七武海ですが麦わらの一味に入れますか? (赤坂緑)
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王下七武海加入編
天竜人に嫌われたけど生きられますか?


最近のワンピース熱に押されて漫画を読み返していたら創作熱が湧いてきました。モチベが続く限り頑張ります。


 憧れであるワンピースの世界に転生したと気が付いたのは、父が「天竜人」に殺されたという一報を受けた瞬間のことだった。

 それまでなんかぼんやりしていた頭がはっきりと覚醒し、「えっ、ここワンピ?」なんて間抜けな感想を呟いたことを覚えている。

 

 この世界の父はごく普通の会計士であり、ごく普通の人格者だった。

 母も普通の人で、父が巨大カンパニーの会計士ということもあってか専業主婦をしており、それなりに裕福な家庭だったと思う。

 

 間もなく弟も生まれようかという平和な一般家庭。

 

 だが、そんな平和は一瞬でぶち壊された。

 

 先程も言ったように父が天竜人に殺されたのだ。

 詳細は俺も知らないが、父はあろうことか天竜人の機嫌をえらく損ねてしまったらしく、その場で処刑を言い渡されて銃で頭を撃ちぬかれたそうだ。

 そこまではいい。いや、全然良くないが、この世界では父の方が悪いことになるのだから、天災に巻き込まれたとして割り切ることもできた。

 

 だが、よほどヤバいことをしてしまったのか、父を殺したにも関わらず天竜人の機嫌は一向に治らず、その場で宣言してしまったのだ。

 

 一族郎党皆殺しを。

 

 そこからは正に地獄だった。俺たちは何も悪いことをしていないのに、適当な罪状で海軍に命を狙われ続ける日々。

 中には「こんな理不尽がまかり通るなんて許せない!」って言ってこっそり逃がしてくれる人の良い海兵もいたが、大多数の海兵は上からの命令に従うだけの兵士だ。

 

 まず、祖父母が速攻で殺された。

 親戚も全員殺された。まだ十歳にもなっていない従妹も殺された。

 一緒に逃げていた母もあっさりと殺された。

 もちろん、お腹の中にいた俺の弟もこの世に生を受けることは叶わなかった。

 

 俺はその当時8歳。

 何も知らない餓鬼だったらそのまま捕まって殺されていただろうが、生憎と中身は世界こそ違うもののそれなりに人生経験を積んでいた青年だ。

 幸運が味方してくれたこともあり、何とかギリギリで逃げ回ることが出来ていた。

 

 ある時は海賊団の下っ端として働き、またある時は父から教わっていた会計術と前世の数学知識を利用して幼いながらマフィアの金庫番をやり、またある時は今にも死に掛けで無害そうな物乞いのふりをした。

 

 俺は定期的に自分の容姿を変装で誤魔化し、喋り方も変え、性格も変え、あの手この手であちこちに潜り込んでは短期間だけ居座ってすぐに姿を消し、海軍の目を欺き続けた。

 

 ニコ・ロビンではないが、何でもやった。

 

 そうして10年ほど経過したが、まだ海軍は諦めない。

 上司(天竜人)の突き上げが激しいのだろう。実際に働いている本人たちはどうでもいいと思っていて、もう他の仕事に労力を割きたいと思っていても、上方のつまらないプライドがそれを許してくれない。

 前世がサラリーマンだった身の上だから必死の形相で探し回る海兵諸君の気持ちはよくわかる。

 まぁ、追われる身として敵に同情したところでどうにもならないのだが。

 

 そうやって根無し草の生活を送っていたある日のこと。

 

 俺は滞在先にしていたとあるマフィア組織の中でこの世界恒例のアレと出会うことになる。

 

「へ、へへへ()()()()っすか?」

 

 俺は卑屈さ最優先の笑顔を浮かべながら目の前の気持ち悪い模様の果実をガン見していた。男はニヤニヤと笑いながらそれを手でもてあそぶ。

 

「あぁ。クソ馬鹿なお前も聞いたことくらいはあるだろ? 食ったら悪魔みたいな力を手に入れられるかわりに海に嫌われるっていう実さ」

「まぁ、聞いたことはあるっすけど……そんな大物がどうしてうちに? それ、滅茶苦茶高いんですよね?」

「今度の裏オークションに掛けられるんだとよ。だが、勿体ねぇよなぁ~悪魔の力が手に入るなら俺様が食ってやりたいところだぜ」

 

 食ったら殺す

 

「で、でも勝手に食ったら親分が怒るんじゃないすかね……?」

「バカが! わかってるつの!」

 

 痛てて……急に殴るな馬鹿が。

 

「うちの大事な資産だからよ、しっかり管理を頼むぜ金庫番。まぁ、テメェみたいな雑魚に限ってないとは思うが、なくしたり盗んだりしたら――分かってるな?」

「了解っす」

 

 その日の晩、俺はありったけの金と悪魔の実を盗んでから組織を抜けた。

 

 あくどい人身売買と薬物で儲けていたしょうもない組織だ。

 罪悪感は一切ない。ついでにこれまでの悪行の全てを丁寧に記載したノートを海軍に提出しておいたから、明日から楽しい楽しい組織解体作業が始まることだろう。

 

 この日の為にこっそり購入しておいた小型の船に乗り込み、すっかり慣れた手順で夜の航海を始めながら俺は手元に転がり込んで(盗んで)きた実を天に掲げ、まじまじと眺めた。

 

 悪魔の実は食ったら最後、他の能力と交換は出来ないし、黒ひげのように特殊な事情がない限りは能力を併用することもできない。

 黒ひげと同じことが出来るなら問答無用で食うのだが、本編で明らかにされる前に向こうの世界をお陀仏してしまったため、再現性がなく他の実を食うことができないのが現状だ。

 

 「悪魔」の実というだけあって、とんでも能力が手に入るメリットは既に確約されているが……代わりにデメリットもかなり大きい。

 

「泳げなくなるのはヤバいよな……俺、逃走中の身の上だし」

 

 これまでも気づかれそうになったところを咄嗟に海に飛び込んでやり過ごした経験があるため、逃走手段が一つ消えるのは非常に痛い。

 

「でも、これを食えば“戦う”っていう選択肢が増えるかもなんだよな……」

 

 何度でも言うが、悪魔の実の力は絶大だ。

 例えそれが外れ能力だとしても、ないよりはマシ、という能力の方が多いことを俺は原作知識で知っている。

 これを金に換えて新たなる逃亡資金にする手もあるが……これを逃せば一生出会えない気もしている。

 

「うーん、良し。明日、晴れてたら食おう」

 

 考えるのが面倒になったので思考放棄し、夢の世界へと旅立った。

 

 そして次の日。

 空はこれでもかというくらいに晴れていて――

 

「ええい、ままよ!」

 

 俺は勢いのままに悪魔の実をかっ食らったのだった。

 もちろんクソ不味かった。

 

 能力? そりゃあ、もちろん――

 




原作まで少々時間が掛かります。


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悪魔の実が当たりだったので調子に乗っていいですか?

 あの悪魔の実を食ってから2年。

 

 俺は襲い掛かってくる追手を難なく撃退しつつ、適当な海賊を襲って財宝を奪い取る海賊狩り専門の海賊みたいなことをしていた。

 賞金稼ぎになることも考えたんだが、俺自身が賞金首である以上、賞金を貰いに行って逆に命を狙われるという可能性もある。

 変装すればいいという意見もあるかもしれないが、長期潜入するわけでもないのに変装するのは非常に手間が掛かるし――なにより、魂に刻まれた海軍への苦手意識が拭えず、能力の鍛錬も兼ねて独力で海賊を狩り続ける生活を送っていた。

 

 さて、悪魔の力を手に入れたことで久々(約12年ぶり)にゆとりある生活を手に入れた俺の中にはある一つの夢が生まれていた。

 

“麦わらの一味に入って冒険をする”

 

 この世界に生まれ変わったのであれば、誰もが一度は考える夢だと思う。

 もちろん、原作のお邪魔をするつもりは一切ない。

 強いて言えば、敵幹部との戦闘が俺のお陰でちょっとだけ楽になるかもしれないが、それ以外は基本的に原作通りに進んでいってもらいたいと思っている。

 ド至近距離で麦わらの一味に扮して感動を味わいたいのだ。

 

 仕入れた新聞によれば、まだ麦わらのルフィは表舞台に現れてはいないから原作前であることは間違いない。

 だが、決して時代が前すぎるということもなく、大海賊ゴール・D・ロジャーは既に処刑された後。つまり、世は正に大海賊時代真っ只中。

 

 あと数年我慢すればルフィが頭角を現し始めるはず。

 だから今のうちに力を蓄えておくのだ。

 

 合流はバラティエ辺りを考えている。

 ご飯おいしそうだし、悪魔の力を手に入れた今の俺なら鷹の目はともかく他の連中に手こずることもないだろうし。

 あと、ナミすわんと仲良くなれるイベントが間近に控えているし(ゲス顔)

 

 あの日食った悪魔の実は結果から言えば大当たりだった。

 原作には登場していないが、間違いなくこの世界の中でも強力な能力を手に入れられたと思う。

 その説明は後程するとして、今は――

 

「おい何してる⁉ さっさとあの化け物を殺せっ!」

「無茶言うな! あんな化け物をどうやって……」

「クソ! なんで俺たちがこんな目に……」

 

 のんびりと飛行している最中に見つけた海賊船。

 見るからに品がない船長のあほ面は手配書の写真と見事に一致。

 平和な島を襲っては略奪を繰り返している節操のない無法者たちだ。

 

 ――いいね。

 

 叩きのめしていい理由を用意してくれる奴は好きだ。

 

「お頭! また消えました!」

「またか……! 野郎ども! 周囲を警戒しろ! 奴がくるぞ!」

 

 不安そうに辺りを見渡す海賊たちを上から見下ろしつつ、俺は決着をつけるべく動き出した。

 風を切り、真っ逆さまに降下する。

 巨大な質量の塊と化した俺は海賊船のど真ん中に着弾し、数人を巻き添えにしながら甲板をぶち破った。

 

「「「ぎゃあああああああああ!」」」

 

 流石にこれ以上力を籠めたら底をぶち抜いて自分から海水に飛び込むダイナミック自殺となるため、絶妙な力加減が肝心だ。海賊船を三隻ほど沈めてようやく適切な加減を学ぶことが出来た。

 

「う、撃て! 奴は今真下にいるんだぞ⁉ 早く撃て!」

 

 船長命令で上から銃弾が撃ち込まれてくるが、痛くも痒くもない。

 そこまで精度が高いわけではないが、武装色の覇気を纏っているからだ。

 偶然にも覇気を使う海賊と海軍の戦いを目撃する機会があり、それを参考にちょっとずつ練習していくうちにそれっぽいことは出来るようになってきた。

 

 俺、この世界では結構才能あるほうなのかもしれない。

 

 ただ、幾ら覇気を使えるとは言え、上から撃たれ続けるのも鬱陶しいだけなのでそろそろ上がることにする。

 

◆◆名もなき海賊視点◆◆

 

 それは、突然やって来た。

 見張り役の俺がマストの上でボーッと空を眺めていた時のことだ。

 なんか、妙な鳥が飛んでいるなと思って望遠鏡をのぞき込み、そいつと目が合っちまったのが運の尽きだった。

 

 急に進路を変えたそれは凄まじい速度で俺たちの船に降り立ち、船長目掛けて襲い掛かって来たんだ。

 

 咄嗟に部下を突き飛ばして盾にしたおかげで船長は生きながらえたが、正直な話、全滅するのは時間の問題だと俺は思っていた。

 

「撃て! 撃ちまくれ! 弾丸は全部使っちまって構わねぇ! アイツを殺すんだ!」

 

 皆、青ざめた顔で大きな穴が開いた甲板の下に向けて銃を撃ちまくる。

 多分、無駄だと数人は気が付いていると思う。

 あんな怪物に銃が効くはずがねぇ。

 でも、そうするしかないんだ。

 みんな、絶対的な恐怖を前にして出来ることは泣きながら引き金を引くことだけなんだから。

 

 バキッ

 

 板が割れる乾いた音と共にそれは甲板の下からのっそりと現れた。

 

 

 まず目につくのは黄金の鬣。

 猛々しいそれは獣たちの王者の証。

 こんな海にいるはずのない獅子が牙をむいていた。

 

 胴体もまた殆どが獅子だった。

 人間など軽く引き裂けるであろう大きな爪、たくましい筋肉の集合体である胴体。

 だが、その後ろ脚だけは黒く、奇妙なことに山羊のものと思われる形をしていた。

 さらにもっと奇妙なことに尻尾は巨大な蛇となっており、ビビり散らす俺たちのことを冷酷に睨みつけている。

 

 そして最後に、その翼。

 空を悠々と飛んでいたそれは、俺の認識が間違っていなければ「()」のそれだった。

 

 獅子の顔と胴体、山羊の後ろ脚、蛇の尾。

 そして禍々しい竜の翼。

 この世ならざる異形の怪物。

 

 それを知識ある人々はこう呼ぶ。

 

 キマイラ、と。

 

「ひっ⁉ ば、化け物……」

 

『酷いことを言うじゃねぇか。傷つくぜ』

 

「「「しゃ、喋った⁉」」」

 

『あぁ、喋れるぜ。だが、お前らが喋れるのはこれが最後かもな』

 

 ニヤリとその顔が歪んだように見えた。

 

 銃を撃つ。剣を叩きつける。拳で殴る。

 その全てが効かない。

 ある者は爪で引き裂かれて、ある者は蛇に噛まれて毒で倒れ、またある者は山羊の後ろ脚に蹴られて気絶する。

 

「どうして……どうして、こんなことに……」

 

 男は絶望のままに呟いた。

 船員の数が片手で数えて足りるくらいになったころだった。

 船長はとっくの昔に前脚で殴られて気絶している。

 

『運がなかったのさ。俺も大概だが、お前らはもっとついてなかったな』

 

 返事を期待したわけではなかったが、怪物は律儀にそう返した。

 

「そうか……そうだな。この海では運がない奴から死んでいく。俺たちは、ついてなかったんだな。――なぁ、最後に一言いいか?」

『なんだ?』

 

 最後まで妙なところで律儀な怪物を可笑しく思いながら男は言った。

 

「テメェにとっておきの悪運を‼」

『最悪の遺言だなオイッ!』

 

 だが、最高に海賊らしい言葉だった。

 

 ――試してみるとするか。

 

 怪物は敬意を込めて彼を最近ようやく完成した最強の技で葬ることにした。

 大きく開かれた獅子の口から火炎が溢れ出る。

 それを放出することなく口内で一つのエネルギー体として凝集させ、的を睨みつける。

 

獅子竜王砲

 

 やがて放たれた極太の熱量は海賊船の大部分を消し飛ばしながら海を真っすぐに突き抜けていった。

 

 

◆◆海軍サイド◆◆

 

「奇妙な怪物が次々と海賊船を沈めている……?」

 

 とある海軍少将は海賊への尋問を終えた部下からの報告を聞き、怪訝な表情を浮かべた。

 

「はい。獅子の顔に竜の翼、蛇の尾を持つこの世ならざる怪物とのことで……」

「なんだ、その全部盛りみたいな適当な姿は」

「ですが、生き残った海賊連中に聞き取り調査をしたところ、全員がそのように回答しておりまして、信憑性はかなり高いかと思われます」

「ふーむ……何らかの悪魔の実の能力者か」

「はい。聞いたこともない能力ですが、そう考えるのが妥当かと」

 

 海軍少将は頭を抱えた。

 

「海賊を勝手に狩ってくれるのはいい。寧ろ、我々が感謝すべきなのだろうが……」

「はい。今は時期がまずいですね――」

「あぁ。考え得る限り最悪の時期だ」

 

 手元に置かれている資料を手に取る。

 そこにはこう記載されていた。

 

【天竜人航行ルート 警備強化の件】

 

「せめて、その件の怪物が海賊だけをターゲットにしてくれていれば非常に助かるのだが……」

「その怪物にも手配書を出しますか?」

「いや、下手に刺激して、それこそ天竜人の船を襲撃されてはたまったものではない。今は放っておこう」

「承知いたしました」

 

 部下が退出したのを見届けた少将は窓の外の穏やかな海を眺め、そっと呟いた。

 

「頼むから。大人しくしておいてくれよ、怪物」

 

 

◆◆主人公サイド◆◆

 

「よーし、大漁、大漁」

 

 一狩り終えた俺は拠点にしている島で先ほどの海賊から奪った財宝を数えながらにんまりと笑っていた。

 

「いやー、それにしても見事に悪魔の実ガチャに勝ったな」

 

 これまで集めた財宝の整理を尻の上辺りから生やした蛇に任せながら呟いた。

 竜の翼で飛行可能、胴体は獅子というだけあって頑丈で素早く、尻尾の蛇は毒持ちで口からは火炎と破壊光線を打てる。

 正直、この能力頼みで結構上の方まで上り詰められるくらいには当たり能力だと思う。

 ……完全変身した際の見た目の恐ろしさだけがネックだが。

 

 名前はなんだろう? 『動物系幻獣種 ネコネコの実 モデル キマイラ』とかかな?

 まぁ、悪魔の実図鑑なんて持ってないので知りようはないし、強けりゃどうでもいいので、その辺りは気にしていない。

 

 あれから悪魔の実と我流で習得中の武装色でごり押してきたが、この海ではほぼ敵なしだと思う。

 

「まぁ、よほど変なことをしない限りはこのまま稼ぎ続けられるな。うし、もうちょっと貯めたら奮発してデカい船でも買って、東の海に行くとするか! いやー、夢が広がるぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この馬鹿が間違えて天竜人の船をビームで焼き払い、海軍大将と地獄の鬼ごっこに興じるまであと一日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【キマイラ】
獅子と山羊と蛇(または竜)を組み合わせた姿をしているとされ(これら3つの頭を持つとも)、巨大で力が強く脚も速く、口から火を吹くという。
参考:ピクシブ百科事典

うん。化け物ですね!


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調子に乗ってしまいましたが命は助けてくれませんか?

主人公のキャラがいまいち定まらない......。
暫くはこの感じでいきたいと思います。


 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ間違えたぁああああああああああああああああああああああああああ。

 

\(^o^)/オワタ

 

どうも皆さんこんにちは。

まだ自己紹介できていなかったけど、8歳で理不尽にも賞金首として追われる身となった哀れな青年、キリアです。(今更

 

いやー、びっくりしたよね。

ちょっと新技の練習がしたいなぁって思ってさ。

ちょうどいい感じの悪そうな海賊船を見つけたから一気に襲い掛かって、別に撃つ必要もないのに獅子竜王砲をぶっ放してみたらさ、ビーム線上に天竜人の船があったんだってさ!

 

ハハハハハハハハハハハハハハハ!

 

笑える! ハハハハハ! ――って、笑えるかボケェ‼

 

天竜人⁉ 俺の人生をぐちゃぐちゃにしてくれやがったあの天竜人⁉

危害を加えようものなら速攻で海軍大将が飛んでくる、で有名なあの天竜人⁉

 

ふ、ふざけんなっ!

お前ら、どんだけ俺の人生壊せば気が済むんだ馬鹿野郎!

今回は全面的に俺が悪いけどさっ!

ちゃんと確認してなかった俺が明らかに悪いけどさっ!

撃つ必要もない必殺技を調子こいて最大出力で放出した俺に責任あるかもだけどさ!

でも、こんなに反省しているんだから許してくれたっていいじゃんよ!

君らはもう蒸発しちゃったんだから海軍大将なんて呼ばなくていいじゃんよ!

平和にいこうよ~!

 

あっ、今なんか()()()()光ったような――

 

◆◆海軍サイド◆◆

 

その日、海軍は上から下まで大騒ぎだった。

 

この世で最も高貴な血筋(とされている)天竜人。

彼らの船が襲撃を受け、乗船していた五名の天竜人全員が死亡したというのだ。

前代未聞の大事件を受け、海軍は急ぎ状況の確認を行うと共に、下手人をひっ捕らえるべく海軍大将“黄猿”の派遣を決断。

 

現着した黄猿は目撃情報と優れた見聞色の覇気をもとに下手人を現場から逃走した奇妙な怪物と推定。捕縛、もしくは処刑すべく追跡を開始した。

そして調査開始から数日後――

 

「うわっ⁉ あ、危なッ! おい! どこのどいつが――き、黄猿⁉」

「おや~、わっしのこと知ってるのかい~?」

「逆に知らない奴がいるかよ⁉」

「まぁ、ともかくお前ェ、わっしと来てもらうよ~」

 

現場からかなり離れた小さな島に怪しげな住民を発見。

見聞色で天竜人襲撃犯と直感的に悟った黄猿は普段のとろい仕草が嘘のような俊敏さで油断なく捕縛を試みるも初撃を躱され、戦闘へと発展。

 

『誰が一緒に行くか馬鹿野郎ッ!』

「ん~、こんな奇妙な生き物は見たことがないね~」

 

睨みあうこの世ならざる怪物キマイラと、ピカピカの実を食べた光人間の化け物。

二人の因縁はここから始まった。

 

 

◆◆主人公サイド◆◆

 

黄猿半端ないってもぉー!

ビーム強いし痛いし、竜の翼で雲の上まで逃げても月歩とピカピカで追いかけてくるし、

武装色で殴りかかっても練度違いすぎてこっちの攻撃全然通らないし、何とか撒いたと思って人の多い街に潜伏しても速攻で変装見破ってくるもん…

 

そんなんできひんやん普通、そんなんできる?

言っといてや、できるんやったら…

 

地獄の鬼ごっこも始まってから1か月が経過しているが、冗談抜きでそろそろ殺されてしまうかもしれない。

こっちは逃走キャリア12年の技をフル活用し、さらに悪魔の実の力も手に入れてから初めてというくらいの本気で使っているが、全然歯が立たない。

手の内は全て晒してしまったし、次に見つかって戦闘に発展したら確実に負ける。

 

「修行だ。修業が必要だな……」

 

こういう時は修業が必要だって、俺たちの聖書ジャンプにも書かれてある。

さらに我流に限界を感じた俺は師匠が必要不可欠であると考えていた。

 

ワンピース×師匠といえばあの人と相場が決まっている。

 

覇気のことなら何でもござれ。

未来の海賊王を育てた究極のイケおじ。

シルバーズ・レイリーさんだ!

 

というわけで黄猿との追いかけっこをしながらも何とかつきましたシャボンディ諸島。

 

ここで覇気を鍛えてもらって、何とか黄猿を追い払えるぐらいのレベルになりたいものだ。

……ていうか、レイリーさんに追い払ってもらう方が早いか。

 

「さて、あの人はどこにいたかな? 流石に細かい場所はもう思い出せないなぁ……」

 

この世界で長く生きていると原作知識も細かいところは全然思い出せなくなってきた。

大まかな出来事は何とか覚えてはいるのだが……

 

「しかも、普段は気まぐれで色んなところをフラフラしていたような……本当に見つけられるのかな? 流石に今の実力で大将とやり合うのは限界が――」

 

“八咫鏡”

 

「うわっ! 危なッ⁉」

 

死地の連続でようやく目覚めてくれた見聞色の覇気が危険を知らせてきたので急いで頭を下げると、先ほどまで俺の頭があった位置を何かが高速で駆け抜けていった。

全力で前に飛び、地面を転がりながら振り向けば、すっかり見慣れたグラサン黄色スーツが。

 

「やっと見つけた~、今回は随分と手こずらせてくれたねぇ~、怪物くん」

「……あんた、人様の修業は邪魔しちゃいけないって、ジャンプで習わなかったのか?」

「相変わらず何を言っているかさっぱりだねぇ~だが、この茶番も今日までだよぉ~天竜人を殺した罪、償ってもらおうか」

 

皆大好き、ちょっと実力の底が見えない黄猿先生だ。

 

「前にも説明したけどさ、あれは事故だったんだって! 俺は天竜人を殺すつもりなんて一切なかったんだよ!」

 

このタイミングで見つかるとはマジでついてねぇ……。

無駄だとは分かっているが、念のため言い訳をしておく。

 

「殺すつもりはなかったっていうのは戦う中で何となく分かってはきたがねぇ……だが、お前さんが殺したっていう事実は消えんでしょう? ましてや相手は言い訳なんて一切聞かない天竜人だよぉ?」

「……」

 

ぐうの音も出ないド正論。

黄猿もあくまで上からの命令に従っているだけなんだから、こうして俺の言い訳を聞いてくれるだけまだマシな方なんだろう。

 

「ていうかあんた、最初の頃と比べたら随分と優しくなったな。前なんて俺に口を開くことすら許さなかっただろ?」

「まぁ、わっしも伊達に海兵を長くやってはないからねぇ。戦ってれば相手のことは少しくらい分かってくるもんだよぉ」

「へぇ、意外だな。あんたはもっと――」

()()

 

空気が変わった。

ゾッとするほど冷たい空気が潜伏先の山を包む。

 

「そろそろ捕まってくれねぇと、うちの面子が立たねぇのよ。加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()お前さんの異常な成長速度。この先、生かしておくには厄介すぎる」

 

あれ、なんか声がガチ……

 

「天竜人を殺して、海軍大将から1か月生き延びた。その功績を誇りに思ってあの世へ行くんだねぇ!」

 

いやいやいやいや!

 

「八尺瓊勾玉」

 

ちょっ、待――

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

余談:シルバーズ・レイリー

 

 

「うん? この気配は……黄猿か?」

 

かつて伝説のロジャー海賊団で副船長を務めていた男、シルバーズ・レイリーは小銭の入った袋を手元で転がしながら懐かしい気配を感じ取っていた。

「ただの海賊狩り……にしては随分と気合が入っているようだな」

 

銭を稼がせてもらったカジノの中で立派な髭をさすりながら目を閉じてさらに気配の様子を探る。

 

「海賊の方は……若そうだな。荒々しく、瑞々しい気配だ。だが、良くない流れを背負っているようにも思える」

 

思うところがないわけではない。

かつて自分も海賊として名を馳せた男だ。

若い海賊が圧倒的な力の差で抵抗虚しく海軍に敗れるというのは面白い展開ではない。

 

「若い芽を摘むな、と言いたいところだが、海軍が海賊を追いかけるのは世の理」

 

だが残念ながら、シルバーズ・レイリーという男は良くも悪くもリアリストで、さらに言うと気まぐれな男である。

顔見知りでもなければ名前も顔も知らない若い海賊の為に命を懸けるほどお人好しではない。

 

「――さて、私も感づかれる前にさっさと退散するとするか」

 

こうして、キリアが土下座してでも師匠になって欲しかった男はあっさりと姿を消してしまったのだった。

 

 




主人公の師匠は黄猿だからね。仕方ないね。


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何でもするのでいい加減に助けてくれませんか?

 

『クソっ! 今日は特にしつこいな!』

「わっしも暇じゃないんでねぇ。いい加減に捕まってもらうよぉ~」

 

黄猿との追いかけっこは熾烈を極めていた。

海軍の面子がどうたらは結構ガチ目の話らしく、いつも以上に気合い入れて襲い掛かってくる。

海軍大将相手に一か月生き残っているだけでも凄い! って思われるかもしれないが、それはあくまでも逃げに徹した場合だ。

反撃なんてとんでもない。今の俺では逃げ回るので精いっぱいだ。

 

まぁ、あの黄猿から逃げられているだけで凄いのかもしれないが。

 

“天岩戸”

 

「うおっ⁉ ちょっと! 勝手に島を破壊しまくっていいのか⁉」

「ん~、君が避けたせいだねぇ」

「ちょっ⁉ 俺に負債を全部負わせる気か⁉」

「総額幾らだろうねぇ~?」

「これが海軍のやり口かよ……!」

 

獣人形態で飛んでいたら後ろから極太ビームが飛んできたので咄嗟に躱すと、目の前でヤルキマンマングローブが大爆発を起こして折れてしまった。

背中から生やした竜の翼を全力で動かし、さらに上を目指す。

そうだ。先に撃ってきたのは向こうなんだから、こっちにも撃ち返す権利くらいあるだろう。

撃っていいのは撃たれる覚悟ある奴だけ。ちなみに俺に覚悟はない。

 

『竜王砲』

 

()()()()()()()()()()()、下にいる黄猿に向かって極太ビームを放った。

覇気もきっちり乗せていたが、案の定さくっと躱されてしまう。

 

ちえっ、何でこっちが有利なはずの空中戦でも向こうが有利なんだか。

 

 その後もジグザグと地面から生えている巨大なマングローブを避けながらシャボンディ諸島を滑空し、黄猿とレーザーの撃ち合いを繰り返す。

 某スペースファンタジーばりにビームが飛び交っているが、これが人間による仕業というのだから恐ろしい。片方は俺だが。

 

 だが、流石に痺れを切らしたらしい黄猿は戦いの中で八咫鏡を発動。

 不規則にマングローブの間を高速で移動し、集中力が落ちた俺の見聞色の覇気をすり抜けて背後を取られた。

 

『しまっ――』

「光の速度で蹴られたことはあるかい?」

 

 あんたのであれば何度も。

 

 なんて軽口を言う暇もなく強烈な蹴りを叩きこまれる。

 俺はインパクトの瞬間、咄嗟に完全獣状態へと移行した。

 身軽なのは獣人形態の方だが、防御力と生命力はこっちのほうが上だ。

 

 凄まじい速度で地上に落とされる最中、少しだけ残っていた良心が人混みを避けろというのでグルグルと回る視界の中で人が少ないところを選んで落下した。

 

『痛っ……容赦ないなぁ……ん?』

 

 猛烈な痛みに耐えながら起き上がると、そこは市街地の真ん中。

 辺りには俺を遠巻きに見る群衆の姿があった。

 彼らは顔面蒼白で俺の方を指さしている。

 

 ……まぁ、確かに完全獣状態の俺は凄い見た目してるけどさ、そんなに怖がることはないんじゃない?

 一人なんて、完全に涙を流しながら俺の下を見て――

 

 

 下?

 

 

 そういえば、人混みはきっちり避けていたんだが、衝突の瞬間は視界が地面ではなく

 空中にいる黄猿の動向を捉えていたので人がいたかどうか確認できていなかった。

 

 後、今少しだけ前脚を動かしたんだが、肉球の先にべちょっとした感触があった。

 

「……」

 

 恐る恐る下を見る。

 

 

 

 

なんか、もの凄い見覚えのある金魚鉢みたいなヘルメットが転がっていた。

 

 

「……」

 

 

 うん。見間違いだな。

 血と肉がこびりついた前脚で目をこすってからもう一度下を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか、もの凄い見覚えのある金魚鉢が転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

なんだ、やっぱり金魚じゃないか

「「「いや、違うだろ――⁉」」」

 

 群衆から息の合ったツッコミを頂きました。

 でも、ちょっと待ってほしい。

 これ、明らかに金魚鉢だろ。こんな変な形の被り物をする人類がこの世界にいるはずがない。

 バッキバキに割れた金魚鉢の向こうに赤い肉の塊みたいなのが見えるが、これもどうせ金魚だろう。

 金魚鉢の中にいるのはだいたい金魚。これ、グランドラインの常識ね。

 

 金魚を殺したところで罪には問われない。

 俺は人なんて殺してない。

 

 いいね?

 

 

 

「や、やりやがった⁉ ()()()()()()()()()()()()()()()()()()~‼」

『』

「お、おやおや~お前さん、またやっちまったのかい?」

 

 ピカっと光って地上に降り立った黄猿はちょっと震える声で俺を指さしながらそう言った。

 おい、お前が引いてどうする。

 

『あぁ、やっちまった……おい、この金魚誰のだい? 俺が弁償するよ

「「「「テメェはいい加減に現実を見ろッ‼」」」」

 

 民衆の息の合ったツッコミを再度頂きました。

 

『金魚ごときで騒がしい民衆だな。俺は動物園から逃げ出してきたただのしがないライオンだ。もう帰るから、コントはその後でやってくれ』

「「「「お前みたいなライオンがいてたまるかッ‼」」」

 

 失敬な。今どきのライオンは全員こんな感じだ。多様性の時代だぜ? そりゃあ、背中から竜の翼は生えるし、尻尾は蛇だし、後ろ脚は山羊のライオンくらい普通にいる。

 だから、俺はこれで失礼を――

 

 プルルルル、プルルルル、プルルルル、

 

『……電伝虫なってるぞ、黄猿。その左腕のやつだ』

「はいはい、腰のだね。もう騙されないよぉ~あと、逃げようとしたら撃つからね~」

『ちっ』

 

「はい、こちら黄猿ぅ~」

 

 不意をついて逃げ出したかったが、黄猿の指はきっちりと油断なく俺を狙っている。

 ここは被弾覚悟で逃げ出すべきか。

 痛いのは嫌だが、どうせすぐに再生するんだ。

 ここを切り抜けたらレイリーさんと合流して、さっさとこんな島おさらばしよう。

 修業のためとはいえ、やはり天竜人がいる島をうろつくのはアウトだ。

 

 俺自身が天竜人に思うところは……まぁ、人生を壊された相手なのでそれなりにあるが、だが少なくとも殺すつもりなんて一切なかった。

 なのに、ちょっと着地に失敗しただけでこの仕打ち。

 

 多分だが、俺はこの世界で天竜人と徹底的に巡り合わせが悪いのだろう。

 そうに違いない。きっと、敵に向かって撃ったレーザーも天竜人が近くにいればそっちに90度の角度で曲がって命中するくらいの因果律を感じている。

 ついてないぜクソッタレ。

 

 だが、やっちまったもんはしょうがない。

 

 また海軍大将に追いかけられる日々が始まるが、なーに、やることはこれまでと何も変わらない。

 今まで通り、黄猿から逃げ回れば――

 

「――つきましては海軍大将、青雉がシャボンディ諸島に出撃されました。大将二名で協力し、何としても怪物を捕縛せよとのことです!」

今なんて?

 

なんか、聞こえてはいけない単語が聞こえた気がする。

青雉、大将二名で協力。

 

「……お前さん、いよいよ終わったねぇ~どうやら、怒らせちゃいけないところを本気で怒らせちゃったみたいだよぉ~?」

『――――』

「おや~、顔が死んでるね~」

 

 そりゃあ、死刑宣告されれば誰だって顔は死ぬ。

 未だかつてない状況に頭が追い付けていない。

 なに? ここは頂上戦争でっか?

 ははっ、頂上戦争も見てみたかったなぁ……

 でも、俺はここまでだ。ここで死んで、麦わらの一味にも会えずに新聞の一面を飾って死ぬんだ――

 

『いや、まだだ』

「ん~?」

『俺には、夢がある。夢が出来たんだ。ここで死ぬわけには、いかない!』

「……随分と、生意気な目をするねぇ。大将二人を相手にして生き残れるとでも?」

『今はまだあんた一人だろ? ここであんたを潰せば残りは一人。やることは、これまでと何も変わらない』

「――怖いねぇ。その若さ、自信、潜在能力。ここで摘まないと、後々面倒なことになる。死ぬ覚悟はできたかい? 怪物」

『だから、死ぬのはあんた――』

 

 

「あらら、こんな衆目が集まる場所で天竜人の死体を踏んづけて……なかなか豪胆な奴じゃないの」

 

 

 ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには海軍大将の一人、青雉がいた。

 

 

「青雉ぃ~、なんでもうここにいるんだい~?」

「この格好を見て分からねぇか? あれだ、あれ……なんだったかな?」

「「「「ハッキリしろよ! どうせ休暇だろ‼」」」

「あ~、それだ、それだ」

 

 

 アロハシャツにサングラス、右手に大量の買い物袋を持っていれば目的は一目瞭然だ。

 民衆からのツッコミでシャボンディ諸島来訪の目的を思い出した海軍大将「青雉」はサングラスを外し、トレードマークのアイマスクを装着してから休暇の邪魔をしてくれやがった犯人を睨みつけた。

 

「それで、こいつが天竜人を殺した犯人か? 黄猿」

「そうだよぉ~、随分と手こずらせてくれたけど、その悪運も今日までだね~」

「――――」

 

 思えば、数奇な人生だった。

 せっかく憧れの世界にやって来たと思ったら天竜人のせいで台無しにされ、ようやく麦わらの一味に合流できると思ったらやっぱり天竜人のせいで台無しにされ、それでも逃げ切れるかと思ったらやっぱりやっぱり天竜人のせいで台無しにされ――

 

 あれ? 俺の人生これでいいのか?

 

 目の前で何やらごちゃごちゃ言っている海軍最高戦力二人を前に思う。

 

 誰にも(天竜人以外)迷惑掛けていないのに、善良な人間であるこの俺が理不尽にもここで殺されて終わる?

 

 ダメだろ、そんなの。

 

「……やってやろうじゃねぇか」

「ん~?」

「あん?」

 

 光と氷の化身に向かって俺は叫んだ。

 

「雑魚大将が二人揃ったからってなんだってんだ! 海軍も天竜人も全員クソだ! 俺は絶対に生き残ってやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「……怖いねぇ、その絶対に折れない精神力。クザン、油断しちゃダメだよぉ~、コイツ、凄い速さで強くなるから」

「やれやれ、バカンスは終わりか。――仕事の時間だ」

 

 怪物が竜の翼を広げ、獅子の顔が雄叫びを上げる。

 どっちつかずの正義を掲げる中立の男が破滅の光を指先に宿し、

 だらけきった正義を掲げる誰よりも熱い男が氷河時代を具現化させる。

 

 

 怪物VS海軍大将二名による衝撃の大怪獣バトルのゴングが鳴らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やめて! 勢いで啖呵切ったけど、青雉の氷で足止めされて黄猿のビームを撃たれたらいくらタフとはいえ、身体が燃え尽きちゃう!

 お願い、撃たないで黄猿! あんたが今ここで本気出したら、麦わらの一味との再会の約束(してない)はどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、(逃走前提で)海軍大将二人に勝てるんだから!

 

 次回、「キリア死す」。デュエルスタンバイ!

 




師匠その2(青雉)、到着。


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海軍サイド:今後の方針

たくさんの感想ありがとうございます!
色々とご意見いただいておりますが、一先ず突っ走るところまで走ってから細かいところは修正していく形でいきたいと思います。

ノリとバイブスが大事だって黄猿師匠も言ってたし(言ってない

今回は題名通り海軍サイドのお話です。


 

◆◆海軍本部 マリンフォード◆◆

 

大事な会議が開かれる際に使用される最も大きな会議室には、所狭しと大勢の海兵たちが集っていた。

大将赤犬を始め、中将以下招集可能な海兵は全員集められている。

 

「――全員揃っているな」

 

遅れて会議室に現れたのはこの場において最も権限が高い男。

海軍元帥 仏のセンゴクである。

 

センゴクは近くの海兵に命じて全員にある資料を回させた。

そこに記載された名を見た瞬間、全員の顔が引き締まる。

海兵であれば――いや、海兵でなくともその名を知らぬ者はいないだろう。

 

「怪物キリア。もう皆も把握していると思うが、今一番世界を騒がせている最悪の犯罪者だ」

 

センゴクは仏という異名が間違ってつけられたのかと思われるほど恐ろしい鬼の形相でその名を呼んだ。

 

会議室が暗くなり、電伝虫がプロジェクターのような形で大きな写真を皆の前に投影した。

そこに写っているのは屈託ない笑みを浮かべる幼い金髪の少年だ。

 

世界政府と協力して資料を作った、と前置きしつつセンゴクは説明を始めた。

 

「奴の名を昔から知っている者もいるだろう。奴は幼少期より天竜人に対して強い憎悪を抱いており、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

本人が聞いたら何のこと⁉ とツッコミを入れそうな内容を淡々と話すセンゴク。

 

「これは奴が8歳の時に出回った手配書だ」

 

露骨に表情に出すことはなかったが、何名かの海兵は複雑な思いを抱いた。

こんな純粋な笑みを浮かべる少年を銃を手に大人たちが追い掛け回したという事実。

そして、その結果として生み出された今の怪物。

彼はもしかしたら世界の歪みによって生み出された存在なのかもしれない。

 

「そしてこれが――」

 

電伝虫の映像が切り替わる。

そこにいたのは金髪をオールバックにし、凶悪な笑みを浮かべた少年の写真。

事情を知らない海兵たちが誰の写真かと首を傾げる中、センゴクは告げた。

 

「奴が10歳の時の写真だ」

 

海兵たちの間に動揺が広がった。

8歳から10歳までの間に何があったのか。

痛々しいものを見るような目をする海兵もいる中、さらに写真が切り替わった。

 

そこにいたのは、綺麗な笑みを浮かべる()()()()()

誰だこの子?

電伝虫が間違えた映像を出力したのかと皆が疑問に思う中、センゴクは真顔で告げた。

 

「これは、奴が11歳の時の写真だ」

「「「「えっ」」」」

 

確かに11歳というのはまだ明確に性の区別がでにくい年齢ではあるが……それともこのキリアという少年は所謂、精神が女性だったというタイプだったのだろうか。

だが、そこまで思い至った海兵たちは同時に現在のキリアのことを思い出した。

 

違う! 奴は今、明確に男として振舞っている。

それ即ち――

 

「もう分かっただろう? 奴は幼い頃より確かな知性と狡猾さを持って何年も世界政府と我々を欺いてきた知能犯だ」

 

さらに、と続けながらセンゴクは手元の資料を手で叩いた。

 

「奴は父親譲りの計算の素早さと会計士としての知識を利用してマフィアに取り入り、信頼を獲得してからその金品を強奪して姿をくらませるという行為を何度も繰り返している。幼少期よりその頭のキレと豪胆さは恐るべきものだったというわけだ」

 

さらに、と手元の資料を血管が浮き出る手で握りつぶしながら続けた。

 

「悪魔の実を手に入れてからの奴は空と海を主な活動範囲とし、我々が手を焼いていた海賊を襲っては金品を奪って逃走するという、海軍の面子を舐め腐ったような行動を繰り返す愉快犯と化した!」

 

海兵たちの認識は改められた。

脳とは単純なもので、屈託ない笑顔を浮かべる手配書の少年が悪魔に見えてくる。

 

「そして、現在進行形で奴が起こしている凶悪事件の数々はお前たちも耳にしているだろう。航行中の天竜人の船を襲い5名を殺害。さらにシャボンディ諸島でも天竜人を1名殺害し、ついでと言わんばかりに()()()()()()()()()()()を完膚なきまでに破壊。中にいた()()たちが大勢脱走し――」

「すいません、センゴク元帥。中にいた()()たちが脱走したというのはどういう――」

 

まだ海軍に入隊して日が浅い怖いもの知らずの新人が挙手して尋ねるが、

 

聞くなッ!

 

センゴクは鬼のような形相で一喝した。

古くより海軍に努めてきた猛者の強烈な覇気に思わず黙り込む新人。

その施設は職業安定所として認知されているが、その中身はこの世の闇を詰め込んだような非道の場所だ。

センゴクは内心の苛立ちもあったが、敢えてこの場で追及することはないだろうと判断した。

 

元帥は苦虫を嚙み潰したような顔をしながら続ける。

 

「奴の勢いはとどまるところを知らない。確実に奴を仕留めるべく、黄猿と青雉が出撃していることは皆知っていると思うが、つい先日など奴の逃亡に革命軍が手を貸したという情報も出ている」

「革命軍が……?」

「何の躊躇もなく天竜人を殺すような狂人だ。今の世界をひっくり返したい連中にとって、これ以上ないほどの有益な武器となるのだろう。奴のサポートだけしておけば、勝手に暴れて邪魔な連中を排除してくれるんだからな」

「なるほど……」

 

怪物は誰の下にもつかず、また誰も従えない一匹狼だったが、既にその存在そのものが大局を揺るがす巨大な嵐の目となりつつある。

嬉々として天竜人を殺す男など普通なら近づきたくもないが、逆にそれを利用してやろうと近づく連中も現れ始めている。

 

センゴクは頭を抱えた。

 

「さらに恐るべきはその驚異的な成長能力だ。先日の黄猿の報告によれば、奴は悪魔の実を覚醒させたらしく、現状のふざけた防御力と生命力がさらに増したとのことだ。それに、この姿を見ろ」

 

電伝虫が次の写真を映し出した。

 

そこには獅子の顔と山羊の顔、そして竜の顔という三つ頭に。

獅子の身体、竜の翼、蛇の尾を持つこの世の終わりのような生物が写っていた。

 

「これは……一体……」

「今の奴の姿だ。獅子の顔と竜の頭の二つからビームと火炎を放ち、蛇の尾には猛毒があるという。どうだ? お前たちにこいつが捕まえられるか?」

 

一様に黙り込む海兵たち。

ここは海の正義を司るものとして意地でも可能だと答えなければならない場面とは分かっていたが、それでも写真越しでも伝わってくる強烈な威圧感が口を閉ざさせる。

 

センゴクは黙り込んだ海兵たちを見渡してからそっと口を開いた。

 

「……実は、世界政府の中で奴を七武海に推薦する声が上がっている。倒せないのであれば、飼いならせばいいとな」

 

少しの沈黙の後、会議室はすぐに騒々しい声に包まれた。

 

「あり得ない!」

「あんな理解不可能の狂人が我々と肩を並べて戦うというのですか⁉ 気に食わないからとこちらが襲われるに決まっています!」

「ここまで我々の面子をコケにされておいて大人しく味方になれというのですか⁉」

 

「分かっておるっ! 静まれ!」

 

再び炸裂する元帥の一喝。

流石のカリスマ性で会議室はすぐに静寂を取り戻した。

 

「なかなか仕留めきれない現状に業を煮やした面子だけを気にする連中から上がった意見だ。皆の意見は今、ハッキリと分かった。無論、私も皆と同じ気持ちだ。我々は秩序を守る者。暴虐の限りを尽くす悪従を見逃すわけにはいかん。だが――」

 

皆を見渡し、元帥は苦々しい表情で現実を口にする。

 

「現状、海軍大将を2名派遣してもなお、奴を捕まえるには至っていない。寧ろ、黄猿の話では奴は戦えば戦うほど異常な速度で進化を続けるのだという。このまま長期戦になれば不利になるのは我々の方とまで言っていた」

 

ゴクリ、と生唾を飲み込む海兵たち。

海軍大将。それは海兵の一つの到達点だ。

世界の秩序を成り立たせている圧倒的な“個”であり、彼らの出撃は海賊にとって冒険の終わりを意味していた。

これまでは。

 

「青雉はもう少しで捕らえられると言っているが、残念ながら先ほども言ったように革命軍の動きが活発化してきている。中には天竜人を直接狙う凶悪なテロリストも出現してきているという話だ」

 

怪物の投じた石が世界という水に波紋を広げている。

 

“天竜人に逆らってもいいのか?”

“俺たちは理不尽に立ち向かってもいいのか?”

“なんだ、天竜人に逆らっても大丈夫じゃないか”

“偽りの竜を本物の竜が地に引きずり降ろしたんだ!”

“勝てる……勝てるぞ!”

“武器を取れ! 俺たちも戦えるんだ!”

“奪われ続けている俺たちの尊厳を取り戻すんだ!”

“あの黄金の獅子に続け!”

“戦え! 戦うんだ!”

 

「……いつまでも大将2名をたった一人の追跡の為に派遣しておくことは出来ない。事実、世界政府加盟国から大将の派遣要請がいくつも来ている有様だ。中には怪物の滞在歴があったというだけで派遣を要請してきている国もある」

 

深い……とにかく深いため息をついてから、センゴクはようやく本題を切りだした。

 

「さて、以上のことから大将青雉は怪物の追跡を中止し、急遽別の国へ派遣されることとなった。黄猿一人でも圧倒はできているようだが、あいつもここ数か月戦いっぱなしで疲れ切っていることだろう――したがって、ここに王下七武海の出撃を正式に宣言する」

 

大将ならもう一人ここにいるのでは……?

そんな海兵たちの視線がセンゴクの横で腕組をして黙りこくっていた最後の大将に向けられる。

視線に気が付いたのか、大将赤犬は目深に被っていた帽子の下から眼光を覗かせ――

 

あぁん? なんじゃい?

いえ、何でもないです……

 

あれは多分、自分が行きたくてしょうがなかったが、どこかの国から呼び出された顔だなと悟った海兵は下を向いた。

 

「七武海への招集は?」

「既に掛けている。招集に応じた七武海は()名。距離の問題もあり、そのうちの2名を急遽派遣することとなった」

「その2名とは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆とある島◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッフッフッフ、会いたかったぜぇ~、怪物野郎」

 

「旅行するなら、どこに行きたい?」

 

 

満身創痍の男、キリアは真顔で答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天竜人と海軍大将がいないところ」

 

 

 

 

 

 




先輩武海登場


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色々やらかしましたが七武海入れてくれますよね?

前回の話で七武海制度やヒューマンショップについて作者が誤解しているポイントがあったので修正させていただきました!
ご指摘いただいた方々、ありがとうございました!




※サブタイトルの図々しさが全てを物語っている回


 

海軍大将2名との戦いで消耗しきった怪物キリア。

 

そこへ止めを刺すべく派遣された王下七武海――

 

“天夜叉 ドンキホーテ・ドフラミンゴ”

“暴君 バーソロミュー・くま”

 

上記2名は休養のため撤退した黄猿の情報をもとに怪物を追跡。

人気がない島で同じく休養していた対象を発見。

命令に従い、交戦を開始。

 

満身創痍に思われた怪物キリアだが、極限状態から暴走した悪魔の実の力に振り回され、島を一つ沈めるほどの大暴れを繰り広げる。

 

派遣された七武海2名は追い込まれるも、苦し紛れにくまのニキュニキュの能力で遠方に弾き飛ばすことに成功。

王下七武海2名は今度こそ確実に止めを刺すべく、怪物キリアの追跡を開始した――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――フッフッフッフ、ま、こんなところか」

 

特徴的な笑い声と共に何やら電伝虫とブツブツ話していたドフラミンゴが帰って来た。

 

「よう、待たせたなァ。上の馬鹿どもには適当な報告をしておいたから、数日は安泰だろうさ、フッフッフッフ」

「悪いな。何から何まで」

「気にすんな。大事な客人だ。もてなしをさせてくれ」

 

そう言って特徴的なサングラスを光らせながらドフラミンゴは笑った。

 

さて、どうして俺を殺しにやって来た筈の七武海が友好的なのか。

そして俺はどうして彼が治める国、()()()()()()にいるのか。

 

話しは数日前まで遡る。

 

 

 

◆◆とある島◆◆

 

 

「旅行するなら、どこに行きたい?」

「天竜人と海軍大将がいないところ」

 

馬鹿真面目に答えた俺は正直言って疲労困憊であり、この二人を相手に勝てる未来など欠片も想像できない状況だった。

何とか隙を見つけて逃げ出そうと思っていたが、俺の回答を聞いたくまが手袋を外したあたりで四肢の一本くらいくれてやる覚悟を決めていた。

だが――

 

「フッフッフッフ、まぁ待てよ、くま。せっかく向こうが要望を出したんだ。できるだけ希望通りの場所に飛ばしてやろうじゃねぇか」

「天夜叉……何を考えている?」

「俺か? 俺は単なるスカウトだ。アイツを殺すつもりなんて一切ない。お前はどうだ?」

「……似たようなものだ」

「利害の一致だな。――おい、怪物野郎!」

「なんだ?」

「情熱の国は嫌いか?」

大好きです

 

こうして俺はドレスローザに飛ばしてもらうこととなったのだった。

もちろん、しっかりと俺が戦った証を残すために名もなき島にはしっかりと犠牲になってもらった。

 

 

 

◆◆ドレスローザ ドフラミンゴ所有の秘密の屋敷◆◆

 

 

「フッフッフッフ、この国はどうだい? 気候、女、酒、食い物、全部が最高の国だ。海軍大将もいないし、お前の希望には沿っていると思うが?」

「……まぁ、悪くはないな。だが、何を考えているのかは知らねぇが俺が簡単に油断すると思うなよ」

その割にはさっきから死ぬほど俺の金で飲み食いしているようだが

「気のせいだ」

「……フッフッフッフ、気のせいか。ま、いいだろう。ここは俺の国だ。何をしようと俺の言ったことがルールになる夢の国なのさ!」

 

両手を広げ、自慢げに語るドフラミンゴ。

その様は生粋の悪党でありながら確かに国王としての威厳的な何かを纏っているようにも見えた。

 

「七武海ってのは便利なものなんだな」

「おぉ? どうした。興味がわいてきたか」

「あぁ、割と興味はあるな。特に海軍大将から追われなくなるってのが最高だ

「フッフッフッフ、お前はよくやったよ。あの化け物2人を相手によく生き延びたもんだ」

「かなりギリギリだったけどな。正直、アンタらが来た時にはもうくたばり掛けていてね、真面目にやっていたら殺されていたよ」

 

 

ごちそうさまでした。

さて、本題に入るとしよう。

 

「で――アンタら、どうして俺を助けた?」

 

 

ちなみにこの豪華な屋敷の中には俺とくまとドフラミンゴ、そして口が堅いという彼の使用人しかいない。

くまは別室で待機しているらしい。

後で「俺も話がある」とだけ言っていた。

 

 

「俺は世界政府の上と伝手があってな、色々とお前の過去のことを調べさせてもらった」

 

そう言ってドフラミンゴはソファに置いてあった資料を俺に投げて寄越した。

 

「怪物キリア――フッフッフッフ、なかなかどうして数奇な人生を歩んでいるようだなァ」

 

そう言って俺のこれまでの経緯をつらつらと語り出すドフラミンゴ。

 

8歳で賞金首になり、20歳で天竜人を5人殺害し、海軍大将に狙われても生き延び、さらに懲りずにまた天竜人を殺し、海軍大将2名を相手にまだ生き残っている。

 

……まぁ、なんだ。

 

不本意ながら俺のこれまでを客観的に見た場合、かなり気合の入った狂人だなこれ……

 

「フッフッフッフ、俺も長く海賊稼業をやっているが、ここまでイカレた奴には会ったことがねェ。――なぁ、教えてくれねぇか? 何がお前を突き動かしている? お前の人生を滅茶苦茶にした天竜人への復讐心か?」

 

“天竜人”、“復讐”、その二つの単語には強い感情が込められているように感じた。

あるいは、期待のようなものも。

 

「そんなんじゃないさ。俺はただ、生き残りたいだけだ」

「……天竜人を6人も殺しておいて言うセリフじゃねぇなァ」

 

表情には出さなかったが少し失望したような雰囲気を感じた。

だが、それはそれとして訂正しておかなければならない点がある。

 

「おい! 言っておくが、俺が殺したのは5人だけだ。1人は完全に黄猿のせいだからな! 何故か紙面に載らないからこれだけはハッキリと言っておく!」

「数の問題か……? だが、天地がひっくり返っても黄猿がやったことにはならねぇよ。残念ながら奴らの方が正義、だからな」

「ちっ、これだから海軍は……」

 

まぁ、ドフラミンゴに言われるまでもなくそんなことは分かっていた。

一応、世界で一番自由なジャーナリスト――世界経済新聞のモルガンズにもこの事実を記事にしてくれとお願いをしたが、逆に取材をさせてくれと言われて取り合ってもらえない始末。

おい、こんなに面白そうな記事他にないだろ。えっ? 俺がやったことにした方が面白い? もっと殺してくれ? そういうのいいから……。

 

「で、話がそれたが、結局アンタはどうして俺を助けたんだ?」

「フッフッフッフ、俺が期待していたタイプとは少し違うから言うのを躊躇っていたが、まぁ、これはこれでいいだろう――」

 

そしてドフラミンゴは言った。

 

お前、俺の仲間にならねぇか?

 

 

「……どうした急に?」

「誰にだって野心ってのがあるもんだろう? 俺には俺の野心があり、そのためにお前のように頭のネジがぶっ壊れた奴が欲しいのさ」

「……アンタにはたった今恩が出来ている最中だが、会って一日も経ってない奴に仲間になれと言われてもな……」

「話は最後まで聞くもんだぜ? フッフッフッフ、まずとびっきりの好待遇を用意しよう。好きなものはなんだ? 金か? 酒か? 女か?」

「全部だ」

「フッフッフッフ、強欲な奴だ。だが正直者は嫌いじゃない。それに加えて俺の国にあるものは全てお前の好きにしていい」

「……好きにしていいとは?」

「気にいらない奴がいれば殺すもよし。気にいった奴を玩具にするもよし。文字通り、お前の好きにしていいってことさ」

「……悪趣味な奴め」

「あと、来るべき日が来るまで海軍大将に見つからないようにこの国に――」

それは最高に魅力的だな

「……」

 

あまりにも俺が真剣だったからか、ドフラミンゴは少し引いているようだ。

おい、そんな顔をするなよ。こっちは死活問題なんだ。

 

「まぁ、さっきも言ったように来るべき日が来た時にはお前に働いてもらうからそのつもりではいろよ?」

「おい、まだ俺は仲間になるとは言ってないぞ」

「これだけの好条件を積んでまだ首を縦に振らねぇのか? ――もう少し賢い奴かと思ったんだがな」

 

残念そうな表情を浮かべるドフラミンゴ。

条件は完璧。海軍大将に追われている今の状況を考えれば断るなんて選択肢が思い浮かばないくらいに魅力的な提案ではあったのだが……俺には譲れない夢がある。

 

「悪いが、もう入りたい海賊団は決めているんだ。魅力的な誘いだが、断らせてもらうよ」

「ほう? どこだ、聞かせろよ。白ひげか? カイドウか? ビッグマムか?」

()()()()()()()()()()()()()

「! フ――フッフッフッフ! コイツは一本取られたぜ!」

 

ドフラミンゴは誘いを断られたにも関わらず機嫌良さそうに笑った。

ぶっちゃけ、断った時点で戦闘になるかと思っていたが、現状では襲い掛かってくる様子はない。

 

「――で、話ってのはそれで終わりか?」

「おいおい、冷たい奴だな。仲間にはなれなくとも、俺の同盟相手ってのはどうだ? 条件は多少落ちるが、お前の望む楽園を用意してやることはできるぞ?」

「悪いがそれもお断りだ。……やけに熱心に勧誘してくるな」

「フッフッフッフ、お前、自分の持っている影響力のデカさに気が付いていないのか?」

「影響力のデカさ?」

 

やれやれ仕方ないな、と言いながら説明大好きドフラミンゴおじさんは話し始めた。

 

「今、お前を巡って世界政府、海軍、革命軍の連中が必死こいて動き回っているのは知っているな?」

「あぁ、特に海軍のしつこさは身に染みているよ……あと、革命軍って連中も前に大将から逃げる時に手を貸してくれた記憶があるな」

「その革命軍は今、天竜人への反逆に際してお前を旗頭にしようとする動きがあるようだ」

「俺を……? この間初めて会ったくらいだが……」

「フッフッフッフ、奴らは明確なシンボルが欲しいだけなのさ。例えそれがお前という、怖いもの知らずの化け物でも構わねェ。それで革命が成されるなら幸せなのさ」

「ふーん……」

「世界政府は革命が伝播していく今の状況を恐れているようだな。なんせ、お前を七武海に招こうという動きも出ているくらいだ」

「俺を七武海に? ……自分で言うのもなんだが、俺、天竜人殺しだぞ? 本当になれるのか?」

「どうだろうな……だが、案外不可能ではないのかもしれねェ。それくらい、世界政府は今必死だ。お前を七武海に招き、実質的に世界政府に屈服すれば革命の動きを抑えられると考えてもおかしくはない」

「俺が七武海、か」

「フッフッフッフ、もし本当に七武海になれた時は先輩として歓迎してやるよ」

 

取り敢えず、ドフラミンゴの話はここで終わりらしい。

俺は招かれておきながら相手の提案を全部断った立場なのだが、意外にも寛容なドフラミンゴはこの屋敷を出るまでは客人として扱うことを約束してくれた。

「俺がもてなすと言ったんだ。もてなしをさせてくれ」とも。

なんか、意外といい奴だったな……。

 

その後、ドフラミンゴに言われるままに“くま”の話を聞くべく彼が滞在している部屋を訪ねたが、

 

【急用で席を空ける。明日の午後には戻ってくる】とだけ書き置きが残されてあった。

 

「……ま、久々の休みだ。ゆっくりするか」

 

ここは海軍大将が来ない楽園の地。

同じく暇しているらしいドフラミンゴと二人で飲むことになった。

 

美味い酒を飲み、美味い飯を食い、話をする。

 

ごく普通の行為だが、俺はこの普通を追い求めていたんだと今更ながら気が付いた。

 

ドフラミンゴなんて本編での所業を知っているので全然仲良くするつもりなんてなかったのだが、なんか妙に話が合う。

 

「――で、俺は黄猿師匠に言ってやったんだよ。“流石は天竜人を殺した蹴り”っつってな!」

「フッフッフッフ! いいねェ!」

 

アホな話で盛り上がりつつ、ひたすら酒を飲みまくる。

いやー、最高! クソ楽しいっすわ!

