入学後2ヶ月でAクラスに来ましたけど何か?【1年生編1学期終了】 (かりん糖さん)
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ようこそ大派閥時代のAクラスへ
1話 金の成る木


 

処女作です。

拙い文ですが楽しんでくれれば幸いです。

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私、小代瑠奈は転生者である。

 

 

"東京都高度育成高等学校"

 

 

東京の埋立地にある日本政府が作り上げた、未来を支える人材を育成する全国屈指の名門校。希望する進学、就職先にほぼ100%応える学校。 
3年間外部との連絡は断たれる上、学校の敷地内から出るのは禁止された寮生活になるが、60万平米を超える敷地内は小さな街になっており、何1つ不自由なく過ごす事のできる楽園のような学校。

 

 

その謳い文句は一部事実であり、一部偽りである。

 

 

私は前世、どこにでもいるような普通の女の子だった。

家族構成は父と母と妹の梢。

中学受験をし、中高一貫校に入学してのんびりと暮らし、高校に入ると勉強に追われながらもオタ活をしながら生きてきた。

 

 

大学受験に成功し、第1志望に合格し、一人暮らしの準備や入学準備に明け暮れる毎日。

忙しい日々を駆け抜け、入学式当日。

学校前の横断歩道を渡ろうとした時、トラックが目の前に突っ込んできた。

私は避けることも出来ずに死んでしまった。

 

 

と思ったら、オギャーオギャーと鳴き声がする。

その鳴き声は私から発せられていた。

 

 

「オギャーオギャー」

(え、私死んだはずじゃ?!なんで生きてるの!!)

 

 

そして私は新しい家族と共に生活し、またもや中学受験を経て私立中学に通う。

前世と違うのは高度受験することだろうか。

 

 

担任に面談で勧められた高校は"高度育成高等学校"だった。

そう、ここは小説"ようこそ実力至上主義の教室へ"の世界だったのだ。

 

 

基本的にこの学校は入学者が決まっており、教師の推薦があれば確実に入学できるのだ。

形ばかりの勉強はしたが、元々学力は高いため苦戦することは無かった。

 

 

そして一週間後、合格通知が届きあれよあれよと第二のスクールライフが始まることになる。

小代瑠奈という名前は原作では出てこなかったため、おそらくモブキャラだろう。

 

 

原作知識を持つ身としては、BクラスかAクラスが望ましいけど、万が一DクラスやCクラスになったらどうしよう。

ポイントを貯めてクラス移動が出来ればいいんだけどな。

 

 

学校までかなり距離があるため、家の車で送って貰った。

実は今世ではそこそこ裕福な家に生まれ育っているため、使用人が雇われている。

 

 

昇降口に貼られたクラス名簿によると私は…

 

 

"Cクラス"

 

 

だった。

 

 

よし決めた、2000万ポイント貯めてAクラスに行こう。

 

 

クラスに向かうと、クラス内には既に人が溢れていた。

隣の席に座る生徒が中村上地の『孤独』という販売停止になった問題作の小説を読んでいた。

原作キャラの椎名ひよりである。

 

 

読む様を観察していると彼女は驚いた顔でひあっと声を上げた。

 

 

「な、何見てるんですか!」

 

 

本で顔の半分を覆ってひょっこり私を見ている様はあざとく可愛らしい。や

 

 

「ごめんね!販売停止の問題作と呼ばれた『孤独』を持っている人がいるからついつい見ちゃった。」

 

 

「こ、この小説をご存知なんですか?」

 

 

「うん、中村上地のファンなんだよね。『星屑』や『正夢』なんかの有名どころはもちろん、問題作と言われる『孤独』や『待ち人』なんかも差別がテーマで、かなり残酷な表現が多かったな。」

 

 

「そうですよね!辛さ、悲しさ、切なさでは無く如何に非道で残酷で劣悪なのかといったマイナス的な表現が多く使用されています。」

 

 

興奮しながら話す彼女はとても可愛らしい。

しばらくすると担任と思しき男性が教室にやってきた。

 

 

「皆さん、席に着いてください。」

 

 

全員が席に着くまでの時間はおよそ47秒。

この学校に通う生徒は何故こんなにも幼稚なのだろうか。

 

 

「まず、皆さん入学おめでとうございます。Cクラスの担任になった坂上です。数学を担当しています。我が校は3年間クラス替えが無いため、このメンバーで卒業まで過ごす事になります。今から1時間後に入学式が執り行われますので、その前に我が校について幾つか説明します。まず一点目ですが…」

 

 

坂上先生の説明は原作同様だった。

 

 

①まず10万プライベートポイントが支給され、敷地内の施切や物品の購入に使用できる。

②プライベートポイントは毎月一日に電子生徒手帳に振り込まれる。

③電子生徒手帳は学生証と携帯機能が着いており、チャットや電話、ゲームやブラウザ等利用出来るスマホのようなもの。

④プライベートポイントで買えないものは無い。

⑤外部との連絡は一切禁止。

⑥卒業後はポイントはなんの価値も持たない。

 

 

こんなところかな?

おそらくプライベートポイントの譲渡も出来るだろう。

 

 

私はひよりと連絡先を交換し、入学式を終えてからか敷地内の散策をはじめた。

 

 

ショッピングモールには有名ブランドからプチプラブランドまで様々な店が入っていた。

ラウン○ワンのようなアミューズメント施設にはボウリング場やカラオケルーム、ゲームセンターにスケート場といった娯楽がそろっている。

 

 

他にもスーパーやカフェ、寿司屋に家電屋、ホームセンターと様々な店が敷地内にはある。

 

 

この学校は生徒の自主性を重んじるため、もしかしたら近いところにポイントを稼ぐヒントがあるのでは無いか?

 

 

敷地内の散策を終えてスーパーへ向かおうとした時、敷地内の隅に小さな店があった。

古びた屋根、看板になにか書かれているがくすんでいて読むことは不可能だ。

小さな個人商店のようだ。

 

 

扉も手動で、かなり古い作りのようだった。

 

 

「すみません」

 

 

声をかけつつ中に入ると、そこには老婆がレジ前の椅子に腰掛けていた。

 

 

「あ?なんか用かい?」

 

 

老婆は目を細めじっと見つめやってきた。

 

 

「ここは何のお店なんですか?」

 

 

「ここはリサイクルショップさ。不要なものを買い取り、中古品やリメイク品をここで販売している。それにしても驚いたねぇ」

 

 

「驚いたというのはどうしてですか?」

 

 

「ここは創設時からあるが、利用者はほんの数人さ。この店も売り上げが見込めず、今月末には店じまいする予定だったんだ。」

 

 

今の子達はほとんどがショッピングモールで買い物をするし、私もここに来るまでリサイクルショップというワードは頭から抜けていた。

 

 

不要なものを買い取り…

もしかしたらポイントを軽く稼ぐことが出来るのではないだろうか?

 

 

品物を見ると装飾品やポーチやティッシュケース等の雑貨類、非常食等の飲料水や缶詰がかなり安い値段で売られている。

 

 

「すみません、こちらの食品は新しいものに見えますが?」

 

 

「それはスーパーやモールに入ってる店で印刷ミスで売れないものを格安で此処に仕入れて販売してるのさ。」

 

 

最近発売されたばかりのグミが売っているのはおかしいと思ったが、なるほど納得した。

 

 

「こちらの家電は?ゲームもありますが随分綺麗に見えますね。」

 

 

「それは入学してそうそうゲームに金をつぎ込んだバカがゲームをすぐ売りに来たのさ。ちなみにこれは最近販売されたゲームだが、パッケージに傷があったため安く販売してるんだよ。」

 

 

発想力も販売する物も完璧だった。

売られた洋服をアレンジしてポーチにしていたり、巾着を作ったり、手先も器用なようだった。

 

 

今の社会状況や学園内の経済状況的にも成功する可能性は高いのにしなかったのには幾つか問題点があるからだろう。

 

 

立地も隅にあるため、メインストリートにある店に比べると目立たず利益も増えにくい。

穴場スポットが好きな学生でもなかなか見つけることが難かしい。

 

 

学校から離れた場所にある訳では無いが、職員寮寄りの場所なためなかなか生徒がちかよれないと言える。

 

 

だがこの店を必要とする人間は多いだろうに、閉店とはとても勿体無い。

 

 

「あの、この店を仕舞うの待ってもらえませんか?」

 

 

「なんでだい?誰も利用しないなら無い方が余計な支出を押えられるんだがね。」

 

 

「いえ、この店には利用価値があります。私と取り引きをしませんか?必ずこの店に客を入れてみせます。」

 

 

「どうするって言うんだい?」

 

 

睨みを利かせながら問うが、平常心を保ちながら答えた。

 

 

「まず、この立地により宣伝効果が消えてしまっていますし、外の看板も作り直すべきです。店の舗装と装飾、あとは宣伝ですね。」

 

 

「確かにあの看板はかなり古い、文字も禿げちまった。だがどこに工事費用があるってんだい?」

 

 

「工事費用なら私が出します。私の提案ですからね。」

 

 

ショッピングモールには宝石店もあったため、アクセサリーを売却に行こうと思っていた所だ。

 

 

私の幼馴染は名門中の名門、花園家の一人娘でよく装飾品をプレゼントしてくれる。

それだけでなく、2、3回使ったアクセサリーを要らないからと押付けてくるのだ。

塵も積もれば山となる、時間が経つにつれて私のジュエリーBOXの数が増えていき、たまに質に出したりしている。

 

 

宝石店がもしあればそこでポイントと交換してくれないかなと思いながら数箱詰めて学園に送っている。

引越し費用が無料とは、本当に良心的な学校だ。

 

 

「とても払えるとは思えないが、まあいいだろう。ならどうやって客を増やす?宣伝はどうする?チラシでも配る気かい?」

 

 

チラシなんかよりもっと効果的なものがある。

そして、この学校で皆が欲しいものが…

 

 

「いいえ、掲示板を利用します。様々なスレッドが出ていますが、ポイントの無い生徒を対象にしているスレッドを立て、そこにここの情報を小出しで書き込みます。噂好きな生徒をまず対象にしましょう。」

 

 

「なるほど、その考えは無かった。面白い、続けな。それだけじゃあ利益は得られないだろ?」

 

 

よくわかっていらっしゃる。

腐っても経営者という訳か。

 

 

「はい。まずこの学校で最も価値のあるものは情報です。プライベートポイントの譲渡が可能なので、情報の取引にポイントが使われます。なのでまずは1年生を対象とした一学期中間の過去問を販売したいと考えています。それ以外にも音声や動画等の情報の取引を契約書を用いて買い取り販売できるようにしたいと考えています。」

 

 

誰が誰を殴った、誰が誰を脅した、誰々の裏の顔、誰々と誰々が付き合い始めた、こんな情報が高く売れるから面白いのだ。

 

 

 

「あっははは」

 

 

「?!…なにかおかしなことを言いました?」

 

 

「いやいや、悪いね。こんなこと考える生徒は初めてだ。それにあんた見るからに1年生だろ?」

 

 

「はい、1年Cクラス所属です。」

 

 

「Cクラスか、てっきりAクラスの子かとばかり思っていたよ。ここまで言うんなら、この店をもう2ヶ月残してみるとしよう。さて、利益が出たとして、あんたの望むものはなんだい?この学校の本質に気づいているんだろう?」

 

 

「私が望むものは…利益の20%を私に譲渡して欲しいんです。できる限りこちらの店に貢献します。」

 

 

「なるほど。まずひと月経過を見させてもらう。その間に客足が増えたなら、契約書にサインしようじゃないか。収益からいくら譲渡するかはその時に考えよう。いいね?」

 

 

「わかりました!ありがとうございます!」

 

 

リサイクルショップを後にし、1度部屋に戻ってからジュエリーボックスを鞄に入れ、アタッシュケースを空いた手に持ち宝石店へ向かった。

 

 

店内には生徒はおらず高級感が漂っていた。

来店目的を伝えると鑑定士の方に会わせてもらう事になった。

 

 

「すみません、ここにあるアクセサリーと宝石全て鑑定お願いできますか?」

 

 

鑑定には2日程かかるそうだ。

店を後にし、スーパーで買い物をし家に帰った。



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2話 金の卵を産むニワトリ

2話目です。

何番煎じと言われてしまいそうですが、なるべく新しい二次創作になるよう心がけてきます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

リサイクルショップに行ってから2日の間は、鑑定結果を待ちながら改装工事について考えていた。

 

 

ピカールハウス出張所がモール内に入っており、そこでリフォームの相談が出来るそうだ。

相談料は発生しないらしいので店内の図と写真を持って、軽く話を聞いてみたところリノベーションが良いそうだ。

 

リフォームとリノベーションは似ていて異なるものだそうだ。

リフォームは老朽化した建築物を新築に近い状態にすること。

リノベーションは既存の建築物に工事を加え、暮らしに合わせて作り変えるものだそうだ。

 

 

現在の内装は注文されることが少なく、くすんだ茶色や灰色主体の店内には清潔感があまり感じられないそうだ。

幾つか最近人気の系統の内装を見せてもらったが、どれもこれも白や水色等明るい色が好まれているようだ。

 

 

「かなり可愛らしいものが多いですが、やはり女性向けのお店のデザインなんですか?」

 

 

「そうですね。女性層をターゲットにしたデザインが多いです。」

 

 

あくまでもリサイクルショップなので、デザインに関しては清潔感のある最低限度のもので良いと思っていたが、店内に置くインテリア等気を遣うことも大切なのかもしれない。

 

 

ただあまりにも高額だったため、まずは簡易的な壁の補修工事、玄関の扉や外から見える外壁の補修、段差の補修をお願いすることにした。

これだけでおおよそ1週間程でやってくれるそうだ。

 

 

他にも清掃業者を呼んで写真程度の汚れなら落ちるため、紹介してくださることになった。

資金が増えたら本格的なリノベーションを行い、事業の拡大に務めていきたいと考えている。

 

 

これらを頼む場合、73万ポイントかかるそうだ。

外壁の補習は箇所が多いため30万、内壁の補修は12万、玄関扉の付け替えに23万、玄関前の段差の修繕は8万。

 

 

ジュエリーボックスの中身を全て売ったとしてもおそらく十分支払える額だ。

工事の予約を入れ、費用は後日振り込むことを約束した。

これでジュエリーボックスの鑑定額が予想以下ならば一大事だが、たまにはギャンブルも大切だ。

 

 

ここで欲張って全てのリフォームを頼んでも良かったが、今できる最善を重ねることが重要だと思うの。

 

 

欲張ったとしても、器を持っていないと得たものが溢れてしまうかもしれない。

器を持っていたとしても半分も埋めることが出来るとは限らない。

 

 

未来の成長を考えたとしても分不相応と言われればおしまいだ。

私は出来ることだけをする。

 

 

怠惰だと、能無しだと言われても私はこのムーブを辞める気は無い。

 

 

さてさて、鑑定結果を見に行こう。

約束の時間が来たためモール内の宝石店へと足を進める。

 

 

「いらっしゃいませ、お越しいただきありがとうございます。」

 

 

「16時半に鑑定結果の予約していた小代です。」

 

 

奥の応接室に通されお茶を頂いていると、少し経ってから担当の男性がやってきた。

 

 

「随分お待たせ致しました。まさか、入学初日に宝石の鑑定をする方がいらっしゃるとは、不思議なこともありますな。」

 

 

「お忙しい中すみません、宜しくお願い致します。」

 

 

「こちらこそ、宜しくお願い致します。まず今回鑑定した宝石は全て本物であり、鑑定結果はこちらにまとめております。ご確認ください。」

 

 

今回鑑定に出した宝石は9つ。

その内の4つか5つはかなり価値の高いものなので、鑑定結果については納得のいくものだった。

この宝石店は信用に値する。

 

 

「この宝石を全て買い取っていただけますか?」

 

 

「申し訳ありませんが、合計しますと2650万ポイントになりますが、その額を譲渡することはできません。」

 

 

やはり、上手い話は無いのだろう。

 

 

「ではこの取引はできないということですか?」

 

 

少し高圧的に話しかければオロオロしながら違うと否定を始めた。

 

 

「買い取り自体は可能です。しかしポイントとして換金出来るのは半額です。残りの半額はお客様がこの学校を出られる時に現金にしてお渡しさせていただきます。その時ポイントとしてお渡しした半額分が残っていればそれも含めて現金に換金させていただきます。こちらが契約書です。」

 

 

契約書の内容はざっくりとこんな感じだ。

 

 

①宝石の売却で支払われるポイントは半額。

②残りの額は学校を出る際に現金に換えて支払われる。

③本契約の内容は厳重に保護されており、教員であろうと契約者の同意がない限り破棄することは出来ない。

 

 

「わかりました。サインさせていただきます。」

 

 

契約が終わると宝石店の公式の連絡先と交換し、1325万ポイントが支払われた。

 

 

ものすごい大金だ。

ジュエリーボックスをもう1箱売れば簡単にいつでもAクラスに行けそうだ。

 

 

まあ装飾品が沢山消えれば、家に戻った時幼馴染や両親に何を言われるかわからないし、今はこの辺でやめておこう。

 

 

それにポイントを大量に持っていれば来月から龍園に絞り取られるに違いない。

ポイントの貯金が出来ればいいんだがそんなシステムは無かった気がする。

 

 

このシステムがあれば一人の生徒が積立金の徴収をせずともポイントを引き落としで回収出来るし、貯めたポイントを1人で勝手に使うこともないだろう。

上手くいけば手数料で儲けも出るだろう。

 

 

「うわっ」

 

 

考えながら歩いているとドンッと鈍い衝撃が体に加わった。

顔をあげるとそこには愛くるしい天使もとい…

 

 

腹黒二重人格ギャップ萌え美少女が立っていた。

 

 

「わあ、びっくりした。ごめんね!怪我はないかな?」

 

 

「う、うん大丈夫。こちらこそ前を向いてなかったから。ぶつかってごめん。」

 

 

「私はDクラスの櫛田桔梗って言います。貴方は?」

 

 

可愛らしい笑顔を向けられ、改めて破壊力の強さを知った。

 

 

「私はCクラスの小代瑠奈だよ。よろしくね?櫛田さん。」

 

 

「うん!そうだ、良かったら連絡先交換しない?私、この学校の皆とお友達になりたいんだ!…ダメかな?」

 

 

「勿論だよ。これからよろしくね?」

 

 

瞳を潤ませ、上目遣いで眉を下げながらお手手は祈りポーズと来た。

あざとすぎるがそれでこそ桔梗たんだ。

 

 

そういえば櫛田が腹黒ブラック櫛田になるシーンがあったな。

あそこを録画すれば良い駒になる気がする。

 

 

そういえば堀北会長が妹に暴力を振るうシーンと綾小路くんと堀北会長の軽い手合わせシーンも使えそう。

石崎くんが須藤くんを挑発するシーンも録音出来れば、Dクラスに恩を売れるかも。

 

 

いや、それよりもっと良い効率的な方法があるかもしれないが今は思いつかない。

 

 

櫛田と別れ、モールのピカールハウス出張所にてポイントを支払い、工事にはや明日から取り掛かってくれるそうだ。

終了予定日は11日になると教えて貰った。

 

 

これらの説明をリサイクルショップにし、美術部の生徒に依頼すればいいだろう。

 

 

工事代でそこそこ大きなポイントを失ったが、まだまだあるな。

 

 

残金 1261万8590ポイント

 

 

 

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帰りにコンビニで1.5Lのお茶を買っていくことにした。

175ポイントで売っている1番格安のお茶だ。

 

 

レジに持っていこうとした時、隣の生徒がおにぎりらしきものを鞄に詰めたのがちらりと見えた。

 

 

私はほかの列に行くふりをし、電子生徒手帳の録画機能をONにした。

 

 

サイレントモードにしておいてよかった。

 

 

万引き映像を収め、持っていたお茶をレジで買い、外で待ち伏せることにした。

 

 

暫くすると万引き犯の女子生徒が外に出てきた。

シールの貼られたジュースを1本手にしているが、先程鞄に詰めたおにぎりは買ったのだろうか…。

 

 

「ねぇねぇ、ちょっとお話いいかな?」

 

 

「はあ?何よいきなり。」

 

 

「貴方の秘密知ってるんだけど、ばらされたくないよね?」

 

 

「秘密?…まさか、さっきの見てたの?」

 

 

ピンク色の髪は夕焼け空によく似ていた。

先程の映像を軽くチラつかせれば観念したように私の後をついてきた。

 

 

近くの公園に来て録画した映像を見せた。

 

 

 

「これ、万引きだよね?こんなの見つかったらどうなっちゃうのかなぁ?」

 

 

神室真澄。

 

 

原作で坂柳有栖が万引き姿を見つけ脅し、坂柳派に入ることになった運のいいのか悪いのか分からない生徒。

そして原作では坂柳の側近として活動している身体能力の高い生徒。

そういえばこの人って美術部だったような…

 

 

「脅してるの?」

 

 

「そうだよ。バラされたくなかったら言うことを聞いて欲しいの。退学にはなりたくないでしょ?」

 

 

原作のイベントがこんなに早くあるだなんて聞いてない。

近くに人の気配は無いし、坂柳有栖と神室真澄の出会いイベントでは無いだろう。

ということは原作破壊も出来るかも?

 

 

いや、内容が変わると原作知識が生かせない可能性がある。

 

 

「…わかったわ。何をしたら黙っててくれるの?」

 

 

思考していると悔しそうな顔で神室は承諾した。

1つ目の駒GETよ。

さてさて、神室には坂柳の情報を流して貰わないとね。

 

 

なんとか坂柳に取り入らせ、スパイをさせるべきだけど原作が若干変化しているから難しいかもしれない。

 

 

いや、その前に名前を聞いておかなきゃね。

初対面で名前を呼んだら怪しまれるな。

 

 

 

「その前に自己紹介しておこうかな。私はCクラスの小代瑠奈。貴方の名前は?」

 

 

「神室真澄」

 

 

「じゃあ今後貴方には万引きを辞めろと言うつもりは無い。この映像は私を裏切らない限り、絶対に世間に公表しない。そして私に対する詮索もあまりしないで貰えると嬉しいな。」

 

 

「…わかわかった。それで、私は何をすればいいの?」

 

 

「貴方にはAクラスの情報を私に流して欲しいの。」

 

 

「わかった。他には?」

 

 

「貴方には他にも仕事をお願いするかもしれないけど、基本的に坂柳有栖が接触してきたら初めは嫌がりつつも、何度も脅されたり粘られたら坂柳派に着いて欲しい。後は葛城康平に着いても随時情報提供宜しく。」

 

 

「え、坂柳と葛城のことなんで知ってるの?確かにあの二人は今日Aクラスを引っ張っていくリーダーに立候補したけど、まだ他のクラスは知らないはずじゃ…」

 

 

あ、そうなの?

そんな話原作で出てないから知る由もない。

ボロを出してしまったけど、「詮索するな」で押し通した。

後連絡先も交換したよ。

 

 

話を終えようとした時、美術部かどうかの確認をしていないことを思い出した。

3日目の部活動説明会で美術部はそこそこ人数がおり、同好会ではなく部活として認められていることは確認済みだ。

 

 

「最後に、貴方は美術部に所属していたりする?」

 

 

「そう、だけど。それがなんなの?」

 

 

この見た目なら、スポーツ系の部活に所属していると勘違いしそうだな。

まあそのギャップも含めて本当に可愛いと思うよ。

 

 

「じゃあ、後で写真を送るから角川リサイクルの看板を作って欲しいんだよね。必要な費用や報酬も出すよ。期限は1週間以内。どうかな?」

 

 

一応断れるよう逃げ道も用意したが、弱みを握られているため断ることはしないはずだ。

報酬を用意する言ったのは、今後の関係を円滑なものにするため。

 

 

「わかった…やればいいんでしょ。」

 

 

「じゃあ先に報酬を渡しておくから、1週間以内、遅くても11日の夜までに作成して私に連絡してね。」

 

 

「…は?」

 

 

3万ポイントを渡して、なにか言いたそうな神室を残し、寮へ戻ることにした。

昨日の残りの肉味噌豆腐と白米を食べることにする。

無料の食品で作っているため、調味料代のみ支払ってきた。

 

 

看板に関する資料を送るついでに、この学校のポイントについても軽く意見を述べておいた。

ざっくり言うと、10万ポイントが来月支給されるとは言われていない以上、節約しつつ真面目に学校生活を送ることをおすすめするといった内容である。

 

 

残金 1258万8590ポイント

 

 

 



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3話 株を上げた

3話目です。

少し話を調整しました。

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それから暫くは勉学に励むフリをしながら、青春ライフを満喫していた。

ひよりとカフェで本について語り合ったり、櫛田とメインストリートから離れた路地裏にある喫茶店や雑貨屋に足を運んでみたり。

 

 

「あれ?職員寮の奥にあるの、お店だよね?」

 

 

奥に見えるは工事中の角川リサイクルだ。

扉は新しく取り換えられ、外壁も綺麗に補修されている。

 

 

看板も新しく作られ、青を基調とした可愛らしい外装となっていた。

汚れもほとんど目立たくなっているため、清掃業者でも雇ったのだろう。

 

 

「そうだね。えっと、角川リサイクル?リサイクルショップかな?すごく可愛いお店だね!」

 

 

「そうだね。気になるけどリニューアルオープンは12日みたいだよ。」

 

 

「へぇ!節約も出来そうだし、1度オープンしたら一緒に行こうよ!」

 

 

「いいね!あそこお菓子とかも売ってるんだけど、印刷ミスとかで売れなくなったのをスーパーから仕入れてるみたいで、賞味期限とかは全く問題ないし、かなりいいものが揃ってるよ。」

 

 

「そうなんだ!楽しみだなぁ」

 

 

本心とは思えないが、この学校の本質に気づき始めているのなら喜ばしいことだろう。

12日の放課後櫛田と出掛けることになった。

 

 

翌日の昼休み。

ひよりと弁当を食べていると突然校内放送で呼び出しをされた。

 

 

『1年Cクラスの小代瑠奈さん。今から生徒指導室にお越しください。繰り返します。1年Cクラスの小代瑠奈さん。坂上先生がお呼びです。生徒指導室までお越しください。』

 

 

呼び出しとは何故だろうか。

問題行動を起こしたわけでも、褒められるようなことをした訳でも無い。

 

 

強いて挙げるならば、突然増えたポイントに関する話くらいだろうか?

少し思案していると、ひよりが不安そうな顔を向けていた。

 

 

「行ってくるよ」

 

 

「わかりました。品行方正なるーちゃんです、大丈夫だとは思いますけど。」

 

 

「うん、すぐ帰ってくるよ。」

 

 

生徒指導室に来るのは初めてだ。

小中と優等生だったから、生徒指導とは無縁だった。

転生前の人生も私は大人しい部類にいたため、行動を咎められたことは無い。

つまり根っからの真面目である。

 

 

「失礼します。1年Cクラスの小代瑠奈です。」

 

 

「入りなさい。」

 

 

中に入ると座るように促された。

 

 

「飲み物は緑茶でいいですか?」

 

 

落ち着いた声音、態度から何かを怒っているようには見えない。

だが坂上が呼ぶからには何か意味があるはずだ。

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

頂いたお茶口に含み、軽く会釈をし坂上に向き合った。

坂上も同じように茶を飲んでから口を開いた。

 

 

「今日貴方を呼び出した理由は、貴方のポイントが突然1000万ポイントを越えたからです。貴方には幾つかお聞きしたいことが有ります。まず、1325万ポイントの出処をお聞きしても宜しいですか?」

 

 

かなり怪しまれているようだ。

 

 

普通10万ポイントを貰ったんなら、それ以上のポイントをすぐ手に入れようとは思わないはずだ。

普通ならばポイントを何に使うかを考えるだろう。

だが私は如何にポイントを増やすかに重きを置いて行動している。

 

 

素直に答えたところで私にマイナスは無い。

 

 

「このポイントは実家から持ってきたアクセサリーをモールにある宝石店で鑑定してもらい、そこで売却をして手にしたものです。」

 

 

「!…なるほど、そんな方法があったとは。盲点でしたね。では、何故宝石を売却したのですか?」

 

 

坂上は酷く驚いた顔をしたが、すぐに冷静さを取り戻した。

 

 

「そうですね…私は今後ポイントが必要になる時が来ると思っています。来月のポイントが10万きっかり振り込まれるとは言われていませんし、この学校は実力主義を謳っている。授業中の私語や電子手帳の操作、無断欠席を行っても注意すらされない。」

 

 

私の言葉に坂上の顔色はどんどん青くなっていく。

 

 

「そして、先生はポイントで買えないものは無いと仰いました。いつ、如何なる時も備えるべきだと考えました。」

 

 

「成程。備えあれば憂いなしということですね。では、73万ポイントの支出については?何に使われたのですか?」

 

 

これについてはまだ計画段階であり実行は出来ていない。

いずれ大きな金儲けをするための下準備にすぎないため、黙秘させてもらう事にする。

 

 

「これについては現在お答え出来ません。ですが、近いうちにわかると思います。必要であればその時に説明します。」

 

 

「わかりました。最後に小代さんの目的はなんですか?」

 

 

目的は勿論Aクラスに行くことだ。

 

 

「Aクラスに行くことです。もう何も失いたくないんです。」

 

 

事実のみを告げると坂上は急に目を見開いた。

「何故それを」「いやしかし」とブツブツ一人言を吐きながら頭を抱え始めた。

しばらくすると緑茶が無くなったため、顔色の悪い坂上に断って退出した。

 

 

そういえば何故坂上はあんなに驚いた顔をしていたのだろうか。

まあいいや、早く帰ってお弁当を食べよう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

階段を上がっていくと上からカランカランと何かが転がってきた。

近寄ってみるとそれは杖だった。

 

 

このアイテムを使う原作キャラは1人しか知らない。

二学期以降Aクラスを引っ張っていく、Aクラスの女王だ。

 

 

"坂柳有栖"

 

 

原作主人公の幼少期を知る理事長の1人娘。

 

 

杖を拾い上の階を見上げると薄紫色の髪が特徴的な美少女が微笑んだ。

私は慌てて階段を駆け上がり、彼女に杖を差し出した。

 

 

「落としたのは貴方だよね?これじゃあまるでシンデレラだ。はいどうぞ。」

 

 

名前を呼びそうになったがなんとか堪えた。

合法ロリもとい性悪脆弱激重夢見がちなメンヘラ幼女。

 

 

「拾ってくださりありがとうございます。私は坂柳有栖と申します。」

 

 

近くで見ると肌のきめ細かさや髪の艶やかさをより実感する。

 

 

だがどことなく目が赤いようだ。

表情もどこかムスッとしているように感じるし、何かあったのだろうか?

 

 

そういえば原作で近くにいた橋本や鬼頭が居ないのもおかしいな。

 

 

「私は小代瑠奈。疲れてるみたいだけどどうしたの?付き人さんもいないみたいだけど。」

 

 

「?!…ど、どうしてそれを…」

 

 

先程の坂上先生同様、目を見開いて酷く驚いていた。

坂柳有栖はこんな風に初対面の相手に感情を顕にする人間では無いはずだ。

 

 

「いえなんでもありません。Dクラスの生徒に落とした杖を事故とはいえ蹴られてしまい、運悪く階段の方へ吹き飛んでしまったのです。彼は振り返る事もせず、謝罪の一言も無しに通り過ぎて行ってしまったのです。」

 

 

なるほどそれは災難だ。

というか常識的に考えて蹴り飛ばした張本人が杖を拾いにいくべきだろう。

こんな奴は不良品と呼ばれても仕方ないだろう。

 

 

「それは災難だったね。次そんな奴がいたら私が怒っちゃうよ。」

 

 

「ふふ、それは有難いです。是非お願いします。良かったら連絡先を交換しませんか?貴方はとても興味深い方ですね。初対面の相手のために怒れるなんて。」

 

 

「勿論だよ。これからよろしくね!坂柳さん。」

 

 

坂柳は引き攣った笑みから打って変わり、原作のような強者のオーラと威圧感ある態度を示した。

少なくとも嫌われてはいないようだが、なんだか心地が悪い。

 

 

彼女をAクラスの教室まで送ると入口に橋本や鬼頭、神室が集まってきた。

 

 

「坂柳、随分遅いお帰りだったみたいだけど何かあったの?…アンタは」

 

 

神室は他人のフリをしてくれてるようで何より。

 

 

「おやおや、随分美人さんじゃないか。俺は橋本正義、君はいったい姫さんとどんな関係なんだ?ま、よろしくな。」

 

 

橋本が坂柳の隣にいる私に気づき、フレンドリーな、でもどこか警戒したような顔で話しかけてきた。

原作では坂柳派閥にいながらも、龍園に取り入ったりと最終的にAクラスに行くために影で画策している男だった。

 

 

欲に忠実で私利私欲のために生きるところはどこか私と重なる気がする。

 

 

というか、なんか既視感があるんだけど、なにかのアニメか漫画でも似たようなキャラがいたような気がする。

 

 

「初めまして、1年Cクラスの小代瑠奈だよ。坂柳さんが疲れてるように見えたから、ここまで支えてきたの。」

 

 

愛想よくにっこり微笑んでみたが、神室は嫌そうな顔をしている。

やめろ、関係バレるだろとツッコんでみる。

 

 

「へぇ、小代さんは親切な人なんだな。」

 

 

人の良さそうな笑みを浮かべる橋本と対称的に、鬼頭は無表情だった。

 

 

「ええ。私が杖を落としてしまい、更にその杖をDクラスの男子生徒に蹴り飛ばされてしまったのです。威力が強く、階段の下まで飛んでいきどうしようかと思案していた所を彼女が助けて下さったのです。」

 

 

「そんな大袈裟だよ、人として当然のことをしたまでだよ。気にしないで。」

 

 

そして、意外なことに坂柳が私のフォローをしてくれた。

本当に気に入られているような気がするが、油断ならない人だ。

 

 

今のフォローは坂柳派の少し威圧的なオーラを払拭するには充分だった。

人間らしい振る舞いをすることで、近づきにくい雰囲気を解消してみせた。

 

 

これはさすがと言わざるを得ないだろう。

人の上に平然と立ち、平然と人を従えるカリスマ性を私はよく知っている。

 

 

坂柳派の全員と連絡先を交換し(神室とはフリ)、自クラスへ変えると丁度昼休みが終わってしまった。

 

 

「ひよりただいまー」

 

 

「随分遅かったですね、何があったんですか?」

 

 

「それがね、坂上先生と話した後に階段でA「席に着け、授業を始める。」…後で話すね。」

 

 

茶柱先生が授業を始めたため、慌てて教材を卓上に出した。

 

 

そういえばせっかく作ってきた弁当が残っているな。

家に帰ってから食べなくちゃ。

 

 

帰りのHRが始まった直後、急遽追加された校則について放送が入った。

 

 

『新たに追加した校則は"御自宅から持ち込んだ物の外部業者への売却を禁止する"というものです。これは例外なく、廃棄以外で外部業者に渡すことを禁止する校則です。』

 

 

私以外の全てのクラスメイトがポカンとした顔をしていた。

しかし坂上は深刻そうな顔をしながら補足説明をしていった。

 

 

「入学してからひと月で1000万ポイント以上を稼いだ生徒がいます。方法は至極簡単で、自宅から持ってきた宝石をモールの宝石店で売却したのです。」

 

 

「なんだよそれー」

 

 

「そんなのありなの?アタシもやれば良かった!」

 

 

そうは言うけど、数百万、数十万する宝石や価値あるものを家から持って来ているのか?

恐らくここで生活するのに不必要なものは持って来てないはずだ。

 

 

男子の石崎グループや女子の真鍋グループがザワザワつき始めるが、坂上は真剣に話し続けている。

そういえば龍園は未だに静かにしているようだった。

 

 

今は蛇でも、きっといつか龍となって牙を向くに違いない。

恐らく来月一日の小テストの結果発表後、このクラスの王になるのだろう。

 

 

石崎を暴力で打ち負かし、龍園を伊吹の見ているところで3度戦い3度負かしたアルベルトが軍門に下る。

他者を屈服させる怪物が眠りに冷めたらポイントを絞られるのがオチだ。

 

 

ポイントを貯金できるシステムについてはどうにかしたいものだな。

それこそ生徒会長に相談してみてもいいかもしれない、少し考えてみるか。

 

 

「全員静かに。今回の件がいかに重要なルールかということを来月の一日には理解出来るはずです。いいですか?くれぐれも御自宅から持ち出したものを売らないように。」

 

 

「えーそいつだけずるーい」

 

 

犯した行動を咎める訳では無く、あくまで学生の自主性を尊重した学校は大分やばいと思う。

だがまあ、原作が変わる程のことではなさそうで安心した。

 

 

しかし今回のルール追加により、残りのジュエリーボックスを即売ってAクラスに行くことは出来なくなった。

おおよそ800万近いポイントが必要になった訳だが、さてどうしたものか。

 

 

まずはリサイクルショップを機能させ、ほんの少し利益を受け取ることから始める。

軌道に乗れば、あそこを情報を取り扱う店として繁盛させることも夢じゃないはずだ。

 

 

まあ情報を売るならば、まずは情報を仕入れるところから始めよう。

まあ、どうしても情報が無いなら作ればいいだけだが、名誉毀損、誹謗中傷といわれたらおしまいだ。

 

 

立ち回りを考えるべきだろう。



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3.5話 ①side:坂上

前書き初めて利用してみました。
一応4話目ですが、3話と4話の話なので3.5話目とします。
坂上先生の不信感が募り、3話のラストであんなルールが追加されましたが、それの経緯を端折りながら書いてみました。




side:坂上

 

 

我が校には優れた生徒が多く在籍している。

そして今年入学してきた新1年生は特に癖の強い学年となった。

 

 

まずはAクラス。

ここはクラス内に2つの派閥が出来ており、坂柳派と葛城派が存在する。

 

 

坂柳派は坂柳有栖を初めとし、幹部に橋本正義、鬼頭隼、神室真澄等、坂柳を支えるため身体能力に特価したバランスの良い生徒が所属している。

 

 

次に葛城派は葛城康平を初めとし、幹部に戸塚弥彦、町田浩二を添えており、全体的に学力、身体能力の高い生徒が所属している。

 

 

次にBクラス。

一之瀬帆波はBクラスの中心人物となり、クラスを纏め率いるカリスマ性を持っている。

 

特筆すべき才能は無いが、人を惹きつける魅力と性格の良さがさ彼女をリーダーたらしめるのだろう。

 

 

我がCクラスには残虐性、残忍性を持つ暴君名高い龍園翔、校内でもトップクラスの身体能力を持つ山田アルベルト、身体能力や統率力は劣るが龍園が居ない場合のリーダー候補となる石崎、

 

 

他にも学力の高い金田や椎名、女子の中で身体能力が高い伊吹等、粒ぞろいだ。

分野だけを見ればAクラスにも劣らない。

 

 

そしてDクラスには平田や櫛田という優等生、堀北会長の妹である堀北鈴音、入学試験で全教科50点を取ったという異質な存在、綾小路清隆。

身体能力の高い須藤に容量の良い松下もいる。

 

 

不良品とはいえ、警戒は必須だろう。

腐っても優秀な生徒だ、最大限警戒しなければ下克上をされるかもしれない。

 

 

我が校の入学試験に全教科満点で合格した坂柳有栖とほぼ同等とも言える、スコアを叩き出した少女がいた。

 

 

"小代瑠奈"

 

 

学力が非常に高く、入学試験では2位という輝かしい成績を残している。

彼女は小学生の時から優等生だったようだ。

 

小学生の時から全国模試では50位以内をキープしており、中学時代の模試では20位以内まで成績を上げたようだ。

 

 

彼女を推薦した担任と校長に話を聞いた。

 

 

1年時から学年首席として優秀な成績を収めており、体力テストや体育祭でも遅くとも3番手でのゴールを決

める等、身体能力も高い生徒とのこと。

 

 

そして学内の派閥争いに勝利し、幼馴染である花園家の令嬢率いる花園派を誕生させた功労者。

合唱部では伴奏を担当しており、1年時はNコン銅賞、全日本で銀賞、2年時には両コンクール共に金賞を収めた。

 

 

しかし、全日本合唱コンクール全国大会の帰りのバスで悲劇が起きた。

サービスエリアに止まっている間に誘拐事件が起こった。

 

 

何人かの生徒が誘拐され、約3週間消息が不明だった。

そして発見された時には生存者は2人、

 

 

そのうちの1人が小代瑠奈だった。

性格は暗くなり、2週間学校を休んだという。

 

 

牧之原事件と呼ばれたあの事件は今も尚解決しておらず、犯人は野放しにされたままだ。

あの事件の前後2週間で行方不明となった中学生は全国で30人もいる。

 

 

牧之原サービスエリアからは22人の失踪者が出ている。

全員休憩時間にサービスエリアに出たという共通点がある。

 

 

なのに足取りは掴めておらず、監視カメラにも映っていないのだ。

 

 

2人に事情聴取をした結果、2人とも黙りを貫いていたようだが、2週間後に小代瑠奈だけが事件について述べたところ、デスゲームをしたと話したそうだ。

 

 

例の事件後彼女は部活を引退したが、すぐに今まで通りの学生生活を送れるようになったという。

そして2月の期末テストを終えた頃、警察が事情聴取をしたところ事件の記憶を失っているそうだ。

 

 

これらの事情によりCクラス所属となったが、本来ならばAクラスに行きリーダー争いに参加出来る逸材でもあった。

欲に忠実なところを除けば、完璧な人だと言えるだろう。

 

 

そしてクラス全員のポイントを確認している時、彼女のポイント額が1000万を超えていた。

10万ポイントという大金を手にしたと言うのに、それでは飽き足らず更にポイントを稼ぐなど前代未聞だ。

 

 

そして直後、73万ポイントの支出が見られた。

ここまで高額な商品の取り扱いはリフォームやブランド品くらいだが、調書には節約家と書かれていたし可能性は低いだろう。

 

 

不正や詐欺といった可能性は拭いきれないため、昼休みに呼び出すことにした。

 

 

話を聞いてみると…

 

 

ポイントが増えた経緯について尋ねると。

 

 

『このポイントは実家から持ってきたアクセサリーをモールにある宝石店で鑑定してもらい、そこで売却をして手にしたものです。』

 

 

頭が痛い。

御自宅からアクセサリーを持ってきて、そのアクセサリーの買取価格が1000万を越えることも想定外だった。

 

 

次に売却理由について尋ねた。

 

 

『そうですね…私は今後ポイントが必要になる時が来ると思っています。来月のポイントが10万きっかり振り込まれるとは言われていませんし、この学校は実力主義を謳っている。授業中の私語や電子手帳の操作、無駄欠席を行っても注意すらされない。』

 

 

入学して約一週間で疑問を持てるとは、素晴らしい。

だがなんだろう、用意周到とでも言えばいいのか。

そんな都合よく高価なアクセサリーを持っているなんてことあるだろうか。

 

 

『そして、先生はポイントで買えないものは無いと仰いました。いつ、如何なる時も備えるべきと考えました。』

 

 

節約家として、ポイントについて考えた結果今後を見据えてポイントを増やしておきたい…

彼女の考えはこんなところだろうか。

 

 

『成程。備えあれば憂いなしということですね。では、73万円の支出については?何に使われたのですか?』

 

 

ここまではおかしくはあるが納得出来る内容...ということにしておこう。

しかし、73万の支出は放っておくことは不可能だ。

 

 

『これについては現在お答え出来ません。ですが、近いうちにわかると思います。必要であればその時に説明します。』

 

 

濁された。

しかし近いうちにわかるとはどういうことだろうか。

まあいい、何を企んでいるにしろ目的についても聞いておくか。

 

 

『わかりました。最後に小代さんの目的はなんですか?』

 

 

数秒の沈黙を得て彼女は、はっきりと告げた。

熱のこもった強い眼差しを向け、力強くはっきりと告げた。

 

 

『Aクラスに行くことです。もう何も失いたくないんです。』

 

 

え、今なんと?

 

 

『Aクラスに行くこと』

 

 

はい?な、なぜそれを…

 

 

まだ4月の頭、そして入学して数日しか経っていない。

Sシステムの説明はおろか、1ヶ月間は上級生にも箝口令が敷かれている。

 

 

来月のポイントがいくら振り込まれるのか、無料商品が何故あるのかを考えればポイントを節約しようと考えるのも不思議なことでは無い。

 

 

しかし、それでもAクラスがこの学校の頂きだということまで辿りつける訳が無い。

そして万が一Aクラスが頂きだとして、そこを目指すと言えることもおかしいだろう。

 

 

気がついたとしても、どうしたらAクラスへクラス替えが出来るのかという質問が先に来るはずだ。

 

 

小代さんの口ぶりや態度は、この学校のシステムを知り、Aクラスに行くための2000万ポイントを貯めようとする生徒では無いか。

こんな優秀な生徒を早々にAクラスに行かせてたまるか。

 

 

それも都合よく高価なアクセサリーを持ってきたという事も怪しいだろう。

まるでこの学校のシステムを予め知っているかのようだ。

 

 

この件は上に報告し、新たな規制を作らせよう。

 

 

生徒指導室を片付け、報告準備を行う。

小代さんについては警戒を強めていかなければならないな。

 

 

コンッコンッ

 

 

「どうぞ。」

 

 

中からは柔らかな低い声が響く。

 

 

「失礼します、坂柳理事長。折り入ってお話が──」

 

 

この件を話すと理事長は目を丸くし、驚いているようだ。

それもそのはず、こんな額を稼いだ生徒は詐欺で卒業間近に退学になった生徒くらい。

 

 

入学し数日で誰がシステムを予知したかのように宝石を売り、ポイントを稼ごうと思うのだろうか。

本当に、実に恐ろしい。

 

 

彼女の血縁者や知り合いにはこの学校卒業生及び関係者は居ない。

つまり入学前からポイントを増やす計画を思いつくことはほぼ不可能だ。

 

 

「一体なぜこんな行動に出たのでしょうか。家から宝石をたまたま持ってきたというのも、不自然です。」

 

 

「いえ、もしかしたら例の事件でこの学校について情報を得たという可能性があります。また花園家がバックに着いている以上、情報が漏れた可能性も考えられます。」

 

 

成程、その線もあるのか。

例の事件、花園家と小代さんの関係性について詳しく探る必要がある。

 

 

「今回の件は名前を伏せ、放送にてお知らせします。生徒のプライベートを守るための措置として、受け入れて頂けますね?」

 

 

むしろ、生徒名を公表でもされたら他のクラスに狙われる可能性が高まる。

 

 

「わかりました。」

 



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3.5話 ②side:坂柳

3.5話目です。
気付かぬうちに原作知識を漏らしてしまう小代ちゃん、そして小代ちゃんに対する不信感がますます強まっていく坂柳sideのお話です。




side:坂柳

 

 

 

私は坂柳有栖と申します。

よくされる質問が"理事長と名字が同じだけどもしかして娘さん?"でお馴染みの坂柳有栖です。

 

 

東京都高度育成高等学校の学力試験を主席で通過した天才です。

入学した初日に頂いた10万ポイント。

 

 

これを渡された時、先生は私達に対する正当な評価の表れだとお話されていました。

正当な評価という事は、私達が評価を下げればその分来月支給されるポイントに影響を及ぼすということでは無いでしょうか?

 

 

そしてポイントで買えないものは無いという点。

この学園でのポイントの価値はかなり高いものだと予測できます。

 

 

学校生活から四日目。

 

 

学内について調べたところ、監視カメラが多く設置されていました。

それだけでなくコンビニやスーパーには無料の商品が置かれていました。

学食には無料の山菜定食なるものもあります。

 

 

初めに説明されたポイントを加味して考えると、このままではまずいことに気づきます。

HRが終わり私が立ち上がろうとした時です。

 

 

「皆、少し話を聞いてくれないだろうか。」

 

 

スキンヘッド姿で目立っていた真面目そうな生徒が教室の前に立ち演説を始めたのです。

 

 

「皆、貴重な時間を奪ってすまない。初日に先生が説明された話を聞いて、俺は思った。」

 

 

彼は1度区切ってから口を開きました。

 

 

「来月のポイントはいくら支給されるのかと。」

 

 

おや、鋭いですね。

1度聞いた話を即座に分析し、可能性を考えられるとはなかなか優秀な方のようです。

 

 

「先生は俺達に来月一日にポイントが支給されるとは言っておらず、ポイントは好きに使ってくれて構わないとも仰っていた。本来なら無駄遣いをしすぎないよう咎めるべき立場がそのような発言をしている。」

 

 

疑問から入り、周りを惹きつける。

良い構成の演説だと思いますよ、素晴らしいですね。

 

 

「この学園は実力主義を謳っている。だからこそ、無闇矢鱈に豪遊等をしてはならない。まず来月支給されるポイントが分からない以上、皆には気をつけて生活を送って欲しいと思っている。」

 

 

ぐるりとクラス内を見回すと、全員がこの意見について考えているようです。

しかし少なくとも反論をする生徒はいないようなのでおそらく彼の言う通りに過ごすのでしょう。

 

 

さて、このままではクラスの主導権を奪われてしまいかねません。

私も演説を始めましょう。

 

 

「彼の意見に同意します。皆さん、初めに先生が話されていたことを覚えていますか?10万ポイントの説明時、先生は私達に対する正当な評価の表れだとおっしゃいました。裏を返せば評価によりポイントは変動するという意味では無いでしょうか?」

 

 

空気が変わりましたね。

葛城君の一強から私に興味を示している方々もちらほらいらっしゃるようで何よりです。

 

 

「ですから、無駄遣いをしないことに加え、授業や生活態度にも気を遣って頂ければと思います。」

 

 

これで何人かは頷いてくれていますね。

ここからが本当の始まりです。

 

 

葛城君は優秀ですが、余興としての相手といったところでしょうか。

精々楽しませて頂きましょうか。

 

 

それから、3日程たった頃橋本正義君と鬼頭君という身体能力の優れた方が派閥入りを表明してくださいました。

 

 

鬼頭君の身体能力は校内でもトップクラス、橋本君は文武両道と能力はバランスよく高いようですね。

 

 

私は先天性心疾患を患っており、杖を使いながらでないと移動ができません。

身体能力が低いため、このように高い身体能力を誇る方が近くにいてくれるだけでどれほど助かることか。

 

 

そして前からお誘いをしていた神室真澄さん。

男性には頼みにくいことをお願い出来る女子生徒の方に派閥入りをして頂きたかったのですが、身体面を考えると適任なのは彼女くらいですね。

 

 

初日にお会いした時は、つまらなさそうに周囲から外れたところで端末を操作されていました。

しかし三日目から彼女の雰囲気は変わったのです。

 

 

疲れているように見えましたが、たまに楽しそうに端末を操作しています。

そして周囲に溶け込むほどではありませんが、交流回数が増えたようにみえました。

 

 

彼女を早いうちに駒に出来たらと、私に着けばどれほど面白みのある生活を送れるかを説きました。

 

 

初めのうちはスルーされましたが、アタックを繰り返すうちに承諾を得ることに成功しました。

 

 

一方葛城君は真面目な男子生徒を筆頭に派閥の拡大を進めているようです。

性格も良く、コミュニケーション能力も高いためかなりクラスに馴染んでいるようです。

 

 

4時限目の体育を終えて教室で昼食をとった後、お花摘みに出かけたのですがその帰り道のことでした。

 

 

「今からサッカーしようぜ!」

 

 

「おい待てよ!」

 

 

Dクラスの教室の前を通ろうとした時、急に目の前の扉が開き私はびっくりして杖を落としてしまったのです。

扉をこんな勢いよくガシャンッと音がする程に開ける方を初めて見ました。

 

 

そして彼らを避けることも出来ず私は彼らにぶつかり尻餅をつきました。

惨めに這いつくばった経験は幼い頃のハイハイくらいでしょう。

 

 

彼らは「悪い」と言いながら走り去っていきました───杖を勢いよく蹴り飛ばして。

勿論わざとでは無いのでしょうが、平謝りで走り去って行きました。

 

 

人として杖を拾いに行き頭を下げるくらいしてはいかがでしょうか。

私は壁に手を付きなんとか立ち上がることに成功しました。

 

 

しかしここからが地獄でした。

壁伝いに遠回りをしながらなんとか蹴り飛ばされた杖の方へ歩いていくと杖は踊り場に落ちていたのです。

 

 

階段の手すりにしがみつきまずは1段降りようとしましたが、足は前へ進もうとしません。

普段は基本的にエレベーターを使いますから、階段を使うのは何年ぶりでしょうか。

 

 

いえ、階段を使ったと言っても母親にしがみつきながらなんとか3段程の玄関前の段差を降りただけなのです。

そして我が家の段差もスロープに変わりましたので、私は本当に階段を降りた経験が不足しているのです。

 

 

しばらく思案していると下から誰かが上ってくる足音がしました。

どうか3階まで上ってきますようにと、神に祈りました。

 

 

やがて足音は踊り場まで響き数秒後一人の女子生徒が杖を拾い上げ、私の方を見て微笑みました。

私も微笑み軽く会釈をすると彼女は階段を素早く駆け上がり杖を差し出しました。

 

 

『落としたのは貴方だよね?これじゃあまるでシンデレラだ。はいどうぞ。』

 

 

感謝を述べると彼女は私の態度を心配して下さいました。

疲れが顔に出るなんて、私としたことがどうかしていたようですね。

 

 

いえ、そんなことはどうでもいいのです。

それは些細なことですし、初対面なのにも関わらず心配をしてくださったことはとても嬉しかったのです。

 

 

しかし彼女のセリフはおかしかったのです。

 

 

『私は小代瑠奈。疲れてるみたいだけどどうしたの?付き人さんもいないみたいだけど。』

 

 

"付き人さんもいないみたいだけど"

 

 

なぜ付き人同然の橋本君や鬼頭君のことを知っているのでしょうか。

橋本君や鬼頭君は昨日私の派閥へ入ることを表明してくださったのですが、私達はまだ行動を共にしていません。

 

 

では彼らが派閥に入ったことを誰かが漏らしたのか?

勿論その可能性はあり得ますが、昨日表明してくれた時周囲に人は居なかったはずです。

 

 

彼らと大々的に話し始めたのも今日の昼休みからです。

彼女は校内放送で生徒指導室に呼ばれていた生徒のようですし、知る由もないと思うのですが。

 

 

Aクラスにスパイがいるのかと言われても、彼女はかなり普通の生徒のように見えます。

裏もなさそうですし、今も平然とした態度で話されています。

 

 

例えスパイがいたとしても昼休みに初めて4人で顔合わせをしたのです。

神室さんでは無いでしょう。

 

 

葛城派閥の人間か疑いたくはありませんが、橋本君のどちらかでしょうか。

といっても現状にスパイをする理由がないのでやはり不自然ですし、一体なんのためのスパイなのでしょう。

 

 

ひとまず橋本君に情報収集をさせて泳がせつつ、神室さんにも情報収集をお願いしましょう。

 

 

いっそ彼女が預言者か透視能力を持っていると言われた方が受け入れることが出来そうですね。

非常に興味深いですが、彼女はどこか異質な気がします。

 

 

一体この寒気はなんなのでしょうか。

 

 

ホワイトルームの最高傑作、綾小路清隆君に出会った時と似たような、背筋がぞくりとするような感覚がします。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

おまけ(side:神室)

 

 

小代が帰ってから坂柳は随分顔色が青くなっているようだった。

こいつは小代と楽しそうに話していたのに帰った途端気が抜けたように椅子に座りこんでしまった。

 

 

「一体どうしたんですか?姫さん」

 

 

橋本がご機嫌を伺うが坂柳は何かを話そうとしてすぐ辞めてしまう。

そろそろ食堂や図書室に行ってる生徒が帰ってきて騒がしくなるのだろう。

 

 

「昨日私の派閥に入ってくれた鬼頭君と橋本君、そして今日加わってくれた神室さん。私達は今日の昼休みに四人全員で初めてお話しましたよね?」

 

 

「そうね。それがどうしたの?」

 

 

「その通りですね。」

 

 

疲れきった顔をしている彼女の背中をさすりながら話を聞く。

橋本も頷きながら肯定し、鬼頭も無言で頷いている。

 

 

「この事を知っているのは私達とこの教室にいた中立派の数人、葛城派の町田君くらいでしょうか。先程助けていただいたCクラスの小代瑠奈さん。」

 

 

小代がどうしたって言うのよ。

 

 

「彼女はこう言いました

──付き人さんもいないみたいだけど とね。」

 

 

え、ちょっとそれって…

 

 

「なんで俺たちのことを知っているんでしょうか?この事は今は俺らしか知らないはずじゃ。」

 

 

普段チャラチャラしてる橋本はもちろん、鬼頭も目を見開き驚いていた。

 

 

「いや、正確には中立派数人と町田は気づいているだろうな。」

 

 

そして鬼頭は冷静に現状を分析しているようだった。

 

 

「たまたまってことはなさそうだし、なんだか不気味ね。」

 

 

ひとまずそれっぽいことを適当に言っておくけど、一つ気になっていることがある。

 

 

私と初めて会った時、あの日彼女はこう言った。

 

 

『貴方には他にも仕事をお願いするかもしれないけど、基本的に坂柳有栖が接触してきたら初めは嫌がりつつも、何度も脅されたり粘られたら坂柳派に着いて欲しい。後は葛城康平に着いても随時情報提供宜しく。』

 

 

え、坂柳と葛城のことなんで知ってるの?確かにあの二人はあの日、クラスを引っ張っていくリーダーに立候補したけど、まだ他のクラスは知らないはずじゃ…

 

 

あの日、入学してから4日目に坂柳と葛城がクラスのリーダー候補になった。

それを知っているのはAクラスだけのはずだから、他クラスの奴が知っているのは不自然だ。

 

 

私は万引きがバレたことで頭がいっぱいだったから、『詮索するな』と言われて考えないようにしていた。

 

 

それにアレは、私が美術部に入部した帰り道の事だ。

彼女は突然私に美術部に入部しているかを尋ねてきた。

 

 

普通聞くなら何部に所属しているかを尋ねるはずだ。

なのに小代は美術部に入部しているかと聞いた。

 

 

その後看板作成の話を出していたから、流れで不自然だとは思わなかった。

でもよくよく冷静になって考えたら、質問の順番をすっ飛ばしていることに気づいた。

 

 

万引きを黙ってると話した時も思ったけど、コイツかなりイカレてる気がする。

 

 

そういえばあいつは坂柳が話しかけたら初めは嫌がるフリをしつつ、粘られたら坂柳に着けって言ってた。

そして坂柳はあいつの言うようにしつこいほど派閥に入るよう説き伏せてきた。

 

 

あいつの想定する未来通りになった訳だけど、これって偶然なの?

 

 

「ひとまず彼女について情報を集めたいと思います。お願い出来ますか?神室さん、橋本君。」

 

 

「かしこまりました、姫様。」

 

 

「ん、わかった。」

 

 

橋本は坂柳に一礼して去って言った。

私も同じように返事をして席に着く。

 

 

青い顔で坂柳に命令されたけど、これ喜んでいいの?

合法的にあいつと話せるようになったは良いけど、あいつ詮索するなって言ってたし、なんだかちょっと怖いかも。

 

 

世の中には知らない方がいいこともあるって言うけど、なんか気づかない方がは平和な生活を送れた気がする。

 

 

でもこれはこれで…

 

 

 

───スリリングで楽しいかも。

 

 

少しするとクラスメイトが教室に戻ってきて、騒音が加わる。

報告として、小代に簡単なメッセージを送ることにした。

 

 

 

"坂柳派に入ったよ。

昨日、鬼頭隼と橋本正義も坂柳派の幹部として派閥入りしていたみたい。

葛城派は主要メンバーが戸塚弥彦や町田浩二を中心とした真面目な男子生徒が多いかな。

派閥入りをしない中立派もそこそこいる。

中立派の主要人物は矢野小春と石田優介の2人。"

 

 

 

中立派なんて聞かれてないけど一応教えてあげよう。

あんまり情報提供も出来てなかったし、これくらいはしないとね。

 

 

こんなとこだろうか。

なるべく必要最低限に抑えたつもりだけど、もたもたしてたら坂柳達にバレそうだな。

 

 

坂柳達に怪しまれていることを伝えるべきか迷うな。

まあ今日は様子見して、必要に応じて伝えればいいよね、うん。

 

 

私も面倒な相手に捕まっちゃったけど、退屈しなければまあいいか。

 

 

そう言えばアイツは報酬といって数万ポイントを渡してきた。

一体、どこにそんなポイントの余裕があると言うのだろう。

 

 

10万ポイントを持っていたとしても、ホイホイ渡せる額じゃないはず。

それも入学して4日目だよ。

みんなやりたい放題豪遊してる時に他人に渡せる額だとは思えない。

 

 

本当に小代は呆れるくらい、ミステリアスな人だと思うんだけど。

 



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4話 マーケティング

4話目です。

皆さんお気に入り登録やご感想、評価等ありがとうございます。
面白いと思ってくれたら評価をしていただけると嬉しいです。
これからものんびり更新していきますので応援よろしくお願いします。

オリジナルの特別試験についても模索中ですので、いつかお話に追加出来ればいいなぁと思っています。

今回のお話は小代ちゃんとひよりちゃんのお話がメインになります。




 

 

 

放課後ひよりとカフェに入り、パンケーキを食べることにした。

 

 

「うわ、カボチャのパンケーキ美味しい。カボチャの甘みが引き立てられてる。」

 

 

「こっちの苺のモンブランパンケーキもすごく美味しいです。あまおうが大きくて幸せですね。」

 

 

やっぱり放課後は甘いものに限る。

ここのカフェは最高だ。

 

 

「バナナ豆乳がよく合うわ。ほんと今日の昼休みはハードだったなぁ。」

 

 

「ふふふ、お疲れ様でするーちゃん。」

 

 

ひよりと仲良くなってから、ひよりは妙な渾名で私を呼ぶ。

1度聞いたところ瑠奈だからるーちゃんだと、それしか答えてくれなかった。

 

 

恐らく深い意味など無いのだろう。

気にしても無駄だと思い私もるーちゃん呼びを受け入れることにした。

 

 

「坂上先生とはどのようなお話をされたんですか?るーちゃんが呼び出しをされるイメージが湧かなくて気になってしまいます。」

 

 

「大した話じゃないけど、ポイントについてだったよ。」

 

 

「ポイント?どういうことでしょうか?」

 

 

どういうことって言われても返す言葉が見つからない。

ポイントを使いすぎたことを咎められたと言っても、坂上は入学初日ポイントを使わせるような言葉を選んで説明していた。

 

 

これは内容として不適切だ。

それに73万使ったなんて言えるわけもない。

 

 

あ、閃いた。

よくある転生作品で初めの方に先生に確認する下りをパクればいいんだ。

 

 

「実は前ポイントで気になったことがあって、話す場を整えてもらったって感じ。入学初日に来月支給されるポイントの額が10万とは言われてないのが気になっててね。」

 

 

それっぽいこと並べてみたけど全部知ってるんだよなぁ。

 

 

「確かに私もそこが気になっていました。上級生の方の中に、無料商品を使う生徒もいるようですし、学食には山菜定食という無料提供のものもあります。」

 

 

口に出さないだけでかなり考えていたんだね。

やはり、ひよりは原作同様優秀な生徒のようだった。

 

 

「先生に聞いたところ、来月支払われるポイントについてはノーコメントみたい。これやっぱり、10万貰えるって楽観視できる感じでは無さそう。」

 

 

「なるほど。濁しているのは気になりますねえ。」

 

 

ひよりは普段ぽわぽわしてるけど、学年でも上位に位置する学力優秀者だ。

さすがの洞察力と言えるだろう。

 

 

顎に手を当てて考える姿は探偵のようで、これから事件でも起きたら面白そうだなと思った。

 

 

「あと昼休みなんだけど、階段で杖を落とした生徒さんと話してたんだよね。杖を拾って渡してあげたんだけど、かなり疲れ切っているようで話を聞いてみたの。」

 

 

少し大袈裟に両手を左右に広げ、わざとらしい演出を加える。

 

 

「Dクラスの生徒に落とした杖を蹴り飛ばされ、そのまま平謝りで通過された挙句、運悪く杖は階段の踊り場まで落ちてしまったんだって。」

 

 

「そうだったんですか。酷い方もいる者ですね。杖をつく生徒とは、Aクラスの坂柳有栖さんのことですか?」

 

 

まあ、学年に杖を使う生徒なんて一人しかいないし分かるよね。

 

 

「そうだよ。坂柳さん。少し威圧感はあるけどすごく可愛らしい人だったよ。」

 

 

「そうですね、外見はとても美しい方です。理事長の娘さんという噂がありましたし、入学試験も1位通過をされていたようですよ。」

 

 

そんな話原作にあったか?

いや確かに優秀だろうけど、流石に天才設定エグすぎないか?

 

 

まあ、かくいう私も恐らく入学試験は満点だと思っているけどね。

 

 

「そういえば、坂柳さんはAクラスのリーダーに名乗りを上げたという話も聞いたことがあります。」

 

 

「へぇ、リーダーか。そういえばウチのクラスはリーダーが特に居ないよね。Bクラスは一之瀬さんがリーダーで、神崎君が副リーダーかな?」

 

 

「え?そうなんですか?Bクラスの中心人物が一之瀬さんなのは有名ですけど、神崎さんなんて聞いたことがないような…」

 

 

あれ?なんか、やらかしてる?

 

一之瀬は社交的で明るく優しいリーダー。

だからこそ理性的で全体的にポテンシャルの高い神崎が副リーダーポジというか参謀ポジに収まってるんじゃなかったかな?

 

 

まあいいや、ゴリ押せばイケるイケる。

 

 

「うーん、私も最近知ったんだよね。よく一之瀬さんと話してるのを見るからさ。」

 

 

そういえば今日一之瀬が神崎と一緒に登校してたな。

白波もいた気がするけどまあ事実だし問題ないな。

 

 

「え?そうですか?一之瀬さんが教室外で行動してるのって白波さんやそのお友達くらいしか見ない気がしますが。」

 

 

「実は今日の朝も一之瀬さんと神崎君が一緒に登校してたんだよね。あと白波さんもいたから、仲良いのかなって。」

 

 

「そうなんですか。るーちゃんはなんでも知っているんですね。」

 

 

心を見透かされそうでいつも不安だった。

それでもひよりは初めてこの世界で出来た、対等な存在だから。

 

 

だからこそおかしなことを言って嫌われたくない。

 

 

「なんでもは知らないわよ、知ってることだけ。」

 

 

某物語の化け猫こと、委員長こと、真面目眼鏡っ娘な才女の名言でもあるのだが、ここではスルーして頂きたい。

 

 

「そういえばDクラスについて何か知ってる?櫛田さんくらいしか関わりが無くて。」

 

 

ひよりは物静かで大人しい生徒だったが、色々な情報を持っており、よく教えてくれる。

情報収集能力が高いのはわかったけど、仕入先が全く想像もつかない。

 

 

どこかのエージェントならまだしも、学力の高さ以外は何処にでもいる普通の女の子にしか見えない無い。

 

 

「Dクラスは私もあまり話は聞きませんね。櫛田さんと平田君が中心人物という話はよく皆さん話されてますよ。」

 

 

Dクラスは原作通りのようだし当分は様子見かな。

 

 

「私もそれくらいしか聞いたことないなぁ。」

 

 

情報を共有し、昨日読んだ本の感想を話して私達は寮に戻ることにした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

翌日の放課後、リニューアル準備中の角川リサイクルのチェックしに行った。

外壁も綺麗に補修され、入口付近には可愛らしいうさぎの置物や小洒落たポストが置かれている。

 

 

インスタ映えとは行かない迄も、気軽に寄りたくなる可愛らしいお店という雰囲気が醸し出されている。

何枚か宣伝用に写真を取っておこう。

 

 

カランカランと音がなり扉を開け、挨拶をする。

 

 

「こんにちは。リニューアルはどうですか?」

 

 

店主は笑顔で迎えてくれ、店内の案内を始めてくれた。

 

 

「よく来たね。外装はメインストリートにある店には及ばんがかなり綺麗になっただろう。草も刈ったし、ホームセンターで幾つか綺麗なインテリアを揃えて中と外の入口を綺麗に飾ってみたのさ。」

 

 

陳列棚やテーブルにもクロスが掛けられていたり、100円ショップにも売っていそうな小さい装飾が加えられていた。

だが、どうしてここまで?

