奮闘セヨ! 枯渇鎮守府! (エンタープライズ・煮干し)
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枯渇鎮守府よりプロローグを

軽く登場人物を紹介しておきます。
多分これから増えます。

『"枯渇鎮守府"の面々』

【暁】
暁型駆逐艦一番艦。自称一人前のレディ。

【響】
同二番艦。たまにロシア語の出るクールビューティ。

【雷】
同三番艦。面倒見がいい。

【電】
同四番艦。ドジっ子だが頑張り屋。

【戸部古勝】
提督。オタク気質の男で、資源をよく無駄遣いする。秘書艦は1週間ごとに変える


『"別の大きな鎮守府"の面々』

【長門】
長門型一番艦。武人気質な渋井の秘書艦。

【陸奥】
長門型二番艦。戸部曰く、"色気ナンバーワン"。

【大和】
大和型一番艦。渋井曰く、"艦隊最高の切り札"。

【北上】
球磨型三番艦。マイペースな軽巡。

【大井】
球磨型四番艦。北上大好きで、戸部や渋井とは結構遠慮ない態度で接し合う仲。

【島風】
とにかく速い子。

【渋井隆道】
提督。戸部の親友で、かつて横須賀鎮守府に共に勤務していた。秘書艦は長門

【江野島百合香】
渋井の部下。戸部にひっそり思いを寄せている。


『大本営』

【千葉照文】
艦隊司令長官。艦娘や彼女らを指揮する提督全員に信頼を置く。

【大越鷹山】
中将。艦娘を信用しておらず、従来の軍艦による反撃を主張する"大越派"のリーダー。

【椎崎灯介】
少将。戸部とはオタク仲間で、彼の鎮守府を"枯渇鎮守府"と名付けた男。

【小野寺智鶴】
少将。厳しくも優しい女性で、艦娘と人類が共存する未来を目指す"小野寺派"のリーダー。秘書艦は加賀。

【神崎殺兎】
中将。艦娘を兵器として扱い、人以下の存在とする"神崎派"のリーダー。

【南郷平九郎】
日本を代表する提督。世界最強と謳われたバルチック艦隊との演習で完勝し、その後の深海棲艦との戦いでも活躍している。秘書艦は武蔵

【武蔵】
大和型二番艦。南郷とは歴戦のパートナー

【坂田銅時】
陸軍少将。"海軍と陸軍は犬猿の仲"という言葉を体現するかのような存在

【黒田智】
陸軍大尉。憲兵隊を率い、坂田の命令に付き従う


『ドイツ海軍』

【Bismarck】
戦艦娘。エーベルハルトとはケッコンカッコカリしている。よくエーベルハルトを主砲で吹き飛ばすが、彼への愛は本物だったりする。「ドイツを代表する強さとおっぱい」by 渋井

【エーベルハルト】
提督。普段は脳内おっぱい星人で、よくBismarckに木っ端微塵にされる。指揮能力の高さは各国の提督が手本とするほど。秘書艦はもちろんBismarck。


『政府』

【阿部宏造】
首相。国民から絶大な支持を得ている。

【飯田嶋吾郎】
海軍省大臣。艦娘について懐疑的なところもあるが、基本信用している。


その他

【中谷】
破滅思想の持ち主で"親深海派"のテロリスト

【ゲラルト】
ドイツの政権を掌握した極右政党の親衛隊大佐


 一体、何年前になるだろう。

 

 突如として人類に牙を剥いた謎の勢力、深海棲艦。

 奴らの攻撃に晒された人類は、次々に活動領域を奪われていった。

 

 目的は何か。

 どこから来たのか。

 

 何もわからないし、教えてもくれない。

 深海棲艦のやることと言えば、ただひたすらに人々を蹂躙するばかりである。

 

 当然、人類も黙ってやられていたわけではなく、何度か反攻作戦が行われた。

 しかし、巨大な戦艦による砲撃も、化け物パイロット達による爆撃もまるで効果がなく、連敗を重ねた。

 

 誰もが、種の全滅を覚悟していた。

 そこへ、彼女達は現れた。

 

 見た目はただの少女だが、深海棲艦と互角に戦える存在。

 艦娘である。

 

 瀕死の人類に差し伸べられた女神の手であると、誰もが疑わなかった。

 

 勝ち筋を見出した人類は、生き残るために深海棲艦へ戦いを挑む。

 勝った者が生きる。

 負ければ沈む。

 

 最大規模のサバイバルが、今幕を開ける……!

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 殺伐としたこの世界を守る要となるのは、鎮守府と呼ばれる施設だ。

 多くの艦娘が配属され、提督の指揮の元、深海棲艦と戦いを繰り広げるのだ。

 

 各地に鎮守府は存在しており、こんなど田舎にもある。

 

 前述した殺伐とした世界と同じ世界なのか疑いたくなるくらいのどかな景色に囲まれたこの鎮守府にも、勿論提督はいる。

 

 それなりに引き締まった体。

 顎に生えた無精髭。

 手入れもされずボサボサの髪。

 

 彼の名は戸部古勝。

 ここの提督である。

 

 海軍の軍服に身を包んだ彼は、執務室の椅子に座り、鉛筆を齧っていた。

 

「……」

 

 ドアがノックされ、セーラー服を着た少女が2人入って来た。

 

「お? 暁に響。遠征ご苦労さん。その様子じゃ成功みたいだな」

 

 ひょいと片手をあげて笑う提督に、暁は自信に満ちた笑みを向けた。

 腰まで伸びた紺色の髪の毛に白と紺のセーラー服。

 頭には戦闘帽が乗っている。

 

 妹の響も同じような格好であるが、髪は銀髪である。

 

「当然よ! 暁は一人前のレディなの! どんな遠征でもこなしてみせるわ!」

 

「よっ。流石レディ」

 

 響が淡々と告げる。

 

「ちゃんと資源は得た。今度こそ出費は程々に」

 

「……心得ております。はい」

 

 突然、しゅんとする戸部提督。

 

「遠征に出るための燃料さえ不足しているのは非常にまずい。その浪費癖だけはどうにか抑えて、司令官」

 

「……何も言い返せん」

 

 この鎮守府に配属されているのは、4人の駆逐艦娘。

 暁、響、雷、電である。

 

 1年ほどこの鎮守府に提督も暁達も勤めているが、人員が変わったことは一度もない。

 

 部屋もほとんどがガラ空きであり、食堂にも演習場にも誰1人いない。

 ただ、人気のない各施設はボロボロで、長年放置された廃墟のようであった。

 

 それもこれも、全部提督のせいである。

 

 集めた資源はすぐに工廠に全て持ち込み、新たな装備を開発しまくった。

 フィギュア収集に金銭を注ぎ込み、暁達を大いに呆れさせた。

 

 お陰で鎮守府の財政はカツカツであり、提督の本名からもじられて"枯渇鎮守府"なんていう不名誉な渾名を頂戴することとなった。

 

 幸い、付近の海域には深海棲艦はほとんど出ないし、出るとしてもちっぽけな駆逐イ級程度であり、ここの4人でも撃退は容易であった。

 もちろん燃料を消費するので、提督としてはなるべく出撃はさせたくない。

 

 最近は、近くの島まで遠征して資源を集めつつたまに現れる深海棲艦を撃退し、その他の時間はみんなでのんびり過ごすという生活が続いている。

 

 遠征は1週間に一度、暁響ペアと雷電ペアを交互に送り出している。

 

 幸いなことに、彼女達と提督の仲は悪くなく、むしろ良好であった。

 

「もっかい言うが、遠征ご苦労さん。雷電も呼んで飯にしよう」

 

「暁が作るわ。レディは料理も簡単にこなしてこそよ」

 

「レトルトカレーしかないぞ」

 

「え……」

 

 提督の言葉に、暁と響は肩を落とした。

 

「てっきりボルシチくらいはあるものだと」

 

「ないわ」

 

 提督も肩を落とす。

 自分で艦娘達に迷惑がかかるのは申し訳ないし、何より美味い飯が食えない。

 

 ただ、癖とはなかなか抜けないものだ。

 

 直そうとは思いつつも、簡単にはいかないのである……。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 がらんとした食堂。

 他の鎮守府なら艦娘で溢れかえっているのだろうが、ここの場合無駄に広いだけで、飯を食っているのは5人だけだ。

 

「レトルトなんて……。レディに似合わないわ!」

 

 なんて言いながらも、暁はガツガツレトルトカレーを食べている。

 

「レトルトカレー、美味いなー」

 

 提督は完全に棒読みである。

 

 そんな提督に、雷が心配そうに声をかけた。

 

「司令官。何か困ってるの? もっと私に頼っていいのよ?」

 

「そうなのです。電もお手伝いしたいのです」

 

 電も同意するように頷く。

 

 雷と電は双子のような見た目をしており、姉の暁や響とは少し違った容姿をしている。

 それでも仲良し姉妹であることに変わりはない。

 

「いや、大丈夫だ。お前らは心配せずに、のらーりくらーりと暮らしててくれりゃあいい」

 

「ほんと?」

 

「ああ」

 

 雷は何度か念を押してみたが、提督の返事は変わらなかった。

 

「あっ。電、カレーついてるわよ」

 

「え? どこなのです?」

 

「待って。拭いてあげる」

 

 雷はハンカチを取り出し、電のほっぺについたカレーを拭ってやった。

 

「雷ちゃん、ありがとうなのです。雷ちゃんはやっぱり優しいのです」

 

「ふふん。もっと私を頼っていいのよ!」

 

「いつも思うが、雷よお。結構気配りが出来てるじゃねえの。そういうところいいと思うぜぇ?」

 

「司令官も、どんどん頼って頂戴!」

 

 にかっと笑って、八重歯があらわになる。

 提督は「うむ。グッドスマイル」と呟いて食事に戻った。

 

 これに対し、暁が唇を尖らせる。

 

「雷は甘やかしすぎよ」

 

「そう?」

 

「そうよ。一人前のレディはもっと……」

 

「け、喧嘩はダメなのです!」

 

「おーい。食事中に言い争いはなしだぞー。提督様が喧嘩の種摘み取ったるぞー」

 

 皆がワイワイ食事する中、響だけが黙々とカレーを食べていた。




これは、色々とカツカツな鎮守府に勤める5人の日常を描く物語である。


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鎮守府修理大作戦

 その日の朝、鎮守府にはコーンコーンという音が鳴り響いていた。

 

 眠っていた暁達を起床させたのもその音であり、全員がまだ全開にならない瞳を擦った。

 

「……何の音?」

 

「わからない。でも、多分司令官だと思う」

 

 響が真っ先にベッドから降りた。

 今にも壊れそうな粗末なベッドである。

 

「司令官さん、早起きなのです……」

 

「こんな朝早くから何してるのかしら?」

 

「もしかして、新しい装備の開発とか?」

 

「建造をしてるかもしれないのです」

 

 互いに推察を始めた雷と電に、暁は言った。

 

「こうしちゃいられないわ! 2人とも、早く着替えて。見に行くわよ」

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 4人が寮の外に出てみると、提督が寮の壁を金槌で叩いていた。

 よく見ると、寮の壁には穴が空いており、提督はそこを塞ぐように木材を打ち付けていたのだ。

 

 提督は4人に気がつくと、「よう」と声をかけた。

 

「起こしちまったか? すまんすまん」

 

「そんなことより司令官、何やってるの?」

 

「これか? 修理だよ。ほら、この鎮守府は古い海軍の施設をそのまま利用してるだろ? そこら中老朽化してボロボロだから、そろそろ本気で修理しないと全部の建物が倒壊しちまう」

 

「それはわかったけど……」

 

「……この木材のことを聞きたいのか? 暁よ」

 

 こくりと頷く。

 提督は軽くため息をついた。

 

