本栖高校吹奏楽サークル (小林司)
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アニメ一期
 『トランペットの人』



※響け!ユーフォニアムとゆるキャン△では、時間軸に差がありますが、今作では、ゆるキャン△側に合わせます。

また、作中では学年が明言されていませんが、2017年時点で、リンは高校一年生、滝野は高校二年生ということにします。




 

11月最初の木曜日。明日から三連休だ。

 

今日の部活は休みなので、放課後はすぐに帰り支度をする。

 

駐輪場には、まだかなりの数の自転車が止まっている。まあ、放課後すぐだし当たり前だ。

 

その中から俺は自分のバイクを見付け出し、鍵を外す。

 

チェーンロックを駐輪場の柱に回しているのだが、みんな同じことを考えるから、何台かあるバイクから延びるチェーンから、自分のを探すのが少しだけ面倒だ。下の方になってると、他のチェーンの重さが加わり外すのも大変。

 

だからって無施錠で盗まれたら洒落(しゃれ)にならん。

 

ヘルメットを被り、グローブをはめる。

 

「さて。帰ろうか」

 

\マッテタヨ/

 

スタンドを上げ、ゆっくり押して行く。

 

校門を出るまで乗車禁止だからだ。

 

「あ、ビーノだ」

 

「ビーノ?」

 

ふと、声が聞こえその方向を振り向くと、昇降口から出てきたばかりらしい、女の子二人が立っていた。

 

黒い短髪と、青いお団子頭。あの髪の結い方、なんてったっけ。シニア……は、年寄りだ。シニヨンだっけか? 忘れた。

 

二人とも図書室でよく見掛ける。時々しか行かないのに、行くと必ず居るから、どっちかが図書委員なんだろう。

 

そんなことを考えていると、目が合ったので会釈。

 

すると、黒髪の子が駆け寄ってきた。

 

「そのバイク、滝野(たきの)先輩のなんですね」

 

誰? 俺の名前を知ってる。

 

まあ、それは仕方ないか。

 

斉藤(さいとう)。滝野先輩ってことは、トランペットの人だよな?」

 

お団子の子が黒髪の子にそう問い掛ける。

 

黒髪の子は斉藤さんというらしい。

 

「うん。トランペットの人こと滝野 純一(じゅんいち)先輩だよ。……ですよね、先輩」

 

「ああ、その通り」

 

これなら俺は自己紹介不要だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は物心ついた頃からトランペットを吹いてきた。

 

訳あって中学では吹奏楽部に入っていないが、高校に進学後は吹奏楽部を選んだ。

 

しかし、高校に入学してすぐに、家事都合でここ本栖(もとす)高校へ転校。

 

この学校には吹奏楽部がなく、自ら部を立ち上げた。

 

そうは言っても、設立時点で部員は俺一人。正式な部として認められず、『吹奏楽サークル』という形になっている。

 

今年に入り、新入生が一人増えたものの、まだ足りない。

 

そんなわけだから、部費も出ず、顧問も居らず、正式な部室も貰えず。毎日ずっと一人音楽室や校庭・中庭でトランペットを吹いていたら、いつの間にか『トランペットの人』という風に呼ばれていた。

 

この斉藤さんは1年生だから、後輩にも浸透しているらしい。まあ、もう11月だし当たり前か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ。私、斉藤 恵那(えな)といいます。何度か図書室で見掛けましたよね?」

 

確かに。

 

俺もこの二人の顔は知ってる。接点は図書室。

 

「で、こっちのちっこいのが、しまりん」

 

「シーマリン?」

 

海? 『シー』も『マリン』も海を表すよな。海の子?

 

「ゆるキャラっぽく呼ぶな。それと、海じゃないですよ。ここ、海無し県(山梨県)ですし」

 

確かに。山梨県は海がない。

 

しかし、海はなくても富士山があるっ! ……ここからは見えんが。

 

「改めまして。志摩 リン(しまりん)です。図書委員です」

 

志摩さん。この子が図書委員か。

 

「志摩さんに斉藤さんか。二人とも時々図書室で見掛けてるよ。今更ながら、俺は滝野 純一。よろしく」

 

「「よろしくお願いします」」

 

お、二人の声が重なった。

 

しかし、なんだか小学生みたいな挨拶だな……。

 

 

 

「ところで。俺に何か用だった?」

 

「用というほどのものでは無いです。リンが今度バイクを買うので、色々話が聞けたらなー、って」

 

なるほど。

 

「先輩のバイク、見ても良いですか」

 

「構わないよ」

 

手で支えてるのも疲れたので、スタンドを下ろす。

 

斉藤さんが見易いように、少し離れる。

 

\マダカエラナイノ?/

 

まあ待て。

 

「へぇ~。ヤマハですね」

 

斉藤さんがバイクの周りを眺めながら回り、志摩さんは少し離れたところから見ている。

 

 

 

ヤマハ・ビーノ125。

 

台湾で製造され、日本では平行輸入車として販売されていた。

 

……というのは、調べたから分かっている。

 

俺としては、今のところ『通学手段』というだけで、あまり詳しくない。

 

このバイクが無ければ学校に通えないのだ。

 

「ビーノって言ったよね。リンが乗ろうとしてるのと同じじゃない?」

 

「うん、ビーノだよ。でもこれ……」

 

そう言いながら、志摩さんはビーノに近づき、ナンバープレートを眺める。

 

「桃色ってことは、原付二種ですよね?」

 

そこが気になったか。

 

「ああ。125CCだよ。80出しても余裕あるな。まあ、そんなに出したら死にそうで怖い。色々な意味で」

 

こう言ったら二人とも首を傾げ、顔を見合わせた。

 

まあいい。志摩さんはじきに分かるだろう。

 

「リン、まだバイク乗ったこと無いんでしょ? 折角だし、初めて乗る日に、一緒に走ってもらったら?」

 

そういう話に来たのか。

 

確かに、初めて乗る日に普段乗っている人が同行するのは心強いだろう。

 

「いやいや、いきなり迷惑だろ。初対面の先輩にそんなことを頼んだら」

 

「私は心配なんだよ。本栖湖(もとすこ)に自転車で行くリンが、バイクなんて手に入れたら、絶対遠出するでしょ? 『いざ、琵琶湖(びわこ)へ!』とか言ってさ」

 

琵琶湖か。懐かしいな……。ここからだととんでもない距離だけど。

 

って、本栖湖! あの峠道を自転車で?

 

一昨日も走ったけど、あの道を自転車でか……。

 

「そんな遠いとこ行けるわけ無いだろ」

 

今、すかさず突っ込んだけど、説得力無い気がする。

 

「せいぜい諏訪湖(すわこ)辺りだ……」

 

ほれ。こっからだと諏訪湖だってじゅうぶん遠い。

 

まあ、なんというか。可愛いなこの二人。

 

「俺で良ければ……。本栖湖ならよく行くし。それに俺、山梨来てまだ一年半位だから、色々見てみたい、ってのもあるからね」

 

「良いって。良かったね。よろしくお願いします」

 

「いや、勝手に話進めるなよ。私はなにも言ってない」

 

確かに。今のは斉藤さんだった。バイク乗るの、志摩さんだよな?

 

しかしこの二人、まるで母娘(おやこ)みたいだ。

 

「本当に良いんですか? 先輩、家遠いんですよね?」

 

志摩さんが、またバイクのナンバープレートを見ながら言う。

 

市川三郷(いちかわみさと)町』確かにここからだと遠い。

 

「志摩さん、家どの辺なの?」

 

しまった! 話の流れとはいえ、いきなりこんなこと聞いたら不審に思われるだろ。

 

「古関の方です。ここから本栖みちをのぼって行ったところです」

 

と思ったが、不審に思われることもなく、すぐに教えてくれた。

 

なるほど。

 

あの辺なら土地勘がある。

 

ここからだと、徒歩で一時間半ぐらいの距離だ。まだバイクに乗っていないらしいから、普段は自転車通学かな?

 

「なら良いよ。俺にしてみれば学校に来るより近いから」

 

そう答えると、二人とも笑顔になる。ぱあっと花が咲いたように。

 

ユリの花? いや、決してそちらの意味ではなく。

 

「じゃあ、連絡先交換しましょう! ほら、リンも」

 

「お、おお」

 

あまりの急な展開に、若干引き気味の志摩さん。

 

いきなり連絡先の交換ときた。

 

「先輩もスマホ出してください。ラインで良いですよね?」

 

俺がスマホを出すなり、それを取り上げた斉藤さんが、慣れた手つきで操作してゆく。

 

あっという間に二人の連絡先が追加された。俺が操作してたら倍の時間掛かっただろう……。

 

「ありがとうございます。何かあったら連絡しますね。それじゃあ、私は帰りますっ!」

 

そう言うなり、駆け足で校門へと向かって行く。

 

それを志摩さんと見送った。

 

って、志摩さん?

 

「あれ。一緒に帰るんじゃなかったの?」

 

俺の横に立ったままの志摩さんに尋ねる。

 

「別にそういう訳じゃなかったんですけど。まあ、なんと言うか、自由な奴ですよね」

 

確かに。

 

「あいつ、時々私の髪で遊ぶんですよ。頭の上って自分じゃ見えませんよね? だから、鏡見たらビックリです」

 

お団子にしてるぐらいだから、下ろせば腰ぐらいまであるだろう。それだけ長ければ、いろいろ(いじ)れるな。

 

当の本人はショートだけど。

 

「あはは……。仲良いんだね」

 

吉川(よしかわ)香織(かおり)先輩みたいだ。

 

まあ、あっちの場合は先輩後輩だから多少は遠慮している部分がある。

 

しかし、この二人はそれが無さそうだ。羨ましい……。

 

「えっと。斉藤が勝手に決めましたけど……。先輩、私もうすぐ免許取る予定なので、もしかしたら相談するかもしれないので、その時はよろしくお願いします」

 

「ああ。いつでも連絡して」

 

「ありがとうございます。あ、でも先輩部活が……」

 

「気にしなくて良いよ。俺含め二人しかいないサークルだし、練習なら極端な話山の中でだって出来るから」

 

そうだ。

 

通学で通る道は殆どが山の中。一部、携帯が圏外になる場所さえある。

 

人家から離れていれば、周りを気にすること無く、好きに吹ける。

 

「ありがとうございます。じゃあ、その時になったら連絡しますね」

 

「了解。じゃあ俺はこれで」

 

スタンドを上げ、押しながら歩き出す。

 

校門を出たところで、エンジン始動。

 

\マッタヨ~/

 

そうか。ごめん。

 

シートに腰掛け、スロットルを捻る。

 

とはいえ、学校の前は下り坂だから、暫くは惰性走行だ。

 

さて。明日は祝日の金曜日。学校は休みだが朝から部活の予定。

 

今日は帰ってゆっくり休もう……。

 

 





所々、バイク(ビーノ)が喋っているような記述がありますが、作中で松ぼっくりが喋っているのと同じです。



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 本栖湖で寝ている女の子


原作中に登場する実在の施設は、作中で異なる名称に変更されている場合でも、今作では実在の名称で登場しています(※一部を除く)。



 

土曜日。部活を終え、昼過ぎに帰宅。

 

二日とも午前中だけとはいえ、さすがに休日の部活が続くと疲れる……。

 

純一(じゅんいち)帰ったのか?」

 

「どうしたの? 父さん」

 

玄関を潜るなり、父に声掛けられた。

 

「ちょっと頼まれてくれないか?」

 

「何を?」

 

帰宅早々また出掛けるのだろか。俺は良いがビーノに文句言われそう。

 

「今日来ているお客さんの一人が、本栖湖(もとすこ)のキャンプ場に忘れ物をしたらしいんだ。もう呑んでしまった(酔っている)から自分じゃ取りに行けないらしい」

 

呑んだ? こんな時間から? まあ、せっかくの休日でいらしたんだろう。彼是言うのは失礼だ。

 

なんといっても、ここはキャンプ場……。

 

「了解。これ、部屋に閉まっといて」

 

左手に持っていたトランペットケースを渡す。忘れ物を取りに行くんだから、荷物は軽い方が良い。

 

「で、なに忘れたって?」

 

 

 

 

車庫にしまったばかりのビーノを引っ張り出す。

 

ヘルメットを被り、エンジンを始動。

 

\マダハシルノ?/

 

やっぱり、文句いってるよ……。

 

 

 

学校へ向かうのと同じ道を走る。

 

途中で別の道へ逸れる。本栖湖へは古関を通った方が早い。

 

そして国道300号線の、通称甲州いろは坂と呼ばれる区間へ。

 

ここはひたすら登りのヘアピンカーブが続く。

 

今にも崩れそうな崖や、明かりの無い短いトンネル等が続く。

 

そして、最後に中之倉トンネル。これを抜けると本栖湖だ。

 

トンネルを出る。

 

眼前には本栖湖。そして、湖の向こうには富士山が……。雲の傘を被っていた。

 

まあ、仕方ない。富士山を見に来たわけではないし、こればかりは天気次第だから。

 

勿論、見えたら嬉しいけどさ。

 

 

 

家から走ること約一時間。

 

本栖湖浩庵キャンプ場に到着。

 

「こんにちは。木明荘の滝野(たきの)です」

 

ビーノを止め、受付に顔を出す。

 

「ああ。お待ちしていましたよ」

 

すぐに管理人が出てきた。確か、宮田(みやだ)さんだっけ?

 

松川(まつかわ)様の忘れ物を取りに来ました」

 

「はい。こちらです」

 

箱を差し出される。

 

中には焚き火グリルが入っている。これが件の品物か……。

 

「はい。確かに預かりました」

 

「お願いしますね。あ、御父様にもよろしくお伝えください」

 

「分かりました。では」

 

手を上げて応え、外へ出る。

 

外は寒い。確か、道路脇の温度計は7℃を示していた。

 

「早く帰ろう……」

 

箱をリアのボックスに入れ、シートに座る。

 

やっぱり寒い……。

 

受付の建物の横には、自動販売機。

 

これから陽が傾いてくると、どんどん気温が下がる。

 

財布を取り出し、開く。小銭が数枚。

 

自販機の前に立ち、売られている商品を眺める。暖かいお茶・コーヒー・紅茶……。

 

いや、ここは我慢しよう。寒くなる前に早く帰宅すれば良いだけ。

 

再びシートに座り、ヘルメットを被る。

 

エンジン始動。スロットルを捻り、発進……。

 

 

 

ん?

 

「なんだ、あれ?」

 

少し走ったところにあるトイレの脇。路上に何かが落ちている。

 

…………人だ!

 

事件か事故か! と、慌てたものの、側に寄ってみたら大きなイビキをかいている。

 

一先ず、どちらでもないらしい。単に寝ているだけだろう。

 

しかし、こんなところで寝ていたら確実に風邪ひくぞ。今の気温一桁だし。

 

「おい。起きろ!」

 

肩を揺すってみる。あまり変なところを触ったら、目を覚ましたときに言い訳が出来ないので注意しつつ。

 

中学生……いや、高校生だろうか?

 

桃色ロングヘアーの女の子だ。

 

「風邪引くぞ。起きろって!」

 

強めに揺さぶるも、全く起きる気配がない。

 

頬を叩いてみる。あ、結構柔らかいみたい。

 

「起きろよ!」

 

まさか死んで……いや。イビキかいてるってことは生きてるよな。

 

「…………むにゃむにゃ」

 

駄目だ。全く起きない。

 

しかし柔らかい頬だ。これ、引っ張ってみたらどうなるんだろう?

 

いやいやいや。そんなことをしている場合じゃない。あまり遅くなると更に寒くなる。だから早く帰ろうと決めたんだ。

 

だから、起きるまで待つわけにもいかない。こうなりゃ仕方ない……。

 

バイクからブランケットを取り出し、掛けてあげる。

 

誰かは知らないが、こんなところで寝て風邪ひかれたら後味悪い。

 

さて。今度こそ帰ろう。

 

 

 

 

この後、本栖湖では一騒動起きるわけだが、その事を俺は知る(よし)もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらく走っていると、スマホにラインの通知が来た。

 

ちょうど道の駅が見えているので、そこにビーノを入れ、駐車してから確認。

 

あ、斉藤(さいとう)さんからだ。どれどれ。

 

 

 

斉藤:先輩、今なにしてますか?

 

滝野:本栖湖の帰り。道の駅に停まったところ

 

斉藤:本当ですか! リン、今日本栖湖でキャンプしてるんですよ

 

 

 

マジか。入れ違っていたのか……。

 

と、いうことなら。

 

 

 

滝野:そういえば、トイレの脇で変なの見付けたよ

 

斉藤:変なの ですか?

 

滝野:大イビキかいて寝てる女の子

 

斉藤:えー。先輩、襲ったんですか?

 

滝野:まさか。起こしても全然起きないから、ブランケット掛けておいた

 

斉藤:優しいんですね

 

斉藤:リンにそれとなく言っておきますね。滝野先輩に襲われた女の子を保護してって

 

滝野:だから襲ってない

 

斉藤:冗談ですよ。では

 

 

 

からかわれた……。

 

しかし、女の子ってこういうところがマメだよな。ラインの返事も早いし。

 

……吉川(よしかわ)もそうか。

 

 

 

さて、トイレも済ませたし、今度こそ帰ろう。

 

元々トイレに寄りたかったから、遠回りをしているので、まだ半分も来ていない。

 

もう暗くなってきたし、急ごう。但し、慌てず急ぐ。安全運転で。

 

 

 

 

 

 

 

 

\ツカレタゾ/

 

ようやく帰ってこれた。

 

この辺夜になると街灯無くて真っ暗だから、飛ばせないんだよな。

 

だから、日没後はいつも普段以上に時間が掛かってしまう。

 

「ただいま」

 

玄関を潜る。

 

「父さん、帰ったよ」

 

「おお。ありがとう」

 

声を掛けると外から入ってきた。作業中だったらしい。

 

「はい。これね。よろしくお伝えくださいって」

 

「了解。じゃあ、今から渡してくる」

 

「牛のお化けに間違われないようになー」

 

「分かってる」

 

まあ、まだ時間じゃないけどさ。

 

 

 

ここ四尾連湖(しびれこ)には、丑三つ時になると、昔武士に倒された牛鬼の亡霊が湖面に現れる……。

 

という言い伝えが、有るとか、無いとか。

 

実際、ここに越してきて一年経つけど、目撃情報は未だ一件もない。大丈夫だろう……。

 

 

 

さてと。

 

明日は部活休みだし、久しぶりに一日ゆっくりしよう……。

 

 

 

 



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 「同じ学校だったんだ!」

 

土曜日にあんな出来事があったけど、普通に月曜日は学校がある。

 

金曜日と土曜日は部活に来たから、二日振りの学校だ。たった二日じゃあ何も変わっていない。

 

ちらっと噂話で、一年生のクラスに転校生が来たって聞いたけど、俺たち二年生には関係ない話だ。

 

俺もそうだったが、転校生は最初の数日間、注目の的となる。それは宿命といえる。その間が大変だ。

 

興味本意で偵察に行った人もいるらしいが、転校生の大変さを知る俺は、誘われても断った。普段通り過ごすだけ。

 

 

 

普通に授業があり、当たり前のように放課後が訪れる。

 

朝、職員室で大町(おおまち)先生の長話に付き合わされたのは想定外だけど、それ以外はごくごく普通の一日だった。

 

いや、まだ終わっていない。油断は禁物……。

 

「失礼します……」

 

放課後、職員室へ。

 

部活のためだ。確か、今日は音楽室が使える日。だから、鍵を借りるために来た。

 

滝野(たきの)~」

 

入るなり、名前を呼ばれた。えっと、誰だ?

 

「大町先生、どうされました?」

 

俺を呼んだのは大町先生だった。

 

「音楽室の鍵だろ? さっき可児(かに)が持ってったよ」

 

「本当ですか? ありがとうございます」

 

先に行ったらしい。なら、もうこの部屋に用はない。

 

「失礼しました」

 

職員室を出る。

 

 

 

音楽室へ向けて階段を上って行くと、楽器の音色が聞こえてきた。

 

練習熱心だな。

 

音楽室に着き、扉を開くと音が止まる。

 

「あ、滝野先輩。お疲れ様です」

 

「お疲れ。可児は早いな」

 

可児 ミク。一つ下の後輩。だから、斉藤(さいとう)さんや志摩(しま)さんと同じ学年だ。

 

この吹奏楽サークルの部員。楽器はユーフォ*1

 

「まだ来て10分位ですよ」

 

「と言っても、一昨日もその前も同じくらい早かったじゃないか。練習熱心なのは良いことだぞ」

 

俺が練習開始時刻に合わせているので、俺より早いということは、つまりそういうことだ。

 

「ありがとうございます!」

 

再び楽器の音色が流れ出す。

 

褒めれば素直に喜んでくれる。チョロい、と言えばそれまでだけど、褒め甲斐がある。

 

 

 

「ところで先輩」

 

俺も練習を始めよう、と思い楽器をケースから取り出したところで、可児から声が掛かった。

 

「なんだ?」

 

「今朝、テレビで天気予報を見たらですね」

 

天気予報か。

 

俺の場合、通学距離が長い分朝も早く、朝テレビを見る余裕はない。

 

前日の夜に見て、翌日の天気を確認している。雨予報なら、レインコートが必要だから。

 

「明日の昼から雨になってるんです」

 

「えっ? 明後日の夜って聞いてたのに?」

 

「早まったみたいですよ」

 

こういう事はよくある。天気はすぐ変わるからな。

 

「つまり、晴れなのは今日だけです」

 

火曜日から金曜日まで雨予報……。

 

「そうか」

 

「だから先輩。ね? チャンスですよ」

 

「分かった。分かったから、言いたいことを言いなさい」

 

「言わなくても分かってるでしょう?」

 

ごもっとも。

 

今、彼女が言いたいことは、『外を走ろう』だ。

 

吹奏楽は、肺活量が全て。そう言っても過言ではない(打楽器を除く)。

 

「なら、さっさと着替えて外行くぞ……って、下穿いてたのかよ」

 

あまりジロジロ見ると失礼だと思って下を見ていなかったけれど、スカートから覗いている足は赤色の体操着だった。

 

 

 

体操着に着替え、楽器持参でグランドに出る。

 

「さてと。軽く準備体操したら走るぞ」

 

「先輩。あれ、何ですかね?」

 

あれとは?

 

可児の視線の先では、制服を着た女の子三人が、何か話ながら端の方からグランドを見渡している。……ように見える。

 

体操服に着替えていないということは、部活中の運動部ではないな。

 

ん……? あのピンク……まさか……。

 

三人の内の一人、ピンク色の髪の人に、何となく見覚えがある。

 

走っていってそれとなく確認するか。そのためにも、先に可児を走らせよう。

 

「何だろうな? さ、走るぞ」

 

「はい。明日の体育持久走なので、グランド10周してきます」

 

えっ? 待て待て。

 

「おいこら! ダッシュして楽器吹くんじゃないんか!」

 

「後で良いですよねー?」

 

全く。勝手な奴だ。

 

えっと。お、走っていく必要ない。こっちの方に歩いてきていた。

 

って、やっぱりだ!

 

一昨日本栖湖(もとすこ)にいた女の子じゃないか!

 

この学校の生徒だったのか。

 

世の中狭い。何処で誰に見られているか分からないから、悪いことできないねぇ。いや、別に悪いことしないけどさ?

 

 

ん? もしかすると、噂になっている転校生って、彼女か?

 

 

 

 

しばらくすると、三人組はどこかへ消えていた。

 

ピンクの髪の子が何となく落胆した感じだったが、何しに来たんだろう?

 

……そういえば、両隣にいた二人って、確か野外活動サークルの人じゃないか。

 

大町先生から『お前同様、サークル立ち上げた奴がいてね』って聞いてたから、少し気にしていたのだが。

 

あの二人、昨日は焚き火をしていたって、朝大町先生が言ってたな……。

 

グランドの落ち葉を集めて燃やしたらしいから、今はグランドが綺麗だ。

 

落胆していたのは、それが関係しているのかもしれない。

 

「先輩~! 先輩も走りましょうよ!」

 

「分かった。今行くから!」

 

可児が呼んでいる。今日はひたすら走るか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、水分補給してますか?」

 

可児に声掛けられ立ち止まる。

 

そういえば、水分取ってない。

 

「冬だからって油断してると熱中症で倒れますよ~!」

 

そう言う可児は、楽器の横に置いてあった水筒で、なにかを飲んでいる。

 

……元々そのつもりだったのか。全く。

 

「分かった。お前はそれ飲んだら走ってろよ」

 

そう言い、俺は校舎へ歩き出す。

 

「先輩何処行くんですか?」

 

「水分補給」

 

あいにく、水筒は音楽室の鞄の中だ。

 

そこまで行くのは遠いから、中庭にあるウォータークーラーへ向かう。

 

 

 

「何だ? あれ」

 

中庭まで来ると、テントが張られていた。

 

テント、と言っても、学校の備品であるパイプテント(屋根)ではなく、キャンプ用のテントだ。

 

その横には、体操着に着替えたさっきの三人と、斉藤さんが立っている。

 

「斉藤さんありがとなー。助かったわ」

 

「どういたしまして」

 

何かあったらしい。

 

まあ、関わると面倒かもしれないし、さっさと水分補給を……。

 

「でも、あんな事よー知っとったね? テント持っとるの?」

 

「あ、違う違う。あそこの子に聞いたのよ」

 

冷たい水は旨い。今なら運動部の奴らの気持ちが分かる。

 

まあ、そもそも吹奏楽部を文化部に括るのは間違ってる気がするし……、

 

「あーっ!」

 

なんだいきなり?

 

大きな声に驚き、その方を見ると、叫んだのはピンクの髪の子だった。

 

「おお! しまりんじゃん!」

 

しまりん? 志摩さんの事か。

 

「志摩は名字、名前はリンだよ」

 

「リンちゃん!」

 

そう言い、ピンクの子が走り出す。

 

「同じ学校だったんだ!」

 

うん。俺も同じこと思った。

 

って、何処に向かって走ってるの?

 

「こないだはありが……!」

 

言い終える前に、窓ガラスに激突。ゆっくり崩れ落ちる。

 

窓の向こう側は……図書室か。

 

カウンターに志摩さんの姿がある。なるほどね。

 

 

 

 

 

「あ、先輩遅かったです! 何処で油売ってたんですか?」

 

グランドへ戻ると、可児が非難の声を上げる。

 

「売るもん持ってねぇよ。それよりお前、走るのはどうした?」

 

可児は楽器を持って立っている。

 

「走るの飽きたんで」

 

そう言って吹き始める。

 

♪~

 

新世界より か。なら俺も。

 

楽器を手に取り、構え、吹く。

 

♪~

 

 

 

 

 

 

可児が吹く新世界より に追い掛ける形で吹いた。

 

「先輩、いつ聞いても演奏上手いですよね」

 

「そういうお前だって。残念ながら、ここには比べる相手がいないけど、俺の知るユーフォ奏者の中では、二番目に上手い」

 

一番目は、言うまでもなくあすか先輩だが。

 

まあ、名前を出したところで可児は知らないだろう。

 

「えっ? 誰ですか?」

 

「言ったところで知らんだろ。京都に居たときの先輩だよ。桁外れ、というか、(ずる)いぐらいに上手い。もし、勝負を挑んだとしても、演奏聞いたら尻尾巻いて逃げ出すだろう……」

 

「なんですかそれ。教えてくださいって」

 

背が高くて、美人で、メガネが特徴的で……。

 

なんか、複雑な事情を抱えているような雰囲気があったけど、元気にしてるだろうか。

 

「ところで、先輩」

 

聞いても無駄だと思ったのだろう。話を変えるようだ。

 

「先輩この曲ご存じなんですね」

 

「そりゃあ、有名だからな。むしろ、知ってて当然」

 

そう答えると、可児は首を傾げる。

 

「そうですか? 『遠き山に日は落ちて』って曲ですよ」

 

は?

 

「いやいやいや。『新世界より』だろ? ドヴォルザークの。アメリカに渡った彼が、故郷へのメッセージとして作ったとか」

 

「ドボルザーク? 誰ですか?」

 

あれ。可児と話が噛み合わない。

 

「まあ、良いです。後でググりますから……。さてと、また走りましょうか」

 

「はあ……。オッケー」

 

手にしていた楽器を置き、再び校庭を走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

後で調べた可児(いわ)く、

ドヴォルザーク作曲の『新世界より』の第二楽章ラルゴを基に、弟子が作った曲に『家路』という曲があり、それに様々な日本語の詩が付けられていて、その一つが『遠き山に日は落ちて』らしい。

 

 

 

 

 

*1
ユーフォニアム



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 なでしこのお姉さんと


挿絵は、私が撮影した写真をアプリで少々加工しております。行ったこと・見たことの無い方に少しでも参考になれば幸いです。

残念ながら、私は絵が描けませんので……。



 

国道139号線を南下していく一台のビーノ。それを操るのはこの俺だ。

 

……格好つけすぎかな。

 

今日は野暮用で。というより、今日も野暮用で富士宮市へ向かっている。

 

脇見にならない程度に、横の富士山を見ながら走っていく。

 

「流石だな……」

 

小さくそう呟く。

 

雲一つ無い快晴に、綺麗な雪化粧をした富士山は、まさに絵になる。

 

【挿絵表示】

 

\ボクニモミセロヨ/

 

無茶言うな。今ハンドルを富士山の方に向けたら、盛大に転倒し、最悪あの世行きだ。バイクとはそういう乗り物だ。肝に銘じておかないと、いつか痛い目を見る。

 

 

 

そのまま進んで行くと、前を走っている自転車を発見。

 

何となく見覚えのある背格好。あれはもしや……志摩(しま)さん?

 

そんな気がして、減速し始める。

 

追い越し際、ミラーで乗っている人を確認すると、予想通りだった。

 

少し先で止まり、手を振る。

 

「志摩さん~!」

 

すると、向こうも気付いたらしく手を振り返してきた。

 

「あ、滝野(たきの)先輩」

 

俺の横まで来て止まった。なので、エンジンを切る。

 

\サキハナガイゾ/

 

まあ待て。

 

「一瞬、誰かと思いましたよ」

 

なんで……って、それもそうか。普段学校で会うときは制服だ。

 

でも、今日は休日だから普段着。しかもライダースーツを着ている。さっきの続きじゃないけれど、ラフな格好をしていたら、転倒した時に大怪我をする。

 

夏場とか、半袖半ズボンにサンダルでバイク乗ってる人を見るけど、正直理解不能だ。言い方は悪いが、頭がおかしいのだろう……。

 

「今日は何処(どこ)へ?」

 

「この先の、麓キャンプ場へ」

 

何処だろう? 俺が向かっている場所とは違う。

 

しかし、志摩さんがここにいるということは、あの甲州いろは坂を越えてきたってことだよな。小さいのに、頑張るねぇ。

 

「先輩は何処へ行くんですか?」

 

「俺は、YMCA……なんとか? キャンプ場」

 

長すぎて覚えれなかった。

 

「富士山YMCAグローバルエコヴィレッジ、ですか?」

 

「そうそれ! 志摩さん知ってるの?」

 

「まあ……。行ったことあるので」

 

「そうなんだ。恵那(えな)ちゃんから聞いたけど、志摩さん結構キャンプ行くんだ?」

 

「オフシーズンだけですけど……」

 

オフシーズン。というと、ちょうど今の時期だ。

 

最近ではこんな時期のキャンプも人気らしく、俺の家もそこそこ忙しい。

 

昔ばあちゃんは、『冬は閑古鳥(かんこどり)が鳴いてるよ』って泣いていたけど……。今は違う。

 

「そっか。あ、呼び止めてごめんね? 急いでたでしょ?」

 

俺が一方的に呼び止めてしまったけど、志摩さんだって予定があるはずだ。

 

「あ、いや。別に急いでないですよ」

 

「そっか。じゃあ良かった。それじゃあ……」

 

脱いでいたヘルメットを被り、エンジン始動。

 

「キャンプ、楽しんでね」

 

「ありがとうございます。あ! 先輩!」

 

「何?」

 

「リン、で良いですよ。斉藤(さいとう)名前呼びでしたよね?」

 

ん? ああ。

 

「恵那ちゃんがそう呼べって言ってたから……」

 

「じゃあ、私も同じで良いです」

 

そういうの気にするタイプか。俺はその辺全然無頓着だけど。

 

「分かった。じゃあねリンちゃん。また学校で」

 

ゆっくり発進。

 

「先輩、気を付けて行ってきてください」

 

手を振って答える。

 

ミラーを見ると、リンちゃんは見えなくなるまで、ずっと手を振ってくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………。

 

全く。人使いの荒い人だった。

 

目的地の、富士山YMCAグローバルエコヴィレッジに着き、受付で預かっていた書類を渡したところ、確認するから少し待って欲しいと言われ、一時間位待たされた。

 

すると、今度は持って帰って欲しい書類があるからもう少し待つことになり、更に一時間。

 

ようやく帰れると思ったら、途中にある麓キャンプ場に渡す書類まで持たされた。

 

「俺は便利屋じゃないぞ……」

 

ビーノを走らせながら、一人呟く。

 

\チガウノカイ?/

 

勘弁してくれ、違う。

 

おっと。ガソリンが減っている。余裕を持って給油しておかないと……。

 

次のガソリンスタンドに寄ろう。

 

 

 

見付けたガソリンスタンドで給油。

 

財布から取り出した千円札を投入。

 

ここのセルフスタンドは硬貨が入れれない。財布に溜まりつつある硬貨の処理はまたの機会に。

 

給油機のタッチパネルには広告が流れている。

 

『小銭要らずでスピーディー』……というのは高校生の俺には無縁の話だ……。

 

そんなことを考えてるうちに、給油完了。

 

釣銭機でお釣りを受け取り、さて出発。と思ったとき、給油機を挟んだ反対側に車が止まった。青色の、ちょっとクラシックな感じのする車だ。

 

ふと、助手席にブランケットが置いてあるのが、目に入った。

 

あれ? ……あれはもしや。

 

「あ! 俺のだ!」

 

合点がいき、思わず叫んでしまった。

 

「俺の、って、このブランケットのこと?」

 

降りてきていた運転手が、俺の声に気づいたようだ。

 

「……!」

 

大学生くらいの女性。美人だ……。

 

「このブランケット、あなたのなの?」

 

ブランケットの方を指差し、俺を見て首を傾げる。

 

「あ。はい……。先日、本栖湖(もとすこ)で寝ていた女の子に、風邪ひくと大変だからって、掛けておいたんです。何度起こしても起きなかったから……」

 

「それ、私の妹です。良かったわ。これを返せて」

 

どうやら持ち主を探していたらしい。

 

「あ、いや。あの子が同じ学校なのは気付いていたので、いつか返ってくるだろうと思ってましたから……」

 

返ってこなくても気にしないけど。

 

「あら、そうなの? ……こんな所じゃあれだし、急いでなければお茶でもどう?」

 

 

 

 

美人の誘いを断れる訳もなく(?)、そのお姉さんの先導で一度北上し始めた道を南下し、更に南にある施設に入った。

 

【挿絵表示】

 

『まかいの牧場』……? 『魔界』じゃなくて『馬飼』を充てるのか。漢字で書くのなら『馬飼野牧場』だ。

 

そこの喫茶店みたいなお店に入る。

 

「何にする? 奢るわ」

 

そう言い、メニューを差し出された。

 

「あ、いえ。そんな。自分のは払いますよ」

 

とりあえずメニューは受け取る。

 

「良いのよ。妹助けてくれたんだから」

 

「助けたなんて大袈裟ですよ」

 

ブランケットを掛けた、とはいえ放置してきたんだから……。

 

「謙遜しなくて良いのよ。お陰であの子、風邪ひかずに済んだんだから。……決まった?」

 

えっと。

 

色々あるけれど、無難にコーヒーにしよう。

 

「はい」

 

「すみませーん」

 

お姉さんが店員を呼ぶと、すぐにやって来る。

 

「お待たせしました。ご注文どうぞ」

 

「ブレンドコーヒを」

 

「じゃあ、それを2つで」

 

「かしこまりました。お待ちください」

 

「遠慮しなくていいのに。お腹すいてない?」

 

「大丈夫です。コーヒーご馳走になります」

 

実は、さっきYMCAで待たされている間、昼食をご馳走になった。

 

聞こえてきた話だと、研修棟利用者にキャンセルが出て、余っていた夕食らしい。

 

「名乗ってなかったわね。私は、各務原 桜(かがみはらさくら)です。妹……なでしこがお世話になったみたいで、あの時はありがとう」

 

桜さんか。

 

しかし、本当に俺はなにもしていない。とはいえ、これ以上謙遜するとかえって嫌味になるので、もう言わないようにしよう……。

 

「俺は滝野 純一(じゅんいち)といいます。本栖高校の二年生です」

 

「じゃあ、あの子の一つ上ね」

 

「そうですね……」

 

美人相手だから緊張してしまう。今は自己紹介みたいなものだから良いけれど、これが終わったあと、話が続くだろうか。

 

「さっき、同じ学校なのは知ってる、って言っていたけど、学校であの子に会ったの?」

 

あー。あれは……。

 

「会ったという訳ではないです。学校の中庭でテントを組み立てていた人の中に、妹さんが居たのを見掛けただけで……」

 

「そうなの」

 

俺が答えると、そう言って窓の外へ視線を移した。

 

「テント……テントか……」

 

何か思うことがあったらしく、小さく呟いている。

 

何を見てるんだろう? と思って視線を追うが、

 

「お待たせしました」

 

そこで注文の品が届いた。

 

「ありがとう」

 

「ありがとうございます」

 

ホットコーヒーが俺たちの前に置かれた。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

さて、砂糖とフレッシュを……って、桜さん砂糖入れすぎじゃない? 3本も入れるの?

 

まあ、人の好みは其々(それぞれ)

 

さて、いただきます。

 

「ふうー。温まる……」

 

バイクで風を切って走って凍えている身体に、暖かいコーヒーが染み渡る。年寄り臭いかな?

 

「テントね……」

 

まだ言ってる。

 

「そういうことか……」

 

お。合点がいった様子。

 

「なんでしょう?」

 

今のは独り言のようだったけど、気になるのでそれとなく尋ねてみる。

 

だって、ずっと『テント』連呼してたんだもん、気になる。

 

「あー。あの子今日ね、本栖湖でご馳走になったカレーめんのお礼にって、鍋とコンロ抱えて出掛けようとしてたのよ。偶々(たまたま)私も出掛けるところだったから、途中まで乗せてって言われてね」

 

本栖湖のカレーめん。なるほど。

 

つまり、そういうことか。

 

「それじゃあ、今頃妹さんは麓キャンプ場で、リンちゃんとキャンプしてるんですね」

 

……。

 

あ……。

 

「何故それを?」

 

俺の言ったことに桜さんは、一瞬動きを止め、険しい表情でこう尋ねてきた。

 

ヤバい。目が怖そうだけど、コーヒーの湯気(?)で眼鏡が曇ってて見えない。

 

「あ。えっと……今までの情報をまとめた結果です……」

 

 

 

 

 

この前、中庭でのやり取りから、本栖湖でなでしこちゃんを助けたのはリンちゃん、ということが分かっている。恐らく、カレーめん はその時ご馳走になったのだろう。

 

そして、今日リンちゃんと会い、麓キャンプ場に行くことを聞いた。というか、ラインでのやり取りを見ているから、麓キャンプ場に居ることは分かっている。

 

その事をなでしこちゃんにリークしたのは、恐らく恵那ちゃんだろう。

 

 

 

「……と、いうわけです」

 

簡潔に説明した。

 

「なるほど。ところで、あなたも本栖高校に通っているということは、家はこの辺りではないわよね? バイクに乗ってるけど、あなたもバイク、好きなの?」

 

さっきの険しい表情。別に怒っているわけではないみたいだ。

 

「あ、いいえ。別に好きと言うわけでは無いです。バイクが無いと高校に通えないので……」

 

四尾連湖(しびれこ)から本栖高校……。徒歩は絶対無理。自転車も厳しい。

 

そうなると、高校生が自力で通学するとなれば、バイクに限られる。

 

まあ、京都とは違い山梨でバイク通学というのは、別に珍しくはない。

 

「そう……」

 

俺の言葉を聞いた桜さんは、何となく寂しそうに呟いた。

 

あ。今『あなたも』って言った。この人バイクが好きなんだ……。失敗したかな。

 

「あ、そうだ。連絡先交換しましょう」

 

「えっ?」

 

なんで急にそうなった?

 

疑問に思いながらもスマホを差し出すと、あっという間にラインの交換が終わった。

 

「なでしこ助けてくれたお礼よ。もし、困ったことがあったら、なんでも言って頂戴。駆け付けるからね。怪我したときはあの子に手当てさせるから」

 

「あ……ありがとうございます。でも、最後のは起きないように気を付けます」

 

「そうね。その方が良いわ」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 へやキャン△

 

 

 

富士山YMCAグローバルエコビレッジに着いて、受付で預かっていた書類を渡した。

 

すると、書類を確認するから少し待っていて欲しい。そう言われて、待つこと30分。

 

用意された椅子に座ったまま、時間だけが過ぎてゆく。

 

確認するのに何時(いつ)まで掛かるんだろう……おや?

 

スマホにラインの通知が。

 

どれどれ……恵那(えな)ちゃんか。

 

 

 

恵那:リン、今週はどこ行ってんの?

 

リン:富士山の目の前の麓キャンプ場ってとこ

 

恵那:写真撮ったら送ってねー

 

リン:うい

 

 

 

リンちゃん無事にキャンプ場に着いたんだ。

 

良かった……。って、なんで二人のやり取りが俺のところに?

 

あ、これ。いつの間にか作成されていたグループラインの方じゃん。俺とリンちゃん、恵那ちゃんの三人のグループだ。

 

見たところ二人だけのやり取りだと思うけど、場所を間違えているのだろうか?

 

 

 

恵那:ついでにお昼ゴハンも買ってきてねー

 

リン:くたばれ

 

恵那:死ぬのはお前だ相棒

 

恵那:貴様のいるキャンプ場に熊とトラとチワワ100匹を放った

 

リン:うわなにをするくぁwdrftgyふじこlp

 

リン:死んじまったじゃねーかバカヤロウ

 

恵那:こっちも空腹で死んじまったぞこのやろう

 

 

 

なんですか、これ?

 

 

 

滝野:お二人さん。場所間違えていませんかね?

 

恵那:あ、これ先輩も居るグループの方でしたね。間違えました

 

恵那:今のは忘れてください。

 

リン:せんぱい。今のくたばれは先輩に対して言ったことではないので!

 

リン:木にしないでください

 

滝野:分かってるよ。リンちゃん慌てすぎ、誤字ってる

 

リン:え?

 

恵那:ほんとだ。何を木にするの?

 

リン:間違えました(汗)

 

 

 

しかし面白いな、この二人は。本当に母娘(おやこ)みたいだ。

 

「大変お待たせしました」

 

お、受付の人が戻ってきた。これで帰れるな……。

 

「お預りした書類の確認が終わりました。ですが、実は持って帰っていただきたい書類があるので、もう少しお待ちいただけませんか?」

 

 

おい、まじか。

 

 





LINEでのやり取りは、本文中に割り込ませるか、別の話として投稿するか迷いました。

ですが、せっかく『へやキャン△』があるのだから、と思い、へやキャン△形式で入れてみました。如何でしょう?



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 なでしこの作った鍋

 

喫茶店を出た。もうすぐ17時という時間だが、冬なので日没は早く既に陽は傾いている。

 

「なでしこの件、本当にありがとうね。これ、ブランケット」

 

(さくら)さんからブランケットを受け取る。思っていたより早く帰ってきた。

 

「はい。確かに受け取りました」

 

ブランケットをシート下へ入れる。

 

「どうしました?」

 

桜さんは今の俺の動作を黙って見ていた。

 

というより、バイクを眺めているのか。

 

「ヤマハ・ビーノ。ナンバーがピンクってことは、台湾製の125CCモデルね」

 

やっぱり詳しい。

 

「はい。よく分かりましたね?」

 

「まあね。でも、実物を見たのは初めてよ」

 

やっぱり数は多くないのか。父が(つて)で入手したものだが、この辺りではこれ一台しか見付からなかったらしい。

 

「それじゃあ、私は……あ、あの子ったら……」

 

桜さんは車に乗り込もうとして、何かに気付いたらしく声を上げた。

 

「どうしました?」

 

「なでしこ、肝心なものを車に忘れてるの。届けてあげないと……」

 

忘れ物か。肝心なものって何だろう。財布とか?

 

「あ、俺今から麓キャンプ場行くんで、良ければ渡しましょうか?」

 

「今から? こんな時間にキャンプ場に何をしに行くの?」

 

「渡す書類があるんですよ」

 

「書類って……」

 

「ああ、言ってませんでしたね。俺の家、四尾連湖(しびれこ)のキャンプ場なんです」

 

「そうなんだ……。って、四尾連湖!」

 

かなり驚いている。

 

無理もない。本栖(もとす)高校から四尾連湖までは、このビーノでも一時間位掛かる。

 

県道409号線と414号線がカーブだらけで飛ばせないからだ。

 

「四尾連湖って、あの四尾連湖よね?」

 

「はい」

 

他に何があるというのか。

 

同じ名前の山や湖が幾つかあることもある。しかし、四尾連湖は他に聞いたことがない。

 

「そんな遠いところから本栖高校まで……。大変でしょう」

 

「まあ、慣れですよ。最初の頃は大変でしたけどね。一年も走っていれば慣れます」

 

冬季は積雪・凍結の危険があるものの、それ以外は特に問題ない。

 

「そ……そうなのね……」

 

桜さんは驚きっぱなし。

 

この人、あまり感情が顔に出ないみたいだけど、今は違う。

 

俺まで驚いてしまうぐらいに驚いている。

 

「大変だと思うけど、気を付けてね。あ、これがあの子の忘れ物よ」

 

そう言って、俺に差し出されたものは……。

 

えっ?

 

 

 

 

 

まかいの牧場をあとにし、国道139号線を北上する。

 

麓キャンプ場に到着。

 

急いで管理棟へ向かう。えっと……こっちか。

 

横にビーノを止め、駆け込む。

 

「こんにちは。YMCAからの書類をお持ちしました」

 

「おお! お待ちしてました」

 

受付のお兄さん、待ってましたと言わんばかりの勢いで椅子から立ち上がった。

 

ドンッ。という鈍い音。あれ、膝ぶつけたな……。

 

「イタタ……えっと。お預かりします」

 

あれ、地味に痛いんだよな。顔がそういっている。

 

「はい。こちらです」

 

封筒を差し出すと、受け取って中身を確認している。

 

「……はい。確かに。わざわざありがとうございました」

 

「いいえ。帰り道の途中だったので」

 

寄り道だから、大したことはしていない。

 

それはさておき、俺には大事な用件がもう一つあるのだ。

 

「あ。あと、キャンプサイトでキャンプ中の人に、ちょっと用事があるのですが……」

 

「ん? あなたもキャンプされるんですか?」

 

いやいやいや。なんでそうなる?

 

「そういうわけではありません。ですが、なし崩しに食事とかに付き合わされるかもしれませんけれど……」

 

「なるほど……。本来なら利用料を頂戴(ちょうだい)するところですが、木明荘(きめいそう)の方ですからね。利用料は無しで構いませんよ」

 

マジか。日帰り大人+バイク1,000円 免除か。

 

「ありがとうございます」

 

「あ。もし、宿泊される場合には、私の携帯に一報ください」

 

それは大丈夫だと思う。シュラフ持ってきてないし。

 

「研修棟の部屋、開けますから」

 

そういうことか……。

 

それなら、あまりにも遅くなりそうな場合に、お世話になろうかな。

 

 

 

利用許可証を貰い、俺が管理棟を出ると、管理人は帰り支度をして鍵を閉めると、さっさと帰っていった。

 

本来17時に閉めているのを、俺が来るのを待っていたのだろう。

 

もうすぐ18時。待たせてしまったようだ。少し悪いことをしたかな。

 

 

 

ビーノを押しながら、キャンプサイトを歩いて行く。

 

この時期でも意外とキャンプしている人が多い。流石、有名どころ。泣けてくるねぇ……。

 

さて、どの辺りに居るだろう……。

 

「あ~! シメのご飯、車に忘れたぁ!」

 

ふと、悲鳴のような声が聞こえてきた。

 

「いや、そんなに食えんし」

 

聞き覚えのある声だ。

 

声の聞こえた方を見る。

 

……居た。

 

リンちゃんに、桜さんの妹さんだ。えっと……なでしこちゃん だっけ。

 

「こんばんは」

 

驚かせないよう、そおっと声掛ける。

 

「えっ? あ、滝野(たきの)先輩。こんばんは」

 

リンちゃんが俺に気付いてこちらを見上げる。

 

「どうしてここに?」

 

「まあ、ちょっとね」

 

「えっ? 誰?」

 

状況が分かっていない人物が一人。俺の顔を見るなり、頭に?マークが立った。

 

「リンちゃん、この人は?」

 

当然の疑問だろう。彼女は俺と面識がない。

 

「滝野 純一(じゅんいち)先輩。同じ学校だよ」

 

「本栖高校二年、滝野 純一。よろしく」

 

リンちゃんに紹介してもらったので、簡単な挨拶にしておこう。

 

「よろしくお願いします……えっ!」

 

俺の持っているものに気付いたらしい。

 

各務原(かがみはら)さんだっけ? これをお姉さんから預かってきたよ」

 

そう言って俺が差し出すのは、タッパに詰められたご飯だ。そこそこ重い。

 

「何で先輩が? お姉ちゃんと知り合いですか?」

 

「いや、そういう訳じゃないけど。下で会ったんだよ。ほら、本栖湖で寝てたとき、ブランケット掛かってただろ? あれが俺ので、お姉さんの車にそれがあるのが見えて、声掛けたら、結果的にこれを渡されたんだよ」

 

「えっ! あのブランケット先輩のだったんですか!」

 

頭の?マークが、!マークに変わった。

 

「そうだよ。放置して風邪ひかれたら後味悪いし。あの時、恵那(えな)ちゃんにラインして、それとなく話しておいたんだけどね……」

 

リンちゃんの方を見ると、こっちも!マークが立った。

 

「だからあいつ、あの時あんなことを……」

 

何かあったらしい。謎が解けてどこか納得したような表情になった。

 

「えっ! ブランケットの人が、同じ学校の先輩だったなんて~。嘘でしょ?」

 

そして、こっちには一人プチパニックに陥ってる子が……。頭抱えて騒いでる。

 

「おーい。戻ってこーい」

 

リンちゃんの呼び掛けも虚しく、鍋の吹き零れに気付くまでの数分間、各務原さんはこのままだった。

 

 

 

 

 

「あ。申し遅れました、私は各務原 なでしこです。よろしくお願いします」

 

やっと戻ってきて自己紹介をしてくれた。

 

「こちらこそよろしく」

 

さて。自己紹介も終わったし、預かりものも渡したし。

 

「じゃあ、俺はこれにて失礼」

 

遅くなる前に帰ろう。

 

「えっ? もう行っちゃうんですか?」

 

なんとなく、名残惜しそうな声を上げる各務原さん。

 

「渡すものも渡したし、俺は帰るよ」

 

「でも、先輩利用料払ったんですよね? それ、許可証じゃ?」

 

確かに許可証は持ってる。お金は払ってないけどね。

 

「先輩も一緒にお鍋、どうですか?」

 

そう言いながら、各務原さんが鍋の蓋を開ける。

 

餃子坦々鍋(ぎょうざたんたんなべ)! 辛そうで辛くない、ちょっぴり辛い鍋ですよ。旦那様~」

 

え……。

 

 

 

「あのさ……」

 

結局、お鍋をご馳走になることに。

 

「この間はごめん」

 

三人でコンロを囲みながら、鍋をいただく。

 

しかしまあ、各務原さん凄いなぁ。キャンプ場にカセットコンロと土鍋を持ち込むなんて。

 

「この間は? なんだっけ?」

 

「サークル誘ってくれたのに、何て言うか……、すごい嫌そうな顔したから……」

 

なんか大切な話をし始めた模様。

 

俺は聞き役に徹しよう……。

 

「あー。私もテンション上がってて無理に誘っちゃってごめんなさい」

 

「えっ?」

 

「あの後あおいちゃんに言われたんだよ。リンちゃんはグルキャンよりもソロキャンの方が好きなんじゃないかって」

 

リンちゃんは箸が止まっているが、各務原さんは話ながらも箸が進む。

 

「それはまあ、そうなんだけど」

 

「じゃあ、またやろうよ。まったりお鍋キャンプ」

 

そう言いながら、次々に鍋をよそってゆく。

 

そして食べる。

 

「それで気が向いたらみんなでキャンプしようよ」

 

「…………分かったよ」

 

「そうは言っても、道具とかたくさん揃えなきゃいけないんだけどね……」

 

リンちゃんの視線が鍋に向く。

 

あ、ぎょっとした表情になった。

 

そりゃあ、あれだけの鍋をほとんど一人で食べたんだから当然だろう。

 

餃子の空箱には、50個という表記。食べるんだな……この子。

 

「あ!」

 

各務原さんが突然、大きな声を出す。

 

(しめ)のごはん、入れそびれた……」

 

悲しそうな声。とはいえ、食べたの誰だよ?

 

「むーん」

 

諦めがついたのか、タッパのごはんを脇のカゴへ仕舞った。

 

「ポテチもありますよ?」

 

代わりにポテトチップスを取り出した。まだ食べるんかい……。

 

 

 

「鍋、旨かったな……」

 

一人呟く。

 

二人に何度か引き留められたが、持って帰る書類のこともあるし、帰ることにした。

 

行きに走った国道を今度は北上してゆく。

 

夜の富士山も綺麗なものだ。

 

今日は帰るけど、今度は日の出の富士山も見てみたいな……。と思いながら走る。

 

 

 

今日はなんだか疲れた。

 

明日はゆっくりしたいなぁ……。

 

 





お読みいただき有り難うございます。

ここまでは原作をなぞってきましたが、次話はオリジナルストーリーの予定です。



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 ○その時のリン~本栖湖浩庵キャンプ場にて~


前のお話のあとがきで、『次話はオリジナルストーリー』と予告しましたが、ここにはこのお話を挿入します。

『本栖湖で寝ている女の子』に相当する、リン視点のお話になります。




 

ここは本栖湖(もとすこ)浩庵(こうあん)キャンプ場。

 

湖の対岸に富士山が見える湖畔のキャンプ場だ。

 

残念ながら、富士山には雲が掛かっていてはっきりとは見えない。

 

いつも通りのソロキャンプ。

 

テントを設営し、焚き火も起こし、本を読んでいたら、いつの間にか日没を迎えていた。辺りは既に真っ暗だ。

 

 

 

スープを飲みすぎたせいか、トイレに行きたくなってしまった。

 

ランタン片手にトイレへ向かう。

 

戻るとき。ふと、気になったことがある。

 

トイレ横のベンチ→地面で寝ていた女の子の存在だ。

 

あれは確実に風邪をひくなと思いつつも、どうにも出来ないから、ほったらかしにしていた。

 

まだ居るか? ……居ない。

 

さっきまで居た辺りを照らしてみても、姿はなかった。

 

さすがに帰ったのだろう……。焚き火放置しているし、さっさと戻ろうと思って、来た方へ向き直ると……。

 

ランタンの明かりが照らしたのは。

 

桃色のロングヘアーで、

 

泣きじゃくる、

 

さっき寝ていた女の子だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ううう……ヒック」

 

いい加減泣き止んでよ。まるで私が泣かせたみたいじゃん。

 

そりゃあ、持っていたランタンを放り出し、全力疾走で逃げてしまったけどさ。

 

まだ泣くのかよ。

 

事情は少し聞いた。

 

「つまり、今日山梨に引っ越してきたばかりで」

 

「うん」

 

「自転車で富士山を見に来たけど」

 

「うん」

 

「疲れて横になったら、寝過ごして……」

 

「うん」

 

「気がついたら真っ暗で、そのブランケットが掛けてあった、と」

 

「うん」

 

なにやってんだ……。

 

本栖みちは下りでまっすぐだから自力で帰れるだろうと言ったら、怖くて無理だと言うし、家の人に迎えを頼んだらと言えば、スマホを忘れたって言うし。

 

スマホとトランプ。どうすれば間違えるんだろう?

 

仕方ない。

 

「はい。私のスマホ貸すから、家の番号言って」

 

あ、固まった。……?

 

「引っ越したばかりで分かりません!」

 

そうきたか……。

 

「自分の番号は?」

 

「記憶にございません! 自分には電話しないので……」

 

確かにそうだけど。ねぇ? そうじゃないんだよ。

 

って、ラインの通知が来ていた。誰だ?

 

 

 

斉藤(さいとう):遭難した女の子見付けた?

 

志摩(しま):なぜそれを!

 

斉藤:なぜでしょう?

 

斉藤:居たんなら助けてあげてね~♪

 

志摩:知ってるならお前が助けろ。ここまで来い

 

斉藤:寒いから無理です

 

 

 

なんであいつ知ってんだ? 知り合い……今日引っ越してきたばかりだって言ってたから、違うだろう。

 

まあ、助けろと言われた以上、放置はできない。乗りかかった船だし。

 

「ラーメン食べる? カレーだけど」

 

「えっ! くれるの?」

 

「1,500円」

 

花が咲いたような笑顔が、一瞬で泣き顔と化す。

 

「じゅ、十五回払いでお願いします……」

 

そう言いながら差し出してきたのは100円玉。ついでに腹の虫も鳴く。

 

「ウソだよ」

 

 

 

コッヘルに水を入れ、バーナーの火にかける。

 

「あっちで沸かさないの?」

 

その子が焚き火を指差しながら不思議そうに尋ねてきた。

 

「鍋が(すす)で真っ黒になるから。温度も低いし時間が掛かる」

 

「へえー。何かプロみたいだね!」

 

何のだよ。

 

お湯が沸き、ラーメンに注ぐ。

 

「もう良いかな? へぶしっ……」

 

いや、まだ30秒ぐらいしか経ってない。

 

くしゃみ。そりゃ、あんなところで寝てたら風邪ひくよな。

 

「まあ待て」

 

そう返事しつつ、火力が落ちている焚き火に薪を追加し、軽く扇ぐ。

 

「ありがとう! あったまる~」

 

早速焚き火に当たってる。

 

最初は焚き火をやるつもりはなかったけど、寒さには勝てず面倒なのを承知で火起こししたのが、こんな形で役に立つとは。思ってもみなかった。ソロでしかキャンプしたことないし。

 

誰かと一緒にキャンプするのって、こんな感じなのかな……。

 

 

 

さて、3分経過。

 

「どうぞ」

 

「ありがとう! カレーめん、カレーめん~」

 

蓋を剥がし、手を合わせ。

 

「「いただきます!」」

 

……。

 

うまそうに食べるな……。

 

でも、そんなに勢いよく食べたら舌ヤケドするだろ……。私はゆっくり食べよう。

 

「ん~! 口の中、ヤケドした!」

 

ほら。しかし、何故嬉しそうなんだ?

 

あ。目が合った。

 

……何考えてるんだろう?

 

何か失礼なこと思ってそうな予感。

 

「ねぇ、あなた何処から来たの?」

 

ふと、その子に聞いてみる。

 

「あたし? 浜名湖沿いの浜松市から」

 

それ、引っ越す前の話じゃ?

 

「山梨に引っ越してきたって言ってなかった?」

 

だいたい、浜松から自転車で来れるわけがない。

 

「ああ。えっと、南部町(なんぶちょう)? ってとこ」

 

まじか。そこそこ遠いぞ。

 

「南部町……よくチャリで来たね」

 

私には真似できん……、とは言い切れないけど。斉藤にあんなこと言われたし、滝野(たきの)先輩も何か思ってたみたいだし。

 

「『もとすこのふじさんは千円札の絵にもなってる!』って、お姉ちゃんに聞いて、長い坂上ってきたのに、曇ってて全然見えないんだもん」

 

確かに。私が来た2時頃も曇ってた。

 

あ……! でも今は。

 

「見えない、って。あれが?」

 

私は湖の方を指差す。

 

「あれ……?」

 

その子が振り向き立ち上がる。

 

眼前には、雲が切れ、月光に照らされる富士山があった。

 

「見えた、ふじさん……」

 

『これぞ富士山』と言ったところか……。

 

写真とろう。

 

カシャ。

 

「あ!」

 

今のシャッター音で、その子がなにか思い出したように声を上げた。

 

「お姉ちゃんの電話番号覚えてたよ……。エヘヘ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私のスマホを貸し、お姉さんに連絡を取り、それから一時間もしないうちに、迎えの車がやって来た。

 

「うちのバカ妹が本当にお世話になりました」

 

スラッとした体型に、長い髪。黒縁メガネ。

 

すごい美人……。の、お姉さんが私に深々と頭を下げる。

 

「あ、いや。別に大したことは……」

 

「ブランケットまで貸していただいて。ありがとうございます」

 

「それは私のじゃ無いです」

 

「……?」

 

「妹さん、この先のトイレのところで寝ていたんですが、起きた時には掛けてあったみたいです」

 

その子の方に視線を向ける。

 

「うう……」

 

お姉さんは相当心配していたのだろう。電話したときも凄い声だったけど、到着したら真っ先にげんこつを喰らわせていた。

 

涙目で頭をさすっている。

 

「携帯電話忘れるなって何度言えばわかるの! あんたが携帯してこそ携帯電話なのよ!」

 

凄い罵声だ。

 

しかし、これは妹を心配してのことだろう。

 

「とっとと乗りなさい。このブタ野郎!」

 

助手席に文字通り放り込む。

 

そして、自転車はトランクへ。自身は運転席へ。

 

「それじゃあおやすみなさい。風邪引かないようにね!」

 

「おやすみなさい……」

 

走り出す車を、手を振って見送る。

 

何か、疲れた。変な奴だったな……。

 

眠くなってきたし、戻ったら寝よう。

 

「ちょっと待って!」

 

歩き出したところで呼び止められた。

 

振り返ると、さっきの子がビニール袋を手に走ってきた。

 

「これ、お詫び。お姉ちゃんから」

 

渡されたビニール袋には、キウイが詰まっている。ラーメンがキウイに化けた?

 

「それと、これは私の電話番号。お姉ちゃんに聞いたんだ」

 

小さな紙切れ。

 

『各務原なでしこ』。かかみはら? かがみがはら?

 

「私、各務原(かがみはら) なでしこ!」

 

かがみはら か。確か岐阜県の……愛知県だっけ?

 

「カレーめんありがとう。今度はちゃんとキャンプやろうね!」

 

そう言って車へ戻って行く。

 

「じゃあね!」

 

 

やっぱ変な奴……。

 

 





実は、本作を執筆するにあたり、本栖湖へ取材(というのは大袈裟?)に行ってきました。

8月頭のキャンプシーズン真っ只中でしたから、本栖湖の周回道路(県道709号線)は、道幅のわりに交通量が多く、通るのに一苦労でした。

コロナ絡みで入場制限があったのか、浩庵キャンプ場の建屋前は長蛇の列でしたね。

まあ、雲の掛かっていない綺麗な富士山が見れて良かったです。


次話こそ、予告通りのオリジナルストーリーをお送りします。お楽しみいただけると幸いです。

 


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 リン初めてのツーリング


お待たせ致しました。前々回のあとがきで予告していた通り、オリジナルストーリーをお送りします。




 

志摩(しま)

 

表札を見る限り、この家で間違いないようだ。

 

しかし、ここがリンちゃん家だとは思わなかった。本栖湖(もとすこ)へ抜けるときの近道だから時々通っていて、家があることは知っていたけど……。

 

 

 

晴れの木曜日、今日は祝日なので学校は休み。絶好のお出掛け日和。

 

そんな中、俺は今、こうして後輩の家の前に立っている。

 

何しに来たかって? 約束していたあの日が来ただけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

インターホンを押す。

 

『はい。どちら様ですか?』

 

すぐに応答があった。女性の声だが、リンちゃんではなさそう。

 

滝野(たきの)と申します。リンさんと約束を……」

 

『ああ、滝野先輩ね。今開けるわ』

 

言い終える前に返事があった。名前だけで、話が繋がったらしい。

 

少し間があって、玄関が開く。

 

出てきたのは一人の女性。なんとなくリンちゃんに似ているので、家族の人だろう。お姉さん?

 

「いらっしゃい。リンから話は聞いているわ。今日はわざわざありがとね」

 

この声はさっき応対してくれた人に違いない。

 

美人だ……。

 

桜さんといいこの人といい、『姉=美人』という構図が出来上がりそう。それに比べてうちの妹は……。おっと、これ以上言うと怒られそうなので止めておこう。

 

「ごめんなさいね。リンったら今まで寝てたのよ。遠足前のなんとやら? でね。今支度してるから、ちょっと待っててね」

 

なるほど。楽しみにしてくれてたのなら有難い。

 

……緊張しているだけかもしれないが。

 

「免許とったら先輩の先導で走る、って約束した日から、ずっと楽しみにしていたみたいよ」

 

前者だった。良かった。

 

しかし、約束した日って、初めて会ったあの日のことだよな? あれから二週間ぐらい過ぎてるけど……。

 

「とりあえず上がって」

 

「わ、分かりました。あの、バイク路駐してるんで、移動しますね」

 

「そうね。玄関前に適当に停めてくれればいいわ」

 

その言葉に従い、ビーノを移動する。

 

「なかなか面白いのに乗ってるわね」

 

「えっ?」

 

声がして振り向くと、既に家に入ったと思っていた志摩さんのお姉さん(?)が、俺のビーノを眺めていた。

 

悪戯を思い付いた子どものような顔だ。何でそんな表情を?

 

「ビーノに乗ってるとは聞いてたけど、中々面白いものに乗ってるわね。ナンバーがピンクってことは、台湾からの輸入車、125CCモデルかしら?」

 

この人もバイクに詳しいようだ。

 

「はい。学校通うのに必要になって、親が(つて)で探してくれた奴です。お陰で普通二輪取る羽目になりましたけどね……」

 

50CC以下なら原付免許で充分。しかも、免許取得も容易で早い。

 

普通二輪は時間が掛かった。

 

「良いじゃない。乗れるバイクが増えて。楽しいわよ」

 

確かに。400CCまで乗れるから、高速道路も走れる。

 

それ故一度、『中部横断道*1、走るか?』と、大きなバイクを前に、言われたことがある。勿論(もちろん)、全力で断ったが。

 

『全通前の今*2がチャンスだぞ』とも言われたけど、怖くて走れない。

 

まあ、あの頃は免許取り立てだったし、今なら走ってみたい気もする。

 

……ん?

 

この人の今の言い方。

 

「あなたもバイクに乗るんですか?」

 

バイクに乗ったことのある人の感想だと思った。

 

「若い頃にね、もう昔の話よ」

 

やっぱり。

 

……。

 

…………えっ? 若い頃?

 

今でも十分若いのに。

 

「今は乗ってないわ……。あ!」

 

急に大きな声。お姉さん(?)を見ると、手で口を覆っている。なにか言い間違えたのか?

 

「どうしました?」

 

「この話。娘には内緒にね……」

 

何か変だ。

 

「娘って……? あなた、リンさんのお姉さんじゃないんですか?」

 

そう尋ねるのと同時に、後ろから扉の開く音が聞こえてきた。

 

「何してるの、お母さん」

 

振り向くと、開いた玄関扉から、リンちゃんが顔を覗かせていた。こちらを冷ややかな視線で見つめている。

 

先輩に向かってその視線はないだろう、と思いつつも、それどころではない。

 

「お母さん?」

 

この一言に、驚きを隠せない。

 

「ええ。リンがいつもお世話になってます。母の(さき)です」

 

マジか……!

 

 

 

 

そのまま食卓に通された。

 

案内された椅子に腰掛ける。

 

テーブルをはさんだ反対側に、咲さんとリンちゃんが座っている。

 

「起きたらお茶の用意をしろって言われてお茶を淹れたのに、一向に家に入ってこないから、気になって見に行ったらあの通り。二人で何話してたのさ?」

 

さっきと変わらない視線が、お母さんと俺に向けられる。

 

「別に……。今日はリンをお願いね、って言ってただけよ」

 

「に、しては長かった気がするけど? 先輩?」

 

リンちゃんの視線が刺さる。『教えて』目がそう言っている。

 

しかし、その隣に座るお母さんの目は、『絶対言うな』と言っている。しかもめっちゃ笑顔で。

 

どうすれば良いんだ……。

 

そうか、話を変えれば良いんだ。

 

「それで、リンちゃんが乗るのはどんなバイクなの?」

 

「ビーノです。本当はお父さんが乗る用に買ってたんだけど、結局ほとんど乗らないまま、私が貰うことになったんです」

 

お。喰い付いた。

 

「少しは乗ったの?」

 

「家の前を少しだけ……」

 

そうなると、初めて乗るのと変わらないな。

 

「リン、私は心配なのよ。こんな状態で今度長野に行くって言うから」

 

「大丈夫だって言ってるでしょ?」

 

「まあ、こんなわけだからね。それで話をしたら、学校でバイクに乗ってる先輩と知り合ったって言うから、滝野先輩にお願いすることにしたのよ」

 

なるほど。それで俺に白羽の矢が立ったわけだ。

 

しかしビーノか。どんな色のだろう……。

 

 

 

「これがリンちゃんのバイクか……」

 

ヤマハ・ビーノ。

 

俺が乗っているのとは違い、最も一般的な50CCモデルだ。

 

パステルブルーというのだろうか、爽やかな水色のカラーリング。

 

「先輩のとあまり変わりませんね」

 

見比べたリンちゃんがそう言った。

 

「全長が少しだけ長い位かな。勿論、エンジンは俺のがデカイよ」

 

ライトの位置など、(わず)かな違いはあるものの、同じビーノだけあって共通部分は多い。

 

リンちゃんが俺のビーノを眺めているので、俺はリンちゃんのビーノを眺めてみる。

 

お。小さな若葉マークが貼ってある。可愛いなぁ。俺も欲しい……。あ、もう免許取って一年間過ぎてるから要らないか。でも、アクセサリーとして貼りたいかな。

 

「この△マークは何ですか?」

 

リンちゃんが、ナンバープレートの下にある△を指して言う。

 

「ああ。これは50CC以上のバイクに付いてる印だよ。ほら、原付と原付二種だと制限速度や二段階右折とか、細かい違いがあるからね。警察が取り締まるときに、誤検挙しないようにって、識別なんだ」

 

フロントは泥除け上部、リアはナンバープレートの下に印がある。

 

「そうなんですね」

 

「うん。だから、無くても違法ではないんだってさ」

 

 

 

あまり長いこと眺めていても、『隣の芝生はなんとやら』で羨ましくなるだけだから、早々に切り上げる。

 

「えっと、とりあえず甲州いろは坂を通って本栖湖まで走ってみる?」

 

自転車でだが、走り慣れている道らしいし、最初はその方が良いだろう。

 

「任せます。私は先輩に付いていけば良いですよね」

 

「うん。ゆっくり走るからついてきて。トラブルは起こらないと思うけど、何かあったらすぐに路肩に停まってね」

 

「わかりました」

 

「じゃあ行こうか」

 

リンちゃんがビーノに跨がり、ヘルメットを被ってセルスイッチを押す。

 

おお、すんなり始動した。まあ、当然か。

 

俺も同じようにセルスイッチを押す。こちらもエンジン始動。

 

「それじゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」

 

エンジンの音を聞いてか、咲さんが出てきた。

 

墓穴を掘らないよう、出発直前まで隠れていた模様……。

 

「分かってるって」

 

「それじゃあ、先輩。リンを宜しくね」

 

「はい。行って参ります」

 

しかし、リンちゃんにとっては学校の先輩だけど、咲さんにそう呼ばれるのは何か違和感が……。

 

まあ良い。今は少しでも楽しんでもらえるようにしよう。リンちゃんの初めてのツーリングなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

リンちゃんの家を出発し、少し走った所にある本屋の辺りへ来た。

 

左折ウィンカーを出し、交差点で一時停止。

 

しっかり左右の確認をし、発進。

 

ミラーを見ると、後ろに続いているリンちゃんも、左右確認して発進。

 

うん。見た感じ問題なさそうだ。センスは悪くない。乗っていればそのうち上手くなるだろう。

 

俺も人のことは言えないけれど……。

 

時々ミラーを確認しているけど、多少ふらつくことはあっても、問題なく走れている。

 

交差点を左折し、国道300号線に合流。

 

これが『本栖みち』、この先は所謂(いわゆる)『甲州いろは坂』だ。

 

さっきまでの道と違い、交通量が多い。

 

「あちゃー」

 

早速、リンちゃんが凄い勢いで(あお)られている。

 

左ウィンカーを出し、路側帯に停めると、リンちゃんも続いた。

 

煽っていた車は、追越禁止もなんのその、対向車線に大きくはみ出しながら抜いていき、すぐに視界から消えていった。

 

「大丈夫だった?」

 

ヘルメットのシールドを上げ、大声でリンちゃんに声掛ける。

 

「大丈夫です。最初、運転に集中してて気付きませんでしたけど……。ちょっと恐かったです。めっちゃ煽られますね」

 

良かった。こうは言ってるけど顔色は悪くない。

 

ビーノのエンジン音が大きいので声も大きくしないと聞こえない。リンちゃんもそれを分かって大声で答えてくれた。

 

「原付の最高速度は30㎞だから、乗用車から見れば遅いからね。まあ、気を付けよっか」

 

「はい」

 

後方を確認して発進。

 

しかし、端からみれば喧嘩だな……。

 

 

 

つづら折りの峠道を登って、ちょっと長い中之倉トンネルを抜ける。

 

本栖湖到着だ。

 

目の前に広がる湖に、その向こうに見える富士山。今日は綺麗に見えている。

 

駐車場にビーノを停め、エンジンを切る。そしてヘルメットも脱ぐ。

 

同様にリンちゃんも隣に停まる。

 

「本栖湖着いたよ」

 

「着きましたね。こんなに早く……」

 

確かに。今までの自転車だったら、こんなに早く着かない。しかも、延々登ってきたのに、ほとんど疲れていない。

 

「どうだった? 自転車と比べて」

 

わざとらしい質問を投げてみる。

 

「全然違いますね。ここまであっという間に来れましたし。何と言うか……ハマりそうです」

 

「それは良かった」

 

初めて会ったとき、恵那(えな)ちゃんはあんなことを言っていたけど、これは本当に遠いところへ行ってしまいそうだ……。

 

 

 

 

*1
中部横断自動車道

*2
2021年8月29日に、中央道と新東名を結ぶ区間が全線開通。ゆるキャン△コラボキャンペーンが行われたことは、記憶に新しいだろう……。なお、作中の段階では 双葉JCT~六郷ろくごうICが開通している。



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 「学校の先輩と一緒に来たんだ」


2024年2月24日追記

挿絵挿入のため、少し文章を変えました。



 

本栖湖(もとすこ)に到着。

 

中之倉トンネルを出たところにある駐車場にビーノを停める。

 

目の前には、雲一つない綺麗な富士山が。

 

 

……しかし、喉が乾いた。

 

この辺りにある自販機といえば、浩庵(こうあん)キャンプ場の所なので二人で歩いて行く。

 

「前にも聞いたかもしれませんが、先輩はバイク好きなんですか?」

 

「いや、別にそういう訳じゃないよ。俺、前は古関郵便局近くのアパートに住んでて、学校へは自転車で通っていたんだ」

 

今日走った時、アパートの有った場所を見たら、更地になっていた。

 

「ただ、老朽化が酷くて閉鎖されてね。で、実家に戻ったんだ」

 

「実家はどの辺りですか?」

 

四尾連湖(しびれこ)木明荘(きめいそう)だよ」

 

そう答えるなり、リンちゃんが驚く。

 

「四尾連湖……! 結構遠いですよね?」

 

「うん。一時間は掛かるかな……。今日は流石に居ないか」

 

「居たら面白いですけどね……」

 

トイレに差し掛かったところで、(くだん)のベンチを見る。各務原(かがみはら)さんの姿はない。

 

【挿絵表示】

 

「それで、四尾連湖から本栖高校に通うとなると、自転車では無理だからって、バイクにしたんだ。まあ、流石に道が凍っていたら車で送迎してもらうけどね」

 

「そうなんですね。じゃあ先輩、武田書店は知ってますよね?」

 

「うん。前は時々行ってたよ」

 

アパートの近くだったから、利用していた。

 

今は遠いけど……。

 

「私、あそこでバイトしてるんです」

 

「へぇー。そうなんだ」

 

ん?

 

そういえば、学校では図書委員だし、バイト先は本屋。リンちゃんは本が好きなのかな。

 

「っと、到着」

 

浩庵キャンプ場の受付に着いた。

 

ここの自販機、キャンプ場とあって少し高いんだけど、背に腹は変えられぬ……。

 

「おや?」

 

自販機の前に立ち、何にしようか迷っていたら、横から声がした。

 

「君は木明荘の滝野(たきの)くんじゃないですか」

 

あ、ここの管理人だ。確か、宮田(みやだ)さん。

 

「あ、どうも。お世話になってます……」

 

「今日は?」

 

「えっと、高校の後輩がバイクに初めて乗るってことで、ここまで走ってきました……」

 

そう言いつつ、後ろのリンちゃんを見やる。

 

「ああ。そうでしたか……」

 

目が合うと会釈していた。

 

「あ、何か飲みますか? ご馳走しますよ」

 

「えっ? あ……」

 

言うが早い。財布を取り出してお金を入れてしまった。

 

「ありがとうございます。ご馳走になります」

 

続いてリンちゃんも釦を押す。

 

「それでは。私はこれで」

 

そう言い、キャンプサイトの方へ歩いてゆく。

 

 

 

戴いた飲み物を手に、駐車場へ向かって歩く。

 

「先輩、あの人と知り合いなんですね」

 

「宮田さんのこと? まあね。俺の家もキャンプ場管理してるからさ。山梨県はキャンプ場が多いから、観光PRとか運営とかで、あちこちで協力しあってる面もあってね。この間も、うちに泊まりに来たお客さんが、ここに忘れ物をしたからって、俺が取りに来たんだよ」

 

「それで、なでしこを見掛けたと」

 

「その通り」

 

 

 

駐車場まで戻ると、俺たちのビーノの隣に大型バイクが一台停まっている。さっきまで居なかったけど。

 

「あれ……? このバイク」

 

どうやらリンちゃんは、このバイクに心当たりがあるらしい。

 

「もしかして……あ」

 

辺りをキョロキョロしていたかと思えば、その視線は富士山の方角で止まった。

 

駐車場の先。富士山が見える展望スペースに、誰かが立っている。

 

「あの人知り合い?」

 

俺はそう尋ねるも、リンちゃんは返事もせずに歩いて行くので、俺も追い掛ける。

 

「おじいちゃん?」

 

そう声掛けられた人物がこちらを振り向く。

 

「おお、リンじゃないか。久し振りだな」

 

真っ白な髪と真っ白な髭。

 

すらっと背が高く、渋いお爺さんといった感じの人だ。

 

この人、リンちゃんのおじいさん?

 

「うん、久し振り。元気にしてた?」

 

「もちろん。リンはどうした? 自転車が見当たらないが、ここまで歩いてきたのか?」

 

さらっと凄いことを。いくらリンちゃんでも、こんなところまで徒歩では来れまい。逆ならまだしも……。

 

「バイク乗り始めたから、練習兼ねて来たんだ。まあ、原付だけどね」

 

「ああ、あそこに停まっている奴か。2台停まっているが」

 

「うん。学校の先輩と一緒に来たんだ」

 

あ、おじいさんと目が合った。

 

「彼か」

 

「うん。同じ学校の滝野先輩」

 

少し離れたところで二人のやり取りを見ていたけど、近付く。

 

「初めまして。リンさんの高校の先輩に当たります、滝野 純一(じゅんいち)といいます。よろしくお願いします……」

 

「リンの祖父の新城 肇(しんしろはじめ)だ。こちらこそよろしく」

 

顔と声と仕草。その全てが渋く、緊張してしまう。

 

「それでどうだったかな? 孫の運転は」

 

「そうですね。普段から自転車に乗っていたからでしょうか、上手かったと思いますよ」

 

「だそうだ。リン、良かったじゃないか」

 

そう言われたリンちゃんは、照れてるのかちょっと赤くなった。

 

「ところで……」

 

改まったように、新城さんがこちらを向く。

 

「滝野くんはどこに住んでいるんだい?」

 

えっ? 急に何だろう?

 

「えっと、四尾連湖です。四尾連湖の木明荘……」

 

「ああ。あそこは何度か利用したな。気前の良い婆さんが管理してたのを覚えてるよ」

 

あ。祖母のことを知っているのか。

 

「それ俺の祖母です。実は、その祖母が昨年亡くなって、京都から引っ越してきたんです」

 

それで、父が経営を引き継いだ。

 

「そうだったのか。それは残念だったな。しかし、なるほどそういうことか」

 

納得したみたいだけど、何だろう?

 

「というのも、滝野くんの言葉、独特なイントネーションがあるから、どこの人なんだろうって気になったものでね」

 

「そういえば、私も気になってた」

 

あー。

 

二人ともそこ、引っ掛かってたのか。

 

この一年で、すっかり京都弁が抜けて標準語(山梨弁混ざってるかも?)を使うようになったけど、イントネーションで、分かる人には分かるらしい。

 

「先輩、前はどこの学校に居たんですか?」

 

リンちゃんにそう尋ねられる。

 

しかし、校名言ったところで分かるだろうか。

 

宇治(うじ)市の北宇治高校だよ」

 

「北宇治か」

 

新城さんが反応した。

 

「少し前に新聞で名前を見たよ。確か、吹奏楽部が全国大会に出場したとか?」

 

「よく御存知ですね」

 

「宇治と言えば、宇治茶に平等院で有名だろ。だから、名前が引っ掛かってね。覚えていたんだよ」

 

それを聞いていたリンちゃんが、何か言いたげだ。

 

「じゃあ先輩……」

 

その先に何が来るか。聞かなくても分かる。

 

なんたって俺は『トランペットの人』だ。

 

「うん。ほんの少しだけ、その吹奏楽部に所属していたよ。引っ越すことになったから、居たのは本当に少しだけ」

 

あの頃は、まさかここまで強くなるなんて思わなかった。

 

「俺が居たときは、完全にだらけてたよ。先輩の後輩に対する態度も悪かった。あまりにも酷くて、クーデター寸前までいったよ。それを見ることなく、引っ越すから退部したけど」

 

あのあと起きた事件……騒動は、それを目にしていない俺が語るのは無礼だろう。

 

一年生の大量退部事件が起きたのだから。

 

俺もその一人に数えられているらしいが、関係のない話だ。

 

「あ、ごめんなさい。空気悪くなっちゃいましたね」

 

重い話をしてしまった……。

 

「いや、構わんよ。続けなさい」

 

「聞いた話だと、今年から来た新しい顧問の先生が、物凄い指導で力付けさせて、十数年振りの全国大会出場だって」

 

『あの顧問何! ムカつくんだけど』『何か、部の空気変わった』『関西出場決定! 全国金賞目指すから』……

 

送られてきた数々のラインメッセージを思い出す。俺もあの部に居たなら……。

 

いや、未練はない。

 

編入先であるこの学校に、吹奏楽部が無くて大会には出れなかったけど、今も楽しいし、楽器が吹ければ良い。なにより、転校前に香織(かおり)先輩とも約束したし……。

 

「何か、この話してたら演奏したくなってきましたね。少し吹いても良いですか?」

 

無性に吹きたくなってきた。

 

「それは良いですけど、先輩楽器持っているんですか?」

 

リンちゃんから最もらしい質問が出た。

 

当然だろう。

 

「あるよ。ちょっと待ってて」

 

俺はそう言ってビーノの方へ走る。

 

リアのボックスから楽器ケースを出し、そして、中からトランペットを取り出す。

 

(残念ながら?)大した輝きは放たぬ楽器を手に、二人のところへ向かう。

 

この間、二人は何か話していた。

 

さしずめ俺の話だろう。リンちゃんは俺の渾名(あだな)『トランペットの人』を知っているからさっきの話についてこれていたが、新城さんは半ば置いてきぼりだった。悪いことをしてしまった。

 

「なるほど。それが君のトランペットか」

 

新城さんが俺の持つトランペットを見てそう言った。

 

「変わった色ですね。初めて見ました」

 

「これはプラスチック製だよ。バイクで持ち運ぶんだと、金属製はちょっと怖いからね」

 

もし、落としてしまった時には目も当てられない事態になりかねない。

 

勿論、プラスチック製だから大丈夫! というわけでもないが。

 

そんなわけで、普段学校で吹いているのは、銀色のペット。学校の備品だ。

 

それとは別に、持ち運び用に紫色のプラスチック製のこれを持っている。これは父に買ってもらったマイ楽器。

 

さてと。なんの曲が良いだろう……?

 

よし。決まった。

 

 

 

♪~

 

 

 

 

 

「お見事だ」

 

「流石です」

 

一曲、吹き終えると二人から拍手が起こった。

 

いや、よく見たら回りにいる他の人たちも拍手してくれている。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

ちょっと恥ずかしい。

 

「フライデーナイトファンタジーか。中々渋い曲を知ってるじゃないか」

 

「まあ、トランペットが格好良い曲ですからね」

 

「おじいちゃん知ってるの?」

 

「ああ、昔は金曜日といえば、この曲だったよ。色々な映画を見たものさ」

 

新城さんが懐かしそうに語る。

 

金曜日。映画。なんの話だろうか?*1

 

まあ良い。

 

「先輩の演奏、初めて聞きました。上手いですね」

 

「まだまだだよ。もっと上手い人は五万と居る」

 

高音が安定せず、掠れてしまった。また練習だな。

 

「もう一曲良いですか?」

 

まだ吹きたい。

 

「構わんよ。むしろ、わたしももっと聞きたい」

 

「私もです」

 

それは嬉しいな。でも、

 

「この、プラスチック製のトランペットは、連続で何曲も演奏するのには向いてないんですね。残念ながらもう一曲だけです」

 

では……。

 

 

 

♪~

 

 

 

 

 

 

 

「これも、また面白い選曲だな」

 

新城さんの感想。

 

「これ『海の見える街*2』ですね」

 

リンちゃんは曲名を知っていた。

 

「海ではないけど、湖が見えるからね。ちょっと違うかな……?」

 

「ぜんぜん違いますよ、先輩。演奏は良かったですが、曲のチョイスは如何かと」

 

う……。辛辣なコメントが。

 

 

 

「おや? 電話だ。ちょっと失礼」

 

電話が掛かってきたらしく、新城さんが少し離れてゆく。

 

「先輩はいつからトランペット吹いているんですか?」

 

リンちゃんから質問が飛んできた。

 

「さて? 俺も覚えてないんだよ。家にトランペットがあったから、物心ついた時には吹いてた。まあ、あの頃は聞くに耐えない雑音だったけどさ」

 

今思えば、なんでうちにはペットがあったんだろう?

 

「すると、かなり長い方ですよね?」

 

確かに。高校から吹奏楽を始める人も居るから、そういう人と比べたら、長いだろう。

 

「すまなかった」

 

電話していた新城さんが戻ってくる。

 

「今、(さき)から電話があってね」

 

「お母さんから?」

 

「ああ。それで今本栖湖で二人に会ったって話したら、そろそろ昼だし滝野くんも一緒に皆で昼食でもどうか、って」

 

昼食?

 

二人の視線が俺に向く。

 

「えっと。それは有り難い話ですが、急に押し掛けたりしたら迷惑じゃないですか?」

 

しかし、新城さんはニヤリと笑う。

 

「もう5人分用意してるらしい。ここからなら20分位だから丁度良い頃合いだろう。もしかして、何か用事でもあるのかい?」

 

「いいえ。大丈夫ですよ」

 

「それじゃあ、行こうか」

 

あ、これ断れないパターン?

 

リンちゃんを送り届けたら、その辺の山中でもっとペット吹きたいな……って思ってるんだけど。

 

勿論、道から外れた山の中に入る訳じゃないからね? 人家がない道路沿いの路肩で。ってことだから。

 

「リンちゃんは、その、嫌じゃないかな? 俺がお邪魔するのは……」

 

自分の部屋まで入れる訳じゃなくても、同じ学校の先輩ってだけで、別に親しくもない人を、家に上げるのは如何なものだろう?

