メツブレイド (ヤケイ)
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序章「出逢い」
~プロローグ~


1

 

 

「今日はどこに行くんじゃ? レックス」

 

 竜は首を器用に動かし、背中の住人に問いかける。

 

「えーっと…今日はこことここと…あとここかな」

 

 背中の住人は竜に向けて地図を広げ、いくつかの座標を指さす。

 


 どこまでも世界を覆う白い波"雲海"。天を刺すように伸びる大樹"世界樹"。雲海を回遊する巨大生物"巨神獣(アルス)"。そして巨神獣(アルス)の背に生きる"ヒト"。それがこの世界、"アルスト"を構成する全てだ。

 ヒトは巨神獣(アルス)と共に幾万の昼と夜を過ごしてきた。巨神獣(アルス)はヒトに恵みと生きる土地を与え、ヒトはその恵みを用いて世界をつないでいく。

 "レックス"もそんなヒトの1人。パートナー兼住居の巨神獣(アルス)"じっちゃん"と供に、アルストを巡り、雲海から物資をサルベージし、それを売る。そんな生活を選んだ"サルベージャー"の少年だ。


 

「どれどれ…うん? ここは初めて行くポイントじゃのう?」

 

 じっちゃんはレックスが指さした3つの座標のうち、北に外れた1つを鼻で指す。

 それ以外の2つの座標はこれまで何度も行ったことがある馴染みの座標だった。

 

「この前アヴァリティアで掘り出し物市やってただろ? そこで昔の地図を買ったんだよ」

 

 そう言ってレックスはじっちゃんの背に建てられた住居(と言っても、雨風をしのげる程度の簡易なものだが)の棚から一枚の紙を取り出す。

 それは相当年季の入った紙だった。端はボロボロに破け、表面は大分黄みが掛かっている。書かれている内容も、大部分がかすれていてとても一目で読めたものではない。

 

「またずいぶん古ぼけた紙じゃのう…」

「ずいぶん大昔の地図みたいでさ。残ってるのが奇跡って言ってたよ。たしか…"500年前"のものって言ってたかな?」

「500年…」

「うん? どうかした?」

「…なんでもないわい。で、それがどうしたんじゃ?」

 

 じっちゃんはレックスの言葉に一度うつむくも、首を振って続きを促す。

 レックスは意味ありげなじっちゃんの様子に少しだけ首をかしげるが、それ以上は特に追及するでもなく、話を続ける。

 

「で、これを解読したらさっきの座標のあたりに昔沈んだ巨神獣(アルス)があるっぽくてさ。この辺でサルベージしてる人の話聞いたことないし、もしかしたら穴場かもしれない!」

「沈んだ巨神獣(アルス)……?」

 

 レックスの言葉にもう一度じっちゃんの表情が曇る。

 そして続く言葉は、その顔を更に歪ませることになった。

 

「これはえーっと…"イーラ"だってさ」

 

 

2

 

 

「じゃあとりあえず下見してくるから!」

 

 サルベージャースーツを着込んだレックスは、座標につくや否や、待ってられないとばかりに雲海の中に飛び込んだ。

 行きなれた2座標でのサルベージを済ませ、レックスとじっちゃんは件のイーラと呼ばれる巨神獣(アルス)が沈んだとされる座標に来ていた。

 座標の周囲には回遊する巨神獣(アルス)の姿もなく、周囲にはただレックスの命綱のリールが回る音だけが響く。

 

(イーラ…か。まさか今更その単語を聞くことになるとはのう…)

 

 レックスの潜っていった先を見つめながらじっちゃんは物思いにふける。

 イーラ。その単語は彼にとって、とても因縁の深い名前だった。はるか昔、自らも渦中にあった壮大な物語。その舞台となった1体の巨神獣(アルス)につけられた名前だった。

 

(シン、ヒカリ、メツ…いや…)

 

 かつてのその舞台を駆け抜けた彼らの名を思い出す。

 "もしかしたら"と思ったが、それはないと首を振る。"500年"という時の重み。それには巨神獣(アルス)とそれ以外の存在では大きな差があるのだ。

 そう思いにふけること暫く。カラカラと規則的に回っていたリールの回転が徐々にゆっくりとなり、やがて逆回転を始めた。

 それから数分後、雲海から見慣れたヘルメットが勢いよく飛び出してきた。

 

「じっちゃん! ちょっと!」

 

 リールを手繰ってじっちゃんに乗り上げながら、レックスはヘルメットを脱ぐ。

 

「なんじゃ。なんもなかったのか?」

「逆! なんか今まで見たことないようなもの見つけた! ただ結構大きくてさ。俺と今ある装備だけじゃ持ち上げられそうにないんだ」

「…ワシに手伝えというのか?」

「ダメかな?」

 

 レックスの頼みに、じっちゃんは大きなため息をつく。

 

「…しょうがないのう。ただし、わかっておるな?」

「今夜の料理はシュリブの香草焼き!」

「わかっとるではないか」

 

 じっちゃんが満足げに頷くのを確認し、レックスはヘルメットを被りなおす。

 

「じゃあアンカーつけてくるから、合図したら引っ張ってくれ」

 

 再びレックスは勢いよく雲海に飛び込む。

 それからまた命綱が回ること数分。今度はじっちゃんにも取り付けられたアンカーが強く雲海に引っ張られる。

 

「ぬぅうううう!!」

 

 じっちゃんは雲海に沈めていた翼を広げ、雲海から浮かびあがる。

 アンカーの先に取り付けられたものは相当に重いらしい。全力を出しても中々高度が上がらない。

 

「これはまた…大物じゃのう…!!」

 

 羽ばたき続けること数十分。おそらくレックスが雲海の中でサポートをしているのだろう。じっちゃんにかかる重さが弱まっていき、その高度が徐々に上がり始める。

 そして雲海に透ける形でアンカーに取り付けらたものがあらわになってくる。

 浮かび上がってくるその姿に、じっちゃんはとても見覚えがあった。

 

「あれは…」

 

 それは、紫色の巨大なプレートだった。

 

 

3

 

 

「ありがとうじっちゃん!」

 

 プレートが完全に浮上するのと同時に、ヘルメットをかぶったレックスもその横に浮上する。

 じっちゃんはすでに羽ばたきをやめ、プレートのすぐそばの雲海に浮かんでいた。

 

「まったく…無茶をするわい。これはごちそうも期待せんとなあ?」

「分かってるよ。…まさかこんなに大きいなんて」

 

 じっちゃんの背に上り、レックスもプレートを見下ろす。

 中型の巨神獣(アルス)ほどのサイズはあろうかと思われるほどの巨大なプレート。厚さもレックスの身長を優に超える。その形は大まかには長方形。しかし二つの長辺に左右対称にそれぞれ1か所ずつ出っ張りがある。

 

「こんなもの見たことないなぁ…形も材質も…コアクリスタルに近いかな?」

「そうじゃのう…」

 

 プレートを見て、じっちゃんは少し浮かない表情をする。しかし、横にいるレックスは目の前のお宝に興味津々でそれに気づく様子はない。

 

「とりあえずアヴァリティアに持っていくか!」

「…待てレックス、まさかお前はこれをワシに引っ張れと?」

「…そうなるかな」

巨神獣(アルス)使いが荒いのう…」

「ちゃんとごちそうは弾むから…ん?」

「どうした?」

「じっちゃん! あそこ! 人が入ってる!」

 

 レックスがプレートの中央を指さす。

 目を凝らしてよく見て見ると、確かに人の姿のようなシルエットがあった。プレートの中、厚さ的にも中央付近に一際黒い影があった。

 

「助けないと!」

「待てレックス!」

 

 じっちゃんの静止も聞かず、レックスはプレートの上に飛び乗り、影のところまで走る。

 

「やっぱり人だ! …これどうすれば……」

 

 近づいて見た影は、大柄な男の姿だった。

 プレートに阻まれてよく見えないが、ひどく傷だらけにも見える男の姿。

 レックスは助け出そうと辺りを探るが、プレートには傷はおろか、継ぎ目の一つすらなく。勿論入り口のようなものも見つからない。

 

「くそ、どうすれば!」

 

 レックスはプレートを勢いよく叩く。

 すると、打ち付けた拳がプレートの表面に沈む。

 

「え!? …うわぁっ!!」

 

 プレートが割れたわけではない。文字通り腕が沈んだ。

 そしてそのまま、レックスの体は支えを失ってプレートの中へ沈んでいく。

 

「…う…ん…?」

 

 それは不思議な感覚だった。

 プレートの中、そこは何もない空間だった。球状に形どられた何もない空間。球の壁には発光するいくつもの模様。そして周囲の景色が映し出されていた。

 息は出来る。ただ肌に雲海を思わせる感触がある。足場も何もない空間だったが、不思議と泳ぐことができた。

 

「…いた!」

 

 不思議な空間の中央。レックスは男を見つけた。

 外から感じた通り、いくつもの傷を負っており、ボロボロの状態で空間の中央に浮いていた。

 

「今助ける!」

 

 レックスは泳ぐように男の下へ向かう。

 男はその声に反応することもない。ただ、近づくとうめき声のようなものが聞こえてきた。

 

「おい、大丈夫か?」

 

 男の下へたどり着き、その頬を叩く。

 少しして男は呻きながら目を開ける。

 

「うーん…あぁ…」

「起きられるか? 名前は?」

 

 レックスの言葉に男はたどたどしく答える。

 

「お…れ…は…俺の…なま…え」

 

 

「俺…の名前…は…メツ」

 

「ここは…どこだ…小僧」


序章「出逢い」 -完-



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第1話「契約」
01『依頼』


1

 

 

「レックス!!大丈夫じゃったか!?」

 

じっちゃんの声が雲海だけの景色に響き渡る。

じっちゃんの視線の先には紫色のプレート。その中央からレックスが這い出てくる。

 

「ああ!大丈夫だよじっちゃん!」

 

レックスは自分の体をプレートから引き挙げつつ答える。

しかしそのままじっちゃんの方へ向かわず、プレートから黒い何かを引っ張り上げる。

 

「心配したぞ!あと少し遅かったらこれを破壊してるところじゃったわい。…なにをしておる?」

「うん、とりあえずこっちにきてくれない?この人を寝かせたいん…だっ!っと」

 

踏ん張ったレックスが黒い何かを完全に引き上げる。

それは全身を黒い服で包み込んだ黒い男。レックスがプレートの中で出会った男。

レックスに『メツ』と名乗った男。

 

「こ…こやつは…っ!」

 

じっちゃんはその男の姿を見て目を丸くした。

しかし、その表情はメツを背負おうと四苦八苦していたレックスは気づかない。

 

「この中で倒れてたんだ。さっきはなんか喋ってたんだけど、すぐまた気を失っちゃって…じっちゃん?」

 

ようやくその男を背負ったレックスがじっちゃんの方へと歩き出すが、じっちゃんの顔を見て首をかしげる。

その表情をどこかで見た気がして、レックスは少しだけ考え込んで、すぐに思い出す。ここに来る前、『イーラ』という単語を呟いた時と同じ表情だ。

 

「そ奴が…ここに?」

「そうだけど。どうしたの?何か心当たりとか?」

「う、うむ…」

 

レックスの背に背負われた男、その顔にじっちゃんは覚えがあった。

間違えるはずもない男。だが、ここにあるはずの無い顔。500年も昔、イーラにて討伐されたはずのブレイド。

じっちゃんの顔がより困惑に歪む。

 

「…すまんな。今は何も言えん。こやつが起きんことにはな」

「そっか。とりあえずまずはこの人を誰かに診せないと。とりあえず…アヴァリティアだ。じっちゃん急げる?」

「…分かった。このプレートは置いてゆくぞ?」

「うん。こっちが優先だ」

 

サルベージしたプレートを放置し、レックスとメツを乗せたじっちゃんは、巨神獣アヴァリティアに向け進路を取った。

 

 

2

 

 

「よぉ!レックスじゃないか!景気はどうだい?」

 

アヴァリティアにつくや否や、港で待ち構えていた顔なじみの青年が声をかけてくる。

アヴァリティアは宙に浮かぶフグ型巨神獣につるされた船を中心とした船団都市だ。

多数の国家や団体の貿易の中継点となっており、レックス達以外にも多数の巨神獣船が港に停泊していた。

その一角にじっちゃんが腰を下ろし、レックスは急ぎじっちゃんの背から飛び降りる。

 

「まあ景気が良くなきゃアヴァリティアに来たりしないだろうが…」

「ハイラムさん!ここで一番腕のいい医者ってどこ!?」

 

レックスはハイラムのいつもの軽口を遮るように、勢いよくまくしたてる。

ハイラムはその様子に言葉を詰まらせるが、レックスのその様子を見てすぐに状況を理解する。

 

「医者…ならミルミルさんのところだな」

「その人今どこに!?」

「診療所なら3階の…」

「ありがとう!」

「あ、おい待て!」

 

駆けだそうとするレックスの肩を掴むハイラム。

進行方向に対して上半身だけ置いていかれたレックスは、そのまま派手に地面に背をぶつける。

 

「っ!な、なんだよ!?」

「その様子だとお前が病気ってわけじゃなさそうだな。どうした」

「あ、えっと。あの人!なんでかわからないけど、意識がないんだ」

 

レックスがじっちゃんの背を指さす。

ハイラムはひょいっとじっちゃんの背を登り、メツの姿を確認する。

メツの身長はかなり大柄だった。平均より少し高いだろうハイラムより更にでかい。レックスと並んだら頭数個分の差があるだろう。

 

「でかいな…おい、じーさん!背をかがめてくれ!あとレックスは人呼んで来い!」

「わかった!ハイラムさんありがとう!」

「いいから早く行ってこい!」

 

ハイラムがメツを降ろすのを見て、レックスはアヴァリティアの船内へ走る。

そうして数人を呼んできたレックスは、一緒に持ってきた担架でメツを診療所へと運ぶ。

診療所のミルミルはノポンという、ヒトとは違う知的生命体の医者だった。ヒトの足程の高さの丸い体に、翼と小さな手。その球体のようなフォルムをモフモフの毛が覆っている。

 

「これは…ももも…」

 

暫くメツを診て、ミルミルは険しい顔を浮かべた。

 

「どう?」

 

レックスがのぞき込むようにミルミルに尋ねると、ミルミルは「どうもこうもないも!」と翼をぶんぶんと振り回す。

 

「ブレイドは専門外だも!」

「…ブレイド?」

「そうだも?ここにコアクリスタルもあるも」

 

そう言ってミルミルはメツの胸元にあった装飾を外す。そこには、先ほどレックスがサルベージしたプレートと似た形、同じ色をした結晶が姿を現した。それは確かにミルミルの言う通り、亜種生命体『ブレイド』であることを示す証だった。

 


亜種生命体ブレイド。それはこの世界に存在するヒトともノポンとも異なる別種の命。コアクリスタルと呼ばれる物質に、資格あるヒトが手を触れるた時、そのコアから発生する存在。

ブレイドを生み出すその行為を『同調』と呼び、ブレイドを生み出したヒトはブレイドの『ドライバー』となる。

ブレイドはその胸元にあるコアクリスタルが損傷するか、ドライバーが死なない限り不老不死。ヒトに極めて近く、限りなく遠い存在。

その姿はヒトに近しい姿をしていることが多く、一部はほとんど人と区別がつかない…が、胸元のコアクリスタルの有無で識別ができる。


 

「ホントだ…」

「気付かなかったも?というかお前さんのブレイドじゃないのかも?」

「サルベージで引き揚げたんだ。…でもこれ…」

「そうだも。"欠けてるも"」

 

メツのコアクリスタルは大きく損傷していた。

コアクリスタルがあっただろう縁取りは、レックスが引き上げたプレートと同じ形をしているのだが、収まっている結晶はその半分にも満たない。

上半分が欠け、残った下半分は各部にヒビが入っている。

 

「こんな状態のブレイド見たことないも!」

 

わかんないも~!とミルミルが手にした聴診器をぶん投げる。

医者としてどうなんだ…と、レックスは苦笑いするが、ミルミルの反応も無理はないものだった。

ブレイドの不老不死性。先の通りそれは限定的なもので、コアクリスタルが大きく損傷した場合、その肉体を保てず、ブレイドはコアクリスタルに戻る。

ドライバーではないレックスもその事は知識として知っていた。実際コアクリスタルが破損したブレイドなどこれまで見たこともなかった。

 

「つまり、これが原因かもってこと?」

「その可能性が高いとは思うも。カクショーは持てないけども。とりあえず人間への治療をいくつか試して、アンセーにさせておくも。ミルミルはユーシューだから専門外でもなんとかできるんだも!ほめていいも!」

「ありがとうミルミルさん!」

「えっへんも!」

 

 

2

 

 

メツをミルミルに任せ、レックスは診療所を後にした。

挙動こそよく見るノポンのソレだったが、ミルミルが優秀な医者だということはレックスも話に聞いていた。だから任せることに不安はなかった。

というよりも、それ以上にレックスには宛てがなかった。なにせブレイド専門の医師など聞いたことがない…どころか、そもそもいるはずがないのだ。ブレイドはこの世界に満ちる根源元素、エーテルの扱いに長けている。その力で傷や不調などはたちどころに回復してしまうはずなのだ。

メツのことを考えながら、レックスはアヴァリティアの一階まで降りてくる。

先ほどの騒動で払い損ねてしまった係留代を払おうとハイラムの姿を探すが、入れ違いにでもなったのか姿が見当たらない。港の方に出たのかもしれない。

 

「なら先に換金と送金を済ませておこうかな」

「レックス!」

 

お金関連の手続きを済ませようと、交換所へと向かおうとしたところで、先ほど降りてきた階段の上から声をかけられる。

振り返ってみると、ミルミルとは別のノポンが数人を引き連れて降りてくるところだった。

 

「プニンさん!久しぶり~」

 

プニンはレックスの返事を聞くと、少し足を速めて階段を降りてくる。

プニンはこのアヴァリティアの経営を担っているスタッフの一人で、偶にレックスにもサルベージの仕事を割り振ってきてくれるお得意様だった。

 

「相変わらずイキがいい…じゃなかった。威勢がいいも」

「まあね。で、何の用?新しい仕事?」

「ま、そんなとこだも。ところでレックス、お前確かリベラリタス島嶼群のイヤサキ村出身だったも?」

「ああ、そうだけど…それが何か?」

 

レックスは頷きながらも、プニンのその言葉に疑問符を浮かべる。

リベラリタス島嶼群は小さな巨神獣が集まったとある群島を表す地名。レックスの出身地イヤサキ村がある群島であり、今も家族が住む懐かしの故郷だ。

だが出身者のレックスの印象としてもそれだけ。活発な産業があるわけでもなく、住民も少ない。この一大貿易拠点アヴァリティアですら出身者と出会うことはおろか、地名を聞くことすら珍しいド田舎だ。

 

「すぐに会長室に行ってほしいも」

「え?何で?」

「バーン会長がお前のことをお呼びだも」

「会長が俺を…?」

 

バーン。それはこのアヴァリティアを治める長であるノポンの名前だ。

レックスも遠目でしか見たことがない超大物。まさか自分に声がかかるとは。

…自分が何かしたのだろうかと不安になる。あるいはさっきのプニンの言葉。リベラリタスに何かがあったのか…と、やはりレックスは不安になる。

 

「行ってみればわかるも」

「…りょーかい」

 

いまいち腑に落ちないながらも、レックスは不承不承ながら軽く頷く。

換金はひとまず後回しにし、プニンと別れたレックスはついさっき降りてきたばかりの階段を登っていった。

会長室はアヴァリティアの2階にあった。

アヴァリティアの中でも特に豪華な両開きの戸を開くと、これまた豪華な執務室の奥に、更に豪華に着飾った大きなノポンの姿があった。

 

「よく来てくれたも。アヴァリティア商会会長のバーンだも」

 

抑揚たっぷりにバーンが告げる。

バーンは一般的なノポンより恰幅のいいノポンで、レックスよりも一回りも大きいノポンだった。その丸い体を更にゴテゴテと宝石で着飾っているため、とにかく威圧感がすごいノポンだった。

 

「あ…ああ。初めまして」

 

レックスは落ち着かない様子で返事をする。こういう偉い人の前というのは終ぞ縁がなく、慣れない場に視線が泳ぐ。

泳いだ先、部屋の中にはおつきか何かだろう、ヒトの女性が二人立っていた。際どい恰好をしているのはバーンの趣味だろうか。

 

「プニンからずいぶんと腕の立つサルベージャーだと聞いてるも。それを見込んで、ちょぉっと頼みたいことがあるんだも」

「会長自ら俺に仕事の依頼を!?」

 

まさかの提案に声が上ずる。不安半分だった気持ちが一瞬でどこかへと吹き飛んでいく。

会長からの依頼。それはつまりアヴァリティアという組織から依頼されることに等しい。

サルベージ対象はかつてない大物、かつ多額の報酬は約束されたようなものだ。

 

「報酬は10万ゴールドだもぉ~」

「じっじゅうまんっ!?」

 

バーンの間を空けぬ畳みかけに、レックスの声が更に高く上ずる。

10万ゴールド。これまでレックスが聞いたこともないような数字だった。

先ほど換金しようとしていた今日のサルベージの収入が、概算で多く見積もっても4桁程度だということを考えると、一仕事での額としては望外すぎる金額だった。

 

「聞いて驚いたも?ちなみにそれは手付金も。成功報酬は更に10万プラスだも」

「合わせて20万…マ、マジですか…」

 

余りの現実感のなさに今度は上ずるどころか、掠れるような声が出た。

レックスの中で妄想が広がる。20万ゴールドもあれば、一般人が願う夢のいくつかは叶えることが可能な額だ。夢を見ずにはいられない。

 

「やります!このレックス。全身全霊をもって仕事に当たらせていただきます!よろしくお願いします!…ンあははははは…」

 

あまりの嬉しさにこらえきれず、言葉の最後に笑いがこぼれる。

その様子を見て、バーンはあきれたように口を開く。

 

「お前、依頼の内容は聞かなくていいも?」

「あぁ、そうだった。で、どんな仕事なんですか?」

「…ホントに大丈夫かも?」

 

バーンはため息を一つ。

それもそのはずだ。依頼も聞かずに金だけで動くようなサルベージャーなんてよほどのアホかモグリくらいなものだ。信用がならない。

 

「もちろん大丈夫ですっ」

 

しかし、レックスはそんなバーンの懸念なぞ一かけらも感じてないかのようなウキウキとした声で返事をする。

あまりに突然自分の元に舞い降りてきたチャンスに、一時的に思考回路がマヒしているのかもしれなかった。

 

「…まぁいいも。話は直接聞けも。いれるも」

 

そう言ってバーンは部屋の横の扉の前に立つ女性の方に合図を送る。女性はひと言返事をし、扉の中へと入っていく。

それから少しして、女性に連れられた4人と1匹の集団が部屋へと入ってきた。

一人はネコのような耳が頭についた、レックスと同い年くらいの少女。おそらくグーラという巨神獣に住むグーラ人だろう。その横には白い毛で覆われた虎を連れていた。ヒト型ではないが、首の下に青い結晶が輝いている。獣型のブレイドだ。

その次に出てきたのはレックスより少し年上に見える少女。燃えるような赤い髪と、同じ色合いの服装が特徴的な少女だった。後ろにはヒト型の昆虫のような生き物が立っていた。こちらも胸にコアクリスタルが輝いている。

そして最後に出てきたのは白い髪をした長身の男。仮面をつけ、刀を背負う男。先の二人とは異なり、ブレイドを連れている様子はなかった。

 

「ドライバー!それにブレイド!」

 

すっげぇ初めて見る!…と言いかけて、その言葉は飲み込んだ。ドライバーはともかく、ブレイドは先ほど見たばかりだ。

 

「…依頼内容は、ある物資の引き揚げだ。最近の海流変動で発見された未探査海域のかなり深い所に沈んでいる」

 

レックスを一瞥するや否や、白髪の男が淡々と語った。

その声に熱はなく、酷く冷え切った印象をレックスは感じた。

 

「へえ…それは腕が鳴るね!」

 

レックスは自信満々といったジェスチャーをして見せるが、男はピクリともしない。

もしかして見えてないのかと、少し仮面の奥をのぞき込んでみると、瞳自体はレックスの方をしっかりと睨んでいた。

無言が少し続く。間を取り持つように口を開いたのはバーンだった。

 

「ベテランのチームを紹介するって言ったけど、リベラリタスの出身で、少数精鋭の人材をという希望だったも。それで白羽の矢が立ったのがお前なんだも」

「へっへっへ…悪い気はしないな!」

「プフッ…フッフ…」

 

レックスがまた得意げになってみせると、突然横から笑い声が聞こえた。

視線を向けると、笑っていたのはグーラ人の少女だった。

 

「子供のサルベージャー?シン!今回の仕事って、子供の遠足も兼ねてるんだっけ?」

 

馬鹿にしたような表情と声で話す少女。

自分とほぼ同い年に見える少女に言われたことに、レックスはカチンときた。

 

「何だよ!見た目が子供っぽいのはアンタだって同じだろ?」

「アタシはこれくらいの額で、そんなバカみたいに喜んだりしないよ!」

「バカみたいってなんだよ!!」

 

明らかに小馬鹿にした口調に、レックスはムキになって声を張り上げる。

もっとまくしたてようと一歩前に出ようとした…ところで、間に虎のブレイドが割り込んできた。

 

「レックス様でしたな?此度はお嬢様が大変失礼なことを。何卒ご容赦を」

 

そう言って頭を下げる虎のブレイド。低く渋い声が執務室に響く。

想像もしてなかった紳士な対応に、レックスの怒りもどこかへ引っ込んでいく。

 

「ビャッコ!アンタまた余計な口出しを…」

「よしましょうニア」

 

虎のブレイド、ビャッコにグーラ人の少女が食って掛かろうとするが、その言葉もまた別の言葉にさえぎられる。

声の主は赤い髪の少女だった。少女はレックスから少し離れた位置で、レックスのことを値踏みするような眼で見つめていた。

 

「…まあ、気持ちはわからないでもないです。ただ…確かめるのは簡単ですよね?」

 

そうつぶやいた少女は片手に剣を握っていた。

それにレックスが気付いた時、その剣は自らの首筋に迫っていた。

 

「なっ!?」

 

勢いよく襲い掛かる刃。レックスは寸でのところで下方向に躱す。

間髪入れず飛んでくる二発目と三発目。低くなった態勢のままレックスは攻撃をかわし切り、なんとか四つん這いで少女から距離を取る。充分離れたところで振り返りつつ背中のジャンクソードを抜刀。そのまま飛び込みながら赤い髪の少女に向けて振り下ろす。しかしその刃は少女に届くことはなく、少女の構えた剣に受け止められる。

そのまま押し込もうとレックスは力を籠めるが、剣はびくとも動かない。その様子を軽く眺めてから、少女ははらうように剣を振るう。レックスは剣ごと大きく弾かれ後ろに下がる。距離を取って再度ソードを構えなおした時、すでに赤い少女は剣を納めていた。

 

「いきなり何するんだ!」

「…なるほど…」

 

少女は得心がいったように頷く。

その様子を見ながらも、レックスは構えを解かず、少女のことをにらみつける。

 

「ホムラ!子供相手に何やってんだよ!?」

「この少年じゃ不安って言ったのはニアですよ?」

「アタシはそんなこと言ってないよ!」

「言わなくても思ってた…でしょう?結果は見ての通りです」

 

少しうれしそうな表情で赤い髪の少女、ホムラはレックスの方へと歩み寄る。

レックスは距離を取るように後ずさるが、後ろ手に構えたソードの切っ先が壁に当たって足を止める。

 

「凄いですね。見たところドライバーじゃなさそうですけど…そのアーツ、どこで覚えたんですか?」

「じっちゃんに教わったんだよ。小さい頃から遊びと言えばこればっかりだった」

 

レックスは構えを解かない。それ見て、更にホムラは微笑む。

 

「能力は十分。度胸もあります。しっかり働いてくださいね?」

 

そう言ってホムラはそのまま執務室を後にする。それに虫のようなブレイドと、仮面をつけたシンと呼ばれた男が続く。

ニアはその様子を見て大きくため息を一つ。それからレックスに見せつけるように顔をプイっと逸らしながら3人に続く。

最後にビャッコが一礼をして、部屋に残されたのはレックスとバーン、後はバーン御付きの女性たち。先ほどまでの騒ぎがなんだったのかというほど静かな時間が流れる。

 

「ももー!何ともやかましい連中だも!」

 

静かさに耐えかねたのか、そう叫びながらバーンは机に小袋を叩きつける。

袋の中からは、チャリンと金属のこすれる音が聞こえる。

 

「手付け金も。これで必要な装備を買い揃えてから、右舷の桟橋に行けも。そこで俺の手配した、素晴らしい船が待ってるも!」

「…わかりました」

 

レックスはずっと構えていたソードをしまい、少しぶっきらぼうに返事をする。

先ほどまでの浮かれた気持ちは、いつの間にかどこか遠くへ行ってしまっていた。


続く



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02『渦潮』

1

 

 

「…というわけだからさ。行ってくるよ。二、三日で帰ってくるから心配しないで!」

「『といわけだからさ!』…じゃないわい!」

 

バーンの部屋を後にしたレックスは、港で待っていたじっちゃんの下へと戻っていた。

バーンからの仕事についてを報告し、そのまま支度を始めよう…と、踵を返した背中に、 責の声が飛んでくる。

 

「そんなわけのわからん仕事を引き受けおって!依頼主の素性もわからんのじゃろ?」

「会長直々の仕事だよ?大丈夫だって!」

 

心配そうなじっちゃんとは裏腹に、レックスは楽観的な口調で諭す。

はた目から見ても、レックスは明らかに浮かれていた。口には隠し切れない笑みが浮かび、興奮が抑えきれないのか、足取りは軽く弾んでいる。

 

「そもそもお前…メツはどうするんじゃ」

「それなら、何かあったらじっちゃんに言うように言っといたからさ。じゃあ行ってくる!じっちゃんはここでのんびりしててよ!」

「あ、おい!待つんじゃレックス!レックス!」

 

じっちゃんの静止をレックスは一方的に話を打ち切り、そそくさとその場を後にする。

その場から動くわけにいかないじっちゃんはその後姿をじっと見送ることしかできなかった。

 

 

2

 

 

翌日。レックス達一行はバーンの用意した巨神獣船、ウズシオに乗り込み、依頼のサルベージ座標へと向かっていた。

船にはレックス以外にもスタッフのノポンが数人と、サルベージャーらしき人たちが十数名乗船していた。そのうち何人かはレックスも顔なじみなサルベージャーだった。しかし、レックスの知りうる限り同郷の人間はいない。そもそもリベラリタス出身のサルベージャーなど10人いるかも疑わしいのだ。わざわざレックス一人に対してバーン会長からの説明があったところも見るに、リベラリタス出身のサルベージャーは自分一人なのだろうとレックスは考えた。

船上でサルベージャーたちには基本的にやることがない。装備の点検はすぐに終わるし、操船は専門の技師がいる。なので暇を持て余したレックスは特に何を考えるでもなく甲板へでることにした。

甲板に出てすぐ、端の方で雲海を見ている赤い髪の少女へと視線が行った。バーン会長の部屋でホムラと呼ばれていた少女だった。

 

「よお。ヒカリが気になるのか?」

「うわぁ!?」

 

突如後ろから聞こえた声にレックスは飛び上がった。

振り向くと、虫のような顔が振り向いたレックスの顔を覗いていた。その男?はレックスのその様子を見て「クックック」と笑う。

レックスはその顔がこの仕事の説明を受けた時に見た顔だったことを思い出す。ホムラの後ろに立っていたブレイドだ。

 

「ビックリしたぁ…えっと…」

「へっへっへ…ザンテツだ。お前、ドライバーでもないのにヒカリの攻撃を躱すとは中々だな。この先楽しみだ」

「(褒めてくれてるのかな…)そりゃどうも…ヒカリ?ホムラじゃなくて?」

 

レックスは首をかしげる。彼女はバーン会長の部屋で間違いなくそう呼ばれていた。決して物覚えの悪い方ではない。聞き間違える…ような語感でもない。

指摘を受けたザンテツは、困ったように頭をかく。その瞳は言葉を探すかのように中空を泳ぐ。

 

「あー…えっとな…」

「あだ名。みたいなものですよ」

 

再びレックスの後ろからの声。スッと差し込まれた言葉に、今度は飛び上がるとまではいかずとも、肩がビクンと跳ねる。

振り向くと、向こうを見ていたはずのホムラがいつの間にかレックスの目の前まで来ていた。

 

「あだ名?」

「そう。ね?ザンテツ?」

「ああ…そう。あだ名だ」

 

笑顔でいうホムラに、ザンテツは顔をそむける。

逸らしたザンテツの視線と変わるように、ホムラの視線がレックスの方へと向けられる。

その髪や服装と同じくらい紅い視線がレックスを見つめる。すでに空は暗くなっていたが、その瞳は炎のように輝いているように見えた。

 

「えっとあなたは確か…」

「レックスって言うんだ。よろしくな」

「そう、レックス。レックス…」

 

口になじませるように、ホムラは何度かレックスの名を呟く。

何度目かの呟きでようやくなじんだのか、ホムラはにっこりと頷く。

 

