小川が大河に至るまで (しぃ君)
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オリ主紹介と人間関係

 簡易版だよ〜


 プロフィール

 

 名前:柏木(かしわぎ)結花(ゆか)

 性別:女性

 

 外見:肩ほどまで伸びた艶のある黒髪に、藍色の瞳。童顔で、幼く見られがち。身長は157cm、体重は──。スリーサイズは、79・58・80。

 誕生日:1月17日

 

 血液型:A型

 星座:山羊座

 

 好き:クリーク、読書、レース鑑賞、ぬいぐるみ、お酒、洋菓子

 嫌い:雷、お化け、苦いもの(ゴーヤなどなど)

 

 趣味:レース鑑賞、ぬいぐるみ収集

 特技:クレーンゲーム、料理

 

 年齢:22歳→25歳

 肩書き:スーパークリークの専属トレーナー

 両親:父親は教師、母親は栄養管理士

 

『人物像』

 一人称「わたし」。

 誰とでも分け隔てなく交遊できるコミニュケーション能力と、夢に一途で努力家な一面を持つ基本真面目な女性。幼い頃、ウマ娘のレースを観たことで脳を焼かれ、自分がその位置にはなれないことから、走る彼女たちを支えるトレーナーの道を目指すようになる。

 

 

 趣味と顔立ちのせいで幼く見られがちだが、子供の頃から成熟した部分があり、自分の才能を自覚し伸ばす方法を模索することもできた。……が、その分、情緒やら人と関わらなければ育たない部分が育ちきっておらず、恋もしたことがなかった。

 最低限の関わりで、最高の交友関係を作ることも上手く、友達は多くいるが深い中になる者は少ない。

 

 

 ある意味、どこまでも自己中心的で、夢を目標に努力し。大学在学中にトレーナー資格と中央のライセンスを取得する。

 だが、そこからの運はとことん悪く、担当ができず。クリークと出会うまでは、東条ハナトレーナーのサポートやら、スカウトのため模擬レースの観戦が主だった仕事だった。

 

 

 クリークとの出会い、三年後。

 心身ともに成長。根本は変わらないが、努力と才能をフルに発揮し担当との良好な関係を築く……が、お互いに自分の想いを自覚し始め感情のブレーキが壊れ始めていく。

 

 

『人間関係』

 スーパークリーク。

 大切な愛バ。支え合い、URA長距離初代チャンピオンとなる。最初は彼女からの一方通行気味な想いであったが、結花側からも矢印が向き始め、最近は少し暴走気味。

 お互いに現在を大事にしたいと思いつつ、一歩近付きたいと考えて踏みとどまっていたが……

 

 

 年相応なクリークが好きだったり、レースの最中のカッコイイクリークが好きだったり、色々なクリークが好きらしい。

 

 

 オグリ、イナリ、タマ。

 同期組……というよりレースが被る確率が高くライバル的な立ち位置のウマ娘たち。会ったら雑談をしたり、クリークに関する相談や結花に隠れた不調などの報告を貰ったりしている。

 三人からは、いつもニコニコしている人だと思われている……らしい。

 

 

 ナリタタイシン、タイシントレーナー。

 クリークの寮の同室であることから、少なくない頻度て会い意見交換やら併走トレーニングの依頼をしている。

 タイシンとトレーナーの雰囲気だったり、関係に自分たちに近しいものを感じている……らしい。

 




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秋の黄昏に、君と

 初めましての方は初めまして、しぃです。
 今回は全四話から五話くらいの構成でやる予定です。(伸びないとは言ってない)


 トレーナーの朝は早い。今日一日の練習メニューの確認から始まり、朝練、次のレースまでの計画作成や見直し、放課後からは本格的なトレーニング。目まぐるしく一日が過ぎれば、一人トレーナー室で明日の予定を作る。──が、もっとも、これは担当ウマ娘が居ればの話である。

 フリーのトレーナーは、同じくフリーのウマ娘の練習を見たり、模擬レースでスカウトに精を出したり、自分の知識を蓄えるのが主な仕事だ。

 

 

 今年の春から晴れて中央のトレーナーになったわたし──柏木(かしわぎ)結花(ゆか)も、かれこれ半年は変わらない日々を過ごしている。

 

 

「ハナ先輩……昨日でもう振られ続けて三十連敗です。たづなさんからも、そろそろ一人目をって遠回しに言われちゃいましたし……わたし、才能ないんでしょうか?」

 

「泣き言を吐き出せてるだけで及第点よ。そもそも、才能がなかったらここ(トウィンクルシリーズ)に来れないでしょう?」

 

「それは、そうですけど……」

 

「……安心なさい。ただ、あなたと波長が合うウマ娘にまだ会えてないだけ。きっとすぐ現れるわよ、目の前に」

 

 

 そう言って、大学時代のOBとして、わたしをなにかと気にかけてくれてる東条(とうじょう)ハナ先輩は肩を叩いた。グレーのパンツスーツを着こなし、一本にまとめた黒髪とシンプルな白縁メガネが似合うハナ先輩は、まさにクールビューティーという言葉がピッタリな女性である。

 悲しいことに、身長が百六十にも届かないわたしが彼女と同じかっこいいスーツを着ても、全くもって似合う気がしない。

 

 

 いや、今着ている紺のスーツが自分に合っているかと言われれば、何も言えないのだが……考えるだけ無駄だろう。せっかく先輩が励ましてくれたんだし、今日こそはわたしの愛バとなる子を見つけてみせる。

 

 

「わたし、がんばります! ハナ先輩!」

 

「はいはい、がんばりなさい」

 

 

 呆れ混じりに微笑んだハナ先輩に見送られつつ、わたしは昼過ぎの少し空いた食堂をあとにする。木枯らしが吹く秋の季節に、わたしは運命に出会った。

 

 ◇

 

 時間少しギリギリ。何度足を運んだか分からない模擬レース会場は、いつもより多くのトレーナーとウマ娘で賑わっていた。レースがよく観える場所を探してとぼとぼ歩いていると、ちらほら聞こえてくる噂話から今日の賑わいがある一人のウマ娘によるものだとわかってくる。

 名前は……スーパークリーク。わたしも、何度か聞いたことがある名前だった。最近メキメキ力を付け始めてきている期待のホープらしい。

 

 

 そんな子と契約できて、尚且つG1なんて取れた日には、今までの悩みも綺麗サッパリなくなるだろうが現実はそう甘くない。まずは堅実に、一人の担当としっかり向き合うことが大切だ。がんばって勝利をプレゼントできるように、自分と合う子を、勝たせたいと思える子を見つけるべきろう。

 

 

「さて、と。開始まで残り五分かぁ。……今日はどんな子が出るんだろ」

 

 

 今回は8ゲート3レース。今日のために仕上げてきた二十四人のウマ娘がいる。最初のレースの八人は既にゲート前につき、軽くストレッチを行っているところだ。あくまで模擬レースということもあり、そこまでピリついてはいないが、みんな少なからず肩に力が入っている。当たり前だ。このレースがきっかけで、自分のこれからの全てが決まると言っても過言ではないのだから。当然、余計な力が入ってしまう。

 

 

 だと言うのに、一人、一人だけ、ひどく落ち着いたウマ娘が居た。友人に笑いかける余裕があるのか、朗らかな笑顔を浮かべながら、わたしたちがいる客席側に手を振っている。三枠二番……先程貰ったレースの出バ表に書かれている名前は──スーパークリーク。鹿毛の子だ。腰まで届く三つ編みの茶髪は艶を帯び、バ体も他の子より頭一つ抜けており。彼女自身の穏やかな雰囲気とアクアブルーの瞳も相まって、少し大人っぽく見えるが顔付きはまだあどけない幼さを残している。

 

 

 本当に、不思議な子だった。

 

 

「スーパークリーク。大河っていうより、優しい小川みたいだけど……」

 

 

 だというのに、どうしてだろうか。その時のわたしには、彼女があの場にいるメンツに負ける未来が見えなかった。まだまだペーペーの自分に、トレーナーの勘なんてものがあるのかわからないが、本当にそう思えたのだ。

 

 

 そして、スーパークリークに目を奪われてる間に時間は過ぎ去り、選手全員がゲートインを果たした。誰もが好奇と期待の視線を送る中、静かな空気の中でゲートが開かれる音がレース場に響く。

 出遅れた子もいるがほぼ一斉に走り出した彼女たちは、各々が自分の走り易い位置に移動し、機を伺う。区分けするなら、逃げが一人、先行三人、差し三人、追込一人、といったところだろうか。

 

 

 スーパークリークは三番手に位置し、先頭との距離は約3バ身ほど。先行の体制で周囲を確認しつつ自分のペースを維持している。レース距離は1200mの芝。バ場は良好。

 

 

「……スーパークリーク、あなたはどう走るの?」

 

 

 純粋な想いが、あった。

 トレーナーを夢見たあの日。初めて味わった興奮が自分の中で甦ってくる。ずっと必死で忘れていた感覚が、戻ってくる。少し、また少しゴールへの距離が近づき300mを切った瞬間に、レースは動いた。

 三番手を維持していた彼女は、外から追い抜こうとするウマ娘と、内から突き破ろうとするウマ娘、正面を行くウマ娘を見据えながら、その僅かな隙間を縫うように一歩前へと踏み出した。

 

 

 安定したレース運びから見せる、流れるような綺麗な抜け出しで、先頭を走る子との差を埋めていく。三バ身差が二バ身差になり、二バ身差が一バ身差になり、そしてそこから切り裂いたあと──余裕の二バ身差を付けて彼女はゴールした。

 ダメなことかもしれないが、わたしの瞳にはスーパークリークだけが映っており。まだ余力を残しているのか、少し息を整えただけで朗らかな微笑みを魅せる彼女に、わたしは落ちていた。

 

 

 もっと、もっと近くで彼女の走りを見れたら。もっと近くで彼女に走りを教えられたら、そんなに幸せなことはこの世に他にないだろうと思えるくらい、落ちきっていた。

 

 

 けれど、契約できるかどうかはまた別の話。次のレースが始まる前だと言うのに、多くのトレーナーが彼女に駆け寄るのを遠目に眺めながら、わたしはその場から立とうとすらしなかった。