 

「別に構いませんよ? むしろ、もっと先輩の話聞きたいです。トランペットのことや、バイクの話も」

 

あれ? 良いんだ。

 

「それに、トランペットが吹きたいのなら、家でどうぞ。家、両隣が離れてますから、玄関先で多少音出したって怒られませんよ」

 

分かったの?

 

「じゃあ、お邪魔するよ」

 

既にバイクの方へ歩き始めている新城さんを追い掛ける。

 

「私が先導するから、リンは続きなさい。滝野くんはリンの後ろを頼めるかい?」

 

「分かった」

 

「分かりました」

 

ヘルメットを被り、エンジン始動。

 

隣でリンちゃんと新城さんも同じようにスタンバイ。

 

新城さんのバイクを改めて見ると、やはり大きい。

 

『これぞ、バイク』という感じだ。俺たちのビーノは『原動機付自転車』だからね。

 

おお。エンジンの音も大きい。

 

「準備は良いかい?」

 

「大丈夫だよ」

 

「俺もオッケーです」

 

最初に新城さんが走り出す。

 

それにリンちゃんが続く。

 

 

 

 

 

中之倉トンネルを抜け、行きに登ってきた甲州いろは坂を今度は下ってゆく。

 

行きは先頭だったが、今度は最後尾を走ってゆく。

 

リンちゃんのおじいさん、走っている姿も格好いいな……。

 

将来、俺もあんなバイクに乗ってみたい。

 

おっと、そんなことよりも先に、進路を決めなければいけないんだけどね……。

 

とはいっても、今はリンちゃんの初めてのツーリング中だ。『帰るまでが遠足』というように、まだ終わっていない。

 

 

最後まで楽しんでもらえるよう、気を付けて走ろう。

 

 

 

 

 

*1
1985年10月から1997年3月まで、金曜ロードショーのオープニングでこの曲が使われていた。新城さんは『金曜ロードショーといえば、フライデーナイトファンタジー』と言いたいのだろう。

*2
1989年公開の映画 魔女の宅急便 挿入歌



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 「一緒に行っても良いですか?」

 

高校前の坂道。歩いて行く生徒の横をビーノで登って行く。

 

まだ始業まで時間がある。この時間に登校してくるのは、朝練のある部活の部員か、単に早起きの人ぐらいだ。

 

つまり、歩いている生徒の数は決して多くない。それでも、視線が集まる。

 

仕方の無いことだけど……。バイクに乗っているだけでも目立つのに、俺は『トランペットの人』という名で有名なんだから。

 

駐輪場にビーノを止め、チェーンを柱に回す。一番乗りだ。

 

このあとどんどんチェーンが上に増えて、外すときが大変だけど、今日は一番最後に帰る予定だから問題ない。

 

脱いだヘルメットをバンドルにぶら下げ、昇降口へ向かう。バイクとは違い、ヘルメットはよっぽど盗まれまい。行儀が悪いが、多少は良いだろう……。

 

\イッテラッシャイ!/

 

 

 

靴を替え、職員室へ向かう。

 

「失礼します」

 

ノックし扉を開け、職員室へ入る。

 

滝野(たきの)

 

鍵がある場所へ歩いて行く途中で、呼び止められた。社会科の田原(たはら)先生だ。

 

「田原先生、どうされました?」

 

「音楽室の鍵なら、さっき可児(かに)が取りに来たぞ」

 

可児が? もう来てるのか。

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

「ああ」

 

ならばこの部屋に用はない。戻ろう。

 

そう思って引き返したとき、田原先生がイスに座ったまま伸びをした。

 

「んー」

 

朝早いしお疲れなんだろう。

 

そう思いつつ横目に見ていたのだが、驚いて視線が再びそちらを向く。

 

所謂(いわゆる)二度見というやつだ。

 

「先生、それ……」

 

何に驚いたかって? 

 

先生の左手薬指であるものが光ったからだ。

 

「あっ」

 

俺が言わんとしていることに気づいたのか、先生は慌ててそれを外し、隠すようにしまう。

 

「滝野」

 

そして、赤くなった顔で俺を見る。

 

「何でしょう?」

 

ヤバい。俺は見ちゃダメなものを見たらしい……。

 

「今のは見なかったことにしてくれ。普段学校では外しているんだが、昨日が休みだったから忘れていたんだ」

 

そういうことか。

 

そっちの理由は分かったが、そうするともう一つの理由が気になる。

 

「先生、結婚されたんですか?」

 

『教職一筋に生きる!』というオーラで有名だった田原先生だ。結婚したのなら、まさか といった感じだ。

 

「皆には黙っていてくれよ」

 

そう言われ室内を見渡す。

 

居るのは先生が数人。先生には知られても問題ないみたいだ。というか、もう知ってるのかもしれない。

 

「もうすぐ彼の誕生日なんだ。その日に入籍予定だ……」

 

素直に驚いた。あの田原先生が結婚するとは……。

 

「絶対に言うなよ?」

 

「俺、そんなに信用ないですか?」

 

「なければ教えないよ。分かってるけど、念には念をな?」

 

「はい……」

 

なんですか、これ? とんだ茶番劇に、他の先生方は笑っている。

 

おっと。時間が勿体無い。

 

「それでは、失礼しました」

 

職員室を出る。

 

 

 

鞄片手に廊下を歩いて行く。

 

まだ、登校してくる生徒もまばらで、校内は静か。

 

「あ、滝野先輩~!」

 

昇降口のところで声を掛けられた。

 

「あれ、恵那(えな)ちゃん。早いね。朝練?」

 

恵那ちゃんだ。

 

こんな早くから来る人は、部活の朝練がある人か、単に早く起きただけの人に限られる。

 

恵那ちゃんも部活かな? そういえば何部なんだろう?

 

「私、帰宅部ですよ」

 

あれ?

 

「じゃあ、今から帰宅?」

 

「ですね。じゃあ、先輩さようなら~」

 

今履き替えたであろう靴に履き替えようとする。

 

「ちょっと待て!」

 

「なんてね。冗談ですよ」

 

ノリが良い。リンちゃんともこんな感じなんだろう。

 

「そっか、帰宅部なのか。手芸部とか似合いそうだけど」

 

リンちゃんの髪で遊ぶぐらいだし、手先は器用だと思う。

 

「でも、この学校手芸部無いですよね?」

 

無い。

 

「じゃあ、スクールリゾート部?」

 

「ありませんよ。というか、なんですか? その変な名前の部は」

 

何だっけ? 忘れた。

 

「ところで、俺に何か用でも?」

 

俺が話を脱線させてしまったが、元は恵那ちゃんから話し掛けてきたんだった。

 

「リンから聞きましたよ。昨日、バイクで一緒に走ってくれたんですね。ありがとうございました」

 

「ああ、その事か。でも、別に大したことはしてないよ」

 

一緒に本栖湖(もとすこ)への道を往復して、本栖湖でトランペットを聞いてもらって、リンちゃんのお祖父さんにお会いした。それだけだ。

 

むしろ、昼食をご馳走になったし、俺の方がお世話になった。

 

「でも、リンとても楽しかったみたいですよ」

 

「それは良かった」

 

「ところで、先輩。今から朝練ですか?」

 

「そうだけど?」

 

「先輩の演奏、私も聞きたいです。お上手なんですってね。一緒に行っても良いですか?」

 

「なんでそれを?」

 

「リンから聞きました」

 

ああ。リンちゃんね。

 

別に言いふられたら困ることはないけど、何でも話しちゃうんだな……。女の子の情報網、恐るべし。

 

「まあ、俺は構わないよ。じゃあ、行こっか?」

 

 

 

音楽室に到着。楽器の音は聞こえない。

 

ノックして扉を開く。

 

「おはようございます! 先輩、遅いですよ」

 

「あれ、斉藤(さいとう)さん」

 

「ミクちゃんおはよう」

 

「おはよう」

 

どうやら、可児と恵那ちゃんは面識があるらしい。

 

「あれ、知り合いなの?」

 

「同じクラスです」

 

なるほど。そうだったか。

 

「ところで、斉藤さんは何をしに? もしかして入部希望ですか!」

 

「違うよ。私が演奏できるのって、カスタネットぐらいだし」

 

「そうか……。ここ、軽音楽部じゃないから、カスタネットは要らないですよね」

 

「可児、軽音楽は読んで字の如く、じゃないぞ。『軽い音楽って書くから簡単なことしかやらない』って思ってるんなら、大火傷するぞ」

 

「えっ! 違うんですか?」

 

違うに決まってるだろ。どこのアニメヒロインだよ。

 

「それよりも。恵那ちゃんに茶番劇見せてどうする? 演奏聞きに来たんだって」

 

恵那ちゃん笑ってるじゃないか。

 

「そうですか。じゃあ、先輩どうぞ」

 

丸投げかよ。まあ、俺の演奏が聞きたいって言ってたんだし、無理矢理吹かすのも良くない。

 

「いや、お前も吹けよ」

 

「え~!」

 

「嫌なら構わんが」

 

「嫌です」

 

おいおい。速答。

 

「あ、そうだ先輩。あの曲吹いてください。ほら、聞かせてくれたCDの、ソロパートの部分」

 

ああ。今年の全国大会のCDか。吉川(よしかわ)が送ってくれたやつをこいつにも聞かせたんだっけ。

 

「先輩が前居た北宇治(うじ)高校の。えっと、自由曲のペットのソロ」

 

どういうわけか、譜面まで同封されていたから、吹こうと思えば吹けるが……。

 

「難しいから嫌だ。お前が吹けよ」

 

「じゃあ、先輩が好きな曲で良いですよ」

 

よし。

 

「じゃあ、『トランペット吹きの休日』で」

 

吹く曲は決まった。

 

それでは楽器の準備をしよう。

 

準備室から楽器を引っ張り出す。

 

チューニング。……問題なし。

 

構え。息を吐く……。

 

♪~

 

 

 

吹き終え楽器を下ろす。

 

「……あ」

 

少し間があって恵那ちゃんから拍手が起こる。

 

「先輩凄いですね。初めて聞きましたけど、なんというか、感動しました!」

 

「ありがとう」

 

感想を言ってもらえるのは有り難い……

 

♪~

 

って、なんだこの曲は!

 

けたたましいともいえる、トランペットの音に始まる曲。これは……?

 

「お前、勝手に……」

 

可児がCDを再生していた。

 

「先輩、この曲は?」

 

「『三日月の舞』。俺が前にいた学校の、今年のコンクールでの演奏だよ」

 

「なんか必殺技みたいな名前ですね」

 

「恵那ちゃんもかい……」

 

最初、曲目を聞いたときに可児も同じことを言っていた。

 

因みに、『みかづきのまい』はクレセリアの専用技だ。ポケモンのゲームの方ではそこそこ使える技だが、ダンジョンの方で使われると、復活アイテム浪費されるから正直嫌だった。

 

さて、そろそろか。

 

「可児、この辺低音の見せ場だぞ」

 

って、言わなくても聞いてるか。

 

「先輩、見せ場というより、魅せ場では?」

 

俺の話もしっかり聞いているようでなにより……。

 

「次、ペットのソロだ」

 

 

 



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 「まあまあかな?」「まあまあだな」「まあまあだね」


長らくお待たせしました。

お待たせしたわりには短いです……。


〈3月26日追記〉

サブタイトル変更しました。

旧題 「まあまあかな?」



 

「これ、凄いですね……」

 

演奏を聞いて、恵那(えな)ちゃんもなにか感じるところがあるらしい。

 

一年生……いや、高校生とは思えない上手さだ。俺も最初聞いたときには耳を疑った。

 

この子、相当な実力がある。なのに北宇治(うじ)に居る。

 

何故、これ程の実力がありながら立華(りっか)東照(とうしょう)(大阪東照)に行かなかったんだ? 推薦だって好条件で出てただろう。

 

「先輩、この子知ってるんですか?」

 

「いや、知らないよ。俺がこっちに来たのは、俺が高一の時だったから、その頃この子中三だよ」

 

「私と同い年でしたか」

 

可児(かに)。前にそう言っただろ」

 

えっと……。名前は確か、高坂 麗奈(こうさかれいな)。一番最初に名前を聞いたとき、もしやと思ったが、その通りだった。

 

しかし、本人がそれを気にしている可能性もあるので、これ以上は言わない。

 

 

 

「と、いうわけで。滝野(たきの)先輩にはこのソロパートを吹いてもらいます」

 

CDを途中で切り、俺にそう言う。

 

「嫌だと言っただろ!」

 

「あれー? 先輩吹けないんですか? これ、簡単な曲なのに」

 

おいこら!

 

「言ったな……」

 

こういう時のための用意がある。

 

俺は楽器ケースから、予備のマウスピースと譜面を出し、ペットに付け、譜面台に置く。

 

俺の動作を、恵那ちゃんは面白いものを見るような目で、可児はやっちまった……という顔で見ていた。

 

「準備完了! ああ言ったんだ、先ずは可児。お前が吹け」

 

「えっと……」

 

「問答無用。吹け」

 

そこまで言うと可児は、ゆっくり俺のペットを手に取る。

 

 

♪~

 

 

軽く試し吹き。

 

中学では、人手不足だったため、ペットとユーフォどっちもやっていたという可児だ。口にした通り簡単なんだろう……。

 

構える。

 

 

♪~

 

 

 

「まあまあかな?」

 

「まあまあだな」

 

演奏が終わると、恵那ちゃんが感想を言ったので、俺も続いた。

 

「二人揃ってなんなんですか! まあまあって!」

 

可児が悲鳴のような声を上げる。

 

「そういうお前はどう思う? 今の自分の演奏」

 

「どうって。そりゃあ勿論……」

 

「勿論?」

 

言い方に含みを持たせたな。気になって恵那ちゃんが聞き返した。

 

「まあまあだね」

 

ほれ。言った通りじゃないか。

 

恵那ちゃん、呆気にとられたような顔してるじゃないか。

 

「まあいい。可児、ペット返せ」

 

「はい」

 

差し出されたペットを受け取る。

 

マッピを付け替え、譜面台をこちらへ向ける。

 

「さて。今度は俺の番だな」

 

軽く試し吹き。

 

♪~

 

よし。良い感じだ。

 

構え、息を吐く。

 

 

♪~

 

 

 

「ミクちゃんよりは上手いです。でも、CD程ではないですね」

 

恵那ちゃんから感想が出る。

 

そりゃあそうだ。俺ごときがプロ奏者の娘に敵うわけがない。

 

「ありがとう。まあ、こんな感じだよ。……どうした?」

 

可児の方を見ると、何故か目を輝かせてこちらを見ている。

 

この顔、まさか。

 

「なんていうか、すごく言いづらいんですけど……」

 

やはり、この台詞。

 

「……あんまり上手くないですね!」

 

「ほっとけ」

 

「でもなんだか楽しそうな雰囲気が伝わってきました。私、この部に入部します!」

 

「既に入部してるだろ。いつの間に退部していたんだ?」

 

あーあ。恵那ちゃん笑ってるじゃないか。

 

「しかし、可児。お前このネタ本当に好きだな」

 

「はい! マネージャーとかどうかな……?」

 

「要らないよ。お前、俺が立ち上げたこれ、『吹奏楽サークル』じゃなくて、『軽音楽サークル』だったとしても、迷いなく入部してただろうな」

 

「はい!」

 

元気の良い返事だ。しかし、

 

「お前、ギターとか出来るの?」

 

「ユーフォとペット、それからチューバ位なら……」

 

吹奏楽だろ。

 

「軽音楽関係ないじゃないか」

 

「てへ!」

 

「おいこら。そろそろ真面目に練習しろ。恵那ちゃんに笑われて終わるじゃないか」

 

さっきから終始笑いっぱなしの恵那ちゃんを横目に、可児を(たしな)める。

 

「いやぁ。お二人のやり取りを見てるだけでも楽しいですね。その為だけに入部しちゃおうかな……。って、一瞬思いました」

 

思っただけ、か。

 

でも、そう思ってもらえただけでも有り難い。

 

 

 

 

 

「ところで。滝野先輩とミクちゃんは、お付き合いされてるんですか?」

 

「「は?」」

 

唐突に凄い質問来た……。

 

可児と顔を見合わせる。

 

「そんな関係じゃないですよ。ね、先輩?」

 

まあ、確かにそうだ。

 

「違うな」

 

「どちらかといえば、漫才コンビの相方、みたいな感じですね」

 

そんな風に思われていたのか……!

 

でも、そんな感じかもしれないな。

 

「先輩は私のことどう思ってるんですか? あ、先輩は私のこと、彼女と思ってましたか?」

 

「言っとけ。世話の焼ける妹みたいな感じだよ」

 

「妹って……」

 

不満か? そんな声だった。

 

「まあ、本当に妹がいるけどさ」

 

……。

 

…………あれ。

 

二人が急に静かになった。

 

「先輩、妹さんが居るんですね」

 

可児が、酷く冷たい目で俺を見ながら言う。

 

「居て悪いか?」

 

「私たちという妹が居ながら!」

 

恵那ちゃんまで乗っかってきた……。

 

「勝手に妹自称するな。妹は三人も要らない」

 

「まあっ! 妹自称するななんて、ヒドいザマス!」

 

「ひどいざます!」

 

「なんなんだお前ら!」

 

しかし、なんの真似だろう?

 

恵那ちゃんはともかく、可児はアニメやマンガのネタを真似することが多い。もちろん、俺の知っているものとは限らない。

 

そういうときは、その元ネタが分からないから、適当なツッコミ(返事)に困る。

 

「まあ良い。俺は練習続けるから、可児は好きにしろ。恵那ちゃんはまだ見てく?」

 

「はい。もうすぐ時間ですからそれまでいます」

 

時間? ……あ、もう予鈴10分前じゃないか。

 

漫才(なのか?)に付き合わされていたら、時間が無くなったよ……。

 

 

 

まあ、今日は放課後も音楽室が使えるし、今は時間一杯練習して、後は放課後だな。

 

って、恵那ちゃん演奏聞いていくんじゃないのか。スマホいじってる……。

 

 



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 『野外活動サークル。通称、野クル』


柷 テレビアニメ『ゆるキャン△』第3期製作決定!!




 

放課後。

 

楽器片手に廊下を歩く。

 

「ったく。なんで今日なんだ……」

 

思わず愚痴(ぐち)(こぼ)れる。

 

今日は急遽(きゅうきょ)、補習で音楽室を使うことになった、とのことで音楽室が利用できなくなった。

 

昨日、というよりは朝の時点まで、放課後も大丈夫だって聞いていたのに……。

 

「放課後になってから急に言われても困るんだけど」

 

はき出す言葉はぐちばかり……。まあ仕方ない、諦めよう。

 

こういう場合、9割方可児(かに)は帰るので、一人校庭で練習することにしている。だから、今日もそうしよう。

 

下駄箱で靴を替え、外へ。

 

「寒っ!」

 

思わず声が漏れた。

 

11月も中旬となれば、ここ山梨はどんどん寒くなってゆく。

 

それでも日向は暖かい。

 

この時間ならまだ校庭には誰も居ないはずだから、暖かい場所を選んでそこで吹こう……。

 

 

 

と、思って校庭に来たら、先客がいた。

 

「って、()クルの面子が揃って焚き火か……」

 

よく見れば、各務原(かがみはら)さんの姿がある。

 

校庭の端で焚き火を囲んでいる。その上にはポットが吊るされており、近くのベンチには(びん)が見える。

 

お湯を沸かしてコーヒーでも飲むのだろう。

 

俺は気にせず吹くだけ……。

 

「あ! ブランケット先輩だ!」

 

そうといかないのが、御約束。

 

「先輩~!」

 

各務原さんに見付かってしまった。

 

まだ吹いてないのに! 音で気付かれたのなら諦めがつくけど、俺の姿に気付いたのなら、黙認してほしかった。

 

……って、ブランケット先輩だって?

 

駆け寄ってきて、

 

「えっ! ちょっと!」

 

俺の袖を掴み、引っ張ってゆく。

 

「待って待って待って!」

 

俺の止める声もむなしく、他の二人がいる焚き火の側へ連れてこられた。

 

「なでしこ。その人って、ま、まさか……」

 

眼鏡の子。確か、大垣(おおがき)さんが俺を見て、驚きの表情を浮かべる。

 

「『トランペットの人』やないの。なでしこちゃん知り合いなん?」

 

その隣の子。って、胸でかっ! 眉毛太っ!

 

おっと。そこに目を奪われている場合ではない。下手すりゃセクハラで死ぬ(別の意味で)。

 

大垣さんの隣にいる子。確か彼女は、犬山(いぬやま)さん。

 

この三人が『野外活動サークル(通称、野クル)』のメンバーだ。確か。

 

確か、が多いな……。知らないんだから仕方ないけど。

 

「各務原さん。俺は何故ここに連れて来られたんだ?」

 

「あきちゃん、あおいちゃん。この人がブランケット先輩だよ!」

 

俺の問いに答えはなく、勝手に俺のことを二人に紹介している。

 

紹介と言えるのか? これ。

 

それに、この二人なら俺のことを知っているだろう。理由(ゆえ)、逆も(しか)り。

 

「お、お、お……」

 

「アキどうしたん?」

 

大垣さんが『お』を連呼して変になってしまった。因みに、表情はさっきと変わらない。壊れた?

 

……仕方ない。

 

「犬山さん。俺は何故ここに連れて来られたんだろう?」

 

「あれ? 私のこと御存知で?」

 

名前で呼んだからか、おや? という感じの顔になる。

 

「そりゃあね。四月に野クルを立ち上げたんだよね? 大垣さんと二人で。大町(おおまち)先生から聞いてるよ」

 

「そうなんだ。アキちゃんとあおいちゃん、有名人なんだね。流石。凄いでしょ!」

 

何故各務原さんが得意気?

 

「そう言ってる先輩こそ、めちゃくちゃ有名人やないですか。『トランペットの人』ですよね。御高名はかねがね」

 

いや、そこまででは……。

 

って、話脱線してる!

 

「結局、俺が連れてこられた理由は?」

 

各務原さんは答えないし、大垣さんは壊れるし、犬山さんは話逸らすし(故意ではない?)。

 

この子ら一体何なんだ~!

 

 

 

 

 

 

「それでは、改めまして。トラ先輩!」

 

治った(?)大垣さんが俺に向き直る。

 

因みに、俺はコーヒーの瓶が置いてあったベンチに座っている。手には渡されたコーヒーが。

 

俺の前には三人が立つ。

 

なんか、これから尋問でもされるみたいで怖い。

 

「単刀直入に言います」

 

角度の問題か、メガネのレンズが光り、目元は見えない。

 

「トラ先輩、野クルに入ってください!」

 

そう言って頭を下げた。最敬礼だ。

 

「何で?」

 

頭を下げられたことにも驚いたが、言った言葉にはもっと驚く。

 

野クルに入れって。急に何なんだ?

 

「もう、あんな狭い部屋は嫌なんだよ!」

 

「四人以上集まれば、部に昇格出来るんですよ」

 

「大きい部室が手に入るかもしれないんです!」

 

頭を上げた大垣さんから順に、三人が口にする。

 

なるほど。

 

「そういうことか。理由は分かった」

 

しかし、それならこちらにも言い分はあるんだよ。

 

「でもね、俺……吹奏楽サークルは部室無いんだよね。顧問の先生も居ないし」

 

音楽室は使って良いことになってるけど、先述の通りなので、今日みたいに使えない日もある。

 

「俺は残念ながら君たちの部室を知らないけど、自分たちの部屋があるだけ良いんじゃない? それに、詳しい活動内容とか知らないけど、この間も中庭でテント張ってたし、今日もここに来てるだろ? 活動場所が外なら、部屋は狭くても大丈夫なんじゃない?」

 

少し長くなってしまったが、今の話を三人は黙って聞いていた。

 

一人だけ、表情が七変化していたけど……。

 

「ぐぬぬ……」

 

その大垣さん、またも表情が変わった。八変化目。この子意外と面白いかも。

 

「そうかなぁ?」

 

不服そうに唇を(とが)らせる各務原さん。この子、今の話理解できてる? なんか不安。

 

「まあ、部室に関しては先輩の言う通りですわ」

 

流石犬山さん。理解が早い。この三人の中ではそういう立ち位置だと思っていたけど、その通りみたいだ。

 

「でも、先輩を勧誘しとる理由は、それだけじゃないんですよ」

 

……ん?

 

「というと?」

 

「それをここで話すのもアレですし、コーヒー飲んだら一緒に部室へ行きましょ」

 

え……俺の練習は?

 

 

 

 

 

 

急かされるようにコーヒーを飲み、部室棟へやって来た。

 

「三人で来たけど、大垣さんは?」

 

昇降口を入るところまでは四人一緒だったが、ここまで来たのは三人だ。

 

いつの間にか、大垣さんが居なくなっていた。

 

「職員室です。野クルには顧問の先生居ませんけど、一応大町先生が監督してるんで、焚き火の報告に行ってます」

 

「ああ。あれ先生に言ってあるんだ」

 

校庭で枯れ葉を集めてやっていた焚き火。ここに来ることになって、ちゃんと消してきた。その事の報告らしい。

 

「当たり前やないですか。ちゃんと許可もらってますー。ウチらが無許可で焚き火してると思っとったんですか?」

 

「いいえ」

 

ごめん。本当はそう思ってた。

 

しかしこの子、関西弁上手いな。京都に居た頃を思い出す。

 

こっちきて一年ですっかり京都弁が抜けたけど、前俺はこんな言葉使ってたな、って懐かしくなる。

 

犬山さんも関西出身なんだろうか……?

 

「ブランケット先輩~! 着きました。ここが野クルの部室です!」

 

少し前を歩いていた各務原さんが、立ち止まってこちらを振り向いて、右手で示す。

 

『野外活動サークル』そう書かれた部屋は、部室棟の一番奥にあった。

 

「どうぞ。狭い部屋ですが」

 

そう言いながら各務原さんが扉を開く。

 

「って、確かに狭っ!」

 

「私も最初に来たときは『うなぎのねどこ』だって思いました」

 

狭い。縦長で幅は無い。

 

二人並んで立つのも大変だ。

 

「もともとは使っとらん用具入れだったんです」

 

各務原さんに続き、犬山さんも室内へ入る。そして、当然のように棚に腰掛ける。

 

「アキちゃんは?」

 

「そろそろ来るやろ」

 

二人、そう言いながら足をぶらぶらしている。

 

「俺はどうしろと? こんなところまで連れてこられて……」

 

「まあ、あき戻ってくるの待ちましょ」

 

しかしこの子、大きいな……。何が、とは言えないが。

 

ってか、その位置で足ぶらぶらしてたら、二人ともスカートの中が見えそうなんだけど。

 

ただでさえ短いのに……。

 

あ、でも京アニパワーでパンツが見えることはないのか。物理的に見えそうな角度でも、絶対に見せない。それが京アニクオリティー……。

 

あ、ここ京都じゃないじゃん! ということは、もしかして見えるの?

 

 

見え………………た!

 

「あたっ!」

 

慌てて顔を(そむ)けた拍子に、顔面を壁にぶつけた。

 

「えっ! 大丈夫ですか、ブランケット先輩!」

 

「どないしました?」

 

二人が心配そうに俺を覗き込んできた。

 

パンツが見え、顔を背けたらこうなった。とはいえ『君たちのせいだよ』なんて、口が裂けても言えぬ……。

 

「何でもないよ。この部屋が狭いから……」

 

誤魔化すだけで精一杯。

 

部屋に入ってすぐ、トランペットを棚に置かせてもらってて良かった。下手すりゃ落としてた。

 

 

 

 

 

 

 

犬山さんと各務原さんから、『野外活動サークル。通称、野クル』とは何か。普段の活動は。といった話をしていたら、職員室に寄ってきた大垣さんがやってきた。

 

「さて、全員揃ったことだ。改めて私たちがなぜトラ先輩を我が野クルへ勧誘しているか、説明しようではないか……!」

 

「前置き長いわ」

 

渾身(こんしん)の(?)、格好いいポーズを決めた大垣さんだが、犬山さんに突っ込まれる。

 

「先輩もご存じの通り、部員が四人になれば、部に昇格出来るんです」

 

「それは俺も知ってるよ」

 

去年、サークルを立ち上げたときに聞いた。

 

「流石ブランケット先輩! 物知りですね」

 

すかさず各務原さんの歓声。

 

「この度、各務原が入部して今は三人います」

 

「はい! 私が入部しました」

 

「お前ちょっと黙ってろや」

 

大垣さんに怒られて各務原さんがむくれる。まあ、喋ってすぐにいちいち突っ込まれてたから、気持ちは分からなくもないが。

 

犬山さんはこのやり取りを笑顔で見守っていた。

 

「そろそろ漫才やめや。あき、本音は何なん?」

 

が、我慢の限界なのか、続きを急かす。

 

「簡単に言うなら『部に昇格すれば部費が貰える』ってことだ~!」

 

「そういう理由かい!」

 

思わず突っ込む。

 

まあ、いろいろ端折(はしょ)ったみたいだが、ようやく本音が出たな。

 

部費か。確かにキャンプをやるんだと、テントやシュラフその他諸々揃えなければいけないし、当日もキャンプ場の利用料や薪代、現地までの交通費や食費……。とにかくお金が掛かる。

 

「まあ、そんなら構へんけど、俺」

 

何か、変な悪巧みを考えていそうだったから、慎重に聞いていたけど、理由は単純みたいだし。

 

大町先生も大垣さんのことを、『面白くてちょっと変わった奴だけど、悪い奴ではない』といっていたが、その通りみたいだ。

 

「マジで!」

 

大垣さん驚きすぎ……。

 

「ほんまですか! でも先輩、吹奏楽サークルの方はどうするんですか?」

 

犬山さんも驚く。しかし彼女は冷静だ。

 

彼女の言う通り、俺は今吹奏楽サークルに所属している。その上で野外活動サークルに所属することは出来るのだろうか?

 

「どないなっとるんかよう分からんけど、掛け持ち出来るんちゃう?」

 

部とサークルなら可能? サークル同士は? 全く分からない。でも、大丈夫な気がする。

 

「そもそも、この学校に部活って幾つあるんだろう?」

 

各務原さんが唐突に口にした。

 

「登山部とウチと、吹奏楽サークル……。イヌ子、他に知ってるか?」

 

「私も知らんなあ」

 

「俺も聞いたこと無いわ」

 

……ん?

 

ふと、視線をずらすと各務原さんが俺を見つめていた。

 

「なんや? 各務原さん」

 

「ブランケット先輩が関西弁喋ってる……!」

 

えっ? あ……。

 

「犬山さんのが移った……」

 

京都を離れ一年強。すっかり抜けていた京都弁が、犬山さんの関西弁に釣られて出ていたらしい。

 

全く無意識だったが。

 

 

 





前書きにも書きましたが、『ゆるキャン△』アニメ第3期の製作が決定しました。との発表が!!

嬉しいですね。というか、おめでたいですね!

3期、ということは、大井川キャンプも製作されるでしょうね。台風災害で大変な寸又峡界隈も登場しますから、今後の発表が楽しみです。



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 可愛い妹が二人も。良かったね


お待たせしました。

月末が忙しい仕事をしているので、遅くなってしまいました。


野クル 初キャンプのお話です(※滝野視点)




 

「ありがとうございます。楽しんでくださいね!」

 

学校から帰宅すると、ちょうどキャンプ中のお客様が、ガス缶を買いに来ていた。

 

父さんが近くに居らず、代わりに対応したところだ。

 

「ありがとね。あ、そうだ。よければこれ使ってよ」

 

「何でしょう?」

 

「温泉の入浴券。もらったんだけど、行く隙なさそうだから、あげるよ」

 

差し出された紙切れを受け取る。

 

「ありがとうございます。……えっと?」

 

『ほったらかし温泉』?

 

「山梨市にある有名な温泉だって。時々テレビでも紹介されてるらしいよ」

 

へぇ……。有名な温泉なんだ。

 

しかし、変な名前だな。

 

 

 

「あ、純一(じゅんいち)帰ってたんだ」

 

今のお客様を外まで見送り、戻ろうとしたら父さんが立っていた。

 

「父さん、今のお客さんからこんなの貰ったよ」

 

「ほったらかし温泉の入浴券か。明日学校休みなんだし、行ってきたらどうだ?」

 

えっ? 明日、土曜日か……。部活の予定はない。それに、別にペット積んで走ればどこでだって吹ける。

 

「それじゃあ、明日行ってくるよ」

 

行くと決まったら、事前に調べておこう。

 

自分の部屋に入り、スマホを取り出す……あれ。

 

さやか*1 からラインが来た。珍しい。

 

受験生だから勉強に集中しているらしく、最近は滅多に連絡が来なくなった……。

 

本人は否定しているものの、お兄ちゃんっ子だから前は頻繁に連絡が来ていた。

 

 

さやか:妹が増えたんだって?

 

さやか:可愛い妹が二人も。良かったね

 

さやか:山梨はやっぱり楽しい?

 

 

……。

 

…………は?

 

一瞬、フリーズしてしまった。

 

なんでこの間の音楽室でのやり取りを知ってるんだ?

 

 

 純一:待て、なぜその話を!

 

 純一:誰から聞いたんだ?

 

さやか:齋藤さんって子から

 

 

齋藤……。字は違うが、恵那(えな)ちゃんのことだろう。

 

何で恵那ちゃんが?

 

 

 純一:さやか、恵那ちゃんと知り合いだったの?

 

さやか:名前で呼んでるんだ

 

さやか:(笑)

 

 純一:いやこれは本人がそう呼べって言うからで

 

 純一:別にそこまで親しい仲ではない

 

 純一:そう、普通。言うなら、普通!

 

さやか:普通普通うるさい

 

さやか:別にどんな関係でも良いけど

 

さやか:冬休み入ったら、また遊びに行くから

 

さやか:そっちは寒いと思うから、風邪ひかないようにね

 

 純一:了解。勉強頑張れよ

 

さやか:ありがとう

 

 

しかし驚いたな。

 

結局、理由は分からなかったけど、さやかと恵那ちゃんが……。

 

接点が見当たらない。

 

 

今度恵那ちゃんに会ったら聞いてみよう。

 

 

 

えっと、そういえばスマホで何かを調べようとしていたんだ。何だっけ?

 

ああ。ほったらかし温泉についてだ。どれどれ……。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、行ってくる」

 

「おお。気をつけて」

 

翌、土曜日の朝。まだ薄暗いうちに出発。

 

昨日少し調べてみたところ、ほったらかし温泉は日の出の1時間前に開くらしく、季節によって時間が変わることが分かった。

 

今は11月なので5時半頃に開くらしい。

 

既に入れる時間だ。

 

ここから車で一時間程の距離だから、このビーノなら一時間ちょっとで着くだろう……。

 

 

県道409号線を甲府方面へ走る。

 

普段曲がる交差点も、今日は曲がらずに進む。

 

帯那トンネルを抜け、身延線の踏切を越え……。

 

\ハシリズレェ/

 

ビーノ、悲鳴上げてるよ……。

 

街中に出たら、当然のように交通量が増え、道路も混雑している。

 

信号もあるから、ゴー・ストップも多い。

 

普段、渋滞や信号と縁の無い生活をしているから、中々新鮮だ。

 

しかし、この子は不満らしい。

 

甲府市の南側回り、笛吹市を縦断し、山梨市へ向かう。

 

 

 

えっと、この先の信号を左折だな……。

 

道を確認したいとき、いちいち路肩に止めてスマホ確認するの、面倒だ。とはいえ、下手なことをして警察に捕まるのは更に面倒。

 

何か良い方法は無いだろうか……。

 

おっと? 緑色の看板を発見! この辺りに高速道路は無いはずだが。

 

緑色の看板。それは即ち『自動車専用道路(以下、自専道)』の看板。

 

自専道は125CC以下の原付は走行出来ない。言い替えるなら、進入禁止。

 

しかし、俺のビーノは原付二種で普通の車と同じ様に走っているから、気を付けていないと、流れに乗って侵入してしまう。

 

その辺、30キロ制限など肩身の狭い思いをしている原付とは異なる。

 

……あ、やっぱり自専道入口だ。俺はこの交差点を右折しなければならないのか。

 

 

 

お、看板が見えた。といっても、あるのは『笛吹川フルーツ公園』のだけど……。

 

こっちだな。

 

案内に従い交差点を曲がると、そこそこきつめの登り坂になった。

 

回りが果樹園になっているのか。流石山梨県。

 

交差点を幾つか曲がり、坂道を更に登って行くと、目的地が見えてきた。

 

おっと、こんなところに分岐が。えっと、バイクは左……って、道狭っ!

 

『ほったらかし温泉駐輪場』

 

ちゃんと、バイク専用の駐車場(つまり、駐輪場)がある。止まっているバイクの数も多く、人気の温泉であることがこの事からも分かる。

 

その駐輪場にビーノを止めた。

 

\ツカレタ/

 

御苦労様。久し振りの遠出で疲れたことだろう。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

貰った入浴券や貴重品諸々とタオルを持って受付へ向かう。

 

おお、無料の屋内休憩所か。ちょっと覗いてみよう。どれどれ。

 

……これは非常に危険だ。風呂上がりにこんなところに寝転がったら最後、お腹が空くか、誰かに起こされるかしない限り、夜まで寝てしまうだろう……。

 

休憩所はさておき、まずはお風呂だ。

 

えっと……入浴券は券売機で購入するのか。しかし、俺にはこれがある。

 

一応、利用できるか聞いてみよう。

 

「すみません。ちょっと良いですか?」

 

券売機の横に立つ、案内係と思われる人に声掛ける。

 

「何でしょう」

 

「こんなもの持ってるんですけど、使えますか?」

 

「どれどれ。はい、ご利用頂けますよ。そのまま窓口にお渡しください」

 

「ありがとうございます」

 

良かった。使えるようだ。

 

まあ、仮にこの券が駄目だったとしても、ここまで来たんだから、お金払ってでも入るつもりだったけど。

 

 

 

温泉脇の展望スペースからは天気が良いと富士山が見えるらしい。しかし、今日は見えない。

 

その展望スペースより一段低いところにお風呂がある。

 

『あっちの湯』と書かれている。

 

もう一つのお風呂が『こっちの湯』だから、『彼方』『此方』という意味だろう。温泉の名前といい、一度聞いたら忘れそうにない。

 

「お願いします」

 

「どうぞ」

 

受付に入浴券を渡し、中へ。

 

それなりに人が多い。

 

脱衣室のロッカーは、露天風呂の脇にもある。まあ、中が空いているからそっちにしよう……。

 

まずは洗い場へ。ああ、シャワーが暖かい。

 

内湯もあるけれど、誰も入ってない……。

 

洗い終えて露天風呂の方へ。

 

……おお!

 

標高が高いからか景色が良い。

 

甲府盆地が一望できる。

 

さてと、お湯加減は如何だろう……。

 

 

 

 

 

良いお湯だった……。

 

温泉に浸かったあとは、休憩所で一休み。

 

来る途中のコンビニで軽く朝御飯を済ませてあるから、程よくお腹も満たされている。

 

そして、風呂上がりで体も温まっている。

 

これ、絶対寝てしまう奴だ。

 

でも、まあ良いだろう。時間はあるし。少しぐらい寝たって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……今何時だ?

 

スマホの振動で目が覚めた。

 

……なんだ。一時間しか寝ていない。寝過ごしではなかった。

 

って、スマホが震えた理由は? ラインだ。誰だろう。

 

 

志摩(しま):長野県に入りました

 

志摩:【画像】

 

志摩:原付で初の遠出です

 

志摩:交通量多いですね。一緒に試走してもらって良かったです

 

リンちゃんか。

 

メッセージと一緒に、長野県のカントリーサインの写真が添えてある。

 

『長野県富士見町 ここは標高705m』

 

 

純一:何処まで行くの?

 

純一:運転気を付けて

 

 

メッセージを送ったが、中々既読が付かない。恐らく運転中なんだろう。

 

さて、俺もそろそろ行きますか……。

 

 

 

登ってきた道を今度は下ってゆく。

 

「なんだ、あれ?」

 

笛吹公園を過ぎ、果樹園の中を進んでゆくと、道端でヒッチハイクらしき事をしている二人組を発見。

 

気にはなるが、俺には乗せる余裕は無い、しかもこちらから見ると背を向いているから逆方向。俺にはどうしようもない、通り過ぎる……。否。

 

ミラー越しに確認したら、滅茶苦茶見覚えある人なんだけど。

 

すぐ引き返す。

 

二人の前にバイクを止めた。

 

「こんなところで何やってるの?」

 

『フルーツ公園までのせてください!!』やはりヒッチハイクか。

 

「「えっ?」」

 

ヘルメットのシールドを上げる。

 

すると、二人の頭に浮かんだ『?』が『!』に変わった。誰だか分からなかったのだろう。

 

「あ~! トラ先輩じゃないですか!」

 

「ほんまや! 滝野(たきの)先輩、こんなところでどうしたんです?」

 

「いや、先に質問したの俺だよ……」

 

意外な場所で意外な人物に遭遇したからか、プチパニック状態の二人。『野外活動サークル』通称『野クル』の大垣さんと犬山さんだ。

 

 

 

 

 

*1



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 野クルの一員


あらすじに『滝野が なでしこ他野クルメンバーに振り回される話です』と書きながら……。

野クルの登場シーンが少ない件(汗)


今回は野クル回です。



 

ほったらかし温泉をあとにして、坂道を下っていたら、ヒッチハイク中の二人組を発見。それが、『野外活動サークル。通称、野クル』の犬山(いぬやま)さんと大垣(おおがき)さんだった。

 

「それじゃあ、今から笛吹川フルーツ公園へ?」

 

「そうなんです」

 

聞いたところ、今日は野クルの初キャンプの日で、この先にあるキャンプ場へ行く途中だという。

 

しかし、道中想定以上の急な登り坂に疲れ、とりあえずこの先の笛吹川フルーツ公園で休憩しよう、という話になっているそうだ。

 

とはいえ、その公園への道も、かなり険しい登り坂。それでヒッチハイクをしていたらしい。

 

「そういえば各務原(かがみはら)さんは?」

 

野クルは三人のはず。一人足りない。

 

「なでしこちゃんは、先に行ってしまいました」

 

犬山さんがそう言って上の方を指差す。

 

……確かに。それとなく、桃色の物体(?)が見えている。

 

この近くのキャンプ場といえば……。

 

「イーストウッド行くの?」

 

「えっ? あ、はい。トラ先輩ご存じなんですね」

 

「まあ、この辺りで有名なところだから」

 

今俺が入ってきた温泉に近く、この辺りではわりと人気だ。

 

管理人が厳しく、言うことははっきり言うタイプだからか、賛否分かれるところだけどね。

 

「で、どうする?」

 

「えっと、なんの話ですか?」

 

おいおい。

 

「ヒッチハイク。原付じゃあ荷物は運べないけど、人間なら一人ずつ乗せれるから……」

 

このビーノは125CC、そして俺は免許取得一年以上。二人乗りは可能だ。

 

とはいえ、二人が持っているキャリーを運ぶことは出来ない。

 

「各務原呼び戻して荷物持ってもらって、順番にあたしら乗せてもらうか?」

 

「いや、それなでしこちゃんに失礼やろ」

 

「だよな……」

 

「それにあき、さっき格好つけてたやろ。示しつかんよ?」

 

「ぐぬぬ。あんなこと言うんじゃなかった……!」

 

中々決まらないようだ。

 

格好つけって。何言ったんだろう?

 

……おや? ラインの通知だ。

 

 

志摩(しま):今は霧ヶ峰(きりがみね)に向かってます

 

志摩:今日は高ボッチに行く予定です

 

 

へぇ。初の遠出で高ボッチか。確か、諏訪湖(すわこ)の北側だよな。攻めるねぇ。

 

これ、いずれ本当に琵琶湖(びわこ)とか行きそうだよ。

 

待て。高ボッチと言ったな。確か、あの辺りって……。

 

 

滝野(たきの):高ボッチの近くにある、どこかの温泉が、先月閉鎖されたって聞いたことあるよ

 

滝野:何処かは忘れたけど、注意して

 

志摩:ありがとうございます

 

 

 

 

「先輩、私を乗せてください」

 

お。ラインを見ている間に決まったようだ。

 

「ぐぬぬ‼ イヌ子だけずるいぞ!」

 

「じゃんけんで負けたんやから諦めや。はい、これ私の荷物」

 

どうやら、じゃんけんで決めたようだ。

 

犬山さんが俺の後ろに乗り、大垣さんが二人分の荷物を持って登るらしい……。御愁傷様。

 

「それじゃあ、お願いします」

 

「はい。じゃあ、後ろ乗って」

 

犬山さんが後ろに座る。

 

誰かを乗せるなんて、練習を兼ねて父を乗せて以来だ。緊張するな……。

 

って!

 

「いやいやいや! 抱きつかなくてもいいから!」

 

急に、お腹に手が回ってきて、背中に抱きつかれて、驚く。

 

(前は言わないようにしたけど、今は不可抗力。)立派なモノが背中に当たってる……!

 

「抱きつかれると逆に運転しづらいんだよ。足で車体しっかり挟んで、手は肩かシートで良いから」

 

「ありゃ、そうなんですね……」

 

犬山さんが離れる。

 

声が残念そうだったのは何だろう……。気のせい?

 

「それじゃあ行くよ」

 

 

 

 

 

フルーツ公園の駐車場にバイクを止める。この先へは車両の乗り入れが出来ない。

 

「犬山さん、着いたで」

 

「ほんまにありがとうございます」

 

「こんくらいええよ。各務原さん待たせとるし、はよ行こか」

 

二人、バイクから降りて歩いて行く。

 

駐車場の車止めには、『フルーツ公園』の文字と、果物の絵が描かれている。幾つか種類があるようだ。

 

しかし、所々文字のシールが剥がれ、変なことになっている。

 

「先輩、『ノレーソ公園』ですね」

 

「こっちは『ルーソム園』やな。この絵、イチジクかな」

 

「ザクロと違いますか?」

 

あ。確かにそれっぽい。

 

「そや、犬山さんって、関西の出身なん?」

 

「いいえ。れっきとした梨っ子ですよ。先輩は京都の出身ですよね。関西弁お上手ですね」

 

あ。

 

「俺、今京都弁出てたね……」

 

「はい、バッチリ。無意識でした?」

 

「うん……」

 

お、見晴らしが良くなってきた。

 

展望スペースが見えてくると、そこには各務原さんの姿がある。

 

「あ! あおいちゃん~! と、ブランケット先輩?」

 

犬山さんと一緒に俺が居ることにも気付く。

 

驚いている、というよりはどこか嬉しそうだ。

 

「どうして先輩がここに?」

 

「ほったらかし温泉の帰り。下で大垣さんたちがヒッチハイクしてたから、犬山さんだけ拾ってきた」

 

「拾ってきたって。物みたいな言われようですね……」

 

「どこか間違ってるとでも?」

 

「いいえ」

 

「ところで、あきちゃんは?」

 

「じゃんけんに負けたから、私の荷物と一緒に坂登ってるところや」

 

「あきちゃん……」

 

 

 

 

 

 

二人分の荷物を持って来る大垣さんが心配になったのか、犬山さんと各務原さんが迎えに行くことになった。

 

俺は各務原さんの荷物を見張る荷物番となった。だから動けない。

 

まあ、ペットは持ってきているから、演奏しながら待っていよう。

 

さて。今日は何を吹こうかな……。

 

 

♪~

 

 

軽く試し吹き。

 

『トランペット吹きの休日』は、(聞こえていたら)大垣さんたちを急かすことになりそうだから、今はやめておこう。となると、『海の見える町』か? いや、山しか見えない。

 

譜面をビーノに置いてきたから、吹ける曲が少ない。もうなんでも良いや。

 

構え、息を吐く。

 

 

♪~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと着いたズラ……」

 

短い曲を何個か演奏していたら、二人が大垣さんを連れて戻って来た。

 

「うわぁ~! 富士山だぁ」

 

各務原さんの声に、その方角を見ると、確かに富士山が見えている。さっきまで曇っていて見えなかったのだが。

 

「わぁ、富士山だな……」

 

「ほんまや。綺麗やねえ……」

 

「この辺りじゃ有名な夜景スポットだしなぁ……」

 

犬山さんの声には元気がない。大垣さんは更に酷い。

 

「あきちゃん、あおいちゃん! 写真とろ! 写真。絶景写真だよ」

 

しかし元気だな、この子は。

 

あの坂道を実質1.5往復したのに、全く疲れている気配がない。

 

「ほら、ブランケット先輩も!」

 

俺もかい……。

 

てっきりカメラマンを頼まれると思ったら、各務原さんが自撮りする形で、四人で撮った。

 

そっか、今やカメラマン不要なのか……。

 

「こっちも絶景だよ~!」

 

「ホントに元気な子じゃのう」

 

「ワシらも昔はああじゃった」

 

写真撮影に駆けずり回る各務原さんを見て、二人から年寄り臭い言葉が出る。

 

二人とも、俺より若いだろう。少なくとも一つは。

 

「あ、中のカフェでスイーツ食べれるんだって!」

 

「「お~!」」

 

しかし、各務原さんの今の言葉に、途端に元気を取り戻して走り出す。

 

元気だな……。

 

「ほら、先輩も行きますよ!」

 

「待って! 俺は帰るんだけど~?」

 

三人を見送っていたら、戻ってきた各務原さんが強引に俺を連れてゆく。

 

この子、体力あるし力も強いよね……。何で?

 

 

 

 

 

 

 

 

カフェで三人、各々スイーツを注文。

 

俺も続いて注文する。

 

えっと。ここは無難に巨峰ソフトにしよう。

 

山梨といえば巨峰。巨峰といえば……。自然と、視線が犬山さんの方を向いてしまう。

 

あ。目が合っちゃった。

 

「うん? 私の顔に何か付いてます?」

 

「あ、なんでもないよ……」

 

最初、不思議そうな顔をした犬山さんだったが、少し間があってからにやける。

 

「そういうことですか~」

 

やべ。バレた。

 

「えっと、巨峰ソフト一つ……」

 

 

 

 

「「「んまあ~!」」」三人、声が揃った。

 

俺も。

 

「あ……これは旨い」

 

「疲れとると甘いもんがウマーやなぁ」

 

「うん!」

 

「外が寒くても、暖房効いてるからなぁ」

 

「店内で食うアイスうまい!」

 

四人でテーブルを囲み、注文したスイーツをいただく。

 

大垣さんが俺と同じ巨峰ソフト、各務原さんがりんごソフト、犬山さんは季節のフルーツパフェ。

 

互いに食べ比べもしながら、スイーツを堪能。

 

あー。もう最高……。

 

これは動きたくなくなるねぇ……。

 

 

 

食べ終わると、大垣さんがこの後の行程を確認する。

 

「キャンプ場まで1.7キロ。温泉の方が近いけど、どうする?」

 

「「おんせーん」」

 

問いに対する返答は分かりきってたけどさ、ここまで声が揃うと笑えてくる。

 

「欲望に正直でよろしい」

 

大垣さんも思っていることは同じだったようだ。

 

「ところで、ブランケット先輩」

 

「なに? 各務原さん」

 

「先輩も一緒にキャンプどうですか?」

 

えっ? 俺も?

 

「お、それいいな」

 

「そうやね。折角やし、一緒にどうです?」

 

急な話だな。まあ、俺は大丈夫だけど、彼女たちは……。

 

「俺も一緒でいいの?」

 

女の子三人の中に、男が一人紛れ込むことになるんだけど。

 

「いいですよ。先輩も、あたしたち野クルの一員だしな」

 

ああ。入部届出したっけ。

 

同じサークルの仲間だから、性別は関係ないと(※そうは言ってない)。

 

「それじゃああきちゃん、部に昇格出来るんだね!」

 

「ああ」

 

「やったやないの!」

 

「これで晴れて『野クル(のくる)』から『野クル部(のくるぶ)』だ!」

 

…………?

 

三人、喜びながらハイタッチも交わしていたのに、突然静まり返る。例えるなら、咲いた花が一瞬で枯れてしまったよう。

 

「なんや、その変な名前は」

 

当然の突っ込みだろう。

 

「いやあ。今までずっと『野クル』だったからさ。今更変えたくないっていうか、やっぱり野クルは野クルだから。……強引に部を付けました~!」

 

おいまじか。

 

「大垣さん、それで『部昇格申請書』出したとか……?」

 

「はい」

 

「『野クル部』で?」

 

「はい……」

 

あーあ。俺知らない。

 

「大垣さん。あの申請書一度出したら、特別な事情がない限り、来年春まで変更できないよ」

 

「マ、マジか……」

 

「あきちゃん」

 

「なんてことしてくれたの……」

 

俺の言葉に、おろおろする大垣さんと、それを冷たい視線で見つめる二人。

 

「べ、別に良いじゃねえか。部に昇格出来るんだから。部費は出るし、大きい部屋に移れるんだぞ!」

 

なんとか言葉を(つむ)ぐ。

 

「あきちゃん……!」

 

「あき、わたしが間違っとったわ……!」

 

今の言葉に、二人の目が輝き出した。

 

「お前ら……!」

 

三人、またハイタッチを交わす。

 

とんだ茶番劇。……なんですか、これ。

 

 

話が脱線した。

 

「でも、急に俺が加わって大丈夫なの? 何も持ってないけど」

 

あるのは、濡れたタオル・バスタオル・財布(運転免許証)・スマホ・トランペット。そして、ヤマハ ビーノ125。

 

キャンプに必要な持ち物は、ほぼ持ってない。

 

「テントは二つあるから大丈夫だぞ。居住性無視すれば六人ぐらい行ける!」

 

「いや、それは無茶やろ……」

 

「でも、野クルの部室を思えば大丈夫だよ!」

 

「それもそうか……」

 

「あき、納得するとこ違うで。どのみち、先輩含めても四人や」

 

この三人だと中々話が進まないんだが。

 

「問題はシュラフやね。一応、夏用の寝袋は持ってきたけど……」

 

「低体温症になって死ぬな」

 

あのテントでこの時期に夏用寝袋は自殺行為だ。

 

「あきちゃん。ブランケット先輩が死んじゃうよ~!」

 

「はいはい。分かったからちょっと落ち着け。話が進まん」

 

大垣さんに注意され、各務原さんがむくれる。あれ? 前にも似たようなことあった気が。

 

「代わりになるもので代用出来ないの?」

 

「各務原、トラ先輩を梱包するつもりか?」

 

「それもそうだね……」

 

何のことだろう? そう思っていたら、犬山さんがスマホの画面を見せてくれた。

 

「なんですか、これ」

 

段ボールで梱包された大垣さんの姿が写真に収められている。

 

「夏用寝袋でも、耐寒対策を施せば問題ないんじゃないか、って試した結果です」

 

「アルミホイルやプチプチを巻いてみました!」

 

「結果から言うと、耐寒対策は完璧でしたが、トイレに行けなくなるのと、みんなで順に巻いていったら、最後の一人は誰が巻くの? ということで断念しました」

 

だろうな。宅配便で送るわけじゃないんだしさ。

 

こんな調子だと、何をしたって夏用を使うのは無理だろう。

 

 

 

「いっそ、冬用シュラフ。買いに行くか……」

 

小さく呟く。

 

「「「えっ?」」」

 

今の呟きが聞こえたのか、三人が急に固まる。

 

「えっと、俺何か変なこと言った?」

 

「か、買いに行くって、そんなお金あるんすか?」

 

「あるよ。二万円もあれば、それなりに優秀なシュラフ買えるよね?」

 

「に、にまんえん……」

 

大垣さんが……って、

 

「鼻血、鼻血出てる!」

 

「うお~! なんじゃこりゃ!」

 

「あきちゃん大丈夫!」

 

「ちょっと! 静かにしんと怒られるで」

 

「大丈夫ですか、お客様? あっ! こちら、ティッシュどうぞ!」

 

「すいません、ありがとうございます」

 

店員まで巻き込んで、ちょっとした騒ぎになってしまった……。

 

 

 

 

 

「で、俺が冬用のシュラフを買いに行くって話だったよね」

 

大垣さんが鼻血を出したのは、二万円という大金に体が拒否反能を起こしたとか。確かに高校生にとって、二万円というのは大金だ。

 

「いぬこ、甲府まで行けば、カリブーがあるよな?」

 

「あるはずや。ちょっ調べてみるわ」

 

カリブー。キャンプ・アウトドア用品店か。

 

あそこなら色々揃っている。

 

「犬山さん、甲府のカリブーなら行ったことあるから場所知ってるよ」

 

仕入れで時々行っているから、場所は分かる。何なら、顔が利く店員も居るくらいだ。

 

「なら話は早いですね」

 

「じゃあ、俺はもう温泉入ったから、今から買いに行って、先にキャンプ場に行ってるよ」

 

その方が良いだろう。

 

「分かりました。じゃあ、あたしたちはそろそろ温泉行くか!」

 

そう言って大垣さんが立ち上がる。しかし、誰も続かない。

 

「あかん。お尻に根がはってもーた」

 

「わたしもー」

 

おいおい……。

 

「まあ、分からんでもないけどさ。置いていくぞ」

 

そう言い、自分の荷物だけ持って歩き出す。

 

大垣さん容赦ないな……。

 

 

 

 



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 ○ほったらかし温泉


お待たせしております。

週一ペースでの更新を目標に、頑張っております。

さて、今回は繋ぎの回です。○が付いていることからも分かるように、滝野以外の人物が視点のお話です。



 

笛吹川フルーツ公園から20分少々。さっきの坂より幾分マシな登り坂を上がってきた。

 

「へぇー。ほったらかし温泉だって」

 

「おもしろい名前やな」

 

ほったらかし温泉に到着。

 

看板を見て、各務原(かがみはら)とイヌ子がそう言う。

 

確かにおもしろい名前だ。一度聞けば忘れることはないだろう。

 

この温泉はお湯と景色も良いが、もう一つ魅力的な所がある。

 

「そこの休憩所に大きな荷物置いて、入りに行くか」

 

そう。無料の休憩所が併設されているのだ。

 

まだ、ネット検索での写真しか見たことがないが、実物は如何程(いかほど)か……。

 

「おお……」

 

「このくつろぎスペース」

 

「ここで一度くつろいだら、二度と起きては帰れまい……」

 

想像以上だ。

 

(炬燵(こたつ)ではないが)テーブルに座布団、そして石油ストーブ。

 

湯上がりの客を落としにかかる、とんでもなく強力な力……。

 

外が寒くなればなるほど、どんどん強くなるだろう。

 

「せやな、お尻に根が張るなんてレベルやないわ」

 

「あ~! リンちゃんだ、これ!」

 

急に、座ってスマホを操作していた各務原が声を上げた。

 

「どうした?」

 

「リンちゃんがテレビに映ってるんだよ!」

 

そんなわけないだろう……。と思いつつ、各務原が差し出しているスマホを覗き込む。どれどれ。

 

ああ。ライブカメラか。おお、しまりんが手を振っているじゃないか。

 

えっと、霧ヶ峰カメラ?

 

「ほんまや‼ 志摩さん今霧ヶ峰におるんやね」

 

霧ヶ峰って確か……。

 

「これ、何処にあるの?」

 

考えていたら、各務原から質問された。

 

「長野県の諏訪湖の近くにある高原だな」

 

「長野かぁ。そんな遠くまで」

 

しかしこの時期、長野だと寒いはず。大丈夫なのか?

 

「にしてもライブカメラで返事なんて、おもしろい事すんねー」

 

「だねー」

 

イヌ子に各務原が感心している。

 

確かにおもしろい。

 

あ、でもこれって返事しないとまずいんじゃないか?

 

「各務原、そろそろ返事してやらないと。さすがに腕疲れるだろ」

 

「って、後ろから車来てるやん!」

 

「リンちゃん逃げて~!」

 

ここで叫んだって聞こえないだろ。

 

 

 

券売機でチケットを買い、温泉へ。

 

脱衣室で服を脱ぎ、手早く体を洗ってから露天風呂へ。

 

「わぁ~!」

 

良い景色だ。

 

さて、お湯はどうだろう。

 

……良いぞ、これ。

 

「冬の温泉たまらんわー」

 

「あきちゃん、ここからキャンプ場までどのくらいあるの?」

 

ここから……。

 

「一キロぐらいだったかな。管理人さんには昼過ぎに行くって連絡してあるから、まだまだここでのんびりできるぞ」

 

「そっかー」

 

「あかんわ、悪魔の囁きやー」

 

「しかし、本当に良い景色だねぇ。今ごろ、リンちゃんどうしてるかなぁ?」

 

各務原が眼下に広がる景色に目を向ける。

 

わたしも視線を追うが、メガネを外しているから、視界はぼやけている……。

 

だいたいあの辺に富士山が見えるはずだ。さっき、フルーツ公園の見晴台から見た記憶だと。

 

おや、こんなところにも立派な巨峰が……って、イヌ子じゃねーか。

 

 

 

 

 

 

 

風呂から上がると、『おんたま揚げ』を買い、休憩所に戻る。

 

危うくごはんにするところだったが、こんなところで食べたら、各務原のキャンプ飯が食べれなくなる。危ない危ない……。

 

と、いうわけで、おんたま揚げを噛る。

 

「「「んまー」」」

 

「卵揚げただけなのに、旨すぎる……」

 

「黄身がとろける~。何個でも食べれるよ、これ」

 

「あかん。湯上がりに食ったらあかんやつや~」

 

そう言い、イヌ子が寝転がる。

 

「うん、あかんやつや‼」

 

各務原が続く。

 

「あかんあかん‼」

 

わたしも続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あきちゃん‼ あおいちゃん‼」

 

各務原に叩き起こされる。何だ……?

 

「もう4時過ぎてるよっ‼」

 

4時……。4時!

 

何だって!

 

各務原のスマホには、『16:08』の表示。

 

「思いっきり寝過ごしたっ!」

 

「あかんてあかーん」

 

「おいイヌ子、起きろ! 今度こそ本当に置いていくぞ!」

 

 

 

温泉を後にし、キャンプ場へ向けて歩いて行く。

 

「なあ、あき。こっちで合っとるん?」

 

イヌ子が心配する理由も分かる。

 

確かに、さっきから下りが続いている。

 

「でも、地図はこっちになってんだけどな……」

 

スマホの地図を見ながら進んでいるから、道は間違っていないはずだ。

 

「わたし暗い森って苦手なんだよね……」

 

おいおい。それじゃあ林間キャンプ場全部NGじゃねぇか。

 

仕方ないな。

 

「各務原。あたしがついてる。安心しな」

 

各務原の方を向き、親指を立てる。

 

「あき、格好付けるのもエエけど、道に迷いかけてる今言っても、説得力ないで」

 

うっ。ダメか。

 

とにかく先を急ぐか。トラ先輩も待っているだろう……。

 

「迷ってないから! ほら、見えてきた。あれじゃねえか?」

 

前方に看板が見えてきた。

 

「ンプ場?」

 

「ンプ場やな」

 

『イーストウッド

 キャ    』

 

看板にはそう書かれている。

 

『ンプ場』と書かれていたであろう部分が無くなっているのだった。

 

 

 

 





前にも少しお話しした通り、今作執筆にあたり、少しだけ山梨県に取材に行っています。

地元(岐阜県)を深夜10時頃に出発し、夜通し車を運転して 東名高速→中部横断道 経由で、ほったらかし温泉まで。

完全にルート選択ミスしました。東名高速 ではなく 新東名 を通るべきだったと……。

着いたら既に温泉は開店済。というか、混雑で一時間待ち……。

長くなりそうなので、今回はここまで。続きは又の機会に。


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 「怪我の功名だな」「それ意味違うで」


野クル 初キャンプ 回です。

この一話に纏めたため、若干長いです。



 

イーストウッドキャンプ場に到着。

 

「こんにちは……」

 

管理人は厳しいことで有名な人だ。気を付けないと追い出されてしまう。

 

道に迷って車で来てしまい、猫の(ひたい)のようなスペースで無理矢理転回していたら、『さっさと出ていけ!』って怒鳴られた人も居るらしい……。

 

「誰だい?」

 

おっと、開口一番これか。

 

「あの。俺、滝野(たきの)と言いますが……」

 

「滝野? ……あ、木明荘の滝野さんかな?」

 

「はい、そうです。えっと、父がいつもお世話になってます」

 

実際のところどうかわからないけど、父のことを知っているみたいから、喰らい付く。

 

「いやいや。お世話になってるのはこっちの方だよ。ところで、今日は? 特に木明荘からもらう書類は無いと思うけど」

 

「あ、いえ。今日、大垣(おおがき)という名前で予約入ってませんか? 俺の高校の後輩なんですが……」

 

「ああ、三人で予約入ってるよ。確か、昼過ぎに来るって聞いていたけど……」

 

そう言い、時計を見ている。

 

俺もスマホの時計を確認。

 

16時を過ぎている。何しているんだろう?

 

「遅いですね……」

 

「遅いね。まあ、多少遅れるぐらいなら構わないけど」

 

遅い、ってレベルじゃない気がする。

 

「その三人がどうかした?」

 

「えっと、さっき話した通り高校の後輩なんですが、今日偶々(たまたま)この近くで会いまして。今日ここでキャンプするから一緒にどうか、って誘われたんですよ」

 

「ということはつまり、きみもその子達と一緒に、キャンプするってことかな?」

 

「はい。なので、予約は三人ですが、四人に増えます。大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だよ。むしろ、君なら大歓迎だ」

 

それはどうも……。

 

「とりあえず、軽く説明しとこうか」

 

俺に?

 

「みんな揃ったら水を持っていくから。飲料水と火消し用のじょうろをね」

 

そして、薪が積んである場所へ案内される。

 

「薪は自由に使って良いけど、キャンプファイヤーじゃないから丁寧に……」

 

「はい」

 

「あと、利用料は一人千円。受付の時に徴収するからね……ん?」

 

何やらドタバタ足音が聞こえてきた。

 

「やっと着いたぁ~!」

 

お。この声は。

 

 

 

「すいません。三人で予約していましたが、一人増えてしまいました。大丈夫でしょうか?」

 

やっと来た野クル(のくる)メンバーと共に、改めて説明と、受付。

 

「構わないよ。さっきこの子から聞いてるから。チェックアウトは明日のお昼。一通りの説明は滝野くんにしてあるから、彼から聞いて」

 

「はい!」

 

もうじき日没だから、まずはテントを張った方が良い。説明はその後にしよう。

 

「にしても。管理人さんのリビングスペースええなぁ」

 

「すごいよな。こういうところで余生を過ごしたいぜ」

 

犬山(いぬやま)さんと大垣さんが、管理人のリビングスペースを見て、感嘆(かんたん)の声を上げる。

 

因みに、各務原(かがみはら)さんは目を輝かせながら、その周りで写真を撮っている。

 

「大垣さん、まずは進路決めなきゃダメな時期だろう?」

 

余生って。嫁入り前どころか成人前の女子高生がする話ではないだろう。

 

「せやなー。そう言う先輩こそ来年、受験ですよね。受けるとこ決まってるんですか?」

 

受験か。もうそれを考えなきゃダメな時期なんだ。俺も人のこと言ってる場合じゃないなぁ。

 

「まだだよ」

 

「まあ、焦って決めても意味ないですし、ゆっくり考えれば良いと思いますよ。とりあえず、今日のキャンプ楽しみましょ」

 

「だな」

 

 

 

「ねぇ、何処(どこ)にテント立てるの? あきちゃん」

 

写真撮り終えた各務原さんが合流し、テント設営場所へ向かう。

 

「二段目予約したんだよ。ほら、こっちの方が見晴らし良いだろ?」

 

おお。確かにここだと景色が良い。

 

「最高やないの!」

 

「そしたら、暗くなる前にテント張ろか」

 

四人で手分けしてテントを設営。

 

ん? 下に引くシートが無いぞ。持ってきていないのか。

 

……知らないのかな? まあ良い。無きゃ無いで大丈夫。

 

ポールを伸ばし、穴に通す。

 

さてと。

 

「「「できた~!」」」

 

「完成だな」

 

二つあるから、片方に女子三人、もう一方に俺が入れば問題ないらしい。

 

しかし、三人だと狭いんじゃないかな……?

 

 

 

薪置場に薪を取りに行く。

 

(何となく予想していたけど、)大量に持っていこうとした大垣さんを(たしな)めつつ、必要な分だけ持って行く。

 

「そうだ、折角だからウッドキャンドル*1やろうぜ!」

 

ウッドキャンドルか。時々やっている人を見掛けるな。

 

「「ウッドキャンドル?」」

 

首を傾げた二人に、大垣さんが説明した。

 

「でもこれ全部割れちゃってるよ」

 

すると、各務原さんから別の疑問が出てくる。確かにそう思うだろう。

 

「割れてる奴を束にするんだよ。針金でまとめて、中に着火材を入れれば完成!」

 

その通り。割れた薪でも束ねれば良い。

 

って、完成と言ったけど、これじゃあダメじゃん!

 

「大垣さん、そんな細いアルミ線で巻いたら、熱で切れるよ」

 

「えっ、マジっすか」

 

「ステンレスの針金で巻かなきゃ」

 

ステンレス製の針金は持っていないというので、管理人から借りてきて、今度こそ完成した。

 

マッチで着火材に点火する。

 

「普通の焚き火とは違った雰囲気やな」

 

「いいねえ」

 

「これ、上に鍋直乗せして料理もできるんだぜ」

 

「それすごいね。じゃあ、晩ご飯この上で作ろうか」

 

「止めとけ。野クルのポットみたく、ススで真っ黒になっちまう」

 

「やめといた方が良いかな……?」

 

「半泣きで鍋や飯盒(はんごう)洗ってる人、何人も見てるよ、俺」

 

「やめといた方が良さそうやな」

 

「だね」

 

 

 

「そういえば、遅かったけど、何してたの?」

 

まさか、16時半も『昼過ぎだよ』とは言うまい。

 

「実は、休憩所で横になっていたら、寝過ごしてしまったんです」

 

「ああ、あの休憩所ね。俺も結構寝ちゃったよ」

 

「トラ先輩もですか。湯上がりの客を落としにかかる、とんでもない刺客だったぜ」

 

刺客って。誰も襲われてないだろう。

 

「でも、寝ちゃったからこそ、こうしてみんなと合流してここに来れたんだから、良かったのかな?」

 

一眠りせずに帰っていたら、ここに来ることは無かっただろう……。

 

「ですねぇ~」

 

怪我(けが)功名(こうみょう)だな」

 

「それ意味違うで」

 

違うか? あながち間違ってないと思うけど……。

 

 

 

 

 

 

 

晩ご飯は各務原さんの担当だった。

 

予め切って素揚げしておいた具材をルウを溶いたお湯に入れて煮込んだ、煮込みカレー。

 

隠し味にとんこつラーメンの粉末スープが入っていた、所謂(いわゆる)『変身カレー』だ。

 

勿論、ちゃんとカセットコンロで調理していた。

 

しかし、麓の時といい、今回といい。徒歩でのキャンプで重たい土鍋を持ってくるなんて、各務原さんは色々凄い。しかも、それを背負って持ってきたんだから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、焼きマシュマロや豚串諸々を焚き火で焼きながら過ごし、寝る時間となる。

 

二つあるテントに、俺・大垣さん+犬山さん+各務原さんで別れて入る。

 

入って思った。これ、三人は厳しいぞ……。

 

()()()のと()()、サイズはどっちも同じはずだから。

 

「先輩……。失礼します……」

 

ほれ、やっぱり狭かったんだ。

 

テントに吊り下げてあるランタンをつける。

 

「犬山さん? どうしたの、こんな時間に」

 

シュラフを抱えた犬山さんが顔を覗かせていた。

 

何故来たか、分かりきってるけど、聞く。変な誤解を生まないために。

 

「あっちのテント、三人だと狭くて、誰か一人こっちに行けってなって。それで、道中一番楽をした私が、ペナルティーとして追い出されました」

 

酷い話だ……。って、その原因は俺にもあった。

 

いや、この場合俺は被害者か?

 

「そういうことか。窮屈なのは分かるけど、俺、男だよ?」

 

「私、それを分かった上で言ってますよ」

 

「知り合って間もない、良く知らない男の人と、同じテントで寝るなんて、アカンに決まってるやろ……。俺が良くても、親御さんが許さんやろな」

 

こう答えると、犬山さんは考える素振りを見せる。

 

「ですよね……。お騒がせしました」

 

少し考えてから戻って行った。

 

……悪いことをしたかな。でも、仕方無い。

 

可児(かに)に見付かったら、『結婚もしてない男女をだな、同じテントで寝かせるなど、ふしだらなことはとは認められん!』とか言われそうだ。これの元ネタ、何だっけ?

 

 

 

ランタンを消して寝よう、と思ったら、再びテントの口が開く。

 

「ブランケット先輩。お邪魔して良いですか?」

 

今度は各務原さんだ。

 

「こっちで寝ろって? ダメに決まってるだろ……」

 

「ですよね……。でも、お姉ちゃんは良いって言ってますよ」

 

桜さんが?

 

一度一緒にお茶して少し話しただけなんだけど、変に信用されてる……。

 

さっき、犬山さんに『親御さんが』って言ったから、家族の了解(?)を引っ提げてやって来たのか。

 

はあ……。溜め息一つ。

 

「入って。外寒いでしょ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

この状況下でこれ以上長話してたら風邪ひいてしまう。

 

中へ招き入れ、端に寄せてある荷物を移動させて、真ん中に堤防というか、仕切りのようにする。

 

「各務原さんはそっちね。俺はこっち」

 

「すいません。わざわざ」

 

「いいよこれくらい。元はと言えば、俺が急遽参加したのが原因だからさ。ランタン消すよ?」

 

各務原さんがシュラフに入ったのを見届けてから明かりを消す。

 

……ん? ラインか。俺のスマホに通知が来た。

 

 

 桜:妹をお願いします

 

 桜:寝相は良いけど、寝起きが悪いから

 

 桜:根気よく起こしてあげてね

 

 桜:最悪、鼻

 

 桜:くれぐれも

 

 

なんじゃこりゃ!

 

最後の一文、地味に怖い……。

 

これ、『信用されてる』か『信用されていない』のどちらかだ。

 

「先輩、誰からですか?」

 

荷物の向こうから声がする。

 

「お姉さんから」

 

「お姉ちゃんから? ……そういえば、リンちゃんどうしてるんだろう」

 

「リンちゃんか」

 

どうしているだろうか。

 

長野の高ボッチだっけ。こっちより標高も高いし気温も低いだろう……。

 

「先輩、何か言ったんですか?」

 

「ん?」

 

うっすら明かりが見えていたからスマホを触っているんだろうと思っていたら、不意に呼ばれた。

 

「先輩、これ」

 

起き上がった各務原さんが、スマホの画面を見せてきた。どれどれ、ラインか。

 

 

 志摩(しま):そういえば、行こうとしてた温泉つぶれてた

 

各務原:OH……

 

 志摩:滝野先輩の助言なければ行って泣いてた

 

 

「ああ、高ボッチ近くの温泉が閉鎖されたって話、耳に入ってたから教えたんだ」

 

「へぇー」

 

「それが行こうとしてた所だったんだな」

 

言わなきゃ行っていたらしい。事前に調べないと……。

 

 

 志摩:明日は絶対温泉はいる‼

 

 志摩:超はいる‼

 

 志摩:こっち星空と夜景がすごいよ

 

 

「各務原さん、新しい返信来たよ」

 

「あ、本当だ」

 

画面を眺め、何か考えているみたいだ。

 

「先輩、バイク出してもらえませんか?」

 

「……何処行くの?」

 

えっ、もうシュラフから出て身支度始めてる。

 

「フルーツ公園の見晴らし台まで」

 

こんな時間に?

 

「話が読めないんだけど」

 

「あ、ごめんなさい。えっと、リンちゃんが『こっちは星空と夜景がすごいよ』って教えてくれて。あきちゃんが、フルーツ公園は夜景が有名だよって言っていたので、見てもらいたいなって……」

 

歩いて行ったら時間掛かる。それに外は寒い。

 

お姉さんにああ言われたんだ、風邪ひかれても困る。

 

「……了解」

 

 

俺も防寒対策をし、テントを出る。

 

免許証は……持ってきた。財布に入っているのを確認。

 

「ちょっと待ってて」

 

他のキャンパー(といっても、一組しか見ていない)の迷惑にならないよう、キャンプ場の入口から少し離れた場所までビーノを押して行く。

 

「お待たせ。後ろ乗って」

 

「ブランケット先輩、ここ狭いですよ」

 

「我慢しろ。リアにボックスがあるから、シートはこれで一杯なんだ。それに、人一人乗るくらいなら大丈夫だよ」

 

渋る各務原さんを強引に乗せ、発進。

 

 

 

「この辺りで良い? 見晴台まで直で乗り付けるのは無理だから」

 

「はい! ありがとうございます」

 

各務原さんが降りて走って行く。

 

俺も適当な街灯にチェーンを回し、追い掛ける。

 

しかし、各務原さんは一体何者なんだろう?

 

体力あるし力も強い。加えて足も早いし、バイクの後ろにも乗り慣れている感じがした。

 

謎は深まるばかり……。

 

 

 

駐輪に手間取っている間に、各務原さんは見晴台まで行っていた。

 

「早いよ……、各務原さん」

 

「ごめんなさい。でも、リンちゃん待たせてるから早くしないと、って思ったんです。でも、今度は私が待つ番ですね」

 

そう言いながら、スマホの画面を見せてくる。

 

 

志摩:ちょっと待ってて

 

 

「なるほどね。これ、たぶんリンちゃんも写真撮りに行くところだと思うよ」

 

しかし、そうなるとどれくらい待つことになるだろう? 防寒対策をしていても、寒いのは変わらない。

 

「各務原さん、お茶で良い? あ、でもこの後寝るんだから、違うやつの方が良いか」

 

お茶やコーヒーはカフェインが含まれているから、眠れなくなるかもしれない。

 

「えっと、なんの話ですか?」

 

首を傾げる。

 

「あ、ごめん。寒いでしょ? あそこの自販機で温かいのなんか買ってくるよ」

 

「ああ。えっ! そんな。悪いですよ」

 

何が言いたいのか分かって納得したように手を叩いたと思ったら、すぐに断るように両手を振る。

 

「こういうときは、先輩に素直に奢られるもんだよ」

 

俺がこう言うと、少し考えてから口を開く。

 

「じゃあ、柚子とかレモン系のやつを」

 

「了解、ちょっと待ってて」

 

俺は駆け足で自販機に向かう。

 

夜景が綺麗に見える分、街灯は少ない。あまり長時間一人にしておくのは良くないからだ。

 

\ボクハドウナンダ!/

 

……何か聞こえたような?

 

 

 

 

 

「お待たせ。はい、これ」

 

買ってきた飲み物を渡す。

 

「ありがとうございます。わあ、温かい」

 

早速、受け取ったのを飲み始める。

 

俺も買ったカフェオレを……。各務原さんにああ言ったが、俺はこの後キャンプ場に戻るためにバイクを運転する。居眠り運転するわけにはいかない。

 

「しかし、素晴らしい景色だなぁ……」

 

眼下に広がる景色……夜景はとても美しい。

 

「綺麗ですねぇ。先輩、こういうのを『百万ドルの残業』っていうんでしょうねぇ」

 

は?

 

「いやいや。『百万ドルの夜景』ね! 残業って何?」

 

第一、作品が違う。

 

作者の名前は少し似てるけど……って、何の話だよ。

 

「でも、本当に綺麗ですねぇ。温泉入りながら夜景も楽しめたら最高ですよね」

 

「10時までやってるはずだよ。今の時期は日没が早いから、十分夜景は楽しめると思う」

 

「そっか……。今度は温泉入りながら、夜景を見たいですね」

 

「お姉さん誘って来なよ」

 

「先輩とじゃあダメですか?」

 

「えっ? 俺?」

 

急に言われたからびっくりした。

 

「先輩、本栖湖(もとすこ)の時は本当にありがとうございました。あの後、色々あってちゃんとお礼言えてなかったので」

 

「あの時か。そういえば、各務原さんからお礼言われてなかったね」

 

「見ず知らずの私に、ブランケットを掛けてくださって。とても嬉しかったです。先輩、優しいんですね」

 

「まあ、放置しても後味悪かっただろうからさ……」

 

「私はそんな先輩と一緒に来たいです」

 

それはどうも。でも、

 

「一緒に来たって同じ風呂には入れないよ」

 

「あ。確かに……」

 

忘れてたのか。

 

「お? 先輩、リンちゃんから……。わぁ……!」

 

返信が来たようだ。

 

写真でも届いたのか、スマホを見ながら感動している。

 

「どれどれ」

 

俺も画面を覗き込む。

 

「凄いな……。諏訪湖(すわこ)か」

 

諏訪湖を中心に広がる諏訪盆地の夜景だ。

 

諏訪湖サービスエリアからの夜景は一度見たことがあるけれど、この方角から見るのは初めて。

 

「こっちも凄いけど、あっちも素晴らしい景色だな」

 

「はい! 綺麗ですね!」

 

各務原さんが画面の夜景に見入っているのと同様に、リンちゃんもあっちで各務原さんが送った夜景を見て感動しているのだろう。

 

 

「離れていても、空は繋がっている。か」

 

誰に聞いたか忘れたこの言葉を、俺は小さく呟いた。

 

 

 

\マダナノカヨ!/

 

また何か聞こえたような……。

 

 

*1
輪切りにした丸太に切り込みを入れ、着火材を詰めてろうそくのように燃やす焚き火のやり方

『スウェーデントーチ』『木こりのろうそく』とも



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 「どこまででも行けるよ」

 

「それでは、ありがとうございました!」

 

「お世話になりました!」

 

「ありがとうございました!」

 

「気を付けて」

 

翌日昼、チェックアウトの時間となり、野クル(のくる)の三人が管理人に見送られ帰って行く。

 

「では、トラ先輩。また学校で」

 

「ホンマにありがとうございます」

 

「お仕事頑張ってください!」

 

俺も三人を見送る。

 

えっ? 勿論(もちろん)俺も帰るよ?

 

しかし、キャンプ場運営者の宿命(?)、ここでも仕事を頼まれることになった。

 

「もう少し待ってて。その間、ここで寛いでいていいよ」

 

管理人に促され、リビングスペースへ。

 

おお。昨日各務原(かがみはら)さんが目を輝かせながら写真撮ってた所だ。

 

「じきにほったらかしキャンプ場からの書類が届くから、それと一緒に北杜(ほくと)市のむかわキャンプ場まで持っていって欲しいんだ」

 

「むかわキャンプ場ですね。えっと……」

 

スマホで場所を調べる。

 

「ここで良いですか?」

 

検索して出てきた地図を管理人に見せる。

 

「ああ、そこだよ。受付に行けば豊川(とよかわ)って人が居るから、その人に渡せば大丈夫」

 

「豊川さん……っと。分かりました」

 

忘れないようにメモ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滝野(たきの):リンちゃん、今大丈夫?

 

リン:休憩中なので大丈夫ですよ

 

滝野:リンちゃん、今どの辺?

 

リン:もうすぐ原村に入る辺りです

 

滝野:俺今北杜市の日野春(ひのはる)駅にいるんだけど、よかったら待ち合わせて一緒に帰らない?

 

リン:いいですね。

 

滝野:じゃあ、待ってるから。日野春駅ね

 

 

警戒されるかと思いきや、あっさり。

 

『なんでそんなところに居るんですか?』って言われると思ってたけど、そうならなかった。

 

むかわキャンプ場での用事を済ませ、日野春駅前で休憩中。ふと、リンちゃんのことが浮かび、もしかしたら会えるかもと思って連絡したら、見事待ち合わせ・ツーリングが決まった。

 

 

 

 

 

駅前に立っていると、一台バイクが走ってきて、俺のビーノの隣に停まった。

 

俺が今居る場所からは少し離れている。

 

まさか、泥棒の類いではないだろうが、ビーノの方を注視。

 

バイクに乗っていたのは、俺と同じくらいに見える女の子。

 

ヘルメットを脱ぐまでは男かと思った。

 

バイクに乗れるということは、16歳になっているだろう……。

 

しばらく俺のビーノを見ていたが、俺に気づいてこっちへ歩いてくる。

 

「あのバイク、あなたの?」

 

バイクに興味があるのか?

 

「そうだけど。何か?」

 

「シールド。付いているけど、あると寒くないの?」

 

シールド? ああ。ビーノに付いている風防のことか。

 

先週、父が取り付けてくれた奴だ。夏の間は要らないからってはずしてあった。

 

「あるとないでは大違いだけど。気になるの?」

 

「まあ、寒くなってきたから……。でも、格好悪くなると思うし……」

 

そう言いながら、その子は自分のバイクを眺めている。

 

バイクに疎い俺でも知っている。ホンダのスーパーカブだ。

 

「迷うくらいなら止めておいた方が良いと思うよ。安くはないだろうし」

 

俺が買ったわけではないから、詳しい値段は知らない。ただ、最初に付けたとき、父から『高かったんだぞ』って言われた。

 

「だよね。うん、やめよう」

 

何か納得したみたい。

 

その子のバイクを眺めてみる。

 

黄色ナンバーか。つまり、原付二種だ。

 

これと同じ型の白ナンバーを見たことがあるから、違う種類なのか、何かしら手を加えてあるのか……。

 

北杜市ということは、地元か。

 

「ちょっと待ってて」

 

そう言うと彼女は一度バイクに戻り、リアのボックスから何かを取り出した。

 

「これ、良かったら」

 

それを俺に差し出してくる。

 

「あ、ありがとう」

 

クッキーみたいだ。お土産だろうか。

 

えっと……『善光寺』?

 

「善光寺って、長野の?」

 

「うん。()()()()走ってきたところ」

 

()()()()()()()()()ところ って……。遠くないか?

 

「よくそんなところまで。頑張るなぁ……」

 

「これぐらい大したことないよ。あなたはあのバイクで遠出しないの?」

 

さも当たり前のように言った。善光寺(長野市)が大したことないって……。

 

「俺は……、まだ遠くに行ったこと無いから」

 

今回の、ほったらかし温泉→日野春駅 が、最長記録更新ってところだ。

 

俺にとってあのビーノは移動手段だから。遠出してみたい気はあるけど、ちょっと怖い。

 

「どこまででも行けるよ」

 

こう言われ、ハッとなる。

 

「えっ?」

 

彼女を見ると、どこか遠くを見つめている。

 

「こうやってカブに乗っているとね、たとえ止まってても、自分がどこにでもどこまででも行けるっていう、そんな気分を感じられるんだって」

 

凄い……。俺より小さく見える(失礼ながら)のに。

 

バイク乗りとしては、大先輩なんだろう。

 

「まあ、他人からの受け売りだけどね」

 

そう言って笑う。

 

「どこまでも、か……」

 

「それに、ここまで来れたのなら、大丈夫だと思うよ」

 

 

 

「あ。小熊(こぐま)さん~!」

 

駅から声が聞こえてきた。

 

到着した電車から降りてきたであろう女の子が、大荷物を抱えて駅舎から出てきた。

 

(しい)、お疲れ」

 

女の子のもとへ行き、幾つか荷物を受け取った。

 

「小熊さん、ありがとうございます。お呼び立てしてすいません」

 

「いいよ。長野の帰りだったし」

 

どうやら友達らしい。

 

椎と呼ばれた女の子。小学生くらいに見えるけど、多分この子と同じくらいなんだろう。

 

リアのボックスに、持っている荷物を入れている。

 

「それではよろしくお願いします」

 

「了解」

 

「では、またあとで」

 

そう言って女の子は駐輪場の方へ歩いてゆく。彼女は自転車なんだろう。

 

それを見送ると、再び俺のもとへ来る。

 

「それじゃあ。呼び止めてごめんね。機会あったら、また」

 

「あ、いや。ありがとう」

 

こう返すと、彼女が首を(かし)げる。

 

「私、何かお礼言われることしたっけ?」

 

「良い話聞けたからさ」

 

「良い話?」

 

「俺、今まであのビーノはただの移動手段だったから。遠出すること考えた事なくて。でも、君の話聞いてたら、ちょっと出掛けてみたくなったからさ。そのお礼」

 

「そう。もし遠出するなら気を付けて。パンクにガス欠、事故には十分注意して。それじゃあ」

 

彼女はバイクへ戻り、跨がる。ヘルメットを被り、ゴーグルを付け、エンジンをかけるとバイクを発進させた。

 

そうか。セル付いてないからキックで始動させるのか……。

 

 

 

 

 

「あれ? あなたは?」

 

ふと、声がして振り向くと、さっき椎と呼ばれた女の子が自転車を押しながらやって来た。

 

「小熊さんのお知り合いですか?」

 

小熊さん? ああ、さっきの子か。そう呼ばれていたっけ。

 

「いや、ただの通りすがり……」

 

「そうでしたか。あ、良かったらこれどうぞ」

 

差し出されたのは一枚の名刺サイズの紙だった。

 

えっと『BEURRE』?

