。多分、部屋にいるぐらいならここにいると思う。そこまで負担にもならないし。

 ただ、さすがにてっぺんに座ることはできないから、ちょっとだけ妥協して、帆が繋がってる横向きの棒に座ることにした。ここも悪くない。

 それじゃ、今日はここでのんびりしょう。本でも読もうかな。

 

『リタちゃんがまったりモードに入ってる』

『大きな船のてっぺんでちょこんと座るリタちゃん』

『遠くから写真撮りたいなあ』

 

 写真はやめてほしい。さすがにここまでは来れないだろうけど。

 のんびりと風を感じながら、私は本に視線を落とした。

 

 

 

 どれぐらい経ったかな。気付けばお日様が傾いて、もう夕方だ。夕方の海はオレンジ色に輝いていて、なかなかいい景色だと思う。

 

『お、読書終わった?』

『海がいい感じに綺麗だよ』

 

「ん。いい景色」

 

 すぐにお日様は沈むだろうから、今の時間だけ見れる光景だね。日の出もちょっと見てみたいかも。

 マストから下りて、船内へ。あの広い部屋ではみんなが夕食を食べるところだった。

 

「お、魔女さん。どこにいたんだ? 探したけどいなくて、声をかけられなかったんだ」

「マストのてっぺん」

「なんで……?」

「気持ち良かったよ?」

「お、おう……」

 

 理解できないものを見るような目、だね。きっとみんな、あそこに立てば気に入ると思う。

 

『誰も立てないんだよなあ』

『リタちゃんの要求レベルが高すぎるw』

 

 それは……うん。気をつけよう。

 空いている席に座ると、すぐに料理が運ばれ始めた。一部の船員さんが料理人さんのお手伝いをするみたい。甲板で見かけた人が料理を運んでる。

 晩ご飯は、お魚。今日釣ったお魚を香草で巻いてじっくり熱したものみたい。葉っぱをはがすと、湯気と一緒に香辛料の香りがあふれてきた。

 

「おー……」

 

 結構美味しそうだね。シンプルだけど、シンプルな方が外れは少ない、と思う。

 お魚の他は、野菜が少し入ってるスープ。スープを出された時に教えてくれたけど、海の上だと野菜は貴重だから、もし航海中に予定外のことが起きて時間がかかったら、具のないスープになるらしい。

 それはちょっと、嫌かな。そうなりそうなら、少し手助けしよう。

 あとは、パン。パンは長持ちするようにか、黒くてちょっと固いパンだ。スープで柔らかくして食べてほしい、だって。

 

『海の上だと食料の確保が魚だけだろうからな』

『できるだけ日持ちする食材になるのは仕方ない』

『それはそれとして美味しいのか気になります!』

 

 ん。早速食べてみる。

 お楽しみのお魚は後にして……。まずは、パンをスープに浸して、ちょっと柔らかくなったところでぱくりと食べる。んー……。

 

「…………」

 

『顔が微妙そうw』

『味より日持ち優先だろうから仕方ない』

『その分お魚には期待できるんじゃないかな!』

 

 そうだね。私は転移ですぐ帰れるけど、みんなはこの海の上での生活だよね。味より日持ち優先なのは仕方ない。

 せめてお魚が美味しいといいな。フォークで軽く切って、ぱくりと。

 

「おー。香辛料はわりと少なめみたい。お魚の味がしっかり出てる。塩味もすごくきいてて、美味しい」

 

『高評価やん』

『多分枕詞に、この世界にしては、もしくは船のご飯にしては、てつくぞw』

 

 それは否定できない。もうちょっと香辛料多めの方が私は好きだし。多分これも、節約しながら使うから、だとは思うけど。

 お魚は美味しいけど、全体的にはちょっと物足りない、みたいな感じだね。それに。

 

「ご飯が欲しい」

 

『ごはんwww』

『リタちゃんもすっかり日本に染まっちゃって……』

『いやリタちゃんは前からだぞ。お師匠さんのために精霊様が米を作ってたから』

『まじで!?』

 

 世界樹の側にお米あるよ。知らない人もまだいるのかな?

 もうちょっと味が濃かったら、お魚を持って帰って部屋でお米を出すところだ。お米にきっと合うから。今回は物足りないから我慢だね。

 食べ終わった後は、自室に戻る。以前の護衛の時みたいに、魔法で分身を作って……。今回はどうしよう。

 

「呼ばれたら私に繋がるように、でいいかな」

 

 いきなり迎撃する必要もなさそうだし、そうしよう。プログラムを魔法として分身に仕込んで、完成。お家に帰ってのんびりしよう。

 

「んー……。これ、まだ一週間ちょっと続くんだよね……。退屈になりそう」

 

『護衛ってそんなもんやろ』

『気を張る必要がないから楽だと思う』

『のんびりするといいんじゃないかな』

 

 そう、だね。そうしよう。しばらくお休み、ということで。ずっと休んでるって言われちゃいそうだけどね。

 私は分身を残してお家に帰った。カリちゃんとお話しして、ちょっと寝ようかな。

 




壁|w・)次話の更新は間に合えば6日、間に合わなければ9日です。
次回は海の魔物と呼ばれるきゃつ。うねうね。


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悪魔の魚

 

 それが起きたのは、出航して三日後のことだった。

 

「うわあ! 変なもの釣れた!」

「ん?」

 

 マストのてっぺんで本を読んでいたら、そんな声が耳に届いた。下を見てみると、たくさんの船員さんが釣りをしてるのが分かる。晩ご飯はあんな感じで釣ってるみたい。

 そのうちの一人が尻餅をついて、なんだか慌ててるみたいだった。その周りの人もちょっと警戒してる。魔獣とかではないみたいだけど……。

 

「変なものが釣れたって。見に行く?」

 

『是非是非!』

『異世界の人がびびるものってなんやろな。楽しみ』

 

 マストからゆっくりと下りていく。私に気付いた人が安心したみたいにため息をついてるから、他の人にとっても変なものらしい。なんだろう。

 

「どれ? 何を釣ったの?」

「ま、魔女様! あれです!」

 

 それを釣ったらしい若い船員さんが指さした場所。そこにいたのは、赤くてちょっとまん丸、それに触手みたいなものをうねうねしてる生き物だった。

 つまり、タコ。

 

「あ、あれは魚の魔獣なんです! 魚が異形化してあの形になったらしいんです! 討伐を……!」

 

『魚の魔獣w』

『いや、まあ地球でも悪魔の魚って言われてたぐらいだしな』

『何も知らなければ確かにうねうねしていて気持ち悪いw』

 

 私も初めて見た時はとても驚いたから、気持ちは分かる。討伐してほしい、というのも分かる。魔獣だと思ってるなら、冒険者に頼むのは仕方ない。

 だから、私が気になるのは別のこと。

 

「倒したらどうするの?」

「もちろん海に捨てます! ギルドでも買い取ってくれませんよ! 素材なんてありませんし!」

「ん……」

 

 そうなんだ。それは、もったいない。誰も食べるのを試さなかったのかな。

 

『まあ待てリタちゃん。ちょっと考えてみてほしい』

 

「ん?」

 

『魚みたいにたくさんとれるならともかく、船員さんの反応から察するにあまりとれない』

『見た目が魚とかけ離れてるからなあ……。さすがに何も知らなかったら試さないだろ』

『タコしかなかったらともかくだけど』

 

 そういうもの、なのかな。

 

「どうした!」

 

 リーダーさんたちも船室から走って出てきた。タコを目にして、うわ、と嫌そうな顔をしてる。冒険者からしても、やっぱりいらないものみたい。

 

「またかよ魚の魔獣……。弱いけど何の儲けにもならないから面倒なんだよなあ」

「たまに変なもの吐くしね……」

 

『変なもの。墨かな?』

『真っ黒だし不気味ではあるw』

 

 真っ黒い液体だっけ。見てみたい気もするけど、別にいいか。それよりも、みんないらないみたいだし、私がタコをもらってもいいと思う。いいはず。食べたい。

 

「みんないらないなら、もらう。いい?」

「え? それは別に、構いませんが……。どうするつもりで?」

「食べる」

「え……」

 

『顔がwww』

『船員さんの顔がすごいことになってんぞw』

『ぺろっ、マジかよこいつみたいな正気を疑う顔の味や!』

『何をなめたんですか……?』

 

 信じられないものを見るような顔、にはなってると思う。他の人の視線もそんな感じ。でも、きっと美味しい。タコのお寿司は美味しかったし。

 

「真美。真美。このタコは生で食べられる?」

 

『ごめん分からない。そっちの海がこっちの海と同じかも分からないし、そもそもそのタコが地球のタコと同じかも分からないし』

『そりゃそうだ』

『生態系が違ったら毒を持っててもおかしくない』

『ていうかそもそもとして、タコって毒持ってるからな。強いやつだと人間は死ねるぞ』

 

 そうなんだ。じゃあ解毒の魔法とか、できるだけ準備しておこう。あとは、えっと……。どうやって調理したらいいのかな。

 

『可食部はいろいろあるけど、説明が難しいなあ』

『さばくのも頭をひっくり返したりとかするし、大変かも』

『今回は足だけにしておいた方がいいかも』

 

 そうだね。だから、とりあえず。風の刃で足をすぱっと。

 

『ヒェッ』

『これはひどいwww』

『ちょっとかわいそうだぞ』

 

 ん……。そうだね。頭の方は、燃やしてしまおう。このまま海に捨てたら、それこそかわいそうなことになるだろうし。

 頭をつかんで、魔法で燃やす。一気に燃やして、灰も残さないように。

 

『あああ! 貴重なタコさんが!』

『タコに負けてうねうねされるリタちゃんが見たかったです』

『へ、へんたいだあああ!』

『そもそもとしてサイズ小さすぎるし、それ以前にリタちゃんがタコ程度に負けるわけないだろ』

『リタちゃん、変態クソ野郎は気にしなくていいぞ』

 

 えっと……。よく分からないから、言われた通りに無視をしよう。

 それじゃ、足だけど……。どうすればいいかな。

 

『釣りたてなら生も美味しいらしい』

『でもなんか皮を取らないととかなかったっけ?』

『面倒なら茹でちゃえ』

『あ、でも塩とかでぬめりをとらないといけないよ』

 

 茹でる。それが一番楽そうだ。魔法で綺麗にして、アイテムボックスからお鍋を取り出して、魔法で水を入れる。お鍋を直接熱して、水を沸騰させて、タコの足をどぼんと。

 

「どれぐらい?」

 

『魔法が相変わらず便利すぎて羨ましい』

『一分から五分』

『差があるなあw』

『お好みで、だから』

 

 んー……。じゃあ、間をとって三分だね。のんびり待とう。

 




壁|w・)タコ。うねうね。変態は燃やす。ふぁいあー!
というわけで、次回は実食。


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もにゅもにゅ

 ぐつぐつ茹でてていたら、リーダーさんが少しだけ警戒しながらこっちに近づいてきた。視線はお鍋に集中してる。タコが気になるみたい。

 

「なあ、魔女さん。それ、食えるのか?」

「多分?」

「多分って……」

 

 毒はどうなのか分からないから。食べたら分かる。大丈夫、即死するような毒でも無効化できるから。

 三分茹でたところで、取り出してと……。あとは適当に短く切ろう。風の刃ですぱすぱと。最後に軽く冷まして、完成、かな?

 とりあえず一口、ぱくりと。んー……。

 

「もにゅもにゅしてる」

 

『もにゅもにゅ』

『もにゅもにゅwww』

『なんとなく分かるけどw』

 

 薄く切ったもの、お寿司とかだね、そういうのは食べたことがあるけど、今みたいな大きめのぶつ切りは初めて。タコってこんな食感なんだね。

 悪くはないけど、お醤油が欲しい。お部屋に戻って食べようかな。

 

「ほう。それ食えるのか」

「ん」

「少しわけてもらってもいいか?」

「んー……。ん」

 

 そう聞いて来たのは船長さんだ。私が食べる量が減っちゃうけど、まあいっか。でも半分ほどは確保してアイテムボックスに入れておいた。あとでお醤油で食べる。

 

「どうぞ」

「ありがとよ。ちなみに毒は?」

「これにはない」

「これには、か。つまり同じようなやつでも、毒のあるやつもいるってことだな」

「ん」

 

 見分け方を聞かれたとしても答えられないけど。そこまでタコについて調べてない。日本のタコでも私は判別できないから。

 船長さんはタコを一口食べ、ほう、と口角を持ち上げた。

 

「少し淡泊な味だが、悪くない。調味料を考えれば、十分化けるなこれは」

「船長、美味いんすかそれ」

「俺もいいっすか!」

 

 船員さんが集まってきた。さすが海の人たちと言うべきなのか、食べられると分かると好奇心の方が勝るみたい。冒険者さんたちは逆で、あまり関わろうとはしてこなかった。美味しいのに。

 

「それ、あげる」

「ああ、ありがとよ」

「ん」

 

 すぐにその場から離れて、自分のお部屋へ。リーダーさんたちが何か言いたげだったけど、私はタコを美味しく食べたい。それが最優先。

 お部屋に入って、テーブルにタコと小皿を置いてと。次は、お醤油。調味料は日本に行く時に買うようにしてるから、お醤油もちゃんとある。少し出して、タコにつけてから食べる。

 

「もにゅもにゅ……。美味しい」

 

『いいなあいいなあ!』

『料理とも言えないほどにシンプルなのにめっちゃ美味そうに見える』

『ちょっとタコ買ってきて日本酒のつまみにするわ』

『なにそれうらやま』

 

 お酒と一緒に食べると美味しいのかな? お酒には興味がないから、別にいいけど。

 その日はタコをじっくりと楽しんだ。また食べたいな。

 

 

 

 出航してから五日。

 

「ひま」

 

 お部屋のベッドでごろんとしてます。

 

『リタちゃんwww』

『ついにマストのてっぺんも飽きたっぽいしなあ』

『まあ海のど真ん中なんて、基本的に代わり映えなんてしないだろうからな』

 

 風は気持ちいいけど、それだけだった。もうマストの上も満足した。あとは、どうしよう。とても暇だ。日本に行こうかな。

 たまに真美のお家で晩ご飯をもらってるけど、そろそろどこか行きたい。次はどこに行こうかな。お魚はお船でたくさん食べたから、お肉の美味しいところがいい。

 唐揚げもいいなあ……。唐揚げも食べたいかも。師匠のお母さんのところに行こうかな。

 んー……。

 

「ひま」

 

『見れば分かる』

『馬車の護衛の時よりも暇そうだしw』

『あの時はまだフランクさんとか話し相手もちゃんといたからなあ』

 

 今回は親しい人がいないから、ちょっと、寂しい……気がする。気がするだけ。

 このまま何事もなく船旅が終わるなら、本当に日本に行ってもいいかも、なんて思っていたら。

 船が大きく揺れた。

 

「わ、と……」

 

『おん?』

『なんか画面揺れた?』

 

「ん……。お船が揺れた」

 

 わりと強く揺れた気がする。あと、なんだかちょっと騒がしくなってる気もするかな。

 少し耳を澄ますと、大砲の音も聞こえてきた。どん、ととても低い音が何度か聞こえてきてる。

 

「魔獣か海賊かも。大砲の音みたいなのが聞こえてる」

 

『まじで!?』

『テンプレキタアアア!』

『よっしゃリタちゃん退治しようぜ退治!』

『海賊なら相手の船をたたき割ろうぜ! 真っ二つだ!』

『魔獣ならさくっと討伐して味見しよう!』

 

 視聴者さんのテンションもちょっと高い気がする。みんなもやっぱり退屈だったのかな。

 まだ誰も呼びに来てないから、私は行かなくてもよさそうだとは思うけど……。でも、退屈だから様子を見に行こう。もしかしたら、呼びに来る余裕がないだけかもしれないし。

 




壁|w・)今後、タコを食べるためにいろいろ挑戦する船員さんが現れる……かもしれない。
醤油も何もないタコはさすがにちょっと淡泊すぎました……。


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くらーけん

 お部屋を出て、階段を上がる。船室から出ると、たくさんの人が走り回っていた。大騒ぎだ。

 

「お前ら! さぼってんじゃねえ! 撃て撃て!」

「おおお!」

 

 大砲がまた撃たれる。お腹に響く重低音ってやつだね。

 

『すげえリアル大砲の音だ……!』

『なんかカッケエ!』

『言うてる場合かw』

 

 何に撃ってるんだろうね。視線を巡らせてみると、すぐに見つけることができた。魔法を撃ちまくる冒険者の人たちと、魔法使いさんを守るリーダーさんたち。そしてその向こうに、それがいた。

 

『あれはまさか!』

『知っているのかコメント!』

『クラーケンだあああ!』

『見たまんまやないかい!』

 

 大きなイカだね。とっても大きい。全長なら多分この大きなお船よりも大きいと思う。そんなイカがお船に巻き付いていた。海中に引きずり込もうとしてるのかも。

 でもお船の強度のためか、それとも激しく抵抗してるからか、うまくはいってないみたい。大きなイカはまだまだ諦めるつもりはないみたいだけど。

 んー……。手伝った方がいい、かな? このままだと船も進みそうにないし。

 

「手伝った方がいい?」

 

 冒険者さんに近づいて聞いてみると、リーダーさんが一瞥だけして言った。

 

「倒せないことはないが時間がかかる!」

「ん……。じゃあ、手伝う」

「頼む!」

 

 待ってる間進まないのは嫌だし、さくっと倒しちゃおう。それに、イカだ。お船のご飯ではイカも出てこなかった。あれだけ大きいイカだと、きっとたくさん食べられる。

 

『あれ? なんかリタちゃんの目が食材を見る目になってない?』

『そりゃお前、森の変な魔獣よりはちゃんと食べられそうな見た目だし』

『大きいイカってだけで一般人には捕食対象にはならないと思うんだけどなあw』

 

 ワームよりは美味しそうな見た目だよ。ワームも食べてみると美味しかったから、きっと魔獣のイカも美味しいはず。楽しみ。

 というわけで、すぱっと。

 

「おわあああ!?」

「魔獣が真っ二つになったあああ!?」

「なんだ何がいる!? 海中に何かいるのか!?」

 

 黒い刃でとりあえずイカを真っ二つにしたら、なんだか大騒ぎになってしまった。

 

「わあ」

 

『わあじゃないが』

『だいこんらんじゃねーかwww』

『あれ? 影が見えなくてもあの魔法使えんの?』

『リタちゃんの魔法は影から出てるように見せかけてるだけだぞ』

 

 んー……。倒したのは間違いないみたい。あとは風の刃で横からすぱすぱっと。うねうねしてる足だけでいいよね。他はちょっと面倒だから、タコの時と同じで燃やしちゃおう。

 

「わあああ! なんか燃え始めたぞ!」

「なんなんだよお……! 何がどうなってんたよお……!」

「たすけてかあちゃあああん!」

 

『阿鼻叫喚である』

『リタちゃんもうちょっと何かなかったの……?』

『見ているこっちは楽しいけどな!』

 

 方法がなかったのかと聞かれたら、あった、かな? 面倒だっただけだから。

 リーダーさんは混乱する他の冒険者をなだめながら、私を呆れたような目で見つめてくる。ちょっと失礼だと思う。

 とりあえず、イカの足を回収。アイテムボックスに放り込んで、一本だけ食べよう。量が多すぎるから、また風の刃ですぱすぱと。このまま焼けばいいかな。

 

「どれぐらい焼けばいいかな?」

 

『この空気の中食べ始めるのかw』

『大きさにもよるけど、二分ぐらいかな?』

『寄生虫に注意な!』

 

 ある程度の大きさに切ったイカの足を魔法で焼いていく。おお、ちょっと香ばしい香り。ある程度焼けたところでぱくりと食べる。んー……。

 

「もにゅもにゅ」

 

『もにゅもにゅ』

『美味しい?』

 

「それなり?」

 

 悪くはないけど、やっぱりちょっと物足りないかな? あとでこれも醤油を試してみよう。

 

「一応確認しておくけど、今のは魔女さんがやったのか?」

 

 そう聞いてきたのはリーダーさん。イカをもぐもぐしながら頷くと、なんだかとても呆れられてしまった。気付けば周囲の人も、畏怖の視線って言えばいいのかな? そんな目で私を見てる。最初の時とは全然違う視線だ。

 

「Sランクってのはどいつもこいつも規格外だってのは聞いてたが……。正直、ここまでとは思わなかったよ」

「ん」

「ところで」

「ん?」

「それ、美味しいのか?」

 

 私が食べてるイカに興味を持ったみたい。タコは美味しく食べられたのかな? 焼いたイカを一つ差し出すと、リーダーさんはわりとあっさりとそれを食べた。

 

「おお……これも悪くないな……。酒が欲しくなる……」

 

 さすがにそれは知らないけど。今回は本当にたくさんあるから、たくさん置いていこう。食べやすいように全部切って……。

 

「お皿、ある?」

「ちょっと待ってくれ!」

 

 リーダーさんが船室に走って行って、少しして戻ってきた。その手には大きなお皿。そこに山盛りにしてあげる。それでもまだたくさんあるね。しばらくイカには困らないかも。

 そこまで私とリーダーさんで話を進めてたけど、他の人も我に返ってきたみたい。ぞろぞろと集まってきて、イカをつまんでる。気に入ってくれたのかな?

 その様子を眺めていたら、隣に船長さんが立った。

 

「魔女さん。今回は本当に助かった。ありがとよ」

「ん。それじゃ、戻るね」

「おう」

 

 船長さんに手を振って、船室へ。自分のお部屋に戻ってから、残ってるイカを食べる。今度はお醤油。

 

『リタちゃんがうきうきしてるw』

『ほんと食べることに目がないなこの子はw』

『イカは刺身も美味いけど、さすがに素人が生で食べるのはやばいかな』

 

 お刺身。イカのお寿司も美味しかった。お刺身も食べてみたい。日本で食べようかな。

 焼いたイカにお醤油をつけて、食べる。んー……。悪くない。美味しい。でもやっぱり、イカはお寿司かお刺身の方が好み。また今度、日本に行った時に買いに行こう。

 




壁|w・)くらーけんは、きょうてき、でしたね。
美味しくいただかれました。


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闘技場のある街

 

 出航してから十日。予定より少しだけ遅れて、船は目的地の港に到着した。遅れちゃった理由はとても単純で、クラーケンに襲われたから。

 船のチェックとかで時間がかかってしまったから、だって。それでもクラーケンが出たわりには遅れが少なかったとかで、船長さんたちにはお礼を言ってもらえた。

 お礼を言ってもらうのって、ちょっといい気分。ちょっとだけ、ね。

 目的地の港町には今までに見たことのない建物があった。街の中心部にあるのは、とても大きな建物。同じ船のリーダーさんが言うには、あそこが闘技場と呼ばれる建物らしい。

 

『闘技場キタアアア!』

『やっぱりファンタジーといえばこれだよな!』

『参加しようぜ! 無双しちゃおうぜ!』

『これもテンプレだよテンプレ!』

 

 視聴者さんは私に参加してほしいみたいだけど……。確か、最強を決める大会だっけ、あれは年に一回だったはず。さすがにタイミングよく開催するとは思えない。

 とりあえずはギルドに依頼の報告。闘技場についてもギルドで聞けばいいと思う。

 船長さんたちに手を振って、船を離れる。ギルドは闘技場の側にあるらしいから、のんびり探してみよう。

 

「街は、前の港町と似てるね」

 

『たしかに』

『実用性を考えたらこうなった、とか?』

 

 どうなんだろう。同じ港町だから似てしまっただけかもしれない。そんな中で闘技場だけがちょっと浮いてるけど。あそこだけ雰囲気が違う気がする。

 あの闘技場はどうして造られたのか、ちょっとだけ気になるね。

 のんびりと歩いて、闘技場に到着。本当に大きい建物で、見た目は日本のドームみたいなもの。屋根のないドームみたいな感じ。どうやって造ったのかな。

 闘技場の周りを囲むように大きな道があって、その道沿いの建物はどれも大きめ。三階建てはある。あと、武器屋さんとか食堂とか、冒険者に関わるものはここに集まってるみたい。

 

『良くも悪くも闘技場を中心に発展した街なんかね?』

『港町に闘技場ができたんじゃなくて闘技場が先にあったのかも』

『さすがに考えたところで分かるわけないさ』

 

 広い道沿いの建物にギルドもあった。これもやっぱり三階建て。横に広くはないみたいだから、酒場も一緒に入ってるということはなさそうだね。

 ギルドに入ると、中の人が一斉に私を見てきた。

 

『おっと、これはもしかして、洗礼かな!?』

『さすがに見飽きたけどなあ』

『お前ら自分勝手すぎるだろw』

 

 私も好き好んで絡まれたくはないから、すぐに受付に行こう。

 受付に向かう間に何かあるかも、と思ってたんだけど、意外と何もなかった。ちょっと睨まれてただけだね。

 

「いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」

「違うよ」

「あら……?」

 

『依頼人だと思って絡まなかっただけかなこれ』

『ギルドの人の反応だとそれっぽいな』

『じゃあ睨むなよと言いたいw』

 

 別にいいけど。私としては楽でいいから。

 お姉さんにギルドカードと船の護衛の依頼票を渡すと、面白いほどに目を見開いた。ギルドカードを持って、息をのんでる。そんなに私はSランクには見えないみたい。

 

「まさか、あなたが魔女……!?」

 

 そこまで呟いて、お姉さんははっと我に返って勢いよく立ち上がった。そして、叫んだ。

 

「中止! 洗礼中止! この子、魔女です!」

「うえ!?」

「あっぶねえ、なんか嫌な予感したんだよ……!」

 

 私はあまり気にしないけど、人のランクをみんなに伝えるのはいいことなのかな。深く関わるつもりはないから好きにしてくれていいけど。

 それでもやっぱり理由ぐらいは知りたい。じっとお姉さんを見ると、申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 

「申し訳ありません、隠遁の魔女様。この時期になると、腕試しに来た冒険者が闘技場に参加して亡くなってしまうことが多々ありまして……。せめてギルドに来た冒険者は、最初に洗礼をさせていただいているんです」

「ふうん……。闘技場で死ぬって、降参とか受け付けてないの?」

「いえまさか! 降参もできますし、当然ながら相手を殺さないことが望ましいとされています。ですが、武器や魔法を使う以上、どうしても……」

「なるほど」

 

 詳しく聞いてみたら、闘技場の参加前にはちゃんと確認もしてるみたい。その可能性があることを聞きましたっていう念書まで書かされるみたいだね。

 そんな危ないことやめればいいのにと私は思うけど、地域の文化に口を出すべきじゃないとも思うから黙っておこう。

 

『はえー。危険なイベントなんやね』

『あれ? でもこの時期になるとって言ってなかった?』

『つまり大会がある……ってこと!?』

 

 そうなのかな。お姉さんに聞いてみると、私が知らなかったことに驚かれた。

 闘技場での大会は、世界一を決めるとかそういう趣旨の、とても大きな大会が年に一回あるらしい。他にも、参加者を募って参加者だけで行う小さな大会が、二月に一回。

 その小さな大会が五日後に開催されるらしい。優勝賞品は、この国の王様に願いを言って可能な限り叶えてもらう、というもの。かなり曖昧だね。

 

 それにしても、二月に一回ね……。これ、セリスさんは知ってたんじゃないのかな。私に参加してほしかった、とか……。いや、違うかな。

 多分、今なら王様に簡単に会えるかも、みたいな感じだと思う。そうなら言ってほしかったけど。

 

「参加って、申し込みが必要?」

「え? いえ、開催直前の飛び入りでも大丈夫ですが……。参加なされるのですか?」

「さあ?」

「ええ……」

 

 どうして師匠が参加したのかは気になるけど、かといって闘技場に参加するのはちょっと面倒かなとも思う。知ってる人に聞ければいいだけだから。王様に聞いた方が簡単だとは思うけど、五日後だから時間がかかりそうだし。

 

「んー……」

「その……。今すぐ参加を決めなければいけないわけではありませんし、ゆっくり考えては?」

「ん……。そうする」

 

 決めるのは後にして、とりあえず宿。宿についたら、日本に行きたい。久しぶりにね。

 お姉さんからオススメの宿を聞いて、ギルドを出る。教えてもらったのは、この大きい道沿いにある大きな宿。大きいけど闘技場参加者向きの宿で、小さい部屋がいくつもある宿らしい。

 賑やかだけど、その分安いんだって。私は部屋を借りるだけであとは森に帰るからなんでもいい。

 宿は、言われた通りに大きい宿。ここもやっぱり一階が食堂になってて、冒険者みたいな人がたくさんいた。

 

『いままでの宿で一番やばそうw』

『あちこちでケンカ起きてるんだがw』

『宿の人も完全無視なのが笑えるw』

 

 すごい宿だね。私は関わり合いになりたくない。ご飯は期待できないから、興味もない。

 受付でお金を払って、鍵を借りて部屋に入る。テーブルと椅子、ベッドがあるだけの狭い部屋。船の部屋よりもずっと狭いね。別にいいけど。

 

「それじゃ、森に帰る。明日は日本に行くね」

 

『はーい』

『闘技場期待してるw』

『もちろんリタちゃんの自由だからな!』

 

 闘技場は……うん。考えておく。とりあえず私は美味しいご飯を食べたい。

 鍵をしっかりとかけて、森に転移した。明日はどこに行こうかな?

 




壁|w・)闘技場の話はまた後日。先に日本に行きます。
次はどこにしようかな。

ということで、活動報告にアンケートを置いておきました。
熱い地元自慢をお待ちしています……!


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鮭茶漬け

壁|w・)ここから第二十一話のイメージ。


 

 お船を下りた日の翌日の朝。真美のお家に行くと、いつも通り真美が出迎えてくれた。今日の朝ご飯はお茶漬け。お魚が入ったお茶漬けだ。鮭茶漬けだって。

 

「すぐに準備するから待っててね」

「ん」

 

 待ってる間は何しようかな、と思ってたら、ちいちゃんが私の方に歩いてきた。隣に座ってきたからとりあえず撫でてあげる。なでなで。

 

「えへー」

 

 うん。かわいい。

 ああ、そうだ。配信、忘れてた。

 

「これでよし」

 

『これでよし、じゃないが』

『いつも通り唐突に始まる朝の配信、そしてやっぱり挨拶なし』

『リタちゃんたまには挨拶しよ?』

 

 たまにはやってると思う。

 

「リタちゃんお待たせ。はい、鮭茶漬け!」

「ん……」

 

 私の目の前に置かれたのは、お椀に入ったご飯。お湯……お茶かな? それに浸かってる。魚をほぐしたものもたくさん入っていて、美味しそう。

 

『ほう。お茶漬けか』

『それも鮭茶漬け。鮭茶漬けいいよね、とても美味しい』

『俺は梅茶漬けが好き』

 

 なんだかたくさん種類があるみたいだね。他のも試してみたい。

 

「私はお茶漬けが初めてだけど」

 

『え』

『あれ? そうだっけ?』

 

 真美も目を丸くしてる。知らなかったらしい。

 

「ん。おにぎりは何度もあるけど、お茶漬けは初めて」

「そうだっけ……。ごめんね、リタちゃん。もっと早く出すべきだったね」

「んー……? 別にいい。真美の料理はなんでも好き」

「そ、そう? えへへ……」

 

『てえてえ?』

『真美ちゃんがめちゃくちゃ照れてるのは声で分かる』

『でも真美ちゃんのごはんはマジでいつも美味しそうだよな』

『料理ができる彼女が欲しいです……』

 

 ん。真美のご飯はいつも美味しい。

 ご飯を軽くかき混ぜて、少しすする。ちょっと熱いけど、食べられないほどじゃない。ずるずるとすすって、ご飯も食べる。

 ご飯がお茶で少し柔らかくなってるけど、逆にそれがとても食べやすい。ご飯はちょっと淡泊な味のはずなのに、お茶があるだけで全然違う味になってる。

 あと、お魚。お茶とご飯だけでも美味しいけど、お魚と一緒に食べるとまたちょっと違う味だ。お魚のほのかな塩味がほどよく味を変えてくれてる。

 

「どうかな?」

「もぐもぐ」

「あはは。気に入ってもらえたみたいでよかった」

 

『一心不乱に食べてるw』

『お茶漬けの魔力だよね……。一杯ぐらいならわりとあっさり食べられる』

『分かる。時間があれば二杯目も食べる時がある』

『何よりも食べやすいのがいい』

 

 ん……。とても食べやすい。味も濃いわけじゃないから、飽きもなかなか来ないと思う。

 それに、お茶漬けは他にもいろいろ種類があるみたい。コメントを見てると、鮭や梅の他にも、のり、昆布、たらこ……。なんだかたくさんある。

 

「真美。真美。次は他のも食べたい」

「ふふ。いいよ。用意しておくね」

 

 そう言って頭を撫でられた。ちょっとだけ恥ずかしいけど、お茶漬け楽しみ。梅も気になるけど、昆布もいいかも。のりも。とても、とても、楽しみだね。

 

 

 

 朝ご飯の後は、真美たちは学校の時間。そう思ってたんだけど、その前に真美からお話があるらしい。何だろう?

 

「リタちゃん。ちょっと前に話したこと、覚えてる?」

「いっぱい話してる」

「だよね」

 

『リタちゃんが地球側で一番話す相手だからなw』

『でもリタちゃんならマジで会話全部覚えてそう』

 

 それはもちろん覚えてるけど。でも、うん。真美が言いたいことはそういうことじゃないよね。んー……。

 

「学校?」

「そうそれ!」

 

『学校? 何の話?』

『真美ちゃんが通う学校に体験入学するって話があったはず』

『あったなあそんな話もw』

 

 学校の先生と相談して、みたいな話だったはず。いつ行くか決まったってことかな?

 

「ちょっと急かもしれないけど、三日後、次の土曜日でどうかな? 午後からになるけど」

「いいよ」

 

 私は予定なんて特にないからいつでも大丈夫。五日後に闘技場に行くかどうか、ぐらい。だから三日後なら平気。

 むしろ間にまだ日があるから、どこかに食べに行こうかな。

 

「うん。それじゃ、土曜日のお昼はここで待っててね」

「ん」

「それじゃ、行ってきます!」

「いってらっしゃい」

 

 話が終わると、真美はちいちゃんを連れて大急ぎで家を出て行った。わりとぎりぎりの時間だったのかも。夜に話してくれてもよかったと思うんだけどね。

 さて。

 

「どこかに何かを食べに行こう」

 

『つまり日本のどこかってことですね!』

『ヒャッハー! 久しぶりの日本海だー!』

『海に行くのか』

『誤字に突っ込むなクソ野郎』

 

 どこかに行くことは決めてるけど、どこに行くかはまだ決めてない。どこにしようかな。最近はずっとお魚を食べてたから、お肉が食べたい。

 




壁|w・)先日はアンケートにご協力いただき、ありがとうございました。
ここからしばらく日本回です。


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次の行き先……行き先?

「お肉が美味しいところがいい」

 

『肉か』

『選択肢がめちゃくちゃ多いんですが』

『すぐに思いつくのはやっぱ松阪牛とか、神戸牛とか』

『てかぶっちゃけ俺ら庶民には縁遠すぎてな』

『それなw』

 

 とっても美味しいけどすごく高い、のかな? たくさんお肉があるみたいだけど、どのお肉がいいんだろう。んー……。分からない。

 

「どのお肉がどこのお肉?」

 

『いや、リタちゃん、ぶっちゃけどのお肉もわりとどこでも食べられるぞ』

『高級なお店に行ったらだいたいあると思う』

『だから普通に観光しようぜ!』

『お前らリタちゃんに来てほしいだけだろwww』

 

 どこでも食べられるなら、そんなにこだわる必要はない、のかな? それならそれでどこに行くかちょっと悩むけど……。

 

「んー……。どこに行こう……」

 

『この流れは期待できるか?』

『リタちゃんリタちゃん、行き先に迷った時はやっぱりあれだよ』

『そう、安価だ!』

 

 それもいいかもしれない。お肉は行き先で買うということで。今回はそれ以外に目的がないし、視聴者さんに決めてもらおう。

 

「じゃあ、安価で」

 

『キターーー!』

『久しぶりの安価だあああ!』

『待ってました!』

『今度こそ地元に来てもらうんだ!』

『盛り上がってまいりました!』

 

 本当にみんな、安価が大好きだね。真美も参加するのかな? 気にしたらまた怒られちゃいそうだから、気にしないようにはするけど。

 

「いつも通り、手を叩いて十番目のコメント。準備してね」

 

『おらわくわくしてきたぞ』

『露骨にコメント減ってるw』

『毎度この瞬間が狂おしいほど好き』

『気持ちは分かるw』

 

 手を前に出すと、いつも通りコメントがさらに減っていく。ほとんどなくなるけど、それでもやっぱりちらほらと、コメントは流れてる。参加しない人もいるってことだね。

 んー……。そろそろいいかな? それじゃあ。

 ぱん。

 

『愛知』『阿蘇山!』『あえてアメリカと言ってみる』『そろそろ琵琶湖』『通天閣やろ』『富士山登ろう?』『石川!』『秋葉原』『ドイツ』

 

『新幹線乗ろうぜ!』

 

『熊本ラーメン!』『神奈川』『愛媛』『青函トンネル通ってほしい』『イギリス!』

『そろそろいいやろ』

『琵琶湖ニキは常連だなw』

『海外も必ず含まれてるなあw』

『十番目は……ええ……』

『乗り物やんけ!』

 

 海外は行かないって言ってるのにね。んと……。十番目。これだね。

 

「新幹線」

 

『ついに食べ物ですらなくなったw』

『どうすんだよこれ』

『いや……ほんとこれ……ええ……』

 

 新幹線って、あれだね。とっても速い電車。私はその電車にも乗ったことがないけど、でもちょっと気にはなってた。

 とってもたくさんの人を、すごい速さで運ぶ乗り物。是非とも一度乗ってみたい。

 

「じゃあ、新幹線に乗る。東京駅から乗れるんだっけ」

 

『そうだぞ』

『新幹線といえばやっぱのぞみかな』

『はやてとかもいいぞ』

『でも規模が一番大きいのはやっぱ東海道新幹線だと思う。全部十六両編成だし』

 

 んー……。いろいろ種類があるみたい。どれに乗ろうか、ちょっと迷うね。どれでもいいと言えばどれでもいいけど、せっかくなら移動手段としても使いたい。

 んー……。あ、そうだ。

 

「久しぶりにたこ焼き食べたい」

 

『え』

『急にどうしたw』

『あれか、タコか! 船のタコが原因か!』

『あー……w』

『じゃあ東海道新幹線で新大阪駅かな?』

 

「わかった」

 

 まずは東京駅だね。それじゃ、転移魔法で東京駅の上空に転移。東京駅はやっぱりちょっと珍しい形の建物だと思う。

 

『相変わらず一瞬で転移するなあ』

『気付けばそこはお空の上でした』

『配信見てる人がいるのか、ちらちらリタちゃんを見てる人がいるな』

 

 ほんとだ。こっちを指さしたり、スマホを向けてる人がいる。なんだかいつも撮られてる気がするけど、飽きないのかな。いつも配信してるし、私の姿なんていつでも見れると思う。

 

「きっぷ? だっけ? 買うんだよね」

 

『そうだぞ』

『案内なら任せろ』

『でも絡まれないように注意な!』

 

 変な人でもいるのかな。その時は適当に隠蔽を使って離れるよ。

 地面に下りて、東京駅に入る。とてもたくさんの人が行き交ってる。私の世界の王都でもこんなに人はいないと思う。少なくとも一斉に出歩いたりはしないんじゃないかな。

 視聴者さんのコメントに従って、東京駅を歩いて行く。たくさんの人が私を見てるけど、いつものことなので気にしないでおこう。

 




壁|w・)今回は場所ではなく乗り物になりました。新幹線。
はじめてのでんしゃ・しんかんせん。


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駅弁いっぱい!

『そこ。そこの列が新幹線の切符売り場』

『初めてなら相談しながら買った方がいいからね』

『それにしても見られてるなあw』

『リタちゃんが並んだ瞬間に目の前の人がぎょっとしてるの草なんだ』

 

 目の前の人が何度も振り返っては私を見てるね。男の若い人だ。スマホを取り出して、ちらちらと。そしてそっとスマホで写真を撮ってる。隠し撮りみたいになってるよ?

 

「写真ぐらいいいよ?」

「え。あ、すみませんごめんなさい! じゃあ遠慮なく!」

 

『いや草』

『謝罪からの流れるような撮影』

『でも隠し撮りはよくない』

『処す? 処す?』

『リタちゃんが気にしてないのが全てだろアホ』

 

 攻撃されたならともかく、写真だからね。それに、これに怒るなら普段からもっと怒らないといけない。空にいる私を撮ってるのと違いはあまりないと思うから。堂々としてるかこそこそしてるかの違いだけ。

 でも他の人にはやったらだめだとは思う。

 周りの人に写真を撮られながら待ってると、私の順番になった。次の方どうぞ、と呼ばれたから受付に行く。私を見た駅員さんがあんぐりと口を開けていてちょっとおもしろい。

 

『駅員さんからすれば完全な不意打ちだろうからなw』

『とりあえず本物かどうか疑いそうw』

 

 それはそうかも。ちょうどいいから、ふわっと浮いてみる。カウンターが少し高くて、話しづらかった。

 ぷかぷか浮かぶ私を見て、駅員さんが完全に固まってしまった。んー……。どうしよう。

 

『これはプロ意識が欠落してますねえ』

『魔女が目の前に来たぐらいで固まるとか職務怠慢では?』

『お前ら無茶言うなよwww』

『お前らもどうせ目の前にリタちゃんが急に来たら固まるだろw』

『固まらねえよ! 挙動不審になるだけだ!』

『なお悪いわ』

 

 ちょっとだけ待っていると、駅員さんが我に返ったみたい。小さく深呼吸して、きりっとした顔になった。

 

「お待たせしました。どちらに向かわれますか?」

「ん……。新幹線に乗りたい。のぞみ? 新大阪行きで」

「かしこまりました。乗車時間のご希望はございますか?」

「えっと……」

 

 そんな感じで会話をして、決めていく。一時間後ののぞみで、グリーン席。視聴者さんにオススメされたからグリーン席にしてみたけど、何が違うのかな。

 あと、通路側と窓際の二つの席を買わせてもらった。本当はだめらしいけど、特別だって。隣に誰かが座ると落ち着けないだろうから、らしい。

 

『これは有能』

『あまり特別扱いしすぎるのもどうかと思うけどなー』

『ちゃんと二人分払ってるんだし、別にええやろ』

『もし隣に誰か座ったら、その誰かさんも気になって休めないだろうしなw』

 

 そういうものなのかな?

 無事に切符も買えたから、後は乗るだけ。少し時間あるけど、どうしよう。

 

「ちょっと時間あるけど、何かある?」

 

『新幹線と言えばやっぱ駅弁だと思う』

『駅弁買おうぜ駅弁』

『自分用にお土産買うのもいいかも?』

『お土産とは』

 

 駅弁にお土産。お土産はなんだか違う気がするけど、でも美味しいものは買いたい。精霊様に買ってもいいかも。

 視聴者さんの案内に従って、駅弁をたくさん売ってるお店にたどり着いた。入り口に平べったいひんやりしたケースのあるお店。そこにたくさんの駅弁が並んでる。

 お店も広くて、他の棚にもお弁当がたくさん。飲み物もたくさん。いっぱい。

 んー……。いっぱい買いたい!

 

『リタちゃんのテンションがめちゃくちゃ上がってるのが分かるw』

『表情かわらんのに、めちゃくちゃ振られてる尻尾を幻視したよ』

『うきうきリタちゃん』

 

 どれを買おう。全種類買って、アイテムボックスに入れておくのもいいかも。でもそれだと、全種類食べ終わるのはいつになるか分からない。結局食べずに忘れちゃう、なんてこともあるかも。

 それに。

 

『まあ駅弁ってやっぱり新幹線で食べるからこそ美味しいっていうのもあるけどなあ』

『実際のお店で食べるのが一番美味しいのは間違いない』

『たまに買うからこその贅沢感があるよね』

 

 そういうこと、らしい。新幹線で食べるものだけ買おう。

 んっと……。えっと……。んー……。

 

『あれ? これ一時間で足りる?』

『めちゃくちゃ悩んでるw』

 

 だって、どれも美味しそうだから……!

 せっかくだから、お肉を食べたい。お肉。お肉のお弁当で美味しそうなものを選ぼう。あ、でも、このお魚のお弁当も美味しそう。いややっぱりこのお肉いっぱいのも……。あ、ステーキのお弁当もある。わ、貝のお弁当だって。すごい。すごい! いっぱい!

 

『これはだめそうですね』

『信じられるかい? 選び初めて三十分、未だに一つも決められてないんだぜ……』

『周囲に人が集まってめちゃくちゃ見守られてるのが草なんだ』

『みんないい笑顔』

 

 え? 三十分? あ、ほんとだ。スマホで時間を見てみたら、あと三十分で電車が出る時間だ。そろそろ本当に決めないといけない。でも、どうしよう。どうしたらいいかな。どれを買ったらいいかな。えっと……えっと……。

 うん。こういう時こそ、これを使おう。

 

「安価。どれを買うべきか。商品名で答えて」

 

『え』

『ちょっと待っていきなりすぎるんですが!?』

『それでええんかリタちゃん!?』

 

「みんなを信じてる。準備して。十番目、二十番目、三十番目のお弁当を買う。いくよ」

 

『急すぎてやばいめちゃくちゃ焦ってる』

『お前ら責任重大だぞ変なの言うなよ!』

『そもそもとして駅弁詳しい人しか参加できねえよこれwww』

『ていうか周りの人の多くが一斉にスマホいじり出してて笑えるんだけどw』

 

 少し待ってから手を前に出して、ぱんと叩く。たくさんのコメントが流れていく。コメントを確認して……。これとこれとこれ。

 

『お肉ど真ん中か。定番やね』

『深川のお弁当もなかなかいいチョイス。食べたい』

『しれっとどこの駅でも買えるカツサンドがまざってるw』

『ところでどうして二つずつ買ってるんですかねえ?』

 

 もちろん精霊様にあげるから。お土産っていうのも選びたかったけど、ちょっと時間が足りないと思う。

 




壁|w・)大量に並ぶ駅弁にテンションが上がるリタでした。
なお、お弁当の名称はさすがに正式名は避けています。正式名は出さないようにお願いします。

ちなみに。新幹線の切符は本来はほとんどの電子マネーが使えません。
ただそこを書くとどうでもいいことに文字を割くことになるので省略してあります。
この世界では使える、という程度でお考えください。


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新幹線

 ところで一人、スマホを見てる人がガッツポーズしてるんだけど、どうしたのかな。

 

『多分安価を当てた人じゃないかな』

『くっそ羨ましいんですが』

『俺のオススメも食べてほしかったなあ!』

 

 それはまた次の機会に、だね。次があったらたっぷり三時間ぐらい選ぶ時間が欲しい。

 とりあえずレジに並ぼう。そう思って店の奥に向かったら、何故か誰も並んでなかった。人は多いのに、不思議。

 

『俺現地人。リタちゃんがそろそろ来るとなって全員が横に移動してたよ』

『いや草』

『お前ら優しいなwww』

 

 んー……。そこまで気を遣わなくてもいいのに。間に合ったと思うから。多分。

 でも、譲ってもらえたのは嬉しい。新幹線っていうのもちゃんと見ることができそうだね。

 

「これ、お願いします」

「は、はい! いらっしゃいませ!」

 

 店員さんがちょっぴり慌てながらも、お会計終了。駅弁をアイテムボックスに入れて、ホームに向かう。えっと……。十七番線、だって。そんなにいっぱいあるんだ。

 

「どこ?」

 

『まずは改札通ろうか』

『とりあえずまっすぐな』

 

「ん」

 

 視聴者さんに従って、改札を通る。切符を二枚まとめて入れるみたい。小さい隙間に切符をいれると、がちゃがちゃって音がして向こう側に出てきた。すごい。

 

「おー……。がちゃってした。がちゃって」

 

『リタちゃんテンション高いなw』

『その子、知らないものへの探究心もすごいから』

『つまり好奇心旺盛ってこと!?』

『そう聞くとかわいいなw』

 

 切符を持って、十七番線に向かう。ちょっと長いエスカレーターに乗って、ホームに出た。

 

「おー……」

 

 私が乗る電車はまだ来てないみたいだけど、他の電車はたくさんある。順番に出発していくみたい。

 それにしても、すごく長い。とても長い。端から端まで行くのはとても大変そう。

 

『のぞみってめちゃくちゃ長いっすね』

『のぞみは全て十六両編成、全長は四百メートルにもなるぞ!』

『なんでそんなこと知ってんだよw』

 

 四百メートル。とても長いと思う。そんなに長い乗り物にたくさんの人を乗せて、とても速いスピードで走る。

 

「新幹線ってすごいね」

 

『なんだろう、すごく嬉しい』

『日本人としてとても誇らしい』

『まあ俺らは開発にも設計にも関わってないんだけどな!』

『やめろwww』

 

 それを言うなら、私だって私が使う魔法のほとんどは、私が作ったものじゃないから。それをちゃんと維持できる人がいるっていうのは、えっと……。そしき? くに? としてすごいと思う。

 せっかくなので新幹線の先頭を見てみたい。というわけで、転移して一番先頭に移動。

 

「おー……。なんだか細長い。おっきいお鼻がある」

 

『おっきいおはなwww』

『いやまあ鼻って呼ばれてるけど』

『空気抵抗とかいろいろな兼ね合いで長くなったんだよ』

 

 空気抵抗。あまり気にしたことなかった。科学は大変だ。

 そんなことを考えながら眺めていたら、十七番線に新幹線が入ってきた。やっぱりこれもとっても長い。でも、それは今はよくて。とりあえず乗ろう。

 中はどうなってるのかな。とても楽しみ。

 私が乗るのは八号車。その列に私も並ぶと、目の前の人たちが二度見してきた。とりあえす手を振ってこう。ふりふり。

 

『いいなあいいなあ!』

『俺もリタちゃんに手を振ってもらいたい』

『このラッキー野郎どもめ……!』

『おまえらの怨嗟が醜すぎて笑うしかねえwww』

 

 よく分からないけど、あまり怒ったらだめだよ。

 ドアが開いたから、みんなに続いて乗車。

 なんだか、思っていたよりもちょっと広い。真ん中に通路があって、通路の両側に椅子が並んでる。ゆったりとした席で、のんびりできそう。通路はカーペットになってるみたい。ちょっとふかふか。

 

『グリーン車すげえ』

『普通車だとふっつーに硬い床だから足音とか気になるんだよね』

『さすが高いだけはある』

 

 私の席は前の方だね。窓際の席に座ってみると、なんだかとても座り心地がいい。ソファみたいにふかふかっていうわけじゃないけど、体がとても楽な気がする。

 あと、足下にある足を置くためのものも、最初は意味あるのかなと思ったけど、乗せてみるとちょっと快適。

 

「ん……。いいと思う」

 

『わりと高評価?』

『二時間強の電車旅、のんびり楽しんでくれ』

 

「ん」

 

 そろそろ出発かな? 楽しみ。

 ちょっとわくわくしながら待っていたら、アナウンスの後に電車がゆっくり動き始めた。最初はゆっくり、そしてだんだん速く。あれ、でも、思ったほどじゃない?