 

 

店を閉店させようとしていた人間のとる行動では無いはずだ。

 

 

「素敵ですね、女の子が好きそうな装飾です。ですが、閉店しようと考えていた貴方が結果も出ていない今、どうしてこのようなことを?」

 

 

「アンタがあまりにも必死でね、話して直ぐに行動に移してくれた。アタシは困るばかりで諦めていた。でもアンタの必死さやその若さ有り余る行動力を見て、何かしないといけないって思ったのさ。」

 

 

その言葉は素直に嬉しいものだった。

私はこの店を利用したが、確かにこの店を存続させたいと思ったのだ。

 

 

私の姿に感銘を受け、同じ土俵でお試し期間と言えど闘ってくれると言うのだ。

仲間ができたようで心強く、頼もしく感じた。

 

 

「私は諦めません。この気持ちには打算が多く含まれています。でもこの店が多くの苦学生を救ってくれるのも事実だと思います。」

 

 

力強く頷く店主に私は初めて質問をした。

名前も知らぬ店主に名を尋ねた。

 

 

「すみません、まだ名前を教えてもらっていなくて。宜しければお教え頂けますか?」

 

 

はっとした顔をし、しわくちゃな顔で破顔した。

これがアルカイックスマイルというのだろうか、前世のおばあちゃんの笑顔を思い出した。

 

 

「あたしは山田花子さ。」

 

 

なんか住民票の申込用紙の見本にありそうな名前だな。

 

 

「宜しくお願いします、山田さん。」

 

 

「ああ。宜しく頼むよ、小代さん」

 

 

「そうだ、これPOPを簡単ですが作ってみました。これはスーパーから仕入れているお菓子に。賞味期限や消費期限がスーパーの物と同様であることを書いています。こっちはリメイク商品の棚へ。これはゲームの棚へお願いします。こっちは…」

 

 

幾つかPOPを取り出して確認を貰い、商品棚へ貼っていく。

商品の説明内容も読んでもらい、不適切なものは作り直すことになった。

 

 

リピートをしてもらう為にもスタンプカードを簡単に作ることを提案し、勿論受け入れて貰えた。

1000円買う事にスタンプをひとつ押し、30個のスタンプが貯まると2000円のお買い物券を付けるというものだ。

 

 

これについては神室に以下の内容のメッセージを送っておいた。

後神室から久しぶりに報告が届いたが、私の知っている原作通りの内容だった。

 

 

しかし中立派については初めて聞いた。

原作で名前だけ出ていた生徒だ。

 

 

矢野小春と石田優介。

 

 

原作ではほぼ名前しか出ていないキャラだ。

今後Aクラスに行った時のために仲良くしておけばプラスになるだろう。

 

 

だが、たしか石田優介は学年末試験でAクラスの学力トップ組として、数学の試験に参加していたような気がする。

矢野小春については船上試験で葛城と同じグループだった生徒だと記憶している。

 

 

『了解した。ついでに矢野と石田についても情報収集お願いね。後、報酬も渡すから、スタンプカード用のポスターを作成して欲しいの。1000円買う事にスタンプをひとつ押し、30個貯まると2000円のお買い物券が貰えるわ。お願いできる?』

 

 

メッセージを送ると直ぐに返信が来た。

 

 

『わかった。何時までに終わらせればいい?』

 

 

今日は9日だから、リニューアルオープンする12日の朝までには頼みたい。

 

 

『12日の朝までに完成させて欲しい。短時間での依頼になるし、あの時とは違って4万円だす。頼むよ?』

 

 

『かなりきついんだけど。まあ了解』

 

 

素っ気ない文面ではあるが、彼女ならやり遂げてくれるだろう。

まあ期待しておこうかな。

 

 

今は資金があるからいいものの、やっぱり何度も万単位の報酬を渡すのは少々怖いものがある。

金銭感覚が狂いそうだし、計画に失敗が出れば利益が見込めなくなるだろう。

 

 

そうなる前に資金をあつめ方法を考える必要がある。

 

 

それはそうと、明日の放課後生徒会室に行ってみようと思う。

そろそろ店で売る情報集めも始めないといけないし、須藤の喧嘩対策で小型カメラの設置用に何台か買っておこう。

 

 

やることを明確にしておこう。

 

 

①小テストと定期考査の一年間の過去問を買う。

②ホームセンターで監視カメラと盗聴器を買う。

③事件現場に監視カメラと盗聴器を仕掛ける。

 

 

ひとまず情報収集は継続していかないと意味はなさそう。

適当なタイミングで過去問の情報については掲示板に書き込もう。

 

 

生徒会長のサインとかがあれば店の信頼も稼げたりするかな?

部活紹介の時に参加した一年生には会長の名が浸透しているはずだし。

 

 

そうそう、お店の2階も見せてもらったけどかなり綺麗だったよ。

洋室には皮のソファーが2つ置かれており、ローテーブルも小洒落た猫足だ。

 

 

知られたくない話をするには持ってこいだし、裏メニューということにして情報の取り扱いは掲示板でほのめかしておこう。

 

 

売られた商品をリメイクする工房も清潔に保たれており、売りに出される前の商品にも埃を避けのカバーがされており、きちんと管理されていた。

 

 

店内外の状況は悪くないため、過去問とスタンプカードの作成を進めて行こう。

櫛田の影響力は悪くないけど、一之瀬さんの力も加わればより広範囲に知れ渡るだろうし、どうにか彼女も誘えないかな。

 

 

メッセージを開き櫛田とのルームに文字を打ち込む。

 

 

『12日楽しみだなあ。そういえば桔梗ちゃんってBクラスの一之瀬さんと仲がいいって言ってたよね!

一之瀬さんってどんな人なのかな!

私もお話してみたいなぁ。』

 

 

こんなんでいいだろう。

一緒にリサイクルショップに行ければ最高、紹介して貰えただけでも御の字だな。

 

 

家に帰り‪パスタを作り食べているとピコンッと音が鳴った。

 

 

『そうなんだぁ。一之瀬さんは誰にでも優しくて可愛くて、明るくて、Bクラスの人気者なんだよ!

12日一之瀬さんも誘ってみたけど『是非御一緒させて』ってお返事来たよ。お昼ご飯食べながら親睦深めつつお店に行く感じでいいかな?』

 

 

行動が早くて助かるな。

感謝のメッセージを送り、楽しみだと伝えた。

 

 

当日は一之瀬と連絡先を交換して仲良くなれればいいな。



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5話 面接

5話目です。
なかなか書き進められず、グダグダしてしまいました。
今回の話はそこまで面白要素は無いですが、原作知識を持っている身として、ある人物に対する嫌がらせをする話になります。




 

 

翌日の放課後。

時刻は15時56分だ。

 

 

私は生徒会室に向かった。

現生徒会長はDクラス堀北鈴音の兄であり、歴代最高の生徒会長と呼ばれる程の類まれな才能を持っている。

 

 

そして過去問を貰う相手に何故彼を選んだのかと言うと、単純に生徒会長という多額のポイントを持つ人間のコネクションが欲しかったからだ。

 

 

そしてもうひとつ、先輩に知り合いが居ないため"生徒会"に入りたいという体で話しかけることができるからだ。

 

 

原作で葛城と一之瀬は生徒会入りを頼みに行ったが断られている。

つまり私も生徒会に入ることはなく、少しばかりの有能アピールをして簡単に過去問の取引ができるという訳だ。

 

 

これならば、わざわざ部活動にはいる必要も無いため、時間コストを最小限に抑えることが可能だ。

 

 

生徒会に入る気は無いし、向こうも入れたりしない。

だからこそ都合が良いのだ。

 

 

コンッコンッ

 

 

生徒会室の扉を2階ノックすると中から『どうぞ』と声が聞こえた。

 

 

「失礼します。」

 

 

軽く礼をし室内に入ると高そうなソファが2つ置かれていた。

中には橘書記と現生徒会長堀北学が何やら書類を確認しているようだった。

 

 

「1年Cクラスの小代瑠奈です。生徒会長にお話があります。今宜しいでしょうか?」

 

 

「構わない。そこのソファに掛けると良い。」

 

 

「では失礼します。」

 

 

私がソファに座ると会長もデスクから腰を上げ目の前まで移動し、ソファに座った。

 

 

「さて、要件とは?」

 

 

「私を生徒会に入れてくださいませんか?」

 

 

恐らく断られるがここで会話を止めてはいけない。

なんとしてでも、過去問を買わねばならないな。

 

 

「断ろう。」

 

 

やっぱりね、いい感じだ。

さてここで少し反発しないと怪しまれるし理由でも聞いてみようかな。

 

 

「そんなにすぐ断らなくても…。いえ、理由をお尋ねしても宜しいでしょうか?」

 

 

「そうだな、実は部活動紹介の後に2人の1年生が生徒会入りを希望してきた。しかし彼らには時期が早いと断った。この意味がわかるか?」

 

 

やはりここは原作通りのようだ。

恐らく葛城と一之瀬の2人が生徒会入りを希望し断られたんだな。

でも時期が早いからダメな理由はなんとなくわかるけど、意味って何?

 

 

「意味は分かりかねますが、先輩が危惧されていることは想像出来ます。」

 

 

「ほう?言ってみろ。」

 

 

多分これは南雲の思想に染まることを危惧しての措置だと思う。

でもその南雲が一之瀬を生徒会に入れちゃってるからこれってあんまり意味がないんだよな。

 

 

だったらいっそ堀北生徒会長に生徒会見習いとして秘書とかさせたらいいんじゃないかな。

 

 

「堀北会長は南雲現副会長の思想に葛城君と一之瀬さんが染まる事を恐れているのでは有りませんか?」

 

 

「ほう?生徒会希望者を知っていたか?なら何故ここに来たのか理解出来ないな。だが面白い意見だ。続けろ。」

 

 

いや続けろと言われても何を言えばいいのか、そんな深く考えてた訳でもないのに。

とりあえず2年生の支配状況について言えばより信ぴょう性は高まるはずだ。

 

 

「現在の2年生は現副会長南雲雅先輩が支配しています。2年生の全クラスの生徒からプライベートポイントを徴収されているそうですね。」

 

 

「なっ…一体どこでその話を聞いたんだ?」

 

 

「どうしてそれを…」

 

 

堀北会長と橘書記は目を見開き驚いているようだった。

 

 

「そうですね…実は図書室の前で他学年のDクラスらしき生徒が話しているのを偶然耳にしたのです。」

 

 

この話は原作知識から得たものだし、そもそも1年生はこの時期クラスポイントやクラスの序列を知る訳が無い。

堀北会長や橘書記が驚くのも当たり前だし、おそらくこんな早くに本質に気づく生徒なんて居ないはず。

 

 

勿論怪しんだり警戒して真面目にポイントに気遣いながら生活しよう、って呼びかける生徒は居ると思う。

神室の話から坂柳と葛城はクラスに対する呼び掛けをしたことで、リーダーに名乗りを上げたって話していたかな。

 

 

流石Aクラス、考察力も一級品だねぇ。

 

 

それによくハー○ルンで見たし、モブ主人公が…

 

 

『10万ポイント貰えるとも限らないし、少し節約

した方がいいかもね』

 

 

『10万ポイントが私達に対する正当な評価らしいから、この評価が下がったら来月貰えるポイントも下がるかも〜!』

 

 

とか言ってた気がする。

だから別に有り得ない話じゃ無いはず。

少し優秀なだけだよ、多分。

 

 

数秒の沈黙を経て堀北会長は口を開く。

 

 

 

「なるほどな。では仮に俺が南雲側に着かれることを危惧しているとしよう。だがそれだけで本当に生徒会入りを断ると思うのか?」

 

 

「それもそうですね。しかし南雲副会長はBクラスからAクラスへ上がっています。これは彼の優秀さを示す大きな根拠に成り得ます。この行動は革命的であり、下級生のAクラス以外にとって偉業とも言えましょう。」

 

 

この発言をした瞬間空気が張りつめた。

恐らく室温が5度程下がった気がするのだが、気の所為だろうか。

 

 

「待て」

 

 

「はい?何か?」

 

 

堀北会長は信じられないものを見たような顔をして私の話を区切ってきた。

私を化け物か何かと勘違いしているのでは無いだろうか?

私はきわめて普通の女の子なのだが。

 

 

そして橘書記も私を見て固まっている。

 

 

心無しか顔色が悪いようですが、この部屋の室温管理きちんと出来てますか?

また、体調管理はきちんと出来ていますか?

 

と問いたい。

 

 

「今君は南雲がBクラスからAクラスへ移ったことを優秀さを示す大きな根拠と言い、そしてこれを偉業と言ったが、之はどういうことだ?」

 

 

「言葉通りの意味ですよ。南雲先輩はその優秀さを発揮してBクラスをAクラスへと押し上げ」

 

 

あ、やっべやらかした。

 

 

「ああ、それは事実だ。しかしBクラスをAクラスにあげるとはどう言う意味だ?説明してもらおうか。」

 

 

いやこれどうしよう、恐らく二次創作でもこんなレアミスしないでしょ。

やばい、確実に怪しまれてるよ。

 

 

○○で偶然耳にしました、じゃBクラスをAクラスに押し上げたことが何故優秀だとされるかの説明ができない。

流石に不審がられるし、この後の過去問イベントに影響を及ぼすかもしれない。

 

 

ほんの少しの有能アピールをする予定が飛んだとばっちりを食らってしまった。

いっそ生徒会に入りたいと言わずに過去問を要求すれば良かったな。

 

 

後悔先に立たず…

仕方ない、ポイントで買ったと押し通す。

 

 

「実は私はこの学園のシステムを新入生の誰よりも早く知ることが出来ました。」

 

 

「それは…誰かに尋ねたということか?」

 

 

「はい。まず私はこの学園の至る所に設置されている防犯カメラに着目しました。防犯上の問題と言われても仕方ありませんが、その数が多すぎるんです。」

 

 

「ほう?確かにそうだな。生徒会室にも幾つか設置されている。」

 

 

「そして入学初日の説明で、支給された10万ポイントは私達に対する正当な評価の表れだと聞きました。つまりこれは評価が下がればその分支給される額が変わることを意味しているように思えます。説明で使われた言葉が複数形であることから、評価は集団…つまりクラス単位の可能性が高そうです。 」

 

 

「ほう、面白いな。随分と綺麗な思考をするようだな。初日にそこまで考えられるとは、実に興味深い。」

 

 

お、これは会長のお眼鏡に叶ったかな?

 

 

「そしてこれらの考察の答え合わせのために私はこの学園の仕組みについてプライベートポイントで情報を買うことにしました。」

 

 

「ほう、いくらで買ったんだ?」

 

 

「流石にそこまではお答えできません。しかしその情報で得たことがこの学園はAクラスが優秀な生徒が多く、Dクラスには劣等生が多いということ。卒業後の特権はAクラスのみが享受できるということを知りました。そしてクラス移動には2000万ポイントが必要で、退学を取り消すにも同額が必要だということ。クラスポイントに×100したポイントが一人一人に割り当てられるプライベートポイントであること。テストの点数も1点10万ポイント買えるということ。」

 

 

一息でここまで言えた私を誰か褒めて欲しい、ついでに頑張った賞で残り800万ポイント欲しいんだけどどうかな。

 

 

「他にも定期考査以外にも特別試験と呼ばれる、主にクラスポイントを求めて競い合うクラス対抗試験もあるそうですね。クラスポイントが他クラスのポイントを越えるとクラス替えが発生し、上のクラスに行けるシステムだということも知っています。」

 

 

一気に話したから少し息苦しいガ、これも仕方ないことだ。

そもそも情報量が多すぎるし、長々ペラペラと話していてはいつまで経っても本題に入ることが出来ない。

 

 

「こんな所でしょうか。」

 

 

言い終えると堀北会長は顎に手を当てながらしばらく黙りこんだ。

そして私を褒め称えた。

 

 

「実に素晴らしい行動力だな。南雲に関して危惧しているというのも事実だ。では、お前が答えなかった意味に着いて教えてやろう。」

 

 

「お願いします。」

 

 

「南雲を危惧しているから生徒会希望者を断っているとお前は言った。だが勿論それだけでは無い。俺は南雲の思想に染まらない後輩の育成を考えている。だからこそ、当分の間は見極めさせて貰いたい。」

 

 

つまり、南雲に染まらない後輩を育成するための素質を見極める。

いわば素材選びといったところだろうか。

 

 

何かを作る上で材料選びはとても重要だ。

作る上で何を重視するのかで選ぶ材料は変わるため、堀北会長が重視する材料とは南雲に染まらない後輩。

 

 

「つまり先輩は今後生徒会長になるであろう南雲にも反論、意見が出来、この学校の未来を支えるとの出来る人材を探されているのですね。いや、その人材に育てるに値する人物をと言うべきですか。」

 

 

「ああ、概ねお前が言っていることは間違っていないだろう。」

 

 

「では、私も今後会長のお眼鏡に叶えば生徒会に入ることも吝かでは無いと?」

 

 

「さて、どうかな。」

 

 

今後のために点数稼ぎをして生徒会に入るのもありだが、今がその時では無い。

まあ好印象を与えるに越したことは無い、なるべく悪印象を与えないようにしなければ。

 

 

そういえば、原作では一之瀬帆波が南雲に生徒会に入れてもらっていたな。

そのせいで一之瀬が三学期万引きしていたという事実を広められてしまう。

 

 

それ自体何か思うことは無いが、私がAクラスに行ってから坂柳に支配されるのは好ましくない。

できるだけ葛城と坂柳には対立を続けて欲しいし、対立を続けながらも上手く試験を乗り越えて欲しい。

 

 

つまり一之瀬への攻撃なんて問題外だし、無人島試験で葛城が龍園との契約を飲むのも反対したいところだ。

あれのせいでAクラスはポイント差が縮まり、プライベートポイントも大幅に失うことになるのだ。

 

 

何より自意識過剰傲慢腹黒女好きの薄汚いハイエナ王子は気に食わないし、Bクラスに南雲派に入られると今後の事業における資金も貯めにくくなるだろう。

 

 

私が近いうちに手を出そうとしているネットバンク事業を乗っ取られるかもしれない。

これは由々しき問題だし、ここら辺でひとつ手を打つことにしよう。

 

 

「では会長、私は生徒会入りを諦めるつもりは有りません。ですが今回のところは引き下がります。ですからひとつ約束をして欲しいことがあります。」

 

 

「なんだ?生徒会に入れろという約束は勿論受け入れられんぞ。」

 

 

いや違います。

 

 

「なんだ?」

 

 

「新一年生の中で生徒会入りを断られた生徒が副会長の権限により生徒会入り果たすことの無いよう、生徒会に入れてはならないと呼びかけて欲しいのです。」

 

 

「どういうことだ?お前は南雲が1年生の誰かを副会長の権限により生徒会に迎え入れると言いたいのか?」

 

 

「はい。その候補の筆頭は一之瀬さんでしょう。」

 

 

「理由は?」

 

 

「彼女がBクラスだからです。南雲副会長は元々Bクラスの生徒です。その実力とリーダーシップ、上へとあがりたい執念は相当なものだと思われます。そして来月どのクラスもAクラス卒業を目指すことになるでしょう。そこで目をつけるのは元Bクラスのよしみとして一之瀬さんが適切です。」

 

 

「なるほどな。しかし、同じBクラスという点だけで一之瀬に手を貸すような単純な男では無いぞ?」

 

 

流石歴代最高と名高い堀北会長だ。

そう簡単に納得してはくれないか、まあここまで予想通り、想定内だ。

 

 

「ですが南雲先輩は女性を私物化するような男性だと聞いていますよ。噂では女性を喰い物にされているようですし。Aクラスで優秀な生徒である葛城君は保守的な思考の持ち主だと噂で聞いていますし。堀北会長寄りの思考を持っている可能性が高いでしょう。しかし──」

 

 

一度区切り、印象付けるように話す。

 

 

「一之瀬さんはAクラスへ上がるという革命好意を目指すようになるBクラスの人間ですよ。革命的思想を持つ南雲副会長側の人間に成りやすいということです。」

 

 

どうだ、これ全部原作知識のおかげなんだぜっと強気にはなれず、あくまで真面目に真摯に訴える。

だがこれ以上言うことも見当たらないため、ここで1度話を終わらせることにした。

 

 

「以上です」と説明を終えるとテーブルにお茶が置かれた。

橘書記が気を利かせお茶を用意してくれたようなので、お礼を述べお茶を頂いた。

 

 

教科書の本文をまるまるひと作品読まされたような気分だな。

ここまでずっとフルスロットルで話し続けたためか、冷たい緑茶が喉によくしみる。

 

 

「会長もどうぞ。一息入れてはいかがですか?」

 

 

橘書記が堀北会長にお茶をすすめた。

 

 

「ああ、ありがとう橘。」

 

 

感謝を述べ堀北会長はカップに手を伸ばす。

カップを取る動作には気品が溢れており、どこかの貴族と言われても信じてしまうだろう。

 

 

改めてお茶を飲んだ会長と向き合い微妙な空気が流れる。

頼む、何か話してくれ。

 

 

約1分が過ぎた頃、堀北会長が一枚の紙にペンで何かを書き始めた。

 

 

「さて、お前はあくまで自分が断られたから、平等に当分の間、俺と南雲に見極め期間として生徒会への推薦権限を行使しないで欲しいという事だな?」

 

 

「はい。私がまだ早すぎると断られたのに、副会長の権限で誰かを入れるのはズルいですよ。」

 

 

正直今の私の発言って現実離れしてるし、情報をプライベートポイントで買ったって話もどこまで信用して貰えるのだろうか。

生徒会に入りたいと言うより、一年生の生徒会入りを阻んでいるように捉えられかねない。

 

 

「そうか。まるで本当に起こるかのような口ぶりだな。この先の未来を知っているような話し方だ。」

 

 

なんか勘づかれているような気がするが防衛に回るだけじゃダメだ。

あくまで知らぬ存ぜぬを通し、そして強気な態度で堂々と接していかなくてはならない。

 

 

「未来がどうなるかなんて私には分かりません。ただズルしないで欲しいのです、審査は平等に行われるべきです。その上で実力主義を語るのならば、私はそれに従います。」

 

 

「成程。良いだろう、実に面白い女性だな。流石だ、入学試験4教科満点で2位に輝いた成績優秀者。そして残りの1科目も99点。入学してすぐにシステムを知るとは、今後が楽しみだ。」

 

 

「ありがとうございます。会長、もう一つ、いえお願い自体は一つです。しかし加えてお話がもう一つあるのです。宜しいですか?」

 

 

少し考える素振りをしてから堀北会長は時計に視線を向けた。

時刻は16時20分を少し過ぎているようだった。

 

 

「分かった。聞こう。橘、今日の会議の時間だが30分ずらすよう連絡を頼む。30分後にまた会おう。」

 

 

指示を出された橘書記は端末を操作し、幾つかの書類を抱えて出口に向かう。

 

 

「分かりました。伝えておきますね。30分後にここへ戻ります。ではごゆっくり、小代さん。」

 

 

出て行く寸前の橘書記に感謝を伝えた。

 

 

「ありがとうございます、橘先輩。」

 

 

するとにこりと微笑んで退出して行った。

 

 

さあ、ここからが正念場。

本日一重要なイベント。

 

 

 

さあ、商談を始めましょう。



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6話 商談

最近更新が遅くなってすみません。
やっと6話です。
この話は会長との会話がメインになります。
今回も面白いとは言えませんが、今後の展開を読む上で必要なので飛ばさないで貰えると嬉しいです。

数多くのご感想をありがとうございます。
是非評価ボタンも押して貰えると嬉しいです。
頂いたご指摘は確認させて頂きますので、何かあればご意見をお願い致します。


 

 

「さて、話とはなんだ?」

 

 

2人だけの生徒会室、私と堀北会長は互いに向き合っている。

先程まで私たちは生徒会に入るか入らないか、そして南雲副会長が勝手に生徒会希望者の生徒会入りを承認させない為の契約について話し合っていた。

 

 

「まず、お願いというのは今月に行われるであろう小テストと今後1年間の定期テストの過去問を頂きたいのです。」

 

 

「ほう?それもポイントで買った情報ということか?」

 

 

ものすごく踏み込んでくるがこれもやむを得ない、適当に答えておこう。

 

 

「まあ、そんなところですね。」

 

 

「成程。だが俺が持っていない可能性を考慮しなかったのか?」

 

 

可能性としては有り得るが──

 

 

 

「私は先輩を信じることにしたんです。」

 

 

こう言うと先輩は訝しげな顔を向けてきた。

 

 

「信じるだと?」

 

 

彼は更に怖い顔をして私を見つめてきた。

そして私は彼の発言に頷いた。

 

 

「この学校では毎年同じ問題が出題され、過去問を使うことにより赤点を回避出来る。過去問は何代にもわたり譲り続けられてきた、つまり一種の伝統だそうです。堀北会長は伝統を重んじる性格だと耳にしましたので、ほぼ確実に伝統を失くしたり捨てたりすることは無いと考えました。」

 

 

というか、金のない先輩は特に過去問を持っている確率が高そう。

だってこれ新作のゲームより高値で売れるんだもん。

 

 

「ほう、良い推理だ。推理通り俺は過去問を持っている。それも先輩に卒業前に譲り受けた3年時の過去問もな。」

 

 

なんと、3年間分の過去問を持っているとは恐れ入る。

流石は天下の堀北会長だ。

 

 

「是非とも3年間分の過去問を譲って頂きたいですね。勿論、タダでとは言いません。」

 

 

「ふむ。情報をポイントで買うくらいだから予想はついているようだな。」

 

 

「3年間分ということですし、おいくら程でお譲り頂けますか?」

 

 

「そうだな。一年分10万として、3年分で30万でどうだ?」

 

 

いくら私がポイントを持っているからといって、ここで30万も使う訳にはいかない。

先行投資だとしても、私は早目にAクラスへ移動したい。

 

 

9日夜時点の残金 1254万7620

 

 

これはひよりとのカフェ代や神室に支払った報酬を差し引いた額だ。

あまり余裕がある訳では無い。

 

 

「会長、私たち一年生は4月に10万ポイントを獲得しました。ですからその額はお支払いできません。もう少し安くしていただけませんか?」

 

 

「ふむ、そうか。君では無いのか。」

 

 

"君では無い"とはどういうことだろう?

 

 

「会長、どういう意味ですか?」

 

 

「ああ、この前HR中に放送があっただろう?」

 

 

『新たに追加した校則は"御自宅から持ち込んだ物の外部業者への売却を禁止する"というものです。これは例外なく、廃棄以外で外部業者に渡すことを禁止する校則です。』

 

 

そうか。

1000万稼いだ生徒により出来た新しいルール。

 

 

まあその生徒私なんですけどね。

 

 

「1000万ポイント稼いだ生徒のことだ。件の生徒の情報について本来生徒会に共有されるはずだが、情報はシークレットとなった。」

 

 

堀北会長は1000万稼いだ生徒を探しているのか。

誰か分かれば嫌でも目立ってしまうし、龍園に今目をつけられれば来月ポイントを搾り取られてしまう。

 

 

「情報をポイントで買ったという話だが、この学校の上級生はそんな安く情報を売り渡したりしない。つまり高額の取引が行われたと考えた場合、君が1000万円を持つ生徒だと思った。」

 

 

頭のキレが尋常じゃない、値下げ交渉して良かった。

 

 

「そうなんですね。」

 

 

「さて、今回は特別に7万ポイントでゆずろう。」

 

 

「もう少し下げていただけませんか?5万ポイントではダメでしょうか?」

 

 

「ふむ。では6万8000ポイント」

 

 

「5万3000ポイント」

 

 

「6万5000ポイント」

 

 

「5万5000ポイント」

 

 

「6万4000ポイント」

 

 

「6万ポイント。もうこれ以上勘弁して欲しいのですが。」

 

 

「なら6万2000ポイントでどうだ?本来3年間分だから価値は約5倍はあるものだぞ?」

 

 

これ以上は無理か。

まあこんなに格安で手に入るのならば値切り交渉は成功だ。

 

 

「分かりました。それで手を打ちましょう。」

 

 

「ああ。過去問についてはPDFでファイルを添付しておく。必要に応じてコピーするといいだろう。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

連絡先を交換しポイントを送る。

なんだか変な気分だな、こんなに格安で手に入るとは思っていなかっただけ、相当な得をしてしまった。

 

 

「不思議か?」

 

 

「何故ここまで安くして下さったのか疑問ですね。とても有難いことです。」

 

 

「お前の考察力、観察力に敬意を示しただけだ。気にするな。」

 

 

「分かりました。ではもう一つのお話に移らせて頂きたいのですが宜しいですか?」

 

 

「構わん。」

 

 

感謝を述べお茶を飲む。

少しぬるくなったお茶を飲み干し、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「私は、ネットバンクを立ち上げたいと考えています。」

 

 

「ネットバンク?」

 

 

「はい。具体的にはポイントを分けて貯蓄できる口座の立ち上げ、そしてその口座を誰でも利用出来るようにしたいのです。」

 

 

「何故口座が必要なんだ?」

 

 

良い質問だ。

でもこれはきっと常に勝者として君臨してきた会長には絶対に、理解できないだろう。

 

 

「まずこの学園では常にポイントを持ち歩いています。しかしこの学園では窃盗や暴行は禁止されていますが、教師の見えないところでは暴行や強奪が行われているのです。勝手に端末を操作されてポイントを全て奪われてしまう方もいます。予防策と言いますか、もしもの時に備えて、口座を作り予めポイントを貯金出来るようにしたいのです。」

 

 

「そうは言うが、被害者が名乗り出れば審議にかけられる。」

 

 

「いえ、名乗り出ることが不可能な被害者のほとんどが、同クラスの人間になるため、訴えたとしてもクラスポイントが減ってしまいます。だから同じクラスの人間に虐げられた人達は助けを求めることが出来ません。」

 

 

少し誇張しているが、これは事実だ。

だからこそ原作で龍園は暴力で他を抑えつけることが出来たのだ。

 

 

「成程な。」

 

 

やはり可能性として考えてはいるのだろう。

だがそれに対して対策を練ることも出来ない。

 

 

被害者の定義はとても難しく、本人が危害を加えられていると訴えない限り、誰もそれを断罪することは出来ない。

手を差し伸べることも迷惑だと思われてしまうかもしれない。

 

 

「それに各クラス事でポイントを徴収されることもあるでしょう。そういう時、役立つのがこの口座です。どれだけ信頼したリーダーでも、お金同然のポイントを預けることに不安を拭えない生徒もいらっしゃるでしょう?」

 

 

「成程な。事業といったな?手数料も取るつもりなんだな?」

 

 

「無料のシステムとは響は良いですが、お金を盗られるかもしれないという点において信用は出来ないでしょう?だったら有料のシステムを作る方がよっぽど信頼できる。手数料はシステムに対する正当な評価ですよ。」

 

 

「事業をしたいのならば生徒会に許可を得ずとも自分でやればいいだろう?」

 

 

いやそれじゃダメだ。

生徒会公認のネットバンクじゃないと誰も使いたがらない。

 

 

「いえ、私はこれを大々的に学校全体で使えるようにしたいと考えています。これをアプリケーションとして配信すればより多くの人が簡単に使うことができるようになります。」

 

 

「出来たアプリケーションを生徒会を通して全校に知らしめたいということか?」

 

 

「その通りです。」

 

 

軽く頷きながら同意する。

堀北会長は数秒の間を置いて、口を開いた。

 

 

「ふむ。ではもしアプリケーションが出来た場合、生徒会で試してから半数以上の承認が得られれば公式のアプリとして認めることとする。ただし──」

 

 

堀北会長は一度区切り、声のトーンを下げてはなす。

 

 

「手数料の一部は生徒会に譲渡すること。この内容で契約できるのであれば仮契約書を作成するが?」

 

 

やっぱりそう上手くは行かないか。

だけど今後のためを考えて仮契約は有難い。

まだ取り消しが聞くのだから。

 

 

「分かりました。仮契約でお願いします。また完成しましたら、手数料や譲渡金について相談の場を儲けて頂きたいです。」

 

 

「勿論だ。しかし、君はとてもユニークだ。まさかこの学校で事業を始めようと考える人間がいるとはな。史上初だろう。」

 

 

まさかここまで堀北会長に関心を示して貰えるとは思わなかった。

この流れでリサイクルショップの宣伝もして貰えたら嬉しいな。

 

 

「恐れ入ります。実は他にも事業に関しての活動を行っております。」

 

 

「ほう?どのような形で携わっているんだ?」

 

 

「職員寮の付近に当校創設時からあるリサイクルショップです。閉店間近のお店に客足を増やすことを条件に売上げの一部を頂く仮契約を結んでおります。壁の修繕や店内の清掃、装飾を増やし、スタンプカードの制度も導入致しました。」

 

 

「ほう、様々な策を講じたのだな。」

 

 

「しかし職員寮の近くな為、生徒の皆さんはあまり近寄ることが無いエリアです。ターゲットはDクラスの生徒です。安く仕入れた製品に問題は無いが、印刷ミスや包装に傷がある商品やリメイク品、中古の洋服や家電を取り扱っています。」

 

 

「客層の限定か。確かにポイントに余裕のない生徒には助かるだろう。宣伝はどうするんだ?」

 

 

宣伝効果があるかどうかで73万の投資の結果が決まると言っても過言ではない。

それだけ宣伝とは重要なものである。

 

 

「チラシを配るのは古典的過ぎますし、掲示板を利用します。知り合いの多い友人に人づてに噂を流すようお願いするつもりです。」

 

 

質問に答え終えたら、堀北会長は挑発的な声で楽しそうに煽る。

 

 

「ほう?それだけで、本当に成功すると思っているのか?」

 

 

「努力しますが、如何せん未知の領域なので上手くいくと断言できませんね。」

 

 

この人は性格が悪いような気がする。

カリスマ性も実力も倫理観も美しい容姿も持ち合わせ、この学校の王として君臨している。

 

 

だが欲深く、大胆で聖人君子では無い。

まあ少しくらい性格が悪くなくては、トップなど務まらなだろう。

 

 

優しいだけのリーダーでは衰退の一途を辿るのみ。

多少性格が悪くとも、悪事を働かなければ名君と呼ばれ名誉を手にする可能性を秘めている。

 

 

「生徒会として宣伝は出来ないが、一生徒としてその店の宣伝をさせて貰おう。」

 

 

生徒会としてならばより評価は高まるだろうが、堀北先輩としての宣伝でも充分関心を持って貰えるだろう。

 

 

「良いんですか?ありがとうございます。リニューアルオープンが12日なので是非お店にも足を運んで貰えると嬉しいです。」

 

 

「ああ、そうさせて貰う。知りもせず評価をすることは出来ないからな。素晴らしい店であることを期待している。そして君には今後も期待している。」

 

 

言い終わると同時に堀北会長は端末を操作し始めた。

数秒後、ピコンッと自身の端末から通知音が響いた。

 

 

確認してみると…

 

 

"200万ポイント"が振り込まれていた。

 

 

「え、えっとこれは一体?」

 

 

「君がしたことと同じだ、先行投資だ。200万円は君の自由にするといい。」

 

 

思わぬ臨時収入ににやけそうになるが、必死に真顔を作った。

そして感謝を述べ頭を下げる。

 

 

期待を裏切れば直ぐに関心も薄れることだろう。

今後の学校生活を生き抜くためにも、いざと言う時の頼みの綱は必要だ。

 

 

何よりここまで期待をして下さったのに、何も応えることが出来ないのはプライドにも障るし、人として恥ずかしい。

 

 

まずは目先のリサイクルショップの問題を解決する。

そして同時並行でITに強い人を探し、報酬を用意してシステム開発の依頼をする。

 

 

「最後に先輩、何方か先生を介して仮契約書へのサインをお願いして貰えますか?先輩の事は勿論信用しておりますが、念の為お願い致します。」

 

 

「用意周到な奴だな。だがこれに関してはもちろん先生方にも確認してもらう。確認が取れたら坂上先生から君にメールが行くだろう。」

 

 

「分かりました。ありがとうございます。」

 

 

きちんと担任を通してくれるところに温かさを感じる。

性格軽いと思ったことは撤回しないが、人情に熱い人なのかもしれない。

 

 

感謝を述べ生徒会室を後にし、ホームセンターへと向かった。

格安で売られている小型カメラを5台、盗聴器を4台買い、合計丁度2万円を支払った。

 

 

特別棟の須藤暴力事件の現場に小型カメラと盗聴器を設置する。

かなり小型な為、吊り下げ式の蛍光灯を支える支柱部分に取り付けることにした。これで事件時の様子がよく映るだろう。

 

 

龍園かDクラス、どちらと取引をするかは近くなったら考えることにしよう。

念の為監視カメラが無いという証拠を提出し、龍園側に着いた場合のみ匿名で生徒会に提出出来るようにしておこう。

 

 

一枚写真をその場を撮り後にした。

 

 

 

次に寮の裏手の曲がり角の電柱にも1台設置する。

事件は夜間のため、ここには盗聴器のみで大丈夫だろう。

 

これで堀北兄妹と綾小路の戦闘シーンを録音できる。

堀北会長にマイナス印象を与えないためにも、匿名の捨てアドで堀北会長に送り付けよう。

 

 

 

残りは屋上前の扉が見える壁に設置した。

小型カメラなので壁の黒いシミと同化して見にくくなっている。

 

盗聴器は屋上前の一番奥にある手すりの下に取り付ける。

櫛田ちゃんを脅すのは気が引けるが、今後の手駒となって貰う為にもここは心を鬼にしよう。

 

 

 

全てを設置し終え、寮へと戻った。

明日は一日ゆっくり読書をすることにしよう。

 

 

明後日は櫛田ちゃんと一之瀬さんとお買い物だ。

ここで一之瀬さんと面識を持ち、リサイクルショップの宣伝効果アップを狙いたいところだ。

 

 

神室にメッセージを送ってITに精通している人物を探してもらおう。

 

 

『ポスター作成で忙しいと思うけど、並行してITに精通している人物のリストを作って欲しい。どうしても見つからない場合は出来る範囲で他学年の先輩にも聞いてみて。報酬は結果が出てから出すよ。期限は今日から10日間。』

 

 

まだ既読は着かないが恐らく遂行してくれるはずだ。

寮に着いてからはほうれん草のクリームパスタを作った。

 

 

料理自体はこの学校に入る前から家庭科くらいでしか作った事がない。

なのでレパートリーも少なく、常にレシピを見ながら行っている。

 

 

茹で上がりを待っていると『分かった』と神室から連絡が入った。

そして続けてメッセージが届いた。

 

 

『後最近分かった情報を伝えとく。矢野小春は私立青葉中学校出身で、クラスでは中立派の六角百恵と仲が良い。部活には入っておらず、勉学に力を入れている真面目な生徒。石田優介は数学が得意な生徒で、授業中の小テストでは毎回満点だよ。でも社会科はどの科目も苦手みたい。中立派は明日の放課後勉強会をするそうよ。』

 

 

神室は中立派の主要人物2人に対する情報を報告してくれた。

まあ、集め始めてからすぐ分かる情報なんてこんなものか。

 

 

青葉中って私と同じ中学だよね。

 

 

それにしても六角百恵という名前、どこかで聞いたことあるような。

…あ、の親友の友達だったか。

 

 

幼馴染主催の勉強会にも何度か同席しており、勉学はそこまで得意では無かったはずだ。

同中のよしみとして勉強を一緒にしようと誘えば、詳しい情報が手に入るかもしれない。

 

 

神室に感謝を示すメッセージを送り、明日の昼休みAクラスの教室へ向かうことを伝えた。

最近中学時代のことを思い出そうとすると霞がかったように、何も思い出すことが出来ない時がある。

 

 

 

特に黄金時代である中学2年生の秋の記憶が思い出しにくくなっている。

そう言えばこの学校に来てからピアノのレッスンを1回も行っていない。

 

 

そろそろピアノのレッスンについてもどうにかしたいところだ。

外部講師のレッスンを受けるには何ポイント必要なのだろうか。

 

 

残金 1446万7620ポイント

 



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7話 同級生

7話目です。
今回は原作に登場しているモブキャラが改造されてたりします。
そして原作キャラとのお買い物シーンをお届けします。

かなりモブがでしゃばっているので注意です。





 

 

翌日、11日の昼休み。

 

 

メッセージ通りAクラスの教室へ向かう。

教室内は人が少なく、坂柳派と中立派の女子が数人、葛城派の町田がお弁当を食べていた。

 

 

坂柳の席は廊下側の1番後ろの席だ。

その周りに坂柳派の生徒たちが机をくっ付けて食事を食べていた。

 

 

「失礼します。」

 

 

挨拶をし、坂柳さんに声をける。

 

 

「おや、小代さん。どうされました?」

 

 

「実は百恵ちゃんに用があって。呼んでもらってもいいかな?」

 

 

用件を話すとすぐ同派閥の生徒に声をかけ、百恵を呼んでくれた。

まあ呼んだのは坂柳では無いのだが。

 

 

「はい?なんの用?…って瑠奈ちゃんだよね?」

 

 

六角百恵がやって来た。

ボブが似合うおっとりした容姿の女子生徒だ。

 

 

「うん、百恵ちゃん久しぶり。中学以来だね?」

 

 

微笑むと花が咲くように可愛らしい。

 

 

彼女と出会って思い出した。

彼女とは他クラスだったが、同じグループの友人の友達として勉強会で私が勉強を教えた生徒だ。

 

 

「2人はお知り合いなんですか?」

 

 

坂柳が質問すると百恵は答えた。

 

 

「私と瑠奈ちゃんは中学が一緒だったの。初めは共通の友人を介して一緒に居たんだけど、中3くらいからは2人でクレープも食べに行ったよね。」

 

 

「そうだね、懐かしいな。」

 

 

そんなこともあったな。

中3からはクラスが隣なので、二人で放課後帰ることも少し増えた。

 

 

帰り道にあるのはスイーツショップなため、2人でよくスイーツを食べて帰った。

中でも駅前にあるクレープ屋には3年間大変お世話になった。

 

 

「あ、そういえば用があったんだよね?どうしたの?」

 

 

「実はね、前みたいに一緒に勉強したいなって。1人で勉強しているとモチベーションが下がっちゃって。」

 

 

そう言うと百恵少し困ったような顔をした。

 

「迷惑だったかな?いきなりごめんね」

 

 

少し悲しそうに言うと、慌てて顔を横に振る。

 

 

「ううん!そうじゃなくて、なんて言うの?Aクラスは今3つの派閥があって、私は中立派。中立派の中で勉強会を開いているんだけど、今日がその日で。」

 

 

ということは中立派の主要人物である、矢野小春や石田優介も参加するのだろうか。

是非とも接点を持ちたい2人だ、どうにか参加出来ないだろうか。

 

 

「そっか。うちのクラスはお世辞にもお行儀よくお勉強を頑張る生徒は少なくて。モチベーションが保ちにくいんだよね。無理言ってごめんね。また、一緒に勉強しようね。」

 

 

俯きがちに悲しそうに笑うと、百恵は酷く辛そうな顔をする。

やはり優しい人だ、きっとこの子は何とかしてくれるだろう。

 

 

「あ、待って待って!この会のリーダーは小春と石田君の2人。学力の向上を図る会だからもしかしたら参加許可貰えるかも。ちょっと、小春来てくれない?」

 

 

百恵が呼びかけると小春と呼ばれた女子生徒がやってきた。

少し強気な顔立ちの美人な生徒だった。

 

 

「何?どうしたの?…えっと、貴方は」

 

 

初めは気だるげに話していたが、私の存在に気づくと苦笑いをしながらも軽く会釈をしてくれたため、礼儀正しい人なのだろう。

 

 

「急にごめんなさい、私はCクラスの小代瑠奈。宜しく」

 

 

「私はAクラスの矢野小春。ごめんなさい、状況が掴めなくて。百恵説明して」

 

 

そして百恵が現在の状況と私についての簡単な紹介をしてくれた。

話を聞いた矢野はCクラスの現状に同情してくれたようで、勉強会への参加を許可された。

 

 

 

「この学校に選ばれるくらいだから、さぞ優秀だと思ったら。随分ヤンチャな生徒もいるのね。一緒に勉強頑張りましょう。」

 

 

「ありがとう、矢野さん。」

 

 

「小春でいいよ。今日は日本史をやるから教科書とノートを持って15時45分にAクラスへ集合だよ。連絡先も交換しようか。」

 

 

「わかったよ、小春。私も瑠奈でいいからね。」

 

 

新たに矢野小春の連絡先が追加された。

そして中立派のグループチャットに追加された。

 

 

一度教室に戻り昼食を食べることにする。

 

 

教室に戻ることを伝え、帰る前に坂柳にも会釈をした。

坂上は私に気づいたようで、淑やかに微笑んでくれた。

 

 

ちなみに、今日ひよりは学食で昼食をとるそうだ。

 

 

昼食前に一度グループに挨拶をすることにした。

 

 

グループ名は"勉強会"と真面目な名前だった。

チャットに入り挨拶をすると、矢野が簡単な経緯を説明してくれ、グループ全員から歓迎の言葉を貰った。

 

 

そして放課後、Aクラスの教室に五分前に着くと笑顔な小春が出迎えてくれた。

 

 

「待ってたよ。ここに座って。」

 

 

前から3番目の席に座ると勉強会が始まることになった。

勉強会ではまずその日の範囲を決めて教師役が授業をやり、最後に教師役が作ったテストを時間を決めて解く。

 

 

見直し中に教師役は授業評価の用紙を回収し、集計結果を発表して終わるそうだ。

この勉強会の発案者は石田で、小春が中立派のメンバーを集めて開催したそうだ。

 

 

話を聞くと葛城派と坂柳派は派閥内で勉強会を開いているが、中立派の人間だけ成長機会が無いので、開催を決めたそうだ。

中立派に属する生徒は真面目な生徒が多くその大半が教師役が出来るレベルだという。

 

 

プレゼン力を補うための練習の機会でもあるが、主に教師役をして理解力を上げるための会だそうだ。

しかし、百恵のように勉強が苦手な生徒もいるため成績向上を目指したい人も歓迎しているそうだ。

 

 

今回の教師役はAクラスの見た事ない女子生徒が行った。

最近勉強した範囲だそうだが、一部ウチのクラスではまだ学んでいない範囲があった。

 

 

終わったあとに小春に聞いてみると、Aクラスではこの勉強会用に予習をしているそうだ。

勉強会自体は週に2度行い、それぞれ金曜日と火曜日で、それ以外は勉強会を開いているとはいえ、自由参加だそうだ。

 

 

この2日以外に、葛城派や坂柳派が教室を使う日は平等に図書室や空き教室で行うそうだ。

 

 

「今日はありがとう。とても有意義な時間だったよ。」

 

 

お礼を言うと百恵と小春は嬉しそうな顔をしていた。

そして中立派の主要人物である石田が話し掛けてきた。

 

 

「今日は参加してくれてありがとう。俺は石田優介。一応中立派の男子の纏め役をしてる。」

 

 

石田が手を差し伸べ握手を求めるのでそれに応えることにした。

 

 

「こちらこそ、急な参加なのに歓迎してくれてありがとう。Cクラスの小代瑠奈だよ。」

 

 

「そう言えば、瑠奈と百恵は同じ中学だったんだよね?」

 

 

思い出したように小春が口にすると、「へぇ」と少し驚いたように石田が興味を示した。

私と百恵は頷き、百恵が軽く説明を始めた。

 

 

「そうだよ。すごく親しい訳じゃないけど、友達の友達として勉強会に参加させて貰ったり、放課後一緒に帰ったりしたかな。瑠奈ちゃんは勉強会で皆の勉強を見てくれて、私がこの学校の推薦枠無しで合格出来たのは、瑠奈ちゃんが勉強を見てくれたからだと思ってるの。」

 

 

百恵の発言に石田と小春は少し驚いているようだった。

 

 

「大袈裟だよ。百恵ちゃんが努力したからだよ。」

 

 

「そんな事ないよ。瑠奈ちゃんは中学の時学年トップだったし、模試でももう少しでTOP10入りだったし、物凄く優秀な人なんだよ!」

 

 

自分の事のように私の成績を自慢され、なんだか気恥ずかしく感じた。

だが久しぶりに純粋に褒めて貰えてどこか嬉しくもある。

 

 

「学年トップ?凄いね。瑠奈は入試の成績は開示して貰った?」

 

 

小春は入試の結果が気になるようだ。

 

 

「開示はしてないけど、生徒会長と話す機会があって、順位は4教科満点で2位だったよ。」

 

 

順位を告げると3人の目が更に丸くなった気がした。

小春は思わず「すごい」と漏れ、百恵は「やっぱり!」とはしゃいでいる。

 

 

その中で石田が唯一冷静に言葉を返す。

 

 

「なるほど、恐らく1位は坂柳だ。あいつの頭脳は学年一だろう。だが小代がそんなに学力が高いとは。是非これからも勉強会に参加して欲しい。なぁ?矢野」

 

 

石田は私を随分気に入ってくれたようだった、そして勉強会の後に声をかけてくれたメンバーも同じだと嬉しい。

矢野は石田の意見に賛同し、次の勉強会について楽し気に話している。

 

 

「私そろそろ帰るね、今日はありがとう。また参加させてもらうね。」

 

 

「瑠奈またねー!」

 

 

「瑠奈ちゃんお疲れ様」

 

 

「小代今日はありがとな。」

 

 

3人と別れて自室に戻った。

そして入浴や食事を済ませると、坂上先生からメールが届いた。

 

 

内容は生徒会長との契約についての同席者としての確認の連絡だ。

PDFのファイルを開くと坂上のサインが記された契約書のデータがあった。

 

 

そして寝る前に神室から作成したポスターがPDFで送られてきた。

データをリサイクルショップのPCに送信して寝ることにした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

翌朝、角川リサイクル店主山田からポスターを貼った写真が送られてきた。

位置の調整は要らないとメッセージを送り、学校へ向かった。

 

 

半日授業を終えて、放課後がやってきた。

 

 

モール内のイタリアンレストランにて待ち合わせをしていると、櫛田と一之瀬がやって来た。

 

 

「瑠奈ちゃんお待たせ!」

 

 

「こんにちは!初めまして、Bクラスの一之瀬帆波です。今日はお誘いありがとう!楽しもうね。」

 

 

「初めまして、Cクラスの小代瑠奈です。Bクラスの人気者さんに一度会ってみたくたて。お会いしたらすごく可愛らしくてびっくり。」

 

 

櫛田と一之瀬が談笑しながら店内にやってきた。

入口に向かって軽く手を振ると2人が奥の席までやってきて、挨拶を交わした。

 

 

容姿を褒めると一之瀬は分かりやすく頬を赤らめて恥ずかしそうに微笑んだ。

私は内心、一之瀬の行動に「そういうとこだぞ」とツッコミを入れてしまったが、これは不可抗力なので仕方がない。

 

 

席に座りパスタを注文することにした。

 

 

「瑠奈ちゃんが嬉しそうでよかった。」

 

 

櫛田が私の方を見て微笑んだ。

内心何を考えているのか分からないが、恐らく櫛田を忘れて褒めちぎっていたのだから気分は最悪だろう。

 

 

ここは一度御機嫌伺いをしておこう。

 

 

「これも桔梗ちゃんのお陰だよ。本当にありがとう、流石だよね!」

 

 

こう言うと一之瀬も乗っかってきた。

 

 

「うんうん!私もCクラスにはお友達が居なかったから、すごく助かるよ。ありがとう櫛田さん。」

 

 

「そんな、そう言って貰えると嬉しいなあ。」

 

 

食事を終えて店を出ることにした。

 

 

「あ、そうだ連絡先交換しよ?瑠奈ちゃん。」

 

 

「うん、ちょっと待って!…はい、これでいいかな?」

 

 

「うんうんバッチリ!」

 

 

連絡先に一之瀬帆波が追加された。

 

 

3人で角川リサイクルへと足を運んだ。

 

 

カランカランと扉を開けるとベルの音が鳴る。

扉に新たに付け加えられた装飾だが、店内のアンティーク調のインテリアによく合っていてオシャレな雰囲気が漂っていた。

 

 

「わあ、可愛い!」

 

 

「ほんとだ!熊さんがペン立てを持ってるね。」

 

 

櫛田も思わず口元が緩んでいる。

本心から可愛いと思っていて欲しいと切実に思う。

 

 

一之瀬が手に取ったのはホームセンターで廃棄になる前の材木を加工して作ったクマが器を持っているように見えるペン立てだ。

熊は以前売られた小さめの置物で、作ったペン立てにくっ着けたものだ。

 

 

「ねぇみてみて、これも素敵じゃない?」

 

 

「可愛ね!このサングラス面白いな。」

 

 

「こっちのオレンジのリボンをつけてる子一之瀬さんっぽいね。」

 

 

櫛田と一之瀬も気に入っているようだ。

 

 

私が手に取ったのはデニム生地で作られた、くまのぬいぐるみがついたキーホルダーだ。

可愛らしいくまの目にはサングラスが着けられた子がおり、その子のニヒル

な口元が可愛さと相反しており気に入った。

 

 

「みんなでおそろいにしない?」

 

 

私の提案に櫛田と一之瀬は気に入ってくれたようだ。

私がサングラスの子を買い、櫛田が華柄のスカーフを巻いている子を買い、一之瀬は櫛田に勧められたオレンジのリボンを着けている子を選んだようだ。

 

 

他にも可愛らしい雑貨や印刷ミス等で安く売られているお菓子、気に入った古本や古着を選んでいた。

私はくまのキーホルダーの他に、夏用のスカートと鍵付きの小物入れを買うことにした。

 

 

「これください。」

 

 

「はいよ…合計4200円だよ。」

 

 

キーホルダーが思ったより高いな。

まあオリジナル商品だし、値段は今後調整していけばいいかな。

 

 

「スタンプ4つを押しとくよ。全部貯まったら2000円のお買い物が出来るからね。ありがとう、またおいで。」

 

 

山田と打ち合わせ通り他人のフリをし、会計をして貰う。

 

 

買い物を終えて店を出ようとした時、裏メニューというワードに目がいった。

私が立ち止まった時、2人も裏メニューに気づいたようだ。

 

 

私達が止まったことに気づいて山田が説明してくれた。

 

 

裏メニューとはこの店で取り扱う情報を販売するもので、中には学校の過去問や噂話、やばい音声や映像を取り扱っているという。

 

 

「へぇ、そうなんですか。」

 

 

「な、なるほど。」

 

 

一之瀬と櫛田は若干引きながらも何か思案しているようだった。

そしてこの店を気に入ったようでまた来ようと全員で約束したのだった。

 

 

その日の夜掲示板に店の情報を書くことにした。

 

 

"情報の取り扱いをする可愛らしい雑貨の多い角川リサイクル。

印刷ミスでスーパーやモールで売れなくなった食べ物が格安で売られており、生活に困っている人には必見だ。"

 

 

"他にも古着や中古のブランド品が格安で売られており、オシャレ女子にもオススメ。

趣味用品や家電も豊富に取り揃えており、中古のスケートボードやギター、扇風機、ソファ等格安で販売されている。"

 

 

"Dクラスの生徒だけでなく、ポイントを抑えたい生徒にもオススメ。"

 

 

状況の内容を書き込むとすぐにスレッド内がざわつき始めた。

明日は休みなので、角川リサイクルは賑わいを見せることだろう。

 

 

最後に場所について書き記し就寝することにした。

 

 

翌日、私は家でのんびりすることにした。

読書をしていると気づいたら夜になっていた。

 

 

電子生徒手帳を確認すると、山田からメッセージが送られていた。

 

 

『アンタのおかげで昨日と今日の売り上げは16万8270円だ。まだまだだが、こんなに大きい利益は何年ぶりだろうねぇ……ありがとねぇ。』

 

 

『まだですよ、もっと大きな利益を生みましょう。』

 

 

返信してお昼のあまり物の野菜炒めをチンして食べることにした。

 

 

寝る前に神室から『IT精通している生徒が見つからない』と泣き言メッセージが届いた。

そして、美術部の先輩に一人だけ心当たりがあるそうだ。

 

 

その先輩に依頼をするよう頼んでおいた。

成功報酬は5万ポイントだと伝えるよう指示し、明日先輩に依頼をするよう頼むことにした。

 

 

便箋に手書きで依頼内容を書き込み、シーリングスタンプで封をした。

翌朝この手紙を神室に渡した。

 

 

依頼を遂行しない場合は便箋を廃棄するように、依頼を受ける場合は紙に書かれていることを今月中までに達成し、手紙に書かれたアドレスへPDFで配信前の完成したアプリケーションを送るようにという内容だ。

そして最後に、送信した時点で契約完了となり、アプリケーションの権利を放棄することになり、5万ポイントを送信することを誓うと書き込んでいる。

 

 

この内容は堀北会長と坂上先生に確認をとり、学校からも正式な契約と認められている。

 

 

放課後に神室から依頼を受けて貰えると報告が入ったため、ネットバンク事業については当分やることは無い。

堀北会長や一之瀬、櫛田の口添えがあって角川リサイクルの情報は学校中へ広がっていった。

 

 

混み合うほどの賑わいは無いが、適度に客が入るようになり客数は日に日に増えているそうだ。

設置したカメラの映像や盗聴器の音声を自宅のPCで確認し、暴行や脅迫の映像や音声をUSBに入れて販売している。

 

 

裏メニューに商品が追加され、たまに会長や教師が買いに来ることもあったそうだ。

 

 

そして4月31日。

 

この半月間私は様々な事に挑戦した。

 

 

学外のピアノコンクール高校生の部で金賞を取り、市長賞も獲得した。

そして20万円の賞金を獲得し、20万ポイントに換金してもらった。

 

 

複勝で着いていた図書カード1万円分も1万ポイントに角川リサイクルで変えてもらった。

参加費が1万円と高額だったが、大きな見返りがあったので良しとしようかな。

 

しかし、ピアノの腕が落ちてしまっていたため、レッスンをどうにかして受けたい。

まあその前にAクラスへ上がることが先なので、そこは追追考えていくことにしよう。

 

 

そして、今では監視カメラや盗聴器の数を増やし、より多くの情報を集めている。

上級生には過去問がよく売れて、過去問だけで200万を超えた。

 

 

だがこれは一時的な跳ね上がりで、来月には過去問購入者も減るだろう。

つまり他に収入源が必要となる。

 

 

クマのキーホルダーはカスタマイズも出来るようになり、季節限定物を置くことで一定層からの利益を得ることが出来るはずだ。

少し痛んだり汚れた本を図書室から譲り受け格安で販売することで古書好きからの利益が期待でき、その他格安のルートを探し仕入れをしている。

 

 

売り上げの向上、客足の回復を図ることが出来たため、山田と契約を毎月売り上げの20%を譲渡して貰う事となった。

 

 

今月は282万60ポイントの売り上げを出すことが出来た。

20%の売り上げ、56万4012ポイントを貰うことが出来た。

 

 

ネットバンク事業は一昨日アプリケーションが完成したため生徒会に提出後認可された。

小テストの結果後、このアプリに関する放送を堀北会長が行ってくれるそうだ。

 

 

システムを作ってくれた先輩には5万ポイントを支払い権利を譲り受けた。

そして口座の手数料は午前7時から午後19時を200ポイントとし、午後20時から午前6時の間を250ポイントとした。

 

 

平日休日関係なくこの値段で手数料が取られ、手数料の10%が生徒会費用に回されることになった。

 

 

4月28日に抜き打ち試験が行われだがその結果が明日返却される。

そして新たなツールが生徒達の手に渡ることになる。

 

 

波乱の5月が今、始まろうとしている。

 

 

残金(4月31日) 1512万2432ポイント

 

 






途中から、ダイジェストで小テスト返却日まで駆け抜けました。

一応書いていませんが、この期間中櫛田や一之瀬と遊んだり、ひよりと読書したり、Aクラスの中立派と勉強会をしたり、数多くの交流をしています。

Aクラス中立派には小テストが行われる1週間ほど前に、メールで小テストの過去問を渡しています。
そして今月中は1年生への角川リサイクルでの過去問販売はされておらず、5月1日から販売される予定です。


文章が重複してしまったようで、誠に申し訳ございません。
訂正を致しましたが、不備があればご意見お願い致します。
(2022/10/12 03:15:46)


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8話 ネットバンク

なかなか更新出来ずにすみません。
8話目です。
ようやく原作主人公と出会いますが、関わりは薄いです。
次話を書き始めていますが、展開が難しいですね。
では、8話目をお楽しみください。


 

 

 

5月1日HR前。

 

 

「おはよう!ひより」

 

 

挨拶をし席に着くと10万ポイントが振り込まれて居ないと騒ぐ生徒で教室内は溢れていた。

ひよりはそこまで驚いていないようで冷静に情報を分析していた。

 

 

龍園については平常運転で、山田アルベルトも落ち着いているように見える。

最も、サングラスの向こうがどうなっているかは分からないが。

 

 

原作でCクラスの参謀を勤めていた金田も黙って端末を操作し、考え込んでいるようだ。

石崎はポイントが少ないと周りの生徒と騒いでいるようだった。

 

 

「るーちゃんおはようございます。ポイントが4万9000ポイントしか振り込まれていないようですね。」

 

 

流石はひよりだ。

よく分かっていらっしゃる。

 

 

「そうだね、やっぱり10万貰えるなんて虫のいい話は無いよね。」

 

 

「はい、ポイントを節約しながら生活して良かったです。」

 

 

私の話に同意し、ポイントを残しておいてよかったとほっとしているようだ。

カフェで情報共有をせずとも影響は無かったかもしれないが、大切な友人の助けになっていれば嬉しいな。

 

 

しばらくすると、学校開始を告げるチャイムが鳴り響いた。

程なくしてポスターを持った坂上がやってきたが、どこか悔しそうな表情を浮かべており、お調子者の生徒も何も言えずに教卓に立つ彼を見つめていた。

 

 

「これより朝のホームルームを始めます。」

 

 

全員がこの事態に疑問を持っているようだが、話を黙ってきけるのであれば救いようがある。

隣りのDクラスからは茶柱に対するセクハラ紛いの発言が聞こえており、流石不良品といったところか。

 

 

Cクラスがここまでおちぶれていなくて良かったと、心から思った。

だがかなり暴力的な生徒が多いため、もしかしたらDクラスより、いや1年生で1番治安が悪いのはこのクラスかもしれない。

 

 

坂上は話始める前に黒板へポスターを貼り付けた。

ポスターにはABCDと記され、その横には数字が書かれており、各クラスに対する何かしらの評価と考えることが出来る。

 

 

 

ーーーーーーーー

Aクラス 940

Bクラス 650

Cクラス 490

Dクラス  0

ーーーーーーーー

 

 

 

最も私は転生者なのでこの数値の意味を知っているのだが、生徒の様子をうかがうと椎名と金田、そして龍園は何かに気づいているようだった。

 

 

逆に石崎や真鍋のような考えが及ばない生徒は、能天気に電子生徒手帳をいじったり、ネイルアートを楽しんでいるようだ。

 

 

「では──」と少しの間を置いてから坂上はせつめいをはじめた。

 

 

「この学校では、優秀な生徒達の順にクラス分けがされるようになっています。最も優秀な生徒はAクラスへ、ダメな生徒はDクラスへと。このクラスはCクラスなので、基本的にはDクラスよりは優秀で、A、Bクラスには劣る生徒が集まっています。」

 

 

この発言にクラスの半数以上の生徒が後悔したような、困惑した表情を示した。

流石の石崎も「やばっ」とつい零してしまったようだ。

 

 

「この紙に書かれた数値はクラスポイントと呼ばれ、このポイントに×100した数が、毎月一日に支払われるプライベートポイントになります。クラスポイントによってこれからクラス変動があります。この学園には希望する進路を叶えるという謳い文句がありますが、この幸福を享受出来るのはAクラスのみです。クラスポイントが他クラスのポイントを超えればクラス変動が置き、上のクラスに行くことが出来ます。」

 

 

原作で言われた知識と同様、変更点は内容だった。

ポイントについての説明を終えると龍園が口を開いた。

 

 

「おい、坂上。つまり本来あったはずの1000クラスポイントは4月のうちに490クラスポイントまで減ったんだろ?何故減ったんだ?」

 

 

坂上は龍園の口の利き方に対して嫌悪感をあらわにした。

 

 

「龍園、"坂上先生"だ。詳しい減点基準は人事部の管轄なので言うことは出来ない。だが遅刻欠席早退、授業中のサボりや電子端末の使用、漫画を読む等、礼儀を欠く行為は辞めた方が良い。法律で定められている事やイジメについて我が校は厳しく取り締まる。」

 

 

確か原作で茶柱も人事部がどうのと話していた気がする。

言えないと言いつつ、ほぼ答えを言っているようなものなのだが、これはセーフなのだろうか。

 

 

須藤事件で坂上は嫌な奴という印象が強まっていたが、自クラスの生徒に対してはかなり甘いのかもしれない。

ぼんやりと仇の片隅で考えていたら、坂上は新たにポスターを2枚貼った。

 

 

「この紙には各教科の各自の点数と平均が書かれています。我が校では定期テストで一科目でも赤点をとると即退学になります。この紙で赤線を引いてあるものは赤点扱いになります。しかし今回は小テストなので適応されません。」

 

 

この発言にクラス全体がざわつき始めた。

 

 

「中間テストが3週間後に控えてますから、しっかり勉強するように。テスト範囲については──」

 

 

3週間後の中間テストに関しては過去問があるのでどうにかなるだろう。

 

 

改めて黒板に貼られたポスターから自分の名前を探すと、どの科目もクラス順位は1位を取れているようで安心した。

ひよりの名前も私の下か同率1位となっているので問題は無さそうだ。

 

 

その下に金田がおり、それ以下は少し点数が離れているようだ。

龍園の名前はだいたい半分くらいにおり、成績は多少気をつけていれば赤点になることは無さそうだった。

 

 

それよりも石崎や真鍋、諸藤、小宮は赤点候補として線が引かれていた。

アルベルトは英語は満点だが国語と社会が低く、少し頑張った方が良いだろう。

 

 

坂上が一通り話し終えると、放送が流れ始めた。

 

 

『全校生徒の皆さんに、生徒会からお知らせします。本日の現時刻から皆さんの端末に、生徒会承認済みの新たなアプリがインストール出来るようになりました。本アプリはネットバンクとして、皆さんのポイントの貯蓄に御活用できます。手数料を一部支払うことになりますが、詳しい説明は利用規約に書かれています。個人だけでなく団体としての口座も作ることが出来ますので、幅広く御活用して頂ければ幸いです。以上、生徒会からのお知らせでした。』

 

 

このアプリの有用性についてどれ程の人が理解しているのだろうか。

クラスでの徴収が簡単に出来るという事が最大の利点だ。

 