 

「それ、私の家です。パン屋なんですよ。ここから清里(きよさと)方面に8キロぐらい行った所にあるので、機会あればいらしてください」

 

逆方向に8キロ!

 

「ありがとう。ちょっと遠いかな……。でも」

 

「でも?」

 

ビーノを見やる。

 

「いつか、あのビーノに乗って行くよ……」

 

\マカセロ!/

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、リンちゃんのビーノがやって来た。

 

「リンちゃ~ん!」

 

手を振ると、彼女も気づいたようで手を振り返してくれる。

 

俺の横に止まった。

 

「お疲れ様」

 

「お待たせしました。先輩もお疲れ様です」

 

「長野どうだった?」

 

「良かったです。最初に行こうと思ってた温泉、潰れてましたね。先輩が教えてくれなかったら行ってましたよ……。代わりに上諏訪温泉に入ってきました」

 

それは良かった。

 

上諏訪温泉といえば、間欠泉で有名だ。

 

「そっか……。あまり長居すると遅くなるから、そろそろ出発しようか」

 

「そうですね。あ、給油したいので20号に行って良いですか? 行くときに安いスタンド見付けたので」

 

「了解。じゃあ、俺は後ろ追いかけるから、先導よろしく」

 

「はい」

 

リンちゃんに続いて発進する。

 

「どこまでも行ける……か」

 

さっきのカブ乗りから聞いた言葉をもう一度呟いた。

 

どこまでも行くためには、とりあえずこの帰路を安全に走って無事に帰宅する必要がある。時間に……そこまで余裕はないけど、焦りは禁物。ゆっくり帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンちゃん家に到着。

 

「先輩、今日はわざわざありがとうございました」

 

「良いよ。俺が一緒に走りたかっただけだからさ」

 

遠回りだけど、大した距離ではない。

 

「それじゃあ、俺はこれで。楽しかったよ。また明日、学校でね」

 

そう、何処か名残惜しそうなリンちゃんに声を掛け、発進……。

 

とはいかなかった。

 

「あら、リンお帰りなさい。それに、先輩も。こんばんは」

 

(さき)さんが出てきた。挨拶なしには帰れない。

 

「こんばんは」

 

「今日はありがとね。リン一人だとやっぱり心配だけど、途中から先輩と一緒って聞いて安心したわ」

 

そこまで? 凄く信用されているらしい。

 

「そうだ、少し上がっていかない?」

 

お誘いか。しかし時間がない。

 

「お気持ちだけ戴きます。流石に遅くなりすぎるので、今日は帰りますよ」

 

「そうね。あ、じゃあちょっとだけ待ってて」

 

何だろう? そう言って一旦家に引っ込む。

 

リンちゃんは不思議そうに見ながらも、荷物の搬入を始める。

 

「お待たせ」

 

咲さんが戻ってきた。手に何か持っている。

 

「これ。いらないからあげるわ」

 

えっ?

 

「何ですか?」

 

ビニール袋に入ったペットボトル位の大きさのもの。何だろう?

 

「バイク用の携行缶。昔買ったやつだからデザインは古いんだけど、一応新品よ。私はもう使う予定ないし……」

 

そう言い、一度玄関の方を見る。

 

「リンにあげると、『昔私も乗ってました』って言うようなものだから……恥ずかしくてね」

 

なるほど。しかし、昔バイク乗っていました、って娘さんにバレることが、そんなに恥ずかしいのだろうか……。

 

いずれ、その年になれば分かるのかな?

 

「じゃあ、ありがたく頂戴します」

 

「ご丁寧にありがとう」

 

リンちゃんが戻ってくるとバレてしまい意味無くなるので急いでしまう。

 

「何してるの? お母さん」

 

リンちゃんが出てきた。間一髪だった。

 

「別に何も。ね?」

 

「そうだよ。別に何も……」

 

怖い。いつぞやみたく、二人の目が。

 

「それじゃあ、俺はこれで。お休みなさい!」

 

逃げるに限る~!

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

ようやく帰宅。

 

「お。純一(じゅんいち)、お帰り。どうだった?」

 

「楽しかったよ。温泉も良かったし、キャンプも」

 

「それは良かった。ところで、ビーノはどんな調子だ?」

 

ビーノ? 別に普通だけど。

 

と思ったところで、そういう話ではないことは分かってる。

 

「特に。そろそろオイル交換だよね」

 

「ああ。そう思って来週末に予約しといたよ。代車は用意してくれるって話だから、部活あっても問題ないよ」

 

「了解」

 

来週末、オイル交換……っと。

 

忘れないようにメモ。

 

せっかくだし、ビーノで出掛けようかと思ったけど、それはまたの機会に。

 

 

代車か。何が来るのだろう……?

 

 

 

 





野クル初キャンプ後の、オリジナルストーリです。


『スーパーカブ』の登場人物が出てきました。今話限りの予定ですが……。

なお、小熊が滝野のビーノに付いている風防について気になったシーン。滝野に『何なら乗ってみる?』と言わせたかったのですが、ここで乗ってしまうと、信金のおじさん のところへ試乗に行く話が無くなってしまう(?)ので、止めました。



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 「教頭がお前に用があるんだ」

 

楽しかった週末の、久し振りの遠出・初『野クル(のくる)』キャンプが終わり、週明けの学校が始まる。

 

昨日の夕方会った、謎のカブ少女(?)のお陰で、俺にとってのバイク(ビーノ)の考え方が変わった。

 

今までは『単なる通学手段』だったのが、『何処までも行ける相棒』に変わった感じだ。

 

\ボクノフルサトヘイコウ!/

 

……?

 

無茶言うな。台湾だろ?

 

ここから国道52号を北上し20号・19号、もしくは国道52号を南下して1号で名古屋へ向かい、とにかく西を目指し、下関へ。

 

九州へ渡って鹿児島行って……。

 

その辺りまで行けば、台湾に渡れる船が有るだろうか?

 

どのみち、パスポートが必要だし、時間とお金も必要。無理にも程がある。*1

 

いずれにしろ、今日は学校だ。だから普段通りに登校する。

 

 

 

 

 

学校到着。

 

駐輪場にビーノを止め、施錠。

 

「じゃあ、行ってくるよ、相棒!」

 

そう声を掛け、昇降口へ向かう。

 

\ガンバレヨ/

 

バイクに声を掛けるなんて、見る人によっては変な人だよな……と思いつつも、相棒なのは事実。

 

靴を履き替えたら職員室へ。

 

「失礼します……。吹奏楽サークルの滝野(たきの)です。音楽室の鍵を借りに来ました」

 

「おお、滝野」

 

早速、声が掛かった。

 

大町(おおまち)先生……。もう可児(かに)来てるんですか?」

 

「いや、音楽室の鍵ならまだあるよ。別の話があるのさ」

 

あれ、違うのか。まあ、可児が来るのにはまだ早い時間だし。

 

「教頭がお前に用があるんだと」

 

「は……? えっ? 教頭先生が俺に用ですか?」

 

一瞬、大町先生が何を言っているのか理解出来なかった。

 

「何かは知らんが、来たら隣の会議室に来るよう伝えろって。しかし、教頭も凄いよなぁ。お前が朝早く来る前提で話してるんだからさ」

 

確かに。

 

もし、もっと遅い時間(※俺が早すぎるだけなので、誤解無きよう……)に来るのなら、こんな時間から会議室で待っている必要は無い。

 

「遅刻常習犯にも見習ってほしいよ。通学距離が遠いのに、遅刻したのは道が凍ってたあの一回だけだからなぁ。昨冬の」

 

「ありましたね。路面凍結で414号通れなかった日です」

 

いつも通りの道で学校行こうと思ったら、交差点に居た警察官に止められた。

 

路面凍結で通行止になってるから迂回しろと言われ、市川(いちかわ)を回って52号で向かったから、思いっきり遅刻したんだ。

 

「おっと。あまり長話しててもダメだな、教頭待ってるから」

 

「はい。行ってきます……」

 

教頭先生からの話。緊張する……。

 

しかし、今大町先生と話したから、幾分和らいだと思う。

 

 

 

「失礼します」

 

職員室と会議室は小さな扉を介して直接繋がっている。

 

その扉は常時解放されているので、扉の端を軽くノックして入室。

 

「おはようございます、滝野です。ご用ですか?」

 

「ああ、滝野くん。朝から呼び出してすいません」

 

椅子に座っていた教頭先生が立ち上がった。

 

「こちらへ」

 

「はい……」

 

案内された椅子に座る。

 

同時に教頭先生も着席。

 

「さてと。あ、別に緊張する必要ないですよ。この件は君に一切非はありませんから……」

 

えっ?

 

「これを見てください」

 

そう言いながら、一枚の紙を出してきた。

 

受け取り、目を通す。

 

『入部届』『野外活動サークル』『滝野 純一(じゅんいち)

 

俺が書いた野クルへの入部届じゃないか。

 

「それには問題がありません。部・サークルの掛け持ちは、一部を除いて可能ですので」

 

そうなんだ。

 

「最近は少子化で部活の運営も大変ですからね。当然、生徒数も減っていますから、部の数も減らすしかなくなります。だから、ある程度の掛け持ちは認めているんです。君も知ってるかもしれませんが、峡南(きょうなん)・市川・増穂(ますほ)商業の3高校が、数年以内に統合されます」

 

「ああ。そんな話を聞いたことがあります」

 

だから俺も、家に近い高校ではなく少し離れたこの本栖(もとす)高校を選んだんだ。

 

統廃合で家から遠くなったら面倒だからって。

 

まあ、下宿先が無くなって結局遠距離通学になってしまったわけだが。

 

「掛け持ちが問題ないのなら、何が悪いんですか?」

 

イマイチ話が読めない。

 

すると、教頭先生が軽く咳払いをした。

 

「話が脱線しましたね。ここからが本題です」

 

また紙を出してくる。

 

「見て笑わないように……」

 

そう言う教頭先生は、何故か口元が緩んでいる。

 

何なんだろう? えっと。

 

『部昇格申請書』

 

「申請書ですか」

 

一昨日、笛吹川フルーツ公園で話題になった奴だろう。

 

えっと、『野外活動サークル』→『野クル部』

 

本当に 野クル部 で出してる……。

 

そして、部員一覧。

 

大垣 千明(おおがきちあき)

 

犬山 あおい(いぬやまあおい)

 

各務原 なでしこ(かがみはらなでしこ)

 

トラ 先輩(とらせんぱい)

 

うん。ちゃんと四人揃っている。

 

部の名前はイマイチだけど、これで正式な『部』になれるんだな。

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

…………。

 

 

 

 

 

「なんですか、これ?」

 

一瞬気付かなかった。

 

「私も最初は見過ごしていました。後から気づいて思わず笑ってしまいましたよ」

 

そう言っている今も、肩が震えている。

 

「流石『トランペットの人』ですね」

 

そこ褒めるところと違う。

 

「まあ、確かに大垣さんには『トラ先輩』、各務原さんからは『ブランケット先輩』って呼ばれてますね……。二人とも、俺の正しい名前、覚えているんでしょうか……」

 

「さて? ともかく、その申請書を職員会議に出すわけにはいきません。殆どの先生が笑ってしまい会議になりませんから」

 

そんなに笑うか?

 

ちょっと反論したくなったが、言うより先に教頭先生が更にもう一枚、紙を差し出してきた。

 

「その昇格申請書はお返しします。今渡した新しい紙に書き直して、改めて提出してください。水曜日の放課後に職員会議がありますから、それまでには……」

 

 

 

 

 

 

 

会議室を出る。

 

そんなに長時間居たつもりはないけど、室内の先生の数は増えている。

 

「滝野。この間に可児が来て鍵持ってったぞ」

 

大町先生から声が掛かった。

 

「あ、分かりました。ありがとうございます」

 

何のためにこの部屋に来たんだろう……。

 

「失礼しました」

 

職員室を出る。

 

 

 

音楽室の前に到着。

 

楽器の音は聞こえない。しかし、話し声が聞こえてくる。二人……?

 

一人は可児で決まりだろう。となると、もう一人は誰だ?

 

ノックして扉を開く。

 

「あ、おはようございます」

 

一人は予想通り可児だ。

 

「おはよう。お兄ちゃん」

 

もう一人は、恵那(えな)ちゃんだった。

 

『お兄ちゃん』……。はあ……。

 

「おお、我が愛しの妹たちよ~」

 

のってみる。

 

「お兄ちゃん。私のお土産(みやげ)は、土産話で良いよ」

 

土産って。俺が週末何処(どこ)に行ったのか、お見通しって訳か。

 

「あ、私は何かください! ……お兄ちゃん!」

 

こっちの妹は物を要求。しっかりしてるよ……。

 

何か……。あ。

 

「はい、ミクにはこれをあげよう」

 

鞄からクッキーを取り出し、渡す。

 

他人からの貰い物を他人に譲るのは抵抗があるが、生憎これしか持っていない。

 

「なにこれ? 善光寺(ぜんこうじ)って、お兄ちゃん長野まで行ってきたの? 山梨市って聞いてたけど」

 

可児も乗ってきたな。

 

さっきは言い忘れたのか、後から思い出したように『お兄ちゃん』って言ったけど、今度は自然と出てきた。

 

「謎のカブ少女から貰った」

 

「謎の? 先輩、誰ですか?」

 

あ。すぐに戻った。

 

日野春(ひのはる)駅でリンちゃん待ってたら、何処からともなくやって来た、スーパーカブに乗った女の子。その子から貰った」

 

「誰なんですか? 先輩との関係は!」

 

「それは俺も知りたいよ……」

 

小熊(こぐま)さん』と呼ばれていた。苗字か名前か……。それすら分からない。

 

俺と可児のやり取りを笑顔で見守っている恵那ちゃん。しかし、俺は彼女に質問がある。

 

「恵那ちゃんってさ。さやか*2と知り合いだったの?」

 

「いや。違いますよ」

 

まあ、そうだろう。互いに面識がないはずだから。

 

「でも、さやかのことは知ってるんだよね」

 

「はい。先輩、あの日のこと覚えてますか?」

 

「あの日?」

 

「これくらいの時間に、先輩の演奏を聞かせていただいた日です」

 

ああ。あの日、俺が妹がいる話をしたら、恵那ちゃん演奏聞かずにスマホ(いじ)っていたんだった。

 

……スマホ?

 

「前に教えてもらった電話番号をアドレス帳に登録したら、Facebookに滝野先輩が出てきました」

 

Facebook? ああ、アカウント登録だけはしてあるんだ。

 

「で、滝野先輩を表示したら、その後に『滝野さやか』さんが出てきて。生年月日から妹さんだろうなーって。友だち申請して、なって話したら、妹さんだと分かりました」

 

「で、『私たち、(自称)妹です』とか言ったんだな……」

 

「はい!」

 

謎は全て解けた。

 

 

 

 

 

俺と可児で演奏。

 

それを恵那ちゃんは、椅子に座って聞いている。

 

目を(つむ)っているが、寝ているのではなく、聞き()れているらしい。

 

「可児、次『新世界より』で良いか?」

 

「分かりました!」

 

コンクールに出場するわけではない(どのみち、終わった)から、気ままに。お互い吹きたい曲を演奏。

 

中学三年間と、北宇治(きたうじ)高校での数ヵ月。ずっとコンクールのために練習していた日々と比べれば、気楽で気儘(きまま)

 

あの頃も懐かしいが、俺は今のこの時間も好きだ。

 

 

 

♪~

 

 

「これ、『遠き山に日は落ちて』ですよね? 夕方に流れる場所もあるやつ」

 

演奏が終わると、恵那ちゃんが口を開いた。

 

「恵那ちゃんもかい……」

 

前に、何処かで誰かさんから聞いたのと同じような言葉が……。

 

「ほら先輩。やっぱりこっちの方が有名なんですよ」

 

「言ってろ。元々の曲がこの曲名なんだよ」

 

「知名度が低くても?」

 

「原曲なしにこの曲は産まれんだろ。知名度云々言わないの」

 

可児を(たしな)めると、不服そうに頬を膨らます。

 

俺たちのやり取りを、恵那ちゃんは微笑みながら見つめている。

 

「先輩とミクちゃんのやり取り、面白いですね。ずっと見てても飽きないですよ」

 

そうか。

 

「別に見世物じゃないんだけど……」

 

「楽しいのは大切ですよ、部活は楽しくやらないと。ここは楽しい部活です」

 

そう言って胸を張る可児。

 

「良いこと言ったつもりかも知らんが、中身無いこと言うな」

 

恵那ちゃんずっと笑ってる……。

 

 

「恵那ちゃんも何か一緒に演奏しようよ」

 

急に可児が切り出す。それは楽しそうだが、急すぎないか?

 

「えっ? 私?」

 

ほら、驚いてるじゃないか。

 

「私、吹奏楽未経験ですよ」

 

「でも、リコーダー位なら吹けるんじゃない?」

 

幸い(?)ここは音楽室。リコーダーなら売れる位には揃っている。

 

勿論(もちろん)、学校の備品を無断で売ったら大変なことになるが……。

 

「リコーダーなら……」

 

そう恵那ちゃんが答えるよりも先に、可児が音楽準備室からリコーダーを持ってきていて、それを恵那ちゃんに差し出す。

 

「はい」

 

「って、可児。お前はユーフォ*3で良いだろ!」

 

何故(なぜ)か、可児までリコーダーを持っている。

 

「久し振りにこれを吹きたくなったので」

 

って、それテナーリコーダーじゃないか。

 

「お前なんでも屋なんだな……」

 

「私は『広く浅く』です。色々吹けますよ。代わりにあまり上手くないんです!」

 

得意気に言う。

 

まあ、演奏は確かに『まあまあ』だもんな……。

 

「何にする? 全員吹ける曲」

 

「じゃあ『キラキラ星』で」

 

曲名を聞くと、ちょっと緊張した面持ちで、恵那ちゃんが(うなづ)く。

 

 

 

♪~

 

 

「ふう……」

 

演奏が終わると、恵那ちゃんが一回深呼吸した。

 

よほど緊張したのだろう。

 

しかし、良い顔だ。キラキラ輝いて見える。

 

「恵那ちゃん!」

 

「ミクちゃん!」

 

互いに、楽器を持っていない方の手で、ハイタッチを交わす。

 

「滝野先輩!」

 

えっ? 俺も?

 

「はいよ」

 

恵那ちゃんとハイタッチ。

 

「いやいや、可児までする必要ないだろ……」

 

と返しつつ、上げられた可児の右手を叩く。

 

「どうだった?」

 

「凄かったです! なんて言うか……凄く『音楽』って感じがしました!」

 

恵那ちゃんに感想を尋ねると、声を弾ませながらこう言った。目が輝いている。

 

「それは良かった」

 

演奏するのを切り出したのは可児だったけれど、リコーダーを提案したのは俺だった。少々無理()いした感があったけど、喜んでもらえたみたいだ。

 

「先輩、もっと一緒に吹きましょうよ!」

 

「待て待て。もう時間がないだろう」

 

時計を見ると、始業時刻が近い。楽器を片付けて教室に向かえば、丁度良い頃合いになるだろう時間。

 

「「え~!」」

 

二人揃ってブーイング。

 

「そこ、駄々捏(だだこ)ねないの。あと可児、鍵返すのよろしく」

 

 

 

*1
この時、滝野は件の『謎のカブ少女』が後に、スーパーカブで鹿児島へ行くことを知らない。知る由もないのだ……。

*2
滝野の妹。滝野 さやか

*3
ユーフォニアム





申請書の名前の話。クリキャンの受付でのやりとり(千明とあおい)がモデルです。

本当は、そのノリで滝野の名前も間違える事にしようかと思いましたが、『野クルがトントン拍子に部に昇格したら、面白くない!』と思ったのでここに加えました。

如何でしょう?


感想・評価 お待ちしております。いただけると物凄く嬉しいです。


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 「うち来ない?」

 

放課後。

 

「あ、滝野(たきの)先輩」

 

図書室に入ろうとすると、恵那(えな)ちゃんが出てきた。

 

「恵那ちゃん。図書室まだ開いてる? 返す予定の本、こんな時間になっちゃってさ……」

 

「中にまだリンがいますよ」

 

閉鎖時間ギリギリにってしまい間に合うか心配だったけど、良かった。

 

「遅いですね。また、職員室に呼び出されたんですか?」

 

……は?

 

「待って、またって何? というか、何で知ってるの!」

 

「あれ、本当に呼び出しだったんですか? 鎌掛けだったんですけど」

 

……マジか。見事に引っ掛かってしまったよ。

 

「やられたよ……。理由は伏せるけど、朝職員室行ったら、教頭先生に捕まった。あ、今遅くなったのは、単に部活だよ」

 

そう。

 

放課後は職員室で鍵を借りてから音楽室へ行った。

 

後から可児(かに)も合流し、普通に部活中だったが、可児から出た『朝の恵那ちゃんとの演奏、楽しかったですね』という一言で、図書室に行かなければならないことを思い出した。という次第……。

 

「教頭先生ですか。先輩、悪いことするようには見えないですけど、何かしたんですか?」

 

「俺は悪くないよ」

 

教頭先生もそう言ってたし。

 

「あ、そうだ先輩。また今度、音楽室行っても良いですか?」

 

音楽室に?

 

「今朝の演奏、とても感動しました。それに楽しかったんです。また一緒に吹きたいです!」

 

「そう? じゃあ好きなときにおいでよ。まあ、こう言ったけど、毎日音楽室が使えるとは限らないから、その時はダメだけど……。あ、ラインで良いから連絡して。その方が確実だからさ」

 

「了解です! では、今日は失礼します!」

 

敬礼をして去っていった。

 

今朝のがきっかけで音楽が好きになってくれたら嬉しいな……。

 

あ、別に『吹奏楽サークル』に勧誘するつもりはないので。

 

 

 

 

扉を開けて入室。

 

「失礼します」

 

「あ、ブランケット先輩。先輩も一緒に食べますか?」

 

入るなり、各務原(かがみはら)さんの声がした。

 

その方向を見ると、各務原さんとリンちゃんが二人、カウンターを挟んで向かい合っている。

 

食べるって何を? ……生チョコまんじゅう か。リンちゃんのお土産だな。

 

「ありがとう。戴くよ」

 

差し出されているまんじゅうを受け取る。

 

実は、俺もリンちゃんから同じものを貰っている。しかし、その事を今言うような不躾な真似はしない。

 

ん? カウンターに何か置いてある。これってもしや……。

 

早速まんじゅうを一つ食べ終えた各務原さんもそれに気づき、持ち上げた。

 

「なにこれ? ミニ賽銭箱(さいせんばこ)?」

 

「おまえもか」

 

「コンパクト焚き火グリル、だろ」

 

賽銭箱って……。まあ、そう見えなくもないが。

 

おまえも、ということは、さしづめ恵那ちゃんも同じことを言ったのだろう。

 

それが何か、知っている俺は、透かさず突っ込む。

 

 

 

「へぇー……。これで焚き火や料理に焼肉が出来るんだ」

 

実物と添付の説明書を見ながら、各務原さんが感嘆の声を上げている。

 

「すごい。こんなに小さくなる……」

 

組み立ててあったのを畳んだ。

 

畳めば単行本位になるんだよな。場所も取らないから扱いやすい。

 

「壊すなよ」

 

見ててなんか不安。

 

「そういえば先輩、昨日は何であんな所に居たんですか?」

 

グリルを(いじ)っている様を見ていたリンちゃんが、俺の方を向いた。

 

「ああ。むかわキャンプ場に届け物があったんだよ。あ、そうだ」

 

確か、この辺りに……あった。

 

「これ、もらったんだけど使う?」

 

「「無料券……?」」

 

「そう。むかわキャンプ場の利用料、無料券」

 

一グループ四人まで無料にしてもらえるらしい。

 

「リンちゃん、これありがとう」

 

各務原さんの興味は、グリルから無料券に移ったらしく、グリルをリンちゃんに返した。

 

「あのさ、それで今度肉焼いてみる?」

 

しかし、リンちゃんがそう言うと、俺の持つ無料券に向いた各務原さん視線が、再びリンちゃんに戻った。あれ……この券用なし?

 

「うん、やる! やろうよ、焼肉キャンプ」

 

「あ、いや。キャンプという訳じゃ……」

 

「先輩のその無料券で」

 

「いやいやいや。武川(むかわ)って北杜(ほくと)市だぞ。遠いって」

 

さらっと凄いこと言うな。リンちゃん引いてるじゃないか。

 

だいたい、どうやって行くんだよ?

 

……あ、リンちゃんはビーノで自力で、各務原さんはお姉さんの送迎で。と、思えば無理ではないか? いや、そういう話ではなく。

 

「そうだ! リンちゃん今週の土日暇?」

 

「まあ。バイトは無いけど」

 

「じゃあ、何処(どこ)かのキャンプ場で焼肉キャンプやろうよ!」

 

「それは……いいけど。でも、何処にするの?」

 

「うーん……。リンちゃん、何処か良い場所知らない」

 

「焼肉の出来るキャンプ場か……。買い出しが必要だから、道中にスーパーとかが無いと厳しいよな」

 

なるほど。そうなるよな。

 

そう考えると、本栖湖(もとすこ)は却下だな。リンちゃんの家からだと、スーパーはおろかコンビニすら存在しない……。道の駅ならあるけど。

 

仮に、リンちゃんの家から52号に出て、市川を回って来れば、幾つかお店があるな……。

 

よし。

 

「じゃあさ」

 

すっかり蚊帳(かや)の外となっていた俺が口を開いたからか、二人の視線がこちらを向く。

 

「うち来ない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと? 先輩のお家ですか?」

 

各務原さんの頭に、でっかい『?マーク』が浮かぶ。

 

「あ、言ってなかったっけ? 俺の家、四尾連湖(しびれこ)の木明荘キャンプ場なんだよ」

 

話の流れでリンちゃんには言ってあったけど。

 

「四尾連湖? デンキウナギでも居るんですか?」

 

あれ? 『家がキャンプ場なんて凄い!』って喰い付くんじゃないかって予想してたのに……。

 

四尾連湖を知らないのか。

 

「四尾連湖って言う名前の小さめの湖があるんだよ。ここと、甲府(こうふ)市の中間辺りの山の中に。そこの湖畔にあるキャンプ場だよ。うち……木明荘の方は湖の対岸にあって、車は入れないから、一輪車かボートで荷物を運ぶんだ」

 

「ボート!」

 

「そう。因みに、木明荘の他にももう一軒キャンプ場があって、そっちはオートキャンプ場だな」

 

「オートキャンプ?」

 

再び、各務原さんの頭に『?』が。

 

 

 

リンちゃんが各務原さんに『オートキャンプとは何か?』説明している間に、俺は家へ電話する。

 

まあ、この時期満員になることは有り得ないけれど、念のため。

 

図書室を出て、電話を掛ける。

 

『はい。四尾連湖木明荘キャンプ場です』

 

すぐに繋がった。

 

山県(やまがた)さん、お疲れ様です。純一(じゅんいち)です」

 

『ああ、純一くん。どうしました?』

 

「予約状況、確認したいんですが」

 

『良いですよ。何時(いつ)ですか?』

 

「えっと、今週末だから……。12月2日です」

 

『12月2日ですね。少々お待ちを』

 

電話口からキーボードを叩く音が聞こえている。

 

そうか、もう12月か。今年は雪の量多くなければ良いけど……。

 

『お待たせしました』

 

そんなことを考えていたら、返答が来た。

 

『泊まりのお客様一組、だけですね』

 

やっぱり。

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

『いえいえ。ところで、何かありました?』

 

「ああ、俺の後輩がキャンプに行くかもしれないので、念のため……」

 

『そういうことですか。分かりました。まあ、まず大丈夫だと思いますが、一応仮押さえしときますねー』

 

「ありがとうございます。じゃあ、失礼します」

 

よし。

 

本当に来る来ないは別として、これで大丈夫だろう。

 

 

 

図書室に戻る。

 

「あ、滝野先輩」

 

「話は(まと)まった?」

 

「はい! お姉ちゃんに車出してもらえるはずだから、二人で木明荘に焼肉キャンプ行きます!」

 

そうか。それなら良かった。

 

もし、野クル初キャンプみたく、最寄り駅から歩くって話だと、たぶん死ぬ。

 

最寄の市川大門駅から歩いたら、軽く三時間は掛かるからなぁ……。

 

あれ、鰍沢口(かじかさわぐち)駅の方が近いのか?

 

「了解。予約はどうする? 一応、今電話して仮押さえしといたから。電話してくれても良いし、俺が聞こうか?」

 

「えっ! 本当ですか。ありがとうございます!」

 

かなり嬉しそう。

 

うずうずしながら小さくガッツポーズ。ここが図書室でなかったら、ピョンピョン跳び跳ねているだろう。流石に場所を(わきま)えているようだ。

 

「お姉ちゃんの予定確認してから、電話で予約しますね」

 

「了解」

 

「やった~。リンちゃんと焼肉キャンプ~!」

 

さて。話が纏まったことだし、せっかくもらったこの生チョコまんじゅうを食べよう。

 

 

 

……そういえば俺、なんのために図書室に来たんだっけ?

 

 

 

 

 





四尾連湖キャンプが決まりましたね。


因みに、『山県さん』というのは、雇っているスタッフさんです。

木明荘、湖畔のキャンプ場にロッヂや山荘もあるので、それを滝野父一人で管理するのは不可能でしょうから。他にも数人雇っている設定です。



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 「肉、食うかい?」


第1話の前書きで記載した通り、本作はアニメ一期に合わせ、2017年のお話となっています。


※アニメ一期第6話にて、図書室のカレンダーが『11月27日(月)』になっているため。

因みに、それに相当する原作9話では『11月24日(月)』とあり、2008年 2014年 2025年が該当しますが、いづれの年でも『11月24日(月祝)』となるはずなので、個人的には違和感があります……。




 

リンちゃんと各務原(かがみはら)さんがうちでキャンプすることが決まった、翌日の放課後。

 

今日は用事があるらしく可児(かに)は部活を休んでいる。音楽室にいるのは俺一人だけ。

 

一人で演奏中。

 

そんな時、珍しい来客が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♪~。

 

扉が開く。

 

演奏を止め、振り向く。

 

「あ、トラ先輩。ちょっと良いっすか?」

 

大垣(おおがき)さんじゃん。どうしたの?」

 

野外活動サークル 改め 野クル(のくる)部 の部長、大垣 千明(ちあき)。行動力はあるものの、何処(どこ)か抜けている部分があり、時々やらかす人……。

 

大町(おおまち)先生からはそう聞いている。

 

「先輩、その説明酷くないっすか?」

 

「間違ってないと思うけどなぁ。……ってか、俺今声に出してないんだけど? 何で分かったの?」

 

「そんな話に来たんじゃないですよ。ところで、今の曲って何かの映画の曲ですよね?」

 

今演奏していたのは『ハトと少年*1』だ。

 

「確か、結構前の人気映画の挿入歌だな。俺も作品名までは覚えてないけど……*2

 

「格好良いっすね!」

 

「大垣さんも吹いてみる?」

 

「いやいや、遠慮しておきますよ。私、そういう楽器系、てんでダメなもので……。リコーダーとかも」

 

全力で手を左右に振っている。

 

そうなのか。

 

まあ、あまり成績が良さそうには見えないなぁ……。

 

「先輩、私に対するイメージ酷いっすね」

 

「いや、だから。俺口にしてないんだけど! ところで、何の用だっけ?」

 

話が脱線して、目的が分からない。

 

「すいません。実は、相談があるんっすよ」

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど。キャンプ場の下見に行きたいから、バイクで送迎して欲しいと」

 

「はい」

 

どうやら、次の野クル部キャンプ地の下見に行きたいらしい。で、その場所が笛吹(ふえふき)市の南の方にあり、駅から遠いので、送迎を頼みたいとのことだ。

 

「それで、何時(いつ)行くの?」

 

「次の土曜日っす。バイトが休みなので」

 

バイト……?

 

「大垣さん、アルバイトしてるんだ?」

 

「はい。先週から、身延(みのぶ)にある酒屋で。因みに、イヌ子はその隣のセルバってスーパーでバイトしてるっす!」

 

セルバ身延店隣の酒屋……。

 

「川本か。へぇ……あそこね。店長優しい人でしょ?」

 

「先輩、知ってるんですか?」

 

驚いている。まあ、当然か。

 

高校生……つまり、未成年者はお酒が飲めない。酒屋では、お酒以外のものも取り扱っているが、それはスーパーやコンビニで事足りるものが多い。だから、親の付き添い等じゃないと、高校生が酒屋に行くことはない。行かなければ当然、店長がどんな人かなんて知り得ない。

 

「時々お世話になってるからね……。どうしたの?」

 

大垣さんがジト目で俺を見ていた。なんか誤解してる?

 

「あのね。別に酒買いに行ってる訳じゃないよ? だいたい、俺未成年だから売ってくれないし」

 

互いに『売れない』『買えない』から、俺の役割は、木明荘まで持ってきてもらった物の受け取りだ。

 

「そうっすよね。なら、良いです」

 

「って、また話が脱線したな。えっと、下見に行くのは次の土曜日だっけ?」

 

土曜日。リンちゃんたちがキャンプに来る日だ。

 

とはいえ、俺は参加しないから大丈夫。予定はない。

 

あ。バイクが代車だな……。まあ、大丈夫だろう。原付二種の代車に普通の原付を貸すことはないはずだから。

 

「良いよ」

 

「おお! ありがとうございます」

 

バイクのことは、帰ったら確認しておこう。

 

「じゃあ、何時に何処で待ち合わせにしようか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大垣さんと約束をした土曜日がやって来た。

 

朝、出掛ける準備をしていると、電話が鳴りだした。

 

生憎(あいにく)、近くに誰もいないので、受話器を取る。

 

「お電話ありがとうございます。四尾連湖(しびれこ)木明荘キャンプ場です」

 

『あ、予約している鳥羽(とば)と申します』

 

男性らしき高めの声。

 

『今、第二駐車場まで来ました』

 

いや、この声は女性かもしれない。

 

「分かりました。では、今出ていく車はおりませんので、そのままお進みください」

 

『了解です。ありがとうございます』

 

「お待ちしております。では、失礼します」

 

県道409号線の終点にある第二駐車場から、木明荘の前にある第一駐車場までの道は、車のすれ違いが不可能なほど狭い。なので、鉢合わせを防ぐため、来場されるお客様は、第二駐車場に着いた時点で電話をいただくようにしている。

 

そこまで来たのなら、すぐにいらっしゃるはず。待っていよう。

 

 

 

「おはようございます」

 

受付に座っていると、入口から声がした。

 

さっき、電話をしてくれた人だろう。

 

電話口では一瞬、男の人かと思ったが、よくよく考えてみたら、今日の予約は女性二人組が二組だけだ。

 

「予約しています、鳥羽です」

 

鳥羽様……。

 

「はい。では、こちらの用紙に名前と連絡先の記入をお願いします」

 

声だけでなく、見た目も男性っぽい人と、丸メガネに長い黒髪の人。姉妹だと思うけど、女性だって知らなければカップルか夫婦だな。

 

「はい。利用料と駐車料金、確かに頂戴しました」

 

記入してもらった紙とお金を仕舞い、受付から出る。

 

「キャンプサイトへは車が入れません」

 

入口から外を指差す。

 

「あの辺りがサイトです。湖沿いにぐるっと回って行ってください。荷物はそこの荷車をご利用ください」

 

「ありがとうございます」

 

「何かありましたら遠慮なく言ってください。それでは、ごゆっくり……」

 

二人を見送る。

 

しかしまあ、良い天気だ。絶好のキャンプ日和。……少し寒いけどね。

 

「お待たせ。助かったよ」

 

空を見上げ背伸びをしたところで、山県(やまがた)さんが帰ってきたらしく、声が掛かった。

 

「あ、お帰りなさい。予約のお客さま、一組来ましたよ」

 

「ありがとうございます。そういえば、店主はどちらに?」

 

あれ、聞いてないのか?

 

「整備工場です。俺のビーノ、オイル交換の時期なので」

 

今、軽トラに載せて整備工場へ行っている。代車を載せて戻ってくると言っていた。

 

「ああ。そういえば今日でしたね」

 

忘れていただけなのか……。

 

「お待たせ~」

 

「お、噂をすれば」

 

外から、父の声が聞こえてきた。

 

 

 

支度した荷物をリアのボックスへ入れ、そこから説明書を引っ張り出し、一通り確認。普段乗らないバイクだから、運転も慎重にしないと……。

 

なるほど……。ある程度は分かった。後は乗ってみれば分かるだろう。

 

シートに跨がり、エンジンをかける。

 

ヘルメットを被り、グローブを嵌める。

 

さて、出発しますか。

 

 

 

県道409号線を北上する。

 

土曜日だが、普段から交通量の多くない道なので、渋滞知らずでスイスイ走れる。

 

あっという間に市川大門駅に到着。

 

「あ! トラ先輩~!」

 

駅舎の前に大垣さんが立っていた。俺が来たのに気付き、手を振っている。

 

「お待たせ。待った?」

 

「いやいや全然。今日はよろしくお願いします!」

 

テンション高い。リンちゃん曰くいつもこんな感じらしい。

 

だから彼女はこの子が苦手だと言っていた。

 

「あれ、先輩バイクがいつものじゃない……」

 

「ビーノは整備に出してるから、代車だよ」

 

「整備? 何処か調子悪いんすか?」

 

「いや、オイル交換だよ。まあ、乗り慣れないバイクだけど、大垣さんと約束したからね」

 

「マジっすか! わざわざありがとうございます!」

 

そう言って頭を下げる。礼儀正しいみたいだ。

 

「はいヘルメット。それ被ったら、後ろ乗って」

 

「はい!」

 

 

 

笛吹川沿いの国道140号線を東へ走る。

 

「先輩、このバイクは何て名前ですか?」

 

走行中は話し掛けない方が良いと思っているらしく、信号で止まると、大垣さんから声が掛かる。

 

「ヤマハ・トリシティ155だよ」

 

鶏の街(トリシティー)?」

 

「言うと思った」

 

直訳かよ。ってか、半分そのままじゃないか。

 

「格好いいっすね」

 

「ちょっと調べてみたら、今年発売されたばかりのモデル*3だから、恐らく新車だよ」

 

「マジっすか! あたし運が良いって事ですね!」

 

はしゃぐのは構わんけど、大人しく乗っていて欲しい……。

 

「運が良いかは分からんけど……。これ155CCだから、高速も走れるんだよね」

 

「じゃあ、帰りは高速使うんですか?」

 

「そうなると、大垣さん乗せれないね。帰りは電車かなぁ?」

 

「マジっすか! 何で?」

 

『一般道での二人乗りは、免許取得後一年以上』だが、『高速道路の場合、先述の条件に加え、二十歳以上』というオマケが付く。

 

「法律。二十歳ならなきゃダメなんだよ」

 

「マジですか。法律ってややこしいんですね」

 

うん。複雑でややこしい。

 

だからって守らないと、更にややこしいことになる。

 

違反・罰金・反則点・免停・免許取消・逮捕……。

 

運転免許をとる、ということは、同時に責任も生じる。

 

今日は大垣さんを乗せているから、いつも以上に安全運転をしなければ……。

 

 

 

えっと。ここを右折だな。

 

ゴルフ場の中を縫うように走る。ここを抜ければもうすぐのはずだ。

 

「お、見えてきたよ」

 

目的のキャンプ場が見えた。

 

「おお!」

 

「はい。到着」

 

バイクを止め、サイドブレーキをかける。

 

「ありがとうございます」

 

バイクを降りた途端、お礼を言われ、少し驚く。

 

「いやいや、帰りも乗ってくんでしょ? まだ早いよ」

 

「おっと、そうですね」

 

 

 

 

駐車場にバイクを止め、キャンプ場内を歩いて行く。

 

大垣さんは、キャンプ場に着いた旨を犬山(いぬやま)さんにラインしていたが、仕事中らしく返事はない。

 

「良い感じのところですね!」

 

「ああ。まあ、オートキャンプ場だけあって車が多いな」

 

「車かあ。将来免許とったら車でキャンプに行ってみたいです」

 

車でか。冬は寒さ、夏は暑さ知らずで快適だろうな……。

 

「おおーっ!」

 

しばらく歩いていたら、木々の間から甲府盆地が一望できる場所に出た。

 

「良い眺めだな。ほったらかし温泉の時とは逆から見てる感じだよ」

 

「夜景も綺麗なんだろうな……」

 

大垣さんが感慨深そうに呟く。

 

「次の野クル部キャンプの有力な候補地だなぁ」

 

「だけど大垣さん、バイト始めたんだろ? キャンプするのも良いけど、他のみんなと予定合わせるのも大変じゃないか?」

 

「それなんですよ。あたしもイヌ子もバイト始めたから、今までみたいにぽんぽん予定組めないんっすよね」

 

「身延のセルバだと、結構混雑するからな。休み取るのも中々難しいだろうね」

 

あそこは52号沿いにある。

 

現状、52号は甲府と富士・清水方面とを結ぶ数少ない街道だから通過交通も多く、利用する人も多い。

 

「ですね。それにあたしら高校生は、学校が終わった放課後か、学校が休みの土日祝しか働けないから、貴重な働ける時間を削ってキャンプするんですよね」

 

確かに。

 

学生である以上、勉強が本分だ。

 

あ。勉強、といえば……。

 

「そろそろ期末試験だけど。大垣さん、勉強は大丈夫なのか?」

 

 ドテッ

 

急に話を振ったからか、大垣さんが何もないところでコケた。

 

「そ、そういう先輩こそ、勉強は大丈夫なんですか?」

 

「俺は大丈夫だよ。知ってるか? 俺、試験のクラス順位は常に一桁なんだよ」

 

「なん、だと……!」

 

『トランペットの人』だから、トランペット吹いてばっかで成績は散々だ、と思っていたらしい。酷いなぁ。

 

「自分に対しての戒めで、『成績が下がったら、トランペット没収!』って。だから、勉強は毎日欠かさずやってるよ」

 

特に、下宿生活の頃は、休みの日は勉強漬けだった。あんな壁が薄いところでトランペット吹こうものなら、問答無用で追い出されていただろうから……。そもそも、他にやることなかったし。

 

「マジか。今度勉強教えてもらっても良いっすか?」

 

「構わないけど……お」

 

ふと、一人のキャンパーが目に入る。

 

「かっけぇ……」

 

大垣さんもその人を見ている。

 

「年季の入ったワンポールテントに焚き火台と木製ローチェア……」

 

その人の持ち物は、今大垣さんが呟いた通り。

 

それに加え、スキレットで焼かれている厚切り肉……。

 

テントの脇にはバイクが一台。

 

「肉、旨そう……。スキレット料理って良いなぁ」

 

おいおい。唾を飲み込む音が俺にも聞こえてきたんだが。

 

「あれ……? あの人何処かで……」

 

ローチェアに腰掛けている、帽子のつばで顔が隠れているが、見えている髪や髭からして、初老の男性だろう。

 

俺はその人が、何となく見覚えがある。

 

「うん、何か用かな?」

 

その男性が、俺たちに気づき、顔を上げる。

 

「あ、どうも。お久し振りです……」

 

この顔この声。違いない。

 

「ああ、滝野(たきの)くんじゃないか。久し振りだな」

 

リンちゃんのおじいさん、新城(しんしろ)さんだ。

 

 

 

「なるほど、キャンプの下見か」

 

「はい。この子がここに来たいと言うので、一緒にバイクで来ました」

 

「う、うす!」

 

隣の大垣さんは、いつになく縮こまっているようだ。

 

まあ、学校の先輩が急に、こんな渋いおじいさんと仲良さそうに話していたら、こうなるのは仕方無いだろう。俺とて同じ立場だったらこうなっている。

 

「そうか。因みに、今日トランペットは持っているのかな?」

 

「えっ? ああ。実は今日ビーノを整備に出してまして、代車で来てるんです。トランペットを積めるボックスが付いていないので、今日は持ってきていません」

 

「そうなのか」

 

何処か、寂しそうな顔をした。トランペットが聴きたかったのかな……?

 

「整備というと、調子でも悪いのか?」

 

「あ、いえ。オイル交換です」

 

「そういうことか。ああ、お二人さん」

 

「「はい?」」

 

「肉、食うかい?」

 

竹串に刺した肉が二つ、俺たちの前に差し出される……。

 

 

 

御馳走になってしまった……。

 

何かお礼がしたい。……そうだ。

 

「お肉ありがとうございました。これ、良ければ使ってください」

 

そう言い、先週もらった割引券を差し出す。

 

数日前、リンちゃんと各務原さんの前に出したが、結局うちに来ることになって出番のなかった奴だ。

 

「『むかわキャンプ場』か。良いのかい?」

 

「俺が持っていても使うことはないですから……」

 

「なら貰おうか。ありがとう」

 

「それでは、俺たちは失礼しますね。キャンプ、楽しんでくださいね」

 

「ありがとう。君たちも気を付けて……」

 

「あ、ありがとうございました」

 

新城さんのもとを後にする。

 

大垣さんは、ずっと借りてきた猫だった。

 

 

 

「トラ先輩、あの人は誰なんですか?」

 

キャンプ場内を歩きながら、大垣さんと話す。

 

「新城 (はじめ)さん。リンちゃんのおじいさんだよ」

 

「しまりんのじいさん! マジっすか!」

 

驚いている。全然似てない とか、色々言っている。

 

「前に本栖湖(もとすこ)に行ったときに会ったんだよ。色んなところでキャンプしてるらしいよ」

 

「良いなぁ。あたしもあんな風な余生を過ごしたいぜ……」

 

「余生より期末試験だろ」

 

というか、こんな会話、前にもした記憶あるんだけど。

 

「期末試験もあるし、次のキャンプ、どうすっかな……。いっそ、クリスマスとか、どうでしょうね?」

 

クリスマスか。そういえばもう12月だ。

 

「良いんじゃないか? 野クル部みんなでクリスマスキャンプ」

 

「よし。次はクリスマスにするか! もちろん、先輩も参加しますよね!」

 

俺も? まあ、野クル部の一員だし、当然参加だろう。しかし……。

 

「テント。どうにかしないとなぁ……」

 

「そうっすね。もう一つ買いましょうか……」

 

「お金あるの?」

 

「それ、聞かなくても分かりますよね?」

 

「そういうことか……」

 

 

 

 

 

 

 

最後の方はちょっと重い話になったものの、無事にキャンプ場の下見を終え、市川大門駅に戻ってきた。

 

「トラ先輩。今日はありがとうございました!」

 

そう言って頭を下げる。

 

「こちらこそ。楽しかったしね。お役に立てたのなら良かった」

 

「うす! それじゃあ、また学校で会いましょう!」

 

大垣さんを見送り、俺も帰路につく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 へやキャン△

 

 

 

 

 千明:キャンプ場 到着!

 

 

あおい:どんな感じなん?

 

 千明:けっこう広いぞ!

    キャンプサイトもたくさんある!

 

あおい:下見たのむでー

 

 千明:バッチリだぜ!

 

 千明:というか、終わって市川大門駅まで戻ってきた

 

 千明:キャンプ場でしまりんのじいさんにも会ったぞ

 

あおい:そういえば、志摩さんとなでしこちゃん、買い物に来たで

 

 千明:二人で?

 

あおい:うん

 

あおい:四尾連湖行くんやって

 

 千明:あいつら良く知ってたな。四尾連湖なんて

 

あおい:志摩さんが買った焚き火グリルで、焼肉キャンプやるって

 

 千明:焼肉かぁ

 

 千明:さっき、しまりんのじいさんに、肉御馳走になったぜ!

 

あおい:肉かぁー

 

 千明:肉、にく、niku~!

 

あおい:肉肉うるさいわ

 

 千明:すまん

 

 千明:明日はあたしもバイトだから、また明日な!

 

あおい:ほな明日

 

 

 

 

 

*1
1986年公開の映画 天空の城ラピュタ の挿入歌

*2
作中の2017年より計算して32年前に公開された映画である。因みに、作中だと直近で9月8日にテレビ放送されている。滝野が作品名を知らないのは、単に観ていないだけ。理由はご想像にお任せします……

*3
この155CCモデルは欧州で2016年9月に発売、日本では2017年1月より販売されている。なお、後にリンちゃんが乗る125CCモデルは、日本では2014年9月に発売。





あおい と千明のやり取りが、下見を終えてからになっているのは、バイクで行き来したため、あおい の バイト終わりよりも先に下見が済んでしまったからです。



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 酔ってんのかこの人


今回は、LINEの部分がちょっと長いです。

見づらいかもしれませんが、ご了承ください。




 

四尾連湖(しびれこ)へ続く県道409号線を、湖の方向へ走る。

 

414号との分岐も過ぎ、ひたすら走って行く。

 

「おや?」

 

男沢橋の手前で、向こうから見覚えのある車が来るのが見えた。

 

ナンバーは違うが、運転している人は知っている人だ。

 

俺が手を上げると、車はハザードを点けた。止まるのか。

 

「あら、滝野(たきの)くんじゃない」

 

運転席の窓が開き、桜さんが顔を覗かせる。

 

俺も横でバイクを止めた。

 

「こんにちは。二人を送った帰りですか?」

 

各務原(かがみはら)さんとリンちゃんは、桜さんに送ってもらうと言っていたから、その帰りなんだろう。

 

「ええ。今日はなでしこがお世話になるわね。……ところで、今日はバイクが違うわね」

 

桜さんはバイクが違うことが気になるらしい。少し遠慮がちに尋ねられた。

 

「ビーノのオイル交換で、父が代車として借りてきた奴です」

 

整備と言って何度か心配されたから、明確な理由を告げる。

 

「トリシティね」

 

さすが桜さん。バイクに詳しい。

 

「はい、トリシティ155です。三輪だから安定してて走り易いですね」

 

「そうみたいね。155なら高速道路走れるわね」

 

「勘弁してください。怖くて無理です。それに、俺まだ高速での二人乗りは出来ませんよ」

 

さっき大垣(おおがき)さんとのやり取りでもあったように、高速道路での二人乗りは『二十歳以上』となっている。

 

「二人乗り、ということは、誰か乗せてきたの?」

 

「大垣さん……部活の後輩と一緒に、キャンプ場の下見へ行ってきたんです」

 

「なるほど。……あ。呼び止めてごめんなさい。気を付けてね」

 

「ありがとうございます桜さん。桜さんも安全運転で」

 

話も終わったので、バイクを発進させる。

 

五分くらい話していたけれど、この間通った車の数はゼロ。

 

これはつまり、四尾連湖へ行く・行った人の数を物語る。悲しいねぇ……。

 

桜さんの車、確か浜松ナンバーだったと思うけど、山梨ナンバーになっていた。変更したのか。

 

そういえば、大学生だって聞いたけど、普段何しているんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

バイクは違えど、普段通りガレージに入れ、戻る。

 

「おお、お帰り。バイクどうだった?」

 

早速、父から声が掛かる。

 

「走り易いよ。でも、乗り慣れたバイクの方が良いや」

 

ビーノのことだ。そろそろ拗ねてしまうだろう。

 

早く乗りたいなぁ……。

 

「それは良かった。その方がビーノも喜ぶだろ。……と言った手前あれなんだが……」

 

「どうしたの?」

 

嫌な予感。

 

「さっき、整備工場から電話があってな……」

 

 

 

どうやら、ビーノはどこかの部品を取り替える必要があるらしい。詳しい話を聞いたところでちんぷんかんぷんだったが、とにかくその部品を交換しないことには、いつか走れなくなる とのことだ。

 

「部品が取り寄せになるから、早くても一週間掛かるらしい。年内には終わると思うけど、その間あのバイクに乗っててくれ、って言われたんだ」

 

マジか。

 

「まあ、せっかく大きいバイクなんだし、ガソリン代と高速代は出すから、遠出してみるのはどうだ? この機会に」

 

「店主、お疲れ様です」

 

外仕事を終えたらしい、山県(やまがた)さんが入ってきた。

 

「お疲れ様。いやあ、純一(じゅんいち)のバイクが部品交換で一週間ぐらい代車だから、遠出してみるのはどうかな? って話してたんだ」

 

父が山県さんにも状況説明した。

 

「なるほど。良いんじゃないかな? 色々出掛けれるのも若いうちですよ。仕事するようになったら色々と難しくなるからねぇ。純一くんは学生だから勉強が優先ですが、君の成績なら大丈夫でしょう」

 

「だそうだ」

 

「僕もねぇ、高校時代によくキャンプ行ってた友だちが居てね。大学の頃までは頻繁に会ってたけど、就職した今は中々ね。最後に会ったのは五年前の琵琶湖キャンプが最後かな……」

 

「だな。そうなるから、今のうちに出掛けてみよう!」

 

あれ……?

 

これ、出掛けるの確定コース?

 

 

 

まあ、人に急かされて出掛けるのもあれだし、ゆっくり考えよう。

 

そう思って部屋に入ると、ラインの通知が来た。

 

誰だろう? リンちゃんたち……は違うな。ここのキャンプサイトは圏外だから。

 

大垣さんから今日のお礼だろうか。どれどれ……。

 

 

 

さやか:やっほー

 

 純一:……

 

 純一:…………

 

さやか:どうしたの?

 

 純一:なんだお前か

 

さやか:酷い言い草

 

さやか:可愛い妹からの連絡だよ?

 

 純一:自分で言うか? 普通

 

さやか:普通普通うるさい!

 

 純一:まだ一回しか言ってない!

 

 純一:まあ、可愛い妹というのに異論はない

 

さやか:でしょ?

 

 純一:ドヤ顔やめい

 

 純一:で、どうした?

 

さやか:クリスマス、そっち行くから

 

 純一:えっ? いつ?

 

さやか:だからクリスマス

 

さやか:23 24と土日でしょ?

 

さやか:23から冬休みだから、そっち遊びに行くね

 

さやか:ちゃんと泊めてよね

 

 純一:ロッヂに空きがあるはずだから大丈夫

 

さやか:いやいやいや

 

さやか:客として行く訳じゃないよ?

 

さやか:住居に空き部屋ないの?

 

 純一:うち、年末年始休みだから、それまでなら……

 

さやか:だ、か、ら

 

 純一:嘘だよ嘘。掃除しとくから

 

さやか:お願いね

 

 純一:あ、クリスマスか……

 

さやか:なにか?

 

 純一:何でもない。また連絡する

 

さやか:了解

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

消灯の時間になったので、施錠して回る。

 

さっきまで見えていた対岸の灯りも見えないので、焚き火を消したのだろう。二組とも、寝る時間らしい……。

 

おや? デッキのテーブルにトイレットペーパーが置いてある。

 

何でこんなところに?

 

置きっぱなしにしていても湿気で使い物にならなくなるので、どのみち片付けなきゃならない。

 

トイレットペーパーを持って戸締まりを続ける。

 

 

 

「純一、どうしたのそれ?」

 

事務所まで戻ると、父が俺の持っている物に気付く。

 

「デッキに置いてあった」

 

「えっ? あ、じゃあそれキャンプサイト側のトイレに持っていく奴じゃないか? 確か、もう無くなるはずだ」

 

「マジで!」

 

紙がないのまずい。今日のお客様は皆女性。紙は必須じゃないか。

 

「ちょっと、持っていってくるよ」

 

「ああ、頼んだ。暗いから気を付けて」

 

 

 

懐中電灯で足元を照らしながら、湖畔の道を走る。

 

トイレが見えてきた。と、同時にリンちゃんの姿も見えてきた。

 

あ、トイレに入るんだ。ヤバい!

 

「リンちゃーん! ストップ~!」

 

 

 

「驚きました。急に先輩が走ってくるんですから」

 

トイレに入る直前のリンちゃんを止め、紙を補充して出ると、ちょっと待ってて欲しいと言われ、湖を眺めながら待ってたら、出てきたリンちゃんが開口一番にこう言った。

 

そして、俺の隣に立つ。

 

「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだよ」

 

「でも、危うく紙の無いトイレに入るところだったので、助かりました。ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

二人、湖畔から湖を眺める。

 

湖面には月が映っている。とても美しい。

 

「良いところですね。ここ」

 

「まあね。交通の便は悪いけど……。そんなんだから、この時期なら何時でも空いてるよ」

 

「温泉が近かったら、もっと頻繁に利用したいですよね」

 

「う。痛いところを……」

 

ロッヂ・山荘利用者向けのお風呂はあるが、キャンプサイト利用者にはシャワーすら無い。

 

なんなら、今は凍結防止のためキャンプサイトの水場が利用できない。サイト利用者にはタンクを持参してもらい、受付横の水場を使ってもらっている。

 

「でも、こういう湖畔のキャンプ場も良いですね」

 

二人でそんなことを話していると、横の方から何やら物音が……。

 

『ヴォオエェ……』

 

「は?」

 

「え?」

 

変なうめき声のような音。

 

二人揃って右を向く。

 

その先では、黒い物体が動いている。頭には角のようなものが二つ……。

 

あれはまさか、言い伝えの……。

 

「~!」

 

「えっ? ちょっと、リンちゃん!」

 

リンちゃんが無言で超ダッシュ。サイトの方へ走って行った。

 

「え……」

 

残されたのは俺一人。近くには、『かつて、武士に倒された牛鬼の亡霊』が……。本当に出た~!

 

「って、あれ?」

 

恐る恐る、その牛鬼に懐中電灯を向ける……。

 

鳥羽(とば)様?」

 

髪の長い女性。メガネを掛けていないが、さっき受付対応をした人だった。

 

「うへ? あんた誰?」

 

「あ、えっと……。うわぁ……」

 

足下の方を照らすと、……まあ、お察しください。

 

つまり、さっきのうめき声の正体は、嘔吐の音だったらしい。

 

「あ! お姉ちゃんこんなところにいた!」

 

もう一人、髪の短い方の鳥羽様が現れる。つまり、この人の妹さんか……。

 

「酔って徘徊(はいかい)するなって何時(いつ)も言ってるでしょ! もう。管理人さんにも迷惑掛けて」

 

「……」

 

酔ってんのかこの人。

 

「あ、いや。俺は別に……」

 

どちらかと言えば、迷惑(こうむ)ったのはリンちゃんだ。

 

しかし、ここにはもう居ない。

 

「お騒がせしました。では、私たちはこれで」

 

「あ、はい。足元気を付けて……」

 

小さく手を振り見送る。

 

「ほんやはふぃ~!」

 

「もう呑んじゃダメだって!」

 

なんというか。人騒がせな人だった。

 

一瞬、本当に『牛鬼の亡霊』が出たと思ってしまった。普通に考えれば、ただの言い伝えだから、実在するわけ無いのに……。

 

 

あ、リンちゃん、ちゃんと寝れるだろうか……?

 

 

この後、各務原さんとリンちゃんは同じテントで寝ることになったのだが、それを知る由はない。

 

 

元々、牛鬼が出ると怖いから、各務原さんがリンちゃんと一緒のテントで寝たい、と言っていたらしい。

 

それが、牛鬼(鳥羽様)を見て、リンちゃんが各務原さんと一緒のテントで寝ることにした、とのこと。

 

牛鬼の正体が何だったか、知ったらリンちゃんショックだろうから、黙っていよう……。

 

 

 

 





本年の投稿は、これにて終了とさせていただきます。

皆様良いお年をお迎えください。

来年もよろしくお願いいたします。


なお、この先も毎週火曜日週一投稿を続ける予定ですが、投稿時刻を 6時→1時 に変更しますので、ご注意ください。



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 理科室


新年明けましておめでとうございます。

2023年、本年も宜しくお願い致します。


元日、2日と、朝早くから仕事でした……。流石に疲れました。

今回のお話は、タイトルから察することが出来る、あのお話です。





 

期末試験二日前。

 

試験一週間前から部活を禁止されているので、帰るべく廊下を歩いて行く。

 

理科室の前に差し掛かった所、室内に知った顔がいるのが見え、立ち止まった。

 

一体何をしているのだろう。部活禁止のはずなのに……。

 

扉を開いた。

 

大垣(おおがき)さんに犬山(いぬやま)さんじゃないか。二人で何の実験してるんだ?」

 

そう、理科室には野クル(のくる)部の二人がいたのだ。

 

犬山さんは木製の皿(サラダボウル?)を、ヤスリで磨いている。

 

大垣さんは、鉄スキレットをカセットコンロにかけている。さしづめスキレットのシーズニング*1だろう。

 

「あ、滝野(たきの)先輩」

 

「お、トラ先輩」

 

ジュッ

 

「ぎゃ~!」

 

俺が声を掛けたために、正面を向いていた犬山さんは大丈夫だったものの、背を向けていた大垣さんが、こっちを見た拍子に熱いところを触ってしまい、悲鳴が上がった。

 

 

 

「本当にごめん」

 

水道の水で冷やし、作業再開。この間、俺は大垣さんに謝りっぱなしだ。

 

「良いんっすよ。あたしの不注意ですから」

 

「私もさっき同じことしてしまいましたし」

 

犬山さんもか。良く見ると、左手の親指が赤い。

 

「スキレットのシーズニングに、木皿の塗料剥がしか」

 

新品の鉄スキレットは、『シーズニング』というならし作業をする。

 

しないと、後で泣くことになるからだ。*2

 

しかし。

 

「木皿は何で塗料剥がすの?」

 

これは別に必須の作業ではない。

 

汚れ防止に塗料が塗られているはず。それをわざわざ剥がしている。

 

「ああ。熱いものがダメって書いてあるんで……。塗料剥がして油を塗布(とふ)すれば、スープカップに使えんじゃないかと思って」

 

ああ、なるほど。

 

しかし、そういう木皿って、元々はサラダボール等に使う設計じゃないのか? まあいいや。

 

 

 

「そういやあ、歴史の田原(たはら)先生、産休だってさ。驚いたなぁ」

 

「それな。『教職一筋に生きる!』って感じの先生やったから、びっくりやわ」

 

田原先生の話になった。

 

「先輩はどう思います?」

 

「ん? 田原先生か。まあ、驚いたわ」

 

結婚するとは聞いていたが、まさか産休とはねぇ……。

 

「それで、新しい先生が明日から来るらしいぞ。どんな先生だろうな?」

 

「まあ、普通に優しい先生やったら良いなぁ」

 

「面白い先生だと楽しいんじゃないか?」

 

「あきが想像しとるような先生は来んやろ……」

 

「まあな……」

 

二人とも仲が良いようで。

 

どれくらいの付き合いなんだろう?

 

高校入ってから、ではなさそうだ。そんな短期間ではないと思う。

 

しかし、俺の存在忘れられているな……。これ、帰っていいやつ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし! スキレットの方は完成だ!」

 

「こっちもできたで」

 

両方とも仕上がったようだ。

 

「おお。良い感じじゃないか」

 

眺めていただけの俺が言うのもあれだが、スキレットに木皿、共に綺麗に仕上がった感じだ。

 

「しかしまあ、大垣さんスキレット買ったんやな」

 

「はい。この間、しまりんのじいさんが持ってたのを見て、欲しくなったので……。甲府まで行って買ってきました!」

 

甲府? 遠いな……。

 

「わざわざ行ったん?」

 

「はい。まあ、交通費が高くついて、色々買えなかったけど、良い買い物っすよ!」

 

そうか……。

 

「言ってくれたら載せてったんやけど」

 

「いやぁ~、有り難い話なんですけど、あまり使ってばかりだと申し訳無くて……。って、あたし物扱いですか! 『載せる』って字が!」

 

「あはは……。私ら()()()()()やな」

 

犬山さんが乾いた笑いを浮かべる。

 

確かに、野クル初キャンプの時は、犬山さんを『拾った』んだった……。

 

「ん? お。なでしこからラインだ」

 

そう言い、大垣さんがスマホを取り出す。

 

「おお!」

 

感嘆の声を上げる。

 

「どしたん?」

 

「何だ?」

 

犬山さんが覗き込むのに続いて、俺も画面を覗く。

 

 

 

なでしこ:テスト終わったら

     みんなでクリスマスキャンプしませんか?

 

なでしこ:【画像】

 

 

 

 

「クリスマスキャンプって。ナイス提案だな」

 

そういえば、この間大垣さんとそんな話したっけ。

 

「私はクリスマス()()と過ごすからムリやなー」

 

急に、犬山さんから爆弾発言が……!

 

「彼氏いたのか貴様ーっ!」

 

そんな話聞いてない! マジで。

 

この間のキャンプの時、バイクの後ろに乗せたとき、背中に思いっきり胸当たってたんだけど! これバレたら彼氏に殺される!

 

「うそやでー」

 

…………。嘘かい!

 

一瞬、本気でビビったんだけど!

 

「いつもは家族とクリスマスやけど、みんなでキャンプすんのもええかもな」

 

「家族いたのか貴様ーっ!」

 

「それはこっちのセリフやーっ!」

 

「あはは……」

 

なんですか、これ。

 

まあ確かに。俺の知る限り、大垣さんだけ家族について一切触れられていない。

 

大垣家、割と謎。大垣家の一族……。合わんな。

 

そう思うと、犬山家の一族って、意外としっくりくるなぁ……。って、こんなこと考えてる場合じゃない。

 

 

 

「そうや、滝野先輩も一緒にキャンプどうですか?」

 

あれ……? 言ってないのか。

 

「どうもこうも。俺も野クル部の一員だから、参加は決定だよ。な? 大垣さん」

 

「はい。イヌ子、トラ先輩には声掛けてあるんだよ。で、だ」

 

おほん。咳払い一つ。

 

「前回の教訓から、テントは最低三つは必要だ」

 

今参加が決まっているのは四人。俺は一人でテント一つ使った方が良い。

 

そうなると、四人でも三つ要る。

 

「トラ先輩の言う通り! やはり、トラ先輩は一人でテント一個だ」

 

「俺何も言ってないんだけど! まあ、その通りだけどさ」

 

この人なんなの?

 

「しかし、今我々が持っているテントは二つ。つまり、一つ足りないのだよ。でも、買うにしてもお金がなぁ……」

 

「部費で(まかな)えんの? 部に昇格したんやし」

 

「イヌ子、そんな大金は出るわけ無いだろ。次のキャンプの(まき)代にはなるんじゃないか? って程度だ」

 

(普通)テントはそんなに安くない。

 

だから、俺が先日の初キャンプで使ったテントが、980円(税込)だと知った時のショックは半端無かった……。『安物だった』という意味ではなく、『あの金額で、あれだけ良い物が入手出来た』という意味で。中々良いテントだった。

 

はあ……。溜め息一つ。

 

「先輩、溜め息つくと幸せが逃げるって言いますよ」

 

「溜め息程度で逃げる幸せなんて、全部逃げてまえ。構へん構へん……」

 

おっと、話が()れるところだった。

 

「そんなに悩むなら、俺がテント持ってくわ」

 

…………あれ?

 

俺の一言に、二人が凄い形相で固まった。

 

俺今変なこと言った? あ、京都弁になってたか……。って、その程度で二人がこんな顔するわけ無い。

 

最近では犬山さんの影響で、ナチュラルに(なま)りが出てしまっている。今更気にする程の事ではないはず。

 

となると、何があった?

 

「俺、何か言ったか?」

 

「せ、先輩。テント持ってるんですか?」

 

あ、そっち?

 

「持ってるよ。幾つか」

 

元を辿(たど)ればお客様の忘れ物だけどね。

 

極々(まれ)に、駐車場やキャンプサイトにテントを忘れていくお客様がいる。もちろん、拾得物として警察に届けているけれど、持ち主が現れずに保管期間を過ぎ、うちに戻ってきた物が何個かある。

 

年季物もあるけれど、新品同様のもある。捨てるのが勿体無いから保管してあるのだ。

 

「参加人数次第で、都合の良さそうなのを見(つくろ)って持っていくよ。で、俺はあの980円テントで充分だからさ」

 

そう言うと、二人の顔が元に戻った。

 

「よし、そうと決まれば各務原(かがみはら)に送る写真撮るぞ!」

 

 

 

白衣を着た大垣さんがスキレットを、バットのように持って構え。

 

犬山さんは木皿を、キャッチャーミットの様に持って構える。

 

「撮るよ~」

 

俺はカメラマン。

 

 カシャッ!

 

よし。良く撮れた。

 

「それじゃあ、これを各務原に……」

 

「ところで。何でここに各務原さん居ないんだ?」

 

これが野クル部の活動なら、居ないと変だ。

 

まあ、そもそも今活動していること。それ自体が変なんだけど。

 

「なでしこちゃんは、テス勉するって帰りました」

 

そうか。さっきの写真も駅のホームで撮ったものだった!

 

「まあ、所々変な写真送ってきてたけどな」

 

変な写真……?

 

あ、試験勉強。

 

「大垣さん、試験勉強大丈夫なん? 成績悪かったらクリキャン中止しよか?」

 

おお。今の一言で大垣さんだけまた凄い形相になった。青ざめてる。

 

「おお。それええ提案やなぁ。あき、勉強頑張りや」

 

「ぐぬぬ! トラ先輩、勉強教えてください~!」

 

「明日の放課後な」

 

今度は泣きそうだ。

 

「だから言うたやん。テス勉しよって」

 

「こりゃあかんね……。犬山さん。俺らは先帰ろか」

 

「おーい。二人とも置いていかないでくれ~!」

 

泣き出した((たと)え)大垣さんを余所に、二人理科室を後にする。

 

「まあ、これで尻に火付いたやろ」

 

「えっ? 何の話?」

 

「いいえ。何でもないです」

 

 

 

*1
元から表面に付いているさび止めを剥がし、表面に油膜を作る作業のこと。

*2
シーズニングせずに調理すると、元から表面に付いているさび止め・ワックスの臭いが食材に移り、不味い料理になってしまう。また、すぐに錆びてしまうし、スキレット自体長持ちしない。

正しく使えば100年持つ、とも言われるスキレット。シーズニングは必須である。





滝野は、イヌ子のホラ吹き を知らないので、『彼氏います』の時のショックが大きいのです……。


ちょっとオリジナルな話を突っ込みましたが、大垣の家族だけ、主要五人のなかで唯一家族が誰一人登場しないんですよね……。

映像(アニメ一期・二期、映画)に登場しただけでも、リンは、父・母・母方祖父。なでしこは、父・母・姉・父方祖母。イヌ子は、妹・父方祖母。恵那は、父。

それぞれ上記家族が登場します。なのに、大垣だけ誰も出てこない……。わりと真面目に『家族いたのか貴様~!』って感じなんですよ。(※私の見落としの可能性あります。その場合は、御指摘頂けると幸いです)

そんなわけで、イヌ子に言わせてみました。


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 カリブーなう!

 

朝。

 

今は期末試験前で部活が禁止されているので、いつもより少し遅い時間に家を出る。

 

朝練ができないのに早く登校しても勿体無いからだ。

 

バイクがまだ代車だから、ゆっくり走る。

 

 

 

学校到着。

 

駐輪場へバイクを入れる。

 

既に何台かバイクが止まっており、柱には幾つかチェーンロックが回してある。

 

普段なら一番下になるんだけど、朝練がない分遅く来たから、上の方になった。外すときも楽だから良い。

 

お。リンちゃんのビーノ、もう止まってる。

 

 

 

 

「えっと、前にお話した通り、社会科の田原(たはら)先生が産休に入ったので、今日から新たに鳥羽(とば)先生が着任されました。この後1限目からいらっしゃるので、そのつもりで」

 

朝のHRの終わりがけ、担任の先生がそう言って教室を出ていった。

 

そういえば産休って、昨日大垣(おおがき)さんたちも言っていたな。

 

今日から来る新しい先生が、鳥羽先生か。

 

…………まあ、珍しい名前ではないし、あの人ってことはないだろう。

 

と、思ってから(わず)か5分後。

 

「では、授業始めますよー」

 

そう言いながら、先生が入ってきた。

 

……。

 

…………。

 

………………えっ?

 

予鈴が鳴る。

 

「きりーつ」

 

「気を付け。礼」

 

「着席」

 

日直の号令で授業が始まった。

 

おい、まじか。そんなことがあるのかよ……。

 

先生の顔を見て、(しば)し固まる。

 

「それではまず、先生の自己紹介から」

 

そう言いながら、チョークで黒板に名前を書いていく。

この間、受付で書いてもらったのと同じ名前だ……(書いたのは妹さんだったが)。

 

「鳥羽 美波(みなみ)です。今日からこのクラスの社会を担当することになりました。よろしくお願いします」

 

クラスから拍手が起こった。

 

「じゃあ、みんなにも自己紹介をしてもらいましょう。えっと……あ! ……ごめんなさいね、何でもないわ。左前、西春(にしはる)さんからお願いします」

 

先生が教室内を見渡したとき、俺の顔を見て一瞬表情が強張(こわば)ったのは、見間違いではないだろう。声も上げたし。

 

まさか、この間利用したキャンプ場の管理人(厳密には違う)が、自分の生徒だったなんて……。といったところだろう。

 

『酔っていて記憶がない』というのなら笑うけど、醜態(しゅうたい)を晒した訳だし……。

 

いや、素面(しらふ)の時にも顔合わせてるじゃないか! 俺の顔を知らないわけがない。

 

 

 

「はい。次、滝野(たきの)くん」

 

俺の番か。

 

起立し、先生の顔を見る。

 

「滝野 純一(じゅんいち)です。吹奏楽サークルの部長を務めています。よろしくお願いします」

 

そう言って着席。

 

顔はそっくり。髪型も一緒。第一、名前が一緒だ。これだけ一致していて他人の空似ということはないだろう……。

 

 

 

しかし、授業後に何か話し掛けられることもなく、先生は職員室へ帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無事に期末試験が終了。あとは冬休みを待つのみだ。

 

試験前日の放課後は、約束通り大垣さんと試験勉強をした。

 

図書室で、犬山さんも一緒にやったんだけど、『尻に火がつかんと駄目なタイプ』だという大垣さんは、その前日の俺の発言でお尻が大炎上。形から入るとか言って何処で入手したのか『必勝』と書かれたハチマキを締め、燃え盛るオーラを放ちながら勉強をしていた。

 

それを隣に座った犬山さんは苦笑い、カウンターにいたリンちゃんはひきつった顔で見ていた……。

 

まあ、無事に試験も終わったんだから良しとしよう。

 

 

 

今日は学校も早く終わったので、本当なら部活に出たいんだけど、今は所用で国道52号線を北上している。

 

さっきから、鞄の中のスマホから、ラインの通知音が止まらない。

 

さしづめ、可児から部活を休んだことに対しての文句が延々と綴られているのだろう……。

 

走行中の今は確認できないので、気にせずに走り続ける。

 

 

 

目的地に到着。

 

鞄からスマホを取り出し、新着通知を確認……。

 

うわぁ……。予想通り、可児から鬼ラインが来ていた……。

 

 

 

可児:先輩、今何処ですか?

 

可児:なんで部活来ないんですか?

 

可児:裏切りですか?

 

可児:浮気ですか?

 

可児:サボりですか?

 

可児:休みだなんて、私は認めませんよ!

 

 

 

認めませんよって、可児は何様なんだよ……。

 

ん?

 

新たな通知が。今度は各務原(かがみはら)さんだ。どれどれ?

 

 

 

各務原:カリブーなう!

 

各務原:【画像】

 

 

 

犬山さん大垣さんと恵那(えな)ちゃんの計四人で撮った写真が送られてきた。

 

カリブーか。彼女たち電車通学組が行けそうな所だと、身延(みのぶ)店だろう。

 

それなら俺も……。

 

 

 

 滝野:俺もカリブーなう!

 

 滝野:カリブー甲府店に着いたところだよ

 

 滝野:【画像】

 

 

 

同じ店に居ると思われないように、注釈と店の写真をつけて送る。

 

返事はすぐにきた。

 

 

 

各務原:ふおおぉぉぉぉ!

 

各務原:先輩もカリブーですか

 

各務原:先輩はお買い物ですか?

 

 滝野:似たようなものだけど、ちょっと違うかな

 

各務原:写真、いっぱい送ってください!

 

 滝野:写真って

 

 滝野:何を撮るの?

 

各務原:えっと……

 

各務原:色々!

 

 滝野:了解

 

 

 

色々って。まあいいや。

 

さくっと用事を済ませよう。

 

しかし恵那ちゃんも一緒か。あの子、キャンプに興味あったんだな……。

 

あ、店に入る前に可児に返事しないと。

 

 

 

滝野:仕事だよ

 

滝野:今甲府のキャンプ用品店

 

滝野:明日の朝は出るから許せ

 

 

 

 

 

 

入口の自動ドアを潜る。

 

「いらっしゃいませ! あ、滝野くん。いらっゃい!」

 

入ってすぐ、馴染みの店員さんに声掛けられた。

 

「山川さん。お久し振りです」

 

山川さん。赤髪短髪の女性で、いつもお世話になっている人だ。

 

「この間はありがとうございました」

 

「いえいえ。あのシュラフ良かったでしょう?」

 

「はい。とても暖かかったです」

 

野クル(のくる)初キャンプの時、俺のシュラフを一緒に選んでくれたのも彼女だ。

 

お陰で快適に過ごせた。

 

「お薦めして良かったです。ところで、今日はどの様なご用件で?」

 

おっと、本来の用事を忘れるところだった。

 

「注文書、持ってきました」

 

そう。俺がここまで来た理由は、備品の注文書を渡すためだ。

 

うちのキャンプ場で販売している、ガス缶や薪に貸出用の機材は、この店から買っている。

 

必要になったら注文書を持ってきて、届けてもらっている。

 

FAXやメールで良いと思うんだけど、注文だけは何故か未だにアナログ……。

 

「……はい。確かに。では、明後日にお持ちしますね」

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

支払は届けてもらう時なので、俺の仕事は注文書を渡したら終わりだ。

 

「あ、そうだ。滝野くん。最後のご挨拶を……」

 

「えっ?」

 

「実は私、富士吉田店に異動になるんです」

 

異動? 富士吉田?

 

「短い間でしたがお世話になりました」

 

「そうですか……。俺の方こそ。お世話になり、ありがとうございました」

 

せっかく仲良くなれたのに、淋しいが、働いている以上仕方ないことだ。

 

「そっちの方へ行くことがあったら顔出しますよ」

 

「遠いですよ?」

 

「全然、富士吉田だったら大した距離じゃあ無いです」

 

確か、カリブー富士吉田店は、道の駅富士吉田に併設されているあの建物の筈だ。そこまで遠くはない。

 

決して近い距離でもないけれど。

 

「そっか。滝野くんのビーノならすぐだよね?」

 

「はい。なのでその時はよろしくお願いします」

 

「こちらこそ」

 

「まあ、今はビーノ乗れませんけどね……」

 

「と言うと?」

 

「オイル交換に出したら、部品交換が必要らしくて……。しばらく代車ですよ」

 

「そうですか。じゃあ、ビーノが戻ってくるまでは、その子を可愛がってあげてくださいね」

 

言われなくても。

 

 

 

お店を出た。

 

さてと。用事も済んだしさっさと帰るか。

 

店の中にいるときはポケットの中に入れていたスマホを、鞄に入れるために取り出す。

 

ラインを確認。

 

……可児へ送ったメッセージには既読が付いていた。

 

返事がないということは、仕事だということを理解してくれたのだろう。

 

まあ、理解してもらうより仕方ないが。

 

そういえば、なにか忘れているような……。

 

「あ! 写真撮ってない」

 

 

 

このあと、もう一度店内に入るのも億劫なので、山川さんに頼んで店内の写真を送ってもらい、それを各務原さんに転送した。

 

この事は内緒だ。

 

 





カリブー富士吉田店の山川さん(※原作では名前無し)、身延店の揖斐川さん・関さんと並び、人気のあるキャラクターですね。調べてみるとイラストも幾つかありました。

なので、甲府店から異動してきたことにして、早めに登場させてみました。


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 ○その時の千明~カリブーなう!~

 

無事、期末試験が終わった。

 

わたし、イヌ子(いぬこ)、なでしこの三人は、学校から帰るために電車に乗っている。

 

「うーん。テスト終わったー」

 

横長のロングシートに腰掛けたまま、伸びをする。

 

「あとは休みを待つばかりや」

 

「だねー」

 

「余裕だったぜー」

 

イヌ子となでしこがこう言ったのでそれに続いた。

 

今、余裕と言ったが、それはあくまでトラ先輩のお陰だ。

 

一昨日一緒にテス勉してもらったので、今回はわりと良い点が取れそうだ。いや~ぁ。先輩の住む方に足向けて寝れねぇなぁ。

 

……そういえば、トラ先輩って何処(どこ)に住んでいるんだ?

 

下見に付き合ってもらった時、市川大門(いちかわだいもん)駅で待ち合わせだったから、あっちの方だと思うんだけど……。

 

でも、そうなると何故(なぜ)わざわざ本栖(もとす)高校に入学したんだろう?

 

謎だ。

 

 

 

『間も無く、波高島(はだかじま)、波高島です……』

 

駅が近付き、車内にアナウンスが流れる。

 

普段、わたし達が降りる波高島駅がもうすぐだ。しかし、今日はここでは降りない。

 

電車が駅に着く。

 

『後ろの車両のドアは開きません。この列車は、後ろ乗り、前降りの富士ゆきワンマン列車です』

 

降りる気配を見せないわたしとイヌ子を見て、なでしこが口を開いた。

 

「あれ? 二人とも降りなくていいの?」

 

その一言を待ってました! と言わんばかりの勢いで、イヌ子がなでしこの肩に手を置く。

 

「今から『カリブー』行くで。なでしこちゃん!」

 

「かりぶぅ?」

 

そう、これから身延(みのぶ)のカリブーへ行くのだ……!

 

しかし、この様子だとなでしこはカリブーが何の店か分かっていないらしい。ならば、着くまで秘密にしておこう。

 

 

 

身延駅に到着。

 

乗ってきた電車はこの先、静岡県の富士駅へ向かうが、この駅で20分程度停車する。

 

電車を降りて改札口へ。

 

「はい」

 

「ありがとうございました」

 

なでしこの場合は定期券の途中下車になるので、そのまま改札を通過した。

 

「精算お願いします」

 

しかし、わたしとイヌ子の場合は乗越になるので、ちゃんとその分の運賃を払う。

 

「波高島から……210円ですね」

 

「あ、二人分お願いします」

 

「えっと? ……こちらの方も波高島からなので、お二人で420円になります」

 

「はい」

 

「丁度ですね、ありがとうございました」

 

精算を済ませ、改札を抜ける。

 

「あれ? みんな、こっちなんだ?」

 

すると、聞き覚えのある声が掛かった。

 

「おお。斉藤。どうした?」

 

振り向くと、斉藤が改札を出てくるところだった。

 

「待ち時間長いからね。ちょっと自販機に」

 

ということは、同じ電車だったんだ。

 

「あ、恵那(えな)ちゃん。恵那ちゃんも電車通学だったんだね」

 

前にいたなでしこも斉藤に気付く。

 

「そうだよ。いつもは帰りがみんなより早いから、会うことなかったね」

 

そうか。斉藤は帰宅部なんだった。

 

「恵那ちゃん帰宅部だもんねー」

 

「なあ、なでしこちゃん。知っとる?」

 

ふと、イヌ子がなでしこに(ささや)き始める。

 

「えっ?」

 

「うちの高校、1年生は部活・サークルの所属が絶対でな。でも、部活に入りたくない子も居るやろ? その子たちのために、『帰宅部』というのが実際にあるんや」

 

「そうなの?」

 

聞いたことがない。

 

「せやで。でな、入部届に『帰宅部』って記入して顧問の先生に提出すると、所属を証明するバッチが貰えるんや。でもな、もしそれを無くしたら……」

 

「無くしたら?」

 

含みを持たせた言い方に、なでしこが気になって急かす。

 

「一生帰宅できなくなるんやー!」

 

「ええっ!」

 

露骨に驚くなでしこ。

 

「なんてな。嘘やでー」

 

しかし、イヌ子の話は嘘だった。当たり前だろう……。

 

 

 

「そや、もし良かったら、斉藤さんも一緒にカリブー行かへん?」

 

イヌ子が斉藤も誘う。

 

「カリブー? ああ。キャンプ道具とか売ってるお店だよね」

 

「キャンプ!」

 

斉藤はカリブーが何の店か知っているようだ。それを聞いたなでしこは嬉しそうな声を上げる。

 

「斉藤、カリブー行ったことあるのか?」

 

「ううん。でも、リンが時々スマホで調べてるのを見てるから。『これならカリブーで買った方が、通販頼むより早いな』って言ってたのを聞いて、教えてもらったんだ」

 

「一緒に行くか?」

 

これは彼女を野クル部(のくるぶ)へ引き込むチャンスかもしれん……!

 

「そうだよ。恵那ちゃんも一緒に行こうよ!」

 

「良いの? じゃあ、折角だし」

 

「やった~! 早く行こうよ!」

 

斉藤も一緒に行くことになり、なでしこが嬉しそうに走り出す。

 

駅舎を出て一目散に走って行くが……。

 

「なでしこちゃん! そっちやないでー!」

 

逆方向へ向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

カリブー身延店に到着。

 

わたしとイヌ子は何度か来ているが、この二人は初めてなので、まずは注意喚起だ。

 

「斉藤、なでしこ。入る前に注意事項を説明する!」

 

わたしの一言で、ノリの良い二人は、姿勢を正した。

 

「店内には高額商品が待ち構えている」

 

「確かに。キャンプ道具って、0一つ間違えてるんじゃないかって思うことあるもんね」

 

さすが斉藤。しまりん(志摩 リン)のスマホを覗き見ていただけのことはある。

 

「そうだ。だから、ヤバいと思ったら速やかに外の空気を吸うんだ」

 

「わ、わかった」

 

「分かりました!」

 

「ここから先は危険だ。ちゃんとセーブしたか?」

 

「せ、せーぶ?」

 

「いいからさっさと入らんか」

 

イヌ子に(たしな)められた……。

 

 

 

「ふおおお!」

 

店内に入った途端、なでしこが声を上げる。

 

「ふお~!」

 

店内各所を駆けずり回っている。

 

「心奪われまくりやなぁ」

 

「だねぇ」

 

わたしたち三人は、その姿を眺めるより他ない。

 

まあ、わたしたちはわたしたちで見て回ろう……。

 

って、斉藤、なでしこのことを写真に撮ってるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

一通り見終え、合流する。

 

「やっぱキャンプイスいいよなぁ」

 

「せやなぁ」

 

「だね」

 

「はぁ~」

 

キャンプイスのコーナーで、展示されているイスに座り一休み。

 

「『座る』ていうより、『埋まる』て感じがええよな」

 

「快適すぎだよねー」

 

「あたし……バイト代入ったらキャンプイス買うんだ……」

 

こんなに快適なら、絶対買ってやる!