「レックスさん、よろしくお願いしますね」

 

その言葉と共にレックスの目の前にホムラの手が差し出される。

ホムラが自分の名を呟く姿をじっと見ていたレックスは、その手が何かわからず一瞬硬直する。目の前のホムラが首をかしげるのを見て、ようやくそれが握手の為の手だと気づく。

手をズボンでごしごしと擦ってから、レックスはその手を握り返す。ブレイドの手も暖かいんだなとレックスにどうでもいい感想が沸く。

 

「それで…私に何か御用ですか?」

「いやそういうわけじゃないんだけど…あ、そうだ。今回の依頼って何を探してんの?」

 

レックスはホムラの言葉に少しうろたえて、咄嗟に見つけた疑問を口にする。

ウズシオが出発する前には特に説明はなく、出発以降も一度今後のスケジュールを説明されただけで、目的の情報はサルベージャーたちには何も知らされていなかった。周囲の話を聞いていた限りでも、どうやらサルベージャー、スタッフのノポンの誰も知らされていないようだった。

その疑問を聞いたホムラは少し考えてから、人差し指を口元に立てた。

 

「ふふふ…残念ですがそれは秘密。内緒です。気になりますか?」

「まあね…でも、教えてもらえなくても仕事はきっちりこなすよ」

「ありがとうございます。サルベージャーの腕前に期待してますね?」

 

そう言って、ホムラは甲板から降りて行った。ザンテツもそれに続いて船内へと消えていく。

甲板に一人残ったレックスは、ホムラの手を握った自分の右手を少し見つめ、ホムラの消えていった方向に視線を向けた。

 

「ヒカリ…不思議なあだ名だなぁ」

 

 

3

 

 

「うーん…」

 

日が落ち切ったウズシオ甲板。その上に伸びる見晴台でレックスは大きく伸びをする。

ホムラと別れた後、レックスの足は見晴台の方へと向かっていった。

先に見張り役をしていたサルベージャーと2,3言交わして見張り役を買って出た。もうそろそろ誰かが持ち込んでるだろう酒瓶が見つかる頃合いだ。

見張り役とは言っても、周辺には雲海と、遥かそびえる世界樹しか見えない。この辺で巨神獣を見たという情報もないから本当に飾りだけの見張り役だ。一応飾りなりに仕事をしようと、双眼鏡を手に取り、辺りをぐるっと見渡す。

何もないだろう…と視線を流すと、レックスの予想に反してウズシオ後方に一つの黒い影を見つけた。

 

「アレは…船?」

 

見たことないタイプの船だった。

巨神獣で吊っているタイプではないが、ぱっと見巨神獣に装甲をかぶせているようにも見えない。表面は帝国スペルビアで使われているような装甲にも見えるが、サイズが妙に小さい。

 

「うーん…報告…すべきかな」

「アレはウチの船だよ」

 

後ろからかけられた声に肩が跳ねる。

双眼鏡から目を離して振り向くと、頭に獣の耳を立てた少女が見晴台の梯子を登ってきていた。ニアだ。

「う~…寒っ」と二の腕をさすりながら、ニアはレックスの横まで歩いてくる。レックスは後ろを覗いてみるが、どうやらビャッコはついてきていないらしい。

 

「えっと…アンタ達の巨神獣船?」

「アンタじゃない。ニアって名前がある」

「…ニア達の巨神獣船?」

 

口をとがらせて言い直すと、「それで良し」とニアがにやりと笑う。

 

「そ、色々と入用でね」

「ふーん…」

 

もう一度双眼鏡でその船を覗く。船はウズシオから一定の距離を保ってついてきているらしく、しばらく見ていても距離が変わる様子はなかった。

どんな船なのかもっと細部を確認しようとつまみを弄…ろうとしたところで、急に視界が開ける。

見ると、ニアがレックスの手元から双眼鏡を取り上げていた。

 

「おい、なにすん…」

「アンタ、下のに行かなくていいの?」

「下?」

「なんか宴会始まっちゃってさ」

 

ニアがクイっとコップを煽るジェスチャーをする。どうやらレックスの読みは正確だったらしい。

おそらくニアはその雰囲気が苦手なのだろう。そこに浮かぶ苦笑いに、レックスは肩をすくめる。

 

「オレはほら、飲めないからさ」

「あー、そっか。そりゃそうだ」

「ニアもだよな」

「いや?ただアタシは酔っ払いが嫌いなの」

「そうか。じゃあサルベージャーにはなれないな」

「なんで?」

「船には酔うな。酔うなら酒だ」

 

レックスが人差し指をくるくる回しながら諳んじる。

何かの説教のようなジェスチャーにニアが眉根をしかめる。

 

「何それ」

「サルベージャーの合言葉さ。これを守れなきゃサルベージャーじゃないってね」

「なる気もないよ…そういうアンタは」

「レックスでいいよ。オレが?」

「レックスは酔えないのにサルベージャーやってるじゃんか」

「…確かに」

 

二人で見合わせて、どちらともなく小さく吹き出す。

二人分の笑い声が、雲の海に響いていく。

 

「…で、なんでレックスはサルベージャーに?」

「ああ、あれさ」

 

レックスは視線でウズシオの進行方向を指す。

そこには翠に輝く巨木がそびえ立っていた。

 

「世界樹?」

「サルベージャーをやってるとさ。いろんなものを拾うんだ」

「いろんな…」

「誰かが落としたモノだったり、誰かが遺したモノだったり…誰かと共に沈んでいったモノ」

 

レックスは雲海を見つめる。

広くどこまでも続く雲の海。その上に今浮かんでいるのはこのウズシオと、ニア達の船だけ。こんなに広く見渡せても、その視界に人の住める場所はない。

 

「ここ最近巨神獣は減る一方だろ?こないだも国家級の巨神獣が沈んでいくところを見た。このままだとアルストは…」

「…」

「けど、サルベージで拾うものはそれだけじゃないんだ」

 

そう言って、レックスは腰のポーチから小さな機械を取り出す。

手のひらに収まるサイズの機械。明らかな人工物だが、そこに書かれてる文字や記号はこのアルストのどの国のものでもなく、一体何に使う機械なのかレックスにはわからない。

 

「なにこれ」

「わからない。ただこのアルストの物じゃないことはわかってるんだ。それってさつまり」

 

レックスは視線を上げる。

あげた先には遥か高くそびえる世界樹。レックスの視線はその更に上へと向けられていた。

暗い夜空に溶けていくその先端。その見えないほど遥か彼方にあると信じられてる場所がある。

 

「きっとこれは楽園の」

「…ップ。あ、アハハハハハ!」

 

ニアがこらえきれないとばかりに笑いだす。

レックスが振り向くと、ニアは信じられないモノを見たと言った表情で笑っていた。

 

「あんた、楽園伝説本気で信じてんの!?」

「…本気だよ。実際にこういうものだって見つかってるんだ。あの先に何かある」

「ないよ。アレはただのデッカイ樹だよ」

 

笑いながら、ニアも世界樹を見上げる。

 


楽園。それは世界樹の先にあると言われている伝説の土地。

かつて、ヒトが神と共に住んでいたとされる土地。

天候も時間も自由自在。今のアルストに住まう人々全てが住んでも使いきれないほど広大な土地。

しかし、ヒトはその楽園を追放された。

巨神獣は追放されたヒトのため神が遣わせた大地とされている。


 

2人が見上げた先に楽園は見えない。

望遠鏡などを使えば、世界樹の葉の先が見えるという噂は聞いたことあるが、肉眼では翠に光る葉が茂ってる様子しか見えない。

 

「いいじゃんか夢くらい見たって」

「夢…」

「楽園があれば、いつ巨神獣が沈むかなんておびえなくて済む。戦争なんてする必要もなくなる。みんなが安心して暮らせるんだ」

「ふーん…」

 

顔は世界樹に向けたまま、ニアは視線をレックスに向ける。

レックスはいつの間にかニアに視線を向けていた。熱の籠った強い視線。流石のニアにもこの視線が楽観主義とか、遊び半分とは思えなかった。

 

「アンタたちはもうちょっと自分勝手だと思ってたよ」

「へ?」

「ん、なんでもない。ま、夢見るくらいはいいんじゃない」

 

ニアが小声でつぶやいた言葉は、レックスには届かなかった。

ニアは小さく一度首を振って、今度は体ごとレックスの方を向く。

 

「で、サルベージで世界樹を登る方法でも探してるってこと?」

「うん。じっちゃんと一緒にね」

「じっちゃん?…ああ、アーツを教えてくれたとかっていう?」

「そう。巨神獣なのに喋る変な巨神獣でさ。俺の親代わりだったんだ」

「親代わり…」

 

ニアが胸元に手を当てる。ニアの表情に少しだけ影が落ちる。

レックスはじっちゃんとの思い出にでも思いを馳せてるのか、特にその様子を気にかけることはない。

 

「思えば世界樹の話をしてくれたのもじっちゃんだったな…500年前がどうとか言ってさ」

「悪くないよアンタ」

「へ?」

 

ニアはそう言って、見晴台の床に腰を下ろした。

言葉の意味をうまくつかみ切れず固まるレックスに、ニアは「何してんの」と自分の隣の床を叩く。

 

「サルベージャーの話興味出てきた。じっちゃんの話とかも合わせて少し聞かせてよ。どうせ見張りなんてしなくていいだろ?」

「え?あ、ああ…」

 

レックスは戸惑いながらも、ニアの横に腰を下ろす。

 

「アタシと同じ…かもな」

 

レックスとは反対の床に、ニアの呟きが零れ落ちた。


続く



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03『浮上』

1

 

 

「上がるぞ!下がってろ!」

 

年配サルベージャーの怒号が飛ぶ。

海面に浮かび上がってきたサルベージャーたちは急いでその場から泳いで遠ざかり、ウズシオへと上がっていく。

最後のサルベージャーがウズシオのヘリに手を掛けたちょうどそのタイミングだった。海面が大きく波打ちだした。

そして周囲に響くゴゴゴゴ…という轟音。

 

「お…大きい…」

 

ニアは浮かび上がったソレを見て感嘆の声を漏らす。

ニアの目の前でサルベージャーたちが浮上させたソレ。それは巨大な船だった。

ウズシオの数倍を誇る船。全長だけで言えばアヴァリティアにも劣らないサイズだろう。そしてその高さもまた、海上に浮かんでいる分だけで数階建ての建物程ある。

 

「…あの時のままですね。問題は中身…」

 

ニアの横でホムラは船を値踏みするように眺めていた。

ニアはその言葉に反応は返さない。おそらくその言葉はニアに向けたものではなく、反対側に立つ男、シンに向けられたものだろうからだ。

 

「固定完了!内部探査に向かうと聞いていますが?」

 

報告に来た年配サルベージャーの言葉にホムラは頷き、ウズシオから船の甲板へとかけられたタラップに向かう。ニアとシンもそれに続く。

船の甲板ではすでに、レックスを含めた数名のサルベージャーが荷造りや排水の作業を行っていた。

 

「見事な手際だった。なかなかやるじゃん」

「本業をなめるなって」

 

ニアはレックスに駆け寄って声をかける。

サルベージャーたちは浮上の際、水中で膨らむ気球を使って船に浮力を与えていた。レックスはその内のいくつかを取り付けていた…らしいが、勿論ウズシオの上にいたニアからはその様子は見えていない。

しかしそのことに気づいていないのか、ほめられたレックスは得意げだった。

 

「各班、準備のできた者から侵入開始!」

「…私たちも行きましょう」

 

年配サルベージャーの号令を合図にサルベージャー達の数名が船の入り口へと向かう。それに続くようにホムラとシンも入り口の方へと歩き出した。

ニアもそれを見てレックスから離れるように歩き出す…が、その足がハタと止まる。追いかけようとしたシンが足を止めレックスの方を向いていた。

 

「シン?どうした…」

「…お前も来い」

「へ?」

 

レックスは自分の方にに向けられただろう言葉に素っ頓狂な声を返す。

確かにレックスもサルベージ前の作業説明で内部調査のことは聞いていた。そしてドライバーであるニア達もそれに参加するだろうということはなんとなく考えていた。しかし依頼人は依頼人同士でチームを組み、レックスは別のサルベージャーと一緒に中に入るか、このまま甲板でそのまま作業だろうと考えていたからだ。

 

「こいつも連れて行くって言うの?シン?」

 

どうやらニアもレックスと同じ考えだったらしい。シンに向かって首をかしげるが、シンは何も答えない。

代わりに答えたのは、シンの少し先で振り返ったホムラだった。

 

「貴方たちだけじゃ不安…みたいですよ?」

「なっ…!?」

 

言葉を失ったニアを見て「フフ…」とホムラは笑い、いつの間にか先に行っていたシンを追いかける。

その背を暫く見つめるレックスとニア。その背が船の入り口に消えた辺りで、すねるようにニアは舌打ちをした。

 

「…何ボーっとしてんの?言われたろ。ついてくるんだよ!」

 

八つ当たりのようにレックスに言い放ち、ニアもホムラ達に続く。

その子供っぽい言い草にレックスは少し呆れながら、続くように入り口へ向かっていった。

 

 

 


…ここはどこだ…

 

意識が朦朧としている。さっきまで自分は何をしていたのか…いや、そもそも自分は"何なのか"。わからないまま意識が混濁している。

目の前にはどこかの景色が見える。壁が硬い素材でできた部屋。全体的に暗く、中央には何かが置かれている。景色はもやがかかったように霞んでいる。

その景色に見覚えはなかった。

 

…これは…

 

暫くして、視界の後ろから扉の開くような音が聞こえた。その方を振り返ろうとしてみるが、自分の視界は今の景色から動こうとしない。

動かない視界にカツン、カツンと足音が後ろから迫る。やがてその足音の主が自分の視界と重なり、そのまま前方へと通り過ぎていく。

 

…あれは…小僧(・・)

 

その少年の背中には見覚えがあった。自分の手を取った少年の姿だ。

そして少年から遅れて二人の少女と一人の男が視界に入ってくる。こちらには"見覚えがない"。

少年が部屋の中央の何かに手を伸ばす。赤い髪の少女が静止しようと声を上げる。しかしその声は間に合わず、少年の手がソレに触れ…

 

少年の胸に男の刀が突き刺さる。


 

「小僧!」

「もも!?びっくりしたも!!」

 

メツは叫び声とともに起き上がった。その声に驚いたらしい黄色い毛玉がメツの視界の横で跳ねる。

 

「ここは…今のは…」

「ここはミルミルの診療所だも。患者さんは安静にしてないとダメも!」

 

黄色い毛玉の正体、ノポンのミルミルがベッドの上に飛び乗り、メツの肩を押す。しかし、力が弱すぎてメツの体はびくともしない。

メツは頭を押さえて首を振る。今、メツの体は白いベッドの上にあった。掛けられた薄いシーツは寝汗でぐっしょりと濡れている。

 

「横になるも―!」

「…小僧…俺は…っ!」

「ももーっ!」

 

メツは体の上で暴れるミルミルを払いのけ、ベッドから急いで飛び降りる。

その勢いのままミルミルの診療所を飛び出し、目の前に見えた階段を駆け下りる。

 

「もももー!患者さんがいなくなったら、ミルミル誰からお金もらえばいいもー!!!」

 

 

 

 

「レックスはそろそろ着いたころじゃろうか…」

 

アヴァリティアのスタッフから聞いた、レックスの仕事場の方角を見てじっちゃんは独り言つ。

レックスが去った後、レックスの仕事について聞いたじっちゃんは暫く考え込んでいた。あまりにも突然かつ不可思議なメツとの邂逅。それと同時にレックスに舞い込んできたあまりにも不穏すぎる仕事。偶然にしてはタイミングが出来過ぎている2つの出来事にじっちゃんは不安を隠しきれなかった。

方角を聞いてからこっそりついて行こうかとも考えたが、プレートのサルベージにメツを運ぶためのアヴァリティアへの急行。老体に鞭を打って無理をした所為か、体の節々がとても痛かった。

 

「寄る年波には勝てんのう…」

 

自身の老いを感じ、感慨にふける。

もしかしたら自分は過保護すぎるのかもしれない。思考が反省へと向かう。

まだ10代とは言え、レックスは十二分に独り立ちした立派な少年だ。いつまでもあーだこーだと言うのは逆にレックスに対して信頼が欠けているのかもしれない。

そんなことを考えて、「いや、やはりアイツは危ういな」と一人小さく笑っていると、何やら市場の方が騒がしいことに気付く。視線を送ると、ちょうどこちらに走ってくる影が見えた。

 

「ハァ…ハァ…お前が"じっちゃん"…か?」

「…メツ…っ!?」

 

息を切らしながら走ってきたのは、不安の種の一つ。メツだった。

メツはじっちゃんの傍まで寄りその足元に座り込む。見上げてきた顔は不敵に笑っていた。

 

「俺を…知ってるって…ことはそう…みたいだな…」

「ワシになんの用じゃ」

「小僧が…あぶねえ」

 

メツの言葉にじっちゃんは首をかしげる。

突然のことに困惑しているところに意味不明な言葉。何一つ理解が追い付かない。

 

「小僧…?」

「お前の背にいた…俺を助けた…青い服の…」

「…レックスか?」

 

じっちゃんの言葉にメツは小さく頷く。

それとは対照的に、じっちゃんの眉根にはしわが寄る。

 

「ああ…多分そいつだ」

「…何を根拠に。というか何故お主が…」

「分からねえ。ただ…確信がある」

「確信?」

「"視たんだ"」

 

メツの不明瞭な発言にじっちゃんはより深く眉をひそめる。

しかし、メツのその目は確かに何か確信を持ったような目。少なくともじっちゃんにはそう見えていた。

だがその確信とは別に、じっちゃんの心の中には一つの疑問が生まれていた。

 

「…ワシが聞きたいのは"何故お主が助けようとする"ということじゃ」

「…それもわからねえ…」

 

メツはうつむく。じっちゃんはそんな態度に困惑した。

500年前、実際に相対した機会こそ少なかったが、かつての仲間たちからメツの話は何度も聞いていた。

そのイメージと今のメツが重ならない。まるで別人かのように。

 

「信じられねえかもしれないが頼む。俺を小僧の元へ連れて行ってくれ」

 

じっちゃんは少し考えこみ、やれやれと首を振る。

事情はよく分からないが、よく考えればメツは天の聖杯と呼ばれるブレイド。

特別ではあるが、ブレイドならば別人のようであるということも有り得なくはない。じっちゃんはそれを経験談として知っていた。

何よりもそれ以上に、メツの言うレックスの危機があまりにも気がかりだった。杞憂と思っていた不安が的中している可能性は捨てきれない。

 

「…しょうがないのう…まあ、ワシも気になっておったしな。乗れメツ」

 

体勢を低くしたじっちゃんにメツは飛び乗る。

じっちゃんは体を動かし、レックスの向かった方向へと進路を取る。

 

「時間がねえかもしれねえ。急いでくれ」

「全く…誰も彼も巨神獣使いが粗いわい…!」

 

じっちゃんは大きく翼を広げる。

飛び立った竜はすぐにアヴァリティアから見えなくなった。

 

 

 

 

「…見てください、シン。あの紋章、アデルの紋章です」

 

中に住み着いていたモンスターたちを退けながら船の中を進むこと暫く。ホムラは目の前の扉に描かれた紋章を指さした。

レックス達がいる場所はおそらく船の中の最深部。目の前の扉以外に道はなく、その扉はレックスの身長の数倍の高さで通路を閉ざしていた。

 

(アデルの紋章…?)

 

アデル…聞いたことあるようなないような単語に首をかしげるレックス。故郷のコルレルおばさんが話してたような曖昧な記憶を想起していた。

 

「おい、その扉を開けろ」

「へ?」

「この扉は"お前達"でなくては開かん」

 

シンがレックスの方を向いて突然告げる。

突然の言葉に、意味の解らない内容。レックスの首が大きく傾く。

 

「オレ達ってどういう…」

「早くやってもらえますか?それがレックスさんの仕事でしょう?」

「な、なんだよアンタまで…」

 

差し込まれたホムラの言葉により深く困惑する。しかし、ホムラもシンもそれ以上は何も話さない。

逃げるようにニアの方に視線を向けるが、ニアはわざとらしくレックスから顔を背けていた。

レックスは大きなため息を一つ。諦めるように、足を扉の方へと向ける。

 

「…どうやって開けるのかな…」

 

とりあえず周辺を探ってみるが、扉はうんともすんとも言わない。

そもそも自分は探検家ではなくサルベージャーなのだ。確かに各地を転々とするためのノウハウはある程度あれど、こういう仕掛けをとくスペシャリストではない。

 

「…これ…」

 

辺りを調べ終え、最後の頼みとばかりに扉の中央に手が伸びる。ホムラが指さした紋章だ。

伸ばした指先が紋章に触れる。すると振れたそのそばから淡く青い光が紋章に灯った。

 

「扉を開けるスイッチ…?」

 

紋章全体が青く輝き、ついでゴゴゴゴ…と轟音が響く。

土煙を起こしながら、レックスの目の前で扉が2つに割れていく。

扉の奥にはまだ少し通路が続いていた。そしてその通路の終端。そこには開けた空間のようなものが見えている。

 

「行くぞ」

 

シンの声を合図にニア達が歩いてくる。

扉の前にいたレックスはシンたちよりも先に進んでいき、奥の空間へと一番にたどり着く。

 

「な…何だあれは?」

 

その空間は円形の部屋だった。

床にはエーテルらしき青い光が流れており、その中央にこれまた円形の島があった。

その島の中央。その床に、部屋に満ちた青い光とは対照的な"真っ赤な剣"が突き立っていた。

 

「赤い…剣…」

 

レックスが近づくと赤い剣から翠色の光があふれる。

粒子状に漂う翠の光。見るとその剣の柄から出ているらしく、見るとそこにあったのは"メツを閉じ込めていたのと同じ"長方形のプレートの意匠。

 

「あれは…」

「ええ…間違いありません。"アデルが封印した私の剣"」

「ホムラの…剣…?」

 

レックスの後ろでニアとホムラが何かを呟く。しかしレックスにその言葉は届いていない。

レックスの意識は今、剣だけにあった。レックスはそのまま導かれるようにその光へと手を伸ばし

 

「っ!レックス!それに触らないで!」

「え!?」

 

ホムラの叫びに驚き、レックスの肩が跳ねる。

だがその言葉は少し遅かった。手が引かれるよりも早く、その指先が剣に触れる。

剣から淡い翠の光が広がり、レックスの周囲を明るく照らし、

 


ドスッ

鈍い音と鋭い痛みがレックスを襲った。


 

 

「ガハッ」

 

身体が持ち上がり、胸の痛みが増していく。

レックスの口からは生暖かい液体が零れる。口いっぱいに広がる鉄の味。

 

「あ…ゴポ…何で…」

 

声と共に口から泡が漏れる。

恐る恐る視線を下に向けると、自身の胸を銀に光る刃が貫いていた。

 

「悪く思うな。せめてもの情けだ。この先の世界を見ずとも済むようにな」

 

レックスのすぐ後ろから聞こえたその声はシンの物だった。

そう言ってシンは刀を引き抜く。鋭い痛みがレックスの体を襲い、支えを無くしたその体はドサッという音と共に床へと倒れ込んだ。

 

「ご苦労様シン」

 

横になったレックスの視界に入り込んでくる赤い靴。

霞んだ視界の中で、ホムラが赤い剣に近づいてそれを引き抜く。周囲の翠の光が、ホムラの胸のところに集まっていく。

 

「大丈夫か」

「ええ…一瞬でしたし問題ないでしょう。行きましょう」

 

朦朧とする意識の中、そんな声が聞こえてくる。レックスの視界はもはや何の輪郭も保っていない。

レックスの視界が真っ赤に染まる。もはや痛みも感じない感覚の中で、それが自分の血なのだろうと不思議なほど冷静に理解する。

 

「シン!なぜ殺した!?レックスが…何をしたって言うんだ!?」

 

ニアの声が響く。

だがその言葉にこたえる声はレックスの耳に届かない。代わりに聞こえてくるのはカツカツと遠ざかる足音。

 

「シン!?」

「脱出しますよニア。モノケロスを呼んでもらえますか」

 

ホムラのその言葉が、レックスの耳に届いた最期の言葉だった。


続く



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04『楽園』

 

 

「う…ん?」

 

気付くとレックスは草原に寝転がっていた。

擦った視界一杯に青い空が広がる。

 

「あれ…?さっきまで俺何してたんだっけ…」

 

体を起こして周囲を見渡す。少し遠くに林が見える広い草原だった。ゴーン、ゴーンと一定の感覚で音が響いている。鐘の音だろうかと探してみるが、建物らしきものは見えない。

その景色に見覚えは無かった。だが、こんな広く青々とした草原がある巨神獣は、レックスの知識の中でも数えるほどしか思いつかなかった。

 

「グーラ…かな。とりあえず町に…ん?」

 

より広く見渡せる場所を探そうと首を振ったレックスは、草原が少し坂になっていることに気づく。

見ると、小高い丘のようになっていて、その頂上に一本の樹が生えているのが遠目に見えた。

 

「あそこまで行ってみるか」

 

少し駆け足で木の下へと進む。青々と茂る草以外に比較物がない草原。思ってたよりそこまでの距離は遠かった。

そして近づいて見てようやく気付いた。木の傍に誰かが立っていた。

 

「人だ…あ!あの…」

 

人影が見え始めた辺りで速度を上げる。

人影は男だった。その男の傍で声をかける。男はレックスに背を向けて、丘の反対側を見ていた。

丘の反対側には湖があった。

 

「すみません、ここがどこか教えて…」

「悲しい音だ」

「え?」

 

男はレックスに視線を向けないままで呟く。

その声色は悲しみを帯びていた。

 

「止まねえんだ。なんなんだろうな…」

「止まないってあの鐘のこと?法王庁(アーケディア)も近く来てるのかな…」

 

たまにサルベージ中に聞こえてきていた大聖堂の鐘の音を思い浮かべる。

最もその音とは微妙に違う感じがしたし、空を見渡してみても、空を飛ぶ巨神獣の姿は見えなかった。

 

「あの、それで…」

「ここは…"楽園"だ」

「え!?嘘!?ここが!?」

 

その言葉に目を見開く。男を追い越して、丘のその先の景色を見渡す。

そこにあったのは湖だけじゃない。湖の更に先に白い壁の家が小さく並んでいた。その中央には教会らしき建物も見える。

そして何より、この丘から見渡しても途切れない、どこまでの続く大地がそこにあった。

 

「ずっと昔に人と神とが一緒に住んでた場所。そして…"俺達"の故郷」

「ここが…楽園…」

「小僧」

 

突然こちらに向けられた言葉に、レックスは振り向く。

先ほどまで伺えなかった男の顔がレックスの視界に映る。その顔を見てレックスは眼を丸くした。

 

「メツ!?なんで…!?」

 

その顔は紛れもなく、自分が助けたブレイド。アヴァリティアで寝ているはずの顔だった。

そしてその顔を見て思考が回りだす。これまで自分がいったい何をしてきたのかをゆっくりと脳が認識し始める。

 

「なんでここに…ていうか楽園って…あれ?そういえばオレ何でこんな所に…」

「お前は死んだ。あの刀の男に胸を刺し貫かれてな」

「刀?胸を?」

 

その言葉を聞いて、自分の胸元に視線を落とす。

勿論刃はない。だが確かにその光景を見た記憶がある。

そしてその記憶と同時に蘇ってくる。脳裏に映像が浮かぶ。円形の部屋、赤い剣、後ろからの声、鋭い痛みと自身の胸から飛び出る刃。

 

「…!!思い出した…!オレはあいつに…!!」

 

何故今まで忘れていたのか。レックスの目が見開かれる。

そしてそれと同時にはっきりと思い出す、胸を貫かれた感触。その不快な感覚に思わずえずき、口元を抑える。

 

「…いや、それなら大変だ!皆が!このままじゃ商会の皆が!」

 

えずきを飲み込んで、踵を返す。元いた場所へと向けて、丘を勢いよく駆け下りる

 

「ダメだー!オレ死んでるんだった!」

 

…その勢いは膝で殺された。

膝から崩れ落ちてスライディングしたレックスは、そのままの勢いで地面に倒れ込む。

 

「くっそぉ!死んでさえいなけりゃあんな奴!」

 

頓珍漢なことを言いながら地面を殴る。

叩くたび、拳に痛みを感じるが、気にすることなく何度も何度もたたく。

そんなレックスの耳に、自分の方へ近づく足音が届く。

 

「小僧…頼みがある」

 

振り返ると、メツがレックスのことをじっと見ていた。

レックスは起き上がり、再びメツの傍へと歩み寄る。自分の頭一つ分より高いその顔を見上げる。

 

「俺を、楽園に連れていけ」

「楽園…って、ここじゃないのか?」

「ここは記憶の世界。遠い遠い俺の記憶の世界…らしい」

「らしい?」

「俺には"記憶"がねえ」

「記憶が…!?」

 

メツはそう言ってレックスから視線を逸らす。

逸らした先は湖の向こう側。遥か広がる楽園の大地。

逸らされた視線が、レックスにはどういう感情を持っているのかはわからない。だがレックスには少し、それが悲しそうに見えた。

 

「ああ…だが、いくつかはっきりと覚えてることがある。俺は"メツ"であること。そしてなんとしても"楽園"に行かなくちゃならねえこと。それだけは覚えてる」

 

そう言ってメツは空を仰ぎ見る。

青く広がる空。そこには世界樹も巨神獣もいない。ただ遠い青だけが広がっている。

 

「本当の楽園はお前たちの世界、世界樹の上にある」

「本当にあるのか…!?」

 

目を輝かせてメツを見るレックス。

視線だけ戻したメツは、その様子を見てこくりと小さくうなずく。

「なら!」とレックスは一歩前に出るが、はっと気づいてその足を戻す。

胸元に手を当てる。するとすぐに不快な感触が蘇ってくる。

 

「…でも無理だよ。オレ死んじゃったんだろ?メツの手助けはできそうもない」

「契約だ小僧」

「契約?」

「俺の命を半分くれてやる。そうすればお前は俺のドライバーとして生き返る」

 

メツは胸元に手を当てる。

その胸元にはひび割れたコアクリスタルがある。コアクリスタルは紫色に明滅し、メツの手の隙間からその光が漏れる。

 

「メツのドライバー?それって…」

「どうする小僧。二者択一だ」

「二者択一」

「生か。死か」

 

メツは言葉を切り、レックスに回答を促す。

レックスは一度周囲を見渡す。その目に移るのは豊饒な大地。どこまでも広がる空と山々。

探し、追い求めていた遥か遠き楽園の姿がそこにあった。

 

「ここがメツの故郷…なら、本当にあるんだよな?」

「ああ。それも覚えてることの一つだ。楽園は必ずある」

「なら…ここに来られれば、もう、アルストの未来に怯えなくて済む」

 

もう一度楽園の景色を見渡して、レックスは大きくうなずく。

 

「なら、答えは決まってる!」

 

メツの方へと向き直り、傍まで駆け寄る。メツの顔を見上げ、自身の胸をトンと叩く。

 

「いいよ。行こう、楽園へ!俺がメツを連れて行ってやる!」

「契約成立だ。小僧」

 

メツはそこで初めてにやりと笑った。

メツは胸元に当ててたいた手を放し、レックスへと向ける。

 

「小僧、俺の胸に手を」

 

その言葉に呼応するかのように、メツの胸元のコアクリスタルの点滅が強くなる。

それはまるで心臓が鼓動するかのように、一つのリズムで光を刻む。

 

「…分かった」

 

頷いてコアクリスタルに手を伸ばす。その指先がクリスタルに触れる。

レックスが振れると同時に光が強くなり、周囲に紫色の光が満ちる。コアクリスタルからヒビが消え、光の粒子が、欠けていた隙間を埋め、形を取り戻す。

その形は、色は。レックスがサルベージしたプレートと瓜二つだった。

 

「う…うわぁ!?」

 

次いでレックスは自身に流れ込んでくる何かを感じる。

強い熱を感じる、何らかのエネルギーの奔流。それは指先から腕を伝い、自身の胸の奥でより強くなる。

レックスの目の前で、メツの胸元のコアクリスタルの中央が×の字に欠けていき、今度はレックスの胸元に現れた光の粒子が×の字を描く。

そして

 

 

 

 

少年が倒れている。

周囲には血が広がっている。

少年は息をしていない。鼓動もない。

 

すでに死んだ少年だった。

 

だが、突如その心臓が動き出す。

全身に血が巡り、息が始まり、指先が動く。

 

少年が立ち上がる。

 

周囲に紫色の光の粒子が広がる。

光は少年の胸元の"クリスタル"から放たれていた。

そしてその光は少年へと収束していく。そしてその粒子はやがて少年の手元へ。

光が集まり結晶を作り、そして結晶が"剣"を作る。

 

 

 

 

サルベージ船の甲板。船内で目的を果たしたホムラが入り口から出てくる。

後にザンテツ、シンと続き、最後にうつむいたニアがビャッコを連れてとぼとぼと歩いてくる。

 

「ニア、お願いできますか」

 

前を行くホムラがニアの方も見ずに告げる。

一瞬自分への言葉と理解できなかったニアは、ワンテンポ遅れて「へ?」と言葉を返す、

 