 

「……なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」

「なんだ?」

 

お互いに話すこともなくなってきたタイミングでドフラミンゴは切り出した。

 

「――天竜人を殺すってのはどんな気分だ?」

 

口元は笑っているように見えるが、サングラス越しの視線は真剣だった。

 

「気分……気分ねぇ……」

 

自分の中でいろいろと考えてみたが、結局答えは出なかった。

 

「――ふん。気分も何もあるか。俺の進行方向にアイツらがいただけだ。悪いとは思っているが、人には寿命ってもんがあるだろ? 俺にも来るべき時がきたら同じように死ぬだけさ」

「フッフッフッフ、そうか。そんなもんか……」

 

もっと苛烈に反応をするかと思っていたが、意外と穏やかな様子。

もしかしたらアルコールが回ってきたのかもしれない。

……チャンスだな。

 

「で、どうしてそんなことを聞くんだ?」

「フッフッフッフ、なーに、単に興味があっただけだ」

アンタが()天竜人だからか?

「――――」

 

弛緩していた空気が張りつめる。

部屋の空気が凍った。

 

さーて、正念場だぞキリア。

気合い入れろ。

 

「ドンキホーテ……どっかで聞いたことある名前だと思っていたんだが、その反応を見る感じ、当たりだったようだな」

「……鎌をかけたってのか。この俺に」

「あぁ、あの()()()()()()・ドフラミンゴにな」

 

ドフラミンゴの額に血管が浮き出る。

それと同時、強烈なプレッシャーのようなものが全身を襲い掛って来た。

これは……覇王色の覇気か。

コントロールしていた酔いがすっかり醒めてしまった。

 

「なんだ、威嚇か? 俺も吠えた方がいいか?」

「……フッフッフッフ、随分と年上を舐め腐った奴だ。生意気な奴は嫌いじゃないが、流石に鬱陶しいな小僧ォ……!」

「おいおい、そう本気になるなよ。俺はただ事実確認をしただけだ。何もアンタを脅しているわけじゃない。楽しくいこうぜ、()()()()()()()()

「ッ⁉ ……なるほど、俺の期待していたタイプじゃねぇが、なかなかいい性格をしている……! いいぞ、小僧。好きに話してみろ。ただし俺が気に食わない内容だったら殺す」

 

おーおー、物騒なこって。

俺は裏社会で会計士をしていた時のことを思い出しながら口を開いた。

 

()()()()()()。ドンキホーテ・ドフラミンゴ」

「……取引、だと?」

「お前の欲しいものをやる。そして、お前にとって不都合な事実については口外しないことを約束しよう。その代わりに――」

「代わりに?」

 

俺は望みを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺を七武海にしろ

 

 




可愛い後輩からのお願い、当然聞いてくれるよね!


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先輩は後輩のお願いを聞くものですよね?

タイトルの図々しさが(ry

今回、結構独自解釈があります。


 

「俺を七武海にしろ」

 

俺のお願いを聞いたドフラミンゴは呆気にとられたような顔になった後、自分を落ち着かせるためか豪奢なソファーに座り直し、テーブルの上に置いてあったワインを一気に飲み干した。

さっきまで死ぬほど機嫌が悪かったが、あまりにも俺の言葉が予想外だったのか、どうして怒っていたのかも忘れてしまったようだ。

 

「……急に何を言い出すかと思えば、七武海にしろとはな……何を考えてやがる」

「アンタが七武海やっていて楽しそうだったんでね。急になりたくなったんだ」

「ふん。海軍大将が怖いだけだろう」

その通りだ

「そこは否定しておけよ」

 

もう開き直っているので別に恥ずかしくもなんともない。

怖いものは怖いんだ。

あの人たち、マジで強いもん。

 

「で、どうなんだ? アンタなら出来るんだろ? さっきも言っていたじゃないか。政府の上に伝手があるってな」

「そうだなァ……」

 

額に手をやって暫く考え込んだ後、ドフラミンゴは答えた。

 

「……席を用意してやることは()()()

「おぉ!」

「だが!」

 

喜ぶ俺に釘を刺すように彼は言った。

 

「断言する。その席は長くは持たねぇ」

 

ドフラミンゴは俺のグラスにワインを注ぎながら言った。

 

「俺の言っている意味、分かるよな? 俺のお膳立てで無理やり七武海になったとしても、お前を快く思わない連中が多すぎるって話だ。遠くない将来、お前はその席から強制的に引きずり降ろされることになる」

 

あー、なんだ。そんなことか。

 

「構わないよ。()()()()()()()()()()()()()

「なに?」

 

訳が分からないといった顔をするドフラミンゴ。

 

まぁ、目の前の男は七武海制度をフルに活用して今の地位を確立した経緯を持っている。

当然、俺も同じようなことをするつもりだと思ったのだろう。

 

だが、俺が欲しいのは今から麦わらの一味に加入する間までの安全保障だけだ。

逆に言えば、それ以上の関係性には興味がない。

特に抜けるのが大変そうな海賊団はお断りだ。

 

その点、七武海ってのは申し分ない。

その気になればすぐに辞められるし、そう遠くない未来に七武海制度自体が(主に目の前の先輩とワニ先輩のせいで)崩壊することを知っている俺からすれば、長期プランを見据えて加入するようなものでもないからな。

 

俺が目指しているのはもっと先。

 

未来の四皇。やがて海賊王にいたる男、麦わらのルフィ。

彼の仲間になり、麦わらの一味補正でハッピーエンドを迎えること。

それが俺の夢の果てだ……!

 

「……どうした。気持ち悪い顔をして」

「ん? いや、何でもない。ちょっとOPでの決めポーズを考えていただけだ」

「……まぁ、何でもいいが、忠告はしたぞ?」

「あいよ。しっかり聞きましたよっと。――さて、今度は俺があんたに提供できるもんだな」

「フッフッフッフ、楽しみだな。何を提供してくれるんだ?」

「そうだな……俺のサインかな」

ぶち殺すぞテメェ

「ふへへ、先輩怖いっすよ~。冗談だって――冗談だからその手を下ろしましょうか」

 

危ない、危ない。ちょっとからかいすぎた。

すーぐ本気にするんだから。

 

「そうだな……逆に言えばアンタ、何が欲しいんだ?」

「……何も考えてないのに俺に取引を吹っ掛けるとは舐めた野郎だ」

「いいや、考えてはいるし、知ってもいる。だが、先にアンタが俺を七武海にできるのかを知りたかっただけだ」

「……頭のイカレた野郎に見えて意外と考えてやがる。おい、やっぱりお前本気で俺の仲間にならねぇか?」

「だからならねぇって。いいからさっさと欲しいものを言ってくれよ」

「欲しいモノ……欲しいものねぇ……」

 

額を手に当てながら思考するドフラミンゴ。

先程まで余裕なさそうだったが、今はニヤニヤと笑っている。

あっ、あの顔はあれだな。

絶対に俺が用意できないものを言おうとしているな。

性格悪っ!

 

「なぁ、思いつかないなら俺の方から試しに提案してみてもいいか?」

「フッフッフッフ、好きにしな。だが、甘く見るなよ()()()。俺は生半可なものじゃ欲しいとも思わな――」

古代兵器とかどう?

「――――」

 

絶句。

 

そんな感じだった。

 

唇の端を吊り上げた状態で暫く固まっていたドフラミンゴだったが、数十秒経過してからようやく再起動を果たし、のろのろとソファーに座りなおした。

 

「……おい」

「ん?」

「テメェ……何者だ? まさか、世界政府に追われているのは……」

「いや、それは馬鹿な天竜人のせいだ。俺が知ってるのはあれだ、偶然だ」

「偶然で知れる代物じゃねぇだろッ‼」

 

全身全霊でツッコミを入れるドフラミンゴという珍しい景色が見れた。

麦わらの一味としてローに会った時に自慢できるかもしれない。

 

「ハァ、ハァ、いかん……完全にコイツのペースに吞まれている……」

「まぁ、落ち着けよ。時間はたっぷりあるんだからさ」

「……そのクソ度胸。知識。強さ。お前、四皇でも目指した方がいいんじゃねぇか?」

「だから、入りたい海賊団があるんだって。四皇なんて興味ないよ」

「……変な奴だな」

 

呆れたように溜息をつくドフラミンゴ。

だが、俺は内心結構冷や汗を搔いていた。

頭の片隅に「この人何でも知ってるし、古代兵器の場所も全部知ってるんじゃ……?」という疑念があったからだ。

でも、この様子だと存在自体は知っていても具体的な隠し場所は知らないようだ。

 

「……で、()()を知っているんだ?」

「プルトン」

 

実際にはもう一つの場所も知っているが、しらほし姫のことを言わない程度の理性は持っている。

彼女は俺が恋人にする予定だからね。

ドフラミンゴパイセンにはやらん。

 

「ちっ、マジで知ってやがるのか……」

「アンタもな。――だが、最初にも言ったがこれは取引だ。アンタが俺を七武海にしてからしか場所は言わない」

「おいおい、じゃあ、お前が七武海になってから口を閉ざしたらどうする? 今教えろ」

「嫌だよ。今教えたら絶対殺しに来るじゃん。俺を七武海にしてからだ」

「交渉の仕方ってのを知らねぇのか? こういうのはお互いに譲歩が大事なんだ。そうだなァ……じゃあ、こうしよう。俺がお前を七武海にできる力の一端を見せてやる。お前はそれに準じて古代兵器に関する情報を開示していく。そして――」

「俺が七武海になった時、古代兵器の在処をアンタに話す」

「その通り。どうだ?」

「契約成立だ」

 

俺とドフラミンゴは同時に立ち上がり、がっちりと握手を交わした。

 

「これからよろしく頼むよ、先輩」

「おいおい、まだなれてねぇのに気が早い奴だな。後輩」

 

 

 

「「フッフッフッフ‼」」

 

 

 

 

こうして、ここに史上最悪のパートナーシップが結ばれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




ドフラミンゴが古代兵器について明確に言及している場面はありませんが、まぁどうせある程度は知ってるでしょこの人(適当

なお、主人公の考えとしては
「ワノ国にあるし、どうせカイドウ怖くて取りにいけないだろ」って感じ。

甘い見通しで世界を危機に晒していくスタイル。
海軍と世界政府は早いところコイツを殺した方がいい。


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男には仕事よりも大事なことがありますよね?

今回は結構ギャグ回です。
若のキャラ崩壊が激しいのでご注意ください。


 

世は正に大海賊時代!

俺の青春は暗黒時代!

今となっては七武海! ←まだなってない。

 

ふへへ、いきなり気持ち悪いラップで失礼。

 

もうすぐ七武海になれるかと思うとテンションが高ぶってしまった。

 

さて、ドフラミンゴ先輩と七武海にさせてもらう約束をした俺だが、もちろんなりたいからといってすぐになれるようなものでもない。

 

パイセン曰く、色々と段階を踏んでいく必要があるそうだ。

 

「ステップその1。世論を味方につける」

「世論を?」

「あぁ。七武海任命権を持っているのは上の連中だが、それでも世論を軽んじることはできねェ。その気になれば無視もできるが、今は革命が盛んな時期だ。嫌でも世論の声を気にしているだろうさ」

 

そう言って悪い顔で笑うドフラミンゴ先輩。

一体何をするつもりなのやら。

 

とはいえ、この分野に関して俺に出来ることなんてほとんどない。

 

大人しく屋敷でお世話になるしかないのだが、パイセンは(俺のための)裏工作で忙しそうで、少し暇になってしまった。

別に俺は軟禁されているわけではないので好き勝手にドレスローザへ遊びに行っていいのだが、一応、逃走中の身の上なので街へ出る時には変装を忘れないようにと釘を刺されている。

 

ただまぁ、何となくまだダラダラしていたいので、暫くこの屋敷の中で食っちゃ寝生活を満喫しておくかぁ……なんて思っていたらすっかり忘れていた用事を思い出した。

 

「そういえばアンタも俺に話があるんだったよな。バーソロミュー・くま」

 

急用で席を外していたという七武海にして革命軍幹部の彼が帰って来たのだ。

アロハシャツでくつろいでいる俺に少々面食らったようだが、くまは感情の見えない静かな声で言った。

 

「……俺の話は単純だ。お前に会ってほしい人がいる」

「なるほど……まぁ、何となく察しはついたよ」

 

この状況で俺に会いたい人なんて一人しかいない。

しかし、気軽に会いに行っていいものなんだろうか。

多分、俺がやろうとしている七武海加入は彼を怒らせるだけな気がするんだが……

 

「まぁ、ここまで逃がしてくれた恩もあるわけだし、無下にするわけにもいかないか。ドフラミンゴ先輩、取り敢えずこっちの用事を先に終わらせてきていいかな?」

「勝手にしろ。こっちはお前の加入準備を進めておいてやるよ、後輩」

「ありがとう。さて、行こうか。くま先輩」

「……行くぞ」

 

俺の先輩呼びにツッコミを入れることもせず、くま先輩は手袋を外してから能力を発動し、短い空の旅行が始まった。

しかし、マジで便利だなこの能力。

黒ひげみたいに人の能力を奪えるんなら真っ先に手に入れたい能力の一つだ。

 

移動にはそこまで時間はかからなかった。

体感、1時間くらいだ。

恐らくドレスローザの近くまでわざわざ足を運んでくれたのだろう。

便利なくま先輩の能力で着地した人気のない島には予想通りの人物が待ち構えていた。

 

「会いたかったぞ。混沌の獣よ」

 

なに、その呼び名。

カッコいいのでそっちを正式名にしていいかな?

 

「アンタほどの男に会えるなら世界中どこでも(くま先輩の能力で)飛んでいくさ。革命家ドラゴン」

 

俺の船長のお父様が堂々たる立ち姿でそこに待っていた。

 

 

 

 

 

 

◆◆翌日――再びドレスローザの屋敷◆◆

 

 

「ただいまー」

「なんだ、随分と遅かったじゃねぇか。七武海入りを革命軍の連中に引き留められでもしたか?」

「いや、その逆だったよ」

「なに?」

 

ニヤニヤと新聞を眺めていたドフラミンゴ先輩の対面に座り、テーブルの上に置いてあったラム酒をぐびっと飲み干した。

 

「ぷはー! 今の状況は革命軍上層部が望んだものとは少し離れているらしくて……コントロールされた混沌ではないやら、タイミングじゃないやらどうのこうの……まぁ、なんかよくわかんないけど七武海入りは好きにしろって感じだったよ」

「ほーう、それは意外だな。話はそれだけだったのか?」

「うん。革命軍のコアラっていう可愛い子ちゃんをナンパしていたら思ったより時間が掛かってね。呆れてくま先輩は途中で帰っちゃうし、仕方ないから自力で飛んで帰って来たんだよ」

「アホか……」

 

心底呆れた様子のドフラミンゴ先輩。

 

……まぁ、今言ったの殆ど()なんだけどね。

 

あの場にコアラはいなかったし、俺は純粋にドラゴンとの話で時間を食っていただけだ。

後は、公にできない契約を幾つか結んできた。

 

にしても、このナンパなキャラはいいかもしれないな。

いい感じに用事を誤魔化せるし、向こうも深くは突っ込んでは来ないから。

 

「しかし、あれだな。お前、その優男風の見た目とイカレた中身で女好きなのか?」

「大好きですねぇ」

「そういえば、うちのファミリーにもモネっていう美人がいるんだが……」

是非紹介してください

「うちのファミリーに入るなら紹介してやるのもやぶさかじゃないんだが……」

前向きに検討させていただきます

「マジかコイツ」

 

まぁ、モネちゃんのことは本当に心の底から好きだから、ナンパキャラとか関係ないんだけどね。

えっ、しらほし姫? いや、彼女のことも心の底から好きだから(ry

 

 

閑話休題。

 

 

「さて、数日前から仕込んでいたステップ1が実を結んできたぞ。これを見ろ」

 

そう言って読んでいた新聞に加え、さらに複数社の新聞を纏めてこちらに投げて寄越すパイセン。

言われた通り広げた新聞たちには次の文面が記載されていた。

 

“怪物キリア、世界政府に屈服か⁉ 七武海入りの報道あり!”

“お騒がせ男、怪物キリアが七武海入り⁉”

“近々、世界政府が正式な発表を行う予定か”

“革命軍は誤った情報を発信していると憤慨”

“キリアは自分たちの味方であると革命軍は主張”

“しかし情報の出所は世界政府の高官か”

“確かな情報”

“怪物キリアは好条件を提示した世界政府に下るつもりか”

“海軍元帥は急ぎ世界政府へ確認するとコメント”

「おーおー、好き勝手言いなさる」

 

俺は届いた新聞を広げながらびっくりしていた。

すげー、紙面のほとんどが俺に関することで埋め尽くされている。

 

「ちょっと伝手のある幾つかの新聞社に情報を流しただけでこの騒動。フッフッフッフ、人気者だな、キリア」

「わー、うれしー(棒)」

「だが、革命軍のコメントが気になるな。昨日会ってきた連中は気にするなと言っていたんだろう?」

「うん。でも、コントロールされた革命がどうたらは最高幹部くらいしか知らないらしくて、下っ端が俺の七武海加入で騒ぐ分には気にしてなさそうだったよ」

「なるほどな」

 

ドラゴンは何やら熱心に語っていたが、正直言って微塵も関心がわかなかった。

もう少し具体的に話してほしいもんだ。

上期までに革命成功国目標15国とか、そんな感じで。

ま、提示された条件は悪くなかったからある程度は引き受けたけどさ。

 

「さて、キリアよ。俺は力の一端を見せたぞ。今度はお前の番だ」

「えー、新聞会社に情報を流すだけで力の一端? そんなの俺にも出来るじゃん」

「お前なァ……俺が築き上げたコネクションと地位があるからここまで大事に出来ているんだぞ。半端な奴だったらすぐに世界政府に情報握りつぶされて一文字だって紙面に載ることはなかった」

「本当にぃ~?」

「ぐだぐだ言わずにさっさと教えろ。プルトンってのは何だ?」

 

まぁ、情報を流すだけなら俺だけでもできるかもしれないが、俺の七武海入りが当たり前、みたいな流れをつくるのは俺だけじゃ無理だったのかもしれない。

というか、この案を思いついて実行した時点でパイセンの勝ちだ。

仕方ない。ちょろっと教えますか。

 

「……宇宙戦艦ヤマトって知ってます?」

「知らん」

 

普通に戦艦だって教えた。

 

 

 

 

 

 

◆◆数日後◆◆

 

 

出かける準備をしている最中のことだった。

 

「おいキリア! 出かけるぞ! ……何してんだ、お前?」

 

俺が寝泊まりしている個室のドアがパイセンによってノックもなしにいきなり開けられた。

ちょっと、プライベート侵害でっせ?

 

「何って……正装ですけど」

 

ドレスローザで購入したとびっきり高いスーツを着こなし、自慢の金髪をきっちりセットすればほら、男前の完成。

ちょっと顔立ちが中性的な感じが物足りないが、まぁこれはこれで需要あるだろう。

今はもう無理だが、幼い頃は女装で海軍の目を誤魔化したりしてたし。

おっと、変装用の眼鏡を忘れていた。

 

「なんだ、見聞色で未来でも見たのか? なら話は早い。さっさと行くとしようぜ」

「あぁ! この日をどれほど待ちわびたことか! 気合いは十分ですぜ! 先輩!」

「フッフッフッフ、頼もしいこって。さて、それじゃあ行くとしようか」

「うっす! いざ――」

「世界政府へ!」「モネちゃんとのデートに!」

「「……ん?」」

 

暫くの沈黙の後、俺は首を傾げながら訪ねた。

 

「世界政府ってなんすか?」

「おいちょっと待て。その前にモネとのデートってのは何だ? アイツは確かに今ドレスローザに居るが、お前に紹介した記憶はねぇぞ?」

あまりに会いたかったので見聞色で見つけました

気持ち悪っ

 

パイセンに本気で引かれた。

 

「というか、よくあのお堅いモネを口説けたもんだな。しかもデートの約束までこぎつけたのか?」

「ふふん、しかも既に2回目のデートだ!」

「お前……本当に気持ち悪いな」

「なんで⁉ ここ褒めるとこじゃないんすか⁉」

 

俺は某サンジと違ってTPOを弁えた本物の紳士だ。

顔もいいし、性格もいいし、モテるのも当然だと思うんですが!

 

「ハァ……いかん、またお前の意味わからんペースに巻き込まれるところだった。おい! 悪いが今日はデートの約束はキャンセルだ! さっきも言ったが世界政府に行くからな」

「どうしてです?」

「フッフッフッフ、ステップ2さ。上の説得。俺が今からお前の七武海入りのキーマンに会わせてやる。ちょうどいいことに正装だしな、その格好で俺についてこい」

嫌です

「あぁ⁉ 何言ってやがるテメェ! いいからさっさと来い!」

「嫌だ! 俺はこれからモネちゃんとのデートがあるんだ!」

「おまっ――七武海とデートどっちが大事なんだ!」

デートです!

 

暫くフリーズしていたパイセンだが、数秒後に深い……深いため息をついてから言った。

 

 

「……俺はどうしてコイツを仲間にしようとしたんだ……」

 

知るか。そっちが勝手に言い出しただけだ。

そんなことよりも今はモネちゃんだ。

俺の脳みそは今、恋の熱で沸騰している――!

 

プルルルル、プルルルル、プルルルル、

 

ん? この電伝虫は……モネちゃんだ!

 

「えー、ゴホン。ちょっとパイセンは黙っててくださいよ。――もしもし! モネちゃん?」

『えぇ。約束前に突然ごめんなさいね、()()()()()。まだお昼まで時間はあるけれど、あなたに会うのが待ちきれなくて……』

「レオン……?」

「しっ! 静かに!」

 

パイセンが首を傾げているが、これは俺の偽名だ。

ていうか、ドレスローザに遊びに行く時は身分を偽れっていったのはそっちでしょ全く。

 

「俺もだよモネちゃん。寧ろ俺の方から待ちきれなくて電話しそうになっていたくらいなのに……」

『レオンさん……』

「モネちゃん……」

「……」

 

彼女との運命的な出会いを思い出す。

そう。あれはドレスローザでぶらぶらと探索していた時のこと――

 

 

 

「おい、モネ。俺だ」

『わ、若っ⁉』

 

ちょっと若! いいところなのに邪魔しないでよ!

なに急にモネちゃんの上司顔でカットインしてきてるんすか!

俺はドフラミンゴのピンクジャケットを引っ張りながら抗議するが、完全に無視を決め込んだパイセンは電伝虫に語り掛ける。

 

「いいか、モネ。こいつはこれから俺と一緒に大事な商談があるんだ。悪いが、今日の予定はキャンセルにしてくれ」

「ちょ、ちょっ――!」

 

こ、コイツ……人の心がないのか⁉

愛し合う男女の仲を容易く引き裂くなんて……

 

『はい。分かりました若! レオンさん、若とのお仕事頑張ってくださいね!』

「モネちゃん……」

 

楽しみにしてくれていたのに、わざわざ俺のことを応援してくれるなんて……!

 

「うん! 任せて! 若との仕事頑張ってくるよ! デートはまた今度行こうね!」

『えぇ。楽しみにしているわ!』

 

ガチャっ

 

「……ったく、世話の掛かる――」

「何をしているんです、ドフラミンゴ先輩」

「あん?」

さっさと世界政府へ行きますよ。下らん雑務はさっさと終わらせて、俺はモネちゃんとのデートに戻るんだ

「……」

 

 

この時、ドフラミンゴはこう思っていた。

コイツ、マジでぶち殺したろうかなー、と。

 

 

 




若、そのうちストレスで倒れそう......


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俺に勝てるとか思ってないですよね?

今回は久々に戦闘描写ありますが、相変わらずギャグ回です。


 

◆◆聖地マリージョア◆◆

 

世界政府の要職につくその男にとって、その日は正に最悪の厄日だった。

 

『――ちょっと話がある。明日、向かう』

 

厄介ながらも使える取引相手であるドフラミンゴから一方的な連絡があった時点で嫌な予感はしていた。

だが、どうせしょうもない儲け話だろうと高を括っていたのが良くなかった。

奴が連れてきた男を見た瞬間、男は本気で眩暈がした。

 

「フッフッフッフ、よう、久しぶりだなァ。忙しいだろうに急に悪いな」

 

全く悪びれる様子なんて見せずにトレードマークのピンクジャケットとサングラス姿で登場したドンキホーテ・ドフラミンゴ。

そして――

 

「こっちは俺の後輩になる予定の男だ。今日はアンタにコイツのことを紹介したくてねェ……ほらキリア、挨拶しろ」

「フッフッフッフ、キリアだ。以後よろしくぅ」

 

ドフラミンゴの色違いのような派手な金色の羽毛ジャケットを羽織り、似たようなサングラスを掛けたスーツの男がニヤニヤ笑いで挨拶をしてくる。

 

怪物キリア。

 

最近の頭痛の種がドフラミンゴそっくりな格好で目の前に現れたのだ。

男は眩暈に加えて吐き気をこらえるのに必死だった。

ダブルドフラミンゴシステムとか卑怯だろお前……!

 

動揺しきりの男を前に、勝手にソファーでくつろぎ始める2人。

最初にインパクトを与えて交渉を有利に進めるつもりだと悟った男は何とか主導権をこちらに手繰り寄せようとするが、それよりも先にドフラミンゴの一方的な話が始まった。

 

“今の世界情勢”

“怪物キリアの危険性”

“だが、彼は条件次第では世界政府に忠誠を誓うと言っていること”

“彼を仲間にするには今しかないということ”

 

「――そういうわけで、コイツを俺の後輩にしたいんだ。構わねぇだろ?」

「ふざけるな! 七武海はそう軽々しくなれるようなものではないぞ!」

「軽々しくないさ。新聞見てねェのか?」

「あれもどうせ貴様の仕業だろうが……! 海賊風情が、あまり調子に乗るなよ!」

「――おい、言葉遣いには気を付けろよ」

 

ドフラミンゴは男の机まで詰め寄り、机の角に腰を掛けてその掌を男の顔に向けた。

 

「俺が興味あるのはテメェの権力だけだ。四の五の言わずにさっさと上を説得してコイツを七武海にすりゃあ、いいんだよ。テメェにできないならさっさと首を飛ばして別の奴に頼むだけだ」

「きょ、脅迫か……? こんなことをしてただで済むと思っているのか……!」

「あぁん? まだ状況が分かってねぇのか? おいキリア、お前の今の気持ちを教えてやれ」

「うーん、そうだなァ……」

 

勝手に部屋のウイスキーを飲んでいた怪物がグラスを置き、ドフラミンゴと同じように机まで詰め寄って来た。

 

「なんか今、無性に暴れたくなってきたっすわ」

「ッ⁉」

「おいおい、それだけか?」

「あれっすね。復讐心が燃え上がって来たっすわ……天竜人、もっと殺っちゃおうっかな?」

「ッ⁉」

「フッフッフッフ、そりゃあ、まずいな。コイツはやると言ったらやる男だ。どうする? お前の決断一つで救われる命があるんだぜ?」

「い、いや……そういわれても……」

 

確かに自分のコネクションを使えば七武海に推薦することも可能だが……それにしたって上への説得が……労力が……。

そんな男の葛藤を見抜いたのか。ドフラミンゴは先程までと打って変わって優しい声で語り始めた。

 

「――逆に考えようぜ。今ここでコイツを七武海にすりゃあ、お前は制御不能の怪物を手懐け、天竜人の命を守り、革命の動きを抑えた英雄になれるんだぜ?」

「だぜ」

「えい、ゆう……」

 

男の脳裏に様々な人間から祝福される様が思い浮かんでくる。

 

それに、ドフラミンゴの言っていることは決して嘘ではない。

 

怪物は理解不能で、制御不能で、殺せないからこそ恐れられている。

逆に言えば、理解はできず海軍大将で殺すことができなくとも、制御することさえできれば世界政府としての面子は保てるのだ。

 

……これから自分が説得しなければならない人間を考えれば今すぐにでも断りたい案件ではあるが。

 

「よーく考えてみろ」

「みろ」

「これはまたとない絶好の機会なんだぜ?」

「だぜ?」

「冷静に自分のキャリアを考えるのであれば」

「あれば」

「ここで乗らない手はねェ」

「ねェ」

キリア、お前はちょっと黙っておけ

「OK」

 

交互にダブルドフラミンゴが語り掛けてくる。

(片方はドフラミンゴの語尾を復唱するだけだが)

 

男は必死に頭を回転させた。

ふざけた奴だが、世界に与える影響力は尋常ではない。

手間は掛かるがやるしかないのだろう……。

 

「……分かった。上に取り合ってみよう」

「そうこなくっちゃなァ! よろしく頼むぜ!」

「頼むぜ!」

「邪魔したなァ!」

「なァ!」

 

 

 

「「フッフッフッフ」」

 

 

 

「「フッフッフッフ」」

 

 

こうして、嵐のような2人は上機嫌で男の元を去っていったのだった。

 

ステップ2完了。

 

 

 

◆◆ドフラミンゴの屋敷◆◆

 

 

「さて、最後のステップ3……に移る前にだ」

「はいはい。プルトンに関する情報でしょ? 何を知りたいんすか?」

 

パイセンから渡されたクソださグラサンとコートを脱いだ俺はソファーでくつろぎながら答えた。

 

「そうだなァ……戦艦というくらいだ。そのプルトンとやらには設計図が存在してるんじゃねぇのか?」

「まー、あるらしいっすね……」

「その設計図の場所を知ってるのか?」

「いや、そっちは()()()()()()。俺が知ってるのは現物がある場所だけなんで」

「ちっ、何だよ。使えねー奴だな。……だが、現物が手に入るなら設計図もいらねぇか。せっかくなら手っ取り早く量産させようと思ったのによォ……」

「……」

 

何て恐ろしいことを考えるんだこの人。

これは設計図の場所を言わなくて正解だったな。

流石にトムさんを始め、ウォーターセブンの方々が命懸けで守り抜いた設計図を売るほど非道になったわけではない。

ま、どうせフランキーが燃やしちゃう設計図ではあるんだけどね。

 

そして現物の方だが、パイセンが死ぬほどビビり散らかしているカイドウが治めるワノ国にあるうえ、海底に封印された状態で取り出し方が俺にもよく分からないような状況だ。

(開国がキーワードだっけ? ワノ国編最後まで見届けられずに死んじゃったからよく分からないや)

もしパイセンが海底からの取り出し方を思いついたとしても、かなり大掛かりな作業が必要になるだろう。

つまり、ワノ国に眠っているプルトンを手に入れるには次の条件が必要になる。

 

①具体的にワノ国のどこにプルトンが眠っているかを探る。

(俺は海底に眠っていることまで伝えるつもりはない)

②ワノ国を開国させ、海底から戦艦を浮上させる。

(……良く分からないけど多分無理そう)

③作業の邪魔になるカイドウの排除。

(パイセンには無理でしょ)

 

ドフラミンゴ先輩が思ったよりしっかりと俺の七武海加入に向けて動いてくれているのはありがたいが、残念ながらパイセンには泣きを見てもらう必要がありそうだ。

 

ま、場所は教えるとは言ったけど、使えるなんて一言もいってないし、ここは早とちりをしたパイセンの方が悪いってことで一つよろしくぅ!

 

世界を滅ぼすなんて物騒なこと言っちゃダメっすよ。

 

 

◆◆数日後◆◆

 

モネちゃんとの2回目のデートも無事に終えた次の日。

またもやノックなしでドアが開いてパイセンが入って来た。

プライベート(ry

 

「出掛けるぞキリア、ステップ3だ。……今日はデートの約束入ってねぇだろうな」

「大丈夫っすよ。どこへ行くんです?」

 

パイセンはニヤリと笑って言った。

 

「海賊狩り」

 

【ステップ3:政府への忠実性の確認】

 

 

俺とパイセンは今、並んで空を飛んでいた。

流石に本気を出せば俺の方が圧倒的に速いので、雲に糸を引っかけて移動しているパイセンに俺が合わせている形だ。

 

どうせならと「獣状態の背中に乗りますか?」と聞いたんだが、

「お前の変身後の姿気持ち悪いから嫌だ」というシンプルな悪口で断られたので、並んで飛んでいる。普通に凹むんだが……。

 

さて、ステップ3についての詳細だが内容としては簡単で、世界政府が手を焼いている新世界の海賊を退治し、俺にきちんと任務遂行能力と忠実性があるかどうかを確認したいらしい。

 

ちなみにドフラミンゴ先輩は七武海の先達として俺がきちんと任務をやるかどうか監視する役だそうだ。

まぁ、パイセンが俺に不利な報告をするはずもないので、これは殆ど出来レースってやつですな。

 

「おい、見えたぞキリア。あれがターゲットの海賊船だ。新世界で好き勝手に暴れては略奪行為を繰り返している連中だ。出来る限り生け捕りでいけ」

「ういっす」

 

まぁ、これも七武海になるためだ。

さっくり終わらせますか!

 

 

◆◆ドンキホーテ・ドフラミンゴ◆◆

 

強い。

 

俺は雲に引っかけた糸に腰かけ、眼下で繰り広げられている一方的な戦いを眺めながら素直にそう思った。

 

今下で戦っているのは俺が()()()()()()()()()()()()海賊と戦っているキリアだ。

 

空を飛んでいる間は普通に竜の翼を生やしていただけだったが、海賊を見つけて俺からゴーサインが出るや否や、すぐさま異常な姿に変身して海賊船へ突撃していった。

 

完全獣形態は見たことがあり、その時点で十分に化け物だと思っていたが……今の姿も大概だな。

 

「あ、悪魔……悪魔だ!」

 

下から聞こえてくる海賊の声に同意する。

アレは、()()だ。

 

竜の頭に変形した右腕に、獣の凶悪な爪が生えた左腕。

こめかみ辺りからは山羊の角が2本、悪魔のように生えている。

そして背中には大きな竜の翼。

上半身は鍛え上げた肉体がそのまま晒されており、下半身は黒色の体毛で包まれ、脚は山羊のように変形している。

さらに毒を持った蛇の尾まで生えてやがる。

 

金色の髪を靡かせ、獅子のような牙を剝き出しにして嗤う姿は正に悪魔の如し。

 

「あー、はいはい。悪魔ですよっと。――どうでもいいけど早く沈んでくれない?」

 

竜の頭に変形した右腕から熱線が放たれる。

ただの一撃で海賊船に致命的なダメージが入り、海賊旗が一瞬で燃え尽きる。

 

「テメェ……良くも!」

 

ここは新世界。それなりに腕の立つ連中が生き残っている場所だ。

当然のように覇気を使える連中が反撃に打って出る。

剣で切りかかるが、獣のように変形した鋭利な爪に受け止められ、逆に山羊の脚で強烈な蹴りを入れられて吹っ飛んでいった。

 

「クソッタレ!」

 

覇気を込めた銃弾が放たれる。

 

「ちょっと! 痛いじゃないか」

「う、嘘だろ……傷が一瞬で」

 

攻撃を受け、被弾しようともすぐさま回復する様は自然系の理不尽さを思い起させる。いや、ダメージを受けてから超回復を行っているからそれ以上か。

 

「ふざけんな化け物がァァァ!」

「おっと。その刀、鈍らだね。替えた方がいいと思うよ」

 

さらに、そもそもの身体が異常に頑丈だ。

生半可な剣では傷をつけることも出来ない。

 

そして極めつけは――

 

「バカ野郎! ただの能力者だ! 致命傷を受けりゃあ、死ぬに決まってんだろ! いいから撃ちまくれ!」

「あぁ、悪いけど、()()()()()()()()()()()()()()()。もう殆ど効かないと思うよ」

「はぁ……? 何を言ってやがる! そんなことが――」

「ほら」

 

先程は身体を貫通した筈の弾丸はしかし、容易くキリアの左手で受け止められていた。

 

これだ。この()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

各地に派遣しているスパイたちに命じてコイツに関する資料を片っ端から入手したが、黄猿と青雉という海軍最強戦力2名がコイツへ猛攻を仕掛けるも止めを刺しきれなかったのは、この異常な能力のせいらしい。

一度食らった攻撃は効かない……というほど理不尽なものではないらしいが、少なくとも初撃よりも威力が落ちるのは間違いないらしい。

それは防御力/回復力の両方に作用し、能力者の攻撃を受けても2回目はダメージが通りにくくなり、さらに回復速度も速くなるそうだ。

 

……化け物だな。

 

少なくとも、初撃で大ダメージを与えられなきゃ、それ以降は圧倒的に向こうが有利になる。

 

同じ技の定義が曖昧だが、生憎とコイツは誰の技を食らっても五体満足でいる強烈な生命力がある。

一度命懸けで戦えば、次の戦いからは殆ど全ての攻撃に対する耐性を得ているとみて間違いないだろう。

 

俺はコイツに勝てるのか? 自問自答するが……正直言って、厳しい気がする。

認めるのも癪だが、アイツの力は反則級だ。

 

それにプルトンの件もある。

 

“今は”戦わずに味方にする方が得策だろう。

 

「……今、か」

 

アイツと接触してからずっと続いている奇妙な関係性に思いを馳せる。

 

出会ってからまだ一週間も経っていないが、アイツが何か隠していることには気が付いている。だがそれは構わねェ。俺だって似たようなものだしな。

俺たちはお互いの腹の内を(雑に)隠しながら自分の利益だけを追い求めている。

 

アイツは厄介だし、面倒だが、使える男だ。

“今は”先輩顔をして仲良くしておくに越したことはないだろう。

 

『ドフラミンゴ先輩』

 

誓っていうが、情が湧いたわけじゃない。

アイツは仲間ではないし、ましてや友人ではない。

ただの……クソ迷惑な後輩だ。

 

だが、暫くは面倒を見てやってもいいかもしれない。

今は、今だけはそう思っている……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あっ、モネちゃんから電話だ! ストップ! みんな一回戦闘ストップでお願いします! もしもし、モネちゃん?

 

「……」

 

この時、ドフラミンゴはこう思っていた。

コイツ、本当の本当にマジでぶち殺したろうかなー、と。

 




モネちゃんとの出会いについては番外編でやるつもりです。

主人公の獣人形態は、ざっくりとですがBLEACHのウルキオラの刀剣解放第二階層に近い感じです。
強そう(小並感


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王下七武海 怪物キリア

今回で第一章は完結となります。


◆◆海軍本部 マリンフォード◆◆

 

 

「ふざけるなッ! なんだこの通達は!」

 

その日、仏のセンゴクはぶち切れた。

 

「おー、どうしたんじゃあ? ついにハゲてきたか?」

「ガープ! 私の頭髪は見ての通りまだまだ現役だ! 見て分からんのか!」

 

あまりの大声に海兵たちが何事かと動揺する中、呑気に煎餅をかじりながら登場したのは海軍の英雄、ガープ。

センゴクと長い付き合いの彼は、尋常ではない盟友の様子から何か大事が起きたことを察していたが、敢えて普段通りのノリで接することを選んだ。

 

「がっはっは! まだまだ鬱陶しいくらい生えているのぉ! 育毛剤が必要になったらわしに言え! 

 ――で、髪じゃないなら何があったんじゃ?」

「これを見ろ」

 

そう言ってセンゴクが手渡した書面には次の文言があった。

 

【怪物キリア 王下七武海登録の連絡】

 

「あの世間を騒がせておる小僧が七武海入りか。上の連中、よほどコイツが怖くなったのかのぉ……この煎餅美味いな」

「呑気に煎餅をかじっている場合か! 私は聞いていないぞ! 世界政府は何を考えている……!」

「温かい茶はないか?」

「話を聞けっ‼」

「こちらに!」

「お前も渡すな!」

 

怒りが収まらない様子のセンゴクに対し、ガープはいつも通り大口を開いて笑った。

 

「そう騒ぐな。奴が一般市民に被害を出した話はないと聞く。下手に放置して暴れさせるよりも、首輪をつけて飼いならせるならそう悪い話でもないじゃろう」

「だが!」

「それに」

 

ガープは強靭な顎で煎餅をまとめて3枚砕いてから笑った。

 

「――奴が何かやらかしたのなら、()()()()()()()()

「ガープ……」

「奴の能力は青雉たちから聞いておる。確かに強力だが、わしなら相性は良さそうだ。ようは、耐性を付けられる前に仕留めればいいんじゃろう?」

 

数多の海賊を沈めてきた老兵の拳に血管が浮かび上がる。

初撃以降の攻撃に対する圧倒的な適応能力。

確かに強力だが、攻略方法がないわけではない。

1つは適応能力を超える手数の多さで圧倒すること。

そしてもう1つは、強烈な初撃による1発決着。

 

「……分かった。少し動揺しすぎていたようだ。皆、すまなかった」

 

センゴクはその場にいた皆に謝罪をした。

 

「ん~、センゴクさん。ちょっといいですかい~?」

「黄猿……どうした?」

 

最も長く怪物と戦ってきた海軍大将黄猿は相変わらず感情の読めない、いつも通りの態度で尋ねた。

 

「今七武海の席は7人で埋まっていますが、その点はどうするつもりなんで?」

「なんでも、特例事項として8人目の七武海として認めるらしい。正式名称も王下七武海ではなく、【王下特務 番外七武海】だそうだ。……まぁ、中身は8人目の七武海ということで変わりないから、どうでもいい話だがな」

「ん~、そうですかぁ~」

「……すまんな、黄猿。お前も思うところはあるだろうが、この決定は私の力では覆せそうもない……」

「あ~、いえいえ、わっしのことはお気になさらず。元はと言えば、奴を仕留めきれなかったあっしの責任ですから~」

「黄猿……」

「しかし、我々が迂闊に手を出せない立場まで逃げられてしまった以上、今後さらに面倒なことになりそうですねぇ~」

「というと?」

 

黄猿はサングラスの向こうに感情を隠しながら呟いた。

 

「本人に暴虐を働く意思があるようには見えませんが、アレはただ息をしているだけで災害をばら撒くタイプの人間です」

 

そして、未来を予知するかのようにそっと呟いた。

 

「荒れるでしょうなぁ~この海は」

 

 

 

 

 

◆◆ドフラミンゴの屋敷◆◆

 

 

海軍が慌ただしくなっている中、巧みな情報操作と豊富なコネクションで前代未聞の七武海入りを達成した二人組はというと――

 

「おいテメェ……覚悟はできてんだろうな?」

 

絶賛喧嘩中だった。

 

電撃加入が決定した新たな七武海怪物キリアは、同じく七武海であるはずの同僚、ドフラミンゴによって胸元を掴まれて脅されていた。

 

「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ先輩~、約束はちゃんと守ったじゃないですか~」

「ふざけるなッ! プルトンはワノ国のどっかにあって、しかも封印されていて、すぐに使えるかどうかも分からねぇだァ~? 古代兵器を渡すっていう条件に反しているんじゃねェのか、おい!」

「俺は渡すなんて一言も言ってないっすよ! ただ、場所を教えるって言っただけで…」

「クソッタレが! この俺が尽力してお前を七武海にしてやったってのにこの仕打ちか! 仁義はどうした⁉」

仁義がどうこう語るのはパイセンのキャラ的にどうかと思うんですが

否定はできん

 

掴んでいた俺の服を離し、パイセンは深いため息をついてからソファーに腰を下ろした。

 

「クソ……腹が立つ……何が一番腹立つって、俺がこのクソアホにまんまと嵌められたという事実が一番腹立つ……!」

「とりあえず、俺の七武海加入祝いにBBQしません?」

「ちょっと黙ってろ! それから俺はBBQが嫌いだ!」

「肉とか買いに行かなきゃなぁ……」

「話を聞けッ‼」

 

パイセンには悪いけど、今俺の口は肉のモードに切り替わってしまった。

とてもではないが相談ごとに乗れるような状況ではない。

 

「クソ……どうする……」

 

あーでもない、こーでもないと悩んでいる先輩は放置しておくとして、俺は取り敢えず肉の調達を優先することにした。

 

 

数十分後。

 

「……あれ? まだ悩んでたんすか?」

 

俺が買い物に出かけてから帰ると、パイセンはまだプルトンに頭を悩ませているらしく、テーブルの上に色んな資料をぶちまけて考え事に耽っていた。

 

「あぁ……テメェの寄越したクソ情報のせいでな。せめて正確な隠し場所ぐらいは把握しておけよ」

「まぁ、この広い海の中で隠し場所が分かっただけでも良かったじゃないすか。――カイドウの縄張りだけど」

「それが問題なんだ馬鹿がッ‼」

 

おーおー、荒れてますなぁ。

そんなにカイドウが怖いなら諦めればいいのに。

 

「戦うのが嫌ならカイドウにお願いしたらどうです? 古代兵器がここに埋まっているはずなんで調査させてくださいって。仲いいんでしょ?」

「バカかテメェは。そんなこと言った日には、カイドウが自ら手に入れようとするに決まっている。……いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

そこら辺は最後までよくわからなかったんすよねぇ。

ま、どっちにしろカイドウが邪魔ってことになるんだろうけど。

 

「クソッタレめ……どうしてよりにもよってワノ国なんだ……おい、念のためにもう一度だけ聞いておくがワノ国ってのは間違いないんだな?」

「それだけは誓って間違いないっすよ。なんなら、五老星にでも鎌かけてみたらどうです?」

「……まぁ、そこまで言うからにはマジなんだろうな。クソ……ワノ国か」

「あっ、肉焼けましたよパイセン。食べます?」

「あぁ……って、テメェは何ナチュラルに俺の目の前でBBQしてやがるんだ⁉」

 

あんまりにも長く一人で悩んでいたので勝手に庭で始めてしまった。

前世からの習慣で、お祝い事は肉焼いて食うって決めているんだ。

これだけは絶対に譲れない。

 

「パイセン……好き嫌いは良くないっすよ」

「トラウマがあるんだよ! ギャグで流せねぇレベルのな!」

「ふーん、かわいそうに(棒)。じゃあ、この肉は俺がもらいますね」

「でもそれは俺に寄越せッ‼」

 

めんどくさいなぁ、この先輩……。

 

結局、やけになったように網の上で焼いていた肉を片っ端から食い始めたパイセン。

ちょ、ちょっと! それだと俺の分まで……クソ! ならこっちだって負けじと肉を拾ってやるもんね! あれ、肉が網から取れない……コイツ! イトイトの力を使って――

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

「……で、結局どうするつもりなんすか先輩」

「……どうするか……」

 

山ほど買ってきた肉を二人で死ぬほどかっ食らい、もう動けなくなった俺たちはソファーの上に寝そべっていた。

うえぇ……食いすぎた。マジで気持ち悪い……。

 

ていうか、なーにがBBQ苦手だ。俺より食ってたじゃん。

 

「カイドウ……カイドウか……」

「まだ悩んでるんすか? もう諦めたらどうです? どーでもいいじゃないすか。古代兵器なんて」

「ふざけるな。俺が苦労して提供した七武海の地位に対してテメェからの対価がこれじゃあ、納得がいかねェ」

「今食った焼肉で良くないすか?」

テメェの肉でBBQするぞゴラァ

 

BBQに抵抗はなくなったんだ。

 

「おい、言っておくがもうちょっと手伝えよ。流石にこれは対価としては納得いかん」

「えー……まぁ、始まるまでは暇だから別に良いですけど……俺に出来ることあります?」

「カイドウを殺してこい」

無茶ぶりにも程があるでしょ

 

アンタ、俺のことなんだと思ってんだ?

 

「俺戦ったことないすけど、どれくらい強いんすか? 四皇って」

「少なくとも、海軍大将よりは強いんじゃねぇか?」

「史上最強じゃないすかそんなの」

「お前の海軍大将に対する厚い信頼は一体何なんだ?」

「そんな言うならパイセンも戦ってみたらどうです? マジで引くぐらい強いっすよ」

「結構だ」

 

まぁ、原作でもビビッて青雉から逃げてたし、パイセンじゃあ、勝てないでしょうね。

 

「あー、クソッタレめ……中途半端な情報与えやがって……これじゃあ、今後の取引も面倒になるだろうが……カイドウの軍団強化なんて馬鹿らしくてやってられねェぞ……」

「何をブツブツ言ってるんです?」

「どうする? 本当にヤルならアレの生産計画は寧ろ俺にとって邪魔になる。だが、こんな訳の分からない奴が言った古代兵器の情報の為だけにこれまでの努力を棒に振るのか……?」

「あー、ドフラミンゴ先輩?」

 

あまりにも情緒不安な様子から心配になって声を掛ける。

先輩はギロリと俺を睨みつけてから言った。

 

「おいキリア! テメェ、プルトンの情報は本当に間違いないんだろうな‼ 本当にワノ国に現物があるんだろうな‼」

「だから! 何度もそう言ってるじゃないすか!」

()()()()?」

「はい?」

 

急に何を……。

ソファーから立ち上がったドフラミンゴ先輩は真剣な表情で俺を見つめながら言った。

 

「お前の一番大事なものに誓えるか?」

 

 

「……誓えますよ」

「何に誓う?」

 

目覚める前の――いや、目が覚めてからもキリアという人間が一番大事だったもの。

 

 

 

亡くなった俺の母と、生まれてくることが出来なかった俺の弟に

 

 

「――――」

 

 

ドフラミンゴ先輩は暫くの間立ち尽くしていた。

やがてゆっくりとソファーに座り直し、額に手を当てながら絞り出すような声で言った。

 

「……分かった。お前の言葉を信じよう」

「……」

 

俺は急に酒が飲みたくなった。

無言でラム酒を取り出してきてグラスに注ぎ――ついでに先輩の分も注いでから一気に飲み干した。

先輩も同じように向かいで飲み干した。

 

 

 

気を取り直して再びソファーに座りなおした先輩はまたブツブツ言い始めた。

 

「ワノ国……ワノ国か……海楼石の産地、政府も手出ししない鎖国の地……侍とかいう戦力……悪くない」

「だが……カイドウには勝てねェ……いや、勝てねェって考えが間違ってるんじゃないのか?」

「この馬鹿も使って……俺の力の全てを使っても……五分か……?」

「いや、五分じゃねェ。分が悪いのは明らかに俺たちだ。だが……このアホがいればあるいは……」

 

 

なんか時々アホとか馬鹿とか聞こえるが、多分俺のことではないだろう。

 

「ふわぁ……眠っ」

 

あー、ダメだ。

満腹になった上にアルコールを入れたせいで眠くなってきた。

お風呂も入りたいけど、もう明日の朝でいいかなぁ……

 

「おいキリア!」

「う、うっす」

「お前、コイン持ってるか?」

「まぁ……ありますけど……」

「寄越せ」

 

何だ急に?

取り敢えず、懐から取り出したコインをパイセンに投げて渡した。

 

「……表だ」

「じゃあ、俺は裏でお願いしやす」

「テメェは関係ねェよ。答えは殆ど決まっているが、偶には最後の一押しを天に聞いてみるのも悪くないかと思ってな」

 

そう言ってパイセンはコインを親指で宙に弾き飛ばした。

 

キィーン、

 

クルクルと宙でコインが回る。

何故か、()()()()()()()()()()()()()()()()()ような、そんなあり得もしない感覚に襲われた。

黄金の金貨は程なく重力に引かれて落ちてくる。

先輩は落ちてきたコインを手で蓋をするように左手の甲に叩きつけた。

 

そして、ゆっくりと被せた右手を左手の甲からどかしていく。

 

……なんか、俺関係ないはずなのにやたらとドキドキするな。

 

「――――」

「……どうだったんです? 表でした? 裏でした?」

「……返すぞ」

「おっとっと」

 

ノールックで弾き飛ばされてきたコインをキャッチする。

そしてドフラミンゴ先輩は再びソファーに横になった。

 

「先輩?」

「……取るか」

「何をです?」

 

ドンキホーテ・ドフラミンゴはソファーに横になりながら言った。

 

「カイドウの首を」

「あぁ、カイドウの首っすか。いいんじゃないすか? 別にカイドウを倒したところで俺には何の関係も――今なんて?

「だから、カイドウの首を取るつったんだよ。長期的な商売相手として見据えていたが、もう止めだ。面倒だ。プルトンがそこにあるなら、ワノ国ごと手に入れてやる」

「いや、流石にそれはちょっと――」

「アイツを殺して」

 

王下七武海 天夜叉ドンキホーテ・ドフラミンゴは宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

「俺が四皇になる」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

いや、いやいやいやいや。

何を言ってるんですこの人は?

カイドウを殺す? パイセンが?

無理でしょ。勝てるわきゃない。

 

それに第一、原作はどうなる?

ドレスローザ編は? パンクハザード編は? 何よりワノ国編は?