 

『あー。最初の品川はすぐそこの駅だから』

『新横浜もわりと近め』

『新横浜の次は名古屋駅、一時間以上時間があるぞ!』

『お前らなんでそんなに詳しいんだよwww』

 

 ゆっくりできるのはもうちょっと後、だね。スピードもその時に期待かな?

 とりあえず、最初に時間があるみたい。じゃあ、ごはん食べよう。

 テーブルは……、おお、すごい。前の椅子にくっついてる。テーブルを下ろすと、前後にスライドもできる。とっても便利。

 

『ちなみに、椅子も暖かくなるよ』

『椅子の横のスイッチでどうぞ』

 

 言われた通りにスイッチを押してみる。んー……。あ、ちょっと暖かくなってきた。気持ちいい。

 

「この椅子持って帰りたい」

 

『やめなさいwww』

『そもそもとして電気がないとほとんど意味ないぞw』

『ていうかリタちゃんなら魔法でもっといろいろできるだろうにw』

 

 それはそうだけどね。

 




壁|w・)のんびり電車旅、です。次回はもぐもぐ。

ご指摘をいただきました。駅弁屋さんは改札の向こう側にあるそうです。
調べてみたらモデルにした駅弁屋さんも東京駅構内にあるようでした。
完全に私の記憶違いです……。うろ覚えで書くものじゃないですね……。申し訳ありません。
話数がまたがっており修正が面倒なので、このお話ではこういうものだと思ってください……。


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サンドイッチとお肉の駅弁

 改めて、ごはん。アイテムボックスから取り出したのは、三個入りのサンドイッチ。大きなカツが入ったサンドイッチで、ソースもたっぷり。美味しそう。

 

「んふー」

 

『新幹線の椅子を確認している時より楽しそう』

『そりゃお前、食欲の魔女だから』

『飲呑(いんとん)の魔女ですね分かります』

『やめろwww』

 

 変な漢字にしないでほしい。食べるのは大好きだけど。

 包装をはがして、サンドイッチを手に取る。おお……。分厚い。食べ応えがありそう。

 口に入れて噛んでみると、見た目と違ってとても柔らかかった。簡単に噛みちぎれる。濃厚なソースの味が口の中いっぱいに広がって、とても美味しい。

 

「もぐもぐ。うまうま」

 

『いいなあいいなあ』

『あのサンドイッチなら大きい駅に行けばわりと置いてるかも』

『お前ら落ち着け、まだ駅弁は二つあるぞ……!』

『誘惑がすごい……!』

 

 サンドイッチ、美味しいよ。おすすめ。

 じっくり味わって食べて、買っておいたオレンジジュースを飲む。果汁百パーセント。美味しい。

 

『めちゃくちゃ満喫してるぞこの子w』

『あれ? おかしいな。新幹線の配信だと思ったら、ただただ快適に過ごしてる子供がいる』

『リタちゃんが楽しそうならそれでよし!』

 

 ん。結構快適だよ。

 

「のんびりしている間に移動できる……。とてもすごい。私も飛びながら食べるのはできない」

 

『確かに別のことしながら移動できるのはいいよな』

『車にはない利点』

『いやリタちゃんの場合転移すれば一瞬で移動できるのでは』

 

「…………。サンドイッチ美味しい」

 

『流されたw』

 

 それは言わないお約束、だと思う。ほとんど私にしかできないことだし。

 気付けば電車が二回止まって、新横浜駅を出発した。ここから一時間以上、止まらずに動くらしい。のんびりできるね。

 窓からの景色も、いつの間にかビルとかが少なくなって、なんだか落ち着いた雰囲気になってる。木とか畑とかいっぱい。それに。

 

「おお……。はやい。すごくはやい。おー……!」

 

 思った以上に速いと思う。景色が流れていってる。すごい。

 

『リタちゃんのテンションがめっちゃ上がってるw』

『お顔は相変わらずだけど声のトーンでよく分かるなあ』

『窓にかじりついてるのがまんま子供すぎるw』

 

 だって景色すごい。おもしろい。びゅーんってやつだね。

 

『飛んでる方が速いと思うんだけどなあ』

『いや、飛んでる時って景色遠いじゃん。新幹線からの景色はわりと近いから、その分速く感じてるんだと思う』

『なーるほど』

『ところでリタちゃん、お弁当は?』

 

 あ、そうだった。お弁当食べよう。景色を楽しみながらお弁当を食べる。すごく贅沢だと思う。

 アイテムボックスに手を突っ込んで、お弁当を取り出す。お肉ど真ん中ってお弁当。お肉がたっぷりのお弁当だ。きっと美味しい。

 

 包装を剥がして、中を見てみる。見て分かるほどにお肉がぎっしり。お野菜の煮物かな? それもちょっと入ってるけど、やっぱりお肉がいっぱいだ。

 お肉は二種類かな? そぼろみたいになってるものと、普通のもの? とりあえず食べよう。一口ぱくりと。

 

「んー……。ちょっと甘めのタレだね」

 

 結構濃いめの味付けだと思う。お肉だけじゃなくてご飯にもしっかりと絡まっていて、お肉とご飯がとっても合ってる。

 濃いめの味付けでちょっと飽きやすいかもしれないけど、そういう時にお野菜の煮物を食べる。お口の中がさっぱりして、またお肉が美味しく食べられる。よく考えられてるお弁当だ。

 

「ん。とても美味しい。すごく美味しい。好き」

 

『見れば分かる』

『もっきゅもっきゅ食べる君が好き』

『すごい勢いで減っていくw』

 

 これは、とても美味しい。三つぐらい食べたい。後でもう少し買おうかな。いやでもまだお弁当はあるし、たこ焼きも食べたいし……。難しいね。

 

「んふー」

 

『そしてあっという間の完食でした』

『めちゃくちゃ食べたい今すぐ食べたいどうすれば』

『新幹線乗ってこい』

『牛丼で代用は……できないか……』

 

 さすがに味が全然違うと思うよ。

 お弁当の満足感に浸っていたら、何か声が聞こえてきた。えっと……。お飲み物やお弁当などいかがですか、みたいな声。なんだろう?

 通路にちょっと顔を出して見てみたら、大きめのワゴンを押して、女の人が歩いてた。なんだろうあれ。

 

『車内販売ってやつやな。ワゴン販売とも言われたりする』

『ちょっと割高だけど、お弁当やアイス、コーヒーとかも買えるよ』

『特にアイスオススメ』

 

 アイス。何か違うのかな。買ってみよう。

 ワゴンが近くに来たところで、手を上げてみた。

 

「欲しい」

「はい、ありがとうございま……っ!?」

 

『あ、固まった』

『リタちゃんが乗ってるとは思わなかったんだろうなあw』

『リタちゃんも有名になって……おじちゃん嬉しいよ……』

『後方腕組み保護者がおる。なお不審者です』

『後方腕組み不審者……?』

 

 変なこと言ってる視聴者さんは無視して、アイスを買おう。女の人はすぐに気を取り直して、笑顔になった。

 

「ありがとうございます。何かご入り用でしょうか」

「アイス食べたい。オススメらしいから」

「バニラとチョコレートがありますが、どれになさいますか?」

「両方」

「ですよね」

 

『ですよねwww』

『さてはこの人視聴者やな?w』

『いいなあ羨ましいなあ!』

 

 アイスクリームを二つ購入して、受け取る。おー……。とても冷たい。あと、なんだかとても固いような気がする。真美のお家で食べるアイスよりずっと固い。なにこれ。

 




壁|w・)なお、東海道新幹線の移動販売は23年10月で終了です。
実は作中の年代は少し未来を意識していたりするのですが、この辺りはまあ、あるかもしれない世界線ということで。
思い出としてちょっと残しておきたかったので、リタに体験してもらいました。

今月は31日まであるので、次回の更新は4日後の11月3日の予定です。


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すごくかたいあいす

「とても固くなっていますので、少し溶かしてからお召し上がりください」

「溶かす……。炎の魔法で溶かす?」

「やめてくださいね?」

「ん」

 

『さすがに危なすぎるからなw』

『何もしらない乗客がいたら通報ものだろうし』

『何か知っていても普通は通報する案件だよ』

 

 のんびり待とうかな。まだまだ時間はあるんだし。

 

「あの……。もう一つだけ……」

「ん?」

「握手、いいでしょうか」

「ん」

 

 手を出してあげると、女の人がそっと握ってきた。なんだかおっかなびっくりだね。

 

「わ……ちっちゃい手……やわらかい……」

 

『声全部拾われてんぞw』

『いいなあぷにぷになんだろうなあ』

『俺もリタちゃんのちっちゃい手を握りたい!』

 

 会う機会があれば握手ぐらい別にいいけどね。

 女の人に手を振って、離れていくのを見送る。さてと。それじゃ、アイスだ。まずばバニラから。ぺりぺりっと剥がしてと……。

 

『あれ? 溶かすのでは?』

『我慢できなくなっただけだろ、言ってやるなよ』

『理解した』

 

 その通りだから言わなくていいよ。

 もらっていたスプーンでちょっと叩いてみる。本当に、すごく固い。こつこつしてる。んー……。

 

「これはアイスの形をした模型だね」

 

『違うが?』

『残念ながら普通に食べられるアイスです』

『新幹線のアイスはマジでくっそ固いからなw』

 

 いや、うん。分かってるよ、もちろん。それぐらい固いってことだよ。

 でもすぐには食べられないみたい。それはちょっと、嫌だな。食べたい。食べよう。魔力でスプーンを覆って、ていや。

 

「よし」

 

『うええええ!?』

『うそやん普通にすくい取った!?』

『さてはリタちゃん魔法でずるしたな!?』

 

「ん」

 

『素直か! 好き!』

『大胆な告白は女の子の特権なのでお前はNGです』

『なんでや! 女の子かもしれへんやろ!』

『女の子なの?』

『男だが』

『しね』

『ひどいwww』

 

 とても冷たいアイスを一口、ぱくり。おー……。とても、とても固い。でもすごく濃厚な味。美味しい。ちょっと高いけど、その価値はあると思う。

 ただやっぱりすごく固いから、噛むのにも魔力を使わないといけない。ちょっとだけ面倒だね。でも美味しい。

 

「んふー」

 

『新幹線のアイス、濃厚で美味しいよね』

『だめだ我慢できねえ! コンビニでお高いアイス買ってくる!』

『まだだ……まだ俺は……! 我慢しないぞポチー』

『ちょっとは我慢しろよw』

 

 美味しいものは気にせず食べればいいと思う。

 バニラの次は、チョコレート。でも次はちょっとだけ待ってみる。やっぱり魔力は面倒だから。待ってる間は外の景色でも見ておこう。

 二十分ほど待ってから、チョコレートアイスを食べる。今回は魔力を使わなくてもすくい取ることができた。固さもほどよい感じで、食べやすい。味もやっぱり濃厚で美味しいね。

 

「うまうま」

 

『チョコアイスもいいなあ』

『俺は……いくつアイスを買えばいいんだ……!』

 

 アイスはとてもいいもの。あとでこのアイスももうちょっと買おうかな。

 アイスを食べ終わったところで、次のお弁当だ。お口の中はまだちょっと冷たいけど、食べられないほどじゃない。次も美味しく食べられる自信がある。間違いなく。

 

『流れるように最後のお弁当を取り出したんだけど』

『消化が早すぎませんかねえ!?』

『リタちゃん、後半めちゃくちゃ暇になるぞw』

 

 その時はのんびりするだけだよ。

 最後のお弁当は、深川のお弁当。開けてみると、あさりって言うのかな? 貝がたくさん入ってた。ごはんの上はあさりでいっぱいだ。美味しそう。

 早速食べてみる。ほんのり甘めの味付けがされてるけど、あさりの味をしっかりと感じられる。一緒に入ってるのは、ゴボウかな? ほどよい食感のアクセントになってる。

 これも量が多いけど、飽きてもお口直しできるようにお漬物とかが入ってた。気遣いがとてもいいと思う。

 んー……。とても美味。美味しい。

 

「んふー」

 

『ああああ! 俺は! 肉と貝! どっちを食べればいいんだあああ!』

『両方食べればいいと思うよ』

『おいでよ重量級の世界』

『さすがに嫌すぎるわw』

 

 我慢はよくないと思うよ。私は、だけど。

 全部食べ終わって、とりあえず満足。美味しいお肉のお弁当も食べられたし、あとはたこ焼きで満足できそう。

 

「あとはたこ焼き……。どこに行こう」

 

『え? お肉は?』

『待って待って。梅田にも美味しい焼き肉屋あるから!』

『焼き肉楽しいぞ!』

『でも一人っきりの焼き肉って寂しくない……?』

『ばっかお前! 一人だからこそじっくり気兼ねなく焼けるって利点があるんだよ!』

 

 なんだかお肉を食べた方がいいみたい。確かに最初はお肉って言ってたし、お肉も食べよう。焼き肉っていうのもやってみたいし。

 のんびり電車に揺られて、景色を眺めて……。ふと、それが視界に入った。

 

「おお……。大きい山がある」

 

 何の山かな。光球を窓の外に向けると、すぐに答えが分かった。

 

『富士山やな』

『日本一高い山だ』

『登山する?』

 

 登山……。さすがにそれはいいかなあ。それをするなら、転移するか空を飛ぶよ。景色はそれで楽しめそうだし。

 でも、今は新幹線。富士山はまた今度、だね。

 




壁|w・)どれぐらい固いか知らない人は、あずきバーをイメージしてください。
あずきバーの方が固いらしいですが、似たようなもんです。
むしろバニラアイスであずきバーと比較される時点でちょっとおかしいと思う。


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電車

 その後もまったりとした時間を過ごして、やがて電車は目的地にたどり着いた。ちなみにあの固いアイスはもう一度購入してある。五個ずつアイテムボックスに入れてあるから、真美たちにもあげたい。

 電車を降りて、周囲を見回す。ホームってすごく広いね。電車がすごく長いから当然かもしれないけど。たくさんの人が降りてきてる。それだけ利用者は多いみたい。

 たくさんの人に紛れて、私もエスカレーターで下の階へ。改札に二枚の切符を入れると、一枚だけ出てきた。これはまだ使うのかな?

 

『大阪駅まではその切符でそのまま行けるよ』

『どこに行くかは決まってるの?』

『今度こそオススメのたこ焼きを!』

『そういえば前回は現地の人に聞いたんだっけ』

 

 んー……。どうしよう。このまま転移すればいいと思うけど、せっかく切符がまだ使えるなら、普通の電車も乗ってみよう。とりあえず大阪駅に行ってみようかな。

 それにしても。

 

「人が多い……」

 

『そりゃなあ』

『なお大阪駅の方が多いです』

『それよりも東京駅の方が多かったと思うんだけどw』

『東京駅はほら……駅弁しか眼中になかったから……』

『納得した』

 

 納得しないでほしい。否定はちょっとできないけど。

 えっと……。電車、だね。たくさんの番号があるけど、どれに乗ればいいのかな。

 

「ん。よし。すみません」

「うえ!?」

 

『流れるように一般人に声をかけてるw』

『リタちゃん本当に物怖じしないなあw』

『コミュ障のワイにはちょっと真似できんわ』

『奇遇だな、俺もだ』

 

「大阪駅に行きたい。どこから乗ればいい?」

「え、え……。リタちゃん? 本物!?」

 

 声をかけた男の人はかなり慌ててるみたいだったけど、どうにか落ち着いてくれたみたいで、丁寧に教えてくれた。一緒に写真をとって、手を振って別れて、教えてもらったホームへ向かう。エスカレーターに乗って、さらに下へ。新幹線のホームってかなり上にあったんだね。

 ホームで少し待ってると、すぐに電車が来た。新幹線と違って、お鼻がない。普通の電車はこういうものらしい。新幹線みたいに速くないから、だって。

 

 ホームで待ってる人と一緒に電車に乗る。おお……。すごくこんでる。テレビで見た満員電車ほどじゃないけど、ちょっと大変。

 そんなたくさんの人が私を二度見してくるのはちょっとおもしろかった。

 

『普通に電車に乗ってたら、ちっちゃい魔女が乗ってくるとか想像もしてないだろうなw』

『めちゃくちゃレアな体験、というより絶対に二度目はないと思う』

『そもそもリタちゃんがまた電車に乗るかも微妙なところだしなあ』

 

 んー……。多分、もう乗らないと思う。電車は満足したから、次はバスとか飛行機に乗ってみたい。機会があれば、でいいけど。

 少しだけ電車に揺られて、次の駅が大阪駅だった。一駅だけみたい。

 それで、大阪駅だけど。人がとても多い。なんだかすごく多い。なにこれ。

 

『まあそういう駅ですし』

『それよりリタちゃん、たこ焼きはやっぱりここだよここ!』

『全体的にとろっとして美味しいって評判のたこ焼きがある』

 

「んー……」

 

 コメントをちゃんと見たいところだけど、私は先に移動した方がいいかもしれない。ホームがとても混み合ってるけど、原因の一つは私かもしれないから。

 いや、だって。みんな立ち止まって、私にスマホを向けてるから。移動しないと邪魔だよ? というより私も歩きにくいよ。

 どうしようかなと思いながら一歩踏み出すと、みんなも一歩動いてくれた。んー……。このまま行こう。

 

『なんだこの集団w』

『何も知らない人が見たらめちゃくちゃ謎な集団だろうなw』

『邪魔なやつらやなあって絶対思ってるw』

 

 それは間違いなく思うだろうね。私もちょっと思ってる。

 エスカレーターで下りて、近くの改札に向かう。ちらっとコメントを見てみると、たこ焼きのオススメがいっぱい並んでいた。その中で何度も目に入るたこ焼きのお店がある。ここが美味しいってことかな。

 場所は……。大きな商業施設っていうのかな? そういうところの地下みたい。地下でたこ焼きが食べられるんだって。

 あと、同じ場所に美味しいお肉のお店があるんだとか。お肉もついでに食べられそう。

 

 改札を出ると、さすがに周りの人は減ったみたいだった。でも代わりに、改札の外の人が立ち止まって私を見始めてる。そのせいでまた人が増えてきて……。うん。改札も出たし、転移しよう。駅員さんにも迷惑かかりそうだし。

 転移して、建物の屋上に移動。ここから下に……、あ。

 

「ここ、来たことある」

 

『おん? そうなん?』

『初めて大阪に来た時に通った場所だな』

『なんで屋上が通り道なんですかね……』

『普通は目的地なんだけどなあw』

 

 前はすぐに外に出ちゃったから、今回はちゃんと見ていこう。

 ドアから中に入って、エレベーターで地下へ。地下をちょっと歩くと、すぐに目的地のたこ焼き屋さんがあった。食べられるスペースもちゃんとある。すごい。

 驚いてる店員さんからたこ焼きを購入して、椅子に座って食べる。いただきます。

 

『めちゃくちゃ見られてるのに全然気にしないなこの子』

『そりゃお前、見知らぬ他人よりたこ焼きに決まってんだろ』

 

 たこ焼きをつついてみる。今回はぱりっとしてない、外もふわふわのたこ焼きだ。ぱくりと口に入れると、すごく熱い。でも美味しい。かむととろっとしたものが出てきた。

 んー……。ソースも美味しいけど、生地にもしっかり味がついてる。多分これ、ソースがなくても美味しく食べられると思う。すごい。

 そして、タコ。ちゃんとタコも入ってる。やっぱりタコはたこ焼きかもしれない。美味しい。

 

『えっと……。ちゃんと熱いんだよなあれ?』

『熱い……はず……。ほふほふもしてくれないから分からねえ……』

『耐えられない程度になったら何かしてそうだからな、リタちゃん』

 

 ちゃんと美味しく食べられるようにしてるよ。美味しい。

 たこ焼きの後は、お肉。焼き肉。楽しみ。

 




壁|w・)電車に乗る魔女。次回は焼き肉です。


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焼き肉

 少し歩いて、目的地に到着。このお店はお肉を厚切りで持ってきてくれるらしい。だからしっかりとお肉を感じられてオススメ、なんだとか。

 私がお店に入ると、店員さんは少し驚いたみたいだったけどすぐに案内してくれた。隅っこの、あまり目立たない席。配慮してくれたみたい。

 

「ありがとう」

「いえ。ご注文はお決まりですか?」

「んっと……。お任せ」

「かしこまりました」

 

 ささっと離れていく。どんなお肉なのか、ちょっと楽しみだ。

 

『まだあまり人はいないっぽい?』

『ランチタイムを絶妙に過ぎてるからな。タイミングが良かった』

『かなり良い焼き肉屋さんかな?』

 

 良いお店なのかな? よく分からない。お金は、まだまだいっぱいあるから大丈夫だと思う。

 店員さんがお肉を持ってきてくれる。情報通り、どのお肉もすごく厚切りだ。しっかり焼いて食べよう。お肉を網みたいなところに載せると、お肉の焼けるとてもいい音がし始めた。

 

『うわああああ!』

『めちゃくちゃ腹が減る音なんですが!』

『じゅうって! じゅわあって! いいなあいなあ!』

『あかん耐えられん焼き肉行ってくる!』

『今行って満足に食えるんか?w』

 

 お肉を焼く音っていいよね。お腹が減ってくる。香りもなんだか香ばしい。

 しっかり焼いて、タレをつけて口に入れる。おお……。肉汁たっぷり。口に入れるとなんだかお肉がふわっととろけてる、そんな感じ。とても、美味しい。

 

「んふー……」

 

『あかん、めっちゃ美味しそうで困る』

『高級なお肉ってほんと憧れるよね……』

『美味しそうだけど、胸焼けしそうw』

『おうおっさん、涙ふけよ。俺もだよ』

 

 うん。柔らかいお肉だけど、部位が違うのかしっかりと歯ごたえのあるお肉もある。そんなお肉でもちゃんと噛めばまた別の美味しさがあって、とてもすごい。ご飯も一緒に出してくれたけど、このお肉でご飯を食べるのはとても贅沢だと思う。

 お魚とか海鮮もいいけど、やっぱりお肉もいい。どっちの方がいいとかじゃなくて、どっちも美味しい。

 出してくれたお肉を全部食べて、追加で何度か注文。満足。

 

「そろそろ帰ろう。晩ご飯も楽しみ」

 

『待ってリタちゃんそのお肉の後の晩ご飯はハードルがすごく高いんだけど!?』

『推定真美さん、めちゃくちゃ焦ってそうw』

『そりゃあれだけ美味しそうなお肉の後だとなw』

『がんばれ真美ちゃん、俺らがついてるぞ!』

『手も口も出せない人は役立たずだよ!』

『ひでえwww』

『しかし事実なので言い返せないw』

『しかもついてるぞって言ってるけど、配信の外だから見守ることもできないからなw』

『そういえばそうだったw』

 

 あまり難しく考えないでほしい。真美の料理なら、きっと満足できるから。だからとても楽しみ。

 お会計をして、外に出る。ちなみに写真を頼まれたから、店員さんと写真撮影した。みんな写真好きだね。

 それじゃ、あとは真美の家に帰ってのんびりしよう。晩ご飯、楽しみだね。

 

 

 

「リタちゃん。料理を期待してくれてるところとても悪いのですが、行きたいお店があります」

「ん?」

「カレー専門店に興味はありませんか」

「せんもんてん……!」

 

 帰ってきた真美から姿勢を正して言われたのは、そんな内容だった。カレー専門店。とても気になる。きっとすごく美味しいカレーが食べられる。

 

「専門店!」

「そう! 専門店! きっと私のカレーよりも美味しいよ!」

「おー……!」

 

 真美がそこまで言うってすごいと思う。とても期待できる。楽しみ。

 

「お家の近くにあるの?」

「えっと……。その、転移で連れていってほしいなって……」

「ん」

 

 それはもちろん問題ない。真美はちょっと申し訳なさそうにしてるけど、気にしないでほしい。いつもお世話になってるから、もし旅行に行きたいならいつでも連れていってあげる。

 でも今は、とりあえずカレー。どこに行けばいいのかな。

 

「それじゃ……」

 

 真美がスマホを取り出して、操作し始めた。んー……。

 

「なるほど」

「え、なにが?」

「すごく速い。指の動きがすごい。すごい」

「えっと……。ありがとう?」

 

『リタちゃんも慣れればできるようになるよ』

『慣れる必要があるのかは分からないけどな』

『むしろ必要性は皆無である』

 

 でもとってもすごいと思う。私もできるようになるのかな。

 じゃれついてくるちいちゃんをなでなでしながら待っていたら、真美がスマホの画面を見せてきた。東京みたい。東京にあるカレー専門店ってことかな。

 

「全国いろんなところにあるお店だよ。海外にもあるぐらいに有名なところ」

「へえ……」

 

『カレー専門店と言えば真っ先に名前が出てくると思う』

『不味くはないけど、コスパが悪すぎてなあ。値段相応とは言えない』

『アンチ乙。普通に美味しいだろ。カツカレーのソースはマジでうまい』

 

 たくさんお店がある。なんだっけ、テレビで見たことあるよ。ちぇーん店ってやつだよね。味を統一してたくさんの場所で出すお店。それだけみんなが美味しいって思ってるってことだよね。

 これはとても期待できる。きっと美味しい。是非食べたい。

 

「すぐに行く?」

「そうだね。お財布もちゃんと持ってるし、行こっか」

「ん」

 

 今回はちいちゃんも一緒。玄関で靴をはいてから、両手で二人の手を握って転移する。転移した先は、ビルとビルの間の狭い道。ここなら誰にもぶつからないかなって。

 ちなみにこの道沿いのビルの一階がカレー屋さん。すぐ側だ。

 

「わあ! おそと! おそと!」

「ん。お外だね。カレー屋さん行こう」

「カレー! ちい、カレー好き!」

「カレーは美味しい。私も大好き」

「えへへー」

「ん……」

 

『なんだこのほのぼの』

『リタちゃんもちいちゃんもかわいいなあ』

『ほっこりしてる真美ちゃんもかわいい』

 

「やめてくれないかな?」

 




壁|w・)高級なお肉をたくさん食べられるのは若い子の特権です……。


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カレー専門店

 二人と一緒に、早速カレー屋さんへ。ちょっと明るい出入り口を通る。左側にカウンター席、右側にテーブル席が並ぶお店だ。あまり広くはないけど、お店に入った瞬間からカレーの香りが鼻をくすぐってくる。すごく楽しみ。

 

「い、いらっしゃいませ……!」

 

 店員さんが一番奥のテーブル席に案内してくれた。あまり目立たない場所、かな?

 

『リタちゃんが来たのに固まらない……この店員さん、やりおる……!』

『貴様、さては配信を見ていたな!?』

『配信を見てたら唐突に自分のお店が紹介されてるとか、それはそれで怖いなw』

 

 メニューにはたくさんのカレーがある。んー……。たくさんのカレーというより、トッピングがいろいろ選べるみたいな感じだね。

 

「真美。真美。オススメある?」

「カツカレーにチーズトッピングできるよ?」

「それで」

 

『はやいよw』

『とんかつとチーズが本当に好きだね』

『気持ちはとても分かる』

 

 カツカレーにチーズは至高だと思う。間違いない。

 真美が選んだのは、ビーフカレー。ごろごろしたお肉が入ってるらしい。ちいちゃんは、辛さ控えめのお子様カレー。かわいい。

 店員さんに注文して、少ししてカレーが運ばれてきた。

 大きなお皿に大きなカツ、それにほどほどにとけた細いチーズがたくさん入ってる。スプーンでちょっとすくってみると、チーズがとろりとしてる。すごい。

 

『あああああ!』

『今回メシテロ多過ぎませんかねえ!?』

『チーズカレーが食べたくなってきた……!』

 

 このお店、宅配とかもしてるらしいから、注文すればいいと思う。

 

「リタちゃんリタちゃん」

「ん?」

「はい」

 

 真美の方に視線を向けると、真美が私のカレーに何かを入れてきた。ころんとちょっと大きなもの。お肉。お肉だ。

 

「いいの?」

「うん」

「ありがとう」

「いえいえ」

 

 それじゃ、早速。もらったお肉から。すごくごろっとしたお肉だけど、スプーンで簡単に崩れるお肉だ。柔らかくて食べやすそう。しっかりとお肉を感じられて、とても美味しい。トッピングでお肉を頼むのもいいかも。

 カツにはソースをたっぷりと。このソースは店員さんが持ってきてくれた。お好みでかけてください、だって。多めにかけてもいいらしい。太っ腹って言うんだっけ。すごい。

 

「おー……」

 

 このソース、カレーにとてもよく合う。カツにもしっかり絡んで、濃厚な味だ。とろとろのチーズと一緒にカレーをかけて、ぱくりと食べる。どれも濃いめの味だけど、お互いに邪魔するようなこともなくてとても食べやすい。美味しい。

 

「んふー」

「あはは。気に入ってもらえてよかった」

 

 ん。これはすごく美味しい。とても、とても美味しい。

 

「どう? 私のカレーより美味しいでしょ。ここならリタちゃんもいつでも来られるから……」

「え?」

「え?」

 

 真美のカレーと比べて……。んー……。

 確かに、最初に食べたカツカレーと比べると、このお店のカレーの方が美味しいと思う。でも、何度か作ってもらってる間に私の好みに近づいていって、今はもう私の大好きな味そのものだ。

 だから。

 

「真美のカレーの方が好き」

「え? そ、そう……?」

「ん。真美のカレーが一番好き」

「あ、あはは……。え、どうしよう、すごく嬉しい」

 

『てえてえ?』

『これはてえてえ』

『リタちゃん、こういうところで嘘は絶対つかないだろうから本音だと思う』

『真美ちゃん顔真っ赤やぞw』

 

 もちろん、このお店のカレーもすごく美味しい。それは間違いない。いろんなところでお店を出してるだけはあると思う。

 でも、それはたくさんの人が美味しいと感じる味であって、私の好みに合わせたわけじゃない。

 真美は私の好みに合わせてカレーを作ってくれてる。知ってるよ、スパイスっていうのをたくさん買ってきて、色々と工夫してくれてること。私の顔色で少しずつ調整してくれてたこと。

 だから、真美のカレーが一番好き。大好き。間違いない。

 というのを語ったら、真美は両手で顔を覆ってうつむいてしまった。なんでだろ?

 

『なんだこの褒め殺し』

『しかも完全に天然ってやってるっていうのがもうね』

『そりゃリタちゃんに特化したカレーが大衆向けカレーに負けるわけないわな』

『てか真美ちゃんなにげにすごくね? 表情が薄いリタちゃんの顔色を読んで調整とか』

『スパイスまで買うとか全力過ぎるだろw』

 

「だって! もっとこう、喜んでもらえたらなって……!」

 

『ええ子やなあ』

『マジでめちゃくちゃ優しい子』

『リタちゃん最初の安価でSSR級の大当たり引いてたんやなって』

 

「ん。真美はすごく優しい。好き」

「うわあああ!」

 

 なんか真美がすごく変な動きをしてる。ちいちゃんもそんな真美を見て首を傾げてる。あ、ちいちゃん、ちゃんとスプーン持たないとカレー落ちちゃう。もったいないよ。そうそう、ちゃんと食べよう。

 

「だから、真美。次は真美のカレーが食べたい」

「うぅ……。任せてリタちゃん、うんと美味しいカレーを作るから……!」

 

『てえてえ?』

『胃袋を掴まれた魔女がいると聞いて』

『がっちり掴まれてますねえ』

 

 真美のカレーはとても美味しい。次も楽しみ、だね。うん。

 それはそれとして、お持ち帰りができるみたいだからお持ち帰りも注文しておく。精霊様へのお土産と、自分用にいろんな種類のカレーを。今回はお土産がちょっと多くなっちゃったけど、別にいいよね。

 

「そろそろ帰る?」

「うん……そうだね……」

 

 お家に帰っても真美の顔は真っ赤だった。不思議。

 




壁|w・)真美のカレーはリタの好みに完全に合わせてきてるので、他人からすれば専門店の方が美味しいかもしれません。

裏話。
「店長! カレーのお持ち帰りの注文です!」
「おー。あの子だったらするよな。どれだ?」
「えっとですね。シーフードにソーセージ、豚しゃぶ……(全部。中略)あとサイドメニューも全てです!」
「まって」
駅弁は我慢したのにカレーでは我慢できなかったちみっこい魔女がいるらしい。


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お土産カレー

 

「カリちゃん、お土産」

 

 お家に帰るとカリちゃんがふわふわと浮いていたから、お土産を渡しておいた。先に精霊様に渡した方がいいかなとも思うけど、きっと気にしないから大丈夫。

 

「わー。おみやげですかー。ちなみになんですかー?」

「アイスとカレーライス。どうぞ」

「わはー。ありがとうございますー」

 

 テーブルにお持ち帰りの容器に入ったカレーライスとアイスを置く。カリちゃんは少し迷ったみたいだけど、まずはアイスを食べることにしたみたい。すっと開いて、すぱっと風の刃で切り取って食べ始めた。

 

『ええ……』

『固いアイスに四苦八苦するカリちゃんを見たかった……』

『ドSかな?』

『いやでも気持ちは分かるよ』

 

 んー……。精霊にそれを期待した時点で間違いだと思う。カリちゃんは小さく見えても管理精霊だ。今はダンジョンの管理から離れてるけど、その力は変わってない。

 あっという間にアイスを完食して、次はカレーライス。カレーとご飯を魔法で浮かせて、ちょっと混ぜて、食べていく。カリちゃんのサイズのスプーンをどこかで探そうかな。

 

「ちょっと辛めですけどー……。美味しいですねー。リタちゃんのお気に入りなだけはありますー」

「ん。すごく好き」

「わはー」

 

 美味しいです、と言いながらもぐもぐ食べるカリちゃん。もぐもぐ食べるのを見るのはなんだか楽しい気がする。

 このまま見ていてもいいかもしれないけど、精霊様にも渡さないと。だから、世界樹に向かおう。

 

『あれま、もう行くのか』

『もっとカリちゃんが見たかったです』

『癒やし枠。いやリタちゃんのペット枠』

『怒られるぞお前らw』

 

 さすがにカリちゃんをペットみたいに思うことはできないよ。

 転移して、世界樹の前へ。精霊様を呼ぶと、すぐに出てきてくれた。

 

「おかえりなさい、リタ。今回の日本は楽しかったですか?」

「おいしかった」

「…………。はい」

 

『この微妙な間よw』

『楽しかったかの質問なのに答えが美味しかったってw』

『それでこそリタちゃんやで』

 

 バカにされた気がするけど、気のせいということにしておこう。

 今回のおみやげはアイスとカレーライス。カレーライスを見て、精霊様は首を傾げた。

 

「おや、以前のカレーライスとはまた違いますね」

「ん。今回のカレーライスは専門店のカレーライス」

「専門店、ですか」

 

 精霊様が早速食べ始める。なるほど、と頷いて、

 

「確かにこれも美味しいですね……。ですがリタ、あなたは前のカレーライスの方が好きなのでは?」

「ん。そう」

「ふふ。あの味の方がリタの好みでしょうからね」

 

『精霊様すげえな』

『さすが精霊様、リタちゃんの好みをしっかり把握してる』

『リタちゃんのお母さんよりお母さんしてる……!』

『実母と比べると基本的に誰でもそうなのでは?』

『え、なにこれどういうこと?』

『知らない人に言っておくと、リタちゃんの両親は赤ちゃんだったリタちゃんを捨てるクソ親です』

 

 さすがにあれらと比べるのはだめだと思う。精霊様に限らず、比べた人に対して失礼だから。

 次にアイスを手に取った精霊様は、不思議そうに首を傾げた。

 

「リタ。これは……食べ物ですか?」

「食べ物」

「アイスの模型ではなく?」

「ん」

 

『また模型言われてるw』

『いや確かに固すぎるほどに固いけどねw』

『新幹線の車内は冷凍庫がないんだ。さらにワゴンで移動中も溶かすわけにはいかない。だからドライアイスを使ってマイナス八十度近くまで下げて保管してるんだよ』

『なんでそんな詳しいんだよw』

 

 おー……。あの電車、冷凍庫がなかったんだね。電気で走ってるから、電気の道具とかいっぱいあると思ってた。じゃあこの固いのも、工夫の結果ってことだね。

 

「なるほど……。ところで新幹線とは?」

「んー……。こう、すごく長い乗り物。こんな感じ」

「リタ? 両手を広げられても分かりませんよ?」

 

『リタちゃんw』

『大きさの説明の仕方がまんま子供でかわいいw』

『なお実年齢』

『それ以上はやめるんだ』

 

 んー……。でも、説明が難しい。あ、いや、そっか。長さをそのまま言えばいいか」

 

「四百メートルの乗り物」

「メートル……。なるほど理解しました。それはまた、ずいぶんと長い乗り物ですね」

 

 そう言って何度か頷きながら、精霊様はアイスを食べ進めていく。私のやり方と同じで、魔力で無理矢理食べてるみたい。

 

『なんかリタちゃんと精霊様が食べてるの見てたら、あまり固そうに見えないよね』

『魔力いいなあ……俺も使いたいなあ……』

『みんなそう思ってるよ』

 

 ん。とても便利。だから私も食べる。もぐもぐ。

 

「ふう……。ごちそう様でした。とても美味しかったですよ」

「ん。あと、これ、お弁当。適当に食べて」

「お弁当ですか。これはまた……日本のお弁当はまたすごいですね」

「ん。師匠のお弁当とは大違い」

 

 師匠と二人でちょっと遠出した時とか、持ち運びができるご飯を作ってくれた。おにぎりに干し肉だけの簡単なお弁当だったけど……。

 

「ん……。あれも、美味しかった。師匠と一緒におにぎり食べて、お散歩して……。楽しかった」

「ええ……。そうでしょうね」

「ん」

 

 精霊様が私の頭を撫でてくる。それが、ちょっとだけ恥ずかしい。早く師匠に会いたい。

 

『リタちゃん……』

『大丈夫だよ、きっともうすぐ見つかるよ』

『見つかったらあのバカを連れ回してやろうぜ!』

 

 そうだね。見つかったら、いろんなところに一緒に行きたい。もちろん、日本にも。

 それが、今はとても楽しみ。だからきっと、見つかるはず。だよね。

 




壁|w・)新幹線編は終了。次は学校編。
異世界側はもうしばらく後なのです。もう一個、せっかくアンケート取ったのでそこからも行ってもらいたいですし……。やりたいことがいっぱい……!


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日本へのお土産

壁|w・)ここから22話のイメージです。


 

 今日は真美との約束の日。真美の学校を体験する日だ。

 でもその前に。私は自分の世界のギルドにいた。森に近い街のギルドだ。部屋にいるのは、ミレーユさんとセリスさん。二人とも、神妙な面持ちだった。

 

「リタさん……もう一度聞きますわ……」

「ん」

「お土産になるものが欲しい、食べ物で、ということですわね」

「そう」

 

 もちろん上げる相手は日本の人たち。さすがにそれは言えないけど。

 ミレーユさんは深く頷いた後、大きなため息をついた。

 

「ずいぶんと改まった様子でここに来たから、闘技場で何かとんでもないことがあるのかと思いましたわ……」

「本当にね。思わず身構えてしまったわ」

 

 二人そろってため息をついてる。勝手に緊張してただけなのに、失礼だと思うよ。

 

「お土産なら本来は日持ちするものを選ぶのですけど……。リタさんの場合、それは気にしなくてもいいですわね?」

「ん」

「ふむ……」

 

 ミレーユさんが腕を組んで考え始めてる。その間にセリスさんを見ると、こっちも考えてくれてるみたいだった。おとなしく待っておいた方がいいかな。

 

「リタさん。それはどういう相手に渡すのかしら」

「んー……。何も知らない人」

「本当にどういう人なの……?」

 

 それは内緒だから言えない。

 先に答えが出たのはミレーユさん。軽く手を叩いて、それならと立ち上がった。

 

「料理を提供すればいいですわ!」

「料理?」

「そうですわ。ここの名物と言えば、わたくしの宿のあの料理でしょう!」

 

 あのキャスティボアっていうやつの丸焼きかな。確かにあれは、この世界の料理にしてみれば美味しかったと思う。日本の人たちは食べたことのない味付けだろうし、珍しさではちょうどいいかも。

 

「問題は材料ですけれど……」

「集めてくる」

「そうですわね。リタさんならすぐでしょう」

 

 精霊の森の素材なら問題なく集められるからね。お礼もその材料で渡せばいいかな。

 とりあえずは材料集め。まずは何が必要なのか聞きに行こう。

 

「セリスさんも、考えてくれてありがとう」

「私は役に立てなかったけどね……。ところで、闘技場には参加するつもり?」

「んー……。考え中」

「そう。隠遁の魔女の勇名が届くのを楽しみにしてるわ」

 

 楽しみにされても困るけど。

 セリスさんに手を振って、私はミレーユさんを連れて宿に転移した。

 転移した先はミレーユさんの宿の部屋。客間に使ってる方だ。ちょうどメグさんが掃除をしていて、私たちを見て目を丸くしていた。

 

「わ……。びっくりした。ミレーユ、おかえり。リタ様も、ご無沙汰しております」

「ちょっと、メグ! わたくしへの態度をもう少し……」

「せめて出した本を戻すことを覚えてから言って」

「あ、はい……ごめんなさい……」

 

 何というか……。二人の力関係が分かるね。

 とりあえずミレーユさんは材料を聞きに行くらしい。私はここで待機だ。材料が分かったら、さくっと集めて作ってもらおう。

 そう思って待っていたら、すぐにミレーユさんが戻ってきた。

 

「戻りましたわ。キャスティボアはちょうど仕入れたところで、お肉は問題ありませんわ。香草などですけど……これですわね」

 

 そう言ってミレーユさんが見せてくれたメモには、たくさんの素材の名前などが書かれていた。野菜とか、香草とか、いろいろ。全部精霊の森でとれるものだ。つまり、すぐに手に入れることができる。

 

「料理の時間ってどれぐらいかかるの?」

「え? わたくしの炎を使えば、お昼過ぎには……」

「ん……。ちょうどいいぐらい、かな?」

 

 じゃあ早速集めに行こう。ミレーユさんに手を振って、次は精霊の森の自宅前に転移した。

 

 

 

 精霊の森で言われた通りのお野菜と香草をとってきて、ミレーユさん経由で宿の人に渡して。料理ができるまでは、ミレーユさんとのんびり。最近の出来事とか教えてもらった。別に大きなことはないみたいだけど。

 

「そういえば、隠遁の魔女の出身地ということで、観光客が少し増えましたわ」

「ん……? なんで?」

「あなた、わりと有名になってますわよ?」

 

 聞いてみると。僻地にふらっと現れては依頼を消化してまた旅立つ変な魔女、ということで有名になってるらしい。その上、王都での一件も広く知られてしまったらしくて、それも含めてどんな魔女なのか調べに来る人が増えたのだとか。

 

「ここに来ても何も分からないと思う」

「ですわね。リタさん、ここで魔女として活動したことはほとんどありませんし」

「ん」

 

 精霊の森の調査とかスタンピードのこととかあるけど、魔女として誰かと会話したことはかなり少ないと思う。隠遁の魔女の出身がこの街、ということすら知らない人が大多数じゃないかな。

 出身は精霊の森だけど、それこそ限られた人しか知らないし。

 

「最近ギルドは賑わいがありますから、ご興味があれば魔女としてのぞいてみるといいですわ。冷やかしに」

「冷やかしに」

 

 それはさすがに悪いと思うよ。セリスさんが怒りそう。

 お昼までそんな話をして、料理を受け取ってアイテムボックスに入れた。それじゃあ、真美のお家に行こう。

 

「ミレーユさん、いろいろありがと。また来る。メグさんも、ミレーユさんの面倒を見るのは大変だと思うけど頑張ってね」

「お待ちなさい、何ですかその評価は!? ねえ、なんですの!?」

「はい、がんばります!」

「メグ!?」

 

 不満に思うならもうちょっと自分で片付ければいいと思うよ。

 私は二人に手を振って、真美のお家へと転移した。

 




壁|w・)みんなで食べよう異世界ごはん!


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心桜島の学校

 

 真美の家に到着したのは、お昼の十二時ぐらい。

 

「あ、リタちゃんいらっしゃい!」

 

 そう言って出迎えてくれたのは、もちろん真美だ。キッチンのテーブルにはお弁当箱がある。青色とピンク色のお弁当箱で、二段になってるもの、だね。お弁当、気になる。

 

「お弁当は学校で食べるから待ってね。とりあえず着替えよっか」

「んー……。着ないとだめ?」

「着てほしいな」

「ん」

 

 あの服、何も魔法がかかってないから少し不安になるけど……。結界の魔法を使っておけばいいかな。そうしよう。

 

「あ、リタちゃん、配信は着替えてからやってね」

「ん」

 

 私は気にしないけど、なんだっけ、こんぷらいあんすてきなもんだい、らしい。

 さっと着替えて、ローブとかはアイテムボックスへ。何度見ても不思議な形状の服だと思う。とりあえず、着替えたから配信開始だ。

 

「学校行く」

 

『あ、はい』

『こんちゃー!』

『リタちゃん挨拶しよ?』

 

「ん……。こんにちは」

 

『挨拶だー!』

『リタちゃんこんにちは!』

『セーラー服のリタちゃんかわいい!』

 

「…………」

 

『めちゃくちゃ微妙な顔になってるw』

 

 なんだかすごくバカにされたような気がするから。気のせいかもしれないけど。

 キッチンの方に戻ると、お弁当箱が一つなくなって、ピンク色のお弁当箱だけになっていた。真美が鞄に入れた、のかな? ということは。

 

「はい、これ。リタちゃんのお弁当」

 

 渡されたのは、ピンク色のお弁当箱だった。

 

「ん……。ありがとう」

 

『ピンク色か』

『なんかリタちゃんがすごく女の子っぽい』

『リタちゃんはもとから女の子らしいだろうがいい加減にしろ!』

『ばくっとかが?』

『擬音語かわいいだろうがいい加減にそう思い込め!』

『思い込まないといけないのかw』

 

 別にかわいいと思ってほしいわけじゃないから、気にしないよ。

 お弁当箱をアイテムボックスに入れて、学校に出発。真美は鞄を持ってる。ちょっと大きめの鞄で、勉強道具とか入ってるらしい。

 

「私はいいの?」

「うん。そもそも持ってないでしょ?」

 

『そりゃそうだw』

『ていうか持ってたとしても、アイテムボックスがあるから必要ないのでは?』

 

 それはそうだけど、雰囲気が大事かなって。

 しばらく歩いて、真美の学校に到着。なんだか少し騒がしい。ケンカみたいな騒がしさじゃなくて、楽しそうな声がたくさん。

 

「土曜日は午前授業だけだからね。本当だったら、後はお弁当を食べて、帰るだけ」

「ん……。今日は?」

「午後授業ありかな。私のクラスだけだけど」

 

 自由参加らしいけど、全員が残ってるらしい。そういうもの、なのかな?