「すまん。さっき街に出て木材大量に買った。でも言い訳させてくれ! こうしないと鎮守府が崩壊してしまうんだよ!」

 

「はわわ……。大変なのです……」

 

「言われてみれば、この寮もかなりボロボロね……」

 

 納得したような様子を見せる電と雷。

 しかし、暁はまだ不満だった。

 

「大工さんを雇った方がよかったんじゃ……」

 

「高いんだよ! おっそろしく高い金ふんだくってくるんだよ……。自分で必要最低限の場所だけ修理した方が安く済む!」

 

 提督の表情はまさに必死である。

 これには4人とも、何も言えなかった。

 

「お? そうだ、4人とも。せっかく早起きしたんだったら手伝ってくれないか? まだまだ修理せにゃならんところがたくさんあるんだよ」

 

 提督は人数分の金槌と釘の入った箱を差し出す。

 

「やっていいの?」

 

「面白そう」

 

「電もやりたいのです!」

 

 瞳をキラキラさせる4人に、提督は言った。

 

「うむ、何事も経験だ。んじゃ、レンガの建物の一階を頼む」

 

「了解! どんどん私に頼っていいのよ!」

 

 自信ありげにどんと胸を叩く雷。

 

「よし、作戦開始! ぬかるなよ!」

 

 提督の一声で、全員が一斉に駆け出した。

 

 …………かと思ったら、電がこけた。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「うぅ……転んじゃったのです……」

 

 目の端に涙を浮かべてベンチに座る電の頭を、雷が優しく撫でてやっている。

 

 電の頭には大きなこぶができており、暁と響も心配そうに見つめていた。

 

「でかい怪我じゃなくてよかったぜ、全く」

 

 腕を組みながら提督は言った。

 

「まあ、無茶はすんなよ」

 

「はいなのです……」

 

 提督が立ち去った後も、電はベンチに座ったまましゅんとしていた。

 

「元気出して、電。転ぶことくらい誰でもあるわよ」

 

「雷ちゃん……」

 

「ほら、早く修理を終わらせてご飯にしましょ」

 

「大丈夫。行こう」

 

 姉達に優しく声をかけられ、電は涙を拭って立ち上がった。

 暁がふふっと笑い、作戦開始を告げる。

 

「よし、やるわよ! 今度こそ作戦開始!」

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 こうして、鎮守府修理大作戦が始動した。

 

 みんなで試行錯誤を重ねながら、鎮守府の壊れた箇所を修理していく。

 

「暁ちゃん、ここを押さえてほしいのです」

 

「しょうがないわね。この一人前のレディに任せなさい」

 

「次はこっちを頼む」

 

「大丈夫よ、私がやるわ。響は別の箇所をお願い」

 

「ちょっと響! 指怪我したの⁉︎」

 

「стоит беспокоиться(心配ない)」

 

「電、救急キット取ってきて!」

 

「は、はいなのです!」

 

 トラブルは多少起きたものの、穴が空いている箇所を見つけては木材を打ち付け、壊れかけているところも自分達なりに補強する。

 

 作戦は順調に進んだ。

 

 不慣れな作業ながらも、暁達の表情は明るく、心の底から楽しんでいるようだった。

 

 そして……。

 

「終わったーっ!」

 

 1階の修理が完了した。

 

「そろそろ木材がなくなりそうね」

 

 雷の言う通り、残りの木材は残り僅かとなった。

 

「司令官に貰いに行きましょう」

 

「そうね。響、電。行くわよ」

 

 とことこ駆け出す4人。

 暁を先頭に廊下を駆け抜け、玄関の扉を開いたところで、中に入ろうとしていた提督と激突した。

 

「きゃあ!」

 

「おぉう⁉︎」

 

 暁を庇うようにして尻餅をつく提督。

 

「あっ。司令官!」

 

「いててて……。その様子じゃ、あらかた修理を終えたみたいだな。お疲れさん」

 

「それより、木材がなくなっちゃったのよ。司令官、まだ余ってない?」

 

「ねえな。ちょうど今切らした」

 

「「「「えー?」」」」

 

 がくりと肩を落とす4人。

 提督はにまっと笑う。

 

「次に修理することがあったら頼むわ。そんじゃ、頑張ってくれた駆逐艦諸君、ご飯にするとしよう!」

 

 途端にぱっと顔を輝かせ、4人は食堂へ駆けていった。




「うおぉーい!」

 提督は絶叫していた。
 食事を終えた後、急に寒気がしたのでトイレに行ったのだが……。

「誰だ! トイレのドアを封鎖した奴はぁ!」

 ボロボロの男子トイレのドアには3枚ほど板が打ち付けられ、開かなくなっていた。


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初めてのゲーム

 今日も鎮守府周辺の海域に深海棲艦が出現した。

 

 クラスは駆逐イ級。

 いつもここの付近に現れる雑魚である。

 

「よーし、今日もお仕事だ。お前ら、行ってこい」

 

 提督はそう言って、いつものように暁達を送り出す。

 

 艤装をつけた彼女達は、海上を滑るようにして出撃していった。

 

 何故、艦娘は海の上に立てるのか。

 多くの人間が抱いた疑問だが、いまだに明らかになっていない。

 

 彼女達が深海棲艦と戦ってくれるならなんでもいいというのが、大半の人類の考えであった。

 

「見えた。あれだね」

 

 最初に駆逐イ級を発見したのは響である。

 

 深海棲艦。

 日々人類を脅かし続ける悪魔。

 

 イ級は魚雷のような見た目をしており、歯が剥き出しになった口の中に砲塔を備えている。

 

 今回出現したのは2隻のイ級。

 

 旗艦を任された暁は、縦一列の陣形を組んだ妹達に指示を出す。

 

「砲撃で牽制しつつ、魚雷を撃ち込んで沈めるわよ」

 

「了解」

 

「いつものことだけど、あまりたくさん撃てないわよ。司令官が怒るし……」

 

「はわわ、気をつけるのです……」

 

 全員で12.7cm連装砲を構え、敵艦隊に接近する。

 相手もこちらに気付き、口から砲を撃ってきた。

 

 まずは同航戦だ。

 

 暁達は回避行動を取り、外れた砲弾が水柱を作っていく。

 駆逐イ級のものとはいえ、砲撃は砲撃だ。

 当たれば損害を被るし、修復には資材を使う。

 

 "枯渇鎮守府"に資源の余裕はない。

 提督のご機嫌を保つためにも、無傷で戦闘を終えるのが好ましい。

 

 艦隊は敵の正面に回り込む。

 丁字戦有利だ。

 

「撃ち返すわよ!」

 

 4人分の12.7cm連装砲が火を吹く。

 砲撃は命中し、イ級の装甲を削り取る。

 

「今よ! 電!」

 

「魚雷装填ですっ!」

 

 真正面から放たれた魚雷。

 回避しきれず、先頭のイ級が金切り声と共に轟沈する。

 

 続いて響が魚雷を発射し、残りも無事撃破。

 

 今日も完全勝利であった。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 暁達が帰還すると、いつも通り提督が待っていた。

 

「お疲れさん。やっぱ完全勝利ってのはいいもんだな」

 

「一人前のレディの暁がいるんだから、当然よ」

 

「はいはい、レディレディ」

 

 暁を軽く流す提督。

 そんな彼が何か持っていることに気がつき、電は訊いてみることにした。

 

「司令官さん。それ、なんですか?」

 

「あ? これか? お前らが出撃してる間に渋井のヤローが郵送で送ってきやがったんだよ。中はまだ見てねえ」

 

 渋井とは、提督の友人である。

 昔は提督と共に横須賀鎮守府に勤務していたそうだが、今は別の大きな鎮守府に勤務しており、戦艦を中心とした艦隊を運用しているのだとか。

 

 そんな彼が寄越してきた茶色い包み紙の中身とは、いったい何なのだろうか。

 

「開けてみましょうよ!」

 

「賛成なのです!」

 

「そうするか。開封の儀が見たかったらさっさと艤装外して執務室に来い。いいな?」

 

 そう言い残して、提督は立ち去っていった。

 

 艤装を片付けながら、暁が雷に尋ねる。

 

「雷はあの中身なんだと思う?」

 

「本じゃない? 司令官、よく綺麗な女の人が表紙に描かれた本をこっそり読んで笑ってるし、それの続きとか?」

 

「それって……」

 

 響も何となく察したのか、何も言わずに顔を背ける。

 雷と電だけがキョトンとしていた。

 

 

 

 同じ頃、執務室の提督が大きくくしゃみをした。

 

「……何か尊厳のようなものが崩れ落ちた音がした」

 

 気のせいだろうと思い直し、同人誌をこっそり机の中に隠す提督であった。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 執務室のドアをノックして、暁を先頭に響、雷、電の順で入室する。

 

 相変わらずボロボロの執務室の椅子に座って、提督は待っていた。

 

「全員揃ったな? それじゃ、お楽しみの開封タイムといこう」

 

 提督は立ち上がると、包み紙を床に置いて自身もどかりと腰を下ろした。

 

 4人はその周囲に群がる。

 

「ちょっと! 押さないでよ!」

 

「暁が押したんでしょ?」

 

「喧嘩すんなー。つまみ出すぞー」

 

 ワイワイと騒がしくなる執務室。

 しかし、提督が包み紙に手を伸ばすと、急にしいんと静まり返る。

 皆、緊張した面持ちで包み紙を眺めていた。

 

「オイオイ、爆弾入ってるわけじゃねえんだぞ?」

 

 軽口を叩きながら、提督は包み紙を破いた。

 

「……何だこりゃ?」

 

 DVDのディスクのようなものが入っていた。

 リモコンのような機械に加え、手紙のようなものも添えられている。

 

 暁が紙を拾い上げて、読み上げた。

 

「えーっと、『どうせ暇してるだろうから、これで駆逐隊の連中と暇つぶししてろ』ですって」

 

「い、電は暇じゃないのです! 毎日、司令官さんと一緒に色んなことをしてるのです!」

 

「世間じゃそれを暇してるって言うんだとよ。つーか、これ前から欲しいと思ってたゲームじゃねえか」

 

 ディスクには『ホームラン・ウォーズ』という文字が踊っている。

 4人とも、ディスクに興味深々である。

 

「巷で流行ってんだよ、これ。いろんなキャラを操作してホームランみたいにぶっ飛ばす格闘ゲームだ」

 

「面白そうね」

 

「やってみたいのです」

 

「みんなでやれるなら、やろう」

 

「ぶっ飛ばすだなんて……。レディには似合わないわね」

 

「やらないの?」

 

「…………やりたい」

 

「よし、決まりだ。しかし、渋井め。ご丁寧に5人分のコントローラー用意してやがる。後で代金請求されても払わねえからな」

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 テレビとゲームの本体そのものは鎮守府にある。

 動くかどうか怪しかったが、無事動いてくれた。

 

 ディスクを入れると、画面が切り替わって可愛らしい女の声がタイトルコールを行った。

 

 提督も艦娘達も初プレイである。

 すぐさま設定の欄から操作方法を確認し、短時間で頭に叩き込んだ。

 

 ルールは、ステージ上でひたすら戦い、時間内により多くの相手を場外に飛ばした者が勝者となる。

 ダメージを受けるほど吹っ飛びやすくなり、代わりに回避力が上昇するという仕組みだ。

 

「よし、鎮守府ナンバーワンを決めようじゃねえか」

 

「乗ったわ。雷には負けないんだから」

 

「姉妹だからって容赦はしないわよ」

 

 バチバチに睨み合う暁と雷。

 画面はキャラ選択メニューへと移行する。

 

「じゃあ、俺はこいつを使おう」

 

 提督が選んだのは老執事風のキャラクターである。

 

 選択してやると、老執事のキャラクターは画面の中でぺこりと一礼した。

 