俺が一味の皆と一緒に冒険するはずの旅はどうなるんだ。

 

「おい、キリア」

「……なんです?」

「フッフッフッフ、俺ァ、久々に“野心”ってやつを思い出したよ。小難しいことを考えず、ただ成り上がることだけを考えていたあの時をな。あぁ、若い頃に戻ったみてェだ……」

「…………」

 

 

 

あっ、ダメだ。

パイセンの発言がアレすぎて、脳のキャパシティーを超えたみたい。

さっきのコイントスで目が覚めたと思ったけど、また眠くなってきた。

 

うん。さっきのパイセンの発言は、一端忘れよう。

どうせ一時の気の迷いだろう。

風呂もどーでもいいや。

 

もう寝よう。

 

「ドフラミンゴ先輩」

「あん?」

「俺、もう寝ますね」

「あぁ、分かった」

 

あっ、そうだ。最後に一つだけ忘れていたことを伝えておかないと。

 

 

 

 

「ドフラミンゴ先輩」

「あん?」

「七武海入りの件、色々とありがとうございました。感謝してます」

「……おう」

 

あー、眠い。色々と考えることはあるけれど、一先ず今は眠るとしよう。

 

俺はようやく手に入れた安寧を享受しながらゆっくりと目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【超余談】

 

 

 

二人で馬鹿ほど肉を食っている最中のことだった。

 

「あっ、そういえばドフラミンゴ先輩。ちょっといいすか」

「なんだ? ……おい、それは俺が育てていた肉だ。触るんじゃねぇ」

「いやいや、パイセンのは隣のやつでしょ。勝手にすり替えないでください」

「いーや、絶対にそっちが俺のだ。糸を引っかけているから間違いない」

「もうその反則やめてくださいよ」

 

だが、羨ましくもある。

俺の能力はこういう日常で役立つような利便性がないからなぁ……。

 

「おっと、話が逸れた。肉じゃなくて、聞きたいことがあるんすよ」

「なんだ?」

「先輩、歳は幾つなんです?」

「なんだ急に?」

「いいから教えてくださいよ。41歳っすか?」

「……38だが」

 

2年後の新世界編でのパイセンが41歳だから……原作開始時は39歳のはず。

つまり今は原作開始1年前ってことか。

 

「ありがとうパイセン。参考になったっす」

「?????」

「誕生日になったら教えてくださいっす。派手に誕生日パーティーを開きましょう」

「お、おう……????」

「楽しみっすね……先輩が41歳になる日が」

「?????」

 

 

 

 

 

 

                          王下七武海加入編 完

 




お世話になっている先輩を時系列把握に利用していくスタイル。

これにて【王下七武海加入編】は終了となります。
これまでたくさんの感想をいただきましてありがとうございました。
もちろん感想は全部見させてもらって、モチベーションにしております。
(なかなか返信できてないですが……)

次回は軽く主人公の設定とかを記載して、幾つか番外編を挟んでから新章に突入する予定です。
また暫くお付き合いいただければと思います。


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番外編
人物設定


番外編その1です。


キリア

 

本名:キリア

異名:怪物(一部界隈では竜殺しと言われている)

年齢:20歳

身長:185㎝

血液型:F型

悪魔の実:動物系幻獣種 ネコネコの実 モデル キマイラ

武器:素手

好きな物:BBQ、金、女、酒、ぐーたらな生活、冒険、麦わらの一味

嫌いな物:天竜人、海軍大将

 

【人物】

ワンピース世界に転生した男。転生を自覚した瞬間には人生詰んでいた結構可哀そうな男。

だが、そこから淡々と理不尽を受け流しながら生き延びた結果、大概のことに対して無関心で且つ、自分の意志だけを突き通せる究極の図太さを手に入れた。(開き直ったとも言う)

本人の行動原理と周りとの理解に乖離が生じた結果、“狂人”として認識されることも少なくない。

 

見た目は爽やかな金髪イケメンだが、中身は残念な女好き。サンジとキャラが被っていることを気にしており、髪を染めることも考えている。

幼少期より麦わらの一味の活躍を(画面越しに)見て育ってきたため、一味に対してかなりの憧れがあり、自分が何をやらかしても最終的には(自分が加入した)麦わらの一味が何とかしてくれると思っている。

 

でも、最近様子がガラッと変わったパイセンを見て事態の深刻さに気が付きつつある。

 

現状、暫定的にドフラミンゴ一味みたいになっているが、本人は麦わらの一味に入ることを諦めていない。

一味に入る為なら上述のキャラ被りを防ぐべく、自分の性格を改造してもいいとさえ思っている重度の麦わらの一味オタク。

妄想癖と思い込みが強く、そのうち勝手に麦わらの一味を名乗りかねない。

憧れは止まらないけどお前は止まれ。

 

【特技】

アホだが(会計的な意味で)計算は得意。

馬鹿だが(腹芸的な意味での)計算も得意で、自分の有利になるように交渉を誘導する強かさもある。

変装も得意で、その気になれば名優さながらの演技もできる。

幼少期より世界政府と海軍に追われながらも一度も捕まることがなかったため、その瞬間、瞬間を生き抜く力はかなりのものだが、逆に言うと長期を見据えて計画を立てるのは苦手。

 

【能力】

キマイラに変身できる動物系の能力者。

空中戦闘と遠距離攻撃を得意とする当たりの能力で、驚異のタフさと防御力を誇っている。

獅子の頭と竜の頭の両方から火炎とビームを放つことができ、蛇の尾からは猛毒を発射することができる。

何段階か変身形態を会得しており、能力も覚醒済み。

『初撃以降の同攻撃に対する異常な耐性』を持っており、二度目以降は身体が勝手に攻撃に対して防御力を引き上げ、回復力も上昇させる反則じみた能力を持っている。

大抵の相手には初戦を生き残れば余裕で完封できそうな能力だが、これに悠々とついてくる海軍大将の強さはやはり異常。

キリア本人がメンタル的に苦手意識を抱えていることもあり、黄猿師匠とは相性が悪い。

 

 

【人間関係】

ドンキホーテ・ドフラミンゴ

→頼りになる先輩。慕っているし、一生レベルの恩もあるし、絶賛居候中の身だが、仲間になるのは嫌だ。最近、自分と同じファッションをするよう勧めてくることを鬱陶しく思っている。ダサいし。

 

黄猿

→怖い。死ぬほど怖い。ぶっちゃけ、攻撃はほぼ全種類食らっているので耐性はあるはずだが、それでも余裕でダメージ通してくるので本気で怖い。

 

青雉

→怖い。でも、黄猿よりは能力的に相性が良いので結構舐めてかかっている。

 

赤犬

→会ったことないけどもう怖い。

 

モネちゃん

→可愛い。美人。好き。でも最近、ドレスローザの女の怖さを感じて別れることを検討中。

 

麦わらのルフィ

→頼りになる船長。

 

 

 

 

ドンキホーテ・ドフラミンゴ

 

言わずと知れた悪のカリスマ、天夜叉の兄貴。

 

天竜人殺害という世界のルールを真っ向からぶち壊してかかるキリアに興味を持ち、利用するべく声を掛けた結果、逆に脅されて七武海入りのために尽力することになった38歳。

 

意味わからない言動と図々しいが過ぎる性格に振り回され続け、最近ギャグキャラと化しつつある。

 

自分を憎まず服従せず、敵でも味方でもないという、今まで出会ったことがないポジションと性格の男に困惑しつつ、ちょっとだけ情が湧きかけては「やっぱ殺そう」の間を反復横跳びしている。

 

人造悪魔の実スマイルを製造し、カイドウに売りつけるべく計画を進めていたが、ワノ国に古代兵器プルトンがあることを知り、計画を中断。(カイドウの軍団を強化するだけのため)

プルトンをワノ国ごと手に入れるべく、カイドウと敵対することを決意。

 

再び火が付いた野心に心を燃やしつつ、四皇の座を狙って躍動を始めた。

 

最近、後輩がやたらと誕生日を聞いてくることに困惑している。

 

 

 




こんだけ話続いてこの2人のことしか書けないとか…
どんだけ2人でいちゃついてたんだコイツら…(困惑)


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モネの恋【前編】

 

最悪の境遇にあった私と妹を救ってくださった若様。

彼には計り知れない恩がある。

若様のお役に立つこと。それだけが、私の人生の意義だった。

彼が現れるその日までは。

 

 

 

 

時は怪物キリア七武海入りより少し前まで遡る――

 

 

 

その日、外で長期にわたる任務を終えてからドレスローザに帰還した私は若様の元へ報告に向かっていた。

 

「――以上のことから、スマイル製造工場の候補地は申し上げた3箇所が適切かと考えます」

「……」

「……若様?」

「ん? あぁ、そうだな。ご苦労だった。いい資料だ。参考にする」

「ありがとうございます」

 

どこか上の空のように見えたが、若様はいつも通り王に相応しいカリスマ溢れるオーラを身に纏っておられる。

褒められて嬉しくなった私は内心の照れを隠しながらクールぶって返事をした。

 

「後はこっちで考えておく。暫くの間はドレスローザでゆっくりしていてくれ」

「はい。ありがとうございます。では、私はこれで――」

「あぁ、ちょっと待て。少しだけお前に聞きたいことがあるんだ、モネ」

「? なんでしょうか?」

 

書類に不備があったのだろうか?

モネが背筋を伸ばして待機する中、ドフラミンゴの脳裏では最近の悩みの種であるクソ馬鹿との会話が蘇っていた。

 

『そういえば、うちのファミリーにもモネっていう美人がいるんだが……』

是非紹介してください

『うちのファミリーに入るなら紹介してやるのもやぶさかじゃないんだが……』

前向きに検討させていただきます

『マジかコイツ』

 

ドフラミンゴは頭を抱えた。

 

“あのアホ、本当にモネを紹介したらうちに入るのか……? だが、それだと流石に俺の立場が……いや、これであの化け物を飼いならせるなら安いもんか……クソ! 腹が立つ。何が腹立つって、こんなしょうもないことに頭を使っているという事実に一番腹が立つ……!”

 

「あの、若様?」

「……モネ」

「は、はい」

 

そして、モネの敬愛する主は思いも寄らないことを聞いてきた。

 

「お前、今恋人はいないのか?」

 

 

 

◆◆ドレスローザ 街中 とあるカフェ◆◆

 

 

 

「えぇ⁉ 若様がおねえちゃんに恋人がいないか聞いてきた⁉」

「えぇ……急なことだからびっくりしちゃって、『いません』とだけ答えたけど……」

「急にどうしちゃったんだろう? 変な若様」

 

二人が困惑するのも無理はない。

基本的に(ベビー5のような例外を除き)若が個々人の恋愛事情に踏み込んでくることなど殆どなかったからだ。

 

「べへへ! んねー、モネェ~、恋人いないなら俺の恋人になれよぉ~」

「嫌です。あと近いです。トレーボル様」

 

シュガーの護衛役を務めているトレーボルがぬるっとモネのことを口説こうとするが、あえなくフラれてしまった。

 

「キモい、きたない。おねーちゃんに近付かないで、害悪」

「誰が害悪だクソガキィ! ていうか、いつにもまして口悪くないかぁ~?」

「あたりまえでしょ。せっかくの姉妹水入らずの時間をこんなキモいやつに邪魔されるなんて……さいあく」

「べへへ! それが護衛役に対する態度かぁ~?」

「わたし、弱くないもん」

「べへへ! お前の強さは関係ないよぉ~、最近、調子こいた海賊団がこの辺りをうろついているらしいからなぁ~、このトレーボル様がお前を守ってやってるんだ~」

「あー、はいはい。じゃあ、せめて邪魔にならないように死んでおいて」

「死んで護衛はできねェだろッ⁉」

 

ギャーギャーと騒ぎ出す二人。

モネはシュガーの言う通り、姉妹水入らずの時間が取れないことを悔やみつつも、久々に会ったファミリーの様子がいつも通りで安心していた。

 

「そういえば変な若様で思い出したけど、おねえちゃん知ってる? 最近若様があんまり王宮に顔を出さなくなったの」

「いえ、知らないわ。何かあったの?」

「私も詳しくは知らないんだけど、なんか()()()()()がいるらしくて、ずーっとその対応に追われているんだって」

「大事な客人? 政府の要人か何かかしら…?」

「分かんない。でも、その客人がまたすっごい我儘な人らしくて、王宮に顔を出してもいっつもイライラしているんだ」

「あの若様が?」

 

にわかには考え難いことだ。

ドンキホーテ・ドフラミンゴは誰かに支配されることを嫌い、自分のペースで生きることを好む泰然自若とした人だったはず。

そんな彼が誰かに振り回されているなんて、とてもではないが想像できる光景ではない。

 

「トレーボル様、何かご存知ですか?」

「べへへ! それが俺も誰が来ているのか知らないんだよなぁ~、ドフィに聞いても『知らない方がいい』の一点張りで、『代わってやろうか?』って提案しても凄い顔で睨まれるだけだしなぁ~」

「最高幹部も知らないなんて……一体何者なのかしら?」

 

3人は首を傾げた。

だが、ドフラミンゴが言わないというスタンスを貫いている以上、部下の自分たちが騒ぎ立てたところで迷惑になるだけだ。

 

その後、カフェで暫く談笑した後、ドレスローザで仕事があるシュガー及びトレーボルは去っていった。

 

「さて、一気に暇になっちゃったわね。服でも買いに行こうかしら。あっ、任務で壊れた新しい眼鏡も買わないと」

 

妹にいつも眼鏡のセンスを酷評されているモネだが、自分のセンスが正しいと信じている彼女はいつもと同じ眼鏡を購入すべく馴染の店に向かうことにした――のだが。

 

 

「……しくじったわ」

「なァ、いいだろ姉ちゃん? ちょっとそこの店で一杯やるだけだ」

「こんな路地裏を一人で歩いていたんだ。そういうつもりだったんだよな? ぎゃははは!」

「ドレスローザは女の質が高いが、こんないい女はなかなかお目に掛かれねぇ。いい拾いものしたなぁ!」

 

ちょっとでもショートカットをしようと路地裏を通ったのが間違いだったようだ。

ここは彼女の主、王下七武海ドンキホーテ・ドフラミンゴが治める王国。

生半可な海賊では表を歩くことすら許されないが、トレーボルが言っていた身の程をわきまえない質の悪い海賊団に運悪く引っかかってしまったようだ。

 

面倒だが、適当にあしらうしかないだろうと判断したモネは理由を付けて先に進もうとするが、男たちは引かない。

 

ここがドレスローザであり、自分はドフラミンゴの部下だと伝えても「愛人か?」と侮蔑と共に笑われる始末。

これにはモネもカチンときてしまった。

雪の中に生き埋めにしてやろうと能力を発動させようとしたが、それよりも先に事態は動いた。

 

「――品がないな」

 

芯の通った声が路地裏に響き渡る。

 

「あぁん? 誰だテメェ?」

 

海賊たちが振り向く。

そこには白いシャツに黒いズボンを履き、眼鏡を掛けた優男が立っていた。

 

「女性を口説くときは紳士的な態度で臨めとママに教わらなかったのか?」

 

一瞬固まった海賊たちだったが、次の瞬間には大口を開けて優男を嘲笑した。

 

「おいおい! 見ろよ! ヒーロー気取りの雑魚様ご登場だ! 良かったな姉ちゃん! 俺たちの相手が済んだらあっちに相手してもらえよ!」

「弱そうなくせして俺たちに声を掛けた度胸だけは認めてやるよ!」

「馬鹿だな~、お前」

 

海賊たちに同意するのは癪だったが、モネも同意見だった。

あの男は馬鹿だ。

 

勇ましく海賊に立ち向かう姿勢は確かに女性から見てもかなり好意的に映るが、残念ながら相手は武器を持った海賊。

それも、この新世界の中で生き残ってドレスローザまでたどり着いた確かな実力者だ。

生半可な使い手では声を掛けたことを後悔するような目に遭わされること間違いなしだろう。

 

一方、嘲笑された男はというと、黙って掌を上にして右手を前に突き出した。

そして一言。

 

()()

「……あん? 何してんだお前?」

 

いきなり理解の及ばない行動をされた海賊たちは流石に困惑した様子で尋ねる。

男は爽やかに笑って言った。

 

「あぁ、あまりにもワンワン煩いんで、犬かと思ったんだ。ほれ、お手してみな。いい子だから」

 

「「「ッ‼」」」

 

ブチっと海賊たちの血管が切れる音がモネにも聞こえた。

挑発の中でも最も屈辱的に聞こえるであろう口上。

迷惑を掛けられていたモネは胸のすくような思いになったが、海賊からすればプライドに唾を吐きかけられたようなもの。

 

「――おい、もっとマシな自殺方法は考えられなかったのか?」

「なんだ。お手は苦手なのか? じゃあ、伏せ」

「ッ‼ いい度胸だテメェ! 八つ裂きにして犬の餌にしてやるよッ‼」

「危ない――!」

 

モネは海賊だ。主であるドフラミンゴの命に従い、何人もの命を奪ってきた。

誰かの死には慣れているし、今更同情するような良心は持ち合わせていない。

だが――自分を助けようとした親切な人が殺されるのは流石に我慢ならなかった。

急ぎ能力を発動させようとするが、海賊たちが振り上げた刃が届くのが先だ。

 

「やれやれ。野良犬はこれだから――」

 

命の危険を前に男は落ち着いていた。

ゆっくりと右手で眼鏡を取り――裸眼が晒され美しい黄金の瞳で海賊たちを()()()()()

 

伏せ

 

その瞬間、場を支配したのは海賊たちの暴力ではなく、

格が違う生き物による絶対的な力だった。

 

ビリビリと大気を揺らす謎の波動。

 

勢いよく剣を振り上げていた海賊たちの動きが止まる。

やがて、その手から武器が地面に滑り落ちる。

優男の命令に従うかのように野良犬たちは白目を剥きながら地面に倒れ伏した。

 

「いい子だ」

「う、嘘……」

 

()()()()()()――⁉

 

モネは震えていた。

これこそは、王の資質を持った者にのみ許された力。

彼女の敬愛する主と同じく強者のための武器。

 

「大丈夫ですか、お嬢さん」

 

底知れない力を持つ男は眼鏡をかけなおし、爽やかにモネに笑いかけてくる。

 

先程は野蛮な男たちの背中が邪魔でよく見えなかったが、男は覇王色を放ったとは思えないほど優しい顔立ちをした美男子だった。

あっ、結構タイプかも……。

 

「え、えぇ……」

「この国の治安は表向き結構いいと思っていましたが、どこの国にも柄の悪い連中はいるものですね」

「そ、そうですね……でも、彼らは恐らく外から入って来た海賊だと思います」

「ん? そうなんですか。そういう貴女はこちら出身の方で?」

「出身ではないですが……ここでの暮らしは長い方です」

「あぁ、どうりで」

「?」

「いや、ドレスローザの女性らしい魅力に満ちているなと思いまして。コイツらが貴女を口説こうとしたのもよく分かります。とても――美しい方だ」

「そ、そんな……私なんて……」

「しかも謙虚だ。信じられない、この海にまだこんなに素晴らしい女性がいたなんて!」

「や、やめてください……」

 

まさかの褒め殺しにモネは恥ずかしそうに赤面した。

男は決してモネに近寄りすぎないよう一定の距離を保ちながら続ける。

 

「私、最近この国に来たばかりの新参者でして、色々と教えて欲しいことがあるんです。美しいお嬢さん。もし良ければ――」

 

この次に言われる言葉はモネにも何となく分かった。

 

「私と一緒にお茶でもしませんか?」

 

ニッコリと微笑む金髪の貴公子。

紳士的な態度の影で見え隠れする“男”の視線。

 

それと同時、モネは本当の意味で自分が今どこにいるのかを思い出した。

ここは()()()の国 ドレスローザ。

 

『お前、今恋人はいないのか?』

 

何故か、主の言葉が脳裏に過った。

 




パイセンにも明かしていない隠し玉の覇王色もカッコよくナンパする為なら躊躇なく使っていくスタイル。
強敵との戦いが多すぎて使う機会がなかったが、ここしかないタイミングで使えて本人は大変ご機嫌な様子。


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モネの恋【後編】

今回はキリア成分少なめです。
真面目なナンパ回ですね。

――いや、真面目なナンパ回ってなんだ......?(困惑


 

断ることもできた誘いだが、気が付けばモネは自分を助けてくれた男と一緒にカフェのテラスに座っていた。

覇王色を持つ彼はレオンとだけ名乗った。

 

「モネさんと言うんですか。素敵なお名前ですね」

「あ、ありがとうございます」

 

落ち着いた雰囲気の彼は手慣れた様子で注文を頼み、華麗な話術でモネのことを楽しませてくれる。

これまで海賊や王族など様々な相手と接してきたモネの人物観察眼はかなりのものではあるが、正直彼の正体が全く見えてこない。

どこかの王族? 貴族? 覇王色を持つくらいだから人の上に立つ存在だとは思うのだが……

楽しさと警戒心の両方でグラグラ揺れる心を内側に仕舞いこみながらモネは尋ねた。

 

「レオンさんはどういった目的でこの国に?」

「本当は来る予定はなかったんですが……まぁ、運命の導きってやつですかね。暫くは観光目的で滞在していますが、今は貴女と仲良くなることが最大の目的です」

「……結構グイグイ来られるんですね。普段からそうやって色んな女性を口説いているんでしょう?」

「まさか! モネさんがあまりにも素敵な人だから声を掛けたんです」

「どうだか……」

「グイグイ来られるのはお嫌いですか?」

「嫌い、と答えたらどうします?」

 

挑発するようなモネの言葉に対し、レオンは真剣な瞳で彼女を見つめてから言った。

 

「逃げたら1つ。進めば2つ手に入る」

「?」

「私が好きな(他作品の)言葉です。今ここで撤退すればこれ以上貴女に嫌われることなく親切な人で終われるかもしれない。でも、嫌われることも覚悟して前に進めば――」

「進めば?」

「愛と幸福が手に入るかも」

「ッ‼」

 

あまりにも気障な台詞にモネの顔が真っ赤に染まる。

 

「失礼。ちょっとカッコつけすぎたかな?」

「い、いえ……素敵な考え方だと思います」

「それは良かった。では今度、ヘタレ中二破滅願望者の知り合いにも同じこと言っておきますね!」

「????」

 

 

 

◆◆同時刻 ドレスローザ王宮◆◆

 

 

「ハ――クションッ‼」

「どうしたドフィ? 風邪か?」

「いや……どこぞの誰かが俺の噂話でもしているんだろう。……だが、妙にイライラしてくるのは何故だ?」

「最近お前の言う客人とやらに振り回されているせいじゃないか?」

「そうかもしれないな……だが、それさえ済めば俺たちは巨大な力を手に入れることができる。待っていろよ、ディアマンテ。もうすぐだ。もうすぐで直接世界をぶっ壊すことができる――! 俺たちの新時代がやってくるのさ! フッフッフッフ!」

 

若がクソ情報のせいでカイドウ討伐を決意することになるまで後5日。

 

 

◆◆ドレスローザ カフェ◆◆

 

 

場所は移り、再び若い男女2人。

 

「しかしモネさん、私が褒めたたえただけで面白いくらい動揺してくれるんですね」

「……そういうのに耐性がないんです。笑うなら好きに笑ってもらって結構よ」

「笑うなんてとんでもない。とても可愛いらしいですよ」

「ッ! そうやってすぐにからかう!」

「からかってないですって!」

 

ここは愛と情熱と玩具の国、ドレスローザ。

愛が故に男が女に刺されることもしばしば。

修羅場が原因で人が死ぬなんて日常茶飯事。

 

だが、そんな国にあってどこかピュアなやり取りをする2人の男女は周りから見てもかなり好意的に受け入れられていた。

 

「でも本当に不思議ですね。モネさんくらい素敵な女性だったらこういった口説きには慣れていると思ったんですが……ドレスローザの男性は見る目がないのかな?」

「……自慢じゃないですが、口説かれたことは何回かありますよ? でも、私は任務の関係でドレスローザの外に行く機会が多くてあまり1つの場所に留まる機会が少ないですし、それに――」

「それに?」

 

少し言うことに躊躇はあったが、モネは心の内を打ち明けた。

 

「私、今の仕事がとても大事なんです。それこそ、私の命なんかよりもずっとずっと大事なんです。だって、私を救ってくれた人が私を信じて任せてくれたものだから……」

「……」

「だから、例えば男性とそういう関係になったとしても、私はきっと仕事の方を優先すると思うんです。そんなの、男性側からしたら耐えられないことですよね? だから私、そういう機会があってもいつも自分で台無しにしていて……」

「素敵じゃないですか!」

「えっ……」

 

てっきり嫌な顔をされるかと思っていたモネは面食らった。

レオンは彼女の予想に反して目をキラキラさせながら言った。

 

「モネさんは律儀で一途な方なんですね。女性として――いや、人としてこんなに素晴らしいことはない」

「――――」

「そして何より、モネさんを救ってくれた人が素敵な方なんでしょうね。貴女、その人に恩を返せることが楽しくて仕方ないって顔をしてる」

「……」

 

彼女たちが彼によって救われなければ、今頃どこかで野垂れ死んでいたことだろう。

モネは嬉しかった。

自分の価値観に家族ではない他者から共感してもらえることが本当に嬉しかった。

 

「レオンさんにもそういう人いるんですか?」

「えぇ、いますよ。直接会ったことはないですが」

「?」

 

直接会ったことがないのに救われたとはどういうことだろうか。

モネは不思議に思ったが、彼にも大事なものがあると分かって何故か嬉しかった。

 

「ところでレオンさん」

「なんでしょう?」

 

話しているうちに距離が近づいたように感じたモネは思い切って尋ねることにした。

 

「違っていたら申し訳ないんですが……もしかしてレオンさんは、若――ドンキホーテ・ドフラミンゴ様の関係者の方だったりしませんか?」

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ? あぁ、彼ですか。一応、関係者ということになるんですかね?」

 

やっぱりそうか!

妹が言っていた不思議な様子の若様、そして自分の前に現れた覇王色の覇気を操る謎の青年。

 

「では、もしかして若様の客人とは――」

「えぇ、私のことだと思いますよ。彼にはお世話になっています」

「やっぱりそうだったんですね!」

 

モネは予想が的中したことと、若の客人が彼であるという事実の両方が嬉しくて笑った。

 

「若様ということから察するに、貴女の主はまさか……」

「えぇ。ドンキホーテ・ドフラミンゴ様です」

「おぉ! これはすごい偶然ですね! では、貴女のことを救ってくれた人と言うのも……」

「はい……若様です」

「そうでしたか。彼には俺もお世話になっています。――聞かせてくれませんか? モネさんが尊敬する彼のこと」

「……いいんですか? 話長くなっちゃいますよ?」

「モネさんの話なら三日三晩聞いていられますよ」

「もう! 調子の良いことばかり……」

 

だが、尊敬する若様について語っていいと言われてモネが我慢できるはずもなく、結局彼女は長々と彼の魅力について初対面の男性に語ってしまったのだった。

 

後から振り返れば自分を口説いている男性の前で別の男性の話をするのはどうかと思ったが、それでもレオンは嫌な顔一つすることなく絶妙なタイミングで合いの手を入れて彼女に楽しく話をさせてくれた。

 

「――というわけで若様は……ごめんなさい。私ばかり長々と話しすぎですよね……?」

「いえいえ、とんでもない。俺もお世話になっている人のことが知れて嬉しいですよ。それに、楽しそうに話しているモネさんを見ているとこっちも楽しくなってきますから」

「レオンさん……ありがとうございます」

 

ニッコリとモネは微笑んだ。

その笑みは彼女の献身性を表す慈愛と幸福に満ちた笑みで、レオン改めキリアをして一瞬本気で見惚れるほどに可憐だった。

 

「……好きだな」

「えっ⁉」

「モネさんのその笑顔」

「……レオンさん、よく女たらしって言われません?」

「今日初めて言われたよ」

「嘘つき」

 

嘘じゃないと言いながらレオンは笑う。

 

「モネさんの方こそ男たらしって言われるんじゃないですか?」

「えぇ、よく言われます」

「嘘つき」

「ちょっと! それどういう意味ですか!」

「冗談ですって」

 

2人は笑った。

楽しいな。2人は思った。

 

だが、残念ながら時間というものは有限である。

レオン改めキリアは若様に七武海入りの件で作戦会議があるため、日が落ちたら帰ってくるように言われていたことを思い出した。

クソッタレめ。やっぱり若ってクソだわ。デートの邪魔しやがって。

いいところ一つもねぇじゃねぇか。

 

「おっと、もう日が落ちてきましたね。そろそろ帰らないと」

「えっ……」

 

“もう帰らないといけないの?”

 

モネは驚いた。そんな時間になるまでずっと話続けていた事実もそうだが、何よりもう帰らなければならないことを残念がっている自分自身に心底驚いていた。

 

「……」

「モネさん」

 

そんな彼女の本心を見抜いたのか。

 

「ちょっと歩きませんか? 良ければ家まで送っていきますよ」

 

レオンは穏やかな顔でそんな提案をした。

 

 

 

並んで2人で夕暮れのドレスローザを歩く。

くっつきすぎず、離れすぎずの距離を保って歩く2人の間でポツポツとあてもない会話が繰り返される。

このまま別れて終わりなのか。

 

「ねぇ、レオンさん」

 

気が付けば、モネの口は勝手に動いていた。

 

「ん?」

「……レオンさんは、何者なんですか?」

 

彼に出会ってからずっと気になっていて、ついぞ聞けなかったこと。

 

覇王色の覇気――それも、モネだけ気絶させない技量の高さ。

しかし覇気に見合わぬ穏やかな人格。

若様が客人として気を遣っているという事実。

明らかに、モネよりも格が幾つか上の人間だ。

そんな人間がこのドレスローザで何をしているのか。

 

もし――もしも、彼が――

 

「敵」

「えっ?」

「俺が君の慕う若の“敵”と答えたらどうする?」

「ッ‼」

 

想像していた最悪の事態にモネの顔色が悪くなる。

だが、自分の信念に嘘をつくことは出来ない。

モネは琥珀色の瞳で隣の男を睨みつけ、絞り出すような声で言った。

 

「……殺します。若様の為なら」

「そうか」

 

レオンは穏やかな顔で微笑んだ。

 

「安心したよ。君に殺されるなら悪くない」

「――――」

「でも、君も安心していいよ。俺は若様の敵じゃない。今はね」

「今は、ですか」

「あぁ。未来は誰にも分からない。今は仲良しでも、ずっと先の未来では殺し合いをしているかもしれない。この海じゃ不思議なことではないでしょ?」

「……えぇ、そうね」

 

でも、今は敵じゃない。

モネはその事実に酷く安心して、嬉しく思っている自分がいることに気が付いた。

やっぱり今日の自分は少し、変だ。

 

「――で、はぐらかされたけど、結局あなたは何者なの? レオンさん」

 

「知りたい?」

「そりゃあ、もちろん――」

 

隣を歩いていたレオンの腕がモネの右肩を掴み、グッと彼の方へ抱き寄せられる。

鼻と鼻がくっつきそうな距離感で彼は言った。

 

「俺のこと、知りたい?」

 

本物より価値がありそうな黄金の瞳がモネを貫く。

 

「……えぇ」

 

モネは熱に浮かされたような顔でうなずいた。

 

「――よし。じゃあ、明日のお昼に今日と同じカフェに集合しよう」

「え、えぇ……」

 

急に元のレオンに戻ったことに驚きつつ、モネは頷く。

 

「じゃあね、モネちゃん。今日は楽しかった」

「えぇ。私も凄く楽しかったわ」

「おっと、忘れてた」

「えっ――」

 

グイっとレオンの顔が近づいてきた。

一瞬だけ色々とあって、気持ちの整理がつかないモネは愛用している眼鏡みたいに目をぐるぐる回しながら去っていく男の背中を見送った。

 

「……愛と情熱の国、か」

 

モネはそっと呟く。

雪を司り、冷酷に、一途に主に従うのみだった女の胸には、何か暖かいものが生まれていた。

 

 




コイツナンパ慣れすぎやろ……(困惑
生き残るために女性の庇護も必要な場面があって、死ぬ気で覚えたという設定でどうか1つ、うちの馬鹿を許してやってください。でもモネはこいつを刺してもいい。

番外編はこれで一端終了です。
次回より新章開始となります。
最近ちょっと忙しくて更新速度落ちるかもですが、気長にお待ちいただけるとありがたいです。


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ワノ国編
お酒が全部悪いですよね?


お待たせいたしました。
新章【ワノ国編】開幕です。

にしても、新章第1話のタイトルがこれってコイツほんまに……(呆れ)


前回までのあらすじ。

 

色々あって天竜人を殺しちまった俺はドフラミンゴパイセンのお陰で七武海になることができたのだった。ちゃんちゃん。

 

さて、七武海入りしたことによって政府と海軍大将から追われることがなくなった俺はモネちゃんとデートしたり、浮気がバレて能力全開で襲い掛かられたり、キリアってことがバレて大騒ぎになったり、なんやかんやありつつもドレスローザで平和に過ごしていたはずなのだが――

 

「……うっ……うん……? どこだ、ここ……?」

 

目が覚めると全く知らないところにいた。

 

記憶が飛ぶくらい飲んで翌日ゴミ箱の中だったことは偶にあるが、どうやらここはゴミ箱ではないらしい。

ドレスローザに来てからは滅多に羽目を外していないので実に久しぶりな感じだが、さて誰と飲んでいたんだったか。

何にせよ、酷く喉が渇いている。

 

「――って、痛ッ! あー! クソ! 頭痛ェ! なんだよこれ⁉ 痛ェ! 痛すぎるッ‼」

 

こうなった経緯を思い出そうと頭を回転し始めたその瞬間、地獄のような頭痛が襲ってきた。

文字通り頭が割れるほど痛い。

能力者になってこの方、ほとんどのダメージが軽減されているのでここまでの痛みは久しぶりだ。

初めて黄猿師匠の全力蹴りを側頭部に受けた時くらい痛ェ!

いや、下手したらその時以上かも。

 

「ぐっ……誰だ? 俺にここまでのダメージを通したのは……! 酒か⁉」

 

ガンガン五月蠅い頭を押さえながらゆっくりと立ち上がる。

辺りを見渡すが、本当に全然知らない場所だ。

どこかの建物だということは分かるが……それ以上はさっぱり。

おいおい、どこで酒飲んでたんだ俺。

ていうか、なんか日本酒臭いな。俺、ラム酒が好きなのに。

 

「…………あ~、クソ頭痛ェ…………」

 

悪態をつきながらゆっくりと壁に手をつきながら明るい出口を目指す。

目の前の壁に大きな穴が開いているので、多分あそこから突っ込んできたんだと思う。

それか、思いっきり吹っ飛ばされてきたか。

 

「やべぇ、なんも思い出せねェな……いったい何だってんだ……痛ッ! なんだ今の?」

 

ぼやきながら自慢の金髪を整えるために触っていると不意に手に静電気が走った。

ただの静電気ならもはや痛みを感じることすらないと思うが、なんか妙に痛い。

 

「……なんだ、この悪寒は。俺、相当ヤバいことやらかしたんじゃ……」

 

背筋が嫌な汗をかいているのが分かる。

 

生まれてこの方俺を裏切ることはなかった生存本能がレッドアラートを脳内で鳴らし、鍛え上げた見聞色が急いでこの場を離れろと訴えてくる。

ヤバい。これ、ほんとにヤバい時の奴。

具体例を出すと、運悪く天竜人を殺っちゃったと気が付いた時と同じくらいのヤバさを全身で感じているナウ。

おいおい、海軍大将でも飛んでくるのか? 笑えねェぞ、それ。

 

「……こういう時はあれだ。本能に逆らっちゃいけないんだ」

 

逃げれば一つ、進めば二つ手に入る。

でも多分、逃げないと命を失うので、俺は逃げます。

そうと決まれば話は早い。

俺は背中に竜の翼を展開し、天井をぶち破って自由な大空に飛び立とうと――

 

 

 

 

あれ、もう動けるのか。凄いな君は! あの()()()()の全力を受けてもこれだけピンピンしているなんて!

 

 

 

耳に心地よい凛とした美声が飛んできた。

ゆっくりと顔を上げるとそこには、可憐な鬼が一匹。

 

あぁ――なるほど。理解した。俺が()()()()()()()()を。

 

銀、エメラルド、水色のグラデーションを描く美しい髪。

こめかみ辺りから生える2本の赤い角。

好奇心旺盛な瞳。

幼さと色気と勝気が同居した美しい顔立ち。

 

この世の存在とは思えない絶世の美女が男勝りな笑みを浮かべてこちらに近付いてくる。

 

 

 

……生存本能君、すまんな。いったん待機モードでよろしく。

 

 

 

「えーと、君は誰だ?」

 

俺は知らないふりをしながら尋ねる。

白い和服に嵌められた手錠を鳴らし、金棒を手に彼/彼女は堂々と名乗った。

 

僕の名前は光月おでん! 君と同じく、カイドウを倒すべく戦っている者だ!

 

いや、俺はカイドウ倒すつもりなんてないから違うけどね……多分。

記憶が飛んでるから何とも言えないけど。

 

さて、目の前にいるのは皆大好き、鬼娘のボクッ娘で男装の麗人の箱入り息子のお嬢様にして敵のボスの「息子」。(by pixiv)

カイドウの実の息子(娘)ヤマトさんである。

でも、ご本人は大の光月おでんファンにつき、そちらの名前を名乗っておられる。

 

ここは慎重に対応しないとな。

 

()()()さんね。俺の名前はレオ――ま、この島で隠す意味もないか。俺はキリアだ。よろしく。実は色々と記憶が飛んでいてね。良ければ状況を教えて欲しいんだが」

「――――」

「……どうしたの?」

 

何やら固まってしまったヤマト坊ちゃん改め――光月おでんに尋ねる。

彼女は何やらプルプルと震えた後、金棒を放り出して俺の右手を両手で掴み、感極まったような表情で言った。

 

「僕のことを、光月おでんと認めてくれるのか⁉」

「認めるも何も、自分で言ったんじゃないか……」

 

聞いてもないのにヤマト呼びするわけにもいかないし。

 

「くぅ~! そうか、そうか。外の世界から来た人だから疑うってことを知らないんだな! いや、でも疑う必要もないんだ。僕は――僕こそが光月おでんなんだから!」

 

そう言って大きなおっぱ――胸筋を張るおでんさん。

今まで自分の憧れを肯定されたことがなかったから嬉しくて仕方ないんだろう。

大丈夫。俺はそういうの否定しないタイプだから。

憧れは大事だよね? 止まれないよね? 分かる分かる。

 

「あ~、話を進めてもいいかい? おでんさん」

「おでんさん⁉ ……ゴホン。あぁ、もちろんだキリア君」

 

咳ばらいをしてから低い声で話し始めたヤマト坊ちゃん改め光月おでん。

可愛いな。

 

「えーと、まず初めに、ここはどこ?」

「どこって……それも思い出せないのか?」

 

正直、彼女に爆発する錠が付いている時点で場所は一つしかないんだが、ここは敢えてとぼけておくことにする。

 

「あぁ。正直、なんでここにいるかも思い出せない。すぐに思い出すとは思うけど」

「表面上は平気でもやっぱりクソ親父のが効いていたのか……良し! じゃあ、教えるよ。ここは()()()。カイドウのクソ野郎が治める島だ」

「……ですよねー」

「?」

 

信じたくはなかったが……まぁ、それしかないだろうとも思っていた。

俺の頭が割れそうになるほど強烈な攻撃。

髪の毛に残っていた痛みを感じるほどの電気。

日本酒。

そして、止めにヤマト。

 

さて――問題は、だ。

 

「えぇと、おでんさんはさっき言っていたよね。“クソ親父”って。で、俺はそいつに吹っ飛ばされたと……つまりおでんさんのお父さんって」

「――あぁ。認めたくはないが、カイドウだ」

「そうか。で、あんまり聞きたくはないんだけどさ、俺とカイドウの間で何があったのか知ってる?」

 

俺が何をやらかしたかだ

 

「なにって――そりゃあもう、傑作だったよ! 思わずお腹抱えて大爆笑しちゃったからね! キリアは面白い人なんだな」

「えぇ……?」

 

楽しそうに笑うおでんは魅力的だが、俺は現在生きた心地がしない。

おいおい、マジで何をやらかしたんだ、俺。

 

「……本当に何も覚えていないんだね」

「残念ながら。……今はもう、思い出さない方が幸せな気がする……」

 

知らない方が幸せなこともある。

多分、俺は今回もやらかしてしまったのだろう。

よりによって、あのカイドウ相手に。

クソが。だから来たくなかったんだ鬼ヶ島なんて。パイセンめ……

 

「あっ――」

「? どうしたのキリア君」

「ちょっと思い出したかもしれない。そうだ。俺はこの島にパイセンに誘われて――」

「パイセン?」

「ねぇ、おでんさん」

「さんはいらないよ。僕も君のことはキリアと呼ぶことにするから」

 

ではお言葉に甘えて。

 

「じゃあ、おでん。金髪にクソダサいサングラスをしていて、目を疑うようなピンク色の羽毛ジャケットを羽織ったファッションセンスが死んでる38歳のフッフッフッフおじさん知らない?」

「あぁ、そういえばそんな感じの人が君と一緒にいたような気がする。僕が宴会会場を覗きに行ったのは騒ぎになってからだから良く分からないけど」

「死んでる?」

「いや、生きてるとは思うけど……」

「それは良かった。復讐の機会がなくなるところだったから」

「????」

 

これで俺がカイドウに殺されたら化けてでてやる。

覚えていろよ。多分、悪いのは俺なんだろうけど。

 

「何のことだかよく分からないけれど、とにかく今はここを早く脱出して人目がないところに移動しよう、キリア」

「そういえばここはどこだ……?」

「鬼ヶ島の中にある宴会場とは別館の建物だよ。凄い勢いでクソ親父に殴り飛ばされてここまで飛んできたんだ」

「マジかよ……よく生きてたな俺」

「僕も不思議でならないよ。目立った傷があるようにも見えないし。君の身体、何でできているんだ? ――って、そんなこと言ってる場合じゃなかった! 早く移動しよう! クソ親父の部下たちがやってくる!」

「お、おう」

 

先行して走りだしたおでんの背中を追いかける。

そういえば彼女、どうして俺に対してこんなに好意的なんだろう。

いずれ来るエースの弟、ルフィのことを待ちわびていたんじゃないのか?

 

「ねぇ、おでん」

「なんだい?」

「どうして俺を助けてくれるんだ?」

「どうしてって――」

 

彼女は走りながら俺に満面の笑みを見せて言った。

 

「あんな啖呵を切られちゃあ、助けないわけにはいかないじゃないか!」

「????」

「一緒にカイドウをぶっ飛ばそうじゃないか! キリア!」

「……マジで何したんだ、俺」

 

拝啓過去の自分へ。

未来の私です。あなたのことが怖くて仕方ないです。

一体何をやらかしたんです?

 

「そこだ! そこの裏口から外に出られる! カイドウの攻撃に耐えられる君の身体は素晴らしいけれど、今は戦力を整えるのが先だろう? 悔しいかもしれないが、今は逃げに徹しよう!」

「言われなくても!」

 

カイドウなんて逃げの一択である。

頼りになるおでんの背中を追いかけて、俺たちは一先ず建物を出て海岸沿いに出てきた。

 

「よし。港までもうちょっと走るよ! 体力は大丈夫かい?」

「あぁ。(逃げるための体力なら)有り余っているくらいさ」

「それは頼もしいな! 僕に付いてきてくれ」

 

ここの地形を完璧に把握しているおでんは敵が探しに来そうな場所を回避しながら俺を幾つかの船が泊まっている港の近くまで連れてきてくれた。

二人で岩場に身を隠しながらそーっと港を覗き込む。

 

「さてキリア、君は一体どの船で来たんだ?」

「なんか、異常に趣味が悪いピンク色の船が泊まっていないか?」

「いや……ここからは見当たらないな」

「じゃあ、あのスーパーハイパークソダサヌマンシア・フラミンゴ号に乗ることは避けられたのか……」

「外の海にはそんな変わった名前の船があるのか……」

「あぁ。本当にダサいんだ」

 

しかし、参ったな。

 

「適当な船を盗んで逃亡するしか……いや、飛んでいくのが早いか。最初からこうすれば良かったんだ」

 

俺は再び竜の翼を展開させた。

 

「わぁ! 凄い! 最初に会った時も広げていたよね! その翼カッコいいな~!」

「えっ、そう? 照れるなぁ~」

「これで飛べるの?」

「もちろん! 飾りじゃないよ。ほれ」

「凄い! めっちゃ動いてる!」

 

なんて二人で遊んでいたのが良くなかった。

 

「――しまった! これはクソ親父の気配!」

 

おでんが振り向いた先を見る。

そこには巨大な青龍が空へと昇っていく強烈な光景が広がっていた。

うわぁ……強そう……勝てんでしょ、あんなの。

あんなのに挑む奴の気が知れないぜ。

 

「カイドウ!」

 

あっ、なんか唐突に記憶の一部が蘇って――

 

 

 

 

 

「テメェ、女々しく泣いてんじゃねェぞ自殺願望のクソ迷惑野郎がァ! いい歳したおっさんが……キモいんだよ‼」

 

 

 

……なるほど。

 

「すまない、おでん」

「?」

「俺の墓にはカイドウと勇敢に戦い、散ったと書いておいてくれ」

「どうした急に⁉」

 

 

多分、死んだなこれ。

 

俺はゴロゴロという雷鳴と共に天気が変わり始めた曇天の空を眺めながら辞世の句を考え始めていた。

 




ちなみにキリアとヤマトは死ぬほど相性抜群です。
似た者同士だからね。仕方ないね。


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暴力は良くないですよね?

お待たせしました。
今回はいつもよりちょっと長めです。
あと、今まで一番ヤバい回です(白目


 

時はキリアとヤマトが出会う数日前まで遡る――

 

 

 

 

「おい、キリア。出かけるぞ」

「だからパイセン、部屋に入る時はノックを……もう、いいや」

 

パイセンのお陰で俺が七武海になってから約1か月ほど時間が経過した。

ここ最近は……まぁ、色々あったが、モネちゃんには告白して無事にOK貰ったし、ドレスローザのご飯は美味しいしで概ね幸せ()()()

 

……まぁ、過去形からも分かってもらえると思うが、色々あったんだ。

 

「出かけるってどこへ行くんです?」

「鬼ヶ島だ」

「絶対に行きませんからね」

 

死んでもお断りだ。

 

「ていうか、どうして俺が一緒に行かなきゃいけないんです?」

「カイドウがお前に会いたいんだとよ」

「はぁ⁉ どうして俺に……」

「この間、電伝虫で俺が面倒見ていることを伝えたら、是非会いたいから連れてこいだとよ」

「つまりアンタのせいじゃねぇか⁉」

「そうかもな」

 

そうかもな……じゃねぇわアホンダラ!

俺は絶対に行かないぞ。

 

「……おい、何を警戒しているのは知らねェが、俺は別にカイドウと戦いに行くわけじゃねェぞ」

「えっ、そうなんすか?」

 

『俺が四皇になる』とか訳の分からないことを言っていたのに?

 

「当たり前だろう。今回はあくまでも商談で、久々に会うからってことで宴をするらしい。そこにお前も招待されているだけだ」

「宴かぁ……」

 

ここ最近のやらかしのせいでちょっとした軟禁状態にあるので、久々に宴会に行くのは悪くないのかもしれない。

でもカイドウかぁ……。

 

「一応言っておくが、テメェに拒否権はないからな」

「はぁ? なんでです?」

「――おいテメェ、もう忘れたのか? うちのモネを泣かせたことをよ」

「……」

「テメェの頭の中はどうなってるんだクソ色猿め。おまけに喧嘩でドレスローザの街中を破壊しやがって……お前、本来ならうちのファミリーに土下座で謝罪すべきなんじゃないのか? あぁん?」

「……」

 

こればっかりはマジで俺が悪いので何も言い返すことが出来ない。

 

(まったく、恨むぜ()()()()()()

 

俺が彼女を見つけたのは偶然だった。

なんか、凄い可愛い子がナンパされてるなぁ、なんて思いながら近づいてみたら驚くことに革命軍の魚人空手お嬢さんじゃないですか。

 

えっ、なんで革命軍⁉

 

確かにモンキー・D・ドラゴンとはドンキホーテ・ドフラミンゴの武器密輸ルートの調査に手を貸す契約を交わしたが、こんなに早く動き出すとは聞いていない。

俺、時期が来たら連絡するって言ったよね⁉

 

ただ思い返せば俺の方にも落ち度はあって、ちょっと事細かにドレスローザの内情を話しすぎたかもしれない。あまりにも悲惨な状況に居ても立っても居られなくなったというところか。

 

ドラゴンめ……3年後に俺たち麦わらの一味が綺麗に解決するんだから、余計な手出しをするなっての。

 

コアラちゃんはまだ革命軍としての活動歴が浅いのか、その可憐な容姿を上手く隠せず男たちにナンパされており、さらに魚人空手を繰り出す寸前ときた。

こんなところで騒ぎを起こしたらとんでもないことになる。

仕方がないので俺の十八番である「品がないな」というクソカッコいい台詞から助けに入ったのだが――

 

「――何をしているんですか? レオンさん」

 

その場面を運悪くモネちゃんに見られており、現場は地獄の修羅場と化した。

何とかコアラちゃんには小声でお説教をしたうえでドラゴンの元へ帰るよう伝えておいたが、その後が大変のなんのって……。

 

モネちゃんには能力は発動されたうえにナイフでめった刺しにされるし、姉を泣かされたと言ってシュガーちゃんも出動するし、護衛役のトレーボルも笑いながら襲ってくるし、コロシアムの休業日で暇だったディアマンテも理由分かってないくせに殺しに来るし。

 

仕方がなく俺も応戦し、街中大パニック。

 

パイセンが急いで駆けつけた時には大号泣のモネ、俺を玩具にしようと鬼の形相で追いかけてくるシュガー、能力発動させて襲い掛かってくるトレーボル&ディアマンテ、そして腹部から大量出血する俺というカオス極まりない状態だった。

 

まぁ、混乱に乗じてコアラちゃんがバレずに逃げられただけでもOKとしよう。

例によって暗い路地裏で帽子被っていたから顔も見られていないはずだし。

 

その後、なし崩し的に俺が新しく王下七武海となったキリアとして皆に紹介され、客人として手を出さないようパイセン直々のお達しが下った。

 

だがパイセンのフォローが入ろうとも既に手遅れで、俺はドンキホーテファミリーの中で「モネを口説いておきながら秒で浮気した最低最悪のクズ野郎」ということになっている。

おまけにパイセンの客人と言うこともバレたので「若様に多大な迷惑を掛けている王下七武海の我がまま新入り」という目でも見られている。

評価は最底辺にいると言ってもいいだろう。

 

まぁ、誤解や理不尽で嫌われて追い回されることには慣れているので特に問題はない。

それよりも、革命軍がドレスローザに潜入しているという事実がバレなかったことのほうが重要だ。

 

俺が革命軍と繋がりがあることはくま先輩のこともあってパイセンも承知の上だが、流石に未来でドレスローザをひっくり返すつもりとは思っていないだろう。

コアラちゃんはドラゴンから俺のことなんて聞いていないだろうが、念には念を入れておく必要がある。

シュガーの能力に掛かれば、秒でゲロっちまうからな。

 

まぁ、そんなこんなで今後もコアラちゃんのことは浮気ってことで言い訳はしないつもりだ。

 

俺の評判より、3年後のドレスローザの未来の方が大事なのは麦わらの一味として分かっているつもりだ。

 

 

◆◆閑話休題◆◆

 

 

だが、それはそれとして現状居候としてお世話になっている俺としては流石にパイセンの頼みを無下にするわけにもいかない状況なわけでして。

 

「――で、どうするんだキリア?」

 

普通だったら何の迷いもなく断っているが、流石にパイセンに迷惑を掛け過ぎた。

絶対に行きたくないが、今回ばかりは仕方がないだろう。

 

「はぁ……わかりました。行きますよ。でも、本当に戦いだけはなしですからね!」

「当たり前だ。奴とはまだお互いに商売相手だからな。いずれ縁を切る予定ではあるが、今はこの関係を利用して奴の戦力を測るつもりだ。――お前から吹っ掛けない限りは安全だろう」

「何を言ってるんですかパイセン――」

 

俺は意味の分からない世迷い言を口にするパイセンに呆れながら言った。

 

 

「俺がカイドウに喧嘩を売るはずないでしょ」

 

 

 

◆◆ワノ国――鬼ヶ島◆◆

 

 

数日後、俺とパイセンは鬼ヶ島に到着していた。

 

途中の島まではパイセンのスーパーハイパークソダサヌマンシア・フラミンゴ号で移動していたんだが、流石に公に四皇と七武海が合うのはまずいらしく、立ち寄った島で地味な船に乗り換えを実施。

迎えに来ていたカイドウの手下の案内の元、正規のルートで大して苦労することもなく鬼ヶ島へ入港を果たした。

 

そして驚くことに、到着した港にはわざわざ四皇が迎えに来ていた。

 

「ウオロロロ! 良く来たな、ジョーカー! 随分と久しぶりじゃねェか! ちょっと雰囲気変わったか? 堅っ苦しい恰好してよ」

「よぉ、カイドウ。ちょっとした心境の変化だ。景気はどうだい?」

「お前の話次第だな。百獣海賊団の財布を握ってるのはお前なんだぜ?」

「よく言うぜ。ワノ国の武器でしこたま儲けているんだろう?」

「ウオロロロ! 否定はしねェ! ――で、隣のそいつが噂の新人か」

「あぁ。おい、キリア。挨拶しろ」

「キリアです。どうぞよろしく」

 

俺は前世のことを思い出しながら、極力人の記憶に残らなさそうな無難な挨拶をした。

カイドウはジロジロと俺を遠慮なく眺めた後、つまらなそうな顔で感想を口にした。

 

「……天竜人を殺ったっていうわりには随分とまともそうな奴じゃねぇか。つまらねぇなぁ」

「ハハハハハ、よく言われます」

 

どいつもこいつも俺に幻想を押し付けやがって。

だが、ここは印象に残らない方が大事なのでカイドウの反応は俺的には正解だ。

 

「……ちッ、まぁいいか」

 

さて、初対面のカイドウだが――ヤバいなコイツ。

 

正直、マジで勝てる気がしない。

負けない戦いが得意な俺でも余裕で力負けするだろう。

それくらいの威圧感と底知れない生命力を感じる。

パイセン、いつ決行するのか知らないけどコイツに喧嘩売るのだけは止めておいた方がいいと思うよ?

ていうか、カイドウさん既に酒臭いんですが……絶対待ちきれなくて先に飲んでいたろ……。

 

「さーて、こっちへ来い。もう大看板や飛び六胞の連中は呼び寄せている。一緒に楽しく飲もうじゃねェか! ヒック……」

 

大看板に飛び六胞ね。

名前を聞くのは3年後になるかと……ってちょっと待て!

 

「あぁ。行くぞ、キリア」

「ちょっ! ちょっとパイセン……!」

「あん? なんだ急に小声で」

「どうして敵幹部が勢ぞろいなんです⁉ これ、もしかして邪魔なパイセンを嬲り殺しにするための罠なんじゃ……」

「馬鹿。どうせ、俺たちをダシに使って気持ちよく飲みたいだけだろ? いいからシャンとしてろ」

「……」

 

そう言って颯爽と身に纏ったスーツにピンクジャケットを翻し、先に進んでいくパイセン。

 

……おいおい、パイセン、どうちまったんだよ。アンタ、もっと小物臭のするどうしようもないクソ野郎じゃなかったのか?

 

俺は困惑しながらもパイセンの背中を追いかけ、鬼ヶ島内の城に用意された宴会会場へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

◆◆鬼ヶ島――宴会会場◆◆

 

 

 

「ウオロロロ! 俺たちの大事な商人ジョーカーと、()()()()コイツの七武海入りを祝して――乾杯ッ!」

 

「「「「「乾杯――ッ!」」」」」

 

大看板や飛び六胞たちとの挨拶もそこそこに(何故かキングは凄い目で睨みつけてきたが……)目の前の酒を前に待ちきれなかったのか、カイドウの一声ですぐに宴会が始まった。

 

今回は幹部連中が中心に集められているらしく、そこまでモブ兵士の姿はなかった。

だからといって目の前で十何億の賞金首たちが酒を飲んでいるので全く油断できるような状況ではない。

 

「ウオロロロ! 飲め飲め! 今日は無礼講だ!」

 

カイドウとパイセンは近くの席で一緒に飲んでおり、俺はその隣でチビチビと周りの様子を伺いながら出された酒を無言で飲んでいる。

用意されたステージではクイーンとその部下たちがライブで会場を盛り上げており、宴会場はなかなかいい雰囲気だ。

 

「おいどうだ七武海の新入り! うちの酒は!」

「うん。美味しいですよ」

 

上機嫌なカイドウに同意しながらワノ国の酒――前世で言うところの日本酒を飲む。

前世からおっさんが飲むもんだって苦手意識があって避けていたけど、スイスイ飲めるし美味しいし、意外といけるかも……。

 

「ウオロロロ! そいつは結構! ――で、ジョーカーよ。例のあれの開発状況はどうだ?」

「あぁ、実はその件で大事な話があるんだ」

 

しっかし、隣の隣とはいえ、やっぱりカイドウの威圧感は尋常じゃないな……。

パイセンもよくもまぁ、こんな化け物相手に商売できるもんだ。

 

「実は――開発に失敗したと連絡があってな」

「失敗?」

「理論に致命的な欠陥があったとか何とかで……悪いが結論だけ言うと人造悪魔の実は作れないことが分かった」

「なにッ⁉」

 

普段は(自分で言うのもなんだが)結構コミュニケーション能力が高い俺だが、流石にこの鬼ヶ島ではアウェーが過ぎる。

ただ、元から百獣海賊団とは仲良くするつもりもないので、このまま大人しく酒を飲んで大した印象に残らない奴としてここを去るとするか。

 

にしても、本当にこのお酒美味しいなぁ~~

 

「ふざけるなッ!」

「おい、落ち着けよカイドウ」

 

何やら急にカイドウが怒りだしたが、どうせ酔っ払っただけだろう。

現に周りの奴らも大して気にしてないし。

じゃあ、俺はもっと飲もう。「そこのお姉さん。お酒のおかわりくださーい。ヒック」

 

「これが落ち着いていられるかッ! テメェ、どう落とし前を付けてくれるんだ! あぁん?」

「落とし前も何も、俺は作れる可能性があると言っただけで、アンタからこの件で金を貰った記憶はねぇぞカイドウ。――ビジネスの世界にゃ、こういうこともつきものだ。アンタだってよく知っているだろう?」

「ぐう……畜生めッ!」

 

あっ、その酒も美味そう――って、カイドウが一気に飲み干した⁉

 

「うお――――ん! クソッタレめ~~~」

 

うわっ、びっくりした。急に泣き出すなよ、もう。

先程まで怒っていたカイドウは急に大粒の涙をこぼしながら大号泣をし始めた。

 

「どうしてだよォ~、ジョーカーァァァ! 一緒に誓いあったじゃねぇか! 暴力の世界を実現し、最高の戦争を始めるってよォォォォォ!」

「本当にすまねぇな、カイドウ」

「うお――――ん! どうにもならねぇのかよそれぇ!」

「世界屈指の科学者である俺のパートナーが無理だと言ったんだ。悪いが、どうしようもねぇ」

 

カイドウは泣いている。世界最強の生物と讃えられる四皇の一人が泣いている。

……なんか、苛立つなぁ……酒飲みてェ……

 

「おい、そこのやつ、もっと酒をくれ。それだ! お前が今運んでいる酒がいいな」

「あぁ? おいおい、馬鹿言ってんじゃねぇよ酔っ払い。これはカイドウ様のお気に入りだ。これから持っていくところなんだからお前には渡せねぇよ」

五月蠅い

「ガッ―――」

 

その瞬間、ソレを感知できたのは絶賛酔っ払い中のカイドウや宴会を盛り上げるのに忙しいクイーンではなく、一歩引いた場所で宴会を眺めていたキングだけだった。

 

(今のは……覇王色の覇気。気が抜けた男のふりをして、こんなものを隠し持っていたか。流石は天竜人殺し。腐っても七武海というところか)

 

天竜人を殺した男。カイドウに絶対の忠誠を誓っているキングではあるが、それでも世界のルールなどお構いなしに大暴れする新人には期待を寄せていたのだ。

だというのに、鬼ヶ島に現れたのはどこか気の弱そうな優男。

内心の失望を隠せなかったキングではあるが、今の覇気は評価を改めるに十分なものだった。

 

(一人だけを狙い撃ちにする精度も悪くなかった。うちの精鋭が勢揃いしている中で暴れ出すとは思えないが、これは警戒しておいた方がいいかもしれないな)

 

もう見慣れた光景として皆スルーしているが、カイドウの泣き上戸は続く。

 

「俺ァよ、ジョーカー。ず――――っと楽しみにしてたんだぜ? テメェが提案してきた人造悪魔の実の力で俺の軍勢を強化するその日をよォ!」

「あぁ、知ってるよ。だから謝ってるんだ、すまねぇ」

「うぅ……クソ! なんでだよ! なんでこう上手くいかねェんだよ! なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだよぉ!」

 

……()()()()()? コイツ今なんつった?

 

「あぁ、クソ! これだから生きるってのは面倒なんだ畜生め! やってられねぇぜ。もう死にてぇなぁ」

 

死にてぇだぁ?

 

「――五月蠅い」

 

何を言ってるんだ。この馬鹿は。

 

「うん? どうしたキリア?」

 

嫌な予感がしたドフラミンゴがキリアに声を掛けるが、()()()()()()

 

テメェ、女々しく泣いてんじゃねェぞ自殺願望のクソ迷惑野郎がァ! いい歳したおっさんが……キモいんだよ‼

 

楽しく盛り上がっていた宴会会場の空気が凍り付いた。

 

さーっとドフラミンゴの顔から血の気が引いていく。

真っ青な表情でぎこちなく動かした視線の先には、顔を真っ赤にして目の焦点があっていないクソ馬鹿の姿があった。

 

不意に以前の酒盛りで馬鹿と交わした会話が脳裏に過る。

 

『なんだ、もう飲まねぇのか? キリア』

『いやー、自覚はないんですが、俺ってかなり酒癖が悪いらしくて、悪酔いする前に止めることにしているんですよ』

『確かにこの間フラフラと外に出歩いてゴミ箱に顔突っ込んだ時は何事かと思ったが……』

『あぁ……あれも驚きですが、あれは寝ぼけているだけです。酔ったら本当に厄介らしくて、二度と飲むなって知り合いに怒鳴られたんすよ』

『どんだけだよ』

 

その場は笑って流していたが……

 

(クソッタレ! ワノ国の酒が飲みやすいからって度数が高いのも知らずに飲み過ぎたなあのアホッ! 確かにスマイルの件でカイドウを怒らせてこのアホをぶつけるつもりではいたが、これはまずいだろ!)