 結果がわかりきった勝負なんて、辛いだけだ。

 惨めに振られるくらいなら、もう少し耐えて、わたしのパートナーを探せばいい。たとえ、スーパークリークとの出会いが運命だとしても、手を取れるかなんて、わからないんだから。

 

 

 なんて、自分に言い聞かせて次のレースを見る。見るだけ。心はずっと彼女に奪われたままで、じっくりと観察することなんてできはしなかった。

 そうしてまた、誰に声をかけることもできず、夕日が照らす時間になる。

 

 

「……はぁ。ハナ先輩に謝らないとなぁ」

 

「落ち込んでるんですか? 私で良ければ、お話し相手になりますよ〜?」

 

 

 ゆったりとした優しい声が妙に心地好くて、重い頭を上げないまま、愚痴るように言葉を漏らした。

 

 

「いやぁ、わたしって、本当にダメなやつでさ。先輩に励まされて、さっきの模擬レースでこの子だ! ってウマ娘を見つけたのに、声すらかけられなかったんだよ……ホント、バカだよね」

 

「……どうして、諦めちゃったんですか?」

 

「だってさ、その子、すっごく人気で引く手あまただったし……。わたし、今年の春にここに来た新人トレーナーで、実績も実力も不確かなのに他のベテランさんたちに勝てるわけないよ。……うん、勝てるわけない。もし勝てたとしても、わたしじゃあの子の才能を活かしてあげられない」

 

「そう、ですか。もし、その子が、あなたみたいなトレーナーさんを望んでも?」

 

「そりゃ、嬉しいけどさ。わたしじゃ役不足だよ……うん」

 

「きっと、そんなことないと思います。レース中に感じた視線の中でも、あなただけが、純粋に……楽しそうに──私の走りを見てました。私はあなたみたいな人と、トレーナーさんと一緒に走っていきたいです!」

 

「……え?」

 

 

 強い意思が込められた言葉に動かされ、声のした方を振り返れば……そこにはスーパークリークが立っていた。先程までとは違い、年相応の少し不安そうな表情でこちらを見つめ、スーツの袖をちょこんと掴んでいる。間違いなく彼女の意思表示だった。

 振り絞った言葉だったのだろう。頭で考えるより心が先に動いて、わたしは彼女の手を取った。

 

 

「トレーナー契約、今からでも間に合うかな?」

 

「あなたが望んでくれるなら、私は応えます」

 

「……本当に?」

 

「本当です。トレーナーさん」

 

「……よ、よし! えっと……その……これからよろしくね、スーパークリーク!」

 

「はい! 二人三脚でがんばっていきましょう♪」

 

 

 夕暮れの模擬レース会場。

 わたしたち以外誰も居ない、そんな場所が──始まりになった。




 次回もお楽しみに!

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わたしたちの二人三脚

 シングレクリークとアプリクリークを足して割った感じのクリークの感覚で書いてる。


 ◇結花◇

 運命の出会いの翌日。契約のゴタゴタはあったが、なんとか昨日の内に面倒な書類の手続きを終え。晴れて、今日からスーパークリークの専属トレーナーとなったわたしは、理事長秘書である駿川(はやかわ)たづなさんに連れられ、今後の活動拠点となるトレーナー室に案内されている。

 たづなさんはなんというか、幅広くなんでもできる人だ。事務処理から掲示板の管理等々、そつなくこなす、緑のスカートスーツとベレー帽が似合う女性。

 

 

 これでスタイルも良いんだから、天は二物を与えずなんて言葉、わたしは信じられない。

 

 

「お待たせしました。ここがトレーナーさんのお部屋になります!」

 

「わぁ……結構広いんですね?」

 

「これからスーパークリークさんと走っていくことで、トレーナーさんの腕が評価されれば次第に契約する子も増えていきますから。そのためですね」

 

「なるほど……」

 

 

 薄々予想はしてたけど、現在進行形で借りてるトレーナー寮より広いのは悲しいものだ。でも、狭いよりはマシだろう。物を置く場所に困らなくて済むし、なにより仮眠用のスペースなんてものを作っても問題ない。……現実に、先輩トレーナーの殆どは初めて契約が取れてから二、三年は、自室よりこの部屋にいる時間が多いという。睡眠時間も、酷い時は一週間で二桁に届くかどうかなんて噂もある。

 

 

 もっとも、好きでトレーナーをやってる人なら愛バのための一徹二徹は当たり前で、そこからウマ娘側に怒られるまでがセットらしい。支え合う関係とは、少し違うかもしれないけど。トレーナーになったからには、今ある全てもこれから学ぶ全てもスーパークリークに教えてあげたい。伸び代は十分にある。生かすも殺すもわたし次第なんだから。

 

 

「──では、説明は以上です。鍵とこの部屋までの地図はスーパークリークさんに渡してありますので安心してください。……なにか、ご質問はありますか?」

 

「大丈夫……だと思います!」

 

「よかったです。それでは、スーパークリークさんと一緒にがんばっていってください! 応援していますね!」

 

「は、はいっ! がんばります!」

 

 

 期待が嬉しかったからか張り切って大声で返事をするわたしに、笑顔で手を振ってたづなさんは去っていく。この前までは、お互いに立場や現状のせいで顔を合わせずらかったが、ようやくそれからも解放されたと思うと心地がいい。申し訳なさは完全にはなくなってないが、それはこれからの問題だ。

 スーパークリークと一緒に描く三年間。その中で、わたしは応え続けなければいけない。手を取ってくれた彼女の思いに。期待してくれた人たちに。ずっと、応え続けなければいけない。

 

 

 苦しいかもしれないが、これはわたしが選んだ道だ。

 転んでも、つまづいても、走りきってみせる。()が生きてる限り。

 

 ◇

 

「……そろそろかな」

 

 

 あらかた部屋の整理も終わり、放課後が近付いてきた頃。わたしは時計をチラチラと確認しながら、学園側から貰ったスーパークリークのデータに目を通していた。脚質から距離適性、体力テストの結果などなどが雑多に纏められたそれは、彼女の才能を如実に表している。

 だが、データ上の彼女は特別すごいウマ娘ではない。秀でている部分はあるが、絶対的強者とは言えない。──しかし、レースを見ればわかる。彼女のレースセンスやスタミナは本物だ。

 

 

 普段から周囲をよく見ているのか、とにかく目がいい。走っている現在の状況を、まるで観客側の視点で見ているように把握し、隙を見つけ出す。もっとも、それはコースの研究でも見つけ出せる点ではあるが、それを可能にするのは豊富なスタミナ故だろう。

 スポーツにおいて体力の低下は、思考力の低下に繋がる。レースという、瞬間瞬間に判断を強いられる場面で、思考力の低下は敗北に直結する。けれど、スーパークリークはそれを起こさなかった。

 

 

 長所であるその二つを確実に伸ばし、活かすのは──中長距離のレース。彼女はステイヤーの素質がある。独学で学んだであろう、ストライド走法もまだまだ磨けば光るダイヤの原石だ。

 この子ならG1だって夢じゃない。

 

 

「──へへ、がんばるぞー!」

 

「はい、がんばりましょう♪」

 

「わっ!? す、スーパークリーク? き、来てたなら声かけてよ……」

 

「すみません。トレーナーさんが真剣に資料を見てましたから、お邪魔になってしまうかな、と」

 

「そ、そっか。……じゃ、じゃあ、改めて自己紹介から始めようか? 昨日は色々ドタバタしてて、お互いのことは話せなかったし」

 

「わかりました〜」

 

 

 そう言って、にこにこと笑みを浮かべるスーパークリークに向かい合うよう、椅子から立ち上がり、わたしの方から簡単な自己紹介をする。

 

 

「わたしの名前は柏木結花。歳は二十二。大学在学中に中央のライセンスを取得して、卒業後にここに来たからまだトレーナー一年生。誕生日は十二月二十五日のクリスマスで、趣味はレース鑑賞と……ぬ、ぬいぐるみ収集、かな」

 

「……ふふっ、だからお部屋にも何個かぬいぐるみが並んでるんですね?」

 

「あはは……まぁね。他に質問とかあったりする?」

 

「じゃあ……お好きなものはなんですか?」

 

「好きなもの、ね。甘い厚焼き玉子とか好きだな。あとは、洋菓子とかも好きだよ」

 

「ふむふむ……」

 

 

 どうしてだろう……何故、メモをとるんだろう。わざわざ記録なんてしなくてもいいのに、優しい子なんだな。人の好みを把握するって、コミュニケーションをとる上でも大事だしね。

 わたしも、軽くスーパークリークのデータを見て、好きなものは把握してるし、お互い様……なのかな。

 

 

 その後、スーパークリーク──いや、クリークからの自己紹介を聞いて、契約初日の重要仕事である測定に移った。受け取ったデータが基本最新版なのは当たり前だが、彼女たち年頃のウマ娘は毎日成長する。数日前のデータから大幅に変わる、なんてことはないが誤差は生じてしまう。

 ハナ先輩曰く、最初の測定データが今後の指標であり、そこから計画を立てていく、らしい。新米トレーナーのわたしにとっても、データとは目に見える結果として可能な限り毎回とるのが、愛バとの関係性向上にも繋がってくるだろう。

 

 

 こうして、最初の一日が終わった。

 わたしと……クリークとの二人三脚の日々が始まった。

 

 ◇スーパークリーク◇

 

 私のトレーナーさんは、優しい人だ。クリークと呼んで欲しい、なんていう私の小さなわがままも流さず聞いてくれる、優しい人。レース場で初めて会ったあの日も、他人に、私に遠慮して契約を諦めてしまう、そんな不器用な人。

 でも、でも、彼女だけが──私の走りを純粋な気持ちで観ていた。打算とか、功績とか関係なく、本当に楽しそうに私の走りを見ていた。

 

 

 その視線がどうしても忘れられなくて、彼女のもとに足を運んで、わがままを吐いた。トレーナーさんだったら、一緒に走れる気がした。トレーナーさんだったら、私の全てを預けてもいいと思った。

 肩ほどまで伸びた艶のある黒髪に映える紺のスーツを着た彼女は、愛らしくて、それでいて綺麗で目が離せない。私より少し小さくて、それでも心は大きくて。向けられた藍色の瞳とキリッとしているようであどけない表情が、同性だと言うのに心奪われる。

 

 