『ありがとうございます。この老骨、貴方様に尽くしましょう』

 

「お辞儀したのです!」

 

「司令官に向かって喋ったわ!」

 

「そういう演出だ」

 

 提督がゲームをすることはあっても(ジャンルは察してくれ)、暁や響達はコントローラーに触ったことすらない。

 そのため、本当に興味深々だった。

 張り付くようにして画面を見つめている。

 

「暁はこの子に決めたわ!」

 

「これで行こう」

 

「電も早く決めちゃいなよ」

 

「はわわ……」

 

 全員がキャラを決定すると、バトルが始まった。

 

「戦闘開始! ぼさっとしてたら狙うぞ!」

 

 提督のひと声で、各々動き出す。

 

「食らいなさい電!」

 

「はわわ……。暁ちゃん、酷いのです!」

 

「勝負よ響! どこからでも来なさい!」

 

「望むところ……!」

 

「背後に気をつけな……ってうおぉ⁉︎」

 

「司令官、不意打ちは卑怯だよ」

 

 ステージ上で格キャラがぎこちない動きで攻撃を繰り出し、相手にダメージを負わせていく。

 

 不意打ち、自滅、チーミング。

 もはや何でもありである。

 

 何しろ、全員が初心者であるので仕方ない。

 

「司令官をやっつけるのよ!」

 

「ウラー」

 

「フハハハ、この俺を倒そうなんさ数百年早いわ!」

 

 暁と響のタッグを退けた提督は、電へと迫る。

 

「吹っ飛べ電ぁ!」

 

「きゃっ!」

 

 会心の一撃。

 しかし、なんとか耐える。

 

「戦場と一緒だぞ! 気を抜けばやられるのだ! 見せてみろ、電の本気とやらを!」

 

 再度攻勢に出る提督。

 

「い、電の本気を見るのです!」

 

 攻撃ボタンを押す電。

 しかし、思わず手が滑り……。

 

 カウンターが発動した。

 

「「なっ⁉︎」」

 

 2人して素っ頓狂な声を上げる。

 カウンターをモロに貰った提督のキャラは大きく吹っ飛び、場外に落ちた。

 

「オーマイガー!」

 

「やったじゃない電!」

 

「司令官を倒したわ!」

 

「電、ハラショー」

 

「び、びっくりしたのです……」

 

 直後に試合が終了し、最終的な勝者は提督となった。

 

「くっ……。ここで悔しいと喚くのはレディとしてはしたないわ。司令官! もういっかい勝負よ!」

 

「私ももういっかい!」

 

「面白かったのです。響ちゃんはどうでしたか?」

 

「……ハラショー」

 

 4人がゲームを気に入ってくれたことに満足しつつ、提督はゲームを送ってくれた渋井に心の中で感謝を述べるのだった。




提督「お前ら、言っとくがゲームは1日1時間までだからな?」

4人「「「「えー……」」」」

雷「司令官はどうなの?」

提督「俺は大人だから何時間でもいいの」

暁「何よそれ!」


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司令官の人形、壊しちゃった

 雷鳴が鳴り響き、執務室の4人の艦娘を照らし出す。

「……これって」

「大変なことになった」

「どうするのよ、これ……」

「はわわ……」

 床に倒れた"それ"を見下ろす4人は、その場に突っ立つことしかできなかった。


 時は数時間前に遡る。

 

 今日も装備開発に資源を浪費し、4人の駆逐艦娘に叱られていた提督だったが、"偉い人"からの呼び出しが直後にあり、ある場所に向かうことになった。

 

 提督は執務室のロッカーから外出用の服を引っ張り出し、袖を通す。

 

「お子様は俺が帰ってくるまでいい子にしてろよ?」

 

「暁は一人前のレディなのよ? 言われなくても……って、お子様言うなーっ!」

 

 支度をしながらも、提督は暁を揶揄う。

 

「執務室の掃除だけはしっかりしておいてくれよ、一人前のレディさん。妹の面倒もちゃんと見る。いいな?」

 

「あのね、司令官。暁はもう子供じゃないのよ? 心配しなくても大丈夫よ」

 

「あー、それと。執務室の中にあるものをぶっ壊したりしたらただじゃおかんからな」

 

「はーい」

 

「鎮守府を綺麗にし終わったら、特別にゲームを2時間させてやる。労働の対価はこれで十分だろ?」

 

 暁の返事を待たずに、提督は執務室を出て行った。

 

 それから、暁は響、雷、電を集めて掃除を開始した。

 

 ゲーム時間を増やして貰えるということで、4人の気合いは普段の数倍近くあった。

 

 雑巾掛けから窓拭き、ゴミ捨てまで大急ぎでこなしていく。

 途中、電がホウキにつまづいてゴミ箱をひっくり返すというハプニングも起こったが、全員で協力して片付けた。

 

 提督の執務室は確実に綺麗になりつつあった。

 

「レディにかかればこんなものよ。司令官に褒めてもらわなきゃ」

 

「それにしても司令官、散らかしすぎ」

 

「大変だったのです……」

 

「そういえば、本棚の上のホコリって落としたっけ?」

 

「まだね。暁がやるわ」

 

 レディは率先して動いてこそよ、と暁は付け加えた。

 

 4人は執務室を出て倉庫に向かう。

 そこに脚立があるはずだ。

 

 古びた扉を開けると、さまざまなものが山積みになった光景が目に入る。

 資源を浪費しまくった提督が作り出したゴミ……ではなく遺物の数々だ。

 

 レア度の低い装備やガラクタ、作った意図が全くわからないものまで様々である。

 

「ホントにいっぱい作ったわね、司令官……」

 

「何かは役に立つはずなのです。多分……」

 

 その中に埋もれた脚立を引っ張り出すと、4人はそれを担いで執務室に戻った。

 

「この辺?」

 

「もう少し右ね。そう、完璧」

 

 設置された脚立を登った暁は、本棚の上に並べられた大量のフィギュアを目の当たりにした。

 

 提督の趣味なのか、可愛らしい女の子のものばかりである。

 

「司令官ったら……」

 

 半ば呆れていた暁だったが、あるものを見つけた瞬間目の色を変えた。

 

「こ、これって……!」

 

 驚きの声をあげてそれを手に取る暁。

 

「暁ちゃん、どうしたのです?」

 

「これ、暁にそっくりじゃない?」

 

 そう言って暁が下にいる3人に見せてきたフィギュアは、たしかに暁そっくりだった。

 というか、暁であった。

 

「暁だね」

 

「暁ね」

 

「暁ちゃんなのです」

 

「やっぱり。司令官ったら、こんなものまで飾って……。そんなに一人前のレディに憧れてたのね。ちょっと嬉しいわ」

 

 そう言って、フィギュアを元の位置に戻そうとする暁だったが……。

 

「あ」

 

 手が滑った。

 

 フィギュアは高所から落下し、床に激突する。

 下にいた響達に当たらなかったのは幸いだったが……。

 

 フィギュアの右腕は折れていた。

 

 外では雨が降り始め、4人の絶望感を煽るかの如く雷鳴が響いていた。

 

 

 

 そして、今に至る。

 

「どうしよう……! 司令官に怒られる!」

 

 あたふたしだす暁を、響が落ち着かせる。

 彼女の口調は、こんな時でも冷静だった。

 

「一旦落ち着いて」

 

「でも……! 執務室のものを壊したらただじゃおかないって司令官が言ってたのよ! どうしよう! このままじゃ解体されちゃう!」

 

「いくらなんでもそれは大袈裟。落ち着いて、切り抜ける方法を考えよう」

 

 響は、雷と電に顔を向ける。

 

「やっぱり直すしかないんじゃない?」

 

「でも、司令官さんが接着剤を切らしてるってこの前……」

 

「それでも、やれるだけのことはやってみよう」

 

 

 

 ワイワイと作業を続けて数十分。

 

 フィギュアの修理は終わった。

 が、完成したのは美少女フィギュアとはとても言い難いものだった。

 

 何故かわからないが、フィギュアは艦船模型に姿を変えて暁達の前に佇んでいた。

 

「暁(艦娘)が暁(駆逐艦)に……」

 

「余計に悪化してるのです!」

 

「も、もう終わりだわ……」

 

 ますます絶望する暁。

 雷と電も万策尽きたといった表情である。

 

 しかし、響は違った。

 膝から崩れ落ちた暁の肩に手を置き、言った。

 

「素直に謝ろう」

 

「へ?」

 

「謝れば、司令官も許してくれるはず」

 

「そうかなあ……?」

 

 雷と電が頷く。

 

「響の言う通りよ。正直に言えば司令官は怒らないわ」

 

「電も一緒なのです。だから泣かないで欲しいのです、暁ちゃん」

 

「な、泣いてなんか……。暁はレディよ! レディは人前で泣かないの!」

 

 目元を拭って、暁は勢いよく立ち上がる。

 

「わかった。司令官に謝る。変に隠したりはしないわ」

 

 

 

「うーっす、ただいまー。雨に降られちまったぜ……」

 

 提督が執務室に戻ると、暁達が整列して待っていた。

 全員、真剣な表情である。

 

「……どったの?」

 

「司令官、あのね……」

 

 何か言いたそうに口籠る暁。

 雷に軽く背中を叩かれると、覚悟を決めたように提督を見上げてきた。

 

「司令官、ごめんなさい!」

 

 勢いよく頭を下げる暁。

 

「急に何だ? まさか、執務室のものぶっ壊したのか?」

 

「実はそうなの。この、暁みたいなフィギュアを落としちゃって……」

 

 そう言って差し出されたのはフィギュアではなく、駆逐艦の模型だった。

 雷と電が言う。

 

「みんなで頑張って直そうとしたんだけど……」

 

「こうなっちゃったのです……」

 

「何をどうやったらこうなるんだ!」

 

 思わずツッコミを入れる提督に、響に雷、電も頭を下げる。

 

「Мне жаль(ごめんなさい)」

 

「フィギュアがこうなったのは私達の責任でもあるわ。だから、暁をあまり責めないでほしいの!」

 

「司令官さん、本当にごめんなさい!」

 

 4人から一斉に謝罪を受け、しばし困惑する提督だったが……。

 

「わかった。お前らの真剣さに免じて許してやる」

 

 同時に顔を上げる4人。

 

「だが、流石にお咎めなしとはいかんな。今日のゲームの時間はいつも通り1時間まで。いいな?」

 

「……わかった。ありがとう、司令官……」

 

「次からは気をつけるんだぞ?」

 

 暁の頭を、提督は撫でてやった。

 いつもは嫌がるはずの暁だったが、今回は俯いたまま何も言わなかった。

 

「それから、響に雷に電。お前らの優しさはマジで誇っていい。これからもその絆を大切にな」

 

 4人は顔を見合わせる。

 そして、もう一度頭を下げた。

 

「もうよせよ。それより、ゲームだゲーム! 今日も俺が勝ってやるぜ!」

 

「こ、今度こそ暁が1番よ! レディの力、見てなさい!」

 

「みんなには負けない」

 

「私も負けないわ!」

 

「電も頑張るのです!」

 