「二度も言わせないでください」

「…えっと…」

「この人たちの分のお金は払ってあります。私たちがここにいたという話を知ってる人がいると困りますから」

 

ホムラは淡々と告げる。

何度か脳内で繰り返し、ニアはようやくその言葉の意味を理解する。

その理解と同時に、ニアの顔には戸惑いが浮かぶ。

 

「で、できないよ!この人達、関係ないじゃん!」

「…おかしなこと言いますね。ニア、何のためにここにいるのか忘れたんですか?」

 

足を止めてようやくホムラはニアへと振り返る。

ニアに向けていたその目はいつも通りの目をしていた。いつも通りのどこか優しい雰囲気を感じる柔らかな目。

だがその印象は今の言葉とかみ合わない。そのちぐはぐさにニアの全身に怖気が走る。

 

「け、けどさ…」

「…しょうがないですね。私がやります。ザンテツ!」

 

後ずさるニアにホムラはため息を一つ。そのまま腰に掛けていたザンテツの剣を抜く。

左手に灯した炎を右手の剣に纏わせ、それを大きく振り上げる。

 

 

 

「させるかよ!」

ホムラの横の床を"紫の炎"が突き抜けた。

 

 

「!?」

 

咄嗟に後ろに避けるホムラ。それを追うように紫の炎が床をえぐっていく。

なんとか躱しながらホムラは炎の始点、自らの直上を見上げる。

 

「セイリュウ…さん」

 

竜の巨神獣が空を飛んでいた。ホムラの記憶に500年前の景色が浮かぶ。

しかし炎を放っているのは彼ではなかった。彼の口は開かれていない。

紫の炎の出どころはその巨神獣の背。ホムラはその姿を確認しようと走る速度を速めようとする。

が、その踏み出した一歩が大きくぐらつく。炎の衝撃とは別の揺れが甲板を襲う。

 

「今度は何ですか!?」

 

体勢を戻し、揺れに耐える。

周囲を見渡しても振動源は見当たらない。それは一つの事実を示していた。

ホムラは先とは逆に自らの足元に視線を落とす。

揺れが大きくなると同時に、甲板に大きなヒビが走り出す。

 

「うぉおおおおおおお!!!!」

 

甲板に響く叫び声。

それと同時に甲板の床が大きく跳ねる。

跳ね上げたのは、上空から降り注いだと同じ"紫の炎"の柱。

 

「これは…」

 

ホムラの見開いた視界に、一人分の人影が飛び出してくる。

炎の柱が空けた穴から飛び出してきたのは一人の少年だった。

少年は手にした剣をホムラに向ける。その剣の刃もまた、紫の炎で出来ている。

 

「レックス!?」

 

ニアが声を上げる。

レックスはその声でニアを一瞥してから、更にその奥に視線を向ける。

見据えた白い男…シンに向けてレックスは切っ先を動かす。

 

「後ろからとは卑怯じゃないか…それが大人のすることかよ!」

「あなた…それにその剣…まさか…!?」

 

シンはその姿を見ても驚かない。むしろ反応を返したのは切っ先を逸らされたホムラの方だった。

ホムラが言い終わるとほぼ同時、もう一つの人影が上空から甲板へと降り立つ。

竜の巨神獣の背から飛び降りてきた男。手に紫の炎を宿した黒い男がレックスの横に立つ。

 

「なんとかなった…みたいだな。小僧」

 

メツがそこに立っていた。

 

「モナド…そしてメツ…ッ!!!!」

 

ホムラの顔に、先ほどのまでの微笑みは残っていなかった。

 

 

 

 

「メツ、行くぞ!」

「後ろは任せな!」

 

レックスが剣を構えて走り出す。向かう先は自らの胸を刺し貫いた男の方。

それを見てシンは背にした刀に手をかけるが、それをホムラが手で制止する。

 

「大丈夫です。私…いえ、"彼女"がやります」

 

シンとレックスの間にホムラが割り込む。

レックスは走る勢いそのままに剣を振り下ろすが、ホムラはそれをザンテツの剣で受け止める。

 

「すみません。シンの力をそう簡単に使わせるわけにはいかないんです。だから…」

 

剣を振るいレックスを弾き飛ばす。レックスの身体が跳ね、否応なく距離を取らされる。

 

「私が…いえ、"私たち"が相手をします」

 

ホムラの体が光に包まれる。

甲板を強い光が照らし、見る者全ての視界がくらむ。

 

「メツ…私は!!」

「小僧!」

 

ホムラが立っていた場所に、全く別の少女が立っていた。

肩まで伸びていた燃えるような赤い髪が腰まで伸びた光輝く金髪へと変わり、服装も赤を基調としたものから、白く輝くものへと変わる。

その姿を見たメツが走り出す。何故かわからないが、その姿に怖気が走った。だからレックスに攻撃が来る前に…とその拳が少女へ到達する前に、横から手刀が差し込まれる。

走る勢いを殺すように体を捻って手刀を交わし、そのままバックステップで距離を取る。手刀の主は虫のような姿をしたブレイド、ザンテツ。

 

「こいよ!天の聖杯!このザンテツ様が相手だ!」

「天の聖杯?なんのことだ」

 

ホムラに当てようとした拳に宿した紫の炎、自らの体内を流れる"闇のエーテル"を強める。

メツのその言葉に、ザンテツはギザギザの歯を見せつけるようにニィと笑う。

 

「"お前ら"のことだよォ!」

 

ザンテツが手刀に纏っていたエーテルを飛ばす。

それは風の刃。直撃は避けようと回避をするが、その所為で余計にレックス、そしてホムラから距離を取らされる。

 

「っ!なんかよくわかんないけど…っ!そこをどけぇっ!」

 

メツがザンテツを相手している後ろで、レックスは剣を構え白くなったホムラへと突撃する。

レックスの構える剣。ホムラが「モナド」と呼んだそれは、刃がメツの闇のエーテルと同じもので構成される独特な武器だったが、まるで昔から慣れ親しんでいたかのようにレックスの手になじんでいた。

じっちゃん仕込みのアーツを放ちながら、ホムラへと接敵する。ホムラはザンテツの剣をトンファーのように構え、斜めにいなして躱していく。

 

「止めなよヒカリ!相手は子供じゃないか!」

 

横からニアの制止の声が響く。

ヒカリと呼ばれた白い少女は、レックスの攻撃を的確に捌きながら、視線だけをニアに向ける。

 

「子供?何言ってるのニア!彼は…とっくに天の聖杯のドライバーよ!」

 

いなす角度を変えて、モナドの刃を受けたヒカリは、力を込めてレックスを弾き飛ばす。受けに回ったレックスに対し、今度はヒカリがアーツによる連撃をかける。

レックスには戦闘経験が圧倒的に足りない。だから先のヒカリのように受け流すことはできない。だが、レックスは感じていた。手にしたモナドから力が流れ込んでくる。かつてないほど手に、足に力が入る。

レックスはヒカリの攻撃をいなさず、真正面からはじくように防ぐ。そして怯んだ隙を見て攻撃に転じる。だがヒカリも決定的な隙は見せない。

目まぐるしく攻守が逆転していくも、お互いに有効打を与えない状況が続く。

 

「天の聖杯のドライバー?レックスが?」

 

ヒカリの言葉に、ニアは戦いを止めることも忘れ茫然とする。

この船を探索していた時、彼は間違いなくドライバーではなかった。ただのサルベージャーの少年。そうだったはずだ。自分が見間違えるわけがない

だが、確かにレックスは今、目の前でブレイドを握り、あろうことかあの"ヒカリ"と剣を切り結んでいる。その混乱が、ニアに次の言葉を継がせない。

レックスとヒカリmお互いの攻撃が重なり鍔ぜり合う。瞬間、ヒカリがレックスのモナドを上に弾き、がら空きとなった胴に向けて右手の拳を叩きこむ。

鈍い痛みが腹に走り、レックスはえずく。ヒカリはそのままレックスの服を掴み、レックスを大きく投げ飛ばす。

レックスと大きく距離が出来た。そのタイミングでヒカリは手にしたザンテツの剣を投げ上げる。

 

「ザンテツ!」

「応よ!くらえっ!」

 

いつのまにかヒカリの頭上に跳躍していたザンテツがその剣を握る。ザンテツのエーテルが込められ、剣に風のエーテルが纏われる。

そのまま振りぬき一線。手刀に込められたものと合わせ、十字となった斬撃がレックスに迫る。

 

「レックス!?」

「っ!小僧!」

 

エーテルが直撃する寸前。ザンテツとレックスの間にメツが走り込む。衝撃音と同時に煙が舞う。

煙が晴れたそこに立っていたのは切り刻まれたメツ…ではなく、黄色い半透明の壁の内に立つメツとその後ろで起き上がるレックスの姿。

それはブレイドが使うエーテルのシールド。寸でのところで展開されたそれが、ザンテツの斬撃をはじいていた。

 

「大丈夫か小僧!」

「ありがとうメツ!」

「油断すんな…次行くぞ!」

 

起き上がったレックスはモナドを構えなおし、今度はメツと並走してヒカリに迫る。

ザンテツがそれを迎え撃つように斬撃を飛ばすが、メツが今度は走りながらシールドを展開して受け止める。

十分接近したところでレックスがシールドの影から飛びあがる。ザンテツに剣を手渡していて素手のヒカリは、振り下ろされたモナドを大きく下がって躱す。

 

「皆!今のうちに早く!」

 

ヒカリが離れたすきに、レックスが周囲の人間に退避を促す。

レックスとヒカリの戦いを茫然と見ていたサルベージャーたちがその声で我に返り、我先にとウズシオへと走り出す。

 

「ッ!ザンテツ!!」

「受け取れ!」

 

それを見てヒカリは更に大きく後ろに跳躍。ザンテツがそこへ向けて剣を放る。

空中でヒカリの握った剣はナイフの形に変形し、ヒカリの込めたエーテルが刃に集まる。その切っ先はウズシオと船をつなぐ桟橋へと向けられる。

 

「逃がさな…」

「お前の相手は俺達だ!」

「っ!」

 

瞬間ヒカリを襲う黒い斬撃。寸でのところで気づいたヒカリは舌打ちしながらそれを切り払う。

それは闇のエーテルが凝縮された斬撃。モナドから放たれたそれと、ヒカリが剣に溜めていたエーテルが衝突し、巨大な爆発となる。エーテルの奔流でヒカリの視界がふさがれる。

奔流を払うように剣を再度横薙ぎ一閃。開けた視界に飛び込んできたのはモナドを構えたレックスとメツの姿。

 

「「モナドォ…バスター!!!」」

 

二人が握ったモナドがヒカリに向けて振り下ろされる。巨大なエーテルが爆発し、その余波で船が大きく揺れる。周囲にエーテルが飛び散り、甲板が燃える。

振り下ろされたモナドはヒカリの剣に止められていた。お互いの剣のエーテルが干渉し、バチバチと火花を散らす。

 

「何でキミがメツを…いえ、その瞳の色…」

「この目がどうした!!」

「思い出すのよ…色々とッ!!!」

 

ヒカリは剣を握るのとは逆の手のひらにエーテルを込め、それを大きく振るう。

レックスとメツは、モナドを強く相手の剣に叩きつけ、その反動で後ろに避ける。

お互いが着地するとほぼ同時に、レックスの後ろでウズシオが船から離れだす。

 

「…やるわね。天の聖杯をそこまで扱えるなんて」

 

着地した足をそのまま蹴りだすようにレックスが飛び込む。

そのまま勢いを活かして大きく跳躍。モナドをヒカリに向けて振り下ろす。

 

「…だけど!」

 

ヒカリはモナドをエーテルを込めた"片手"でモナドを受け止め、浮いた腹に膝を入れる。「ゴハッ」と息を吐くレックスの首を掴み、後ろの床へ投げおろす。

レックスの身体が跳ね、転がっていく。落ちた衝撃でレックスの手からモナドが跳ねる。

 

「小僧!」

 

少し出遅れたメツが、レックスの傍へ駆け寄ろうとするが、ザンテツがそれを阻むように攻撃を差し込んでくる。

 

「調子に乗らないでよねッ!!!」

 

ヒカリが吐き捨てるように叫び、追撃の為に走りだす。

 

「ビャッコ!」

「承知!」

 

その様子を見て、あっけに取られていたニアが動き出していた。

走るヒカリの横から、ビャッコの咆哮に乗せたエーテルが迫る。

 

「ニア!?」

「ヒカリィ!」

 

エーテルの咆哮がヒカリに届く寸前に、ザンテツが割り込みシールドを展開。

ビャッコはヒカリの方へとは向かわず、倒れるレックスの正面に降り立つ。

その様子を見てヒカリはいら立ちを露わにする。

 

「ニア…あなたどうかしてるんじゃないの!?」

「どうかしてんのはそっちだろ!?子供相手に!」

「あなた…自分の立ち位置わかってるの?」

「わかってるよ!けどね…」

「めんどくさいわよニア!」

 

お互いがにらみ合う形で戦闘が止まる。

その一瞬の硬直に、メツが動く。

走りながら落ちたモナドを拾い上げ、勢いそのままにヒカリの方へと突っ込む。

 

「うぉおおおお!!!」

 

またしても止めに入って来たザンテツを今度は大ジャンプで躱し、ヒカリにモナドを真上から振り下ろす。

 

「ッ!」

 

ヒカリは身体を反らし、無理やりそれを受け止める。

防がれたメツは無理に追わず、受けられた反動で後方に跳躍。ヒカリがそれを追ってアーツの連撃を仕掛けるが、メツは後退しながらそれを弾く。

ヒカリは膝をつく無理な体勢になりながらも、回転切りで追いすがる。

 

「逃がさないわよ!」

 

膝をついた体勢で床をけり、跳ぶように前進。メツはモナドからエーテルを射出し応戦。迫りくるエーテルをヒカリは次々に切り捨てる。

闇のもやがヒカリの視界を覆い、その陰からメツが切り上げるようにモナドを振るう。ヒカリはそれを後方に反りながらも、正面から剣で受け止める。

 

「…メツ…あなたは500年前に沈んだ!何で今になって!」

「500年前…?なんのことだ!」

「あなた…どういうつもり!?それで私を動揺させると…」

「何言ってるか分かんねえな!俺は"楽園を目指す"!それだけだ!」

「…ッ!!なら…させるわけにはいかないわねッ!!!」

 

ヒカリはモナドを弾き、片手のエーテルで追撃。

メツはそれを跳んで躱す。二人の間に距離が生まれ、お互いに武器を構えなおす。

 

「メツ!後ろだ!」

「ぐお!?」

 

突然響いたレックスの言葉にメツが振り向く。

が、それと同時に腰に鈍い衝撃が走る。

振り向いたその視界に映り込んできたのは、一隻の船。メツは知らなかったが、それはニア達が所有している船だった。

その船に備え付けられた砲の黒い穴がメツの方へと向けられていた。

 

「くそッ…がぁっ!」

 

息をつく間もなく、砲弾がメツに向け放たれる。

メツはなんとかシールドを展開しようとするが、間に合わず目の前に着弾した衝撃で体が大きく吹き飛ばされる。

 

「メツ!大丈夫か!?」

「…ああ、なんとかな」

 

吹き飛ばされたメツにレックスは駆け寄って体を起こす。

その間にも、数多の砲口がメツを狙い定める。

 

「止めろぉ!!」

 

しかし次ぐ砲撃はメツには届かない。

砲門とメツの間にビャッコとニアが降り立ち、さらなる砲弾にシールドを展開する。

 

「きゃあ!」

「ニア!」

 

しかし、シールドから少し離れた地点に着弾した衝撃が、シールドの裏からニアを襲う。

ニアが大きく弾き飛ばされ、その軌道が船外へ落ちる弧を描く。

その姿を見るや否や、レックスはとっさに甲板から飛び降り、空中でニアの手を掴む。

 

「っ!いっけぇ!」

 

左手からロープ式アンカーを射出。

先端の鉤爪が船の船体にへりに引っ掛かり、間一髪踏みとどまる。

 

「しぶといわね…でもここまでよ!」

 

甲板から見下ろしながら、ヒカリが叫ぶ。

船の砲門が、今度は吊るされたレックスに向けて口を開ける。

 

「くっそぉ…」

 

砲弾の雨を覚悟し、せめてとばかりにニアの細身を抱き寄せる。。

…が、砲撃の衝撃より先に、レックスの耳に爆発音が届く。次いで感じるのは暖かな熱風。

 

「何!?」

 

驚くヒカリ声にレックスは視界を上げる。

その視界の真ん中を、メツを運んできた竜の巨神獣が突き抜ける。

 

「じっちゃん!」

 

レックスの前を通り抜けたじっちゃんはそのまま上空を飛び、甲板の上に立つその姿を見据える。

見間違えるわけがない。500年前から変わらぬその白い姿を。

 

(シンよ…お前はまだ…)

 

シンとじっちゃんの視線が交差する。

お互いがその目に感情を浮かべる。だが、隔たれた距離がその感情を読み取らせない。

次いでじっちゃんの視線が、もう一つの白い姿。金の髪をなびかせた少女に停まる。

 

(アレは…ヒカリじゃと!?)

 

その姿にじっちゃんの目が見開かれる。

その姿もまた、500年前と変わらぬ姿。だがしかし、その姿はメツと同じ…あるいはそれ以上にあり得ない姿。今あるはずのない景色。

 

「セイリュウ…」

 

シンは誰に聞こえるでもない小さな呟きと共に、刀に手をかける。

その目の前でじっちゃんの口から赤い炎が吐き出される。

シンはそれを難なく刀で切り捨てるが、広がる黒煙を隠れ蓑にじっちゃんがレックスの元へと向かう。

 

「乗るんじゃレックス!」

 

その声を聞いたメツが横にいたビャッコに合図。ビャッコは小さく頷いてその背を降ろし、メツを上にまたがらせる。

そのまま駆け出したビャッコが甲板から飛び出し、船体の横を駆け抜ける。

 

「レックス!」

「分かった!」

 

ビャッコはレックスに掴まれたニアを口に加え、レックスの方は背中のメツが拾い上げる。

そのままビャッコが船から跳躍。じっちゃんがそれを掬うように飛び、ビャッコをその背に乗せる。

 

「行くぞ!落ちるなよ!」

「逃がさないわ!撃て!」

 

じっちゃんは大きく飛翔。掴まっていても吹き飛ばされかねないほどの慣性がレックス達を襲う。

そして更に襲い掛かる船からの砲弾。その槍のような弾丸がじっちゃんの背に次々と突き刺さる。

しかしそれでも、じっちゃんの飛行速度は落ちない。そのままの勢いで、じっちゃんの体が雲へと突っ込む。

 

「船首回頭!主砲用意!」

「…無駄だ。射程外だ」

 

ヒカリが叫ぶが、その言葉はシンに制される。

ヒカリが舌打ちを一つ。じっちゃんの姿は分厚い雲に阻まれ、見えなくなっていた。

 

「逃げ切るなんて…」

「戻るぞ」

「何言ってるの!追うわよ!メツは貴方にとっても…」

「…存在がわかった。それで十分だ。あとはヨシツネに探らせる」

「…わかったわよ。しょうがないわね」

 

シンは何もなかったかのように、踵を返して彼らの船…モノケロスへと戻っていく。

ヒカリは暫く、レックスたちの逃げた先を睨んでいた。


第1話「契約」-完-



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第2話「ブレイド」
01『過去』


1

 

 

「…ぞう…おい…こぞ…!」

「なんだよ五月蠅いな…」

 

まどろみの中、声が聞こえる。もっと寝ていたい…と、寝返りを打とうとした頭が何か硬いものにぶつかる。

その違和感に、レックスの微睡んでいた意識が徐々に覚醒を始める。

確かになってきた意識が周囲を認識し始める。改めて感じてみると頭の下も硬い。

 

「おい、起きろ小僧!」

「五月蠅いってば…」

 

耳に響く叫び声。あまりの大きさとしつこさにレックスは抗議しつ瞼を開く。

開かれた視界は、自身を見下ろすメツの顔で埋まっていた。

 

「何だよメツ…」

「そろそろ疲れてきたんだよ。さっさとどきやがれ」

「どくって何から…うわっ!?」

 

メツの言葉に視界を動かす。

自分を見下ろすメツ。体を横にしたままそれを見上げる自分。そして背中の地面の感触とは明らかに異なる自分の頭の下に敷かれた硬い何か。

それがメツの膝だということにレックスは遅れて気づいた。

そして膝枕に気づいたその瞬間意識が完全に覚醒。レックスは跳ねるようにメツの膝から飛びのいた。

 

「ご、ごめん!…あ、ありがとう」

「別に礼を言われるようなことじゃねえよ」

 

メツは鼻を鳴らしてそっぽを向く。

背けられた顔を覗こうとするレックスだが、メツはレックスから顔を逸らし続ける。

 

「…で、ここがどこかわかるか小僧」

「え、どこって…」

 

メツの言葉で、レックスは改めて周囲を見渡す。

レックス達の周りは鬱蒼とした木々が立ち並ぶ森林となっていた。空を確認しようと上を見上げてみたが、更に上の岩盤らしきものに遮られて見えない。

レックス達から少し離れた崖の傍に雲海が見えることから、どこか巨神獣の下層だということは予測できた。

 

「うーん…ここ自体には見覚えがないけど…グーラかな」

 

そこまでの情報をまとめて推測する。

先ほどまでいた船のサルベージポイントから近く、これほどの自然がある巨神獣。グーラ以外レックスには思いつかなかった。

 

「でもどうやってここに…」

「さあな。振り回されて気でも失ったのか、気づいたら俺もお前もここに倒れてたのさ」

「振り回されて…そうだ!じっちゃんは!?それにニアとビャッコも!!」

 

レックスは焦って周囲を確認するが、自分たち以外の姿は見当たらない。

ニアやビャッコはともかく、巨神獣であるじっちゃんの姿が見えないことに冷や汗が吹き出す。

 

「わからねえ。ただ俺達は雲海の傍に倒れてたわけじゃねえからな。雲海に落ちたってことはねえだろ」

「探そう!」

「あ、おい待てよ小僧!」

 

メツの言葉を食い気味に遮り、レックスは森の奥へと走り出す。

メツはそれを慌てて追いかけていった。

 

 

 

 

鬱蒼とした森は日の届かない環境ゆえか、湿原のようになっており、そういったところを好むモンスターが多数生息していた。幸い気性の荒いものは少ないらしく、レックスとメツは時折驚いて襲い掛かってくるものを適当にあしらいながら先を進んでいった。

暫く順調に進んでいった2人だったが、その道が突然途絶える。ある程度開けていた獣道を遮るように大きな壁が横たわっていた。

白く幅広な壁。近づくにつれて、それが壁ではなく「何か生物の皮膚」であることに気づく。

 

「…!まさか…!」

 

レックスは壁に沿って進む。

そしてその壁の終端。たどり着いたレックスの視界に、見慣れた顔が飛び込んできた。

 

「じっちゃん!」

「…おお…レックス…無事、じゃったか」

 

レックスの声を聞いて、じっちゃんは伏せていた目を開く。しかしその表情に力はなく、声も今にも消え入りそうだった。

横たわっていたその体からは赤い液体が所々から流れ落ちていた。背にはいくつも穴が開き、細長い金属片が数本突き刺さっていた。

 

「こいつは…」

「怪我がひどい…待ってて!今薬を…」

「お前さん用の薬なんぞ効くわけなかろう…」

「そんな…!」

 

レックスは懐から取り出した軟膏を足元に落とす。手に収まるほどのその量は、じっちゃんについた傷の一つにすら足りない。

じっちゃんは疲れたように目を閉じる。荒々しかった息が徐々に落ち着いていき、体が息に合わせ膨らみ、しぼむ。

 

「そんな…」

「そう悲しい顔をするでない…最後にお前さんを守れただけ十分じゃ」

 

じっちゃんの体から光があふれる。

それはこの世を構成する粒子、エーテルの光だった。光の輝きと反比例して、じっちゃんの体が徐々に透けていく。

レックスはそれに見覚えがある。ブレイドや巨神獣がその命を終える時に世界に溶けていく光景だった。

 

「じーさん」

「…メツ。レックスのこと頼んだぞ」

「ああ」

 

一度目を開いて、メツの方を見るじっちゃん。返答を聞いてその目は柔らかに細められる。

そして今度はその瞳をレックスの方へ。暖かな視線がレックスを見つめる。

 

「お前さんと雲海を漂った日々。楽しかったぞ…レックス」

「じっちゃん!!!!」

 

その言葉と同時に、じっちゃんの体が消えていく。

光が溢れ、暗く鬱蒼とした森を明るく照らす。

 

「ではの」

「じっちゃーーーーーん!!!!」

 

じっちゃんの体は世界に溶けていった。

そしてレックスの叫びもまた、じっちゃんの消えた空に溶けていった。

 

 

 

 

「あぁ…じっちゃん…なんでどうして…」

「小僧…」

 

レックスは地面に拳を叩きつける。何度も、何度も叩きつける。

涙がこぼれ、湿った大地に落ちていく。

 

「俺があの時ちゃんと考えてれば…こんなことには…ッ!!」

「そう悲観するでないレックス」

「でも!」

 

慰めの声を聞いてもレックスの涙は止まらない。嗚咽の声と共に、何度も何度も地面を叩く。

肩にポンと手が置かれる。それでもレックスの拳は止まらない。

 

「ワシは別にそんなこと攻めとらんよ」

「だけど!じっちゃんが…じっちゃんがそんなこと言ったって!…え?じっちゃん?」

 

自分の言葉で一瞬我に返る。直前までの怒りや悲しみはどこへいったのか。頭が真っ白になる。

そして呆然とした意識のままゆっくりと声のした方へと振り返る。

 

「まったく…常に周りを見ろと言っとるじゃろうが」

 

小さな生き物がしゃべっていた。

羽の生えた(バニット)のような生き物だった。そしてその声は不思議なことに、じっちゃんによく似ていた。

 

「え、じっちゃん…え?じっちゃん?」

「そうに決まっとろうが。こんなぷりちーな巨神獣、ワシ以外におらんわい」

「…え、いや元々のじっちゃんはぷりちー…って…え?」

 

冗談かどうかもよくわからない言葉に唖然とするレックス。後ろではメツが口元を抑え、肩を震わせていた。

その小さな生き物はまったく…と首を振る。

 

「…説明してくれよ」

「体内のエーテルをあれこれこうして体を退行させることに成功したんじゃ!どうじゃ凄いじゃろう!ワシ以外にはそうはできん芸当じゃぞ!」

 

えっへんと胸をはる生き物…じっちゃん。

それに対しレックスは呆れ気味に大きなため息を吐き出した。

 

「…あのセリフは何なんだよ。今生の別れみたいだったじゃないか」

「あれは体が小さくなるからお前さんをもう運べないから残念じゃなぁ…ということじゃ」

「なんだよそれ…わんわん泣いてた俺が馬鹿みたいじゃないか」

「ククク…実際バカみたいだったぜ小僧」

 

拗ねるレックスの後ろからメツが優しく肩を叩く。

振り返ってみると、その口は端が大きく釣り上がっていた。もしかしたらレックスが地面を叩いている時からずっとそうだったのかもしれない。

 

「…なんだよ気付いてたのかよメツ」

「ああ、俺達ブレイドはエーテルの流れに敏感だからな。気付けるやつは気付けるもんさ」

「教えてくれたってよかったのに」

 

レックスは口をとがらせながら、肩に置かれた手をバシっと叩く。

レックスから離れたメツはまだ楽し気に笑いをこぼしている。

 

「…で、退行てことは暫く戻れない?」

「そんなに長くはないぞ?そうじゃな…ざっと300年くらいかの?」

「はいはい…困ったなぁ。家が…」

 

レックスはまたため息をついて天を見上げ…たところで「あっ!」と大きく声を上げた。

 

「って今はそれどころじゃなかった!」

「どうした?」

「ニアとビャッコを探さないと!」

「誰じゃソレ」

「船で助けてくれたあの二人!」

「ああ…それなら、多分この先じゃろう。そのあたりで樹にぶつかってしまったからな」

 

じっちゃんはレックスたちが来た方向と反対方向を指さす。

そちらは登坂になっており、おそらく今見えている天板の上へと続いてる道だ。

 

「わかった。行こう!」

「ワシはここにお邪魔させてもらうぞ。ほほほ!立場が逆転じゃな?」

 

じっちゃんはレックスが背負っていたヘルメットに潜り込む。

レックスは呆れるような大きなため息をまた一つ。それから頬をパンと叩いてぬかるむ地面を駆けだした。

 

 

 

 

「ビャッコ大丈夫!?」

「ええ!お嬢様こそ」

「アイツ以外は問題な…っ!」

 

道を阻む木々を切り裂きながら、ニアは後方の相棒へと声をかける。

ニアとビャッコは森林を駆けていた。その通り道には大きな蛙が数匹転がっている。

じっちゃんから振り落とされ地面に衝突し気絶した二人は、目を覚ますと(フロッグ)の群れに囲まれていたのだ。

 

「畜生…万全ならこんな奴ら!」

 

先の戦闘と衝突の時の怪我でニアは満足に動けていなかった。ビャッコが回復を得意とするブレイドでなければ今頃フロッグの餌食だっただろう。

何とか数体は退けることが出来たが、一匹がどうしても振り切れていなかった。回復を得意としてると言っても、全部が全部を即座に完治させられるわけではない。

 

「こうなったら…」

「お嬢様それは!」

 

ニアが立ち止まり、自身の胸に手を当てる…その時だった。

 

「バックスラッシュ!」

 

目の前のフロッグに、背後からエネルギーの刃が振り下ろされる。

背後から強烈な一撃に耐え切れず、断末魔とともにフロッグの体が地面に倒れる。

 

「大丈夫ニア?」

「レックス!?」

 

予想外の登場に目を丸くするニア。

レックスはモナドをしまってニアの傍に駆け寄ってくる。その後ろから遅れてきたメツの姿もある。

 

「無事みたいだね…よかった」

「そっちこそ…ていうかなんで…」

「詳しい話はあと!どこか休めるところを探そう」

 

レックスは周囲を見渡して、岩場の広場のようなものを見つける。

その陰にレックスは荷物を降ろし、手慣れた様子で簡易的なキャンプを作る。

ニアが傷をいやしている間にレックスは焚火をつけ、荷物から取り出した食材を焼き始める。日はすでに落ち切ったらしく、辺りは薄闇に包まれていた。

 

「へえー…このちっちゃいのがさっきの巨神獣?便利なもんだねー」

 

干し肉をかじりながら、横で焚火に当たるじっちゃんをしげしげと眺めるニア。

ニアの感心の言葉にじっちゃんはえっへんと胸をはる。

 

「もっと褒めても良いぞ?」

「で、そっちの男が…」

「メツだ」

「メツ…ふーん。あんたがもう一人の天の聖杯か…」

 

無視されて落ち込むじっちゃんを更に無視し、ニアは関心をメツに向ける。

ニアの言葉にメツは眉根を顰める。飲んでいたスープの皿を地面に置いてニアの方へと向き直る。

 

「なあ、その天の聖杯ってのはなんだ」

「え?いやアタシも詳しくは知らないけど。…なんか凄いブレイドだーってアイツらがよく言ってたよ。アンタのが詳しいんじゃないの?」

 

その言葉にメツは視線を逸らして鼻を鳴らす。

その様子に首を傾げたニアに次の言葉を投げたのはレックスだった。

 

「ああ、メツには記憶がないみたいなんだ」

「記憶が?ふーん。同じ天の聖杯でも全然違うんだね」

「同じ?…あのブレイドもそんなことを言ってたな…誰のことだ」

「ヒカリとホムラだよ」

「あの人…そうかあの人もブレイドだったんだ」

 

その言葉で、レックスは戦闘中に姿が変わった彼女のことを思い出す。

ホムラ…ヒカリ?はほぼ完全に人間の姿だった上、胸元を隠していたので今言われるまで気づかなかった。

 

「そ。なんかずーっと昔からいるみたいでさ。ドライバーも見たことないし、変身?するし。天の聖杯ってそんな特別なブレイドなのかなーって思ってたけど」

 

その言葉にメツは考え込む。

しかしそのポーズはすぐに終わった。メツは鼻で笑って首を振る。

 

「考えてもわからねえな。なんも思い出せねえ」

 

この話は終わりとばかりにメツは横に置いたスープを拾って煽るように飲みだした。

それを見て、ニアは視線をメツからレックスへと移す。

 

「あ、えっと…言い忘れてた。ありがと…ね。船の上で助けてくれて」

「え?ああいいよ。オレの方こそ助けてもらったしね。お互い様さ」

 

照れるようにレックスは笑う。

それを見て、ニアは軽く微笑んだ。

 

 

 

 

深夜の湖畔にメツが一人立っていた。

レックスとニアはすでに眠っている。薄暗い湖畔には、虫の鳴き声と風の音だけが響いていた。

 

「眠れぬのか」

「…アンタか」

 

じっちゃんが後ろから声をかける。

ふわふわと飛んできたじっちゃんはそのままメツの横にならび、湖畔の上のホタルを目で追い始めた。

 

「久しぶりじゃのう。随分印象が変わったが」

「…何のことだ。俺にはさっぱりわからねえ」

「本当に忘れておるのじゃな」

 