 

「お、おいキリア……お前ちょっと飲み過ぎたな。ほら、あっちで休もう。こっちへ来い」

「あぁん? 俺は酔ってねぇよ馬鹿野郎! いいからあっち行ってろ41歳」

「おい、だから俺は38――ぶげらッ⁉」

「うい~~~知るか」

 

(((((ドフラミンゴを裏拳で殴り飛ばしたぁ~~~⁉)))))

 

「うお――――ん! ジョーカー! 殴り飛ばされて可哀そうに! ひとえにテメェが弱いせいだが……それでも不憫だ!」

「あれ……これ、もう空になっちまった……おい、その酒美味そうだな。俺に寄越せ」

「それは俺の酒だぞぉ! スマイルだけじゃなくて酒も俺から奪うのかよぉ! 勘弁してくれよぉ~~」

「あぁん?」

 

キリアは竜の翼を生やし、カイドウの頭の位置まで飛ぶと、彼の立派な牛のような角を掴み、大声で怒鳴った。

 

馬鹿が! ()()()()()()()()()! まーだわかんねぇのかこの馬鹿は! おい馬鹿この野郎

「……」

 

無言で俯くカイドウ。

百獣海賊団の部下たちはあまりの暴挙に震えつつも内心で笑っていた。

あのキリアとかいう馬鹿な野郎、“死んだな”と。

 

「うお――――ん! すまねぇ! 俺ァ……馬鹿なんだァァ!」

 

(((((まだ泣き上戸だった――――⁉)))))

 

カイドウ、泣き上戸継続。

貴重なストッパー(ドフラミンゴ)を自分で殴り飛ばしたキリアは止まらない。

グイっとカイドウから無理やり奪った酒を流し込み、キリアは吠える。

 

「そうだ! お前は馬鹿だクソッタレ! 馬鹿カイドウがよぉ、暴力の世界? 最高の戦争? 思春期の男子みたいに恥ずかしいこと言ってんじゃねェぞ馬鹿たれが!」

「うぅぅぅ……恥ずかしいなんて言うなよぉぉぉぉ……」

「いいや、恥ずかしいね! 俺ァ、誰の憧れも否定するつもりはねェが、テメェみたいに自暴自棄の反動を憧れや目標にすり替える奴は大っ嫌いなんだッ!」

「そんなこと言ってもよぉ……俺にはもうこれしか残ってねェんだよぉ!」

「あぁ、もう鬱陶しい奴だな! ()()()()()()()()()()()()()!」

「うぅ……グスっ、いただきます」

 

カイドウに無理やり自分の(カイドウから奪った)酒を飲ませるキリア。

アルハラも真っ青な光景にカイドウの部下たちが軒並み思考停止に陥る中――

 

「おい――」

 

唐突にキリアの怒りが弾けた。

 

「何勝手に俺の酒を飲んでんだテメェ! 殺すぞゴラァ!」

 

キリアはカイドウに無理やり飲ませていた酒の器を引っぺがし、思いっきりカイドウの頭に叩きつけた。

 

(((((えぇ~~~~⁉ 理不尽ッ‼)))))

 

もう滅茶苦茶だった。

余りの無茶苦茶さにクイーンはサングラスを割って目ん玉が飛び出し、飛び六胞たちは唖然とし、キングでさえも白目を剥いている。

 

「うお――――ん! 酷いことするなよぉ! 酒が勿体ないじゃねェか!」

「うるせぇ!」

 

カイドウの胸ぐらを掴み、黄金の瞳で四皇を睨みつけながら言った。

 

「泣くな! 泣いて同情してもらって、それで満足か⁉ 泣いたら亡くしたものが帰ってくるのか⁉ いちいち腹立つ野郎だなァ……テメェを肯定できるのはテメェだけだろうが!」

「あ、兄貴……」

 

眼をトロンとさせ、うるうると泣きそうな表情になるカイドウ。

 

(((((今度は甘え上戸だぁ――――‼)))))

 

「フフフ……馬鹿な奴だ。だが、それでも愛そう」

 

その子供のように純粋な瞳に絆されたのか、キリアは少しだけ優しい表情になった後

 

「――って、誰が兄貴だ! キモいんだよおっさん‼」

「ぶげらっ‼」

 

容赦なくカイドウの顔面を巨大な竜頭に変化した右腕で殴り飛ばした。

 

(((((やっぱり理不尽――――‼)))))

 

もう本当に滅茶苦茶だった。

長らくカイドウの酒癖の悪さと付き合ってきた部下たちだが、それでもこれまでの記録を全て抜き去るような暴挙に唖然とするほかない。

 

「うぅ……もう放っておいてくれよ! どっか行ってくれよぉぉぉおおお!」

 

(ま、まずい! 泣き上戸のカイドウさんが金棒を持ち出してきたぞ!)

 

殴り倒されたカイドウが立ち上がった時、その手には自慢の金棒が握られていた。

しかし、まだ酔いが醒めないキリアは真っ赤な顔で挑発を続ける。

 

「なんだ! 困ったらまた暴力か? 本当にどうしようもねェ奴だなお前は!」

「うお――――ん! もう黙ってくれよおおおおおお――――!」

「黙るのはテメェだ! いいからさっさと泣き止め餓鬼がッ!」

 

カイドウが金棒を振りかぶる。

キリアが竜頭の右腕を振りかぶる。

 

「雷鳴――――」

「竜王――」

 

尋常ならざる覇気が込められた金棒と拳に部下たちが急いで避難を始める中、容赦なく両者の一撃が炸裂した。

 

「――八卦!」

「――鉄槌!」

 

カイドウの金棒がキリアの顔面にのめりこむ。

キリアの竜頭拳もまたカイドウの顔面にのめりこむ。

 

威力の差は歴然。

キリアはカイドウの圧倒的な力によって吹き飛ばされた。

しかし――

 

「カイドウさんが……殴り倒された⁉」

 

カイドウもまた、キリアの一撃によって床に伏せていた。

騒然とする宴会会場。

皆が怒涛の展開についていけず固まっている中、どさくさに紛れて宴会会場から脱出していたドフラミンゴは吹き飛んでいったキリアを見ながら内心こう思っていた。

 

あの馬鹿、このまま死んでくれねェかな? と。

 




これは酷い(白目

すまんな、若。
そいつ生きてます。


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憧れは止められないですよね?

今回のキリア君は結構真面目です。



時は再びキリアとヤマトの出会い後まで移る――

 

「クソ親父め……空からキリアのことを探すつもりだな……良し! キリア、こっちへ来てくれ。今は一先ず隠れることを優先しよう!」

「お、おう。分かった」

 

青龍と化したカイドウを見たおでんはそう言って俺の手を引いて駆け出した。

 

確かに彼の言う通り、今船を奪えば間違いなくカイドウに見つかってしまうだろう。

俺はおでんに案内してもらって鬼ヶ島の中にある彼の隠れ家的なところに匿ってもらうことになった。

まぁ、隠れ家といっても岩場を無理やり貫いて作った洞穴のようなものだが。

 

「ごめんね、狭くて」

「いやいや、こうして隠れる場所を提供してもらえるだけでもありがたいよ。寧ろ、君の方は大丈夫なのかおでん?」

「僕の心配をしてくるのか? 優しいんだな、キリアは。……心配ないよ。僕は腐ってもカイドウの息子だからね。仮に見つかったとしてもある程度言い訳はつく。今は君の命の方が大事だ」

 

真っすぐな瞳でそう言ってくれるおでん。

なんて……なんていい奴なんだ……。

 

「ありがとう……おでん。この恩は一生忘れない」

「……大丈夫だ。僕も昔、同じように恩を受けたことがある。だから気にしないでくれ」

 

そう言って親切なおでんは食べ物まで提供してくれた。

つくづくありがたい……。

ちなみにおでんが先ほど宴会会場にいたのは食べ物を盗むためだったらしく、幾つか酒もくすねてきていた。

 

「ぷはー! どう? キリアも飲むかい?」

「いや……暫く酒は止めておくよ」

「えぇ? またあの酔っぱらった君を見たかったんだけどなぁ」

 

ニヤニヤと笑うおでん。

よっぽど酔っぱらった状態の俺を気に入ったらしい。

 

「なんか、とんでもないことを言った記憶は思い出したんだが、やっぱり全部は思い出せないなぁ……」

「思っていたより脳へのダメージが深刻だったのかもしれないね……」

「……正直知りたくはないんだが、どんな感じだったか教えてくれないか?」

「いいよ! では、この僕が君の大立ち回りを再現するとしよう! まず、いきなりクソ親父に啖呵を切った君は――」

 

そうして始まったおでんによる俺のやらかし解説。

 

彼の熱演込みで語られる暴挙の数々。

これまで散々カイドウに痛めつけられてきたおでんは俺がカイドウをボコボコに言いくるめている場面が大層お気に入りらしく、俺の台詞を一字一句全て覚えているほどだった。

 

「――というわけで、君はうちのクソ親父をこう、思いっきり殴り倒したんだ! いやぁー、あの時はスカッとしたなぁ! 最高だったよ!」

「……」

「あれ? どうしたの? 顔色悪そうだけど」

「……」

 

残念ながら――非常に残念ながら、全部思い出してしまった。

 

そうだった……日本酒を浴びるように飲んだ結果、理性のブレーキが効かなくなってとんでもないことをやらかしたんだった……。

 

ヤバいなぁ、これ。カイドウに殺されちまうよ……。

何より、パイセンにも殺される気がする。

 

「えーと……俺が殴り倒したとかいうカイドウはその後どうだった? やっぱり怒ってた?」

「いや、僕はすぐに君を助けに会場を抜けたからアイツが怒っていたかどうかはちょっと分からないなぁ……」

「そうか……」

 

反応が分からないのが一番怖いんだが。

しかし参ったなぁ……まさか四皇になるとか世迷い言を口にしていたパイセンより先に俺がカイドウに喧嘩を売ることになるとは。

 

「そういえばおでん。君は会った時に言っていたな。俺と同じく、カイドウを倒すべく戦っている者だって。どうしてカイドウの息子である君が父を倒そうとするんだ?」

「それを説明するにはまず、()()()()()という侍について話す必要があるね」

「おでん? 君と同じ名前だな」

 

事情は知っているものの、突っ込まないのは不自然かと思ったので聞いてみた。

するとおでんは俯き、顔を曇らせながら言った。

 

「……キリア。これまで黙っていてごめん。おでんというのは僕の本当の名前ではない。僕が憧れている、偉大な侍の名前なんだ」

「そうだったのか……でも謝る必要なんてないよ。君がおでんと名乗りたいのであれば俺はそれを肯定するだけだから」

「……君は立派な人だな。でも、そんな君にだからこそ本当の名前を伝えておきたい」

 

そう言っておでんは立ち上がり、金棒を地面に突き刺して仁王立ちに。

俺の目を真摯に見つめながら威風堂々とその真名を語った。

 

「生まれはワノ国鬼ヶ島。父は外道の海賊なれど、この国を支配する一匹の龍。生まれてこの方、鬼の子として生きてきた。――僕の名はヤマト! いずれ父を倒し、この国を開国して光月おでんとなる者だッ!

「ヤマト……それが君の名前か」

「あぁ。今まで騙していてごめんね」

「いや、だから謝る必要なんてないよ。これからはヤマトと呼んだ方がいいかい? それともおでんと?」

「……君におでんと呼んでもらえるのはとても光栄なことだったけれど、それでもこの国を救えていない以上、僕はまだヤマトだ。だから、これからはヤマトと呼んでくれ」

「あぁ、分かった。それが君の意志なら尊重しよう。改めてこれからよろしく頼む。ヤマト」

「あぁ! もちろんだ! キリア!」

 

そして俺たちは固い握手をかわした。

出会ってまだ数時間しか経っていない俺たちだが、そこには確かに友情のようなものが芽生え始めていた。

 

 

◆◆閑話休題◆◆

 

 

「さて、僕がカイドウと戦っている理由だが、さっきも言ったように光月おでんという侍について知ってもらう必要があるんだ。そして彼については僕の聖書(バイブル)に全てが記されている」

聖書(バイブル)か……実は俺にも聖書(バイブル)があるんだ。103巻くらい」

「多いな⁉ いったい、どんな聖書(バイブル)なんだ?」

「とある男と彼の仲間たちの冒険譚だ。本当に面白くてね……読むだけで心が震えたのを覚えているよ」

「冒険譚⁉ なんてこった! 偶然にも僕の聖書(バイブル)も同じなんだ! 正確には航海日誌なんだけど、でもこれは紛れもなく彼の冒険譚! これ、これ! 見てくれ!」

 

大興奮のおでんは大事なものを大人に自慢したい子供のように可愛らしい挙動で懐から取り出した聖書を俺に手渡そうとしてくる。

 

「これが君の聖書(バイブル)か……すまない。ちょっと手が汚れているかもしれないから洗ってきてもいいか?」

「ッ⁉ 聖書(バイブル)の取り扱いにも気を遣うその姿勢……君はなんて素晴らしい人なんだ⁉ しまった! 僕にも君みたいな心があれば、この聖書(バイブル)を僕の手垢で汚すこともなかったのに……!」

「ヤマト、大丈夫だ。これは君の聖書(バイブル)だ。君が汚す分には問題ないんだ。ただ、俺が君の聖書(バイブル)に敬意を払いたいだけだから――」

「ッ! ……君のことを心から尊敬するよ。その奥に進んだところへ沸騰させた綺麗な水を貯めてあるんだ。良かったら使ってくれ」

「ありがとう」

 

というわけで、手を丁寧に洗った後、彼の聖書を拝見することになった。

 

「では、失礼して――」

「ゴクリ」

 

何やらお互いに緊張しながらゆっくりとページをめくっていく。

ふむ、ふむ、ふむ……これが光月おでんの記した航海――いや、その壮大な人生の記録か。

一通りページを捲り終えた俺は聖書を汚さないように気を遣いながらヤマトに返却した。

 

「すまない。全然読めなかった……」

「……いや、僕の方もごめん。それはワノ国の言葉なんだから、読めなくて当然のことだったんだ……つい興奮してしまって」

「でも、これが一人の男が命を懸けて書き記した価値あるものだということは十分に分かったよ。よければ、君の口から聞かせてくれないか?」

「! もちろんだ!」

 

そしてヤマトは語り出した。

 

ワノ国の閉ざされた鎖国の歴史。そこで窮屈そうにしていた自由な侍、光月おでん。

九里の大名となった彼が偶然にも出会った白ひげたちの船に(強引に)乗りこむことによって始まった波瀾万丈な冒険譚。

興奮したヤマトはゴール・D・ロジャーの夢の果ても語ろうとしたが、それは流石に止めた。

それは未来の俺がルフィから直接聞くものだから、今の俺が知っていていいものじゃない。

 

「――というわけで、おでんは僕の父によって処刑されてしまったんだ……」

「……」

「僕が戦う理由、分かってもらえたかい?」

「……あぁ。十分すぎるほど分かったよ」

「そうか! それは良かっ――「ヤマト」」

 

俺は不意に昔のことを思い出していた。

 

「つらいよな。父親を誇りに思えないのは」

 

“いいキリア。お父さんを誇りに思いなさい”

 

「……君の過去に何があったかは聞かない。だが、ありがとう。君と気持ちを共有できて嬉しいよ」

「あぁ……」

 

酒は飲まないと言ったが、少しだけしんみりした空気を払拭するためにヤマトと一杯だけ乾杯した。

 

「――それにしても、長く語りすぎたね。クソ親父のせいで天気がいまいち分からないけれど、多分そろそろ夜なんじゃないかな?」

「カイドウも流石に探索を打ち切ってくれているといいんだが……」

「そういえば、君と一緒に来たという桃色衣装の男は大丈夫なのかな?」

「あ~、パイセンか。ま、多分生きているでしょ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「?」

「おっ、噂をすれば何とやら。パイセンがこっちに来たみたい。それに……船の気配も感じるな」

「あっ、待ってよキリア!」

 

俺はこちらへ迫ってくるパイセンの気配を察知し、立ち上がって入り口まで向かう。

ちなみにくっつけてある糸というのは目覚めた時に気が付いたものだ。

ドレスローザでやらかしてから監視用としてパイセンが俺の位置を把握するために引っ付け始めたのだが、まさかこんな形で役に立つとはな。

 

「おっ、来た来た。お~い! パイセン! こっちっす!」

 

空を飛んでくるお馴染みのピンクジャケットを見た俺は手を振ってパイセンに位置を知らせる。スーツ姿のパイセンは糸で飛行しているという特性を生かして不自然な軌道で俺の元に急降下し、()()()()()()()()()()()()()――⁉

 

「色々と言いたいことはあるが、取り敢えず一発殴らせろッ‼」

「ぶべらッ‼」

 

武装色の覇気を纏った右ストレートを顔面に食らわされたのだった。

 

「キ、キリア~~~‼」

 

驚いたのはヤマトである。

急に立ち上がったキリアが表に出たと思ったら、空から降って来た桃色衣装の男に思いっきり殴り飛ばされたのだ。

防御態勢も取れなかったキリアは岩場に衝突して思いっきり伸びていた。

 

「ハァ……ハァ……テメェはいつもいつも人に迷惑ばかり掛けやがって……」

 

ドフラミンゴは地面に着地し、たった今自分で殴り飛ばしたクソ馬鹿に向かってぼやいた。

 

「ちょっとカイドウと力比べさせて、ついでに百獣海賊団の内部調査に出していた俺のスパイたちを回収するだけの予定だったのによぉ……テメェのせいで随分と目論見が外れたじゃねぇか。クソッタレめ」

「おい! お前!」

「あぁ?」

「いきなりキリアを殴り飛ばしてどういうつもりだ! 彼の友達じゃないのか⁉」

お友達じゃあ、ねェよ

 

ビックリするぐらい怖い顔で言われ、思わず固まるヤマト。

 

「だ、だが! 彼の味方ではあるんだろう⁉ それなのにいきなりこんなことをして……恥を知れ!」

「恥はそこのアホが知るべきだが……まぁ、待て。そいつの肩を持つお前は誰だ?」

 

聞かれたからには名乗らねばなるまい。

鬼の娘は金棒を地面に突き刺し、再び堂々と名乗った。

 

「僕の本当の名は光月おでん! またの名をヤマト! あのクソ親父、カイドウの息子だ!」

「カイドウの息子⁉ ……いや、ちょっと待て。()()()だと」

 

その瞬間、ドフラミンゴの脳裏にクソアホが放ったある台詞が浮かび上がった。

 

『宇宙戦艦()()()って知ってます?』

 

居場所が分からない古代兵器。

その正体は戦艦。

奴が口にした“ヤマト”という名前。

そして目の前にいる女の名は――ヤマト。

 

「……偶にはやるじゃねぇか、キリア。分かったぜ、つまりはそいつがキーマンってわけだ」

「……」(アホ気絶中)

「おい、女! そこのアホを連れて俺についてこい! もうすぐ俺のスパイたちが近くの海岸沿いに船を回してくる! 今は俺の糸分身で上手く錯乱できているが、バレるのも時間の問題だ!」

「僕は女じゃない! ワノ国の侍、光月おでんだ!」

「どうでもいいから! さっさとそいつを連れて一緒に船に乗れっつってんだ!」

「……それはできない」

「あぁん?」

「この錠が見えるか? これはこの島から離れようとすると爆発し、僕を殺すんだ」

「……」

「だから、一緒には行けない」

 

何をバカなことを、とドフラミンゴは思ったが、ヤマトと名乗る女の深刻な表情を見て考えを改めた。

カイドウの息子とは言っていたが、薄汚れた衣服やキリアを助けた様子から見て、何やら訳ありなのだろう。

 

「ちっ、しょうがねェなぁ。じゃあ、そこの馬鹿だけでもこっちに寄越せ。この国を脱出するからよ」

「それもできない!」

「なんでだ⁉」

「いきなり僕の友達を殴り飛ばした奴を信用なんかできるか!」

「友達だぁ? お前ら、今日会ったばかりじゃねぇのかよ?」

「友情に時間は関係ない! 僕は僕の憧れを否定せず、父を殴り飛ばしたこのキリアという男のことが好きだ! 尊敬している! だから、彼を害そうとするものは、すべからく僕の敵だ! 覚えておけ!」

「……呆れたぜ。カイドウにこんな頭のネジが外れた餓鬼がいたとはな……」

 

ドフラミンゴは心底呆れた後、これ以上話がこじれるようだったら排除することも考えそっと右手を動かす。

それを見たヤマトも金棒を握って臨戦態勢を取る中、一つの声が両者の意識を乱した。

 

「……なに……言ってんだよ、ヤマト」

「キリア! 傷は大丈夫?」

「あぁ……あんなへなちょこパンチなんて全然痛くないよ」

「おい」

「カイドウのダメージが頭に残っていたせいでちょっと気を失っただけだ」

「それは良かった……!」

 

ふらつきながらも何とか立ち上がったキリアは真っすぐな瞳でヤマトを見つめた。

 

「それよりも聞こえたぞ。海に出るのにその錠が邪魔なんだって?」

「……あぁ、僕はこの爆発する錠に縛られているせいでこの島から出られないんだ。本物のおでんのように海に出ることもできず、クソ親父に支配されるこの国の人たちを救うこともできない」

「……」

「でも、君という希望がやってきてくれたお陰でもうちょっとこの島の中で耐えられそうだよ。ありがとう、キリア。君と出会えて良かった――」

「違うだろ」

「えっ?」

 

ヤマトの言葉を遮ったのはキリアの力強い言葉だった。

 

「思ってもいないことを口にするのは良くないよ、ヤマト」

「お、思ってもないことを言うわけがないだろう⁉ 僕はここで来るべき時を待つから、君は早くここから逃げて――」

「違う!」

「なにが違う⁉」

君がどうしたいかを言うんだヤマト! 俺たち友達なんだろ⁉

「――――」

 

 

 

 

「……うぅ……出たいよ」

「なんだって?」

「この錠を外して、この島を出たいよ! 自由になって、おでんのように冒険がしたいよ!」

「よく言った!」

「えっ」

 

キリアは力強く頷き、ヤマトを縛る鎖を見つめた。

 

「憧れは止められない……こんなもので止められていいはずがねぇんだ」

「キリア……」

「その錠がお前をこの島に繋ぎ止めているのなら、俺が断ち切ってやる! 手を前に出してくれ」

「で、でも……この錠は十何年も僕を縛っていた錠で、何をやっても壊せなくて……」

「だから――」

 

怪物と恐れられる男は言った。

 

「それを壊す男が目の前に現れたんだ。これは運命だ! いいから、俺を信じろ」

「……うん! 分かった! 好きにやってくれ!」

 

ヤマトはたった数時間前に会ったばかりの友人に自分の命を預ける覚悟を決めた。

 

「ありがとう、ヤマト。君の期待に応えてみせるよ」

 

さて――皆さんご存じの通り、この錠を壊すには内部にダメージを通す流桜の覇気が必要だ。

 

非常に難易度が高く、ワンピース本編でも使用している人間は限られた実力者だけだったことを覚えている。

だが、俺だって伊達に大将2人を相手に生き残っているわけではない。

覇気の応用編は、既に何度かこの身で体験している。

 

大将黄猿、大将青雉。

頼りになる師匠たちが俺に教えてくれた。(※教えてはいない)

纏う防御の覇気ではなく、物の核を破壊する攻撃の覇気。

 

「ふぅ――――ハァッ‼」

 

俺は全意識を集中させ、以前に何度か成功していた流桜の覇気をヤマトの錠に流し込んだ。

 

「凄い! 錠に亀裂が!」

 

ヤマトの言う通り、錠には亀裂が入っていた。

しかし、ダメだ。これでは内部の破壊が完了していない。

 

(しまった! ()()()()()……!)

 

焦るな。焦りは俺を殺す。

まだ数秒時間はある。俺は意識を集中させてさらに覇気を込めた。

制御が難しい覇気だが、約束を守るのが男というものだ。

 

「クソッタレ……外れろォォォォ!」

 

バキンッ!

 

もはや流桜と呼ぶには力技が過ぎだがしかし、

 

「は、外れた――!」

 

ヤマトは長年自分を縛っていた錠が外れ、感動に打ち震えていた。

だが、ゆっくりしている暇はない。すぐに投げ飛ばさねば、錠は爆発してしまう……かもしれない。

 

「キリア! 早く錠を――えっ……?」

 

突如キリアに突き飛ばされたヤマトは唖然とした表情でその光景を眺めていた。

 

自分を突き飛ばしたキリアの左手。

何故か既に爆発の兆候を見せている錠。

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「キリ――――」

 

この距離では回避は間に合わない。

ヤマトの表情が青ざめる中、父が娘に掛けた錠は情け容赦なく爆発した。

本編ではビッグマムさえ吹き飛ばした強烈な爆風は、轟音と共にヤマトの身に降りかかる――ことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うし、無事に外れて良かったな、ヤマト」

「うぅぅ…………ひっく……えぐ……」

「おい泣くなよ。上手くいったんだから」

「でも! でもぉ……! キリア……」

 

ヤマトは自分を庇い、爆発する錠を飲み込んでダメージを一手に引き受けた()()()()()()()()()()を見つめて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「腕が‼」

 

 

 

 

 

 

「安いもんだ。腕の一本くらい……無事でよかった」

「キリアァァァァ――――‼」

 

ようやく自由になれた喜び。

父が本当に自分を殺そうとしていたことへの深い悲しみ。

友人への計り知れない感謝。

そして、自分のせいで右腕を失った彼への罪悪感。

 

ヤマトは泣いていた。

ぐちゃぐちゃになった心のままに、ただキリアに縋り付いて泣き続けていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、どうせ生えてくるだろお前」

 

キリアの尋常ならざる回復力を知っているドフラミンゴの至極まっとうなツッコミはしかし、自分たちの世界にいる2人には届かないのであった。

 




というわけで、真面目詐欺キリア君でした。
いや、本人は真面目なんですけどね。
ただ急にシャンクスごっこ始められちゃうとリアクションに困りますよね......。


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勘違いは良くないですよね?

お待たせ致しました。
今回は......まぁ、いつも通りっすね。


 

「ちょっとキリア! 腕治るならもっと早く言ってよ~! 本当に心配したんだからな!」

「いや~、ごめん、ごめん。右腕が丸ごと吹っ飛ぶ経験なんてなかったから、再生することすっかり忘れてたよ」

 

俺は現在、ヤマトに抱き着かれながらすぐに生えてきた右腕を彼(いや、本人がヤマトで認識しろと言うから彼女なのか?)に両手の指ですりすりと触られていた。

くすぐったいな……。

 

流桜が下手なせいで思っていたよりも錠の破壊に手間取り、ヤマトだけでも守ろうと咄嗟に右腕を犠牲にしたときは俺もこれからシャンクスか……なんて激痛の中で高揚と共に思ったが、その後普通に再生してきてビックリした。

 

便利だなこの身体。

でも右腕を吹っ飛ばすのは二度とごめんだ。

男の意地ですまし顔をしていたが、マジで痛かったからな。

 

「……そっか。無我夢中で僕のことを助けてくれたんだね」

「当たり前だろ。友達なんだから」

「……ありがとう。本当に、感謝している。この恩は一生忘れないよ」

 

ヤマトは錠が嵌められていた自分の手首を触った後、最後にもう一度俺の右腕に触れてから熱っぽい瞳でそう言った。

 

「ヤマト……」

「おい、気は済んだか馬鹿ども。キリアも回復したならさっさと立ち上がって俺について来い」

 

そんな感じでヤマトと友情を深めていたら、急にパイセンが水を差してきた。

 

その空気の読めなさへの怒りもあるが、それ以上に先ほどいきなり殴られたことに対してまだ何も謝罪を受け取っていない。

文句を言おうと立ち上がるが、俺よりも先にムッと怒りの表情を浮かべたヤマトが立ち上がり、パイセンに人差し指を突きつけた。

 

「おいお前!」

「あぁ?」

「いきなりキリアに殴り掛かったことといい、それへの謝罪がないことといい、一体何様のつもりなんだ! 僕の恩人に対して失礼だろう!」

「……お前にじっくりとそこにいるクソ馬鹿のやらかしを説明してやってもいいが、今は時間がない。おい、キリア! さっさとそこのアホ女を連れて俺について来い」

「アホ女とはなんだ‼ 僕は――」

「あ~、ちょっと落ち着けヤマト。あれでも俺の恩人なんだ。今は俺の顔を立てると思って我慢してくれないか?」

「キリアの恩人……? 分かった。我慢する」

 

俺が言えば大人しくなってくれるヤマトを連れ、パイセンの背中を追って駆け出す。

ちらりと上空を見てみるが、カイドウの姿は見当たらない。

パイセンの糸分身が健闘しているか、それなりに時間が経過したから一度探索を打ち切ったかのどちらかだろう。

何気に俺が爆風と爆音を抑え込んだことも貢献している……と思いたい。

 

海岸沿いまでやって来た俺たちは船の姿を探すが、酷い嵐で船の姿なんてどこにも見当たらないような状況だ。

パイセンは苛立った様子で腕につけている小型の電伝虫に向かって怒鳴った。

 

「おい、応答しろ! 船はどうなっている⁉」

『……ザザ……すいません……海流の流れが激しすぎて……海岸沿いまで近づけるのは……無理です!』

「ちっ、そういやこの辺りの海流は異常なんだったな」

 

舌打ちしたパイセンだが、次の瞬間には思いっきり悪い顔をしながら舌なめずりをした。

 

「守りは盤石。難攻不落のワノ国か……ますます欲しくなるじゃねェか……!」

「パイセン、舌なめずりははしたないですよ」

「そうだ、そうだ。汚いぞ」

「……コイツら、海流に巻き込まれて死なねェかなぁ」

 

ドフラミンゴはぼやきながらどうやって脱出したものかと思案する。

その一方、クソ馬鹿2人は呑気に会話をしていた。

 

「あっ、そういえばヤマト。一緒に俺たちと鬼ヶ島を出るってことで良かったのか?」

「うん。君たちが強いのは分かるけれど、流石に戦力差が大きすぎるからね。ワノ国の頼りになる侍たちも()()()()()()()から。外から戦力を集めなくちゃならない」

 

あー、そうか。今は原作開始前だった。

赤鞘九人男たちはまだ時空の狭間か。

 

「確かに戦力差は如何ともしがたいよなぁ……パイセンの仲間たちじゃ力不足だし」

「誰の家族が力不足だって⁉ あと、もうちょっと真面目に脱出の手段を考えろ馬鹿どもが!」

「脱出か……ヤマト、どう?」

「ちょっと待ってね。うーん……今なら大丈夫なんじゃないかな?」

「うし。じゃあ、パイセン。そういうことなんでよろしく」

「????」

 

ドフラミンゴは首を傾げた。

 

「何を言ってんだ? テメェ」

「いや、だから――ヤマトに敵の気配が近くにないかどうか聞いて、いないといったから今なら多少派手なことをしても居場所はバレないと思いますよ~、船の人たちに連絡よろしく――って言ったんです。ね、ヤマト」

「うん」

なんだコイツら気持ち悪っ

 

ドフラミンゴは本気で引いた。

なんで出会って数時間で熟練の相棒みたいに主語抜きの会話をしているのか。

地道に人との関係を築き上げてきたドフラミンゴには心底理解できない人種たちだった。

 

「ま、まぁ……近くに追手がいないならいいか。――こちらジョーカー。聞こえるか? 船の位置を信号弾で知らせろ。上陸できないならこちらから飛んでいく」

『ザザ……了解しました』

 

ちょっと間を置いて、少し遠くの方で赤い信号弾が打ちあがったのが見えた。

 

「あそこか……良し、飛んでいくぞキリア。そこのアホ娘はお前が背負っていけ」

「だから誰がアホだ! 桃色野郎!」

「どうどう、落ち着けヤマト。俺が背負っていってやるからさ」

「うん! よろしく!」

「……なんでだろうな。俺ァこの先、驚くほど苦労するような気がしてならねェよ」

 

変なことを言いながらパイセンは一足先に糸を雲に引っかけて浮かび上がり、鬼ヶ島から信号弾の船まで飛び始めた。

 

「さて、俺たちも行くとするかヤマト」

「うん! あの竜の翼で飛んでいくんだろう?」

「あぁ。――でも、それだけじゃあ芸がないな。折角だから俺の変身を見せてやるよ!」

 

というわけで、久々の変身だ!

 

能力の覚醒に伴って手に入れた頭が三つある形態は流石に怖がられるかなと思ったので、最初期に使っていた胴体の殆どが獅子で、後ろ脚が山羊、そして竜の翼と蛇の尾を持つ形態に変身した。

 

「わぁ~! 凄い! カッコいいよキリア!」

『ありがとう。あんまり人に褒められることがないから嬉しいよ。さぁ、俺の背中に乗ってくれ』

「では失礼して――おぉ、この毛、モフモフだ」

 

そういやパイセンはキモイとか酷いことを言って乗りたがらないので、人を背中に乗せるのは初めての経験かもしれない。

結構テンション上がるな。

 

『良し、それじゃあ準備はいいかヤマト』

「…………うん」

『……どうした。何か思うところがあるなら遠慮なく言っていいんだぞ』

「君は鋭いなぁ……いや、この島を出ることに迷いはないんだ。ただ、不思議な縁だと思っただけで」

『不思議な縁?』

「君のことさ。僕を外へ連れ出してくれるのがまさか、竜の翼を持つ百獣の王とはね……」

『百獣の王というには色々と混ざりすぎている気はするけどな。でも、そんなもんだろう。不運の連続、予期せぬ出会い……戸惑いこそが人生だよ、ヤマト君』

「――そっか、そうだね! これが人生だ!」

 

ヤマトは後ろを振り向き、そっと心の中で言った。

 

“行ってきます。僕を生かしてくれた皆。たくさんの味方を連れて必ず父を討ちに戻ってくるからね”

 

『さぁ、行くぞ! ヤマト!』

「あぁ、行こう! キリア!」

 

竜の翼が羽ばたき、百獣の王の身体が空に浮く。

 

ヤマトは生まれ育った故郷に一時の別れを告げ、自分を鎖から解き放った男の背中に乗って自由な海へと飛び出した。

 

 

 

◆◆船中◆◆

 

 

嵐が酷くなかなか厳しいフライトとなったが、こと空中において俺が遅れを取るはずもなく。

 

『お先~!』

「じゃあな――!」

「クソ餓鬼どもが……!」

 

ヤマトを背中に乗せた俺は悠々とパイセンを抜き去り、信号弾を打ち上げた船へと辿り着いたのだった。

 

「へぇ、これが僕の初めての冒険の船か‼」

 

眼をキラキラさせながら割と大きな(元百獣海賊団の)船を見渡すヤマト。

俺は遅れて到着したパイセンに言った。

 

「結構いい船を盗んできたんですね、パイセン」

「盗んできたのは潜入していた俺の部下たちだがな。テメェのせいで城の中は混乱の極みだったから、海に捜索に出るとか適当な言い訳をつけたら簡単に出港できたんだとよ」

「じゃあ、俺の手柄ですね」

今すぐ海に突き落とすぞ元凶が

 

パイセンの冗談はいつも通り聞き流すとして。

 

ヤマトは初めて乗る船に興奮を隠しきれないらしく、船のあちこちを動き回っては俺やパイセンの部下にあれこれ聞いてくる。

今まで憧れを止められていたんだ。その反動でこうなるのも仕方がないことだろう。

 

「――で、これからどうするつもりなんです? ドフラミンゴ先輩」

 

ヤマトがいる手前頑張って意地を張っていたが、カイドウの一撃にパイセンのパンチに右腕の消滅&再生とそれなりに消耗していた俺は船室に設置されたソファに座って一息ついていた。

あぁ、今すぐにでもベッドで寝たいな~。

 

パイセンは早速船に常備されていたワインボトルを開けて直にボトル飲みをし始めた。

ちなみにヤマトはまだ甲板ではしゃぎまくっている。

 

「さっき俺が言った話ですけど、冗談でもなんでもなくパイセンの部下たちじゃあ、百獣海賊団には太刀打ちできないと思いますよ。それは糸分身を戦わせたパイセン自身が一番分かっているんじゃないですか?」

「……」

 

無言でワインをがぶ飲みするパイセン。

 

「それに一番の問題のカイドウ。あれ――ヤバいですよ」

「……一撃食らってどうだった?」

「次食らっても何割威力が落とせるか俺にも分からないです。雷鳴八卦だったかな? あの技は。まぁ、感覚的に雷鳴六卦くらいまでは落とせるかもしれないですが……」

「じゃあ、あと三発くらえばノーダメージだな」

「俺はサンドバックじゃないっすよ」

 

分かっているとは思うが、一応補足を入れておく。

……えっ、分かってるよね?

 

「それから、あくまでも耐性がつくだけであって、ノーダメージになることなんてないですからね」

 

多分、雷鳴二卦くらいまではダメージ入るんじゃないかな?

 

「……正直に言え。俺とお前の二人掛かりで勝てるか?」

「無理です。――少なくとも、今のままじゃ」

「そうか……」

 

パイセンは再びワインをがぶ飲みしてから額に手をやって考え事を始めた。

こうなったら長いからな。俺は疲労回復のために仮眠でも――

 

「――って、ちょっと待て。おいキリア。お前、カイドウと戦う気になったのか?」

「何をいまさら。もちろん戦いますよ」

「……あれだけ戦うことを渋っていた男とは思えねェな。どういう心境の変化だ?」

「決まっているじゃないですか」

 

俺は甲板で楽しそうにはしゃいでいるヤマトを見ながら言った。

 

「友達のためですよ」

 

「……お前、本当にキリアか?」

「あのね、俺のことなんだと思っていたんです?」

「傍迷惑鬼畜珍獣サイコパス」

「罵倒のオンパレード――⁉」

 

しかもこれをパイセンに真顔で言われるとかいう屈辱!

 

だけど、俺ってマジで普通に友達のために命張れる男なんだけどなぁ……今まで友達いなかったから知らなかっただけで。

 

「……まぁ、動機はなんであれ、テメェがやる気になったのはいいことだ」

「驚いたのは俺も同じですよ」

「あん?」

「ドフラミンゴ先輩、本気でカイドウの首を狙っているんですね。あの一撃を見ても、なお」

「当たり前だ。もう腹は括った。後はどうするかを考えて実行するだけだ」

「ヒュ~、カッコいい」

「茶化すな。お前にも死ぬほど働いてもらうからな」

「でも、具体的にどうするんです? 一旦ドレスローザに帰ります?」

「あぁ。ファミリーにもきっちりと今後の方針を伝える必要があるからな」

「怒り心頭のカイドウが急に攻め込んできたりしないですかね?」

「流石に世界政府加盟国でかつ七武海の領土に攻め込んでくることはねェだろ。それに――」

 

甲板ではしゃぎ疲れたのか、2人がいる船室に入って来たヤマトを見ながら言った。

 

「いざとなったらこっちにはカイドウの息子にして、プルトンの鍵を握る人質がいる。カイドウも下手に手出しはできねェだろうさ」

「……プルトン?」

「あぁ? テメェが言ったんだろうが。なんたら戦艦ヤマトってよ」

「……」

 

記憶を巻き戻し中。

 

『……宇宙戦艦ヤマトって知ってます?』

 

あっ、

 

『……宇宙戦艦ヤマトって知ってます?』

 

うーん……

 

『……宇宙戦艦ヤマトって知ってます?』

 

言った……ねぇ……

 

「……パイセン」

「なんだ?」

「それ、パスでお願いします」

「なんだそりゃ⁉」

 

かくかくしかじか。説明終わり。

パイセンは俺の胸ぐらを掴み、額に血管を浮かび上がらせながら迫力満点の顔で言った。

 

「つまりなんだ、テメェはこう言いたいわけだ。()()()って名前が出たのは偶然で、何故かワノ国にいたこのヤマトとかいうクソガキはマジでプルトンとは何の関係もねェ、と」

「……あい」

「ぶっ殺されてェのかテメェ⁉」

「……いえ」

 

パイセンマジギレ。

久々に見たかも、ここまでキレている姿。

するとタイミング悪くやって来たヤマトが怒りながら俺とパイセンを引き離した。

 

「おいお前! キリアに何をしているんだ!」

「お前にこのクソ馬鹿がどれほど傍迷惑な馬鹿か教えてやってもいいが、今はテメェにも腹が立ってんだクソが! ヤマトとかややこしい名前しやがって! カイドウのネーミングセンスはどうなってんだクソッタレが!」

「僕の名前はヤマトじゃなくて光月おでんだ!」

「じゃあキリアが呼んでいるテメェの名前は何なんだ⁉」

「正式なおでんになるまでの僕の名前だ!」

「……じゃあテメェの名前じゃねェか! あと、正式なおでんとやらには絶対にツッコまないからな!」

「僕はワノ国も救えていない未熟な身。でもいつかきっと、父を倒し、光月おでんになってみせるんだ」

「だから! 聞いてねェんだよテメェの身の上話は! クソアホ女が!」

「誰がクソアホ女だ! いいか良く聞け! 僕の名前はヤマトだ!」

 

 

 

 

 

…………ヤマトじゃねェか‼

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、ヤマトだよね。

 

2人とも仲良さそうで安心した。

じゃあ、俺は疲れたんで寝まーす。

お休みなさーい。Zzz。

 

「お、おい! 寝るなキリア! テメェ、俺をこの頭おかしい女と2人きりにするつもりか⁉」

「誰が頭おかしい女だ! 桃色野郎!」

「誰が桃色野郎だ! いいか、俺の名前はドン――――」

「フフフ、やめろよ船長……それは俺の肉だって……むにゃむにゃ」

 

悪のカリスマ。

怪物狂人。

侍に憧れる鬼姫。

 

色々とバラバラな3人を乗せ、船は進む。

 

 

疲労困憊のドフラミンゴはギャーギャーやかましい女を相手にしながら思うのだった。

あーあ、コイツらマジで死んでくれねェかなぁ、と。

 

 




ヤマトとドフラミンゴ先輩の相性は最悪です。
この2人両方と相性が良いキリア君はやっぱり色々おかしいよ……


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修羅場とかお呼びじゃないですよね?

なかなか感想返せていないですが、いつも楽しく拝見しております。


 

さて、ワノ国からエターナルポースを辿って航海すること数日。

俺たちはパイセンの拠点であるドレスローザへの帰還を果たした。

 

道中は一向に分かり合えないヤマトとパイセンの喧嘩が絶えず非常に騒がしかったが、それ以外は平和なものだった。

 

カイドウとの戦いに向けて考えなければいけないことは山ほどあるが、今はドレスローザでゆっくりとしたい気分だ。

 

「へぇ~、ここがドレスローザ! 確かにキリアの言う通り綺麗なところだね! それにとてもいい匂いがする!」

 

自分が支配する国を褒められて嬉しかったのか。

パイセンがドヤ顔で言った。

 

「ちなみに国王は俺だ」

「お前が⁉ 嘘をつくんじゃない!」

「フッフッフッフ、ほらキリア。言ってやれよ、事実を」

「パイセンが国王なわけないじゃないすか」

テメェら永久に出禁にするぞ

 

パイセンの戯言はいつも通り無視するとして。

待ちきれない様子のヤマトが急かしてくるので俺たちは一足先に船を飛び降り、港へと着陸した。

 

「う~~ん……とても美味しそうな匂いがするね! なんの匂いだろこれ……」

「パエリアじゃないかな?」

「ぱえりあ?」

「この国の名物料理さ。凄く美味しいんだ。せっかくだ、俺が奢ってやるよ」

「本当⁉ キリア大好き!」

 

ヤマトはぎゅっと俺に抱き着いてきた。

俺の身長は185㎝でヤマトの身長は263㎝。

結構身長差があり、抱き着かれるとその……まぁ、そういうことだ。

でも、本人が男になりたいと言っているのでそこは尊重しなければならない。

邪念退散! 邪念退散!

 

「ハハハ、大袈裟だなヤマトは―――」

 

そもそも、ワノ国出身のヤマトがこの国の通貨を持っているはずもない。

ここは俺が(パイセンからもらった金で)奢ってやるのが筋というものだろう。

この国の料理はマジで美味いからな。

ワノ国ではまず出てこないような味付けの料理ばっかりだろうし、色々食べてみて欲しいなぁ~。

 

「あら、随分と楽しそうじゃない」

「えっ? そりゃあ、楽しいっすよ。人に美味しいものを紹介するのは気分がいいからね」

「そう。じゃあ、私にも美味しいパエリア料理を紹介してもらえないかしら? ねぇ、()()()()()

「レオンさん?」

「……」

 

とある1名にのみ名乗った名前で呼ばれ、背筋が凍ったのが分かった。

まずい。これは非常にまずい……!

ゆっくりと壊れかけの玩具みたいに声が聞こえた方向を見ると、そこには見覚えのある緑髪の美女様の姿が――

 

「――――すまん、ヤマト。至急俺から離れてくれ」

「どうしたのキリア? 急に凄い汗かき始めて……」

「いや、何でもないんだが、とにかく離れてくれ……」

「あら、熱でもあるのかしら? 私が冷ましてあげましょうか? レオン――いえ、キリアさん?」

「なに⁉ 熱があるのかキリア!」

「いいから一旦離れてくれヤマト! ちょっとだけ話がややこしくなるから!」

 

そっと抱き着いているヤマトを引き離し、俺はつい先日大喧嘩をしたばかりの彼女と向き合った。

何故ここにいるのかと思ったが、港に着くとパイセンが連絡を入れて健気にも迎えに来てくれたのだろう。

なのに、船から出てきたのは長身の和服美女に抱き着かれる男の姿。

正直言って、過去一ヤバいかもしれない。

俺は脳みそをフル回転させながら言葉を紡ぐ。

 

「ま、待ってくれモネちゃん! 誤解だ! 非常に大きな誤解が俺たちの間にあるんだ!」

「へぇ? それじゃあ、聞かせて。貴方の愉快な言い訳を」

 

琥珀色の瞳を細め、鋭利な笑みを浮かべるモネさん。

ヤバい。これ、マジで怒っている時の奴だ。

この間の滅多刺し事件からそんなに時間経ってないのに色々と畳みかけすぎだろ! 誰のせいだこの野郎! ――俺だったわ馬鹿野郎!

 

い、いかん! 焦るな! 落ち着け! 焦りは俺を殺す。

言い訳、言い訳……いや、言い訳も何も今回は大丈夫じゃね?

 

「――よし、落ち着いて聞いてくれモネちゃん。()の名前はヤマト! 若様と一緒に遠征に行った先で出会った友達なんだ」

()?」

「あぁ、そうだ! 実は彼はとある高名な侍に憧れていてね。その強い憧れへの衝動から男として生きることを決意したんだ! そうだよな、ヤマト!」

「えっ、まぁ……そうだけど……」

 

そうだ。ヤマトは男だ。

そして俺は彼と友達になった。

つまりは何の問題もない。OK?

 

俺は自信満々の表情で言った。

 

「聞いただろモネちゃん。そういうわけで、俺と彼は立派な()()なんだ! 断じて君が想像しているような関係ではないからね」

「ふーん……ねぇ、そこのあなた。キリアさんが言っていることに間違いはない? あなたは男の人なの?」

「あ、あぁ……確かに僕は光月おでんに憧れ、男になった。名はヤマトだ」

 

はい勝った。完。

 

「そういうわけでモネちゃん、良かったらこの後3人でパエリアでも――」

「モネと言ったな」

「ヤマト?」

 

急に口を挟んできてどうした?

 

「お前、キリアのことをレオンと呼んだり、帰ってきたばかりで疲れているキリアに怒ったり、一体何なんだ」

「私はただの女で――そこの口が軽い薄情者の恋人よ。一応、ね」

「モネちゃん……」

「キリアが薄情者だと……?」

「ヤマト、ちょっと抑えて―――」

 

あれ、この流れ凄く嫌な予感が……

 

僕を救ってくれた人のことを馬鹿にするなッ! 僕はこの人のためなら自分の命を懸けられるぞ! 恋人だかなんだか知らないが、お前はどうなんだ女!

「ヤマトさん⁉」

「……いい度胸じゃない。キリアさん、なかなかいい()()()とお知り合いになれたみたいね?」

 

えっ、え? なになになに? 何事? なんで?

 

「モネちゃん! 落ち着いて! ヤマトもだ! 急に喧嘩腰になってどうした⁉」

 

あまりの急展開に脳みそが追い付けない。

 

「――だいたい、おかしいと思っていたのよね。なんで男同士なら私に見られただけで露骨に慌てていたのかしら? 何かやましいことでもあるのでは?」

「やましいことなんてないよ! なっ! ヤマト!」

「あぁ、もちろんだ。僕とキリアの間にやましいものなんて何1つない! 僕たちは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「よぅし分かった! ちょっと暫く君に話を振るのは止めておく! モネちゃん、取り敢えず俺の話を――」

()()……? 随分と軽々しくその言葉を使うのね。あなたも、キリアさんも」

 

情熱の国、ドレスローザに吹雪が吹く。

 

「僕もキリアもその言葉を軽々しく使ったことなんてない! お前の方こそ何か勘違いしているんじゃないのか?」

 

ヤマトの姿が人ならざるものに変化していく。

イヌイヌの実 モデル“大口真神(オオクチノマカミ)。

モネちゃんと同じく冷気を操る彼の力が全身からあふれ出し、さらにドレスローザの気温を下げていく。

 

「言うじゃない……! ぽっと出の野良犬風情が!」

「言葉が過ぎるぞ……! 誇る血筋ではないが、僕は鬼の子だ!」

 

完全に臨戦態勢に入った2人。

 

「ちょ、ちょっと待て2人とも! こんなところで争いなんて――」

 

 

 

「五月蠅い! 最低最悪のクソ浮気野郎! ここで死になさい!」

 

 

 

モネちゃんはどこにそんな力あったの⁉ っていうレベルの大技を繰り出し、当然反撃できるはずもない俺を庇ってヤマトが応戦。

 

結果的に氷雪系悪魔の実最強を決める戦いが勃発してしまった。

最強はヒエヒエの実と決まっているのだがそれは置いておくとして、戦いはもちろん終始ヤマトが圧倒。

逆に俺がモネちゃんを傷つけないよう彼を必死に抑えていたくらいだった。

 

しかし、遅れて港に迎えに来たドンキホーテファミリーたちが合流したことにより、事態はさらに悪化することに。

 

「このクソやろう!」

 

再び姉を裏切ったと大激怒のシュガーちゃんは俺を玩具にしようと鬼の形相で迫ってくるし、護衛役のトレーボルも笑いながら参戦。

今日はコロシアム営業日だったのでディアマンテはいなかったが、代わりに暇だったらしいピーカやグラディウス、さらにはベビー5まで参戦し、地獄の大喧嘩が開始されることとなった。

 

モネちゃんやシュガーには反撃できない俺だが、流石に便乗してきただけの幹部連中には黙ってもらおうとヤマトと並んで応戦を開始。

2人で大立ち回りを演じ、一般市民に被害が出ないよう人気が少ないところへ誘導しながら幹部連中を圧倒し続けた。

 

だが、それでもやっぱり建物への被害は抑えられず――

何やら船内で電伝虫越しに誰かとやり取りしていたらしいパイセンが急いで駆けつけた時には既にドレスローザの街中は結構破壊されていた。

 

「……よし」

 

そして――

 

あまりにも悲惨な状況を見たこの国の国王より正式に通達がなされたのだった。

 

 

 

「お前ら2人、ドレスローザ出禁だ」

 

 

 

◆◆グリーンビット◆◆

 

 

「……悪いなヤマト。俺のせいで」

「いや、僕の方こそごめん。人の国なのに考えなしに暴れてしまって……」

「いやいや、お前は俺を庇ってくれただけだ」

「友達を庇うのは当然のことだ! ……でも、こうやって謝りあっていても埒が明かないな。今回はお互いに悪かったということで手打ちにしよう」

「あぁ、そうだな。そうしよう」

 

ドレスローザを追放された俺たち2人は北に浮かぶ島、グリーンビットで暫く生活しているよう謹慎処分が下った。

折角ヤマトに文明的な生活を体験してもらいたかったのだが、俺のせいで再び野宿だ。

もう謝るなとは言われたが、非常に申し訳ない……。

モネちゃんにも色々と申し訳ない……。

 

ずーんと沈む俺のことを気に掛けてくれたのか、ヤマトは敢えて明るい声で言った。

 

「でもまだ生き物の気配がある島で良かったじゃないか。さっき通って来た橋から見えた海にはデカい魚がいるし、森には動物がいる。果物もある。飢えることはなさそうだね」

「あぁ、飢えだけは本当にキツイからね……」

 

2人でうんうんと頷く。

どんな拷問よりもアレが一番堪えるんだよな……。

 

「じゃあ、暗くなってきたし早速狩りにいかないか? キリア」

「いいね。せっかくだ、競争しないか?」

「賛成! 負っけないぞー!」

 

特に()()()()()()()()()()()()()ヤマトに伝えつつ、早速始まった狩り。

 

俺もヤマトも長年誰かから逃げ回りながら自給自足をしていた経験からか、サバイバル技術はかなりのものがある。

途中まではお互いにいい勝負をしていたが……悪いねヤマト。

武器の指定をしなかったことが君の敗因だ。

 

発動! 覇王色の覇気!

 

「――というわけで、俺の勝ちだな」

「ズルだ! ズルだぞキリア!」

「いやいや、覇王色使用禁止なんてルールはなかったからな。ズルじゃない」

「ぶぅ~~~~! 僕は聞いてないぞ! それが使えるなんて!」

「まぁ、こういう時くらいにしか使わないからな。戦闘でも使えるらしいんだけど、どうやっても上手く出来ないんだよなぁ……」

「そうなんだ。キリアさえ良ければ僕が教えようか?」

「本当⁉ それは助かるなぁ。是非お願いするよ。でも一先ず今はこの肉を食おうか」

「大賛成!」

 

というわけでグリーンビットで2人、BBQをすることになった。

流石はヤマトというべきか。ワノ国から乗って来たあの船に積んであった酒を幾つかくすねてくれていた。

肉、酒、そして満天の星空。

最高やで~。

 

2人で色んな話で盛り上がる。

彼の憧れの光月おでんの話。

そして、俺の憧れの話。

 

「今はまだ時期じゃないが、時が来たら俺は必ず彼の船に乗るんだ……!」

「それがキリアの憧れか……キリアにそこまで言わせるとはさぞ凄い男なんだろうな」

「あぁ! 本当に偉大で――何よりも自由な男なんだ! 決して力を誇示するわけでもなく、束縛も否定もしない。でも、誰も彼もがその魅力に逆らえない。俺は彼の船に乗って、彼の役に立つことが夢なんだ……!」

「ふむ……なぁ、キリア。もしかしてその男は()()()なんじゃないか?」

「えっ? いやいやいや! 何を言って――」

「でも、君の言う男の特徴はそっくりそのままおでんに当てはまるんだ! この海で自由を愛し、誰もが彼を好きになる。ほら、おでんじゃないか!」

 

真剣な眼差しでヤマトは語る。

その瞳は冗談を言っている瞳じゃなかった。何か顔は赤かったが。

それくらいは現在酔っぱらっている俺でも良く分かる。ヒック。

 

「……俺の憧れの男が、おでん?」

「そうだ。おでんだ」

「おでん?」

「おでん」

 

まさか――ルフィはおでんだった?

 

「そうか……つまり、全てはおでんだったのか」

「ようやく分かってくれたかキリア。そうだ。全てはおでんだったんだ。おでん足りうるということはそれ即ち、きみのおでんもまたおでんということなんだ」

「これが……おでん」

「嬉しいよ、キリア。君もおでんに目覚めてくれて」

「俺こそ礼を言うよヤマト。これがおでんということなのか」

「あぁ、おでんはおでんを志す者の心に宿る。おでんはおでんという概念なんだ」

「おでん、か」

 

 

 

 

 

 

「……何の話をしてるんだテメェらは」

 

 

 

 

 

突如上から降って来た声に俺とヤマトは同時に顔を上げた。

そこには宙に浮いている桃色男が。

 

「なぁ、ヤマト。あれはおでんか?」

「いや、あれはおでんじゃない」

「だから何なんだテメェらは!」

 

ドフラミンゴは思った。

シンプルにコイツらと話すの嫌だなぁ……と。

 




おでんがおでんで、おでんがおでん。


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修業は少年漫画の基本ですよね?