 多分、一目惚れだった。

 この人がいいと、この人じゃないと嫌だが合わさって、私を動かしたんだ。

 

 

 プレゼントしたい。初めてのパートナーとなる私が、初めての勝利を彼女に渡したい。隣を歩いていくあなたに、置いていかれないようにがんばるから、どうかどうか──私と共に走ってください。あなたの夢を叶えさせてください。期待に応えさせてください。

 私は、トレーナーさんに喜んでもらえるだけで、十分幸せなんです。

 




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思い合い、メイクデビュー

 オリトレーナーの容姿をピクルーで作ろうか検討中。
 オリトレ設定はまとめられる時にまとめて置いておきます。


 ◇結花◇

 契約から時間が流れ、春。半年近くの準備を終えて、今日がデビュー戦となった。──正直、昨日からまともに寝れてない。クリークを信じてはいるし、やれることはやったと理解しているけど、心配は拭えない。これが、このレースがわたしとあの子の第一歩になる。

 

 

 ジュニア級メイクデビュー。場所は阪神競バ場の芝2000m。内回りコースの右回りで、天気は快晴。バ場状態は良。クリークにとってもってこいの舞台だ。練習中に見つけた懸念点である足元の不安感も、なんとか和らげることができたし、あとは本番環境でどれだけ力を発揮できるかの問題。

 レースの内容も欠場者なしの9人フルゲートで、あの子は6枠3番の一番人気。きっと、ほとんどの子がクリークをマークに来るだろう。

 

 

 最悪、進路妨害とはいかずともブロックされて、余計な体力を使わされる可能性は高い。だけど、それでも勝たせるのがわたしの仕事だ。

 だから──

 

 

「……クリーク、入るよ?」

 

「トレーナーさんですか? どうぞ〜」

 

「お邪魔します」

 

 

 控え室の彼女を訪ねた。

 相変わらず、と言うべきか。クリークは見慣れた微笑を浮かべて、わたしに小さく手を振ってくる。もう少しでレースだというのに、目の前にいる彼女はどこまでいっても自然体で……ちょっとだけ羨ましい。

 きっと、この調子なら変に気負わず走りきってくれるだろう、なんて。そんな安心感がクリークにはあった。

 

 

「体の具合はどう? 問題なさそう?」

 

「はい♪ この日のために仕上げてきましたから」

 

「……よかった。大丈夫だよ、クリークなら勝てるから! 心配かもしれないけど、わたしを信じて走ってきて」

 

 

 嘘だ。

 ずっと、ずっと心配してるのはわたしで、クリークはわたしの言葉を疑ったことなんてない。ただ、わたしがわたしを信じられてないだけ。でも、今だけは虚勢でもなんでも張らなくちゃいけない。トレーナーとして、愛バを憂いなく送り出すのも勤めだから。だから、震えるな、わたしの体。笑顔で、強く、この子に夢へ向かって飛ぶ翼を授けるために。

 

 

 心を殺して、クリークの背中を押すんだ。

 

 

「──わかりました。私、絶対に一着で帰ってきます。ですから、トレーナーさんだけでがんばろうとしないでください」

 

「クリーク……」

 

「私が一番側で見てきました。あなたのがんばりも、強さも弱さも、全部。夜、私が帰ったあともトレーナー室で遅くまで勉強しているのを知っています。朝、隈を私に気付かせないようにメイクで誤魔化してるのも知っています。……隠さなくていいんです、トレーナーさん。あなたの弱さを、私が支えますから。私の弱さを、あなたが支えてくれれば、それでいいんです」

 

「でも、わたし、トレーナーだから。先輩だったらこれくらい一人で──」

 

 

 そう言って返そうとするわたしの口を、クリークはそっと人差し指で抑えて、言葉を続けた。怒っているだろうに優しさを忘れない、彼女らしいお説教だった。

 

 

「ダメですよ、自分を自分で否定するのは。一番やっちゃいけないことです。困ったら隣を見てください。私が居ますから、私を頼ってください。役割とか、立場とか関係なく、寄りかかってください。私、簡単に倒れたりしませんから!」

 

「いいの? わたし、新人だよ? いっぱい迷惑かけるかもなのに……」

 

「一緒に乗り越えればいいじゃないですか。私とトレーナーさんは、一蓮托生のパートナーなんですよ?」

 

「……そう、だね。じゃあ──勝ってきて、クリーク。わたしたちの未来のために」

 

「任せてください! 私はあなたが育てた、ウマ娘ですから♪」

 

 

 よくできましたと言わんばかりの笑顔でわたしの頭を撫でてから、クリークは横を抜けてレース場の方へと駆けていく。

 本当に、わたしはダメダメなトレーナーだ。励ますつもりが励まされて、これじゃあ、どっちがどっちか間違えてしまう。

 

 

 あぁ、でも、これからは間違えないようにすればいいんだ。

 二人で一緒に、誰にも負けないシンデレラ(主役)になってみせる。

 

 ◇スーパークリーク◇

 誰かが言っていた。誰よりも早くターフを駆ければ、自ずと一着になれると。もっとも、私にそんな脚力はない。驚異的な末脚なんてのも、持ってない。私が持っているのは、よく見える目と競り負けない体力だけ。

 だったら、それを使って勝てばいい話。

 

 

 だが、どうしてだろうか。焦ってはいない。勝たなきゃいけないのに、私の心と頭は冷静で、ゲートインしていく他の子たちを見定める。残念なことに、前評判もあってか、みんながみんな私を警戒して牽制の視線を送ってくるが、痛くはない。どこまでも冴えた思考回路が不必要なものを消し払って、私の頭の中にはレースの予想が組み立てられていく。

 

 

 彼女たちが私を知っているように、私も彼女たちを知っている。トレーナーさんから貰ったデータに漏れはなく、どの子がどんな風に走るのか、どんな相手を苦手とするのか。仮想敵の構築も抜かりはない。

 目とスタミナしかないなら、頭を働かせる。

 疲れても思考力を保ち、チャンスは絶対逃さない。

 

 

『6枠3番、本日一番人気のウマ娘、スーパークリークが今ゲートイン。間もなく、レースが始まります』

 

『彼女は今期注目のウマ娘ですからね。どんな走りを見せてくれるのか、期待してます』

 

 

 実況の声が遠くに聞こえ、視界内の映像がスローになっていく。ゲートが開くその瞬間を見逃さないために極限まで凝らした目は、しっかりと私のスタートダッシュを成功させてくれた。

 

 

 出だしは好調。

 六枠で少し外よりだったこともあったが、問題なく四着目に付き。前は一バ身、後ろは二分の一バ身差。先頭との距離は三バ身ないくらい。切り進む道に余裕はあるし、順調だ。後ろが少し団子になっているようだが、概ね予想の範囲内。

 あとは、ここからの追い上げだが……400だ。400まで来たら仕掛ける。それくらいじゃないと、逃げを選んだ先頭の子との差が埋まらない。

 

 

 そんな、予想を覆さないための計画を立てている時に限って、イレギュラーが発生する。

 ゴールまであと800mはあるというのに、七着目に位置する子が仕掛け始めたのだ。たった一人、されど一人。誰かが仕掛け始めたら乗り遅れるわけにはいかないと、団子だった子たちが無理やりに上がってくる。外からの追い上げのせいで完全に外抜けが禁止され、残るは内。それも、後ろにいた子が縫い合わせるように入ろうともがいてくる。

 

 

 自慢の体力も、ここから仕掛けるには少し遠い。かといって、無視したらバ群に飲み込まれて抜け出すことすらできなくなるだろう。

 取れる選択肢は二つのようで、一つしかない。トレーナーさんに一着をプレゼントするためには──『今』、『ここで』流れを作るしか……ないんだ! 

 

 

「っ……! ここっ!!」

 

 

 蛇行するような内から外への抜け。前を陣取っていた子を内から抜かし、遮られる前の外に出る。そこからは残った体力の暴力で差を詰めて、ゴール。穴だらけで作戦とも言えないが、現状を打ち破るには必須な行動。前を横切る時は一瞬、進路妨害と見なされないようにスピードは最高な状態を維持したまま、駆け抜ける。

 

 

 ゴールへの距離も200を切り、あと少し。

 ギリギリの進行とバ群の脱出で脚の疲労は酷いが、まだ溜まりは残っている。

 

 

 トレーナーさんが自分を信じられるように。

 トレーナーさんが私を信じられるように。

 最初の一着がどうしても必要なんだ。

 

 

 だから、だから! 

 負けられない!! 

 

 

「……あぁ!!」

 

 

 私なりの叫びは誰に届くこともなく。けれど、私は誰よりも早くターフを駆けた。産まれて始めて、浴びるような歓声を聞いた──春の日。出会いから半年経ったその日が、二度目の始まりになった。




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0.0秒の世界を超えて

 三年間は夢がある。


 ◇スーパークリーク◇

 穏やかに、されど激しく、三年という月日が流れた。ジュニア、クラシック、シニア。色々なレースに出て、勝った負けたを繰り返して、私とトレーナーさんは絆を重ねた。

 

 

 春、練習疲れを取るために、トレーナーさんが連れていってくれた花見。散る桜が、持ってきた水筒のコップに乗ったのを見て二人で笑ったこと。

 夏、合宿近くのお祭りに遊びに行って眺めた打ち上げ花火。私の走りを見てる時のように楽しそうなあなたに、少し妬いたこと。

 秋、ハロウィンに浮かれてしたお揃いの仮装。恥ずかしそうに笑うトレーナーさんに、見惚れたこと。

 冬、忙しなく走り回るあなたを甘やかしたくて作ったお鍋。美味しい、美味しいと言って、一緒に食べたこと。

 

 

 同じようで違うことを何日も、何ヶ月も積上げて、有マ記念(ここ)まできた。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 二度目の大舞台。

 年末に行われる夢のレース。G1の中でも、注目度が格別な一戦。それが、有マ記念。──去年は、急ぎ過ぎたせいで失格処分となってしまったけど、今回は違う。調整はキッチリ合わせて、コースの地形、重要になるポイント、全部全部頭に叩き込んだ。

 だからきっと、大丈夫。大丈夫……なはずなのに、胸が苦しい。

 

 

 理由は、わかりきってる。

 これが最後だから。このレースに負けたら、私はURAファイナルズに出ることは叶わず、契約の延長も難しくなる。これから、まだまだ走っていくとしても、隣を歩く人がトレーナーさんじゃなくなってしまう。