 

そしてクラスリーダーに対しての信用が無くとも、お金を一箇所に纏めることが出来るため、上級生の多くとBクラスは利用してくれるだろう。

そこまで大きな利益が手に入る訳では無いが、何人が利用してくれるのか楽しみだ。

 

 

放送が終わり坂上が教室から出ていくと龍園が教卓の前に立った。

 

 

「いいか?今日から俺がこのクラスの王だ。逆らったら許さねぇ。」

 

 

「んだと?このクラスのリーダーは俺だ!うおおおっ!」

 

 

石崎が龍園に殴りかかるが、龍園羽虫を追い払うように石崎を沈めた。

 

 

「弱えな。」

 

 

次にアルベルトが殴りかかると龍園は吹き飛ばされた。

クラス全員がアルベルトの強さに顔を引き攣らせていると、龍園はふらつきながらも立ち上がりアルベルトに殴りかかった。

 

 

勿論結果は惨敗だ。

石崎は呆然と2人のやり取りを見ていた。

 

 

この日から3日後、このクラスの王龍園にアルベルトが下り、龍園が1人2万円ずつ徴収することになった。

反発していた伊吹もしぶしぶといった感じで龍園に従うことになった。

 

 

時任は最後まで反対していたが、暴力に恐れて反発姿勢は崩さずに2万円を渡した。

 

 

ネットバンクの利用者は420人と多くの生徒が利用してくれている。

多くの手数料が手に入り、懐が潤っている。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

5月に入ってからは、生徒会長の暴行シーンやブラック櫛田の映像と音声をUSBに移し、捨てアドから脅すことにした。

 

 

テストの近いとある放課後、一之瀬とひより白波と神崎と勉強のため図書室に向かった。

ひよりと図書室に向かう途中、同じく図書室に向かう一之瀬達に出会い、せっかくだから一緒に勉強しようという話になった。

 

 

原作では人付き合いの苦手な神崎が、共に勉強することに賛成するとは思わなかったのでちょっとびっくりした。

 

 

窓際の席について各自自習を始めて30分程が過ぎた頃、突然騒がしくなった。

恐らく原作の図書室での須藤事件その①だろうな。

 

 

「どうしたんでしょう?」

 

 

ひよりが訝しげな顔で疑問を口にした。

その言葉に一之瀬や白波、神崎も頷いた。

 

 

「騒がしいよね。」

 

 

入り口付近のテーブルを見ると複数の生徒が言い争っていた。

 

 

Dクラスからは綾小路、堀北、櫛田、須藤、池、山内の6人。

Cクラスからは山脇とその友人の2人。

8人が同時に何か話せばそりゃ目立つしうるさくもなる。

 

 

「上等だかかってこいよ!」

 

 

「やめろ須藤」

 

 

須藤が大きな声で吠えると周りの生徒も迷惑そうにして、図書室から去る準備を始めた。

須藤を綾小路が止めようとするが、須藤は今にも殴りかかりそうだった。

 

 

図書館教諭の先生も留守にしているようで、ストッパー役は不在のようだ。

池や山内須藤を応援するようにCクラスの山脇達を睨んでいる。

 

 

少し様子を見てから、一之瀬が立ち上がり止めに行くようなので、私も自クラスの生徒を止めることにした。

一之瀬の後をついてDクラスの方へと向かう。

 

 

「はい、ストップストップ。」

 

 

「んだテメェ、部外者が口出すなよ。」

 

 

須藤の手が止まり、一之瀬に注目が集まる。

 

 

「部外者?この図書館を利用させてもらっている生徒の一人として、この騒ぎを見過ごす訳にはいかないの。もしどうしても暴力沙汰を起こしたいなら外でやって貰える?」

 

 

優等生らしい言動に図書室を静かに利用していた生徒たちが次々に頷いた。

そして私も山脇ともう一人のモブクラスメイトに声をかける。

 

 

「山脇君達もあんまり大事にすると龍園君に何言われるか分からないよ?Dクラスの皆さん、うちのクラスメイトが御迷惑をお掛けしました。」

 

 

「お前Cクラスなのか?」

 

 

須藤の声に頷く。

山脇達も周囲を見渡すと、多くの生徒の注目を集めていることに気づいてか素直に謝ることにしたようだ。

 

 

「わ、悪ぃ、一之瀬、小代。そんなつもりは無かったんだ。」

 

 

「もう行こうぜ、こんなとこで勉強してたらバカが移る。」

 

 

2人はそそくさと図書室を後にした。

 

 

「君達も勉強するなら静かにやろうね!以上!」

 

 

私と一之瀬が元いた席に戻ろうとすると、櫛田に声をかけられた。

 

 

「一之瀬さん、瑠奈ちゃん。ここがテスト範囲外って本当?」

 

 

ページを開きながら質問をされた。

 

 

私達はページを確認すると、顔を見合せて驚いた。

どうやら原作同様、茶柱はクズらしい。

 

 

「うん、1週間前にテスト範囲の変更がされたよ。茶柱先生は何か言ってないの?」

 

 

「うちのクラスも帆波ちゃんと同じだね。」

 

 

「それは本当なの?ええと...」

 

 

堀北が名前を聞いてきたので名乗ることにした。

 

 

 

「あ、ごめん。私はCクラスの小代瑠奈。こっちはBクラスの一之瀬帆波ちゃん。宜しくね。」

 

 

「一之瀬帆波です。宜しくね。」

 

 

「宜しくしないわ。それで一之瀬さん、どうなのかしら?」

 

 

私の方は見向きもせず、一之瀬に質問をしたのが若干気に食わない。

 

 

「うん、フランシス・ベーコンのページは出題範囲外だよ。ね?瑠奈ちゃん」

 

 

にこりと微笑んで私に確認する一之瀬とは大違い、さすが女神様だ。

私も同じように「そうだね」と堀北に向かって話すと、彼女は「感謝するわ、一之瀬さん」と言ってDクラスで話し合いを始めた。

 

 

若干イライラしながら一之瀬と共に元いた席に戻ることにした。

私のイライラに気づいたのか、一之瀬が心配そうに話しかけてきた。

 

 

「大丈夫?瑠奈ちゃん」

 

 

「うん、大丈夫。少しくらい私に対してリアクションしてくれてもいいのにね。」

 

 

Cクラスだから警戒しているのかもしれないが、無視する必要は無いだろう。

私の中で堀北の評価がガクッと下がった気がする。

 

 

「うん、ちょっとスルーされて悲しかったな。」

 

 

顔に出さないようなんとか笑顔を作ったが、一之瀬には無理をしているように見えたようだ。

 

 

「そうだよね、今度そんなことがあったら私がちゃんと言うからね!もう大丈夫だよ!」

 

 

落ち込んでいるように見えたのだろうか、顔に感情が現れてしまうのは直さなくてはいけないかもしれない。

 

 

「るーちゃん大丈夫ですか?」

 

 

「瑠奈ちゃん大丈夫?」

 

 

白波と日和と神崎にも顔色を心配され、ついついため息がこぼれてしまった。

何があったのか伝えると、2人ともDクラスに対して静かにヘイトを募らせているようだった。

 

 

ほぼ初対面の神崎に心配されるのなら、私はさぞ酷い顔をしていたのだろう。

本当に気をつけないとこの学校でやっていけないな。

 

 

自宅に帰ると、神室からのメッセージに返信をした。

 

 

『今日坂柳派はプライベートポイントの一部を坂柳の口座に徴収することになった。葛城派も葛城が一部プライベートポイントを回収してるのを耳にしたよ。中立派は石田を筆頭にグループ内で徴収してるみたい。あとテストは坂柳が一位、2位が葛城、3位が石田、4位が矢野、でそこから7位まで中立派が続いてる。中立派は葛城派と坂柳派の生徒より成績が優秀な人が多いみたい。』

 

 

一分後に追加でメッセージが届いた。

 

 

『後こ口座アプリは坂柳派葛城派中立派の全員が利用してる。中立派の勢力が少し拡大して、もう石田派って呼んだ方がいいんじゃない?これ。』

 

 

上記の内容のメールが送られてきた。

確かに中立派と言いながら立派なグループが出来ているため、石田か矢野がクラスリーダーとして立候補してもおかしくないだろう。

 

 

『了解。引き続き、3派閥についての情報よろ。』

 

 

その後神室からは可愛らしい有料スタンプが送られてきた。

私は無料の猫のスタンプを返した。

 

 

さて、そろそろ頃合いだろうか。

 

 

Aクラスへ上がる準備を始めよう。

 

 



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9話 終わりと始まり

9話目です。
当分また更新が滞ってしまうと思いますが、御容赦ください。
ついに主人公が動き出します。




 

 

 

次に堀北会長に暴行映像と盗聴音声のデータを添付したメールを送った。

勿論捨てアドからである。

 

 

『南雲雅にバラされたくなければ500万をこのメールアドレスに振り込め。さもなくば、犯罪者の妹というレッテルを堀北鈴音は貼られることになるだろう。そして適当なタイミングで葛城康平と一之瀬帆波の生徒会入りを承認しろ。堀北派の人間として育成し、先輩に臆することなく意見できるよう教育すること。』

 

 

堀北会長は意外にもすぐ返信してきた。

 

 

ちなみに一之瀬と葛城の生徒会へ入れろという命令は前から考えていたことだ。

一之瀬が南雲により生徒会に入れられ、三学期に秘密をバラされることを防ぐため。

 

 

葛城という男は原作でも礼儀正しい優等生だった。

正義感の強い男なので、彼が生徒会にいた方が南雲の邪魔が出来るだろう。

 

 

南雲雅という淫行副会長が気に食わないというのもあるが、それ以前にこの学年を掌握されないようにするための対策だ。

綾小路がいる限り大丈夫だと思うが、念には念を。

 

 

『お前は何者だ?まあいい、500万振り込むのは構わない。だが振り込んだ場合、二度とこの件に触れるな。』

 

 

このメールについては坂上に承認を貰い正式な契約となった。

契約を破った場合、学校を介して1000万を支払うことが条件となった。

 

 

こうして匿名のまま会長と取引をし、500万を手にすることが出来た。

そして目標の2000万を貯めることに成功した訳だが、勿論いきなり2000万が消えれば今後の取引きに差支えるため、これ以上のポイントを稼がなくてはならない。

 

 

そこで私は葛城康平を百恵を介して紹介してもらうことにした。

百恵には少し前に葛城を紹介するように連絡してある。

 

 

彼女は私に懐いているので簡単に葛城をカフェへ呼んでもらうことが出来た。

個室の店へ呼び出すことも考えたが、人目を気にしすぎて坂柳に怪しまれても面倒なので、人の少ない落ち着いたカフェへ呼ぶことにした。

 

 

「初めまして、Cクラスの小代瑠奈です。葛城康平君に提案があって今日は呼び出させて貰ったよ。宜しくね。」

 

 

挨拶をすると警戒しながらも挨拶を返してくれた。

 

 

「Aクラスの葛城康平だ。宜しく頼む。話の前に一つ良いだろうか?」

 

 

「何かな?」

 

たかだか話を聞くだけなのに、随分と慎重な男だ。

用事深い正確なのだろうか。

 

 

「君の話はクラスとしての話なのか、個人的な話なのかどちらだ?」

 

 

なるほど。

彼は龍園からの提案か、私個人の提案かを確認して、この後の提案について考えたいようだ。

 

 

なかなか鋭い男だな。

だがなんで優秀なのに、原作でこの男は龍園の提案に乗ってしまったのだろうか。

 

 

「私個人としての提案だよ。クラスは関係なし、葛城君にとっても良い提案だよ。」

 

 

葛城は少し間を置いてから提案を聞くことにしたようだ。

 

 

「わかった、話を聞こう。」

 

 

「まず葛城君に提案したいのは今学期の期末と中間の過去問。これはサンプルで昨年の小テストの英語と日本史と数学の大門1。こっちは解答。これは今回の小テストの大門1の答案と問題。これを見てほしいんだ。」

 

 

過去問の取り引き用に作っておいた小テストのサンプルを手渡す。

葛城はページをめくり、過去問を読み始める。

 

 

少し時間がかかりそうなので私は葛城に断りを入れて、フルーツティーを頼むことにした。

ついでに葛城君へアイスコーヒーを注文することにする。

 

 

飲み物2つが届いてから少しして、葛城君は口を開いた。

 

 

「小テストの過去問と今回の小テストはまるっきり同じのようだが、この過去問は本当に昨年のものなのか?」

 

 

「年号が書いてあるよね?それが答えだよ。じゃあ特別に2年前の小テストの過去問も見せてあげるよ、はいどうぞ。」

 

 

今渡したのは堀北会長に貰った過去問だ。

葛城は問題文を確認して頭を上げた。

 

 

「どうやら本物、のようだな。」

 

 

「わかって貰えてよかった。さて、本題に入りましょう。」

 

 

にこやかに話すと葛城は緊張した面持ちで頷いた。

そこまでかしこまった話では無いのだが、葛城にとってはかなり重要かもしれないな。

 

 

「この過去問を貴方に対して4万プライベートポイントで売らせて頂きたいのです。といっても貴方にお渡しするのはコピーだけど。」

 

 

葛城は少し考えているようだ。

4万という高額さと過去問の価値が釣り合っていないように思えるのかもしれない。

 

 

「俺がこの取引に応じると思うのか?」

 

 

少し挑発的な言動だが、葛城が言えば煽り文句には一切聞こえない。

 

「貴方は取り引きに応じるよ。この学園でポイントで買えないものは無い。入学式の日坂上先生はそうおっしゃっていた。この学園において最も重要なものはなんだと思います?」

 

 

「分からないな。」

 

 

「情報です。情報といっても様々です。しかしその用途は、ポイントを得るための脅しの手段として、対等な取引のための交換条件として、人々を魅了させる景品になり得るのです。」

 

 

投げやりにならず、冷静に対峙してくれる彼が原作で坂柳に敗北したことはとても残念だ。

 

 

「確かに取引において情報に勝るものを少ないだろう。だが卑怯なやり方は好ましく無い。勿論この学校で上に行くために必要な事だということも理解しているが。」

 

 

これくらい分かりやすく正義感の強い人間がいいだろう。

彼なら、南雲に染ることなく生き残れるはずだ。

 

 

「そうでだね。卑怯だとしても、時に意思に反した選択をすることもあるかもしれない。葛城君がこの過去問という情報を派閥のみならず、クラス全体に共有したら葛城君の地位はより強固なものになる。」

 

 

この言葉に葛城の肩がぴくりと揺れた。

眉間に皺を寄せ目を細めて私の次の言葉を待っているようだ。

 

 

「この過去問は私が他学年の先輩から買ったものです。おまけとして前回の小テストの過去問もつけましょう。それも2年分。これを見せれば信ぴょう性は上がるでしょうね。」

 

 

「確かに、過去問があれば俺の派閥が優位になるだろう。だが、坂柳に話していない証拠はなんだ?これで俺がクラスに共有したとして、坂柳が過去問を持っている可能性は無いのか?」

 

 

「少なくとも私は坂柳さんにこの情報を渡してない。学校を通して契約を結んだっていい。この話し合いが終わった後、契約書を作成しても構わない。」

 

 

「もし小代が嘘をついていたらどうするんだ?」

 

 

きっちり詰めてくるな。

 

 

「その場合は100万を支払わせてもらう。嘘をつかなければ支払う必要も無い、これで少しは覚悟が伝わったかな?」

 

 

葛城は数秒目を瞑り黙った。

そして目を開けて口を開いた。

 

 

「わかった。この契約を前向きに検討させてもらう。」

 

 

話は終わったとばかりに、葛城はアイスコーヒーの残りに手をつけた。

カランッと音を立てて氷がグラスにあたる。

 

 

「葛城君、まだ契約は終わってないよ。契約にはもう一つ約束して欲しいことがある。」

 

 

「どういうことだ?」

 

 

目を丸くしながら問いかける。

少し可愛いと思ってしまった。

 

 

「葛城君、君には生徒会室に行って堀北会長にもう一度生徒会に入れて貰えるよう頼んで欲しい。君がもう一度誠心誠意伝えればきっと生徒会に入れるだろうね。」

 

 

「一体どういうことだ?それに悪いが、生徒会入りは断られてしまった。もう一度行ったところで、入れて貰えるとは思えない。」

 

 

これについて説明するには堀北会長との関係を明かす他ないのだが、堀北会長との契約に他言禁止とあるため説明が出来ない。

他に理由をでっちあげたとしても、会長との連携が取れるとは思えないし、私の存在がバレることは好ましくない。

 

 

「悪いけど理由はないよ。4万円でただ渡すだけでは味気ないと思って、生徒会入りという景品をつけただけなの。生徒会室に向かい、堀北会長に生徒会入りを希望する。それだけで生徒会に入ることが出来る。これは私が保証する。」

 

 

意味がわからないと言った様子だが、私の言葉に嘘がないと判断したのか、葛城はこの件について承諾してくれた。

 

 

「分かった、今回の件引き受けよう。もし嘘があれば100万ポイントを支払ってもらう。」

 

 

「ありがとう。今回の件については誰にも話してはダメだよ、他言無用でよろしく。もし堀北会長に何か言われたとしても、知らぬ存ぜぬを貫いてね。」

 

 

葛城は少し考えてから頷いてくれた。

 

 

この話を元に契約書を作成し、坂上先生同席の元で契約を交わした。

葛城との話し合いよりはマイルドに、一之瀬とも話し、一之瀬には無料で過去問を譲った。

 

 

一之瀬に生徒会入に対する契約書にサインさせ、他言無用でもう一度堀北会長に頼むよう約束させた。

2つ貸しを作ることが出来たので、今後一之瀬率いるBクラスを利用することが出来るだろう。

 

 

ついでに南雲雅の女性関係のだらしなさを軽く脅すことに成功した。

捨てアドを作成し、浮気映像を貼り付けるとすぐに要求に応じた。

 

 

勿論、堀北会長同様学校を介して契約書を作成して取り引きを行った。

30万プライベートポイントを獲得することに成功した。

 

 

50万はとりたかったが、今後やってくる1年生の生徒会希望者を必ず承認させることを誓わせた。

後は契約内容は他言無用といったところだ。

 

 

葛城と一之瀬は無事堀北会長の推薦により生徒会入りが果たされた。

堀北会長から、生徒会の現状と生徒会へのお誘いの連絡が届いた。

 

 

勿論、丁寧に丁寧にお断りした。

入りたい気持ちを前面に出しつつ断るのはなかなか骨が折れる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ふと端末を見るとメッセージが届いていることに気づいた。

 

 

『今日の朝葛城がクラス全員に過去問を配り始めた。テスト問題は毎年同じみたい。葛城派が数人増えて、坂柳は少し楽しそう。中立派は動きなし。』

 

 

神室から届いたメッセージは予想通りのものだった。

適当に返信をし、待ち合わせ場所へ向かうことにした。

 

 

午後6時45分。

 

 

待ち合わせ場所のイタリアンカフェ。

高級とまでは行かないが、少し高めの値段設定なので生徒は少なく、教師向けの店だ。

 

 

「来てくれてありがとう、桔梗ちゃん。」

 

 

「ううん、大丈夫だよ。それより話って何かな?」

 

 

にこやかに話すが、どこか警戒しているようだ。

まあそれもそうだろう。

 

 

『話があるから必ずモールの近くのイタリアンカフェに来て欲しい。』

 

 

こんなメッセージ怪しくないわけが無い。

せめて、美味しいお店を見つけたから一緒に行こうと誘うべきだった。

 

 

不信感を募らせてしまったが、どうせ脅すので別に問題ない...と信じている。

 

 

話の前に料理を注文すること、にした。

私はカルボナーラのセットメニュー、櫛田はじゃがいもとチキンのグラタンのセットを頼んだ。

 

 

「まず、桔梗ちゃんにはこの映像を見て欲しいんだ。」

 

 

櫛田のメッセージにブラック櫛田映像を送信する。

櫛田は躊躇わずに映像を見ると、顔が一瞬で青くなった。

 

 

人目があるからか、笑顔を装っているがその笑顔が若干引き攣っている。

 

 

「えっと、私はどうしたらいいのかな?」

 

 

あくまでも内容は語らず、言うことを聞くからバラすなと言っているのだ。

勿論私も話を合わせることにした。

 

 

「これからもDクラスで何かあったら私に相談して欲しいんだ。お願いできるかな?桔梗ちゃんの力になりたいんだ。」

 

 

「そ、それだけなんだね...わかったよ。」

 

 

「後これをクラスの皆に配ってあげて。先輩から貰ったと言って配ってね。」

 

 

私が手渡したのは過去問だ。

櫛田の信用を上げれば情報も集めやすいと判断し、承認欲求満たせるようなプレゼントを渡すことにした。

 

 

「過去問...うん、有難く使わせてもらうね!」

 

 

顔色が少し戻ってきたのでほっとした。

 

 

その後は普通の世間話をし、美味しい料理を食べて解散することになった。

万が一を考えて、一通りの多い道を通り、幾つか店にも寄ってから帰宅した。

 

 

櫛田の可愛さは異常だ。

強そうな男を護衛として雇っていることも考慮しての行動である。

 

 

櫛田を手駒にし、葛城との取り引きで面識を持つことに成功した。

堀北会長と南雲を脅しポイントを手に入れ、一之瀬に恩を売った。

 

 

角川リサイクルの商品も充実させることができ、裏メニューである情報取り引きで売り上げを更に伸ばすことが出来た。

手数料は端金だが、塵も積もれば山となる。

 

 

綾小路をどうにかすればAクラスで卒業出来るだろう。

Aクラス内での地位を確立させるために必要なのは、私がどの派閥に入りどのポジションを得られるかだ。

 

 

坂柳と葛城の対立を維持させるには、どっちかの派閥に入り呼び掛けたとしても淘汰されてしまうだろう。

やはり、中立派として地位を確立させるしかない。

 

 

だが表立ってリーダーとなるのは目立ってしまうので却下。

やはり、矢野や石田と親しくなり、中立派の参謀となるのが良さそうだ。

 

 

今のところ、テスト勉強を中立派の皆と行っているので、親しさはupしているはずだ。

他クラスという壁がある分これ以上親しくなるのは難しい。

 

 

Aクラスへ移動するという優秀さを示すだけじゃ、足りない。

何か手土産を持っていかなくてはならない。

 

 

やはり、次のテストで学年トップを狙うしかないだろう。

石田と話してわかったことは、彼は学力が高い生徒を好んでいるということ。

 

 

私がトップの成績を叩き出して、6月1日にAクラスへ移動するしか無さそうだ。

そして猛勉強することになるのだった。

 

 

Aクラスへ上がる準備は出来たが、ひよりに何も言わない自分を情けなく思う。

 

 

ひよりにAクラスへ上がることを伝えないといけないのに、なかなか伝えられずにいた。

結局私はテストが終わってもAクラスへ上がることを言えないでいた。

 

 

「どうかしましたか?るーちゃん」

 

 

「なんでもないよ、坂上先生に用があるから行ってくる。」

 

 

「わかりました。お昼先に食べてますね。」

 

 

私は教室を出て職員室に向かった。

 

 

「坂上先生、少し宜しいですか?」

 

 

職員室で弁当を食べる坂上に話しかける。

 

 

「どうしましたか?」

 

 

諦めたような表情で私を見つめる坂上は、この後の言葉を知っているように見える。

 

 

「ポイントを使ってAクラスへ移動します。」

 

 

坂上の瞳が揺れたが、気にしてはいけない。

 

 

「2000万ポイントを使う、ということですね?」

 

 

「はい。正式に移動する日は6月1日でお願いします。」

 

 

「わかりました。放課後手続きをしますので、職員室まで来てください。」

 

 

職員室を出ようとする時、周りの視線が私に向かっていることに気づいた。

こんなに早くAクラスへ来た生徒が、かつて居ただろうか。

 

 

教室に戻るとひよりが笑顔で話しかけてきた。

絆されてしまったのかもしれない。

 

 

ひよりも一緒にAクラスへ行けたらどれだけ良かったことか。

 

 

「ひより、いつもありがとね。」

 

 

「どうしたんですか?こちらこそありがとうございます。これからも宜しくお願いします。」

 

 

私にとって初めてできた対等な友人。

たわいない時間、何かを企むことの無い平和な時間が好きだった。

 

 

好きな著者について語り、おすすめの本を語り合い、カフェでのんびりと過ごす。

互いのお弁当のおかずを交換したり、一緒に勉強したり。

 

 

今までの人生の中でこんなに楽しいことは無かった。

常に緊張感を持って行動することを求められてきた、今までの人生とはおさらばできた。

 

 

だからこそ、残念だった。

親友と敵になることだけが心残りだった。

 

 

 

 

6月1日。

 

 

「おはよう」

 

 

Aクラスの教室に足を踏み入れると、全員が私の方を向いた。

 

 

「おい、卑劣なCクラス。教室を間違えてるぞ?」

 

 

弥彦が吠える。

 

 

私は気にもせず席に座った。

私の前には橋本正義が座っていた。

 

 

橋本は「マジか...」と驚きを隠せないようだった。

坂柳や葛城も私を見て苦笑いを浮かべていた。

 

 

神室や鬼頭も固まっており、石田と矢野も目を丸くして驚いているようだ。

その中で、百恵だけが「おはよう」と返してくれた。

 

 

百恵には予めAクラスへ移動することを伝えていたので、そこまで驚かれてはいない。

話した時はそれはそれは驚いていたが、「瑠奈ちゃんならいつかやると思ってた」と話して凄い凄いと褒め称えてくれた。

 

 

席に着き荷物をだし終えると、担任である真嶋先生がポスターを抱えて教室にやってきた。

 

 

「ではHRを始める。だがその前に新たにAクラスの仲間入りを果たした生徒を紹介する。小代、簡単で構わないので自己紹介を頼めるか?」

 

 

真嶋は私の方へ語りかける。

 

 

「わかりました。」

 

 

席を達1番前へ出ると全員が私に注目をしていた。

少し恥ずかしいが、さっさと終わらせるとしよう。

 

 

「初めまして、Cクラスから来ました、小代瑠奈です。趣味は読書です。Aクラスの生徒として貢献できるよう努力します。宜しくお願いします。」

 

 

Cクラスのひよりに何も言わずに来てしまったことを後悔はしたが、仕方の無いことだと割り切った。

 

 

ここから本当の派閥争いが始まる。

 

 



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ようこそ無人島試験の会場へ
10話 商人の空誓文


なかなか投稿する余裕がなく、ようやく1話進めることが出来ました。
今後は本編沿いに進んでいきます。
また更新まで間が開いてしまう可能性が高いです。
楽しんでいただければ幸いです。


 

商人の言葉を真に受けてはいけない。

 

 

何故なら彼らの言葉は取引きを繕うための装飾と嘘で塗りつぶされているからだ。

耳障りの良い言葉は時に人を惑わし破壊する。

 

 

真実がもたらしたのは幸か不幸か。

 

 

 

ホームルームが終わったタイミング坂柳が話しかけて来た。

クラスの視線の先は小代瑠奈ただ一人に注がれている。

 

「まさか、こんなに早くAクラスに上がって来る方がいるとは思いもしませんでしたよ。小代さん。」

 

 

「あはは、そうかなぁ。」

 

 

笑って話を流そうとするも、なかなか彼女は厄介だった。

私を逃さんとばかりに私を見つめてくる。

 

 

次の授業の支度もあるため長話は出来ない。

 

 

「どのようにしてAクラスへ移動したのでしょう?」

 

 

ポイントを使っただけだよ!といった答えを求めている訳でもないだろう。

うまくこの場を繕う言葉が見つからない。

 

 

「とりあえず時間もないし、その話は放課後でもいいかな?」

 

 

「ええ、わかりました。」

 

 

会話を終えほっとしたのも束の間、聞き慣れた低い声が背後からした。

 

 

「邪魔するぜ?よぉ、逃亡者。その話オレも混ぜろ。」

 

 

Cクラスの王、龍園翔が配下のアルベルトと石崎を引き連れて教室内へ足を踏み入れた。

 

 

「ふむ、俺もAクラスへ上がる手腕については、尋ねたいと思っていた。よければ参加させて貰えないだろうか?」

 

 

龍園の発言に傍観に徹していた葛城も同調する。

困ったように視線を彷徨わせた時、明るい声が教室に響いた。

 

 

「失礼します。Aクラスに移動できた経緯について気になっちゃって。良かったら、そのお話私も混ぜて貰えないかな?」

 

 

振り返ると、Bクラスの中心である一之瀬帆波が、教室の扉の前に立っていた。

 

 

「ふふふ、皆さん小代さんの事が気になるようでようですね。放課後に気になる方はAクラスへお越しください。」

 

 

勝手に決めつけられてしまったが、放課後までにどこまで話すかを考えなくてはならない。

その日の授業はぼんやりと考えごとをして受けた。

 

 

頭の片隅でひよりに申し訳なく思いながら、この二ヶ月間の出来事に想いを馳せる。

 

 

放課後、龍園、一之瀬、葛城、坂柳、といった各クラスのリーダー格がAクラスに集まった。

教室の入り口には鬼頭がたっており、他生徒の介入にも対応できるようになっている。

 

 

簡単にいってしまうと鬼頭の役割は邪魔を入れさせないための見張りだ。

錚々たるメンバーが集まっている。

 

 

他にも中立派の石田や小春、一之瀬の側近の神崎、龍園の部下である石崎とアルベルト、坂柳の側近である橋本と神室、葛城派の町田も教室内に集まっている。

各クラスのNo.2や補佐だって成績優秀者だったり、身体能力が高いことで有名な生徒ばかりだ。

 

 

決して油断してはならない。

私は教卓の前へ移動し、教室内を一瞥してから口を開いた。

 

 

「さて、皆集まってくれたみたいだし本題に入るね。皆が共通して知りたいことは私がどのような事をして、Aクラスに移動出来るポイントを稼いだのか。これだよね?」

 

 

「ええ、その通りです。」

 

 

坂柳の発言に葛城や一之瀬、矢野は頷き、龍園はニヤリと口元を歪ませた。

その他の生徒は私の次の言葉を待つ様に私を見つめている。

 

 

「うん、じゃあ私がしたことを説明するね。まず私はモール内の宝石店で自宅から持ち込んだ価値のある宝石を売り払ったの。」

 

 

「価値のある宝石?んなもんなんで持ってるんだよ?」

 

 

石崎が不思議そうに尋ねる。

 

 

「それについては自宅から持ってきた、だけじゃダメかな?」

 

 

石崎は考えるように間を置いてから口を開いた。

 

 

「でもよ、ただの高校生がこの学校に高価な宝石を持ってくる必要があるか?まるで、この学校のシステムを知ってたからのように思えるが?」

 

 

石崎の疑問は的を得ている。

誰かが質問する可能性はあると思っていたが、まさか石崎が尋ねてくるとは思ってもいなかっか。

 

 

龍園は目を丸くして固まっているし、坂柳も面白そうに「そうですね」と笑った。

一之瀬もうんうんと頷いている。

 

 

石崎だからと甘く見るのはなしだ。

ちなみにアルベルトの表情はサングラスをかけているため、反応が分からない。

 

 

「特に理由は無いよ。宝石をもっている理由は知人に頂いたから。宝石を持ち込んだのは装飾品として。」

 

 

石崎は納得いってないようだが、龍園に黙らさせられていた。

 

 

「ええっと、価値の高いものばかりだからかなり高額のポイントを手にしたの。ただまあ、放送で説明され通り自宅から持ち込んだ物の売却が規制されてしまった。だから私はポイントを稼ぐためのアプローチを変えたの。」

 

 

「ほう?興味深いな。」

 

 

葛城が感心したように頷いた。

 

 

「一般的な高校生はバイトをしていない限り消費者に分類される。でもこの高校は私達に対する評価として、毎月ポイントが支給される。つまり、私達の評価=日々の態度や功績ってこと。」

 

 

言い方を変えれば、日々の功績によって収益を得られるという訳だ。

つまり学業や部活が仕事と同義だということである。

 

 

「規制されたということは、世間一般的な商業施設では無いということ。そもそも生徒一人一人に毎月10万ポイントが配られた場合、一年で5億円を軽く超えてしまう。授業料、衣服料、旅費、研修費が無償なだけで無く、卒後の保証や最新設備を備えた校舎。各施設に設置された監視カメラに無料商品。この学校の異常性を考えた時、生徒間でのポイントの取引が行われることは容易に想像がつくでしょ?」

 

 

「確かにそうですね。入学してすぐこの学校の本質に近づくとは。流石ですね、小代さん。」

 

 

坂柳に褒められた。

天才様に褒められるというのは、少しむず痒く感じる。

 

 

「ありがとう。話が少し逸れちゃったね。何が言いたいかというと、消費者から事業者になったってこと。」

 

 

「事業者?どういうことかな?」

 

 

一之瀬が顎に手を当てて考え込んでいる。

一之瀬の動きはあざとらしさを感じさせることのない、可愛らしいものだった。

 

 

「5月の初めにネットバンクのアプリが導入されたでしょう?実は私が企画立案者なんだよね。」

 

 

「え、ええ?!す、凄いね?」

 

 

「ほぉ?ならお前には手数料が利益として入るという訳か。」

 

 

やっぱりあいつは嫌なヤツだ。

そこを突いてくるとは、やっぱり龍園は手厳しい男だ。

 

 

これで利用者が減っては困るので、ネットバンクのPRと利益に関する訂正を入れた。

 

 

「まあそういうこと。手数料も一般的なATMと同じだし、貯金もしやすくなるでしょ?ちなみに手数料は生徒会の費用に回されるから、私の利益はほんの一部なの。」

 

 

「どうだかな。」

 

 

龍園は信じていないようだが、一之瀬や葛木は納得したようだ。

 

 

「生徒会が一生徒の利益のためだけに宣伝をしたとは考えにくいです。わざわざホームルーム中に全校生に対して放送をしたのですから、生徒会にも何らかのメリットがあったと考えるのが自然です。」

 

 

「なるほど!そう考えると手数料の一部が生徒会に入るというのは納得できるな。」

 

 

坂柳のフォローに石田が納得し、龍園は舌打ちをしてそっぽを向いた。

恐らく、私に入るプライベートポイントから不和に導こうとしたのだろう。

 

 

ネットバンクは強制ではない為、利用者が減れば利益が減る。

一生徒にポイントが支払われるという観点から見られると、どうしても否定的な考えを持たれやすい。

 

 

各クラスのリーダーが利用を控えるよう呼びかける可能性もある。

坂柳のフォローにより、なんとかこの場は凌ぐ事が出来た。

 

 

「続けるね。」

 

 

全員が黙ったことを確認して口を開いた。

 

 

「今言ったこと以外にも、私の特技であるピアノでちょっと稼いだりもしたの。」

 

 

「ピアノ?」

 

 

石崎が首を傾げても全く可愛くない。

誰得だよとツッコミそうになったが、何とか堪えた。

 

 

「学外の小さなピアノコンクールに参加したの。大した額じゃないけど賞金はポイントに換金して貰えるんだよ。」

 

 

「そういえば部活の大会でも功績に応じてポイントが支給されるって、説明会で聞いたな。」

 

 

橋本の発言に石崎が「マジかよ!」と騒いでいた。

 

 

「石崎黙れ」

 

 

即座に龍園が石崎を黙らせた。

原作の弥彦に少し似ている気がする。

 

 

「まあ他にも細々とした取引をしてポイントを稼いだりもしたんだよ。まあそうやってAクラスへ移動するための資金を集めたって訳なの。」

 

 

「フンッ、なるほどな。帰るぞ、お前ら。」

 

 

「え?もういいんですか?龍園さん。」

 

 

「ああ。聞きたいことは聞けた。小代、いつまでも逃げられらと思うなよ。Aクラス共々潰してやるから精々覚悟しておけ。」

 

 

物騒な言葉を残して龍ら園達3人は教室を去っていった。

 

 

「私達も負けてられないなあ。」

 

 

「ああ、Aクラスに強力なカードが渡ってしまった。」

 

 

一之瀬の言葉に神崎が真剣な表情で頷く。

 

 

「私なんて大したことないよ。」

 

 

謙遜するなと神崎に睨まれが、本当に大したことないのだ。

 

 

「じゃあ私達もそろそろ行こうか!神崎君。」

 

 

「わかった。邪魔をしたな。」

 

 

「うん、またね。帆波ちゃん、神崎君。」

 

 

他クラスの生徒が消えた教室に鬼頭が戻って来た。

 

 

「鬼頭君ご苦労様でした。」

 

 

「…いえ」

 

 

しばらくの沈黙を得て坂柳が立ち上がり私の元へやって来た。

それに合わせ坂柳派の神室、橋本、鬼頭も彼女の側へやって来る。

 

 

中立派の石田と矢野、葛城派の町田と葛城は何が起こるのか注意深く観察しているようだ。

 

 

「さて、小代さん。お話を聞いて、私は貴方とならAクラスで卒業出来ると確信しました。私に着いて来て頂けませんか?勿論タダでとは言いません。貴方のお望みのものを差し上げますよ。」

 

 

坂柳派に入れ、ということだろう。

 

 

「坂柳さん、私は「待ってくれ。」え」

 

 

葛城は私の言葉を遮り、目の前へとやって来た。

 

 

「俺としても、小代の洞察力や行動力は素晴らしいと感じている。是非、我が葛木派の一員となってこの学校の頂を目指していきたい。如何だろうか。加入後の待遇や希望は保証しよう。」

 

 

つまり、葛城派に入れと。

 

 

両者とも何かしらの施しを用意していることから本気が伝わってくる。

 

 

二つの派閥の板挟みになることも、どちらかに肩入れすることもしたくはない。

出来るだけ平和に学校生活を送りたい。

 

 

なら、答えはこうだ。

 

 

「申し訳ないけど、Aクラスに来たばかりで内部情報に疎いんだ。暫くは中立派の小春や百恵と行動したいと思ってるよ。今すぐに、どちらの派閥に入るかを決めることは出来ないよ。」

 

 

「それもそうですね。ですが、気が変わったらいつでもお声掛けを。小代さんならいつでも歓迎しますからね。」

 

 

「ありがとう、坂柳さん。」

 

 

ふわりと微笑んだ坂柳に釣られて、私も彼女に微笑んだ。

 

 

「ならば、何方がより優れているのかを知って貰わなくてはいけないな。」

 

 

挑発的な言葉を葛城から掛けるのは想定外で驚いた。

だが、原作で龍園の側近になっていることを考えれば、ただの真面目な優等生という訳ではないのだろう。

 

 

「そうですね。といっても葛城君に劣るとは一ミリも思えませんが。」

 

 

「挑発には乗らんぞ。坂柳には負けん。」

 

 

両派閥共にバチバチと火花を散らし、静かに牽制し合っている。

そんな二人を他所に私は小春と石田に話しかけた。

 

 

「小春、石田君。これから色々教えてね。」

 

 

「ああ、力になろう。何でも聞いてくれ。」

 

 

「ええ、慣れるまで大変だと思うけど、頑張ってきましょう。」

 

 

二人と改めて挨拶を交わす。

 

 

中立派、坂柳派、葛城派、龍園、一之瀬、綾小路、堀北、高円寺。

曲者揃いの彼等との全面戦争だ。

 

 

戸締りのため、窓に近づくと爽やかな夏の匂いが鼻腔を掠めた。

微かに聞こえた蝉の声が妙にうるさく感じた。

 

 

残金 146万6907ポイント




小代瑠奈

所属    1年Cクラス

学籍番号  S01T004708

誕生日   7月1日

【学力】   A+
【知力】   B
【判断能力】 A
【身体能力】 B
【協調性】  C

【面接官からのコメント】

学力が非常に優秀で、入学試験では4科目満点で2位という輝かしい成績を残している。
小学生の時から全国模試では50位以内をキープしており、中学時代の模試では11位まで成績を上げたようだ。
全体評価は高くAクラスに配属したいところだが、周囲より私欲を優先することが多く、又ある事件に関わっていることから、Cクラスへの配属とする。


【担任からの一言】

今後も学力に力を入れ、クラス全体を引っ張って欲しいと思います。
協調性に関しては向上を望みます。


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11話 阿弥陀も銭で光る

猛スピードで進行しております。
なかなか時間が取れず、更新も不安定です。



 

 

「存在するとは、行動することである。」

 

 

「どういうこと?」

 

 

「ふふ。ドイツの哲学者、イマヌエル・カントの名言の一つだよ。」

 

 

午後20時を回る頃、自室には一人の客人が居た。

Aクラス坂柳派の一員で、私の手駒の一人である神室真澄だ。

 

 

私が今日何の報告もせずAクラスへ移籍した事について、随分と驚いている様に見えたので、説明責任を果たすため自室に呼び出したのだ。

勿論、他にも今後の方針について指示を出すためという理由もある。

 

 

「例えば、話し合いの場で一言も発さない人間は参加者とは言えない。今日幾つかの授業でディベートがあったけど、Aクラスは自分の考えを伝えることは出来ても、擦り合わせや歩み寄りが出来る生徒が少なかった。」

 

 

「つまり、アンタはディベートをしている生徒が参加者として認められていないって事を言いたいの?」

 

 

「そうよ。今のAクラスは、学力がちょっと高くて優等生がちょっと多いBクラスってところ。差異は、基礎スペックの平均が高いことかな。」

 

 

Aクラスに集められた生徒は他クラスと比較すると、学力が高い優等生だという評価に落ち着く。

中学では委員会や生徒会の役員を務めていたという話もよく耳にする。

 

 

ただどれだけ優秀でも、討論が成立しなければ戦力として認められない。

この学校では個々の学力や身体能力以外にもコミュニケーション力が必要だ。

 

 

コミュニケーションの中でも交渉が出来るかどうかが特に重要となってくる。

一之瀬のような善性を持つ人間はカモにされやすく、佐倉のように会話が苦手では交渉をする間もなく敗北する可能性が高い。

 

 

警戒心を持ち、会話を続けてデメリットやメリットを理解し、相手の目的を加味して言葉を選択する。

デメリットやメリットの理解までは出来ても、相手の目線で何故この選択をしたのかという事まで思考できる人はなかなかいない。

 

 

勿体無いことにAクラスは地頭が良いからか、交渉に置いて大切なことは大半が守れている。

各々思考し、解決策や代案を考えられる程優秀だ。

 

 

しかしそれを他者に伝えようとしないのだ。

個々で話せば面白い案や意見を出してくれるが、集団で行うディベートでは、クラスの中心人物の意見に従う奴隷の様だった。

 

 

ややだから龍園に甘く見られるのだ。

 

 

"Aクラスは坂柳や葛城が居なければ何も出来ない無能の集まりか?"

 

 

みたいなことを龍園に言われて弥彦がキレるみたいな二次創作を見た事がある。

でも実際葛城や坂柳以外の生徒は他クラスに比べると対抗する術を持っていない。

 

 

橋本や神室、鬼頭に山村は優秀だが他クラスのリーダーを相手取るには荷が重い。

Aクラスには、Bクラスの神崎やCクラスの金田に椎名といった参謀、Dクラスの堀北や綾小路、高円寺あたりに対抗出来そうな生徒が居ないのだ。

 

 

その上で平田や櫛田といった表向きのリーダーが居て、身体能力の高い須藤がいるのだからDクラスは粒揃い。

葛城と坂柳が互いに協力すればDクラスにも対抗できるのだが、リーダーとしての指針が違うのでこれは不可能だ。

 

 

だが、今回転生した"ようこそ実力至上主義の教室へ"の世界は中立派の石田優介や矢野小春といったモブキャラがかなり強化されている。

それもクラスの主要人物として龍園が同席を認めた程だ。

 

 

それにしても、個々の能力が高いだけに真価を発揮出来ない事は勿体無い。

宝の持ち腐れだ。

 

 

ちなみに、石崎の知力が原作より強化されているように感じたのだが、これは気のせいなのだろうか。

 

 

「まあ、私としてはAクラスの強化に力を入れて行きたいってこと。」

 

 

「強化?どういう事?」

 

 

「うん。今後Aクラスを賭けた特別試験が始まる。個人技ならまだしも、団体戦の場合ウチのクラスはDクラス以上に不利なの。」

 

 

「どうして?」

 

 

「理由は簡単。Aクラスは内部分裂しているからだよ。」

 

 

「…なるほどね。足の引っ張り合いが起きるかもしれないって事ね。」

 

 

Aクラスにはポイントの余裕もあり、派閥が二分している。

派閥同士の争いが起きれば強力は難しくなってくる。

 

 

それだけでなく、他クラスの介入がし易くなり裏切りのリスクだって高まる。

私が最も懸念しているのはこれだ。

 

 

「加えて裏切り者が出る可能性も高くなる。だからこそ今のままではダメなんだ。全員がリーダー任せの状況は改善しないといけないの。」

 

 

「ふうん。」

 

 

神室は興味がないといった様子で緑茶を飲み干した。

 

 

「まあ、そんなことより今後のことについて話そうか。」

 

 

私は神室が頷いたところで一冊のノートを取り出しページを捲った。

ノートには昨年のクラスポイントの推移を示すグラフを貼ってある。

 

 

「まずこれを見て。」

 

 

「ふうん。結構クラスポイントが増える特別試験が多いのね。直近だと8月にでも試験とやらがあるのかな?」

 

 

神室の分析力は並といったところか。

 

 

「そうだね。まあそれよりもここを見て。」

 

 

赤ペンで囲われた箇所を指差した。

そこにはクラスポイントが大幅に下がり、他クラスに抜かされているAクラスのポイントが記されていた。

 

 

「これって…」

 

 

神室の声は微かに震えていた。

このままでは私達Aクラスは下剋上されてしまう可能性が高い。

 

 

「これは現二年生が一年生の時のクラスポイントの推移なの。」

 

 

「ってことは今の二年Aクラスは元一年Bクラスだったってこと?」

 

 

「そうだよ。今の生徒会副会長南雲雅が二年Aクラスのリーダー。そして学年の支配者。」

 

 

南雲雅の例を出す事でAクラスの危機感を煽り、団結力を高める。

私がAクラスを維持するために第一にやるべき事だ。

 

 

葛城はまだしも、坂柳を説得する事こそが最終目標である。

 

 

「これから神室にして欲しい事は坂柳派の情報を流す事とCクラス石崎の尾行。橋本に関する情報収集。これらをお願いしたいの。」

 

 

「石崎って龍園に従ってたガラの悪そうな奴よね?」

 

 

「そうだよ。もし彼がDクラスの須藤という生徒に煽り始めたらこのカメラですぐ撮影して。映像は私へメールで送って。」

 

 

「わかった。」

 

 

須藤暴力事件の時に小遣い稼ぎをする事が目的だが、石崎がどれ程強化されているかを確認するためでもある。

この世界ではまだ龍園は動いていないようなので、クラス間の抗争と言われてもイマイチピンと来ない。

 

 

だが、いつ事件が起きるか分からないので、神室に尾行をお願いする事になってしまった。

一応櫛田という手駒もいるが、龍園側のスパイになっていないので使えない。

 

 

「でも、なんで橋本について調べなきゃいけないの?」

 

 

神室は橋本という男の本質を理解していないようだ。

まあ入学してまだ二ヶ月しか経っていないから仕方ない。

 

 

「彼が裏切る可能性があるから。」

 

 

「へぇ。坂柳も橋本の行動をたまに気にしてた。まあ、出来るだけやってみる。」

 

 

流石は坂柳だ。

橋本正義の本質を理解した上で駒として完璧に扱える自信があるのだろう。

 

 

橋本は原作で坂柳の側近でありながら、龍園に情報を渡していたり、他クラスとパイプを作ったりと蝙蝠外交が得意な生徒だった。

この世界での実力は未知数だが、彼に裏切られる事はクラスにとって不利になる。

 

 

橋本が裏切る前になんらかの交渉をする事で一時的に防ぐ事は出来るだろう。

完全に制御する事は彼の利点を潰す行為になるため控えたい。

 

 

全く面倒な男だ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

一月が経過した。

 

 

この間で私が行った事はAクラスに馴染む事だ。

中立派の小春や石田を中心に交流を深め、中立派の一員となった。

中立派の勉強会に参加しながらも、坂柳や葛城に誘われて両派閥の勉強会に参加した。

 

 

学力面で秀でているのは坂柳だが、教えるのが上手いのは葛城だ。

後、弥彦が意外にもすんなり私をAクラスに受け入れた事は予想外だった。

 

 

どうやらこの世界は、原作と丸っ切り同じという訳ではないようだ。

 

 

「おはよう。」

 

 

「おはよう瑠奈!」

 

 

「瑠奈ちゃんおはよう!」

 

 

小春と百恵に挨拶を交わし席に着くとピコンっと端末にメールが送られてきた。

相手は神室だ。

 

 

『石崎が須藤を挑発して殴りかかった。須藤はそれを避けて、殴りかかったの。場所は特別棟で監視カメラは無い場所だよ。他にも小宮や近藤もいた。石崎以外の3人はバスケ部みたいで、次期レギュラーの須藤を妬んでいたみたい。レギュラーを辞退するよう訴えてたよ。』

 

 

一番下にはファイルが添付されており、5分程の映像が入っていた。

 

 

「おはよう、小代。」

 

 

急に後ろから声を掛けられた。

振り返ると橋本が御機嫌そうに笑っていた。

 

 

あのメールを見られていたら厄介だ、ここは慎重に行こう。

端末を急いで仕舞い挨拶を返した。

 

 

「おはよう、橋本君。」

 

 

「今日は天気が悪いな。ウチの学校は室内プールで良かったぜ。」

 

 

「そうだね。温水だから寒くないしね。今週は金曜日まで雨みたいだよ?」

 

 

「マジか。部活も中練習かなぁ。」

 

 

橋本はいつも通り変わらなかった。

特に怪しまれている訳では無さそうだ。

 

 

情報の取り扱いには細心の注意を払う必要があるな。

ホームルームが終わり次第、人気のないところで映像を確認しよう。

 

 

「皆席に着け。」

 

 

クラス担任の真嶋が険しい顔で教室へと入って来た。

Cクラスが、龍園が動いたのだろう。

 

 

「今日は大切な話がある。学年内でトラブルが発生したためポイントの配布が遅れている。トラブルが解消され次第ポイントは振り込まれるので安心して欲しい。」

 

 

真嶋はそう言ってポスターを黒板に貼った。

 

 

ーーーーーーー

Aクラス 1054

Bクラス 720

Cクラス 620

Dクラス 87

ーーーーーーー

 

 

Dクラスは0ポイントから脱したようだ。

Bクラスとの差は334ポイント差と油断は出来ないが、心理的には余裕が持てる程には開いている。

 

 

ひとまず神室にはこの映像の口止めをしよう。

真嶋が教室を出たタイミングで、口止め料3万プライベートポイントを送った。

 

 

さて、この映像はどうするかな。

選択肢は龍園と契約して50万ポイント程貰うか、Dクラスに恩を売るかの二択。

 

 

今のDクラスに恩を売っても利益はほとんどない。

ならばCクラスと交渉しよう。

 

 

そういえば、龍園は無人島試験でAクラスと取り引きをしていたな。

物資を譲る代わりに、毎月Aクラス全員がCクラスに対して2万プライベートポイントを支払うといった内容だった気がする。

 

 

今回の取引であの契約書を真似るのはアリだ。

 

 

休み時間にDクラスの櫛田がやって来た。

 

 

「失礼します。Dクラスの櫛田桔梗です。今回トラブルでポイントの供給が遅れているのは、うちのクラスの須藤君とCクラスの石崎君との間でトラブルが起きたからなんです。」

 

 

櫛田が事件の概要を話し、情報提供を呼び掛けて去って行った。

 

 

「葛城さん、やっぱりDクラスは不良品の集まりみたいですよ。全く馬鹿が移ったらどうしてくれるんですかね。」

 

 

「弥彦、口を慎め。」

 

 

「は、はい!」

 

 

弥彦の言葉に大半の生徒がドン引きしているが、私は知っている。

だが弥彦の言葉は実力主義のこの学校では間違っていない。

 

 

クラスの振り分けは基本的に成績順だ。

優秀な者はAクラスへ、欠陥のある者や成績下位者はDクラスへと分かりやすい振り分けがされている。

 

 

弥彦は本人を目の前にすぐ吠えるという事が少なくなった。

精神的成長は喜ばしい事であり、それを理解してか葛城も口煩く説教をする事は減ったようだ。

 

 

その後Dクラスは、一之瀬に協力を要請したらしく、Aクラスへも一之瀬が情報提供を呼びかけに来た。

他にも掲示板を利用して情報を集めているようだが、集まる情報もめぼしいものはないようだ。

 

 

さて、そろそろ頃合いだろう。

 

 

端末を操作し電話をかける。

 

 

「もしもし、小代瑠奈です。君と会って直接話がしたいんだ。勿論、2人だけで。」

 

 

少しずつ原作は乱れてゆく。

たった一人の介入者によって。

 

 

 

数日後、風の噂でCクラスは訴えを取り消したと耳にした。

 

 

やはり綾小路は動いた。

 

 

時は流れ、冷房の効いた防音の多目的教室。

室内にはAクラスの生徒と真嶋先生のみ。

 

 

教卓の前に立つのは私小代瑠奈である。

 

 

「みんな」

 

 

さあ、始めよう。

 

 

「集まってくれてありがとう。」

 

 

勝者は一クラスのみ。

 

 

「今後Aクラスを死守するために」

 

 

過程はいらない、結果を残せ。

 

 

「みんなで話し合う時間が必要だと思うんだ。」

 

 

「ふふふ、気になりますね。小代さん、あなたはどんなお話をしてくれるのですか?」

 

 

「このクラスに関わる事なら話して欲しい。皆で考えよう。」

 

 

坂柳と葛城の言葉により空気が重くなった気がする。

 

 

 

前もって計画を立てなさい。雨が降る前に、ノアは箱舟を作ったのです。

by リチャード・C・クッシング

 

 

 

「あのね、その前に全員この契約書に署名して欲しいんだ。」

 

 

 

一番になりたければ、他の人がやらないことをやりなさい。

by 流音弥

 

 

 

「只今から特別試験の戦略と今後のAクラスの動きについての話し合いを始めます。」

 

 

全員が署名した事を確認し、ポイントを送金していく。

 

 

さあ、語り合おう。

話さなくては、話し合いとは言えない。

 

 

 

 

『ようこそポイント至上主義の教室へ』

 

 

 

残金 244万3607ポイント

 





『 契約書          

7月10日 

16時00分以降Aクラスの話し合いで得た情報を他クラス及び他学年の生徒に渡さない事をここに誓う。(話し合いの度に有効)

〈契約条項〉

[1]話し合いで得た情報及び意見を次の特別試験が終了するまで他クラス他学年の生徒に渡してはいけない。

[2][1]の条項は話し合いの度に有効である。

[3][1]を破った生徒は罰金10万プライベートポイントを小代瑠奈に支払う。

[4]契約が成立した場合、小代瑠奈は契約相手に5000プライベートポイントを支払う。

署名
────────

※立会人
────────

        』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




『 契約書          


小代瑠奈は暴力事件に関するビデオ及び情報を公表しない事を約束する。

〈契約条項〉

[1]Cクラス全員が毎月2万ポイントを小代瑠奈に支払う。

[2]小代瑠奈はこの事件に一切の関与をせず、ビデオ及び情報を公表しない。

[3]小代瑠奈がビデオ及び情報を公開した場合、罰金100万ポイントを龍園翔に支払う。

[4]Cクラスが一人でも滞納した場合このビデオを公開し、罰金100万プライベートポイントを小代瑠奈に支払う。


署名    龍園 翔          
─────────  
署名   小代 瑠奈
─────────

※立会人  真嶋 智也
─────────
    』


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12話 会談

ついに小代ちゃんが本格的に内政に手を出し始めました。
葛城と坂柳、中立派の強化モブの石田はどう変わっていくのか。
クラス内の対立、他クラスへの対抗、王者としての心構え。
あと数話で無人島試験が始まります。
書いていてとても楽しいです。




 

 

過去が現在に影響を与えるように、未来も現在に影響を与える。

by フリードリヒ・ニーチェ

 

 

 

 

全員の契約書を真嶋に渡し、全員に控えは後日PDFでメールに添付して送信する事を伝えた。

 

 

「みんな契約してくれてありがとう。さて本題に入ろうか。」

 

 

私は神室に先月見せた昨年のクラスポイントの推移を示したグラフを黒板に貼り付け、クラスメイトにコピーしたものを配布した。

 

 

「このグラフって昨年の1年生のクラスポイントか?」

 

 

「そうだよ、戸塚君。皆に注目して欲しいのは赤丸で囲ったここ。」

 

 

一年BクラスのクラスポイントがAクラスのクラスポイントを大幅に上回っていることが分かる。

ここから読み取れる事はBクラスがAクラスに下剋上したという事。

 

 

「なるほど、半信半疑だったけどこれで分かった。今の2年Aクラスは元一年Bクラスなんだな。」

 

 

中立派の石田の発言に生徒達の表情が暗くなった。

 

 

「俺は生徒会の役員として2年や3年の生徒と関わる事もあるが、現2年Aクラスのリーダーは生徒会副会長の南雲雅先輩だ。」

 

 

葛城の発言に弥彦が「流石です葛城さん!」と騒いでいるが、葛城のひと睨みで黙らされていた。

 

 

5月の中旬頃葛城と一之瀬は生徒会入りを果たしており、葛城は派閥の長たる実力をクラスに示している。

 

 

対して坂柳派は坂柳がテストで示す以外に、大きな功績は何一つ立てなられていない。

だからか、坂柳は葛城の言葉を食う様に更なる情報をクラスに開示した。

 

 

「聞いた話では、南雲副会長は2年生の全クラスからプライベートポイントを徴収していらっしゃるとか。2年生の支配をされている南雲副会長は堀北会長同様、この学校では頭一つ抜けた優秀さをがあるそうですね。」

 

 

「うん、私も彼については調べてるよ。でも今は南雲先輩の事は置いておこう。私はこの下克上が身近に迫っている事に危機感を抱いて欲しいんだ。」

 

 

「どういう事だ?」

 

 

弥彦の成長は精神面のみのようで自分で考えようともしない。

まあ、ウザさが少しマシになっただけでも良しとしよう。

 

 

「今の私達一年生のクラスポイントを思い出してみて欲しいんだ。」

 

 

ーーーーーーー

Aクラス 1054

Bクラス 720

Cクラス 620

Dクラス 87

ーーーーーーー

 

 

「思い出してって言われても、他のクラスと差はあるよ?Dクラスなんて1000ポイント近い差が出来ているし。」

 

 

坂柳派の女子生徒の言葉に多くの生徒が賛同しているが、坂柳と葛城、石田は冷めた目をしていた。

 

 

「皆さんそれは違います。」

 

 

「ど、どういうことですか?」

 

 

思いの外低い坂柳の声に騒いでいた女子生徒が恐る恐る尋ねる。

確か彼女は坂柳派の生徒だったか。

 

 

「小代さんがおっしゃっているのは、AクラスとBクラスのクラスポイントの差を確認しろ、という事ですよ。私達Aクラスは他クラスに追われている身であり、ポイントが最も近いBクラスが私達を脅かす存在だという事です。グラフを見る限り8月に全クラスのクラスポイントが増加していますし、何かあるんでしょうね。」

 

 

「坂柳の言う通りだ。このまま定期考査や普段の生活態度を継続するだけでは足りない。昨年の下剋上のタイミング的に何かクラスポイントを賭けたイベントが起きている可能性が高い。そのイベントをクリアし続けなければ、他クラスに負けてしまうだろうな。」

 

 

坂柳と葛城の発言で両派閥の生徒も真剣な顔付きに変わった。

あの弥彦ですら苦い顔をしている。

 

 

弥彦は坂柳の発言に噛みつきたいが、葛城が彼女の発言を認めているから出来ないのだろう。

 

 

「だが、ポイントを賭けたイベントとなると団体戦か?」

 

 

「はい、恐らく団体戦だと思われます。」

 

 

石田の疑問に坂柳と葛城が頷いた。

少しの間を置いて石田が絶望的な言葉を口にした。

 

 

「なら間違いなくウチのクラスはBクラス以下に降格するだろうな。下手したらDクラスよりも劣っているかもな。」

 

 

「はぁ?なんでだよ?石田」

 

 

弥彦が席を立ち上がり石田に詰め寄った。

石田は弥彦から視線を外しながら溜め息を吐いな

 

 

「弥彦、落ち着くんだ。すまないな、石田。」

 

 

「いや、大丈夫だ。…少し考えれば分かる事だ。ウチのクラスは2つの派閥に別れている。どちら側に着くか決めかねている中立側の人間もいる。この状態で団体戦を行う場合、坂柳と葛城は方針が違うから協力は困難だ。足の引っ張り合いが起き、裏切り者も出てくるかもしれない。」

 

 

石田の言葉はAクラスの生徒に響いたようで、多くの生徒が石田の言葉に耳を傾けている。

弥彦も否定できないと分かって大人しくなってくれた。

 

 

「中にはクラスを見限って他クラスに情報を流したり、他クラスと組んで敵対派閥を失墜させるなんて事もあるだろうな。そして、内紛が起きれば、他のクラスに付け入る隙を与える事になる。」

 

 

原作の橋本や坂柳が行っていた事だ。

この世界線でも充分あり得る。

 

 

「石田君の意見は可能性として有り得る。だからその話もしておきたかったんだけど、石田君に全部言われちゃった。」

 

 

「流石だな優介」

 

 

「流石ね。」

 

 

中立派の明るい男子生徒と小春が石田を称えた事でクラス内の殺伐とした雰囲気が大分和らいだ気がする。

 

 

「さて、今後出るかもしれない裏切り者への牽制も出来た事だし、本題に入ろうか。」

 

 

鞄から大きなポスターを取り出し、グラフの横に貼り付ける。

ポスターの内容がコピーされたプリントを配布し、内容を読み上げる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

《無人島試験のルール》

 

【基本ルール】

 

・各クラスは1週間、無人島での集団生活を行う。

 

・テントや衛生用品は最低限配られるものの、飲料水や食料、トイレなどは試験専用の300ポイント(クラスごと)で購入する必要がある。

 

・専用ポイントは試験終了後、クラスポイントに変更される。

 

 

【追加ルール】

 

・島の随所に「スポット」と呼ばれる地点があり、占有したクラスのみ使用可能になる。

 

・スポットは専有する度に1ポイントのボーナスがある。

 

・スポットの占有は8時間のみ。切れた場合、更新作業が必要となる。

 

・スポットの占有には、リーダーとなった人物が持つ「キーカード」が必要となる。

 

・正当な理由なく、リーダーを変更することは不可能

 

・最終日、他クラスのリーダーを当てる権利が与えられる。当てれば1人につき+50ポイント、外せば-50ポイント。

 

・逆に、リーダーを当てられてしまった場合、-50ポイント

 

 

【禁止事項・ペナルティ】

 

・体調不良や大怪我によって続行できない者は-30ポイント+リタイア

 

・環境を汚染する行為は-20ポイント

 

・毎日午前・午後8時に行う点呼に不在の場合、1人につき-5ポイント

 

・他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、そのクラスを即失格+対象者のプライベートポイントを全没収

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ルールを読み上げるのも一苦労だ。

クラスの様子を確認すると大半がプリントと睨めっこをしている。

 

 

坂柳だけはプリントでは無く私を見つめているがもうルールは頭に入ったのだろうか。

葛城や石田といった成績上位者ですらまだプリントを読み込んでいる最中だというのに、坂柳の理解力は化け物級らしい。

 

 

それから約3分程経過した頃、全員が顔を上げ私の方を向く。

真嶋の方へアイコンタクトを送ると静かに頷いてくれたので、本題について説明を始める事にした。

 

 

「皆読み終わったかな?皆に配布したプリントは私達一年生の初めての特別試験の内容だよ。試験は夏休み中の8月上旬に行われるそうなの。」

 

 

私は彼女の方を向いて語り掛けた。

 

 

「──────そうだよね?坂柳さん。」

 

 

「ど、どういうことだ?なんで姫さんがこの試験を知っている前提なんだ?」

 

 

橋本が理解出来ないと坂柳と私の顔を交互に見て深いため息を吐いた。

 

 

「ふふふ、小代さんはよくお気付きになりましたね。それとも、その情報もポイントで買われたのですか?」

 

 

「ポイント?…まさか、小代は特別試験の内容をプライベートポイントを使って買ったというのか?」

 

 

坂柳は女優もゾッとする程美しい笑みを浮かべて挑発してきた。

葛城はすぐに坂柳の発言の意図を理解し核心をついた。

 

 

「御名答。この試験内容を私は35万プライベートポイントで真嶋先生から買ったの。坂柳さんが知っているかどうかは、試験内容からの推測。試験を受けるなら早い段階で検査とか診察を受ける必要があるだろうし、真嶋先生との相談は必須でしょ?」

 

 

「35万?」

 

 

「なんでそんなポイント持ってるんだ?」

 

 

「そんなものまで買えるなんて…」

 

 

クラス内はざわついているが、流石Aクラスといったところか。

すぐに状況を理解し落ち着きを取り戻してくれたようだ。

 

 

「小代さんの想像通りですよ。私はこの試験には出席出来ません。一週間ほど前真嶋先生と主治医の方と三者面談を行ったのですが、発作が出る恐れがあるそうで、今回の試験は不参加となります。クラスの皆さんにはご迷惑をおかけします。」

 

 

やはり原作通り坂柳は不参加らしい。

このままだと、坂柳派の裏切りと葛城が龍園との不公平な契約によりこの試験は荒れてしまうだろう。

 

 

だがこの試験を葛城が知っていれば、270ポイントでのやりくりや戦略も変わってくるはずだ。

あの時は試験も知らなければ、坂柳の不参加で不利益を被ることすらも知らなかったのだから。

 

 

「真嶋先生、先生は試験内容を買った時『試験に関する質問があれば答えよう』とおっしゃいましたよね?」

 

 

「ああ。我々教員はこの試験への協力やアドバイスを禁止されている。だが、試験を進める上での質問には答えよう。」

 

 

「では先生、坂柳さんが不参加となった場合リタイア扱いになりますか?」

 

 

「リタイア扱いとなり、300ポイントから30ポイントが引かれることになる。」

 

 

この発言にはクラス中が、主に葛城派の生徒が理不尽だと不公平だと文句を垂れている。

その様を坂柳は不敵な笑みを浮かべて楽しそうに観察していた。

 

 

全く、悪趣味な女王様である。

 

 

「先生、坂柳さんの不参加は覆ることはありませんか?」

 

 

「彼女の主治医と相談をした結果、無人島での生活は困難だとドクターストップがかかったんだ。」

 

 

無人島試験において、30ポイントは大きい。

それに船上試験も控えているのだから坂柳にはそちらだけでも参加して欲しい。

 

 

だが現段階で船上試験の話を出すことは出来ない。

私が買ったのは無人島試験の内容のみだから、今出来ることは坂柳の許可を取り参加枠を買うか、試験の邪魔をさせないことを坂柳派に契約させるか、あるいは…

 

 

「坂柳さん、貴方は特別試験に参加したい?」

 

 

「そうですね…」

 

 

予想外の質問だったのか坂柳は即答せず考えるように目を閉じた。

全員が彼女の言葉を待っている。

 

 

「心情としては参加したいです。初めての特別試験ですからね。ですが、戦略面や理論的な面ではお役に立てるでしょうが、生活面では介助が必要となりますし使い物にはなりません。寧ろご迷惑をおかけしてしまいます。」

 

 

まあ、そりゃそうだろう。

 

 

彼女は生まれながらの天才であるが、先天性の疾患を抱えている。

彼女は皆の出来る当たり前が出来ない事、特別扱いを受ける事に対して悔しさを感じているはずだ。

 

 

これは本心なのだろう。

 

 

この試験で幾ら葛城派を陥れる事が出来たとしても、試験に参加できなかったという事実は残る。

仕方ないこととはいえ、Aクラスを不参加という形で不利にしているのは他でもない坂柳有栖なのだから。

 

 

「葛城君はどう思う?」

 

 

「俺か…」

 

 

葛城は誠実な男だ。

 

 

それはこのクラスで生活していれば誰でも分かる事だろう。

派閥関係なく彼の性格や態度を嫌う人間はほぼ居ない。

 

 

坂柳の身体的な問題は派閥関係なく今後も問題に上がるはずだ。

直近だと体育祭が例に上がる。

 

 

「昨日までの俺ならば坂柳が参加しなければ自派閥の成果を出し、勢力拡大に動いていただろう。」

 

 

そうだ、原作で葛城は無人島試験で結果を残そうとした。

そして失敗した。

 

 

「だが小代の話を聞いて、無人島試験で坂柳派の生徒が俺を失墜させる為の裏切りをする可能性を知った。」

 

 

葛城は自席から立ち上がり坂柳の前へ向かった。

この行動に坂柳派の生徒は警戒体制に入り、葛城の行動を注意深く観察し始めた。

 

 

「坂柳、俺はこの試験クラス全員で勝ちに行きたい。」

 

 

「ふふ、ついに私に降ることを決めましたか?葛城君。」

 

 

余裕そうな声音とは裏腹に、坂柳の表情は困惑しているように見える。

だがそれも無理は無い。

 

 

このクラスで葛城の行動に困惑しない人間は一人も居ない。

真嶋先生ですら手に持っていたバインダーを落とす程呆気にとられている。

 

 

弥彦なんか涙目で今にも叫び出しそうだ。

ちなみに私も彼の行動には驚いた。

 

 

だって突然坂柳に向かって頭を下げたのだから。

照明の光が葛城の頭に反射して眩しい。

 

 

葛城は発光した。




石田優介

所属    1年Aクラス

学籍番号  S01T002124

誕生日  6月7日

【学力】   A
【知力】   B
【判断能力】 A−
【身体能力】 B
【協調性】  B+

【面接官からのコメント】
文武両道で真面目な生徒だ。
数学試験では満点を記録し、その他の科目でも高得点を叩き出しており非常に優秀な生徒だ。
人格的にも優れており、Aクラス配属とする。

【担任からの一言】
数学に関しては学年一とも言われる坂柳有栖や小代瑠奈以上の力を持っていることが伺えます。
クラスを支える柱として、生徒をサポートをして欲しいと思います。


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13話 同盟

ようやく第一の会議が終了しました。
相変わらずモブがでしゃばっていますが御愛嬌。
無人島試験を早く書きたい!!!