 

「死亡フラグやめや。それに、鼻血出しても知らんで」

 

ごもっとも。イヌ子の突っ込みに、ぐうの音も出ない。

 

「でもさ。一通り見て思ったけど、アウトドアって大人の趣味だよね」

 

「確かになぁ」

 

斉藤の言葉にイヌ子が同調する。

 

さっき、入店前に斉藤となでしこに言ったが、普段わたしたちが生活している上で見るものと、0が一つ、物によっては二つ違う。

 

バイトしているとはいえ、簡単に出せる金額じゃない。

 

「働くようになるとバンバン買えちゃうものなのかな?」

 

「んー?」

 

「自由になるお金は増えるやろなぁ」

 

「社会人になると金銭感覚が10倍変わるって聞いたことあるよ」

 

「まぁ、アキもせいぜいバイト頑張らな」

 

「へぇ~。大垣(おおがき)さん、アルバイトしてるんだ?」

 

三人の話を黙って聞いていたら、話を振られた。

 

「ん? イヌ子が働いているスーパーの隣だぞ。川本って酒屋だな」

 

なでしこにはバイトしているという話だけで場所は教えてなかったし、斉藤はこの話自体初耳だ。

 

「そうだ、バイトで思い出した!」

 

社員の人が言ってた話を思い出した。

 

「新しい歴史の先生」

 

鳥羽(とば)先生だよね?」

 

「そうそう。あの先生、ウチのバイト先で『グビ姉』って渾名(あだな)で呼ばれてんだよ、実は」

 

「「「グビ姉?」」」」

 

「毎日欠かさず夕方にフラッと現れ、ビール6缶パックを買って帰るらしい」

 

まあ、わたしは買っているところを見たことがないけど。

 

「へえー。お酒好きなんだねー」

 

「それだけでも凄い話だろ? だがな、あるバイトの人が『毎日買われるのなら、ケースで買われた方がお買得ですよ』って、言ったらしい」

 

「それでどうなったん?」

 

「その次の日から、一日おきに、勧められた『箱買い』をするようになったとか……」

 

「それ、一日に呑む量増えてるよね?」

 

「だな」

 

「ん……」

 

「どうしたん? なでしこちゃん?」

 

お酒に関する話をしていた横で、なでしこは顎に手を当てなにか考え事をしている。

 

「いや。鳥羽先生、前に何処かで会ってる気がするんだよね……。気のせいかもしれないんだけど」

 

「そうなん? 新任の先生って話やし、浜松の方から来たんかな?」

 

「いやいや、そんな前じゃなくて。最近だよ」

 

他人の空似じゃないのか?

 

「でも、案外近くに住んでるかもしれんし、見たことあっても不思議じゃないと思うで」

 

イヌ子の言うことにも一理あるなぁ……。

 

「そういえば、なでしこちゃん。何で本栖高校に転校したん? 南部(なんぶ)町からやと遠くない?」

 

ふと、イヌ子の口から飛び出した言葉に、わたしは()()()なる。

 

この事は、わたしも何となく気になっていた。

 

「南部町には高校、無いんだよねぇ」

 

「そうだね。一番近いのが身延高校だね」

 

「それで、今、この辺りの高校が統合されるって話があるよね」

 

「あるなぁ。増穂(ますほ)商業と市川と峡南(きょうなん)やっけ?」

 

「私も聞いたことあるよ。なぜか、本栖高校は対象外だよね」

 

「せやなぁ。謎やね……」

 

「不思議だよねぇ」

 

謎だ。でも、気にしたら負けだ。

 

 

 

「最初はその中に身延高校も含まれてたらしくて、『高校が無くなる!』って早合点したお父さんが、その話と関係のない本栖高校を勧めてくれたんだよ!」

 

「なるほどなぁ。そういう理由なんやね……。どしたんアキ?」

 

「えっ?」

 

急に振られて我に返る。

 

「何か考えとるん?」

 

「いや……。トラ先輩ってどの辺に住んでるのかな? って。今のなでしこの話聞いて気になってさぁ。本栖高校遠くないかな……って」

 

これ、話の流れで違和感なく、トラ先輩のことを聞けるチャンスかも。

 

「確かに遠いね。何で本栖高校に入学したんだろう?」

 

「なでしこ、トラ先輩の家知ってるのか?」

 

今の言い方。まさか。

 

「うん。四尾連湖(しびれこ)の木明荘キャンプ場だよ。お家がキャンプ場って凄いよね!」

 

「「「えっ?」」」

 

今の一言に、三人揃って固まる。

 

「マ、マジか……」

 

「凄いわぁ……」

 

「恐るべし……」

 

わたしやイヌ子はまだしも、斉藤までもが固まった。

 

「市川? の方が近いよね? 前、お姉ちゃんの運転で木明荘行ったとき、そっちの方を通ったんだけど、結構ひらけてたよ。南部町や身延町より家も多かったし、交通量も多かったよ」

 

そりゃあそうだ。あっちの方は甲府盆地で、この辺りの山間部とは大違い。

 

って、今はそれどころではない。

 

「先輩、テント持っとるって言っとったけど、そういうことやったんか……」

 

イヌ子の驚きも分かる。

 

しかし、わたしはそれ以上に驚き動揺している。

 

「どしたんアキ? 顔真っ青やで?」

 

「本当だ。大垣さん体調悪いの?」

 

「アキちゃん大丈夫?」

 

とんでもないことに気づき、わたしはわなわな震えている状態。それが顔にも出ているらしい。

 

「だ、大丈夫だよ。そろそろ買うもん買って帰ろうぜ!」

 

 

 

この後、お買得品の銀マットを購入して店を出て、身延まんじゅうを買って食べて帰ったのだが、わたしはその辺の記憶が殆どない。

 

取り急ぎ、家族へ連絡しておこう……。そう思い、電車に乗って母へラインをしたことだけは、覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 へやキャン△

 

 

千明(ちあき):今大丈夫?

 

 母:大丈夫だけど、どうしたの?

 

千明:布団の向きなんだけどさ

 

千明:枕、逆にしていい?

 

 母:急に何?

 

千明:訳は聞かないでくれ

 

 母:あんた今、北に足向けてるんだっけ?

 

 母:北に誰か住んでるの?

 

千明:そこまで分かったのなら、尚聞かないで欲しい……

 

 

 

 





前回、話したところの続きから……。山梨県へ取材へ行ったときのお話です。


ほったらかし温泉で一時間待ちと言われながらも、40分ぐらい待って入浴できました。

アニメで見たのと同じ景色に感動しましたね。まあ、富士山は見えませんでしたが(汗)


入浴後は、フルーツ公園へ。

なでしこたちが写真を撮った見晴らしスペースに行くと、今度は富士山が見えました……! 感動です。


その後、甲府市・笛吹市を経由し、四尾連湖へ向かう県道を、県道の終点まで行きました。

一応、四尾連湖は二つのキャンプ場の私有地ということなので、湖は見ずに引き返して、409号から414号へ入り、本栖湖へ向かいました。

途中、リンの家の前(モデルとなった場所。水防倉庫)を通っている筈ですが、記憶がありません(汗)

武田書店のモデルとなった、古関郵便局旧局舎 は忘れずに写真に収めてあります。


今回はここまでです。




さて。これにて期末試験に関するお話が終わりました。

この後、原作では 試験休みに伊那へキャンプ場&なでしこ風邪 のお話へ向かうわけですが、滝野は別行動の予定ですので、オリジナルストーリーを数話挟むことになります。

今後とも宜しくお願いします。




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 本栖高校吹奏楽サークル


中々筆が進みません……。それでも、投稿頻度は下げないように頑張っています。

ここ最近、Twitterのトレンドに『ゆるキャン△』が入る日が多いですね。面白いです。


さて。今回は繋ぎの回なので短めです。不穏なタイトルですが、決して最終回ではないのでご安心ください。




 

期末試験が終わったので、部活禁止が解けた。

 

本当なら、昨日の放課後から再開出来たんだけど、生憎(あいにく)俺は仕事で甲府へ行ってたから、やっと部活に出れる。

 

土曜日で学校は休みだけど、部活のために学校へ向かう。

 

県道409号線を走って行くと、数台の車とすれ違った。

 

俺が今走って行くのと逆方向は行き止まりで、四尾連湖(しびれこ)にしか行けない。

 

つまり、地元民でない限りここを通った人は四尾連湖に向かっている訳だ。

 

とはいえ地元民は、俺には全員顔見知りだ。今日はデイキャンプも含め、数件の予約が入っている。すれ違った車の何台かはうちのお客様だろう。

 

そんなことを考えながら、県道414号線・県道9号線を経由し、国道300号線へ。

 

常葉(ときわ)の町中へ入ると国道から脇道へそれ、学校前の坂を登れば本栖(もとす)高校に到着。

 

そういえば、北宇治(うじ)高校の前も坂がある。学校の前に坂がある高校って、多いのだろうか……?

 

 

駐輪場にバイクを停め、チェーンロックで左前輪と駐輪場屋根の柱とを繋ぐ。

 

休校日の早い時間だからか、他にバイクや自転車はない。一番乗りだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休校日の朝の職員室は先生方の数も少ない。

 

居る先生は限られる。

 

「失礼します。吹奏楽サークルの滝野(たきの)です。音楽室の鍵を借りに来ました」

 

「お、滝野。おはよう!」

 

職員室に入り、用件を告げれば誰かしら返事をしてくれる。

 

大町(おおまち)先生、おはようございます」

 

そう、今の大町先生のように。

 

「おはようございます」

 

「えっと、鳥羽(とば)先生おはようございます」

 

鳥羽先生も来ている。

 

今職員室にいるのはこの二人だけらしい。

 

「他の先生方、遅いですね……」

 

「ああ。みんな昨日遅くまでテストの採点してたからな。俺はテスト無いから、朝の当番って訳さ」

 

なるほど。

 

「鳥羽先生もですか?」

 

「えっ? ああ、はい。なんの話でしたっけ?」

 

急に振ったから話についてこれてなかった。

 

「テストの話ですよ。ほら、あたしはテスト関係ないから……って」

 

「ああ、そうでしたか。私も今回のテストは関係ないんですよ。田原(たはら)先生が作られた物ですから、代わりに渥美(あつみ)先生が採点されてますよ」

 

そうか。テストは田原先生が作ってったんだ。

 

急な産休に驚いた人は多かったな……。

 

「どのみち今日は土曜日だから、来る先生は少ないと思うぞ。誰かに用事か?」

 

「あ。いや、そういうわけではないです」

 

「じゃあ滝野、部活良いのか?」

 

おっと、話に夢中だった。

 

「そうですね。では、失礼します」

 

鍵を持って職員室を出る。

 

 

 

 

 

 

「あ、滝野先輩!」

 

昇降口で可児(かに)に会う。

 

「おはよう。朝から元気だな」

 

「私から元気を取り上げたら何が残るの? ってぐらい、元気ですよ」

 

「それは良かった。ところで、期末試験はどうだった?」

 

こう聞いた途端、さっきまでの元気は何処へやら。急に元気がなくなった。

 

「ま、まあ。再試にならない程度には……。そんな感じですが、何とか出来たと思いますよ」

 

視線がめちゃ泳いでいた。自信無いんだな。

 

「それなら良かった」

 

一学期の期末試験では数教科赤点で、再試に受かるまでの数日間、可児は部活に来なかった。そう考えればまだ良いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

音楽室に到着。

 

俺が持っている鍵で解錠。

 

一週間振りの音楽室だ。

 

少し来なかっただけなのに、やけに懐かしく感じる。

 

「先輩どうしました? そんな顔して。……もしかして、一週間振りの部室が懐かしいんですか?」

 

「何故分かった?」

 

「そんなところだと思いました。だから、昨日部活に来れば良かったんですよ。まあ、仕事じゃあ仕方無いですね」

 

全くだ。あのタイミングでぶつかるとはね。……分かってましたけど!

 

でもまあ、そのお陰で山川さんと別れの挨拶が出来たんだから、良しとしよう。

 

「所で、前から気になっていたんですが」

 

「どうした?」

 

「先輩のその仕事って、お金発生するんですか?」

 

「そりゃあもちろん」

 

詳しい仕組みは知らないが、観光振興協会……? あれ、観光推進機構だっけ? ……とにかく、そこから 一件幾ら という感じでお金が出るらしい。

 

「そもそも、バイクのガソリン代を考えたら、タダであんな仕事は出来ない」

 

「そうですか。それじゃあ練習始めましょう!」

 

あれ、この話はもう良いのか。前から気になっていたと言うわりには、あっさり切り上げたな。

 

「何吹く?」

 

「これです」

 

そう言い、譜面台を俺の前に置いた。

 

なるほど、悪くないね。

 

「了解」

 

 

 

 

 

♪~

 

 

「そういえば先輩。今度の試験休み、何処か行くんですか?」

 

試験休み? ああ。今週末にかけて四連休になる奴か。

 

「いや、今のところ予定はないけど。どうした?」

 

「特に意味はないです。その間部活どうするのかな……? って気になっただけですよ」

 

そういうことか。

 

「任せるよ。どのみち、可児はある程度自由に部活やってるじゃないか。俺としては、こんなこと聞かれても今更感半端無い」

 

「酷い言い草ですね。まあ、否定できませんけれど……」

 

音楽室が使えない場合は帰るし、土日も来るかはその日次第。でも、部員は俺と可児の二人しか居ないんだし、自由にやるのは構わない。先生に怒られない範囲でなら……。

 

「だいたい、今俺だけに吹かせてお前は見てるだけだっただろう?」

 

「え~。フライデーナイトファンタジーは、トランペットが格好いい曲ですよ? 私が邪魔したら悪いですから……」

 

言ってろ。

 

「次は可児も吹けよ」

 

「何を?」

 

「残酷な天使のテーゼ」

 

そう言うと、唇を尖らせた。

 

「何だそれ?」

 

「三角点です」*1

 

「意味が分からん!」

 

 

 

 

♪~

 

 

 

 

「先輩」

 

一曲吹き終えると、再び可児から声が掛かる。

 

「どうした?」

 

「先輩は、私と一緒に部活するの。嫌ですか?」

 

「いきなりどうした?」

 

普段、こんなこと聞かないのに。

 

可児の表情は、言うならば、真顔。この言葉の真意は読み取れない。

 

「言わなくたって分かってるだろ? 居なくなったら困る」

 

「例えるなら?」

 

「シュークリームの中身」

 

「意味が分かりません!」

 

「お前の三角点よりは分かるだろ!」

 

なんですか、これ? 漫才じゃないか。

 

「まあ、私にしてみれば、この漫才みたいなやり取りも、楽しいんですよね」

 

「それは俺も同じだ」

 

その通り。

 

『大会に出ること』『上を目指すこと』が目的ではなく、『楽しく吹くこと』。これがこの『本栖高校吹奏楽サークル』の目的だ。

 

『楽しく吹くため』の土台に、こういったやり取り(漫才)がある。

 

コンクールに出たくないのか? 上を目指すつもりはないのか? そう問われれば、否と答えるだろう。それでも、今はこれで良い。

 

 

 

 

「因みに先輩。さっきの『シュークリームの中身』って、どういう意味ですか?」

 

「自分で考えろ」

 

 

*1
原作9巻120頁参照。千明が笑って死にかけた あれ



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 ブランケット先輩

 

国道52号線。山梨県甲府市と静岡県富士市とを結ぶ、重要かつ唯一の街道……。途中、南部町や身延町を経由する。

 

並行して中部横断道の建設が進められているが、開通はまだ先の話だ。

 

『静岡県富士宮市』県境を通過した。

 

俺は今、バイクでこの街道を南下している。

 

何故かって? それは、数日前にさやか()から送られてきたラインが始まりだった。

 

 

 

さやか:やっほー

 

 純一(じゅんいち):今度はどうした?

 

さやか:前言った通り、クリスマスはそっち行くから、よろしく

 

 純一:マジで来るのか

 

さやか:ダメなの?

 

 純一:いや。大歓迎

 

さやか:良かった

 

さやか:お母さんと一緒に行くから

 

さやか:お土産持っていくから、お土産よろしくね

 

 純一:何で?

 

さやか:要らないの?

 

 純一:違う~!

 

 純一:何でこっちも土産用意しないかんの?

 

さやか:だって~!

 

さやか:せっかく山梨行くんだし

 

さやか:そっちのものも食べたいじゃん?

 

さやか:うなぎパイ、用意しておいてね♡

 

 純一:なんだその気味悪いのは

 

さやか:失礼ね!

 

 純一:というか、うなぎパイは浜松の名物だろ?

 

 純一:ここは山梨だぞ

 

さやか:お兄ちゃん、可愛い妹のために用意してよ。食べたいんだもん

 

 純一:道中買ってこい

 

 純一:浜松通るだろ?

 

さやか:ごめーん(汗)

 

さやか:高速バス予約したから、そっち通らないんだって

 

さやか:恵那峡(えなきょう)? に止まるから、岐阜のお土産も買ってくね

 

さやか:だから、うなぎパイ用意して

 

 純一:…………

 

 純一:了解

 

さやか:マジ?

 

さやか:ありがとう!

 

さやか:お兄ちゃん大好き❤️

 

 純一:だからその気味悪いのやめろ

 

 

 

と、まあ。こんな訳で『うなぎパイ』を買いに、浜松へ向かっている。

 

幸い、バイクがまだ代車のトリシティ155だから、高速道路を走れる。なので、直接買いに行くことにした。

 

新清水インターチェンジから新東名高速道路へ入る。

 

人生初、自分の運転するバイクでの高速道路だ。

 

事前にネットで『バイクで高速を走るとき』等の情報・豆知識はチェックしておいたけれど、実際に走るのはどうだろう?

 

 

 

まずは料金所。ETCは使えないから、『一般レーン』で通行券を受け取る。無くさないように大切にしまっておく。

 

えっと、方面を確認。俺が向かうのは『名古屋』方面だな……。

 

分岐点を間違いなく通過し、長めのランプを走る。そして加速車線で十分に加速して本線へ合流。

 

乗ってしまった……。

 

初めて高速を走るという、感動・喜びよりも、失敗・過ちみたいな感じが強い。

 

なんというか、恐ろしい……。本当に『乗ってしまった』という感じがする。

 

後ろから来る車に次々と抜かれて行く。

 

一応、このトリシティは、三輪だが三輪車という扱いにはならない らしく、制限速度は100キロ。

 

しかし、怖くてそんなに出せない。

 

他の車の邪魔にならないよう、端の方をゆっくり走ろう……。

 

 

 

新清水ジャンクションを通過。

 

近い将来、ここから山梨方面へ中部横断道が延びる予定だ。これが開通したら、身延町周辺の交通網は劇的に変化するのだろう……。

 

なんて考えながら走っていくと、新静岡インターチェンジを過ぎた。

 

するとどうだろう。ここから、制限速度が110キロに変わった。*1

 

100キロでさえ怖くて出せないのに、その上の110キロなんて無茶だ……。

 

 

 

なんというか、走りにくい。

 

高速道路を走れるとはいえ、そこまでパワーがないから、速度が出ない。さっきは『出せない』と言ったけど、実際は『出ない』だった。

 

だから、周りの車は普通に追い越して行く。

 

あーあ。制限速度110キロだからって、あんなに飛ばして……。

 

みんな、あんなに急いでどこへ行こうとしてるんだ? トイレ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中のパーキングエリアで何度か休憩しながら、なんとか三ヶ日(みっかび)インターチェンジに辿り着いた。

 

通行料金を精算するとき、料金所の係員に驚かれたのは内緒だ。

 

『そのバイクで清水から来たの!』って言っていたから、あの人もバイクに詳しいのだろう。

 

 

 

適当に走って行くと、変わったものを発見し、バイクを止めた。

 

「トイレ……?」

 

でかいミカンがある。

 

トイレらしい。

 

そうか、三ヶ日といえばミカンで有名だ。だからトイレもそれを模して作られているんだろう。

 

えっとここは……、東都筑(ひがしつづき)*2。駅なのか。

 

写真を撮る。

 

さて、誰に送ろう……。

 

 

 

滝野(たきの):巨大みかん発見

 

滝野:【画像】

 

 

 

いつ返事が来るかな……。

 

お。もう来た。

 

 

 

リン:どこですか、そこ?

 

リン:そもそも何ですか?

 

滝野:トイレ

 

リン:なぜ、ミカンがトイレに?

 

滝野:有名だからじゃない?

 

リン:有名って

 

リン:先輩、イマココですか?

 

リン:間違えました。今何処ですか?

 

滝野:浜松市

 

リン:……?

 

リン:…………!

 

リン:くぁwdrftgyふじこlp

 

 

 

あ、リンちゃんが壊れた……。

 

すぐに返信が来る感じではないので、取りあえず進もう。

 

スマホを鞄にしまい、バイクを発進させる。

 

しばらく道なりに適当に走って行く。

 

「おお!」

 

浜名湖が見えた。

 

琵琶湖(びわこ)と比べたら……比べるものを間違っている。それはさておき、大きい湖だ。

 

一周すると70キロ位あるらしい。

 

海と繋がっているから、多少足を伸ばせば海も見れるのだろう。

 

海無し県民の性、海も見たいなぁ……。*3

 

 

 

リン:失礼しました。

 

リン:因みに、今私は伊那(いな)にいます

 

リン:【画像】

 

リン:ミニソースかつ丼食べました

 

滝野:美味しそうだな

 

滝野:この辺り、鰻屋ばかり

 

滝野:こんなの食べたら財布が即死だわ(汗)

 

リン:デスヨネー

 

滝野:無難に、浜松SAでラーメン餃子セット食べた

 

リン:そういえば、浜松は鰻だけじゃなくて、餃子も有名ですね

 

滝野:あと、YAMAHA

 

リン:YAMAHA

 

 

 

リンちゃんのビーノ、俺のビーノ。そして、今乗ってるトリシティ。どれもヤマハ製だ。

 

最も、俺のビーノは台湾のヤマハだけど……。

 

 

 

滝野:あとで海の写真撮って送るよ

 

リン:お願いします

 

リン:私も何かしら送ります

 

滝野:よろしく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この辺りまで来れば、割と何処でもうなぎパイが手に入る。

 

バイクの振動で割れてしまうかもしれないが、それはある程度仕方ない。

 

買うものも買ったし、海でも見て帰ろうかな……と、そんなことを考えながら走っていたら、なにやら違和感が……。

 

安全な場所を見つけてバイクを停める。

 

「えっと? あ~!」

 

良く見ると、後輪がパンクしていた。

 

「マジか……。こんなところで」

 

よりによって遠出中の見知らぬ場所でパンクするとは……。

 

どうしよう? ロードサービス呼ぶか。それとも近くのバイク屋を探すか。ガソスタ……で、タイヤ交換出来るのか? そもそも。

 

「そこのお兄さん、どうしたのー?」

 

色々と考えていたら、後ろから声がした。俺に話し掛けているのか?

 

「えっと……?」

 

振り向くと、女の子が一人立っていた。

 

回りを見渡すが、俺とその女の子しかいない。

 

「あなただよ。お兄さん」

 

ニット帽を被ってて、両手を着ているパーカーのポケットに入れている。

 

中学生……高校生だろうか。

 

「あちゃー。パンクだねぇ。大丈夫?」

 

バイクの異変に気付いたのか、後輪を覗き込む。

 

「大丈夫じゃない……。どうしようか?」

 

「それ私に聞くの? どうするかはお兄さん次第だよ~。あたしがその手助け出来るなら、やってあげるけどさ」

 

やや気だるげな話し方。わざとではなくデフォルトらしい。表情は至って真面目だから。

 

「あ、えっと……」

 

冷静に考えれば、治すしかないよなぁ。場所の問題。

「パンク修理出来るところ。近くに無いかな?」

 

「すぐ近くに、あたしが普段から懇意(こんい)にしてるお店があるから、行こっか?」

 

 

女の子の先導で、バイクをゆっくり押しながら歩く。

 

「ここ、あたしが普段お世話になってるお店だよ」

 

本当にすぐ近くだ。

 

なんなら、俺が停まっていた場所から見えていた。

 

慌てると視野が狭くなるんだな……。反省。

 

しかし。

 

「良くこんなお店知ってるね」

 

幾つか分からないけど、この年頃の女の子が懇意にしてるって、不思議だ。

 

「この辺り、バイクに乗ってる女子高生少ないから。友達にもそういう子いなくて。だから話し相手も居ないからさ……。入り浸ってたら顔馴染みになっちゃったの」

 

高校生だったか……。この子もバイクに乗るのか。なら、全然不思議ではない。

 

 

駐輪場にバイクを停め、入店する。

 

「おや、アヤちゃん。いらっしゃい、今日はどうしたの?」

 

「どうも~。急にごめんなさい」

 

入ってすぐ、入口近くに立っていた作業着姿の人から声掛けられている。

 

顔馴染みというのは本当らしい。

 

「そこのお兄さんのバイク、パンクしちゃったみたいでね」

 

「どれ?」

 

どれ、というのは車種のことか?

 

「えっと、トリシティです」

 

「どのタイヤ?」

 

「後輪です」

 

「125?」

 

「いえ。155です」

 

矢継ぎ早に質問が飛んでくる。流石バイク屋。

 

手にしているバインダーに挟まれた紙を繰っている。

 

「えっと、トリシティ155後輪……。良かったな。125の後輪は切らしてるけど、155のなら在庫あるからすぐ交換できるよ」

 

良かった……。もし、取り寄せだったら数日間足止めになる可能性もあっただろうし、危ないところだった。

 

「今ピット空いてるから、すぐ始めるからね。ちょっと待ってて」

 

「よろしくお願いします」

 

「ああ、バイクはどこに?」

 

「駐輪場に停まってます」

 

…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さん、山梨から来たんだ?」

 

待合室の椅子に座っていると、トイレに行っていた女の子がやってきた。

 

俺の隣に座る。手には俺が奢ったお汁粉の缶。

 

「ああ。山梨県の市川三郷町から」

 

「どの辺だろ? ちょっとわかんないや」

 

まあ、そうだろう。

 

「甲府市と身延町の中間辺りだな。わかるかな? わかんねぇだろうなぁ」

 

「わかんない。あ、そのネタは知ってるよ。シャバダバディ~。イェーイ! だよね?」*4

 

マジで? お汁粉を選んだし、このネタ知ってるし。実はこの子、俺よりかなり歳上? な訳ないよな……。高校生って言ってたし。

 

「静岡県って広いよな。俺今日軽く100㎞ぐらい高速走ったんだよ。で、今ここに居るって訳なんだけど。それでも静岡県から出れてないんだよな」

 

「同じ静岡県の伊豆半島がここから200㎞以上離れてるからねぇ。愛知県の方が近いんだよ。一つ山越えれば豊橋だもん」

 

「そっか。確かに。でも、そう考えると面白いよな。山梨県の南部町だって隣は静岡市だし。甲府行くより近いんだから」

 

そう考えれば早川町なんて、もはや秘境だな。

 

「南部町か……」

 

ん? 何か引っ掛かったらしい。

 

「私の友達、南部町に引っ越しちゃったんですよね……。元気にやってるかなぁ」

 

待て。南部町に友達……。

 

確か、この子さっき『アヤちゃん』と呼ばれていたよな。そして、彼女自身バイクに乗っている、と言っていた。

 

被っているニット帽で隠れているが、覗いている髪は小豆色(あずきいろ)。まさか……。

 

「あのさ。差し支えなければその帽子、脱いでもらっていい?」

 

「えっ? 良いけど、何で?」

 

そう言いながらも帽子を脱ぐ。

 

……やっぱり! 各務原(かがみはら)さんから見せてもらった写真の通りだ。

 

「土岐……綾乃(あやの)さん?」

 

「えっ? はい。……何故私の名前を?」

 

「俺、滝野 純一。ブランケットと言えば分かる?」

 

「ああ! ブランケット先輩!」

 

こんな偶然、あるんだ。

 

世の中狭いんだな。

 

 

*1
2017年11月1日より、新静岡IC~森掛川もりかけがわICは試験的に110㎞/hに引き上げられた。

因みに、上記区間は2019年3月に試験的に、2020年12月には正式に120㎞/hへ引き上げられた。

*2
天竜浜名湖鉄道天竜浜名湖線(通称、天浜線)の駅。

因みに、アニメ2期に登場した浜名湖佐久米駅は隣駅である。

*3
京都府にも海はあるが、滝野が住んでいた宇治うじ市から見れば、かなり遠い。

*4
漫談家、故 松鶴家 千とせ氏の持ちネタ。1970年代に大ヒットした





浜松編、スタートしました。

完全オリジナルストーリーとなります。

そんなわけで、当分山梨側の登場人物は出てきません……。お待ちください。


途中、リンちゃんと滝野のラインの中で、『中の人』に関するちょっとしたネタを突っ込みました。お分かりいただけたでしょうか?



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 土岐さんの家


祝 映画ゆるキャン△ Blu-ray・DVD発売決定!




 

無事、パンク修理が終わった。

 

代金を支払い、お礼を言って店を出る。

 

土岐さんも一緒だ。

 

「それじゃあ、俺はこれから帰るよ。色々ありがとう」

 

待っている間、色々な話をした。

 

俺のこと、土岐さんのこと、各務原(かがみはら)さんのこと……。

 

正直言うと話足りない。もっともっといろんな話がしたい。

 

でも、帰らないとね。家まで遠いから。

 

お礼を言って立ち去ろうとしたら、終始のほほんとした表情だった土岐さんが、驚いた顔になった。

 

「えっ? 今から帰るんですか? こんな時間から?」

 

パンク修理で時間を取られ、辺りは既に真っ暗だ。

 

「今から新東名走るとか、無謀すぎですよ。これから大型トラックどんどん増えますし、めっちゃ(あお)られますよ。気象的にも物理的にも」

 

確かに。

 

「といっても、どうしろと? 今から泊まれる所なんてあるかな……」

 

観光地である浜名湖が近いから、お金に糸目をつけなければ、何ヵ所でも空いているホテルは有るだろう。

 

しかし、俺も決してお金持ちじゃない。

 

高速代、ガソリン代、お土産代。父から幾らか貰ったが、余裕のある額ではない。

 

「……ならさ。あたしの家に泊まりませんか?」

 

……。

 

…………は?

 

「急に何言ってんの! 今日知り合ったばっかの男を家に連れ込むとか、頭おかしいでしょ!」

 

「酷い言い草ですね……」

 

俺の言葉に呆れる土岐さん。しかし、間違ったことを言ったとは思ってない。

 

「大丈夫ですよ。なでしことは家族ぐるみの付き合いだったし、よく泊まりにきてましたよ。その先輩なんですから、親も歓迎してくれますって。それに、あたし一人っ子だから、変な遠慮は要りませんよ。空いてる部屋もあるし」

 

「そういう問題じゃないと思うんだけど」

 

「せっかく会えたんだし、もっといろんな話もしたいです」

 

俺の話を?

 

「お兄さんの話は、なでしこから一杯聞いてます。でも、なでしこ自身の近況はあまり教えてくれないんですよね。こちらから催促したら、心配しすぎって言われそうだから……」

 

えっと? 俺の話ではなく、俺から聞ける各務原さんの話が聞きたいのか……。

 

「さっきも聞きましたけど、全然足りません。もっともっと話したいです」

 

「まあ、俺も同じこと思ってるけどさ……」

 

「なら決まりですね」

 

いやいやいや。決まってないから!

 

 

 

 

 

 

 

結局、土岐さんの家に一晩お世話になることに。

 

さっき電話してたけど、『なでしこの高校の先輩』とは言っていたが、男であることは言わなかったと思う。

 

大丈夫だろうか? 親御さん勝手に女の子だと思っていたりしない?

 

「よし、じゃあ出発しましょう。あ、お兄さん二人乗り大丈夫ですよね?」

 

えっ?

 

「ああ、大丈夫だよ。ヘルメットはこれね……。入る?」

 

先日、大垣(おおがき)さんを乗せるために積んで、そのままになっているヘルメットを渡す。

 

「大丈夫です。道案内は私がしますんで、お兄さんはその通り走ってください」

 

土岐さんが後ろに乗り、俺は言われた通りにバイクを走らせる。

 

周りは暗く、土地勘が無いから何処を走っているかはさっぱりだが、いつも俺が走っている山梨の道より、断然交通量が多い。

 

しかし、一つ気になった。

 

「土岐さん」

 

「何ですか?」

 

走行中だから、少し大きめの声で話す。

 

「さっきの話振りだと、土岐さんもバイクに乗ってるんだよね?」

 

「はい。そうですよ」

 

「じゃあ、なんでバイクに乗ってないの?」

 

「いやいや、乗ってますって」

 

「違う違う。今乗ってなかった理由」

 

「散歩ですよ」

 

信号が赤になり、ゆっくり停止。

 

「普段、バイクばかり乗ってますから、運動を兼ねて散歩してました」

 

「家、まだ先みたいだけど、あんなところまで徒歩で?」

 

「もちろん、バスにも乗りましたよ。適当に乗って、降りて。適当に歩いていたらお兄さんに出くわした、って訳ですよ。偶然って凄いですよね」

 

偶然、か。確かにそうだな。

 

「信号変わりましたよ」

 

「あ、本当だ。動くよ」

 

ゆっくり発進。

 

 

 

「その信号を左折して、三軒目です」

 

「了解」

 

点滅している信号を、一時停止の後左折。

 

えっと、三軒目……。あった。

 

表札に『Toki』と書かれているからこの家で間違いないだろう……。

 

「着いたよ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

玄関の前にバイクを停車させた。

 

脇のガレージには、軽自動車が一台止まっていて、その脇にはバイクが一台。

 

「土岐さん、バイクはどこに停めれば良いの?」

 

「エイプの隣で良いです」

 

エイプ? ……バイクの名前だろうか。

 

「エイプって、このバイクの名前?」

 

そう聞きながら隣に停め、近くの柱へチェーンロックを回す。

 

「はい。ホンダのエイプですよ」

 

「へぇ……。って、なにこれ?」

 

ナンバープレートがピンクだから、俺のビーノと同じく原付二種か。と、思ったら、見たことの無い変な形のナンバープレートが付いている。

 

「可愛いですよね。浜松市のご当地ナンバーですよ」*1

 

確かに可愛い。

 

でも、市川三郷町には無いんだよな……。身延町も*2

 

俺のビーノもリンちゃんのビーノも、至って普通のナンバープレートが付いている。

 

もちろん、原付ではないこのバイクには、普通の山梨ナンバーが付いている。

 

 

 

言われた通りにバイクを止め、一緒に家へ。

 

「ただいま~」

 

「お邪魔します……」

 

土岐さんに続いて入る。

 

綾乃(あやの)お帰り。おお、君が滝野(たきの)くんだね」

 

お父さんらしき男性に迎えられる。あれ? 完全に普通の歓迎モードだな。

 

「なでしこちゃんから綾乃に送られて来てる写真で見てるよ。バイクに乗っていて、トランペットが得意なんだって? ああ、家がキャンプ場だとか?」

 

各務原さんからの情報、恐るべし……。

 

つまり、俺が男であることは知っていたんだ。

 

「えっと、はじめまして。滝野 純一(じゅんいち)と申します。今日はお世話になります……」

 

あんなに俺のことを知っているのなら、これ以上の自己紹介は不要だろう。

 

「山梨から遠路遥々お疲れ様だね。お風呂入ってるからさ、先にどうぞ」

 

「お、お風呂ですか?」

 

「綾乃から連絡もらって、真っ先に沸かしておいたよ」

 

「あ。えっと……」

 

有り難い話だが、客人である俺が先で良いのだろうか。というか、タオルや着替えは?

 

「お兄さん、早くしないとあたしも一緒に入っちゃいますよー」

 

……は? 何言ってるのこの人!

 

「急に驚いているだろ。いくらなでしこちゃんの話を聞きたいからって、お風呂にまで押し掛けたら迷惑だろう」

 

「えー。大丈夫だよ。それに、今日はお母さん夜勤だし、お風呂は早いうちに済ませた方が良いよ」

 

「じゃあ、三人で入るか?」

 

「狭いからヤダ」

 

……話の論点がずれてませんかね? 初めて家を訪ねてきた男と、一人娘が混浴しようとしているのに。

 

「それじゃあ、お風呂いただきますね」

 

埒が開かない気がしたので、そおっと歩き出す。

 

あ、お風呂はどっちだ?

 

というか、今まで玄関で立ち話をしていたんだ。

 

「それじゃあ、着替え用意しておきますね。お風呂は右手の奥ですよ」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お風呂に入り、用意されていた服(お父さんのだろう)を着て、リビングへ。

 

「お風呂、先にいただきました」

 

「どうも」

 

「ん~」

 

お父さんはキッチンに立っていて、土岐さんはソファーに転がって読書中。

 

「綾乃、次入れ」

 

「ちょっと待って。今良いところー」

 

俺への返事も、お父さんの呼び掛けにも、本から目を逸らさずに言っていた。よっぽど面白いのだろう。何読んでいるんだ? ……漫画か。

 

「土岐さん。それ何?」

 

「ん? ほい」

 

本からは目を離さず、体を180°回転させて、俺にタイトルが見えるようにした。つまり、土岐さん自身は寝転がっている形だ……。

 

「えっと?」

 

『……の刃』『遊……入大作戦』? この位置からだと一部の文字がよく分からない。だからといってあまり顔を近付け過ぎるのもあれだ。後で調べてみよう。

 

しかし、なんだか物騒なタイトルだな。

 

「面白いの。それ?」

 

「めちゃくちゃ面白いですよ。でも、クラスの子は誰も読んでなくて。今あたしがみんなに布教してまーす」

 

布教て……。

 

「何で皆知らないんだろう? 数年後、絶対ヒットしますよ、これ。因みに、これは最新巻の『遊郭(ゆうかく)潜入大作戦』です*3

 

そうですか……。

 

 

 

 

 

 

 

しかし眠いな……。

 

初めて長距離走ったから疲れているのだろう。

 

このあと、三人で夕食をいただき、色々な話をしたんだけど、あまり記憶にない。

 

土岐さんから『綾乃と呼んで』と言われたこと、『綾乃のお父さんは吹奏楽経験者』、『綾乃のお祖父さんも昔はバイクに乗っていた』という話は覚えている。

 

 

いつの間にか寝ていた。

 

 

 

*1
浜松市が2013年1月より交付している『ご当地ナンバープレート』(デザインナンバープレート・オリジナルナンバープレート)とも。

下記挿絵参照 ※見本写真です

 

【挿絵表示】

*2
身延町も2022年1月よりご当地ナンバープレートを交付している。但し、本作より後のため、登場予定はありません。

*3
詳しく語られていないためタイトルの詳細は伏せるが、綾乃の予想通り本作の数年後に大ヒットするあの作品。

この時点で9巻まで発売されている。綾乃が口にしたのはその9巻の副題。





最近では、普通の車のナンバープレートも、いわゆるデザインナンバーが増えてます。

私の住んでいるところは、原付のナンバーも車のナンバーも、デザインナンバー対象外の地域なんですよね……。隣町へ行けばあるんですが、その為だけにナンバー取得を他所でするのも面倒ですし(汗)

皆様は如何でしょう?


さておき、前書きに記載した通り、映画ゆるキャン△のBlu-rayとDVDの発売が決まりましたね!

私はまだ買うか決めていませんが、嬉しい話です。




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 新城さんと


当初の予定では、滝野はまっすぐ山梨へ帰る筈でした。なぜか、寄り道することになります(汗)。


今回のお話は、賛否両論別れる話だと思います。

ゆるキャン△アニメ二期後半 は、一部の人には不評だったらしいですね。

その理由が、簡単に言うと『伊豆キャンで、伊豆の名所ばかりが紹介されている。これは、伊豆PRアニメか?』というものです。

今回のお話が、天竜川沿いの名所巡りみたいになっていますので、同様の理由で不評かもしれません……。


なお、このお話に登場する地点は、全て私が訪れたことのある場所です。

挿絵は、私が撮影した写真をアプリで少々加工しております。行ったこと・見たことの無い方に少しでも参考になれば幸いです。



 

「お世話になりました。ありがとうございます」

 

「気を付けて。またいつでもどうぞ」

 

お礼を言って綾乃(あやの)の家を後にする。

 

昨日の夜は早く寝たのだが、余程疲れていたのか、起きたらそれなりに遅い時間だった。

 

俺たちは試験休みだが、カレンダー通りなら今日は平日。綾乃は学校が、お父さんは仕事があるから既に家を出ていっていた。

 

代わりに居たのは、夜勤明けのお母さん。

 

お父さんが綾乃経由で俺のことを知っていたのと同様に、お母さんも俺のことを知っていた。

 

しかし、それを知らない俺は、起きたら見知らぬ女性が家にいて、腰を抜かしてしまった……。

 

 

そんなことがありつつも、山梨へ帰るため、帰路につく。

 

事前にナビで道を確認しておいたので、バイクを発進させる。

 

三ヶ日インターチェンジから東名高速に入る。

 

引佐(いなさ)連絡線を通って新東名高速へ入り、最初の浜松サービスエリアで休憩。

 

サービスエリアの駐輪場にバイクを停めた。

 

「あれ……?」

 

駐輪場には、何となく見覚えのあるバイクが停まっている。

 

しかし、ナンバープレートを覚えていないので、そのバイクという確証がない。

 

まあ、似たようなバイクは何台もある。他人の空似ならぬ、他車の空似かな……と思いながら、トイレへ向かうが、

 

「ひょっとして、滝野(たきの)くんか……?」

 

似たバイクではなく、やっぱり見覚えのあるバイクだった。

 

 

 

 

 

新城(しんしろ)さん……。お久し振りです」

 

トイレの前で出会ったのは、リンちゃんのお祖父さんの新城 (はじめ)さんだ。俺に気付き、驚いたような表情で見ている。

 

「ああ、久し振り。しかし、こんなところでどうしたんだ?」

 

最もらしい疑問だ。新城さんは俺が山梨に住んでいることを知っている。

 

「今試験休みで四連休中なんです。なのでバイクで浜松へ来た帰りです」

 

「そうか……。でも、君のバイクは125CCだろう? 高速道路は走れない筈だが」

 

「ああ、それはですね。この前お会いしたときに代車に乗ってる話をしましたよね? あのバイクに乗ってきたんです。ビーノは部品交換でまだ戻ってきていないので」

 

「そういうことか。因みに、どんなバイクだ?」

 

「ヤマハ・トリシティ155です」

 

そう答えると、ますます驚いた表情になる。

 

「その、なんと言うか。最近の若いのは頑張るなぁ」

 

「まあ、確かにそうですね……。高速を走れるとはいえ、あくまで『走れる』って感じですね」

 

「155CCじゃあ、そんなものだろう。高速道路を走れる最低クラスとも言われているからな。おっと、こんなところで立ち話もあれだ。コーヒーでもどうかな?」

 

「えっ? はい……」

 

 

 

 

 

自販機で購入したコーヒーを手に、フードコートのテーブルへ。

 

「滝野くんはこれから何処へ?」

 

「家に帰るところです。実は、クリスマスにリンさんたちとキャンプすることになってるんですね。その時に、京都から俺の妹も来るんです。妹が『うなぎパイ』を食べたいって言うから、買いに来たんです」

 

「そのためにわざわざ浜松へ?」

 

「はい。せっかく高速走れるバイクがあるんだから、って思って」

 

俺の話を聞きながら、缶コーヒーを(すす)る新城さん。絵になるなぁ。

 

「なるほど。さっき四連休といっていたが、滝野くんはいつまで休みなんだ?」

 

「日曜日まで休みです……。なので、ゆっくり帰ろうと思ってます。急いで帰る必要もないですからね……」

 

この時間なら、全てのSA・PAで休憩しながら帰っても、日没は迎えるだろうが今日中に帰れるはずだ。

 

「そうか。なら、せっかくの機会だ、私と一緒にツーリングでもどうかな?」

 

えっ?

 

「新城さんと、ですか?」

 

「こんな老人と走ってもつまらないかもしれないが」

 

「あ、いや。そんなつもりはなく。ただ、急な話なので驚いただけです。楽しそうな話ですし、時間もあるのでご一緒しても良いですか?」

 

新城さんがフッと笑う。

 

「それじゃあ、一緒にツーリングに行こうじゃないか。今晩は私の家に泊まると良い」

 

…………え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新城さんの先導で浜松サービスエリアを出発。

 

出発前に聞いた通り、浜松浜北インターチェンジで流出。

 

料金所で通行料金を支払う……。あ、ここ自動精算機なんだ。通行券は……えっと、硬貨は……。

 

料金を払い、一般道……国道152号線に入り、北上してゆく。

 

天竜川を渡ると、一度磐田(いわた)市を通ってから浜松市天竜区に入る。そして交差点を左折。

 

進んでいくと、左手に駅が右手にはSLが展示されているところを通った。

 

新城さんの後に続いて更に進んでいく。

 

 

 

しばらく進むと左手には天竜川が表れた。

 

さっき橋で渡ったところとは違い、水位が高く流れがほとんど無いのでダム湖だな。

 

トンネルが見えてきた。船明隧道……何と読むのだろう?*1 切り株を模した感じのトンネルだ。

 

川沿いの道を走ってゆく。

 

前方に、ダム湖に架かる橋が見えてきた。

 

【挿絵表示】

 

その橋は国道より高い位置にあり、この先でその下を通ることになる。水道橋だろうか?

 

橋の袂には道の駅がある。

 

すると、新城さんが手で合図を出す。道の駅に入るらしい。

 

 

 

『道の駅天竜相津花桃の里』にバイクを止めた。

 

「滝野くん、足とかは大丈夫かな?」

 

俺より先に止めている新城さんから声が掛かる。

 

「ま、まあ。何とか……」

 

ちょっとお尻が痛いけれど、足の方は大丈夫。

 

「面白いものが見られるから、少し歩かないか?」

 

新城さんに(いざな)われ、道の駅の横にある階段を登ってゆく。

 

すると、そこはさっき国道から見た橋に繋がる遊歩道になっていた。

 

【挿絵表示】

 

「この橋は『夢のかけ橋』という名前でね、元々は鉄道橋が架かる予定だったんだ。その予定が無くなって、橋桁だけが放置されていたのを、この橋を架けて遊歩道に整備したんだ」

 

「そうなんですね」

 

「ああ。さっき、高速降りてすぐのところに駅があっただろ」

 

「はい。天竜二俣(てんりゅうふたまた)駅でしたっけ?」

 

「ほお。よく覚えてるじゃないか」

 

「まあ……」

 

駅の反対側にSLがあったから、印象に残っている。

 

「その天竜二俣駅から、今向かっている中部天竜駅を結ぶ鉄道計画があったんだよ。昔」

 

なるほど……。

 

 

 

今度は橋と反対側へ向く。階段のところで遊歩道は終わっているが、路盤はその先へと続いている。

 

「この先には完成する前に工事が中止になった未成トンネルがあるんだ」

 

トンネル……。

 

ここからは見えないが、この先に山があるのは分かる。鉄道が計画されていたんだ、川があれば橋を架けるし、山があればトンネルを掘るのは普通のことだろう。

 

「その未成トンネルは、ワインセラーとして活用されているんだ。茶葉の熟成にも使用されるらしい」

 

そういう使い方も出来るんだ……。なるほどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道の駅をあとにし、天竜川沿いを更に北上してゆく。

 

次に止まったのは、川沿いの小さな駐車スペースだった。

 

「吊り橋、ですか」

 

止まった場所の先には、川に架かる吊り橋が見えている。

 

「この橋からは、ダムが正面に見えるんだよ。まあ、そんなに揺れないだろう」

 

『竜山橋』と書かれている。

 

バイクを止めて、新城さんと二人その吊り橋を渡ってゆく。

 

「思ったよりは揺れませんね……」

 

もちろん、揺れない訳ではない。想定内の揺れだ。

 

「そんなものだろう。大井川にあるこれより大きい橋は、風も強いしすごい揺れだったよ。ほら、あれが秋葉(あきは)ダムだ」

 

大井川か。塩郷の吊り橋かな。それとも井川大橋? 気になるが、ダムを目の前にしている今、その話は後だ。

 

「おお!」

 

【挿絵表示】

 

上流側にダムが見える。そこまで堤体は高くない。どちらかといえば、堰 だろうか。

 

この橋はダムの下流側にあるため、下の川面に流れは見られない。この所雨が少ないのも原因だろう。

 

 

 

 

 

ダムを見終え、橋を渡ってゆく。

 

秋葉ダムの上は車や人も通れるらしく、ぐるっと一周することにした。

 

「新城さんがさっき言ってた大井川の吊り橋って、塩郷の吊り橋ですか?」

 

「ほう。よく知っているじゃないか」

 

「大井川は吊り橋で有名ですからね。吊り橋以外でも蓬莱橋(ほうらいばし)とかも」

 

「良い橋が沢山あるからね。さっき話したのは、君の言う通り、塩郷の吊り橋だな」

 

大井川の吊り橋としては下流側にあり、SLが運転される大井川鐵道の線路を跨ぐため、写真撮影のスポットとしても有名だ。

 

「大井川を横断する吊り橋では、一番長いんだ。よく揺れる橋だよ」

 

だろうな。写真とかで見た感じだと、かなり揺れるだろう。

 

「井川大橋だと車も通れますよね」

 

「井川大橋も知っているのか。あそこはバイクでも渡れるし、良い橋だよ。ただね、上流側の橋だから結構遠いんだよ。おお、そうだ」

 

なにか思い出したらしい。

 

「井川大橋なら雨畑林道を抜ければ、山梨県側からも近い。滝野くんも行きやすいんじゃないかな」

 

そんな近道があるのか。後で調べてみよう。*2

 

 

 

 

 

 

秋葉ダムを渡って竜山橋(バイクを止めているところ)まで戻ってきた。

 

「さて、じゃあ先へ進もう。さっき見たと思うが、この先はトンネルの中に交差点がある。暗いし見通しも悪いから、合流するときは気を付けなさい」

 

「はい」

 

そう。この道の先、秋葉ダム堤体上からの道は、国道152号線とはトンネル内の交差点で繋がっている。

 

新城さんに続いて、その交差点を無事に通過。

 

平日だからか交通量が少なく、すんなり合流できた。

 

そのトンネルを抜け、秋葉ダムのダム湖を横に北上を続ける。

 

ここは桜並木になっている。時期に来ればとても綺麗なんだろう……。

 

とはいえ、桜吹雪の頃は目や口に花弁が入って大変だけど。

 

 

 

 

国道152号線から473号線に入る。

 

今までより狭くなった道を進む。

 

んー? 『原田橋』?

 

さっきからそう書かれた看板が増えているが、有名な橋なのか?

 

否、『通行止』の文字がある。

 

まあ、新城さんの先導で進んでいれば大丈夫だと思う。

 

お。ちょっと開けてきた。ここが佐久間の町だろう。

 

そして、いよいよ件の『原田橋』に差し掛かった。

 

立っている看板を見た感じだと、仮橋が掛けられているらしい。

 

誘導にしたがって原田橋の仮橋を渡った。

 

なるほど。河原に仮設の橋があるんだ。これだと川が増水したら通れなくなる。それに大型車は通れない。だから、迂回を呼び掛けるために、あちこちに看板が立っていたんだ。

 

 

 

 

 

この先も、山の中と集落の中を交互に通っていき、一時間ほど走った。

 

途中、県境を越えて愛知県東栄町に入った。

 

そして、設楽(したら)町に入って少し走った場所にある集落の民家で、新城さんが止まった。

 

「ここが私の家だ」

 

 

 

 

 

*1
ふなぎらずいどう と読む

*2
林道井川雨畑線は、原作7巻89頁・97頁、11巻35頁でも触れている通り、2017年時点で通行止めとなっている。2023年2月現在も通行止めのまま



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 忘れ物

 

新城(しんしろ)さんの家に到着。

 

設楽(したら)町の中にある至って普通の一軒家だ。

 

リンちゃん曰く『一年中キャンプしている変わった人』だから、テントや掘っ建て小屋で暮らしていると想像しても、不思議と違和感無かった。

 

また、それ故に広い土地を持つ豪邸に住んでいる気もしてたから。

 

至って普通の一軒家だった……。

 

「あら?」

 

新城さんが開けるよりも先に、玄関の戸が開く。

 

「あ。お義父さん、帰ってきたの?」

 

「すまんな、出掛けるつもりだったが、予定が変わったんだ。ラインした筈だが」

 

「そうなの? ごめん、見てない」

 

丸メガネをかけた女性。背は俺より少し低いぐらい。年齢は……親の世代だろうか。

 

ところで、この人は?

 

俺の頭に『?』が浮かんでいるのが見えたのか、新城さんがこちらを向く。

 

滝野(たきの)くん。彼女は私の息子の嫁だ」

 

「新城 マミです。えっと……あなたは?」

 

「あ、俺は滝野 純一(じゅんいち)といいます。よろしくお願いします……」

 

「こちらこそよろしくね」

 

マミさんか。

 

互いに名乗って名前は分かったけど、彼女は俺が何者かを知らない。

 

頭に疑問符を浮かべながら、新城さんの方を見る。……混同するな。ここは(はじめ)さんと呼ばせてもらおう。

 

(さき)の娘の高校の先輩だ。まあ、私のツーリング仲間でもある」

 

肇さんがマミさんに俺の説明をした。まあ、その通りだな……。

 

「そっか。じゃあ、リンちゃんのツーリング仲間でもあるの?」

 

お。リンちゃんがバイク乗ってるの、知っているんだ。

 

「ああ。リンが初めて乗った日は、一緒に走ってくれたんだ。そうだったな?」

 

あ、振られた。

 

「は、はい。一緒に本栖湖(もとすこ)まで……。上手くてビックリしました。昨日も一人伊那(いな)までキャンプに行ったみたいです……」

 

おっと。緊張して余計なことを言ったかも。

 

「なるほどね。やっぱりお義父さんの孫ね。義姉さんもだけど」

 

気にする必要ないみたいだ。

 

「咲の娘だからな。それより、こんなところで立ち話もあれだろう。上がってもらいなさい」

 

「そうね。純一くんだっけ? コーヒーで良いかしら? すぐ用意するわ」

 

おっと?

 

 

 

食卓に通される。

 

「適当に座って」

 

「はい……」

 

椅子に座ろうと思ったところ、電話の脇にある写真立てが目に入った。

 

バイクを背に、三人で撮ったものだ。誰だろう……?

 

「その写真が気になるのか?」

 

「えっ?」

 

肇さんが気付く。

 

「私と咲と(わたる)だ。リンが産まれる前だから20年位前だな」

 

問わず語りで教えてくれた。

 

「そうなんですね。咲さんからは乗ってた話は聞いたことがあるんですけど、渉さんも乗っていたんですね」

 

「知っているのか。昔は三人で出掛けることもあったんだよ」

 

「そうだったわね。ああ、確かHDDに写真入ってるわね。あとで持ってくるわ。どのみち、お義父さんが帰ってくるとは思わなかったから、夕食の買い物がまだなの。ちょっと出掛けてくるからその間にでも、ゆっくり見れば良いわ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新城さんの家に一晩お世話になった。

 

マミさんは朝早くから仕事ということで、俺たちの朝食を用意して出掛けていた。

 

本当なら俺と肇さんはいないはずだったから、わざわざ作ってくれたって訳だ。有り難い。

 

朝食を頂いたあとは、出掛ける準備をする。

 

肇さんは元々、前に俺が渡した『むかわキャンプ場の割引券』を使うために出掛けたところだったらしい。

 

その為、山梨まで一緒にツーリングしてくれることになった。

 

高速に乗るまでは先を走ってくれるということで、一緒に家を出る。

 

 

 

あれ? 電話が鳴っている。誰だろう……?

 

周囲の安全を確認し、バイクを路側帯に停める。

 

スマホを取り出す。……アドレス帳に登録の無い固定電話だ。

 

「はい。滝野です」

 

とりあえず電話に出た。

 

『あ、お兄さん。一昨日振りです』

 

は? 誰?

 

待て。俺をお兄さんと呼び、一昨日会っている人……。一人しか居ない。

 

綾乃(あやの)。どうしたの?」

 

『おお。よくあたしからの電話だって分かりましたね』

 

「分かるよ。で、何か用でも?」

 

ふと、前方を見ると、少し先で新城さんも停まっていた。

 

『実は、あたしの携帯電話が昨日から行方不明でして。お兄さんのバイクに乗せてもらう前は有ったんですが、昨日の昼ぐらいには見当たらなくて……』

 

「ちょっと待ってて」

 

綾乃に貸したヘルメットを戻した時、もしかすると……。あった。

 

「あったよ。貸したヘルメットの下に隠れてた」

 

『良かった~。ところでお兄さん。いま、どの辺りに居るんですか? もう山梨帰っちゃいましたよね?』

 

そう思うのも無理はない。

 

一昨日の時点で既に帰るつもりでいたんだから……。

 

「えっとね。今は、設楽町の山の中だよ……。詳しい場所は分からないけど」

 

新城さんの家を出て10分も走っていない。まだ設楽町から出ていないはずだ。

 

どのみち、町外へ出ていても、場所を伝えるのなら充分だろう。

 

『し、設楽町って、愛知県の?』

 

こう答えると、困ったような声だった電話口の口調が、驚いた感じに変わる。

 

『何でそんなところに? お兄さん山梨帰るんじゃなかったの?』

 

当然の反応だな。

 

「まあ、話せば少し長くなる理由があってね……」

 

帰る途中に知り合いの家族に会い、一晩泊めてもらった帰り。という風に説明。

 

「……という訳。どうする? 家まで持っていこうか?」

 

場所は覚えている。山梨へ帰ることを考えれば、行こうと思って行けない距離ではない。

 

『それは有り難い話ですけれど、お兄さんだけ移動距離長くなっちゃいますよね? 今から何処か中間辺りで待ち合わせにしませんか?』

 

「ああ。それは俺も助かるよ。でも、どの辺りが良いかな……?」

 

回りを見渡す。生憎(あいにく)地名が分かるものが見当たらない。電柱の表示……を見たら、余計に分からなくなる。

 

『そうですね……。あ、場所や地名言ったところで、お兄さん見当付きませんよね? 今いる場所すら良く分かってないんだから』

 

その通りだ。

 

「お困りかな?」

 

声が聞こえて振り向くと、長電話で気になったのか、新城さんが俺の側まで来ていた。

 

「綾乃、ちょっと待って」

 

綾乃に断りを入れ、電話口を離す。

 

「新城さん。実は……」

 

今度は新城さんに軽く事情を説明。

 

「なるほど。そういうことなら、私が電話を代わろう」

 

彼なら俺よりこの辺りのことに詳しいはずだ。

 

「助かります。お願いします」

 

電話を渡した。

 

「もしもし。突然すまない、私は滝野くんの知人の新城という者だ。事情は彼から聞いたよ。どの辺りが良いか、って話だな」

 

電話を代わった新城さんが話を進めている。

 

「君もバイクに乗っているという話だが、どの辺りまでなら来れるのかな? ……そうか。なら、伊平(いだいら)郵便局で待ち合わせにしよう。いなさインターチェンジが近いから、私たちとしては有り難い。浜松市内だから、君でも大丈夫だろう?」

 

郵便局?

 

「場所は分かるかな。……じゃあ、そうしよう。何か困ったら公衆電話から連絡してくれ。こちらから君に連絡を……。そうか。それならその方が良いな。よし分かった」

 

新城さんが自分の携帯を取り出して、なにかを打ち込んでいた。

 

「それでは後程。気を付けて」

 

話が(まと)まったらしい。

 

「浜松いなさインター近くにある郵便局で待ち合わせることになったよ。そこならインターが近いから、帰りも楽だろう」

 

「分かりました。では、そこまて案内お願いします」

 

「うむ」

 

 

 

 

俺と新城さんは、バイクで山の中を走ってゆく。先を走る新城さんを俺が追いかける形だ。

 

昼でも薄暗い道を進み、峠の頂上にある少し気味悪いトンネルを抜ける。

 

すると、目の前が開け、眼前に棚田が広がった。

 

凄い。綺麗だ……。ここは一体?

 

あ、看板が立っている。

 

『四谷の千枚田』か。

 

こんな山奥でも人の営みがあるんだな……。

 

 

棚田を抜け、久し振りに見る信号機のある交差点を左折。

 

広くなった道路を走ってゆく。

 

広くなった分(?)、交通量も増えた。さっきまで、対向車が全く来ない道を走っていた分、何となく安心する。

 

えっと、三河……海老? こんな山の中で海老か。まあ、地名なんだろうけど、面白い。

 

海老の名の付く集落を抜け、再び山の中へ入って所々に点在する集落を縫うように走る。

 

交差点を曲がって国道に入る。

 

暫く走った先の道の駅に新城さんが入った。

 

 

 

 

『道の駅鳳来三河三石(ほうらいみかわさんごく)

 

ここで一旦休憩だ。

 

「ここまで来れば、待ち合わせの郵便局まで15分くらいだ。休憩までの間が開いてしまったが、身体の方は大丈夫かな?」

 

ん? どれどれ……。

 

お尻が少し痛いだけかな。

 

「大丈夫です。少しは長距離に慣れたみたいです」

 

「なら良い。だからといって油断は禁物だぞ」

 

「はい」

 

 

 

道の駅を出発。

 

国道257号線を東へ走る。

 

トンネルを抜けると、『静岡県浜松市北区』浜松市に戻ってきた。

 

『浜松いなさ北インターチェンジ』の案内を通り過ぎ、新東名の下を通り抜けると、今度は『浜松いなさインターチェンジ』だ。

 

似たような名前のインターが多い……。間違えたりしないんだろうか……?

 

なんて考えながら走ってゆくと、新城さんが手で合図を出した。

 

右手に郵便局が見えている。目的地の伊平郵便局だろう。

 

脇の歩道に誰か立っている。

 

「お~い!」

 

綾乃だ。俺たちに気付いたのか、手を振っている。

 

 

駐車場に入り、バイクを停める。

 

バイクから降りると、綾乃が駆け寄ってきた。

 

「お待たせ。待った?」

 

「いや、あたしも今来たとこです」

 

なら良かった。鞄から綾乃のスマホを取り出し、差し出す。

 

「はい。忘れ物」

 

「ありがとうございます」

 

そう言ってスマホを受け取ると、ズボンのポケットへ仕舞い、俺が下ろそうとした手を両手で掴んだ。

 

「えっ?」

 

急なことに驚いてしまう。

 

なぜ、今俺は手首を捕まれているのか……?

 

震えているのか。

 

「どうしたの、急に」

 

「足ガクです。初めてこんな遠いところまで、エイプで一人で来たから……」

 

なるほど。震えているのは、手ではなく足だ。

 

良く見れば、顔色も少し悪い気がする。

 

「怖かった?」

 

「いや、怖いって訳じゃないです。全く知らない土地ではないですから」

 

まあ、浜松市内だし(その浜松市がかなり大きいが、それは別の話……)。

 

綾乃の家から30分位のところだ。

 

「ただ、今まで遠いところに行ったことがないので、なにかあったらって不安だったんです」

 

「まあ、俺も初めは怖かったよ。一昨日だって、初めて高速走ったからね。初心にかえって何とか……? 正にそんな感じだったかな」

 

「流石お兄さん。経験値が違うなぁ……」

 

「そりゃあ、俺の方が一つ歳上だからな」

 

「ですよね……」

 

そういえば、いつの間にか新城さんの姿が見えなくなった。バイクはあるから遠くには行っていない筈だが。

 

 

 

「あたし、なでしこが遠くに引っ越しちゃって、不安だったんです。なでしこのことだから、大丈夫だとは思ってたんですけど」

 

コミュお化け。いつの間にか、誰とでも仲良くなってるのが各務原(かがみはら)さんだ。一昨日、そう言っていたのは、他ならぬ綾乃。

 

「だから、時々様子を見に行けたらな……って。16歳になってたから、バイクの免許を取って、お祖父ちゃんの伝で、エイプ貰って……」

 

バイクの方へ視線を向けた。俺も追う。

 

どういう経緯があるか不明だが、腰痛で引退したというお祖父さんから貰ったバイクらしい。

 

「でも、一人でだと不安で。結局、家と学校かバイト先の往復しか、したことないんですよね……」

 

「なるほど。でも、もう大丈夫じゃないか?」

 

「えっ?」

 

俺の言葉に、はっとした顔でこちらを向く。

 

「何だかんだ言ってここまで来れたんだし、少しずつ長距離に慣れていけば良いさ。それで、大丈夫だと思ったら、山梨へ行けば良い」

 

「そう……かなぁ?」

 

「そうだよ。正直、今回の俺は悪い見本だな。借り物のバイクだけど、少し乗り慣れたからって、いきなり高速に乗って浜松だよ? 舐めてたよ」

 

思ったようなスピードは出なかったし、めちゃめちゃ煽られたし。あげくのはてにパンクだ。

 

「今思えばあの時の綾乃は救世主だったね……」

 

「あたしがですか~?」

 

お。顔色が良くなった。

 

「パンクで困ってたところを助けてくれたんだから」

 

「えへへ……。お兄さんの救世主かぁ……。そうだ!」

 

ん? 何か思い付いたらしい。

 

「連絡先、交換しましょう! 折角、同じバイク乗りとしても仲良くなったんだし、もし山梨に行くことになったら連絡取りたいし」

 

「それ、各務原さんで良くない?」

 

「後のはねー。でも、仲良くなったバイク乗りは、お兄さんだよ?」

 

まあ、確かに。

 

「オッケー。好きにしなさい」

 

そう言い、鞄から俺のスマホを取り出し、差し出す。

 

ロック? なにそれ? 電源釦押して、画面スライドすれば終わりじゃないの?

 

画面ロックだとかパスコードがどうとか言っていたけど、なんのことだろう?

 

「……はい。ありがとうございます」

 

差し出されたスマホを受け取り、戻す。

 

「お二人さん。コーヒーでも如何(いかが)かな?」

 

ふと、声がして二人して振り向く。

 

「新城さん。どこ行っていたんですか?」

 

姿が見えなかった新城さんがこちらへ歩いてくる。

 

「なに。年寄りは話の邪魔かと思ってね。近くに自販機があったから、買いに行ってたんだ」

 

言葉の通り、手には缶が。

 

「土岐さんはこれで良いかな?」

 

「えっ。あ、おしるこ……!」

 

「何となくそんな気がしてね。好み、合ってるかな?」

 

「はい!」

 

新城さん……。なんか凄い。

 

この人、昔は医者だったって昨日聞いたけど、病院勤務だったわけではないらしいし、どんな仕事をしていたんだろう……? 

 

 

 

 

折角コーヒー(おしるこ)をもらったんだし、飲みながら話でも、と思ったが、綾乃はスマホの件でバイトの出勤を送らせてもらっているらしく、これからバイトに行かなけれはならない。

 

「じゃあ、あたしはこれで失礼します。新城さん、おしるこありがとうございます」

 

「ああ。アルバイト頑張りなさい」

 

バイクの維持管理には、当然お金が掛かる。その為には働かなければならない。キャンプも(しか)り。

 

学生の本分は勉強だけど、バイトもしないとバイクに乗れないし、キャンプもできない。

 

「あ、そうだ。お兄さんこれ、なでしこへのお土産です」

 

バイクに乗ろうとしたところで、なにかを思い出したらしい。

 

綾乃がそう言いながらリュックから取り出したのは、春華堂のビニール袋。あれってもしや……。

 

「うなぎパイ?」

 

受け取って開くと、中身は予想通りのものだった。しかし、俺が買ったものとは何か違う。

 

「それ、ナッツ入りのうなぎパイです。なでしこの好物なので……」

 

そんな話もしたっけ。

 

「ありがとう。戴くよ」

 

綾乃がヘルメットを被り、バイクに跨がる。エンジン始動。

 

「一昨日言ったように、お兄さんの分は先に確保してくださいねー。でないと全部食べられちゃうから……」

 

だろうね……。

 

「それじゃあ。また会いましょう!」

 

そう言って綾乃はバイクを発進させた。

 

「こちらこそ。気を付けて!」

 

「それはあたしの台詞ですよ~!」

 

手を振り見送る。

 

綾乃の姿はあっという間にカーブの先へと消えていった。

 

 

 

「それじゃあ、私たちも出発しよう。先は長いがゆっくり行けば大丈夫だ」

 

「はい」

 

トライアンフとトリシティ。それぞれのバイクに跨がり、発進。

 

今度は俺が前を走る。

 

行きと同じように、休憩しながら走っていけば大丈夫だろう。

 

まだまだ先は長いが、安全運転で行こう。

 

 

 



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 近いようで遠くて、やっぱり近い

 

さっき通り過ぎた『浜松いなさインターチェンジ』から新東名高速道路に乗る。

 

通行券を受け取り、財布の中へしまう。

 

このインターは引佐(いなさ)連絡線にあるので、本線に合流してから、ジャンクションで新東名の本線に合流。

 

浜松SAには一昨日・昨日で上下線両方に入ったので、次の『遠州森町PA』で休憩。

 

お昼御飯にちょうど良い時間なので、フードコートへ。

 

『もりかけ屋』……。国会中継を思い出す店名だ……。

うどん・そばがメインのお店だ。しかし、中華そばもある。

 

ここは無難に……中華そばだな。

 

「そうか。一昨日パンクしていたのか……」

 

食べ終わってもすぐには出発出来ないので、新城(しんしろ)さんと雑談。

 

「はい。突然のことで慌ててしまいました……」

 

あの時は本当に焦った。綾乃(あやの)が来なかったら、どうなっていただろう。

 

「知らない土地だったからな、尚慌てるだろう。私も似たような経験はあるから分かるよ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。山奥で急にエンストしてエンジン掛からなくなった。携帯は圏外だったから、焦ってしまってな。原因がガス欠ということにすぐに気づけなかったよ」

 

「その時はどうなったんですか?」

 

「携行缶を積んでいることを思い出して、給油して近くのスタンドに駆け込んだよ。慌てると回りが見えなくなるものだ」

 

一昨日の俺も似ている……。

 

「分かります。俺も綾乃に言われるまで、すぐのところにバイクのお店があるのに気付きませんでした」

 

「まあ、無事に直ったようだし、良かったじゃないか」

 

その通り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新清水インターチェンジを降り、国道52号線を北上。

 

『山梨県南部町』県境を通過し、山梨県へ帰ってきた。

 

ETCを搭載している新城さんのバイクは、インターチェンジの料金所で一瞬先になったが、そこ以外ではずっと俺の後を走っている。

 

トリシティとトライアンフ。バイクに詳しい人から見れば、『これ、順番逆じゃ?』と思われかねない光景だ……。

 

 

あ。たけのこタワー。『道の駅とみざわ』に設置されているたけのこタワーが見えてきた。

 

【挿絵表示】

 

最初見たときは驚いたが、実は中に公衆電話があるだけのモニュメント。筍が旧富沢町の特産品だとか……?

 

ここまで来れば、あと一時間ぐらいで帰れる。

 

しかし、『あと少し』というところで油断してしまうと、大事故に繋がりかねない。山梨へ入ったんだし、休憩して行こう。

 

後ろの新城さんに分かるよう、手で合図をする。

 

入口の交差点を左折して、駐輪場にバイクとめた。

 

「あれ……?」

 

隣には、見覚えのあるスクーターがとまっていた。

 

ナンバー……『身延町 み376-66』*1って、マジか!

 

「あれ? 滝野(たきの)先輩?」

 

この声は……。

 

「リンちゃん?」

 

やっぱり。リンちゃんのビーノだった。

 

当人が現れた。というか、俺の後ろに立っていた。

 

「って、お祖父ちゃん?」

 

隣の新城さんにも気付く。

 

「リンじゃないか。久し振りだな」

 

「うん、久し振り。こんなところでどうしたの?」

 

「キャンプに行く途中だよ。滝野くんと一緒に走ってきたんだ」

 

そう言われると俺の方を見た。(うなづ)いて返事する。

 

「へぇ……。浜松からですか?」

 

「うん。新城さんの家から」

 

「お祖父ちゃん家! あの山の中から? マジですか……」

 

リンちゃんに驚かれた。そんな、信じられないって目で見ないでよ!

 

「リン、お前も他人のことは言えないだろう。一昨日は伊那(いな)に行ってきたそうじゃないか」

 

この辺りから長野の伊那だと、直線距離なら割と近いが、南アルプスが(そび)え立っているので、中央自動車道や東海道新幹線のように、大きく迂回しなければならない。

 

「そんなに遠くなかったよ」

 

近いようで遠くて、やっぱり近い。

 

恵那ちゃんにはあんなことを言っておきながら、免許とって最初のバイク旅が諏訪湖の更に先だったし。彼女にしてみれば近いんだろう。

 

まあ、これが血筋だろうか……。

 

 

(ずる)いなぁ……」

 

リンちゃんがぼそっと呟く。

 

狡い。か。

 

恐らく、俺と新城さんがここまでツーリングしてきたことに関してだろう。

 

『私も一緒に走りたった』と思っているのかもしれない。

 

ならば、俺はさっさとこの場を去ろう。

 

「ちょっとトイレ行って来ます」

 

声を掛けてこの場を離れる。

 

 

 

「さてと。トイレも済ませたし、俺はそろそろ出発しますね」

 

新城さんはこのまま52号を北上していけば良いが、俺は富士川を渡ってしまった方が早い。

 

「ああ。あと少しだろうが、気を付けて」

 

「二日間、ありがとうございました。リンちゃんは明後日学校でね」

 

「はい。先輩、気を付けて帰ってください」

 

二人に見送られながら、道の駅を出発する。

 

さあ、あと少しだ。気を引き締めて帰ろう。

 

……そういえば、リンちゃんはなぜ彼処(あそこ)に居たんだろう?

 

 

 

国道52号線を外れ、南部橋で富士川を渡る。

 

ん? 橋の右岸脇にある家に、見覚えのある車が止まっていた。

 

一瞬でナンバーが確認できなかったけれど、今度こそ他車の空似だろう。三度目の正直だと思いたい……。

 

 

橋を渡って左折。

 

県道10号線に入り、北上を続ける。

 

そういえば、このまま進めばカリブー身延店の前を通るな……。

 

顔出して行くか……止めておこう。早く帰りたいし、うちの御用達は甲府店だ。

 

建設中の中部横断道を横目に走る。

 

このバイクなら、開通後の高速道路も走れる。これがあればもっと早く帰れるんだけど……。

 

とはいえ、ビーノが帰ってきたら乗れない。

 

原付の場合、車両に対する制限速度30㎞/Hがある。

 

原付二種にはそれが無いので、道路に対する制限速度、自専道*2が走れないから最高で60㎞/H。

 

しかし、このバイクだと高速道路が走れるから、新東名みたいに110㎞/Hの場合もある。

 

長々と語ったが、何が言いたいかというと、俺には最高60㎞/Hのスピードが合っている。

 

高速は走れなくても、今は困らないし、そんなに遠出するにしても、やっぱりあのビーノが良い。

 

早くビーノに乗りたくなってきたなぁ……。否。

 

トランペットが吹きたい……!

 

 

早く帰ろう。トランペットを吹くために! もちろん、安全運転で。

 

\オイコラ!/

 

……ん? 遠くの方から何か聞こえたような?

 

 

 

富山(とみやま)橋の交差点を右折し、国道300号線本栖みちへ入る。

 

本栖高校の近くを通り、いつもの下校ルートへ入る。

 

下部隧道を抜け、県道414号線へ。

 

走り慣れた山道を、いつも通り走ってゆく。

 

そして『おかえりなさい 一日ご苦労さまでした』と書かれた農機具庫(?)の前を通る。

 

【挿絵表示】

 

この文字は市川三郷町方面に走っていると見れるので、水曜日の夕方以来、三日振りに見る。

 

ほぼ毎日見ているから、数日見ないだけでやけに懐かしく感じる。

 

こういうのも人の性だろうか……?

 

市川三郷町に入り、県道409号線へ。

 

 

 

やっとついた~!

 

我が家、四尾連湖木明荘の入口に到着した。

 

「あ、父さん?」

 

『お、純一。帰ってきたのか?』

 

「うん。今行って大丈夫?」

 

『えっと。大丈夫だぞ。出ていく車は無いから』

 

「ありがとう」

 

車の確認の電話をし、進んで行く。

 

そして……。

 

家に到着。

 

父さんが出迎えてくれている。

 

「お帰り、純一」

 

そう、声掛けられた。

 

「ただいま」

 

だから、俺はこう返した。

 

 

 

 

余談だが、俺が最初に買った方のうなぎパイは、見事に割れていた。

 

流石に粉々では無かったものの、ちょっと悲しいことになってしまった。まあ、食べるのはさやかたちだし、問題ないだろう……。

 

因みに、綾乃からもらったやつは無事だった。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 へやキャン△

 

 

 

「行ってきます~!」

 

元気良く玄関扉を開け放つなでしこ。

 

「ちゃんとスマホ持った?」

 

「大丈夫だよ~」

 

前科があるからちゃんと確認をしておく。

 

「なら良いわ。気を付けて行ってくるのよ」

 

「はーい!」

 

一昨日、風邪を引いたなでしこは、リンちゃんとのキャンプ計画が御破算となり、憂さ晴らしにとカリブーへ出掛けていった。

 

キャンプ道具を眺めて気分を味わってくるらしい……。

 

さてと。今日はどうしようか……。

 

お母さんとお父さんは買い物に出掛けてしまったし、家には私一人だ。

 

土曜日だから特に用事もない。

 

……ん? 電話が鳴りだした。

 

「はい。各務原です」

 

『あ、お姉さん? あたし、土岐 綾乃です』

 

なでしこの幼馴染みのアヤちゃんからだ。

 

「アヤちゃん。久し振りね。元気だった?」

 

なでしこはラインで定期的に連絡をとっているみたいだけど、私は久し振りに話す。

 

『はい。こちらこそ、お久し振りです。桜さんもお元気そうでなりより』

 

「ありがとう。あ……、なでしこ、ちょうど出掛けちゃったところなの」

 

そういえば、なんで家に掛けてきたんだろう?

 

あの子への連絡なら、わざわざ家に掛けなくても良いはず。

 

『あ、いや。なでしこじゃなくても良いんです……。良いかは分からないけど』

 

……?

 

「どういうこと?」

 

『実は、少し困ったことになりまして……』

 

困ったこと、とは?

 

声色からして、そこまで緊急性のある内容ではなさそうだけど。

 

『お姉さん。滝野先輩ってご存知ですか?』

 

滝野……。滝野くん?

 

「滝野 純一くんのことかしら? なでしこの一つ上の」

 

『はい! ご存知なんですね』

 

「ええ。なでしこがお世話になってるから」

 

『そうなんですね。それで、あの……滝野先輩の連絡先って、分からないですよね……』

 

「分かるわよ」

 

『そうですか……。えっ!』

 

知らないと思い込んでいたんだろう。声色が途中で変わった。

 

「携帯の番号なら分かるけど……。どうして?」

 

今のご時世、他人の個人情報を易々と教えるのは良くない。理由は何だろう。

 

『実は、昨日こっちでお会いしたんですよ』

 

「こっちって、浜松?」

 

『はい』

 

あのバイクで浜松まで行ったの……。頑張るわね。

 

あ、今はトリシティか。

 

『それで、バイクに乗せてもらったんですよ。それ以降、私の携帯電話が見当たらなくて……。もしかしたら、バイクに紛れ込んじゃったんじゃないかって』

 

「なるほど、そういうことね。分かったわ」

 

スマホを取り出して、電話帳を開く。

 

「言って大丈夫?」

 

『はい。お願いします』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。滝野くんは浜松まで……」

 

電話を切り、家の中で一人呟く。

 

「念のため、お祖母ちゃん家、教えておこうかしら……」

 

 

 

 

*1
原作・アニメ共『本栖』になっているが、本作では現実に則り『身延町』とします

*2
自動車専用道路



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 「トラ先輩のおかげで我が『野クル』は無事に『野クル部』に昇格出来たんだぜ」


前にも同じことを書いているのですが、それと同じ状況になっているので再び書きます。それが何か、というと、Twitterのトレンドに『ゆるキャン△』の文字が出ている日が多くなっているんですね。嬉しい話です。

何故かと思ったら、3月4日が なでしこ・あおい の誕生日でしたね。だからだと思います。本栖高校モデル地でも、誕生日の『校庭キャンプ』が行われたらしいです。

というわけで、校庭キャンプ に参加していない私は、只今伊豆に居ります……(関係ない?)。


さて、今回より クリキャン に突入していきます。まずは、野クル部と吹奏楽サークルのご対面(?)です。




 

可児(かに)滝野(たきの)先輩!

 

可児:これはどういうことですか!

 

可児:浮気してるだなんて聞いてません!

 

可児:今すぐ音楽室に来てください!

 

可児:さもなくば、命の保証はできません

 

 

 

試験休み明け初日の放課後。

 

今日の授業で返却されたテストに採点ミスがあるのに気付いて、職員室に行ってそれを修正してもらった。

 

それ故音楽室へ行くのが遅くなったのだが、向かっている途中でラインが来たんだ。それが今の通り。

 

可児からだが、内容がおかしい。

 

普段から、可児のラインは大袈裟なものが多い。しかし、今日のは只ならぬ空気を感じる。

 

廊下は走らずに、慌てて音楽室へ向かう。

 

 

 

「失礼します!」

 

扉を、外れるんじゃないかという勢いで開け放つ。

 

「あ、トラ先輩」

 

「先輩! 遅いですよ。というか、扉の開け方乱暴すぎます!」

 

居るのは二人か……。

 

「すまん。ところで、あの脅迫ラインは何だ?」

 

入って扉を閉める。外れてはいないようだ。

 

「何だ、は私の台詞です!」

 

「だからってあの書き方は無いだろう!」

 

「いまの先輩に口答えする権利はありません! つべこべ言うなら先輩の縦笛、へし折りますよ!」

 

縦笛?

 

俺、笛なんか持ってないけどなぁ……。

 

「お二人、そういう関係っすか……」

 

大垣(おおがき)さんがいつも以上に引いている……。

 

縦笛。何の事だろう? 何かに喩えているのか?

 

「それはそうと。一体何があった?」

 

どういうことだ? と思い、大垣さんの方を見る。

 

「あ、えっと……」

 

人差し指で頬を掻きながら話し始める。

 

「クリスマスキャンプの話を詰めようと思って、トラ先輩を尋ねてきたんですよ。そうしたら、可児さんだけが居て……」

 

可児の方を見ると、腕を組み頬を膨らませている。怒ってんのか。

 

「先輩は居ますか? って聞いたら、『あんた誰?』と」

 

「まさかね……。お兄ちゃん、妹が三人もいるのに、弟まで増やすなんてね……」

 

弟? 誰が?

 

「おいこら! あたしは女だぞ!」

 

「えっ? 男の子じゃないの?」

 

大垣さんを男の子だと思っていたらしい。

 

まあ、今はジャージ姿だし、マフラーで首回りが隠れていて、髪の長さも分からない。とはいえ、間違えるだろうか?

 

「違う~!」

 

この様子だと本当に間違えていたんだな。何処の世界にこんなに可愛い男の子が居るんだ?

 

バイクに乗せた時も、(犬山(いぬやま)さんと比べるのがそもそもの間違いだが)時々背中に柔らかいものが当たり、ドキっとしたものだ。あれで『実は男です』と言われたら、俺は……。

 

可児の隣に立ち、大垣さんの方を向く。

 

「この度はうちのバカ妹がご迷惑お掛けしました」

 

そう言って頭を下げる。

 

「ほら、ミクも!」

 

可児の頭を手で無理やり下げさせる。

 

「あ、いや……。謝ってもらえばそれで良いんっすけど。……妹?」

 

あ、そこに引っ掛かるか。

 

「妹って言っても、実妹ではないぞ。自称だ。こいつの」

 

「あー。なるほど。そういうことっすね。全然似てないから……」

 

似てる方が怖い。

 

「因みに、恵那ちゃんも自称妹の一人だよ」

 

「斉藤もか……」

 

大垣さん、何考えてるの?

 

「と、いうわけで、冗談はここまでにして……」

 

「「冗談ってレベルじゃねぇ!」」

 

お。大垣さんとハモった。

 

 

まずは、俺が野クル部の一員であることに関しての釈明からだ。

 

「言ってなかったっけか?」

 

「聞いてません」

 

そうだったか。

 

「言い忘れてたのは悪かった。でもお前、キャンプ興味ないだろ?」

 

「まあ、確かにキャンプは興味無いですけど……。そもそも、先輩は何で野クル部に入部したんですか?」

 

「簡単に言うならば、『野外活動サークル』というサークルだったんだけど、部員が四人になれば部に昇格できる、って言われて」

 

「で、名前を貸したと……」

 

「その通り」

 

「おうよ! トラ先輩のおかげで我が『野クル』は無事に『野クル部』に昇格出来たんだぜ」

 

よく言うよ。教頭先生を笑わせたあの申請書のことを知らないんだろう。

 

因みに、あの申請書は俺が黙って書き直して提出しておいた。

 

「まあ、そういう理由なら……」

 

「良いのか?」

 

大垣さんが驚く。

 

「部室が欲しい気持ちは私にも分かるから。時々、音楽室が使えないからって、演奏できない日があるんだけど、ちゃんと部室があれば毎日演奏出来るのに……って思うことがあるからさ」

 

そんな時俺は所構わず演奏しているが、トランペットよりは重い、ユーフォニアムだとそうはいかない。ましてや可児は、ざっくり言うと小さい。

 

長瀬(ながせ)がチューバスタンドを使っていても、後藤(ごとう)は使っていなかったように、重い低音楽器は体格で持ち方を変えなければならない。

 

『部室が欲しい気持ち』か。俺の力不足で可児に不便な思いをさせているのか……。

 

「可児さん……」

 

「大垣さん……」

 

互いに手を取り合う。

 

「これからはお互い仲良くしましょう!」

 

「私こそ。千明ちゃんって呼んで良い?」

 

「もちろん! じゃあ、あたしは……かにミソって呼んで良いか?」

 

蟹味噌? 酷い渾名(あだな)だな……。

 

「良いよ!」

 

良いんかい!

 

とんだ茶番劇。なんですか、これ。

 

せっかく感傷に浸ってたのに台無しだよ!

 

 

 

俺が野クルに入った経緯の説明が終わり、可児と大垣さんが仲良くなり……。本題へと突入。

 

「今、クリキャンに参加予定なのは、あたし、イヌ子、なでしこ、斉藤、トラ先輩……ってところです。あ、あと、しまりんはまだ決定してませんけど、ほぼ確実です」

 

そうなると6人か。

 

おっと、あの話をしておかないと……。

 

「大垣さん。実は、俺の妹がクリスマスに合わせてこっちへやって来る予定なんだよ。まだ何も言ってないんだけど、キャンプに誘ってもいいかな?」

 

「先輩の妹さん?」

 

「トラ先輩の妹!」

 

お、二人とも喰い付いた。

 

「ああ。クリスマスに京都から来るんだってさ。お陰で浜松までうなぎパイ買いに行く羽目になったけどさ……」

 

出先でのことを思い出す……。タイヤがパンクし綾乃に助けてもらい、新城さんとツーリング。

 

「もちろん! 大歓迎ですよ。誘ってみてください」

 

「了解」

 

後でラインしておこう。

 

「それなら、私も参加して良いかな?」

 

可児も?

 

「デイキャンプにすれば、テントやシュラフ無くても大丈夫だよね?」

 

可児中々詳しいな。キャンプ興味ないって言ってた割には。

 

「お、おお。その通りだな」

 

ほれ、大垣さんが驚いてる。

 

「かにミソ、キャンプ興味あるのか? 詳しいから驚いたよ」

 

「今の今まで興味はなかったよ。ただ、滝野先輩がキャンプ場に住んでるから、気になって少し調べてたんだよ」

 

なるほど。

 

あ。そういえば、この事野クルメンバーに黙っていたな。そろそろ追求される頃だろう……。

 

「あ! そうだトラ先輩。何故黙っていたんっすか!」

 

ほれ来た。

 

「何を?」

 

分かっていても、わざととぼける。

 

「家がキャンプ場のこと」

 

「だって、聞かれなかったから」

 

「ぐぬぬ……」

 

あっさり返すと唸りだした。何故?