 

『これって事情説明されてんのかな?』

『さすがに何もないのに残れとか言われんだろ』

『待っていればリタちゃんに会える……。なら?』

『待つしかねえよなあ!』

 

 よく分からないけど、そういうものらしい。よく分からないけど。

 学校は、大きな校舎と体育館、それにグラウンドがあるらしい。グラウンドは広い砂、なのかな? そういう場所。そこまで生徒数は多くないから、小学校、中学校、高校と、全て兼ねてるんだって。

 

『なんだその不思議学校』

『小学生と中学生が一緒にいるのはまだ分かるけど、高校もなのか』

『心桜島は小中高全てその学校しかないから……』

『あー……。わりと人は増えてるけど、離島だもんな……』

 

 一応は珍しいみたい。私はよく分からないけど。

 校舎の中は、なんだかとても広い廊下があった。

 

「一階は職員室とか、理科室とか音楽室とかあるよ」

「ふうん……」

 

『これはよく分かってないやつ』

『リタちゃんからすれば学校の部屋とか分からんだろうからなw』

 

 軽くは知ってるけど、そこまで詳しくないかな。

 二階が小学生クラス、三階が中学生クラス、四階が高校生クラスらしい。三階と四階に部活の部屋もいくつかあるらしいけど、今回は関係ない、かな?

 真美に案内されたのは、高校一年のクラス、だって。真美のクラスらしい。

 

「どこも廊下が広い」

「たくさんの人が勉強してるから。離島で人が少ないって言っても、一学年三十人ぐらいはいるし」

「おー……」

 

 えっと……。小学校が六学年、中学校と高校が三学年、だっけ? 三百人以上の子供が勉強してるってことかな? そう思うと、なんだかすごい場所だ。

 私があっちで見た魔法学校よりも人が多いかもしれない。すごい。

 

『ちなみにリタちゃん。都会の学校はもっとすごいからね』

『一学年で複数クラスが当たり前だから』

『普通学校って、小中高別々の校舎、というか敷地が当たり前だし』

 

 んー……。人数がすごく多いっていうのは、なんとなく分かった。

 校舎の中は少し騒がしいけど、誰も外に出てこない。みんな教室で話してるみたいだね。真美に聞いてみると、今日は昼食の時間が終わるまで外に出ないように、ということになってるらしい。

 

「それじゃ、入るよリタちゃん」

「ん」

 

 真美の教室にたどり着いたところで、真美は教室のスライドのドアをさっと開けた。

 同じセーラー服を着た人やまた別の真っ黒な服を着た男の人がたくさんいる。つまり、この人たちがここで学ぶ学生さんらしい。

 教室の中は最初は騒がしかったけど、真美と、そして私を見て一気に静かになった。

 

『この教室の雰囲気、いいよね』

『懐かしいなあ教室』

『真美ちゃんたちにかかってる認識阻害がないからかみんなモザイクになってて不気味だw』

 

 みんなモザイクになってるみたい。精霊様が何かしてくれたのかも。

 この静かさには真美も予想外だったみたいで、少し戸惑ってるみたいだ。え、あれ、なんて言いながらきょろきょろしてる。

 

「あの……中山さん……。その子……」

 

 近くの男子生徒さんが声をかけてきた。中山……真美の名字だったね。真美が頷いて、

 

「うん。リタちゃん。知ってる?」

「し、知ってるけど……! え、あ、そっか……配信の真美って……!」

 

 この様子だと、真美にかけた隠蔽の魔法はちゃんと問題なく効果が出てたみたいだね。配信で真美の顔は分かるけど、リアルだと分からなくなるっていうちょっと条件付けが複雑な魔法だったけど……。安心した。

 

「そう! この子が今日のお客様! みんなよろしく!」

 

 真美がそう言うと、教室中の人が叫び声を上げた。ちょっとうるさかったです。

 




壁|w・)みんな仲良し!


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特別授業

 

 最初の時間は、昼食の時間。朝からなら当然まずは授業らしいけど、今日は普通の授業が終わってからの特別授業らしい。

 なんでも、私のために授業してくれるんだって。だから午後の授業はみんな自由参加らしいけど……。誰も帰る素振りはない。みんなちらちらと私を見てる。

 そして私は、いろんな人に声をかけられてた。

 

「リタちゃんリタちゃん、異世界っていうか、他の星から来たってほんと?」

「ん」

「わあすごい! 魔法も実際に使えるの?」

「もぐもぐ」

「これが配信でもやってたシャボン玉の魔法!? きれい……」

「もぐもぐ」

「リタちゃん本当に美味しそうに食べるよね」

「もぐもぐ」

 

 みんなお昼ご飯は食べ終わってるみたいで、お弁当を食べてるのは私と真美だけ。だからたくさんの人が私の周りに集まってる。集まってない人も聞き耳を立ててるみたい。

 

「でも中山さんが配信の真美ちゃんだったなんてね」

「でもなんだろう、言われたらなるほどって思えたのに、全然思い浮かばなかったんだよな」

「正直今も目を離したら忘れちゃいそうな……」

 

『ははーん。おいら分かったぞ。これが隠蔽魔法の効果ってやつやな!』

『みんな分かってるよ』

『改めて考えると魔法やばすぎるやろ』

 

 誰でも使えるような簡単な魔法じゃないけどね。多分私の方の世界でも、私か精霊の関係者しか使えないと思う。それぐらいに複雑で難しい魔法だから。

 お弁当の中身は真美と同じだった。たくさんのご飯とたくさんのおかず。あ、テレビで何度か見たたこさんウィンナーもある。美味しそう。

 

「はあ……。こんなに美味しそうに食べてくれるなら、中山さんも作ってて楽しいんじゃない?」

「すごく楽しいよ」

 

 全部しっかり味わって、食べ終えて。この後は本来ならみんな帰るけど、今日は教室で待機。みんな椅子に座って、ちらちらとこっちに視線を向けてる。

 どの席も等間隔に並んでいて、なんだか不思議な部屋だ。教室はどこもこんなものらしいけど。

 真美の席は最後列で、廊下側の席。私はその隣でパイプ椅子に座ってる。さすがに机とかはないけど、今日だけだからね。文句は言えない。

 少し待ってると、大人の女の人が入ってきた。スーツを着てる、ちょっとかっこいい人だね。

 

「あれ? 先生、さっきまでジャージだったのにどうしたんですか?」

「先生がスーツ姿だと……!?」

「先生だってスーツぐらい着ます! 配信されてるみたいだし!」

 

『いや草』

『先生さん、それを言ったら台無しだと思うんだw』

『外向けってことね把握』

『それにしても何の授業するんだろうな。ほとんどの授業が今までの知識前提だろうに』

 

 んー……。そういえばそうだ。魔法学園だと私が魔法に詳しいから問題なかったけど、科学とかはそこまで詳しいわけじゃない。師匠がいろいろ教えてくれたけど、師匠もそこまで詳しいわけじゃないって言ってたし。

 でも雰囲気を感じられればそれで……。

 

「えー。では今日の特別授業は、地理のお勉強です。とりあえず都道府県の名産品を学びましょう」

「名産品……!」

 

 名産品ってあれだよね。この地域にはこんな美味しいものがあるっていうやつだよね。すごく楽しみ。わくわくする。

 

『いやリタちゃん、名産品って食べ物以外もあるんだけど……』

 

「なお今日の授業は名産品の中でも食べ物に焦点を当てていきましょう」

 

『いや草』

『俺気付いた、これリタちゃんのための授業や!』

『みんなリタちゃんを見てにやにやしてるw』

 

 名産品。どんなのあるんだろ。楽しみ。

 

 

 

「青森県はりんごが有名で、日本一の生産量を誇ります。りんごと言えば青森県を連想する方も多いでしょう」

「りんご」

「真っ赤な果実です。はいこれ写真」

「まっか。おいしそう」

 

 

「鹿児島県は焼き芋などに使われるさつまいもの生産量が日本一となっています。焼き芋と言っても種類はいろいろありますけどね。ほくほく系だったりねっとり系だったり」

「焼き芋。精霊の森にもある。美味しいよね」

「ちなみにリタちゃんは何が好きですか?」

「ねっとり」

「ねっとりもいいですよねえ」

「先生?」

 

 

「みかんという果物。これは愛媛県が有名ですが、生産地としては和歌山県がトップとなります。ただ種類にもよりますし、差も少ないので両方を覚えておきましょう」

「みかん。みかんもどきみたいに甘いのかな?」

「先生はみかんもどきを食べてみたいです」

「たくさんあるよ。食べる?」

「是非!」

「先生授業してください」

 

 

『授業ってなんだっけ』

『生徒が楽しめるのが前提条件だから先生としては正しいのでは』

『つまりこの先生は有能……!』

『みかんもどき食べて何とも言えない顔してるけどな!』

『他の生徒も不思議な顔してるなあ俺も食べたい』

 




壁|w・)特別授業。シーズンになると名産品を探しに行く魔女がいるかもしれない……。


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腕相撲

 

 最初の一時間はそんな授業だった。日本のたくさんの名産品を知れてとても良かった。次から何か名産品を買うようにしようかな。

 ただ、季節ものもあるらしいから、いつでも買えるわけじゃないらしいけど。季節毎に日本を巡ろうかな?

 一時間の授業の後は、休憩。その休憩の後に先生がたくさんのプリントを渡してくれた。

 

「これは今回のまとめです。リタさんは初めての授業だからちゃんと復習をしておきなさい」

「おー……!」

「あ、まって、そんな純粋な目できらきら見られると先生溶けちゃう……汚い大人には耐えられない……」

 

『先生www』

『なんだこの先生最高だなw』

『資料も全部フルカラーで美味しそうな写真がいっぱいとか先生有能すぎないかこれw』

 

 とても、とってもありがたい資料だ。もちろんスマホでも見ようと思えば見られるっていうのは知ってるけど、こうして手元にあればすぐに探すことができるから。

 スマホは便利だけど、まだちょっと慣れないからね。こうして紙でもらえた方がありがたい。何度でも見返すことができるから。

 でも、とりあえず。

 

「んー……」

「ねえ、真美。リタちゃんこれ何やってるの?」

「うん。覚えてるんじゃないかな」

「いやいやそんなすぐに覚えられるわけ……」

「ん。覚えた」

「うそでしょ」

 

 記憶力には自信があるから。適当に流し見ただけだと忘れちゃうかもしれないけど、ちゃんと見たものはだいたい覚えられる。だから、大丈夫。

 

『そういえばこの子、記憶力お化けだったな』

『なにせ師匠のいないいないばあを覚えてる子だからな!』

『やめたれwww』

 

 もらったプリントをアイテムボックスに入れたところで、次の授業を開始、だけど……。

 

「体育か家庭科?」

「そうです。どちらをやりたいですか?」

 

 そんなことを先生に言われた。

 

「体育って、体を動かす授業だっけ」

「そうだよ、リタちゃん。体育にしたい?」

「んー……。私、強いよ?」

「あー……」

 

 先生は首を傾げてるけど、真美はなんとなく察したのか少し困ってる。考えて、ちょっと考えて、そして言った。

 

「リタちゃん、魔力の強化なしだと、どう?」

「え、いやだけど。無防備になるし、弱いよ?」

 

『そうなん?』

『いやまあ確かにリタちゃんは筋肉むきむきってわけじゃないけど』

『弱いっていうイメージがねえ』

 

 普段は魔力で強化してるから。もちろん最低限以上は維持できるようにしてるけど、多分素だとこの世界の平均あるかないかぐらいだと思う。

 

「リタちゃん、ちょっと腕相撲しよっか。魔力なしで」

「んー……。真美なら、いい」

 

 赤の他人とやるなら拒否するけど、真美なら何もしないって信じてるから大丈夫。でも一応、私と真美を包むように結界を張って、それから体に纏う魔力を解除していく。

 そうしてから、真美と向かい合って、腕相撲。結果は。

 

「いたい」

「え、あ、あれ!? ごめんねリタちゃん!」

 

 んー……。ちょっと、あっさり負けすぎだと自分でも思った。

 

『開始と共にリタちゃんが負けてて、ちょっと意外だった』

『かよわいいきもの……?』

『いや、見た目通りの筋力ってことだろこれ』

『それはそれとして、痛がってるリタちゃんは貴重かもしれない』

 

 貴重かと言われると……そう、なのかな? よく分からない。

 ちょっとだけひりひりする右手に治癒魔法をかけて、痛みを取る。そうしてから、いつものように魔力を纏う。

 そうしたところで、真美が言った。

 

「ちなみに、リタちゃん。魔力を纏った状態で腕相撲したら、どうなるのかな」

「ん? 真美の腕を折りたくない」

「よし分かった! 先生家庭科にしましょう!」

 

『いや草』

『差がありすぎるwww』

『リタちゃんなら加減はしてくれるだろうけど、真美ちゃん以外は怖いだろうからなw』

 

 加減はもちろんできるけど、初めてやることなら忘れる可能性がないとは言えない。多分。

 ともかく、家庭科をすることになった。というわけで、教室を移動。家庭科室という部屋に案内された。なんだか教室よりも広い部屋だ。教室二つ分ぐらいあると思う。

 机は教室にある小さいものがたくさん並んでる、というわけじゃなくて、大きい机がいくつかある。どの机にも、こんろ、だっけ。それと水道が使えるようになってるみたい。

 料理ができる部屋って感じなのかな。おもしろそう。

 

「では、この授業ではお菓子作りをしましょう」

「おかしづくり!」

 

 お菓子を作るってことだよね。自分で作ったことはないから、ちょっと楽しみ。

 

『微妙にリタちゃんのテンションが上がったような気がする』

『お菓子を作るってことは、あとで食べられるってことだからね』

『お菓子大好きなリタちゃんにぴったりやな!』

『つまりはこれ絶対にリタちゃんのための授業やろw』

 

 先生が作り方の紙を配ってくれる。えっと……。クッキーだね。バタークッキ―の作り方だ。美味しく作れるかな。

 

「リタちゃん、がんばろうね」

「ん」

 

 真美がいるなら安心だと思う。むしろ真美に任せてしまった方が……。

 

「ちなみに私は今回、明確な失敗にならない限り何も手出ししないから」

「え」

 

『リタちゃんの顔がw』

『まるで捨てられた子犬のようなw』

 

「て、手伝わないから……!」

 

 むう……。それは、ちょっと、困った。とりあえず頑張ろう。

 先生が配ってくれた材料で、早速作ってみる。えっと……。

 

「お砂糖とバターを混ぜる」

「うんうん」

「いっぱいの方が美味しいよね」

「まってえ!?」

 

『だぱあ』

『袋ごと入れるんじゃねえw』

『周りの生徒が腹抱えて死にかけてるw』

 




壁|w・)リタの素の身体能力はわりと低めだったりする……かも……。


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生卵をぱかっ!

 ん……? 違うみたい。周りの人にも笑われちゃってるし。

 

「リタちゃん、ほら、ここに分量書いてあるでしょ? ちゃんと指示に従ってね?」

「甘い方が美味しい」

「気持ちは分かるけど、まずは基本に忠実にね……!」

 

『あれ? もしかしてリタちゃん、料理下手の気配がある……?』

『そもそも料理をほとんどしたことがない子だから』

『何言ってんだ、リタちゃん森で料理してるだろ!』

『丸焼きとかぐらいしかしてなくないかw』

 

 指示通りに作った方がいいらしい。ちゃんと分量にも気をつけて……。

 

『お、ちゃんと分量はかりはじめた』

『周りの子が丁寧に使い方教えてあげててほっこりする』

『ていうかそうか、そもそもリタちゃん、器具の使い方とか全然知らないのか』

 

 使おうと思ったこともなかったからね。こういうのがある、ということしか知らなかった。

 ちゃんと砂糖とバターの量を守って、混ぜる。まぜまぜ。ちなみに袋から出しちゃった砂糖は周りの他の人が引き取ってくれた。

 混ざったら、卵を入れる。あっためてない卵みたいだけど……。なんだかみんな、器用に割ってる。すごい。

 

「真美。真美。みんなすごい。ぱかって割ってる。すごい」

「うん。私もできるからね?」

「真美すごい……!」

「えへへ……」

 

『謎の対抗心からのふにゃ顔』

『真美ちゃんwww』

『あれ? リタちゃん卵食べたことないの? 卵かけご飯とかうまいのに、師匠さんやらなかったんか?』

『お前は日本の卵の安全性に慣れすぎだぞ』

 

 卵かけご飯。そういえば、食べたことない。師匠からそういうのもあるっていうのは聞いたけど、生卵は危ないからやめとけって言ってたから。

 魔法でどうとでもなると思うけど、どうして止められてたのかな。精霊様に聞いてみようかな。

 それはともかく。私もやってみよう。ぱかっと……ぱかっと……。

 

『ぐしゃあ』

『知ってたwww』

『リタちゃんの呆然としてる様子が新鮮でかわいいです』

『周りの視線があったかいなあw』

 

 すごく難しいね、これ。力加減が特に。卵の殻がいっぱい混ざっちゃった。このままだとちょっと食べられなさそうだから……。魔法で殻だけ取り除こう。

 食べられない殻だけ浮かせて、空の容器に全部入れる。これで、良し。

 

「できた」

「ずるい」

 

『ずるいてw』

『いや気持ちは分かるけどw』

『失敗したら丁寧に卵の殻を取り除かないといけないもんね……』

『簡単に取り除けるのならいっそ全部潰してもいいのでは?』

 

 それはちょっと極論だと思う。

 卵を入れたところで、またしっかりと混ぜて……。次に、何か粉を混ぜる。何の粉だろう、これ。

 

「うすりきこ?」

「惜しい……のかな……?」

 

『うすりきこってなんぞ』

『薄力粉じゃないかなあ』

『リタちゃん、はくりきこな。はくりきこ』

 

「はくりきこ」

 

 日本語はたまに難しいと今でも思う。同じ文字でたくさん読み方があるのは不親切だよ。日本語を勉強する人のことをもっと考えてほしい。

 薄力粉というのをまぜて、ラップで包んで冷蔵庫に入れる。とっても簡単だけど、ここから三十分ぐらい待たないといけないんだって。すごく暇になりそう。

 

「真美。真美。あれで何枚ぐらい作れるの?」

「多分三十枚ぐらい、かな……?」

「おー……」

 

 そんなにあるなら、精霊様にもあげようかな。もちろんカリちゃんや、真美たちにも。でもやっぱり自分でも食べたい。どんな味なのかな。楽しみ。

 

『リタちゃん上機嫌やな』

『待ってる時間のわくわくはね。分かるよリタちゃん』

 

 すごく楽しみ。

 待ってる間は、他のレシピっていうのも教えてもらった。今回の作り方はとても簡単なものだけど、他にもクッキーはたくさんの作り方があるらしい。

 チョコやココアも混ぜたりできるんだって。チョコクッキー。ココアクッキー。それも食べたい。

 

「作るの難しい?」

 

 真美に聞いてみると、笑いながら首を振った。

 

「そんなことないよ。ちゃんと作り方を守れば、簡単なものなら誰でも作れるから。もちろん、プロが作るような凝ったものは難しくなるけど」

 

 プロのクッキーっていうのはちょっと気になるけど、この手作りのお菓子も美味しそうだと思う。どんな味がするかはまだ分からないけど。それに、きっと真美なら美味しく作るだろうし。

 

「真美。真美」

「今度作ってあげるね」

「わーい」

 

『なんだこのほのぼの』

『両手を上げて喜ぶリタちゃんがかわいいです』

『なお無表情である』

『無表情で両手を上げるのはちょっと草なんだ』

 

 そんなこと言われても少し困る。

 十分に冷やしたら、今度はオーブントースターで焼くだけ。まずはさっき作った生地を薄くのばして、クッキー型っていうので抜いていく。これが少し膨らんでクッキーになるらしい。数は、四十個。真美の予想よりずっと多くなった。

 重ならないように並べてから、トースターへ。あとはまた待つらしい。

 

「どれぐらい?」

「二十分ぐらい?」

「長い……」

「その分簡単だから……」

 

 むう……。待ってばかりでちょっと退屈だ。

 




壁|w・)「ぱかっ」(ぐしゃあ)
親友が片手で器用に割ってるのを見て簡単そうだと思った結果、握りつぶした魔女がいるらしいですよ。


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焼きたてクッキー

 仕方なくまたのんびり待とうと思ったところで、他の人が集まってきた。視線は私に集中してる。なんだろう?

 

「リタちゃん! お話ししてもいいかな……!?」

「ん……。なに?」

「リタちゃんの世界のこととか、あと魔法もシャボン玉でいいから見せてほしいなって……!」

 

 クッキーが焼き上がるまでは暇だから別にいいけど。シャボン玉はとりあえず先に使っておこう。魔法陣を描いて魔力を流すと、すぐにシャボン玉が浮かび始めた。

 

「おお……!」

「本当に何もないところから急に出てきた!」

「魔法すげえ……!」

 

 地球の人はシャボン玉が好きだね。やっぱり魔法が珍しいってことなんだろうとは思うけど。

 焼き上がるまでのんびりとお話ししながら待つ。私の世界のことについても話したけど、どちらかと言うと私のことの方が多かった気がする。

 好きな食べ物とか、趣味とか、そういったこと。別に害になることもないだろうから正直に答えたけど、意味あったのかな。

 焼き上がったところで、オーブンからクッキーを取り出す。少し焦げ目がついてるけど、少し熱くて美味しそうに焼き上がった、と思う。

 

『おー。クッキーになってる』

『途中からはちゃんとレシピ通りだったからなw』

 

 ほかほかと少し熱いクッキーだ。焼きたてのクッキーって初めて見るかもしれない。食べていいのかな?

 

「食べていい?」

「もちろん。自分で作ったものは格別だよ」

 

 それじゃ、早速。一個つまんで、口に入れる。おお……。ちょっと熱いけど、すごくさくさくとしてて軽い食感だ。

 真美が言うには、焼きたてのクッキーは冷めたものより崩れやすいらしい。だから食感もやっぱり違ってくるのだとか。

 んー……。でも、なんだかそれだけじゃないというか。すごく美味しく感じてしまう。味そのものは多分市販品の方が美味しいと思うんだけど、なんだろう。不思議な感覚。

 

『自分で作ったものって美味しく感じるものだよ』

『きっと達成感とかが味のスパイスになってるんだと思う』

『世界で唯一のお菓子だから味わって食べるんだぞ』

 

 そう、だね。自分用にも取っておこう。

 あとは……。五枚ずつにして、精霊様と、カリちゃんと、ゴンちゃんと、フェニちゃん。あとは、真美とちいちゃん。私が五枚で、残りの五枚はアイテムボックスに入れておこう。

 

「はい、リタちゃん。袋。みんなに配るんでしょ?」

「ん」

 

『すごいな真美ちゃん、リタちゃんの行動を完全に読んでるぞ』

『きっと家族に配るんだろうなあ……』

『字面だけならほんわかしますが配る相手は精霊とかドラゴンです』

『家族ってなんだっけ』

 

 家族は家族だよ。何で疑問に思ったのかよく分からない。

 袋に入れてからアイテムボックスへ。あとはみんなに配るだけ。どんな反応をするかな。今から楽しみ。

 

「そっか、リタちゃんは自分のご家族に配るんだね」

 

 その声で顔を上げたら、先生含めてみんなが集まってた。何故かとても残念そうにしてる。私が首を傾げていると、真美が教えてくれた。私のクッキーが食べたかったらしい。

 

「物好き」

「あはは……。リタちゃん、私のクッキー食べる?」

「食べる!」

「うん。そういう気持ちだよ」

「ん……?」

 

 よく分からない。真美からもらったクッキーをかじって……、美味しい。とても美味しい。さすが真美だ。

 

「んふー」

「あ、すごくかわいい」

「配信で何度も見てるけど、この無表情ながらの幸せな顔、いいよね」

 

『お前ら全員羨ましすぎるんですが』

『俺もリアルで見たいなあ!』

『どうして俺は社会人で心桜島に住んでないんだ……!』

『あの場にいる方が間違いなくレアだから落ち着けw』

 

 真美はあまり配る相手がいないらしくて、二十枚ももらってしまった。クッキーいっぱい。大事にアイテムボックスにしまっておこう。おやつが増えた。楽しみ。

 

「あ、リタちゃんあたしのクッキーもいる?」

「こっちもあるよ」

「先生のもいりますか?」

「ん!?」

 

 え、なにこれ。なんだかたくさんクッキーを渡された。十枚入りの袋がたくさん。たくさんというか、クラスの人それぞれから。クッキーいっぱいだ。

 ちなみにちょっと失敗しちゃった人もいるらしいけど、それはそれで楽しそう。微妙な味のものでも大丈夫。

 

「師匠の料理よりは美味しいはず」

 

『いや草』

『まあ一応レシピを見ながら作ったものだしなw』

『師匠さんはうろ覚えで頑張ってたから……!』

 

 師匠の料理も不味いわけじゃないけどね。私は美味しく食べてたから。

 それじゃあ……。もらってばかりも悪いから、私からもお土産だ。

 

「お肉、食べる?」

「え?」

「お肉って……?」

 

 アイテムボックスから、ミレーユさんの宿屋で作ってもらったお肉を取り出す。大きな丸焼きのお肉だ。これならみんなで食べてもそれなりの量があると思う。

 

「これって……!」

「配信でリタちゃんが食べてたやつ……!」

「うわ、すっげいい匂い!」

 

 うんうん。香辛料もたっぷりだから、すごく香りがいい。美味しそうに見える。みんなも興味があるみたい。

 でも真美と先生は、ちょっとだけ難しい顔をしていた。

 

「ねえ、リタちゃん」

「ん?」

「これ、私たちが食べても大丈夫?」

「ん……」

 

 えっと……。どうなんだろう? そういえば、私は自分に何かあっても魔法でどうにかできちゃうけど、この世界の人たちはそういうのがないんだよね。

 私の世界の人には無害でも、この世界の人にとっては劇毒なんてこともあるかもしれない。それはちょっと、私には分からない。

 




壁|w・)ちょっとだけお話タイム。
Q.趣味は? A.魔法の研究
Q.好きな食べ物は? A.カレー
こんな感じだったかもしれない!


新作、というか、昔書いたものをちょろっと投稿しております。
『こどものかみさま、かんなさま』というお話です。
ご興味がありましたら、是非是非。
カクヨムコンにも出しているので、よければ応援していただけると嬉しいです。


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ふぁーすとこんたくと

 んー……。

 

「真美。真美」

「うん。なに?」

「手を出して」

「え? あ、うん。こう?」

 

 真美の手を握って、真美に結界の魔法をかける。そうしてから。

 

「ちょっとだけ出かけてくる」

「え」

 

 首を傾げるみんなの前で、転移する。向かう先は、精霊の森の世界樹の前。

 真美は一瞬で光景が変わることにはもう慣れたみたいだけど、転移した場所に驚いたみたいで目をまん丸にしていた。

 

「え、ちょ、リタちゃんここって……」

「ん。精霊の森」

「あ、あわわ、あわわわわ」

 

『ちょ』

『この子さらっととんでもないことしやがったw』

『ついに地球人が異世界に行っちゃった……!』

 

 ちゃんとすぐに帰すから大丈夫。

 

「精霊様。精霊様」

 

 精霊様を呼ぶとすぐに出てきてくれて、そしてぴたりと固まってしまった。

 

「あ、あの……。リタ? この子は、もしかして……」

「ん。真美。地球の友達」

「…………」

 

 精霊様が頭を抱えてしまった。さすがに急すぎだったかもしれない。

 

「リタ……。さすがに地球の人をここに連れてくるのはですね……」

「すぐに帰すから。だめ?」

「うう……。本当に、すぐに帰すのですよ?」

「ん」

 

『おいこら精霊様』

『精霊様もうちょっとがんばって!』

『精霊様が止めなくて誰がリタちゃんを止めるんだ!』

 

「この森から出なければ、一応は大丈夫だと思いますので……」

 

 さすがに街にまで連れて行くようなことはしないよ。ミレーユさんたちへの説明もとても面倒だし。

 それじゃ、そろそろ本題だ。

 

「精霊様。真美の体を調べて」

「はい? どこか悪いのですか?」

「んーん。この世界の食べ物を食べても大丈夫か、見てほしい」

「ああ、なるほど……」

 

 精霊様と真美も得心したみたい。真美は近づいてくる精霊様に少し緊張しながら、じっと待ってる。

 

「ふむ……。まずは真美さん」

「え、あ、はい!」

「いつもリタがお世話になっています。この子の相手は大変でしょう?」

「いえ、そんなことは……。リタちゃんかわいいですし」

「そうでしょうそうでしょう」

「あ、この人思った以上に親馬鹿だ」

 

『真美ちゃんw』

『精霊様はもうちょっとこう……いや無理か』

『リタちゃんにめちゃくちゃ甘いからなあ精霊様』

 

 それでは改めて、と精霊様がじっと真美を観察する。一分ほどじっくり観察して、なるほどと頷いた。

 

「食べ物なら問題はないでしょう。ですが、魔力そのものに触れたことがほとんどない影響か、魔力が濃い場所に長くいると体調が悪くなってくると思われます。その意味でも、早めに帰してあげてくださいね」

「ん……」

 

 それなら、うん。早く帰ろう。この世界でも、この森、特にここ世界樹の側は一番魔力が濃いところだから。

 

「それじゃ、真美。帰ろう」

「う、うん……。あ、まって、精霊様!」

 

 真美が呼ぶと、精霊様は少し意外そうにしながら首を傾げた。

 

「はい、なんでしょう?」

「その、ですね……。リタちゃんはとても良い子なので、心配しないでください。今後も仲良くしたいです」

「ああ……。ふふ。はい。よろしくお願いしますね」

 

『なんだろうこの保護者みたいな会話』

『いやだって実質両方とも保護者だし』

『異世界側の保護者の精霊様と地球側の保護者の真美ちゃん』

『そしてリタちゃんの顔は微妙に赤いw』

 

 いやだって……。どうしてそんな話をしてるのかな。ちょっと、恥ずかしい。真美にたくさんお世話になってる自覚があるから、何も言えない。

 もう帰ろう。この二人が一緒にいると、もっと恥ずかしいことがありそう。私の恥ずかしい話をたくさん始めそう。だから帰ろう今すぐ帰ろう。

 

「それじゃ、転移」

「それでは真美さん、お元気で」

「はい、精霊様も!」

 

 真美の手を取って、転移する。もちろん転移先はさっきの教室だ。

 私たちが教室に戻ると、ほとんどの人がスマホを見ていた。多分、配信を見ていたんだと思う。みんなが一斉に私と真美の方を見た。ぐるりと。ちょっと怖い。

 

「真美……行っちゃったの、異世界に……!」

「そうみたい……? 実感があまりわかないけど……」

「精霊様と会ったのよね?」

「うん……。なんだかすごく神秘的な人……人? 人だったよ」

「いいなあ!」

 

 真美がみんなと話してる間に、私はお肉を切ることにする。精霊様からお墨付きをもらったし、これで安心だ。魔法ですぱぱと切り分けて、適当にお皿に載せていく。お皿はいっぱいあるからね。

 

「真美。真美。食べる?」

「え? あ、うん……」

 

 真美にお皿を差し出すと、少し緊張した様子だけど受け取ってくれた。

 




壁|w・)ふぁーすとこんたくと、でした。なおせかんどはありません。たぶん。


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教室巡り

「これが……異世界の肉……」

「ごくり」

 

『いやごくりを口に出すなよw』

『でも美味そうやな……』

『ごくり』

『おまえらw』

 

 真美は少し考えた後、お肉を手で摘まんだ。うん。今更だけど、フォークぐらい借りるべきだった。ちょっと反省。

 ぱくりと、真美がお肉を食べる。もぐもぐとしばらく味わって、そして言った。

 

「あ、意外と美味しい……」

 

『意外とwww』

『真美ちゃんわりと失礼だなw』

『まあ美味しそうな料理を異世界でほとんど見なかったからな……』

 

 私も自分の世界の料理より日本の世界の料理の方が好きだから、何も言えない。真美が失礼だとも思わないよ。正直、あっちの世界はもうちょっと料理を頑張ってほしいから。

 でもこのお肉は、日本でもわりと通用すると思う。お肉や料理の味というより、精霊の森の香草の力かもしれないけど。

 真美が食べたところで、他の人も食べ始めた。みんなそれぞれ、お肉を手で摘まんで食べてる。

 

「おー……。これが異世界のお肉……」

「あ、本当だわりと美味しい……」

 

『待ってめちゃくちゃ羨ましいんだけど』

『異世界料理、日本の料理より微妙でも食べてみたいなあ』

『これ絶対いろんなところの研究機関が発狂してるぞw』

 

 そうなのかな。向こう側の料理にしてみれば美味しいけど、日本の料理と比べるとそこそこ程度だから気にしすぎだと思うけど。

 ただ、確かに日本にはあまりない味付けだとは思う。精霊の森の香草由来だろうけど。

 

『島の高校三年の俺、同じ校舎でこんな素敵イベントが開かれてると知って発狂しそう』

『島の中学二年の私、すでに友達が歯ぎしりして悔しがってて怖いです助けてください』

『ちょw』

『あー、そっか。真美ちゃんのクラスしか関係ないもんな』

『確かにちょっとかわいそうかも……?』

『リタちゃんせめて写真だけでも……!』

 

 日本の人は写真が本当に好きだね。私にはよく分からない文化だ。確かに写真はすごいと思うけど、そんなに欲しいものなのかな。

 まだ食べ終わるのはもうちょっとかかるかな……。じゃあ、うん。せっかく来たし。

 

「真美。真美」

「うん? どうしたの?」

「お肉はみんなで食べていいから。ちょっと行ってくる」

「一応聞くけど……。どこに?」

「いろんな教室?」

「だよね……。いってらっしゃい」

 

 多分私がこう言うって分かってたのかも。真美は苦笑しながら手を振ってくれた。

 真美に手を振り返して移動することにする。確か、校舎の入ってすぐのところに見取り図があったはず。それを思い出して……。このあたり。それじゃ、転移。

 

「来た」

「うわあ!?」

「あわわわわリタちゃんが来たリタちゃんが来たリタちゃんが……」

「おおおおおまえらおきつけきをしっかりももももも」

「先生が落ち着いてください!」

 

 なんだかすごいことになってる。えっと……。

 

「帰った方がいい?」

「ちょっと待ってえええ!?」

「写真お願いします!」

「ん……」

 

 なんだかすごく騒がしい。街の中に転移した時より人は少ないはずなのに、騒がしさはこっちの方がずっと上だ。みんな楽しそうだからいいんだけど。

 教室にいた人たちに写真を撮られて、最後にみんなで並んで集合写真。あとはこれをそれぞれの教室でやればいいかな。

 

『なあ、これさ。もう帰っちゃった生徒もいるんだよな?』

『当然いるだろうなあ』

『今頃家で後悔してそうw』

『くやしいのうwwwくやしいのうwww』

『お前らそもそも関われないからって性格悪すぎるぞ』

『そんなあなたの本心は?』

『ざまあwwwww』

『これはひどいw』

 

 さすがに帰っちゃった人のところにまで行こうとは思えないから、諦めてもらおう。

 その後もそれぞれの教室を順番に回ってから、家庭科室に戻ってきた。お肉のお皿は綺麗になってる。みんなで食べきったみたい。

 

「あ、リタちゃんおかえり」

「ん。ただいま」

 

 最後にお片付け。みんなで洗い物だけど、それは面倒なので魔法で済ませる。使った食器とかを全部一つのテーブルに集めてもらって、洗浄の魔法を使う。これで終わり。

 

「すご……。確かに配信で見てたけど、本当にいいなこの魔法……」

「正直、洗い物って面倒だから、この魔法は本当に羨ましい」

「いいなあ、あたしも使えたらなあ……」

 

『わかる、マジで分かる』

『みんな魔法が使えたら、飲食店とかだと一人は雇うことになりそうw』

『洗浄の魔法をかけて回る商売とかありそうw』

 

 魔法としては難しいものじゃないから、みんな魔法が使えるようになったら商売にはならないと思う。

 使ったものを元の場所に片付けて、教室に移動。授業はこれで終わり、らしい。

 

「それでは、本日の授業はここまでとなります。リタちゃん、どうでしたか?」

「ん? クッキー美味しかった」

「クッキーで全て上書きされてる……!?」

 

『そりゃまあリタちゃんですし』

『最初の授業はちゃんと覚えてるんだろうかw』

 

 さすがにそれは覚えてるけど、やっぱりクッキーが一番印象に残ってしまった。みんなからもらったクッキー、大事に食べようと思う。

 授業の後は、帰宅。みんな挨拶するとすぐに帰っていった。私に話しかけたそうにしていた人もいたけど、まっすぐ帰ってる。少しぐらいならお話しするのに。

 

「最初に決まってたからね。授業が終わったらみんなまっすぐ帰ることって」

「そうなの?」

「でないとみんな、なかなか帰らないと思うから」

 

 そういうもの、らしい。よく分からないけど。

 

「それじゃ、リタちゃん。私たちも帰ろっか」

「ん」

 

 真美と一緒に学校を出る。すれ違った人も話しかけはしてこなかったけど、みんな手を振ってくれた。

 




壁|w・)授業の予定もないのでみんなで教室で配信を見ていたら魔女が乱入してきた、という話。
次回は買い食い。

Q.真美ちゃんドラゴンの肉食ってんのに今更気にすんの?
A.自分以外の人も食べるから気にしたのです。
(本音.わ す れ て た。修正は面倒なのでそういうものと思ってください……)


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学校帰りの買い食い

 学校から真美のお家までは歩いて帰る。真美の希望で、学校を体験するなら是非寄り道をしたいから、らしい。

 

「買い食いは絶対にやらないとね!」

「ん……?」

 

『買い食いw』

『真美ちゃんw』

『いや気持ちは分かるけどもw』

 

 学校の側には商店街があって、真美の住むマンションまでの帰り道に通ることになるみたい。真美はよくそこの商店街でちょっとだけ買い食いしてるんだとか。

 例えば。

 

「これは、たい焼き」

「たい焼き。お魚を焼いてるの?」

「違うよ。形がお魚なんだ。中はあんことかカスタードとか。とりあえず今日はシンプルにあんこで」

 

 途中のお店で真美が買ったものは、たい焼き、というもの。お魚の形をした食べ物。さっきまで焼いていたみたいで、ちょっと熱い。かじってみるとサクサクしてる。中は、たっぷりのあんこ。

 サクサクの生地と甘いあんこを楽しむお菓子、みたいなものかな? 美味しい。あんこも甘すぎず、食べやすい。

 

『たい焼きいいよね。最近は尻尾までしっかりあんこが入ってるから好き』

『何言ってんだお前、尻尾はあんこない方がいいんだよ。甘ったるくなったお口直しに尻尾をかじる、これがいいんだろうが』

『落ち着けwww』

 

 私はあんこが多い方がいいかな。最後まで甘く食べられる方が好き。

 たい焼きの次は、お肉屋さん。ここで買うものは、メンチカツ、らしい。

 

「学校帰りといえばメンチカツだよ!」

「そうなの?」

「そうなの!」

 

『違うが?』

『真美ちゃん、実は結構な年だったりしない?』

『ないとは言わないが、今では珍しいと思う』

 

「らしいけど」

「そんな……!?」

 

 真美はショックを受けてるみたいだけど、メンチカツはとても美味しそう。見える場所で揚げていて、見ているだけでお腹が減りそう。その揚げたてをもらうことができた。

 かじってみる。なるほど、お肉をそのまま揚げてるわけじゃなくて、挽肉をこねて丸めて揚げてるみたい。かじるとじゅわっと肉汁があふれて、とても熱い。でも美味しい。

 

「おー……。美味しい……」

 

『美味しいのは間違いない』

『近くにあったら帰り道に寄りたくなるのは分かる』

『音だけですでにうまそう』

 

 うん……。これはご飯と一緒に食べても美味しいと思う。ご飯と食べたい。

 真美を見る。言いたいことを察してくれたのか、笑いながら頷いてくれた。

 メンチカツをたくさん買って、最後に寄るのはスーパーだ。

 

「おー……」

 

 これがスーパー。中に入ったのは初めて。すごい、食べ物がたくさんだ。

 

「真美! 真美! 食べ物いっぱい!」

「うん。今日のおかずはメンチカツだから、あとはお野菜だね。果物も買っちゃおうか」

 

 真美と一緒にスーパーを回る。こんなに食べ物が並んでるってすごいと思う。日本すごい。

 途中でお菓子のコーナーも案内してもらえたけど、本当にすごい。たくさんのお菓子がいっぱいだ。許されるなら全部買い占めたいけど、それはお店に迷惑になるだろうから我慢しておく。

 

「試食いかがですかー」

「真美。あれは?」

「あれは試食コーナーだね。お店がオススメの商品を小分けにして配ってるんだよ」

「へえ……」

 

 つまり、無料で食べられるらしい。すごい。それなら私も一個、もらってみよう。

 

「ください」

「はい、ありがとうございまっ……」

 

 固まっちゃったおばさんの目の前のテーブルからウィンナーを手に取る。ホットプレートで温めてるウィンナーで、とても良い香りが鼻をくすぐってくる。

 かじるとちょっと皮が固めみたいだったけど、パキッと簡単に噛みちぎれた。食感がとても楽しい。

 

「リタちゃん、これも買っちゃう?」

「ん」

 

 試食したウィンナーをカゴに入れて、真美と一緒にレジに向かった。

 

『なあ、これってさ……』

『買い物をするお母さんとそれにくっついていく子供』

『やべえ見たまんまだw』

『真美ちゃんにママ味を感じるぜ……』

 

 さすがに真美に失礼だと思うよ。

 お買い物を終えたら、そのまま帰宅。真美は荷物をテーブルに置くと、ちいちゃんを迎えに行くと出かけていった。

 ちょっと時間がありそうだし、先に精霊様にクッキーを渡しに行こう。

 転移して、精霊の森へ。世界樹の前に行くと、精霊様が驚いたように私を見ていた。

 

「おや、リタ、もうお帰りですか?」

「んーん。精霊様にお土産。クッキー」

「クッキーですか」

「ん。私の手作り」

「手作り!?」

 

 うん。どうしてそんな、信じられないものを見るような目で私を見てくるのかな? いくらなんでも驚きすぎじゃない?

 

「た、食べてみても……?」

「ん。どうぞ」

 

 それでは早速、と精霊様がクッキーを一枚かじった。

 

「まさか……ちゃんと美味しい……?」

 

『いや草』

『精霊様の言い方w』

『ちゃんと美味しいw』

 

 これは私も怒ってもいいような気がしてくるよ。

 私が少し不機嫌になったのが分かったみたいで、精霊様は苦笑いしながら謝ってきた。私も料理なんてほとんどしてなかったから仕方ないと思うけど、でも……。まあ、いいけど。

 

「しかし、リタがクッキーを作るなんて……。そもそも投げ菓子で大量にもらっているのに」

「ん……」

 

 それは、そうなんだけど。まだまだお菓子はいっぱいだけど。授業っていうのでやっただけだからね。それに、いい経験になったと個人的にも思う。

 




壁|w・)書いていてなんですが、私は学校帰りのメンチカツとか食ったことないです。


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手作りに対する反応

 次に転移した先は、ゴンちゃんの洞窟。ゴンちゃんはいつもみたいによく寝てる。とりあえず起こそう。ゴンちゃんの鼻先を叩いて……。

 

『ぺちぺち』

『ぺちぺちたすかる』

 

 何度か叩くと、ゴンちゃんが目を開けた。私を見て、小さくあくびをする。相変わらず大きな口だ。とりあえずクッキーを一枚放り込もう。

 

「む……。甘いな。守護者殿、これはなんだ?」

「クッキー。私の手作り」

「毒味か?」

「は?」

「すまん冗談だ」

 

『ヒェッ』

『リタちゃんがキレかけてて笑いそうw』

『ゴンちゃん焦りすぎやろw』

 

 みんなして失礼だと思う。ちゃんと美味しく作れたのにね。

 

「どう?」

「うむ……。うまい。まだあるのか?」

「ん。あと四枚」

「全部入れてくれ」

「ん」

 

 ゴンちゃんの口にクッキーを入れてあげる。ゴンちゃんはもごもごと味を確認して、うむと小さく頷いた。

 

「美味い。また作ってくれ」

「わかった。次は毒を入れてくる」

「謝っただろうに……」

 

『リタちゃんw』

『微妙に根に持ってるなw』

『頑張って作ったもんな。失礼なドラゴンだぜ』

『がんばったってほどの料理だったか……?』

『こまけえことはいいんだよ!』

 

 頑張ったかどうか聞かれたら、ちょっと反応に困る。

 お家の前に転移して、炎を空に打ち上げてフェニちゃんを呼ぶ。いつも通りすぐに来てくれた。

 

「フェニちゃんおひさー」

「リタちゃんおひさー」

「クッキー食べる?」

「食べる!」

 

『今までで一番話が早いw』

『打てば響くような返答』

 

 フェニちゃんはわりと勢いで生きてるって自分で言うぐらいだからね。日本で言うなら、のりがいい、かな?

 口を開けたフェニちゃんにクッキーを入れてあげる。今回は五枚一気に。フェニちゃんはあっという間に食べ終えて、おやと首を傾げた。

 

「なんだかいつもと違う気がする?」

「美味しかった?」

「いつものクッキーの方が美味しいかな!」

「あ、うん……」

 

『これは反応に困るやつ』

『手の込んだクッキーならともかく、今回のはシンプルだったからなあ』

『むしろあれだよ、企業と比べられるぐらいには美味しいってことだよ!』

 

 ん。そういうことにしておこう。そう思うと、ちゃんと作れたと思えるから。

 

「ちなみに私が作った」

「へえ……。え。待って聞いてない」

「今言った」

「あ……えっと……。あの……」

 

 見て分かるほどにフェニちゃんが慌て始めた。せわしなく顔を動かして、翼をばたばたしてる。なんだかその仕草がちょっとかわいい、かもしれない。

 

「り、り、リタちゃん! おいしかった! すごくおいしかったよ!」

「ん。ありがと。それじゃ」

「まってえええ!?」

 

 フェニちゃんに手を振って、お家に入った。

 

『これはひどいw』

『大丈夫だフェニちゃん、リタちゃん別に怒ってないから……多分……』

『まあ誰も誤解を解けないんですけどね!』

『かわいそうw』

 

 何がかわいそうなのかよく分からない。

 カリちゃんはいつもみたいに本を読んで、ぷかぷか浮いていた。私を見つけて、にぱっと笑う。

 

「リタちゃんー。おかえりなさいー」

 

 ぷかぷかこっちにやってきて、私の頭の上に着地した。ふう、と一息ついているのがちょっとかわいい。

 

「カリちゃん。すぐに戻るけど、お土産」

 

 そう言ってカリちゃんに渡してあげる。カリちゃんは嬉しそうに受け取ってくれた。

 

「おー。ありがとうございますー」

「ん。私の手作り」

「おおー。レアですねー。大事に食べさせてもらいますー」

 

 カリちゃんはそう言ってテーブルの方に戻ってしまった。今すぐは食べないみたい。あまりお腹減ってないのかな。精霊にはあまり関係ないはずだけど。

 いや、でも、私も真美のクッキーは食べずに置いてあるし、人のことは言えないか。いつ食べるのかは本人の自由だし、また感想もらおう。

 なんて思っていたけど、いつの間にかクッキーをかじっていた。両手でクッキーを持ってカリカリとかじってる。

 

「美味ですー」

 

 なんだか本当に美味しそうに食べてくれてる。ちょっと嬉しい。

 これでみんなに渡したし、そろそろ真美の家に戻ろうかな。

 




壁|w・)カリちゃんへの好感度が上がった……かもしれない。


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メンチカツ

 

 真美のお家に戻ると、すでに真美とちいちゃんが帰ってきていた。真美は油を熱くしてる途中みたい。メンチカツをもう一度揚げるらしい。

 

「もう一度?」

「うん。冷めちゃってるからね。レンジでもいいけど、サクサクの方がいいでしょ?」

「ん。サクサクがいい」

 

 あのサクサクも美味しいと思う。あれはご飯にとても合いそうだから楽しみだ。

 そうしてしばらく待ってから、ご飯の時間。テーブルに出されたのは、揚げたてのような少し大きめのメンチカツが二つに千切りのキャベツ、それとお味噌汁とご飯だった。

 

「めんち! めんちかつ!」

 

 ちいちゃんもメンチカツは好きみたいで、不思議な歌を歌ってる。かわいい。

 

『ちっちゃい子は不思議な歌をよく歌うよね』

『かわいい』

『リタちゃんも何か歌って?』

 

 無茶を言わないでほしい。歌なんてよく分からないよ。

 メンチカツ用に真美がブレンドしたソースをかける。ちょっととろっとしたソースを、メンチカツにたっぷりと。お箸でメンチカツを割ると、それだけでサクサクとした音と感覚が伝わってきた。

 

 んー……。ソースがとても良い香り。とんかつのソースによく似てると思う。多分それを主にして、何かを混ぜたのかも。いや、真美のことだから、とんかつのソースも特製だったりするのかな?

