[Minecraft] 俺はスティーブ、クラフターだ。 (えだまミィカン)
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第一話 ダイヤとロスト

はじめまして、えだまミィカンと申します。

こちらの小説はNotchさん作Minecraftの二次創作でございます。

初投稿で変な文章に思われると存じますがぼちぼちレベルアップさせますのでよろしくお願いします。

ちなみにこの小説には

文章がおかしい
ややえぐい描写
作者(自分)の中のスティーブ
不定期更新

が含まれます。苦手な方は戻るボタンを推奨します。





「よっしゃあ!ダイヤざっくざくだぁ」

 

地下深くのマイニング場で一人の男が声をあげる

 

男は地上につながる梯子へ駆け出す。

 

彼が抱えているのは大量のダイヤモンド。

 

腕の中からいくつか落ち岩盤がむき出した床を転がるが気にも留めない。

 

「これが幸運のダイヤ製ツルハシの力か!エンチャント部屋にこもった甲斐があった!」

 

 ―村の連中に自慢してやる!―

 

 ―ダイヤフル装備を…はもう持っているな―。

 

 ―とりあず家全部にこのダイヤを投げ入れてやろう!―

 

どうやら男はダイヤモンドを大量に入手したらしい。

 

そしてその成果を村人に自慢するようだ。

 

男は早くそれをしたいという欲求が募る中、地上に続く梯子に足をかける。

 

「まったく。こんな大荷物でも梯子の野郎は背が高いままだ。もし上で何かあったら…」

 

男が一人、悪態を呟いたそのとき。

 

周囲に揺れが起きた。

 

地上の方からだ。

 

「な、なんだ!?地震か!?いや爆音も聞こえる!クリーパーか!」

 

長い梯子の中腹で足を止めた男は、自分を何度も窮地に陥れた緑の爆弾魔を思い出す。

だが奴が犯人だと考えるには違和感があった。

 

耳を澄ませると聞こえる爆音は、一つではなかった。

 

「爆音が…一つ…二つ…いくつも聞こえる…!」

 

―防壁が耐えられない!―

 

―村が危ない!―

 

―ゴーレムはいないんだぞ!―

 

男はまた梯子をのぼり出した。

今とても危機的状況に陥っていることを察したのだ。

 

 

地上と地下を結ぶ梯子 

 

「ゼェゼェ…はぁはぁ」

 

それはとてつもなく長かった

 

だが男は登る足を止めなかった

 

―ゾンビからを守るために防壁を築いた

 

―お互いの生活のために肉や魚、色々なものを交換した

 

―そしてどこの馬の骨かわからないような自分を受け入れてくれた

 

   

   ―その村、そして村人が今は上で危険な目にあっている―

 

「こんな時こそ俺が守らなければならない!」

 

 

しかしそれはもうできない…手遅れだと男は察した。

 

梯子の終わる先には、あるはずのない炎がゴウゴウと暴れている…

 

村の中心部にある自分の拠点

 

壁が落とされた時は避難所となり最終防衛地点となる拠点

 

梯子の先にあるその拠点が

 

既に落とされ、火にまかれていたのだ 

 

「うおっ…なんだこれは!…熱い!」

 

男は梯子を登りきった先で唖然とした…

 

地下倉庫であり採掘場の入り口だったそこは

天井がぽっかり空いて、燃える自分の居住区と真っ暗な夜の空をうつし、辺りにはチェストの中身と燃える木材が散乱している

 

「あ…ああ……クソッとりあえず水だ!」

 

わずかに形を残す地下室に男は採掘の時持って行った水を辺りに撒いた。火があったところは黒い焦げた跡を残して安全地帯となった。

 

「これで一安心だ…いや村がまだだ!」

 

今度は村の火を消さねばならない。

普段は階段で上がったところにあり居住区を経由して外にでるが今は居住区が火の海と化している。

男はやや強引ではあるが地下室から穴を掘って外にでることにした。

 

「無事でいてくれよ…村人達…!」

 

壁を削っていくとしばらくもしないうちにスコップの先から砂利が出てくる。上は村の通路のようだ。

 

「おらっ!」

 

船をこぐようにスコップで壁をえぐるとザァァーと通路の砂利がでてきた。地上に続くトンネルが開通したのだ。

男は砂利が出た先へ上がる。

 

「クゥゥ…やっぱり村もやられているか…」

 

男が見た光景は採掘場から上がってきたときと同様に火が家を崩していくものだった。自分がなんどか赴いた村人の家はもうその姿を残していない。

 

「おぉーい!だれかいるかぁー!」

 

男はこの地獄絵図の中でも生きているだろう村人を探す。

 

「だれかー!誰かいないのかー!」

 

返事は炎がゴウゴウと声をたてるだけだった

 

「地下に避難するんだー!返事をしゲッホゲッホ!」

 

黒い煙を吸い込んでしまい咳に言葉がかき消される。

 

「誰か返事をしろー!今日ダイヤが手に入ったんだー!生きていたらくれてやるー!」

 

しかし誰の声も帰ってこない。

 

「だれかー」「いないのかー」「助け出してやるー」

 

男はなんども呼びかける。

 

 \ガンガンガン/

 

男は持っているバケツをたたく音でも呼びかける。

 

しかし答える声はどこにもない。 

 

「畜生!だれが!だれがこんなことしやがった!」

 

燃える家屋に囲まれる中、男はわめく。

 

「クソッタレぇぇぇぇ!」

 

男は自暴自棄になって駆け出す。

だが先にポッコリと大きな穴が開いていてそこに落ちる。

 

「痛い!熱い!なんで穴が!」

 

そもそもこんな穴開けた覚えは無い。

男は穴の中でそう嘆いた。

 

そのとき男はふと穴を開けた主をについて考えた

 

―この穴を開けるなら爆弾…

 

痛みで思考が冴えていき様々なシュミレーションが繰り広げられる。

 

―俺が地上に上がるまでの短い時間で村を焼き尽くす…

 

犯人の選択肢が狭められていく…

 

―防壁が突破されぷ前に村人は避難できたはず…

 

穴から何とか這いあがる…

 

―これが出来るやつは…

 

男は落ちた穴を見下ろす…

 

―ガストか…

 

最初はクリーパーかと思ったが火が上がっていること、爆発がおきたような穴、短時間でこれをしたような状況からして奴しか思いあたらない。

それに火事で見落としていたが遥か先に見える村を囲う石製の防壁はほとんど崩れていない。

 

慌てた自分の思慮の浅さに怒りが湧く。

だが今はそんなミスをする気は無い。

 

「石壁が残るならあそこも大丈夫なはずだ!」

 

男は炎が立つ住宅街をまた走り始めた。

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 




いかがでしょうか。
感想意見お待ちしております。


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第ニ話 非情な現実

男は燃える住宅街を駆ける。

咳を呼ぶ煙や身を焦がす炎も恐れずに

 

「ゼェゼェ」

 

男は窪みや瓦礫だらけの道を駆ける。

それらを馬の様に飛び越えて

 

「あ、あった!」

 

男は何かを見つけて走る。

まだわずかに残る希望を目指して

 

「よかった…まだ大丈夫だった…」

 

男は住宅地の外れに立つ石造りの鍛冶屋の前で止まる。

 

防壁と同様に頑丈なつくりのこの建物ならシェルターの役割をしただろうと考えたのだ。

 

もっとも火が出たとき住宅街に広がらないよう、それから離れたところにあるので他の村人が逃げ込めたかどうか疑問だが。

 

「おーい!だれかいるかー!」

 

家主くらいは生きているだろうと考え少し焦げたドアを叩く。

すると建物の中からこちらに向かってくる足音が聞こえる。

 

「おお、君は大丈夫だったか。周りは危険だ。入りたまえ。」

 

予想は当たった。黒いエプロンをつけ長年の鍛冶仕事でガッシリした腕の村人がいつもに増して煤だらけの姿で1人出てきた。

「すまないな、おやっさん…」

男は鍛冶屋のドアの向こうへ進む。

家は崩れてはいないが中はそうではかかった、製作中の刃のない剣や鉄などの鉱石、使い古した金槌などがごったがえし奥では石炭の入った袋の山が崩壊する光景が見えた。

「見ての通りうちも散々な状態だ。」

鍛冶師が玄関の近くの木の壁にもたれかかって言う。

「他の村人は…どうなったんだ…?」

男は呼吸をゆっくり整えながら探しても見つからない彼らについて問いただす。

「おそらく…もう生きていないだろう。わしはすぐ下の地下室にいたから無事だったが他のところは家と共に吹き飛ばされただろう…火を消そうと向かった頃には手遅れだった…」

「もうどうしようもない」とため息をつくようにそういった。

 

男は村を救えなかったという事実を突き付けられた…

いや、そうとわかっていてもあえて信じないようにいていたのが正しいかもしれない…

どっちにしろそれは男にとってショックだった。膝の力が抜け、顔が真っ青になっていく。

黒エプロンの鍛冶師はただ肩に手を置くことしかできなかった。

 

だが、それでも現実は非情であった。

  

今度は鍛冶屋と同様に崩れることが無かった防壁、

200m先にあるそれがある方角から衝撃が走りそのあと轟いた爆音がくる。

「まだ攻撃するのか!この村を!」

男はヒステリックに叫ぶ。

そう、姿を見ぬ相手は攻撃を仕掛けるのである。

 

「防壁が…突破されている…叫んでいる場合では無いぞ…!」

 

しかし敵は今度は空からではなく陸からやってくる。

 

クリーパーの爆発で開けられたであろう煤だらけの防壁の穴から

 

「ゾ、ゾンビ達だ…!10…20…相当な数だ!しかも物凄い速さできている!」

 

人海戦術のと言わんばかりの数の屍が、腐敗臭を散らしながらこちらに迫る。

鍛冶屋のガラス窓から見るそれは、まるで大波のようだった。

 

「ふんっ!こんな時に限って襲撃イベントか!上等じゃねえか!」

 

絶望的な光景を望む窓から後ろに視線を移すと、さっきまでヒステリックに叫んでいた男はそこにはおらず作業台でつくったであろうダイヤ製の防具を二人分両手にかかげる男がそこにいた。

 

「これを着て身を守ってくれ。ダイヤなんて山のようにある。」

 

男は素材の希少さから所有者が限られるそのダイヤの鎧を小麦パンを出すかのように渡してきた。男の目は鋭く殺意に満ちそれを外に見えるゾンビに向けている。近づくだけで腰が抜けそうな気迫を見せている。

 

「おやっさんは地下に避難する準備をしてくれ。俺が時間を稼ぐ。」

 

男の言葉はおだやかだったが一方では復讐心が煮えたぎっているような雰囲気があった。

そして鍛冶師が返事をする間もなく彼は天井の穴から弓を片手に屋根へ上って行った。

 

「無能どもがうじゃうじゃいるな…」

 

屋根へ上がると家屋の木材の焦げた臭いがまだ漂っているのがわかった。視線の先にはクレーターだらけの地面を馬並みの速さで駆ける元人間。

背中の方からは煙が少し混じった風が吹く。

 

奴らを打ち抜く矢を放つには悪い風ではなかった。

 

男は使いなれたエンチャントした樫製の弓を引き絞る

 

狙いは一番前を走るゾンビ

 

恨みを込めた白羽の矢が鈍い音とともに放たれる

 

矢は空気を裂いて飛んでいき

 

そして吸い込まれるように

 

狙いをつけたゾンビの喉元に突き刺さった

 

矢を喉元に立てたゾンビはバランスを失い、地面に崩れおちる。しかし後のゾンビ達は動かないそれを構わず踏んでいき進撃を緩めない。

 

「まるで人形だ」と男はまた矢を放ちながら呟いた。手元にある矢は最初にいた採掘場でモンスターに出くわしたときにその場をきりぬけるために持っていったもので狩りの時とは違い大した本数は無い。

ふと「止められるのか…?」と怒りが身から溢れ出さんばかりの中、倒れる仲間を躊躇わず踏む奴らからここを防衛できるか疑問に思った、

 

するとそれに答えるかのように下の鍛冶屋から屍ではなく鉄の身体を持つ人形「ゴーレム」が四体現われた。彼らは今は突破されているあの防壁にも引けを取らない壁をその巨体でつくる。

「配備予定だったゴーレム達だ!こやつらも一緒に戦う!」

「ありがてぇおやっさん!」

思わぬ増援で揺らいだ気持ちが立て直される。

 

ただただ星が流れていく夜空の下、男は矢を放つ。

そして放たれた矢は真っ直ぐ飛んでいく。

射抜かれたゾンビは動かぬ肉塊と化す。

「これが…最後の一本か…!」

それがしばらく繰り返されたのち矢は尽きた。

 

だが4体のゴーレムが矢の代わりにゾンビの波を引き留める。

 

振り下ろされた巨大な鉄の腕が3匹のゾンビを宙に飛ばす。

腕が振り回されたところは空洞になる。

その空洞にゾンビ達が入るが3匹と同様鉄人形の餌食となる。

 

しかし圧倒的な戦力差で鉄人形の巨大な腕をすり抜けた者もでてくる。

 

二つ目の壁は乗り越えた。そんな雰囲気を醸し出す彼らに

「おら!お前らは貪欲に正直者だな!」

矢ではなくダイヤ製の斧がグルグルと回転しながらそのゾンビに突き刺さる。

 

男は尽きた矢の代わりにあらかじめ作ったダイヤの斧を投げつける

 

射程は弓矢に届かないものの破壊力はそれを超えていた。

 

本来木を倒すその道具は屍の頭や胴、手足を伐採していく。

 

「それ!それ!それい!ダイヤ斧を消費品に使うのは新鮮だなぁ!」

 

もはや復讐に駆られる狂戦士と化した男はダイヤを構わず敵に投げつける。

その斧も矢と同様に尽きると、

今こそゾンビに突撃しようと男はダイヤの剣に持ち替えて鍛冶屋の屋根から降りようとする。

 

すると下から呼び止める声がした

 

「避難の準備ができた!ゴーレムにまかせて早く戻るんだ!」

ダイヤの防具を身に着ける村人が屋根の穴から声をかける。

「くう…そうか…」

ゴーレムを突破したゾンビが沢山間近に迫ってくるのが眼下に見えた。

 

流石に不利と感じた男は復讐心を噛みしめながら下に降りる。

下の鍛冶屋は自分が最初に来たときと違い、散乱した雑多な物はいくらか片付けられていた。

「ワシが最初にいた地下室に食糧を運んだ。3日くらいなら籠っていられるだろう。」

 

―おやっさんはそう言うと俺を地下室に突き落とした。―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上になります。
感想ご意見おまちしております。


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第三話 あの日から

ダイヤの豊作にあってから数日後…

 

村が壊滅してから数日後…

 

おやっさんに突き落とされてから数日後…

 

俺は即席の地下トラップタワーの前にいた。

モンスターの再襲来に備えて地下の中に作ったそれの処理層兼倉庫で俺は作業台の上でトリニトロトルエン、略称TNTという爆弾を組み上げていた。

「これで500個目…」

岩がむき出しの無骨な一室でそう嘆いた。声が反響していき壁や天井でそれが止まる。

―あの時も爆弾がすべてを変えた…―

目の前のオレンジ色の危険物を睨みつけばがらそう思った…

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「うおっ、いったい何なんだ!」

最初は何が起きたかわからなかった。だが上から見下ろすおやっさんを見て地下室にいる俺は突き落とされたことに初めて気付いた。

「お、おい!おやっさん!何やっているんだ!早く来い!」

地下室の梯子の続く先から見下ろしたまま動かないおやっさんに呼びかけた。

「ゾンビはワシのような村人を襲う性質がある!このまま生きていても足を引っ張るだけだ!」

おやっさんの答えはNOだった。煤だらけの顔は表情を変えない。

「そんな展開なんざ求めていない!何があろうと生きるんだ!意地でも引っ張り下ろすからな!」

その場から動こうとしないおやっさんを地下室に連れ込もうと、突き落とされた縦穴についた使い古しの梯子に足をかけた。

だが向こうの動きが早かった。

「さようならじゃ…生きるのは君だけだ…」

そういうとおやっさんは地下室をつなぐ穴を黒曜石ですっぽりと塞いだ。

「な、何やっているんだ!死ぬぞ!なんでおやっさんが死ぬ必要があるんだ!」

外の方からはゴーレム達が崩れるように壊れた音がわずかに聞こえた。ゾンビ達がゴーレムを完全に突破したのだ。

俺はこうしてはいられないと出口をこじ開けようとダイヤのツルハシを取り出した。

「こやつ等を道連れにできるならワシは悔いは無い…」

黒い岩の向こうからは鍛冶屋にたどり着いたゾンビ達がドアを破ろうとする音が聞こえた。

そしてそれに混じっておやっさんの言葉と共に導火線が燃える音が聞こえた。

「おやっさん!やめろ!逃げろ!死ぬな!」

 

俺は破れかぶれに叫んだ

 

地下室と鍛冶屋を結ぶ狭い縦穴で

 

その声が届いたかどうかはわからない

 

わかったといえば上で凄まじい爆発が起きたくらいだ。

 

黒曜石をどかした後に見た光景は、瓦礫や腐った肉片が大量に飛び散っているだけのものだった。

数分前まで守っていた建物と人は姿を残していなかった…

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「畜生が…」

きっと採掘用にためておいたTNTを自爆に使ったんだろう。

避難する前に気付かなかったことに苛立ちがつのる。あのときよく周りを見ればおやっさんの行動に気付けたはずだろうに…

「畜生がああああああああああ!」

『あのときそうしていれば』なんて考えが爆発した。さっきまで睨みつけていた爆弾をチェストの山に投げつける。

 

どうしようもない

 

どうしてこうなった

 

どうしてできなかった

 

そんな思考が頭を駆け巡る。

数日前のことが悔やむにも悔やみきれなかった。

彼は孤独だった。

しかし彼を慰める人はどこにもなくTNTが当たった衝撃でチェストが崩れて中の雑多な物を散らかすだけだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その後は特に問題は起きなかった。というより起こす気力もなかった。

そうしてできあがった述べ何万何千のTNTを持ち運ぶ。

昔から持ち歩いているカバン、エンダーチェストと似た構造を持っていて見た目よりたくさん物が入るカバンにそれらを入れて。

持ち運ぶ先は通称『TNT式岩盤破壊装置』のある場所に。

その『TNT式岩盤破壊装置』というものは大量のTNTの起爆によって岩盤を破壊する、レットストーン回路の一種である。

そもそもこれを作ったきっかけというのは鍛冶屋の地下室で何日か過ごしたあの時にある。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……………………………………………………」

俺はあの時薄暗い地下室で何も考えることもなく固いパンを食べていた。

パンは味がしなかった。あまりのショックで味があっても感じなかったんだろうか。

俺はこの村に来る前は冒険家として各地を放浪していた。放浪中はよくダイヤとか貴重な物はよくなくした。カバンの中身が全部川に流されたこともあった。

何かを無くすことには慣れていた。

それなのにたかが村一つ、村人何10人なくした程度でこうも心が荒むとは思ってもいなかった。

「こんな思いするくらいなら死んだ方が楽だ。」という考えが頭を何度もよぎった。

ダイヤの剣を喉元に突き立てようとしたが、おやっさんの最期を思い出して何度も踏みとどまった。

それでもいつかは耐えられなくなる時がくる。村の防壁のように。

そうしてダイヤの剣を何度かしたように喉に滑らそうとしたとき

 

頭に浮かんだんだ。

 

「岩盤の下に行け」と。

 

ダイヤの剣は喉に軽く切り傷をつけたところで止まった。

 

その時から岩盤を破るために生きた。

 

昔と同じように頭にふと浮かんだことだけで行動した。

 

一種のゾンビのようだったが気に留めることもなく色んなことをした。

 

最初にしたことはダイヤのツルハシで鉱石と同じように削りとることだ。

エンチャントにエンチャントを重ねた最高級のツルハシで試したが結局自分の腕が壊れかけただけだった。

 

腕を痛めた次にしたことはTNTで無理やり穴をあけること。しかし実験場所である採掘場に大きな音が轟いただけだった。

 

そのあと考えたことは氷でキンキンに冷やしてからマグマを垂らすこと。しかし自分の腕に火傷を残しただけだった。

 

ついでに酸やら酢をかけても脆くはならなかった。

 

そしてどうしようもなく俺は実験場を後にした。

 

「黒い霧を発生させるその岩石をなんとか壊すことはできないか。」

 

そうを考えながら焼けた村を歩いていると本が一冊転げ落ちているのに気付いた。

 

おそらく焼け残ったやつだろう。

 

好奇心に誘われてそれを手に取る。煤がついているだけで読めないことはなさそうだ。

 

日中のさなか焼け跡のついた瓦礫に座る。

そして少し汚れた皮のカバーの本を開いた。

 

ページ捲ってみると複雑なレッドストーン回路の設計図などがたくさん目に入った。

おそらく機械の本なんだろう。

TNTキャノン、自動作物回収機、よくわからないものなど様々な回路が載っていた。

半分ちんぷんかんぷんになりながらも読み進めているとふと目に留まったものがあった。

 

それは爆縮式TNTキャノンの発射機構を塔のように縦に引き伸ばした建築物とも言える巨大なものだった。

 

名称 TNT式 岩盤破壊装置

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

そして大量のTNTを運ぶ先が、作り上げた『TNT式岩盤破壊装置』がある元実験場である。

 

男は元実験場に繋がる荒削りにつくられた暗い地下通路を1人歩いていくのであった。




ご意見ご感想お待ちしております

最近自分のプレイしているマイクラでも住んでいる村が小説のように壊滅状態になった。
               \(^o^)/



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第四話 岩盤の下

俺は実験場に建造した『TNT式岩盤破壊装置』のディスペンサー一つ一つにTNTを詰め込んでいく。カバンからTNTを取り出してはディスペンサーに詰め込む。詰め込んだら次のディスペンサーへ移動。これを繰り返していきすべてのディスペンサーに詰め込むまでには丸二日かかった。夢にもディスペンサーとTNTがでてきて気力はすり減り今はイライラしている。

 

しかしその努力が報われる時がきた。

 

目の前の石のスイッチ、安全のためにつくられた黒曜石製のシェルターの中にあるそのスイッチを押せば装置が作動し岩盤をぶち破る。

 

これで俺の第3の人生が始まる。

 

そう考えながら俺は拙いつくりの石ボタンを押した。

ボタンから丸石製の足場の上にあるレッドストーンを発光させる動力が送られる。

 

動力はいくつかのリピーターを通してどんどん流れていき

 

ところどころにある丁の字の分岐点で別れる

 

そして計算しつくされたリピーターの遅延によって縦に積み上げられた全てのディスペンサーがほぼ同じ時間に動力を受け取る。

 

動力を受け取ったディスペンサーはカチッという音とともに着火されたTNTを前面に吐き出す。

 

天辺が見えないくらい高くまで積み上げられたディスペンサーからTNTが出てくる光景は滝を彷彿させるものだった。

 

そして大量の吐き出された着火済みのTNTはシェルターからは見えぬ目標の岩盤まで落ちていった。

 

あのTNTは4秒後に爆発する。それまでの時間はとても長く感じた。

 

あのTNTがディスペンサーから吐き出されて1秒たった。

俺は黒曜石の部屋に備え付けられた鉄格子から装置の稼働に問題が無いか確認した。

 

あのTNTが着火されて2秒たった。

俺は衝撃に備えて姿勢を低くした。

 

あのTNTが落下していってから3秒たった。

石ころが一つ転がり落ちる音がした。

 

あのときから追いかけてきた目標が達成されるまで後1秒となった。

俺は岩盤が無事破られることを願うばかりだった。

 

TNT爆発までのカウントが0になった時

 

地下深くから響いた、

 

上にある村をも揺るがす衝撃が。

 

辺りの岩が崩れ落ちていくのが、シェルターの鉄格子から望まなくともわかった。

 

シェルターは巨人に巨大な金槌で叩かれたように揺れた。

 

そんな爆発を起こしたのはクリーパーでもガストでもない。

 

俺だ。

 

爆発を起こした当の本人でもこの衝撃だと寿命が縮むような気分になった。

 

(おっそろしいな…)

 

そうしてヒヤヒヤしながら両耳に手を当て床にうつ伏せになっているうちに爆発がやんでいた。

 

果たしてTNTが岩盤をやぶることができたか、

 

俺は確かめるためにシェルターの下から伸びる梯子を降りて行った。

いつもだったら梯子なんて煩わしいもの使わずに水なりスライムブロックなりクッションにして自由落下という名のエレベーターを利用するが、今回の場合は最下層の岩盤付近の空間が爆発によって空洞が崩壊している可能性がある。そうなると気を良くしてダイビングした先がクッションではなく瓦礫の刃が待ち受けていることもあるだろうから、引き返しの利く梯子を選んだのだ。

 

梯子はそれはそれで長かった。

 

村が燃えていたときの梯子もそうだったがこうして先がどうなっているかわからない梯子は

長く感じるものだ。装置を無理矢理設営した空洞に足を一つ一つ下の段に踏み下ろす音が鳴り響いた。しばらくその梯子で下に向かう運動を繰り返していると膝がジワジワと痛みだしてきた。

(まあ夜に受けたスケルトンの矢よりはマシなものだが。)

そうして自分を奮い立てていると梯子の終わりが見えてきた。火薬の独特の臭いが鼻にツンとくる。生体不明の爆弾魔から必死で逃げた時の夜戦の臭いを無視して下に降りると、事前に鉄骨で補強された最下層が崩れずそのままの姿を残していた。

「や、やったか?」

以前の採掘場の面影を残したホールの様な空間には爆発による煙がまだ残っていた。

 

― 冒険していた時にお邪魔した城の主はこの状況で平然と立っていたんだよな…

 

冒険家の時代に苦戦を強いられた時の光景が、今現在目に映るものと重なって思考の片隅に不安の文字があがる。

 

「んなこと考えても仕方ないな。うん、そうだ。」

 

自己暗示で不安を噛み殺し爆発があったところの中心に足を踏み出してみた。

 

右足を踏み出すと真っ黒の爆発したTNTのカラが足に潰されバラバラになった。

 

左足を踏み出すと砂利が床と擦れ耳障りな音を出す。

 

そしてもう一度右足を前に出すと

 

俺には信じられない光景が視界に入った。

 

あの岩盤にぽっかりと穴が開いているのだ。

 

恐る恐る直径は約一メートルの穴に近づいてみる。そうすると真っ暗な空間、あのエンドでも見たような底の見えない謎の空間見えた。

 

なんとか入ることができそうだ。

 

まあできれば入るのは御免だが。

 

いざ得体のしれない光景を目にしてみると躊躇いが出る。

深さを測ろうと近くにある石ころを穴に落としてみるが底に当たる音は一向にこない。たぶん底なしなのかとても深いかのどちらかだろう。

「あ、でも下見に行く程度なら大丈夫か。」

見たところモンスターの気配も無いし折角岩盤に穴を開けたんだからここは行くのが冒険家だろう。

 

そうして男は「岩盤の下に行く」という方針はずらすことはなく下見の準備にかかるのであった…

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

穴の前には全身ダイヤの鎧に身を包み、腰に剣や弓そして古びたカバンを提げた男がいた。

 

「鎧よし。」

鎧の膝や胴などを叩き、自分の身体を守る上で問題は無いか確かめる。衝撃で鎧はずれたりがたついたりすることは無くいつも通り使えそうだ。

 

「武器よし。」

何時どんな事態でもすぐ取り出せるように皮のベルトに下げたエンチャント済みダイヤ剣と襲撃以降に新しく用意した弓の位置を確かめた。剣を抜き放ち弓を構える際に違和感を感じることは無さそうだ。

 

「カバンの中よし。」

松明は必要な数ある。食糧は日持ちするクッキーが余分な数詰めてある。エンチャントはされていないが新品のダイヤのツルハシが入っている。ついでにいざという時のために金のリンゴとダイヤブロックがいくつか用意してある。

 

「ロープよし。」

岩盤の下に広がる奈落に垂らされた命綱は頑丈な鉄骨にくくりつけてありこれが外れて落下するような間抜けな目には会うことは無いだろう。

 

「全部よし!」

男は景気づけにポーションをグイッと一杯飲み、深呼吸をして岩盤の下へ少しずつロープで下っていった。

 

岩盤の下は光も届かずとても寒い空間だった。

しかし各地を冒険して身に着けた屈強な体はその程度の寒さに大した影響は感じなかった。

ついでにいうと景気づけに飲んだポーションは『再生能力』を高める効果があり軽い怪我なら直ぐに治るようになる代物だ。

例え下から何匹ものスケルトンに狙撃されても逃げることは確実にできるはずだ。

「せいぜい寒冷地に届くのがやっとだな。」

そうつぶやきながらボチボチ太いロープを降りていく。

 

それまでその考えが『慢心』になるとは思ってもいなかった。

 

「………っ!」

 

全身に引き裂かれるような感覚が走ったのだ。

 

周りには闇が広がるだけで攻撃してくる者はどこにもいない。

 

何が起きているかわからず混乱していく中、鎧も関係なく身体がズタズタになっていく。

 

ポーションの再生能力強化の効果も追いつかない。

 

口の中に血の味が広がる中、反射的にボロボロになった手で何とかロープを登ろうとした。

 

しかしロープを握りなおした途端手首から先が消えた。

 

そして男は悲鳴をあげる事も何もできず残った肉体と共に意識を虚空へ飛ばしていくのであった…

 

 

 

 




多忙なため投稿が遅めなりました。申し訳ございません。

仕事中にも妄想ゲフンゲフン構想は組んでいっているので後は文章にするだけ。
なんろかペースを立て直していくようにします。

そしてご感想ご指摘お待ちしております


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第五話 謎の豚

身体が先切れたのは生まれて始めただった。

そもそも普通そんな体験しないし俺の場合は矢が肉を貫いたり剣が背中を縦断したくらいのものだ。

一番新しい記憶は自分の右手が消し飛んだ光景だった。

それ以降は覚えていないがおそらく脚や頭も消し飛んだだろう。

…ってこれ死んでいるがずだよな。

なんでこうして意識があるんだ。

身体には感覚が戻っていないが。

死にかけた時はこんな状態になったが、ロープで降下していた時周りに人はいない。救出されるはずもないので『死んだ』というのが模範解答だ。

「死んだら意識も感覚も戻らず土に還る。」

というのは聞いたことがあるが意識は一応あり、考えている状態に当てはまらない。しかし生きているというのも説明できない。

一体これはどうゆう状態なんだよ。もしかしてゾンビになっているんじゃ――

 

「ゲッホゲッホうおっえっほっ」

 

いきなり何かを吐き出すような感覚が身体に戻ってきた。喉がイガイガして咳がしばらく止まらなかった。そしてようやく収まったとき周りを見てにハッとする。

どうやら俺は何者かに運ばれたようだ。

真っ赤なリンゴが一つ乗った古いテーブルやなんども踏みつけられた床材などの生活の痕跡がソファーから身体を起こした状態でわかる。

木造の薄暗い室内を見回していると、

 

「おお、やっとおきたんだね。」

 

穏やかな抑揚で横から何かに声をかけられた。

喉を抑えながら声の聞こえた方向へ振り返ってみるとそこにはのボロボロの服にシミだらけの白エプロンを身に着けた人――ではなく顔や身体の肉半分がこそげ落ちた豚の人間、ゾンビピッグマンが立っていた。

 

「っ!」

 

化けものを前にして腰につけた剣を引き抜こうとするが

剣はついていない。

もしかしてと思い反対側につけた弓を構えようとするが

手は空をきる。

どうしようもなく俺はソファーから飛び上がり豚男に向かってファインティングポーズをとった。

だが「まあまあ落ち着いて。」と抑えるように言いこちらを襲う動きを見せない。

それもそうだ。相手は基本襲ってこない中立の生態だ。「すまない。」と言い頭の中でモンスターに対してピリピリし過ぎた自分を叱りつける。このまま殴ったら仲間を呼ばれてタコ殴りにされていただろう。

ため息をつきながら後ろのソファーに座り込む。

「アンタが俺をここに連れてきたのか。」

感傷に浸る自分を頭の片隅に追いやり目の前の相手と対話することにした。

「ああ、そうだよ。家の近くで倒れていたから介抱したんだ。賊に襲われたんだろう?ピリピリするのも仕方ない。」

リンゴの乗ったテーブルの横にある椅子に座り込みそう言った。争う気は無いという気持ちの表しなんだろう。

「そうか、異種族の俺なのにありがたい。……家の近くで倒れていた?賊に襲われた?」

豚の最後の言葉に疑問が走る。

「ん?賊に襲われたんじゃないのか?こんな森奥深くに空っぽのカバン以外装備なしで倒れていたからてっきりそうだと。」

状況が呑み込めず疑問が増した。

―森の奥深く?

―手ぶらで倒れてた?

―賊に襲われた?

―私の家だぁ?

外を見ると夕は既に暮れていて真っ暗だが青い木の葉が確認できた。確かに森だ。だとしたらここは彼の家なんだろう。

嘘はついていないようだが意識を失った時の状況と今の状況が一致しない。

「あ―今とても混乱しているんだが…とりあえず俺の話を聞いてくれ。」

とりあえず俺が村を失い岩盤でバラバラになるまでの経緯を話した。話している間豚は残った顔半分を時折驚いた表情にした。

そして俺がすべて話終わると、

「もしかたら…異世界から来たかもしれないね。」

豚は考え込んだ後サラッとそう言った。

「異世界ってネザーとかジ・エンドか?」

俺は昔赴いた二つの別世界の名を言葉にした。

「いかにも。『ネザー』は向こうでは『インフェルノ』と呼ぶが。『ジ・エンド』は聞いたことがないけどたぶんそちらと違う名前で知っているだろうね。その二つ以外にも異世界はあってそれも専用のゲートから本、空間の歪みに限らず色々なもので行き来できる。君は岩盤の下にある『空間の歪み』にでも引っかかってここにきたんだろう。」

なんだか目の前の豚は顎に手を置きズラズラと仮設を並べていた。

次元が違い過ぎて俺の頭じゃ全部理解できそうにないがとりあえず何かの拍子にここに転送されたということは頭に入った。…いや、なんでバラバラの身体は元に戻ったんだ?ネザーやジ・エンドでの行き来でそんな特典はついてこなかったぞ。持ち物が無くなったのはたぶん意識を失っているうちに賊に盗まれたんだろうが。

謎が謎を呼び更に困惑する。すると

「また何か考えているのかい?知恵が必要ならこれを食べるんだね。」

豚はそういうと横のテーブルにあるリンゴを一つ渡す。

俺はそれを受け取りいつもするように皮をむかず豪快にかぶりついた。シャリッという音と共にさわやかなの香りと甘さが口に広がる。

向こうも同じようにかぶりついている。相手は化けものだがこうして同じ物を食べていると何かと親近感が湧く。食べているリンゴが芯だけになると、

「自己紹介がまだだったね。私はマタル、ドルーク…そっちで言うゾンビピッグマンだ。ポーションをよく作っている。」

そういうとマタルは手を差し出してきた。

「恩人なのにピリピリして悪かった。俺はスティーブ、クラフターだ。種族は人間だ。」

こちらも謝罪も交えて自分の名を口にする。

そしてお互いに手を取り合った。

人間とモンスター、本来敵対する者同士が手を取ったこの瞬間は俺にとってはとても貴重なものであっ―ァアイタタタタ!

「おい!握る力が強い!手が潰れる!」

マタルの思わぬ力に感動の場面がぶち壊された。

「おっと、失礼。アンデットというのは感覚が鈍いもんでな。」

申し訳なさそうに握った手を放した。

「まあ、痛みには慣れている。この程度大したことではない。…そういえば起きてから喉がイガイガするんだが何かしたのか?」

最初に「介抱をした。」と聞いたのでとりあえず聞いてみた。

「そうそう、家の横に生えていた毒キノコを煎じた試作ポーションを飲ませたんだ。効果がある勘が当たって良かったよ。」

と、目をキラキラさせながらそう言った。

「おいコラ人が意識を失っている間に何してくれてんだ。後、勘ってどういうことだ、俺を実験台にでもしたのか。」

とんでもないことをされたことに沸々と怒りが湧き声が低くなる。

「そんなことより君、行くあてはあるのか?外は真っ暗でだし出歩くと賊に襲われるよ?」

えっとマタルと言ったか。「そんなこと」とか言って話を逸らすな。と心で呟きながらも

近くの窓から外を見ると夕暮れはとっくに過ぎ、ガラスに自分の顔が写っている。「命が惜しければグダグダ言うな。」とでも言っているんだろう。

「無い様ならここに住むといい。助手が欲しかったもんでね。あ、今日は疲れているだろうから寝てくれて結構だよ。」

俺の返事を待たずマタルは居候の話を進める。まあ実際命は惜しいしここに住ませてもらうことにしよう。

「ああ、お気遣いありがとう。ついでに以後は変な物飲ませないでいただけるかな。」

そう釘を刺してソファーに潜り込んだ。

 

異世界に飛ばされる。

 

喋るゾンビピッグマンとの遭遇。

 

そしてそんなのと居候。

 

冒険家の時はモンスターのアジトに単独潜入をしたりと現実離れした日常を送ったことをがあるがこれはこれで常識を逸している。

そもそも化けものと同じ屋根の下で暮らすとなると警戒心もでて眠りにつくこともできzzz

 

結局俺は考えているよりずっと疲れが溜まっていたようなのか警戒心も虚しく睡魔に意識を連れて行かれた。

 

そして朝起きた時寝ぼけてマタルにまたファインティングポーズを取ったことは別の話である。

 

―第一の人生は冒険家

 

―第二の人生は村の住人

 

第三の人生は俺の思いも知らぬ異世界の居候から始まるのであった。

 

 

 




おや?なぜ「ネザー」→「インフェルノ」みたいに名称を変えたかと?
いやー人間、モンスターで同じ名前で呼んでいるのは自分としては引っかかるもんで。

ご感想、ご指摘お待ちしております。


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第六話 この世界での朝

部屋にテーブルをコツコツと叩く音が鳴り響く。

俺はマタルの向かい側にテーブルを挟んで座っている。

そして今とても機嫌が悪い。

眉間にシワを寄せ右手にナイフ、左手にフォークを握っている。

食卓にはトースト、きのこと野草のサラダ、健康ドリンクと思しき緑の液体が並んでいる。つい最近まで食べていた保存食に比べれば色彩豊かで豪華なメニューだ。

しかし俺の心は安らぐことは無かった。

原因は目の前の豚人間、マタルである。

「あーこうして謝っているからそのナイフを置いてくれ…」

マタルはヘコヘコとした調子で俺に食事用のナイフを仕舞うように頼む。

「アア。コレハ食事用ダカラ殺シニハ使ワナイ。」

俺は見るからに不自然な喋り方でトーストをザクザクと切りる。

「その喋り方からして殺意を向けられている様にしか感じないよ…」

その言葉を無視して食べやすく切ったトーストをフォークで口に放り込み、バリバリと噛み砕く。目の前の豚を睨みながら。

「そんなに怒っているのかい?」

「ああ」

「本当に?」

「もちろんだ…チッ」

「…大変申し訳ございませんでした。」

マタルは椅子から降り、床に頭と膝をつけた屈むような姿勢、『土下座』をした。

一部の文化ではこれが謝罪の最上級だとか。

そうだな、そこまで謝るなら許して―

「って許せるかァー!」

こっちは騒々しく立ち上がる。後ろでは椅子が倒れてけたたましい音が聞こえる。

 

―そもそもなんでこうなるんだよ!

 

その時はまだ木の葉に露滴る清々しい朝だった。

俺は朝早く起きたが昨夜のことを忘れソファーの横で臨戦態勢を取っていた。が、すぐにマタルの家に泊まっていたことを思い出して警戒を解く。

すると「お、やっと起きたんだね。」と前のように奥の部屋から声をかけられた。俺より早く起きていたと思い驚いたがどうやら奴の死んだ身体に睡眠は必要無らしい。んでもって俺が寝ている間は薬の開発に当て込んでいたとか。

まだ眠く話も適当に聞き流していると奴は「生活リズムをつける一環として朝シャワーを浴びているんだ。君もどうだ?」と言ってきた。俺の知っているシャワーと言うと旅の時に聞いた『一部の王族が使っていた身体の汚れを洗い流す行為』でありとてもリッチなものだ。朝早々そんな贅沢なことができるとは夢にも思っていなかったので思考がうやむやになっている中気前よく『OK』の返事を出した。

だがそれが今の状況に陥る運命の分かれ道だった。

俺はそんなこと知る由もなくマタルに『シャワー』を浴びる部屋へ連れて行かれる。『シャワー』とはとても神聖なものなのかそれをする部屋は俺がこの世界にきて初めて寝たラウンジから直行できるところにはなく渡り廊下を挟み少し離れた小部屋で行うようだ。

小部屋に着くと「お先にどうぞ~」とガチャリと木製のドアを開ける。ドアの先は想像していたほど広くも無く王族特有の豪華絢爛な装飾は無い。石やレンガを主に使った城塞を彷彿させる作りで腕をなんとか広げられる程度の広さだ。ドア近くにはチェストが置かれ、奥の天井にはディスペンサーが取り付けられている。

目を丸くして中を見ていると

「早く入ってくれ。別に覗きはしない。」

と言わた。こちらも

「バカ野郎」

と言い返して中に入る。

「よ~し…どんなものやら…」

閉められた木のドアがバタンと音を立てた。

話によれば『シャワー』は沐浴の一種だとか。衣服も脱ぐ、いわゆる『無防備』になる必要がある。もしかしたらマタルがそれを利用し不意打ちを仕掛けてくるかもしれない。奴はモンスターだ。

俺はそれを警戒してドアの前に着替え用のチェスト置いてバリケードを作った。寝ボケと勢いでこれに付き合ったがあえてまだ会って一日の奴の本心を炙り出す機会に利用しよう。

服を脱いでいるフリをして少し時間を空けてから

「このボタンを押せばいいのか?」

部屋の奥についているボタンについて閉じたドアの向こうに問いかけた。

「うん、その石ボタンで問題ないよ。」

どいやらこのボタンを押すと上のディスペンサーから何かが出てくるらしい。普通だとお湯だろうが罠にはめるとしたら上から矢が降ってくるだろう。ジャングルの寺院でそのタイプの物があった。が奴は薬を作るらしいからそれ相応の劇薬を落としてくるだろう。

「あ、ポチッとな。」

天井のディスペンサーの斜線上からは外れてボタンを押すと…

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「なんで朝いきなり溶岩浴びせるアホがいるんだよ!」

ナイフをマタルの頭にブスリと突き刺す。

「いやだって水は冷たいし痛いじゃん。」

頭の上にナイフが垂直に刺さっているのも気にしない様子で床に膝をついた姿勢のマタルはそう言った。

「溶岩浴びて平気でいるのはネザー出身のお前くらいだよ!」

「なんで矢でもなく劇薬でもなく溶岩なんだよ!明らかに罠じゃねえか!」と追い打ちを食らわすように言い放った。

「罠じゃないよ。最近インフェ…ネザーで流行りの朝シャワーだよ。」

わかりやすいように俺の呼ぶ名称に言い直して奴はそう言った。

「んなこと知るか!人を殺そうとしといて何様だお前!」

と怒鳴りつける。

そのとき身体の半分がズキリと痛む。

マタルを見下すように堂々と立ってはいるが体半分はマグマで火傷を負っている。ずっと立っているとそこが痛みだしてしてくる。

「まぁ…しょうがない。今は朝食を食べるとしよう。」

と言い椅子にドサリと座る。

一つはその火傷で説教しようも続かないこと。もう一つは奴の思考の鈍さで説教も無駄になること。それらもあってとりあえず朝の栄養補給に思考転換することにした。

「あ、ナイフが必要だね。」

ちゃっかり椅子に戻ったマタルが頭に刺さったナイフを抜いて差し出す。持ち手を向けて。

「そもそも上品にそれ使わなくともフォークひとつで食べられる。」

とはぐらかしたものの実際は頭に刺さっていたナイフなんか食事に使いたくないのが本音である。

久しぶりのきちんとした食事であったために大体のものはペロリと食べ終えた。

「なかなかの腕だな。ただこの液体は…」

しかし栄養ドリンクだけは独特の臭みがありお世辞にもおいしいといえないものだったので絶やすには時間がかかった。

「うおっウエェうっゴフッオロロ」

飲みきった瞬間吐き気に襲われたのでとりあえずラウンジの窓から戻す。

「…あ、そういえば昨日の薬入れたんだった。」

マタルがまた思い出したようにそう言った。

「ふざけるな!以後変な物飲ませるなといっただろ!」

「皿を片さなければならないな。外で洗っているから君は休んでいてくれ。あの薬は副作用が強いようだ」

そうして食事を終え俺だけソファーでぐったりしていた。

あーこうなるなら今度から食事は自分で用意しようかなーなんだか実験台にされているようだし。

そうして物思いにふけっていると

 コンコン

玄関からドアをノックする音が聞こえた。応対しようか迷っているとまたノックする音が聞こえてくる。

「おーい、マタル―、俺が出て大丈夫かー?」

マタルは食器を洗っていて手は離せないようだ。ラウンジの外から食器を砂で擦る音が聞こえる。

移居候として今は俺が応対するべきだろう。

「はいはい。ちょっとまっていろ。」

ソファーから上がると再度ノックが聞こえてきたので音の主に声をかける。

ドスドスと今朝覚えた玄関のある場所までの廊下を歩く。火傷は負っているが歩く分には問題ない。そうして玄関にたどり着き

「はいはい待たせたな。」

といってドアを開けると…

「おはようございます。匠不動産です。今日は町の方の店舗の件について参ったので―」

バタン!と俺は反射的にドアを閉め玄関の奥に飛び込む。

ドアを開けた先に居たのはクリーパーだった。

「ま、まさかここにまで…」

あの奇怪なシルエット、緑色の身体、相手に近づき自爆する奴を忘れるはずは無い。

俺は昔拠点から出た瞬間にそいつに襲われたことがある。

そう過去振り返りながら身構えているが…

一向に爆発はこない

今現在の状況がその繰り返しならとっくに玄関は吹き飛んでいるはずだ。

もしかしたらマタル同様奴も中立かもしれない。

そう推測し一応警戒しながらドアを静かにあける。

「今日は町の方の店舗の改装の件について参ったのですが、マタル様をお願いできますか?」

ドアの先には先ほどと同じようにクリーパーが立っている。

「あ―今は手を離せそうにない。また後日来てくれ。」

得体のしれない爆弾魔が居られちゃ困るので適当に追い返すことにした。

「そうですか。ではまた後日伺わせていただきます。」

素直に向こうも下がってくれるようなので内心ホッとした。と思ったがまだ何かあるようで

「そうです、そうです。今町の方でお手軽な中古物件がありまして―」

そう言いだすと前足を器用につかって胴体につけられた皮カバンからチラシを取り出す。

「そちらのご購入につきましても検討いただけたらと存じます。」

チラシには物件の絵とキャッチコピーがデカデカと主張され端っこに『匠不動産』の

住所とおぼしきものが書かれている。

チラシに釘づけになっていると、

「それでは、失礼します。」

と言って出て行った。ドアの窓から再度この家に向き直り律儀にお辞儀するのが見える。

とりあえずラウンジに戻りソファーで渡されたチラシを眺める。

「湖上の物件…立地はともかく防衛にはなかなか…」

この世界には前の世界と同様に衣食住をともない集団で暮らす文明があるようだ。もっとも人間ではなくモンスター達がそうしているが。あのクリーパーが言った『町』というのはおそらくその文明が築いた物の一つ、向こうの世界で言う村などであるだろう。

モンスターであるが高い知能を持ち合わせているということを実感して関心した。あくまで推測だが。実際に目にして見ないとわからんからな。

「あれ?そのチラシどこで拾ったんだ?」

皿洗いを済ましたマタルがラウンジにやってきて尋ねる。

「クリーパーが数分前にやってきたんだ。あんたに用があったらしいが忙しそうだから追い返しといた。」

といあえず「おっかないから」とは言わずにそう伝えた。

この後マタルが「こんな森深くまで来てくれたのに悪いことしたな…」と申し訳なさそうにつぶやいていたが俺としては『中古物件』の情報が手に入ったので結果オーライだ。

 

―どんな手段でもいいからこの毎朝溶岩薬漬け腐豚生活からは抜け出して

 セーフハウスで1人ゆっくりする生活に登りつめてやる。

 

ソファーの上でこの世界で最初の目標を決めるのであった。

 

 

 

 

 

 




「駆け足」との声がありましたのでストーリーがゆっくり進むようにしました。
いかがでしょうか。
ストーリーの進み具合をエンドラ討伐までの道のりで例えるとまだ序盤で石ツールが完成したくらいなんですよね…
気付いていないうちに駆け足になっているかもしれませんがご意見いただけたらうれしいです。
並びにご感想もお待ちしております。


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第七話 荷車を走らせて

広大に広がる白樺の森の中、俺達は大八車を走らせている。

通っているのは石も敷かれず土が顔を出しているだけのガタガタ道。普通はこういった荷車を走らせるのはよろしいとは言えないものだ。

「あの薬ほんと効果が強いねぇ。家に帰ったら詳しく調べてみようかな。」

「朝のドリンクに混入させたあれか…それで火傷がすぐ治ったからってこうも使いまわすことないだろ…」

「君の場合、姿は人間でも身体の丈夫さはアンデット並みのようだからこれしきのことではへばらないだろう?」

「丈夫であることは自負しているが家畜のように扱われると流石に身体にガタがくるぞ!」

マタルが荷台から闘牛の角のように伸びる持ち手を楽々と引っ張り、俺は荷台の後ろからつんのめるように押している。片方の車輪が石の上を乗りあげるとガタンと台車が鈍い音を立てて荷台の大量の荷物と共に揺れた。

「あーちょっと荷物欲張っちゃったなー。町の大工さんに頼んで改良加えてもらおうかなー。」

「ハァ…大工は俺で十分だ。…それより荷物を減らせよ、荷物を。」

荷物というのは砂の入った麻袋。略して砂袋。

マタルの家がある森の中を少し歩くと砂漠がある。その砂漠から俺達は砂をかき集めて家へ引き返し今度は数キロ離れたところにある町へ運ぶのだ。そしてこの砂を専門の業者に頼んで薬を詰めるガラス瓶に加工してもらうそうだ。いつもは今の半分の量運ぶらしいが今回俺が加わっていることでかさまししたとか。

「この荷物の量…横からみたら家ひとつ動かしているみたいだぞ。」

「大八車も悲鳴をあげているなぁ。」

『家ひとつ』は大げさだが荷台には欲に欲を張ってピラミッド状に積み上げた砂袋が許容量を超えて乗っていた。マタルはアンデット、俺は鍛え上げられた身体、荷物を動かすには申し分無い力があるが何しろ枝にぶつかったりその衝撃で荷車の横から落ちたりとで別の方面から難題を突き付けられている。

…と考えているよこからまたドサリと砂袋が落ちた。

「おーいマタル、また落ちたぞー。」

俺の声を聞いて引き手のマタルが荷車を止める。

「これで十回目だね…よし!積み上げよう!」

「意地でも積み上げるかこの貪欲な豚野郎。」

「何言っているんだ、私たちの間ではこれが普通だよ。」

奴はそんなに薬の瓶が欲しいのか捨てずに拾うことを進める。瓶は薬をつめて研究に使ったり売り出したりするらしい。奴にしてみればいいこと放題だ。売って金が入るなら居候の俺にも関係ない話ではないが…

(どこぞの宗教の7つの大罪では豚が貪欲に関連していたな…。あれ本当だったのかよ。でも暴食を意味する貪欲だったような…)

五回目以降から捨てるということを進めているが奴はあきらめようとしていない。見越した根性だかなんなのか…

そう思いながらため息をつきこぼれ落ちた足元の砂袋に手を伸ばす。

「よっこらせ。」

と持ち上げた瞬間、袋が縫い目から破れた。中身の砂が水のように地面に流れていく。

あわてて袋を地面に置いたが中には半分しか砂は残っていなかった。

「これは…捨てるだろ。」

「いやいや、地面の奴を袋にすくい入れるよ。」

「ええぇ…」

「勿体ないじゃん。」

「モッタイナイはいい言葉だが…」

そうぼやきながら地面の砂を手で袋へ移す。

本当ならスコップを使いたいがあいにく持ち合わせていない。

俺のカバンはと言うと中にスコップの代わりに荷車に乗っている分くらいの砂袋が押し込められている。大容量とはいえスコップ等の道具をいれるスペースは余っていないのだ。

余っていても必要ないと思って持ってこなかっただろうな…

スコップはあきらめて二人で地道に手で砂を集める事にした。

「あー爪に砂が入った。これなかなか落ちないんだよな…」

「砂が溜まるところがあるだけいい方だよ。こっちは最近掌に空けた穴から砂がこぼれていってしまってねぇ…」

「サラッととんでもないこといったなお前。」

お互い四苦八苦しながらも二人がかりでやっているのでそう時間を取られそうになさそうだ。そう思いながら汚れた手をスコップの代わりにして砂を持ち上げた。

すると親指と人差し指の間から何かがこぼれた。

落ちていくものは緑色に見えた。

下に目をむけるとさっきと同じ緑色をしたコインが砂の山に転がっていたのが映った。

すぐさま手の砂を袋の中に落としコインの様なものを手に取る。白樺の葉と葉の間を縫って入る日差しがそれを淡い緑色に輝かせた。

材質は銀でも胴でもなくエメラルド。コインの表面には壁とおぼしき建築物のエンブレムが刻まれている。

「いきなり手を止めてどうしたんだい?」

マタルが砂を集める作業を止めずに声をかけた。

「なんか宝石のコインような物を拾ったんだが…」

向こうの世界にもエメラルドは通貨として存在したがこんなものに加工する技術は無い。文化が発展したところでは代わりに銅や銀などの金属が今手に持つ物のようにエンブレムが掘られていた。宝石でそれを成すのは相当な職人歴を持つ者でもできるかどうかだ。

きっと物凄い価値のある芸術品に違いない。

「懐かしいもの見つけたねぇ。町に黒曜石防壁が出来た時の記念コインだよ。うちにも一枚あるよ。」

さほど珍しいものではないようだ。期待を裏切られ肩を落とす。

「なんだお前も持っているのか。ダイヤ並みの希少品を手に入れたとでも思ってぬか喜びにしていたぞ。」

「一応ここで使える通貨だよ?あ、通貨ってわかるかな?」

「俺と何だと思っているんだ。通貨ってことは多少は価値があるんだよな?」

「あるよ。リンゴ3個買えるよ。」

「結局大した価値ねぇじゃねぇか!」

―とりあえず町でリンゴ3つに変えてもらうことにしよう。

価値が無いと知るとすぐその考えが頭の中ををよぎっていった。

「ほら、砂詰めて早く出発するよ。」

「…はいはい。」

エンチャントでハズレを引いた時に似た沈んだ気分になったがリンゴ3つを手に入れることを原動力に砂袋の運搬を再開することにした。

生活のためとはいえ面倒な事は面倒なままだ…

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

砂を回収した後にはまた3回砂袋が落ちた。

そのたびに足を止め、荷物を荷台に放り込みまた動きだす。

森の終わりも近いのか荷物を無理矢理引き下ろす枝は少なくなってきた。また心なしか風もよくきて暑さも和らぐ。

俺は後ろで荷車を押しているので前方の景色は砂袋の山に遮られて見えない。

だが今まで木に遮られていた日差しがふりそそいで来たことで森を抜けたというのがすぐわかった。

白樺の森を抜けたところにはなだらかな緑の平原が広がっていた。少し前までは近く建物があるようなところにとどまっていた。だけどこうして何もない場所に飛び出すのは冒険家の時はよくやっていた。

そうもあってここに来るのは初めてだがなんとなく懐かしさを感じる。

と昔の記憶に浸かっているうちに森とは違い整備された道に入って行った。

石が敷かれた平坦な道なので運搬に関わる身体の負担も少なくなった。といってもいつまた砂袋が落ちるかわからないので気持ちはあまり安らがない。

そのため身体は荷車を押していながらも視線だけは荷物に向けていた。

荷物の山の頂上には白い雲が浮かんだ青い空が広がっている。天井が無いあれを見るといつも大気の向こうに吸い込まれていくような気分になる。

 

現実にはお構いなしに優雅に飛び回る鳥はそうならないんだろうか?

俺達は空には飛び出さず地面に這いつくばるように生きている。

鳥達は俺達のことをどう思っているだろうか?