 嫌だ。それだけは嫌なのに、もし勝ったとしても誰かの大切を奪ってしまうかもしれない。

 

 

 勝負の世界。スポーツの世界は残酷で、勝者と敗者が絶対に存在し、そこには見えない壁がある。私がその壁を作るかもしれないし、他の誰かかもしれない。

 でも、どんな結果になっても壁はできて、多くの選手が心をすり減らしていく。学園に居れば、それこそ色んな子に会うから、嫌な結末を見たことだって一度や二度じゃない。同期の子が去ったことだって、少なくない。

 

 

 今までは小さいチクチクで済んだのに。私の終わりを自覚すればするほど、それが大きくなって、耐えられなくなっていく。

 だとしても──

 

 

「……行かなきゃ」

 

 

 悔いだけは残したくない。

 

 ◇結花◇

 冬の中山競バ場。初契約にして二度目の有マ記念。きっと、新人トレーナーとして誇ることなんだろう。けど、わたしの心にそんな余裕はなかった。

 最近のクリークの異変。練習中の集中力の低下や、それによるタイムの不信。話を聞いてる時も偶に上の空で、酷く寂しそうな表情をしていた。本来なら、今回のレースへの出走を棄権すべきだったんだ。

 

 

 多感な時期の少女としてのウマ娘は、簡単な精神的要素でもパワーにムラが出る。競争心は必要だが、複雑な感情は出力を無茶苦茶にして、限界以上の力を引き出してしまう可能性だって考えられるし、一歩間違えたら今後の生活全てを棒に振ってしまう。

 他の子に怪我をさせる危険性だって孕んでいる。

 けど、あの子が……

 

 

『お願いします。絶対に無事に帰ってきますから。……あなたとの最後のレースに出させてくだいっ!』

 

 

 なんて言うから、わたしは何もできなくて。見守るために今、客席に居る。パドックでの姿もゲート前の姿もいつものクリークそのものだけど、一緒に走る面々の何人かは気付いているようで、つまらなそうな顔をしたり、心配そうな顔をして、彼女と話している。

 出走者数は16人。クリークは三枠四番の二番人気。オグリキャップやイナリワン、同期の強豪が揃うこのレースでも、彼女が本領を発揮できれば一着だって夢じゃない。

 

 

 それだけに、胸がザワつく。

 一瞬の判断が事故に繋がりかねないレースという勝負の世界で、クリークの心中をわたしが察せても、ここからの言葉はきっと届かない。三年間の思い出が、浮かんでは消えて、浮かんでは消えて、時間が過ぎる。

 ゲートインが完了するのを眺めながら、わたしはただ純粋に、クリークの無事を祈った。

 

 

 あの子の未来はこれで終わりじゃない。

 わたしとの契約が終わって、また始まるんだ。

 例え専属のトレーナーじゃなくなっても、何度だってまた走りを見るから、どうか無事でいて欲しい。──そんなわたしの思いを他所に、レースは始まった。

 

 

 ゲートから解き放たれた十六人は一斉に走り出し、それぞれのポジションを争い合う。クリークは五着目。前方よりやや中団よりにつき様子を伺う姿勢で、機を狙っている。

 悪くないスタートだが、遠くにいてもわかるほど表情が険しい。

 無理をしているのか、フォームもいつもより硬い。

 

 

 あのままだと、彼女の流れるようなコース選択に支障が出てしまう。だけど、わたしにはそれを伝える術はなくて、レースはどんどん進んでいく。他の子達が仕掛けるより前に、クリークは先頭に近付き始めたが、それに続くようにオグリキャップとイナリワンも上がってくる。

 よりによって、と言いたくなってくる二人のウマ娘に追われながら、彼女は前を目指す。

 

 

 よく言われる、逃げが他の脚質の子達に比べて精神的にタフだったり、自分の心をコントロールできるタイプだと考えられているのは、一番前を走っているというプレッシャー故だ。

 自分の前に敵はいない。それが安心感を与えることもあるし、優越感や気持ち良さを与えることもある。しかし、結局は諸刃の剣であり、不安感を与える種でもある。

 

 

 逃げ切らなければいけない。

 後ろに常に目を張ってなければいけない。レースの最中は、ずっと背中からに向けられる視線を耐えなければ、一着は守れない。だから、だからこそ、今のクリークの動きからは焦りを感じる。

 正直、現在の彼女の精神状態じゃ、オグリキャップとイナリワンたちの圧に耐えられる余裕はない。かといって、あそこで仕掛けなかったら、バ群に埋もれて終わり。

 

 

 わたしが送り出したばっかりに、あの子は死地に向かっている。自らの足と、自らの考えの元。地獄に足を踏み入れている。

 

 

 三年間という月日の中で、わたしは一体、何を学んできたんだろうか? 

 スーパークリークの何を、見てきたんだろうか? 

 

 

 優しいウマ娘である彼女が、一瞬のキラメキのように一着の場所について、そこから競って、勢いを徐々に落としていく。ハナ差もない。タイム誤差もほぼない、着差0.0秒。イナリワンに敗れ──クリークは有マ記念二着として、ライブに立つことが決まった。

 必死に笑おうとするあの子の不器用な微笑みがわたしの胸を貫いて、苦しくなって、彼女の元に走った。

 

 ◇スーパークリーク◇

 負けた。

 負けた。

 もう、終わりだ。

 これで、お終い。

 掲示板は何度見直しても二着に私が居て、一着はイナリちゃんで、それから変わらない。結果がわかってしまったら、もう取り繕えないくらいボロボロで、溜まった涙が零れ落ちてしまいそうで、化粧直しをすると言って先に控え室の方に戻ってきてしまった。

 

 

 地下バ道は静かで、独りに歩くにはもってこいだったのに……トレーナーさんは息を切らしながら、私の前に現れた。さっきまで必死に走っていた私より苦しそうな表情で、何も聞かず、思いっきり強く私を抱き締めた。

 

 

「トレーナー、さん?」

 

「苦しかったよね? 本当に、ごめん。わたしがもっと早く気付いてケアするべきだったのに……」

 

「違うんです……これは、私のわがままで……私が勝手に……」

 

「いいんだよ! わがまま言っていいの! あなたは私のパートナーなんだから!! 終わりたくないって、まだ一緒に居たいって言っていいの! 契約なんてまたすればいい──だがら、もうあんな風に走らないで……?」

 

 

 泣きそうな声音で、でも強い言葉で、トレーナーさんは私を包み込む。

 なんだ。良かったんだ。甘えて、わがまま言って、良かったんだ。

 あぁ……バカだなぁ、私。自分から支え合おうって言ったのに、そんな大切なことも忘れて、終わりだけ考えて……

 

 

 この人はずっと、私を見て、私を頼ってくれてたのに。

 

 

「……甘えて、いいですか?」

 

「いいよ。ほら……胸、借してあげるから」

 

「ありがとう、ございます……」

 

 

 溢れだす涙を隠すようにトレーナーさんの胸を借りて、私は泣いた。初めてトレーナーさんの前で泣いて少し恥ずかしかったけど、優しく私を撫でる手が温かくて。

 

 

 改めて、隣を歩く人がこの人でよかったと──心の底から思った。

 

 




 次回もお楽しみに!

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小川、大河に至りて

 完結と言われたら完結……かもしれない?


 ◇結花◇

 年末年始を開けて開催を迎えた、URAファイナルズ。今日、わたしはその決勝の会場であり、因縁の場所である中山競馬場にやってきていた。……理由は、クリークの成績が認められ補欠ウマ娘から繰り上げで、この舞台まで勝ち抜いたから。

 本当に、奇跡だと思った。

 出られないと諦めていたからこそ衝撃も大きく、夢かと錯覚してしまう。

 

 

 けど、違う。

 これは、わたしとあの子の努力の結晶。その成果が目に止まった故の結果だ。まだまだ三年目の若輩者として、こんな大舞台に立つのは緊張で心臓が爆発しそうだが、わたしがやるべきことはまだ残っている。

 それは──

 

 

「……遅かったね、クリーク」

 

「すみません。少し、ゆっくりしたくて」

 

 

 クリークのラストケア。

 走る前の彼女の心を最大限軽くして、のびのびと走れる体を作る最後の工程。先の敗北から二勝し、ここまできたクリークだが、今回のレースにはイナリワンやオグリキャップ、タマモクロスなどなど……顔見知りであり、彼女に泥をつけた相手が大勢いる。

 だからだろうか、見るだけでわかった。体が強ばって、いつもの朗らかな笑顔も少しぎこちない。

 

 

 ベテランのトレーナーなら、こういう時の解決法は頭に入っているだろうが、わたしは未だ手探りで。それとなく、レースに向かう彼女を引き留め会話を続ける。

 

 

「ううん、いいの。それより、体調はどう? 力は出し切れそう?」

 

「──わかりません」

 

「そっか……じゃあ、クリークはさ、走る理由って意識したことある?」

 

「……走る、理由?」

 

 

 困惑するのも無理はない。

 走る理由なんて心の底にあるもので、普段から意識でもしてない限り、レース中に強く認識できるものでもないだろう。だとしても、この日まで勝ち上がってきたウマ娘の多くはそれをものにし、自力で領域(ゾーン)に入っている。わたしだって、領域なんて不確かなものに頼りたくはないが、それをものにできなければ、今日のような強豪がひしめくレースでは勝てない。そんな現実も理解している。

 

 

 だから、問いかけるんだ。

 

 

「うん。前、クリークはわたしに一着をプレゼントしたいとか、応援してくれる人の期待に応えたいとか、色々言ってくれてたでしょ? レース中、そういうの意識したことある?」

 

「ある、と思います。でも、レース(あそこ)にいる時はいつも必死で、思ってはいても強く意識することは……なかったかもしれないです」

 

「……じゃあ、今日は作戦なんて忘れて走りたいように走って。心配しなくても、ステイヤーであるあなたなら途中で体力がなくなる心配もない。自分の心に従うの。自分の想いに応えるの。あなたが最高の走りをした時、きっと目の前には誰一人いないから」

 

 