 とりあえず今はご飯。メンチカツをぱくりと食べる。

 

「おー……」

 

 サクサクの衣にソースがよく絡む。そこまでならトンカツと似てるけど、食感が全然違う。こっちはとても軽い食感で、お肉を食べてる食感じゃないのに肉汁があふれてくる不思議な感じ。

 とても美味しい。ソースなしのメンチカツも悪くなかったけど、こっちの方が好き。

 さらにご飯も食べると、淡泊な味のご飯に濃厚なソースがかかったメンチカツはとてもよく合った。これは、いい。

 

「んふー」

 

『あかんめちゃくちゃメンチカツ食いてえ』

『すでに読めてたのでメンチカツ揚げておいた。一緒に食べてる気分味わってる』

『貴様、天才か……!?』

 

 一緒に食べる、とはまた違う気がするけどね、それは。

 メンチカツとご飯を全部食べて、お味噌汁も飲み干す。満足、だけど、もうちょっと食べたい……。

 

「リタちゃん、お代わりあるよ?」

「もらう」

「ふふ。うん」

 

 真美がすぐに立って用意してくれる。そういえば、いつも真美がお代わりを用意してくれるけど、真美もご飯を食べてる最中なんだよね。そう思うと少し申し訳ない気持ちが出てきてしまう。

 

「はい。お待たせ」

「ん……。その、真美」

「うん?」

「いつも、ごめん。ごはんの邪魔をして」

「え。何急に……?」

 

 真美が困惑しながら聞いてくる。さっき思ったことを伝えると、真美はしばらくぽかんとした後、声を出して笑い始めた。

 

「あはは。別に気にしなくていいいよ。好きでやってることだし、私はむしろ美味しそうに食べてくれるリタちゃんを見てる方が楽しいし」

「そうなの?」

「うん。それに」

「おねえちゃんおかわりー!」

「リタちゃんだけじゃないしね」

 

 笑いながら、真美がちいちゃんのお代わりを用意する。真美はやっぱりとても優しいと思う。あまり甘えすぎないように気をつけないと。

 それはそれとしてメンチカツ美味しい。

 

『やっぱり真美ちゃんにはママ味があるな……』

『真美ちゃんママー!』

 

「今寒気が走ったんだけど!?」

 

『さーせんw』

 

 あまり真美に失礼なことは言わないでほしい。

 

 

 

 メンチカツを完食して、帰る時間。精霊様へのお土産にソースのかかったメンチカツをお皿ごとアイテムボックスに入れる。きっと精霊様も喜んでくれるはず。

 

「それじゃ、真美。ありがとう」

「いえいえ。気をつけてね」

「ばいばーい!」

「ん」

 

 真美とちいちゃんに手を振って、精霊の森、世界樹の前に転移。精霊様を呼ぶと、すぐに出てきてくれた。

 

「はい。おかえりなさい、リタ。今日も……満足そうですね」

「ん。おいしかった」

「はい」

 

『はい、じゃないが』

『もはや感想がおいしいに何も言わなくなってる……』

『それでえんか精霊様!』

 

 何が不満なのかよく分からない。

 お土産を取り出す。お皿に盛られたメンチカツが四個。ソースがたっぷりかかってる。揚げたてをそのままアイテムボックスに入れたから、まだちゃんとサクサクだ。

 

「精霊様、二個ずつでいい?」

「もちろん」

 

『リタちゃんまだ食べるのか』

『真美ちゃんの家で五個ほど食べてなかったっけ?』

『食いしん坊な子だからね、仕方ないね』

 

 とても美味しいから仕方ない。

 精霊様が早速お箸で食べ始めてる。私も食べよう。

 

「これは……なかなか楽しい食感ですね。美味しいです」

「ん」

 

 精霊様も気に入ってくれたらしい。美味しそうに食べてくれてる。

 

「もぐもぐ。真美はすごい」

「ええ。あの子はたくさんの料理ができるようで、すごい子ですね」

 

『え、なにこの急な褒め殺し。やめて恥ずかしい』

『推定真美ちゃん、そろそろ慣れるべきだと思う』

『きっとスマホかパソコンを見ながら顔真っ赤にしてるんだろうなあ』

『想像したらかわいいw』

『やめてくれないかなあ!?』

 

 真美がすごいのは事実だから、諦めてほしい。

 

「それはそうと、リタ。明日はどうするのですか? また日本に?」

「んー……」

 

 それもいいんだけど、そろそろ闘技場の方もどうするか考えないといけないよね。なんだか視聴者さんは参加してほしそうな感じではあるけど。

 

「こっちの世界を回るか、日本のどこに行くかを安価で決めるか、どっち?」

 

 光球を見てそう聞いてみると、すぐにたくさんのコメントが流れ始めた。

 

『安価』

『安価だろ当然』

『異世界はいつでも見れる、でも安価のチャンスはあんまりないんだ……!』

『安価が多ければ多いほど、地元に来てくれる確率が上がるからな!』

『異世界側がいいけど、流れで安価と答えておく』

 

 安価がいっぱい。じゃあ、明日も日本に行こうかな。

 私がそう言うと、精霊様は笑顔で頷いてくれた。

 

「分かりました。気をつけて行ってきなさい」

「ん」

 

 ということで、明日も日本。次は安価で決めよう。どこになるかな?

 




壁|w・)次回もまた日本。アンケートから選びました。場所は内緒!


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いつもの安価

壁|w・)ここから23話のイメージ。


 

 おにぎり。いいよね。鮭とか梅とか入ってるのももちろん好きだけど、何もない塩だけのおにぎりも好き。塩の量で味が違うから、同じ人が握っても微妙に違ってて、それがいい。

 

「おにぎり好き」

「あはは……」

 

 今いるのは真美のお家。朝ご飯でおにぎりを食べてる。何を入れたいかって聞かれたから、何もなしって答えておいた。たまにはいいかなって。

 それはそうと、配信だ。

 

「ん」

 

『唐突に始まったかと思えば、俺たちは何を見せられてるんだ……?』

『おにぎり、かな?』

『画面どアップでおにぎりは草なんだ』

 

 みんなもおにぎりを食べたらいいと思う。

 

「リタちゃん、今日は安価するの?」

「ん。どこになるか楽しみ」

 

 自分で調べるより、みんなの意見で行くのもわりと楽しい。自分で調べるとどうしても私の好みに偏るから。カレーとか。

 

『安価と聞いて今日は早起きして待機してました』

『今日こそ……地元に来てもらうんだ……』

『琵琶湖……今度こそ琵琶湖に……』

『琵琶湖ニキの琵琶湖への情熱はなんなんだw』

 

 それは私も聞きたい。ただの湖じゃないのかな。日本一とは聞いたことがあるけど。

 おにぎりを食べ終えて、ちょっと一息。それじゃ、安価だ。

 

「安価。いつも通り、手を叩いてから十番目のコメント」

 

『ついに来た、この時が……!』

『お前ら恨みっこなしだぞ!』

『緊張ではげそう……』

『はげろ』

『ひどいw』

 

 私が手を前に出すと、コメントの量が一気に減っていった。じっくりと待ってから、手を叩いた。ぱん。

 

『石川県!』『串カツ!』『沖縄』『秋葉原に行こうぜ』『名古屋』『ここだ琵琶湖!』『うどん』『青森県』『福島』

 

『愛知とか!』

 

『奈良のシカとまた戯れてほしい』『カニ!』『愛媛』『ウニ』『札幌ラーメン!』

 

『そろそろやろ』

『お、今回は県名がストレートで来てる』

『愛知県だやったあああ!』

『安価拾った人おめでとう。恨む』

『恨みっこなしはどこいったw』

 

 愛知、だって。スマホで調べてみたら、ウナギを食べに行った浜松に近い場所みたい。名古屋っていう日本でも大きな都市があるところだね。

 

「何が美味しいの?」

 

『愛知と言えばやっぱひつまぶしじゃないかな』

『天むすもかな?』

『俺は味噌煮込みうどんをおしたい。味噌カツとか土手煮もあるぞ』

 

 愛知もいっぱいあるみたいだね。ちょっと軽く調べてから、何を食べるか決めよう。

 んー……。

 

「ひつまぶしってウナギ?」

 

『ウナギだぞ』

『でもうな重とはまた違うから、是非とも一度食べてみてほしい』

 

「ん」

 

 ひつまぶし。ウナギはすごく美味しかったから、違う食べ方があるのなら試してみたい。ひつまぶしは絶対に行こう。

 

「他は? 真美は何か知ってる?」

「え!? 急に振ってくるね……。愛知なら、私は土手煮かな。私が食べてみたいっていうのもあるけど」

「分かった。買ってくる」

「そういう意味じゃなかったよ!?」

 

 それは分かってるけど、真美が食べたいなら私も食べてみたいということで。

 それじゃあ、ひつまぶしと土手煮で……。

 

『味噌煮込みうどん! 味噌煮込みうどんは食べてほしい!』

『謎の熱がw』

『そんなにオススメなんかw』

 

 んー……。愛知のコメントを書いてくれた人だね。それじゃ、せっかくだから、味噌煮込みうどんっていうのも食べてみよう。お味噌のおうどん。それはそれでちょっと気になるから。

 

「それじゃ、愛知に行く。目印は何かある?」

 

『愛知と言えば名古屋。名古屋と言えば名古屋城』

『名古屋城の側に金シャチ横丁っていうところがあるよ。飲食店いっぱい』

『まさにリタちゃんのための場所』

『地元の人に怒られるぞw』

 

 ん……。金シャチ横丁。ちょっと気になる。行ってみよう。

 

「それじゃ、真美。行ってくる」

「うん。いってらっしゃい、リタちゃん」

 

 それじゃ、出発だ。スマホの地図でだいたいの座標を決めて、何かにぶつからないように少し高めを指定。そうしてから、転移を発動。

 転移先は名古屋城っていうところの少し上ぐらい。名古屋城の周りはなんだか結構広いスペースがある。金シャチ横丁は……あのまっすぐの道かな? 日本の昔のお家みたいな建物がたくさん並んでる。

 でもお店はまだみたい。朝だから早すぎたのかな。

 

『確か十時半ぐらいからだったはず』

『マジかよなんで名古屋城目印にしたんだよ』

『ごめんよリタちゃん……』

 

 いや、別にそれぐらいで怒ったりはしないよ。

 じゃあ、せっかくだし何か他のものを食べに行こう。どこがいいかな?

 

「何か美味しいもの食べたい」

 

『待ち時間すら飲食なのか……』

『少しは観光をですね……』

『じゃあ観光を兼ねて大須商店街とかどうかな? 名古屋でもかなり大きい商店街だぞ』

 

 商店街。いいかもしれない。以前別の商店街に行った時もなんだか楽しい場所だったから。

 スマホで検索してみると、あまり遠くない場所みたい。これなら転移せずに行けるかな?

 




壁|w・)というわけで、今回は愛知(名古屋)です。


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喫茶店

『愛知と言えば喫茶店のモーニングだと思う』

『何故に』

『発祥だって言われてるよ』

 

 モーニングって何だろう。えっと……。確か、英語ってやつだよね。でもどうしていきなり英語が出てくるの?

 んー……。真美がいるならすぐ教えてくれるのに。もうちょっと待ってから出発すればよかった。

 

「モーニングってなに?」

 

『朝だけ提供する安いメニュー、みたいなイメージ』

『ドリンクとあとちょっとお金を払うと追加でいろいろついてくる、みたいな?』

『ぶっちゃけ今ならどこでも頼めるから、無理して行かなくてもいいと思う』

 

 せっかくだから行ってみるよ。美味しいものがあるかもしれないし。

 歩いて移動、という気にはならないから、ちょっと上空を移動する。ぷかぷかと。

 

『お、リタちゃん発見。手を振ってみる』

『見れたのか。いいなあ』

『振り返してくれた! めっちゃ嬉しい!』

『羨ましすぎるんだが!?』

 

 手を振ってくる人には何度か振り返して、まっすぐ商店街へ。近かったからすぐに着いた。

 

「おー……。アーケード、だっけ。ある。大きい」

 

『まだ朝だから人通りは少ない方、かな?』

『え。うちの地元の商店街よりすでに人通りが多いんですがそれは』

『お、おう』

『商店街はどうしても寂れていく傾向にあるからなあ』

 

 結構人が多いよね。賑やかで楽しそう。とりあえず入り口の方に下りてみる。喫茶店、あるかな?

 

「え、あれってリタちゃん!?」

「は? 何言って……、マジだリタちゃんだ写真撮ろう写真」

「ちっちゃくてかわいい!」

 

『ちっちゃくてかわいいwww』

『ある意味端的に表してるw』

 

 かわいいかはともかく、ちっちゃいは言われ慣れてるけど……。いや、いいけど。

 手を振ってくる人に手を振り返しながら歩いて行く。何故か私のあとをついてくる人が多いけど、これもいつものこと、だね。暇なのかな?

 んー……。お店、多すぎて分からない。せっかくだし、近くの人に聞こう。

 その場で立ち止まって振り返る。私の後を歩いてる人たちも立ち止まった。目の前のお姉さんに聞いてみよう。

 

「ねえ」

「え? え、あたし!?」

「ん。モーニングっていうのが頼める喫茶店、知ってる? 教えてほしい」

「えええ!? えっと、えっと、喫茶店ならどこでも頼めるけど、あたしのオススメなら……」

「案内してほしい」

「えええええ……」

 

『羨ましいような、かわいそうなような……』

『いきなり話しかけられて案内して、なんて想像してないだろうからなあw』

『がんばれお姉さん! でも羨ましすぎて嫉妬してます!』

『お前らw』

 

 スーツ姿のお姉さんはちょっと戸惑いながら、前を歩き始めてくれた。

 そのまま少し歩いて、案内してもらったのはなんだかとても落ち着いてる雰囲気のお店。ちょっとかっこいい。

 

「ここがオススメ、かな?」

「ん」

「それじゃ、あたしはここで……」

「食べていかないの?」

「う……。じゃあ、同席させていただきます……」

「ん」

 

『羨ましすぎて吐きそう』

『俺もリタちゃんと一緒にご飯食べたい』

『リタちゃんにあーんってしたい』

 

「あーんってなに?」

 

『よりにもよってなんでそのコメント拾ったんですかねえ!?』

『草』

 

 恥ずかしいこと、なのかな? 気になるけど、無視しておこう。

 お姉さんと一緒にお店に入る。小さいお店みたいで、入って左側にカウンター席、右側にテーブル席が三つだけ並んでる。カウンター席も六つしかないみたい。

 テーブル席が三つと手前のカウンター席にはすでに他のお客さんが座ってるみたいだった。

 

「おや、おかえりサヤちゃん。忘れ物かい?」

「えっと……あはは……」

 

 カウンター席の内側にいた初老の男の人がそう言うと、お姉さんは何とも言えない笑顔で頬をかいていた。おかえりっていうことはここが家なのかな。もしくは。

 

「もしかして、今日はもう食べた後?」

「実はそうです……」

 

『微妙に気まずいやつ』

『顔も名前も覚えられてるって常連さんなんだな』

『なんだろう、喫茶店の常連、憧れる……』

『新聞片手に店に入って、お気に入りの席に座って、マスターいつもの、みたいな!?』

『現実は?』

『コンビニ』

『草』

 

 何を食べられるのかはよく分からないけど、毎日お店に通うっていいなって思う。美味しいものが食べられるって幸せだから。私は真美が作ってくれるけど。

 

「そこの子は、サヤちゃんの知り合いかな?」

「ん……?」

 

『お?』

『マジで? リタちゃんを知らない人?』

『いやまあ、知らない人がいても不思議ではないけど』

『でも大きいニュース番組でも流れたぐらいだから、かなりレアでは』

 

 逆にちょっと新鮮かもしれない。のんびりできそう。

 

「マスターさん、この子はその、ちょっと有名な子でして。一番奥のテーブル席を使わせてもらってもいいですか?」

「ほほう。有名人か。いいよいいよ」

「ありがとうございます」

 

 お姉さんの言葉にお客さんたちの方が反応して私を見てくる。そして固まってる。うん。最近はこれがいつもの反応のような気がしてる。

 お姉さんと一緒に一番奥のカウンター席へ。メニューもちゃんとある。えっと、モーニング、だったよね。

 




壁|w・)もーにんぐ!


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モーニング

「これかな……? パンと、コーヒーだっけ。その写真があるやつ」

 

『それやね』

『パンは店によるから、機会があれば他の喫茶店も見るといいかも』

『ここは小倉トーストか。甘いものが好きなリタちゃんにはオススメ』

 

 あんこのトースト、かな。あんこは甘いから好き。チョコみたいな甘さじゃなくて、なんて言えばいいのか、優しい甘さ、みたいな感じ。みんなからもらうお菓子にある大福もすごく好き。

 

「モーニングでいいですか?」

「ん」

「飲み物は……どれにしましょう。コーヒーとか大丈夫ですか?」

「コーヒー……」

 

 そういえば、コーヒーは飲んだことがない。苦い飲み物のはずだけど、コーヒー牛乳は甘かったし、そんなに苦くはないのかな?

 

「美味しい?」

「その……。苦いです」

「どれぐらい?」

 

『かなり苦いぞ』

『カフェオレや微糖は飲めても、ブラックは絶対に無理って人もいるぐらいだし』

『砂糖とかミルクをまぜればいいかも』

 

 じゃあ、それでいこう。砂糖とミルクに頑張ってもらう。

 お姉さんが注文をすると、少しして店主さんが持ってきてくれた。

 パンは、サンドイッチみたいになってる。こんがり焼き目がついていて、あんこを挟んでるみたい。ほかほかだ。

 コーヒーは……真っ黒。コーヒー牛乳と全然違うね。独特な香りがする。

 それじゃ、まずはコーヒーから。みんなの話で逆に気になっちゃったからね。

 まずは一口、口につけて……。

 

「ん!?」

 

 なにこれ!? 苦い! すごく苦い! 甘さなんて少しも感じられない……! なにこれ!?

 

「口に合いませんでしたか……?」

「きらい」

「ですよね!?」

 

『悲報、リタちゃんコーヒーが嫌い』

『ブラック大好きな俺涙目』

『眠気覚ましとか最適なんだけどなあ』

 

 眠気覚ましに頼る前にちゃんと寝ればいいと思う。

 えっと……。甘くするにはお砂糖とミルクだっけ。一緒に出されてるこの四角形の白いのが砂糖でいいよね。ミルクは、このちっちゃいやつ、かな……?

 

「とりあえず三つずつぐらい」

「とりあえず……?」

 

『とりあえずの量じゃないw』

『めちゃくちゃ甘くなるぞそれw』

 

 苦いよりずっといい。苦いのは嫌い。

 お砂糖とミルクをたっぷり入れて、よくかき混ぜてもう一度飲む。うん。甘くなって、美味しくなった。本音を言えばもうちょっと甘くしたいところだけど、トーストも甘いだろうし、ちょっと控えておこう。

 

 それじゃ、次はトーストだ。両手で持つと、まだちょっと熱いぐらい。パンの柔らかさはあまり感じなくて、少しざらざらしてる。よく焼けてるね。

 ぱくりと口に入れると、サクサクの食感だった。でもそれは表面だけで、中はちょっと熱いけど柔らかいパンだ。

 そのパンに甘いあんこが挟まってる。あんこも熱いパンに挟まってるからか、あったかい。今までは冷たいあんこばかりだったから不思議な感じ。

 うん……。美味しい。好き。

 

「あの、リタちゃん」

「ん?」

「こちらも食べてみます? バタートーストですけど」

 

 お姉さんがそう言って、自分の分のパンを示してくれた。まだ食べてないみたいだけど、いいのかな?

 

「いいの?」

「はい。むしろ是非もらっていただければと。お腹減ってないので……」

 

『じゃあなんで頼んだんだよw』

『リタちゃんにあげるためでは?』

『やべえ普通に納得したw』

 

 それは納得しないでほしい。ちょっと申し訳ない気持ちになっちゃうから。

 でも、いらないならもらっちゃおう。少し気になってたしね。

 バタートーストは小倉トーストと違って、サンドイッチにはなってないみたい。少し厚みのあるパンにバターが添えられてる。ぺたぺた塗って食べると、サクサク食感とバターの味がとてもよく合ってる。美味しい。

 

「んふー」

「ははは。その子は美味しそうに食べてくれるね。これもおまけでどうぞ」

「ん?」

 

 店主さんがくれたのは、クッキー。お姉さんが言うには、子供連れのお客さんにおまけとして振る舞ってるらしい。

 

『つまり完全に子供扱いってわけやな!』

『魔女のコスプレをした女の子に見えてるのかな』

『なにそれかわいい』

 

 コスプレのつもりはないのにね。

 クッキーもサクサクと軽い食感で、ほのかにバターの味がして飽きない美味しさだ。濃いめの味も好きだけど、これぐらいの味の方が飽きはなかなかこないかなと思う。

 うん。満足。

 

「付き合ってくれてありがと」

「いえ……。こちらもいい思い出になりました。いや本当に」

 

『本当にな、羨ましすぎてこう、にゃーってなってる』

『どういうことだよw』

『ところでリタちゃんを知らないってことは、写真もいいってことかな』

 

 そういうことになるのかな。いつも写真を撮ってるから、それがないのもまたちょっと不思議。

 そう思ってたんだけど、お姉さんに頼まれて結局写真を撮ることになった。店主さんと、居合わせたお客さんも一緒に店内で一枚。少し狭かったけど、ちゃんと写れたからいいよね。

 それじゃ、そろそろ時間も時間だし、出発しよう。味噌煮込みうどん、楽しみ。

 




壁|w・)リタは苦いのが嫌い。わりと子供舌です。

一応、ちょっと書いておきます。
作中でお店を参考にすることはあっても、リアルに存在する店名や固有の料理名は出しません。作中で出てくるお店は全てフィクションであり、絶対に実在しないお店です。
その点だけはご理解ください。

次回は味噌煮込みうどん。


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味噌煮込みうどん

 

 金シャチ横丁に戻ると、ちょうど人が入り始めるところだったみたい。ぞろぞろと人が歩いてる。すごく多い人だね。大人気な場所なのかな?

 

『いや、さすがにいつもより多い気がする』

『リタちゃんがそこに行くって決まって一時間以上経ってるからなあ』

『リタちゃん目当ての人も多いってことか』

 

 それは、ちょっとだめだと思う。他の人に迷惑だよ。

 でも今更言っても遅いかな。せめて早めに帰るようにしよう。

 

「味噌煮込みうどんとひまつぶし食べたい。ある?」

 

『両方あるよ』

『ちなみにひまつぶしじゃなくて、ひつまぶしな』

 

「ん……。ひつまぶし」

 

『そうそう』

 

 日本語は難しいと思う。

 まずは、どっちにしよう。見つけたものを先に食べるでいいかな?

 そう考えてのんびり歩く。視聴者さんが言ってたように、私が目的っていう人も少なからずいるみたい。料理屋さんを見ずに私の写真を撮ってる人が何人かいるから。

 

「朝見かけた時はなんだか不思議な雰囲気の場所だなって思ったんだけど……」

 

 日本の古い家って独特だから、ちょっと楽しみだったりしたんだよね。でも。

 

「人が多すぎて、いつもとあまり変わらない」

 

『なんか、すまん』

『いつもみたいに転移すぐに回るならともかく、なんだけどな』

『今回は行くって決まってからの時間が長すぎたからなあ』

 

 そういうもの、なのかな?

 少し歩いて、最初に見つけたのはおうどん屋さん。視聴者さんが言うには、ここで味噌煮込みうどんが食べられるみたい。お店に近づくと、店員さんらしき人が私を見てにっこりと笑った。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

「ん?」

「配信を見ていたので、そろそろいらっしゃるかなと」

「おー……」

 

『あんまりないパターン』

『そっか、一般の人と同じように店の人も準備する時間があるってことか』

『そういう利点もあるのか』

 

 お店の人に案内されて、店内へ。

 お店はちょっと落ち着いた雰囲気だ。テーブル席も多いけど、日本の家らしい座布団に座る席もあるみたい。

 お店の人に案内されたのは、テーブル席が並ぶ部屋の隅。仕切りが置かれていて、周りからは見えないようにしてくれてる。わざわざ用意してくれたらしい。

 

「これなら周りの視線も気にならないでしょう」

「ん……。ありがと」

「いえいえ。ご注文は味噌煮込みうどんでよろしいですか?」

「ん」

 

 私が頷くと、店員さんは笑顔で頷いて奥へと歩いて行った。

 

『これはとても有能なお店』

『なんで地味に上から目線なんだよw』

『いやでも時間があるからって仕切りを用意してくれるって、マジでいいお店やな』

 

 そうだね。気を遣わせてしまってちょっと申し訳ないけど、私としてはとても助かる。

 椅子に座って、のんびり待つ。お料理、楽しみだ。

 

 

 

 少ししてお盆が運ばれてきた。店員さんがテーブルに置いたお盆には、おうどん。

 なんだか、今まで食べたうどんと全然違う。土鍋っていうのかな? それに入っていて、今もぐつぐつしてる。器がすごく熱そう。

 ちょっと茶色のスープにはおうどんの他に、ネギやお肉とかの具材も入ってる。お味噌の独特な香りが食欲をそそる。美味しそうだ。

 

「こちら、味噌煮込みうどんになります。器は大変熱くなっておりますのでお気をつけください」

「うん」

 

 見た目は今まで食べたうどんと一番違う気がする。こんなに濃い色のスープはなかったから。

 それにしても。

 

「おうどん、種類がたくさんあるね。きつねうどんだったり天ぷらうどんだったり」

 

『そういうのわりと多いよ』

『ラーメンとかもスープの違いで塩味噌醤油シーフードいろいろあるし』

『お好み焼きだって豚玉とかモダン焼きとかたくさんあるよ』

 

 みんなの料理の研究の成果、みたいなものかな?

 それじゃ、そろそろ食べよう。

 お箸を持って、早速麺をすする。今までのうどんと違って、ちょっと平べったい気がする。もちろん悪いわけじゃない。

 ずるずると。んー……。食感がちょっと特徴的だね。コシっていうのかな? すごく強い。あと、麺そのものに味がしっかりしみこんでる気がする。

 味は見た目通りにお味噌の味。すごく濃厚だけど、これがおうどんにとても合ってる。

 

「美味しい」

 

『素直にうまそう』

『ちょっと味噌煮込みうどんを出前で頼んでくるわ』

『こっちの地区に味噌煮込みうどんの出前ないんだけど』

『まだだ……まだ後にはひまつぶしも控えてるぞ……』

『ひつまぶしだってば』

 

 お野菜やお肉にも味噌の味が感じられて、なんだか不思議なおうどんだった。

 それじゃ、次に行こうかな。そう思ってそっと仕切りの横から店内をのぞいてみると、すごく人が多かった。いっぱいだ。お店の前にもたくさんいるみたい。

 

『なんかすごいことになってる』

『店内にいる常連客のワイ、いつもと違いすぎて笑えてきたw』

 

 とりあえず、お会計。カウンターに行くと、すぐに対応してもらえた。

 

「ありがとう。美味しかった」

「いえ。こちらこそ、ありがとうございました。その……」

「写真?」

「はい」

 

 このお店でも写真を一枚。忙しそうだったのにいいのかな、と思ったけど、その場に居合わせたお客さんも含めてお店の前でみんなで撮った。

 

『やったー! リタちゃんと写真に写れた!』

『は? 羨ましすぎるんだけど』

『いいなーいいなー!』

 

 店員さんたちに手を振って、次に移動だ。ひつまぶしのお店は道を挟んで向かい側、らしい。すぐだね。

 たくさんの視線を無視して、向かい側のお店に向かった。

 




壁|w・)ちゃんと食べて書こうと思って食べに行ったら、本当にぐつぐつしてるお鍋で出されたのはちょっとびっくりしました。
次回投稿は1月3日です。

今年はこれが最後の投稿となります。今年はこのお話が本になったりととても嬉しく楽しい一年でした。
来年からの予定は特に何もありませんが、今後ものんびりまったり書いていこうと思います。
来年も是非是非よろしくお願い致します。
ではでは皆様、よいお年を!


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ひつまぶし

 

 向かい側のお店の前では、すでに店員さんが待ってくれていた。エプロンを着た男性の店員さんが待ってくれてる。私を見ると、笑顔で頭を下げてきた。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしていました」

「ん……」

 

 ちょっと恥ずかしい、ような気がする。私のことは気にしなくていいけど。でもこんなに人が多いと、やっぱり難しいのかな?

 ここのお店も落ち着いた感じのお店で、テーブル席もたくさん。私が案内されたのは、一番奥の席。さっきと同じように仕切りを立ててくれた。落ち着いて食べられそう。

 

『特別待遇だなあ』

『ぶっちゃけあらかじめ来るって分かってたら同じようにする店は過去にもあったかも』

『それは確かに』

 

 いつもいきなり行ってるからね。それはちょっと、悪いことをしてるのかも。今回が例外なだけっていうのはあるけど。

 

「ではひつまぶしをお持ちします」

「ん」

 

 店員さんが離れていったので、あとはのんびり待つだけ。ウナギ美味しかったから、ここのひつまぶしも楽しみ。

 

「ウナギ好き。楽しみ」

 

『そういえばリタちゃんの世界にウナギっていないの?』

『漁業はあるみたいだし探せばいるのでは』

 

「んー……」

 

 確かに、探せばいるのかも。ちょっと探してみようかな。どうしようかな。

 

「でも日本に来れば美味しいお魚食べられるし……」

 

『それはそうだけどw』

『もうちょっと自分の世界に興味を持ってw』

 

 それを言われると困る。そうだね、ちゃんと自分の世界も気にしないと。精霊様にも言われそうだし。

 そんなことを話していたら、ひつまぶしが運ばれてきた。店員さんがちょっと大きめのお盆を持ってきて、それを私の目の前に置いた。

 

「おー……」

 

 まず目についたのは丸い入れ物。おひつっていうらしい。白いご飯が入っていて、細かく切ったウナギが載ってる。タレもたっぷりとかかっていて、とても美味しそう。

 次に何も入ってないお茶碗。なにこれ。

 あとは、三種類の、えっと……。薬味? それが入った細長いお皿。ネギとわさび、山椒、らしい。これも一緒に食べるのかな?

 まだあって、何かのお汁が入った大きめの入れ物。えっと……。お味噌汁とはまた違うみたい。そのまま飲むものじゃないみたいだね。

 んー……。

 

「食べ方は分かりますか?」

「分からない」

「では説明させていただきますね」

「ん」

 

 お言葉に甘えて、店員さんに教えてもらおう。

 まずはお盆にあるしゃもじでおひつの中のひつまぶしを四等分に。その一つをお茶碗に入れて、そのまま食べる。

 柔らかいウナギに濃厚なタレが絡んでとても美味しい。ちょっとだけ香ばしく焼かれてるのもいいと思う。細かく切ってるから、ウナギそのままより食べやすい。

 もちろんこっちがいいとかじゃなくて、そのままの方は好きな大きさで食べられてウナギを感じられるから、あっちも好き。どっちも好き。

 

「んふー」

 

『美味しそう』

『ひつまぶし……出前頼むか……?』

『ウナギだからちょっと高いけど美味しいからなあ』

 

 ん。これはすごく良いもの。

 この空のお茶碗はひつまぶしを入れるためのものだったんだね。そのまま食べたらだめ、なのかな?

 

「次に二杯目は薬味と一緒にお召し上がりください」

 

 薬味。ネギとかわさびとかだね。お茶碗にひつまぶしを入れて、薬味も入れる。店員さんが言うには、全部入れる必要はないみたい。お好みで、だって。特にわさびに注意してほしいらしい。

 じゃあ、わさびは少なめにして、他はちょっと多めに入れて……。

 

「んー……。美味しい。美味しいけど、そのままの方が好き」

 

『薬味は正直好みがあるからね』

『わさび嫌い』

『こういう人もいるから』

 

 嫌いってほどではないけど、そのままの方がやっぱりいいかな。

 次は、お出汁を入れるみたい。このお汁が入った入れ物だね。ひつまぶしを入れて、お出汁を入れて……。これも全部入らないみたいだね。

 ひつまぶしとお出汁を混ぜて、食べる。

 

「おー……。これ好き」

 

 お茶漬けみたいですごく美味しい。すごく贅沢なお茶漬け。ほんのり甘いウナギとご飯、お出汁の味がほどよく合わさってる。食感もウナギがあるからかいつもと違って、ちょっと楽しい。

 

「んふー」

 

『あかんめっちゃ美味そう』

『だめだ! 我慢できん! 俺はひつまぶしを注文するぞポチー!』

『いいなあ俺も頼もうかな』

『残高足りないって出て泣きたくなった』

『いや草』

 

 お値段を見ると、やっぱりウナギだからちょっと高いね。さすがに頻繁に食べようとは思えない値段かも。私はお金いっぱいあるから、今のところは困らないけど。

 最後の一杯は、一番好きな食べ方をもう一度、だって。じゃあお出汁を入れる。そのままも好きだったけど、僅差でお出汁が好き。

 全部食べ終わって、満足。とっても美味しかった。

 

「美味しかった」

「ありがとうございます。美味しそうに食べていただけて、こちらもとても嬉しく思います。ところで」

「ん?」

「写真、いいでしょうか……?」

 

 いつもの、だね。何が嬉しいのかやっぱり分からないけど、もちろん大丈夫。

 店員さんとお客さんも集合して、写真を一枚。あとついでに、お土産用にひつまぶしももらった。これも精霊様に食べてもらおう。

 

「美味しかった。ありがとう」

「いえ。是非またお越しください」

 

 店員さんたちに手を振って、その場を離れた。味噌煮込みうどんとひつまぶしは食べたし、次はどこに行こうかな?

 とりあえず、周辺を見渡せる場所に行こう。それじゃ、転移だ。

 




壁|w・)まだまだ食べます。もっきゅもっきゅ。

明けましておめでとうございます。
今年ものんびりまったり書いていこうと思います。
マイペースで好きなものを書く私ですが、よければ今後ともよろしくお願い致します。
とりあえず今年中に異世界魔女は完結させておきたいところです。
多分完結させても日本旅行を続けてるかもしれませんが……!


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金ぴかしゃちほこ

 

 名古屋城のちょっと上空に転移。それじゃ、次は土手煮だね。お持ち帰りができるところがいい。真美たちに買って帰るから。

 

「土手煮、どこがいいかな?」

 

『ちょい待ち、調べる』

『お客さまー! お客様の中に土手煮に詳しい方はいらっしゃいませんかー!』

『そんな限定的なやついるわけないやろ、と言えないのがこの配信のおそろしいところ』

 

 人もたくさん増えたからね。私が言うのもなんだけど、何が楽しいのかはよく分からない。私は楽しいけど。

 みんなが調べてくれてる間に、せっかくだしちょっと観光しよう。例えばちょっと気になってるこれとか。

 

「名古屋城、だっけ。おっきい」

 

『でしょでしょ』

『名古屋城と言えば、やはり天守閣の金ぴかしゃちほこ』

 

 金ぴかしゃちほこ。しゃちほこってなんだろう?

 

「しゃちほこって何?」

 

『名古屋城のてっぺんの金色を見れば分かるよ』

 

 てっぺん。振り返って名古屋城を見てみる。てっぺんの金色はすぐに分かった。それしかないからとても分かりやすい。あれがしゃちほこ、だね。ちょっと近づいて見てみる。

 んー……。

 

「あ、ドラヘッド。日本にもいるんだ」

 

『まって』

『待って待ってリタちゃんそれ見たことあるの!?』

『日本では想像上の生き物だよ!』

 

「そうなの?」

 

 どうして飾るのかなって思ったら、やっぱり日本にはいない魚なんだね。それでもどうしてこれを金色にして飾ってるのかは分からないけど……。何か意味はありそう。

 

『リタちゃん、そのどらへっど? について詳しく』

 

 詳しくと言われても困るけど……。命名したのも師匠だし。

 ドラヘッドは精霊の森の川に生息してるお魚。ドラゴンみたいな顔のちょっと大きいお魚で、他のお魚や川に水浴びをしにきた動物に食らいつく。そんなお魚で、それ以上でも以下でもない。

 

「そういえば、師匠が初めて見た時はびっくりしたって言ってたけど……。これがあるからなんだね」

 

『多分そう』

『そんな魚が実在するとはさすがに思ってなかっただろうから』

 

「ん。ちなみにドラヘッドは中の下。あまり美味しくない」

 

『急に何かと思ったら味の評価かw』

『当然のように味の評価が入ってくるw』

『さすが野生児だぜ……!』

 

 野生児言うな。

 

 

 

 名古屋城からちょっと離れて、大須商店街に戻ってきた。喫茶店にしか行ってないから、もうちょっと見て回ろうかなって。あと、一番奥におっきい招き猫があるんだって。見てみたい。

 

「ねこ。ねこ」

 

『あれ? リタちゃんこれめちゃくちゃ期待してない?』

『リアル猫みたいにもふもふしてないからね!? 違うからね!?』

 

「大丈夫」

 

 さすがにそこまでは期待してない。招き猫がどういうものかは知ってるから。でもおっきいねこは見てみたい。楽しみ。

 さっきよりも人が多くなった商店街を歩いて行く。朝の時と同じように人がついてきてるけど、気にしないでおこう。私は招き猫が見たいだけだから。

 でもちょっと何か食べたい……。トースト美味しかったから、パン、食べたい。

 

『なんか流れるようにパン屋さんに入っていったんだけどw』

『まっすぐ進んでたのにすっと斜めに歩き始めてちょっとびっくりした』

『パン美味しいからね、仕方ないね!』

 

 パン屋さんを見かけたからちょっと入ってみたけど、ちょっと狭いパン屋さんだ。一番奥にカウンターがあって、他の壁際にある棚にはたくさんのパンが並んでる。中央にも低い台があって、そこにもパンがいっぱい。

 

「パンがいっぱい……。どれにしよう」

 

『どれも美味しそうって悩む時間も楽しいものだよ』

『何個食べられるか考えてついぎりぎり以上を買っちゃう』

『お前は俺かw』

『あれ? でもリタちゃんの場合……』

 

「ん。全部食べられる」

 

 特に問題なく。でもずっと食べ続けるのも嫌だから、三個ぐらいで選びたい。んー……。

 どれもすごく美味しそう。ウィンナーが入ってるパンとか、ピザみたいなパンとか、塩パンっていうのも気になる。むむ。

 

『あれ? これ駅弁の再来では?』

『あの時も全然決まらなかったなあw』

『でも今回は時間が決められてるわけでもないし、好きなものを選べばいいと思う』

 

 それが難しいんだけどね。

 私がちょっと悩んでいると、カウンターの向こう側、白い服を着た店員さんが声をかけてきた。若い女の人だ。

 

「あの……。何かお探しですか?」

 

 ちょっと緊張してるみたい。じっと私を見つめてる。

 

「美味しいパンが食べたい。オススメある?」

「え……。あー……。無難に人気のパンを選んでみては……?」

「なるほど」

 

『確かにそれが一番無難かも』

『パン屋さんオリジナルのパンもあるだろうけど、やっぱ最初は定番だよね』

『だいたい人気のパンって決まってるはず』

 

 店員さんに聞いてみると、すぐに教えてくれた。一番人気はメロンパン。店主さんの渾身の作らしい。二番人気は、串にささったウインナーをパンで巻いて焼いたもの。ケチャップとマスタードがかかってる。三番人気は塩パンだって。

 

『無難すぎて面白みがねえ!』

『だから人気商品なんだってのは分かってるけど!』

 

 とりあえずこの三つだね。それを買って……あとは……。んー……。

 

「カレーパンは?」

「え?」

「カレーパンはないの? カレーパン。カレーパンが食べたい」

「あ、はい……!」

 

『知ってた』

『さすがカレー大好きっ子』

『人気商品に選ばれてなくても絶対買うと思ってましたw』

 

 カレーは美味しいから。カレーパンも美味しかったから。せっかくだから買っておきたい。

 




壁|w・)しゃちほこもどきさんはわりと凶暴なお魚……かもしれない。

むかしのおはなし。
「ししょー。なんか変な魚つれた」
「ああ、そいつか。あまり美味くないぞ」
「そうなの? 食べてみる。なんていうお魚?」
「え? あー……。えっと……。ドラヘッドだ。ドラヘッド」
「どらへっど。とりあえず焼いてみる」
「お、おう……」
見ていた精霊様「コウタ……もしかして、ドラゴンのヘッドでドラヘッドと……?」
「言いたいことがあるならはっきり言ってくれませんかねえ!?」

こんなことがあったかもしれないし、なかったかもしれない。


少し遅れましたが……。
改めて、明けましておめでとうございます。
新年からいろいろとありますが、私のお話で誰かが少しでも元気になってくれたら嬉しいです。
のんびりまったり書いていくので、今年もよろしくお願い致します。


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べーかりー

 このお店にはカレーパンが二種類あるみたい。お肉がごろごろ入ったビーフカレーパンと、中具のカレーがちょっと辛めのピリ辛カレーパン。もちろん両方買った。

 

「ありがとう」

「いえいえ……。あの……」

「ん」

 

 いつもみたいに写真を撮って、お店を出る。たくさん人がいたけど、すぐに道を空けてくれた。

 もしかして、私がいる間、みんな遠慮してくれてたのかな。ちょっとお店の邪魔をしてたかも……。次はもう少し早く出るようにしよう。

 

『考えすぎだと思うけどなあ』

『俺ならもっと長くいてほしい』

『むしろ住んでほしい』

『お前は何を言ってるんだw』

 

 さすがにパンのために住みたいとまでは思わないよ。

 また奥へと歩きながら、パンの袋を開ける。選ばず、適当に。最初に手に取ったのは、ウインナーのパンだった。商品名はウインナーロールってなってたはず。

 

『ほとんどのパン屋さんにある定番商品』

『子供が特に大好き』

『ちょっとパン屋さんに行ってくる』

『はえーよw』

 

 とりあえず一口。ふわふわのパンに柔らかいウインナー。ケチャップとマスタードがたっぷりとかかっていて、美味しい。これはいいもの。

 ケチャップとマスタードだけ、もしくはウインナーだけだと物足りないと思う。両方があるから美味しいし、ほどよいバランスになってるのかも。食感もウインナーがいいアクセントになってる。

 次は、んー……。塩パンだね。塩味のパンなのかな?

 

『塩パン、俺が子供の頃はなかったな』

『わりと新しめのパンだと思う』

『新しめって言ってももう二十年近く前だけどな』

『なん……だと……?』

 

 どんな味なのかな。楽しみ。

 ぱくりと一口。中がちょっと空洞になってる。その空洞に塩が入ってるのかな? ちょっとしゃりしゃりしてる。でもそんなに大量の塩が入ってるわけじゃないみたいで、それほど塩辛くはない。

 パンのほのかな甘みとアクセント程度の塩の味。そんなパン。

 うん……。パンだと今まで食べたことがない味だね。これも悪くない。

 

「美味しい」

 

『お気に入りのパンが評価されて嬉しい』

『夏とかだと特にオススメ』

 

 夏のパンなんだね。冷たいわけじゃないのに、不思議。

 次は、メロンパンにしよう。カレーパンは楽しみに取っておく。

 

「メロンパンっていうことは、メロンっていう果物が中に入ってるのかな。メロンは食べたことがないから楽しみ」

 

『あ……』

『いや、それはですね……』

『ごめんリタちゃん、メロンパンにメロンは入ってないんだ』

 

「ん……? でもあんパンやカレーパンにはあんこやカレーが入ってるよ?」

 

『まあ確かにメロンが入ってるパンもあるにはあるけど、基本的には入ってないかなあ』

『ちなみになんでその名称になったかは諸説ある、つまりはっきりとは分かってない』

 

 そうなんだ。それはちょっとだけ、残念。美味しければいいんだけど。

 メロンパンは、なんだかちょっと固いパン。いや、四角形の模様がたくさんある側だけが固いのかな。他は柔らかいかも。

 とりあえず食べよう。ぱくりと。

 

「おー……。サクサクしてる。でもパンの方は柔らかい。なんだか不思議な食感」

 

 サクサクなのにやわらかい、そんな食感。ちょっとおもしろい。味はほんのり甘め。

 

『表面はクッキー生地になってることが多いかな?』

『全国どこでも買えるパンだと思う』

『ちなみにサンライズっていう別名もあったりする』

『なんだそれw』

 

 うん……。これは、美味しい。サクサクしてて、好き。いっぱい食べられそう。

 それじゃ、次。

 

「ててーん」

 

『ててーんw』

『どうした急にw』

『カレーパンでテンション上がってるのは理解したw』

 

 真美にもらったカレーパンもすごく美味しかったから、これも楽しみ。

 ビーフカレーパンとピリ辛カレーパン、どっちにしようかな。んー……。

 

「ビーフ」

 

 まずはビーフカレーパン。ピリ辛の後に食べると味が分からなくなるかもしれないから。

 表面は衣みたいなものがたくさんついていて、ざくざくしてる。食べてみると、食感も見た目通りだ。食べてすぐにカレーが出てきた。

 

「んー……。ちょっと甘めのカレーかな?」

 

 そんなに辛くないカレーだと思う。でもお肉はいっぱい。ごろごろしてる。お肉の味もしっかりと味わえるカレーパンだ。

 私はカレーは辛い方が好きだけど、甘めのカレーも嫌いじゃない。むしろそれはそれで、また違った美味しさがある。お肉ごろごろ入っていて、なんだか高級感があるね。

 うん……。これ、もうちょっと買っておけばよかった。次があればもっと買いたい。

 

「お肉ごろごろで美味しかった」

 

『うん、知ってる』

『パンを食べ始めてから一番美味しそうに食べてたからなw』

『本当にカレー好きなんだなあ』

 

 カレーは一番好き。

 次はピリ辛カレーパン。これは揚げてまだあまり時間が経ってないみたいで、ほんのりと温かい。ビーフカレーパンと見た目はちょっと似てるけど、こっちの方が色が濃いめだ。一応、見て分かるようにしてるみたい。

 かぷりと一口。おお、中のカレーもまだちょっと温かい。すごく美味しい。

 カレーもさっきのビーフカレーパンと違って、やっぱり辛めの味だ。慣れ親しんだ辛さだね。私が好きな辛さではないけど、この辛さもいいと思う。

 

「んふー」

 

『あああ今日ちょっとひどすぎるだろちくしょおおお!』

『味噌煮込みうどんも食べたい……ひつまぶしも食べたい……カレーパンも食べたい……』

『全部食べたら太っちゃうよ……』

 

 少しずつ食べればいいと思う。一気に食べるのはしない方がいいと思うよ。

 それにしても、カレーパンはやっぱり美味しい。心桜島にもパン屋さんあるかな? あればそっちも試してみたい。

 また真美に聞いてみよう。楽しみ。

 パンを全部食べ終わったところで、目的地が見えてきた。

 




壁|w・)パンをはぐはぐしながら歩く魔女がいるらしい……。


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まねきねこ

「あ、見えてきた。ねこ」

 

『え?』

『あ』

『そういえば招き猫を見に来たんだったなw』

『パンのインパクトで普通に忘れてたわw』

 

 パンも美味しかったけど、今の目的は招き猫だ。

 ちょっとした広場に大きな台があって、そこにその招き猫があった。結構大きいけど、台の方が大きくてちょっと触れそうにない。

 本音を言えば触りたいけど……。さすがにそれはやめておこう。触れないようにあの場所にあるのかもしれないし。それに、確かにもふもふはしてないみたいだしね。

 

「んー……。もうちょっとかわいいと思ったのに」

 

『招き猫ですから』

『かわいいのを目的にしてるものじゃないからなあ』

『でもかわいいでしょ?』

 

「かわいい……。うん。かわいい、と思う」

 

 ずっとあそこで、みんなを見守ってくれてると思ったら、ちょっとかわいいかも。

 

「あ、あの!」

「ん?」

 

 呼ばれて振り返る。セーラー服を着た人がいた。手には、スマホを持ってる。なんだろう?