 

作業の苦しさを紛らわすように物思いに耽っていると、

「ほーら、お待ちかねの町が見えてきたよ。」

と前の方から引き手の声が聞こえた。

荷車の脇から前方の景色を望んでみると丘の向こうに黒い壁らしき建築物がうっすら見えた。コインに掘られていたのに似ている。

『町』の周りに建てられた防壁だろう。俺が村に建築した奴より丈夫そうだ。あれがあるならそう簡単に町も落とされないはず。

 

やれやれ…やっと一休みできそうだ。

 

まだ町まで数百mあるが終わりが見えたとあって俺は一息つくのであった。




なんでスティーブは嫌々仕事をしているかって?
A 何が起きるかわからない世界で野宿をするにはリスクが大きいのでこうして居候の身になり衣食住を確保しているのです。現在スティーブはツルハシや剣などの道具は確保できていないですしね。


岩盤降下前くらいの装備があったら周りに構わず豆腐なり祭壇なり作っているでしょ
う。

ご感想、ご指摘お待ちしております。

2014 9/4 修正


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第八話 町に到着

UAが1000越えましたね。桁が変わるとこうも雰囲気がかわるのか…
お気に入りも1000めざしたいですね。 コラそこ無理とか言わない。


「おお、間近に見るとデカい壁だな。」

町が近くなると目の前の荷物の山も小さく見える程巨大な黒曜石の壁がはっきりと見えてきた。壁の上には大砲やら見張り兵らしきものがポツリポツリと目に留まる。

「何せ町の最終防衛ラインだからね。高さは30m幅は10m、これくらい無いと盾にならないよ。」

「『最終防衛ライン』って……まさかこれ以外にもデカい壁があるのか?」

「もちろん。町を中心に数十㎞先にもあれと同じ構造の『第二防衛ライン』が、そしてその先には仮設だけど『第三防衛ライン』、上空にはバリアが張ってあるんだ。」

「バリア…ハリアー…なんだそれ?」

「『魔法で形成された見えない壁』って言えば分かるかな?。」

「思い出した…旅の時それっぽいの見たことがある。」

「そっちの世界も色々あるんだねぇ。」

たしかバリアと言ったらガラスの様に透明で岩盤の様に壊れない物体だ。「見えない壁」というワードで思い出した。まさか魔法で作られていたとは知らなかったが。

「バリアとか防壁が町を囲むように何層も展開されているんだ。」

「空から見ると年輪みたいになっているのか?」

「そういうこと。」

「……随分と手間がかかっているな。」

話から察するに

資材、時間、人員

それらが膨大な数必要なはず。

建築を知る者だと余計に強く感じられることだ。

俺はそう思いめぐらせていた。

そんな中一つの疑問が浮かぶ。

「それにしても無駄にデカい壁だな…お前ら何かと戦っているのか?」

「そりゃ化けものだよ。」

なぜここまで堅固な防壁をつくったのかについてだ。

「お前が言うか…俺のところだとここまで厳重にはしないぞ。相手はゾンビくらいだからな。」

「ゾンビとは友好関係だよ。戦うとしたら…レッドドラゴンだね。」

「………レッドドラゴンってなんだよ。んなもん知らないぞ。」

名前を聞いてエンダードラゴンだ真っ先に思い浮かんだが奴がいるのはジ・エンドだけだ。マタルのような化け物種族すらあのデカい壁の中に籠らせるような生物だとしたら相当な力の持ち主だと検討がつく。

「そういえば君はアレのこと知らなかったね。アレはかなり昔…壁ができる前からここにいてねぇ…たしか姿は神話に出てくる竜そっくり。硬い赤鱗に鋭い爪、おまけに飛行能力をもつ厄介な生物だよ。」

「それくらいなら物量で押し切れそうだが?」

「それが向こうの驚異的な繁殖力でこっちが物量に押し切られているんだよ…」

「お前らの世界でも色々あるんだな…」

どうやらこの世界では『レッドドラゴン』という生物がうじゃうじゃいるらしくマタルらモンスターは壁を築いて難を逃れているらしい。なんとも面倒な世界に落ちたもんだ…

「って向こうの世界と対して変わらないな。」

「??まさかそっちの世界でも赤竜が…」

「いやそうじゃなくて…」

前の世界でも人間がゾンビから逃れるよう防壁を築く。獲物にならないよう巣に籠るような関係が似ているという話をした。マタルもそれに納得したようだ。

「なにがともあれ気にすることは無いな。」

「ハハハ、気楽なものだね。」

「お前に言われたくないな。」

「ほら、そんな話しているうちに町の門は目と鼻の先だよ。はぐれないようにね。」

「話を逸らすな。」

町の門には沢山の人…というより人外がごった返していた。

帽子を被ったゾンビ、尖り耳の人間、地面を揺るがす鉄人形

それらが俺達同様に荷車を引いていれば武器と思わしき物を腰に差している者もいる。道中それらとすれ違ったりしたがこれだけいると少し落ち着きを失う。

警戒心をピリピリ尖らせながらトンネルに近い門を通り抜けていく。天井は高めなので荷物がつっかえることは無さそうだ。

「出たところを右に曲がるからね。」

「おう、わかった。」

短いトンネルを抜けた先には予想に反してごく普通の町があった。村でも見たような樫の木の家に石畳が敷かれた丈夫な道、人間ではなくモンスターだがごく普通に日常を過ごしている。

道幅は荷車が通るのを見越してか広くなっている。森と違い楽々と走らせることができた。

それどころか「あら、マタルさんこんにちは。」と声をかけてくる奴もいる。どうやらマタルはここでは顔見知りらしい。まあ俺はそうではないから珍しい物を見るかのような視線を向けられたが。

「こらこらスティーブ君、顔が強張っているよ。スマイルスマイル。」

「……こいつら襲って来たりしないよな。」

「いい加減この環境になじまないかね。」

「無理だ。」

「あはは…、まあそのうち慣れるだろうね。」

「そこらへんに武器屋とかないのか?」

「私達がいくのはガラス瓶の業者さんのところだよ。武器屋じゃない。それに君に武器なんか持たせたらろくなことになりそうにないし。」

「…チッ、己の肉体に頼るのみか。」

「だから、心の壁を下げるんだと何回言えば…」

「下げたら下げたで面倒だ。上げていた方がマシだ。」

「やれやれ…」

先を進むと辺りには工房と思しき建物がちらほら見えてきた。

建物の奥ではゴーレムや防火エプロンをつけたゾンビがせっせと何かしているのが確認できる。

ゾンビとゴーレムの共同作業は村の襲撃の時を思うと変な印象を受けるな。

なんていうか何でもアリのおとぎ話の世界に入り込んでしまったような感じ。

まあ「ここでは今までの常識が通じないだろうから」と考えて思考停止することにしよう。

「あ、どうもこんにちはー、今回もお願いしますー。」

前からマタルの陽気な声が聞こえてきた。誰かにあいさつしているのだろう。

(思考を休ませす時間すら与えてくれないのか…やれやれ。)

ボケッとしている間に「ガラス瓶の業者さん」のところについたようで辺りを見回すと町の景色は一遍して工房の無骨な風景が広がっている。

たぶんここにもおっそろしいゲテモノがいるに違いない。

やたらに筋肉質なゾンビとかやたらに背の高いエンダーマンとか。

「おお、マタルさんか。今回は結構な量持ってきましたな。」

「これを持ってくるのは大変だんたんだよねぇ。ああ、腕が痛い。」

「あなたの身体にそれは無いでしょう。ハッハッハ!」

「そうだね。まったくだよ!」

また前の方からマタルではない別の低い声が聞こえてきた。なんていうか大鍋の底を叩いたようなゴツイ声。俺の記憶だとこういう奴って怪力自慢が多いんだよな…

とりあえず荷車の横から声の主の姿をこっそり確認してみる。

もしモンスターだったら俺の胃袋が崩壊していたに違いない。

だが予想に反して向こうにいたのは村でも見かける大柄なゴーレムだった。

「あ、そうだそうだ。荷物はまだあるんだった。スティーブ君きてくれ。」

マタルの呼ぶ声が聞こえてきた。もうこれでこの場から逃れることはできなくなったがこの先にいるのはゴーレムだ。中立な存在だ。特に嫌悪することも無い。

そんなわけで何食わぬ顔をして前に出る。

「おや?マタルさんに家族はいましたっけ?」

「家族じゃない。コイツに捕まっているだけだ。」

「マタルさん…あんた…」

「誤解だよ!誤解!」

「ハッハッハッ!わかってますよ。」

「そうは言ってもコイツは貪欲な奴でな…荷物はまだこれだけあるんだ。」

俺はそう言うと馴染みのカバンの口を開けたままひっくり返し中の砂袋を辺りに散乱させた。

目の前のゴーレムに至っては動きを固まらせている。

「不思議なカバンですなぁ……マタルさん、この量だと追加料金いただきますよ。」

「…大量に持ってきたのが仇になってしまったようだね…後で持ってくるよ。」

「今出してください。」

「わかりました…。」

マタルは渋々注文書と共にコインを何枚かゴーレムに手渡した。この様子だと余計な出費が出たようだ。

「それじゃあ、後日、店の方に注文したガラス瓶送りますんで。」

「うん、いつもの奴でお願いね。」

そういうとマタルは荷車を引っ張っていった。車輪がギシギシと音を立てていく。俺も方向転換しやすいように後ろから押していく。

「次はどこに行くんだ?」

「造った薬を売る店だね。森の家は基本的には色々実験するところでね。」

「別荘みたいな物持っているんだな…。」

「そんな贅沢なのではないよ。」

マタルが謙虚に返事を返す一方、後ろではゴーレム達が手慣れた手つきで砂袋を運んでいるところだった。

まあゴーレムなら運ぶのに時間はかからないだろう。

(俺はとりあえず…武器でも買って傭兵産業に手を出すか。)

―あ、リンゴを買うこと忘れていた。

そうして今後の目標を決め、俺は荷車を押すのであった。




少しの間はスティーブにはマタルの奴隷になってもらいましょう。
解放されたら…一狩り行かせましょうか…。

ご意見、ご感想、ご指摘お待ちしております。


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第九話 レッドストーン自動車

「うーむ…悩むもんだな。」

「君しかわかる人がいないから早く決めておくれ。」

「わかった、わかった。」

俺達は現在ジャンク屋に赴いている。

なんでそんなところにいるかって?そりゃ荷車の修理のためだよ。

業者に届ける荷の許容量が超えていたのが一つの原因だな。車輪の根本あたりにガタがでてきていた。

このままじゃいずれ壊れるからそうなる前に修理を改良もかねてしようと思い今に至るわけだ。

「このピストンを二つ買うぞ。」

「なんでそんなものを?どう考えても荷車には使わない部品に見えるけど…」

「これをサスペンションとして車輪の付け根辺りに仕込むんだ。」

「??崖で自白する類の物語…」

「違げえよ、衝撃を和らげる装置だ。」

「クッションみたいな?」

「ある意味そうだな…」

向こうの世界には『車』なるものがあったがこっちにはまだそれが無いようだ。まあ蒸気機関を使用した奴だったから色々と面倒であったがあれはあれで便利だった。ここにはそこまで文明が発達していないのだとしたらこの先原始的な生活が待っているだろうな。

そう考えると気が滅入ってくる。

(…いやまてよ、無いのなら作ればいいな…)

周りが聞くと変な顔をされるようなことを俺は思いついた。

「店員、これとそれとあれをくれ。」

「レッドストーン、トロッコ、ピストンですね。」

とりあえず頭に浮かんだものをエプロンをつけたゾンビに言いつけた。向こうは特になにも問いただすことなく淡々と注文に答える。

「それぞれ6点ずつな後は―」

「ちょっと待ってくれスティーブ君、修理にしては材料におかしな点があるようだが…」

「なあに、少し手を加えるだけだ。」

そう俺は伝えると更に雑多な物をいくらか買い付けた。もちろん金はマタルが出す。注文する品が増えるごとに奴の顔が歪んでいったのは言うまでもない。

「ありがとうございましたー。」

品物を受け取り俺達は店を後にした。無論、荷物はいつものバッグに入れたのでかさばることは無い。

「くうぅ…、財布がーお金がー」

「意外とレッドストーン関連の商品は安いな。考えている程の出費にはならなかったな。」

「何をいっているんだよ!それ以外の品で出費がでているよ!」

「元々お前があの量の荷物を詰め込まなければこうならなかった。」

「うう…返す言葉が無いよ」

俺が念を押すように言うと奴は嫌味は言ってこなかった。

言われても面倒なのでこちらとしては問題ないことだ。

そんなわけで俺は帰り道は奴と反対にのんびり気ままに過ごした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

店に戻ると俺はさっそく裏で作業に取り掛かった。その作業というのはもちろん車の作成だ。荷車を元に戻そうなんて思う気持ちはどこにもない。

作業に当たってマタルは邪魔だったので店内に適当に追い返した。

知識がろくにない奴はただの置物だしな。

向こうも「売りに出す薬がなんたらかんたら」でやることがあったらしく引き下がって行った。

「おーし、まずは荷車を解体してっと。」

俺はマタルから借りたノコギリやバール等の工具で荷車から車輪、荷台などを引きはがす。工具はろくに手入れされていなくて錆びついていたりとひどい有様で使いにくい品だった。

だが職人は道具を選ばない。質の悪さに愚痴を叩いても仕方がないので俺はそのまま手元のノコギリをなんとか使いこなしていった。

「あー、この作業は久しぶりだなー」

そうしてしばらく使わなかった日曜大工の技術で時間はかかりながらも荷車を車輪も荷台も無い骨の状態にした。俗にいうフレームってやつにしたか。

辺りに部品が散らばって店の裏はひどい有様になっているが俺は気にしない。

「解体したらジャンクの登場だ。」

カバンから買ってきた鉄やピストンなどを取り出し木製のフレームに組み込んでいく。大体は大荷物に耐えられるようにするための部品だ。

また壊れたりしたら面倒だしな。補強だよ、補強

近所に作業の音を響くたびに木製フレームは金属パーツで補強され鎧を身に着けたような状態へなっていく。これでそう簡単には壊れたりしないだろう。

しばらくしないうちにフレームの補強が終わると今度は車輪を四つフレームに着ける。前部と後部に一対ずつだ。ハンマーやスパナを駆使してなんとか取り付けた。車輪を取り付ける作業は1人だと難しかったので途中マタルの手も借りた。最初に邪魔だといって悪かったな。

人数が増えると多少は作業がはかどりあっという間にフレームには車輪が取り付けられ姿も車に近くなってきた。

マタルには「なんだよこれ」といわれたが夢やら希望やら言ってはぐらかした。やっぱり邪魔だなこいつ。

「しっかし、知らない間に時間が経っているもんだな…」

この作業が終わると日も沈むころになってきたがここからが本番だ。地面にドサリと座り、町に少しずつともる明かりを頼りにエンジンをつくる。材料は主にピストンなどレッドストーン関連の部品だ。こればかしは作ったことは無いが前の世界で読んだ本で設計図を見たことがある。曖昧であるものの記憶を頼りにレッドストーンの回路を組み上げこことにした。

「……間違えたな」

途中手順を間違えたりしてまた最初から振出に戻った。だがめげずにまた作業を進める。

「………」

神経をとがらせながら手元の回路をいじっているうちに時間帯は完全に日は沈み夜になっていた。手元がさっきとくらべると暗い。

「……あーーーちょっと休もう」

作業が進むにつれ身体が少し痛くなったので少し休憩と手を止めた。腕を上にうんと上げると関節からバキバキ音が出た。そのとき俺の横にパンときのこシチューが盆に乗せられ置いてあっるのが目に入った。俺が作業している間にマタルが置いて行ったのだろう。シチューからは既に湯気が消えている。

「作業中とはいえ奴の接近に気付けなかったか…俺もまだまだだな」

エンジン作成に夢中になり警戒心を消していた自分に嫌気が差しながらもパンを噛みちぎり手早くシチューで喉へ流し込んだ。シチューは冷めていてあまりおいしいとは言えないが程よい塩の味ときのこの香りが合って残すことはなかった。パンは保存用ではなさそうでふわふわしたスポンジ生地みたいなやつだった。これはこれで新感覚だな。そう考えながら食べる手を進める。すると辺りからはガヤガヤと昼間のように色々な声が聞こえてきた。空を見上げると月も高いところにあり真夜中であることが察しられる。

どうしてこの時間帯にも喧騒があるのか疑問に思った。がそれもすぐに察しがついた。ゾンビとかスケルトンに当たる化けものが出歩いているんだろう。あいつら夜に行動しているからな。

そう結論づけると興味本位で見物するのは止してエンジン作成の作業に戻ることにした。化けものを近くでみるのは今でも心臓に悪いからな。……………………

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「完成したぞー!」

「もう朝だよ。」

寝ることも無く一夜つづけて手を加えられた荷車はかねて自動車へと改造されていた。鶏の鳴き声が鳴り響く中、朝日が馬のついていない箱馬車のようなものを映し出す。荷車の面影はほとんど無く、車輪は四つついており荷車の荷台にあたるところには前方にレバーが並んだ座席とエンジンがは入った箱が見受けられる。木を主に使った必要最低限のつくりになっておりデザインに飾り気は無い。

「どうだ!レッドストーン動力式の自動車だ!すごいだろ!」

「少し休んだらどうだい?どうみてもそれ馬が引くものだよ。さっきから君のテンションがおかしくなっているし。」

「馬が引く物ではないからな!この車自体が自立して動くからな!」

「だから少し落ち着きたまえ…」

冷静な態度のマタルに対してスティーブは夜を通して作業したためか思考がおかしくなっている。

心配するマタルを他所にスティーブは自分のペースを押し進める。

「信じられないならこいつに乗ってみるんだな!馬にも引けを取らないぞ!」

「わかった、わかったから静かにしようか。」

対照的なテンションの二人が朝の市街の中で謎の車に乗り込む。座席には子供のように意気揚揚としているおっさんと物静かな態度の豚男が座っている。近所の人が騒ぎを聞きつけ集まってきていた。

「それでは発進だ!」

「…爆発しないよね?」

マタルの心配を押しのけスティーブが足元に備え付けられたスイッチを押した。

カチっと無機質な音が鳴った瞬間、車の後部からはピストンが作動する音がけたたましく鳴り響いた。エンジンは震えだし、振動が座席まで伝わってくる。

そして辺りの野次馬のざわめきと共に車が少しずつ前進した。

「「「「おおー!」」」」

野次馬は一斉に声を上げた。

「テスト成功だ!文明の開化だぞ!」

「…これって前は荷車だったんだよね…」

座席ではマタルが冷静さを失いあっけを取られた表情をしている。

「野次馬ー!避けろー!避けなかったら撥ねるぞ!」

マタルに気にせずスティーブは運転席からそう叫ぶと手元のレバーを操作して店の裏から昨日荷車を走らせた車道へと車を進ませた。車道につながる出口にいたゾンビやスケルトンの野次馬が一斉に道を開ける。

「出発だあああ!」

車は暴れる牛のように颯爽と間を通り抜けて行った。

車が飛び出した車道付近は時間帯の関係もあって人は少ない。車が暴走して大勢の人が撥ねられる大事故にはなることは無い様子だった。

それを見た運転手のスティーブはいくつかあるレバーを操作して車のスピードを上げた。

「…スティーブ君!なんだねこれは!?ユニコーンの馬車並みのスピードがでているよ!」

「文明の産物!自動車だ!試作品だからまだまだ手を加えるぞ!」

「これは便利だね!他にもパーツを買ってこようか!」

「なんだぁ!昨日は渋っていたじゃねえか!」

「昨日は昨日!今は今だよ!」

「「ハッハッハ!」」

気分を高揚とさせた二人を乗せて不思議な乗り物が朝の市街地を駆け抜ける。

車が通った後の家の窓からは誰もが頭を出し、目を丸くしてその姿を見据えていたのであった…






エンジンの仕組みは割愛させてください…

ご感想、ご指摘おまちしております。


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第十話 車は暴走しました。

「どうもォ!ゴーレムガラスですゥ!注文の品を届けに来ましたァ!」

太陽が空の頂点に差し掛かる中、町の薬屋の裏でゴツイ声が鳴り響いた。

声の主は昨日マタルがガラス瓶を注文した工房のゴーレムである。

「どうもォー!ゴーレムガラスでさァ!」

裏口の前で改めて呼びかけた。しかし辺りには近所から世間話が聞こえるだけ。家主の返事は帰ってこない。

「マタルさん!留守ですかァ!留守なら留守と言ってくださいィ!」

荷物を入れやすい様に大きめに作られた戸口をバンバンと叩き一旦手を止め返事を待つ。だがいつまでたっても沈黙は続く。

「まさかァ…またですかァ!マタルさん!」

注文の品を工房から直送するためにゴーレムは月に一度の頻度でここに立ち寄っている。それもあって大体の滞在時間は把握できており彼自身それに当たるように赴くようにしていた。しかし以前それでも返事がないことがあった。たしか薬の作成に夢中になっていたとかで。

「入りますよォ!マタルさん!」

ゴーレムはドアを強引に押し開けた。横からは開け放ったドアが壁に当たり大きな音を上げたのが察しられた。力加減を間違えて強く開けてしまったようだ。マタルのようなアンデット同様ゴーレムもこの手の力加減には尊い。こうして思いっきりドアを開けてしまうこともままある。この場合は薬の作成中でも音に気付いて家主がやってくるはず。…なのだがそれは一向にない。

「なんだァ…留守かァ…珍しいなァ。」

「まてまてまてぇい!」

外の方から玄関のゴーレムに怒鳴りつける声が聞こえてきた。大柄な体を揺らして振り返ってみると依然は見かけなかった住人、スティーブが目に入った。向こうは警戒心を滲み出さんばかりにとがらせている。

「裏口のドア思いっきり開けて…強盗だなお前!今うちは貧乏なんだぞ!」

ゴーレムに面識が無いスティーブは彼を強盗と勘違いした。

「違いますよォ、注文の品の配達ですよォ」

もちろんゴーレムにはそんな目的も無いので配達員だと弁解する。

「んなこといって油断させる気だろう!人形にしては頭が回るな!」

「ちょっと待ってくださいよォ。裏口の横にガラス瓶を乗せた荷車があるじゃないですかァ」

「だまれぇ!抵抗しないなら床に伏せろ!」

だがスティーブはゴーレムの弁解は一切聞かず臨戦態勢を取ろうともする。敵とみなした待遇は更にヒートアップしていく。だがそのとき

「いやーどうもどうも、家の居候が失礼しました」

奥の方からマタルが呑気な様子で仲介に入ってきた。

「…おいマタル、強盗の前で何をしているんだ」

「いやいや、この方はこの前の工房の職員だよ」

「あ?…まさかー」

「毎度配達に携わっていますゥ」

「んなわけ―」

「外を見れば荷物があるはずだよ」

「………な」

気まずそうにスティーブは戸口の横に目を向ける。たしかにそこには木箱を乗せた荷車があった。木箱には割れ物を示す瓶のマークがおしてありここに住んで間もないスティーブでも中身がガラスの瓶であることが察しられた。

「…あーすまなかった」

「わかってくれればいいんですよォ」

「よかったよかった、これで丸く収まった」

「いや、まだだ」

ゴーレムの疑いは晴れたとしてまだスティーブには気になることがあった。

「お前業者の応対もせずに何をしていた」

「あーいやー、警官隊だと思って」

マタルはゴーレムのことを『警官隊』だとおもって居留守をしようとしたらしい。だが買い物から帰ってきたスティーブと注文の品を届けに来たゴーレムとの衝突を聞いて今に至るとか

「ああ…あいつらか…」

スティーブは『警官隊』の名前を聞いて青ざめた表情をしている。

「あなたたちィ!?何かしたんですかァ!?」

『警官隊』とは一言で説明すると『町の治安を守る組織』のことである。それに関して今のような反応を示したとすれば『敵視している』、つまり犯罪を犯した、または犯そうと考えているのが基本になってくるだろう。

だがゴーレムは付き合いの長いマタルにその例が当てはまるのかどうか疑問に感じた。

「何をしたって言えば…ただ単に『車』のテストをしただけだが」

「その『車』が問題だったんだよね…」

「なんだァ…てっきり何か盗んだのかとォ」

「なんか変な誤解をしているようだな…」

「これから詳しいことを話すよ。木にぶつかった気分で聞いてくれ」

「自分なら木は薙ぎ倒しますがァ…」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

《今日の朝、俺達は荷車を改造して作った自動車の動作テストをしていた。》

《ジドウシャって…今町で噂になっているアレですかァ?気になりますねェ》

《ああ、公道でそれを走らせたんだが…》

《走らしたんだけどねぇ…》

 

「ヒャッハー!動作は良好!速度は最高!」

「うわわわわぁ―そろそろ止まろうよ!この先はカーブだし!」

「な…!カーブ!?先に言え!」

 

《カーブってことは早く止まらないとォ》

《木端微塵になるんだよな》

《そうなっていないということはァ、無事止まったんですよねェ》

《いやー無事には止まらなかった…実はな…》

 

「ブレーキが掛からねえぞ!」

「止まらないのかい!」

「そういうことになるぞ!…このままだと建物に突っ込む!」

「ぎゃああああ!建物の修理費があああああ!」

「命を先に考えろよ。」

 

《ブレーキの動作不良が起きてな》

《いやーあの時は走馬灯が流れた》

《屍がそれを言うな》

《結局そのあとどうしたんですかァ?》

《どうしたと言うとね…》

 

「くそっ!とりあえず飛び降りるぞ!命が大事だ!」

「いいや!お金だね!何としてもコレを止めるんだ!」

「命だ!」

「金だよ!」

「命だぁぁぁ!」

「金だよょょ!」

 

《…口喧嘩になったんですかァ…》

《まあ、な》

《恥ずかしい限りだよ》

《このあとどう収拾がついたんですかァ?》

《あー、それがなぁ…》

 

「バカ野郎!もうカーブは目の前だぞ!」

「なああ!何とかしてくれぇぇ!」

 

      ガシャン!  

 

……

………

「目標の停止を確認!B班は交通整備の方に加勢に出ろ!」

「「「「「「了解!」」」」」」

「え?」

「あ…」

 

《警備隊っていうかゴーレム達が束になって止めてきたんだよな…》

《背中に刻まれていた青い狼のエンブレムは忘れないよ…》

《え…止められてェ「ヤッター」ではないんですかァ?》

《止められた後が問題なんだよ。なんか上官みたいな奴が…》

 

「君たち、怪我はないか?」

「ああ、どこにも」

「元々丈夫な身体なので」

「では『公道での速度違反』および『未許可の車両の使用』の関係で署まで同行を願おう。」

「…どういうことなんだ?マタル?」

「分かりやすく言うとタイーホだよ。逮捕」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「捕まったんですねェ…」

ゴーレムが同情のまなざしでそう答えた

「そういうことだ。この後は署とやらで『免許』やら『許可』やらなんやらくどくど聞かされてな…」

「スティーブくんの件もあって大体のこと見逃されたんだけど…」

「『反則金』とか色々言いつけられてお金をぶんどられた」

「おかげで貧乏になりました」

「ついでに『整備命令』で15日以内に車を指定した水準とやらに直して提出しないとだしな」

どうやらスティーブが作った車が法に触れていたらしく過料と整備命令が言い渡されたらしい。その結果家計が火の車になったとか。

「だからスティーブさんはパーツを買いに出ていたんですねェ…」

そんなわけでスティーブは整備のパーツを買うために外に出ていて、

「また何か難癖つけてお金盗られそうで怖いよー」

マタルはマタルで今回の件を気にして閉じこもっていたらしい。

「警官隊はそんな組織じゃないですよォ」

「一応そうなのか?ヤクザじみていたが」

「それはどう考えてもあなたの偏見ですよォ」

「いーや、あれは税金をもっていくだけの集まりだよ」

「…!やっぱりそうなのか!」

「二人とも落ち着いてくださいィ、今は現状の改善をすることを考えるべきではァ?」

「「それもそうですね」」

話が車から警官隊の善し悪しにそれてきたのでゴーレムはここぞとばかりにストップをかけた。

二人もそれに納得している。

「というわけで注文の品を搬入しますね」

「あ、忘れていたね。長話に付き合わせて悪かったね」

「いえいえ、サボる口実になりましたよォ」

「働く者としてそれはどうなんだよ」

「わー、親方にも同じこと言われますゥ」

 

そうしてほんの数分間、何気ない会話が交わされた。

会話の後は昼の薬屋の裏でまたゴーレムが動き出すのであった。

 

 






規制云々にボロが出ていますが…異世界だと違うと思ってくださいな


ご意見、ご感想お待ちしております。


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第十一話 薬とレッドドラゴン

マタルの店で薬を売る仕事はとっくに終わり、今はもう夜になっている。夜ということで人間であるスティーブは「とっとと寝よう」と考えていた。だがベッドに入ろうとするところを不機嫌な様子のマタルに捕まってしまう。そうしてスティーブは問答無用マタルにで引きずられ現在は酒屋に縛り付けられている。

スティーブが引きずられていった先、『酒屋 酒呑童子』の看板の下では昼間と同様にぎやかなムードが広がっていた。

店の一角のテーブルを除いて…

「うわあああああああああん!もう家は終わでぃだあああああ」

「おいマタル、飲みすぎだぞ」

「もうどうにでもなれ!自棄酒だよ!自棄酒!」

「いや自棄酒がどうか知らんが飲みすぎだって…」

「この肉体に飲みすぎなんて言葉はなぁぁぁぁい!」

《あの事件で「薬屋に街中を得体のしれない車で爆走した危険な人がいる」というよくない噂が流れた。その結果マタルの店の評判と売上がガックリ下がってしまった。

なんしろ安全性第一が求められる薬を取り扱うからな。営業に変人が関わっているとなれば買い手も少なくなってくる。マタルはそんなとばっちりを受け、見て分かるように自棄酒に走っている》

「私の薬売りの夢が…今までの努力がぁああああああああああああああああ」

「あー相手すんのがめんどくせえ」

酔っ払いの相手をするのはは時間の無駄だと悟り、スティーブはマタルのいるテーブルから離れカウンター席に移動した。カウンター席には他の客の喧騒に包まれているがあそこに比べれば十分静かなところだ。

「オヤジ、ビールを一杯くれ」

「あいよ」

とりあえずカウンターに立つ赤鬼に飲み物を注文した。

前に突き出したビヤマグにはキンキンに冷えたビールが泡を溢さんばかりに注がれる。それをスティーブはクールダウンにと一口飲み込んだ。

「アンタ、確か…今町で噂になっている『人間』か?」

店の壁を目に映してぼんやりしているとオヤジが話しかけてきた。

「まあ…そういうところだな」

あまり振られたくない話題なので返事は適当する。

「想像よりはおとなしそうだな」

「赤鬼のお前に言われる筋合いはない」

「まあ、鬼は気性が荒いからな。どいつもこいつも喧嘩っ早い」

「そして鬼以外も酒を飲めば気性が荒くなる」

本当ならスティーブは無視を決め込むところだが酒がまわって意識もしないうちに言葉を出してしまう。彼は(マタルのような状態にはならない様にしよう)と頭の片隅で考えた。

「おお、面白いこと言うな。お前さんとはいい酒が飲めそうだ」

「酒はできれば1人で飲みたいな…酔ったところで首を刈られるかもしれん」

「度胸がねえな…いやあんたの雰囲気からしてそれは警戒か」

「ごもっともだ。しっかしこの店の酒は強い気がするな」

「何白化けもの御用達の店だ。人間やエルフみたいなナヨナヨしたのは普通来ないんだが…酒豪に目覚めたか?」

「残念ながら連れの自棄酒の付き合いだ」

「連れがいるのか、その様子だと面倒だから離れてきたんだな」

「ご名答」

スティーブはマタルのいるテーブルへ目を向けた。何か問題を起こしていないか確認するためだ。だが向こうは酒ビンの数以外は特に変わらない様子だった。

「あー、あんたの連れ、結構な酔い様で…」

「…今経営する店が不景気でな」

「何だ金か…そんなもんすぐ手に入るだろう」

「この店の繁盛のしかたならそりゃな…」

『この世界ではそこまでうまくはいかない』、それをつい最近の事故で痛感したスティーブはその言葉になにか遠いものを感じた。 

「店なんざ持たなくともお金が手に入るぞ?」

スティーブの思考は『金』の言葉を聞いて頭の中で何かのスイッチがONになった気がした。だがマタルの金欲が移った気がしてあまり気分は晴れない様子である。

「ほう…あいつを黙らせるくらいのお金がか?」

「オレの知り合いがよくやっているんだがな…」

 

            

「ドラゴン狩りだ」

 

いきなり飛んできた『ドラゴン狩り』という言葉にスティーブは?の文字を浮かべた。「ドラゴンと言うとエンダードラゴンくらいしか浮かばない」そう考えながらも話についていくために脳をフル回転させる。すると以前マタルと交わした会話で一つ各当する単語が浮かんだ。

「…レッドドラゴンを狩るのか」

「飲み込みが早い人間だな」

「これでも色んな修羅場を乗り越えてきたもんでな」

ゾンビ、毒蜘蛛、ゲリラなどが頭の裏でスッと思い浮かんだ。酒の勢いもあってか戦い特有の興奮があってか更に聞き入る。

その様子に赤鬼も気前よく話を進めた。

「レッドドラゴンは全身宝のような生き物でな…鱗は鎧からアクセサリー、角は万病に効く薬、牙は伝説の剣になるんだ。それをトッ捕まえれば…」

「一瞬で大金持ちだろうな」

「大金持ちとまでいかないが大金は普通に働くより手っ取り早く手に入る。それもあってハンターがここぞとばかりに集うんだ」

「そうだろうな…」

「どうかしたのか?」

「…町ではそんな奴ら見かけなかったが」

都合のいい話なのにそれをやっている人物は今に至るまで一人も見かけなかった。そんな引っかかる点もあり一言鬼に問いただしてみる。

「ああ、この仕事には一つリスクがあってだな…」

すると鬼の表情は今までの活気あふれるものとは打って変わり神妙な面持ちになっていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「アンデットでもゴーレムでも一歩間違えば死ぬことがあるんだよ?」

「だからどうした?単に死ななければいい話だ」

マタルに酒屋で仕入れた『ドラゴン狩り』の話をした。だが酔いから早く醒めた奴はなかなか頭を縦に振らない。

「ここに長く住んでいるから分かるけど流石にそれは不味い気がするなぁ」

「一攫千金が狙えるんだぞ?」

「いやいやいや…年に何人亡くなっていると思っているんだい?」

「…」

「なんで私が薬の仕事をしていると思う?お金のためじゃない。病気や怪我にだれも悩まなくて済むようにするためだよ?」

「じゃあお前の金への種着は…」

「お金さえあれば薬をたくさん生み出せる。食べ物を買って恵まれない人を助けることができる。そんな万能さに引かれているだけだよ?」

「それならいい話だと―」

「いくらなんでもメリットとデメリットの釣り合いがつかない」

一攫千金の言葉を前にしてもマタルが慎重になるように『ドラゴン狩り』はとても危険な仕事だ。あの酒屋の赤鬼も昔かプロのハンターだったらしいがある時5頭のドラゴンを同時に相手に

したのを境に『危険』を覚って退職したらしい。その時負った傷の跡を見せてくれたがそれは熟練兵も持つことは無い大きな爪痕だった。

それで危険なことが思い知らされたにも関わらずその仕事を奨めるわけはもう一つあった。

「ドラゴンは大昔の遺跡を巣にしているらしい、大昔に造られたというなら金銀財宝…」

「だからお金の問題じゃなくて―」

「金銀財宝にも引けを足らないドラゴンの素材があるかもしれないんだぞ?」

ドラゴンの素材の使い道は武器やアクセサリーだけじゃない、薬にもなるのだ。それも高級の。マタルの知る名高い薬―不老不死の薬、若返りの薬、蘇生の薬はほとんどが町では入手できないドラゴンの素材に関するものが材料になっている。そういう薬の話になるとマタルのいう『釣り合い』も変わってくる。

「それを見つけ出せば薬の仕事も変わってくるって言いたいんだろう?」

「ああ、だからドラゴン狩りへ経営を進路変更し―」

「ははは!参った参った!とりあえず薬屋は一時休業だ」

「おお、つまり俺の言う話に賛同してくれると…」

「そういうことだよ!それじゃあさっそく防壁の外へ…」

「まてまて、特殊ハンター資格が必要らしいぞ。」

その言葉を聞いた瞬間マタルの動きが石のように固まった。顔は何か面倒なことを思い浮かべたようにシワが生まれている。

「…もしそれをスルーしたら…」

「警官隊が待っているぞ」

「やれやれ…まずは勉学との格闘か…」

「薬剤師のお前ならそれくらい難なくしそうだが?」

「いやーこれでも私は肉体派なんだが…」

「知るか、敵を知らずして突っ込めば死ぬだけだ」

「やれやれ…」

 

そうして二人はレッドドラゴンとの戦いのために、ペンと本を手に取るのであった。

 

 

 

 




レッドドラゴンばマインクラフトでは今現在実装されていないMOBです。当小説のレッドドラゴンといくつか存在するMODに登場するのものとは別なのでそこは注意です。
(まあ小説に登場するのはほとんどが二次設定で構成されるので公式実装時はまた注意が必要ですが)

ちなみに酒屋にいた赤鬼はマイクラとは全く関係ないMOBです。

おっと忘れてはいけない
ご意見、ご感想お待ちしております


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第十二話 ハンターになるまで

「うーむ、この本は書いていることが初歩的だな…」コソコソ

「私はちんぷんかんぷんだ」コソコソ

『ドラゴン狩り』に必要な特殊ハンター資格を手に入れるための試験の受験手続きを済ませたスティーブ達は、さっそく勉強にと朝から町の図書館に赴いていた。

ただ二人共々同じ内容の本を読んでいるわけではなかった。

スティーブは資格を持っていなくても前の世界で散々モンスターと戦ってきたベテランだ。狩りのノウハウがわかっている今本に求める内容も入門編じゃ済まないようで本を本棚から持ち出しては不満を訴えすぐに仕舞う作業を繰り返している。逆にマタルは元が薬屋であってかスティーブ程狩りに関する知識も浅く一から理解するのに苦労していた。

「なんだぁ?『一ヶ月で君もドラゴンハンターだ』って…一ヶ月でなれる簡単な仕事なら死者なんかでないわ!」ドカーン

「スティーブ君、ここは図書館だ。静かにしようか」コソコソ

「おっと失礼、つい大声を出してしまった」コソコソ

「全く…」コソコソ

そういうと気に入らなかった本を棚にもどし、タイトルが違う本をいくつか持ち出す。本を両手に抱えてテーブルに着くとさっきと同じように本のページをペラペラと捲って行った。

「ふむふむ、こっちの本は当たりだ。ハンターになるまでの過程が表で分かりやすく記してある…」コソコソ

「おお、後でこっちに回してくれ…」コソコソ

目当ての本が見つかったようでスティーブは何度も読み返され折り目のついたページに食いついていた。

「受験手続は済ませたなその後は…講習を受ける…」コソコソ

「参加できたらいいね…」コソコソ

「なになに、講習は防衛隊の壁外調査部が開いている…防衛隊ってなんだ?」コソコソ

「ページの下に書いてあるじゃないか…警官隊の親戚だよ。レッドドラゴンから此処を守っているんだ。」コソコソ

マタルに示された補足を読んでみるとたしかにそんな内容が書いてあった。

前の世界の村でも時々出没する強盗から家を守る役職以外にゾンビから村そのものを守る役職も存在した。まあスティーブの村の場合はゴーレムが配備されていなかったからか規模が小さかったためか彼一人が両方請け負っていてもなんとか安全な状態を保てていた。(ガストに対する防衛機能は備わっていなかったが。)

だが防衛目標が今いる『町』のような大規模な物になってくると警備も防衛も1人で請け負う訳にはいかなくなる。

そんなわけで『警備隊』と『防衛隊』二つの組織でもって役割分担をして安全を確保している訳だ。

「…警官隊の親戚か…いい予感はしないな」コソコソ

「本質は全く違うから安心していいよ」コソコソ

ただスティーブとしてはあまりいい思い出の無い警官隊と関係した組織となるとあまり好意的に感じなかった。

だが本題から逸れたと感じてその考えも思考の隅に追いやりハンターのプロセスの表へ視線を戻した。

だがその先にはあまり考えたくもない文章が一つあった。

「ならいいが…講習の受講料は…10000E(エメラルド)!?」コソコソ

「やっぱり同じ穴のムジナだね!金はごっそり持っていく!」ドカーン

「おい、静かにしろと」コソコソ

「失礼、ついカッとなってしまった…」コソコソ

「…ん?受験者から習うのもいいと…」コソコソ

結局図書館で分かったことはレッドドラゴンの生態とハンターになるまでのプロセス、そしてお金が大量に必要であることだった。

お金の問題大本はボッタクリともいえる講習の受講料である。講習の工程は飛ばしたいところその中に限って試験において重要な事項が含まれているとか…。

しかしそれでもマタルは現在の金銭事情か持前の金欲からか「消費は最低限度にしたい」と意地を張っている。

というわけでスティーブ達はしょうがなく心当たりのある『受験者』…

「なんだ噂のあんた達か」

酒屋の元ハンター、赤鬼を訪ねることにした。

赤鬼はしかめっ面でスティーブ達を歓迎してきた。

「いやーオヤジ、昨日話していた職に転職しようと思ってな」

「ああ、あれか。本当にやろうとしているのか…」

「そんなわけで色々教えてほしいんだが、…受講料高ぇんだよ」

「確かに高いわな。ただオレは酒の仕込みで忙しい、講習はできない」

「「え?」」

スティーブとマタルは思わず間抜けな返事をしてしまった。

それもそう、スティーブ達の行くあてはここくらいしか無かったので講習に関してもつい「赤鬼が請け負ってくれる」と考えていた。ただそれはスティーブ側だけの話であって肝心の赤鬼の返事は変わってくるわけだ。

それを目の当たりにしてスティーブは浅はかな自分を責めると共に講習をしてくれない赤鬼に怒りを覚えた。

だがマタルにはまだ策があるようで表情は変えていなかった。

「そこをなんとかお願いしますよ」

「忙しいものは忙しい、帰ってくれ」

「いやー何でもしますから」

「だから帰れといっている。…じゃないとお前ら二人酒屋のメニューにするぞ」

「…」

マタルが粘り強く交渉をするもなかなかOKを出してくれない。しかも赤鬼に至っては今度は死刑宣告も下してきた。

これでは難しいとスティーブも流石に感づき足を帰りの方へ向かわせた。

しかしマタルは更に交渉を進める。

「…コレ家の秘蔵のワインなんですが…」

「ん?」

そういうと懐から赤いワインボトルを取り出した。そう、マタルの考えていた策というのは物で釣るということである。

「年代物のワインですよ、それもかなりの」

「オレを騙そうとでもしているのか…」

そう言うと赤鬼はボトルをマタルから奪い取り爪でコルクをキュポンと抜き取った。そして開いたボトルの口を巨大な鼻に近づけ匂いを吟味する。

すると納得したといわんばかりに一人うなずき表情を緩めた。

「なかなかの品だな、豚。中に入れ」

そういってまだ開店していない酒場のドアを開けた。

スティーブからはマタルは口元を一瞬だけ吊り上げたように見えた気がする。

なにがともあれ極意を伝授してもらえるようだからラッキーだ。

そう考えマタルと共に酒場に入ることにした。

「おい人間、お前は入れと言っていない」

「へ?」

「お前は粘り強く交渉もせず退こうとしただろう。」

ギクリとスティーブは心の中で擬音をたてた。そしてそこまで赤鬼は見ていたかと今感じて歯を食いしばった。

「まあまあ、私がきっちり頭の中に叩きこんでくるから」

「お、おう」

そう言った後マタルは戸口をくぐっていく。そしてその後ろ姿も間もなく閉ざされた木のドアで見えなくなった。

もちろん店内に入れなくとも壁に耳を当てれば向こうで何をしているかがわかるはず、たださっきの予想外な交渉のように赤鬼が予想に反して外の方に意識を向けているかもしれない。

そんな時イタズラをする子供のように怪しい動きをしていたら鬼の気性の荒さからして何をされるかわかったもんじゃないのでしょうがなく戸口の前で待つことにした。

……

………

一時間ほど待ったか、昼も近づき酒屋の前の通りは人が多くなってきた。だが戸口からは何も出てこない。

それに代わって自分の腹が鈍い音を出し始めた。

「あー腹減った。」

旅をしていた時、特に戦いに出ている時や遭難した時は一日三食になんてありつけたものではなかった。ありつけたとしても干からびたパンなど粗末な物、空腹には慣れている方だった。

だがそんな空腹に拍車をかける物が近くあった。

「フライドポテトはいかがですかあああああああああああああああああああああ!」

炎の精霊ブレイズが視線の先で屋台を開いていた。

熱血的な掛け声のためか昼近くの空腹のためか道を歩く人は次々と足を止めていく。

「うるせえ…暑苦しい…たかがポテトだろ…」

空腹が増すのでスティーブは人ごみから目を背け酒屋の漆喰の壁を見るだけにした。

自分は腹が減っていない

自分は腹が減っていない

自分は腹が減っていない

そう暗示をかけながら屋台への誘惑を我慢する。

だが道行く人がそれを買っていくが揚げたての香を運んでくるがためにそれも効果を成していない。

「そ…そうだ…鼻をつまむんだ…」

火事の際に煙を吸わないよう口元を隠すようにして嗅覚をシャットダウンした。

しかし

「いや~このフライドポテトおいしいね~」「うむ、塩味も申し分ない」

嫌なことに味の感想も述べていく通行人もいる。

「く…そうだ、ここは砂漠だ…フライドポテトなんてない…」

今度は瞼を閉じ頭の中に砂漠を思い浮かべた。昔そこでオアシスを見つけられず限界状態になったことがある。その時は空腹はおろか身体を動かすこともままならない状態だった。

そんな思い出を再体験することでフライドポテトを我慢しようと言うのだ。

しかしブレイズはそんなことお構いなしにポテトを売りさばいていく。

「ポテト揚がりましたぁあああああああああああああああ」テッテッテレレー

スティーブの空想の中の砂漠にはなぜか揚げたてほやほやで湯気の上がったフライドポテトが出現した。イメージから消し去ろうと別のことを考えようとするがポテトはトッピングの塩一粒一粒が目視出来るほどそのビジョンがはっきりしてきた…

「な、なんのこれしき…」

そして腹からはまた一つ鈍い音がした。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あー罠の種類多すぎるよ…」

ドアからはげっそりした様子のマタルが出てきた。どうやら赤鬼の講習は終わったようだ。その印か手にはいろいろな事項が書かれたメモ帳が握られていた。

「おーおつかれ」モグモグ

「…スティーブ君…何を食べているんだい…」ピキピキ

戸口の横に座るスティーブの手には最初には無かったフライドポテトが握られていた。

「フライドポテトだ、この前拾ったコインで買ったぞ」

スティーブはしれっとした様子でそう答えた。

「お金は別に…いいんだけど…」

「どうした?向こうで何かあったのか?」

「…こっちが色々勉強している間に…」

「おお、なんか顔色が悪いぞ」

「……………向こうで学んだこと……しっかり教えてあげようか?」ゴゴゴゴゴゴ

「おい…なんか目が光っているぞ…おい、ひきずるんじゃない!うわ!ポテトが!俺の買ったポテトが―」

ムスッとした様子のマタルはスティーブを本人の静止を無視して引きずって行った。第三者から見た様子はイタズラっ子強制連行する親に近いものに見えた。

それを戸口から見ていた赤鬼はこうつぶやいた。

「あの豚に教えたことは…確か狩猟に使う罠と武器の種類と…後はオレがドラゴンに使った骨をも砕く格闘術だな…外で芋を食っていた奴はどうなったことやら」

赤鬼は意味深な笑みを浮かべて開けっ放しの戸口を閉めた。

 




※散らばったポテトはこの後スタッフがおいしくいただきました。

この時期はサツマイモも採れてきて…焼き芋…ふかし芋
…ついでにフライドポテ うっ!頭が!

ご意見、ご感想お待ちしております。


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第十三話 工房でも働いています

スティーブらは個々で目的を持ってハンター試験に臨もうとしていた。

だが試験当日まで勉強漬けになっていたわけではない。

「おーい、新入り!こっちの機械をなんとかしてくれー!」

「おう、わかった」

 

「マタルさん!炉にブレイズロッド入れてくれ!」

「わかりましたー!」

 

ハンターになるために必要なのは資格だけに限らなかった。ドラゴンを狩るための道具も必要なのである。

それは武器や罠、怪我を防ぐための防具だ。だがその道具は高額なために今の薬屋の経営では用意することはできない。

それもあって以前ガラス瓶を注文していた工房『ゴーレムガラス』に雇ってもらっていた。

こちらの事情に明るい工房はスティーブを期待のメカニック、マタルを貴重な火仕事の要員として受け入れてくれた。

「こりゃ知らない機構の装置だな」

「なんとかなりそうかい?」

「うーむ…ちょっと道具を持って来てくれ」

しかし仕事はそう甘くはなかった。機械に関しては詳しい方のスティーブでも今の世界の機械とは初対面だ。前の世界には無かった機構が盛り込まれていたりと知識が生かせない場面もある。

それに

「おーい機械係!荷物の詰め込み手伝ってクレ!手が足りないンダ!」

「あ、はーい」

力仕事もちゃんとある。

「おう来たナ、この箱を荷車に運んでくレ」ズッシリ

「うわっ…相当な量の荷物だな…」

人外だらけの世界のため従業員に求められる体力もワンステップ上がっている。その一つとしてか今運ぶ荷物も軽くて100㎏あったりと明らかに桁外れの重さを持っていた。明らかなハードワークである。

「う、お、重い…」ガタッ…ガタガタ

「新入り、大丈夫か?」スタスタ

「だ、大丈夫だ…問題ない…」ガタ ガタ ガタ ガタ

ゴーレムやゾンビは簡単に運べるものでも人間人間だと限界がある。身体能力の高いスティーブでも苦労する場面が多々あった。

「おーシ、助かっタ!出荷も間に合いそうダ!」

「はいはいどういたしまして」

「お…おう」

だがこうした作業を終えた後、荷車の後ろ姿を眺めるのも悪くない。

そうした達成感にスティーブは浸るのであった。

………

……

「よーし新入り!休憩時間だ!」

「おお、ここにもちゃんと休憩があるのか」

「オレだって元は人間だ。休みだってちゃんととる」

「…元が人間か…」

「何ほざいているんだ、休憩室いくぞ」

ハードワークなこの職場にもちゃんと休憩はあった。

大体昼と三時頃の二つ。

職場で主に働くのはゾンビやスケルトン、彼らの身体は一度死んでからまた生き返った『不死身の肉体』だ。その為いくら働こうと関節は痛くならないし体調を崩すことも無い。ただ『精神』そのものは人間のままで変わっていない。長時間の単調な作業は精神に負担がかかるらしいとか。

その精神的疲労を癒すために今のような休憩時間が用意されている。

「いいよなーゴーレムは。精神疲労だって無いんだろ?」

休憩用の椅子に座ったゾンビが今だ忙しく動くゴーレムに声をかけた。

この職場にはゾンビだけでない。砂を届けた時や瓶の配達に来た彼らのようにゴーレムもこの職場にいる。そしてそれらはほとんど休み無く働いていた。

ゾンビの場合それが気になったからか、心配しているのか、おそらく前者の理由から呼び止めたのだろう。

ゴーレムは動きを止めてこちらを向いた。

「熱が溜まるとアンタで言う『思考』とやらが働きにくくなる。後で休憩をとル」

そう答えると規則的な足取りで持ち場の炉に戻って行った。

「いやーどこの機械も面倒なもんだ…今日でどれだけトラブルが出たか」

ゾンビは足を前に放り出し、気怠そうにつぶやいた。

こちらの機械を修理すればあちらの機械が故障する。そんなモグラたたきをずっと繰り返していたので疲れるのも無理は無い。

「見た感じ、結構使い込んである機械だな。全機構を新しいレッドストーン型に置き換えたらどうだ?」

機械はどれも油が差してあり、錆も落とされていたりと手入れはしっかりしてあった。ただところどことに摩耗した箇所があったりと機械に寿命が訪れているのが見て取れた。

それに見かねたスティーブはゾンビに「部品の取り換え」の提案をした。

「確かに悪くないな…」

考え込むような様子でゾンビは答えた。が、すぐに表情を緩めた。このゾンビは考え事が苦手の大胆な性格だ。きっと頭の中で立てていた機械の修理の構想が崩れたのだろう。

「あーもういいや、休め休め。このままだと俺達の頭がゴーレムになっちまう…ポーション飲むぞポーション」

吹っ切れた様子になると休憩室に設置されたデカい箱『ポーションマシン』に手を伸ばした。これはスティーブがマタルの監修の元で製作した後、世話になるということで工房にプレゼントした機械である。機能は原材料さえ用意すれば後はポーションを作ってくれる程度。

一見単純な機能であるが案外凄いものだ。

実は人の手でポーションを調合するのは簡単ことではない。

どれだけの量だけ素材を混ぜればいいか、どれだけ醸造させればいいか、

その見極めには知識と勘が必要だ。マタルならともかく工房のゾンビ達にとってはできたことではなかった。

だがそんな難しい作業をこのマシンはこなしてくれる。

そういうわけで今では従業員のよりどころになっていた。

そして休憩室にいるこのゾンビもその機械の虜になった者の一人だ。

「新入り、何か欲しいポーションあるか?」

「ああ、『即時回復』のやつを頼む」

「んなマズイ物よく飲めるな…とりあえずポチッとな」

ゾンビは気前よくボタンを押して機械を作動させた。スティーブが依然作ったエンジンと違い、作動させてもガ耳障りな音は出ない作りになっている。作成者の気遣いだ。

「…少しうるさいな」

「我慢してくれ」

ただ仕様上消すことのできない作業音もあった。耳を澄ませば聞こえてくる機械の中で瓶の転がる音もその一つである。、

確かに気になるといえば気になる音だ。だがそれで後どれくらいでポーションが出来るかを覚ることもできる。

スティーブはそんな設計ロスの響きを頼りにしていた。

「そろそろできるはずだ」

スティーブは椅子に座りながらそう伝えた。

「おお、マジか…本当にできたな」

ゾンビの耳に届くと同時に目の前の取り出し口からポーションが二つでてきた。手慣れた様子で瓶を取ると一つをスティーブの方へ放り投げた。

「おう、サンキュー」

そのを舞う瓶は、床に激突することなくスティーブの手に収まった。

「そんなわけで新入り、一つ聞きたい話があるんだが」

負傷のポーション片手に持つゾンビは唐突に話をきり出した。二人だけの休憩室は少しピリピリした空気になる。

「な、なんだ?」

いきなり雰囲気を変えた先輩に対してスティーブは間抜けな返事をした。

「…仕事中気になったが、随分とレッドストーンの機構に詳しいようだな…」

ゾンビは取り調べをする警官のような固い表情をした。

「そ…それがどうしたんだ…?」

その様子にスティーブはますます動揺する。

目の前の腐肉は、脚を組み威圧感を増させた。

そしてゾンビはスティーブに一つ踏み込んだ。

「一体どこでその技術学んだんだ?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

休憩室の空気が冷えるのと対照的に、マタルのいる炉の前は非常に暑かった。床の上には陽炎がゆらめいている。

「マタルさん、そろそろ休憩にしましょう」

「うーん、そうだね」

マタルは作業の手を止めると腕をうんと上に引き伸ばした。

強靭な肉体を持っていても慣れない作業は疲れる。

彼はそう頭に思い浮かべた。

「いやー助っ人にマタルさんがきて作業の効率も上がりましたよ」

「そうかい?燃料運んでいただけだけどねー」

マタルは一緒に働くゴーレムと共に休憩所へ歩き出した。他の作業に当たっている人もぞろぞろと休憩室に向かい出している。

どうやらみんなが一休みしようと考えているようだ。

「図体のデカい自分ですと工房を動き回るのも大変ですし、小柄なゾンビはこの時間帯はあまり勤務していませんから。ハッハッハ」

「おお、元薬売りも労働力になるんだね」

「ええ、もちろん。それにあのマシンも従業員の中では評判ですよ」

「あーあのマシンは大体はスティーブ君が作ったんですけどね…」

マタルは微妙な表情で受け答えた。

『あのマシン』とはマタルがスティーブと一緒に作った『ポーションマシン』である。

しかし一緒に作ったと言っても薬の醸造に関する点だけ関わっただけ。他は彼任せだった。

そしてその『彼任せ』の工程には摩訶不思議な作業があった。

「何故かレッドストーンを使っていたんですよね…」

「薬の材料ではなくて?」

「いや、機構の方に。普通歯車とかですよね…」

そのことを聞くとゴーレムは口をガチャンと開けた。表情の変わることのない鉄仮面からは何故か驚いている雰囲気が感じられる。

「…なんでその技術が…」

ゴーレムは神妙な雰囲気でそうつぶやいた。何か引っかかることでもあるのだろうか?

「いきなりどうしたんですか?」

「レッドストーン工学は大昔の技術のはず…」

マタルの横で絞り出すようにそう答える。

「…もしかして、スティーブ君ってとんでもないこと知っているのかな?」

「ええ、そのようで」

ゴーレムの反応から察していたが、その答えを聞いたマタルに『驚き』の二文字が浮かんだ。そしてスティーブ本人へ何者なのか改めて問いただしたいという衝動が走った。

ゴーレムは歩きながら話を進める。

「レッドストーンの技術は第二防壁建以前は繁栄していました。ですが主に使われるレッドストーンは枯渇資源…町の規模が大きくなるにつれそれの消費は大きくなり問題になりました」

「ああ、耳に挟んだことがあるね」

「薬の素材でもありますからマタルさんも無関係ではありませんしね…」

「そう言われてみればそうだね、忘れちゃいけないね」

「………薬屋営んでいたんですよね」

その言葉には飽きれるような雰囲気があった。

「ゲフンゲフン そのレッドストーンも問題はどうなったんだい?」

自分の思慮の浅さを見せてしまった、とマタルは感じた。以後踏み入られたくないので話をすぐに進路変更させる。

「当時簡単手に入った金属を材料に『歯車』や『エンジン』を使った技術が導入で解消されました」

「今工房で使われている機械はもしかしてその技術の…」

作業場のところどころに設置された鉄の箱へ目を向けた。

「ええ、うちの機械は枯渇問題の解決策として出された…歯車やエンジンのシステムを採用したタイプです」

「それがレッドストーン工学にどんな影響を?」

「歯車・エンジン式のシステムはレッドストーン式と比べてコストも安く構造も単純でした…その二つの差が、世代交代を許さなかったのです」

「…今の技術が優れていたからレッドストーンの技術が衰退していったんだね」

その事実にマタルとしては何かさみしいものを感じた。

ゴーレムも少しばかぢそんなオーラを漂わせている。しかたないとはいえ何かを失っているのは確かだ。

「…今では動物言うところの絶滅危惧種と化しています。この技術を今だ持っているのはこの町のご長寿をかき集めたとしもほんの一握りでしょうな」

「それをスティーブ君は知っている…前いた世界で知ったのかな?」

マタルは初めて対面した後、全く違う世界にいたことを聞いている。この町に来たのはほんの数日前、技術を知ったとしたら前の世界でのほうが可能性が高いだろう。

マタルはそう推理した。

「…それが本当だとしたら…ここの世界に存在しないレッドストーン技術を知っているかもしれませんね」

少し間を開け、ゴーレムはそう言った。

「な、なんだって!?」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「学ぶって…普通に試行錯誤するだけだが」

ゾンビの直球過ぎる質問にスティーブはズッコケそうになった。

そもそもレッドストーンの技術なんて学ぶ必要はない。『入力』『伝導』『出力』をしっかりする、自動ドアをつくる場合『感圧版』『レッドストーンワイヤー』『ドア』これらをただ順番につなげればいい話だ。

その後はタネも仕掛けも何も無い。

そんなことを聞かれたばかりにスティーブは目を点にした。

だがゾンビはしつこく問いただす。

「おいおい…企業秘密って奴か?一杯奢るから教えてくれや」

ゾンビはスティーブの肩に手を置き詰めいるように問いただす。機械と接してきたからか単に気になるだけなのかは知る由もないがとにかくレッドストーンについて色々聞いてきた。

しかしスティーブにとってはわざわざ話すまでもない常識。面倒くさいので適当答えを返す戦法にでる。

「いやだからレッドストーン回路なんて常識中の常識だぞ」

「冗談言わないで素直に説明してくれよー」

「子供でも分かる機構だぞ…」

(脳みそが腐っているのか…コイツ)

スティーブは自分の目の前にいるのがかなりの低能だと感じた。ドアの開け閉めの手順と同じくらい単純かつ常識的なものなのにそれを本当に知らないとなるとそうとしか考えれないだろう。

だが次、その低能が発したに言葉に馴染みのないワードが含まれていた。

「何が子供でもわかるだよ、そんな古い技術ご長寿の方しかしらないぞ」

スティーブの思考は一瞬だけ停止した。

『古い技術』…『ご長寿の方しかしらない』…その異様なワードは前の世界で馴染みのないものだ。

もし本当のことだとしたら、その二つのキーワードが示す意味は…

レッドストーン回路がこの世界では限られた人しか知らないということだ。

「…レッドストーン技術は絶対に教えないからな」

希少なレッドストーンの技術を取り入れた機械を売れば一儲けできるかもしれない。

心の底で黒い物が渦巻く

スティーブは頭の中でその計画を立て始めた

だが

その目論見もすぐに崩れ去った。休憩室に第三者が現れると共に。

「おお、スティーブ君といったかね!我が工房での評判を聞いているよ!」

突然ドアの先からブレイズが現れた。

「お、親方!」

一緒に休憩室にいたゾンビはブレイズが現れた瞬間態度を一変させた。

このゾンビの反応から察するに目の前のブレイズはこの工房のボスなのだろう。

『ゴーレムガラス』という名前の工房なのに長がゴーレムではないのに疑問を感じたが今はそう考えていられる状況ではないだろう。

「いやー!君の知識を見越して私から頼みたいことがあってね!スティーブ君!」

「な、なんだ…」

ブレイズは畏まるゾンビを無視して話を続ける。

工房は彼の熱で炉の前のように暑くなる。

「レッドストーン工学をうちの従業員に叩き込んでほしい!」

「…oh」

『君の知識』と聞いて大体の予想はついていた。レッドストーンの技術を寄越せということだろう。

だがスティーブとしては教える訳には行けないものだ。

「あー、俺みたいな新人には流石に仕事が大きすぎる―ガチャリ「スティーブ君!君は一体何者だね!」

なんとか尻込みをしてごまかそうとした。

しかし

タイミングがいいのか悪いのか、休憩室の空気を気にもせずマタルが押し入ってきた。

「なんで君がレッドストーンの技術を!」

「…今度はお前か」

「ついでに私もいますぞ」

おまけとばかりにゴーレムもやってくる。

「さあ!スティーブ君!我が工房の従業員からの要望もある!ぜひ!ぜひだ!」

ブレイズはこの状況を好機と言わんばかりに交渉を押し進める。

こちらに有無を言わせないまま…

スティーブはブレイズにある種の手ごわさを感じた。

「新入り!」「スティーブ君!」「ぜひ!ぜひ!」「教えてくださいな」

そして最終的には休憩室の四人全てでかかってきた。

逃げ場はどこにもない。

「う、うわああああああああああああああああああ!」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

こうしてスティーブはハンターになる前に工房で『技術長』の資格を手に入れた。

…というより押し付けられた。

彼自身この状況はどうしようもないと覚り、初歩的な技術だけ工房の人間に教えることにしたとか。

めでたし、めでたし

 




レッドストーン回路…自分はマイクラでは兵器の試作を日夜していますね…
みなさんはレッドストーンは何に使っているでしょうか?

ご意見、ご感想お待ちしております。


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第十四話 試験当日

マタルは鬼から秘術を伝授してもらい

スティーブは技術長の資格を先に取得し

勉強漬けになって7日後

 

二人はついに試験当日を迎えた。

 

試験が行われる防衛隊本部ではいつもに増してあわただしい雰囲気に包まれていた。

今回の試験の内容は3つに大きく分けられる。

適性試験、筆記試験、技能試験、だ。

そして最初に行ったのは『適性試験』だ。

赤鬼は『身分証明書云々の書類や経歴さえキチンとしていれば大丈夫だ』と言っていたものの、スティーブの場合はその異世界から来たとうわけで経歴はメチャクチャ。

本人にとっては最初の門をくぐれるかどうかヒヤヒヤした状態だったが…結果なんとかすり抜けることができた。運が良かったと説明するしかないだろう。

しかし次の『筆記試験』は運任せでは進めない。

知識だけが頼りの関門である。

それもあって彼らは一つ目の試験のクリアを喜んではいられなかった。

案の定、現在行われている筆記試験では四苦八苦しているようだ…

殺風景な試験会場で羽ペンが紙の上を滑る音がいくつも聞こえる。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

そしてその小さな喧騒の中にはマタルとスティーブがいた。

現在彼らは筆記試験を受けているのである。

(わ、わからない…薬の醸造とはわけが違う…)

(ふあ~眠い、昨日の技術長の仕事とか面倒すぎるだろ…)

マタルは薬屋でハンターの知識は浅く、一方スティーブは昨晩の仕事が長引いたためか睡眠は満足に取れず脳が働かない。

そんな関係もあってお互いマークシートの上で石像と化していた。

筆記試験は有利とはいえない状況である。

しかしそれにめげず二人はテストに打ち込んでいた。

(レッドドラゴンの生態ね…お宝…じゃなくて無性繁殖…)

(奴の弱点は…前の世界にいた怪鳥なら腹だが…)

実際のところ受けるべきだった公式の講習は放り出し、資料集と教科書と体験本で培った付け焼き刃知識はあまり頼りにならない。

つい先ほど解いた問題も合っているかどうか疑問だ。

だが試験の問題自体はそこまで専門的ではない。確かにいくつか一般人にはわからないものもあるが『ドラゴンの生態』『ドラゴンの弱点』なら生物学などからも知識の応用が利く。薬剤師であるマタルもポーションを作る上で種族云々の薬の効果の違いなどから様々な生き物の生態を知る必要がある。つまりは生物学には精通しているということだ。それもあって先ほどの『知識の応用』で試験に取り組むことができた。

またスティーブも前の世界で狩りの知識を身に着けている。それも身体に馴染むくらいだ。危険を感じればとっさに身をかがめ、敵の癖を瞬時に見極める観察力を持っている。

今回は睡魔の妨害があるものの直感でもってその総合的に優れた知識を生かしていった。

だが抜け落ちた知識を他の知識で埋めるためには一つ問題があった。

 

彼らは書き進めても次の設問でペンが止まる、問題の答えを記憶と照合させる、頭の中でOKサインが出たらやっと次に進む、

スラスラと解かずこれを繰り返していた。

しかしその方法は、

「試験終了まであと五分になります。解答用紙の氏名、番号をご確認ください」

((ゲッ))

時間を味方にはできない。

ペンを置く者も多数出る中彼らはまだ設問に視線を走らせていた。

これを人は地獄というのだろうか。

終了時間は刻々と迫る。

しかし地獄には仏もいる

スティーブとマタルに好機とも思える瞬間が来た。

(負傷時の応急処置!?これはこちらの分野だ!)

(武器の管理だぁ?んなもん10年は続けているぞ)

丁度得意な問題に差し掛かったのだ

二人は一気に問題を解いていった。

試験場には数分前に増してペンの音で五月蠅くなる。

(この怪我だと…切断だ!)

(砥石は油砥石に…)

時間は残りわずかだ

(うわあああ、時間を止める力が欲しい…)

(もうすぐ終了だな、とりあえずこの問題だけでも…!)

問題はあと3つ

(もう直感だよ!)

(砥石!グラインダー!)

そして1つ

二人はペンと頭を今までにないくらい動かした

マークシートにはジワリとインクが染みこむ

脳では糖分が大量に消費されていく

 

「試験終了!」

 

その号令と共に会場の引き締まった空気はほんの少し緩んだ。

二つの席からは何故か息切れが聞こえたのは試験会場で少し有名になった。

………

……

受験者の待機室にスティーブらはいた。待機室には他の受験者もいるため喧騒に包まれていた。酒場に似た雰囲気も感じられる。まあ酒場のようだと言っても酔っぱらって床に倒れこむ者はどこにもいないが。

備え付けのベンチに座るなり、壁に寄り掛かるなりそれぞれモラルの範囲内で部屋に滞在していた。

「うわーうまくできたかなー」

マタルは顔を引きつらせてそう答えた。いつもの陽気な感じられない。

おそらく試験の結果が心配なのだろう。一週間仕事の合間には必ず参考書を読んでいたように勉強量は格段に多かったのだが未だに合格できるかどうか確信が持てないのだろう。

「大丈夫だ、いざとなったらこっそり壁外にでて…」

「今度は防衛隊が待ち受けているよ」

「…工房でまた働こう」

スティーブもまた、渋い顔をしてそう答えた。

「それより腹が減ったぞ。試験会場にどれだけ鈍い音が響いたことか」

「やっぱり君だったか。私は大丈夫だ」

「アンデットだと空腹はないのか?」

「まあ、死んだ身体だからね。食事をしないこともないけど基本それは娯楽だね」

「便利な身体だな…俺も一度死んでみるか」

「ん?一応黒魔術の知識もあるんだけど」

「イヤイヤイヤ、さっきのは冗談だ。ゾンビになる気は無い」

「そうかい…残念」

「おい残念ってどういうことだ、お前よからぬこと考えただろ」

「さあ、もし合格していたら食堂で一杯交わそう」

「それを言ったら不合格の確率が上がるだろ!」

「フラグってやつかな」

「コラ!もうやめるんだ!」

スティーブは慌ててマタルの発言を止めた。

マタルはスティーブの反応を面白がり更に話を進めようとした。

だが、そのときだった。

「みなさん、試験の結果がで出ました。」

防衛隊の関係者、今の場合は試験官と呼ぶのか、全身に西洋甲冑を纏ったそれが待機室に現れ、徐にそれを告げた。

周りの雰囲気は一気にに固くなる。

「おい、結果がでるのは早くないか?」コソコソ

「ゴーレムの採点者にかかれば一瞬だよ」コソコソ

「科学の力ってすげー」コソコソ

「どちらかといえば魔法だけど…」コソコソ

部屋の一角で納得する彼らを他所に試験官は話続ける。

「これから筆記試験の合格者の試験番号を告げる」

試験の際は受験者に番号が割り振られるようになっている。理由は書類上などに表記する際氏名と違い一目でわかるから。またはプライバシーを考慮してか。

6番、12番、40番

次々と番号が指名される。

自分の番号を告げられた者は強張った表情を緩めた。

そうして番号が三桁になった頃

「124番」

「おい、俺らの番号って」

「私が127番、君が130番だ」

「そろそろだな」

「126番」

「…125番は落ちたんだな」

「こら、落ちるなんて不吉な言葉使わないでくれ」

マタルは不安な様子でそうつぶやく。大分緊張しているようだ。

そして

「127番」

「ドヤァ」

「口に出すな」

どうやら第一関門は突破したようだ。マタルはまたいつもの陽気なオーラを発しだした。

しかしスティーブの番号はまだ告げられていない。

「128番」

<ユックリ シテイッテネ

「なんか聞こえたぞ」

「他の受験者だろうね」

「129番」

<ドウダ ミタカ! ワタシダッテヤルトキハヤルゼ

「うるせえ外野」

「次は君だよ」

マタルはそう告げる

それくらいわかっている、スティーブは頭の中でそう答えた。

だが緊張で思うように声が出ない。

修羅場はいくつも乗り越えてきた。いくつもの賭けをした。

だがそれでも心臓はこれまでに無いほど震えだす。

戦いと違い、このような慣れない試験は経験してこなかったためだろう。

「131番」

「…え?」

「以上になります、合格者は30分の休憩の後、午後の技術試験の会場に移動してください。場所は―」

スティーブの顔は真っ青になった。

「おい…マタル、間違いではないよな…」

「試験官は間違いをしないよ」

マタルはバッサリそう言った。

これは戦いではない、

斬られていない

射抜かれていない

怪我をしていない

スティーブはそう自分に言い聞かせた

たかがクイズに負けただけ、

そんなはずだ

なのにこの絶望感はなんだろうか

試験官が不合格者への予定を告げるがそれも耳に届かない

ほんの数週間とはいえその間に色々努力をした、だがそれが報われなかったのだ。

ショックがあっても無理はない

スティーブは工房での生活を思い描いた。

ああ、あそこではまたブレイズに色々せがまれるのだろう

そう思いめぐらせた。

「あ、君の受験番号131番だった」

「…謀ったな!」

「坊やだからさ」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「よーし適度に腹いっぱいだ」

「うむ、景気づけだ」

マタルの告げた受験番号が間違えだったわけで受験番号130番改め131番のスティーブは無事最終試験、『技能試験』に進むことができた。

食堂で昼食をすましたスティーブ達は試験会場に進んでいった。何故か屋外ではなく地下に用意された会場へ

「…なんで会場が地下なんだ?」

「わからない、酒屋のオヤジさんからは聞いていないよ、普通に武器や罠の扱いのはず」

「…ヒントは貰えないのか…」

そう、ヒントは貰えない。おそらく試験内容が赤鬼の時と違うのだろう。

試験官を先頭に受験者は石畳の階段を下りて行った。

松明の明かりで壁にはいくつもの影ができる。

「こちらが試験会場です!