お待たせしました。
今回は結構長めです。
内容はタイトル通りなのと、普段よりちょっと熱気と湿度高めです。


「あれ? おでん……じゃなくてパイセンじゃないっすか。ういーっす」

「僕たちを追放しておいて、今更何しに来たんだ桃色野郎」

「……着いて早々に問題を起こしたお前らを処分なしなんて出来るわけがねェだろうが。俺の立場も考えろ」

 

盛り上がっていた俺たちの前に現れたパイセンは島に着陸すると焚火を囲んでいる俺たちの横にドカッと座り込み、焼いていた肉を勝手に取って食い始めた。

 

「あっ、おい! それはキリアの肉だぞ!」

「テメェらの後処理で飯を食う時間もなかったんだ。全く、ふざけやがって……!」

 

そう言ってやけ食いを始めたパイセン。

まぁ、確かに迷惑を掛けた自覚があるので反発しているヤマトを諫めつつ、肉を焼いて渡していく。

 

一通り食って満足したのか、ドレスローザから持ち込んだらしい酒を飲みながらパイセンは語り出した。

 

「――先に言っておくが、テメェらの追放を取り消すつもりはねェ。そうしねェと俺の家族たちに示しがつかないからな」

「分かってます。……ところで、モネちゃんはどんな様子でした?」

「パエリアをやけ食いしてたぞ。お前らがドレスローザに入るのは禁止だが、向こうから来る分には禁止にしていない。ま、そのうち会いに来るんじゃねェか? その時にしっかり話し合っておけよ。テメェらの痴話げんかで振り回されるのはもううんざりだ」

「……了解っす」

「……」

 

今回ばかりはパイセンの言うことが正しい。

そろそろモネちゃんとしっかり話し合わなくちゃいけないな。

今後のことについて。

 

「それから俺のファミリーには明日、カイドウとの戦いについて話す予定だ。お前たちはそうだな……適当に修業でもしてろ」

「扱いが雑っ!」

「もっと僕らのことを尊重しろ!」

「ブーメラン発言って知っているか?」

 

 

 

◆◆翌日◆◆

 

 

ドレスローザを追放されているとやはり暇なもので、ヤマトも人と接触できない以上は戦力の増やしようがない。

仕方がないのでパイセンが言っていた通り、俺とヤマトは朝から晩まで2人で修業に明け暮れていた。

 

まぁ、修業と言っても俺とヤマトで戦っていただけだが。

 

「やっぱり強いなヤマトは!」

「キリアもね! クソ親父を殴り飛ばしただけのことはある!」

 

お互いにリスペクトできる友人同士での修業とはここまで捗るものなのか。

俺たちは時間も忘れてひたすらに戦っていた。

気が付けばもう夜だ。

 

「でもやっぱり覇王色の纏いは難しいなぁ……どうなっているのかさっぱり分からない」

「僕も原理がどうこうは良く分かっていないんだ。クソ親父の技を真似して力を籠めたら自然とこうなったというか……」

 

再び2人で肉を焼き、かっ食らいながら今日の反省を行う。

今話している通り、覇王色の纏いは全く身につかない。

これが使えればかなりの戦力になると思うんだけどなぁ……。

 

「肉寄越せ」

「うわ⁉ ビックリした! 急に上から降ってきてどうしたんですパイセン?」

「疲れたんだよ。いいからさっさと肉を寄越せ」

 

そうやってヤマトと話しているとまたしても突然空から肉寄越せ妖怪がやってきた。

アンタ、そんなに腹減っているならドレスローザで食ってから来いよ……。

暫く無言で肉を食っていたパイセンだが、やがて満足したのか持ち込んだ酒をグビッと飲み干した。

 

「――で、ファミリーへの説得はどうでした?」

「予想に反して随分と苦労したぜ……殆どの奴らは最初から俺に賛同してくれていたが、トレーボルとアイツの派閥がやけに反抗的でなァ……こんな時間になるまで話し合いが長引いた」

「トレーボル……あぁ、あの上昇志向が低そうなキモいおっさんですか」

「おい! 俺の家族をバカにするんじゃねェ! おおよそ合ってはいるがな!」

 

あらら。こりゃあ、深刻に揉めたみたいだな。

冗談口調とはいえ、普段だったら俺の言葉に同調なんてするはずもないのに。

よっぽどトレーボルと酷い言い争いをしたんだろう。

 

「でも説得には成功したんですよね?」

「あぁ。だが、ちと考えなおす必要がある点も見つかった」

「最近少しだけマシになったパイセンのファッションセンスですか?」

「……トレーボルの俺への態度だ」

 

ドフラミンゴは思い出す。

あのサングラス越しに見えたトレーボルの目線を。

馬鹿なことを言い出した子供を見下すような、賢い大人ぶったあの視線を。

 

「――改めて教えてやる必要があるな。()()()()()()()()()()()()()

 

組織のボスを立てられない組織に待つのは崩壊の道だけだ。

ドフラミンゴは静かに怒りの炎を燃やしながら今後の部下たちへの対応を真剣に検討していた。

 

 

 

「――ところでキリア、今更だがこのヤマトとかいうアホ女は戦力として使えるのか?」

「なんて失礼な奴なんだ⁉ キリア、コイツからやってしまおう!」

「どうどう、落ち着いてヤマト。パイセンも、そんな煽るような言い方しちゃダメですよ。ヤマトの血筋を忘れたんですか?」

「カイドウの娘だろう? だが、それだけじゃあなァ……」

「むっ、言っておくが僕は、数えきれないくらいあのクソ親父と戦い続けて鍛えられてきたんだ! 生半可な奴には負けないぞ! 特にお前のような奴にはな!」

「上等だ。そろそろお前に礼儀ってやつを教えてやりたいところだった。その細い金棒を構えろ、クソ餓鬼が」

「ちょ、ちょっと落ち着いて2人とも……」

 

なんでこの2人はこんなに相性が悪いんだ? 

顔を合わせれば喧嘩している印象しかないぞ……。

 

「でもキリア! コイツが!」

「おい、キリア。本当にこの女、使えるんだろうな?」

 

2人いっぺんに話しかけないでよ……聞き取れるけどさ。

 

「あぁ、ヤマト。一旦落ち着いて? ね?」

「パイセン。ヤマトの実力は本物ですよ。なにせ、覇王色の纏いも習得しているくらいですからね。俺も今、教えてもらっている最中です」

「覇王色の纏いだぁ……? いや、それも気になるがそれ以前にテメェ、()()()使()()()()()?」

「あっ――」

 

かくかくしかじか。説明終わり。

パイセンは俺の胸ぐらを掴み、額に血管を浮かび上がらせながら迫力満点の顔で言った。

 

「つまりなんだ、テメェはこう言いたいわけだ。これからカイドウに挑もうっていう一蓮托生の仲にも関わらず、見せ場がないから俺の前では披露しなかったと……!」

「……あい」

「戦いを舐めてんのかテメェは!」

「……いえ」

 

パイセンマジギレ。

久々に見たかも、ここまでキレている姿。

いや、つい先日船の中で見たばっかりだったわ。

 

パイセンは暫く血管を浮かせて怒っていたが、やがて無意味な怒りであることに気が付いたのか、掴んでいた俺の胸ぐらを離した。

 

「……おい、()()()。キリアの話は本当か?」

「というと?」

「覇王色の纏いの話だ。本当にお前は人に教えられるのか?」

「……正直言って、人に教えられる自信はないよ。僕だって数えきれないくらいクソ親父と戦う中で技を盗んで覚えたものだからね。でも、だからこそ実戦の中で見せることは出来る。後は君たち次第だ」

 

ようやく名前で呼び、さらに真剣なドフラミンゴ先輩の雰囲気を感じ取ったヤマトもまた真剣にそう答える。

 

「そうか……確かにカイドウと戦い続けたとかいうその経験は役に立つかもな……」

 

例によって暫く無言で考え込んでいたパイセンだが、持ってきたボトルに残っていた酒を一気に飲み干すと俺とヤマトに向かって告げた。

 

「――おい、明日から俺も参加する。3人で修業をするぞ」

「「はい?」」

 

 

 

 

◆◆翌日◆◆

 

 

 

 

さて、そういうわけで翌日より俺、パイセン、ヤマトの3人による修業が始まった。

 

急に自分も修業をすると言い出した時はビックリしたが、そこにはしっかりとしたパイセンなりの理由があった。

 

「よくよく考えてみると、お前たち2人はカイドウを想定した敵役としてこれ以上ないほど適任だ。キリアの理不尽な防御力。そしてヤマトの覇王色纏いに、数えきれないくらいカイドウと戦って得たとかいう戦闘知識。どうせ他の技も盗んでんだろ?」

「「……」」

「正直、お前ら2人を足した程度じゃあ、カイドウには遠く及ばねェが、それでも能力的には似たようなものだろう。キリアは混ざりものとはいえ竜でもあるしな」

 

俺はヤマトと顔を見合わせ、頷いた。

 

「……パイセンにしてはいい案ですね。確かに俺は防御力の面だけで言えばカイドウと似たようなものかもしれないです。仰る通り、竜でもありますしね」

「……桃色――ドフラミンゴに同意するのは癪だけど、確かに理にはかなっている。それに言われた通り、僕はカイドウの技をある程度コピーしている。威力までは真似できていないけどね」

 

考えれば考えるほど俺とヤマトは対カイドウ戦においてこれ以上ないほど最高の練習相手だったのだ。

俺がもつカイドウ並の防御力に、ヤマトがもつカイドウの攻撃から盗んで学んだ攻撃力。

俺に関しては混ざりものとはいえ竜でもあるし、空中戦も可だ。

ヤマトならカイドウの戦いの癖なんかも知っているだろう。

この3人で訓練することが、どれほど意味のあることなのか。

俺は背筋に震えが走ったのを感じた。悪寒じゃない。武者震いだ。

 

俺たちは、きっともっと強くなれる――!

 

 

 

 

 

 

 

「――でもパイセン、もうちょっと頑張ってくれないと訓練にならないっすよ?」

「もう終わりかー?」

「ハァ……ハァ……やかましいぞ、クソ餓鬼どもが……なんでテメェら、会って間もないのに連携が完璧なんだよ……!」

「なんでって言われてもなぁ……ヤマト」

「あぁ、キリア」

「「俺/僕たち、友達だし」」

「テメェらの友達の定義はどうなってんだ……! ハァ……ハァ……」

 

肩で息をしながら文句を言うボロボロのパイセン。

俺たち単体ならともかく、流石に2人同時に相手にするのはかなり堪えたらしい。

あと、ドレスローザで引きこもって余裕の黒幕顔かましているうちに鈍ってしまったところもあるのだろう。

 

「パイセンの攻撃は目に見えにくいし、殺傷能力も高めだとは思いますけど、如何せん攻撃力がちょっと物足りないですね」

「そんなんじゃあ、クソ親父の皮膚に傷をつけることもできないと思うよ?」

「俺ももう慣れちゃいましたしね。どうにかして攻撃力を高めないとカイドウと戦うのは厳しいと思いますよ」

「……分かっている。今のままじゃあ勝てねェことくらい、分かってんだ」

 

一度は疲労のあまり座り込んだパイセンだったが、すぐに立ち上がるとトレードマークであるピンクジャケットを脱いで木の枝に引っかけ、黒いシャツを腕まくりして両腕を露わにさせた。

 

「もう一回だ。来い、クソ餓鬼ども」

「……いいガッツじゃないですか。見直しましたよ」

「……次はもっとカイドウの動きに寄せていくぞ」

 

ドフラミンゴ先輩が糸を操る。

俺は竜形態で襲い掛かる。

ヤマトが金棒に覇気の雷を纏わせながら突撃する。

 

グリーンビットが衝撃に揺れた。

 

 

◆◆翌日以降――◆◆

 

 

 

さて、そんなわけで俺たち3人はグリーンビットで修業に明け暮れていた。

 

パイセンは自分の部下たちへの鍛錬も強制し始めたらしく、時折俺たちのところに幹部を連れてきて強制的に戦わせたりしている。

まぁ、俺たちの圧勝なんだけどね。

 

さらに幹部たちを鍛えなおすだけではなく、武器工場やらそこら辺に割いていた人員も全員戦闘要員に転換予定なんだとか。

……大丈夫? ストライキとか起きない?

 

けど、そこは流石のカリスマ。

全員文句ひとつ言わずにきっちり訓練をこなして戦闘要員は着々と増えているらしい。

人員配備をこんなに簡単に変更できるとか、内政チートかよ。

 

そんなわけでパイセンは色んな調整事項があり、毎日ドレスローザとグリーンビットを行き来して忙しそうにしている。

俺&ヤマトのコンビに結構ボコられているはずなんだが、どこからあんな体力が湧いてくるんだか……原作読んでいた時も思ったが、本当にタフだなあの人。

 

ちなみに、俺とヤマトも修業だけしているわけではなく、2人でドレスローザから持ってきてもらった用紙を使って鬼ヶ島の見取り図を作ったり、対カイドウ相手の作戦を練ったりしていた。

 

 

 

……あと、修業を始めて一週間くらい経った頃にモネちゃんがグリーンビットに来てくれた。

 

ヤマトがいるとまた話がこじれそうだったので、見聞色で彼女の気配を察知した瞬間に今日の夕食確保をお願いして森へ狩りに行ってもらっている。

 

「……久しぶりね、キリアさん」

「久しぶり。モネちゃん」

 

こうして静かな場所で2人きりになるのは本当に久しぶりだ。

少し時間を置いたことで落ち着いたのか、モネちゃんの顔に怒りはなかった。

……少し瘦せてしまったようだが。

 

「ちょっと、歩こうか」

 

いつかのドレスローザみたいに2人で肩を並べてグリーンビットの砂浜を歩く。

さて、どう話したものかと思案していると、モネちゃんの方から先に口を開いた。

 

「……ねぇ、キリアさん」

「なに?」

「あなたは本当に不思議な人ね。そうして黙っていればどこにでもいる男の人だけど、本当は七武海で、名前もキリアで、至るとこで波乱を巻き起こしている超問題児。うふふ、若様が振り回されているのも納得ね」

「……」

「私、あなたのそういうミステリアスなところも含めて好きになったわ。正体が分からなくて、余裕綽々としているあなたのことが」

 

確かにモネちゃんに全てを隠して近づいた時の俺は正体不明の怪しい男にしか見えなかっただろう。改めて振り返るとよく付き合ってくれる気になったなと驚くほどだ。

 

「……でも、こうして恋人になった今は思うの。ミステリアスさなんて要らない。本当のあなたのことが知りたいの」

「本当の俺?」

「ねぇ、教えてキリア。あなた、何を考えているの? 私のこと、どう思っているの?」

「……」

 

2人同時に歩みを止める。

 

「……今はカイドウを倒すことしか考えていないよ」

「それはあのヤマトとかいう女のため?」

「……彼は男だ。そして、友達だ」

「友達? 前にも言っていたけれど、それは本当に……」

()()()()。ヤマトは自分を男と言った。だったら俺はその意思を尊重する。憧れは止められないし、止めちゃいけないんだ」

 

モネちゃんの瞳を真っすぐに見つめて俺はそう言い切った。

暫く見つめ合っていたが、やがてモネちゃんは溜息をついてから視線を外した。

 

「……あなた、軽薄に見えてたまに恐ろしいくらい律儀ね」

「俺はいつも律義さ」

「おー、おー、浮気男がよく言うじゃない!」

「いひゃいです……すいまひぇんでした……」

 

モネちゃんに思いっきり右の頬をつままれて説教される。

 

「ていうか、あの浮気はなんだったのよ⁉」

「いや……あれは、暴漢に絡まれていたところを助けようと……」

「じゃあ、私を助けた時と全く同じ台詞回しだったのはどういうことかしら⁉ なに、テンプレートなの? これ言っとけば女落とせるだろうとか甘いこと考えていたんじゃないでしょうね⁉」

「……すいまひぇん。考えてました」

「ッ! 最低!」

「ぶべらっ!」

 

死ぬほど痛いビンタを食らわされた。

まぁ、これは甘んじて受けておくしかないだろう。

 

「まったくもう! ……まぁ、のっぴきならない事情があることは何となく分かったけどね」

「えっ」

「……後から思い返してみたのだけど、あの時のあなた、相当凄い顔色だったわよ。その上手な口を回す余裕がないくらいにね」

「……」

「いいわよ。答えられないなら。……そんな顔されちゃ、どうにもできないじゃない」

 

そう言ってそっぽを向くモネちゃん。

……ヤバいな。モネちゃん、いい女すぎる。

思わず衝動的に全部ぶちまけたくなるが、流石に革命に関わる大事なので何とか口を噤んだ。

 

「……モネちゃん、実は俺からも大事な話があるんだ。今後のことについて」

「……」

「君のことは変わらず好きだ」

「――っ、相変わらず、腹立つくらいストレートね!」

「でも、ずっと一緒には居られないとも思っている」

 

赤くなったモネちゃんの顔色が元に戻る。

すっと海賊団の幹部らしい顔になったモネちゃんが尋ねてくる。

 

「……それは、私たちの敵になるかもしれないという話のこと?」

「そうだ。そう遠くない未来、俺は君たちと敵対することになる」

「……それはなぜ?」

「どうしても、海賊王にしたい男がいるんだ。それこそ、君にとっての若様のような男がね」

 

これだけは譲れない。

ルフィを海賊王にするのであれば、ドンキホーテ・ドフラミンゴとの対立は必須。

俺はパイセンとの今の関係を悪くないと思っているが、それでも憧れは止められない。

 

「……そう。確かにそれは、対立は避けられないでしょうね……」

「だから、本当は君を俺の側に引き込みたかったんだ」

「……それが私に近付いた目的ってわけ?」

「それだけじゃないが……まぁ、それはおいておくとして」

「気になるわね。今教えて」

「可愛かったからです」

「……スルーすることにするわ」

 

赤面するなら聞かなきゃいいのに。

ゴホン、と咳払いしてから話を元の軌道に戻す。

 

「君は俺の想像を遥かに上回るドフラミンゴへの忠誠を見せた。……無礼を承知で聞くが、俺と若様、どちらのために死ねる?」

「当然、若様よ」

「……悔しいが、見事だ」

 

一点の曇りもない忠誠心を見せられてはどうしようもない。

彼女はきっと、今ここでドフラミンゴに命令されたら俺を殺しに来るのだろう。

彼女は既にドフラミンゴのものだ。

それはきっと、変わらない。

俺に向けられている感情はきっと、ドフラミンゴに捧げているところとは別のところにあるものなんだろう。

 

「……だからさ、モネちゃん」

 

俺は無茶を承知でその願いを口にした。

 

「俺たちが敵になる日まで、俺と一緒に居てくれないか?」

「――――」

 

唖然。

正しくそういう顔をしていた。

 

「……あのねぇ、あなた相当無茶苦茶なことを言っている自覚はある?」

「あるよ。嫌なら嫌と言ってくれればいい」

「……ズルい」

 

はぁ、と深い溜息をついたモネちゃんはドレスローザ本土を眺めた。

 

「……ねぇ、あなたが私をドンキホーテファミリーから引き抜こうとしたのと同じように、私があなたをこちらへ寝返らせることもありよね?」

「好きにすればいいよ。でも、俺が揺らぐことはない」

「……意地悪を承知で聞くけど、私とその男、どちらのために死ねる?」

「その男のためだ」

「……不思議な話ね。お互いに本命が別だなんて……どうして私たち付き合っているのかしら?」

「さぁ? 好き合っているからじゃない?」

「……ばか」

 

すっとモネちゃんが近づいてきたのでそっと抱きしめた。

まぁ……なんだ。

色々と曖昧なままだが、一先ずは仲直りOKってとこかな?

 

「あぁ、そういえば、もう1つ教えて欲しいことがあるの」

「なに?」

 

俺の胸に顔を埋めていたモネちゃんが上目遣いで言った。

 

「あなたが最初に名乗った偽名……レオン。あの名前に由来はあるの? 七武海とバレたくなかったから適当に考えた偽名ならそれでもいいのだけれど……」

「……」

 

“いい? キリア。お母さんのこのお腹に向かって呼んでみなさい”

“さっき教えてくれた名前のことー?”

“そうよ。彼はね、あなたをお兄さんにしてくれる人。私の大事な息子で、あなたの大事な――”

 

「弟だ」

「弟さん?」

「あぁ……生まれてくることができなかった俺の弟の名前だ」

「……そう。教えてくれてありがとう」

 

優しく微笑むモネちゃん。

こうして、一応俺たちは仲直りすることができたのだった。

 

 

 

さて、モネちゃんは落ち着いてさえいれば、人の話をしっかり聞いてくれる人だ。

相変わらずコアラちゃんのことは俺の一時の気の迷いということでゴリ押すしかない状況だが、ヤマトのことは彼の鬼ヶ島での境遇も含めて色々と説明をした。

 

父親に爆発する錠を取り付けられ、長らく束縛されていたこと。

錠を外した俺にえらく懐いていること。

侍に憧れていることは本当のこと。

打倒カイドウを掲げ、俺と修業中のこと。

 

「……色々と訳ありの子だったのね」

 

俺の説明の末、モネちゃんはヤマトのことを極度の世間知らずで、身体だけ大きくなった子供と認識してくれた。

あながち間違いじゃないんだけど、本人が知ったら怒りそうだな……。

 

まぁ、そんなわけで仲直りもできたわけだし、子供に優しい(原作だと変なベクトルに、だが)モネちゃんはヤマトに対する態度を軟化させた。

 

向こうの態度が柔らかくなれば、ヤマトも困惑はしつつも突っかかることはしない。

2人は少しずつ歩み寄っていく。

 

さらにはこんな感動的なイベントまであった。

 

「はい。プレゼントよ、ヤマト」

「……これは何だ?」

「いいから、開けてみなさい」

 

修業を始めて約2週間後。

ちょくちょくグリーンビットに顔を出していたモネちゃんだが、ある日小包を抱えてやって来たかと思うと、それをヤマトに差し出した。

 

困惑しながらも袋を開けたヤマトは驚きながら震える手でそれを取り出した。

 

「こ、これは……日誌と筆と墨?」

「こっちでは羽ペンとインクというのよ。あなた、おでんという侍に憧れて航海日誌を読み込んでいるんでしょう? 憧れるのはいいけれど、どうせなら自分でも日誌を付けてみたらいいんじゃないかと思って……」

「モネッ‼」

「きゃっ」

 

ヤマトは大事に日誌とペンを抱えながらモネの右手を両手で握っていた。

その目には感動で涙が浮かんでいる。

 

「ありがとう! 一生絶対必ず大事にするよ!」

「お、大袈裟ねぇ……」

 

顔を赤くしながら照れるモネちゃん。

ヤマトは余程嬉しかったのか、グリーンビットの砂浜を駆けまわりながら大はしゃぎしている。

 

「そうだ! どうして思いつかなかったんだろう? 偉大なるおでんは自分の辿って来た旅の記録を記して後世に伝えていたじゃないか! であれば、後を引き継ぐ僕も同じように記録を残しておく必要がある! よーし、早速今日から日誌をつけていくぞ! 僕の伝説を書き記していくんだ!」

 

確かにヤマトの言う通り、俺の方も完全に盲点だった。

憧れを止めない手段としてこういうものもあったとはな……。

ここら辺は生真面目で自身も日誌をつけているモネちゃんらしい配慮だったと言えるだろう。

 

「ありがとうモネちゃん。俺じゃあ、こういう気の利いたプレゼントは思いつかなかったよ」

「どういたしまして」

 

そういって完璧なウインクをするモネちゃん。

うーん……美しすぎるんだが。

 

「――なんだ、随分と盛り上がっているじゃねェか」

「若様!」

「うっす、パイセン。モネちゃんがヤマトにプレゼント持ってきてくれたんですよ」

「そうか。気が利くな、モネ」

「そ、そんな……若様、過分なお言葉です」

 

なんか、俺に褒められた時より喜んでない?

まぁ、モネちゃんの中では恋人<若様らしいから仕方がないことなのかもしれないが……ちょっとムカつくな。

 

「おい、ヤマト! 今からパイセンをボコるぞ! 今日は徹底的にいこう!」

「了解だ! よーし、最初の日誌は相棒と一緒に桃色を討伐、でいくか!」

「あぁ? おい、どうした? 急にやる気を出して――」

「「覚悟!」」

「ちょ、ちょっと待――」

 

 

 

 

 

 

 

そうして充実した修業期間を送っていた俺とヤマト(ついでにパイセン)。

このまま順調に力を蓄えていくものだと思っていた。

何事もなく、グリーンビットで楽しくやっていけるのだと思い込んでいた。

 

 

しかし。

 

 

そんな俺たちの油断を嘲笑うかのように、その災害は突如飛来した。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

修業開始から約1か月後。

 

その日の天気は曇時々雷。

竜巻も発生し、不用意に外へ出るとかまいたちが襲い掛かってくるでしょう。

市民の皆さんは十分にご注意ください。

 

 

「ウオロロロ!」

 

 

 

ドレスローザ上空。

 

 

 

「俺の息子は無事なんだろうなァ、ジョーカー」

 

 

 

 

そこには、怒れる青龍が座していた。

 



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四皇 百獣のカイドウ

大変長らくお待たせいたしました。
今回こそスーパー真面目回です。


 

突如ドレスローザに飛来した龍――四皇の一人である百獣のカイドウはドレスローザ中に響き渡る大声で言った。

 

『どこにいるジョーカー! 俺の息子を連れて行ったのはお前だろう⁉ さっさとヤマトを俺の前に差し出せ!』

 

まさかの四皇登場に一気にパニックに陥るドレスローザの市民たち。

確かに今日は避難訓練があるとは聞いていたが、本物の災害が来るとは聞いていない。

カイドウが放つ圧倒的な覇気に怯え、恐怖が伝播していく中、彼らの不安を払拭するかのように王宮から飛び出した1つの人影が天へと昇っていく。

 

「見ろ!」

「あれは……国王様⁉」

「ドフラミンゴ様だ!」

「俺たちの国王様が四皇の説得に出向いてくれたぞ!」

 

国民たちの期待を背負い、桃色のコートを羽ばたかせながらドフラミンゴはカイドウの目の前で静止した。

 

「よぉ、カイドウ」

『ジョーカー……』

 

思いがけず冷静な様子のドフラミンゴに目を細めるカイドウ。

ドフラミンゴは泰然自若とした態度で告げる。

 

「そんなに慌ててどうした? この間の酒の席の件なら今度手土産を持って詫びに行こうと思っていたんだ」

『俺の声が聞こえていなかったのか? 俺の息子はどこにいるかと聞いてんだ。テメェか、もしくはあの傍迷惑な新人の仕業なんだろう? 今なら半殺しで済ませてやる。いいからさっさとヤマトを俺の前に連れて来い』

「だからヤマトってのは誰だ? この国には俺の部下と民たちしかいねェよ。息子探しに協力したいのは山々だが俺も忙しくてなァ……悪いが他所をあたってくれ」

 

その堂々とした態度は何も知らなければ彼の言葉が本当に正しいと思い込んでしまうほど立派なもの。

しかし、カイドウは優れた見聞色の覇気と部下たちの報告から確信していた。

息子を誘拐したのは彼らであることを。

 

『――そうか。それがお前の誠意か。ジョーカー』

「あぁ、これが俺の誠意だ」

『良く分かった。テメェと話していても埒が明かねェな』

 

天を覆いつくさんばかりの巨体が蠢く。

いつでも熱息(ボロブレス)を撃てる体勢になったカイドウが吠えた。

 

『おい! 聞こえているんだろうヤマト! どうやって錠を外したのかは知らねェが、もう帰るぞ! テメェに拒否権はねェ! 従わないならこの国を滅ぼし更地にしてからテメェを連れて帰るぞ!』

「あぁ? 何言ってんだカイドウ。勘違いで俺の国を滅ぼされちゃあ、困るぜ」

『黙れジョーカー! テメェの虚言はもう聞き飽きた! 取引は凍結! ヤマトを差し出さないならこの国を更地にして奴を連れ帰るだけだ!』

「……随分と息子思いなんだな、カイドウ」

『馬鹿を言え! これは体面の問題だ! 仮にもこの俺の息子がどこぞの海賊に誘拐され、あまつさえ匿われるだと? ふざけるんじゃねェ!』

 

怒りと共に無差別に放たれた覇王色の覇気が市民たちの意識を奪う。

さらにカイドウの機嫌を表すかのように空模様もまた荒れていく。

天災そのもののような理不尽な存在感を示しながら龍は最終通告を行う。

 

『これが最後だヤマト! いいからさっさと俺の前に姿を見せろ! これは遊びじゃねェ! 俺は本気だぞ!』

 

 

「奇遇だな。僕も本気だ」

 

 

空に響き渡る息子の声にカイドウが反応する。

咄嗟に声の方向に頭を向けるとそこには獅子、山羊、竜の3つ頭を持つ化け物の背に乗って空を駆け、金棒を振りかぶるヤマトの姿が――

 

「……僕を庇ったというだけで一体何人の命を奪えば気が済むのか……だが、その暴虐も今日までだ」

「ッ⁉」

 

息子の金棒に宿る雷の覇気を見たカイドウは目を見張った。

一か月前に見た時よりも遥かに洗練されているその力。

自分を縛り続けた親に向かってヤマトは離別の一撃を放つ。

 

「雷鳴八卦!」

「ぐぅ⁉」

 

カイドウの顔面にクリティカルヒットするヤマト渾身の一撃。

怒り、失望、覚悟、信念。

様々な思いが乗せられたヤマトの一撃は物理的なダメージを超え、カイドウの防御をすり抜けて芯にダメージを与えた。

 

さらに攻撃はそれで終わりではない。

 

『この間は失礼したね。――でも、今日も失礼をするからもう謝らないでおく』

 

ヤマトを乗せて羽ばたいていた怪物がいけしゃあしゃあと言ってのけた後、獅子と竜の口が大きく開いた。

溢れ出す膨大なエネルギーは収束し、2つの熱線となって放たれる。

 

『獅子竜王双砲』

「ぐわあぁぁぁぁぁぁ――!」

 

ヤマトがダメージを与えた箇所を狙い撃ち、強烈な攻撃がヒットする。

たまらず吹き飛ばされるカイドウ。

 

だが、それでも攻撃は終わらない。

 

ドレスローザの市街地に落ちてくるカイドウの巨体。

あんなのに踏みつぶされてしまえばただの一般人たちに生き残る術はない。

さらにカイドウの覇気で気絶させられ、身動きがままならない者たちも多数いる。

 

それを阻止すべく、ドレスローザの大地が隆起する。

 

カイドウの巨体には及ばないものの、巨人と呼ぶに相応しい大地の守護神が市民を守るべく君臨する。

 

『くらえ四皇!』

 

大地と融合し、巨人と化した岩人間、ピーカが放った強烈なアッパーがカイドウの顎に直撃した。

まさかの一撃に虚を突かれたカイドウはグルグルと回る視界の中で何とか体勢を立て直そうとする。

 

だが、彼らの攻撃はまだ終わっていない。

 

「やれやれ、ドフィもどうして俺みたいな奴に四皇への攻撃を任せたのか……」

「……これ、俺が言わなきゃダメなやつか?」

「おい、どう思うグラディウス」

「はぁ……アンタにしか頼めないからボスも任せたんだと思うぜ」

「馬鹿を言うんじゃない。俺には無理だ、こんな大役……」

「いや、アンタにしかできないと思う」

「よせよ、人を天才みたいに……」

「そうか、じゃあ辞め……」

「そこまで言うなら引き受けよう‼」

 

(めんどくせー……)

 

攻撃力が高いという理由でコンビを組まされたグラディウスは内心溜息をつきながらカイドウの首を掴んでいるピーカの腕を進みながらディアマンテの背中を追う。

 

「殺し合いは好きか四皇? コロシアムの英雄の剣技を食らっていけ! ――半月グレイブ!」

「パンク岩 スーパーアリーナ」

 

謙虚さと傲慢さが混ざり合った奇妙な性格でありながらその実力は本物。

ディアマンテの強烈な剣技が炸裂し、さらに事前の打ち合わせ通りピーカの岩腕を爆裂させたグラディウスの攻撃が追撃でカイドウを襲う。

 

そして、最後の攻撃。

 

「正当防衛だ。悪く思うなよ、カイドウ」

 

ドレスローザの国王にして王下七武海が本気を出す。

 

神誅殺(ゴッドスレッド)

 

クソ馬鹿に教わった内部破壊の覇気を纏わせ、凶悪さを増した16発の聖なる凶弾がカイドウに直撃した。

 

「ぐわあぁぁぁぁぁぁ――!」

 

 

数々の連撃を食らったカイドウは当初の予定通りにドレスローザの郊外へと吹き飛ばされた。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

予想外だった。

全てがカイドウの予想外であった。

 

ドフラミンゴが人造悪魔の実が造れなくなったことも、死ぬほど厄介な新人を連れて大暴れされたことも、息子がいつの間にやら錠を外して逃げ出したことも、そして自分がこうして倒れ伏していることも。

 

「……ウオロロロ」

 

人型に戻ったカイドウはゆっくりと立ち上がってから自分を追ってやって来た敵たちを眺めた。

その覚悟を決めた瞳を見て予感は確信に変わる。

 

「おい、テメェら……()()()()()()()()()()()()()?」

「何のことだ?」

「とぼけるんじゃねェ! この配置、連撃、明らかに俺を仕留めるために用意されたものだ。ジョーカー、テメェ……見聞色でも鍛えたか?」

「さぁ、どうだろうな」

 

ドフラミンゴは不敵に笑う。

 

そう――カイドウが来ることは()()()()()()

 

それは、ドンキホーテファミリーの一員であるヴァイオレットが持つ超人系ギロギロの実による千里眼の力もあるが、それ以上に(主にキリアのせいだが……)あれだけのやらかしをしてカイドウが黙っているはずもないというドフラミンゴの読みもあった。

敢えて回収しなかった百獣海賊団に潜入させているスパイからの報告もあり、ドフラミンゴは今日が襲撃日であることを事前に把握していた。

 

……それでも、連撃が殆ど効いていない様子には内心驚愕していたが。

 

「――で、どうするカイドウ? うちにいるのはおでんとかいう頭のおかしな女だけだ」

「僕は女じゃない!」

「いいから黙ってろ! ……ここで立ち去るなら見逃してやってもいいが?」

「ほざけ」

 

カイドウはドフラミンゴの戯言を一言で切って捨てながらも内心笑っていた。

息子の癇癪に頭を痛めつつも錠を外した者に興味がわき、先日の無礼も含めて少しお礼参りに来ただけだったが……随分と面白いことになっている。

 

「……始める前に一応聞いておくが……テメェら、俺が誰か知って挑んでいるんだろうな?」

 

 

「知るか」

「百獣のカイドウだろう?」

「四皇に挑むのが俺のようなもので本当にいいのだろうか?」

「カイドウ」

「正直名前、ダサいよね」

「逆に俺が誰か知ってるのか?」

 

「……」

 

 

6人同時に喋ったので全然聞き取れなかった。

 

あと誰だ? 名前ダサいって言ったの。

 

でも、何となくニュアンスは伝わったと思ったのでカイドウは金棒を構えた。

 

 

 

「時世じゃねェがよ……死は人の完成だ。そうだろう?」

 

 

「五月蠅いんだよクソ親父」

「そんなわけあるか」

「俺は死にたくない……なんて小心者なんだ」

「俺は死なん!」

「あっ、くしゃみ出そう」

「くだらねェな」

 

「……」

 

やっぱり6人同時に喋ったので全然聞き取れなかった。

 

カイドウはぶちぎれた。

 

「テメェら……一人ずつ喋れよッ‼」

 

こうして、後に世界を大きく変えるきっかけとなるドレスローザ事件は始まった。

 

 

◆◆◆◆

 

 

カイドウ襲来を確信した時、ドフラミンゴには2つの選択肢があった。

 

1つはこのドレスローザで迎え撃つこと。

そしてもう1つはドレスローザから逃げて一時的に姿を隠すこと。

 

この一か月間、死に物狂いで修業に励んでいたドフラミンゴたちではあるが、流石にこれだけでカイドウに勝てると思いあがっているわけではない。

現実的に考えれば即ドレスローザから逃げ出してヤマトと共に身を隠すのが最善手だったはずだ。

 

しかし、そうなると今度はドフラミンゴたち目当てにドレスローザに攻め込んできたカイドウが何をしでかすか分からない。

相手は四皇で、見せしめに国を滅ぼすくらいは容易にやってのけると想像がついた。

 

ドフラミンゴにとってもドレスローザは拠点として重要な場所だ。国民からの支持も含め、まだ失うわけにはいかない。

 

よってドフラミンゴは決断した。

カイドウと戦うことを。

 

計画を立て、万が一の時の秘策も用意し、ドレスローザ市民には避難訓練と伝えて危機感を煽り、万全の態勢で迎え撃った。

初撃があまりにも上手くいったため、ドフラミンゴの中にも少しだけ油断があったことは否定できない。

このままいけば勝てるんじゃないかと言う思いが芽生えたことも事実だ。

 

しかし、やはり四皇は異常だった。

 

「ヤマト! もう一回だ! カイドウの動きを止めろ!」

「分かった!」

 

ドフラミンゴの指示でヤマトが人獣形態で氷を放つ。

ほんの一瞬だけ動きが止まるカイドウ。

その隙を逃さず突撃するキリアとディアマンテ。

 

「竜王鉄槌!」

「半月グレイブ!」

 

カイドウは以前の酒の席で自身を殴り倒したキリアの技を警戒し、そちらを優先的に武装色で対処。ディアマンテの技は素の耐久力で受け止めて見せた。

 

(堅っ⁉ コイツの身体、どうなってやがんだ……!)

 

「ウオロロロ……この間は油断したが、テメェじゃまだまだ俺には及ばねェよ、新人」

「ぐっ……!」

「前みたいに吹き飛びな! 雷鳴八卦!」

 

雷を纏わせたカイドウの金棒がキリアを殴り飛ばし――

 

(あん? なんだ、この手ごたえは……)

 

その場にギリギリでとどまったキリアに違和感を覚えた。

以前よりも明らかに()()

それに、気のせいでなければ一瞬()()()()()()()()()()()があったような……

 

だが、多勢を相手に気にしている余裕は流石のカイドウにもない。

動きが止まったキリアを金棒を握っていない左腕を使って全力で殴り飛ばし、効かないながらも目障りな剣士に目を向けた。

 

「そこのひらひら剣士、鬱陶しいな」

「ッ⁉」

 

凄まじい速度で移動したカイドウが金棒を振り上げる。

 

「ディアマンテ!」

 

ギリギリで危険を察知できていたドフラミンゴがディアマンテに糸を絡ませ、後ろに思いっきり引いた。

カイドウの一撃が地面に大きな亀裂を生む。

何とか無傷で回避できたディアマンテは内心冷や汗を掻きながら主君に礼を述べた。

 

「すまねぇ、助かったぜドフィ」

「礼を言っている場合じゃねェぞ。さっさと次に備えろ!」

 

ドフラミンゴの指示が飛び、ディアマンテは剣を構えなおした。

 

「おいキリア! テメェさっさと戻ってこい!」

「……人使いが荒いっすよ、先輩」

 

竜の翼で吹き飛ばされた先から戻ってきたキリアは文句を言いながらも再び最前線へと突撃していく。

そこへヤマトも合流し、ピーカとグラディウスのタッグも岩と爆裂のコンビ技を合間に浴びせていく。

 

(今のところ、何とかカイドウを抑え込めてはいる。だが……決定打に欠けるな)

 

金棒を振り上げたカイドウの右腕を超過鞭糸(オーバーヒート)で絡めとって僅かながらもカイドウを押しとどめながらドフラミンゴは思考する。

 

現在、カイドウ迎撃組のフォーメーションは指揮官であるドフラミンゴを中心に以下のようになっていた。

 

タンク:キリア、ピーカ。

足止め:キリア、ヤマト、ドフラミンゴ。

アタッカー:キリア、ヤマト、ドフラミンゴ、ディアマンテ、グラディウス。

 

キリアだけ役割が多すぎる気がするがそれは置いておくとして、基本的にはカイドウの攻撃をキリアの耐久力とピーカの岩で受け止めつつ、ヤマトの氷や人獣形態によるキリアの馬鹿力、ドフラミンゴの糸で動きを鈍らせ、その隙に全員で攻撃という形になっていた。

 

しかし、知っての通りカイドウの防御力は異常だ。

当然攻撃が通らず、逆にカウンターを食らう場面も増えていく。

仲間が危機に陥れば即ドフラミンゴが糸で引っ張り、撤退させながら自身も突撃して何とか習得が間に合った流桜の力を使って格闘戦に挑む形で何とか均衡を保っていたが――

 

「……ウオロロロ、まぁ、待てよお前ら」

 

突如強烈な覇王色の覇気を放ったカイドウによって有利に進んでいた戦況は一旦仕切り直しとなった。

 

「まずは謝罪するぜ。正直言って、テメェらのことを舐めていた。この俺を相手に中々いい戦いをするじゃねェか。おいヤマト! お前の入れ知恵か?」

「……だったらどうする?」

「どうもしねェよ、単純に褒めてるのさ。俺の動きをよく調べ、そしてきっちり共有できている。統率も取れていて、連携も悪くない。良くここまで鍛え上げた」

 

国を滅ぼすと言った口で急に自分たちを絶賛し始めた四皇に全員が戸惑う中、カイドウは寛大に笑いながら告げた。

 

「ついてはテメェらに提案だ。()()()()()()()()()()? 今ならこれまでの無礼は全て水に流そう! 特にそこの怪物野郎! テメェには酒の席で随分とコケにされたが、全部なかったことにしてやる! どうだ? 俺と一緒に世界を取らないか!」

「「「「「「――――」」」」」」

 

その圧倒的な強さ。無礼を全て水に流すと言い切る器の広さ。飽くなき力への渇望。

各自色々と言いたいことはあるが、それでもこれだけは認めるしかなかった。

この男――百獣のカイドウは間違いなく四皇に相応しい男であると。

 

「返答は如何に――!」

 

だが、ここに集ったのは相手が四皇と認めたうえでなおそれを超えていくと決意した者たちだ。

1人は野心のために。1人は友のために。1人は憧れと正義のために。

そして3人は忠義のために。

返答は決まっていた。

 

「「「「「「断るッ‼」」」」」」

 

6人が口を揃えて断言する。

カイドウは誘いを無下にされたにも関わらずどこか嬉しそうに笑った。

 

「そうか――残念だ!」

 

改めて互いの立ち位置が明確となったところで、カイドウは本腰を入れることを決めた。

戦力にすれば真打はおろか、大看板たちの地位も脅かすほど強力な人材たちだったが、従わないのであれば仕方がない。

今は恥を晒し続けるドラ息子への対処が先決だ。

 

「その選択を後悔しないことを祈るぜ……」

 

(あの姿は……⁉)

 

カイドウの姿が変化していく。

巨大な龍の姿でもなければ、人型でもない、異形の姿へと。

 

「まずい! 人獣形態が来るぞ! みんな、構えろ!」

「ウオロロロ……もう遅い。世界最強の武力を見せてやるよ」

 

唯一その姿の危険性を知るヤマトが大声で警鐘を鳴らすが、カイドウの言う通り勝負はもう付いていた。

 

「まずは1人」

「あっ――?」

 

見聞色の覇気でも見切れないほどの圧倒的な速度で移動したカイドウは、雷を纏わせた金棒を思いっきり移動した先にいたディアマンテの頭上に叩きつけた。

 

「ディアマンテ!」

 

遅れて気づいたドフラミンゴが視線を向けた先では、大事な家族が白目を剥きながら地面に倒れていく様子が映っていた。

脳天が割れ、溢れてはいけない液体が溢れ出ている。

間違いなく、致命傷だ。

 

(すまねぇ……ドフィ……)

 

言葉を発することもできないディアマンテは薄れゆく意識の中で主君への謝罪を述べる。

 

「2人目」

 

本編において未来予知の見聞色を手に入れたルフィでさえ完全に避け切ることは難しいとされる高速移動にてカイドウが次の獲物までたどり着く。

 

「避けろ! グラディウス!」

「ッ――⁉」

 

キリアもヤマトも優れた見聞色の使い手ではある。

しかし、一人で戦い続けてきた経験からか、どうしても自分への危機には敏感だが、他の人間をカバーしながら戦う方法には慣れていない。

仲間を思う気持ちからか、二人よりも早く反応したドフラミンゴが声を上げるが、こちらも既に手遅れだった。

 

「雷鳴八卦」

「がっ―――」

 

本気の一撃がグラディウスの脳天に叩きこまれる。

キリアの馬鹿げた耐久力のせいで認識が甘くなっていたが、この技は本編において麦わらのルフィを一撃で失神させた必殺の一撃である。

グラディウスとて決して弱いわけではないが、四皇の一撃を食らって無事で居られるはずもない。

 

ぐちゃり、と何かが潰れた音を発しながら静かに地面に倒れこんだ。

 

「3人目」

 

「おい! 次はピーカだ! キリア、ヤマト! ピーカを守れ!」

 

カイドウが見聞色の習得が甘く、戦闘能力が低い面々から潰していることに気が付いたドフラミンゴが必死に指示を出しながら自身も空を駆ける。

指示を受けたキリアとヤマトは自分たちを狙っているわけではないカイドウの気配を探り当てることに苦戦しつつもピーカの元へと駆け寄ろうとする。

 

だが、やはり手遅れだった。

 

「テメェの核はそこだな? 雷鳴八卦」

 

難なく岩と同化していたピーカの本体を探り当てたカイドウは岩ごと雷鳴八卦で打ち砕き、一瞬でドレスローザの守護神を打ち砕いた。

 

3人。

 

一瞬で、ドフラミンゴの部下たち3人は瞬殺された。

それは、口にするのも憚られるほどの圧倒的な力の差だった。

 

ディアマンテ。

グラディウス。

ピーカ。

 

ドフラミンゴの大事な家族たちが瀕死の重傷を負いながら無惨に横たわっている。

 

ブチっと何かが切れる音がした。

 

「クソ――――ッタレがァァァァ‼」

 

激怒したドフラミンゴは空中を駆ける。

糸を使った切断攻撃や味方の救出、足止めがメインだった彼が我を忘れて接近戦を挑んできている。

 

「やめておけ、ジョーカー。テメェの拳は俺には――」

 

油断していたわけではない。

だが、人獣形態のカイドウは攻撃力、防御力ともに世界トップクラスだ。

糸を操るしか能がないドフラミンゴの攻撃など効くはずがないと心のどこかで慢心していたのだろう。

 

バチバチ、と奇妙な気配を纏いながら放たれたドフラミンゴの拳は確かにカイドウの顔面を歪ませ、数歩後ろへとその巨体を後退させた。

 

(今のは……()()()……?)

 

極一部の強者にのみ許された覇王色の纏い。

この一か月間、キリアとヤマトの2人とどれほど鍛錬を積んでも習得できなかったそれが不格好ながら僅かに顕現していた。

 

普通であれば喜ぶべき場面であっただろう。

だが、今はタイミングが最悪だった。

 

「ふん……覇王色か」

 

未だに頬にめり込んでいるドフラミンゴの右腕をがっちりと掴み、カイドウは矮小な人間に怒りの感情を向ける。

覇王など何人でもいるのだと主張するかのようにあちこちで現れる節操のない王の覇気。

 

「……いらねェんだよ。覇王は一人で十分だ!」

 

カイドウは強烈なボディーブローをドフラミンゴの腹部に叩きこみ、吐血した彼を宙に放り出した。

 

「先輩!」

 

嘗てない悪寒と全身にのしかかる圧倒的なプレッシャーにキリアが叫ぶ。

まずい。あの技は()()()()()()

 

ヤマトの氷がカイドウの脚を凍らせるが、何の意味もなさずに一歩を踏み出される。

キリアの獅子竜王砲が炸裂するも、気合で持ちこたえられる。

 

そして、カイドウはその一撃を宙から降って来たドフラミンゴにぶちかました。

 

「大威徳雷鳴八卦」

 

世界が壊れたような音がした。

圧倒的な覇気と膂力が込められた一撃がドフラミンゴを捉え、彼の身体を野球ボールか何かのようにドレスローザ市街に吹き飛ばした。

 

「ッ! ヤマト! 合わせろ!」

「あ、あぁ!」

 

原作において能力が覚醒したルフィですら明確にダメージを負わされた雷鳴八卦の強化版だ。

当たりどころが悪ければ最悪……。

 

脳裏に過った嫌な予感を振り払うように大技を放った直後で硬直しているカイドウに2人は駆ける。

 

「雷鳴八卦!」

「竜王鉄槌!」

 

「あぁ……テメェらもいたなァ」

 

ここで、キリアは幾つか致命的な誤算をしていた。

 

1つは大技の直後は硬直するという勝手な思い込み。

憧れであるルフィの戦いを多く見過ぎた影響か、彼の中では必殺技とはそれなりにリスクを背負って放つものというのが固定概念として存在していた。

実際にカイドウの大技とて体力の消耗が激しいなどリスクが存在しないわけではないが――ここでもう1つの致命的な勘違いに繋がる。

 

誤算その2。このカイドウは連戦というほど連戦をしておらず、体力も有り余っている状態である。

 

「大威徳――」

 

(嘘だろ⁉ ()()()()()()()()()()()()()()()⁉)

 

優れた動体視力が次のカイドウのモーションを捉え、キリアは内心で悲鳴を上げた。

このままいけば自分たちはあの技の餌食となってしまう。

この瞬間、キリアの中には2つの選択肢があった。

 

チラリと、自分の少しだけ先を走るヤマトの横顔を見る。

 

(……しょうがない、か)

 

「ヤマト! ごめん!」

「えっ――――」

 

ヤマトは突如後ろから聞こえてきたキリアの謝罪に驚き――そして、自分を抜かしたキリアによって横に突き飛ばされたことに驚いた。

 

「キリ――」

 

あの鬼ヶ島を出る時に見た光景と重なる。

そうだ、あの時も彼が自分を助けるために右腕を犠牲にして爆弾を抑え込んでくれたんだ。

 

(待って! もうこんなのは嫌――――)

 

咄嗟に伸ばした手の先が酷く遠い。

 

「――雷鳴八卦」

 

 

そして、その一撃はキリアに放たれた。

 

 

 




これは......死んだな(確信


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伝説の男

タイトル名がキリアの調子こいた台詞じゃない時は比較的真面目な回となっております(今更


 

「……なァ、ヤマト。テメェはいつになったら学習するんだ?」

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

場所と時間は移り、ドレスローザ市街地。

 

カイドウは地面に突き立てた金棒に縋り付くことで何とか立っている息子を呆れた様子で眺めていた。

 

キリアとかいう新人七武海をドフラミンゴと同じドレスローザ市街方面へ全力で殴り飛ばした後――カイドウも見たことがないほど錯乱した様子のヤマトは命をかなぐり捨てるような自暴自棄の突撃を繰り返した。

 

久々に楽しい戦いになるかと期待していたカイドウだったが……こうなってしまえばいつも通りの親子喧嘩だ。

ヤマトの攻撃を受け止める度に酷く興ざめしていくことを自覚したカイドウは息子の顔面を掴み、思いっきりドレスローザの市街地まで投げ飛ばした。

 

投げ飛ばされたヤマトはその後も暫くは自暴自棄の攻撃を続けていたが、すぐにどうして戦場がここに移されたのかを悟った。

 

『ウオロロロ……そら、考えなしに暴れていいのか? テメェを庇ったジョーカーと新人がそこら辺に埋もれているはずだぞ。息があるかどうかは分からねェがな』

「ッ――‼」

 

卑劣な、と罵ったところで意味がないことはこれまでの人生で悟っている。

ヤマトは2人とさらに市民たちも庇いながらの戦いを強いられることになった。

 

カイドウは弱者を守りながら戦う自身の息子の姿に内心苦々しい感情を抱えつつも、これが息子にとって一番の()になることも理解しているからこそ卑劣極まりない戦い方を続ける。

 

そして時間は経過し、現在。

ヤマトは満身創痍の状態で何とか意識を保っていた。

 

「……俺ァ、テメェの素質に期待をしているんだぜ? 間違いなく俺の血を引いているその武力と器にな」

「ハァ、ハァ、ハァ……」

「だがテメェときたら、よりによって俺に敵対する侍に憧れ、俺を殺すと息巻いてやがる。ふざけやがって……そんなんじゃあ、せっかくの覇王色も宝の持ち腐れだ」

「ハァ、ハァ……余計なお世話だ! 僕はお前の言う通りにはならない! おでんの意志を継ぎ、お前を討ち取ってワノ国を開国するんだ!」

「ウオロロロ……なかなか面白い夢だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ッ⁉」

 

威勢よく啖呵を切っていたヤマトの表情が曇る。

自分を助けたばかりに死んでいった優しい人たちの顔が脳裏に過る。

その人たちの命を無駄にはしたくない――してなるものかと今までずっと1人で戦い続けてきた。

絶体絶命のピンチを迎えている今でもその気持ちは変わっていない。

だが、そんなヤマトの心を見透かしたかのようにカイドウは言う。

 

「いいか、良く聞けヤマト! お前がいるから人が死ぬ!」

「ッ――」

「お前を庇って人が死ぬ」

「……違う」

「お前が息をしているから人が死ぬ」

「違う! 僕のことを信じてくれた人たちをお前が――」

「俺が殺したか? だが、お前を庇わなければ俺も手を下すことはなかった」

 

それは単なる屁理屈だ。

しかし、カイドウからすれば揺るがない事実である。

そして、心をへし折られ続けてきたヤマトにとってもそれは認めたくない真実であった。

 

「テメェは鬼の子――関わる奴らは片っ端から死んでいく運命なんだ」

 

運命を受け入れろとカイドウは言う。

弱きを救う心を捨て、一匹の修羅になれと父は諭す。

 

それはカイドウなりの息子への思いやりだったのかもしれない。

だが、ヤマトにとっては耐え難い苦痛である。

 

永遠に分かり合えない価値観の溝がこの親子の間に広がっていた。

 

(……僕のせいで誰かが死ぬのは……嫌だ)

 

金棒に縋り付きながらも何とか体勢を保っていたヤマトが揺らぐ。

数えきれないほどカイドウと戦ってきたからこそ分かる。

もうこの状況は詰みだ。

ここでヤマトが意地を張って自分の意志を突き通したところでカイドウは悪戯にこの街を破壊して回るだけだろう。

それは、物理的なダメージよりも遥かにヤマトの心をえぐる。

 

(もう……諦めるべきなのか? 僕はまたあの忌々しい鬼ヶ島で鎖につながれて飼い殺しにされるしか道はないのか……?)

 

カイドウが襲来するまでのこの一か月間を思い出す。

キリアとドフラミンゴとの修業の日々。

初めて会う人たちとの交流。

1人じゃないご飯の時間。

人生で一番楽しかった……あの日々を。

 

「その眼……ようやく現実を受け止めたか。さァ、帰るぞ、ヤマト」

「……」

 

徐々に生気を失っていくヤマトの瞳を見たカイドウは懐から何の変哲もない錠を取り出した。

 

爆発するわけでもなければ海桜石が使われているわけでもないが、今のヤマトにはこれだけで十分だと判断したからだ。

 

錠を見たヤマトの頭の中でキリアが右腕を犠牲にして自分を救ってくれたあの光景が蘇る。

実父が自分を殺そうとしていたあの瞬間のことを。

 

(あぁ……やっぱり――)

 

自分を迎えに来てくれた時はもしやと思ったが、やはりこの父は何も変わっていない。

何もかもを力尽くで自分のものとする暴君だったのだ。

 

(やっぱり嫌だな。また鬼ヶ島に戻るのは、嫌だ)

 

『なぁ、ヤマト』

 

不意に、修業中にキリアから掛けられた言葉が蘇る。

 

『さっき、闘魚を追いかけて海に落ちかけていただろう? 何とかなって良かったけど、どうして俺を呼ばなかったんだ?』

『どうしてって……キリアだって能力者じゃないか。それにあのモネとかいう女のご機嫌取りで忙しそうだったから、迷惑を掛けたくなかったんだ! ふん!』

『なんで不機嫌そうなんだよ……まぁ、確かに俺は能力者だけど、蛇の尾を伸ばして助けたり、ロープを持ってきたりとか、助けにはなれたと思うぞ?』

『……助けなんか要らないよ』

『いやいや、絶対に必要になるから。俺なんて何回助けを呼んだか分からないくらいだぜ? ……まぁ、誰も来てくれなかったんですけどね。フフフ』

『ふーん、そんなに強いキリアでも助けを呼ぶことがあるんだ』

『そりゃあ、もうしょっちゅう。だからヤマトも遠慮なく助けが必要なら呼んでくれ』

『……どうやって?』

『そんなの簡単だよ』

 

助けの求め方なんて知らなかった少女は全力で叫んだ。

 

『俺の名を呼べ』

 

「……助けてよぉ! キリアァァァ!」

「どこまで恥を晒せば気が済むんだテメェは。アイツらは死んだ。俺が殺したんだ! いいからさっさと鬼ヶ島に――」

 

 

 

 

 

 

 

「おい、一体誰が――」

「――死んだって?」

 

 

 

 

 

2つの影がヤマトの後方より飛来する。

驚愕で目を見開いたカイドウの顔面に2つの拳が突き刺さった。

思わぬ不意打ちでたまらず吹き飛んでいくカイドウ。

 

地面に着地したその頼れる背中はヤマトが良く知る2人のものだった。

 

「ハァ、ハァ……あれ、パイセン生きてたんすか?」

「ハァ、ハァ……テメェの方こそまだくたばってなかったのか」

「ッ! 2人とも! 無事だったのか!」

「「当たり前だ」」

 

ヤマトは2人に後ろから抱き着き、肩を組んで再会を喜んだ。

だが、喜びのあまり涙目になっている彼は気が付かなかった。2人が抱き着かれた際に顔を歪めたことに。

 

はしゃぐヤマトを尻目に復活したキリアとドフラミンゴの視線が絡み合う。

2人は言葉を発さずにお互いの状況をアイコンタクトで伝えた。

 

(おい、お前大丈夫か?)

(大丈夫じゃないっす。パイセンは?)

(正直、ヤバい)

 

キリアは超速再生で、ドフラミンゴは糸の縫合で何とか体面を保っているが、正直かなりのダメージが体内に残っている状況だ。

 

そして――

 

「掛け値なしの本気だったが生きていたとはなァ……嬉しいぜ、王下七武海」

 

全くダメージを受けている様子のない絶好調の四皇が目の前にいる。

状況は何一つ改善していない。

引き続き、最悪のままだった。

 

「……おい、キリア。例のアレ、できるか?」

「ドレスローザが滅びても良ければ」

「却下だ。――ッチ、もっと早くにやらせておくべきだったか……」

「悔やんでも仕方ないっすよ。取り敢えず今は、時間を稼ぎましょう。――まぁ、時間を稼いだところで本当に来るかどうかは分からないですが」

「全くだ。俺としたことが……こんなに分の悪い賭けに乗ることになるとはな」

「リスクを取らずに海賊は名乗れないでしょう」

「フッフッフッフ、言うじゃねェか」

「おい、2人とも僕を置いてけぼりにして何の話をしているんだ⁉」

「あれ、一昨日説明しなかったっけ? ……あぁ、そういえばヤマト話の途中で寝てたかも」

「アホ女は放っておけ。今はあの化け物を押しとどめるのが先決だ」

 

アホ女とはなんだ! と猛抗議するヤマトを鎮めるキリア。

もう一人除け者にされていたカイドウは金棒を構えながら笑った。

 

「ウオロロロ……威勢のいい連中だ。こういう骨のあるやつと戦うのは久しぶりだ」

「おいカイドウ! ここは人目が多すぎる! ちょっと場所を移さねェか?」

「断る。これはそこにいるバカ息子への罰も兼ねているからなァ」

 

大海賊 百獣のカイドウは凶悪な笑みを浮かべて言った。

 

「弱者が大事なら守って見せろ! できるもんならなァ‼」

「こんのクソ親父がァ……!」

「……ここまで徹底した悪役は久々に見たな」

「ダメか。それじゃあ、仕方がねェ」

 

カイドウが金棒を構える。

ドフラミンゴが覇王色の感覚を掴みかけている拳を握り、

キリアは竜頭の拳を構え、

ヤマトが金棒を構える。

 

「さァ、始めようか。戦争を‼」

 

ドレスローザの街中で4人の化け物たちが激突した。

 

 

 

 

◆◆ドレスローザ市内◆◆

 

 

 

「こっち! こっちよ! さぁ、早く避難して!」

 

億超えの怪物たちが大暴れしているその頃、ドレスローザ市内ではドンキホーテファミリーによる市民たちの避難活動が進められていた。

市民たちを先導するのは自ら志願したヴァイオレットであり、旧リク王軍の兵士たちが積極的に市民たちを誘導しながら地下に設けられた避難場所まで案内していく。

 

ヴァイオレット以外のファミリーメンバーも(セニョールピンクを除いて)やる気はないながらも若様の命令ならと避難活動に協力してくれている。

 

避難活動の合間に千里眼で戦況を確認しているヴァイオレットは人知れず唇を嚙み締めた。

 

(とんでもない化け物をドレスローザに呼び込んでくれたものね……!)