 

「なに?」

「リタちゃんですよね? あの、よければ写真、いいでしょうか……!」

「勝手に撮ってくれていい」

「あ、いえ、そうじゃなくて……。その、招き猫の下に立ってほしいなって……」

「ん?」

 

 あの下? まあ、別にいいけど。

 招き猫の下に立って、さっきの人の方に向く。するとその人だけじゃなうて、その周囲の人も一斉に写真を撮り始めた。なんなんだろう。

 

『あああ! いいなあいいなあ! 俺も一緒に撮りたい!』

『お前らずりーぞ! 俺だってリタちゃんと招き猫を一緒に撮りたい!』

『せめてどっかに投稿してくれ保存するから!』

 

 ええ……。何の意味があるのかな。物好きだ。

 でもまあ、私としては困らないし、好きにしてくれていいかな。

 

「ねえ」

「はい! ありがとうございます!」

「その写真、どこかに、えっと……。あっぷろーど? とうこう? してほしい。視聴者さんが欲しがってるから」

「え……。リタちゃんはいいんですか?」

「ん」

 

 どうせいろんな人に撮られてるし、それにこうしていつも配信してるし、私は困らない。

 女の人はすぐに頷いて快諾してくれた。あとは視聴者さんが自分で保存してくれたらいいと思う。

 

『リタちゃんも学生さんもありがとー!』

『ふへへリタちゃんコレクションが増えるぜ……』

 

「…………」

 

 なんか、へんな人がいるみたいだけど、気にしないでおこう。

 それじゃ、そろそろ次だ。最後に土手煮を買って帰りたいけど、どこに行けばいいかな。

 

「土手煮は? どこに行けばいいの?」

 

『スレたてしてちょっとした相談したぜ!』

『名古屋のテレビ塔の側に美味しいお店があるらしい』

『ちなみに今は別の名称らしいけど』

 

「テレビ塔。じゃあ、まずはそこに転移する」

 

 スマホでテレビ塔を検索。あ、すごく近い。名古屋城よりも近い。じゃあ飛んで行けばいいけど……。そろそろ面倒だし、転移しよう。

 

「それじゃ」

「あ、はい! 気をつけて!」

 

 たくさんいる人に手を振って、テレビ塔に転移した。

 

 

 

 テレビ塔は、ちっちゃい東京タワーみたいな感じだ。北海道の時みたいに、テレビ塔の側は細長い公園があるみたい。結構多くの人が行き交ってる。あ、男の人が手を振ってる。気付くの早いね。

 振り返しておこう。ふりふり。

 

『よっしゃリタちゃんに手を振ってもらえた!』

『行きたかったけど地味に遠かったよ……』

『土手煮だけど、そこから見える路地に入って少し行ったところに小さいお店があるよ』

 

「見える路地が多すぎて分からない」

 

『そりゃそうだw』

 

 視聴者さんにお店の名前を教えてもらって、またスマホで検索。最初からこうすれば良かったんじゃないかな、とちょっと思う。

 んー……。あそこの道、だね。すぐに行こう。

 さっと飛んで目的地へ。小さいビルの一階が目的のお店みたい。近くに大きいビルがあるせいで、余計に小さく見える。

 ここで買えるのかな。でもまだ営業時間じゃないみたいで、お店は暗い。どうしよう。

 一度帰ろうかなと思ってたら、ドアが開いておばさんが出てきた。なんだかにこやかなおばさんだ。私を見て、にっこりと笑ってる。

 

「いらっしゃい。息子から電話があったよ。おいで」

「ん」

 

 よく分からないけど、誰かが連絡してくれたってことかな?

 店内もやっぱりちょっと狭い。カウンター席しかないぐらい。カウンターの奥に調理場があって、おじさんが調理をしていた。

 

「おお、ニュースで見たまんまだなあ。かわいい魔女ちゃんだ」

 

 おじさんがそう言って、おばさんが頷いてる。

 

「本当にね。何も知らなかったら仮装かなって思うところだよ」

 

 かわいいかはよく分からないけど、とりあえず私は土手煮が欲しい。

 

「土手煮、ある? まだだったら、後で来るけど……」

「ああ、大丈夫。作っておいたから」

 

 おじさんが大きなお皿を渡してくれた。なんだかちょっと黒っぽいかな……? お肉と、多分こんにゃくが入ってる。

 

「牛すじの土手煮だ。お酒のおつまみによく注文されるんだが……」

「ま、おかずとしても十分だよ。ごはんと一緒に食べな」

「ん。ありがと」

 

『すっげえ美味そうな土手煮』

『よく見たらわりと有名なお店やんけ』

『息子さんが視聴者にいるとか運がいいというか、リタちゃんも有名になったというか』

『いや多分へたな芸能人より有名だと思うぞ。それも世界的に』

『リタちゃんも大きくなったなあ』

 

「ん? 小さい方だと思う」

 

『違う、そうじゃないw』

 

 違うの? 日本語はたまに難しい。

 支払いをして、写真を撮って、手を振って。そうしてから、私は真美のお家に転移した。

 




壁|w・)にゃー。


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土手煮

 

 真美たちが帰ってくるのを待ってから、晩ご飯。私が土手煮を買ってきたのを知ってたからか、おかずは少なめ。サラダとお漬物、あとはお味噌汁だって。

 

「えへー」

「ん。ちいちゃんはかわいい」

 

 私に抱きついてくるちいちゃんを撫でていると、料理をし終えた真美が呼びに来てくれた。ついに土手煮だ。楽しみ。

 

「リタちゃん、ごめんね。私たちの分まで」

「んーん。みんなで食べた方が美味しいから」

 

『一人きりのご飯は寂しいもんな』

『だからリタちゃん、次の観光は是非とも俺たちを呼ぼうぜ!』

 

「リタちゃん、絶対にダメだからね」

 

『ひでえwww』

 

 もちろん今のところ呼ぶつもりはないけど。巡り会った人ならともかく、視聴者さんを呼ぶときりがなさそうだからね。

 それよりも、ご飯だ。私の目の前にはご飯が並んでる。早く食べたい。

 真美が用意してくれたほかほかの白ご飯にサラダ、お漬物、お味噌汁。このあたりは食べたことがあるから、とりあえず土手煮を試したい。

 

「いただきます」

 

 みんなで手を合わせて、いつもの言葉。そうしてからお箸を手に取って、土手煮を食べた。

 

「んー……。ちょっと濃いめの味付け」

 

 お味噌の味なのかな? 甘辛い味のお肉だ。このお肉、すじ肉っていうちょっと固いお肉らしいけど、そのお肉がとっても柔らかくなるぐらいに煮込まれてるみたい。

 こんにゃくと大根も入ってるみたいで、これもすごく柔らかくて、しっかり味がしみこんでいた。こっちも美味しい。

 でもやっぱりちょっと味が濃いめだけど……。うん。ご飯と一緒に食べるとちょうどいい感じ。甘辛くて柔らかいお肉とご飯はとってもよく合う。

 

「んふー」

「これが本場の土手煮……すごく美味しいね……」

「ん……!」

 

『くそ……ちくしょう……! もう味噌煮込みとひまつぶしとパンでお腹いっぱいだよ……!』

『マジで全部食べた猛者がいるのか……w』

『でもお腹いっぱいだけど土手煮も美味そうなのでちょっと買ってくる』

『ええ……』

 

 食べ過ぎはあまり体に良くないよ。

 土手煮、すごく美味しい。お味噌ってとてもすごいと思う。お味噌汁にもなるし、こうして美味しいお肉にもなるし……。

 

「お味噌、すごい」

「お味噌にもいっぱい種類があるけどね」

「ん? そうなの?」

「そうなの。土手煮で使われるお味噌は八丁味噌っていうやつだったかな?」

「ふうん……」

 

 使い分けとかいろいろあるのかな。難しそう。私はこうして食べられたら満足だけど。

 んー……。土手煮、美味しかった。また食べたい。今度はお店で食べてみたいな。

 

 

 

「精霊様。おみやげ。土手煮」

「おかえりなさい、リタ」

 

 精霊の森に帰ってきて、早速精霊様に会いに行く。今回のお土産は土手煮だ。たくさん買ったから、たくさん食べられる。今回は真美にご飯をもらっておいたから、ご飯もセットで食べられるよ。

 お茶碗に入ったご飯と土手煮を置くと、精霊様が早速食べ始めた。精霊様も食べるのがとても好きだと思う。

 

「リタ? どうかしました?」

「んーん。なんでもない」

 

 精霊様が首を傾げながらも、土手煮を口に入れた。

 

「ほう……。なるほど。濃いめの味付けですが、だからこそご飯によく合います。それに、お酒にも合いそうですね」

「ん? お酒?」

「はい。おつまみ、というやつですね」

 

 おつまみ。お酒と一緒に食べるもの。おつまみがあるとお酒も美味しくなるらしい。私はお酒を飲んだことがないから分からないけど。

 

『やっぱ土手煮と言えばお酒のお供だよね』

『土手煮を食べながら、熱燗をくいっと』

『やめろ、マジでやめろ、また食いたくなるだろうが』

 

 お酒、美味しいのかな? ちょっと気になる。

 

「精霊様。お酒って美味しいの? 飲んでみたい」

「…………」

 

 ん? どうしてか精霊様が黙ってしまった。

 

「あのですね、リタ。お酒は美味しくありません。あれは大人だから美味しいものなのです」

「だめ?」

「だめです」

 

 私はだめらしい。ちょっと残念だけど、気になっただけだし、いいか。

 

『なあ、これって……』

『絶対なんか過去にあったやろ』

『精霊様があからさまに安堵してるしな』

 

 お酒、いつか飲めるかな。師匠を見つけたら飲めるかな? ちょっとだけ、楽しみ。

 

「精霊様、どうしたの?」

「いえ……。なんでもありません。はい。なんでもありません。大丈夫です」

 

 精霊様がちょっと挙動不審だけど……。気にしても仕方ないかな。

 土手煮はまだあるし、私ももうちょっと食べよう。あとでカリちゃんにもあげないとね。

 

 

 

 お家に戻ったところで、カリちゃんが言った。

 

「リタちゃん、おかえりなさいー。朗報ですよー」

「ん?」

「見つかりましたよー。ちょっと遠くの銀河なので詳細はもう少し調べてからですが、近日中に会いに行けそうですー」

「え」

 

 何が、なんて聞かなくても分かる。

 それは、ずっと待っていた報告だった。

 まだ詳しい場所は分からない。それでも、どの銀河かは分かった。

 もうすぐ師匠と会える。かもしれない。

 かもしれないだし、まだ詳しい場所はこれからだけど……。

 どうしよう。すごく嬉しくて、緊張しそうで。

 

「ちなみにー。リタちゃんに真っ先に報告したかったのでー。大精霊様にはまだ言ってませんー」

「それはだめだと思う」

 

 さすがにそれは精霊様にもちゃんと報告してほしい。

 でも。けれども。明日でいいかな。配信ももう切っちゃったし。今はまだちょっと、気持ちが落ち着かないから……。明日、精霊様とみんなに報告しよう。

 

「そうなると思っていたのでー。今日はとりあえず休んで、明日、かんがえましょー」

「ん」

「ちゃんと寝ないとー。絶対に教えませんからー」

「…………。ん」

 

 このまま詳しく探そうと思ったけど、だめらしい。今日はとりあえず寝て、明日、がんばる。

 すごくどきどきしてきた。ちゃんと寝れるかな……?

 




壁|w・)お師匠がいる銀河、発見。
あからさまにリタがそわそわし始めたので、落ち着かせようと一晩待つことになりました。そわそわ。

記憶がぶっ飛んでいるのでリタは覚えていませんが、お酒を飲んだことがあります。
この辺りはいずれどこかで書けたらいいなと思いますが……。まあ、書かない、かな……?


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カリちゃんの報告

壁|w・)ここから第二十四話、のイメージ。


 

 どきどきしてなかなか寝れなかったけど、なんとか眠れた。ただいつもよりずっと早く目を覚ましちゃったけど。

 今は、朝の四時ぐらい、かな? まだちょっと早すぎる気もする。でも精霊様と一緒にカリちゃんのお話を聞くぐらいならいいかもしれない。

 

「カリちゃん」

 

 自室を出てカリちゃんを呼ぶと、カリちゃんが少しだけ驚いたのが分かった。

 

「リタちゃん? ちょっと早すぎますよー。ちゃんと寝ましたー?」

「ん……。あまり寝れなかった」

「なるほどー。判断ミスでしたー。先に報告の方がよかったですねー」

 

 そっちの方がよく眠れたかもしれないけど……無理かな。それならそれで、やっぱりどきどきして寝れなかったと思うから。

 カリちゃんと一緒に世界樹の側に移動。そこで精霊様を呼ぶと、すぐに出てきてくれた。

 

「おはようございます、リタ。今日はとても早いですね」

「ん……。大事なお話」

「ふむ。なんでしょう」

「師匠のいる場所が分かったって」

「…………。はい?」

 

 精霊様が目を丸くしてる。本当に驚いてるみたい。次に勢いよく、私の側にいたカリちゃんに目を向けた。

 

「どういうことですか?」

「あう……。ごめんなさいですー……」

 

 報告してなかったことを怒ってるみたい。カリちゃんは私のためにそうしたらしいから、あまり怒らないであげてほしい。

 

「精霊様。カリちゃんは私に最初に報告したかったって言ってた。だから、怒らないであげてほしい」

「それは……。いえ、そうですか。そういうことなら、いいでしょう」

 

 許してくれたみたい。カリちゃんもほっと胸をなで下ろしていた。

 

「それで、詳しい場所も分かったのですか?」

「いえー。そこまではまだですー」

 

 カリちゃんが言うには、あくまで見つかったのは、どの銀河にいるか、というところまで。どの星にいてどこにいるかはこれからじっくり調べないといけないみたい。

 ただそれでも、間違いなく、一ヶ月以内には見つけられる、らしい。

 

「一ヶ月?」

「はいー」

「それだけ待てば、師匠に会える?」

「おそらくー。観測間違いでなければー」

 

 つまり、期待しすぎもよくないってこと、だよね。でも……。

 

「精霊様。どうしよう。私、ちょっと変かもしれない」

「リタ?」

「ちょっと胸が苦しい。なんか、変」

「ふふ……。おいで、リタ」

「ん……」

 

 精霊様が腕を広げてくれたから、抱きついてみる。ぎゅっとしてみる。んー……。ちょっとは落ち着いた、かもしれない。

 

「ようやくあの子とまた会えると思うと……。私も、感慨深いものがあります。楽しみですね」

「ん」

「コウタと会ったら、まずは何がしたいですか?」

「殴る」

「ええ……」

 

 とりあえず殴りたい。ぶっ飛ばしたい。たくさん悲しくなって心配したんだから、それぐらいは許してほしい。師匠に拒否権なんてないけど。

 その後は……んー……。

 

「撫でてほしい。褒めてほしい。また一緒にのんびりしたい」

「そうですね……。楽しみです。本当に」

「ん……」

 

 ああ、早く会いたいなあ……。

 

「ところで、コウタはどこにいたのですか? ここまで早く見つけたとすると、それほど遠くはなさそうですが」

「ですねー。リタちゃんが遊びに行く地球とは反対側ですがー。だいたい同じ距離ぐらいですー」

「そんなに近くに……」

 

 まさか地球と同じぐらいだとは思わなかった。だからこんなに早く見つかったんだと思うけど。どれだけ早く見つかっても一年以上はかかると思ってたから。

 

「できるだけ急ぎますからー。リタちゃんは今まで通りお待ちくださいねー」

「ん……。でも、カリちゃんも無理しないでね」

「ありがとうございますー」

「なでなで」

「わはー」

 

 指先で撫でてあげると、カリちゃんは嬉しそうな笑顔になった。カリちゃんはやっぱりかわいいと思う。

 あと一ヶ月ほど。それも、最長で一ヶ月だ。それまでには見つかるらしいし、探索開始の場所に師匠がいたら、明日には分かるかもしれない。

 うん。どうしよう。どきどきしてきた。ちょっとだけ、緊張。

 

「リタ。難しいとは思いますが、あまり気にせず今まで通り、ですよ」

「ん」

 

 私も一緒に探せば早くなる、そんな魔法ならいいけど、そういう便利な魔法じゃない。だから私はいつも通り、とは分かってるけど……。やっぱりちょっと、難しい。

 

「配信でみんなに報告はしてもいい?」

 

 みんなとお話しすれば少しは落ち着けるかもしれないから。

 精霊様はすぐに頷いてくれた。

 

「大丈夫です。コウタを心配していた者もいるでしょうし、報告してあげてください」

「ん」

 

 それじゃ、朝になるのを待ってから、配信で報告しよう。みんながどんな反応をするか、ちょっと楽しみ。

 




壁|w・)実は最初はどこの銀河か具体的に決めていたりしたのですが、日数管理がちょっとめちゃくちゃになっちゃったので投げました。
なのでどこかの銀河、です!

ちなみに完結はまだちょっと先ですが、完結したとしても番外編はちょろちょろ続けるかもです。


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再び、闘技場の街

 

 精霊様やカリちゃんと一緒にお菓子を食べながらのんびりと待って、七時頃にお家に戻ってきた。それじゃあ、配信開始だ。

 

「師匠見つかりそう」

 

『リタちゃんおはよおおおおお!?』

『開幕直後に重大発表するんじゃないw』

『マジで? 本当に見つかりそうなん?』

 

「ん。師匠がいる銀河は分かったから、あとは詳しい場所を調べるだけ」

 

 私がそう答えると、コメントが流れる黒い板がたくさんの文字で埋め尽くされた。私でも読むのが難しいほどに。

 

『きたあああああ!』

『リタちゃんおめでとおおお!』

『お前ら落ち着け、まだ気が早いぞ!』

『詳細はこれからなんだから!』

『でもそれでもめでたいことには変わらない!』

 

 うん……。みんなも喜んでくれて、私も嬉しい。報告してよかった。

 

『師匠を探す魔法って一日一個の銀河だっけ。もしかしてわりと近い銀河に師匠がいたんかな』

『あとどれぐらいで会えそうなん?』

 

「天の川銀河と同じぐらいの距離みたい。どれぐらい……。長くて一ヶ月だって」

 

『わりとすぐやん!』

『これはリタちゃん楽しみやね』

『早く会えるといいね』

 

 ん……。師匠に会うのは、とても楽しみ。早く会いたい。

 

「でも精霊様からは、見つかるまではいつも通りに過ごしなさいって言われたから、今日は闘技場の街に行く」

 

『気を揉んで待っていても疲れるだけだろうからね』

『そういえば闘技場忘れてたわw』

『もうそろそろ開催だっけ。参加すんの?』

 

「んー……」

 

 今までは師匠の足跡をたどる、みたいに回ってたけど、師匠と会えるなら直接聞けばいいかなって思ってる。だから王様に会う必要もないし、わざわざ闘技場に出る必要もやっぱりないんだけど。

 でも、師匠も参加した闘技場にはちょっと興味がある。出てみてもいいかも。

 

「出る」

 

『よっしゃあ!』

『無双しようぜ無双! 格の違いを見せつけてやれ!』

『皆殺しじゃぁ!』

 

「私をなんだと思ってるの……?」

 

 闘技場のルールがどうなってるかは分からないけど、意味なく殺そうとも思わないよ。

 

「どんな人が出てくるかは分からないけど……。適当にがんばってくる」

 

 強い人がいるか分からないけど、楽しみだね。

 

 

 

 お昼前に闘技場のある街に転移した。私が泊まった宿の裏側。それから宿に向かう。挨拶しておかないと。

 いや、ちょっとやっちゃったことがあって……。鍵をかけて転移してそれっきりだったから。一日分しか払ってないのに鍵をかけていなくなってるって、すごく困ったと思う。

 

「悪いことしちゃったかもしれない」

 

『言われてみれば確かに』

『部屋を訪ねても誰もいない、それなのに鍵はかかってるって、わりとホラーやなw』

『窓も閉めたままだったしなあw』

 

 改めて思い出すとちょっとひどい。お金、多めに払っておこう。

 私が宿に入って受付に行くと、受付にいたおばさんが目を丸くした。

 

「あんた……。どこに行ってたんだい! 誰もいないのに鍵もかかってるし、窓も開いてないし、どうしようかと思ったよ……!」

「ん。ごめんなさい。お金、多めに払う」

「はっ! ちょっとやそっとじゃ許す気はないよ! 今から兵士に連絡して……」

「とりあえず金貨十枚ほどで。はい」

「次から気をつけてくれればいいよ!」

 

『草』

『超高速手のひらくるー』

『すごいな、金貨を見た瞬間、一切詰まることなく許しちゃったぞw』

『これが金の力だ!』

 

 嫌な力だね。でもお金、持っててよかった。お金には特に困らないからあまり気にしてなかったけど、今後はもう少し貯めておこう。

 

「それで? あんたは闘技場に参加するのかい? 参加するならギルドに行っておくんだよ」

「ん。行ってみる。ありがと」

「気をつけて行ってきな」

 

 なんだかおばさんがすごく優しくなった気がする。さっきはすごく怒ってたのに。お金、すごいけど怖い。

 宿を出て、まっすぐギルドへ。ギルドに入ってカウンターに向かう。ここに来た時に会った人と同じお姉さんだ。私を見て、少しだけ目を丸くした。

 

「ようこそ、魔女様。どのようなご用件でしょう」

「闘技場、参加したい」

「わあ……」

 

 どうしてか、お姉さんが少し遠い目をしてしまった。

 その直後に周囲でもいろんな音と声が聞こえてくる。物を落としたり、嘆きの声だったり。

 

「ちくしょおおお! 今回こそはと思ったのに魔女が参加するのかよお!」

「優勝無理じゃね? え? これ参加する意味ある?」

「落ち着けお前ら! ただの魔女、つまり魔法使いだ! いっきに近接に持ち込めば……!」

「それで負けるようなやつが魔女になれるわけねえだろうがバカ!」

「そりゃそうだ!」

 

 うん。えっと……。ごめんなさい?

 

『阿鼻叫喚である』

『俺らはリタちゃんの無双を楽しみにするだけだけど、この人たちからすればたまったもんじゃないわなw』

『セミプロの大会に世界王者が出場するようなもんかな?』

『そう思うとクソすぎるw』

 

 んー……。でも、だめって言われたわけじゃないから、出場はできるはず。

 振り返ってお姉さんを見ると、にっこりと微笑まれた。

 

「受理しました。明日はがんばってくださいね、魔女様」

「ん……」

「ちなみに皆様、辞退は許しませんので」

「ひどい!?」

「横暴だ! ギルドに訴えてやる!」

「そのギルドがここだよちくしょう!」

 

 なんだかちょっと悪いことをしちゃった気がするけど、でも参加はできそうだし、いいのかな? だめだったら止められるはずだし。

 

「ちなみに魔女様、明日の朝に闘技場までお願いします」

「ん」

 

 集合は闘技場だね。ちょっとだけ楽しみ。

 




壁|w・)宿のことをすっかり忘れていたのは内緒です。


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焼き鳥の討伐依頼

 さて……。一日暇ができたけど、どうしようかな。

 何か依頼でも受けてみようかなと思って、依頼票が貼り出されてるボードに向かう。するとその周辺にいた人たちが勢いよく離れてしまった。多分私のためなんだろうけど、そこまでしてくれなくていいのに。

 

『依頼受けるの?』

『なんかかなり久しぶりな気がするな』

『何の依頼を受けるのか楽しみ』

 

 どれにしようかな。薬草採取は当然のようにあるけど、これは森の側の街でも受けたし……。どうせならこの街ならではの依頼がしたい。

 そう思って探していたら、ちょうどいいものを見つけた。

 

「これ。海の魔獣の討伐」

 

『海の魔獣!』

『定番やな』

『あれ? この間クラーケン食べてなかった?』

『せめて倒してないかって聞けよw』

 

 クラーケン……。お船に乗った時に倒して、食べた。でもさすがにクラーケンとはまた別じゃないのかな。海の魔獣としか書いてないし、受付で詳しく聞こう。

 依頼票を剥がして受付に持っていくと、すぐに詳細を教えてくれた。

 

「海の魔獣、というよりも相手は鳥形の魔獣になりますね。海中に引きずり込む魔獣は先日討伐されたそうなんです」

「ん。倒して食べた」

「なるほど魔女さまが……。なんて?」

「食べた」

「…………」

 

『受付さんの顔がw』

『すっごい変な顔になってるw』

『正気を疑う目ってこういうのをいうんやなw』

 

 それはちょっと失礼じゃないかな。クラーケン、結構美味しかったよ。

 お姉さんは何かを言いたげに口を開いたけど、すぐに閉じて咳払いした。

 

「失礼しました。先ほど申し上げたように、今回は鳥形の魔獣です。漁をしていると襲ってくる魔獣がいるそうで、それを討伐してほしいとのことです」

「ん」

「ですが……。魔女様。今日はゆっくりお休みになった方がいいのではないでしょうか。明日に響きますよ?」

「暇つぶしだから大丈夫」

「暇つぶし……。Bランク依頼が暇つぶし……」

 

 お姉さんの目がなんだか遠いものを見るような目になっちゃったけど、ちゃんと手続きはしてくれるみたい。依頼票にぱっとサインして、私に返してくれた。

 

「これを港にいる猟師に渡してください。猟師なら誰でも大丈夫です」

 

 それじゃ、行ってみよう。

 

「焼き鳥楽しみ」

「…………」

 

『焼き鳥言うなw』

『受付のお姉さんがどん引きしてるぞw』

『うちの子が本当に申し訳なく……』

 

 美味しいかは分からないけど、せっかくなら食べたいだけなんだけどね。

 固まってしまったお姉さんに軽く手を振って、私は港に向かった。

 

 

 

 港に行くとたくさんの船がある。この間みたいな船もあれば、少し小さめの船とかいろいろ。

 漁船って、どれかな?

 

「漁船が分からない」

 

『あー……。こっちの世界と一緒かな?』

『こっちの世界と一緒でも、現代日本の漁船とは根本的に違うだろ』

『結論、俺らにもわからん』

 

 仕方ない。適当な人に聞いてみよう。

 近くの船に向かって、その側で働いてる人に聞いてみる。がっしりとした体格のおじさんだ。おじさんに声をかけて依頼票を見せると、怪訝そうな顔になった。

 

「そりゃ俺ら猟師全員からの依頼だが……。お前が受けるのか?」

「ん」

 

 Sランクのカードを見せると、そのカードの意味は知ってるみたいで大きく目を見開いた。それからいきなりにっこり笑顔になる。ちょっと気持ち悪い。

 

「そうかそうか! いやあよく来たな! 歓迎するぞ!」

「…………。あからさますぎて気持ち悪い」

 

『こらw』

『見事な手のひら返しである』

『さすがSランクのカードは違うな』

 

 だね。ここまで態度が変わるとは思わなかった。

 おじさんに案内されたのは、少し大きめの船。この間乗った船ほどではないけど、漁船にしては大きいお船だと思う。本来はちょっと遠くの海で漁をする時に使う船なんだって。

 そこに何人かの人がいて、そして一目で冒険者と分かるグループがいた。大きな剣を持った男の人と、杖とローブの女の人、それに弓を持った女の子。三人パーティだ。

 

「うん? もしかして君も魔獣退治を受けたのかい?」

 

 そう聞いてきたのは大剣の人。よく見ると、ちょっと年配の人かも。多分、三十後半ぐらい。私が見てきた冒険者ではかなり年上の方だと思う。魔法使いの女の人もそれぐらいかな? 弓の女の子だけ若いかも。

 

「僕たちはBランクパーティ、海蛇の牙だ。よろしく」

 

『海蛇の牙www』

『すごくちっちゃい牙ですねwww』

『お前らw』

 

 ちょっと失礼だと思うよ?

 

「Sランク、隠遁の魔女。よろしく」

 

 そう名乗ると、大剣の人が固まってしまった。代わりの魔法使いさんが震える声で聞いてくる。

 

「隠遁……。新しい魔女の噂は聞いてるけど、あなたが?」

「んー……。そうだと思う」

「まさか、魔女様と依頼を共にできるなんて……。光栄だわ」

 

 魔法使いさんはにっこり笑って手を差し出してきた。とりあえず握手。そういえば日本だとあまり握手って見ないね。そういうものなのかな?

 弓使いさんは私をじっと見つめて、そして勢いよく頭を下げてきた。

 

「よろしくおねがいしましゅ!」

「…………。よろしく」

 

『かんだwww』

『あざとい、この弓使いさんあざといぞ……!』

 

 弓使いさんは顔を真っ赤にしてる。かわいそうだからあまり変なことは言わないであげてほしい。あっちには聞こえてないけど。

 この依頼を受けたのは私たちだけみたい。だからこれで出発みたいで、猟師さんが慌ただしく動き始めた。

 




壁|w・)鳥=焼き鳥。
とりあえず焼く。そして食べる。話はそれからだ。


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焼き鳥もぐもぐ

 この後は出現地点まではのんびり、らしい。鳥の魔獣が出てくるところは決まってるんだって。たくさんお魚が捕れる場所に鳥の魔獣も出てくるのだとか。

 

『単純にエサ場になってるだけやな』

『もしかして定期的に駆除の依頼がくるとか?』

 

 そうなのかな?

 

「この依頼ってよくあるの?」

 

 大剣の人に聞いてみたら、すぐに頷いてくれた。

 

「年に数回かな。その場所にしかいない魚がいるらしくてね。その魚の季節になると、最初にこうして討伐依頼が出るんだ」

「へえ……」

 

 その場所にしかいないお魚。わざわざそのお魚のために冒険者を雇うってことは、それだけ美味しいお魚が捕れるってことかな。あまり売れないお魚なら、わざわざ冒険者を雇う必要なんてないだろうし。

 

「そのお魚って美味しい?」

「ああ、美味しい。細長くてぬるぬるしてる不思議な魚なんだけど、味はなかなか悪くない。その魚のために調味料が作られたんだけど、その組み合わせが絶品なんだ」

「ふうん……」

 

 なんだろう。どこかで聞いたことがあるような特徴のお魚だ。もしかして、とは思うけど、もしかするのかな。

 

『ウナギだったりする?』

『異世界にウナギとかおるんか?』

『ウナギのようでウナギでないものがいそうw』

『みかんもどきの例があるしなw』

 

 ウナギなのかな? ウナギだったら、ちょっと食べてみたい。あとで食べれたりするかな?

 船は小さな島に向かってるみたい。そこにウナギっぽいお魚がいるのかな。あとでこっそり捕るのは……だめかな?

 

『リタちゃんがぼんやりしてる……』

『多分ウナギ食べたいって考えてるんじゃないかな』

『リタちゃん、もうちょっと集中しよう? うるさくなってきたよ?』

 

 なんだかぎゃあぎゃあ小島の方がうるさいね。あれが鳥の魔獣の鳴き声なのかも。漁師さんたちも明らかに警戒してるみたいだから。

 冒険者の三人も少し緊張してるみたい。そいんなに強い魔獣なのかな。

 弓使いさんがもう弓を構えてる。最初とは印象が全然違って、今はきりっとしていてかっこいいかも。弓使いさんが矢を射ると、遠くで鳥の魔獣が落ちていくのが見えた。

 

「おー……。すごい。かっこいい」

「え……。わ、わわ!? あ、ありがとうございます……!」

 

 また弱気な弓使いさんに戻ってしまった。集中してる時と違うのかな。

 魔法使いさんも詠唱を始めてる。ここから少しずつ削り始めるってことなのかな。

 大剣の人は……何もしてない。剣を持って、警戒してるだけ。

 

「この依頼では護衛の役割?」

「ああ、うん。そうだよ。遠距離の攻撃手段なんてないからね……」

 

 大剣で戦うなら、そうかもしれない。アリシアさんとかなら風の刃を飛ばしたりできそうだけど、むしろあの人が別格なだけだろうし。

 ここから削っていくなら、途中で襲われもするだろうけど、あまりこの船にたどり着く鳥はいないかも。弓使いさんも魔法使いさんも次々敵を倒してるから。

 それはちょっと、困る。焼き鳥がなくなる。

 

「全部倒せるの?」

「微妙なところね……。いつもぎりぎりだから、もう一人雇ってもらっているもの」

「ん。じゃあ、私もやる」

 

 軽く杖を掲げて、狙いをつけて……。よし。すぱっと。

 魔法を発動。次の瞬間には鳥に魔獣たちの首が落ちていった。

 

「え」

 

 弓使いさんと魔法使いさんが固まってる。見えてる鳥は落としたけど、油断はしないでほしい。まだ飛んでない鳥がいたら、そっちは倒してないから。

 とりあえず鳥は回収。半分ぐらいアイテムボックスに回収して、一匹だけ風の魔法でこっちに運んだ。

 

「うわあ!? 魔獣の死骸が……!?」

「ひいいい! すみませんごめんなさい呪わないでください!」

「こわいよおおお!」

 

 えっと……。どうしよう。

 

『大混乱じゃねーかw』

『首のない鳥の魔獣の死体がふわふわ浮いて近づいてくるとかトラウアものだぞ』

『もうちょっと加減してあげて?』

 

 そこまで変なことはしてないと思うんだけど。

 魔法使いさんは私を変なものを見るような目で見てきてる。私がやってることだっていうのは分かったみたいだけど、どうしてここまで運んだのか分からないみたい。

 まずは解体魔法で食べられるように解体してしまう。そうしてから炎を出して、鶏肉をあぶる。焼き鳥だ。

 

「あの……。なにしてるの……?」

 

 弓使いさんが聞いてくる。なんだか少し、怯えられてるような気がする。

 

「焼く。食べる」

「ええ……」

 

 なんか、すごく引かれちゃった気がする。

 

『当たり前なんだよなあ』

『誰だってどん引きだよこんなんw』

『一瞬で全滅させたかと思えばいきなり食べ始める……。危険人物かな?』

 

 それは失礼だと思う。私だって怒るよ?

 適当に、けれどしっかりと焼いて、ぱくりと一口食べてみた。

 

「ん。可も無く不可も無く……。中の下ぐらい」

 

『それは一般的には不可の範疇では?』

『中の下と言いながらまだ食べるのか……w』

『ぺっしなさい! ぺっ!』

 

 そんなことしない。こうして捕まえたんだから、ちゃんと食べる。

 んー……。ちょっと、こう、筋張ってるというか……。かたい。せめて何か、調味料が欲しい。

 アイテムボックスから真美にもらった塩こしょうを取り出して、ふりかけて、もう一度食べる。うん。悪くない。

 食感はちょっと悪いけど、香りはすごくいい鳥だね。焼いてるだけで食欲をそそる香りが周囲にまき散らされてる。つまり他の人がこっちを興味深そうに見てる。

 

「食べる?」

 

 鳥の骨を串みたいに加工して、お肉を刺して焼いて。そうしてからそれを弓使いさんに差し出した。

 




壁|w・)サブタイトル思い浮かばなかったです。

闘技場はもうちょっと先、なのです。


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魔女の釣り

「え……。えっと……。食べられるんですかこれ……?」

「とりあえず毒はなさそう」

「はあ……。それじゃあ、いただきます……」

 

 弓使いさんがお肉をかじる。その反応は、

 

「あ……意外とおいしい……」

 

 あれ……?

 

「美味しい?」

「はい。ちょっと食べにくさはありますけど、おいしいです」

 

『リタちゃんの舌が肥えちゃっただけでは?』

『日本で美味しいものばっかり食べるから』

『見た目はわりと美味しそうだし』

 

 そうかな。そうかも。確かに最近は日本でご飯を食べる時が多かったし。ここのご飯だけで考えたら……中の上ぐらいはある……かも?

 いつの間にかみんな集まってきたから、一本ずつ分けてあげる。お肉はたくさんあるから、いっぱい食べてほしい。

 

「いつも魔獣を食べてるのかい?」

 

 大剣の人にそう聞かれる。師匠と一緒にいた時はまさにそうだったけど、今はそうでもないかな? いや、今も森の魔獣を狩る時はわりとあるけど。

 

「わりと多いかも」

 

 そう答えると、魔法使いさんがなるほどと頷いた。

 

「それが強さの秘訣なのね……」

「…………」

 

『リタちゃんそこはちゃんと否定しなよw』

『多分、正解ではないけどあながち外れでもないって悩んでそう』

 

 うん。そんな感じ。否定するべきかちょっと悩む。

 みんなで鳥を食べて、その後は漁をすることになった。本当なら丸一日討伐に費やすらしいんだけど、思った以上に早く終わったから少しだけやっていくらしい。

 

『間違いなくリタちゃんが原因』

『その結果魔法使いさんに絡まれてるわけですがw』

 

 そうなんだよね……。魔法使いさんにたくさん話しかけられてる。勉強熱心なのはいいことだけど。

 

「魔女様。先ほどの魔法は初めて見たけれど、魔女様のオリジナルなのかしら」

「ん」

「すごい……。どういった魔法なの? 一瞬で首を切り落としていたように見えたけれど」

「ないしょ」

「それは残念……。他にはどんな魔法が……」

 

 こんな感じでずっと話しかけられてる。大剣の人とか、すごくおろおろしてるよ。パーティメンバーさんと一緒にいればいいと思う。

 

「あの人は放置でいいから」

「ええ……」

 

『ひでえwww』

『大剣の人は虐殺の魔女の機嫌を損ねないか不安なんだろうなあw』

 

 虐殺言うな。

 漁はみんな釣り竿を持ってる。他の漁法もあるみたいだけど、そもそも今日は漁をするつもりがなかったから釣り竿しかないみたい。それでもせっかく冒険者を雇ったのだから、無駄にはしたくないんだって。

 だから私たちは護衛継続。今のところ襲われることはないけど。

 

「魔女様もやってみるかい?」

「ん……。いいの?」

「もちろんさ」

 

 漁師さんに声をかけられたから、私もちょっとやってみる。

 釣り竿はとてもシンプル。長い木製の枝に長いヒモがついてるだけ。ちょっとした魔道具になっていて、すごく丈夫で魚からもあまり見えなくなってるんだとか。

 この程度の魔道具なら、そこまで高くはない、のかな? 長く使うならちょうどいいのかも。

 ちなみに魚が食いついたら、手でヒモをひっぱっていくのだとか。大変そうだね。

 

『そっか、リールなんて便利なもんないよな』

『リタちゃんにできるんかこれ?』

 

 大丈夫。多分。

 漁師さんを真似て、釣り竿をふる。するとエサを取り付けた針が遠くに……飛ばなかったから魔法で運んだ。

 

『ちょwww』

『リタちゃんwww』

『いきなりずるするなw』

 

 だって、思ったよりも難しかったから。

 

「魔法の無駄遣い……」

 

 魔法使いさんは黙ってほしい。

 そのまましばらく待つと、お魚がかかったみたい。あとは、引っ張るだけ。ヒモを握って引っ張って……。んー……。

 面倒だから魔法で回収しよう。

 

『いきなりヒモがくっついた魚が海面から出てきたんですが』

『ずるすぎるw』

『ずるっこだー!』

 

 ずるっこってなに……?

 漁師さんたちもぽかんとしてる。その間に私はお魚を回収。なんだか細長くてうねうねしたお魚だ。つっついてみると、ちょっとぬめっとした。ねばっこい。

 

『ウナギやこれ!』

『異世界産ウナギ……味は?』

『こっちのウナギとはそもそも違うかもしれんけど……』

 

 どうなんだろうね。食べてみたいけど、食べ方が分からない。

 

「食べたい」

 

 未だにぽかんとしてる漁師さんに言うと、すぐに笑顔で頷いてくれた。

 

「でも陸に戻ってからな!」

「ん……」

 

『それはそう』

『さすがに船の上で火は危ないからな!』

『なおリタちゃんの焼き鳥』

『それは言わないお約束』

 

 今思うと、漁師さんを不安がらせてたかもしれない。ちょっとだけ、反省。

 その後はのんびりと待ってから、お船は陸に戻っていった。

 




壁|w・)木造船の上でいきなり火を出して鳥を焼き始める魔女。

魔女らしい釣りのやり方。
1.釣り竿を振ります。足下にぺちょっと落ちるので風の魔法でちょっと遠くに運びます。
2.ヒットします。ヒモをひっぱります。非力で引っ張れない、もしくは面倒くさくなります。
3.なので魔法で浮かせて回収します。
簡単でしょう? これで君も立派な魔女だ!


今月は31日までありますので、次回更新は4日後の2月3日の予定です。


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ウナギみたいなお魚

 

 陸に戻って、向かった先は港の隅にある小さい建物。時間のある漁師さんがここで休憩してるらしい。釣ったけど売り物にならないお魚はここで食べたりしてるんだって。

 小さい石造りの建物だけど、お部屋の中にはしっかりとした炊事場があって、部屋の中央には大きなテーブルがあった。男の人だけじゃなくて女の人もまじってわいわいと騒いでる。

 そんな中に、私が護衛していた人が入っていった。

 

「おまえらー! 今年初のナギニだぞー!」

「おお! 早いな! 今日邪魔な鳥どもの討伐じゃなかったのかよ!」

「おう! なんと魔女さんが手伝ってくれてな! 討伐が一瞬で終わっちまったから、ちょっと釣り竿で釣ってきた!」

「効率悪すぎるだろそれ」

「こんなに早く終わるとは思ってなかったからなあ」

 

 漁師さんがそう言いながら炊事場に向かう。炊事場といっても別室とかにはなってなくて、みんなの前で調理することになるみたい。

 

「全員一切れずつは食べられる量があるからな。みんなで食うぞ!」

「よっしゃあ!」

「よっ! 太っ腹!」

 

 すごく騒がしいけど、みんな明るくて楽しそう。静かな方が好きだけど、でもこういうのは嫌いじゃない。

 

「魔女さんは一匹まるまる食ってくれよ。今回の主役だからな」

「ん」

 

 一匹ぐらいなら食べられる。楽しみだね。

 

『めっちゃ気のいい人たちばかりだなあ』

『ナギニってやっぱり異世界ウナギのことかな』

『そんなことより味だよ味が気になるんだよ』

 

 どんな味だろうね。

 漁師さんが手早くさばいていく。包丁で頭を落として、すぱすぱっと。

 

「おー……」

「いやあ……。そんな見られると、照れちまうな……」

「ん。すごい」

「そ、そうか? 魔女さんにそう言ってもらえると、光栄だな……」

「おうおう照れてるぞあいつ!」

「恋か!? 禁断の恋ってやつか!?」

「お前らうるせえよそんなわけあるか!」

 

 怒りながらも漁師さんは手を止めない。手際よくウナギをさばいていく。

 そうして切り終わったら串に通して、焼いていく。んー……。香ばしい匂いがただよってくる。お腹が空く匂いだ。

 

『いい音』

『日本のウナギに負けず劣らず……これは素晴らしい』

『ばかな……異世界側のメシテロだと……!?』

『異世界なのに!』

『お前らバカにしすぎだろw』

 

 こっちにも美味しいものはあるよ。日本の方が多いのは認めるけど。

 焼き終わったところで、完成。お皿に並べて渡してくれた。

 

「ほれ、魔女さん。この調味料をつけて食べると美味しいぞ」

「ありがと」

 

 お魚と一緒に渡されたのは、黒いタレみたいな調味料が入った小皿。言われた通りにつけて食べてみよう。全体に調味料をかけていく。

 日本のウナギに使うタレと違って、こっちはとろみがほとんどない。見た目はお醤油の方が近いかも。でも香りは醤油とはまた違う、かな?

 とりあえず食べてみよう。ぱくりと。

 

「んー……。うん。柔らかい。骨がちょっと気になるけど、これぐらいなら十分食べられると思う。この調味料はちょっと辛みが強いけど、美味しい」

「だろ? よければ次は買ってくれよ」

「ん」

 

『やっぱりウナギやないか!』

『辛いタレが……。それも悪くないなあ……』

『でも見た目はちょっと違和感がすごかった。マジで醤油じゃん』

 

 日本のタレとは全然違ったのは間違いない。こっちも悪くはないけど。

 食べ終わった後は食器を返して、ギルドで報告。そうしてからまっすぐ宿の部屋に戻った。

 部屋に入った後は森に転移。精霊様に報告しよう。

 

「精霊様」

 

 呼ぶといつも通り、精霊様はすぐに出てきてくれた。

 

「おかえりなさい、リタ」

「ん。闘技場、明日出る」

「急ですね……。闘技場ですか」

 

 なんだか精霊様が悩んでる。もしかして、出るのはだめだったかな? 今からでも辞退してくるべきかな。受付の人は辞退はだめだって言ってたけど、あれは多分冗談だと思うし。

 精霊様が何か悩んでるから、その間にお菓子でも食べよう。今日は何を食べようかな。

 

「んー……。これ」

 

 引っ張りだしたのは、ちょっと黒っぽいお菓子が描かれた袋。黒くて小さいつぶつぶのお菓子だ。麦チョコだっけ。これ、好き。

 

『麦チョコ!』

『麦チョコはチョコ菓子の中でも完成形の一つだと思う』

『俺はコーンチョコの方が好きかなあ』

 

 コーンチョコも美味しい。食べたくなってきたからそれも食べよう。

 

『俺らが余計なこと言ったからお菓子が増えてるw』

『おまえらリタちゃんが虫歯になっちゃったらどうするんだ!』

『リタちゃんが虫歯になるわけ……ないよね?』

 

 虫歯なら、大丈夫。魔法で毎日体を綺麗にしてる。それにはもちろん歯とかも含まれる。それにそもそも、虫歯菌だっけ。死滅してると思うよ。魔法というか、精霊様が何かやったって聞いてる。詳しくは知らないけど。

 とりあえず麦チョコを食べる。麦チョコはこの食感が楽しい。

 

「あの……リタ……。何をいきなりお菓子を食べ始めてるんですか?」

「気のせい」

「気のせい!?」

 

『気のせいw』

『いくらなんでもそれは無理があるw』

 

 そうかな。そうかも。

 

「食べる?」

「…………。いただきます」

 

『おいこら精霊様』

『相変わらずリタちゃんに甘い精霊様やで』

 

 精霊様は麦チョコを食べながら、話し始めた。なんでもいいけど、お口は空にしてから話した方がいいと思う。

 

「闘技場、参加は構いませんが、ちゃんと手加減するんですよ? 人間はあなたが思っているよりもか弱い生き物なんですから」

「ん」

 

 それは、大丈夫。分かってるつもり。でも十分気をつけよう。

 精霊様と一緒にチョコを食べながら、のんびりとお話。明日の闘技場はちょっとだけ楽しみだね。

 

『なお精霊様のお許しが出たので冒険者の望みは消え果てました』

『お労しや、冒険者たち……』

『これはもうだめかもわからんね』

 

 やりすぎないようにするよ。多分。

 




壁|w・)会話文でもぐもぐいれまくるとさすがに邪魔かなと思ったので、省略しています。
「闘技場、もぐもぐ、参加は構いませんが、もぐ……、ちゃんと手加減するんですよ? もぐもぐ。人間はあなたが思っているよりもか弱い生き物なんですから。もぐもぐ」
「ん。もぐもぐ」
チョコレートは美味しいからね、仕方ないね!