 いつかと同じように、クリークの体を抱きしめて、ポンポンと背中を叩く。大丈夫と教えるように、ゆっくり優しく、その背を叩く。

 クリーク。スーパークリーク。わたしの愛バ。わたしの初めてのパートナー。あなたなら、大丈夫。あなたならきっとできる。あなたはわたしの、シンデレラだから。

 

 

「トレーナー、さん」

 

「よし! 行っておいで、わたしのクリーク! ゴールの先であなたを待ってるから!!」

 

 

「……はいっ! スーパークリーク、行ってきます!」

 

 

 レース場に駆けるクリークを見送り、わたしも観客席の方に戻っていく。

 URAファイナルズ決勝。長距離の初代チャンピオンを決める戦いが、始まった。

 

 ◇スーパークリーク◇

 中山競馬場。芝の距離3600m。六番人気で、十枠七番。それが今日の舞台での、私の立ち位置。ターフに立つのは、誰もが一度は見た強者ばかりで、ステージでセンターになる子ばかり。

 敗色濃厚な最高峰のレース。

 けど、それ故にリベンジの絶好の機会でもある。

 

 

 トレーナーさんに入れてもらった勇気と気合いは胸にあって、オグリちゃんたちとの軽い会話の中でも、私が研ぎ澄まされていく。

 

 

 勝ちたい。

 応援してくれる人の期待に応えるために。

 

 

 勝ちたい。

 今まで一緒にやってきたトレーナーさんに、一着をプレゼントするために。

 

 

 勝ちたい。

 あなたの笑顔を見るために。

 

 

 誰よりも早くターフを駆け抜けて、掲示板に私の名前を刻みつける。それが、勝利の証明。軌跡の証。

 自信なんてない。

 足だって、震えてる。

 それでも、トレーナーさんが待っていると言ったゴールまで、行きたい。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 ゲートに入り、体勢を整える。一着以外眼中にない。

 ただ、想うままに走る。

 組み上げたコース選択は捨て、レースの予想も捨て、余計な思考は省いていく。考えることが、邪魔だ。熱い想いに胸が応える限り、前に行く足を止めなければ私は勝てる。そうやって、自分で自分の背中を叩き、負けないための楔を打つ。穏やかに流れる時の中で、レース開始の合図として──ゲートは開かれた。

 

 

 染み付いた習慣は自然と体を動かし、コースを縫っていく。走りやすい位置につき、3600mの長距離を仕掛けを誤らないよう、脚を溜める。五着目から七着目辺りをウロウロしつつ、風をかわしながら先を見た。一着までの距離は遠くない。これから離れていくだろうが、追いつける距離ではある。

 問題は後方で団子になってる集団だ。

 差し、追込の子たちに呑み込まれたら抜け出せなくなるのは必須。

 

 

 だからこそ、絶対に仕掛けられないタイミングで、打って出る。

 そう、それは例えば、まだ残り1000mはあるであろう後半頭。徐々に迫ってくる後方勢に牽制を仕掛けるように、ただがむしゃらに前に出た。セオリーなんてぶち壊して、自分のウマ娘としての勘と想いを信じる。

 負けたくない意地と、勝って一着を届けることだけを胸に──前へ前へ、進む。

 

 

「……つぅ、はぁ……はぁ……!」

 

 

 他の長距離レースなら終わってるであろう場所からの仕掛け。当然、呼吸は苦しくなり、溜めていた脚もどんどん弱っていく。更には、私に流れを渡さないようオグリちゃんたちも上がってきた。

 肌で感じる、ピリピリとした感覚。

 なんとなく、わかる。

 少なくとも、後ろにいる子たちの半数は自力で領域へと踏み込んだんだど。

 

 

 襲いかかるプレッシャー。重圧。ある意味目立ってしまった私に、射殺さんばかりの視線が降りかかり、余計に脚が重くなる……はずだった。

 

 

「いっけー!!! スーパークリーク!!!」

 

 

 たった一人、埋もれてもおかしくないのに。

 その人の声は、やけに耳に響いて。

 初めて会った時のような綺麗な瞳と、目が合った。

 

 

 こんな大舞台だというのに、いざレースになったらトレーナーさんは大抵、楽しそうに私を応援する。でも、私はそんなトレーナーさんだからこそ、傍に居たくて、隣を歩きたくて。

 私は彼女の愛バとして──勝ちたいんだ! 

 

 

「うぅ! ああぁぁぁぁぁ────!!!」

 

 

 大きく、強く、私は吠えた。

 初めて、腹の底から大声を出して、吠えた。

 結局、何がトリガーだったのかわからないけれど、私は領域に踏み込み全てを薙ぎ払った。

 

 

 作った流れを起点に、レースの全てを飲み込み──掲示板に私の名前が記される。スーパークリーク、いずれ大河になるようにと付けられた、私の名前。大切な人が呼んでくれた名前が、掲示板に載る。

 未来永劫。忘れられない日が、また増えた。

 トレーナーさんと出会ってから、また増えた。




 次回もお楽しみに!

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終わらないエピローグ

 まだちょっとだけ続くのです……!


 ◇結花◇

 URAファイナルズ決勝での勝利から早一ヶ月、二月も中旬に入った頃。わたしとクリークは忙しなく日常を過していた。

 取材、CMやテレビ企画のオファー、その他諸々。仕事が一気に増えたのだ。前々からちょこちょこそういう話はあったが、ここ最近は特に多い。クリーク自身も嫌がってないから、できるだけ断らず依頼を受けているけど、お陰でわたしの疲労はマックスだ。

 

 

 今日も今日とて、直近に控えたレースの調整やらスケジュールの調整やらをしながら、インスタントコーヒーを啜る日々。眠気を誤魔化したり、化粧で隈を隠すのも辛くなってきた。

 

 

「あの子もあんまり調子良くなさそうだし、息抜きの時間作ったり、仕事の制限も考えないと……」

 

 

 支え合いがモットーなわたしとクリークだけど、あの子は自然と無理をするタイプで、近頃はため息が増えてきている。体力は人一倍ある彼女も、限界を感じつつあるんだろう。トレーナーとして、なんとか言いくるめて余裕のあるペースを作らないと、次のレースで事故が起こる可能性も低くない。

 

 

「確か……前行った喫茶店の新メニューでジャンボパフェが始まったんだっけ。クリーク、あそこのデザートどれも美味しそうに食べてたし、喜んでくれるかな?」

 

 

 わたしも、久しぶりにクリークとゆっくり話したいし、なんて。ちょっとだけ自分勝手な想いを胸に、彼女のスマホに連絡を入れる。

 この時間なら、そろそろ写真撮影の仕事も終わる頃合いだろう。余裕があれば、撮った写真を貰うのが毎度の流れだったが、今回は雑誌の献本やでお預けだ。

 

 

『もしもし、クリーク? この後の予定なんだけど──』

 

 

 いつもと変わらないトーンで、それでいて彼女を流すように、お出かけに誘う。明日からがんばればいいから。そんな言い訳を重ねて、椅子から腰を上げる。

 三年間で培った、くだらないようでトレーナーとして必須なスキル。担当を休ませること。まだまだ新米のわたしの唯一の得意技だ。

 

 ◇スーパークリーク◇

 一人、雑誌の撮影会の帰り道。トレーナーさんから貰った連絡を頼りに、何度も通った喫茶店に向かって歩いていく。あの人は私をよく見てて、調子が悪そうだったり、疲れが溜まってる時は決まってお出かけに誘ってくれる。もっとも、余裕がある時という限定的なタイミングではあるけれど。こうして、二人の時間を作ってくれるトレーナーさんのことが、私は好きだ。

 

 

 本当は自分も辛いのに、そういうのを押し殺して私も向き合うあの人はとても綺麗で、少しだけ申し訳なくなる。

 ほら、今だって。寒いから、中に入って待ってればいいのに、店の外で私を待っている。紺のスーツの上から白のコートを羽織って、プレゼントした手編みのマフラーを巻いて、待っている。

 

 

 ふーっと、寒そうな手に息を当てて温めるトレーナーさんの姿は可愛らしくて、愛おしくて、見惚れてしまう。歳も離れているのに、同性だと言うのに、心奪われる魅力がトレーナーさんにはある。

 放っておいてしまったら、誰かに奪われてしまうんじゃないかと心配するくらいに、私は──()()さんが好きだ。

 

 

 だから、私は待っている結花さんのもとに小走りで向かって。震えるその手を、自分の手で包み込む。

 

 

「お待たせしてしまってすみません、トレーナーさん。寒かったですよね? 早く中に入りましょう」

 

「心配しなくても平気だよ」

 

「鼻が赤い人の言葉は信じません。ほら、中は暖かいですよ」

 

 

 そう行って、トレーナーさんの手を引いて、お店の中に入る。頻繁に、というほどではないけど、よく来る顔を出すからか。店員さんは、私たちが他のお客さんに囲まれないように、奥の目立たない位置のテーブルに案内してくれる。私は、そんな優しい店員さんに軽く会釈をして、席に着く。

 

 

「……うーん、わたしはコーヒーだけでいいかな。お腹も、そんなに空いてないし。クリークはどうする? やっぱりジャンボパフェにいっちゃう?」

 

「はい♪ 以前から楽しみにしていたので。トレーナーさんも、少しいかがですか?」

 

「あはは。じゃあ、一口か二口くらい貰おうかな」

 

「ふふっ、わかりました。それじゃあ、注文しちゃいますね!」

 

 

 ピンポーンと音が鳴り、やってきた店員さんにさっきまとめた注文を伝えると、店員さんは「かしこまりました」と言って去っていき、私と結花さんの二人の時間が始まる。

 忙しくても顔を合わせる機会は多いからか、話題は少ないけど、偶に挟まる無言の間さえ私は心地よく感じてしまう。

 

 

 些細なこと、これからのレースのこと、他愛のないこと。尽きそうで尽きない会話は、お仕事での疲れも癒してくれる。これが、私だけじゃなくて結花さんもそうだったらいいな、なんて。わがままが過ぎるのだろうか? 