甲冑姿の試験官が声を上げた。」

会場は石壁がむき出しの殺風景な空間であること以外は特に何の変哲もない。

その他は床にラージチェストがいくつか置いてあるだけだ。

「それではみなさん、これより技能試験を行います。まずはこのクロスボウの装填から構えまでの作業を…」

受験者の前で甲冑男は再び試験の事項を読み上げ始めた。おそらく武器の扱いを確かめる試験だろう、ラージチェストからありふれたクロスボウを取り出たところから察しられる。

「…いたって普通だぞ、地下でやる必要はないだろ」コソコソ

「…武器の持ち出しの規制が厳しくなったのかな?」コソコソ

「そうなのか…?」コソコソ

この疑念を持つものはマタルとスティーブだけではないだろう。他の受験者にも同じ様子がうかがえる。

「それではまず最初!クロスボウの装填作業!」

試験官はそれを気にも留めず試験を続ける。最初はクロスボウの扱いを確かめる作業だ。

複数の試験官の前で受験者が一人ずつクロスボウの装填、構えまでの動作をする。装填中、床と水平に構えたり周りの人に矢じりを向けたら減点される。

「次!狙撃だ!」

これは試験管が言った通り狙撃の精度を確かめる内容。

用意された的に矢を打ち込み真ん中にそれが当たる程得点が上がる仕組みだ。

スティーブはゾンビと戦った時のようにそのテストを難なく満点に収めた。

以外なことにマタルにも適性があったようで満点とまではいかなかったものの高成績を収めた。

「そして今度は刃物だ!」

狩猟に使われるのはクロスボウだけではない。剣な槍などの近接武器も使われる。

今回は刃の研ぎ直しなどやや細かい作業を行った。

その後は罠の設置、怪我の処置など地味な試験が続く。

 

この試験内容だとわざわざ地下で行わなくてもいいのではないか?それを誰もがそう考えた。

 

だが次の関門で答えが出た。

「それでは最後テストになります!気を引き締めてください!」

最後の号令がかかった。聞きなれた甲冑試験官の声は会場で反響した。

その時だった。石壁の一部が鈍い音を上げて横に動き出した。

「な、なんだ!?」

石壁が動く先ではトンネルが見えた。ある種の隠し通路なのか

防衛隊の基地なのでそれがあってもおかしくないだろう。

しかし問題はトンネルの向こうにあった。

「おい、あれって…」

石壁は動きを止めた。トンネルの先には鉄製の檻、檻の先にはコロシアムを彷彿させる大きな広場があった。

だがそのコロシアムがスティーブも気付いた『あれ』ではない。

コロシアムの中心に佇む一つの紅い影である。

その影はその場にいた誰にも確認できた。

向こうはこちらの姿を見咎めると、口を大きく開けて

〔〔ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!〕〕

耳をつんざく咆哮をあげた。

それに怯むも者も何人か出る。

それもそうだ。トンネルの先にいる『あれ』の姿は誰もが知っているものだ。

外来人のスティーブでも。

その姿を知る者は実際に見たか本でしか見たことがないかのどちらかが当てはまるであろう。

紅い影は再度咆哮を立てた。大分興奮している様子だ。

―恐ろしい、危険だ、逃げたい

誰もが一瞬そう考え、畏怖しただろう。

 

その相手は

 

この世界での食物連鎖の頂点に属する生物、

 

レッドドラゴン

 

「最終試験は、実際にレッドドラゴンと戦ってもらいます」

試験官は様子を変えず淡々とそう号令した。




…この小説って死体とおっさんしかまだ出ていないような…一応それ以外もいるが

花も入れないとな…


ご意見、ご感想お待ちしております。


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第十五話 127の鉄拳

「最終試験は、実際にレッドドラゴンと戦ってもらいます」

その言葉と共に周囲がどよめいた。

「試験官さん!それはこちらに死んでもらうということですか!」

「そうだそうだ!」

ウサギや野鳥ならまだいい、だが相手は全身が処刑道具のドラゴンだ。

年に何十人もの死者を出している奴だ。

下手をすればこちらが死ぬことになる。

受験者にはまだ本でしか狩りのノウハウが身に着けられていないというのにいきなり実戦に放り込むのスパルタ染みた行為は受け居られるものではなかった。

格闘技を始めた初日にプロに勝利しろと言うものである。

しかし甲冑はその反応が想定内と言わんばかりに淡々と答えた。

「その点についてはご心配なく。あのドラゴンは訓練用にこちらが養殖したものです。爪、牙、角は全て切り取ってあり、また防衛隊の特殊な育成法でいざと言う時動きを止めることもできます。こちらが死ぬことはありません」

非難の声は少しだけ和らいだ。

「まずは私が見本を見せます」

その場の空気が緩んだのを好機に甲冑は最終試験を次のステップに進めた。

先ほどの安全神話を実証させるのだろうか、

一連の狩りの流れを見せるためか

鉄製の槍を片手にトンネルへ足を進めた。

トンネルの向こうではドラゴンが鎧の擦れる音に反応して再び咆哮を上げる。

しかし甲冑はそれに臆せず足を進めた。

「…なんだあの鎧野郎、なんて無茶言いやがる」

「でも実技は君の得意分野だろう?」

「そうは言っても試験に盛り込むのは非現実的だろ…」

スティーブ達が話す中、

トンネルを歩く甲冑男は事前に上げられた鉄格子潜り抜けた

そして今、竜と対峙

甲冑男は手慣れた様子で槍を前に構える。

「まずは目標に武器を向けます!視線は絶対に逸らさない様に!」

その言葉が受験者に飛んだと同時、

竜は赤い鱗を閃かせ、

大きな音を響き渡らせ、

甲冑めがけて走り出した。

巨大な頭が目の前に

「ドラゴンの突進は避けるように!」

甲冑は冷静に身体を右へ投げた。

なんとか紙一重

突撃を避ける。

避けられたことに竜は不満のうなり声を上げた。

床には爪のブレーキ痕

その数メートル横では甲冑が竜に槍を構えている。

竜は間髪容れず再突撃

辺りに土埃が舞う

「まずは罠でもって動きを封じてください!」

何を血迷ったのか、甲冑は構えを解いた。

そして正方形上の物体を取り出し、手前に投げる。

物体はサイコロのように転がり、幾らもたたず動きを止めた。

 

その間にも竜は間近に迫る。

 

両者の間隔は2メートル未満

 

この距離だと甲冑の命はすぐにもぎ取られる。

 

―危ない

 

甲冑と竜の影が重なった。

 

やはり仕留められたか

誰もがそう感じた

 

だがそうではなかった。

 

床から蒼い火花が散る。

その瞬間竜の身体が硬直

巨体を弓なりに仰け反らす。

全身には稲妻が這いずり始めた。

「動きを止めたら…攻撃を始めます!」

甲冑は生きていた。

姿勢を低くして竜に迫る。

竜は動けずにいた。おそらく罠のせいだろう。

甲冑はそれを好機に槍を構え、素早く竜の懐に潜り込む。

そして

「弱点である腹を優先的に攻撃してください!」

首の付け根あたりだろうか、

槍がそこへねじ込まれる。

他の部位と違い固い鱗がなく無防備そこへ容赦なく槍が突き立った。

刃はギリギリと肉を裂いていく。

竜は咆哮を上げる。

いや叫び声か、

かつてないほど大きな、

壊れた金管楽器を彷彿させる声にもならない断末魔が、コロシアム中に反響する。

甲冑はそれを気にも留めず腕に力を込めた。

 

そして

うなじの辺りだろうか

 

音無くして

血だらけの穂先が勢いよく飛び出した。

固い鱗を突き破って

金属の穂先にはその巨体と同様に稲妻が蠢いている。

「ドラゴンは罠で動きが止められているうちに仕留めるように」

そう付け足すと竜の喉元を串刺しにしている槍を引き抜いた。

辺りに付着した血が飛び散る。

竜の巨体はタイミングを計ったように倒れた。

数秒後その巨体で身体で這いずり回っていた電流は姿を消す。

罠が止まったのだ。

無論、ドラゴンの方も生命活動を止め辺りに深紅の海をつくっている。

100メートル離れても識別できる刺激臭は、血より早く会場内を駆け抜けた。

ものの数秒、

その短時間で甲冑は竜を仕留めたのだ。

自分より巨大な生物を

受験者らはその様を目を見開いて伺っていた。

誰もが感嘆し、開けた口を閉じない。

だが当の甲冑は周囲にの様子に関心を示していない。

穂先にベッタリついた血を手持ちの布で拭き取っている。

そして戦闘前の状態に戻した槍を床に突き立てると

コロシアムから会場に向けてこう呟いた。

「以上の様な流れで最終試験を行ってもらいます。もちろんこれ以外の方法で戦ってもらっても構いません。しかし、ドラゴンを仕留める覚悟が無い者は…」

 

―その時点で試験を終了とさせていただきます―

 

覚悟が無い者に戦う資格は無い。

そう言いたいのだろう。

甲冑試験官の顔は兜に包まれその表情は目視できない。

しかし睨みつけるようなその雰囲気は言葉の重みを大きくした。

だが受験者からは、心を挫き辞退する者はいない。

試験官の威圧に蹴落とされたのではない、誰もが軍人にも劣らない覚悟を持ち合わせているのだ。

「それでは!最終試験を開始します!」

 

―――

――

 

「うわああ!」

ゾンビの身体に大蛇の様な尻尾が迫る。

「…あいつ死んだな」

「恐ろしい試験だね」

だがその尻尾はギリギリの所で止められた。

甲冑が言った『防衛隊の特殊な育成法』の力だろう。

横たわる鱗の前でゾンビは腰を抜かしている。

「はい、試験終了です」

「あ、はい…わかりました…」

ゾンビの試験はそこで終了した。

甲冑が書類にチェックを入れる。

コロシアムでは他の試験関係者が総動員になって動かぬ竜を奥へ運んで行った。

「いやー試験は番号の早い人から進むからねー」

「こうして前の奴の戦法を参考にできる訳か」

「だがとうとう私の出番が来てしまったようだ」

試験官が127番、マタルの受験番号を告げた

「あ…ハイ!」

緊張したために返事が遅れた、

右手にナックル、左手にクロスボウを

何とも互い違いの装備をしたその人物は、歩み遅めにトンネルの前へ進んだ。

マタルはまさかの事態に緊張していた。

鬼からはレッドドラゴンと戦うことを聞いていなかった。

数日前まではしがない薬屋

こうした実技にはスティーブ程強くないので不安がぬぐえなかった。

その様子を察したのか甲冑はマタルに一声かける。

「身体の力は抜いて、敵から目を離さない様に」

「わかりました」

その一声に少し勇気づけられた。

「それではゲートを上げます」

トンネルの向こうで鉄格子が口を開けだした

その向こうには別のレッドドラゴンが確認できる。

緊張は最高潮に達した。

生きた身体なら心臓がバクバクなっていただろう。

―大丈夫、安全はしっかりしている。

そう言い聞かせ

明らかな軽装、皮鎧のマタルはトンネルを駆けた

―おそらく奇襲は難しいだろう。

ドラゴンには、臭いや姿がはっきりと確認できていた。

直ぐにマタルに反応し、咆哮を上げた。

―だけど…根っから騙し討ちに出る気は無い!

そしてコロシアムに飛び込んだ。

ドラゴンの咆哮は止まりを見せない。

「…ウィザーよりは静かだね…」

その大音量に気にを留めずクロスボウにボルト―弓で言う矢を装填した。

―落ち着け…落ち着くんだ…

先の試験と同じように完了まで地面と水平に構えず、

その時、前から地鳴りが響いてきた。

甲冑同様に体当たりを食らわそうと言うのだ。

―この時は…先ずは呼吸を整えて…

何故かクロスボウを撃たずにその場に留まり始めた。

まるでカカシだ。

竜に臆さず、反応を示す様子も無くその間に立ち止まっている。

―右腕を後ろに引いて…

ドラゴンは暴走車の如くスピードを緩めずこちらに迫る。

「拳に力を入れて…」

爪が床を叩く音が徐々に大きくなる。

その大きな息遣いも、

空気を裂く音も

「マタルの野郎!何やっているんだ!」

スティーブはトンネルの前で困惑し始めた。

「…127番…怖気づいたか」

甲冑は竜の動きを止める準備をした。

マタルの目の前に自分の身体と同じ大きさの頭

脇には一対の目玉

目の前の風景はスローモーションに

弾頭並みの速さで迫る眉間もカタツムリの様にゆっくりと動いて見える。

 

―射程十分

 

引いた右腕は一瞬消えた。

その刹那

竜の頭に消えた右手が捻じ込まれた。

そして辺りに鱗がキラキラと舞う

巨体は本の数メートルだがはじけ飛んだ。

「っ!?腕の力だけで!?」

スティーブだけではない、受験者も驚いた。

―あー右腕は捨てたね…

マタルはナックルのついた腕をだらりと垂らしていた。

数歩向こうには顔を陥没させたドラゴンが体勢を持ち直していた。

「だけど…もう攻撃はさせないよ!」

今度は無傷の左手でクロスボウを構えた。

それはがら空きの竜の腹部に向けられている。

トリガーは引かれ

ボルトは喉元に命中した。

それと同時にドラゴンは完全に動きを止めた。

首がだらりと床に落ちる。

「試験終了!」

甲冑は号令をかける。

それと同時に他の試験官が後始末に出てくる。

次の受験者が戦う際、死骸を残しておくわけにはいかない。

マタルは光景を見守っていた。

横から救護に当たる係が駆け寄る。

おそらく右手を察してのことだろう。

痛みを感じない分声をかけられるまで忘れていたようだ。

思い出したように治療に当たる。

一方トンネル入り口では、一風変わった戦闘に受験者のざわつきがあった。

その喧噪の中

「…127番…あの動き…赤い鬼か…」

甲冑も一言、静かに呟いた。

 




次回、スティーブの最終試験になります。

ご意見、ご感想お待ちしています。


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第十六話 火竜の戦略

スティーブはトンネルの向こうへ目を向けた。

目には次の受験者の戦いが写る。

右手に包帯を巻いたマタルも観戦していた。

先の戦闘で怪我をしてしまったためだ。アンデットなので痛みは殆ど無いが、傷はちゃんと残る。治療のためにポーションを染み込ませたガーゼを当て今のような処置を為されていた。

「おお…あれが魔法とやらか」

「たぶん…」

コロシアムでは光の玉で弾幕が張られている。

弾幕の張り手はアンデットの類だろうか、饅頭顔の生首がとんがり帽子を被って戦っていた。

無論マタルのような大怪我は負わず、着々と勝利を掴みつつある。

「ただ…目立つな、あの魔法」

「派手であることはいいことだよ」

周囲に水晶玉のような球体を浮かせ、それに弾を撃たせている。

星を模った弾が流れた。

実戦だと結構目立つ。だが威力は派手さに比例して上がっていた。

ツバメ並みの速さの星弾が赤い鱗を抉り、時折放たれるレーザーが装甲を貫いていた。

一部の者しか使えない、いわば超能力といったものか、残念ながらスティーブにそう言った能力は持ち合わせていない。マタルの様に肉体を駆使した荒業もできないし、目の前の魔法使いの異次元殺法もできるわけが無かった。

種族の差である。

本人は他の受験者との能力の差を感じ溜息をついた。

ゴーレムと人間、綱引きをすればもちろんゴーレムが圧勝する。

例え人間が力を付けようとその結果は変わらない。

それほど異種族というものは力のが強いのだ。

―だが俺にも力がある。

手元の剣に視線を下した。試験用に貸し出された狩猟用の武具である。

武具の所有は基本ハンター、一部の自治組織のみにしか許可をされていない。そのため一般の受験者にはこうして剣等を貸し出して戦闘に臨んでもらうことになっていた。

そのため道具を駆使してドラゴンに対抗することも可能である。自分より強大な生物を武器で蹂躙する。古くから人類が頼ってきた手段だ。

「しっかし、鎧まで貸し出してくれるとはな…」

スティーブは着込んだ板金鎧を震わせた。

「ついでに弓矢に罠、手投げ弾…バーゲンセールだね」

「全くだ」

剣は手入れがしっかりされているし弓は新素材を使ったらしい高級品、他の道具も申し分ない性能だ。

ここまでしっかりした装備で挑ませてくれる

流石行政機関と感心した。

「試験終了!」

戦闘はとっくに終わったようだ。ドラゴンの死骸が運ばれていくのが遠目に分かる。

トンネルからは先ほど戦っていた受験者がスライムの様に飛び跳ねて戻って来た。

自分の出番が近いことをスティーブは痛感する。

―やはり戦いに慣れることは無いか…

「最後!131番!」

甲冑の号令を聞いて心拍数が上がった。

「おう」

マタル同様返事をミスする。

「返事は『はい』でしょ…」

「はいはい」

この場に及んで礼儀を気にするなんて馬鹿馬鹿しい、そう心の中で言い訳した。スティーブはマタルを残してトンネルに向かう。

トンネル前では甲冑がこちらの姿を確認した。

「131番ですね、健闘を祈ります」

「そう期待をするな」

見栄を張ってリラックス、トンネルに歩みを進めた。

前ではゆっくりとゲートが開く。

格子の稼働装置の音に混じって足音と鎧のパーツ同士がぶつかる音が響く。響いた音はトンネル内を反響しエコーをかけた。だがスティーブの耳には自分の息遣いしか聞こえてこない。

そしてコロシアムに入場する。

「さてさて…エンダードラゴンとレッドドラゴン、どっちが強いか」

距離離れたところで咆哮が響く。

だがそれに気にせず矢を放った。

矢は猛スピードで飛び去り、右の片目に命中する。

竜は短く嘶いた。

「おし…もう一発」

固い弦を大きく引き、弓を撓らせた。自分が前に使っていた物と違いキリキリと軋む音は出ない。素材がしなやかな証拠であろう。

そして再び矢を放った。狙いはもう一方の目

矢が空気を裂いて飛んでいく

だが矢は大きく外れた。

いや、避けられたのだ。竜は矢を回避するために天井高く飛び上がっていた。射った矢は遠くの壁に突き立つ。

「墜ちろ!」

すかさず上に矢を放った。射程には十分入っている。

だが外れた。

もう一発

しかし当たらない。

矢は何も無い空間へ飛ぶ

「この野郎…!」

予知射撃で竜の飛ぶ先を狙う。だが翼で急停止、矢は空を切った。

とっさに次の矢を手に取る。慣れた動作で矢をつがえる。

だが隙が大きかった。竜は羽ばたきを強くして急上昇をし始める。

―このままでは弓矢の射程圏外へ上がられてしまう。

それを覚って先ほどと同様に弓を引き絞った。

弧の字のそれは大きく撓る。(しなる)

そして矢は放たれた。竜の腹目掛けて。矢じりはその弱点へコースを変えようとしない。

―当たった!

心の中で歓喜する。

だが外れた。

というより届かなかった。寸前の所で射程圏外に逃げられていたのだ。

竜は高い天井のギリギリを旋回している。

攻城バリスタだったら届いたかもしれない。または、対空用のミサイルを持ち出すか。

どちらもこの場にはないため攻撃はできない。

八方塞がりだった。

「クソッたれ!降りて来い!」

地上でスティーブは叫んだ。

射程内に入ればすぐに射落とす、そのためにまた矢をつがえた。

だが向こうは鷹の様に空を周りこちらを見下ろすだけ。

いや、

謀ったように急降下を開始した。

風を切って真っ逆さま

ウサギを狩る鷲の如くこちらを仕留めようというのだ。

未だ生きる片目をカッと開いて突っ込んでくる。

「エンダードラゴンもやったアレか…」

急降下攻撃、前の世界で戦った奴もこの戦法を得意としていた。

巨体が織りなすその攻撃は軍用車を吹き飛ばすパワーを持ち合わせている。

だがそれはこちらの好機ともなる。急降下するということはこちらに近づいてくるということ。

つまり射程圏内に入り次第こちらから迎撃すればいいのだ。

空中に何本も矢をばら撒く。

向こうは当てればすぐ逃げる。リーチが届く限り射るのみ。

一発目が鼻先に立つ。そして二発目がこめかみを掠った。三はわずかに残る角に弾かれた。

しかし、

「…は?」

竜は急降下を止めない。

自分の身を潰してでもこちらを仕留めにかかるのか。

むしろスピードが増している。

構えを解いてとっさに横に飛んだ。

間一髪で避けることが出来た。

すぐ後ろで竜は飛び退っていくのを肌で感じる。

スティーブは床に肘を大きく打ち付けた。鎧に包まれているとはいえ痛みが走る。

だがそれをこらえて矢を構える。

振り向きざまに一発

だがそれは背中の固い鱗に阻まれた。

急降下の勢いそのままに急上昇していく。あっという間に空へ逃げられた。

そしてまたもや空中で旋回、最初と同じ流れだ。

矢を放つか、いや届かない。罠を仕掛けるか、それは地上戦でしか使えない。

他にも支給品ポーチにポーション等色々な物が入れらていた。

だがどれもあの竜を倒す威力も射程も持ち合わせていなかった。

―ではどうする

頭の中で知識を総動員する。

エンダードラゴンとの持久戦、ゲリラヘリとの銃撃戦

目の先で竜が軌道を変えた。

しかし脳が認識するのは走馬灯ともいえる過去のビジョンだけ

前の世界での戦闘が再び現れる。

ゾンビの大群、亡霊のように浮かぶガスト、振り向いたらそこにいたクリーパー

―どれも使えん…!

いや待て、向こうを地上に引きずり降ろしさえすればいいんだ。

どうする

どうするんだ。

スティーブは再度記憶を総動員する。

いくつか使えるのがあった。狩猟が盛んな地域に行った思い出だ。最近付け焼き刃で備えた知識も。

思考が現実に戻った。

竜は急降下を既に始めている。

スティーブは背中の矢筒…ではなくてポーチに手を突っ込んだ。

そうして取り出したのは手に収まる程度のボール。側面には安全ピンがついている。

迷うことなくピンを抜き捨てる。

そしてボールを竜に向かって思いっきり投げた。

しかしボール程度では対してダメージにならない。

竜はボールに気を留めずこちらに突っ込んでくる。

だがスティーブは弓矢の迎撃を行わず床に伏せた。

その瞬間

頭上で閃光が走った。

フラッシュバンだ、あの地域では閃光玉と呼ばれていた。

100万カンデラの光が周囲に放たれる。

一時的だが失明に陥れるその光は、竜の片目を一気に潰した。

「落ちて来い、ヘタレ」

方向感覚を失い、パニックになった竜はたまらず床に墜落した。腹を打ち付け、のた打ち回っている。

そして悪あがきに咆哮を打ち鳴らした。

が、

「少し黙れ」

竜の足元で罠がスパークした。甲冑が使っていた電気罠である。

スティーブが竜の足元に投げ込んだのだ。

それを踏んでしまった竜は叫ぶこともなく身体を仰け反らした。

すかさずスティーブは矢を引き絞った。

狙いは胴と首の境界線、すなわち喉元

そこへ3本矢を射る。

矢は弧を描いて飛び、喉元をハリネズミにした。

竜の瞳孔は反応を無くす。

これで勝利も確定した。試験終了の合図がでるのも時間の問題だ。

普通なら罠が止まるまでその場に待機しているところだ。

だがスティーブは竜の左脇に駆けた。鎧が大きく撥ねる。

そして全身が確認できる距離に立つと、

矢を射った。

標準を合わせたところは、まだ射抜いていない片目

鷹の速さで矢は飛び

見事に左目を射抜いた。

「これでよし」

―最初に外した借りもこれで返した。

いわゆるリベンジである。

そして罠は止まり、竜は巨体を横に倒した。

少し間が空いて

「試験終了!」

甲冑が号令をかけた。戦いが終わった印である。

試験関係者が後片付けにやってきた。ゴーレムらが5人がかりで死骸を持ち上げている。

相当重いようで全員が掛け声をかけながら運んで行った。

―やっと終わったか

スティーブは周囲の雰囲気でやっとそれを感じた。誰もが表情を緩め、後片付けに専念している。先ほどとは大違いの空気だ。

腕をうんと上に伸ばしてリラックスした。

その時マタルと同様に衛生師が駆けつけてきた。怪我は無いかなどこちらの具合を確かめる。負った怪我と言えば身を投げたときにできた打撲程度だ。

スティーブは適当に答え、トンネルに引き返していった。




余談ですが「前の世界」もMOD込の設定にしているんですよね…スティーブはバニラMOB以外にも色んなのと戦っています。

ご意見、ご感想お待ちしております。


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第十七話 祝杯

今回は酒場でだらだらと過ごします。お酒の飲みすぎには注意しましょう。


「「カンパーイ!」」

酒場の一席で、ジョッキが打ち鳴らされた。たっぷりビールが注がれた器からは、衝撃でいくらか中身が零れ落ちていく。だが二人は構わず酒を飲み交わしていった。

「いやー合格できてよかったよ」

「おう、余裕だったがな」

「最後の試験で苦労していたよね?」

ハンター試験の後日、スティーブとマタルと共に『酒呑童子』にやってきていた。理由はお互いの合格を祝っての

こと。言い換えれば勝利の美酒である。

「あの程度、どうってことはない」

マタルの問いに淡々と答えた。

最終試験の時、レッドドラゴンの飛行行動に手間取ったことだろう。確かに苦労はした。ただ光一つで難なく地面に叩き落とすことができたので、スティーブに取っては特に障害には感じられなかった。

「へぇー、よくそんなこと」

「まあ、前の世界でよくやったからな」

手元の酒を口に運び、そうつぶやく。この事に関してはスティーブは無関心のようだ。それを察してかマタルは話を変えた。

「そういえば…前の世界でドラゴンと戦ったのかい?」

「…まあ、な」

「どんなのだったんだい?」

スティーブは焼き鳥を頬張り、串を皿に戻した。

「ここの奴のより弱かったな、エンダードラゴンというやつだが」

厳密に言えばあれは『ジ・エンド』と呼ばれる異世界にいた生物だ。村があったような『前の世界』の定義からは外れるが説明が面倒なのでスティーブはそのまま話を進めることにする。

「…知らない名前だねぇ…首が9つあるのかい?」

「違うぞ、レッドドラゴンと同じ『翼の生えたトカゲ』みたいなのだ。ただ身体が黒くて‘此処の奴‘より小ぶりだな」

「…弱そうだね、矢で一発だろう?」

「流石にそれで倒れそうには見えなかったが…弾幕を張ればすぐに死んだな」

「試験会場にいた生首みたいな?」

思わずその問いが出た。

弾幕と言えば最近最終試験で‘生首‘が魔法の弾で張っているのを見たからだ。

だがスティーブは違うと言って話を進める。

「魔法じゃなくて機関砲を使った」

「待った待った、話が見えてこない!キカンホウってなんだよ!?」

マタルはジョッキをトンと置いた。スティーブの話に混乱する。

彼はてっきり最終試験の時みたいに弓矢でもって戦ったと思っていた。だが本人が言うにはそうではないようだ。

更にマタルは問いただす。

「『連合軍』の特殊部隊から借りた武器だが…ああ、討伐は大人数で行った」

「…はぁ。その『連合軍』と言うのは一体?」

「前の世界がモンスターだらけだったの話しただろ?」

―ああそうだった。

スティーブに最初に会った時に聞いていた。確かこの世界と違って知性が低く動物みたいに襲い掛かるとか。それに村一つが壊滅させられるとか。

「その対抗策として作られた組織だ」

「特殊部隊は?」

「その組織の精鋭を集めたチームだ」

―ああ、怖い怖い

要するにモンスターを虐殺する集団であることだろう。マタルとしては想像したくもない集まりだ。考えただけで寒気が走る。

「…できれば会いたくないね」

「お前だったら殺されているな」

「キカンホウとやらで?」

「おそらくな、バラバラになるぞ」

マタルは‘バラバラ‘というワードから生物が木端微塵になるとしか想像できなかった。というよりそうだとしか想像できない。

―それが自分に向けられるとしたら…

できれば考えたくないので酒を飲んで紛らわした。

「…キカンホウとは大砲か何かで?」

「いや、銃だな」

「ジュウジュウ…知らないね」

一応気になったので聞いては見たものの、薬屋の知識には無いものだった。焼きの入った砂肝を口の中で転がしどんな物なのか想像をめぐらす。

「鉄の塊を飛ばす武器だ」

「結局大砲じゃないか」

串を放り出し、呆れたようにそう答える。

「まあ似たような物だ」

「大砲に似たような物で戦う……君の居た世界って本当に人間が住んでいたのかい?」

「居るぞコラ、人間離れした人間もいたが」

「ジー」

思わずスティーブに目を向ける。

「俺を見るな」

スティーブが投げた串がマタルの額に突き立った。

「いや~ごめんごめん」

「謝るくらいなら言うな」

「それで、その世界では剣とか弓矢はどんな立ち位置になっているんだい?」

マタルは突き立った串を抜いて話を逸らす。

「……銃の性能から影に隠れがちだったが、使っている奴も結構いたぞ」

「まあ…祭典とか儀式とかの時だけでしょ?」

「いや、実戦で使っている奴がいた。確かエンダードラゴンにも…」

「男のロマンだね」

「女が使っていたがな」

「ヘ?」

。マタルは思わず間抜けな返事をした。

「ドラゴン相手には基本男」が世間で通っている。ヘラクレスという男がヒドラを倒したのも有名な話だ。だがそれと打って変わって女性が竜と戦うのは神話でもあまり聞かないこと。とても異例なことなのだ。

「…女性兵士なんだよね?」

「いや、メイドだ」

「メイドって…家政婦みたいな人だよ?兵士じゃないよ?」

「本人はメイドと名乗っていたな」

「それ自称メイドの特殊な訓練を積んだ女性兵士でしょ」

「それを言ったら俺は殴られた」

「おお、こわいこわい」

とりあえずその自称メイドの女性がプライドを高く持っていることだけはマタルに分かった。つくづく危ないものを感じた。スティーブは依然その人物に面倒をかけられたかどうなのか、酒も回って愚痴をたらし始めた。

「エンダードラゴンに対して斧一本で突っ込んで行ったんだよ」

「それ危ない、レッドドラゴンにしたらあっという間に殺されちゃうからね」

「トーピングしたのか…全身真っ赤だったぞ」

「ドーピング!ダメ!絶対だよ!」

「どこ向いて言っているんだ」

「…その人って身体に異常は出ていなかった?」

「頭がおかしくなっていたような…戦闘中ゲラゲラ笑っていたぞ」

「ダメだよその子…生きているのかい?」

「TNTによる自爆をよく図ったりしたな」

「死んだんだね…」

「それが何故か生きているんだぞ」

「アンデットかな?」

「それを本人に言ったら斧を投げつけられた」

「きっと人間じゃないでしょうな…」

「ついでに食糧が底をついたときゲリラ兵を―」

凶暴な人間もいくらかいるものだな。マタルはつくづくそう感じた。スティーブの話を聞く限り防壁の中に立てこもるだけの虚弱な生き物だと思っていた。

…しかし今の自分たちも似たようなものか、レッドドラゴンに相手には生存圏を狭められているし。

「湿気た顔してんな!お前ら!」

そうして気分を落としているところへ赤鬼がやってきた。片手には牛串の乗った皿がある。

「…オーダーはしてねぇぞ」

スティーブはぶっきらぼうにそう答えた。片手を振り『帰れ』のサインを出す。

「店からのサービスだ!試験に受かったんだろ!」

「いや~オヤジさんの情報があったからですよ」

マタルは頑なに謙虚になる。講習の時何かあったのだろうか

「確かにそうだが…祝杯にしては些か貧層ではないか?」

赤鬼はテーブルに目を下した。テーブルには焼き鳥3本とビールがあるだけ、他の席と比べると明らかに格差がある。

「焼きエビとかタイの姿焼きもメニューにあるんだぞ、豆はオレのごく個人的かつ単純な事情で置いてないがな。…祝杯くらい贅沢したらどうだ」

「残念ながら…」

「何だァ!オレの飯が食えねえって言うのか!ァァ!?」

マタルらの湿気た反応が鬼の思考にカチンと来たのだろう。赤鬼がこちらに顔を突き出し怒鳴りつけてきた。

「違えよ、財布の事情で安い飯しか頼めねぇんだよ」

―お金がない。とははっきり言わずスティーブは撤回し、酒を一口含んだ。

「だったらタダで出してやる!存分に味わえ!」

その言葉を待っていたように赤鬼は皿を置いた。二本だけの牛串は彼らの鼻元に胡椒と炭火焼の香りを送った。湯気も上がっており、出来立てなのが直ぐに察しられる。

「どうした…食わんのか?」

赤鬼は皿を下ろそうとする。

「「いただきます!」」

その言葉と同時に牛串は皿から消えた。串は豚とオッサンの二人が握っておりどちらも満足そうに肉を咀嚼している。鬼は彼らの空腹を見越したような顔をしていた。

「どうだ?うまいだろ?」

「うまいぞ!」

「おいしいです!」

マタルとスティーブは塩味を吟味しながら答える。噛むと肉汁は口中に溢れ出す。素材が良いといことが分かった。そしてその肉はあっという間に彼らの胃袋へ納められた。串に残った汁も勿体ない気分になる。二人はがっかりした様子で串を皿に戻した。

「…相当貧層な暮らしをしていたんだな…お前ら…」

鬼は呆れた様子で溜息をついた。

「それで…ハンターの資格は手に入れた、職は失ったも同然、これからどうするつもりだ?」

赤鬼は開いた椅子にドサリと座り、聞いてきた。酒屋の仕事はしなくていいのかと問いただしたいがきっと「アルバイトに任せた」とでも答えるのだろう。

「そりゃあ、ドラゴン狩りだろう」

「もう少し言えば道具を買いに行く予定だけど」

ビール片手に彼らはそう呟く。

「どこで買う気なんだ?」

元ハンターの鬼は更に問いただしてきた。店の奥からは赤鬼を呼ぶ声が聞こえる。仕事を放り出したのがまずかったのだろうか。

「…あ、武器屋の場所知らなかった」

「「バカたれ」」

へらへらした様子で答えるマタルにスティーブは不満を持った。そもそもこの町の地理には詳しくないので道案内はマタルに任せている。

受験会場に行った時もこの酒屋に飲みに来た時だってそうだ。

マタルがわからなければこちらにもどうしようもない。

「全く…オレが二つ紹介してやる」

赤鬼がエプロンからメモ帳を取り出し呆れた。平謝りするマタルを他所に筆を走らせると一枚メモを千切って放り出した。

男特有の乱れた文字で読みにくいが手書きの地図て店名がしっかり記されている。

「この酒屋からのルートだ、一つは大型専門店だが…もう一つは分かりにくいところにあるからな…注意するんだな」

意味深に鬼は呟くと席を立ち、また店の奥へ戻って行った。先ほど他の従業員に呼ばれていたためだろう。マタルは手渡されたメモを覗き込んでいる。

理解できるのはマタルだけのようなのでスティーブは適当に酒飲みに勤しんでいた。そしてジョッキが空になった頃、ようやくマタルが顔を上げた。

「ふーむ、薬屋とは正反対の方角にあるね…でも何回か立ち寄ったことはあるし大丈夫だよ」

「そうか…いつ行くんだ?」

「今から行くよ」

マタルはさも同然のように答えた。会計をするために荷物を整えている。

「なんだって?」

酒も回っているからできれば休みたい。それもそうだまず夜に営業する武器屋がある訳無いと考えた。刀だって日が落ちた時間帯に打つことが多い。武器を売っている方の暇は無いのだ。

「ほら、メモに『24時間営業』と書いてあるよ」

確かにそこには汚い文字でそう書かれていた。その馴染みのない営業時間に目をパチクリさせるが赤鬼が嘘をつくとも考えにくい。

「それじゃ、店に向かうとしよう」

マタルはメモをポケットに入れると席を立った。スティーブは慌ててその後を追う。

「おい、いくらなんでもその時間は閉まって…」

「はいはいわかったから」

そう話すと手持ちのカバンから財布と共に瓶を取り出した。そして瓶の方をスティーブに手渡した。瓶には深緑の液体が入っている。

「なんだこれ」

「酔い止め」

マタルは店員に食事代を手渡し淡々と答えた。だが聞きたいことはそれではない。

「なんで夜に武器屋が開いているんだよ、これって危ない裏社会的な何か…」

「…スティーブ君、吸血鬼はいつ活動していたっけな」

「そりゃあ夜だろ…あ」

スティーブはやっと疑問が晴れた。夜行性の客層に向けて営業しているのだ。

ゾンビやスケルトンらの場合昼間に出る太陽の紫外線で身体が焼けてしまうことがままある。かの有名な吸血鬼だって太陽に当たれば身体が灰になる。彼らの場合、昼間に外に足を運ぶことは難しい。

「だから夜に店を開いているってわけ」

マタルはスティーブに手渡した薬を飲み、そう言った。

「なるほど…俺達はこれからそのシステムを利用しようって訳か」

「そういうこと。とりあえず家に一旦戻るよ」

そう言うとメモとは正反対の方向に足を向けた。

「待て、なんでだ?このまま歩いて武器屋までいけばいいだろ」

「えー、歩くの嫌だ。車を使おう」

以前スティーブが荷車を改造して作った自動車を使おうというのだろう。確かにアレは便利だ。動作テストの際、警官隊に見つかって速度等のスペックを落としたりしなくてはいけなくなったが十分な機能は持ち合わせている。だがそれを使うには一つ問題があった。

「…飲酒運転だぞ」

「え?さっき薬を飲んだでしょ?」

「俺はそんな怪しい液体飲まねえよ」

「そりゃあ非公式の薬品だけど…」

「なおさら飲むわけにはいかねえよ」

「まあまあ、効果はちゃんとあるから」

「それでも飲酒運転は飲酒運転だろ」

「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」

マタルは卑しい顔をしてそう告げた。もちろんバレないと訴えられることは無い。ただそれはそうである場合のみである。

マタルの後ろに大きな影が映った。そのシルエットはなんとも機械的なものだ。

その影の主がマタルに声をかける。

「もし、その薬に効果が無かったらどうするおつもりですか。」

マタルは反射的にその声の方向へ振り向いた。そこには自分より数倍身体の大きいゴーレムがいた。

「警官隊の者ですが…少し酔いが醒めていないご様子ですね」

まさかの人物にトラウマがよみがえった。薬の効果よりは心理効果か、酒がどんどん引いていくのを感じる。

「あー、すみません、二度としません」

「連れが酔っていただけだ、気にするな」

また金を取られるなんて堪ったものではないのでスティーブは慌ててごまかした。無表情のゴーレムがどう動くかその顔を伺った。

「…おっと、暴力事件の捜査でした、急がないと」

ゴーレムはそう言い残すと何もせず通りを歩いて行った。どうやら見逃してくれたようだ。後から―バレなくとも犯罪ですよ―と聞こえた気がするのは気のせいと思いたい。

「それじゃあ、歩いていこう」

「ああ、24時間営業だから慌てず行こう」

彼らは改めて武器屋に歩みを進めるのであった…

 




以上になります。

ちなみに酒屋の名前は日本の伝承にある『酒呑童子』という鬼から取っています。いやーファンタジーと言えばお酒を飲むところがよく出ますからそれにあやかって…。
本当はゾンビが経営する焼き鳥屋を出そうなんて考えましたが食品衛生的にマズイですしね。
大酒飲みな鬼を代わりに店主にしました。

え?ヤマタノオロチだってそれっぽいじゃなかって?…聞かなかったことにしましょう。

ご意見ご感想、待っております(^O^)


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第十八話 狩猟具収集

今回は買い物ぶらぶら回です。
戦闘回とか銭湯回とか入れたいな


「スティーブ君!吸血鬼になれる仮面だよ!買ってみよう!」

「いらねえよ!そんなもん!」

俺は武器が並ぶなかでばっさりとそう答える。そんな奇妙な物は買いたくない。

俺達は赤鬼が教えた武器屋に居た。理由はもちろん武器を仕入れるため。遊びに来たわけではないのだ。

「おお!この矢を身体に刺せば…」

「マタル…お前はなぜ得体のしれない商品ばかり選ぶんだ…」

そう溜息をつきながら問いかける。

「ロマンだよ!ロマン!ここの商品異世界から来たのが多いそうじゃないか!」

マタルは目をキラキラさせながらそう答えた。確かにこの店には『本から飛び出した』としか説明出来ないくらい奇想天外な物が多い。先ほどの仮面や隕石から作ったらしい矢、空を飛ぶ装置に超人的な能力をつけるスーツ、魅力を感じる要素は結構ある。だが

「ドラゴン狩りには向かねえだろ!この商品!」

実用的かと問われるとそうでもない。

「仮面を使えばカリスマたっぷりの吸血鬼になれるよ!」

―吸血鬼になったら生活の方が不便だろ!

「この装置なら夢の三次元戦闘ができるよ!」

―対空戦じゃドラゴンの方が圧倒的に優位だわ!

「このスーツを着れば…」

―恥ずかしいだろ!命以外を失うわ!―

「そもそも玩具を買いに来たわけじゃないんだぞ馬鹿馬鹿しい」

話にならない。そう覚ると俺は別の商品棚へ移動した。マタルは商品を棚に戻すと慌てて後を追う。

そうしてたどり着いたところは防具のコーナーだ。皮製からダイヤモンド製まで様々な物がある。無論奇抜な物はどこにもない。

「おお!綺麗な鎧だねぇ…」

マタルはダイヤモンド製の鎧に釘づけになっている。値札を見ろ、値札を。

俺個人としてはダイヤモンドにあまりいい思い出は無い。あの時だってそうだ…ダイヤモンドは不幸の象徴だ。とりあえず試験の時に借りたような鉄製の種類を探すことにした。

板金鎧…

鎖帷子…

皮の防具…

メジャーな商品がいくつも並んでいる。

と、数歩歩いた時だった。

「うおっ」

誤って商品にぶつかってしまった。全身鎧がガタガタと音を立てた。まさかの事態に思わず冷や汗が出る。

「…危ねぇ危ねぇ、商品を傷つけるところだった…」

冷や汗流しながら鎧の位置を直した。店内照明が光の苦手な客層を考慮して弱めになっているからか、辺りは薄暗く視界が悪い。先ほどのように商品や棚にぶつかってしまうこともよくあることだ。

そのとき近くから呼びかける声がした。

「ちょっとアンタ…」

トゲが立ったような声だ、近くに居る人物ということで反射的にマタルの方へ向く。だががあちらはダイヤモンドの鎧を前に肩をガックリ落としているだけ。とてもイタズラを仕掛けてくるような気分には見えない。

「ちょっとそこのアンタ!聞いているの!?」

再度声がかかる。俺は周りを見回した。だが目に映るのはブーツとレギンスと兜だけ、あとはチェストプレート、店員はどこにもいない。

「ちょっと!どこ向いてんの!」

声が大きくなった。しかし姿は見えない。

「どこだ?」

「アンタの右側よ!」

俺は声に従い恐る恐る首を回す。そこには先ほどぶつかった全身鎧が腕を組んで突っ立っていた。

「やっと気づいたかのい!?」

どうやら声の主はこの全身鎧のようだ。幽霊の出る洋館に置かれているようなアレが今目の前で釈然としない様子でいる。

「お、おう…すまんすまん」

唐突に鎧に声をかけられ、目をパチクリさせる。向こうは怒っているようなのでとりあえず俺は謝罪をした。そうでもしないと相手も引き下がってくれそうにない。

「全く…だから人間は…」

鎧はぶつくさ言いながら身体を震わせ、陳列棚の奥へ去って行った。

「…アイツは人間じゃねえのか」

鎧のぞんざいな言い方に俺は思わずムっする。その時後ろからマタルが声をかけてきた。

「おやスティーブくん、アレは知り合いだったのかい?」

マタルは鎧が去っていた方向を向いてそうつぶやいた。離れたところで俺と奴とのやり取りを見ていたらしい。

「知らねえよあんな奴、な~にが『全く…だから人間は…』だってんの。お前だって人間だろってんだ!」

苛立ちがつのり思わず声が大きくなった。この世界に来てからか種族による能力差は何かとコンプレックスになっている。力仕事はゴーレムがトップだし長期労働に関してはあの無能なゾンビの方が上をいっている。俺の真骨頂である戦闘は‘生首‘がその地位を独占していると言ってもいいだろう。それらと比較して『人間』はあまりにも木偶の坊なのだ…

「…一応ここ公共の場だからね、静かにしようか」

だがマタルは柔らかい声でそうなだめた。といってもこちらの心境というよりは俺のマナー違反の方を考慮してのことだろう。

「ま、まあそうだがなぁ…!」

無意識に歯を食いしばった。悲観的に考え苛立ちがつのる。

「ファントムアーマーはプライドか高いからね…放っておきなさい」

「ファントムアーマーってなんだよ…ここの商品かぁ…?」

怒りを抑えながらも俺は問いただす。名前から防具の種類を彷彿させるが…商品棚に目を向けてもそんな名前の物は無かった。

「鎧に持ち主の魂が宿った存在だよ、さっきの人みたいなね。実はゴーレムの親戚みたいな物だけど…生前よっぽど未練が無いと成り得ないからね…自然とプライドが高いのが多くなるんだよ」

つまり言うところ先ほどの人物はファントムアーマーという人外で、人間ではない。そしてあの態度が種族故の持ち味らしい。

「あの姿は趣味じゃないんだな…というよりここにもそんな奴がいるのか!」

はっきり言って俺はプライドを無駄に高く持っている奴は嫌いだ。前の世界なら『特殊部隊のメイド』がブラックリストに載っている。もしこの世界で書き込む相手がいるとしたら、どう考えてもあの鎧野郎しかいないだろう。なんてこった…俺は思わずため息をついた。

「さあ、鎧探すよ、鎧」

マタルはいつもの呑気な様子で近くの陳列棚を探り始める。こちらの尊厳云々には無関心のようだ。その姿に俺はなんとなくイライラしているのが馬鹿馬鹿しくなった…

 

………

……

「やはり吸血鬼だ!仮面を買うんだ!」

「だからそれはいらねえっつてんだろ!」

マタルは気味悪い仮面を抱きながらしょんぼりしている。何故そこまで吸血鬼を押すのやら…

「だってあの値段じゃあ君は鎧はフルセット1人分しか買えないんでしょ?だったら吸血鬼になって身体能力を底上げしなくちゃ狩りに望めないだろう」

「嫌だってんだ!俺は人間のままで居たいんだぞ!」

俺の種族差別問題は棚に上げられ、今は金銭問題と言う名の壁にぶち当たっていた。俺の鎧が買えないのだ。畜生め…

詳しく話せば買えない事も無い。最近は安価かつ頑丈な素材が開発されたようなので今の収入でも楽々と鎧を購入することが可能である。だがその低価格の鎧には問題があった。

―人間用の規格が無いのである。

ハンター用の鎧は対レッドドラゴン戦を考慮してか装甲はあの巨大な鉤爪を凌げる様に厚く作られている。しかしそれだと重量が増す。鬼などの人外なら大した重さではないだろうが人間の俺だと話が違う、重すぎのだ。

「じゃあ、あの重い鎧を着て戦えるのかい?」

「ぐぬぬ…難しい…」

そんな物を身に着けて戦闘したら数分も持たずにダウンしてしまう。狩りの道具にするにはあまりにも非合理的だった。それなら軽い素材の鎧を選択したり人間用にチューンすればいいのだがそれだと多額の費用がかかってしまう。そうなった時は武器等を買うことができなくなり結局狩りに持ち込むことが適わなくなる。そして仮に大金叩いて鎧を準備したとして武器を作成しようにも同様の理由で難しい。嫌なご時世だ。

「『吸血鬼』になって人外用の規格を着こなす以外に予算内に止めるしか方法は無いよ?」

こうした理由もありマタルは吸血鬼になる手段を推奨してくる。

無論俺は拒否をした。『人間』という種族の非力さは俺にとってコンプレックスだ。それは今の今まで痛感している。だがそれが理由で人外を目指すというのは話が違う。

「俺は吸血鬼には成りたくないぞ!」

「存在が変わるのは大したことではないよー」

しかしマタルは取り合おうとしない。コイツには種としての誇りはないのか…ダメだ、相互理解は望めそうにない。この調子だと寝込みを襲われて無理矢理吸血鬼にさせられそうだ。初対面の相手を試薬のテストに使ったくらいだからその可能性は捨てきれない。

「ま、待て…提案があるんだが…」

藁にもすがる思いでマタルの威圧を押し切りその言葉を絞り出した。その方法というのも至って単純なことだ。

「もうひとつ覗いていない店があるだろう…!あそこなら安くていいのがあるかもしれない」

別の店舗も覗いて値段を照らし合わせ、考え直そうということだ。

「ああ…確かにそうだね…」

マタルはメモをちらりと見た。そこには今いる店以外にもう一つ、書き記された店があった。

「もしかしたらここより安いかもしれないぞ」

「その線もありうるね…」

「それを確かめずにここで買い物をするのは…」

「損だね」

商談は成立した。表向きには出費云々の考え直し、裏をかえせば俺の種の防衛。それを知らないマタルは二つ返事で頷くと店の外に足を進め始めた。その様子に俺は一息ついて胸を撫で下ろした。

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一方、酔っ払いが徘徊する通り、毎晩明かりが絶える事のないその通り、そしてそこで開かれる店、

赤鬼の経営する居酒屋には一人の客が来ていた。だがその客は周りの酒の回った能天気とは打って変わり、ナイフの刃先のような近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。

「おお!いらっしゃい!…防衛部の上官さんよぉ」

赤鬼はその人物に声をかけた。無論接客というよりは顔見知りへのあいさつである。

「では貴方のことは‘外道丸‘とでも呼びましょうか」

赤鬼が声をかけた客、ハンター試験の際試験官をつとめた『甲冑』ははにかんだ様子で返す。

「それはオレの幼名だ、今の名前は違うぞ」

「…鬼の頭領は酒呑童子と呼ばれないと気が済まないようですね」

「当ったり前だろ、店名にするくらいこの名前には誇りを持っているんだぞ」

赤鬼― 本名酒呑童子は客の出入りする戸口に目を向けた。あそこのすぐ上には自分の名前を刻んだ看板が貼られている。

「なら、こちらも本名で呼んでいただきましょうか」

甲冑はその場に立ち止まり、不機嫌な様子でそうつぶやいた。

「おう、アレックスだったな。座れ座れ」

鬼はその反応も適当にあしらい‘アレックス‘をカウンター席に招いた。

「全く…相変わらず大胆な性格で…」

本人も居酒屋に滞在するつもりで来たようで、渋ることなく椅子に座った。しかし何か注文する様子は無い。

「んで、今日はどんな用で来たんだ?酒を飲まない客を招いた覚えは無いぞ」

「…私の身体が何なのか忘れたのですか?」

古びたカウンターにガシャンと鉄腕が振り下ろされた。鬼の目の前に亀裂が走る。

「すまん、すまん。あの頃…お前と共に狩りをした時の気分でいたからな…つい、な?」

―喧嘩しに来たわけじゃないだろう。鬼はそう付け足して頭を下げる。

「そうですか…不問としましょう。貴方と交わすのは話だけです」

甲冑は低い声で返した。彼女にとって身体に関する話題はタブーなのである。

「ああ、そうだな」

寂しげにそうつぶやくと、酒呑童子は焼き台のねぎまをグルリと反した。

「今年のハンターはなかなか生きがいいですよ。不思議な術を扱う者もいますし」

最初にきり出したのはアレックスだ。鉄仮面から表情は伺えないが、高揚しているのが喋りで感じられる。

「そうなのか?オレの知っているハンターは貧乏な豚と湿気た男しか知らないがな」

「それってマタルという薬屋とスティーブという今は少ない人間の二人では?」

「なんだ知っているのか」

鬼は片方の眉を吊り上げ反応した。

「知っているも何も、マタルという人物は貴方のと類似した技を使っていましたよ…」

アレックスは試験の時の光景を廻らせた。一呼吸おいて対象に拳を叩き込む、そしてその拳を受けた相手は宙を飛ぶ。自分の知る酒呑童子の秘儀とえらく似たものだった。

「そりゃそうだ。オレが伝授したからな」

当の本人は気にしない様子で返した。というより『既に知っていたと』言わんばかりの素振りである。

「貴方が他人に秘術を教えたとは…どんな風の吹き回しですか」

その返事に対し鬼はニコリと笑って答えた。

「いい酒を貰ったからよぉ!オレは酒のために生きているもんだ!」

ガハハと笑う盟友を他所に甲冑は溜息をついた。

「つまり…買収されたということですね」

「やかましい!オレがそんな小童のような様になるわけがないだろう」

「昔、酒に毒を盛られて危うく殺されかけたのはどなたでしたっけ」

「おいアレックス…!」

鬼は先ほどと打って変わって憤慨しだした。

「いくらお前でもその話を持ち出したからにはタダでは済まさねえぞ!」

調理台の方から腕を突出し、椅子に座るアレックスの襟首を掴み上げた。鬼の怪力で鎧の身体も軽々と天井まで持ち上げられた。周囲の客の興味が一斉にこちらに降り注ぐ。

「最初に私の身体の話題に触れたのがどこの誰でしたかな」

宙に吊り上げられた体制のアレックスは冷静に返した。

「…それを返されちゃァ手の上げようがねえ…」

周囲の目を他所に鬼はアレックスを椅子に戻した。

「相手の気に食わない素振りは自分の汚点でもあるのですよ」

「じゃあさっきみたいにオレの過去を抉るんじゃねえよ」

再度彼を椅子から吊り上げる。

「それは仕返しです」

「ぐぬぬ…」

酒呑童子はバツの悪そうな顔をして先ほどと同様に椅子に戻した。客も取っ組み合いにならないのを察して何時ものように酒飲みに戻る。

「それで、人間の方もなかなかの技量の持ち主ですよ」

甲冑は掴みあげられたのを忘れたようなそぶりで鬼に話を振った。

「そうだろうな…あんたも噂を聞いているだろう、『改造車で爆走』とか『赤石工学を知る者』とかな」

鬼は火の上の焼き鳥を反しながらそう返す。

「部下が話していたのを小耳にはさみましたね。無法者か才覚者か、いったいどちらでしょうか…」

「オレは才覚者と考えるな。奴は人間らしからぬ雰囲気を持っている…それにあの豚の方も何かしら潜ませている感じがするぞ」

「私も同意見ですね、彼らは異端ですね」

そしてまたしても両者の間に沈黙が走った。双方何かを考えこむ表情をしている。

「そういえば…異端って前にも居たな」

今度は鬼が口を開いた。腕の古傷をなぞって呟く。

「丁度二人組ですね。スケルトンとウィザースケルトンの…」

アレックスも小さな声でそう返した。

「確かレッドドラゴンを単騎で10体討伐するとかな」

「普通は2体相手できていいところです」

「それに鎧は着けずに討伐に出る」

「ゴーレムじゃあるまいし…」

「んでもって使う武器は奇妙な物ばかりだな」

鬼の前で甲冑は頭を抱える。

「しかもそれは軍用並みの高性能、普通、民用に用いられる狩猟具は幾つもの規制によって弱体化してあります…一般人が軍用武器を所有するのは違法です。しかし彼らの武器はその規制の猛威を抜けた合法の物…」

――全くもって遺憾です、行政が傾いてしまう。

彼女はカウンターをコツコツ叩いてそう話す。

「そんな警戒するなよお偉いさん、奴らはドラゴンにしか武器を向けないし普段は鍛冶屋に籠りっきりだ」

鬼の方はどうでも良さげに返した。視線は手元の焼き鳥に向けられていた。

「いいえ!彼らの思考はサイコパス!対象がレッドドラゴンに傾いているとはいえ…重犯罪もやりかねません!」

………

……

居酒屋で議論が交わされる中、スティーブとマタルは普段赴くことの無い裏通りを歩いていた。酔っ払いがするわけもなくとても静か、音が無いと言ってもいいだろう。

「おいマタル、こんな気味悪いところに武器屋があるのかよ」

「メモだとね、こじんまりとした鍛冶屋のようだから見つかりにくいかも」

その時薄暗い道から何かが飛び出した。

「うわっ何だ!」

スティーブは飛び出してきた対象に目を向けた。だがマタルは警戒する様子は無い。

「何って…ただの蜘蛛じゃないか」

いきなり出てきた未確認生物は蜘蛛だった。虫特有の怪奇なシルエットは少ない明かりでも確認できる。

「おい、あの蜘蛛2mあるぞ!何がただの蜘蛛だ!」

「知らないのかい?この世界では巨大な蜘蛛がペットとして飼われることもあるんだよ?」

「んでもって野良蜘蛛とか捨て蜘蛛とかいるのかよ!気持ち悪いぞ!」

「まあ、スケルトンくらいしか飼い主もいないけど」

「もう不快害虫でいいじゃねえか」

「おお、あの蜘蛛道案内してくれるようだよ?」

蜘蛛は暗い通りを数メートル進むとこちらにまた向き直った。こちらがついてくるのを待っている雰囲気がある。

「犬じゃあるまいし…そんなわけ―」

「さあ、ついていくよ」

「おい!これってついていったらボス蜘蛛の巣窟だったなんてこと無いよな!」

「何を言っているんだい。早くしないと置いて行かれるよ」

「わかった、わかったからお前が前を歩け!」

「全く…」

暗い裏通りに三つの影、謎の蜘蛛とそれについていくマタルとスティーブ、彼らの行先はおそらく鍛冶屋。

夜明けも近い時間帯、さてさてこの先どうなることやら

 




以上になります。

ちょっと今回は文字数が多くなりましたね。目も疲れたかと思います。自分は末端冷え症の手先をまぶたに当てて癒しますね。(∩∀∩ )アーイヤサレル…

実はプロットでは入れようと思っていた回でないので…執筆に時間がかかりました。次回こそは早く書き上げられるでしょう。

ん?甲冑ことアレックスは何者かって?一応ヒントは放り出してあります。

それでは、
ご意見、ご感想ドシドシお寄せくださいな


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第十九話 吸血鬼か銃か

町の裏通りの一角で、俺達は立ち止まっていた。あの蜘蛛についって行った先にあったのだ。

「鍛冶屋だね」

堅牢な雰囲気を醸し出す、ネザーレンガの鍛冶屋が。古代遺跡と見間違えるくらいツタに撒かれた平屋建だ。正面玄関にある『開店看板』が風でカタカタと揺れている。

「ここって探していたところじゃねえか?」

「うん、メモにある通りだ」

マタルは紙切れの乱れ文字と目の前の鍛冶屋を照らし合わせ、頷いた。少なくとも俺が懸念した人食い蜘蛛の巣窟ではないようだ。

「おい、蜘蛛はどこいった」

スティーブはとっさに呟いた。蜘蛛は姿を消していた。どこを見回しても姿は見えない。

「あれ…おかしいな」

2mもある化物サイズだ。普通なら見逃すはずは無い。そうだなのがそれはどこにもいなかった。

「まさかな…」

「…逃げたんだろうね」

「んなバカな」

ゴキブリじゃあるまいし。しかし現に見当たらないのは事実である。

「まあ、とりあえず今は武器だろう」

「そう、だな」

マタルは話すと鍛冶屋に歩みより、ドアノブに手をかけた。そもそもここに来たのは狩猟具の品定めのためだ。蜘蛛の行方など最初からどうでもいいことである。

「おじゃましまーす」

それにいつまでも外に立っている訳にはいかない。マタルはゆっくりドアを引きあけた。古いためか枠とところどころ擦れ、けたたましい音を響き渡らせる。

「邪魔するぞ」

スティーブもその後に続いて中に入る。

店内は一件目と同様に薄暗かった。目の刺激は無い。だがそうだといってのしのし動き回るわけにはいかない。商品にぶつかってしまうと面倒なことになる。‘動く鎧‘とかち合うのも同様だ。

「おお、すげぇな…」

まず最初に目に入ったのは‘剣‘だ。それを取り扱う店のようだから当たり前なのだが、俺は思わず言葉を溢した。品揃えが段違いなのだ。

右手、左手、前後全ての壁が武器で埋もれている。美術館の展示室ように。

「まるで武器庫だね」

素人目にも多い、埃っぽい店内でマタルもそう感じた。その時、棚に足をぶつけ、慌てて引っ込める。

「おいマタル、ぶつかるのは止せよ」

「はいはいわかっているよ」

俺は一言注意を飛ばした。運悪く倒したりしたらどうなるかわかったもんじゃない。隣に居ただけなのに無性にヒヤヒヤした。

だがそのとき奥から別の声が飛んできた。

「オ!強盗かい?お客さんかい?」

不意に声をかけられたがために俺とマタルは身体を震わせる。

「客に決まっているだろ!」

反射的に俺はツッコミを入れる。そして声の主を睨んだ。だがそのとき目に映ったものにギョっとした。

「誰だお前!」

「どうモ!みなさんお馴染みスケさんです~」

―スケルトンだ。奥の会計カウンターに亡霊のように立っていた。どこか違う方向を向いて喋っているがあれは列記としたアンデットである。驚くのも無理ない。

「そこの旦那~警戒しないでいいよ~」

一方あちらは人懐っこいイントネーションでこちらに声をかけてきた。俺は思考を見越された気がしてゾッとする。

「スティーブ君、商品、商品!」

自分の手には売り物のバトルアックスが握られていた。

とっさに近くの商品を取っていたのだ。店主に何をされるかわからないので棚に戻す。

「うン、いい子いい子」

「俺は犬か!!」

「オオカミ?あー嫌だ嫌だ」

「犬って言ったんだが」

「似たような生き物でショ、あ~寒気が立つ」

スケルトンは気味悪そうに顎をカタカタ鳴らす。その会話に、マタルが耐えかねた様子で割って入ってきた。

「あのー私達武器買いに来たんですが」

「おお!お客さんかい!いや~久しぶりだねぇ」

スケルトンは今知ったかのように反応した。肉の無い手で、こちらを手招きする。

「さっき俺が客と言っただろうが…」

実にわざとらしい様子で気に障る。だがそれを言っていては何も始まらない。俺達はいそいそとカウンターへ足を進めた。

「実は安価で質の良い武器が欲しいのだけど」

マタルが胡麻をすりながらきり出す。

「ほぉ~何とも虫のいい要求ですなぁ~」

胡散臭い雰囲気でスケルトンは返した。

「そこをなんとか…」

「うちは質を重視した品でしてね~値段の方はどうしても犠牲にしてしまうのですよ~」

「では…」

マタルは酒呑童子を説得した時と同じようにワインを取り出した。

「500年物ですよ」

葡萄色のボトルがカウンターに乗せられる。マタルが交渉の物腰でせまった。

「いりませんね~」

だがスケルトンはアッサリと交渉を跳ね除けた。そして可笑しそうにケラケラ笑う。

「臓器を持たない我々がそんな物欲しがると思いましたか~?」

普通に考えればそうだ。味わう舌も無ければ嗅ぐ鼻も無い、貯め込む胃袋だってない。ならば彼にとってはワインは水と対して変わらない代物だ。つまり交渉の道を閉ざされた。

「それでは、私達はこれにて失礼します」

マタルは無機質な声でそう告げると、ワインを懐に仕舞いスティーブの肩を掴んで、玄関へ足を進めた。

「うぉー!待て待て!」

溜まらずスティーブは待ったの声をかける。この後俺は吸血鬼にされてバットエンドだ。どうしてもそれは避けたい。

「スティーブ君、私達にはもう選択の余地は無いんだ…」

「いやいや、お前ドーピング薬ぐらいなら作れるだろ」

「法に触れるからダメ、狩りの時通る関所でバレる。じゃあこの辺で」

マタルは俺を荷物の様に引きずって行った。やばい、連れ去られる。俺はとっさに傍にあった棚に手を掴む。

「旦那、店の物を乱暴に扱わないでくれ」

見かねたスケルトンが追撃を飛ばす。これでは通報を受けて警官隊を呼ばれそうだ。

「それでは私達は失礼するから」

退路は塞がれた。

「…」

俺はゴミ袋のようにその場から引きずられていった。その最中スケルトンの『ご来店ありがとうごぜえました』の言葉を聞いた。こちらには関心なしのご様子だ。このまま俺は連れていかれ、吸血鬼にさせられるのか。とんだドナドナだ。

俺の頭にあるのは『死』の文字である。人間を捨てさせられる、人間としての死だ。

この世界は前の世界より非情だ。向こうは法整備も進んでいない、生きるためには自給自足、鬼の世の中だった。しかし此処は更に酷い。壁の外は凶暴な怪物、壁の中は秩序を保つためにいくつもの法で縛られる。安全?俺が人外ならな。ここは『モンスター』だけの世界だった。『人間』の居場所は無い。全くの扱いだ。働かなければ生きられない、だが身体がついていける程の職は無い。策は尽きた。

暖炉で温まる赤子が極寒の吹雪の外へ放り出されたようなものだ。

目に映るカウンターは遠くなっていく。

 

―どう抗う

マタルを振り払うか

―生身でモンスターに敵うわけがない

薬で力を得るか

―警官隊が止めるだろう

じゃあ何になるか

―モンスターになるか

何に?

―吸血鬼?人狼?ゾンビか?

 

違う!違うだろう!

俺はそんな奴らと同じになる気は無い!

俺は誇り高き人間だ!

