夕張の大改装 〜わたしはわたし〜 (暁の瑞雲)
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夕張の大改装 〜わたしはわたし〜
私は軽巡洋艦夕張
姉妹艦はいません。
今は、兵装を効率的に搭載するなどの試験的運用が主な仕事、兵装実験軽巡として頑張っています。
とある昼下がり。
「ふん、ふーん♪」
今日は酒保で大人気のカレーパンが買えたので、上機嫌な私
知らず知らず鼻歌を歌いながら、海が見える工廠前のベンチで食べようと軽やかに歩いていた。
「おーい! 夕張ー!」
「なあに? 提督?」
「また新しい装備チェックの依頼だ。工廠に来てくれ」
「えー! またぁ?」
「最新鋭の中口径主砲だ。開発したてのホヤホヤだ。夕張が国内初の試験運用の役割だぞ。」
決めゼリフの国内初を、親指を立てながら提督がしたり顔で言う。
いつもこの言葉に惹かれてしまうのだから、案外自分に向いているのかもしれない。
「カレーパン食べてからねぇ」
「半分くれ」
意地汚く、提督が右手を出して催促してくる。
「やーよ。兵装試験の時はお腹が空くんだもん」
悲しそうな顔でこっちを見る提督を尻目に、パクパクと平らげる。
「あー美味しかったぁ」
満足したお腹をさすりさすりしながら、勝手知ったる工廠に入り明石を探す。
「あ、夕張! 早いね」
明石が少し汚れた顔で目をキラキラさせて近づいてくる。
「何なに? なんか凄いのきた?」
「15.2cm連装砲改二ですって!」
明石が興奮して鼻息を荒くしている。
「しかも、阿賀野型改二にシナジーあるみたい」
「へー!シナジーかぁ」
最近流行りの専用装備、特定の艦娘が使うと火力が上がったり、命中精度が上がったりするみたいで、貴重なワンオフ装備もあるみたい。
好きなゲームで言うとSSRとか、レジェンド級ウェポンといった装備
「阿賀野型かぁ」仲のいい能代ちゃん、矢矧ちゃんがまた強くなる。
嬉しいけど、複雑な気持ち。
「分かった。すぐに試してみる」
「じゃあ、こっちきて。提督はあっち!」
ちらちらこちらを気にする提督を追い払い、艤装準備に入る。
「あー、疲れた。私には重いよぉ。」新装備の試運転を終えた私は思わず呟く。
とはいいつつも、この性能! 火力はばっちり、命中精度もいい。旋回速度もいいわね。
試験結果は上々、今日のデータを持って生産化段階に進むそうだ。
「夕張、ありがとね。夕張のおかげで、うちの鎮守府には最新鋭装備の配備も優先してもらえるし、鎮守府の影の功労者だよ!」
ちくり、と胸が痛む。
「うん、ありがと」
「晩ご飯、一緒に食べるよね!準備してくるから待ってて!」
影、影かぁ、悪気はないし、功労者だって言ってくれているのに、たったひとつの単語が刺さる。
「艦娘の矜恃って何だろうね……」思わず、口に出てしまう。
私も鎮守府試験海域ではなく海を駆けてみたい。
力を増す深海棲艦に対抗すべく、改二実装、最新兵装が実装され、華々しく活躍する艦娘も増えてきた。
役割は分かっている。
私は兵装実験用軽巡だから。
私は、明石が来るまでに気持ちを切り替える事に注力しながら、ベンチに座っていた。
ーーー
ーーー
ーーー
「なんですって!」
提督は大本営からの指示に問い返す。
「決定は変わらない。指示に従えないなら君の代わりに別の者にやらせる」
大本営からの指示、それは、失敗も辞さない夕張の大規模改装指示であった。
「大本営の試算による大規模改装の成功確率は?」
「0.5%……です」
明石が肩を震わせながら答える。
「失敗したらどうなる?」
「運が良くて負傷ですむかどうか……。最悪の場合、原型を留めずに資材化するでしょう。」
深海棲艦にも先制雷撃や、高性能潜水艦、集積地棲姫など、他種多彩な能力持ちが増え、こちらの戦力増強が必要なのは分かるが……。
「やはり、もう一度大本営に掛け合ってみる!」提督が工廠を後にしようとした時……。
「やります! 私、やります!」
夕張が自ら志願してきた。
「しかし……」
「あくまでも確率は確率、私は伊達に様々な兵装を扱っていません。必ず大規模改装を受け切ってみせます」
「それに……」
「大本営の指示に提督が従わなくても、提督が更迭されて違う誰かの指示でやるんでしょ」
提督の微動だにしない沈黙は肯定の証だ。
「だから、もしも消えてしまうなら提督の元で、がいい」