 こうして、再び執務室はワイワイ騒がしくなるのだった。




 ゲームを終えて、艦娘達が退去した後の執務室で、提督は先ほどの呼び出しの件を思い出していた。

 港に停泊する巨大な戦艦。

 過去の戦争で英国が使用したネルソン級によく似た艦であった。
 やはり軍艦の迫力には圧倒される。

 大きなテーブルが置かれた応接室にてその人物は待っており、提督が入ってくるなり鋭い視線を向けてきた。

「いきなり何の用ですか、大越中将?」

「いや、久々にお茶でもしようと思ってな。貴様も飲め」

 大越鷹山海軍中将。
 髭は綺麗に剃られており、若干禿げつつある白髪が特徴である。

 大艦巨砲主義を掲げ、従来の艦船による交戦を叫ぶ"大越派"のリーダー。
 艦娘に対しては否定的で、提督が"枯渇鎮守府"に異動になった原因でもある。

 提督はしかめ面のまま椅子に座り、差し出されたカップを受け取る。

「それで、考え直す気になったかね?」

「いや。俺の思いは変わらないですよ。俺はあの鎮守府で暁に響、雷、電と暮らすんで。お構いなく」

 大越はシワだらけな顔面に笑みを貼り付ける。

「よく嫌にならんな。あのような鎮守府に弱い女子が4人。横須賀の悪魔も堕ちたものだな」

「悪魔も歳とりゃ落ち着くんですよ」

 ずいっと身を乗り出してくる大越。
 提督は黙ってカップに口をつける。

「横須賀の悪魔よ、ワシは常に人類のことを考えておるのだ。いずれ、人類には自らの力で立ち向かわねばならぬ時が来る。いつまでも少女の力には頼ってはいられない。
 そもそも、この状況を異常だとは思わんのか? どこからやってきたのかわからぬ敵にどこからやってきたのかわからぬ女を使って立ち向かう。本来なら、海軍がやらねばならぬのだ。深海棲艦を撃破できる軍艦を造り、退ける。人類の未来のためにはそれしかないのだ」

「……あんた、今までの海戦を見てきたんですか? 従来の艦船はことごとく沈められてる。艦娘が必要なんですよ」

「必要なのは研究と優秀な指揮官だ。深海棲艦を調べ上げ、弱点を見つける。そして、対応できる軍艦を作る。それを指揮する提督がいれば完璧だ」

「果たして何年かかることやら」

「少なくとも、優秀な指揮官はワシの目の前にいる」

「だから、それについては考え直す気はないですよ。俺は艦娘を信じる。人類のために艦娘と共存する。それだけです」

 大越は鼻で笑い、テーブルに肘をついた。

「横須賀の悪魔よ、1年前から何も変わっておらんな。ワシをぶん殴ったあの日から」

「……もう聞き飽きましたよ、そのセリフは」

 提督はカップをテーブルに置き、椅子から立ち上がる。

 不敵な笑みを浮かべ続ける中将に、冷たい視線を送った。

「俺は艦娘を信用する。あいつらが戦うための支えになる。それだけです」


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ホームランなんてなかなか打てない

 その日、提督は執務室でテレビの画面に張り付いていた。

 

「いけーっ! かっ飛ばせ、ジロー! ホームラン打ちゃサヨナラだ! ここで打たねえとやべえぞ! おい!」

 

 執務室を掃除していた電は、提督が何をしているのか気になって仕方がなかった。

 

 とことこと提督の方に歩み寄り、軽く肩を叩く。

 

「司令官さん、何を見てるのです?」

 

「野球だ。戦時中でも娯楽は必要だぜ?」

 

 野球。

 聞いたことのない名称に、電は首を傾げる。

 

 提督は手招きして電を膝の上に乗せると、テレビ画面を見つめながら言った。

 

「そりゃ知らねえよな。しばらく開催されてなかったんだ。今年から大会が例年通り行われることになったんだよ。野球ってのは、ピッチャーが投げたボールをバットで打って、塁ってところに進んで点を入れてくスポーツだ」

 

「はわわ、難しそうなのです……」

 

「慣れれば簡単だぞ? それに、楽しいぜ? 俺も学生の頃は天才バッターとして名を馳せていたのだ」

 

「天才……? 司令官さん、すごいのです!」

 

「まーな」

 

 ホントはボール拾いの達人って言われてただけだがな、という提督の呟きは電には聞こえなかった。

 

「電も野球、やってみたいのです!」

 

「おっ! 打ったー! サヨナラだー!」

 

「司令官さん?」

 

「んあ? ああ、野球やりたいって? 5人じゃできないぞ?」

 

「電はばったーをやってみたいのです!」

 

 テレビに映ったリプレイ映像を真似て、電はバットを振る構えを取った。

 

 提督はしばらく考え込むそぶりを見せたが、

 

「そーだな。誰が1番遠くまで飛ばせたか競うのもいいな。よし、やろう! 野球!」

 

 勢いよく立ち上がる提督。

 

「暁ちゃん達も呼んでくるのです!」

 

「よし、行ってこい電! 俺は余った資材を使ってバットとグローブを作ってくる!」

 

 執務室を出て行こうとする提督の服を、電が黙って掴んだ。

 

「……止めるな電。うちにはバットもグローブもボールもない。なくなったら新造するだけやから」

 

「……ダメなのです」

 

「行かせてくれ電」

 

「行かせないのです! もう資源がほとんどないのです!」

 

 服を全力で引っ張る電。

 しかし、艦娘とはいえ駆逐艦。

 スイッチの入った提督には敵わなかった。

 

「どっせーい!」

 

 提督は電を振り解くと、工廠を目指して走り出した。

 

 

 

 結局、資源は使われてしまった。

 バットとグローブ、そしてボールを抱えて戻ってきた提督を見て、電が肩を落としたのは言うまでもない。

 

 暁に響、雷は電の誘いに快く応じてくれた。

 

 5人は運動場に移動し、それぞれあてがわれた場所へと散った。

 

「司令官に向かって投げればいいんだね?」

 

「そうだ、響。細かいが、狙うのは俺じゃなくてグローブだからな。わかってるよな?」

 

 こくりと頷く響。

 彼女はバッターを辞退したため、ピッチャーをやってもらっている。

 

 最初のバッターは暁である。

 電と雷は少し離れたところでグローブをはめてボールが飛んでくるのを待っている。

 そしてキャッチャーは提督だ。

 

「ちゃ、ちゃんと当たるように投げなさいよ、響……」

 

 めっちゃ不安そうな暁だったが、対する響は顔色ひとつ変えない。

 

 事前に提督が教えた動きで、響はボールを投げる。

 まさかの豪速球だ。

 

 暁はぎゅっと目を閉じた。

 

「やーっ!」

 

 力任せに振られるバット。

 ボールはそれを擦りもせずに飛んでいき、提督のグローブに収まった。

 

「ス、ストライクだな」

 

「ぴゃー……」

 

 すっかり腰が抜けてしまった暁を助け起こしながら、提督は言った。

 

「響、もうちょい優しい球投げようぜ。これはビビって当たり前だ」

 

「あ、暁はもう限界よ……」

 

「なんだよ、レディらしくねえな」

 

「無理なものは無理よ……。あんなの打てっこないわ!」

 

 すっかり心が折れてしまった暁は雷と交代した。

 

「私の番ね」

 

「頑張れよー、雷ー」

 

 響の投球。

 自信満々の表情でバットを振る雷だったが……。

 

「……ストライク」

 

「あちゃー……。結構難しいわね、これ」

 

 さて、残りは電だ。

 不安げな表情でバットを握る。

 

「ほら、落ち着けー。深呼吸ー」

 

 提督に言われた通り、深呼吸する電。

 それでも、彼女の不安げな表情が変わることはなく……。

 

 響は投球した。

 

「えい! なのです!」

 

 電も思い切りバットを振る。

 

 ボールは、バットにこつんと当たった。

 そのままボールは真上に飛び、電の頭に落下した。

 

「はにゃっ⁉︎」

 

「わーっ! 電ーっ!」

 

 4人が一斉に駆け寄るも、電は頭を押さえて泣き出してしまった。

 

 可哀想に、この前こけた時よりも大きなたんこぶができている。

 

「まだこいつらに野球は早かったか……。電、あまりにも痛かったら入渠してこい。それで治るかはわからんが」

 

「はい、なのです……。ぐすん」

 

「司令官、救急箱持ってきて」

 

 響に言われ、提督は救急箱を取りに走る。

 

 

 

 結局、野球はこれで終わりとなった。




 翌日。

「司令官さん、また野球やるのです」

 電はそんなことを言ってきた。
 提督は思わず眉をひそめる。

「お前、昨日痛い目見ただろ? やめといた方がいいんじゃないのか?」

「今度は失敗しないのです! 司令官さん、早くバットを持ってきてください! 今日こそホームランを打つのです! 気合いなのです!」

「なんかキャラ変わってね?」

「電は電なのです。司令官さん、ホームランを打つには努力なのです。日々の練習こそ、選手の力になるのです! ファイト1発! まずはランニング、そして素振り! ホームランを打つためなら、電はなんでもするのです!」

「おかしい! 絶対何かおかしい! さては頭打ったからか? キャラ崩壊してんぞオイ!」



 お昼寝したら元に戻りました。


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たまにはレトルトも卒業したい

 月曜日の献立、レトルトチャーハン。
 火曜日の献立、レトルト親子丼。
 水曜日の献立、レトルトグラタン。
 木曜日の献立、レトルト切り干し大根。
 金曜日の献立、レトルトカレー。
 土曜日の献立、レトルトひじき煮。
 日曜日の献立、レトルト中華丼。


「もう我慢できないわ!」

 

 突然テーブルを叩いて立ち上がった暁に、妹達の視線が集中する。

 皿のタワーがぐらつき、さっと響が押さえた。

 

「毎日レトルト食品なんて、我慢できない!」

 

「この鎮守府に初めて来た日から何も変わってない」

 

「私達、何度も司令官に言ってきたけど……」

 

「『毎日美味いものを食わせてやる』って宣言したのに、何も変わってないのです」

 

 提督は確かに言った。

 彼女達と出会って間もない頃、レトルト食品で固められた献立表を見て異議を申し立ててきた4人に宣言したのだ。

 

「この鎮守府を豊かにして、毎日美味いものを食わせてやる。だから、それまで俺と一緒に辛抱しようぜ」

 

 結果、何も変わっていない。

 相変わらず出される食事はレトルトばかりだ。

 

 レトルトは安い。

 故に、提督は大量に買い込む。

 しかし、そればかり食っていると飽きる。

 

「っていうか、よく1年間近くも我慢できたわよね」

 

「でも、そろそろそれも限界に近いわ」

 

 そう、暁は限界だった。

 毎朝、レトルト。

 毎晩、レトルト。

 翌日も、レトルト……。

 

「レトルトばかり食べるのはレディらしくないわ! 響、雷、電! 遠征に行くわよ!」

 

「え? たしか、遠征に行く日は明日だったはずなのです……」

 

「いいのよ。前回しってやつよ」

 

「“前倒し"じゃないの?」

 

「……」

 

 ともかく、レトルトに飽きているのは響達も同じであり、特に反対意見は出なかった。

 

「そうと決まれば、出発よ!」

 

「どこに?」

 

「それは……。今、考えるの!」

 

「でも、食べ物がたくさん手に入る遠征先なんてある?」

 

「「「「うーん……」」」」

 

 提督に貰った海図にはそんな場所は乗っていない。

 というのも、彼が作った海図は鎮守府周辺の海域を図面化しただけであり、遠くの海域に関しては何もわからないのだ。

 

 それでも、手がないわけではなかった。

 

「だったら、司令官さんのお友達に聞いてみるのです」

 

 電の提案に、全員がハッとしたように顔を上げる。

 

「そうね。あの人なら何か知ってるはずだわ」

 

「早く聞きに行こう」

 

「電話は私がかけるわ」

 

「ちょっと、それは暁の役目よ」

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 結局、受話器を取るのは暁ということになった。

 

 数回のコールの後に、女の声が応答する。

 

『"枯渇鎮守府"か。何の用だ?』

 

「な、長門さんでしたっけ……?」

 

『そうだが。うちの提督に用か?』

 

「はい……そうです」

 

『わかった』

 

 提督の親友である渋井隆道の秘書艦を務めるのは、戦艦娘の長門だ。

 