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参加選手さんたち

 

 翌日。闘技場に向かうと、入り口の広場の前はちょっとしたお祭りみたいになっていた。たくさんの屋台が並んでいて、美味しそうな匂いもたくさんだ。何か食べたい。

 とりあえず近くの屋台に行ってみる。えっと……。お肉の串焼き。定番だね。一本買って、食べながら歩こう。

 

『いやリタちゃん受付は?』

『流れるようにすっと屋台に向かったなw』

『美味しそうだからね、仕方ないね!』

 

 うん。仕方ない。

 お肉を食べながら、闘技場の入り口へ。大きな扉があって、中に入るととても広い廊下になっていた。左右に延びる廊下で、闘技場をぐるりと一周してるんだと思う。

 その廊下にはいくつか上り階段があるから、あれは観客席に向かってるのかも。その階段以外だと、扉がいくつか。こっちは闘技場の内側に繋がってるんだと思う。

 どの扉にも、側に人が立っていた。あの人にどうすれば聞けばいいのかな。

 そう思ったけど、すぐ近くの人は知ってる人だった。

 

「来た」

「あら、魔女様。お待ちしておりました」

 

 そこにいたのは、ギルドの受付さん。今日は闘技場の受付をしてるみたい。服装もギルドにいた時と変わらない。

 

「ここに入ればいいの?」

「そうですね。この中にまた廊下があります。階段の上に番号が書かれていますので、六番の扉にお入りください。そこが控え室となっています」

「ん。何回戦うの?」

「四回だけですね。魔女様が出場すると聞いて、辞退した腰抜けが案外多かったようでして……。申し訳ありません」

「私は別にいいけど……。認めたんだね」

「腹痛から持病の腰痛、様々なことが起こっているようですね」

 

『腰抜け呼ばわりはひどいw』

『つまり仮病かw』

『マラソン大会当日の俺かな?』

 

 私としては、楽な方がいいから文句なんてない。痛めつけてやる、なんて思ってるわけでもないし。

 受付さんに見送られて、扉の中に入る。同じような廊下に出たけど、こっちは人が少ない。多分関係者しかいないんだと思う。さっきの廊下はたくさんの人がいたから。

 六番は……ここだね。わりと近かった。

 扉の中に入ると、剣を持った人、杖を持った人、弓を持った人とたくさんの人がいた。みんな強そう、かもしれない。

 

『はえー。みんな強そうやなあ』

『間違いなくリタちゃんが一番弱く見えるな』

『見えるだけだがな!』

『リタちゃんちっちゃいから!』

 

 ちっちゃい言うな。ちっちゃいと思うけど。

 私が中に入っていくと、近づいてくる人がいた。とっても大きな男の人で、背中には巨大なメイスを背負ってる。すごく重そうな武器だ。持ち運びが大変そう。

 

「テメエ、ガキ! なにしに来やがった!」

 

 そんなことを大声で叫んでくる。スキンヘッドの、強面さんだ。

 

『急な大声やめてほしい』

『俺知ってる、これテンプレなやつや!』

『お前みたいなガキが来るところじゃねえってやつだな!』

『お前らのそれはもはやフラグなんだが』

 

 強面さんがずいっと私に近づいてきて、そしていきなり何かを差し出してきた。えっと……。棒のついた飴だ。

 

「ほら、ここは俺みたいな怖い人もいるんだ。これやるから、戻りな。それとも親とはぐれたか? ん? 誰か係の人を探してきてやろうか?」

 

 そんな気がしてたのは私だけじゃないと思う。

 

『知ってた』

『この世界の人、みんな優しすぎない?』

『そのせいでたまにいる悪人さんが極悪人に見えるぜ』

 

 飴は気になるけど、さすがにここでもらったらだめなのは分かる。迷子の子のためのものだろうから。でもちょっと欲しい。

 

「迷子じゃない。参加する」

「あ? テメエみたいなガキが何考えてやがる!」

「ん」

 

 こういう時こそギルドカード、だね。金ぴかのギルドカードを見せてあげると、強面さんは一瞬だけ言葉に詰まって、なるほどと頷いた。納得はしてくれたらしい。

 

「Sランクとかマジかよ……。見た目で分からないにもほどがあるだろ」

「よく言われる。ところで、その飴、欲しい」

「え? いや、いいけど……」

 

 やった。言ってみるものだ。強面さんから飴を受け取って、口に入れる。日本の飴ほど甘くはないけど、それでもほのかな甘みが口に広がって、そんなに悪くない。これはこれでいい。

 

「ありがと。これ、お代」

「ああ、どうも……。いやおい、屋台で銅貨で買ってきたものに銀貨とか渡してくんなよおい!」

 

『金銭感覚よ』

『銀貨は渡しすぎでは?』

 

 手間賃こみってことでいいよ。

 もらった飴をなめながら、周囲の人を観察する。すると知ってる人が一人だけいた。それも、昨日会った人だ。

 

「こんにちは」

 

 声をかけてみると、弓を抱えてる人はびくりと体を震わせた。

 昨日、討伐依頼を受けた時に一緒にいた人だ。海蛇の牙の弓使いさん。弓を大事そうに抱えてる。この人も出場するのかな。

 

「出るの?」

「は、はい……。お手柔らかにお願いします……」

 

 なんだかすごく、自信がなさそう。周囲をずっと警戒してる。ここにいる人はみんな強そうだから、無理はないのかも。

 でもこの人も結構強いと思う。船の上から遠く離れた鳥を仕留められるって、弓使いとしてはかなりすごいんじゃないかな。弓のことはそれほど詳しくないから、多分だけど。

 

「他の二人は?」

「お父さんとお母さんは今回は出ませ……、あ」

「おー……。親子」

「あわわわわ」

 

『あのパーティ、家族で冒険者やってんのかよw』

『もっとまともな仕事をやらせてあげればいいのに』

『いやこれ、両親に憧れて自分も冒険者になったパターンでは』

『なるほど理解』

 

 それはあり得るかもしれない。なんとなく気持ちは分かるから。

 




壁|w・)闘技場のだいたいの構造はイメージにお任せします。ざっくりざっくり。


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一般的な魔法使いの弱点

「あの、魔女様……。私はリンダといいます。よろしくお願いします」

「ん」

「魔女様はどうして参加するんですか?」

「気分」

「気分……?」

「ん。気分」

 

『弓使いさんの顔がw』

『若干引いてるのが分かるw』

 

 ちょっと失礼だと思う。あまり明確な目的がないのは私だけなのかもしれないけど。

 他の人はどんな理由があるのかな。聞いてみると、リンダさんは何とも言えない顔になった。

 

「王様からの報償が魅力的なのと……。顔を売れるから、です。優秀な成績を残せば、指名依頼とかが来るかもしれませんから」

「しめいいらい」

 

『指名依頼ってあったんか』

『リタちゃんの場合だとギルマスとかに頼まれる依頼がそれかな?』

『でも確かに、知らない人よりはある程度実力を知ってる人に依頼したいよな』

『その分お高くなりそう』

 

 依頼料はやっぱり上がると思う。掲示板に貼って誰でも受けられるのが本来の形式なのに、特別に個人に依頼をするなら手間とかもあるだろうから。

 

『でも納得した。ここの人は優勝より売名目的ってことか』

『売名目的って言葉にするとなんか嫌だなw』

『もし魔女に善戦できたらそれだけで依頼が殺到しそうw』

 

 そういう目的もあるのかな。

 でも。

 

「んー……」

「あの、魔女様。どうかしました?」

「んーん。別に」

 

 みんな、結構ぎらぎらとしてる。ちゃんと勝ちたいって思ってると思う。油断はしないようにしないと。アリシアさんみたいな人がいるかもしれないからね。

 

 

 

 部屋で一時間ほど待って、試合が始まった。順番に人が呼ばれて、出て行ってる。私の順番はいつかな?

 

「リンダさん!」

 

 扉が開いて、リンダさんが呼ばれた。参加者で唯一知ってる人だから、がんばってほしい。

 

「がんばってね」

 

 そう言うと、リンダさんは少しだけ驚いたように目を瞠って、しっかりと頷いた。

 

『リタちゃんはリンダさんを応援するの?』

『最後に戦うならリンダさんと、かな?』

『まあ最終的に倒すことになるんですが』

 

 それはそうだけど、言っちゃだめなやつだと思う。

 さらに少し待って、

 

「えー……。隠遁の魔女様」

 

 呼ばれた。がんばろう。

 

「続いて、ハイツ様」

「うわあああ! よりのもよって魔女とかよおお!」

「あっはっは! がんばれよー!」

「よっし、一戦目はとりあえず免れたぞ……!」

 

『これは草』

『がんばれハイツさん、負けるなハイツさん、応援してやるからな!』

『なお本人には聞こえていないので無意味です』

 

 ハイツさんという人と一緒に、扉を出る。案内してくれる人についていくと、中心部に続く長い廊下に案内された。ここから奥に行くみたい。

 

「試合のルールはご存知ですね?」

「あ、ああ……。もちろんだ」

「ん……。ルール?」

「え」

 

 ルール、あるんだね。そういえば確認してなかった。誰からも説明されなかったから、なんでもありなのかなって勝手に思ってたんだけど……。

 そう言うと、ハイツさんが蒼白になって震えだして、案内人さんは頬を引きつらせていた。

 

『言われてみれば誰もルール聞いてねえw』

『いやだって、どんなルールでもリタちゃんなら大丈夫かなって思ってたから』

『魔法禁止ルールだったらどうするんだよ!』

『身体強化でごり押しでは?』

『知ってた』

 

 そっか。魔法禁止っていう可能性もあったかもしれないんだ。次があれば気をつけよう。

 

「お、おれ、マジでころされかけていたのでは……?」

 

 いや、そんなことしないよ。突然襲われたならともかく、試合だって分かってるんだから。

 こほん、と案内人さんが咳払いして、ルールを教えてくれた。

 使うものは剣でも魔法でも何でもあり。武器は模造品とかじゃなくて、ちゃんとした自分の武器を使ってもいいらしい。魔法の武器もありだし、魔道具を使ってもいい。

 ただし可能な限り殺しは避けること。特に降参した相手に追撃すると失格だし、それだけで犯罪者として扱われるようになるんだとか。

 

「私たちがすでに勝負が決まっていると判断して止める場合もあります。それには必ず従ってください」

「ん」

「本当に、お願いしますね?」

 

 そんなに念を押さなくても分かってる。それに、この人が勝つ可能性だってあるんだから。

 

「魔法の弱点は詠唱。だから一気に距離を詰められるとちょっと大変」

「なるほど……。よし、やってやる……!」

「まあ結界張ってるから不意打ちされても問題ないけど」

 

『ちょwww』

『小声でなんてこと言ってるんだw』

『まあそれもあるから俺らは安心して見てられるんだけどな』

 

 案内人さんに見送られて、ハイツさんと一緒に通路の奥へ向かった。

 通路を抜けると、とても広い部屋に出た。床は砂利とか砂になっていて、ところどころに岩が置かれてる。開始と同時に隠れることもできるみたい。

 

「それでは第五試合! 隠遁の魔女! そして、Bランク冒険者ハイツ!」

 

 Bランク。結構強い方だね。どんな戦い方をする人なのかな。

 ハイツさんから少し距離を取って、向き合う。ハイツさんの武器は、斧だね。少し大きな斧で、あれを振り回すみたい。とりあえず一度、結界で受けてみようかな? 反射は今は解除して……。

 

「開始!」

 

 そんな声が辺りに響いて、ハイツさんが走ってきた。

 




壁|w・)一般的な魔法使いが相手なら、魔法の準備が終わるまでに近づいて昏倒させれば勝てます。
熟練の魔法使いにそれをやると、あらかじめ用意している魔法陣の魔法で反撃されます。
リタにやるとそもそもとして結界が常時展開されているので反射でぶっ殺されます。慈悲はない。
でも今回はさすがに反射は自重。優しいでしょ? 結界の解除はしないけど。


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リンダさんとの試合

「わ」

 

 結構速いと思う。大きな武器なのに、一瞬で私との距離を詰めて、斧を叩き込んできた。

 そして軽い音と同時に私の結界に阻まれた。

 

「え」

 

 ハイツさんが目をまん丸にしてる。なんというか……。ごめんなさい。

 

「とりあえず、ぎゅっ」

「うお!?」

 

 影から黒い蔓を伸ばして、ハイツさんを拘束。その場に転がした。

 

『知ってた』

『まさに瞬殺』

『もうちょっと、手心をですね……』

 

 ちゃんと攻撃をさせてあげたから十分だと思う。

 でも、この後はどうしよう。ハイツさんは唖然としたまま動かないし、誰も試合を止めたりしないし……。どうしよう? 追撃、する?

 

『そっと杖を向けるリタちゃん』

『まってまってまってまって』

『多分あまりにもあっさりすぎて、審判さんも判断に困ってるだけだと思うんだ!』

 

 んー……。そうなのかな?

 

「どうしよう」

 

 杖を向けながら考えていたら、慌てたようにハイツさんが叫んだ。

 

「まった! やめてくれ! 降参だ降参! 審判も止めてくれよ殺されるじゃねえか!」

「あ、す、すまん! 試合終了! 勝者、隠遁の魔女!」

 

 終わりでよかったみたい。追撃しなくてよかった。

 拘束の魔法を解除してあげると、ハイツさんは慌てたように立ち上がると逃げるように立ち去ってしまった。意味なく攻撃したりしないから逃げなくてもいいのに。

 審判さんに指示されて、私はさっきの部屋に戻ることになった。ちょっとあっさりすぎた、かな?

 

「もうちょっと、攻撃させてあげた方がいい? 向こうもアピールだっけ? したいんだよね?」

 

『善戦ならともかく、明らかに手加減されるのはマイナス評価にしかならないんじゃないかな』

『単純に煽ってるだけのようにとられるかも』

『気にせずやればいいと思う』

 

 それじゃ、気にせずに続けよう。

 部屋に戻ると、さっきより半分ぐらいの人数になってた。リンダさんもいるから、無事に勝ち抜いたらしい。よかった。

 

「魔女様!」

 

 リンダさんが駆け寄ってくる。少しは緊張もほぐれたのか、今はほっとした感じ。でもまだちょっと、緊張感はあるみたいだけど。

 

「勝ったんだね。おめでとう」

「魔女様も。いえ、私なんかが心配する必要もなかったと思いますけど……。強かったですか?」

「ん」

「一瞬で終わってましたよね……?」

「…………」

 

『まああれで強かったって言うのは無理があるわなw』

『改めてリタちゃんの強さを再認識するだけになりそう』

『いやまだだ! アリシアさんみたいな人がきっと出てくるはず!』

『それはそれで地獄では?』

 

 アリシアさんが出てきたら、私も本気になるだろうから……。ちょっと、この闘技場だと狭いと思う。普通の魔法だと避けられるだろうから、私も広範囲を攻撃する魔法を使わないといけないだろうし……。審判さんは多分巻き添えで死んじゃうだろうから、やっぱりだめだね。

 そんなことを考えてる間に、二戦目に呼ばれたから移動。今回もおんなじような感じで拘束して、戻ってくる。

 やっぱり、出たのは間違いだったかな?

 

『あっという間に二試合目も終わっちゃったな』

『期待通りの無双なんだけど、拘束で終わっちゃうから派手さがなんもない』

『つまり、つまらない』

『お前らわがまますぎるぞw』

 

 派手な魔法を使うと殺しちゃいそうだから、それは我慢してほしい。魔獣相手ならともかく、意味なく人を殺そうとは思わないから。

 次に呼ばれたのは、準決勝。相手は、リンダさんだった。

 

「決勝まで行きたかった……!」

 

 諦めるのが早いと思う。

 

『もはや一種の死刑宣告である』

『なんでや! リンダちゃんなんも悪くないやろ!』

『本当に誰も何も悪くないんだよなあ』

『悪いのはこんな大会に出ちゃったリタちゃんだと思う』

『つまり出ることに期待した俺らが一番悪いってことでは?』

『それ以上はいけない』

 

 さすがに視聴者さんに何かを言うつもりはないけど、王様に会うのにももうちょっと考えた方がよかったかもしれない。そもそも、絶対に会わないといけないってわけでもなかったんだし。

 でも、師匠が出た闘技場に私も出てみたかった。だから、今回だけは許してほしい。

 そういえば、師匠はどんな戦い方をしたのかな。王様に会ったら、聞いたら教えてくれるかな?

 考えている間に、私はまた闘技場の真ん中に立っていた。リンダさんが目の前で深呼吸をしてる。

 

「魔女様」

「ん」

「いきます……!」

「どうぞ」

 

 私がそう言うと、リンダさんは攻撃せずにいきなり岩の陰に隠れてしまった。他の人がすぐに捕まったからその対策かな?

 

「隠れながら攻撃、かな?」

 

『だと思う』

『隠れながらだとリタちゃんは相手を攻撃できないな!』

『リンダさんの勝ちやなこれは!』

 

「いや、場所は分かるけど」

 

『知ってた』

 

 魔力での探知って便利だよ。薄く魔力を広げて、何があるのかだいたい分かる。リンダさんがどこに隠れてるのかももちろん分かる。

 一番単純な探知の方法だから、ある程度魔法に慣れれば使える人は多いはず。お母さんが魔法使いなら、それも知ってると思うんだけど。

 この後はどうするのかな、と思ってたら、突然岩が爆発した。

 

「おお」

 

『耳が! 耳があああ!』

『爆発は! 芸術だ!』

『でもこれ何の意味があるんだ?』

 

 多分、探知の阻害が目的だと思う。一番簡単な探知だと、こういった土煙とかが広がるとあまり役に立たなくなるから。

 




壁|w・)2000文字弱の間に試合が終わり、さらに二戦目も終わるお話があるらしい……。
派手な魔法でぼかーんもいいですが、リタの性格だとまずやらないのでこうなりました……。


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決勝戦

「何か爆弾みたいなものでも持ち込んでたのかな?」

 

『今もあっちこっちで爆発してるのにリタちゃんが冷静すぎてな……』

『これは諦めの境地やな!』

『リンダさんの勝ちか!』

 

「んー……。負けた方がいいの?」

 

 そうなら考えるけど……。ただ、ちょっと、複雑な気持ちかな。んー……。

 

「真美。真美。どうしたらいいかな?」

 

『普通に勝っていいよ。この人たちもリタちゃんが勝つって信じてるからふざけてるだけ』

『ごめん、マジでとらないでほしい』

『俺らはリタちゃんがさくっと優勝するのを見たいだけなんや』

 

「ん」

 

 それならいっか。じゃあ、さくっと終わらせよう。

 そう決めたところで、矢が飛んでくる。私の死角、真後ろから。それを掴んで受け止めて、投げ捨てる。掴まなくても結界が勝手に防ぐけど、こっちの方が見栄えはいいかなって。

 

『おお! かっこいい!』

『すっと振り向いたかと思えばぱしっと掴んで、ぞくっとした』

『なお掴んだ意味』

 

 見栄えだけだね。

 矢が飛んできた方にとりあえず魔法を放ってみる。小さい火球の魔法。当然ながらもうそこには誰もいない。砕けた岩の欠片にぶつかるだけ。

 

「次は何かな? 何をやってくるのかな」

 

『あれ? リタちゃん結構楽しんでる?』

『わりとわくわくしてるような』

 

「どんな工夫をするのか楽しみだから」

 

 負けてあげるつもりはないけど、どんな工夫があるかは見てみたい。最初も二回目も、みんなまっすぐ斬りかかってきただけだからつまらなかった。工夫、大事だよ。

 次の攻撃を待っていたら、今度は何かが投げられてきた。岩の裏からこぶし大ぐらいの球体。あれは……爆弾に近いものかな? ヒモがついていて、先端が燃えてる。ちょうど私に届くか届かないかぐらいで爆発するかも。

 んー……。光と音はさすがに嫌かな。私が、じゃなくて視聴者さんが。画面がぴかってなるだろうから。

 なので。ばくっと爆弾を処理してしまう。爆弾は消えちゃったけど、次は何を……。

 

「ええっ!?」

 

 あれ、なんだか驚いてる。リンダさんがそっと岩の後ろから顔を出してきた。心なしか顔が青ざめてるような気がする。

 

「あの……。魔女様」

「ん?」

「さっきの……大きい口みたいなのって……どこから出てますか……?」

「影」

「影……」

 

 そう見せてるだけ、だけどね。

 リンダさんはこくりとつばを飲み込んで、自分の足下に視線を落とした。見てるものは自分の影だと思う。次に私に視線を戻して、

 

「ちなみに……どこまでの距離を攻撃できますか……?」

「んー……。認識してる場所ならどこでも」

 

 目で見えて無くても魔力の探知で場所が分かってるなら攻撃できる。自分でも結構便利だと思ってる。精霊様にも褒めてもらえた自慢の魔法だ。

 その時の精霊様の顔がちょっと引きつってた気がするけど……。気のせいだね。

 リンダさんはなるほどと頷いて、完全に体を出した。

 

「ごめんなさい。降参します。いつでも殺される可能性があるって、ちょっと怖いので……」

「ん……。残念」

 

『賢明な判断』

『ばくっの魔法はアリシアさんですらどん引きの魔法だからなw』

『そう考えるとやっぱあの魔法ちょっとおかしいわ』

 

 そこまで言われるほどかな?

 リンダさんとならもうちょっと戦ってもいいと思ったんだけどね。工夫をちゃんとしてる人だから、私が考えたこともない方法があるかなと思ったから。

 ともかく、これで試合は終了。私は決勝進出ということになった。

 リンダさんはこの後に三位決定戦があるとかで、一緒に控え室に戻る。もうちゃんとお話しできないかなと思ったんだけど、今までと同じようにお話ししてくれてる。

 

「魔女様、しっかり私のことを探知してましたよね。どんな魔法を使っていたんですか?」

「探知にもいろいろ種類があるから。私は三種類ぐらいを同時に使って判別してるだけ」

「…………。なるほど」

 

『なにそれ知らない』

『そっかー。探知魔法って簡単な魔法なんだなー』

『基礎的なやつならともかく、絶対に他二つは普通の魔法じゃないぞ』

 

 一つは普通の魔法だよ。だって師匠が教えてくれる時、簡単な探知、普通の探知、難しい探知って教えてくれたから。だから一つは普通だと思う。

 控え室に戻って、少し休憩した後にリンダさんが呼ばれた。先に三位決定戦らしい。

 その後に、私だ。ついに決勝戦だね。リンダさんとは楽しかったから、次も楽しめたら嬉しい。

 

「リンダさんはどうなったの? 勝った?」

 

 案内人さんに案内されながら聞いてみたら、頷いた上で教えてくれた。

 

「完封で勝っていましたよ。とてもお強い方のようでした」

「ん」

 

 私がいなかったら優勝とかできてたのかな? んー……。気にしても仕方ない、か。

 そうして、広場に到着。改めて岩とかが設置されて、そして対戦相手もいた。茶色のローブに三角帽子の人。魔法使いかも。

 

「それでは決勝戦! ここまで危なげなく勝ち進んだ隠遁の魔女に挑戦するのは、若き天才魔法使い、ガレス!」

 

『魔法使い!』

『リタちゃん以外にも魔法使いいたんか!』

『全身ローブでわからん! 女の子か!? 女の子だよな!?』

『おまえらwww』

『名前から察するに多分男だろw』

 

 んー……。男の人だね。帽子を目深に被ってるから分かりにくいけど、気配は男の人のそれだから。

 

「はじめ!」

 

 審判さんの声と同時に、ガレスさんが杖を向けてきた。その杖の前に魔法陣が描かれていく。少しして、魔法陣が完成、雷が私に向かってきた。

 この程度の魔法だったら結界で弾けるから意味はない。次は何かな?

 ガレスさんが杖を天に向けた。大きな魔法陣が描かれていく。すごく大きな魔法陣で、広場の上には雨雲ができあがり始めた。

 

「時間、かかりそうだね」

「君は待ってくれるだろう?」

 

 私のつぶやきにガレスさんが聞いてくる。本当ならさっさと攻撃して終わらせてもいいんだけど……。結構大きな魔法だから、どんな魔法か見てみたい。

 




壁|w・)雷の魔法で初見殺しをする戦法のガレスさん。


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一般天才魔法使い

 魔法陣から読み解くと……。

 

「雨雲を作って広範囲に雷を落とす魔法、かな?」

「…………。分かるのか……」

「ん。魔法陣を見れば分かる」

「ええ……」

 

 微妙に引かれた気がする。ちょっとひどいと思う。

 言いたいことは分からないでもないけど。魔法陣からどんな魔法か瞬時に分かる人なんて、あまりいないと思うから。

 ガレスさんは気を取り直したように咳払いをすると、さらに魔法陣の構築を進めていく。たっぷり三十秒数えたところで、完成したみたいだった。

 少し時間がかかりすぎかな? あまり実戦では使えないと思う。

 

「僕が使える最強の攻撃魔法だ。本来なら前衛に守ってもらいながら構築するんだけど……。待ってくれて助かったよ」

 

『ボク! ボクだって! ボクっ子!』

『いやだからこの人は男だろと』

『バカヤロウ! 直接見ない限りは分からないだろ! 俺は信じるぞ!』

『ええ……』

 

 いくら信じても意味ないんだけど……。男の人だったら何か嫌なのかな。よく分からない。

 

「あの……。いいかな、撃っても……」

 

 私が首を傾げていたら、ガレスさんがそう聞いてきた。また待たせてしまったみたい。でも気にせず撃ってくれていいんだけどね。だって。

 

「いいよ。意味ないから」

「……っ!」

 

 ガレスさんの目がつり上がった。

 

『すっごい自然に煽ったぞリタちゃんw』

『しかも本人に悪気はないっていうね』

『だからこそひどいw』

 

 何か言い方が悪かったみたい。

 ガレスさんが魔法陣にさらに魔力をこめる。すると頭上の雲がごろごろと鳴り始めて、そして雷がたくさん落ちてきた。それはこの広場全てに何度も何度も落ちてくる。私がいる場所だけじゃなくて、広場全体を不規則に。ランダムっていうのかな。そんな感じ。

 雷もただの雷じゃなくて、魔力がたくさん込められた雷だ。当然普通の雷よりも威力はさらに高い。一般人なら当たれば死んじゃうかもしれない。

 

 うん。規模、威力共になかなかの魔法だと思う。範囲はもっと広くできそうだから、守ってくれる前衛がいるならこれだけで戦局をひっくり返せるかもしれない。そんな魔法。

 でも、やっぱり意味はない。この程度の威力なら、私の結界は全部弾いてしまうから。

 ガレスさんからもそれが見えていたんだと思う。目を丸くして唖然としてる。

 

『雷の中で平然とするリタちゃん』

『かっこよ』

『絶対にすごい魔法だぞこれ』

『さすが若き天才魔法使い!』

『まあリタちゃんには何の効果もいないんですけどね』

『やめたれw』

 

 これら全ての雷の魔力を全てまとめて一本にすれば、私の結界を少し削るぐらいはできたと思う。ちょっとだけ。

 少しすると、雷が落ちてこなくなって、雨雲もどこかに消えてしまった。これで終わりみたい。

 

「終わり?」

 

 私が聞くと、ガレスさんはなんとも言えない奇妙な表情を浮かべて、その後に肩を落とした。どうしようもない、というのは理解してくれたみたい。

 

「いや、驚いた……。すごい結界だね……」

「ん……。私の師匠は過保護だったから」

 

 いろんな魔法を使えるけど、一番時間をかけて教えられた魔法は結界の魔法だったと思う。師匠だけじゃなくて、精霊様からもゴンちゃんからもフェニちゃんからも、みんなからいろんな結界を教えてもらった。

 たくさんの結界を同時展開もできるから、私に攻撃を届かせるのは難しかったりする。

 だからいろんな場所に気兼ねなく出かけられるんだけどね。これがなかったら日本にも行かなかったかもしれない。

 ガレスさんは降参だと言って頭を下げると、さっさと出て行ってしまった。

 んー……。とりあえず。

 

「優勝は! 隠遁の魔女!」

「わーい」

 

 優勝だ。

 

『わーい (無表情)』

『優勝めでたい! おめでとう!』

『何の苦戦もしてなかったけどな!』

『それは言わないお約束』

 

 勝てれば問題なし、ということで。

 表彰式みたいなものはないみたい。日本のテレビで見た時に少し気になってたんだけど、ないなら仕方ない。

 もうこの決勝戦が終わったら本当に終わりみたいで、観客の人たちもみんな帰っていく。私は、審判の人に促されて待合室に戻ってきた

 

 待合室にいたのは、リンダさんとガレスさん。あと、名前は知らないけどもう一人の参加者さん。多分リンダさんと三位決定戦で戦った人だと思う。

 私たちの目の前に審判さんが立って、今回の賞金を渡してくれた。

 四位の人には賞金だけ。喜んでいたからそれなりの額だったんだと思う。袋を渡されて、中身を確認して満足そうだった。

 三位はリンダさん。賞金の入った袋と、何かの紙。その紙を見て、リンダさんは目を丸くしていた。

 

「紹介状って……。いいんですか?」

「もちろんです。将来有望だからとのことで」

 

『つまり、引き抜きか?』

『リンダちゃんの反応からして、多分結構いいところから声がかかったんだろうなあ』

『国の兵士に、だったりして!』

 

 そうなのかな。もしそうなら、多分いいことだと思う。私は冒険者も悪くないと思うけど、以前フランクさんが言ってたから。冒険者はまともな仕事ができないやつの掃きだめだって。きっと兵士さんとかの方が待遇はいいんだと思う。

 詳しくは知らないし、そもそもとしてそういう引き抜きの話かも分からないけど。

 ガレスさんは賞金だけ。紙はないみたい。

 

「勧誘はないの?」

 

 そう聞いてみたら、ガレスさんは笑いながら答えてくれた。

 

「僕はすでに国に雇われているからね。勧誘なんて来ないよ」

「ふうん……」

 

『宮廷魔道士とか、そんな感じかな?』

『さすが天才魔法使い (笑)は格が違ったw』

『(笑)なんてつけてやるなよw』

『今回は相手が悪かっただけだから……!』

 

 私もそう思う。ミレーユさんほどではないと思うけど、他の魔法使いと比べると間違いなく上位の人だと思うから。

 最後に私に渡されたのは、招待状みたいなもの。明日、王様が滞在してる宿に来るように、みたいなことが書かれてる。そこで賞金の授与というか、望みを叶えてもらえるみたい。

 私は師匠のことが聞ければそれで十分だけど、今までの人は何をもらったのかな。

 聞いてみたら、たくさんの賞金とか、国に雇われたいとか、そんな感じのお願いみたい。人それぞれだとか。

 

「魔女様は何か欲しいものがあるんですか?」

「ん。情報」

 

 聞いてきたリンダさんにそう答えると、首を傾げていた。リンダさんを巻き込もうとは思わないし、気にしないでほしいと思う。

 あとは、明日だ。今日は森に帰ってゆっくりしようかな。

 




壁|w・)タイトルにも (笑)をつけようかなと迷っちゃったのは内緒!
ちなみに、ガレスさんは普通に天才の域です。すごい魔法使いさんです。
でもしょせんは普通の天才なのです。天才ってなんだっけ?


カクヨムで新作の投稿を開始しました。
『ちっちゃい魔女の相談所 ~地球生まれの魔女、両親に冷たくされたのでお姉ちゃんと家出します。異世界からちっちゃい魔女をたくさん呼んでのんびり遊びたい~』
という作品です。
こちらにも投稿する予定ですが、こちらは3日遅れになります……。
ご興味がありましたら、是非是非。


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王様が泊まる宿

 

 翌日。真美のお家で朝ご飯を食べてから、私は指定された宿に来た。ちなみに今日の朝ご飯はピザトーストで、とろとろのチーズが美味しかった。

 

「んー」

 

『なんかリタちゃん機嫌が良い?』

『多分朝ご飯が美味しかったんだと思う』

『何を食べたんだ! 言え!』

「ピザトースト」

『俺も食べたい!』

 

 そんなに難しくないらしいから、自分で作ればいいと思う。

 それよりも。

 

「大きい」

 

『普通にでかい宿だなあ』

『これが……王様が滞在する宿か……!』

『兵士もすごく多いw』

 

 宿は三階建てなんだけど、横にすごく広くてお庭もある。宿の周辺は兵士さんが一定間隔で立って周囲を警戒してるみたい。他の宿泊客さんが入りづらいと思うけど、貸し切りなのかも。

 私がその宿を眺めていたら、近くの兵士さんが歩いてきた。少し警戒してるのが分かる。腰の剣をいつでも抜けるように手を添えてる。

 

「この場所に何か用かな?」

「ん。呼ばれたから来た」

 

 招待状を兵士さんに見せると、怪訝そうにしながらも受け取ってくれた。兵士さんは封蝋を確認して、手紙を開いて、なるほどと頷いて、そうしてから直立して敬礼した。

 

「失礼致しました、隠遁の魔女殿。担当の者をお呼びしますので、少々お待ちください」

「わかった」

 

 兵士さんが駆け足で宿の方と走っていった。後はここで待てばいいみたい。

 

「手紙、ちゃんと役に立った。ミレーユさんのやつは何の意味もなかったのに」

 

『あったなあ、そういうことw』

『逆に警戒されたやつだよなw』

『多分これが普通だから……!』

 

 ミレーユさんの時の方がおかしかったっていうのは、なんとなく分かってるよ。

 そのまま少し待っていると、兵士さんと一緒にメイドさんも歩いてきた。少しだけ早歩きになってると思う。メイドさんは私の目の前まで来ると、少し驚いたように目を丸くして、すぐにそんな表情は隠して一礼した。

 

「ようこそ、隠遁の魔女様。お待ちしておりました」

「ん。早すぎた?」「

「いいえ、大丈夫です。陛下からは、魔女様がいらっしゃればすぐにお通しするように仰せつかっております」

 

 こちらへどうぞ、とメイドさんが先導してくれる。王様が泊まる宿、楽しみだね。

 

『おや、兵士さんもついてくるのか』

『リタちゃんが変なことをしたらすぐに止められるように、じゃないかな』

『止められるんですか……?』

 

 アリシアさんぐらいじゃないと無理だと思う。でもそこまで警戒しなくても何もするつもりはないんだけど。やっぱり王様を守らないといけないから、ずっとこうなのかもしれない。大変だ。

 宿の中はなんだかすごく豪華な造りだった。入ってすぐにとっても広い部屋があって、奥に大きな階段が見える。広い部屋にはカウンターがあって、そこで受付をしてるみたい。他にも、一階に食堂みたいなものもあるのかな。ちょっと美味しそうな香りがしてる。

 お腹が減っちゃう。美味しいもの、食べたい。

 

「真美。真美。カレーライスが食べたい」

 

『わかった!』

『脈絡がなさすぎるんだけど即答できる真美さんがさすがです』

『何か美味しそうな香りでもしてたのかな』

『宿の豪華さよりも香りに意識が向くリタちゃんが相変わらずすぎてね』

 

 だって、どんな豪華な宿よりも、私は自分のお家の方がいいから。こんなところに泊まっても意味はないだろうし。

 メイドさんは受付で少し話をすると、すぐに戻ってきた。そのまま階段を上がって二階へ。大きい階段は二階までで、次は三階の階段に向かうみたい。三階の階段は廊下の端っこにあるんだとか。

 

「二階は私どもメイドや護衛の兵士が利用しています」

「ふうん」

「興味なさそうですね」

「ない」

 

 はっきりと答えるとメイドさんが苦笑していた。私としては、むしろ外部の人にそれを話す方がだめだと思う。私が悪いことを考えていたら利用されちゃうよ? 対策ぐらいしてるのかもしれないけど。

 三階への階段を上って、廊下の中央にある扉の前に立った。三階はこの部屋しかないみたい。一番豪華な部屋、なのかな。

 少々お待ちください、とメイドさんが一礼して、部屋の中に入っていった。

 

「兵士さん」

「はい。何でしょうか?」

「リンダさんは来た?」

「リンダ……。ああ、昨日の三位の方でしたね。入隊する意思があれば王都に来るように、という内容だと思いますので、さすがにまだ来ていないと思いますよ」

「そうなんだ」

「はい。将来を決めることですから、すぐに決断できないでしょうし」

 

『すげえ、ちゃんと配慮してくれてる』

『国のスカウトだと、命令で入隊しろとかになってると思ってたw』

『他国に逃げられるよりは、かな?』

 

 無理矢理入隊させようとした結果、他の国に行かれたら意味がないから、かな? 冒険者ならこの国じゃなくても活動できるだろうし。

 そんなことを考えていたら、メイドさんが戻ってきた。

 

「お待たせいたしました。こちらへどうぞ。失礼の無いようにお願い致します」

「ん……」

 

 失礼のないようにって、どういう風にすればいいのかな。

 

『自覚のない煽りをやめればいいと思います!』

『自覚がないのにどうやってやめればいいんだよw』

『なあに、何かあったら精霊様がどうにかしてくれる!』

 

 こんなことで精霊様は頼りたくないけどね。

 




壁|w・)リンダさんの出番は終わりました……。


新作の投稿を開始しました。
『ちっちゃい魔女の相談所 ~地球生まれの魔女、両親に冷たくされたのでお姉ちゃんと家出します。異世界からちっちゃい魔女をたくさん呼んでのんびり遊びたい~』
という作品です。
また、カクヨムでは3日分早く投稿されています。
ご興味がありましたら、是非是非。


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王様のいたずら

 メイドさんに促されて、部屋の中へ。なんだかすごく広い部屋があって、装飾がたくさんあるテーブルや椅子、棚とかいろいろ置かれてる。でもそこには、王様らしい人は見当たらない。

 私が周囲を見回していると、案内してくれたメイドさんが部屋の奥に歩いていく。そうして椅子に座って、私の方に向き直った。

 

『いきなりメイドが座るの?』

『こいつが失礼すぎなのではw』

『なんだこいつ』

『いやこのパターンはまさか……!』

 

「改めて、ようこそ我が国へ、魔女様。あたしが女王のステッカだ」

「おー……。王様がメイドさん。斬新」

「え? あ、いや、変装というか、悪戯というか……。え? 天然?」

「メイドさんも王様になれる。すごい」

「天然だこれ!? 違うから! ちょっとメイドのふりをしただけだから!」

 

『草』

『リタちゃん素で言ってんのかw』

『多分リタちゃんにとってメイドさんも王様もい大差ないやつだから……』

 

 ん……? 王様がメイドさんの仕事をしてる、じゃないのかな。もしくはその逆。あ、でも、変装とか言ってたから、今回だけってことかな。物好きな人だね。

 

「はー……。魔女様はなんていうか、変な人だな……」

「メイドの服を着た王様も変だと思う」

「はは。確かにな」

 

 ステッカさんは苦笑いを浮かべると、手をぱんぱんと叩いた。すると扉が開かれて、たくさんの人が入ってくる。鎧を着た兵士さんだったり、メイド服の人たちだったり。今度は本物、かな?

 メイドさんたちは部屋に入ると、早速働き始めた。あっという間にテーブルの上に湯気の立つ紅茶とお菓子が用意されて、私も椅子に座るように促された。

 兵士さんはステッカさんの側で待機してる。護衛役かな?

 

「陛下。あまり危ないことはなさらないでほしいのですが……」

 

 兵士さんが言うと、ステッカさんは軽く手を振って言った。

 

「なーにが、危ないことだよ。魔女様が本気になったら、護衛がいてもいなくても大差ないだろ」

「…………」

 

『兵士さんがすごいお顔になってる』

『事実でも指摘されたくないことってあるよね』

『兵士さんからすれば気が気じゃないだろうな』

 

 そこまで警戒しなくても、何もしないんだけど……。兵士さんからすればそんなことは分からないことだろうし、仕方ないのかもしれない。

 でもそれなら、呼び出しなんてしなければいいのに。いつか何かあっても知らないよ。

 

「さて、魔女様。昨日の優勝者である魔女様には、可能な限り願いを叶えるっていう景品なんだけど……。何かあるのか? だいたいのものは自分で用意できるだろ」

「ん……」

 

 物なら確かにそうだと思う。今では私もそれなりにお金もたくさんだから買うこともできる。

 でも今回は物じゃない。

 

「情報が欲しい」

「情報?」

「ん。賢者について。闘技場に出たんだよね?」

「ああ……」

 

 ステッカさんんは何とも言えない表情になってしまった。苦笑いのような、ちょっと申し訳なさそうな、そんな不思議な顔だ。

 ステッカさんはため息をついて、教えてくれた。

 賢者、つまり師匠はやっぱり闘技場の大会に出たらしい。しかも年に一回の、たくさんの人が集まる大会で。

 そこで師匠は危なげなく勝ち進んで、優勝しちゃったらしい。すごい。

 

「ん……。さすが師匠」

 

『ちょっと自慢げなリタちゃんかわいい』

『むふーってしてるw』

『やっぱ嬉しいもんなんやなw』

 

 師匠がそう簡単に負けるとは思わないけど、やっぱり嬉しい。さすがは私の師匠だ。

 私がちょっと満足していると、ステッカさんは怪訝そうに眉をひそめた。

 

「あー……。魔女様。今、なんて言った?」

「気にしないで」

「え、いや、でも……」

「気にしないで」

「あ、ああ……」

 

 ステッカさんを巻き込むつもりはないから、本当に気にしないでほしい。

 

「ちなみに、どんな戦い方をしてたの?」

「あー……。あたしはまだ代替わりしてなかった頃で知らないんだ。賢者が出場した時は、あたしは城で王女として勉強していた」

「王女……?」

「魔女様。紛れもなく、この方は王です」

 

 兵士さんがそう言ってるけど、その声からはどことなく疲れが感じられる。苦労人なのかな。

 王様。えっと、女王様っていうのかな? 私が会ったことがある王様は一人だけだけど、その王様とは雰囲気が全然違う。ステッカさんは、すごく気さくな人というか、一般の人に近いというか、そんな感じだ。威厳とかはちょっと感じられない。

 でも王様も人だし、やっぱりやり方の違いはあるのかもしれない。こんな闘技場がある国だしね。

 

「当時の賢者殿は雷の魔法を使っておられました。圧倒的だったのでよく覚えています」

 

 兵士さんが答えてくれた。結界はあまり使わずに、雷でさくさく倒していったらしい。手っ取り早くってやつかな? 師匠ならやりそうだと思う。

 

『それ見たかったなあw』

『リタちゃんよりちゃんと無双してるw』

『結局、直接的に攻撃することなく終わったからな、リタちゃん』

 

 そうだっけ。言われてみればそうだった。終わったからよしということで。

 あとは、そうだね……。

 

「賢者はこの国に何をしに来たのか、知ってたりする?」

「何かをしに来たっていうよりは、ただの通り道みたいな感じだったらしい。父上から賞金をたんまりもらってさっさと旅立っていったから」

「ふうん……」

 

 もらえるものはしっかりもらって、あとはすぐに立ち去ったらしい。自分の師匠とはいえ、なんだかちょっとひどいと思う。いや、師匠は何か旅の目的があったみたいだから、関係のない国に留まる必要なんてないんだろうけど。

 でも、お金はもらったんだから、もう少し話はするべきだったと思うよ。私がやるかと聞かれたら、やっぱり同じように帰るだろうけど。

 

「ありがとう。聞けてよかった」

「え? ああ、いや……。それだけでいいのか? まだ何か言ってくれてもいいぞ。金をよこせとか、国のお抱えになりたいとか」

「お抱えにはならない。絶対に」

「ちぇー。残念だよ」

 

 本当に残念そうにしてるから申し訳ないけど、魅力も誘惑も何もない。それに、私は守護者だから。

 

「せめて賞金だけでも受け取ってくれよ。優勝者が情報だけっていうのは、さすがにな」

「そこまで言うなら、もらう」

 

 そんなに必要ではないけど、あって困るものでもないから。

 

『体面ってやつかな』

『このまま帰らせたら、どこかから情報が漏れて何か言われそうだしなw』

『王様も大変』

 

 安くすむならそれでいいと思うのにね。

 金貨の入った袋をアイテムボックスに入れて、私はその宿を後にした。あとはギルドに行って、もう出て行くことを伝えよう。

 




壁|w・)闘技場編ももうすぐ終わり。


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二度あることは三度あるしもっとある

 

 ギルドに入って、受付に向かう。たくさんの人が私のことを見て、ひそひそ話してる。何かあったのかな?

 受付にたどり着くと、以前にも会ったお姉さんが対応してくれた。

 

「ようこそ、隠遁の魔女様。優勝、おめでとうございます」

「ん。王様に会ってきた」

「それはそれは……。何をお願いしたのか聞いてもいいですか?」

「情報。それだけだと少ないからって、お金ももらった。美味しいもの食べたい」

「なるほど……。魔女様は美味しい物に目がない、と……」

「ん……」

 

 はっきり言われちゃうと、なんだかちょっと恥ずかしい。でも美味しいものは大事。美味しいものを食べると幸せだから。

 今日は真美がカレーライスを作ってくれるはずだから楽しみ。何のカレーライスかな。カツかな? チーズかな? もちろん何もなしでもいい。楽しみ。

 

「魔女様?」

「ごめん」

 

『心ここにあらずで何を考えていたのやら』

『話題から察せられるだろう? カレーだよ』

『真美ちゃんにおねだりしてたもんなw』

『おねだりって言うとなんかかわいいw』

 

 美味しそうな香りをまき散らしてたあの宿が悪いと思う。

 

「そろそろ次の街に行きたいから、挨拶」

「あら。それはちょうどよかったです」

「ん?」

「深緑の剣聖様から、メッセージが届いていますので」

「来てたの?」

「いえ。ギルド間で短い文章をやり取りする特殊な魔道具があるのです」

 

 聞いてみたら、ずっと昔からある魔道具みたい。短い文章を指定もしくは全てのギルドに送る魔道具。人間が作れるとは思えないから、多分精霊たちが何かやったのかも。

 もしくは、ギルドを作った人に、精霊と親しい人がいたのかも。頼めばこれぐらいの魔道具は作ってくれると思うから。かなり条件はつけられそうだけどね。

 

「内容は?」

「はい。隠遁の魔女様へ、五日後にお会いしたいとのことです。場所は、初めて会ったギルドで、とのこと。またあの部屋に集まろうと」

「ん……」

 

『アリシアさんからの呼び出しか』

『まって? ねえまって? あの部屋って、もしかしなくてもギルドマスターの部屋では?』

『逃げて! ギルドマスターさん超逃げて!』

『残念! 魔女と剣聖からは逃げられない!』

『もうやめて! ギルドマスターのライフはもうゼロよ!』

『わりとまじめに心労でやばいんじゃなかろうかw』

 

 言いたい放題にもほどがある。でも、ちょっと否定できない。アリシアさんも別の場所を指定したらいいのに。

 でも他の場所を聞かれるとちょっと困る。森は、アリシアさんが緊張するかもだし。

 

「わかった。行くようにする」

「お願いします」

 

『おいたわしや、ギルドマスターさん……』

『なんでや! ギルドマスターさん何もしてないやろ!』

『マジで何もしてないのにただただ巻き込まれてるの草なんだ』

『これもはやアリシアさんの嫌がらせでは?』

 

 それはないと思う。ないよね? ちょっと分からない。

 ともかく。五日後に行かないといけない。忘れないようにしないと。

 

「それじゃ、お世話になりました」

「はい。またいつでもお越しください」

 

 受付さんに手を振って、ギルドを出る。のんびり歩いて、時々買い食いをして……。街から出たところで、真美のお家に転移した。

 

 

 

 晩ご飯はビーフカレーでした。ごろごろしたお肉がたっぷり入ってる。お肉にカレーがしっかり絡んでいて、とても美味しい。

 カレーとお肉とライスで食べる。うん。これはとてもいいもの。

 

「もぐもぐもぐもぐ」

 

『一心不乱に食べてる……』

『そりゃリタちゃんにカレーライスを出したらそうなるわw』

『いつもの光景』

 

 真美のカレーライスはとても美味しい。好き。

 

「いつも美味しそうに食べてくれるから、作りがいがあるよ」

「おねえちゃんおかわりー!」

「はいはい」

 

 ちいちゃんもカレーライスをたくさん食べてる。美味しいよね。よく分かってる。

 

「きっとちいちゃんは大物になる」

「その評価、カレーライスが基準になってない?」

「気のせい」

「そうかなあ……」

 

 きっと気のせい。カレーライスが美味しいのが悪い。

 

「ところでリタちゃん。スマホ、震えてない?」

「気のせい」

「気のせい!? 首相さんって表示が出てるんだけど!?」

「放置していい」

「リタちゃん!?」

 

『草』

『首相<超えられない壁<カレーライス』

『知ってたw』

 

 食べ終わってから連絡するから大丈夫。

 なんだかそわそわしてる真美を見ながら、カレーライスを食べ続けた。やっぱりビーフカレーはとても美味しい。

 ちなみに、電話は明日会いたいというものだったから、明日は日本でのんびりするつもり。

 




壁|w・)闘技場編、終了。次話からはまた日本です。
どこかのギルドマスターさんには逃げる猶予ができました。
ちなみに、今回のアリシアさんのメッセージは『全ギルド』に送られてます。
つまり、あそこのギルドマスターさんも知ってるってことだよ……!


さすがに四日も休みたくないので、次の投稿は1日、その次は3日の予定です。


新作の投稿しています。
『ちっちゃい魔女の相談所 ~地球生まれの魔女、両親に冷たくされたのでお姉ちゃんと家出します。異世界からちっちゃい魔女をたくさん呼んでのんびり遊びたい~』
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また、カクヨムでは3日分早く投稿されています。
ご興味がありましたら、是非是非。


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お泊まり計画

壁|w・)ここから第二十五話のイメージ。


 

 首相さんと会う時は、だいたいが最初に会った時と同じホテル、その最上階だ。あっちの希望で、配信はしてない。

 テーブルの上にあったクッキーを食べていたら、首相さんが入ってきた。

 

「待たせてしまってすまないね」

「んーん。別に。何かあるの? お守り?」

「いや、今回はテレビ局からの例の件についてだね」

「ん……?」

 

 例の件って何かあったっけ。えっと……。

 

「あ。温泉」

「そうだね」

 

 そういえば日程とか伝えてなかったと思う。今決めた方がいいのかな。んー……。

 

「そろそろ日程を教えてほしい、と連絡が来ているのだけど……」

「じゃあ、明日で」

「…………」

 

 首相さんの顔が引きつってしまった。ちょっと急すぎたかな?