―‘人間として有意義に!‘ ‘人間として尊厳を!‘

 

俺はハッと顔を上げた。

「待てマタル!」

そして呼び止めた。

 

そうだ…道具だ。

 

「悪あがきはこの辺にして…さあ行こう」

 

マタルはそのまま俺をドアへ引っ張っていく。だが易々と連れていかれはしない。全力でマタルの手を振り払った。アンデットの奴は鈍い神経で反応が遅れる。その隙に俺は駆け出した。

 

思考を停止させたりはしない。

 

店の奥のカウンターまっしぐら。猟犬のように駆けた。棚の商品が揺れる。

 

「ん?旦那…一体?―」

スケルトンは虚を突かれたようにこちらを見た。マタル同様反応が遅れている。そして何かを警戒してか、思い出したようにカウンターの下に手を入れた。強盗用の武器でも取り出すのか。しかし俺はそれを気にしない。

 

そしてカウンターに到着、勢い余ってスケルトンの方へ顔を迫り出す。いきなりの事態に彼もギョッとしている。

マタルも同様だ。連れ出そうとこちらに駆けてくる。

 

そんな中、俺は一言呟いた。

「金は用意する、防具はいらねぇ。最高の‘武器‘を用意しろ」

 

………

……

 

「これがボルトアクション式の銃で~これがスライドアクション式のやつ」

「ほうほう」

スケルトンは俺の要望に二つ返事で応対してくれ、長々と武器の講習をしてくれた。一方のマタルは蚊帳の外の状態になり横であくびをしている。

「フルオートの銃は無いのか?」

「マシンガンでありやすか?旦那…それは規制でダメでごぜぇます」

「ダメか…」

『最高の武器』と話したらビックリドッキリなことに銃が出てきたわけだが、ドラゴン相手にはイマイチ火力不足に感じられた。そもそも鉛玉であの化物を仕留められるのかって話だ。まだエンチャントした弓矢の方が効果的だと思う。

「できれば短時間でドラゴンを仕留められるようにしたい。体力勝負の長期戦はどうしても人間には不利だ」

「あ~あっしにもわかりやす~人間時代はそうでしたよ~」

「吹っ飛ばされたらまともに動けないしな」

「あ~あるある」

「スティーブ君、早めに済ませてくれ」

マタルが横から水を差してきた。随分と退屈している様子である。

「…とにかくだ、火力が欲しい」

俺は雑談は切り上げ、結論に急いだ。

「それなら…‘とっておき‘がありますぜ」

その言葉を残すとスケルトンは店の奥へ引っ込んで行った。残された俺達は「何だ?」とハテナを浮かべた。だが奥から響いた破砕音でハッとした。

「まさか…アイツ大砲でも持てって言うのか?」

思わず心のうちをぼやくとスケルトンが早々戻ってきた。腕には長身の銃が抱えられている。

「パワードレールライフルでごぜえやす」

「何だよそれ?」

「パワードレールを発射機構に盛り込んだ銃でありやす」

「へ?」

流石にそれは俺でもちんぷんかんぷんだった。そもそもパワードレールと言えばトロッコ等を加速するために使う線路の一種だ。使用は勿論、鉄道関係の範囲に収まる。それを銃に盛り込むなんて聞いたことも無い。

「お二人とも冴えない顔しているんで教えてあげやしょうか?」

こちらの反応を察してか、スケルトンはライフル片手に問いかけてきた。

「お手柔らかに頼む」

俺は握られたライフルを凝視しながら返しす。

「まず最初、トロッコに人が撥ねられたらどうなるでしょうか?」

スケルトンはいきなり謎かけを出してきた。それも子供にもの教えるような口調で。それだと何かと調子が狂うが…今は素直に返事をするのが妥当だろう。

「吹っ飛ぶだろ」

『正解』と悪ノリした調子で奴は答えた。謎かけなんて鼻からする気も無いが、これも奴が考えてのことなのか?

「では次、そのトロッコがもしパワードレールで加速されていたら撥ねられた人はどうなる?」

「人にはお見せできないえげつない状態になるね」

今度はマタルが口を開いた。表現が表現なので俺は反吐がでそうになった。

「いかにもアンデットらしい答えだね~、でもここは食事中の方を考慮して『思いっきり吹っ飛ぶ』と答えよう」

「食事中の方なんているのかよ」

「第三問目、トロッコの先に銃弾があったらどうなるでしょうかな?」

これは少々想像しにくい光景だった。だがそれで答えが見えないわけではない。

「そりゃあ銃弾がはじけ飛ぶな」

「では最後、はじけ飛んだ弾が人に当たればどうなる~?」

それでスケルトンが何を言いたいかハッとした。先ほどのクイズに準ずれば『怪我をする』に行きつく。といっても弾は精度など考えなしに飛ぶので当たったとしても掠るくらい。しかしまともに当たればたんこぶ程度では済まないだろう。それを利用すれば殺傷も可能。横のマタルの解答にたどり着いた様子だ。

「お前の銃は『トロッコがぶつかる勢いで、弾を撃ちだしている』ってことだな」

俺は納得したようにうなずき、犯人を突き詰めた探偵のような面持ちで呟いた。

「そーゆーこと。この銃はトロッコとパワードレールの省略版を発射機構に組み込んでいるわけ」

奴も銃をコツコツと叩いて返事を返した。

「後、パワードレールとトロッコは狩猟用に改良してあるから」

スケルトンは徐にライフルを構えた。銃口は棚に置かれた剣に向けられている。

「人に撃ったらバラバラになる」

その言葉とともに引き金が引かれた。店内に轟音が響く。マタルが思わず身を屈めた。俺も同様。音が音だから耳が痛い。

「ヒャヒャヒャヒャ、お客さん反応が大きい」

煙がゆらめく銃片手にスケルトンは笑う。

「撃つなら撃つと先に言え!」

「そうですよ、危なっかしい」

二人は老人のようによろよろと立ち、悪態をついた。

「悪い悪い、でもほら後ろ」

スケルトンが後ろを指すので俺達は言われるがままに振り返った。

そこで目に映ったのはぽっかり穴の開いた剣だ。銃でやられたのだろう。棚に規則正しく一列に並んでいる。

「…商品いくらか潰しただろ」

「アッハッハ」

「…結構な損害ですよね」

さすがのマタルもツッコミを入れた。誰がどう見ても大損害だ。高額なダイヤモンドの剣に至は砕け散ってしまっている。

「見ての通り、一発で数十本の剣が廃棄になりました。ドラゴンの鱗だって紙同然。さてどうします?」

どうします?とは買うかどうかの問いかけだ。俺は穴の開いた剣と銃を見比べる。実際に撃ったのは見たものの、使い慣れた武器ではないのでいささか不安が残る。この世界の技術力だと弓矢の方が圧倒的に強いはず。だがそれは高額な種類に限るだろう。今現在、手段は残されていない。これを逃せば俺はニンニク嫌いの血液マニアだ。

さあ、どうする?

「では買おう」

俺は銃を選ぶことにした。操れるかどうか分からぬ舵に手を駆けてみるしかない。なあに、どうにかなる

「25万でありやす」

「高いな」

工房の技術長の月収だ。俺が限界まで肉体を酷使ゆえに稼いだ金額である。

「久しぶりのお客さんだからケースと弾1000発つけますよ」

「よし買った」

スペックはおそらく高級弓矢と同等。しかしおまけがついてこのお値段。悪い話ではない。

俺はバックからコインの袋を取り出した。大丈夫擦られていない。カウンターに乗せたと同時にジャラジャラと音が立つ。スケルトンはそれを受け取ると慣れた調子で中身を数える。

「それじゃ、きちんと払ってもらったよ。じゃあ約束の物と領収書、保証書もそうぞ」

そう頷くと銃と書類が収められたケースを手渡した。右手に25万と頷ける重みがかかる。

「お隣の豚さんは何かお探しで?」

「いや、付き添いで」

マタルはキッパリとそう言った。ここで買う物は無いらしい。

「さいですか…ではご利用ありがとうございやしたー。帰りはうちの‘軍曹‘が付き添いますぜ」

スケルトンが一礼すると、天井から音も無く蜘蛛が落ちてきた。道中であったあの巨大蜘蛛である。

「ゲッ飼い主お前かよ」

「ゴキブリ退治してくれるいい奴でっせ」

スケルトンがカラカラと笑い、そう返す。だがそんな付き添いは居たら困る。

「そこの蜘蛛!俺は食ったらまずいからな、マタルお前餌になれ」

「なんでだよ!ひどいよ!私は非常食かい!?」

「お前は非常食にもならねぇよ!」

マタルは顔を真っ赤にして憤慨すると、飛びかかってきた。だが俺は紙一重で避け、床にマタルを突っ伏させたる。伊達に修羅場を潜り抜けたわけじゃない

「コラ!スティーブ君!私の種族柄を侮辱しておいて…!」

「お前だって俺の存亡を危ぶめただろ!」

「あれは吸血鬼になるだけでしょ!」

そういうとおっさんと骸の二人は、幼児のように騒ぎながら店を後にしたのだった。

 

 

おまけ

 

二人が武器屋を去った後、店は再び静かになった。

「やは~久しぶりの来客って骨に響くね~」

スケルトンは壁にもたれ掛りながらぼやいた。客なんてここ数か月1人も来なかった。ましてや強盗も。筋肉と同様に接客スキルも使わなければ鈍ってしまう。それを急に行使したから疲れも出る。だがそれをお構いなしに視界には売り物にならなくなった剣が写る。

「あ~アレ早く片付けないと…」

実はこの剣は自分が作ったものではない。この店を共に営業する相棒が鍛えたものだ。一つ一つ丁寧に。今は外出していてこの場に居ないが、この惨状を彼に見られたらどうなるか…

「マズイな」

何か危惧すると、ものぐさにカウンターから出た。

「早く…早く片付けないと~」

木箱片手に隠滅作業に入った。隠滅と言っても埋めるとか燃やすとか地味なことをするわけではない。単に隠すだけ。手前の剣から乱雑に箱へ放り込んだ。どうせもう商品にならないのだから気にはしない。

その時、ふとすぐ横に気配を感じた。

「何を早く片付けないとかね?」

空耳か、何か別の声が聞こえたがスケルトンは気にせず作業を続けた。

「もう一度聞こう、何を早く片付けないとかね?」

「そりゃあ剣だよ」

なんとなく空耳に返事をする。

「何故商品を片付けるのだ?」

「廃棄にしたからね~」

口は動かし作業は止めない。

「どうやって?」

「そりゃああっしがライフルで撃ち抜いて穴開けたから」

「ほお、ワシの作った剣を…こっち向け‘白波‘!」

空耳がいきなり大きくなった。スケルトン―白波は恐る恐る横を向く。

「うわ!‘黒崎‘!何時の間に!黒くて見えにくかった!」

視界に見慣れたウィザースケルトンが写った。―あっしの相棒、黒崎である。

「何が見えにくいだタコ!お前の目は節穴か!店で何をしていた!」

真っ黒な顔をこちらに降ろして問い詰める。片手には自分の身長に合わせて鍛えられた‘大太刀‘が握られている。勿論抜き身で。

「せ、接客ですよ~」

視線を逸らし、白波は話した。

「接客か…ではワシが帰る道中なぜ‘コレ‘が飛んできたのだ?」

開いた手にはライフル弾が乗っている。縦に割れ、真っ二つになっているが。二人の前で撃った奴がそのまま外に飛んで行っていたのだろう。

「あはっははは」

「おいワレェ!危うくワシに当たるとこやったぞ!とっさに斬ったから事無きを得たんじゃが…」

「当たったところで黒崎なら跳ね返すだろ~」

「出来るかボケ!鉄の身体やないからな!」

「そうでしたそうでした、アンタの身体は防臭炭でした~」

「んだとゴラァ!木っ葉喰らわすぞ!」

「警官隊さ~ん、助けてェ~」

「サツを呼ぶな!」

こうして鍛冶屋の本日の稼ぎは、剣の損害額でなくなったのであった。めでたしめでたし。

 




以上になります。

え?実銃ってそんなに高くないだろ?嫌ですね~今回出た銃にはパワードレールの素材で金が使われちゃっているじゃないですか~高くなりますよぅ

ちなみに前回酒呑童子とアレックスが話していた『異端』は鍛冶屋のスケルトン二人のことです。彼らが経営する鍛冶屋で取り扱っている武器は規制ギリギリライン、ヤバイ世界ですよ。

この時期になると自分の好物のみかんが親戚から届くはず!ヤッホー!ビタミン補給だ!
…ここで話すことではないですね。みなさんみかんは腐らせない様に

ご意見、ご感想おまちしております。



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第二十話 負と陽 オーブとスーツ

俺の心は何故か活き活きとしていた。おそらく吸血鬼にされずに済むことへの安堵か、新しく武器を手に入れたことによる高揚感か。おもちゃを買ってもらった子供のように、ケースを大事に抱えていた。俺の四次元ポケット的なポーチは家に置いてきてしまったからこうして抱えている。まあ、ご機嫌という意味もあるのだが。

「…スティーブ君、随分と楽しそうだね」

繁華街の喧騒に負けない声量で、マタルは横から声をかけてきた。感情が外に漏れていたことにギクリとする。

「お、おう!これであのトカゲも一発だ!」

心の内を見越されるのは好きではない。いい歳して顔から火が出る思いになる。

「ならいいけど…防具はどうするんだい?」

マタルは俺の様子を気に留めることも無く話を進める。狩りで着用する鎧の話だ。普通は今持っている銃等の武器とセットで仕入れるのだが現在はそれが出来る程お金に余裕は無い。銃を買うときに防具の分のお金もすべて使ってしまったのだ。

「そりゃあ…皮防具程度で済まそうかと」

後先考えずに銃を買った。衝動買いに近いものとも否めないず、返答に困った。まあ遠くから攻撃するのだからわざわざ全身をフルプレートに固める必要も無いだろう。動きやすい皮鎧で充分だ。いざ接近されたら避ければいい。

「素早さ…重視なんだね」

それを聞いた隣でマタルが、不安そうな調子で呟く。

「人間の身体能力じゃ難しいだろうってことか?」

おそらくマタルもそれを察しているに違いない。実際俺も生身では勝算がないと踏んでいる。では何故その戦法を押すのか教えてあげよう。

「家にある車を使うんだ」

「まさか…カミカゼアタックをしようと言うんじゃないよね」

「バカ言うな。それで距離を保ちながら戦うんだ」

狩りには以前作った例の車を使おうと考えている。アレで素早く動き回ればドラゴンに蹂躙されずに済む。そして車の動きに対象が手間取っている隙にこちら銃で攻撃すれば首尾よく狩猟達成できる。

「…運転手は誰なんだい?」

恐る恐るマタルは聞く。

「お前に任せた」

俺には砲撃手の役割がある。ドラゴンを狙いながら車を運転するなんて芸当はとてもじゃないができたものではない。

「…だから私に頼もうということか」

「そういうことだ。お前が手を汚すことは無い」

マタルの肩に手を置き俺はそう話す。だが本人は何故か尻込みをする。

「…車の運転できないのだけど」

「単純な構造だ。今度人目につかないところで練習するぞ」

「さいですか…」

半分納得していない様子でマタルはうなずいた。本当は車を動かす気は無いだろうが、狩猟のためということでとりあえずOKを出したのだろう。俺はそうだと察した。察したところで何もする気は無いが。

「それはさておきスティーブ君」

今度はマタルがきり出してきた。コイツのことだから薬か金のどちらかを話すだろう。

「君の資金はその武器に吸い込まれたようだが、鎧とか他の費用はどこから算出する気だね」

―私の武具を買うと君の分をフォローするお金は残らないのだ

そう彼は付け足した。いわば金欠に関する問題だ。もちろんこの件に関しては先手を打ってある。

「オーブを売ろうと思っている」

俺の身体にはエンチャントを行う際に必要な『オーブ』がたんまりとある。前の世界でモンスターを狩ったり鉱石を採ったりして貯め込んだのだ。

「君の身体にあるオーブを売れば、多少のもうけになるんだろうね」

「まあ、図書館で店の情報を見ただけだが」

それと自分ではどれだけオーブが溜まっているかはわからない。脂肪みたいに外面には現れないからな。ただダイヤモンドを大量にとったから50レベル位はあるはずだ。

「根拠は一応あるわけか…では私は武具の購入だ。できるだけ安いやつにしておくよ」

ふとマタルは歩みを止めたと思うと、そう告げた。

「俺はオーブ売買を専門とした店に行くぞ。…場所は一応調べてある」

「お互い行先が違うようだね。じゃあ要件がすんだらあそこで待っているように」

マタルは近くのベンチを指さした。集合場所と言うことだろう。

「わかった、では俺はひと稼ぎするとするか」

「じゃあ迷子にならないように」

マタルは一言そう告げると、最初に行った武器屋へ歩みを進めていった。夜の人ごみでその姿もすぐに見えなくなった。

「ほんとうに迷子にならないとだな…」

マタルを見届けた俺は、さっそくを目的の店に向かうのであった。

………

……

俺が目を付けた店はスケルトンの経営していたようなこじんまりとしたところではない。マタルが今行っているようなしっかりとした大型店舗だ。今、目の前で城塞のごとく建っているような。

「ここで…いいな」

表に大きく出された看板を見てそう確信した。白を基調とした建物が電灯に照らされ、神殿のように神々しく映る。

「さあ、入るか」

開店していることを確かめると、俺は町では珍しいレッドストーン式の自動ドアを通り抜けた。店内は俺と同様にハンターの集団でごった返していた。経験値の売買を目的としてだろう。前の世界でもこんな光景を見たことがあった。

「おっといけねえ、早く済ませねえと」

懐かしみを胸の奥に仕舞うと、ずらりと並んだ受付に足を進めた。風景はどちらかと言えば銀行に近い。

「おい、俺のオーブある分だけ金にしてほしいんだが」

開いたカウンターに滑り込むと、目の前にいる受付嬢に要件を伝えた。

「かしこまりました。それではオーブのインサートの貯めに装置を起動させます」

「お、おう。頼んだ」

言葉を理解できない俺を他所に、尖り耳の女は手元で何かを操作し始めた。

―なんだろうか

そして最後にボタンか何かを押したと思うと、いきなり俺の身体から光―オーブがあふれ始めた。

「うわ!?なんだ!」

「お客様、インサート中です。その場から動かない様に」

「そ、そういうものなのか!?」

言われた通りジッとしていると、溢れ出したオーブが足元にある金網の下へ吸い込まれていった。おそらく何かしらの装置が俺のオーブを吸収しているのだろう。

「インサート完了しました。オーブレベルを確認します」

舞台装置のタネを考察していると、対して時間もかからず俺のオーブは吸い込まれていった。

受付嬢が再び口を動かす。

「お客様のオーブレベルは10でございます」

「へ?」

間抜けな返事をすると、受付嬢は表情を変えず先ほどの言葉を繰り返した。本当なら50は堅いはずだ、10なんて値はありえない。信じがたい事実に現実に、混乱した。

「そのオーブレベルって…俺の中にあったオーブの量だよな」

「左様でございます」

だとしたら10しかないのはおかしいだろう。俺はダイヤモンドをガッポリ採ったのだ。この世界でオーブがびた一文取得できなかったとしても、50あるのは固いはずだ。

「…50あるのだと思うのだが」

「それでは、再度装置を作動させますね」

その言葉を聞いた受付嬢は、最初に行った操作をそのまま繰り返した。だが俺の身体からはオーブはあふれることは無く、装置に表示された数字は変化しなかった。機械の誤作動ではないようだ。

「お客様のオーブレベルは10でございます。売却されますか?」

本当に俺のオーブが無いとしたらどこに行ってしまったのか、財布を掏られたと言わんばかりに顔を真っ青にする。

「…いくらだ?」

とりあえず、だ。思考転換しよう。そもそも俺の身体にオーブがどれだけあるかなんてどうでもいいんだ。金になるかどうかだ。目の前にエルフに俺のオーブにどれくらいの価値があったか、血目になって問いただす。

「10000エメラでございます」

俺の月給には届かないが多少は足しになりそうだ。皮鎧もこの金で材料を買えば、自作でなんとか用意できる。

「それではこちらの書類に…」

その後は紙に俺の犯罪防止のために個人情報やら提出して、晴れてエメラルドの硬貨を手に入れる事ができた。といっても硬貨の数はほんの数枚程度。それがどうも俺の価値に見えて、やるせない気分になった…

「クソッたれが…」

肺を空にしないばかりに深い溜息をつくと、マタルが言った集合場所に向かうのであった。

………

……

「すみません、何かいい防具はありませんか?」

一方マタルは、最初に赴いた武器屋で防具を探していた。武器は石等を投擲するためのバレットクロスボウ。そして鬼の秘術を使っても怪我をしないようナックルダスターと決め込んでいたのだが、防具の方は何にしようか考えていなかった。

「お客様は具体的にどのような品をお探しで?」

店員がマニュアルを復唱したような具合で答える。その顔にはいささか困惑が見えた。おそらく此処で働いてしばらくたっていないのだろう。

「そうだね…とにかく死ににくい奴で。後は値段を抑えた品で」

居酒屋の鬼は皮鎧を好んで使っていたと聞いた。試験の時もそれに習ってみたもののやはり皮が素材では心もとなない。それなら身軽さを生かして回避に転じればいいのだが…自分にその神技をこなす自信は無かった。

なのでこうして鎧について店に問いただしてみたのである。

「死ににくい…丈夫な装備ということですか?」

「そうとも言うね。重くても吸血鬼になってもいいから…金銭以外のリスクは惜しまないつもりだよ」

「左様でございますか…では商品一覧をご覧になりますか?」

なんとも目茶苦茶なオーダーをされた店員は、暫し考えたような素振りをすると懐から紙の束を取り出した。一枚一枚に鎧の絵と説明が記されている。

「これを見れば大体の目星がつくということだね」

「あ、はい」

「それじゃあ…この重鎧で」

とりあえず目に入った鎧を指さした。説明文にも曲面加工云々と強そうなことが書かれている。

しかしバイト店員はボソボソと渋り始めた。

「お客様…そちらは現在お取扱いしていない品でして…再注文しようにも旧式なので高くかかってしまいます」

「ありゃ、それは重大な問題だね…」

「一応現在人気の物がありますよ」

そう切り返すとマタルが示したのと似たようなタイプの鎧を指さした。おそらく同じ系統のものなのだろう。

「おお、安いね。これにしよう」

「わかりました、ただ現在工場の予約が殺到していまして、お届けできるのは一ヶ月先になる場合があります」

マタルの耳がピクリと動いた。『一ヶ月先』というのは聞き捨てならない言葉だ。

「恥ずかしながら急を要していてね…一週間以内にできないかな?」

「可能ですが、追加料金がかかります」

お金がかかるなら却下だ。だけどこのまま手ぶらで帰るわけにはいかない。

「じゃあ、他に安くていいやつは無いのかな?さっき言ったような重鎧でなくてもいいから」

この際軽鎧で我慢してもいいだろうとマタルは覚った。実際の車に乗りながら動くのならドラゴンと接触するのは少ないと思うし。

「さいですか…では、一つだけいいのがありますよ」

店員は再び考え込むと、カタログを仕舞いマタルを店の奥へ案内した。マタルも意気揚揚とついて行った。

………

……

しょんぼりと俺はベンチに座っていた。夜風に晒されていたためか、背もたれはひんやりとしている。

「なんであんなに安いんだよ…」

オーブの価値は期待外れだった。あれから何故こんな結果になったか考察したが答えは二つ、考えたくも無い答えだった。

一つは以前に何かしらの形でオーブが吸い取られた。または盗まれたとも考えよう。店にオーブを吸い取る装置があったのだ。第三者がそれを隠し持ち、俺から掠め取って行ったとしてもおかしくは無いだろう。

二つ目はこの世界ではオーブの価値は低いこと。俺としてはこちらの方が納得できる。以前旅をした時も水なんかは地域によって値段が変わっていた。オーブも同様の扱いを受けているのだろう。また受付嬢が宣告した『10レベル』というのはおそらくこの世界での表し方、前の世界の50レベルがこちらの10レベルなのだろう。通貨みたいなものか。

どちらにしろ俺は釈然としなかった。事態はよくないのだ。しかしそんなこと考えていたってどにもならない。

俺は気晴らしに空を仰いだ。雲はかかっておらず、いくつか星が確認できた。深い藍のビロードに、いくつもの宝石が散りばめられたような風景。その遥か東の空はうっすら明るくなっている。日の出が近いのだろう。

採石場でダイヤモンドをばら撒いたとしても、再現できない景色だ。

「ここでは違う時期の星座が見えるのか…」

知っている星座も空にあった。古代の戦士、はたまた天界の使者。どれも神話にでてくる名を冠したものだった。奇妙な点と言えば前の世界とでは時期がずれているということか。

「ふあ~マタル遅いな」

ふいにあくびが出た。夜もそろそろ明けるころである。道を歩いているアンデットの数も時が経つにつれ少なくなってきた。丁度家に引き返す時間なのだろう。朝の世界の訪れだ。

ともすれば…俺はまた夜を一睡もせずに過ごしたということだ。車を作るときもそうだった。何かとつけて睡眠を放棄する。こんな無理が利くとは…つくづく丈夫な身体だな。心な中で一人呟いた。

「いや~スティーブ君、お待たせ」

そうしてたそがれる俺の横から、マタルが呑気にやってきた。

「…お前、どういう格好しているんだ」

ただ恰好がおかしい。

「その場で着られるサービスがあるなんてねぇ」

「バカ野郎、服じゃねえんだぞ」

よりにもよって奇抜なファッションを選んでいた。赤の全身タイツにバイクのフルフェイスヘルメットを被った何とも言えないものだ。

「戦隊ヒーローみたいでしょう。ハハハ」

唯一普通に見えるボウガンを構えて笑う。

「ヒーローのコスプレをだれがしろと言った」

変人の目の前にして俺は顔を歪ませた。

「異世界の装備だよ。話によればこれで人間もモンスターと対等に渡り合うとか」

「俺は使わないからな」

「まあ、ドラゴンになってくると巨大機械人形で戦わなくちゃいけないらしいし」

「ダメじゃねえか」

「まあまあ、これで私は特撮で生きていくことができるし。バルイーグルだよ」

「お前は鷲じゃなくて豚だろう。せいぜい飛行機乗りとして生きろ」

「まあ、悪くないか。それよりこの服、結構安かったんだよ」

「当たり前だろ。誰も買おうと思わないからな」

「じゃあ、行くとするか」

俺の冷めた態度を前に、マタルはいつものオーラを消すことが無かった。面倒くさそうに俺はベンチから立ち上がった。手元のケースも忘れない。

これも奴の強さなのだろう。俺には無い部分だ。

モンスターだと侮っていたがこれが奴の長所なのだろう。コイツが近くに居ると、能天気が感染するのか気分が明るくなった。

ただし、その能天気も短所になる。

「そこのお二方、ちょっといいですかね?」

俺達の後ろには見慣れたゴーレムが立っていた。察している奴は既に察しているだろう。警官隊だ。

「あはは…なんでしょうか?」

「このケースは決して怪しい物ではないからな」

「…この時間帯は犯罪率が高いものでしてね、職務質問を行っているのですよ」

その後俺達は身分証の提示や所有物の検査を強いられた。

帰り道…俺達は三回くらい職務質問に引っかかった。

 

 

 

 

 




いや~ナイフ投げをしたから肘が痛い…⊂(´Д` )ピリピリ

それはさておき今回もお店でぶらぶら回です。自分としては少々刺激がすくない話ですね…戦闘描写が鈍ってしまいそうです。(^_^;)

というわけで次回はちょっと辛口にしようと思います。
後クリスマスかイヴに番外編でも投下しましょうか…実はハロウィンにも考えたのですが何しろ立て込んでいたものでして…リベンジとしたい次第です。
内容は…ネザーで海水浴にしようと考えましたが季節外れですし、これから温める予定です。

ご意見、ご感想いただけたらうれしいです。(´ω`)


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第二十一話 前の世界では…

今回は前の世界の方へスポットライトを当てます。
視点がパカパカ変わったりします。


薬屋の一角、そこには武器を手入れするためのオイルや、布きれが散らかっていた。オイルに至っては臭いがきついので、窓を開けっ放しにしてある。臭いを逃がすためだ。

「ここを…分解するんだな」

スティーブはマニュアル片手に銃を分解していた。昨晩買ってきたアレである。この世界での相棒ということで、さっそくメンテナンスに勤しんでいた。

「…痛っ!指が挟まった!」

しかしその銃はどうにもツンデレ体質だった。まあ付喪神でもない限り理性があるわけないのだが、不思議なことにパーツが指先に噛みついてくる。

「スティーブ君…うるさいよ」

「だってこの銃が!」

「君の手先が不器用なだけだよ。まあその道具の中身がどうなってるか知る由もないからそれしかアドバイスできないけど」

「いらんアドバイスすんな!…前の世界でも銃だって触っていたんだぞ…!」

鎧を抱えたマタルを怒鳴りつけた。本人はどうにもよさげに返事を反す。俺は、作業がうまくいかないうえ、それが精密さを求められるだけあって苛立ちが溜まっていた。

「でぁあああ!痛ぇ!ジーザス!」

間違えて『ワニの虫歯治療』たるパーティーグッズでも買わされたのか、無論こちらの動作が間違っているだけなのだが、それを疑わんとばかりに指がパーツの餌食になる。横ではマタルが呆れて溜息をついた。

「…本当にスティーブ君、その…‘じゅう‘に触ったことがあるのかい?」

鎧を磨いているマタルが、ライフルを指さして問いかける。

「あるに決まっているだろ!お前より俺の方が戦場にでているんだぞ!特殊部隊から機関砲借りたっていっただろこの豚!ゾンビ!」

「豚ですが…ゾンビですが…スティーブ君、君の相棒はサッカーボールではなかったかい?」

「サッカーボールが友達…ってバカ野郎!」

「うわっ変なの投げつけないで!」

カッとなったスティーブは、手元のライフル弾をマタルに投げつけたのであった…

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

AM 5:00 『前の世界』にて

 

銃弾が飛ぶのはあの世界だけではない。

草木の代わりに石が散らばった砂漠、ネズミ一匹生存しているかわからないにその地域には、デザート迷彩のテントがいくつも建っていた。

「曹長、あちらがモンスター研究施設であります。」

テントと同じ色の戦闘服に身を固めた兵士が、双眼鏡を‘隊長‘に手渡した。

「へぇ…あれが忌々しいゲリラの巣窟か…!」

貰った電子双眼鏡を目に当て、女性はぼそりと呟いた。その声には高揚感が感じられる。遠足前日の子供の様だ。

「曹長はいつもそうですね…あの施設の地下ではモンスターがロボットの様に大量生産されています。おそらくクローン技術のものかと…」

「おお!相手が増えるとは…!なんとも言えん!」

曹長とよばれる女は、腰のバトルアックスを握り、更に歓喜した。隣では兵士が溜息をついた…

「何を言っているんですか、既に被害が出ているのですよ…10キロ先の村が。ガストの空襲とゾンビの進撃で壊滅させられたって…聞きませんでしたか?」

「ああ…そうだったな。被害は甚大だったようで。ただ私は別の情報が気になってな…」

「別の…情報でありますか?」

返事に困った兵士は、ヘルメットに固めた頭を傾ける。

「知らないのも無理がない、ついさっき入った情報なんだがな…」

「まさか…クローンの痕跡があったのですか?」

「一応それもあったが…実は空襲後に人間がいた痕跡があってな…」

先ほどの笑い顔とは打って変わり、神妙な面持ちで女性は続ける。

「なんと地下に謎の装置が建造されていたのだ!」

「…曹長、それはゲリラの仕業では…?」

謎も何も、不自然なモンスターの襲来を見れば誰の仕業か一目瞭然だ。ゲリラが関わっているとしか考えられない。だとしたらその装置が地下要塞なり発電所なりあっさり検討がついてしまう。

それなのに曹長は臭うと騒ぐ。何故そこまで考え込むのかが、この兵士理解できなかった。

「早まるな、実は…その装置も大規模なものでな。造られたのはおそらく空爆後、ただ普通なら重機を要するくらいの大規模なものだった」

「ゲリラなら…重機を運搬する必要がありますね」

兵士は顎に手を当て、遠くの建物を見るように答えた。

「だが奴らにその動きは見られなかった。デカいもの動かすのだからそれ相応の痕跡は残るはず、だが今回の件にはそれが見当たらなかったのだ。とりあず推測で『何者かが空爆後、重機なしで地下に施設を造った』ととらえている」

「まさか…そんなことできる人間がいるわけないでしょう」

「それが居たりするんだ…ブローニング重機関銃を手持ち射撃していたり」

「曹長だって…斧片手にドラゴンに立ち向かった逸話を持たれているではありませんか」

「あれはドーピングしていたからな…あ、話が逸れたな」

「まだあの村に謎があるのですか?」

「そうだ、実は岩盤に―」

そうして話を進めようとしたとき、後ろから邪魔が入った。同じ部隊のメンバーである。

「レイチェル分隊長!どこに行っていたのですか!」

きょとんとする兵士を他所に、女こと「レイチェル」は苦虫をつぶしたような顔をした。

「チッ…時間か」

「同じチームの方々でありますか?」

「ああ、ちょっと会議を放置してな…」

「何やっているんですか!?さっさと戻ってください!」

兵士は目を見開き、思わず素に戻った。その目先ではレイチェルが目つきを途端に鋭くした。

「上官にその口の聞き方は何だね、君。軍人たる者―」

「レイチェル分隊長!さっさと行きますよ!」

兵士に一言言い終わる前に、レイチェルは同メンバーに肩を掴まれた。

「うわぁあああ」

曹長の威厳も虚しく、猫みたくされるがままに連れていかれたのであった。

「なんだったんだろう…あの人」

………

……

「では、今回の作戦を説明します」

レイチェルの同期である副長が、ボードに地図を広げ、号令をかける。テントの中の空気は一気に張りつめた。

「目標はおよそ12キロ先にあるモンスター研究施設、偵察隊の情報では敵の規模は約数千です」

「約ってことは…それ以上居る可能性があるのだな」

分隊長のレイチェルが不気味な笑い顔で横やりを入れた。これは会議では毎度のことのようで他のメンバーは特に反応は顔に出さなかった。

「左様。それに対して正規軍は、主力の二足歩行戦車とヘリ、その他重火器でもって目標を叩きます」

副長が張り出された地図の上にマグネットを並べた。作戦時の部隊配置を示している。メンバーが見る限り、地図の中央にある研究所はこちら側に包囲されてしまっていた。

「その間に我々‘コマンド部隊‘は研究所内部に潜り込み、データの収集と破壊工作を行う」

コマンド部隊を示す白い駒が前線基地から真っ直ぐ滑らされた。施設を包囲している駒を突き抜け、研究所でそれが止まる。我々が此処から研究所まで、駆け抜けるということか。

「なお、本チームは他のチームの援護で、クアンタムスーツ着用の上目標地点に降下する」

 一息入れると副長は、固い口調で続けた。テントの内が一気に緊張感に包まれる。

 クアンタムスーツとは、最先端の機械で身体能力を強化する防具。ロボットスーツともいえる産物だ。腕力、走力等が向上することは勿論、防塵、防弾という防具としての性能も組み込まれている。これを付ければ例え素人でも無類の力を得ることが可能。無敵になれる。

 しかし、正規軍最強の防具を付けようと、生身なのには変わりない。そのため、銃武装したゲリラの大群に潜入するのは少々抵抗があった。

 メンバーが表情を強張らせる。すると、見かねたレイチェルが言葉を続けた。

「今回の作戦は結果によってはこちらの優勢劣勢が左右される。そのためふざけた指令も下るだろう。だがゲリラはこちらのことなぞお構いなしに殺しにくる」

その言葉の後にレイチェルは地図に貼られた駒を一つ取り上げた。それをメンバーの前に掲げた。

「バラバラ、内臓散乱、首は飛ぶ、それより酷ければゾンビにされ、肉体が完全に無くなるまで…数字に置き換えれば100年以上捨て駒として動かされるだろうな」

マグネットを持つ手に力を込めた。駒はその言葉を示すかのように木端微塵に砕け散る。

「殺される前に殺せ」

地面むき出しの床に、プラスチックの破片が転がった。それを見て副長、そしれ他メンバーが息をのんだ。

 

隊の命を握る、分隊長の威厳である。

 

こうしてレイチェル達は、『7:00作戦』に挑むのであった。

 

………

……

 

AM 7:00 戦闘開始

 

世界が総出になって築いた軍隊に、ゲリラ達は劣勢となっていた。

「なんだ…!?」

「メタルギア…月光!?」

施設に増設された防壁から、キャタピラの代わりに二本脚で走る戦車が確認できた。正規軍最新鋭のロボット軍団である。鉄人というよりクリーチャーに近い外見の化物は施設を完全に包囲していた。

「あれなら我々も持っている!すぐさま出せ!」

「やっていますが…防壁から出たところを狙い撃ちされています!」

眼下で佇む二足歩行戦車はこちらも保有していた。機動性の高さから目を付けられ主戦力ともなっている。だがゲリラの一人が目も向けた先には、その虎の子の兵器が黒煙を上げ倒れていた。立て続けにもう一台が出陣を試みるが、正規軍の射撃であえなくポンコツと化した。

「ファック!この野郎!」

「月光の出撃を中止!出撃を中止しろ!」

「モンスターの方はどうしている!」

「現在ガストとブレイズが空に出ています!限界高度に配置!」

空では火の玉と弾丸で弾幕が張られている。

一見どちらとも戦力差は無いように見えた。だがゲリラが有利だ。

ゲリラ側はモンスターの力を生かして飛行機の行けない高度にガストやブレイズを配置。距離が離れることによる弾の精度低下も数でカバーすることで、正規軍への一方的な射撃を確立していた。

そのため正規軍は

「ゲリラのヘリだ!撃墜しろ!」

「モンスターの弾を撃ち落とすだけで手いっぱいだ!」

空の方では不利となり、高性能の戦闘機も思うように飛ばせない状況だった。

「あの鬼畜共に我々の陣地踏み込んだことを後悔させろ!月光をこちらに一体も入れるな!」

陸戦さえやり過ごせば、劣勢のゲリラにも勝機がある。

現場の指揮官の声と共にゲリラ達の士気が上がった。正規軍の月光目掛けて対装甲弾が一斉に打ち込まれていく。進軍を続ける月光が一瞬よろめいたと思うと、それを最後に爆発した。他の機体もそれに続いて倒れていく。

ゲリラの保有してる二足歩行戦車に比べると正規軍のタイプは性能は上を行っていたが、数の暴力を前にしてその力も無力だった。

その光景を正規軍もしっかりと見ていた。

「…ゲリラ共、こちらの武器を強奪していたか…」

前線のキャンプではモニターに最前線が映し出されていた。月光がとらえられた映像である。血を流し、崩れ落ちるゲリラが画面いっぱい流れる。だが司令の興味は別の方へ向けられていた。

ゲリラが使用する武器である。拡大された景色に小さく映る機関砲は、今こちらが持つタイプと酷く類似していた。コピーか強奪してきた物だろう。少なくとも奴らが石槍と弓矢で戦う原始人ではないということだ。舐めてかかればこちらが怪我をする。

「だが、何時まで意地を張っていられるか…コマンド部隊は準備できているか?」

司令官はモニターから目を向けたまま、声を上げた。近くの幹部が手慣れた様子でトランシーバーを操作する。ノイズだらけの音声がテント内に響いた。

「問題ありません。コマンド以外の隊も同様です」

幹部は粛々と続けると、司令官は通信機器のマイクを手に取った。

〔‘ニイタカヤマノボレ‘ 繰り返す ‘ニイタカヤマノボレ‘〕

それは、第二次作戦を告げる暗号である。

暗号は更に別の暗号に変換され、基地にスタンバイしていた各部隊へ送られていった。

 

バス並みの巨体にプロペラが前後に二基、異形な大型ヘリに待機するレイチェル達もそれを聞いていた。

「野郎ども!上が作戦開始といったそうだ!」

宇宙服に似た防具、クアンタムスーツを身に着けたレイチェルはメンバーにそう飛ばした。ヘルメットは完全に密閉され、顔が確認できないがその粗暴な身振りだけで、中身が誰だかしっかりわかった。

「サー!イエス・サー!」

全員声を合わせ、軍隊お馴染みの返事をした。

「と言うわけで戦闘前の私からの一言!」

レイチェルは声を張り、隊員達に負けずと続けた。隊員の緊張をほぐすためのスキンシップである。戦闘前はお約束のようにやっている。

「我らコマンド部隊の副隊長!エーレン伍長は!軍学校時代!同期にラブレターを送った!」

「レイチェル!あなたのこと後ろから撃ちますよ!」

 

ヘリ内が修学旅行に似た雰囲気になる一方、既にゲリラへの第二次攻撃が始まっていた。

「モンスターが落ちて来たぞ!」

研究施設の方へ、空に居るはずのガストが落ちてきた。宙に浮くために体重を軽くした生物なので、落下してきても施設に大きな被害は無かった。だが彼らの士気は十分挫く存在だった。

「何故だ…弾は届かないはずだろ」

「ファック!シット!」

「やめろ…やめろ!」

青いそらに白い点が、いくつも見えていた。ガストが撃墜されているのである。

近くに墜ちたガストには、額から触手にかけて斜めに焼き斬られた後があった。

「弾道ミサイルの発射も確認されていません!」

モンスター達の高度まで攻撃するのなら高価なミサイルを撃つしか方法は無かった。だが今現在に至るまでそれと思しき物体は何一つ確認されていない。レーダーにも、肉眼にも。

「第二波きます!」

仲間の声と共に、空から無数の物体が落ちてくるのが見えた。ガストだ。周囲にどよめきが走る。

「おい、双眼鏡よこせ」

ただゲリラの指揮官は一味違った。何かを見つけたようだ。横でわめく部下から双眼鏡を奪い取ると、落下物とはあさっての方向の空を覗いた。

「戦闘機…だと!」

ゴーグルのレンズにはっきりと映っていた。無人機が今なお空から放たれる火炎弾をよけながらも限界高度を飛行している。

怪しい飛行物体にリーダーは感づいていた。それが確信に変わった今、仲間に指示を飛ばそうとした。施設には対空ミサイルも配備してある。戦闘機への攻撃も可能だ。

戦乱に負けじと男は声を張り上げる。

「おい!あのUAVを撃墜―」

だがその指示は強引にかき消された。辺りにいる仲間がいきなり身体をすくめた。誰もが銃を取り捨て、耳をふさいでいる。爆発ともエンジン音とも違う騒音が、施設内に流れてきたのだ。

‘音‘が周囲に響き渡った。

 

無論‘音‘の主は正規軍である。

デザート迷彩の戦闘服隊員が、パラボラアンテナに似た物体を動かしていた。軍用車の上からだ。

「奴さん、ひどく苦しんでいるご様子ですぜ」

兵士の一人がゴーグル片手に施設の様子を見物していた。劇でも見るように顔をニヤ付かせている。

「なあに、‘音響兵器‘だ。指向性の大音量で…殺さないだけゆっくりじんわり苦しめてやるぜ!」

正規軍の新兵器、『アポカリプス』である。爆発でも毒でもなく、巨大な『音』でもって対象を攻撃する兵器だ。音は空気の波となって施設に押し寄せ、ゲリラ達の行動を麻痺させていた。

周囲には同じような音響兵器を乗せた車がいくつもある。そしてどれも施設の方へスピーカーが向けられていた。

この音響部隊は研究施設をぐるりと囲むように配置されている。

正規軍があらかじめ配置したのだ。

「ついでに、レーザー兵器も持ち出しちまってますぜ。連合も本気ですな」

「ごもっともだ、その証拠にブレイズロッドが落ちて来たぜ」

上空では無人機が数機、飛び交っている。その思惑はレーザーによるガストの撃墜。地上からは射程外なので、あえて無人機から撃っていた。星が見えるか見えないか、その地点でUAVはGなどお構いなしの軌道で火炎弾を避け、ガストやブレイズを虫のように簡単に撃ち落とした。可視不可能の速度で飛ぶそれを、モンスターらは防ぐ余地が無かった。

多くのモンスター達は、無残な状態で地上に姿消していく。

 

「クソッ!劣等共が!」

落ちてくるガストを片目に、ゲリラは叫ぶ、だがその声も音響兵器でかき消された。

「こっちにくるなぁぁ!我々の聖域だぁ!」

仲間の一人も叫びながら防壁から鹵獲した重機関銃を撃っている。銃口から火が出ているように見えた。機関銃自体も激しく振動し、軌道がぶれた。だが幸運にも弾は月光のセンサー部をとらえ、その巨体を停止された。しかし同時に射撃の手も止まった。弾切れだ。辺りに換えの弾倉が無いか視界をめぐらす。

「いいぞ!リロードするぞ!」

仲間の一人が親指を立て、弾倉を持ってきてくれた。大音量でコミュニケーションは容易にできないが、長く戦った同士で、考えていることはよくわかった。音の波の中、重い弾倉を抱えてこちらに駆けてくる。

だがその矢先だ。

弾倉を抱えた仲間がいきなり倒れた。

「同志!」

撃たれたのだ、慌てて駆け寄ると胸から血が出てきている。だが意識はあった、顔を歪め、うめき声を上げている。

―助けなければ

全身に力を入れ、重い身体を引きずった。懸命に、飛び交う弾丸を無視して。

「もう少し、もう少しだぞ!」

声は届かない。だが気持ちは伝わるはず。手足といっしょに口も動かしながら、テントの方へ急いだ。あそこなら医療用キットがあったはず。

「何をしている!」

だがその時、リーダーが眉間にしわを寄せこちらに近づいてきた。

「怪我をしています!早く手当をしないと!」

必死に身振り手振りでそれを伝える。だがリーダーは首を縦に振らなかった。

「コイツはもう死ぬ!これ以上犠牲を出さないために!早く攻撃に戻れ!」

顔を下げると仲間は口元から血を流し、顔を真っ青にしていた。額に脂汗が浮き出ている。認めたくないがとても助かりそうにない。

―しかし生きている。

「せめて!せめてモルヒネだけでも打ってやっても!」

モルヒネは痛みを消す力がある。怪我は直らないが、せめて楽に死なせてあげたい。

「アホか!死ぬこやつにそれは必要ない!」

その言葉の後に、リーダーは部下の頬を思いっきり殴った。

「な、なにを…!」

彼はリーダーに掴みかかった。

しかしリーダーは冷静に彼の足を払った。バランスを崩し、大きく地面に尻をつく。

「戦場で甘ったれるな!」

そう言葉を残すと、リーダーはその場を去って行った。彼は何も言葉を返せず、その後ろ姿を見届けた。横に倒れる怪我人は、もう動くことは無かった。血を流し息を引き取った。

「…クソッ!」

死にゆく仲間を見て、彼はとっさに拳銃を取り出した。使い込んでいて、キズが沢山刻まれている。

「アイツだけは…この野郎!」

何を思ったか、彼は銃口をリーダーに向けた。銃を握る手は心なしか小刻みに震えている。

彼は引き金を引くかどうか、躊躇した。奴は仲間を見捨てた男、だがそれと同時に、ゲリラの信条で刃向うことが許されない相手だ。感情と理性。どちらを取るか、手の神経はそれで引くか引かんかと迷っていた。

「うわああああああああああああああ!」

彼は感情を取った。硬いトリガーを、怒りに任せて引き絞った。

しかし弾は外れた。

射撃の腕の問題ではない。爆風がこちらに飛んできた。

彼はその衝撃で、ハッとした。

―敵はこちらに迫っている。

空を見上げると、ゲリラのヘリが炎を吹きだして墜落していくのが確認できた。だがそれだけではない。

ヘリの遥か向こうに敵方の影、ヘリと戦闘機が、編隊を組んで目掛けて飛んできていた。

 

「総員!気を張れ!」

大型ヘリ内で、レイチェルが叫んだ。眼下に研究施設が広がっている。

護衛の戦闘機や、地上の部隊からの支援でなんとか敵の弾の猛威から逃れている。

飛んできたミサイルが、レーザーによって空中で爆破された。機内が大きく揺れる。

「ドアを開け!総員降下準備!」

味方の機体が施設に空爆したと同時、コマンド部隊の作戦がスタートした。

まず最初に、隊員ではなく鉄の箱が落とされた。中には搖動役に小型ロボットが仕込まれている。コマンド部隊より先に降り立ち、暴れることで潜入をサポートする寸法だ。

「オラ!お前らも降りろ!小便ちびるんじゃねえぞ!」

箱に続いて、レイチェルは半分突き落とすように隊員を送り出した。隊員はヘリの外から飛び出るとパラシュートも無しにそのまま落ちて行った。

普通なら地面に降り立った時点で怪我をする、運が悪ければ死ぬだろう。

だがクアンタムスーツの恩恵で、それを心配することは無かった。弾丸のごとく隊員は敵基地へ突っ込んでいった。

「シュワット!」

レイチェルも最後に飛び立った。風が身体の横通り抜けていくと共に、施設の建物が秒を刻むごとに迫ってきた。だがそれを気にせず、彼女は土煙を上げて派手に着地した。

「点呼!」

トランシーバーに向かって、彼女は叫んだ。人数確認だ。着地した地点はバラバラなので、通信で確認する必要がある。

〔こちら‘ケビン‘、問題なし〕

ノイズ混じりに副長が応答した。立て続けに他の隊員の声も帰ってくる。欠員はいないようだ。

「M9にて合流する。各自、敵に注意しろ」

全員から応答がきたことを確認すると、レイチェルもライフルを構えて合流地点へ急いだ。スーツのおかげで走力も強化され、移動速度は車と等しかった。そして最初の空爆と搖動ロボのおかげで施設内は混乱状態。自由に辺りを動き回ることができた。これなら合流に苦労することも無いだろう。

「分隊長、遅いですよ」

1分も経たないうちに合流地点についた。モンスターを作り出すでろう工場の出入口である。敵の姿は無い。だが代わりに先客がいた。副分隊長…と自分以外の全隊員である。

「すまんな、少し離れたところに落ちた」

「何を言っているんですか、言い訳は止して下さい」

どうやら自分が最下位のようだ。全員痺れた様子で立っている。

「まあいい、潜入開始だ」

ごまかすような命令と同時、潜入作戦がスタートした。




以上です。
「おい、マイクラしろ」そんな声が聞こえてくる気が来ます。アーアーキコエナイ

ゲリラVSコマンドMODの要素いっぱいということで許してください。(ちなみに音響兵器とレーザー兵器は現実に存在する物からアイディアを引っ張ってきました)

メタルギア月光…マイクラ小説に出てもイイじゃないですか!(切迫)
MODでメタルギアREXがでるのもありますし!

まあ、今回は中途半端なところで切り上げましたが、そのうち続きを投下します。まずはクリスマス番外編ですよ…(ニヤリ)

ご意見、ご感想お待ちしています。


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番外編 前編 メリークリスマス

潜入作戦?まあ待ってください今回は番外編 クリスマス特集ですよ

前回執筆するために、参考がてら戦争の動画見てたもんで…衝撃が強かったです。

気休めにと書きました。(動画とはいえ、戦場見た者としての自覚を問われますが)

とりあえず、どうぞです。


身体に刺すような冷気が吹き付けてきた。全身に震えが走る。脚を動かすのも億劫になる環境だ。

辺りの岩肌を俺は見渡した。

 

「うお…寒い…」

 

人の骨みたいな白の氷が、もともとあったであろう岩に苔の如く張り付いている。縮まる背中の後ろには、ネザーゲートによく似た氷のゲート。俺はこの門を潜ってきた。恨めしそうにそれを眺めると、凍える身体に鞭を撃ち、冬眠から目覚めた熊のようにゆっくりと足を踏み出した。靴底から氷が砕ける感触が伝わる。

「ち…畜生…マタルの野郎…!」

見て分かるように、俺はわけあってこの寒い世界…エターナルフロストに来ていた。溶岩滴るネザーと対照的、極寒地獄の名にふさわしい異世界だ。ん?なんでこんなところに居るかって?

まあ…ことは数時間前にな…

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「あ、お金が足りない」

 

薬を醸造しているマタルが、いきなりそうつぶやいた。近くで大鍋をかき回していた俺にも、その言葉ははっきり聞き取ることが出来た。

 

「金か…いったい何があった?」

 

乾燥した薬草を鍋に投入しながら、マタルへ先ほどの言葉について問いただした。

 

「いや…この前色々買ったじゃん?」

「ああ、そうだったな」

 

狩りに必要な防具、高額な武器、最近かった物といえばこれだ。どちらも安値では済まない品物である。価格は、武器防具合わせて一月の稼ぎ丸々持っていくほどのボッタクリ。マタルの家には金は殆ど残っていなかった。

そしてその代償が、今になってきたのである。

 

「実は、家賃をそろそろ払わなきゃいけなくなって…」

「ああ、賃貸だったな。一戸建ての」

 

俺は一応マタルの家に居候になってそこそこ日が経っている。薬屋が賃貸だとかその評判、はたまた経営状況がどうなっているかは余所者ながらも知ることができた。あくまでも最近になってからだが。

 

「その徴収が6日後に迫っているんだよ」

「なんだ6日後か…え?」

「6日間だよ…」

 

マタルは吐き捨てるように日数を告げた。

現在薬屋の手持ちはなんとか集めて1万エメラ。しかし家賃一か月分は8万エメラ。貸主に払えるとしても13%程度。残り87%、7万エメラを集めるには稼ぎに出なければならない。

 

「ドラゴンと戦う自信はあるか?」

「今の私の運転技術でかな?無理だね…」

「だよなぁ…」

 

金稼ぎ一つとしてレッドドラゴン狩りに出ればいいが、まだ連携が成り立つ程練習を重ねていない。よって金を調達するには別の手段を要いる。…のだがそれが見つからない。

 

「…土下座して家主に待って貰うんだな」

「いや、もう一か月分滞納していてね…」

「おいおい…」

 

その情報に俺は、思わず鍋をかき混ぜる手を止めた。そして呆れてため息をついた。

一ヶ月家賃の滞納があるということは、その分徴収する金も上乗せされる。よって集めるべき金は二倍に膨れ上がった。6日間で15万集めることになる。

 

「金を貸して貰えそうな奴はいるのか?」

「…もう借りちゃっているんだ…」

「追加で貸してもらうのは?」

「無理だね」

 

万事休す。話の流れでマタルが金に対して面倒な問題を持っているのは察したが、まさかここまでとは。

店内が薬が煮立つ音だけになった。

 

「というわけだ!これから一っ稼ぎするよ!」

 

マタルは手を叩いて沈黙を破った。それに対し、俺は不愉快そうに俺は眉を顰めた。すると奴はそれを察したかのように奴はチラシを一枚手渡してきたのである。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

チラシには雇用情報が記されていた。「クリスマスのケーキ配達」だとか。コートのポケットからそのチラシを取り出し、雇い先の住所を確認した。

 

「ケーキ屋…ゲートから真っ直ぐ100m…」

 

紙面から顔を上げ、今歩く道と地図を照らせ合わせた。きっと道を間違えていないだろう。そう思いながら身を超す氷柱が下がる道を、1人で歩く。

こんな時道案内はマタルに任せるのだが、奴は

 

「嫌だ!普通にマッチ売ってくる!」

 

とか言い出してこちらの世界には来なかった。どうやら寒さには弱いとか。溶岩浴びても火傷しないくらい丈夫な身体なら寒さの一つ二つどうにでもなんとかなりそうだが、奴は駄々をこねてついてこようとしなかった。

 

「…何がマッチだあのアホが…」

 

道に転がった氷柱を靴で踏みつぶす。ぞんざいな扱いされたことにやるせない気持ちがつのり、溜息がでた。

1人で出かける俺に差し出されたのは、皮のコートだけ。こんな極寒の地に出るにはいくらなんでも装備が甘すぎる気がした。手袋でもなければ四肢が凍傷になってしまいそうである。

その時不意に横から風が吹き付けてきた。俺はそれに対し身悶えるのだけであった…

 

………

……

 

「では、仕事を確認しよう!」

 

他の従業員との集会で、スノーゴーレムは高らかに号令した。俺は寒さで半ばふらふらになりながもらケーキ屋にたどり着くと、今目の前で話すスノーゴーレムが出迎えてくれた。奴が雇い主のようである。

他のバイト店員はとっくに集まったようで、俺が来たと同時に集会が開始された。

 

「今回君たちにしてもらうのはケーキ配達!」

 

俺は再びチラシに目を通すと、仕事内容はしっかり書かれていた。そして横には『体力自慢向け』と付け足されている。一応身体は鍛えているので人並み以上に力はある。今更仕事に口出ししようとはしなかった。

 

「現世に戻ってお客様に商品を届けてもらうよ!車と運転手はこちらで用意してある!君たちには配達のサポートをしてもらう!雪だるまの私には現世はキツイ!屈強な身体の諸君らに期待している!以上!店の倉庫に移動してくれ!」

 

職場は既に立て込んでいるようで、雇い主は手短に話すと、後は付き添いの従業員に場を任せて引っ込んだ。説明になっていない気がするが、単に荷物を運ぶだけだからそれくらいの情報量で問題ないだろう。

俺は周囲を見渡しながら結論付けた。他のバイトは現世で見たような人外たち。彼らに比べて能力の劣る俺は、後ろでサポートに徹するのだろうな。

 

「旦那!旦那じゃありませんか!」

 

倉庫に向かおうと立ち上がった時、ふと後ろから声をかけられた。この世界で「旦那」と呼んでくる顔見知りなんていたものか?いささか不思議に感じながら俺は振り返った。

 

「…どちら様だ?」

 

後ろには毛糸の帽子を被ったスケルトンがいた。アンデットなだけあって俺はその風貌にビクリと身体を震わせる。だが彼が何者かなのか、特徴のない人体骨格なので種族以外察することはできない。

 

「旦那!忘れられちゃ困りますよぉ~、ほらこの前銃を売った…」

「おお、あの鍛冶屋のスケルトンだったか」

 

武器を買いに鍛冶屋へ行ったとき、応対してくれたスケルトンだ。たしかにコイツは俺のことを「旦那」と呼んだりしていた。

ただコイツがなんでこのケーキ屋に居るかがまたそれはそれで謎だ。

 

「実は、店で剣を廃棄にしたんですがね」

「人の考えを覗くな」

「はは~けっこうけっこう。その後相棒にコッピリ絞られましてね。弁償代として外に働きにでているんですよ」

「同業者がいたんだな…」

 

俺もマタルの関係でこうしてケーキ屋に働きに来ている。目の前のスケルトンも当たり外れずとも同業者の命でここにいるのなら、笑うしかない。俺は飛んだ皮肉だと心の中で呟いた。

 

「とんだ皮肉でしょうな、カッカッカ」

「…なんで人の心を覗く」

 

―何者だこのスケルトン

そう感じながら俺は奴から目を離した。自分の内が見越されるのはあまりいい気分ではない。

 

「ただの読心術でありやすよ。あ、あっしは‘白波‘と呼んでくださいな」

「わかったわかった。とっとと倉庫行くぞ」

 

他のバイトが全員倉庫へ移動したのだろうか、部屋には俺達以外誰もいなかった。といっても話声が廊下から聞こえる。まだ移動に間に合うだろう。

 

………

……

 

「…なんだこのシカは」

「トナカイでありやすよ」

 

倉庫にたどり着くと、既に配達の仕事が始まっていた。従業員がケーキが入ったであろう箱を爆弾を運ぶような素振りでゆっくりと『車』へ積んで行った。といってもそれは俺が作ったようなレッドストーン式のタイプではない。ソリを模したデザインの荷車にトナカイが繋がれた、言わば馬車に近いものである。

この世界では動物を動力にしたのが主流だが、馬以外がそれになっているとは考えてもいなかった。

それに驚く点は未だある。

 

「そしてこのコスチュームはなんだ」

「サンタさんの上着でありやすよ」

「この真っ赤な上着がか?」

「そうありやすよ、鉄板ですぜ」

「そうか…流石悪魔、血に塗れた衣服を…」

「旦那、なにか勘違いしてありやせんか」

 

おそらくこの車といいコスチュームといい、サンタクロースと呼ばれるキャラクターを題材にしたものだろう。俺の中のサンタクロースと言えば、神に反乱を起こし、やがては悪魔と化した天使だったが…まあどうでもいいことだ。

配達にはトナカイを操る係りと荷物を直接手渡す係りがペアになって行う。そして俺は何故かこの‘白波‘と名乗るスケルトンとペアを組むことになった。話によれば白波は以前もこのバイトをしていたとか。先輩と新入り、納得の組み合わせである。だが俺にはすんなりと受け入れがたい構成だ。コイツとは数分前に一悶着があったばかりなのに…。

 

「まあまあ、そうお堅いこと考えなさらないで」

「だから人の思考を…」

「さあ、荷物も積まれたことだし乗って下せえ」

「…わかったぜ」

 

荷台にはリボンがひらひらついた箱が並んでいる。俺達は残された席ということで御者席に乗るしかなかった。無論白波のすぐ隣だ。

 

「それい!出発だぁ!」

 

白波は俺の考えがわかっているかわかっていないか、こちらからは考え何一つ察することはできないものの我関せずとトナカイに鞭を振るった。周囲に引き締まった音が響く。それと同時、トナカイが一鳴きしたと思うと重力に逆らい、宙を舞い始めた。

 

「うおぁああ!」

 

今乗るソリも、トナカイに引っ張られて宙に浮き始めた。思わず俺は声を上げた。

―なんだこれは

前居た世界に飛行機はあった。だが宙を舞うソリもトナカイは無かった。今それが存在するとして、俺は驚かずにはいられなかった。

 

「旦那~驚いていますね。こんなの見たことないとか」

「ああ…ビックリだ」

「では…次元のかなたへ!さあ出発!」

 

どんどん遠ざかっていく地面を目に、俺は不快を表す暇もなかった。

その様子に白波は気を良くしたか、ソリのスピードを上げ始めた。顔に冷気が容赦なく吹き付けてきた。座席にシートベルトがなかったら、飛ばされていただろう。

 

「おい!目の前にゲートがあるが…!」

「そりゃあ…突っ込むんだよ!」

 

ソリのスピードはお構いなしに上がった。

耳元で風が通り抜ける音が聞こえる。

そしてソリは、空中に展開されたゲートに姿を消した。

 

異世界の空が再び静寂に包まれた。

 




前編は以上になります。

後編は今日の夜か、明日投稿します。首を洗ってゲフンゲフン首を長くして待ってください。

今回は試験的にセリフと地の文とで間を開けました。今までのチェックしていたら、間なしでは読みにくいと感じたからであります。

とりあえずお声がかかるまでは間は開けるスタイルで進めようかと。

上記以外のご指摘もありましたら、気軽にコメントください。
並びにご感想もお待ちしております。



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番外編 後編 長い聖夜

どうも、なんとか投稿できました。

拙い文章ですが、どうぞゆるりとご覧ください。


ホワイトクリスマスとは言いづらい、星がらんらんと輝く夜空の下、サンタの俺は配達仕事をしていた。

 

「メリークリスマス、良い夜を」

「配達ごくろうさま」

 

子供を抱える狼男に頭を下げると、俺はソリの方へ急いだ。商品一つ一つには届ける時刻が決まっている。配達は時間との勝負であった。

 

「おお~だいぶ様になってきたね~」

 

御者席から見届けていた白波が、ほれぼれしたように話しかけてきた。俺が飛び乗ると、ソリは再び空を舞う。

 

「相手は礼儀を払うべき相手、そうそう無愛想な態度はとらねえよ」

 

風に吹かれながらも、俺は返した。現世はエターナルフロスト程寒くなく、移動には思ったほど負担は無かった。

眼下に広がる町には、夜にもかかわらず光であふれている。いつ見ても毎日が祭りのような風景である。

 

「じゃあ、この下へ降りてくれ」

「アイアイサー」

 

俺がメモ片手に配達先を示す。白波は返事を反すとソリを住宅街へ降下させた。身体に浮き上がるような

力がかかる。そうしてソリ地上に降り立ち、通りを数m滑走した。完全にそれが止まると、俺は御者席から素早く降りる。

 

「この調子で頼みますぜ、旦那」

 

箱を片手に急ぐ背中へ、その言葉が投げかけられた。俺も開いた手を上げそれに答える。

 

「ごめんください」

 

玄関にたどりつくと、俺はドアを叩いた。4回やさしくノック。マニュアル通りだ。

 

「…出てこねぇな」

 

手元から時計を出し、時刻をチェックする。懐中時計は7時8分を示していた。

配送時刻は注文者が定めることができ、配達であるこちらはそれに合わせ動くことができる。今この時も、注文者の時間通り配達に伺った。約束の時間には間に合っていた。

なのに相手はでてこない。

 

「ごめんください、スノーケーキ工房です」

 

再びドアをノックする。しかし返事はこなかった。

 

「どうしたんだ…家を間違えたか」

 

このままでは次の配送に間に合わない。止む負えずソリに引き返そうとした。

とそのときドアの向こうから足音がした。

―家主がいるのか!