言葉を返してきたメツの横顔に視線を向けるじっちゃん。メツもそれを横目に見返す。

じっちゃんの目は悲しいような、安堵のような、複雑な感情の混じった色をしていた。

 

「アンタは俺の過去をしってるんだな」

「…知りたいか?」

 

じっちゃんはメツの方を向いて告げる。

今度は覚悟を問うような真剣な瞳。メツもそれをじっと見据えるが、少しして湖畔の方へと視線を戻す。

 

「…いや。今はいい。どうせいい過去じゃないんだろう?」

 

その言葉にじっちゃんはハッと目を見開く。

メツは変わらず湖畔を見つめていてその様子に気づいてはいない。

 

「わかっておったのか」

「ただのカンさ。…いや」

 

メツは自身の胸…コアクリスタルに手をあてる。

中央が×印に抜けたコアからは、今も絶え間なく紫の光が溢れ続けている。それは暗く重い光。人の道を照らすには不都合な深淵の光。

 

「記憶を失っちゃいるがなんとなくわかる。俺の中…俺のルーツには何か"黒い意思"がある。その意思が俺を動かそうとしやがる」

「メツ…」

「まあそれがなんなのかは全く分からねえが」

 

メツの伏せた目をじっちゃんの目が見つめる。

その様子を見て、じっちゃんの中にあった疑問と疑惑が確信に変わった。

この男は自分の知る『500年前の男』とは別人であると。

 

「…正直に言おう。お主が「記憶を失って、レックスを助けるようなブレイドとなった」。そのことをワシは嬉しく思える…そんな過去じゃ。ワシもできれば今のお主に教えたくはない」

「だろうな。俺も過去を知りたいわけじゃない。だが…」

「だが?」

「この『楽園に行かなきゃならない』って感情のルーツ。それだけは知らなきゃならねえ」

 

メツはコアクリスタルを強く握る。

その意思に合わせてか、指の隙間から漏れ出る光がより濃く、強くなる。

 

「そのために俺は小僧と楽園を目指す。小僧と行って、確かめる」

「その答えが辛いものであってもか」

「"契約"だからな」

「そうか…」

 

暫く無言が続く。

数えるほどだったホタルが、いつの間にか湖畔の上に群れを作っていた。

 

「もし…もし、俺が小僧の傍を離れたら」

「ん」

「俺の話をしてくれ。アンタが知ってることを」

「…いいじゃろう。そんなことがないのを、望むがな」

 

その言葉を最後に、二人はキャンプへと戻っていった。


続く



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02『グーラ』

1

 

 

「…で?アンタたちこれからどうするのさ」

 

焚火の片づけをしながらニアが尋ねる。

レックスは「そりゃこの後は上に登って…」と口にしようとして思いとどまる。ニアもそれくらいは分かっているはずだ。

つまり彼女の言う「これから」は、おそらくもっと先の話。

 

「とりあえず楽園を目指す…からまずは世界樹にいかないとかな」

「どうやって行くのさ。あそこに行く船なんてどの巨神獣からも出てないよ?」

「だよなぁ…」

 

頭をかきながら、レックスは世界樹のあるだろう方向を見る。

世界樹への渡航は法王庁(アーケディア)が全面的に禁止しており、少なくとも公式的にはどの巨神獣からも船は出ていないはずだった。

 

「うーん…非公式の船に頼る?いや危険だよなぁ。なら自分で船を買う…お金がなぁ」

「じーさんがでかいままだったらよかったのにな」

「ワシだってちっちゃくなりたくてちっちゃくなったわけじゃないわい!」

 

ニアの視線にじっちゃんは抗議しながらとびかかる。ニアは「なんだとー!」とじっちゃんの突進を受け止め、そのままお互いがじゃれ合うようにパンチを繰り出す。レックスはそれを見ながら更に考える。

 

「アーケディアに許可をもらいに…いやもらえるか…?」

「小僧、そのアーケディアってのはなんだ」

 

後ろで樹の幹ににもたれかかっていたメツが急に話しかけてくる。

 

「え?あぁ…鳥型巨神獣にある国の名前。所謂宗教国家ってやつ。ブレイドのバランスとか巨神獣間の渡航とかの管理も全部取り仕切ってるんだ」

 

レックスの言葉にメツは「ふむ」と考え込む。

 

「どうかした?」

「いや…アーケディア…」

 

記憶がないから当たり前だが、メツはその言葉に聞き覚えはなかった。正確には記憶の楽園でレックスが一言発したのを聞いてはいるが、それだけだ。

しかし、その言葉を聞いてメツは心の中の『黒い何か』が大きくなるのを感じた。

 

「小僧、そこ行くことはできるのか?」

「えーどうだろ。色々と厳しいところだからなぁ…俺も行ったことないし」

「そうか」

「…でも何で?」

「俺のルーツ…みたいなものがそこにあるかもしれねえ」

「アーケディアに?」

 

レックスは首をかしげる。アーケディアは古い国なので、古そうな機械の中にいたメツに関連がありそう…な気はしないでもない。

だが、当の本人が纏う雰囲気とアーケディアに感じる雰囲気が全くの別物だった。

 

「…メツは聖職者って感じしないけど」

「舐めてんのか小僧」

 

鼻で笑うレックスにメツはにらみを返す。

レックスはその視線を避けるように横を向いて口笛を鳴らす。

 

「俺もそんな柄じゃないとは思うがな。ただ何かを感じるんだ」

「そっか。じゃあアーケディアと世界樹に行く方法を探さないと」

()りあえ()()(まひ)にい()ない()だな!」

 

レックスの言葉にほっぺをじっちゃんに引っ張られてるニアが答える。ニアも負けじとじっちゃんのほっぺを伸ばしている。

 

案内(あんにゃい)()やるよ!…えぇい邪魔!」

「ぬおー!?」

 

そのまま掴んだほっぺごと思いっきりじっちゃんをぶん投げるニア。

きりもみ回転しながらも、じっちゃんは器用に空中にとどまってみせた。

 

「この先登ってしばらく行ったところにトリゴって街がある。そこまで行けばなんか手も見つかるだろ?」

「トリゴの街…そうかあそこに出れるのか。俺もそこなら行ったことあるよ!ありがとうニア!」

「…別に。ほらそうと決まったらさっさと行くよ!」

 

ニアはレックスから視線を逸らし、てきぱきと片付けと出発の準備を進めだす。

レックスも同じく片付けに戻ったが、後ろのメツとビャッコが妙にニヤニヤしてるのだけが気になった。

 

 

 

 

「うわぁ!!ホント広いなグーラは!!」

 

目の前に広がる大草原に、レックスは感嘆の声を漏らす。

その横に立っていたメツも声こそ上げないものの、「ほう」と感心した表情を見せる。

 

ニアの案内に従って坂を上り、蔦を伝い、樹の幹を歩くこと暫く。レックスたちはグーラの右背に広がる草原を一望できる高台へとたどり着いていた。

ニアの話では、レックス達が流れ着いていた場所はグーラの下層に当たるらしく、通常時は雲海に沈むため滅多に人が訪れない場所とのことだった。

「アタシの土地勘無かったら、いずれ雲海に飲まれてたかもね~?」とはニアの談だ。

 

「あれ?アンタグーラ来たことあるんじゃなかったの?」

「基本俺の用事は街の中で完結するからさ。街から見たことくらいはあるけど…こんな高いとこから一望したことはなかったな」

「ふーん…あ、向こうに見えるのがトリゴだよ」

 

ニアは草原の奥の方を指さす。ちょうど高台から草原を挟んだ反対方向に外壁らしき人工物が見えた。

その色合いは確かにレックスの記憶していたグーラの色味と一致していた。

 

「なるほど…遠いなぁ」

「簡単な道が整備されてるし、どんなにゆっくり歩いても明日にはつくよ。ささ行こ行こ!」

「あ、ちょっとニア!」

 

急かすように、ニアはレックスの手を引っ張って草原へ走って行った。

 

 

 

 

「レックスさぁ、サルベージで稼ぐの?お金?」

「え?」

 

ニアの言う通り、高台から少し降りたところに人工的な道(とは言っても整備されてるわけではなく、踏み鳴らされて自然できたものだろう)が、草原を横切っていた。

その道を辿る道中、雑談の中でニアが尋ねてきた。

 

「そのつもりだけど…なんで?」

「いや、時間かかるだろうなーと思ってさ」

 

ニアの指摘に苦い表情をするレックス。その指摘が的を射ていたからだ。

実はサルベージャーというのはそこまで稼げる職業ではない。

リターンが大きい仕事ではあるのだが…そのための準備に必要な資金も高いのだ。サルベージ場所の調査に、サルベージ用品の購入。サルベージ場所への移動方法や滞在の為の費用等々…。一応それらの費用を安くするために集団サルベージ等の方法もあるが、今度は自分の取り分が減ってしまう。

なので大きく稼ごうとすると余計に資金がかかり、じり貧となる。ある程度しっかりとした元手や技術、更に言えば運さえあれば継続的に大きく稼げる事業ではあるので、一攫千金を夢見る若者も多いが、そう簡単に上手くいかないのが現実だ。

しかも問題はサルベージにかかる資金だけではない。雲海に潜る以上、そこに住む生物という危険とも隣り合わせだ。そのリスクの計算と備えもしなければならない。実際レックスも「じっちゃんがいるお陰で住むところと移動手段に困らなかった」お陰でなんとか食えて行けていたというのが実情だ。

最もレックスには別件で実家への仕送りという出費があったので一概に稼げてなかったとは言えないのだが。

 

「だよなぁ…家財一式もなくなっちゃったし…世界樹に行く方法も考えなきゃだしなぁ…」

「案外ワシの成長を待つ方が早いかもしれんぞ?」

 

ナッハッハと笑うじっちゃんにレックスの苦笑いは更に歪む。300年は流石にかからない…とも言いづらい。

昨日の夜概算だけやってみたが、途中で見えた金額と時間の見積もりに考えることをやめてしまった。

 

「なんか別でやれること考えないとなぁ…」

「てかさ、ドライバーなんだからそれで稼げばいいじゃん。街の人の依頼聞くとかさ」

 

ニアの視界から突然横を歩いてたレックスが消えた。

どうした?と振り返ってみると、レックスはニアのなんてことない指摘に口をぽかんと開けていた。

 

「え?なにその表情」

「その発想はなかった!」

 

その顔が笑顔に変わり、駆け寄ってきた両手がニアの肩を掴む。

 

「え!?ちょ、レックス!?」

「そうだよ!その手があった!オレドライバーになったんだ!」

 

ニアの肩が前後に揺れる。振り回されながらもちょっと楽し気な表情を浮かべているニアだったが、レックスはそれに気づいていない。

 

ドライバーは基本的に一般人より強い。武器を持つブレイドの存在に加え、ブレイドからのエーテルの供給のおかげで身体能力が高いためだ。

なのでドライバーは軍人として採用される他、一般の人間では難しいモンスターの掃討や調査、更に危険地帯の素材収集といった依頼を受けて生活する傭兵のような形で生計を立てる者が多い。また、ブレイドの特殊な能力を頼って、インフラの整備などを請け負うものもいる。

基本的にはどれもリターンは安く一攫千金とはいかないが、その分リスクが低かったり、数が多かったり。そもそも基本が一般人複数でやるようなことを実質一人でできたりするなどのメリットから、堅実に稼ぐことができる。

ある意味でサルベージャーとは対極にあるような職業と言えた。

 

「ドライバーなりたてですっかり忘れてた!ありがとうニア!」

「わわわわかった!わかったからレックス!いったん落ち着いて!」

「あ、ごめん」

 

我に返り、ニアの肩から手を放す。

怒られるかと構えるが、ニアは口を尖らせているものの、何も言わず肩をさすっていた。

 

「そうだな…ドライバーとして稼いだお金を元手にサルベージすれば結構あっというまかもしれないな!」

「そりゃよかったね…でもメツ一人で稼ぐの?」

 

二人の視線が後ろを歩いていたメツを向く。

どうやら参加しないまでも話は聞いていたらしく、その視線にメツは不機嫌そうににらみを返す。

 

「なんだ小僧。俺だけじゃ不安か」

「いやそういうわけじゃないけど…」

「戦力が多いにこしたことはないんじゃない?」

 

ニアの指摘にメツは"ケッ"とそっぽを向く。

実際、メツの戦力は一般のブレイドより強いのは素人のレックスの目からしても明らかではあった。しかし

 

「色んな状況に対応出来た方が稼げるよなぁ…」

 

ドライバー…ひいてはブレイドへの依頼は先に述べたように戦力以外にもブレイド特有の能力を当てにしたものもある。ブレイドが多いというのはそれだけこなせる依頼が増える可能性が増えるということなのだ。

 

「でもコアクリスタルってアーケディアが管理してるんだろ?そう簡単に手に入らないんじゃないか?」

「一般にはね。でも例えば…モンスターが食べちゃったりとか、どっかの商隊の積み荷が落ちたりとかで拾えたりするんだよ。ホントたまに」

 

そう言ってニアは辺りを見回し、「あっ」という声と共に、前方の木の陰を指さす。

その方向を目を細めてみてみると、木の陰に何やら物が落ちている…ように見えた。ただレックスにはそれが何かはよくわからない。

 

「ん、あれは…」

「多分隊商が落としてった荷物かなんかだよ。…あー、でもあそこは」

「ホント!?よっしゃー!」

「あ、おいまて小僧!」

「レックス!?」

 

メツとニアの制止を無視し、レックスはその木陰に向けて一目散に走りだした。

追いかけたメツとニア、そしてビャッコがたどり着いた頃には、レックスはすでにそこに転がっていた箱や樽をひっくり返していた。

 

「おい小僧…」

「レックス!」

 

二人の呼びかけを気にする様子もなく、レックスは散乱した中身を物色する。

しかしお目当ての物は見つからなかったのか、二人の方を振り向いて肩をすくめて見せる。

 

「うーん…残念。コアクリスタルはないみたいだ」

「ないみたいだ…じゃないよレックス!いきなり走り出すなんて!」

「え?なんで?」

「だってここは…」

「待て」

 

ニアがレックスに詰め寄ろうとしたところを、メツが手で制す。

ニアは「何を…」とメツの顔を見て、それからその視線を追う。メツの視線はレックスの背後の崖に向けれられていた。

その視線を追ったニアの目が丸くなる。

 

「…話はあとだ小僧。走れ」

「メツ?…走れ…って!?」

 

レックスはニアと同じようにメツを見て、更にその視線の先を見る。

そしてその視線の先を見て、レックスはニアと同じように眼を丸くした。

 

そこには巨大な"ゴゴール"が立っていた。

 

「ゴゴール!?でもデカい…!?」

「走るよ!レックス!」

 

驚くレックスの体が横に強く引かれる。

走り出したニアに引っ張られるレックスの視界で、ゴゴールの拳が振り下ろされる。

地面が揺れると同時に、巨大なクレーターが出来上がる。ニアに引かれなければあそこにレックスの絨毯が敷かれていただろう。

 

「あ…あれは!?」

「縄張りバルバロッサ!この辺じゃ有名なやばい奴(ユニーク)だよ!あそこが縄張りなんだ!」

 

走りながらニアが答える。

縄張りを荒らされたと思ったのか、バルバロッサは雄叫びを上げながら追いかけてくる。

 

「あいつ逃がさない気か!?ビャッコ!」

「ワイルドロア!」

 

ニアと並走していたビャッコが振り向きつつ吠える。

吠え声にエーテルの衝撃が乗り、バルバロッサを襲う。…が、バルバロッサは少し首を振っただけで、ほとんど意にも介さず走り続ける。

 

「そんな!?」

「ダメです!レベルが違い過ぎます!」

 

ビャッコは踵を返して再び逃走を開始する。

大柄な体格故か、バルバロッサの走りはそこまで速くない。だがその体躯による一歩は大きく、レックス達の走りとそこまで差はつかない。体力的にも追いつかれるのは時間の問題だった。

だがすぐにその問題を考える必要はなくなった。地の利は確実に向こうに存在したらしい。

 

「ダメだニア行き止まりだ!」

「くっそぉ…こんなところで!」

 

逃げた先は大樹と岩壁に囲まれた袋小路だった。バルバロッサは自分の縄張りをよく理解していたらしい。

時間を掛ければ樹を登って逃げることもできるだろうが、そんな時間がないことを後方から響く足音が告げていた。

 

「…小僧。モナドを取れ」

「戦うのか!?でも!」

「違う!いいからモナドを開け!」

「…わかった!」

 

メツの言う通りモナドを取るレックス。エネルギーの刃が出現し、柄の部分のプレートが露出する。

刃をバルバロッサの方へと向けるが、唸る刃は相対する巨体に対して振るうには少し心もとない。

バルバロッサは追い込んだためか、足音を立てながらもゆっくりとこちらに迫っていた。

 

「これでどうするんだ!?」

「ビャッコ!ニアと小僧を乗せろ!」

「…承知しました!」

 

ニアとレックスがビャッコにまたがる。メツはその横に立ち、レックスの握るモナドを握る。

メツのエーテルがモナドに流れ込む。モナドの刃が更に大きな唸りを上げ、柄近くに丸く空いたプレートに光る"記号"が浮かび上がる

 

「これは!?」

「いいか…歯を食いしばれよ!」

 

モナドの刃からあふれ出した黒いエーテルがレックス達の周囲を渦巻く"風"となる。

プレートに浮かび上がる記号は『轟』。

 

「モナド(サイクロン)!!」

 

モナドから発生した豪風が竜巻となり、ビャッコとメツを上へと吹き飛ばす。

大きく揺さぶられながらも、レックス達の体は遥か頭上へと飛び上がり、袋小路の崖上にあった大樹の幹に叩きつけられる。

 

「う…ぐぅ…」

 

痛みをこらえ、レックスが立ち上がる。

這うように崖の縁まで行って下をのぞき込む。見ると、バルバロッサが悔しそうにこちらを見上げ雄たけびを上げていた。

 

「逃げ切った…のか…」

「うぐ…行くぞ小僧。まだ追いかけてくるかもしれねえ」

 

メツとニア、そしてビャッコもレックスに次いで立ち上がり、そのまま崖から離れるように走り出す。

逃げる間もバルバロッサの雄叫びやドラミングの音が聞こえていたが、レックス達は振り返ることなく必死に走り続けた。

 

「はぁ…なんとか逃げ切ったみたいだね…」

 

やがて音が聞こえなくなったところでニアがその場にドカッと座り込む。

レックス達もそれに倣うようにその場に倒れ込む。緊張が一気にほどけたのか、あるいは今までにないほど全力を出したのか。皆、膝が笑っていた。

 

「ごめん。オレが軽率な行動をとったばかりに…」

「ホントだよ。次から気を付けなよ?」

「まったく。反省するんじゃぞレックス」

 

頭を下げるレックスをからかうような口調で責める2つの声。

その口調には抗議したくなったが、流石に立場上するわけにはいかなかった。

 

「ま、急いだお陰で早く着いたってことで良しとしようか」

「え?」

 

ニアの言葉にレックスが頭を上げると、ニアは肩をすくめていた。

その言葉の意味が理解できなかったレックスは首をかしげ、その様子を見たニアは「ん」とレックスの隣を顎で指す。

ニアが指した先、そこにはレンガ造りの壁がそびえ立っていた。

レックスもようやく気付いた。レックス達が腰を下ろしたそこは、トリゴの街の外壁のすぐそばだった。


続く

 



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03『記号』

1

 

 

「んー!ここはいつ来ても変わらないなー!」

 

トリゴの街の入り口でニアが背伸びをする。

トリゴの街に入ったのはすでに日が傾き、多くの人が家路についている時間だった。元々、途中で野営を挟んで2日くらいの想定だったのでかなり早い到着だった。理由は言うまでもない。

 

「俺も来るのは久々だけど…ここはホントのどかだよなー。イヤサキ村にちょっと似てるかも…さすがにこっちの方が都会か」

 

レックスは街並みを見渡し故郷を思い出す。

トリゴの街はグーラの草原の真ん中に作られた街であり、多少整備されてるとはいえ街の中にも大分自然が残っている。元々は村だったものが徐々に発展してきたのでその名残とも言えるだろう。レックスの故郷リベラリタスもグーラ同様自然豊かな巨神獣であり、そもそもあちらはまだ村なのもあってどことなく雰囲気が似ていた。

 

「さてと。とりあえず宿に案内するよ」

 

そう言って入り口のアーチをくぐるニア。夕方とはいえ、街にはまだ人だかりがある。数人の村人がこちらに目を向けてきたが、旅人など珍しいものではないのだろう。目を向けるだけで特に関わってこようとする姿はない。

そんな視線を横目にレックスたちは街道を進む。しかし、少しして先導していたニアの歩みが止まった。

 

「どうしたニア」

 

ニアは顔を街道脇に向けていた。レックスもそちらに視界を向けると、そこには一枚の掲示板があった。

ニアは少し掲示板を眺めてから、掲示板の方へ駆け寄り、そこに張られた一枚の紙を睨みつけていた。

 

「ああ?何だこりゃ…『指名手配 この顔見かけたら連絡すること』…手配書か。この二人は…船のあいつらだな」

 

メツが掲示板に近寄って文言を読み上げる。それはアーケディアが発行した指名手配の紙だった。似顔絵と懸賞金、その他罪状や連絡先が細かく書かれていた。

手配書はニアの顔で隠れて見えないものを含めて三枚。うち二枚に書かれていたのはレックスにサルベージの依頼をした二人…シンとホムラだった。

 

「となるともう一枚は…おいニア、見えねえだろうが!」

 

僅かに肩を震わせていたニアの顔を強引にどけるメツ。そこにはやはりもう一枚ニアの手配書が…

 

「…あ?何だこりゃ?」

 

あった。あったが、そこに書かれていた似顔絵は「髪型と服装はニア、しかし顔はどう見てもビャッコ」の化け物。

 

「な…な…な…」

「アッハッハッハッハ!!!何だこりゃ!!クックック…こいつは傑作だ!なあニア!?」

 

大笑いしながらメツはニアの方を見る。

ニアは拳を握り、プルプルと震えている。

 

「ククク、ニアがビャッコになるのか!クククク、傑作じゃないか! ニアがビャッコだ! ハハハハハハハハ!ハガッ!?」

 

ニアに見せつけるように手配書を指さし、顔はニアに向け笑っていたメツだが、笑いに震える腹をニアの拳が突き刺さる。

「うぐぅ…」とうずくまるメツをよそに、ニアは件の手配書に指をかけ、そのままベリッと掲示板から引きはがす。

 

「お嬢様!?」

「ニャニャニャニャニャーーー!!!」

 

ビャッコが制止の声をあげたが、時すでにおそし。ニアは叫びながらその手配書をバラバラに切り裂いた。

細かな紙片があたりに飛び散り、ビャッコはやれやれと首を振る。

 

「…さ!行こっか!?」

 

振り向いたニアは怖いくらいいい笑顔だった。

 

 

 

 

宿屋へ向かおうとしたニアだったが、今度はその歩みが人混みで遮られる。

ちょうど街の中央で催し物をやっているらしく、道をふさぐほどの集団が出来ていたのだ。

 

「手配書もあったし、あんまり人混みは通らない方が」

「アレでアタシが捕まると思ってんの!?」

「いや一応ね?一応」

 

シャーっと威嚇してくるニアを宥めるレックス。

レックスの言い分は癪だったが、実際問題ニアも人混みは避けたいところだった。最もそれはレックスが懸念しているのとはまた別の個人的な事情。"知り合い"に会う危険性を考慮した故の判断だった。

なので宿屋へは少し遠回りの、裏路地を通ることにする。閉まりかけの商店の品物を見回しながらレックスはニアへと声をかける。

 

「なあ、ニアってトリゴの出身なの?」

「んーまあね」

「いつぐらいに住んでたの?」

「あー…だいぶ前…かな」

 

その質問にニアの表情は少し濁る。しかしレックスの顔は店の方へと向いていたのでレックスに見られることはない。

 

「じゃあ知り合いとかいないのか?」

「…アタシ家にいることが多かったからさ。そもそもあんまり知り合いがいないんだよ」

 

ニアは自重するように笑う。その言葉にレックスは振り向き、その横顔が目に入る。

そこに浮かぶ感情の意味は分からなかったが、何か言いたくないことがあるのだろうということは理解できた。

 

「…そっか」

「そそ。アタシ箱入り娘だったんだ。こう見えてお嬢様なんだぞ~?」

「ええ~?そうは見えないなー」

「なんだとー!」

 

暫く睨み合って、どちらがともなくプッと吹き出す。

いつのまにか、ニアの表情からは先ほどの暗い色が消えていた。

 

 

 

 

「小僧構えろ」

「どうしたメツ?」

 

路地裏を歩くレックス達にメツが後ろから声をかける。

振り向くと、メツはレックスたちの後ろに向けて構えを取っていた。それを見てレックスも即座にモナドを抜く。

構えたと同時に、建物の陰から複数の人影が現れる。甲冑とマスク、ヘルメットを身にまとい、更に銃で武装した兵士だった。

 

「スペルビア兵!?」

 

それはここグーラを支配下に置く軍事国家、スペルビア帝国の帝国軍装備だった。

現れたスペルビア兵達は、銃口をこちらに向けながらにじり寄ってくる。

 

「そこのグーラ人!貴様イーラだな!?」

「イーラ?」

 

ニアを指して発せられた言葉。そこに現れた単語にレックスは首をかしげる。イーラ。それはメツを引き上げた付近に沈んでいるらしいかつての巨神獣の名のはずだった。

なのでレックスはメツの方に視線だけ向けたが、メツはピンと来ていないらしく、「は?」と顔をしかめるのみだった。

 

「…シンとホムラ、アタシたちの組織だよ」

 

その単語に反応したのはニアだった。

レックス達だけに伝えるように小声でつぶやかれた言葉。見るとニアはバツの悪そうな顔をしていた。。

 

「コイツはイーラとは関係ない!それとも証拠でもあるのか!?」

 

ニアの顔を見て咄嗟にかばうレックス。それに対し、一番前の指揮官らしきスペルビア兵が腰のポーチから一枚の紙を取り出す。

 

「この手配書だ!似た顔を見たと通報が入ったのだ!」

 

それはニアが引き裂いたビャッコ顔の手配書だった。

 

「人混みに行かなくて正解だったな?」

「うっさい!」

 

メツの呟きにニアは小さく蹴りを入れる。

そしてその怒りの矛先を、今度はスペルビア兵の方へ向ける。

 

「ていうかあんた!それアタシに似てると思ってんの!?」

「なんだと?そりゃこんなに…あれ?…どうだお前ら」

 

改めてまじまじと見て自信をなくしたらしい。指揮官らしき男は振り返り、周りいたスペルビア兵に手配書を見せる。

 

「顔は後ろのブレイドに似てますね」

「服装は似てますね」

「似てますかね?」

「似てませんね」

 

スペルビア兵達は一様に首をかしげる。当の指揮官らしき男すら「そ、そうだよな?」とうろたえはじめる。

 

「…今のうちじゃないか?」

「そだね」

 

スペルビア兵達が口論してる間にそーっとその場を立ち去ろうとレックス達は後ずさりを始める。

しかし、その退路は、突如燃え上がった青い炎でふさがれる。

 

「な、なんだ!?」

「全く。何をしているのですか」

 

スペルビア兵達の更に後ろから声が発せられる。

青い炎に照らされながら現れた声の主は、青い髪に青い服装をした糸目で長身の女性。

 

「ハッ!申し訳ありませんカグツチ様!!」

 

カグツチと呼ばれた女性は、両手に持った一対サーベルを振るう。

サーベルから青い炎が広がり、レックス達の周囲が完全に囲われた。

 

「この炎…ブレイドか!?」

「あの姿にこの炎…そしてスペルビア…まさか!?」

 

ビャッコがその姿と力を見て正体に感づき腰を深く落とした臨戦態勢を取る。その様子を見てレックス達も習うように武器に力を籠める

対しカグツチは臨戦態勢を取らず、レックス達を横目にスペルビア兵と話し始める。

 

「それで?あの少女が手配書の…似てないじゃない」

「で…ですよね?」

 

カグツチは手配書とニアを交互に見てそう告げる。…が、その視線がメツの方を向いた時、その動きが一度止まった。

 

「アレは…」

 

カグツチはメツを睨む。

否、正確にその視線を辿ると、その目線はメツの胸元のコアへと向けられていた。対するメツの方は「あ?」と首をかしげるのみ。

 

「パクス警備長。彼らを捕らえなさい。特にあの紫色のコアクリスタルをしたブレイド。あの者は絶対です」

「は?ですが彼は特に…」

「いいから!私も手伝います!」

「了解しました!」

 

カグツチがサーベルを振るう。サーベルに纏われた炎が大きくうねり、囲う炎と合わせて暗い路地を青く照らし出す。

それを合図とばかりにスペルビア兵達も銃を構えなおす。

 

「レックス、アタシはスペルビア兵をやる、だからアンタとメツは」

「オッケー。任せて…行くよ!」

 

レックスの合図に合わせてニアも飛び出す。

スペルビア兵達の銃弾がニアに襲い掛かるが、ビャッコの展開するシールドに阻まれてニアの元へは届かない。

走りながら腰に下げたリングを抜刀。一番近くにいた一人に切りかかる。

 

「このっ!」

「なんのっ!」

 

襲われたスペルビア兵は銃剣を横薙ぎに振るい防御。ニアは新体操の要領で足を開き、強引に体勢を下げて回避。そのまま手を地につけ、地面を押す反動でスペルビア兵の顎を蹴り上げる。

 

「がっ…!?」

 

後ろに倒れるスペルビア兵の身体を踏みつつ着地。そのまま視線を隣のスペルビア兵に向ける。

 

「崩れろ!」

 

得意アーツ「バタフライエッジ」。

衝撃に体制を崩した兵士を間髪入れず蹴っ飛ばす。そのまま次の目標へと視線を移そうとしたところで、こちらへサーベルを振りかぶるカグツチが視界に入る。

 

「させるか!」

「お前の相手は俺達だ」

「くっ!」

 

しかしそのサーベルはニアに届くより前に、横から差し込まれたレックスのモナドに防がれる。

続くメツの連撃をカグツチは後ろに下がって躱す。ニアとカグツチの間に出来たスペースに、レックスとメツが挟まって障害となる。

 

「ありがと!ビャッコ!やるよ!」

 

ニアは別のスペルビア兵を相手にしていたビャッコにリングを投げつける。

リングはビャッコの傍で滞空。武器にため込まれたエーテルエネルギーが、ビャッコの力で解放される。

 

「承知!アクアウェーブ!」

「ぐあああ!?」

 

スペルビア兵達を一気に吹き飛ばす。

その様子を横目に、レックスは目の前のカグツチに向かって突進。振るったモナドの勢いは、二刀のサーベルに殺される

 

「くっ!」

 

サーベルとモナドが鍔ぜり合う。正対するレックスとカグツチの視線が、極至近距離で交差する。

 

「このっ!」

 

サーベル片方を鞭のようにしならせ、うねる炎の壁でレックスを強引に引き離す。

そのままカグツチは後ろへ下がって距離を取ろうとするが、レックスの背後から飛び出したメツが更に追いすがる。黒いエーテルをまとった掌をカグツチは振り払ったのとは別のサーベルで受け止める。

 

「これが天の聖杯…ッ!」

「あ?お前も俺のことを知ってんのか?」

 

そう言いながらメツはもう片方の手にもエーテルをまとわせ振るう、カグツチはそれを、すんでのところで体を捻ってかわす。

 

「…いや、そうか。お前、俺を見て戦闘を開始したな?俺について何を知っている?」

「ふざけてるの!?紫色のコアクリスタル…私を覚えてないとは言わせないわよ!?」

「俺がお前を…?」

「メツ!」

 

レックスの呼び掛けでメツは横から迫る炎に気付く。

それは壁として最初に展開された炎だ。ただの炎と違い、エーテルエネルギーを纏ったそれはブレイドにとって自在の武器となる。

 

「チィッ!」

 

咄嗟に後方へ飛ぶ。肩が炎に掠るが、構うことなく強引に突破する。

勢いに任せて飛んだため、受け身を取れず地面に倒れ込んだメツにレックスが駆け寄る。

 

「大丈夫!?」

「ああ問題ねえ。小僧。あのゴリラほどじゃないが、強いぞ」

「分かってる。せめてニアと…そうだ!」

 

レックスはメツに耳打ちし、モナドを構える。

メツもそれに小さく頷き、再度拳を構えなおす。

 

「ニア!」

 

レックスの呼びかけにニアがレックスの方を振り向き…

 

 

 

 

『なあメツ、モナドのアーツを発動するときに光るあれ、なんなんだ?』

 

焚火を囲っての食事中、レックスはモナドの柄のコアクリスタルの部分を指さしながらメツに尋ねた。

その部分はモナドの刃を展開した時、透明なプレートが露出する部分だった。普通に振るっている時は透明なだけだが、アーツを振るう時、そこには複雑な模様が浮かび上がるのだ。

 

『知らねぇよ。文字かなんかだろ』

『文字?こんな文字知らないけどなぁ』

『古代文字とか?てかどんなだっけ』

 

横で魚をかじっていたニアが混ざってくる。

 