 

「真美さんの都合は大丈夫かい?」

「あ」

 

 そうだね。それを先に聞いておいた方がいいよね。真美に怒られちゃうところだった。

 スマホで真美に電話する。日本で言うところの平日で、しかもお昼前だからまず出られないと思うけど、これをしておけば真美から電話をしてくれると思うから。

 そう思ってたんだけど、何故か繋がってしまった。

 

「はーい。リタちゃんどうしたの?」

「ん……。真美、学校は?」

「電話優先かな」

「ええ……」

 

 それは、ちょっとだめだと思う。勉強は大事だよ。多分。

 

「温泉、明日行こう。テレビのやつ」

「え……。私はいいけど、テレビ局の人は大丈夫なの? 他の人の予定とか……」

「んー……」

 

 首相さんを見る。首相さんも電話で誰かと話していて、私と目が合うと指で丸を作った。大丈夫、ということだと思う。

 

「大丈夫そう」

「そっか。分かった、明日だね。必要なものがあったらまた連絡して。買っておくから」

「分かった」

 

 電話を切って、首相さんと向き直る。あっちも電話は終わったみたいだった。

 

「あとであちらから詳細が送られてくるらしいから、後ほど連絡させてもらうよ」

「ん。待ってる」

 

 そこでお話は終わり。結構あっさり終わったと思う。

 真美のお家に戻ってのんびりしていたら、首相さんから連絡があった。明日の午前七時に東京駅に集合、そこからバスで移動するらしい。目的地は草津温泉だって。

 バスに乗る少し前から撮影されるらしいから、そのつもりでいてほしい、とのことだった。

 それじゃ、そろそろ配信をしよう。

 

「ん」

 

『いつものごとく突然の配信』

『今日は真美ちゃんの家かな?』

『日本でのんびりするって言ってたしな』

 

「明日から温泉に行く。えっと……。草津温泉。テレビのやつ」

 

『おおおおお!』

『ぶっちゃけその話、自然消滅したと思ってた!』

『一泊二日の旅行だね!』

 

 一泊。とても楽しみ。いつも精霊の森に帰ってたから、ちゃんとした外泊は初めてかも。

 

『それはちょっと譲れない!』

「ん?」

 

 このコメントは……真美かな? どうしたんだろう。

 

『リタちゃん! 準備もあるから、今日は私の家に泊まろう! ね? そうしよう!』

「ん……。どうしたの?」

『いいから!』

「あ、はい……」

 

『魔女すらたじろぐ真美ちゃんの勢い』

『闘技場に出ていたら真美ちゃんが優勝したのでは?』

『やはり真美ちゃんが最強じゃったか……』

 

 それは、えっと……。いや、確かに真美には強く出られないけど。いつも美味しいご飯ももらってるし。すごくお世話になってるし。

 それはともかく、先にここでお泊まりすることになった。精霊様には、二泊ほどするって伝えておかないと。

 というわけで、ちょっと急いで精霊の森に移動。世界樹の側に転移して精霊様に説明すると、なんだかすごく驚かれた。

 

「リタが……お泊まり……! それはとても楽しみですね!」

「ん……。精霊様は私がいない方がいいの?」

「違いますよ!?」

 

 ちょっと不安になって聞いてみたら、精霊様に抱きしめられてしまった。なんだか頭をすごく撫でられてる。んー……。やっぱり精霊様はなで方がとってもうまい。気持ちいい。

 

「リタが外泊なんて初めてなので、少し驚いただけです。いろんな場所に行くようになっても、外泊だけはしなかったですから」

「ん……」

「だから……。ええ。楽しんできてください。でも、ちゃんと戻ってきてくださいね?」

「ん」

 

 それは大丈夫。ここが私の帰る場所だから。私のお家だから。絶対に帰ってくる。

 あ、でも。

 

「二泊だよ」

「二泊!?」

「今日は真美のお家にお泊まりして、明日は温泉の宿にお泊まり。真美と一緒」

「…………。少し真美とお話ししなければならないようですね……」

 

『まってください!?』

『ほんわか家族を見てたら急にホラーになり始めたw』

『真美さんの今後が危ぶまれるw』

 

 今後って、どういうことだろう? 精霊様を見る。にっこり微笑んでる。

 

「精霊様。真美に変なことしたら、さすがに怒るから」

「…………。もちろんです」

 

 ちょっと間が長い気がしたけど、大丈夫、かな? もう少しゆっくりしたら、真美のお家に戻ろう。撫でてもらうのが気持ちいいから、もうちょっと後で、ね。

 




壁|w・)リタのお泊まり&旅行編。

真美「最初のお泊まりが私の家! 譲れない!」
精霊様「お友達とのお泊まり……。ふふ、楽しそうですね」
リタ「旅行も真美と一緒にお泊まりするから二泊する」
精霊様「ぎるてぃ」
真美「!?」
要約すると5行で終わるお話でした。


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旅行の準備……準備?

 

 真美のお家に戻ってきた。真美はもう帰ってきてるみたいだったけど、すごく忙しそうに動き回ってる。大きなかばん……旅行かばんっていうのかな? そこに色々と詰め込んでるみたい。

 

「えっと……いるものは……えっと……」

「真美。真美。大変?」

「あ、リタちゃんいらっしゃい。旅行の準備は大変なんだよ!」

 

『今回いきなりの決定だったからなあ』

『普通の平日なのにすぐに行くことを決めてる真美さんよ……』

『学校は?』

 

「休むけどそれが何?」

「ええ……」

 

 日本だと学校に行くことは大切なことだと思うんだけど……。違うのかな?

 ところで、なんだか詰め込んでるのを見るとちょっと申し訳ないけど、言っておこう。

 

「真美。真美」

「なに?」

「私が一緒だから、アイテムボックスに全部入れておける。あと忘れ物してもいつでも取りに戻ってこれる」

「…………」

 

『言われてみればそりゃそうだw』

『ぴたっと真美ちゃんの動きが止まったのがちょっとおもろいw』

『旅行の準備が実質的にいらないってめちゃくちゃ羨ましい』

 

 ある程度は用意しておいた方が楽だろうけど、そこまで気にする必要はないと思う。

 真美はなんだか少し考えてる。むむむ、と。

 

「でも、限られた荷物でするのも旅行の醍醐味……」

「重たい物を持ちながら歩くか、手ぶらで歩くか」

「よしじゃあリタちゃん、ちょっとこれ入れておいて!」

 

『真美ちゃんwww』

『一瞬で誘惑に負けたw』

『まあ重たい荷物を引きずりながら歩くのって地味に面倒だからなw』

 

 でもとりあえず旅行かばんに入れておくみたい。ある程度入れてあるし、まとめている方が便利だから、だって。

 真美のかばんをアイテムボックスに入れて、準備完了、かな? あとは明日だね。

 

「ところで真美、ちいちゃんはどうするの?」

「明日はお母さんのお仕事が休みだから大丈夫」

「わかった」

 

 ちいちゃんも連れていってあげてもいいかもだけど、さすがに小さい子を泊まりで連れ回すのはだめだと思う。お母さんも心配するだろうから。

 

「それじゃ、リタちゃん。今日はお泊まりだね」

「ん」

「銭湯いこっか!」

「ん?」

「新しい着ぐるみパジャマもあるよ!」

「なんで?」

 

『真美ちゃんはお風呂がからむと暴走するんか?』

『次は何の動物かな?』

『リタちゃんがめちゃくちゃ困惑してるんだけどw』

 

 いや、だって……。前のやつもちゃんとまだあるよ。別に他のものをもらわなくても大丈夫。ちょっと恥ずかしいけど、またあれを着れば……。

 

「今回はにゃんこだよ! リタちゃん猫っぽいから!」

「…………。ん」

「よっし! ちいが戻ってきたら銭湯だー!」

「…………」

 

『リタちゃんが完全に諦めておられる……』

『やっぱり最強は真美ちゃんなんやなって』

『ドラゴンすら瞬殺し、首相の電話ですら放置する魔女を振り回す真美ちゃんすげえ』

 

 真美にはいろいろお世話になってるから、断りにくいっていうのもあるけど。

 真美が楽しそうにしてるのを見るのは、私も嬉しいから。

 でも着ぐるみは……いや、いいんだけど……。うん……。諦めよう。

 

 

 

 ちいちゃんが帰ってきてから、一緒に銭湯に行って戻ってきた。今の私は真美が買っていた猫の着ぐるみだ。やわらかくて着心地は悪くないけど、どうして真美は着ぐるみを着せたがるのか、ちょっと分からない。

 

『にゃんこリタちゃんかわいい』

『あああにゃんこですごくかわええんじゃあああくんかくんかしたいよおおお!』

『まずいぞ錯乱兵だ! 衛生兵! 衛生兵!』

『そこに救命装置があるじゃろ? そう、それ。そのダイナマイトじゃよ』

『殺意しかねえwww』

 

 コメントもなんだか騒がしい。そんなにいいものなのかな。よく分からない。

 あとは、晩ご飯。今日は何を作って……。

 

「リタちゃんに本気で謝らないといけないことがあります」

「ん? どうしたの?」

 

『なんだなんだ』

『かなり深刻そうだけど……』

 

「晩ご飯の用意、忘れてました……!」

「え」

 

『ああ……w』

『いや、まあ、今日ばかりはしゃーないw』

 

 晩ご飯は、なし、なのかな? それは、とても、うん。ちょっと悲しいけど、でも今日はすごく真美を振り回した気がするから、仕方ないと思う。いきなりお泊まりの準備で大変だっただろうし。

 

「晩ご飯はなし?」

「出前でいいかな? それか、カップ麺」

「カップ麺。なにそれ」

「あー……。そっか。わざわざカップ麺を出したりしなかったからね」

 

『言われてみればそうやな』

『わざわざ日本に来てくれてるのにカップ麺出すのはなw』

 

 真美が出してくれたのは、大きめのカップ型のもの。麺って言ってたし、この中に麺が入ってるのかな。中に材料が全部入っていて、お鍋に入れて作るとか?

 

「これにお湯を入れると、早いものは一分、長いものでも五分ぐらいで食べられるよ」

「おー……! すごい!」

 

 料理が苦手な人でも、誰でも簡単に作れてしまうってことだよね。しかもお湯をいれるだけ。レトルトのカレーライスも簡単だって思ってたのに、これはもっと簡単だ。すごい。

 

『リタちゃんがめちゃくちゃわくわくしてるw』

『レトルトカレーで感動してた子だからな』

『カップ麺の残りスープにご飯をぶち込むのもオススメ』

『変な道に引きずり込むなw』

 

 へえ……。ご飯をいれる。それもよさそう。

 




壁|w・)旅行の準備は大変。…………。大変!
にゃんこなリタは各自想像してください。

次回はカップ麺をもぐもぐ。


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カップ麺

「リタちゃん、どれを食べたい? 醤油、シーフード、カレー、味噌、塩……。なんでもあるよ」

「んー……。カレー味も気になる……でも他のもおいしそう……。んー……」

「ちょっと買い置きしてたものだから、何個でもいいよ」

「じゃあ……」

 

 もらったのは、カレーとシーフード。真美は味噌で、ちいちゃんはカレーだった。

 それじゃ、早速食べよう。作り方は簡単、ポットからお湯を入れるだけ。

 

「ちなみに、種類によっては中に小袋が入っていて、お湯の前に入れたり後に入れたりといろいろあるよ。何か美味しそうなものがあって買うなら気をつけてね」

「ん」

 

 カップ麺もいろいろ、なんだね。

 真美にお湯を入れてもらって、あとは待つだけ。とても便利だ。

 

「真美。真美。ご飯はある?」

「パックご飯ならあるよ」

「欲しい」

「温めておくね」

 

 ご飯もレンジでほかほか。とても、とっても便利。

 

『ラーメンライスの沼にはまるのか……』

『おい誰だよリタちゃんに変なこと教えたやつ!』

『なんだよ文句あっか?』

『いやよくやった』

『草』

 

 美味しければいいよ。でも真美が言うには体にはあまりよくないらしいから、みんなは気をつけてほしい。

 三分経ったからフタを剥がす。ぺりぺりっと。最後におはしでしっかりと混ぜて……。完成、かな? とてもいい香り。お腹が減っちゃう。

 

「いただきます」

 

 少しスープを飲んでみる。んー……。お店で食べるよりちょっと微妙かもしれないけど、でも十分美味しい。あの手軽さでこの味を楽しめるなら、やっぱりすごい発明だと思う。

 まずはカレー。カレーライスみたいなとろとろのカレーじゃないけど、ちゃんとカレーの味と香りだ。うん。美味しい。

 

「これはとてもいいもの」

「あはは。喜んでくれてよかった。ごめんね、カップ麺で」

「んーん。美味しい」

「うん……」

「でも真美の料理の方がすごくおいしい」

「うん!」

 

『真美ちゃんが百面相してるw』

『カップ麺を美味しいと言われてもやっとして、でも料理の方が美味しいと言われてめちゃくちゃ嬉しそうで、いいっすねえ』

『長文やめろw』

 

 カレーの次は、シーフード。ご飯を入れるならこっちかな? カレーの方に入れても、しゃばしゃばなカレーライスにしかならないと思うから。

 シーフードのスープも、悪くない。イカみたいなのも入ってる。結構さっぱりとした味で、美味しい。とろみがあるスープでもないのに、麺にしっかりとスープの味がある。いいね。

 麺を食べ終わったところで、ご飯をいれる。それからしっかりと混ぜて……。

 

「リタちゃん、スプーンの方がいいよね?」

「ん……」

 

 おはしだとちょっと食べにくいかなと思ったところだった。

 スプーンでスープとご飯を一緒に食べる。おー……。これは、いい。すごくいいもの。ご飯にしっかりとスープの味がしみていて、美味しい。

 

「おいしそう……」

「ん? ちいちゃんも食べる?」

「たべる!」

 

 でもちいちゃん、まだ自分の分が残ってるけど……。いっか。スプーンでちいちゃんの一口サイズぐらいで食べさせてあげる。ふんにゃりとちいちゃんが笑って、とてもかわいい。

 

「おいしい!」

「ん……。おいしいね」

「ふふ……」

 

『なんやこの幸せ空間』

『おかしい……ただのカップ麺のはずなのに……』

『お前らの舌が肥えすぎなんだよ反省しろ』

『さーせんwww』

 

 カップ麺、美味しいよ。さすがに毎日これだとちょっと困るだろうけど、カップ麺も悪くないと思う。

 全部しっかりと食べ終えて、ごちそうさまでした、と。

 

「それじゃ、リタちゃん」

「ん?」

「せっかくのお泊まりだし、映画でも見る?」

「えいが」

 

 テレビはよく見るけど、映画は見たことがない。一時間以上あると、あまり見る気が起きなかったから。

 でも今日は夜までいっぱい時間があるし、映画も悪くないかも。

 

「見る」

「ちいも! ちいも!」

「はいはい……。それじゃあ、アニメ映画にしよっか。そうだね……」

 

 真美が選んだのは、小学生ぐらいの女の子が異世界みたいな場所に家族と迷い込んで、温泉宿で働くことになったお話。

 リビングでのんびりと映画を見る。んー……。

 

「このおばさん、殺してしまった方が世のためだと思う」

「いや、あの、リタちゃん……」

「たいした魔法も使えないみたいだし、殺すべき」

「落ち着こう!?」

 

『創作だから落ち着いてw』

『リタちゃんから見たらそりゃたいしたことない魔法なんだろうけどw』

『あかん魔法使いが出るアニメだと酷評されそう』

 

 さすがにそんなことはしないけど。動く漫画だと思えばいいってことだよね。あまり難しいことは考えないようにしよう。

 




壁|w・)炭水化物を食べた後にその残りのスープで炭水化物を食べる! 背徳の味……!
アニメ映画についてはご想像にお任せしますが、これだと思ってもタイトルは出さないでください。


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お泊まり

 全部見終わったところで、真美たちのお母さんが帰ってきた。ちいちゃんもおねむみたいだから、そこでちいちゃんはお母さんに寝かしつけられて、就寝。

 私と真美は映画をもう一本見ることに。今度は、簡単な魔法を使える魔女のお話。荷物を配達する子のお話みたい。

 

『そこであえて魔女の話をチョイスする真美ちゃんよ』

『今回は悪役じゃないから! 主人公だから!』

『リベンジやな!』

 

 リベンジっていうほどのものなのかな……?

 んー……。魔法を使える、というよりは空を飛べるだけみたい。それも箒がないと飛べないみたいだね。

 

「箒がないと空を飛べない……。箒に何かしらの魔法をかけてる? それはそれですごく面倒だと思う。でもバランスを取るのにちょうどいい、かも……? 難しい」

「ちなみにリタちゃん、師匠さんが空を飛ぶのは箒って言ったのは、この映画も影響してると思うよ」

「え」

 

『それはあり得るかもしれん』

『日本では魔女と言えば箒で空を飛ぶイメージだからな』

『そんな設定はいろいろあるけど、一番メジャーなのはこの映画かも?』

 

 そっか。それを思うと、なんだかこの映画が好きになってきた気がする。

 映画の魔女は男の子を助けて、それで終わり。決して世界を救うようなお話ではなかったけど、どこかで実際に起きていてもおかしくない、不思議なお話だった。

 

「それじゃ、リタちゃん。そろそろ寝よっか」

「ん」

「私は歯磨きしてくるけど、リタちゃんは?」

「魔法で綺麗」

「いつも思うけど本当に羨ましい魔法だね……!」

 

『実際かなり羨ましい』

『それがあれば、歯磨きが一瞬で終わるってことやろ?』

『地味に面倒だからなあ』

 

 歯ブラシっていうのでやるらしいね。私は小さい頃も師匠や精霊様が綺麗にしてくれてたから、やったことがないけど……。見てるだけでも大変だと思う。

 それが終わってから、真美の部屋に案内された。

 真美の部屋はシンプル。ベッドと勉強机に棚がいくつか。ベッドにはたくさんぬいぐるみがあって、私が買ってきたイルカもちゃんといた。

 

「ん……。お家からお布団持ってくる」

 

 別に床に直接でも、というより正直寝なくても大丈夫なんだけど、真美が気にしそうだから。

 そう思ってたんだけど。

 

「え? 別にいいよ。一緒に寝よ」

「え」

「どうぞー」

「ええ……」

 

『これは、てえてえやな?』

『一緒にお布団、いいですねえ!』

『ワイも間に挟まりたい』

『死ね』

『くたばれ』

『消え失せろ』

『ひでえw』

 

 ん……。とりあえず、配信はもう切っておこう。

 別に拒む理由もないから、真美のベッドに潜り込む。ぬくぬくだ。

 

「んー……」

「どうしたの?」

「人肌が近くにあるのは、久しぶり」

「久しぶり? 前は?」

「師匠」

「そっか……」

 

 まだもっと幼い頃だけど、師匠がよく一緒に眠ってくれてた。特に拾われてすぐの私は、ちょっとだけ不安定だったから、毎晩師匠が側にいて、寝かしつけてくれていた。

 師匠にはたくさん迷惑をかけたと思う。だから、たくさん恩返しをしたい。

 早く会いたい。会いたいなあ。

 

「もうすぐ会えるんだよね」

「ん」

「楽しみだね」

「ん……」

 

 会えるか分からなかった時のことを思ったらすごく気は楽だけど……。でもだからこそ、余計に会いたい気持ちが強くなってる気がする。

 だから、とりあえず。

 

「師匠をぶっ飛ばす魔法を考えないと……」

「そこは譲らないんだね……」

「ん」

 

 たくさん心配をかけられたんだから、それぐらいは許してくれるはず。精霊様に言ったら、私の分もお願いしますって言ってたし。だから。

 

「手加減いらないよね」

「そこは手加減してあげよう!?」

 

 じゃあ、ほどほどに、ということで。

 その後ものんびり真美とお話ししていたら、いつの間にか真美が眠ってしまっていた。私も目を閉じて眠ることにした。

 




壁|w・)少し短め。すみません。

画面ブチィ
視聴者「ちょ……!! 今からがいいところなのに!」
そんな反応がたくさんあった……かもしれない。


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どうでもいい有名人さん

 

「旅行だー!」

「だー」

 

『真美ちゃんのテンションがめちゃくちゃ高いw』

『逆にリタちゃんは平常運転』

『語尾の上がるだーの後に平坦なだー』

『何の話だよw』

 

 旅行当日。東京駅で待ち合わせ、ということで、東京駅の前にいる。たくさん人が集まってるけど、きっとテレビの人がどうにかしてくれるはず。私は知らない。

 

「温泉。楽しみ」

「楽しみだね! 温泉ってすごく気持ちがいいんだよ!」

「おー……」

 

 銭湯も気持ちいいけど、温泉はもっと気持ちいいらしい。とても楽しみ。

 のんびり待っていたら、野次馬っていうのかな、ちょっと多くなってきたためか警察の人とか駅の人とかも集まってきた。今はその人たちに誘導されて解散していってる。

 

「んー……。目立ちすぎた?」

「場所を指定したのはテレビの人だから、リタちゃんは気にしなくていいよ」

 

『責任を丸投げである!』

『事実だからなあ』

『テレビの人はもうちょっと反省するべき』

 

 ちょっと無茶ぶりだと思う。

 さらに少しして、大きなバスが私たちの側にとまった。下りてきたのは、なんだか綺麗な女の人。すらっとした人で、どこかで見た覚えがある。

 その人は私たちに気が付くと、笑顔で言った。

 

「初めましてね、リタちゃん。あたしは高崎鈴音(たかさきすずね)。知っているかしら」

「見たことはあるけど、どうでもいい人は意識してない」

「リタちゃん!? 事実でも言葉を選んで!?」

「あ、あはは……」

 

『日本でもトップクラスの女優になんということをw』

『真美ちゃんのそれもフォローじゃなくて追い打ちなんだよなあ』

『高崎さんが何とも言えない苦笑いになっていらっしゃる……』

『そりゃこんなに冷たい反応はそうそうないだろうからなw』

 

 有名人らしい。芸能人っていうやつかな? でも私には関係のない人だから、どうでもいい人だった。でも今日はさすがにちゃんと覚えておこう。高崎さん。有名人。

 続いてバスから降りてきたのは、大きなカメラ、だっけ。それを持ってる人とか、マイクを持ってる人とか、道具を抱えてる人とか……。いっぱい。

 そのうちの一人、中年ぐらいのおじさんが声をかけてきた。

 

「初めまして。俺は今回の責任者を任されてる堂島というものだ」

「ん」

「このバスで君たちを目的地まで連れていく。が、そこから先は自由だ」

「ん?」

「高崎さんには宿泊先の旅館の場所を伝えているから、自由に行動してほしい」

 

 なんだか予想と全然違う。もっといろいろ、細かく注意事項があるかと思ってたから。

 

「ここに行け、あそこに行くな、とかはないんですか?」

 

 私が気になったことを真美が聞いてくれた。堂島さんは頷いて、

 

「むしろ聞きたいんだが、そこの魔女さんは従ってくれるのか?」

「…………」

 

 無視はしないと思うけど、本当に行きたい場所があれば気にせず行くかも?

 真美も納得したように苦笑してる。ちょっとひどいと思う。

 

『正論である』

『リタちゃんが好奇心を抑えられるわけがないだろうがいい加減にしろ!』

『なんだこのおっさん有能か?』

 

 そこまで言う必要はないと思う。

 ともかく、移動だ。みんなでバスに乗り込んだ。

 バスはなんだかとても広々としてる。真美が言うには、普段あちこち走ってる市営のバスとは全然違うものらしい。真美もこういうのは初めてみたいで、驚いてるほどだ。

 

「すごい……なにこれ……」

 

『なんやこのバス。個人用?』

『重要な人のために用意したのかな』

『間違いなく特別待遇』

 

 バスは多分、前と後ろで二つの部屋がある造りになってる。奥の方に資材とか必要なものを運び込んでるみたいで、他の人もだいたいはそこに入るみたい。

 私と真美、高崎さんは前の部屋。ふかふかの椅子の前にはテーブルがあって、みんなで見れる大きなテレビも備え付けられてる。冷蔵庫もあって、中の飲み物は自由に飲んでいいらしい。

 ただしあまり立ったり歩いたりせず、シートベルトをつけておいてほしいとは注意された。事故の時にとんでもないことになるから、だって。

 

「具体的には?」

「そうね……。ビルから落ちるのと大差ない衝撃らしいわよ」

 

 そう教えてくれたのは高崎さん。博識だ。でも。

 

「んー……。その程度?」

「え」

「リタちゃん、一般的にはビルから落ちると即死だからね?」

「そうだった」

 

『魔女の感覚と一緒にするんじゃない!』

『そもそも結界あるから、この子多分スカイツリーから落ちても普通に生き残るのでは』

『衝撃とかどうなってんだよ』

『魔法に物理法則を求めるな』

 

 衝撃は結界全体に逃がしてるというか……。説明が難しい。魔法の部分だから。

 でもとりあえず、日本のルールではシートベルトは必要らしいから、ちゃんと守っておこう。

 椅子に座る。すごくふかふか。まるで包み込むような椅子で、とても座り心地がいい。いつか乗った新幹線の椅子を思い出す。

 走り始める前に高崎さんが冷蔵庫から飲み物を取ってくれた。果汁百パーセントのオレンジジュース。飲みやすいようにペットボトルに入ってる。

 

「現地に到着するまで四時間ほどかかるけど、テレビで何か見たいものはある?」

「任せる」

「あらそう? 真美ちゃんは?」

「じゃあ、せっかくなので高崎さん主演の映画をお願いします。魔法が出てくるもので」

「昨日の二人の配信、見てるのだけど。え? 公開処刑? 本当に?」

「おもしろそう」

「逃げ場がない……!」

 

『これは草』

『高崎さんがいじられるのはなかなか見ない光景やなw』

『大物オーラ半端ないからな』

『魔女にそのオーラは通用しないけどな!』

 

 高崎さんは何とも言えない表情になってたけど、テレビで映画をかけてくれた。どんな映画か、楽しみだ。

 




壁|w・)リタにとって、日本で重要な人は真美の家族と師匠の家族。
それ以外は視聴者さん関係をある程度気にするけど、芸能人とかはどうでもいい判定。
関わりがない人、だからね。仕方ないね。


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足湯とご飯

 

 映画はそれなりに楽しめた。高崎さんが主役として出てるものと、アニメ映画。二本見てちょうどいい時間だ。

 バスから降りて、少し歩くことになるみたい。自由に行動していいみたいだけど、転移は使わないでほしい、とのこと。テレビカメラが置いて行かれてしまうかも、だから。

 今回はお金とか全部出してくれるみたいだから、それぐらいなら頷いておこう。のんびり見て回るのも悪くないと思うし。

 

「観光案内は任せてね。頭に叩き込んできたから」

「わ、私だっていろいろ覚えてきたからね、リタちゃん!」

「ん。高崎さん、帰っていい」

「扱いがひどくない……?」

 

 冗談だから真に受けないでほしい。

 

『本気なのか冗談なのか、これもうわかんねえな』

『俺、高崎さんのことは好きだよ。でも今回に限ってはただただ邪魔なんだ』

『お前らもうちょっと言葉を選んでやれよ』

 

 少し落ち込んでる高崎さんを連れて、道を歩いていく。後ろからはテレビの人もついてきてるけど、できるだけ気にしないようにしよう。

 ただテレビカメラが目立つからか、人が結構集まってる。ちょっとうっとうしいかも。

 

『テレビカメラが目立ってるというか、なんというか……』

『リタちゃん単体で目立つからね?』

『真っ黒ローブな魔女っこなんてリタちゃんぐらいなんよ』

 

 んー……。でも脱ぐつもりはない。

 

「あの、高崎さん、案内お願いします。テレビ的にもそっちの方がいいかなって」

 

 気を利かせたのか真美がそう言うと、高崎さんがはっと我に返って笑顔で言った。

 

「そ、そうね! 任せて! しっかり案内するから!」

 

『真美ちゃんええ子やな』

『気配り上手』

『信じられるか? この子、テレビに出ちゃうけど、一般人なんだぜ』

『逸般人ですね分かります』

『魔法とか使えるわけじゃないから普通の人のはずなんだけどなあw』

 

 高崎さんの案内で最初に向かったのは、なんだかとても広い場所だ。ちょっとした広場で、真ん中がへこんでる。そこにたくさんの箱みたいなのが並んでるね。お湯がいっぱい、かな?

 

「なにこれ?」

「草津温泉と言えば、この湯畑よ。温泉の源泉を流していて、年に何回か、湯の花を採集しているの」

「湯の花? お湯が花になるの? 魔法みたい」

「ふふ。違うわよ。硫黄のことね」

「ふうん」

 

 それを作って集めるための施設ってことだね。不思議なものを作ってる。でもここに入れるわけじゃないみたい。

 

「温泉には入れないの?」

「リタちゃん、さすがに気が早いと思うよ。観光はいいの? 美味しいものもあるよ」

「ん……。美味しいもの。それがいい」

 

 温泉、というよりお風呂は夜に入るもの、なのかな。体の汚れを落とすためにお風呂に入るみたいだし。魔法がないと大変だ。

 

「そうね。ちょうどお昼だし、ご飯にしましょう」

 

 そう言った高崎さんが案内してくれたのは、なんだか不思議なカフェ。日本らしいお家のようなお店に入ると、椅子とかはなくてお風呂みたいなものが真ん中にある部屋だった。

 あ、でも隣の部屋にはちゃんと椅子がある。この部屋がちょっと特殊みたい。

 

「足湯を楽しみながら食事ができるお店。どう?」

「わあ……。すごくいいところですね! リタちゃん、ここで食べよ?」

「ん」

 

 足湯ってなんだろう。高崎さんの動きを見ていたら、靴を脱いでお湯に足を入れた。体じゃなくて足だけ入れるお風呂、だから足湯なのかな。

 真美も同じように座って、私も座る。おお……。あったかい。気持ちいい。

 

「どう? リタちゃん」

「気持ちいい」

「ふふ。よかったね」

 

 これはなかなかいいものだと思う。

 お店の人がメニューを持ってきてくれた。ほとんどはジュースとかデザートとかだったけど、ご飯になりそうなものも少しあった。小さい牛丼みたいな感じ。

 私と真美はそれを注文。高崎さんはパフェだね。

 先にパフェが運ばれてきて、高崎さんがテレビに向かって何か話してる。味の感想とか、そういうの。テレビでこういうのは見たことがある。大変そうだね。

 

「私もやらないといけないのかな」

「リタちゃん、やる?」

「やらないけど」

「だよね」

 

 ご飯は自由に食べたい。あんな解説しながらとか、ちゃんと味わえないと思う。

 

『ぶっちゃけ変な解説入れるより、美味しそうに食べてるところを見る方がこっちも幸せ』

『特にリタちゃん美味しそうに食べるしね』

『俺もリタちゃんに食べられたい』

『どういうこと……?』

 

 ちょっと意味が分からないと思う。

 私と真美の牛丼も運ばれてきた。サイズは小さいけど、しっかりと熱くて美味しそう。お昼ご飯というより本当に軽食っていう感じだけど。

 まずは、一口。んー……。お肉がすごく柔らかい。たっぷりとつゆも入っていて、すごく美味しくて食べやすい。つゆそのものにもしっかりと味がついているから、お肉がなくなってもこのつゆだけでご飯を食べられる。

 でもやっぱり、ご飯とお肉とつゆ、これを一緒に食べるのが一番美味しいと思う。

 

「ん……。美味しい」

「美味しいね。もう一杯注文する?」

「んー……。真美はどうするの?」

「リタちゃんが食べるなら、頼もうかな」

「じゃあ頼もう」

 

 ということで、もう一杯注文。でもどうせなら、もう少し大きい器で持ってきてくれたらいいのに。

 そう思ったけど、食べにくいから小さい器なのかな。テーブルもあるわけじゃないし。足湯に入りながら、つまりちゃんと手で持って食べないといけないから、疲れたら困るのかも。

 食べ終わって、少しゆっくりしたところでお店を出た。

 ちょっと不思議なお店だったけど、結構いいお店だったと思う。牛丼はすごく美味しかったし、足湯も気持ちよかった。ゆっくり浸かりたいとも思うけど、足湯も悪くないと思う。

 次はどこに行くのかな?

 

「リタちゃん、温泉に入りたいよね?」

「ん……。夜まで待つよ?」

「お昼からの温泉も悪くないと思うよ。だから」

 

 真美はそう言うと、高崎さんに向き直った。

 

「温泉巡り、しましょう! 浴衣に着替えて!」

「いいわね。その心は?」

「リタちゃんの浴衣を見たいです!」

 

『草』

『欲望に忠実だな真美ちゃんw』

『でも気持ちは分かるw』

 

 よく分からないけど、そういうことになった。

 




壁|w・)足湯でぬくぬく。作中は夏あたりだったりしますが。


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旅館

 

 高崎さんに案内されたのは、湯畑から少し離れた場所にある旅館。とても大きな日本らしいお家で、少し離れた場所にあるからか夜は結構静からしい。落ち着いてゆっくりできる宿、なんだって。

 

「すごい……。いかにもな旅館……!」

「今回はここの三階を、私たちとテレビ関係者で貸し切りになっているから。階段を下りなければ知らない人に会うこともないわ」

「夜は安心ですね」

 

 こういう宿を、趣がある、とか言うのかな? よく分からないけど。

 みんなで中に入ると、着物を着た女の人が綺麗な姿勢で立っていた。私たちを見て、にこりと微笑んで頭を下げた。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

「予約していた高崎です」

 

 高崎さんが着物の人と話をしてる。そっちは任せて、私は宿をぐるっと見回した。

 入ってすぐは玄関、だね。たくさんの靴箱が並んでる。ここでスリッパに履き替えるみたい。玄関から上がったところはカウンターや売店があって、左右に延びる廊下もあった。カウンターの奥は従業員のための部屋、かな?

 この部屋の左側は大浴場、右側は食堂になってるみたい。美味しいもの、あるかな。

 

「リタちゃん、靴はどうするの?」

「アイテムボックスに入れる。真美のも入れる?」

「うん。お願い」

「わかった」

 

 私が持っていれば、いつでも出せるから便利だと思う。

 高崎さんがお話を終えたみたいで戻ってきた。着物の人、女将さんが部屋に案内してくれるとのことだった。

 女将さんの案内で、宿の中を歩く。階段を上らないといけないみたいだけど、階段は左側と右側の廊下、カウンターの側の三カ所かな。今回はカウンターの側の階段を使って上る。そのまま三階へ。

 階段を上った先は、誰でも使える部屋。椅子が並べられていて、旅先で知り合った誰かとゆっくりと話ができる部屋、らしい。今回は使わないかな? 広い部屋だからちょっと見て回るのもおもしろそう。

 

 その部屋から廊下に出て、案内された部屋。そこが今回の私たちの部屋みたい。

 高崎さんが女将さんから鍵を受け取って、ドアを開ける。みんなで中に入った。カメラの人はちょっと窮屈そう。

 お部屋は畳の部屋が二部屋、だね。手前と奥に部屋があって、手前の部屋は机や座布団、大きなテレビとかが置かれてる。

 奥の部屋は何もないけど、女将さんが言うにはお布団を敷きにきてくれるらしい。

 どっちの部屋も結構広い。

 

「真美のお家の部屋より広い」

「私の家を比較対象にしないでほしいかな……」

 

『さすがに一般家庭の部屋と比べたらなw』

『なかなかええ感じの宿やね』

『ちゃんと広縁もある』

 

 なんだろう。こうえん……? 読み方がちょっと分からない。

 

「真美。真美」

「どうしたの?」

「これ、なんて読むの?」

 

 コメントの漢字を指さすと、真美はすぐに頷いて教えてくれた。

 

「ひろえん、だね。奥の部屋のその奥にあるスペース、あそこだよ」

「ん?」

 

 奥の部屋。そういえば、確かに奥の部屋のその奥に、不思議なスペースがある。小さいテーブルと椅子が置かれてるだけの部屋だ。大きな窓があって、日当たりもいいし景色もいい。

 でも何のための場所なのかな。部屋、じゃないよね?

 

「なにあれ」

「私もあまり詳しくないんだけど……。確か、もともとは外側にある廊下で、その名残で日本の家屋にはああいうスペースがある……とか、そんな感じだったはず」

「へえ……」

 

 ちょっと興味がある。広縁というスペースに行ってみると、うん、やっぱりちょっと狭い部屋だ。でもふかふかの椅子に座ると、なんだか不思議な落ち着きがある。ゆっくりできそう。

 

「いいスペースでしょう? 温泉から戻ってきて、広縁でゆっくりしながらお酒を飲む……。これがいいのよ」

「お酒は飲まないけど」

「それでもよ。今回はリタちゃんと真美ちゃんで使ってね。きっと気に入るから」

「ん……」

 

 今も結構気に入ってるけど、お風呂の後だともっと違うのかな? これも楽しみ、だね。

 

「それじゃ、リタちゃん」

「ん」

「着替えよっか!」

「ん……?」

「浴衣! さあさあ!」

「わあ」

 

 なんだかちょっと前にも同じようなことがあった気がする。具体的に言うと昨日に。いや、別にいいんだけど。浴衣も嫌いじゃないから、別に逃げないんだけどね。

 とりあえず。

 

「配信はちょっと切るね」

「そうだね」

 

『そんな殺生な!』

『いやです! 生着替えを見たいです!』

『お前らマジで気持ち悪いから自重しろ』

 

 ちょっとうるさいコメントを無視して、一度配信を切る。そうしてから、真美と一緒に浴衣に着替えた。

 今回の浴衣は旅館が用意してくれた浴衣。真美は白地に水玉の模様がある浴衣で、私は薄い赤に金魚のイラストが描かれてる。

 んー……。

 

「子供用?」

「子供用だね」

「リタちゃんちっちゃいもの」

 

 いや、うん。大丈夫。私が小さいのは分かってるから、仕方ないのもちゃんと理解してる。それにこの浴衣も着心地がいいから悪くない。

 高崎さんも浴衣に着替えたところで、配信を再開した。

 

『よかった、このまま配信終わっちゃうかと……』

『みんな浴衣になってる!』

『リタちゃんが完全に子供用やなw』

 

「ん。だめ?」

 

『かわいいからいいと思う!』

『かわいい!』

 

「ん……」

 

 それならいいのかな?

 

『高崎さんも浴衣はいいんだけど……』

『絶妙にえろい』

『どことは言わないがでかい』

 

「ろくでもないコメントね」

「あははー……」

 

 呆れたような高崎さんの言葉に、真美はなんとも言えない苦笑いだった。視聴者さんはもうちょっと気をつけた方がいいと思う。

 ともかく。これで準備完了だ。早速温泉に向かおう。楽しみだね。

 




壁|w・)子供っぽい浴衣なリタです。何も知らなければ親子連れに見えるかも……!


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はじめての温泉

 

 浴衣でてくてく歩いていく。いつも以上に視線が多い気がする。

 

『俺も現地で見たかったなあ』

『昨日急いで有給取って現地にいる俺は勝ち組です』

『羨ましすぎる』

『人が多くてそれどころじゃないけどな!』

『ですよねw』

 

 人、本当に多いね。私たちの行く方向は少なくなってるけど、もしかしたらテレビの人がどうにかしてくれてるのかも。それだったら、ちょっとありがたい。

 

「リタちゃーん!」

 

 名前を呼ばれたので振り返ってみる。若い女の人がスマホを向けて手を振っていた。とりあえず振り返しておこう。ふりふり。

 

「やった! 振り返してくれた!」

「うまく撮れた!」

「自慢しよっと!」

 

 自慢になるのかな。よく分からない。

 

『いつも思うけど普通に羨ましいんだけど?』

『振り返って手をふりふりしてくれるリタちゃん見たい。俺も見たい』

『控えめに振ってくれるのがかわいい』

 

 もっと大きく振った方がいいのかな?

 

「ふふ……。私もいるのに、ここまで無視されるのは初めてかもしれないわね」

「高崎さんも注目されてますよ。主に男の人に」

「そうね……少し複雑だけど」

「あはは」

 

 そんなに注目されてもいいことなんてないと思う。

 私たちが向かったのは、湯畑から東に少し歩いた場所にある温泉。この近辺でもかなり有名な温泉らしい。特徴は、ぬるめのお湯から熱めのお湯までゆっくりと慣らしていけるお湯があること。

 入ってすぐのところで受付をする。そうしてから、脱衣所へ。

 

「配信切るよ」

 

『分かってたけどそんな殺生な!』

『せめて音声だけでも! 会話だけでも!』

『おねがいしゃす!』

 

 んー……。まあ、隠すことはできるけど……。どうしよう。

 真美に視線を向けると、少し考えてたみたいだけど頷いた。

 

「さすがに全部切っちゃうと、ほとんど何もなくなると思うし……。音声だけならいいと思う」

「そうね。テレビでもタオルを巻いているとはいえ、映しているわけだし」

「ん。だって。じゃあ音声だけ残す」

 

『よっしゃあ!』

『我らは勝利をもぎとったぞ!』

『リタちゃんありがとう投げ菓子奮発します』

『投げ菓子はよ』

 

「ここでやったら他の人に迷惑だよ」

 

 いつも唐突にやってるのに、量が多いからね。ここでやったらまたすごいことになりそう。

 映像だけ省くように魔法を調整して……。これでよし。

 

『いや、あの、リタちゃん』

『音声はそのままなのに謎の映像が流れているのですが』

『なにこれ』

 

「真っ黒も寂しいと思って、フェニちゃんの視界でもどうかなって。ちゃんとフェニちゃんには許可を取ってるから安心して」

 

『いや安心っていうかなにここ』

『あっちこっち真っ赤』

『これもしかして火山なのでは?』

 

「溶岩浴でもしてるのかも」

 

 フェニちゃんにとってのお風呂が溶岩浴だったはず。たまにのんびりする時に、近くの火山に寄って溶岩浴をするんだとか。さすがに私はやろうと思えないけど。結界がなかったら普通に死んじゃう。

 浴衣を脱いで、真美と一緒に温泉へ。広い温泉なのかなと思ったら、ちょっと小さいところが四つ並んでる。なにこれ。

 

「ここ、手前の方が温度が低いんだって。奥の方が高いから、ここで慣らすの」

「へえ」

 

『真美ちゃん博識』

『まあネット情報だろうけど』

『ところで本来の案内役の人は何してんの?』

『さぼってないで仕事して?』

 

「うるさいわね……!」

 

 あまり怒ったらだめだと思う。視聴者さんの言葉は適当に聞き流すぐらいでいいよ。

 とりあえず手前から。うん、あまり熱くない。気持ちいい。でもまだ大浴場もあるらしいから、ここはさくっと一番奥まで。

 

「ん。ちょっと熱め」

「だね。でもだいたいはこの熱さらしいよ」

「そうなんだ」

 

 次は大浴場。本番、だね。

 

「おー……。すごく広い」

「広いね!」

「銭湯みたい」

「う、うん……。そうなんだけどね……?」

 

『気持ちは分かるけど温泉と銭湯は一緒にしちゃだめだw』

『温泉の方が絶対に気持ちいいから!』

『もちろん銭湯には銭湯の良さがあるけどな!』

 

 どっちの方がいいってわけじゃないってことだね。

 体を洗って、早速温泉へ。ちゃぷんと。

 

「おー……。ちょっと熱めだけど、気持ちいい……」

「リタちゃんが溶けていく……」

「はふぅ」

 

『ゆるゆるリタちゃん』

『なお映像はない』

『温泉によっては熱めだけど、でもお風呂とは違う気持ちよさがあるよね』

『声からしてリラックスしてるのが分かるw』

 

 ん……。すごく気持ちいい。これはとてもいいもの。

 

「ちなみにリタちゃん。露天風呂もあるよ」

「ろてんぶろ」

「行く?」

「いく」

 

 よく分からないけど、とりあえず行ってみよう。

 




壁|w・)温泉はとてもよいもの。


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露天風呂とソフトクリーム

『ところで高崎さんが行方不明ですが』

 

「仲良しの二人を邪魔しないようにしてるのよ」

 

『高崎さんすごくいい人ですね!』

 

「あなたたちね……!」

 

 真美に連れられて、湯船の奥にあるドアを開ける。

 露天風呂。お外にあるお風呂。屋内と違って、すごく開放感がある。でも外からは見えないようにちゃんと工夫されていて安心だ。

 確かにここで温泉を堪能するのもすごくいいかもしれない。

 というわけで。

 

「はふぅ」

「気持ちいいね……」

 

『あかん音だけでもやばい』

『すごく温泉に行きたい』

『銭湯でも行ってくるかなあ』

 

 温泉。露天風呂。すごくいいもの。とても気持ちいい。

 

「冬の露天風呂もいいわよ。雪景色も堪能できるし、なによりひんやりとした空気が心地いいの。火照った体を外気温で冷まして、また熱めの温泉に入って……」

 

『あああああ!』

『やめろよひどいよ入りたくなるじゃん!』

『しかも入りたくなっても冬はまだまだ先だっていうね!』

 

 ん……。すごく興味がわくのに、冬はまだまだ遠い。でも、すごく気になる……!

 

「リタちゃん、魔法で変なことしたらだめだよ?」

「ん……」

「残念ね。真冬の露天風呂は本当とっても気持ち良くて最高なのに……」

「高崎さん。うるさい」

「あ、はい……。ごめんなさい……」

 

『真美ちゃん、キレた!』

『多分これ本気で怒ってるぞw』

『魔法を使いそうなリタちゃんをなだめてるのに、あんな誘惑されたらなw』

『高崎さんの声が……消えた……?』

『多分落ち込んで一人静かに入ってんだろ、察してやれ』

『一般女子学生にマジギレされておとなしくなる超有名女優』

 

 真美の目がちょっと怖くなってた。高崎さんも少し離れた場所でしょんぼりとお湯に入ってる。誘惑がなくなって安心だね。本当にちょっと、魔法を使おうか悩んでいたところだったから。

 でもさすがに温泉の従業員さんに迷惑だ。私たち意外にも一般のお客さんがいるから。

 ゆっくりと堪能してから温泉を出た。また浴衣を来て、脱衣所を出てから配信の映像を戻す。これでよし。

 

「映ってる?」

 

『だいじょぶ』

『リタちゃんおかえりー!』

『ほかほかリタちゃんだ!』

『ちょっと髪がしんなりしててかわいい』

 

 よく分からないけど、映ってるなら大丈夫ってことだね。

 お風呂上がりは牛乳だ。フルーツ牛乳かコーヒー牛乳がいいな。あるかな?

 

「真美。真美。売店に行こう」

「うん。何か欲しいの?」

「フルーツ牛乳」

「あー……」

 

 あれ、なんだか微妙な反応だ。どうしたのかな。

 とりあえず売店に移動。牛乳は……。

 

「ない……?」

「お土産の売店だからね……。一応、ここにはカフェがあるけど……」

「牛乳はない?」

「こ、コーヒーとかなら……。ココアもあるみたいだよ! アイスココア!」

「フルーツ牛乳……」

「あ、あわわ……」

 

 それもちょっと楽しみだったのに……。いや、アイテムボックスにたくさん入れてあるから、それを飲めばいいんだけど。でも、せっかくお風呂に入ったんだから、ここで売ってるものが飲みたかった。とても残念。

 

「り、リタちゃん! ここにはソフトクリームがあるわよ!」

 

 慌てたようにそう言う高崎さん。ソフトクリーム。テレビで見たことはあるけど、そういえば食べたことがなかった。冷たい食べ物なんだよね。じゃあ、それでいいかな?