 

 

同盟とは、共に戦うことはあっても決して運命を共にするものではない。

by シャルル•ド・ゴール

 

 

 

クラス内は葛城の発言に注目している。

さて彼は何を語るのか見ものだ。

 

 

「いや、リーダーの座を諦めた訳では無い。だがこの無人島試験において、派閥間の争いをしていては不利だと気づいた。それはお前なら分かるだろう?」

 

 

「…ええ、そうですね。この試験はボーナスステージといったところでしょうか。ここで躓けばクラスポイントの差は縮まってしまうでしょう。誰とは言いませんが、邪魔が入ればリーダー指名で間違いなくポイントがマイナスされるでしょうね。」

 

 

「坂柳、この試験派閥関係なく勝ちに行きたい。お前達坂柳派の力を借して欲しい。」

 

 

まさかの申し出に坂柳は固まっている。

坂柳派だけでなく葛城派、ひいてはクラス全体も驚いている。

 

 

「な、何を言ってるんですか?正気に戻ってくださいよ葛城さん!!」

 

 

ついに弥彦が爆発した。

 

 

「弥彦落ち着け。」

 

 

葛城は弥彦の肩に手を置き、いつになく優しい声音で弥彦を制した。

 

 

「…葛城君、貴方は何を言っているのか理解していますか?」

 

 

坂柳の瞳はひどく揺れていた。

 

 

「勿論だ。坂柳の言ったボーナスステージという意味だが、この試験ではクラスポイントがマイナスされる事はない。つまり今後の試験やクラス争いの為の資金稼ぎが主な目的だ。」

 

 

「へぇ、その意見は面白いね。」

 

 

「あら、葛城君は面白い事を考えますね。真面目さが取り柄だと思っていましたが、良い視点だと思います。ボーナスステージとは言いましたが、学校側の求めている事までは頭が回るとは。これなら予想以上に楽しめそうですね。」

 

 

ただクラスポイントを貯めようとしていた私とは全く違う葛城の意見は坂柳のお眼鏡に適ったようだ。

坂柳は葛城に対する態度を変え、自分を楽しませる挑戦者から敵として認識したようだ。

 

 

「随分好き勝手言ってくれるな。まあ続けるが、この資金稼ぎの段階でAクラスは他クラスを出し抜きクラスポイントの獲得に走る。そして他クラスのリーダー指名を外れさせ、差を更に離す。そこからは、俺と坂柳でどちらが有能かの対決に移る。余裕を作っておけば、俺達の派閥争いにも有利に働く。」

 

 

つまり資金を稼いでから、堂々と派閥争いをしようと彼は述べているのだろう。

チャンスをわざわざ逃す必要は無い。

 

 

「葛城君のそれは理想論ですよ?具体的な策はあるのですか?」

 

 

坂柳なら即座にこの申し出を断ると思っていたが、葛城の話にも真剣に取り合っているあたり彼をライバルとして一之瀬や龍園同様に認めているようだ。

何となくだがこのクラス会議をきっかけに葛城が覚醒した気がする。

 

 

原作通りなら保守的思想の彼が好戦的な坂柳に頭を下げる訳が無い。

思想が違うのに協力するというのは難しい以上にとても疲れる事だ。

 

 

特に坂柳という特殊な思考の持ち主との作戦のすり合わせなんて、考えただけでもSAN値が削られてしまう。

 

 

「そうだな、例えば偽りの情報を流す。キーカードを他クラスにわざと見せたり、他クラスと契約を結んで、残り二クラスを陥れるのはどうだろうか?」

 

 

「成る程。成功するかは微妙ですが、他クラスと契約を結ぶというのはアリですね。いえ、試験中に結ぶのなら密約と言った方が良いでしょうか、ふふふ。まあ及第点ですね。」

 

 

「なら坂柳は別の案を思いついているのか?」

 

 

試験内容を聞いて作戦をすぐ思い付く時点で葛城は充分優秀だ。

しかし坂柳は頭脳面でこのクラスの誰よりも上を行く人間。

 

 

そんな坂柳が及第点を上げている時点で少なくとも葛城は超強化されている事が分かる。

葛城強化かあ、なんかどっかの二次創作で見た事ある気がするな。

 

 

「いえ、私はリーダー当ての方に力を入れたいのです。他クラスが獲得するポイントの最高額を最低でも獲得すれば良いのです。そうすれば差が狭まる事はありませんからね。リーダー当てを狙う場合、リーダーのリタイアというのもアリでしょう。」

 

 

確かに原作では堀北がリーダーでありながらリタイアしていたし、龍園もリタイアしたという体で島に潜伏し続けていた。

ブラフとしても使えそうだが、この世界線で龍園達Cクラスが0ポイント作戦を決行するかどうかが問題だな。

 

 

葛城なら絶対に思い付いたとしても実行しない策だ。

坂柳や龍園といった好戦的な人間なら躊躇いなく実行出来るだろう。

 

 

「それは、今回の試験を協力してくれると見て良いのだろうか?」

 

 

「ええ。ですが条件があります。」

 

 

「条件?」

 

 

「ええ。まず私達の協力は今回の試験を終えて校内に戻ってくるまでの間のみです。そして無人島試験の次の特別試験では指揮権を私に譲る事。」

 

 

「その条件を飲んでも良いが、無人島試験後は交互に指揮権を変えるというのはどうだ?仲間割れをしては隙が出来る。毎回蹴落とし合うことを規制する契約を結ぶのは面倒だ。」

 

 

葛城の成長は素晴らしいな。

葛城は防衛に特化した一之瀬という評価を今まで持っていたが、今回の件でその守りが強化され、積極的とはいえないが攻撃の手段も用いるようになった。

 

 

Aクラスは内部分裂しているとはいえ、最強の盾と矛を手にしたのだ。

坂柳の提案をそのまま受けるのではなく、蹴落とし合う事を禁止させようとした事もポイントが高い。

 

 

リーダーを交互に行うという点も打開策としては上出来だ。

 

 

「ふむ…」

 

 

坂柳は葛城の言葉に渋々頷いた。

 

 

「仕方ありませんね。ここで私が提案を飲まなければ支持率の低下につながる事でしょう。葛城君提案を受け入れましょう。」

 

 

「ああ、助かる。この紙に契約事項をまとめる。立会人は真嶋先生にお願いしても宜しいでしょうか?」

 

 

「ああ、良いだろう。」

 

 

今決まった事に加え、他クラスと手を組み相手派閥を陥れる事も禁止させた。

これをされるとクラスポイントが減って私の交渉がしにくくなる恐れがある。

 

 

今後は葛城と坂柳が特別試験の度にリーダーを交代し、リーダーの指示にクラス全員が派閥関係なく従う事が義務付けられた。

これに関しては坂柳と葛城を除いたAクラス38名が承認しており、決定事項となった。

 

 

ちなみに弥彦だけは反対していた。

流石、葛城厨弥彦君だ。

 

 

ただし、意見を言う自由はあるので余りにも理不尽な事を指示された場合はクラス内で話し合いを設けるそうだ。

 

 

「では、この試験が終わり学校に戻ってくるまでの間宜しくお願いしますね。葛城君。」

 

 

「ああ、此方こそ宜しく頼む。坂柳。」

 

 

話し合いがまとまったところで、約一時間が経過した。

 

 

「話し合いも纏った事だし、話の続きは明日にしようか。後、皆んなが書いてくれた契約書の事は忘れないでね。ここで話した事は他言無用で宜しく。」

 

 

「そうだね。」

 

 

「私も疲れちゃった。」

 

 

話し合いに参加していないのに何を言っているのだろう。

息を吸って吐いていただけの癖に。

 

 

皆荷物をまとめ帰り支度を始めた。

私も荷物を置いてある席に戻り、ポスター2枚をファイルに閉じた。

 

 

真嶋先生も「気を付けて帰れよ」と言って去っていった。

その直後突然石田が教卓の前に立った。

 

 

「みんな待ってくれないか?」

 

 

「どうしたの?石田君。」

 

 

百恵が不思議そうな顔でいしだを見つめる。

 

 

「いや、これから毎日話し合うといっても今はテスト期間だ。勉強を得意としない生徒もいるだろうし、過去問だって絶対じゃない。」

 

 

「確かに。私も勉強は苦手だから毎日参加はちょっと嫌かも。」

 

 

百恵の言葉に勉学に不安のある生徒、部活動の大会が迫っている生徒が賛同した。

 

 

「成る程。六角の言う通りだな。ならば、明日の話し合いは代表生徒のみで行う事にしよう。決まった事はクラスのグループラインで連絡しよう。」

 

 

「私も賛成いたします。少人数で行うなら、カラオケでも使えばこの話し合いが漏れる心配もありませんね。」

 

 

「私も良いと思うよ。丁度勉強に不安があったし。決まったら教えてね。」

 

 

「何を言っているのですか?小代さんには話し合いに参加して頂きますよ。」

 

 

「えぇ」

 

 

ああ、私の平穏な放課後よさらばである。

 

 

「それに賛成するよ。後坂柳さんと葛城君にお願いがあるの。中立派代表として瑠奈の他にも生徒を参加させて欲しいんだ。」

 

 

小春の意見は独裁政権を防止する上で確かに重要だ。

 

 

「そうだな、俺と坂柳だけのクラスでは無い。」

 

 

「ええ、構いません。メンバーは私と葛城君、主催者の小代さんは固定。中立派の生徒は石田君と矢野さん。互いに自派閥の生徒を一人ずつ連れてくるというのはどうでしょう?」

 

 

「ああ、それでいこう。」

 

 

ようやく話が纏まり、今度こそ解散となった。

 

 

「分かった。俺と矢野なら成績も問題ないな。」

 

 

「じゃあ、明日の事はグループチャットで決めれば良いね。お疲れ様、お先に失礼。」

 

 

小春が手を振りながら去っていった。

私も帰ろうと鞄を持ち上げた時、坂柳に声を掛けられた。

 

 

「小代さん、宜しければ一緒に帰りませんか?」

 

 

「良いよ。」

 

 

坂柳の荷物は神室が持っているので実質3人での帰宅なのだが、神室は何も話さなかった。

ただ面倒臭そうな顔をして坂柳の隣を歩いていた。

 

 

「小代さん、君主に必要な事とは何だと思いますか?」

 

 

「難しい事を聞くね。それはこの高度育成高等学校におけるリーダーについての質問?」

 

 

「ええ。ですが小代さんが一般的な指導者に求める事も気になりますね。」

 

 

一体坂柳は私の何を知りたがっているのだろうか。

もしくはただのアンケートなのか。

 

 

ここでの答えを間違えて反感を買う事は避けたい。

模範解答はできなくとも、及第点に届けば良いんだ。

 

 

ここはそれっぽい事を言ってどうにか切り抜けよう。

私は今ある知識の中で最も知的そうな無難な言葉を選んだ。

 

 

「見る時ははっきり見る。聞く時はしっかりと聞き、顔つきは穏やかに、態度は恭しく、言葉は誠実で、仕事には慎重に、疑問は質問し、怒りには後の面倒を思い、利益を前にして道義を思う。」

 

 

「論語ですか。」

 

 

「うん、君子の九思。私はこの中で特に大切なのは説教というか指導した後のフォローかな。」

 

 

まあこれは本当に思っている事だから嘘では無い。

 

 

「ふむ、理由をお聞かせして頂いても宜しいですか?」

 

 

「うん。怒られた人ってのは自分の中で意見を飲み込めない時があるよと思うの。理由は様々だけど、プライドが高い人程報復や復讐に走りやすい。指導される時って利益やメリットに関わるからだと思うんだけど、後のフォローを疎かにするとマイナスになりかねないと思うんだよね。もしかしたら死人が出る事だってあるかもしれないし。」

 

 

最後のは少し大袈裟だったかもしれないが、坂柳は短く「そうですか」と言って微笑んだ。

相変わらず彼女の笑みは美しい。

 

 

まさにブリザードスマイルだ。

一瞬で凍ってしまいそうだ、夏なのに。

 

 

そういえば例の件について坂柳と話さなくては。

 

 

元々今日の話し合いの目的は坂柳に無人島試験参加を提案する事だった。

しかし当初の予定とは異なり、クラスの在り方や無人島試験での派閥同士の協力についての話し合いだけで一時間が過ぎてしまったのだ。

 

 

結果的に有意義な時間となった事は間違いないが、せっかく真嶋先生と話した事が無駄になってしまうのは忍び無い。

ダメ元でも聞いてみよう。

 

 

私は坂柳の体に触れそうな程近づいて、小声で本題を口にした。

 

 

「坂柳さん、特別試験の事なんだけど本当にドクターストップがかかっているんだよね?」

 

 

「そうですねぇ…その話は私の部屋でしましょうか。後ろを誰かつけられているようです。」

 

 

耳をすませると私達3人とズレた足音が聞こえた。

振り返ろうとしたが坂柳に止められ、私達は気づか無いフリをして寮に戻った。

 

 

寮に入る頃には4人目の足音は消え、追跡は終了したようだ。

 

 

「とりあえずは大丈夫そうだね。」

 

 

「はあ、なんなの?足音的に大柄な生徒だとは思うけど。」

 

 

神室もだるそうな顔で来た道を睨みつけていた。

 

 

「私達が多目的室を出たタイミングで足音がし始めたので、少なくともAクラスの生徒では無いでしょう。可能性として高いのはCクラスでしょうか。」

 

 

「そんな早くから気づいてたの?でもCクラス、龍園君なら出しそうな指示だよね。Bクラスの生徒を挑発したり、Dクラスの生徒を退学に追い込もうとしたり。Aクラスにはまだ実害は無いし、今後ネチネチした嫌がらせがくる可能性もあるかもね。」

 

 

「今後は少し警戒した方が良さそうですね。」

 

 

「そうだね。でもリーダ候補である坂柳さんがいる時に後をつけていたのはいつも居る鬼頭君達がいないからってのはありそう。」

 

 

坂柳の身体能力はその辺の小学生にも劣るレベルだ。

だからこそ彼女の派閥には身体能力がトップクラスの鬼頭、テニスで文武両道な橋本、身体能力が高い同姓の神室と武闘派の生徒が揃っているのだろう。

 

 

「フン、明日からは鬼頭でも連れ歩いたら?」

 

 

「ええ、そうします。」

 

 

神室の言葉を坂柳もすんなり受け入れた。

流石に暴力沙汰は御免のようだ。

 

 

しおらしい坂柳を見れたところで、彼女の部屋に到着した。

内装は私の部屋と変わらず、置かれている家具も白基調のシンプルなものばかりだった。

 

 

「飲み物はどうされますか?紅茶、緑茶、烏龍茶、レモネードの四種類しかありませんが。」

 

 

お茶の種類が多いな。

ここは敢えてレモネードを頼んでおこう。

 

 

「じゃあレモネードをお願いしても良いかな?」

 

 

「分かりました。神室さんはいつも通り緑茶で宜しいですか?」

 

 

「うん、なんでも良い。」

 

 

「では緑茶にしますね。少しお待ち下さい。」

 

 

神室はどうやら坂柳の部屋によく出向いているらしい。

 

 

「お待たせしました。」

 

 

レモネードを受け取り口をつけると、甘酸っぱい香りが鼻腔をかすめる。

渇いた喉を潤し熱った身体が急速に冷えていくような感覚がする。

 

 

「美味しいね、ありがとう坂柳さん。」

 

 

「いえ、礼には及びませんよ。さて、先程のお話についてですが…」

 

 

「うん」

 

 

「ドクターストップではありません。」

 

 

 

「って事は試験に参加する事も出来るって事?」

 

 

「そうなりますね。私としては葛城派を潰すために喜んで参加を断り、大打撃を負わせる予定だったのですが。まさかこんな事になるとは。」「嬉々として」は推測を含む表現なので、自分の心情を表す表現としては使えない

 

 

坂柳がまさか戦略を暴露するとは思っていなかったため、手に持っていたグラスを落としそうになった。

 

 

「あはは、まあたまにはそんな事もあるよ。」

 

 

「張本人の貴方がそれを言うんですね。ふふ、話せば話す程面白い方ですね、小代さん。ですが、ドクターストップがかかっていないだけで、主治医の方は強く反対されていたのも事実です。いつ発作が出るか分からない状況で試験を送るのは危険です。」

 

 

「なるほどねぇ。」

 

 

坂柳は理事長の娘だし何かあってからでは遅い。

体調が急変した場合、対処が遅れる可能性も高くなる。

 

 

「例えばの話なんだけど、船上で生活する分には問題ない?冷房の効いた部屋で主治医さんも同船している状態なら。」

 

 

坂柳は珍しく考え込んでいるようだ。

約1分が経過した頃、坂柳は口を開いた。

 

 

「確認を取っていないのでなんとも言えませんが、船内での生活は問題ありません。」

 

 

「それは主治医が居なくても?」

 

 

「はい。一応船医の方も乗船されるそうですから、トラブルが起きても対処出来るはずです。」

 

 

「坂柳さん、これを見て欲しいの。」

 

 

私は鞄からファイルを取り出し挟んでおいた一通の封筒を手渡す。

 

 

「その中身を読んでほしいんだ。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

『契約書

 

 

《契約内容》

 

[1]坂柳有栖の身体的事情を考慮し、船内での無人島試験への参加を認める。

 

[2]坂柳有栖は半参加扱いとなり、坂柳有栖がリーダーとなった場合は代理人を立てる事でスポット占有を行う事が出来る。

 

[3]坂柳有栖は半参加扱いにより、試験ポイントから15ポイントが予め引かれる事になる。

 

[4]代理人は試験前に固定され、代理人がリタイアした時点で坂柳もリタイア扱いとなり、45ポイントが引かれる事になる。

 

[5]坂柳有栖には試験中別室での待機が命じられるが、クラスメイトとのやりとりが出来るよう配慮する。

 

[6]貸し出した端末を紛失・破損した場合坂柳有栖はリタイアとなり、15ポイントが引かれる事になる。

 

[7]坂柳有栖がリーダーとなった場合最終日にリーダー指名を行う事が出来る。

 

[8]坂柳有栖は船内の自室から無人島試終了時まで外出を禁ずる。

 

[9]本契約は坂柳有栖が20万プライベートポイントを支払った時点で成立となる。

 

 

 

署名   坂柳 有栖

──────────

 

※立会人  真嶋 智也

──────────

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

暫くすると坂柳は契約書を置いて私に向き直った。

彼女はいつになく真剣な眼差しで私を見つめた。

 

 

「小代さん、これはまだ有効でしょうか?」

 

 

「勿論。試験の二週間前まで有効だよ。」

 

 

「分かりました。最後に一つ聞かせて下さい。貴方はどうして私を無人島試験に参加させようとしているのですか?」

 

 

それは勿論───

 

 

「勝つためだよ。無人島試験で負けたとしてもAクラスが逆転される事はほぼ無いけど、坂柳さんの頭脳は後の試験に絶対に役に立つ。」

 

 

「え、後の試「あっ!もうこんな時間!」…え」

 

 

ちょうど目に入った時計の針は午後6時を示していた。

今日は映画の特番が6時半から放送されるのだ。

 

 

明日公開の映画にちなんでショートドラマも放送されるので、この日をずっと楽しみにしていたのだ。

早く帰って特番に備えなくては。

 

 

「あ、そろそろ帰らないと。長居しちゃってごめんね。レモネードありがとうございました。神室さんもまた明日ね!」

 

 

何か言いたそうな坂柳と端末をいじる神室に挨拶を済ませ大慌てで自室へ向かった。

ちなみに映画のタイトルは星屑。

 

 

中村上地の名作の一つである。

これを機にひよりと話したいのだがなかなか勇気が出ない。

 

 

「ひより、どうしてるかなあ。嫌われてないといいんだけどなあ。」

 

 

約1ヶ月前の既読を最後にメッセージは止まっている。

まるで私とひよりの時間が止まっているかのようだ。

 

 

いや、実際止まっているのだろう。

私とひよりの関係は5月31日から止まったままなのだ。

 

 

「はあ、どうしようかなあ…」

 

 




六角百恵

所属    1年Aクラス

学籍番号  S01T002704

誕生日   12月31日

【学力】   B-
【知力】   C+
【判断能力】 B
【身体能力】 B
【協調性】  A

【面接官からのコメント】

全体的にバランスが良く、面接試験では4位とコミュニケーション能力に優れた生徒だ。
中学3年時には合唱部の副部長を務め、部を銀賞へと導く等優秀なリーダーシップを発揮している。
本来ならば推薦枠を持っていないため問答無用で不合格ですが、面接試験の結果や中学時代の部活成績から合格とし、Aクラス配属とする。

※今回の事は特例であり、今後の前例とはならない。

【担任からの一言】

勉学が苦手なようですが、放課後は勉強会に積極的に参加しているようです。
今後も勉学に励み少しでも高みを目指して欲しいと思います。
明るいムードメーカーとして場を和ませてくれる良き生徒です。


※Cクラスの小代瑠奈と同中であり、同じ部活に所属していた。


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13.5話 ①side:真嶋

今回のお話は真嶋先生の回想になります。
担任から見た小代瑠奈とはどういう人物なのか。
若干勘違いも入ってますが楽しんでくれたら嬉しいです。
そして、今回の話に百恵ちゃんが選ばれた直接的な理由が出てます。
ものすごく短いですが、理由を探しながら読んでみると面白いかもしれません。


side:真嶋

 

 

もちろん、生まれつきの能力の問題も全く無視はできない。それでもやはり、これはおまけみたいなものだ。絶え間なく、粘り強く努力する。これこそ何よりも重要な資質であり、成功の要といえる。

by トーマス・エジソン

 

 

 

 

人は平等か否か。

俺の答えは不平等だ。

 

 

単純に生まれ持った才能の差でランク付けられてしまう。

どんなに努力をしてもgiftを持った天才達とは根本から異なる。

 

 

それが性質によるものなのか遺伝によるものかは些細な問題であり、重要なのは才能を持っているかどうかだ。

高度育成高等学校に入学してから、そこで教師となってから、様々な人間を見てきた。

 

 

奇天烈な発想を持つ天才、他者の追随を許さない天才、天才に抗おうとする秀才、自堕落に過ごし退学してゆく凡人、権力に手を伸ばしその身を変えた暴君。

他にもありとあらゆるタイプの変人奇人凡人賢人を見てきた。

 

 

Aクラスで卒業するものには大なり小なり才能があった。

勿論リーダー頼りでAクラスを維持した者もいるが、この学校では出来る者と出来損ないが明確に組み分けられている。

 

 

稀に起こる下剋上だってたまたま集まった者の素質が近かったからに過ぎない。

だが別に努力を批判している訳では無いのだ。

 

 

意図していてもしていなくとも向上の為の努力は報われる事が多い。

特にこの学校ではそれが顕著だ。

 

 

こういう者を努力の天才だという人間もいたな。

果たしてその成績は才能によるものなのか、努力が報われた結果なのか。

 

 

それはきっと彼らの今後の人生で判明する。

努力にだって限界はある。

 

 

だからこそ俺は一人の女子生徒に興味を持っていた。

入学して数日で1000万プライベートポイントを貯めたCクラスの生徒、小代瑠奈。

 

 

実力はAクラス相当のものだが、協調性が低くとある事件に巻き込まれ、一時期は精神を病んでいたそうだが、ある日突然事件前の彼女に戻ったそうだ。

医者の話では、自分の心を守るため辛い事件の記憶を忘れているという。

 

 

この事実は中学2年時の学年末試験後の事情聴取で判明しているそうだ。

学校生活に支障もないため現在は経過観察のみが担任に求められている。

 

 

そんな彼女がAクラス相当の実力を次々と発揮し、6月1日ついにAクラスの生徒となった。

1日の放課後、彼女はAクラスのリーダー候補の坂柳と葛城、中率派の矢野と石田、Bクラスの一之瀬とCクラスの龍園、彼らの側近を集めて自身の有用性と価値について説明したそうだ。

 

 

彼女はAクラスに来るまでの間、生徒会公認のアプリを開発している。

噂では他にも商売に手を出しているという噂もあるが真偽は不明だ。

 

 

しかしプライベートポイントは語っている。

公認アプリの手数料の他、毎月額は変わるが多くのポイントが彼女の懐に入っている。

 

 

そして7月、小代瑠奈は新たに二つの契約を結んだ。

 

 

一つ目はCクラスの暴力事件の映像をバラさない代わりに、Cクラス全員から毎月2万ポイントを徴取するというものだ。

一時的に大金を得るのではなく長期的に少しずつポイントを徴取するというアイデアは秀逸だ。

全員から、という事もあり毎月80万プライベートポイントを獲得する事が出来る。

 

 

龍園としては証拠提出によるクラスポイントの減少を気にしたのだろうが、これは悪魔の契約だ。

 

 

二つ目の契約は次の特別試験の内容を買うという契約だ。

契約というより取り引きというべきなのだろうが、今回は特別試験の内容をバラす事が出来ないので契約の扱いになる。

 

 

『真嶋先生、私達が初めて行う特別試験の内容を教えていただけますか?』

 

 

『こんな質問をされたのは初めてだな。特別試験の内容は試験まで伏せる事が決まっている。』

 

 

『では幾らで教えて頂けますか?』

 

 

入学式の日、この学校にはポイントで買えないものはないと説明した。

これは全クラス共通だが、そこに疑問を持つ生徒は少ない。

 

 

5月1日にSシステムの説明を行う時にクラス移動に必要な額も説明される。

ポイントで買える物には権利や点数、出席や過去の情報と斜め上の発想をしないと思いつかない様な物も挙げられる。

 

 

そして勿論特別試験に関する事も場合によってはプライベートポイントで買う事が出来る。

だが特別試験の内容を試験を経験する前に購入しようとする者は初めてだ。

 

 

ひとまず彼女の目的を確認しよう。

 

 

『回答する前に質問に答えて欲しい。小代、君は試験の内容を知って何をするつもりだ?』

 

 

『試験の内容を知ったらそれをクラスメイトに伝えます。今のクラスは二つの派閥に分かれており、協力が求められる試験ではAクラスは不利です。クラスに纏まりを持たせる為の対策を施したいと考えています。後は単純に試験の戦略をあらかじめ練っておきたいんです。皆で考えれば良い案が見つかるはずです。』

 

 

まあ、予め試験の戦略を考えるために試験内容を買う生徒はたまにいる。

だが派閥が出来る事の弊害について考えこの結論に至ったのならば彼女の頭脳は一級品という事なのだろう。

 

 

『他にも試験によっては身体的都合により参加出来ない者が出るものもあるかもしれませんよね?その場合Aクラスは不利になる。特にリーダー不在だと側近達が暴れ回る可能性もあります。これらを防止するために試験内容を知りたいんです。』

 

 

驚いた。

 

 

小代はAクラスに来たばかりだが、クラスの内情をよく理解している。

それだけでなく、現状の打開策を考え行動に移そうとしている。

 

 

試験の内容も予想し、身体的問題を抱える生徒(恐らく坂柳)な事を思いやりながらも派閥問題について考えている。

まだ試験を経験していないのによく思いついたものだ。

 

 

だが残念な事に試験内容を知っても、それを第三者に話す事は禁止されている。

だからこそ、試験内容を買う者には契約が義務付けられているのだ。

 

 

『小代の考えは分かった。試験内容については15万で売る事が出来る。ただし、この内容を第三者にバラす事は禁止されている。この取り引きを行う場合契約が義務付けられている。ここまで言えばわかるな?』

 

 

小代は俺の言葉に俯いた。

彼女は暫くすると俺を見上げた。

 

 

彼女の瞳には強い光が宿っていた。

 

 

『試験内容をクラスメイトのみに教える権利、いくらで買えますか?』

 

 

『は?』

 

前代未聞の権利を買おうとする小代に驚くと同時に得体の知れない恐怖を抱いた。

これは前例のない契約になるため即答する事は出来ない。

 

 

小代には上と確認を取ると言ってその場は別れた。

俺はこの日契約を通すため、初めて坂柳理事長と交渉をした。

 

 

結果、俺の一ヶ月分の給料の減額と引き換えにこの権利をもぎ取った。

その代わり、この権利を売買した事は俺と小代、理事長と一年Aクラスの生徒のみの秘密となった。

 

 

Aクラス全員に説明前に契約させる事を小代と約束し、破格の20万円で権利を売った。

給料の減額は正直のところかなり痛いが、それよりも彼女の発想力は上を行く。

 

 

彼女の資金力、交渉力、学力、斜めうえの発想力はAクラスにとって大きな武器となる。

 

 

彼女は一ヶ月間でAクラスに溶け込み、中立派の矢野や六角と共に行動していた。

彼女はAクラスの中立派の生徒の主催する勉強会にクラス移動前から参加していたらしく、中立派内では参謀に該当するであろう地位についている様だ。

 

 

そういえば中立派の生徒はこの一ヶ月で大きな成長をした。

元々石田や矢野は成績は優秀だが穏やかな生徒で、どちらの派閥につくか迷っているため中立派だと名乗っており、平和主義者だった。

 

 

しかし、小代が来てから何故だか突然坂柳や葛城の討論に参加したり、話し合いの場では中立の代表のように振る舞う様になっていた。

そしてこの流れはクラス全体に広がり、石田派などと揶揄される程の地位を二人は手に入れた。

 

 

クラスの話し合いに中立派の代表として参加する内に、彼ら二人が本来持っていたリーダーシップや統率力が引き出され、中立の観点から見える視野を用いて葛城や坂柳の次点の地位を築いている。

そう、彼ら二人は議長と副議長の様な存在へと知らぬ間に昇格していたのだ。

 

 

彼ら二人を成長させたのは恐らく小代だろう。

彼女開催した話し合いの場で彼女はクラスを一つに纏めて見せた。

 

 

一見葛城と坂柳が歩み寄った様な光景は緻密な計算を得て生まれている。

それもたった一人の生徒の手によって。

 

 

そしてあの話し合いで彼女は葛城を変えた。

 

 

人は苦境に立たされると選択を迫られる。

葛城は彼女の話を聞いて坂柳に歩み寄るという選択をした様に見える。

 

 

だが実際葛城は脅されたのだ。

小代瑠奈に。

 

 

クラスポイントも下がるし、坂柳は試験の邪魔をするし、葛城派もどうなるか分からないけど、派閥を優先する気かと。

 

 

小代瑠奈はそこまで考えて葛城を追いつめた。

後ろには崖しかない。

元から選択肢は一つだった。

 

 

葛城の選べる選択は試験中の同盟のみ。

 

 

彼女は恐ろしい生徒だ。

人々をコントロールし、自分の望む未来へ導いて見せた。

 

 

小代瑠奈は天才か否か。

 

 

学力は学年2位、身体能力は中の上程度、ピアノは全国大会受賞レベルとかなりの腕前だ。

ピアノに関しての才能はあるそうで、本人も自覚している事が面接で分かっている。

 

 

この高校に入ってからも近隣の街で開かれたピアノコンクールで受賞しており、実力は証明されている。

だが俺が知りたいのは頭脳面での才能だ。

 

 

幼い頃から神童と呼ばれ、幼稚園入園の段階で二次不等式を解けたなんて逸話もある程だ。

だが期待が大きい分、相当な努力を行ったとも書かれている。

 

 

幼少期の記録によると、ピアノと勉強で8時間以上を費やしていた事が分かる。

 

 

彼女の家で雇われていた使用人によると、この家では特殊な教育が行われ、そのカリキュラムをこなす事で一家の仲間として認められるそうだ。

だが小代の実力は歴代最高レベルらしく、より難易度の高い問題を制限時間を短縮して解かせる方針に切り替わったという。

 

 

解答を誤ると座敷牢におしこまれ、そこで全問正解するまで問題を解かされ続けるらしい。

この壮絶な教育の中には一般的な五科目以外にも、FBI捜査官認定試験等の予想問題のようなIQテスト、ダンスやマナーといった教養、哲学や経営学の基礎と様々な学習カリキュラムを行っていたようだ。

 

 

これを聞いて思った事は彼女は努力を体現したような人間であるという事。

しかし時折出てくる彼女の発想は才能を持つからこそ生まれたものだと評価する事も出来る。

 

 

この答えは今後学校生活を送る上できっと分かるはずだ。

 

 

この学校には才能ある生徒が大勢いる。

特にこの学年はそれが顕著だ。

 

 

どのクラスにも癖のある才能を持つ君主が立ち、クラスを統べている。

AクラスとDクラスは明確なリーダーは決まっていないがそれは些事である。

 

 

今後どうなってゆくのか、非常に楽しみだ。

今年のAクラスは歴代最高水準といっても良い程のメンバーが集まっている。

 

 

天才である坂柳有栖、保守的な考えを持つ葛城康平、覚醒した石田優介と矢野小春といったリーダー候補達。

 

 

坂柳派には身体能力に長けた神室と鬼頭、バランスの良い橋本、学力の高い山村。

葛城派には頭脳明晰な町田を筆頭に学業成績の上位者が集められている。

 

 

入学試験で補填された優れたコミュニケーション能力を持つ生徒、六角百恵。

そして資金力と頭脳、交渉術を持ち合わせたリーダーにもなれる程の実力者小代瑠奈。

 

 

他の生徒も頭の回転が高く学力の高い生徒が揃っている。

 

 

対して他のクラスも今年は粒揃いが集まっている。

例を挙げればキリがないが、特にDクラスは凄い。

 

 

学力とコミュニケーション力の高い櫛田と平田を筆頭に、身体能力がトップクラスの須藤、入試を全教科50点に揃えた綾小路、学力トップクラスの幸村に身体能力学力共に上位の堀北、極め付けは高円寺コンツェルンの跡取り息子高円寺六助。

 

 

間違っても不良の溜まり場とはいえない個性豊かなメンバーだ。

 

 

これから三年間荒れるだろうな。

彼らとの全面戦争だ。

 

 

だが勝つのはいつの時代も優秀なクラスだ。

決して手は抜いてはならんぞ、お前達。

 





矢野小春

所属    1年Aクラス

学籍番号  S01T009904

誕生日   10月27日

【学力】   A-
【知力】   B
【判断能力】 B
【身体能力】 B
【協調性】  B+

【面接官からのコメント】
人当たりもよく学力の高い優秀な生徒だ。
中学時代は生徒会副会長を務め、全校生徒を纏めており非常に優れた統率力を持っている。
また中学時代に複数の書道コンクールで優秀な成績を収めている。
優秀な試験結果を残したためAクラス配属とする。

【担任からの一言】

勉強と部活動の両立をしながら、勉強会を開き中立派の生徒の学力向上のために尽力しています。
仲間思いな生徒なので、今後の試験でクラスのために活躍してくれることを期待します。


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13.5話 ②side:坂柳

坂柳sideが終わりました。
ちょっとグダってラストが雑になってます。
特に読まなくても問題ありませんが、新情報が出ているのでチェックしておくと今後を楽しめるかもしれません。


2ー4.5ー①坂柳side

 

 

皆さん御機嫌よう。

頭脳明晰学年トップの坂柳有栖です。

 

 

一体誰に対する挨拶をしているのか分かりませんが、この気持ちを吐露しなくてはやっていられないので日記に残すことを決めました。

 

 

この学年で私を楽しませてくれる存在は各クラスのリーダー格を除けば綾小路清隆君くらいでしょう。

彼の事は幼い頃のホワイトルームを訪問した際に一方的に知っているだけですが、彼の実力はホワイトルームの最高傑作と呼ばれる程です。

 

 

私はホワイトルームのカリキュラムをこなす子ども達をガラス越しに見ていただけでしたが、そこで運命の出会いを果たしました。

綾小路君は誰よりも素早くペンを動かし迷う間もなく解答していきます。

 

 

ホワイトルームのカリキュラムは人が一生をかけて学ぶものだと聞いています。

一般的な基礎学力を身につけるのは勿論、ありとあらゆる理論を学び、身体能力の向上を図るため拷問のようなトレーニングを行うそうです。

 

 

私が確認したのは座学の一授業でしたが、彼らは何も言わず機械的に問題を解き続けます。

問題の内容は高校一年生で習う数学の問題だそうですが、難易度は大学入試レベルだと今なら理解できます。

 

 

綾小路君の機械的なまでの集中力、実行力、学力、知力は私の中の何かを脅かしていました。

 

 

ホワイトルームの目的は天才を人工的に作り出す事ですが、私は幾ら素晴らしいカリキュラムを立てても努力は才能を越えないと自負しています。

そしてその根拠は他でもない私なのです。

 

 

私には生まれ持った才能がありました。

身体的問題を抱えていてもそれをカバー出来てしまう程の頭脳です。

 

 

ですから天才の私は彼に負けるはずはないのです。

それなのに彼に底知れぬ恐怖を抱いてしまいました。

 

 

幼いながらも私を脅かす彼を倒すことを目標に今日まで生きてきました。

そして4月、高度育成高等学校に通う事になりました。

 

 

私はAクラス、綾小路君はDクラス。

私は綾小路がとの勝負を楽しむ事の出来る組み分けに満足していました。

 

 

彼以外で勝負を楽しめる人がいないか探した所、Cクラスの龍園君と高円寺君が該当しました。

 

 

神室さんに調査をお願いしたところ、高円寺君は随分と奔放な振る舞いをされているようで、相手をする事は不可能だと言う結論に至りました。

龍園君に関しては暴力でクラスをする支配者である他、Bクラスへの嫌がらせを行っている事が判明しました。

 

 

恐らくこれはどこまでの行為を行うとクラスポイントが引かれるのか試しているのでしょう。

暴君が許されるのは成果を出している間のみです。

 

 

龍園君は学力は並程度のようですが、知恵は働くようですしリーダーとして私には出来ないような策を使うタイプ。

綾小路君と戦う前の余興相手としては充分楽しめそうですね。

 

 

当分はクラス内で葛城君と派閥争いをする事になりそうですし、準備のため情報収集に努める事にします。

しかし、だからこそ私は忘れていたのです。

 

 

不気味な彼女の事を。

 

 

6月1日、私は戦慄しました。

 

 

『ではHRを始める。だがその前に新たにAクラスの仲間入りを果たした生徒を紹介する。小代、簡単で構わないので自己紹介を頼めるか?』

 

 

彼女は返事をし自己紹介を始めました。

 

 

『初めまして、Cクラスから来ました、小代瑠奈です。趣味は読書です。Aクラスの生徒として貢献できるよう努力します。宜しくお願いします。』

 

 

4月が始まって少し経った頃、階段下に落ちていた杖を拾って下さった女子生徒がそこに居ました。

 

 

というか、二ヶ月でクラス移動ってなんですか?

まだ6月ですよ?

 

 

一人で2000万ポイントを貯める事は極めて困難であり、過去の達成者も詐欺行為を行なって退学になっています。

正攻法で2000万貯めたのであれば、あの日の新たに追加されたルールが関係しているのでしょう。

 

 

放課後、他クラスの生徒も交え小代さんにどのような手口でポイントを獲得したのかお話を聞く事になりました。

 

 

『うん、じゃあ私がしたことを説明するね。まず私はモール内の宝石店で自宅から持ち込んだ価値のある宝石を売り払ったの。』

 

 

ここまでは予想通りですが、石崎君の言葉に私はハッとしました。

 

 

『でもよ、ただの高校生がこの学校に高価な宝石を持ってくる必要があるか?まるで、この学校のシステムを知ってるかたのように思えるが?

 

 

彼のいう通り、彼女の宝石売買についてはこの学校のシステムを予め知っているとしか思えないのです。

売却のみで1000万を超えるとなるとかなり高品質の高価な宝石という事になりますから、そんな貴重品を全寮制の学校に持ち込む事自体不自然です。

 

 

石崎君の発言にはその場にいる誰もが賛同していました。

彼を威勢だけの馬鹿という評価から勘の鋭い馬鹿に変えておきましょう。

 

 

結局あの場でははぐらかされてしまいましたが、今ならわかります。

これと似た事を彼女は発言で示してます。

 

 

それが彼女との出会いの場面、杖を蹴り飛ばされた後に起きた彼女との会話で体験しています。

詳しくは1章の3.5話 side:坂柳でご確認下さい。

 

 

一応簡単に説明だけしておきます。

 

 

あの日、派閥を結成した事は誰にも知られていないはずなのに、何故か他クラスの生徒である小代さんがそのことを知っていたのです。

 

 

ええ、あの日の前日鬼頭君と橋本君が派閥入りを表明して下さったのですが時間も合わないため、顔合わせは翌日の昼休みに行う事になりました。

ですから、小代さんとお会いした時は彼らを引き連れて行動してもいなければ、橋本君と鬼頭君が互いに顔合わせもしていない状態でした。

 

 

神室さんとは表立って会話をしていませんので、

考えられる可能性としては橋本君がスパイの場合くらいでしょうか。

鬼頭君は忠誠を誓って下さっていますし、神室さんは二人の事を話していませんから除外できます。

 

 

橋本君本人の性格として最終的に勝ち馬に乗れれば良いといった蝙蝠男タイプのようですから、私をよく思わない第三者に情報を流す事も考えられます。

 

 

この日、私は彼女に綾小路君と初めて出会った時の様な恐怖を覚えました。

彼女の事を神室さんや橋本君に調べさせましたが、目立った行動は避けているのか読書が趣味の優等生という情報しか出てきませんでした。

 

 

無念です、彼女の秘密を暴こうにも小代さんには隙がありません。

 

 

そして迎えた7月10日。

小代さんによって多目的室に集められた私達を待っていたのは真嶋先生でした。

 

 

そして、小代さんが到着すると契約書にサインさせられました。

この話し合いの内容が重要である事は瞬時に理解できました。

 

 

時間の差はありますが、クラス全員が契約書にサインをしました。

その後まず私達はグラフを見せられました。

 

 

どうやら昨年の一年生のクラスポイントの推移だそうです。

ポイントは激しく変動しているため一年間で7、8個の試験が行われるようですね。

 

 

他に気にする事は直近の試験、昨年の一年BクラスがAクラスに下剋上している事くらいでしょう。

他には大した情報はなさそうですね。

 

 

それから彼女が話した事は私の予想通りの内容でした。

 

 

『このグラフって昨年の1年生のクラスポイントか?』

 

 

『そうだよ、戸塚君。皆に注目して欲しいのは赤丸で囲ったここ。』

 

 

『なるほど、半信半疑だったけどこれで分かった。今の2年Aクラスは元1年Bクラスなんだな。』

 

 

石田君はやはり優秀ですね。

 

 

『俺は生徒会の役員として2年や3年の生徒と関わる事もあるが、現2年Aクラスのリーダーは生徒会副会長の南雲雅先輩だ。』

 

 

そういえば葛城君は生徒会の役員でしたね。

クラス内では葛城君に支持が傾きつつあるのは事実ですし、少し牽制しておきましょうか。

 

 

け、決して悔しいわけではありません。

 

 

『聞いた話では、南雲副会長は2年生の全クラスからプライベートポイントを徴収していらっしゃるとか。2年生の支配をされている南雲副会長は堀北会長同様、この学校では頭一つ抜けた優秀さをがあるそうですね。』

 

 

『うん、私も彼については調べてるよ。でも今は南雲先輩の事は置いておこう。私はこの下克上が身近に迫っている事に危機感を抱いて欲しいんだ。』

 

 

小代さんのせいで株を上げる作戦が台無しです。

葛城より詳しい情報を持っているという事を示す事で優秀さをアピールする作戦でしたのに、小代さんは何故邪魔をするんですか。

 

 

というかなんで南雲先輩について調べているんですか?

 

 

『今の私達一年生のクラスポイントを思い出してみて欲しいんだ。』

 

 

彼女の発言により、一年生のクラスポイントを確認する事になりました。

ここで注目する点はAクラスの次にクラスポイントの多いBクラスのポイント数ですね。

 

 

『思い出してって言われても、他のクラスと差はあるよ?Dクラスなんて1000ポイント近い差が出来ているし。』

 

 

自派閥の女子生徒の言葉に私は呆れました。

彼女にはもう期待しませんが、派閥と私の名誉の為に釘を刺しておきましょう。

 

 

Dクラスと比べたとして何が言いたいのでしょうか。

ただ見下したいだけなら不愉快ですから消えて下さい。

 

 

『皆さんそれは違います。』

 

 

『ど、どういうことですか?』

 

 

『小代さんがおっしゃっているのは、AクラスとBクラスのクラスポイントの差を確認しろ、という事ですよ。私達Aクラスは他クラスに追われている身であり、ポイントが最も近いBクラスが私達を脅かす存在だという事です。グラフを見る限り8月に全クラスのクラスポイントが増加していますし、何かあるんでしょうね。』

 

 

『坂柳の言う通りだ。このまま定期考査や普段の生活態度を継続するだけでは足りない。昨年の下剋上のタイミング的に何かクラスポイントを賭けたイベントが起きている可能性が高い。そのイベントをクリアし続けなければ、他クラスに負けてしまうだろうな。』

 

 

そう簡単に流れは渡さない、という事しょうね。

葛城君も少しは楽しめそうですね。

 

 

『だが、ポイントを賭けたイベントとなると団体戦か?』

 

 

『はい、恐らく団体戦だと思われます。』

 

 

『なら間違いなくウチのクラスはBクラス以下に降格するだろうな。下手したらDクラスよりも劣っているかもな。』

 

 

石田君が優秀な事は分かっていましたが、こんなキャラでしたか?

 

 

『はぁ?なんでだよ?石田』

 

 

戸塚君、それくらい考えたら分かるでしょう。

 

 

『弥彦、落ち着くんだ。すまないな、石田。』

 

 

葛城君も苦労しているようですね。

 

 

『いや、大丈夫だ。…少し考えれば分かる事だ。ウチのクラスは2つの派閥に別れている。どちら側に着くか決めかねている中立側の人間もいる。この状態で団体戦を行う場合、坂柳と葛城は方針が違うから協力は困難だ。足の引っ張り合いが起き、裏切り者も出てくるかもしれない。』

 

 

なるほど、彼のいう事は可能性としてあり得ます。

現に無人島試験の前に橋本君達には妨害をお願いする予定でしたし。

 

 

『中にはクラスを見限って他クラスに情報を流したり、他クラスと組んで敵対派閥を失墜させるなんて事もあるだろうな。そして、内紛が起きれば、他のクラスに付け入る隙を与える事になる。』

 

 

他クラスへの懸念も忘れぬ完璧な回答ですね。

本当に彼は人が変わってしまったようですが、嬉しい成長ですね。

 

 

『石田君の意見は可能性として有り得る。だからその話もしておきたかったんだけど、石田君に全部言われちゃった。』

 

 

小代さんは石田君を持ち上げ褒め称える事で場の空気を変えました。

石田君の印象を上げて駒にするつもりなのか、はたまた…いえ、なんでもありません。

 

 

その後は小代さんが特別試験の内容が書かれたプリントを配布し、試験におけるクラスの状態や他クラスの懸念について、今までの話し合いの内容を交えておさらいしました。

そしてクラス一丸となるよう彼女は葛城派を人質に取り遠回しに脅しました。

 

 

そこからは普段の葛城君からは考えつかないであろう提案を行い、私との交渉の中でも今までとは違う攻撃的な策を出しできました。

人は短期間にこんなに変わる事があるのでしょうか…。

 

 

最終的に試験に関する契約書を擦り合わせ、無人島で失墜させる作戦はおじゃんとなりました。

 

 

 

この話し合いで小代さんは恐ろしい事を行いました。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

①危機感を煽る為の資料と疑問の提示

②現状の他クラスとの差とクラスの欠点の提示

③次の試験内容を開示

④葛城を追い込み覚醒させる

⑤坂柳を断れない状況にし葛城の提案を飲ませる

⑥話し合いを裏から操作しクラスを支配した

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

結論、彼女は議題を提示し話を合わせる事に徹しましたが最終的にクラスからは重要な人物だという評価を得ています。

当然のように今後の話し合いの参加を求められている点からこれは確実です。

 

 

派閥間の争いによって引き起こされる裏切りや妨害行為を予防し、派閥間の敵対意識を一時的とはいえ抑える事に成功した。

派閥関係なくクラスを纏めたのは私と葛城君の契約によるものだと思われがちですが、全ては彼女の目論見通りなのでしょうね。

 

 

彼女はリーダー争いに参戦する事なく静観しているようですが、ついに動き出したのです。

彼女の実力は未知数ですが、恐らくAクラスを裏から支配する事が目標だと思われます。

 

 

この事実に気づいているのは覚醒した葛城君と私、真嶋先生くらいでしょう。

石田君や矢野さんの成長にも一役買っていそうですし、葛城君を覚醒させた事といい、彼女はクラスをどうしたいのやら…。

 

 

私は彼女に探りを入れるべく一緒に下校する事にしました。

探りを入れて分かった事は、彼女がリーダーもしくはそれに近いポジションに着いていた事があるという事ですね。

 

 

後、多目的室を出た頃、背後に気配を感じたので耳をすませると私と小代さん、神室さん以外にもう一人分の足音が聞こえました。

状況的に他クラスのものだと推測できます。

 

 

 

どうやら小代さん達は気づいていなかったようですね。

寮まで戻ると足音は消えましたが、一応クラスのチャットで注意喚起をした方が良さそうです。

 

 

そして2人を自室に招き入れ飲み物を渡して小代さんとの会話を再開させます。

彼女は執拗に無人島試験の参加について尋ねてきます。

 

 

まるで私に参加してほしいかのように。

 

 

そして彼女に一枚の紙を手渡され、本当に私に参加して欲しいのだと理解した。

彼女が私の不参加を予測していたのか、情報をポイントで買ったのかは分からないが、半不参加の権利を買う事を思い付き、本人の意思も聞かずに契約書を作成し提案してくるのはおかしい。

 

 

異常だ。

 

 

『分かりました。最後に一つ聞かせて下さい。貴方はどうして私を無人島試験に参加させようとしているのですか?』

 

 

『勝つためだよ。無人島試験で負けたとしてもAクラスが逆転される事はほぼ無いけど、坂柳さんの頭脳は後の試験に絶対に役に立つ。』

 

 

『え、後の試『あっ!もうこんな時間!』…え』

 

 

後の試験がなんなのか、尋ねる間もなく小代さんは嵐の様に去って行きました。

小代さんには知られてはいけない秘密があるに違いない。

 

 

彼女の情報源はなんなのか、彼女の真の目的はなんなのか。

気になる事は多いですが私は諦めません。

天才であるこの坂柳有栖が綾小路君も小代さんも葬ってしまいましょう。

どんなに努力しようと、足掻こうと才能には才能でしか対峙出来ません。

 

 

このクラスのリーダーになるのは私です。

いつかきっと化けの皮を剥がして差し上げます。

 

 

私は恐れてなどいない、この震えは武者震なのですから…。

 

 

私は気にしていないアピールをするべくテレビの電源を入れました。

 

 

『続いてのニュースです。今年3月に行方不明となった当時15歳の高野累さんが遺体となって発見されました。発見現場は東京都高度育成高等学校前の公園の茂みにブルーシートで覆われていたそうで、腐敗臭に気づいた近隣住民が第一発見者となったそうです。警察は事件性があるとして捜査を進めているそうです。』





?????

所属    1年Aクラス

学籍番号  S01T00□7x4

誕生日   3月2日

【学力】   A
【知力】   B
【判断能力】 B+
【身体能力】 C
【協調性】  B+

【面接官からのコメント】

学力が非常に高く全体的にバランスの良い生徒だ。
また中学はイギリスのパブリックスクールへ二年間留学しており、美術の成績はトップクラスだった。
他にもドイツ語やフランス語を学習し、日常会話程度なら問題なく話せるクァドリンガルでもある。
上記を踏まえAクラス配属とする。


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14話 作戦会議①

ついに無人島試験の作戦会議が始まります。
クラス内での小代ちゃんの立ち位置、両派閥の話し合い、モブの強化。
書いていて楽しいですが結構集中力を使いますね。




 

 

議題が何であれ、進むべき方向と反対に議論は進み、本当に有益な意見を述べる者ではなく、うわべを取り繕った意見を述べる者が会議を支配する。

by ニッコロ・マキャベリ~

 

 

 

放課後カラオケルームに向かうと、中には坂柳と葛城、石田と小春の他に橋本と町田が既に集まっていた。

 

 

「やあ、小代。待ってたぜ。」

 

 

私の姿を見るなり爽やかな笑顔で手を振る橋本に軽く会釈を返しながら部屋に入り、空いている席に腰掛ける。

 

 

「お待ちしていました、小代さん。」

 

 

「お待たせしちゃったみたいだね。皆今日は宜しくね。」

 

 

今から無人島試験の具体的な作戦会議が始まる。

私達Aクラスが勝つための作戦だ。

橋本が冷戦のような雰囲気を和らげるように口を開いた。

 

 

「それじゃ早速始めようか。まずは全員分の飲み物を用意してこようと思うんだが、誰か手伝ってくれないか?となりのスーパーで買うつもりだ。」

 

 

「なら俺が行こう。申し出に感謝するよ橋本。」

 

 

そう言って立ち上がったのは葛城派の町田だった。

 

 

「お、ありがとう町田。じゃあちょっと出てきます。先に始めてもらって大丈夫だからな。」

 

 

こうして町田は橋本と共にスーパーと向かい、部屋の中は私を含めた4人だけになった。

この面子だと必然的に私が話を切り出すことになる。

 

 

「さて、それじゃ早速だけど始めようか。まず無人島試験を行う上で大切な事は何だと思う?」

 

 

「それは勿論情報です。」

 

 

真っ先に答えたのは坂柳だった。

その言葉を受けて私は深く首肯する。

 

 

「うん。今回の試験ではそれが特に重要になるだろうね。けど他にも必要な事があると思うな。何かわかる?葛城君」

 

 

私の問いかけに対し、葛城は少し考える素振りを見せた後、自信無さげに口を開く。

 

 

「…………食料の確保だろうか?」

 

 

「惜しい!でも半分正解って感じかな。無人島生活には当然食べ物も必要だし、何より水が必要なんだよね。」

 

 

葛城の回答を聞いて坂柳は納得したように呟く。

 

 

「確かにそれも重要なポイントですね。水の有無で生死に関わる事態に陥る可能性もありますから」

 

 

「ああ、そうだな。ポイントで買う他にも、蒸留装置を作って置いた方が良さそうだ。」

 

 

「うん、確かにね。後は水源の近くをベースキャンプにするのもいいかもね。」

 

 

生命線となるのはやはり食料だ。

試験は真夏に行われるし、水分不足で熱中症に陥る可能性もあるので楽観視する事は出来ないだろう。

 

 

そんな風に意見を交わしていると、橋本と町田が飲み物の入ったボトルを持って戻ってきた。

 

 

「ただいまー。ごめんね、遅くなって。」

 

 

「おかえりなさい橋本くん。それでどうでしょうか、上手くいきましたか?」

 

 

坂柳の問いに対して橋本は肩を縮こませながら苦笑した。

 

 

「残念ながら、町田の勧誘は出来ませんでした。流石葛城派の参謀様だな。」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、葛城が僅かに反応を示した。

 

 

「ほう。町田は俺を信じてくれた事、感謝するぞ。」

 

 

「ああ、俺は坂柳よりはお前の方がAクラスのリーダーに相応しいと思っているからな。」

 

 

町田の発言に葛城は再度礼を言った。

 

 

そして坂柳は立ち上がり、自分のグラスを手に取りオレンジジュースを注ぎ始め、私はアイスティーをグラスに注いだ。

石田と橋本はアイスコーヒーを選び、小春はアイスココアを注いだ。

 

 

「さて皆さん。そろそろ話し合いを始めましょうか。」

 

 

「そうだね。それじゃ早速本題に入ろうか。今回Aクラスの私達が勝ち抜くためにはリーダー指名が大きな鍵になると思うな。他クラスをどこまで出し抜けるか、これに尽きると思うな。」

 

 

「だが小代。リーダーを指名したところで、こちらがバレてしまっては元も子もない。どのようにウチのリーダーを隠すか策はあるか?」

 

 

葛城の疑問は尤もだ。

中立派の石田がその疑問に頷き口を開いた。

 

 

「確かにそうだな。CクラスやDクラスならばまだしも、Bクラスが相手となると話は別だからな。」

 

 

「うん、もちろん対策は考えてあるよ。スポットの更新を大人数で行えばいいの。誰がリーダーか分からなくする為に、カードキーをリーダ以外の人に持たせるのもいいね。」

 

 

私の提案に対し葛城が考え込むような仕草を見せる。

 

 

「ふむ。確かに有効な手段ではあるが、その場合、他の場所でも更新を行う必要があるな。それに、もし敵に見つかればそれだけリスクが増す事になるだろう。」

 

 

「その通りだよ。だからあくまで最終手段として考えた方がいいと思うな。」

 

 

「成程な。では次に、どうやって敵を欺き続けるかだが──」

 

 

それから私達は様々な意見を出し合い、作戦を練り上げていった。

 

 

「よしっ、これで大まかな方針は決まったね。。後は細かな修正していこう。戦略についてはまた明日にしよう。」

 

 

黙り続けていた坂柳が私に向き直り、真っ直ぐ視線を向ける。

 

 

「小代さん、貴方には期待しています。どうかAクラスの為に力を尽くして下さい。」

 

 

「任せておいて。必ず皆でAクラスを勝たせよう!」

 

 

坂柳の言葉を受けた私は力強く宣言した。

 

 

「瑠奈の言う通り、最後に笑うのは私達よ。」

 

 

小春もノリノリと言った様子で高らかに決め台詞を吐いた。

 

 

「ひとついいか?先程小代に見せて貰ったマップを見て思ったのだが、この洞窟のあたりをベースキャンプにするのはどうだ?」

 

 

石田の言葉を聞いて全員がマップを確認する。

洞窟の前には川が流れており水の確保も出来る。

 

 

近くには人口の畑らしきものもあり、生活はしやすそうだ。

 

 

「確かにここは良さそうですね。無人島試験が始まったらひとまずここの近くのスポットを占有しては如何ですか?葛城君。」

 

 

「ああ、坂柳の意見に賛成だ。」

 

 

「それじゃここに決定だね。リーダーのリタイア作戦を使うなら、身体能力の高い男子生徒をリーダーにして先にここを占有させても良さそう。第二候補、第三候補も探しておいた方が良さそうだね。」

 

 

私の言葉に全員が頷き、話し合いは明日に持ち越しとなった。

話し合いを終えて部屋を出ると、背後から橋本に声を掛けられた。

 

 

「あー、小代。ちょっといいか?」

 

 

「どうしたの?橋本君。」

 

 

普段のおちゃらけた雰囲気とは打って変わって、真面目な表情をしていた。

 

 

「いや、葛城のことなんだけどさ。あいつって本当にAクラスのリーダーに相応しいと思うか?」

 

 

「えっと……それはどういう意味かな?」

 

 

「そのままの意味だよ。確かに学力だけ見れば葛城はトップクラスだと思う。それに最近は柔軟な思考をするようになった。だがそれでも姫さんの下位互換に過ぎないと思うんだ。」

 

 

「確かに葛城君は優秀なリーダーだと思うけど、坂柳さんの方が頭脳面では優れているかもしれないね。でも彼の保守的な思考は必ずAクラスにとって必要なものだと思うよ。それがどうかしたの?」

 

 

私が首を傾げると、橋本は真剣な表情で語り始める。

 

 

「今回の無人島試験、契約のせいで俺達は葛城派を潰せなくなった。そして今後も小代はクラスのために邪魔をする気だろ?本当にリーダーを交互に行う事で派閥の評価をする事が出来るのか?俺に言わせれば、正直小代の作った流れはぬるい。」

 

 

なるほど、どうやら彼は現状に対して不満を抱いているようだ。

坂柳の手前渋々契約を受け入れているといったところか。

 

 

「つまり橋本君は、私のやり方に不満があるという事なのかな?」

 

 

「ああ、そうだ。派閥同士のいざこざは隙を作る。だから契約書を使って同盟を結ばせ、試験の勝利を優先する。確かにそれで今回は丸く収まった。だがこの提案はその場凌ぎでしかないぜ?」

 

 

橋本は葛城や葛城派とは違い、好戦的な坂柳派の人間だ。

彼は元々器用な人間で、Aクラス卒業という目的のためならば何だってする男。

 

 

彼曰く、葛城は他クラスとの争いにおいて攻撃力が弱いらしい。

まあそれは事実だが、一之瀬の上位互換として考えればリーダーとしての素質は十分だろう。

 

 

確かに龍園のような搦手を得意とするリーダーとの相性は悪い。

だがいまの葛城は以前とは違い、正攻法以外の戦略も考えられるようになっている。

 

 

今後覚醒するDクラスを相手するには守備の強い葛城は必ず役に立つ。

とりあえず龍園に渡したくないと言う事で、現状維持という選択を選んだ訳だ。

 

 

「へぇ、意外だなぁ。まさか橋本君がそこまで考えていたなんて思わなかったよ。」

 

 

「ああ、そうだな。俺は葛城より知恵は回るからな。」

 

 

「うんうん。確かに葛城君の苦手分野が君の得意分野だもんね。でもごめん、私はAクラスを勝たせたいから。今回は、クラスに協力して欲しいな。契約書もある事だし、さ?」

 

 

橋本の言う事は理解できる。

どこかで不安を持つクラスメイトのメンタルケアをした方が良さそうだ。

 

 

無人島試験では坂柳が参加するとはいえ、葛城を中心に動く事になる。

無人島試験では葛城が成果を出し、船上試験では坂柳が成果を出す。

 

 

これが理想であり、両派閥の生徒を含めたクラス全員のメンタル回復につながるはずだ。

 

 

 

「ははは、まあそりゃ無理な話か。」

 

 

「うん、ごめんね。じゃあ、また明日ね。」

 

 

「おう!よろしく頼むわ。」

 

 

ひとまず橋本が引いてくれたおかげでこの場は凌げた。

そして私は橋本と別れ、自分の部屋に戻った。

 

 

翌日、朝早くから起きて支度を整えていると、部屋のドアがノックされた。

扉を開けると、そこには葛城派の町田浩司が立っていた。

 

「おはよう町田くん。どうしたの?」

 

 

「おはよう小代。朝早くに申し訳ないが少し話がしたいんだ。今時間はあるか?」

 

 

「うん。大丈夫だよ。」

 

 

町田を部屋に招き入れると、彼は椅子に座り口を開いた。

 

 

「昨日の話し合いではあまり小代の意見を聞けなかった。だからこうして話に来たんだ。君はリーダーについてどう思う?」

 

 

彼は葛城派の参謀として成績優秀者の多い葛城派で一定の地位を得ていた。

ここで彼の言うリーダーについてとは、遠回しにどちらの派閥を支持しているかと言う事を表していると推測出来る。

 

 

「うーん。別に私としてはどっちがリーダーでも構わないんだよね。ただ、葛城君がリーダーだとクラスの皆が安心すると思うな。彼は坂柳さんと比べると仲間思いだからね。でも坂柳さんの発想もクラスの大きな戦力になる。悩ましいね。」

 

 

私はあくまで中立であるとアピールし明言を避けた。

 

 

「確かにそうだな。だが最近の俺は、リーダーには葛城や坂柳よりもお前が相応しいと思っているんだ。」

 

 

突然の町田の発言に戸惑う。

私はAクラスで勝ちたいだけで、リーダーになりたいなどと一言も言っていないのだ。

 

 

「どうして私なんかを推薦してくれるの?」

 

 

これは純粋な疑問だ。

私はAクラスにやって来て約一月しか経っていない。

 

 

まだ功績も出していない人間なのに、何故私を高く評価してくれるのか疑問に思う。

 

 

「それはお前が坂柳や葛城よりもクラスの事を考えて行動してくれているからだ。」

 

 

「そんなことないよ。私だって2人と同じ考えを持ってるし、Aクラスを勝たせたいと心の底から思ってる。でもそれ以上に私利私欲を満たしたいだけなの。」

 

 

「ああ、そうかもしれないな。だがそれだけじゃない。小代は短期間での行動で多くの生徒の信頼を勝ち取っている。それを今更変えることは出来ないだろう?」

 

 

「確かにそれは否定出来ないかも。」

 

 

確かに特別試験の内容を発表したあの日、クラス全員が契約書にサインしてくれたのは私を多少なりとも信用していないとあり得ない事だった。

知らず知らずの内にクラスの皆から認められていたのかもしれないな。

 

 

「だからこそ、小代にはもっと大きな器を見せて貰いたいんだ。その力を見せてくれれば、きっと皆は小代を認めるだろう。」

 

 

私は少し考える素振りを見せる。

まあ、答えはもとより決まっている。

 

 

「うーん、悪いけど今のところリーダーには興味がないんだ。ごめんね。」

 

 

「そうか」

 

 

町田は仕方ないと残念そうに笑って去っていった。

私も朝食を摂って学校へと向かった。

 

 