 戦闘の経験は豊富であり、渋井の鎮守府では最強を誇る。

 性格はまさに武人といった感じであり、声をだけでも威圧感を放っている。

 

 ちなみに、提督も新人の頃は長門を怖がっていたらしい。

 

 やがて、交代したのか受話器からは男の声が聞こえてきた。

 

『よっ。どうした、戸部からのお使いか?』

 

 渋井だ。

 暁はほっとして、挨拶する。

 

「渋井さん、ごきげんようです」

 

『おう。んで、どうした? また資源の援助の話か?』

 

「いえ。実は……」

 

 暁は、渋井に要件を説明する。

 

『なるほどなるほど。つまり、提督がレトルトばっか食わせるから新しい食材が手に入る遠征先を教えてほしいと?』

 

「そうなるわね……じゃなくて、なりますね」

 

『何回も言うけど、もうちょい気楽に接してくれてもいいんだよ? まあ、それは置いといて。遠征先だったな? ちょっと待ってくれよ?』

 

 渋井がそう言った直後、受話器を離したのか小さな声で、

 

『江野島ぁ! 海図どこに置いたっけかぁ?』

 

 と聞こえてきた。

 

 その後はしばらく無言の時間が続き、後ろで見守る響達は沈黙が破られるのを今か今かと待っていた。

 

 そして……。

 

『お待たせ。あったぜ。しかも、そっちの鎮守府から近いぞ。ラッキーだったな』

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 というわけで、遠征開始である。

 

 渋井からの情報によれば、いつも遠征に行っている島の数十キロ先の沖に浮かぶ島に、食糧が大量に獲れる場所があるそうだ。

 

「ふふふ、これでレトルト地獄から脱出できるわ。みんな、気合い入れるわよ!」

 

 先頭を行く暁は、いつもより元気に見えた。

 

 電が雷に囁く。

 

「暁ちゃん、やる気いっぱいなのです」

 

「そうね。あんなにやる気満々な暁は久しぶりに見るかも」

 

 途中、何度か船舶とすれ違った。

 輸送船や客船、軍艦まで様々である。

 

 船に乗る人々は決まって、第六駆逐隊の存在に気がつくと、甲板から手を振り、汽笛を鳴らした。

 

 暁達はしっかりそれに応えつつ、目的地に向かって航行を続けた。

 

 見渡す限りの海。

 他の艦娘も深海棲艦の姿もない。

 

 平和だ。

 

 そんな海を航行すること数時間。

 

「恐らく、あの島ね」

 

 4人の前には、巨大な島影が浮かび上がっていた。

 初めてくる場所なだけあって、4人の表情は緊張で硬くなっている。

 

「なんだか、不気味」

 

「ちょっと怖いのです……」

 

「大丈夫よ、電」

 

 不安げな表情の妹達を振り返り、暁は言った。

 

「怖がっちゃだめよ。レディは常に堂々としているもの。ここで怖気付いてるようじゃレディ失格よ」

 

「暁ちゃん……」

 

「さあ、行くわよ! みんな!」

 

 もう、引き返すことはできない。

 暁は覚悟を決め、真っ先に島へ向かって走り出していた。




「…………それで、その結果がこれだと」

 提督は半ば呆れ気味に4人が持ち帰ってきたものを見つめていた。
 島で回収できたのは、大量のバナナ。
 ドラム缶には溢れんばかりの黄色い果物が詰まっている。

 当然、勝手に遠征に行ったことは提督にバレてしまい、帰港した暁達を待っていたのはしかめ面の提督と彼によるお説教だった。

「まあ、レトルトばっか食わせてたのは謝るよ。でも、流石にこんなにバナナはいらんよ。放っておくと腐るし」

「じゃあ、どうするの?」

 と、響。
 提督はほとんど間を置かずに答えた。

「とりあえず半分は俺達で食おう。残りは渋井のヤローに送りつける。あいつが変なこと教えなきゃこんなことにはならなかったからな。あいつは俺と違って資源管理が上手いからなんとかなるだろ」

 しばらくの間、"枯渇鎮守府"の食事は全部バナナになった。


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夜のトイレが怖いのはみんな共通だと思う

 月光が鎮守府を包み込み、ぼんやりと影を浮かび上がらせる。

 真夜中のオンボロ鎮守府は静まり返り、昼間よりも廃墟感が増大していた。

 

 見慣れているはずの割れた窓や長い廊下に何故か恐怖心を抱く時間。

 それが夜だ。

 

 そんな鎮守府を巡回するのは提督の役目である。

 ちっぽけな軍事施設とはいえ、勤務しているのはおっさんと小さな女の子が4人のみなわけで。

 

 侵入してあんなことやこんなことをしようとしている変態がいるかもしれない。

 

 そんな事態に備えて、提督は右手に懐中電灯、ホルスターに拳銃を下げて鎮守府全体を1人で歩き回るのだ。

 

「……うし、あとは寮だけだな。早いこと終わらせて寝よう……」

 

 人に見られていないのをいいことに、提督は大欠伸しながら寮へと歩いていった。

 

 当然、中にいるのは駆逐艦娘が4人だけである。

 もう夜も遅いので、布団でのお喋りタイムはとっくに終わっている頃だろう。

 

 仮に起きていたとしても、提督が歩けば床が軋むのですぐに布団に潜り込むことだろう。

 

 提督は敢えて床を軋ませながら、寮の廊下を歩いた。

 そのまま、4人が眠る部屋を通り過ぎようとしたところで……。

 

「司令官……」

 

「ぎゃう⁉︎ な、なんだ、暁かよ……」

 

 半開きの扉から寝間着姿の暁が顔を覗かせていた。

 

「……まさか、またか?」

 

 無言で頷く暁。

 提督は軽くため息をついた。

 

「いい加減、トイレくらい1人で行けるようになれよ」

 

「だって、夜の鎮守府は暗いじゃない。転んだりしたら大変だもの。司令官には、暁が転ばないようにエスコートして貰いたいの」

 

「自分で気をつけりゃいい話だろうが。つーか、一人前のレディじゃなかったのか? レディはトイレくらい1人で行くぞ?」

 

 暁がショックを受けたような顔になったのが、暗闇でもわかった。

 

「わ、わかったわよ! 1人で行く!」

 

 そうは言ったものの、部屋を出た暁の歩き方は小鹿のようにぎこちなく、戦闘時以上に周りを警戒していた。

 

 前後左右、キョロキョロしながら歩いていく。

 ちなみに暁達の部屋があるのは2階で、トイレは1階だ。

 

「……」

 

「……」

 

 壁を軽く叩く提督。

 その瞬間、暁がもの凄い勢いで振り返り、激しくキョロキョロし始めた。

 

 その顔は恐怖心に満ち満ちており、目には涙も浮かんでいた。

 

「……仕方ねえ。着いてってやるよ。1人で行けるようになってくれよ、一人前のレディ」

 

「う……」

 

 

 

 1階。トイレ前。

 

 提督は大欠伸しながら、暁がトイレから出てくるのを待った。

 

「……司令官、いるわよね?」

 

「いるよ」

 

「ほ、本当に? 本当の本当?」

 

「本当の本当の本当だ。俺のこと気にしてねえでさっさと出すもん出してこいよ……」

 

「れ、レディに対してそんなはしたない言い方は良くないわよ!」

 

「そいつは悪かった。1人でトイレ行けるようなレディにはこんなこと言わねえんだけどなぁ?」

 

 ちなみに、現在の提督はだいぶ不機嫌である。

 理由は簡単。

 眠いからだ。

 

 人は眠いとやたら攻撃的になる。

 提督も例外ではなく、いつも以上に当たりが強くなっていた。

 

「……」

 

 無言。

 静寂。

 

 波の音が僅かに聞こえてくるばかり。

 

 暁はぱったり喋らなくなり、提督は呆れ気味に扉の前に立った。

 

「急に静かになりやがって。まさか寝落ちしてねえよな、暁」

 

 ノックしようとドアに手を伸ばしたその時だった。

 

「ん?」

 

 提督の耳は、波の音に混じって寮の外にいる何者かの立てる物音を聞き取っていた。

 

 壁に何かを擦り付けるような、そんな音。

 

「誰だ?」

 

 侵入者か?

 だったら暁や響達が危ない。

 

 だとすると、今取るべき行動は……。

 

 提督は意を決して銃を手に取り、寮を飛び出した。

 

 

 

 ★★★

 

 

 

「司令官、いるのよね……?」

 

 途中で寝落ちしたものの、用を足し終えてトイレを出るだけとなった暁は、提督に向かって呼びかける。

 

 しかし、返事がない。

 

 暁の頬を、冷や汗が伝う。

 

「……え? 嘘……。司令官! ねえ、司令官ってば!」

 

 返事なし。

 暁の脳内に、最悪の考えが浮かんだ。

 

「もしかして、置いて行っちゃったの?」

 

 慌てて首を振って否定する。

 

「い、いや、司令官は暁を置いて行ったりしないわ……。そんなに薄情な人じゃないんだもの……。多分寝ちゃってるのよ。そうに決まってるわ」

 

 そっとドアを開けて、外の様子を確かめる。

 しかし、そこには闇に包まれた廊下があるばかりで、提督の姿はなかった。

 

 咄嗟にドアを閉め、暁はトイレの中で叫んだ。

 

「司令官のバカーッ!!」

 

 

 

 息を切らした提督が戻ってきたのは、それからしばらく後のことだった。

 

「くっそ……。すばしっこい野郎だったな。そもそもあれ人なのか?」

 

 ぶつぶつ言いながら寮に入り、トイレに向かう。

 

「すまん、暁。侵入者が……」

 

 何故かドアの前に響がいた。

 彼女の隣には暁もいる。

 何故か、2人して提督の方を冷たく見つめていた。

 

「……あれ、響? 何してんの?」

 

「暁を置いて行った薄情な司令官の代わりに待っていた」

 

「い、言い方キツくないすかね? いなくなったのには深いわけがあってだな……」

 

「……聞こう」

 

「侵入者がいたんだよ。恐ろしく素早くて小さかったから、多分人外の何かだ」

 

「……寝ぼけてるの?」

 

「寝ぼけてねえ!」




 その後、提督は暁にしっかりと謝罪したのだった。


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足りないものとはなんぞや

「暁や。俺は思うのだ」

 

 いつになく真剣な表情で、提督は言った。

 ただならぬ雰囲気に、執務室のテーブルの前に立つ暁の表情も固くなる。

 

「……急にどうしたの? 司令官らしくないわね……」

 

「暁。俺はしばらくこの鎮守府で過ごし、気づいてしまった。足りないんだよ。絶望的に足りないものがある」

 

「足りないもの?」

 

「そうだ。足りない。鎮守府にはずっと足りないものがある。何だと思う、暁」

 

「資源?」

 

 首を横に振る提督。

 

「違う。合ってるが違う」

 

「足りないのは司令官のせいなんだけどね」

 

「そいつはすまんな。そうじゃないんだよ。あれさえあれば資源の枯渇なんて全く気にならん」

 

「資源の不足も気にならなくなるもの? 何それ……?」

 

 首を傾げて唸る暁。

 しかし、どう頑張っても提督の言う足りないものは見えてこなかった。

 

「わからないわ。ヒント教えて、司令官」

 

「……ヒントなぁ。俺にはないし、お前らにもないものだ」

 

「暁にも司令官にもないもの?」

 

「そうだ。わかるか?」

 

 今度は暁が首を横に振る番だ。

 提督は軽くため息をつき、暁の胸元を見つめる。

 

「……ぺぇだ」

 

「は?」

 

「わからないのか! 大きなおっぺえだ! 絶望的に足りてないだろうが!」

 

「なっ……! はしたないこと言わないで!」

 