 

「確かに聞かなかったのはあたしですね……」

 

「その通り。俺も言ってなかったのは悪かったと思ってるけど、理由は今言った通りだよ。他意はない」

 

聞かれなかった以上、言う必要を感じなかった。

 

野クルに入部した理由に、家がキャンプ場でキャンプに関する知識も(少しだけ)あるから、何かしら役に立てるだろうと思った、というのもあるけど、それを言って(ベテランキャンパーと)誤解されても困るから伏せていただけだ。

 

「ところで、大垣さんは何のために来たんだっけ?」

 

本来の目的を忘れているぞ、これ。

 

「そうだった。クリキャンの打ち合わせだった」

 

それだ。可児の参加も決まったところだ。

 

「これで8人だな。けっこう大所帯になりそうだぞ」

 

「ですね。それで、この件についての打ち合わせを、このあと校庭で行う予定なんですが、かにミソ、トラ先輩。良いですかね?」

 

来てくれ、ということか。

 

「了解」

 

「行きましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

因みに、後でようやく『先輩の縦笛』の意味が分かり、無意識に赤面したのは内緒だ。

 

可児や恵那ちゃん辺りに見られていたら、今後しばらくからかいのネタにされかねん……。黙っていよう。

 

 





前書き に書いたとおり、今私は伊豆半島に居ります。

何故か、というと、偶々仕事の休みが取れたのも理由の一つですが、本作執筆にあたり 取材も大事だと思ったからです。まあ、近いから出来ることですね。(←でも、それなりに遠い)

一応、8年ぐらい前に伊豆半島を日帰りで訪れたことがあるのですが、その頃は『ゆるキャン△』という作品すら誕生していない頃ですし、もう少し色々なところを回ってみたいな。と思って伊豆キャン(※キャンプしてません)を実行中です。


と、言っておきながら酷いことを言いますが、今のところ本作で『伊豆キャン』まで書くかは未定です(汗)


でも、これだけは言っておきます。
達磨山(原作9巻95頁~)に登ってみたのですが、かなーり大変でした(汗)。リン、なでしこ。よくあんなハイペースで登って元気だったな……。
登った後、30分ぐらい足ガクガクでした(滝汗)。



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 顧問

 

大垣(おおがき)さんに連れられて校庭へ。

 

いつも通り? 野クル部(のくるぶ)は校庭で焚き火をしているらしい。

 

しかし、見た感じだとジャージ姿の三人が焚き火を囲っている。一人多い。

 

各務原(かがみはら)さんと犬山(いぬやま)さんは確定だろう。あと一人は誰だ?

 

「お前ら~! 入隊希望者連れてきたぞ~」

 

入隊希望って。何なんだ?

 

「あ、滝野(たきの)先輩や」

 

「ブランケット先輩?」

 

やはり、犬山さんと各務原さんだった。

 

「あ、ミクちゃん!」

 

「恵那ちゃんだ!」

 

もう一人は恵那ちゃんだ。そういえばキャンプに参加するって、さっき大垣さんが言っていたな。

 

「ミクちゃんもキャンプに参加するの?」

 

「うん。滝野先輩が参加するって言うから、楽しそうだと思って」

 

そんな理由かよ。

 

「って、焚き火台があるじゃん」

 

ふと、焚き火の方を見たら、台の上に乗っていた。てっきり直火だと思っていたけど……。

 

「買ったんだ」

 

「ああ。最初はバイト代でコミコミ30,000円の焚き火台買おうとしたんですが、カート入れる直前に鼻血出たんです」

 

そりゃあ出るだろ。俺の所持金20,000円で鼻血出したんだから……。

 

「だから4,500円のこれにしました」

 

それでもそこそこの値段だな。

 

とはいえ、これで直火禁止のキャンプ場でも気にすることなく焚き火が出来るのだ。

 

「さて。それではクリキャン作戦会議始めるぞ」

 

ジャージ姿の各務原さん、犬山さん、大垣さん、恵那ちゃんと、制服のままの俺と可児。なんか、異様な光景だ。周りから変な目で見られなきゃ良いけど……。って、俺たちの他には誰も居ないか。

 

「えっと、日取りは24日と25日。場所は五湖周辺、ということだけ決まっています」

 

「まあ、富士山が見えて芝生で温泉が近いところ、って条件満たすキャンプ場は、中々厳しいやろな」

 

「その通り! そんなわけだから、只今絶賛検討中っす!」

 

ほお……。うちのキャンプ場は、一つも当てはまらん……。

 

大人数でワイワイするのにあのサイトは不向きだし、交通の便も悪い。風呂は無いし、富士山は見えない。

 

まあ、この辺りにはいいキャンプ場は沢山あるし、何処からしら該当するだろう……。

 

「あき! 鼻血出とる!」

 

「ほわっ!」

 

おっと。考え事してて話聞いてなかった。

 

って、何で大垣さん鼻血出してんの!

 

 

 

「斉藤さんも泊まりにしたんだよ」

 

「しかしまあ、45,000円の寝袋かぁ」

 

「斉藤、お前実は良いところのお嬢様なんじゃ……?」

 

「普通の家だよ」

 

聞いていなかった部分の話を纏めると、当初は日帰りの予定だった恵那ちゃんが、お父さんにお金を出してもらい、シュラフを購入して泊まりにしたとのこと。

 

そのシュラフが45,000円もするやつだったため、大垣さんは鼻血を出したらしい。

 

また、恵那ちゃんがプレゼント交換を提案したが、金銭的な面から見送られ、代わりに一人一つなにか『おもてなし』をしよう。という話になった。

 

「まぁ、持ち物の確認もしたし、プレゼント交換の代わりに、みんなそれぞれおもてなしをすることに決まったし。あとは当日を待つだけやな」

 

一部、聞きそびれてしまったけど、まあ大丈夫だろう。最悪、後で聞けば良いことだ。

 

「あ、キャンプに犬連れていってもいいかな?」

 

恵那ちゃんが思い出したように口を開く。

 

スマホを取り出し操作。……あ、チワワじゃないか。

 

「ふおおおぉ! チワワだー」

 

見せられた写真を見て、各務原さんが真っ先に歓声を上げた。その気持ち、分かる。めちゃくちゃ可愛い……。

 

「こいつ、ちくわ って名前なんだけど」

 

ちくわ…………? 竹輪?

 

「かわええな。連れて来てぇー!」

 

「じゃあ一緒に連れてくね。あ、先輩も大丈夫ですよね?」

 

「うん。構わないよ」

 

アレルギーとかを心配してくれたんだろう。最近はマナーの悪い飼い主も多い中、しっかりしている。ちくわも幸せ者だろう……。

 

「というか、俺も会いたい」

 

すごく可愛い。いかん、自然と顔がにやけてしまう。こんな顔を見せるわけには……。

 

って、みんな同じような顔してるじゃないか……。

 

「さて。じゃあ、お湯が沸いたらコーヒーにするか」

 

「「「はーい」」」

 

そんな時だった。

 

「ちょっと、あなた達!」

 

後ろの方から声がした。

 

「こんな所で何やってるの!」

 

この声は……?

 

「校庭で焚き火なんかして。火事になったらどうするつもりなの?」

 

鳥羽(とば)先生だった。

 

 

 

「先生。あたしたち、一応登山部の大町(おおまち)先生に許可をもらって焚き火をしています。野クル部の活動として」

 

大垣さんが説明をする。

 

「の、野クル部……?」

 

「野外活動サークル、略して野クル。それが部に昇格したので、野クル部です」

 

「そ、そうですか……」

 

流石に『野クル部』という名前には首を傾げていた。

 

「その活動として、大町先生に指導を受けています。最初の頃は立ち会ってもらい、消火器の使い方・火の後始末の仕方とか……。ちゃんと指導してもらいました」

 

「成る程ね。でも、火事になったら大変だし……」

 

「火消しの水が入ったバケツに、消火器も置いてます。それと、燃やすもの以外は近くに置かないように気を付けていますから、大丈夫ですよ」

 

「そこはしっかりしてるんですね……」

 

って、バケツに消火器! 本当に横に置いてあるし!

 

ベンチの影になっていて気付かなかった。これ、毎回ちゃんと用意していたんだな……。

 

あれ? いつの間にか可児が居なくなってる。何処に行った?

 

「みんな~!」

 

噂をすれば。可児の声だ。

 

「大町先生呼んできたよ~!」

 

声のする方を見れば、可児と大町先生が一緒に歩いてきていた。

 

 

 

「大町先生、生徒だけでの火の取り扱いは危険だと思います。火事になったら大変なことになりますよ!」

 

「最初のうちはあたしが立ち会いましたし、後始末の仕方や消火器の使い方を指導しましたから。大丈夫ですよ」

 

鳥羽先生と大町先生が話し合っている。

 

「火を使うときは一声掛けてくれてますから。な! 大垣」

 

「ういっす!」

 

大町先生が大垣さんにそう問い掛けると、元気よく返事をした。敬礼付きで。大町先生も敬礼で返す。

 

「まあ、今日は大垣の代わりに犬山が来ましたけど……。そんなわけで、代理を立ててでも報告に来てますから。大丈夫ですって」

 

そうか、大垣さんは音楽室に行っていたから代わりに……ね。どこか抜けているところはあっても、基本的にはしっかりしている。

 

大町先生が言っていた通りだ。

 

「ですが……」

 

それでも鳥羽先生は納得ずくの様子。

 

「とは言ってもねぇ。全く心配ないわけではありませんけど、あたしも他の部の顧問をしてますからねぇ。本当なら、部に昇格したので、正式な顧問を立てなければいけないんですが……」

 

そういえば。『部昇格申請書』、顧問の欄を空欄で出してしまったけど、大丈夫だったのか?

 

あの後、教頭先生から何も言われていないし、前に大垣さんが話していた感じだと、部費も出ているみたいだから、大丈夫だろうけど。

 

顧問教師が決まっていないのに、何も言われないというのも怖いな……。

 

あ、それに吹奏楽サークルの顧問も探さないと駄目だった。

 

一応、野クル部に於ける大町先生のように、吹奏楽サークルは田原(たはら)先生が顧問の代わりの仕事をしてくれている。

 

しかし、産休に入ってしまい今は不在だ。

 

これもどうにかしないと……。

 

「「「わ~!」」」

 

えっ? あ。いかん。また考え事をしてた。

 

えっと……?

 

「「「顧問がついた~!」」」

 

いつの間にか、大町先生は居なくなっていた。

 

そして、可児と野クル部のメンバー+恵那ちゃんは、先生の前で大喜び。俺は先生の横に立っている。

 

「や、やぶへび……」

 

鳥羽先生が呟いた。

 

「先生、ごめんなさい。考え事してて話聞いていなかったんですが、何があったんですか?」

 

それとなく先生に聞いてみる。

 

「半ば強引に顧問をお願いされました……」

 

あらら。

 

「それは。なんと言うか。お疲れ様です」

 

「ありがとう」

 

お。ちょうど焚き火にかけていた湯が沸いたようだ。

 

コーヒー……あ!

 

「大垣さん! ちょっと離れるけど、コーヒー用意しといて!」

 

そう言い、校舎の方へ走り出す。

 

「あ。はい、分かりました~」

 

返事は犬山さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生も一つどうぞ」

 

「あ、ありがとう」

 

沸いたお湯で七人分のコーヒーを淹れ、俺が戻る頃には配られていた。

 

俺は音楽室の鞄から、数日前に買ってきたうなぎパイを持ってきて、まずは先生に渡した。

 

そして順に配ってゆく。

 

「はい。犬山さん」

 

「ありがとうございます」

 

「大垣さん」

 

「サンキューっす!」

 

「恵那ちゃんも」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

「可児にも」

 

「先輩、ありがとうございます」

 

幸い、誰も割れていることには触れなかった。

 

「はい。各務原さんにはこれね」

 

「えっ! ありがとうございます! ……こんなにもらって良いんですか?」

 

綾乃にもらった袋ごと渡したから、喜びよりも疑問の方が強い反応だった。

 

「それ、綾乃から各務原さんにってもらったやつだから」

 

「綾乃……ああ、アヤちゃんから! ブランケット先輩、アヤちゃんに会ったんですか?」

 

「うん。各務原さんが俺の話してたから、すぐ分かってもらえたよ」

 

「それってつまり、浜松に行ってきたってことですよね?」

 

「そうだよ。俺の妹が今度こっち来るから、うなぎパイ買っとけってうるさいから……」

 

「そうなんですね、遠路遙々お疲れ様でした。あ、アヤちゃんなにか言ってましたか?」

 

「特には。元気にしてるか心配してたから、元気だって言っておいたよ」

 

「アヤちゃんは元気そうでしたか?」

 

「もちろん」

 

本当は少し元気無かったけど、別れ際にはそんなことなかったから、間違ったことは言ってない。

 

しかし、綾乃の名前を出しただけでこの反応。本当に仲が良いんだな……。

 

 

 

 

 

 

「ところで。野クル部……、普段はどういう活動をしているんですか?」

 

コーヒーを(すす)りながら、先生が口を開いた。

 

「えっと、アウトドアの本を読んだり……」

 

「校庭で落ち葉を集めて焚き火して、沸かしたお湯でコーヒー飲んだり」

 

「休みの日にみんなでキャンプしてます!」

 

「あ、私は野クル部の部員ではありません」

 

「恵那ちゃんに同じく」

 

先生の問いに、居る面々が順に答える。

 

えっと? 俺も何か言えと?

 

「……俺は一応、野クル部の部員です」

 

「そ、そうですか」

 

「今度、クリスマスにみんなでキャンプするんだよね!」

 

「「「ねー!」」」

 

なんだかホッとした様子の先生。

 

ん? 俺のスマホにラインの通知が。

 

……。おお!

 

「大垣さん、さやかもキャンプ参加するって」

 

「マジっすか! あ、先生も今度のクリキャン参加しますよね?」

 

「えっ? えっと、クリスマスですよね? まあ、顧問になったんだから、参加しますよ」

 

「了解っす!」

 

えっと、これでクリキャン参加者は……9人になったのか。

 

って、9人!

 

可児が日帰りだとしても、8人は泊まりだから、テントもそれなりの大きさのが必要だな……。

 

あ、テント。

 

「鳥羽先生。先生のテントもお借りできますか?」

 

「えっ? あ……あのテントは妹が持っているので、相談してみないと何とも……」

 

妹さんのなのか。

 

「まあ、最悪俺が持っていくので大丈夫ですよ。分かったら教えてください」

 

「そうですか。分かりました」

 

「リンちゃんからだ!」

 

ふと、各務原さんの声が聞こえ、その方を見る。

 

スマホを見ている。リンちゃんと言っていたから、彼女からのラインだろうか。

 

「ふおおおっ!」

 

感嘆の声を上げる。

 

「朝霧高原だって。ここ、すっごい良さそう!」

 

「いいねぇ!」

 

朝霧高原か。まかいの牧場の方だな。そのままの名前の道の駅もある。

 

「朝霧高原といえば……ベーコンとビールよね……」

 

そう、隣の鳥羽先生が呟いた。

 

ビールって……。あの醜態を思い出し、溜め息が出る。

 

「はあ……。先生、キャンプの時、お酒飲むのは構いませんけれど、程々にしてくださいね」

 

「えっ? な、何で知ってるんですか!」

 

「見てましたから、四尾連湖(しびれこ)で。忘れたとでも?」

 

「み、見られていたんですね……。あの時の話は、後で妹から聞きました。私自身、酔っていたので少し記憶がないんです……」

 

やっぱり。

 

しかし、俺と四尾連湖で会っているのは覚えているようだ。

 

「ブランケット先輩。今のなんの話ですか?」

 

おっと、各務原さんが割り込んできた。

 

「今、先生ビールって言いませんでした?」

 

「ま、まあ……」

 

「先生。私、前に何処かでお会いしたことあると思うんですよ」

 

ああ。各務原さんも四尾連湖キャンプで顔を会わせているのか。

 

件の時はリンちゃんしか居なかったから、あの時以外で。

 

「そ、そうかしら?」

 

隠す必要あるのだろうか?

 

まあ、俺はばらすつもりはない。そおっと、一歩後ろへ下がる。

 

「先生、そのカップを持ったまま、両手を上に挙げてもらって良いですか」

 

「こ、こうかしら……?」

 

「そう。そうです。……あっ!」

 

分かったのだろうか?

 

「分かった! 酔っぱらいのお姉さんだ! 焼肉キャンプの時の!」

 

既視感で首を傾げていた各務原さんが、納得した様子で手を叩く。

 

誰か分かったようで良かった。

 

 

 

 

本人にとっては、全く良くないだろうけど……。

 

 

 



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 ○ある日の千明~バイトに遅刻~


いつもありがとうございます。

やっと、評価バーに色が付きました! 皆様ありがとうございます。


クリキャンの前に、ちょっとしたお話を挟みます。

今回は千明がやらかします。というか、私(作者)の遊びが入った話となっています。特殊タグ多用してますので、読みづらかったらごめんなさい。

物凄く短いですが、お楽しみいただけると幸いです。



 

クリキャンを数日後に控えたある日の放課後。

 

今日は部活は休みだし、バイトも無い。

 

帰るために廊下を歩いていると、電話が鳴りだした。

 

……『バイト先?』 何だろう。

 

「はい。大垣(おおがき)です」

 

『あ、大垣ちゃん? 今どの辺?』

 

この声は副店長だ。

 

どの辺って、何の話だろう?

 

「学校です。えっと、今日シフト入ってませんよね?」

 

『いやいやいや。入ってるから。思いっきり遅刻してるから!』

 

なんだって……!

 

「えっと、今日21日ですよね?」

 

明日はシフト入っているけど、今日は休みのはずだ。

 

『大垣ちゃん、今日22日だよ?』

 

「ち、ちょっと待ってください」

 

断りを入れ、電話を耳から離す。

 

『12月22日』画面には、日付と時刻が表示されている。

 

所謂(いわゆる)電波時計だから、間違いは無い筈だ。つまり、間違っているのはわたし……。

 

「ごめんなさい! 日付間違えてました!」

 

とりあえず謝る。謝って済む話でなくても、とにかくまずは謝る。

 

『まあ、間違ってたんならしょうがないよ。とはいえ、来てくれなきゃ困るからね?』

 

「はい」

 

藤枝(ふじえだ)さんにもう一時間残ってもらうから、急いでよ?』

 

「分かりました!」

 

電話を切る。

 

 

 

 

 

さてと。一旦冷静になろう。

 

急いでいくと言ったは良いが、どうやって行くかが問題だ。

 

学校からバイト先まで、車なら10分ちょっとの距離だが、歩いていったら1時間半以上掛かる。

 

ここから駅まで歩いて電車に乗り、最寄りの駅から歩いて行っても50分は必要だ。しかも、わたしが駅に行ったらピンポイントで電車が来るか、といえば違う。

 

身延線は1~2時間に1~2本しか走っていないから、次の電車は18時半……。

 

まあ、間に合わないなぁ……。

 

何か、良い方法は無いだろうか?

 

…………。思い付かない!

 

あー! 呑気に図書室でビバークの新刊読んでる場合じゃなかった!

 

 

あ、図書室。

 

……しまりん。

 

…………バイク。

 

………………トラ先輩!

 

そうだ!

 

 

 

 

 

 

 

「トラ先輩~!」

 

この間の先輩みたく、勢い良く音楽室の扉を開け放つ。もちろん、開ける前にノックして……。

 

「あ、千明(ちあき)ちゃん。急にどうしたの?」

 

居るのは かにミソ だけだ。

 

「すまん。扉を勢い良く開けちゃって」

 

とりあえず謝る。あの時は先輩に対し怒っていたから。

 

「別に良いよ。先輩ならまだしも、千明ちゃんなら」

 

良いんかい……。

 

あ、それよりも先輩だ。

 

「トラ先輩は?」

 

「先輩ならトイレに行ったけど?」

 

トイレ。この近くのトイレは……あっちだ!

 

「かにミソありがとう!」

 

お礼を言って扉を閉めて走り出す。

 

「あ、今先輩……」

 

何か言っていたが、それを聞いている余裕はない。

 

 

 

 

 

男子トイレに駆け込む。

 

……誰も居ない。

 

「トラ先輩! 居ますか!」

 

声を上げる。

 

「大垣さん? ちょっと。ここ男子トイレ!」

 

中から声がする。個室にいるらしい。

 

「何で男子トイレに入ってきてんの!」

 

先輩が驚きの声を上げる。しかし、今はそれどころではない。

 

「先輩、緊急事態です! 先輩の力が必要なんですよ!」

 

「何が?」

 

「バイトに遅刻しました! 先輩、送ってください!」

 

「あ……。そういうことね。……大丈夫だけど……」

 

「ありがとうございます! そうと決まれば急ぎましょう!」

 

「大垣さん。緊急事態は俺も一緒なんだよ。少し待ってくれないか?」

 

「いやいやいや。そんな余裕無いですから!」

 

「俺も緊急事態なんだって! 今、自分との闘いの真っ最中だから。あ……」

 

先輩のちょっと抜けた声。

 

その後、個室の方からバイクのエンジン音が聞こえてきた。

 

否、バイクのエンジン音だったら良かったのだろう。あの音は間違いなく……。

 

わたしは無言でゆっくり後退る。

 

聞いてはいけないものを聞いてしまったのだ……。

 

 

 

 

 

 

数分後、トイレからトラ先輩が出てきた。

 

顔が赤かった。

 

おそらく、さっきまで私の顔も同じように赤かっただろう。

 

冷静になってみれば、男子トイレに入ったり、用足し中の人に声を掛け、しかも無茶振りをするなんて、わたしはとんでもないことをしてしまった……。

 

「えっと……何か、色々とごめん……」

 

先輩がバツの悪そうに言った。

 

「先輩は悪くありません。悪いのは全てあたし……イッソコロシテ……

 

「死なないでね? それより急ごうか? 俺からも店長には謝ったげるから」

 

 

 

 

 

 

 

このあと、先輩にバイクでバイト先まで送ってもらい、なんとか30分の遅刻で済んだ。

 

普段、仕事を頑張っているわたしは、この遅刻が原因で今まで築き上げてきた信頼・実績が揺らぐことはなかったが、その一方で大切な何かを失った気がしている。

 

失った何かは取り戻せないだろうから、この事はすぐにでも忘れてしまおう。

 

そう。それが良いんだ……。

 

 

 





今作執筆にあたり、山梨県へ取材・聖地巡礼に行ったときのお話です。

前回からの続きになります。


なお、前回までの話は……。

地元→ほったらかし温泉→フルーツ公園→四尾連湖(しびれこ)入口→リンちゃんの家モデル地(アニメ)→古関郵便局



古関バイパスを通らずに、旧道から国道300号線(本栖みち)へ入りました。

まだ、中ノ倉バイパスの開通前だったので、工事中の道路を横に見ながら走ります。

しかしまあ、リンちゃんにしろなでしこにしろ。この峠道を自転車で走るとは……。

真似できません(汗)

途中、とあるYouTubeさんの車とすれ違いました。

そのまま急な峠道を登り、中ノ倉トンネルを抜け……。

眼前には富士山が!

雲一つ無い快晴です。

駐車場に空きがあったのでそこに車を入れ、富士山を見に行きます。

見事な富士山でした。千円札の裏側に描かれているそのものです(※厳密には場所が異なる)。


そのまま、浩庵キャンプ場の方へ向かいます。

途中に、なでしこが寝ていたトイレのベンチがあります。

浩庵キャンプ場の受付は、コロナ禍ということもあり、入場制限が敷かれていたので眺めるだけにしました。


その後、車へ戻りまかいの牧場へ向かいます。

途中、ふもとっぱらキャンプ場が遠目に見えましたが、流石オンシーズン(8月11日)、とんでもない数のテントが……!

大混雑のようでした。


まかいの牧場では、二人がスイーツを食べたであろうお店や、売店を眺めてきました。

えっ? それだけか、って?

それだけです(汗)


道の駅朝霧高原にも寄って富士山を眺め、来た道を戻って道の駅しもべ へ。

話には聞いていましたが、ゆるキャン△グッズが沢山。

映画に関する掲示もありました(当時、映画鑑賞済)。

しかしまあ。この道をリンちゃんは自転車で走ったんですよね。

あんなちっこい体の何処にそんな体力が……!


道の駅しもべ の次は、いよいよ本栖高校です。

常葉バイパスには入らず、旧道からアクセスします。

お寺の駐車場をお借りし、学校へ向かいます。

アニメだと、緩やかで長めの坂道が続いていますが、実際には急で短い坂道ですね。あれは中々きつい。

学校敷地内へは立ち入れないので、外から少しだけ眺めて、次へ向かいます。


個人的に鳩打トンネルが気になったもので、下部温泉の方を通らずに、セルバへ向かいました。


今回はここまでです。

この後のお話は、またの機会に……。


さて。物語はいよいよクライマックスのクリスマスキャンプに突入します。

もう少しお付き合いください。



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 クリキャンへ出発

 

12月23日。

 

学校は冬休みに入り、我が吹奏楽サークル以外に部活を行っている部が居なかったため、校内は静かだった。

 

そんな静かな中での部活を終え、帰宅する。

 

遅延がなければそろそろ着いている頃だろう。

 

県道の終点に着き、電話を掛ける。

 

『はい。四尾連湖(しびれこ)木明荘です』

 

電話からは元気の良い声。この声はさやかだ。

 

「俺だよ。俺」

 

『えっ? お兄ちゃん、どうしたの?』

 

「どうした、じゃないだろ」

 

さやかは俺たちがこっちへ来てから何度か来ている。知らないはずがない。

 

『ああ、帰ってきたんだね。えっと、今出ていく車は無いから入ってきて良いよ』

 

「了解。後で」

 

『はーい』

 

電話を切り、バイクを発進させる。

 

 

 

 

 

ガレージにバイクを入れ、家に向かうと、さやかの姿が。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

俺に気づき、駆け寄ってきた。

 

「久し振り~!」

 

「ってお前、いきなり抱きつくなよ」

 

その勢いのまま、抱き付かれる。

 

急なことで危うく倒れる所だったが、何とか踏ん張った。

 

「だって……ね?」

 

「だって何?」

 

「言わなくても分かるでしょ?」

 

「分かるけど……」

 

元々お兄ちゃんっ子だけど、時々しか会えなくなって重症化してる。

 

「だからって急に抱き付くなよ。怪我したら明日のキャンプどうするんだ?」

 

「それもそっか。ごめん……」

 

やっと離れてくれた。

 

「分かれば宜しい。長旅で疲れてるだろ? 今日はゆっくりすると良いさ」

 

バスに7時間も乗っていたんだから、大変だっただろう。

 

「そうするよ」

 

「うなぎパイ買ってきてあるから、母さんと食べれば良いよ」

 

割れてるけど……。

 

「えっ? 本当に買ってきてくれたの?」

 

驚いている。その旨をラインしておいたんだけど、疑っていたな、この反応は。

 

「お前が買ってこいって言ったんじゃないか。遠路遙々(はるばる)浜松まで買いに行ってきたよ」

 

「ありがとう。大変だったでしょ?」

 

「まあね……」

 

高速では(あお)られるし、向こうでタイヤはパンクするし、散々だった。

 

でも、そのお陰で綾乃(あやの)に会えたんだし、新城(しんしろ)さんとツーリングを楽しめたんだから、良しとしよう。

 

(わざわい)を転じて福となす だっけ? ちょっと意味違うか。

 

「でも、それって浜松に行かなきゃ買えないものなの?」

 

「そういうことは、思っても口にしちゃダメだぞ……」

 

 

 

 

「明日は、何時に行くの?」

 

玄関を入ったところでさやかから声が掛かった。

 

「明日か。集合は14時だから、昼ぐらいに出れば間に合うよ」

 

「昼かあ……」

 

どうしたんだ?

 

納得ずくのような声を上げる。

 

「早く富士山見たいから、少し早めに出ない?」

 

「……俺は構わないけど、父さんが大丈夫か? 送ってもらうわけだし」

 

「それも含めてなんだけど」

 

どういうこと?

 

「バイクで行かない? 後ろに乗りたいんだよね?」

 

バイクで、か。

 

まあ、荷物はそんなに多くないから、バイクで行けないこともないか。

 

降雪予報もないし、道路の凍結の心配もない。

 

「別に良いけど。そのかわり、送迎はいらないって父さんに言っとけよ」

 

「はーい」

 

そう返事をし、さやかは中へと入って行く。

 

あ。バイクで行くのなら、リンちゃんと待ち合わせて一緒に行けるかもしれない。

 

今からだと、という気もするが、とりあえず連絡してみよう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いよいよクリキャン当日となった。

 

天候は快晴、この天気なら富士山も綺麗に見えることだろう。

 

今日は14時に現地集合だ。

 

大垣(おおがき)さんと犬山(いぬやま)さんは、鳥羽(とば)先生と一緒に先生の車で、各務原(かがみはら)さんはお姉さんに、恵那(えな)ちゃんはお父さんに、可児(かに)大町(おおまち)先生にそれぞれ送ってもらい、リンちゃんはバイクで行くことになっている。

 

俺とさやかは一緒にバイクで向かう。

 

最初は二人とも父に車で送ってもらう予定だったが、さやかがバイクの後ろに乗りたいということで変えた。

 

その代わり(?)リンちゃんと一緒に行くことになった。

 

 

 

「それじゃあ、お父さんお母さん、行ってきます!」

 

「気を付けて」

 

「楽しんできてね」

 

さやかが両親にそう告げる。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「ああ。さやかをよろしくな」

 

「安全運転でね」

 

俺もそう言って家を出る。

 

「それじゃあ、お兄ちゃん。今日はよろしくね」

 

「了解。道が悪いからしっかり掴まってくれよ」

 

さやかがバイクの後ろに乗って、俺と一緒に行くという話をしたとき、二人とも何も言わなかったらしい。

 

まあ、父は二人乗りが可能になってすぐ、練習を兼ねて乗ってもらったし、母もそれを知っているからだろう。

 

後ろに誰かをのせて走るのは、これで五人目だ。全員女の子だけど……。

 

 

 

ガレージからバイクを出し、まずは俺が乗る。

 

「後ろ乗って」

 

「はーい」

 

さやかが乗った。

 

「それじゃあ、シートでも腰回りでも良いから、しっかり掴まって」

 

「はい」

 

「じゃあ、行くぞ」

 

ゆっくり発進させる。

 

クリキャンへ出発だ。

 

 

 

 

通学で走り慣れた道を走ってゆく。

 

この辺りを誰かを乗せて走るのは初めてだから、慎重に運転する。

 

後ろのさやかは何も言わない。話し掛けない方が良いと思っている様子だ。

 

時折後ろを見ると、回りの景色を楽しんでいるような感じだ。

 

京都じゃあ、宇治川ラインの方にでも行かない限り、こんな自然に囲まれた場所はないから新鮮だろう。

 

 

 

 

リンちゃんの家が見えてきた。

 

「リンちゃん~!」

 

玄関前で、ビーノの荷造り中のリンちゃんを発見。声を掛け、その横にバイクを止めた。

 

「あ。滝野(たきの)先輩、おはようございます。……後ろは妹さんですか?」

 

早速、後ろのさやかに気付く。

 

「はい。はじめまして、妹の滝野 さやかです。兄がいつもお世話になってます」

 

さやかがバイクから降りて一礼、そして自己紹介をした。

 

「あ、いえ。お世話になってるのは私の方です。あ、申し遅れました、私は志摩 リン(しまりん)です」

 

リンちゃんも自己紹介をした。

 

お世話にって、大したことはしてないんだけどな……。

 

ん? 背中をつつかれている。さやかか。

 

「どうした?」

 

「お世話になってるって。お兄ちゃん、志摩さんに何したの?」

 

何って……。

 

「時々一緒にツーリングしてるだけだよ」

 

「マジ? お兄ちゃん良い先輩なんだね」

 

「ほっとけ」

 

リンちゃんは今のやり取りを、どこか羨ましげに眺めていた。

 

「先輩、妹さんと仲良いんですね」

 

「まあね。な? さやか」

 

「はい! 仲は良いですよ。久し振りに会えたから、嬉しいですし……」

 

そんな話をしていたら、玄関が開いた。

 

「リン、準備まだ途中でしょ? ああ、先輩。おはよう」

 

(さき)さんが出てきた。どうやら、リンちゃんは準備途中のようだ。

 

「今行く」

 

そう返事をしてリンちゃんは家へと入って行く。

 

残ったのは、咲さんと俺たち二人。

 

「咲さん、おはようございます」

 

「おはよう。今日はリンをよろしくね」

 

「はい。任せてください!」

 

「あら。後ろは妹さんかしら?」

 

咲さんも後ろのさやかに気付く。

 

「兄がいつもお世話になってます。妹の滝野 さやかです」

 

「お世話になってるのは私たちの方よ。リンの母です。よろしくね」

 

親子揃って言うことが同じだ……。

 

本当に大したことはしてないんだけどなぁ……。

 

 

 

五分くらい咲さんと世間話をしていると、リンちゃんの準備が整った。

 

「それじゃあ、出発しますね」

 

「了解。俺は後ろ走るから」

 

「はい」

 

リンちゃんのビーノが先に発進。俺はそれを追い掛ける。

 

「行ってきます~!」

 

さやかが咲さんに手を振る。この数分ですっかり仲良くなった。

 

「気を付けて。楽しんでくるのよ!」

 

 

 

交差点を曲がり、本栖みちへ入る。

 

当然ながら、交通量が増えた。

 

俺は、他の交通の邪魔にならないよう、リンちゃんの後ろをゆっくり走る。

 

「ねえ、お兄ちゃん。さっきよりゆっくりだよね?」

 

今までの道もカーブが多いからそんなに飛ばしていないが、明らかに速度が落ちている。それに気付いたらしく、不思議そうな声が背中に掛かる。

 

「リンちゃんのバイクは原付だから、30キロまでしか出せないんだよ。このバイクは普通二輪だから他の車と同じ速度で走れるけど」

 

「ああ。何か聞いたことある」

 

「そういうこと。このバイクなら高速道路や自動車専用道路も走れるけど、原付はそうはいかないんだよ」

 

「へぇ……。大変なんだね」

 

他人事みたいな言い方だな。まあ、まだ免許を持っていないさやかにしてみれば、他人事だな。

 

「お前がうなぎパイ食べたいって言うから、先週は浜松まで高速走ってきたんだけど、それもこのバイクだから出来たんだぞ」

 

俺のビーノでは不可能。

 

\ソウイウコトヨ!/

 

…………?

 

「それがあの粉々うなぎパイ?」

 

「粉々言うな! 形は残ってただろ……」

 

まあ、割れてたけど。

 

「でも、わざわざ買いに行ってくれたんだね。ありがとう!」

 

「わ! 急に抱きつくな! 危ないだろ」

 

いきなり抱きつかれた。

 

当たってる! 背中に()()が!

 

「信号待ちで止まってるんだから、大丈夫でしょ?」

 

まあ、確かに止まっているが(交互通行の信号待ち)。

 

「…………」

 

「……っ!」

 

前に居るリンちゃんは、こちらの様子をジト目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

中ノ倉トンネルを抜ける。

 

「わぁ~!」

 

後ろのさやかから歓声が上がった。

 

それもそうだろう。今日は富士山が綺麗に見えている。雲一つ無い空だ。

 

【挿絵表示】

 

「ちょっと寄ってくか?」

 

「うん!」

 

というより、リンちゃんも止まるつもりだったらしく、右折の合図を出している。

 

交差点を曲がり、その先の駐車場に入る。

 

「富士山だ~!」

 

止まった途端、バイクを降りて走ってゆく。

 

「妹さん、元気ですね」

 

先にバイクを止めていたリンちゃんが俺の横に来た。さやかを眺めそう呟いた。

 

「元気だよ。全く……。まあ、京都からじゃあ富士山は見えないからね。気持ちは分かるよ。こっち来たときの俺も同じだったからさ」

 

「そういうものですか」

 

流石山梨県民。富士山ぐらいでは動じないらしい。ならば……、

 

「リンちゃんが海見たらどんな感想抱く?」

 

「『海だぁ~!』って言いたくなりますね。……あ。そういうことですか」

 

「分かってもらえたようで良かった。つまり、そういうことだよ」

 

 

 

二人でさやかが居る場所まで歩いて行く。

 

「どうだ? 富士山見た感想は」

 

声を掛けると、満面の笑みで振り向く。

 

「こんな近くで見たこと無いから嬉しい!」

 

「それは良かった」

 

「ここ、本栖湖(もとすこ)から見た富士山は、千円札の絵にもなっているんですよ」

 

リンちゃんがそう説明する。

 

ってか、リンちゃんの方が年上なんだから、敬語で話す必要ないと思うけど。

 

「そうなんですか? えっと……」

 

そう言いながら、財布を取り出す。

 

「あ……、千円札無いわ……。そうだ、この裏も富士山だったよね」

 

千円札が無いらしくがっかりしたのも束の間、財布の中から何かを取り出した。

 

「「あ……」」

 

思わず、リンちゃんと声が重なった。

 

「これもここから見た富士山よね?」

 

さやかが出したのは、言うならば『旧五千円札』だ。

 

「本当だ……」

 

「本当ですね……」

 

「でしょ?」

 

三人、お札の富士山と目の前の景色を見比べる。

 

「確かに。今の千円札と同じだな。しかし、良くこんなの持ってたな。話で聞いたことはあるけど、実物を見たのは初めてだぞ」

 

「私もです」

 

「私もだよ。お母さんにお小遣いねだってもらった一万円で、買い物したらお釣りで貰ったの。せっかくだから、お札とツーショットも撮ろうっと」

 

そう言い、スマホを構え写真に収めている。

 

お札との撮影を終えて財布にしまうと、別の構図からも何枚か撮影を続けている。

 

「さやか、この先飽きるほど富士山見えるから、ある程度で切り上げて次行くぞ」

 

「分かった。すぐ行くから先バイクの準備してて」

 

了解。

 

 

 

本栖湖の湖畔を東へ走り、富士河口湖町へ。

 

湖から離れ、国道139号線に入って南下。県境を通過し静岡県へ入る。

 

【挿絵表示】

 

左手には、相変わらず美しい富士山が見えている。

 

後ろのさやかはずっと富士山を見ているようだ。

 

時々後ろを見ると、顔は常に左を向いている。

 

 

 

まだ自転車に乗っていたリンちゃんと鉢会わせた地点を過ぎ、朝霧高原の道の駅を通過。そのまま更に南下して行く。

 

麓キャンプ場の入口を過ぎ、桜さんと出会ったガソリンスタンドを過ぎると、目的地、富士山YMCAグローバルエコビレッジに到着した。

 

およそ1ヶ月半振りに来た。

 

管理棟の前にバイクを止める。

 

「ねえリンちゃん」

 

バイクを降り、ヘルメットを脱いでから一言。

 

「何ですか? 先輩」

 

リンちゃんも同じようにヘルメットを脱ぐ。

 

「集合、14時だよね」

 

「はい」

 

「さやか、今何時だ?」

 

「12時20分だよ」

 

スマホを確認してそう言った。

 

「あまり早いと別料金掛かるんだけどなぁ、ここ」

 

決められた時間より早い時間でのチェックインと、遅い時間でのチェックアウトは、別途料金が必要だ。

 

まあ、言い換えるなら『金さえ払えば時間は自由(※限度あり)』ということ。

 

「そうなんですか?」

 

「うん。あと、サイトへの車両の乗り入れは、荷物搬入時だけ可能で、そのあとはそこの駐車場に止めることになるからね」

 

そう言って駐車場を指差す。

 

そこにはオレンジ色の軽とマイクロバスが一台ずつ止まっている。団体が来ているのだろう。

 

「あの……先輩」

 

リンちゃんが、ちょっとむくれた感じで俺をつついている。

 

「何か……?」

 

「先輩、私ここ来たことありますから知ってます。第一、ここを野クルに勧めたのも私です」

 

あ……。そうだった。

 

前に来たときも手前で会った時に、行ったことあるって言っていた。

 

怒らせてしまったようだ……。

 

「ごめん……」

 

「怒った?」

 

俺が謝ると、さやかが少し煽るように言った。

 

「別に……」

 

それに対するリンちゃんの返答は恐い。

 

声が低いんだけど!

 

「と、とりあえず、俺受付行ってくるから、ここで待ってて」

 

逃げるようにこの場を後にする。しかし、あの二人を置いてきて大丈夫だろうか……。

 

 

 

管理棟入口の自動ドアを潜る。

 

「いらっしゃいませ。あ、先日はどうも」

 

入ってすぐの受付には、前に来たときに対応してくれたのと同じ人が立っている。

 

「こちらこそありがとうございました。えっと、今日は予約をしているんですが……」

 

「はい、存じてますよ。受付も済んでいますから、どうぞご入場ください」

 

「えっ?」

 

受付が済んでるって?

 

既に誰か来ているってことだろう。鳥羽先生かな?

 

「もう来てるんですか?」

 

「ええ。つい先程、二人で来られましたよ」

 

二人というと、大垣さんと犬山さんか?

 

「予約いただいた滝野様でお間違い無いですよね?」

 

「はい」

 

そう。予約したのは大垣さんだが、俺の名前を使うように言ってある。

 

「九名様、明日まで一泊でお名前を記入いただいて、料金も頂戴しましたよ。金額聞いて驚かれましたけど……」

 

ということは、大垣さんで間違いないだろう。

 

通常2,180円/人。しかし、諸々裏技を使って、1,500円/人に抑えた。

 

って、九名?

 

「九人共宿泊ですか? 一人デイキャンプだと思うのですが」

 

「ご予約の際はその様に承りましたが、先程受付の際に全員宿泊に変更になったとお聞きしていますよ」

 

じゃあ可児も泊まりにしたのか。あいつ、シュラフ持ってんのか?

 

「分かりました。じゃあサイトの方に入りますね」

 

「どうぞ。あ、ご存じだと思いますが、キャンプサイトへの車両乗り入れは搬入時に限ります。あと、今日は小さいお子さんの団体が宿泊に来ていますから、十分注意してください」

 

あのマイクロバスの正体はそれか。

 

「分かりました。気を付けますね」

 

そう言って受付を後にする。

 

 





純一 もそうですが、妹の さやか も、原作での設定があまり分からないので、本作ではある程度自由に設定しております。


旧五千円札。私の世代だと触ったことが多々あるものですが、今の20代前半の人たちは恐らく『見たこと無い』って感じなんですかね……?


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 「酔ってなければ美人教師、なんだけど……」

 

「お待たせ。受付済んでるってさ」

 

管理棟を出て、二人のもとへ。

 

「二人で受付に来たってさ。大垣(おおがき)さんと犬山(いぬやま)さんだろうね」

 

「だと思います」

 

「それじゃあ、テント張る場所決めようか?」

 

「はい」

 

「さやか、行くぞ」

 

「はーい」

 

「あ、子どもたちの団体来てるから、注意しろって言われたよ」

 

「ああ。じゃあ、あのバスがそうなんじゃない?」

 

そんな話をしながら、バイクに乗り、サイトへ向かう。

 

適当な場所に一度バイクを止めて、テントを張る場所を探しながら、俺は先に来ているらしい二人(恐らくは三人)を探す。

 

志摩(しま)先輩。あっち、見張らし良くて良いんじゃない?」

 

「どっち? ……良い感じだね」

 

さっき、俺が管理棟に行く前は険悪な感じだったさやかとリンちゃんは、すっかり仲良くなっていた。互いに敬語が外れている。

 

二人で、リンちゃんのテントを張る場所を探している。

 

しかし、先に来ている面々は何処に行ったのだろう? 荷物もそっちにあるはずだ。

 

今日はテントを四つ用意している。

 

リンちゃんのテント・野クル部(のくるぶ)のテント二つ・鳥羽(とば)先生の大きいテント。

 

俺は一人で一つ使ってしまうから、他のテントに二人ずつ、先生のテントに四人入る形になるだろう。

 

しかし、そのテントの持ち主が見当たらない。

 

「お兄ちゃん! 場所決まったよ」

 

さやかの声だ。

 

「オッケー。じゃあ、荷物下ろしたらバイク移動させるよ」

 

「分かりました」

 

リンちゃんが返事をした。

 

 

 

 

 

 

荷物を下ろしたあと、さやかに荷物番を頼み、俺とリンちゃんはバイクを管理棟の前に移動。

 

今度は歩いてサイトへ向かう。

 

「リンちゃんってさ」

 

さりげなく話を振ってみる。

 

「普段はソロキャンだよね?」

 

「はい。この間先輩のところでなでしこと一緒にキャンプしたの、あれが誰かと一緒にキャンプするのが初めてでした」

 

俺のところって……。まあ、うちでキャンプしたのは事実だな。言い方次第……。

 

「それじゃあ、大勢でのグルキャンも初めて?」

 

「そうなりますね。それぞれに色んな楽しみかたがあるんですよね」

 

「だと思うよ。そっか……、だよね」

 

「どうしたんですか?」

 

俺の言い方で気になったのか、リンちゃんが尋ねてきた。

 

「いや。俺も大勢で一緒にキャンプするのは初めてなんだよね」

 

野クル部初キャンプの倍以上の人間が集まっている。

 

「そうなんですか?」

 

意外だったようだ。

 

「家がキャンプ場だから、キャンプっていうものが気になって、一人テントを張ったことはあるよ」

 

他に利用者が居ない日だった(隣のキャンプ場にも確認した)から、暇になったらトランペット吹いて過ごした。

 

「だからさ。実は今日めっちゃ楽しみ」

 

そう言って笑い掛ける。

 

「私もです」

 

リンちゃんもか。お、良い笑顔だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!」

 

戻って設営していると、何処からともなく元気な声が聞こえてきた。

 

「リンちゃん~! ブランケット先輩~!」

 

しかも、二人だ。

 

「お。元気な奴が来たぜ」

 

リンちゃんがそう呟く。

 

後から声がした方を見ると、水色の乗用車が止まっているのが見えた。

 

「リンちゃん~! 先輩~!」

 

各務原(かがみはら)さんだ。

 

「先輩! こっち無視しないでください!」

 

先に声のした方を向くと、そっちにはシルバーの乗用車が止まっていて、可児(かに)がこちらへ歩いてくる。

 

となると、あの車は……。

 

滝野(たきの)~! 荷物降ろすの手伝え!」

 

大町(おおまち)先生だ。

 

「可児、お前何も持たずに行くな! お前も荷物運んで手伝えよ」

 

「はーい」

 

こっちへ来る途中で引き返した可児と合流し、車へ向かう。

 

「可児、泊まりにしたんだって?」

 

「はい。話聞いてたら楽しそうなんで、大町先生に登山部の耐寒シュラフ借りてきました」

 

その手があったか……。

 

しかし、それだけにしては大荷物のようだが、一体何が?

 

「これって……!」

 

車に辿り着き、トランクに載っている物を見た俺は、驚きを隠せない。

 

「可児が持って行くって言うからな。この車なら積めるから言われた通りの物を持ってきたんだよ。まあ、可児は『ユーフォは重いから、今日はフルート』って言ってたけど」

 

そう。トランクには見覚えのある楽器ケースが二つ積まれている。

 

一つは普段使われていないペット。もう一つは俺の普段使っているペット……。

 

「さやかー! ちょっと来てくれ!」

 

俺の声に、さやかは首を(かし)げたが、可児が持っていったものに気付き、走ってくる。

 

「どうしたの? まさか……」

 

「そのまさかだよ」

 

さやかがトランクを覗き込む。驚きのあまり声が出ないようだ。

 

「『おもてなし』、これにするか」

 

「うん!」

 

元気良く頷く。

 

「良いんじゃないか。先生は帰るから、盗難には気を付けろよ。明日の昼頃迎えに来るから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車から荷物を下ろすと、大町先生は帰っていった。

 

「可児さん。どうしたんですか、これ?」

 

さやかが可児に尋ねる。

 

これ、とはトランペットのことだろう。

 

普通に考えれば、キャンプに楽器は不要。この事を抜きにしても、トランペットが二本あるということは……。

 

「先輩、妹さんもトランペットだって言ってましたよね?」

 

えっ?

 

「俺、そのことお前に話したっけ?」

 

「あれ? 先輩から聞いたんじゃなかったかな……。まあ、誰かから聞いたんですよ。だから、せっかくだし、と思って」

 

俺は教えた記憶がない。とはいえ、他に誰が言うだろうか? まあいい。

 

「久し振りにお兄ちゃんと一緒に吹けるなんて……。ありがとう可児さん!」

 

とても嬉しそうだ。かくいう俺も同じ。

 

引っ越してきてから一緒に吹く機会がなかったからな。

 

俺が京都に行っても、さやかが山梨に来ても、トランペットが二本もある事はなく、揃って演奏する機会がなかった。

 

 

 

三人で、楽器や荷物を持ってリンちゃんのところへ戻る。しかし、

 

「あれ? リンちゃんは?」

 

各務原さんしか居ない。

 

「あきちゃんが、まかいの牧場で安い薪を買ったから、取りに向かいました」

 

……。

 

居ないと思ったら、まかいの牧場に行ってたのか。

 

しかし、

 

「鳥羽先生に車出してもらった方が良かったんじゃないか?」

 

バイクで薪を持ってくとしても、それなりの重さがあるから、積める数が限られる。その点、車ならその心配はない。

 

「もう飲んじゃってるらしいですよ」

 

…………ダメじゃん。

 

じゃあ、二人は歩いて行ったのか。

 

「各務原さん。まかいの牧場って言ったよね?」

 

「はい。この近くですよね?」

 

確かに近い。

 

「俺も行ってくるよ。三人は留守番頼む」

 

「えっ? 先輩もですか?」

 

「いや、牧場までは行かないよ。ただ、駐車場からここまでも距離あるから、運ぶのを手伝った方が良いと思うから」

 

恐らく、一つや二つではないと思う。

 

まとめて持てる重さではないから、人手があった方が良い。

 

「じゃあ、私も手伝います」

 

おお、各務原さんも来てくれるのか。頼もしい。

 

「じゃあお願い。二人は留守番よろしく」

 

そう言い残し、二人で駐車場へ歩いて行く。

 

因みに、二人を残した理由は、さやかは慣れないバイクで疲れているだろうし、可児は単純に体力がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、リンちゃん~!」

 

駐車場に着いて10分位待っていると、リンちゃんのビーノが見えた。

 

「なでしこに先輩。どうしたんですか?」

 

リンちゃんが俺たちがいるのに気づいて驚いている。

 

「薪持ってくるって聞いたから、手伝いに来た。どうせ何束か買ってくると思って」

 

荷台を見れば、予想通り薪が二束積まれている。

 

「全部で何束買ったの?」

 

「三束です。全部は積めないから、大垣が持ってきます」

 

これを抱えて歩いてくるの?

 

まあ……頑張れ。

 

「どうかしました?」

 

「あ。何でもないよ」

 

大垣さんが歩いているだろう方角を見ていたら、各務原さんが不思議そうに声掛けてきた。

 

「そういえば、何処に場所取りしたか、聞いてきた?」

 

「はい。薪持ってそっちへ行きましょう」

 

「あ、薪は俺と各務原さんで持つから、リンちゃんは案内よろしく」

 

「えっ? 分かりました……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、鳥羽先生」

 

リンちゃんの先導で歩いて行くと、鳥羽先生の姿があった。

 

椅子に座っていびきかいて寝ている。

 

隣のテーブルには、スキレット・ガスバーナー・ビールの空き缶……。

 

スキレットには肉片。これはベーコンだろう。

 

「こんなところに居たのか……」

 

リンちゃんが呟く。

 

「先生、こんなところで寝てたら風邪引くよ」

 

そう言いながら各務原が頭からブランケットを被せる。

 

しかし、

 

「お化けみたいになってんじゃねぇか」

 

「息苦しそうだぞ」

 

「でも、こうしないと風邪引いちゃうよ。……そうだ」

 

首から上を出し、各務原さんが被っている帽子を被せ、その上にメガネを乗せる……。

 

「なんですか、これ……」

 

思わず口に出た。

 

「んが~」

 

なにも知らない先生は大いびきかきながら寝ている。

 

「ぷぷ……」

 

「くくく……」

 

二人は笑いをこらえるのに必至。

 

「ははは……」

 

俺は苦笑い。

 

 

 

その後、ちくわを連れた恵那(えな)ちゃんが合流し、犬山さんと大垣さんも戻ってきた。

 

これで役者が全員揃ったわけだ。

 

「先輩、役者って何ですか?」

 

「細かいことは気にしない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リンちゃんは先に別の場所にテントを張ってしまったが、今からどちらかに合流するのは大変なので、『テントは寝るときに使うだけだから』と、こちらに野クル部のテントを設営することになった。

 

張るテントは三つ。

 

俺は自分が使うことになるテントを設営。

 

お、今度はシートを用意したな。段々分かってきたようだ。

 

「へぇ、大垣鉄スキレット持ってんだ」

 

「へへっ、まーな」

 

火傷しながらシーズニングしたやつだな……。

 

斉藤(さいとう)さん、それがこないだ言うてたシュラフ?」

 

「うん。そうそう」

 

どれどれ。

 

流石、4万5千円のダウンシュラフ。化繊の奴とは大違いだ。

 

「「「いいなぁ~っ」」」

 

三人から羨望の眼差しを向けられ、恵那ちゃん冷や汗。

 

「そういえば、なでしこちゃんは何処まで行ったんだろう?」

 

話題を逸らすように言った。

 

えっと……居た。あんなところまで……。

 

「各務原さんは元気だな……」

 

ちくわと一緒に走り回っている各務原を眺め、呟く。

 

弱肉強食だとか言って、恵那ちゃんから渡されたソーセージを持って走っている。

 

「前から思ってたけど、なでしこって体力あるよな」

 

「ほんまやなぁ……」

 

「なでしこ強い子元気な子、だな」

 

「本当だよね……」

 

実は、各務原さんが体力がある理由を俺は知っている。

 

綾乃(あやの)から聞いた話を簡単にまとめると、自転車で毎日50㎞位の距離を走っていたらしい。

 

ダイエット目的だったわけだが、結果的に痩せて体力もついたんだと。

 

「凄いよなぁ……」

 

再び、一人呟いた。

 

 

 

 

 

こちらの設営が終わった。

 

「じゃあ、私は荷物持ってくる」

 

「それなら、可児とさやかに持って来させるよ。何が必要?」

 

あっちには二人も居る。こちらからわざわざ取りに行く必要もないだろう。

 

「あ、私志摩さんの道具見てみたいわぁ」

 

「あたしも!」

 

「良いけど、普通のだぞ?」

 

「じゃあ、みんなで行くか」

 

そう思ってスマホを取り出すが、みんなで行くことになったらしい……。

 

「それならみんなで行っておいで。俺は待ってるから。先生一人にしておくのも心配だし」

 

俺は荷物番として残る。

 

 

 

 

 

「ぐが~」

 

隣には、大きないびきをかきながら寝ている先生。

 

「酔ってなければ美人教師、なんだけど……」

 

先生の方を見る。

 

「これじゃあ、酔っぱらいのおっさんと変わらないよなぁ……」

 

聞こえていないと思い、一人呟く。まあ、もし聞こえていた場合、只では済まないだろう……。

 

しかし、普段学校ではメガネを掛けていないけれど、今は(間接的に)掛けている。

 

コンタクトなのだろうか? それとも、運転時の視力が足りないのだろうか?

 

……本人に聞いてみなければ分からないか。

 

「待ってよぉ~!」

 

遠くの方から各務原さんの声。

 

「あ、ソーセージ奪われてる……」

 

持っていたはずのソーセージはちくわが咥えていて、追い掛ける立場が逆転している。

 

「というか、なんか増えてるよなぁ」

 

各務原さんの後ろには、小さい子どもたちが数人。団体さんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

リンちゃんたちが戻ってきた。

 

しかし。

 

「あれ? さやかと可児は?」

 

行った面々だけが荷物を持って戻ってきた形だ。

 

「二人は向こうで演奏していますよ。聴衆が数人いて動けないから、しばらくあっちに居るそうです」

 

そういうことですか。

 

「先輩のトランペットは持ってきましたよ。はい、これです」

 

「犬山さん、ありがとう」

 

トランペットを受け取る。

 

あれ? 譜面も一緒だ。さっき見たときは無かったのに。

 

「待ってってばぁ~!」

 

再び、各務原さんの声。

 

「元気やなぁ……」

 

「それじゃあ、あたしたちも参加するか?」

 

何処から取り出したのか、フリスビー片手に大垣さんが言う。

 

「ほんなら行こか」

 

「行くぞ~!」

 

犬山さんと大垣さんが各務原さんの方へ走って行く。

 

恵那ちゃんとリンちゃんは残った。

 

「行かないの?」

 

そう問いかけるも、返事はない。

 

しかし、こちらには期待の眼差しが向けられている。

 

「そういうことですか。分かったよ」

 

演奏しろ、という意味か。

 

ケースからペットを取り出し、スタンバイ。

 

譜面はあっても台は無いから、見ずに吹ける曲にしよう。

 

「あ……」

 

一度、先生の方を見る。

 

まあ、これなら起きる心配はないだろう。

 

 

♪~

 

 

チューニング良し。

 

構え、息を吐く。

 

 

♪~

 

 

『ルパン三世のテーマ』

 

 

『トランペット吹きの休日』

 

 

『残酷な天使のテーゼ』

 

 

本栖(もとす)高校々歌』

 

 

 

何曲か吹いていると、いつの間にか聴衆が集まっていた。

 

その向こうでは、各務原さん他数名が、俺の演奏をBGMに走り回る。

 

 

そして、可児とさやかが合流。

 

これまた何処から出したのか、俺の前に譜面台を設置。譜面が置かれる。

 

 

♪~

 

 

『宝島』

 

サックスソロの部分は、さやかがトランペットで再現する。こいつ、いつの間にか、かなりの技量をつけてやがる……。

 

 

『トランペット吹きの休日(2回目)』

 

さやかと、可児のフルートも加わり、三人での演奏。

 

 

最後の一曲は、

 

『新世界より』

 

丁度夕方だし、この曲がピッタリだろう。

 

 

♪~

 

 

吹き終え、三人でお辞儀をする。

 

「わ~!」

 

「凄かったよ」

 

「お兄ちゃん格好いい!」

 

「お姉ちゃんも凄いねぇ」

 

まあ、子どもたちの可愛い歓声と拍手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊んでいた大垣さんたちは、子どもたちから貰ったというクッキーを手に戻ってきた。

 

そのクッキーで、軽くお茶にすることに。

 

もちろん、夕食には御馳走(らしい。皆はまだ何か知らない。知っているのは俺と犬山さんだけ)が待っているので、本当に軽く。軽くだよ、特に各務原さん。

 

「はい、どうぞ」

 

お湯が沸くと、手際よく恵那ちゃんがココアをいれる。

 

「サンキュー」

 

「ありがと」

 

「ありがとな」

 

「どうも」

 

「ありがとうございます」

 

「ありがとう!」

 

順に、みんなに渡してゆく。

 

「先輩もどうぞ」

 

「ありがとう」

 

おお。いれたてのココアの良い香りが。

 

おっ。手作りだというこのクッキー、旨いな。

 

「あれ……みんな揃ってたのね」

 

声がして振り向くと、鳥羽先生が立っていた。

 

「寝ちゃってたわ……」

 

良く寝てましたね。それこそ俺たちの演奏でも起きなかったぐらいに。

 

「先生もココア飲みますか?」

 

「頂くわぁ」

 

恵那ちゃんが用意し、先生に差し出す。

 

「どうぞ」

 

「ありがとー」

 

えっ? 先生、何するつもりですか?

 

「ちょっと、何やってるんですか?」

 

流石に恵那ちゃんも驚いている。

 

ココアを受け取ったと思ったら、酒瓶(おさけ)を手にしてそれに注ぎ始める。何入れてんのこの人!

 

「ココアには意外とラム酒が合うのよ」

 

ラム酒ですか……。

 

「っぱぁー。温まるわあー。ん……。もうちょっと入れちゃえ」

 

「流石グビ姉……」

 

その姿を見た大垣さんが呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食の準備が始まる。

 

「「おおっ~!」」

 

犬山さんがクーラボックスから(くだん)のお肉を取り出すと、歓声が上がる。

 

普段、見ることはあっても買うこと・手にすることはまず無い、高級なお肉だ。

 

「イヌ子はん。今晩はそのええお肉で何を作りはるんどす?」

 

大垣さんが手を合わせながら尋ねている。

 

何故関西弁? これじゃあ値切り交渉中の大阪のおばちゃんみたいだぞ。

 

「せやねー。クリスマスちゅー事で、今日はこれを使って……」

 

クーラボックスからまた何かを出す。

 

「すき焼きを作ります」

 

手にしたのは焼き豆腐だ。

 

「「すき焼き……?」」

 

みんなが頭に『?』を浮かべている中で、俺は腕を組み頷く。

 

「トラ先輩は知ってたんですか!」

 

大垣さんが愕然とした顔で俺を見ている。

 

「知ってるよ。あの日、大垣さん送ったあと、セルバに寄ったんだよ」

 

口にするのも(はばか)られる()()()()()の後、ついでにセルバに入ったら、これからバイトだという犬山さんが買い物をしていた。

 

「仕事前に買っといて、ロッカー入れとこうと思っとったんよ。そしたら先輩に会って、学校戻るついでに家に届けてくれるって言うから、お願いしたんや」

 

それで波高島(はだかじま)駅近くの犬山さん家へ寄って預けてきた。

 

出迎えたのは、犬山さんを(胸も含めて)そのまま小さくした感じの子だった。妹さんらしい。

 

そこそこ重い荷物だったので訳を話したら、お祖母さんが出てきたので荷物をお願いした。

 

帰り際、妹さんに『お兄ちゃん、あおいちゃんの何なん?』って言われたときは、一瞬心臓が止まったが……。

 

因みに、その後は、『便利屋の先輩だよ』と返したら、『バイク乗っとる先輩か!』ってなり、今度機会あったら後ろに乗せる約束をした。何時になるかは分からないけど。

 

 

 

 

犬山さんが作っているのを、皆で眺める。

 

レシピや作り方を見たところ、関西風の正統派すき焼きといった感じだ。

 

「そろそろ頃合いやな」

 

そう言い、一度閉めた鍋の蓋を開く。

 

「出来たで、晩ごはん‼」

 

「「おおーっ!」」

 

犬山さんの声と、鍋の中を見て、全員目を輝かせる。

 

すき焼きが出来た。

 

生卵と器を受け取る。

 

さて。

 

音頭をとるのは犬山さんだ。

 

「それでは」

 

「「「いただきます!」」」

 

 

 

順に頂いていこう。

 

……うん。旨い。

 

「んむ~! 肉、超うめぇ~!」

 

「流石高級なお肉、口の中で溶けていくよぉ!」

 

なんというか。黙々と味わう人と、旨さを全身で表現する人とに分かれている……。

 

まあ、これも大勢で鍋を囲うことの醍醐味(だいごみ)だろう。

 

とはいえ、流石に九人は狭いが……。

 

「しくしく……」

 

ふと、泣き声がすると思ったら、その主は先生だった。

 

「ど、どうしたんです? 先生」

 

犬山さんも慌てているじゃないか。

 

「すき焼きに合う日本酒、忘れちゃったよぉ~!」

 

酒の話かい!

 

「あ、そうですか」

 

理由が分かると犬山さんはあっさり流す。

 

 

 

 

 

「あ、そろそろ具材追加しない?」

 

恵那ちゃんの声に鍋を覗くと、もうお肉しか残っていない。人数が多いと早い。

 

「いや、こっちのはもうおしまいや」

 

「えっ? まだお肉残ってるよ?」

 

各務原さんが言う通り、肉はまだ残っている。

 

「こっからは、こいつでお色直しや!」

 

そう言い、取り出したのは……トマト?

 

 

 

 

大垣さんが予め炒めておいた玉ねぎにトマトとバジルを加えて更に炒めた物を鍋で煮込む……。

 

「トマトすき焼きの出来上がりや!」

 

さっきまで至って普通のすき焼きだったのが、赤色の一見辛そうな鍋に早変わり。しかし、赤色の素はトマトだから、辛くないはず。

 

「んまっ!」

 

「トマトが合う!」

 

「和風のすき焼きが洋風にリメイクされたぁ~」

 

皆から歓声が上がる。

 

「ワインが合うのに……ワインが合うのに……」

 

「はいはい、忘れてしもたんですね……」

 

一人だけ泣いている。

 

しかし、簡単にあしらわれた……。

 

「そうだ、私クリスマスっぽいものを用意してたんだよね」

 

ふと、そう言って恵那ちゃんが自分の荷物を漁る。

 

「はい」

 

こ、これは……。

 

サンタクロースの衣装ではないか。

 

全員衣装を纏う。

 

『年末戦士、サンタクレンジャー!』

 

なんですか、これ?

 

大荷物だと思ったが、九人分のこれが入っていたのか……。

 

「なんか、仕事を終えたサンタが打ち上げしてるみてぇだな……」

 

大垣さんが呟く。

 

確かに、サンタクロースが九人もいると、有り難みが薄れる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

「「ごちそうさまでした」」

 

「お粗末さまです」

 

いやぁ。食べた食べた。

 

「とは言ったけど、まだ終わりやあらへんねん」

 

まだあるの?

 

「〆に『チーズパスタ』が残っとるんや!」

 

マジか。もう食べられないよ、俺。

 

「食べる人?」

 

「はいはーい!」

 

各務原さん……。

 

「すげぇなおまえ」

 

 

 

 





クリスマスキャンプ真っ最中です。

私が文章をまとめるのが下手なので、クリキャンはもうニ話程続く予定です。


なお、キャンプ場での楽器演奏は、回りのキャンパーに配慮し、キャンプ場の許可を得て行っている こととします。

いくら場内が広いとはいえ、勝手に大きな音を出すのは回りに迷惑がかかりますからね。実際のキャンプ場ではその点の注意が必要です。禁止している場所もあると思いますので。


名前は明言していませんが、チビイヌ子が登場しましたね。このタイミングで彼女が出たということは……? まあ、そういうことだと思ってください。


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 妹


【お詫び】
本日、1時に投稿した際、一部文章が抜け落ちている場面がありました。



場所は、

滝野とリンがバイクに乗って出発後、バイクについて想い、ビーノ125から『ヒドイコトイウナ』と、突っ込まれる所
 
二人が近くのコンビニに到着する所

の間です。


投稿前に確認するようにして、再発防止に努めます。申し訳ありません。




 

犬山(いぬやま)さんがコンロに火を付けるが、弱々しい炎が見えたと思ったら、すぐに消えてしまった。

 

「あらら。ガス切れてしもうた」

 

何度か再点火を試みたが、付く気配はない。ガス欠だろう。

 

「なでしこちゃん、新しいガス缶ある?」

 

「あーっ!」

 

犬山さんが尋ねるも、各務原(かがみはら)さんはこの反応……。つまり。

 

「忘れた……」

 

だと思った。

 

「あっ! コンロがもう使えないということは、明日の朝ごはん何も作れない……」

 

そう言いながら、膝から崩れ落ちるように突っ伏す。

 

コンロだとCB缶だもんな。ここの管理棟で売ってるのはOD缶だから代わりが利かない。とはいえ、CB缶ならコンビニでも売っている。

 

「各務原さん、ガスは何本あれば良いの?」

 

俺はそう言いながら立ち上がる。

 

「えっ?」

 

各務原さんの顔がこちらを向く。

 

……泣いていたのかよ。

 

「近くにコンビニあるから買ってくる」

 

着ているサンタ衣装を脱ぎ、防寒着を着込む。

 

「ブランケット先輩~」

 

「泣くなよ」

 

「あ、そうだ。あおいちゃん、お肉と割下って残ってる?」

 

「うん、少しならあるで?」

 

犬山さんに何かを確認した。

 

「先輩、お金出しますから、ガス2本とチューブしょうがをお願いします」

 

ガス2本、しょうが……。

 

「了解」

 

「じゃあ、あたしグミー」

 

「私、ミント系のガムー」

 

「私、のど飴がええわぁ」

 

調子に乗って色々言い出す他の面々。

 

「待て待て、覚えられん。メモするから……」

 

「あったし日本酒~!」

 

先生……。

 

「補導されます。そもそも売ってくれません」

 

いくら酔っているとはいえ、流石に不味いだろう。先生がこんなことを言ったら……。

 

「えっと、恵那(えな)ちゃんがガム、大垣(おおがき)さんがグミ。犬山さんはのど飴……。他は大丈夫? 可児(かに)、さやかは? リンちゃんも」

 

「じゃあ先輩、歯ブラシセットをお願いします。忘れちゃったので……」

 

可児が歯ブラシセット。

 

「あ、追加のジュースは? もう残り少ないよね?」

 

さやかがそう言うと、一同頷く。

 

ジュース。

 

「私は大丈夫です」

 

「了解。……それなりに多いなぁ。リンちゃんもバイク出せる?」

 

「えっ? えっと、構いませんよ。……それじゃあ」

 

そう言い、少し大きい手提げ袋を手に、立ち上がった。

 

俺と同じように、サンタの衣装から防寒着に着替える。

 

「行きましょうか」

 

「オッケー。それじゃあ行ってきます」

 

「「行ってらっしゃい!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、これどうぞ」

 

「えっ?」

 

リンちゃんが差し出してきたものは、片耳用のヘッドセットだ。何故(なぜ)こんなものを?

 

「今までツーリングしてて、走行中会話が出来なくて不便でしたよね?」

 

「確かに」

 

走行中だと距離が離れるし風が凄くて話せないし、止まっていてもエンジン音に負けてしまう。

 

「それで、ネットで調べてみたんですね。そうしたらラインを活用するのが一番簡単だってことが分かって……」

 

「なるほど。ライン通話をしたまま走れば良いのか」

 

「はい。まあ、データ通信をするので消費しちゃいますけど、通話料は無料ですからね」

 

「それをヘッドセットを通じてすれば良いんだ」

 

「そういうことですね。専用の物を使うと高いですから……。とにかく試してみましょう」

 

「了解」

 

貰ったヘッドセットを着用し、ヘルメットを被る。

 

よし。機器が小さいから違和感なく着用できた。

 

これをスマホに繋いで……。ライン通話、発信。

 

…………。

 

『先輩、聞こえますか?』

 

「リンちゃん、ちゃんと聞こえてるよ」

 

ちょっと雑音が混じっているけど、問題なく聞こえてくる。

 

『良い感じですね。じゃあ、コンビニへ行きましょうか』

 

「オッケー」

 

 

 

バイクに跨がり、エンジンを始動させる。

 

リンちゃんに続き、ゆっくりと発進。

 

こういうとき、バイクがあると便利だよなぁ。

 

まだ車の免許がとれない俺たち高校生にとって、バイクは自分の力でなくても、他人に頼らずに遠くに行くことの出来る唯一の移動手段だ。

 

自転車と違い漕ぐ必要は無い。車と違って運転手(運転免許を持った大人、という意味)も必要ない。

 

最初、俺にはただの通学手段だったバイク。

 

それが、俺とリンちゃん・恵那ちゃんとの出逢いのきっかけとなり、各務原さんや桜さん、それに野クル部(のくるぶ)メンバーとの交流のきっかけにもなって……。

 

決して近くはない、浜松という地で友だちが出来た……。

 

いつの間にか、単なる移動手段ではなくなった。

 

しかし、ここまで来るとこのトリシティにも愛着が湧いてきたぞ。

 

俺にとって唯一無二の相棒であるビーノに、戻ってきてもらいたいけれど、この子も手放したくなくなってきたなぁ……。

 

 

\ヒドイコトイウナ!/

 

 

………………?

 

何だ、今の?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャンプ場を出る。

 

『先輩、どっちのコンビニへ行きますか?』

 

「どっち、って言われても、来る途中に見たセブンしか知らないんだよね。俺」

 

『じゃあ左ですね』

 

左折のウィンカーが灯る。俺もそれに倣う。

 

国道を北上してゆく。

 

流石クリスマスイブの夜、といったところか。他の交通はほとんど無く、すれ違う車も、追い越す車もない。

 

『フッ……』

 

耳に、リンちゃんの笑った声が入ってきた。

 

「なんかあった?」

 

『えっ? 何ですか?』

 

「今笑ったでしょ?」

 

『……聞こえましたか』

 

「そりゃあね、ライン通話常に繋いでるんだからさ。何でも聞こえてくるよ」

 

それこそ、咳やくしゃみもダイレクトに……。

 

気を付けないと耳がやられる。

 

『この寒さ、ヤバいなって思いまして』

 

「まあ、確かに寒いよね。でも、違うでしょ?」

 

笑った理由は他にあるはずだ。

 

『先輩には敵いませんね。実は、今日のキャンプ、最初は断ったんです。ただ、斉藤(さいとう)から私は一人キャンプが好きだろうけど、みんなでやるキャンプは違うジャンルの楽しさがあると思うよって、そう言われたんです』

 

「なるほどね。で、どうだった? みんなでやるキャンプは」

 

『まだ始まったばかりですよ。これからじゃないですか』

 

「確かに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャンプ場から10分位のところにあるコンビニに到着。

 

流石にこのままの格好では入店出来ないから、ヘルメットを脱ぐ。

 

「寒っ!」

 

気温が低いのもあり、ヘルメットが防寒具代わりになっていた分、寒さがダイレクトに来る。

 

早く入ってしまおう……。

 

「あれ? もしかして滝野(たきの)くん?」

 

入店するなり、俺の名を呼ぶ女性の声が。

 

「えっ……あ。笠野(かさの)先輩!」

 

なんと、北宇治吹奏楽部の頃にお世話になっていた笠野 沙菜(さな)先輩だった。

 

 

 

「こんなところでどうしたんですか?」

 

「滝野くんこそ。どうしたの?」

 

俺も笠野先輩も、まさかの再会に驚いている。

 

「私はオープンキャンパスの帰りだよ。これから帰るところ」

 

「と、いうことは、先輩大学はこっちの方へ?」

 

「うん。やりたいことを見付けたからさ。遠いけど、寮に入って通うつもり。……滝野くんは?」

 

「この近くのキャンプ場でクリスマスキャンプの最中です。買い足しが必要なものがあって、買いに来ました」

 

「キャンプ? こんな時期に?」

 

「まあ、何と言いますか。今はこの時期のキャンプも流行っているんですよ。一部界隈(かいわい)では」

 

それを聞いた先輩は苦笑い。

 

「そうなんだ……。トランペットは続けているの?」

 

「はい、もちろん。といっても、俺がこっちの学校に来た時点で吹部無かったんで。俺がサークル立ち上げました」

 

「凄いねぇ。自分でって。私には真似できないわ……」

 

「いやあ、でも今年の北宇治凄かったじゃないですか。全国ですよ。俺が居た頃じゃ考えられなかったです」

 

府大会銅賞、参加賞みたいなものだ。

 

ここ数年ずっとそれだったのが、全国大会出場。並大抵のことではない。

 

「まあね。顧問の滝先生が凄いんだよ」

 

滝先生……。

 

何処かで聞いたことのある名前なんだよなぁ……。

 

春先に吉川(よしかわ)からの連絡で知ったんだけど、それからずっと引っ掛かっている。

 

「あ、車でお父さん待たせてるから行くね。元気そうで良かったよ」

 

「こちらこそ、会えて良かったです。他の先輩方にも宜しくお伝えください」

 

「分かったよ。また何処かで!」

 

笠野先輩がお店を出ていった。

 

突然で驚いたけど、嬉しい再会だったな……。

 

あ、俺は買い物をして帰らないと。

 

「先輩、終わりましたよ」

 

声掛けられ振り向くと、ビニール袋片手にリンちゃんが立っていた。

 

「買い物終わりましたから、帰りましょう」

 

「ごめん。ありがとね」

 

笠野先輩と話している間に済ませてくれたらしい。

 

「いいえ。京都に居た頃の知り合いですか?」

 

「うん。お世話になった先輩」

 

二人、店を出る。

 

『ということは、吹奏楽部の方ですよね』

 

「同じパートの先輩だよ。ところで、頼まれてるもの、ちゃんと買ってくれたんだよね」

 

『はい。大丈夫ですよ。ガス2本、しょうが、ミントガム、歯ブラシセット、のど飴、ジュース……』

 

うん? なにか足りない。

 

「何か忘れてない?」

 

『忘れてますか? 何でしょう?』

 

「えっと……。分かんない」

 

『私も分かりません……』

 

「何だっけ……。でもまあ、二人とも思い出せないってことは、気のせいだと思う。たぶん大丈夫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

買い物を終え、キャンプ場に戻ってくると、みんなが管理棟の前に集まっていた。

 

「あれ? みんな迎えに来てくれたの?」

 

「いえ。ちくわを家に帰したところです。この寒さだとチワワを一泊させるのは厳しいですから」

 

なるほど。元々ちくわは帰す予定で連れてきていたらしい。

 

と、すると、さっき途中ですれ違った車が恵那ちゃん家の……。

 

恵那ちゃん、前にシュラフの話をしたとき、大垣さんからの問いに『普通の家』って返したけど、やっぱり良いところのお嬢様なんじゃ? 俺は車に詳しくないけど、さっきの高級車(しかも、外車)だったぞ……。

 

「頼まれたもの買ってきたよ。戻ったら〆のチーズパスタだな」

 

「はい!」

 

嬉しそうに返事をしたのは……、誰か言わなくても分かるだろう。

 

 

 

結局、待ちぼうけを喰らってお腹が空いていたので、全員で〆のチーズパスタをいただいた。

 

「じゃあ、そろそろ風呂行くか」

 

「そやね」

 

「うん」

 

「しゃあ、順番どうする?」

 

「あ、私後で良いよ」

 

「じゃあ、私も」

 

「先生は?」

 

「私は、ちょっと酔いをさましてから入りますぅ……」

 

「これ、一生入れねぇぞ……」

 

 

 

まあ、そんなわけで、先に、犬山さん・恵那ちゃん・さやか・可児が行くことになった。

 

残った、大垣さん・各務原さん・リンちゃん・先生と俺は後から行く。まあ、俺は男一人だから何時行っても大丈夫なんだけどね。

 

 

「あの……先生」

 

リンちゃんが言いにくそうに切り出す。

 

「今日、私たちに付き添ってくれてよかったんですか?」

 

「えっ?」

 

「クリスマスだし、彼氏さんはいいのかな……と」

 

先生彼氏居たのか。まあ、素面なら美人だし、居ても不思議じゃないか。

 

とはいえ、泥酔した姿を知っているのか疑問は残るが……。

 

「あ、火おこしのお兄さん」

 

ん? 各務原さんも知っているのか。

 

「ええっ! 先生彼氏居るんすか!」

 

大垣さんは知らないみたい。

 

「えっと……、私誰ともお付き合いしてませんけど。火おこしのお兄さん?」

 

あれ?

 

四尾連湖(しびれこ)で一緒にキャンプしてたじゃないですか」

 

「ブ~ッ」

 

「ど、どうしたんですか、トラ先輩」

 

「ナ、ナンデモナイヨ」

 

いかん。思わず噴き出してしまった。だってあの人って……。

 

「あー……。あれ、私の妹です」

 

だよね。

 

「「えっ! 妹?」」

 

「妹……?」

 

正体が分かり驚く二人に、その理由が分からず首を傾げる大垣さん。

 

「あんな感じなので、時々間違われるんですよ」

 

まあ、分からなくもない。

 

「どういうことっすか?」

 

「ああ。鳥羽(とば)先生の妹さんが、一見男性に見えるから、二人は彼氏だと思っていたらしいよ」

 

大垣さんに教えてあげた。

 

「ということは、ブランケット先輩は知っていたんですか!」

 

「まあね」

 

しかし、

 

「やっぱり間違われるんですね……。俺も最初は男の人だと思いましたよ」

 

「そうでしたか。因みに、滝野くんは何時気付きましたか?」

 

「最初、電話口では分かりませんでしたが、あの日予約が入っていたのは、女性二人組が二組だけでしたから……」

 

その後、実際に会ってみて、見た目でも間違えそうだった。

 

「火おこしのお兄さんじゃなくて、お姉さんだったのか……」

 

リンちゃんがそう呟く。しかし、あの時何があったのだろう……? 火おこしのお姉さんとは?

 

「あきちゃん」

 

そう言い、各務原さんが大垣さんの肩を掴む。

 

「あきちゃんは女の子だよね? ね?」

 

「はっ倒すぞ……」

 

 

 

この後、先にお風呂へ行った面々と入れ替わりにお風呂へ入り、戻ってきたら『今日のために月額見放題会員登録してきたから、アニメ鑑賞会するぞ!』と、大垣さんの案でみんなでアニメを見始めるが、俺は何だか眠かったので、先に寝ることにした。

 

 

 

クリスマスキャンプ一日目が終わる。楽しい時間はあっという間だな……。

 

 

 

 





今回は『響け!ユーフォニアム』側の登場人物が出てきました。

(久美子一年生時における三年生)滝野の一つ上、トランペットの笠野 沙菜先輩です。

時期的にオープンキャンパスなら、山梨へ来る理由が作れるので、ちょっと無理言って登場いただきました(?)。まあ、本当は7月~11月が多いようなので、若干季節外れ感ありますが(汗)


個人的に、クリスマスキャンプの部分はドラマ版が好きだったするので、『あきちゃんは女の子だよね?』の返事はドラマの台詞を取りました。クリキャン冒頭の受付でのやりとりで出る『先生は名前や無いやろ』も好きなんですよね……。


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 朝ごはん


クリスマスキャンプ最終日です。

あとがきにちょっとしたお知らせがあります。


それでは本編どうぞ。




 

……。

 

…………。

 

目が覚めた。

 

シュラフから出て、上着を着込む。

 

「寒っ……」

 

テントの外へ出ると、流石に寒かった。

 

まだ辺りは暗い。

 

えっと……、4時半……。

 

マジか。昨日22時には寝たからなぁ……。

 

各務原(かがみはら)さんが早起きして朝ごはんを作ると言っていたが、それでもまだ寝ているだろう……。

 

「吹くか……」

 

テントからトランペットを取り出す。

 

今日、テントサイトに泊まっているのは俺たちだけだと言っていたから、皆を起こさぬよう、テントから離れたところでトランペット吹こう。

 

誰も居ないサイトを一人、歩いて行く。

 

 

去年の春の終わり、山梨県に引っ越してきて、本栖(もとす)高校へ編入。

 

吹奏楽サークルを立ち上げた時の俺は一人だった。

 

勿論、教室に行けばクラスの人たちが話し掛けてくれるし、仲の良い人も居る。しかし、吹奏楽に関しては俺一人。

 

当然、一人だけではサークルは作れないので名前を借りた先輩が居るが、サークルに顔を出すことはないから、音楽室ではいつも一人だった。そう、今のように……。

 

それが、今年の春になって可児(かに)が入部し、冬には野クルへも入部。

 

いつの間にか、俺の回りは賑やかになっていた。

 

今の俺は何処(どこ)へ行っても一人じゃない。

 

 

さて、この辺で良いだろう。

 

 

♪~

 

 

ちょっと冷えている。無理は良くないし、少しだけ……。

 

 

♪~

 

 

 

『名探偵コナン メイン・テーマ』

 

『ルパン三世主題歌Ⅱ』

 

『鳩と少年』

 

『情熱大陸』

 

 

少しだけと言いながら、色々な曲を吹いていたら、あっという間に時間が過ぎていた。

 

ちょっと無理したかな。リップ塗っておこう……。

 

持ってきてたよな……あった。

 

「あ、滝野(たきの)先輩こんなところに……」

 

俺の名を呼ぶ声。

 

振り向くと、犬山(いぬやま)さんがこっちへ歩いてきていた。

 

「トランペット吹いとったんですね」

 

「寝るの早かったから」

 

「目が覚めたんですね」

 

「うん。起こすのも悪いと思って、離れた所まで来てな……」

 

「先輩、リップ使こうとるんですね」

 

目敏く、俺の手にあるリップに気付く。

 

吹奏楽奏者向けのちょっと高いやつだ。

 

「せやで。唇の乾燥は奏者の大敵やから」

 

「大変なんですね。今の時期やと寒いし空気は乾燥しとるし、尚更でしょう」

 

「それで、何かあった? 俺探していたみたいやけど」

 

「あ、せやった。朝ごはん出来たからどうぞって、なでしこちゃんが」

 

もうそんな時間か。

 

「分かった。ほな行くわ」

 

……ん? 電話だ。

 

……父さんからだ。何だろう?

 

「もしもし、父さん?」

 

純一(じゅんいち)、起きてたのか』

 

「うん。どないしたの?」

 

『連絡遅くなってすまん。昨日の夜整備工場から連絡があって、ビーノの修理が完了したって。だから今から引き取りに行ってくるよ』

 

おお、やっと終わったのか。

 

「今から?」

 

『せやで。帰ってくる頃には、ビーノ戻ってきとるから』

 

「ありがとう」

 

電話を切る。

 

「先輩、何処からの電話ですか?」

 

前を歩いている犬山さんがこちらを向いてこう言った。

 

「良いことですか?」

 

「分かるの?」

 

「はい。だって、今先輩顔にやけてますもん」

 

マジか……。でも、仕方ない。一ヶ月近く待ったんだから。

 

「今、家から電話でな。修理に出してたビーノが戻ってくるって」

 

「あのバイクが戻ってくるんですね。良かったやないですか」

 

「うん」

 

やっと戻ってくる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テントまで戻ってくると、離れたところにテントを張っている二人を含め、みんな揃っていた。

 

「あ、ブランケット先輩。おはようございます」

 

「みんなおはよう」

 

「トラ先輩、朝から吹いていたんですね」

 

「まあ、目が覚めたでな」

 

「ほら、あたしの言った通りだったろ?」

 

「寒いのに頑張りますね……」

 

「まあ、お兄ちゃんだしね」

 

「どういう意味や?」

 

「先輩ですからね」

 

「だから、どういう意味やって!」

 

「先輩、朝ごはん出来てますよ」

 

どれどれ……。玄米ご飯に焼鮭、野菜と納豆? の味噌汁。

 

ご飯にのっている佃煮みたいなやつは何だろう……?

 

「さ、どうぞ。おかわりたくさんあるからね」

 

「「「いただきまーす」」」

 

「ハァーッ。味噌汁あったまるねぇ」

 

「染み渡るなぁ」

 

美味しい。

 

これぞまさに『日本の朝ごはん』という感じだな。

 

「旨いな! これ、昨日のお肉?」

 

「うん。割り下としょうがで大和煮にしてみました」

 

大和煮か。

 

だから、昨日しょうがを買ってきて欲しかったんだな。

 

「鮭と玄米あうなぁ」

 

「うむ」

 

斉藤(さいとう)さん、よく眠れた?」

 

「うん。起こされなかったら昼まで寝てたかも」

 

「流石、45,000円のシュラフ……。あたしなんか、寒くて途中でカイロ追加したわ」

 

可児(かに)さんはどうでしたか?」

 

大町(おおまち)先生に借りた登山部のシュラフだから、全く寒くなかったです。後でちゃんとお礼しておきますよ」

 

「お、かにミソ登山部にも入るのか?」

 

「いやいや、可児の体力じゃ無理や」

 

「なら、なでしこならついていけるんじゃね?」

 

「まあ、大丈夫だとは思うけど。私は野クル部みたいなまったり系が良いんじゃよ」

 

「おばあちゃんか」

 

「あ、日が出てくるよ」

 

おお、富士山の脇から太陽が顔を出す。

 

「まぶし……」

 

「眩しいねえ」

 

「でも、綺麗だね」

 

 

富士山から昇る太陽。

 

この時期は富士山の脇から昇ってきたけど、お正月には富士山の真上に昇る『ダイヤモンド富士』が見られるらしい。それはそれは美しいという話だ。

 

もちろん、今日のも美しかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食が終われば後片付けだ。

 

テントを畳み、荷物をまとめ、野クル部の備品は鳥羽(とば)先生の車へ積む。

 

サイト周りを散策したり、芝生に大の字で転がったりして遊んでいると、桜さんの車が来た。

 

 

恵那(えな)ちゃんも、帰りは桜さんの車で送ってもらうようだ。

 

「滝野くん」

 

積み込みを手伝っていたら、桜さんに呼ばれる。

 

「ちょっと……」

 

来い、ということか。

 

「はい?」

 

桜さんの隣に行くと、小さな紙を差し出してきた。

 

「これは?」

 

「浜名湖の畔に住んでる私のお祖母ちゃん家の、住所と連絡先。念のため、教えておくわ」

 

……何故? 話が読めない。

 

俺の顔で察したのか、桜さんは続ける。

 

「滝野くん、前に浜松行ったでしょ? もし、何かあったときにお役に立ちたいと思ってね」

 

なるほど、そういうことか。

 

「ありがとうございます」

 

しかし、逆に疑問が浮かぶ。

 

「有り難いんですが……。なぜ、俺が浜松まで行ったことをご存じなんですか?」

 

と、尋ねておきながら気付く。各務原さんから聞いたのだろう。

 

「それは秘密よ」

 

あれ? 笑って誤魔化された……。

 

「なでしこ からではないわよ。それはさておき。遠慮なく頼ってね。良い人だから」

 

「はい」

 

各務原さんではない。じゃあ誰だ……?