クラスチャットを開くと、坂柳と帰った時の不審者の情報が共有されていた。

今後女子生徒は一人での登下校を避けるよう注意喚起がされている。

 

 

私は中立派のグループチャットを開き、百恵と小春と通学する事にした。

寮の外へ向かうと百恵達は先に着いていたようだ。

 

 

「おはよう小春、百恵。」

 

 

「おはよう!瑠奈。」

 

 

「おはよう瑠奈ちゃん!!」

 

 

3人で歩いて学校へと向かう。

不審者は他クラスの生徒だろうが、何をしてくるか分からない。

 

 

「最近色々物騒な事件も多いし気をつけないとね。ほら、この前学校前の公園で遺体が見つかったってニュースもやってたし。」

 

 

「そんなニュースがあったなんて…家に帰ったら確認しないと。」

 

 

「え、瑠奈知らないの?」

 

 

「うん、基本テレビは見ないから。この前映画の特番を見たくらいで、後はここの学校に来てからテレビは見てないかな。」

 

 

「そうなの?今やってる水9のドラマとかめっちゃ面白いよ?」

 

 

二人からおすすめのテレビ番組を教えて貰い、幾つか気になる番組がある。

帰ったら番組表を確認しよう。

 

 

それにしても登下校だけでも一苦労だな。

他クラスに注意する下校なんて、不良校を除いたらうちの学校ぐらいだろう。




葛城康平(成長版)


所属    1年Aクラス

学籍番号  S01T004706

誕生日   8月29日

【学力】   A →A
【知力】   A →A
【判断能力】 B →B+
【身体能力】 C →B
【協調性】  B– →B


【面接官からのコメント】

小、中学校と常にトップの成績を維持し、長年生徒会の一員として生徒をまとめ上げてきた実績を高く評価すると共に、将来的には当校の生徒会役員になることを期待したい。
よってAクラスへの配属を決める。


【担任からの一言】

Aクラスのリーダー候補として坂柳と対立していますが、彼を一言で表すならば盾でしょう。
Aクラスを大きな盾でクラス争いから守ってくれる事を期待します。

[追記]最近は精神的にも成長し、派閥のためではなくクラスのための行動をしており今後への期待が高まっています。


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15話 作戦会議②

お話が進むにつれて不安さが増していく…。
小代ちゃんより坂柳やモブの発言がどんどん増えていく。
今回の話でついに主人公が高野累殺害事件を知る事になります。
加速する謎、有能すぎる坂柳、強すぎるモブ、倒れる主人公。
盛りだくさんですが楽しんでいただけたら嬉しいです。


 

 

放課後、昨日と同じようにカラオケルームへ向かい話し合いを行なう。

メンバーは昨日と違い、坂柳派からは橋本の代わりに山村美紀が参加していた。

 

 

他は昨日の通りだ。話し合いが始まると、葛城が坂柳に質問を投げかける。

 

 

「坂柳、お前は今回の試験に勝つための戦略はあるのか?」

 

 

「勿論ありますよ。ですがその前に、今日の議題を教えて下さい。」

 

 

「議題だと?」

 

 

「ええ、私達Aクラスは今回堅実に試験に挑む事を昨日決めたでしょう?」

 

 

「そうだな、昨日は生存戦略と試験中の生活に関する話し合いだった。ならば今日は他クラスとの協力について話すのはどうだ?」

 

 

「分かりました。ではまず、どのクラスと手を組むかを決めましょうか。」

 

 

それから私達は話し合いを続け、Dクラスとの協力関係を築く事に決まった。

今回の試験では着実にクラスポイントを稼ぐ事が優先される。

 

 

そして目下の敵であるBクラスとの差を開けることができれば尚良いため、クラスポイントを欲している最下位のDクラスとの同盟は互いにとってメリットがある。

坂柳と葛城の話し合いによって同盟は成立。

 

 

Dクラスとはベースキャンプを決めた後、交渉を行う予定だ。

その後、石田の提案によりリーダー同士の交代作戦についての話し合いが行われた。

 

 

リーダーのリタイアは試験続行不能と判断されない限りできないため、この件は持ち帰って各々が考える事になった。

 

 

「後はリーダー当てに役立つ可能性は低いけど、リタイア者の確認かな。見張を交代制にして、茂みに隠れてリタイア者を確認すればリーダーが当てやすくなるはず。」

 

 

私の案には全員が賛同し、具体的な時間や見張りの人数を決める事になった。

 

 

「見張りとなると、天候も考慮する必要が出てくるな。雨の日に外に出るとなるとレインコート等の雨具やタオルが必要になる。」 

 

 

「そこは人選を決めてからで良いかと。基本見張りは身体能力の高い男子生徒にお願いしたいですね。」

 

 

「坂柳の意見に賛成だが、スポット占有と見張りに人員を割くとベースキャンプが女性だらけになる。何か起きた場合を想定し、男子生徒を数人残しておきたい。」

 

 

石田は他クラスの襲撃を危惧しているのだろう。

特に龍園ならやりかねい。

彼の発言はこの場にいる全員が賛同し、見張りとスポット占有、ベースキャンプに残るメンバーの案を一晩考える事になった。

 

 

「まだ少し時間があるな。このカタログの中で優先的に買うべきものでも確認しておくのはどうだ?」

 

 

用心深い町田の言葉によってカタログを全員で確認する事となった。

 

 

「ひとまず簡易トイレは二つ買うべきだな。他には調理器具と最低限の調味料と食器類か。」

 

 

「食料についてはどうする?」

 

 

「自炊するしかないが、食材を調達するの他ないだろう。」

 

 

「提案だけど、無人島に自生している果物とか野菜を探すのはどうかな?サバイバルの知識はないけど、それくらいなら出来ると思うの。」

 

 

「いや、人工島みたいだしマップの畑記号の位置を覚えて、そこで調達すればいいと思います。後は、釣り竿とか安いのを買って調達班も作れば良いと思う…。」

 

 

今まで話し合いの記録を黙って行なっていた山村が案を出し、それに賛同が集まったところでお開きとなった。

山村は寡黙な生徒だが坂柳が信頼してこの場に参加させる程優秀な生徒だった。

 

 

よく周りを見ており速記も出来るようで、文句のつけどころが無い。

 

 

私は自室に戻りベッドへ横たわった。

 

 

そして今日の出来事を振り返った。

私達のクラスの結束は固い。

 

 

それは自信を持って言える。

 

 

坂柳と葛城の派閥争いは相変わらず続いているが、二人が協力している今脅威は無い。

最高の盾と矛を手にしたと言える状況だ。

 

 

だがAクラスはリーダー次第で大きく変動するし、BクラスはCクラスよりも総合的に優れているものの、リーダーの一之瀬帆波は凡庸な人間だ。

 

 

その点、Aクラスのリーダー候補は天才と言ってもいいだろう。

圧倒的なカリスマ性と頭脳を持ち合わせた少女、坂柳有栖。

一之瀬同様仲間思いであり、学力も身体能力もトップクラスの葛城康平。

互いに弱点を補う事の出来る二人が揃っている。

 

 

ここからが正念場だ。

 

 

「絶対に負けられない。」

 

 

わたしは拳を強く握り締め、決意を新たにした。

 

 

見張りとスポット占有、ベースキャンプに残るメンバーと生活する上での役割分担。

これらを考える事が今日の課題だ。

 

 

昨日は話し合いだけで疲れてしまい、何も考えずに寝てしまった。

なので今日はしっかりと考えてから眠りについたのだが……。

 

 

翌朝、目が覚めると同時に激しい頭痛に襲われた。

昨日は興奮していたせいか気付かなかったが、身体は限界を迎えていたらしい。

 

 

今日一日は安静にするべきかもしれない。

そんなことを考えながら支度をして学校へと向かった。

 

 

教室に入ると既に小春の姿があった。

彼女は私が登校してくるのを見るとすぐに駆け寄ってきた。

 

 

そして体調の確認を行い、保健室で休むことを勧めてきた。

しかし私は首を横に振って断った。

 

 

これ以上、クラスに迷惑をかけるわけにはいかないからだ。

今は無理をしてはいけないのは分かってるが、ここで休んでしまうと試験に対するモチベーションが大きく下がってしまいかねない。

 

 

だから、少しでも負担を減らすために普段通り過ごすことにした。

授業中、先生の話を聞き流しながら今後のことについて考えた。

 

 

見張りのローテーションやベースキャンプに残るメンバーについて決める必要があるが、話し合いに参加することが出来ないためどうしたものかと悩む。

考えを巡らせる程頭痛は酷くなり、次第に教師の声が聞こえにくくなってゆく。

 

 

突然体から力が抜け机に突っ伏した。

 

 

「瑠奈ちゃん大丈夫?!」

 

 

私な誰かに名を呼ぶばれたのを最後に意識を手放した。

 

 

次に目を開けた時、そこには見慣れない天井が広がっていた。

薬品の匂いが漂う部屋、ここはおそらく保健室だ。

 

 

どうしてここに居るのか、記憶を辿り昨日のことを思い出す。

そうだ、確か倒れてそのまま気を失ってしまったんだ。

 

 

心配かけちゃったなと思いつつ、ゆっくりと上半身を起こす。

すると、扉の向こう側から足音が近付いてくるのを感じた。

 

 

「失礼します。あら、もう起きてたんですね。気分はいかがですか?」

 

 

扉を開けたのはクラスメイトの坂柳だった。

 

 

「あはは、おかげさまでだいぶ楽になりました。」

 

 

申し訳なさそうに彼女に笑いかけ立ち上がろうとするが、やんわりと布団に戻された。

 

 

「そのままで大丈夫ですよ。」

 

 

「あの、誰が私の事を運んでくれたのかな?」

 

 

「同じクラスの橋本君です。席が前後ですし、彼は運動部ですから適任でしたね。率先して保健室へ連れて行くと仰っていました。ふふふ。」

 

 

橋本正義か。

彼は軽薄な男であり苦手意識を持っていたが、今回の件で少し印象が変わった。

 

 

「あ、今何時なのかな?」

 

 

「今は昼休みです。13時14分ですね。」

 

 

「もうそんな時間か。」

 

 

確か五限の授業は美術だったはずだ。

恐らく前回同様模写の続きだろう。

 

 

「そろそろ授業の支度があるので失礼しますね。今日一日はお休みになった方が宜しいですよ。」

 

 

坂柳はそう言って去って行った。

私はもう一眠りするために布団を被りなおした。

 

次に目を覚ましたら放課後になっており、Aクラスの教室へ戻って荷物を持ち寮へ戻る事にした。

教室を出てしばらく歩いていると背後から声を掛けられた。振り向くとそこには一之瀬帆波がいた。

 

 

彼女も私と同じく鞄を持っており、これから帰るところのようだ。

 

 

「あ、瑠奈ちゃん!」

 

 

私は挨拶を済ませて別れようとしたが、彼女が私を呼び止めた。

 

 

「昨日はごめんね!」

 

 

そして一言。

私に謝ったのだ。

 

 

「えっと、どういう事かな?帆波ちゃん。」

 

 

何故謝られるのか理解出来なかった私は、疑問を口にする。

その答えはすぐに返って来た。

 

 

昨日の合同体育時に私を止めなかった事を悔やんでいたらしい。

どうやら私の体調が悪いことに気が付いていたみたいだ。

 

 

でも、それは仕方がない事だと思う。

仮に私が逆の立場であったとしても止めはしなかっただろう。

 

 

それに、もしも私が一之瀬と同じ立場なら間違いなく一之瀬と同じように行動していたはずだ。

彼女は人一倍責任感が強く優しい性格の持ち主だ。

 

 

だからこそリーダーとして皆を引っ張っているのだろう。

 

 

「大丈夫気にしないで。私は平気だからさ。良かったら一緒に帰らない?私も今から帰る所なの。」

 

 

「うん!一緒に帰ろう!!」

 

 

一之瀬帆波という人間はとても眩しく見えた。

それから私は彼女と他愛のない会話をしながら帰路についた。

 

 

今日一日休んだことで多少なりとも体力は回復した。

今日からの試験は問題なく乗り越えることが出来ると思う。

 

 

クラスチャットを確認すると、昨日の話し合いの進捗が書かれていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

以下、昨日の会議で決まった事です。

今週の金曜クラス全員で多目的室にて全体会議を行います。

試験中の代表会議は金曜の放課後まで無しです。

 

①見張り

 

清水直樹   08時00分〜14時00分

鳥羽茂  14時00分〜19時43分

 

点呼

 

島崎いっけい 20時20分〜02時00分

杉尾大    02時00分〜08時00分

 

注意点→点呼中のリタイアは不明

 

②スポット占有

 

・葛城康平

・戸塚弥彦

・司城大河

・吉田健太

 

・神室真澄

・橋本正義

・塚地しほり

・中島理子

 

・矢野小春

・小代瑠奈

・六角百恵

 

③ベースキャンプ待機

 

・町田浩二

・西川亮子

・西春香

・的場信二

・森重卓郎

・吉田健太

・福山しのぶ

 

・坂柳有栖

・山村美紀

・里中聡

・沢田恭美

 

・石田優介

・竹本茂

・元土肥千佳子

・谷原真緒

・田宮江美

 

④隠密班

 

・Bクラス担当→竹本茂

・Cクラス担当→鬼頭隼

・Dクラス担当→的場信二(交渉不成立時)

 

⑤その他

 

2チームに分かれ食糧調達。

釣り班と採集班。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

私はリアクションを付け学校へ向かった。

教室に入るとAクラスの生徒の大半は揃っており、テスト前の勉強を行なっていた。

 

 

自席に着くと前の席で勉強をする橋本に声をかけた。

 

 

「おはよう、橋本君。」

 

 

彼は後ろを振り返り口を開く。

 

 

「おはよう小代。体調は大丈夫か?」

 

 

「うん、昨日一日休んだから大丈夫。昨日は運んでくれてありがとう。」

 

 

「いや、気にすんな。突然倒れてびっくりしたぜ。まあ、今日のテスト頑張ろうぜ。」

 

 

「うん。」

 

 

彼は話を終えると前を向き勉強に戻った。

私も彼を見習い過去問の見直しを行なった。

 

しばらくしてチャイムが鳴り、担任の真嶋先生が入室してきた。

彼は教壇に立つと、いつも通り出席確認を始めた。

 

 

「欠席者は居ないな。よし、ではホームルームを始める。まず初めに今日の期末試験についてだが─」

 

 

話をBGMに過去問の見直しをこっそり進めた。

そして2日間の試験を終えた金曜日の放課後。

 

 

私達Aクラスは多目的室に集まりクラス会議を始めた。

 

 

「では今から前回の代表会議で決まった事を全体で確認していきます。」

 

 

私の言葉で全員がクラスチャットを開き、内容を確認しながら坂柳の発言に耳を傾けた。

 

 

「先ずは大まかな流れについて説明します。1日目は私達全員黒板に貼っているマップの赤丸で囲んでいる洞窟に移動します。」

 

 

「洞窟ならテントは買う必要なさそうだね。」

 

 

小春の言葉に全員が頷く。

 

 

「そうですね。その後、スポット占有班は全員でスポットの捜索をお願いします。ベースキャンプ待機班は石田君と町田君、山村さんを中心に生活環境を整えて貰います。その他の生徒は二手に分かれて食糧調達をお願いします。隠密班の方と本部見張り役の方はベースキャンプに向かわず役割を果たして下さい。お昼の12時半にスタート地点へ迎えを送りますので、隠密班の方はそこへ集合して下さい。」

 

 

そこまで言うと坂柳は一息ついた。

すると、葛城派の西春香が質問をした。

 

 

「ポイントはどうするの?誰かが管理するのかな?」

 

 

「いえ、今回は中立派の石田君に管理していただきます。リーダーは六角さんにお願いする予定です。お願い出来ますか?」

 

 

坂柳は百恵の方を向き圧のある笑顔を向けた。

百恵は少し悩んだ素振りを見せて渋々頷いた。

 

 

「14時に見張り役の方は交代をして下さい。清水君は鳥羽君に地図を持たせますから、それを見ながら洞窟へ戻って下さい。隠密の方は昼食を取り次第隠密を続けて下さい。これを7日間継続して頂きます。」

 

 

坂柳は一度説明を止めクラスを見渡し、全員がついて来れているかを確認した。

確認を終えるとまた説明に戻った。

 

 

「隠密は午前5時から点呼と昼食を除いて午後10時まで行なっていただく事になります。毎日続けるのはハードなので、別の策を模索中です。」

 

 

山丸が坂柳の発言から要点だけを黒板に書き出していく。

山村が書き終えると葛城が口を開いた。

 

 

「見張りやベースキャンプの待機、スポット占有のメンバーは仮決めに過ぎない。リーダーの六角と隠密の鬼頭、ベースキャンプの山村と町田、石田は固定となる。変更希望があれば受け付けるぞ。」

 

 

「加えてこの流れに質問がある方は挙手して下さい。」

 

 

私は手を挙げ発言の許可を求めた。

その行動に全員が驚いた様子を見せた。

 

 

特に坂柳と山村の反応が顕著だった。

坂柳が私を睨むように見つめてきた。

 

 

山村はその隣で表情を変えずにじっと見つめてくる。

そんな二人の反応を気にせず葛城に視線を送る。

 

 

彼は小さく咳払いをし、私に発言を許可してくれた。

 

 

「隠密班の人数が少なくないかな?」

 

 

私の問い掛けに対して葛城は落ち着いた口調で答えた。

 

 

「隠密班はあまり人数を増やすと勘付かれる可能性が高まる。よって隠密班にはある程度実力を持つ者を配置する必要がある。故に人数は最小限に留める事にした。」

 

 

「なるほどね……」

 

 

私は納得した様に返事をした。

 

 

「他に質問はあるか?」

 

 

葛城は周囲を見渡した。

誰も何も言わなかった。

 

 

「では今の説明通りに試験を挑む事になる。見張り役の四人には他クラスの生徒の顔と名前を試験までに暗記してもらう。このファイルを渡すので頑張って覚えて欲しい。」

 

 

見張り役の生徒達が葛城からファイルを受け取り席に着く。

 

 

あのファイルの中には全クラスの生徒の名前と写真が記されている。

名前と顔写真の下には所属クラス、性格や部活などの情報が細かく記されていた。

 

 

あのファイルを作成したのはコミュニケーション力に優れた百恵であり、坂柳監修でもあるので相当の代物だろう。

 

 

「隠密班の生徒には担当クラスの生徒の顔と名前を覚えてもらう。見張り役より覚える事は少ないが、頑張って欲しい。」 

 

 

隠密班の生徒もファイルを受け取る。

 

 

「加えて、ベースキャンプ待機班の方は無人島知識を身につけていただきたいですね。釣り班と採集班の方も危険な植物や毒を持つ海洋生物の知識を身につけて下さい。こちらは一部ですが、あの海域に生息する海洋生物の一覧です。」

 

 

坂柳は全員にプリントを配布した。

プリントには海洋生物や無人島の気候、生息する植物の予想、蒸留装置の作り方や火の起こし方、生活における注意等の情報が記されていた。

 

 

この数日間で無人島の調査から無人島生活のマニュアル作りまで完璧に行なっていたのだ。

坂柳の力は未知数であり、彼女の行動には敬意を表する。

 

 

「以上になるが他に意見や質問はあるか?」

 

 

葛城の発言に石田が手を上げた。

 

 

「葛城、ベースキャンプの見張り役も決めないか?」

 

 

ベースキャンプを他クラスに荒らされ訳にもいかない。

石田の発言は全員に受け入れられベースキャンプの見張りを決める事になった。

 

 

「見張りはローテーションで良いと思うけど、メンバーはどうする?」

 

 

「そこまで重要なものでもありませんし、やりたい方はいらっしゃいますか?」

 

 

坂柳の発言に数人の生徒が挙手した。

挙手した生徒を山村が黒板に書いていく。

 

 

挙手した生徒は葛城派の福山しのぶと西春香、坂柳派の里中聡と森重卓郎だ。

ちなみに西春香とは席が近いため仲が良く、お互い下の名前で呼び合っている。

 

 

「じゃあ、福山さんと里中君と森重君、春ちゃんの四人で決まりだね。里中君と森重君は夜間をお願い。春ちゃんと福山さんは日中の担当でどうかな?」

 

 

私は交代制案を述べると4人とも頷いてくれた。

 

 

「他には何かあるか?」

 

 

誰も挙手しないため、葛城は解散を宣言した。

 

 

「では解散とする。不審者の話は聞いていると思うが、皆複数人で人が多い道を使って帰宅して欲しい。お疲れ様。」

 

 

私は百恵や小春と一緒に帰路へついた。

部屋に着くとベッドへ勢いよくダイブした。

 

 

少し硬めのマットレスが心地よい。

テストや話し合いの疲れが出たのか、制服のまま意識を手放し眠りについた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

目を開けると美しい庭園に立っていた。

蝉の鳴き声がするため、季節は夏だろう。

 

 

動こうとした時、腹部を締め上げるような感覚がした。

確認すると私は着物を着ていた。

 

 

水色の生地に牡丹が華やかに咲いている。

私はこの着物を見た事がある。

 

 

『ほら瑠奈、こちらは××グループの会長の御子息である×××君よ。』

 

 

懐かしい母の声が聞こえる。

母の視線の先を追うと一人の少年と高年層の男性が立っていた。

 

 

『…初めまして、×××と申します。西門瑠奈さんですね。お会いできて光栄です。』

 

 

彼は誰?

 

 

少年はたおやかな笑みを浮かべながら私に手を差し伸べた。

少年の自信に満ちた声とは裏腹に肩が微かに震えていた。

 

 

彼は人間だった。

人の心を忘れていなかった。

 

 

世の中に完璧な人など居ないのだ。

私は彼の手を取り口を開いた。

 

 

「初めまして、私は西門瑠奈と申します。こちらこそお会いできて光栄です。宜しくお願いします、×さん。」

 

 

これは小学生の頃の記憶だ。

家同士の交流と銘打ったお見合いだ。

 

 

美しい庭園を眺めることの出来る和室に通され、食事会が開かれた。

見栄えの良い料理が運ばれ舌鼓を打ちながら食事会を楽しむ。

 

 

ちらりと正面に座る少年に目をやると食事のスピードはゆっくりだった。

目が合うと困ったように目を細めて笑った。

 

 

私は彼の笑みが、声が好きだった。

そんな気がする。

 

 

瞬きをした瞬間場面は変わった。

白い天井に無機質な部屋。

 

 

寮の私の部屋だ。

 

 

どうやら私は夢を見ていたようだ。

テレビをつけ、制服を脱ぎ着替える事にした。

 

 

『続いてのニュースです。今年3月に行方不明となった当時15歳の高野累さんが遺体となって発見されました。発見現場は東京都高度育成高等学校前の公園の茂みにブルーシートで覆われて隠されていたようです。警察は事件性があるとして捜査を進めているようです。第一発見者の方に…』

 

 

「は?」

 

 

乾いた声が漏れた。

 

 

確かこのニュースは百恵達が話していたものと一致する。

だがなんだろう、何か違和感を感じる。

 

 

なんだろう、私は何かを忘れているような気がする。

大切な、何かを…。

 

 

思い出せ。

思い出さなきゃ。

 

 

『そんな顔をしていたら幸せが逃げていくよ?』

 

 

『僕の名前は────だ。Ich freue mich, Sie kennenzulernen!』

 

 

『大丈夫、このゲームもあと2日で終わるんだ。』

 

 

『あいつに頼まれたんだ。君を生きて返すように。』

 

 

私の中に知らない記憶が流れ込んできた。

頭が割れるように痛みひどい耳鳴りがする。

 

 

だがあと少しで何か掴めそうなんだ。

より集中して私に呼びかける声に耳を澄ませる。

 

 

『瑠奈、ごめんね。君と一緒に帰りたかった。君を───』

 

 

ピコンッ

 

 

端末から通知音がした。

一瞬で集中力が切れ知らない記憶も誰かの声も蓋がされたみたいに聞こえなくなった。

 

 

『瑠ちゃんお久しぶりです。良かったら明日お会いできませんか?以前よく一緒に行っていたカフェで少しお話がしたいんです。』

 

 

メッセージはひよりからのものだった。

ひよりに何も言わずAクラスに移動した事を後悔していたが、自分から話を切り出せずにいた。

 

 

私は急いでメッセージを打ち込み誘いを受けた。

明日は学校も休みなので私服で会う事になる。

 

 

急いでシャワーを浴び明日に備えて就寝する事に

した。

眠る頃には頭痛も耳鳴りも知らない記憶の事もすっかり忘れており、ひよりと出かける事だけを考えていた。

 

 

翌朝、落ちついたブルーのワンピースにお気に入りのミュールを合わせて出かける支度を整えた。

前を向いて歩こう、後ろを見ても辛いだけ。

 

 

いつから私は前を向いて歩き始めたのだろうか…

 

 

カフェに着くと奥の席にひよりが座っていた。

 

 

「お待たせ。久しぶりだね、ひより。」

 

 

「お久しぶりです、瑠奈ちゃん。何か頼まれますか?季節のメニューが追加されているようですね。」

 

 

いつもと同じように振る舞う彼女はどこかぎこちなかった。




☆勢力別メンバー紹介☆&得意科目

※リーダーには☆がつく。
※参謀には★がつく。

《坂柳派》

・坂柳有栖☆→万能
・神室真澄 →美術
・鬼頭隼  →美術
・橋本正義 →英語
・山村美紀★→数学
・里中聡  →英語
・沢田恭美 →世界史
・塚地しほり→英語
・中島理子 →英語
・鳥羽茂  →世界史

《葛城派》

・葛城康平☆→万能
・戸塚弥彦 →生物基礎
・町田浩二★→数学
・司城大河 →数学
・西川亮子 →数学
・西春香  →日本史
・的場信二 →数学
・森重卓郎 →情報
・吉田健太 →数学
・福山しのぶ→古典

《中立派》

石田優介☆ →数学
矢野小春☆ →日本史
小代瑠奈★ →万能
六角百恵  →現代文
島崎いっけい→化学基礎
清水直樹  →現代文
杉尾大   →英語
竹本茂   →古典
元土肥千佳子→英語
谷原真緒  →英語
田宮江美  →数学

《その他》
残り10人は不明。


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16話 変化/ようこそ無人島へ

今回は二本立てでお送りします。
ついに無人島試験が始まりました。
Aクラスはどうなって行くのか?!
果たして勝てるのか、どうか…




 

 

強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ。

by フランツ・ベッケンバウワー

 

 

 

いつもと同じように振る舞う彼女はどこかぎこちなかった。

 

 

「じゃあ、この季節のフルーツパフェと紅茶のセットにしようかな。」

 

 

「あら、私も同じものを頼んだんですよ。私達似ているかもしれませんね。」

 

 

注文を終えるとひよりが真剣な顔つきになった。

彼女の雰囲気が変わったことで、これから真面目な話をされることが分かった。

 

 

何も言わずにAクラスへ移動した事を謝ろう。

 

 

「ひより、黙ってAクラスに移動してごめんなさい。許してくれなんて言えないけどこれだけは言わせて欲しい。私にとってひよりは初めて出来た対等な友達で、大切な親友だと思ってる。だから、良かったこれからも仲良くして欲しいんだ。」

 

 

私は深く頭を下げた。

 

 

「……瑠奈ちゃん、私こそ何か言いたそうにしていた瑠奈ちゃんに気づいていたのに何も言えずにいました。だから謝る事は無いんです。少し寂しく感じましたが、これからまた仲良くしてくれたらそれだけで嬉しいです。」

 

 

優しい声色で告げられた言葉を聞き、私は泣きそうになった。

 

 

「そういえば、上地の名作星屑が映画化されたのは知ってる?この前特番も見たんだけど、上地の作った代本を使ったショートドラマが凄くてね!」

 

 

「それでしたら私も見ましたよ!俳優の──」

 

 

その後、お互いの近況を話し合ったり他愛のない会話を楽しんだ。

私達共通の趣味である読書は会話を弾ませてくれた。

 

 

ひよりの最近読んだ面白い小説の話、映画化された原作の作家に関する話、最近のクラス内の様子、Aクラスの雰囲気。

 

 

様々な話題でおしゃべりに花を咲かせ楽しんだ。

そして明日映画を見に行く約束をした。

 

会計を済ませて外に出ると強い日差しが照りつけてきた。

冷房が効いていた店内との気温差に汗が滲む。その時、一際大きな蝉の鳴き声が響いた。

 

 

ジワリと背中に嫌な汗が流れた気がしたが気づかないふりをして足を進めた。

寮に戻るとポストに手紙が入っていた。

 

 

中には二通の封筒が入っていた。

 

 

一つは⚪︎×塾と書かれた封筒。

もう一つは差出人不明の封筒。

 

 

一つは先月受けた全統マーク模試の結果だ。

どうやら私の全国順位は7位のようだ。

 

 

真嶋に見せればクラスポイントに加算されるはずだ。

プライベートポイントも入るはず。

 

 

私はすぐさま試験結果のPDFをメールに貼り付け、真嶋に送信した。

もう一つの封を開けるとそこには怪文書が書かれていた。

 

 

「は?」

 

 

思わず声が出た。

その文面にはこう記されていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ちあじょえびかもでなえ。

ひつがてしあじゅえうつぬつぬしきゆにぎるじつょえきりかひにすがうけだわえ。

ししゆきにかけるやはんらえうすち。

なうっとやいぬがみおやっとおりだうちやはだが。

ちはすむぬすとうとけろ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

つまりこれは暗号文だ。

そこまで難易度の高いものでは無い。

 

 

内容を訳すと…

 

 

『誕生日おめでとう。8月31日に坂柳理事長からお話が行くだろう。ささやかな贈り物を用意した。

楽しみにしていてくれ。』

 

 

といった感じだ。

暗号なんて何年ぶりだろう。

 

 

ちなみにこれはシーザー暗号だ。

これは最もシンプルであり広く知られている暗号だ。

 

 

ちなみに今回は1文字ずらされているだけだ。

 

 

シーザー暗号は単一換字式暗号の一種であり、平文の各文字を辞書順で3文字分シフトして暗号文とする暗号である。

文字のシフト数は固定であるが、3に限る必要はない。たとえば左に3文字分シフトさせる場合、「D」は「A」に置き換わり、同様に「E」は「B」に置換される。

 

 

以上Wiki先生でした。

 

 

 

暗号よりも問題なのは差出人が不明な事、何故か坂柳理事長が関わっているという事の二点だ。

ここは外部との交流が遮断された学校だ。

 

 

この手紙をポストに直接投函できる者は校内に居る者と一部の外部業者くらいだ。

そして誕生日と書かれている事から私の誕生日を知っている人物に限定される。

 

 

だが私は誕生日を誰にも話していない。

それにもう誕生日が過ぎているのにこうして送られて来た怪文書。

 

 

普通に考えればイタズラだと思うだろう。

しかし、私はこの文章を書いた人間が誰なのか知っている気がすした。

 

 

あの時聞いた声の主が関係しているのだと直感が言っている。

 

 

思い出せ、もっと集中しろ。

集中して耳を傾けるんだ。

 

 

 

記憶の底にある蓋をこじ開けようと、思い出そうとするが何も分からない。

記憶の一部は霞がかったように真っ白なのだ。

 

 

必死に記憶を呼び起こそうと試みるが無駄だった。

仕方がない。

 

今は考えても何も浮かんでは来ないだろう。

時間がある時にもう一度挑戦しよう。

 

 

今日はゆっくり休んで明日に備えよう。

 

 

 

翌日、目が覚めてからずっと昨日の事が頭から離れなかった。

どうしても知りたい、でも何も思い出せない。

 

 

 

知りたいような、知りたく無いような、そんな葛藤を抱えながら眠りについた。

 

 

 

次の日、登校中葛城に声をかけられた。

 

 

「おはよう小代。一人か?複数で通学した方が良いぞ。」

 

 

「あ、そういえば不審者がいるんだったね。すっかり忘れていたよ。」

 

 

私がそう言うと彼は少し困った表情を浮かべた。

そうして葛城と話しながら歩いていると教室に着いた。

 

 

「おはよう瑠奈!」

 

 

「おはよう瑠奈ちゃん!」

 

 

 

小春と百恵に挨拶を返し談笑しているとチャイムが鳴り真嶋が教室へやってきた。

彼の手には答案用紙の他に二つのポスターを抱えていた。

 

 

「先週の期末テストの結果を発表するぞ。」

 

 

各教科の結果が書かれたポスターを貼っていく。

今回の期末テストは国語総合、英語、数IA、日本史B or 世界史B、生物基礎 or 化学基礎 or 物理基礎から2科目、保健体育の6科目7教科だ。

 

 

まともに勉強しても余裕で赤点ラインを越えられるが、過去問を使った事により Aクラスの平均はCクラスにいた頃よりも遥かに高くなっている。

流石は優等生の多いAクラスだ。

 

 

国語総合は最高98点。

他の科目は最高点が全て100点だ。

 

 

ちなみに弥彦の名前を探すと下の方にあるが、点数は全て70点台である。

Aクラスに選ばれるだけのスペックは持っている様だ。

 

 

「今回のテストは赤点者無しだ。平均点も全科目90点を超えている。君達は優秀だ。今後も励んでくれ。」

 

 

この結果にAクラスからは歓喜の声が上がった。

普段騒いだりしないAクラスからは想像もつかない程の喜び様だった。

 

 

真嶋は次にクラスポイントの書かれたポスターを貼った。

 

 

ーーーーーーー

Aクラス 1194

Bクラス 720

Cクラス 620

Dクラス 87

ーーーーーーー

 

 

クラスポイントが増加していた。

 

 

「小代が全国模試で全国7位となったため、その努力を讃えて140クラスポイントが加えられた。小代には300万プライベートポイントが贈呈される。」

 

 

「すごい!瑠奈ちゃん頭良いんだね!!!」

 

 

「小代スゲェな!」

 

 

その言葉を聞きクラスメイトは驚きを隠せずにいた。

葛城や戸塚は勿論、石田や坂柳も驚いている様だ。

 

 

ホームルームが終わると、今日から短縮授業となるので急いで体育の準備をしに向かった。

 

 

 

残金 657万2007ポイント

 

 

※角川の利益と手数料、龍園との契約が足された額です。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

そして月日は経ち、豪華客船の旅が始まった。

 

 

今回の試験には坂柳も参加するため、念のため数人の医者が同伴している。

船の屋上には救助用のヘリも用意されており、万が一にも対応できるようになっている。無人島に着くまでの数日間、私はひよりと一緒に船旅を楽しんだ。

 

 

船内には映画館やプールなどの施設があり退屈する事は無かった。

ひよりとは映画を見たり買い物をしたりして楽しく過ごした。

 

 

そしていよいよ無人島へと辿り着いた。

目の前に広がるのは自然豊かな島の風景だ。

 

 

砂浜が広がり、綺麗な海が広がっている。

島の中央付近には鬱蒼とした森が広がっていた。

 

 

「凄い綺麗だね!るーちゃん。」

 

 

「そうだね。見たところ人工物もあるし、無人島とは言えなさそうだなぁ。」

 

 

「そうですね。もしかしたら畑のようなものもあるかもしれませんね。」

 

 

まだ何を行うのか説明されていないのにひよりは鋭い意見を出した。

流石はCクラス一の才女である。

 

 

暫くすると船が停まった。

どうやら今から特別試験が始まるようだ。

 

 

荷物を持って外に出よう指示が出た。

 

 

私は準備を行う前に坂柳へ声を掛けた。

 

 

「坂柳さん、頑張ってくるね。司令塔は任せるよ。」

 

 

「ええ。期待してますよ、小代さん。それと耳を貸してもらえますか?」

 

 

私は素早く彼女に近づいた。

どうやら今回彼女の代理となる生徒は彼女の派閥の女子生徒、中島理子らしい。

 

 

リーダーリタイア作戦を行う上ではうってつけの相手である。

最低限の着替えやタオルを詰め込んだリュックを背負い、荷物検査の列に並んだ。

 

 

無人島での生活に胸を踊らせながら船を降りた。

早速、教師からの説明を受けた。

説明は事前に知っていた内容だった。

 

 

新しい事といえば坂柳が参加した事について新たに制限が設けられた事くらいだろう。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

[1]坂柳有栖の身体的事情を考慮し、船内での無人島試験への参加を認める。

 

[2]坂柳有栖は半参加扱いとなり、坂柳有栖がリーダーとなった場合は代理人を立てる事でスポット占有を行う事が出来る。

 

[3]坂柳有栖は半参加扱いにより、試験ポイントから15ポイントが予め引かれる事になる。

 

[4]代理人は試験前に固定され、代理人がリタイアした時点で坂柳もリタイア扱いとなり、45ポイントが引かれる事になる。

 

[5]坂柳有栖には試験中別室での待機が命じられるが、クラスメイトとのやりとりが出来るよう配慮する。

 

[6]貸し出した端末を紛失・破損した場合坂柳有栖はリタイアとなり、15ポイントが引かれる事になる。

 

[7]坂柳有栖がリーダーとなった場合最終日にリーダー指名を行う事が出来る。

 

[8]坂柳有栖は船内の自室から無人島試終了時まで外出を禁ずる。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

説明が終わるとボイスレコーダーが二つ手渡された。

Aクラスは事前に決めていた通り洞窟を目指した。

 

 

隠密班と見張り班は途中で抜け、各々目的の場所へと向かっていった。

ちなみにボイスレコーダーの一つは鬼頭に渡してある。

 

 

もう一つはベースキャンプ班代表の石田に渡しておこう。

 

 

「迷う事なく洞窟まで来れたね。」

 

 

「ああ、ここからが大事だ。」

 

 

「ではリーダーはどうするか決まっているな?」

 

 

「はい。真嶋先生、リーダーは私です。」

 

 

真嶋は頷き、リュックから一つのキーカードを取り出した。

百恵と真嶋を囲うようにAクラスの生徒が集まり、百恵はキーカードを受け取った。

 

 

洞窟とその近くの川にあるスポットを占有班で囲む。

これで2ポイント獲得した。

 

 

一度洞窟に戻り、今後の行動を確認する事になった。

 

 

「あ、レコーダー繋がったよ!坂柳さん聞こえる?」

 

 

『ええ、問題ありません。私の方ではサバイバル術や医療対処等を調べておきます。何か分からない事があったら私に聞いてください。PCですぐ調べられるので。』

 

 

無人島試験でPC使える坂柳って、仕方ないとはいえチートだと思う。

 

 

「ああ分かった。マニュアルを買う必要もこれでなさうだな。」

 

 

 

葛城の言葉に頷いた。

 

 

「それで今後だが、計画通りならここからベースキャンプ班は周辺の地形を調査して欲しい。」

 

 

「わかった。」

 

ベースキャンプ班の生徒は山村、石田、町田と見張り役の二人を除いて散策に出た。

石田は彼らを見送り計画の内容を述べていく。

 

 

「ひとまず俺は予定通りの買い物をする。20ポイントの仮設トイレと一食分の食事(40人分)5ポイント、紙コップと紙皿のセット(各200個[枚]ずつ)を二つ4ポイント、割り箸(200本入り)1ポイント、包丁とまな板のセット2ポイント釣竿5本セットは3ポイント。計35ポイントを使用する。」

 

 

山村はメモを走らせ買い物歴をメモに記録していく。

どうやら荷物検査に引っかからなかったらしい。

 

 

まあ他クラスと契約を結ぶ事もあるだろうし、禁止されてはいないのだろう。

 

 

「そうすると残り250ポイントになる。つまり、調達班は死ぬ気で食料を集めて欲しい。この川沿いにまっすぐ進んだところには何らかの畑があるはずだ。ある分だけ持って来て欲しい。」

 

 

石田の言葉を皮切りに調達班の5人は川沿いに歩き出した。

 

 

リュックの中身を空にして女子の物は無償で渡された8人用のテントに纏めて仕舞う事になった。

その他の男子や女子の荷物は洞窟の奥に仕舞うらしい。

 

 

「調達の釣り組はは釣竿セットが届いたら川釣りを始めてくれ。餌とバケツもついているらしい。大切に使うように。」

 

 

釣り組みは釣りの準備を始めた。

 

 

「最後にスポット占有組はスポットの占有を進めて欲しい。今の段階なら他クラスはまだ話し合いかベースキャンプを決める段階だろう。スポットを占有したらこの地図に印をつけてくれ。目安としては残り5つくらい見つけて欲しいな。」

 

 

とりあえず12時頃には一度戻る事が決まっている。

 

 

「分かった。じゃあ行ってくるぜ。」

 

 

私たちは森の中を歩いている。

ミンミンとセミの鳴き声がうるさい。

 

 

「いつも学校にいるから新鮮だよね。」

 

 

百恵はどこか楽しそうに周りの様子を観察しながら歩いている。

全員で移動しているためスポット占有数が少なくなってしまうのが難点だな。

 

 

暫く歩いていると小さな小屋を見つけた。

 

 

 

「ここ入れるかな?」

 

 

「どれどれ…」

 

 

橋本が扉に手をかけるとキィッと音を立てて開いた。

中に入ってみるとどうやらスポットのようだった。

 

 

10人が我慢すれば生活出来なくは無い程度の小屋だ。

物置には清掃用の箒や雑巾が入っており、この小屋を掃除すれば使えそうだ。

 

 

「とりあえずここは占有しておこう。後で石田達と相談する事にしよう。」

 

 

葛城の言葉に全員が頷く。

占有を終えてまた歩き出した。

 

 

「あ、あれって畑かな?あれトマトじゃない?」

 

 

小春が指差す方を見るとトマト畑らしき物が見つかった。

葛城の指示により全員で畑を確認する。

 

 

「本当にトマト畑だね。それに此処はスポットでもあるみたい。少し貰ってこうか。」

 

 

百恵を囲みスポットを占有する。

さっきの小屋と合わせて地図に記していく。

 

 

 

全員でトマトを慎重にリュックに詰めた。

ざっと40個程詰めて次のスポットを探す。

 

 

「うーん、この辺りはないのか?」

 

 

橋本の言葉に雰囲気が少し重くなった。

今は真夏なので少し動くだけで汗が噴き出る。

 

 

皆心身ともに疲弊しているようだ。

その時微かに水の音が聞こえて来た。

 

 

「ねぇ、この音水場が近くにあるんじゃ無いかな?」

 

 

「そうみたいだね。多分もう少し奥かな?」

 

 

希望の光が見えて来た。

奥まで進むと小さな滝があり、その下には川が流れている。

 

 

川の位置的に川沿いを進めばベースキャンプの近くの川に辿り着く可能性が高い。

 

 

「スポットはあるかな?」

 

 

「あれじゃないか?滝のすぐ近くにある。」

 

 

全員でスポットに向かい、百恵を囲んで占有する。

現状占有したスポットは洞窟とその近くの川、洞窟から少し歩いたところにある小屋、その近くのトマト畑、そしてこの滝だ。

全部で5つのスポットを占有している。

 

 

「どうする?そろそろ12時になるよ?」

 

 

中島が不安そうな顔で橋本を見る。

そういえば中島は坂柳派の人間だったな。

 

 

「この滝の向こうを確認してこの川沿いに戻ろう。この辺の地理を把握しておきたいんだ。葛城もそれでいいか?」

 

 

「ああ、構わん。」

 

 

「私もそれに賛成だよ。」

 

 

全員で滝の奥に続く道を歩くとそこには小さな池があった。

もちろん此処もスポットだ。

 

 

「やった!!!スポットだよ!!!」

 

 

「落ち着いて、百恵。」

 

 

はしゃぐ百恵を小春が宥める。

今までと同じようにスポットの占有を行う。

 

 

「これで6つ目だね。そろそろ戻ろうか。」

 

 

「ああ。全員はぐれないように気をつけてくれ。」

 

 

葛城の言葉に頷き、全員できた道を引き返した。

滝まで戻ると川沿いに歩き出した。

 

 

疲弊しているのか誰も何も話さず黙々と歩き続けた。

身体能力の高い橋本や葛城が疲弊しているのだ、運動能力の低い生徒には地獄だろう。

 

 

15分程歩き続けるとベースキャンプが見えて来た。

 

 

「お疲れ様。」

 

 

ベースキャンプ班の見張り役である西春香と福山しのぶが出迎えてくれた。

そして二人は一人一人に水の入ったコップを手渡していく。

 

 

喉が渇いていた私は一気に飲み干してしまった。

横を見ると他の皆も同じようで、あっという間にコップは空になってしまった。

 

 

そんな私たちを見て春香がクスリと笑った。

 

 

「一食分の食事ってどんなのかな?」

 

 

「カタログ見た時はおにぎりだった気がする。」

 

 

「ああ。ポイントの割にはまともな食事だったぞ。」

 

 

そういえば1日目の昼食は一番やすいカロリンメイトと水のセットにするか、このお弁当タイプのものにするか坂柳と葛城の意見が対立していたな。

結局どれくらい過酷かわからない事、1日目で食料の調達厳しいという推測の元このお食事セットに決まったのだ。

 

 

ちなみに葛城がカロリンメイト派で坂柳がお弁当派だった。

 

 

「えっとね、結構豪華だよ?おにぎり三つと唐揚げ二つ。男子は足りないかもしれないけど、女子は満足できると思う。」

 

 

春香の唐揚げというワードに百恵は瞳を輝かせた。

ダンボールからお弁当を取り洞窟内に腰を下ろす。

 

 

「まあ食べ物があるだけマシだな。」

 

 

橋本の発言に頷いて冷たいおにぎりに齧り付いた。

思っていたよりもお腹が空いていた様で、食べる手が止まらない。

 

 

昼食タイム中にどこへ行っていたのか、洞窟の外から石田がやって来た。

スポットや畑を記したマップと畑で採れたトマトを渡す。

 

 

ベースキャンプ待機班の生徒に指示を出してトマトを川で冷やす。

彼はマップを山村に渡してこちらへ戻って来た。

 

 

「みんな食事を終えたら午後の日程について話がある。今はひとまず休息をとってくれ。そろそろ隠密班の迎えを頼みたい。田宮と谷原に頼みたい。」

 

 

「分かった。行ってくるよ。真緒行こう。」

 

 

「うん。」

 

 

田宮江美と谷原真緒は中立派の人間だ。

ドライな雰囲気を纏っているが、雰囲気通りドライでサバサバしている女子生徒である。

 

 

スポット占有班が全員食事を食べ終えたところで、簡単な体調チェックが行われた。

今の所全員ケガや体調不良に陥っていない様だ。

 

 

暫くすると隠密班の3人が戻って来た。

 

 

「隠密班ご苦労だった。水と弁当だ。ひとまず食べてくれ。」

 

 

的場や竹本は随分疲弊している様だが、鬼頭は問題なさそうだ。

流石身体能力トップクラスなだけはある。

 

 

「午後からについて説明する。午後からはベースキャンプの待機メンバーと占有班から何人か選んでDクラスに交渉に行く予定だ。各派閥の代表者と交渉に秀でた者を連れて行きたいと考えている。」

 

 

そういえばそんな話も出ていたな。

少し考える素振りをしてから山村が口を開いた。

 

 

「代表って誰なの?」

 

 

「中立派の俺、坂柳派の山村、葛城派の葛城。この3人は固定と見ているが?」

 

 

「私なんだ…」

 

 

自信なさげな山村には申し訳ないが、坂柳が坂柳派のリーダー代理に選んでいる以上連れて行かない訳にはいかない。

 

 

「すまないがこれは坂柳の意見でもあるんだ。」

 

 

渋々といった様子で山村は了承した。

 

 

『山村さん、貴方を信頼してのお願いです。どうか受け入れて下さい。』

 

 

坂柳がレコーダー越しに山村に語りかける。

 

 

「わ、分かりました。」

 

 

それから何時に此処を出るか、リーダー以外に誰を連れていくかを決めた。

ちなみに私も何故かメンバーに入れられた。

 

 

私そんなコミュニケーション力高くないんだけどなあ。

 

 

「なあ、石田。お前達3人と橋本、六角、小代、町田が消えると他クラスのリーダー格が来た時どうするんだ?坂柳がレコーダー越しにいるとはいえ、一人の意見だけで判断するのは得策じゃない。」

 

 

町田の意見は正しい。

龍園の特攻奇襲を警戒して大人数で動くのは良いが、交渉できるレベルの人間が矢野しかいなくなってしまうのだ。

 

 

各派閥の代表者が消えてしまうので、来訪者があればレコーダー越しの坂柳が対処するしかなくなってしまう。

だが大事な契約を持ちかけられた時話し合いをしても即答出来ない。

 

 

坂柳もその場にいる訳ではないので交渉もしにくくなる。

やはりもう少しリーダー格が居たほうが良さそうだ。

 

 

「矢野もいるから大丈夫だと思ったが、意見が偏るのは良くないな。ならば俺の代理である小代と町田を残して行こう。」

 

 

こうして私には待機命令が出たのだった。

暫く私は坂柳の指示に従い話し相手をしていた。

 

 

『小代さんは休日は何をされているのですか?』

 

 

「うーん、読書とか買い物とかかな。たまに友達と出かけたりもするよ?」

 

 

『意外と普通なのですね。では上級生にお知り合いはいらっしゃいますか?』

 

 

「うん、生徒会書記の橘先輩と堀北先輩とは会えば挨拶する仲かな。」

 

 

『流石ですね、生徒会を手中に入れるとは…』

 

 

「はい?なんだって?」

 

 

いや、お喋りの筈が一方的に質問責めをされている。

なんで坂柳はこんな事してるんだろう?

 

 

かれこれ1時間が経過した頃、洞窟の入り口が騒がしくなった。

 

 

「ん?どうしたんだろ?」

 

 

「瑠奈ちゃん、Cクラスの龍園が来たんだけど葛城君を出せって…」

 

 

原作通りの交渉なのか、もっと違った交渉を行うのか。

 

 

『小代さん、状況が分かりませんが龍園君が来たんですね?』

 

 

「そうみたい。とりあえず彼だけ中に通してもいいかな?」

 

 

『はい、大丈夫ですよ。』

 

 

私は洞窟の入り口へと向かった。

 

 

「ハッ、葛城じゃなくて逃亡者が出てくるとはな。」

 

 

「久しぶり、龍園君。葛城君は出払っているよ。リーダー代理として私が話を聞く事になる。後坂柳さんも。」

 

 

「坂柳?まあいい、交渉をしに来たんだ。」

 

 

「じゃあどうぞ。入っていいよ。」

 

 

私は龍園を洞窟内に入れた。

一番奥の坂柳のボイスレコーダーの所まで案内する。

 

 

『さて龍園君、貴方のお話は何でしょうか?ふふふ。』

 

 

「Aクラスの奴は水さえ出せねぇのか?なあ、坂柳。」

 

 

龍園は押しかけて来ただけだから客ではないだろとツッコミそうになった。

面倒な交渉時間がやって来たよ…。




【牧之原事件】
全日本合唱コンクール全国大会の帰りのバスで悲劇が起きた。
サービスエリアに止まっている間に誘拐事件が起こった。

22人が誘拐され、約3週間消息が不明だった。
そして発見された時には生存者は2人、小代瑠奈と高野累だ。
事件後小代瑠奈の性格は暗くなり、2週間学校を休んだという。

2人に事情聴取をした結果、2人とも黙りを貫いていたようだが、2週間後に小代瑠奈だけが事件について述べたところ、デスゲームをしたと話したそうだ。

例の事件後彼女は部活を引退したが、すぐに今まで通りの学生生活を送れるようになったという。
そして2月の学年末テストを終えた頃、警察が事情聴取をしたところ事件の記憶を失っているそうだ。


限局性健忘:限られた期間の出来事が思い出せなくなる


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17話 無人島試験(前編)

ついに高野累の真実が明らかになります。
今回は色んなAクラスの生徒が出てきますが、特に覚える必要はありません。
司城君はイケメンですが、ビビリな設定です。
無人島試験は途中からダイジェストとでお送りします。


 

 

『龍園君。私達にはやる事が多いのです。手短にお願いできますか?』

 

 

「随分せっかちだな?この試験を葛城が勝利に導けばお前の支持率に関わるからか?」

 

 

どうやら龍園は坂柳が葛城を失脚させる為に半参加という形を取ったのだと勘違いしているみたいだ。

実際はAクラスの初期ポイントを増やすための参加なのだがな。

 

 

「龍園君、無駄話をしに来たのなら帰ってくれるかな?私達は交渉相手から不法侵入者として見る事になるけど良い?」

 

 

私の言葉に龍園は舌打ちをする。

それから口元を歪ませて笑う。

 

 

「仕方ねぇな。まあ良い。俺はCクラスの王として交渉しに来たんだよ。」

 

 

龍園は原作とほぼ同じの契約書を提示してきた。

物資の全てをAクラスに貸し出すかわりに、毎月Aクラスの生徒全員がCクラスに対して3万ポイント支払う、というものだった。

 

 

原作と違うのは額だけだな。

まあ断るけど。

 

 

「坂柳さん。私にはデメリットしか無いと思うんだけど、どう思う?」

 

 

『奇遇ですね、小代さん。この取引は私達のマイナスが大きいです。龍園君はこの取引を葛城君と行いたかった。そうでなければ、龍園君の実力を過大評価していた事になりますが。』

 

 

龍園はクックックっと声を上げて笑う。

 

 

「よく分かったな。その通りだ。やっぱり坂柳相手に対して小細工は通用しねぇみたいだな。まあこれくらいの方が張り合いがあって楽しめそうだ。」

 

 

龍園は手にしていた契約書をポイっと投げ捨てて洞窟を去っていった。

何がしたかっだんだ、あの男。

 

 

『なんだったんでしょう…龍園君を過大評価し過ぎていたみたいですね。』

 

 

原作よりもだいぶ弱体化?した龍園を見送り、坂柳との談笑を続けた。

暫くするとDクラスに交渉へ行っていた葛城、石田、山村、橋本、六角の5人が帰ってきた。

 

 

「おかえりー!どうだった?」

 

 

「交渉成立だ。この試験中、AクラスとDクラスは互いを指名し合わない。そして他クラスのリーダ情報を互いに交換する事になっている。」

 

 

ならBクラスとCクラスのリーダーを当てる事に注力しよう。

その後、葛城達が留守の間に龍園が契約を持ちかけて来た事を報告した。

 

 

「ふむ。坂柳、お前はCクラスの狙いに気付いていたのか?」

 

 

葛城も私と同じ考えのようだ。

 

 

『いえ、私も予想外でした。それにしてもDクラスは随分あっさりと契約を結んでくれましたね?』

 

 

確かに、Dクラスはクラスポイントを失うリスクを減らす為にしても、私達と組む必要はない。

何故なら私達がAクラスだからだ。

 

 

それともDクラスもこの試験の本質に気づいていらのだろうか。

Aクラスのリーダー当てを諦めてまで私たちと組む理由が想像出来ない。

 

 

「そこは橋下が上手くDクラスを誘導してくれたんだ。」

 

 

「上手くはないが、まあ何とか納得してもらう事には成功したぜ。」

 

 

橋本の交渉術や対話術は見事なものだ。

彼の性格も交渉向きな為、今回の交渉に橋本を連れていった葛城の判断は素晴らしいな。

 

 

以前の彼なら自派閥の人間を連れて行くだろうが、今回はクラス一丸となって動いている為、敵対している橋本を連れていくという判断が出来たのだろう。

橋本も契約があるから裏切れないとは思うが、監視という意味でも葛城は良い選択をしてくれている。

 

 

その後、夜に備えて必要なのものを買うための話し合いが行われた。

15ポイントの仮設シャワーと5ポイントの調理セットと同じく5ポイントの調味料セットを買う事になった。

 

 

225ポイントしかないので大切に使おう。

 

 

「ただいまー!結構釣れたよ!」

 

 

 

午後16時30分頃、調達班の釣り組が戻ってきた。

 

 

調達班の生徒が五つのバケツを洞窟前に並べる。

中を確認すると13匹の魚と2匹のウナギが入っていた。

 

 

え、ウナギ?

 

 

「ウナギだよな?これ。」

 

 

橋下が目を丸くして驚いている。

葛城や山村、石田も固まって驚いているようだ。

 

 

時が止まったかのように無言の時間が流れる。

町田が沈黙を破りレコーダーに向かって話しかけた。

 

 

「坂柳、ウナギを釣ってしまったのだが、密猟に入るか?」

 

 

『少々お待ちください。』

 

 

なるほど、密猟はまずいな。

無人島生活において釣りをする事はほぼ不可決なので、密猟については調べておくべきだった。

 

 

失念していた。

坂柳の報告を待つ間、誰一人として話さなかった。

 

 

流石真面目なAクラスだな。

Dクラスならそんなの関係ないと、気にせず食べそうだが生憎ウチのクラスは優等生の集まりなのでリスクを犯す人間はいないのだ。

 

 

『皆さん、ネットと教師陣の方に確認したところウナギには禁漁期間が存在します。これは地域によって異なるので、ここの管轄は国という事になるそうです。今回の試験中に獲得した食料に関しては気にせず口にして良いそうです。』

 

 

「おお!!!今日は鰻丼だ!!!」

 

 

「鰻のひつまぶしも美味しいよ!」

 

 

百恵と弥彦が騒がしい。

しかし坂柳の一言に黙り込んでしまった。

 

 

『最低でも2日は泥抜きのために綺麗な水にウナギを入れてください。釣りをしたという事ですし、今入れている水には泥や血液が含まれているはずです。後ウナギの血液にはイクチオヘモトキシンという毒が含まれているので気をつけて下さい。』

 

 

ガックリと肩を落とす二人をよそに、ベースキャンプ待機組がバケツの中身を仕分けていく。

そういえばウナギはこのくらいのバケツなら脱走できそうだなぁ。

 

 

水槽のようなものと蓋があれば良いのだが…。

 

 

 

「ウナギが脱走したらあれだし、逃げにくい底の深い容器は無いかな?」

 

 

私の言葉に百恵が速攻で言葉を返す。

流石、食べる事が大好きな百恵だ。

 

 

「あ!だったら小屋にあった水槽?みたいなのには蓋もついてたよ。あれに重い石でも乗せたらいいんじゃないかな!」

 

 

「小屋の距離も近いし、誰か持ちに行ってくれないか?」

 

 

葛城が呼びかけると百恵が真っ先に手を挙げる。

 

 

「じゃ私いくよ!水槽みたいなやつの場所も覚えてるから。」

 

 

だが女子一人で夕方に出歩くのは危ない。

Cクラスを警戒している事と単純に遭難や怪我を考慮してである。

 

 

「誰かもう一人着いて行ったほうがいいよ。一人は危ない。」

 

 

「俺がついて行きますよ!葛城さん!!」

 

 

まあ弥彦も一応男だし、何かあっても対処くらい…いや、連絡くらい出来るだろう。

葛城は少し考える素振りを見せ、頷いた。

 

 

その15分後、調達班の採集組も戻って来た。

 

 

採集組は胡瓜や茄子、パプリカ、ピーマン、玉ねぎといった野菜が大量に入ったリュックを下ろした。

私達もトマトを40個持ち帰っているので、恐らく一週間は持つだろう。

 

 

「今日使う野菜はシャワールームの水で洗ってから調理をしよう。洞窟の一番奥は気温が低いからそこに保存する。」

 

 

ちなみにシャワールームの水は飲料水としても使えるらしく、初日に買ったお食事セットに付いていたペットボトルを水筒として再利用するつもりだ。

これで安全な水の確保は出来たが、水がなくなる度に本部から大きなタンクを持って来なければならないので意外と面倒だったりする。

 

 

腐ったりしないといいけど、洞窟なら何とかなるかな?