慌てて家に向き直ると、目の前のドアが勢いよく開いた。

 

「はい…ケーキください」

 

暗い玄関から、角を生やした男が出てきた。

だがドアの開いた勢いに比べると、その喋りはどこかやつれきったが印象がある。

 

「おう…じゃなくてハイ。ご注文の品でございます」

 

素にもどりながらも箱を出すと、男は無言でそれを受け取った。だがその後何か呟いた。

 

「…も…1人の…ス」

「どうされましたか」

 

声が小さかったもので、俺は思わず聞き返した。すると男は目をカッと開くと、再び声を上げた。

 

「今年も1人のクリスマスっつてんだろ!」

 

そう怒鳴ると男はドアを閉めた。

何か俺は触れてはいけないものに触れてしまったようだ。…て何か忘れたような

 

「おい!ハンコかサイン寄越せ!忘れるんじゃねェ!」

 

肝心の受け取った印を貰うのを忘れた。俺は慌ててドアを叩き、引っ込んだ家主を呼び戻すことになった…

 

………

……

 

「旦那、アレはありませんぜ」

 

御者の白波は、鞭を操りながらも俺に話した。先ほどの家主への対応である。

 

「…あれは不遇だった」

「んなわけないでしょう」

 

あの後家主を再び呼び出すことが出来たが、再びガミガミ怒鳴りつけられ、おまけに配達したケーキを投げつけられるという事態になった。これってそのうち問題になりそうだが

 

「次は無いようにしてくださいな」

「ああ、わかった」

 

とりあえず今は次の配送先に向かうことが最優先だ。失敗は後で考えることにして、配達先を確認することにした。

と、ポケットに視線を下した時である。

目の端に何か不自然なものが見えた。地上である。空を走るさなか、地上に何か変な物体が見えた。

 

「変な物体ってなんですかな?」

 

白波は、俺が言いだすまでも無くソリを止めた。いきなり止められたので、身体が手前へつんのめった。

 

「止める時は一言言ってくれ」

「へいへい、それで何があったんだい?妖怪?お化け?」

「俺の隣にいる骸骨ならそれに当たりそうだな」

「ごもっとも、それで下に何が居たのかな~?」

「何か…怪しい人影があってな」

 

ソリが動きを止めたということで、今度はハッキリと見えた。地上に立つ家の屋根を、次から次へと飛び移っていくものがいる。猫にしてはサイズが大きい。直ぐ横から白波も顔を覗かせた。

 

「…怪しいですな」

「言われなくともわかる」

「もしかして…」

 

その時地上の影が動きを止めた。正確に言えば転んだということか。屋根の瓦に躓いたようだ。だがその影からは、持っているはずのないものが零れ落ちてきた。

 

「金品じゃねえか!それも大物だ!」

 

背中に担いでいる風呂敷から、黄金のコップと思しきものが零れ落ちてきた。影は慌ててそれを拾い。再び屋根を走り始めた。こちらには気づいていない。

 

「おお、あれは忍者ではないか!」

「ニンジャ!? どう見てもあれは泥棒だろ!」

 

その証拠に、影の後ろを蒼い全身鎧が追いかけてきている。普段はゴーレムの方を見かけているが、カラーではっきりとわかった。警官隊だ。泥棒を追いかけているのである。あの影同様に、屋根を次々と飛び越えている。重いゴーレムを屋根に上げる訳にはいかなかったのだろうか。

 

「このままじゃ警官隊、忍者を逃しちゃうよ」

「だから…泥棒だと」

 

―まさかこの世界にも泥棒がいるのか

仮に貧困で何かを失っても、この世界の人外なら魔法なりの能力で最低限のものは調達できるはず。わざわざ他人から何か奪う必要も無いのだ。

だが現にそれが目の前にいる。ソリの飛行能力で捕まえるか、ケーキ配達に専念するか。

ソリで捕まえるのならその分時間もとられ、商品の質が落ちる可能性もある。それにソリに反応した泥棒が、あらぬ方へ進路を変え、追いかける警官の公務を妨害してしまうかもしれない。

しかしそのまま配達を続ければ、悪党を見逃すことになるのだ。

二つの選択を迫られ、俺は直ぐに答えを出すことが出来なかった。

 

「ちょっと手助けしちゃおうかな?」

 

黙り込む横で、白波はいきなりカタカタと笑いだした。そして荷台に手を伸ばすと、どういうことか銃を取り出してきた。黒光りする長身に取り付けられたスコープ、スナイパーライフルだ。見慣れぬ危険物に俺は目を見開く。だがそれを他所に白波は、慣れた調子でセーフティーを解除した。

 

「…お前それどこから出した」

「静かに…風2…距離50…高さ30…」

 

奴はいきなりぶつぶつと唱え始めると、泥棒の走る先へ標準を合わせた。

 

「まさか…撃つ気か…捕まるぞ!」

 

そしてためらいなく引き金を引いた。

 

「おい、バカ!」

 

銃から乾いた音と共に弾が発射される。消音機で音は抑えられたようだ。だが民間人が狩猟以外で武器の使用することは禁止されている。

すぐ下に警官隊がいるというのにその行動に走るのは、いくらなんでも正気とは思えなかった。

 

「正気ではないって?ははは」

 

銃口から立つ煙を、フウッと吹いてガンマン気取りをすると、カラカラと肩を震わせた。

 

「当たり前だろ!バカタレ!」

「でもほら」

 

慌てる俺を我関せずと、白波は狙撃した先を指さした。

 

「なんだってんだよ…」

 

俺は不本意ながらもそこを望んでみる。するとなんということだろうか。先ほどまでが走っていた泥棒が、今では屋根の縁に捕まり助けを求めている様である。

 

「…何をした」

 

俺は静かに問いただす。ほんの一瞬で何が起きたか理解できなかった。白波はまあ待てとライフルを荷台に置き、ソリを再び進め始めた。

 

「なあに、忍者の足元を崩しただけだよ」

 

ヘラヘラと笑いながら、白波は鞭を振るった。トナカイが嘶き、ソリが先ほどと同じように動き出す。

 

「…まさかな」

 

泥棒のすぐ下に差し掛かかった時、ようやく白波が何をしたかよくわかった。

瓦の一つが屋根から消えていた。辺りには消えた瓦のと思しき破片。

泥棒が踏んでいる瓦を、白波が狙撃で割ったのである。それによって泥棒は足場を失う。そしてバランスを崩せば屋根の下へ真っ逆さま、こうして今の状況になっているのだろう。

まあ、落下は逃れても警官隊には捕まるが。

 

「どうだい!あっしの狙撃は!」

「びっくりだぞ。なんで瓦が踏まれた一瞬で撃ちぬけるんだっての」

「ぐへへへ」

「…で、その銃はなんだ?」

「自家製の銃だ!威力は弱めているから人外なら撃ってもいいぞ!」

「俺には撃つなよ、わかったな?」

「OK!」

 

配達時間に遅延が出ると覚った白波は、鞭を激しく振るい、ソリの速度を上げるのであった。

 

………

……

 

その後も配達は続いた。

 

「はい、クリーパーケーキでございます」

「わぁ!アルベルト君と一緒に食べることにするわ」

(…爆発しやがれ)

 

荷物が無くなると、まだ残っている物を取りにまた極寒地獄に引き返したりした。

 

「さ…寒い!」

「我慢せぇ!」

「うるせえ!死人に口なしだ!」

 

そしてはたまたネザーの方へ配達に出たり。

 

「なんで灼熱地獄にアイスケーキ注文する奴がいるんだよ!」

「しらないって~ほら、エターナルフロストの保冷剤でしのいでいるから。氷が溶けないうちに配達するよ」

 

配達中にコーヒーを飲んだり。

 

「いいな~あっしにも分けてくれや」

「ブラックだぞ」

「え~ミルク入れてくれや」

「それ以前にお前コーヒー飲めるのか」

「臓器が無いから物理的に不可能」

 

そうして荷物が最後の一つになった。

 

「最後の一つだ。これで今回の仕事は終了だ」

「アイアイサ~一気の飛ばすよ~」

 

白波は、上機嫌にソリを最高速度に飛ばした。身体にGがかかり、頬の周りの肉が風で波打った。

 

「うがぁぁぁぁ!」

「あ、苦しそうだね、悪い悪い~」

 

俺の反応にケラケラ笑ったと思うと、今度はソリを急停止させた。身体が前につんのめり、誤って縁に頭をぶつけた。視界に光が散った気がする。

 

「アホか!お前の頭はスッカラカンだろ!」

「なんでわかったし」

「俺の身体もそうだが!ケーキの方も気をかけろ!」

「確かにそうだね~あ~悪い悪い」

「全く…」

 

ソリは先ほどと打って変わり、ゆっくり空を進み始めた。地上に立つ店の看板も、識別することができる。そして俺はその時気付いた。飛んでいるところが近所だということが。

繁華街には墨文字で『酒呑童子』の看板が掲げられ、店先には見覚えのあるファントムアーマーが立っている。

車を暴走させた住宅街も、それで連れていかれた警官隊の詰所もはっきり見えた。ほんの一か月前の体験が、走馬灯のように蘇えってくる。そして眼下にはっきり見えた。マタルの薬屋も。

 

「ではでは~こちらで降りさせていただきます~」

 

隣ではカラカラと白波が笑っていた。奴が他人の心を覗く趣味があったことを思い出し、思わず顔をしかめた。

 

「お前…見ているな」

「ばれたか」

 

そうして地面にソリを滑らせると、無事目的地に到着した。俺は慣れた動作で御者席から降り立った。だがその時、俺は目的地を見てぎょっとした。

 

「ここって…薬屋じゃねえか」

 

ソリが止まったところはマタルの薬屋だった。

―なんで金欠の家がケーキを買うんだ…

メモ片手に、俺は目を白黒させた。白波にも確認をとったが、目的地はここであっているようだ。何かの間違えか、そう感じながらも俺は玄関へ進んだ。ケーキ配達員として。

石段を踏み、見慣れたドアをノックした。四回叩いて家主を待つ。しかし返事はない。

 

「…孤独なクリスマスとかほざく気か?」

 

とりあえずマニュアル通りもう一度ノックする。しかし返事はこない。足音が近づくこともないし、家の明かりがつくこともなかった。人の気配は無い。

 

「―そういえばマッチ売るって言っていたな」

 

出かける前、マタルはそんなことを言っていた。それが本当だとすると、どこかで野外販売に出ているに違いない。この住宅街でマッチが売れるとは考えられない。

だとしたら、もう一つ思い当たるのはマタルの知り合いが送り付けたのだろう。サプライズで来たのなら、マタルが言いださなかったのも頷ける。

それなら今ケーキを管理できる人間は自分だけである。俺はクリームがとけないように冷蔵庫で保存しようと考えた。

 

「白波!ちょっとケーキ冷蔵庫に入れてくるぞ!」

 

後ろで待つ白波に野暮用で家に入る告げた。向こうもそれを理解したようで、腕を上げて許可してくれた。

 

「では、手短に済ますか」

 

1人俺は呟くと、店のドアを引いた。

だがその瞬間、中から破裂音が響いてきた。

 

―銃!?

 

反射的に俺は床に伏せた。ケーキは横に頬り出され、箱の角を歪ませている。突然の状況に頭がパニックになる。

 

―またマタルの関係か、借金取りでもやってきたか…

 

この世界の借金取りなら何をしてくるかわからない。

俺は外へ転がり、その場から逃れようとする。きっと関係者ということでタコ殴りにされるに違いない。

しかし身体に何かが絡みついて動けない。

 

―捕獲ネットか!

 

畜生ハメられた!荒ぶる思考の片隅で、俺は叫んだ。

なんとか外そうと暴れまわる。だが更にネットは絡みついてきた。だが向こうから何かが近づいてくる気配がある。

 

―ヤバイ!殺られる!

 

それを感じて目をつむった。全身の筋肉を強張らせた。

その瞬間、周囲が明るくなった。暖かい明かりだ。おもむろに目を開けると店の電気がついていた。

そして辺り見ると、見覚えのないスケルトン達がいる。白波じゃない。ウィザースケルトンだ。骨が炭化しており風貌が黒づくめだ。

 

「…マタルさんじゃ…ないぞ」

「このオッサン誰だ」

 

辺りにいたウィザースケルトンがきょとんとした様子で騒ぎ出した。見ると手にはクラッカーが握られている。慌てて俺は身体を見ると、腕から腰にかけて、リボンの様な物が絡みついていた。ネットだと思っていたのはどうやらクラッカーから飛び出した飾りのようだ。

 

「…お前ら何者だ」

 

こちらを他所に騒ぐ彼らへ、俺は問いかけた。

 

「あの~我々マタルさんの身内なんですが」

 

俺の横に立つウィザースケルトンが徐に答えた。見ると手には「ドッキリ大成功」のプレートが握られている。俺はそれでハッとした。

 

―こいつらサプライズ企画を練っていたのか…

 

覚えのないケーキ、打ち鳴らされたクラッカー、サプライズ関係者がネザーに多く生息するウィザースケルトン。同じくネザーに多く生息するゾンビピッグマンのマタルなら、こういった身内がいても何ら不思議じゃないだろう。

 

「えっと…どちら様ですか」

 

ウィザースケルトンが再び横から問いかけてきた。俺はリボンを払って立ち上がった。

 

「あー…マタルの居候なのだが…」

 

周囲に沈黙が走った。もしかして彼らは俺のことを知らないのか。というより今までの反応からそうとしか思えない。だとしたら…俺が原因で彼らのサプライズを失敗させてしまったということだ。

 

「…そ、そうですか、失礼しました。改めまして自己紹介します。我々、インフェルノ騎士団ヒューマ隊の者です。本日はマタルさんのクリスマスサプライズということで此方に参りました」

 

俺の目の前で、いきなりウィザースケルトンが敬礼した。片手にドッキリ札を持ちながら。他のウィザースケルトンもそれに習って敬礼する。

 

「ご、ご丁寧にありがとう。俺は今ケーキ配達をしていてな。家の方にケーキが来ていたようだから、冷蔵庫に仕舞おうと立ち寄ったんだ」

 

俺も声を裏返しながらも返した。床に転がったケーキの箱をちらりと見て、なぜ立ち寄ったかも付け足す。

 

「…そこで我々が驚かせてしまったわけですか…度々失礼します」

 

ウィザースケルトンは俺の代わりに箱を取り上げると、ふたを開け中身を確認した。とっさに投げ出したからケーキはぐちゃぐちゃになっているはずだ。

その証拠に、彼は何も言わなかった。

 

「…じゃ、俺は配達があるんでこれで」

 

俺は場の雰囲気に気まずくなると、一言残して外に出て行った。

 

………

……

 

「っていう散々なクリスマスだったんだぞ!俺は!」

「あらら~大変でしたな~」

 

俺はエターナルフロストへの帰路で、白波に愚痴り続けるのであった。

 

 

 

聖なる夜、雲一つない空に大きなのソリ。そこに乗るは赤い上着のおじいさん。

 

これは世間でよく知られるサンタクロースなのだろう。

 

主に見知らぬ相手にプレゼントを配る。真夜中に。

 

俺達は正にその姿であったに違いない。

 

しかし俺自身は、違うと感じた。ヘコヘコと頭を下げ、ケーキを投げつけられ、挙句の果てにサプライズを破壊する。本家のおじいさんはこんなことしない。これじゃあサタンじゃねえか。

 

いくら何かに成りきったところで本物になれやしない。何時まで経っても偽物だ。

 

ロクなこと一つもしない。

 

しかし

 

そんな奴でも、背に変えられない事情を持っていたりする。俺みたいな金銭にぶち当たったりとな。他にも色んな事情をもちあわせていたりする。

 

大体そういう荷物を背負ったのは不器用な奴だ。俺もそうだ。

 

そんな人間を、寛大な心で受け入れてくれないか。

 

虫のいい願いだが受け入れてくれないか。単にネジが一つ飛んでいるだけだ。見た目はポンコツかもしれないが、中身に破損は無いんだ。

 

直る望みだってちゃんとある。

 

だから、表面だけでなく内側も見てくれ。

 

真夜中の空で、俺はぼそりと呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 




以上になります。

急いでいたもので、最後辺りは駆け足になってしまったかもしれません。
ですがクリスマス番外編、ちょっとでも楽しめていただけたなら作者はうれしいです。

ご意見ご感想、いただけるかどうかわかりませんがお待ちしています。


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第二十二話 第三の力

今回は、前回に引き続き前の世界の話です。

ちなみにスティーブは、マタルに車の運転技術を叩き込んでいます。


隊員の一人がドアの向こうにスタングレネードを投げた。半開きにしたドアをとっさに閉めると、間をあけずに爆音が轟いてきた。特殊閃光弾が作動したのだ。

 

「突入!」

 

分隊長のレイチェルが叫んだ。あらかじめ打ち合わせした通り、前衛班が煙の舞う工場内へ突撃した。すぐさま他の班もそれに続く。中からサプレッサーで抑制された銃声が響いた。ゲリラが何か唱えるも、隊員はそれを無視して射殺した。

 

「クリア!」

 

辺りにはゲリラが血だらけで転がっていた。隊員に負傷者はいない。わずか数秒で入口前の小部屋が制圧されたのだ。

 

「地下に行くぞ!さっきと同じようにやれ!」

 

レイチェルが間髪入れずメンバーに指示を飛ばした。部屋の奥にドアがある。情報によれば地下工場の侵入口はあのドアの先らしい。モンスター生産を止めるにはそこを進む必要がある。

 

「アイ・サー!」

 

先ほどと同じように、敵陣に手榴弾を投げようと、隊員2人がドア横にへばりついた。一方がドアを開け、もう一方が爆弾を投げ込む方式だ。

彼らがカウントダウンを始めた。

 

「3…」

 

ドア係がノブに手をかけた。

 

「2…」

 

もう一方が、スタングレネードのピンに手をかける。

 

「1…」

 

死体を傍らに待機する隊員が、突撃銃を握る手に力を込めた。

グレネード投入と同時、レイチェル達は突撃するのだ。

 

「ファイア!」

ドア役が静かに唱えると、その言葉と共にノブが引かれた。片方の隊員がスタングレネードを投げ込む。

だがしかし、爆発とは別の轟音が立った。ドアの向こうから別の弾が掃射されているる。開きかけのドアは、あっという間に穴だらけになった。

 

「隊長!ターレットです!」

 

手榴弾を投げ損ねた隊員が、此方を向いて叫んだ。ドアの先に続く地下階段では、最下段のところに重火器が佇んでいた。その銃がモーターとセンサーでもって1人でに、射撃を行ってきるのである。

対するドア係が発砲するも、戦車用の装甲で弾は難なく凌がれてしまった。

 

「訓練で戦っただろ!アレを使え!アレを!」

 

レイチェルは怒号を飛ばす。それに反応したドア横の二人はすぐさま横に散開した。

入れ替わりに後衛班の一人が重火器を持って動き出す。

 

「E-11‘サラマンダー‘…掃射準備よし!」

 

ひときわ大柄な男が、手に戦闘機に搭載されるはずの銃を抱えドアに接近した。機械的なデザインの風貌打って変わり、その銃は紫のオーラを漂わせている。

エンチャントを施された、高性能銃だ。

 

「発射!」

 

ドスを利かせた声で、内臓モーターを作動させた。

ガトリングとも呼ばれる大砲は6つに束ねた砲塔を回すと、数秒経った後銃口から火を噴いた。施設内に、滝を流れ込んだような轟音を振りまかれる。

クアンタムスーツで強化された射手も、勢いでわずかながら後退した。

その最中、毎分1000発以上降り注ぐ弾の豪雨は、通路の壁も巻き込みターレットを呑み込んだ。

徹甲弾に対し迎え撃つのは戦車用の堅固な装甲。

しかし、人間の技術とエンチャントの力を前にしてベニヤ板同然であった。

目標に反応して向こうも動き出すが、わずか数発射撃を行って弾丸の波にさらわれる。

徹甲弾は鋼鉄を抉り、内側に隠れる駆動系を木端微塵に玉砕した。たちまちターレットは、周囲に部品を撒き散らせ活動を停止する。

 

「目標の沈黙を確認」

 

大男が、トリガーから手を引くと、通路を見据えながら静かに告げた。その先にはドア同様蜂の巣になった機械兵器が取り残されていた。

ライフル程度では太刀打ちできないのがターレット。しかし人間をバラバラにする、言わば‘非人道兵器‘ならターレットは簡単に攻略できる。

 

「では!フォーメーションAにて攻め込む!」

 

ターレットが破壊されるとレイチェルは、新たにフォーメーションを組み地下階段に突入した。ライフルを構え、脅威の消えた階段を下る。全10名の少数精鋭が、ゲリラの本元へ侵入した。

階段を下りると、歓迎のごとく銃弾を浴びせられた。廊下の先で、ゲリラがバリケードを展開してる。だがその抵抗も虚しく、グレネードを打ち込まれて無効化された。

更に奥へ進むと、レイチェル達は作戦通り破壊工作に転じた。監視カメラも破壊し、各通路にゲリラが築いたバリケードもクアンタムスーツの力で簡単に突破した。地上の方から、搖動がうまく機能してか未だに増援がきていない。そうして作戦は首尾よく回り、電撃作戦は成功していった。

 

「隊長、一つ意見してもいいですか?」

 

フロア一つを制圧したところで、副長のエーレンが近づいてきた。

 

「許可する」

 

彼女は私の同期でありながら、冷静さは群を抜いていた。そのため、何か引っかかった際こうして作戦中でも意見することがあった。

こちらも戦いへの高揚感を押さえ、耳を傾ける。

 

「モンスター…一匹もでてきていませんが」

「それがどうした、まだ1フロアだろう」

 

確かに、モンスター施設ではあるもののこのフロアに居たのはゲリラとターレットに代表されるロボット兵器。モンスターが出ないのは不自然だ。

しかしそれと同時にモンスターを研究する、または作成する機器も見つからなかった。逆に多かったと言えば武器や食料。

だとしたらこのフロアは、武器庫として使われており、肝心のモンスターのプラントは此処より地下にあると考えるのが妥当だ。序盤のステージ云々で気にすることではない。

 

「地上では既にガストやブレイズが参戦しています。また情報ではゾンビで村を襲撃した事例もあります。結論から言えばゲリラ側は既にモンスターの兵器化は成功しているはずです」

「なのにそれを出してこない。‘銃‘があるのに‘ナイフ‘を使う。それが不思議だってことか?」

「左様でございます。それを踏まえて、ゲリラが何か画策しているのではないかと」

「ほお、どんな画策をしているのだ?」

「私の推測では…」

 

エーレン副長の推測はこうだった。

我々コマンド部隊を人間総動員で留め、その隙にモンスターの研究データを隠滅しようということだ。モンスターがこれ以上参戦しないのは、鹵獲され作成技術の流出を避けるためだと。

モンスターの力を頼りにガストやブレイズを出したが、歯が立たなかった。これ以上の消耗戦は抑えようとゾンビ等控えは引っ込め、その形跡を揉み消そうとしていると。いわば勝利は捨てたということか。

 

「それだけではありません。ガストやブレイズら異世界のモンスターが出ていたことから、おそらくネザーゲートをこの施設に展開しているかと。事前調査でわからなかったのはこの施設の最下層に作られているためでしょう」

「ではつまり…奥の方でスタコラサッサとネザーへ逃げていると!?」

「そうです。地上とここのゲリラはおそらく時間稼ぎです!」

 

そうとなれば、またモンスターの研究結果を基に生産施設を造られかねない。ネザーの整備はその環境下から整備は進んでいない。そこに逃げられれば、正規軍とて足取りはわからなくなってしまうのだ。

 

「なら!逃げられる前にとっ捕まえるぞ!尻尾を切ったトカゲを追うんだ!」

「ダメです!ゲリラのすることです!施設内に爆弾を仕掛け、いざ追いつかれた時は自爆とともにデータを有耶無耶にするでしょう…いやそれだけじゃない!追いつかれずともネザーに避難した瞬間にこの施設を爆破するでしょう!残った仲間も含めて!」

 

 副隊長の言葉に、他の隊員もギョッとした。施設の爆破―爆破されるということはここが崩れ落ち、この場に居る全員が危ないということだ。

 天下のクアンタムスーツでも瓦礫の波を凌げる保証は無い。加えて、最初から正規軍は、ゲリラの手玉にされていたということにもなる。

 

「作戦中止を、進言します!」

 

 最後にエーレンはそう言い放った。いや、それは話を切りだした時から最初に言おうとしていたことか。特殊部隊とて、この情報は無視できない。

 

「ふふふふ…ハハハハハハハハハ!」

 

レイチェルは狂ったように笑い出した。

 

「指を…指をくわえてみて居ろと!?」

 

隊員を前にして彼女は一人、怒鳴り声をあげ、壁を強く蹴りつけた。

 

「隊長!時間がありません!どうか御判断を!」

 

冷静沈着のエーレンも、虎の子の銃を抱えた部隊一の巨漢も、全員の隊員が頷いた。

部隊員には自分を含めた全員に、帰還用のテレポーターが手渡されている。最新技術の粋を集めた、兵士の生存確率を上げるための措置であった。

自分がいくら駄々をこねたところで、最終的な判断は隊員個人となる。

作戦続行を続ければ、速攻隊員は退却を始めるだろう。

 

しかしレイチェルはきっぱりとした口調で、言おうとした。

 

「作戦続行を―」

 

命ずると。

 

だが、口を動かそうとした瞬間、施設内に破砕音が轟いた。

ゲリラの自爆が始まったのか、近くからもその音が響く。部屋が大きく揺れた。

 

「隊長!」

 

隊員は先ほどと同様にその場に留まっていた。誰もテレポーターに手をかけていない。

レイチェルを覗いた全員が、代わりとして銃を構えている。

 

「隊長!モンスターです!後ろ!」

 

先ほどの破砕音は、爆発ではなかった。エーレンの予想を外れ、モンスターが床を破って上ってきたのである。それを証拠に、レイチェルの後ろで大柄なゾンビが這い上がっていた。

それも普通の個体ではない、上半身の筋肉が異常に発達した異常種だ。目をテールランプの様に、赤く発光させている。

その目を大きく見開いたと思うと、柱程もある腕をレイチェルの頭上に振り上げた。

 

「危ない!」

 

隊員の一人が声を上げた。しかし、レイチェルがゾンビの前に居るので発砲できない。レイチェルが反応して振り向いた瞬間、その姿が土煙に消えた。

 

「隊長ー!」

 

床材に混じって、血が飛んできた。手前にいた隊員の足元に、ベッタリと付着する。それを目の当たりにして辺りの隊員もギョッとした。

 

「隊長が…隊長が!」

 

副長の横で、隊員が銃を持つ手を震わせている。落ち着けとエーレンは問いかけるが、動揺して返事がない。

 

「貴様ら!何ぼさっとしている!」

 

トリガーを引かんがどうかと立ち止まる隊員たちは、再び身体を震わせた。振り返ると、潰されたはずのレイチェルがそこに佇んでいた。手には真っ赤に染まった斧とゾンビの首を抱えている。

 

「早くしろ!敵が来るぞ!」

 

土煙が晴れると、先ほどと同じような個体が床の穴からよじ登ってきた。見ると口に血だらけのゲリラを咥えていた。被害者の顔には、わずかながら生気が見える。

 

「た…助けて!助けてく―」

 

力を振り絞ってゲリラがわめいた。

だが、言い終わる前にツルリと口に飲み込まれた。こちらを見ながら、クチャクチャと人間を咀嚼している。

 

「発砲を許可する!ためらいなく殺せ!」

「ああああああ!」

 

レイチェルの指示に続き、ガトリングを持った大男が叫ぶと、ゾンビに向かって一斉射撃が始まった。他の隊員もそれに続き、一帯に弾幕が張られる。部屋が火花で、カメラのフラッシュの如く断続的に照らされた。目に映る景色がスローモーションのようにのろまに流れる。

 

「この…化物がああああ!」

 

対物兵器もゾンビに撃ちこまれ、あっという間にミンチになった。部屋中に血の臭いが広がり、わずかに残った足だけが、床の穴に落ちて行く。

 

「撃ち方やめ!」

 

銃声に負けぬ音で、レイチェルが叫んだ。クアンタムスーツの隙間から、赤い光が漏れている。

 

「想定外の事態だ!現在の装備では火力が足りない!」

 

全員射撃を止めると、部屋が時を移さず静寂に包まれた。床の下からゾンビの低音コーラスが、不協和音の如くこちらに響いてくる。

 

「総員…」

 

銃をなおも構える隊員は、レイチェルの指示を息をのんで待った。

 

「…直ちに撤退しろ!」

 

少し間を開けて、レイチェルはインカムから指示を出す。ゲリラ側の自爆の危険性、そしてデータにはないモンスター。この状況では撤退は止む負えない。

 

「アイ・サー!」

 

隊員達は叩かれた様に返事をすると、ザックから訓練通りの手さばきで小箱を取り出した。中心にはエンダーパールが埋め込まれ、その下に二つのボタン。れっきとしたテレポーターである。これで簡単に現場からエスケープできるのだ。隊員が準備を進める中、ガトリング持ちの大男とレイチェルだけが、見張りとして穴の横に待機した。

 

「エーレン伍長!帰還します!」

「了解!」

 

先発として副長のエーレンが帰還した。号令と共にその場から消える。辺りに紫のオーラが漂っている。今頃作戦本拠地に移動したことだろう。

 

「トーマス兵長!帰還します!」

 

他の仲間もそれに続いた。恋人と結婚予定のジン、酒をかわすと約束したチャン、組手格闘の得意なケンが副長に続いて消えて行った。一部の隊員には異種ゾンビの肉片を持たせ、正規軍の研究機関に届け出るようにさせた。

 

そして最後に残ったのは、ガトリング持ちのリチャードとレイチェルだけだった。

 

「隊長、お先に」

 

冗談交じりに、大男は脱出を譲ってきた。誰かが見張りに立っていなければ、モンスターが隙をついて上がってくる可能性だある。二人いっぺんは危険なのだ。

 

「何を言っている、隊長の私は最後までいる義務がある」

 

ライフルを穴の先に構え、淡々とレイチェルは言い返した。だがリチャードは、鼻で笑って先を譲ってきた。

 

「レディーファーストですよ」

 

ガトリングをけたたましく撃ち鳴らし、登ってくるゾンビを叩き落とした。

 

「俺に構わず、先に言ってください」

 

そろそろこの空間は持たないだろう。

そう心でぼやきながら、リチャードは横をちらりと見た。男らしさでも見せようと、レイチェルの前で見えを張ろうとした。

だが、その先にレイチェルはいなかった。きっと言葉に甘えてワープしたのだろう。そう結論付け、ザックに手を手を突っ込んだ。固い物を引っ張ると仲間が使っていたのと同じような、手に収まる大きさの箱が出てきた。

 

「では…リチャード伍長、帰還します」

 

部屋の一角でひとりでに彼は呟くと、箱に並んだ二つのボタンを同時に押し、その場から姿を消した。

 

………

……

 

「やっと逃げたか、若造が」

 

リチャードが消えたと同時、部屋の隅からレイチェルが現れた。身体はなお、ドーピングで赤く発光している。

 

「出てきて良いぞ、同志よ」

 

壁にもたれ掛りながら指をパチンと鳴らすと、部屋に四体のエンダーマンが現れた。普通の個体と違い腕が4本生え、全体的にサイズが大きくなっている。異変種だ。

 

「我を保護し、我を導け」

 

その言葉に返事したエンダーマン達は、レイチェルを守るように取り囲んだ。レイチェルはニヤリと笑うと、彼らを率いて、床の穴へ飛び込んで行った。

 




以上になります。

さてさて最後のアレはなんなのか…

ご指摘、ご感想お待ちしております。


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第二十三話 単独行動

あけましておめでとうございます

今年も当小説を、よろしくお願いします。

いや~執筆中、プロットしくじって核爆発起こしていましたよ。危うくチート合戦奮発するところだった…ゲフンゲフンこちらの話です。



「何!?隊長が消息を絶ったのか!?」

 

テーブルとボードだけのテント中、メンバーのジンが声を上げた。

 

「おう、俺が脱出する前に姿を消されていた」

 

最後に脱出した―と思われるリチャードが、ジンの怒号を被った。分隊長のレイチェルが姿を消したということで、コマンド部隊の中では混乱が生まれていたのである。

 

「…室内全て見回したのか?」

「いや、モンスターが迫っていたからな…室内を見回すなんて悠長なことできなかった」

「真実だな?」

「ああ、もちろん」

 

 脱出する前は異種モンスターの出現で半場ば隊は乱状態に陥っていた。明確な情報なんて皆無に等しい。しかし、ジンはなおも問い詰めた。

 

「瞬間移動…」

「どうした?撤退のことか?」

「隊長…瞬間移動されていなかったか?」

「ああ、退却の時―」

「いや、戦闘中に」

 

ジンは数分前の戦闘を思いめぐらせていた。あの時不可思議な現象が起きている。

 

「あの筋肉ゾンビが出現した時に」

 

 部隊が一室に待機している最中、異常に筋肉質なゾンビが出現した。そして隊長の不意をついて背後から攻撃、それによって隊長は戦闘不能になったことが察しられた。

 しかし隊長は別地点から現れ、その後も作戦行動を続行。

現実にゾンビの攻撃を切り抜けていたのだろう。だが拳が鼻先に迫る中、単純に身体を仰け反らせて回避に転じるには、時間が足りない。攻撃の射程外まで逃れるのに、予備動作で大きく時間をロスしてしまう。もしプロ野球選手に剛速球を投げつけられたとして、いくらそれを予測できていたとしても『避ける』が可能かどうかは話が変わってくるだろう。

 あのときゾンビと対峙した分隊長は、正にプロ野球選手に標準を付けられたのと同じ状況だった。そしてそれをどうやって切り抜けられたか? それは予備動作をほとんど要さない、瞬間移動以外に考え付かなかった。装置を用意すればボタン一つ置くだけで離脱が可能だ。

だが、リチャードはそれを否定した。根拠に欠ける――と。

 

「隊長はドーピングで馬鹿力出す」

 

 非現実的、非人道的であるが、過去にあった作戦でレイチェルはドーピングを行使、身体能力を増加させている。身体を仰け反らすのに予備動作を要するとしても、それが一瞬で済んでしまえば、理論上回避は可能だ。

 

「確かに…クアンタムスーツもあればロボット以上の力を出すだろう」

「だとしたら瞬間移動なんてすることなかったのでは?」

 

 実際異種ゾンビの奇襲に会った後、彼女の身体はスーツ越しに発光しているように見えた。ドーピングしていた証拠である。だとしたらジエンド戦同様に人並み以上の力が出ていたとしても、不思議ではない。

 

「そうかもしれないな…だが俺が言いたいのはそれではない」

 

 ジンは横に手を振ると、遠いものを見るように話を続けた。

 

「撤退間近で、あなたの死角に入っていた可能性がある」

 

 ジンはリチャードを見据え、無表情に言い放った。

 

「だ、だとしたら…まさか今も施設内に一人!」

 

 あの暴君隊長だ、そんなこともやりかねない。リチャードは思わず声を上げた。他のメンバーの視線が彼に降り注いだ。

 

「みなさん!レイチェル隊長の位置がわかりましたよ!」

 

 静まったテント内に、副隊長のエーレンが騒がしくやってきた。代表として彼女は捜索任務の参謀に当たっている。それを知る隊員はレイチェルの情報が入ったと察し、報告に耳を傾けた。

 

「隊長の装備の所在反応が、100キロ離れた山岳地帯から出ていました!」

 

 テントが風で、大きく揺らいだ。

………

……

 

「ヘックション!」

 

 血痕が残る地下廊下で小さな声が響いた。取り巻きの黒い影がファインティングポーズを取

 

「おっと、少し冷えただけだ」

 

 声の主は片手を挙げ、エンダーマンの構えを解かせた。薄暗い照明に、短く切った黒髪がチラリと照らされる。

 彼女は部隊の混乱など我知らずと居残っていた。雪山でなく、ゲリラの施設内に。

 ただその身体にクアンタムスーツを着けていない。強奪したゲリラの戦闘服を、サイズが大きめながらも羽織っている。唯一残したのは自前の斧のみ。

 

「人間が考えることだ、スーツに発信器埋め込んでこちらを監視しているはず」

 

 GPSがクアンタムスーツに埋め込まれていることは彼女には計算済みだった。そのうえでスーツを脱ぎ捨て、エンダーマンのテレポート能力で遠方に飛ばしてもらった。その場所は山岳地帯。

 あたかも支給されたテレポーターの誤作動で、雪山に滞在しているように見せかける布石である。

 

「ゲリラ支部付近に送っておいたから、暫くはこちらの動きを覚られることは無いだろう」

 

 ニヤリと彼女は笑うと、ミュータントエンダーマンを護衛に廊下を歩いた。基本的には兵士が孤立した際、救出作戦が組まれチームが現場へ向かうことになっている。しかし安易なところにスーツを送りれば簡単に連合へスーツだけ放置したのがバレてしまう。そうなってしまえば、軍法会議に引きずり出される。

曹長の立場を揺るがすのは、避けたい事態だ。勝手な行動はとりながらも、事無く終えたい。

 そこで危険区域に装備を放置、救助に手こずらせて発見までの時間稼ぎにするつもりだ。現在の雪山の天候は、3日連続で猛吹雪だ。ゲリラはおろか、連合軍も近づけられない。テレポートができなければ。

といっても、この施設の殲滅作戦は続いているだろう。ゲリラの自爆の懸念も残る。

 

 いくらクアンタムスーツが隠し通せていたとしても、

ここに居られるのは、長くて一時間程度だ。

 

「一時間で、この施設を調べ上げねば」

 

 このモンスター研究施設に残ったのは、単なる撤退の否定ではない。プライド云々ではない。軍でもない。

 

「我の野望の為にも…!」

 

 今までの指揮官じみた振る舞いはあくまでも演技。これが私―否、我の姿である。

 

 

 彼女は護衛のエンダーマンと目を合わせた。今は彼らが我の部下だ。

 

「さあ、我の息子、娘、この蟻の巣を掻き回すのじゃ!」

 

 彼女は高らかに叫ぶと、施設内に異変が起きた。

 

〔警報、警報、生産プラント異常アリ。生産プラントニテ異常アリ〕

 

 辺りに電子音声の放送が轟いた。警報ブザーも、けたたましく鳴り響く。

 

 施設の奥深くにあるモンスター生産プラントが、その始まりであった。薄暗い空間にガラス瓶に似た培養層が並ぶ。一つ一つには人工発生させたモンスター。ブレイズ、ゾンビ、ガスト、過去にゲリラが運用した生物兵器達。しかし、未だ使われていない種族があった。一つだけ。

 それに限った種族の培養層が、非運用を指示すかのように次々と壊れ始めた。熱せられたようにガラスが散る。中に詰まった培養液が、溜まる所なく床に広がった。だがそれを止める研究者は既に姿を消していた。

歯止めが掛かることなく、培養層が次々と割れていく。

 

 その崩壊をきっかけに中の生物が活動を始めた。培養液に塗れた身体が、赤子のようによたよたと立ち上がる。

 

 長細い体、に不安をあおる黒い肌、行燈の如く光る紫の目

 

 異世界からの訪問者

―エンダーマンであった。

 

 研究所で何千何万と生産された怪物が、1人の女性によって一斉に行動を始めた。

生産プラントから煙の様に姿を消すと、数秒経つ間に施設内に分散し始めた。

コマンド部隊が制圧した第一フロア、異種ゾンビの穴場となっていた第二フロア、そしてネザーゲートが展開されているだろう最下層フロアに音も無くエンダーマンが現れた。かろうじて残っていた研究員やゲリラは彼らに包囲され、抵抗虚しく拘束された。コマンド部隊の一部屋制圧の半分の時間で、フロア全てがエンダーマンに壊滅に導かれた。

 

「爆弾を探せ、持ち出すだけで結構」

 

 阿鼻叫喚のさなか彼女は休憩室の椅子に座り込み、貯蔵されたコーヒーを吟味した。コンクリートむき出しの埃っぽい空間で、それを啜る音が響く。

施設を徘徊する彼らの目をリンクして、彼女は制圧されていく様を見ていた。地上から駆け付けたゲリラが、全身血だらけで倒れるまでもしっかり鑑賞した。

施設は地上を除いて、全てがエンダーマンの波に呑まれていく。配置されたゾンビやロボットは怪物を前に倒れ、施設は大部分の機能を失った。

 残す懸念となれば敵方の自爆の選択肢。彼女はエンダーマンを総動員して、仕掛けられた爆弾を探した。

 

「やはりコーヒーとやらは美味である。香りもよろしい」

 

 鮮血に塗れた廊下を視覚しながら、黒いコーヒーの苦みを舌に広がらせた。

自分は司令塔ということで、後はエンダーマン達が動いてくれる。自分は怠惰に寛ぐだけだった。目の前のテーブルに足を乗せる。

しかし、休憩室は安全地帯ではない。エンダーマンとは別の、黒い影が忍び寄っていた。

 

「なんか臭いな」

 

 彼女はコーヒを簡易テーブルに置いて周りを見回すと、臭いの原因を目に留めた。出入口の所からミュータントゾンビが顔を突き出していた。腐敗臭を散らし、狭いドアを破って襲い掛かろうとしている。

 

「乙女の茶の時を汚すでない」

 

 女性はその巨体を見咎めると、ゾンビの目を刺すように睨んだ。見るとパッチリ開いたその目はアメジスト色に輝いていた。施設で行動するエンダーマンと、同じ色だった。

 

「消えろ」

 

 ゾンビが出口で右往左往していると、その横にミュータントエンダーマンが現れた。黒い怪物はゾンビの首を掴むと、何も喋ることなくその場から消えた。もちろんゾンビと共に。

 

「さあ、また茶会の時間じゃ…」

 

 エンダーマンを前に異種ゾンビが倒れる情景を焼き付けながら、コーヒーを一口含んだ。異種ゾンビからは大ぶりな槌が落ちる。生前の持ち物だったか、細い腕が槌を持ち上げると視野にそれが大きく映った。リンク先のエンダーマンが、槌に興味を示しているのが察しられた。

 女性はそっと目を閉じ微笑むと、エンダーマンからのリンクを断った。種族特有のネガ反転した視界が、色彩豊かな情景へと移り変わる。手元に握られたブリキのカップはそのままだ。

 

 しかし、情景とは別に何か違和感を感じた。

コーヒーは不味くない。異種ゾンビは現れていない。

本能的に別の存在を感じ取った。とっさに腰の拳銃を引き抜き、後ろを振り向く。

 

「やあやあ御嬢さん、小生の家で何をしているのだ?」

 

 銃を向けた目先で男が立っていた。不気味に目を光らせ、にやにやと哂っている。男の手にはエンダーマンの身体に存在する、緑色の水晶玉。人間でいう臓物だ。

 

「女子しか参加者は求めておらぬ、男は帰れ」

 

 女性は抑揚をつけずに言葉を返すと、存在を確認するまでも無く銃弾を放った。相手は味方を潰した男、躊躇う心は無い。

弾は男の肩を掠め、男の身体を揺るがせた。だがなおも彼は立ち続け、口角を上げている。

 

「おやおや…何者かは尋ねず弾を放つとは…」

 

 弾が掠った肩をさすりながら、男は呟いた。その時女性は心の中で何かに気付いた。

 

「…スティーブ…何をしているのだ」

 

 彼女の目に映るのは以前エンドで対面した男、スティーブだった。身長、声、仕草、全てが類似、いや記憶と一致していた。

 

―何故過去に行動を共にした人間がここにいるのだ?

 

 顔には出さないが、心の底で混乱の波が襲う。

 

「おや、人違いされているようだな…」

 

 青緑のシャツに青いズボン、ズボラなファッションセンスもそのまんま。だがライトの様に光る眼は一致していない。

 男は否定するかのように、手を横に振った。女性はその動作に反応し銃弾を放つ。弾は男の二の腕を撃ち抜いた。しかし、男の体勢に変化は無い。

 

「貴様、何者だ」

 

―銃が効かない

 彼女は更に困惑した。おそらくアンデットの類か、ドーピングを行っているのか。

額に眉を寄せた彼女は指を鳴らす。すると図ったかのように男の周りにエンダーマンが現れた。それも腕が複数生えた異種個体である。

 

「おやおや、茶会の面々かね」

 

 男は取り囲む怪物を興味深そうに観察した。

 

「私の子供達だ」

 

 彼女はぶっきらぼうに返す。

 

「研究所で遺伝子操作の実験台にされていた‘物‘に見えるが」

「黙れ、お前は誰だと聞いている」

 

 男は終始笑い続け、自分の素性を一向に明かそうとしなかった。

痺れを切らした彼女は腕をわずかに揺らすと、部屋の天井から床まで、空間を構成するコンクリートにひびが入った。男を包囲するエンダーマンがしゃがれた鳴き声を上げ細腕を広げている。

 

「正体を明かさない様なら、全方位からコンクリートが降ってくる」

 

 女性は低い声で男に告げた。それを指し示すかのように壁の亀裂は大きくなる。石が擦れる音と共に粉塵が舞った。少しでも亀裂に触れれば、空間は崩壊するだろう。

 

「流石コマンド部隊の部隊長…いやジ・エンド島の者だな」

「変態が、とっとと正体を明かせ」

「おお、怖い怖い」

 

 男はひび割れた室内を見回すと腕を頭の上に回した。無抵抗の仕草である。

何か反抗はしないと女性は身構えたが、男はその様子を無視して口を開いた。

 

「小生はここで働いている者でね、君たちにあいさつをしようと来たのだ」

 

 言葉に反応したエンダーマンが、男の顔を2発殴った。床に歯が殴った数だけ抜け落ちた。

 

「小生を殴ったのはあなたが初めて―」

「ふざけるな」

 

 男の顔に平手が飛んだ。奴の頭は大きく揺らぐ。

 

「はいはい、見ての通りゲリラの出身。自爆をしに参りました」

 

 四方でエンダーマンが睨みを散らすのを他所に、男はしれっと言った。

 

「爆弾はこちらで取り除いた。自爆はできぬ。拷問を恐れるなら、無駄な抵抗は止せ」

 

 声を低くして、彼女は男に脅しをかけた。味方のエンダーマンの視界を覗くと、施設外の野原に爆弾を放り出していた。リンク先の思考を見る限り、施設の爆弾は全て取り出された様子だ。

 こちらに自爆の脅しは利かない。

 

「そのようで、小生が解き放った生物兵器もそちらの配下ですし―」

 

 再び男の顔に拳骨が飛んだ。彼女は瞳を鋭く細める。

 

「質問以外に答えるな」

 

 無機質な声で、彼女は続けた。同様にエンダーマンも男の鼻先で口を開き、ライオンの様に咆哮した。

男はニヤリと哂ったが、先ほどの様に皮肉を散らすことは無かった。

 

「他の研究員はどこに行った?」

 

 ネザーへ逃亡した者がいるはず。逃げたということは、ゲリラ側に利用価値がある。つまりは重要人物だ。

 

「…教えない」

 

 彼女が指示を出すまでなく、エンダーマンが男を掴みあげた。奴の頭にギリギリと力がかかった。流石にそれは耐えられなかったか、叫び声を上げ始めた。

 

「早く答えないと、死ぬぞ?」

 

 男を吊り上げたエンダーマンが、残る三本の腕で奴の右脚を掴んだ。そしてゆっくりと、雑巾のようにそれをねじり始めた。周囲に関節が外れるような音が立つ。

 

「…別の基地、ネザーを経由して本部に飛んだんだ…」

 

 足が握りつぶされたところで、男は叫んだ。彼女はその様子を見て、静かにコーヒーを啜る。

 

「本当か?」

 

 エンダーマンが腕に力を入れ、その言葉に重みをかける。

 

「ああ…ほ、本当だ…」

 

 男は先ほどまでの威厳を無くし、わめくように言い放った。

 

「本部の場所は?」

「この施設から、350㎞先の区域!…北西の」

「構造は?」

「…3つの…城壁に囲まれている…」

「装備は?」

「生物兵器が多数…後旧式の大砲…」

「よし、それでいい」

 

 彼女はニッコリ笑うと、エンダーマンに拘束を解かせた。男が力なく床に落ちる。拷問は相手の身体も気付からなければならない。衰弱死されれば、情報も引き出せなくなるからだ。

 

「今日は休め、後日色々話してもらおう」

 

 彼女は男に歩み寄ると、甘い口調でそう問いかけた。飴と鞭、拷問を鞭とするなら飴として休息を与える必要もある。

 

「…恩に…る」

 

 男は力なく言った。「恩に着る」とでも言いたいのだろう。その後、気を失って動きを止めた。彼女は男を運べと、取り巻きに告げる。

施設の研究室にでも置けば、作戦終了後に連合軍が捕まえて、また情報を絞り出されるだろう。その他重要なことは、人間に絞り出してもらおうと彼女は考えた。

 

「さあ、研究室に運んでくれ」

 

 だが、エンダーマンは男を運ぼうとしなかった。

 

「どうした?何があった」

 

 エンダーマンは、彼女に向かって首を振った。そして手首を握る動作をする。

 

「まさか…!」

 

 彼女は何を言わんとしているか察し、とっさに男の掴みあげた。その手は熱は無く、脈は止まっていた。

 

―死んでいる…

 

 そしてしてやられた。

 彼女は男の腕を放り出し、床にへなへなと座り込んだ。おそらく拷問を止めた一瞬の隙を突き、自ら命を絶ったのだろう。考えられることは情報を受け渡さない目論見。

それを察して、1人舌打ちした。

 

「生産プラントを漁るぞ、コイツは捨てろ」

 

 彼女は男の亡骸を蹴り飛ばし、ひび割れた休憩室かれ出ようとした。死体から得られる情報は無い。後は連合軍に任せ、次に重要な生産プラントに進むことにした。モンスターの生産技術なんて、曹長ごときに告げられることは無いだろう。それを把握するには、自ら足を運ぶ他なかった。

 

 しかし、またもエンダーマンが奇怪な行動に出た。

 

「何だ?今度は」

 

 何やら腕を激しく動かし、閉めた手を開く動作をした。彼の様子に落ち着きがない。

 

「え?自爆?」

 

 彼の思考とリンクしてみると、確かにそれを示していた。頭の中に爆発のイメージが送られてくる。

 

「そんな馬鹿なことが―」

 

 すると、突如としてTNTが周囲に現れた。まるでワープしたかのように。導火線には、ご丁寧に火がつけられている。

 

「お前が言いたかったことは…それか!」

 

 エンダーマンは、顔を縦に振った。きっと先ほどの男が仕組んだ罠だ。物的証拠は見つからないが、自爆はあの不自然な死に直後に始まっている。だとしたら、状況的にそう考えても何らおかしくも無い。やはり男の胡散臭い態度には裏があった。おそらくこちらとのコンタクトが目的か。単なる証拠隠滅が目的なら、とっくに自爆が行われているだろう。

 

「早く言えこのアホ!」

 

何 を推測したところで、導火線は火花を散らし続けている。解除しようにも数が多すぎて対処ができない。小便小僧が100人居ても状況の打破は難しい。

研究所爆破、生物兵器データの消失の運命は変えられなかった。

 

彼女が卑屈に叫んだ瞬間、モンスター研究所は火に包まれた。

 

………

……

 

「こちら救出チームA、目標は見つかったか?」

 

澄み切った青空をバックに、大型ヘリのチヌークは飛んでいた。眼下には白銀の渓谷。研究施設の爆発から数日後、GPS反応が出た雪山は天候を回復し、現在は太陽が照りつけていた。

連合軍はそれを好機にレンジャー部隊を派遣、クアンタムスーツがゲリラに渡らないよう先手を打つためだ。

 

『こちら救出チームB、目標は…見つかりません』

 

救出チームは二つだ。ゲリラの遭遇を危惧し、チヌーク一機に部隊一つの編成でフライトを行っている。どちらも反応が出ているところを重点的に探し回っているが、場所は障害物が多いためになかなか見つからなかった。

 

「了解、ゲリラの出現にも注意しろ」

 

ヘリコプター中に、ノイズ混じりの通信が響いた。しかしレーダーには、ゲリラは1人も映っていなかった。同乗する部隊も、半分暇そうな雰囲気を出している。ちなみにもう半分はいつ現われるかわからぬ敵への恐怖。

精神衛生的にはよろしくない状況である。

 

『こちら救出チームB、燃料は半分を切りそうだ。探索は後15分で打ち切る』

 

エンジン音が鳴り響く機内で、無機質に通信が流れた。部隊の中で、あきらめに近い空気が流れる。この雪山は数日前までは地獄の吹雪にさらされていた。そんな環境下にろくな装備もなく放り出されたら、その者の生存は怪しくなってくる。また生きていたとしても、雪崩にさらされれば一溜りも無い。

要救助者の生存は絶望的だった。

 

だが、そのとき不意にチームBから通信が入ってきた。それを告げる電子音のアラームが、搭乗者のヘッドホンに鳴り響いた。

まだ終了まで10分も切っていない。その状況下入ってくる通信は、何かしらのアクシデントが発生したということ。

 

良い意味でも、悪い意味でも

 

良い意味であるスーツおよび要救助者の発見は来る可能性は少ない。だとしたら消去法で、悪い意味のゲリラの襲来が残るだけだ。あるいはマシントラブルか。

 

チヌークに搭乗する全ての人間に、緊張が走った。

耳元でノイズ混じりの報告が入る。

 

『こちらチームB、発光弾を確認。地上にて―』

 

―アフロヘアの要救助者を発見。繰り返す、アフロヘアの要救助者を発見…火傷を負っている模様。

 

これより、救助を開始する。

 

通達者の笑い声と共に、通信は切れた。それを聞いた搭乗員は二つの意味で顔をほころばせたのであった。

 




ちなみに、次回からスティーブ達の話に戻ります。

軽はずみに前の世界に視点変えたら、3話引きずってしまった…(>_<)

以前からスティーブ達を狩猟に出そう出そうと騒いでいるのに何させているのやら…

ご指摘、ご感想お待ちしております。


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第二十四話 ドラゴン狩り開始

「レイチェル?本当に怪我はない?」

 

 トレーニングジムでサンドバックにラッシュを入れていると、横からエーレンが話しかけてきた。自分と同様に迷彩ズボンとタックトップのラフな格好で、任務外であることが容易に察しられる。

 例の研究施設の後始末に、自分の所属する……ことになっているコマンド部隊はお払い箱だった。調査には、それ専門の別部隊が編成されている。例えば先日自分を拾いに来た『レンジャー部隊』は、コマンド部隊みたく前線で暴れまわるというより、軍機密の保持等複雑な要件を済ますのが役割になっている。同じ連合軍に属す部隊でも、お互いに違う目的を持ち合わせ、時には共に戦い、時にはこうして別行動することもある。

 今は休日の到来だった。それもあって、トレーニングルームにはエーレンと私以外にもコマンド所属の隊員が滞在していた。ただ、ここに来ている彼らは個々の予定で動いている。怒号を飛ばし、指揮する必要はない。

 なので、自分の思考に浸っていられることもできた。

 

「ちょっとレイチェル?聞いてる?」

 

 しかしこうして一々話しかけてくる邪魔者がいれば浸っているのは難しい。

 今は研究施設で対面した男に懸念で頭がいっぱいだ。『ゲリラに所属している者』と奴は名乗ったが、姿はスティーブと瓜二つ、目はロボットの様に光っている、ゲリラに所属しているにしても、取り巻く雰囲気からそこらへんの下っ端には見えなかった。

 それに奴が自殺した後の不可解な現象は無視できない。突然爆弾が現れたのだ。目の錯覚ではなかった。嫌なほどしっかりと、何もない空間から出現した。どんなタネを仕掛けてそんなマジックができるのか? 流石の自分でもわからない。

 しかし一つ言えることは『高度な技術を持っている』ということ。もしかしたら連合軍の最新兵器を持ち合わせても打破は難しいかもしれない。どこにでも爆弾を出現させられるのなら、戦車やロボットの網羅を潜り抜けずとも、司令部に攻撃が行われ、軍の指揮系統を破壊することが可能だ。

 

「もしかして……施設のことで考えているの?」

 

――そうなれば、人間の兵器の力は利用できない。

 だとしたら、かくなる上は今まで隠していた自分の力を行使するまでだ。向こうが爆弾を色んなところに出現させられるなら、こちらはエンダーマンという兵士を同様に場所を選ばず出現させられる。

 

 そして自分の能力は……

 

 いや、それ以上は考えない様にしよう。とりあえずそう結論付けることにした。あくまでも推論、それに‘あの力‘を使うのはあくまで緊急時のみだ。壁に耳あり障子に目あり、空には千里眼のカメラを備えた人工衛星。部屋の中だって覗かれる時代だ。ステルス機能が備えられた場所以外でエンダーマンを呼び寄せでもしたら、おかっぴきの捜査待ったなしだ。

――しばらくは、軍人に成りすまして対処するまでだ。

 そう結論付けた。これ以上は考えても疲れるだけだ。

 深く息を吐き、凝り固まった思考を解放した。そして目の前の赤いサンドバックを見咎めると。少し間を開けて拳を叩き込んだ。日頃を鬱憤を込めた一撃。指先に何かが切れたような感触が伝わると、サンドバックが破れ、中のクッション材が床に散らされた。

 

「レイチェル……あなたもしかして人間じゃない?」

 

 スポーツドリンクを胸に抱えるエーレンが、布きれと化したサンドバックを見つめて問い詰めた。一部の隊員が、ギョッとした様子でこちらを見ている。

 

「なっ……何を言うこの小娘!わ、我がそんなエンダーマンとつるむ様な――」

 

 直球的かつ真実を見事についた質問。

 もしかして施設内での行動がバレたか。またはバラされたか。あの男の顔が頭の中を過った。

 

「レイチェルがそんな返し方するなんて珍しいね……普通ならバッサリ『違う』と言い切ると思ったけど?」

 

まずい動揺し過ぎた! 鷹の様に狡猾なこの人間ならこちらの尻尾も掴まれかねない……何か自然な返し方をしなくては!  

 

「あ――ああ! 最近試したドーピングの副作用が強くてなアハハハハ……ほ、ほら! ゲリラ達なんか変な粉持っていたことあるだろう! アレをちょっと失敬したんだ!」 

「まさか! 危ない薬使ったの!?」

 

 アレ? 何か不味いことを言ったのか?

 エーレンはモンスターを前にしたかのように後ろに飛び退くと、周囲の隊員へ徐に呼びかけた。

 

「みなさん! ここに危険人物が居ます! すぐさま拘束してください!」

 

 その前から交わしていた会話で察しられていたか、持前の連携の良さか、隊員達はトレーニング器具を投げ捨てこちらに駆け寄ってきた。

 

「ちょっと待て! 何をする! 私は何もしていない――」

 

 そして多勢に無勢、ミツバチに取り囲まれたスズメバチの如くあっという間に組み伏せられた。

 

「……なんで……こうなるの」

 

 男らが積み重なる下で、呼吸苦しく呟いた。見上げるとエーレンが、増援として戦闘時の装備に固めた隊員を呼び寄せていた。

 

 どう考えても裏切り者扱いに見えた……

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

AM 5:00 第三防壁エリアにて

 

「スティーブ君、ドーピング薬は持ち歩いていないよね?」

 

 赤いヒーロースーツ姿のマタルが、茶化すように話しかけてきた。手に握るのはレッドストーン自動車のハンドル。俺達はドラゴンを狩るために、人外らの最前線、第三防壁を通り抜けようとしていた。もちろん関所を通って。

 

「当たり前だ。前に居た世界の連合軍なんかはそういうの厳しかったからな」

 

 俺は助手席の窓から空を見上げると、遠い目をして呟いた。

――あの女は軍人でありながらドーピングをしていたな……取っちめられていてもおかしくないが。

 

「スティーブ君がしっかり心得ているなら大丈夫だね。折角‘狩り‘が出来るようになったのに、違法薬持ち込んで捕まったら元も子もないから……」

 

 これまでを振り返ると、俺達は貧乏になってから、一攫千金を狙える‘ドラゴン狩り‘に向けて努力を続けていた。それも三つの修羅場を潜り抜けた。

 一つ目の修羅場は資金集めだった。金が足りないがために肉体労働に徹し、その最中ドラゴン狩りのライセンス取得に向けて勉強をした。後、酒も一応我慢した。そして付け焼き刃の知識ながらもライセンスを取得、法律上ドラゴンと戦うことが可能になった。

 しかし、道具をそろえなければ物理的に戦うことができない。それを第二関門として、今度は武器屋を動き回った。鎧、剣、弓矢、品揃えは中世の時代を彷彿させるもの。ただ、性能は銃に代表される現代兵器並み。それもあって値段は安くは無かった。結果満足に道具はそろえられず、家にある物で代用することになる。

 

――第三関門は何を代用するかだった。

 

 俺達は家の中をひっくり返し、俺の防具は、市販のなめし皮と家にあったソファーを分解して急仕込みのプロテクターを作り、マタルの武器は強力な毒薬をメインにすることにした。毒薬と言っても、ゾンビ向けに出していた『負傷のポーション』の効果を強化した一品。戦闘向けではないので、ドラゴンに効果があるかわからなかった。 ただマタル曰く怯ませることは可能だとか。誤射で俺に飛ばしてこないことを願おう。

 

「よし、関所の許可が下りたよ。狩りの始まりだ――と言えばいいのかな?」

「豚が格好つけるとは……世も末だな」

「なにか言った?」

 

――第三関門を潜り抜けた俺達は、晴れて狩りに出ることが叶った。

 甲冑を身にまとった門番から許可証を受け取ると、マタルはギアを手慣れた様子で動かし自動車を前に進めた。

 車は作成当初は馬が引く屋形にのような外見だったが、狩りに使うということで更に改良した。屋根も取り付け、タイヤも鉄製に換装し強度を向上。流石にゴムは見つからなかったので、牛革や布団で代用。なんとか地面と噛み合ってくれるはずだ。

 そして何よりの改変はその『風貌』だろう。ペンキでもって緑色に化粧づけし、そこらへんの木から枝を剥ぎ取って車に張り付け迷彩化した。遠目に見ればそれは車ではなく『草むら』に見えるはずだろう。動けばバレるが、止まっていればジャングルのグリーンベレー。狩りの効率を一気にあげてくれるはずだ。

 門番の目線が車に痛く突き刺さったが、これも生きるため。マタルも俺もそう心に刻み込み、小さな門を潜り抜けた。

 

「じゃあ、森沿いを走ってくれ。その方が見つかりにくい」

「はいはい~了解したよ」

 

 野原に出た俺達は、特に何も声を上げることなく狩りに向かった。俺は草でカモフラージュした荷台に上がり、外の風を肌で感じる。皮の帽子が飛ばない様、慌てて手で押さえた。

 そしてとっさに周囲を見回す。空はバリアが張られていないためか、いつもより青が濃く感じられた。それ以外はこれといって変化はない。運転手のマタルは、先日した狩猟訓練のまま、よそ見をせず前を向いて運転している。

 一方、俺の手は震えていた。大金叩いて買ったライフルを、途端に落としそうになる。恐怖ではない。武者震いだ。こうして新しいことに挑戦すると、無償に高揚感が感じられる。前の世界に居た時もそうだ。30歳過ぎた頃、ずっと続けていた冒険者業に抵抗を感じ始め、思い切って秘境の村に住み始めたりした。その時の経験は忘れられない。村が焼かれ、岩盤を壊そうと決心した時も、同様だ。新たな人生を始める衝動は、なかなか抑えられたものではない。過去の時間が蘇えり、心臓が更に高鳴り始めた。

 

「スティーブ君、何か居たかな?」

 

 マタルはあくまで運転手。周囲を見回し、ドラゴンを探すのは俺に任されている。並びに射撃手も。理由は役割分担した方が効率がいいためだ。サボっては狩りにならない。頬を叩いて気合いを入れ、無理矢理震えを押さえた。

 

「……全方位、変化なし」

 

 慌てて周囲を見回し、どこかに赤い物が見えないか確認。右よし、左よし、上よし。

 不幸か幸いか、ドラゴンはどこにも居ない。

 

「う~ん、こちらも何も見当たらないね」

 

 試験の時と違い、ドラゴンが行く先々でスタンバイしてはいない。海で忽然と現れる魚と同様、陸でも経験と運任せに探し出すだけだ。

 マタルは運転するので車前方、俺は銃を構えて車後方。どちらかが見つけたら、声を上げようと打ち合わせしている。

 だが、暫くは俺達は喋ることはなかった。森からは獣一匹でてこようとしない。木の葉のさざめきと、改良を加えて抑えたエンジン音だけが辺りに響いた。しかし、最初のように警戒を解こうとはしない。枝一本が折れる音にも、嫌と言うほど過剰に反応を示した。

 そして、また木の枝に身を震わせた時だった。風が吹いていないにも関わらず草むらが揺れ始めた。

 

「いやー!ドラゴンが出たー!」

 

俺が指示を下す前に、マタルがアクセルを踏み込んだ。突然の加速に、俺は荷台の縁に膝をぶつける。プロテクターのおかげで何とか痛みは抑えられた。しかし、体勢を大きく崩した。

 

「な、なんだ!?」

 

 縁に捕まってバランスをとると、草むらの先に銃を向けた。

 セーフティーは既に解除してある。そして門を出る前に、試射場で一度銃を撃っている。銃は問題なく作動した。しっかりとした銃だ。今もなおその高性能を発揮してくれるはず。

 草むらの前に生き物が飛び出す。俺はためらいなくトリガーを引き絞った。が、同時に車が大きくカーブした。マタルの仕業か。爆竹を彷彿させる破裂音が、腕に抱える銃から響く。

 しかし弾は大きく外れた。

 手早く銃側面のレバーを引き薬莢を排出、並びに次弾を装填した。かかった時間は0.5秒。

――射撃可能。

 再び草むらの方に狙いを定めた。今度は外さんとスコープを覗き、目標を拡大する。

 だが、そのときレンズに拡大されたものに、俺は目を疑った。 

 

「……ウサギじゃねえか!」

 

 思惑も、銃も、見事なまでに外れた。ウサギは唖然とする俺の姿を見止めると、また草むらに引き返した。追撃を食らわせて仕留めようにももう遅かった。

 

「ウサギだったか……危なかったね……」

 

銃を構える俺の背中で、マタルはハンドルにもたれ力なく言った。そしてブレーキペダルも踏まれ、車は数m進んだところで動きを止めた。

 

「おい、さっきみたいに車を加速させるな。訓練通りにしてくれ」

 

 俺はナイフを飛ばすようにマタルへ怒鳴った。本来なら仕留められていたところだが、むしゃらに車を走らされたがために、狙いがはずれてしまった。ドラゴン相手に下手糞な連携を取っていたら直ぐに食われるだろう。戦車を持ち出したり訓練の時出た高級武具を使っているなら狩りは円滑に進む。しかし急場しのぎの装備で固めた俺達だと、息が合わなければそれは確立しない。

 

「連携が下手だと、その先には『死』だぞ」

 

 わかったな?――俺はマタルに向き直り、更に言葉に重みをかけた。

 

「……わかったよ」

 

 マタルはボソリと、魂を抜かれたかのように答えた。しがない薬屋にその言葉は少々威圧が過ぎたかもしれない。だがここは壁の外だ。自分達を保護してくれる物は無い。この世界に来てから壁外にくるのは初めてだが、前の世界で似たようなところを散々と回った。そこは弱肉強食が常識として通っている。少しでも弱みを見せれば、たとえ自然蹂躙する人間も、シマウマやイワシのような『エサ』に降格する。

 だからこそ、これ以上ボロを出すわけにはいかなかった。

 そして車は再び動き出した。外れた巡回ルートである森の脇へ、急に加速することもなく進んだ。

 

「おし、その調子だ」

 

 ただし、ほめる事も忘れない。子供も大人も褒められることはうれしいものだ。この現場で浮かれる偽るのはよくないが、だからといって数秒欠かすことなく神経を張りつめていても、ストレスが過剰に溜まって行動に支障が出てしまう。多少の気を紛らわせるスキンシップも必要だ。

 図書館で雑学交じりに培った知識を、俺は心の中自慢げに吹聴した。ただし、視線は周囲に向けている。車が速しに接近するにつれ、草や木の数がはっきり分かるようになってきた。そして、その中に赤い影が居ないかも確かめた。ついでにあのウサギも仕留めてやる。

 

「やっぱり……何も居ないね」

 

 半分落胆、半分安心したようにマタルは声を上げる。

 

「森からは……ウサギ一匹居やしない」

 

 俺も目を凝らして草むらを見るが、景色は先ほどと対して変わらない。このまま森林クルージングが続くなら、目的を変えて木の実探しに出たいところだ。採取クエストとでも言えばいいか。

 

 そう考えていた時だ。頭に何かが当たる感覚があった。

 

「痛っ……石が落ちて来たぞ」

 

 荷台の敷板に、指先一つ分の石が転がる。この世界では石が降ってくることもあるのか。火山が噴火すれば軽石なりが飛んでくるはず。

 しかし、準備段階で地形を確認した時、火山なんて一つもなかった。そして石を投げられる程悪いことをしたのは……マタルの店の評判を落とした以外に思い当たる節は無い。

 だとしたらカラスのイタズラ……

 

――いや、違う!