「ふっふっふ。男はな、定期的にはしたないことを考えないと枯れ果てる生き物なのだ。それはさておき、この鎮守府にはでかい胸がない。おっぱいが足りない。駆逐艦娘じゃどうしても足りない……」

 

 渾身の台パンが炸裂する。

 机上のコップが倒れ、書類がお湯で濡れた。

 

「俺はでかいのが好みなんだぁ! 既に枯れ果てたこの鎮守府には癒しが足りない! 揉ませてとは言わない! 見させてくれ! じっくりと! この眼で! 脳細胞ひとつひとつに焼きつかせたい!」

 

 暁はどでかいため息をついた。

 

「何事かと思ったら、いつもの司令官ね。真面目に考えて損したわ」

 

「そんなこと言うもんじゃないよ。この世は大艦巨乳主義だぜ?」

 

「知らないわよそんな主義!」

 

 すると、今まで机に突っ伏していた提督が顔を上げ、暁を睨んだ。

 その視線に、思わず暁は眉をひそめる。

 

「何を言っとるんだ。世の常識ぞ?」

 

「ほんとに?」

 

「俺が嘘をつくと思うか?」

 

「思う」

 

「めっちゃ傷ついた。いや、そんなことはどうでもいいんだ。暁、知りたくないか? 大艦巨乳主義が世界的なものかどうか」

 

 真剣な眼差しを向ける提督だったが、暁はぷいと顔を背ける。

 つま先は、出口の方に向いていた。

 

「興味ないわ。くだらないことで呼び出さないでよ。暁は忙しいの」

 

「ちょ! おい! 待て!」

 

 暁は提督の呼びかけに応じない。

 歯噛みする提督だったが、何か思いついたように勢いよく立ち上がる。

 

「でかい胸は、真のレディへの最短ルートでもある」

 

「……!」

 

 ゆっくりと振り返る暁。

 提督はしてやったりと言わんばかりの笑みを見せた。

 

「真の……レディ……?」

 

「YES、YES、YES。オーマイゴッド」

 

「ほ、ほーんの少しだけ興味が出てきたわ。聞かせて、司令官」

 

 提督は頷いて、再び椅子に腰を下ろす。

 

「先述の通り、大艦巨乳主義は世界的なものだ。世界各国の提督の共通認識でもある。貧乳派もいるらしいが今は置いておくぞ」

 

「世界各国の提督が?」

 

「そのとーり。かの有名な南郷平九郎提督やドイツのエーベルハルトも大艦巨乳主義者だ」

 

「え? それ本当?」

 

「本当」

 

 電話機をいじりながら、提督は言った。

 

 南郷平九郎。

 かつてロシアとの共同演習で完勝し、深海棲艦の大艦隊をほぼ無傷で壊滅させた伝説の提督である。

 噂では戦闘中の艦娘の中に混ざっているなんて言われている。

 

 寡黙な人物らしく、提督やその友人である渋井も彼の声を聞いたことがないという。

 

 エーベルハルトはドイツの提督で、戦艦娘であるBismarckとケッコンカッコカリしたことで知られている。

 艦娘へのセクハラや上官にも非常に馴れ馴れしく接するなど、あまりいい噂は流れていないものの、その指揮能力の高さは確かなものであり、幾多の戦いを勝利に導いてきた。

 

 エーベルハルトについてはなんとなく察していたものの、南郷に関しては暁も知らなかった。

 というか、想像もできない。

 

「……なんというか、イメージが崩れちゃったわね」

 

「そう言うな。個人の趣味嗜好を尊重してこその多様性だ。と、いうわけで。現在ドイツのエーベルハルト氏と連絡がついております」

 

「!」

 

 提督が受話器を持ち上げる。

 陽気な声が執務室に響き渡ったのはその直後である。

 

『Guten Tag! 俺は今日もご機嫌だ!』

 

「うっす、エベさん」

 

『Wie geht es euch, Jungs? おんぼろ鎮守府のKind(お子様)によろしく伝えといてくれ!』

 

「……なんて?」

 

「お子様によろしくだってよ」

 

「むっ……」

 

「おいやめろエーベルハルト。暁が怒る」

 

「し、失礼な人……! レディに対する言動じゃないわ!」

 

 暁の顔は真っ赤である。

 当然そんなことは知らないドイツの提督は、おしゃべりを続ける。

 

『それで何の用だ? 俺は今日も今日とて、しつこく絡んでくる武装親衛隊の連中を追っ払うのに時間を取られてるんだぜ。話すなら早いこと口を開きな』

 

「やっぱ世界は大艦巨乳主義だよなって聴きたかった」

 

『Ja, natürlich! 何を当たり前のことを!』

 

 彼の口調に熱が籠る。

 

『デカければデカいほどいいんだ! 戦艦はみんなでけえから配備するしかねえわな! 最高だぜぇ』

 

「だろ! そうだろ!」

 

 暁に向けてニヤニヤ笑いを浮かべる提督。

 暁はぷいと顔を逸らした。

 

『燃費が悪かろうが関係ねえ! 癒し! マジ癒し! 実のところ、Bismarckちゃんとケッコンカッコカリしたのはぺぇが大きかったからってのも理由のひとつだ。これはあいつにも他の連中にも内緒にしてくれよ? 総統の言葉を借りるぜ、Bismarckちゃんのおっぱいぷる〜んぷるn』

 

 直後、受話器からは耳をつんざく爆発音が轟いた。

 提督は思わず受話器を投げ捨て、暁も耳を塞ぐ。

 

「……逆鱗に触れたな」

 

「無事かしら、あの人……」

 

「あの手の馬鹿は結構しぶといからな。心配せんでも大丈夫だ。多分……」

 

「司令官、ああならないように趣味嗜好を振りかざすのは程々にした方がいいんじゃない?」

 

「肝に銘じます」

 

 恐らく38cm連装砲で木っ端微塵にされたであろうエーベルハルトに黙祷する提督。

 暁は今日何度目かわからないため息をつくのだった。




電「1週間後、エーベルハルトさんはドイツの海軍基地から遥か遠くの海上を彷徨っていたところを発見されたそうです。無事でよかったのです」


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おもてなし計画

「……今なんて?」

 

『だから、明日そっちに行っていいかって』

 

「明日?」

 

『おう、明日』

 

 受話器を片手に、提督は舌打ちした。

 もちろん、相手側に聞こえるように、だ。

 

 電話の相手、渋井隆道が苦笑いしている姿が目に浮かぶ。

 

「言っとくが、出せるもんはバナナくらいしかねえぞ」

 

『別にいいさ。バナナなら何本も食える。お前みたいに強欲ビンボーじゃないんだぜ、俺は。ただ、あの子達が元気かどうか、ちょいと見たいだけさ』

 

「あー、ロリコンってやつ?」

 

『違う』

 

 きっぱりと否定する渋井。

 たしかに、こいつがロリコンならば秘書艦を駆逐艦娘にするはずだ。

 だが、彼の秘書艦は長門である。

 

 ……秘書艦にロリコン疑惑があるのは一旦置いておこう。

 

「……資源は?」

 

『相変わらずだな。もちろん持ってく』

 

 正直に言おう。

 この返事を待っていた。

 

 資源は命綱だ。

 艦隊を運用するためのロープ。

 資源が失われる、即ちロープが切れるということは、艦隊はやっていけなくなる。

 

 "枯渇鎮守府"は常にそのロープが切れかかっているのだ。

 

「ならば許可しよう。明日来なさい」

 

『おう。じゃ、あの子達にも伝えといてくれ』

 

「任せんしゃい」

 

『あと、少し相談もあるから明日乗ってくれないか?』

 

「いいとも」

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 朝食後、暁、響、雷、電は提督に呼び出され、執務室にて横1列に並んでいた。

 

 椅子に座った提督の目は、彼女達をまっすぐ捉えて離さない。

 

「……まあ、そういうわけで、渋井が来ることになった」

 

「司令官とのお話って何でしょうね」

 

「やっぱり、戦争のことですか……?」

 

「まあそうだろうな。ここは驚くくらいに平和だが、世界じゃ泥沼の戦争が続いてる。今も世界のどこかでは艦む……戦士が散っているだろうし、それ以上に民衆が危険に晒されている。こんな日々を送れているのは、いろんな要因が重なっているからこそ起きた奇跡故だ。感謝しなきゃな」

 

 途端に、暁達の表情が暗くなる。

 自分達がこうしている間にも、各地で深海棲艦による攻撃が行われている。

 

 艦娘の艦隊もしくは通常の洋上艦が奴らと交戦し、海上に艦砲の炎を灯していることだろう。

 

 そう、自分達がこんなことをしている間にも。

 

 4人の表情の意味を察した提督は、慌てて話題を変える。

 

「そ、それよりだ。渋井がこの鎮守府に来るということはつまり……?」

 

「……客人の来訪」

 

「響、ザッツライト。お前らにやって貰いたいのは、渋井隆道御一行様のもてなしだ」

 

 椅子から立ち上がり、提督は棚に並べたフィギュアを手に取る。

 自由に衣服を着せ替えられる素晴らしいフィギュアである。

 

「来る奴らは事前に聞いておいた。渋井だろ? 江野島だろ? 長門だろ? あとは大井と北上も連れてくるって言ってたな」

 

 フィギュアを机の上に置いて、提督は続ける。

 

「お前らに課せられる仕事は、あいつの荷物を持ってやったり……」

 

 提督はフィギュアの服を脱がせ、暁に手渡す。

 美少女フィギュアは無事に下着姿へと早変わり。

 

「菓子を運んできてやったり」

 

 近くに置いてあったバナナをフィギュアの近くに置いて、にんまりする提督。

 

「つまりは、ちょっとした身の回りのお世話をしてやれってこった。と、いうわけで。何をするべきか、どういう態度で望むべきか討論するように」

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 提督から解放された4人は、すぐに寮の部屋へと向かった。

 丸い机を引っ張り出し、囲むようにして座る。

 

「司令官も無責任ね……。自分は何もせず、暁達に話し合いをさせるなんて」

 

 と、暁がぼやく。

 対して、雷はポジティブな思考であった。

 

「それだけ司令官が私達を頼ってくれてるってことでしょ? だったら期待に応えないとね」

 

「そうなのです。電も頑張っておもてなしするのです」

 

「暁はどうするの? 降りるなら今だよ」

 

「何を言ってるの、響。おもてなしはレディなら簡単にこなしてこそよ」

 

「なら、決まりね。討論開始よ」

 

 雷が言い終わる前に暁が挙手し、立ち上がる。

 

「おもてなしに大切なのは敬意よ。お客さんを大切に思うのよ」

 

 みんなの視線が暁に集中する。

 

「礼儀作法を守って、おもてなしをするの。簡単でしょ?」

 

「作法ってどんなの?」

 

 雷が問いかける。

 響と電も興味津々である。

 

「そうね。例えば、部屋を横切るような声で会話をしちゃいけないの。なるべく静かに、他の人の目に留まらないようにするのよ」

 

「はわわ、大変そうなのです……」

 

「他には?」

 

「紳士しゅきゅ……紳士淑女に自分から話しかけるのはダメ。用があっても手短にね」

 

「ちょっと噛んだわね」

 

「噛んだのです」

 

「い、いいから次よ次! 何か指示を受けた時には『イエス、マム』って聞こえるように返事をするのよ。わかった?」

 

「む、難しいのです……」

 

 真剣に覚えようとする電。

 

 いつの間にか英語のレッスンが始まってしまったが、響と電は参加せず、困ったように顔を見合わせるばかりだった。

 

 その後も暁の敬意講座は続いた。

 

 主人の前で笑うのはNG。

 手紙はトレイに乗せて運ぶこと。

 

 電はひとつひとつに正直な反応を示していったが、響と雷は困り顔をすることしかできずにいた。

 