 

 

ちなみにこの洞窟本当に涼しいんだよね。

まるで天然のクーラーだよ。

 

 

釣れた川魚は鮎、虹鱒、岩魚、ウナギの5種類だ。

全部で7匹釣れており、塩焼きにして食べたが意外にこれが美味しい。

 

 

凝った料理は作れないが、空腹を満たすには十分すぎる美味しさだ。

トマトと茄子とパプリカを使ったスープも体が温まって美味しかった。

 

 

ちなみに19時頃からスポットの更新を占有班は行なっているため、6ポイント増加している。

 

 

調味料セットにはカレー粉があるので、どこかでカレーも作れたらいいなぁ。

 

 

ご飯が調味料セットに入っており、10キロのお米がある。

しかしお米は朝食のみと決まっており、明日からは隠密班と鳥羽のお弁当に使われる予定だ。

 

 

この調味料セット、万能すぎる。

 

 

チーズ500gと牛乳1L×5、お米10kg、シャケフレークってもう調味料の枠超えてるよね。

チーズや牛乳は腐る可能性があるので本部で保存してもらっているよ。

 

 

20時の点呼には隠密班、見張り班含めた全員が揃う。

 

 

「全員揃っているな。この調子で頑張って欲しい。何かあったら呼ぶように。」

 

 

真嶋が去っていくと、代表と隠密班と見張り班のメンバーで報告会が行われた。

坂柳派の代表は現地の山村と船の坂柳両方参加だ。

 

 

『では、隠密班と見張り班の皆さん報告をお願いします。先ずはCクラス担当の鬼頭君お願いします。』

 

 

「はい。Cクラスは午前中の11時頃にベースキャンプを浜辺に決めてます。そこからスポットを龍園の部下達が探しに行った様で、聞き間違いでなければ4つのスポットを占有しています。午後にAクラスと取引を行ったようですが、30分程で戻って来ました。その後Bクラスのベースキャンプへ向かったようです。リーダーは龍園です。」

 

 

鬼頭優秀過ぎるだろ。

あの龍園相手に完璧な隠密をしているようだ。

 

 

流石Aクラス最強兵器だ。

坂柳が重宝する隠密力、身体能力が彼の最大の武器なのだろう。

 

 

「ふむ、まあ続けて警戒しておこう。龍園がリタイアするかどうかだけ確認して欲しい。」

 

 

『そうですね。鬼頭君はCクラスの監視をお願いします。』

 

 

坂柳の命令に従って鬼頭は任務に向かう。

あ、これ渡さないと。

 

 

鬼頭の使っていたペットボトルに水を入れ直した物を手渡す。

 

 

「鬼頭君、一応水を持って行って。入れ直しておいたから。」

 

 

「ありがとう、小代。では行ってくる。」

 

 

彼を見送ると、14時〜20時担当の鳥羽茂が報告を始めた。 

 

 

彼はリタイア者のチェックをしていたが、午後に高円寺がリタイアし船に戻った事を確認しているようだ。

他にはリタイア者は出ていないそうだ。

 

 

最後にBクラス隠密班の竹本茂はスタート地点の近くの河原でベースキャンプをしていると報告した。

 

 

リーダーは白波千尋がキーカードを持っているのを確認したらしい。

午後にCクラスが交渉を持ちかけにきたらしく、帰り際の龍園の笑顔から成立している可能性が高いと述べている。

 

 

竹本もよくもまあリーダーを見つけたものだ。

それとも白波がリーダーを任されて浮かれていただけなのか。

 

 

どちらにしてもAクラスにとっては嬉しい報告だ。

警戒を怠ってくれればこちらも動きやすい。

 

 

『成程。分かりました。葛城君、確認ですが清水君が見張り担当の時はリタイア者はゼロですね?』

 

 

「ああ、そう言っていた。」

 

 

葛城がすぐに頷く。

暫しの間を置いてから坂柳が指示を出していく。

 

 

『分かりました。では鳥羽君はお疲れ様でした。明日に備えて休んでください。竹本君はBクラスの監視をお願いします。』

 

 

ちなみに現在のAクラス生徒の夜の行動は以下の通りだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

《夜の行動》

 

島崎いっけい→点呼後に本部見張り

 

鬼頭隼人→報告後にCクラス監視

竹本茂→報告後Bクラス監視

 

里中聡・森重卓郎→ベースキャンプ見張り

 

的場信二・杉尾大→仮眠中

※的場は鬼頭と交代で午前6時半までCクラス監視。杉尾は2時から本部見張り。

 

占有半→シャワー後2時45分まで仮眠

※スポット占有のため

 

その他→23時消灯

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

2時45分、ベースキャンプ見張り役に起こされた占有班は夜の闇に紛れてスポットを回る。

初めに洞窟内と近くの川を占有し、小屋、トマト畑、滝、池とスポットを回って行く。

 

 

滝の横を出ると後は川沿いを歩いて帰るだけだ。

帰る途中向かい岸の川辺に謎の発光体が見えた。

 

 

「な、な、な、な、何あれっ…」

 

 

「な、なんか光ってないか?」

 

 

「本当だね。」

 

 

百恵の言葉に全員が向かい岸の方を向く。

女子と橋本が怖がる中、葛城はじっと発光体を観察している。

 

 

寝ぼけているのかと思い目を擦って見たが発光体は消える事はなく、漂っている。

見間違いでも無さそうだが、あれがはの

 

 

ちなみにイケメンの司城は、先輩彼女さんの名前を呼びながら一目散に洞窟へ走って行った。

一本道なので彼が道に迷うこともないため、葛城も気にしていない。

 

 

暫くすると葛城が発光体の正体を口にした。

 

 

「あれは蛍だ。虫だよ。」

 

 

「ほたる?なんか綺麗な川とか田舎にいるっていう?」

 

 

「ああ。ここの川は美しいし、都会と違って空気も綺麗だ。蛍がいると言う事はこの川が綺麗だという事の証明なんだ。」

 

 

葛城が蛍について解説すると、貴重なものを見れたのだと全員が蛍を見ながら散歩感覚で洞窟に戻った。

深夜に起きるのはキツいが、綺麗なものを見る事が出来て嬉しくなった。

 

 

私達は普段東京の都会の学校に通っている為、見る機会はなかなかない。

普段できない経験が出来た事はこの試験のおかげでもあるので、素直に喜んでおこう。

 

「ただいま。あれ、司城は帰ってるのか?里中。」

 

 

橋本が司城の安否を里中に確認する。

 

 

「司城は彼女の名前を呼びながら洞窟に飛び込んで行ったよ」

 

 

「そうかい。んじゃまあ俺らも寝るか。」

 

 

司城は幽霊が怖いようだ。

その後占有班は午前8時頃まで眠り続けた。

 

 

「おはよう。朝食は用意してあるので冷めない内に食べてくれ。」

 

 

「…小代さん、朝だよ。」

 

 

ゆらゆらとした感覚がする。

微睡みから目を覚ますと山村美樹が私の体を揺らし起こそうとしていた。

 

 

「ん……おはよう、山村さん。起こしてくれてありがとう。」

 

 

「うん。ご飯できてるから。」

 

 

翌朝、石田と山村に起こされて占有班のメンバーが起き上がる。

山村は素っ気ない態度ではあるが優しく揺り起こしてくれたので優しい人なのだろう。

 

 

朝食はトマトとパプリカのリゾットに玉ねぎと胡瓜、トマトを使った胡麻ドレサラダだ。

リゾットには粉チーズが使われており、贅沢でオシャレな朝食となった。

 

 

「凄い美味しいね。誰が作ってくれたの?」

 

 

「あ、リゾットは真緒ちゃんが作ってくれたんだよ?料理得意なんだって!」

 

 

春香が見張りをしながら私の疑問に答える。

西春香は葛城派でありながら、派閥関係なく仲良くする珍しいタイプの生徒だ。

 

 

小柄で可愛らしいので、坂柳派の女子からも可愛がられている。

Aクラスのマスコット的癒しキャラなので皆から愛されている。

 

 

そして真緒ちゃんとは中立派の谷原真緒の事だ。

同じく中立派の田宮江美の親友で、サバサバした美人タイプの生徒だ。

 

 

料理が得意なのは意外だなあ。

そんな春香が谷原真緒について知っているのも意外だが、コミュニケーション能力が高いため知っていても別段おかしくはない。

 

 

その後は石田、坂柳、葛城、を中心に各派閥の代表者達を中心に報告会が行われた。

 

 

『おはようございます。現状Cクラスはバカンスを始めたと鬼頭君から連絡が入りました。昨夜の見張りを行っていた杉尾君と島崎君からはリタイア者が出ていないと報告が入っています。夜間のベースキャンプ見張り役の里中君と森重君からの報告ですが、他クラスの訪問は無いそうです。』

 

 

夜勤の杉尾と島崎は現在眠りについている。

杉尾大と島崎いっけいは中立派の生徒で、島崎が20時20分〜2時の見張り役、杉尾が2時〜8時の見張り役だ。

 

 

「ふむ。Cクラスがバカンスを始めたという事も何か狙いがある筈だ。」

 

 

「狙いねぇ、まあ俺も葛城の意見には賛成だ。警戒はしておこう。」

 

 

以前の葛城には無い成長に涙が出そうだ。

バカンスを始めたと言う事はCクラスは0ポイント作戦を決行したと言う事だ。

 

 

昨夜の鬼頭と竹本の発言からBクラスと交渉を行い、今日以降物資はBクラスのものになる筈だ。

一応考えを伝えておこう。

 

 

「もしかしたらCクラスは0ポイント作戦を行なっているのかも。」

 

 

「どう言う事だ?小代」

 

 

葛城が訝しげな顔で私を見つめる。

全員が私の次の言葉を待っているようだ。

 

 

「Cクラスがなんらかの契約をBクラスと結んだかもって報告が昨日あったでしょ?私と坂柳さんが龍園君から持ち掛けられた交渉は、Cクラスが物資を渡す代わりにAクラスの生徒は毎月2万ポイントを支払うというものなの。」

 

 

「その契約、無理があるんじゃ無いか?物資に毎月80万ポイントの価値があるとは思えないな。」

 

 

「葛城君は原作でその契約を龍園と結んでたよ」と口を滑らせそうになるが何とか堪えた。

 

 

「この作戦を持ちかけるメリットは毎月多額のプライベートポイントが手に入る事。でも他にもあるんだよね。何か分かる?坂柳さん。」

 

 

『そうですね……その場合龍園君は早くても今日Cクラスの生徒をリタイアさせる筈です。しかしこの試験クラスポイントが減る事はありませんから、リーダー当てとスポット占有でクラスポイントの増加を狙う必要があります。…まさか!』

 

 

「坂柳さんは分かったみたいだね。Cクラスがクラスポイントの増加を諦めるメリットはない。この作戦はCクラスが遊んでリタイアしたと思わせて、他クラスのリーダー指名を外させたり、そもそも指名させない事が出来るというメリットが一番大きな旨みだよ。」

 

 

まあAクラスに契約を持ちかけている時点でAクラスにはバレてしまうのだが。

それでも確実に旨みが得られる為、龍園に今回の試験失う物は無い。

 

 

加えてポイントがマイナスになる事は無いので、点呼をする必要も無い。

環境破壊なんかのルール無視もし放題で、点呼時間にCクラスの生徒の多くがリタイアする筈だ。

 

 

「今回の試験、ポイントがマイナスになる事は無い。Cクラスの生徒がリタイアするなら深夜か点呼の時間だろうな。本当にその契約をBクラスに持ちかけたなら、Cクラスは今日の内にポイントを使い切る筈だ。つまり、点呼も無意味なものとなる。」

 

 

石田の考えに多くの生徒が頷く。

 

 

石田はしっかり龍園の行動を予想できており、坂柳や葛城が居なかったらリーダーをしてそうな程優秀だ。

多分Aクラス内の誰よりも強化されたキャラだろう。

 

 

その後今後の動きについて話し合った。

私達占有班は11時前に洞窟内の更新を行い、スポット巡りに向かった。

 

 

近くの川と小屋で更新をし、トマト畑に向かうとトマトの数が大幅に減っていた。

他クラスがトマトを持ち去ったようだ。

 

 

「トマトが減ってるね。」

 

 

「他クラスが気づいて持っていったんだろうなぁ。」

 

 

滝と池のスポットを更新し、ベースキャンプに戻る途中キャンプ近くの畑を見ていく事になった。

畑にはパプリカとピーマン、茄子と胡瓜、玉ねぎが植えられていた。

 

 

「ちょっと持って帰ろうかな。」

 

 

「ああ、そうしよう。」

 

 

葛城の発言に全員が少しずつ野菜をリュックに詰めていく。

 

 

しかし、ここも量が減っているように感じた。

Aクラスに持ち帰られた量以上に切り取られた痕跡が残っていた。

 

 

「ねぇ!これ見てよ!」

 

 

中島が指差す方を見ると林の中に小さな畑を見つけた。

そこにはスイカとカボチャの実がなっていた。

 

 

まだ人に持ち去られた形跡はない為、Aクラスが一番乗りだ。

スイカに鰻とは、豪華な食事になりそうだ。

 

 

「葛城、持っていけるだけ持っていこうぜ?」

 

 

橋本の呼びかけに全員が頷き、リュックサックに詰める事にした。

しかしスイカもカボチャも大きく、茄子やパプリカ等の野菜を少しリュックに詰めている為、持って帰る事は難しそうだ。

 

 

「困ったなぁ。どこかに荷台と野菜を詰められる入れ物があれば良いんだけど。」

 

 

橋本の発言を聞いて葛城が何か閃いたようだ。

 

 

「確か、小屋裏の井戸の近くに荷台があったぞ。その近くにスコップ等の畑用具の入った大きなダンボールがあった筈だ。持ちに行けばスイカもカボチャも運べるだろう。」

 

 

「誰が行く?」

 

 

「なら私が行くよ。神室さん一緒に行かない?あんまり話した事ないし。」

 

 

神室は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの面倒臭そうな顔に戻り口を開いた。

自分が指名されるなとは思っていなかったようだ。

 

 

「…分かった。行ってくるよ。」

 

 

私達は川を下り小屋の方へと歩いた。

畑からの声が聞こえなくなった頃、私は神室に尋ねた。

 

 

「神室、坂柳は今回の試験で何か命令してたりする?」

 

 

「ああ、その為に私を誘ったのね。坂柳は今回の試験で橋本の見張りと山村のサポートをしろって言ってた。」

 

 

山村のサポートはまあ、コミュニケーション能力の低い山村を助けろという意味だろう。

坂柳派の参謀的な位置にいるし、表舞台でどれだけ使えるかの確認も含まれていそうだな。

 

 

「橋本君の見張りってまたどうして?」

 

 

「そんなの知らない。坂柳が命令した、それだけよ。」

 

 

もう坂柳は橋下を警戒しているのか。

もし橋下が調達班やCクラス監視役に選ばれていたら、Cクラスとのパイプを作ろうとした筈だ。

 

 

しかし占有班はこの中にリーダーが居ると他クラスにプレッシャーを与える為に、殆どの時間を一緒に行動している。

つまり坂柳はグループ分けで橋本の動きを制限し、彼がどう動くのかを神室に調べさせ、彼の実力を測ろうとしているのだ。

 

 

私は神室との話を終え、小屋に辿り着いた。

小屋の裏手に回ると井戸があり、その近くに木製の荷台と大きなダンボールを発見した。

 

 

用具を取り出し小屋に入れて畑を目指して荷台を転がす。

畑に着くとカボチャとスイカ、その他の野菜をダンボールに詰めていった。

 

 

「カボチャ5個もいるか?」

 

 

橋下が荷台を押しながら呟く。

 

 

「人数が多いから必要だろう。」

 

 

「そうか…」

 

 

橋本は荷台を押すのがダルいのだろうな。

嫌そうな顔をしながらも、ジャンケンに負けたのは橋本なので同情すれど助けたりはしない。

 

 

「帰ったぞ。カボチャとスイカを見つけたので持って来た。石田、マップに記録したい。」

 

 

葛城が洞窟の外にいた石田に声をかけるとマップを持った山村を呼んでくれた

ペンとマップを譲り受け、スイカとカボチャのあった畑を記録していく。

 

 

とれたての野菜を冷水で冷やし風通しの良い日陰に置く。

調達班が持ってきた魚はフライパンで焼き、野菜は味噌味の野菜炒めにしたようだ。

 

 

とれたて野菜は新鮮で美味しかった。

魚もスパイスのおかげで臭みが少なく、食べやすかった。

 

 

「そういえば、見張り役と隠密班のお弁当は何を入れたの?」

 

 

鬼頭と竹本、清水は重要な役なので食事をしに一々ベースキャンプに戻るのは大変だ。

そこでベースキャンプ待機班の調理担当者は朝5時からお弁当を作り、鬼頭と竹本、清水に渡さなくてはならないのだ。

 

 

その後残りのクラスメイトの食事も作る必要があるので、地味に大変なのだ。

ちなみに調理担当者は谷原真緒と田宮江美、西川亮子の3人らしい。

 

 

残りのベースキャンプ待機班員は清掃や調達班との連絡係を行なっている。

後は下処理や冷蔵物を本部に取りに行ったり、遊んでいる訳では無いのだ。

 

 

「あー確かに気になるね。真緒ちゃん江美ちゃん!鬼頭君達のお弁当ってどんなのにしたの?」

 

 

百恵が二人を呼ぶと真緒達が調理器具を洗い終えてからやって来た。

 

 

「えっと、お弁当だよね?」

 

 

「そうそう。真緒ちゃん達の料理すっごく美味しくて気になっちゃって。」

 

 

百恵の食い意地はAクラス内に知れ渡っている為、2人はクスクス笑いながら弁当を説明してくれた。

 

 

「鬼頭君と竹本君のお弁当はピーマンとパプリカ、玉ねぎとシャケフレークを使ったチャーハン。そこに坂柳さんの余ったお弁当に入ってた唐揚げを一つずつ入れて、那須の炒め物を添えて完成。」

 

 

緑が少ないが、十分美味しそうなお弁当だ。

坂柳の分のお弁当は本部で保管されていたらしく、真嶋が朝本部まで取りに行ってくれたそうだ。

 

 

「へぇ、美味しそうだね!」

 

 

「褒めても何も出ないよ。後清水君のは坂柳さんのお弁当に入ってたおにぎりと茄子の炒め物。おにぎりの具に鮭も入ってるし、唐揚げが無い事は許してくれると助かるんだけど。」

 

 

確かに清水の弁当は肉が入っていないが、鮭でタンパク質は補ているし、栄養の偏りもほぼ無いと言って良いだろう。

 

 

「いやいや、めっちゃ美味しそう。夜も期待大だね!」

 

 

この日龍園に呼ばれてビーチに行くと報告通り、Cクラスがバカンスを楽しんでいたらしい。

煽られたそうだが、こちらも負けじと鰻やスイカなんかの自慢をして帰ってきたそうだ。

 

 

19時頃急いでスポットを回り6ポイントを獲得した。

現在のボーナスポイントは30ポイントだ。

 

 

スポット占有にかなり力を入れている為、今のところ更新時間ちょうどに更新をする事が出来ている。

この調子でいけば、100近くのボーナスポイントが獲得できるに違いない。

 

 

点呼を終えると、鬼頭、竹本、鳥羽の順に報告が行われた。

 

 

『鬼頭君、それは本当ですか?』

 

 

「はい。龍園は今日の点呼を持って深夜にCクラスの生徒を数名残し、他はリタイアさせるそうです。」

 

 

詳しく聞くと、伊吹と金田と石崎、アルベルトを残して各クラスへのスパイと隠密に使うらしい。

それ以外の生徒は深夜リタイアするよう命じていたそうだ。

 

 

さて、龍園がリタイアするかどうか。

本部見張り役にはしっかり観察して貰いたい。

 

 

『分かりました。鬼頭君は龍園を追って下さい。』

 

 

「了解です。」

 

 

鬼頭が水の入ったペットボトルを持ち、Cクラスのベースキャンプへと戻って行く。

 

 

「では竹本、Bクラスについて新たな情報があれば教えて欲しい。」

 

 

葛城に促され、竹本が口を開いた。

 

 

「途中Cクラスの真鍋がクーラーボックスのようなものを持ってきていた。中身はおそらく生物、肉だと思う。」

 

 

この情報により、BクラスとCクラスが契約を結んだ事が確定した。

 

 

「分かった。竹本もBクラスの監視を続けて欲しい。」

 

 

竹本が去って行くと、最後に見張り役の鳥羽が報告を始めた。

 

 

「リタイア者は居なかった。点呼時間にリタイアしている可能性はあるが、見張っている間は船に戻っている生徒はいないぞ。」

 

 

『分かりました。鳥羽君もシャワーを浴びて休んで下さい。』

 

 

これで全ての報告が終わった。

 

 

「明日の動きについて説明する。坂柳達と話し合った結果、明日は────」

 

 

葛城が今後の行動指針を伝えて解散する事になった。

 

 

占有班は午前3時の占有に備えて仮眠を取る。

3日目は鰻丼が食べられるかもと弥彦がはしゃいでいたが、葛城に睨まれて大人しくなった。

 

 

葛城も容赦しなくなったなあ。

 

 

3時にベースキャンプ見張りに起こされ、更新をする。

司城が蛍にビビって逃げ出していったが、特に問題もなく更新ができた。

 

 

ベースキャンプに戻って眠りに着くが、翌朝なかなか起きる事が出来なかった。

山村に迷惑をかけてしまったが、どうやら始まって3日目でそれなりに疲れも溜まっているようだ。

 

 

「……はあ、ご飯食べて会議するか。」

 

 

ちなみにこの日の朝食はカボチャスープとトマトの炊き込みご飯、ミニサラダの3品だ。

どれも絶品で、日常生活で食べるレベルの料理だった。

 

 

トマトの炊き込みご飯がスパイシーで美味しかった。

かぼちゃのクリームスープもクリーミーでシチューみたいで美味しかった。

 

 

同じ食材でも無人島でこれだけ色んな料理が作れるのだから、調理担当の3人には感謝しても仕切れない。

 

 

これを繰り返してやっとの思いで5日目がやってきた。

 

 

途中Cクラスから金田が送られてきたが、なんと言われようと無視を決め込み、見張り役の話では深夜にリタイアしたそうだ。

ちなみに3日目の夜は鰻丼を作り、少量ではあるが美味しくいただいた。

 

 

4日目は小雨が降る中スポット更新と食料調達を頑張った。

夜は雨が降っており、滑りやすい地面に注意しながらスポットを更新した。

弥彦が転んだが、本部で手当を受けたので問題ない。

 

 

5日目は蒸し暑かったが、夜にスイカが振る舞われた。

スイカ割りをし、盛大に潰れたスイカをみんなで分け合って食べた。

 

 

そして来る6日目、島にはAクラス、Bクラス、Dクラス、龍園、アルベルト、伊吹、石崎が残っている。

鬼頭の話によると、伊吹はDクラスへのスパイとして、石崎とアルベルトはどこかに隠れているらしい。

 

 

 

「ここからが本当の勝負だよ。」

 

 

試験ポイント残金 225ポイント

占有ボーナス(6日目午前8時) +90ポイント

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

6日目本部にて。

星之宮と茶柱は見回りに行っており、本部には真嶋と坂上の2人が待機していた。

 

 

本部に置かれたテレビではニュースが流れていた。

 

 

 

『続いてのニュースです。愛知県名古屋市に住む九重花子さんが部活の大会の帰りに行方不明となりました。名古屋市では今月7名の高校生が行方不明となっており、市では集団登下校を呼びかける等対策を───』

 

 

 

「坂上先生、今年4月に入学予定だった高野累君を覚えていますか?」

 

 

 

「ええ、非常に優秀な受験生でした。留学先での成績もトップクラスであり、帰国後の学期末試験でも学年トップの成績を収めていたと聞いてます。」

 

 

坂上は悲しそうな顔でテレビ画面に映るニュースを見つめながら話す。

真嶋も釣られてニュースに目をやる。

 

 

最近全国各地の有名な進学校に通う生徒が行方不明になる事件が多発していた。

この事件は今年の三月から起きていたが、次第に件数が増えている。

 

 

最近では進学校関係なく身体能力の高い生徒や一芸に秀でた生徒も見つかっている。

偶に行方不明者が発見される事もあるが、発見される頃には亡くなっているのだ。

 

 

何かが起きている事は確かだが、犯行手口が不明なのだ。

監視カメラにも映っておらず、どのような場所で消えるかもわからない。

 

 

何か大きな組織が動いているのか、見つかった遺体から事件として捜査を始めてもすぐに打ち切りになってしまうのだ。

国をも動かす権力を持った何者かが天才と呼ばれる青年達を誘拐し、無惨にも殺している。

 

 

「坂上先生、高野が居たらきっとAクラス内で3つの派閥が出来ていたと思います。坂柳、葛城、高野、この3人は我の強い生徒ですから。」

 

 

 

「そうかもしれませんね。高野は特に坂柳理事長が期待していた生徒の1人ですから。素晴らしい功績を残してくれたでしょうね。」

 

 

 

高野累は天才と呼ばれる程の才能の持ち主だった。

だからこそ、その命が奪われた事が教師として残念だった。

 

 

「坂上先生、牧之原事件の生き残りである高野累と小代瑠奈。あの事件も全国有数の名門中学の生徒が行方不明となった事件でしたが、どう思われますか?」

 

 

 

「…無関係、とは思えませんね。あの事件と最近の行方不明には似通った点がありますから。」

 

 

テレビのチャンネルを変えてから、坂上は言葉を続ける。

 

 

「合格発表前に突然高野君は失踪した。ウチの学校は全クラスの人数を揃えなくてはならない。推薦で入学が決まっていた者が失踪したため、補欠合格の受験者から選ぶ事になったんでしたね。そして選ばれたのが六角百恵さん。小代さんと同じ中学出身の方ですね。」

 

 

六角百恵は高野累の代わりとして合格扱いとなったのだ。

高野累のものになるはずだった学籍番号とクラスに穴埋め役として配属された。

 

 

本来のポテンシャル的にBクラスが妥当であるが、高野の代わりなのでAクラス配属になった。

ちなみに牧之原事件の生き残りと同じ中学という理由だけで補欠合格者から選ばれている。

 

 

「坂上先生、今回の無人島試験。途中までは中止されると聞いていたのに、6月の終わり頃突然行う事に決まった。しかも国からの命令で、ですよ。」

 

 

真嶋はこの学校の生徒が巻き込まれる可能性を危惧していた。

国営の特別な学校の生徒だからこそ、行方不明者が出る可能性が高いと考えていた。

 

 

行方不明となる者の共通点は、周囲から優秀な人間という評価を得ている事だ。

今回の無人島試験、何もないと良いのだが。

 

 

「上からの圧力だとは思いますが、このご時世にわざわざ危険を犯す必要は無いと思うのですがね。」

 

 

「ええ。お偉い方の考える事はさっぱり理解出来ません。」

 

 

例えクラスが違えど、教師として全ての生徒を想う気持ちは同じだった。

彼らはきちんと教育者だった。





高野累

所属    1年Aクラス

学籍番号  S01T002704

誕生日   10月27日

【学力】   A
【知力】   B
【判断能力】 B+
【身体能力】 C
【協調性】  B

【面接官からのコメント】

学力が非常に高く全体的にバランスの良い生徒だ。
また中学はイギリスのパブリックスクールへ二年間留学しており、美術の成績はトップクラスだった。
他にもドイツ語やフランス語を学習し、日常会話程度なら問題なく話せるクァドリンガルでもある。
上記を踏まえAクラス配属とする。


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18話 無人島試験(後編)

ついに後編です。
無人島試験の結果が発表されます!


 

 

試験ポイント残金 222ポイント

占有ボーナス(6日目午前8時30分) +90ポイント

 

 

 

朝起きてから朝食の味噌汁とサラダ、1人2個のおにぎりを食べた。

久しぶりのお味噌汁は優しい味がした。

 

 

「おはよう。今日は生憎こんな天気だ。」

 

 

洞窟の外に視線をやるとザーザーと雨が降っている。

雨粒が大きく風も強い為外に出るのは危険だ。

 

 

洞窟内では見張り役の清水、隠密の鬼頭と竹本、就寝中の夜勤組を除いた全員が話し合いに参加していた。

 

 

「先程近くの川を見てきたが水位が上がっており危険だ。今日釣り組は採集組と畑の野菜獲得に動いて欲しい。」

 

 

町田が悩ましげな表情で葛城に向き直る。

 

 

「葛城、占有はどうする?川と池と滝は危険だと思う。このまま雨が続けば川や池が氾濫する可能性だってあるだろ?」

 

 

「町田の意見は最もだ。坂柳、雨はどれくらい続くか分かるか?」

 

 

葛城がレコーダーに向かって話しかける。

まじでこれチートだろ。

 

 

『少々お待ち下さい。雨雲レーダーを確認します。』

 

 

カタカタとキーボードを叩く音はレコーダーから聞こえる。

しばらくすると音が消えた。

 

 

『雨雲レーダーによると、午後4時ごろから午後8時ごろまで雨が降らないようです。午後8時から翌朝の午前6時頃まで小雨が降るようです。明日の天気は曇り時々雨のようです。』

 

 

流石は坂柳だ。

一瞬で解析を終えて報告出来るのは流石としか言いようがない。

 

 

「ふむ。スポットの占有は8時間で効果が切れてしまう。」

 

 

葛城は義理堅く真面目で保守的な考えの持ち主だ。

仲間に無理を強いてまでスポット占有をさせようとは思わないだろうし、ここまで稼いできたポイントを無駄にもしたくない筈だ。

 

 

彼は何を選ぶのか。

 

 

『葛城君、私の考えをお伝えします。

その前に葛城君、質問ですが今朝買った3ポイントの雨具セットにはレインコートは何着入っていましたか?』

 

 

 

「確か8着だった筈だ。清水と竹本、鬼頭が現在着用している。この機会に皆にも伝えておこう。今朝雨が酷かったので、隠密と本部見張り用に雨具セットを購入した。現在のポイントは222ポイントだ。」

 

 

坂柳派の多くが相談も無しにポイントを使った事に対して不満そうな顔をした。

まあ坂柳が半参加とはいえ、葛城が主に現場で指揮を取っている為不満が出てしまうのは仕方のない事である。

 

 

坂柳派の様子を見た橋本が口を開く。

 

 

「なるほどもっと早く伝えて欲しかったが、妥当な買い物だと思うぜ。」

 

 

橋本が葛城の判断を認めた事で坂柳派の人間も納得したようだ。

橋本が機転を効かせてくれたおかげでこの場は丸く収まった。

 

 

『では、改めて私の意見を言いましょう。まず残り5着のレインコートをリーダー以外の5人が着用してスポット占有を行います。六角さんには申し訳ないのですが、体調を崩して明日の午後3時の占有を終えたらリタイアして頂きます。』

 

 

坂柳はこのタイミングでリーダーリタイア作戦を行いたいらしい。

都合よく雨も降っている事だし、雨の中で低体温症にでもなればリタイアくらい簡単に出来るだろう。

 

 

もしかしたら坂柳はこの日に雨が降る事を予測していたのかもしれない。

試験前からこのシチュエーションを狙っていたのなら、それはやはり天才だから出来た提案なのだろうな。

 

 

葛城は坂柳の賛成に頷く事も否定する事も出来ずに考え込んでいるようだった。

暫くして石田が口を開いた。

 

 

「俺は坂柳の提案に乗るべきだと思う。明日の午後3時のスポット占有後はまず一度洞窟に戻ってきて欲しい。Cクラスも本部を見張っているだろうし、リーダー当ての確率を下げる意味でもベースキャンプ待機班のメンバーを数人引き連れて行く。リタイア時には非リーダーの名前を言い、六角は本当のリーダーの名前が書かれた紙を本部に提出する。この策はどうだ?」

 

 

石田は守備を固めた上で坂柳の案に賛成しているようだ。

 

 

この策を使う場合、リタイア時に共にいたベースキャンプ待機班数人も今後スポット占有を一緒に行う事になる。

後はスポット占有以外はキーカードを別の人物が待つというのも有効ではある。

 

 

だがあんまりやりすぎると逆張りでブラフだと思われる可能性があるので難しいところだ。

リタイア時に名前を呼ぶとしたらブラフとして効果的なのは坂柳の名前だろう。

 

 

私は口を開き提案を始める。

 

 

「石田君の意見に賛成かな。リタイア時に非リーダーの名前を呼ぶなら坂柳さんの名前が良いと思う。坂柳さんの半参加のメリットを考えればブラフだと思いにくい筈だよ。」

 

 

私の意見には全員が賛同する。

葛城が悩んだ末にやっと口を開いた。

 

 

「俺も一戦略としては素晴らしいと思う。しかし占有班、特に六角の考えも尊重したい。体調を崩させるという事は倫理的な観点から問題がある。六角の考えを教えて欲しい。」

 

 

百恵が頷き葛城の前に出る。

 

 

「葛城君、私は坂柳さんの意見に賛成するよ。この試験で勝てばお小遣いが増えるし、何よりここまでの頑張りを無駄には出来ないからね。」

 

 

「…分かった。申し訳ないが、六角には体調不良に陥って貰おう。」

 

 

葛城は百恵に頭を下げた。

 

 

「や、やめてよ葛城君!気にしないでよ、勝つ為なんだからさ!!!!」

 

 

百恵が慌てて葛城に顔を上げろと騒ぎ立てる。

その時、坂柳から連絡が入った。

 

 

『全員聞いてください。只今鬼頭君から連絡が入りました。』

 

 

鬼頭は坂柳と連絡を取るために常にレコーダーを持ち歩いている。

その為坂柳を介して龍園の動向に関する報告を受けているのだ。

 

 

全員が坂柳の言葉に真剣な表情で耳を傾ける。

 

 

『先程龍園君が石崎君と合流し、何かを耳打ちしていたようです。その後石崎君はAクラスのベースキャンプ地である洞窟の方へ歩いていったと報告が入りました。』

 

 

重要な点は、龍園が何らかの情報を石崎と交換したという事と、石崎がAクラスのベースキャンプ地の近くに潜伏している可能性があるという事の2つだ。

 

 

石崎が龍園と接触せずとも無線機の購入を行って密に連絡を取り合った方が良い筈だ。

わざわざ会ってまで話す内容とは一体なんなのだろう。

 

 

「石崎がAクラスのリーダーを探りに来ているかもしれないという事だな。ひとまず調達班は野菜の獲得に動いて欲しい。そして今後の会議は少人数で行う。動きを読まれない為にも夕食時にはどうでも良い内容の報告会をブラフで行っておこう。」

 

 

彼の言葉によって調達班が動き出し、ベースキャンプ班から西川亮子と田宮江美がリタイア時に本部へ着いていく事になった。

2人は明日の午前3時の占有後にベースキャンプにて合流し、スポット占有班と共に向かう予定である。

 

 

葛城の保守的な思考は今回のような場合とても役に立つ。

 

 

やはり坂柳の矛と葛城の盾を両方上手く使って行く方が今後の特別試験での勝率が格段に上がると思う。

まあ協力なんて無理だと思うけど、2人にはもうちょっと歩み寄って欲しい。

 

 

今のような強制時でなくとも、クラスの為に共闘し合ってくれたらかなり強いと思う。

強い人間が多いクラス程有利なのは事実だが、思想が異なる者がいるという事は大きな隙ができてしまうのでとても厄介だ。

 

 

だからAクラスは常に爆弾を抱えている。

幸いウチのクラスには爆弾処理班が多数在籍しているので今の所は問題無いが、今後が不安で仕方ない。

 

 

時間になるとスポットの更新を行い、ポイントを獲得していく。

 

 

スポット更新時以外はベースキャンプ班の仕事を手伝ったり、坂柳とお喋りしたりと暇を潰している。

無人島生活はきついが、基本的にやる事が少ないので暇なのだ。

 

 

「真緒ちゃん、今日の夜って何作るの?」

 

 

「野菜カレーだよ。トマトと茄子、パプリカにカボチャを使った野菜カレー。お肉が無いのは残念だけど、それなりに美味しいと思うよ。」

 

 

無人島でカレーか。

中学の頃の林間学校を思い出すなぁ。

 

 

あの時も同じ班の友達と協力してカレーを作ったなあ。

外で火を起こすのは大変だったけど、良い思い出になったよ。

 

 

「カレーかあ。楽しみだなあ。サラダとか作るよね?手伝わせて欲しいな。」

 

 

「ほんと?じゃあここのメモに書いてある野菜を持ってきてくれる?」

 

 

「分かった。ちょっと待っててね。」

 

 

メモには野菜の種類と個数が書かれており、サラダとカレーで使う量を分けて書かれていた。

 

 

この字は恐らく山村のものだな。

多分坂柳に量を計算して貰い、山村がメモに記して調理班の女子が料理を作っているようだ。

 

 

谷原達と料理をしながら時間を潰して過ごした。

 

 

そして午前3時の更新を終えて百恵はリタイアする。

 

 

「Aクラスの六角百恵です。頭が痛くてこれ以上試験を受けるのはきついのでリタイアさせて下さい。」

 

 

本部には真嶋と星之宮がおり、百恵を地近くの椅子に座るよう指示を出す。

星之宮が百恵のつけている腕時計を外し、健康を確認している。

 

 

「…37.5度。六角さんはリーダーのようだし、リタイアするとなると代わりに誰がリーダーを行う?」

 

 

「えっと、真嶋先生。坂柳さん。」

 

 

百恵はそう言ってリーダーの名前が書かれた紙を真嶋に手渡す。

新しく出来たキーカードは私が受け取り洞窟に戻ってからこっそり中島に渡した。

 

 

「これで良かったのかな?」

 

 

「それは試験が終わるまで分からない。瑠奈はどこが勝つと思う?」

 

 

眠れなくなり、私と小春は洞窟の外でお喋りしていた。

 

 

「勿論Aクラスだよ。ここまで万全な準備をして試験に挑んでいるんだから、これで勝てないなら無能以外の何者でも無いよ。」

 

 

大金をクラスのために使い、派閥関係なく協力できる状況にし、試験の計画を予め立てているのだ。

この島のマップも全員が事前に知っており、ルールに書かれていない情報も確認済み。

 

 

どのクラスよりも有利に進められているのだから、Aクラスには勝利しか許されていない。

 

 

「そうね。私達には勝利しかない。…瑠奈は2位はどのクラスだと思う?」

 

 

「Cクラスが0ポイント作戦を行っているんだから、消去法でいけばBクラスかDクラス。個人的にはDクラスかな。」

 

 

「どうしててDクラスだと思うの?」

 

 

綾小路がいるから、としか言いようがない。

 

 

 

「…BクラスがああDクラスのリーダーを当てられるとは思えないんだよね。」

 

 

 

「なるほどね。」

 

 

その後2学期の事や学校に戻ってからの予定について話した。

どうやら小春は夏休み中に書道コンクールに出す作品を作成しなければならないらしく、今のところ満足のいく作品が一つも書けていないそうだ。

 

 

「和泉新聞のジュニアコンクールなんだけど、かなり大きなコンクールだから全国大会と同等の扱いになるらしいの。だから、ここは絶対受賞を狙いたいんだよね。」

 

 

和泉新聞社長賞を受賞すると全国大会金賞レベルの報酬が貰えるらしい。

小春は中学時代から書道一筋で努力してきたらしく、高校でも書道部に所属してコンクールを目指しているのだと話してくれた。

 

 

「小春の頑張りが報われるますように。」

 

 

「流れ星は落ちていないよ?」

 

 

小春が冗談ぽく笑う。

 

 

「流れ星が落ちる前に3回願い事を言うと願いが叶う。こんな迷信信じないけど、言葉には力があると思ってるからさ。口に出したら本当になるかもよ?」

 

 

私はそう言って小春の顔を見る。

すると彼女は私の顔をまじまじと見つめて、ふふっと笑った。

 

 

何だか気恥ずかしくなり、話題を変えようと思考を巡らせる。

その後私達は恋バナをして洞窟に戻った。

 

 

7日目の最終日。

 

 

「全員聞いて欲しい。」

 

 

石崎を警戒し、洞窟の最奥でAクラスの代表生徒は集まって話し合いをしていた。

 

 

「今日から鬼頭ではなく見張り役にレコーダーを渡す事になった。現在清水がレコーダーを所持しているので、いつでも対応出来るよう、坂柳からの連絡は随時確認出来るようにして欲しい。」

 

 

「なら、俺がレコーダーの近くで待機していよう。」

 

 

石田の申し出により、次の議題に移る。

 

 

「石田にレコーダーは任せよう。次にリーダー当てに関してだが、試験終了後担任の真嶋先生に伝える事になっている。今現在のリーダー情報は以下の通りだ。」

 

 

葛城は、各クラスのリーダー予想が書かれた紙を全員が見えるところに置く。

Dクラスは堀北、Cクラスは龍園、Bクラスは白波の名前が書かれている。

 

 

「これに目を通しておいてくれ。午後に俺と矢野、山村でBクラスの偵察に向かう。この時リーダーかどうか揺さぶりをかける予定だ。竹本が隠密しながらクラスないの様子を観察して貰う。」

 

 

なるほど、Bクラスのリーダーを確かめるためにようやく動き出すらしい。

夜勤の本部見張がいるため、リタイアにもすぐ気づけるだろう。

 

 

そした8日目の午前3時、最後のスポット更新を行った。

私は眠りについたが、葛城は石田と交代してレコーダーからの連絡に備えている。

 

 

坂柳には申し訳ないが、今日だけは徹夜した貰う事になった。

私は疲れが溜まったいたのかすぐ眠りについたのだが、意識が落ちる瞬間レコーダーザアッと音を立てた鳴った気がする。

 

 

『大変です!………が…………しました!』

 

 

 

翌朝、試験を終えて中島が他クラスのリーダーを指名し、荷物を片付けて本部近くの浜辺に向かった。

 

 

そして一週間の無人島試験が終了した。

片付けを終えて私達は始まりの浜辺へ向かった。

 

 

船を見るとリタイアした生徒達が結果発表を上から見ていた。

真嶋が紙を見ながら試験の講評を簡単に読み上げていく。

 

 

「ではこれより、無人島試験の結果発表を行う。」

 

 

さて、Aクラスは勝利を掴む事が出来たのかな。

 

 

 

「まず最下位───Cクラス50ポイント」

 

 

リーダーを当てられたのか。

Cクラスの動きについては不明な点が多いため気になるな。

 

 

「続いて3位───Bクラス 120ポイント」

 

 

龍園と組んで物資を渡されている割には少ないな。

 

 

「2位───Dクラス 285ポイント」

 

 

「おっしゃあ!」

 

 

「こんなんヨユーだろ!」

 

 

池や山内が喜びの雄叫びを上げる。

女子と一部の男子、他クラスの生徒もドン引きしているが、初めての試験で2位なのだから嬉しいのだろう。

 

 

成程、綾小路が動いたのか。

 

 

「そして1位───Aクラス 368ポイント」

 

 

「はあ?マジかよ…」

 

 

石崎が分かりやすく肩を落として落ち込んでいる。

一之瀬や堀北といった他クラスの主要人物達も驚いているようだ。

 

 

1位だ。

私達が勝ったんだ。

 

 

わあっとAクラスから歓声が上がる。

船の方からは百恵が坂柳に抱きついて笑い合っていた。

 

 

「よっしゃあ!やりましたよ葛城さん!!!」

 

 

「うむ。俺達の勝利だ。」

 

 

「この結果なら姫様も満足するだろ。」

 

 

「やっと帰れるわ…。」

 

 

弥彦が葛城を讃え褒めまくっている。

いつもなら騒ぐなと釘を刺すところだが、今回は葛城も注意せず嬉しそうに笑っていた。

 

 

神室はだるそうな顔で安堵し、橋本もこの結果に満足しているようだ。

 

 

それにしても坂柳派の山村が記録係として、坂柳との橋渡しとして活躍してくれたが優秀すぎるだろ。

あと鬼頭の隠密もえぐいし、何気に見張り役とBクラス隠密の竹本、Cクラスを夜間だけ監視していた的場も隠密スキル完ストしててやばいと思う。

 

 

 

隠密と本部見張りの方々は本当にお疲れ様。

石田も相変わらずの有能っぷりだったし、ほんとよく頑張ったよ。

 

 

「船に戻ったら、美味しい物食べたいな。」

 

 

「ちゃんとした鰻重食べたい。」

 

 

小春と鰻重を食べる事を約束した。

後お肉が恋しいよ。

 

 

やはり本気のスポット更新が効いたようだ。

作戦も完璧だったし、かなり頑張った。

 

 

 

ーーーーーーー

Aクラス 1562

Bクラス 840

Cクラス 670

Dクラス 372

ーーーーーーー

 

 

 

クラス変動もなく、ただAクラスとの差が開いただけの試験だった。

 

 

「全員荷物を持って船に戻るように。忘れ物をした戻りに戻れないので、今一度荷物を確認するように。」

 

 

そして私達は船に戻った。

3人部屋ではなく、個室に変更してもらいシャワーを浴びてゴロゴロする事にしよう。

 

 

合計 650万2007ポイント




小代瑠奈

所属    1年Aクラス

学籍番号  S01T004708

誕生日   7月1日

【学力】   A+
【知力】   B
【判断能力】 A
【身体能力】 B
【協調性】  C

【面接官からのコメント】

学力が非常に優秀で、入学試験では4科目満点で2位という輝かしい成績を残している。
小学生の時から全国模試では50位以内をキープしており、中学時代の模試では11位まで成績を上げたようだ。
全体評価は高くAクラスに配属したいところだが、周囲より私欲を優先することが多く、又ある事件に関わっていることから、Cクラスへの配属とする。


【担任からの一言】

(8月7日時点)
Aクラスに移動してからクラスの為に行動しており、定期試験の結果は勿論、特別試験においてもクラスに貢献してくれました。
クラス内では六角百恵や矢野小春と行動していますが、多くの生徒から慕われており、今ではクラスの中心人物です。
今後もAクラスを勝利に導いてほしいと思います。


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ようこそ干支試験の会場へ
19話 束の間の休日


お久しぶりです。
干支試験前の閑話です。
ちょっと例の行方不明事件が進んだりします。




 

苦しみは人を強めるが、喜びは大体において人を弱くするにすぎない。勇敢に堪え忍ぶ苦難と苦難との間の休みの時こそが、本当の喜びなのである。

by カール・ヒルティ

 

 

 

無人島試験を終えた翌日、私は束の間の休暇を楽しむような生徒とは違って3階にある第一会議室に集まっていた。

そこには坂柳、葛城、というAクラス2トップ、Bクラスの一之瀬と神崎、Cクラスの龍園とアルベルト、Dクラスの櫛田と平田と堀北といったリーダー格が大集合している。

 

 

何故こんな錚々たるメンバーが集まっているのかと言えば、試験の反省会を行うためだ。

試験結果は順位とポイントのみ教えられたが、その他の試験に関する情報は開示されないと明言されており、つまるところ知りたければ自分達で確認する他無いのだ。

 

 

「今日は誘ってくれてありがとう、坂柳さん。」

 

 

櫛田が女優も真っ青な笑顔を坂柳に向け感謝を述べる。

 

 

「ふふ、こちらこそDクラスの戦術には興味がありましたので。参加して頂き有難うございます。」

 

 

この反省会は元々龍園がAクラスの戦術について尋ねた事がきっかけとなり、せっかくだから試験中の各クラスの動きについて反省会をしようと坂柳がDクラスとBクラスも誘ったのだ。

 

 

「では、早速ですが今回の試験について話しましょう。まず現在の各クラスのポイントがこちらです。」

 

 

坂柳が反省会を始めようとした時、堀北が待ったを掛けた。

 

 

「待って坂柳さん、関係のない人が何故ここにいるのかしら?」

 

 

堀北は真正面に座る私を睨みつけている。

私だってAクラスの一員なのだから無関係とは言えないと思うのだが。

 

 

「それは私の事かな?堀北さん。」

 

 

「ええそうよ。今回ここに集まっているのは各クラスのリーダーやクラスの中心人物よ。ただの1クラスメイトである貴方が参加して良い反省会では無いわ。」

 

 

つまり堀北は私に「去れ」と言っているのだ。

彼女にとって私が取るに足らない存在だとしても私は招待されたから此処にいる。

 

 

「悪いけど、私はこの会に坂柳さんと葛城君かから招待されているんだよね。だから参加はさせて貰うよ。」

 

 

「ええ、その通りです。小代さんをお招きしたのは私です。そして私は堀北さんを招待した覚えはありません。」

 

 

坂柳の援護によって堀北は悔しそうに顔を歪める。

 

 

今回坂柳と葛城が招待したのは一之瀬、龍園、櫛田、平田の4人だ。

神崎とアルベルトを連れて行く許可は一之瀬と龍園から申請され既に承認されているが、堀北は割り込み参加だ。

 

 

平田や櫛田の話では、各クラスのリーダーとの話し合いの場に何故私が呼ばれないのかと騒ぎ出した事によって、急遽主催側の葛城に連絡が入ったのだ。

反省会が始まる15分前に突然連絡が来たので葛城の承認のみで堀北は参加している。

 

 

つまり、正式な招待客ではない堀北は居たところで何の意味もない、役立たずという訳だ。

 

 

「堀北さんは特別にお願いして参加させて貰ってるんだから、Aクラスの瑠奈ちゃんに文句を言う権利も無いんだよ。」

 

 

櫛田も同調し私の味方が増えた。

内心堀北を見下して嘲笑っているに違いない。

 

 

「…そ、そうね。悪かったわ、小代さん。」

 

 

「いやまあ、別にいいけど。」

 

 

ひと段落ついたところで、ようやく反省会が再開した。

坂柳が各クラスのクラスポイントが表示されたタブレットをテーブルの真ん中に置く。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

Aクラス 1194→1562

Bクラス 720→840

Cクラス 620→670

Dクラス 87→372

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

ぶっちぎりでAクラスが1位だ。

今後は毎月15万プライベートポイントが振り込まれる事になるので、貯金額を増やしておこう。

 

 

「分かりやすいね、坂柳さんありがとう。」

 

 

平田が爽やかな笑顔で坂柳に感謝を述べる。

 

 

「坂柳、お前らはリーダー氏名指名をする前何ポイント保有していた?」

 

 

「ふふふ、私達Aクラスが残したポイントは222ポイントです。」

 

 

坂柳の言葉に櫛田や平田、堀北や一之瀬、神崎が目を見開いて驚いていた。

龍園は何か気づいたようにニヤリと口角を上げて口を開いた。

 

 

「Aクラスは確か6つのスポットを占有していたな?試験が終わるのは8日目の朝だ。初日と8日目を除いた最大のスポットボーナスは126ポイント。これと222ポイントを足すと348ポイント。Dクラスと同盟を組んでいるのは知ってるんだ。」

 

 

「ダラダラ話して、何が言いたいの?龍園君。」

 

 

堀北が苛つきながら龍園を睨みつける。

 

 

「人の話は最後まで聞けよ。もっとリラックスしろよ、鈴音ェ。」

 

 

「触らないで!」

 

 

龍園は堀北の方に手を回し挑発するが、堀北は手をはたき落として距離をとる。

パシンッと乾いた音が室内に響き渡る。

 

 

「手厳しいな。…いいか?AクラスがウチとBクラスのリーダーを当てていた場合、100ポイントが入る。448ポイントになる。だが結果は368ポイントだった。リタイアをしたかつ、リーダー当てを1クラス分しかしていない事になるんだよ。それかリーダー当てのプラス分を他クラスにリーダー当てられて相殺されたか、だな。」

 

 

龍園は本当に頭がよく回るな。

頭の回転が速いのだろう。

 

 

龍園はスポット占有を捨てているからこそ、スポットを8時間毎に更新した場合の最大値からここまでの推理を披露出来たのだろう。

それにリーダー当てをしないという選択肢を思いついたのは龍園が捻くれ者だったからとしか思えない。

 

 

真っ直ぐな一之瀬や今回正攻法で攻めた堀北、優等生な櫛田や平田には思いつかなかった戦法だ。

綾小路や高円寺なら使うかどうかは別として、この保守的な戦略を思い付く事もあるだろうが、追う者であるDクラスは取る必要性が無い。

 

 

坂柳は面白そうに口角を上げ、葛城は龍園の推理に感心したように頷き口を開く。

 

 

「龍園の言う通りだな。今回Aクラスはスポット占有で126ポイントのボーナスを獲得した。そして、他クラスにリーダーをそもそも当てさせないために人海戦術を用いている。リタイア作戦も使い、完璧な防御壁を創り出したんだ。」

 

 

「防御壁、か。お前らはどこのクラスのリーダーを当てたんだ?」

 

 

「Bクラスだ。」

 

 

神崎と一之瀬が顔を顰める。

 

 

「なるほどな。そういう事かよ、ククク。」

 

 

「ど、どういう事なの?」

 

 

「私達はDクラスと互いに指名し合わない事を条件に同盟を結んでいました。当初の予定ではBクラスとCクラスのリーダー当てをする筈でした。」

 

 

坂柳が一度言葉を区切って龍園の方を向き再度口を開き説明を続ける。

 

 

「しかし、龍園君がリタイアしたという連絡が入ったので、Cクラスのリーダー当てのは3分の1。龍園君は次のリーダーを決めていなかったそうですからランダムでしょう。運任せで選び外すくらいならリーダー当てをしなければ良い。スポット占有を行わないCクラスのリーダーを当てる材料は存在しませんからね。」

 

 

「なるほどな。大方本部近くで見張でも置いてたんだろ。俺がリタイアしたのは朝の4時頃だ。見張りがいたとしか思えねぇな。」

 

 

まあそりゃそうだろう。

そんな時間に起きている人間は密会をする為か他クラスの情報収集の為の2択くらいしか思いつか無い。

 

 

「正解です。私達は試験開始直後洞窟に向かう生徒とは別に、各クラスに1人ずつ監視役を送り込み、本部にも見張りを置きました。そして見張りは交代制、監視役は主にCクラスを見張る為のものです。」

 

 

「え、それって…まるで試験が始まる前から決まっていた様にしか聞こえないかな。まさか、ね?」

 

 

一之瀬が苦笑しながら坂柳を見つめる。

恐らく答えは出ているのだろうが、その答えが現実離れしており認める事が出来ないのだろう。

 

 

坂柳は至って普通に、何て事の無い様に一之瀬の質問に答える。

 

 

「ええ、一之瀬さんの言うとおり、私達は無人島試験が始まる前から役割分担を行い戦略を考えて試験に挑んでいましたよ。」

 

 

「ど、どういう事だ?まさか、試験内容を知っていたと言う事か?」

 

 

神崎がこめかみを抑えながら言葉を紡いだ。

意外にも冷静に分析していた様だ。

 

 

「言葉通りの意味ですよ。私達は試験前から試験の内容を知っていたんです。ですからこのアドバンテージを活かして戦略を練り、無人島サバイバルに関する知識を学んだのです。」

 

 

まあその通りではあるが、これだけ聞いたら良い顔はされない。

 

 

「そんなの認められる訳無いわ!反則よ!」

 

 

「堀北さん落ち着いて!」

 

 

「Aクラスがまさか反則をしていたなんて、今すぐ先生方に伝えないと!」

 

 

「ふふふ、反則なんてしていないのですがね。」

 

 

平田が堀北を必死で抑えながらも坂柳を見つめて口を開く。

 

 

「…Aクラスは試験内容をポイントで買った。違うかな?」

 

 

原作の平田がこの方法を考えられるとはとてもじゃ無いが思えない。

やっぱりこの世界は原作とは違うんだ。

 

 

私は平田の方に向き直り口を開く。

 

 

「その通り、だよ。厳密には試験内容と試験内容を他人に伝える権利の2つだけどね。合計で30万プライベートポイントを支払ったよ。」

 

 

私の言葉にAクラスの生徒を除いた全員が驚いている様だ。

あの龍園でさえな驚きの表情を浮かべている。

 

 

堀北も落ち着きを取り戻し苦々しい顔で私を睨んでいた。

なんでそんなに私に敵対心を向けているのか理解出来ないな。

 

 

「そういえば、CクラスとBクラスはリーダー当てで誰の名前を書いたの?」

 

 

櫛田が可愛らしく首を傾げて尋ねる。

 

 

「BクラスはAクラスの坂柳さんとDクラスの堀北さん。だよ。」

 

 

「CクラスはBクラスだの白波だ。」

 

 

「え、なんで…私達は仲間じゃなかったの?」

 

 

「Cクラスとは同盟を結んでいた筈だ!どういう事だ龍園!!!」

 

 

神崎が怒りを露わにし龍園へ詰め寄るが、アルベルトが神崎の前に立ちはだかる。

CクラスとBクラスは同盟を結んでいただけに、一之瀬のショックは相当なものだろうな。

 

 

「DクラスとAクラスのリーダーが不明なんだから、Bクラスのリーダーを当てるのは必然だろ?契約書には互いのクラスのリーダーを当ててはいけない、なんて書かれていないんだからな。」

 

 

「くっ…確かにお前の言うとおりだ。」

 

 

龍園の言う事は間違っていない。

ルールの穴をついた龍園がBクラスの上をいっただけの事だ。

 

 

それを理解しているからこそ、神崎は龍園を苦虫を噛み潰したような顔で睨むだけに留めているのだろうな。

 

 

他クラスの動きや戦略についての話を聞き、そろそろ退室時間だ。

 

 

「今回のカラオケ代は私と葛城君で支払います。今日は御参加下さり有難う御座いました。」

 

 

坂柳の発言に龍園は気持ちの籠っていない感謝を述べ、アルベルトと共にカラオケルームから去っていった。

櫛田や平田、一之瀬や神崎は申し訳無いと抗議の声をあげたが、最終的には坂柳と葛城に感謝を述べていた。

 

 

堀北は「カラオケ代を払えない程生活に困っていないわ!」と怒っていたが、平田と櫛田に引き摺られるようにしてカラオケルームから強制退出させられていた。

この日は解散後小春と鰻重を食べた。

 

 

「やっぱりプロが作る料理は美味しいなぁ。」

 

 

「無人島で鰻が食べれただけでも十分有難いけど、料亭で作ってもらった方が何倍も美味しいわ。」

 

 

鰻は絶品だった。

 

 

この学校に入学してから鰻を食べていない為、久しぶりの鰻に涙した。

無人島のはノーカウントだ。

 

 

翌日、私は小春や百恵と船内のフレンチレストランでステーキのコースを味わい、午後はプールで泳いで映えそうなトロピカルジュースを飲みながらまったりとバカンスを楽しんだ。

夜にはプラネタリウムで星座を眺め、ナイトプールで夜景を楽しみながらくつろいだ。

 

 

無人島試験の疲れもだいぶ癒えてきたな。

 

 

翌日、午前10時頃に突然アナウンスが入った。

 

 

内容は12時以降割り当てられた客室から出るな、というものだった。

12時以降船内をうろついていた場合プライベートポイントを没収されるらしい。

 

 

確か原作だと次は干支試験が行われるな。

 

 

だが原作でこんなアナウンス入ったか?

原作を読んでから約16年も経っているのだから、内容が抜け落ちている事もあるだろう。

 

 

結局疑問を気にする事なく私は百恵達と喋っていた

 

 

「…もしかしたら、また試験でもやるのかな?」

 

 

百恵が訝しげな顔でアナウンスを聞きながら疑問を口にする。

 

 

「多分そうだと思うよ。バカンスはまだ数日続くし、その間ずっと甘い蜜だけを吸えるとは思えないや。」

 

 

「成程ね。放送の言うとおり、パスタを食べてさっさと部屋に戻った方が良さそう。」

 

 

小春の発言に頷き私達はイタリアンカフェに向かった。

最近流行りの暗殺者のパスタとレモンジェラートを平らげて、部屋に戻る。

 

 

14時頃、アナウンスが入った。

船内の出歩きが解除され、指定時刻になったらその場所へ向かう様にというものだった。

 

 

場所は送られてきたメールで確認できるそうだ。

数分後送られてきたメールには第3会議室に15時に集まる様に指示されていた。

 

 

クラスチャットで確認すると、一度の招集にクラスから3、4人の生徒が呼ばれている事が分かる。

ちなみに同時刻同じ場所に選ばれた生徒は葛城と坂柳の2人だった。

 

 

作為的なものを感じるが深く考えたら負けだ。

そろそろ部屋を出ようというタイミングでピコンと通知オンが響いた。

 

 

確認するとクラスチャットにメッセージが送られていた。

 

 

『特別試験に関する話の場合、その場にいるメンバーの名前と試験内容をメモして欲しい。』

 

 

送信者は用心深い葛城だ。

名前さえわかれば全クラスの優待者が判明するし、有難い指示だ。

 

 

私は部屋を出て第3会議室へと向かった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

無人島試験の翌々日の夜、最上階のシアターの隣のBARで2人の生徒がカクテルグラスに注がれたノンアルコールドリンクを飲みながら話し込んでいた。

片方はブラッドオレンジのジュース、もう片方はライムとレモンのジュースだ。

 

 

「それで、一体何の用だ?わざわざ呼んでまで話したい事があるんだろ?」

 

 

「ああ、そうだ。お前に聞きたい事は────Aクラスの内情についてだ。不満があるんだろ?現状に。」

 

 

「俺よりももっと適任がいると思うんだがな…」

 

 

「ハッ、お前の魂胆は分かってるぜ?Aクラスで卒業してぇんだろ?」

 

 

「………」

 

 

男はどうすべきか悩まし気な表情で思案していた。

クラスの情報を売るという事はクラスを裏切ると同義だ。

 

 

いくら今クラスに不満を持っていても、そんな事をして良いのか。

無人島試験を得てAクラスは大きく成長し、成果を出した。

 

 

この結果に満足しているが、どっちつかずなAクラスがいつまでも続く保証はない。

だが今のクラスに水を差す事で今後に影響を及ぼすならば、ここで情報を伝える訳にもいかない。

 

 

黙ったままの男に痺れを切らしたのか、呼び出した張本人は甘い言葉を囁く。

 

 

「3万ポイントでどうだ?」

 

 

「………」

 

 

男は呼び出した相手に向き直り口を開く。

ピコンと通知音が響き、男の端末にメッセージが届いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

干支試験前日の第一会議室には、各クラスの担任や学年主任、政府関係者が集まっていた。

この会議室の壁は防音素材で出来ており、ここでの話し声は外に漏れる事は無い。

 

 

「突然私達を集めた理由をお聞かせ願えますか?高宮さん。」

 

 

高宮と呼ばれた男は文部科学省の官僚であり、今回の試験の最高責任者でもある。

 

 

「皆さん、試験説明の準備でお忙しい中集まっていただきありがとうございます。最近報道されている、中高生の行方不明事件を考慮し、今回の試験は厳重な警備の中取り行われています。そして、周辺の海は海上自衛隊と海上保安庁の船が警戒体制に入っていますが、先ほど見知らぬ漁船が島の西海岸に停泊指定と連絡がありました。」

 

 

例の行方不明事件は止まる事を知らず、行方不明者は着々と増えている。

 

 

「それは本当ですか?」

 

 

「まさか、ウチの生徒達を狙っているんじゃ…」

 

 

星之宮は不安そうに体を震わせ、茶柱も拳を強く握り締めて怒りを抑え込んでいる様だ。

真嶋と坂上、学年主任も苦々しい顔で話を聞いていた。

 

 

「はい。海上保安庁が事情聴取を行い、船内を調べた結果、大量の麻薬と睡眠薬、それから………前日行方不明となった名古屋市に住む女子校生の九重花子さんが発見されました。」

 

 

「なっ?!」

 

 

「本当ですか?」

 

 

「彼女は無事なんですか?!」

 

 

行方不明事件が全て同じとは限らないが、生きた状態の生還者はかなり珍しい。

 

 

「はい。現在事情聴取をしているそうで、とあるゲームに参加させられ、彼女は脱落したと話していました。」

 

 

「ゲーム…?」

 

 

坂上はゲームという単語を聞いて小代瑠奈の誘拐事件を思い出す。

あの事件の聴取で小代瑠奈は『デスゲームをした』と述べたらしい。

 

 

今回発見された女子校生が使った脱落というワードがゲームによる脱落という意味ならば、もしかしたら彼女もデスゲームを行ったのではないだろうか。

そう思わずにはいられなかった。

 

 

今回発見された九重花子の証言は捜査を進める上で重要な鍵となる筈だ。

 

 

「ええ、ひとまず発見された女子生徒は一旦都内の病院へ搬送し、その後警視庁で詳しい事情聴取を行う予定です。ですので、護送用に2隻の船が一時的にこの場を離れる事になります。」

 

 

「あ、ああ。分かりました。」

 

 

真嶋が高宮の言葉に返事をする。

その後今後の警戒体制に関する説明を受けた。

 

 

「つまり、試験の説明開始と同時に2つの船はこの場を離れ、明日の午前中に再び戻ってくると言う事ですね?」

 

 

坂上が説明を簡潔にまとめもう一度確認をすると高宮は頷いた。

 

 

「そういう事です。それと、この事は他言無用でお願いします。」

 

 

「分かっている。」

 

 

生徒や従業員には箝口令が敷かれ、ここにいる人間以外知る者は、ホテルマネージャーと機長、副機長の3人のみだ。

 

 

「では、これで解散とします。夜間の見回りを増やしておきますので、港に着くまで宜しくお願いします。」

 

 

高宮の言葉と共に解散となった。

政府関係者と学年主任が会議室を出て行き、残された4人は呆然としていた。

 

 

「………」

 

 

真嶋と坂上が無人島で話した不安がこんな形で迫っていただなんて思いもよらなかった。

 

 

生徒のために、この国の未来のために、犠牲となった多くの子ども達のために彼らは今日という日を生きていく。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

《スポット占有ポイント》

 

1日目…12ポイント

2日目…18ポイント

3日目…18ポイント

4日目…18ポイント

5日目…18ポイント

6日目…18ポイント

7日目…18ポイント

8日目...6ポイント

 

 

《ポイント内訳》

 

残金     222ポイント

リタイア   −30ポイント

占有     126ポイント

リーダー当て  50ポイント

─────────────

       368ポイント

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 




高宮真太郎

文部科学省高等教育局の特殊課の副課長。
※主に国が運営する高専高校や国立高校の運営や教育内容の考案、調査を行う部署。
高度育成高等学校の特別試験を考えたりもする。
無人島試験用の島を管理している。
今回の無人島試験と干支試験、豪華クルーズの最高責任者。


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20話 干支試験①

ついに干支試験が始まります。
どこか不穏な空気を醸し出しながら始まる試験。
一体どうなるのか…




 

交渉において相手を思い通りに動かし、説得していくには、はっきり言って3とおりの方法しかない。

「合法的に脅す」「利益を与える」「ひたすらお願いする」の3つだ。

その中でも、もっとも有効なのが「利益を与える」である。

by 橋下徹

 

 

 

ついに干支試験が始まる。

私は坂柳と葛城と一緒に第3会議室に向かった。

 

 

扉を開けるとそこには既に多くの生徒が集まっていた。

 

 

「あ、瑠奈ちゃん達もこのグループだったんだね!」

 

 

「坂柳さん達も同じグループなんだね。宜しくね。」

 

 

「ウヒョー!可愛い子がいっぱい!俺は山内春樹!!中学ではインターハイで「ちょっと静かにしてちょうだい。」…ちえっ。」

 

 

櫛田が入ってきた私達に笑顔で話しかけるが、恐らく内心堀北と同じグループになった事に相当腹を立てているんだろうなぁ。

平田は各クラスのリーダーの中に居ても臆する事なく話すことが出来る事を考えると、やっぱり優秀な生徒みたい。

 

 

堀北が壁に向かって話しかけてるけど気にしたら負けだ。

私は何も見ていない、聞こえてない。

 

 

なんかやばそうな声が聞こえた気がするけど多分気のせい。

 

 

「にゃはは、改めてすごいメンツが揃ってるね。」

 

 

「ああ、油断ならないメンバーが集められている。」

 

 

神崎と一之瀬はこの状況により一層気を引き締めるように笑みを消した。

意外と冷静に対応出来ている事から、無人島試験の敗北を糧に2人も………いや、Bクラスも成長を遂げたのかもしれないな。

 

 

「ハッ、何をやるか知らねぇがこれなら退屈しなくて済みそうだ。」

 

 

龍園は舐め回す様に、この場に揃った生徒を一瞥し不敵に笑う。

隣でアルベルトが龍園を守る様に控えている。

 

 

「作為的なものを感じますね。」

 

 

「面白そうな組み合わせですね。」

 

 

ウチの女王様はやっぱりアリスなんて柄じゃない、悪趣味な赤の女王様だと思う。

 

 

Bクラスからは、一之瀬帆波、神崎隆二、紫田颯の3人。

 

 

Cクラスからは、龍園翔、椎名ひより、園田正志、山田アルベルトの4人。

 

 

Dクラスからは、平田洋介、櫛田桔梗、堀北鈴音、山内春樹の4人………山内春樹?

 

 

まさか、さっき聞こえたやばそうな声は幻覚では無くリアルのもの………?