 

 俺はカラスではない別のものを探そうと、慌てて空を見上げた。空は雲一つ無い青天。ピクニックをするなら絶好の天気。しかし、今は状況がそんな軽いものではない。

 俺は鳥ではない‘別のもの‘を目に焼き付けた。冷や汗が、顔の横を滴った。

 

――赤い竜が、太陽を背に降下を始めていた。

 

 間違いない、レッドドラゴンだ。

 

「マタル! 急発進させろ! 上から狙われている!」

 

 俺が口早に叫ぶと、マタルは声を上げる前にアクセルを踏み込んだ。エンジンがけたたましく鳴り響くと、車が弾かれた様に走り出した。

 

「ひぃいい!また死にたくない!」

 

マタルは恐怖心にハンドルを強く握りしめた。その瞬間、車が叩かれたかの如く大きく揺れた。俺のすぐ目の前で、車体を大きく越した身体の竜が、土埃を上げて飛び退った。車すれすれの超接近、切除されていない鉤爪が、目の端にはっきりと映った。

――間違いない、本物だ。

 そしてドラゴンが一つ羽ばたくと、起こった風が車振るわし、荷台半分迫り出した身体に強く吹き付ける。砂塵が顔を削るように飛んできて、俺は思わず目をつむった。

 その間ドラゴンは急上昇を始めていた。

 マタルの迅速な反応で、一撃目はなんとか避けることが出来たが、ドラゴンは再び降下攻撃を行おうと、旋回してその機会をうかがっている。

俺が試験の時相手した奴と、同じ戦法だ。

 だが、打破できないことは無い。ここに高性能な銃がある。フラッシュバンは持ち合わせていないが、弓矢を超える射程のこの武器なら、そのロスも埋め合わせることが出来る。

 

「マタル! 最高時速を出せ! 警官隊なんざ気にすんな!」

 

 俺は運転席に指示を飛ばすと、空に銃口を向けた。スコープの倍率を片手で調節し、ぼやけたビジョンをはっきりさせる。レンズに映し出されたドラゴンの姿はくっりき拡大され、鱗一枚一枚形まで確認できた。

 

「落ち着け……落ち着け、俺」

 

 緊張で心臓がはち切れんとばかりに震え、全身の血液が沸騰したように感じた。アドレナリンがいつも以上に分泌されている。当の俺はそんなこと知りもせず、息を止め、照準のブレを押さえた。上下していた景色がピタリと止まる。

 そしてドラゴンは、こちらが狙っていたのを察したかのように、飛行軌道を地上に向けた。スコープ越しにギロリと睨まれた感覚になる。

 しかし俺は臆することなく、スコープにその姿を映す。

 そして照準器の十字マーク下部に飛行するドラゴンの頭が差し掛かったと同時、

 銃弾を放った。

 銃のストックを通して、撃った衝撃が肩に伝わる。その力を余波とするように、鋼鉄のライフル弾は空気を裂いて飛ぶ。

 

 スコープの拡大された景色でよくわかった。俺が放った弾はドラゴンに命中した。

 

――しかし俺は愕然とした。

 

火花を散らしたと同時、固い板にでも当たったかのように弾かれていった。

 

 




以上になります。

ドラゴンはそうアッサリ倒すわけには……いけませんよね

ご意見、ご感想、お待ちしております。


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第二十五話 無類の巨竜

 きっと距離が離れすぎていたんだ、そうに違いない。この銃は鉄の剣10本簡単に壊した虎の子だぞ。ドラゴンの鱗に弾かれるなんて本末転倒だ。弓矢が利くのになんで銃が利かない。

 俺は車に揺られる中、冷や汗交じりに呟いた。

 この状況はどう打破すればいいか。

――距離を縮め次第再射撃すればいい。

 そうだ、それで倒れるはずだ。

 俺は視線はドラゴンに向けながらも、ウサギと同様に手早く再装填に徹した。真鍮製のレバーを引いて、薬莢を床に捨て、弾倉からせりあがった新しい弾を薬室に送り込む。これで射撃することが可能だ。

 

「よし……こい、トカゲ」

 

 ドラゴンはスコープが無くとも判別可能な距離へと迫っていた。法外にチューニングした車のエンジンさえ物ともせず。図体がデカくても速さはそのままか……厄介だ。

 

「マタル! 俺が三つ数えたら左に曲がれ!」

「わかった! 曲がればいいんだね!」

 

 俺は今度はマタルに声を飛ばした。あのドラゴンを速度で振り切ることは不可能だ。なら急に動きを変える――ネズミみたいにアトランダムな動きに徹すれば、攻撃の回避は可能である。

 マタルに命じた進路変更はそのトリックへのプロセスだ。

 避ければ笑顔。失敗すれば車ごと俺達は吹き飛ぶだろう。状況はどちらに転んでもおかしくなかった。

 

「もっと近づけ、後で俺がその肉食ってやる」

 

 一応ドラゴンの肉は食用可能と聞いた。マタルが曰く長寿の効果があるとか。死人に言われても説得力は無い。だが生きる者のエゴとも呼ぼうか、効果を信じて食べたくなる。

 そうしてよだれを垂らしながらも、俺は一つ目のカウントを切った。銃の照準をドラゴンの眉間に合わせる。

 果たして距離を詰めただけで銃の効果は出るのだろうか。きっと出るはずだ。この銃の初速は音速以上。そして使用する弾は貫通力を高めた特殊弾。新型戦車でもない限り防がれることは無い。

 二つ目のカウントが切られた。迫る赤い悪魔に冷や汗を流す。

 心臓は爆発寸前だ。オーバーヒート寸前のエンジンに負けず、けたたましく心拍音を鳴らし続けている。身体も恐怖で硬直しかけていた。大きく振った腕も、ほんの数センチしか動いていない様である。この臆病者――俺は自分自身をこの場で罵った。

 しかし人間としての本能だろう。鷹の様に鉤爪を生やした足を見せ、こちらに急降下するドラゴンに、畏怖の念を抱かずにはいられなかった。物語に出てくる英雄のように、敵を前にして美辞麗句を吐く余裕は全くない。思考は‘眉間を撃ち抜くか‘‘首元を撃ち抜くか‘どう相手を殺めるかに付き切りだ。その状況で長台詞なんて吐いていられない。ただ感情に応じて、反射的に目の前のドラゴン銃を撃つだけだ。 

 そして約束の三つ目のカウントをした。曲がれの合図だ。

 俺は迫るドラゴンの眉間をはっきり捉えると、鉄のトリガーを強く引いた。身体が反動で叩かれた様によろめく。

 車はその時、地面を深く削り左手に大きく進路を変えた。速度を減速させながらも、カーブの遠心力は肥大化している。強引な運転にバランスを崩した俺は、誤って荷台の縁に腹をぶつけた。焦げ茶のプロテクターは大して役に立たず、脇腹に鈍い痛み走った。思わず表情を歪める。

 だが何とか銃を手放さずに居た。木と金属のパーツを組み合わせた銃身を、黄金の財宝でもあるかのように強く握る。討伐の成功の否を決める武器だ。手放すわけにはいけない。

 踏ん張る俺を横目に、ドラゴンは車が先程まであった地面に飛び込んだ。周囲が舞いあがった土煙に包まれる。視界は黄土色一色に変貌。並びに俺の口の中に砂が侵入した。舌の上に苦味が広がる。俺は唾液と共に飛び込んできたものを吐き出した。フルフェイスを被ったマタルが無性に卑しく感じる。俺の装備は保護帽一つだ。覆面強盗みたいに顔を布で覆わないと、地面の物を食すことになる。俺はその事態から逃れようと、俺は草木に囲まれた荷台に身体をうずめた。これで幾分事態は軽くなる。

 その直後、車の後方から煙ごしに咆哮が轟いた。根拠を並べるまでも無い、ドラゴンのものだ。車との距離はわずか3m。遠くの山まで届きそうなその咆哮は、至近距離で聞くとまるで大量の爆竹が炸裂した光景を感じさせた。あまりの大音量に俺は耳を塞ぐ。音は車自体にも影響を与え、自分が屈む踏み板の砂を細かく振動させる。流石のマタルもこれは堪えたようで、車の動きを僅かながらもよろめかせた。とはいえ銃弾はドラゴンに効いたようだ。あんな声を上げていれば安否も直ぐに察しられる。

 そして周囲を漂う砂埃が晴れた。青空が頭上に広がっている。さてさて、獲物はいかほどの品であるか。俺は討ち取ったドラゴンの体長を一目見ようと、荷台から顔を上げた。居酒屋のオヤジが言ったように、ドラゴンは巨万の富にも成り得る。それに加え。あの体躯なら高く売れる。この世界で生き抜く上で、大きなツールを手に入れることになる。期待を胸に車の後方を望んだ。

 状況は予想と違った。

 討ち取ったはずのドラゴンが、目玉が飛び出さんとばかりに目を見開き、追いかけてきていた。旧型戦艦を捉えた、対艦ミサイルの如く。頭部は遭遇時と同様無傷のままだ。銃弾は効いていない。

――ふざけるな。

 俺は自然界の理不尽に、今更ながら怒りを募らせた。サルが利口になった程度の人間、対するは古代の歴史を支配し続けたドラゴン。両者の格差を、自分の弱さを、俺は現実を目の前に噛み締めるしかなかった。

 恐怖は一転し、俺はドラゴンに向かって言葉にならない罵声を上げる。

 しかしそうしている間に、車との距離は着実に縮められていった。

 カーブで車が減速したことを好機に、巨大ドラゴンは、歩幅大きく一歩一歩確実に迫りつつある。俺には地面を蹴るその鉤爪が、首を切り飛ばす処刑道具に見えた。距離を縮められれば、一溜りも無い。

 

「マタル! 薬寄越せ!」

 

 俺は一旦ドラゴンから目を離し、運転席の方腕を伸ばした。手に取ったのはマタルのカバン。新品の布を破かんとばかりに中身を掻き回すと、薬瓶を一つ取り出した。中に詰まるのは高濃度負傷ポーション。赤黒い液体が瓶いっぱいに入っている。アンデット以外が浴びたら一溜りも無いだろう。ドラゴンも同様。銃が効力を失った今、この薬に頼るしかなかった。

 俺はライフルを踏み板に落とすと、代わりにその瓶をドラゴン目掛けて振り上げた。すぐ目の前に肉食獣に特有の鋭い牙が見えた。ドラゴンは車と接触せん状態だった。俺は奴の目を負けじと睨みつける。

――力が強いからって調子に乗るな、このボンボンが

 この際どこに当たろうと構わない。当てずっぽうに薬瓶を放り投げる。

 しかしドラゴンの方が、一歩速かった。

 俺の乗る荷台に頭を捻じ込ませると、車をすくい上げるように打ち投げた。車体の重量を感じさせないその一撃。投石器で飛ばされたかのように、車は空高く飛んだ。カモフラージュの草木は飛び散り、背後でマタルが悲鳴をあげた。車体のみならず、乗る者にも衝撃を与えていた。

 気付くと俺は宙を舞っていた。シートベルトを着けていない俺は、車と同じくらいの高さに、生身のまま弾き出されていた。天と地が逆さまになって見える。そして真っ赤な影も一つ。ドラゴンが直ぐ下で、仕留めんと待ち構えている。動物の癖に嫌なほど狡猾だ。

 肉食動物には二つのタイプがある。一つは獲物を見つけ次第、その首を刈ろうとする『行動派』。もう一つは何かしらの方法で弱らせてから、確実に仕留める『策略派』。

――ドラゴンは陰湿な『策略派』だった。

間を開けず、車が屋根から地面に墜落した。硬い物が、折れる音が周囲に響き渡る。俺が一夜かけて作り上げ、先程までエンジン吹かして走っていた車が、一瞬でゴミと化した。

――おいこら……やめろ

 ドラゴンは仕留たとばかりに車を見咎めると、羊を前にした狼の様に車体に食いついた。少し離れたところに落下した俺は、幸い無傷ながらも、その光景を見ていた。いや、見ることしかできなかった。最初に手に取った薬はどこかへ飛び、後のスタックは落下の拍子で瓶と共にお釈迦になった。今じゃあカバンからは薬が駄々漏れし、別途にしまってあっただろうバレットボウガンは取り出せない状態だった。唯一無事であろうライフルは、先程の接近戦で無効だということがわかった。一応回収し手元にあったが、自殺用でしかない。

――この役立たずが

 ああ、あの骨に騙されたか。俺の脳裏にあの武器屋のスケルトンの顔面骨格が浮かんだ。カラカラという無機質な笑い声。それが聞こえてくるようだった。

 視界には、ヒーロースーツのマタルが、ドラゴンの頭にしがみ付く姿が写った。車が破壊される時、なんとか飛び出したのだろう。ドラゴンは張り付いたマタルを振りほどこうと、激しく頭を振った。だがマタルは懸命に張り付き、ドラゴンから剥がれようとしなかった。しがみ付くマタルは相手が四苦八苦しているのを好機に、右腕を一本振り上げた。手に鉄のナックルが光る。マタルは残りの左手両足でなんとか体勢を保った。そしてドラゴンに振り落とされる前に右手をドラゴンの顔に叩き込んだ。アンデットの腕力、鬼の秘術、異世界のスーツ、本来の能力を底上げした状態でのその一撃は赤子の抵抗程度の力ではない。厚い鉄板をひしゃげされる程。暴君のドラゴンもそれに応えたか、今度こそ苦悶の咆哮を上げた。鬼のような顔が、僅かながらも陥没していた。

 だが、それまでだった。浪費を懸念して選んだ安物のナックルは、ドラゴンの固い身体とマタルの腕力に耐えきれず、砕け散ってしまった。それに加え、衝撃はナックルの破損だけに限らず、マタルの右腕おも故障させた。肘から先が若木のようにプラプラと揺れていた。骨が粉々になっているようだ。

 しがみ付く手が一つ無くなってしまったためマタルはこれ以上ドラゴンにしがみ付くことが出来なかった。ドラゴンは再び頭を振ると、マタルはボロ雑巾のように地面へ叩きつけられてしまった。

――これまでか……

 少し離れたところで、俺はあきらめに近い感情を抱いた。

 それもそうだ。こんなチャチな装備で化物に立ち向かったのが間違えだった。相手は人外たちを凌駕する力を持っているのだ。モンスターより化物だった。死を目の前にして、俺はすんなりと現実を受け入れることが出来た。

 全ては俺の責任だ。

 俺は今更ながら、マタルの言葉を痛感した。『リスクが大きすぎる』という一言を。戦闘経験豊富な俺が居ながら、ハンター生活という迂闊な考えに走ってしまったことに後悔せざる得ない。こうなるなら、あの人外だらけの工房で働き続けるのも、悪い選択ではなかっただろう。もう一度、やり直したかった。

――許せ、マタル

 全ては俺の責任だ。

 俺は手に持つライフルを構えた。標準はマタル。せめて楽に死なせてやりたい。ドラゴンに睨めつけられ、腰を抜かすマタルを、ライフルのスコープに捉えた。

――人に撃ったらバラバラになる

 武器屋の奴はこの銃を手にそう言っていた。アンデットはゴーレムみたいな鉄の身体ではない。マタルに撃てば、木端微塵――痛みを感じることも無く息絶えるだろう。

 十字の照準に、フルフェイスで覆われた頭を写した。スコープ越しに俺は姿を見るが、彼はこちらに気付いていなかった。それでいい。

 俺は息を止め、銃の揺れを安定させた。射撃準備完了。

 躊躇う気持ちは無く、俺は引き金に掛けた指に力を入れる。

 

――その時、スコープに写された風景が真っ白になった。いや、光ったと言った方がいいか。

 そして、僅かに遅れて破裂音。俺は思わずうめき声を上げ、銃を取り落した。

――スタングレネードだ。

 スコープを覗いていた右目を押え、俺は一人確信した。マタルが持っているわけがない。誰かが投げ込んだか。

 俺は潰れていない方の目で周囲を見回した。

 森――平原――巨大なドラゴン―マタル―車――順々にそれらが視界に映った。

 だが一つだけ、不可解なものを片目に捉えた。動物ではない。

 方向感覚を失い、うろたえるドラゴンの手前にそれはいた。

 シルエットは長身。黒い身体。それを構成するのは炭化した骨。左手に長身の身体を追い越す白い刀。

 俺達には目もくれず、身悶えるドラゴンを見咎めている。

――長太刀を握ったウィザースケルトンが、そこに立っていた。




以上になります。

いやー原作のマイクラでも、適当な装備だと難易度が増しますよね。

自分は黄昏の森のヒドラと戦った時、バグか仕様か、主武装の銃が利かなくて……他にろくな武器は無く惨敗しました。

RPG-7は利かないし、ロボットは易々撃破されるし……なんて化物だ。

ご意見、ご感想お待ちしております。


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第二十六話 狩りの行く末 

 フラッシュバンを前にして、ドラゴンは岸に打ち上げられた魚のようにその場で身悶えていた。時折咆哮を交えながら、辺りを飛び回る虫でも払うかのように四肢を動かしている。巨体といえども突然の光には対処することはできなかったのだろう。何も無い地面を引っ掻き、辺りに土を飛ばす。

 遠くのウィザースケルトンは、長太刀を背中に差した鞘に仕舞うと、ドラゴンに向かって一直線に駆け出した。枯れ枝のように長細い脚が、音も無く軽快なリズムで繰り出される。振りかざされる鉤爪を前にして、躊躇う様子はない。

 そして腰を抜かして動けずにいたマタルを後目にドラゴンの目先へ駆け込んだ。が、自身の刀で切りかかろうとせず、その場に佇む。マタルは突然の乱入者に目を白黒させるが、本人はそれを無視し長太刀を脇に構えた。ただし構えたその刀は鞘に仕舞ったままだ。加えて石化したかのように静止している。マタルとドラゴンがウィザースケルトンを挟んだ形で慌てふためいていだけ。遠目に見る俺からは、一人と一頭が乱入者の静止を際立たせているように見える。茶番劇でも繰り広げるつもりか。

 

――何故攻撃しない?

 

 ドラゴンは混乱状態にあり、不意を突けるチャンスだ。しかしウィザースケルトンは動かない。唯一の機会を利用しないその姿に、俺は疑問を抱く。加えて先程車を破壊された此方が言うのもアレだが、些か図々しさを覚えた。しばらく動かずにいたウィザースケルトンに俺は痺れを切らし、俺は視力の回復を待たずにライフルを構えた。無事な方の目でスコープを覗き、ドラゴンの首元に狙いを定める。奴が動かないなら、こちらが動くだけだ。ドラゴンの急所は首元、ここに射撃すれば多少のダメージは与えられるだろう。

 そのとき、ウィザースケルトンが動きを見せた。

 混乱したドラゴンが軽率にも首をもたげた瞬間、ウィザースケルトンは長太刀の持ち手を握りしめる。遂に攻撃に移ろうと言うのか、鞘の頭から白い刀身が顔を出す。

 

――そして笛のような音が鳴った時だ

 

 ドラゴンの蛇腹がパックリと口を開けた。遅れて水風船を突いたかのように血が溢れ出す。何が起きたと思いとっさにウィザースケルトンに視線を移すと、奴の手には先ほどまで鞘に収まっていたはずの長太刀が紅い液体で真っ赤になっていた。間違いない、ドラゴンに斬撃を与えたのだ。

 その斬撃は、射撃で集中状態の俺でも見切ることが出来なかった。予想外の動きに俺は思わず目を見開く。だが同時に、ウィザースケルトンが使ったその高速殺法に察しを付けることが出来た。

 

――抜刀術だ

 

 前の世界で見たことがある。確か‘サムライ‘と呼ばれる戦士が使う剣術だ。刀を鞘に仕舞った構えから、高速で刀身を抜き放つ――らしい技だとか。ドラゴンが首を上げる一瞬の隙を突くとしたら有効な一打だろう。

 ただしそういったものに代表される剣術の多くは、他人に知られると危険なため、シークレットにされることが多いとか。それもあって剣術を習得している者は少ない。ただ裏を返せば取得している者は、それなりの戦闘能力を持っているということである。あのウィザースケルトンが習得者に当てはまるなら、戦闘に関しては群を抜いていることが察しられた。

 だがウィザースケルトンは白い刀を鞘に仕舞うと、今度は幽霊でも見たかのように一目散に逃げ出した。再び俺は目を疑った。何故追撃を与えないのかと。すると首を斬りつけられたドラゴンが、突如としてパニックから解かれ、背中を見せるウィザースケルトンを凝視し始めた。おまけに鼻息荒く、口元に牙の列をあらわにするほどの興奮状態だ。小屋並みの巨体からか、先ほど与えられた斬撃はかすり傷程度で、致命傷になっているようには見えない。代わりにその斬撃が、フラッシュバンで引き起こさせたはずのパニック状態を解かせていた。むしろ怒りを買った様である。

 

――事態は悪化しているようだ

 

 羽ばたき始めているドラゴン、そして逃げ出すウィザースケルトン。状況はサルでも理解できた。ドラゴンは目標を戦意喪失したマタルから、背中を見せるそのウィザースケルトンに向けた。熊に背中を見せて逃げると、追い駆け出すのと同じ『動物的本能』だろう。それが起爆剤に、ドラゴンは飛行を始めた。大型船のマストを彷彿させる翼をはためかせると、巨体を地面から浮かせ始めた。

 

――何がしたいんだ

 

 疑問を感じる俺を他所に、ウィザースケルトンは飛び始めるドラゴンを確認すると、あろうことか木々の無い平原へ進路を変え始めた。草地立つ黒い身体は、正に自ら所在を教えるようなものだった。ドラゴンは牙を見せ、ウィザースケルトンの追跡を始めた。一方のウィザースケルトンはそれを引き金に、走力を上げる。確かに人外だけあって走る速さは随一だ。だが所詮は人間の成れの果てか、フル稼働のレッドストーン自動車を凌駕したドラゴンを振り切ることは出来ないはず。実際に自分が体験している。

 俺はその光景を目に焼き付けると、手元のライフルを空に構えた。ウィザースケルトンの作戦が失敗したとみてこちらから再攻撃に転じることにした。ドラゴンは幸いウィザースケルトンに夢中になっており、俺の姿に気づいていない。そして潰れた片目は、視力を回復させていた。多少目の奥に違和感はあるものの奴を不意打ちで倒すことは可能だ。

 飛び始めで速度の出ていないドラゴンに、俺は照準を当てた。今までは、鱗のある部位に射撃をし、簡単に弾かれていたが、対照的に腹部は刀の一撃を通していた。言ってしまえば腹は大して固くない。

 

――なら銃も効くだろう

 

 地上からはがら空きの腹部に俺は銃口を向けると、しっかりと狙いをつけ、トリガーを引いた。サイレンサーなしの轟音が鳴り響く。そして次弾を装填して間を開けず第2射。同様の動作を行って第3射。計三発の弾をお見舞いした。もう一発撃つにはリロードの作業をしなくてはならない。

 だが俺はその作業に徹しはせず、飛行中のドラゴンのダメージを確認することにした。スコープの側面の‘しぼり‘をいじり、倍率を調整する。そしてレンズにドラゴンの腹部を移した。尻尾の付け根辺りに、穴が三つ確認できる。首元に走る刀傷を除けば、俺が放った弾によるものだ。

 

――間違いない、銃は効いている。

 

 巨大ドラゴンに対しては特定部位のみ攻撃が通るようだ。俺は銃の可能性が保証されたのを確信すると、リロードの作業に入った。視線はドラゴンに送りながらも、手は持前の魔法のカバンに突っ込む。そして5発分の弾を手に握ると、ライフルの弾倉に詰め込んだ。取り落すことなく、一発づつ。ライフルの背に空いた補充穴から投入した。

 

――よし、第二攻撃開始だ。

 

 計5発――弾倉に詰め込める最大の数の弾が入ったライフルを、空を飛ぶドラゴンに構えた。狙撃し易いように、銃後部についたストックを肩に当てる。そして再びドラゴンの姿を、スコープで覗く。

 だが今度のドラゴンの姿は、様子がおかしく見えた。俺が先ほど弾をお見舞いしてつくった傷、そしてウィザースケルトンが与えた刀傷からは、勢いを増した状態で血があふれ出ていた。指を包丁切ったとかその程度ではない、水道管を破壊したかのような凄まじい勢いでだ。ドラゴンの身体から血が大量に絞り出されている。

 

――何があったんだ!

 

 敵であるドラゴンに俺は一言問いかけたくなった。だが向こうはそんな俺を他所に、飛行する高度を低くし始めた。降下する速さに、鷹がウサギを狩るような俊敏さは無い。むしろ羽を失ったトンボのように、力なく‘落ちて‘いっている。

 

「なあーッ! 貴重なドラゴンの血がーッ!」

 

 離れたところで、腰を抜かしていたはずのマタルが声を上げている。確かドラゴンの血には身体能力増強の力があるとか。いわば薬の材料。それも高価な。

 だが俺は地面に散布されたその液体を無視し、ドラゴンが墜落していった草原に駆けた。弾を込めたライフルで狙撃しようとかそんな事態ではない。あのドラゴンが疫病にかかっていたかどうか、今後の収入源にどんな異変が起きたか確認するために、草原に向かうことにした。おそらく金銭目的でか、マタルも草原へ駆け始めた。

 

「おいマタル! 腕は大丈夫なのか!」

 

 目先で疲れ知らずに走り出すマタルに、俺は一声かけた。奴は抵抗した際に腕を大怪我している。アンデットとはいえ、放置していいかどうか問いただしたいものだ。

 

「おー! スティーブ君! 君こそ大丈夫なのかー!」

 

 余計なお世話だ。俺は口にする代わり腕を振り上げ、異常がないことを知らせた。このサインが伝わったようで、マタルは首を縦に振った。

 対する俺はドラゴンの方に向き直った。雲の浮かぶ青天に赤い巨体は見当たらない。単に木の影に隠れただけか、既に落ちたかのどちらかだろう。俺は血の跡を辿って草原へ急いだ。

 

――ドラゴンは既に地に落ちていた。

 

 距離を開けたところに、ドラゴンが力なく倒れている。地に落ちてもなお、草地を数歩あるいたようだ。芝生に身体を引きずったような赤い跡がついている。だがそれも2、3歩進んだところで途切れ、その先で骨が抜けたかのように力なく倒れている。共に血の湖を増設されていた。

 すると今度は、その巨体の影から黒い長身が現れた。敵前逃亡したはずのウィザースケルトンである。出血多量のドラゴンを前にし、警戒する様子はない。抜き身の長太刀を片手に無防備な首元へ歩み寄った。

 そして徐に白い刀身を頭上に振り上げる。骨の背を弓なりに反らせる。

 

――まさか……

 

 ウィザースケルトンは俺の存在を無視し、甲高く掛け声をあげると、大罪人を処刑するかのように容赦なく長太刀を振り下ろした。ライフル弾を跳ね返したはずの鱗は紙のように刃を通し、その下に隠れた肉と骨を容易く断ち切る。そして刀身が地面に着いたときには、ドラゴンの首根は胴体と分断していた。

 、

「なんだその刀!」

 

 死骸に駆け寄る俺は、ドラゴンの首を刎ねた刀を前に思わずその言葉を発した。対するウィザースケルトンは、今初めて俺の存在を察知したかのように、顔をこちらに向けた。

 

「お前どこの組の者じゃ」

 

 一際ドスを利かせたトーンで、第一声を浴びせてきた。なんだかとんでもない輩と接している気がする。俺はそんな疑念を振りほどき、一言返した。

 

「ただの個人猟師だ。猟友会には未所属だ」

 

 ドラゴンハンター達は基本、何かしらの集まりを形成し、いざ狩りに出る時はその会員同士で動くとか。大人数で行い効率を上げるのも理由の一つだが、何よりドラゴンの出現ポイントを共有、そして他団体に情報が漏れないようにするためとか。

 こうしたドロドロした関係上、あのウィザースケルトンはそう問いただしてきたのだろう。だが本人は、俺の言葉を信じられないと言わんばかりに首をかしげる。

 

「未だ人間のお前がか? 嘘も大概にするんだな」

 

 ウィザースケルトンは何も言わず長太刀を持ち上げた。そして乾いた血がこびり付いた刀身を俺の鼻先に向けてくる。刀から発しられているのだろうか、炎を近づけられたかのような熱気が顔を襲った。熱をもろに顔へに食らった俺は思わずその場から数歩後ずさった。

 

「おーいスティーブ君、ドラゴンはどうだったのー?」

 

 その時、呑気にマタルがこの場に滑り込んできた。頼むからこの状況を腐った脳ミソで察してくれないか。

 

「お前も何者じゃ…ワシの何かを狙っているのか?」

 

 ウィザースケルトンは俺の後方に視線を向け、口をカチカチと鳴らした。何もここまで俺達を疑わなくともいいじゃないか。

 

「あーいや、彼と手を組んでいるしがないハンターですよ」

 

マタルは左手で俺の方をポンポンと叩くと、人懐っこい笑顔をウィザースケルトンに向けた。

 

「なんだ、人間とモンスターで手を組んでいたのか。猟友会の者だったら信用できん」

 

 疑り深いウィザースケルトンは確信したような態度を見せると、俺に向けた刀を地面に降ろした。並びに謎の熱気からも解放された。浮き出た汗が、吹き寄せた風を冷たく感じさせる。謝罪の言葉も欲しいところだが言うだけ野暮なもんだな。

 

「……そういやこのドラゴンから血が噴き出ていたが」

 

 危うく話は逸れるところだった。

 俺は目先に横たわるドラゴンを指さし、ウィザースケルトンに問いかけてみる。もしドラゴンの間に病気が流行っていたら、こちらの商売にも影響が出かねない。マタルも後ろで同調するように頷いた。

 

「コイツの力だな」

 

 ウィザースケルトンはまた疑ろうとはせず、手に取った刀を持ち上げた。単に『斬ったから血が出た』とでも言うのだろうか。

 

「‘妖刀‘だ」

「スティーブ君、そんな病気ってあったけ?」

「おそらくだが……病気とは無関係のものだな」

 

 妖刀といえば、エンチャントされたかのように超自然的な力を持つ刀のことだ。といっても刀自身が大量虐殺に使われたり、生前強い未練を残した怨念が取り憑くという過程を経て成るいうやや不気味なもので、実際に持つ力も未だ詳しく解明されていない。種類によっては持ち主自身に降りかかる場合もあるとか。いわば『呪いの品』。できることなら持ちたくない。

 

「この刀に斬られたら全身から血を吹きだすことになるぞ」 

「うわぁ……血が勿体ない」

「せめて命とか大切なものに着目しろ」

 

 あの刀の能力は『斬った対象に大量出血をさせる』類だろう。死体の身体には大して効果は無さそうだが、普通の生きている身体なら致命的な力だ。それを踏まえると、ウィザースケルトンの逃亡は、妖刀の能力でドラゴンが失血するまでの時間稼ぎだったということが察しられる。やはりコイツは只者ではないようだ。モンスターの頭も伊達ではないな。自分があの刀の餌食になっているところを想像すると、寒気が走る。

 

「とりあえず……ドラゴンが病気だったわけじゃないんだね?」

 

 マタルはドラゴンに目を向け、ウィザースケルトンに問いかけた。

 

「無論、刀の能力で起こしたものだ」

 

 ウィザースケルトンはドラゴンの首に片足を乗せ、誇らしげに長刀を頭上に掲げる。

 

「待て待て、じゃあなんでドラゴンの首を刎ねることが出来るんだ? あとその刀なんか熱かったぞ」

 

 俺としてはドラゴンの疫病の疑念はとっくに無くなり、むしろウィザースケルトンの握る妖刀に好奇心を感じ始めた。ミステリアスな一品なうえ性能は武器の域を逸している。これほど不可思議を抱く物はそうそうないだろう。勿論妖刀を持つ気は無いが、そのかわり漆黒のベールに包まれたその能力とやらを把握したいところだ。

 

「企業秘密だ」

 

 はっきりとした言い方の後、ウィザースケルトンは長太刀を背中の鞘に仕舞った。

 

――教えろよコラ

 

 だが俺はその不満を訴えることばは引っ込めることにした。ヤクザ染みたこのウィザースケルトンに一々茶々入れたら何されるかわかったもんじゃない。処世術として、俺は‘シークレット‘の言葉を飲み込むことにした。

 あの刀は能力じゃなくて単純に切れ味を得物にドラゴンの首を斬ったのだろう。サムライソードは実際それが随一と呼ばれているからな。

 

「よし、お前さんらにはこのドラゴンを運んでもらうのを手伝ってもらうか」

「なんか言った?」

「おい骨、何様のつもりだ」

 

 初対面早々荷物運びとは……マナーの欠如にも程があるだろう。

 形的には俺達が狩っているドラゴンをこのウィザースケルトンは横取りしたのだ。俺も追撃したりしていたが、ドラゴン死傷の大半の要因をつくったのは紛れも無くコイツだ。ドラゴンの死骸の所有権および責任はウィザースケルトンに移ったも同然なので、俺達がわざわざ荷物運びをする義理はない。

 

「この巨体だ、ワシ一人ではとても処理できん……」

「だから俺達が代わりに運べと?」

「否、このドラゴンの身体を分け合うという条件で‘ワシと‘共に運んでくれねえか?」

「交換条件か、その話乗った」

 

 どうやら互いに翼やら爪を分け合うのを条件に、荷物運びを頼み込んでいるようだ。マタルは片腕を怪我しているということで身じろぎしているが、ドラゴンの身体全部コイツに持っていかれれば俺達の生活は難しくなってくる。

 ウィザースケルトンがその境遇を知って‘はい‘か‘YES‘しか答えられない条件を出してきたかどうかは知らないが、俺達はこの条件に何があろうと乗るしかないだろう。

 

「じゃあ……ワシのヒョロヒョロした身体じゃ爪一本しか運べんのぉ」

「ついでに私は右腕を怪我しているからね……角一本がやっとかな」

 

 徐にアンデットの二人はぼやきだすと、俺の顔を見てきた。まて、どういうことだ? 俺にこの小屋一つ分の化物を丸々一頭運べと言いたいのか?

 

「この人でなしが!」

「スティーブ君、今更何を言っているんだい? 私は元々人ではないよ?」

「カカカッ……若造、冗談だ。森の奥に荷車を隠してある」

「誰が若造だ」

 

 ウィザースケルトンは無機質に顎を打ち鳴らすと、俺達が最初に周回していた森を指さした。この草原からは少々離れたところにあるが、奴の脚力なら取りに行くのに大して時間はかからないだろう。俺は目先に立つ木々を見咎めると、首を縦に振った。

 

「じゃあ俺達はドラゴンから鱗を引きはがしているぜ」

 

 俺はマタルの店から持ち出した包丁やらバールをバックから取り出すと、ドラゴンの巨体に近づいた。

 

「待て待て小僧、そんなチャチな物で‘上級種‘の鱗ははがせねえぞ」

 

 森に駆け出さんとばかりにしていたウィザースケルトンは、矢でも射られたかのようにその場で転倒した。

 

「……上級種ってなんだ?」

「私も知らないね」

 

 立ち上がるウィザースケルトンは声を上げて驚きを見せると、何か痛々しいものを見るかのように頭を抱えた。

 

「お前たち、まさかそれを知らずに戦っていたのか?」

 

 知らない物は知らない。騒ぎ立てるウィザースケルトンに俺達は返す言葉は無かった。

 

「あのなあ……お前たち、ドラゴンにもピンとキリがあってだなぁ……今ここに横たわっているのはドラゴンの中でも群を抜いて凶暴な個体なんだぞ!?」

 

 なるほど、どうりで銃も効かないわけだ。俺とマタルは謎かけを解いたような面持ちで頷いた。

 

「いわばG級ってことだな」

「スティーブ君、G級ってなんだい?」

「前の世界の一部の地域で使われていた言葉だ。ドラゴンみたいな化物の等級を示すものでな……」

「お前ら早く作業しろ!」

 

 肩を合わせて話し込む俺達に、ウィザースケルトンは居ても立っても居られない様子で歩み寄ってきた。そして腰のポーチから短刀を2本と打ち上げ花火を取り出すと俺達に手渡した。

 

「この短ドスでドラゴンの肉を切って居ろ、賊にドラゴンを取られそうになったらこの花火か銃声で知らせろ。わかったな?」

 

――承知した

 

 俺がその言葉を返すと、ウィザースケルトンは焦りを半分募らせながら森に駆けて行った。俺達にドラゴンの番をさせるのに些か不安でも抱いているのだろう。そこまで賊の襲撃を懸念しているのかは知らないが、早く戻ってきてくれるならこちらとしても好都合だ。きっとこのドラゴンは高く売れるに違いない。ならそれを守る役が多ければ強奪を避けることもできるはずだ。

 俺は遠くを走るウィザースケルトンをちらりと見た。馬も顔負けの速さで走っているので、あの調子なら数分で戻ってくるだろう。

 その時俺は、ウィザースケルトンの走る先で横たわる自動車を目に留めた。俺がこの世界に来て初めて作った物で、初めて失った物だ。どちらもつい最近の話である。ドラゴンの処理が終わったら、部品を拾ってやろう。

 俺は包丁とバールを仕舞い、短刀を引き抜くと、ドラゴンの腹に突き立てた。既に血は抜け切っているようで、俺の手は赤く汚れることは無い。解体は容易に進むように感じた。

 ただ、このドラゴンを倒したのは俺でもマタルではない、あのウィザースケルトンだ。奴が仕留めたドラゴンで、俺がこうしてナイフを沈めることは無いはずだ。むしろ車を失い、怪我人を出した。この2つが俺の成果だ。これらを踏まえると言えることは一つ。

 

――今回の狩猟は、失敗に終わった

 

 俺は悲観を抱き、歯を食いしばると、ドラゴンの腹を横に薙ぎ斬った。

 




 以上になります。

 ちなみに今回出たウィザースケルトンの刀は抜刀剣MODで知られる『SlashBladeMod』の刀をイメージしています。(登場した刀は全くのオリジナル)
 あのMODって便利ですよね~アドオンと組み合わせれば深みも増しますし。

ご意見、ご感想 お待ちしております。


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第二十七話 宴の始まり

どうも、お久しぶりです。投降日時がズレてしまったことお詫び申し上げます。
今回はいつもより文字数多めな回ですので、じっくりお楽しみください。


町に満月が昇るこの宵、俺は薬屋の一角を占領し狩りの道具作りに勤しんでいた。天井から吊るしたグロウストーンが手元を照らし、明かりは十分に確保できている。この時間帯において、暗闇や暴徒における精密作業を妨害するものはない。それもあって俺はこの作業に夢中になることができた。

 レッドドラゴンの鱗を使って防具を製作すると言う作業が。

 

………

……

 

 俺とマタルは、ウィザースケルトンと共に巨大ドラゴンを防壁まで運んだ後、約束通り部位を山分けし合った。特にマタルが野獣の様に目の色変えて。滅多に市場に出回らないという希少性を察してのことだろう。

 関所の横で、金への欲に塗れた交渉となった。述べ数2時間の対談の末、ウィザースケルトンが希少部位である頭と尻尾を貰い、残った物が俺達の手に渡ることになった。ドラゴンの身体大半を貰えたのは、マタルの押しがあったから故であろう。後でウィザースケルトンに難癖つけられなきゃいいが。

 兎にも角にも俺達は、半ば七面鳥の丸焼きのシルエットに限りなく近くなったドラゴンを市場に売りに出すことにした。漁港の近くで競りが行われるのと同様、第三防衛ラインの近くにもドラゴンを売りに出せるところがある。俺達はそこへ巨体を運び入れ、プロのディーラーが品定めした。

 神妙な雰囲気に俺は手に汗握ったが、マタルが意地になって交渉し、希少部位が除かれながらも高金額を手に入れることが出来た。大体高級リゾートホテルで贅沢が可能な金額である。数字にすると、ブレイズの工房の月給の2倍、マタルの薬屋の6倍だ。

 流石、市場で希少となるドラゴンのブランド力と言いたいところだ。ただドラゴンのサイズが仇となり、重い胴体だけが俺達の手元に残った。どうやら『胴体にあまり使い道は無い』とか。それに重いから運搬費用が桁外れに取られるとか。まあ俺でも、角ならともかく胴体は引き取ろうとはしないな。せめて軽めな足か翼が残ってくれたらよかったものを。

 処理をする責任がある俺達はしょうがなくは芋虫状態になったドラゴンから鱗を剥ぐなり肉を切るなり、マグロで言う‘解体‘を行い、持前の鞄に詰め込んで事無きを得た。

 後は店で、豚とかゾンビとかマタルが薬にしてくれるだろう。

 

………

……

 

 とのように無事ドラゴンは手に入った。ギャンブルに手を出さない限り、多少は楽な生活が遅れる程の金も調達できた。だが世の中そうそう楽に進んでくれない。手元に残ったドラゴンの素材が、邪魔になりつつある。

 内臓はマタルが薬の材料にし、肉は煮るなり焼くなり好きにすることで処理できる。だが鱗だけは銃弾を跳ね返す頑丈さから加工に困難を極めた。結果マタルには処理できず俺の元に流れ着いてきた。

 無論俺は『どこかに売れ』と突き返すところだ。呑気にゴミを眺める程楽天家ではない。

 それにほんの数時間前にドラゴンの奇襲を受け死を垣間見た。トラウマ待ったなしの恐怖体験である。俺の精神は毒を盛られた様に幻覚を見せ、殴られた様な目眩を手向けてくる。心の中で深く刺さる刃として、人の心を苦しめる存在として残るであろう。目を閉じれば、映るものはドラゴンの姿。精神健康状態はかなり悪い。

 だが俺はそれより懸念していることがある。今後どうやって狩りを続けるかだ。

 実を言えば、今ドラゴンを狩りに行けと言われると実質『不可能』である。

 今回の狩りは急仕込みの装備であったにもかかわらず実行した。レッドストーン自動車に頼ったからである。『車に乗って動き回ればラフな装備でもドラゴンに対抗できる』俺は生活に追い詰められ、明確な根拠もなく考えていた。そして俺を一喝するかのようにドラゴンは車を蹂躙。容易く追い詰め、車体を突き飛ばした。結果として『車はドラゴン相手に有効打にならない』ということ事実が俺に突き付けられた。レッドストーン自動車でドラゴンを相手にするのは、三輪車で戦闘機を撃墜しようという奇行に近い。

 ともすれば現段階の装備でドラゴンに立ち向かうことは不可能。新調する必要がある。

 というわけで舞い込んできたのが『鎧製作』だ。

 ドラゴンを狩るときの基本事項として『ドラゴン殺傷に有効な武器を持つ』『反撃も凌げるような防御力を身に着ける』2つがある。

 だが俺の装備を見直すと、決定打は高値を叩いて買い入れたライフルだけ。前者の『ドラゴン殺傷に有効な武器を持つ』は達成しているとしても、後者の『反撃も凌げるような防御力を身に着ける』はやや不備がある。防御力埋め合わせるのは鎧は急仕込みのプロテクター。それは近所の店から買い入れたなめし革とマタルの店にあったソファーを分解し組み合わせた代用品で、大した性能はない。昼間の死闘を振り返ってみると不甲斐なさは一目瞭然だ。単に動き妨げる拘束器具にしかならない。

 だからこうして造る予定の無い‘鎧‘を作成しようと言うのだ。

 それもあって今回はプロテクターのように材料をケチることはしない。以前赴いた大手狩猟具店から高品質な鎧を買い入れた。マタルのコスプレスーツではなく、貴族の館に飾られているようなフルプレートメイルである。頑丈な鉄板が四肢を包み、顔を覆うフルフェイスが頭を保護してくれる品だ。例えドラゴンに踏みつけられたとしても致命傷は避けられる。

 しかし鉤爪で薙ぎ掃われば、鎧は簡単に破壊されるだろう。資料によればドラゴンの鉤爪等は同種族との縄張り争いに使われるもので、そこら辺のドラゴンの鱗なら容易に貫くらしい。怪物さえ殺める鉤爪を、民間企業が精錬した金属で凌げるわけがない。

 そこで出てくるのが『上級種ドラゴンの鱗』だ。あの巨大なトカゲの鱗をフルプレートの上に貼り付け、『変形』や『破損』を防止する。つまり戦った時に嫌と言うほど味わった頑丈さを鎧製作に利用しようということだ。もちろんマタルが匙を投げた素材なだけあり、鎧に張り付けるのも一筋縄ではいかなかった。図画工作のように糊で張り付けることは難しく、だからといって裁縫道具を持ち出して縫い付けることもできない。固い鱗だからな。それに鱗といっても巨大ドラゴンから生み出されたサイズだから、どちかといえばエビやカニの『殻』、極端な話建築に用いられる『瓦』に近い産物だ。重量は鉄と比べると少なめなものの、図書館に置かれた辞書並みに厚みがあってそのうえ頑丈。穴を開ける事も困難に近い。これらを踏まえとマタル同じようにお手上げ状態である。

 だが、対処は可能であった。

 恨めしいことに解決策はマタルが握っていた。劇薬を利用する必要があったのだ。俺が屋根瓦に近いサイズの鱗とにらめっこしているとき、一部分に溶けたような跡を見つけた。縄張り争いをするドラゴンの鱗なので、傷なりひび割れなりあっても不思議ではない。しかし火にくべた蝋燭のように一部分がとろけ落ちているのは、取っ組み合いで負うとは考えにくい傷だ。だとすれば誰かが人為的につけた傷だということが示される。

 人為的につけた奴といえばマタルが怪しくなる。ドラゴンと接触した者は、他にもウィザースケルトンがいるが、奴は刀で首を刎ねるなりしただけで鱗が溶けるようなことはしていない。もちろん俺も銃弾を撃ちこんだだけで同様のことは起きないだろう。

 そうなれば、容疑者として一番怪しくなるのはマタルである。奴は鱗を加工しようとしてあきらめたと言ってた。言葉だけ見ると『傷一つつけられなかった』との解釈もできる。だが視野を変えると加工するために『様々な手段を試した』とも考えることも可能だ。‘あきらめた‘と言うことはその過程で何かしらの加工するための実験をしていた可能性もあるし、何より他に手を加えそうな人物がいない。

 というわけで薬品室に押し入り、マタルに取り調べをした。奴も特に拒むことなく捜査に応じ、事実を淡々と語ってくれた。奴が言うには鱗の物質を分解する薬品をかけてみたとか。事件の真相をあっさりと吐いた。そんな便利なものがあるなら早く出せと言いたい。

 とのような流れで『ドラゴンの加工に使える劇薬』の在り処が判明し、さっそく転用することにした。薬品をを半ば強引に拝借し、作業場に直行。換気の為に窓を開け、細心の注意を払いながら瓶を開けた。そして中から緑色の液体をスポイトで抜き取り、鱗に一滴垂らしてみる。するとどんなマジックだろうか。氷に焼き鏝を押し当てたように薬品のかかった部分が溶け始めたのだ。その速度は時計の短針に等しい。だが沸き立つ煙と共に、鱗の表面に穴を開けた。

 

――これなら加工可能だ

 

 薬品で溶かすと溶けた後は何も残らず、失敗は許されない。そのうえ鱗を貫通するのにも時間がかかるので集中力も必要だ。リスクと求められるスキルは大きい。だが物を作る‘クラフター‘としてはそれらを乗り越えるのが生業というものだ。サイズは身体に収まる程度。レッドストーン自動車に比べると小ぶりな作品だ。しかし製作の難易度はそれを遥かに超えている。

 

――面白い

 

 俺は薬屋の一室で口元を吊り上げると、薬品を取り出すスポイトと加工する鱗を手に取った。いわば盾を貫かんとする鉾と鉾を防ごうとする盾と言うものか。どちらが有能か勝負としよう。座布団に尻を乗せ、第二のドラゴン戦に俺は挑むのであった。

 

………

……

 

「起きろ! 小僧!」

 

 耳元で、聞きなれない声を聞いた。

 俺は思わず座布団から転げ落ちる。だがとっさに床に手をつき、転倒は抑えた。そのとき鋭利な工具が手に刺さり顔を歪める。

 

――俺は寝ていたようだ

 

 手に走る激痛で思考が覚め、やっと事態を察することが出来た。目の前には紅い鱗で飾り立てられた椀甲、手元には作業に使った薬品。換気の為に明けた窓からは既に光が差し込み、町を飛び交う風がカーテンを揺らしている。朝の訪れだ。鶏の軽快な鳴き声が早朝の現実味を帯びさせる。

 そして何故か目の前に、ウィザースケルトンが1人立っている。それもヤクザ丸出しの口調、壁外で出会った長太刀使いだ。

 

「ふぁ……もう朝か」

 

 俺はあくびを交えながら、両腕を腕を頭上に引き伸ばした。固まった関節が景気よく音を出す。

 だがそのとき、顔の前に何かが飛んできた。金属の棒だろうか。俺は頭を下げ、当たる寸前のところで避けた。

 

「とっとと起きろアホが! 引きこもりも大概にしろ!」

 

 先ほどのウィザースケルトンが、起きて間もない俺をがなり立てる。長細い手には何故かトング。バーベキューで使われる物と似ている。何故トングを持ったウィザースケルトンが俺を起こしに来るのか。一瞬俺は夢を疑った。

 

「ボサっとすんな! とっとと立て!」

 

 薄汚れたトングで俺の頭を叩くと、空いたの手で俺の服を掴んだ。そして断りも無く猫でも拾い上げるように座布団から立たせた。アンデットなだけあってか力加減に容赦が無い。‘立たせる‘というより‘つるし上げた‘の方が正しいだろう。

 

「何をする気だ!」

 

 俺は抗議を上げる。だがウィザースケルトンはまたもやトングで俺の頭を叩くと、丸太でも担ぎ上げるように俺を肩に乗せた。二メートルを超す長身が、高層ビルの屋上にいる光景を錯覚させる。床が眼下に広がる地平線に見えた。

 

「うぉ! 離せこの野郎!」

 

 ウィザースケルトンは抵抗する俺も眼中にない様子で歩き出した。進行方向は店の裏口、外に出る気だ。奴と因縁を持った覚えは無いし、あったとしても先ず言い分とやらを話してもらわなければどうしようもない。金品を要求する強盗より悪質な、『暴徒』の可能性を俺は察した。

 

「そらぁ! 久しぶりの娑婆の空気だ!」

 

 抵抗する俺など気に留める様子もなく、ウィザースケルトンは脚で裏口を乱暴に開けた。真っ白な光がこちらに差しこんでくる。薄暗い店内にいた俺は、差し込む日差しに目をくらませた。まるで光を嫌う吸血鬼にでもなったかのような気分だ。だがタダのスケルトンである奴は、俺の目の容態などお構いなしと、荷物を扱うようにドアの先へ放り出した。

 

「危ないだろ! おい!」

 

 目の前に迫るのは固い地面。落下直前で俺は受け身を取り衝撃を緩和させる。頭から落ちていたらどうなっていたか。身体に着いた砂を払うことなく立ち上がり、組手格闘の構えを取った。やはりモンスター、人間には危害を与える存在だ。警戒を解くことはできない。ドアの奥で立つウィザースケルトンを呪い殺さんとばかりに睨みつける。

 

「スティーブ君? 何をやっているんだい?」

 

 そのとき不意に後ろから声がかかった。呑気な様子が混じったトーン、マタルのものだ。

 

「あのウィザースケルトンが家の金を盗みに来たんだぞ!」

 

 俺は視線はウィザースケルトンに向けながらも、後ろのマタルに警告をした。

 

「……スティーブ君、前にも似たようなシチュエーション無かった?」

 

 何故か呆れるような様子で、マタルが問いかけてきた。強盗といえば、数か月前ゴーレムが侵入した件がある。俺はゴーレムが侵入した現場に遭遇し、いざ衝突せんという事態になっていた。

 だが実際の所マタル関連の‘客‘であって強盗でも何でもなかったというのが事件の真相である。

 

「あ……奴も客か?」

 

 まさかの二の足を踏むことになろうとは。目の前のドアが再び開くと奥から黒い長身の人骨が腕を組み、顎をカチカチと鳴らしながら歩み出てきた。肉の無い顔から表情を読み取ることが出来ないが、身振り仕草から何を言わんとしているかはよくわかる。俺は思わず冷や汗を流した。

 

「貧乏薬屋に忍び込む強盗がいるわけねぇだろアホ!」

 

 ウィザースケルトンがまたもや俺の頭をトング引っ叩く。今度は先ほどより強く、避けきることができなかった。視界に火花が散ったと同時、俺は叩かれた頭を押さえる。頭に岩石でも落とされたような感覚が襲い、視界が一瞬暗転した。

 

「ガハハハハ! おい‘黒‘、その辺にしておけ。屍が増えることになるぞ」

 

 俺が地面に屈みこむ後ろでマタルとは別の声が飛んできた。銅鑼を叩いたような豪快な声、どこかで聞いたことだあるものである。俺は声が聞こえる方角へ反射的に振り向いた。

 

「どうした人間! どんくさい顔向けてないで酒を呑みに来い!」

 

 俺は目が点になった。

 サイズに合わない椅子に座った赤鬼が、瓢箪(ひょうたん)片手に笑い声を挙げている。居酒屋で店主をしていた野郎だ。そして何故か鬼の横には肉の乗ったバーベキューコンロと肉をひっくり返すマタルがいる。他にも二つバーベキューコンロがあり、近所の住人が談笑交じりに肉を焼いていた。誰も俺とウィザースケルトンを気に留めていない。

 

「スティーブ君! 肉が無くなるよ!」

 

 火元で肉をひっくり返すマタルが、地べたに転がる俺に手招きをした。食事に加われと言うサインだろう。

 

「そんなに地面が好きか、サルが」

 

 ウィザースケルトンが吐き捨てるように後ろから睨みつけてきた。

 

「お前こそ土に埋もれていればよかったが」

 

 俺は奴に侮蔑の視線を返すと、土を払って立ち上がる。だが当のウィザースケルトンは無関心を決め込んだのか何も言わず会場の隅に組み立てられたレンガの窯の方に消えていた。一部の参加者と口を交わしながら炭をトングで引っ掻きまわしている。

 俺は奴を執拗に罵倒することはせずマタルと赤鬼がいるコンロへ歩み寄った。凶暴なモンスターにモラルを求めること自体馬鹿馬鹿しい話である。溜息を交えながら俺は朝食である焼肉に目を向けた。焦げ跡が目立つ金網の上には、肉や狐色の玉ネギが所狭しと並んでいる。

 また食材の下の木炭は灰となって崩れ落ちている物もあり、火をつけてから既に時間が経っていることが察しられた。この謎のバーベキュー、俺が寝ているうちから始まっていたようだ。

 

「ほら、次の肉を焼くスペースを早くつくっておくれ」

「酒も呑むぞ! 家から沢山持ってきたんだ!」

 

 マタルと赤鬼が、俺の両脇から肉の刺さった串と泡が噴き出すビールジョッキを押しつけてきた。『何事も食って忘れろ』との慰めか、単にどちらも受け取るのを拒んだ。俺はパーティー云々は聞いていない。酒に酔う前に先ず状況を整理しなければ。

 

「マタル、これは一体どういうことだ?」

 

 俺は参加者で半分すし詰め状態の店裏を見回し、事の次第をマタルに問い詰めた。

 

「いやぁ~ドラゴンの肉って腐りやすいらしいじゃん。だったら近所におすそ分けしようと」

 

 そうか、レッドドラゴンの肉は腐りやすいのか。いいことを聞いた。ドラゴンの肉は早く消費しないとだな。きっとこのバーベキューで並んでいる肉は殆どドラゴン肉だろう。此処で開催されているのはまさかの珍肉バーベキューパーティーのようだ。

 

「……なんで計画を俺に言わない」

 

 ドラゴン退治で大金は手に入ったが、収入が安定しているというわけではない。使い方を間違えれば俺達の生活は底辺に倒れるだろう。その最中準備云々で金のかかるパーティーを開催するのはよい選択とは考えられない。今現在はドラゴンに対する装備の強化に徹するべきだ。

 

「湿気たこといってんじゃねーよ、んなこと言っていると禿るぞ」

 

 いつもに増して顔を赤くした赤鬼が、盃に注いだ酒を一気に飲み干した。

 

「オヤジこそなんでここに居るんだ」

 

 状況に不快感を抱く俺は、横やりを入れる赤鬼に向かって問いただした。一応アンタも居酒屋の仕事もあるはずだ。そちらも収入云々に目を向けるべきだろう。なんという豪快さというか無計画さというか。俺は安息とは程遠い溜息を深くついた。

 

「無論酒飲みだ。店の連中には、酒の店外販売で話を通している」

 

 会場を見回すと、隅の方に酒が入っていると思しき樽が3つ置かれていた。樽の側面には蛇口が取り付けてあり、酒が欲しい者はそこから抜き出している。確かに店外販売になるのだろう。樽の脇には小穴の開いた木箱があり、購入者は帰りがけにコインを投入していった。赤鬼は目の届く範囲で肉を食っているだけだが、確かに商売になっていた。にくたらしい。

 

「その酒は1回限りのサービス品だ。不味くなる前に飲んでおけ」

「スティーブ君、肉も早く受け取ってくれないかな?」

 

 バーベキューに勤しむ2人は、俺の怪訝など聞いていなかったように酒と肉を押しつけてきた。やはりこいつらに説教は通じないようだ。あまりの能天気さに目眩が起きる。俺が2人に何を言おうと‘ウマノミミニネンブツ‘なのだろう。

 

「わかったわかった……朝食を摂るとしよう」

 

 俺はがっくりと肩を落とすと、酒と肉を力なく受け取った。俺の了解無く行われているにしても、参加者に変な鬼がいるにしても、バーベキューパーティーは進んでいるのだ。これ以上事態を追及したとしても徒労に終わる。あきらめに近い気持ちを抱きながら、俺は酒を口に含んだ。

 

「どうだ? 安酒とは違うだろう」

 

 いつも居酒屋で安い酒しか頼まないのを見越している鬼は、四白眼を爛々と輝かせながら問い詰めてきた。

 

「鬼の形相で俺を見るな」

「実際鬼だからしょうがねえだろ。で、酒の味はどうだぁ?」

 

 奴は興味が尽きないだけなのだろうが、文字通り今すぐ食いつかんとばかりの表情だ。狼に標的にされた羊は正にこの気分なのだろう。俺は些か居心地の悪さを覚える。だがいつもの安酒との違いは感じてとれた。

 

「色は銅色といったところか…泡は少ない、苦味は強めだな」

 

 ビール独特の芳香であろうホップの風味が口で躍り、後からやってくる苦味が舌の上に広がる。俺は酒飲みでもソムリエでもないが、味は自信を持って‘美味い‘と太鼓判がつけるものだった。まさかの高品質。サービス品と言いながらも、難癖つけて料金を取られそうで心配だ。

 

「お前が察する通り、高い酒だ。‘竜血酒‘と言う名で通っている」

「ゲッ、これドラゴンの血なのか!?」

 

 酒の赤み帯びた色を見ると、血が使われているのもありえなくない。前の世界でとある村に滞在したとき、飲み物で蛇の血が出されたことがある。生血を食す文化が存在が前の世界にあったくらいだから、人外だらけの世界でドラゴンの血を食品にする文化があってもおかしくない。ゲテモノを飲まされたということを、疑いなくそれを呑んだ自分を、俺はひどく恨んだ。

 

「お前はアホか。あのトカゲから酒が出るなら猟師はやめねぇよ」

「なんだ商品名か」

 

 ドラゴンの肉でバーベキューしているから持ってきたのだろうが、酒を知らない人間としては紛らわしいうえこのうえない。

 

「じゃあ今度は、本物のドラゴンを食ってみるか……」

 

 俺は串に刺さったドラゴンの肉をまじまじと見た。これはもう正真正銘のドラゴンだろうから2人に問いただすまでもないのだが、やはり何か自分が知らされていない情報がありそうで抵抗を抱く。実は床に落としただの、焼くとき変な物かけただの。

 

「スティーブ君、切ったものを普通に焼いただけだから大丈夫だよ」

 

 俺の心を読んだの如く、焼肉の生産元であるマタルが声をかけてきた。

 

「本当か?」

「私の知る限りだとモンスターと人間の食文化は同一のものと見られているよ」

 

 疑問は抱くものの、確かにこちらとの同一を指し示す事例がしっかりとあった。露店でブレイズがポテトを揚げるし、今目の前にいる鬼も人並みの料理を作ったりする。

 

「なら、今更気にすることも無いか」

 

 そもそも前の世界では食べ物にさえ出会えれば万々歳だった。なのにこの世界で執拗に食を拒むのもどうかという話である。大丈夫だ、食っても死にしない。俺は単純ながらも重要なことを判断すると、焼いた肉にかぶりついた。

 

「うむ、うまい」

 

 酸っぱかったり辛かったりするわけでもない、ラム肉のように癖もないあっさりした肉だ。食感は鶏肉と魚の中間といったところか。マイナーな例だとワニ肉が上がる。

 

「至って普通の肉だな」

「まあ……薄味で酒の味に押されちまうが、その分けっこうな量食える肉だろう」

「おお、胃もたれとか考えなくていいのか。もう一つ貰おう」

 

 俺は網から手頃に焼けた肉を取ると、今度はためらいを見せず食いついた。

 

「いい食いっぷりだな」

 

 赤鬼は負け次と網から3本肉を取ると、自身の牙の並んだガマ口を開け、串に刺さった肉全て舌の上に放り込んだ。

 

「ムガァ! フゲフゴフゴ!」

「口に食い物を含みながら喋るな」

 

 サルの様に口を膨らませた赤鬼は、くわえた串3本を抜き取ると、喉仏を上下に動かしながら肉を飲み込む。

 

「どうだ凄いだろ!」

「おお凄かった。ドラゴンもビックリの曲芸だ」

 

 あの量の肉を一気に飲み込むとは――人間だったらのどに詰まらせて騒ぎになるぞ。なんだか再び人間とモンスターの違いを垣間見た気がする。俺は鬼から視線を逸らしながら、竜血酒を口に含んだ。

 

「一気食いはオレの得意芸だからな」

「色の濃いお前にこれ以上特色はいらねえよ」

「そうか? 得意なことはいくらあっても構わないだろう」

「確かに多いだけいいものだが……」

「酒造り! 喧嘩! こう見えて‘カブキ‘も習っている! んでもって大食いはもちろん……」

「‘カブキ‘がどんなものか知らんが、他の喧嘩と大食いは要らないと思うぞ」

「何を言っている! 喧嘩は必要だろ! それに大食いは宴が倍楽しめてよいではないか!」

「まあ格闘術は護身に欠かせないが、大食いは身体に害だろう……第一何食うんだよ」

「そりゃあ人肉に決まっているだろう!」

「ブハッ!」

 

 赤鬼の出す『人肉』のワードに、俺は酒を吹き出す。一応俺は色々な肉を食ってきた。牛豚鶏はもちろん、鼠の肉や怪蛇ヒドラの肉、そして『人間』の肉も食ったことがある。食糧難に陥り、横たわる村人の肉も食った。村人がいなければゾンビを襲い、身体に悪いとわかっていながらも満腹感を味わうために貪った。だが飲み込んだ後強い空腹感に襲われ、体力を急激に失ったりした。それもあって人肉にいい思い出は無い。とんだブラックジョークだ。

 