「荷物を運ぶ時には数歩後ろを歩く。わかった?」

 

「……」

 

「……」

 

「どうしたの? 2人して見つめてきたりして」

 

「暁、それって……」

 

「メイドの作法なんじゃないの?」

 

「うっ……」

 

 そう、ついこの前のことだ。

 何やかんやあって提督に本を1冊貸してもらうことになり、本棚を漁っていた時に『メイドの全て』という本を見つけたのである。

 

 読めない漢字や英語は提督に教えてもらい、さらにレディへ近づくために自分なりに勉強したのである。

 そこで得た知識をここで活かそうとしたのだが、少し不評なようだ。

 

「司令官に変なもの読まされたんだね、きっと」

 

「流石にそこまでしなくても大丈夫だと思うわよ? きっと、司令官も困っちゃうわ」

 

「……それもそうかもしれないわね……」

 

「やっぱりいつも通りの電達がいいと思うのです」

 

 電の言葉に、全員が頷きを返す。

 彼女の言う通り、余計なことに縛られるよりもいつも通りが1番だ。

 

「それじゃあ、話し合いを続けましょ。私はお菓子を運ぶ係ね」

 

「ちょっと! 決めるのは暁よ!」

 

「け、喧嘩はダメなのです……!」

 

「……」

 

「じゃあいいわ! 暁はレディらしく、司令官の側で執務をこなすわね」

 

「それで決定ね。電はどうするの?」

 

「えっと……」

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 話し合いは盛り上がり、鎮守府全体に響き渡っているのではないかと思うほどに騒がしくなった。

 

 そんな中、響はこっそりと立ち上がり、扉の前に移動した。

 扉にもたれかかると、小声で向こうにいるであろう男に声をかける。

 

「……いつからいたんだい?」

 

「暁が数本後ろを歩くことを言い始めた時くらい。いやあ、本来はメイドの写真を眺めるために買った本なのに、暁が読みたいって言い始めた時は驚いたわ」

 

 提督は小声で返事をする。

 彼が後頭部を掻きむしっている姿が目に浮かんでくるようで、響は微笑した。

 

「ねえ、司令官」

 

「うん?」

 

「明日は期待しておいて。きっと上手くやれるから」

 

 しばらく返事はなかったが、やがて彼は「おう」とだけ返してくれた。



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お客人、来訪

 翌日。

 遂に彼らはやってきた。

 

 軍の大型護送車が門の前に停車し、ドアが開く。

 

 提督と暁は、鎮守府の古びた門の前に立ち、彼らが車から出てくるのを見守った。

 

「……ほんとに大丈夫なんだろうな?」

 

「心配しないで、司令官。上手くやれるわ」

 

 暁は自身ありげに笑ってみせる。

 それでも尚、提督の表情は不安に満ちたままであった。

 

 車から最初に降り立ったのは、メガネでオールバックの真面目そうな男だった。

 

 細身の体を海軍将校の制服で包み、顔を軍人らしく引き締めている。

 そんな彼も、提督の姿を視界に入れた途端に顔を綻ばせる。

 

「よう、戸部」

 

「渋井さんちっす」

 

 渋井隆道。

 戸部古勝の親友であり、こことは別の大きな鎮守府に勤務する提督である。

 

 戦艦娘長門を旗艦とし、対深海棲艦戦線で活躍する人物の1人である。

 

「渋井さん、ご機嫌ようです」

 

 スカートの端を軽く持ち上げて挨拶する暁。

 人の良さそうな笑みを浮かべながら、渋井は暁の頭に手を伸ばす。

 撫でられることを察し、暁は一歩後ろに下がった。

 

 それについては気にせず、渋井は言った。

 

「前会った時よりもレディらしくなってるじゃないか、暁」

 

「ありがとうございます」

 

「礼儀正しいのはいいことだ。 "レディは常にエレファント"だったっけ? 実践できてるか?」

 

「そ、それは言わない約束……!」

 

 咄嗟に暁の前に出る提督。

 

「そうだぞ渋井! 暁のおっぺえや脚のどこがエレファントなんだ! いい加減にしろ!」

 

「お前は黙ってろ。ところで、妹さん達は?」

 

「あいつらなら中だ。なんか、お前らをもてなそうと息巻いてるぜ」

 

 代わりに答える提督に、暁はジト目を向けた。

 

「やらせたのは司令官でしょ?」

 

 そんな会話をしているうちに、他の搭乗者も全員降車していた。

 

「久しぶりだな。最近はなかなか顔を合わせる機会はないが、この長門、あの戦いの日々を一度たりとも忘れたことはないぞ」

 

 そんなことを言いながら近づいてきたのは、渋井の秘書艦長門である。

 

「よう、長門。会う度に聞くのもなんだが、ビッグ7に恥じない働きはできているだろうな?」

 

「もちろんだ。我が鎮守府は連戦連勝。やはり火力こそが戦場を制する」

 

「よっ。さすがビッグ7」

 

 長門は得意げに微笑んだ。

 

 その隣を通って、大井と北上のペアが歩いてくる。

 球磨型軽巡洋艦の四番艦と三番艦であり、傍目から見れば「恋仲なのでは?」なんて思われるくらい常に一緒にいる。

 

 彼女達を視界に捉えた瞬間、提督の目つきが鋭くなった。

 

「北上&大井……」

 

「あー、提督じゃん。どーも」

 

「げっ……」

 

 軽く片手をあげて挨拶する北上に対して、大井はあからさまに顔を顰めた。

 

「北上さんとの仲が相変わらずいいようで何よりだぜ、大井さんよぉ?」

 

「それ、何か問題でも?」

 

 バチバチに睨み合う提督と大井。

 やれやれと嘆息する渋井。

 

 何故か取り残された暁は、首を傾げながら呟く。

 

「大井さんと司令官、顔を合わせる度にああやって睨み合ってるけど、あまり仲がよくないのかしら……?」

 

「いや、あれは互いにツンツンし過ぎっつーか遠慮がないっつーか……。仲が悪いとかではないはずだ」

 

 独り言のつもりだったが、渋井は質問と解釈したようで、呆れ気味に答えてくれた。

 

「ま、あんなことになった原因は戸部なんだけどな」

 

「司令官が?」

 

「ああ。あいつは大井にとっての禁忌を犯してしまったんだよ」

 

「きんき……?」

 

「そう。北上と大井を別の艦隊に配属してしまったんだ。あの日の横須賀鎮守府は荒れたなあ。危うく戸部が酸素魚雷を撃ち込まれそうに……」

 

「……」

 

 大井さん、怖い……。

 まだ提督と鋭い視線を交える大井を見て、暁は軽く身震いした。

 

「あれからずっとあんな感じだ。戸部は遠慮ない態度になったし、大井は腹黒い面を隠さなくなった。でも、なんやかんやでお互いのことを大切に思ってるらしい。変な仲だよな?」

 

 北上がゆる〜く仲裁に入ったことによって、なんとか睨み合いは終了した。

 

「こんなところで駄弁ってんのもあれだ。中入ろうぜ」

 

 提督の提案に、渋井が同意するように頷く。

 

「そうだな。響達を待たせるのも申し訳ないしな」

 

 そう言うと、渋井は車の方を振り返る。

 

「おい江野島、書類持ってきたか?」

 

「は、はい! ただいま!」

 

 1番最後に降りてきた女性。

 女性用の軍服を着用し、髪を肩まで伸ばしている。

 美しい顔には幼さが残り、美女というよりは美少女といった印象を受ける。

 

 江野島百合香。

 いわゆる渋井の部下であり、階級は中尉だ。

 

「あ、あれ? どこにしまったっけ……?」

 

「おいてくぞー」

 

 彼女を置いて、渋井達は鎮守府の敷地内に足を踏み入れてしまった。

 

 

 

「す、すみません……。どこにしまったか忘れちゃって……」

 

 建物の入り口の前で、江野島は渋井に頭を下げる。

 

「おいおい、そんなんじゃ提督になれねえぞ?」

 

「はいぃ……」

 

 江野島の体が一回り小さくなる。

 そんな彼女の肩を、提督は軽く叩いた。

 

「ま、気にすんなって。俺でも提督やれるんだから、江野島さんもなれるさ」

 

「あ、ありがとうございます! 江野島百合香、精進致します!」

 

 真っ赤な顔で敬礼する江野島。

 それに気づかず、提督は暁の側まで戻ってくる。

 

「……今朝、言ってたよな。歓迎の挨拶的なもんをやるって」

 

「うん」

 

「やるんならちゃっちゃとやっておしまい」

 

「わかったわよ」

 

 昨晩、暁は夜更かししてまで歓迎の挨拶の原稿を書いた。

 内容は響ら妹達には見せていないし、もちろん提督にも教えていない。

 

 緊張するが、何度も自分に言い聞かせる。

 

(大丈夫。暁はレディなのよ。このくらいこなしてみせるわ)

 

 こほんと咳払い。

 全員の視線が暁に向く。

 

 暁はポケットから原稿を取り出し、読み上げ始めた。

 

「ハイケイ。渋井隆道中佐及び鎮守府の皆様。お元気でご活躍とのこと、なによりです」

 

「……拝啓って言ったな?」

 

「手紙ではないはずだが……」

 

 困惑気味の渋井と長門。

 提督はというと、がくりと肩を落としている。

 

「本日は遠いところをわざわざおいでくださり、誠にありがとうございます。我が鎮守府一同、感謝を申し上げます」

 

 最初こそ怪しかったが、すらすらと原稿を読み上げる暁。

 提督はほっと胸を撫で下ろす。

 

 その後もスピーチは続き、ようやく最後の文章へと突入する。

 

「深海棲艦との戦いは激しくなる一方ですが、今後のご活躍と生存を祈っております。ケイグ」

 

「やっぱ敬具で締めるんだな」

 

「うむ。いい挨拶だったな」

 

 満足そうに頷く長門に、暁はぺこりと頭を下げた。

 そして、提督の近くに駆け寄ると、声を震わせながら耳打ちする。

 

「司令官、聞いた? 長門さんに褒められたわ!」

 

「聞いてたよ。よかったな。今度、ちゃんとした挨拶の仕方を勉強しような」




「さーて、スピーチも終わったことだし、入ってもらおうかね」

 やる気のない声でそんなことを言いながら、提督はドアノブに手を伸ばす。

 しかし、彼がドアノブを回した瞬間、木が裂けるような音が響き渡り、木片が地面に落下した。
 提督の手には、ドアから外れたドアノブが握られていた。

「……ノブ取れた」

 ぽかんとする渋井一行の前で、提督は暁に指示する。

「艤装持ってこい」

「了解」

 何か察したように、大井が北上の前に出る。

「まさか、ドアを吹き飛ばすつもりじゃないでしょうね? 木片が北上さんに当たったらどうするの?」

「主砲か魚雷でも撃ち込むと思ったか? 残念。大当たりだ」

「ちょっと思ったんだけどさ、別の入り口使えばよくない?」

 と、北上。
 提督は指パッチンして、彼女を指さす。

「それだ」

「さすがは北上さん! 賢くて素敵です! どこかのドアクラッシャーとは違って」

「悪かったな」

 恐る恐るといった感じで、渋井は尋ねる。

「なあ、戸部。いつもこんな時は主砲でぶっ飛ばすのか?」

「おう。後で工廠で直すから問題ないだろ」

「お前の鎮守府から資源がなくなる原因がわかったぜ、俺」


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おもてなしの鎮守府

「ようこそ、我が鎮守府へ」

 

「「「「「……………………」」」」」

 

 建物の中に入った途端、渋井達は言葉を失った。

 

 何枚も板が打ち付けられた壁。

 ガラスの割れた窓。

 抜け落ちそうな床。

 今にも崩れそうな天井。

 