 

 

 

 

 

大町先生が到着。

 

「先生、シュラフありがとうございました!」

 

可児の荷物と、楽器を積み込む。

 

「ああ。楽しかったか?」

 

「はい!」

 

「大町先生。トランペットありがとうございました。お陰で兄と一緒に吹けて楽しかったです!」

 

さやかが先生にお礼を言って、一礼をする。

 

俺も思いは同じなので、続いて一礼。

 

「それは良かった。お役に立ててなによりだよ。可児、荷物積んだら帰るぞ」

 

 

 

このあと、管理棟の前でみんなで記念撮影して、それぞれ帰路へ。

 

余談だが、桜さんがカメラマンで他の全員で撮ったため、一見すると卒業式のクラス写真のようになってしまった。制服じゃないのがせめてもの救い……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道、他のみんなと別れ、四尾連湖(しびれこ)へ続く細い県道を走る。

 

(歩いているわけではないが)不思議と足取りは軽い。

 

普通なら、楽しかったことが終わってしまうわけだから、現実に引き戻されるような感覚に陥るものだが、今はそれがない。

 

家でビーノが待っているからだろう。

 

 

 

 

県道の終点、第二駐車場に到着。電話を掛ける。

 

『はい。四尾連湖木明荘です』

 

「父さん。俺だよ」

 

『お、純一。今なら大丈夫だよ』

 

「了解。後でね」

 

バイクを発進。

 

あっという間に到着。

 

「さやか、お疲れ」

 

さやかが降りてから、俺も降りる。

 

「お兄ちゃんこそ、お疲れ様。昨日今日とありがとね」

 

「改まって言われるとテレるな……」

 

「先戻ってるね」

 

「ああ」

 

さやかは家へ向かう。

 

 

俺はバイクを押しながらガレージへ。

 

戸を開く。

 

……居た。

 

「ビーノが戻ってきてる……」

 

\ヨウ!/

 

ガレージには、見間違う事など無い、俺のビーノが止まっている。

 

「ただいま。……お帰り」

 

 

 

 

 

 





以前、聖地巡礼と取材を兼ねて伊豆半島へ行った話をしたと思います。

その際、『伊豆キャンまで書くか、未定』と言ったと思います。が……

伊豆キャン……つまり、アニメ2期(原作5巻~9巻)相当についても 書こう と思います。

但し(?)、お断りと予告を兼ねまして……。かなりの部分で原作から脱線した話になると思います。

完全、とまでは言いませんが、私のオリジナルストーリーとする予定です。

それでも良い、という方々は今後ともお読みいただけると有り難いです。


なお、次話までがアニメ1期に当たるお話です。野クル部の部室を大掃除する話ですね。



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 大掃除

 

クリキャンが終わってから、早いもので2日が経った。

 

今、俺は野クル部(のくるぶ)の部室に来ている。

 

理由は簡単。

 

「これより部室の大掃除を始める!」

 

そう。今大垣(おおがき)さんが言った通り、今日は部室の大掃除だ。

 

部室棟が使えるのは28日まで、つまり明日。その前に掃除してしまおう、ということらしい。

 

「ではかかれーっ!」

 

「オーッ!」

 

名前貸しのつもりでいた野クル部だが、ああやってキャンプに参加している以上、そう言い切るわけにもいかないだろう。

 

そんな訳だから、俺も掃除を手伝う。

 

 

しかし、一瞬で終わった。

 

「部室狭いからすぐ終わったね」

 

「こういう時は助かるわ」

 

「全くだ。音楽室は広くて大変だったよ……」

 

因みに、音楽室の掃除は、可児(かに)とさやかとの三人で昨日のうちに終わらせてある。

 

さやかに声を掛けたら二つ返事で手伝ってくれた。後で何か要求されそうで怖いが……。

 

「先輩の妹さん、何時までこちらに居るんですか?」

 

「30日のバスで帰るから、実質29日迄だな」

 

7時頃に甲府を出発するバスに乗るから、朝早く出る予定だ。

 

「そうですか……」

 

大垣さんの声は何となく残念そう。

 

「あき、どうしたん?」

 

「いやぁ。この間のクリキャンの時なんだけどさ。ちくわが可愛いからトラ先輩の演奏そっちのけで遊んでたけど、よくよく考えてみたら、トラ先輩とかにミソ、妹さんの三人で演奏するなんてさ。二度と無いかもしれないことだと思って」

 

ん?

 

「確かにそうやな」

 

「だねぇ……。私も聞いておけば良かった……」

 

「そうなんだよ。あたしたち三人とも遊んでて、まともに聞いていないんだよ!」

 

確かに。

 

各務原(かがみはら)さんがちくわを追い掛けるところから始まり、大垣さんがフリスビー持って犬山(いぬやま)さんと共に、子ども達の輪に加わっていった。

 

演奏を聞いていた子どもたちは時々入れ替わっていたが、この三人は結局最後にしか来なかった。

 

「後悔しても遅いぞ。さやかが京都帰ったら、三人では演奏出来ないからなぁ」

 

「あー! 遊んでないで演奏聞くんだった! ちくわとなら、これから暖かくなってきたら何時でも遊べるんだから~」

 

「私も失敗だったわぁ……」

 

「私も~!」

 

三人とも後悔しているらしい……。

 

まあ、また機会はあるだろう。保証は出来ないけど。

 

「ちくわかぁ。俺も遊びたかったなぁ……」

 

この三人はちくわと遊んでいて俺たちの演奏を聞いていないわけだが、それはつまり、俺はちくわと遊んでいないことを意味する……。

 

「まあ、一応俺が吹奏楽サークルの部長だし、演奏ぐらい何時でもできるから……」

 

「加えて先輩は野クル部の一員でもありますからね。機会あればお願いします! ……あれ? そういえば、部に昇格したんだから、大きいところに移れるんじゃなかったっけ?」

 

ああ。そういえばそうだ。

 

俺を勧誘したのは『広い部室』と『部費』が目当てだった。

 

部費は出ているらしいが、部室は……変わってない。

 

「ま、まあ。その筈だったんだが……」

 

ん?

 

「これより大きい部屋の空きが無いんだってさ。春まで待って欲しいって言われた」

 

まあ、年度途中でサークルが部に昇格しても、そうなるわな……。分かってましたとも。

 

「しかも、今年度末に廃部になる部・サークルが無い場合は、空く部屋が無いから移れん可能性もあるって……」

 

おい、まじか。今の言葉を聞いた二人は、そう言いたげな顔で固まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校を出て、四人で駅へ向かう。

 

「あれ? ブランケット先輩、バイクは良いんですか?」

 

「学校の駐輪場が工事で使えないから、駅前にとめてあるんだよ」

 

冬休み前、教頭からそう言われている。JRと町役場の許可は得ているんだと。

 

「ああ、塗装工事するって言うてましたね」

 

「そういうこと。だから、朝は君たち電車組と同じように、駅から歩いて登校したよ」

 

思いの外、学校前の登り坂がきつかった。バイク通学に変えてからほとんど歩いて無かったからなぁ……。

 

 

話題はいつの間にか、年末のことになった。

 

「二人とも、大晦日までバイト?」

 

各務原さんが二人に問い掛ける。

 

この二人は普段からアルバイトをしている。

 

「書き入れ時やからなー」

 

「あたしは三が日までフル出勤だぜ。元日も仕事だよ」

 

「私は元日休みやで。お店自体が休みやからな」

 

「なに! イヌ子ずりーぞ!」

 

「しゃーないやろ。まあ、せいぜい頑張りや」

 

「あはは。そっかー。ブランケット先輩は?」

 

「俺もバイトだよ。郵便局で年賀状の仕分け」

 

昨年末同様、峡南(きょうなん)郵便局で年賀状の仕分けのバイトをすることになっている。まあ、3日間だけだけど。

 

「なでしこちゃん、まだバイト見つかってないん?」

 

「うん」

 

そうか、各務原さんはバイトを探しているのか。

 

「まあ、この辺だと求人は甲府か富士宮がほとんどだからな」

 

その通り。あっても、バス運転士や看護師などの専門職で、俺たち高校生はお呼びでない……。

 

「自分のお金でたくさん道具買ってキャンプしたいのに……。一体いつになったら働けるんじゃろう……」

 

「残念ながら、俺も協力出来ないからなぁ」

 

夏休みなら、団体利用が多く臨時のアルバイトを雇うこともあるが、年末年始はそもそもキャンプ場が休みだ。いつぞやみたく、『うち来ない?』とは言えない。

 

「あ、お金で思い出した!」

 

急に、大垣さんが大きな声を出したので、何事か! と思ってそちらを向く。

 

「トラ先輩、キャンプの時に一体何をしたんですか!」

 

すると、大垣さんがすごい剣幕で俺に詰め寄ってきた。

 

「な、なんのことや……?」

 

俺、何かしたか?

 

「クリキャンの時のキャンプ場利用料、かなり安かったじゃないですか! 何をしたんですか?」

 

「あ、そのこと?」

 

そんなことかよ。驚いて損した。

 

「俺、前話した通り家がキャンプ場だから、スノーピーク会員・モンベルクラブ会員とコールマン会員に、あとカリブーメンバー会員も入ってるのかな……? 多すぎて覚えてないけど、そういう会員になってるんだよ。キャンプ用品の購入でポイントが貯まったり、キャンプ場が安く利用できる特典があって、その中で一番割引率の高いやつを使ったんだ。だから、俺の名前で予約して貰った訳*1

 

あ、今の話を聞いた大垣さんの目が点になった。

 

「コールマン……、スノーピーク……、モンベル……」

 

キャンプ用品の有名ブランドが並んでいる。驚くわけか。

 

「先輩、思ってたより凄いわぁ……」

 

「だね。あおいちゃん……」

 

なんか、俺が変な人だって言われているみたいに感じるんだが?

 

因みに、カリブーメンバー会員とスノーピーク会員の割引は、どういうわけか併用可能だった。あそこまで安くできたのはそのお陰。

 

というか、この子ら普段からカリブーに入り浸ってるのに、メンバー会員登録してないのかな……?

 

 

 

茶番劇(?)がありつつも、駅へ向けて歩いて行く。

 

ふと、誰かの携帯電話が鳴り出した。

 

「ん? 電話だ」

 

大垣さんか。電話に出ている。

 

「はい、大垣です。……えっ? 今何て? ……マジっすか! はい。……いい逸材居ますよ。ちょっと待ってください」

 

どうしたんだろう? 逸材って?

 

「なでしこ! 今あたしのバイト先から電話が来て、欠員が出たから年末年始の短期間だけだけど、働ける人が居ないかってさ!」

 

「本当!」

 

「なでしこなら体力あるし、重い酒瓶扱う仕事でも大丈夫だろ?」

 

「うん。あきちゃん、私やります!」

 

「了解! もしもし……」

 

その後、各務原さんが電話に出て、幾つか確認事項を聞かれていた。

 

「ありがとうございます! よろしくお願いします。失礼します!」

 

電話を切ったようだ。

 

各務原さんが大垣さんに電話を渡し……。

 

グッドサイン。

 

「明後日から三日まで働かせてもらえることになりました!」

 

「おお!」

 

「やったやん!」

 

「一緒に頑張ろうじゃないか!」

 

「うん!」

 

「よし。じゃあ、祝勝会だ~!」

 

「「わ~!」」

 

元気に自販機へ向かって走る三人。

 

 

今年も残すところあと僅か。

 

この一年、春夏秋と、それなりに色々なことがあったけど、それらが掠れてしまうぐらいに、後半(冬)の二ヶ月が劇的過ぎた。

 

例えば……、

 

「ブランケット先輩! 先輩も早く~!」

 

そう。彼女たちとの出会いもその一つだろう。

 

「今行くよ」

 

俺も走って行く。

 

 

さて。来年は何が起こるだろうか……。

 

 

*1
実際の『富士山YMCAグローバル・エコ・ヴィレッジ』では、2023年4月現在、スノーピーク会員・コールマン会員等の割引は、終了しているので注意。





ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

アニメ1期(原作1~4巻)相当のお話が終わりました。


今お読みいただいた通り、なでしこは千明の働いているお店でお手伝いをすることになります。

既に原作から脱線しているように、この先のお話は原作とは異なる部分が多くなります。

理由としては、今まで『原作コミック』と『アニメコミック』を確認しながら執筆していましたが、アニメ2期ではそれが出来ないため なのと、単に私が書きたいエピソードみたいなのがあるからです。

もちろん、進行上重要となる出来事(山中湖・なでしこ初ソロ・伊豆キャン)は登場します。

事前にお断りしておきながら勝手なお願いですが、今後ともお付き合いいただけると幸いです。


少し間が空くかもしれませんが、早くお届けできるように頑張ります。



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アニメ二期
 出発



お待たせ致しました。

アニメ二期に突入です。


最初はLINEでのやり取りが続きます。まあ、アニメ・原作でもそうでしたね。

本当は今月一杯は休載予定でしたが、間が開きすぎるので投稿します。この続きはまたお待たせすることになります。申し訳ありませんが、よろしくお願いします。




 

 大垣(おおがき):みんなお疲れ~。バイトどうだ?

 

 恵那(えな):お疲れ様。毎日宛名と(にら)めっこの日々ですよ。でも、だいぶ慣れたかな

 

 滝野(たきの):お疲れ。俺も恵那ちゃんに同じく。でも慣れたよ。二年目だし

 

 リン:斉藤(さいとう)と滝野先輩は郵便局で短期アルバイトでしたね。

 

 斉藤:そうだよ

 

 滝野:大垣さん各務原(かがみはら)さんは? 忙しい?

 

各務原:めちゃ忙しいですよ! ね!

 

 大垣:ああ。年末年始は酒が売れますからね。二人とも4日までフル出勤だー

 

 大垣:宿題片付けたらそれで冬休みが終わるなぁ

 

各務原:だね。みんな、頑張ろう!

 

 恵那:あ、私は3日と4日は休みですよ

 

 大垣:……なんだと……

 

 犬山:私は元旦から3日まで休みやで。スーパーが休みやからな

 

 リン:私31から4まで休み。店がやってないから

 

各務原:みんな……。お休みは何するの?

 

 恵那:私はお昼まで寝て、ちくわと初詣

 

 恵那:あとはお買い物かな

 

 犬山:私は家族で高山の親戚の家へ遊びに行くわ

 

 リン:いいよね、飛騨高山。飛騨の小京都

 

 恵那:京都といえば。滝野先輩は京都行かれるんですか?

 

 滝野:いや。何処行くかは決めてないけど、京都には行く予定無いよ

 

 滝野:せっかくビーノ戻ってきたし、ビーノで出掛ける予定

 

 滝野:バイクで京都は無理だからなぁ

 

 滝野:リンちゃんは? バイクで出掛けるの

 

 リン:その予定です。

 

 リン:伊豆、海の方へ

 

 リン:ソロキャンの予定です

 

各務原:伊豆かぁ……

 

 リン:千明、なでしこ。お土産は食べ物でいい?

 

 犬山:あき、なでしこちゃん。私も何か買って来るで

 

 滝野:じゃあ、俺も何か買いに行くよ

 

各務原:分かった! 身延(みのぶ)の留守は任しといて!

 

 大垣:私はお前らの帰りをずっと待ちわびているぞ‼

 

 

なお、この時仕事中だった大垣さんと各務原さんは、二人揃って副店長に怒られた。このことを、他の人たちは知らない……。

 

 

 

 

 

 

 

??:お久し振りです

 

滝野:どちら様ですか?

 

??:酷いなぁ、お兄さん

 

滝野:ああ、綾乃か

 

綾乃:綾乃ですよ。お久し振りです

 

滝野:久し振り。いきなりどうしたの?

 

綾乃:突然ですが、お兄さんは今冬休み中ですよね?

 

滝野:うん。8日まで

 

綾乃:お兄さん、バイトしてましたっけ?

 

滝野:長期のはやってないよ。郵便局の短期バイトを大晦日まで

 

綾乃:じゃあ、一度こっちに遊びに来ませんか?

 

綾乃:一緒にツーリング、行きませんか?

 

滝野:俺は構わないけど、綾乃バイトは?

 

綾乃:無理言って一日だけ休み貰います

 

滝野:そんなことして大丈夫なの?

 

綾乃:大丈夫なの。無理言ってってのは冗談で、店長がお年玉代わりに、一日休みをくれるんですよ

 

滝野:そういうことか。因みに、俺は泊めてもらえるの?

 

綾乃:勿論

 

滝野:じゃあ、元日の朝こっち経つから

 

綾乃:なら、二日は年始の挨拶兼ねて、なでしこのお祖母ちゃん家に行こうと思ってるので、一緒に行きましょう!

 

綾乃:三日はツーリングですね

 

滝野:…………了解

 

綾乃:何ですか? その嫌そうな間は

 

純一:嫌ではないよ。ただ、一方的に色々決まったから、強引だなって思った

 

綾乃:そういうことですか

 

純一:納得するなよ。褒めてないからね?

 

綾乃:分かってますよ。それでは、少し早いですが、良いお年をお迎えください

 

純一:こちらこそ。良いお年を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年も残すところ、あと半日となった。

 

「ただいま」

 

郵便局での短期アルバイトを終え、帰宅する。

 

今はキャンプ場が休みだから、車の確認をしなくても大丈夫。そのまま家まで入って行った。

 

「おお、純一(じゅんいち)お帰り」

 

明日はいよいよ浜松へ向けて出発する日だ。

 

元日だから道路は混んでいるかもしれないけど……。

 

「そうだ。今日の夜から明日にかけて、降雪予想が出てるぞ」

 

「マジで!」

 

やべ。いつもの癖で昨日の夜に天気予報見た後は確認してなかった。

 

「ああ。積雪の可能性もあるって。出掛けるのは明日の予定だよな? でも、早い方が良いと思う」

 

「確かに」

 

道路が凍結したらアウトだ。

 

「それで、この話を御前崎(おまえざき)市の叔父さんのところに話したら、今晩泊めてくれるそうだ」

 

……。話が勝手に決まっている。とはいえ、今は有り難い。

 

「それじゃあ、急いで荷物まとめて出発するよ」

 

御前崎市の叔父さん家か。確か、海の近くだよな。道の駅も近いはず。

 

国道52号線から1号線を経由し150号線に入るルートだな。

 

海岸線ルートだから、潮風が凄いかもしれない。

 

とはいえ、山沿いの国道1号バイパス経由だと、自専道が多いから走りずらい。

 

用意してある荷物を持ち、ガレージのビーノの元へ。

 

リアのボックスへその荷物を詰め込み、一旦部屋に戻って身仕度。

 

「それじゃあ、行って来ます」

 

「気を付けて。安全運転でな!」

 

 

ガレージからビーノを引き出す。

 

忘れ物が無いか、再度確認し、ヘルメットを被る。

 

スマホホルダーにスマホをセットし、充電ケーブルを繋ぐ。

 

シートに跨がり、エンジン始動。

 

「充電よし。他も問題ないな。さて、出発だ」

 

\レッツゴー/

 

 

 

 

県道409号線を西へ走り、県道414号線に入る。

 

今日既に一往復した、いつもの通学ルートを走る。県道9号線を経由して、国道300号線に入り南下。

 

学校の下を潜る常葉(ときわ)トンネルを通過。右手に学校を眺めながら更に南下。

 

さて。

 

スマホに表示させている地図を確認。

 

ルートは大きく二つ。このまま県道9号で富士川左岸を南下するか、富山橋を渡って右岸の国道52号線に入るか……。

 

フレスポに行けば、各務原さん大垣さんに犬山さんが居るかもしれない。とはいえ、これから遊びに行く人間が、冷やかしに顔を出すのも悪い気がする。

 

……大人しく左岸ルートで向かおう。

 

 

えっ? このスマホホルダーはどうしたのかって?

 

件の部品取り寄せでの修理待ちの間に、父が頼んで付けて貰ったものだ。

 

エンジンが動いていれば充電もしてくれる優れもの。

 

これで、地図を確認するためにバイクを停車させる必要が無くなった。ただ、Google mapだと、自専道とか関係なしに案内するんだよな……。まあ、専ら道の確認で、ナビ機能を使うことはないから当分はこのまま我慢しよう。何か、良いサイト無いかなぁ……?

 

 

 

身延駅前を通過し、内船(うつぶな)駅の手前を右折。南部橋を渡る。

 

52号線に入った。

 

 

そのまま進むと、名物(?)たけのこタワーが出現。

 

道の駅とみざわだ。

 

ここまでは順調。とりあえず、トイレ休憩にしよう。

 

 

良く言われるのが、『長旅のトラブルは、最初の1時間で起きる。何もなければ、無事に旅が続けられる』。

 

時間的にも良い頃合いだ。

 

ここまで無事に来れた。この先も油断せず、気を付けて行こう。

 

 

 

 

さて。トイレを済ませて出発だ。

 

\イッテクルヨー/

 

\キヲツケテナ/

 

……? たけのこタワーが喋った……?

 

 

 

 

道の駅とみざわをあとにし、国道52線を走る。

 

……静岡県に入った。

 

このまま走ると、新東名高速道路の新清水インターチェンジがある。しかし、このビーノでは高速を走れないので、このまま真っ直ぐ走ることになる。

 

このまま南下し、国道1号線に入り、西へ向かい、途中から150号線の海沿いルートだ……。

 

海か……。

 

 



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 紅白そして、年越し

 

国道52号線、1号線、150号線を経て、道の駅『風のマルシェ御前崎』に到着。

 

ここまで来れば、叔父さんの家は目と鼻の先。

 

だからといって油断すると危険なので、小休止だ

道の駅のお店は、年末ということもあって休みだった。書き入れ時なんだけど……。

 

道の駅は、それ自体が観光地になり得るものだけど、こういった観光客が多そうな時期に限って休み……。まあ、俺が気にしてもしょうがない話か。

 

 

 

さてと。トイレを済ませたし、出発しよう。もうすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

叔父さんの家に到着。

 

インターホンを鳴らす。

 

『はい?』

 

純一(じゅんいち)です」

 

『おお、来たか。ビーノは適当に止めてくれて構わないよ。今行く』

 

適当に……。じゃあ、車の隣に。

 

ビーノを停め、スマホを取り外しポケットへ。

 

ヘルメットはハンドルにぶら下げ、鍵をかける……。

 

「遠路遙々お疲れ様だね。しかしまあ、大きくなったなぁ……」

 

叔父さんが出てきた。

 

「お久し振りです。何年経ったと思ってるんですか?」

 

……何年だっけか?

 

因みに、叔父さんと言っているが、正確には父の従兄弟だ。

 

「さ、上がって」

 

「お世話になります」

 

おや、ラインだ。

 

後で確認しよう。

 

 

 

叔父さん家のリビングに通される。

 

「適当に座って。今お茶入れるから」

 

近い椅子に腰掛ける。

 

さてと。ラインを確認しよう。

 

 

 

 リン:大晦日(おおみそか)ソロキャンの写真UPしたよ

    http……

 

各務原(かがみはら):ふおおお! 海だーっ!

 

各務原:って、海撮りすぎだよリンちゃん

 

 恵那(えな):海に憧れるのは梨っ子の習性なんだよ

    なでしこちゃん

 

 犬山(いぬやま):せやでー、なでしこちゃんかて富士山いっぱい撮ってまうやん

 

各務原:返す言葉もありません

 

 大垣(おおがき):あけましておめでとうございます!

 

 犬山:まだ早いわ!

 

 大垣:お年玉はアマゾンギフト券でいいですよ!

 

 リン:2万円分送っとくよ、使用済の奴

 

 大垣:まじか

 

各務原:そうそう、今こっち雪降ってるんだよ!

 

 リン:そうなの?

 

 恵那:うん。結構降って少し積もってるよ

 

 大垣:休み無い腹いせに、雪だるま作ったった

 

 犬山:腹いせて……

 

各務原:浜松って全然雪降んないからすっごくテンション上がるよ!

 

 滝野:恵那ちゃんのところでも積もってるの!

 

 恵那:あ、先輩

 

各務原:私のところでも積もってますよ

 

 滝野(たきの):ということは、四尾連湖(しびれこ)はそこそこ積もってるかな

 

 恵那:先輩のその言い方、今何処に居るんですか?

 

 滝野:御前崎

 

 リン:先輩、私は磐田に居ますよ

 

 滝野:おお。割と近いね

 

 リン:福田海岸を勧められました。初日の出は福田海岸に行きます

 

 犬山:海岸か、ええなぁ

 

 大垣:あたしはいぬ子と一緒に身延山行くズラ

 

 大垣:鳥羽(とば)先生に車出してもらって

 

 滝野 :じゃあ、俺もその福田海岸行くよ

 

各務原:あきちゃん、写真頼むね!

 

 大垣:なでしこは身延山行かないんだよな?

 

各務原:私はお姉ちゃんと一緒に別の場所に行くので

 

 犬山:何処なん?

 

各務原:それはヒミツです

 

 滝野:それでは皆様良いお年をお迎えください……

 

 大垣:締められた……!

 

 

 

「叔父さん、福田(ふくだ)海岸……? って、どの辺り?」

 

福田(ふくだ)? ……ああ、福田(ふくで)海岸ね。ここからだと往復で一時間ぐらいだな」

 

なら割と近いな。

 

「初日の出か?」

 

「うん。俺の……」

 

何て言おうか、一瞬迷った。

 

「ツーリング友だちが、今磐田市のキャンプ場にいて、明日福田海岸に行くって言ってるから」

 

「なるほど。彼処(あそこ)はこの時期だけ、何もない砂浜に鳥居が立てられてな。良い景色だよ」

 

そうなのか。じゃあ、俺も明日は行ってみようか。

 

「そうだ。明日早起きするなら、今のうちに寝ておいた方が良いかもしれないよ。じゃないと紅白観れないからね」

 

あ。そうか。

 

「今年の紅白は見逃せないと思うよ! まあ。だから、尚子(なおこ)も今寝てるんだよ……」

 

尚子というのは、叔父さん……(たける)さんの奥さんだ。

 

紅白見るために今寝ているとは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

健さんの勧めで俺も少し眠った。

 

疲れているのもあり、起きれるか心配だったが、ちゃんと起きれた(※起こしてもらった)。

 

それで、今は紅白歌合戦を観ている。

 

大晦日ということで、寿司桶を囲みながら。

 

「それじゃあ、山梨から浜松まで?」

 

「はい。前に浜松で出会った友だちと、ツーリングに行くんです」

 

「遠いのに、頑張りますねぇ……」

 

健さんと尚子さんに、娘さんの聡美(さとみ)さん(中一)と四人でテレビを見ながら、会話にも花が咲く。

 

俺は健さんとしか面識が無いので、最初は自己紹介からだったけれど。

 

「純一さん、前は京都に住んでいたんですよね?」

 

「ん? そうだよ。十円硬貨の鳳凰堂(ほうおうどう)がある宇治市ね」

 

「じゃあ、渡月橋(とげつきょう)はご存じですか?」

 

渡月橋? 急に何で……ああ、この曲か。

 

今歌われているのは『渡月橋~君 想ふ~』。京都が舞台になった映画の主題歌だ。バックにはその映像が流れている。

 

「勿論。春は桜が、秋は紅葉が綺麗な観光地だよ。宇治市からだと電車を乗り継いで1時間位掛かるから、あまり行ったことはないけど……」

 

それこそ桜や紅葉の時期に行くと、酷い混雑だからその時期を避けてしか行ったことがない。

 

しかも、観光客の殆どが外国人だから、『これぞ、京都!』という景色の場所に居るのに、周りから日本語が聞こえてこないから、外国に居るような錯覚に陥ることもある。

 

「ドラマとかに出てくる竹林の道も近いかな」

 

「へぇ~。一度行ってみたいですね……」

 

「修学旅行で行かない? ……と、言ってみたものの、この辺りの中学校は修学旅行、何処へ行くんだろう?」

 

「一応、奈良・京都だけど、そこまで行くか分からないです」

 

まあ、そうなるよな……。

 

「ならさ、まだ俺の母と妹が宇治に住んでるから、機会あったら遊びに行けば良いと思うよ。俺と父さんが出て、空き部屋あるから、家に泊めれるからね」

 

「……それ、良いですね」

 

「健さん、宇治の家の番号分かりますよね?」

 

「ああ、大丈夫だよ」

 

「じゃあ、その時はお願いしますね!」

 

まあ、俺は居ないけど……。

 

 

 

 

 

 

その後も紅白は順調に進み、今回の目玉でもあるアーティスト*1の出演も終わり、いよいよ最後の『蛍の光』だ。

 

前回まで指揮を務めていた作曲家が今年亡くなった*2から、後任の指揮者*3による演奏だ。ん? 何か、編曲変わったな……。

 

 

紅白が終わり、年越し蕎麦を頂き、いよいよ……。

 

 

 

 

 

 

「新年」

 

「「「明けましておめでとうございます!」」」

 

2018年の始まりだ。

 

 

「と、言うわけで。明日が早いので、俺は寝ますね」

 

明日……いや、もう今日か。

 

「ああ、それじゃあお休み」

 

「お休みなさい」

 

声を掛け、用意されている寝室へと向かう。

 

 

 

 

*1
安室 奈美恵氏。翌年9月16日での引退を表明しており、最後の紅白歌合戦出場となった。

*2
故 平尾 昌晃氏。この年の7月21日に死去。

*3
都倉 俊一氏





お待たせしました。仕事が忙しくて執筆時間が取れなかったので、暫く休載しておりました。

この間に、ゆるキャン△原作の二次SSが増えましたね。読んでいて楽しいです。



余談ですが、これを執筆するために2017年の紅白歌合戦のDVD(録画)を視ました。

5年前です。もうね、「懐かしい!」って感じでしたよ。


当初は、

『天城越え』を聞いて、伊豆も良いなぁ……と思った矢先の 伊豆キャン とか、どうだろう……

とも思ったのですが、この年は『津軽海峡冬景色』だったんですよね。

この歳になると、紅白で『津軽海峡冬景色』か『天城越え』を聞かないと新年を迎えた気分にならないのです……。って、もう今年も既に折り返しですね(汗)


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 □先輩との出会い


今朝はご迷惑お掛けしました。


実は、本作の息抜きとして、他名義で短編(から発展した)小説を書いていまして、それを投稿する際に誤って此方に投稿してしまいました。

『最新話が投稿された』と表示されたと思います。紛らわしいことをしてしまい、申し訳ありません。


お詫びとしまして、次のお話を前倒ししてお送りします。

回想シーンになります。たぶん、滝野の初夢です。



 

俺がここ、本栖(もとす)高校に転校してきて、早いもので二ヶ月が過ぎた。

 

山梨での生活も慣れ、至って普通の学校生活を、順調に送っている。

 

ある一点の問題を除けば……。

 

 

 

 

放課後。ケースに入ったトランペット片手に校舎の階段を昇って行く。

 

最上部。屋上への扉を開け放つ。

 

「暑っ!」

 

もう9月だというのに、相変わらず気温は高い。今度の雨でがくっと下がるらしいが、その後はまた暑くなるらしい。

 

水分補給を(おこた)ると熱中症でぶっ倒れるな……。

 

「さてと」

 

(何故(なぜ)か置いてある)パイプ椅子に座り、ケースからトランペットを取り出す。

 

構え、マウスピースを唇に当てる。

 

 

♪~

 

 

軽く試し吹き。チューニングは大丈夫だな。

 

さて、何を吹くか。……よし。

 

 

♪~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一曲吹き終え、一度ペットを下ろす。

 

「う~ん?」

 

椅子から立ち上がり、ペットを椅子に置いて歩き出す。

 

金網越しにグラウンドを見下ろした。

 

運動部の大会は夏休みまでに終わっているからか、部活中の生徒の数は少ない。

 

どのみち、3年生はもう引退しているはず。そもそもの部員数が少ないのだろう。

 

「さて、また吹くか」

 

そう思って振り返る。

 

「えっ?」

 

椅子の横に誰か立っていた。

 

「これ、キミの?」

 

制服姿の女性。この学校は制服で学年を判断できないから、先輩か同級生か……分からん。

 

「あ、いや。俺のやのうて、学校のやつです……」

 

念のため、丁寧な言葉遣いにする。

 

「ふうん? キミ、面白い喋り方だね」

 

「夏休み前に京都から越してきたばかりで、京都弁が抜けとらん……抜けてないんです」

 

「そっかー。今、これ吹いてたのキミだよね? あれ、なんて曲?」

 

「『Wednesday Night』*1です。知ってます?」

 

「知らないや。でも、良い曲だね」

 

「ありがとうございます」

 

しかし、この人は一体誰なんだ? 同級生ではない気がする。根拠はないけれど。

 

「キミ、トランペット得意なんだ?」

 

「まあ。小さい頃からずっと、吹いとるんで」

 

「じゃあ、他にも演奏してもらえるのかな?」

 

お?

 

「構いませんよ。あ、今楽器どけますんで、椅子にどうぞ」

 

「そう? ありがと」

 

俺がトランペットを取ると、彼女は椅子に腰掛けた。

 

「えっと、何かリクエストありますか?」

 

「そうだな……、必殺仕事人、とか?」

 

中々渋い曲だな。

 

「ダメだった?」

 

「いえ。大丈夫ですよ。ほな」

 

構え、息を吐く。

 

 

♪~

 

 

 

 

「お見事!」

 

吹き終えると、拍手してくれた。

 

「キミ、上手い……というか、プロみたいだね」

 

「ありがとうございます。まあ、一応人生の半分以上、トランペットと一緒に過ごしてきましたから……」

 

「流石だね。じゃあ、今度は……運動会とかで流れるトランペットの曲。曲名分かんないけど」

 

運動会のトランペット。

 

「おそらく『トランペット吹きの休日』ですね。これですか?」

 

そう言って、冒頭部分を吹く。

 

 

♪~

 

 

「そう! それ。いける?」

 

勿論(もちろん)十八番(おはこ)だ。

 

 

♪~

 

 

 

 

「凄い! 本当にプロみたいだよ!」

 

割れんばかりの拍手。彼女一人からのものだが、俺にはとても大きく聞こえてきた。

 

「そういえばさ。何でキミはここで一人で吹いているのかな?」

 

「そういうあなたこそ、こんなところで何していたんですか?」

 

一応、屋上は立入禁止ではないが、易々(やすやす)入って良い場所ではないはず(俺は先生に声掛けてあるので大丈夫……なはず)。

 

「アタシ? アタシはそこのタンクの上に寝転がって、空眺めてたのさ」

 

タンクって、あの給水塔のことか。

 

……梯子(はしご)で登る奴じゃないか。ここの制服スカート短いから、下から…………おっと。これ以上は。

 

「あ、別に授業サボって居た訳じゃないよ?」

 

「いやいや。それはアカンやろ!」

 

「当然。それで、キミはどうしてここに? 部活は?」

 

この人知らないのか。

 

「この学校、吹奏楽の部活がないんですよ」

 

「あ、そういえばそうだっけ」

 

…………。

 

「でも、ないなら作れば良いんじゃない?」

 

あっさり。俺の苦労も知らないで……。いや、名前も知らない相手の苦労を把握していたら、それはそれで怖い。

 

「簡単に言いますね」

 

「簡単だよ。この学校には、『部活』と『サークル』の二種類があって、前者は『二学年・四人以上』が条件だけど、後者は『二人』だけだよ。誰か誘ってサークル作れば良いじゃん」

 

その通り。その通りなんだけど……。

 

「誘う相手が居らんのです」

 

クラスの皆や、担任の安曇野(あづみの)先生にも相談したが、吹奏楽経験者は見付かっていない。流石に、全くの未経験者に声掛けて、名前だけ借りるのは失礼だろう。先方がそれを提案したのならまだしも。

 

「1学年2クラス。200人以上の生徒が居るのに、楽器吹けるのが俺一人って、けったいな話*2や……」

 

泣けてくる。

 

「そっかー。それは大変だったね」

 

椅子に座ったままだった彼女が立ち上がった。

 

「ならさ。こういうのはどう?」

 

「はい?」

 

俺の顔を真っ直ぐ見ている。

 

「アタシも楽器はさっぱりなんだけどね。名前貸してあげるからサークル作る、っていうのは?」

 

「えっ?」

 

「部室として音楽室が使えるかは分からないけど、形だけでもサークルがあった方が何かと便利だと思うよ」

 

それは一理あると思う。

 

現に、夏休み中もほぼ毎日学校に来て、トランペット吹いていたけれど、それは部活動として扱ってもらえず、体裁として『音楽の授業の補講』という形になった。

 

だから、体裁を整えるため、簡単なレポートを書いて提出してある。

 

今のこれも、補修扱い。これでもレポートを書くことになっている。

 

サークルが出来れば、部活動として扱われるから、それらが一切無くなる。

 

俺としては有り難い。しかし、

 

「あなたはそれで良いんですか?」

 

渋っている理由はさっきの通り。

 

「良いも何も。アタシが提案してるんだよ?」

 

「あっさり……」

 

それを、いとも簡単に蹴り飛ばしてしまった。

 

そんな、真剣な眼差しを向けられると、否とは言えないじゃないですか。とはいえ、ここまで言われたら断る理由なんて無くなっている。

 

「……それじゃあ、よろしくお願いします……」

 

頭を下げる。

 

すると、俺の前まで彼女が歩いてきていた。

 

右手を差し出されている。

 

ああ、そういうこと。

 

その手を握り返す。

 

「オッケー。じゃあ、申請書はキミが書いて提出しておいてね。アタシの名前使ってさ」

 

悪戯っぽく微笑む。ここ、そういう場面か?

 

あ……。名前使ってって言われても。

 

「俺、貴女の名前知らないんですけれど……」

 

「ああ。そういえば名乗ってなかったね」

 

手を離すと、彼女は歩き出し、フェンスを背にしてもたれる。

 

そして、口を開く。

 

「アタシは水谷(みずたに) 渋谷(しぶや)。二年生。よろしくね」

 

水谷先輩か……。

 

「俺は、一年の滝野(たきの) 純一(じゅんいち)です。よろしくお願いします」

 

 

 

これが、俺が初めて水谷先輩に出会った時の出来事で、『本栖高校吹奏楽サークル』のスタートだった。

 

 

 

*1
1972年4月から、1985年9月まで放送されていた『水曜ロードショー』のオープニング曲。『水曜日の夜』とも。

*2
妙な話・不思議な話 という意味



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 初日の出


先日は本当にご面倒お掛けしました。

この件とは別ですが、一部の話にて、挿絵の差し替え・追加を行いました。
改 マークが7月8日又は7月9日付になっているお話が該当します。

前にも書いている通り、私が現地で撮影した写真をアプリで少々加工したものになります。現地を訪れたことの無い方に少しでも参考になれば幸いです。

この写真撮影の為だけに、土曜日仕事が終わってから、雨の中車を浜松まで走らせたのは内緒ですよ(←書いたら意味ない)。



 

目覚ましセットしてあった6時に起きる。

 

何か、懐かしい夢を見たような……。まあ、良いか。

 

外は寒いはずだから、しっかり着込む。

 

一旦ここへ戻ってきてから浜松へ向かう予定なので、最小限必要な荷物だけを持って家を出る。

 

預かっている鍵で施錠し、ガレージのビーノのもとへ。

 

\アケオメ、コトヨロ/

 

「今年もよろしく。寒かっただろう?」

 

普段は囲まれたガレージの中に止めているから、風雨をしのげるし、多少の寒暖も大丈夫(勿論、空調は無いので、ある程度)。

 

それに対し、ここはカーポートこそあれど屋外だ。風は当たるし、雨が降れば濡れるだろう。

 

まあ、エンジンの掛かりも問題ないし、大丈夫だと思う。

 

 

 

 

 

叔父さんの家を出て、国道150号線を西へ走る。

 

40分位で福田(ふくで)海岸に到着。

 

えっと、バイクはどこに停めれば良いんだろう……あ。リンちゃんのビーノが停まっている。もう来ているのか。

 

俺のビーノをリンちゃんのビーノの隣に停め、歩いて行く。

 

おお。結構来ているな。この中にリンちゃんが居るのか。

 

まあ、後で探そう。

 

しかし。普段は何もないはずの砂浜に鳥居が立っている。ちょっと不思議な雰囲気だ。

 

おっと、風向き次第で焚き火の煙が流れてくる。立つ場所に気を付けよう……。

 

 

 

 

 

日の出まで10分少々。

 

今頃、大垣(おおがき)さんと犬山(いぬやま)さんは、鳥羽(とば)先生と一緒に身延山(みのぶさん)の山頂だろう。

 

各務原(かがみはら)さんは……何処かで桜さんと一緒に日の出待ち……。

 

お。段々と明るくなって……。

 

来た。

 

日の出だ。

 

 

 

 

 

 

 

初日の出。そういえば、こうやって初日の出を見たの、初めてかもしれないな……。

 

お。ラインだ。

 

 

 

リン:あけおめ。

 

リン:【画像】

 

大垣:みんなー! あけおめー!

 

大垣:【画像】

 

 

 

 

ここからの日の出の写真と、山頂からの日の出の写真が送られてきた。

 

犬山さんからは連絡が無いが、大垣さんと一緒にいるから省くとしても、各務原さんからの連絡が未だ無い。

 

何処に居るんだろう?

 

……もしかして、まだ日の出前の場所か?

 

 

んー?

 

あんなところに(やぐら)が組まれていて、人だかりが出来ている。

 

……餅投げをやっているらしい。

 

まあ、今から参戦しても遅いだろう。拾える気がしない。

 

焚き火に当たって暖を取ってから帰ろうか。

 

あ、リンちゃんにも声を掛けていこう。でも、何処に居るんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、リンちゃんは見付からなかった……。

 

帰ろう。一旦、叔父さんの家に戻ってから、綾乃の家に向かおう。

 

そう思ってビーノのところまで戻ってくると、何やらバイクで四苦八苦しているリンちゃんを発見。

 

「リンちゃん?」

 

「えっ? あ、滝野(たきの)先輩」

 

声を掛けると俺に気付く。

 

おっと、まずは。姿勢を正し、改めまして。

 

「明けましておめでとうございます」

 

「こちらこそ、おめでとうございます。本年もよろしくお願いします……」

 

年始の挨拶、一礼。

 

「何か困ってるみたいだけど、どうしたの?」

 

「あ。実は……餅投げに参戦したら、想像以上に取れてしまって……。積むのに一苦労です」

 

なるほど餅投げか。やっているのは見えたけど、俺は参加しなかった奴だな。

 

「あ。先輩、幾つか要りますか?」

 

「貰って良いの?」

 

「むしろその方が助かります」

 

「それなら……」

 

 

 

 

 

分けて貰った餅を積み込む。

 

「リンちゃんは、このあとの予定は?」

 

「キャンプ場に戻ってゆっくりします。チェックアウトしたら、内陸回って帰る予定です。3日に祖父が来るので……」

 

なるほど。新城(しんしろ)さんが。

 

「先輩は?」

 

「俺はこれから浜松に向かうよ。綾乃と約束してるから」

 

「なでしこの幼馴染みの子ですよね?」

 

「うん。綾乃もバイク乗ってるらしいから、ツーリングの約束をね」

 

「ツーリング……。良いなぁ……」

 

声漏れてるぞ、リンちゃん。

 

「今度誘うからさ。またの機会にね」

 

「……分かりました。では、失礼します」

 

リンちゃんのビーノのエンジンが掛かり、ゆっくりと走り出す。

 

「気を付けて」

 

\マタナー/

 

\タッシャデナー/

 

……。

 

見えなくなるところまで見送った。

 

さてと。

 

「お前、あのビーノと何話してた?」

 

\ヒミツダヨ!/

 

「なんでだよ!」

 

\ツカレタ、ハヤクカエリタイッテ/

 

まあ、50CCだし……。長距離は大変だろう。

 

運転するリンちゃんはそうでもないみたいだったけど。

 

「そういうお前は大丈夫なのか?」

 

\ビワコ、イクッテイッタ/

 

勝手に……。誰が琵琶湖まで行くかよ。遠すぎる。

 

まあ良い。そろそろ出発しよう。

 

 

 

ん? 再びライン。

 

今度は……各務原さんからだ。

 

 

 

各務原:みんな! 明けましておめでとうございます!

 

各務原:【画像】

 

各務原:高下(たかおり)からのダイヤモンド富士初日の出です!

 

 

 

そうか。各務原さんは高下に行っていたのか。

 

ダイヤモンド富士初日の出は、富士山の火口から昇る日の出で、標高の分日の出も遅い。

 

だから連絡も遅かったんだ……。

 

しかし、綺麗だな。写真がこれだけ綺麗なんだから、実際に現地で見られれば最高だろう。

 

 

さて。今度こそ帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは。一晩お世話になりました」

 

「気を付けて」

 

「また来てくださいね」

 

「安全運転で!」

 

皆に見送られながら、叔父さんの家を出発する。

 

さっき走った道を、また同じ方向へ走る。

 

福田(ふくで)海岸の入り口を、今度はそのまま通過。西へ向かって進んで行く。

 

 

 

好き勝手に細い道とかを走っていたら、一本南側の道に入っていた。これも国道150号線らしい。

 

えっと……? この先には有料道路があるのか。

 

ビーノでも走れるよな? 自専道*1じゃないから大丈夫だな。

 

遠州大橋。えっと、……二輪車は100円。

 

 

料金所で一旦停止。

 

「お願いします」

 

係員に100円を渡す。

 

「はい。100円ですね」

 

さて、それでは発進……。

 

「ちょっと! お兄さんちょっと待って!」

 

えっ? 慌てた様子で呼び止められる。

 

「お釣! 90円」

 

「えっ? お釣ですか?」

 

「それ、原付二種でしょ? 通行料金は10円です」

 

あ! そうか。

 

「すいません。つい数日前まで普通二輪乗ってたので、つい」

 

「そういうことですか。はい、お釣と領収書です」

 

お釣90円。

 

「ありがとうございます」

 

それなら最初から10円出しておけば良かった。財布が膨らんでしまった……。

 

10円ということは、うまい棒でも通して貰えるのだろうか。

 

\ソンナワケアルカ!/

 

だよね。*2

 

 

 

 

 

国道150号線から301号線へ。こちらはかつての国道1号線の方。海沿いの浜名バイパスは一部自専道になるため、このビーノでは走れない。

 

さて、今日は元日。只今11時半。

 

コンビニバイトには盆も正月も関係無い。綾乃は今日もお仕事、ということで、今すぐ家に行っても仕方無い。

 

そもそも、当初予定では今ぐらいの時間に家を出る予定だったから、時間はたっぷり余っている。

 

……せっかくだし、少し先まで行ってみるか。

 

ここまで来れば、一つ山の向こうは、愛知県豊橋市。渥美半島もそんなに離れていない。

 

夕方に行くと言ってあるから、渥美半島一周するくらいの時間はある。

 

……もちろん、そんな無茶はしないが。

 

 

 

 

*1
自動車専用道路

*2
遠州大橋は、2019年9月28日に無料化されています。



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 綾乃の家へ。棚ぼたツーリング

 

適当なところにビーノを停車させ、スマホを操作する。……どれどれ。

 

浜松基地広報館・エアパーク、うなぎパイファクトリー、舘山寺(かんざんじ)ロープウェイ、夢工場直売店*1、浜名湖パルパル、舘山寺温泉……。観光名所や遊園地、博物館なんかが点在しているんだ。

 

まあ、今日は元日だから営業していないところもあるみたいだけど。

 

 

 

「おっと!」

 

スマホを操作していたら、着信が。

 

ライン電話だ……綾乃から?

 

「もしもし?」

 

ホルダーからスマホを取り外し、耳に当てる。

 

「綾乃? どうしたの?」

 

『あ、お兄さん。お久し振りです。明けましておめでとうございます』

 

「こちらこそ、今年もよろしく。で、どうしたの? 急に」

 

電話口はいつもののほほんとした声色、急な用件ではないみたいだが。

 

『お兄さん、今どの辺りですか?』

 

「えっ? えっと……」

 

どの辺り、と言われてもなぁ……。良く分からないんだが。

 

あ。

 

前方を見ると、バス停が立っている。

 

舞阪(まいさか)協働センター……? の近く」

 

停名を見て、そう答える。

 

『えっ? もう浜松来ているんですか! 昼に出発するって聞いてましたけど』

 

「まあ、色々あってね……」

 

と言うほど深い理由でもないが。

 

『じゃあ、一度家に来ますか? あたしがバイトの間、もし何処かへ行くとしても、荷物置いていけば楽ですよね?』

 

「確かに」

 

さっき、福田(ふくで)海岸に行った時も軽くて走りやすかった。それが可能ならその方が良いだろう。

 

「じゃあ、今から綾乃の家行くわ」

 

『了解です。そこからなら5分くらいですね。待ってます』

 

「よろしく」

 

電話を切る。

 

 

 

さてと。

 

スマホをホルダーにセットし…………ん?

 

あれって、もしかして……いや、間違いないよな?

 

俺は今、協働センターの前に止まっていて、ここは国道から外れた脇道なんだけど、国道を見覚えのあるバイクが通過して行った。

 

「あれって……」

 

\シマリンビーノダヨ/

 

やっぱり。

 

しかし、なぜこんな所に? 山梨へ帰るって言ってたけど。

 

時間があるからかなり大回りをして行くのだろうか?

 

まあいいか。困ったことがあれば連絡がくるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綾乃の家に到着。

 

前に来てから1ヶ月も経っていない。来るのは二度目だが、不思議と『久し振り』という感じがしない。何故だろう……。

 

インターホンを鳴らす。

 

『はい』

 

この声は、確かお母さんだ。

 

「こんにちは、滝野です」

 

『ああ、純一くんね。いらっしゃい、今行くわ』

 

少し待つと、玄関が開いた。

 

「いらっしゃい。遠路遙々お疲れ」

 

話振りからお母さんが出てくるかと思ったが、出迎えてくれたのはお父さんだ。

 

「明けましておめでとうございます。今日はよろしくお願いします」

 

「明けましておめでとう。さ、上がって上がって」

 

お父さんに促され、上がらせてもらう。

 

さっき、ガレージに停めたビーノを二度見していた。とはいえ、何も言われないということは、停めた場所は問題ない、ということだろう。

 

この流れ、お父さんもバイクに詳しいのかな?

 

 

 

 

食卓に通される。

 

「あ、いらっしゃい。明けましておめでとう」

 

「お兄さん、あけおめことよろです」

 

綾乃のお母さんと綾乃からだ。

 

「こちらこそ。明けましておめでとうございます、本年も宜しくお願いします」

 

テーブルを見ると、おせち料理が並んでいる。

 

「あ、滝野くんも食べる?」

 

「あ、じゃあ少し……」

 

叔父さんのところで既にいただいているから、そんなにお腹はすいていない。

 

あ、でももうすぐ昼か。

 

「お兄さん、あたしはこのあとバイト行きますけれど、お兄さんはどうしますか?」

 

「ん? どうしようかな……あ~」

 

欠伸(あくび)が出てしまった。

 

「ははは。滝野くんはお疲れのようだね。今日は家でゆっくりすると良い」

 

お父さんに笑われてしまったが、もっともな話だ。

 

久し振りの長旅で疲れている感じだから、少し寝させてもらおう……。

 

「それでしたら、お言葉に甘えて……」

 

「前の時の部屋にお布団準備してあるから、自由に使って良いわ。数日泊まるんでしょう?」

 

そういう話になってるの?

 

まあ、今更だし気にしない。

 

「ま、まずはご飯にしましょう。雑煮もあるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご飯を頂いて用意された部屋で寛ぎ……寝てたけど。

 

目が覚めたのは夕方近く。そろそろ綾乃のバイトが終わる時間だ。

 

せっかくだし、散歩も兼ねて迎えに行くか。

 

部屋を出て食卓へ向かう。

 

綾乃のご両親はテレビを観ていた。

 

「ちょっと歩いてきますね」

 

そう声を掛ける。

 

「了解」

 

「気を付けてね」

 

「ありがとうございます。行ってきます」

 

玄関を出て、ガレージを覗く。

 

綾乃のバイクは停まったままだ。歩いて行ったらしい。

「さて。では散歩に行きますか……」

 

\キヲツケテナ!/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歩いても数分のところにあるコンビニへ到着。

 

「いらっしゃいませ~」

 

自動ドアを潜ると、店員から声が掛かる。

 

「あ、お兄さん」

 

入ってすぐのところに綾乃が立っていた。仕事が終わった後らしく、着替え終えている。

 

「綾乃、お疲れ様」

 

「お、土岐ちゃん終わりだっけ。……ん? 何方?」

 

俺が綾乃に声を掛けるのと同時に、私服姿の男性が声を掛けた。

 

「あ、店長。今日はこれにて失礼します」

 

店長のようだ。

 

「えっと、彼はツーリング仲間です。明後日の休みで一緒に走りに行くんですよ」

 

「そうか。因みに、君は何処から来たんだい?」

 

「山梨の市川三郷町からです」

 

こう答えると、店長は一瞬目線を逸らし考える素振りを見せてから、驚きの声を上げる。

 

「うわぁ……。遠いところからわざわざ来てくれたんだねぇ。可愛い彼女のために……」

 

…………えっ?

 

「いやいやいや! そういう関係では無いですよ!」

 

慌てて否定する。飛躍しすぎ。

 

「あらら? 違うのか」

 

「そうですよ店長。彼氏というよりは、お兄ちゃんといった感じですよ」

 

綾乃も否定した。しかし、それで良いのか?

 

「そうか、まあいいや。土岐ちゃん、明後日の休みがツーリングか……」

 

「はい。その予定です」

 

「……あっ! そうだ。そうだった!」

 

急に、店長が声を上げる。あまりにも大きな声だったから、店内の視線が集まった。

 

俺と綾乃は驚いてしまったが、店長は大して気にしていない様子。

 

「土岐ちゃん。実は俺、シフトミスしててね。3日だけ休みにしていたけどさ、4日も休んでもらって大丈夫だよ」

 

「えっ? ……すると、あたし三日間休みですか?」

 

「うん、そういうこと。急で申し訳ないんだけど、宜しくね。だからまあ、楽しんでおいで」

 

店長に目配せされる。なるほどそういうことか。

 

シフトミスが、本当なのか建前なのか別として、ツーリングに行く時間をくれた、ってことだろう。

 

棚から牡丹餅って感じだな。

 

()()()()()()()()……とか?

 

 

 

 

 

店長へのお礼も兼ねて、お菓子を買えるだけ買って、綾乃と共に店を出る。

 

「そんなに沢山お菓子買ってどうするんですか?」

 

両手に提げたレジ袋を見て、呆れた声でそう言われた。

 

「休み増やしてくれた店長へのお礼も、って。それに、これを明日行く各務原(かがみはら)さんのお祖母さん家に持っていけば、ゆくゆくは各務原のお腹に入る」

 

「なるほど……!」

 

あれ? 納得してもらえた?

 

「それで? 明日は各務原さんの家に行くとして、明後日の予定は決まっているのか?」

 

「ん~。正直未定ですね。ただ、国一*2の方は混雑すると思うので、山の方へ行こうかな……って考えてます」

 

山の方か。新城さんの家も、ここから見れば山の方だな。

 

とはいえ、彼は明後日山梨へ行くわけだから、訪ねて行っても会えない。

 

「まあ、ゆっくり考えれば良いんじゃないか? 明後日だし」

 

二人並んで歩いて行く。

 

「そういえば、お兄さんバイク変えました?」

 

「いや、変えてないよ。あのトリシティは代車だったんだよ」

 

「代車?」

 

「そう。オイル交換に出したら、重要部品の交換が必要だったらしくて。その間の代車が、あのトリシティだったわけ」

 

そう答えるなり、綾乃がにやける。

 

「え、つまりその代車がパンクしたってことですよね~?」

 

「そういうこと。勘弁してくれって話だよ。まあ、そのお陰でこうして綾乃と知り合えたんだから、今となっては感謝だよな」

 

きっかけなど、些細なものだったりする。

 

「さて。家に着きましたよ」

 

「あ、本当だ」

 

話していたらあっという間だった。

 

 

\オカエリー/

 

 

 

*1
『ブラックサンダー』で有名な有楽製菓の直売店。この中では唯一愛知県豊橋市にある。

*2
国道1号線





書きたい・書こうと思っていること が多すぎて、うまく纏まらない……。

これ、原作だと5話(24話~28話 コミック5巻)で終わっている話が、まだ半分も終わっていない感じです(汗)

まあ、これはすなわち、綾乃の出番が沢山あるわけですから、お楽しみいただけると嬉しいです。


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 綾乃と展望台までお出掛け


本当は書くつもりのなかったお話です。

急いで書いたので、いつも以上に駄文になっていると思います。ですが、お読みいただけると有り難いです。


余談ですが、歩行者信号や車両感知式信号機の表示って、都道府県警察によって異なるらしいですね。

私の住む岐阜県は、感知式信号機には何の表示も無いです。歩行者信号は、普段は点滅してるイメージありますけど、やはり都道府県警察で異なるんでしょうか……?



 

「そうだ。お兄さん、今からちょっと出掛けませんか?」

 

バイトの終わる時間を見計らって綾乃をコンビニへ迎えに行き、一緒に家まで帰ってきた玄関先で。ふと、綾乃がそう言った。

 

「今から?」

 

空を見上げると既に辺りは暗くなり始めている。こんな時間から何処へ行こうと言うのだろう?

 

()()()だから良いんですよ。夜景スポットですから!」

 

「近いの?」

 

「バイクで往復一時間ちょっとかなぁ……」

 

そんなに遠いところではなさそうだ。

 

「オッケー。じゃあ行こう」

 

今日は昼頃にここに着いてからほとんど寝ていたので、少しは出掛けた方が良いだろう。コンビニへの往復程度じゃあ動いたとはいえない。

 

とか言いながら、夜景が楽しみだったりする。

 

「分かりました。じゃあ、その荷物置いてきますね。ついでに、お父さんに声掛けてきます」

 

決まったら早い。綾乃が俺の持っているお菓子を取り、家へと入って行く。

 

「さてと」

 

バイクで、と言っていたから準備が必要だ。

 

\オイ マジカ/

 

許せ。

 

えっと……。ヘルメットは自分のを持ってくるだろう。

 

ガレージからビーノを引っ張りだし、スタンバイ。

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

数分後、綾乃が出てきた。

 

ヘルメットにグローブ、ゴーグルまで着用していて準備万端だ。

 

「それじゃあ行くか。後ろ乗って。道案内は頼むよ」

 

「えっ? タンデムで行くんですか?」

 

タンデム……? ああ、二人乗りという意味か。

 

「その方が良いだろ? ガソリンの節約にもなるし、なにより綾乃が疲れてるだろうから。まあ、バイクの後ろに乗ったって疲れるけど、自分で運転するよりかマシだろ?」

 

「ま、まあ、そうですね。分かりました」

 

少し戸惑いつつも、了承してくれた。

 

俺が先に跨がり、綾乃が後ろへ。

 

「それじゃあ行くよ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

綾乃の案内でビーノを走らせる。

 

辺りは暗く、前に二人で乗った時同様、何処を走っているのかイマイチ分からない。

 

感覚的には(勘か?)、湖からそんなに離れていないところを走っているんだと思う。

 

「次の信号を右折です」

 

信号……あれか。

 

「オッケー」

 

「歩行者信号なので気を付けてください」

 

あ。確かに『押ボタン式』というプレートが付いている。

 

「了解」

 

「あと、右折した先が踏切です」

 

「ほい」

 

歩行者信号ということは、待っていても変わらない。対向車が途切れたタイミングで一気に曲がる。

 

で、曲がった先は踏切。

 

左右の安全確認。良し。

 

国道から脇道にそれた感じだな。

 

「そこ、曲がります」

 

「了解」

 

細かな指示をもらいながら走る。

 

いつしか山道になっていた。

 

登坂でカーブ。後ろに綾乃が乗っているから、いつも以上に慎重な運転を心掛け……。

 

そうして辿り着いた場所は。

 

『奥浜名湖展望公園』?

 

 

 

 

 

目の前には木製(に見えるだけで、実際は鉄筋コンクリートかな?)の展望台が(そび)え立つ。

 

ビーノを停め、エンジンを切る。

 

\サムイ!/

 

「お兄さん。展望台登りますよ」

 

綾乃に誘われ、階段を登って行く。

 

「そういえば、お兄さんのバイク。後ろのボックス、変な形してますよね」

 

リアのボックスのことか。

 

「ああ、あれ特注品らしいよ。俺がトランペットを持ち運ぶから、作ってもらったらしい」

 

「特注品! それは凄いですね。……って、トランペット?」

 

「言ってなかったか? 俺、吹奏楽サークルに所属しててトランペット吹いてるって」

 

「あ~。何か聞いたことある気がします」

 

そんな話をしながら、階段を登り終える。

 

「おお!」

 

眼下に広がるのは浜名湖周辺の夜景だ。

 

「なでしこがここから見る浜名湖が大好きで、よく来てたんですよ。まあ、あたしは疲れるからあんまり来なかったけど」

 

各務原(かがみはら)さんが? まさか、あの坂道を自転車で?」

 

「その通りです」

 

「各務原さんらしいなぁ……」

 

苦笑い。

 

まさか、とは言ったが、彼女の体力を知っているから大して驚かない。

 

「あの辺が弁天島ですね。あっち、明るい所は浜松駅です」

 

綾乃が指差しながら、場所を説明してくれる。

 

「あれは浜名湖サービスエリアかな?」

 

「よく分かりましたね」

 

湖に掛かる橋、交通量が多いからあれは東名高速道路だろう。その脇にあるから、だろうと思った。

 

 

 

 

 

 

「あたし、なでしこが山梨でキャンプ始めたって聞いた時、本当は『こんな寒い時期にキャンプって、何やってんだよ?』って思っていたんですね」

 

黙って景色を眺めていたら、綾乃が不意に口を開く。

 

寒い時期にキャンプ。確かに、それをする人は限られる。でなければ『オフシーズン』にならない。

 

「しかも、最初はお正月はこっちに遊びに来るって言ってたのに、短期バイトで来れなくなったって聞いて……」

 

今頃大忙しだろう。休み無しって言っていたから。

 

「だから、お兄さんがこっちに来るって聞いた時、めちゃくちゃ嬉しかったんですよね」

 

これ、前同様『俺から聞ける各務原さんの話』を期待しているのだろうか……?

 

「お兄さん、冬のキャンプって何が良いんですか?」

 

「冬キャンか……。良いところは色々あると思うよ」

 

『人が少ない』『虫がいない』『冬しか見れない景色が見れる』等々……。

 

「なるほど。逆に、悪いところってありますか?」

 

「勿論あるよ。むしろ、こっちの方が多いかな」

 

『人が少なく、何か起きたときが大変』『冬季閉鎖で利用可能施設が少ない』『凍結対策で水道やトイレが遠くなる』『寒い』『防寒対策で荷物が多くなる』等々……。

 

「そのリスクを背負ってまでキャンプするんですよね……。やっぱりよく分からないや」

 

「それをどう思うかは、人それぞれだからなぁ……」

 

『冬のソロキャン好き女子高生』っていうと、リンちゃんぐらいしか思い当たらないが、『冬のソロキャン好き』な人なら、うちのキャンプ場でも時々見掛ける。

 

ソロを楽しむ人。それぞれにそれぞれ理由があるんだろう。

 

「綾乃もキャンプしてみれば、何か分かるんじゃないか?」

 

そう、問い掛けてみるも、返事は来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「寒くなってきましたし、そろそろ帰りましょうか」

 

「了解」

 

ここに居た時間は20分程度だけど、段々寒くなってきた……。

 

でも、来て良かったなぁ。

 

「早く帰ってお風呂に入りましょう!」

 

「順番だぞ?」

 

「え~。一緒に入りましょうよ~」

 

「駄目に決まってるだろ! それより、お風呂の準備出来てるか、確認しとかなくて大丈夫か?」

 

「……もしもしお父さん? お兄さんと一緒にお風呂入って良いかな?」

 

「こらっ!」

 



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 綾乃とお昼ご飯。ゆりかもめの駅


本来、今日は投稿する日ではないのですが、今日は『土用の丑』ですね。

と、いうわけで、ゆるキャン△アニメ史上最強の飯テロ回(?)をお送りします。



 

話に花が咲き、昨日は寝るのが遅くなってしまった。

 

二人揃って(※部屋は別)盛大に寝坊し、起きた時には昼を過ぎていた。

 

「それじゃあ、行って来ます」

 

「気を付けて!」

 

「行ってくるね~」

 

綾乃のお母さんに見送られながら、出発する。

 

 

 

『お兄さん、曲がる前には言いますからね! 気を付けて行きましょう!』

 

前を走る綾乃からだ。

 

「了解。どうした? そんなにはしゃいで」

 

『だって、走りながら話せるんですよ? 楽しいじゃないですか!』

 

そう。

 

出発前に、俺は買っておいたヘッドセットを綾乃に渡したんだ。俺はリンちゃんから貰ったのがあるので、綾乃のを買った。

 

ラインは既に交換してあるから、これで走りながらでも会話が出来る。

 

「まあね。楽しそうで何より」

 

『お兄さんはなんでつまらなさそうなんですか?』

 

「別にそんな訳じゃないよ。ただ、あまりはしゃいで疲れると、明日に響くからな。明日は朝早いんだからさ」

 

『それもそうか。ところで、お昼どうしますか?』

 

お昼。そういえば、起きるのが遅くなったから、まだ食べていない。

 

「任せるよ。そうだ、お正月関係無く働く綾乃を労って、お昼は俺が奢ろうじゃないか」

 

『マジで! 良いんですか、お兄さん!』

 

おお、綾乃の嬉しそうな声。

 

「マジで。何でも良いよ。勿論、鰻でも」

 

『ち、ちょっと冷静になりましょう』

 

しかし、急に声が震えだした。

 

信号で綾乃が停まる。

 

俺も続いて停車。

 

あ、綾乃がこっちを振り向いた。ゴーグル付けているから表情は分からないが、冷や汗が見えた……ような?

 

『今の、本気で言ってますか?』

 

こっちを見ているので、グッドサインをする。

 

「本気。お金のことは気にしなくて良いから。焼肉食べ放題でも構わんよ。まあ、こんな時間から営業してるから分からないけどさ。あ、青なったよ」

 

発進する綾乃に続く。

 

『……それじゃあ、鰻にしますか。この先に、美味しい鰻屋さんがあるんですよ』

 

「ならそこに行こう。道案内よろしく」

 

『えっ。半分冗談だったんですけど。マジですか?』

 

「マジ。よし、そこに行こう!」

 

そこはかとなく乗り気ではない感じの綾乃に対し、俺は決定を通した。

 

 

 

そんな金何処にあるのか、と思われるかもしれないが、俺は普段からキャンプ場間のやり取りなどで地道に稼いでいる。

 

あれで発生している報酬は、『お前がやっていることだから』と、父からほぼ全額貰っている。

 

まあ、バイクの維持費で収支はほぼトントンだからあまり手元には残らないんだけど……。

 

 

 

じゃあ鰻代は何処から捻出するのかって?

 

黙っていたが、御前崎(おまえざき)の叔父さんと綾乃のお父さんからお年玉を貰っている。

 

叔父さんは親戚だから、遠慮しつつも受け取ったのだが、綾乃のお父さんには驚いた。

 

泊めてもらっているのだから、むしろ幾らか払う側だ、と断ったのだが、あんなことを言われてしまったら、受け取らないわけにはいかないだろう……。そのお金を綾乃に還元する形になるからバチは当たるまい。

 

まあ、そんなわけだからお金の心配はないのだ。

 

 

 

 

 

 

エイプが駐車場に入って止まった。それに続く。

 

ここが言っていた鰻屋だろう。暖簾(のれん)には鰻と思われる絵が書かれている。

 

ヘルメットとヘッドセット、グローブを外す。

 

「本当に良いんですよね? 結構なお値段ですよ」

 

(いぶか)しむ声を他所に暖簾を眺める。確かに、高そうな雰囲気がある。

 

「言っただろ。大丈夫、男に二言はない」

 

「分かりました。入りましょう」

 

綾乃に続いて入店。

 

うん。特上一人前四千円。普段なら手の届かない金額だ。でも、今の俺は迷うことなく特上二人前を頼む。

 

カウンターの目の前で、生きた状態から捌いてくれる鰻屋は初めてだ。

 

 

 

結論だけ言おう。鰻はとても美味かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄さん。せっかくだし、ちょっとだけ寄り道して行きましょう」

 

お店を出て、バイクのスタンバイをしていると、不意に綾乃がそう言った。

 

「寄り道? 構わないけど、何処?」

 

「浜名湖佐久米駅です。この時期限定で、面白いものが見られるんです」

 

浜名湖佐久米駅……前回浜松に来たときに小休止した東都筑(つづき)駅の隣か。

 

 

 

『到着です』

 

ちょっと寄り道、この言葉通りすぐのところでエイプが停まる。

 

「……? あ、これトイレか」

 

駅前には巨大な牛が鎮座していたが、隣駅には巨大なミカンがあったし、大して驚かない。

 

「あれ? トイレでの反応薄いなぁ……。でも、こっちに来れば驚きますよ」

 

「えっ? ちょっと!」

 

既に驚いています。

 

何故かって? 綾乃が俺の手を取り、駅舎へと(いざな)うからだ。

 

急に女の子に手を握られたら驚くよ、普通。急にどうしたんだろう……?

 

 

 

駅前の階段を昇り、駅舎に入る。

 

無人駅らしく待合室の機能だけの駅舎を抜け、ホームに出ると……。

 

「うわっ!」

 

目の前を白い何かが横切った。

 

「ゆりかもめ?」

 

それが鳥というのに気付くまで、時間は掛からなかった。

 

ホームの先には浜名湖が見えるんだけど、ホームや線路、その先の堤防など、至るところにゆりかもめが止まっている。

 

勿論、飛んでいるのも。

 

「ほれっ」

 

綾乃が手を伸ばす。

 

手のひらに餌があると思ったのか、数羽のゆりかもめがやって来るが、手の前でホバリングし、何もないことに気付くと去ってゆく。

 

「人馴れしてるんだな」

 

さっきのもそうだし、ホームに止まっているのも。多少近付いたぐらいでは逃げていかない。

 

屈んで目線を合わせてみる。

 

【挿絵表示】

 

お、此方を見て首を傾げた。

 

「か、可愛い……」

 

飛んだり止まったり、湖面に着水したり。と、思ったらまた飛んでホームへと戻ってくる。

 

「本当に可愛いなぁ……」

 

何時まででも眺めていれそう。

 

「お兄さん、そろそろ行きましょうよ?」

 

「そ、そうだな……」

 

いかん。本来の目的を忘れそうだった。

 

立ち上がって歩き出そうとすると……。

 

『フオォーン』

 

ん? これは電車*1の警笛か?

 

振り向くと、電車が接近してきている。

 

「うわっ!」

 

「わ~!」

 

ゆりかもめに襲われる(?)。

 

ゆりかもめが電車に轢かれないように鳴らした警笛で、俺たちがゆりかもめに轢かれた……。

 

 

 

 

 

 

 

結局各務原(かがみはら)さんのお祖母さん家へ行くのは夕方になってしまった。

 

綾乃は夜のバイト(とはいっても、高校生は22時迄しか働けない。それと、決していかがわしい仕事ではない)だから、顔を出して終わりになりそうだ。

 

 

さっき、舘山寺温泉の辺りで潜った東名高速を再び潜る。高架下に踏切がある。ちょっと面白い光景だな。かわりに、見通しは悪そうだけど。

 

湖畔の道路を進むと、エイプが止まった。

 

「ここです」

 

そう言って指差す家には、玄関先に見覚えのあるバイクが止まっていた。

 

 

 

「こんにちは~。綾乃です」

 

「あら、アヤちゃんいらっしゃい!」

 

綾乃が、勝って知った家のように玄関を開いて入って行く。

 

そして、当たり前のように出迎える家人。

 

家族ぐるみでの長い付き合いとは聞いているが、それを証明するようなやり取りだ。

 

「あら? あなたが滝野(たきの)くんね? 孫たちから聞いてるわ」

 

俺に気づく。

 

孫たちってことはあの二人からか。どんな話を聞いているのだろう……?

 

「えっと、初めまして。滝野 純一(じゅんいち)です。よろしくお願いします……」

 

「こちらこそ。さ、上がって頂戴。外は寒かったでしょう? おこた入りなさい」

 

見た感じだと、犬山さんのお祖母さんとは違ってふんわりとした優しそうな人だ。

 

「ごめんねお祖母ちゃん。気持ちは有り難いんだけど、このあとバイトあるからすぐ帰るね」

 

「あら、そうなの……。わざわざ来てくれてありがとうね」

 

「いえいえ。いつもお世話になってますから。改めまして。明けましておめでとうございます。今後ともよろしくお願いします」

 

律儀な人だ。顔を出すだけになっても、ちゃんとここまで来たんだから……。

 

「こちらこそ、今年もよろしくね。あ、滝野くんは上がっていくんでしょう? さ、どうぞ」

 

あれ?

 

俺も綾乃と一緒にお(いとま)するつもりだったのに……。

 

「それじゃあ私はこれで」

 

そう言って出ていこうとする綾乃は、心なしか笑っているように見えた。

 

「また来てね」

 

 

 

 

*1
天浜線は非電化路線のため、気動車 が正しい



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 各務原さんのお祖母さん家にて。リンちゃんと展望台までお出掛け


お待たせしております。

いやあ、先日の土用丑は大忙しでした。
私は直接うなぎに係わる仕事はしていないんですけれど、本当に忙しくて結局朝から夕方まで休憩無しでしたよ……。
でも、うなぎ は一切しか食べてないんですよね(汗)

さて、うなぎ回が終わったら次はツーリングですね。

……の前に。

今回はリンちゃんがとある行動に出ます。



 

綾乃と各務原(かがみはら)さんのお祖母さんの家に来た。

 

来たまでは良かったが、遅くなってしまった関係で、バイトがある綾乃は先に帰って行った……。

 

家に残されたのは俺一人。

 

「どうぞ」

 

居間へ通された。炬燵(こたつ)がある。

 

「改めまして、私は各務原 真知子です。孫たちがいつもお世話になってます」

 

「いえいえ。お世話になってるのは俺の方です」

 

座る前に挨拶。俺は既に玄関で名乗ったから、ここで言う必要はないだろう。

 

しかし、お世話になっているのは俺の方なんだけどなぁ……。

 

「なら、そういうことにしておきましょう。さ、おこた入りなさい。外は寒かったでしょ? 今お茶入れるから」

 

「あ、でしたらこちらを。つまらない物ですが……」

 

持ってきているお菓子を差し出す。

 

各務原さんの口に入るよう、賞味期限の長いもの、そして他人(ひと)様に渡しても失礼のないような、箱・缶に入っているものを選んである。といっても、コンビニで取り扱っているものだから、種類は限られるけど。

 

「あらまあ。ご親切にありがとう。せっかくだし、頂きましょうか」

 

…………。

 

 

 

 

 

俺の持ってきたお菓子をお茶請けに、お茶を戴く。

 

「孫たちから聞いているけれど、滝野(たきの)くんは なでちゃん の先輩なのよね?」

 

「はい。一つ上になります」

 

「同じ部活に所属してるって聞いているけど」

 

「そうですね。俺は別で『吹奏楽サークル』に所属してますが、各務原さんも居る『野外活動サークル』にも属しています」

 

「なるほどねぇ……」

 

これ、どういう話になるんだろう?

 

「えっと……その『野外活動サークル』? で、キャンプに行ったりしてるって聞いてるの。あなたも一緒に行ったのかしら?」

 

「そうですね。同じサークルですから。楽しんでいますよ、各務原さんも」

 

そうして、俺は各務原さん……基 野クル で行ったキャンプの時の、各務原さんの話をした。

 

パインウッドでの話、一緒に夜景を見に行ったこと。

 

リンちゃんと一緒にうちで焼肉キャンプした話。

 

クリキャンでの子ども達と仲良くなった話、翌朝のご飯の話。

 

これとは別に、年末年始に働けることになったときの話もした。

 

「それは良かった」

 

俺が話終わるまで黙って聞いていたお祖母さんが口を開いた。

 

「なでちゃんのことだから、山梨行ってもすぐに友だちが出来るとは思っていたけどね。アヤちゃんと別れる時のことを考えると、ちょっと心配だったのよ」

 

「各務原さんは凄いですよ。色々な人とすぐに仲良くなりますし、野クルにとっても良い意味で起爆剤でしたから……」

 

『キャンプがしたい!』という思いで、大垣さんと犬山さんが立ち上げた野外活動サークル。4月から10月迄の間、何もしていなかったのが、各務原さんが入部して、俺も(当初は名前だけのつもりで)入部して……。ようやくキャンプへと至ったのだ。

 

別に発足人二人がダメだ、と言うつもりはないが、各務原さんがいなかったら未だにキャンプしていなかったのでは……と思ってしまうほどだ。

 

「そう言ってくれると嬉しいわね」

 

お祖母さんがお茶を啜る。絵になるなぁ……。

 

と、思った矢先、真面目な顔つきになった。

 

「滝野くんはなでちゃんのこと、どう思っているの?」

 

来ましたよ。この質問。

 

何となく警戒していたけれど、聞かれますよね。

 

「可愛い妹、って感じですね。まあ、野クルのメンバー全員妹みたいな感じですからね、『妹増やしすぎ!』って、本当の妹に怒られてますけど」

 

苦笑いしつつ、お茶を啜る。

 

「そう……。良かった」

 

優しく微笑んだ。

 

う~ん。これはどういうことだ?

 

「えっと……」

 

「そういえば、リンちゃんとも仲が良いのね」

 

あれ、話を逸らされた。

 

 

 

って、リンちゃん!

 

「はい。えっと……玄関前にリンちゃんのバイクが止まってるのを見ましたけど、来ているんですか?」

 

「ええ。今晩はここに泊まるの」

 

 

お祖母さんから聞いた話だと、

 

 リンちゃんは年越しを磐田のキャンプ場で迎えたものの、身延が積雪で路面凍結し、自力で帰宅できなくなったらしい。

 

 それで、咲さんから『三日にお父さん*1が山梨来るついでに、ビーノごと拾うから、それまでゆっくりしてきなさい』という話になった。

 

 そして、ネットでこの辺りのキャンプ場を調べたところ、弁天島近辺で格安のキャンプ場を見付け、そこで一泊。

 

 もう一泊はどうするか……? と、迷っていたところ、その事を知った各務原さんから、お祖母さんの家を勧められた。

 

とのこと。

 

 

 

「なるほど。そういうことなんですね……」

 

昨日、舞阪で見掛けたのは、弁天島のキャンプ場に宿泊するためだったのか。

 

しかし、当の本人は見当たらない。

 

「リンちゃんは今……」

 

「ところで滝野くん」

 

話を遮られてしまった。

 

「お昼ご飯は食べてきたの?」

 

話が逸れた?

 

「はい。来る途中のうなぎ屋さんで……」

 

「あら。それって佐久米駅近くのうなぎ屋かしら?」

 

「はい。ご存知なんですね」

 

「勿論よ。あそこは元日から営業しているからね。リンちゃん、そのうなぎ屋さんに夕御飯に行ってるよ」

 

なるほど。じゃあ、ここには来ているけど、今家には居ない、ということになるな。

 

「あなた達が訪ねてくる30分くらい前に出掛けて行ったけど、何処かで会わなかった?」

 

丁度、駅でゆりかもめと戯れていた時だな。タッチの差 とはこの事だろう……。

 

「すれ違っちゃってますね。綾乃に誘われて駅でゆりかもめと遊んでいたので」

 

「そうなのね。驚いたでしょう?」

 

「はい。人馴れしていたので、びっくりしました」

 

「昔から餌をあげている人が居るのよ。その人のお蔭なの」

 

「なるほど……」

 

しかし、いくらお正月とはいえうなぎを食べに行くとは。お金持っているなぁ……って、俺が言ったら嫌味になってしまう。

 

「帰りました」

 

玄関の方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「あら、帰ってきたみたいよ」

 

「あ、滝野先輩。来ていたんですか」

 

お祖母さんがそう言うと、すぐにリンちゃんが入ってきた。俺に気づいても、ここに居たの? という反応。全然驚いていない。

 

浜松にいく話はしていたし、なにより玄関先、リンちゃんのビーノの隣に俺のビーノが止まっている。気付かない方がおかしい。

 

「まあね。綾乃とご挨拶に来たんだよ。その綾乃はバイトで帰っちゃったけどさ……」

 

「元日からバイトですか」

 

「コンビニに盆も正月も無いんだってさ」

 

「なるほど……」

 

何となく寂しそう。会いたかったのだろう。

 

「また機会あるだろうし、いつか会えるよ」

 

「そうですね」

 

ふと、外を見ると既に日が傾いていて、段々暗くなるところだ。

 

そうだ!

 

「リンちゃん。今からちょっと出掛けない?」

 

「えっ? 今からですか?」

 

「ここからならすぐのところだよ。行って損はないと思うから、どうかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたよ」

 

昨日の夜も来た、奥浜名湖展望公園へ。

 

『こんなところ、よく知ってますね』

 

リンちゃんは驚いているみたいだ。インカム越しでも分かる。

 

「昨日、綾乃と来たんだよ」

 

昨夜は暗くて道を覚えられなかったけど、今日も途中まで同じ道を走ったので、今回はどこを曲がれば良いのか分かっていた。

 

『あー。そうですか……』

 

ん? 声色が変わったぞ?

 

何だろう? さっきの感動を返せとでも言いたげな感じ。

 

まあ良い。

 

「登ろうか」

 

 

 

「弁天島があの辺り。あれは浜名湖サービスエリア」

 

「あの明るい所は、どの辺りですか?」

 

「浜松駅だな」

 

展望台へ登ると、リンちゃんはその景色に昨日の俺と同じ、いやそれ以上に感動している。

 

「各務原さんがここから見る浜名湖が大好きで、綾乃と一緒によく来ていたんだってさ」

 

「あの坂道登ってきたんですか……。しかも自転車で。そりゃあ本栖みちチャリで登る体力つきますよ」

 

「だろうね」

 

加えて、桜さんによる浜名湖自転車ぐーるぐる。

 

「リンちゃん。今回のキャンプはどうだった?」

 

「そうですね。色々あったけど良かったです」

 

「色々っていうと、突然二日も自由になったこと?」

 

「それも含めてです。私、クリスマスキャンプの後、初めてソロキャして改めて思いました。同じ『キャンプ』でも一人だと全く別のアウトドアだって。何て言うか……ソロキャンは寂しさも楽しむものなんだって」

 

「寂しさ、かぁ……」

 

何となく分かる。

 

吹奏楽って『ブラスバンド』という言い方もある通り、複数人で複数の楽器を演奏……合奏するのがメインだから、前の俺みたいに一人トランペットを吹いていた頃は、寂しさを感じる時があった。

 

今は可児のお陰で、むしろ『一人にしてくれ!』と思うときがあるぐらいだ。その点可児には感謝している。

 

「先輩、ココア飲みますか?」

 

「ん? じゃあ、戴くよ」

 

そう言ってリンちゃんが一度バイクへ戻り、バーナーとコッヘルを持ってきた。

 

「これ、もしここに各務原さんがいたら、『かれーめん、かれーめん!』とか言いながら、カップラーメン出すよな?」

 

「あ、何となく分かります。普通に太ると思うんですけどね」

 

そんな他愛ない話をしていると、お湯が沸いた。

 

手際よくリンちゃんがココアを入れる。

 

「先輩、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

熱っ! しかし、暖まる。

 

「今頃、みんな大忙しなんだろうな……」

 

ふと、リンちゃんが呟く。

 

犬山さんは休みで今頃高山だろう。

 

恵那ちゃんは休みではないけれど、もう仕事は終わっているだろう時間だ。

 

そうなると、各務原さんと大垣さんはまだ仕事中かもしれない。

 

「まあ、それぞれ仕事が違うから、休みも合わなくても仕方無いさ」

 

「ですよね」

 

「この先、高校を卒業して、大学行って。大学も卒業して、それぞれ就職したら、尚そうなるだろうし。まだまだ先の話だけど、今こうして自由に使える時間が多い間に、やりたいことをやれるだけやっておくのも、大切だと思う」

 

就職すれば、自由に使えるお金は増えるし、今は出来ないこと(飲酒喫煙・自動車の免許 等々)も出来るようになる。

 

代わりに、当然だが自由に使える時間は減る。

 

「ですよね。今しかないこの時を大切に……」

 

そう言ったリンちゃんは、何処か遠くの方を、何かを決意したような表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ俺は帰るよ」

 

だいぶ話し込んでしまい、遅い時間になってしまった。

 

「各務原さんのお祖母さんによろしくね」

 

不躾ながら、このまま帰らせていただこう。

 

あまり遅くなると綾乃のご両親に迷惑かけてしまうから。

 

「分かりました。気を付けて」

 

「うん、新城さんによろしく。それじゃあ、休み明けに」

 

そして、ビーノのエンジンを始動し、出発しようとすると……。

 

「あ! 下までは一緒に走りませんか?」

 

「えっ? ……そうだね。そうしようか」

 

結局、ライン通話を繋いで一緒に下山して行く。

 

『先輩』

 

「どうしたの?」

 

『前から気になっていたんですが……』

 

……?

 

『土岐さんは呼び捨てなんですね』

 

「えっ?」

 

急に?

 

「本人がそう呼べって、最初会った時に言われたから……」

 

急にどうしたんだろう?

 

後方にいるリンちゃんの表情を窺おうにも、カーブが続く道を走っているから余所見が出来ない。

 

『何だかフェアじゃない気がするので、私も呼び捨てで良いですよ』

 

フェア、か……。

 

「了解。じゃあこれからはそう呼ぶよ、リン」

 

『はい』

 

返事は満足そうな声だった。

 

 

 

 

 

踏切の交差点まで降りてきた。

 

俺は左折、しかしリンは右折だ。

 

「それじゃあ。今度こそ」

 

『はい。今日はありがとうございました。楽しかったです』

 

左折して国道を走って行く。

 

反対へ向かって行くリンの姿はすぐに見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさぁ……」

 

『ブヘアッ!』

 

あ、変な声が聞こえてきた。

 

『せせせせ先輩! どうしてっ!』

 

「どうしてって。これ、ライン通話だからどちらかが切らない限り延々と繋がったままだよ……」

 

失念していたようだ。

 

『で、何の用ですか?』

 

「いや、いつ切るのかなって……あ」

 

返事の代わり(?)に、通話が途切れた。

 

*1
新城さん



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 ツーリング一日目 前編


サブタイトル変更しました。

旧題 ツーリング出発。目的地は……『月』?