 

ここ最近のドフィの様子がおかしかったことに気が付いたヴァイオレットはコッソリと能力を発動させることでこの騒ぎの元凶が誰にあるのか既に知っていた。

 

(怪物キリア! この上なく厄介な男ね。あのドフラミンゴの手にも負えないなんて……)

 

数々の理不尽を体験してきた身ではあるが、あそこまで意味不明な男はヴァイオレットも見たことがない。

おまけにあの無茶苦茶さで実力があり、千里眼で頭の中を覗こうとしても逆に探知されて気づかれかけたこと数知れず。

最近のヴァイオレットの頭痛の種だった。

 

(でも……一瞬だけあの男の警戒が緩んだ瞬間に見えた“ドラゴン”という単語とあのコアラとかいう女の子……間違いない。あの男は革命軍と繋がっている。もしうまく利用できれば、この国を――救えるかもしれない)

 

ヴァイオレットは己の心のうちに刃を隠し続ける。

来るべきその日が来るまで。

 

だが、今日だけは――

 

(勝ちなさいよ……ドフィ)

 

四皇と王下七武海の支配。

 

どちらも地獄であることに変わりはないが、ヴァイオレットは今日だけあの男の勝利を祈った。

 

 

 

◆◆ドレスローザ地下◆◆

 

 

 

 

「……凄い揺れね。地上はどうなっているのかしら?」

 

カイドウの覇王色の覇気にあてられることを恐れたドフラミンゴの指示でドレスローザの地下深くでトレーボルと共にシュガーの護衛を命じられたモネは度々伝わってくる振動から地上の様子を詮索していた。

 

「……おねえちゃん、あのクソやろうのことが気になるの?」

「クソ野郎って……確かに否定できないところはあるけれど、もう仲直りしたって言ったでしょ?」

「……でも、アイツは絶対にクソやろうだもん。おねえちゃん、はやく別れたほうがいいよ」

「べへへ! んねー、アイツと別れた後は俺の恋人になれよぉ~」

「嫌です。あと近いです。トレーボル様」

「おねえちゃんに近付くな菌」

「ついに人間扱いすらされなくなった⁉ お前、護衛役に対してその態度はねェだろう!」

「うるさい。あの金髪を道連れに2人で仲良く死ねばいいのに」

「だから死んで護衛はできねェだろう⁉」

 

四皇襲来という緊迫した状況下でありながらもいつも通りの2人を見てモネは少しだけ落ち着きを取り戻した。

 

(若様……キリア……ヤマト……)

 

今、四皇に挑んでいるであろうモネの大切な人たちを思い浮かべる。

圧倒的な武力を持っているわけではないモネには四皇に挑むということのスケールの大きさを本当の意味で理解できるわけではない。

 

だが、それでも誰が命を落としてもおかしくない戦いだということだけは理解できていた。

 

(お願い皆……どうか無事でいて……)

 

モネは祈る。

 

心より敬愛し、己の命を捧げている絶対の主君に。

友人となった活発な少女に。

そして――この世界の常識を真正面から打ち破っていく無敵の恋人に。

 

 

 

◆◆ドレスローザ市街◆◆

 

 

 

「ウオロロロ! どうした! この程度か! 七武海ってのは!」

 

破壊され尽くされたドレスローザの街中で上機嫌に笑うは四皇。

何とかその進軍を押しとどめようと必死に抵抗を続ける3人は肩で息をしながらも決して屈することなくカイドウを睨み続ける。

 

「ハァ、ハァ……やっぱり化け物だな」

「ハァ、ハァ……おいキリア。テメェ、異名が“怪物”なんだからもっと頑張れよ……!」

「それを言うならパイセンなんて“天夜叉”じゃないすか。もっとこう、頑張ってくださいよ……!」

「ハァ、ハァ……2人とも元気だな……僕にも異名を付けてくれないか? 鬼姫以外で」

「アホ女」

「死ね、桃色」

 

悪態をつきながらも3人はお互いをカバーしあい、何とかカイドウとの戦いを生き延びていた。

だが、3人ともダメージが蓄積していく一方なのに対し、カイドウには有効打を与えられておらず、体力の底が見えてこない。

 

「そら! 休んでいる暇があるのか⁉ 大威徳雷鳴八卦ッ‼」

「またそれかよ⁉ パイセン!」

「分かっている! お前らも手伝えよ! ――盾白糸(オフホワイト)!」

「竜王鉄槌!」

「雷鳴八卦!」

 

既にボロボロになって修復不可能な建物を覚醒した能力で糸に変え、ドフラミンゴは強靭な盾を作り出す。

無論、これだけでカイドウの攻撃を防げるはずもないのでキリアとヤマトの必殺技も合わせることで何とか威力を相殺した。

先程から幾度となく繰り返されている攻防戦だ。

だが――

 

「ウオロロロ……テメェら、随分と疲れてきているようだな。威力が落ちてるぜ?」

「ッ‼」

 

カイドウの言う通り、とっくに体力の限界が来ている3人は技の精度も落ちてしまっている。

 

「おらァ!」

 

カイドウの筋肉が膨張する。

世界屈指の膂力が本気で解放され、たまらず弾け飛ぶドフラミンゴの盾。

さらに威力が増大した技はキリアとヤマトも合わせて吹き飛ばした。

 

文字通りの力技で全てを粉砕したカイドウは雷を纏わせた金棒を振り上げる。

 

「まずはお前からだ。ジョーカー」

「そうはいくか!」

 

絶体絶命のピンチを迎えたドフラミンゴは秘策を切り出すことにした。

ヤマトと一緒に吹き飛んでいったキリアを糸で掴み、強引に回収。

彼の身体をカイドウと自分の間に盾のようにスライドさせた。

 

「キリアシールド!」

「いや、ちょっ――――」

「雷鳴八卦!」

「ぶげらッ⁉」

 

カイドウの一撃をまともに食らったキリアは渾身のエネル顔を晒しながら吹き飛ばされていった。

 

「……なんだ、今の人権全て無視したような技は」

「気にするな。アイツに人権はない」

「おいこら桃色! お前、キリアになんて酷いことをしているんだ! キリア、大丈夫かい?」

「……は、犯人は……ドンキホーテ・ドフラミンゴ……41歳……じゃなくて、38歳……」

 

ドレスローザの地面にきっちりダイイングメッセージを書きながらキリアはガクッと息絶えた。

 

「キリア――――!」

「おい、そこのクソ馬鹿ども。茶番をしてないでさっさと戻ってこい」

「なーにが茶番だ! 人を盾にしやがって! 人の心はねェのか⁉」

「あっ、キリア。無事だったんだ。良かった!」

 

こうしている間も紙一重でカイドウの攻撃を躱していたドフラミンゴは合流した怒り心頭のキリアとヤマトを上空から見下ろした。

 

「このままこっちの体力が尽きるまでちまちま戦っていても埒が明かねェ。次で決めるぞ」

「盾の件は……もういいや。確かに、このままじゃあ嬲り殺しにされて終わりですからね」

「……正直、僕も次に大技を放てば暫くは動けないと思う。桃色の案に乗るのは癪だけど、やるしかないだろう」

 

3人は覚悟を決めた。

 

「ウオロロロ……なんだ、死ぬ覚悟を決めたか?」

「フッフッフッフ、いいや、テメェを殺す算段をつけたところだァ!」

 

ドフラミンゴの言葉を合図としてキリアとヤマトが駆ける。

お互いにここで力を使い果たす覚悟で覇気と力を籠め、お互いの呼吸を合わせながらカイドウへ肉薄する。

 

「いいぜ、来いよ! テメェら全員纏めて地獄送りだァ!」

 

対するは全力でそれを受け止めるべく、金棒を回してから不動の構えを取った。

決して舐めているわけではない。これは彼なりの敬意の形だ。

防御も逃亡も小細工も必要ない。

ただ単純な力だけで成り上がった四皇の巨体が若人を飲み込もうと凶悪な覇気を放つ。

 

微塵もそれに怯えることなく3人は必殺の技を繰り出した。

 

「氷諸斬り――!」

「獅子竜王炎拳!」

神誅殺(ゴッドスレッド)

 

3つの攻撃はカイドウに直撃し――

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

「こっちはダメだ! 国王様と四皇が戦っているんだ!」

「嘘だろ⁉ さっきまでは市街地の中心で戦っていたじゃないか⁉」

「それが急にこっちまで戦闘範囲が広がって来たんだよ!」

「クソ! とにかく、もっと海に近い方まで逃げるしか……」

「……な、なぁ。なんかこっちに飛んできてないか?」

「あぁ? 何言ってんだ。いいからさっさと避難を――」

「いいや見間違いじゃねぇ! 人がこっちに飛んでくるぞぉぉぉぉぉ!」

 

そして次の瞬間、彼らがついさっきまで避難場所としていた建物に吹き飛ばされてきた誰かが着弾した。

破壊された建物から土煙が舞う。

 

「ゲホッ、ゲホッ……一体誰が――って、国王様⁉」

「ほ、本当だ! ドフラミンゴ様だ! どうしてこんなところに?」

「おい待て! さらに追加で人が飛んでくるぞ!」

 

警告した男の言葉は正しく、その後立て続けに2つの影がボールかなにかのように吹き飛ばされてきた。

 

「これは……誰だ?」

「いや待て、俺ぁ知ってるぞ……! この人は王下七武海だ! 新しく七武海になったっていう怪物キリアだよ!」

「う、嘘だろ⁉ なんで七武海がもう一人この国にいるんだ……?」

「そこのえらく美しい女性は誰だ?」

「いや……分からねぇなぁ……」

 

それぞれの場所で倒れている3人を心配する市民たち。

しかし、すぐに人のことを心配している余裕はなくなる。

 

「ウオロロロ……どけよ、雑魚ども」

「「「「ッ⁉」」」」」

 

声にならない叫び声をあげる市民たち。

彼らの前には突如この国を襲撃してきた四皇、百獣のカイドウが立っていた。

 

「お、おいお嬢さん……! 今は動かない方が……」

「……下がっていてくれ」

「なんだ、まだ動けたのかヤマト」

「ハァ、ハァ、ハァ……そこの君、いいから後ろに下がっていてくれ」

「あぁ? どうした。そこの男が目障りなのか?」

 

唐突に金棒を振り上げるカイドウ。

あまりの恐怖に腰抜けとなってただ振り下ろされる凶器を見つめることしかできない男性は四皇の情け容赦ない一撃で脳天をかち割られて――

 

「……お願いだから、下がっていてくれ」

 

そうなる前に碌に動けない身体でありながら金棒を受け止めたヤマトによって何とか一命を取り留めることができた。

 

「あ、あぁ……悪かった……!」

 

必死に逃げていく男性の背中を見送ったヤマトはカイドウの拳を受けて再び地面に倒れこんだ。

 

「……分かんねェな。昔から、お前のことが分からねェ。どうしてあんな奴を庇う? どうして俺に盾突くんだ?」

 

カイドウは心底理解に苦しむといった表情で己の息子に尋ねる。

 

「……哀れな人だな、アンタも。分からないから錠をつけて、自分の言うことを聞くまで虐めるのか。人間は……犬じゃないんだぞ」

「……くだらんことを聞いた。おい、これが本当に最後だヤマト。俺と共に鬼ヶ島に帰ってこい」

 

ぺっ、と血の唾を吐き捨て、ヤマトは爛々と輝く宝石のような瞳で言った。

 

「絶対に……断るッ! 死んでもごめんだ……!」

「―――そうか」

 

失望したような目で自身の息子を見た後、カイドウは言った。

 

「いいぜ、ヤマト。じゃあ、こうしよう」

 

カイドウの視線がようやく意識を取り戻し、何とか立ち上がろうとするドフラミンゴとキリアを捉える。

 

「お前も、キリアとかいう餓鬼も、ジョーカーも!」

 

あまりの恐怖に腰を抜かし、避難することもできずにただ怯えている市民たちを見る。

 

「この街の住人も!」

 

あぁ、くだらない。

全部くだらない。

 

()()()()()()()()()()()

 

非道の宣告はなされた。

頼みの綱の七武海たちが限界を迎えつつある中、これから始まるのは一方的な虐殺だ。

 

(……ごめん、みんな。でもせめて、心だけは――)

 

心の中で巻き込んでしまった全ての人に謝りながらヤマトは父を睨む。

確かに自分たちは負けた。全力を尽くして、それでも負けたのだ。

でも、それでも侍たちに貰ったこの心だけは屈したくない。

 

最後の最後まで気高くあろうとするヤマトにカイドウの金棒が迫り――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わしの目の前で市民を皆殺しとはよう言うたもんじゃのぉ、青二才が!」

 

 

 

 

 

 

 

カイドウの真横に突如現れた男は丸太のように太い腕を振りかぶり、その拳でカイドウの顔面を文字通り()()()()()()

 

「がぁ――――⁉」

 

凄まじい勢いで吹き飛んでいくカイドウ。

 

何が起きたのか分からず唖然とその光景を見守る市民たち。

 

ヤマトは琥珀色の瞳を見開きながらその男の背中を見つめていた。

誰だ? あの男は一体誰だ?

 

皆の視線を集めながら地面に着地する筋骨隆々の男性。

逞しいその背中が背負うは「正義」の2文字。

 

吹き飛ばされたカイドウは痛みに耐えながら立ち上がり、驚愕と共に怒鳴った。

 

「ぐっ……なぜテメェがここにいるんだ⁉」

 

一方、市民たちはようやく現れた真の救い主に歓喜し、一斉にその名を呼んだ。

 

「「「「「英雄ガープッ‼」」」」」

 

海兵の英雄。

生ける伝説。

 

史上最も眩い正義の体現者が堂々たる立ち姿で市民たちの前に立っていた。

ガープは破壊の限りを尽くされた市街地を憮然とした表情で眺める。

 

「こうも大暴れしていて海軍が駆けつけないと思っておったのか? 海賊どもが勝手に殺し合うのはどうでもいいが、市民にまで影響が出るのであればわしらが黙ってはおらん!」

 

海兵の鑑であるガープの言葉に感動する市民たち。

さらにガープは間髪入れず後ろに控えていた大勢の海兵たちに号令を出す。

 

「おい、海兵たちよ! 市民を安全な場所へ避難させい! 軍艦を使っても構わん! わしはこれから仕置きの時間じゃ」

「「「「「はっ!」」」」」

 

練度の高い海兵たちが素早い動きで市民たちを誘導していく。

ガープはカイドウに睨みを利かせながら瓦礫に埋もれているドフラミンゴに視線をやった。

 

「……おい、わしを呼んだのはそこに転がっておるピンクで間違いないな?」

「あァ、そうだ。まさか英雄様のご登場とはなァ……フッフッフッフ、俺の運もまだ尽きていなかったか」

「確かに運はもっておるようじゃな」

 

ギロリ、とガープの視線が何故か大興奮しているクソ馬鹿を捉える。

 

「わしが来たのはそこの怪物も絡んでおるからじゃ」

「えっ? 俺?」

「そうお前」

 

ハァ……と溜息をつきながらガープはぼやいた。

 

「……確かにセンゴクには()()()()()()()()()()()()とは言ったが、七武海入りから数か月ですぐに問題を起こすとはのぉ……お前、馬鹿なんか?」

「キリアは馬鹿じゃないぞ! 訂正しろ!」

「やめろヤマト! 絶対に噛みついちゃいけない相手だ!」

「なんじゃ、この女は。お前も海賊か?」

「僕は女じゃない! 侍だ!」

「おぉ、そうじゃったか。すまん、すまん。海賊じゃないならいいわい」

「いいのかよ⁉」

「ふん、分かればいいんだ」

「ヤマト、この御仁には絶対に喧嘩売らないでね? いや、ほんとマジで」

 

何やら相性良さそうなヤマトとガープを見ながら珍しくツッコミ側に回るキリア。

 

「ウオロロロ……そうか、確かにここは世界政府加盟国だったな」

「そして国王は俺だ。国の長が救援要請を出したんだ。海軍が無視するわけがねェとは思っていたが……随分と遅かったな」

「連絡を寄越すのが遅いんじゃ。これでも飛ばしてきたんだから、文句を言うなクソピンク」

「クソピンク……⁉」

「はいはい、パイセンも抑えて」

 

血管を浮かび上がらせながらぶち切れ寸前のドフラミンゴを抑えるキリア。

 

「なんだ、随分と余裕そうじゃねェか。海軍の中将が駆けつけた途端に勝ちムードか? あァん⁉」

 

怒りと共に放たれた覇王色の覇気がドレスローザの大地を揺らす。

膨大な覇気を目の当たりにしたガープはすっかり皺が増えた目尻を動かしてから溜息をついた。

 

「……年は取りたくないもんじゃのぉ……あのカイドウのクソ餓鬼がやたらと強く見えるわい」

「おい英雄ガープ。分かっているよな? 俺たちは……」

「あーもう、うるさい奴じゃのう。分かっとるわい。七武海じゃろう? わしは貴様らに手は出せん」

 

いまいちやる気がなさそうなガープに焦ったドフラミンゴが声を掛けるが彼とて自分の立場はわきまえている。

 

「本来七武海とはいえ海賊は海賊。わしが手を貸す道理など欠片もないのだが――」

 

玩具になった市民たちを困惑しながらもしっかりと避難させる海兵を横目に見ながらガープは考える。

 

(きな臭いのぉ……この国は、どっか匂うわい)

 

海賊が治めているという時点で嫌な予感がしていたが、ガープの優れた直感と海兵としての経験はこの国が危険ということを察知していた。

 

だが――

 

「市民は別じゃ。七武海が治める国であれ、市民は市民。わしの守るべき命じゃ」

 

この国に何が潜んでいるにしろ、守るべきものはガープの後ろにいる。

であれば、彼がここで引く理由など何1つとして存在していなかった。

 

“ガープ! 手を貸せ!”

 

ガープは一瞬、忌々しいあの事件を思い出した。

憎っくき宿敵と肩を並べて最悪の海賊と戦ったあの事件のことを。

 

「やれやれ、()()海賊と肩を並べることになるとはのぉ……気に食わんが仕方がない。手を貸せい、七武海」

「……そうこなくちゃなァ」

「お前が指示を出すな!」

「いいから噛みつくなヤマト! 今感動的なシーンだから!」

 

狂犬ぶりを発揮しているヤマトを諫めつつ、キリアは自分が七武海だったことに心底安堵していた。

カイドウに加え、こんな化け物を相手にするなんてとんでもない。

 

「なんだ? ゴッドバレーの再来か? テメェが七武海とはいえ海賊と手を組むとはな」

「どいつもこいつもあの事件を持ち上げすぎじゃ。わしはわしの義務を全うする。それだけじゃ」

「老兵風情が四皇を相手に何ができる……⁉」

「わしがただの老兵かどうかはこれから確かめるがいい」

 

両手の拳を鳴らし、海軍の英雄は悪魔のような笑みを浮かべる。

 

「……さァ、始めようか。小僧共」

 

この老兵を侮るなかれ。

その拳は数多の海賊を沈め、今なお色褪せることない武功を打ち立てた鋼の勲章。

 

「わしの拳はちと痛いぞ?」

 

最強の伝説が今、ここに降臨する。

 




市民救出ミッションでモチベMax。
海賊と手を組むのは嫌だけど、市民を助けるためなら清濁併せ吞む海兵の鑑。
体調、メンタル面ともに絶好調の正義の味方、ガープ中将ここに見参。


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鬼の子、人の子

作者はガープ中将大好きです(突然の告白
ただ原作では本気で戦ってくれるシーンがほとんどないので今回は(いつもそうですが)自己解釈強めです。
私は私の見たいガープを書くぞ!



 

流石に強いな。

 

カイドウは素直にそう思った。

 

突如援軍として参戦してきたガープは七武海たちと手を組み、早速カイドウに襲い掛かって来た。

既に齢75の老体でありながら目を見張るほどの俊敏さで動き、鍛え抜かれた武装色の拳で容赦ない打撃を浴びせてくる。

言わずと知れた何の工夫もない戦闘スタイルだが、シンプルを突き詰めたが故にその威力は絶大だ。

 

油断など欠片もないカイドウはしっかりと武装色でガードをしたうえでこれを迎え撃った。

 

ガトリング砲のように繰り出されている拳だが、その1つ1つが途轍もなく()()

それは極致に達した人間だけに許された本物の拳だ。

 

「ぐぅ……!」

 

ニヤリとカイドウが笑う。

だが、耐えられないほどではない。

 

目の前の伝説の全盛期を知っているカイドウからすれば些か拍子抜けするほどの攻撃力だ。

 

「なんだ、随分と衰えたんじゃねぇか⁉ ガープ!」

 

ガープの殴打を覇気と持ち前の頑丈さで強引に振り払い、カイドウは金棒を振り上げる。

 

「おっと――」

「――俺たちがいるのを忘れてもらっちゃ困るな」

 

しかし、ガープをカバーするように後ろから飛び出してきたキリアとドフラミンゴが攻撃を放つ。

 

「竜王鉄槌!」

「五色糸!」

 

「馬鹿が! くたばりかけのテメェらの攻撃なんざ――」

 

効かねェ、と言い掛けたカイドウの口が閉じる。

ズシリと身体に響くキリアの殴打。

肌を切り裂くドフラミンゴの糸。

それは間違いなく、戦い始めた時に彼らが発揮していた威力に他ならない。

 

(なぜ体力が回復している――⁉)

 

驚愕するカイドウだが、彼らの攻撃はまだ終わらない。

 

「ひよっこどもに庇われるほど老いてはないわい! 食らえッ‼」

「がぁ――――⁉」

 

怒りと共に放たれたガープの一撃がカイドウの顔面に突き刺さる。

先程の連撃とは比較にならない重い一撃。

 

(なんだ、このふざけた威力は――⁉)

 

世界最強の生物と畏怖され、本人も絶対の自信を持っている防御力が揺らぐ。

顔面に巌のような拳をめり込ませながらも何とか耐えていたカイドウだったが、ガープの筋肉がさらに隆起したのを横目で視認した瞬間には踏ん張りも効かずに呆気なく吹き飛ばされた。

 

軽々と四皇を吹き飛ばした海軍中将は地面に着地すると困ったように自身の拳を見た。

 

「やれやれ……最近はパワーが落ちていかんわい」

 

((……あれで?))

 

キリアとドフラミンゴは内心でツッコミを入れつつ戦々恐々としていた。

衰えてあの威力だったら、全盛期はどうなっていたのか……。

自分たちが七武海であることに心底感謝している2人をガープは不機嫌そうに睨みつけた。

 

「というか貴様ら、動けるんか! 倒れたふりをしてわしだけ働かせようとは、これだから海賊は嫌いなんじゃ! もっと老人をいたわれ!」

「……悪いが、これは一時的な処置だ。妖精のお姫様の力を借りているだけで、あと数分で俺たちは使い物にならなくなる」

 

老人をいたわれ、の部分は全力でスルーしてドフラミンゴは復活の理由を答える。

 

原作開始前であることに加え、特にスマイルを製造しているわけでもないためトンタッタ族の姫を攫う必要もなかったドフラミンゴ。

そんな中、グリーンビット滞在中にキリアとヤマトがトンタッタ族の姫様、マンシェリーと偶然仲良くなったため、国を守るために戦うので力を貸してほしいとお願いしてチユチユの実の力を借りたのだ。

 

「ヤマト、大丈夫?」

「……すまない。実はもう腕も動かせないんだ。良ければマンシェリーから貰った薬を飲ませてくれないか?」

「……分かっているとは思うが、これは寿命を――」

「大丈夫だ。僕は侍だぞ? そんなことよりも、ここでじっと戦いを眺めている方が苦痛だ」

「――分かった」

 

キリアはヤマトに彼の懐から取り出した小さな小瓶に入った液体を飲ませた。

 

「ん~~、よーし! 復活ッ‼」

 

次の瞬間、元気いっぱいに立ち上がったヤマトは金棒を拾い上げて肩に乗せると不敵に微笑んだ。

 

「さて、力強いお爺さんも来たことだし――決着をつけようか」

 

「ウオロロロ……あまり調子に乗るんじゃねェぞッ!」

 

瓦礫を吹き飛ばし、カイドウが復活する。

 

「相変わらずいいパンチを撃つが……反応速度は鈍ってんだろうが!」

 

人獣形態のカイドウが消える。

視認することも難しい異常な速度でカイドウは真っ先にガープを狙いに行く。

 

(さァ、どうする老兵!)

 

「だーかーら、俺がいること忘れないでよ」

「ッ!」

 

カイドウは金棒を振り上げた状態で驚愕する。

ガープを守るように怪物キリアが立ちふさがっていた。

 

「邪魔を――してんじゃねぇ!」

「竜鱗」

 

怒りと共に振り下ろされる雷鳴八卦。

しかし、キリアは焦ることなく自身の皮膚を頑丈な竜の鱗に変化させ、カイドウの攻撃を完璧に受け止めた。

 

(堅いっ! さっきから何なんだコイツは⁉ 俺の攻撃が効かなくなっていく……!)

 

「さぁ、ぶちかましてくださいよ。英雄殿」

「よくやった小僧!」

 

キリアの後ろから飛び出したガープが拳を握りこむ。

 

「クソ!」

「愛ある拳に防ぐ術なし!」

 

弓なりにしなる強靭な肉体からカウンターパンチが放たれた。

 

「がぁ――――⁉」

 

(前から疑問だったんだ……!)

 

やはり踏ん張りが利かず文字通り殴り飛ばされながらカイドウは思考する。

 

(どうしてコイツの打撃は覇王色も纏っていないのに()()()()()()()()……⁉)

 

聞かれたところでガープは「愛ある拳に防ぐ術なし!」と理解不能なことを言って煙に巻くのだろうが、ガープの殴打の神髄はその“芯”を捉えることにある。

積み重ねてきた研鑽と生来のセンス、そして流桜の原理にも近い武装色のコントロールと、並外れた怪力。

その全てが合わさることで唯一無二のゲンコツとなっていた。

 

さらにアタッカーは他にもいる。

 

「恐ろしい威力だな、ゾッとするぜ」

「おい桃色! しっかり合わせろよ!」

「分かってる!」

 

ドフラミンゴとヤマトが駆ける。

 

「羽撃糸!」

「神速 白蛇駆!」

 

千本の矢がカイドウを追撃し、さらに凄まじい速度でカイドウに接近したヤマトの覇王色を纏った一撃が炸裂する。

 

「小癪な……!」

 

言いながらも顔を顰めるカイドウ。

これまで息子であるヤマトの手前強がってはいたが、七武海クラス3人の攻撃を受け止め続けていたカイドウの身体にはそれなりのダメージが蓄積されている。

 

(認めるしかねェか……)

 

カイドウは突進してくるガープとその周りを固める3人を見ながら内心で呟いた。

 

(コイツら、相当厄介だ)

 

異常な頑丈さでカイドウの攻撃を受け止め続ける盾役、キリア。

この中で最も対カイドウ戦に優れているであろう攻撃役兼足止めのヤマト。

状況を把握し、的確に指示を出しながら自身も強烈な攻撃を繰り出す万能型のドフラミンゴ。

 

そこに超火力のガープが加わったことにより、対カイドウのパーティは完成へと近づいている。

 

だが――

 

「この程度で俺に勝てると思ってんのか⁉ 四皇舐めんじゃねェ!」

 

人獣形態から龍へと姿を変えたカイドウは熱息(ボロブレス)の体勢を取る。

範囲攻撃でキリアたちの連撃を終わらせ、一度仕切りなおすつもりなのだろう。

ここで自分たちのペースを失うわけにはいかない。

 

「キリア! 撃たせるな!」

「了解!」

 

人獣形態で竜の翼を生やしたキリアが空を超速で駆ける。

 

「馬鹿が! まずはテメェからだ!」

「ッ⁉」

 

ぐるりとカイドウの巨体が素早く動き、突進してくるキリアをターゲットに捉えた。

想像以上に素早いカイドウの方向転換についていけないキリア。

 

(貰ったァ!)

 

内心ほくそ笑むカイドウだったが、そこからキリアが異次元の挙動を見せる。

 

――月歩――

 

直進速度が速すぎる物体は急には曲がれない――という法則を無視するかのように空中で器用に体勢を切り替えたキリアは山羊のそれへと変形している脚で()()()()()

 

(六式だと……!)

 

本来自前の翼で空を飛べるキリアには習得する意味のない技だ。

だが、鬱陶しく追いかけてくる海軍と政府のエージェントと戦い続けたキリアは気が付けば最も適性があったその技を盗んでいた。

 

断崖絶壁を易々と乗り越えていく異常な脚力を持つ山羊の脚を活かし、ほぼ直角に進行方向を切り替えたキリアはそのまま不規則に宙を蹴りながらカイドウの懐に飛び込む。

 

「おいおい、確かに速いが――未来が見える俺相手じゃあ、鈍足だぜ?」

 

しかしカイドウは鍛え上げられた見聞色を操る。

キリアの軌道の先を読み、するりと巨体を動かして対応する。

 

「おっと、そこには網を張っている。気を付けな、カイドウ」

「ッ⁉」

 

ドフラミンゴの不敵な声が響く。

キリアだけに集中し過ぎたカイドウを嘲笑うかのように仕込まれた糸がほんの一瞬だけ四皇の動きを止めた。

 

「速度は重さ――食らっていきなよ、四皇」

 

竜の翼による超速と月歩による繰り返しの加速。

速度は加算され、重さを増す。

 

「山蹴り」

 

キリアの強烈な蹴りを顔面に食らい、熱息(ボロブレス)を強制的にキャンセルさせられたカイドウは呻き声を上げながら後退する。

 

さらにその巨体をドフラミンゴが糸で縛り、ヤマトが氷で固めればお膳立ては完了だ。

 

「さーて、もう一発じゃッ‼」

 

再び炸裂する超火力の拳。

デカくなったお陰で当てやすくなったと笑いながらガープは全力の一撃を龍の巨体に叩きこんだ。

 

「ぐぅ……!」

 

たまらず吹き飛ぶカイドウ。

さらなる追撃を加えようと3人が動くが――

 

「調子に乗るな! 龍巻壊風!」

 

カイドウはぐるぐると回る巨体を利用し、かまいたちが付属した巨大な竜巻を発生させた。

 

「クソ! 竜巻か!」

「離れろヤマト!」

 

追撃を中止し、咄嗟に距離を取る3人。

一方、ガープはというと鬱陶しそうに瓦礫を破壊する竜巻を眺めた後、

 

「えぇい、邪魔じゃぁ‼」

 

強烈なアッパーで強引に竜巻を打ち消して見せた。

 

(((な、なんでもありかよ⁉)))

 

自然現象すらも拳1つで強引にねじ伏せるガープにドン引きする3人。

本気を出せばこの3人でもどうにか出来るのだが、流石に齢75歳の老人が邪魔の一言と共に拳で竜巻を消し去る光景は衝撃だった。

 

「ウオロロロ! まだまだ元気じゃねェか。だが――」

 

的になるだけと判断したのか、再び人獣形態に戻ったカイドウはどこかイラついた表情で金棒の先をガープに向けて言った。

 

「らしくねェなァ! そいつらの影に隠れてチクチク攻撃とは……随分とつまらねェ戦い方をするじゃねェか! ガープ!」

「ふん。若いだけが取り柄の連中と違って、こっちには余生が控えとるんじゃ。ギャーギャー騒ぐな」

 

どこか冷めた瞳でガープは四皇を見据える。

 

キリアたちが積極的に盾になっているとはいえ、確かにカイドウの言う通り、現在の戦い方はガープの印象からは大きくかけ離れているものかもしれない。

昔の彼であれば盾役のことなどガン無視して1人で突撃し、全身全霊で理不尽のままに暴れまわっていたことだろう。

 

(分かっとるんじゃ。――老いには勝てないことくらい)

 

だが、これが今のガープなりの全力だった。

普段から無鉄砲で、歳を感じさせないわんぱくさを見せているガープだが、それでも彼なりに老いというものは自覚している。

 

パワー、スピード、体力――その全ての能力低下。

 

人間として生まれた以上、それは逆らうことが出来ない必定のものだ。

だからこそ、それに抗うのではなく自覚したうえで立ち回ることをガープは意識していく。

嘗ては軽々と行えた大技の連発をするのではなく、防御と足止めを人に任せ、小まめに体力管理を行いながら決定的な隙を狙う。

 

まだ現役でやれると「正義」のコートを羽織り、市民たちの前に英雄として立っている以上は悪党への勝利こそが何よりも重要だ。

 

全盛期のガープが競技の枠に収まらない本物の魔人だったとすれば、今の彼はまるでタイトルを懸けて戦うプロボクサーのようであった。

 

「……ふん。あの英雄ガープといえども歳を取れば保守的になるか。罪深いなァ、老いってやつは」

「お前もこの歳になれば分かるわい。まぁ、もっとも――わしの歳になるまで海賊をやっていられるかどうかは疑問じゃがな」

「言うじゃねェか老兵……!」

 

怒りながらも笑うという器用なことをしながら人獣形態のカイドウが腰を落とす。

 

「気を付けろ! 来るぞ!」

「馬鹿が! 分かっていても避けられねェから脅威なんだ!」

 

ヤマトの警告を嘲笑うカイドウが踏み砕いた地面を残して消えた。

再びガープを狙うつもりかとあたりをつけたキリアだが、その狙いは外れることになる。

 

「まずはテメェからだ! ヤマト!」

「しまっ――」

「大威徳雷鳴八卦!」

「ゴボッ――⁉」

 

強烈な一撃を腹部に叩きこまれ、思わず吐血するヤマト。

実の息子にも容赦ないカイドウは金棒の先でだらんと力を失ったヤマトをガープの方へと投げ飛ばした。

ガープが優しくヤマトを抱きとめたことを確認したキリアはその場を飛び出した。

 

「このッ……! よくもヤマトを……!」

「テメェの防御力は厄介だが――見せたことがない技に対しては無力だろう?」

 

激昂し、感情のままに突撃するキリアに対し、冷静なカイドウは既にキリアの理不尽な防御力の正体に気が付いていた。

大きく息を吸い込み、炎を本来の技のように身体に纏わせるのではなく熱息のように口から放出した。

 

「火龍――‼」

「ッ⁉」

 

カイドウの口から放たれた巨大な火炎の龍が襲い来る。

真正面から突撃していたが故に避けることもできず炎に飲み込まれるキリア。

さらにキリアを飲み込んだだけでは飽き足らず、攻撃の余波が他の3人も襲う。

ドフラミンゴは空へと逃れたが、他2人はそういうわけにもいかない。

 

「こりゃあ、まずいのう!」

 

咄嗟にヤマトを庇ったガープは自分の懐に彼女を庇いながら正義のコートに武装色を纏わせて防御する。

瓦礫を焼失させる圧倒的な大火力の技が通り過ぎた後、その場には黒焦げで倒れているキリアとヤマトを庇って火傷を負ったガープが残されていた。

 

「だ、大丈夫かお爺さん……?」

「ぶわっはっは! これしきなんてことないわい。お前さんの方こそ大丈夫か? 随分といいのを貰っていたようだが」

「僕も大丈夫だ。あんなクソ親父の攻撃なんて――」

 

ガープの懐から抜け出し、無理やり立ち上がったヤマトの身体がガクンと傾く。

 

「あれ……?」

 

自分の脚で立っていられなくなったヤマトは地面に倒れ込み――

 

「おっとっと。大丈夫ではなさそうじゃの。向こうで休んでおれ」

 

その寸前でガープに抱えられ地面に頭を打つことだけは避けられた。

 

(しまった……! 時間切れか……!)

 

マンシェリーに貰ったチユチユの効果が切れたことを悟ったヤマトは咄嗟に視線を隣に動かす。

 

「ハァ、ハァ…………!」

「ハァ、ハァ……タイムオーバーか……!」

 

そこにはヤマトと同じく時間切れを迎え、さらに全身に負った大やけどで苦しんでいるキリアと空に留まることもできなくなったドフラミンゴがそれでも何とか立っている姿があった。

 

「……どいてくれ。僕も戦う」

「おいおい、その怪我ではもう無理じゃ。安静にしておれ。カイドウはわしが――」

「ダメだ!」

 

予想外に強い拒否にガープは目を細めた。

 

「あの……クソ親父だけは……僕の手で……」

「……お前らの親子喧嘩に興味はねェが、そのまま戦い続けていたら死ぬぞ。いいから休んでおれ」

「……死んだ方がマシだ。僕だけ助かるなんて、もう嫌だ!」

「……」

「僕は()()()()()()、人として生きて、死にたいんだ……!」

 

不意に、ガープの脳裏にそばかすだらけの小さな少年の姿が浮かび上がる。

 

(なぜ、今アイツのことが……)

 

「ウオロロロ……だから言ったんだ。ヤマト」

 

カイドウは死に掛けのドフラミンゴを容赦なく金棒で殴り飛ばし、ヤマトの方まで悠々と歩みを進める。

 

「ぐっ……やめろ!」

「いいや、やめねェ。お前がいるから人が死ぬ」

 

カイドウは凶悪な表情でどうして生きているのかも分からないキリアの頭上に金棒を振り上げる。

 

「やめろォォォォ!」

「友情に意味はねェ。人は裏切るぜ? ヤマト。現にコイツもお前を裏切って先に死ぬ」

「ハハっ……面白い冗談だな、カイドウ……!」

「……まだ虚勢を張れるのか。大した根性だよ、怪物野郎。だが、お前は死ぬんだ」

 

そして容赦なく金棒が振り下ろされ、キリアは白目を剥いて地面に倒れ込んだ。

 

「キリアァァァァァ!」

「いい加減俺の言葉を受け入れろヤマト。お前は俺の息子だ」

「クソ親父がァァァァァ!」

「……やれやれ、狂犬に育てた覚えはねェんだが、なッ!」

 

強引にガープの腕の中から飛び出したヤマトがキリアに駆け寄ろうとする。

カイドウはその姿を眺めながら無情にも金棒を振り下ろした。

 

「――おい、テメェの出る幕か? ガープ」

 

金棒を片手で掴み、ヤマトへの攻撃を阻止したガープにカイドウの胡乱な瞳が向けられる。

 

「……侍なんじゃろ? そいつは。海賊じゃないならわしの守るべき者じゃ」

「屁理屈をッ!」

 

ガープの突き出した拳がカイドウに突き刺さるが、カイドウもまた金棒を握っていない左腕でガープの顔面に強烈なクロスカウンターをお見舞いする。

両者はその場で少し踏ん張った後、同時に後ろへと吹き飛んだ。

 

「……やれやれ、小僧の癖になかなかいいパンチを撃ちよる……!」

「ぐぅ……なぜだガープ!」

 

口元の血を拭いながら笑うガープに対し、瓦礫を力づくで吹き飛ばしたカイドウは怒りのままに吠えた。

 

「そいつは俺の息子! 鬼の子だ! いつか海賊(おに)になる奴を、海兵のテメェが手助けするのか⁉」

「……」

「テメェらの基準で言えばそいつは生きていちゃあ、いけない奴だ! お前が庇うべき相手じゃねェだろうが!」

 

“僕は鬼の子だけど、人として生きて、死にたいんだ……!”

 

その言葉は――

 

“俺は、鬼の子だ”

 

確かに――

 

“おれは……生まれてきてもよかったのかな……”

 

ガープの逆鱗に触れた。

 

「鬼の子は鬼だと……? ふざけたことをぬかすな青二才が! 鬼の子も人が育てれば人の子よ!」

 

鬼の子として生まれ、人の子として愛し、それでも海賊となったとある馬鹿のことが脳裏に浮かぶ。

 

「未来は分からん! この娘が海賊になればわしの敵、ならなければ貴様の敵! 認めたくなくとも、餓鬼どもの未来は、餓鬼ども自身が選択していくもんじゃ! いいから黙ってすっこんどれッ!」

 

激昂したガープが突撃してくる。

それを真正面から迎え撃つべく金棒を構えたカイドウはそこで己の身体に起きている異変に気が付いた。

 

(なんだ? 身体が痺れて……)

 

力が入りにくい。

まさかガープの一撃で足腰抜けたわけでもあるまい。

困惑していたカイドウはふと、誰かが笑っている気配を感じ取った。

咄嗟に視線を向けた先にいたのは、気絶した筈の怪物キリア。

 

「まさか――!」

「体内はガード出来ないよな?」

 

不敵に笑うキリアの背後で尻尾として生えている蛇が蠢く。

熱息の際に開いたカイドウの口内に忍ばせていた布石が最悪のタイミングで発動していた。

 

()()⁉)

 

遅効性の麻痺毒がカイドウを蝕む。

 

(だが、この程度の毒で俺が怯むと思うな……!)

 

足止めがなんのその。

その全てを力で粉砕してきたからこそ世界最強の生物。

だが――

 

「フッフッフッフ――そこでじっとしてな、カイドウ」

 

同じく気絶していた筈の天夜叉が笑いながら手を翳す。

幾重にも張り巡らされた糸のトラップがカイドウの身体を縛る。

 

(う、動けねェ……⁉)

 

それでも何とか拘束を解こうとしたカイドウだが、

そんな彼の脚を止めたのはバカ息子の氷――

 

「偶にはお前がゲンコツを食らえ。クソ親父」

 

七武海2人と息子の足止めを受け、完全にカイドウが止まる。

本来の彼であればものの数秒で解けるような拘束だ。

しかし、今はその数秒が致命的だった。

 

「カイドウッ‼」

「ぐぅ……クソッタレがァァァァァ‼」

 

叫ぼうとも拘束を解くには時間が足りず、魔人の突進は止められそうもない。

せめてダメージを抑えようと武装色で全身を強化するカイドウ。

 

 

 

 

“おれは……生まれてきてもよかったのかな……”

 

 

走るガープの脳裏でそばかすだらけの少年が言う。

あの時の自分は何と言ったんだったか。

 

“そりゃおめェ……生きてみりゃわかる”

 

そうだ。そう言ったんだった。

 

ガープは後悔などしない。

あの時は言葉の通り、自分で生きて、自分で実感を得ることが大事だと思ったからこそのものだった。

 

実際のところ、海賊の道を選んだのはエースの意志であり、ガープに落ち度は殆どない。

それにサボの件があった以上、エースが海賊の道を選ぶのは必定であった。

でも、それでも、ガープは何かもっと自分から言ってやれたんじゃないかと思うことがある。

 

(じゃが、過去は過去だ)

 

過ぎたことはどうしようもない。

ならばせめて、今の自分に出来ることを。

 

そう、例えば――泣きながら人として生きたいと叫ぶ子供の手助けくらいはしてやりたいと、ガープは思うのだ。

 

悲鳴を上げる肉体を強靭な意志の力でねじ伏せながら老体が駆ける。

老いたとカイドウは言うが、ガープから見れば彼らが若いだけだ。

忘れてしまったらしい小僧に教えてやらねばなるまい。

自分が誰であるかを。

嘗て海賊たちを恐怖に陥れたこの一撃を。

 

「ウオオオオオォォォォォォォォ――‼」

 

放たれる一撃必殺の拳。

そして――

 

「ガッ――――――――」

 

 

伝説が蘇る。

 

山を砕き、海賊王と渡り合い、悪党を恐怖させた悪魔の一撃がカイドウに直撃する。

恐らく、カイドウを知る者であれば驚愕するであろう。

白目を剥き、吐血しながらボールのように吹き飛ばされていく彼の様に。

 

「……思い知ったか。これが人の拳じゃ」

 

老いたガープではあるが――その一撃だけは間違いなく全盛期のそれであった。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「――――ハッ! ハァ……ハァ……ゴホッ! ハァ……ハァ……」

 

どうやら数秒だけ意識を失っていたらしい。

眼を覚ましたカイドウは腹部に刻まれた殴打の痕を見た後、苦しそうに咳き込んでから吐血し――

 

「ウ、ウオロロロ……面白い」

 

笑った。

 

全身から発せられた覇王色の覇気が周囲の建物を吹き飛ばす。

カイドウは金棒を地面につきながら立ち上がり、天に吠えた。

 

「面白れェ! 面白れェじゃねェか! あの爺、まだあんな力を持ってやがったのか!」

 

ドレスローザ中に広がる凶悪な覇気が市民のみならず海兵の意識も奪っていく。

 

「英雄ガープ……いいねェ、全盛期の奴でなければ意味がないと思っていたが、伝説は健在だったか……!」

 

狂喜乱舞。

カイドウは全身全霊で一瞬だけ蘇った嘗ての伝説を喜び、歓迎する。

強い奴がいればいるほど血が滾り、底のない戦意が込み上げてくる。

 

ドレスローザの大地を踏み砕き、尋常ではない跳躍力で吹き飛ばされた地点からガープの場所まで戻って来たカイドウは笑った。

 

「疲れ切っちゃいねェだろうなガープ? もうテメェの盾役はいねェぞ?」

「ふん。わしに盾など必要ないわい。さっさと掛かってこい小僧」

「ウオロロロ……その言葉、後悔するなよッ!」

 

ダメージが蓄積しつつも狂喜乱舞しているカイドウとサポートを失ったガープが構える。

時代を代表する怪物2人が本格的に戦いの火蓋を切ろうとしたその瞬間――

 

 

 

プルルルル、プルルルル、プルルルル、

 

 

 

「あァ?」

 

(これは確か出発前にクイーンから渡された緊急連絡用の電伝虫……)

 

調査の結果、本格的にヤマトが攫われたことが発覚し、単独で出発しようとしたカイドウを急いで押しとどめて渡されたことを思い出す。

 

カイドウの性格をよく知っているクイーンのことだ。

余程のことがなければ鳴らすはずがない。

だが――

 

(悪ぃなクイーン。俺ァ、こっからが本番なのよ)

 

完全に連絡を無視することに決めたカイドウは鬱陶しく鳴り続ける電伝虫を握りつぶそうと手に力を籠め――

 

「……」

 

だが、やはり性根にある真面目さが部下からの緊急電伝虫を無視するという選択肢を取れなかった。

 

「どうしたクイーン。俺ァ、今、最高に楽しい―――」

『カイドウさん! 大変だ!』

 

機嫌よく電伝虫に出たカイドウではあるが、対するクイーンは焦りを隠せない様子で言った。

 

『大将だ! 急に飛び出したアンタをキングと追いかけてきたんだが、何故かドレスローザ周辺にいた大将たちの軍艦に襲撃されているんだよ!』

「あぁ? 大将だァ? どいつか知らねェが、大看板のお前らなら問題ねェだろう?」

『違うんだカイドウさん! ()()()()()()()()()()()()! 青雉に海を凍らされてこれ以上前に進めない上に黄猿のビームで狙撃されて艦隊は壊滅寸前だ! 場所と相手が悪すぎる!』

『おいクイーン。 テメェ、カイドウさんに連絡するなと言っただろうが……! ここは俺たちだけで抑えるんだ』

『アホキング! 被害状況をもっとよく確認しろ! このままじゃ俺たちはともかく、とんでもない数の兵力を失うことになるぞ!』

『……チッ』

 

クイーンの電伝虫に割り込んできたキングはきっとカイドウの手を煩わせることを拒んだのだろうが、クイーンの言葉を否定できない様子から見て大将2人に相当苦戦させられているのは間違いないだろう。

 

(大将が2人だァ? 英雄ガープといい、やけに用意周到じゃねェか。本格的に俺の首を取りに来たのか?)

 

思わぬ強敵の登場に興奮して沸騰していたカイドウの熱が部下からの報告で冷めていく。

冷静な思考回路を取り戻したカイドウはまだ立ち上がろうとしているボロボロの男を見て先程の推測を否定した。

 

(いや、違う。俺だけじゃねェ。コイツが原因か)

 

王下七武海の新人。

世界情勢を大きく塗り替える可能性を持つ男――怪物キリア。

 

カイドウの推測は正しく、海軍はとあることを恐れていた。

それ即ち――怪物キリアの四皇接触。

 

実際はそんなことないのだが、海軍はキリアが王下七武海を辞めてカイドウと結託し、本格的に世界を滅ぼすべく動き出す最悪のシナリオを恐れていた。

 

「――で、どうするカイドウ。まだやるってんなら相手になるが?」

「……」

 

自分たちに風が吹いてきたことを感じ、無理やり立ち上がったドフラミンゴがカイドウを挑発する。

本当は力の限り暴れ回りたいカイドウではあるが、絶妙なタイミングで差し込まれた電伝虫のせいで興がそがれてしまった。

それに、部下たちのことも気掛かりだ。

 

彼らは来るべき最高の戦争の為に必要なカイドウの戦力だ。

自分の我儘のせいで海軍にいいようにされるのは気分が悪い。

 

「潮時か」

 

フッとドレスローザ全体を押さえつけていたカイドウの覇気が消えた。

臨戦態勢を解いたカイドウはくるりと背を向けた。

 

「なんじゃ、喧嘩はしまいか?」

「ウオロロロ……強がるんじゃねェよ、ガープ。テメェがまだ強いのは良く分かったが、それと俺を倒しきれるかどうかは別だろう?」

「……生意気な小僧じゃ」

「言ってろ。――さて、俺ァ野暮用が出来たんでもう帰るが……テメェら。四皇に挑戦状を叩きつけたこと、忘れるな」

「望むところだ」

 

ギロリと向けられたカイドウの視線にドフラミンゴが挑む。

暫く睨みあっていた両者だが、やがて視線を外したカイドウは焔雲を生み出し、部下たちの元へ向かうべく空を駆ける――

 

「あぁ、それからヤマト」

 

と、その寸前にふと思い出したように息子の方へと向き直った。

 

「……なんだ」

「テメェは、その道を行くってことでいいんだな」

 

思いも寄らない言葉に固まるヤマト。

ただの一度だって自分の道を認めもしなかった父がそんなことを言うなんて……。

 

ヤマトは自然と隣にいるガープに視線をやった。

彼は静かに頷くだけ。

気が付けば彼は力強い瞳で宣告していた。

 

「――あぁ。僕はこの道を行く」

 

「……分かった。()()()()()()。決着はまた付けるぞ」

「望むところだ」

 

そして、四皇百獣のカイドウは1匹の龍となってドレスローザを去っていった。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

「やれやれ、ようやく去っていったか。傍迷惑な奴じゃ」

「ご苦労だったな、英雄ガープ。もう帰っていいぞ」

「――なんじゃ、用済みになったらさっさと出て行けと? 随分と急かすのぉ」

「感謝はしてるさ。海軍には後日、礼の品を送っておく」

「わしはいらんわい。それよりも、壊れた街の修復を手伝ってやろう。あと、パエリア食わせろ」

「結構だ。アンタらに頼んでいるのは外敵の排除であって復興作業じゃない。それはこっちで解決するさ。パエリアは好きに食っていけ」

「せっかく海軍が手伝ってやると言っておるのに、意固地な奴じゃのう。なんじゃ――」

 

ガープの瞳がカイドウと戦っていた時のそれに切り替わる。

 

「わしに見られたら困るものでもあるのか?」

「どうだろうな」

 

英雄と天夜叉の視線がぶつかり合う。

両者ともに譲ることのない睨みあいが続く。

 

「……復興作業は手伝う。これはわしの趣味じゃ。文句あるか?」

「……趣味、か。じゃあ仕方ねェな。だが、分かっているとは思うが――」

「あー、もううるさい奴じゃのう。分かっとるわい。あまり好き勝手に動くなというんじゃろう?」

「そうだ。世界政府加盟国の長からのお願いだ。無下にはできねェだろ?」

「どうせうまいこと隠しているくせに用心深いやつじゃ」

 

呆れたように溜息をつきながらガープは背を向ける。

早速復興作業を手伝いに行くのだろう。

 

 

「――クソピンク」

「俺の名前はドン――もういいか。なんだ?」

「今回は市民たちのための復興作業が重要だから多くを詮索するつもりはないがのぉ……」

 

底冷えするような瞳がドフラミンゴを射抜く。

 

「牙をむいた猛獣がいつまでも大人しくしていると思うな」

 

その瞳は言っていた。隙を見せれば次はカイドウに向けられたあの拳がお前に向くぞと。

 

「……覚えておこう」

 

 

 

 

「あぁ、それからそこの娘」

「僕はヤマトだ」

「そうか。ヤマト、お前に言っておく」

「なんだ?」

 

あのバカと面影が重なることを自覚しながらガープはあの時言ってやれなかったことを告げた。

 

「鬼の子も人の子もない。生まれてきたことが罪な者などいない。それだけは覚えておけ」

「……あぁ。ありがとう。覚えておくよ」

「海軍に入りたくなったらわしに言え。いつでも歓迎するぞ」

「うーん、多分ないかな?」

「ぶわっはっは! また振られてしもうたわい!」

 

快活に笑ってからガープは手を振って部下たちの元へと歩いていく。

 

こうして、ようやくドレスローザ事件は幕を下ろした。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「――で、パイセンどうするんです?」

「……どうすっかなぁ」

 

完全に一歩も動けません状態のドフラミンゴとキリアはドレスローザの地面に横たわりながら言葉を交わす。

ちなみにヤマトは一足先にドレスローザの病院へと運ばれている。

放っておけば勝手に回復するキリアと自身で内部を縫合している最中のドフラミンゴはあらかた回復してから病院へ向かうことにしていた。

 

「カイドウはまた攻めてきますよ」

「だろうなァ……」

「しかも、次は大看板とか連れて」

「あぁ……」

「俺たち、次こそ死にますよ? それともまた海軍呼びます? もう次は見逃してくれなさそうですけど」

「そうだなァ……」

「というわけで、今までお世話になりました」

「薄情すぎだろテメェ」

 

ぼんやりと空に浮かぶ雲を眺めながらツッコミを入れるドフラミンゴ。

だが、彼もキリアの言葉が正しいことは分かっていた。

恐らく次はない。完全に英雄ガープに目を付けられてしまった以上、ドレスローザのことを隠し通すのは不可能に近いだろう。

 

「……キリア」

「なんだ、天夜叉」

「だから見切りをつけるのが速いんだよテメェは」

 

いきなり赤の他人面し始めた後輩にツッコミを入れつつ、ドフラミンゴは言った。

 

「色々考えたんだが……やはりドレスローザは防衛には向いてねェ」

「でしょうね」

「……正直、もう潮時だとも思っている」

「インペルダウンでも元気にしていてください」

「その時はテメェも道連れだ」

 

話をあちこちに飛ばすクソ馬鹿に苛立ちつつ、ドフラミンゴは話を続ける。

 

「防衛戦は圧倒的に不利と分かったからなァ……次はこっちから攻め入る番だ」

「……戦力は? こっちからの討ち入りじゃあ、海軍は手を貸してくれないですよ」

「別の連中を使う」

「……ちょっと前に話していたのは覚えてますけど、まさか本当にやるつもりなんですか?」

 

「あぁ、条件は整った。使えるものは全て使うさ」

 

 

ドンキホーテ・ドフラミンゴは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王下七武海を招集する」




作者は老いたと言われ続け、本人も老いを自覚しているお爺さんキャラがそれでも意地で全盛期の片鱗を見せつけるシーンが大好物です(突然の告白
というわけでガープおじいちゃん主人公回でした。

ここ最近は真面目にやっていたので次回はキリア君が大暴れします。

次回、七武海連合結成会議――お楽しみに。


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人に迷惑掛けちゃいけませんよね?