 

 

「……おぉ、想像してたより大っきいね、そのパフェ。クリークの顔が見えなくなっちゃったよ」

 

「そうですね〜。でも、これなら分けっこしても全然大丈夫ですよ?」

 

「だね。お先にどうぞ、クリーク。わたしはあとでちょっと貰えれば十分だから」

 

「はーい♪」

 

 

 届いたパフェは、トレセン学園の食堂で買えるパフェと遜色なく、味もこの店特有の癖のない甘さ控えめの飽きないものだ。いつも量を食べてしまう私たちの体からしたら、飽きない味付けというのは嬉しいもので、結花さんが初めてここを教えてくれた時も「ここは何回来ても飽きないんだよね」と、言っていたのを憶えている。

 

 

 今、目の前に座る彼女の表情が見れないのは残念だけど、きっと前と同じように、優しそうな笑顔で私を見ているんだろうなって、わかってしまう。

 色々なことがあって、挫折して、起き上がって、いつだって二人で歩いてきた。もし、こんな毎日が続いてくれたら、それ以上なんてないんだろう。そう思えるくらい、現状に満たされている。

 

 

 けど、一歩くらい関係を先に進ませたい私がいて、イタズラするように結花さんの方にスプーンを持っていく。

 

 

「トレーナーさん。あーん♪」

 

「さ、流石にここではちょっと……」

 

「遠慮しないでください。とっても美味しいですよ?」

 

「……あ、あーん」

 

 

 ほっぺたを赤くして、あーんをされた結花さんはチラチラと周囲を確認しつつ、小声で「美味しいね」と呟く。

 なんてことはない。

 こんな何気ないやり取りが、ちょっとだけズルい間接キスが、私と彼女の距離を縮めてくれる。

 

 

 温かい時間だ。

 

 ◇

 

 喫茶店をあとにし、帰りの電車の中。

 退勤ラッシュから少しズレた時間だったからか、人混みはなく、私と結花さんは並んで座席に座っていた。ガタンゴトンと揺られ、一駅、また一駅と過ぎていく。

 あと、もう二、三駅でトレセン近くの駅に着く頃、肩にトンと温かい重みを感じた。

 

 

「トレーナー、さん?」

 

「ん……んぅ……」

 

「……最近は忙しかったですもんね。お疲れ様です」

 

 

 大人なのに、どこか子供のような寝顔で眠る彼女の髪を優しく撫でて、体を自分の方に引き寄せる。

 仄かに香るシャンプーの匂いと、不思議と苦痛に感じない重さが、私の心を溶かしていく。もうちょっと。あとちょっとだけなら、間違ってもいいような。そんな風に、心を動かしていく。

 

 

 だけど、私と結花さんはあくまでトレーナーと担当ウマ娘でしかなくて。友達や恋人の所までは届かない、ベクトルの違う絆を結んできた。

 故に、それ以上はなくて。ただ、ここまでが限界で。そっと彼女を抱きしめて、名前を呼ぶ。

 

 

「おやすみなさい、結花さん。良い夢を」

 

 

 どうか──今が終わらない夢を。私にも。




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月は綺麗だと、私はずっと前から知っていた

 勢いに勝てなかった。


 ◇スーパークリーク◇

 まだ少し薄寒い三月の末。卒業式が終わり、終業式も終わり、春休み。だがしかし、アスリートであるウマ娘にはあってないようなもので、私は今日も今日とてグラウンドを走っていた。

 風を感じて、仮想敵をイメージして、次のレースでも一着を取るために走っていた。頬を伝う汗も、体に篭もる熱も、全てを払う風を纏って駆けるのは気持ちが良くて、飽きることはない。

 

 

 これがウマ娘に生まれた故の性なのか、私自身の感覚かはわからないが、この時間が好きだ。──もちろん、トレーナーさんに見守られているから、というのもあるかもしれないが。

 

 

「お疲れ様、クリーク! いいタイムだったよ。次のレースはまだ少し先だけど、この調子なら調整もスムーズに進みそう!」

 

「ありがとうございます〜♪」

 

「うんうん、よーし。オーバーワークにならないよう、今日は上がろっか? 明日はオフにしたし、ゆっくり休んでね」

 

 

 優しく微笑んでそう言ったトレーナーさんは、私の頭をぽんぽんと撫でたあとトレーナー室に戻るため、振り返り去っていく。トレーナーさんが言ったように、明日はお休み。だからこそ、誘うチャンスだった。タイシンちゃんに教えて貰った、人が少なくゆっくりできる桜の名所。夜桜を見ながらつまむための軽食の準備も今朝のうちに済ませて、外出届けも出してある。

 

 

 あとは一歩、勇気を踏み出すだけ。

 

 

「……あの、トレーナーさん!」

 

「ん? どうかしたの、クリーク?」

 

「その……もし、このあとお時間があれば──夜桜を見に行きませんか?」

 

 

 もっとも、私は忘れていた。

 トレーナーさんは、私のトレーナーさんは、私に世界一厳しくて、私に世界一優しいことを。

 

 

「うん、いいよ」

 

 

 二つ返事をするトレーナーさんは、嬉しそうに笑っていた。

 

 ◇

 

 寮で汗を流したあと、軽食が入った大きめなバッグを持って、制服に着替えて、私はトレーナーさんが待つ正門前に向かった。身嗜みを整えていたからか、トレーナーさんはいつも通り紺のスーツに白のコートを羽織って、私を待っている。もうマフラーをつける時期じゃないからか、プレゼントしたものが使われてないのは少し悲しいが、仕方ないだろう。

 

 

 仕方ない……はずなんだけどな。

 

 

「お待たせしました、トレーナーさん。暗くなり過ぎたら危ないですし、早速行きましょうか」

 

「だね。それじゃあ案内お願い、クリーク」

 

「はい! 任せてください〜♪」

 

 

 寂しいとか、悲しいとか悟らせないように、私は笑顔でトレーナーさんの手を引く。少しでも隙を見せたら、トレーナーさんに甘やかされてしまいそうで。ワガママが抑えられなくなりそうで、バランスを取るように心に蓋をする。

 けど、全部じゃない。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ隙間を作ってトレーナーさんに感情を魅せる。向けるべきでない感情を、薄めて薄めて、敬意や恩に近い感情にねじ曲げて、魅せる。

 

 

 担当ウマ娘とトレーナー、そんな今しかない大切な関係を壊さないために。

 

 

「──へ〜、あのナリタタイシンさんからこの場所を。いや、でもクリークとは同部屋だったっけ? 楽しくやれてる?」

 

「えぇ、とても。昔は、私もタイシンちゃんも遠慮してたり、不安定だったりしましたけど、お互いトレーナーさんが着いてからは少しずつ仲良くなって。今では、偶に二人でお料理したりしてるんです♪」

 

「料理かぁ……いいね、青春って感じ」

 

「ふふっ。私にとっては、トレーナーさんとの三年間も全部青春でしたよ?」

 

「そっか、そうだよね。大事な三年間だったもんね」

 

 

 舞う桜を眺めながら、どこか遠いどこかに想いを馳せるように、トレーナーさんはそう呟く。私にはわからないけれど、トレーナーさんには三年間を駆け抜けた実感が未だにないらしい。

 最初のパートナーだったから、っていう理由もあると思うし。もしかしたら、それ以外の理由もあるかもしれないけど。トレーナーさんは昨日のことのように、初めて会った日のことを話す。

 

 

 そんな、どこか儚げな彼女を放っておけなくて、私は桜と月がよく見える場所まで手を引いていく。シートを敷いて重石代わりにバッグを置いて、トレーナーさんに座るように促す。

 上の空の彼女も、私が導けばいつものトレーナーさんに戻って、ごめんごめんと誤魔化すように笑う。

 

 

 きっと、私が解決できないことを悟らせないように笑って、笑う顔も綺麗だから、許してしまう自分がいる。綺麗な桜も、綺麗な月もあなたには敵わなくて、目を奪われる。

 夜桜が見たかったのも本当だけど、軽食でもいいから私の料理を食べてもらいたかったっていう願いもあって。底の底には、ただ二人の時間が欲しいからなんて自分が隠れている。

 

 

 月明かりに照らされるあなたが綺麗で。

 散る桜に手を伸ばすあなたが綺麗で。

 暗闇の中で、あなただけが光っていて、あなただけが輝いていて、見惚れてしまう。

 

 

「今日は桜も月も綺麗だね」

 

「月はずっと前から綺麗でしたよ。ただ、桜があるから違って見えるだけで」

 

「ははは、かもね。でも、本当に──綺麗だね」

 

 

 あぁ、やめて欲しい。

 私に向かって微笑んで、綺麗なんて言わないで欲しい。

 わかってるのに、わかっているのに、勘違いしてしまいそうになる。

 

 

 トレーナーさんは──ズルい人だ。

 

 ◇結花◇

 わたしは、クリークの想いを知っている。

 いや、正確には知っていた。

 

 

 わたしたちは互いに一目惚れして契約したから、いつかはその想いが変質してしまうことはわかっていた。だけど、担当ウマ娘とトレーナーという関係は、一度作ってしまえば簡単には変えられない。彼女が走り終わるまで、わたしは知らんぷりをし続けて、想いを留めなきゃいけないんだ。

 最低だと理解していても、やめるわけにはいかない。

 

 

 一番酷いのは、クリークの好きがわたしから離れないように、適度に隙を魅せなければいけないこと。年が離れているから、あの子は可愛いから、目を逸らさせてしまったら他の人を見つけてしまう。だから、わたしのわがままで離れられないようにする。

 

 

「本当に、なんでこうなっちゃったのかなぁ……」

 

 

 大切な愛バ。大切な教え子。その、はずなのに。

 愛おしくて、触れたくて、一時の間違いを犯してしまいそうになる。

 居るには居るんだ。学生時代からお付き合いをして、卒業後に正式に交際を報告するトレーナーと担当ウマ娘は。けど、わたしもクリークも隠すのが下手だし、付き合い始めたら歯止めが効かなくなってレースが疎かになってしまう。

 

 

 それだけは、ダメなんだ。

 彼女を預かる者として。レースという、命や今後の生活も関わるものに送り出す者として、練習やらを投げ出せない。わたしには、その責任があるから。

 

 

 もし、もし最低なわたしに付き合って最後まで駆け抜けて、それでもクリークがわたしを好いていてくれるなら、その時はわたしから──

 

 

「好きって、言いたいな」

 

 

 不安にさせた分、それを返せるくらい言いたい。

 言ってあげたい。

 

 

 いつか、その時が来たら。

 わたしから、全ての告白を。




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音に消えぬ告白

 ウマ娘の二次創作ってどこまでいっていいのかわからない……ほっぺにチューくらいまでなら許されるのか……?