「なんだぁー人肉は苦手か」

「俺にカニバニズムの文化はない」

「ケッ つれねぇな」

「同種族を進んで食える訳ねぇだろ」

「まあ、それは言えてるな。じゃあお前何肉が好きだ」

「うむ……ダチョウとか美味かったが」

「何だそれ? 鳥か?」

 

 驚くことにダチョウを知らない者がいるようだ。砂漠地帯でオーガがダチョウを食べている事例があったりと、知名度は種族全般に高いと思ったが。まあこの鬼の出身が砂漠地帯だとも限らないし知らないことがあっても理にかなっているだろう。俺だってこの鬼が言っていた‘カブキ‘というものの詳細は分からない。

 

「飛ばない鳥だ。逆に足が発達していてな、二本足で砂漠を駆け抜けるんだぞ」

「……なんで飛ばないんだ。地上と空だったら、どう考えても空の方が利があるだろ」

「知るか。ダチョウに聞け」

「鴉天狗でもない限り聞けそうにないな」

 

 そして再び鬼との会話が途切れた。尤も、愚痴でも無い限りモンスターと話すことはないが。こういう時は食事に徹するのが一番だ。俺は酒の苦みを噛みしめながら、野菜にも手を付けた。焼いたトウモロコシやらタマネギも

頬張った。マタルの店にトウモロコシや玉ねぎも無かったから、おそらくこれは参加者の誰かが持ちこんだ物だろう。赤鬼の竜血酒に続いて、農場の者が味はともかく形だけが悪くて出荷できない野菜や、異世界産のキノコや魚を持ち込む者がいた。持ち込む者にとってはいい消費先になって、主催者側にとってはパーティーが盛り上がる。ある種の食の循環だろうか。

 

「おい、鮭貰ったぞ」

 

 釣り好きの誰かが持ち込んだのだろう。既に切り身に加工した物を赤鬼がコンロに乗せた。

 

「サーモンとやらか。マタル、何とかして調理しろ」

「え、魚料理はあまり作ったことがないのだけど」

 

 単に焼くしか調理方法を知らない俺は、マタルに処理を押しつけた。もちろん食卓に魚が並ぶことは稀だったし、奴も調理する方法は知らないだろうが。

 

「そんなもの塩を振っとけばいい」

 

 サーモンと共に貰ってきたのだろう。赤鬼が慣れた手つきで切り身に塩をかけた。

 

「酒もかけてみるか」

「やめろ」

 

 肉をワインで煮込むなんて料理があるが、今バーベキューコンロでもってするのはよいと思えない。

 

「お、鹿も来たか」

 

 自分の盃に酒を注ぐ赤鬼が、会場を見回すまでもなく呟いた。

 

「猟師まで参加しているのかよ」

「参加かどうかは知らないが、今さっき持ってきた奴が居るぞ」

 

 赤鬼は再び酒を注いで飲み干すと、表から歩いてくる人影を顎で示した。緑色のローブに身を包み、片手に背丈を超す鹿、空いた手には四角く枠組みされたハードケース。おそらく猟師なのだろう。

 

「……アイツか」

 

 ただ普通の猟師ではなさそうだ。雨が降っている訳でもないのにローブを着るのはアンデットくらい。そして狩猟に使った武器が入っているであろうハードケースは見覚えがある。確か武器屋で銃を購入した時、おまけでついてきたケースと同種の物だ。おそらくアレにはあの店の物が入っている。おそらくライフル銃か。ここらへんの地域で銃を扱う店は、あの陰気な武器屋だけと考えた方がいい。

 つまり、あの猟師はアンデットであり銃を扱っている。弓矢やボウガンが主流のこの世界でそんな人物は更に限られてくる。以前赴いた武器屋のスケルトンだ。確か名前は‘白波‘だったか。仕留めたのであろう鹿を一頭担いでいる。臓器を持たず、食とは無縁のはずのスケルトンが何故このバーベキュー大会に来ているか、俺は酔いさながらに疑問を感じた。

 

「あの武器屋の奴だな。オレが教えただろう」

「ああ分かる。前に出会った」

 

 だが当の白波は周囲の目を気にせず会場を歩き回ると、他所のコンロで火の世話をするウィザースケルトンに手渡した。

 

「にしてもアイツら、何でここに居るんだ?」

 

 肉を頬張る俺は、スケルトン2人を指さした。

 

「そりゃ、奴に鹿を捌かせるんだろ」

「パーティー会場で生き物をバラバラにするのか……」

 

 アンデット参加者も居る中今更グロテスクと叫ぶのは愚問であるが、食事の場であるから臓物云々を見せる解体は他所でやってほしいものだ。

 

「飯が増えるんだ、別に問題はないだろう」

 

 肉を口に含みながら、鬼はスケルトンの行為を常識でもあるかのように答えた。実際、ウィザースケルトンは拒むことなく鹿を受け取っている。まるで闇金取引をする裏業者みたいだ。渡す人間と貰う人間、危ない薬の取引と同様、鹿の受け取りもスケルトンらが口裏を合わせた上で行われているように感じられた。

 だが杞憂と紙一重の考察をめぐらす束の間、パーティー参加者のうち狩猟具を身に纏う男達が珍しい物でも見るかのようにスケルトン達を取り囲む。

――宝石商に集う若夫人じゃあるまいし……

 俺は疑問と怪訝を混ぜた視線をハンター達に贈った。ドラゴンならともかく何故獣一匹にここまで反応するものか? 集まる男達は老兵が使い込んだような武具を付けていて、とても鹿に反応を示す初心者ハンターには見えない。俺は集団に疑問を抱きながらも肉に舌鼓を打った。

 




以上になります。

 いや~仕事をしているとき作業速度が悪くて、やっとのすっとこ完了した時は『これで社会に出たら会社クビになるぞ』なんて言われてしまいました(^_^;)
 言ってきた相手としては現実の厳しさを教えているといういわば愛の鞭なのでしょうが……自分にとっては単なる拷問でしかありませんよトホホ……
 言い訳にするのもひどく情けない話ですが、ショックで更新する気力がありませんでした(-_-;)相手は善意でもって対応してくれても、こちらには苦痛でこのうえない。どう対処すればいいのやら……

 私の苦労話はさておき、誠に申し訳ありませんが、二月いっぱいと三月上旬は更新が難しくなりそうです。良くて今回のみたいに遅れて更新するのが精いっぱいです。

 私自身残念で不本意でありますが、ご覧になっている皆様、3月中旬頃またお会いしましょう。

ご意見、ご感想お待ちしております。


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第二十八話 ‘斬りの黒‘

どうも皆様、お久しぶりです。このたびは更新が停滞したことお詫び申し上げます。
なんとか一話書き上げる事ができました。(前回に引き続きバーベキュー回ですが)

ささ、焼肉と成人の方はビールを片手にご覧になってください。


「おい、他に焼く物はねぇのか」

 

 サーモンをひっくり返す鬼が、隣で手を休めるマタルに聞き出した。金網に残っているのはサーモンの切り身と野菜がいくつかあるだけで、最初にあったトウモロコシやドラゴン肉といっためぼしいものはない。

 

「各コンロに配分したドラゴンの肉は切れてしまいましたからね~残りで我慢するしかありませんな」

「もうなくなっちまったか……腹は未だ四分目だってのに」

 

 マタルが先ほどまで生肉が乗っていた皿を掲げ、在庫切れだというのを示した。赤鬼が怒涛の勢いでメニューを消費したから、あらかじめコンロ間で分け合っていたという食材も底をついて当然である。奴はコンロに並んだ野菜の列を一瞥すると不快を表すように溜息をついた。

 

「あのスケルトンが鹿を持ってきたし、誰かが貰って来ればいいんじゃね?」

 

 ビアマグ片手に俺はつぶやく。向かい側の2人は耳を傾けた。参加者が挙って食材を持ち込む中、白波が鹿と言う大物を投入してきた。もも肉とかすね肉みたいに解体して持ってきたのでなく一匹丸々だ。食肉に加工すれば何人分になるのやら。有り余る程肉がこの会場に持ち込まれたのだ。それを消費しようとあれば、各コンロで分担して分けることが必要である。その流れに乗って彼らから鹿肉を分けてもらうこともできるだろう。

 

「じゃあ、スティーブ君よろしく」

「人間、肉を頼んだぞ」

 

 椅子にもたれ掛るマタルが、俺に仕事をなすりつけんと言わんばかりに向こうのスケルトン達を示した。

 

「おい、何で俺が」

 

 2人の要求にマグを握る手に思わず力が入る。鹿肉を受け取る口実はしっかりと立っているものの、俺としてはあのスケルトン達とは極力関わりたくない。黒い方は俺の頭を引っぱたくし、今はローブを被る白い方は街中で発砲したりする馬鹿者だ。つまり言うと‘大嫌い‘な存在である。出来る事なら接したくない。

 

「私は肉の世話をしていたし」

「オレは鮭の世話をしている。働いていないのはお前だけだ」

 

 だからお前が肉を取りに行け。2人の顔にそんなことが書いてあるように見えた。なんだかんだ言って赤鬼とマタルが働いているのは本当の話だ。コンロの周りでそれ相応のことをしている。一方の俺は肉を食っていただけ。網の上の貧層なメニューとスケルトンらを囲む集団を見比べると溜息が出る。残念ながら行かないという選択肢はないようだ。

 

「しょうがない……俺が行こう」

 

 俺は椅子を名残惜しみながらも立つと、頼りない歩みでハンターの集団へ向かった。手を振るマタルに、俺はぎこちない頷きを返す。ここで戻ったら色々と面倒だ。頭皮をボリボリとかきながら、さほど離れていないサークルに潜り込んだ。やや強引に押し入ってみたが、スケルトン達に夢中で誰も俺に振り返ろうとしない。

 

「スプラッタなんざ見たくないがな……」

 

 赤鬼が言っていた通り本当に鹿を捌くようだ。白波とあのヤクザスケルトンが大衆の目に入るよう鹿を前に置いている。こちらの嫌悪と正反対に、解体を堂々と見せびらかす気の様だ。死に絶えた鹿の目を見ると、前の世界で見かけた死人の姿が蘇える。胃袋に詰まった食べ物が口元に上がってきそうだ。思わぬフラッシュバックに俺は反射的に鹿から目を逸らす。

 だがローブで全身を隠したスケルトンが、市場の呼び込みを彷彿させる軽快さで音頭を取り始めた。

 

「や~みなさん! 本日はお集まりいただきありがとうございます!」

 

 傍らで長身を屈めるウィザースケルトンと対照的に、白波は背をスッと伸ばしハンター達に呼びかけた。熟練と思わしき彼らは、野太い声を上げ歓迎するように手を叩く。俺は大衆の中で一人、死んだような目でスケルトンらを見た。

 

「今日はあっしが直々に、こちらの鹿を獲ってきました!」

 

 自分の手に余るサイズを示さんとばかりに鹿の横で腕を広げ、大衆の歓声を誘う。俺としては捌くなら前置きなどすっ飛ばして済ましてほしい限りだ。だがハンターらは割れんばかりに手を叩き、会場を肉の焼く音に対抗するように騒がしくした。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 あまりの騒がしさに俺は耳の奥が痛くなる。赤鬼が喚くコンロでも恋しくなる程だ。できることなら早くこの場から抜け出したい。しかし後ろには他の見物人が壁を作っており、この集団からの脱出は難しそうであり。こうなってしまうとどうしようもないので、俺は目の前に選挙立候補者のようにスケルトンが引っ切り無しに頭を下げる様を見届けることにした。

 

「ではさっそくこの鹿を捌こうと思いますが――あらやだ狩猟ナイフがない! 誰か持っていませんかねぇ!」

 

 また何か気を聞かせたジョークに歓声が上がると思っていたが、今度は解体道具が無いという報告に観衆がざわめきだした。集まったハンター達が誰かナイフを持っていないかと顔を見合わせる。因みに狩猟ナイフは銃と同様に危険物ということで狩猟以外での持ち歩きは許可されていない。熟練ハンターらならそのルールに則り家に置いてきているであろう。彼らにこの場で借りようとすること自体愚問なことである。

 

「おやおや誰も持っていないようですぇ~」

 

 当たり前だろう。俺はあからさまに溜息をついた。

 

「しょうがない、狩猟ナイフ以外を使いましょうか!」

 

 返事を聞く代わり、白波は集まったハンターの顔を再び見渡す。そして誰も狩猟ナイフの所有を申し出ないことを確信すると、鹿と共に持ち込んだハードケースを手に取った。

 

「……あれってライフルが入っているんじゃなかったのか?」

 

 まさか大口径ライフルで鹿を木端微塵にするのか。元人間とはいえ奴ならやりかねない。俺は辺りに鹿の肉片がはじけ飛ぶのを想像した。流石にやめてもらいたい。俺ハードケースの金具をいじる白波に抗議の声を上げようとした。

 

「バァ~ン! なんと! ただの果物ナイフではありませんか!」

 

 だが白波が空けた箱には銃は入っていなかった。代わりに小ぶりなナイフが中を埋め尽くすように詰まっていた。ハンターは勿論乗り気でなかった俺も目を見開き、虚を突かれた様に黙り込んだ。なんでわざわざここで果物ナイフを出すのかと。いわば困惑の沈黙である。 

 

「なんでこんな物を出したかって? ああ焦らないで、ただのナイフじゃありません」

 

 ローブ姿の白波はテレビジョンの大物司会者のでもあるかのように一言一言抑揚をつけて観衆に呼びかけると、今度は白波の横で佇んでいたウィザースケルトンが、その煽り文句を待っていたかのように、箱からナイフを一本手に取った。形状は特にこれと言って特異なこともなく、せいぜいリンゴの皮むきに丁度好さそうな品だ。ひょろ長い身体に大してその短いナイフはひどく貧層に見える。

 

「なぁ~んと! 上級種ドラゴンの牙から作ってあるのです!」

 

 だが‘上級種‘のワードが出た瞬間、沈黙を漂わせていた老年ハンター達が驚きを見せた。上級種と言えば俺の車を木端微塵にしたあの巨大ドラゴンであろう。

 誰もが掲げられたナイフを見逃さんとばかりに注目し、ゾンビのハンターに至っては文字通り目玉を飛び出させている。俺は彼ら程顔に感情は出さなかったが、白く反射するナイフへの興味を心底募らせ始めた。あの化物から作り出されたナイフがいかほどの品か知りたいものだ。

 

「はいはい! どうです! 鹿もスルスルと捌けちゃいますよ!」

 

 白波の掛け声と共に、ウィザースケルトンの握る果物ナイフが鹿に差しこまれた。野生を生き抜く大鹿の皮膚はナイフ易々を貫通した。まるでトウフにハシが立てられるように音も無く、そして紙でも切るかのように容易くナイフが毛皮の上を滑って行った。鹿の腹にはファスナーを開くように一直線の切れ込みが入れられていく。

 

「……おお!」

 

 今度はハンター達と同様、俺は思わず驚嘆の息を漏らす。何たるナイフの切れ味だ。線を描くようなしなやかさで鹿の腹に切れ込みが入れられた。バーベキュー会場で行われているはずのスプラッタの嫌悪も、ドラゴンのナイフの力を目の当たりにし気持ちがどこかへ飛んで行ってしまった。気付かずに空いた自分の口はなかなか塞がろうとしない。

 

「まさか……あのサムライソードの技術が組まれているのか」

 

 周囲の注目を他所に、ウィザースケルトンはナイフを滑らし解体を続ける。鹿が捌かれる様を見た俺は、ふとドラゴンの首を刎ねた長太刀が思い浮かんだ。今ウィザースケルトンが握るナイフと同様に、狩猟に用いられたあの長刀も常識はずれの切れ味を持っていた。無論、ナイフが捌くのはただの鹿で、長太刀が撥ねたのは上級種ドラゴンの首。両者使用状況が違うため関連づけるのは早い。

 

「ちなみにこのナイフは‘斬りの黒‘がつくった一級品ですよ!」

 

 ‘斬りの黒‘の言葉が出た瞬間、ハンター達にどよめきが走った。それと共に彼らの視線はおいそれとナイフから無言を貫くウィザースケルトンの方に移る。

 

「‘斬りの黒‘ってまさか奴のことか……」

 

 ハンターの反応を見る限り正体は奴になるだろう。無論全くの第三者の可能性もあるが、二つ名と思わしき‘斬りの黒‘の文字はウィザースケルトンの『刀を操る姿』や『炭化した骨格』等共通点が多い。

 

「ワシが鍛えたんじゃ。そこらの市場にはまず流れん」

 

 それに終始黙り気味だった奴が直々に言い出しているから考察するまでもない。ウィザースケルトンはナイフの質を誇らんとばかりに周囲に呼びかけた。有名人とおぼしき‘斬りの黒‘の太鼓判がついたためか、ハンター達は手を叩き歓声を上げる。お前たちそんなにあのウィザースケルトンのブランドが好きなのか。見かたによってはカルト教徒みたいだぞ。

 

「ハイハイみなさん、今日はこのナイフを販売しようと思いますが……残念ながら数量限定でおひとり様1本まで――」

 

 観衆の喧騒に負けない声量でスケルトンはフードの口から何やらヅラヅラ並べた。声を張り上げてる様は見えるが、喧騒でよく聞こえない。聴覚を高めた人外でもなければ。

 しかし奴の動きで状況はよくわかった。白波はナイフの収まるケースを地面に置くと、コートから‘ソロバン‘を取り出し骨格だけの指先で玉を弾き始めた。

 

「というわけで早い者勝ち! お値段70000Eと言いたいけど今回は大負けして40000E! 狩猟はもちろんリンゴの皮むきとか日常生活にも使えますよ! そのうえ小ぶりですから持ち運びも便利!  さあさあこの機会を逃すわけにはいきません! 財布の紐を今こそ解くのだ! さあ買った買ったァ!」

 

 どうやらスケルトン達は鹿の解体ショーじゃなくてナイフの出前販売に出ていたようだ。単に鹿を捌くには十分すぎるナイフの数。そして商業に用いられる‘ソロバン‘たるもの。鋭いナイフが営利目的で出されている状況は一目瞭然である。だが気付いたころには、ハンター達が高級ナイフに殺到する激流に、俺は飲まれていくのであった。

 

………

……

 

「……で、鹿肉を貰っただけでなく何故かナイフを買ってきたわけだね」

 

 背中に靴跡受けながらもコンロに戻ってくると、背もたれに身を任すマタルからその第一声が飛んできた。

 

「ま、まあいいじゃないか。 これで上級種を狩ったとき解体が楽になるぞ」

「いやスティーブ君、そもそも私たちはその上級種を倒すことすらままならなかったであろう。衝動買いもいいところだよ」

 

 気付くと俺は、捌かれた鹿肉だけでなくスケルトンが販売していた高級ナイフも手に取っていた。その過程ではハンター達流れに身をもまれながらも財布を取り出し、彼らの足元からスケルトン達へコインを差し出すという捨身の行動を取っていた。

 

「あの切れ味を見るとどうしても買いたくなってだな」

 

 コンロの端に立ち俺は無表情なマタルに弁解をする。あのビームサーベルさながらの品質を見れば買って損は無いはずだ。決して無計画にバーベキューパーティーを開くと言う無謀さと同等ではない。俺は手元のナイフをあたかも拾った猫でもあるかのように愛着も交えて眺めた。

 

「まあいいじゃねえかお前ら、‘黒‘の包丁は買って損は無いと思うぞ」

 

 鮭をつついていた赤鬼が会話に割り込んでくると、熊とも似た剛腕で俺からナイフと肉をもぎ取る。人外だけあって俺が抵抗する間もなく二つは鬼の手に渡ってしまった。

 

「ほら見ろ、肉もホロホロと切れちまう」

 

 ナイフ返せと口を開く俺を他所に、赤鬼は肉の塊をナイフで切り始める。もちろんナイフの品質は古いカミソリのように突如劣化した姿を見せず鹿の身を容易にスライスした。赤の際立つ切り身はどこかに飛び退っていくことなく熱い網の上に落ちていく。

 

「おお……スティーブ君、やはり君の目に狂いはなかったようだ」

 

 紅葉樹の葉の如く網に広がる鹿肉をまじまじと見ながら、マタルはナイフの値段と相応の品質に納得した様子で頷いた。この切れ味はしがない薬屋も魅了するようだ。

 

「肉がスパスパ切れるなんて‘斬りの黒‘の品だけだろ、そりゃ買いたくなるわな」

 

 奪った肉を全てスライスした鬼は、白い刃先を宝石を前にした鑑定士のように凝視する。品定めは自分でしたから早くそのナイフを返してほしい。

 

「ありゃオヤジさん‘斬りの黒‘って何者ですかな」

 

 俺が再び抗議する前にマタルが鬼に媚びるが如く口を開いた。余計なところで邪魔してくれる。やはり実力行使しかないのだろうか。

 

「お前は知らなかったか、一流の猟師だ」

 

 会場の隅でコインを数えるウィザースケルトンをチラリと見届けた。あのウィザースケルトンが‘斬りの黒‘だからというわけであるからだろうか。だが奴を指さすわけでもなくコンロの鹿肉をハシでつつき始める。その隙に俺は赤鬼の後ろに回り、コンロに視線を向けている隙をついてナイフを掠め取った。

 

「そして謎の存在でもあるな」

「謎の存在……ですか」

 

 サーモンから滴る油がくすぶる炭の山で小さく弾ける。鬼は話を切りだすのに集中しているようで、俺がナイフを持ち出しても気付かなかった。だがそう考えているうちにも視線がこちらに向きそうなので、俺は忍びやかに席に戻る。

 

「その前に‘ハンターランキング‘って知っているか?」

「ああ、はいアレですね。試験に出ましたよ」

 

 『ハンターランキング』は俺にも聞き覚えがあった。警官隊の親戚である防衛隊が取り仕切るランキングで、詳細はハンターの月ごとのドラゴンの討伐数を公表する制度であるとか。上位には功績を称えて補助金が送られるというなんとも美味しいルールだ。だがそれが今更どうだと言うのか。

 

「‘黒‘はここ数年ずっと上位に居座っているんだ」

「おお、エリートなんですな」

 

 マタルはやや大げさに頷きを見せる。‘斬りの黒‘ことウィザースケルトンはどうやらハンター業界では頂点に君臨しているようだ。その位地は駆け出しハンターの俺達にとっては遥か雲の上の存在。トップスターとも言おうか。だが俺は奴の強さは既に認知しているし、今更それを聞かされたところで驚くことも無かった。

 

「奴の功績は正に人間離れしていると言える」

 

 赤鬼のオヤジはウィザースケルトンの功績を妬むのでもなく、憧れを抱きもしていない様に見える。ただウサギやトラといった別存在の生態を解説するように、淡々と話し始めた。網の上では油が撥ねる。

 

「普通のハンターが月に狩るドラゴンの数がどれくらいだと思っている?」

 

 鬼は赤い切り身を一枚ひっくり返し、こんがりと焼き色のついた裏面を表に出す。視線はマタルに向いたままだ。

 

「大体……10体程度ですかな?」

 

 マタルは顎に手を置きながら、少し間を開けて答えを返す。狩猟毎には装備はダメージを受けるだろうから、そのメンテナンスを考えると、俺も同じ答えだった。

 

「正解だ。いくら百戦錬磨の男だろうと、剣が折れればそこで戦うことはできなくなる。武具のことも考慮すればいかんのだ。ついでに言うとドラゴンは基本‘一匹狼‘でな、一度の戦闘で討伐できる数は当然1体だけだ」

「一匹狼……ドラゴンなのに?」

「ああいや、単なる比喩だ。ドラゴンは個体で縄張りを持ち、互いに避け合いをする」

「『仲の悪い男女が距離を置く』みたいにですか」

「人間的に言うならそうだな。磁石のように反発して物理的に距離を置くもんだから、俺達が一匹に喧嘩を売ったところで他の輩は何処へ飛び退っていくのだ」

「増援が来ないだけ安全でしょうが……効率は低いままですな」

「その通りだ」

 

 そして鬼は考え込む様に間を開け、次にはこう呟いた。

 

「だが‘斬りの黒‘は月に50体以上は狩ったりする」

「なっ! 普通のハンターの5ヶ月分も!?」

 

 なんと倍の数のドラゴンをウィザースケルトンは狩っているようだ。俺は一瞬鬼の言葉に冗談を疑った。だが集団が成されれば例外は生まれる。ランキング上位に佇むなら相当数狩っているとしか考えられない。

 

「奴の場合ドラゴンの遭遇率が目に見えて高いのだ」

 

 どうやら秘訣は奴がドラゴンと出会うかにあるようだ。まさかドラゴンの居る範囲に核爆弾を撃ちこんでいるんじゃあるまいし。不良と争う喧嘩屋のように敵と出会っては個々撃破しているのだろう。俺は焼き上がったサーモンを砲張りながら鬼の話を推測した。

 

「じゃあ……その分一ヶ月で狩れるドラゴンも多くなるのですか?」

 

 一方の奴は網の肉など気にしない様子で鬼の話に食って掛かる。‘斬りの黒‘の成果はマタルにとってオカルト学者の言うUMAのように不可思議に見えたのだろう。

 

「無論、その通りだ」

 

 鬼は網の上の肉をひっくり返しながら答えた。自分の話を度々質問で遮るマタルをいなす調子は、接客業を生業とする寛大さと言うところか。

 

「3歩進めばドラゴンにぶつかるのですか?」

「壁の外をほっつき歩いていると石の数だけカチ合うとか」

 

 鬼は既に焼き上がった肉を数枚つまみ上げ口の中に放り込む。

 

「ドラゴンが向こうからやってくるのですか?」

「実際に見た者はそういっていたぞ」

「縄張りも無視して?」

「ああ、そうだ」

「お金が稼ぎ放題じゃないか……」

 

 いくらなんでも質問し過ぎだ。‘斬りの黒‘話が停滞する最中、俺はマタルに一喝したかった。だがここで口をはさむと話が更に進まなくなるだろうから俺は静かに肉を食べる。

 

「‘黒‘のドラゴンの遭遇頻度はある種の都市伝説になっているな」

「はあ……なんでそんなにドラゴンが寄ってくるのでしょうか」

 

 あまりの次元の違いにマタルは溜息をついた。例え人外の身体を以てしてもドラゴン狩りは難しい。マタルの打撃は大して歯が立たなかったし、赤鬼のオヤジは昔ドラゴンから深手を負っている。それをウィザースケルトンこなすは相当の実力者なのだろう。

 

「本当に……なんでドラゴンが寄ってきていんだろうな……?」

 

 鬼は盃に注いだ酒を飲み干しながら、マタルの質問と同じ言葉を返す。

 どうやらウィザースケルトンのドラゴンとの遭遇方法は不明であるようだ。

 

「……多分、自然とドラゴンの集まるポイントを熟知しているんだろう」

「なるほど。場所によってドラゴンに出会えるかどうか変わるのですな」

 

 一応不明であっても情報はあるらしい。ドラゴンの集まりやすいところを重点的に荒らせば、1体1体を探し回るタイムロスも抑えられ、討伐数を増やすことができるのだろう。

 

「後は‘子連れ狼‘に会うことだな、一匹狼のドラゴンでも例外で複数の個体が群れを成す場合がある。それが生んだ子供と共に行動する‘子連れ‘だ」

「おお~子供は親と関わりますしね~。生命の神秘と言うものですか」

「綺麗な言葉で言えばその通りだろうな。成竜は幼竜を率いて、ひよこの行進のようにわらわらと動く」

「ふむふむ、傍目に見ると和みそうですな」

「だが‘斬りの黒‘はそれらを無慈悲に切り捨てる」

「そりゃ……家族を狙えば討伐数は増えますが……」

「うむ、何か考えさせられるよな」

 

 ドラゴンも正に生物。ハイエナと同様グループで動くこともあるだろう。つまりドラゴンの家族を探し出していれば、結果的にその場で多くの数のドラゴンと居合わせることが出来る。

 ウィザースケルトンが子供と親を殺人鬼さながらに襲撃していたなら、討伐数を伸ばすことが可能であろう。

 

「……ですが、これでお金もたんまり手に入りますね」

「ま、そうだな。その大金でおそらく高級武器を量産しているはずだ」

「一例としてがあのナイフなんですな」

「おう。流石、‘金には‘勘が働くな」

「ははは、ありがとうございます。この狩猟法を実行できればいつかは私の薬屋も大手ブランドに。ああ~夢の様だ。不老不死の薬や若返りの薬、ボケ防止薬に惚れ薬。製薬業界は恋の病にも進出して……有名人になって、豪邸に住んで、支店を開いて、なはははは」

 

 赤鬼の言葉が皮肉とも察せず、マタルは空を見上げて現実にないことを呟き始めた。

 

「……で、話はドラゴンの方に戻るが」

 

 鬼はやや焦げ気味のサーモンを網から取り上げると、マタルの口を封じるように話を再開した。

 

「‘子連れ狼‘の討伐はリスクが大きいぞ」

「え?」

 

 浮ついたマタルの顔が急に固まった。奴が何を考えているかは知らないが、単体と複数体では戦闘が激変するのだからリスクが大きいというのも察してほしいところだ。

 当のマタルは罪状でも突き付けられたような顔をして赤鬼を見た。

 

「‘子連れ狼‘はすなわち集団的意図を持ったドラゴンだ。単体で行動する奴と違って他のドラゴンとも連携を取ったりするのだ」

「まさか、ドラゴンが‘一匹ずつ‘でなく‘いっぺん‘に襲ってくるのですか?」

「おう、時代劇みたいにな。前からも後ろからもドラゴンが迫ってくる。ついでに上からも、見えないところから攻撃が来る。全く……ふざけるなと言いたいぞ」

 

 俺も実際前の世界でそんな戦闘した。ある地域で実施された『大型モンスター同時狩猟』やら『ジャングルでのゲリラ戦』やら、死角から脅威が這ってくるのは当たり前だ。その状況ではたとえ敵の装備が安いペーパーナイフのような粗末な装備だったとしても、背後からの不意打ちが叶えば対象を殺害出来てしまう。

 それだけ『死角からの攻撃』は優位、敵であれば『脅威』となる。もともと戦闘能力が逸したレッドドラゴンなら尚更だ。赤鬼が言うとおり視界外からの攻撃のある‘子連れ狼‘の狩猟はリスクが大きいと推測できる。

 

「ひぃー……それは御免ですな」

 

 間近にドラゴンを見ているためか、マタルにはその恐ろしさがよくわかったようだ。きっと鬼に話を聞きながら、どうにか狩りで丸儲けできないかと画策していたのだろう。が、その計画も突き付けらえた現実に挫折したようで、今では死体さながらに生気のない顔をしている。

 

「ま、それをやっているであろう‘黒‘はもっと恐ろしいってことだ! めでたしめでたし!」

「そ、そんな~」

「ドラゴン狩りで目立とうとするのは‘黒‘みたいな化物と対等になるということだ。その首繋がっていることを願うなら野蛮なことは止しておけ」

 

 鬼は取り皿の焦げたサーモンを丸々口に放り込んだ。同時に‘斬りの黒‘の話は終わったようだ。終始肉を食んでいた俺でも話の流れは掴むことが出来る。途中でマタルが丸儲けを画策したことも

 マタルは頭をガックリと落としながらも、焼けた鹿肉を数枚小皿に取った。‘お前は儲け話に飢え過ぎている‘とマタル言いたい。もちろん後のことを考えれば面倒なので口には出さずに決め込んだ。

 喋る者が居ないとあってか、再びコンロに沈黙が訪れた。騒ぎを好む赤鬼は静けさに苦そうな顔をしているが、俺としては何も起きず食事を楽しめるので至福のひと時である。マタルと同様網から肉をすくい取った。

 そして口に含んだ竜血酒の苦みを舌に感じながら、鹿肉の塩味を深く噛み締めた。




おまけ ・キャラ紹介
  
スティーブ 
・性別  男 ・種族 人間
・年齢 36歳 ・身長 190㎝
・好物 特になし、何でも食べる。今まで食べたもので一番おいしく感じたのは『スシ』
・特技 強いて言えば『物づくり』と『戦闘』
〔一言〕
 昔は冒険に勤しんでいたが、30過ぎで辺境の村に身を埋めることにした。といっても色々あって今はモンスター達に囲まれた生活をしている。
 奴らに情を持とうと思えば出来なくもないが、敵対した場合を考えるとあまり交友を築く気にはなれないな。

 以上になります。上記のキャラ紹介は図鑑みたいなものだと思ってください。
 
おまけのおまけで最近のマイブームは明晰夢で空を飛ぶこと。私は太ったおばさんに足を掴まれて夢が途切れました。とはいえ楽しいものなので皆様にもオススメします。
(ただし悪夢等不快な思いをしても自己責任で)

 と言うわけで私はこのへんで。ドロン ご意見ご感想お待ちしております。
 


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第二十九話 派手な魔術

「本日のバーベキューパーティーはこれにてお開きとさせていただきます。ありがとうございました~」

 

 空に再び月が浮かぶ頃、近所の住人を交えて行ったパーティーは終わりを見せていた。主催者であろうマタルの挨拶が長ったらしく耳に響く。しかし酔いに酔ったうえ夜行性の参加者は終わりを迎えてもなお盛り上がりを薄らせてはいなかった。

 尤も、俺は昼間の内に大量の肉で胃が参り始めたので、早々薬屋の方に引っ込んでいる有様だが。

 

「なんじゃ‘若‘、お前はまた引っ込んでいたか」

「……誰が若だ、俺の歳は30は行っているぞ。てか何でお前はまたここに来ているんだ」

 

 俺と同じくパーティー終了の式辞をトンズラした例のウィザースケルトンが、腕に木箱を抱えて薬屋に入ってきた。きっと暇を持て余しているのだろうが、だからと言って堂々家に入らないでほしい。物を盗まれたら大変だというのに。

 どこぞの田舎のばあさんみたいなそのフレンドリー精神に一言問いただしたいところだ。

 

「んなもんワシも関係者だからに決まっておるだろ? 奴にショバ代も払ってナイフ販売したり、火仕事やったりと骨が折れるもんだ」

 

 ウィザースケルトンは何も悪びれようとはしない様子で言葉を返した。

 そうかウィザースケルトンはバーベキューパーティーの関係者か。何故食を捨てたスケルトン族が食事関連のイベントに居るのかは不透明であったが今のでようやく察しがついた。おそらく私有地であのナイフ販売をさせてもらう代わりにキャストとして主催者のマタルが呼び寄せたのだろう。

 ともすればついにマタルはこのヤクザスケルトンという裏社会染みた存在とつるみ始めたようだな。後でやめろと注意しておかねば。

 開催されたバーべーキューパーティーの裏側を察して俺は額にしわを寄せる。

 

「ついでに‘酒呑童子‘も関係者だ。集いつどって開催されたのがこの焼肉大会だ」

「シュテンドウジ? 居酒屋でそんな名前は聞くが」

「お前と一緒に肉を食っていた鬼だぞ、んでもってその居酒屋の亭主だばい。お前はモグリか」

「‘赤鬼のオヤジ‘のことか。やっぱり奴も主犯格だったか……」

「他にも近くのガラス工房からも参加者が居てだな」

「どれだけ関係者がいるんだよ」

 

 関係者はおそらくウィザースケルトン以外にもいるようだ。奴が言っている限りだと、当初知人を招いて開いた食事会に参加者が増える後、手が付かないほどの数にまで膨れ上がりやがては俺が叩き出された時のような‘一企業の開催するイベント単位‘に膨れ上がったとか。俺に計画も言わず奴は何をやっているのやら。不愉快この上ない。

 今も外からそこそこの人数を感じさせる拍手と関係者のスピーチが響いてくる。

 

「……無計画でイベント開催するにも程があるっての」

「ま、何百年も生きていればどいつも暇を持て余すようになるし、自然と騒ぎ事を起こしたくなるってことだ」

「少なくとも俺は35年と少ししか生きて居ねえよ、お前らと一緒にするな」

「ケッ つまらねぇな」

 

 つまらないも何もお前は骨になってもなお動いている化物。俺は血も肉もある純粋な人間。そんな存在同士が易々相互理解できると思わないでほしい。俺はモンスターにいい思い出は無い。

 

「なんか気晴らしになるような物はお前もっていねぇか? タバコも酒もこの身体じゃ楽しめねぇんだ」

 

 ウィザースケルトンは脇に抱えた箱を床に置くと、装飾品も何もない質素な居間をきょろきょろ見回した。マタルといい鬼といい、何故この世界の住人はマイペースを貫くのやら。物事の認識の差が大きいことに俺は呆れて溜息をついた。

 

「む? 面白そうな物作っているじゃねぇか」

 

 俺の心情など知らない様子のウィザースケルトンは、不意に部屋の隅に置かれた製作途中の狩猟具の上に留めた。

 

「触るんじゃねぇぞ。 まだ製作途中だ」

「そうか、では‘触らないこと‘にしよう」

 

 ウィザースケルトンは言った通り‘触ろう‘とはせず、腰を曲げて床に置かれた鎧をジロジロと眺め始めた。アレは俺が昨晩から製作しているドラゴンの鱗を使った鎧だ。というのも前の世界の秘境で生活する猟師が、身に着けていたのから技術流用した一品だ。

 つまり異世界の作法で作られた鎧で、今の世界にはおそらく存在しない鎧。

 そんな物が薬屋の居間にあるのだから、奴が興味を持って無理はないだろう。

 

「……ふむ、あの上級種の鱗を鎧に張り付けるのか」

「本当に鎧に触るなよ? まだ完成していないからな」

「分かっているばい、そのつもりでこうして‘見ている‘っての」

 

 大ぶりな甲殻を使った肩部品から小ぶりな鱗を散りばめた腕甲まで、ウィザースケルトンは美術館の彫刻でも見るがごとく鎧全体に目を通していった。

 

「ほうほう……まるで竜騎士だな……」

 

 こちらとしては約束を無視して触られそうだから溜まったもんじゃない。今の鎧は大部分が朱色の鱗に覆われているのだが、まだ完成したというわけではない。変に触られれば破損すらしかねないのだ。

 今は鎧の前にいるウィザースケルトンがあのエリートである‘斬りの黒‘ということで、何かアイディアでも飛んでこないかと見させているが、そうでもなければ首根掴んで外に放り出しているところである。

 

「おや? ここに落ちている紙はなんだ? 魔法書か?」

 

 徐に‘斬りの黒‘は製作途中の鎧からは目を離すと、その近くに落ちていた羊皮紙を拾い上げた。紙にはプログラミング画面の如く筆記体の文字が紙いっぱいに占領している。

 

「まあ……それっぽい奴だな」

 

 アレは俺が狩猟具関連で研究し始めた魔術のレポートだ。といっても俺は魔法にはあまり縁が無かったので、羊皮紙の文字は、初歩的な魔法の式を参考書片手におぼろげに書き上げてみたものである。

 言ってしまえばドラゴンの鱗を使った鎧と比べ大した価値はない。

 

「……魔法をドラゴンに使う気か?」

 

 だが意外なことにウィザースケルトンは、その固定電話の脇に置かれたメモ帳程度の紙に、先程まで見ていた鎧以上の興味を示した。

 

「攻撃呪文が多数書かれているように見えるが」

 

 ウィザースケルトンは顎骨に手を置きながら、羊皮紙の魔術式の羅列を睨むとあっさり言い当てた。

 

「その通りだ。銃より魔法の方が強そうだからな」

 

 流石エリートハンターというものか。こうも易々思惑を見抜かれることに、表情には出さなかったものの俺は驚きを感じた。

 

「確かに魔法は強いぞ。ドラゴンには鱗の防御を無視して攻撃できるからな」

「そのうえ銃やら剣に比べ規制が薄い。家一つ吹き飛ばす魔法の使用も場合によっては合法になったりとか」

 

 借りてきた本で雑学程度に仕入れた知識を俺は会話の応答がてらに呟いてみた。

 バーベキューを抜け出した後図書館で調べたところ、ドラゴン狩りでは銃と弓矢、槍、罠の他『魔法』も少数ながら使われるとか。何故少数かは星の数程諸説があるので割愛するとして、ドラゴン相手には尤も有効な攻撃であるらしい。何しろウィザースケルトンが言う通り『ドラゴンの防御力を無視して攻撃できる』からだ。

 

「まあ……『家一つ吹き飛ばす』はかなり稀な例だが……強力であることは確かだ。しかし若造、何故にそんな力を欲しがるんじゃ? 習得までにはそこそこ歳月を要するけ、銃やら刀を使った方が合理的だばい」

 

 ウィザースケルトンは魔法式の並んだ羊皮紙を床に放って言いのけた。実際本にも『攻撃呪文は習得までに時間がかかる』と書かれてあったし、多くのハンター達が道具に頼っているのも習得の難解さを要因に含めるならなおさら頷くことが出来る。

 奴がそれを言うのも予想通りであった。 

 

「そこんところは工夫すればいいんだ。さしずめクラフターの本業だな」

「……何言ってんだお前」

 

 『魔法の習得は難しい』とは以前試験勉強で図書館に赴いた時から知っていたことだ。それもあって俺は有効打とわかっても手を出そうとしなかった。ウィザースケルトンが言った通り『銃やら刀を使った方が合理的』だからだ。

 しかしそれで魔法を手放すのも合理的とは言えないのを俺は近々察し始めた。それは奇を狙ったように数日前の『上級種に打ちのめされた』時ではなく先程の『バーベキューに参加している』時であった。

 

……… 

……

 

 マタルと赤鬼のやり取りの後、束の間の静寂を俺は浸っていた。

 

「おーい! 私もここのコンロに混ぜてくれ!」

 

 だがすぐにコンロの沈黙はかき消された。どこからか俺達の食事に加わろうとする珍客がきたようだ。もちろん俺が苦手とする『うるさい奴』。ただし今回のそれはあのスケルトン二人組ではない別の者だった。

 そして俺に『魔法』を最注目させる要になった者でもあった。

 

「チッ……誰だってんだ」

 

 舌打ちしながら俺は声の主を探す。真っ先に目の前の赤鬼を疑ったが、奴が何か喋った訳ではないようで、肉を掻き込む箸を止めて会場を見回している。だが此方に目を向けている者はおらず、声の主は見つけられなかった。

 なんだ空耳か。

 

「おいおい! 無視はひどいだろ!」

 

 心霊スポットでよくある怪奇現象のように、覚えのない声が再び聞こえてきた。今度ははっきりと聞いて取れる。男口調だが声は少女。この手のささやきは女の声で聞こえてくることが多いと聞く。それも今のように。長らくモンスターと対峙した俺でも気味の悪さを覚えた。

 

「近いな……誰だ」

「オレではないぞ」

 

 モンスターが徘徊する町は十分心霊スポットと成り得るだろう。きっとこの店の場合だと経営が危うくなり、心を汚くした死者が悪ふざけに出る事はありそうだ。

 

「いい加減にしろ! 下向け!下!」

 

 俺の足元の方から声が響く。先程より声が大きくなり俺はギクリとする。まさか椅子の下に霊がいるのだろうか。とりあえず呪われるのは敵わないので胸元で十字架を切った。俺は無神論者だが念のためにやっておく。そして鬼が出るか蛇が出るか、青白い死人顔が出ないことを願いながらコンロの下を向いた。

 

「帽子……か?」

 

 足元には黒い帽子が置かれていた。それも魔女の被って居そうなとんがり帽子。この帽子が独りでに喋っているのだろうか。そんな疑念を俺は抱く。

 だがそれも帽子が突如手に触れたわけで無なく動き出したところで、疑念は全く別の感情へと変貌した。

 

「な……生首だと!」

 

 幅広のつばに隠れて見えなかった顔が、あたかも生を受けているように俺の方へ向いた。首より下が地面に埋もれているのだろうと考えたが状況的に無理がある。サッカーボールでも何でもない。れっきとした生首が足元に佇んでいた。

 

「生首とは失礼な! 私はこう見えてれっきとした人間だ!」

 

 先程まで聞こえていた声と同じもので生首は喋る。それは何やら人間と名乗っているが、どこからどう見ても俺にその認識をすることはできない。正に頭と身体が分離したアンデットであろう。

 

「きっと魔女狩りにあった魔女が首を刎ねられてもなお怨念で動いているに違いない」

 

 俺は噛みつかれない様に足を生首から引っ込めながら推測する。その様子に奴は不快と言わんばかりの顔をしている。この調子だと更に罵詈雑言をかけられるだろう。やはり気性の荒いモンスターであるようだ。

 だがそのとき、先程まで黙り込んでいたはずのマタルが口を挟んだ。やっと現実と向かい始めたのだろう。

 

「スティーブ君、‘マリサちゃん‘は元人間だよ? 親戚だと思って仲良くしてあげなよ」

 

 奴は俺の態度を正すようにとそんなことを呟いてきた。

 

「そーだ! そーだ! おっさんこそ無愛想にも程があるぞ!」

 

 追撃を食らわすように目下の生首は声を上げる。

 

「……マタル、コレのこと知っているのか?」

「コレとはなんだ! コレとは!」

 

 噛みつかんとばかりに生首が声を揚げるのを他所に俺はマタルに聞いた。そもそも‘マリサちゃん‘と呼びかけていること自体にツッコミを入れたい。お前はこの生首に名前でも付けているのかと。

 

「オホン、君も見たことがあるはずだよ? 試験の時に」

 

 試験と聞いて最終試験で戦ったレッドドラゴンの姿が最初に思い浮かぶ。あんな本から出てきたような生物は頭に大きく刻み込まれている。だが試験時ドラゴンとは別に奇怪なものがいた。

 

「たしか……魔法を使っていたアレか」

 

 自分が試験目前で緊張していたばかりにはっきりとは覚えていないが、ちょうど首が独立して動くアンデットが派手な魔術を使っているのを見た。

 

「私は‘普通の魔法使い‘霧雨魔理沙だ!」

 

 現にその生首も‘魔法使い‘と名乗っている。名称‘キリサメマリサ‘か。魔術を使うと成らば試験時に居たのと同個体だと察しられる。確か最終試験まで登りつめ、罠やら重い槍でやっと倒せるドラゴンを魔法で討ち取っていたあの生首と。

 

「お前……ドラゴンと戦ったのか?」

「おう! 今朝な!」

「腕も足も無いのに……何で倒した?」

「普通は槍とか弓矢で倒すらしいが、私は魔法で倒したぞ」

「……その魔法って今使えるのか?」

「ああ! 何なら披露してあげてもいいけどな?」

「遠慮する」

 

 ドラゴンを討伐したとあれば、コレと敵対するのは不味そうだ。先程まで野犬程度の生態だと思っていたが、知性もあるようだしそれ相応の戦闘能力を持っているようだ。もしこの場で俺が生首と争った場合、きっと生首が俺の心臓をレーザーで易々と貫くだろう。魔法は矢と違って特殊な道具を使わない限り防ぐことが出来ないのだ。パワードレールライフルと製作中の鎧の装備で固めたとしても勝ち目はない。

 俺は酒を飲んで見かけで無関心を決め込みながらも、とんでもない輩に喧嘩を売った事実を認識し背中に冷や汗をかいた。

 

「フッ やっと私が生首のようなえげつない物と違うかわかったか」

「わかったわかった」

 

 目下の生首は『思い知ったか』と言わんばかりの表情をする。心の内が外に出ていたのがバレたようだ。とりあえず俺はその反応を軽く流そうと決め込む。流石にマタルが赤鬼にするような媚び諂いを生首にするのは俺のプライドに反する。

 

「じゃあ、私も焼肉大会に混ぜてくれ」

「勝手にしろ」

 

 隣にライオンがいるような気分になりながら、味付けされた鹿の肉を口に入れる。残念ながら緊張で味は感じられない。隣にドラゴンと戦える強大な者が居ると成ると不快感が更に増すのだ。

 

「はいマリサちゃん。 椅子をどうぞ」

「お、サンキューなマタル」

 

 対するマタルは俺の反応を知らない顔で生首に椅子をすすめた。向こうもボールの様に弾み器用に椅子の上に収まった。

 何故マタルはハンターをとっくに退職し居酒屋で焼き鳥をいじっているような赤鬼に媚びて、世にも恐ろしい魔女にフレンドリーなのかこの場で更に聞きたいところである。尤も口に出したら両者を敵に回すのでやめておくが。

 

「なんか私、危ない者扱いされているような」

「気のせいだ」 

「あーあ、行く先々には冷めた奴しか居ねぇなー」

 

 マタルの進めた椅子の上で、生首は溜息交じりに呟いた。俺の態度が今なお気に入らない様だ。こちらとしてはマシンガンを携帯したテロリストが近くに居られるような境遇なので、早々退場してほしいものだ。

 

「ガハハハ! 霧雨とやら、そういうのは酒を呑んで忘れておけ!」

 

 愚痴垂らす生首に対し、向かい側の赤鬼が先程まで無かったはずのビアマグを手に声を上げた。中には赤褐色の酒が入っている。サービス品の竜血酒だろう。俺と生首が口論している間に取りに行ったのだろうか。

 

「おお! なんか知らないがありがとな!」

 

 その言葉と共にビアマグが鬼の手をすり抜け宙を漂い始めた。まるで見えない手によってビアマグが掴まれているようだ。珍妙な現象に鬼は目を見開く。

 

「……魔法を使っているのか」

 

 マグが生首のもとへ流れていくのを横目にそう確信した。奴が魔法使いと名乗っていたのだから考えるまでもない。

 

「ふむふむ、よく飲む酒と味が違うな」

 

 生首だけの身体にどうやって酒が溜まっていくかは分からないが、生えていない腕の代わりに魔法でマグを傾け酒を呑みこんだ。その様子を面白そうに見る鬼は口元から牙をチラつかせながら、俺と同様に‘高い酒であること‘を説明する。

 

「うわーもう半分しかねぇ。高級品なら味わって飲むべきだったぜ」

 

 生首がマグを口から離した頃には中の高級酒は半分まで減っていた。俺のように少しづつ飲めばいいものを。

 

「金さえ払えばいくらでも飲んでいいぞ。金さえ払えばな」

 

 赤鬼は生首の言葉を待っていたとばかりに会場に置かれた酒樽を指さした。

 

「あははは……じゃあツケで飲ませてくれないか?」

「ほう、ツケで酒を飲む気か? 後になって払えないと言うならどうなるかわかっているか……?」

「や、やっぱりいいや。残り少ないお酒の味をしっかり舌に焼き付けることにする」

「うむ、それが身のためだ」

 

 やはり鬼も商売人のようだ。高級酒をそうそうツケで出そうとしない。生首は能面のような面持ちの鬼から目を逸らした。こうしてみるとマタルが生首より赤鬼に媚びるのも分かる気がする。

 

「そうだマタル、薬を作るための道具を借りたいのだが」

「ああ、80年レンタルするのかい?」

「そうそう、流石話が分かるな」

 

 今度はマタルがターゲットにされたようだ。聞く限りだと道具のレンタル依頼と考えられる。尤もその期間が80年という人間の一生であるが。DVD屋だったら断られるじゃ済まない期限だ。

 

「固い材料を潰せる薬研(やげん)とドラゴンの鱗を溶かす薬をくれ」

「オーケー、薬研は80年後に返しておくれ。バーベキューにはまだいるのかい?」

「暫く何も食べていないからな……腹も減った。しばらく居座っておくか」

「じゃあ帰るときになったら渡すとするよ」 

「契約成立だな。忘れないようにしないとな」

 

――何故その貸出期限を許容するのか

 

 2人の会話を小耳にはさみながら俺はマタルに一言問いただしたくなる。きっと人外ならでばの時間の捉え方なのだろうが、いざ自然なやり取りを目の前にすると俺が違和感を抱かずにはいられなくなる。といってもこれを言い出したところで彼らには軽く受け流されるだろう。俺は種族のすれ違いを実感しながら、まだマグに多く残る酒を飲み込んだ。些か落ち着きを取戻し、酒の苦みを感じられるようになった。

 

「もしかしてマリサちゃんはドラゴンの素材で薬を作るのかい?」

「もちろんだ。今まではキノコを煎じた奴を試していたけど、そろそろレアな素材を薬を作ろうと思っているんだぜ」

「へぇ~……試行錯誤が大事だから素材は沢山用意するのを忘れないようにね」

「フッ、驚くなマタル。もう私はレアな素材を集めきっているんだ!」

「え……この前破産したとか言っていなかったっけ?」

「それはお前の話だろ! 私はあのトカゲと戦って見事牙とか角を手に入れたんだ!」

「おー、なんてこったい。凄い収穫じゃん」

「はははー褒めろ褒めろ、私は10体いっぺんに相手したんだぜ?」

「……む、霧雨? ……お前どんな戦いをしたのだ?」

 

 天狗鼻で生首が続ける武勇伝に、会話に加わっていなかった赤鬼が反応を示した。肉を焼くハシを手元に置き、興味を示すように目を開く。

 

「……お前が戦ったのはレッドドラゴンだろう? 何故10体も相手にできた? どうやって一度にその数のドラゴンに巡り会えた? どうせ時間があるのだろう? ……ならその話を隅から隅までオレに聞かせろ」

「お、おお! ……そっちの赤いオッサンも気になるか!」

 

 相変わらずの修羅の顔で切りだす鬼に、生首は先程までの意気揚揚とした調子を薄らせた。東洋では言わずと知られる『悪魔』に話しかけられているのだから言葉が減るのも無理なかった。

 

「無理矢理にでもその話を聞きたいぞ。……『10体いっぺんに相手をする』なんて‘斬りの黒‘以外のハンターはやろうとしないからな」

 

 実際の所俺も赤鬼と同じことを言いたかった。10体同時にドラゴンを相手にするというのは少し前にマタルが聞いていたように並大抵のことではない。膨大な土地から複数のドラゴンの集まる場所を特定し、ウィザースケルトンのように長太刀を操る程の驚異的な戦闘能力を持っていなければできないことだ。

 

「オレはお前の半分の数しかドラゴンは相手にしたことがない。だが首だけのお前は如何にして10体も同時にドラゴンを相手にしたのか、ちょいと聞かせてほしいのだが?」

 

 言葉は脳筋を漂わせるような強引さしかない。だが表情には遠い過去でも見つめ返すかのような神妙さが現れている。確か赤鬼のオヤジは昔はハンターであったが一度に‘6体‘のドラゴンを相手にして重症を負ったとか。生首が討伐した数の約半分である。鬼とてできなかった所業を何故生首が出来るのか、奴にとっては不思議なことこの上ないだろう。

 俺はここで初めて、鬼が‘興味本位‘ではなく‘真剣な問いかけ‘で生首と話しているのを察した。

 

「あ…いや、そんな顔で聞かれても、私は大それたことはしていないぞ?」

 

 しかし赤鬼の言葉に当の生首は「話が食い違ったかな」と軽く弁解するように言葉を返した。

 

「大したことは無い……お前は軽い言葉で済ましちまう実力者か!?」

「違う違う、謙遜じゃなくてそのまんまの意味だっての! 最初1体と戦おうとしたら残り9体わらわら来たから‘バーン‘ってしただけだぞ!」

 

 赤鬼が探究するように突き詰めるが生首はタネも仕掛けも無いとの反応を示す。その予想外の反応に赤鬼は眉を吊り上げた。

 

「……つまりなんだ、お前がドラゴンの出現ポイントを探し出したのではなく、ドラゴン側が勝手に来たと?」

「そうだぞ! 4対1ならともかく10対1は酷いっての!」

 

 酒が回りだしたのか、生首はうっすら顔を赤く染め、半分愚痴垂らすように狩りの光景を吐いた。酔いだした相手の話は信憑性が薄いが赤鬼はなおも続きを聞く。

 

「お前はドラゴン10体に対して‘バーン‘としたと言っているが、その‘バーン‘とはどんな攻撃だ?」

 

 横で聞く俺もそれが気になった。単なる擬音で表現されたその言葉、連想するのは何かが‘はじけ飛ぶ‘光景である。銃弾が飛び出すとか爆弾が作動するとか。どちらも10体ドラゴンを相手にするには申し分ない力を持っているだろう。

 これらをどう駆使してドラゴンと対峙したかは聞いてみたいところだ。

 

「うーん……これを見せると大体変な顔されるんだよな……」

 

 躊躇うように鬼から目を逸らすと、何かバツの悪い顔をしながらも念力で被っているとんがり帽子を浮かせ始めた。

 

――念力でもってドラゴンを八つ裂きにしたのか

 

 糸で吊るされているように宙で揺れる帽子を見ながら俺は口を開く。だが遮るように言葉を発する前に、浮いている帽子から手に収まるサイズの‘何か‘が生首の頭に落ちてきた。

 

「コレで倒したんだ」

 

 生首が示す‘コレ‘は、帽子から出てきた八角形状の小箱だった。数学の図形の分野で見かけるような‘あの立体‘である。レーザーで加工されたかのように寸分たがわぬ精度で正八角形が構成され、表面には幾何学的な模様が刻まれている。

 

「なんじゃこりゃ? 玩具か?」

「そう言うと思ったぞ……だけどコレは玩具ではないぜ、‘ミニ八卦路(はっけろ)‘だ。」

 

 その土産物屋にありそうな八角形の箱は万有引力を逸したかのように宙を滑る。代わりに先ほどまで浮いていた帽子はポスリと力を失ったように生首の頭に収まった。もしかしてコイツがいっぺんに念力で浮かせられる物は一つに絞られるのだろうか? もしかして攻撃魔法しか知らなかったりして

 俺の疑念はさておいて、ふわふわ箱は宙を舞い、俺達が囲うコンロの真上で止まった。

 

「おお~旅行先で買ったのかい?」

「だから! コレはミニ八卦路! 置物じゃないっての!」

 

 コンロの上で浮かぶ八卦路をマタルは見ると案の定それを雑貨品扱いした。対する生首はたちまち口を尖らせ訂正し始める。

 

「私の宝物で! すごい力を持っているんだ!」

「む? コイツぁ……神具なのか?」

「へぇ~伝説の護符なんだね~」

「いや……そこまで文化的価値はないんだが……」

 

 今度は苦虫を潰したような表情を生首は返す。俺は『すごい力を持っている』とのフレーズから小型の爆弾だと推測するが、『宝物』と奴が言っているのだからそんな消費物ではないのだろう。結局のところわからず仕舞いだ。

 

「いっそ実際に使ってみれば分かるか。ちょっとみんなミニ八卦路から離れてくれ」

「ここで使っても大丈夫なのかい?」

「威力は弱めておくって大丈夫大丈夫、心配するな」

「霧雨の使う狩猟具か……ふむ、どんなものか気になる所だな」

 

 さりげなく『威力』というやや物騒な単語を混ぜながらも、口軽に俺達を八卦路から離れるよう促す。その言葉に従い、マタルと赤鬼が網の上の肉とサーモンを皿に移し椅子から立った。

   

「おい生首、家は多々出さえ貧乏だから変なマネはするなよ」

「だから生首じゃねえって。そうイライラしないで私に任せておけ」

「……ならいいがな」

 

 俺も野菜を避難させたところで生首に釘を刺す。

 こんなところでまさか爆発を起こす気じゃなかろうか。俺はそんな気がしてならない。だが同時にドラゴン10体の同時狩猟に用いられたというあの‘ミニハッケロ‘の力も気になるところだ。もしかしたらアレは銃や槍ではなく『魔法』の力を持っているかもしれない。

 

「それじゃあ位置に着いたな……じゃあいくぜ!」

 

 2歩程後退した先で俺達が立っているのを確認すると、生首は何かを念じるように箱を見つめ始めた。箱はコンロの揺らめく陽炎の上を浮遊している。幾何学模様を空に向けて。

 物体が宙に浮いている時点でも凄いことだが、この後何が起こるのだろうか。俺は薬屋の壁を背に生首のゆく様を観察した。

 そして一筋の風が会場に吹き込んだとき、生首の頭上に異変が起きた。

 

「おいおい、アレは一体なんだ?」

「おッ 何か始まるぞ。一発芸か」

「なんだ? なんじゃありゃ?」

 

 生首の頭上に光の円が箱に刻まれたの同じ機何学的な模様を伴って現れた。円は虹色の光を帯びて周囲を照らしている。まさか魔法陣の類だろうか。

 いきなり会場にそれは出て来たもんだから、他のコンロで食事をとる者が何の騒ぎだとこちらに注目した。好奇心に富んだ視線が生首に集まる。まるでステージで踊り子を見る観衆のように。

 それはオーディエンスとも言おうか。

 ともすればその視線の先にあるのは歌手かプレゼンターかの発信者。

 あの魔法陣はなんだろうか。まさかあの箱と関連しているのだろうか。ともすればどうやって浮かび上がっているのだろう。俺が推測した通り魔法の力なのか、最先端の3D技術なのか。一体どんな手品やら。

 言葉で表すなら『派手』の二文字。祭りで打ち上げられる花火を彷彿させるものだ。目で見た情報以外何も察することが出来ない。これがドラゴン狩りと関連するならどのような物だろうか。俺は首を傾げながら魔法陣が展開されている様を見守った。

 その時不意を突くように生首が何か言葉を発した。

 

――あれは魔法か

 

 言葉は聞き慣れない単語でハッキリとは聞き取れなかった。しかし連動するように起きた‘現象‘で手品のタネは突き止めることが出来た。

 箱が一段と強く輝いた瞬間、箱から一筋の‘光‘が飛び出したのだ。その‘光‘は弾丸ではなく一直線の‘光の柱‘とも表現出来る程力強いレーザーだ。

 柱はドラゴンの巨体を飲み込むと思う程太く、まばゆい光を帯び天高くまで飛び上がっている。まるで地下水が地上に突発的に飛び出る間欠泉のように。轟音を交えて勢いよく、掌に収まる程度の小さな箱から強大な光が空を貫いている。

 こんな技術が現代科学で為されるとは思えない。目の前で起こっているのは魔法による現象だ。生首がトリガーとして呪文を唱え、箱に光の柱を撃たせていると推測する。

 あの光はドラゴンを易々仕留められる程の破壊力を感じられる柱だ。使う者が使えば犠牲となるドラゴンの数は10体で済まないと思われる。箱から飛び出ている柱は戦火の光を彷彿させた。俺は人外だらけの現実とも大きくかけ離れたその光景に思わず舌を巻いた。

 そして共にその光の柱は今なお形成されている魔法陣と同様虹色の光を帯び、日光が教会のステンドグラスを通したように、周囲を淡い玉虫色に照らし上げた。まばゆい光を前に、ある者は声を上げ、ある者は地べたで腰を抜かしている。顎が外れたように口を開ける者も居た。ただそんな彼らに共通して言えたことは‘光の柱‘を驚嘆するように見届けていること。光が下りなす鮮やかなスペクトルは、人間の兵器のような無骨な外見ではなく、‘美しさ‘をも追求したような芸術的観点も持ち合わせていたのだ。

 そうして光は会場中の注目を集めた後、いくらも経たず姿を消したのであった。

 

………

……

 

「お前さんはアレの影響を受けたわけじゃな」

 

 ウィザースケルトンは自身も会場で目の当たりにしたであろう‘あの光景‘のことを俺に追求した。

 

「その通りだ。コンパクトに収まるあの箱から爆発的な攻撃ができるなら、ドラゴンと優位に立てるはずだ」

 

 ミサイル攻撃とも並びそうなあの‘現象‘が、俺に魔法による狩猟を研究させる切っ掛けになったとなったのだ。マタルに衝動買いについて水を差されるように、俺は印象的な何かに対してオーバーな影響を受ける訳だが、一応今回は明確な根拠を持って関心を抱いている。

 

「……おい、あんな魔法使ったらドラゴンの身体の大部分が消し飛ぶと思わねぇか?」

 

 ことをよく把握していないであろうウィザースケルトンは、狩猟転用には向かないと言わんばかりに腕を組み、首を横に振った。

 だが俺はそのリスクを防ぐのもしっかり心得ている。

 

「そこんところは生首から色々聞いた、大丈夫だ」

 

 何しろ実際に魔法を使っていた本人から情報を仕入れたからだ。

 俺も当初はあの魔法は高すぎる火力で、鱗やら肉と言ったせっかくの金目な素材が消し炭になりそうだから、狩猟に使えるとしても上級種に食われるという‘止む負えない事態‘で発動し難を逃れる『自衛』のみに限定されると思っていた。

 だが生首曰くあの爆発同等の派手さでも、生命に与える脅威は低く見積もられているとか。言わば安心安全な攻撃。それならドラゴンに使っても目当てである素材も消滅することは無いし、なお効果抜群な魔法攻撃なので銃より効率的に狩猟を進めることが出来るはずだ。

 そしてご丁寧にそれら魔法の習得や使用方法も自慢げに説明してくれた。それも人外向けではなく非力な人間にも使える魔法を。ここまで知った以上俺も習得しなければ勿体ない。

 

「だからこうして面倒な魔法習得にも力を入れている訳だ」

「あいつぁ……そんな重要なことベラベラ話したのか」

「強い酒でだいぶ酔っていたようだからな。普通のハンターは商売しにくくなるから話さないってのに」

「たりめぇだろ、ワシは狩猟の詳しいことは基本口外せん」

 

 トゲの立った口調でウィザースケルトンは吐き散らす。もちろん俺もドラゴン討伐で近道となるようなことをそう易々他者に話すようなことはしない。もしドラゴンを一発で倒せる武具があるなら、仮にドラゴンと高確率で遭遇できる場所があるなら、噂を聞いた町中のハンター達が挙ってその武具を買い、その特定の狩猟ポイントで活動するようになるだろう。そうなれば金になるドラゴンはハンター同士で奪い合いになるといった泥沼化に発展し、ドラゴン討伐は難しくなり自身の生活を危ぶめられる可能性が高くなる。

 だからそういう『美味しい話』はハンター達は独占するようにしている。己の富のためにだ。似た様な例で‘企業秘密‘との言葉があるのも大体は利益のためだ。

 

「まあ……あの生首は純粋というかなんというか……」

「綺麗な心とは汚い大人に利用されるばい」

「自分でいうのもアレだがその通りだ」

 

 とりあえずハンター業界が腹黒いのはさて置いて、魔法に関連しているというこの世界では希少な情報が入手できたということで俺は満足している。

 今作成途中の鎧を完成させた後、魔法の使用も足を踏み出すつもりだ。ついでに鎧以外にも新たな狩猟具の自作も検討中である。もちろんこの話は目の前のウィザースケルトンに話す気は無い。先の例と同様の理由である。

 俺は表情からそれらを察しられない様、終始ポーカーフェイスを決め込んだ。

 

「ふん……まあいいわい、ワシにはワシのやり方がある」

 

 当のウィザースケルトンはこれ以上俺に問い詰めようとも部屋に居座ろうとせず、踏ん反り返った様子で戸口に向かいだした。俺も‘斬りの黒‘であるウィザースケルトンの狩猟なんて赤鬼の話でたかが知れているし何も話しかけることは無かった。ドラゴンの同時狩猟は危険だろうし、あの生首の10体いっぺんに狩猟した話も偶然できたと考えた方が妥当だろう。あんなハイメガキャノンも射程は一方向に限られそうだし、何より魔法にほとんど接していなかった俺が使いこなせる程の自信はない。装備は強化するにしても、引き続き‘一匹狼‘と戦い続けるだけだ。

 しかしその時ウィザースケルトンは何を知ったか、戸口に向かう歩みを急に止めた。

 

「だが小僧、せいぜい気ぃ付けることだな」

 

 奴は一言口早に告げると、また我関せずといった様子で戸口から出て行った。室内に抱えていた木箱が置きっぱなしだが中にあったのはバーベキューで残ったドラゴンの骨だけだ。こんなものに奴は何か意味を持たせたのか。きっとただのゴミだろう。数時間前まで美味しそうな肉がついていただけだろう。

 ともすれば一体あの言葉は何だろうか?