『アーツごとに出てくる模様違うよね?』

『そうだな…モナドバスターの時は"(こんな)"、モナドサイクロンの時は"(こんな)"、モナドジェイルの時は"(こんな)"だ』

 

メツは言いながら地面に図を描いた。

細部は異なるような気もしたが、メツの描いたそれは確かにレックスの記憶にあるものと一致していた。

 

『うーん…見たことあるような。ないような?』

『で、それがどうしたんだ』

『ああ、いや…』

 

レックスはニアとメツを見てニッと笑う。

 

『これさ、敵に気付かれない合図として使えないかな?』

『中々知恵が回るじゃねえか小僧』

 

 

 

 

レックスはモナドのプレートをニアの方へ向ける。

ニアはそのプレートの模様を見て強く頷いた。

 

「わかった!ビャッコ!」

 

言葉と同時に飛び上がるニア。そのまま姿勢を低くしていたビャッコに着地。ニアを乗せたビャッコは、敵の間を縫って、近くの配管にしがみつく。

その間にレックスの手でモナドへエーテルが充填され、プレートには"轟"の模様が強く浮かび上がる。

 

「行くぞ!モナドサイクロン!」

 

闇のエーテルを纏った暴風が周囲に吹き荒れる。

先ほど縄張りバルバロッサから逃げる時に使った時とは逆に、自分たち吹き飛ばさないようにエーテルをコントロール。しがみついていたビャッコは風に耐え、唐突な竜巻に対応できなかった周囲のスペルビア兵は瓦礫のように吹き飛んでいく。

 

「うぉおおおおお!!!」

「くぅううう!!」

 

唯一エーテルの流れに感づいたらしきカグツチは、近くの木材にサーベルを巻き付けその場にとどまった。

風がやんだタイミングで、カグツチはサーベルを杖代わりに立ち上がろうとする。が、その眼前にモナドの刃が突きつけられる。

 

「これで二体一だ」

 

レックスとニアに見下ろされるカグツチ。

視線を周囲に送るが、確かに周囲にスペルビア兵の姿は見えない。おそらく炎の壁を超えて遠くに飛ばされている。

 

「諦めな女。俺について話すなら悪いようには…」

 

メツが歩み寄りながら手にエーテルを纏う。

カグツチは膝立ちのまま静止しながらメツを見上げ

 

「いえ、まだよ」

 

言葉と同時に手を挙げる。

 

「小僧!」

 

メツは叫びと同時にレックスにタックルをかます。

倒れ込むレックスの視界に、黄色い何かの塊が飛び込んでくる。

先ほどまでレックスが立っていた所に着弾したそれは、光る網のようなもの。メツに押し倒されていなければおそらくそれに包まれていたのはレックスだ。

 

「くっ!なんだよコレ!」

「ニア!?ビャッコ!?」

 

立ち上がりながら横からの声に視線を向ける。

ニアとビャッコは間に合わなかったらしい。目の前に広がった網と同じもので簀巻きにされている二人が目に入る。

 

「今助け…」

「小僧避けろ!」

 

ニアに駆け寄ろうとするが、メツの言葉に即座に反応し後ろに飛ぶ。

レックスの目の前をまた先ほどの網が着弾する。

 

「くっ…上か!」

 

網が投射された方向、それは近隣民家の屋根の上。

見ると、大砲のようなものを構えたスペルビア兵が数名立っている。おそらく今吹き飛ばした奴らとは別部隊。その構えられた砲門がレックスたちの方へと向けられている。

 

「それはエーテル遮断ネット。ブレイドとドライバーに有効な兵器の一つよ…これで形勢逆転ね?」

 

いつの間にか立ち上がっていたカグツチが余裕たっぷりに告げる。

周囲を囲む炎の勢いが増し、屋上のその砲門すら見えなくなる。

 

「…小僧!」

「くそっ!どうすれば…」

(サイクロンで飛ぶ?いや、エーテルを溜めてる間に掴まる…炎を無理やり突破…どれだけ炎が広がってるかわからないから危なすぎる…)

 

レックスは思考を繰り返すが、どれも解決策にならない。

そして何もできぬまま、その首筋に冷たい感触が走る。カグツチのサーベルが付きつけられていた。

 

「諦めなさい。別にあなたをどうこうしたりは」

「今だも!」

 

が、その時だった。ヒューンという飛来音が戦場に通る。

カグツチが何事かと視線を上げた次の瞬間、その頭上で爆発が起こる。

 

「な!?」

 

爆発が近隣住宅に走っていた水道配管をぶち破る。

勢いよくあふれ出た水がカグツチを襲う。同様に周囲の炎にも水が襲い掛かり、その勢いが急速に弱まっていく。エーテルの力を持つ特殊な炎とはいえ、炎である以上ある程度物理法則に従ってしまう。

鎮火の勢いで水蒸気が激しく上がり、カグツチの視界が一瞬で白く染め上がる。

 

「なにが…」

「小僧!今だ!」

「ッ!わかった!」

 

唐突な状況の変化に唖然としたレックスだったが、メツの言葉に即座に我に返る。ニアの元へ駆け寄り、モナドの刃を網に立てる。

 

「今助けて…くそっ!切れない!」

 

エーテル遮断ネットの名は伊達ではないらしい。メツのモナドの刃は網に刺さることなく表面を滑る。

モナドを置き、今度は手で引きちぎってみようとするが、捕獲用の網が頑丈でないはずはなかった。

 

「…ダメだレックス…アタシはいいから!」

「いいわけないだろ!みんなで逃げ…」

「楽園に行くんだろ!?こんな所で捕まるのかよ!」

「…ッ!」

 

ニアの言葉にレックスは歯を食いしばる。

水蒸気でできた靄はすでに晴れてきており、レックスの耳には多くの足音が聞こえてきていた。おそらくモナドサイクロンで吹き飛ばした兵士たちが戻ってきている。

 

「アタシ、レックスの口から楽園の感想が聞きたいんだ」

「…わかった」

 

顔をゆがめながら、レックスは立ち上がる。

そのままメツの方を振り向き、カグツチ達が来た方向とは逆方向に駆け出す。

ニアの姿が見えなくなる直前、レックスは一度振り向いて叫ぶ。

 

「必ず助ける!待ってろよ!」

「…ッ!わかった!!」

 

レックスの叫びに同じくらいの叫びで答える。それと同時に先ほどとは違う爆音が響く。

メツが地面にエーテルを叩きつけた音だ。晴れかけていた水蒸気を吹き飛ばすほどの勢いで粉塵が激しく舞い上がり、それが再びレックスの姿を隠す。

 

「アナタたちは屋根伝い!そっちは別ルートで先回りを!」

 

砂煙の向こうからカグツチが兵士たちに指示する声が聞こえる。

 

「…頼んだよ。レックス」

 

ニアは先の叫びを思い出し、少し笑って目を閉じた。


続く



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04『トラ』

 

 

「小僧!どこに逃げる!?雲海にでも飛び込むか!?」

 

メツが上げた粉塵に紛れ、レックス達は路地裏の奥へ走り出す。

しかし後方からの追手とは別の足音が周囲から聞こえてくる。おそらくメインの通りから回りこんできている追手と屋根伝いに走ってくる追手の足音だ。

 

「いや、この近くに隠れれるような崖はなかったはずだ!」

 

レックスは道の端から見える雲海を横目に考える。

トリゴの街は雲海に接するように作られた港町。大きな岸壁に沿って作られているため、グーラに流れ着いた時のような下層と呼べる場所は近くに存在しない。

 

「ならこのまま反対か!?」

「…そうなんだけど…ッ!」

 

走りながら少し上を走る道を見上げる。

グーラの東側は雲海面に少し飛び出た桟橋の階層構造になっている。レックス達が走っているのはその最下層。

そしてその階層構造を更に東に進んだ先。そこには自然だらけで長閑なトリゴの街には似つかわしくない、大きな鉄壁が立っていた。

 

「この先にはスペルビアの軍港がある!向こうからも追手が来てるかもしれない!」

「ハサミうちじゃねえかクソッ!」

 

走りながらレックスは必死に逃げ道を考える。

ここでつかまってしまえばニアを助け出す手段がなくなってしまう。しかしレックスはこのトリゴの街に詳しいわけではない。ここに住むスペルビアの駐屯兵をかいくぐって逃げ続けるのはどう考えても無謀だった。

 

「やっぱ雲海に飛び込むしかないか…?」

「こっちだも!」

 

覚悟して雲海の方をのぞき込んだその時、近くの壁から声が聞こえた。

視線をやるが、そこにあったのは何の変哲もない壁。

 

「急ぐも!気づかれるも!」

 

だが、その壁がギィと音を立てて開く。

空いた壁…扉の先には誰もいなかった。

 

「どうしたも!?こっちだも!」

 

否、声は足元から聞こえていた。

扉を開けたのはレックスの股下ほどの高さの丸っこい生物。ノポン人だ。

ジーンズでできたオーバーオールを着たノポンの少年が扉の奥で手招きをしていた。

 

「誰だか知らないけどありがとう!」

 

急いで扉をくぐるレックスとメツ。扉を閉め、しばらくその場で息をひそめる。

少しして複数の足音が聞こえてきたが、その足音は壁の裏を通り過ぎて遠くへと向かっていった。

 

「助かった…のかな」

「ああ。間一髪だったみたいだがな」

 

大きなため息をつき、レックスとメツは腰を下ろす。

その目の前で扉を開けたノポン人は「よかったもー!」と小躍りをする。

 

「ホント助かったよ、えーっと…名前は?」

「トラだも!奥でお話するも!」

 

トラと名乗ったノポンは跳ねるように壁とは反対に伸びた通路を進んでいった。

 

 

 

 

トラが案内した先は、リビングのような小部屋だった。

家具はどれもノポンサイズでヒトが使うにはちょっと小さかったが、流石に文句を言える立場ではなかった。

とりあえずトラが「どうぞどうぞも」と勧めた椅子に腰かける。

 

「改めてありがとうトラ。俺はレックス。こっちのはメツで、こっちはじっちゃん」

「よろしくなんだも!」

「もしかして…あの水道管の爆発もキミが?」

「そうだも!試作型ジェットカムカムなんだも!凄いも!?」

 

えっへんも!と胸を張るトラ。

レックスの見る限り、トラの体は一般のノポンより若干大きい。張った胸で顔が見えなくなる。

 

「なんでワシらを助けたんじゃ?」

「試作型ジェットカムカムを試したかったのが一つ、あと威張り散らしたスペルビア兵に立ち向かうのかっこいいと思ったのが一つも!あと…」

「おぬし…ワシらが犯罪者とは思わなかったのか?」

「もも!?犯罪者なのかも!?怖いも!!」

 

じっちゃんがガオーと脅すのを見て、トラは脂汗をかきだす。

あわわわと慌てるその様子に、メツがククと小さく笑う。

 

「ももも。確かによく見ると、そっちのニーチャンは顔が怖いも」

「ああ!?」

 

指をさされたメツがトラに睨みを返す。それに更にトラは震え上がる。

 

「でも、犯罪者だとしても!トラにはやらなきゃなもう一つの理由があるんだも!」

「いや犯罪者じゃないんだけど…理由って?」

「それは…」

 

トラが話そうとしたその時、ぐぅううと大きな音が部屋に響いた。

視線が音の出処に集まる。鳴ったのはレックスの腹の虫だった。

 

「お腹ぐーぐーなのかも?」

「あ、いやえっと…確かにそろそろ夕食の時間か」

 

気まずそうに目を逸らすレックス。

昼食はしっかりと食べていた。しかし、縄張りバルバロッサから逃げたり、スペルビア兵と戦闘したり、そこから全力で走って逃げたり。ここまでかなりのエネルギーを使ってしまったらしい。

笑ってごまかそうとしてみたが、一度認識してしまったためか隠す間もなく腹の虫が再び鳴く。

 

「何かごちそうするも!ご飯を食べながら話した方が楽しいも!」

「え、いやそこまで世話になるわけには」

「もも!しまったも!お客さんにふるまえるような料理スキルがないも!大変も!」

 

レックスの言葉を無視してキッチンへ向かったトラだったが、そこであわあわと慌てだす。

席を立って覗いてみると、確かにそのキッチンにはそこまで使い込まれた形跡はなかった。

 

「どうするもー!さすがに素材そのままはダメも!!」

「…しょうがねえな。俺にまかせな」

 

言葉と共に立ったのは意外な人物だった。

 

「…え、料理できんの?」

 

立ち上がったメツは、キッチンの横に置かれた食材を見まわしてから首を鳴らす。

その様子にトラは横でももー!と喜んでいたが、レックスはその姿をいぶかしむ。

 

「ふっ…まあ見てな」

 

しかし、レックスの不安とは裏腹にメツは自信ありげに笑う。

 

「楽しみだも―!」

「大丈夫かな…」

 

 

 

 

「おら。出来たぞ」

「これ何…?」

 

待つこと暫く。料理を終えたメツが出来上がったものを机に運んできた。

しかし、運ばれてきたのはただ一品。机の上にドンと置かれた鍋一つ。

 

「何って鍋だろ。ほかのなんかに見えんのか」

「いやそれはわかるんだけど」

 

レックスは恐る恐る鍋の中身をのぞき込む。

そこに入っていたのは統一性の無い野菜や肉、処理も適当に放り込まれたと思われる食材、そもそも香り付け等に使用するための食材、そして食材なのか?と疑われるような素材類、エトセトラエトセトラ…。

とにかくありったけ入れてみたみたいな鍋だった。

 

「これ料理なの!?」

「料理も料理。超料理さ!」

 

大げさに両腕を掲げ、高らかに宣言するメツ。

そのまま机から離れるように歩きながら声を上げる。

 

「コイツは、俺の経験と知識と直感と思い付きとひらめき…その他もろもろの判断基準から『コイツは旨い』と判断した食材を惜しげもなく鍋に投下し加熱した究極の鍋…」

 

「名付けて!"闇鍋"だ!!」

 

バッとレックスの方を振り返りながら高らかに料理名を告げる。

トラはももー!っと拍手し、レックスはポカンと口を開ける。そしてじっちゃんはメツから見えないように地面で笑い転げていた。

 

「闇を使った料理ならなんでもござれ…だぜ?」

「えぇ…」

 

 

 

 

 

「美味しい」

「だろ?」

 

実際その鍋は美味しかった。

流石に食えないものを入れてるわけではないのだから食べれるのは最低限間違いなかった。

ただ、このごった煮で美味しいのは奇跡だとレックスは思った。その奇跡が実は本当にメツの直感や経験によるものなのか、あるいは今回偶々上手くいったものなのかは、レックスはとりあえず考えないことにした。

 

「もももー!こんなおいしい料理食べるのいつ以来だも!?助けてよかったも―!」

 

トラも感激しながらバクバクと食べている。じっちゃんもうまい!と言いながら食べているが、よく見るとまだ口の端が上がっている。

 

「…で、結局助けた理由って何だったの?」

「もも!そうだったも!」

 

もぐもぐごっきゅんとトラは勢いよく皿の上のものを片付ける。

 

「いや、食べながらでも…」

「ひと段落なんだも!あとであまあまういんなも入れるも!」

 

ポンっとお腹を叩くトラ。レックスの見立てでは、すでにお腹いっぱいのレックスの1.5倍は食べていたように見える。

 

「理由はさっき言った二つと、あともう二つあるも!」

「結構多いな」

「どっちもじゅーよーなんだも!」

 

そう言ってトラはこほんと咳ばらいを一つ。

そのまま席を立って、レックスの傍へと歩み寄る。

 

「トラを…トラをオトモにしてほしいんだも!」

「オトモ?」

 

予想外の提案にレックスは首をかしげる。

文字通りではなく、ノポンの文化か何かかと考えてみたが、そんな文化は聞いたことなかった。

 

「オトモ…何で?」

「ももも。トラ実はドライバーに憧れてるんだも。特に強くてかっこいいドライバーに憧れてたんだも!スペルビア兵やあの強いブレイド相手に戦うレックスはかっこよかったも!アニキって呼びたいも!」

「かっこいいって…照れるな」

「だから、アニキの下で色々見てみたいんだも!ダメも?」

 

トラはレックスの顔を上目遣いで覗き込んでくる。

ノポンは自分の背丈の小ささと見た目の愛くるしさを武器にして戦っていることがあることをレックスは知っている。

ただそれでも、その視線は幾ばくか純粋なものだと感じた。

 

「ええ!?いや、いいけど…俺、ドライバーなり立てだよ?」

「大丈夫も!トラなんかドライバーでも何でもないも!」

「え?ドライバーじゃないの?」

「違うも。前に試したら三日三晩鼻血が止まらなくなったも!」

「適性か」

 

メツの指摘に「そうだも」とトラは頷く。

ブレイドとの同調には適性が存在する。その仕組みは解明されていないが、全ての人間や生物がドライバーとなれるわけではない。適性のないものが同調を試みると、治療が必要なほどの出血が生じ、最悪死に至る。

だからブレイドを扱えるドライバーというのは貴重な存在なのだ。

 

「だからトラたちはドライバーに憧れて…」

「…それは分かったけど、それでなんでオトモなの?普通に友達でいいじゃないか」

「もも!?いいのかも!?」

「ぜーんぜん!ほら、友達の握手!」

 

そういってレックスは掌をトラに向ける。

トラはそれを暫く見つめた後、自身の小さい手を着ていたジーンズで拭って、強く握る。

 

「よし!これで俺達友達だな!」

「ももも~!!感激なんだも~~!!!!」

 

レックスの腕をぶんぶん振るトラ。少し痛いくらいだったが、本当に嬉しそうなトラの様子をみてレックスの顔も少しほころぶ。

振ること暫く、トラの視線は今度はメツの方へと向けられる。

 

「も、じゃあメツともオトモダチになれるも?」

「ああ?…まあ別にそれでもいいんじゃねえか」

「ホントも!?じゃあオトモダチの握手するも!」

 

キラッキラの目で今度はメツに手を差し出すトラ。

しかしメツが返したのは苦々しい顔。

 

「いや、そういうのは」

「なんでも!?メツもトラと握手するも!」

「おいやめろトラ!」

 

握手しようとメツの手めがけて走るトラに、それから逃げるメツ。

二人が食卓の周りをぐるぐる走りまわる様を見ながら、レックスは闇鍋から大根を一口かじったのだった。

 

 

 

 

「で、最後の一つは?」

 

結局、追いかけっこの勝者はトラとなった。メツが「めんどくせえ」と折れたのだ。

走り回って疲れたのか、そのままメツは床に倒れ込み、トラがその上で嬉しそうにポンポン跳ねる。メツは怒ろうと手を振り上げたが、結局上げた手はそのまま力なく床に落ちていった。

 

「もも、そだったも。これがサイジューヨーなんだも!」

 

トラはそういってメツの上から飛び降りる。

そのまま椅子に座るのかと思ったが、トラが向かった先は食卓とは別方向。

そこにはカーテンで区切られた部屋があった。

 

「これを見て欲しいんだも!」

 

シャーっとトラはそのカーテンを開く。レックスも食卓から立ち上がり、その奥を覗きに行く。

そのカーテンの奥、食卓より一回り小さなその部屋に置かれたものを見て、レックスは眼を丸くした。

 

「こ、これは!?」

「もっふっふ。驚いたも?これこそ、トラ家が三代にわたって開発してきたケッサクなんだも!」

 

えっへん!と自信満々に胸を張るトラ。

レックスに遅れてじっちゃんとメツも同様に部屋のぞき込み、レックスと同じような表情になる。

 

「こりゃすごいのう!」

「驚いたな…」

「で、これが俺達を助けたのとどう関係が?」

 

それを見ながら、レックスが尋ねる。

しかし、中々返事が来ない。どうしたのかと見てみると、ラはちょっと気まずそうな顔をしていた。

 

「もも。実はこれまだ未完成なんだも。いくつかパーツが足りないんだも!」

「珍しいパーツなのか?」

「そんなことはないも。割と一般的なものだも。ただ…」

「ただ?」

 

「お金が、ないんだも」

 

「…なるほど」

 

その言葉を聞いてレックスは苦笑いと共に頷いた。

気持ちがよくわかるのと、この先に言われることの予測がついたからだ。

 

「無理なお願いだとはわかってるも。でもあとホント少しで完成するんだも!それに…完成すればアニキのことも手伝えると思うんだも!だから…」

「わかった!皆まで言うな!」

 

トラが言葉を続けようとしたところを、レックスは掌を見せて制する。

あえて振り向かなかったが、後ろからメツとじっちゃんの視線をレックスは感じた。

 

「おい小僧…」

「分かってる。でも困ってる友達をほっておけない…だろう?」

「アニキ…!」

「金は俺が払う!!」

 

任せろ!とレックスは胸を張る。

…が、その足が若干震えてることをじっちゃんは見逃さなかった。

 

「で、何が必要なんだ?あ、あんまり高かったら俺でも払えないかも…」

「『かんぺき測距センサ』と『ビヨンコネクタ』だも」

「あ、それなら俺もってるぞ!」

 

レックスは腰のポーチから小さな機械片を取り出す。

トラが言った2つの装置、それはこの時期のグーラでサルベージできる機械だった。

実はトリゴの街に来るまでの道中、縄張りバルバロッサにで会う少し前。街についた時に少しでも小遣い稼ぎになればと、サルベージを一回だけ行っていたのだ。

 

「もも!?ホントも!?」

「お金にしようかなって思ってたけど、あげるよ」

「ありがとうもありがとうも!ありがとうもありがとうも!!」

「あんまり繰り返すと逆効果だぞ」

 

パーツを受け取り、レックスの手をもう一度ぶんぶん振り回すトラ。

ひとしきり振った後、パーツをもって部屋の横に備えらた作業机に向かう。

 

「じゃあさっそくトラは準備に取り掛かるも!時間がかかるから二人はもう寝てていいも。あっちのベッドを使うも!」

「わかった。…何から何まで悪いな」

「いいも!なんたって兄貴はオトモ…違った。オトモダチなんだも!」

 

トラは満面の笑みをレックスに向ける。

食卓部屋の横の方に置かれたベッド(客人用なのか、ヒトでも問題なく寝れるサイズだった)で横になると、一日中動き回ったからか、睡魔はすぐにやってきた。

レックスとメツ、じっちゃんが眠りにつくまでの微睡み。その間中奥の部屋から機械音が響いていた。


続く



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05『ハナ』

 

 

「今後のホーシンについて教えて欲しいんだも!」

 

翌日、朝ごはん…というには遅めの時間の食事を食べているとき、トラがレックスにそう聞いてきた。

結局レックス達が起きても暫く弄っていた例のモノはほぼ完成したらしく、「あとは時間を待つんだも!」とのことだった。

 

「方針?」

「そうだも。トラはアレが完成してしまえばもうここにいる意味はないも。むしろアニキについていきたいんだも!だからこの先どうするのかを聞いておきたいも!」

「そういやこの先何するかは言ってなかったな」

「聞いてなかったも!でも何でもついていくも!」

 

トラの危険な発言にレックスは思わず苦笑いを浮かべる。もし自分じゃなくて別の悪いドライバーにあこがれてたらと思うと、トラの将来が非常に心配になった。

 

「うーん。とりあえず直近の目標としてはニアを助けること、かな」

「ニアってあのグーラ人の女の子のことも?」

「うん。知ってたの?」

「見てたも。昨日は戦闘の音で目が覚めて、様子見にいったらアニキたちがスペルビア兵たち相手に無双してて、急いでジェットカムカムを取りに行ったんだも。でも戻ったらもう捕まってたも。ごめんも」

「いやトラが謝る必要はないけど…え、そんな時間に起きたの?夕方だった気がするけど」

「トラはヤコーセーなんだも!」

 

その言葉にレックスはもう一度苦笑い。ノポンは普通に昼行性だ。

 

「となるとニアがどこに捕まってるかだな」

「もも?それなら多分スペルビア軍の駐屯地だと思うも。特にあの巨神獣戦艦が怪しいも!」

「理由は?」

「グーラの拘置所に誰か入ったなら街の噂とかになるはずも。でもさっきお散歩行ったときそんな話は聞かなかったも。だからスペルビアの基地…特に巨神獣戦艦には捕虜を入れとく為の場所があるって噂を聞いたことがあるも!」

「なるほどな。つまり正面から突っ込んでいけばいいわけか」

「いや無理だろ!」

 

自信満々に拳を鳴らすメツに突っ込みを入れるレックス。

メツは「は?」と明確な不満を顔に浮かべた。

 

「何だ小僧俺の力を疑うのか」

「いやそうじゃなくて!流石に数が多いよ。あのネットもあるし。それにスペルビア兵にだってドライバーがいるかもしれない」

 

レックスは昨日の戦闘で立ちふさがったカグツチと呼ばれていた女性を思い出す。

強力な炎を操るブレイドだったが、近くにドライバーらしき姿は見えなかった。あの警備長と呼ばれていた者ともブレイドとドライバーのつながりを示す線、エーテルラインはつながっていなかったのだ。つまり、少なくとも彼女のドライバーがスペルビア兵には存在する。あれほどの実力を持つブレイドを携えたドライバー。おそらく自分など足元にも及ばないほどの強敵だとレックスは推測する。

 

「じゃあ潜入だも!」

「潜入ねえ。策でもあんのか」

「トラに考えがあるも!」

 

 

 

 

「…って作戦だも。どうだも!?」

「どうって…」

「そりゃちっと無理がある気がするわい」

「だよなぁ…」

 

トラの作戦を聞いたレックスたちはお互いの顔を見合わせる。

トラの作戦は確かに出来ないことはない作戦だった。ただそれが成功するかどうかレックスにはわかりかねていた。いや、正直成功する確率はかなり低いような気がした。

 

「もも。じゃあ他に作戦考えるも!」

 

…と、トラがそう言ってから一時間。あれこれ考えてみたものの、結局代案は生まれなかった。

 

「とりあえずそれでやってみるしかないか」

「最悪正面突破すりゃいいしな」

「最悪ね」

 

拳をならすメツの方を見ずにレックスはあいまいにうなづく。

どうしてもメツは戦いたいのか、やたらと正面突破を推してくる。

 

「も!しまったも!一つ大事なことがあったも!」

「?何が?」

「メツの服がないんだも!」

 

メツの方をビシッと指さしてトラがいう。

対するメツは首をかしげていた。確かにトラのいう作戦に服は必要だった。だが

 

「あ?小僧はともかく、俺の服なんて別にいらねえだろうが」

 

少なくとも用意する必要があるのはレックスだけだった。

だがトラはそんなメツの指摘に、ちっちっちと指を振る。

 

「いるんだも!だって敵はメツを見て襲ってきたんだも?なら変装が必要だも!途中で見つかるわけにはいかないも!」

 

トラの指摘にメツはカグツチの言葉を思い出す。

『パクス警備長。彼らを捕らえなさい。特にあの紫色のコアクリスタルをしたブレイド。あの者は絶対です』

『ふざけてるの!?紫色のコアクリスタル…私を覚えてないとは言わせないわよ!?』

確かにカグツチはメツのコアクリスタルを見て戦いを挑んできていた。ほかの兵士達に覚えはなかったようだから周知の事実というわけではないだろうが、おそらく時間の問題だろう。

 

「そうだな。とりあえずこのコアクリスタルは隠さねえと」

「任せるも!トラ、ホムス用の服をいくつか持ってるんだも!」

 

そういってトラは部屋の奥へと走っていく。そこにあったのはノポンサイズの家具ばかりの部屋では珍しいヒトサイズのクローゼットだった。なお、ホムスとはノポン語で"ヒト"を表わすらしい。レックスもノポンだらけのアヴァリティアではたまに"サルベージャーのホムホム"と呼ばれることがある。

クローゼットにもぐりこんだトラが「これでもないこれでもない」とやる事しばらく。突然クローゼットから一枚の服がメツの方へと飛んでくる。

 

「それだも!」

「これは…」

 

クローゼットから顔を出したトラの目の前で、メツは広げた服を自分にあてがう。その服は

 

「これはグーラ女子にに大人気な可愛いケモミミポンチョなんだも!」

「着れるかこんなもん!」

 

即座に地面に叩きつけられた。

 

「もも!?何でも!?可愛くておしゃれだも!?」

「可愛さなんざいらねえだろ!てか女子に人気ってなんだ!?」

「そもそもサイズがあってなかったかな。メツ大きいし」

「なるほどサイズだも…ならこれだも!」

 

ポンチョをそそくさと回収したトラが再度クローゼットを漁る。

そしてまたクローゼットから服が一枚メツのもとへ。同じようにあてがわれたその服は

 

「高身長でも着れる!むしろ高身長にお勧めなバニーガール!なんだも!」

「頭イカれてんのかトラァ!」

 

再び地面に叩きつけられた。

 

「何でも!?それならメツでも着れるも!」

「こいつは胸元隠れてねえじゃねえか!」

「そこ!?」

「もも!隠すってのを失念してたも!なら…」

 

再びクローゼットを漁りだす。すでにレックスは苦笑いで、メツは嫌そうな顔。

そして三度服が投げ渡される。もはやメツは自身にあてがうこともなく、目の前で広げ

 

「フリフリがとっても可愛いメイドさんなんだも!しかも高身長対応verなんだも!」

「トラァアアアア!!!!」

 

ついに堪忍袋の緒が切れたメツは、鬼の形相でトラへと迫る。

 

「ももももも!?!??!!?なんでも!?なんでも!?」

 

トラは必死に逃げ、食卓の周りをぐるぐる回る。昨日の鬼ごっこの反対バージョンだ。

それをみて笑いながら、レックスは散らかった服を片づける。それらをクローゼットにしまいながら、レックスに一つ疑問が生まれた。

ホムス用のクローゼット、そこにしまってあるのは勿論ホムス用の衣服だ。今メツに渡したもの以外にもまだいくつも服が収められている。

ノポンにこれらの服は必要ないはずだ。

 

「なあトラ。なんでこんな服持ってるんだ?」

「もぉ!?」

 

レックスの発言にトラがビクン!と跳ねる。そしてその隙を逃さなかったメツは、トラを掴み上げて脇に手を差し込む。

 

「喰らえ!モナド"(くすぐり)"!」

「もも!ももももっ!や、止めるもメ、メツ!!!悪気はなかったんだも!」

「余計にタチが悪いじゃねえか!」

「えっと…それでこの服は」

「そ、それは…き、きっと前に住んでた!ヒトのものなんだっも!!そうだもっ!きっと!そうにち、違いないも!」

「ホントかー?」

 

疑うようにトラを見るレックス。しかしどう見ても、メツにくすぐられているトラの表情は笑いでしかない。

 

「ほ、ホントっ!なんだっも!もももーー!!」

 

 

 

 

『てきとうな布を被ってローブみたいにすりゃいいじゃねえか』

 

結局、メツの変装についてはメツのその言葉で解決した。

トラをメツがひとしきり笑わせてから暫く。再びカーテンで仕切られた部屋の奥に引っ込んでいたトラから『時間だも!』と、開発中のものが完成間近なことが告げられた。

 

「こっちきてほしいも!」

 

昨日の残りをつつきながらゆっくりしていたレックスは、待ってましたとばかりに勢いよく立ち上がる。

カーテンで区切られた部屋に入ると、トラは開発中のものとは違う機械をピコピコと弄っていた。聞いたところによると"プログラム"というらしい。

 

「おお、ついに…」

 

レックスは目の前の機械を見る。

レックスとメツ、そしてじっちゃんが興味津々で見ていたもの。トラが開発していた機械。

それは機械で出来た"女の子"だった。

 


『人工ブレイドなんだも!』

 

トラはうなだれた少女を指さして高らかに告げた。

しかし聞き慣れない言葉にレックスは首を傾げる。

 

『ジンコーブレイド?』

『そうだも!人工ブレイドなんだも!』

『それって、まさか…』

『文字通り人工のブレイドなんだも!トラが最終調整してるんだも!』

『すごいじゃないか!!』

 

トラの説明でレックスはようやく理解し、改めて大きく驚いた。

ブレイドという存在にについては、未だによくわかっていない部分が多々ある。その起源や同調の意味等。むしろわかっていないことの方が多いとまで言える。

だがそんな中でもわかっている大原則。ブレイドはコアクリスタルに触れた人との同調によって生まれ、同調した人と供に一時の生を終える。それは絶対のルールだった。

そのブレイドを0から作る。それはこのアルストで誰も成しえていない大偉業に違いなかった。

 

『大したもんじゃのう!トラが全部作ったのか!?』

『いや、設計開発をしたのはトラのとーちゃんとじーちゃんだも。トラはちょこっと手伝ったのと最終調整くらいだも』

 

"とーちゃんとじーちゃん"のところで少し暗い表情をするトラ。それ見てレックスはなんとなく事情を理解した。トラは多分長い間ここに一人なのだ。

 

『それでもすごいよ!!アルストに誇る大偉業だ!!』

『ももも!そう言われると、すっごい照れるも!!えっへんも!!』


 

「見た目は昨日と変わってないな」

「それはそうだも。アニキにもらったのは内部のパーツなんだも…できたも!」

 

暫くピコピコと機械を弄ってたトラはが、突然万歳。どうやら作業がすべて完了したらしい。

そのまま跳ねるようにして人工ブレイドの前まで行き、人工ブレイドから伸びたケーブルにつながったレバーを握る。

 