 

『よかった、見てるこっちもちょっと焦った』

『ソフトクリームも美味しいから大丈夫だ……!』

『俺はこの温泉のソフトクリームを信じる!』

『お前らは温泉に何を求めてんだよw』

 

 言われてみればちょっとおかしいと思うけど、お風呂上がりの冷たいものはとても美味しいから仕方ない。

 みんなでカフェに移動。ソフトクリームを注文すると、すぐに用意してくれた。なんだか茶色っぽい変な形のお菓子、かな? それを持って、機械を操作して白いものがぐるぐるっと出てきてる。それをお菓子の中に入れて、うずまきみたいに流していって、完成。

 

「どうぞ」

「ん」

 

 ソフトクリームを受け取って、早速食べてみる。んー……。

 

「おー……。冷たくてふわふわ。なんだか不思議な食感だね」

「でしょ? コンビニでもソフトクリームは売ってるけど、やっぱりすぐに食べられるこういうところの食感は格別だよ」

「へえ」

 

 ソフトクリームを口に入れる。見た目通りふわふわで、口に入れると中ですぐに溶けていく。冷たすぎず、とても食べやすい。これはとてもいいもの。

 器になってるお菓子も食べられるみたい。コーン、というらしい。かじってみると、さくさくの食感がおもしろい。こっちはあまり冷たくないけど、だからこそお口直しにちょうどいい。

 冷たいソフトクリームを口に入れて、コーンをかじって、またソフトクリームを食べる。うん。とても、美味しい。

 

「んふー」

「美味しい?」

「ん」

 

 とても満足。買ってよかった。

 

『あからさまにほっとするテレビ関係者の方々』

『食べることが好きだって分かってるから、期待を外した場合が怖いよなw』

『リタちゃんならしょんぼりしながらも許してくれるさ』

 

 さすがにこんなことで怒るつもりはないよ。もちろん。

 ソフトクリームを食べ終わったところで、次の温泉に出発した。

 




壁|w・)お店のふわふわソフトクリームがやっぱり一番です。異論は認める。


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二つ目の温泉とごろにゃーん

 

 次に案内されたのは、湯畑の南側にある温泉。なんだかちょっと大きい建物だ。ここは二種類の温泉が楽しめるらしい。あとは、二階の休憩室からの景色がとてもいいんだって。湯畑を一望できるのだとか。

 

「二階からの景色は是非とも見てほしいのだけど……」

「空を飛んだ方がよく見える」

「それができるのはリタちゃんだけだからね?」

 

 それは、確かにそうだ。今回はテレビもあるから、一度は二階を見てみるべきかな? あまり意識するつもりはないから、気が向けばでいいかな。

 とりあえずみんなで建物の中に入った。

 

「わあ」

 

 なんだかすごく広々とした建物だ。カウンターの前が広々してる。二階への階段も近くにあるけど、それより気になるのは二階の真ん中、かな? 空洞になっていて、二階を少し見ることができる。なんだっけ、吹き抜けっていうんだっけ? 初めて見た。

 

「直接移動できるのは便利」

「いやリタちゃん、普通の人は階段を使うから」

「そうだった」

 

『確かにリタちゃんみたいに空を食べるならとても便利だよね、吹き抜け』

『吹き抜けは空を飛べる人のためのものだった……?』

『つまり、日本人も昔は魔法使いがたくさん!?』

『そんな日本嫌だよw』

 

 魔法、楽しいのに。

 受付を済ませて、まずは温泉。ここは前のお風呂と違ってシンプルらしい。源泉が違う温泉が二つ並んでる、とのこと。

 源泉が違うと何か変わるのかな。よく分からない。

 脱衣所で浴衣を脱いで、温泉へ。えっと……。

 

「湯畑源泉と万代源泉」

「そう書いてるね」

「何が違うの?」

「入ってみれば分かるんじゃないかしら」

 

 それもそうだね。

 とりあえず、ちゃぽんと入ってみる。んー……。温泉、気持ちいい……。

 

「はふぅ」

「あはは。ふにゃふにゃだ」

 

『めっちゃ見たいんですが』

『こっちは空を飛ぶフェニちゃんの映像が流れています』

『いい眺めだなあ』

 

 温泉、気持ちいいね。好き。

 それじゃ、隣の温泉を。ちゃぷんと。

 

「んふー……」

 

『別のに入ったのは分かった』

『どうなん、リタちゃん。なんか違いわかる?』

 

「んー……。肌触りが、違うような、そうでもないような……?」

 

 でも、どっちも気持ちいい。それは間違いない。違いがあるのか聞かれると、私にはよく分からないけど。

 真美を見ると、少し考えて、

 

「片方は硫黄の香りが強い、かな……? でも同じ部屋だから、正直香りの違いは分かりにくいかも。でももう一つはちょっとぴりっとした感じが強いかも? 多分」

「へえ……。だって」

 

『完全に真美ちゃん頼りやないかい!』

『温泉そのものを楽しんでるから、源泉の違いはどうでもいいんじゃないかな』

『ところで案内役の高崎さん?』

 

「説明しようとしたらほとんど言われたのだけど」

 

『草』

『やっぱりいらないのではw』

 

 ここに案内してくれたのは高崎さんだから、ちゃんとできてると思う。

 少しゆっくり浸かってから、温泉を出る。受付の方に行くと、欲しいものが売ってあった。

 

「コーヒー牛乳……!」

「リタちゃん、すごく子供っぽい」

 

『コーヒー牛乳を高く掲げるリタちゃんw』

『いやいや、分かるよ? お風呂上がりのコーヒー牛乳は最高だからね』

『やっぱり味覚はお子様やなw』

 

 お子様って言われると少し複雑だけど、体はこうだから仕方ないと思う。

 ふたを開けて、飲む。甘くて冷たくてとても美味しい。満足。

 あとは、景色だね。二階からの景色がいいらしいから、行ってみよう。

 階段を上がって、大きな部屋に入る。とても広い、変な床の部屋だ。ざらざらしていて……。草みたい? 旅館の床もこれだったけど、なにこれ。

 

「真美。真美。なにこれ?」

「畳だよ」

「たたみ」

 

 日本の伝統的なもの、だったっけ。そういえばテレビでも見たことがある気がする。こういう感触なんだ。おもしろい。

 

「はい、リタちゃん。ごろーん」

「ん? ごろーん……?」

 

 真美と一緒に寝転がってみる。あ、なんだかすごく気持ちいいかも。お昼寝に最適だ。もっとごろごろしたい。

 

「お日様の下でこれでお昼寝したい」

「とてもわかる」

 

『わかる』

『畳は謎の吸引力があるよね』

『ひなたぼっこをしながら猫のように丸くなって眠るリタちゃんを幻視した』

『猫かな?』

『猫だよ』

 

 魔女だよ。

 でもこの畳、すごくいい。どこかで買おうかな。お家のお庭に置いておきたい。結界とかで汚れが入らないようにすれば、いいお昼寝の場所になると思う。

 

「畳買いたい」

「うん……。リタちゃん、まずは温泉を楽しもう?」

「そうだった」

 

『何の観光か分からなくなってきたなw』

『いろんなものに興味を持つのはいいことさ』

 

「畳もいいけれど、景色もいいわよ」

 

 高崎さんに手招きされて、窓の側に行ってみる。景色は……うん。悪くない。空を飛んだ方がいいのは事実だけど、こうして見る景色も悪くないと思う。

 

「わあ……。湯畑だ。こうして見ると広いですね」

 

 真美も隣に来て見始めた。湯畑、広いね。入れないのはちょっと残念だけど。

 

「それじゃ、景色も堪能したところで、次の温泉に行きましょうか」

「ん」

「次はちょっと歩くわよ」

「ん……?」

 

 ちょっと遠い場所にあるのかな? でも楽しみだ。

 




壁|w・)猫だよ。


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温泉まんじゅうと温泉卵

 

 目的の温泉は、西の河原通りというのを進んでいくとあるみたい。そしてこの西の河原通りだけど、すごくいろいろある道だ。

 

「お店いっぱい」

「リタちゃん、温泉まんじゅう食べる? 有名なんだって」

「食べる」

「正直こうなりそうだなって予想していたわ」

 

『まあリタちゃんだしなw』

『食べ物があったらすすすっと引き寄せられていく食いしん坊魔女だから』

『温泉まんじゅうさえあればリタちゃんを釣れるのでは?』

『それはない、と言えないところがリタちゃんクォリティ』

 

 和菓子屋さんに入る。店主さんのおじいさんは私たちを見て、少し驚いたような顔になった。

 

「おお……。君はニュースで何度か見たことがあるね。リタちゃん、だったね」

「ん」

 

 いつもより反応が薄いけど、これぐらいがちょうどいい。

 

「高崎さん。嬉しいねえ。サインをお願いできるかい?」

「喜んで!」

 

『高崎さんw』

『めちゃくちゃ嬉しそうで草なんだ』

『今までずっとおまけ扱いだったもんなw』

 

 なんだか嬉しそうに、テレビの人から渡された色紙にサインをしておじいさんに渡してる。サインって、嬉しいのかな。私にはよく分からない。

 

「温泉まんじゅうください」

「はいよ。いくついるんだい?」

「リタちゃん、何個食べる?」

「いっぱい」

 

 たくさん食べたい。おまんじゅうはとても好き。あんこはすごく好き。だからきっと美味しい。いっぱい食べたい。

 おじいさんは目をぱちぱちと瞬かせて、そしてなんだか楽しそうに笑いながら言った。

 

「それじゃ、百個ほど入れてしまうよ?」

「平気」

「え」

 

 そんな、正気を疑うような目で見ないでほしい。別に今すぐ全部食べるわけじゃないから。アイテムボックスに入れておけば保存もできるし。

 おじいさんは戸惑いながらも、ちゃんと用意してくれた。すぐに食べられるものが十個と、お土産みたいに包装されているものを五箱。二十個入りの箱みたい。

 早速食べてみる。ぱくりと一口。んー……。

 

「しっとりとした生地にこしあんがいっぱい、だね」

「粒あんもあるよ。リタちゃん、どっちがいい?」

「どっちも好き」

 

『ちな俺は粒あん派』

『聞いてねえよw 俺はこしあん』

『粒あんこしあん戦争になるからやめろw』

 

 どっちも美味しい、でいいと思う。

 もう一個食べてみる。こっちは粒あんだね。どっちのあんこが分かるように、生地の色を変えてるみたい。視聴者さんみたいに、どっちの方が好きっていう人のためかな。

 粒あんも、やっぱり美味しい。どっちも自然な甘さはしっかりとあって、それでいて食感が違うのがいいと思う。

 

「美味しそうに食べてくれる子だねえ。よければ蒸したても食べるかい? あったかくて美味しいよ」

「食べる」

「はいよ」

 

 次におじいさんから手渡されたおまんじゅうは、ほかほかと熱いおまんじゅうだった。食べてみると、中までしっかりとあたたかい。これができたてのおまんじゅう。とても美味しい。

 お土産とか普段食べてるものは、これが冷めたものなんだね。できたてが食べられる機会はあまりなさそうだから、ちょっと得した気分。

 

『あったかいおまんじゅうっていいなあ』

『できたてがやっぱり一番美味しいと思う』

『俺もできたてまんじゅうが食べてえなあ!』

 

 食べればいいと思う。草津温泉はとてもいいところ。

 お土産をアイテムボックスにしまって、次の場所へ。改めて次の温泉に向かって……。

 

「あ、リタちゃん。温泉卵があるよ」

「おんせんたまご」

 

 気になる。食べよう。

 

「あれ? これ温泉にたどり着く頃には日が暮れるんじゃ……」

 

『気付かれましたか高崎さん』

『食べ物のお店が多い場所にリタちゃんを連れていったらこうなりますよ……』

『まあまだお昼過ぎだし、大丈夫だ問題ない』

 

 温泉もちゃんと行くけど、食べ物も気になる。

 温泉卵のお店に行くと、おばさんが対応してくれた。

 

「いらっしゃ……」

 

 固まった。

 

『よく見る反応』

『実家のような安心感』

『お前の実家がおかしい』

 

 最近だとよく見る反応だね。おばさんの前で手を振ると、すぐに我に返ってくれた。

 

「い、いらっしゃい! いやあ、驚いたね。まさかここにも来てくれるなんて」

「ん。温泉卵、食べたい」

「はいよ。ちょっと待ってな」

 

 そうして渡されたのは、小さいカップ。中を見てみると、卵とスプーンが入ってる。それに、この小袋は何かのタレかな。

 

「真美。どうやって食べるの?」

「えっと……。まずは卵を袋から出して、タレをかければいいと思うよ。そのままでも美味しいかも」

「なるほど」

 

 それじゃ、卵を出して、スプーンで割ってみる。

 んー……。簡単に割れて、とろっとした黄身が出てきた。白身と一緒にぱくりと食べる。なんだかちょっと独特な食感だけど、するっと飲み込めて、美味しい。卵の味がしっかりと出てる。

 次はタレをかけてみる。このタレは卵用なのかな。卵とタレの味がほどよく合わさって、これも美味しい。とてもいいもの。

 

「お土産、たくさん欲しい」

「たくさん……。いくつかな?」

「百個」

「はいよ」

 

『まるで予想通りかのようにスムーズに動いてる』

『さてはこのおばさん、視聴者だな?』

『それはそれとして俺も温泉卵食べたくなってきた』

『コンビニに買いにいってくる』

 

 たっぷりの箱詰めの温泉卵をアイテムボックスに入れて、温泉へ向かおう。

 




壁|w・)できたてのまんじゅうはとても美味。


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とっても広い露天風呂

 今度こそ、温泉に……。

 

「へえ、串に刺さってるおかきなんてあるんだ……」

「食べたい」

「食べよっか」

 

『温泉は……?』

『食べ歩きばっかするから高崎さんが達観した顔になってるぞ!』

『旅は予定外がつきものだからね、仕方ないね』

『なんか違う気がするw』

 

 真美が見つけたお店は、お煎餅のお店みたい。たくさん種類があって、真美の言うお菓子は目立つように並んでいた。

 串に刺さったお煎餅。いや、おかきって言うのかな? 茶色っぽくて、きっと濃いめの醤油味だと思う。

 でも串に刺さってるって不思議だね。おかきって固いのに。

 早速食べよう。とりあえずみんなで一本ずつ注文して、食べてみる。ぱくりと。

 

「わ……。やわらかい。おかきなのに。すごい」

 

『ぬれおかきってやつか』

『おかきの味なのにすごく柔らかい食感で不思議だよね』

『濡れ煎餅もオススメ』

 

 濡れ煎餅。このおかきみたいに柔らかいのかな。

 探してみると、その濡れ煎餅も見つけることができた。それも買って食べてみる。

 んー……。これも不思議な食感。とても柔らかいお煎餅で、濃いめの醤油味。これも美味しい。

 これもお土産でたくさん買っておいた。精霊様と一緒に食べよう。

 最後に串ぬれおかきを三本ほど買って、店を出る。食べながら歩くのにちょうどいいから。

 

「もぐもぐ」

「なんだかすごく贅沢してるみたい……」

「でもこの食べ歩きがいいのよね。他にも焼き……」

「ん?」

「いえ。なんでもないわ」

 

『絶対食べ物言おうとしただろw』

『これ以上遅くなるのは避けたかったのかな?』

『もっと食べ歩きしてもいいんだよ?』

 

 美味しいものならたくさん食べたい。でもそろそろ温泉にも入りたい。どんな温泉なのか楽しみだ。

 その後は特に寄り道はせずに、温泉に向かった。

 

 

 

 最後に案内された温泉は、今までの二つの温泉とは大きく異なっていた。

 

「露天風呂しかないの?」

「ええ、そうよ」

 

 屋内の温泉がないみたい。その代わりに、とても、とっても広い露天風呂があるらしい。すごく広くて、開放感も相応なのだとか。

 とても気になる。早く入りたい。

 受付を済ませて、早速温泉へ。更衣室を出ると、思ったよりもずっと広かった。

 

「おー……!」

 

『広さに感動してる、らしい』

『くそ、ちらっとでいいから見せてくれ!』

『なんでフェニちゃんとワイバーンの怪獣大決戦を見ないといけないんだ!』

『これはこれでおもしろいけど!』

 

 フェニちゃん、なにやってるの? お腹減ったのかな。

 この温泉は本当にとても広い。他の温泉の大浴場とかよりもずっと広い。景色もすごくいい。他の露天風呂より開放感がある。とってもすごい。

 

「真美。真美。すごい。すごい」

「う、うん。すごいね」

 

『リタちゃんが興奮してるのは分かる』

『真美ちゃん、ちょっとリタちゃんの様子を教えてほしくてですね……』

 

「えっと……。顔がちょっと赤くなってる。なんて言えばいいのかな。うきうきしてる?」

 

『なにそれ見たいんですが!』

『なんで説明したんだよむちゃくちゃ見たいじゃん!』

 

「理不尽すぎない?」

 

 まだ時間も早いからか、人も少ない。独り占め、というほどではないけど、でも人の目はあまり気にならない。とりあえず入ってみる。うん……。いい感じ。

 

「これは……とてもいいもの……」

「リタちゃんが浮いてる……」

 

『何やってんのリタちゃんw』

『楽しそうだなあw』

 

 仰向けでぷかぷか。広々としてるから、誰にも迷惑がかからない。人が多いできないだろうから、なんだかすごく贅沢をしてる気分だね。

 

「ぷかぷか……」

「リタちゃん、寝ちゃだめだよ」

「んー……」

 

『すごくリラックスしてる、らしい……』

『いつも以上に声に力がないw』

『今はどういう状況なんだろう』

 

「ん……。真美が引っ張ってる……」

 

『ええ……』

『どういうことだってばよ』

 

 真美に引っ張られて、温泉の真ん中に向かってる。そっちに座れる場所があるみたい。そこが目的地かな?

 

「はい、到着。リタちゃん、ここも気持ちいいよ」

「ん」

 

 真美と一緒に、お風呂の真ん中にある台に座る。木製の台で、ここに座って休憩できるみたい。今は誰もいないから、ごろんと寝転がってみよう。ごろーんと。

 

「おー……。これもとてもいい」

「あ、それいいね。私も。ごろーん」

 

 二人でごろごろ。下が温泉だからか、ほどよく熱されていてとてもいい気持ち。ここで寝たら気持ちよさそうだけど……。真美だとさすがに風邪をひいちゃうかも。

 

「はふぅ」

「いい気持ちー……」

 

『いいなあ見たいなあテレビさんはちゃんと仕事してるのかなあ』

『ところで高崎さんは?』

 

「仲良くしてる二人を邪魔するのは悪いでしょ」

 

『分かってるじゃねーかw』

 

 高崎さんは……一応、近くにいる。苦笑いしながら温泉に入ってる。

 んー……。もうそろそろ、出ようかな?

 




壁|w・)ちなみにどの温泉もモデルにした温泉が実在していますが……。
例のごとく、名前は出さないようにお願いします。


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西の河原公園

 真美と一緒に最後に温泉にちゃぷんと浸かって、温泉から出る。浴衣に着替えて、温泉巡りは終了。なかなか楽しかった。それに気持ち良かった。

 とりあえず。

 

「売店はないんだよね?」

「タオルとかなら売ってるけれど、飲み物はないわね」

「ん」

 

 アイテムボックスからフルーツ牛乳を取り出す。魔法でしっかりと冷やしてから、ぐいっと飲む。うん、やっぱりフルーツ牛乳は美味しい。火照った体に気持ちいい。

 

「冷たそうだね」

「真美も飲む?」

「いいの?」

「ん」

 

 真美と、あとついでに高崎さんも。テレビの人たちは、さすがに配るとなくなっちゃうから渡せない。私のお気に入りだから、なくなったら困る。

 

「ふう……。やっぱりお風呂上がりは牛乳だね」

「そうね。ビールもいいのだけど」

 

 それはよく分からないし、あまり興味もない。

 温泉、とても堪能したし、一先ずは宿に帰ろう。

 

「あ、リタちゃん、せっかくだからこのあたりも散策しない?」

「ん……。わかった」

 

 こっちに来る時はまっすぐに来たけど、途中の景色もなかなかだった。散策もいいかも。宿に戻ったら、晩ご飯までのんびりするだろうし。

 みんなでのんびり来た道を戻る。この場所は、西の河原公園っていう場所らしい。近くを流れる川からは湯気が立っていて、触れてみると結構温かい不思議な川だ。

 たくさん温泉が出ていて、川も温泉が流れてるんだって。すごい。

 周りは木々がいっぱい。森の中の道っていう感じで、とても好き。私のお家の周りも整備したらこんな感じになるのかな。さすがにやらないけど。

 

「リタちゃん、機嫌良さそうだね」

「ん?」

「ちょっと足取り軽いかなって」

「そう?」

 

『そうなん?』

『言われてみると、そう、かも……? ごめんわからん』

『わからんのかいw』

『やっぱりエルフだから森の中の方が気分がいいとか?』

 

 あまり関係ないと思う。

 少し歩くと、小さい滝がある。滝、と言うほど大それたものじゃないけど、温泉の滝になっていてちょっとおもしろい。なんだかすごい像もある。かっこいい。

 

「いろんな場所に足湯があるのがすごいよね」

「ん。入る?」

「今はいいかな……。もう堪能したし」

「ん」

 

 また後でこの足湯にも入りたいね。

 綺麗に石畳で整備されていて、とても歩きやすい道だ。それでいて森林もいっぱいで、とてもいい景色。草津温泉で一番好きな場所かもしれない。日本の中でもすごく好き。

 

『たまにある東屋もいい雰囲気を出してるな』

『道の横を流れる川が温泉ってのが草津温泉らしい』

『いいなあ、ここをのんびり歩くだけでも楽しそう』

 

 とても気持ちいいよ。おすすめ。

 ところで。

 

「ひがしやってなに?」

「あずまや、だよ。休憩できる簡素な建物、みたいなところ。あそことか」

「へえ……。真美は物知り」

「えっへん」

 

『どや顔真美ちゃん』

『かわええw』

『案内役の高崎さん仕事して?』

 

「出る幕がないもの……」

 

『草』

『どんまいwww』

『草を生やすなw』

 

 えっと……。もうちょっと聞いた方がいいのかな……?

 その後もゆっくり歩き続ける。真美がスマホで写真を見せてくれたけど、ここも冬に来ると雪が積もって、雪景色が見られるんだって。

 

「写真、綺麗。冬も来たい」

「そうだね。冬も来る? 私で良ければ一緒に行くよ」

「ん。行く」

「楽しみにしてるね」

 

 冬の温泉、気持ちよさそう。私もとても楽しみだ。

 

『それももちろん配信してくれるのですよね?』

『期待するから! 期待してるから!』

『いや待て。その頃にはお師匠が見つかってるはずでは……!』

『つまり、次はあのバカも連れての旅行やな!』

 

 そっか。冬には多分、師匠が見つかってる。カリちゃんの予想が間違いなければ、一緒に来れるはず。一緒に温泉、行きたいね。

 

「じゃあ家族みんなで、とかどう?」

「ん。楽しそう」

「でもお母さんのお仕事とかも考えないといけないから……。早めに予定を決めようね」

「ん」

 

 みんなで旅行、楽しみだね。

 

『ところで例のごとく高崎さんが消えておられますが』

『もうなんか影が薄くないかあの人』

『邪魔しないようにしてくれてんだろ』

 

 高崎さんは、ちょっと後ろを歩いてる。何かテレビの人に指示を出してるみたい。どうしたんだろう。

 

「どうしたの?」

「ああ、気にしないで。観光とか見て回ってる名所とか、テロップで出そうって話をしてるだけだから」

「んー……。ごめん」

「いえいえ」

 

『温泉観光の話なのに観光地の話が確かに少ないからなw』

『テレビの人は編集がんばれ、超がんばれ』

 

 うん。ちょっとだけ、ごめんなさい。

 




壁|w・)某マップとにらめっこしながら書きました……。間違ってたらごめんなさい。


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畳でお昼寝

 

 のんびり歩いて、旅館に戻ってきた。しばらくはお部屋でのんびりだ。

 

「ごろごろ……」

「リタちゃんがすっかり畳の虜になってる……」

 

『わかるよ、畳いいよね』

『ごろーんとだるーんとできるのがいいんだ』

『リタちゃんの目の前に猫じゃらしを垂らしたら反応してくれそう』

 

 猫じゃないからさすがにやらないよ。

 テレビも見れるみたいだけど、私はこれを見たいっていう番組はない。どちらかというと、旅先でないとできないことをやりたい。だから畳でごろごろする。

 

「んー……。絶対に畳を買う。お庭に置く」

「え。庭に直置きするの……?」

「ん。魔法で汚れないようにしたりする」

 

『なにそれ気持ちよさそう』

『とても深い森の中、神秘的な木漏れ日……』

『その木漏れ日に照らされる……、畳』

『神秘的……神秘的か?w』

『ギャグアニメで出てきそうw』

 

 なんだかちょっと失礼なことを言われた気がする。

 んー……。それにしても、お部屋がぬくぬくしていて、とても気持ちがいい。ちょっとお昼寝したくなっちゃう。ここで寝たら気持ちいいかも。

 

「リタちゃん。眠い?」

「んー……」

「晩ご飯の時間になったら起こしてあげるよ」

「ん……。お願い……」

「うん」

 

 せっかくなので、ちょっとだけ寝ちゃおう。魔法の維持だけできるようにして、と。

 

「ん?」

「気にしないでね」

「ん……」

 

 真美が頭を撫でてくれてるのが、ちょっと心地いい。それじゃ、ちょっとだけ……。

 

『なんだこの……なんだこれ……』

『てえてえ』

『むしろお母さん』

『真美ちゃんにママ味を感じる』

 

 変なこと言ったら真美に怒られるよ。

 

 

 

 真美に体を揺すられて、目を覚ました。いつの間にかお日様が真っ赤になってる。夕方、だね。晩ご飯の時間らしい。

 

「おはよう、リタちゃん。よく眠れたみたいだね」

「ん。気持ち良かった」

「そっか」

 

『めっちゃぐっすりやったな』

『安心感たっぷりなふにゃふにゃ寝顔でした』

『今来たワイ、リタちゃんの寝顔が見れなくて落ち込みそう』

『どんまいw』

 

 寝顔なんて見てもおもしろくないと思う。それよりも晩ご飯だ。

 晩ご飯はここでも食堂でも食べられるみたいだけど、今回は落ち着いて食べられるようにこの部屋で食べることになった。

 旅館の人がたくさんのお料理を運んできてくれる。なんだか、すごくいっぱいあるね。どれも量は少なめだけど、その代わりに種類が多いみたい。

 霜降りのお肉とか、お魚の切り身とか、どれも丁寧に盛り付けられていて美味しそう、なんだけど……。んー……。

 とりあえず、食べてみよう。いただきます。

 

「もぐもぐ」

「わ……。お肉がすごく柔らかい。美味しい」

「お酒が好きな人はご飯と一緒にお酒を楽しむことができるメニューね」

 

『旅館の会席料理って美味しそうだよね』

『でもなんかリタちゃんの反応がちょっと微妙では?』

 

「え」

 

 真美と高崎さんの顔がこっちを向いた。あまり見ないでほしい。

 

「リタちゃん。口に合わなかった?」

「美味しいけど、もっといっぱい食べたい。それぞれが少なすぎる」

「あー……」

 

『なるほど、リタちゃんはそっち派か』

『美味しいものをある程度の量は食べたいってわけね』

『だったら確かに会席料理とかはちょっと不向きかも?』

 

 もちろん美味しいのは美味しい。でも、私は美味しいと思った料理をしっかりと味わいたい。ちょっとずつはあまり好きじゃない。

 でも、とりあえず完食。全体的にとても美味しかった。

 

「よし。リタちゃん」

「ん?」

「外食行こっか!」

「ん」

 

 外食。外でのご飯。とても素敵な響きだと思う。是非行こう。

 

「ご飯を食べて、夜の温泉! どう?」

「行く。楽しそう」

「だよね!」

 

 夜の温泉も楽しみだね。

 

「高崎さんはどうします?」

「ごめんなさい。お酒、飲んじゃったから……」

「あー……」

 

『収録中っていう自覚あるんですかねこの女優w』

『むしろあるからこそ、宿でのお酒を紹介したのでは?』

『そっちの宣伝も兼ねてるならしゃーなしか』

 

 残念だね。でもとりあえず私はご飯だ。

 真美と一緒に、早速出かけることになった。美味しいもの、あるかな?

 




壁|w・)畳でごろごろ。部屋で読書をする真美にぴったりくっついて寝ていた……かもしれない。


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日本の焼き鳥

 

 真美が案内してくれたのは、湯畑の側にある焼き鳥屋さん。あらかじめ調べていてくれたみたいで、私と一緒に来ようと思ってくれていたらしい。ちょっと嬉しい。

 

「並んでる」

「並んでるね……。ちょっと待つけど、大丈夫?」

「ん」

 

 たくさんの人が買おうとしてるってことは、それだけ美味しいってことだよね。楽しみ。

 

『あー、ここの焼き鳥屋さんか』

『草津温泉でもかなり有名だよね』

『行ったことある、美味しいよそこ』

 

 有名なんだ。楽しみ。

 行列に私たちも並んだけど、やっぱりたくさんの人に見られてる。周りからも、前からも後ろからも。

 

「あの……。リタちゃんも焼き鳥を買いに来たんですか?」

 

 そう聞いてきたのは、前に並ぶ人だった。

 

「ん」

「よければ前に行きますか?」

「ん……? 別にいい。のんびり待つから」

 

 会席料理っていうのを食べたところだから、待つのは問題ない。それに、良い香りがここまでしてきてる。この香りを楽しむのも悪くないと思う。

 期待が自然と高まってるけど。すごく楽しみ。きっと美味しい。

 

「勝手に焼き鳥のハードルが高くなってる気がする……」

 

『絶対に気のせいじゃないぞ』

『見ろよ、リタちゃん焼き鳥の方向しか見てないからな』

『香りがいいからね、仕方ないね』

 

 香りが本当にいい。香ばしいっていうのかな。お腹が減ってくる香りだ。

 そのままのんびりと待って、少しずつ進んで。ようやく私たちの順番になった。

 

「リタちゃん、何食べたい?」

「いっぱい」

「じゃあ盛り合わせ頼んじゃおっか」

「ん」

 

 焼き鳥と一言で言っても、種類はいっぱいあるみたい。ねぎま、とか、つくね、とか書かれてる。どれがどれかは私には分からないから、真美に任せる。

 盛り合わせっていうことは、いろんな種類を入れてくれるっていうことかな。

 盛り合わせを三パック買って、近くの椅子に座る。真美と一緒に並んで座って、焼き鳥のパックは隣に。目の前が湯畑で、温泉らしい場所、かな? 光が当てられていて、ちょっと綺麗だ。

 

「それじゃ、早速食べよっか」

「ん。どれが美味しいの?」

「分からないかな!」

「そっか」

 

『いやまあ、食感とか種類によって全然違うからな』

『好みはまさに人それぞれ』

『でもどれも美味しいよ!』

 

「ふうん……」

 

 一本、取り出してみる。これは……ねぎまかな? お肉とお肉の間にネギを刺してるみたい。お口直し用なのかな。

 こうして見ると、私の世界での串焼き肉とちょっと似てるかも。こっちの方が香りがよくて、食べやすい大きさになってるけど。

 ぱくりと一口。んー……。たれの甘辛い味がお肉にしっかりと絡まっていて、美味しい。お肉も柔らかくて食べやすいね。ネギも香ばしく焼かれていて、それでいてタレの味と絶妙に合ってる。美味しい。

 

「もぐもぐ……。ご飯が欲しくなる」

「あはは……。近くのコンビニで買ってこようか?」

「んー……」

 

 さすがに、買いに行かせることなんてしたくない。一人で食べるのは寂しいし。

 そう思っていたら、横から温め済みのパックご飯を差し出された。

 

「どうぞ」

「ん……。テレビの人」

 

『テレビの人www』

『もうちょっと認識してあげて?』

『この場限りの付き合いだろうし、仕方ないだろ』

『しかししれっとパックご飯を買っていたこの人、有能では?』

 

 すぐに渡されたから、私が言うよりも前に買っておいてくれたってことだよね。予想されてたってことかな?

 口を動かしながらテレビの人を見る。若いお兄さんは薄く笑って、

 

「いつも見ていますので。ご飯を欲しがるかなと」

「おー……」

 

『やはりこいつも視聴者……!』

『めちゃくちゃ羨ましいポジションにいるじゃねーか!』

『有能なのがむかつく!』

 

 めちゃくちゃ言うね。

 お礼を言ってご飯をもらう。焼き鳥と一緒に口に入れると、うん、やっぱりすごく合う。美味しい。

 

「高崎さんならお酒を飲みたがりそうだよね」

 

『わかる』

『間違いないw』

 

 真美のつぶやきにみんな同意してる。お酒と一緒に食べるものなのかな。

 次は、かわ。こっちは塩がかけられてるみたい。食べてみると、さっきのお肉とは全然違った食感だった。お肉よりもずっと柔らかい。それでいて塩味がしっかりときいていて、とても美味しい。タレでも美味しそうだね。

 

「んふー」

「リタちゃん、美味しい?」

「ん。すごく美味しい」

「満足できそう?」

「できる」

 

 焼き鳥、すごくいいもの。これも精霊様のお土産にしたいけど……。今あるのは全部食べちゃいそうだし、あとでもう一度並ぼうかな。でも真美に付き合わせるのも……。

 

「どうぞ」

 

 テレビの人に盛り合わせを二パック渡された。まだ口に出してないのに。

 

「精霊様へのお土産が必要かと思いました」

「もぐもぐ……。すごい。テレビの人、すごい」

「いえいえ」

「お礼。はい」

「え」

 

 焼き鳥を一本、渡してあげる。全然食べてなさそうだったから。

 テレビの人は戸惑っていたけど、ちゃんと受け取ってくれた。

 

「え、どうしよう、嬉しい。家宝にしてもいいかな」

 

『テレビの人すごいと思ったらただのバカだったw』

『愛すべきバカなのか憎むべきバカなのかこれもうわかんねえわw』

『ちゃんとリタちゃんに感謝して食べろバカ!』

 

 いや、感謝してるのは私だけど……。まあいっか。

 もらった焼き鳥をアイテムボックスに入れて、残りを食べる。うん……。焼き鳥、すごく美味しい。来てよかった。さすがは真美だね。

 




壁|w・)焼き鳥はおかずにもつまみにもなる、とてもいい料理。
まあ私はお酒を飲まないので、あてとかつまみとはよく分からんのですけどね。


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広縁でのんびりと

 

 焼き鳥を食べ終わった後は、温泉へと向かう。さすがにお昼みたいな温泉巡りはせずに、今回は一カ所だけ。あの広い露天風呂がお気に入りだから、そこに行く予定。

 それで、お昼も通ったいろんなお店がある通りを歩いてるんだけど……。すごく人が多くなってる。たくさんだ。時折手を振られるから、とりあえず振り返してる。ふりふり。

 

「リタちゃんって、そういうサービス精神はあるよね」

「ん? 振り返してるだけだよ」

「あ、そういう感覚なんだ」

 

『挨拶を返してる、みたいなもんか』

『でも俺らにとっては十分なサービスです』

『俺もリタちゃんに手を振りたいし振り返されたい』

 

 気付けば振り返すぐらいはするよ。時間がかかることでもないから。

 時折おまんじゅうやお菓子を買い食いしながら、西の河原公園に入った。

 

「おー……」

 

 薄暗い道になるかなと思ったら、なんだか色とりどりの光に照らされてる。すごい。

 

「なにこれ」

「ライトアップ。これをリタちゃんと見たかったんだ。綺麗でしょ?」

「ん。すごくきれい」

 

『これが有名な草津温泉のライトアップか』

『湯畑もなんか光らされてたけど、こっちは青とか赤とか幻想的やな』

『なんかご利益ありそう』

 

 本当に綺麗だね。みんなも見たいっていうぐらいだから、日本でもあまり見られない光景なんだと思う。私の世界だとまず無理だ。

 そんなお昼とは全然違う公園を歩いていく。神秘的っていうのはこういう時のことを言うのかな。歩いていて、ちょっと楽しい。

 そうしてたどり着いた、とっても広い露天風呂。真美と一緒に中に入ると、

 

「わあ」

 

 そこもライトアップされていた。温泉そのものは控えめだけど、そこから見える山が綺麗な色になってる。なんだかすごい。

 

「ここからの景色もすごく綺麗だよね」

「ん。とてもすごい」

 

『そんなにすごいの?』

『是非見たいんですが』

『するっとフェニちゃんの映像に切り替わってて草だよ』

『こちらはフェニちゃんがまた溶岩浴をしているところでございます』

 

 またやってるんだ。フェニちゃんにとってはお風呂だろうから、気持ちいいのかな?

 温泉に入って、一息。のんびりとライトアップされた景色を眺められるのは、なんだか贅沢をしてる気がする。

 

「はふぅ」

「ふにゃふにゃだね」

「んー……」

 

 とても、とっても、気持ちいい。

 ゆっくりのんびり温泉と景色を堪能して、宿に戻ることになった。

 

 

 

「あら。おかえり」

 

 部屋に戻ると、高崎さんがのんびりテレビを見てくつろいでいた。お酒を片手に焼き鳥を食べてる。買ってきたのかな?

 

「焼き鳥、買ってきたんですか?」

「あなたたちの配信を見てたら食べたくなったのよ」

「ん。焼き鳥はいいもの」

「そうね!」

 

『やっぱ高崎さんもあの後見てたんかw』

『あれだけ焼き鳥美味しそうに食べてたらな……お酒と一緒に食べたいわな……』

『気持ちは分かるが、女優の姿かこれが?』

『なお仕事中です』

『だめなやつでは?w』

 

 もう夜だし、私は別にいいと思う。

 それよりも。

 

「真美。真美。あそこ座ろう」

「あ、うん。そうだね」

 

 真美と一緒に、一番奥、広縁に向かう。広縁の真ん中に小さいテーブルがあって、それを挟むように椅子が置かれてる小さなスペース。そのふかふかの椅子に座ると、なんだろう、不思議な心地よさがあった。窓からの景色も、温泉街が見れるだけだけど、悪くないと思う。たくさんの人が歩いてるね。

 

「リタちゃん、おまんじゅう食べない?」

「食べる」

 

 アイテムボックスからおまんじゅうを一箱取り出す。包装を破っていたら、テレビの人がジュースを持ってきてくれた。オレンジジュースだ。嬉しい。

 

『熱いお茶じゃないんかいw』

『おまんじゅうには熱いお茶だろがい!』

『味覚がお子ちゃまなリタちゃんに何を求めてるんだお前らは』

 

 なんだかすごくバカにされたような気がする。でも今はいいかな。おまんじゅうを食べたい。

 のんびり椅子に座って、おまんじゅうを食べて、ジュースを飲んで、景色を見る。おー……。とても、いい。すごくいい。ここ、好き。

 

「ここ、いいね」

「でしょ? 不思議な居心地の良さがあるよね」

 

『わかる』

『なんなんだろうな、あの良さ。言葉にしづらいものがある』

『日本人の心に語りかけてくる何かがあるんだよきっと』

 

 私は日本人じゃないんだけど。でも、ここはとてもいいと思う。

 

「リタちゃん」

「ん?」

「温泉、楽しかった?」

「ん。楽しかった。気持ち良かった。また来たい」

「あはは。そっか」

 

 真美は、なんだかほっとしたような顔だった。不安だったりしたのかな? でも今回の旅行が失敗でも、それはテレビの人の責任だと思えばよかったと思う。楽しかったけどね。

 

「ああ、そうそう。リタちゃん、真美ちゃん」

「ん?」

「はい?」

「この宿にも温泉の大浴場があるけど……」

「入る」

「まだ入るの!?」

 

『草』

『温泉気に入りすぎやろwww』

 

 まだ入ってない温泉。是非とも入りたい。最後にそこに入ってから、今日は休もう。

 ちなみに。宿の温泉はただ広いお風呂といった感じだった。気持ち良かったけどね。

 




壁|w・)広縁は魅惑的な場所。


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朝ご飯のバイキング

 

 翌朝。日の出とともに目を覚まして、お布団から出た。真美と高崎さんはまだ寝てるみたいだから、静かにお布団を畳んでおく。

 広縁の椅子に座って、一息。この場所、やっぱりいいよね。私のお家にも作りたいけど……。さすがにちょっと、この雰囲気は出せないと思う。諦めよう。

 アイテムボックスからジュースを出して、ちょっとずつ飲む。朝ご飯はバイキングというものらしい。よく分からないけど、真美が楽しみだねって言ってたから、きっといいものだ。

 ジュースを飲みながら待っていると、真美のスマホのアラームが鳴り始めた。もぞもぞと動いて、アラームが止められる。起き上がった真美は大きく伸びをして、隣を、私が寝ていた場所を見た。

 

「あれ……? リタちゃん?」

「ん?」

「あ、そっちだった。早いね」

「そうでもないと思う」

 

 真美もお布団を畳んだのを確認してから、言った。

 

「温泉、行こう」

「お、いいね。朝風呂ならぬ朝温泉だね! 行こう行こう!」

 

 というわけで、旅館の温泉に向かう。他の温泉は分からないけど、ここの温泉は朝六時から入れるらしい。朝ご飯の前に軽く入ってもいいと思う。朝ご飯の後はもう帰るだけだろうし。

 温泉を堪能してから部屋に戻ると、高崎さんも起きてテレビの人たちも集まっていた。

 

「おかえりなさい、リタちゃん、真美ちゃん。どこに行っていたの?」

「朝温泉」

「な、なるほど……」

 

 朝の温泉も悪くなかったよ。

 それじゃ、朝ご飯だ。そろそろ配信も始めよう。魔法を使って、と。

 

「おはよう」

 

『おはよおおおおおお!?』

『リタちゃんが挨拶した!?』

『これは明日は天変地異だな!』

 

「怒るよ?」

 

 たまには挨拶してると思う。たまには。

 

「今から朝ご飯。バイキングだって。バイキングって美味しいの?」

 

 私がそう聞くと、真美が小さくあ、と漏らしたのが聞こえてしまった。どうしたんだろう。

 

『美味しいっていうかなんというか……』

『真美ちゃん説明してなかったんかw』

『バイキングって料理名というより、食べ方というか、そういった意味かな』

 

 食べ方。普通のご飯とは違うのかな? 行けば分かるか。

 階段を下りて、食堂へ。食堂に入ると、たくさんのテーブルが並んでいた。細長いテーブルには、たくさんの料理が大盛りで並んでる。なにあれ。一人で食べるには多すぎる量がそれぞれの料理で並んでるけど……。

 

「真美。あれはなに?」

「あれがバイキング。自分が欲しいものを好きなだけ取っていいんだよ」

「おー……」

 

 好きなものを好きなだけ取っていいらしい。食べ放題、というやつかな? いろんな種類を少量でもいいらしいし、たった一つを大量に、でも問題ないらしい。なかなかすごい仕組みだと思う。楽しそう。

 

「食べ放題……」

「リタちゃんがそわそわしてる気がする……」

 

『そわそわリタちゃん』

『本当に食べることが好きだなあw』

『バイキングは店によっても内容が違うから楽しみやね』

 

 奥のテーブルに向かって、お盆を手に取る。お盆の上にお皿を並べて、このお皿に好きなものを並べていけばいいらしい。

 メニューは……たくさん。たくさんだ。こんがり焼いたソーセージに、新鮮そうなサラダ。焼いたベーコンやハムもあるし、ロールパンやジャム、バターもある。他にもいろいろ、いろいろ。

 あと。

 

「カレーがある……!」

 

 大きいお鍋にはスープとかが入っていたけど、カレーもあった。

 

「んー……。カレーの香り。多分、甘口のカレーだと思う」

「なんで分かるの……?」

 

『まさかの香りで判別』

『いや、好きなら分かる人もいる……だろうけど』

『普通にすげえw』

 

 カレーも必ず食べよう。でもこれは、最後にしようかな。

 とりあえず美味しそうなものを取ってみる。食べ終わったらまた料理を入れていいらしいから、欲張らずに、とりあえず載せられるだけ。ソーセージもそうだし、このトマトも真っ赤で美味しそう。果物は、やっぱり最後だよね。あとは……。

 

「ん……? 真美も高崎さんもそれだけでいいの?」

「う、うん……。さすがに朝からいっぱいは食べられないから……」

「脂っこいものはちょっとね……」

「ん。年を取ると辛いんだっけ」

「まだ若いけど?」

 

 あ、これ言っちゃだめなやつだ。高崎さんがちょっと怒ってる。ごめんなさい、と謝ると、すぐにため息をついて許してくれた。

 

『年齢の話は基本的にタブーやぞ』

『いうて高崎さんはそんなに年とってないはずだけど』

『三十前半だっけ。まだまだ若いよな』

『そういう問題じゃないんだよ』

 

 よく分からないけど、気をつけよう。

 パンもウインナーもたくさん食べる。結構美味しい。もちろん専門の味とかと比べるとちょっと劣るかもしれないけど、でも食べ放題だと考えると十分だと思う。

 最後に、ごはんとカレーライスと、果物。カレーライスにはいろいろトッピングしてみた。ウインナー、唐揚げ、肉団子……。こんなものかな?

 

「リタちゃん、朝からよく食べるね……」

「美味しいよ」

「うん。だからついつい私も食べちゃうよ……」

 

 真美のお皿にもカレーライスがあった。やっぱりカレーは美味しい。

 

『真美ちゃんはほどほどにな』

『体重計に乗ったら後悔するぞ』

 

「分かってる……」

 

 そこまで気にしなくてもいいと思うんだけどね。

 バイキング、すごく楽しめた。こういうのは結構好きだ。他のお店にもこういうのはあるらしいから、また行ってみたいね。

 




壁|w・)バイキングはとっても楽しい。


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旅行の終わり

 

 旅館の人たちに挨拶をして、バスへと向かう。帰りもバスに揺られることになるのが普通なんだろうけど、今回は転移で帰る予定だ。

 転移先のために駐車場はすでに予約してあるみたい。そこに転移すればいい、と聞いてるから今回は楽だね。

 最後に湯畑を軽く見てから、バスに戻った。

 

「バスごと全員転移するから、ちゃんとみんな中に入ってね」

「はーい」

「おまえらー! 忘れ物はないか! 取りに戻ってくるのは手間だからな!」

「確認しましたー!」

 

 バスの中でみんなが確認しあってる。私はバスの外で待機中。いろんな人が集まってきて、遠巻きに見てるけど……。気にしなくていいのかな。

 

「もう帰るよ?」

 

 一応周りの人に言ってみるけど、みんな指で丸印を作ってる。気にしないでもいいってことなんだろうけど……。何が見たいんだろう。

 

『多分転移の瞬間を見たいんだと思う』

『それすら普通は見れないから』

 

 それは……。見てもおもしろくないと思うんだけど。

 適当にお菓子を取り出して、もぐもぐと食べながら待つ。平べったくてとても長い、グミみたいなお菓子だ。これがわりと美味しい。種類としては駄菓子になるのかな。コーラ味、だって。

 私が食べ始めたら写真に撮られるのがいきなり増えたけど……。何がいいのやら。

 

「リタさん! 確認終わりました! いつでも大丈夫です!」

「ん」

 

 テレビの人たちの準備も終わったみたいだから、今度こそ転移だ。

 草津温泉、とても楽しかった。気持ち良かった。次は師匠と一緒に来よう。

 そう心に決めて、私はバスと一緒に転移した。

 

 

 

 転移先は東京の外側にある駐車場。ここで解散ということになってる。高崎さんを含むテレビの人たちはここからバスで帰るみたいだから、私と真美は直接お家に転移だ。

 

「わあ……。すごく綺麗な場所だね」

 

 真美がバスから出てきてそう言った。確かに、とても景色がいい。ここも東京らしいけど、とてもそうとは思えない場所だ。

 山に囲まれていて、自然がたっぷり。近くには川もあるみたいで、何人かがその川で釣りをしてる。東京といえばビルがたくさんのイメージなんだけど……。場所、違うのかな?

 

「本当に東京なの?」

「えっと……。スマホで現在地調べるから待ってね……。うん、東京だよ。ちょっと隅っこの方だけど」

 

 真美のスマホを見てみると、確かに東京の表示だった。秋川渓谷というところみたい。東京にもこんなに自然がいっぱいの場所があるんだ。

 

「東京もそれなりに広いからね。リタちゃんの森よりは狭いけど。それに、心桜島も一応は東京だよ」

「そうだった」

 

 心桜島もビルは少しあるけど、それでも自然がいっぱいの島だ。あそこも東京なんだから、他があってもおかしくないか。

 でも、うん。綺麗な場所だ。今度、ゆっくり散策してみるのもいいかも。

 でも今日は、とりあえず帰らないと。精霊様も心配してるかもしれないし。

 

「最後の挨拶いいですか!」

「ん?」

 

 テレビの人に呼ばれたからそっちに行ってみる。カメラが山を背景にして高崎さんを撮っていた。その高崎さんが手招きしてきてる。行った方がいいのかな?

 とりあえず近くまで行ってみると、高崎さんがカメラを向いて言った。

 

「はい。というわけで、今回は噂の魔女、リタちゃんと温泉でした。リタちゃん、温泉はどうだったかな?」

「ん? 気持ちよかった。また行きたい」

「ふふ。そうでしょう? 日本人として私も誇らしくて……」

「高崎さんも焼き鳥とお酒、美味しそうだったね」

「やめてもらえる?」

 

『草』

『リタちゃんそれわざとやってる?w』

『今回でめちゃくちゃ親近感増したわ、この女優w』

 

 高崎さんは小さくため息をついて、こほんと咳払い。次に真美へと言った。

 

「真美ちゃんも、今回はありがとう」

「いえ。こちらも楽しかったです」

「…………。そう。こういうのでいいのよ、こういうので……」

 

『高崎さんwww』

『リタちゃんが本当に申し訳ない』

『でもリタちゃんが出る時点でこうなることは分かってたはず』

 

 私が悪いのかな? テレビのルールとかよく分からないから、気にするつもりはないけど。

 あとは高崎さんがもう少し話して、終了になった。ここから先は自由解散、らしい。

 

「それじゃあ、リタちゃん。今日は楽しかったわ」

「ん。元気でね」

「リタちゃんも」

 

 高崎さんやテレビの人たちに手を振って、私たちは真美のお家に転移した。

 

 

 

 真美のお家。見慣れた部屋。なんだか落ち着く。

 

「リタちゃん、お昼ご飯は食べていく?」

「ん。何があるの?」

「出前かなあ……。ピザでも頼んでさっと食べて、畳を見にいくとか」

「近くにあるの?」

「あるよ」

 

 それは、是非とも見にいきたい。私が頷くと、真美はすぐにピザを注文してくれた。

 真美と一緒にピザを食べて、畳を買いに行くことになった。

 畳。楽しみだ。お庭の一部に敷いて、お昼寝できる場所にしたいね。お菓子とかも近くに置いて……。うん。すごくいいかもしれない。

 

「楽しみ」

 

『まさかそこまで畳を気に入るとはなあ』

『師匠から受け継がれる日本人魂』

『もっといい日本人魂があると思うんだw』

 

 畳はとてもいいものだよ。

 




壁|w・)さて、どの駄菓子か分かる人はいるのだろうか。
次回で長かった旅行編は終わりです。


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