 

綾乃とツーリングに出掛ける日の朝がやって来た。

 

『遠足前の何とか』で寝れないんじゃないか、と心配していたが、ちゃんと眠れたし、スマホのアラーム通りに起きれた。

 

しかし、案の定というか、綾乃は眠れなかったらしい。

 

「おはようございます……」

 

欠伸(あくび)をしながら起きてきた。

 

「おはよう。遅いぞ綾乃」

 

明日は5時に出ます、って言っていたのに、起きたのが5時だ。

 

「ゆっくり行きましょうよ。楽しみで寝れなかったのを察してください」

 

そうですか……。しかし、俺の予想通りとはねぇ。

 

 

 

 

荷支度は昨日のうちに済ませているので、身支度を整えて出発準備。

 

家を出て、ガレージでバイクの準備。

 

ヘッドセットを着け、スマホホルダーにセットしたスマホと繋ぐ。

 

ヘルメットを被り、シールドを下ろす。

 

そして、ビーノのエンジンを始動。

 

「綾乃、聞こえる?」

 

彼女も同じ様に準備してエンジンを掛けたのを確認し、ライン電話を繋いでから喋る。

 

『聞こえますよ。こっちは準備オッケーです』

 

「了解」

 

ふと、視線を感じで家の窓を見やる。

 

家を出るとき、朝早くまだ寝ているだろうと思って、綾乃のご両親には声を掛けなかった。

 

しかし、窓からお母さんが此方を見ている。俺が見たのに気付いたらしく、手を振っている。

 

『出発しますよ~』

 

俺もお母さんに手を振り返し、発進した綾乃に続く。

 

 

さて、どんな旅が始まるだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浜名湖沿いの道路を北上してゆく。

 

しばらく走ると湖畔を離れ、住宅や田畑が広がるのどかな風景のところを進んで行く。まあ、山梨の峡南に比べればまだ街中といった感じだ。

 

『エアパークですよ』

 

耳に前を走っている綾乃の声が届く。

 

「あれがそうか」

 

前方には、変わった形をした大きめの建物が見えている。

 

これが、一昨日軽く調べた中にあった 浜松基地広報館・エアパーク だろう。

 

『航空自衛隊で運用されていた、歴代の航空機も展示されているんですよ。自衛隊ファンには堪らない施設ですね。……まあ、今日はやってませんけど』

 

仕方ない、今日は1月3日。

 

しかし。

 

「綾乃、詳しいのな」

 

『いやいや。飛行機のことはさっぱりですよ。今日のプラン練るときに、一緒に調べました』

 

ということは……。

 

「もしかして、今朝寝坊したのって」

 

『はい……』

 

「そういうことね……。納得」

 

それで寝るのが遅くなったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それじゃあ、もっと早く出てれば私もリンちゃんに会えたんですね』

 

交通量の多い幹線道路を走る。特にめぼしい物も無いので、話が弾む。

 

「ああ。ちょうど俺たちが駅で遊んでいるときに、鰻屋に行ったらしいからさ」

 

『会いたかったなぁ……』

 

「リンも同じ感じだったよ。まあ、また機会はあるだろうし、その時の楽しみにな」

 

いっそ、山梨へ来れば……。無謀だな。この話は止そう。

 

と言っても、山梨から浜松へ来た俺が言っても説得力皆無。しかも、これで二度目だし。

 

『いっそのこと、あたしも山梨行こうかなぁ……』

 

「無謀だぞ」

 

『それ、お兄さんが言いますか?』

 

俺が思ってても言わなかったことを明け透けと……。

 

「まあ、本当に来るんなら、事前に連絡しろよ。家に泊まれば良いから」

 

『お兄さんの家?』

 

「前に話しただろ? 俺ん家キャンプ場だから、部屋の心配はいらないし、綾乃から金取ろうと思ってないから」

 

『おお。それなら安心ですね』

 

これ、いつか本当に来るぞ……。

 

『あたし、富士宮に親戚住んでいるので、そこにも泊めてもらって、御殿場とか山中湖とか、そっちの方を回って、お兄さんのところまで遊びに行くのも良いなぁ……』

 

…………。

 

この子は一体誰なんだ? 綾乃ってこんなに距離感ガバガバだったっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中、休憩や給油を挟みながら進んで行く。

 

進む道は、いつしか見覚えのある景色に変わっていた。

 

天竜川。国道152号線。前に新城さんと走った道に行くらしい。

 

川を橋で渡り、トンネルを抜ける。

 

交差点を左折すると……。

 

前に走った道に入った。

 

「これ、何処向かってるんだ?」

 

気になって話し掛ける。

 

『まだナイショです。でも、面白い物が見れますよ』

 

「ふうん?」

 

天竜川の 夢のかけはし だろうか。それとも ワインセラーのトンネル か。

 

そういえば、リンが寄った掛川のお茶屋さんで、そのワインセラーで熟成されたお茶をオススメされたって言っていたな。

 

大人になったら、そこで寝かせたワインも飲んでみたいなぁ……。まだ先の話だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

左手遠方に船明(ふなぎら)ダムが見え、そろそろ天竜川沿いの道になる。

 

……天竜川が左手に見えてきた。

 

『お兄さん、トンネル手前を左に曲がりますよ』

 

ん? 船明隧道には入らないのか。

 

「了解」

 

トンネル手前を曲がる。

 

曲がる、と言っても実際はY字の交差点なので、減速してそれた。

 

『停まりますよ』

 

しかし、すぐに綾乃がそう言って停まった。

 

俺もゆっくり停止する。

 

『お兄さん、標識見てみてください』

 

停まるなり、綾乃がそう言って手で示す。

 

「標識?」

 

その先にあるのは、場所と距離が書かれている青い標識だ。

 

……?

 

書かれている地名は一つだけ。しかも一文字。

 

【挿絵表示】

 

「月まで……3㎞……?」

 

『そうです。これが一部界隈で有名な、月まで3㎞の標識です!』

 

なるほど。一部で有名なのか。

 

しかし、どういうことだろう? 遊びでこんな標識を設置することは有り得ない。意味があるはずだ。

 

『この先に 月 という地名の場所があるんですよ』

 

地名だったのか。

 

『と、いうわけで。これから月に向かいますよ!』

 

言うが早い。

 

走り去ろうとする綾乃においていかれないように、俺も追いかけて行く。

 

 

 

 

 

天竜川を渡り、川が右側に移る。木々の間を縫うように走って行く。一車線の狭い道だ。

 

俺たちはバイクだからたいして問題にはならないが、車で走っていて対向車が来たら離合場所に迷いそうな感じ。

 

まあ、こんな道は大型車が通ることは無いだろうけど……。

 

……えっ?

 

今、ワンマンバスの通行にご協力ください。って書かれた立て看板有ったんだけど!

 

でも、錆びているし、昔の話だろう……。

 

お! 木の間から少しだけ 夢のかけはし が見えた。

 

 

 

 

 

5分位走って行くと、綾乃が停まった。

 

「着いたのか?」

 

『はい。後方をご覧ください』

 

言われた通り、後ろを振り向く。

 

【挿絵表示】

 

 月橋 ここは浜松市月

 

そう書かれた標識がある。

 

月橋……?

 

「月に来てしまったのかぁ……」

 

わざと、驚愕 といった感じの声色で言ってみる。

 

『月ですよ。なでしこに送って自慢してやろう』

 

そう言い、バイクを降りて写真を撮りに行く。

 

俺はその様子を写真に撮った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに……。

 

綾乃は野クル部のグループラインには入っていないので、各務原(かがみはら)さんとは個人ラインでやり取りしていたらしい。

 

が、そこでのやり取りで慌てたのか、単に早とちりだったのか。

 

『ブランケット先輩とアヤちゃんが、月にハネムーンに行った~!』という内容の投稿がグループラインにあり、俺は他のメンバーから尋問されることになった。

 

まあ、各務原さんのキャラは皆知っているので、誤解を解くのは簡単だったけど。

 

 

 

 





浜松回が続いています。ゆるキャン△ 関係ないじゃん! と、言われそうな予感がしてます(汗)

それが理由か、最近 新規お気に入り登録・新規評価 が減ってます。UAは増えてるので、読んでくださる方は増えている筈なのですが……。山梨に戻れば増えますかね……?


それでも、完結まで逃げ出すつもりはありませんので、お付き合いいただけると有り難いです。


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 ツーリング一日目 中編


サブタイトル変更しました。

旧題 まさかの出会い。今晩のお宿は……?



 

月から一時間強走ってきた。*1

 

山道を進み、所々圏外になって互いの声が聞こえなくなるハプニングもあったが、順調に進んでいる。

 

看板がなかったので気付かなかったが、いつの間にか県境を越えて愛知県に入っていた。*2

 

『お兄さん、ちょっと良いですか?』

 

前を走る綾乃から声が掛かる。前を見ると、右手で前方を指している。

 

「女の人?」

 

指し示す所には、一台バイクが停まっていて、その横で携帯片手に反対の手で頭を押さえている女性がいる。

 

『はい。困ってるみたいですよね? 話し掛けてみますね』

 

そう言い、左ウィンカーを出して減速してゆく。俺もそれに続いた。

 

 

 

バイクから降り、ゴーグルを外した綾乃が、その人の方へ歩いて行く。

 

「お姉さん、どうしたんですか?」

 

そして、声を掛けた。

 

俺もビーノから降りてその人の方へ。

 

「えっ? ああ、ガス欠です」

 

ガス欠か。

 

…………ん? このバイク、スーパーカブだよな? これって、リザーブコックがあって、予備燃料というものがあるのでは……?

 

それとなく、バイクの下の方を覗いてみる。

 

すると、俺の行動に気付いたのか、彼女が口を開く。

 

「フフンッ、予備燃料まで使いきったわ!」

 

開き直ったように言い放った。しかしそれ、自慢気に言うことか?

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと言い方が乱暴だったわね。とある漫画の台詞を真似しただけだから……」

 

俺の表情で気付いたのか、慌てるように付け足した。

 

しかし、なんの漫画だろう? 可児(かに)なら詳しいんだけど……。*3

 

「途中で給油しなかったんですね」

 

していたらガス欠しないはず。野暮な質問と分かっているが、それでも聞いてみる。

 

「ええ。スタンド、幾つかあったんだけど、お正月だから何処も休みで……。しかも、ここは携帯が圏外だから……。困ってたんです」

 

なるほどね。

 

確かに。俺たちが走ってきた道中のガソリンスタンドは、ほとんどが休みだった。

 

特に、こういう山中はセルフスタンドが少なく、普段から深夜は営業していない。夜通し走るのもリスクがあるんだよな。

 

それがあるから俺たちは、営業しているスタンドを見付けては小まめに給油してきた。

 

ふと、綾乃を見るとスマホを操作していた。俺と目が合うと、首を横に振る。圏外なんだな……。

 

 

 

まあ、こんな場合ロードサービスを呼ぶか、知人に連絡して燃料を運んでもらうか……辺りが対処法だろう。とはいえ、携帯が圏外のこの場所ではどちらも使えない。

しかし、こんな時のために、俺はあれを持っているんだ。

 

俺は一度ビーノに戻る。

 

「お姉さん、焼け石に水かもしれませんが、これ使いますか?」

 

そして、持ってきたものをお姉さんに見せる。

 

「携行缶?」

 

そう。前、(さき)さんから貰った携行缶だ。

 

「はい。この携行缶に、1リットルだけガソリン入ってますけど。使いますか?」

 

そう言って差し出すと、お姉さんは嬉しいというか戸惑いというか、良く分からない表情を見せる。

 

「貰って良いんですか?」

 

迷っているのか。受け取りにくそう。

 

「まあ、何と言いますか。困ったときはお互い様ですし……。声掛けた以上、なにもしない、っていうのは、同じバイク乗りとしてどうなのかなぁ……と思いますから」

 

ここまで言ったら顔色が変わった。

 

「じゃあ……いただきます」

 

俺の手から携行缶を受け取った。

 

「どうにかなりそうですか?」

 

「まあ、最悪電波が届くところまで行ければ、ロードサービス呼べますから」

 

そして、カブに給油し……。

 

「おお」

 

エンジンが掛かった。

 

そうなれば長居は無用。無駄にアイドリングしたら勿体無い。すぐに次の行動へ移るべきだ。

 

 

 

 

 

綾乃とアイコンタクト。

 

「それじゃあ、俺たちはこれで」

 

返して貰った缶を手に、ビーノへ戻ろうとすると……、

 

「あ、お兄さん。せめて名前だけでも……」

 

お姉さんに呼び止められる。

 

「いえ。さっきも言った通り、困ったときはお互い様ですから……」

 

「あの。私は、可児 流花(ルカ)といいます」

 

ちょっと強引だなぁ……。まあ、名前聞いておくだけなら別に問題ないだろう……。

 

ん? 待て。可児と言ったか?

 

可児……。

 

もう一度、お姉さんの顔を良く見てみる。

 

あまり見つめたら失礼だろうと思い、さっきはじっくり見ていないからだ。

 

「可児……ミクさんのお知り合いですか?」

 

なんとなく、顔が可児に似ている。……気がする。

 

「ミクは私の妹ですが?」

 

俺の問いに対し、お姉さんはそう言って俺の顔を見てくる。

 

「あ。ひょっとして、滝野(たきの)先輩? トランペットの」

 

「その通りです! ということは、可児のお姉さんですか!」

 

「ええ。姉の流花(るか)です!」

 

マジか。

 

本当に世の中狭いんだな。

 

 

 

 

 

 

 

俺の住んでいるところから離れたこの地で、偶然の出会いがあったものの、お互い余裕がないのですぐに別れることになった。

 

しかし、こんなところで出会うなんて。

 

可児からは、愛知県の大学に通う姉がいる、という話だけ聞いていたから、どんな人か知らなかった。彼女もバイク乗りだったとは……。

 

『今の人、お兄さんの知り合いだったんですね』

 

前を走っている綾乃から、ヘッドセット越しの声が届く。

 

「ああ、後輩のお姉さんだった」

 

『しかし、災難でしたね。圏外だったの、あの近辺だけだったなんて』

 

そう、俺たちのこれも圏外では使えないのだが、さっきお姉さんが停まっていた辺りだけが圏外で、今は普通に使えている。

 

というか、停まる直前でも使えていた……。

 

「災難だなぁ……」

 

俺が前にパンクしたときは、もっと回りを見ればすぐにバイク用品店に気付けたけれど、携帯の電波はどれだけ見たって目には見えない。

 

『お兄さん、どの辺りまで行きますか?』

 

「任せるよ。俺はついていくだけだから」

 

『じゃあ、岐阜県目指しますか? こっからなら、恵那市辺りは近いですよ?』

 

「別に良いけど、ガス欠には気を付けろよ?」

 

『分かってますって!』

 

距離感ガバガバの彼女に何を言っても無駄だろう。

 

せめて、事故無く安全に行って帰れるように……。

 

 

 

 

 

鳳来寺山パークウェイを抜け、県道を北上して行く。

 

この辺りは前に一度走ったことがある。見覚えのある景色だと、遠方でも何となく安心するなぁ……。

 

途中、給油や休憩を挟みながら、道の駅『どんぐりの里いなぶ』に到着。

 

【挿絵表示】

 

豊田市まで来てしまった……。といっても、『車の町トヨタ』というべき場所からはかなり離れている。

 

「お兄さん、ここ温泉があるんですね」

 

隣接して温泉が営業しているらしい。……道の駅に因んだのか、そのまま『どんぐりの湯』だ。

 

【挿絵表示】

 

「入っていきましょう。寒い日は温泉に限ります」

 

タオル類は持ってきている。

 

「温泉入るのは構わんけど、そろそろ今日の宿考えないとまずいぞ」

 

タオルはあっても、テントなどの道具は無い。

 

元々日帰りの予定ではなかったらしいが、宿泊場所はどうするつもりなんだろう?

 

テント無しにはキャンプ場には泊まれない。ホテル・旅館を確保しているのか……。

 

「そういえばそうですね」

 

軽いな……。

 

つまり、確保してない訳か。

 

「あては?」

 

「ありません」

 

「おいこら!」

 

あてぐらいあっても良いだろう……。

 

「温泉の休憩スペースで時間一杯寝て、夜通し走るってのも手ですよ」

 

「真面目に言ってるのか、それ?」

 

「半分冗談です」

 

つまり、半分本気か。

 

「分かったよ。ちょっと待って」

 

溜め息をつきつつ、スマホを取り出す。

 

電話帳を繰る。えっと…………あった。

 

 

 

 

 

数回コールの後、

 

『はい、新城です』

 

出た。

 

「突然の連絡ごめんなさい。滝野です」

 

『あら、純一くんね。マミです。急にどうしたの?』

 

「今、電話大丈夫ですか?」

 

『ええ』

 

「急で申し訳ないんですが、今晩泊めていただくことは可能でしょうか? 二人なんですが……」

 

『本当に急ね』

 

笑われてしまった。

 

「急で不躾なお願いしてしまい申し訳なくありません……」

 

『良いのよ。今日、お義父さんいないけど、分かってるわよね?』

 

「はい。リンから聞いています」

 

今頃山梨に着いているだろう。

 

『寝る場所を提供するだけになってしまうけど、大丈夫かしら?』

 

「もちろん、それで充分です」

 

『分かったわ。二人ね』

 

「あ、ありがとうございます!」

 

近くに立つ綾乃へグッドサイン。

 

『ところで、今どの辺りに居るの?』

 

「豊田市稲武町の道の駅です。今から温泉に入ろうかと思ってます」

 

『ああ、どんぐりの湯ね。良い温泉よ。ゆっくりしてからいらっしゃい。近くまで来たら一報頂戴』

 

「ありがとうございます! よろしくお願いします」

 

電話を切る。

 

 

 

 

 

「何処に電話したんですか? ホテルとかと話している感じでは無かったですけど」

 

「リンのお祖父さんの家」

 

「ああ、新城さんのところですね」

 

あれ? 綾乃と新城さんって面識有ったっけ?

 

……スマホを渡した時に会っているな。

 

「といっても、本人は居ないんだけどさ」

 

「今頃山梨ですか? 良いなぁ、あたしも一度は山梨行ってみたいなぁ……」

 

遠いけどな! って、山梨からここまで来ている俺が言っても説得力ゼロだよな。

 

……あれ。このやり取り、さっきも何処かでやらなかったか?

 

「さ。宿が決まったんだし、温泉入るぞ。中で食事できるみたいだから、入浴して飯食って……。新城さんのところは素泊まりだからな」

 

「了解です」

 

 

 

*1
前話参照。決して空に浮かぶあの『月』ではない。

*2
カントリーサインは設置されているが、木の陰になっているのと、カーブの途中にあるため、注意して見てなければ見落としそうな位置にある。筆者も見落としている。

*3
スーパーカブ(コミックス)6巻144頁参照。礼子の台詞



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 ツーリング一日目 後編


サブタイトル変更しました。

旧題 今後の話、高校卒業後の進路は……? 新城さんの家到着



お待たせ致しました。
本来の投稿時刻より半日遅れてしまいました。

理由としては、『お盆期間で執筆時間が取れなかった』のと『現在、京都・滋賀 旅行中』です。


……それではどうぞ。



 

温泉にゆっくり浸かり、食事処で夕食を食べた後は、休憩スペースで寛ぐ。畳敷きのお座敷で、ちゃぶ台が置かれている。

 

「お兄さん、ここ、そこの自販機でビールも売ってるんですね」

 

綾乃が自販機で買った缶片手に戻ってきた。俺が座っている向かい側に座る。

 

ビール? そういえば売っているな。ツマミになりそうなお菓子も一緒に。

 

如何(いかが)ですか?」

 

「飲んだら飲酒運転で捕まるだろ。酔いさめるまで待つ気か? 閉館して追い出されるのがオチだぞ」

 

「いやいやいや。それ以前に未成年者飲酒で捕まりますよね?」

 

ごもっとも。というか、分かっててわざと言っただろう。

 

「それじゃあ」

 

「「乾杯~!」」

 

俺たち未成年は仲良く(?)炭酸飲料で乾杯。何の乾杯かって? 理由なんて何でも良いだろう。

 

プルタブを引くと小気味良い音を立て、缶が開く。

 

うん。外がどんなに寒くても、サイダーは冷えているものに限る。

 

「良いお湯でしたね。お兄さんの方は?」

 

「こっちも良かったよ」

 

ここの温泉は入れ替えがあるので、今日は一階のお風呂が男湯で、二階のお風呂は女湯だった。

 

「歩行浴とか面白かったな。あれでお年寄りには筋力トレーニングになるらしいよ。露天風呂は展望が良かった。もう少し暗ければ、星空が綺麗だろうな……って感じ。綾乃の方は?」

 

「こっちは二階だったので、外の景色が見えましたよ。まあ、もう暗くなってますから、そんなに視界良好! って感じではなかったのが残念でしたねぇ」

 

夕方だから、それは仕方ない。

 

「あーあ。お兄さんと一緒に入りたかったなぁ……。せっかく一緒にツーリングしてるのに、温泉が別とかつまんない……」

 

消え入りそうな小さな声だったが、俺には何を言ったか聞こえてた。思わず溜め息が出る。

 

「綾乃、それ何度目? 無理言っちゃダメだぞ」

 

混浴温泉か家族風呂でもない限り、一緒に入浴するなど無理な話だ。

 

この近辺には混浴の温泉は無いし、家族風呂は名前の通り家族が使うものだ。俺と綾乃はツーリング仲間であり、家族ではない。

 

「分かってますよ~。でも、つまんないです」

 

「そこ、()ねないの」

 

拗ねたり文句を言ったりしたって、『じゃあ、一緒にどうぞ』って温泉が許可を出すわけがない。

 

言うだけならタダだが、虚しいだけだと思う。

 

「さ、そろそろ行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新城さんの家を知っているのは俺だけなので、ここからは俺が先頭を務める。

 

「準備オッケー?」

 

『オーケーですよ』

 

「それじゃあ出発するぞ」

 

道の駅を出発。

 

一旦国道153号線に入ってから、右折して国道257号線へ入る。

 

さっき走ってきた道を戻る感じだ。下ってきた坂道を今度は上って行く。

 

彼女とのツーリングで、俺が前を走るのはこれが初めてなので、時折後方を確認し、置いていかないように注意しながら走らせる。

 

しかし、リンのビーノとは違い、同じ速度で走れるからその心配はなさそうだ。

 

『お兄さん、あたしは気にしないで進んで良いですよ。ちゃんと追い掛けますから』

 

この調子だ。

 

「道に迷ったらどうするんだよ? 迷子になったら大変だぞ?」

 

『大丈夫ですよ。これがありますから』

 

確かに。これはライン電話を使っているから、極端な話北海道と沖縄ぐらい離れていても会話が出来る。しかし、

 

「この先圏外になる可能性あるけど?」

 

『はぐれてしまったら、最悪ネカフェや満喫に泊まります』

 

「こんな山中にあるとでも?」

 

そもそも、それが可能だったら新城さんのところに泊めてもらおうとは思わない。

 

『ある場所まで夜通し走ります』

 

「構わんけど、そうしたら俺とのツーリングはどうなるんだよ」

 

『あー。それは不味いですねぇ』

 

呑気だな。

 

この先、目的地までの間、コンビニ一軒も無いような山道だぞ……。

 

『でも、お兄さんと一緒なら、知り合いも多そうだから、泊まる場所に困りませんね』

 

おいおい。簡単に言ってくれるな……。

 

「これでも電話するときは心臓バクバクだったんだぞ。綾乃が一緒なのに野宿なんて訳にはいかないし、こんな山中じゃあ、他に泊まれる場所なんか無いし……。なのに綾乃はあてが無いって言うからさ」

 

迷った末の選択だ。友だちの家に 泊めて! って言うのとは訳が違う。

 

『それは。何というか……、ごめんなさい』

 

「まあ、何とかなったから良いけどさ」

 

 

 

 

 

 

 

道の駅 アグリステーションなぐら にて、トイレ休憩。

 

出発してからそんなに経っていないが、さっき言った通り、この先にはコンビニすら無い。言い替えるなら、公衆トイレは無いってことだ。

 

「ここから茶臼山に行けるんですね」

 

道の駅にある案内板を眺めていると、トイレから戻ってきた綾乃がそう言った。

 

「ああ。そこの道路を真っ直ぐ行けば、茶臼山高原だな。今はスキーの時期だけど、芝桜が綺麗なんだって」

 

「へぇ~。それなら今度芝桜の時期に行ってみたいですね」

 

えっと……芝桜。

 

スマホで簡単に調べてみる。

 

「芝桜のシーズンというと、5月から6月頃だな……。行くか?」

 

「行きたいです!」

 

即答ですか。嫌な気はしない。しかし、

 

「時間取れるかなぁ……」

 

問題はそこ。

 

「ゴールデンウィーク明けですからね。しかも、ちょうど祝日の無い6月」

 

……。

 

「そういう問題じゃないんだけどなぁ……」

 

俺が頭を()きながらそう返すと、綾乃は首を(かし)げる。

 

そういう反応をされると、腹が立つ訳でもイライラする訳でもないが、何となくもやもやする。

 

「俺、4月から三年生になるんだぞ。一応、受験生なんだよなぁ……」

 

「あ……!」

 

気付いてくれたらしい。

 

「お兄さん、高校卒業後のこと。何か考えているんですか?」

 

急に真面目な話になった?

 

「特には。本栖(もとす)高校は普通科の学校だし、やっぱり大学進学か……?」

 

「何で疑問系なんですか?」

 

「まだ考えていない、ってことだよ」

 

ふと、この間会った笠野(かさの)先輩の顔が浮かんできた。

 

同時に、中世古先輩や吉川に加部も。

 

大学進学を期に京都へ戻るのもどうだろう……?

 

しかし、その場合父は一人になってしまう。何て言うだろうか……?

 

このまま家業を継ぐのも、一つの選択肢になり得るのかなぁ。

 

「どうしました?」

 

考え込んでしまっていた。綾乃が怪訝そうな顔で俺を見ている。

 

「いや、考え事。そういう綾乃は? なんか考えてるのか?」

 

「そろそろ行きましょう!」

 

って、話逸らされたんだけど!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新城さんの家に到着。

 

前に一回来ているが、表札で間違いないことを確認。

 

『新城』

 

インターホンを鳴らす。

 

少し間があってから玄関が開く。

 

あれ? 知らない顔だ。

 

俺と同じぐらいの背丈の女の子。どことなく新城さん……肇さんに似ている。

 

「誰?」

 

開口一番そう言い放ち、戸は開けたまま、覗かせていた顔を引っ込める。

 

えっと……決して怪しい者ではありません……!

 

滝野(たきの)と申します。ちょっと前に電話してるんですが」

 

「滝野……?」

 

すぐに言葉が出なかった俺の代わりに、綾乃がそう言ってくれた。

 

しかし、玄関の彼女は名前を聞くと考え込んでしまう。

 

困った。彼女がこの家の住人なのは間違い無さそうだけど、話が通っていない感じでは、(らち)が開かない。

 

「純一くん?」

 

そうこうしていると、玄関口にマミさんが現れた。

 

「ごめんなさいね。ちょっと手が離せなかったのよ。(なぎ)、お義父さんのバイク友達よ。話してたでしょ?」

 

「えっ? この人たちが?」

 

何とか話が通じたようだ。

 

 

 

 

 

 

「驚きましたね」

 

「ああ。一瞬ヒヤッとしたよ」

 

簡単に(まと)めると、玄関口に出てきてくれた女の子(マミさんの娘さんで、凪さんというらしい)は、俺が肇さんのバイク友達と聞いていたから、肇さんと同じぐらいの年齢だと思い込んでいたらしい。

 

その先入観が強く、名前や電話した旨を伝えても、すぐに思い当たらなかったようだ。

 

「しかしまあ。勘違いされてしまいましたねぇ」

 

「それを綾乃が訂正せずに肯定したからだろ! 面倒なことになったじゃないか……」

 

綾乃が凪さんに『滝野です』と名乗ったこと、俺がそもそも『二人。泊めて欲しい』という話をしたこと。そして綾乃が普段から俺を『お兄さん』と呼ぶこと……。以上を踏まえた結果、俺たちは兄妹ということになっている。もちろん、マミさんと凪さんの勘違いだけど。

 

そのため、俺たちの寝る場所は同じ部屋……。一応、用意されていた布団は、離せるだけ離してある。

 

同衾(どうきん)しますか?」

 

「誰がするか! 明日も早いんだし、さっさと寝るぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同衾か……。綾乃が変なこと言うから寝付けない。

 

「綾乃、まだ起きてる?」

 

声掛けてみる。

 

「……はい?」

 

あ、返事があった。

 

「さっき言ったのって本気なのか?」

 

「……半分、冗談ですよ……」

 

「またそれ……」

 

本気にして襲い掛かったらどうするつもりだったんだ?

 

「綾乃。俺、一応男なんだけど」

 

「分かってますよ。……でも、お兄さん、そんなことはしませんよね……?」

 

まあ、確かに。

 

綾乃のご両親は信用してくれているし、だからこそこうして二人でツーリング(しかも長旅)が出来ている。お年玉まで貰ってしまった。

 

その信用・信頼を裏切るような真似はしない。

 

とはいえ、あんなことを言われると気になるのが男の(さが)

 

「綾乃は俺のこと、どう思ってるの?」

 

……。

 

「綾乃?」

 

…………。

 

返事がない。寝てしまったか……。

 

俺も寝よう。

 

 





ゆるキャン△は、恵那ちゃんが、声優さん繋がりで時々『からかい上手の斉藤さん』って言われることありますが、この調子じゃあ『からかい上手の土岐さん』ですね(滝汗)。


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 朝の演奏


お待たせ致しました。今回は短めです。


先週、京都旅行の話をしたと思いますが、地下鉄の駅で電車を待っていたら、高橋李依さんの声が聞こえてビックリしました。どうやら、何かイベントがある関係で、その予告(?)だったみたいです。

とはいえ、前話を投稿した直後の話で、しかもあとがきで『からかい上手の斉藤さん』とか書いた後だったので、尚ビックリしたという……。

……本編どうぞ。



 

目が覚めた。

 

えっと……外はうっすらと明るくなっている。

 

……今は5時か。

 

 

♪~

 

 

ん? 何処からともなく音が聞こえてくる。

 

 

♪~

 

 

これは……トランペット?

 

マジか。

 

今の俺は滅茶苦茶餓えている。なんたってこの数日間、全くトランペットを吹いていないからだ。

 

前に大垣(おおがき)さんが、『部費に困ったら、トラ先輩に演奏会を開いてもらい、入場料を取れば良い』と言っていた。そう言ってもらえるくらいに俺はトランペットが上手いんだ。

 

もちろん、『吹いている人がいる』→『吹かせてもらえる』などと、都合の良いことを考えているわけではない。自分が吹けなくても、生の演奏が聞けるなら何でも構わない。

 

布団から起き上がり、手早く着替えて部屋を出る。綾乃は起きる気配がない。寝かせておこう……。

 

 

 

 

トランペットの音は、家の外から聞こえてきている。

 

スピーカーから聞こえてくる音声だったら……と一瞬思ったが、生音声のようだ。

 

玄関の鍵は開いている。音の主はこの家の住人だろうか?

 

靴を履き、玄関の戸を開く……。

 

「あ、おはようございます」

 

音が止み、代わりにこの声。

 

「ああ。おはようございます……」

 

音の主は玄関先に立っていた。

 

俺に気付いて演奏を止めたらしい。手には白銀の輝きを放つトランペット。

 

「ペット吹いていたの、(なぎ)さんだったんだ……」

 

「私です。あ、ご迷惑でしたか?」

 

表情が少し曇る。

 

「あ、いや大丈夫だけど……。近所迷惑には……ならないんだね」

 

隣の家とは離れている。この距離なら国道を通る車の騒音と変わらないだろう。

 

「はい。むしろ、私の演奏は近所でも評判ですから……。高校に入学した今は寮生活ですから、こうして私が帰省することで演奏が聞けるって、喜ばれたくらいです……」

 

ということは、演奏歴も長いのだろう。

 

「高校って……。今高校生なの?」

 

「はい。高一です」

 

年下かよ。大人しいというか、物静かな感じだったから、年上……大学生辺りだと思ってた。

 

浜松海浜(はままつかいひん)高校*1に通ってます」

 

……。

 

…………。

 

浜松海浜高校?

 

えっ! この辺りでは有名な学校じゃん。

 

今年度から共学になった元女子高。吹奏楽部は東海地区では有名で、全国大会常連の強豪校だ。

 

今年度も当然のように全国大会に出場し、銅だったはず。

 

マジか。それじゃあ相当の実力者なのかな?

 

「演奏、聞かせてもらっても良い?」

 

「えっ? ……私の演奏で良ければ……」

 

少し迷ったらしい。

 

しかし、トランペットを構えて、口を……。

 

 

♪~\

 

 

やっぱそうなるよね……。

 

「止めちゃってごめん。冷えちゃったよね。無理しなくて良いから」

 

俺が演奏を止めてしまった間、ペットが冷えてチューニングが狂ったらしい。

 

「いえ、大丈夫です。もう一回……」

 

 

♪~

 

 

 

朝、俺が起きた時から吹いていた『鳩と少年*2』、『海の見える街*3』『HANABI*4』。この他、曲名は知らない短い曲も数曲。

 

聞いてて思ったのが、上手い ということだ。

 

俺は常々自分の演奏技術を『プロ並みに上手い』と自負しているが、彼女も同じか俺より上。

 

演奏を終えたのか、ペットを下ろしこちらを見る。

 

如何(いかが)でしたか?」

 

「流石」

 

拍手。

 

こんなに凄い演奏を聞かせてもらったんだ、寒さや叩きすぎで手が痛くなろうが構わない。

 

「何て言えば良いんだろう……。上手い(たと)えが見付からないんだけど、とにかく上手かった」

 

「ありがとうございます。中学の頃から毎日欠かさずに練習してましたから。腕には自身あります」

 

欠かさずにって……。

 

「ペットは何時(いつ)から吹いているの?」

 

「小学校入学の頃です。はっきりと何時だったか覚えてはいないんですが……。一個上の親戚のお兄さんに勧められて、そこからずっと……」

 

……。

 

…………?

 

親戚のお兄さん。

 

そういえば、俺も親戚の女の子にトランペットを勧めたことがある。

 

小さかったから、はっきりとしたことは覚えていない。

ただ、互いの名前の漢字が難しくて読めず、俺は純一(じゅんいち)の一から取って『一男(いちお)』と呼ばれていて、彼女は漢字一文字の名前だからと『一子(いちこ)』と呼んでいた。

 

「そのお兄さんが、私に言ったんですよ。『トランペットは最高に格好良い楽器だから、それを最高に格好良く演奏出来る奴は、最高に格好良い』って。何に被れたのか、面白い言い回しでしょう?」

 

 

待て待て待て。

 

俺も同じ台詞言ったぞ?

 

今となっては最高に恥ずかしい臭い台詞。

 

まさかこの子が……? こうなると決定打が欲しい。

 

「凪さん。その親戚の人の名前って覚えてる?」

 

「えっ? ごめんなさい、名前覚えられなくて。小さかったし、その、名前の漢字が難しくて……。あ、でも、そのお兄さんの妹は平仮名なんですよ」

もう一押し!

 

「そのお兄さんのこと。何て呼んでたの?」

 

「えっ? 『一男(いちお)兄ちゃん』って……」

 

やっぱり!

 

「そっか……そうだったんだ」

 

「えっ?」

 

「凪さんが『一子(いちこ)ちゃん』だったんだね。ごめん、思い出せなかった」

 

「えっ? それじゃあ、純一さんが『一男(いちお)兄ちゃん』ってことですか!」

 

繋がった!

 

 

 

 

 

 

「そういうことだったんですね! だからだ。昨日の夜会った時、初めて会うって感じがしなかったのは……」

 

「えっ? 凪さんは分かったの?」

 

「いや。何となくですよ。ってか、『凪さん』はよそよそしいです。親戚なんだから……」

 

「それじゃあ……凪?」

 

「うん! それで良し。私も敬語要らないよね? それに……純兄(じゅんにい)って呼んでも良い?」

 

「構わんけど……」

 

急に饒舌(じょうぜつ)になったな。

 

「凪は何時気付いたの?」

 

「いや、最初会った時に、何となく見覚えあるなぁ……って思ったんだよね。滝野(たきの)という苗字も聞き覚えあったし……」

 

ああ。あの時のあの反応はそういうことだったんだ。

 

「でも、確証無くて。そもそも、お祖父ちゃんの知り合いって聞いていたから、同じくらいの人だと思ってたんだもん。その衝撃が大きくて……。しかも、妹さんの名前『綾乃』だから。人違いかなぁ……って」

 

…………。

 

「凪、綾乃は妹じゃないぞ……」

 

やれやれ……。

 

 

ところで、俺たちってどういう関係なんだろう……?

 

 

*1
※実在しません。なお、モデルにしたのは、浜松聖星高等学校(2016年度まで 浜松海の星高等学校)。

*2
1986年公開の映画 天空の城ラピュタ 挿入歌。もはや説明不要の名曲だろう。

*3
1989年公開の映画 魔女の宅急便 挿入歌

*4
Mr.Childrenの曲。テレビドラマ コード・ブルーードクターヘリ緊急救命ー 主題歌。





オリジナル展開・オリジナル設定 てんこ盛りでお届けしております(滝汗)。滝野だけに滝汗って? そんなつもりはなかったのですが……。

なお、マミさんが『新城さんの息子の嫁』とあるように、滝野はリンちゃん含め志摩家や新城さんとは血縁関係はありませんので、予め記しておきます。


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 ツーリング二日目 前編


長らくお待たせ致しました。何も言わずに一週間お休みしてしまい、申し訳ありません。

執筆する余裕が無いので、何とか時間を見付けて書いてます。

今後も投稿頻度が落ちると思いますが、今後ともお付き合い頂けると有り難いです。



 

マミさんには本当に頭が下がる。

 

泊めるだけ と言っていたにも関わらず、俺たちの朝食を用意してくれていた。

 

 

その食卓で、マミさんに俺たちの関係を、それとなく聞いてみた。

 

しかし、マミさんは何も知らないと言った。俺と(なぎ)に面識があることを話したら驚かれた程に。

 

マミさんの旦那さん((はじめ)さんの息子さんで、咲さんのお兄さんに当たる)や肇さんに電話をしていたが、誰一人俺との関係を知らないらしい。

 

(らち)が開かないので、俺の母に電話して事を説明したら、あっさり判明した。

 

 

どうやら、マミさんのお母さんと俺の母方の祖母が姉妹らしく、俺の母とマミさんは従姉妹(いとこ)

 

つまり、俺と凪は又従兄妹の関係らしい。

 

更に話を聞くと、俺はこの家に昔来たことがある、とのことだった。

 

家族全員(父母、さやかと俺)で遊びに来たらしい。

 

しかし、その頃は肇さんもまだ現役で、仕事の関係で家には居らず、それはマミさんも同じ。

 

つまり、俺は去年会うまで肇さんとマミさんとは面識が無かったことになる。

 

因みに、その時凪にあの臭い台詞を言ったらしい。さやかもそれを聞いていて、しっかり覚えていた……。

 

 

まあ、蓋を開けてみればそれなりに複雑な事情がありました……。

 

 

 

 

 

新城さんの家を出発し、東へ進路を取る。

 

『あたしの言ったこと、間違ってませんでしたよね?』

 

出発早々、綾乃から話し掛けられた。

 

「なんのこと?」

 

『知り合いが多そうだなって話。新城さん、親戚だったじゃないですか』

 

「確かに。しかしまあ、本当に世の中って狭いよなぁ」

 

こうやって綾乃と出会い、一緒にツーリングしてるのも。昨日可児のお姉さんと会ったことも。そして新城さんが遠い親戚だということも。

 

世の中が狭い故のこと。

 

『それはそもそもお兄さんの知り合いが多いから、じゃないですか?』

 

「そうとも言える?」

 

『いや、そうとしか言えませんって』

 

断言されてしまった……。

 

しかし、凪には驚いたな。

 

最初話した時の印象は、リンみたいな感じだったのに、俺が 一男兄ちゃん だと分かった途端、各務原(かがみはら)さん……と言うと言い過ぎだけど、犬山(いぬやま)さんみたいな感じで接してきた。人見知りなんだろうか?

 

『ところで。今日はどうするんですか? プランはお兄さんに任せてますけど』

 

そう。昨日は綾乃を先頭にして彼女のプランで走っていたが、今日は俺が前を走っている。

 

「今日は泊まる場所も含めてプラン考えてあるから、任せときな!」

 

ちょっと、格好つけてみる。

 

『それは楽しみですね。……ところで、その大荷物は何ですか?』

 

大荷物とは、俺のビーノのリアに積んでいる荷物のことだろう。

 

ロープを使って固定する程に多い。

 

「秘密だよ」

 

『なんでですか』

 

「言ったら楽しみ半減するよ?」

 

『それは嫌だなぁ……』

 

だろ?

 

 

 

国道473号線から国道151号線へ入る。

 

ここまでの道は初めて通る道では無かった。しかし、この先は違う。通ったことのない道を、自分が先導で走るのは今回の旅では初めてなので、慎重な運転に心掛ける。

 

『お兄さん、話し掛けて大丈夫ですか?』

 

「うん? 良いけど」

 

『今、狭い道を走って思ったんですよ。バイクって、狭い道でもすれ違いに気を遣わなくて良いから楽ですよね』

 

それは分かる。

 

狭い道での乗用車同士の離合だと、片方が離合可能なスペースまで後退したり、ガードレールや側溝、斜面ギリギリまで寄せる場合が多い。

 

しかし、バイクと乗用車やバイク同士の場合、今言ったのと同じ道幅があれば、然程(さほど)苦労せずにすれ違える。

 

「確かにそうだけど、バイク舐めたらアカンよ」

 

『と、言いますと?』

 

「ライダースーツ着て、ヘルメット被ってるとはいえ、所詮(しょせん)生身や。しかも、二輪で不安定やから、転倒しやすい」

 

『ああ……』

 

言いたいことに気付いてくれたらしい。

 

「車に追突されたり、正面から突っ込まれたら仕舞いや」

 

『そうですね。大怪我どころか最悪死んじゃいますね……』

 

「その通り。楽やけど、常に危険と隣り合わせやってことを忘れんようにな」

 

『はい、肝に命じておきます。ところでお兄さん』

 

「何?」

 

『何故関西弁?』

 

……。

 

…………!

 

「俺、山梨に引っ越す前は京都に住んでたから。時々出るんだよ……。あれ? この話前にしたよな?」

 

『はい。京都に住んでいたって話は。関西弁の話は初耳ですよ』

 

そうだっけ?

 

 

 

 

 

その後も、道の駅で適度に休憩し、ガソリンスタンドにも忘れずに寄り、更に北上を続け……。

 

「綾乃、県境だよ」

 

『おお! 長野県!』

 

 長野県阿南町

 ここは標高1,060m

 

そう標識に書かれている。確か、ここは新野(にいの)峠だ。

 

『あたし、自分の力で長野県来たの初めてです』

 

「そう? なら、来て良かったよ。写真撮るのか?」

 

って、声掛ける頃には撮り終えているよ。早いなぁ。

 

『行きましょう?』

 

しかも、発進を催促する始末。

 

「了解。行くよ」

 

後方を確認し、後続車がいないか見て、すぐに発進。

 

事前に調べていた情報では、一本向こうの東側にある国道*1が通れない道なので交通量が多いと聞いていたけれど、お正月休みだからかそんなに多くない。信号も殆ど設置されていないから、走りやすい。

 

 

 

峠を下り、今度は国道418号線へ入る。

 

『うわぁ……! マジですか。やったぁ~』

 

後ろの綾乃の様子が変だ。

 

「どうしたの?」

 

『だってお兄さん、国道418号ですよ? 酷道として有名な』

 

酷道?

 

「酷道……とは?」

 

『あれ、お兄さん知らないんですね。整備されてなくて酷い道の喩えですよ。兎道(都道)獰道(道道)腐道(府道)険道(県道)死道(市道)超道(町道)損道(村道)って言われます。この418号は キングオブ酷道 と言われることさえある、最強の酷道です』

 

なるほどね……。その喩えは聞いたことがあるが、これが有名な道路か。

 

「そう言う割には道は綺麗だけど?」

 

『そうじゃないんですよ。この辺りは良くても、岐阜県と長野県の県境辺りと、恵那市に凄い箇所があるらしいですよ』

 

あ、そう言われてなんか思い出したぞ。

 

そうだ、この先の達原トンネル……辺りの道は避けた方が良いって書いてあった。

 

だから、俺は一本西側の道路を選んだんだ。

 

『どうしました?』

 

「いや、何でもないよ」

 

 

 

 

 

二つの峠を越えた。

 

一つ目の売木峠はトンネルがあり、何の問題もなく越えれた。

 

二つ目の平谷峠は、坂道とカーブの続く険しい道だった。

 

標高は1,160m。天気さえ良ければ南アルプスが一望できるらしいのだが、生憎(あいにく)曇り空で景色は見れなかった。

 

その峠を越え、一度国道153号線に入り……。

 

『道の駅到着~!』

 

道の駅 信州平谷に到着。

 

【挿絵表示】

 

「ここには何があるんですか?」

 

「温泉。入っていくだろ?」

 

「もちろん!」

 

綾乃の嬉しそうな声。

 

やはり、寒い時期の温泉は外せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日休館日*2

 

 

 

おい、まじか……。

 

 

*1
国道152号線。青崩峠や兵越峠は道路が開通していない。更に東隣は山梨県の国道52号線しかなく、新野峠は交通の要所となっている。

*2
道の駅 信州平谷に隣接の温泉は、実際は水曜日が定休日となっている。2018年1月4日は木曜日なので、本当なら営業していたはず……。



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 ツーリング二日目 後編


長らくお待たせしました。

中々筆が進みません。書こうとは思ってるんですが、そう思えば思う程書けないんですよね……。

最低でも月に一回は更新しようと思いますので、よろしくお願いします。


〈24年1月6日追記〉

ささゆりの湯キャンプ場の料金について。
公式ホームページに記載がなかったため、現地で再確認したところ、単車の料金の記載がありました。該当部分を修正しました。




 

道の駅 信州平谷(しんしゅうひらや)の温泉に入り損ねた俺たちは、トイレ休憩を済ませてすぐに出発した。

 

最初のうちは後ろの綾乃から散々文句を言われていたが、いつの間にか静かになっていた。

 

国道153号線を西進し、途中で県道101号線に入る。道幅は狭いが、岐阜県・愛知県・長野県と、三つの県を跨ぐ珍しい県道らしい。

 

 

 

 

携帯の電波も届かないんじゃないか? と思うような道を進み、愛知県豊田市に入ってから……。

 

「綾乃、いよいよだぞ」

 

『はい……』

 

 岐阜県

 恵那市

 

【挿絵表示】

 

 

『岐阜県初上陸!』

 

後ろから聞こえてくる嬉しそうな声。

 

『まさかこんなところまで来るとは思いませんでした』

 

「昨日、自分で言っておきながら?」

 

『あたし、何か言いましたっけ?』

 

「この辺りなら恵那市とかなら近い、って言っただろう?」

 

『言ったっけ……そんなこと?』

 

おいおい。

 

しかし、声に疲れが感じられる。

 

流石に無茶しすぎただろうか。

 

「綾乃、あと一時間位で今日の目的地に着くから、もう少し頑張って」

 

『えっ? はい。分かりました』

 

 

余談だが、この県道の北側を並行して通るのが、国道(酷道)418号線と達原トンネルだ。

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

県道101号線を抜け、国道257号線へ。昨日も走ったのと同じ国道だが、場所は違う。確か、この道路を走り続ければ、北は下呂市(げろし)の方に行くはずだ。

 

しかし、すぐに国道から別の道へと入る。

 

おお。大型車通行不能 って書かれた看板が立ってる……。道幅の狭い道ばっかり走ってる気がするなぁ。

 

 

 

その後も乗用車同士だと離合に困るような道を通る。通話は繋いだままでも殆ど会話はない。

 

「次の角を左」

 

『はい』

 

交わされるのは僅かな指示のみ。

 

「右曲がるよ」

 

『了解』

 

そして細い坂道を登って行くと……。

 

「目的地到着だよ」

 

『やっと着いたぁ~?』

 

マレットハウス……要は管理棟だ。その前へバイクを止める。

 

俺の隣に綾乃のバイクが止まり、バイクを降りると……。

 

「…………駄目だぁ~」

 

あ、腰抜けた? 綾乃がその場にへなへなと座り込む。

 

「た、大丈夫か?」

 

座ったまま右手の親指と人差し指で丸を作った。大丈夫、ということだろう。

 

「と、とりあえず受付してくるから、それまで休んでて」

 

「受付……? 今日ここに泊まるんですか?」

 

そう言って余力を振り絞り(?)立ち上がった綾乃は回りを見回す。

 

「ここは……? キャンプ場みたいですけど」

 

「そう。『ささゆりの湯オートキャンプ場』」

 

「キャンプ場ってことは、今日はキャンプするんですか?」

 

「うん。ほら、綾乃前に展望台行ったとき、ああ言っただろう?」

 

『こんな寒い時期にキャンプって、何やってんだよ? って思った』。そう言っていた。

 

「だから、綾乃もキャンプしてみれば、何か分かるんじゃないかな……って思ったんだよ」

 

百聞は一見に如かず。何事も経験してみるのが一番だ。

 

「凄いですね……。その話は展望台で聞きましたけど、本当にキャンプするなんて……」

 

驚いているのか、呆れているのか。何とも言えない表情でこちらを見ている。

 

「それはそうと。道具はどうするんですか? テントや寝袋無しにキャンプは出来ないでしょう?」

 

「そこは抜かり無く。新城さんの所から借りてきた」

 

あ、綾乃の頭上に巨大な『?』マークが浮かんでる……。

 

「朝食のあと、綾乃家に電話してただろ? あの時にマミさんに相談したんだよ。そういう訳だから、必要な道具を貸して欲しいって」

 

貸して貰えるから分からなかったけど、相談だけでもしてみよう。そう思って話してみたら、二つ返事で了承してくれた。

 

『親戚なんだから、それらしいことさせて』って。今まで疎遠になってしまったことへの罪滅ぼしみたいなものだろうか。

 

「ああ。だから電話持っていったとき、驚いていたんですね」

 

綾乃が家からの電話に出るため、スマホ片手にリビングを出ていったので、今がチャンスと思ってマミさんにその話をした。

 

それで了解を貰って、借りるものを取りに……と思ったタイミングで綾乃が戻ってきて焦ったんだ。

 

『泊めて頂いたお礼に、お父さんがマミさんと話がしたい』ということだったけれど、綾乃に内緒で進めたかった話だったから……。

 

電話の最中に(なぎ)に手伝ってもらい、必要な荷物をバイクのリアへ載せて、準備完了。となった。

 

「とりあえず、受付してくるからここで待ってて」

 

「は~い」

 

 

 

 

受付を終え、マレットハウスを出る。

 

このキャンプ場は、予約が必要な区画サイトと、同じく要予約の電源サイト。それ以外は全てフリーサイトとなっている。

 

凄いのが、このマレットハウスと同じ高さの平地だけでなく、この周辺の土地殆どがフリーサイトというところだ。

 

名前の由来でもある ささゆりの湯 が小高い丘の上にあるのだが、その周辺の斜面一体もテントを張って良いという……。

 

「お待たせ。受付終わったからテント張りに行くぞ」

 

バイクに固定しているロープを解き、地面に下ろす。

 

バイクに鍵を掛け、荷物を幾つか残して持つ。

 

そして、綾乃に目配せ。

 

「え~。私も手伝えって言いたいんですか?」

 

よほど疲れているのか、あかるさまに嫌だと声を上げる。

 

「軽いのしか残してないんだから、少しは持ってください。これ終わらせれば温泉が待ってるんだから」

 

あ、目の色が変わった。

 

「分かりました! 手伝います! ってか、その荷物全部持ちます!」

 

いや、そこまでやらんで良いから……。

 

 

 

 

説明書を見ながら悪戦苦闘しつつ、何とかテントを張り終える。

 

「意外と広いんですね~」

 

完成したテントに入り、綾乃が感嘆の声を上げる。

 

「詰めれば三人入れる奴だから、二人には少し広い感じだよ」

 

大きさは 野クル部の980円(税込)テント と同じ位だ。

 

「これがあたしの寝袋ですか?」

 

「そうだよ」

 

テント共々今は使っていないから、と、貸してもらった。綾乃が凪ので、俺が肇さんのだ。

 

他人のシュラフを使うのは、何となく申し訳ない気がして抵抗があるが、この際贅沢は言ってられない。

 

「あとは……。バーナーを展開して、その上にアタッチメントを乗せて……。ガス缶に繋ぐのは、使う直前で良いから。あと、ランタンを吊るせば……。はい、完璧」

 

設営完了。

 

「お兄さん、これは何ですか?」

 

「どれ?」

 

綾乃が指差すのは、バーナーとアタッチメント。今言っても良いが、実際に使いはじめた所で驚いてもらう方が面白そうだ。

 

「まだ秘密だよ。それより温泉入りに行こう。今度こそリベンジだよ」

 

「はい! 行きましょう!」

 

温泉と聞いた途端これだ。

 

「タオルと貴重品持っていくのを忘れないようにな!」

 

「分かってますよ」

 

 

 

温泉の建物は、キャンプサイトから見て二段くらい高い場所にあるのだが、そこへ向かう途中の道路(坂道)の脇もフリーサイトになっている。

 

「ここもテント張って良いんですね」

 

「だな。本当に名前の如く『フリーサイト』って感じだな」

 

温泉に到着。

 

【挿絵表示】

 

自動ドアを潜り、下足箱に靴を入れる。

 

受付が二階らしいので階段を昇っていくと受付があった。

 

「1人600円です」

 

受付で下駄箱の鍵と引き換えでロッカーの鍵を受け取る。

 

「それじゃあ」

 

「はい。行って来ます」

 

綾乃と別れ、浴室へ向かう。

 

 

 

 

脱衣所で服を脱ぎ、タオルを持って浴場へ。

 

「お~」

 

扉を開くと、洗い場があって大浴槽があり、その向こうにキャンプ場が見えている。

 

体を洗ってから浴槽に浸かる。

 

あ、俺には丁度良い湯温だ。

 

熱い温泉が苦手な俺にはこの位が良いんだよなぁ……。

 

 

 

「お兄さん、何処から来たの?」

 

ふと、声が聞こえてきだ。俺に話し掛けられている感じ?

 

「俺ですか?」

 

回りを見渡しつつ声がした方を向く。

 

大浴槽には5人位入浴している人がいるが、声の主の見る方向には俺しか居ない。

 

「うん」

 

俺に対して『お兄さん』と言ったが、彼の方が年上だと思う。短髪の人で、座っているが背丈は俺と同じくらいだろう。

 

「山梨県の市川三郷町からです」

 

「……甲府の近くだっけ?」

 

あ、これ何処か分かっていないな。

 

「えっと、昔は市川大門町って名前だったらしいです」

 

「ああ! あの辺か……って、山梨から来たの! 帰省か何か?」

 

「いいえ。ツーリング仲間と二人で、浜松市から」

 

「……?」

 

そのお兄さんの頭に『?』が浮かんでいるので、簡単に説明。

 

俺は山梨県に住んでいるが、ツーリングのために浜松市の仲間の家を訪ね、そこから知人宅での一泊を経てここまで来たことを……。

 

「なるほどね」

 

納得してもらえたらしい。

 

「しかしまあ、それでも頑張るねぇ……。どんなバイクなの? あ、私別にバイク詳しい訳じゃないんだけどね」

 

「ヤマハのビーノ、125CCのです」

 

あ。お兄さんの頭上に再び『?』が。

 

「法定速度で走れますが、高速は乗れないですね」

 

「つまり、市川三郷町から一般道で?」

 

「はい」

 

「本当、頑張るねぇ……。今いくつ?」

 

「高校二年生です」

 

「高校生かあ……。そっかぁ。県の違いだろうねぇ」

 

どういうことだ?

 

「それ、なんの話ですか?」

 

「ああ。私、この近辺ではないんだけど、岐阜県の高校を卒業しててね。この辺りには『四ない運動』*1ってのがあって、在学中は運転免許が取れないんだよね」

 

なるほど……。そんな決まりがあるのか。

 

ん? そういえば、京都にも『三ない運動』というのがあった! 似たようなものだろうか……?

 

「お兄さんはここ良く来るんですか?」

 

「私? 私はねぇ、ここの温泉が好きなんだよ。私長湯が出来ない質だからさ、ここは浸かっても肩まで浸からないでしょ? だから長く入れるんだよね」

 

確かに。

 

今は浴槽の段になっているところに腰掛けて半身浴の状態だ。それでも浴槽が深くなくて、俺の背丈だと肩まで浸からない。

 

「だからね。往復二時間位掛かるけど、時々来るんだよ」

 

「二時間! 頑張りますね……」

 

「それ、君が言う?」

 

……。説得力ないか。

 

「露天風呂行った?」

 

「まだです」

 

「あっちも良い景色だから、行ってみたら? 私はそろそろ上がるから」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 

露天風呂の景色も良い感じだった。と言っても、回りの山ばかりが見えていたけれど。

 

お風呂を出て、休憩スペースで寛いでいると、綾乃が出てきた。

 

「お兄さん、お待たせしました」

 

「そっちのお風呂はどうだった?」

 

「露天風呂は山しか見えませんね……」

 

やっぱりそうくるか。

 

「山の中だからなぁ……」

 

そういえば、ほったらかし温泉は、山の中だけど甲府盆地の街並みと富士山が見えたっけ……。

 

立地の問題だろう。ここから富士山見えたとしたらオカルトだからなぁ……。

 

「景色はどうにもならないから置いておくとして、お湯はどうだった?」

 

「丁度良い湯加減でしたね。温すぎず、熱すぎず」

 

「そっか……。あ、隣で晩ご飯食べてくけど、何にする?」

 

そう言いながら立ち上がり、食事処へ。

 

食券式だ。券売機がある。

 

「『ヘボ飯』に『信州牛ステーキ』ですよ」

 

「高けえよ。それにヘボ飯は20分掛かるって。『入浴より先に注文してください』って書いてあるじゃないか」

 

「あ、本当だ。じゃあ、無難にラーメンですかね。あ、ライスも付けよっかな」

 

「それじゃあ、俺は唐揚げ定食」

 

順番に食券を買う。

 

どちらかが出す、ということはなく、それぞれ自分の飲食代・入浴代にガソリン代を払っている。高校生とはいえ、働いて自分で稼いでいるのだから、これが当たり前だと思う。

 

じゃあ、あの日の鰻代は? って?

 

それは前にも話した通り……。

 

 

食券をカウンターに出し、適当な席へ。

 

「ありがとうございます。あ、そうだ」

 

お茶とお水はセルフサービスなので、綾乃を先に座らせて、俺が二人分のお茶を持って行く。すると、綾乃が何かを思い出したように切り出した。

 

「キャンプ場の料金、幾らでしたか?」

 

「1,500円。後で良いからな」

 

「はい」

 

因みに、車一台一泊なら3,000円だ。

 

「しかし、良いところですね。他のキャンプ場利用したことないから分かりませんけれど、温泉が隣で、文字どおりの『フリーサイト』で」

 

「だな」

 

綾乃が窓の外を見ているので、俺もそちらを見る。

 

キャンプ場が見えている。俺たちのテントもだ。

 

「色々なキャンプ場があるからね」

 

ここの場合、直火禁止・ゴミは消し炭含め全て持帰り。予約不要*2

 

「まあ、今日テントで寝てみて、キャンプ気に入ったら他のキャンプ場にも行ってみたら良いさ。たぶん、はまるから」

 

そう言って微笑み掛けると、綾乃ははにかんだ表情で返してきた。

 

「そうですか? あたし、寒いの得意じゃないんですけどー?」

 

「大丈夫。その為の秘密道具を借りてきてるから」

 

「えっ? 何ですか、それ?」

 

「さっき見ただろ……」

 

「お待たせ致しました」

 

こんな話をしていたら、注文した商品が届いた。

 

 

 

綾乃のラーメンが先に届いて、俺の定食は少し遅れてきた。

 

ラーメンだから麺が伸びると思って先に食べ始めるよう勧めたが、律儀に待ってくれた。

 

「それでは」

 

「「頂きます」」

 

 

 

食事を終え、再び休憩スペースで寛ぐ。

 

「それで。この後どうする?」

 

新城さんの家を出て、新野(にいの)峠・平谷峠等を回って来たが、今日の移動距離は大した距離ではなく、まだ17時前。既に陽は沈んでいるが、寝るには早い時間だ。

 

「どうしましょう?」

 

ここに来る途中、走っていて気付いたが、街灯は少なく道が狭い。これからの時間にバイクで出掛けるのはリスクが高いだろう。

 

ここから動かずに、何か暇潰しになることは……。

 

「やれること、特にありませんねぇ……」

 

幸い、ここならテレビがあるし、このスペースもある。入館料方式だから、お風呂は何度でも入れる。21時の閉館時間ギリギリまで居るのも手だろう。

 

「もう少し、ゆっくりしていくか」

 

「はい」

 

 

 

温泉に入り直したり、休憩スペースで寛ぎ、そろそろ戻ろうということになった。

 

「忘れ物ない?」

 

「大丈夫です」

 

受付でロッカーの鍵を返して下駄箱の鍵を受け取る。

 

靴を履いて外へ。

 

「わあ。流石に外は寒いですね」

 

「ああ。この辺り……もう少し北の山岡(やまおか)町は寒天の産地だからな」

 

「寒天って、海草から作るんですよね? 確か。なのにこんな山の中で?」

 

「そう思うだろ? でも、寒天作りには、『冬の夜間はある程度寒く、逆に昼間は暖かい地域』が適してるんだよ。『そんな場所なら他にもあるじゃないか?』って思うかもしれないけど、これに加えて『降水量が少ない』ってのも大切でね。これらの条件を満たす場所、となると山岡町が良いらしい」

 

「なるほど……」

 

 

 

自分達のテントへと戻ってきた。

 

回りを見渡すが、遠く離れた所にテントが一つ、AC電源のあるサイトにキャンピングカーが一台止まっているだけ。要するに、今日の利用者は俺たち含め、三組だけだ。

 

テントに入る。

 

天井から吊るしているランプを点灯。これを懐中電灯の代わりに持っていくべきだったな……。

 

温泉に行く前にシュラフは用意しておいたので、諸々の準備を……。

 

遮熱板を用意し、バーナーの五徳にアタッチメントを差し込む。

 

えっと……天井の空気穴を開いて……。

 

素早く点火。よし、点いた。

 

「さあ、綾乃が気になっていた奴、稼働したぞ。何だか分かるか?」

 

「えっと……」

 

首を傾げつつ、それを眺めている。

 

段々暖かくなってきた。そろそろ答えが分かるんじゃないかな?

 

「ああ! ヒーター。暖房ですね!」

 

「その通り! しかもこれ、この上にコッヘル載っけてお湯を沸かすことも出来るんだって」

 

「一石二鳥じゃないですか。それ、便利ですね」

 

その通り。

 

まあ、今お湯を沸かしたところで使い道はないけれど。マレットハウスでカップラーメンでも買っていたら別の話だったが。

 

今回の旅では、食事はゆく先々にあるコンビニに頼っているので、おにぎりやパンが殆ど。コンビニが見当たらなかった場合の非常食も用意してはいるけれど……。

 

もっとコンパクトなやつもあるし、こういう場合に備えて一つ買っておくのも手だな……。そうすれば、食のレパートリーが広がる。

 

 

 

 

「あ、そういえば家に連絡入れてあるか?」

 

「しま……したよ……」

 

ん? 返事が眠そうだ。

 

そう思って綾乃の方を見ると、シュラフに潜り込んでいた。いつの間に……。

 

「寝るなら念のため足下にカイロ入れとけよ。寒さで目が覚めるから……」

 

「大丈夫……入れました……」

 

あ、枕元にはカイロの空袋が幾つか。本当、いつの間に。

 

「一応確認しとくけど、明日には帰るからな。綾乃明後日は仕事だろ?」

 

…………。

 

「寝ちゃったか」

 

流石に疲れただろう。馴れない道、しかも長距離を走ったんだから。

 

 

明日は昼頃には綾乃の家へ帰る予定だ。そして俺はそのまま山梨へ帰る。

 

まだその事は綾乃に言っていないが、恐らく引き止められるだろう。まぁ、その時はその時だ。

 

ヒーターの火を消し、空気穴を閉じる。

 

さてと。俺も寝るか。

 

 

 

*1
免許をとらない、車・バイクを買わない、車・バイクを運転しない、車・バイクに乗せてもらわない(友だち・先輩等が運転するもの。家族は除く)

*2
先述の通り、AC電源のあるサイトと区画サイトを除く。





挿絵に使っている写真の季節が実際と合っていなくてすみません(汗)。


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 ツーリング最終日 前編


 12月11日追記
サブタイトル変更しました。

 3月4日追記
一部、括弧の使い方を誤っていた部分がありましたので、訂正しました。「」と『』が逆でした。



 

目が覚めた。もう朝だろうか?

 

……あれ? 辺りが真っ白だ。なにも見えないし、誰もいない。

 

「えっと……?」

 

確か、俺は綾乃と一緒にツーリングへ行っていて、今は岐阜県恵那市のキャンプ場でテントに泊まっている筈だ。

 

「どうして……?」

 

視線を落とすと、俺は学校の制服を着ている。

 

色々考えてみるが、原因は分からない。

 

「あ、滝野(たきの)先輩!」

 

後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。この声は……、

 

「犬山さん?」

 

振り向けば、同じく制服を着た犬山さんの姿が。

 

「先輩、ここは何処なんでしょう?」

 

「さあ? 俺も聞きたい」

 

状況は犬山さんも分からないらしい。

 

と、いうか。犬山さんを見ていたら、次第になにか違和感を感じてきた。

 

「犬山さん、だよね?」

 

「はい」

 

しかし、どうもおかしい。

 

何がおかしいんだろう?

 

下から順に彼女の姿を見てゆく。

 

靴……は、学校指定のローファー。

 

冬だからタイツを着用している。だから、太股の肌は見えない。

 

スカートも学校指定のもの、極端に短くしているなどの校則違反は見られない。

 

上は……、

 

「あっ!」

 

違和感の正体が分かった。

 

「君本当に犬山さんだよね?」

 

「はい」

 

「犬山 あおいさん?」

 

「そうですよ。どうしたんですか、先輩?」

 

「だって、犬山さん……」

 

胸が……無い。

 

制服を着ていたって隠せない、あの主張していた巨峰が。まっ平らになっている……!

 

「先輩?」

 

しかし、それを言うことは難しい。

 

男の俺が胸の指摘をしたら、『普段から見とったんですか?』とか『先輩、いやらしい人やな』とか言われるかもしれない。セクハラ、ダメゼッタイ! な時代だから。

 

「それ……」

 

直接言えないから、指を差す。

 

「……? あ!」

 

俺が指差す場所が分かったのか、自分の足下へ視線を下ろし、声を上げた。

 

「ない……?」

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

 

飛び起きる。

 

……まだ辺りは真っ暗らしい。

 

時刻は……5時。

 

さっきのは何だったんだろう? 夢か?

 

だとしても、変な夢だったな……。

 

 

シュラフから這い出て着込み、テントを出る。

 

夏なら日の出の時間を過ぎているが、この時期は真っ暗だ。街灯の灯りが幾つか見えているだけ。

 

このキャンプ場のフリーサイトには『チェックイン・チェックアウト』というものが事実上無くて、いつ帰っても大丈夫らしい。とはいえ、まだ早いけれど。

 

今日帰るわけだが、真っ直ぐ帰っても四時間位の距離だから、少し遠回りしても問題ないだろう。綾乃の希望があればその通りに、無ければ俺が適当な道を選んで走るのも面白い。

 

いかんせん、まだ早い時間だ。トイレに行ってきてから、もう少し眠るかな……。

 

そう思ってスマホを取り出す。足下を照らすためのライトにするためだ。

 

あれ? ラインの通知が。

 

えっと……綾乃だ。

 

 

 

綾乃:ちょっと出掛けてきます

 

綾乃:心配しないでください

 

綾乃:一時間も掛からないはずです

 

 

 

ん?

 

テントを覗き込む。

 

あ。綾乃のシュラフは空だ。

 

出掛けるって、こんな時間に?

 

送信された時間はだいたい三十分前だから、あと三十分ぐらいで帰ってくるつもりなのか。

 

まあ良いや。本人が心配するなって言ってるんだから大丈夫だろう。

 

トイレに行ってもう一度寝よう。

 

 

 

 

……?

 

テントのジッパーが開けられる音だ。

 

「お兄さん。戻りましたよ?」

 

綾乃の声。帰ってきたらしい。

 

「お兄さん? ……寝てるのかな……。既読付いてたけどなぁ」

 

寝たフリのつもりはなかったけど、起きるタイミングを逃した。どうしよう。バレるか?

 

「あたしの我儘(わがまま)聞いてくれて……。ここまで連れてきてくれて……」

 

うーん?

 

「お兄ちゃんがいたらこんな感じなのかな。でも、本当の兄妹ならこんなに優しくしてくれないのかも……」

 

俺が綾乃に付き合ってツーリングやキャンプをしている理由。問われれば少し言いにくい。

 

ただ、綾乃が各務原(かがみはら)さんと会えなくなって、両親にはその姿を見せてないものの、淋しさ故か泣いていることもあったらしい。

 

親しい友人と会えなくなるというのは、俺も経験があるが、やっぱり淋しいものだ。

 

だから、一緒にツーリングすることで、その淋しさを少しでも紛らわせれば良いと思ったのと、これで長距離を走るのに慣れてくれれば、本当に山梨へ行くことも可能になるかもしれない。そう思ったからだ。別に見返りを求めているわけではない。

 

「お兄さんが本当の兄だったら良いのに……」

 

ジッパーの閉じられる音。綾乃が中に入ったということか。彼女もまた眠るのだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び目が覚めた。今度は外が明るい。

 

起き上がると、荷物を挟んだ反対側にシュラフ虫の姿が。

 

「綾乃、朝だぞ」

 

「……ん? お兄さん?」

 

綾乃が目を擦りながら起き上がる。

 

「朝ですね……」

 

「ああ。そういえば、何処行ってたの?」

 

「それですよ、お兄さん」

 

視線を自身の枕元に向ける。

 

「なんだそれ?」

 

ビニール袋。中に入っているのもは見えない。

 

「コンビニ行ってきました。朝御飯です」

 

コンビニ? だから一時間って言ってたのか。

 

確か、一番近いコンビニまで往復でそれ位掛かる筈だ。

 

「で、何を買ってきたんだ?」

 

「見てください!」

 

自慢気に中身を出す。って、袋逆さまにするんかい。

 

「えっ? ああ。そういうことか」

 

出てきたものは、カップ麺とペットボトルの水。つまり、お湯を沸かして食べるってことだろう。

 

「まずはお湯ですね」

 

「了解」

 

バーナーとアタッチメントをセットし、コッヘルに水を注ぎ、乗せる。

 

テントの天井の空気穴を開き、火をつける。

 

「あとは沸くまで待つ」

 

テントの中は寒くなっているが、これでまた暖かくなるだろう。

 

「ところでお兄さん。どれを食べますか?」

 

そう言いながら、自身の前に置いてあるカップラーメンを示す。

 

お湯を入れるだけの楽チンな有名カップ麺。それのBIGが四つもある。まさか、今二つ食べるつもりではあるまいな?

 

「綾乃が買ってきたんだから、好きなの取って。俺はそれから選ぶ」

 

「じゃあ、私は……カレーで」

 

「なら俺はシーフード」

 

包装を破り、蓋を開く。あ、蓋止めのテープは残しておかないと……。

 

「綾乃、コンビニ遠かった?」

 

「そこそこでした。まあ、この辺りに住んでいる人は、『ちょっとコンビニ行ってくる』って言って、あの道を行くわけですから、遠いなんて言ったらダメですよ。ね?」

 

「そんなもんか?」

 

「だと思いますよ?」

 

……。

 

まあ、俺の家からも一番近いコンビニまで、往復四十分くらい掛かるけど。

 

「あ、お兄さん。途中に『大正村』って所がありましたよ。あれ何ですかね?」

 

「大正村? 大正時代の建物とかがあるんじゃないか? ほら、犬山市には明治村もあるんだし」

 

博物館明治村。名前の如く明治時代の建物が移築・保存展示されている。しかも、そのほとんどが文化財だ。

 

何故知っているかって? 所在地が犬山市だから……。*1

 

「なるほど。このあと寄ってみますか」

 

「そうだな。それで、その事なんだけど、帰りはどうやって帰るか?」

 

「えっ? このテントとか返さなきゃだから、来た道を戻るんじゃないんですか?」

 

そう思うのは当然だろう。

 

しかし、そこはちゃんと段取りしてあるのだ。

 

「その心配はないよ。新城(しんしろ)さんがしばらく山梨に居るから、あっちで返すことになってる」

 

そう。

 

マミさんと借りる時に相談して、山梨に滞在中の新城さんに返すという約束になっている。荷物が多くなってしまうが貸して貰った手前、贅沢は言わない。

 

「なるほど。それなら帰り道は自由ですね」

 

「そういうこと。だから、どうやって帰るか決めようって……。あ、お湯沸いたよ」

 

「はーい」

 

それぞれ、規定の線までお湯を入れ、蓋を閉じる。底に付いていたテープを貼っておく。

 

「あ! あたしテープ剥がすの忘れてた~」

 

何事かと思ったら、包装をテープごと捨ててしまったらしい。

 

「まあ、無くても大丈夫だろ」

 

「まあ……。さてと。三分間待ってやる!」

 

ラーメンに向かって御決まり(?)の台詞を吐綾乃。

 

「えっと。どうやって帰るかって話でしたよね?」

 

「ああ。綾乃が明日はバイトだから、今日中に帰らなきゃいけないけど、真っ直ぐ向かっても四時間位だから、多少遠回りをしても大丈夫。というわけで、どこを通るかって話だ」

 

「じゃあ、あたし岩村(いわむら)の方に行ってみたいです」

 

岩村……。ああ、岩村城のあの岩村か。

 

「四月から始まる朝ドラ*2のロケ地だって。お母さんが行ってみたがってます。あたしが先に行って自慢してやるんです」

 

そうですか……。朝ドラっていうと、NHKの連続テレビ小説か。

 

正直、放送時間が学校と被るから、夏休みや冬休みといった長期休暇でしか観たことがない……。

 

えっと。大正村に岩村。で、浜松へ帰ることを考えると……。

 

「じゃあ、とりあえず昨日来た道を戻って岩村に行って、大正村に行って……。その後はまた考えるか」

 

「賛成~」

 

 

 

 

 

テント等を片付けバイクに積み込み、撤去完了。

 

「それじゃあ出発するよ」

 

『了解』

 

それぞれバイクに跨がり、出発。

 

「それじゃあ、昨日の道を上矢作(かみやはぎ)まで走って、そこから岩村に向かうよ」

 

『はーい。あ。同じ道行くのなら、途中まで前走っても良いですか?』

 

「了解」

 

前後が入れ替わり、綾乃が前になって走る。

 

 

 

 

 

 

昨日走った県道を戻り、国道257号線を北上。本当に今回の旅で縁がある国道だな。

 

道の駅の看板が現れた。ラフォーレ福寿の里……?

 

【挿絵表示】

 

『お兄さん、道の駅は通過しますが大丈夫ですか?』

 

綾乃から確認される。

 

「オッケー」

 

出発して間もない。長旅では出発した最初の一時間にトラブルが起こり易く、その一時間を無事に通過できれば大丈夫だ。と言われている。

 

まだその一時間にも満たないから、通過で良いだろう。それに、売店もまだ開いていないと思うし。

 

『そういえば、一つ気になったんですけど』

 

「ん?」

 

『上矢作って地名、あるじゃないですか』

 

「ああ」

 

『キャンプ場があったのは串原(くしはら)で、これから向かうのが岩村。でも、全部恵那市ですよね?』

 

言われてみれば。

 

でも、これって確か……。

 

「市町村合併じゃないのか? 詳しくは知らないけど」

 

『ああ。合併ですね。納得です』

 

「あ、いや。合ってる保証はないぞ?」

 

『浜松市も合併で倍以上の面積になってるんですよ。私たちが小さい頃の話ですけど』

 

ああ。浜松市もそうだったな。浜北市や天竜市もくっついて大きくなったんだ。

 

それを言うなら市川三郷町もだが。

 

『私たち、合併兄妹ですね』

 

なんだそれ。

 

「変な名前付けるなよ。それに、俺たち兄妹じゃないし、そもそも俺は宇治市の出身だ。宇治市は平成の大合併には関わっていない筈だし」

 

『まあ! 妹自称しちゃいけないんですか?』

 

「……勝手にしやがれ」

 

『思い出かき集め~鞄につめこむ気配がしてる~!』

 

おいおい。

 

「歌うなよ。カラオケじゃないんだから」

 

『はーい』

 

 

 

 

 

 

257号線に入ってからは登り坂が続いていたが、少し長いトンネルを抜けると下りに転じた。あのトンネルが峠の頂上だったらしい。

 

『今のトンネル、新木ノ実トンネルって名前でしたよ。新ってことは、ただの木ノ実トンネルもあるんですかね?』

 

そういえば、トンネル手前に側道があったな。高さ制限の予告が見えたから、そうかもしれない。

 

「あるかもな。ただ、山梨の場合、新しいトンネルが出来ると、古いトンネルは封鎖される傾向にあるからな。岐阜はどうなんだろう?」

 

俺の家からリンの家に向かう場合の最短ルートの県道404号線や、市川三郷町の市街地へ向かう409号線にも古いトンネルがあるが、どちらも埋め戻されている。本栖湖(もとすこ)の中ノ倉トンネルもそうだ。

 

『あとで調べてみましょう。お兄さん、トンネルの名前覚えててくださいね』

 

「自分で覚えろよ……」

 

 

 

 

 

下り坂を降りきると、市街地に出た。

 

「そこの交番の所を右折だ」

 

『はい。って、大きい交番ですね。警察署かと思いましたよ』

 

確かにデカイ。

 

まあ、大中小関わらず、警察署・交番・駐在所とは縁のない生活を送りたいなぁ……。もちろん、素行の面だけでなく、交通事故を含めてだ。

 

「そこを右折してみ」

 

『ここですね……。わあ~!』

 

【挿絵表示】

 

曲がった先が、岩村の古い町並み だ。四月から始まる連続テレビ小説のロケ地らしい。

 

「一度、通話切るよ」

 

『あ、はい。了解しました』

 

スマホで写真を撮るんだと、ライン通話は切った方が良い。

 

……おお。早速、バイクを一時停止してはスマホを構えている。

 

片手運転・ながら運転にならないように気を付けて進んでいる。

 

 

 

 

 

古い町並みを抜けると、再びライン通話を繋ぎ、国道257号線から363号線へ入る。

 

【挿絵表示】

 

今回の旅で三日間ともお世話になった国道とはここでお別れだ。

 

「このまま、この363号線を南下だ」

 

『はい』

 

田園風景の中を走って行く。

 

「綾乃、左側見てみぃ」

 

『左ですか? ……ああ。寒天』

 

「その通り、ここで寒天を作るんだよ」

 

国道沿いのすだれで囲われた区画の中に、寒天を作るための場所があった。

 

『ということは、この辺りが山岡ですか』

 

「だろうな。でも、もうすぐ明智だよ」

 

峠と思われる山を越え、上りが下りに転じる。

 

再び田園風景となった道を進み、鉄道と思われるガードをくぐる。

 

『あ。ここあたしが今朝来たコンビニです』

 

左手にコンビニが建っている。ということは、

 

「その交差点を右折だな」

 

『はい。今朝通った所ですね』

 

交差点を曲がって少し進んだところに看板が立っている。

 

『大正村到着~!』

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

*1
同じ部の後輩、犬山 あおいと同じ名前の犬山市という意味

*2
NHK連続テレビ小説、2018年上半期『半分、青い。』のこと。





大変長らくお待たせ致しました。いやぁ、アニメseason3の放送時期が決まりましたね。

season3のPVも公開されました。まあ、だいぶ前ですが(汗)

そのPVを見て思ったことを、冒頭に差し込みました。イヌ子の胸部の違和感に気付いた方、多いと思います……。


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 ツーリング最終日 後編


お待たせ致しました。

挿絵と脚注多めでお送りします。読みづらかったらごめんなさい。



 

大正村に到着した。

 

駐車場にバイクを入れる。無料駐車場とは有り難い。

 

「ところで、大正村ってどんなところ?」

 

先にバイクを止め、ヘルメットやヘッドセットを外していた綾乃に、俺はこう声を掛ける。

 

「さて?」

 

「はぁ?」

 

今の返事に、外そうとヘルメットを持ち上げていた手から力が抜けた。

 

「いてっ!」

 

頭上にヘルメットが落下。痛いんだけど!