夕張は提督の目を見据えて言う。
「軽巡洋艦、夕張 大規模改装を拝命いたします!」
大規模改装の実施は10日後に決定となった。
提督は、第二改装を受けた艦娘を集め、成功率をあげるための対策を練る。
彼女らが言うには、改装後になりたいイメージを強く持つ事、艤装は長年使用してきた身体に馴染んだものを装着しておく事、これが重要なポイントらしい。
夕張は固有装備を持たない。常にスロットは空だ。
と、すると大規模改装までに大本営が望む改装に合わせた装備に慣れておく必要がある。
「射線が甘い!」
「相手の動きを予測して撃つのよ!」甲標的は大井、北上に。
「馬鹿!何やってんの?」大発系は霞。
「ソナーを上手く使うんだぜ」
「がんばるでっすぅ」ソナー、爆雷は海防艦達に。
その装備に精通した艦娘のレクチャーを受け、朝から晩まで装備を取っ替え引っ替えしながら、夕張は耐えた。
そんな状況で、大規模改装実施日はあっと言う間にやってきた。
「必ず戻ってきて」明石が夕張の手を固く握りしめる。
「な、なあ女神積んだらいけないか?」
「馬鹿ね」
本人よりオロオロ心配そうな提督に向けて夕張が呆れた顔で応える。
「貴方は私の提督でしょ? カレーパン用意して、待ってて」
ニッコリ笑いながら夕張が手を握る。
第二改装実装済の艦娘、訓練に付き添った艦娘、この日のために夕張が試験で使用していた装備を持って皆が集まって来ていた。
改装室に入る前に、皆の顔を見回す夕張。
「いい感じにリラックスしているな。提督よ、大丈夫だ」
長門が腕を組みながら提督に声をかける。
「あ、ああ」青ざめた顔で提督がタバコに火をつける。
「タバコ、逆さまだぜ!」提督のお尻にキックを浴びせる摩耶
「指揮官がそんなでどうする? しっかりしろ」と武蔵
夕張は皆の顔を見て思う。
ー 影? 影なんてとんでもない。私は皆にこれだけ愛されているんだ。
「必ず戻ります。夕張、行きます!」
そして夕張は改装室に消えた。
「長いな」
軽巡洋艦の改装にしては時間がかかり過ぎている。
無意識に貧乏ゆすりをしながら頻繁に時計を確認している提督が呟く。
と、その瞬間
ヴィー!ヴィー!
突然、改装室から異常を示す警報が鳴り響く。
「圧力上昇! 25メガパスカル! 温度560度を超過! 近くの艦娘、職員はただちに避難して下さい! 繰り返しますー」
「皆!避 難してくれ!」
「提督も早く!」
「私は残るよ。部下を信じなくて何が提督か」
夕張が改装室に入る前と、うって変わった漢の顔だ。
「分かった」
戦艦勢が万が一に備えて皆の盾になるべく前に出る。
「念のためな」
こうなったら誰も避難しないだろう。
「夕張、帰って来い!」
「夕張さん、頑張って!」
「夕張!」「夕張ぃ!」
皆の叫び声が響く。
ー プシュー! 圧力、温度制御、安定しました。まもなく改装が終了します。
「うぉぉぉ! やった! やったぞぉぉぉぉぉ!」
提督が人目を憚らず号泣。
明石も口に手を当てて肩を震わせている。
ー 夕張大規模改装成功
あとで、分かった事だが、夕張はなりたい自分を複数イメージしていたため、改二、改二特、改二丁という何段階もの改装チェックのため時間がかかり、そのため改装室の制御装置に負荷がかかったという事だった。
「心配したよぉ」まだ半泣きな明石は夕張の手を握りっぱなしだ。
鎮守府の皆も小さな子は安堵で大泣き、もらい泣きする戦艦もいたため、落ち着くまで時間はかかったが、夕張が疲れているだろうと言う事で各自の部屋へ引き上げさせた。
「ほら、大丈夫だったでしょ」
夕張がこともなげに笑う。
夕張の大規模改装成功の報と改装データは、大本営へ送られた。
敵戦力、作戦内容によって汎用性の高くなった夕張はこれから様々な戦場へと繰り出すのだろう。
「明石、夕張! 今夜は打ち上げだ!」
「やったあ!」「いひ、何奢ってもらおっかなー」
カラカラ笑う二人が眩しい。
「私も頑張らねばな」提督は思わず独りごちる。
「ん?なあに? 聞こえない。」
「何でもない。時間に遅れるなよ」
大規模改装を済ませた夕張は、立ち去る提督の背中を見ながら想う。
「どんな兵装になっても私は私、迷うこともあるけれど、これからも貴方の元で頑張ります。」
fin
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