 ◇結花◇

 桜散り、初夏を抜け、梅雨も去り、暑い暑い夏がやってきた。四度目の合宿も、繰り返していけば慣れたもので、スムーズに進む……はずだったんだけど、複数人担当するための予習ということもあり大忙し。水分管理やタオルの準備、複数人似合わせたトレーニングや併走の設定、砂浜練習でのコツの伝授。加えて、まだ担当がいない子を怪我させるわけにはいかないので、慎重に慎重を重ねたスケジュール調整もあり、毎日ヘトヘトになっては泥のように布団で眠る日々だった。

 

 

 癒しであるぬいぐるみも無ければ、クリークともすれ違うことが多く、ストレスは溜まるばかりで何度投げ出そうと思ったかわからない。けど、合宿前に約束した夏祭りデートが、ギリギリの所でわたしを繋ぎ止めていた。

 それはもう、当日は鼻歌が漏れるくらいには楽しみで、これまで以上のパフォーマンスを発揮し、夜まで余裕を持って過ごすことができたのだ。

 

 

「お仕事お疲れ様です、トレーナーさん。……それじゃあ、行きましょうか?」

 

「うん。夏祭り楽しもうね、クリーク」

 

 

 手を握って、二人で歩きながら、四回目の夏祭りデートが始まった。一夏の間違いが始まった。

 

 ◇

 

 屋台は色々あって、チョコバナナや綿菓子、りんご飴などのお菓子系だったり。たこ焼きやお好み焼き、焼きそばなどのご飯系だったり、いくつもの屋台が並んで、射的や輪投げなんかもあった。

 夕ご飯を抜いてきたからか、二人であっちこっち並んでは買って食べ歩いて、偶に遊んで時間が過ぎていく。

 

 

 そうして、フラフラと次々お店を回っていると、射的の屋台に可愛らしいクマのぬいぐるみが見えた。右耳に小さな青いリボンがあしらわれたそのぬいぐるみは、どこかクリークのように思えて、自然と体が向かっていく。

 

 

「トレーナーさん? 射的……やりたいんですか?」

 

「……あぁ、ごめんね。上段にあるクマのぬいぐるみが可愛くてさ。欲しいなぁって思ったら、自然と足が……」

 

「リボンの子ですね……わかりました!」

 

「えっ? ちょっ、クリーク? 平気だよ、わたしこういうの苦手じゃないし──」

 

「私が取ってあげたいんです!」

 

 

 ふん、と力強く言うクリークは可愛くて、それでいてその目には真剣な色があって、わたしには止めるなんてできなかった。多分、こんな些細なことでも一生懸命になってくれることが、嬉しかったんだと思う。普段、あんまりこういうゲームに慣れてない彼女は、何度も失敗しては再チャレンジして。二桁目の試行回数に突入してようやく、クマのぬいぐるみがぽとりと棚から落ちた。

 

 

 きっと、その時の彼女の年相応の笑顔を──わたしは生涯忘れないだろう。

 

 

「やりました! 落としましたよ、トレーナーさん!」

 

「あはは、ありがとう、クリーク」

 

「はいよ、お嬢ちゃん。おめでとさん。いやぁ、久しぶりにここまで負けず嫌いな子を見たよ。はっはっは!」

 

「ありがとうございます! では、どうぞ。受け取ってください、トレーナーさん♪」

 

 

 ニコニコと嬉しそうな表情でぬいぐるみを渡してくるクリークに、わたしも精一杯の笑顔で答え、また歩き始める。ぬいぐるみを見る度ににやけそうになるのを必死に我慢して、毎度花火を観る場所に向かった。

 人通りも少なく、空を遮るものもないその場所にシートを敷いて、花が咲くその時まで他愛ない話をする。

 

 

 とは言っても、結局はレースや練習の話題は切り離せず、やれ次のレースがとか、やれ明日のトレーニングはとか、走ることを考えてしまう。だって、今までずっと走り続けてきたから、それが当たり前で、普通のことになってしまったから。

 クリークがこうしたいと言えば、それじゃあこういうやり方も試してみようとか、口から言葉が飛んでいく。

 

 

 もっとも、そうした会話を切り裂くように、空に火の華が咲いた。

 

 

 赤かったり、青かったり、緑だったり、様々な色彩の花が咲き乱れ一瞬の中で散っていく。綺麗だった。綺麗だったから、そんなことすら伝えたくて横を向けば、クリークもわたしと同じことを考えたのか、こっちに振り向いていた。

 

 

「綺麗だね」

 

「綺麗、ですね」

 

 

 ギリギリ聞き取れる。そんな小さな声のやり取りの中で、ふと──魔が差してしまった。普段なら面と向かって言えない想いも、花火が遮って伝えられるんじゃないかって。身勝手で、わがままな願望が芽生えてしまった。

 

 

「好き」

 

「……………………」

 

「大好き」

 

「……………………」

 

「わたしだけのクリークで、いて欲しいな」

 

「……………………っ!」

 

 

 忘れていたんだ。

 想いが塗り潰して、忘れていた。

 彼女は、わたしが思うより耳がいいことを。

 

 

 ピクリと震えた耳に、徐々に赤くなっていく顔。全部、聞こえていたんだ。聞こえていたのに、聞こえないフリをして、関係を壊さないようにしてくれたんだ。──本当に、私はバカだ。

 

 

「ごめんなさい!」

 

「っ!? クリーク!」

 

「……来ないで!」

 

「ぁ……」

 

「少し、一人になりたいんです。ごめんなさい」

 

 

 四度目の夏、わたしは一人、花火を見上げた。

 心が押し潰されそうだった。

 

 ◇スーパークリーク◇

 ズルい。ズルい、ズルい、ズルい。

 ずっとずっとずっと、私は我慢していたのに。私は吐き出さないようにしていたのに、トレーナーさんはあんなにもあっさり言ってしまうんだもの。なんで、今なんだろう。やった収まった関係になれたのに。互いを大切だと思えるようになったのに。

 

 

 私が恐れる一歩を、あなたはなんでそんなにも簡単に踏み出せるんですか? 

 

 

「……苦しい」

 

 

 息ができないくらい苦しくて、それなのに胸の高鳴りが止まらない。苦しいのに、好きと言われて嬉しくて、嬉しくて堪らなくて、それがまた苦しい。

 夢見るだけで満たされていたのに、またあなたが穴を開けていく。愛しい穴が開いて、そこからまた新しい感情が埋め込まれる。

 

 

 私の方が好きなのに。大好きなのに。

 私の方がずっと一緒に居たいのに。

 全部、あなたが言ってしまう。

 言いたかったことも。全部全部、言ってしまう。

 

 

 必死に押さえ込んだ感情が溢れ出しそうで、一線が掻き消えてしまいそうで、おかしくなる。もういっそ、ぐちゃぐちゃに壊してしまえばいいのに、それができないのは──

 

 

「あなたが、好きだから」

 

 

 普通に告白して。

 普通に付き合って。

 普通に結ばれて。

 そんなどこにでもある過程を壊したくない。きっとそれさえも忘れられない思い出になるから、壊したくない。

 

 

 だから、トレーナーさんはズルい人だ。

 本当に──ズルい(愛しい)人だ。




 次回もお楽しみに!

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ハロウィンに甘い恋を添えて

 ハロウィンです。
 ハロウィンだと思って読んでください。


 ◇スーパークリーク◇

 夏を開けて、秋。ハロウィンがやってきた。学内はイベントの熱気に当てられてか、様々な衣装を身に纏う生徒が目立ち、「トリックオアトリート」の声が響く。かくいう私も、トレーナーさんと一緒にハロウィン用の服に着替えて、訪ねてくる子達にお菓子を配っていた。

 トレーナーさんは魔女で、私はミイラ。

 惑わす人と、惑わされた人。そんなコスプレ。

 

 

 四度目の経験だと言うのに妙に落ち着かないのは、あの夏祭りの──告白(間違い)のせいだ。耳に残って消えない言葉が、声が、心を掻き乱す。抑えようとして、何回も杭を打った欲望が限界の一歩手前まで来ていた。

 私と会う度に魅せる表情一つ一つが輝いて見えて、それが他の人に向けられている時は苦しくて、思考が歪んでいく。

 

 

 わかっている。

 あの日の言葉に嘘がないことは。

 

 

 わかっている。

 トレーナーさんが私を大事にしてくれてることは。

 

 

 わからないのは、彼女の好きが私の好きと同じかどうか? 

 ただそれだけ。

 

 

 触れたい、触れて欲しい。

 想いたい、想われたい。

 ずっと、これからも私だけを見ていて欲しい。ずっと傍に居て欲しい。そんなわがままな好き。わがままな恋。

 

 

 捨てられるほど大人じゃなくて、壊したいと思えるくらいにはギリギリで、私は今日もトレーナーさんを見つめる。目が合うだけで微笑む彼女はとても綺麗で、思わず頬が緩む。

 あぁ──私だけの人に、なってくれないかな。答え合わせ、させてくれないかな。ずっと待ってるだけは……苦しいや。

 

 

「……あ、ごめんクリーク! そろそろお菓子のストック切れちゃいそう。わたし、急いで寮の方から持ってくるね!」

 

「ま、待ってください! 私も行きます!」

 

「え? でも、そんなに多くないから、わたし一人でも平気だよ?」

 

「いくらお菓子でも、両手が塞がったら大変でしょうし……なにより、それでお菓子が崩れちゃったら元も子もありませんから。……だから、私も行きます!」

 

 

 鬼気迫ると言えば語弊があるが、私が捲したてるようにそう言うと、トレーナーさんは「それもそっか」と、納得し。一緒にトレーナー寮まで歩いていく。軽く雑談を混じえながら、辿り着いたトレーナーさんの部屋。二人して入って、扉を閉めたあと。

 

 

 悪い子の私は、トレーナーさんの部屋の鍵を──そっと閉めた。

 

 ◇結花◇

 ガチャリ、と鍵が閉まる音がして振り返ると、クリークがいつものように柔らかい笑顔を浮かべて立っている。気のせいかと彼女の奥にある扉を見ると、鍵は閉まっているのがわかった。

 

 

「……クリーク?」

 

「トレーナーさん。夏祭りのこと、覚えてますか?」

 