 

 

私は思わずDクラスの方を二度見してしまった。

山内と目が合いそうになり慌ててAクラスの方へ向き直る。

 

 

何故この錚々たるメンバーの中に山内春樹が混ざっているんだよ。

異物混入どころの騒ぎじゃないぞ、作為的なグループに何でモブAが混ざってるんだよ。

 

 

「私達で最後、の様ですね。」

 

 

「そうみたいだね。」

 

 

私は坂柳の言葉に頷く。

坂柳がそう言ったと同時に会議室の扉が開き、外から真嶋先生がやって来た。

 

 

「全員揃っているな?今から点呼を行う。名前を呼ばれた生徒は返事をしてくれ。」

 

 

Aクラスから順番に名前を呼ばれ、最後に山内が呼ばれた。

なんかカッコつけて「いえーい」とか言ってたが、全員にドン引きされてるぞお前。

 

 

「では今から、特別試験の説明を行う。今回の特別試験では1年全員を干支になぞらえた12のグループに分け、そのグループ内で試験を行ってもらう。試験で問われるのは『シンキング能力』だ。」

 

 

「干支?シンキングって何だ?」

 

 

「干支は十干と十二支を組み合わせたものであり、甲子から始まり癸亥で終わります。シンキングとは、thinkのing形で、考えや思考という意味ですよ。」

 

 

山内の疑問に律儀にひよりが回答する。

優しすぎる、ひよりは天使の生まれ変わりだね。

 

 

「うーん、よくわかんねぇけどわかった!ありがとな!可愛い子ちゃん!!!」

 

 

流石にその態度は無いだろう。

ひよりも若干引いてるし、龍園なんて鬼のような形相で山内を睨み付けている。

 

 

山内、お前はもう終わりだ。

 

 

「山内、質問は後で受け付けるので今は黙って聞いてくれ。」

 

 

「へーい。」

 

 

真嶋先生ですら不快感を含ませた声で山内に対応しているのに、そんな事気にしないといった強気さは流石としか言いようがない。

まあ鈍感なだけ、もしくは神経が図太いんだろうな。

 

 

「説明を続ける。先の無人島試験においてはチームワークに比重が置かれていたが、今回の試験ではシンキングだ。考え抜く力が必要となる試験となる。12に分けられたグループだが、これは一つのクラスで構成されるわけではない。各クラス3人から5人ほどを集めて作られるものになっている。君たちの配属されるグループは『辰』だ。これがそのメンバーのリストだ。この用紙は退室時に返却させるので必要ならこの場で覚えていけ。」

 

 

真嶋に渡された用紙にはグループ名とメンバーの名前が書かれていた。

その後ルールの書かれた紙も配られた。

 

 

「今回の試験では大前提としてAからDまでのクラスの関係性を一度無視しろ。それが試験をクリアするための鍵になってくる。つまり、君たちにはこれからAクラスとしてではなく辰グループとして行動してもらうことになる。試験の結果もグループ毎に設定されている。」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

【干支試験概要】

 

 

《ルール》

 

 

●試験開始当日午前8時に学校側が一斉メールを送る。『優待者』に選ばれた者には同時にその事実を伝える。

 

●試験の日程は明日から4日後の午後9時まで(1日の完全自由時間含む)。

 

●1日に2度、グループだけで所定の時間と部屋に集まり1時間の話し合いを行うこと。

 

●話し合いの内容はグループの自主性に全てを委ねるものとする。

 

●試験の解答は試験終了後、午後9時30分〜午後10時までの間のみ優待者が誰であったかの答えを受け付ける。なお、解答は1人1回までとする。

 

●解答は自分の携帯電話を使って所定のアドレスに送信することでのみ受け付ける。

 

 

●『優待者』にはメールにて答えを送る権利がない。

 

●自分が配属された干支グループ以外への解答は全て無効とする。

 

●試験結果の詳細は最終日の午後11時に全生徒にメールにて伝える。

 

 

 

《結果》

 

 

[1]グループ内で優待者及び優待者の所属するクラスメイトを除く全員の解答が正解していた場合。グループ全員にプライベートポイントを支給する。(優待者の所属するクラスメイトもそれぞれ同様のポイントを得る)

 

[2]優待者及び所属するクラスメイトを除く全員の答えで、一人でも未解答や不正解があった場合。優待者には50万プライベートポイントを支給する。

 

[3]優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ正解していた場合。

答えた生徒の所属クラスはクラスポイントを50ポイント得ると同時に正解者にプライベートポイントを50万ポイント支給する。また優待者を見抜かれたクラスは逆にマイナス50クラスポイントのペナルティを受ける。及びこの時点でグループの試験は終了となる。

なお優待者と同じクラスメイトが正解した場合、答えを無効とし試験は続行となる。

 

[4]優待者以外の者が、試験終了を待たず答えを学校に告げ不正解だった場合。

答えを間違えた生徒が所属するクラスはクラスポイントを50ポイント失うペナルティを受け、優待者はプライベートポイントを50万ポイント得ると同時に優待者の所属クラスはクラスポイントを50ポイント得る。答えを間違えた時点でグループの試験は終了となる。

なお優待者と同じクラスメイトが不正解した場合、答えを無効とし受け付けない。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ややこしいが、原作知識を使えば難なくクリア出来る。

とりあえず空いてる時間にでもルールをもう一度読み込んでおいた方が良さそうだ。

 

 

「今回学校側は匿名性についても考慮している。試験終了時には各グループの結果とクラス単位でのポイント増減のみ発表する。つまり優待者や解答者の名前は公表しない。また、望めばポイントを振り込んだ仮IDを一時的に発行することや分割して受け取ることも可能だ。本人さえ黙っていれば試験後に発覚する恐れはない。もちろん隠す必要がなければ堂々とポイントを受け取っても構わない。判断は各々に委ねられているからな。」

 

 

匿名性については騙し合いを誘発させる意図があるのだろう。

疑心暗鬼にさせる為としか思えないな。

 

 

「それから、グループ内の優待者は学校側が公平性を期し、厳正に調整している。優待者に選ばれた、もしくは選ばれなかったに拘らず変更の要望などは一切受け付けない。また、学校から送られてくるメールのコピー、削除、転送、改変などの行為は一切禁止とする。この点をしっかり認識しておくように。」

 

 

これらは禁止事項のところにも書いてあった内容だ。

学校から送られてくるメールが100%信用できるものだという事を誇示しているかのようなルールだ。

 

 

「君たちは明日から、午後1時、午後8時に指示された部屋に向かって貰う。当日は部屋の前にそれぞれグループ名の書かれたプレートが掛けられている。初顔合わせの際には室内で必ず自己紹介を行ってくれ。また、室内に入ってから試験時間内の退室は基本的に認められていない。トイレなどは先に済ませてから行け。万が一我慢できなかったり体調不良の場合にはすぐに担任に連絡し申し出るように。」

 

 

柔軟性のある考え方を持つ者程この試験はドツボに嵌りやすい。

坂柳やひより、高円寺なんかの優秀な頭脳を持つ生徒ならすぐに法則に気づくだろう。

 

 

「何か質問はあるか?…………では解散とする。」

 

 

しかしこの試験の本質はどの結果を目指すか、だ。

法則性を見つけておしまいではない、寧ろそこから交渉、コミュニケーション能力が求められているのだ。

 

 

クラスの関係性を無視して試験に挑め、という発言は法則性を見つけるためだけのヒントではない。

法則性を見つけた後の結果について他クラスと交渉するための言葉でもある。

 

 

この交渉という部分において秀でているのは坂柳と龍園の2人だろう。

龍園なら法則性を見つけていなくとも交渉を行なってくる筈だ。

 

 

私は葛城と坂柳と共に会議室を後にし、船内にある私の部屋で作戦会議を行う事になった。

何故私の部屋なのかといえば、単純に私の部屋が個室だからだ。

 

 

同時刻第一会議室で説明を受けていた石田も合流し、4人での話し合いが行われた。

話し合いが行われている中、私はクラスのグループチャットにルール概要を纏めて送信した。

 

 

「今回の試験、約束通り私が指揮を執ります。」

 

 

「ああ、お前の指示に従おう。」

 

 

葛城は嫌な顔をする事無く坂柳の言葉に頷いた。

 

 

7月に結んだ契約のせいで試験毎に坂柳と葛城が交互に試験を指揮する事になっており、無人島試験に力を貸す代わりに、次の特別試験では坂柳が指揮を取るという契約も交わされている。

だから坂柳の指示にクラス全員が従わなければならないのだ。

 

 

「早速だが、今回の試験で気になる事がある。優待者は公平を期し、という発言が説明時にされた。12グループにいる優待者は各1人ずつの12人。公平性を考えた場合各クラス3人の優待者がいると考えるのが自然だ。君達はどう思う?」

 

 

石田の予想は正解だ。

ルールを説明されてから10分も経っていないのに、情報の取り捨て選択は完璧なようだ。

 

 

「ええ、私も石田君の意見に賛成です。そして厳正な調整が行われているという点から、何か法則がある筈です。」

 

 

「なるほど。俺には考えつかなかった。法則となると干支が関係していそうだな。グループ名を十二支からとっている点が気になる。」

 

 

「法則に関してはいくつか思い付いついていますが、優待者の発表がまだなので何とも言えません。」

 

 

坂柳と葛城は石田の発言に頷き各々試験に関する情報を整理していく。

 

 

「法則をまず見つける事が重要だが、俺は見つけてからどの結果を目指すかを考えたい。」

 

 

石田の意見に坂柳は「ほぉ」と感心したように声を溢す。

葛城も少し考えてから「なるほどな」と頷いた。

 

 

私は結果内容をちらりと見てから口を開く。

 

 

「とりあえず結果3と結果4は避け方が良さそうだね。特に結果4は最悪だよ。指名するなら法則性を見つけてからが良さそう。」

 

 

「そうですね。そこは改めて明日優待者情報が出てから全体で話し合いを行いましょう。話し合いは午前9時から、場所は2階の第1会議室でいかがですか?」

 

 

「ああ、それで良いと思う。」

 

 

坂柳の言葉に全員が頷き明日改めて戦略会議が行われる事になった。

彼女の発言に石田が付け加える。

 

 

「優待者は坂柳にメールを送るよう指示も出しておいた方が良い。機密性を上げるためにも、クラスメイト内での優待者情報の共有は最小限に留めておくべきだ。」

 

 

「それが良い。」

不明の文のため要修正

 

「…ええ、そうですね。」

 

 

「確かにその方が裏切り者も出にくいかもね。」

 

 

石田は、裏切り者が出てしまう場合を想定して、未然に防ぐためこの発言をしたのだろう。

石田の言葉に誰よりも保守的な思考を持つ葛城が真っ先に同意を示した。

 

 

流石保守派のリーダーだな。

坂柳と私も続けて彼の言葉に賛同を示した。

 

 

最後に明日の行動について確認し、解散となった。

私は坂柳が部屋を出る寸前にとある質問をされていた。

 

 

『小代さん、貴方は辰グループで誰が優待者に選ばれると思いますか?』

 

 

『うーん………まだ分からないけど、私とかだったりして。』

 

 

干支の法則が原作通りなら私が優待者になる。

 

 

『?!………まさか、貴方も気づいて………いえ、何でもありません。』

 

 

『そう?なら良いけど。』

 

 

あの時は原作知識を用いた回答をしたが、適当に龍園と答えた方が良かったかもしれない。

坂柳の反応的に法則には気づいているようだし、今の段階で優待者の法則に私が気づいているのはおかしいと思う筈だ。

 

 

今後は迂闊な発言をしないように気を付けていこう。

 

 

その後百恵達と回らない寿司屋でお寿司を食べ、シャワーを浴び、小説の続きを読みながら横になった。

大トロもサーモンもイクラもハマチも新鮮で美味しかった。

 

 

明日に備えて早めに就寝し、翌朝起きるとメールが届いていた。

 

 

『貴方は優待者に選ばれました。』

 

 

他クラスにバレる前に交渉を行う事。

指名されない事。

 

 

後は………坂柳達に託そう。

 

 

私は坂柳に優待者に選ばれたことをメッセージで伝え、朝食を取る事にした。

ルームサービスでサンドイッチとサラダを頼み、優雅な朝を過ごす。

 

 

ずっとこの客船で暮らしたいと思える程には、ここでの暮らしは快適だった。

この学校を卒業したらクルーズで世界一周とかしてみたいな。

 

 

きっと素敵な思い出になるだろう。

 

 

そろそろ9時だ。

私はエレベーターに乗り2階の第1会議室へと向かった。

 

 

「あ、おはよう町田君。」

 

 

「小代か。おはよう。」

 

 

エレベーターを出た時町田と遭遇した。

どうやら今から会議室に向かうところらしい。

 

 

「何だか顔色が悪いけど大丈夫?寝不足?」

 

 

町田はとても青白い顔をしており、寒いのかと思ったがうっすらと首元に汗をかいているため判断が難しい。

 

 

「え、あ、ああ。寝具が違うとどうも眠れなくてな。」

 

 

「そう?辛かったら先生に言った方がいいよ。」

 

 

「ああ、そうするよ。心配をかけて悪いな。そういえば、今回の試験はかなりルールが細かいよな。小代はどう思う?」

 

 

「うーん、優待者の法則を見つけ出す事が重要だと思うよ。結果はその後に考えても良さそうかなぁ。」

 

 

「そうか。」

 

 

何だか、何か隠し事をしているかのように彼は話題をすり替えた。

まるで自分に質問をされたく無いような、そんな態度に見える。

 

 

「町田君、本当に大丈夫なの?困ってる事無い?」

 

 

「いや、大丈夫だ。気にするな。」

 

 

声はいつも通りだが、表情は引き攣っていた。

優待者に選ばれて緊張している、とか?

 

 

言及しようにも会議室に到着したので、そこで話は終わってしまった。

私は小春と石田の間の席に座る。

 

 

「では、今回の試験では私が指揮を執らせていただきます。今から話し合いを行いますが、ここで得た情報は他言無用でお願いします。」





《辰グループ》

Aクラス…葛城康平・坂柳有栖・小代瑠奈
Bクラス…一之瀬帆波・神崎隆二・柴田颯
Cクラス…龍園翔・椎名ひより・園田正志・山田アルベルト
Dクラス…平田洋介・櫛田桔梗・山内春樹・堀北鈴音

優待者…小代瑠奈


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22話 干支試験②

干支試験1回目の話し合いが行われます。
この事件の結末を悩んでいて、なかなか筆が進みません!


 

成功の秘訣とは、目標を設定し続ける行為の繰り返しであり、成功者とは、成功への目標を見つめ、その実現に日々努力を続けている人のことだ。

by オリソン・マーデン

 

 

 

クラス全員が第1会議室に集まり、坂柳の言葉を皮切りに話し合いが始まった。

 

 

「それで坂柳はAクラスの優待者は全員確認したのか?」

 

 

「ええ。Aクラスの全員にチャットでも予めお伝えしていますが、優待者であるかどうかについてクラスメイトに対しても明かさないようお願いします。」

 

 

坂柳の言葉に葛城、石田も頷いた。

そして葛城も続けて口を開く。

 

 

「この事については、俺からも改めてお願いしたい。優待者がバレる事があってはならない。」

 

 

葛城の言葉をクラスメイト達も真剣に聞いているようだ。

これは昨日の話し合いで決まった事だ。

 

 

Aクラスに他クラスの生徒が近づいて優待者情報を聞き出そうとしてくるかもしれない。

情報を万が一売られた場合、その被害を最小限に留める為の策だ。

 

 

クラス全員に契約書を書かせれば良いのだが、今回は裏切り者が本当に出るかどうか、裏切り者になりそうな人物が誰かを確認する為に契約書は敢えて用意していない。

裏切り者が出ないならそれで良いし、裏切り者が出るようなら今後対策を行う必要がある。

 

 

「では、今回の試験についてAクラスの皆さんにお願いしたい事が4つあります。この事についてはグループチャットにも送っておきますので、必ず全員守って下さい。」

 

 

坂柳がホワイトボードに守るべきルールを書いていく。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

①初日の自己紹介以外話し合いに参加しない。

②交渉を持ちかけられた場合、Aクラスの坂柳有栖・葛城康平・石田優介に交渉するよう伝える。

③坂柳有栖から解答指示が来た者は試験終了後迅速に指示に従う。

④坂柳有栖の指示無しに解答や交渉を行うことを禁止する。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

特におかしなところは無いな。

このルールを提示してきたのだから、坂柳は何らかの交渉を行おうとしているのだろう。

 

 

恐らく交渉が決裂した時、他クラスに一斉に攻撃を仕掛ける為のルールが③を入れた理由なのだろうな。

 

 

「坂柳、今回の方針について説明して貰いたい。」

 

 

「そうですね…私達の目的は結果1を目指す事です。」

 

 

「け、結果1?!」

 

 

弥彦が無理だと叫び出したので、葛城が黙らせてくれた。

しかし弥彦の言う事が正しいのだと、Aクラスの全員が理解しており、坂柳を訝し気な顔で見つめていた。

 

 

結果1の場合、グループの全員が50万プライベートポイントを受け取る事が出来る。

また優待者には結果1に導いた事への褒賞として、倍の100万プライベートポイントが支給されるらしい。

 

 

この提案はクラスポイントに余裕のあるAクラスだからこそ目指せる結果であり、他クラスからしたらクラスポイントの差を縮めたい筈だ。

その事に坂柳が気付かない訳が無いので、恐らく狙いは別なのだろう。

 

 

「戸塚君の言う事も分かりますが、皆さんには私のルールの元指示に従っていただきます。」

 

 

「なあ、坂柳。話し合いに参加しろと強引に脅されたり、携帯のメールを見せろと言われた場合はどうする?」

 

 

的場が心配そうな顔で尋ねる。

 

 

「そうですね…」

 

 

坂柳は腕を組み対処法を考えているようだ。

10秒ほど黙り込んだ後坂柳は口を開いた。

 

 

「万が一全員の携帯のメールを見せろと言われたり、話し合い参加するよう脅された場合、証拠があれば恐喝として訴える事が出来ます。話し合いが始まったら、皆さんの携帯で音声の録音をお願いします。」

 

 

「分かった。」

 

 

的場は納得したように頷いた。

 

 

「皆さん色々言いたい事もあるかと思いますが、私を信じてついて来て下さい。」

 

 

坂柳の言葉に表面上全員が頷いたが、彼らの表情には不安の色が見て取れた。

特に坂柳派の生徒は今回の試験に成功出来るかどうかが重要である為か、どの派閥の生徒よりも顔が強張っていた。

 

 

「皆んな、今回の試験をAクラスとして良い結果で終わらせる為にも力を貸して欲しい。」

 

 

「不安もあるだろうが、葛城と坂柳で話し合った結果だ。」

 

 

葛城、石田と今回の試験への不安を和らげようと諭す発言をする。

AクラスTOP3の3人が言えば流石に全員認めざるを得ない。

 

 

にしても、原作モブの石田優介がこの世界ではリーダー格となっている事には違和感を感じるな。

もう石田がリーダーになったとしても、Aクラス相当強いと思う。

 

 

クラスの雰囲気が和らいだところで質問タイムを設け、質問が出尽くしたところで話し合いはお開きとなった。

 

 

私は携帯を取り出し櫛田にメッセージを送る。

 

 

『Dクラスの優待者情報を教えて。さもなくば、あの映像を学校中にばら撒くからね。」

 

 

あの映像とは普段の櫛田からは想像も出来ない、ブラック櫛田の暴言映像の事だ。

現状私は全グループの優待者をグループチャットの情報から確認して知っているため、今回の脅しは櫛田の忠誠心を試すためのものだ。

 

 

暫くすると櫛田から返信が返って来た。

 

 

『今私が知っているのは1人だけ。未グループの東咲菜さんが優待者だよ。彼女は数学が得意な生徒だよ。』

 

 

未グループのメンバーを確認し、あいうえお順に数えて行くと優待者は櫛田の言う通り東咲菜だった。

どうやら嘘はついて無さそうだ。

 

 

『分かった。ありがとうね。』

 

 

櫛田のメッセージに返信し携帯を置いて紅茶に口をつける。

その後カフェで優雅にランチを食べ百恵達とお喋りを楽しんだ。

 

 

そして午後1時、第1回目のグループでの話し合いが始まった。

場所は2階の第1会議室で、全員会議室に置かれた椅子に座っている。

 

 

「全員揃ってるな。とっとと始めようぜ。」

 

 

龍園の言葉にアルベルトが頷き、一之瀬が口を開いた。

 

 

「そうだね。大体の人の顔と名前は分かっているけど、始めましての人もいるし、学校側からの指示に逆らってペナルティを受けるのも嫌だしね。自己紹介をしたほうが良いと思うんだけど、どうかな?」

 

 

一之瀬が集められた生徒の顔をぐるりと見渡して全員の顔色を伺っている。

 

 

「うん!一之瀬さんに賛成かな!」

 

 

「おう!俺も賛成だ!」

 

 

一番に櫛田が賛同し、釣られて盛り上げ役の柴田も賛成の意を示した。

暫くして反対意見も無いため、一之瀬から時計回りに自己紹介が行われる事になった。

 

 

「じゃあ、まずは私から。私はBクラスの一之瀬帆波です。初めましての人も宜しくね。頑張って試験を乗り越えていこう!」

 

 

「おう!宜しくな一之瀬ちゃ〜ん!」

 

 

人の良さそうな笑みを携えた一之瀬に山内はメロメロのようだ。

一之瀬も苦笑いを浮かべながら「宜しく」と返しており、彼女の人の良さが垣間見えた気がした。

 

 

山内にドン引きしながらも自己紹介は続き、ようやくAクラスの番がやって来た。

ちなみに山内の自己紹介は出鱈目で笑えなかった。

 

 

「じゃあAクラスの人達も自己紹介をお願い出来るかな?」

 

 

「俺の名前は葛城康平だ。宜しく頼む。」

 

 

「坂柳有栖と申します。皆さん、宜しくお願いします。」

 

 

「小代瑠奈です。宜しくね。」

 

 

Aクラスの素っ気ない自己紹介に全員が訝し気な顔をして怪しんでいたが、自己紹介が終わり場に沈黙が流れる。

 

 

 

「…取り敢えず、1時間を無駄にするのは勿体無いし、試験についての話をしていかない?皆ルールや結果について疑問があるなら確認しておいた方がいいと思うんだ。」

 

 

「そうだね。ルール説明の時に解消できなかった疑問を持つ人もいるかもしれないし、僕は一之瀬さんの提案に賛成するよ。」

 

 

「私も気になっている事があったんだ!!みんなで色々確認したいかな。」

 

 

「そうね。優待者に関する事もそうだけど、ルールの確認は大事だわ。」

 

 

平田と櫛田が賛成し、それに追従する形で堀北やBクラスの生徒も賛同を示した。

一之瀬が龍園とAクラスの生徒を見て口を開いた。

 

 

「Dクラスの皆は賛成してくれたんだけど、CクラスとAクラスはどうかな?」

 

 

龍園や坂柳、葛城の顔色を窺いながら一之瀬が尋ねると、面倒臭そうに龍園が口を開いた。

 

 

「ハッ、そんなもんに俺達は参加しねぇよ。勝手にやってろ。」

 

 

「どうしてかな?」

 

 

「ちょっと、和を乱すような発言をしないでちょうだい。龍園君!!」

 

 

櫛田が困ったように眉を下げて尋ねる。

堀北は今にでも龍園に詰め寄りそうな程苛立った声音で彼の発言を叱責した。

 

 

「俺達は全グループの優待者を探す事で忙しいんだよ。」

 

 

「だからそうやって「ふふふふふ」………何がおかしいのかしら?坂柳さん。」

 

 

龍園の発言に苛立った堀北の言葉を遮るように坂柳の笑い声が室内に響いた。

この場にそぐわない坂柳の笑い声に全員が警戒し、彼女を見つめる。

 

 

「いえ、まさかこんな所で龍園君と意見が合うとは思いませんでしたので。」

 

 

坂柳は何てことのない様に楽しそうに笑いながら話す。

 

 

「今回の試験でAクラスの生徒は話し合いに参加しません。」

 

 

「なっ、どういう事だ!!」

 

 

「どうしてなの?坂柳さん!!」

 

 

「話し合いに参加しないって、どういう事なの?まさか優待者を探す気がないのかしら?」

 

 

「ふふふ、優待者をこれ以上探す気はありませんよ。」

 

 

坂柳の発言にAクラス以外の全ての生徒が驚いていたが、龍園、一之瀬、神崎、平田はすぐに冷静さを取り戻して坂柳に向き直った。

 

 

「坂柳、お前まさか優待者が誰か分かっているのか?」

 

 

神崎が全員が気になっているであろう事について坂柳に尋ねる。

神崎の現状を冷静に分析する力はこの場において大きな効果を発揮した。

 

 

彼の言葉に慌てふためいていた他の生徒達も表面上とは言え、落ち着きを取り戻していた。

全員が坂柳の言葉を待っている。

 

 

「ふふふ、神崎君の言う通り私は全グループの優待者を把握しておりますよ。」

 

 

「なっ!」

 

 

「ま、マジかよ!」

 

 

「そんな!あり得ないわ!」

 

 

「この短時間で見つけてしまうなんて………。」

 

 

上から神崎、山内、堀北、ひよりが坂柳の言葉に反応する。

ひよりは『見つけてしまうなんて』と発言している為、もしかしたら法則に気づいている可能性があるな。

 

 

そうでなくとも法則を探そうと躍起になっている事は目に見えている。

自己紹介の時以外、何やら携帯とメモ帳を交互に見て考え事をしているようだった。

 

 

そして龍園の『優待者を探す事で忙しい』と言う発言、話し合いに参加しないという態度から何らかの方法を使い、自力で優待者を見つけようとしている事は明白だ。

そしてそれをひよりが手伝っているとすれば、この仮説の裏付けにもなる。

 

 

「ククク、ハッタリかどうか試してやるよ。このグループの優待者は誰だ?」

 

 

龍園は恐らく冗談だろう。

Aクラスや坂柳の反応から推理する事はあっても、本当に優待者を教えて貰えるとは思っていない筈だ。

 

 

「龍園君、もしこのグループの優待者がAクラスの生徒だった場合、坂柳さんが知っていても何らおかしくはない。その方法じゃ彼女が本当に優待者を知っているかどうかは分からないよ。」

 

 

平田の指摘は最もである。

 

 

いくら龍園が本気にしていないとは言え、初期の平田が他クラスのリーダー格の発言を真っ向から否定できたとは思えない。

やはり、この平田は侮ってはいけないな。

 

 

「ハッ、そんなの分かってるんだよ。俺は坂柳を試しただけだぜ?」

 

 

「成程ね。」

 

 

平田は納得したのか、龍園から視線を外し坂柳の方に向き直った。

坂柳はニコリと微笑み口を開いた。

 

 

「今この場で誰が優待者か当てれば、無闇矢鱈に今夜解答する生徒が出て来るかもしれません。ですから、今日の16時、優待者宛てにメールを送ります。そして、改めて私と交渉を行なって頂きたいのです。」

 

 

「交渉?」

 

 

「ええ。」

 

 

成程。

よく練られた戦略だ。

 

どうやら彼女が黙り作戦を行った理由は、この状況を作り出す為らしい。

Aクラスが各クラスの優待者を知っていると脅し、望む結果にする為に他クラスの協力を得ようとしていたみたいだ。

 

 

坂柳有栖の掌の上で他クラスは踊るしかない。

彼女は、この舞台において最高の演出家であり脚本家だったのだ。

 

 

監督という言葉はこの舞台を提供した教師、翻弄されている他クラスの生徒は役者、私と葛城は仕込み役、山内はデスゲームが始まったら真っ先に見せしめにされそうなエキストラA。

観客は多分この会話に入る事ができないCクラスの園田正志だ。

 

 

「私の言葉を今すぐ信じて頂かなくても結構です。交渉に乗るかどうかについては、今夜の話し合いでお聞きします。」

 

 

坂柳は言いたいことを言うと、持ち込んでいた本を開く。

タイトルは『物理学基礎』と書かれており、物理の参考書の様だ。

 

 

「坂柳さん達は話し合いには参加しないのかな?」

 

 

櫛田が遠慮がちに尋ねると、私達3人は無言で頷いた。

櫛田は「そっか………」と力なく笑って私たち3人を視界から消す様に一之瀬達の方を向いた。

 

 

Aクラスの生徒にはただ黙って1時間を過ごすのではなく、余裕を見せる為に勉強道具やゲーム道具の持ち込みを呼びかけている。

坂柳は勉強用の参考書、葛城は英語で書かれた洋書、私は上地のミステリー小説を持ち込み暇を潰す事になっている。

 

 

上地の新作が出たので無人島試験前に図書室で借りたのだが、バタバタしていて読む時間がとれなかった。

この騒音の中で読むのはなかなかきついが、暇を潰す為にもページを捲り続けるしか無さそうだ。

 

 

このAクラスの異様な光景に他クラス入る眉を顰めていたが、どうにもならないと分かったからか、ルールの確認や疑問点について話し合いを始めたみたいだ。

その後、16時にAクラスを除いた3クラス全ての優待者にメールを送ったと坂柳から連絡があった。

 

 

その後葛城と坂柳、石田が私の部屋にて報告会を行った。

そして坂柳が他クラスにした牽制や交渉の話について内容を詰めてゆき、契約書を作成した。

 

 

「………そろそろ時間ですね。」

 

 

「もうそんな時間か。」

 

 

「3人とも、宜しく頼む。」

 

 

「ええ。任せて下さい。話し合いの結果については、話し合い後に3人のグループチャットへ送ります。」

 

 

3人のグループチャットとは、坂柳と葛城と石田のリーダー格を集めたグループチャットの事だ。

一応この3人がAクラスの代表なので、この3人のチャット内容に関して彼ら以外の生徒は知る事が出来ない。

 

 

それが例え自派閥の参謀であっても、だ。

 

 

報告会を終えて石田と別れ、葛城と坂柳と共に会議室へと向かった。

会議室に着くと、そこには訝しげな顔をしたグループメンバーが全員集まっていた。

 

 

さあ、役者は揃った。

第2幕といこうか。





【中高生行方不明事件】

3月に全国有数の進学校に合格した新入生が行方不明になる事件が発生した。


その中には高度育成高等学校に入学予定だった者もいたが、合格発表の二週間前に失踪しており、入学は取り消しになった。
その者は高野累と言うイギリスからの帰国子女で非常に優秀な生徒だった。
新たに学校側は推薦を行なっていない受験者からAクラスへの合格者を補填した。
その枠に選ばれたのが六角百恵だ。

その後も新学校に通う新入生が全国各地で失踪する事件が多発している。
7月に行方不明となっていた高野累が、高度育成高等学校前の公園で遺体となって発見された。

8月に行方不明となっていた名古屋市に住む女子校生、九重花子が漁船の中で生きた状態発見された。
簡単な事情聴取でゲームをしたと話した。
彼女の体力が回復次第、詳しい事情聴取を行う事となった。


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23話 干支試験③

お久しぶりです。
間が空いての投稿になりますが、展開に悩んだ結果こうなりました。


 

 

重要なことは、正しい答えを見つけることではない。正しい問いを探すことである。間違った問いに対する正しい答えほど、危険とはいえないまでも役に立たないものはない。

by ドラッカー

 

 

 

「随分早く集まられた様ですね。」

 

 

室内に入り坂柳が全員集まっている事に対する感想を述べた。

 

 

「あはは…あんなメールが来たからね。」

 

 

「お前の交渉とやらを早く話せよ。」

 

 

一之瀬の反応的にBクラスの優待者を当てる事が出来たようだ。

龍園は今日優待者に届いたメールに関して一切反応を示していないが、交渉を急かしてきた為優待者を当てられていると考えた方が良さそうだ。

 

 

「ふん、坂柳さんがいくら優秀でも優待者を当てられたとは到底思えないわね。」

 

 

「堀北さん!!そんな態度じゃダメだよ!!ごめんね、坂柳さん。」

 

 

「いえ、大丈夫ですよ。」

 

 

櫛田が堀北を落ち着かせようと優しい声音で堀北を宥めるが、堀北はギロリと私を睨みつけてきた。

 

 

坂柳じゃなくて堀北は何故か私に敵意を向けてくる。

私が一体何をしたって言うんだよ。

 

 

堀北は何に対して苛ついているのか分からないが「思えない」という言葉を使っている事から、メールや優待者に関して知らないのでは無いだろうか。

交渉に肯定的な態度をとっていない事からもDクラスは完全に纏まっていない様だ。

 

 

私達3人が席に着くと坂柳が各クラスの代表者にとある紙を回すよう指示を出した。

見本の紙が私と葛城にも渡された。

 

 

紙を確認するとどうやらこれは契約書の様だ。

 

 

「まずは各自配られた紙を確認して下さい。」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

契約書

 

 

《契約内容》

 

Aクラス、Bクラス、Cクラス、Dクラスの4クラスが合意した時以下の内容を守らなければいけない。

 

 

[1]全クラスで協力し、試験結果 1をに揃える。

 

[2]試験終了まで学校側に優待者の解答を行ってはならない。

 

[3]試験終了までに優待者の解答を行ったクラスは、試験終了後に各クラスに対して200万プライベートポイントを支払う。

 

 

■署名

 

 

Aクラス代表  坂柳 有栖

─────────────

 

Bクラス代表  

─────────────

 

Cクラス代表

─────────────

 

Dクラス代表

────────────_

 

 

■立会人

 

 

立会人     真嶋 智也

─────────────

 

立会人

─────────────

 

立会人

─────────────

 

立会人

─────────────

 

※各クラスの生徒全員が同意した場合、各クラスから1人代表者として署名する必要がある。

また、各クラスの担当教師が立会人として署名しなくてはならない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「こちらの契約書は全クラスが同意してくれる事を前提に作成しています。そして、反対するクラスがあった場合、そのクラスの優待者を全員解答させて頂きます。」

 

 

「これは脅しじゃなくて、あくまで皆でポイントを得る為の提案だからね。よく考えて欲しいんだ。」

 

 

この契約書は合意せずとも、私達Aクラスは優待者を解答する形で試験を終わらせる事が出来る。

しかし、このままクラスポイントが増加してしまえば3クラスを敵に回す事になる。

 

 

 

各クラスで協力する必要のある試験で不利になってしまい、特別試験の勝利が難しくなってしまう。

 

 

「…これはいつまでに回答すれば良いのかな?期限もきっとあるんだよね?」

 

 

一之瀬が坂柳の方を見ながら問いかける。

 

 

「今日の試験時間内までに回答をお願いします。」

 

 

「ええ?!そんな、急に言われても困るよ!」

 

 

「そうだね。今日突然契約書を渡され、僕達はクラスの皆と相談する時間も与えられていない。すぐに回答出来る問題でも無いし、もう少し時間をくれないかな?」

 

 

「うーん、そうだよね。私達Dクラスはここにいる私達がリーダーだって決まっている訳では無いから…クラスの皆と相談したいんだけど、ダメかなぁ?」

 

 

「こんな契約に乗る必要は無いわ!Aクラス以外のクラスでAクラスの優待者を当てれば良いのよ。こんな契約、Aクラスに有利なだけで私達に旨味は少ないわ。」

 

 

一之瀬の戸惑いに、櫛田、平田、堀北も同調する。

Cクラスは動揺する事無く龍園の回答を待っている様だ。

 

 

堀北は契約に反対している様で、少々うるさい。

しかし、平田や櫛田の言う通り彼らは中心人物であって明確なリーダーでは無い。

 

 

男女別にクラス内で最も発言権が強い人物、というだけなのだ。

これまでもDクラスは、クラス内で協力し、試験を乗り越えてきた。

 

 

これだけ聞けばBクラスと似ているように思えるが、Bクラスの生徒はは一之瀬がクラスの中心だと理解している。

しかしDクラスは、誰がリーダーだと明言されておらず、話し合いを中心に行って決めているクラスだ。

 

 

櫛田や平田は今ここで答えを出す事は避けたいはず。

だがAクラスはそんな甘い考えを許さない。

 

 

「そうですか?ここに居る皆さんは先の試験でクラスを率いてきた方々だと認識しています。ですが、どうやら認識を変える必要が有りそうですね。この時間内までに答えを出さない場合、Aクラスは各クラスの優待者を全員回答させて頂きます。確実に御返事をお願い致します。」

 

 

こう言えば、ポイントが少ないDクラスはここで回答をするしかなくなる。

そして日和見主義の一之瀬も真剣に考えるはずだ。

 

 

「はっ、いいぜ坂柳。俺はその考えに賛同してやるよ。」

 

 

「良いんですか?龍園君。」

 

 

真っ先に賛同を示した龍園に、ひよりは真剣な瞳を向け聞き返した。

 

 

「ああ。他のクラスが同意しねぇって言うんなら、Aクラスとウチのクラスで2クラスを潰せば良い。」

 

 

坂柳、葛城も龍園の言葉に頷き、坂柳が契約書とペンを手渡す。

 

 

「分かりました。Cクラスは賛成、という事ですね。サインをお願いします。」

 

 

龍園の行動に一之瀬や平田は顔を顰め、焦りの表情を見せた。

 

 

「後はBクラスとDクラスだな。」

 

 

葛城が一之瀬、平田の方を向いて呟いた。

この契約には同意せずとも、他クラスに逃げ道は存在する。

 

 

向こうも同じように同盟を作り、法則を確かめれば良い。

馬鹿でも良く考えればわかる簡単な法則だ、それを平田や一之瀬達が分からないはずがない。

 

 

だがそれをしてしまえば今後の学校生活において対立が出来てしまう。

そしてDクラスはクラスポイントを欲している。

 

 

この契約書についてどうするべきか判断するのは難しいだろうな。

 

 

「分かった。BクラスもAクラスの契約書に同意するよ。」

 

 

渋々と言った表情で一之瀬が賛同を表明した。

残るはDクラスだが…

 

 

「櫛田さん、僕達も結果1で揃えるという提案に賛同しよう。」

 

 

「そう、だね。私達のクラスがこのままだとクラスポイントが減らされてしまう。他クラスの優待者も分からないし、今は契約書にサインするしかなさそうだね。」

 

 

「そんなのダメよ!クラスポイントを増やさないでどうするというの!反対するわ。」

 

 

櫛田と平田が堀北の協調性の無さに呆れながらも、必死に彼女を説得しようとしている。

 

 

「私は断固反対よ。坂柳さんが提示した契約書には、各クラスの全生徒の賛成が必要だと書かれているじゃない。Dクラスの生徒達は賛成していないし、私だって反対よ。これでは契約は結べないでしょう?」

 

 

確かにその通りではあるが、そんなのDクラスだけだ。

 

 

Aクラスは勿論、Cクラス、Bクラスはこの契約を既に各クラス内のグループチャットで共有している。

そして全員の同意を得ている様だ。

 

 

この1時間という時間を使い、グループチャットで話し合う事は出来る。

そしてそれをしなかったDクラスは、Dクラスを除いた3クラス合同の名の元で潰されてしまうだろう。

 

 

この試験の間、他クラスと同盟を組む事も出来ないDクラスの敗北は確定してしまう。

 

 

彼ら3人の様子を山内は呆然としながら眺めながら携帯を操作していた。

その時、山内の携帯から着信音が響く。

 

 

「っと…あん?もしもし?どうしたんだ?…なんだと?分かった、今度昼飯奢れよ!」

 

 

誰かと会話をし、数分で通話は終了した様だ。

 

 

「堀北、これアイツがお前に見せろって言ってるんだ。」

 

 

「何を言っているの?今は大事な話し合いが行われているのよ?呑気に通話をしているあなたはだまっていてちょうだ…」

 

 

山内の携帯を除きこんだ堀北は口を閉じ、何か思案している様だ。

 

 

「…分かったわ。私も坂柳さんの契約に賛同するわ。」

 

 

堀北が大人しく言う事を聞くなんて気味が悪い。

山内の携帯に電話をかけてきた人物…そいつが堀北をここまで冷静にさせたんだ。

おもえば山内は話し合いが始まってから、携帯を弄っていた。

 

 

初めは遊んでいるのかと思ったが、実際は電話をかけてきた人物にこの話し合いの内容、このグループの状況について情報を渡していたのだろう。

最も、山内に情報提供をしていた自覚は無いのだろうが。

 

 

「…そうですか。皆さん、各クラスの生徒さん達の同意は得ていますね?」

 

 

坂柳が再度、契約書についての概要を話し、確認を問いかける。

 

 

「私達のクラスは大丈夫だよ。全員が賛成してくれたからね。」

 

 

「俺のクラスも問題ねぇよ。」

 

 

Bクラス、Cクラスの代表者である一之瀬と龍園がその言葉に頷く。

さて、Dクラスはチャットを使った話し合いが出来ているとは思えないが、どうなのだろうか。

 

 

「ごめん、少し待って欲しい。チャットで確認しているところなんだ。」

 

 

平田の言葉に、山内が眉をひそめ口を開く。

 

 

「何言ってるんだ?今新しく作ったクラブのグループの方で投票機能使って賛成100%になってるぜ?後は平田と堀北の投票待ちだぞ?」

 

 

そういい端末を全員に見えるように掲げると、そこにはグラフが表示されていた。

契約書に賛成or反対という2つの項目に別れており、残り2名が回答していない状況だという事が分かる。

 

 

「ほ、本当だ。気づかなかったよ。ありがとう、山内君。」

 

 

「えへへ、櫛田ちゃんに褒められると照れちまうぜ!」

 

 

ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる山内に、櫛田含め女子全員が引いていた。

堀北と平田が投票に参加し、Dクラスは契約書に全員が賛成するという事が確定した。

 

 

「もうすぐ時間が終わってしまうし、先生方を呼ぼうか。」

 

 

私は急いで各クラスの教員に連絡し、立会人となって貰う事にした。

 

 

「本当に良いのですね?」

 

 

坂上の言葉にその場にいた全員が頷き、契約書が、諦決された。

 

 

「ではこれにて、干支試験を終了します。後程放送にて結果発表が行われる事になりますので、必ず確認をして下さい。」

 

 

私達は各自個室に戻る事を許され、結果発表までの間は待機が命じられた。

部屋で少し仮眠を取ろう。

 

 

ベッドに横になり、並に揺られる感覚を感じながら目を閉じた。

眠りにつく寸前というところで、眠りを妨げる音が響く。

 

 

pururururupururururu

 

 

携帯を手に取り、着信先を確認すると見知らぬ番号が表示されていた。

 

 

ピッ

 

 

私は通話ボタンを押す。

 

 

「…もしもし?」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

山内side

 

 

俺のは山内春樹!小学生の時は卓球で全国に、中学時代は野球部でエースで背番号は4番だった。

けどインターハイでは怪我をして今はリハビリ中だ。

 

 

そんな俺は干支試験1日目、同室の綾小路にとある頼まれ事をした。

 

 

「おい、綾小路!飯行こうぜ?フレンチレストランで最高に美味いラーメンがあるらしいんだ。」

 

 

「…何を言っているんだ?」

 

 

綾小路はラーメンを知らないのかもしれねぇな。

可哀想な奴だぜ。

 

 

こいつは俺達と認識が違う事が多い。

高円寺程では無くとも、どこかのボンボンなのかもしれねぇな。

 

 

綾小路が寿司を食べたいって言うから、仕方なくフレンチレストランじゃなくて2階の寿司屋に連れて行った。

俺はサーモンと大トロが好きだが、綾小路は好きな物は無いらしい。

 

 

寿司に行きたいって言ったから、連れて行ったのに、なんなんだよコイツ。

好きな物があるから行きたいんじゃないのかよ!

 

 

「そういえば、特別試験はどうだったんだ?

お前のグループには、一之瀬や龍園、坂柳や葛城といった各クラスのリーダー格が集まっているんだろう?」

 

 

「こんな時まで試験の話かよ?まあ、一之瀬ちゃんは胸もデカいし可愛かったぜ?坂柳ちゃんも胸はちっせぇけど、顔は可愛いしな。小代ちゃんは美人って感じで、良いよなぁ。綾小路は誰がタイプなんだ?」

 

 

「あまりそういう事は考えた事が無いな。…そうか。他のクラスは何か要求をしてきたんじゃないか?」

 

 

「要求…?そんなものは無いが、AクラスとCクラスは話し合いに参加しなかった。後、坂柳は全クラスの優待者を知っているって言ってたぜ。でもこんな短時間で見つけるなんて無理だし、嘘だろうな。」

 

 

つか、ここの寿司マジで美味いな。

こんな美味いもんが無料って、太っ腹だよなこの学校。

 

 

「…そうか。坂柳は他に何か言って無かったか?例えば、優待者宛に連絡をするから、明日改めて交渉がしたい…とかな。」

 

 

「あー、そんな事も言ってたかもな?あんま覚えてねーや。つかお前、なんでガリばっか食べてるんだよ?寿司食えよ、寿司。」

 

 

「ああ、すまない。少し考え事をしていたんだ。そうだ、山内。明日の話し合い、始まったら暇だろう?良かったらチャットでもしないか?」

 

 

「ああ、いいぜ。」

 

 

その後綾小路と寿司を食いまくり、部屋に戻って水着を持ってプールに向かった。

そして今日の話し合い、始まってからは綾小路と女の子の話をしながらたまにグループの状況を聞かれ、それをアイツに伝えて駄弁っていた。

 

 

綾小路って櫛田ちゃんや一之瀬ちゃん、坂柳ちゃんに絶対気があるだろ。

いや、意外と小代ちゃんみたいな美人がタイプだったりするのか?

 

 

ちなみに俺は断然櫛田ちゃん派だ。

あの可愛さならアイドルにだってなれるだろ。

 

 

そしてチャットが突然途切れたかと思ったら、綾小路から通話が来た。

かなり小さな声だったので、こっそり通話をしてきたという事だろう。

 

 

「っと…あん?もしもし?どうしたんだ?」

 

 

『突然悪い、軽井沢が俺の話を聞いていたみたいで、Dクラスのほとんどの人間が契約に賛成しているって事を堀北達に伝えて欲しいんだ。後、新しいグループチャットを作って投票機能を使い、賛成票を纏めたいらしい。山内、悪いが作ってくれないか?』

 

 

「…なんだと?」

 

 

『山内だけが頼りだって、軽井沢が言っているんだ。』

 

 

「…分かった、今度昼飯奢れよ!」

 

 

『ああ、お前が言っていたラーメンを奢ろう。ちゃんとラーメン専門店でな。』

 

 

色々気になる事はあるが女の子に頼られたら仕方ねぇよな。

軽井沢も結構レベルは高いし?頼られたらやるしかねーだろ。

 

 

俺は言われた通り、堀北に綾小路が送ってきたメッセージの画面を見せ、グループを作った。

そして契約書に賛成か反対かの投票を作り、そこに全員が投票する様に呼び掛けた。

 

 

そしてさっき見せられた契約書を要約したものを軽井沢が貼り付けており、かなり分かりやすい。

全員プライベートポイントが欲しいのか、賛成票に投票している。

 

 

後はさっきの通りだ。

Dクラス全員が賛成し、契約書にサインをした。

 

 

これでポイントを使って遊べるぜ。

ゲームの新作が来月発売されるみたいだし楽しみだな。

 

 

部屋に戻ると綾小路も座っていた。

 

 

「あれ?池達は?」

 

 

「池ならまだ帰ってきていないな。」

 

 

「待機って言われてるのに、何してるんだよアイツら。」

 

 

そういえば、何か忘れてる気がする。

まあ良いか。

 

 

「そうだ、綾小路!ゲームしようぜ?この格闘アプリが今流行ってるんだけど、どうせお前はやった事無いんだろ?特別に俺様が教えてやるよ!」

 

 

「そうか。助かる…世界乱闘キック&パンチブラザーズというアプリか?」

 

 

「そうそう!それそれ!ダウンロード数が100万を超えて、今では世界中に人気のアプリなんだぜ!」

 

 

俺は綾小路にゲームを教え、フレンド対戦で綾小路と戦った。

初めは俺が勝っていた。

 

 

でも途中から、綾小路に勝てなくなっていた。

 

 

…あれ?なんで俺が負けてるんだ?

始めたばかりのこいつが秘奥義や必殺技の繰り出し方を知っているはずがないし、俺だって教えていないはず。

 

 

俺が負けたらつまらないし、こいつに教えたのは基本操作だけだ。

なのになんでこんなに…使いこなしているんだ?

 

 

「ただいまー!って、お前らゲームしてるのか?ずりぃ、俺も混ぜろよ!」

 

 

「あ、ああ。…ほら、須藤も早くやろうぜ!」

 

 

「おう、負けねぇぞ!」

 

 

まあ、なんでも良いか。

そんな事より今はゲームだよな、ゲーム!!



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24話 後にも先にも

連続投稿です。
投票に関しては、次話を書く時点で最も多いものを選びます。
今回のお話はストーリーが進展しませんが、とある人物との交流を描いたものです。


 

 

どんなに悔いても過去は変わらない。どれほど心配したところで未来もどうなるものでもない。いま、現在に最善を尽くすことである。

by松下幸之介

 

 

 

「もしもし?」

 

 

電話口の相手がどこの誰かは分からないが、わざわざ試験中に掛けて来るのだから、何か意味があるはずだ。

もし不審な相手であれば、学校側に報告すれば良い。

 

 

万が一の事もあるので会話を録音しておこう。

 

 

『お久しぶりですね、西門瑠奈さん。』

 

 

この声を私は知っている。

文科省の大臣主催のパーティーで幼い頃出会った官僚の声だ。

 

 

「…高宮真太郎さん、でしたよね?お久しぶりです。」

 

 

『お元気そうで何よりです。』

 

 

「高宮さんは文科省の方ですよね。でしたら今私が重要な試験中である事も御存知のはずです。わざわざ携帯の番号を調べて私に連絡をしてきたのですから、何か理由があるんですよね?」

 

 

『その通りです。実は私は今回の試験の最高責任者として、このクルーズ船に乗船しています。…単刀直入に言いましょう。西門さん、いえ小代さん、少年少女の行方不明事件についてお尋ねしたい事があります。第一会議室までお越しいただけますか?』

 

 

少年少女の行方不明事件とは"中高生行方不明事件"の事だろうか。

今年3月に全国有数の進学校に合格した中学生が行方不明になる事件が発生している。

 

 

しかし私はこの事件について、ニュース程度の事しか知らない。

私がこの事件について役に立てる事は無い。

 

 

だけど、私は行かなければならない気がする。

何故かは分からないけど、何かを見落としている様な気がするんだ。

 

 

どんなに気になっていても、あくまで理性的に振る舞う。

それが私だから。

 

 

「そうですか。私が知っている情報はニュース程度の事のみです。そして今、私達生徒は出歩きが禁止されています。部屋の外に出る訳には行きません。」

 

 

『ルールを尊守するとは、やはりあの方の御息女ですね。よく似ておられる。しかし、教員方がこの時間帯の出歩きを規制した理由は、あなたのプライバシーを尊重するためのものです。ですから、あなたの出歩きは認められています。』

 

 

つまり、出歩きを禁止された理由は、高宮が私と話す時間を作るため。

その間の私の行動を他の生徒に知られて変に目立たないようにするため、という事か。

 

 

ここまで言われては、行く以外の選択は無いな。

 

 

「…分かりました。今すぐ伺います。」

 

 

私は身支度を整え、第一会議室に向かった。

ノックをし、返事が聞こえたので中に入る。

 

 

「失礼します。」

 

 

「小代さん、よく来てくれました。さあ座って。飲み物は紅茶で良かったかな?お茶菓子にメルシェのエクレールを用意したから、良かったら楽しんでくれ。」

 

 

「お気遣いありがとうございます。」

 

 

メルシェとは、世界的に有名なショコラブランドの名前だ。

日本にも複数店舗が存在しており、ここのエクレールは1番人気の商品である。

 

 

中でもフランボワーズのエクレール、キャラメルチョコレートのエクレール、カカオ80%のエクレール、生チョコレートのエクレールが人気で、この4つはバレンタインや日々の贈り物として人気が高い。

 

 

ちなみにエクレールとは、エクレアを指すフランス語の発音の事だ。

つまり日本でいうエクレアの事である。

 

 

今回高宮が用意してくれたのはフランボワーズのエクレールだった。

白いホワイトチョコレートとフランボワーズチョコレートのマーブル模様が可愛らしく、中身はフランボワーズのレアチーズクリームが詰まっており、甘酸っぱくてさっぱりした味わいが特徴だ。

 

 

「とっても美味しいです。ここのエクレールを高校生の間に味わえるなんて、贅沢ですね。」

 

 

「そうだね、高度育成高等学校の敷地内にメルシェは無いし、ネット注文は受け付けていない。お店に行って買うしかないからね。」

 

 

紅茶はアッサムの様だ。

傍に置かれたミルクポットを取り、適量を紅茶に注いでいく。

 

 

アッサムはコクのある味わいや芳醇な香りが特徴的で、ミルクティーにするととても美味しい茶葉である。

そしてチョコレートを使用した焼き菓子との相性が良いため、アッサムにされたのだろう。

 

 

「さて、本題に入らせて貰おうかな。最近、高度育成高等学校前の公園の茂みでブルーシートで覆われ隠された状態で、15歳の少年の遺体が発見された。このニュースは知っているかな?」

 

 

このクルーズが始まる前、Aクラスで無人島試験の計画を立てている間のニュースで聞いた気がする。

確か、被害者の名前は──

 

 

「高野累」

 

 

その名前を聞くだけで少し不安になるのはなんでだろう。

 

 

「君は覚えていないらしいが、彼は牧之原事件で君と共に生還している。そして今回、この近海で名古屋市で行方不明になった九重花子さんが生きた状態で発見された。」

 

 

「…行方不明事件の、有名な進学校に通う生徒さんでしたよね。」

 

 

「その通りだ。彼女は今都内の病院に搬送されたが、発見した時こう言っていたんだ。『ゲームをした』とね。」

 

 

「ゲーム?」

 

 

「牧之原事件後の事情聴取で、君も似たような証言をしているんだ。『デスゲームをした』とね。これが単なる偶然であれば良いが、そうじゃなければ今行方不明になっている多くの生徒達がデスゲームに巻き込まれている可能性がある。」

 

 

何を言っているのだろうか。

デスゲーム?そんな記憶は存在しない。

 

 

デスゲームなんてフィクションの中だけの設定で、現実に行えば逮捕されてしまう。

法に罰せられる。

 

 

そしてそれを行う施設や資金の入手手段、運営には人員も必要だろう。

全ての条件を満たし、バレ無いように行うなんて出来る訳が無い。

 

 

馬鹿げている。

 

 

「馬鹿げているって思うだろう?私もそう思ったよ。だがね、世の中には犯罪組織や犯罪があふれる地域というものが存在する。フィクションの様な事も起こり得るんだよ。」

 

 

「…そうですか。」

 

 

高宮はカップを手に取り紅茶に口をつける。

広い会議室に私達2人だけ、というのは少し落ち着かない。

 

 

「私はね、文科省の人間として数多くの少年少女達に教育を受けて欲しいと考えているんだよ。勉強や運動だけじゃない、今この年代にしか体験出来ないような思い出も作って欲しいと思っているんだ。その中には、君も含まれているからね。」

 

 

「そうですか、お気遣い感謝致します。」

 

 

「正直ね、高野君の件も今多発している行方不明事件に関係しているのではないかと警察は疑っている。そして、何故高野君が狙われたのか…それは彼が事件から生還した人間だからだ。」

 

 

「あなたは、私も狙われると…そう思っているのですか?」

 

 

「その通りだよ。花園の会長も君の事を気にかける様頼まれていてね。私個人としても、亡き西門先輩の御息女である君には健やかに成長して貰いたい。」

 

 

私は中学生の頃、拉致され3週間行方不明になっていたらしい。

そして気づいた時には学校近くの公園の茂みに倒れていたそうだ。

 

 

そしてその横には1人の男子中学生…高野累が倒れていた。

傍らには多くの紙幣が落ちていたそうだが、全て警察に回収されたそうだ。

 

 

事件後私は衰弱しきっており、安静が言い渡された。

自宅療養をしながら、本を読んだり音楽を聞いたりと自由に過ごしていた。

 

 

そして事件から2週間後。

私の精神も落ち着き、学校生活を送れるほどに回復したため、事情聴取が行われた。

 

 

だけどその時には全て忘れていた。

何も私は知らなかった。

 

 

神経科医は、事件のショックで記憶が抜け落ちてしまったのでは無いかと仰られた。

その後精神科に通いながら学校生活を送り、高校に進学した。

 

 

そしてこれが事実であれば、私と高野は事件の事実を唯一知る人物であり、私達を拉致した奴らは私と高野を消したいと考えているはず。

だから高野は死んだ。

 

 

きっとこう言いたいのだろう。

 

 

「…私には記憶がありません。その事件があったという事は、新聞やテレビのニュースで事実なのだと理解しています。しかし、私が巻き込まれたという事はどうも実感出来ないんです。」

 

 

高宮は顎に手を当てながら、柔らかく微笑んだ。

この人は優しすぎる、他人の痛みに敏感すぎる人だ。

 

 

高宮は父の大学の後輩であり、文科省の官庁訪問だけでなく、省庁関係者との人脈を作るためにパーティーに招待する等、サポートを行ったそうだ。

無事文科省の官僚となり、たまに父と仕事の話をしていたな。

 

 

カップの中の紅茶に映る自分は懐かしさ故か、僅かに口角が上がっている様に見えた。

暫くの沈黙の後、彼は袖を捲り時計を確認する。

 

 

「…さて、そろそろお開きにしようか。君の貴重な時間を貰えて良かった。もし事件の事で何か話したい事があれば、今日私が君に掛けた番号へ連絡してくれ。」

 

 

「分かりました。」

 

 

「では、また会おう…いや、待ってくれ。これを渡すのを忘れていたよ。」

 

 

高宮は会議室の扉に手をかけながら、後ろを振り向く。

彼の元へ赴くと、彼は鞄から小さな紙袋を取りだした。

 

 

「これは?」

 

 

「小代家は16歳の誕生日に腕時計をプレゼントする習わしがある。この時計を君に渡すよう、西門会長に頼まれていたのだよ。」

 

 

紙袋の中に視線をやると、四角い水色の箱が入っている。

箱には星座が描かれており、煌びやかな銀色の装飾が施されていた。

 

 

「ありがとうございます。お爺様にお会いする事があれば、感謝をしていたとお伝え下さい。」

 

 

「ああ、必ずお伝えしましょう。では、またどこかでお会いしましょう。何事もなく、青春を謳歌してくださいね。」

 

 

私は高宮に一礼し、その場を去った。

出歩いても良いと言われたので、その言葉の通り船海がよく見える船内の広場へ移動した。

 

 

海を眺めていると遠くに船の姿が見える。

あれは自衛隊で使われている、護衛艦の「たかなみ」型だ。

 

 

なるほど、これは確かに異常だ。

たかが高校のクルーズに護衛のために自衛隊が周囲を囲むだなんて、流石国立というべきか。

 

 

「何をしているんだい?モーントガール」

 

 

波の音と船の機械音だけが存在する海に、晴れやかな声が響く。

 

 

振り返ると、天下の高円寺コンツェルンの跡取り息子である、高円寺六助が立っていた。

彼とは幼少期、そして中学時代に私の家や幼馴染を通して挨拶をした事がある。

 

 

そして彼とは高校に入って初めて会話をした。

彼も私も仲良く雑談なんてタイプでは無いし、そもそも挨拶を交わしただけの関係性だ。

 

 

名前と顔を知っている知り合い、程度の認識である。

話す必要性すらなかった。

 

 

「御機嫌よう、高円寺君。今は出歩き禁止の時間だけど、何をしているの?」

 

 

「ハッハッハ、それは君も同じじゃないか!モーントガール。それに私は直々に教員から呼ばれているのだよ。つまり、私は自由という事だ。」

 

 

呼ばれた、か。

私と同じ様に、プライバシーに配慮しての面談が行われるのかもしれないな。

 

 

「自由?…呼ばれてノコノコそこに向かう時点でそれは強制されているだけだよ。自由とは程遠いと思うよ。」

 

 

「ハッハッハ、面白い冗談じゃないか。しかし、君はここで何をしているんだい?許可を得ずに外を歩けば、君もタダでは済まないだろう。」

 

 

「…許可は貰ってる。少し1人になりたかっただけだよ。」

 

 

「ふむ?しかし君は1人部屋を使用していると耳にしたが?部屋の中にいた方が1人でいれるのでは無いかね?」

 

 

確かに、私の言動は矛盾している。

 

 

「別に、ただの気分転換よ。高円寺君はなぜ呼び出しを受けたの?何か悪い事でもしちゃったの?」

 

 

人の事情に首を突っ込む事は好きでは無い。

むしろ嫌いだ。

 

 

しかし、この状況下で呼び出されるというのも気になる。

私と入れ違いのタイミングでの呼び出しなのだ。

 

 

もしかしたら、彼も行方不明事件についての事情聴取的な事をされるのかもしれないな。

彼の言葉を待ちながら憶測を立てるが、想像はあくまで想像でしかない。

 

 

考えるだけ無駄なのだろう。

 

 

しかし時には想像力を問われる問題に直面する。

絶対に無駄、とは言い切れない。

 

 

何より想像とは心躍る、丁度良い暇つぶしなのだ。

嫌いになるなんて事は無いだろう。

 

 

あれこれと脳内で考え事をしていると、高円寺が近くの椅子に足を組んだ状態で腰かけた。

 

 

「…私は、とある友人について少し話をするんだ。彼は、とても聡明で美的センスに優れていた。美しいものを愛する私は、彼の描く作品を愛していたのだよ。その美しさは、人が作ったものだとは思えない程精巧で、優雅で、艶やかだった。」

 

 

高円寺に友人がいた、なんて話は聞いた事が無い。

勿論、それは原作でもそうだ。

 

 

彼は唯我独尊を行く、多彩無礼なお坊ちゃまというキャラクターだった。

そしてこの世界でも私はそう認識していたし、だからこそ彼について知ろうとは思わなかった。

 

 

「高円寺君にも友達がいたなんてびっくりだよ。」

 

 

「何を言っているのだ?この高円寺コンツェルンの跡取りである私の周りに、人間が居ない訳が無いだろう。」

 

 

話が噛み合わないなぁ。

 

 

「だが、私のベストフレンドはもう会う事は叶わないのだよ。後にも先にも、彼の様な素晴らしい人物に出会う事は無いだろうね…。」

 

 

会えない…か。

仲違いをしている様には見えないし、何か問題が起きてしまっているのだろう。

 

 

彼は私から視線を外し海に顔を向ける。

水平線の向こうを見つめながら、カモメの鳴き声が時折聞こえる。

 

 

「…さて、そろそろ私は行くよ。ガール、君も気を付けたまえ。では、アデュー!!」

 

 

最後にはいつもの彼に戻っていたが、忠告を言う彼は真剣な表情をしていた。

 

 

「…帰ろう。寒くなってきた。」

 

 

自室に戻り、お湯を沸かしてココアを入れた。

冷たい風が吹いていたため、体が冷えてしまった様だ。

 

 

頂き物の紙袋からコンパクトケースを取り出す。

美しい装飾に見惚れてしまうな。

 

 

どうやら開けるには鍵が必要らしい。

紙袋の中を確認すると、透明なケースに金色の月をモチーフにした鍵が入っていた。

 

 

慎重に鍵を取りだし、鍵穴に差す。

くるりと回せばケースが開いた。

 

 

中にはダイヤモンドがあしらわれた星空のように美しい腕時計が入っていた。

ダイヤはそこまで大きくないが、高価なものには違いない。

 

 

学生には不相応であるが、祖父からの贈り物に心が熱くなる。

 

 

「…明日から着けようかな。私の好みドンピシャだし。」

 

 

試しに腕に着けてみるが、着け心地が良く制服にも合わせやすそうだ。

見た目がシンプルなので、綺麗目な洋服であればどんなものにも合うだろう。

 

 

「…卒業したらお爺様にお礼を言わないとね。」





□花園会長
主人公の幼馴染、花園花恋の祖父。
花園グループの会長を務めている。

□西門会長
主人公の祖父であり、父親の実父。
とある企業の会長を務めている。

□亡き西門先輩
主人公の父親であり、高宮の大学時代の先輩。
とある企業の社長を勤めていたが、現在は故人。


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25話 巡り合わせ

よう実で好きなキャラは坂柳とひよりんです。
そろそろひよりんを喋らせたい。
ひよりんにもAクラスに来て欲しいけど、それをやったら流石にバランス崩壊しますよね。
ただでさえAクラスが強化されてるのに、、、

ちなみに次回、綾小路と小代ちゃんが対面するお話を書きます。
是非お楽しみに!