 俺は誰もいない薬屋の居間で、一人首を傾げるのであった。

 




おまけ ・キャラ紹介
  
マタル 
・性別  男 ・種族 ゾンビピッグマン
・年齢 何世紀生きたっけな… ・身長 180㎝
・好物 日々の健康に人参は欠かせない。
・特技 ポーション作りだね。新薬開発は時に好き。
〔一言〕

病気を治す薬からドラゴン退治にも使える薬を取り扱っています!さあさあみなさん私の薬屋においでになってくださいな!今ならセールも行っております!

以上になります。

 分かっている人にはわかっているかもしれませんが今回出てきた『生首』はゆっくり魔理沙です。いやーマイクラ実況によくいるんでつい……勿論ストーリーとの連携を考えての出演でもあります。
  
というわけで
ご意見ご感想お待ちしております。


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第三十話 着々と定まる狩猟体勢

結局ウィザースケルトンが言っていたことは分からず、一夜は過ぎて行った。バーベキューの後始末はマタルら関係者が行ったようで、俺の出る幕はなく、暫く古びたソファーの上に寝転がっていた。

 

――だが小僧、せいぜい気ぃ付けることだな

 

 ウィザースケルトンが店から出ていく時、急に足を止めて発した言葉が頭の中で反響した。エリートハンターの胡散臭いその一言はどうにも忘れられるものではなかった。何を気を付けろを言うのだ。上級種ドラゴンか資金の無駄使いか、それとも魔術の運用についてなのか、考え出したらきりがない。

 単に深く捉えすぎではないかという意見も一理ある。ドラゴン狩り自体危険なことだ。ドラゴンか資金の問題のどれか限定して警告したのではなく、もう俺が考察するようなこと全てについて示していたのかもしれない。

 だがメディアにも死者数が大きく報じられるそのハンター職の危険性など、当に分かりきったことである。資格取得の試験の時から耳にタコが出来る程聞かされていたことだ。それが今更何だと言う。偏屈なウィザースケルトンがそんな初歩的なことを、わざわざ足を止めて警告するのも何かと矛盾している。

 ともすれば何を奴はほざいていたのだろうか。

 もしかして世間一般に広まっていることや、俺が真っ先に考察したこととは全くの認識外のことについて言っていたかもしれない。

 例えば上級種の出現が奮発する虎穴があったり、複数のドラゴンが連携して襲い掛かってくる場所の存在についての危険性とか。そんな初心者には恐ろしいゾーンがあったとしても、プロのハンター達はおそらく『一攫千金を狙える場所だ』と危険性より討伐成功による利益を優先して、第三者に公表していない可能性がある。もし知らずにそんな場所にズカズカ入り込んだら餌になること待ったなしだ。

 現に俺達が個体数の少ないという上級種に遭遇した現場にも、何故かあのウィザースケルトンが居合わせていた。普通どんなにハンターが集まって居ようと生態上出現するドラゴンは一体だけになるのだから、利益を優先して狩猟をする場合、既に先客のいる狩場からは数㎞離れた場所に移動するのが模範解答だろう。自らの狩猟法を隠蔽するハンターならなおさらだ。この暗黙のルールに当てはめると、あの時ハンター達は周囲には居なかった、または居たとしても戦闘に介入できる距離には存在しなかったはずである。

 だが不自然にウィザースケルトンは俺達の狩猟に乱入した。あの時は上級種に追い詰められ、俺達もピンチであったから通りがかりのハンターが助太刀してくれるなんてこともあるだろう。

 しかし実際にやってきたウィザースケルトンは業界で狩猟法が黒いベールに包まれていることで有名で、性格もプライベートで接していたから分かる通り‘手段は選ばない‘ひねくれ者だ。それがわざわざ他のハンターと同じ場所で狩りをするのもおかしな話である。暗黙のルールが煩わしかったにしても、奴の脚力と体力なら俺達のいない別の場所へ大して時間もかからず移動できるし、そこで狩りをした方が、自ら技を晒さずに済むのでなお合理的なはず。

 しかしそれでも、俺達のいる現場かその近辺に居たのだ。そうと成れば何故いたかの理由は一つだけ挙げられる。特に奴なら大いにあてはまることだろう――

 

――あの現場が上級種の出現ポイントだったのだ。

 

 普通のドラゴンではなく、個体数の少ない上級種をウィザースケルトンが標的にしていたなら合致が付く。上級種は地域で生息している数が少ないのだから当然探し回る手間も普通の個体以上に手間がかかる。鉱山でダイヤモンドを探し出そうとするのと同じようなものだ。原石一つ探すために迷宮を作る程の石を掘り出す必要があるだろう。

 こうした理由から、欲深なウィザースケルトンは市場で高価な素材となる上級種目当てになおあの場に居座っていたに違いない。

 そして、ともすれば俺達の狩猟の一部始終を傍観していた可能性もある。あの場に張り込んでいたのなら、乱入なんて俺達が自動車を吹き飛ばされてピンチになる前にもできたはずだ。ドラゴンは出現してなおずっと俺達に目を向けていたのだから、こっそり近づいてフラッシュバンを投げることも出来たはずだ。エリートハンターならなおさらだ。

 だがそれでいて何故かヒーローのごとく人が危ない目に遭った時にのうのう登場しやがって。確かにその方が後から『救援に来ていただいてありがとうございます』とか言われて、形として獲物を横取りしたのも黙認されてなおいいだろう。それ以外のタイミングでやってきたら他人の狩っているドラゴン、それも希少な個体を横取りしたバカ野郎だ。

 ああ! だからバーベキューの後に「せいぜい気を付けろ」とか言っていたのか! やっと合点が付いた! 嫌味で俺達に下手な狩猟をするなと言っているんだなクソッたれ!

 んでもって大部分分けてもらったドラゴンの素材はお悔みかってこの野郎!

 

………

……

 

「いや~新しい腕は便利だねぇ」

 

 ウィザースケルトンのことはとっとと忘れ、俺は気ままに鎧の製作を進めていた。だがそれを遮るようにマタルの独り言厨房から届いてくる。

 

「……お前何やっているんだ?」

 

 上級種ドラゴンの鱗を使用した鎧が完成する間近、俺は工具を動かす手を止めて尋ねた。

 自分の工房と化した居間から厨房の出口を見やると、湯気の上がる大窯の前で、あたかもトレーニングをするようにマタルが右腕を振り回していた。ただその腕は、白紙の上に溢したインクの様に真っ黒な色合いをしている。

 

「ハンドメイドした腕を移植してね~」

「ああ、お前腕を怪我していたな」

 

 確か狩りの時、上級種相手に拳で立ち向かって見事右腕を故障させていたはず。あの時は‘斬りの黒‘の乱入もあって現場が混乱していたから俺はほぼ認識していなかったし、その後怪我をしていたと本人は言っていたものの、アンデットは頑丈な身体だから大した問題ではないだろうと絶賛放置していた。

 が、マタル自身は不便に感じたようだから、今のように腕を換装したところに至るのだろう。その腕はマネキンのように平坦で特徴に乏しいが、トカゲの尻尾のごとく無拘束に動いてるがため、アンデットの顔以上に不気味さが感じられた。

 

「腕なんてどうやって付け替えたか気になるが」

 

 そもそもロボットじゃあるまいし、腕なんてとっかえひっかえ出来る訳無いはず。俺は再び真っ赤な鎧に向き直りながら、そんな素朴な疑問をマタルに投げかけた。

 

「そりゃ‘黒魔術‘を使ったんだよ」

「……クロマジュツってあの黒魔術か?」、

「いかにも、黒魔術だね」

「お前魔法を使えるのかよ……」

「申し訳程度のものだけどね」

 

 予想外の回答に俺は思わず鎧のネジを取り落した。魔法と言えば生首の技を見て以来、俺が研究している分野ではないか。それも黒魔術ときた。アレは名前から察する通り悪魔悪霊云々が関わる禍々しい術だ。生血で何か不道徳なことをしたり、夜な夜な他者を呪うといった忌まわしい詳細がありと、法的に厳しい部分が目立つ。

 言わば危険薬物を調合してそれを服用しようという位とんでもないことだ。

 

「あーいやいや、悪用しようと思っていないからね!」

 

 怪訝な視線を送る俺に対し、マタルは撤回するように手を横に振った。

 

「そもそもこの町なんて住民大体が君たちで言う‘ソロモン72柱の悪魔‘みたいなもんでしょう? 一応黒魔術も医療の現場に役立てられているし、そんな汚物みたいな認識することないって」

 

 そう言われてみればそうだった。スケルトンにゾンビ、ヴァンパイアに狼男、どれも空想上の醜い化物でイメージカラーは心理学で不快を表す‘黒‘がいいところだ。

 あてつけにしろどうにしろ黒魔術なんてマタルが言うとおりこの世界だと地上の大気くらい身近な存在である。いざこの場でそれが実行されていたにしろ、大して気にすることでもないか。

 

「まあ……そういうことにするか」

 

 第一前の世界なんて『化学物質』とか『銃』とか言った物理的に厄介な物で溢れていた。そんな場所で生きていた俺が今更黒魔術で騒ぐのも馬鹿馬鹿しい。俺はどっちもこっちも危険物はさまよっている。自分の置かれている環境に変化が無いことを察すると、いくらか肩の力が抜けていくような感じがした。

 と言ってもマタルがいざ反乱を起こしたら対処の使用が無いので後で銀製品でも買いに行くことにしよう。

 

………

……

 

「いらっしゃいやせ~……って旦那じゃありませんか」

 

 太陽が燦燦と照る青天の下、俺は正体不明のキノコが自生するドアを引き、埃っぽい店内に足を踏み入れた。武器の棚が乱立する林の奥地で、スケルトン『白波』が猟銃を丁寧に磨いている。

 前回来たのと同様に、客が誰一人としていない寂れた武器屋であった。

 

「寂れた武器屋ってどこのことですかい」

「知らん」

「相変わらずの無愛想な態度で……今回はどのような御用で?」

「数点物を買いに来た」

「はいはい~どのような物で?」

「狩猟具と……銀製品だな」

「はぁ~銀製品とは~アンデットの大敵ですな。それでそれで、狩猟具とはいったいどれをご所望で?」

 

 本当ならこんな陰気な武器屋に来ていないで大手の店を利用するわけだが、新たな狩猟具の購入も相まって今日はここに訪問することにした。バーベキューパーティーで売っていたナイフは勿論、ハンターの間でこの武器屋の商品は高品質で有名らしい。信頼性に至ってはこの店を覗くのが合理的であるはずだ。

 横の棚に並ぶのは相変わらずの剣と槍と刀、だが俺が購入しようと思っている狩猟具はそれではなかった。おそらく倉庫の方に引っ込ませているのであろう。俺は事前に調べた商品の名前を白波に伝えた。

 

「ほほ~随分と風変わりなセレクトで」

「お前の店しかこんなもの取り扱っていないだろ」

「御尤もです~」

「なら早く商品を出せ」

「そんな強盗みたいにならなくていいですから、出します出します」

 

 白波は不気味に顎を打ち鳴らしながら、前回パワードレールライフルを頼んだときと同様にカウンターの向こうに引っ込んでった。ただし奥からまた破砕音が響いてくることは無かった。そんな危険な商品を頼んだ覚えはないからだ。

 白波はいくらも経たないうちに、手に収まる程度の小箱を抱えて戻ってきた。

 

「こちらでよろしいですかい?」

 

 白波は木製の箱を俺の目の前で開けて見せた。そこには確かに俺が頼んだ‘商品‘が入っていた。調べた物と瓜二つ、申し分ない。

 俺は魔法カバンから財布を取り出すと、エメラルド硬貨を三枚カウンターに積む。ナイフと新しい狩猟具の値段を丁度足した数だ。

 

「はいはい後銀のナイフを2ダースですね」

「袋は要らん」

「かしこまりました~」

 

 白波がコインを引っ込めると重なるように、俺は木箱を手に取って大容量の鞄に押し込んだ。同様にカウンターの下からちょうど以前買った果物ナイフと同じくらいの長さのナイフもケースに収まって出されたので、いそいそとまた袋に収容した。

 

「他に何か買う物はありますかい?」

「無いな」

 

 コイツと同じ空間にいるとそのうち蕁麻疹が出る気がする。俺が口早に告げると、半分逃げるように店の出口に足を進めた。この後雑貨屋にも寄る予定があるのだ。長くいる訳にもいかない。

 

「ああ、そうだ旦那!」

 

 だがその時、奴が俺を引き留めるかのように声をかけてきた。何を言う気か知らんが、どうせ他愛ない世間話だろうから無視して出ていくことにしよう。俺は足を止めず、錆びたドアノブに手をかける。

 

「魔法を狩りに使うんでしたっけ?」

 

 開こうとしたドアを俺は半開きの状態で止めた。

 何で白波はこの話を知っているのだろうか。俺はこの世界に来て以来自分の生活を話題に出した覚えはない。ましてやハンターの商売に関わる狩猟戦法については特に。俺のプライベートは基本的にはシークレットのはずだ。そのため何故それを奴が言っているかは俺には理解できず、自ら足をとめておきながらも返答に困惑した。

 

「黒崎から聞きましたよ~魔法書を作成していたとか」

 

 ああそうか、あのウィザースケルトンから聞いたのか。

 ‘クロザキ‘という聞き慣れない名称に一瞬戸惑ったが、‘魔法書‘のワードが出たところで検討が付いた。あの野郎、自分で狩りのことは口に出さないとか言っておきながら他人の情報は堂々漏えいさせやがって。ドアの前で俺はあからさまに舌打ちをした。

 

「図星じゃないですか~このこのっ」

「黙れ」

 

 今度こそこの武器屋から出よう。高品質の商品以外は益々不愉快に見えてきた。俺は叩くように半開きのドアを開け放った。薄暗い店内に居たばかりに外の日差しが眩しい。

 しかしそれも、拒絶感にさいなまれ、時より突き抜ける風程どうにも感じなかった。

 

「あー!あー! 待ってくだせぇ待ってくだせぇ! コレあげますから許してくだせぇ!」

 

 今更謝罪をしても遅い。だがそう思った瞬間、後ろから何かが飛んできた。弁解の言葉と人に物を投げつける動作に矛盾を感じながらも、反射的に振り返り飛んできた物を手につかむ。この野郎一体お前は何様なんだ。俺は真っ先に店の奥にいる白波を睨みつけた。

 

「次狩りに行く前に、絶対に目を通すように!」

 

 憤然とする俺を気にしない様子で奴は、飛んできた物を指さした。そういえば何が飛んできたのかは確かめていなかった。怒りを沸々とわかせながらも手に収まる物に視線を流す。てっきり石つぶてか矢でも飛んできたのだと思っていた。が、手に握られていたのは一冊の本だった。

 

「……そうか」

 

 本を投げるのにまず一言問い詰めたいが、それ以前に何故奴が俺にコレを渡したのかに疑問を抱いた。しかし、奴と会話を交わすのは今回の魔法の件みたいに情報漏えいをさせられそうなので言及はしないことにしよう。

 タダで物が貰えたからそれで良しとしよう。

 俺は奴がこれ以上何も言わないのを確認すると、軋むドアをバタリと閉めた。

 とりあえず今は読書以外の別のことを進めなければ。

 

………

……

 

「よーし、鎧の大部分完成したぞ」

「お~カッコいいね」

 

 帰り道に雑貨屋で仕入れた素材を組み込んだところで、ようやくレッドドラゴンの鱗を張り付ける作業が終了した。そして薬屋に木製スタンドで飾られた鎧は、ドラゴンの真っ赤な鱗を張り付けられた故に、場違いと思わしいほどの存在感を放っていた。

 丁度差し込んできた夕日が、ルビー色の鎧を一段と輝かせている。ドラゴンの鱗はネックレスやイヤリングといったアクセサリーに使用されることが多いため、それを多く積み込まれた鎧はこうも宝石の如く光を発しているのだろう。作業が達成された高揚感と共に、今更ながらドラゴンの素材を贅沢な使い方をしたなと市場で売却しなかったことを後悔した。とはいえダイヤモンドで武具を作ることだってしたから、今更どうということでもなかった。

 するとあろうことか、工芸品ともいえるその鎧にマタルが手を伸ばす。

 

「汚い手で触るんじゃねェ」

「ヒィッ!」

 

 俺は慌ててその漆黒の腕に、買ってきた銀のナイフを突き付けた。

 

「それって銀のナイフじゃん!? アンデットに何を向けているんだい!」

「うるせぇ汚らわしい、言っとくがこの鎧はまだ‘未完成‘だ。気安く触られちゃ困る」

「え!? まだ完成してないの!?」

 

 ナイフの当たった腕から電撃が走ったように火花が散ったが、マタルは目の前の鎧が未完成であることの方に驚きを見せた。

 確かに鱗でコーティングした鎧は誰がどう見ても完成したと解釈するし、理論上この状態でドラゴンの攻撃を凌ぐことも可能だ。

 しかし、狩猟に運用するよならばこの状態ではまだ問題がある。俺は腰につけたバッグから、雑貨屋から仕入れた物を一つ取り出した。

 

「……スティーブ君、今手に持っている物は何だい?」

「何ってペンキだ。ホームセンターゾンビから買ってきたごく普通のお手頃価格な品物だ」

「いや、それは分かるけど……家のペンキ塗り替えはまだ先の話だって」

「お前は何を勘違いしている。このペンキはこのボロ屋じゃなくて俺の鎧に使うんだ」

「え!? ちょっと何する気? そのペンキ明らかに沼地のような緑をしているけど」

「そりゃお前が察していると通りこの鎧を迷彩色に染め上げるんだ」

「うわー! このまま売れば大儲けなのに!」

「やめろ」

 

 俺は舞台衣装のように派手な全身鎧に対し、深緑のペンキの詰まった缶とハケを構える。

 ゲームの勇者を彷彿させる鎧は男のロマンを刺激してくれるが、血で血を洗うドラゴン狩りではこんな鎧を付けて居ては目立って仕方がない。

 

「考えてみろ、ランタンのようにピカピカ光っているのがドラゴンの生息域をほっつき歩いていたらどうなる」

「そりゃあドラゴン直々にやってきてくれると思うから、探索する手間は省けるかと」

「アホか、気付かれたらどうやって撃退する気だ」

「そりゃあ私が赤鬼さんから教わった秘術で」

「お前は何時から‘斬りの黒‘になった。ちょっと思い出せ、前の狩りの時ドラゴンはどうやって現れた」

「そりゃあ空から急降下してきたね」

 

 流石のマタルも4日前のことは忘れていないようだ。俺は赤い鎧の目の前で、認識の食い違いが無いことを確認するとさらに言葉を続けた。

 

「いわばあれは‘奇襲‘だ。俺達の死角を狙って攻撃をするというな」

「死角といっても、大体私たちは寸前で気付いて回避してたじゃん」

「まあ、対処は出来るにしても俺が言いたいことはそれではない」

「え? 違うの?」

「ドラゴンの戦法が急降下攻撃だとして、お前は超接近攻撃。肉体と肉体がぶつかり合う戦法をお前は有利に進められるのか?」

「……まあ、赤鬼さんとかゴーレム系の方々がよくするらしいけど」

「アイツらならできなくもないが、お前だと難しい」

「な、なんで!? 武器を用意せずに戦えるんだからそれなりに経済的でしょ!」

「馬鹿野郎、漫画じゃあるまいし殴りかかったら吹っ飛ばされるに決まっているだろ」

 

 確かに人外ならばドラゴンが地上に降りて突進を仕掛けてきたらかろうじて対応できるかもしれない。しかし空から勢いをつけて降りて来たなら絶対に止められないだろう。

 何せドラゴンの体重は普通の個体でも5tは越え、それが空から翼の揚力や重力で加速をして突っ込んでくる。そのエネルギーをを人間一人サイズの者が抑えようなんて正気の沙汰ではない。何せ世界最大の戦艦の徹甲弾でも主さは1.5t程度。対するドラゴンは約3倍の重さで突撃を仕掛けてくるであろう。ついでにある程度の位置補正も伴って。

 

「高性能ミサイルだと思ってもいい存在だ」

「コウセイノウミサエル? 私たちに分かる言語で話してくれないかな」

「あーはいはい」

 

 この文明の世界に在住しているマタルに‘ミサイル‘なんて言ってもわからなかったか。だがどちらにしろ回避以外に避けることが出来ない攻撃だということを理解していただかねば。

 

「とりあえず……だ、エメラルド硬貨が大体32258枚が落っこちてくると考えておけ」

「な……なんてドラゴンは恐ろしいんだ」

「それで理解できたお前にも畏怖を感じるが」

 

 コイツにはとりあえず金の数字を挙げておけば大体解釈できるであろう。というより一番わかりやすい例えになるだろう。マタル限定であるだろうが。

 

「まあ、それがわかったら俺達は今後狩りではコソコソ動いてあらゆる下衆な手段でいいからドラゴンを仕留めるんだ」

「ええ~! なんか嫌だよ!」

「何をほざいている、空を飛んでいるドラゴンだって十分卑劣だろ」

「そうだけどさ……」

 

 ミサイルに標準を付けられてはこちらは不利だ。車を弾き飛ばした上級種を見ればそれは一目瞭然である。というわけで鎧も泥色といった目立ちにくい色にして、先陣のハンターの方々みたく接近戦を演じようとはせず、遠距離から長銃で確実に仕留めようというのが次の狩りでの魂胆である。

 

「そういうわけで、鎧は私色に染め上げるからな」

「あー! そんなー!」

「黙れ! 俺達はコスプレ大会に行くわけじゃないのだぞ!」

 

 マタルと口論を交わした俺は、芸術品とも並ぶドラゴンの鱗製の鎧をこうしてドブに放り込んだと錯覚するくらい汚い色に染め上げたのであった。マタルにはわからんだろうが、現代の軍隊だってこんな色の戦闘服で戦地を駆け抜けている。周囲の物……主に草木に紛れ込むための『擬態』が理由の一つだ。この『擬態』は人間に限らずカメレオンや虫といった生物も生き抜くために行っている。

 このように『擬態』は生死を問う世界では用いられる常識だ。その効果は色を変えるだけで大きく変化する。良くも悪くも。一々ファッションに期待しようなどと戦を甘く見ないでほしい。

 

 こうしてマタルの使用する赤いヒーロースーツもグリーンに変化したのであった。およそ30分後の話である。




おまけ キャラ紹介

酒呑童子
・性別  男 ・種族 鬼
・年齢 1000年位はある ・身長 250㎝
・好物 酒。日本酒が特に好きだが今は「びぃる」とやらに夢中だ。
・特技 喧嘩。と言いたいがデカい古傷が二つ程あるんで休戦中。趣味の酒造りの方が勝っているかもしれん
〔一言〕
 難しい名なもんだから大体周りは『赤鬼』とよんでいるな。自分と同じ名前の居酒屋を開た結果紛らわしくなったのも原因かもしれん。黄昏の森の‘ひどら‘と酒を交わそうと思っているが奴はなかなか了承してくれん。
 こう見えても昔は色んな場所を巡ったものだ。同族が天狗と河童達を統治していたあの山はなかなか楽しい場所であった。
 が……大枝坂と言えば……畜生あの卑怯者共が!

以上になります。

ああ……今回はプロットではワンシーンで解説しようと思っていた回なんですよね……それを無理やり一話分にしたから執筆に苦労した……ガクリ

ご意見かご感想お寄せになってくださいな。


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第三十一話 生物兵器の再臨

「貴様それでも分隊長か!」

 

 隊員誰ひとり歩いていない殺風景な廊下で、あたかもライオンが吠えたような叱責が響き渡る。声の主は胸を栄誉のバッジで埋め顔にしわを刻んだ男。そして対するは緊迫な空気に肩を強張らせた女性軍人。男は目を吊り上げ目の前の女性へ滝を浴びせるように怒鳴りつけた。

 

「左様であります!」

「女だからと言って軽く済まされると思っていたかァ!」

「いいえ!」

「では今後『薬物を摂取した』と冗談でっちあげるなァ! 貴様は連合陸軍第30コマンド連隊のスピリットチーム分隊長だァ! 貴様がガキ丸出しな行動をすれば分隊以前に軍の統制に支障が出るだろう! それを知っての戯言か!」

「いいえ!」

「貴様は未だ腑抜けた頭をしているようだな! ここは軍隊! 学生の修学旅行先ではない!」

「存じております!」

「では我らエリートチームとしての自覚を持て! 連合軍の最強クラスに立ち! 前線で殺気立つ刃となるのだ!」

「はッ! 以後努めて参ります!」

「では下がれ! 便所掃除を忘れるな!」

 

 この私、コマンド部隊の分隊長の面をひっさげる‘レイチェル‘は、『薬物を摂取した』との冗談を真に受けた隊員に取り押さえられ、騒ぎを聞きつけたお偉いさんに怒鳴りつけられたところである。どうやら精鋭部隊の人間が悪ふざけしたら一般兵たちがやる気を無くすとか。因みにこのお偉いさんの詳細は私の属するコマンド(特殊部隊)の指導者の1人だ。早い話‘ボス‘と称せばいい人間である。

 畜生このハゲが、軍のコマンド部隊枠を取り仕切っている方と言ってエラそうにするでないわ。いつか貴様の住んでいる無駄に豪華な家をその頭と同様にぺんぺん草も生えぬ焼け野原にしてくれよう。

 ハゲ上官の刺さるような視線を背中に預け、心の中で長ったらしく説教されたことに小言を吐いた。

 

「このたびはさぞかし大変でしたね、‘分隊長‘」

 

 自分が歩く簡素な廊下の先で事の発端であるエーレンが、燦燦たる様の私を待ち望んでいたかのように立っていた。

 

「ああそうだったな‘副分隊長‘。貴様がこんなオーバーな反応しなければ私はこうも面倒を被ることは無かった」

 

 どの面下げてここに居やがる。私はすれ違いざまに、皮肉を交えた軍人口調で生意気な同期へ言葉を返した。

 

「いえ、分隊長が日頃の行いを改めれば済む話です。毎度毎度ポーションの力に頼っていて、いつかは危険薬物に手を出しそうで心配であります」

 

 対するエーレンは私の右脇に付くと、取ってつけたような他人行儀を示した。一応彼女とは友人との間柄であるものの、今は『仕事中』ということで上官である私にひねくれながらも敬語を使うのだろう。

 

「ポーションは軍公認の趣向品であろう。得体のしれないキノコで身体能力を変化させるのは『危ない粉』と似ているが、ポーションはこれと言って害はない。だから草でラリってる輩と同一視するな」

 

 苦し紛れに私も反論の意を示す。自分はこの基地内で『ドーピングに明け暮れた女』と不本意ながらも称されることがある。

 が、軍では人間の身体能力の低さをカバーする意味でのドーピングは、既に許可が下りている。

 今更私がドラッグ女と言われる筋合いはない。

 

「そうでしたね、私めの勉強不足でした。最も今回は万が一と言うことで行動したまでですが」

 

 だが憎たらしいことにエーレンは作戦時発揮するような冷静な態度で私の言葉を受け流した。全く他人の尊厳を踏みにじるだけ踏みにじって、此方が声を荒げれば易々折れて論争から離脱。戦闘機の一撃離脱みたいなもんだ。

 

「はいはいエーレン伍長、あなたのやったことは軍人として正当な処置でしたね。おかげであのハゲには褒められたようで」

「分隊長、上官であるジェイソン大佐をハゲ呼ばわりするのは下の者の士気に関わります。いかがなものかと」

「あーあーそうだったな。上官様には敬意を払わねばならんな。わかったから付いてくるな!」

「ハッ! それではエーレン伍長! 予定していた隊員との外食に行ってまいります!」

「わかったわかった! レストランで心行くまで食事をしていろ! 私は貴様らの散らかした部屋を掃除しているわ!」

 

 エーレンは最後の最後まで外面の態度を崩さずに敬礼すると、そのまま何事もなかったように廊下を歩いて行った。

 

「……だから人間は面倒だ」

 

 辺りに聞こえるか聞こえないか、そんな低い声で私は一言漏らした。

 

………

……

 

「ああ、やっと終わった」

 

 埃の拭き取られた室内を眺めながら、背中をうんと伸ばして、長く続いた『罰掃除』の終わりを痛感した。

 部屋に置かれた新品のソファーに身を預け、蛍光灯の並ぶ天井を仰いだ。

 

「これで済んで……よかったというべきか……」

 

 背もたれの冷たさを身体に感じながら、一人ぼそりと呟いた。

 『連合軍』という組織は規則やら信条やらに則るがために、日常では黙認されるであろうこともペナルティになることがある。その対象の一つが今回の『組織の統制を危ぶめる発言』だ。

 もし組織の人間が『あの上官と関わったら死ぬ』と言い出していたらどうなるだろうか。もちろんその『関わったら死ぬ上官』となどに接しようとする者は俄然減るだろうし、作戦時その上官が指揮者になると成れば『アイツの命令に従って俺達は生きていられるのか?』と下の者の士気を揺るがすこともあるだろう。そして噂で士気が崩れれば上層部が人選を見直す手間が生じ、噂が世間にまで広まれば、世論は連合軍を叩く言葉で溢れるだろう。正に百害あって一利なし。特に士気に関わる問題は、数日間殺し殺される世界で神経張りつめる者とっては案外重大なことである。

 このような趣味の悪い冗談がきっかけでアクシデントが発生しない様『連合軍』では例えその場のジョークであったとしても罰の対象にすることがある。

 

「トイレに廊下掃除に……応接室か……広いったらありゃしない……」

 

 尤も今回の場合は、『プライベート』での冗談と言うことで上官に怒鳴りつけられ、このような掃除仕事を任せつけられるだけで済んだが。

 

「研究所の事がバレるよりマシか……」

 

 数日前の『モンスター研究所包囲戦』では1人現場に居残るなんてことをしていた。もちろんこれは会社の残業として手当が下りる筈は無く、『1人で居残って敵に軍機密を流したな?』等のスパイ行為の疑いを科せられてしまう。これに至っては掃除では済まず、‘自らの命で償う‘という銃殺刑にすらなりかねない。

 

「散々な休日であるが、これで良しとしよう」

 

 未だきっちり繋がっている首を擦りながら、座っていたソファーから立ち上がる。とっととハゲ大佐に仕事を終えたことを報告して、シューティングゲームの空戦に励むとしよう。ゲームの戦場でリアル軍人が介入するとは誰も考えまい。毎度プレイ前に浮かべる妄想をめぐらせながら、私は部屋から出るためドアに向かう。

 だがその時、自分が手を駆けたわけでもないのにドアが開いた。上官のお出ましか。もしかして偉い方々とここで話し合いをするのだろう。掃除が終わったころで良かった。

 私は慌てて緩んだ表情を軍人らしく引き締めると、マナーに準じてドアの脇に立った。

 

「レイチェル・ターナー上級曹長でございますね?」

 

 しかし意外なことに、開いたドアの向こうから罰仕事を終えた私の名が呼ばれた。視線の先に立つのは軍服をマニュアル通りに着込んだ若い軍人。後ろにも応接室を利用するような偉い方々は一人としていなかった。

 

「ああ、そうだが」

 

 私は背筋を伸ばし形だけの敬礼を返す。罰労働を終えたこの私に一体何の用があるか。研究所の包囲戦はとっくに終着している。コマンド部隊に用はないはず。

 

「至急動向を願います」

 

 だが制服軍人は強張った顔で、重要書類を読み上げるような口調で言葉を続ける。

 

「……動向とは? 何の話だ?」

 

 想定していない言葉に私は思わず言葉を返した。何故私が半強制的に連れて行かねばならない。

 今朝の『薬物服用』の爆弾発言で隊員に取り押さえられたりしたが、その後の検査でドラッグの疑いはもちろんのこと『正常判定』で取り除かれた。そしてハゲ大佐に命じられた掃除もこうして律儀に終えたところだ。今になって再びその問題について咎められることは無いはず。確かに無いはずだ。

 

「ジェイソン大佐の命令であります。私はこれ以外に情報を提示する権限はありません」

 

 なんだまたあのハゲ大佐か。あの泣く子は黙るコマンド部隊のボスが一体何の用であろう。まさかこの件で降格を命じられるのだろうか。いや冗談一つで精鋭の人員を削るのはおかしい。それも分隊を率いるリーダーなのだからそれが居なくなってしまえば人選を再びしなくてはいけなくなってしまう。冗談と戦力、天秤にかけるには不釣り合い過ぎる。この事件が水に流されたとして、他に私が咎められるようなことはやっただろうか。

 まさか、アレがばれたのだろうか。数日前の研究所包囲作戦の行動についてだ。

 確かあの時隊員を退却させておきながら自分だけ敵のアジトに居残って居たりした。そしてこれはスパイ行為の疑いにも直結する。普通なら上層部が黙っていないことだ。

 しかし研究所に居た痕跡はゲリラの自爆で消し飛んだ。当の私はといえば爆発で焼かれながらも、エンダーマンの力で雪山に瞬間移動し、野宿をして救援を待っていた。『テレポーターの誤作動で雪山に飛ばされた』とのシナリオを確立させるためにだ。研究所で単独行動した時に軍の装備は外していたから、それらに埋め込まれていた発信器で所在を特定するのは不可能である。それに生物兵器が解き放たれた混乱で研究所内は混乱状態であったので取り残されたゲリラにだって姿は見られていなかったはず。あの目の光っている男には顔が割れていたが、拷問の後自決したから結局はゲリラにもバレていない。

 口封じはできている。物的証拠はゲリラの自爆で消滅。自分のアリバイはちゃんとある。

 結果軍法違反の真相は誰も把握できていない。、

 それで伝わっているはず。決して『研究所で怪しい動きをした』というのは分からないはず。そのはずだ。

 

――では何故バレた?

 

 改めて研究所の行動をビデオの逆再生の様に手早く振り返った。新しい記憶は猛吹雪の雪山にテレポート。その次は突如出現した大量のTNT。スティーブに似た男の自決。奴はひっそりと自分の居る部屋に現れた。更に前には異種ゾンビが訪問。一室に居座るまでエンダーマンを従えて施設を捜索。衣服はゲリラから剥ぎ取ったものを使用した。少し前に突入時身に着けていた装備はエンダーマンの方で雪山に移してもらったからだ。そして最後に撤退した隊員を見送り、時は撤退命令を下したまでに辿りつく。

 こうして見ても何も自分の行動を暴かれる要素は無いはずだ。ではどうして今の事態になっているのだろう。

 

「上級曹長、動向を願います」

 

 口を固く閉ざし言葉出せずにいる私に、目の前の制服軍人はあたかも追撃を食らわすかのように申告をした。対する私は研究所の件を覚られない様ポーカーフェイスを維持する。

 だがこのまま何も言わずに居たらある種の命令違反になってしまう。では逃げるか捕まるか、どう行動すればいいのだ。私は尚も沈黙を決め込み考えた。そして、一つの解決法を思いついた。

 とりあえずバレてしまったことは仕方ない。

 そうだ、これからなんとかすればいいのだ。軍がことを察したなんて実際に聞けば分かるはずだ。聞くだけ聞いて後は強行突破すればいい。私は尚も男に固い表情を向けながら、半分振り切るような妥協案に賭ける決断をする。

 では、そうと成ればまずは素直に同行してしまおう。

 

「失礼した、そちらの命に従おう」

 

 此方にはまだ手立てはある。私は押し強い目で制服軍人を見咎めた。それに合わせるように心臓は暴れ、心拍数を上げ始める。

 

「ハッ 協力感謝いたします。大佐は会議室の方でお待ちになっています。急ぎましょう」

 

 こちらの心境など知らない様子の制服軍人は、律儀に頭を下げると直立不動の身体を会議室の方へ進めて行った。 

 

………

……

 

「ふはー、やはり町の食事は格別ですね」

「左様でございます、エーレン副長」

「おいカワシマ、休日だから肩の力抜けよ」

「いえ、自分はこういう性分でありますので」

 

 掃除を押しつけられたレイチェルを見送ったのち、私はコマンド部隊の中の親しい隊員3人と食事をしていた。焼きたてのステーキが口の中を肉汁で潤してくれる。作戦の時支給されるレーションも美味しくなってきたが、やはり一流店のレベルにはかなわないようだ。同様に連れであるリチャードとケン・カワシマも目の前で自分と同じく顔を覆い隠せそうな程のステーキを頬張っていた。

 温厚な彼らとは以前からこうして食事を共にすることも多く、今いるのは事前に予約を済ませた有名レストランだ。窓から望める青々とした湖は、その上で浮く白いフェリーも合わさって平和な休日を更に和やかにしてくれる。今食べているステーキは特産品の高級肉を使った物で名をはせているが、この店を選んだ一番の理由はこの自然の織り成す風景であった。

 無論こうした美しい湖は工業文明の手が及ばなかった秘境であった故に遺されており、レイチェルの居る基地付近の町からはそこそこの時間をかけなくては辿りつけず、今の食と景色を吟味するひと時までにはそれ相応の対価を払うがごとくの苦難があったが。しかしそれも、目的地にたどり着いてしまえば自分の記憶のかなたに消えていく始末である。 

 

「全く硬い性格だなニンジャボーイ」

「‘義理を重んじている‘と言っていただきたいですが……後忍者はもうこの世に存在しないとあれほど言っているじゃありませんか」

「何を言っているんだ! 長いときを経てニンジャソウルが蘇えったのではなかったのか!」

「それ漫画の話ですよ」

 

 目の前の二人もこうして疲れ知らずに会話を交わしているのだから、私と同じく風流に富んだ今の状況に満足しているのだろう。最初は他の隊員も誘ったりしていたが、レイチェルはせっかちな性格の為か長距離移動ですぐイライラ仕出すし、分隊では狙撃手を務めるジンさんは何かと毒のある方で、こうしたレジャーに属すことは少なかったし、他の方々もどんどん席を外していった。それを見ていて最終的に自分だけが一人店を転々とする始末になると感じた始末である。

 しかし何故か目の前の二人だけは食事会の席に留まっていた。主催の自分でもまさか彼らが居残るとは思っていなかった。何せ分隊でもレイチェルに次いで特色の強い性格であるからだ。普通の軍人が愕然とする逆境では、不思議なことにパニックに引き込まれたりと己を失うことは無く、逆に隊員の終結するテントでは羊の群れの中に佇む狼の如く孤立していたりしている。いわば他人と一線を交えることはほとんどないのであった。

 

「エーレンさん、コイツにどうにか言ってやってくださいよ。ニンジャは絶対にこの世に存在すると……!」

「ええ、確かに私も存在を信じたいですね。クノイチというニンジャガールにも憧れますし」

「ああ副長まで! 夢を壊そうというわけではございませんが! 私の母国は空港を出たところに侍や忍者が歩いていることなんてありません!」

「まぁ、御冗談を」

「そう言って、本当は国家機密だったりするんじゃないのか?」

「断じて違います!」

 

 彼らは特色の強い者であるが、私も含めて奇妙に息が合うことがある。

 これに関しては暫く疑問に思っていたものの、何だかんだ言って理由があるようだった。それは互いに共通して『目標の道のりがどれだけ困難であっても、達成すればそれを思うがままに時間を堪能する』という考えを持ち合わせていることである。

 大体の人は仮にピクニックに行ったとしても、道中がジャングルと見間違える程障害だらけだったら、歩行突破に伴うストレスの蓄積が影響して、目的地でグッタリするもんだ。それでも私たちは訓練時代なんかは行軍の時は顔を晴れやかにして、教官からは浮足立っていると叱責を受けたもんだ。

 まあ過去はどうであれ、図らずも生まれた共通点がこうして私たちを結び合わせてくれているということだ。

 

「ほらほら、みなさん冷めないうちに食事を済ませますよ」

「ハッ 畏まりました!」

「おい、敬礼までしなくていいだろ」

 

 隣のテーブルで同様の食事をする老夫婦が珍しい物を見たかのようにこちらを振り向いたが、ケン・カワシマはそのまま戦場を前にしたかのような調子で軍人口調を保った。そして彼の横からリチャードは冗談は大概にしろと言わんばかりに天井を見上げた後、手元の大ぶりなステーキを口に運ぶ。プロレスラーを彷彿させる巨体の彼は、職種と身体が表す通りの豪快な勢いで食べ進めるため、早くも私とカワシマは胃もたれを危惧したのであった。

 

………

……

 

「はぁ……もう少し味わって食べましょうよ、リチャードさん」

「そんなあたかも俺を牛の様に言わないで下さいよ。しっかり味わいましたって」

「リチャード伍長、冗談はほどほどに」

 

 私たちはデザート苺のタルト、そして最後にエスプレッソを飲んだ後、割り勘による会計を済ませて店を出た。ドアを出た目の前にある高大な湖が涼しい風を運んでくれて、日中の外も幾らか快適にさせてくれる。ただ流石に

太陽の光は眩しく、誰を睨むわけでもないのに目を細めた。私はこれでは堪らないと、お気に入りのサングラスで日差しを和らげる。

 

「お二人は大丈夫なのですか? サングラスをかけなくても?」

 

 刺激のなくなった視界ホッとする私に対し、この光の中の中でも裸眼でいる2人に、私は思わず声をかけた。

 

「大丈夫って……逆に危険でもあるんですかい」

「確か目の色素の濃度によっては明暗の感じ方が異なるようです。黒っぽい目の私たちは問題ありませんが、副長のように青色をしていると日差しが強めに感じるらしいとか」

「ああ、そうなのですか」

 

 サングラス越しに2人の目を見てみると、確かに黒かダークブラウンといった濃い色彩をしていた。サングラスを使用する人と使用しない人がいるのは前々から察しがついていたが、まさか目の色であったとは。自分はてっきり出身地で決まると結論付けていた。

 だとしたらどの色からがサングラス無しで居られる境界線になるのやら。紫色の目のレイチェルはサングラスを使っていないがこれはどうなるのだろう。

 

「とりあえず、湖のクルージングに行きましょう。私はこれも楽しみにしていたのですから」

「確か今の時期は山々が綺麗ですと聞いていますね」

「おお、こりゃ期待できそうだ」

 

 リチャードはこの場からも見える遠くの山々を見ると眉を吊り上げた。

 普段はこの3人で出かけても食事だけを済ませて終わるし、適度に会話も楽しめるからそれで満足なのだが、今回は町歩きをすることもプランに入れることにした。何故ならレストラン近辺の地域がちょうど観光シーズンであるからだ。周囲の山々は新緑に彩られ、その背後にそびえ立つ山脈が地域特有の牧歌的な風景を更に引き立てている。これが目の前にあるのに食事だけ済ませて帰るのは幾らなんでも無粋だ。それに趣味の悪い生物兵器との戦闘で心もやつれきっている。だから慰安もかねてこうして町を歩いているのだ。

 

「町の建物はおおよそ中世の造りでしょうか……湖から望むと山と同様ロマンがありそうですね」

「おや? カワシマさんにもわかりますか? やはり建築の国の方は見る目が違いますね」

「いえいえ、単純な感想を述べたまでですよ」

 

 山奥の秘境という立地からか外からの文明はあまり入らず、今なおゲームの世界のような中世的雰囲気が町に残っていた。

 地域に連なる山脈に限らず、カワシマは建造物の方にも目を向けたのだろう。こんなレプリカで似たような外観の建物は都会にも存在したりするが、この町の建物は数百年前から佇んでいるという歴史的な価値があるとか。彼の国で言う歴史都市『キョート』と精通する面があるのだろう。それ故にマニアの方を引き付ける魅力があり、また石造りの建築物と高大な自然が織りなすメルヘンな雰囲気が一般層にも受け入れられ、こうして観光地として栄えているようだ。石のタイルで舗装された道には、今なお多くの観光で集った人の流れがある。

 と、その時、私の隣を歩いていたリチャードが、正面から歩いてきた女性と衝突した。おそらくお互いに建物を見てよそ見をしていたのだろう。ただ大柄なリチャードの体格が大柄だったために、歩いてきた女性は突き飛ばされたかのような形で地面に尻もちをついた。

 

「おっと、すまなかった」

 

 リチャードは慌てて転んだ女性に手を差し伸べた。相手側にもおそらく非はあるのだろうが、自分が勢い余って突き飛ばしたという状況を察し、あえて申し訳なさそうな調子を決め込んだ。

 

「あ……いえ、大丈夫です。それでは……」

 

 しかし女性は、口早に謝辞を告げると、何事もなかったように立ち上がりその場を後にしていった。残ったのは誰もいない地面に手を差し伸べ、渋い顔をしたリチャードだけである。

 同様に片目に広がる湖の方から冷たい風が吹き抜けて行った。

 

「伍長、フラれましたね」

「貴方の様な巨人は女の子にとっては脅威です」

「おいお前ら、何を勘違いしている」

 

 私とカワシマが場を和らげようと発したジョークに、リチャードは鬱陶しげな表情をして顔を上げた。

 

「俺は町の建築物を見ていただけだ。決してあの顔とスタイル共に美しい女性へタックルを仕掛けようという魂胆は無いからな」

「ご丁寧に先ほどの女性の方の特徴を記憶しているじゃありませんか」

「いやいやあのな、これは特殊部隊で培った対人分析の癖が出てしまってだな」

「貴官は分隊支援火器を振り回す戦闘員でしょう。いつから情報科の諜報員になったんですか」

「ぐぬぬ……」

 

 ことを深く追求しだしたカワシマに対し、リチャードは弁解の意図を示した。因みに分隊のメンバーは誰でも知っているがリチャードは女たらしである。初対面のレイチェルを口説こうとして、顔面に鉄拳を食らったのは記憶に新しいものだ。そうした恥ずかしい失態をして以来、二度と起こさまいと彼は自粛を押し進めているが、既に本能に属性が刷り込まれてしまったためか結局変わっていないのが現状だ。

 個人的には女性に優しくするという点から『紳士的』とも捉えることができるので、潰そうとするのは勿体ないと感じるが、彼が不器用ながらも無頓着を決め込む様子は見物なので他のメンバーと同様そのままにしておくようにしている。

 

「ほら二人とも、そろそろ行かないと船に乗り遅れてしまいますよ」

 

 ただやはり観光の方も捨てがたいので、今回ばかしはリチャードの漫才も途中で止めることにした。

 

「ハッ かしこまりました」

「ああ……何で逃げてしまったんだろう」

「今なんて?」

「何でもないぞ」

 

 路上で立ち止まっていた私たちは、再び船着き場の方へ足を進める。道の直ぐ脇から広がる湖には、既に何艘か船が走っているのが見えた。今回乗るのは二階建ての大きな遊覧船だ。現在出航している中でもそれと同種のタイプがクルージングをしているのが確認できる。雄大な自然に囲まれた船の姿は正にハガキにうってつけだろう。遠くで水面を走る船を見て、私は出航まで多少は時間にゆとりがあるにも関わらず、乗り遅れが心配になりチラチラと手元の時計を見た。黒いデジタルウォッチの数字は13:46を示している。14分後の出航が待ち遠しい限りだ。

 

「……まさかな」

 

 一方リチャードは町の方をチラチラと見る。きっと先ほどぶつかった女性を探しているのだろう。遠くの方角へ視線を泳がせている。そこまであの女性が気がかりだったのだろうか。

 私は時間つぶしも兼ねて、カワシマがしたように彼に口を挟むことにした。

 

「おやリチャードさん? 何をお探しで?」

 

 彼の脇腹を小突き、私は口の端を吊り上げる。

 

「ああ、この町にも防壁があるのだな……と」

 

 だが予想に反しリチャードは建造物の方を見ていたようだ。彼の視線を追ってみると、町の遥か先に石の壁が構築されているのがうっすら見えた。てっきり女性の件に関する言及を避けようとしているのかと思ったが、表情を見る限りそうでもなさそうだ。なんだか顔が強張っている。修羅場に遭遇したわけでもない限りは、女性関連でこんな顔はしないだろう。視線を向けているのが防壁とならば、私が想像していることとは全く別のことを頭に思い浮かべているのだろうか。

 

「あんな壁でこの町をモンスターから防衛できるのかよ……」

 

 どうやら近年多発しているモンスター被害について思考をめぐらしていたようだ。案外真面目なことを考えていたのか。せっかくの休みだから少しは気を抜いてもいいと思うが。

 まあモンスターと争う組織に所属する身にとってはモンスター関連は自然と頭に思い浮かべてしまうのだろう。実際モンスターが進行で村一つが壊滅したという報告が最近入ってきたもので、連合軍内ではあちらこちらで話題に上がっている。何せ連合軍発足以来、村が壊滅するなんてことは一度もなかったからだ。私だって気を抜くとついモンスターについて考えてしまう。

 するとその時、リチャードの反応を同じく見ていたカワシマが、どうと言うことは無いと言葉を続けた。

 

「大丈夫であります、自治体には防衛用にマシンガンが支給されているとか。……まあ一部の地域には行き届いていなかったらしいですが。とりあえず自分らが居る此処なら体勢は整っているはずですよ」

「ああ……そうらしいが」 

 

 リチャードが言うように村がモンスターの進行で壊滅したのは事実だ。しかしそれで軍や地方自治体が対策措置を練っていないわけではない。襲撃を受けるが故に町には防壁が築かれているし、カワシマが話すように銃器が支給されたりしているのだ。ついでに防衛ロボであるゴーレムの配備も進んでいるそうだし、現状に悲観になることは無いだろう。

 だがリチャードの表情を見上げてみると、尚も曇ったままであった。

 

「ゲリラは最近強力なモンスターを生み出すことに成功したらしいじゃないか、例の村の件もそれらが関係しているらしいし。マシンガンとゴーレム如きで町を防衛できるのか?」

「問題ないでしょう。話によればゾンビ辺りは弓矢程度でも倒せるらしいですし。大して強くないらしいようですから何とかなりますよ」

「じゃあ研究所で出てきたあのゾンビはどうやって倒す? 弓矢どころかマシンガンでも駆除するのは難しいだろ」

「アレでありますか……」

 

 リチャードはどうやら研究所の大型ゾンビが町を襲撃する事態を懸念しているようだ。

 数日前作戦でモンスター研究所に潜入した時、データになかったタイプのゾンビが出現していていた。それも頑丈なコンクリート床を突き破って現れるという何ともパワフルな力の持ち主である。通常のゾンビには無い能力だ。尤も、その大型ゾンビは味方のゲリラすらも捕食していたりと、暴走している動きも目立つから、ゲリラとしても運用はまだほど遠いと思うだろうが。現に今のところ戦闘に導入されていたという情報は無い。

 だが飛躍的なパラメーターを持っているのは事実だし、机上のプランで済まそうとはしないはずだ。今後絶対にアレと戦うときが来るだろう。それはすなわちゲリラが大型ゾンビの安定化に成功したということだ。そうなった以上、各都市のバリケードを突破することも絶対に起きるはずである。リチャードはこれを頭にめぐらしているのだ。

 確かに防衛が可能かは疑問に感じる。

 

「流石に……厳しくなってくると存じます」

「だろう? 本格的にヤバくなってきそうだぜ」

 

 カワシマもようやくリ現状を理解したようで、渋い顔をしながら受け答えをした。対するリチャードもその返答を待っていたと言わんばかりに頷きを返す。単なる他愛ない会話から生まれた懸念であるが、私としてもやはり言葉に困る問題であった。

 が、わざわざ今考えるべきことではないと思っている。そもそも今日はそれで凝り固まった思考をほぐす為にこの町に来たのだ。こんな時仕事のことを思考しては本末転倒ではないか。思わず親身に受け取ってしまったが、早くこんな暗い話題からは遠ざけなければ。

 私は2人の気分が下がらないうちに、観光のことに視点を戻すことにした。

 

「とりあえず、今日はこの辺にしてレジャーに没頭することにしましょう。いざと言うときは連合軍が駆けつけてくれますって」

「確かに……そうですね、最近の連合軍は技術発展が著しいですし。ここまで深く考えることありませんでしたね」

「十中八九モンスター退治は俺達の役目になるから他力本願していられないが、いざと言うときはホームセンターに立て籠もればいいか」

 

 話題を変えたことで案の定2人の表情はいくらか緩んだ気がした。さてこれからどんな話題に発展させればいいのだろうか。ほんの少し会話に間を開けながらも私は考える。だが先ほどまで交わしていたモンスターに関する話題が熱を帯びていたためか、時間もアッと今に過ぎていたようだ。遊覧船の船着き場も目前に迫っているし、出航時間も後8分に迫っていた。早く受け着けで三人分の乗船手続をしなければ。

 

「2人とも、走りますよ。ちょっと時間が押してきています」

 

 時計も再び確認すると私は石タイルの道を蹴った。船着き場にはおそらく乗るであろう中型の船が停泊している。そして受付のほうには、日よけ屋根の下で同乗者の行列ができていた。乗船はもう始まっているようだ。

 

「ちょちょ、エーレンさんまってくれ! 食後に動いたら脇腹痛くなるでしょうが!」

「伍長、精鋭部隊たるものこれくらい我慢するのですよ」

 

 リチャードとカワシマも慌てて私の後ろからついてくる。時間が押しているこんな時こそクアンタムスーツを着て走力を上げたいところだが、通行人と激突したらえげつないことになりそうだからやめておくべきか。そもそも時間配分を怠ったりしなければいい話なのだ。今になってことを後悔しながら、私は湖に迫り出した船着き場の受付へ駆けていく。

 

「ふぅ、何とか間に合いました」

 

 受付の行列が5人まで縮んだところで、私は最後尾に滑り込む。備え付け垂れた日よけ屋根が日差しを遮ってくれるためか、いくらか熱った身体にはいくらか涼しい場所に感じられる。

 ただ陸上選手に近い走りで列に入り込んだがためか、前に並んでいる人全員から不思議そうな顔をこちらに向けられ、何かと顔から火が出る思いをした。

 しかしそうは言ってもこの視線を解くことはできそうにないので、とりあえず私は何事も無さそうな顔を決め込みながらズレたサングラスを直す。

 そうして一息ついたところで、足音踏み鳴らしながらリチャードとカワシマが列に加わった。更に周りから好奇心に満ちた視線を感じたが、もう私は何も気にしないことにした。

 

「ああ……脇腹に激痛が走るな……」

「銃で撃たれるよりはマシでしょう」

「まあな……といってもゲリラが現れない限り銃で撃たれる選択肢はないだろうが」

 

 2人とも訓練を積んだ軍人だけあってか、多少のダッシュをしても息切れをする様は見せなかった。だが先程食事をしたことが仇となったか腹痛を訴えてはいた。まあそれで乗船に間に合ったのだからこれくらい我慢の範囲内と思えばいいか。

 そんなことをしているうちに、乗船手続の番は私たちに回ってきていた。

 

「おーい、あんたらも船に乗るんだろ?」

「ああ、ちょっとまってください」

 

 自分達より前に並んでいた5人はとっくに手続きは済まし、受付に残っていたのは私たちだけであった。カウンターの方から恰幅のいい男がまだかと呼びかけている。

 不味いと思った私は慌てて肩から下げたカバンを漁ると、ネットで購入したチケット3枚を取り出す。

 

「これでお願いします」

「あいよ、よい船旅を」

 

 カウンターに差し出したチケットに手続を済ませた証として判子が押された。受付人の男性は人懐っこい笑みを浮かべると、早く行けと言わんばかりに遊覧船を指さした。

 

「それじゃあ、2人とも行きますよ」

「うへぇ……これで休める」

「待たせているようですから早く行きますよ」

 

 私は食後で脇腹を痛ませた2人と共に、受付から続く桟橋に足を進めた。辺りから木製の踏み板が軋む音が響く。そして肌に当たるのは湖の涼しげな風。磯や潮の香りはないものの、町一つ飲み込む様な大きさが些かか‘海‘を彷彿させるものであった。時間に余裕を持っていれば、船に実際に乗るまでこの空気に当たって景色を楽しみたいところである。今の様に船を待たせて居なければ、だが。

 と、その時桟橋が揺らいだような気がした。靴底を通してを足を置く木製の敷板が震える様なような感覚が伝わってくる。一体何が起きたのだろう。湖から押し寄せる水流が桟橋を揺らしたか、それともその水流で目の前の遊覧船が押され、勢い余って桟橋にぶつかったのだろうか。どちらにしろ原因は判然としないものである。

 

「2人とも、なんか揺れを感じませんでしたか?」

 

 私は乗船を急ぎながらも、桟橋の狭さゆえに後ろに着いたリチャードとカワシマへ声をかけた。

 

「地震でありましょうか?」

「いや、この地域じゃ地震は起らないだろう」

 

 どうやら2人もこの揺れを感じていたようだ。まあリチャードが言う通り地震の線は薄いから、私が考えた通り船か水流が桟橋を揺らしていたのだろう。無駄なところでまた時間をとってしまったと思いながら私達は桟橋を駆けた。

 

「きゃっ」

 

 だが再び桟橋は揺れ出した。先程より揺れは強くまるで辺り一帯を金槌で叩いたようだ。まさかこれもこの場にある物が引き起こしているのだろうか。しかしその揺れは尋常じゃないように感じられる。

 

「な、なんだなんだ!?」

 

 後ろの方からリチャードとカワシマ以外の声が響いてきた。ふと私は反射的に振り返ると、受付の男がカウンターから飛び出して辺りを見回している。この揺れを察知した人間が私たち以外にもいるとすれば、単純な勘違いではないのだろうか。リチャードとカワシマも何が起こっているのだとしきりに辺りを見回し始めた。その反応は陸だけに限らず、遊覧船の方でも、窓やバルコニーから身体をはみ出させて辺りを望んでいる者が居た。辺りは半ば混乱状態に陥っている。

 そしてその場に居た誰もが目を張らせているところで、異変は起きた。

 

「爆発だ!」

 

 船の高い展望台から張り裂けんばかりの声が聞こえてきた。それと同時、自分たちの立つ桟橋は崩れん度ばかりに激しく揺れる。先程まで感じ取った以上の揺れである。これの原因はおそらく船から聞こえてきた『爆発』によるものだろう。私たちにはあまりにも聞き慣れたそのワード。だが何故この町でそれを聞くことになるのだろうか。

 しかし次の瞬間、こちらに考える時間すら与えないかのように弾けた音が船着き場一帯に轟いた。船の方から恐怖を湧き起こしたような叫び声も爆音に混じって響いた。だがその元へ振り返る暇もない。本業で培った癖で私はとっさに地面――もとい桟橋の踏み板に伏せた。目の端に自分と同じくうつ伏せになったリチャードとカワシマの姿が映った。自分が声をかけるまでもない。

 が、その確認も束の間第二波と言わんばかりに桟橋は揺れ、鼓膜を貫くような爆音が飛び込んできた。どうにか防ごうにも自分達のいる木の桟橋は魚の骨と言っていいほど頼りない。

 そもそも何がどうなってこんな爆発が起きたのだ。爆音は町の方から火事にともなうガス爆発かそれともゲリラのテロリズムか。顔を上げない限り確認できそうにない。だが万が一爆発の勢いで物が飛び交っていたら、そしてそれがこちらに飛んできていたら、私は上げた頭を負傷してしまう。

 しかし今は状況把握に急を要している。それに今は爆発は止んでいるようだ。揺れがこちらに響いてこない。確認するなら今しかないだろう。

 私は意を消して自らが伏せる踏み板から顔を上げることにした。訓練でやるように、作戦でやるように、ほんの1秒だけ顔を上げて瞬間的に状況を確認する。リスクは大きいが今はやるしかない。

 私は深呼吸すると、頭をほんの少し、爆音の聞こえてきた町の方へ上げた。人が瞬きをするまでのわずかな時間だけ、古めかしい街並みに目を向ける。

 

――そして私は現実を疑った。

 

 何事もなく私は踏み板に顔を付けたが、ほんの一瞬の時で望んだ光景に私は愕然とした。連合軍の特殊部隊員でもあるはずなのに顔からは血が抜けるような感覚が襲い、身体はガクガクと震え始めた。

 

「副隊長! 現状況からどう行動しますか!」

 

 自分と同じように伏せていたカワシマが、伏せた身体をずらして私の方に顔を向けた。自分に指示を仰ぐ口調は、この日が休暇であることを感じさせない、切羽詰まった様子を感じさせる。リチャードも静かに彼の後ろで耳を傾けているが、おそらく自分とどうよう緊張感に身体を硬直させているはずだ。

 そんな彼らに今私がおののいた様子を見せていいものか。いや不味いだろう。

 踏み板に伏せた私は、頬を汚しながら自分の身が置かれた状況を改めて察し始めた。とりあえず現在私たちは何かしらのテロリズムに巻き込まれている。休暇でゆっくりできる訳がない。つまりは‘戦闘中‘といってもいいものだ。なんという皮肉だろうか、慰安のためにまさか戦地に出るとは。

 私は何とか落ち着こうと、店でレストランで見せたように満面の笑みを浮かべようとした。しかし私は戦闘狂なレイチェルではない。即興で浮かべた表情は、崩れた絵画のように引きつったものだっただろう。

 はた目から見て様子は情緒は不安定。頭の片隅でそれを察しながらも私は2人に告げる。

 

「現在町は各所で火災が発生。被害者はおそらく続出。建物も倒壊しています」

 

 私は一瞬だけ顔を上げた時、船着き場の受付を通してはっきりとその光景を焼き付けていた。淡々と抑揚をつけることも無く。

 だが私がこうも感情を無くしたのは町が焼けていることからではない。もっと‘別のもの‘が視界に入っていた。2人の部下を前にして、私は冷静さを繕って言葉を続ける。

 

「町上空に‘ガスト‘が居ます、それも20を超える程の多数」

 

 私たちのいる観光名所は、何の前触れもなくガストの急襲を受けていた。私はあの時確かにガストが空を漂っている姿を確認した。2体3体でもない、その倍の数が点在するのを。

 突発的に事態は起き、建物は焼け焦げ、空に漂うのは異界の魔物。

 それは正に、連合軍内で噂になっている‘例の村の壊滅‘の当時を彷彿させるものであった。




おまけ キャラクター紹介

レイチェル
・性別 女 ・種族 リトルメイド(自称) 
・年齢 聞くな ・身長 165㎝ 
・好物 甘い物
・特技 戦うこと。後は雑事全般。
〔一言〕
 女だからと言って甘く見るな。連合軍に居る時の口癖はコレだ。いかんせん男どもは女を前にすると自分を強く見せようとばかりしやがる。頼ろうとする気もないのに。
 ついでにメイドという給仕の仕事をした時はなんだ……あのネコという小型哺乳類の耳を模した装飾品を付けたりオムライスに絵をかいたり。そこそこ昔もああいう給仕はやったりしたが、ここまではちゃけたことはしなかったぞ。む?その仕事はアキバという町でやったが何か問題なのか?

………
……


以上になります
因みに劇中で『大型ゾンビ』だとか『筋肉ゾンビ』とか言われているのはミュータントクリーチャーMODのミュータントゾンビだと思ってくださいな。(今更ですが)
 『頑丈なコンクリート床を突き破る』なんてクリーパーみたいことを本小説ではさせていますが、本家の方ではそのような能力は持っていないのでご安心を(代わりにコンボ攻撃を仕掛けてきたりします)
 ‘ゲリラ‘という組織はゲリラVSコマンドのMOBをイメージして登場させていますが……本家ではガストで急襲を仕掛けてきたりはしないのでご安心を(ヘリコプターで急襲したりはしますが)

PS F3キーは誤字を探すのに役立つ

 とりあえず、ご意見ご感想お待ちしております。


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