タイトル名について思ったことがあるはずです。
えぇ、そうです。
では読者の皆様、ご唱和ください。

おまえが言うな!(定期



 

四皇 百獣のカイドウ ドレスローザ襲撃。

 

そのニュースは瞬く間に世界中を駆け巡った。

どこぞの国が四皇の気まぐれで滅ぼされるというニュースは度々報じられるも、今回は襲撃された国が国だ。

 

ドレスローザ。

そこは世界政府加盟国にして――七武海 天夜叉ドンキホーテ・ドフラミンゴが治める国である。

カイドウはそこまで深く考えていなかったが、これは世界政府および七武海に喧嘩を売ったに等しい行為だ。

……まぁ、その事実に思い至ったところでカイドウは気にも留めないだろうが。

 

この事態を受け、ドレスローザ国王にして七武海であるドンキホーテ・ドフラミンゴはカイドウの蛮行を強く非難すると同時に世界政府を通じてとある号令を出した。

 

【王下七武海招集】

 

一癖も二癖もある連中をどうやって纏め上げるつもりなのか。

そもそも招集に応じるような面子なのか。

 

分かっていることが1つだけ。

 

ドレスローザ事件をきっかけにして発足したこの会議の結果が今後の世界の行く末を大きく左右するものであるということだけである。

 

 

 

◆◆ドレスローザ事件より一週間後◆◆

 

 

 

新世界に浮かぶとある島。

 

気候が素晴らしく、波も穏やかで、素晴らしい豪邸が立っているその島は、とある大富豪の所有物として界隈では有名だったが、つい最近とある国の国王が買い上げたことでさらに有名になったリゾート地である。

 

更なる改良が加えられ、9人掛けの円卓を備えたその豪邸には現在、ドフラミンゴ、キリア、ヤマトを除き、5名の人物が滞在していた。

 

「……で、気まぐれなお前さんが顔を出すとはいったいどういう風の吹き回しじゃ?」

 

“王下七武海 海侠のジンベエ”

 

「そういうお前こそどういった要件だ?」

 

“王下七武海 鷹の目のミホーク”

 

「キシシシシ……俺はテメェらより()()()()()()()が来ていることにビックリしているけどなァ!」

 

“王下七武海 ゲッコー・モリア”

 

「……」

 

“王下七武海 暴君バーソロミュー・くま”

 

「……なんじゃ、その不快な視線をわらわに向けるな、下郎」

 

“王下七武海 海賊女帝ボア・ハンコック”

 

世界に名を轟かせる悪党たち。

しかしながらその所属は世界政府。

7人のみが選出され(例外的に今は8人だが)世界の均衡を保つ巨大戦力と認識されている化け物たち――それが5名も。

 

頂上戦争が起きていない今の海において、それは異様な光景であった。

 

政府管轄の海賊でありながら滅多に招集に応じることがない彼らがここに集っているのには訳がある。

 

「不動の“女帝”が現れるとは……七武海の称号でも惜しくなったか?」

「海峡のジンベエ。わらわにはわらわの理由がある。詮索は止せ」

 

ジンベエがそう言うのも無理はない。

彼らの元に届いたのは下記の招集状だったからだ。

 

【王下七武海 各位 

四皇 百獣のカイドウと交戦すべく七武海連合結成会議を実施する。

同封のエターナルポースを辿り、直ちに指定の島まで直行されたし。

なお、天夜叉ドンキホーテ・ドフラミンゴと怪物キリアは既に連合への参加に同意している。

今回の招集に応じない場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――以下長文】

 

「キシシシシ……ドフラミンゴと噂の新人がドレスローザでカイドウとやりあった話は聞いていたが、称号を盾に俺たちも招集するとはなァ!」

「いよいよ四皇との本格的な戦争を政府が決意したということかのう……」

 

ジンベエが思考を巡らせる中、唐突に彼らが招待された円卓の間の扉が開いた。

 

「よぉ、皆さんお揃いで」

 

逆立てた金髪に不気味なサングラス。

ビシッと決めた赤いスーツの上からトレードマークのピンクジャケットを羽織り、遅れてこの会議のキーパーソンが登場した。

 

“王下七武海 天夜叉ドンキホーテ・ドフラミンゴ”

 

以前と違うファッションや雰囲気に面識があった面々が戸惑う中、鷹の目のミホークは目を細めた。

 

(……気配が強くなっているな)

 

以前の軽薄な気配は見る影もない。

どうやらこの男に何かしらの転換点が訪れたらしい。

 

ジロジロと観察されていることを気にも留めずドフラミンゴは円卓の席を見渡してから溜息をついた。

 

「やはりワニ野郎は欠席か。ったく、何が忙しいだ。暇なくせによ」

 

唯一の欠席者となったクロコダイルを愚痴りながら自分の椅子を引き、腰掛ける。

 

「……おい、天夜叉の」

「アン? ジンベエか。久しぶりだな」

「あぁ、そうじゃの。ところでお前さんと同盟を組んでいるとかいう新人はどうした?」

「どうしたんだろうなァ……どういうわけか部屋にはいなくてな。まぁ、そのうち来るだろう。それよりも――」

 

ドフラミンゴは円卓に座る面々を見渡した。

 

「うちの同盟相手以外は面子が揃っていることだし、先に()()だけ済ませておくか」

「謝罪じゃと? 何の話じゃ」

「招集状の件さ。称号剥奪がどうのこうの、ややこしい書き方をして悪かったと思ってな」

「ややこしい書き方じゃあ……?」

 

ドフラミンゴの言い方が気になったジンベエは急いで懐から自分向けの招集状を取り出してもう一度じっくりと読み込んだ。

不必要なほどに文章が長く、おまけに字も小さくて分かりにくいが、そこにはジンベエが危惧している単語は1つも乗っていなかった。

 

「ま、まさか……!」

「あぁ。別にここへ来なくても()()()()()()()()()()()()()()んだ。あくまで七武海としてのスタンスについて書いてあるだけだからな」

 

ぐしゃりと招集状を握りつぶし、ジンベエは首謀者を睨みつけた。

 

「では貴様! わしらを騙したのか‼」

「フッフッフッフ、人聞きの悪いこと言うなよジンベエ。書き方は紛らわしかったが、文章をきちんと読めば分かったはずだぜ?」

「ぐぅ……!」

 

こういわれてしまっては言い返す術がない。

現に丁寧に書面を読み込んでドフラミンゴの意図に気づき、この場を欠席したのがクロコダイルであった。

 

「称号剥奪など欠片も気にしなさそうな奴らも来ていることには驚いたが……どうせここに集ったお前たちの目的は()()()()()()()()()()()()()()? カイドウか、怪物キリアか」

 

円卓に座る七武海を順番に眺めていく。

誰も否定はしない。

称号剝奪を恐れてやって来たジンベエですら、怒りの表情を浮かべながらも否定はしない。

そして、不動のボア・ハンコックすらも。

 

ドフラミンゴの言う通り、ここにいる面々の殆どは各自に届いたその2つの名のどちらかに――或いは両方に興味を持ってここに集った。

 

(相変わらず人気者だねェ、うちの後輩は)

 

「……ドフラミンゴ」

「なんだ? ボア・ハンコック」

「ジンベエと違ってわらわはしっかりと招集状の中身を読み込んできた。そこに記載されている内容によれば、今回の招集に応じたからと言って四皇との戦いに同意したとみなすわけではないとあったが」

「あァ、その通りだ。別にここに来ただけじゃあ、四皇との戦いに同意したとはみなされない。……それはジンベエも含め、全員が知っているようだな」

「当たり前じゃ」

「結構。……不思議そうな顔をしているな、ボア・ハンコック。だが俺からすれば当然のことだ。やる気のない七武海なんざ戦力には数えられねェ。今回の戦争に半端な奴はいらねェんだ」

「……貴様、何が目的じゃ?」

「目的はその招集状に書いてある通りだ。俺は戦力が欲しい。だから、参加するかどうかは俺たちの話を聞いてから決めれば――」

 

プルルルル、プルルルル、プルルルル、

 

「あァ?」

 

その時、ドフラミンゴの話を遮るかのように彼の懐から電伝虫の音が鳴り響いた。

 

「ちょっと失礼。どうしたヤマト。あァ? なんだ泣いてんのかお前? 何を言ってるのか分からねェよ。ちょっと席を外すから待て」

 

七武海の面々に断りを入れてから立ち上がって円卓から離れたドフラミンゴは少しの間電伝虫越しに誰かと会話をしていたが――

 

「……おい、それは本当か? あのバカが……」

 

何の報告を受けたのか。

何かに耐えるようにプルプルと身体を震わせると、次の瞬間には身体の底から絞り出した大声で吠えた。

 

「あのクソ馬鹿がッ‼」

 

怒りのあまり放たれた覇王色の覇気が部屋を揺らす。

この場には彼の覇気で気を失うような者はいないがしかし、以前よりも格段に威力が上がっているその力に何名かは驚いたように目を見開いた。

 

「――失礼。テメェら、ちょっと茶でも飲んで待っていてくれ」

 

そう言ってドフラミンゴは風のような速さで部屋から出ていった。

 

 

そして数分後――

 

「おい、いいから()()を持ってこっちへ来いヤマト!」

「うわーん! キリアがァァァァ!」

「みっともなく泣いてんじゃねェ! ったく、テメェらはいつもいつも……! 俺の面子ってもんを考えたことあんのか⁉」

「うわーんぁぁぁぁぁぁん! そんなのないよぉぉぉぉぉぉ!」

「だろうな!」

 

 

 

「……なにやら騒がしいな」

 

扉の向こうから聞こえてくる騒々しい声にミホークが反応する。

5人の視線が集まる中、円卓の間の扉が開いてドフラミンゴと銀髪の美女が部屋に入って来た。

何故か泣きわめいている美女の両腕には大事そうに奇妙なものが抱きかかえられている。

 

「おい、ここにそれを置け!」

「うわーん! キリアが! キリアがぁぁぁぁぁぁぁ―――‼」

 

泣きながらもドフラミンゴの指示に従って美女が両腕で抱えていたそれをそっと置く。

 

――――石になっちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 

そこには、目にハートを浮かべた状態で石化している男の姿があった。

 

「「「「「……」」」」」

 

部屋の中が沈黙に包まれ、全員の視線がとある女性に集まる。

視線を向けられた彼女は震える指で石像を指さして言った。

 

「……こ、これが、怪物キリアじゃと?」

 

クソ馬鹿を石化させた張本人、海賊女帝ボア・ハンコックの信じたくないと言った様子の問いかけに対し、ドフラミンゴは神妙な顔で頷いて言った。

 

「あぁ、これが怪物キリアだ」

 

「「「「「……」」」」」

 

“王下七武海 怪物キリア”

 

こうして、円卓の間に七武海連合結成会議のメンバーが揃った。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「キリア! 無事でよかった!」

「おっとっと。どうした急に? しかも泣いてるじゃないか⁉ クソ! 一体誰がヤマトを泣かせやがったんだ!」

「「「「「……」」」」」

「っていうか、あれ? ここどこだ? 俺はさっきまでヤマトとジェンガをしていたはずなのに……今度は何をやらかしたんだ俺?」

「いつも通り馬鹿をやってたんだクソ馬鹿が。すまねぇなハンコック。コイツに代わって謝罪させてもらうぜ。どうせコイツが口説いてきたんだろう?」

「……あぁ、そこの廊下ですれ違った際にな。鬱陶しかったので反射的に石にしてしまったが、まさかこれがあの怪物キリアとは……」

 

何とも言えない表情でキリアを見るハンコック。

その瞳には失望の感情が浮かんでいる。

 

ドフラミンゴは深く頷いた。

分かる。分かるぞ、ボア・ハンコック。

コイツのファーストコンタクトはだいたい人を失望させることから始まるからな。

 

「うわっ⁉ めっちゃ人いる……しかもよく見たら俺の先輩方じゃないですか……」

 

石化された前後の記憶は飛ばされてしまう。

キリアからすれば目を開けた瞬間には何故か円卓の間にいたようなものだろう。

さらに集まっているのが王下七武海の面々であることに気が付いたキリアはこの島にやって来た理由を思い出すと同時に、とある可能性に思い至った。

 

「いや、待てよ。七武海の先輩ってことはもしかして――」

 

キョロキョロとキリアの視線が動き、やがてとある女性をロックオンした。

 

「あ、あなたはまさか! せ、世界一の美女‼ ボア・ハンコックさんではありませんか⁉ う、美しすぎる……! あぁ……神よ! 俺が七武海になったのはこの時のためだったのですね! 感謝し、存分に口説かせていただきます! というわけで、ミス・ハンコック。良ければ俺とお茶でも――」

 

ガチンッ

 

再び元に戻ったはずのキリアの身体が石化した。

ハンコックによって石化が解除されてから実に30秒後のことだった。

全員の視線がまたとある1人に集中する。

 

「「「「「「……」」」」」」

 

「す、すまぬ。つい反射的に……」

 

謝罪するボア・ハンコックという非常に珍しい光景が見れたが、誰も彼女を責めることはしない。

ただ一人の猪武者を除いて。

 

「キ、キリア~~!」

 

再び石になってしまった相棒を見て嘆くヤマト。

これが誰の仕業か分かった彼女はずかずかとボア・ハンコックへ歩み寄っていく。

 

「おいそこの女! キリアになんてことをしてくれるんだ!」

「待てヤマト。これは100%そこのアホが悪い。また迷惑を掛けてすまねェがハンコック、コイツをもう一回元に戻してくれないか?」

「……」

 

滅茶苦茶嫌そうな顔でキリアを見るボア・ハンコック。

 

「……言っておくが、次またふざけ倒すようなら石化させた上で砕くからな」

「あぁ、次は大丈夫だ。俺に任せておけ」

「……」

 

渋々無言で石化を解除する。

頼りになる先輩と海賊女帝の慈悲で再び野に放たれた害獣はキョロキョロと辺りを見渡し、首を傾げた。

 

「あれ? 俺は何を――」

「キリア! 無事でよかった!」

「ヤマト! ところで、俺はここで何を――」

 

状況を確認すべく辺りを見渡していたキリアの視線がとある女性をロックオンする。

眼がハートのマークになり、お約束のようにボア・ハンコックに駆け寄っていく。

 

「あ、あなたはまさか! せ、世界一の美女‼ ボア・ハンコックさんではありませんか⁉ う、美しすぎる……! あぁ……」

……モネ」(ボソッ)

「お初にお目にかかります、ミス・ハンコック。俺の名前はキリア。以後お見知りおきを」

「……」

 

ドフラミンゴに小声で何かを吹き込まれたキリアはスッと真顔になって凛々しく挨拶をした。

そしてハンコックに背を向け、ドフラミンゴの方へ振り向く。

 

「やぁ、ドフラミンゴ先輩」

「よう。ちなみに今日のことはしっかりモネに伝えておくからな」

「も~、先輩、冗談キツイっすよ?」

「冗談じゃないが?」

「……本っ当に申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

土下座も辞さない覚悟で頭を下げる七武海の新人。

 

「……これが、怪物キリア……」

「気持ちは分かるが気にするなハンコック。コイツはこういう奴だ」

「……そうか。期待をしてここへやって来たわらわが愚かであったということか」

 

失望と共にそう呟いたハンコックはスッと席から立ち上がった。

 

「おい、どこへ行く気だ?」

「――興醒めだ。帰る」

「ちょ、ちょっと待て! まだメインの話を聞いちゃいねぇだろ? それとも本当にそこの馬鹿だけが目的だったのか?」

「貴様にわらわの目的を話したところで何になる?」

「……なぁ、確かにコイツはお前の期待したような男じゃないかもしれない。だがな、ちょっと気に食わないことがあっただけで早々に評価を決めつけるのはどうかと思うぜ?」

「……」 

「おい、キリア。お前からも弁明をだな――」

「これで許してください」

「土下座はやめろ!」

 

ドフラミンゴはプライドをかなぐり捨てて土下座をしているクソ馬鹿を全力で蹴り飛ばした。

 

「ハァ、ハァ……馬鹿が! せっかくの俺のフォローを台無しにしやがって……!」

「ふん、やはりな。下劣で、プライドがなく、卑しい。……わらわは帰るぞ」

「おい! ……って、もうフォローもしきれねェか」

 

完全に機嫌を損ねてしまった海賊女帝は円卓の席を立ち、扉へと向かう。

如何にドフラミンゴといえども、今の彼女を引き留めるだけの言葉は持っていなかった。

 

「あれ? もう帰るんですか? ミス・ハンコック」

「……そこをどけ、下郎」

 

蹴り飛ばされたキリアがちょうど扉の前にいたため、退出しようとするハンコックに見下ろされる形となる。

軽蔑に満ちた瞳で睨まれたキリアはのんびりとした調子で起き上がった。

 

「おっと、すいません。どうぞ」

 

そそくさと立ち上がり、ハンコックに道を譲る。

その誰にでもへりくだっていそうな態度にも腹が立つ。

 

「……ふん」

 

ハンコックは歩き出す。

 

(……何が怪物じゃ)

 

ギリっと唇を噛み締め、行き場のない怒りを堪えながら出口へと向かう。

 

(……何が、()()()()()じゃ……!)

 

背中に刻まれた竜の蹄が疼く。

何故か酷く裏切られたような気分だ。

怒りと同時に悔しさすら感じる。

 

(……こんな男じゃったとはな……失望したぞ)

 

出口へ向かう海賊女帝と円卓へ向かう怪物がすれ違う。

お互いに視線を合わせることもしない。

だが、2人の身体が並行に重なった時、怪物はハンコックだけに聞こえる小さな声でポツリと呟いた。

 

――レイリーによろしく

「ッ⁉」

 

ピタリ、と迷いなく扉へと向かっていたハンコックの脚が止まる。

この男、今何と言った?

 

「……貴様――」

「帰りにシャボンディ諸島に寄ったら伝えておいてもらえませんか? あの時はよくも見捨ててくれたなって」

「……」

 

ハンコックの聞き間違いではなかったらしい。

間違いなくこの男は冥王シルバーズ・レイリーを知っている。

 

いや、もっと正確に言うのであれば――

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(こやつ……)

 

レイリーやシャッキーが簡単にハンコックたちのことを喋るとは思えない。

 

(どこまで知っている?)

 

ハンコックの中に疑念が生まれる。

事と次第によってはこの男を――

 

「あれ? お帰りにならないんですか? ミス・ハンコック」

「……貴様、何を考えている?」

「さぁ? 逆に何を考えていると思います?」

「……ふざけた男だ」

「よく言われます」

 

ニッコリと爽やかな笑みを浮かべる怪物。

 

「そうか……では、質問を変えよう。何を知っている?」

「何を、とは? 抽象的でいまいちよく分かりませんね」

「……レイリーからわらわたちのことを聞いたのか?」

「いいえ、違います。正確に言えば俺は()()彼と出会ってませんから」

「意味の分からないことを――」

「あぁ、でも。あなたのことなら知っていますよ」

「……だから、何を知っているのかと聞いておるのじゃ」

「全てを」

「ッ⁉」

 

()()()()()()()()()()

 

怪物はそう言った。

 

 

 

殺さねばならない。

 

 

コイツは絶対に殺さなければいけない。

反射的に怪物の首を撥ねようと脚を動かしかけたハンコックだが――

 

(なんじゃ……その眼は……)

 

気持が悪いほど透き通った黄金の瞳を前に動きを止めた。

反射的に石化させた時と同じく、美しいものを前に純粋な喜びを表しているようなその瞳。

邪気の欠片もなく、ハンコックが臨戦態勢に移ったことも分かっているだろうに敵意の欠片もない。

これでは動揺している自分が愚かに見えてしまう。

 

「……」

 

この男が何を考えているのかさっぱり分からない。

そして、“全て”とは言っていたが何を知っているのかも今の段階では不明だ。

洗いざらい吐かせてやりたいところだが、ここは人が集まりすぎている。

ハンコックは警戒心をそのままに臨戦態勢を解いた。

 

「……後で話がある」

「2人きりで? ……これは期待してもいいですか?」

「石にするぞ下郎が」

「あなたにならされてもいいです」

 

(もう2回しているが……)

 

ただこの不可解な男との会話でこの場でこれ以上の問答は無用と判断したハンコックは喉まで出かかっていた言葉を押しとどめた。

 

「楽しみにしてますね、ミスハンコック」

「……」

 

ボア・ハンコックは踵を返し、先ほどまで自分が座っていた円卓の席まで歩いていく。

 

(何を知っているにせよ……)

 

背中に刻まれた竜の蹄がまた疼く。

ハンコックですら美しいと思うあの黄金の瞳。

キラキラと輝くあの瞳には――

 

(わらわに対する軽蔑は、なかった)

 

その事実に酷く安堵して……海賊女帝は静かに円卓の席に腰を下ろした。

 

「キリア、お前……」

「さぁ、先輩。僕たちも席に座りましょう」

 

2人の間でどのような会話があったのか知らないドフラミンゴは困惑した様子で後輩を見る。

キリアはニッコリと笑って着席を促すのみ。

 

(詳細は良く分からねぇが……ボア・ハンコックを引き留めるとはよくやった。――いや、追い出しかけたのもアイツだからよくやったも何もないが……)

 

いまいち釈然としない思いを抱えながらドフラミンゴは自身の席に着いた。

後はキリアとヤマトが席に着けばようやく会議を始められる。

 

「失礼いたします。飲み物をお持ちしました――」

 

その時、扉が開いてお盆に飲み物を乗せた使用人が入室してきた。

 

「……男か」

「女だったら良かったのか?」

 

恨めしそうな表情で使用人を見るキリア。

呆れた様子でドフラミンゴは早く席に着くようキリアに言う。

七武海たちの席にそれぞれ飲み物を置いていく使用人は明らかに気合いを入れて作ったであろうカクテルをボア・ハンコックの前に置いた。

 

「ボア・ハンコック様。こちら、当島自慢のスペシャルカクテルになります」

「……あぁ」

「是非ハンコック様にご賞味いただきたいと思いまして」

「……あぁ」

「アイツ、ミス・ハンコックに媚び売ってやがる……!」

いいから早く座れ

 

どこか上の空なハンコックはそれでも老若男女を魅了する妖艶な仕草で運ばれてきたカクテルを一口。

 

「ふむ……なかなか美味じゃ。褒めて遣わすぞ、男」

「お気に召されたようで何よりでございます」

「アイツ、ミス・ハンコックに褒められてやがる……!」

早く座れ

 

ぶーぶーと唇を尖らせるキリアにドフラミンゴが言う。

渋々席に着くべく移動するキリアはハンコックに媚びを売っている使用人を見てあることに気が付いた。

 

(……あれ、コイツ……)

 

「さて、皆様もドリンクのご希望がありましたら私にお申し付けください」

 

(……いや、()()も気になるけど、それ以上にコイツ……!)

 

「お呼びいただく際にはそちらのベルを鳴らして頂ければ――」

 

(モブの分際で腹立つくらいにイケメンだ……!)

 

「……おい、お前」

「はい。どうされましたか?」

「――俺以外のイケメンはいらねェんだよ」

「は、はい?」

「きゃっ、急にどうしたのキリア?」

 

何故か近くにいたヤマトを抱きしめたキリアは彼を庇うようにしながら凄まじい眼力で使用人を睨みつけ、何の躊躇もなく王の力を発動させた。

 

「失せろッ‼」

「ひっ⁉」

 

突如放たれた覇王色の覇気に皆が驚愕する。

顔を青くした使用人は急いで敬礼をしてから立ち去った。

 

「……急にどうしたお前?」

「いや、何となく」

 

七武海たちを代表して尋ねたドフラミンゴに素っ気なく答えるキリア。

彼は現在20歳。

絶賛、シャンクスごっこに嵌っているお年頃である。

 

「……もういい。頼むから黙って席についてくれ。それだけでいいから……」

「うい」

「あっ、キリア。この椅子凄い座り心地いいよ!」

「マジか! 俺にも座らせてくれ!」

「円卓は全部同じ椅子だボケどもッ! いいからさっさと座れッ!」

 

ドフラミンゴ必死のツッコミ。

彼はもう叫びすぎて喉が枯れそうだった。

必死の訴えが届いたのか、ようやくキリアとヤマトは席に着く。

紆余曲折(主にキリアのせいで)あったものの、これでようやく円卓の8席が埋まった。

 

「ふぅ、これでようやく会議を始められるぜ……なんだテメェら、その眼は」

「「「「……いや」」」」

 

集った七武海たちは思った。

今後はドフラミンゴにはちょっとだけ優しく接しようと。

 




良かったね若! オフ会0人は避けられたよ!
キリアのせいで全員帰りかねないけどネ!
しっかりコントロールしてください(鬼畜命令

さてちょっと真面目な話をすると、七武海たちはドフラミンゴの称号剥奪脅し(嘘)とカイドウ&キリアの名前でおびき寄せられて、忙しい(ガチ)上にドフラミンゴ嫌いなクロコボーイ以外は来てくれた感じです。
クロコボーイはプルトンで釣れるというご意見もありましたが、基本的にドフラミンゴはプルトンの存在を誰にも知らせず独占したいと思っていますので……。


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どうせ皆さん暇なんでしょ?

いつも感想、誤字報告いただいてありがとうございます。
本当に誤字脱字多くて申し訳ない……(今更
今回は真面目に会議してもらいます。



「さて、色々とハプニングがあったが……改めて、ここへ集まってくれたことに礼を言う」

 

仕切り直しを兼ねてドフラミンゴが挨拶を行う。

 

「俺のことは知っているだろうから自己紹介は省くが、俺の隣に座っているコイツが噂の新入りだ。挨拶しろ、キリア」

「お初にお目にかかります先輩方。王下七武海に新しく加入したキリアです。以後お見知りおきを」

 

キリアとて常時ふざけているわけではない。

真剣な雰囲気の中で普通に会話をする分には問題ないタイプの狂人だ。

 

急にまともになった男に戸惑いを隠せない様子の七武海たち。

ドフラミンゴは内心で七武海たちの反応に凄い共感しながら次にキリアの隣に座るヤマトを紹介した。

 

「そして、コイツの名前はヤマト。――カイドウの息子だ」

「なにッ⁉」

「カイドウの息子だとぉ⁉」

「……娘じゃなくてか?」

「わらわには到底及ばぬが中々美しい顔をしておる」

 

各々思うことはあれど、やはりカイドウの子息というインパクトはかなり大きいらしい。

驚きの表情を浮かべている者がほとんどだ。

 

「全てはこのヤマトと鬼ヶ島で出会ったことから始まった」

 

本当はクソ馬鹿が酔っぱらってやらかしたせいだが、そこは説明していてもしょうがないので端折っていく。

これ以上キリアの好感度を下げたら本当に全員帰りかねない。

 

「カイドウの息子と言ったが、コイツ自身はカイドウと敵対し、長年殺し合ってきた仲だ」

 

「ほう?」

「カイドウと……」

「親と殺し合いとはのお……」

「……」

 

七武海たちが各々反応を見せる。

 

「本人たっての希望でな。コイツから自身の生い立ちとワノ国の現状について説明をしてもらうことにする。ヤマト」

「あぁ、分かった」

 

ドフラミンゴからバトンを手渡されたヤマトは立ち上がり、改めて七武海たちを相手に名乗りを上げた。

 

「改めて僕の名はヤマトだ! ドフラミンゴが言った通り、僕はカイドウの息子として生まれ、そして父と対立することを選んだ。でも勘違いをしないでほしい。これは単なる親子喧嘩ではないんだ! 僕とカイドウの対立には、ある侍が関わっている」

 

ヤマトはチラリと隣を見た。

頼りになる相棒は静かに頷く。

 

(そうだ。僕はカイドウを倒す戦力を集めるためにあの島を出たんだ)

 

聞けば、彼らはドフラミンゴやキリアに匹敵する力の持ち主だという。

是が非でも仲間にしなければならない。

 

「どうか聞いてほしい! ワノ国で起きた悲劇と我が父、カイドウの非道を!」

 

ヤマトは語り始めた。

 

ワノ国にいたおでんという偉大な侍の話を。

そしてワノ国の歴史と、そこに現れた傍若無人の悪党にして実父であるカイドウの話を。

鬼ヶ島に囚われ続けていた自分の話を。

 

熱を込め、時には激情のあまり涙も流しながら必死に訴える。

 

カイドウを倒したい、と。

ワノ国を救いたい、と。

 

でも自分だけでは力が足りない。

侍たちの無念を晴らすには圧倒的に戦力が足りない。

いきなり現れて命を懸けろということがどれほど無茶苦茶なことか理解はしているけれど。

――それでも一緒に戦ってほしいと訴える。

 

「お願いだ! 僕たちに力を貸してほしい!」

 

「「「「「……」」」」」

 

七武海たちは誰も口を挟むことなく最後までヤマトの話を聞き終えた。

さて、果たして何人が賛同してくれるのか。

初めて外の世界の人間に自分から勧誘を掛けたヤマトはドキドキしながら彼らの反応を待つ。

 

しかし、現実は世間知らずの小娘に対して非常に冷酷だった。

 

「――で、わらわたちには何があるのじゃ?」

「……えっ?」

 

熱くなっていたヤマトに冷水を浴びせるかのように冷たい声が響く。

海賊女帝は無表情でこてんと首を傾げた。

 

「カイドウを倒すことでわらわたちには何のメリットがあるのじゃ?」

「め、メリットって……ワノ国の人たちを救うことが……」

「それは貴様のメリットであろうが、小娘。わらわたちには何が提供されるのかと聞いておるのじゃ」

「ッ⁉」

 

冷酷にヤマトの熱弁を切って捨てるボア・ハンコック。

しかし、彼女だけではない。

他の面々も殆どが同じように興味がないといった顔をしている。

 

(こ、これが……これが海賊だっていうのか……⁉)

 

少なくとも、ヤマトがおでんの日誌から知った海賊とはこういう薄情な連中ではなかった。

彼らは仁義の世界の中で人との縁を全力で大切にし、船員たちと笑い合い、理不尽を見過ごせない――そういう者が海賊であるはずだったのだ。

 

(いや……いきなり会ったばかりの人間に命を懸けて戦ってくれと言われたところで賛同してくれるはずもないか……僕は、馬鹿だ)

 

失意と無力な自分への怒りでさらなる涙が溢れてくるヤマト。

そんな彼の肩にそっと手を乗せながらキリアは目を伏せた。

やはり、情に訴えかけるだけではダメか――

 

 

「その話、乗った」

 

 

力強い声が円卓の間に響く。

顔を上げたヤマトの先にいたのは威風堂々たる魚人族の益荒男。

 

「海侠の、ジンベエ」

 

席を立ったジンベエはヤマトの前までやってくると、彼の肩にそっと手を置いて言った。

 

「お前さんの思いはよう伝わった。今まで長い間、1人でよう耐えてきたのぉ……微力ながらこの海侠のジンベエ、助太刀させていただく」

「……僕の話を、信じてくれるのか?」

「信じるとも。お前さんの声に、涙に、嘘などなかった。仁義を欠いてこの海は渡れん。お前さんのように一本筋が通った侍をどうして見捨てられようか」

「ジ、ジンベエ……!」

「それに、お前さんの話に出てきたおでんという侍……確か白ひげのおやっさんが言っていた元2番隊の隊長じゃろう?」

「白ひげ海賊団を知っているのか⁉」

「知っているも何もわしの大恩人じゃ!」

 

ジンベエは男気溢れる笑みを浮かべて言った。

 

「おでんの無念を晴らすこと、それは白ひげ海賊団への恩を返すことに繋がるとわしは考える。どうか手助けをさせてくれ、侍よ」

「うん……うん! お願いします!」

「わっはっは! よろしく頼むぞ!」

 

王下七武海 海侠のジンベエ

参戦決定。

 

「なんて……」

「うん?」

「なんていい奴なんだ! 海侠のジンベエ!」

 

急に大声を上げる怪物キリア。

何事かと困惑するジンベエに右手を差し出し、理解不能の狂人は満面の笑みで言った。

 

「気に入った! 握手してくれ!」

「あ、握手? まぁ、別に構わんが……」

「ムフフフ……今後とも、是非よろしくお願いしますよ! 新世界の荒波は厳しいですからねェ……!」

「????」

 

言っていることは1㎜も理解できなかったが、多分、理解しようとしてもできないタイプの人種と悟ったジンベエは深く考えるのを止めた。

 

(あぁ……未来の操舵手と握手してるぅ……麦わらの一味としてちゃんと出会うことになるのは3年後だけど、その時はよろしく頼むぜ! ジンベエ!)

 

ジンベエとの握手を堪能したキリアは満足げに頷いた。

 

「……まぁ、コイツは良く分からないから放っておこう。さて、ジンベエの他に四皇との戦争に参加してくれる奴はいるか?」

 

「キシシシシ……質問がある」

「なんだ? ゲッコー・モリア」

「仮に俺たち全員でカイドウに挑むとして……勝算はあるのか?」

「当然だ」

「本当かァ……?」

 

怪訝そうな表情でドフラミンゴを見ながらモリアは語る。

 

「聞いた話によればテメェら3人、ドレスローザでカイドウを迎え撃ったらしいが……海軍の力も借りてようやく撃退した程度だったそうだなァ? しかもカイドウは幹部も連れずに単騎だったそうじゃねぇか」

「……」

「自分たちだけじゃあ勝てねェから俺たちを招集するって考えは分からなくもねェが、次にぶつかるのはカイドウではなく百獣海賊団だろう? 本当に勝ち目が――」

「ある」

 

きっぱりと言い切ったドフラミンゴの言葉には確かに絶対なる自信が込められていた。

 

「策があるんだ。俺たちが手を組めば四皇なんざ敵じゃねェ」

「その根拠は?」

「こっちはカイドウの手の内を知り尽くしているからだ。なァ、ヤマト?」

「……カイドウの息子」

「ドフラミンゴの言葉は嘘じゃない。僕は百獣海賊団のことを知り尽くしているし、カイドウとは数えきれないくらい戦ってきた。役に立てるはずだ」

「敵の能力、数、鬼ヶ島の構造……全て情報は揃っている。それに俺の送り込んだスパイたちがまだ百獣海賊団内に潜入している。最新の動向を掴むことも可能だ」

「……」

「そして確かに俺たちはカイドウに敵わなかったが、それはあそこが俺の国だったからだ。次に戦う時はこちらから直々に鬼ヶ島へ殴り込みを掛ける。何の躊躇もなく全力で暴れてやるさ」

「……余程自信があるようだな」

 

モリアの言葉を受け、ドフラミンゴは不敵に笑った。

 

「まぁ、別に参加したくないなら構わねェぜ? それならこっちも別の手を打つだけだ。ただ――テメェがカイドウにリベンジする機会は二度となくなるけどな」

「……」

 

嘗て百獣海賊団と鎬を削っていたゲッコー・モリア。

大事な仲間たちを全員失ってからは他力本願になり、新世界に足を踏み入れることもなくなったが……恐らく集った七武海たちの中で最も“カイドウ”の名に導かれてここに来たことを否定はできまい。

 

「キシシシシ……戦いの中で生まれた死体は全て俺に寄越せ。それが条件だ」

「いいだろう。好きにしろ」

 

王下七武海 ゲッコー・モリア

参戦決定。

 

 

「“条件”って話で思い出したが、これも説明しておこう。今回の戦争に参加するメリットとして、戦いに参加した奴らはカイドウ撃破後に七武海の地位をさらに向上させる報酬が用意されている」

「随分と曖昧な報酬じゃな」

「噛みつくなよハンコック。条件は今世界政府側と擦り合わせている最中だ。だが、そう悪くない報酬にはできそうだぜ?」

「……」

 

報酬の存在を仄めかしつつドフラミンゴはまだ参戦を決めていない面々に語る。

 

「キリア、七武海の存在理由を言ってみろ」

「海軍大将から逃げるためです」

「そうだ、その通り。この新世界に君臨する四皇どもに対抗するためだ」

 

(((((……言ったか?)))))

 

心の中で疑問府を浮かべる七武海たち。

だが、細かいことにツッコミを入れていたら話が前に進まないことは何となく分かったのでドフラミンゴに舵取り役を任せ、話の続きに耳を傾ける。

 

「世界は四皇・七武海・海軍のバランスで成り立っている。それはカイドウだって認識していたはずだ。だが、奴は何の断りもなく俺の――七武海が治める国へと侵略してきた。これが意味するところが分かるか?」

 

両腕を広げ、天夜叉は大仰に語る。

 

「四皇は舐めてやがるのさ! 七武海程度、恐れるに足りんとな!」

 

安い挑発ではあるが、何名かが反応したのを見逃さず語り部は続ける。

 

「テメェらが秩序や海軍の思惑に興味がないことは知っている。だが、それでもこうして手に入れた七武海の座が――延いては自分を低く見積もられるのは我慢ならねェだろ?」 

「……低く見積もられたのは貴様だろう、ドフラミンゴ」

「いいや、違うぜ鷹の目。()()()()。七武海が甘く見られたんだ。こうして招集を掛けたところで誰も来やしねェだろうと……集まったところで勝てやしないだろうとな」

「……」

「四皇に教えてやらなきゃならねェ。何のための均衡かを。何のための七武海かを」

 

それに、とドフラミンゴは不敵に笑った。

 

「俺たちは海賊だ。世間から政府に飼われていると罵倒されようがそれは変わらない。だからそろそろ手綱を握っているつもりでいる連中に教えてやらねェか? テメェらがどういう化け物たちを雇っているのかを」

「「「「「……」」」」」

 

七武海たちは各々考え込む。

実際のところ、ドフラミンゴの話には筋が通っていた。

このまま四皇に舐められたままでは七武海解体とまではいかなくとも、今後の方針について政府が見直しを図る可能性はある。

 

「ドフラミンゴ」

「なんだ? 鷹の目」

「俺たちを焚き付けようという貴様の意図は良く分かった」

 

ドフラミンゴ、キリアにとっての大本命である世界最強の剣士が口を開いた。

 

「正直に言って、四皇との戦いに興味がないわけではない」

「ほう?」

「だが、この鷹の目を動かそうというのだ。それ相応の対価を差し出す必要があるのではないか?」

「対価……対価か。意外に強欲なんだなァ、鷹の目」

「そこの海賊女帝と同じく七武海の地位向上などという曖昧な報酬では満足できないという話だ。他に見返りはないのか?」

 

予想以上にやる気をみせているミホークに内心期待しつつ、ドフラミンゴは思案してから答えた。

 

「手に入れたカイドウの縄張り、ワノ国から好きなものを持っていけばいい。特に鷹の目、テメェだったらワノ国に眠っている伝説の妖刀やら名刀やらに興味あるんじゃねェのか?」

「……興味がないといえば嘘になるな」

「それにワノ国には侍とかいう大層強い連中がうじゃうじゃいるらしい。鷹の目に限った話じゃねェが、ここ最近の海は平和でいけねェ。テメェらも七武海に相応しい実力を維持するために偶には運動した方がいいと思うぜ? なァ、モリア」

「なぜ俺を見る!」

「テメェの膨らんだ下っ腹に聞いてみな」

「舐めやがって……!」

 

ギャーギャーと騒ぐドフラミンゴとモリアを尻目にミホークは思考する。

七武海の地位向上、四皇との戦闘、ワノ国の刀。侍と名乗る戦士たち。

 

(……ここら辺が妥協点か)

 

 

「――いいだろう。その話、俺も乗ることにする」

 

 

「鷹の目⁉」

「ほう?」

「……」

「わっはっは! お主が加わるなら百人力じゃのう!」

 

随分とあっさり参戦を決意したミホークは席を立った。

 

「おい? どこへ行く気だ?」

「決行日が決まったら呼べ。それまでは自由にやらせてもらうぞ」

 

一方的にそう言い残すとミホークは歩き出し――キリアの席の後ろで立ち止まってから彼の耳元でそっと囁いた。

 

「……良い眼を持っている。よく気が付いたな」

「……連中には詳しくてね。でも、アンタも大概いい眼をしているよ」

「侮るな。俺は鷹の目だ」

 

2人だけにしか分からない会話を交わし、世界最強の剣士は円卓の間を立ち去って行った。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

円卓の間を出て廊下を歩くミホークは先程キリアが覇王色で追い払った男が次の飲み物を持っていくべくこちらへ歩いてくるのを発見した。

 

「おや、ジュラキュール・ミホーク様。もうお帰りですか?」

「……」

 

使用人の問いには答えず、ミホークは一瞬で抜刀した黒刀“夜”を喉元に突きつけた。

 

「ひっ⁉」

「……貴様、何者だ?」

「な、なにを……⁉」

「歩幅が妙だった。それに懐に何か隠しているな」

「……」

「政府のエージェントか? 上に言われて監視にでも来たか」

「クソッ!」

 

咄嗟に逃げ出していくエージェントを……ミホークは追わなかった。

恐らく七武海連合の話を聞き、監視役として送り込まれてきた諜報員なのだろう。

懐に隠していたのも盗聴器の類に違いない。

 

(あの一瞬で政府のエージェントを見抜くとは……なかなかやる)

 

夜を納刀したミホークは自身の小舟へ歩きながらあの怪物について考える。

騒々しく、破天荒で、人を無意識に振り回すタイプ。

自由奔放に見えるが――あぁいう手合いこそ油断ならないことをミホークはよく知っている。

 

それに、すれ違った一瞬にミホークを睨みつけたあの黄金の瞳。

 

「……怪物、か」

 

世界最強の剣士は良い暇潰しになりそうだと楽し気に笑った。

 

 

王下七武海 鷹の目のミホーク

参戦決定。

 

 

◆◆円卓の間◆◆

 

 

ミホークが立ち去った円卓の間にてドフラミンゴは内心狂喜乱舞していた。

なにせ、大本命のミホーク参戦が決まったのだ。

正直、これだけでもこの会議を開いた意味はあっただろう。

 

さらにはやる気を漲らせているゲッコー・モリアに、こちらは意外だったが最強の魚人であるジンベエまで参戦するという。

上手くいきすぎて怖いまであるが、いい流れは彼としても大歓迎だ。

 

「さて、残るは――――」

 

ボア・ハンコックとくまだ。

だが正直、この2人に関しては勧誘を半ば諦めてもいた。

なにせ、どちらにも参戦する理由がなさすぎるからだ。

 

ジンベエのように義理人情と白ひげへの恩返しもなければ、

ゲッコー・モリアのようにリベンジマッチの理由もなく、

ミホークのように戦闘狂的な気配もない。

 

(さて、どうしたもんかな……)

 

ドフラミンゴはどうやって説得したものかと後ろを振り返り――

 

「くま先輩、参戦してくれますよね?」

「……あぁ」

 

2秒で参戦が決まったくまを見て白目を剥いた。

 

「あざーっす。じゃ、そういうことで」

「……あぁ」

「ちょっと待て‼」

 

いくら何でも話が早く進み過ぎである。

地道に説得をしていたドフラミンゴが馬鹿みたいだ。

 

「おい、待てくま! テメェ、今までだんまり決め込んでいたくせに急に参加するとはどういうことだ?」

「……七武海の地位向上は俺にとっても必要なことだ。だから参加を決めた。それだけだ」

「本当にそれだけか?」

「では俺は参加しない方がいいのか?」

「……ッチ」

 

無論、くまも参加してくれるならそれに越したことはない。

ただ、いまいち腑に落ちないところがあるというだけで。

 

「おいキリア。テメェ、くまに何を吹き込みやがった?」

「何も吹き込んでなんかないっすよ。くま先輩がパイセン先輩より優しかっただけです」

「なんだそりゃあ?」

「……俺も失礼する」

「ちょっと待てくま! 話はまだ終わってねェぞ!」

 

ミホークと同じく円卓の間の扉に向かうくまはキリアの席の後ろで立ち止まり、彼の耳元でそっと囁いた。

 

「……ドラゴンとの契約、忘れるなよ」

「もちろん」

 

2人だけにしか分からない会話を交わし、暴君は円卓の間を立ち去って行った。

 

王下七武海 暴君バーソロミュー・くま

参戦決定。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「……えぇ、はい。そうです。七武海たちは本気で同盟を組んで百獣のカイドウに挑むつもりのようで……」

 

七武海たちが滞在する屋敷の中でコソコソと電伝虫に話しかけている男がいた。

使用人の格好をしているこの男はイケメンだからと覇王色で部屋から追い出され、ミホークに夜を突きつけられるなど散々な一日を過ごしている最中だ。

 

「このまま連合を結成させてもよろしいのでしょうか」

『……構わん。カイドウと七武海たちが勝手に殺し合ってくれるならそれに越したことはないだろう』

 

電伝虫の向こうにいる老人が答えた。

それだけで男は安堵する。

あんな化け物揃いの中に飛び込んで連合を阻止するなど至難の業だったろうから。

 

『だが――』

 

今度は別の老人が口を開く。

 

『確実に死んでもらわなければならない男が1人いる』

 

電伝虫越しでも相当な怒りが伝わってくる。

この老人たちをここまで怒らせるとは相当だなと内心思いながら男は耳を傾ける。

 

『奴は調子に乗りすぎた』

『あぁ。超えてはいけない一線を越えたのだ』

『だというのに世界を引っ搔き回して強引に七武海の座につくその図々しさ』

『非常に目障りだ』

『以前は革命の流れが邪魔だったが、今となっては奴も革命軍の裏切り者』

『死んだところで革命が燃え上がることもないだろう』

 

男は静かに問い掛けた。

 

「ご指示を」

『連合結成の邪魔はせんでいい。代わりに、奴がカイドウと当たった際に――』

『――確実に殺せ』

 

そして電伝虫は切れた。

 

「……あんな怪物を殺せって?」

 

尋常ではない覇気と一瞬で自分の正体を見抜いた黄金の瞳を思い出す。

 

「……人間に任せていい仕事じゃないだろう」

 

男は乾いた声で笑った。

 

 

 

◆◆円卓の間◆◆

 

 

 

くまが立ち去った円卓の間にてドフラミンゴは内心さらに狂喜乱舞していた。

なにせ、七武海4名の参戦が決まったのだ。

正直、これだけでもこの会議を開いた意味はあっただろう。

 

「さて、残るは――――」

 

この場にいないクロコダイルを除けばボア・ハンコックのみだ。

 

(さて、どうしたもんかな……)

 

ドフラミンゴはどうやって説得したものかと後ろを振り返り――

 

 

ガチンッ

 

 

「……本当にしつこいな、下郎」

「キ、キリア――――‼」

「……」

「ど、どうしよう桃色! キリアがまた石になっちゃった!」

「……」

 

何故かまた勝手に石化したクソ馬鹿がいた。

ヤマトは涙目で焦り、ボア・ハンコックは心底呆れた表情で溜息をついている。

 

 

ドフラミンゴは思った。

 

このままこの石像(バカ)叩き割りてぇなァ……と。

 

 




もう割っちゃったらいいんじゃないかな?



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海賊女帝ボア・ハンコック

今回で連合結成会議編は終了となります。


◆◆円卓の間◆◆

 

「……おい、なんでコイツはまた勝手に石化しているんだ?」

「わらわの身体をジロジロと眺めてきた挙句、再び鬱陶しい求婚をしてきたのでな。つい石にしてしまった」

「……」

「うわーん! キリアぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

完全に自爆だった。

どうしてコイツは絶対に踏むなと書かれてある地雷を自分から踏み抜きにいくんだろうか……。

 

「ハンコック。悪いが、もう一度だけ元に戻してやってくれねェか?」

「……」

「お前とキリアの間に何があるのかは知らねェが、何か話したいことがあるんだろう? そのままじゃあ、話し合いもクソもねェぞ」

「……」

 

ハンコックは目にハートを浮かべ、だらしない顔で固まっているキリアを鬱陶しそうに一瞥した後、渋々といった様子で言った。

 

「……これが本当に最後じゃからな?」

「あぁ、分かっている。次に馬鹿やらかしたら全員でコイツを殺そう」

 

さらっと物騒なことを言うドフラミンゴ。

 

「まったく……さっさと砕いてしまえばいいものを……」

 

そう言いながらもハンコックは今この場で真剣に石像を破壊することを考えていた。

こんな狂人に自分の秘密を握られているかもしれないと思うと気が気ではない。

勝手に自滅してくれたのだから、これは絶好の機会だろう。

 

「いや、それは止めておけハンコック」

「なぜじゃ?」

「そいつ、砕いた先から無限に増殖してくるだろうから」

「気持ち悪っ」

 

ドン引きしているハンコックがキリアの石像を眺める。

 

(ミス・ハンコック!)

(なんて美しいんだ……!)

(デートしたい!)

(こっち向いてくださいよ!)

(おぱーい)

 

「……」

 

なんか本当に増えて復活しそうだったのでハンコックは大人しく石化を解除することにした。

 

(……何を知っているのかは知らんが、その気になればいつでも石化できる。どこで情報を入手したか吐かせたらさっさと石にして海に捨ててしまおう)

 

こうもひょいひょい石化できるところを見るに、ハンコックが彼を殺すのはそこまで難しくはなさそうだ。

慢心と共にハンコックはキリアの石化を解除させた。

 

「……あれ? 俺は何を……?」

「また馬鹿を……もういいか。色々あったんだよ」

「そうですか」

 

大して興味なさそうに答えたキリアはボア・ハンコックに向き直った。

 

「それじゃあ、残る七武海はミス・ハンコックだけですし、個室で秘密の会話といきましょうか。ぐへへへ」

「「いい加減学習しろ馬鹿が!」」

 

ハンコックの蹴りとドフラミンゴの拳とヤマトの金棒がキリアに突き刺さる。

凄まじい勢いで吹き飛ばされたキリアは円卓の間の扉を破壊し、廊下まで放り出された。

 

「痛てて……パイセンとハンコックさんはともかく、なんでヤマトまで?」

「あれ……ご、ごめん。なんかノリでつい手が出ちゃった……」

「そうか。ノリか」

 

じゃあいいや、と寛大な態度でヤマトを許してからキリアは立ち上がった。

 

「さて、それじゃあミス・ハンコック。真面目な話をしましょうか。パイセン、この先の部屋を借りますよ」

「あぁ、好きにしろ。大して期待してねェから」

「酷いなぁ……」

 

ヘラヘラと笑いながらキリアが歩き出す。

 

「さぁ、ミス・ハンコック。こちらへ」

「……」

 

ボア・ハンコックはキリアの背中を追いながらここへ来たきっかけを思い出していた。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

七武海連合結成会議より数か月前――怪物キリア七武海加入のさらに前の話。

その日、女ヶ島に激震が走った。

 

「男が天竜人を殺した……⁉」

「本当じゃ。この紙面を見よ!」

 

言葉に出すのも信じられないことがニョン婆の口から飛び出し、驚きを隠せないボア・ハンコック。

さらにそこに記載されていた内容を見て、彼女は失神寸前の衝撃を受けた。

 

【天竜人を5名殺害。海軍大将が追跡も未だに捕まえられず】

 

「海軍大将が追っているにも関わらずこの男はまだ生きておるのか?」

「それは今朝の紙面じゃ。少なくとも今の段階では死んではいないニョだろう。……明日の紙面で死亡記事が載る可能性が高いがな……」

「……」

 

ハンコックは今は亡き大恩人のことを思い出していた。

 

(こんな大馬鹿者がまだこの海におったのか……)

 

いや、大馬鹿などと言う単語では済ませられない。

完全に狂人の類だ。

 

「……明日、また紙面を持ってくる」

「……あぁ。頼む」

 

気を遣ってくれるニョン婆の言葉に頷きつつ、ボア・ハンコックはいつまでもその紙面の字を脳裏に焼き付けていた。

 

そこからは毎日の新聞が待ち遠しいやら、怖いやら……。

新聞には様々な島で起こった男と大将の戦いが記されていた。

街を半壊させただの、幾つかの海賊が戦闘の余波で沈没していったのだの。

 

やはり世界に喧嘩を売っただけあって確かな実力を備えているらしい。

ハンコックは男が生きているという紙面を見るだけで少しだけ嬉しくなった。

 

だが、男の無茶苦茶な快進撃は留まるところを知らない。

 

「また1人天竜人を殺したじゃと……⁉」

「あぁ。特に奴隷への扱いが酷かったことで有名な天竜人を躊躇いなく殺し、さらに脚でその遺体を踏みつけたのじゃとか」

「く、狂っておる……」

 

傍若無人の海賊として名が知れているハンコックをして顔面蒼白になるほどの蛮行。

 

「聞けばこの男の追跡に海軍大将が2名派遣されているらしい。流石にもう、コヤツの快進撃はここまでじゃろう……」

 

ニョン婆はそう言って俯いた。

ここ最近のボア・ハンコックは紙面が届くたびに嬉しそうにしていたから、こういった形で希望が途絶えるのは非常に残念だ。

 

「明日から紙面はもう取り寄せないことにする」

「いや、待てニョン婆」

 

ようやく現れた彼女の過去を払拭してくれるであろう男に期待を寄せていただけに、死亡記事を見せるのは酷な話だろう。

自分のとこで情報を止めておこうと決心したニョン婆だったが、ハンコックが待ったを掛ける。

 

「明日からも引き続き紙面を提出してくれ」

「……本当に良いのか? 辛くなるだけかもしれんぞ?」

「構わぬ。わらわはこの男の行く末を最後まで見届けたいのじゃ。それに――」

「それに?」

 

ハンコックはどこか遠くを見つめながら言った。

 

「わらわは確信しているのじゃ。この男は絶対に死なない、と」

「……そうか」

 

この場ではハンコックを立て、余計な口出しをしなかったニョン婆だが、それでも内心では男の死亡記事が来ることになるだろうと予想していた。

 

(海軍大将はそこまで甘い存在ではない。世界を維持する最高戦力2人に襲われて生き残れるはずもないのじゃ、蛇姫よ)

 

だが、ニョン婆の予想は大きく外れることになる。

 

「ほら! 言ったであろう? 男は死なんとな!」

「あ、ありえぬ……こんなこと、あり得るはずが……」

 

笑うハンコックの言葉は正しく、男は平然と次の日も生き残っていた。

 

「……じゃが、明日には……」

 

その次の日も生き残っていた。

 

「なぜじゃ? なぜ死なないのじゃコイツは……」

 

その次の日も生き残っている。

 

「……これは世界が荒れるぞ。絶対のルールに逆らっても生き残り続ける男など、世界政府が許すはずがニャイ!」

 

その次の次の次の次の次の日も生き残り続けている化け物の記事を見ながらニョン婆は呆気にとられる。

あり得ないものを見るような目で紙面を眺めるニョン婆に対し、ハンコックの方はずっとご機嫌だった。

 

そうして機嫌が良いハンコックのお陰で平和な生活が続いていたある日、彼女の元に政府から知らせが訪れる。

 

「王下七武海の招集じゃと? 何のためじゃ?」

「なんでも、大将2人掛かりでも仕留めきれないから新たに戦力を投入するとのことじゃ」

「……」

 

黙り込むハンコックを見たニョン婆は彼女の背中を押すように言った。

 

「行ってきたらどうじゃ? 蛇姫。どのような男なのか以前よりずっと興味があったのじゃろう?」

「……じゃが、これは討伐命令じゃぞ」

「だからこそだ。お主が出れば七武海の枠は1つ減ることになる。――上手くやれば、その男を守ってやれるやもしれぬぞ」

「……」

 

ハンコックは決断した。怪物キリアの討伐に参加することを。

 

結果的に距離の問題からハンコックの参加はなくなったが、それでも彼女の中にはこの怪物と会って直に話をしてみたいという欲求が生まれていた。

 

そして、今に至る。

 

◆◆◆◆

 

 

「いやー先ほどは失礼いたしました、ミス・ハンコック」

「全くじゃ」

 

こじんまりとしながらも美しい海を眺めることができる部屋に移動したキリアはボア・ハンコックに椅子を勧めつつ、笑いながら謝罪をした。

 

「貴様、普段からあんな調子なのか?」

「えぇ。これはもう性分みたいなものでして。でも、ミス・ハンコック程の美人であれば――」

「その呼び方は止めよ」

「はい?」

「その“ミス・ハンコック”という呼び方じゃ。そこはかとなく馬鹿にされている気になる」

「そんなつもりはないのですが……」

 

参ったな……と頭を掻きつつ、彼女の呼び方を考えていたキリアは脳裏に浮かんだシンプルな言葉を口に出した。

 

「では、“女王”とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「……悪くない。これからは敬意を込めてそう呼べ」

「承知いたしました」

 

先程までのふざけっぷりが嘘のように礼儀正しく、大人しくなったキリアはハンコックに尋ねた。

 

「何か飲み物でも用意しましょうか? 女王」

「いらぬ。それよりも早く本題に入れ」

 

毎度毎度あちらにペースを握られていては話が進まない。

話をせかすハンコックを尻目にゆっくりと着席したキリアは口を開いた。

 

「ではまず最初にこちらからお聞きしたいことがありまして」

「なんじゃ?」

「私が七武海に入る前、海軍大将2人に容赦なく追い掛け回されていたことはご存じですよね?」

「……あぁ」

「でもなかなか私を殺せないことに業を煮やした海軍と世界政府は大将を休ませるために七武海を招集したと聞いています。その際招集に応じたのは()()だったとか。ドンキホーテ・ドフラミンゴとバーソロミューくまと、そして――」

 

黄金の瞳が海賊女帝を見つめる。

 

「あなたです、女王」

「……どうやって情報を仕入れたのかは知らぬが、確かにわらわは貴様を討伐する政府からの要請に是と返事をした。結局、招集自体がなかったことになったがな。それで? 何が聞きたい?」

「あなたは七武海の中でもとびきり自由な方だと聞いています。そんなあなたが俺の討伐にだけ興味を示した。考えられる理由は2つです。俺を殺したいか、俺に興味が湧いたか」

「……どっちじゃと思う?」

「後者であってほしいですね」

 

食えない笑みを浮かべる金髪の優男。

 

(こやつ、この海賊女帝と腹芸をするつもりか……!)