 

 

あなたの夢は何か、あなたが目的とするものは何か、それさえしっかり持っているならば、必ずや道は開かれるだろう。

by モーハンダース・カラムチャンド・ガーンディー

 

 

 

小代瑠奈と別れ、高円寺六助は第二会議室に向かった。

そしてその中には先程小代瑠奈と話していた男、高宮真太郎が立っていた。

 

 

「高円寺六助君だね。初めまして、私は今回の豪華クルーズ、及び特別試験の最高責任者を務めている高宮真太郎だ。君に聞きたいことがあってここへ呼ばせて貰ったんだ。」

 

 

高円寺は高宮の言葉を待たず、近くにあったチェアに腰掛ける。

足を組む事なく、高宮と対等に会話をする事にした様だ。

 

 

「初めまして、ミスター・高宮。あなたの名前は父から聞いた事がありますよ。この私に聞きたい事、我が友、ベストフレンドの高野累の事でしょう?」

 

 

高円寺の幾分か丸い態度に高宮は驚きつつも、笑みを零す。

 

 

「その通りだ。君がイギリスのパブリックスクールに短期留学中、高野君と知り合ったそうだね?少し話を聞かせてくれないかな?」

 

 

警察の行う事情聴取とは違って、ただ昔話をする様に穏やかな口調で高宮は話す。

高円寺は高宮に敵意がない事を感じとり、目を伏せ思い出に浸る。

 

 

何から話そうかと思案し、彼が選んだ第1の話題は高野累との出会いだった。

 

 

「彼、累と出会ったのは私がまだ日本にいた頃、お爺様の生誕祭での事だった。累はそこに名のある音楽家の息子として参加していたんだが、彼はなかなかにユニークな男だったよ…」

 

 

高宮は年相応の高校生らしい高円寺の表情に目を細める。

そして、本物の天才の話を楽しそうに目を細めて聞いていた。

 

 

「音楽家、高野君のお母様だね。確かウィーン国立音楽大学を卒業し、ショパンコンクールにも出場している様だね。残念ながら受賞はされていない様だが、チャイコフスキー国際コンクールやジュネーヴ国際音楽コンクールでは受賞されているらしいね。」

 

 

「その通りだよ。累はそんな母上と聡明な父上の遺伝子を持つ優秀な男だった。彼自身も知性と豊かな感性を持ち、美しい絵を手掛けるアーティストだ。」

 

 

高野累は画家としての才を持ち、尚且つ高いIQや幅広い知識を持つ天才。

しかし普段の彼は柔和で温厚、正しさを持つ優等生だった。

 

 

「しかし、私と出会った時の累は壁の近くに飾られた花瓶を見てこう言ったのだよ。『死んだ花を生けるとは趣味が悪い』とね。この言葉の意味が分かるかね?ミスター・高宮。」

 

 

少し興奮した様子で話す高円寺の言葉に高宮は苦笑いを零す。

高宮の知る高野累は常識のある少年であり、その様なミステリアスな物言いをする人物では無かった。

 

 

単純に複数の顔を使い分ける怪人だったのか、常識を身につける前の彼だったのか、気になるところだ。

 

 

「残念ながら、私には分からないかな。」

 

 

高宮の言葉に高円寺は嬉しそうに頷き口を開く。

 

 

「ああ、そうだろう!そうだろう!この私にすら分からなかったのだから、凡人であるあなたに分かる訳がない。」

 

 

高野寺は嬉しそうにうんうんと頷き、また昔話を再開させた。

 

 

「累が言った事は、お爺様、そして高円寺コンツェルンの未来を憂いての発言だったのだよ。会社は上に立つ物が従う者を支配し、利益を出す。今の社会を見れば分かるだろうが、働くという事は生きる為に時間や夢を捨てる行為だ。」

 

 

自由という言葉を掲げる高円寺が現実的な発言をする、というのは違和感がある。

しかし彼は高円寺の後継者であり、後継者としての教育医を受け良き指導者になろうと努力している事が窺える。

 

 

「そこに生けられていた花は萎れていた。しかしその花は青い薔薇だったのだよ。希望、高給や名誉を餌に多くの社員を縛り付けている様は、今の現社会を表しているかの様だった。壁の花、になろうとしている彼等に向けての言葉でもあったのだろうね。見て見ぬふりをするな、と釘を刺したかったそうだよ。」

 

 

風刺画の解説をするような話し方に高宮は、高円寺のワードセンスの高さを感じた。

確かに、幼い子供がその様な発想をするのは不自然だ。

 

 

高円寺が興味を持つのも頷ける。

そして高野累の芸術センスも、彼自身の思想や思考に大きく影響されているのかもしれない。

 

 

「高野君がここに入学していたら、Aクラスを賭けた戦いに君も参加していたんだろうね。高円寺君。」

 

 

「ハッハッハ、確かにそうだ。累は類稀な才能を持っている。そしてそれを鼻にかけない謙虚さは日本人らしさがある。そんな彼ならば、Aクラスに選ばれる事も必然だろうね。」

 

 

高野累は高度育成高等学校に入学後、Aクラスに配属される事が決まっていた。

高宮は、その事実を見抜いた高円寺の分析力の高さにただただ圧倒されていた。

 

 

そして失った才能溢れる高野累という青年に対して、やるせない思いを抱く。

 

 

「流石は高円寺君、よく分かったね。高野君はAクラスに配属予定だった。」

 

 

「それくらい分かって当然さ。だが、私がDクラスに配属された事については異議を申したいがね。」

 

 

高円寺は続けて次の話題に移る。

目の前の高円寺の表情はいつも通りに見えたが、少し声のボリュームが小さい気がした。

 

 

チクタクと時計の針が忙しなく動く。

時は止まらない、戻らない、一直線に進んでいくのだ。

 

 

死んでしまった人は帰って来ない、だからこそ今を生き続けるのだ。

彼らの分まで、精一杯生きなくてはならない。

 

 

高円寺が高野の死についてどう思ってるかいるのかは知らないが、残念だと彼の死を悲しんでいる事は間違い無いのだろう。

何故なら、彼の持つ携帯ケースには今にも萎れそうな青い薔薇の写真が描かれているのだから。

 

 

彼なりに過去に蹴りを着けようと、その想いで話を続けているのかもしれない。

 

 

会議室でのフェアリーテイルはまだまだ続く。

針が12を指すその時まで、鳩時計の鐘が鳴り響くまで。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あら、こんなところで葛城君に出会うとは。今日はお仲間の方々はいらっしゃらないのですね。」

 

 

「フン、お前こそいつも共に行動する鬼頭や橋本、神室はどうしたんだ?」

 

 

干支試験の結果発表が行われ、行動の制限が解除された夕方、3階のとある寿司屋で坂柳と葛城が対峙していた。

と言ってもただばったり遭遇しただけの様だが。

 

 

「私は、美味しいと評判の寿司屋に来ただけですよ。橋本君や鬼頭君はプールかトレーニングルームにでもいるはずです。神室さんには少々頼み事をしている最中なので、今は席を外しています。」

 

 

「そうか。」

 

 

「葛城君は1人寿司ですか?」

 

 

坂柳有栖はクスリと小さく笑いながら葛城に問う。

 

 

「…そうだ。部屋でファーストフードを頼み、パーティーをしているのだが少々騒がしくてな。静かなところで食事をしようと思ってここに来たんだが、まさか坂柳に会うとは思わなかった。」

 

 

「そうですか。面白い偶然ですね。」

 

 

「ああ。」

 

 

葛城と坂柳は数十秒の沈黙の間、互いに向き合っていたが、店前だという事もありこのままここに居ては邪魔になってしまうと気付く。

 

 

「このままでは通行人の邪魔になってしまう。ひとまず店に入るとしよう。良ければ共に食事をしないか?お前と向き合って話す機会もなかなか無いだろう。」

 

 

「ええ、私も今そう言おうと思っていました。その提案、受けさせて頂きます。あなたとお話しするのもたまには悪くないかもしれません、ふふふ。」

 

 

2人は店内に入り、奥の個室へと向かっていった。

個室の長椅子は固めのソファで、上質な革が使われている。

 

 

コースの注文を行い、葛城はAコース、坂柳はBコースを頼んだ。

 

 

Aコースは虎河豚のコースだ。

これは、お通し、虎河豚のうす造りから始まり、寿司、白子焼き、唐揚げ、鍋(しゃぶしゃぶ)、シメの雑炊、デザートの順番に運ばれてくる。

 

 

Bコースはのどぐろのコースだ。

これは、お通し、のどぐろのうす造りから始まり、寿司、炙り寿司、煮付け、炊き込みご飯、あら汁、デザートの順番に運ばれてくる。

 

 

どちらも高級食材として人気の高い魚であり、このコースも普通に頼めば3万円はする。

今回のクルーズでは全ての施設・食事の費用が無料なので支払わなくても良いが、学生が簡単に入れるような店ではない。

 

 

暫くして食事が運ばれて来た。

 

 

「ふむ、美味いな。」

 

 

「葛城君は、河豚がお好きなのですか?」

 

 

「いや、今回初めて食べた。あまりこういう格式高い店を利用した事は無くてな。社会勉強の一環として、回らない寿司屋、というものに興味があったんだ。河豚は弥彦に勧められてな、いつか食べてみたいと思っていたんだよ。」

 

 

葛城康平は裕福な生まれでは無かった。

幼い妹は虚血性心疾患を患っており、心臓移植手術を行う必要がある。

 

 

しかし、手術には莫大な資金が必要であり、ドナーもまだ見つかっていない。

そして彼女の血液は希少な型であり、輸血をするにも一苦労だ。

 

 

彼女の治療費や入院費で莫大な資金がかかるため、葛城は家に迷惑をかけないためこの学校を受験した。

学費が無料なだけでなく、生活費の援助や卒業後の進路も保証されるこの学校へ。

 

 

実際、そんな甘い言葉の全てが事実では無かったが、葛城はこの学校に満足していた。

自分では出来ないような遊びや旅行、経験が出来るという事が葛城に楽しさを芽生えさせたのだ。

 

 

そしていつか、妹の様に苦しむ人々を助けたいと思う様になり、最近では医学部を目指して勉強をしている。

 

 

「そうですか。貴重な経験が出来て良かったですね。」

 

 

坂柳は生まれた時から、上に立つ人間としての教育を受けてきた。

身体的な障害を抱えていたが、持ち前の頭脳で他を圧倒してきた。

 

 

裕福な家に生まれ、裕福な暮らしをし、高い教育を受けている。

葛城とは真反対の人間だった。

 

 

今食べているような高級な食材を使った食事は日常的に食べているし、豪華クルーズにだって参加した事はある。

所詮お嬢様というやつだ。

 

 

そんな2人がここで平和に会話をしながら寿司を食べるなんて、誰が思うのだろうか。

戸塚や町田、橋本や神室が見たら腹の探り合いをしている様にしか見えないだろうな。

 

 

「…そういえば、葛城君。あなたは小代さんについてどう思っているのですか?」

 

 

「小代か…。」

 

 

葛城は食べる手を止め、1口茶を口に含む。

そして小代についての話を始めた。

 

 

「小代は、俺の恩人だ。小代瑠奈がAクラスに来る前、5月の下旬の頃だ。俺は彼女に助けられた事がある。内容を説明する事は出来ないが、確かに彼女のおかげでクラス内の地位を磐石なものにする事が出来た。この事実と今回の試験の結果から、優秀な人間だと思っている。」

 

 

葛城の言葉に坂柳は内心彼を小馬鹿にしていた。

 

 

坂柳にとって小代瑠奈とは異質な存在だった。

入学後2ヶ月でAクラスに移動し、自身の有能さを示して見せた。

 

 

それだけでなく、干支島試験を始めから知っていたかの様な言動をしていたり、私の派閥が広まる前に、派閥が出来た事や派閥の人間について知っているかの様な態度や発言をしているのだ。

まるで未来を知っているかの様な、そんな得体の知れない恐怖を彼女に対して抱いていた。

 

 

だからこそ、葛城の小代に対する『優秀』という評価を聞いて彼の実力の低さをより実感したのだ。

葛城は優秀であり、防衛だけでなく攻め手も使える様になったがまだまだ他クラスのリーダーには及ばない雑魚なのだ。

 

 

そんな彼が天才である坂柳と対峙している事自体、おかしな話なのだ。

だが葛城を坂柳と対峙出来る様に誘導した小代瑠奈は間違いなく、強敵になりうるだろう。

 

 

「葛城君は小代さんについてあまりに知らなさ過ぎる。そのままでは、いつか足を掬われますよ。」

 

 

「…どういう意味だ?」

 

 

「小代さんは、あなたが思う程度の人間ではありません。あれは…底が知れない怪物なのですからね。」

 

 

「怪物...だと?」

 

 

葛城は坂柳の言葉の意味を理解出来ていなかった。

小代瑠奈は他者の気持ちを汲める善人であり、それでいて知略に優れた人間でもある。

 

 

怪物というワードは彼女に不似合いだった。

 

 

「そのままの意味ですよ…葛城君、彼女を盲信する事はオススメしません。これは私からの善意のアドバイスです、ふふふ。」

 

 

坂柳は葛城に忠告をした。

そのままではお前は勝てないぞ、と煽りの意味も入っているかもしれないが。

 

 

最も、彼を失脚させるのは坂柳自身である。

敵に塩を送る理由としては、彼女が生粋の勝利主義者だからだろう。

 

 

弱い敵を倒しても嬉しさや楽しさを生まれず、ただ当たり前の事実だと脳が認識する。

強い敵を倒した時こそ、達成感や喜びを感じる事が出来る。

 

 

彼女は雑魚狩りをするタイプではなく、雑魚は他人に狩らせ、王を自分の手で潰すタイプである。

だからこそ、葛城が弱者の状態で勝ったところでつまらないのだ。

 

 

だからこそ、いずれ強敵となった葛城の首を落とす事に期待を込めて葛城に忠告を行ったのだろう。

 

 

「…その言葉、覚えておこう。」

 

 

「ええ、そうしてください。」

 

 

暫くして神室がやってくると2人揃って寿司を食べる姿に顔を顰めた。

 

 

「アンタら、何やってるの?」

 

 

「見て分かりませんか?食事中ですよ。」

 

 

「寿司を食べながら談笑しているだけだ。神室も座ったらどうだ?この虎河豚のコースは美味いぞ。」

 

 

「私の頼んだ、のどぐろのコースも美味しいですよ。特にこの炊き込みご飯には松茸も使用されていて、夏ではありますが秋の香りが楽しめますよ。」

 

 

2人の言葉に神室は深い溜息をつき、坂柳の隣、葛城の向かいに座る。

そして2人とは全く違う、海鮮丼とぶりしゃぶのコースを注文していた。

 

 

「意外と臭みが少ないのね。」

 

 

「下処理がきちんと行われている証拠です。ここは有名なお店ですからね。」

 

 

豪華な料理に舌鼓を打ちながら、3人で料理を味わったのだった。

 

 

残金 846万8300プライベートポイント



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26話 ホワイトルームの最高傑作

少し間が開きましたが、新話投稿します。
綾小路との会話が意外と難しくて、ちょっとぎこちないかもしれません。



 

 

全ての人間は道具でしかない。過程は関係ない。どんな犠牲を払おうと構わない。この世は勝つことが全てだ。最後に俺が勝ってさえいればそれでいい。

by綾小路清隆

 

 

 

「っと、悪い。大丈夫か?曲がり角に気をつけるべきだったな。すまない。」

 

 

個室付近の曲がり角で小代は綾小路清隆とぶつかった。

まるで少女漫画の場面を再現しているかの様じゃないか。

 

 

「私は大丈夫だよ。綾小路君こそ怪我はない?」

 

 

「…ああ、問題ない。だが、よく俺の名前を知っていたな?どこかで話した事があったか?」

 

 

確かに、綾小路清隆と話した事は無い。

原作知識を持っている転生者だからこそ、彼の名前や姿、行動の全てを知っているだけなのだ。

 

 

彼は目立たない様に行動しているし、一之瀬や櫛田の様に社交的ではない私が彼の事を知っているのは不自然だ。

警戒されてもおかしくはない。

 

 

「…一学期の中間テスト前、君達Dクラスは図書室で勉強していたよね?そこにCクラスの生徒が絡んで騒ぎになっていた。だから、一方的に知っていたってだけだよ。私は元Cクラスの人間だからね。」

 

 

綾小路は少し考える素振りを見せる。

しかしすぐに納得したのか、「そうか」と言って頷いた。

 

 

「改めて、挨拶をさせて貰おうかな。私の名前は小代瑠奈。元Cクラスで、現Aクラスの一生徒だよ。宜しくね!」

 

 

笑顔で明るく挨拶の言葉を述べ、綾小路に手を差し出す。

綾小路は「ああ」と呟き、私の手を握った。

 

 

「俺は綾小路清隆だ。Dクラスに所属している。部活は特にしていないが…仲良くしてくれると嬉しい。」

 

 

「勿論だよ!宜しくね!」

 

 

綾小路はやはり人と関わる事が苦手なのか、つまらない挨拶を返してくれた。

原作主人公に出会った時はどうしようかと思い悩んだが、この世界線では彼も一人の人間という事なのだろう。

 

 

原作程の凄みや威圧感は一切感じない。

まあ、能ある鷹は爪を隠すという言葉も存在するのだから、彼が凡人として振舞っているだけの可能性の方が高いが。

 

 

そういえば、干支試験の最後で山内春樹が何者かの通話によって堀北鈴音を落ち着かせ、Dクラスに契約を結ばせていたな。

山内が親しそうに会話をしていた事、堀北が山内に見せられた携帯の内容を見て瞬時に契約を結ぶ事に対して納得していた事、という2点から彼等と親しい人物が糸を引いていたと考えられる。

 

 

該当者としては、綾小路、須藤、池くらいだろう。

 

 

だが、池の可能性はほぼ切れるはずだ。

池はこの世界でも成績底辺、バカ騒ぎをして女子に冷たい視線を送られていると聞いている。

 

 

学年の女子のグループチャットでも、要注意人物として名前が上がっているので、彼が馬鹿を演じている強者の可能性は低いはずだ。

 

 

次に須藤だが、原作同様堀北を尊敬し、綾小路と友好関係を築いていると櫛田が話していた。

つまり、彼が綾小路に操られて山内を動かす様誘導した可能性はある。

 

 

それを言ってしまえば、池も該当するが、池の言う事を素直に堀北が聞くとは思えない。

そしてその他の第三者の可能性だが、これについては考えるだけ無駄だろう。

 

 

素直に綾小路清隆が関係している、と考えるのが自然だな。

少し探ってみるか。

 

 

「綾小路君は、Dクラスだから山内君とも仲が良いのかな?」

 

 

山内と一緒にいる姿は見た事ないが、山内、池、須藤の3人と話している姿は見た事がある。

 

 

「ああ。山内は俺の親友だ。アイツとこの学校で出会ってから、色々な事(ゲーム&下世話)を教えてくれた。」

 

 

綾小路は親友であると言いながら、原作以上に遠い目をしていた。

表面上友達ではあるのだろうが、実際は疎ましく思っているのかもしれないな。

 

 

「そうなんだ!山内君、干支試験の時間に喚いていた堀北さんを落ち着かせて、契約を結ばせちゃったんだよ。凄いよね、人の扱いが上手いし、Dクラスの中でも皆に信頼されているんだろうね。」

 

 

少し大袈裟かもしれないが山内を褒めておけば、綾小路は何かしらのアクションを起こしてくれるはずだ。

 

 

「…あ、ああ。山内はクラスメイト達から(変態&馬鹿&ホラ吹きとして)信頼されているぞ。コミュニケーション能力(ウザさ)が高くて、羨ましいよ。俺には永遠に彼奴の様な真似は出来ないからな。」

 

 

死んだ目が更に死んだ。

綾小路は山内を信頼してなさそうだ。

 

 

流石に山内が優秀で、クラスメイト達から信頼されていれば他クラスにも情報が回ってくるはずだ。

しかし、山内の情報は変態でどうしうもない馬鹿、最低な嘘つきというものしか回って来ていない。

 

 

つまり、綾小路が今嘘をついている可能性が高い。

ブラックルーム山内やホワイトルーム山内の様な、やばい原作改変展開は起こっていないはずだ。

 

 

「そんなに凄い山内君がいるなんて、Dクラスは強敵だなあ。」

 

 

「…それはどうだろな。Aクラスこそ、葛城、坂柳、小代、石田の様な強者が揃っている。とても勝てるとは思えないな。」

 

 

「それを言うなら、Dクラスには桔梗ちゃん、平田君、高円寺君、堀北さんと優秀な人が揃ってる。彼らならAクラスにいてもおかしくないし、ちょっとズルいなって思っちゃうよ。」

 

 

実際Dクラスは原作主人公の所属クラスなので、タレント揃いだ。

一癖も二癖もあるクラスメイト達のほとんどが位置芸に秀でた生徒だ。

 

 

一概に不良品と呼ぶ事は出来ない。

 

 

「…確かにそうだな」

 

 

綾小路が遠い目をしていた事は気付かないフリをしておく。

 

 

「そういえば小代、お前はどうやってAクラスに上がったんだ?入学して2ヶ月、この間で2000万プライベートポイントを獲得するのは容易では無いはずだ。」

 

 

綾小路はあくまでも興味から、といった感じで質問をした。

しかし、山内について話していた時とは打って変わって、表情は能面の様だった。

 

 

流石に警戒心を持っておいた方が良さそうだな。

 

 

「あはは、やっぱり気になっちゃう?龍園君や帆波ちゃん、坂柳さんや葛城君、石田君達を集めてAクラスに来た手段について講演会をしたんだけど、その時に話したんだよね。」

 

 

「龍園達と、か。Dクラスの生徒は参加しなかったのか?」

 

 

「そうだね。Dクラスで仲の良い桔梗ちゃんなら知っていると思うけど、あの時Dクラスの生徒は誰もいなかったからね。」

 

 

「そうだったのか。なら是非とも聞いてみたいものだ。」

 

 

綾小路は、能面の様な顔のまま無表情で会話を続ける。

龍園達に話している、という事実を言った事で多少警戒心も薄れたはずだ。

 

 

「良いよ。私がやった事は、家から持ってきた宝石やアクセサリーを、モール内の宝石店でプライベートポイントに換金して貰ったの。次に、生徒会の放送で流れた銀行アプリ、これの手数料の一部が私のプライベートポイントとして入っているんだけど、これは私が考案者だからなの。他にもちまちまとお小遣い稼ぎをして、2000万プライベートポイントを貯めたの。」

 

 

細かい手段については語らず、あくまで龍園達に教えたものだけを話した。

私の話した内容に綾小路は顔色ひとつ変えず「そうか」と返した。

 

 

彼にとっての想定内を超えていなかった、という事だろう。

 

 

「綾小路君は驚かないんだね?」

 

 

「何をだ?」

 

 

「普通なら、家から宝石を持ってくる事を疑問に思うはずだよ。だって、たかが高校生が宝石を学校に持ってくるっておかしいよね?盗難の被害に合えば、問題にもなるし、警察沙汰になってしまう。そして、普通の高校生は高価な宝石やアクセサリーを持っている事は珍しい。疑問には思わなかったのかな?」

 

 

「…」

 

 

綾小路は黙ったまま、私の言葉の意味を考えている様だ。

ホワイトルーム育ちの綾小路は世間知らずの非常識な人間だ。

 

 

"普通"を知らないのだから仕方ないが、"普通"である事を望む彼は、私の言葉を上手く躱さなくてはならない。

 

 

 

「…悪い、俺はここに来るまで世間の事はあまり知らなかったんだ。俺の親は、勉学に厳しい人だったからな。」

 

 

「へぇ?俗世を知らないなんて、どこかのお坊ちゃんなのかな?だとしたら、失礼な事を言ってしまったね。でも、綾小路君が成績優秀者なら有名なはずだけど、そんな話は聞いた事ないよ?」

 

 

その返しだと、彼が平均的な成績を取っている事に疑問が残る。

ちょっと失礼な発言ではあるが、作られた天才を追い詰める機会なんて滅多にないのだから遠慮はしない。

 

 

「…それは、俺の出来が悪いから親が教育に力を入れていたんだ。今では平均的な成績を収められる様になっている。だから俺の学力は高くは無いんだ。」

 

 

綾小路の切り返し方は無難であり、その無難さが彼をより凡人として見せている。

 

 

「うーん、そうだったんだね。じゃあせめてこの学校にいる間は、色々な経験を積んで青春を謳歌出来ると良いね。」

 

 

「ああ。だから、山内や池達にはよく世間知らずだと言われるんだ。いろいろ教えて貰う事にするよ。」

 

 

「そっか〜!良いね!」

 

 

暫しの沈黙に気まづさを感じたが、綾小路が口を開いた。

 

 

「小代はこの学校についてどう思っているんだ?」

 

 

「どう、かぁ。」

 

 

綾小路はあくまで、極普通の一般的な人間として聞いている風を装っている。

であれば、ここで不自然にこの学校を評価する訳にはいかないな。

 

 

「私としては、この学校のシステムは面白いと思うよ。でも赤点で退学とか、ポイントでクラス替えとかはやりすぎな気がする。」

 

 

「弱肉強食という言葉そのものがこの学校を表す四字熟語だと思っているから、そこまで不自然でもないだろう?」

 

 

「弱肉強食ねぇ…私的には本来学生に必要な進路の為の努力がこの学校には欠けていると思うんだよね。」

 

 

「…どういう事だ?説明してくれないか。」

 

 

ホワイトルームという狭い空間にいたからか、彼は余りにも世間一般的な常識を知らなさ過ぎる。

 

 

「一般的な高校生って、自分の進路決定の為に勉強や部活動を頑張るんだよ。でもこの学校は進路決定の為に知略や謀略を巡らせ、相手を陥れ、非情になってAクラスを目指す努力をする。この学校は実力主義だから仕方ないけど、人間性に問題のある人間を製造している様にしか思えないんだよね。」

 

 

これは私が常々思っている事だ。

 

 

この学校は実力ではなく策略を立てさせ、それらを予想・理解して特別試験を乗り越えなければならない。

そしてそれが社会に出て役立つ事はほとんど無い。

 

 

この学校にとって、将来を担う人材とはどの様な人物なのか。

それを今一度問いたい。

 

 

スパイ養成校の真似事を差せられ、疑心暗鬼に陥り、他者に対する思いやりを捨てさせられるのだ。

この学校を卒業したとして、卒業生は本当に優秀な人材だと言えるのだろうか。

 

 

ルールの穴をついて楽をしたり、賄賂を使って物事を有利に進めたりするだけじゃないのか?

そしてそれらがこの学校では評価されていたが、社会に出て本当に評価されると思っているのか?

 

 

「…この学校は社会にとってマイナスな人材を排出する、最悪な学校だと思うよ。」

 

 

「…最悪な学校か。確かにその通りかもしれないな。」

 

 

綾小路はホワイトルームの出身だから、私の様な感覚は理解出来ないだろう。

ホワイトルームも脱落制で、この学校とよく似た実力主義の施設だ。

 

 

「あはは、共感して欲しいとは思ってないよ。」

 

 

「そうか。」

 

 

話が続かず気まずい時間が流れる。

綾小路も私もそこまでコミュニケーション能力が高い訳では無いため、仕方の無い事だ。

 

 

とはいえ、この無言の時間はどうしたら良いんだ。

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

本当にどうしたら良いんだ。

このまま無駄な時間を過ごすくらいなら私は部屋に帰らせて貰おう。

 

 

「私そろそろ部屋に戻るよ。また会ったら宜しくね。」

 

 

「ああ、分かった。またな。」

 

 

綾小路と別れ自室に戻る。

無人島試験、干支試験が終了した。

 

 

高宮の接触はあったが、港に着くまで何事もなく穏やかな船旅を楽しんだ。

しかし一つだけ気になる事がある。

 

 

高円寺は原作で誰よりも先に優待者の回答を行っていたが、今回は大人しくしていた。

山内が高円寺を止められるとは思えないし、綾小路が手を回したと考えるのが自然だが、高円寺はポイントが欲しくないのだろうか。

 

 

そして綾小路が手を回していたとしても、Aクラスの動きをここまで予想出来るのはおかしい。

もしかして、クラス内にスパイがいたりするのか?

 

 

どちらの試験も平和に終了したが、この先の試験も同じ様にクリア出来るとは思えない。

学校に帰ってからも、試験の背後にいた何者かが気になって仕方なかった。

 

 

寮に戻ってからはグダグダゴロゴロしながら、涼しい部屋で読書を楽しんだ。

2冊目の本を読もうと立ち上がった時、ピコンっと着信音が響いた。

 

 

『小代さん、明日プールで遊びませんか?神室さんや橋本君、葛城君達も一緒です。』

 

 

なんで坂柳派と葛城派が一緒に遊ぶ約束してるの?

 

 

そして更に着信音が鳴る。

端末の画面を確認すると小春からチャットが届いている。

 

 

『明日一緒にプールに行かない?百恵と石田君達もいるよ。』

 

 

次から次へと、この暑い中よく外に出られるね。

仕方ないから水着を買いに行く事にした。



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26.5話 side:綾小路

だいぶ間が空いてしまいましたが、綾小路視点です。
久しぶりにこの作品の続きを書いたので、拙い部分が多いかと思いますが、ご了承ください。
綾小路書くの難しい。


side:綾小路

 

それぞれの人間は直接に得た確かな知識に基づいてではなくて、自分が作り上げたイメージ、もしくは与えられたイメージに基づいて物事を行っていると想定しなければならない。

by ウォルター・リップマン

 

 

 

用事を済ませて個室に戻る途中、エレベーター付近の曲がり角で俺は一人の女子生徒とぶつかった。

 

 

「っと、悪い。大丈夫か?曲がり角に気をつけるべきだったな。すまない。」

 

 

「私は大丈夫だよ。綾小路君こそ怪我はない?」

 

 

「…ああ、問題ない。だが、よく俺の名前を知っていたな?どこかで話した事があったか?」

 

 

彼女は学年で有名なCクラスからAクラスに入学後2ヶ月で移動した優秀な生徒だった。

こんな事はこの学校史上初だろう。

 

 

「…一学期の中間テスト前、君達Dクラスは図書室で勉強していたよね?そこにCクラスの生徒が絡んで騒ぎになっていた。だから、一方的に知っていたってだけだよ。私は元Cクラスの人間だからね。」

 

 

確かに一学期の中間テストの前、図書室で勉強をした。

そしてその時、Cクラスの生徒に絡まれたが一之瀬や小代によってその場は丸く収まった。

 

 

彼女の発言通りだな。

 

 

「改めて、挨拶をさせて貰おうかな。私の名前は小代瑠奈。元Cクラスで、現Aクラスの一生徒だよ。宜しくね!」

 

 

彼女は笑顔で明るく挨拶の言葉を述べ、俺にに手を差し出す。

初めての握手に感動と少しの嬉しさを覚えた。

 

 

「俺は綾小路清隆だ。Dクラスに所属している。部活は特にしていないが…仲良くしてくれると嬉しい。」

 

 

「勿論だよ!宜しくね!」

 

 

彼女は明るい性格の様だが、平田や櫛田、一之瀬とは違って思慮深い人間だった。

 

 

初めに話題となったのは、山内についてだった。

山内とは俺の友人であり、巫山戯はするがアイツのおかげで世間一般的な普通の人間に近づけている気がする。

 

 

「ああ。山内は俺の親友だ。アイツとこの学校で出会ってから、色々な事(ゲーム&下世話)を教えてくれた。」

 

 

正直言って時々理解出来ない行動を起こす事もあるが、アイツのおかげで色々な事を知る事が出来た。

特にホワイトルームにいたら一生知る事の出来無かった娯楽に関する知識は有難い。

 

 

適当に山内を褒めると、どうやら干支試験が同じグループだった様で、堀北を宥めた山内に対して感心しているみたいだ。

確かに山内のキャラで堀北が大人しくなる訳が無い。

 

 

だからこそ、山内に対しての見方を変えたらしい。

しかしアイツは最低な男として学年内で有名だ。

彼女はAクラスの有名な生徒だ。

 

 

ならば、その噂くらい知っているはず。

なぜ山内を褒めるんだ?

 

 

山内は信頼されてもいないし、ウザ力MAXでただの変態だ。

だが、ここで敢えて褒めておけばコイツの考えが読めるかもしれない。

 

 

俺は山内を褒めた。

 

 

「…あ、ああ。山内はクラスメイト達から(変態&馬鹿&ホラ吹きとして)信頼されているぞ。コミュニケーション能力(ウザさ)が高くて、羨ましいよ。俺には永遠に彼奴の様な真似は出来ないからな。」

 

 

さぁどんな反応を見せてくれるんだ?

小代瑠奈。

 

 

「そんなに凄い山内君がいるなんて、Dクラスは強敵だなあ。」

 

 

小代の反応や表情は変わらず、彼女は山内を表面上では強敵として認識しているらしい。

もちろん、これらは全て偽りだと認識しているが、櫛田のように裏表が激しいタイプには見えない。

 

 

俺は別の切り口から彼女の反応をうかがう事にした。

小代は確かにAクラスに上がったが、彼女自身がリーダーシップを発揮しているわけでは無さそうだ。

 

 

ならば、もし自分が優秀だと言われたらどんな反応をするのか。

一般的な人間はまず自分が褒められると謙遜する。

 

 

そしてAクラスには坂柳、葛城、石田という優秀な生徒がおり、彼等と同列扱いを受ければ、必ず否定から入るはず。

 

 

「…それはどうだろな。Aクラスこそ、葛城、坂柳、小代、石田の様な強者が揃っている。とても勝てるとは思えないな。」

 

 

彼女がここで自分が優秀だと認識しているか、していないかによって、今後の見方が変わってくる。

 

 

「それを言うなら、Dクラスには桔梗ちゃん、平田君、高円寺君、堀北さんと優秀な人が揃ってる。彼らならAクラスにいてもおかしくないし、ちょっとズルいなって思っちゃうよ。」

 

 

「…確かにそうだな」

 

 

彼女は自分自身が優秀である事を理解している。

今の会話からすれば、俺が彼女をAクラス内のリーダー格、あるいはそれに準ずる地位を築いている人間として認識しているという事になる。

 

 

そして彼女は俺のその予想を受け入れ、否定も謙遜もしなかった。

そして逆に、Dクラスの優秀な生徒を挙げてみせた。

 

 

つまり彼女はクラス内で何らかのポストに就いているという事だ。

そしてその事実を隠しもしない時点で、バレても構わないという強い意志を感じる。

 

 

彼女の現状のレベルを把握する為にも、この質問はしておいた方が良さそうだ。

俺は彼女のレベルを知る為にこんな質問を投げ掛けた。

 

 

「そういえば小代、お前はどうやってAクラスに上がったんだ?入学して2ヶ月、この間で2000万プライベートポイントを獲得するのは容易では無いはずだ。」

 

 

「あはは、やっぱり気になっちゃう?龍園君や帆波ちゃん、坂柳さんや葛城君、石田君達を集めてAクラスに来た手段について講演会をしたんだけど、その時に話したんだよね。」

 

 

「龍園達と、か。Dクラスの生徒は参加しなかったのか?」

 

 

彼女は隠す素振りもなく話し続ける。

 

 

「そうだね。Dクラスで仲の良い桔梗ちゃんなら知っていると思うけど、あの時Dクラスの生徒は誰もいなかったからね。」

 

 

「そうだったのか。なら是非とも聞いてみたいものだ。」

 

 

「良いよ。私がやった事は、家から持ってきた宝石やアクセサリーを、モール内の宝石店でプライベートポイントに換金して貰ったの。次に、生徒会の放送で流れた銀行アプリ、これの手数料の一部が私のプライベートポイントとして入っているんだけど、これは私が考案者だからなの。他にもちまちまとお小遣い稼ぎをして、2000万プライベートポイントを貯めたの。」

 

 

 

櫛田と親しいという点から、特別試験で情報を交換し合っている可能性は高い。

しかし、前回の無人島試験でおそらくAクラスはDクラスのリーダーを当てていない。

 

 

この情報は平田から得たものなのでほぼ確実だ。

なら、無人島試験では2人は交流をしていないのだろうか。

 

 

しかし、今回の船上試験においてAクラスはどのクラスよりも先に法則に気付いている。

今回の試験に関しては櫛田は優待者の情報を渡していると考えるのが自然だ。

 

 

もちろん、確証は無いが。

 

 

彼女の話した内容に俺は表情を変えず「そうか」と返した。

物を売ってポイントを得た事については十分予想出来る範疇だが、銀行アプリの考案者だという事には驚いた。

 

 

「綾小路君は驚かないんだね?」

 

 

「何をだ?」

 

 

驚くべきところだったのだろうか。

俺の世間知らずがここで足を引っ張ってしまったらしい。

 

 

山内、ゲームではなくもう少しまともな常識を教えてくれ。

 

 

「普通なら、家から宝石を持ってくる事を疑問に思うはずだよ。だって、たかが高校生が宝石を学校に持ってくるっておかしいよね?盗難の被害に合えば、問題にもなるし、警察沙汰になってしまう。そして、普通の高校生は高価な宝石やアクセサリーを持っている事は珍しい。疑問には思わなかったのかな?」

 

 

「…」

 

 

 

ホワイトルーム育ちの俺は世間知らずの非常識な人間だ。

 

 

"世間一般の常識"を知らないのだから仕方ないが、"普通"である事を望む俺は、彼女の発言を上手く躱さなくてはならない。

 

 

仕方ないな一芝居打つか。

 

 

「…悪い、俺はここに来るまで世間の事はあまり知らなかったんだ。俺の親は、勉学に厳しい人だったからな。」

 

 

「へぇ?俗世を知らないなんて、どこかのお坊ちゃんなのかな?だとしたら、失礼な事を言ってしまったね。でも、綾小路君が成績優秀者なら有名なはずだけど、そんな話は聞いた事ないよ?」

 

 

「…それは、俺の出来が悪いから親が教育に力を入れていたんだ。今では平均的な成績を収められる様になっている。だから俺の学力は高くは無いんだ。」

 

 

俺の成績は常に平均だ。

 

 

親に厳しく躾られ、勉強をいくら努力しても平均以上を望めない人間だっている。

人にはそれぞれ限界があり、ホワイトルームを脱落していった人間のほとんどは限界に達していた。

 

 

ならば俺が限界に達していたって何ら不思議ではない。

いくら俺が常識がないからといって、この認識は世界共通なはずだ。

 

 

「うーん、そうだったんだね。じゃあせめてこの学校にいる間は、色々な経験を積んで青春を謳歌出来ると良いね。」

 

 

小代は俺の言葉を疑う事無く軽く流した。

しかしその自然なほどの流し方が俺に一抹の疑問を抱かせた。

 

 

「ああ。だから、山内や池達にはよく世間知らずだと言われるんだ。いろいろ教えて貰う事にするよ。」

 

 

「そっか〜!良いね!」

 

 

暫しの沈黙が気まずい。

今度は俺から話題を振る事にした。

 

 

「小代はこの学校についてどう思っているんだ?」

 

 

「どう、かぁ。」

 

 

望む進路が保証され、衣食住もポイントを使って得ることができ、食堂やスーパーには無料商品が置かれている。

まさに楽園と言える学校だが、この学校には闇も多い。

 

 

例えば赤点を取れば即退学。

この学校を卒業すれば望む進路が保証されるという謳い文句も実際は、Aクラスで卒業した生徒のみが対象であり、卒業生が訴える可能性もある。

 

 

しかし、今まで学校が存続している事を考えれば、Aクラス以外の卒業生にも何らかの配慮がされている可能性はある。

しかしそれを抜きにしても、この学校は詐欺行為をしている。

 

 

彼女はこの学校についてどう思っているのだろつか。

純粋に興味がある。

 

 

「私としては、この学校のシステムは面白いと思うよ。でも赤点で退学とか、ポイントでクラス替えとか流行りすぎな気がする。」

 

 

「弱肉強食という言葉そのものがこの学校を表す四字熟語だと思っているから、そこまで不自然でもないだろう?」

 

 

実力主義を掲げる学校だ。

着いて行けなくなればすぐに取り残されてしまう。

 

 

お前はどう思うんだ?小代瑠奈。

 

 

「弱肉強食ねぇ…私的には本来学生に必要な進路の為の努力がこの学校には欠けていると思うんだよね。」

 

 

どういう事だ?

 

 

社会に必要とされる人材を輩出する名門校であれば、この学校の特別試験も必ず重要な意味を持っている。

そう考えるのが自然なはずだ。

 

 

「…どういう事だ?説明してくれないか。」

 

 

「一般的な高校生って、自分の進路決定の為に勉強や部活動を頑張るんだよ。でもこの学校は進路決定の為に知略や謀略を巡らせ、相手を陥れ、非情になってAクラスを目指す努力をする。この学校は実力主義だから仕方ないけど、人間性に問題のある人間を製造している様にしか思えないんだよね。」

 

 

つまり、世間一般の高校生は努力を重ねて進路実現を目指すが、この学校の生徒には努力が足りていない。

そしてその努力をしてこなかった経験が、世間に悪影響を及ぼす可能性があると、彼女はそう思っているらしい。

 

 

「…この学校は社会にとってマイナスな人材を排出する、最悪な学校だと思うよ。」

 

 

「…最悪な学校か。確かにその通りかもしれないな。」

 

 

彼女の考えは理解出来ないが、今まで俺が持つ事の出来なかった視点、考え方であり非常に面白い。

 

 

「あはは、共感して欲しいとは思ってないよ。」

 

 

小代苦笑交じりに話すが、瞳には仄暗い色を宿していた。

これが彼女の本心らしい。

 

 

「そうか。」

 

 

話が続かず気まずい時間が流れる。

俺も小代もそこまでコミュニケーション能力が高い訳では無いからか、沈黙が流れる。

 

 

「…」

 

 

「…」

 

 

約40秒が経過した頃、小代が気まずそうに笑いながら口を開いた。

 

 

「私そろそろ部屋に戻るよ。また会ったら宜しくね。」

 

 

「ああ、分かった。またな。」

 

 

彼女と別れ自室に戻る。

 

 

小代瑠奈…

 

 

成績優秀で、高額ポイントを所持したAクラスの優秀な生徒。

一見人が良さそうに見えるが、実際は何を考えているか分からない。

 

 

元Cクラスで、2ヶ月でAクラスに来たという偉業を成し遂げた生徒。

生徒会公認アプリの考案者という点から考えれば、堀北会長含む生徒会とも面識があるという事になる。

 

 

今後、DクラスがAクラスを目指すにあたって、彼女は大きな障害物となる。

特に彼女の持つ高額のポイントは他クラスとの取引を有利に進める材料になる。

 

 

CクラスやBクラスが手中に入ってしまえば、Dクラスではどうする事も出来ない。

その可能性が限りなく低いとはいえ、2クラスの心を折ってしまえば可能な範疇だ。

 

 

二学期、俺達は熾烈なクラス争いを行う事になるだろう。

その未来が少しでも面白くなれば良い。

 

 

俺はそう思い、個室の扉を開けた。

 

 

「ただいま。遅くなって済まないな。」



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27話 私には影響力があるのか?

ついに夏休みが終わります。
今回の話は二学期に行く前のワンクッションみたいな感じ書きました。
今回は原作に登場する有る人物の血縁者の姓が登場します。

追記→小説のあらすじにて、主人公のイメージイラスト掲載しております。主人公に対して独自のイメージをお持ちでない方は、是非ご覧ください。中学3年時の小代瑠奈をイメージしております。



 

 

影響力があるかないかは、レディーの資格があるかないかに似ている。自分で自分はレディーよと言わなければ分かってもらえないようでは、レディーの資格はない。

by マーガレット・サッチャー

 

 

あの夏の特別試験が終わってから、私穏やかに夏休みを満喫していた。

基本的には家の中で勉強をしたり、音楽を聴いたり、読書をしたり、映画を見たり、自由気ままに過ごしていた。

 

 

しかし、たまに坂柳や百恵達に連れられて外に出る事もある。

プールに行ったり、カラオケに行ったり、買い物に行ったり、とにかく学生らしい青春を謳歌する事が出来ていた。

 

 

そして夏休みも今日で最後だ。

8月31日、私は坂柳理事長に呼び出され、理事長室に向かった。

 

 

恐らく、無人島試験前に送られてきた怪文書の件だろう。

シーザー暗号を用いた怪文書には、私の16歳の誕生日を祝う文と月31日に理事長から話があるという内容が書かれていた。

 

 

今日は8月31日なので、この手紙通りであれば私は理事長から呼び出しがある。

案の定、午前9時頃に学校事務から連絡があり、午後14時に理事長に来るよう命じられたのである。

 

 

理事長室の扉を2回ノックすると中から返事が聞こえた。

 

 

「どうぞ。」

 

 

私は扉に手をかける。

 

 

「失礼します。1年Aクラスの小代瑠奈です。」

 

 

中に入り挨拶をすれば、坂柳理事長が奥にある椅子に座って書類仕事を行っていた。

 

 

「この書類だけ目を通したいので、そこのソファに座っていて貰えるかな?小代さん。」

 

 

「分かりました。」

 

 

彼の指さしたソファに座り、真正面に掛けられた絵を見ると、高そうな額縁の下には高野累という名前が刻まれていた。

私と同じ、牧之原事件の生き残りで先月遺体となって発見された少年の名が、そこに刻まれていた。

 

 

絵のタイトルは"壁の花"で、萎れた青い薔薇は実物のように精巧で、まるで生きているかのような残酷な美しさを持っている。

 

 

青い薔薇の花言葉には『夢かなう』や『奇跡』、『神の祝福』等が挙げられるが、この薔薇の状態を考えれば花言葉とは真逆の状態だ。

『夢破れる』や『災い』等のマイナス表現の言葉の方がしっくりくる。

 

 

「その絵が気になるかい?」

 

 

執務用の席を立ち上がる音がし、理事長に視線を移すと、彼はファイルと紙袋を持って私の前に置かれたソファに静かに腰掛けた。

 

 

「この絵は、最近遺体で発見された高野累さんの作品ですよね?」

 

 

「その通りだよ。といっても、この作品はレプリカだけどね。」

 

 

とても一高校生が描いた作品には見えない。

彼は本物の、天才…いや、神に祝福されしギフテッドを持っていたのだろう。

 

 

「この作品の現物は高円寺君が持っているんだ。この作品は彼が高野君直々にプレゼントして貰ったものだからね。」

 

 

「高円寺君が?」

 

 

私がそう聞き返すと、坂柳理事長は頷き語り始めた。

 

 

「高円寺君はね、高野君と幼い頃祖父の生誕祭で出会っているんだ。壁に飾られた青い薔薇を見て『死んだ花を生けるとは趣味が悪い』と仰ったそうだ。」

 

 

一体どんな意図があって、高円寺の祖父の生誕祭でそんな言葉を口にしたのだろうか。

私には到底想像もつかない。

 

 

「…どういう意味ですか?」

 

 

「彼の発言は高円寺君いわく、彼のお爺様、そして高円寺コンツェルンの未来を憂いての発言だったらしい。会社は上に立つ物が従う者を支配し、利益を出す。今の社会を見れば分かるだろうが、働くという事は生きる為に時間や夢を捨てる行為だと、そう言いたかったそうだよ。」

 

 

高円寺の話した事は、現代社会の風刺の解説のようにしか聞こえない。

否、事実この壁に掛けられた薔薇に対する私の感想も諷刺じみている。

 

 

この作品はきっと…

 

 

「風刺画という事ですね?それもとても贅沢な風刺画ですが。」

 

 

「そうですね。この絵画は現代社会の風刺です。高野君のお母様とは何かと縁があってね、彼の絵のレプリカをプレゼントして貰ったんですよ。萎れた青い薔薇を題材に、現代社会を皮肉っている。残酷であり、しかし本物のように精巧に描かれており、その生々しさがより皮肉をきかせている。」

 

 

どうやら坂柳理事長はこの絵画を相当気に入っているようだ。

レプリカを高そうな額縁にわざわざ入れているあたり、私の考えはほぼ正しいと考えて良いだろう。

 

 

「坂柳理事長先生、私にお話があるそうですが、一体どのようなお話なのでしょうか。」

 

 

「小代さんには一学期の終わり頃、暗号のような手紙が届いているかと思います。送り主である君の元婚約者、石上司君は君が成人するまでの誕生日プレゼントを全て決めていたそうですよ。」

 

 

"石上司"

 

 

石上司は私が小学生の頃に両親から紹介された婚約者だった。

司は物静かで大人しい少年だったが、私が行方不明となったあの日、私と共に行方不明となり、牧之原事件の被害者の一人だ。

 

 

しかし、私には彼の記憶がほとんど無かった。

幼少期に出会った大人しい少年、有名な石上グループの次期後継者、私と同じ事件の被害者でまだ遺体は発見されていない。

 

 

生死すら不明だ。

 

 

「小代さん、この紙袋を君に渡しておこう。」

 

 

そう言い坂柳理事長は水色の紙袋を私に手渡した。

私はそれを受け取り、チラリと中を覗くと綺麗にラッピングされた小さな箱が中に入っていた。

 

 

「司君が元々君に用意していた、16歳の君への誕生日プレゼントだそうです。」

 

 

「…ありがとう、ございます。」

 

 

坂柳理事長はソファに置いたファイルから1枚の書類を取り出し、私の前にそっと置いた。

その書類には『遺産相続書』と書かれており、私の父の名が記されており、父の財産の相続書である事が分かる。

 

 

「父の財産を私が相続する、という事ですか?」

 

 

「ええ、そうなります。貴方は西門前社長のたった一人の娘ですから。西門会長に、貴方に渡すよう頼まれていたんです。」

 

 

「…分かりません、全く私には理解出来ません。」

 

 

私がそう愚痴を零し子供のように笑えば、坂柳理事長は目を細めて困ったような顔で微笑んだ。

 

 

西門という名前を私は自ら手放した。

私は今、小代という姓を名乗っており、この姓は母の旧姓だ。

 

 

母は名門小代家に生まれた大手食品メーカーの社長令嬢だった。

将来は名だたる企業、もしくは名家の御曹司と結婚し、小代の血を引く子を産む事が義務付けられていた。

 

 

父は大手教育企業である、グノシーコーポレーションの御曹司であり、将来グノシーコーポレーションを継ぐ事が決まっていた唯一の次期後継者だった。

2人は両家を繋ぐ為の政略結婚の駒として出会い、政略結婚ながらも互いに恋をして結ばれた。

 

 

「…父と母は私に愛情を注いでくれました。しかし、それとは裏腹に私に対する教育は虐待とも言える酷いものでした。父と母が亡くなってから、私はその事実を乳母から聞いたんです。」

 

 

幼い頃から、私は1日の大半を座敷牢の中で過ごして来た。

与えられた問題集と睨めっこし、学習範囲のテストを満点が取れるまで何度も繰り返し、少しずつ記憶を定着させて行く。

 

 

私は転生者だから、準難関大合格レベルの学力は既に身についていた。

だから、幼稚園入園の段階で既に高校入学レベルの学力は持っていた。

 

 

幼い頃から神童と呼ばれ、学校で学ぶ基礎教科五科目を始めとし、FBI捜査官認定試験や予想問題のようなIQテスト、ダンスやマナー、芸術等の教養、哲学や経営学の基礎と、様々なカリキュラムをこなし、西門家最高の神童として日々能力を高めてきた。

教養の授業の中にはピアノのレッスンもあり、私にはピアニストとしての素質があった為、幼い頃から基礎五科目の時間に次いでピアノのレッスンが毎日3時間以上行われていた。

 

 

勉強漬けの毎日に嫌気が差した事もあるが、前世の知識を持つ私にとって難しい事では無かった。

それに、前世で秀才レベルの私が神童と呼ばれ天才扱いを受けるのは気分が良かった。

 

 

だから必死に神童に相応しい実力を守る為に勉学に励んできた。

 

 

「父と母が死んでから、私は母方の実家で生活しましたが、そこでの生活は生家に居た時よりもずっと快適で、好きな事だけをしていても怒られる事は無かった。」

 

 

父と母が死んだあの日、私は本来であれば西門の祖父の孫として本家で生活するはずだった。

戸籍は西門のままだが、西門の教育方針を糾弾した母の実家である小代家は私を引き取り、小代家の娘として生活する事になったのである。

 

 

当然西門の人間は反対したが、小代家の叔父や叔母が反対し、戸籍はそのままに小代で育てられる事になったのだ。

その後、小代家の経営は一時的に悪化し、私の幼馴染である花園家の令嬢に助けられ、彼女の家の支援を受けながらなんとか経営を黒字まで回復させる事に成功した。

 

 

私は彼女に大きな借りがあり、その借りを返すという名目で彼女の傍に仕え、彼女の右手として彼女の望む全てを得られるよう努力してきた。

そして反対に、小代家の業績が悪化しても何もしなかった西門家を、小代に引き取られた孫を一切心配しない祖父を私は酷く嫌っていた。

 

 

経営が悪化した期間中は、花園家の屋敷で過ごしており、私と彼女は主従関係に近い間柄だった。

この関係性は中学卒業まで続き、私達は上下関係を保ちながらも大切な友人として過ごしてきた。

 

 

「ようやく自由を手に入れ、私は今の今まで小代の人間として生きてきました。だから、そう簡単に西門の人間に戻る事は出来ません。」

 

 

私は真っ直ぐ坂柳理事長の顔を見つめながら相続書を着き返した。

 

 

「…そうですか。それは残念ですね。」

 

 

「申し訳ありません。それは廃棄しておいて下さい。もしくは、お爺様に」

 

 

私が謝ると坂柳理事長は「気にしていませんよ」と笑い、相続書をファイルの中に入れてこう言った。

 

 

「今すぐに決める必要はありません。この紙は貴方がこの学校を卒業する時まで、私が大切に保管させて頂きます。」

 

 

彼はいつになく真剣な表情でそう言った。

その表情には有無を言わさないという意思が感じられる。

 

 

私は仕方なく彼の発言を受け入れ頷いた。

 

 

話を終え理事長室を後にする。

私は何も考えずに気の向くままに歩き続けた。

 

 

誰もいない夏休みの図書室、吹奏楽部の部活が行われていない第二音楽室、メダカの水槽がある第一生物室、人気のない旧校舎、どこもかしこも優しい夏の匂いが充満している。

 

 

屋上に続く階段を上がり、鍵の空いた扉を開ける。

 

 

「…あれ?先客なんて珍しいな。」

 

 

 

一人の青年が屋上の手すりに腕を乗せて、水平線をぼんやりと眺めていた。

 

 

 

「…綾小路清隆君。」

 

 

声を掛けると彼は振り返り私を数秒見つめてから口を開いた。

 

 

「奇遇だな?小代。屋上に何か用か?」

 

 

「…別に。ただ気の向くままに歩いていただけだよ。」

 

 

夏の暑い空気が全身を覆い、体温が上昇していく。

 

 

「綾小路君、君はなんでここに?」

 

 

「少し風に当たろうと思ってな。」

 

 

「…そっか。」

 

 

私達は人間三人分の距離を空けたまま、隣に立ち遠くの水平線を見つめながら話し始める。

 

 

「ねぇ、綾小路君。"ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきはテキサスで竜巻を引き起こすか?"って言葉を知っているかな?」

 

 

「ああ。バタフライ効果、バタフライエフェクトと呼ばれる現象の事だよな。確か、気象学者のエドワード・ローレンツの数値予報研究から出て来た提言に由来しているんだったか。 」

 

 

バタフライエフェクトとは、力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという現象を指す言葉だ。

これは『非常に小さな出来事が、最終的に予想もしていなかったような大きな出来事につながる』ことを意味している。

 

 

日本語の諺である『風が吹けば桶屋が儲かる』と類似しているが、これはバタフライエフェクトの中の一例に過ぎない。

そもそも、バタフライエフェクトは良い事が起こるという予兆を指す言葉では無いのだから、2つの事柄は似ているが本質は全く違う。

 

 

「もし、この世界に本来存在しないはずの人間が居たとする。その人間はなんの力も持たない凡人だけど、その人間が居たとしてこの世界は本来決められた未来とは別の未来に進むのか。それともたかが人間1人では何も変えられないのか。」

 

 

私はこの世界の人間では無い。

別の世界から転生してきた存在だ。

 

 

しかし、私は一つの未来を知っている。

 

 

その未来を変える為に行動しているが、今のところ原作と変わっている点は無いが、不可解な連続行方不明事件。

この事件が今後原作に影響を与えるかもしれない。

 

 

この事件はまだ終わっていない。

だって、今も優秀な中高生が行方不明なり続けている。

 

 

この事件にいた唯一の生き残り、唯一の生還者である小代瑠奈。

私はこの作品を、悪い方向に未来を捻じ曲げてしまう可能性がある。

 

 

私が未来を知らなければ行動する事も無かったのかもしれないし、私が未来を知っていても変わらないのかもしれない。

私には穏やかなそよ風を起こすような、良い変化を与えるような力は無いのかもしれない。

 

 

だけど、それでも私は、この世界を変えてみたい、そう思うようになったから。

世界に悪影響を与えてしまった自分を、心のどこかで許せなかったから。

 

 

だから────

 

 

「イレギュラーが存在した場合、物事に変化をもたらすかどうか。そういう質問なんだよな?」

 

 

私は彼の言葉に頷く。

 

 

「…」

 

 

この化け物は、最高傑作は、この物語の主人公は、イレギュラーである私を前にして、作品を守る事が出来るのだろうか。

決められた未来を塗り替えられぬよう、動く事が出来るのだろうか。

 

 

「変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。イレギュラーがイレギュラーであるという事実を認識しているか、それともしていないのか、認識していたとしてどう生きるかはそいつ次第だろ。」

 

 

「…貴方は、その存在が居たとして貴方は未来は不明だと、そう言うのね?」

 

 

「ああ、そうだ。俺なんかに、分かるわけが無いだろう。」

 

 

彼は、望みも希望も無い、無機質な怪物だ。

 

 

「お前はどう思うんだ?」

 

 

彼の問い掛けに私はすぐにこう言った。

 

 

「私は、イレギュラーが存在した時点で何らかの変化は与えられると思っているよ。根拠はね…」

 

 

言えなかった。

 

 

私が根拠だなんて言ったところで、頭がおかしいと気味悪がられるか、Dクラスを混乱させる為の罠だと思われるかの二択しかない。

他の択があったとしても、良い意味には捉えられない。

 

 

だから私は根拠は言わずにニコリと微笑む事しか出来なかった。

 

 

何故あの瞬間、私は自身の転生を仄めかすような発言をしてしまったのだろうか。

夏休みに入ってから、西門家や例の事件について考える機会が増えたからなのか、それとも今日坂柳理事長と話したからなのか、理由は不明だが、私の与える影響について考えていたらこんな事を口走ってしまった。

 

 

寮の個室に戻ってから、私はただただ困っていた。

 

 

「…どうして主人公にあんな事言っちゃったんだろう。」

 

 

私はただポイントを稼いで、悠々自適な暮らしをしてAクラスで卒業出来ればそれで良かった。

 

 

事件の事なんて忘れて、無かった事にしてしまえば良い。

ずっとそう思って生きて来た。

 

 

幸か不幸か、事件に関する記憶は失っている為、事件について考える必要は無かった。

だけど、この学校に来てから少しだけ記憶に変化が出てきた。

 

 

あの事件から婚約者である石上司に関する情報や記憶を忘れてしまっていたが、彼に関する記憶が少しだけ蘇ったのだ。

顔合わせの僅かな記憶だが、このままここにいればいずれ全て思い出せるかもしれない。

 

 

記憶が無くとも、私には転生の記憶もそれ以外の交友関係の記憶も残っている。

困る事は無い。

 

 

なのに何故か、私は記憶を思い出したがっている。

思い出したくないから忘れた記憶なのに、何故思い出そうとしているのだろうか。

 

 

「…まあいいや。私の転生が、行方不明事件に直接的な影響を与えたわけじゃないはず。私が気にする程の事じゃない、よね?」

 

 

この物語は、彼女が転生知識を持った瞬間から変わり始めた。

いや、厳密には彼女が神童だと周囲から認識された瞬間から、だ。

 

 

この時の私は知らない。

 

 

この事件が今後の物語に大きな影響を与える事を。

この楽観視により、私が窮地に立たされる事になるという未来を。

 

 




■石上司
小代瑠奈の中学時代の同級生であり元婚約者。
石上グループ会長の実の息子。
父の再婚によって義理の弟が出来た。


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ようこそ体育祭の会場へ
28話 未来に投資


ついに二学期がやって来ました。
ようやく体育祭練習期間が始まります。
ここまでお付き合いくださった読者の皆様、誠にありがとうございます。
1年の終わりに、二学期に入る事が出来て良かったです。
今後とも、是非この作品を応援していただければ幸いです。



 

未来にはいくつかの名前がある。意志薄弱な者はそれを不可能と呼び、臆病者は未知と呼ぶ。しかし勇敢な者はそれを理想と呼ぶ。

by ヴィクトル・ユーゴー

 

 

長いようで短い夏休みが終わり、新たなスタートが切られた。

9月1日、私達のクラス争いには大きな変化は無く、Aクラスが転落したり、Dクラスが這い上がって来たり、CクラスがBクラスを打ち負かしたりなんて事が起きる事は無かった。

 

 

「おはよう、百恵!小春。」

 

 

「おはよう!」

 

 

「おはよう!瑠奈。前髪に寝癖ついてるよ?」

 

 

小春が私の前髪を見ながらクスリと笑った。

 

 

「え、本当?直さないと。」

 

 

小春の言葉に私は慌てて携帯を取りだし、カメラアプリのミラーモードを使って前髪を整える事にした。

 

 

私は一学期同様に、百恵や小春共に学校へ登校した。

教室に着くと、多くの生徒が既に登校しており、夏休みの思い出を語り合って楽しそうに笑っていた。

 

 

「おい、課題やったか?お前夏休みの後半はずっと遊び呆けていただろう?」

 

 

「当たり前だろ。クルーズ前に終わらせてるぜ。」

 

 

司城が町田にからかわれつつも、模範解答をしている点からも分かる通り、Aクラスの生徒は皆真面目だ。

これがDクラスやCクラスであれば、今も教室で課題をしている生徒がいるかもしれないが、生憎Aクラスは元々学力が高い生徒が多いのでクラスも勉強をする雰囲気が作られている。

 

 

なので、新学期1日目の朝に夏休みの課題を必死にやるような生徒は0人だ。

当たり前だが、非常に素晴らしい雰囲気だ。

 

 

この調子で二学期も良いクラス作りをしていきたいものである。

 

 

「おはよう、小代。」

 

 

突然後ろから声を掛けられ振り返ると、以前会った時より肌が少し黒くなった橋本正義がそこに立っていた。

 

 

「おはよう、橋本君。あれ、プールで会った時より日焼けした?」

 

 

「まあな。あの後、何回かプールにも行ったし、部活も外だからな。」

 

 

健康的に日焼けした姿は彼のチャラさをより高めている。

 

 

「あはは、橋本君は元気だね。私はプールはあの1回しか行ってないや。」

 

 

インドア派の私は外に出る事があまり好きではない。

買い物に出掛けたり、涼しい店内で食事をするのは好きだが、汗をかく為に進んで外に出る事は一切ない。

 

 

どうしても運動が必要なら、スポーツジムに行く。

そのくらい外に出る事が嫌いだった。

 

 

だから彼のように外に出たり、太陽の光を浴びながら部活動をする生徒は正直尊敬している。

勿論、私には共感出来ないが。

 

 

「全員揃っているな。」

 

 

予鈴が鳴る1分前に真嶋が教室にやって来た。

全員が席に着き、ホームルームが始まる。

 

 

「まず、夏休み前の模擬試験の成績表を配る。Aクラスの生徒は高成績を残している者が多い。この調子で少しでも良い結果が得られるように努力を続けて欲しい。」

 

 

真嶋が出席番号順に生徒の名前を呼び、呼ばれた生徒は真嶋の元へ向かって成績表を受け取っていく。

私の番がやってきたので、真嶋の元へ向かい成績表を受け取った。

 

 

結果は全国順位が7位、全国科目の平均偏差値は82.7とかなり良い結果を残す事が出来た。

この調子なら、難関大合格も余裕で出来るかもしれない。

 

 

「おっしゃあ!偏差値少し上がってるぜ!」

 

 

弥彦が声をあげて喜んでおり、少なからず成績が上がっているようだ。

この調子で努力していけば、退学を退けるのも夢じゃないかもしれないな。

 

 

 

『頑張れ弥彦』と心の中で声援を送った。

他の生徒達も不安そうな顔をしている者は少なく、皆悪くない成績が返ってきているようで一安心だ。

 

 

この模試はグノシーコーポレーションのライバル企業が主催しているもので、私としてはレベルが低い模試を受けさせられて良い気はしていない。

しかし、受験者数が多い模試であり、大学進学を目指していない高校生も殆どの者が受けるため、全国での自分の立ち位置がよりはっきりしやすくなるというメリットがある。

 

 

しかし、受験者の質を考えた場合、特に難関大学を目指す生徒にとってはグノシーコーポレーションや佐々木模試等のより難易度の高い模擬試験を受けた方が大学入試に近い問題が多い為、レベルの高い生徒の中での自分の立ち位置が分かる。

 

 

大学入試を目指すのであれば、グノシー模試か佐々木模試のどちらかを受けるのが一般的だ。

 

 

ちなみに佐々木模試は佐々木ゼミナールという大手の予備校の模試であり、母体の佐々木グループの本社は関西にある為、西日本側の受験者数が多い。

対して、グノシーコーポレーションは本社が東京にある為、東日本側の受験者数の方が多い傾向にある。

 

 

どちらも全国展開している大手予備校を経営している企業だ。

 

 

「模試の解答用紙についてはPDFにして受験者全員の携帯にメールで送信するので、各自しっかり復習するように。」

 

 

真嶋はそう言い、別の紙束を教卓の上に置いた。

 

 

「では次に、二学期に入って早々で悪いが、特別試験の説明をする。今月行われる体育祭、それが今回君達が参加する特別試験だ。」

 

 

「た、体育祭が?!」

 

 

弥彦の驚いたような声がクラス内に響く。

他のクラスメイトも声を出してはいないが、表情を見るに驚きを隠せてはいない。

 

 

流石のAクラスの生徒も、まさか学校行事が特別試験になるとは思ってもいなかったらしい。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

【体育祭におけるルール及び組み分け】

 

 

◆全学年を赤組と白組に分け行われる対戦方式

 

◎赤組→AクラスとDクラス

 

 

◎白組→BクラスとCクラス

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

〖点数配分について〗

 

 

◆全員参加競技の点数配分(個人競技)

 

→結果に応じて1位15点、2位12点、3位10点、4位8点が組に与えられる。

 

 

→5位以下は1点ずつ下がっていく。

 

 

※団体戦の場合は勝利した組に500点が与えられる。

 

 

 

◆推薦参加競技の点数配分

 

→結果に応じて1位50点、2位30点、3位15点、4位10点が組に与えられる。

 

 

→5位以下は2点ずつ下がっていく。

 

 

※最終競技のリレーは3倍の点数が与えられる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

〖結果が与える影響について〗

 

 

◆赤組対白組の結果が与える影響

 

→全学年の総合点出負けた組は全学年等しくクラスポイントが100引かれる。

 

 

 

◆学年順位が与える影響

 

→各学年、総合点で1位を取ったクラスにはクラスポイントが50与えられる。

 

 

→総合点で2位を取ったクラスは、クラスポイントが変動しない。

 

 

→総合点で3位を取ったクラスは、クラスポイントが50引かれる。

 

 

→総合点で4位を取ったクラスは、クラスポイントガード100引かれる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

〖報酬について〗

 

 

◆個人競技報酬(次回中間試験にて使用可能)

 

→各個人競技で1位を取った生徒には5000プライベートポイントの贈与、もしくは筆記試験で3点に相当する点数を与える。(点数を選んだ場合他人への付与は出来ない)

 

 

→ 各個人競技で2位を取った生徒には3000プライベートポイントの贈与、もしくは筆記試験で2

点に相当する点数を与える。(点数を選んだ場合他人への付与は出来ない)

 

 

→ 各個人競技で3位を取った生徒には1000プライベートポイントの贈与、もしくは筆記試験で1

点に相当する点数を与える。(点数を選んだ場合他人への付与は出来ない)

 

 

→ 各個人競技で最下位を取った生徒にはマイナス1000プライベートポイント。(所持するポイントが1000未満になった場合には筆記試験でマイナス1点を受ける)

 

 

 

◆最優秀生徒報酬

 

→全競技で最も高得点を得た生徒には10万プライベートポイントを贈与。

 

 

 

◆学年別最優秀生徒報酬

 

→全競技で最も高得点を得た学年別生徒3名には各1万プライベートポイントを贈与。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

〖反則事項とペナルティについて〗

 

 

◆反則事項について

 

→各競技のルールを熟読の上遵守すること。

 

→違反した者は失格同様の扱いを受ける。

 

→悪質な者については退場処分にする場合有り。

 

※それまでの獲得点数の剥奪も検討される。

 

 

 

◆ペナルティについて

 

→全競技終了後、学年内で点数の集計をし、下位10名にペナルティを科す。

 

※ペナルティの詳細は学年毎に異なる場合がある為、担任教師に確認すること。

 

 

《1年生のペナルティ》

 

次回筆記試験におけるテストの点数の減点。

 

→総合成績下位10名の生徒は10点の原点を受ける。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

〖競技一覧〗

 

 

◆全員参加種目

 

・100メートル走

・200メートル走

・ハードル走

・二人三脚

・障害物競走

・棒倒し(男子のみ)

・玉入れ(女子のみ)

・男女別綱引き

・騎馬戦

 

 

 

◇推薦参加種目

 

・借り物競争

・四方綱引き

・男女混合二人三脚

・3学年合同1200mリレー

 

※ 推薦参加種目には代役を立てることは可能だが、10万プライベートポイントを消費する。

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

「以上が体育祭のルール及び競技説明になる。これから体育祭の競技練習の時間も増えるだろう。各自、自分が参加する種目のルールをしっかり把握しておくように。また、今説明した内容に関しては学校のHPにも記載されているので、必要であれば各自確認しておくように。」

 

 

その後、競技の参加表や推薦競技の代役に関する説明が行われ、ホームルームは終了した。

体育祭に関する情報は原作と同じで、変わった点は無さそうだ。

 

 

今回の体育祭、AクラスはDクラスと組む事になる。

しかし、この試験のルールでは赤組として勝利したとしても、学年別のクラス順位によっては損をしてしまう。

 

 

同じ赤組といっても、互いにクラス争いをするライバルである事には変わりない。

つまり、団体競技はDクラスと相談する必要があるが、個人競技に関してはクラス間の争い、同学年の全クラスが敵だと言える。

 

 

「この試験、一筋縄ではいかないね。」

 

 

「そうだな。頭脳戦であれば俺達Aクラスに分があるが、身体能力に関しては個人の能力に依存してしまう。一朝一夕で身につくものでも無い。出来る事と言えば、技能ではなくパス渡しの素早さや走行姿勢の見直し、参加表でクラスメイトをどう配置していくか、という身体能力以外の部分の努力だな。」

 

 

石田が淡々と今回の体育祭に備えてやるべき事を述べていく。

彼の発言に運動部に所属する生徒や身体能力が高い生徒も頷き、Aクラスは身体能力以外の部分を鍛える事になりそうだ。

 

 

「しかし、体育祭が特別試験だとは驚いた。」

 

 

葛城が腕を組みながらため息をつく。

 

 

「そうですね。夏休みに行われた特別試験は、学校生活には無関係な変わった試験でした。ですから、学校生活とは別に変わった試験が用意されていると思っていたのですが、その考えは外れてしまいましたね。」

 

 

坂柳も今回の試験は想定外だったのか、少し驚いたような顔をしている。

 

 

私は原作知識を活かしてポイントを獲得してきたが、今回ばかりは何をどう頑張っても勝つ事は不可能だろう。

 

 

「今回の試験、Aクラスが1位を取るのはほぼ不可能だと思うけど、一体どうするんだろう?」

 

 

百恵が困ったような顔で体育祭の概要が書かれたプリントを見つめる。

 

 

「身体能力の高い生徒に頼り切りになってしまう可能性が高いわね。ペナルティに関しては、今のAクラスにはポイントにも学力にも余裕があるから、負担に思う必要は無いわ。」

 

 

小春が百恵を慰めるように言葉を掛けるが、私も彼女の意見には同意だ。

 

 

「そうだね。学年順位が最下位になったとしても、クラスポイントが100引かれるだけだし、総合成績が下位10名に選ばれたとしても、Aクラスに勉強を怠るような生徒はいない。10点引かれるくらいなら、なんて事無いよ。」

 

 

百恵は私達の言葉に頷くが、その表情は曇ったままだった。

マイナスも積もれば、大きなダメージに変わる。

 

 

次の特別試験で勝てる保証も無いため、不安なのかもしれない。

しかし、Aクラスには身体能力の高い生徒もいるので諦めるのはまだ早い。

 

 

葛城も一学期の終わりに人肌剥けて成長しており、Aクラスの総力は確実に上がっている。

原作の彼であれば簡単に負けてしまっていたが、もしかしたら今の彼ならば、無様な結果は残さないかもしれない。

 

 

そして無人島試験に続き、坂柳の体育祭欠席によりAクラスは大きなハンデを背負う事になる。

無人島試験とは違って代理を立てる事も不可能なので、個人競技は勿論、団体競技で勝利しなければAクラスは最下位までまっしぐらだ。

 

 

このままでは非常にまずい。

 

 

「…今回の試験は葛城君がリーダーを務める事になるんだよね?」

 

 

私が葛城に尋ねると、彼はすぐに首を縦に振った。

彼の表情には不安や困惑の色は現れておらず、前向きに試験に挑もうとしているように見える。

 

 

「…葛城君、いくらAクラスが不利だからといって、言い訳をしたりはしませんよね?」

 

 

坂柳は不敵な笑みを浮かべて葛城を挑発する。

しかし、彼女持ち欠席する事に負い目を感じているのか、すぐに真剣な表情に変わった。

 

 

「…」

 

 

葛城は数秒の無言の後、坂柳を真っ直ぐ見つめて口を開いた。

 

 

「…当たり前だ。結果に言い訳はしない。だが、1番を目指すのは困難だ。正直に言って、ペナルティの無い2位を目指すのもほぼ不可能だ。だから、俺達はクラス順位で3位を目指す事にしよう。」

 

 

「3位を、ですか?」

 

 

坂柳が呆気に取られたような表情で葛城に聞き返す。

クラス内がざわめき、弥彦もあんぐりと口を開けて固まっている。

 

 

「か、葛城さん?どういう事ですか?」

 

 

最下位にならないように努力するのではなく、敢えて3位を狙おうと言うのはどういう事なのだろうか。

彼の真意がまったく理解出来ない。

 

 

「その心は?」

 

 

私が彼に真意を尋ねると、彼は数秒経ってから話し始めた。

 

 

「…‎2年後の体育祭で勝つ為だ。今回の体育祭では、幾つか試したい事がある。だが、その為にもルールはきっちり理解しておきたい。」

 

 

つまり、彼は2年後の体育祭で勝つ為に今回の試験は様子見をしたいと。

そう言っているのだ。

 

 

未来に投資する為に、今回はわざと3位になるよう調整をする。

最下位を取らないという目標より、2年後に勝つ為の下準備をすると言う方が印象は良い。

 

 

彼が何を考えてこんな事を提案したのかは分からないが、少なくとも原作の葛城には考えつかないようなクレイジーな発想だ。

 

 

2年後に体育祭が行われる保証は無いし、特別試験の内容が変わっている可能性もある。

しかし、その可能性を考慮せず3年生の秋に行われる特別試験で勝ちたい、と意志を示すのはAクラスで卒業したいという意志の表れであり、2年後自分がリーダーとして率いているという事が前提になっている。

 

 

良い意味で無謀な男だ。

しかし、それくらいでなければこの学校でクラスを率いるという大役は務まらない。

 

 

「良いんじゃないかな?そういう考えは嫌いじゃない、むしろ好きだよ。」

 

 

私は誰よりも早く彼の意見を肯定し、認めた。

 

 

「…そう、ですね。ええ、葛城君。貴方はただの堅物ではなく、大馬鹿者です。しかし、それくらいの自信を持って貰っている方が、倒しがいがあるというものです。」

 

 

坂柳も葛城の意見を否定はしなかった。

となれば、誰も彼の意見に反対する者は居ないだろう。

 

 

例え、2年後葛城がリーダーになっていなくとも、今回の試験が無駄になるとは思えない。

きっとAクラスにとって良い刺激となってくれるはずだ。

 

 

だいぶ先のAクラスの未来に小さな期待を抱きながら、私は葛城に笑いかけた。

 

 

「じゃあ、今日から宜しくね。葛城リーダー。」



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