「もっふっふ…ついに、親子三代の夢がついにかなうも!人工ブレイドが目を覚ますも!」

「あ、トラ、名前!名前はなんかあるのか?」

 

レックスの声にトラはきょとんとした表情で振り返る。

言葉にされるまでもなく、"今の今まで考えもしなかった"と顔に書いてあった。

 

「名前…も?」

「あった方がいいんじゃないか?いつまでも"人工ブレイド"じゃさすがに呼びづらいよ」

「もも確かにそうだも!名前名前…よし、決めたも!」

 

先ほどの機械をポチポチと弄り直してから、再度トラはレバーを握る。その手に少し力が入る。

 

 

「いくも…目覚めろも!人工ブレイド"ハナ"!!!」

 

 

ガチャっとレバーが倒れる。瞬間、バリバリと世界を割るような轟音が響く。

何事かと周囲を確認しようとしたレックスの視界が真っ暗になる。

 

「雷…停電か!?」

「トラ!?」

「大丈夫だも!これを待ってたんだも!」

 

トラの言葉に次ぐように、電気が復旧し明かりが灯る。

再び明るくなったレックスたちの目の前、機械仕掛けの少女が少しずつ動き出す。

 

「おお、これは…」

「ハ、ハナ?」

 

そして人工ブレイド、ハナは目を開き

 

 

「おはよーございます!ご主人さまっ彡☆」

 

キラッ☆っとあざとく可愛いポーズをばっちりキメた。

 

 

「もも!?」

 

予想外のポーズにレックスはあんぐりと口を開け、メツはフフっと笑い、じっちゃんはちょっと嬉しそうな笑顔になった。

 

「どーしました?ご主人さまぁ?ハナにぃ…なにかやって欲しいことはありませんか?彡☆」

 

可愛い…を通り越してちょっとあざとさが強いしぐさと声色でトラに尋ねてくるハナ。

レックスはその中々の趣味嗜好を感じる動きを見て、先の疑問を確信に変える。

 

「トラ、やっぱりさっきの服は」

「ももも!ち、違うも!えっと、あ、そうだも!き、きっとセンゾーじーちゃんのプログラムが入ったまんまだったんだも!そうに違いないも!入れなおすも!」

 

トラは一旦レバーを上げ直し、またピコピコと機械を弄りだす。

ハナはまた眠るようにうなだれた。

 

「別にアレでもいいと思うがのう」

「ダメだも!あのプログラムは戦闘用じゃないからブレイドとしてはダメダメなんだも!…あとトラがいろいろ大変なことになってやっぱり戦闘どころじゃなくなるも!」

 

暫くピコピコした後、再びトラはレバーを握る。

 

「こ、今度こそ大丈夫も!め、目覚めるも、ハナ―!!」

 

ガチャっとレバーを倒した瞬間、再度落雷。同じように停電から復旧を挟んで、ハナが再び覚醒する。

 

「ハ、ハナ?」

「おはようございますも、ご主人」

 

トラに対して無表情で挨拶をする少女がそこにいた。

 

「やったも!大成功なんだも!」

「やったなトラ!」

 

成功を喜び、レックスとハイタッチ。

トラはそのままメツの方にも手を伸ばす。メツは最初は嫌がるそぶりを見せたが、少しして片手をトラに向ける。トラはその手を思いっきり叩いた。

 

「ご主人、この人たちは誰ですも?」

 

レックス達に視線を送って、ハナは首をかしげる。

無表情ではあるが、言葉やしぐさにはあどけない可愛さがあった。

 

「も!紹介するも!トラのオトモダチのレックスのアニキ、メツ、じっちゃんなんだも!」

「よろしくなハナ!」

 

レックスの返事を聞いて、一歩前に踏み出すハナ。そのままゆっくりと腰を折る。

 

「人工ブレイドのハナですも。これからどうぞよろしくお願いいたしますも」

 

 

 

 

「さて。君には聞きたいことがいくつかあるのだが」

 

目の前に立つスペルビアの軍服を着た人間が、ニアに話しかける。

その軍服は兵士が着ているようなものではなく、各所に装飾が施された儀礼的なものだった。その装飾は誰が見ても一目でかなり上位の軍人なのだろうと見て取れた。

見た目は男のようであったが、その声色や所々のしぐさは微妙にずれている。多分女性なのだろうとニアは理解する。隣にはカグツチが控えていた。

 

「イーラのこと?ハッ!なら残念だったね!アタシは雑用。なんも知らないよ」

「ははっ。これは確かに聞いた通り骨が折れそうだ。だが、私が聞きたいのはそこじゃない」

 

軍服の言葉に眉根をひそめるニア。イーラのことを以外でスペルビアの人間が自分に聞きたいことの心当たりがない。

だから一体目の前の人間が何をしに来たのかわからない…と考えを巡らせつつカグツチを見たことで一つのことが思い当たる。カグツチはメツを狙って攻撃していた。

 

「まさか」

「ふむ。きっとそのまさかさ。君が行動を共にしてた二人。特に紫のコアクリスタルを持つ者…天の聖杯について聞きたいことがある」

 

そういって軍服はニアの前に立つ。

ごてごてと着込んでいるはずなのに、その動きに一切の乱れも隙も見られない。

 

「知っていることを話してくれれば君を悪いようには扱わな…」

「シャー!」

 

ニアは近づいてきた軍服に文字通り牙をむく。

だが、襲い掛かろうとした体は後ろからスペルビア兵に押さえつけられ、そのまま地面に倒れ込む。

 

「メレフ様ッ!」

 

メレフと呼ばれた軍服は噛みつかれる直前に後ろに避けていた。

メレフは嚙まれそうになった手を払いながら、大丈夫とカグツチを制す。

 

「こちらも、一筋縄ではいかなそうだな。独房に入れておけ」

「ハッ!」

 

ニアはスペルビア兵に連れられて部屋を出る。その視線はずっとメレフに向けたままだった。

 

 

 

 

トリゴの街の東に位置するスペルビア軍駐屯地は、その敷地を夕日に照らされて、オレンジ色に染まっていた。

その領地と、トリゴの街の敷地との区切りをわかりやすくするかのように置かれた巨大な塀と大きな扉。そこに向かって荷車を押すスペルビア兵が近づいていた。荷車の上には大きな木の箱が置かれている。

荷車を押すスペルビア兵はそのまま門をくぐり、軍港に停泊していた巨神獣戦艦の入り口の方を目指す。軍港と船を結ぶ桟橋を渡り、そのまま船の格納庫へ進んでいく

 

「おい」

 

…途中で、船の入り口に立っていた男に呼び止められる。荷車を押す兵士は声に驚いたのか、一瞬びくっと体が跳ねる。

 

「な、なんでしょうか…」

「この時間に荷物の搬入の知らせはなかったはずだが」

 

そう言って男が近づいてきた。手には紙束が握られており、その束と手元の時計で視線を交互させていた。おそらくそこに搬入物資の目録でも書いてあるのだろう。

 

「中身はなんだ」

「あ、えっと…そ、そこの畑から大きなノポポダイコンが取れたのでおすそ分けに…ともらったのであります。中身を確認いたしまするか…?」

「…?ああ、確認しよう」

 

不思議な言葉遣いがちょっと引っ掛かったが、ここスペルビア軍駐屯地にはグーラ出身の者も多い。その中にはちょっと不思議な訛りをしたものもいる。つまりそんなこと一々気にしていたらきりがないのだった。それよりも今はまず、箱の中身を確認するのが優先だった。

荷車の方へ回り箱を開けてみると、確かに箱いっぱいにノポンダイコンが敷き詰められていた。

 

「ほほう。これは確かに凄い大きさだな。特にこの一番下に埋まってるのなんか、普通のノポンより大きいじゃないか!」

「ですよね…ははは」

 

ノポポダイコンは見た目がノポンに似てることからそう名付けられた野菜だ。特にこのトリゴ産は大きさのみならず、その味も非常に旨いと兵士間でも評判の一品だった。

時折このように駐屯地に持ち込まれることもある。そこまで気に留めることでもないだろうと見張りの男は判断した。

 

「これだけ大きければ味も良かろう。引き留めてすまなかったな。調理場にでも置いておいてくれ」

「ハッ!で、ではこれにて失礼します!」

 

そう言って一礼した兵士は、そそくさと荷車を押して船の中に入っていった。

 

 

 

 

荷車を押した兵士はそのまま格納庫を奥へと進み、置かれた巨大な機械の陰に入り込む。

そして周りに誰もいないことを確認してから、大きなため息とともに、被ったヘルメットを脱ぐ。

 

「はぁ、バレたかと思った」

 

スペルビアの軍服に身を包んだレックスは、ヘルメットを床に置いて機械の段差に腰掛ける。

そのまま荷車の箱に手をかけてふたを開ける。するとノポポダイコンかき分けて顔をのぞかせていたトラと目が合った。

 

「どうだも?上手くいったも?」

「いやギリギリだったよ。所属とか聞かれたら終わってた…」

 

トラが提案したには、変装による潜入作戦だった。

 

『アニキはスペルビア兵に、トラはノポポダイコンに変装するんだも!』

『俺がスペルビア兵に?』

『そうだも!前にゴミ捨て場を漁ってた時にスペルビア兵の服を見つけたんだも!』

 

そう言ってトラがクローゼットから取り出したそれは、少し汚れていたが確かにスペルビア兵の服だった。

少しオーバーサイズ気味だったが、そのあたりはベルトでごまかすことで見た目だけはスペルビア兵になったレックス。『ノポポダイコン差し入れられてるのは前に見てるし、あそこの兵士は結構雑だから行けるも!』とのことだったが、うまくいくかは正直半信半疑…いや、二信八疑といえるくらいだった。

 

「とりあえず作戦は成功なんだも!あとはメツとハナとじっちゃんを待つだけだも!」

「そうだね。大丈夫かな…」

 

 

 

 

「とうちゃーくですも」

「トラの技術…すごいもんだな」

 

レックス達が巨神獣戦艦の格納庫についたちょうどそのころ。別行動をとっていたハナとメツ、そしてじっちゃんもまたレックスたちとは別ルートで巨神獣戦艦に侵入していた。

三人が降り立ったのは、軍港と隣接する面の反対側。物見の為に取り付けられたと思われる軍艦壁面の細い足場だった。ハナがメツの手を握り、トリゴの街の岸壁から回り込むようにしてここまで飛んできたのだった。

 

「まさか飛べるなんてな…」

「ご主人は最高の人工ブレイド技師なんですも。ハナはそんじょそこらのブレイドとは違うのですも。ゴンザレスだって余裕で運べますも」

 

えっへんと胸を張るハナ。この辺はトラに似てるなとメツは少し笑う。

 

「さて、ここから侵入しないとだが…」

「こっちに扉があるぞ」

 

ハナと一緒に飛んできていたじっちゃんが、少し先から声をかける。

見ると確かに中に続く扉があった。

 

「よし。そこから潜入するぞ」

「りょーかいですも…も」

 

ハナは扉に手をかけて開こうとするが、その動きが止まる。

 

「どうした?」

「扉に鍵がかかってますも」

 

「貸してみろ」とハナに代わってメツがノブを回してみようとするが、ガンと何かに遮られてノブが止まる。

見るとノブの下に小さく鍵穴らしきものがあったが、もちろん鍵はないし、メツに鍵開けの技能なんてない。

 

「ハナ、鍵を開けたりは」

「できませんも」

「そうか。となると」

 

あたりを見渡してみるが、どうやら入り口はそこくらいしかなさそうだった。

仕方ねえと再び扉の方に目を向けると、ハナがぐるぐると腕を回していた。

 

「仕方ないからハナの怪力で壊してやりますもー」

「おい、待てハナ!」

 

扉を思いっきり殴ろうとするハナの拳をメツが止める。

ピタッと拳を止めたハナは、そのまま視線をメツの方へと向ける。無表情ながら、きょとんとした表情はメツに疑問を投げかけていた。

 

「も?どうしてですも?」

「俺達はこれから潜入するんだ。バレない方がいい。殴ってぶっ壊しちまったら、大きな音が鳴っちまうだろ」

「その通りですも。モーテンでしたも」

 

なるほど。とハナは手を打つ。

ただそのままメツの方へと視線を向けたまま首をかしげる

 

「でもだったらどうしますも?窓ぶち破りますも?」

「いやそれもダメだろ。ちょっとどいてな」

 

ハナを脇に避けさせ、扉の前に立つメツ。

手に黒いエーテルをまとわせ、そのままノブに手をかける。すると、闇のエーテルに触れた部分が溶けるように消滅する。

つっかえのなくなった扉は、そのまま小さくギィ…と音を立てて開く。

 

「ほら。これで音もなく侵入できる」

「なるほどですも。流石ですも」

「ハッ。ほら行くぞ」

 

少し笑って、扉をくぐるメツ。ハナとじっちゃんもそれに続く。

幸い、扉の先には兵士の姿はなく、潜入としては100点の開始だった。

 

「よし、小僧たちと合流するぞ」

「スニーキングミッション開始ですも」


続く



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06『潜入』

 

 

「小僧待たせたな」

 

レックスとトラが巨神獣戦艦に潜入して数十分。予定より遅れていた相棒の到着に「様子を見に行くか」と思い始めたちょうどその頃。突然レックスの背後から件の相棒の声がした。

 

「メツ!大丈夫だった?」

「ああ何とかな…どっこいしょ」

 

メツは小脇に抱えていたハナを傍におろし、レックスの横にあった箱に腰掛ける。

被っていたフードを脱ぎながら大きなため息をつくその姿は、レックスが想定してた以上に疲弊している様子だった。

 

「どうしたの?まさか戦闘が」

「いや、そういうわけじゃ」

「ハナ!どうだったも?ちゃんと出来たも?」

「もちろんですも。ハナはご主人の命令をきちんとこなしましたも」

 

レックスとメツの会話の横でハナの各部を点検しながらトラが話しかける。

言葉とともにえっへんと胸を張るハナ。トラはそれをもももー!と喜び跳ねる。

 

「…実際どういう風に来たの?」

 

レックスは気になってメツに尋ねてみるが、メツはうなだれたまま答えず、代わりに大きなため息を一つ。

そんなメツの様子を見て、やれやれと首を振りながら言葉を返したのは、メツの後ろから飛んできたじっちゃんだった。

 

「ワシが『迷い込んだプリチー巨神獣』を装って注意をひいてる内に進んできたんじゃ。スペルビア兵もワシの可愛さに魅了されとったわい!…女の子がいなかったのは残念じゃがの」

 

その場面を想像してレックスは「ハハハ…」と乾いた笑いを返す。

確かにじっちゃんの今の見た目は"黙っていれば"可愛い部類に入るだろう。それに凶暴なモンスターならまだしも、このサイズの生物ならば、スペルビア兵も『なんだろう?迷い込んだのかな?』と積極的な排除には動かないに違いない。

しかしそうなると必然、あのむさくるしい鎧を着こんだ兵士数名に囲まれるわけで…じっちゃんもあまりいい気持ちはしないだろう。

 

「なるほどね…ん?でもならなんでこんなメツは疲れてんの?」

「それは…」

「ハナどうやってスニーキングミッションしてきたも?」

 

じっちゃんが言葉を継ぐ前に、横のトラの声が耳に入ってくる。

見ると、ハナは更に対して小さく頷きながら淡々と報告していた。

 

「スペルビア兵に見つかりそうになったら『その辺にある人工ブレイド』のふりをしましたも。その置物っぷり、ご主人にも見て欲しかったですも」

「もも!流石ハナなんだも!」

 

その会話を聞いてレックスは苦笑い。じっちゃんも同じ表情をしており、メツについてはもう一つ大きなため息をついた。

レックスはメツの耳元に近づき、ハナとトラに聞こえないように尋ねる。

 

「…で、実際は?」

「道のど真ん中で立ち止まりやがったから…」

 

「見つからねえように俺が運んだ」

 

 

 

 

「こっちだ」

 

メツとハナの案内で巨神獣船内部を進む。

レックスとの合流前にある程度艦内の兵士の配置も確認してきたのだろう。数名、見回りの兵士を見た程度で、大きな騒ぎを起こすこともなく奥へと進んでいく。

 

「ここには独房として使うところが二か所あるらしくてな。とりあえずわかってるのはこっちだ」

「ハナが聞いた情報ですも」

 

ハナが顔の横に伸びた尖ったパーツを指さす。人間で言えばちょうど耳の部分だ。おそらくそこが聴覚センサーなのだろう。

曰く、船内のマップを頭の中に作るのと同時に、聴覚センサーで色々と兵士の会話から情報を仕入れてきたらしい。ハナの高機能さにレックスは舌を巻く。

 

「ハナは凄いなぁ。色んなブレイドの能力が使えるのか」

「もふふ!こんなもんじゃないも?ハナにはまだ新しい機能の追加予定が…」

「ついたぞ」

 

トラが言い終わる前に、メツが言葉を挟む。

メツの指さす先は、奥に扉がいくつも並んだ廊下。ただそこに繋がる道に、二人の兵士が立っていた。おそらく見張りだろう。

トラができる限り見えないように様子をうかがいながら、小声でメツに声をかける。

 

「もも…どうするも?」

「ここはハナのスニーキングスキルの出番ですも」

「…じいさん」

「仕方ないの」

 

歩き出したハナをメツが制し、その間にじっちゃんが兵士たちの前に出る。

じっちゃんは兵士たちの目の前をふわーっと通り過ぎ、「なんだなんだ」と兵士達の視線がそちらに奪われる。

その隙にレックスは距離を詰め、視線を外した兵士の後頭部に向かって刃の無いモナドを振り下ろす。

 

「がっ!?」

「どうし…な、なんだお前ら!?」

「もっ」

「ぐえーっ」

 

音に気付いてふりむいたもう一人の顔にハナの拳が直撃。叫びと供にずさーっと床を滑っていた兵士にレックスは「ご愁傷様」と手を合わせる。

レックスはそのまま周りに人がいないことを確認し、並んだ扉をどんどん開けていく。そして4つ目の扉に手を掛けるが、その扉はいくら引っ張っても開かなかった。

 

「鍵…メツ!」

「あいよ」

 

レックスの呼ぶ声に、メツはエーテル片手に近寄ってくる。

侵入した時と同じようにドアノブごととかそうと振りかぶったところで、メツは「めんどくせえな」と小さくつぶやく。

握っていた拳を開き、掌にエーテルを広く纏う。そしてその掌を扉に向けて振り下ろす。闇のエーテルの軌跡がドロリと蝋のように溶けていく。

そのまま何度も扉を削る。やがて、扉の真ん中に人一人通れるほどの穴が開く。

 

「ニア!ビャッコ!」

「む、その声…レックス殿!!」

 

穴から中を覗き込むと、中にはビャッコが臨戦態勢を取っていた。突然目の前で削れ出した扉に警戒していたのだろう。

 

「助けに来た!…ニアは!?」

 

レックスは穴の中を覗き込むが、その狭い部屋の中にはビャッコの姿しかなかった。

他の部屋かと振り向くが、すでにメツが確認したらしく、レックスに向かって小さく首を振った。

 

「お嬢様は私とは別の場所に…む、そちらの方々は?」

 

穴からのぞき込む別の顔に首をかしげるビャッコ。いつのまにかトラとハナがレックスの横から顔を出していた。

 

「トラとハナ!俺達を手伝ってくれてるんだ」

「トラだも!トラ型ブレイド初めてみるも!…トラとトラで被ってるも!?」

「ハナですも。人工ブレイドですも」

「トラ殿にハナ殿…ジンコー?というのはよくわかりませんが…よろしくお願いいたします」

 

ぺこりと頭を下げるビャッコ。それに習ってハナもお辞儀を返し、トラはももー!と跳ねる。

レックスとトラがビャッコを穴から引っ張り出す。その間メツは周囲を警戒していたが、丁度ビャッコが出てきた辺りで「マズイな」と小さくつぶやいた。

 

「小僧、敵が集まってきてやがる」

 

その言葉にレックスはモナド片手に周囲を見渡す…が、姿は見えない。

どいうこと…と、メツを見上げると、メツはこの独房に繋がる廊下に視線を向けながら耳をトントンと指さした。

 

「応援を呼ばれた…?ハナ、もう一つの独房の場所は!?」

「わかりませんも。ハナのノーナイマッピングはふじゅーぶんですも」

「そっか…蹴散らしながら行くにしてもせめて方向くらいはわからないと…」

「レックス殿。お嬢様の位置は大体わかります。そこまでの敵に対処していただけますか」

「本当!?」

「ええ、私と同調した唯一の方ですから」

 

ビャッコが頷き、レックスもそれに頷きを返す。

案内人であるビャッコを先頭に隊列を組む。ビャッコと話している間に、レックスの耳にもいくつかの足音が届き始めていた。

 

「よし!正面突破だ!」

 

 

 

 

「あーあー…暇だなー」

 

独房の中で、ニアは手と足を放り投げて床に寝っ転がる。

独房にはベッドがあったが、床と対して変わらないほど硬く、なんか変なにおいがしたのでそこで寝るのはあきらめた。

 

「なあ?ビャッ…」

 

隣に視線を向け話しかけるも、そこに相棒がいないことに気付く。

宙に浮いた言葉が消えていくような感覚に軽く笑い、再度視線を天井に向ける。

 

「そういや前にもこんなことあったなぁ…」

 

ニアは言葉を引き金に、過去に思いを馳せる。

 


あの時も捕まったのはグーラだった。同じように兵士に捕らえられて、同じように窓の無い牢屋に放り込まれた。ただ一点違ったのは、あの時は隣にビャッコがいたことだった。最も、あの時は二人ともひどく疲弊していて、まともに話せるような状態ではなかったが。

そしてそんな状態のままほぼ放置されること数日。自分たちの移送が告げられ、移動のための船の牢屋に移された。そしてまもなく出航となった時、外から大きな物音がした。何事かと扉の方に近寄ると、その扉が突然赤く染まった。危険を感じて横に飛んだのと同時に、扉から噴き出した横向きの火柱が、その板切れを後方の壁に吹き飛ばした。

 

『シン!こちらに…あら、可愛らしい子』

 

扉の外に立っていたのは赤い髪をした少女だった。

 

『な、なんだよお前…』

『私はホムラ。あなたと似たようなもの…ですかね?』


 

割と最近のことだったようにも、随分昔のことだったようにも思える記憶。思い出してフフっと笑う。あの時も確かに凄い状況だったが、まさかもっと凄いことに巻き込まれて、また掴まるとは思ってもみなかった。

ゴロンと寝転がり、その時を思い出すように扉を見つめる。耳を澄ますとなにかをぶつけるような音が聞こえてきた。ドタバタと慌ただしい足音に、響き渡る怒号。そうそうあの時もこんな…そして、確かにこんな感じで扉が急に膨らんで…

 

「…は?」

 

自分の思考と目の前の状況の一致に一瞬フリーズ。そして即座に脳の直感が危険を判断して、体を硬いベッドに飛び移らせる。

その体が着地すると同時に、目の前の板切れが今度は黒い柱に吹き飛ばされる。

 

「な、なな…」

「お嬢様ー!!」

 

視界を覆う黒煙の中、飛び出してきたのは白い塊。

先ほど名を呼んだ相棒だった。

 

「ご無事ですかお嬢様!?」

 

ビャッコはニアの姿を確認し、すぐさま駆け寄る。そして即座にエーテルによる治癒を開始しようとするが、ニアはそれを制止する。

 

「大丈夫…ありがと。どうやってここに?」

「ニア!?無事か!?」

 

ビャッコが答えようとする前に、もう一つ声が外から飛び込んでくる。

声の主は扉の外でこちらに背を向け剣を構え、更に奥のスペルビア兵と対峙していた。

 

「レックス殿たちに助けていただいたのです」

「なるほどね」

 

ベットから飛び降り、ビャッコが体に提げていたリングを手に取る。

そのまま扉から飛び出し、レックスの横に迫っていたスペルビア兵を蹴り飛ばす。

 

「ニア!動いて大丈夫なのか?」

 

背中合わせで構えるレックスとニア。話しながらも、襲い掛かってくるスペルビア兵を次々に捌いていく。

 

「そんなヤワにできてないよアタシは!…まったく。"アタシはいい"って言ったのにっ!」

「それなら俺だって"助ける"って言ったじゃないか。それに"わかった"って返事してたじゃないか」

「そ、それはそうだけど!」

 

照れを隠すように叫びつつ、最後のスペルビア兵を切り伏せる。

訪れる一瞬の静寂。念のため周囲を確認し、ニアは武器を腰に掛ける。

 

「…で、これからどうすんの?」

「先ずは脱出だ。トラ!ハナ!」

 

レックスの呼びかけに、奥の角からトラとハナが顔をひょこっとのぞかせる。

 

「アニキ!ニアちゃん大丈夫だったも?」

「うえ!?ノポン人!?あと…女の子?」

「トラだも!」

「ハナですも」

「おい小僧!早くしろ!」

 

トラとハナ、そしてその上からメツが顔をのぞかせる。その頭に更にじっちゃんが乗る。

ニアは一瞬「あ、これが噂に聞くノポンタワー」と思ったが、構成要素の内、ノポンは1人しかいないことに気づく。

 

「脱出ルートは確保した!さっさと脱出するぞ!」

「わかった!行こう、ニア!」

「ああ…って!?」

 

レックスの言葉に頷きと共に返した声が上ずる。その手が突然握られた。

驚きのあまり反応しなかった体が強く引っ張られる。どうやらレックスは無意識らしく、メツの先導する方向だけを見て走り続ける。

 

「…ありがと、レックス」

 

その言葉は前を行く少年に届かせないように、か細く、小さくつぶやいた。


続く



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07『炎』

 

 

襲い掛かるスペルビア兵をいなしつつ、レックス達は格納庫甲板へと向かう。

道中、ニア達を捕らえたエーテル遮断ネットに注意していたが、その心配は杞憂に終わった。

大砲から打ち出す都合、室内では使いづらいのかもしれない。

 

「見えた!出口だ!」

 

数十名のスペルビア兵を倒すこと暫く。レックスたちは自分たちが入ってきた入り口、巨神獣船と軍港をつなぐ桟橋へとたどり着いた。

レックス達が侵入したのは夕方だったが、すでに日は落ち、外の軍港を星空が照らしていた。

桟橋を渡り、軍港を走り抜ける。軍港にしてはやけに人の姿が見えなかったが、焦るレックス達にそれを気にする余裕はない。

 

「よし!門を抜ければ…」

「あぶねえ小僧!」

「!?」

 

メツの声にレックスは足を止める。トリゴの村と、この軍港をつなぐ門をまたぐ一歩手前。

急停止したレックスの目の前で、青い炎が燃え上がる。レックスの背を遥か超え、門のアーチまで届くほどの高い炎。

 

「これはあのブレイドの…ッ!」

「緊急だと来てみれば…なるほど君たちか」

 

炎に包まれた門から、二つの影がレックスたちの方に歩いてきた。

二つの影は、炎の熱さを気にも留めず、悠々とレックスたちの前に立ちふさがる。

一人はトリゴの街でレックス達と戦っていたブレイド、カグツチ。

そしてもう一人は軍服に身を包んだ軍人。ただし、軍服と言ってもスペルビア兵が着ているようなソレではなく、装飾で飾られた一目で上級兵のものだとわかるソレ。

 

「警報内容は脱獄と敵襲だったが…侵入はなかったな。まったく。辺境とはいえ、これは厳しく言わないといけないな」

 

軍人はそう言って小さくため息をつく。だがそんな様子でも微塵も隙を感じない。

経験の少ないレックスですら一目でわかる、強者の佇まい。

 

「今度はドライバーと一緒ってわけか」

 

軍人は腰にサーベルを二本下げていた。

それはトリゴの村で相対した時、カグツチが使っていたサーベル。彼女が手渡した以上、それはつまりその者こそ、真の使い手であるということ。

 

「アイツ、確かメレフって呼ばれてた」

「メレフ!?ということはやはり!」

「ビャッコ知ってんの!?」

「ええ。有名です。スペルビア帝国特別執権官…人呼んで炎の輝公子メレフ!」

 

ビャッコは2人の方を睨み、小さく唸る。

メレフは、その言葉を聞いても特に反応を返すわけでもなく、ただ両の手をサーベルの柄に添える。

 

「特別執権官?」

「帝国最強のドライバーにして、帝国最強のブレイド…スペルビアの宝珠カグツチの使い手」

「最強×最強でチョー最強ってわけか」

 

レックスはモナドを構える。

メレフはそのモナドを一瞥し、視線だけをカグツチに向ける。

 

「なるほど。アレが天の聖杯だな?」

「ええ、後ろに控える大男、アレがメツです」

 

カグツチの言葉に今度はメツの方を睨むメレフ。

二人に視線を向けられ、メツは不機嫌そうな睨み返す。

 

「ああ?お前も俺を知ってるのか?」

「天の聖杯の話は有名だ。昔のことを調べればすぐに名前が出るくらいにはな」

「何だと?」

 

メツの怪訝そうな視線に答えるように、メレフは腰に提げた二本のサーベルを抜く。

その内の一本の切っ先は鋭い視線と共にメツへと向けられる。

 

「かつて世界を混乱に陥れ、その力で3体もの国家巨神獣を雲海に沈めた最強最悪のブレイド。よもや自覚がないとは言うまい?」

「…さてな」

「メツ…」

 

はぐらかすメツだが、視線が正面を向いていない。

メツは無くした記憶を求めているわけじゃない。だがそれでも、目の前に現れる過去の自分の残滓。それに戸惑っていることが、レックスの目には明らかだった。

 

「スペルビア帝国として…否。一人間としてその者の力を野放しにするわけにはいかない」

 

メレフはサーベルを振るう。その刃は鞭のようにしなり、地面に炎を叩きつける。

門を塞ぐ青い炎。それがサーベルを起点にうねりをあげる。

 

「剣を下ろせ少年。そうすれば君には危害を加えないことを約束する」

「…てことは、メツやニアには危害を加えるかもしれないんだな?」

「…レックス」

 

レックスはモナドを握る手に力を込める。

 

「アンタたちはニアの話も聞かずに牢屋に閉じ込めた…そんな奴ら信用できるかっ!」

「…青いな」

 

その言葉を受けて、メレフは小さくフっと笑う。

だがそれも一瞬。走り出したレックス合わせ、その視線が鋭い敵意を帯びる。

 

「ならばその意思、力でもって見せてみろ!」

 

 

 

 

「うぉおおおおお!」

 

レックスはモナドを下段に構え、メレフに向かって飛び込む。

モナドを握る力を強めると、その分だけエネルギーの刀身が伸びる。伸びた刃先が届くギリギリの距離でレックスはモナドを振り上げる。

 

「甘いッ!」

 

メレフは右手に構えたサーベルで、その切っ先を受け止める。

刃と刃の衝突で、メレフとレックスの間に青紫の火花が散る。

 

「このっ!」

「馬鹿野郎!離れろ小僧!」

 

防がれてなお、力任せに押し込もうとするレックスに後方からメツの怒号が飛ぶ。

その声に反応したレックスが後ろに飛ぶ。次の瞬間、メレフが左手に構えたサーベルをしならせ、伸びた刃が後ろに引いたレックスの腕を掠める。

 

「ぐっ!」

 

掠めただけだったが、その刃はレックスの服と肌を切り裂き、そこに青い炎が着火する。

レックスは肌を焼く痛みに危うくモナドを落としかける。下がりながら炎をはたいて消化を試みるも、その間にメレフが距離を詰めてくる。

 

「させないも!」

 

レックスに向けて振りかぶられたサーベルは、間に差し込まれた盾に阻まれる。

ハナに担がれ、そのジェットで飛び込んできたトラが、勢いそのままにサーベルを弾き飛ばす。

トラが扱う武器は盾。トラの体を完全に覆い隠す大きさの丸い盾で、メカメカしい見た目通り、いくつかのギミックが仕込まれているらしい。

 

「ヒーリングハイロー!」

 

いつの間にかレックスの隣まで来ていたビャッコ、そしてそこにまたがったニアが回復エーテルを展開。レックスの炎と痛みが、たちどころに消えていく。

 

「大丈夫か小僧」

「あ…ありがとう…」

 

二人と共に追い付いたメツがレックスを支える。

レックスは、その支える力が、心なしか弱い気がしたが、それを口には出さなかった。

 

「レックス!あたしは後ろから行く!アンタはトラと一緒に正面から!」

「…わかった!」

 

ニアはレックスに指示を出し、ビャッコと共に近くの倉庫らしき建物へと走り出す。

立地的に、倉庫の裏手に伸びる通路が、メレフ達の横へと通じる道となっていると見越しての行動だ。

 

「カグツチ!任せる!」

「了解ですメレフ様!」

 

それを察知したメレフが、サーベルの一本をカグツチへと投げ渡す。

カグツチは走りながらそれを手に取り、ビャッコが道へ入るより早く、その眼前に立ちふさがる。

 

「そこをどけえ!」

 

ニアはビャッコから飛び降り、手にしたリングを振り下ろす。

ビャッコの走っていた勢いも合わせた鋭い一撃。しかし、そのリングがカグツチの肌に刺さるより早く、カグツチはそのリングの中央にサーベルを差し込んだ。

伸びたサーベルが、リングとニアの腕に巻きつき、その体を捕らえる。

 

「な!?」

「飛んでいきなさい!」

 