「──覚えてるよ」

 

「なら、教えてください……! 私のこと、どう想ってるのか」

 

 

 必死に目を逸らした。

 過ちから、目を逸らした。

 何も言われなかったから、濁して濁して、濁し続けた。

 

 

 それが、回り回って今返ってきている。罰だった。罪だった。わたしからした告白を誤魔化して、彼女の気持ちを弄んだ。でも、わからない。わからないんだ。恋なんて、したことなかった。好きに違いがあるなんて、知らなかった。

 夢だけ見てて、追いかけて、そしたら今になってたから、わたしはなにもわからない。この気持ちが、この想いがクリークと同じなのか、違うのか。それすらわからない。

 

 

 きっと、生半可な気持ちで言葉にするべきじゃなかったんだ。

 好きだ、とか。ずっと一緒に居たい、とか。

 口にするには、全部全部足りなくて……わたしは……

 

 

「……………………」

 

「大事にされてるのはわかってます! 好かれているのも……わかってます! だけど、だけど……トレーナーさんの好きが私と同じなのかわからなくて……」

 

「それは……」

 

「違うなら違うでいいんです。それなら、諦められるんです! でも、あなたは何も言わないから!! 勝手に期待しそうになって……勝手に傷ついて……苦しいんです……!」

 

 

 一歩、また一歩後退るわたしを追い詰めるように、クリークは歩み寄る。けど、ベッドが邪魔になって、もう逃げられなくて、ふんわりと押すように彼女をわたしを押し倒した。

 優しかった。

 ウマ娘の力なら無理矢理にでも組み伏せられただろうに、ただ優しく押して、わたしの上に覆い被さる。

 

 

 さらりと、クリークの長い髪が頬にかかり。ポタポタと涙が落ちてくる。

 泣かせたくなかったのに。

 泣いて欲しくなかったのに。

 結局はわたしの傲慢で、彼女を傷つけてしまった。

 

 

「……教えてください。答えてください。私は……あなたの言葉で、聞きたいんです……」

 

「わた、しは……」

 

 

 なにもない。

 幼い頃の夢だけがわたしの原動力で、多くを捨ててここまできた。友人も多くない、恋人なんてできたことない。クリークに会うまでスカウトも失敗続きで、いっそ辞めてしまおうかとすら考えて、それでも『夢』まで捨てたら何も残らないから、ただ縋って。

 

 

 空っぽだ。

 あぁ、空っぽだから──怖いんだ。

 彼女のため、自分のため、そうやって嘘をついて逃げてきた。失望されたくなくて、嫌われたくなくて、トレーナーではない自分がクリークの隣に立てるイメージが湧かなくて、怖いんだ。

 

 

 けど、それがどうした? 

 怖い、怖いから、大切な人を泣かせていいのか? 

 

 

 違う。違うだろ。わたしは彼女に笑っていて欲しくて、笑う顔が好きで、一生懸命やってきたんだ。逃げなんて選ぶな。離れるなんて考えるな。ただ、今はクリークのことだけ考えればいい。

 

 

「……クリーク。わたし、あなたが好きだよ。同じ好きかはわからないけど、離れたくないって思ってる。ずっと傍に居たいって、思ってる。これじゃあ、ダメかな?」

 

「ダメじゃ……ありません。すごく、嬉しいです……!」

 

「ありがとう。……それと、ごめんね。もう絶対、あなたを泣かせたりしないから」

 

 

 涙を流すクリークを、包み込むように抱きしめて言葉を紡ぐ。

 許されるつもりはない。

 許してもらおうと思わない。

 謝っておきたかった、それだけだ。

 

 

 身勝手で、ズルい、大人らしいやり方。

 本当にズルい、やり方。

 だけど、それでいいんだ。クリークを幸せにできるなら。クリークを笑顔にできるなら、わたしは喜んでズルい人になる。

 

 

 お菓子は……もういらないな。




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離さない手、離したくない手

 完結……らしいですよ?


 ◇スーパークリーク◇

 恋が実った、ハロウィンの夜。寮の部屋に戻ると、タイシンちゃんが寝間着を着てベッドに転がりながらスマホを弄っていた。いつもはスマホがゲーム機だったりするが、それが彼女のオフのスタイル。

 

 

「ただいま帰りました〜」

 

「ん、おかえりなさい……って、なんかあったの? クリークさん」

 

「えっ……そう、みえますか?」

 

「……泣き跡残ってるのに、声と顔は嬉しそうだし……なんかあったって思う方が普通でしょ」

 

「わかりやすかった、ですかね?」

 

「……かもね」

 

 

 どこかぶっきらぼうに返すタイシンちゃんは、私と違って普段と変わらない。変わらないけど、声音は少し優しくて、根っこにある善性が感じ取れる。もうちょっと、表情が柔らかければ後輩からも接しやすいと言われるだろうが、それが彼女らしさなんだと思う。

 だから、私は何を隠すこともなく話した。

 

 

 恋人……とはいかずとも、トレーナーさんとの距離が縮まったこと。

 トレーナーさんの想いが知れたこと。

 私の想いを吐露したこと。

 そうして、全部話し終えると、タイシンちゃんは「そっか」と一言呟いて、スマホに視線を落とした。

 

 

 寄り添うでもなく、突き放すでもなく、彼女は頷いた。

 そんな相部屋の距離が、心地良かった。

 

 

「……で、誘うの? 温泉旅行」

 

 

 ──ズバッと聞いてくるところは、少し怖いけれど。

 

 

「誘って、いいんでしょうか?」

 

「迷惑とか、嫌なんじゃとか。今更考えることでもないでしょ。三年間って、そんなに軽くないし」

 

 

 こちらを一瞥することもなく、彼女はそう言う。

 一人、商店街に出かけた時に引いたくじで当てた、温泉旅行のペアチケット。トレーナーさんに伝えられず、かと言って同期の子たちも誘えず、今も机の引き出しに眠っている。知っているのはタイシンちゃんだけで、二人で旅行に行くという間柄でもないので、相手はいないままだ。

 

 

 本当に、誘っていいんだろうか。今までも、二人でお出かけしたことはあるが、泊まりなんて初めてだ。遠征に行っても、夜には帰ってきていたし、トレーナーさんがそういう風に調整してくれていたけど、これは違う。

 踏み込み過ぎじゃないかな、なんて思う自分がいて。

 思い出を作りたい、と叫ぶ自分がいて。

 

 

 きっと二人なら、どこに行っても楽しいだろうなと納得する自分がいた。

 

 

「……決めました! 誘ってみます!」

 

「そっ。まぁ、楽しんできたら」

 

「お土産、いっぱい買ってきますね♪」

 

「……待ってる」

 

 

 冬の予定が、埋まった。

 十二月三十一日、トレーナーさんと温泉旅行。

 

 ◇結花◇

 冬。雪が降り、今年が終わる大晦日のその日、わたしはクリークに誘われてやってきた温泉旅行で、仕事疲れを癒すように寛いでいた。景色のいい露天風呂に浸かって、美味しい料理とお酒を楽しんで。今は二人、紅白をBGMに外の景色を椅子に座ってのんびりと眺める。

 良い時間だった。

 

 

「降ってるねぇ、雪。ホワイトクリスマスならぬ、ホワイト大晦日だ」

 

「露天風呂の方にも少し、入ってきてましたね〜」

 

「うん、本当に綺麗だった。この時期に来れてよかったかも」

 

「ふふっ、お誘いしてよかったです♪」

 

「だね。誘ってくれてありがとね、クリーク」

 

 

 白い景色を眺めながら語らう時間は、少し、また少しと過ぎていき、終わりが近づく。ちょっぴり大人っぽいクリークも、まだ子供だ。重たそうなまぶたを閉じないようにがんばってる姿は微笑ましくて、愛おしくて、「もう寝よっか」と言えば、あと少しとねだってくる。

 あと少しだけね、という優しさと。

 まだ話せる、という嬉しさが同時に込み上げて、温かい気持ちになる。

 

 

 温泉に入っただけでは得られない温かさだった。

 

 

「────」

 

「そうだねぇ」

 

「────」

 

「わかるわかる」

 

 

 むにゃむにゃと眠気を我慢して喋るクリークの話はふわふわとしていて、掴みどころがなく、矛盾していながらも可愛らしい。わたしはそれを壊さないように、適当な相槌を返してにっこりと笑う。

 今年が終わる瞬間が刻一刻と迫り、それに合わせるように彼女のまぶたが落ちていく。そして、除夜の鐘の最後の一回が来る前に、クリークはこっくりこっくりと眠り始めた。

 

 

 可愛らしい、寝顔だった。

 レースの時の彼女とは違う表情を少しばかり眺めて、椅子に座ったままじゃ可哀想だと思い、布団に運ぶ。ふわりと香るシャンプーの匂いと、布越しに当たる胸の感触にドキドキしてしまったのは、クリークには秘密だ。

 

 

「……どんな夢、見てるのかな」

 

 

 健やかな寝息を立てて、幸せそうな表情で眠り彼女の髪を撫でる。綺麗な鹿毛色の髪を梳いて、見つめる。ふと思い出せば、初めて見たレースで憧れた「あの人」もクリークと同じ鹿毛色だったっけ。

 

 

 もしかしたら、これも運命だったのかな? 

 

 

「……ううん、違う。わたしは──クリークだったから、惹かれたんだ」

 

 

 妹のようで、そうではなくて。

 恋人のようで、けど違くて。

 曖昧な距離感が、わたしの心を溶かしていく。

 

 

 近過ぎず、遠過ぎず。

 気付いた時には、いつも隣に居てくれる。そんな関係。

 

 

 幸せだな、と思って。

 これからもこうしたいな、と願って。

 そっと、おでこに口付けをした。親愛であり、深愛。唇までは遠くて、おでこが限界だった。

 

 

「いつか、もう少し大人になったら、クリークの方からしてね?」

 

 

 眠るクリークにそう言って、わたしも自分の布団に戻る。テレビも電気も消して、目を閉じたその時。ギュッと手を握られた気がして、無意識に離さないよう強く……握り返した。

 

 

「離さないで、くださいね」

 

 

 一言、そんな呟きが聞こえてしまったから。

 寒い寒い夜。新しい一年が始まった夜。隣に感じる温もりを、離さないと心に誓った。




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