 

内心怒りを感じつつもハンコックは興味なさげな素振りで答えた。

 

「……理由としては後者にあたるかもしれんな」

「では俺に興味を?」

「思いあがるな下郎! 単なる気まぐれだ。そう深読みするでない」

「そうでしたか……俺はてっきり――」

 

怪物は笑いながら核心を突いた。

 

「天竜人殺しの俺に興味があったのかと」

 

スッとハンコックの目が細められる。

無意識に放たれた覇王色の波動が部屋を揺らした。

 

「……貴様、何を知っているのじゃ?」

「先ほど言ったように全てを知っています」

「……どこで知った」

 

キリアは「レイリーじゃないですよ。彼のことを知ったのは偶然ですから」と前置きしつつ語り始めた。

 

「七武海になる前の俺の過去をご存じで? 何でも“史上最悪のテロリスト”って言われているらしいですよ? 天竜人の暗殺を何度も試みたことから、そういう名前で呼ばれることになったそうです」

「……」

「で、ここからが本題なんですが――実は天竜人について調べる中で奴隷リストなるものを入手しまして、そこには興味深いことが書かれてあったんですよね」

「……」

「なんだったっけな? あぁ、そうだ。確か……緑の髪と茶髪、そして黒髪の3姉妹に悪魔の実を与え――」

「死ね」

 

ハンコックの強烈な右足の蹴りが炸裂する。

接触部分を丸ごと石にして砕く算段である。

だが――

 

「……あんだけ石にされてもまだ完全に耐性つかないのか。凄い能力ですね」

「ッ⁉」

 

難なくキリアの左腕に止められていた。

接触部分が石化しているが、まるでハンコックの能力に逆らうかのように石化していた肌が元の色に戻っていく。

 

「貴様……わらわの能力に耐性を……」

「えぇ。流石に3回も食らえばある程度は免疫ができますから」

「……では、あのふざけた求婚も演技だったということか」

「いえ、あれはガチです」

「そこはガチでなくて良いわ」

 

スッと右足を下ろしたハンコックは両手を前に突き出し、お馴染みのハートマークを作った。

 

「もう貴様のふざけたやり取りに付き合うのはウンザリじゃ。ここで死ね」

「物騒だなぁ。話は最後まで聞いてくださいよ」

「知るか。貴様は今、ここで殺す。わらわが決めた」

「まだ何も重要な話をしていないのにですか?」

「貴様の話に価値など――」

 

「天竜人どもを地に引きずり堕とす策があるといってもですか?」

「――――」

 

何を言っているのだ、この男は。

ハンコックはとんでもないことを言ってのけた男の目を見つめる。

キラキラと輝く黄金の瞳には一切の曇りなく、心底それが実現可能と信じ切っているように見える。

 

(なんなのじゃ……コイツは)

 

己の背中と心に刻まれた恐怖を思い出す。

今でも彼女を縛っている竜の蹄。

誰にも知られないように、必死に隠してきたその印。

 

ハンコックは先程のキリアの言葉を内心で復唱した。

 

(天竜人を、引きずり堕とす……)

 

その言葉は何故か酷く甘美で――ハンコックはいつでもキリアを殺せるよう油断ない状態で腕を下ろし、椅子に座りなおしてから長い脚を組んだ。

 

「話してみよ、下郎。わらわが気に食わなければここで殺す」

「……なんか、パイセンと初めて会った時もこんな会話したっけなぁ。王様ってのはみんな物騒でいけない」

「いいからさっさと話せ。貴様の今の態度でわらわはまた1つ貴様を殺す理由が増えた」

 

おーおー、物騒なこって。

キリアは内心おどけながら直球で本題を切り出した。

 

「革命軍ってご存知ですか?」

「……存在はな。で、それがどうした?」

「彼らは現世界政府の腐敗を糾弾し、不平等な社会を正すべく戦いを挑んでいる真の戦士たちです。そして、腐敗の対象には天竜人もいる」

「……」

「長々と話しているとあなたに殺されそうなので簡潔に言いましょう。()()()()()()()()()()()()()

「ッ――――⁉」

 

ハンコックの瞳が驚愕で見開かれる。

 

世界情勢にはあまり詳しくないハンコックではあるが……それでもこれが意味するところの恐ろしさは良く分かる。

世界をひっくり返そうと目論んでいる連中と、実際に世界をひっくり返しかねない大事件を起こした男が繋がっている。

しかも男は現在、七武海の地位を得て悠々と暮らしているではないか。

 

ハンコックは内心キリアへの評価を改めた。

コイツ、想像以上にヤバい。

 

「さて、この時点で私もリスクを掛けました。お互い世界にバレたくない生命線がテーブルの上に乗っている。条件はイーブンでしょう?」

「イーブンじゃと? よく思ってもいないことをペラペラと話せるものじゃ……だが、良いだろう。貴様の話にも興味が湧いてきた」

 

ボア・ハンコックは頬杖を付き、怪物の目を真っすぐに見つめる。

 

「――わらわの弱みを握り、貴様の秘密を明かした上で何の話をしようというのじゃ?」

「勧誘です」

「勧誘だと?」

「えぇ――」

 

キリアは楽しそうに笑いながら言った。

 

「俺はあなたと革命軍との間にコネクションを築いてほしいのです」

「……それはつまり、わらわに革命軍に入れということか?」

「いいえ、あなたは誰の下にもつくつもりはない。そうでしょう?」

「当然じゃ」

「だから、嫌だというなら別に構いません。見つけたリストは既に焼却処分しましたし、生涯話さないことを誓う誓約を締結しましょう。ただ、私の話を聞いたうえで判断してほしいのです」

「……止めたところで勝手に話すくせに面倒な男じゃ」

「少々長くなりますが聞いていただけますか?」

「勝手に話せ」

 

女王の承諾を得たキリアは話し始めた。

革命軍の活動内容と、その目的を。

自分が革命軍のトップと繋がっており、実際にこれまでも情報提供などしてきたことを。

 

頬杖をつき、大して興味なさげに聞いていたボア・ハンコックだったが、話が天竜人に関することになっていくと眉間に皺が寄り始める。

天竜人にトラウマを持っているということもある。

だが、それ以上にキリアの語り口が気に食わなかった。

 

何の罪もない市民がこれこれこういう目に遭っただの。

天竜人の命令一つで街が滅んだだの、どうのこうの。

弱者たちにはなすすべがないだの、どうのこうの。

 

(……下らん話だ)

 

過去の――忌々しい自分がフラッシュバックしそうになるのを必死に抑えつけながらハンコックは強がる。

 

もうあの時の無力な自分とは違う。

自分は強くなった。

七武海にまで上り詰め、海賊として、強者として生きている。

 

だが、そんなハンコックを嘲笑うかのように怪物は言った。

 

「――というわけで、彼らは天竜人に虐げられ、不当にもその人生を狂わされた人たちを救うべく立ち上がっている戦士たちなのです。女王、天竜人に恨みがあるのであれば是非とも彼らの力に――」

「ふざけるなッ‼」

 

我慢しきれずついにハンコックは激昂した。

怒りのあまり椅子から立ち上がり、燃え上がる瞳でキリアを睨みつける。

 

「わらわを虐げられし弱者と一緒にするなッ! わらわは強い! もう誰にも支配されぬ!」

「だが今でも天竜人を恐れている」

「ッ!」

 

それは決定的な一言だった。

 

「……貴様、余程死にたいらしいな」

「いいえ。ですが、事実ではないのですか?」

「違うッ!」

 

ハンコックは強い言葉で否定をした。

 

「わらわは忌まわしき過去をなきものにしたいだけじゃ! 断じて奴らを恐れてなどおらぬ!」

「過去と今は繋がっているのですよ、女王。誰も過去からは逃れられない」

「分かったような口を利くな! お前に何が――」

()()()()()()

 

そっとハンコックに寄り添うような声でキリアは言った。

 

「私には分かります」

「……」

 

ハンコックだって何も調べずにここへ来たわけではない。

目の前の男が辿って来た壮絶な過去については知っている。

 

「……そうじゃな。貴様であれば、分かるやもしれん」

 

冷静さを取り戻したハンコックは椅子に座りなおした。

 

「ですから女王、過去が消せないなら今と未来を変えてしまいましょう」

「……言っておくが、革命軍とやらに接触したところでわらわは誰の命令も受けぬぞ」

「構いません。どうせ、誰もあなたに命令はしないし――あちらもあなたの命令は聞かない」

 

スッとキリアがハンコックの耳元まで近づいてくる。

不敬として殺すこともできたが、何故かできなかった。

 

海賊女帝の耳元で怪物が囁く。

 

「あなたは表向き、ただの七武海として海賊を討ち、彼らから武器と金を巻き上げるんです。誰もそれを不思議には思わない。だってあなたは誰もが知る理不尽な海賊女帝だから」

「……」

「でもその武器と金はあなたたちが使うわけじゃない。人知れずどこかへ流れていくんです。でも、どこへ?」

「……」

「そう、革命軍です。このクソッタレな世界をひっくり返そうとしている彼らにどこからか武器が流れ、金が流れ、彼らの活動は過激になっていく」

「……」

「時代はうねり、姿を変え、やがては1本の槍となって彼らの喉元へと突きつけられる。彼らが誰か――もうお分かりですよね? 女王」

「……本気で世界をひっくり返せると?」

「少なくとも私はそう信じています。天竜人が支配するこの世界が変わるとね」

 

黄金の瞳が爛々と輝く。

ボア・ハンコックはどうして世界政府が血眼でこの男を追い掛け回していたのか、理由が分かった気がした。

 

(この男は怪物だ)

 

正しく異名の通り。

この世界を作り上げている常識を笑いながら踏みつぶし、絶対の法則を無情に殺し、本気で世界を変えられると思っていて、この海賊女帝すら利用しようとしている。

 

「……では、お主はこう言いたいわけじゃ。実を結ぶかも分からない連中の活動を支援するために、わらわにリスクを負えと」

「失礼ながらリスクを負わずに海賊は名乗れないかと。それに――あなたほどの方がいったい何を恐れるというのです?」

「……」

「表向き、世界は何も変わりません。ですが、水面下では確実に時代が動いています。彼らが地に堕ちてくる日も近い。だからいずれやってくるその日まで――――」

 

キリアは真っすぐに女王を見つめながら言った。

 

「あなたが裏からこの世界をかき乱すのです、女王」

「……口が良く回る男だ。それに王の立て方を良く分かっておる」

 

ボア・ハンコックに褒められ、ニコリと微笑む優男の美男子――の皮を被った怪物。

世界政府も厄介な奴を敵に回したと内心愉快に笑いながらハンコックは尋ねる。

 

「条件は?」

「おや、ここにお呼びした理由をお忘れで? 女王」

「……四皇との戦争か」

「是非ご尽力いただきたく」

 

虐げられる人々を救うためではない。

ただ――気に食わない連中を天より引きずり降ろし、その脚で踏みつけるためだけに。

ボア・ハンコックは決断した。

 

「いいじゃろう……お前の口車に乗ってやる」

 

彼が自分を利用する気でいることは重々承知の上。

だが、それを不快に感じさせない見事な話術と世界転覆のシナリオに興味が湧いた。

 

「ありがとうございます女王。実を結ぶまでに数年時間は掛かるでしょうが、後悔はさせませんよ」

「うむ」

「いやー、安心しました。どうやって契約を果たすべきか悩んでいたもので」

 

ドラゴンへのいい手土産ができたとキリアは笑った。

 

「何のことかは分からぬが、期待しておるぞキリア」

「はい。女王陛下」

「ところで、わらわの方からも話があるのだが良いか?」

「なんでしょう?」

 

不敵に笑い、女王は告げた。

 

「そなた、九蛇に来るつもりはないか? わらわの臣下に加えたい」

「えっ……」

「ドフラミンゴと同盟を結んでいるのであろう? 七武海内で派閥を作ってはならないという法はなかったはずじゃ。それに、臣下になってはいけないという決まりもな」

 

持っている情報量、戦闘能力、頭のキレ、ハンコックたちの事情を知った上でそれすらも利用していく胆力。

そして、本当に世界をひっくり返しかねない絶対的な運命力。

 

無礼を働かれたにも関わらず、ハンコックはこの底が知れない男のことを気に入り始めていた。

 

「光栄なお誘いですが……残念ながらお断りさせていただきます」

「なぜじゃ?」

「私には入りたい海賊団がありますので」

「……フフフ、わらわを前にして他の海賊団に入りたいとはな……つくづく失礼な男じゃ。だが許そう。気が変わったらいつでも声を掛けるがよい」

 

寛大に笑い、ボア・ハンコックは席を立った。

 

「しかし、世界とは不思議なものじゃ。お主のような男が現れるとは」

「――いずれ、私よりもさらに滅茶苦茶な男がこの世界にやってきますよ」

「ほう? それは確信か? それとも迷信か?」

「確信ですよ。この世界には救世主が現れます。――あなたの前にもね、女王」

「……くだらん世迷言と切り捨てたいが、お主の言葉じゃ。胸に留めておこう」

 

キリアは自然な動きで率先して扉を開き、先にボア・ハンコックを退出させる。

 

廊下で向かい合った2人は視線を交わし合い――すぐに背を向けて別々の道を歩く。

必要な時期に接触はするも、普段は関わりのない者同士として過ごす。

そういう取り決めだ。

 

キリアと別れ、1人廊下を歩きながらハンコックはポツリと呟く。

 

「……天竜人」

 

背中に刻まれた竜の蹄が疼く。

それは忌々しい過去への恐れから――ではない。

 

「天竜人……!」

 

世界一の美貌が復讐に燃え、さらに美しく――壮絶に歪む。

 

「全員纏めて血祭りに上げてくれる……!」

 

ふと、廊下で立ち止まったハンコックは後ろを振り返り、ヤマトとかいう女と楽し気に話しているキリアを見てニヤリと笑った。

 

「――キリア、今は貴様に乗ってやる。精々わらわを楽しませてくれ」

 

海賊女帝ボア・ハンコック

参戦決定。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「あっ、パイセン。ボア・ハンコックさん説得できました」

「はぁッ⁉」

 

ドフラミンゴは久しぶりに――本っ当に久しぶりに思った。

意外とやるなコイツ……。

 

 




パイセンへの接し方からは想像もつかないけど、実は目上の人やプライドが高い権力者を立てるのが大得意なキリア君。
ボア・ハンコックもキリアの意図を見透かした上で立ち振る舞いが心地よかったのと内容が面白そうだったので乗ることに。
今作のボア・ハンコックさんには冷酷無比、カリスマ力に全振りのスーパー女王様ムーヴして頂きます。


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七人の海賊

七武海連合結成。

 

そのニュースは瞬く間に世界中を駆け巡った。

 

自身が治める国を襲撃されたドフラミンゴが招集を掛けたことは周知の事実だったものの、まさか本当に七武海による連合が実現するとは誰も予想できず、世界は大いに盛り上がった。

 

当然、その知らせはカイドウの元にも伝わり、ドレスローザ周辺海域に攻め入ろうとも堅牢な守りを維持する海軍に手を焼いていた彼は楽しくなってきたと大いに喜んでからワノ国へと引き返していった。

 

世界中が注目する四皇VS七武海の戦い。

一体どちらが勝つのか。

開戦の狼煙はいつ上がるのか。

どこが戦場となるのか。

 

あれやこれやと噂が飛び交う中、件の七武海連合は結成から一週間後に再び円卓の間に集まっていた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「作戦を説明する」

 

連合の盟主であるドフラミンゴが円卓に座る面々を見渡しながら話を切り出す。

 

「まずカイドウが保有する戦力についてだが、本船の戦力数は少なくとも2万は下らないという話だ。さらにワノ国を牛耳っているカイドウの協力者であるオロチとかいう奴の戦力も加算すると3万も超えるらしい」

 

さらに百獣海賊団の恐ろしい点はその勢力がただの寄せ集めではなく、きっちり戦力として機能しているところだ。

原作のゾロをして「数が多いだけじゃなく、層も厚い」と言わせた戦力は伊達ではない。

ただ、原作の相違点としてドフラミンゴがSMILEを生産していない為、能力者の数は圧倒的に減少しているが。

 

「だからこそ開戦前にある程度厄介な連中の戦力は削っておくことを考えている。まぁ、こっちは俺とモリアの部下たちで何とかするからテメェらは気にしなくていい」

「……少しいいか、ドフラミンゴ」

「なんだ?」

 

急に話に入って来たヤマトを怪訝な表情で見るドフラミンゴ。

彼は覚悟を決めた強い眼差しで言った。

 

「オロチたちを制圧するなら僕も同行した方がいいと思うんだ。鬼ヶ島に長い間閉じ込められていたけれどワノ国の地形は頭の中に入っているし、それに何よりおでんに苦痛の限りを与えたオロチの野郎は僕の手で討ちたいんだ……!」

「……そうか。ワノ国に派遣する面々はモリアと相談してある程度決まっている。そこにテメェも加わるってことでいいんだな?」

「あぁ。構わない。それに、上手くやればカイドウと敵対している侍たちを味方にできるかもしれない。……カイドウの息子である僕が言ったところで意味はないのかもしれないけどね」

「侍か……確かに戦力は幾つあってもいい。潜入させている俺のスパイたちにもコンタクトを取るよう命令しておこう」

 

こうしてヤマトはワノ国に潜入してから鬼ヶ島の討ち入りに参加することが決まった。

 

「さて、次に決行時期だが、ちょうどいいタイミングがある。ヤマト」

「あぁ。実は今からちょうど一か月後に“金色神楽”と呼ばれる年に一度の大騒ぎがあるんだ。カイドウの部下たちが勢ぞろいし、さらにオロチの配下たちも合流して大騒ぎする祭りの日。狙うならここがいいと思う」

「さっき言ったようにワノ国から来る増援はヤマト主導で無効化させる。俺たちの敵はカイドウと幹部、そして2万の兵力と考えればいい。……まぁ、2万とは言ったが幹部以下はヤマト、俺とモリアの部下たちが合流すれば何の問題もなく片付けられるだろう」

 

それを可能とするだけの恐ろしい能力者たちが七武海傘下に揃っている。

これもまた七武海連合が恐ろしい理由の一つである。

 

「さて、次に幹部連中との戦いについてだが――」

「ちょっと待ってください、パイセン」

「あぁ?」

 

話しに割り込んできたキリアを見て露骨に嫌そうな顔をするドフラミンゴ。

彼は知っていた。

コイツがこういうタイミングで口を挟む時は大抵ろくでもないことを言うつもりだと。

 

「鬼ヶ島に攻め込む時の()はどうするんです?」

「どうって……普通に俺の船か、他の連中の船でいくつもりだったが……」

「パイセンの船で⁉ 正気ですか――‼」

 

何故かぶち切れ寸前の表情で叫びながらキリアは懐から取り出した写真の束を円卓に叩きつけた。

 

「――あっ、女王。それ人数分印刷しておいたんで隣に回してください」

「うむ」

「テメェ、いつの間に……」

 

変なところで用意周到な狂人に頭を痛めつつ、一周して隣のヤマトから回って来た写真に目を通すドフラミンゴ。

 

「……って、こりゃあ俺のヌマンシア・フラミンゴ号の写真じゃねェか⁉」

「えぇ、そうです。あなたのスーパーハイパークソダサヌマンシア・フラミンゴ号の写真です」

「どんだけダサいと思ってんだお前……」

 

内心ちょっと落ち込むドフラミンゴだが、スイッチが入ってしまったキリアの勢いは止まらない。

彼は立ち上がると手元の写真をバンバン叩きながら七武海の面々に向かって言い放った。

 

「いいですか皆さん! 我々は七武海です! 世間より四皇の抑止力として期待されている最高戦力です! だというのに討ち入りの際に使用するのがこんなピンク一色で、自分の名前が“ドフラミンゴ”だからフラミンゴにしておこう、的な安易な考えでデザインされたおまる同然のクソほどダサい船でいいのでしょうか⁉」

「おい」

「いや、良くはない! だからどうか皆さんの感想をお聞かせいただきたい! 俺の美的感覚が間違っているのであればヌマンシア・フラミンゴ号に謝罪しましょう!」

「俺への謝罪は?」

「皆さんもまた俺と同じ感想なのであれば、ワノ国へ乗り込む船は再度検討する必要があるということです。――さぁ、お聞かせください! 皆さんの率直な意見を!」

 

「「「「「……」」」」」

 

キリアの言葉を受け、再度手元の写真をじっくりと見つめる七武海たち。

 

さぁ、ヌマンシア・フラミンゴ号の評価は如何に――‼

 

 

 

 

 

 

「ダサいな」

「なんじゃこの美しさの欠片もないデザインは」

「うーむ、コメントに困るのぉ」

「俺をこの船に乗せる気か?」

「ダサッ」←キリア

「……」

 

 

ボロクソに言う七武海たち。

まさかここまで批判を食らうことになると思っていなかったドフラミンゴは唖然としつつもう一度手元の写真を見る。

 

(……そんなにダサいか、これ?)

 

ピンクで統一されたデザインと言い、優雅なフラミンゴの形と言い、完璧なデザインだ。

しかし、彼自身がいいと思っていても今回は同盟相手が相手だ。

乗りたくないと言う船に無理やり乗せていっても途中で下船されかねない。

 

「……」

 

ドフラミンゴは思った。

 

船買い換えようかな、と。

 

 

 

◆◆鬼ヶ島◆◆

 

 

時は流れ、一か月後。

鬼ヶ島は年に一度のお祭りにて大いに盛り上がっていた。

 

「ウオロロロ……飲めよテメェら! 今日は無礼講だ!」

 

機嫌よく酒を呷るカイドウ。

彼とて七武海が連合を結成し、四皇討伐に向けて動き出したことは知っている。

だが、警戒したところでどうにかなるわけでもなし。

そもそもどれほど劣勢に陥ろうともその腕っ節一本で状況をひっくり返してきたカイドウだ。

七武海が束になろうとも負ける気はしなかった。

 

「ちょっと飲み過ぎじゃないすか? カイドウさん」

「ウオロロロ! 金色神楽で飲まずにどうするってんだ! 今日は無礼講だって言っただろう? いいからお前も飲んで歌え! クイーン!」

「うっす」

 

完全に宴が始まる前から酔っぱらっているカイドウにぞんざいな対応をするクイーンだが、カイドウは気にも留めない。

 

(やれやれ……今日は潰れるまで飲む気だな……)

 

呆れるクイーンだが、正直カイドウの気持ちも分からないでもなかった。

 

ここ最近はドレスローザ周辺でいまいち盛り上がりに欠ける海軍との戦いに追われていたこともあり、皆ストレスが溜まっていたのだ。

こうして羽目を外せることは非常にありがたかった。

 

「……おい、クイーン」

「なんだアホキング」

「お前ももう知っていると思うが、七武海たちが連合を組んだそうだ。カイドウさんを倒すためにな」

「あぁ、なんか聞いたことはあんなぁ……でも、連合つったってどうせ数人だろ? カイドウさんと百獣海賊団(おれたち)なら問題ねェだろ」

「確かに問題ないだろうが、妙な胸騒ぎがする。警戒だけは怠るなよ」

「はいはい。俺はこれからライブで忙しいからよ、お前が勝手に警戒しておけキング」

「おい! 待てクイーン!」

「年に一度の金色神楽で羽目を外せないとは哀れな奴だぜ! 一生そこでシリアス顔晒しときな!」

「……ッチ、あの間抜けめ」

 

舌打ちをしたキングは誰も彼もが気を抜いている金色神楽の中で一人、神経を尖らせることに集中し始めた。

 

自身の右腕がしっかりと警戒を怠らない中、べろんべろんに酔っぱらった百獣海賊団の総督は至極幸せな気持ちで宴を謳歌している。

そんな中、部下の一人が何らかのリストを手に駆け寄って来た。

 

「カイドウさん!」

「あぁ? なんだ~?」

「このリストに記載がある黒炭オロチと言う方がまだ到着されていないようですが……」

「あぁ、オロチだぁ?」

 

カイドウは心底不思議そうに首を傾げた。

 

()()()()()()?」

 

今まで一度もそんな名前を聞いたことがない。

頭の中に靄が掛かっているような違和感はあるが、酔っぱらっているカイドウはどうでもいいことだと切り捨てて再び宴会に戻っていった。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

百獣海賊団が金色神楽で有頂天になる少し前。

鬼ヶ島に向けて進む一隻の巨大な海賊船があった。

それは王下七武海であるゲッコー・モリアが所有するスリラーバークを小型化させたような巨大な船で、掲げられている海賊旗には()()()()()が描かれている。

 

乗船者は七武海連合の面々とその傘下にいる者たちが何名か。

過剰なほどの戦力を乗せたその巨大な船の名は「Seven Pirates」。

モリアのスリラーバークの一部を切り離し、ウォーターセブンにて世界政府特権とドフラミンゴの大金によって無理やり完成させた七武海連合専用の船である。

 

「見えてきたぞ。あれが鬼ヶ島じゃろう?」

 

海から船に乗り込んできた魚人――海侠のジンベエが船内の面々に通告する。

 

「ご苦労だったなジンベエ。お前のお陰で簡単に入国できそうだ」

「わっはっは! この船は能力者が大半だからのぉ。わしがやるしかなかったのじゃから気にするな!」

 

ジンベエは快活に笑ってここまで連れてきてくれた鯉たちに礼を述べた。

圧倒的な大きさを誇るSeven Piratesだ。

当然、鯉が一匹や二匹で足りるはずもなく、魚人であるジンベエの力も活用した上で計30匹の鯉が必要となった。

 

「……それじゃあキリア、予定通り僕は先に行くよ。一緒に討ち入りの瞬間に立ち会えないのは残念だけど、すぐに合流するから」

「あぁ。気をつけてな、ヤマト」

 

キリアとヤマトは固い握手を交わした後、がっちりと抱き合って互いの体温を感じ合った。

 

「……覚悟は決まったか。カイドウの息子」

「僕の名前はヤマトだ。今は、そうとだけ呼んでくれ」

「……分かった。他のメンバーも準備はいいか?」

 

くまは後ろを振り向き、先行でワノ国へ突入する面々へ確認する。

 

「ホロホロホロ! いつでもいけるぞ!」

「ワノ国か……どんな美女がいるんだろうなぁ……」

「おいアブサロム。お前、蛇女に石にされたこと忘れたのか? 妙なことして私の足引っ張るんじゃねぇぞ!」

「分かってるさペローナ。モリア様に迷惑は掛けねぇよ」

 

スリラーバーク四怪人より招集されたペローナとアブサロムが愚痴を言い合いながらもモリアからの命令を忠実に実行すべく肩を並べる。

さらに追加で船室から現れた人影が四名。

 

「……早くおねえちゃんを迎えにいかなくちゃ」

「シュガーお嬢ちゃん。そう肩に力を込めていても時間は先に進まねぇんだぜ? ドーンと構えておきな。大丈夫、モネは強い女だ」

「セニョール・ピンク……」

「若様に滅茶苦茶必要とされた! これは私の出番ってことでいいのよね⁉」

「だ〜す〜や〜〜ん! 若様のお役に立ってみせるだすやん!」

 

ドンキホーテファミリーより選出された4名。

シュガー、セニョール・ピンク、ベビー5、バッファロー。

 

本当はグラディウスやピーカなど圧倒的な攻撃力を持つ面々をピックアップしたかったドフラミンゴだが、生憎と未だに復活できる目途がない状況の為、上記のメンバーが選出された。

 

「では行くぞ」

 

気合十分の面々を見たくまは手袋を外し、その手でヤマトに触れ――その瞬間、彼の身体は一瞬で消えた。

さらにペローナ、アブサロム、シュガー、セニョール・ピンク、ベビー5、バッファローにも順番に触れ、ワノ国へと飛ばしていく。

 

「キシシシシ……くま、俺の物を飛ばすのを忘れるなよ」

「あぁ。鬼ヶ島のドーム上に飛ばせばいいんだな」

「そうだ」

 

ゲッコー・モリアの指示を受けたくまは小型スリラーバークの中央で厳重に封印されていたそれを希望通り鬼ヶ島のドーム上に飛ばした。

 

 

「……しっかし、恐ろしい作戦を立てるなぁ、パイセンも」

 

原作と共に彼らの能力を知っているキリアは飛んでいった面々を見つめながらそっと呟いた。

 

この面子で何をしようというのか。

ドフラミンゴが考えた作戦は下記の通りだ。

 

まずは優秀なスパイであるモネをワノ国に潜入させ、現地のスパイと合わせて情報収集。

敵の行動パターンを把握したうえでワノ国の勢力合流を防ぐべく、増援無力化チームを投入。

投入された面々のうち、アブサロムが透明になってシュガーを運び、誰にも気づかれないように敵勢力を玩具にして無力化。

気配を悟られかねない強者はペローナがホロホロの能力で一時的に無効化してしまえば玩具にしてしまうのはそう難しくない。

異変に気付かれてもヤマトという超火力のアタッカーやベビー5&バッファローがいる以上、ほぼ盤石と言ってもいいだろう。

玩具にした連中はセニョール・ピンクを始めとするドレスローザ陣営で回収し、ワノ国に着艦予定のSeven Piratesに搭載されている海桜石の牢屋にぶち込み、今度は鬼ヶ島に上陸する予定となっている。

 

決して気絶させてはいけないシュガーを連れてくることに抵抗がなかったといえば嘘になるが、カイドウに感づかれないよう戦力を削るという意味で彼女は必要不可欠だった。

 

それにドレスローザは英雄ガープに目を付けられたこともあり、既に危機的状況にある。

ドフラミンゴはワノ国を手に入れた後は、全員でこちらへ移住することを計画していた。

 

 

「後はアイツらが上手くやるのを祈るだけだな」

「ヤマトがいるし、現地にはモネちゃんが待機しています。問題ないでしょう。俺たちは中で合図を待ちましょう」

「あぁ……」

 

嵐の中、船頭に立ち鬼ヶ島を睨みつけていたドフラミンゴを室内へと誘うキリア。

2人は他の七武海たちも待機している豪華客船のように贅の限りを尽くされた船内へと移動し、くつろぎ始めた。

これから四皇との戦争だというのに、彼らには一切緊張している様子は見受けられない。

このメンタルの強さは流石王下七武海というべきか。

 

そうして各々暇を潰しながら待つこと一時間後。

 

『キリア聞こえているか? こちらヤマト』

「あぁ、聞こえているよヤマト。首尾はどうだい?」

『順調だよ。花の都はあらかた制圧した。幾つか用事を済ませたらそちらへ合流するよ』

「分かった。こっちも行くよ」

『あぁ――武運を祈っている』

「ヤマトもね」

 

電伝虫の通話を終えたキリアは顔を上げ、こちらを見つめていたドフラミンゴと視線を合わせ、静かに頷いた。

 

準備は整った。

あとは本丸に乗り込むだけだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

 

「さて――行くか」

 

連合の盟主であるドフラミンゴが号令を発すれば船内でくつろいでいた彼らが重い腰を上げて立ち上がり、嵐が吹き荒れる甲板まで出てきた。

 

天夜叉ドンキホーテ・ドフラミンゴ。

怪物キリア。

海賊女帝ボア・ハンコック。

鷹の目のミホーク。

海侠のジンベエ。

暴君バーソロミュー・くま。

ゲッコー・モリア。

 

七人の海賊が揃い踏み――

時は夕刻 嵐が吹き荒れる海の真ん中にあってその影は揺らぐことなく。

七つの骸骨旗を掲げ、鬼へと戦いを挑む。

 

彼らにはこの国に思い入れなどない。

ワノ国に生まれたわけでもなければ、縁者がいるわけでもない。

 

野心、友情、革命、戦闘、人情、契約、再戦。

 

ただ己の我欲の為だけに今日、この場所へ集った。

四皇への抑止力として招集された選りすぐりの強者たち。

 

世界は彼らのことをこう呼ぶ。

 

王下七武海、と。

 

「やれ、くま」

 

ドフラミンゴの命を受けたくまが各自を一人ずつ能力で鬼ヶ島へと飛ばす。

 

完璧に制御された能力で鬼ヶ島の入り口に続々と着地する七人の海賊。

 

左からゲッコー・モリア、ジンベエ、ボア・ハンコック、ドンキホーテ・ドフラミンゴ、キリア、ミホーク、くまと圧巻の面子。

 

揃った彼らは横一列に足を揃えて前進し始めた。

 

「おい、なんだテメェら……!」

「今は金色神楽の最中だ! 邪魔をするんじゃ――」

 

見張り役たちが彼らを押しとどめようとするが、ドフラミンゴの隣を歩く怪物キリアが一睨みすれば意識を失って倒れていく。

さらにキリアの反対側から出てきた監視役もドフラミンゴの隣を歩くハンコックが一睨みするだけで意識を失って倒れていく。

生半可な連中では彼らの前で意識を保つことさえままならない。

 

誰も彼らを止めること叶わず、七人の海賊はドフラミンゴを真ん中に堂々と歩みを進める。

 

 

「待たせたな ゴミクズ共ォ─────!!!」

 

やがて海賊たちはクイーンが盛り上げている宴会会場へと辿り着いた。

今日は年に一度の大騒ぎ。

大いに盛り上がっている百獣海賊団たちは監視役が強引に気絶させられたこともあり、まだ彼らの存在には気が付かない。

 

ならば教えてやろう。

()()()()()()()

 

 

「「「――――ッ‼」」」

 

 

ドフラミンゴ、キリア、ハンコックの3名が同時に覇王色の覇気を発動させた。

放たれた3つの王の力は共鳴し合い、大きな波紋となって会場を包み込む。

 

屈強な百獣海賊団も3つ連続で押し寄せる覇王色にはなかなか対応しきれない。

 

続々と気を失って倒れる部下たちを見たクイーンはライブを止めて乗り込んできた面子を見てサングラスを割るほど驚き、ここ最近のニュースから彼らが今日攻め込んでくることを予期していたキングは静かに刀へ手を掛けた。

 

そして――

 

百獣海賊団総督、百獣のカイドウは笑った。

 

「随分と遅い到着じゃねぇか。待ちわびていたぜ、テメェらをよ」

「悪りぃな。出航準備に手間取っちまった」

 

不敵に笑って答えるドフラミンゴ。

まだ何とか意識を保っていた百獣海賊団の船員たちが武器を構える中、七武海たちは特に臨戦態勢を取ることもなく自然体でいる。

 

「ウオロロロ……流石に壮観だな。七武海が勢ぞろいとは」

 

正確にはこの場にいない七武海が1人いるが、本質的に七武海は七名からなる組織だ。

戦力的には既に申し分ない域に達している。

決して揃うことはないとされていた七武海たちが七人横並びで立っているその姿は、確かに世界の均衡を保つといわれるだけの威風に満ちていた。

 

だが、百獣のカイドウが彼らを恐れるはずもなし。

 

「始める前に一応聞いておこうか……テメェら、何をしにきた?」

 

自慢の金棒を握り、七武海たちへ問いかける。

自分を倒しに来たことは分かっているが、それでもこうしてドフラミンゴや怪物以外の面々が顔を揃えていることは不自然だった。

 

「何をしにきたってお前ェ……俺たちは海賊だぜ?」

 

ドフラミンゴは七武海連合の盟主として――何より海賊として、宣言した。

 

 

 

「この国を奪いに来た」

 

 

 

 

 

 

 




Q:もしかしてこれがやりかっただけ?
A:そうです。ワノ国編は最後の殴り込みのシーンの為だけに存在していたのだ……。

Q:細かいこと言わず全員で殴りこんだ方が早くない?
A:どうしても七武海の七人で殴りこむ場面を描写したかった。後悔はない。
※3人が制御をかなぐり捨てた全力の覇王色を発動するために他の戦力が邪魔だったという事情もあります。


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開戦

大変......大変長らくお待たせいたしました......(土下座

もう話の内容をお忘れになっている読者の方もいらっしゃるかと思いますので、簡単にこれまでのあらすじを説明させていただきます。


カイドウに七武海の皆で喧嘩を売りに来た。以上。


 

七武海たちを従え国盗りに来たと宣告したドフラミンゴに対し、カイドウは真剣な表情で言った。

 

「この国を奪いに来た、か。まさかワノ国の弱者どもを哀れんで……ってわけじゃあなさそうだな」

「当たり前だろう」

「では何故この国を欲する?」

 

不敵な笑みを浮かべドフラミンゴは答えた。

 

「野心のため」

 

七武海連合の盟主が突きつけるあまりにも真っすぐな欲求。

ある意味で、この場にいる誰よりも強欲で、海賊らしいその言葉を聞いてカイドウは笑った。

 

「ウォロロロ! いいぜ! 良く言った! それでこそ海賊だ! だが――」

 

横並びの七武海を前にそれでも四皇は笑う。

 

「テメェ、()()()()()()()()()()()()()?」

 

圧倒的な覇気が鬼ヶ島を支配する。

シュガーがこの場に居れば間違いなく意識を失っていただろう。

世界最強格の力を戦わずとも見せつけてくるカイドウを前にしかし、ドフラミンゴは落ち着いていた。

 

「分かっていなきゃここにはいねェよ。テメェは俺が七武海であることを知りながらうちの国に攻め込んできた。世界の均衡を保つ俺たち七武海が舐められたんだ。このまま黙って終わるわけにはいかねェだろ?」

「だから俺の国に討ち入りか。ウォロロロ……確かに理には適っているが、テメェ一つ計算違いをしてるぜ――雑魚七人揃えた程度で四皇に勝てるわけねェだろうが」

 

ゾッとするほど冷たい瞳でカイドウが七武海を睨みつける。

舐められたと感じているのは彼とて同じ。

この程度の戦力で百獣海賊団に太刀打ちできると思われていることに憤りを感じていた。

 

「ふん、俺たちが雑魚か……おいカイドウ! もうちんたら話し合うのは止めようぜ。ここまで来たんだ。さっさと始めようッ!」

「ウォロロロ……その意見には同意だ。野郎ども! 宴は延期だ! コイツらを皆殺しにしてから仕切り直しにするぞ!」

 

両軍の大将は口を揃えて宣言した。

 

「「開戦だッ‼」」

 

鬼ヶ島内が歓喜と狂気の声で埋め尽くされる。

七武海を圧倒する数と言う名の力。

しかし少数である七武海たちは誰一人として動じることなく真っすぐに四皇を見据えている。

 

誰が仕掛けるのか。

今すぐにでも押し寄せてきそうな百獣海賊団の大軍を前に戦いの幕を切って落としたのは意外な人物だった。

 

「頼むぜ、鷹の目」

「心得た」

 

世界最強の剣士が背中の大剣に手を伸ばす。

 

(百獣のカイドウか)

 

世界最強の生物と名高い四皇が一人。

相手にとって不足なし。

 

一瞬で抜刀した鷹の目ミホークは“夜”を真っすぐにカイドウへ振り下ろした。

世界最強の斬撃が飛び、遠距離武器のようにカイドウへ一直線に伸びていく。

原作の頂上決戦と違い、四皇までの距離はそこまで遠くない。

 

カイドウが誇る最強の肉体か、ミホークが誇る最強の斬撃か。

誰もが気になる矛盾の答えはしかし、まだ明らかにはならない。

 

「させん!」

 

カイドウを守るように奇妙な黒い影がミホークの斬撃に割り込んできた。

その影は世界最強の斬撃を真っ正面から受けてしかし――倒れない。 

 

「ウオロロロ……どうだったキング。世界最強の斬撃は」

「確かに重いが……俺に傷を負わせるほどじゃないな」

 

黒い翼に黒い衣装。そして背中から噴き出す炎。

異形の塊のような彼こそが大看板を背負うカイドウの右腕。

“火災のキング”である。

 

堂々と立つ四皇最高幹部を目にしたキリアは思わず叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いきなり“キング”は取れねェだろうよいッ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「???????」」」」」」

 

鬼ヶ島内が沈黙に包まれる。

四皇たちだけでなく味方の七武海まで首を傾げる地獄のような空気が形成される中、ドフラミンゴは渋々口を開いた。

 

「……お前、突然どうした?」

「いえ、なんか言わなきゃいけない気がしたんで」

「ふざけんな!」

 

せっかくドフラミンゴが討ち入りの台詞をカッコよく決めたのにこれでは全部台無しである。

 

「なぁ、頼むから思い付きで何でもかんでも口にする癖直せよ!」

「うっす」

「ったく、この空気どうすんだよ……」

 

場に弛緩した空気が流れる。

折角の戦闘ムードをぶち壊されたドフラミンゴが嘆くが、こういうギャグよりの空気に左右されない頼もしい人材が居た。

 

「安心しろ。テメェらはここで俺が殺すッ‼」

 

空気などお構いなくミホークの斬撃からカイドウを庇ったキングがプテラノドンの姿に変身し、凄まじい速度でドフラミンゴ目掛けて突進を仕掛けてきた。

軽い空気になりながらも油断などしていなかったドフラミンゴが構えるが、それよりも先に七武海の列から飛び出した男がその突進を食い止めた。

 

「鷹の目のミホーク……!」

「俺の斬撃が効かなかったとはプライドが傷つくな。貴様の首で慰めにするとしよう」

 

プテラノドンに変身したキングの嘴を難なく剣で受け止めながら世界最強の剣士が笑う。

 

「調子に乗るなッ!」

 

空中で身を翻したキングは自慢の蹴りを放つが、見事な体捌きでそれを躱したミホークは一呼吸で氷山をも切り裂く斬撃を繰り出した。

 

「ぐっ……!」

 

キングの種族特性による防御力は絶対だ。

無論、今の斬撃でも傷を負ったわけではない。

しかし桁違いの威力に踏ん張りが利かず、キングはボールのように吹き飛ばされた。

 

「ふむ……やはり堅いな。不自然なまでに堅い」

 

軽々と四皇最高幹部を吹き飛ばしたミホークは不思議そうな表情を浮かべながら愛刀を眺めた。

世界最強の剣士として君臨するミホークに斬れないものなど存在しない――否、存在してはならない。

 

戦闘を欲してこの島に降り立った男はニヤリと不敵に笑った。

 

「面白い。斬りがいのある者がいるな」

「……おい、鷹の目。盛り上がっているところ悪いが作戦忘れてねェよな?」

「分かっている。すぐに終わらせて後で合流するからお前たちは先に行っていろ」

 

四皇最高幹部をすぐに倒すと宣告しながらミホークは吹き飛ばしたキングを追って“夜”を手に悠々と歩みを進める。

しかしそんな彼の行き先に巨大な影が立ちふさがった。

 

「おいこら鷹野郎! テメェ、好き勝手やってくれるじゃねェか!」

「……疫災のクイーンか。そこをどけ。貴様に用はない」

「あァ? 随分と舐めた態度取ってくれるじゃねェか! この百獣海賊団のアイドルクイーン様を前によォ!」

 

ミホークの前に立ちはだかり、分かりやすい挑発をしながらもクイーンの頭の中は冷静だった。

海兵狩りとして名を上げ、遂には世界最強まで上り詰めた人類の最強格。

目の前の男の危険度を把握しているからこそキングが復活してくるまでの時間を稼ごうとしていたのだ。

 

そんな中、キリアはのんびりとハンコックに話しかけた。

 

「あっ、女王。ちょっといいですか?」

「なんじゃ?」

「あのクイーンとかいうデブ、自分こそがこの世で一番美しい女王だってこの間言ってましたよ?」

「ほう?」

「ボア・ハンコックなんて屁でもないって」

「――そうか」

 

コソコソと話し合う怪物と女王など眼中にないクイーンは見聞色でキングの様子を探りながら挑発を続ける。

 

「鷹野郎。テメェ、剣士と戦うことに随分と執着しているらしいじゃねェか。どうだ? 俺だって剣士だぜ? 一戦交えて行けよ」

「その玩具のような剣でか? 貴様に剣士としての誇りは感じられん。いいからそこをどけ」

「剣士としての誇りだァ? ムハハハ! 馬鹿を言うんじゃねェ! そんなもんはキングだって持ち合わせちゃいねェよ!」

 

ミホークの発言を鼻で笑いながらクイーンは抜刀した。

 

「馬鹿正直に真正面から乗り込んできたことを後悔させてやるよ! 七武海ども!」

「――そこをどけ、下郎」

「ぶげらッ⁉」

 

強烈な蹴りを腹部に受け、見事なエネル顔を晒しながら吹き飛んでいくクイーン。

ミホークと同じく強烈な一撃で四皇最高幹部を吹き飛ばす武力を見せつけた彼女は美しく地上に着地した。

 

「げほっ……いきなりこの俺を蹴り飛ばすとはとんだ礼儀知らずがいるなァ! しかも鷹の目となかなかクールなやり取りをしている最中に攻撃を仕掛けてくるとは空気の読めねェ野郎だぜ。一体どこの誰が――海賊女帝ボア・ハンコック⁉

 

クイーンは目ん玉を飛び出しながら驚いた。

ハンコックは絶対零度の視線を向けながら告げる。

 

「許可なくわらわの名を呼ぶな」

「おいおい、随分と冷てェじゃねェか。仲良くいこうぜ?」

「わらわの許可なく立ち上がるな」

「おぉ、キツイぜ。だが……世界一の美女ってのは誇張じゃなかったらしいなァ。ん~! 美しいぜ!」

「許可なくわらわを見るな」

「ところで海賊女帝さんよ、テメェどうしていきなり俺を蹴り飛ばしたんだ?」

「わらわの許可なく口を開くな」

よぉし! 良く分かった! テメェ、性格最悪だろッ‼

 

何も許してくれない海賊女帝のあまりの理不尽さにクイーンがツッコミをいれる。

ミホークは鬱陶しいクイーンをぶっ飛ばしたハンコックに意外そうな視線を向けた。

 

「珍しいな海賊女帝が出陣か」

「貴様に言われたくはないわ、鷹の目。――こやつはわらわが始末しておく。さっさと先に行け」

「……どういうつもりかは知らないが、頼んだぞ」

 

ハンコックにクイーンを任せ、鷹の目のミホークが先へと進んでいく。

 

「おいこら! 待て!」

 

ミホークのことを止めようと動くクイーンだが、そんな彼の全身に強烈なプレッシャーが襲い掛かり、思わず動きを止めてしまう。

悠々と歩みを進めるミホークの背を睨みつけていたクイーンだがゆっくりと覇王色を放ったハンコックの方を振り向いた。

 

「――おい、ちょっと調子に乗りすぎなんじゃねぇか? 女王さんよ。テメェら雑魚の分際で誰の許しを得て好き勝手してやがるんだ?」

「ほざけ! わらわは何をしようと許される! なぜなら――」

 

見下しすぎて逆に上を見上げながらハンコックは堂々と確たる真実を口にした。

 

わらわは美しいから‼

「……それは理由になってんのか?」

 

冷静にツッコミを入れながらクイーンが構える。

ハンコックは怒りのままに突撃し、その強烈な足技を放つ。

 

女王の名を持つ2人が衝突した。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

「ウォロロロ! 盛り上がって来たじゃねぇか!」

「おいおい、大事な部下が七武海に蹂躙されようとしているのに随分と呑気じゃねぇか、カイドウ」

「馬鹿を言え! アイツらの強さは俺自身が良く知っている! そう簡単にやられはしねぇよ」

 

自分の部下たちを称賛しながらカイドウは残る七武海たちを睨みつけた。

 

「さて、残ったテメェらは俺が相手を……と言ってやりてぇが、俺以外にも戦いたくてうずうずしている連中がいるようだなぁ」

「――その通りだぜ、カイドウさん」

 

カイドウの後ろから一歩を踏み出し、姿を現したるは最後の大看板、旱害のジャック。

彼は怒りの表情を浮かべながら七武海たちを睨みつける。

 

「ここまで百獣海賊団を舐められて大看板の俺が黙っているわけにはいかねェ。七武海だか何だか知らねぇが、ここで全員始末してやるよッ!」

 

愛用の刀を取り出し、二階の宴会会場から飛び降りたジャックが連合の盟主であるドフラミンゴの首を狙う。

ドフラミンゴは応戦する前に鷹の目やハンコックのようにキリアが率先して幹部を倒しに行ってくれないか期待しながら横を見るが――

 

「ん?」

「……」

 

肝心のクソ馬鹿が呑気に鼻をほじっていたので仕方なく自分で対処すべく糸を張り巡らせた。

 

「死ねぇ――!」

「させんッ!」

 

だが、どこぞの馬鹿と違って気が利く人材がまだ七武海には残っていた。

突撃してくるジャックとドフラミンゴの間に割り込んでくる一人の漢。

振り下ろされた双刀を武装色でコーティングした両腕で弾き、漢は固く握ったその拳を解放させた。

 

五千枚瓦正拳ッ!

 

炸裂する魚人空手の技。

血の滲むような研鑽を重ねることによって完成させたその拳は凄まじい巨体を誇るジャックを易々と吹き飛ばして見せた。

 

「ジンベエ……」

「早速鷹の目たちが勝手に動きよったせいで作戦は台無しじゃが……盟主のお主が幹部に討ち取られるのはまずいじゃろう? あいつはワシが相手をする。お前たちは先に行け!」

「俺がアイツに負けるとは思えねぇが……その気遣いはありがたく貰っておこう。頼むぜ、ジンベエ」

「心得た」

 

仁義によってこの国へやって来た漢が力強く頷く。

一方、他の大看板たちと同じように吹き飛ばされたジャックは瓦礫を吹き飛ばして立ち上がった。

 

「海侠のジンベエ……! 随分といいパンチを撃つじゃねェか! 流石は魚人族の中でも最強と称されるだけのことはある」

「その割には納得のいってなさそうな顔じゃな」

「あたり前だ。俺ァ、こう見えても魚人の血が流れていてなァ……最強の座を好き勝手にされるのは気に入らねェんだッ!」

「そうか……ならばその腕で示してみるがいい、お主の力を。だが覚悟するんじゃな」

 

七武海入りの理由も政治的な意味合いが強いジンベエではあるが、その実力が七武海に相応しくないかと言うと、決してそんなことはない。

寧ろタイヨウの海賊団として暴れ、海軍に危険人物と認定されたその実力は本物だ。

さらに彼は日々鍛錬を怠ることなく、今もまだ強くなり続けている。

 

唐草瓦正拳ッ!

「ッ!」

 

見た目にそぐわない俊敏な動きで移動したジンベエはジャックへと強烈な正拳突きを食らわせた。

 

「わしは強いぞ」

 

最強の魚人が牙をむいた。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「ジャックも行っちまったか……こうなると、残るは俺と」

 

カイドウはぐるりと首を動かして宴会会場内を見渡した。

 

「俺の可愛い部下たちだけだな」

「「「「「おぉぉぉぉぉぉッ‼」」」」」

 

会場を包み込む百獣海賊団の雄たけび。

 

ドフラミンゴ、キリア、ハンコックの覇王色を受けて半分以下に数は減ったものの、七武海に比べ多勢であることに変わりはない。

さらに大看板たちは戦闘を開始してこの場を離れたが、まだ彼らが残っている。

 

真打と呼ばれる精鋭たち。

その中でも特に秀でた実力者として一目置かれている強者。

その名を――

 

“飛び六胞”

 

「おいテメェら! 勝手に人の家に上がり込んで何をしているでごわすか! ぶっ殺りんすよ!」

 

動物系古代種リュウリュウの実 モデル“パキケファロサウルス”の能力者。

懸賞金 4億ベリー。

うるティ。

 

「ぶっ殺りんすって何言葉だよ……」

 

その弟にして同じく動物系古代種リュウリュウの実 モデル“スピノサウルスの能力者。

懸賞金 2億9000万ベリー。

ページワン。

 

「うふふ、言葉遣いが変なうるティちゃん可愛い♡」

 

吠えるうるティを見て妖艶に微笑む巨体の美女。

動物系古代種クモクモの実モデル“ロサミガレ・グラウボゲリィ”の能力者。

懸賞金4億8000万ベリー。

ブラックマリア。

 

さらにその後方には同じく飛び六胞の一人であるササキが率いる鉄壁の装甲部隊が控え、さらに残り2人の飛び六胞たちも血を求めて目をぎらつかせている。

 

この分厚い戦力を突破することは容易なことではない。

 

しかし、ドフラミンゴに焦りはなかった。

 

「……旅行するならどこへ行きたい?」

 

一瞬で飛び六胞たちの前に現れた巨体の男が今にも消え入りそうな声でそっと呟く。

暴君バーソロミュー・くま。

契約に基づきこの場に参戦した男は自分の仕事を全うすべく、手袋を外しながら律儀に問い掛ける。

ギロリとくまを睨みつけたうるティは不機嫌そうな表情で答えた。

 

「天気が良い南国でごわす。ここはカイドウの馬鹿のせいで曇りが多くて嫌いじゃ」

「おい! なんてことを言うんだ馬鹿姉貴! あと流石に語尾がブレすぎだ!」

「馬鹿とは何でありんすかぺーたん!」

「敵の前でぺーたん言うなッ!」

 

ガヤガヤとやかましく喧嘩をしながらも百獣海賊団が誇る姉弟コンビは油断することなく不気味な七武海を前に臨戦態勢を取る。

 

すっかりやる気になった同僚を見た飛び六胞の一人、ブラックマリアは困ったように色っぽく溜息をついた。

 

「あらら、二人ともすっかりやる気になっちゃって……じゃあ、私のお相手はそこのあなたかしら?」

「キシシシ! ゾンビにすればいい戦力になりそうな女だな!」

「あら、こんな美女捕まえてゾンビだなんて。趣味が悪いわね」

全くだぜ!

 

突如モリアの横から割って入って来た男が大声でブラックマリアの言葉を肯定する。

眼をハートにしながら現れた馬鹿の名を怪物キリアという。

 

「あら、あなたは……」

「お初にお目にかかります。俺の名はキリア。そこの馬鹿はモリアといいます」

「おい」

「あぁ、噂は聞いているよ。随分と滅茶苦茶な男なんだって?」

「ハハハ、照れますね」

「褒めてはないけどねぇ」

「それにしても、あなたのような美女をゾンビにしようだなんて……うちの同僚が失礼いたしました。お嬢さん」

「まぁ、お嬢さんだなんて!」

 

何やら照れている様子のブラックマリアにニッコリと微笑みかけてからキリアは後ろを振り向いた。

 

「おいモリア! テメェ何を考えてんだ馬鹿野郎! こんな美女をゾンビにするだとか、セクハラって言葉知ってるか? 今のご時世ハラスメントに厳しいんだからそこら辺もっと考えろよ馬鹿野郎! アニメで放送できなくなんだろうが! 俺に殺されてェのかテメェは⁉」

「……おい、ドフラミンゴ。コイツは味方ってことで良かったよな?」

「いや、戦いが終わった後なら殺してゾンビにしていい」

「分かった」

 

先輩七武海たちの発言を華麗にスルーし、キリアは再びブラックマリアの方を向いた。

 

「大変失礼しましたお嬢さん。この馬鹿には俺の方からきっちりと言い聞かせておきましたので」

「あら、話の分かる七武海もいるのね。ということは……私の相手をしてくれるのはあなたかしら? イケメンのお兄さん♡」

「はい! そうです♡」

テメェじゃねぇよ

 

喜ぶキリアの首根っこを掴み、ドフラミンゴは馬鹿を引きずっていく。

 

「あぁ、そんなぁ! 俺はあの美女と戦うんだ! 離してよパイセン!」

「馬鹿を言うんじゃねぇ! テメェはカイドウと戦うんだよ!」

「嫌だよ! どうしてあんな髭面メンヘラ拗らせ中年露出狂酒臭おじさんと戦わなきゃいけないんだ⁉ 嫌だよ! カイドウキモいよぉぉぉぉぉぉぉ!」

「……」

「馬鹿! 俺だって同意見だが、アイツと戦うって決めただろうが! 男なら腹くくれ!」

 

さらっとキリアの言葉に同意してカイドウに精神ダメージを与えていくドフラミンゴ。

 

「あとは任せたぞ、モリア」

「あぁ。テメェもそいつを任せたぞ」

「……あぁ」

 

こうして飛び六胞たちはくまとモリアが相手をすることが決まった。

 

◆◆◆◆

 

 

大看板たちは宴会場を離れ、飛び六胞たちもまた戦闘を開始している。

宴会会場を覆いつくしていた圧倒的な数の戦士は今や無惨……! キリア、ドフラミンゴ、ハンコックの覇王色でかなり人数が削られていた。

 

覇王色に耐えて残っている強者たちもいるが、彼らとてこの2人を前にしては雑魚も同然だろう。

 

悠々と歩みを進めた最後の七武海であるドフラミンゴとキリアは宴会会場の2階にて悠長に酒を飲んでいるカイドウを見上げた。

流石にここまで来てふざけるほどキリアの頭は終わってはいない。

ドフラミンゴと共に鋭い視線で百獣海賊団の長を睨みつけている。

 

 

二人の視線を真っ向から受け止めながら酒を一升飲み干したカイドウは酒臭い息を吐き出してから言った。

 

髭面メンヘラ拗らせ中年露出狂酒臭おじさんで悪かったな

「根に持ってんのかい。意外と女々しいんだな、お前」

「流石に言っていいことと悪いことがあるだろうが」

「否定はできない」

 

カイドウの性格が女々しいことに驚きながらもドフラミンゴは言い過ぎの馬鹿を横目で睨む。

馬鹿は極めて真剣な表情でカイドウを睨みつけながら鼻くそをほじっていた。

 

「……まぁ、この馬鹿のことは無視するとして。俺たちもそろそろ始めようじゃねェか、カイドウ」

「ウォロロロ……なんだ、本当にテメェら2人だけで俺を相手にするつもりか? この間のドレスローザでは手も足も出なかったくせに」

「確かにこの間は不甲斐ない戦いをしちまったが……前までの俺たちと同じと思ってもらっちゃ困るな。あれから一か月経った。俺たちだって何もしなかったわけじゃねェんだぜ?」

「たった一か月で俺と張り合えるくらいにまで強くなれるんなら苦労はしねェんだよ! だがまぁ、テメェら以外に戦う奴らが残ってねェのも事実か……あまり気乗りしないが仕方ねェ。ついて来い」

 

そう言ってカイドウは巨大な青龍の姿になって天井を突き破り、鬼ヶ島ドームの屋上へと昇って行った。

 

「……行くぞ、キリア」

「うっす」

 

カイドウと同じく飛行能力を有している二人もその背中を追う。

キリアが竜の翼を羽ばたかせ、ドフラミンゴが糸を操りながら屋上に到達した時、カイドウは満月の光を浴びながら佇んでいた。

その圧倒的な存在感は神話上の生物と言っても過言ではないほどだ。

 

『ウォロロロ……今宵は満月か。テメェらを殺したら月見酒と洒落こむか』

「余裕かましていていいのか? 飲みたいなら今のうちに飲んでおくことを勧めるよ」

『デカい口を叩くじゃねェか、新人。すぐに楽にしてやるからそう生き急ぐな』

「こっちは善意で言ってあげてるんだけどなー」

『ふん、相変わらず舐めた野郎だ。……始まる前に一つ聞いておきたい。怪物野郎、テメェさっき覇王色を使ってやがったな?』

「あぁ、使ったよ。なんだ? 羨ましいのか?」

『ほざけ! 俺が聞きてぇのはどうしてテメェのようなちゃらんぽらんに覇王の資質が宿っているのかだ! テメェ、アホの振りをしているだけで実は王の座を狙っているのか?』

「さぁ、どうだろうね? 一発殴らせてくれたら教えてあげてもいいよ」

 

「ウォロロロ……やっぱり読めねェ奴だ」

 

龍の姿から人の姿に戻ったカイドウはキリアの読めない言動に多少イラつきながらも戦いを始めるべく自慢の金棒を握った。

 

「俺ァ、強い奴が好きだ。さっきは部下たちの手前雑魚といったが、テメェらのことだって結構好きなんだぜ? だからよぉ――」

 

全身に凶悪な覇気を巡らせながらカイドウは牙をむいて笑った。

 

「頼むからテメェらのこと、嫌いにさせないでくれ」

 

臨戦態勢に入った四皇を前にキリアが構える。

竜の翼を展開し、右腕を竜頭に変化させ、脚を山羊のそれに変化させる。

同じように臨戦態勢を取るドフラミンゴは指揮者のように両腕を持ち上げた。

 

「安心しろ。失望はさせねェよ。やれ! キリア!」

「おう!」

「ッ⁉」

 

開戦は突然だった。

ドフラミンゴが両手を翳した瞬間にカイドウの身体が一瞬だが硬直させられる。

 

(会話の最中に仕込んでやがったのか……!)

 

だが、以前にもこの糸による拘束は経験している。

難なくドフラミンゴの糸から力ずくで脱出したカイドウは視線を上げて驚愕した。

 

 

「開戦っていったらやっぱり()()だよなァ!」

 

(なんだコイツ! 前より早ェ……!)

 

凄まじい速度でカイドウへ接近していたキリア。

彼は不敵な笑みを浮かべながら竜に変化した右腕を振り上げる。

そのまま覇気を込めて殴りつけるだけであればいつも通りの攻撃ではあるが――今回は少し違った。

 

(悪ぃな、船長。アンタの技、ちょいと借りるぜッ!)

 

竜の口が開き、火炎を吐き出す。

その炎を竜頭の拳全体に纏わせる。

正史の世界において、かの麦わらの男が横たわる侍たちを目にし、怒りと共にカイドウへ放った拳。

 

慢心する四皇たちの目を覚まさせた未来の海賊王の一撃。

技の威力も、戦う理由も、背負っているものも、何もかもが違う。

 

しかし、その拳を構えるキリアに一瞬だけ麦わら帽子を被る太陽のような男の影が重なった。

 

業火竜拳(レッドロック)ッ――‼」

 

炎を纏った巨大な拳がカイドウの顔面に突き刺さる。

 

(なんだ、この威力は……!)

 

顔面を歪ませながらも何とか持ちこたえていたカイドウだが、遂には踏ん張りが利かず殴り飛ばされた。

地面に頭をめり込ませながらも致命傷には至っていないのか、ゆっくりと顔を上げるカイドウ。

だが、その瞳には油断の色など欠片も残っていなかった。

 

地面に着地したキリアは自慢の金髪を整えながら事前の問答通り、殴らせてくれた四皇に向かって口を開いた。

 

「王の座を狙っているのかって言ってたね。悪いけど、俺は王になんて欠片も興味はないよ。ましてや海賊王なんて本当に心底どうでもいいんだ」

「……」

「でも、アンタを倒せるならなってやってもいいよ? 王様に」

「……なんの王にだ?」

 

百獣のカイドウにキリアは答えた。

 

 

 

「怪物の王に」

 

 

 

覇王の資質を持つ七武海の異端児が不敵に笑う。

 

鬼ヶ島の各地で巻き起こる戦い。

こうして後世まで語り継がれる七人の海賊の伝説――百獣海賊団との大戦争がここに開戦となった。

 




怪物の王=世の中で怪物って呼ばれる理不尽な過去と強さを持つ奴らの王
→理不尽の王


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