身動きの取れなくなったニアの体を、カグツチは大きく振りかぶって投げ飛ばす。

その体は、カグツチを挟んだビャッコと反対側の地面に強く叩きつけられ、ガフッと息を吐きだす。

その衝撃に意識がとんだのか、ニアの腕がだらりと力なく垂れる。。

 

「お嬢様!」

 

ビャッコはニアの方に駆け寄ろうとするが、その間にカグツチが立ちはだかる。鞭のようにしなるサーベルがビャッコに次々と襲い掛かる。ビャッコはそれを跳躍でかわしていくが、その飛ぶ方向は完全にニアとは逆方向だ。

カグツチの操る炎は、水を操るブレイドであるビャッコには効きづらく、サーベルの動き自体も躱し続けることはそこまで難しくない。しかし、カグツチの巧みなポジションコントロールは、ビャッコをニアに近づけさせてはくれない。

 

「くっ…ニア!」

「何処を見ている!」

 

ビャッコの方へと振り向いたレックスへ、その一瞬を突いたメレフのサーベルが振り下ろされる。

レックスはそれをなんとかモナドで防ぐが、無理矢理突き出した刃は衝撃を受けきれず、そのまま膝立ちまで押し込まれる。

 

「ぐぅ…」

「そのままだも!」

 

その横から、盾の中央にドリルを展開させたトラがメレフにとびかかる。

メレフはそれを横目に目の前のレックスを蹴り飛ばし、振り向きながらサーベルを振るう。鞭のように伸びた刃が、トラを盾ごと横薙ぎに吹き飛ばす。

 

「ももー!」

「もっ。危ないですも」

 

空中を飛ぶトラをハナがキャッチ。そのまま地面を滑り、地面との衝突は免れるが、再びメレフと距離ができる。

盾役が離れたのを好機と、メレフは蹴り飛ばしたレックスに迫る。しかし、振るったサーベルの前に、紫のエーテルが差し込まれる。

 

「っ!」

 

メレフはそれを直感で危険と判断し、無理矢理体を後退させる。

その間に紫のエーテルを掌に宿したメツが、レックスの横に立つ。

 

「ぐ…強い」

 

レックスは体を起こし、眼前で構えるメレフを見据える。

サーベル一本でレックス達4人を相手取るほどの実力。ビャッコの言っていた帝国最強のドライバーという肩書。それが伊達ではないということが、ほんの少しの時間で実感できた。

 

「でも倒さないと…ッ!」

「見誤るな小僧。俺たちの目的は"撤退"だ」

 

焦るレックスに対してメツが小さく告げる。その言葉にレックスが見上げると、メツは視線を前方にやった。

視線の先はメレフではなく、その後方。未だ青き炎で閉ざされた軍港の門だった。

 

「そのためにはアレを何とかしなきゃならねえ」

「ああ…でもどうやって」

 

門の前にはメレフが常に立ちふさがっている。その上、青い炎の勢いは衰えていない。おそらくカグツチが制御しているのだ。

物理的に閉じられてるわけではない。なので無理矢理突破できる可能性はあるが、炎に焼かれる痛み耐えながら逃げ切れるとは到底思えない。

そもそもその無理矢理すら、目の前の帝国最強がそう簡単に許してくれるとは思えない。

 

「俺に考えがある」

 

そう言ってメツはモナドを握る。モナドのエーテルラインが唸りを上げ、その中央に光る記号が浮かび上がる。

それを見て、レックスは強く頷いた。

 

「…分かった。そのためにはニアを助けないとだな!」

「よくわかってるじゃねえか小僧!」

 

モナドをメツから受け取り、今度はメツとともにニアの方へ向けて走り出す。

 

「させるか…」

「それはこっちのセリフなんだも!」

「くっ!」

 

レックスを追いかけようとするメレフに、トラ特性の小型ミサイル…ロケットカムカムが飛来する。

メレフはそれを地面を転がりながら避けつつ砲弾の来た方向に視界を向けるが、そこにトラの影はない。

急ぎ周囲を見渡し、レックスの傍へハナに抱えられながら降り立つトラの姿を発見する。

 

「くっ…ならば!」

 

メレフは腰から機械を取り出して荒げた声をそちらに向けるが、距離を取っていたレックス達には何を言っているかは届かない。

メレフに背を向けたレックス達は、そのままカグツチと戦うビャッコの加勢に入る。

トラとハナ、そしてメツがカグツチのサーベルを防いでいる間に、レックスはニアの傍へと駆け寄り、その体を抱きかかえる。

 

「ニア!」

「う…うん…」

 

レックスはニアの頬を数回叩く。

もう少し強く…と、力を入れようとしたところでようやくニアの意識が戻り、瞼がゆっくりと開く。

 

「レックス…」

「立てる?」

「…うん。大丈夫」

 

少し赤くなった自分の頬をさすってから、一度パンッと叩く。

周囲に視線を回し、首を横に振るう。

 

「ごめんちょっと寝てたみたいだね…ありがと」

「いいって。…俺が合図したら、あの炎に向かってビャッコの水のアーツを出してくれる?」

 

レックスはモナドで門を指す。

炎で閉じられたその門を一瞥して、ニアは首をかしげながらレックスに視線を戻す。

 

「え?でもあれは水を掛けた程度じゃ…」

「大丈夫。俺とメツを信じて」

 

それだけ言って、レックスはカグツチと戦うトラの元へ走り出す。

少しポカンとしていたニアだったが、もう一度頬を叩いてからレックスに続く。

 

「ビャッコ!」

「お嬢様!」

 

ニアの声にビャッコはいち早く反応し、戦線から少し下がる。

逃がさないように追ってきた炎のサーベルは、トラの盾で遮られる。

 

「ご無事で何よりです」

「あんがと…ビャッコ、必殺技(ワイルドロア―)、あと何回撃てる?」

「は…私はあまり疲弊しておりませんので。いつでも、何回でも」

「流石アタシの相棒!」

 

その言葉と共に、ニアはビャッコの背にまたがる。

その様子を横目にしたカグツチの顔が明らかに焦りが浮かぶ。メツとトラ、そしてハナの猛攻にカグツチは既に防戦一方だった。そこにニアとレックスの参戦。ちらりとレックス達が走ってきた方向…メレフの方を見ようとするが、その視界にメツの曲が飛び込んでくる。

 

「くっ…邪魔を…」

「今だ小僧!」

 

メツが叫ぶ。

レックスはカグツチから少し離れたところで、握ったモナドに力を込める。モナドのエーテルが唸りを上げ、エーテルラインに黒い光が流れ出す。

メツの声から遅れて、その様子に気づいたカグツチは、直感で危険を悟る。

 

「何を…」

「カグツチ!」

 

止めようと動き出そうとしたその時、戦場に自分を呼ぶ声がする。

自らのドライバーが呼ぶ声だ。

 

「ッ!メレフ様!…どきなさい!」

 

一瞬メレフの方を見て、カグツチは即座に思考を切り替える。

伸ばしたサーベルの柄を頭上に上げて、その場で一回転。刃が纏った炎がカグツチの周囲に撒かれ、否応なしにメツ達はカグツチから距離を取らされる。

その隙にカグツチは大きく跳躍。前線から抜け出して、メレフの傍へと急ぐ。

 

「な、逃がすか…」

「小僧そのままだ!」

 

レックスが走りだそうとするが、メツはそれを言葉で制す。

メツはそのまま手で合図を出し、トラとニアを連れてメレフへと走り出す。

エーテルを纏う手を振りかぶるその前で、メレフはカグツチから受け取ったサーベルも合わせた二刀を構え

 

「メツ!上だ!」

 

後方から突如差し込まれる声。

レックスからのその声に、思考よりも早くメツは回避行動をとる。

走っていた方向から斜め後方に飛んだメツの視界に飛び込んできたのは、上空から勢いよく落ちてきた黄色く光る網。

 

「エーテル遮断ネットッ!!」

「まだ来るぞ!」

 

レックスの言葉に、メツはネットの落ちてきた方向を見上げる。

メレフ達が立っている方向とは少しずれた場所に立っている倉庫らしき建物、その上から、十数門の砲口が、メツ達に向けられていた

 

「チィッ!」

 

視認直後発射される黄色い弾丸。弾丸は空中で広がり、メツ達を捕らえんと次々に襲い掛かってくる。

なんとか網をかいくぐっていくメツ達だったが、その絶え間ない攻撃に疲弊したのか、突然メツの足が滑る。

 

「うおっ!?」

「メツ!?」

「させないですも」

 

体勢を崩したメツの頭上に、エーテル遮断ネットが覆いかぶさる。

…が、それがメツの体を覆うその直前、横からジェットで飛び込んできたハナがその体を強く突き飛ばした。

 

「ハナ!」

「先ずは一人!」

 

メツは突き飛ばされた勢いで地面を転がり、その横でハナがネットに包まれる。

そしてその瞬間を好機とみたメレフが、倒れたメツの元へ飛び込んでくる。メツは舌打ちをしながら不格好な体勢でエーテルを纏った拳を突き出し、

 

「フルパワーですもー」

「何!?」

 

その横で、ネットにくるまれていたはずのハナが立ち上がる。

ハナは蒸気を噴き上げながら、全身に力を込める。その膂力に、ネットがギチギチと音を立てながらちぎれ始め、間もなくハナはネットから完全に抜け出した。

目の前の状況に困惑したのか、メレフの動きが一瞬止まる。そしてその隙をメツは逃さなかった。

 

「もらったっ!」

「…ッ!」

 

メツの振りかぶった攻撃を、メレフは寸前で気づいて躱す。

だが今度はメレフが無理な体勢で攻撃を躱すことになった。その崩れたところに、横からハナが突っ込んでくる。

ハナの勢いに押され、メレフの体が地面に叩きつけられる。馬乗りになったハナに抑えらたメレフは、なんとか抜け出そうと試みるが、ハナに押さえつけられた腕はびくともしない。

 

「くっ馬鹿な!エーテルを遮断されながらアレを破るほどの怪力…並みのブレイドでは!」

「残念だったも!ハナはただのブレイドではないんだも!」

「人工ブレイドですも」

「人工ブレイド…!?」

 

困惑するメレフを横目に、メツはレックスを探す。

レックスはメレフが動けなくなったのを見て、既に走り出していた。

 

「うぉおおおおお!」

 

レックスの手には強い輝きを放つモナドが。誰の目に見ても何かしらのエネルギーが溢れているのが明らかなほどに。

しかし、走るレックスの足が向かう先はメレフではなかった。振り返ったメツの横を通り過ぎ、そのままメレフが走って来た道をたどるように、後方でメレフに力を送っていたカグツチの元へ。

 

「くっ!」

 

カグツチは応対しようと構えるが、その手にサーベルはない。確実に仕留めるため、メレフに手渡していたのが裏目に出た。

なんとか青い炎のエーテルを手に纏い、振るわれるモナドを受け止めようとするが、レックスはカグツチの予想より少し遠くで走りを止める。

体を捻る形で構えたモナド、その柄部のプレートには”封”の記号が光り輝く。

 

「モナド(ジェイル)!」

 

レックスがモナドを横薙ぎに振るう。振るわれた刃から、エーテルの斬撃がカグツチに飛来する。

予想していなかった攻撃に、虚を突かれたカグツチ。咄嗟にエーテルのシールドを展開するも、間一髪間に合わず、斬撃をモロに喰らって後ろに大きく後退する。

 

「ぐ…これは!?」

「今だ、ニア!」

「あいよ!ビャッコ!」

「ワイルドロア―!」

 

困惑するカグツチから少し離れたところから、ビャッコが水のエーテルを帯びた波動を、門の炎へ叩き込む。

水のエーテルが炎エーテルの勢いを抑制し、門を覆うほど高く昇っていた炎が、レックス達の腰程度の高さまで弱まる。

 

「く…そんな程度…な!?」

 

カグツチはレックスの方へ眼もくれず、門の方へと手を伸ばす…が、門を覆う炎の勢いが上がることはない。

驚きのあまり手を引き戻し、力を込めるが、そこから炎のエーテルが昇ることはなく、その代わり自らの腕から黒いエーテルがあふれ出してくる。

それは闇のエーテルの力。カグツチのエーテルに栓をするように、力の放出を阻害する封印の呪い。

 

「まさか…ブレイド封鎖!?」

「皆!逃げるぞ!」

 

カグツチ、メレフの双方の動きが止まったそのタイミングで、レックス達は門の方へと走り出す。

メレフ達に当てまいと止んでいたエーテル遮断ネットの雨が、二人の行動不能を見て再びレックス達に降り注ぐが、逃げる為全力で走るレックス達を捕らえることはできない。

そしてついに、軍港の門へとたどり着いたレックスがそこに登っていた炎を飛び越える。低くなった炎は、少し掠る程度でレックスたちの走りを止めることはできない。

続いてメツ、ビャッコ、ニア、トラが軍港を飛び出し、全員の脱出を確認したハナが最後にメレフの高速を解いてジェットで脱出する。

 

「くっ!何をしているのです!追いなさい!」

 

カグツチは門を覆っていた炎を完全に鎮火させ、大砲を抱えていた兵士達に指示を出す。

しかし、既にレックスたちの姿はグーラの草原の方へと消えていた。いくら地の利があると言えど、グーラの草原は広い。スペルビア兵の人海戦術もその広大なフィールドの前にはあまりにも無力だ。

 

「逃げ切ったか…」

 

あけ放たれた門を睨み、メレフは握った拳を地面にたたきつけた。

 

 

 

 

「メレフ様…」

 

膝をついたメレフに、カグツチは声を掛けながら手を差し出す。メレフは「助かる」と一言告げてその手を取る。

ブレイド封印の効果はすで切れたのか、黒いエーテルが溢れる様子は見られなかった。ただ、攻撃が当たった時の衝撃が残っているのか、カグツチはもう片方の手で肌を何度かさすっていた。

 

「大丈夫か?」

「ええなんとか。…逃げられてしまいましたね」

「そうだな」

 

メレフはレックスたちが逃げた草原の方へ視線を向ける。

ちょうど朝日が昇り始めたらしく、夜の闇に黒く染められていた草原が、赤い光に照らし出されている。

 

「天の聖杯。確かに強いブレイドだった。だが…」

「メレフ様?」

 

メレフは先の戦闘、その最後の流れを思い出す。

あの時、レックス達は刺そうと思えばメレフとカグツチにトドメをさせたはずだ。なにせメレフはハナに抑えられて動きが取れず、カグツチは武器もないままエーテル制御能力を封印されたのだ。

勿論、ただでトドメを刺される気などさらさらなかったし、周りに兵士もいた都合、その余裕がなかったとも取れるが、少なくとも暫く追うのが難しいほどの痛手を与えることくらいはできたはずだ。

だが、レックス達はそう行動しなかった。それがメレフの中に一つの困惑を残していた。

 

「どうもお前に聞いたのとは、イメージが違うな」

「そうですね。私もここに書かれたイメージと違って、少々驚いてます」

 

カグツチは腰のポーチから古い本を取り出す。それはカグツチの日記だった。

しかしそれはただの日記ではない。スペルビア帝国の宝珠として代々受け継がれているカグツチ。その代々が書き記し、受け継いで来た記憶の束。

それはつまり過去の歴史を紡いだ歴史書と言っても過言ではない。

そこに記されていたのだ。紫色のコアクリスタルを持つ天の聖杯、メツというブレイドが。

 

「黒き天の聖杯。アレは間違いなくあの男だと思うのですが…あまりにも"弱い"』」

「我々のあずかり知らぬところで何かが起きているようだな」

 

メレフは一つため息をつく。

すでに朝日は昇りきっており、青々とした草原がグーラの広い背に広がっていた。

 

「天の聖杯。野放しにはできない…が、少し慎重に動くべきだろうな」

 

その草原を背にして、メレフは巨神獣船の方へと歩いてった。

 

 

 

 

『この先にアタシが昔使ってた隠れ家がある。そこで休もう』

 

軍港から走り逃げること暫く、息も絶え絶えになったレックス達に、ニアはそう提案した。

夜が明ける頃から逃げ続けていて、今は夕方。トリゴの村から1日走り続けると、グーラの草原はほぼ縦断できるらしい。レックス達の前には、グーラで最初にたどり着いた森が広がっていた。

 

『昔使ってた隠れ家?』

『あ、えっと…昔だよ昔!アタシだってたまには家を抜け出してさ?』

 

そう言って案内された場所は、周囲を高い木々と、岩壁で囲まれた場所。

見つかりづらく、それでいて焚火をする程度の広さはある。更に焚火の煙も木々にさえぎられて目立たないと、休憩を取るには絶好のポイントだった。

 

「ぐぁ!!痛い!痛いってニア!」

「暴れんなよ!これよく効くんだぞ~?」

「いったッ!?わざと強くしてるだろ!?」

 

ニシシと笑いながらニアはレックスの傷口に薬を強く塗り込む。

レックスは少し大げさなくらいの反応を返すが、その反応がニアには面白いらしく、更にぐりぐりと強く塗り込まれる悪循環が生まれていた。

 

「ビャッコのエーテルで治療すればいいじゃないか!」

「ダメダメ。アレは緊急手段。こうやって自然に治した方が治りがいいんだから。ホラホラ男の子なんだから我慢しろ~?」

「なんだよそれ関係な…いたい!」

 

治療という名の刑の執行にぎゃー!っと騒ぐレックスに更にニヤニヤと笑うニア。なお、焚火の横でぐったりと倒れているトラには既に執行済みだ。

そんなこんなで薬を塗り終え、包帯を巻かれたレックスは、そこをさすりながら横になる。90度傾いた視界に、壁にもたれかかっているメツの姿が入ってくる。

その顔を見て、レックスは「おや?」と首をかしげる。平然としている様子だったが、何故だか妙に、顔色が悪いように見えたのだ。

 

「メツ、大丈夫?」

「…大丈夫だ。なんでもねえ」

 

メツは首を振ってそうつぶやく。

言葉にいつもの迫力がないように思えたが…おそらく疲れているのだろう。レックスはそう考えて、「さて!」と体を起こして伸びをする。伸ばした瞬間に傷口が痛んで少しだけ苦笑い。

 

「…っ…よし、次はニアの番だな?」

「え?…いやいいよアタシは。

「…」

「ちょっとレックス?なんか顔がこわい…」

「嫌がるんじゃありません!問答無用―!」

「ちょっ!止め…」

「…あれ?」

 

レックスはニヤニヤ笑いながらニアの袖をまくるが、そこには傷一つない綺麗な肌しかなかった。

カグツチに地面に叩きつけられていたし、そうでなくても戦闘中に擦り傷のいくつかはしててもおかしくないはずだ。いくらニアが露出の少ない服をしていたとしても、その肌はあまりにも綺麗すぎる気がした。

 

「…なんだよ。じろじろ見んなよ」

「え?ああ、ごめん!」

 

ずっと眺められていたのが恥ずかしくなったのだろう、その言葉に顔をあげると、そっぽを向いたニアの顔が真っ赤だった。

レックスが咄嗟に手を放すと、ニアはさっと手を引いて袖で肌を隠してしまう。

 

「あ、えっと…傷!大丈夫だったのか?」

「…うん。アタシは回復ロールのビャッコのドライバーだからね。傷の治りが早いんだよ」

 

そうレックスに話す間、ニアはレックスに背を向けていた。

レックスはニアの話にそういうものなのかと納得する。ブレイドとドライバーの在り方についてレックスは詳しくない。

後ろで聞いていたメツが、胸元をさするニアの様子をじっと見ていた。

 

 

 

 

「ニア、ビャッコ、トラ、ハナ。聞いてくれ」

 

夕食を取り終え、片付けも終わったころ合い。レックスがそう口を開いた。

既に日は落ちていて、辺りを焚火の火だけが照らしていた。

 

「なにさかしこまって」

「どうしたも?も!まさかアニキ…あんなに食べたのに、お腹ぐーぐーなのかも!?」

「ご主人、違いますも。きっと食後のおやつが欲しいんですも」

 

トラとハナの見当違いの言葉にレックスは「ハハ…」と小さく苦笑い。

改めてコホンと咳払いをして、姿勢を正す。

 

「俺とメツは楽園に行く」

 

そう言って、レックスは視線を木々の外へと向ける。

その隙間からはグーラの外に広がる雲海が見え、丁度その雲海の遠くに、星空に照らされた空に伸びた大樹が見える。

世界の中心、世界樹。そのはるか上、夜の闇に消えていったその先に、レックス達の目指す楽園はある。

 

「だからそのためには何でもする」

「…」

「だけど、皆はそんなことする必要ない。今回のことは巻き込んじゃって本当にごめん!」

 

レックスさっと立ち上がって、そのままバッと頭を下げる。

それを見てメツは「何やってんだ」と鼻を鳴らし、ニアとトラは慌てて立ち上がる。

 

「いやいやいや!なんでレックスが頭下げんの!?今回はアタシの所為じゃん!?」

「ももも!トラはアニキについていっただけだも!?アニキが謝る必要ないも!」

「二人とも…」

 

二人の言葉に頭を上げるレックス。

本当に慌てたらしく、二人は汗をかいてあわわとしていた。

 

「でも、この先はもっと危険なこともあるかもしれないからさ。やっぱりここで…」

「もも?てことはアニキが一人だともっと危険だも?」

「へ?」

「さっきの戦い、皆が一緒でも危なかったも!あれ以上ならアニキ死んじゃうかもしれないも!?だったらやっぱりトラとハナがいた方がきっといいも!」

「ハナは勿論ご主人についていきますも。イチレンタクショーですも」

「トラ…ハナ…」

「アンタたち、いいやつだね」

「そうも?」

 

ニアはトラを抱きかかえて、そのまま頭をなでる。トラは「もふー!」と満足げだ。

ひとしきりモフモフとなでててから、ニアはトラを降ろしてうんっと背を伸ばす。

 

「…ならアタシもついていかなきゃ、かな!」

「ニア…?」

「アンタとトラだけじゃ頼りないしね?…それにアタシもイーラに帰れるとは思えないし」

 

ニアは「アハハ…」と自嘲気味に笑う。

レックスはその言葉に「あっ」と気づいて、小さく頭を下げる

 

「ごめん…」

「そんな顔すんなって!元々そんな長いこといたわけじゃないしね」

「そうなのか」

「うん、そう。だから別に帰ってやる義理なんかない…それに、アンタとメツだけだったら、いつかメツがアンタを喰っちゃうかしれないし」

 

ニアはニヤッと口角を吊り上げる。

勿論その笑みを向けた先は少し離れたところに立っていたメツの方。メツは鼻をフンっとならした。

 

「しっかり火を通さねえと腹下すな」

「いや喰うのかよ!?」

 

まさかの乗りボケに鋭い突込み一閃。それを受けて、メツも返すように口角を吊り上げる。

 

「だから…さ!アタシも行くよ。…アタシだって見れるもんなら見てみたいしね、楽園。ビャッコもそれでいいよね?」

「勿論です。私は何があろうともお嬢様についていきますとも」

「…だってさ」

「…ありがとう」

 

レックスはズズッと鼻をすすり、目じりをぬぐう。感謝とともに笑顔を向ける。

そして再び視線を木々の外へ。習うようにニア、ビャッコ、トラ、ハナ、そしてメツも夜闇の先、遥かそびえる世界樹を、そしてその先にある希望を遠く見上げる。

 

「行こう!楽園へ!」

 

風が吹いた。

風はレックス達の焚火の炎を巻き上げて、赤い炎が黒い夜空を彩った。


第2話「ブレイド」-完-



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第3話「戦」
01『蛇』


 

 

日光も届かない暗き雲海の底。そこは生きる命一つすらない、深き闇黒の底。

その暗闇の中を、巨大な塊が泳いでいく。

勿論命ではない。それは巨大な鉄の塊。巨神獣を使わない巨大な船だった。

やがてその船は、その全長より更に巨大な壁の元へとたどり着く。

船が近づくと、その壁は低い音を立てながら横に割れた。幾何学的な断面は、それが人工物であることを物語っていた。

船がその裂け目の中に入っていく。船尾までが壁の中の闇に潜ったところで、壁は再び音と共にその裂け目を閉じていく。閉じた壁の中は船がすっぽりと収まるほどこれまた巨大な空間であった。

扉が閉じたと同時にそこを満たしていた雲海が徐々に引いていき、やがて船の天井部まで覆っていた雲海は船を浮かべる雲海面を構成するに至る。

その船、ニアがレックスに"モノケロス"と伝えた船が、空間内の桟橋にその体を横づけ、中から2人分の人影が降りてくる。

 

「お帰りなさい。シン、ヒカリ」

 

モノケロスから降りてきたシンとヒカリを出迎えたのは、赤い渕のメガネをかけた青い鎧の男だった。男の後ろにはもう一人、蝶のような翼を持った1体のブレイドがふわふわと飛んでいる。

 

「ヨシツネ」

「回収は無事終わったんですか?」

「ええ。この通り」

 

ヨシツネと呼ばれた男の言葉に答えるように、ヒカリは腰に下げた剣を突き出す。

それは白いヒカリの姿とは対照的な、真っ赤な炎のような剣。レックスがサルベージした船で触れた赤い剣だった。

それを突き出すと同時に、ヒカリの姿が剣に呼応するように真っ赤な姿へと変わる。

ヒカリが姿をかえたホムラは、突き出した剣を優しく撫で、再び腰へと戻す。

 

「それは何より。ま、僕の脚本には最初から…」

「書かれてたにゃ?ソレ、何言われても言おうと思ってたにゃ?」

「煩いよカムイ」

 

「チッ」と後ろから茶化してきたブレイド、カムイをにらみつけるヨシツネ。

カムイはにゃははーと笑いながらヨシツネから離れるように飛んでいく。

 

「…ゴホン。とりあえず、これで目的達成ですかね?」

「ええ。これでようやく"あの力"に手が届きます」

「ではこのまま?」

「いえ。その前に一つやらなければならないことがあります」

 

ホムラはヨシツネの言葉に首を振って、自分の手のひらを見つめる。

手のひらに炎が灯る。赤いエーテルの炎。その揺らめきは、色こそ違うが、サルベージ船の上で相対した男が灯した揺らめきによく似ていた。あの紫の揺らめきに。

 

「それは古代船に現れた、あなたに似た反応と何か関係が?」

「ええ。アレは…私と同じ天の聖杯です」

「同じ…つまりメツとかいう?」

 

ヨシツネの問いにホムラが頷く。

少しの間続く無言。ヨシツネはかける言葉に迷い、ホムラは炎を見つめながら何かに思いをはせる。

 

「ヨシツネ。二人は?」

 

意外にも、その間を遮ったのはシンだった。

シンの言葉に「え?」と間の抜けた返事を返したヨシツネは、次いで「ああ」とメガネを指で押し上げる。

 

「サタヒコは"ここ"の整備中。我が妹は例の交渉ですよ」

「サタヒコに今のことは?」

「今の…ホムラと似た反応のことですか?言ってませんけど…言ってきましょうか?」

「…いや。俺から言おう」

 

ヨシツネの言葉にシンは首を振りながらそう答える。

返事の前に少しあった間で何を考えていたのか、シンが付けている仮面の所為でヨシツネにはそれはうかがい知れなかった。

 

「ヨシツネさん。その…メツの居場所ってわかりますか?」

「あ、はい。カムイ!」

「はいにゃー!」

 

ようやく口を開いたホムラに、またしても少し間の抜けた返事を返したヨシツネは、後ろに振り向いて、飛んで行った相棒を呼び寄せる。

ふわ~っと戻って来たカムイは手元に黄色いエーテルの光を集め、それを空中へとばら撒く。

ばら撒かれた黄色の粒子は、空中を漂いながら徐々に集まりだし、やがてそこに四足動物のシルエットが浮かび上がる。

それはグーラの巨神獣のシルエットだった。そしてその背中の上、光の中でひときわ目立つ黒いエーテルの粒子がそこに集まって点滅していた。

 

「特異な反応だったのでもしもの為にマーキングしておきました。今はグーラにいるようですね」

「そうですか。ではそのまま反応を追って下さい」

「行くのか?」

 

黒い点を見つめるホムラにシンが聞く。

ホムラはその黒い点を睨み続け、シンの方へは見向きもしない。

 

「…ええ。まだ余裕はありますから」

「そうか」

 

言葉だけを返したホムラに対し、シンも小さく一言だけを返す。

そのままシンはヨシツネの方へと向き直る。ヨシツネの目に映る瞳は、いつもと変わらない冷たく鋭い視線だった。

 

「ヨシツネ、同行してやれ。モノケロスを使っていい」

「構いませんが…シンは?」

「例の定期船、すでに出ているんだろう?」

「ええ、こちらに」

 

ヨシツネはグーラのシルエットから大きく離れた虚空を指さす。そこには青い光の粒子が数多く集まっていた。

 

「こっちは俺に任せてくれ。そのままテンペランティアの偵察に向かう」

「了解しました」

「…シン」

 

これで話は終わりだとばかりに歩き去ろうとするシンをホムラが呼び止める。

シンは足を止め、振り向くことなく続く言葉を待つ。

 

「なんだ」

「無理はしないでくださいね。ヒカリちゃんもそういってます」

「…分かっている」

 

小さくその言葉だけを返して、シンは桟橋の奥へと歩いて行った。

 

 

 

 

中型の巨神獣が一体すっぽりと収まりそうな広大な空間。その隅の壁で、金髪の男が配線を弄っていた。

男は、あーでもないこーでもないと一心不乱に作業をしていたが、暫くして、自分の方へ近づいてくる足音に気付いた。

いつも自分を呼びに来る"彼女"のことを思い浮かべ、満面の笑みと供に振り向くが、そこに立っていた無表情な仮面を確認して、すぐにその表情から笑顔を消した。

 

「なんだシンか。どうした?ここにお前が見て面白いものはないと思うぜ?」

「サタヒコ、話がある」

 

言葉を返しながら、サタヒコは配線との格闘に手を戻していたが、シンの言葉に手を止める。

シンの言葉は常に冷たい印象を相手に感じさせる。話す言葉すべてが真剣味がを帯びていて、不真面目な話は一つもない。

 

「なんだ?もしかしてメシの話…」

 

それでもサタヒコは茶化すように半笑いの言葉を返す。

それが長い間、シンと供にいたサタヒコなりの彼への気遣いだった。

 

「メツが復活した」

 

その言葉に再びサタヒコの笑みが消えた。

 

「…そうか」

 

サタヒコは小さな言葉一つだけを返して、再び配線を弄りだす。

無言が続く。辺りには外の雲海が波打つ音と、時折配線から走るスパークのバチッという環境音だけが響く。

 

「お前は、追おうとは思わないのか」

 

先に口を開いたのはシンだった。

その言葉に一瞬だけ、サタヒコの手は止まるが、すぐにカチャカチャと音が鳴りだす。シンに背を向けているため、その表情は見えない。

 

「別に。もう500年も前の…いや、こういう言い方は…無いな」

「別にかまわない」

 

サタヒコは「すまない」と後ろ手に頭を下げた。

その背中からちらりと覗いた手をよく見ると、工具を握った手が赤くなっていた。

 

「…まあ一度見てはおきたいかもな」

 

その言葉と共に振り返ったサタヒコの顔には、シンも見慣れたすましたような笑顔が張り付いていた。

 

「今ヒカリとヨシツネに追わせている。…どうする?」

「俺には"こいつ”を仕上げるって役目があるからな。ヒカリが始末した後にでも拝ませてもらいますよ」

 

そう言ってサタヒコは後ろの壁を拳でコツンと叩く。

そしてそのまま、シンと話している間に作業が終わったのか、配線の詰まった壁の蓋をバンっと閉め、サタヒコはシンが来たのとは反対方向に歩き出した。

また別の壁を開け、工具を取り出すサタヒコ。シンはその後ろ姿を暫く見つめていた。

 

 

 

 


『船なら、トラに任せるも!』

 

楽園、並びに世界樹への行き方を考えていたレックス達はグーラからの移動手段を探していた。

その話し合いのさなか、トラが突然そう声高に叫んだ。

 

『任せるも!って、アンタ船持ってるの?』

『持ってないも!』

『じゃあどっかから買うの?』

『そんなお金ないも!そもそもトラたち、グーラに戻ったらきっと捕まるも?』

『じゃあどうすんのさ』

『決まってるも!"借りる"も!』

 

トラに案内されるままに、レックス達が向かったのはグーラの後方。左半身から行けるお尻にある崖だった。

人っ子一人いない辺境の地、そんな場所だったが、トラの案内した先には一軒だけポツンと小屋が立っていた。崖際から雲海にせり出すように作られたその小屋、それはトラの知り合いである巨神獣船技師、ウモンの住む家だった。

 

『ウモンのおっちゃん!船を貸してほしいんだも!』

『もも?船なんてグーラで借りればいいも?なんでこんなとこまで来たも』

『ももも…トラたちお金がないんだも。ウモンのおっちゃん、トーチャンに借金してたも?だからそのよしみで貸して欲しいんだも!』

『もっ!?何でトラお前、そのこと知ってるも!?』


 

「なんか強引じゃなかった?」

「いいじゃねえか。お陰でこうやって借りれたんだしな」

 