 鎮守府というよりか廃墟と呼ぶのが相応しい。

 これには歴戦の勇士達も開いた口が塞がらなかった。

 

「前に来た時より酷くなってやがる……」

 

 渋井のため息が響き渡る。

 提督と暁は苦笑を返した。

 

「私の実家の方が何倍もマシですよ、これ」

 

 江野島は呆れるというより、純粋に驚いている。

 彼女の実家は貧しく、かなりオンボロの家屋に住んでいる。

 

 そんな彼女にここまで言わせるのだ。

 流石は"枯渇鎮守府"。

 

 北上と大井、そして長門は初めて"枯渇鎮守府"を訪れるため、そのリアクションは渋井よりも大きなものとなった。

 

「す、すごいところで暮らしてるんだね……」

 

「北上さん、私耐えられないわ……」

 

「こ、これが鎮守府なのか……? 鎮守府と呼んでいいものなのか?」

 

「まあまあ、落ち着きなされ」

 

 3人を宥め、提督は歩き出す。

 

「とりま、客室に来てくれ。他のみんなが待ってるはずだ」

 

 

 

 ★★★

 

 

 

 客室で一行を待っていたのは、常にクールな少女、響のお辞儀だった。

 

「ようこそ、鎮守府へ」

 

「お、響ちゃん。雷電はどこだい?」

 

「すぐに来る。先に座って待っていてほしい」

 

「おらおら、響さんが座れっつってんぞ。大人しく言葉に甘えやがれ」

 

 提督に心底ウザそうな顔を向けてから、渋井は席についた。

 長門や江野島らは座らず、古いソファの後ろに控えた。

 

 しばし、静寂が続く。

 誰も言葉を交わすことなく、雷と電が来るのを待った。

 

「……」

 

「……」

 

 時計を気にし始める提督。

 その直後、客室のドアが開いた。

 

「特製バナナケーキ、お持ちどうさま!」

 

「な、なのです!」

 

 いつも通り活発な雷と、やや緊張気味の電。

 雷が手にするおぼんには、黄色いカップケーキが乗っており、電はお茶が入った湯呑みを乗せたおぼんを持っている。

 

「どーよ! 俺が真夜中にチャリを飛ばして買ってきた材料を使って作ったケーキだ! 値段は聞くなよ」

 

「ほー。これ、君らが作ったのか?」

 

 ケーキを見つめる渋井の目は、感心に染まっていた。

 雷が頷く。

 

「もちろん!」

 

「電も頑張ったのです!」

 

「凄いじゃないか。それじゃあ、ひとつ頂いても?」

 

「もちろん。そっちに運びますね」

 

「おう」

 

 雷は、ガチガチになった電を軽く小突き、我に返らせる。

 電はびっくりしたような顔で雷を見たが、すぐに表情を引き締めた。

 

「行くわよ、電」

 

「な、なのです」

 

 正面の机に向かって歩き出す2人。

 暁と響、そして提督はひやひやしながらそれを見守る。

 

 雷はまだしも、電がこけてお茶をぶちまけたりしたら大変なことになる。

 

 どうにか杞憂で終わってくれと、3人は心の中で祈った。

 

 テーブルに確実に近づいていく2人。

 距離が縮まるにつれて、3人の表情も緩くなっていく。

 

 ……それでも、現実はバナナケーキのように甘くなかった。

 

「あ」

 

 突然床が抜け、雷が転んだ。

 そのままケーキがテーブルの上にぶち撒けられる。

 

「「そっち⁉︎」」

 

「い、雷ちゃん……! ど、どどどうすれば……!」

 

 湯呑みのおぼんを持ったままあたふたし出す電。

 提督は慌てて叫んだ。

 

「置け! それ一旦置け!」

 

「は、はい!」

 

 すぐ前に迫ったテーブルに向かおうとする電。

 だが、彼女の足元の床も容赦なく抜けた。

 

「はわわっ……!」

 

「ちょっ……!」

 

 湯呑みの飛翔。

 熱々の茶の雨。

 打たれるのは、渋井隆道。

 そして、彼を咄嗟に庇おうとした長門。

 

「や、やりやがった! やりやがったーっ!」

 

「タオルタオル!」

 

「「ご、ごめんなさい!」」

 

 提督と暁がタオルを取りに駆け出す中、雷と電は渋井と長門に深々と頭を下げた。

 

 渋井と長門はずぶ濡れの顔を見合わせる。

 

「なんというか……」

 

「とんでもない鎮守府に来てしまったな……」




 戻ってきた提督と暁からタオルと新しいケーキを受け取り、今度こそ彼らはケーキを口にした。

「うん。ケーキ美味い」

「本当に上手に作るものだな。こんなに美味しいケーキは久しぶりかもしれん」

 意図せず顔を綻ばせる渋井と長門。
 渋井はともかく、武人然とした長門がこんなに可愛らしく笑っているのを見ると、何か提督の心にくるものがある。

「……イイ」

 その間も、雷と電は部屋の隅でどんよりとした空気を放ち続けていた。

「うぅ……やっちゃった……」

「うぐ……えぐ……」

 これまでに見たことない落ち込み具合である。
 いつも活発な雷もこの有様だ。
 流石の提督もいい気分にはなれない。

「元気出せって。失敗は誰にでもあるんだ」

 渋井も同調するように頷く。

「そうそう、君らに非はないさ。修理と点検を怠った戸部が全面的に悪い。とにかく、怪我がなくてよかった」

「そうよ。万が一北上さんが落ちたりしたらどのくらいの賠償をしてくださるのかしら?」

 渋井と大井からの辛辣な言葉を流しつつ、提督はまだしょんぼりしている2人を見やった。

「どうしたもんかねえ……」

「そうだ。北上、頼みがある」

「はい?」

 渋井が背後の北上を振り返る。
 反射的に、大井が北上に半歩近づいた。

「この子達の面倒見てやってくれねーか? 頼むよ」

「……は?」

 渋井が提督に目配せする。
 奴の意図を察した提督は、わざとらしく4人の駆逐艦娘に言った。

「聞いたか? 北上おねーさんが遊んでくれるってよー。執務室開放するから、ゲームでもして遊んでくるといいぞー」

 途端に、雷と電の周囲から重い空気が消え去った。

「そうと決まれば、北上さん! 見せたいものがあるの! 執務室に来て!」

「仕切るのは暁よ! さあ、行きましょう!」

 たちまち4人の駆逐艦娘に取り囲まれる北上。
 心底怠そうな顔をあからさまにしてみせた。

「駆逐艦、ウザい……」

 とはいえ、上官命令には逆らえない。
 渋々といった感じで、彼女は暁達を引き連れて……というよりは連れ去られる形で客室を出て行った。

「ま、待ってください北上さーん!」

 大井も彼女の後を追っていく。
 客室に残ったのは、提督に渋井、長門、江野島の4人となった。

「……このためにあいつらを呼んだな?」

 彼の向かいの椅子にどかりと腰を下ろす提督。
 渋井は肯定も否定もしなかった。
 代わりに、真剣な表情で提督に語りかけてくる。

「戸部。ここは楽園だ。軍事施設なのに戦争を知らない楽園。暮らしているのはお前を除いて、本当の戦いを知らない無垢な連中だ。彼女達に今から話すことを聞かれるのは少し心が痛むんだよ」

「いずれ知らなきゃならんことだが、まあもう少し後でも構わんだろ。それで、本題は?」

「話したいことが主に3つ。最初はまだ明るい話題からいこうか」

 メガネをクイッと押し上げ、渋井は続ける。

「うちの鎮守府にすげえのが来た」

「すげえの?」

「ああ。世界最強の1人といっても差し支えない」

「つまり、ミスター・サ○ンが配属されたと?」

「んなわけあるかアホ。南郷閣下のところに武蔵っているだろ? 彼女の姉だよ」

 提督の頭に、"彼女"の顔が思い浮かぶ。
 腕を組み、何度も相槌を打つ。

 忘れたくても、忘れられない。

「……大和か。戻ったんだな」

「ああ。復帰早々、俺の鎮守府に異動になったらしい。俺に大和を押し付けたりして、大本営は何を考えているのやら」

「それで、本格的に戦場に投入すんのか? 何せあの大和だ。えげつない量の資材を食われるんじゃないか?」

「そこなんだよ。お前ほどじゃあないが、うちの財政もすこーしだけ厳しい。大和型を本格的に運用するにはちょっと足りん。しばらくは長門と陸奥に頼らせてもらう」

 長門が渋井のセリフを継いだ。

「いくら大和とはいえ、長い間戦場を離れていた。ブランクも相当なもののはずだ。今出撃させるのは不安が大きい」

「……そうだな。今はそのやり方で行けばいいと思うぜ。俺が言えたクチじゃないが、艦隊運用に資材のやりくりはつきもの。余裕がねえってんなら、大和の出撃をできるだけ控えるのは合理的だ」

 頷きを返す長門。
 提督は無精髭を撫でながら言った。

「ただし、本格投入もいずれ視野に入れなきゃならん。それくらい、戦況が厳しくなってる。そうだろ?」

「……横須賀の悪魔の洞察力は半端じゃねえな。そうだ。これが2つめの話になる」

 渋井の口調は真剣そのものだ。
 提督の表情も固くなる。

「太平洋の戦線がジリジリとだが後退しつつある。幸い、艦娘の犠牲者は出ていないが、ドッグ入り娘が続出している。この前深海棲艦の大艦隊と接触した際には、各鎮守府の選抜メンバーで組まれた艦隊がなかなかの損害を被っちまってな。扶桑と山城がそろって大破。最上と時津風、白露が中破。俺の艦隊の中からだと、那智が中破してドッグ入りだ」

「なんつーザマだ。そんなに手強いのか、深海の連中は」

「すぐにでもお前に戻ってきて欲しいレベルだ。だが、大本営が許さんだろう。お前に相談したいのは、今後の展開についてだ。奴らも馬鹿じゃない。こっちの戦術を学習してるんだよ。お陰でこっちの艦隊は痛い目に遭わされ続けている。扶桑と山城がドッグ入りしちまったのは大きい。これ以上全力を削がれるわけにはいかないんだ」

「……だったら泊まってけ。その方がじっくり考えられる。暁達も喜ぶだろうさ」

「恩に着る。それはそうと、3つめの話だが……」

「もう察した。大本営の派閥争いだろ?」

「ほんとにその洞察力はどうなってんだ。その通りだよ。最近、大越派が勢いを増してきやがったんだ」

 提督の顔が曇る。

 大越鷹山。
 反艦娘の立場を一貫して取り続ける男。

 ついこの前、戦艦に呼び出してきた軍人の顔を思い浮かべ、提督は舌打ちした。

「他の派閥の軍人が次々に排除されてる。艦娘に寛容な小野寺派の古賀内に、艦娘を兵器としか見ていないクズヤロー、神崎派の田端が汚職の責任を取って更迭された」

「千葉司令は何て?」

「更迭には反対したが、軍人達を抑えきれなかったそうだ。司令も、大越の仕業だってのは見抜いてるが、何せ証拠がない」

「血が流れてない分、まだマシか……」

「このまま対抗手段を得られなかったら、人類は終わりだ。あいつらの主張通りに従来の艦船による攻撃が行われ、そのまま全滅。民間人も皆殺し。兵士も市民もみんな死ぬ。あいつら何でわからないんだよ、こんな簡単なことが。従来の兵器じゃ勝てないんだよ!」

「落ち着け渋井。深呼吸、深呼吸」

 言われた通りに深呼吸し、渋井はいつもの冷静さを取り戻した。

「……すまん。熱くなった」

「これは、長い語り合いになりそうだな。是非泊まってけ。言いたい意見が山ほどある」

 提督は不敵に笑ってみせた。
 これが、彼へのせめてもの励ましになると信じて。


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