そんな紆余曲折を経て、レックス達は小型クジラ巨神獣船をウモンから拝借することができた。

今レックス達がいるのはグーラから遥か離れた雲海の上。見渡す限り巨神獣の姿もない、広い広い雲海のど真ん中だった。

 

「あとどれくらいで着くのー?」

 

床に寝っ転がっているニアが尋ねる。操船担当はレックス、周囲の警戒担当はハナ。それ以外のメンバーは有事の際に備えて休憩兼交代役。

つまるところ、レックスとハナの二人以外はかなり暇を持て余していた。

 

「明日には着くんじゃないか」

「もう2日は移動してるよな…遠くない!?あそこに見えるじゃん!」

「世界樹は大きいからなぁ」

 

そう言って、レックスは前方にそびえる巨大な大樹を見上げる。確かにこうやって見上げてみれば、ニアの言う通りすぐにつきそうに見える。

だが、そこから視線を降ろして雲海面まで目を向ければ、その根にたどり着くまで遥か雲海が横たわっているのが分かる。巨大すぎて、遠近感が狂ってしまうのだ。

レックスは昔聞いた、世界樹をよじ登ったという男の話を思い出す。その時は世界樹近傍に行ったことがなかったこともあり、いつかは自分も…と子供心に思ったことも有った。だが、こうやって見るとにわかには信じがたい話だ。きっと都市伝説か何かなのだろう。

 

「ハナー!周囲はどうだー?」

「視界良好感度良好。異常なしですも。しいて言えばご主人があまあまうぃんなをこっそり食べてるくらいですも」

「もも!?食べてないも!!」

 

さっと腕を後ろに回すトラ。

口元から零れた食べかすが、何よりも雄弁に事実を物語っていた。

 

 

 

 

「おーい。もうすぐ着くぞー」

 

レックスは床で寝ていたニアをゆすって起こす。

ニアはその声に「んあ…」返事を返してから目を覚まし、うーんと伸びをする。

そしてレックスに連れられるまま、船の縁へと足を向ける。

 

「どれどれ…うわでっか!」

 

起き抜けのニアの視界に映った世界樹、それを世界樹と理解するのに、ほんの少し時間がかかった。

なにせ、見上げたニアの視界全てが世界樹だったのだ。視界の端から端まで。下に雲海が見えなければ、自分の眼がおかしくなった可能性の方を疑っただろう。

 

「こ、こんなん登んの!?てか入り口はどこに…」

「近づけばどこかあるだろ」

「レックス、ストップですも」

「っ!」

 

操舵に戻っていたレックスに、ハナの声が届く。

レックスは舵輪横に備え付けられたブレーキレバーを思いっきり引く。唐突な操作に驚いたらしい巨神獣が、ムォーと鳴き声を響かせる。

 

「どうしたハナ!?敵か!?」

「違いますも。少し先の雲海を見て欲しいですも」

「雲海って…うわ!?」

 

ハナの言う通り、ずっと上ばかり見ていた視線を下に向けたレックスは、驚きのあまりその場で後ずさった。

ニアもレックスに続いて雲海を見て「なんだこれ…」と困惑の声を漏らす。

世界樹の根元の雲海、レックス達の巨神獣船から少し先の雲海が、滝のように下に流れ落ちていた。

世界樹の根を囲うように流れ落ちる大瀑布。反対側に渡れるような場所は、少なくともここからは見えない。

そしてその滝の下。流れ落ちる先は深く暗い闇が広がっており、どこに向かって落ちていっているのか全く分からなかった。

 

「なるほど…アーケディアが監視を置かないわけですね。そもそも渡航禁止ではなく、渡航不可だったと」

 

ビャッコの言葉にレックスは頷く。

世界樹はアーケディアによって渡航禁止令が出ている。それはアーケディアの広める教義では世界樹が重要な物と位置されており、侵すべきでない聖地として定められているから…だと、レックスは今まで思っていた。反応を見る限りニアやビャッコもそう思っていたのだろう。

その為、アーケディアの監視などがあるだろうと、レックスはハナに周囲を監視してもらっていた。レックスの後ろでメツがハナに「無駄だったな」と口角を吊り上げる。対するハナは「も」と首をかしげるのみだ。

 

「どうする…これ」

「どうするもこうするもないだろ」

「飛べる巨神獣を借りるってのはできねえのか?」

「あ、そうか。その手が…」

 

メツの提案にレックスは自分の背中に目を向ける。

正確には、そこに背負ったヘルメットの中で一緒に雲海を見下ろしていた小さな巨神獣に対してだ。

 

「なんじゃ。今のワシにお主らを抱えて飛べというのか」

 

レックスの背から飛び出したじっちゃんが「正気か?」と目を開く。

今のじっちゃんのサイズを見て、「レックスを運べる」と思う人間はいないだろう。比較的小柄なトラですら、持ち上げられるかどうか怪しいほどだ。

勿論、レックスにそんな気はさらさらなく、レックスは笑いながら首を振る。

 

「違うよ。実際飛べるのかなって。結構距離ありそうだし」

「なるほどな。ふーむ…どれどれ」

 

パタパタと羽を羽ばたかせながら、じっちゃんは船から離れて世界樹の方へと向かっていく。

レックス達の視界の中で米粒程のサイズになるまで遠くまで行ったじっちゃんは、ふと動きを止めて足元に広がる奈落に視線を向ける。

突如、その体がビクンと跳ね、じっちゃんは大急ぎで船の方へと戻ってくる。

 

「どうしたじっちゃん…」

「戻るんじゃレックス!急げ!」

 

船にたどり着くよりも前にじっちゃんはそう叫ぶ。

いったい何が…とレックスが聞きなおそうとしたその瞬間だった。

巨神獣船がグワンと揺れた。

 

「な…なんだ!?」

 

突然のことに、船にいた全員が転んで尻もちをつく。

レックスは手すりにつかまりながら、船から身を乗り出す。

船が揺れるとしたら巨神獣に何かあったから…と、船を取り付けられた巨神獣を見ようとしてレックスはようやく気付いた。

揺れているのは巨神獣船ではない。それが浮かぶ雲海そのものだ。

 

「何が…」

「急がんか!来るぞ!」

「だから何が!」

 

船に戻ったじっちゃんに声を荒げるが、その質問はすぐに無意味なものとなった。

船がもう一度大きく揺れる。そして今度はその揺れと同時に、レックス達の周囲が暗くなる。

突然の現象に空を見上げるレックス。そしてその光景に思わず「は?」と声が漏れる。

世界樹一色だったその視界。それが紫に変わっていた。

金属の光沢でギラギラの光る紫色の壁。それが空を覆っていた。

 

「な、なんだこれ!?」

「もも!?巨大な蛇だも!」

 

トラは頭上ではなく、世界樹の方を指さす。

トラの言葉に視線を向けると、そこにいたのはトラの言う通り見上げるほど巨大な紫の蛇のような何か。それがレックス達と滝の間に広がった雲海に浮かび上がっていた。

雲海面に現れたそのサイズは国土を担う巨神獣と言われても違和感がないほど。全身が出ているわけでないことも踏まえれば、本当にそれくらいのサイズがあるのだろう。

だが、こんな見た目の国土巨神獣をレックスは知らなかった。蛇型の巨神獣というのは勿論、こんな紫の表皮を持つ巨神獣など、見たことも聞いたこともない。

紫の蛇はこちらに顔を向ける。開いた口には無数の牙が連なっていた。

 

「こりゃあの時の…」

「"サーペント"…っ!?」

 

じっちゃんが小さく呟き、その横でメツがその言葉を口にした。

その単語にメツの方へと振り向くじっちゃん。メツは頭を抑えながら、うめき声をあげている。

 

「お主…今何と…!?」

「に、逃げないと!」

 

じっちゃんがメツに駆け寄るそのそばで、レックスは這いながらなんとか巨神獣船の操舵輪へとたどり着く。

操舵輪を勢いよく回し、巨神獣に急速反転を指示。巨神獣はまたしても突然の指示にムオーと鳴き声を上げながら、即座にその船首を180度反転させる。

 

「また来るも!皆何かに捕まるも!」

 

トラの言葉に見上げてみれば、紫の蛇が遠くで尻尾らしき影を雲海の上に振り上げていた。

そしてトラの予想通り、その尻尾が雲海面へと勢いよく叩きつけられる。激しい音と共に、雲海面が大きく波打ち、その波に揺られて巨神獣船が大きく空へと打ち上げられる。

 

「きゃぁああ!」

「うぉおおお!」

 

皆、なんとか手すりやへりに掴まることはできたが、その衝撃に体そのものが大きく浮かび上がってしまう。

 

「くっ…急げ…!」

 

衝撃音を立てながら、船は雲海に再び着水。巨神獣も自身の命の危機を察したのか、最大船速で世界樹の範囲多方向へ向かいだす。

舵を握りながら、レックスは後ろを振り向いてみるが、紫の蛇はどうやらここちらを追ってくる気はないらしい。ただこちらに顔を向けながら、何度も尻尾を雲海に叩きつけている。

何度も揺れる船。更にその蛇の巨大さ故に、どれだけ経っても逃げれている気がしない。レックスは蛇を「急げ、急げ」と焦るように操舵輪を何度も叩く。

 

「!?レックス!前!前!」

「今度はな…にッ!?」

 

ニアの叫び声に前を見るレックス。向けた視界に映ったその姿を見て、またしても言葉を失う。

レックス達の目の前で、雲海が波打っていた。紫の蛇が起こす波とはまた違う波。その特異な波の現れ方。レックスは何度か見たことがあった。

それは国土級巨神獣が浮上するときに現れる雲海波紋。

 

――オォォォォォォ!

 

遠く響く鳴き声と共に、雲海から巨大な巨神獣が浮上する。

それは後ろの蛇とは相対的な、真っ白で有機的な皮膚を持った、白い鯨。

 

「コイツは…インヴィディア!?」

 

雲海内に沈んで周回する国土巨神獣。

レックスはその姿を見て「しまった」と心の中で舌を打つ。頭の中の地図を照らしてみれば、今インヴィディアの周回軌道はちょうどこの辺りだ。

 

「マズい!アイツ"食べる気"だ!」

 

ニアの目の前で、インヴィディアの巨神獣が巨大な口を開く。

巨神獣の正面すべてを呑まんとするが如く開かれたその口に、周辺の雲海そのものが勢いよ飲み込まれて行き、更に巨神獣の吸う暴風が周囲のものまでもを逃さんとその中へと引きずり込む。

 

「くっそぉおおお!」

 

レックスは再度舵を取る。巨神獣船も自身の生存本能からか、今度は鳴き声も上げず船首を動かす。

レックス達が取った進路は、ちょうど蛇とインヴィディアを結ぶ線に対して直角になる進路。

一瞬とも悠久とも思える脱出劇。何度も襲い掛かる揺れと、暴風の轟音に世界の終わりすら感じたレックス達だったが、ついに巨神獣船はインヴィディアの起こす暴風圏から離脱する。

 

「に、逃げ切っ…た…」

 

直後襲ってきた疲労感に、レックス達はどさりとその場に座り込んだ。

揺れも暴風も収まった静かな雲海を、巨神獣船はその安全を味わうかのようにゆっくりと漂い、

 

その瞬間。紫の蛇の尻尾が、雲海を全力で叩いた。

 

「きゃぁああ!?」

「うぉおお!?」

「もももぉおおお!?」

 

爆発音のような轟音と共に、レックス達の体は船ごと空へと飛びあがる。

安心しきって油断していたのもあるが、空中で巨神獣船がひっくり返るほどの衝撃。レックス達の体は船から大きく投げ出され、せっかく逃げ切ったばかりの暴風圏へと、逆戻りしてしまう。

 

「メツーーーーーーーー!」

「小僧ォーーーーーーー!」

 

暴風に体が操られる中、必死に相棒の名を叫ぶレックス。投げ出されながらも、何とかお互いの手を握り、互いの体にしがみつく。

そしてレックス達は、巨大な白鯨の口の中へと飲み込まれて行った。


続く



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02『大男』

 

 

「く…う…」

 

全身に感じる強い痛みで、レックスは目を覚ました。

しかし、開いたはずの目に光が入ってこない。指で瞼を触ってみるが、間違いなく開いている。

辺り一面の暗闇。その中にレックスは倒れていた。

 

「ここ…は…?」

 

立ち上がりながら、レックスは直前までの記憶をたどる。

グーラから巨神獣船で世界樹を目指し、世界樹の目の前で大穴を発見し、先に行けるか確認してるところで紫の蛇に襲われた。そして必死に逃げた先でインヴィディアが口を開けていて…

と、そこまで思い出したレックスの全身に悪寒が走る。それはつい最近味わった感触。

 

「まさか俺、また死んだ…!?」

 

反射的にほっぺたをつねろうとするが、そもそもそんなことせずとも、全身が酷く痛むことに気付いた。

そもそも死んだとして、果たしてヒトは痛みを感じなくなったりするものなのだろうか。そんなことを考え出して、レックスは勢いよく首を振った。これ以上考えたくない。

 

「と、とりあえず…」

 

手探りで腰のポーチをまさぐり、お目当ての道具を見つけて引っ張り出す。少なくとも装備はそのまま残っているようだ。

手のひらサイズのソレの横についたつまみをひねる。すると、道具の中央から頭上に向けて真っ直ぐ光が伸びる。雲海探索の必需品、小型ライトだ。

伸びた光の先に岩肌らしき影が映る。とりあえず無限に続く暗闇ではないことに、レックスはほっと胸をなでおろす。

 

「よかっ…」

「小僧」

「うわぁっ!?」

 

正面を向いたレックスの視界が、強面の生首で埋まった。

 

「死神!?」

「誰がだ」

 

ガツンと頭上に衝撃。突然のことに、レックスはしりもちをつく。

 

「頭でも打ったか小僧」

「今…今打った…」

 

頭をさすりながら、文句を言う。

目の前にあった生首…もとい、目の前に立っていたのはメツだった。

メツは倒れたレックスには目もくれず、周囲に広がる暗闇を見渡してた。

 

「小僧、ここがどこかわかるか」

「うーん。少なくともメツがいるってことは死後の世界ってわけではなさそうかな」

「ここはインヴィディアの中じゃわい」

 

声のした方向に振り向きつつ、ライトを向ける。声と共にふよふよと飛んできたのはじっちゃんだった。そしてその後ろから続くように、トラとハナ、ニアとビャッコがレックス達の方へと歩いてきた。

その姿を見てレックスは大きく息を吐きだす。

 

「よかった…皆無事だった」

「なんとかね。全身痛いけど」

「トラはこのもふもふがクッションになったんだも!」

 

えっへんも!と胸を張るトラを横目に、レックスはじっちゃんの方へと向き直る。

「それで?」と、じっちゃんに言葉の続きを促す。

 

「文字通りじゃよ。ここは口内じゃな」

 

じっちゃんはレックスの後ろを指さす。

手にしたライトをそちらへ向けると、三角の岩が規則的に並んでいる様子が見えた。なるほど、アレは歯だとレックスは理解する。

 

「へえ…インヴィディアの口の中…まって、口の中だって!?」

 

ニアがうんうんと頷き、そして目を丸くする。

足元を見ながら飛びのくように跳ねると、粘性のある水しぶきが跳ねる。

 

「じゃ、じゃあこのまま消化されるんじゃ…」

「んなこたないわい。巨神獣は食事を必要とせんからの」

「え?そうなの?」

 

じっちゃんは「やれやれ」と首を振る。

そのまま「よいか」と指を立てる姿は、その小さなサイズからは読み取れない年季というものを感じる…ような気がした。

 

「巨神獣の主食は雲海とエーテルじゃ。中型の巨神獣ならともかく、このサイズの巨神獣が他の生き物を飲み込んだところで、消化されたりなどせん」

「そうなんだ…」

「しいて言えば…そうじゃな。お主らがここで死んでしまえば、その体が分解され、土に吸収され、やがて巨神獣の糧であるエーテルになるがの」

「冗談でもやめてくれよ…」

 

レックスはその冗談にあいまいな苦笑いしか返せなかった。なにせ一度死んだ身なのだ。死というものが人より少しだけ身近にある。

 

「ま、じゃから大丈夫じゃろう」

「むしろインヴィディアの街は巨神獣の体内にあると聞きます。ですからこのまま体内を進むのがよろしいかと」

 

ビャッコがそう続ける。

「知ってたのかよ!」とニアが突っかかるが、ビャッコは「ええ、まあ…」とあいまいな返事を返す。もしかしたら、ニアも知っているはずだが、忘れているのかもしれない。

 

「…まあ、いいや。そうなるとその街を目指して…レックスのそれだけじゃちょっと心もとないな」

 

ニアはレックスの手元のライトを指さす。

レックスのライトは光が真っ直ぐ伸びるタイプであり、遠くを照らすのには便利だが、周囲の状況を探るのには適していない。周囲に物が少ない雲海ならばこれが重宝するのだが、辺りに物が散らばる洞窟探索には不向きと言わざるを得ないだろう。

 

「せめてほかに光があればなー」

「となると、ここはハナの出番だも!」

 

えっへん!とトラが胸を張る。そしてそれに続くように、ハナが「もっ」と拳を胸の前で突き合わせる。

 

「ハナの?」

「そうだも!ハナの隠されし1万の機能!その一つを見せる時がきたも!」

「多いな!」

「いくも…ハナ・フラーッシュ!」

「ハナ・フラーッシュ。ですも」

 

掛け声とともにハナが付き合わせた拳をこつんと鳴らす。すると、ハナの両目から一筋ずつ、光が放たれる。

伸びた光はレックスの手元のそれと比べると幾分か弱い光だったが、広角に広がっていることと、両目分の2つの光があるおかげで、レックスの光より周囲の探索がしやすそうなものだった。

 

「おおー!これなら大分いいな」

 

ハナが首を動かすと、光が周囲を照らす。

先の歯らしき岩の反対方向。そちらに光で照らし切らない闇が続いていた。先にまだ洞窟が続いているのだろう。おそらくインヴィディアの食道だろうとレックスは推測する。

「よし」とレックスは頷いて、手にしていたライトを腰のベルトに取り付ける。レックスの装備一式はサルベージャー用のソレなので、こういう拡張性がそのまま探索にも使えるのだ。

 

「もも!アニキもフラッシュだも!」

「ん?ああそうだな…レックスフラーッシュ!…なんてな」

「ブッ!」

 

トラに乗せられて叫んだレックス。

そこに吹き出し笑いの相槌を加えたのは、その横に立っていた大男だった。

 

「…なんだよ」

「クッ…いや…ククッ…レックスフラッシュ…」

「なんでメツは笑ってるんですも?」

「なんでってそりゃあ…ククク…」

「わかったも!きっとメツはアニキの光の弱さに笑ってるんだも!メツはもっとすっごいのが出せるに違いないも!」

「は?」

 

トラの頓珍漢な指摘に笑いを止め、思わず威圧で返してしまうメツ。トラは「怖いも!」とハナの足元に後ずさる。

 

「なるほどですも。レックスの光より強い光…ハナも気になりますも」

「いや、ハナあのな」

「メツフラッシュなんだも!」

「トラお前…」

「いいじゃんか~。出してやれよ~。メツフラッシュ~?」

 

拳を握るメツを、ニアが茶化すように小突く。そしてそんな握った拳も「まあまあ」と半笑いのレックスが解こうとする。

そしてトラの「メツフレッシュも~」という言葉に続く、ニア、ハナ、そしてレックスからの「メツフラッシュ~」コールの波状攻撃。

 

「…チッしゃーねえなあ!」

 

拳をわなわなと震わせていたメツだったが、ついに堪忍袋の緒が切れた。

 

「メツフラッシュ!」

 

その高らかな叫びと共に、胸元のコアクリスタルが強い光を放つ。

 

「光んの!?」

 

それはもう、レックスの腰から出る光など目じゃないほどの強い輝きだった。

予想外の展開に、レックスとニア、ビャッコは空いた口がふさがらず、トラとハナは「すごいも~」と小躍り。そしてメツから見えない位置でじっちゃんは地面で笑い転げる。

 

「先を急ぐぞ」

 

そしてそのまま、メツはインヴィディアの食道の方へと速足で進んでいった。

暫く呆然としていたレックス達だったが、その姿が暗闇に完全に溶け込んだのに気づいて、慌ててその後を追いかけていった。

 

「しかしこれは…負けられないな、ビャッコ?いけ、ビャッコフラッシュ!」

「お嬢様。残念ながら、私のコアクリスタルはあんな風に光ったりしません」

「なんだ。つまんないの」

「お嬢様!?」

 

 

 

 

「お、明るい」

 

食道の中は、暗闇を好むようなヴァンプ系のモンスターや、消化液らしき酸の沼を縄張りとするグロッグ系のモンスターが所々に住んでいた。

それらを避け、時に襲ってくるものを退けながら進むこと暫く。突然レックス達の視界に淡い光が差し込んできた。

食道の洞窟を抜けた先、明るく開けたその空間を照らしているのは、陽光とは違う青白い光だった。その光に照らされ、インヴィディアの体内は幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

「天井が高いも―!」

 

トラの言葉につられて視線を上げてみると、確かに天井は遥か先にあった。

先ほどまでの洞窟の天井がライトの光が届くほどでしかなかったのも相まって、ギャップで余計に高く見える。

 

「あれは背中?」

「ええ、インヴィディアの巨神獣は背中の皮膚が薄くなっていて、そのためにこのような景色になっていると」

「なるほどなー」

 

よく目を凝らしてみれば、この一帯を照らす青白い光、それは天井が光っているのではなく、天井の薄い膜から外の光が透けて見えているようだった。

レックスは周囲を確認して、腰に付けたライトのスイッチを切る。洞窟から先には道が伸びており、なだらかな下り坂になっていた。洞窟なども無いようで、そのまま明るい中を進んでいけそうだった。

 

「おい!誰だお前ら!」

 

と、一歩先を踏み出そうとしたところで、怒鳴り声が響く。

警戒しながら声のした方向へと視線を向ける。声は、レックス達の少し先にある高台から発せられていた。

 

「お前ら、ここじゃ見ない顔だな?」

 

声の主は恰幅のいい大男だった。全身の筋肉が膨れ上がっており、顔や露出した肌に見える傷から戦いに慣れた雰囲気を感じる。格式ばった装備ではなかったことから、レックスは傭兵か何かだろうと瞬時に察する。

また、大男は人型の鳥のような姿をしたブレイドを従えており、更に後方にこちらも傭兵と思わしき男が二人、ブレイドを携えて控えていた。

 

「ふーむ?そうか、さっきの"食事"で飲まれたな?よっとぉ!」

 

そう言いながら大男が高台から飛び降りてくる。残りの二人もそれに続く。

ドシンという地響きと共にレックス達の前に立ちふさがるその姿は、見上げていた時に感じた以上に大柄で威圧的だ。

 

「この時期は世界樹の周りを周回してるから、人は飲まれねえと思ってたが…密航でもしようとしたのか?」

 

向こうは悠々と歩いてくるが、レックス達は警戒を解かない。

武器に手を掛け、相手の一歩に対して、半歩足を引く。

 

「おいおい、そんな怖がらないでくれや。俺達は別に…ん?」

 

手のひらを見せ歩いてきていた男が、レックスの剣を見てその動きを止める。

そしてその視線を今度はレックス達全員に向け、メツのところで止まる。

メツは理解する。その視線は自分に向けられているのではない。自分の"胸元"に向けられていることを。

 

「お前、その色…"天の聖杯"か!」

 

その言葉にレックスはモナドを抜く。

モナドのエーテルラインが唸りを上げ、禍々しく光るエーテルの刃が現れる。

 

「おいおい、まさかこんな小僧がドライバーとはな」

「コイツ!天の聖杯を知ってる!」

「そりゃあ知ってるさ。ドライバーなら一度は聞く伝説。世界を滅ぼした"紫と翠のコアクリスタル"。まさかこんなところでお目にかかれるとは思わなかったがな」

「紫と、翠…」

 

レックスは古代船で相対した少女、ホムラとヒカリを思い出す。

彼女のコアクリスタルは確認していなかったが、ニアが彼女も天の聖杯だと言っていた。ホムラは全身赤くてそんな印象はなかったが、白い服を纏っていたヒカリの方は翠色のエーテルが時折光っていたような気がした。

 

「しかしそうなると、だ。ここをただで通すわけにはいかねえな?」

 

大男は腰から二振りの武器を抜く。それは、青く輝く刃を持った、二振りの鎌。

大男に続くように、控えていた二人も武器を取り、ブレイドと共に臨戦態勢を取る。

 

「ユウ、ズオ。お前らは後ろの二人だ。俺はこの小僧をやる!」

 

 

 

 

「うぉおおおおお!!」

「小僧!?」

 

大男の声を合図に開戦。だが、いの一番に飛び出したのはレックスだった。相手が散開したと同時に接敵。モナドの刃を、正面に立っていた大男に振り下ろす。

しかし、その刃を大男は片手の鎌で掬うように捕らえてみせる。

 

「ッ!」

「ほほう。こいつぁ…」

 

大男は、値踏みするようにモナドを眺めてから、もう片方の手にあった鎌を、今度はモナドの本体に向けて横薙ぎに振るう。

下から掬われていた刃に対し、根本への横からの衝撃。てこの原理でレックスの手元が大きく揺れ、その体はつんのめるようにバランスを崩す。

 

「そうりゃあ!」

 

体勢を崩したところに、今度は男の太い脚が迫る。

レックスはなんとか横に転がって躱そうと試みるが、抜けきらなかった肩に蹴りが直撃し、あらぬ方向へと体は転がっていく。

 

「ぐぁっ!」

「伸縮自在の刃か。重心バランスを崩さず敵から距離を取れるし、間合いを見誤らせることもできる…いい武器じゃねえか。それに…」

 

大男はそう言いながら、自らの鎌の刃を見る。先ほどまで刃こぼれ一つなかった刃が、たった一回の交叉でギザギザに欠けていた。

 

「なるほどな。エーテルに干渉でもしてんのか?まともに斬り合うのは厄介だな」

「レックス!」

「アニキ!」

 

倒れたレックスに、ニアとトラが加勢に向かおうと叫ぶが、その進軍は大男の後ろに控えていた傭兵二人に遮られる。

 

「お前の相手は」

「俺達ッスよ!」

 

巧みな位置取りにより、ニアとトラは向かいたい方向とは反対方向への移動を余儀なくされる。

 

「小僧!」

 

レックスの突進に遅れたメツが、ようやくレックスの傍へと駆け寄りその体を引き起こす。

その間、レックスの前に立っていた大男は、何をするでもなくその様子をじっと眺めていた。

 

「おい小僧…」

「大丈夫わかってる。アイツも強い…」

 

前回相対したメレフは3対1、そして今回は1対1という違いこそあるものの、レックスは目の前の大男に明確な強さを感じとる。

明らかに自分よりも幾段も戦闘慣れした格上。もしかしたらあのメレフと肩を並べるほどの実力者の可能性すらある。

 

「だけど、アイツにメツを渡すわけにはいかない!」

 

そう言ってレックスはメツの手を引いて立ち上がり、モナドに力を籠める。

モナドのエーテルラインが光を帯び、キュイイ…と低い唸りを上げる。

 

「まずは崩す!モナド(サイクロン)!」

 

手元に"轟"の記号が輝き、大男に向けられたモナドの切っ先から暴風が発生する。

正面の大男は、それを見て「ほう」と関心するも、依然余裕は崩さない。

 

「スザク!」

「ケーン!」

 

大男の声と共に、後ろで控えていた鳥のブレイドが飛び出し、大男と暴風の間に割り込む。

スザクと呼ばれたブレイドは暴風を前にしても焦ることなく、いつもの事のようにその翼を振るう。その翼から巨大な竜巻が発生し、モナドの起こした暴風と正面からぶつかる。

ゴゴゴゴゴと風の吹きすさぶ音が辺りに響く。風の勢いそのものはモナドの暴風の方が強く見えた。だが、暴風は竜巻をかき消すには至らず、竜巻によってベクトルが乱され、そのまま散り散りになって霧散してしまう。

 

「なっ…!?」

「闇属性のブレイドだと見たが…中々いい風吹かすじゃねえか」

「ま、オレの風ほどじゃ、ないがな」

「…ッ!うぉおおおお!!!」

 

レックスはその状況に一瞬うろたえる。

が、すぐに気合を入れなおし、再度モナドを構えて突進する。

 

(なら、全力の一撃で防御ごと叩く!)

 

手が赤くなるほど握りしめたモナドに"斬"の記号が浮かび上がる。

一瞬、その手のひらからモナドへ体のエネルギーを吸われるような感覚があった。だが、そんな感覚に付き合っている余裕はレックスにはなかった。

 

「させるかよ!」

 

走るレックスの前に飛び込んできたのは先ほど風を止めたスザクだった。

 

「どけえ!」

 

レックスはモナドを横薙ぎに振るう。

しかし、その薙ぎをスザクは跳躍で避け、飛び込んだそのままの勢いでドロップキックをレックスにかます。

間一髪、レックスは体を後ろに引きながら、横に倒したモナドを引き寄せて、その腹で蹴りを受け止める。

 

「おおっと!」

 

そのままスザクを振り落とそうとレックスはモナドを振るうが、スザクは翼を器用に羽ばたかせて、モナドから離れようとしない。

それどころか、そのまま羽ばたく勢いでモナドごとレックスを引っ張ってその体勢を乱して見せる。

 

「そーらよっ!」

 

スザクは崩れたレックスを引き寄せ、再度蹴り上げようと足を繰り出す。

が、レックスはそれを更に無理な体勢で躱してみせ、むしろその引き寄せられた勢いを利用して、スザクを後ろに放る。

 

「ちぃっ!」

「今だっ!…え?」

 

スザクを引き離し、ようやく本命…と、レックスは正面に立っていた大男の方へと向き直るが、そこに大男の姿はなかった。

 

「こっちだよこっち」

 

どこへ行った…と、辺りを見渡しているレックスに後ろからかけられた声。

振り向くと、そこに立っていたのは鎌を肩にかけた大男。そして、その足元で膝をつくメツの姿があった。

 

「メツ!」

 

即座に走り出すレックスだったが、焦りからか軽く躓いてしまう。

そしてその隙を見逃すまいと、瞬間、頭上から飛来したスザクの足がレックスの首根っこを掴み、その体を地面へと叩きつける。

 

「がぁ!?」

「ぐぁ!小僧!」

 

レックスが叩きつけられると同時に、メツの顔が苦痛にゆがみ、そのまま地面倒れ伏す。

戦闘は決した。戦場に立っているのは大男とスザクの二人。レックスとメツは無様に地面に倒れ込んでいる。

 

「メ、メツ…」

「こんなもんか」

 

鎌を降ろし、大男はレックスの方へと歩み寄る。

レックスはなんとかスザクの足から逃れようとするも、先ほどの攻撃で体力を使い果たしたのか、体にうまく力が入らない。

 

「くそ、こんな、こんなところで…ッ!!」

「こ、ぞう…」

 

大男がレックスの前にしゃがみ込む。

レックスは、そのまま鎌を振り下ろされると身構え、目を瞑る。

 

(畜生!俺にもっと力があれば…ッ!!)

 

 

 

 

「戦い方がなってねえ!!」

「…へ?」

 

レックスに飛んできたのは、刃の鋭い感触ではなく、耳に響く怒号だった。

 

「まったく。武器は悪くねえ、ブレイドも悪くねえってのに、肝心のドライバーがこれじゃ天の聖杯の名が廃るぜ?」

「え?」

 

大男の手に鎌はない。

レックスの上に立っていたスザクも「やれやれ」と一言呟いてから、レックスの上から降りて、大男の横に並ぶ。

 

「ブレイドを信用してねえってのもそうだが、何よりもペース配分がなっちゃいねえな。小僧、ドライバーになったのは最近だな?」

「え?えっと、そう、だけど…」

 

レックスは突然すぎる質問に困惑し、先ほどまで敵対していた相手に素直に答えてしまう。

困惑のままに当たりを見渡してみると、いつの間にか隣で戦っていたはずのニアとトラ、そして2人が相対していた敵もまた武器をおろしていた。

 

「だろうな、まったく。いいか?ブレイドってのはただの"武器供給係"じゃあねえんだぞ」

「レックス!大丈夫!?」

 

大男が話を続けるが、それに割り込むようにニアとトラがレックスの元へと駆け寄ってくる。

ニアがリングから回復エーテルを発動してレックスの傷を癒す。その間、メツの方は同じようにビャッコから治療を受けていた。

 

「これ、どういうこと…?」

「あいつら、アタシ達を試してたんだよ」

「そうなんだも!明らかに手を抜かれてたも!」

「え?」

 

その言葉にレックスは大男の方を見る。

大男は、レックスのその「信じられない」という視線の意図に気づいたのか否か、とにかくニカッと大きな笑顔を見せる。

 

「ま、そういうこった。立てるか?」

 

大男がレックスに手を差し伸べる。

レックスは未だ困惑の表情を浮かべながらも、その大きな手を取った。それは傷とタコだらけの、大きく、分厚く、硬い手だった。

 

「俺の名はヴァンダム。傭兵をやってる」

 

大男はレックスを引き起こすと、もう一度ニカッと笑い、そのまま「こっちに来い」と、ジェスチャーしつつ奥へ歩きだす。

 

「ついて来な俺がドライバーってものを教えてやるぜ」


続く



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