 

「大丈夫ですか!」

 

「まあ……」

 

痛いが、大したことはない。

 

 

 

綾乃が近くの案内板を見ている間、俺はスマホで軽く検索。

 

どうやら、テーマパークや博物館などとは違い、特定の区画があるわけではなく、町一帯が『大正村』として扱われており、古い建物が町内に点在しているらしい。

 

しかし、

 

「まあ、年末年始の宿命ですね……」

 

綾乃が残念そうに呟く。

 

「仕方ないさ」

 

新年の営業は明日から*1らしく、有料の施設は開いていなかった。

 

「どうしますか? 次行きますか?」

 

「……行くか」

 

長居は無用。待っていたって開く訳じゃないし。

 

「次は何処へ行きますか?」

 

「考えてあるよ、面白いのを見つけたから。こっからは俺が前走るよ。その前に」

 

そう言い、向かいのスーパーを指差す。

 

「飲み物の補給とトイレ」

 

この近くに自販機はあるが、スーパーがあるならそちらの方が安い。バイトしているとはいえ、こういうところで節約しないとね。

 

 

 

 

 

トイレ休憩等を済ませ、大正村を出発。国道363号線を進む。ここからは西へ向かって進路を取る。

 

『なんか、こうして走ってると面白いですよね』

 

ふと、綾乃の声が届いた。

 

「何が?」

 

別に珍しいものがあったわけではないけれど……。

 

『町があって、山の中へ入って、再び町が現れて、田園風景になって……』

 

ああ。そういうことか。

 

「まあ、こういった道路は、古くからの街道に沿って整備されていたりするからな。人が歩いて往来していた頃からの街道だから、集落に沿って作られてるんだよ」

 

『なるほど……』

 

「あ、ちょっと脇道にそれるよ。さっき話した面白いのを見れるからさ」

 

そう言いながら、国道を外れ県道へ。

 

『面白いの、ですか?』

 

「ああ。見てのお楽しみ」

 

田園風景のど真ん中。バス停の前で止まる。

 

「このバス停が面白いのだよ。停名見てみ」

 

そう言いつつ、右手を示す。

 

『えっ? 停名…………なんですか、これ』

 

あ、それ俺の台詞。*2

 

さておき、バス停の停名を見た綾乃が、呆れたように呟く。

 

【挿絵表示】

 

「一見、人の名前みたいだろ? もちろん、地名なんだけどさ」*3

 

『珍停名って奴ですね』

 

そういうこと。

 

 

 

バス停を出発し、ちょっとした峠を越え、国道へ復帰。そのまま西進を続ける。

 

市境を通過、瑞浪市へ入った。

 

脇道にそれ、道なりに走って行くと、次の目的地へ到着。

 

道の駅 おばあちゃん市・山岡

 

 

 

 

 

「大きい水車ですねぇ……」

 

道の駅のランドマーク。巨大な水車がある。

 

駐車場からも見えていたが、近くで見ればなお大きく見える。

 

【挿絵表示】

 

「大きさが日本一の水車だってさ」*4

 

本来、水車とは名前のごとく水で動かすものだが、凍結防止の観点から、この時期は動かしていないらしい……。

 

「ちょっと早いけど、お昼にするか」

 

「了解です」

 

というわけで、売店の奥にあるレストランへ。

 

せっかくここまで来たんだから、その地の物を選ぶのが良いだろう。

 

「それで寒天ラーメンですか……」

 

「悪いか?」

 

「いえ。むしろその方が良いです」

 

二人とも選んだのは、寒天ラーメンだ。

 

普通のラーメンと違い、麺が寒天になっている。

 

【挿絵表示】

 

「これはヘルシーですね」

 

「だな」

 

 

 

 

 

 

 

この道の駅の隣にはダムがある。

 

ダム内部が公開されており、堤体の上部から下部へ行けるようになっているが、まあ年始故営業していない。

 

しかし、ダム下部へは別のルートで向かえるため、そちらへとバイクを走らせる。

 

道の駅を出発し、ダムを横に見つつ通りすぎ、トンネルと橋を越えると下り坂になった。ダムの高さ分下るのだろう。

 

『お兄さん、さっきあの橋を渡ったんですよね?』

 

目の前に、高いところを通る橋が見える。小里城(おりじょう)大橋という橋だ。

 

ぐるっと の を描くように回ったので、橋の下へやって来た。

 

【挿絵表示】

 

「その通り。あの上を通ったんだよ」

 

『結構な高さがありますね』

 

「ああ。高いなぁ」

 

走っている時にも気づいたが、下まで来ると橋がS字を描いているのが分かる。

 

『これだけ高いところにあるなら、景色が良いはずなんですけどね……。正直、上からの景色が記憶にございません』

 

「仕方無い。フェンスがあるんだから」

 

安全対策。生々しい言い方をすれば、自殺対策だろうか。欄干には高いフェンスがあって、橋上から景色は見えなかった。

 

『小里城大橋って名前でしたよね?』

 

「ああ。橋の所に看板があったから、この名前で間違いないよ」

 

『ということは、この近くにお城が?』

 

「あるのか? 城跡のような気もするけど……。後で調べてみるか」

 

『お願いします』

 

「次曲がるよ」

 

『はーい』

 

 

 

 

丁字路を左折。看板には、この先行き止まり と書かれているが、ダムへは行ける。ダム完成前はこちらの道を通っていたらしい。この道が通れなくなるから、あの橋を架けた訳だ。

 

『あっ! 山岡町の標識だ!』

 

左前方に 山岡町 と書かれたカントリーサインが立っている。それに綾乃が気付いたみたいだ。

 

この道路が通り抜けできなくなってから、市町村合併が行われているので、交換しなかったのだろう。

 

『これはつまり、あたしの予想通り、合併があったんですね!』

 

「ああ。そうらしい」

 

実は、さっき調べておいた。

 

綾乃が言った通り、元々の恵那市に岩村町・串原村・上矢作町の他、明智町と山岡町が合併して新たな恵那市となった。浜松市や市川三郷町と同じで、所謂(いわゆる)平成の大合併の頃に行われたものだった。

 

故に、綾乃が言っていたことも強ち間違っていない。なお、身延町*5・南部町*6も同時期に合併が行われているため、本栖高校の生徒はほぼ全員が綾乃の言う 合併兄妹 ということになる。

 

 

 

通り抜け出来ない道だが、交通が皆無というわけではなさそうで、ある程度管理されている様子だ。舗装も悪くない。

 

「綾乃、ダムが見えてきたぞ」

 

車止めがあったが、バイクなら通れるので脇を通過。本当は宜しくないことだが。怒られたら素直に謝ろう。

 

それを過ぎれば眼前にダムが現れる。

 

【挿絵表示】

 

『うわぁ……。大きいですね』

 

「これが小里川ダムだよ」

 

ダムの前に歩行者用の橋が架かっている。

 

【挿絵表示】

 

流石にこれをバイクで渡るわけにはいかないので、下車する。

 

「やっぱり大きいですね。前で見ると」

 

「ああ。ダムの天辺と道の駅がある場所が同じ高さだから、まあ、それくらいの大きさってことだな」

 

いかん。自分で言っておきながら、途中から何言ってるのか分からなくなってきた……。

 

「ってお兄さん! この橋足元丸見えじゃないですか!」

 

「うわっ! 本当だ!」

 

言われるまで気付かなかったが、橋の足元は網目状になっていて、下が見えている。

 

【挿絵表示】

※閲覧注意※

 

「これ、高所恐怖症の人には危ないなぁ……」

 

とはいえ、吊り橋から下を覗き込むのと大して変わらない。この程度なら大丈夫だ。しかも、普通に歩くだけなら、この橋は全然揺れないから尚平気。

 

「お兄さんは平気なんですか?」

 

「このくらいならなら」

 

「え~! 怖がってくださいよ」

 

「何でだよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

再び国道363号線へ入り、西進を続ける……。つもりだったんだが……。

 

『お兄さん。世界一のこま犬 がどうとか書かれた看板ありますよ』

 

確かに。この先左手にあるらしい。

 

丁度、国道363号線と419号線のぶつかる丁字路に出た。

その左側……って。

 

「なんじゃこりゃ!」

 

『うわぁ……。大きいですねぇ』

 

大きい。普通、こま犬といえば神社にあるものだが、それと同じような形なのに、大きさが全く違う。

 

言葉で説明しても分かりづらいだろう。

 

 

実物をご覧あれ↓

 

【挿絵表示】

 

すぐ近くに駐車場があるので、そこにバイクを止めて歩いて行く。

 

どれどれ。説明文の書かれた看板だ。

 

…………なるほど。

 

ここが国道419号線の起点であり、この国道の終点にある愛知県高浜市との交流の一環で作ったらしい。

 

何でこんな場所に? と思ったが、それが理由か。

 

高さ約3メートル。使用した粘土は15トン、2つ合わせれば30トン。

 

作成された時の写真もある。

 

こんなものをどうやって運んだのか? 否、元々この場所で作ったらしい。焼成に使った窯も全部解体せず、一部が残っているとのこと。

 

「瑞浪市と高浜市の姉妹都市提携で……。それでこんなに大きいこま犬作ったんですね……」

 

綾乃がこま犬を見上げながらそう呟く。

 

「ギネス記録ですかね……?」

 

そう言いながら、スマホを操作している。

 

「やっぱり。ギネス認定されてます」

 

「なるほど。まあ、世界一謳ってるし、それにこれより大きいのがあるとは思えないからなぁ……」

 

他の人たちは作ろうとも思わないだろう。

 

調べ終えた綾乃は、しきりに写真を撮っている。

 

「うーん。自撮りじゃあ全体が写らないなぁ……。お兄さん、撮ってください!」

 

「えっ? ああ、良いよ」

 

これだけ大きければ当然だろう。

 

ん? スマホを渡されると思ったのだが、綾乃は既にこま犬の前でポーズを取っている。

 

そういうこと。

 

「撮るよ」

 

俺は自分のスマホを構え、何枚か撮った。

 

ラインを開いて送信……っと。

 

「良い感じに撮れてますね。ありがとうございます」

 

すぐに確認して、こう言った。

 

その後もスマホの操作を続けている。各務原(かがみはら)さん辺りに送っているのだろう。

 

 

 

 

 

トイレを済ませ、出発。

 

このまま国道419号線を南下する。今度は綾乃が前を走っている。

 

愛知県豊田市に入りトンネルを通過し、山の中を走って行く。

 

こちらも、さっき綾乃が言ってきたのと同じ感じの道路だ。山と町が交互にある。

 

30分も走れば、豊田市の市街地に出る。これぞ 車の町 といった感じで、交通量が多いし所謂 名古屋走り が目立って危ない。

 

『うわ~! お兄さん、前後交代しませんか?』

 

前を走る綾乃が半泣きで俺にこう提案してきた。

 

今、ウインカーも無しに突然左折した車に追突しかけた。それで怖くなったのだろう。

 

後方を確認すると、丁度後ろには車が居ない。

 

「オッケー」

 

『じゃあ、そこの路側帯に入るので、抜いてください』

 

そこの、って。バス停じゃないか……違った。

 

綾乃が路側帯に入ったのを確認し、追い越す。

 

後続車が居ると抜かれてしまう可能性もあったが、大丈夫だった。

 

「さて、それでは。見せてあげよう、先輩としての貫禄を」

 

『何ですか? それ。ってか、一年しか違わないじゃないですか』

 

「冗談だよ」

 

余裕こいたら事故る。

 

 

 

国道419号線から248号線に入る。

 

トヨタ自動車の本社や周辺の工場を眺めながら進むと、矢作川を渡って岡崎市へ。

 

段々と、観光より早く帰りたい気持ちが勝り、一瞬見えた岡崎城は横目に素通りし、国道1号線へと入る。

 

 

 

途中、道の駅やコンビニでの休憩を挟みながら進む。

 

『豊橋市ですよ!』

 

「ああ」

 

豊橋市のカントリーサインを潜る。前を任せている綾乃は何処を通るつもりか分からないが、愛知県最後の町 となるだろう。

 

『お兄さん、準備は宜しいですか?』

 

「準備って何だ?」

 

『黄色い矢印信号で進んじゃ駄目ですよ』

 

ああ。豊橋市といえば、東海地方で唯一路面電車が走っている町だ。黄色い矢印は路面電車向けの信号で、車がそれで進んだら信号無視になるんだっけ。

 

教習で習ったが、実際にその道路を走るのは初めてだ。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと覚えてる」

 

『こんなところで切符切られたら大変ですからね』

 

「分かってる。そう言う綾乃こそ気を付けろよ」

 

豊橋市役所を左に見て、交差点を左折。

 

ここが日本に唯一残る 国道1号線上を走る路面電車 だ。

 

そして、国道を外れ県道4号線に入った。ここも路面電車が走っている。

 

しかし、さっきまでは少々小洒落た感じの路面電車だったのが、こちらは これぞ路面電車 といった感じがする。

 

レールと道路を区切るものは無く、架線の関係で電線もごちゃごちゃしている。

 

『お兄さん、路面電車ですよ! こうして見ると可愛いですよね』

 

綾乃の声に、視線を右前方に向ける。一両の電車がやって来る。

 

行先表示は単に 駅前。市内電車といった感じだ。 

 

「ああ。そうだな」

 

『あれ? 反応薄いですね……』

 

「そりゃあ。京都にも路面電車あるからな」

 

嵐山方面に向かう嵐電*7がそうだ。

 

俺が産まれる前、平成入った頃は、東山の辺りの京阪電車も路面電車となる区間があったらしい*8

 

つまり、バイクで走るのが初めてでも、見るのは初めてではないということだ。

 

 

 

路面電車との並走区間が終わると、峠越えの山道へ入る。

 

頂上の 多米トンネル を抜ければ……。

 

『帰ってきましたよ~!』

 

静岡県湖西市

 

静岡県へ戻ってきた。

 

 

 

*1
今日は1月5日

*2
滝先生の台詞であり、滝野の十八番というわけでない

*3
上 田良子かみたらこと読む

*4
大きさ日本一は2018年時点。現在は二番目。

*5
身延町・中富町・下部町

*6
南部町・富沢町

*7
京福電鉄嵐山本線の一部区間

*8
京阪京津線の一部区間、1997年廃止。なお、滋賀県大津市には今も併用軌道が残っている。





長く続いた(?)、純一と綾乃のツーリングが、ようやく終わりました。これ、作中では三日の話なんですよね……なげぇよ。

一応、今回のツーリングで通った道は、私が通ったことのある道(自分で運転したかは問わない)を選んでいます。とはいえ限界はありますので、一部はそうではないところもあります。

参考までに、今回のツーリングで通った道を簡単に記しておきます。備忘録 という形ですが……。






純一・綾乃 ツーリングルート


 初日

綾乃の家
↓静岡県道49号
↓県道364号
航空館
↓国道152号
月まで3㎞
↓県道360号
↓県道295号
↓県道9号
愛知県へ
↓国道151号
↓愛知県道524号(鳳来寺山パークウェイ)
流花と遭遇
↓県道32号
↓国道257号
道の駅 どんぐりの里いなぶ・どんぐりの湯
↓国道257号
道の駅 アグリステーションなぐら
↓国道257号
↓国道473号
新城さんの家

移動距離 約171km


 二日目

新城さんの家
↓国道473号
↓国道151号
新野峠・長野県へ
↓国道151号
↓国道418号
道の駅 信州平谷
↓国道153号
↓県道101号
愛知県へ

岐阜県へ
↓国道257号
↓岐阜県道33号
↓市道
くしはら温泉

移動距離 約76km


 三日目

くしはら温泉
↓市道
↓県道33号
↓国道257号
新木ノ実トンネル

岩村の街並み
↓国道363号
大正村
↓国道363号
珍名バス停
↓国道363号
↓市道・県道33号
道の駅 おばあちゃん市・山岡
↓県道33号 小里城大橋
小里川ダム
↓国道363号
世界一のこま犬
↓国道419号
↓国道248号
↓国道1号
↓愛知県道4号
多米トンネル 静岡県へ
↓国道301号
綾乃のバイト先

移動距離 約162km 3日間計 約409km


※経路を示す ↓○○号 の文字が青色のところは、作者が通ったことのない道路を示しています。



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 帰った先での出来事


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なお、 メニュー→閲覧設定 で、背景色を白以外にすると、面白いことが起きます。



 

県境の多米(ため)トンネルを抜けて30分ちょっとで、綾乃のバイト先でもあるコンビニに到着。駐車場に入る。

 

「三日間お疲れ様。楽しかったかな?」

 

バイクを止めエンジンを切り、ヘルメットを脱いでから綾乃にそう声掛ける。

 

答えは分かりきっている。でもそう聞いてみた。

 

「はい! 物凄く楽しかったです! たった三日なのに、一週間ぐらいあったんじゃないか、って感じです。それなのに、あっという間だった感じもします」

 

あるあるだな。でも、そう思ってもらえたなら良かった。連れて行った甲斐がある。

 

……あれ? そもそもツーリングって言い出したのは綾乃だよなぁ。俺は連れて行かれる側だった。

 

でも、楽しかったのは俺も一緒だし、細かいことは気にしない。

 

「それじゃあ、綾乃の家に顔を出したら俺は山梨に向けて発つよ」

 

「えっ? もう帰るんですか?」

 

予想していた通りの反応だった。

 

「そりゃあね。かれこれ一週間近くこっちにいるんだし、学校が始まる前には帰らないと」

 

「宿題が溜まっているとか? あたしもヤバいですねぇ……。だとしても、今から帰るんですか? この時間だと大型増えますから、煽られますよ。それに、そのビーノじゃあ高速走れませんから、着くの深夜じゃないですか?」

 

……確かに。それも分かった上でその予定だったんだけどな。

 

キャンプ道具を積んでいるので、最悪予約不要のキャンプ場とかで一晩明かすぐらい、難しくないから。

 

因みに、宿題は片付けてある。冬休みの宿題だが、冬休み前に終わらせておいた。

 

しかし、今からじゃ帰れないというなら、

 

「どうしろと?」

 

「それを聞く必要ありますか?」

 

おいこら。

 

「……分かったよ。今晩お世話になって良いですか?」

 

「勿論」

 

言うが早い。

 

早く帰ろうと言わんばかりに、ヘルメットを被る。

 

「家に電話しなくて良いのか?」

 

「逆ですよ、お兄さん」

 

「は?」

 

「家から言われてるんですよ。今朝、今日帰るって連絡したときに、お兄さんが泊まらずに帰るんだったら、連絡欲しいって言われてるんです」

 

マジですか……。

 

「一体俺は何なんだろうね?」

 

「前に話した通り、あたし一人っ子ですし、お父さんも男の子が欲しかったらしいですから、息子のように思ってるんじゃないですか?」

 

そういうものなんだろうか?

 

顔を出さずに帰るつもりはなかったから、綾乃の家へのお土産も買っておいたけど、正解だったなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ。数日だったけどお世話になりました」

 

翌朝。

 

綾乃の両親は仕事で既に外出していて、昼からバイトがある綾乃だけが家に残っている。

 

その綾乃に礼を言い、家を出る。

 

「お兄さん、本当にありがとうございました。メチャクチャ楽しかったです」

 

元気な声でそう言いながらも、綾乃は何処か眠そうだ。

昨夜はこのツーリングの思い出話で盛り上がり、寝るのが遅くなったんだろう。

 

お母さんは夜勤だから起きたばかりだったらしく、俺とお父さんが早めに寝たあとも、リビングからは話し声が聞こえていた。

 

「俺も楽しかったよ。誘ってくれてありがとな」

 

お正月を休み無しで働く大垣さんたちのために、何処かへお土産を買いに行こうと思っていたけど、浜松、果ては岐阜県の恵那や豊田まで行くことになるとは思ってなかった。

 

「お兄さん」

 

「うん?」

 

「暖かくなったら、あたしも山梨に遊びに行きますよ。お兄さんみたいに頑張って原付で」

 

「了解。待ってる」

 

「その時は泊めてくださいね?」

 

「勿論。山荘にコテージ、テント泊だってあるから」

 

「安くしてくれますよね?」

 

「心配するな。綾乃からお金取ろうなんて思ってないから」

 

冬場は閑古鳥が鳴いているし、それ以外の季節だって、夏休みに学校などの団体予約が入らない限り、基本的にはいつでも空きはある。泊めることは容易い。

 

あ。もちろん、タダで宿泊させる訳ではないので注意。

 

「いざとなれば、体で払いますからね」

 

「だ、か、ら!」

 

「冗談ですって!」

 

最後まで綾乃は綾乃だった。

 

 

 

ヘルメットを被り、エンジンを始動。

 

今回はヘッドセットは着用しない。一緒に走る相手はもう居ないから……。

 

さてと。気を取り直して出発。

 

俺の姿が見えなくなるまで手を振り続けている綾乃に、最後に手を上げて答える。

 

 

 

 

どの道を通るか迷ったが、自専道*1がある山側の国道1号線よりは、行きも通った海沿いの国道150号線ルートが良さそうだ。

 

道の駅が行きにも寄った彼処*2しか無いが、コンビニやスーパーも利用しながらゆっくり帰ろう……。

 

 

 

 

 

 

そんなわけで、清水区から国道52号線に入って山梨県まで帰ってきた。

 

ここまで無事に、順調に走ってこれた。

 

おお。たけのこタワーだ。

 

油断したらアカンけど、これを見ると帰ってきた感じがする。

 

トイレ休憩を済ませ、富士川を渡り、左岸へ。

 

 

 

 

 

うん?

 

進行方向前方に、俺が向かっている方向へ走る人を一人、発見。

 

しかし、後ろから見ただけだが、ランニングやジョギングをする格好とは思えない。

 

あれ? あの後ろ姿って……。

 

「恵那ちゃーん!」

 

警笛を鳴らしつつ、名前を叫ぶ。

 

「あっ! 先輩……!」

 

やはり。俺の声に気付いた恵那ちゃんが、立ち止まって振り向く。

 

しかし、相当息を切らしていて、膝に手をつき息をしている。何をそんなに慌てて……。

 

バイトに遅刻? いや、今日は6日。郵便局のバイトは長くても終わっている頃のはず。

 

そもそも、こんなに慌てた恵那ちゃんを見たことがない。

 

となると……。

 

「先輩! 乗せてください!」

 

恵那ちゃんの前に停車すると、顔が青ざめていた。息切れだけではなさそう。加えてこの格好だ。

 

まさか……! そういうことなのか!

 

「ちくわ はどっちへ!」

 

「えっ? あ、北の方向に!」

 

「乗って!」

 

ヘルメットを出している余裕はない。

 

法律違反だが、緊急事態だ。警察に見付かったら大人しく切符切られよう……。

 

「はい!」

 

恵那ちゃんが乗り、捕まったことを確認して発進させる。

 

 

 

「何があったの!」

 

後ろの恵那ちゃんに話し掛ける。

 

状況は何となく分かったけれど、どうしてそうなったのかは分からない。

 

「ちくわ 連れて散歩していたんです。そうしたら、大きな音が聞こえて! 驚いて急に引っ張られてリードを離してしまって……」

 

大きな音。そういえば、さっき聞こえてきたな。恐らく道路工事の発破のものだろう。

 

それに驚いて ちくわ が逃げ出したのか……。

 

「そんなに遠くには行ってないよね?」

 

「恐らく」

 

 

 

 

 

 

走り出して数分後。

 

「ん?」

 

対向車がパッシングをしている。

 

「あれは……?」

 

よく見ると、ボンネットには『酒の川本』の文字が見える軽ワゴン車だ。

 

「滝野くん~!」

 

ハザードランプをつけ、路肩に停車して、窓から手を振っている。副店長じゃないか。

 

後続車が居ないことを確認し、車線を跨いでワゴン車の前に停まる。

 

「どうしました?」

 

「いやぁ。久し振りだなって」

 

「あ、あのー。今俺急いでいる…………あれ?」

 

「ちくわ!」

 

なんと、その軽ワゴン車の中で ちくわ を発見した。

 

「アン!」

 

何事もなかったかのように。しかし、当たり前のように。助手席に鎮座している。

 

「ちくわ!」

 

恵那ちゃんが後ろから降りて、助手席の窓へと駆け寄る。

 

「あれ? このチワワ彼女の?」

 

「はい。発破の音に驚いて逃げ出してしまったらしくて……。平谷(ひらや)さんが保護してくれたんですか?」

 

「そうだよ。リード引きずって走ってたこのチワワ見付けて、ほっといたら危ないと思って……。あ、鍵開いてるから……」

 

そう言われて恵那ちゃんが助手席の扉を開くと、ちくわが勢いよく彼女の胸に飛び込んだ。

 

「良かった……無事で……」

 

泣きそう。というか泣いてる?

 

「あ。助けていただいて、ありがとうございます!」

 

お礼を言ってなかったことに気付いたのか、はっとした様子でそう述べた。

 

「無事で何より。今度は逃げられないように気を付けてね」

 

「はい! 本当にありがとうございました。失礼します」

 

帰るのか。

 

「滝野先輩も、ありがとうございました!」

 

「いや、俺は別に何も……」

 

保護してくれたのは平谷さんだし、結局俺は何も出来なかった。それどころか、俺がやったのは法律違反だ。

 

「謙遜しすぎです。先輩のお陰で助かりました。また学校で……」

 

そう言ってこの場を去ろうとする恵那ちゃん。

 

彼女の顔、青ざめていたのが嘘のように元通りになっていた。それどころか、少し赤い。

 

「あ、もし良ければ送っていこうか? この先だよね?」

 

ふと、平谷さんが言った。

 

「今日から工事再開のはずだから、また何処かで発破しないとも言えないし、その時に同じようなことになったら大変だしね?」

 

突然の提案に、戸惑っている恵那ちゃん。まあ、知らない人の車に突然乗らないか? って言われたら誰だってこうなるだろう。

 

しかし、ちくわのことは俺も心配だ。

 

「あ。いえ……。乗せていただくことに抵抗があるとかではなく、私の家、すぐそこなんです……」

 

そう言って恵那ちゃんが指で示す先には一軒家。ここからなら徒歩で数分のところだ。

 

「あれ?」

 

「はい」

 

車で送っていく、という距離ではなかった……。

 

「でも何か心配だなぁ……。あ! 滝野くんが送ってってあげなよ。バイクはここで僕が見てるからさ」

 

なるほど。それはいいアイデアだ。しかし。

 

「平谷さん、大丈夫なんですか? 何処か行く途中なのでは?」

 

「大丈夫大丈夫! 急いでないから」

 

良いのか?

 

恵那ちゃんの方を見る。あ、目が合った。

 

「そういうことなら。先輩、お願いします」

 

「アンッ!」

 

ちくわまで……。

 

「じゃあ、行ってきます。平谷さん、バイクお願いしますね」

 

そう言ってバイクを預け、二人、並んで歩き出す。

 

 

 

 

「……」

 

「…………」

 

特に会話は無い。

 

話そうと思えば幾らでも話題はあるのに。

 

恵那ちゃんの方を見ると、ちくわを大切に腕で抱き抱えていて、視線は前を見ている。顔は相変わらず少し赤い。

 

抱かれているちくわは、こちらを見ていた。

 

うん?

 

何が言いたげな顔だ。しかし、相手は犬。例えなにかを言ってるとしても、俺には理解できないだろう……。

 

 

 

「着きました」

 

結局、そのまま家に到着。

 

「今日は本当にありがとうございました」

 

俺の方を向き、恵那ちゃんが言う。

 

「まあ……、ちくわに何もなくて良かった。な?」

 

俺はそう言いながらちくわを撫でてあげようか。と思って手を伸ばした。

 

「ウ~! ワン!」

 

あ、やべ。怒ってる?

 

「先輩ごめんなさい。ちくわ、どうしたの?」

 

急に吠え出して恵那ちゃんも驚いている。

 

「怒らせちゃったかな? それじゃあ、俺はこれで失礼するよ」

 

「あ、はい。えっと、先輩は浜松からの帰りですよね?」

 

「うん」

 

「疲れてると思います。あと少しですが、油断せず、気を付けて帰ってくださいね。また学校で会うためにも……」

 

「ありがとう。それじゃあ」

 

戻るために、彼女に背を向けて歩き出す。

 

「アン! ウ~、ワンワン!」

 

ちくわの吠える声が聞こえ、顔だけ後ろに向けると、恵那ちゃんに何かを訴えるように吠えていた。何て言っているんだろう?

 

「ヤツはとんでもないものを盗んでいきましたね。あなたの心を」

 

 

 

 

 

 

「戻りました」

 

平谷さんの待っているところへ戻ってきた。

 

「あの子の彼女?」

 

「えっ? 違いますよ。同じ学校の後輩です」

 

「可愛い子だったね」

 

「勘弁してくださいよ。俺の回り、可愛い子しか居ないんですから。妹を含めて」

 

「羨ましいねぇ。あ、そういえば、大垣さんと各務原(かがみはら)さんとも同じ学校だっけ?」

 

「えっ? はい」

 

急に二人の名が。何でだろう?

 

「あの二人、とんでもないことをやってくれたからねぇ……。大変だったよ」

 

「はい?」

 

とんでもないことを? 何ですか、怖いんですけど!

 

「各務原さん、見た目に似合わぬ怪力娘だねぇ。あまりにも飄々(ひょうひょう)とビールのケースを持ち上げるもんだから、お客様が気を良くして『もう1ケース!』って買ってくださるから……、飛ぶように酒が売れてね。過去最高の売上だと思うよ」

 

そっちか……。焦った。

 

「しかも、二人の営業が上手いから。うちに来る予定の無いセルバ帰りのお客様も捕まえるからさ……。本当、大忙しだったよ。まあ、嬉しい悲鳴ってやつさ」

 

「そ……そうですか」

 

心臓に悪いんだけどさぁ……。でもまあ、あの二人が揃ったら何か起こる気はしてたけど。

 

「そうだ。改めまして。今年も宜しくね」

 

「はい。こちらこそ、宜しくお願いします」

 

「それじゃあ!」

 

俺を追い越し発進して行く。

 

そういえば俺は反対車線に止まっているんだった。

 

前後を確認し、本来の車線へと戻る。

 

 

 

 

 

身延の駅前を通り、下部温泉を抜け、本栖方面へ。

 

学校の下の常葉(ときわ)トンネルを抜ければいつもの下校ルートだ。

 

いつも通りなら、そのまま脇へ逸れて下部トンネルへ向かうんだけど、今日はリンの家に寄って新城さんに会わなければならない。

 

そのまま東へ向けて進む。

 

「おっと!」

 

一部、凍結している部分があった。

 

そうだ、大晦日の降雪でそこそこ積もって凍ったんだった。

 

まだ残っていたとは……。

 

この先も気を付けて進まないと……。

 

 

 

リンの家に到着。

 

インターホンを鳴らすと、応答したのは新城さんだった。

 

玄関が開く。

 

「滝野くん。ご苦労だったね。マミから話は聞いているよ」

 

「滝野先輩、お帰りなさい」

 

新城さんに続いてリンも出てきた。

 

お帰りなさい……か。

 

「新城さん、リン。……ただいま」

 

 

 

「これで全部かな?」

 

「はい。大丈夫な筈です」

 

新城さんが荷を解き、それをリンと咲さんが運び込んで行く。

 

「滝野くん」

 

二人になったところで新城さんが口を開いた。

 

「遠戚とはいえ、君は私の親戚なんだ。今回みたいに困ったことがあれば、いつでも頼ってくれて構わないからね」

 

「はい、分かりました。まあ、本来テントとかの道具はこちらが貸す側なんですけどね……」

 

なんたってうちはキャンプ場なんだから。

 

「確かに。また木明荘も利用させてもらうよ」

 

「待ってます。この件はさておき、今回はテントとシュラフ、貸していただきありがとうございました」

 

それでは帰る準備をしよう……。

 

ヘルメットを被る。

 

「おや? 上がっていかないのかい?」

 

言われると思ってた。

 

「お誘いは有り難いですが、かれこれ一週間は家を空けています。いい加減帰りたいですからね。今日のところは遠慮しておきます」

 

そう答えると、何処か寂しそうな表情になる。

 

「分かった。それでは気を付けて帰りなさい」

 

「はい。ありがとうございました」

 

恐らく、次に尋ねてきても新城さんはこの家には居ないだろう。とはいえ、この人のことだ。何処かで必ず会える。

 

エンジンを始動し、出発。

 

 

 

完全に走り慣れた道を20分も走れば四尾連湖の入口に到着。

 

スマホホルダーにはめてあるスマホを操作。

 

ハンズフリーで家に電話を掛ける。

 

『はい』

 

「父さん。帰ってきたよ」

 

『了解。あ、今一台車が出ていくから、それ待ってから来て。シルバーの軽ね』

 

「シルバーの軽一台。分かった」

 

電話を切る。

 

言われた通りの車を待つ。

 

うちに来ていたお客様だから、頭を下げて見送る。

 

さてと。発進させよう。

 

 

 

お。ガレージの前に父と山県さんが立っている。

 

「純一」「純一くん」

 

「お帰り」「お帰りなさい」

 

バイクを止め、降りてヘルメットを外す。

 

 

「ただいま帰りました」

 

 

 

 

 

*1
自動車専用道路

*2
風のマルシェ御前崎





何とか年内に更新間に合いました。

次回からは学校での日常に戻ります。……というのはまだ先です。



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 ◇京都から来た旅人

お待たせしております。

あらすじに前から存在していながら該当話が無い『◇』のお話です。

独自設定てんこ盛り でお送りします。向こうの原作と矛盾する点が多数見受けられると思いますが、そこは目を瞑って頂けるとありがたいです。


※本話中の会話は、全て 京都弁 で行われているものとします。※



 

吉川:久し振り。今大丈夫?

 

滝野:構わんよ。どうした?

 

吉川:どの辺りにいるの?

 

滝野 :どの辺りって……山梨だけど

 

吉川:普段、友だちに説明するような表現で良いから

 

滝野 :?

 

滝野:学校出たところ

 

滝野:それが何か?

 

吉川:今すぐ甲斐常葉駅に行きなさい

 

吉川:大至急よ

 

滝野:なんで?

 

吉川:行けば分かるわ

 

 

 

 

 

 

 

という連絡を受け、言われた通り甲斐常葉(かいときわ)駅に向かう。

 

部活を終えて帰路についたばかりで良かった。引き返すにしても、距離が長いと面倒だし、時間も掛かる。

 

というより、部活のために学校へ来ていて良かった。これが家にいた場合、30分以上掛かるからだ。

 

ものの数分で駅に到着したのだが…………なんで?

 

「なんでお前がこんなところに居るんだよ!」

 

思わず叫んでしまった。回りに誰も居なくて良かった(目の前の一人を除いて)。

 

「ご挨拶ね。私がここに居たらダメなの?」

 

さも、当たり前のようにそう言い放ったのは、北宇治高校吹奏楽部でほんの一時期一緒に過ごした仲間……ライバル? で、今は吹奏楽部の部長を務めている、吉川 優子だ。

 

肩掛け鞄をさげ、厚手のコートとズボンを着込んでいる。暖かそうな手袋を着用していて、寒さ対策バッチリといったところか。

 

トレードマークと言うべき頭の大きなリボンは健在で、むしろこちらが本体とも言えるだろう。

 

しかし、それ(ゆえ)帽子は被っておらず、首回りはマフラーで覆われているものの、頭は寒そうだ。

 

「居たらダメとは言わんけどさぁ。急にどうしたんだ?」

 

京都に居る筈の人間が何でこんな所へ?

 

「ちょっと。リボンじゃなく、私の目を見て言いなさいよ!」

 

「すまん、そっちが本体だと思ってた」

 

「まあ良いわ。それでね……何と言うか、まあ。会いたくなったの」

 

「誰に?」

 

「あんたに」

 

「誰が?」

 

「私が。って、これ言わなくても分かるでしょ!」

 

何故(なぜ)か怒られた……。

 

 

 

「急で驚いたけど、まあ、久し振り。元気そうでなにより」

 

一年半位会っていないが、変わった様子は見られない。

 

「そっちも元気そうね。頑張ってる?」

 

「ラインで連絡した通りだよ。それなりにはな。……で、会ったは良いけど、この後どうするんだ? そもそもどうやって来たの?」

 

「これよ」

 

そう言い、差し出してきたのは……青春18きっぷ?

 

今日の日付で山科駅の入鋏印が押されている。既に三回使用されていて、今日が四回目。

 

つまり、電車を乗り継いで来たってことか。

 

高坂(こうさか)から貰ったの」

 

「高坂……? 高坂って、トランペットソロの?」

 

「そうよ。よく知ってるわね」

 

「知ってるも何も。コンクールのCDに、手紙添えて送ってきたの吉川だろう!」

 

そもそも、高校生にしてあの演奏技術を有している。姓が同じだから、()()()()()()と関係があるのは間違いないだろう。トランペット吹いててあの人を知らないとは情けない……。

 

「そうだったわね。それで、高坂から使いかけのこの切符を貰ってね」

 

おっと。話が脱線していた。

 

「どうしようか考えていたの。貰ったところで行く先が特にないから。考えてたらふと、あんたの顔が浮かんできたの。それで、明日まで冬休みだから、来たのよ」

 

なるほど。それで遠路遙々俺を訪ねてきたと。

 

「それで、俺に会ったは良いけど、この後どうするんだ? もう帰るには遅い時間だろ?」

 

時計を見る。14:15。

 

始発で来たとして、この時間。今日中には帰れまい。

 

「次の富士ゆきに乗れば、今日中に帰れるわ」

 

マジか! 意外と近いんだな。山梨⇔京都が日帰りで往復できるなんて、流石JR。

 

まあ、青春18きっぷを利用せずに新幹線に乗れば、もう少し遅い時刻でも帰れるのかもしれないが。

 

「そうか。じゃあ、気を付け帰れよ」

 

「帰るわけないじゃない。私があんたの顔見るためだけに、こんなところまで来ると思った?」

 

「…………。思いません」

 

「今の間は何? まあ良いわ。今夜は泊めなさい」

 

泊める?

 

「誰が?」

 

「あんたが」

 

「誰を?」

 

「私を。って、これ二回目なんだけど!」

 

俺の家がキャンプ場なのを彼女は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

常備してあるヘルメットを渡し、後ろに乗ってもらって、四尾連湖(しびれこ)……俺の家を目指す。

 

因みに、ヘルメットを被ってもらうために、リボンは(ほど)いてもらった。

 

リボン無しの吉川を見たことがなかったので、半分冗談で「どちら様ですか」って言ってみたら、思いっきり蹴りを入れられた。間一髪のところで避けたけど……。

 

「聞かないのね」

 

ふと、後ろの吉川から声が掛かる。

 

「聞くって何を?」

 

「私が来た理由」

 

「別に。俺から聞いたら嫌らしいだろ。言ってくれるの待つつもりだったさ」

 

「そう…………」

 

ん? 何か続けて言ったけど、風に掻き消され聞こえなかった。

 

「今何か言った?」

 

風に負けないように、大きな声で言う。

 

「何でもない」

 

吉川はさっきから大きな声で聞こえるように言ってくれているから、さっき何か言ったように感じたのは間違いだったか……。

 

「でね。その理由だけど……って、わざわざ停まらなくても良いんだけど!」

 

丁度、言いかけたタイミングで停止せざるを得ず、怒られてしまった。

 

「悪い。信号だよ」

 

前方には交互通行の信号機。この辺りの道路は、時々落石等で交互通行の規制が敷かれている。

 

そもそもの交通量が少ないから、信号を置いてない場合もあるけど……。

 

「あら。ごめん、悪かったわ」

 

なら良い。

 

「青になったから動くよ」

 

「りょーかい」

 

 

 

 

「なんかね……」

 

動き出して少しして、吉川がまた口を開く。

 

「全国大会が終わって三年生が引退して、私が部長になったのね。部長だから今までみたいに過ごすわけにはいかないから……」

 

今まで通り?

 

ああ。加部(かべ)から連絡が来ていたな。

 

あの一年生退部騒動の後、吉川も退部を考えていたのだが、中世古(なかせこ)先輩に引き止められ、救われたこともあって、彼女に心酔していたような話を聞いた。

 

同時に、彼女の努力が報われて欲しいと願っていたことも。

 

「時々、喪失感に襲われるのよ。香織(かおり)先輩を始めとする三年生の先輩方はもう居ない」

 

今はまだ、部活に来ないだけだけど、3月には卒業し、学校からも居なくなってしまう。

 

「なんか、不安になっちゃって。でも、部員たちにはこんな様を見せるわけにはいかないから、誰に相談しようか、って思ったら、あんたの顔が浮かんできたの」

 

なるほど。それでわざわざ山梨まで……。

 

「部長だから、みんなの(まと)め役だから。って常に気を引き締めた状態でいたら、いつか駄目になるぞ。全部抱え込んだりしたら、」

 

「でも!」

 

「でも、じゃない。それじゃあ水風船だ」

 

「……どういう意味?」

 

俺の口から出たある単語に、吉川が首を(かし)げる。

 

「水風船ってさ、水を入れるじゃん?」

 

「そうね」

 

「口を縛らない限りは水の出し入れは可能。その『水』を、今吉川が抱えている物だと仮定する。水風船は吉川な。んで、話を戻すが、水風船に水を入れすぎたらどうなる?」

 

「……割れるわね」

 

「ああ、割れるな。割れてしまった風船は、二度と元には戻らない。そして、飛び散った水は周りをも濡らす」

 

「あ……」

 

俺の言いたいことに気付いたようだな。

 

「割れる前に口から飛び出した水で濡れた程度なら、まあ、周りは誰も怒りはしないだろう。でも、割れた時に飛び散った水で濡れたら、誰も良い気はしないだろうな。だから、少しは周りを頼れ」

 

返事はないが、俺の言いたいことは伝わったみたいだ。腰に回されている腕に力が強くなった。

 

「副部長が中川だっけか? 仲良いんだからさ」

 

しかし、あの中川が副部長か……。俺の知っている頃の姿からは想像もできん。

 

「同性相手で言いづらいなら男子だって……。って言っても、俺らの世代だと、残った男子は後藤だけか……」

 

元々吹奏楽部は男子が少ない。

 

俺らの学年も決して多くなかったのだが、件の退部騒動と俺の転校で、今は1人しか居ない筈。

 

「そうね。夏紀に言いづらいことがあったら、後藤に相談するわ」

 

「それが良いと思うぞ。あ、俺に言ってくれても構わんよ」

 

「そう? でも、今男子って言ったじゃない。私、あんたを男として意識したことは、一度もないけど……?」

 

「そりゃどうも」

 

慣れてますから……。

 

 

 

 

 

 

 

 

四尾連湖の入口に到着。

 

バイクを停車させ、ハンズフリーのまま電話をかける。

 

「父さん? 今帰ったよ」

 

『了解。来て良いよ』

 

「分かった」

 

確認が取れたので発進。

 

「今の何?」

 

やはり。このやり取りを不思議に思ったらしい。

 

「これから通るから分かると思うけど、この先の道がバカみたいに狭いんだよ。車が鉢合わせたら大変なことになる。だから、車両の有無を確認してから入るんだ」

 

「うわ。確かに狭いわね」

 

説明している間に件の場所に差し掛かり、吉川は想像していた通りの反応をする。

 

「着いたぞ」

 

ガレージの前に到着。

 

「…………っ!」

 

バイクから降りた吉川は、ここから見える湖を見て、言葉を失ったらしい。

 

「綺麗……」

 

「この四尾連湖は、流入河川も流出河川も無い。湧水だから綺麗なんだよ」

 

富士五湖には含まれないが、贔屓(ひいき)なしに俺はこの辺りで一番好きな湖だ。

 

「キャンプ場って聞いたけど……」

 

「湖の対岸のあの辺りがうちのキャンプ場だよ」

 

そう言いながら、手で大体の場所を示す。

 

「車が入れないから、利用者は一輪車で湖畔を回って向かうんだ。水場は無いしトイレも汲み取り、お風呂もない」

 

「不便ね……」

 

「でも、贔屓にしてくれるお客様は多いんだよ」

 

お陰様で繁忙期はそれなりに忙しい。

 

「そういえば、今お風呂無いって言わなかった? 今晩このままとか嫌なんですけど?」

 

「安心しろ。風呂はある。でなけりゃ俺たちはどうやって暮らしていると思ったんだ?」

 

「それもそうね……」

 

 

 

 

 

この時間から山荘やコテージの準備をしていたら大変なので、俺たちの居住スペースの空き部屋へ通した。

 

「ありがと」

 

「夕食出来たら呼ぶから、それまで好きにしてれば良いさ。といっても、暇潰しになることは無いか……」

 

「良いわよ。疲れちゃったから少し横になるわ」

「長旅ご苦労さん」

 

始発で出発したと仮定し、あの時間。6~7時間も電車に乗ってたら疲れるだろう。

 

「そうじゃないわ」

 

「は?」

 

「ほら、今日と明日が青春18きっぷが使える最後の休日じゃない? だから、混雑してて大変だったのよ」

 

ああ。言われてみればそうだった。

 

「そうか。尚ご苦労様だったな。風呂先にするか? すぐ準備するけど」

 

「私は後で良いわよ。突然押し掛けちゃったんだから」

 

「しかしだな……」

 

男が入った後のお風呂に入るのって、抵抗無いんだろうか?

 

「まあ……分かった。じゃあまた呼びに来るから……」

 

「うん」

 

そう言って戸を閉める。

 

 

 

「優子ちゃん、何かあったの?」

 

食卓へ入ると、夕食を作っている父から話し掛けられた。

 

「いや、別に何も。ただ、何となく俺に会いたくなったんだってさ」

 

「あれ? そういう関係だったっけ?」

 

「違うけど。まあ、詳しい理由は聞いてないから分からない。ただ、吹部の部長になって色々抱え込んでるらしいよ」

 

壁のカレンダーを一瞥。

 

「明後日から学校始まるし、明日には帰ると思う」

 

「なるほど。まあ、宇治と比べればこの辺りは空気も良いし、リフレッシュにはなるだろう……」

 

だと良いんだけど……。

 

 

 





遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。

今年中の完結を目指して頑張ろうと思います。

因みに、私は本作で 映画ゆるキャン△に相当するお話 を執筆する予定はないので、アニメ二期相当分が終われば完結という形になります。なお、その理由については次話のあとがきに記す予定です。


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 ◇湖畔のテラスにて

 

朝が来た。

 

目が覚める。と、同時に昨夜のことが一気に思い出される。勿論、男女の関係になったとか、一線を越えたとか、そんなことは一切無い。断じて無い。

 

第一、同じ部屋で寝てないから有り得ない。

 

ただ、四人*1で夕食を取り、先に吉川にお風呂に入ってもらってその間に洗濯機を回そうとして、手にした彼女の下着に赤面したり、入浴時に浴槽に浮いていた彼女の髪や浴室に残る匂いに()()してしまったり……。そういう意味で大変だった。

 

「吉川?」

 

そろそろ起こそう、と思い彼女の居る部屋の戸をノックし、声を掛ける。

 

「吉川? 開けるぞ?」

 

返事がないので断りを入れて開ける。

 

「あれ?」

 

部屋には居なかった。

 

寝る時間が早かったから、目が覚めるのも早かったのだろうか。

 

布団が綺麗に畳まれているから、トイレとかではなさそうだ。

 

外行ったか? 寒いと思うんだけどな……。

 

紅茶を淹れ、持って外へ出る。

 

「あ……」

 

外のテラスに居た。

 

「吉川、ここに居たのか。おはよう」

 

「おはよー。私探してた?」

 

「いや、そういう訳じゃないけど。朝だから起こしに行ったら居なかったからさ」

 

「昨日、早く寝たでしょう? 目が覚めちゃって」

 

やっぱりそうか。

 

「紅茶、淹れたけど飲むか?」

 

「ありがと。頂くわ」

 

吉川に紅茶を渡し、俺は自分の飲み物を手に、彼女が座る椅子の向かい側に座った。

 

「あんたのはコーヒー?」

 

「ああ。吉川、紅茶の方が良かっただろ?」

 

「そうだけど。よく覚えてるわね」

 

「忘れるわけ無いだろ。何年一緒だったと思って」

 

今までこの事を話題にしたことはないし、知っている人も少ないが、俺と吉川は、小中高約10年間一緒だった。

 

学校以外での関わりは皆無だし、親しい仲ではなかったが、それだけ一緒にいれば、自ずと色々な情報が入ってくる。これもその一つだ。

 

「そうだったわね……。あんたは昔からトランペット」

 

「そして、吉川は中学入ってからトランペットだっけな」

 

「そうね」

 

小学校には部活が無いので、学校が終われば俺は音楽教室へ。吉川が何をしていたかは知らない。

 

「私、中学入ってから楽器をやってみたいって思って吹部入ったんだけどね。トランペットを選んだのも『なんとなくカッコいい』という理由だったんだけど、その中にはあんたが関係していたのかもね」

 

「そうか? 俺、お前にペット吹いてる話したこと無いけど。確か」

 

「直接しなくたって、あんだけ同じクラスなら、嫌でも情報入ってくるわよ」

 

俺と同じ理由だった。

 

「なのに、あんたは中学じゃ吹部入らないんだもん。何で! って思ったわ」

 

「マジで……」

 

冷や汗が垂れる。

 

本来、中学校では部活動への所属が絶対だったが、俺はあの頃音楽教室の方に夢中で、学校から特例での部活免除を貰っていた。

 

もちろん、それ故周りからは色々な事を言われていたし、良い顔はされなかった。だからこそ、上手くなろうと人一倍努力したつもりだ。

 

「だから、同じ高校に入ったときは、無理矢理吹部に入れさせたのよ」

 

コーヒーを啜る。吉川も同じように紅茶を啜った。

 

「私が吹部辞めなかった理由。香織先輩だけじゃなく、あんたの存在も有ったかもね……」

 

 

 

 

沈黙が訪れる。

 

さっきまで言葉を交わしていたのが嘘のように……。

 

ふと、吉川の方を見れば、何処か真剣な表情で湖を眺めている。

 

しかし、その真剣さの中に、それ以外の何かが含まれているような感じがしてきた。

 

吉川の事だ。色々抱え込んでいるのだろう。そしてこれからも……。

 

「吉川」

 

「ん?」

 

名前を呼び、こちらを向いた彼女のおでこに、少し身を乗り出してデコビンを喰らわす。

 

「……」

 

一瞬、何が起きたか理解できなかったのだろう。そんな感じの表情で固まり、少し遅れて顔が真っ赤になる。

 

「ちょっと! いきなり何すんのよ!」

 

「怒ったのか?」

 

「当たり前じゃない!」

 

顔を真っ赤にして椅子から立ち上がり、もう一発に警戒してか幾分後ろに下がった。

 

念のため言っておくと、傷や痕が残ってしまった場合に責任がとれないので、かなり優しく弾いたのだが……。

 

デコビンの痛さよりも、されたことに対する衝撃が大きいのだろう。

 

「昨日も言っただろ? 無理するなって」

 

「無理なんかしてないわよ!」

 

「嘘()け。その顔で言われても説得力ねぇよ。何年一緒のクラスだと思ってんだよ」

 

実は、あの10年間はずっと同じクラスだったのだ。

 

「それは……」

 

「部長の大変さは俺には分からないけど、」

 

一応、俺も吹奏楽サークルの部長だが、吹奏楽部とは規模が違う。

 

「もっと周りを頼れ。何だかんだ言ってこれだけ長い間一緒に居たんだ。お前が駄目になる姿だけは絶対に見たくない」

 

「滝野……」

 

「お前一人が駄目になってそれで終わるなら、止めるつもりはない。残される吹部のメンバーが、みたいな綺麗事を言うつもりはないから。ただ、単に俺は嫌なんだよ。そんな姿は見たくない」

 

吉川が椅子に戻る。

 

まだ顔は少し赤いが、さっきまでとは違う理由でだろう。

 

「…………分かったわ。約束する」

 

「何を?」

 

「私一人で抱え込むことはしない」

 

「……指切りするか?」

 

「そうね。嘘吐いたら……何が良いのかしら?」

 

「吹奏楽引退させる。二度とトランペットを吹かせん」

 

「乱暴ね……まあいいわ」

 

「約束しろよ?」

 

「約束するわ」

 

俺が伸ばした右手小指に、吉川の小指が絡まる。そして離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日と同様に、バイクで吉川を甲斐常葉(かいときわ)駅へ送った。

 

駅前でバイクを止め、吉川を降ろす。

 

「ありがとね」

 

「こちらこそ。わざわざ会いに来てくれて」

 

あの後、朝食に呼ばれるまでの間、互いに近況報告や思い出話で相当盛り上がった。

 

それこそ 時が経つのも忘れる という言葉通りに。

 

「気を付けて帰れよ。約束守ってもらうためにも」

 

そして訪れた別れの時。

 

「分かってるわ。あんたこそ、気を付けなさいよ。この距離毎日通ってるんでしょ? それで」

 

「ああ。事故には気を付けてるよ」

 

そんな風に話していると、電車が入ってきた。

 

「じゃあ行くわ」

 

「元気で」

 

「あんたもね」

 

俺に背を向け、電車へと向かって行く。

 

その姿が見えなくなるまで見送る。

 

俺が今立っている場所からは、駅舎が邪魔で電車は見えない。

 

しかし、見える場所まで行って彼女の姿を見たら、別れが惜しくなりそうだから、電車が発車するまで待った。

 

 

 

そして、電車の音が遠ざかり、周辺は川のせせらぎや国道を通る車の音を除けば静かだ。

 

「さてと。俺も頑張りますかね~」

 

誰に言うでもなく、静かに呟いた。

 

長いようで短かった冬休みは今日で終わり。

 

明日から新学期が始まる…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、変わった吉川の姿に気付いたのか、中川から『アンタ一体何したの!』ってラインのビデオ通話で問いただされた。『デコピンして指切りした』と返したら、怪訝な顔をされた。

 

 

 

 

 

*1
純一・父・山県さん・優子





前話の ここ にてお話しした通り、本作はアニメ二期相当分にて完結の予定です。

映画ゆるキャン△に相当するお話 を執筆しない理由は大きく2つです。


①滝野の立ち位置上の都合
②他作品との兼ね合い


①リンがキャンプ場作りの総合リーダーに任命された理由は『キャンプ歴が一番長い』『キャンプといえはリンちゃん』というものでした。
しかし、ここに滝野が加わると『実家がキャンプ場』という理由により、彼がどんな職業に就いていても、リーダーに選ばない理由が無くなります。
故に、リンの立場が怪しくなってしまうのです。


②『君へ捧げる物語~北宇治高校文芸同好会へようこそ~』という作品を、映画ゆるキャン△公開前に執筆していました。この作品の作中は2027年の設定であり、本編完結後の番外編にて、リンと綾乃を登場させる予定で執筆していたところ、なんの偶然か、映画ゆるキャン△の時間軸と被ってしまいました。
『君へ捧げる物語』の128話~(※サブタイトルの○○話ではない)をお読みいただければ分かる通り、リン・綾乃・滝野が映画版の時間軸において共演しています。
故に、私にとってはそれが『映画版』といえるんですね。


そんな訳で、本作で直接映画版まで執筆する予定はありません。

ただ、完結より先にアニメ三期が始まるので、それ次第では『二期で完結』が嘘になってしまう可能性はあります。
実際、私は大井川流域のゆるキャン△聖地を巡礼済みなので……。挿絵に使えそうな写真がたくさんあります(笑)。



〈3月26日追記〉

以前、一部の方への感想返信や、第1話において、『滝野は中学校で吹奏楽部に所属していた』という設定があったという話をしています。

しかし、それでは本話の内容に矛盾が生じるため、

滝野は中学校では、吹奏楽部に所属していない』ことに統一させていただきます。


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 新学期の朝。いつも通り音楽室で


お待たせしました。

お待たせしたわりに短いです。ごめんなさい。


※今回、後半でまた特殊タグを使用しています。閲覧媒体によっては正しく表示されない場合がありますので、ご了承ください。※



 

冬休みが終わり、今日から新学期だ。

 

いつも通りの時間に起きる。

 

制服に着替え、教科書や必要な道具、宿題を入れた鞄を手に、食卓へ下りる。

 

「おはようございます」

 

「ああ、純一くん。おはようございます」

 

食卓へ行けば、朝食の準備を終えた山県(やまがた)さんに迎えられた。

 

俺の持つ鞄に目が行く。

 

「今日から学校ですか?」

 

「はい。冬休みは昨日までなので……」

 

どうしてこのやり取りが、というと、俺は浜松から帰った翌日から毎日、部活の為に学校へ行っていた。ただ、授業が無いから制服は着ても鞄を持って来なかったので、それで気付いたようだ。

 

 

 

「それでは行ってきます」

 

「行ってらっしゃい!」

 

「気を付けてな!」

 

途中で起きてきた父と共に朝食を済ませ、学校へ向け出発。

 

 

 

途中、わざとリンの家を経由してみたが、ビーノはいつもの場所に止まったままだ。彼女は部活が無いのでこんな早く登校する必要は無いから、まだ寝ているのだろう……。

 

 

 

いつも通り、『朝一番乗り!』と言えるような時間に、学校へ到着。

 

駐輪場へバイクを停める。

 

前二輪の三輪バイクとはいえ、自立する訳ではないので、倒さないように慎重に……。スタンドを下ろし、鎖を用いて施錠。

 

えっ? 何か変だって?

 

そう。今日乗ってきたバイクは、俺の相棒『ヤマハビーノ・125』ではなく、新入りの『トリシティ155』だ。

 

勘の良い方はお気付きだろうか? お察しの通り、以前借りた代車だ。

 

 

 

遡ること数日前、浜松から帰宅して、ビーノをガレージに仕舞おうと思って驚いた。

 

というのも、ガレージにこのトリシティが停まっていたからだ。

 

ナンバープレートを確認しても、あの代車に間違いなかった。

 

何でここにあるのか尋ねたところ、父は『一万円で買った』と言った。

 

その経緯を簡単に纏めると、そもそもこのバイクが整備を頼んだ店の店長の私物らしく、買ったばかりの新車で、その店長以外に乗ったのが俺だけだったらしい。

 

しかし、貸して早々に浜松でトラブル(パンク)が発生して、俺に迷惑を掛けてしまった。そのお詫びと、『新車でトラブル(初期不良の類いは除く)を経験した相手とは、良い関係を築ける』というのがその店長の持論らしく、元々乗る予定がなかったバイクなので、俺に譲ることにした。とのことだ。

 

店は店で正規の代車用のバイクを所有しているので、これを手放しても不都合は無いらしい。

 

因みに、このバイクが俺に貸し出された理由は、その正規の代車を他の人に貸していたため。

 

急遽店長の私物バイクを俺に貸したわけだが、先述のこともあった訳で、譲ってくれたということだ。

 

 

余談だが、『一万円で買った』とは言ったが、それは書類上のやり取りで、実際は殆どタダで貰い受けたらしい……。

 

 

そんな経緯で、この歳にして複数のバイクを所有することになった。

 

しかし、一方にだけ乗車していたら、もう一方が拗ねてしまうだろう。平日は交互に乗ろうと思っている。

 

因みに、俺が乗らない方のバイクは、父やうちのスタッフが必要あれば乗る予定だ。

 

妬かなきゃ良いんだけど……。

 

 

 

 

というわけで、今日はトリシティで登校した。

 

昇降口で靴を替え、まずは職員室へ。

 

「失礼します。吹奏楽サークル滝野です。音楽室の鍵を借りに来ました」

 

「お。滝野くん、おはよう」

 

入室早々、先生方から声が掛かる。

 

「おはようございます」

 

「滝野早いな」

 

「おはようございます。いつも通りですよ?」

 

「それもそうか」

 

挨拶しながら鍵のある場所へ向かう。

 

年賀の挨拶は交わさない。何故かって? 既に、昨日・一昨日のうちに済ませてしまったからだ。

 

今日から新学期とはいえ、先生方は準備やら何やらで、既に何度か学校に来ている。俺も、浜松から帰った翌日から、毎日学校に来ている。その時に挨拶してしまった。

 

鳥羽先生や大町先生へのお土産も、そのついでに渡しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

鍵を持って音楽室へ。

 

しかし、今は演奏しない。その理由はって?

 

実は、年末年始浜松へ行った間、一週間もトランペットが演奏できなかったんだよね。

 

その反動(?)で、このところ毎日何時間も一心不乱に演奏した。それゆえそろそろ唇が危ない。

 

リップで保湿に努めているとはいえ、乾燥しやすいこの時期だ。気を付けないと割れてしまう。

 

なので、今回はCDでも聞いていようと思う。

 

丁度、昨年(今年度)のコンクールのCDがある。

 

以前、恵那ちゃんが居たときに、可児が勝手に流した奴だ。

 

「えっと……、北宇治は何曲目だっけ……」

 

CDのケースを見ながら、曲をスキップして行く。

 

「あ。これだ」

 

けたたましいともいえる、トランペットの音に始まる曲、『三日月の舞』。

 

曲が進んでゆくと、ソロパートに突入する。

 

トランペットソロ。絶対に失敗は許されぬ、しかしソロを任された者の独擅場。

 

もちろん、失敗が許されないのはソロに限ったことではないが。

 

「しかしまあ……ドロドロなソロだよなぁ……」

 

一人呟く。

 

これ、『余所見するな、私だけを見ろ!』とでも言いたげな演奏に聞こえてくる。彼女……高坂(こうさか)さんは誰にこの演奏を聞いて貰いたいのだろう?

 

吉川に聞いてみれば良かったなぁ……。まぁ、こういう話は知っていたとしても俺には教えてもらえなかっただろう。

 

 

 

北宇治の演奏が終われば、そのまま次の学校の演奏が始まる。

 

そのまま放置していたら、いつの間にか浜松海浜高校の演奏が始まっていた。

 

「そういえば、(なぎ)がこの学校だっけ……」

 

年功序列・三年生優先で選んでいたら無理だろうが、実力主義・オーディション方式だったら間違いなくコンクールメンバーの筈だ。

 

「凪はこの中に居るのかなぁ……?」

 

聞こえてくるトランペットの音に耳を凝らしてみるが、イマイチピンと来ない。

 

コンクール出場者の名簿でもあれば分かるんだけど、このご時世そんなものが公開されている訳がない。

 

「凪……か」

 

「先輩、凪って誰ですか?」

 

突然、頭上へ聞き覚えのある声が降り注ぐ。

 

……?

 

ゆっくり、首を後ろへ回す。

 

「先輩、おはようございます」

 

可児が立っている。

 

驚いた。

 

マジで驚いた。

 

心臓止まるかと思った。いや、実際3秒くらい止まったんじゃないか? 本当にビビった。

 

しかし、驚きつつも急な動作はしない。まあ、固まって動けなかった、というのが正しいかもしれないが。

 

音楽室には、普通の教室同様、机椅子が並んでいる。

 

俺は今、そのうちの一つに腰掛けているのだ。机上にはCDプレーヤー。

 

もし、驚いて急に立ち上がったら、足……膝を机に強打して痛い思いをするところだった。

 

そして、その拍子に机を倒してしまったら、いや倒さずとも机上のプレーヤーを落としてしまったら……。

 

弁償することになれば痛い出費だし、色々と面倒なことになるだろう。

 

これはこれで良かったのかもしれない。

 

「先輩、何黙ってるんですか?」

 

「いや、急に可児が現れたから驚いて固まってた」

 

「急に? ノックしましたよ。返事無かったから。三回ぐらい……?」

 

マジで?

 

「ごめん、CD流してたから聞こえなかったんだと思う」

 

って、あれ? CD止まってる。俺止めたっけ?

 

……否。プレーヤーの電池切れだ。勝手に止まったんだ。

 

「それなら……まあ、仕方無いですね」

 

「すまん、許せ」

 

「別に構いませんよ。今日が初めてでは無いですし」

 

本当にすまん!

 

「それはそうと……」

 

ん? 嫌な予感。

 

「さっき先輩が言った『凪』って誰ですか?」

 

あ、これ絶対面倒な奴だ。

 

全然良くなかったじゃん!

 

 

 

 

 

 


 

 

へやキャン△

 

優子から届いた手紙

 

 

 

 

滝野純一様

 

元気にしてる? 私や香織先輩に笠野先輩他、トランペットパートの子はみんな元気です。

あんたも知ってるあの北宇治高校吹奏楽部が……といっても、今はあの頃の吹部とは全く違うんだけど。

その吹部が府大会、関西大会と突破し、全国大会に出場した。

何があったか、それは前にラインしたからここには書かないけど、滝先生のお陰で、私たちは全国に行けた。

結果は悔いの残るものにはなったけど、先輩方が言った通り、後悔はしていない。あれが今の北宇治の実力だったってことだから。

段々と自分でも何を言いたくてこの手紙を書いているか、分からなくなってきたから、この辺で締めるわね。

全国大会のCDを同封します。一度聞いてみて。

因みに、ソロは高坂麗奈という一年生。知ってる? 知らないわよね。

聞けば分かると思うけど、びっくりするほど上手いんだから。

 

 

追伸、この手紙は何秒後とかに自動で発火・爆発しませんので、煮るなり焼くなり破り捨てるなり……、ご自由に。

これから寒くなるし、山梨は京都より寒いだろうから、お身体に気を付けてお過ごしください。

 

吉川優子 

 

 

 



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 放課後、いつもの屋上で

 

始業式の放課後。

 

といっても授業はなかったので、放課後だがまだ昼過ぎだ。

 

部活のある生徒はお弁当を持ってきて午後から部活、そうでない生徒は下校して行く。

 

俺は今、用事があって校舎の屋上へとやって来た。

 

その用事とは、吹奏楽サークル(幽霊部員)の(サークル設立を提案した)水谷(みずたに)先輩に会うためだ。しかし、先輩に会うために屋上に来るとか、普通じゃ考えられない話だよなぁ……。

 

 

 

屋上への扉を開く。

 

「水谷先輩、居ますか~?」

 

そう言いながら辺りを見渡す。

 

彼女が居るとしたら、そこのパイプ椅子か、給水タンクの上だ。しかし、パイプ椅子は裳抜(もぬ)けの殻。

 

屋上へ出て、扉を閉める。

 

純一(じゅんいち)?」

 

俺の名を呼ぶ声がし、顔を上げると、先輩がタンクの上から顔を見せていた。

 

「アタシに何か用?」

 

「先輩、お土産買ってきましたから、どうぞ」

 

「ああ、ラインしてた奴ね。今行く」

 

そう言うと、ハシゴを降り始める。

 

俺は咄嗟に視線を外す。スカートの中が見えてしまうからだ。

 

……というか、一瞬見てしまった。

 

因みに、先輩には以前この事を指摘したんだけど、『別に構わないよ。ハシゴの昇降で見えちゃうのは仕方無いし、見られるのが嫌ならそもそもあんなところに昇らないから』だってさ。

 

「どうしたの、純一?」

 

降りてきた先輩が俺の横に立った。

 

「いえ、何も」

 

余所(よそ)見してたよね?」

 

「じゃなきゃ。見えちゃいますから……」

 

「別に良いのに」

 

そう言い、ホップ ステップ ジャンプみたいな感じで飛び跳ねて行って一回転、再び跳ねながら戻ってくる。

 

跳ねる度にスカートがひらひらと揺れた。

 

「見えたでしょう?」

 

「今のでは見えてません」

 

「さっきは見えたんだ?」

 

「……見えました……」

 

「何だった?」

 

これ、言わせるのかよ。いつもの事だけどさぁ。

 

「緑の縞模様……」

 

「正解♡」

 

「よしてください。その変なハートマーク」

 

「良いじゃん。アタシは減るものないし、純一だって損でないでしょ?」

 

そういう問題ではないんだけどなぁ……。

 

そう思いつつも言い出したらきりがないので、鞄からお土産を取り出す。

 

「はい。先輩へのお土産です」

 

「ありがと。何処行ってきたの?」

 

「浜松行って、恵那や豊田の方を回るツーリングに行ってきました」

 

そう答えると、よくある反応が返ってきた。

 

「浜松! いつも思うけど、純一の行動力には驚かされっぱなしだよ」

 

そう言う先輩の行動にも驚かされるけどさぁ……。

 

屋上のタンクに登るのは日常茶飯事だし、雨の中傘も差さずに校庭を走っていた時もある。

 

「何これ?」

 

お土産を開封した先輩がそう呟く。

 

韃靼(だったん)そばふりかけ です」

 

ささゆりの湯 で見つけて、何となく先輩に合いそうだと思って買った奴だ。ご飯に掛けて食べる蕎麦の実。

 

「って早速……」

 

既に封を開けて味見をしている。

 

ふりかけだから、大量にではなく少量だけ。

 

「うん。良いねぇ。美味しいよ」

 

それは良かった。

 

「所で……」

 

そう尋ねようと思った時だ。

 

屋上の扉。さっき俺が入ってきた扉の開く音がした。

 

太志(たいし)!」

 

そちらを見ている先輩がそう言うので、俺は振り向く。

 

「あ、成田(なりた)先輩!」

 

「純一くん。あけおめ~」

 

あ。そう言えば、水谷先輩に年始の挨拶をするのを忘れてた!

 

「成田先輩。明けましておめでとうございます、今年も宜しくお願いします……」

 

そう言って頭を下げれば、彼方(あちら)もそうした。

 

「あと、水谷先輩も」

 

それだけ言って水谷先輩にも頭を下げる。

 

此方(こちら)こそ」

 

「ちょっと、アタシには礼だけって酷くない?」

 

 

 

パイプ椅子は一つしかないので、水谷先輩が座り、俺と成田先輩はそれぞれ両脇に立つ。

 

「そういえば、さっき純一何か言いかけてたよね?」

 

「ああ。成田先輩が来るか、聞きたかったんです。先輩へのお土産も買ってましたから」

 

「これだよね。ありがとう」

 

このやり取りの前に渡していたそれを、先輩が掲げて見せた。

 

この人は、成田 太志先輩。

 

水谷先輩とお付き合いしている人で、俺とも親しくしてもらっている。

 

成田先輩はご覧のように(見れないよね)背が低く、回りからバカにされないように、普段はツンツンした態度を取っているのだが、俺には水谷先輩と同じような態度で接してくれている。

 

因みに、成田先輩には とちの実せんべい だ。

 

何となく、彼にはこれが似合う気がしたので……。

 

「純一くん、何処行ってきたの?」

 

ああ。水谷先輩には言ったけど、その後に成田先輩が来たんだ。まだ言ってない。

 

「大晦日から6日まで。浜松の方へ行ってました」

 

「浜松か。……でも、貰ったこれって浜松の物じゃないよね? どの辺りまで行ったんだい?」

 

流石。成田先輩は詳しい。

 

最初にそれしか言わなかったのもあるけど、水谷先輩は渡したお土産は浜松のものだと思っていた。

 

「最初に御前崎に住んでいる親戚の家にお世話になって、近くの海岸で初日の出を見ました」

 

「海岸で初日の出か。良いね。僕と渋谷(しぶや)高下(たかおり)でダイヤモンド富士初日の出を見てきたよ」

 

「うん。太志のお母さんに車出してもらって行ってきたよ。綺麗だったね」

 

高下? 各務原(かがみはら)さんもそこに行ってたよな……。会ってる? といっても面識無いか。

 

「まあ、渋谷の方が綺麗だけどさ」

 

「太志、変なこと言わないの。褒めても何も出ないよ♡」

 

全くこの二人は……。人前でイチャつくとは。これもいつものことだから慣れてるけど。

 

まあ、俺の前は例外として、普段人前では絶対にイチャイチャしないらしい。同じクラスの人にこの事を言ったら、腰抜かしていた位だ。『嘘言うな! あの二人が付き合ってるなんて、ただの都市伝説だよ!』とも言われたなぁ。本当のことなのにさ……。

 

あの様子だと、クラスの人たちはそもそもこの二人が付き合っていることすら知らないみたいだ。

 

「その後は?」

 

「それから浜松のツーリング仲間の所へ行って、その日は泊めてもらって……」

 

えっと、これが元日の話だよな。

 

「3日から5日にかけてツーリングに行きました」

 

そして、その内容を掻い摘まんで話す。

 

綾乃の家を出発し、天竜川沿いに北上。『月まで3㎞』の看板の写真や、親戚(新城さん)の家にお世話になったこと。翌日はキャンプ場でテント泊したことに、三日目に回った名所の話や写真。入った二つの温泉の話……。

 

適当な相槌をうちながら、二人は俺の話を遮ることなく聞いてくれた。

 

「楽しかった?」

 

言い終えると成田先輩がそう聞いてくる。

 

「はい。とても楽しかったです」

 

些細なことかもしれないが、これが一番大切なことだと思う。

 

「良かったじゃん。話聞いていたら僕も何処か行きたくなってきたよ」

 

「ところで、純一」

 

ん?

 

水谷先輩がいつにない真剣な顔で話し掛けてきた。

 

「その、一緒にツーリング行った子。綾乃って言ってたけど、女の子?」

 

やっぱりそこを指摘するつもりなのか……。

 

「はい。一つ年下の女の子ですけれど」

 

「綾乃って呼んでるよね?」

 

「はい……」

 

「名前。しかも呼び捨て……」

 

ん? そっちの話か?

 

てっきり、『女の子とツーリングに行って同じテントに泊まった』ことを指摘されると思ってたけど、違うらしい。

 

「純一が女の子の名前呼び捨てで呼ぶの、その子位じゃない?」

 

綾乃とリン。可児……は苗字だな。確かに少ない。

 

「えっと……つまりそれは、先輩方も名前で呼べと言っている訳ですか……?」

 

「その通り! 察しがいい子は好きだよ♡」

 

だからその怖い♡止めてください! いつか誰かに殺されかねないから!

 

「えっと、し……渋谷(シービー)先輩……?」

 

やべ、少し詰まって変な発音になった。

 

「それ、呼び捨てじゃない……」

 

「勘弁してください! 先輩相手に名前を呼び捨てできるほどの度胸はありませんから!」

 

「だってさ。太志」

 

「今僕何も言ってないけど?」

 

二人から賛同を得られなかった水谷先輩は、不貞腐れたように頬を膨らます。しかし、それさえ可愛い。

 

「じゃあさ。純一、今度バイクに乗せて欲しいなぁ……。交換条件として」

 

「交換条件として?」

 

「名前呼び捨てで呼ばない代わり」

 

それで良いの?

 

「ところで。ね」

 

水谷先輩が成田先輩の方を向く。

 

「渋谷?」

 

「今純一の話聞いてて思ったんだけどさ」

 

「うん」

 

「アタシらの卒業旅行、バイクで行くのはどう? まだ何も決まってないことだし」

 

えっ?

 

「どうせ受験終わったら二人とも教習所行って免許取るんだし、原付なら車の免許で乗れるんだからさ」

 

ああ、確かに。普通免許なら、小型特殊と原付がオマケで付いてくる。

 

勿論、オマケなので免許証にその文字は入らない。入れたければ先に取る必要がある。

 

「それで、原付買うか借りるかしてさ。二人で交互に運転するのはどうかな?」

 

「おお。良いじゃん!」

 

なるほど。それは楽しそうだ。

 

しかし、車の免許を取ってわざわざバイクというのも面白いなぁ……。

 

 

 

うん? 待てよ。

 

交互に運転って言ったよな? 原付の場合二人乗りは出来ない。例え普通二輪を取ったとしても、一年経たなければ二人乗りは違反になる。

 

だから、交互に運転するということは、一台のバイクに交互に乗る。という意味だろう。

 

そうなると、バイクに乗らない時のもう一人はどうするんだ?

 

……荷物もあるだろうし、車かな?

 

「それで」

 

……?

 

そう言って俺の顔を見る水谷先輩。今日一番の悪い顔だ。滅茶苦茶ニヤニヤしている。

 

嫌な予感がする。

 

「純一も一緒に来てね。バイク運転しない時は後ろに乗せてもらうからさ!」

 

なるほど。先輩方は一台の原付を交互に運転し、自分で運転しない間は俺の後ろに乗る、ってことか。

 

…………。

 

……………………は?

 

 

 

はぁ?

 

 

 

「二人で行ってください! 俺を巻き込む必要何処にも無いでしょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

へやキャン△

 

 

始業式の朝、ラインにて。

 

 

 

滝野:先輩、今よろしいですか?

 

水谷:良いよ? どったの?

 

滝野:始業式の日の放課後、用があってお会いしたいのですが

 

水谷:オッケー。どんな用? サークル関連?

 

滝野:いいえ。野暮用……というと言い過ぎですが、大した用では

 

水谷:了解。じゃあいつもの屋上で

 

滝野:分かりました

 

 

 





活動報告 の方にも書きましたが、毎年恒例の 年末年始・節分 という繁忙期が終わったので、執筆ペースを戻したいと思います。


先月、正月明けすぐにコロナ陽性となり、その療養期間で数話更新しました。

でもまあ、コロナの間は流石に執筆できませんでしたね……。


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 可児と缶コーヒー


お待たせしました。今回は短いです。

『冬のゆるキャン△まつり』視聴ながら更新しています(笑)



 

放課後。

 

といっても、さっきまで先輩方に会うために屋上に行っていたので、それが終わってからだ。

 

朝の音楽室で、俺が呟いた(なぎ)の名を、可児に聞かれてしまい追及されそうになったが、その直後に予鈴が鳴り、続きは放課後ということであの場は逃げ切った。

 

つまり、これから追及されることになるのだろう……。

 

 

 

 

 

 

 

可児は先に音楽室へ行っているだろうから、職員室へは寄らずに直接向かう。

 

『音楽室』

 

扉をノックする。

 

…………。

 

返事がない。まだ来ていないのだろうか? 否。彼女に限ってそれは有り得ない。

 

もう一度ノックする。

 

………………。

 

「どうぞ」

 

ようやく返事が来た。

 

って、この声……。

 

「失礼します」

 

そう言いながら扉を開く。

 

「先輩、遅いですよ!」

 

むすっとした表情で、どちらかといえば怒っている可児。

 

「お疲れ様っす……」

 

さっきの声の主であり、何故返事させられたか分からず、戸惑っている感じの大垣さん。

 

「やっぱり大垣さん来てたんだ……」

 

ゆっくり扉を閉める。

 

「かにミソに呼ばれて……」

 

呼んだ?

 

「まあ、丁度良いか。お土産渡せるし」

 

持ってきていたお土産を渡す。

 

「あ、サンキューです」

 

「その中に野クル部三人分入ってるから、一つづつ持ってって」

 

「了解っす!」

 

「それじゃあ」

 

俺が渡したお土産を持って出て行く大垣さんを見送る。この間、可児は特に何も言わずにこの様を眺めていた。

 

「さてと」

 

可児の方へ向き直る。

 

「朝の続きだっけか?」

 

黙っていても何も言う気配がないので、此方(こちら)から切り出す。

 

「はい……。でもその前に」

 

……?

 

「何処行っていたんですか?」

 

「ここ来る前か。水谷(みずたに)先輩に会いに屋上に」

 

「ああ! 先輩お元気でしたか?」

 

「変わらず。元気だったよ……」

 

「それは良かったです。それで、改めまして」

 

そう言って可児は姿勢を正した。

 

「先日は姉を助けていただいてありがとうございました」

 

そして頭を下げた。

 

「いや、別に良いよ。お姉さんからも礼言われたし、ああいうときはお互い様というか、助けられるならそうするべきだし……。別に、大したことはしてないから」

 

(まく)し立てるようにこう返した。

 

まあ、俺の思いは言った通りだけど、実は可児が素直に頭を下げたのが過去に例がなく、ちょっと怖いというのもある。

 

「先輩がそう言うならそれで構いませんが、姉にとっては大したことだったらしいです。トラブル……と言うほどのことではなかったらしいですが、ああいった経験は初めてだったみたいで……」

 

この様子だと、可児は姉が遭遇した事態を知らないらしいな。

 

「これ、姉からです」

 

「ん? ありがとう」

 

差し出されたのは缶コーヒーだ。お、まだ暖かい。

 

さしづめ、お金を渡されて『コーヒーでも買ってあげて』と言われたのだろう。

 

それなら、ついでに可児の分のお土産も渡してしまおう。

 

「俺からはこれをあげよう。野クル部のメンバーと同じやつだけど」

 

「ありがとうございます。何処のお土産ですか?」

 

そう聞きながら早速袋の中身を取り出している。

 

「『細寒天』は恵那市山岡の名物で、『うなぎパイ』はまあ、説明不要だよな……」

 

「そうですね! ありがとうございます」

 

そう言い袋に戻し、机へと置く。

 

「可児は冬休み中はどうしてた?」

 

「私は、年末は家でゴロゴロしてました。姉が帰省していたので、近所をバイクの後ろに乗せて貰って走ったりはしましたけど」

 

そうか。お姉さん、一度こっちへ来ていたのか。

 

「バイトがあるとかで、年明けてすぐに戻っちゃいましたけどね」

 

それで俺たちと遭遇したって訳だな。

 

「新年は、テレビ見て、近所散歩して、宿題片付けていたらあっという間でしたね。先輩は?」

 

ちゃんと宿題片付けたか。偉いねぇ。

 

「俺は年末は郵便局のアルバイトして、そのあと浜松行って、綾乃……野クル部の各務原(かがみはら)さんの幼馴染みの子な。彼女とツーリング行ったよ」

 

「ああ。なでちゃんの……。クリキャンの時に話だけ沢山聞きましたよ」

 

そう言ってから、少し考える素振りを見せて、続ける。

 

「なでちゃんから話だけは聞いているんですけど……。姉が会ったのもその子ですよね?」

 

「ああ。あの時も一緒だったけど。それが?」

 

「姉は『お汁粉を擬人化したような人』って言ってましたが、イマイチイメージ出来ないんですよね……」

 

『お汁粉の擬人化』か……。まあ、あの時は一言二言しか交わしてなかった筈だし、立ち姿だけ見たらそんな感じに見えるのだろうか……?

 

 

 

 

ふと、可児が時計を見た。

 

「おっと。話したいことはまだ沢山ありますけど、時間も勿体ないですし、練習始めましょうか」

 

おや。冬休みの話はこれで終わりらしい。

 

「よし。それじゃあ、来る来月の定演に向けまして……」

 

可児が楽器の準備を始めたので、それに続く。

 

因みに『定演』とはその名の通り定期演奏会のこと。

 

サークルとして活動する以上、『なにもせずに勝手に練習・演奏』しているだけでは駄目で、『何でも良いから何かやれ』という学校の指示のもと、2月末に放課後体育館を借りて演奏会をすることにしている。

 

因みに、去年も同時期に行ったが、奏者は俺一人、聴衆は水谷先輩とその知人数人だけ、という有り様だった。

 

とはいえ、開催実績さえあれば良かったから、大した宣伝はしなかったから、当然だろう。

 

 

まあ、今年は可児がいるから前回同様、とはいかないだろうが……。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ?

 

そういえば、大垣さんって何のためにここに来ていたんだろうか?

 

ついでだと思ってお土産渡してそのまま返してしまったけど……。

 

 

 

あ。あと、何か話忘れている気がするんだけどなあ……?

 

 

 





今作は『よみあげ』機能を意識せずに執筆しています。ルビ振りも適当な範囲で抑えています。それ故、読み違いが……ね?

今回、新しい よみあげキャラ が登場したので、久々に使ってみたら、読み違いが多くて多くて……。
もっとルビ振りしておくべきだったなぁ。って思ってます。

『四尾連湖』の読み方には笑ってしまいましたけどね……。

なお、現時点では特に対策は講じておりません。気になる方はお知らせください。可能な限り対応します。


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 (仮)繋ぎの回


※サブタイトル は、後程変更します※

といったものの、正直今話にぴったりのサブタイトルが浮かびません……。
どなたか、良いタイトル考えてみませんか?



 

「もしもし、父さん。帰ったよ」

 

『お帰り。今出ていく車はないから入れるよ』

 

「了解」

 

電話を切り、バイクを発進させる。

 

電話口の父の声は、機嫌が良いのか何処(どこ)か上擦った感じだった。

 

 

 

ガレージにバイクを入れ、ビーノの顔色を窺いつつ戸を閉める

 

…………。

 

大丈夫らしい。

 

 

 

家に入ろうと思ったが、テラスの方から何やら笑い声が聞こえてきたので、そっちへ行ってみる。

 

「おお! 純一(じゅんいち)くん!」

 

俺の名を呼ぶ声。

 

「ああ、飯田(いいだ)さん」

 

「純一くん、お久し振りです」

 

「お帰り」

 

テラスには、伊東市(いとうし)で酒屋を経営している飯田さんと、その娘の美晴(みはる)さんが居て、俺の父と酒を飲み交わしていた。

 

「お久し振りです。あれ、今日泊まっていくんですか?」

 

宿泊予約はなかったと思うんだけど。

 

「いんや。今日はデイキャンプだに」

 

「飲んでるじゃないですか……」

 

「美晴は飲んどらんから、帰りは運転してもらうでよ~」

 

「はい。私がハンドルキーパーです」

 

なるほど。良く見れば彼女は酒ではなさそうだ。

 

「再来週、水上飛行機同好会のメンバーで集まって、山中湖で飛ばす予定でよ。打合せに来たついでで寄ったんだわ」

 

そういえばそんな話をしていたっけ。

 

飯田さんは水上飛行機の同好会に参加していて、山中湖や河口湖で飛ばしていたのだが、富士山が世界遺産に登録されて以降、河口湖がラジコン飛行禁止となり、新たな場所を求めていた所で、四尾連湖(しびれこ)を見付けたらしい。

 

それで半年に一回ぐらい、うちに飛ばしに来ている。といっても、他のキャンパーの迷惑にならないよう、うちと隣のキャンプ場とも予約がゼロの日にしか来ないけど……。

 

「所で、何飲まれてるんですか?」

 

「あ、純一くんはダメだよ~」

 

「いやいや。俺は飲みませんよ」

 

「これはね、池池っちゅー酒なんだわ」

 

『純米原酒 池池』一升瓶にはそう書かれている。

 

「伊豆高原で育てた米で作られた日本酒です。限定生産ですから、購入されるならお早めに……」

 

なるほど。

 

まあ、俺は酒の話はさっぱりだし、買うにしてもそれを決めるのは父やスタッフさんで、俺ではない。

 

大垣さんなら、酒屋でバイトしているし、多少は酒にも詳しいと思うけど……。

 

「そんじゃあ、私らはそろそろ帰るわ」

 

「おお。今日はありがとう」

 

飯田さんが椅子から立ち上がり父にそう告げると、父も立ち上がる。

 

「伊東へお越しの際は是非、うちの店に寄ってください」

 

美晴さんが俺にそう言う。

 

伊東か。地味に遠いなぁ……。

 

って、浜松に行って400㎞、そこまで行く往復340㎞をバイクで走り回った人が言う台詞ではないか。

 

それに、俺に対してこう言ったってことは、知ってて言ったな……。

 

「それじゃあ」

 

「お気を付けて」

 

帰って行く飯田さん親子を、こちらも親子で見送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期が始まって数日が経った。

 

お正月、綾乃(あやの)とツーリングに行ったときは、たった数日があんなに長く感じられたのに、やっぱり月日はあっという間に過ぎてゆく……。

 

放課後、部活に行こうと教室を出たところで、スマホが震えた。

 

 

 

可児:先輩、急用に付、本日部活は欠席致します

 

可児:埋め合わせが必要なら、明日の朝お願いします

 

 

 

……。

 

…………?

 

いつになく畏まった文面だな……。

 

そう思いながらも承知した旨メッセージを送り、スマホを仕舞おうとしたら、再び震える。

 

今度は父からだ。

 

 

 

 父:学校帰り、身延のカリブーに行って欲しい

 

純一:身延店?

 

純一:珍しいね。どうしたの?

 

 父:甲府店の海津さんから。注文した商品の在庫が無く、身延店から融通するらしい

 

純一:急ぐ?

 

 父:部活後でも良いけど、忘れないように

 

純一:了解

 

 

 

身延のカリブーに行く用事ができた。

 

うちが贔屓(ひいき)にしている。というか、普段取引しているのは甲府のカリブーなので、久しく行っていないが、彼処(あそこ)のスタッフにも一応顔は利く。

 

急ぎではないみたいだけど、可児が休みだし音楽室行っても俺一人だろうから、このまま向かおうか……。

 

 

 

 

校舎を出て、駐輪場へ。

 

\マッテタヨ/

 

今日はビーノだ。

 

このところ、ビーノとトリシティには交互に乗っている。だからか機嫌は良い。

 

鍵を解錠し、俺が乗車の準備を整え、跨がり、エンジンを始動させる。

 

「いざ、身延へ」

 

\マカセトケ!/

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました~!」

 

用件を終え、カリブーを出た。

 

受け取った物(といっても、OD缶だ)をリアのボックスへ入れる。

 

さて帰ろう……と思ったが、ここまで来て手ぶらで帰るのもつまらない。折角身延へ来たんだ。身延まんじゅう でも買って行こう。

 

歩いて行けない距離ではないので、ビーノをカリブーの駐車場に停めたまま、歩いて向かう。

 

身延の街並み。所謂(いわゆる)『しょうにん通り商店街』だ。

 

「純一く~ん!」

 

歩いていると、何処からか名前を呼ばれる。

 

声がした方を見ると……。

 

「あ。店長!」

 

俺は今『手打ちそば藤本』の店の前に差し掛かっているんだけど、声の主はそこの店長だった。

 

「久し振りだねぇ。どうしたの? こんなところで会うなんて、珍しいね」

 

この店長との初対面は……。何時(いつ)だったっけ?

 

ああ。俺が住んでいた下宿の主人がこの人の母親で、月に二回ぐらい、夕食をここの天丼やお蕎麦の出前にしてくれたんだっけ。その配達の時だ。

 

「お久し振りです。お母さん、お元気ですか?」

 

「元気だよ。あの人からそれ取り上げたら何が残るの?」

 

「確かに。えっと、俺はカリブー寄ったところです。うちの取引先の甲府店が在庫切れで、身延店に融通してもらったので、それを取りに来たんです。で、折角ここまで来たんだから、身延まんじゅう買おうかと思って」

 

「おお、それは良いね」

 

ふと、店長の手にある紙が目に入る。

 

「店長、その紙は……?」

 

「ああ。求人だよ」

 

『パート・アルバイト募集中』と書かれている。『高校生OK』とも。

 

「長いこと勤めてくれたパートさんが辞めちゃってね。夕方が人手不足なんだよ」

 

そうなのか。

 

でも、この辺りの高校生も働ける求人はあまり多くないので、競争率が高い。わりとすぐに見付かるだろう……。

 

「あら? 滝野くん」

 

ふと、俺の名を呼ぶ、店長とは別の声が聞こえてきた。

 

「桜さん」

 

見慣れた車が止まっていて、そこから降りたであろう各務原(かがみはら)さんのお姉さん、桜さんがいた。

 

「こんなところでどうし……? ん?」

 

俺にそう話し掛けながらこちらへ歩いてきたのだが、店長の持つ紙へ視線が向き、表情が険しくなった。

 

あ。こんな表情でも怒っているわけではない。各務原さんなら表情を読めるらしいけど……。

 

「それは……?」

 

店長にそう尋ねる。

 

「求人広告。興味あるの?」

 

「はい。でも、私ではなくて、私の妹がね」

 

ああ。各務原さんに紹介するのか。

 

「妹さんが? 高校生ですか?」

 

「はい。彼の一つ後輩です」

 

二人で話していたのだが、揃って俺の方を見た。いやね、こっち見なくて良いですよ?

 

「滝野くん、その子どんな子?」

 

俺に聞かないでください。家族が居るのに。

 

「店長、川本*1の副店長から聞いてません?」

 

「ああ! 彼が言ってた子か!」

 

誰か分かったようだ。納得して頭上に『!』を浮かべる店長の横で、『?』を浮かべる桜さん。

 

「商売人の情報網、舐めたらアカンよ。妹さんのこと、あちこちに知れ渡ってます。もちろん、良い意味で」

 

「そ、そうなのね……」

 

若干引き気味。

 

「面接したいんだけど、日取りは何時が良いかな?」

 

「その件なんですが、折角ですから一芝居打とうかと思いまして。もう開店ですか?」

 

「うん? すぐ開けるよ」

 

「分かりました。では、妹に連絡しますね」

 

 

 

 

 

このあと、桜さんが各務原さんに打った芝居の内容を、俺は知らない。

 

ただ、身延まんじゅうを買って、富士川を眺めながら食べていたところ、わき目も振らず(もちろん、俺の存在にも気付かず)、一目散に藤本へ走って行く各務原さんの姿は確認できた。

 

 

 

*1
酒の川本。千明のバイト先であり、年末年始に なでしこ も働いた。



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 説明不足の図書委員

 

「無理だって!」

 

「そこをなんとか~!」

 

ある日の放課後。

 

教室で、他人の目も(はばか)らず飛び交う叫び声。

 

その主は、一人の女の子と男の子。後者は俺だ。

 

どうしてこうなったか、というと……。

 

 

 

 

 

新学期に入ってすぐ、俺のクラスでは席替えが行われた。

 

担任教師の気まぐれで、前回は期末試験の成績順で後ろから順に配置されたが、今回はその順でくじ引きだった。

 

かくして俺は窓際最前列という一番良い席を手に入れた訳だけど、そこはファンヒーターのすぐ後ろなので、この時期は休み時間や放課後に溜まり場となってしまう。

 

離席するタイミングを見誤れば、机に腰掛ける輩が現れるほどだ。

 

 

 

今日も、例のごとく放課の合図と共に、数人が俺の席の前へやって来て、お喋りタイム。

 

俺はこれから部活だから、気にせずに荷物をまとめる。

 

「あ~!」

 

しかし、その中の一人が俺の顔を見るなり、なにかを思い出したように声を上げる。

 

彼女は……揖斐川 志穂(いびがわしほ)。女子だが背が高く、俺と同じくらいある。

 

肌は白いけれどアウトドア系らしく、キャンプもよく行くらしい。

 

だから、入学当初のこの学校にはアウトドア系の部活動が登山部しかなく、帰宅部を選択した。野クル部の存在は設立当初(野外活動サークルだった頃)から知っているものの、大垣(おおがき)さんのキャラを理由に敬遠しているらしい……。

 

接点は多くないが、同じクラスの仲間として、顔を見れば一言二言話すことはある。

 

そんな彼女が俺を見て声を上げた。一体何故?

 

滝野(たきの)くん。お願いがあるんだけど」

 

「何?」

 

嫌な予感しかしない。

 

「バイト、しない?」

 

……。

 

…………?

 

「バイトって、アルバイト……仕事のこと?」

 

「うん」

 

「待ってくれ。どうしてそういう話になったのか、順を追って説明して欲しいんだが?」

 

何故、俺がバイトしなければならんのだ?

 

「私、帰宅部だけど図書委員やってるのは知ってるよね?」

 

「ああ」

 

「だから、私の代わりに働いて欲しいんだよ」

 

「待て待て待て! 俺の求めている説明には事足りないんだが。それに、俺には無理だぞ」

 

「でも、お姉ちゃんから頼まれてるんだよ~。バイトの子が蒸発して、人手が足りないって」

 

えっと? 図書委員の仕事を代わって欲しい訳ではなく、姉がバイトを探しているから代わりに働いて欲しい。ということか。

 

「揖斐川のお姉さんって、何処(どこ)で働いているんだ?」

 

「身延のカリブーだよ」

 

あー。あの店か。

 

……つまり、揖斐川さんの妹なのか! こいつ。

 

「事情は分かった。だがな、俺も吹奏楽サークルと野クル部掛け持ちしてるし、場合によっては家の手伝いもあるからな。これ以上仕事増えたら、わりと真面目に死ぬ」

 

「え~。大丈夫だと思うけどなぁ」

 

「大丈夫じゃないよ。だから、図書委員の代わりは他の人に頼んでくれ。そして、揖斐川が働け」

 

「私、キャンプ知識皆無だから無理だよ」

 

「嘘つけ。キャンプが趣味だって言ってたじゃないか。それに、うちのキャンプ場利用したこともあっただろうが!」

 

転校初日、俺の自己紹介(家がキャンプ場)を聞いて、キャンプ場ということに喰い付いてきた唯一人のクラスメイトだ。まあ、進級と共にクラス替えがあったから、教室の顔ぶれはその時とは異なるが……。

 

「『利用者』と『運営側』に求められる知識は天地の差だよ? 私にあるのは利用者の知識だけ」

 

「無いよりかマシだろ」

 

「良いじゃん。働いてよ~」

 

「無理だって!」

 

「そこをなんとか~!」

 

大きな声で言い争っていることに気付き、ふと回りを見渡すと、注がれているのは、冷たい視線だったり、驚きの表情だったり、様々だった。

 

冷たい視線の理由は『こんなところで騒ぐな』だろう。驚きの理由は『この二人はこんな仲だったっけ?』辺りか……。

 

 

「他の奴に聞いてみたのか?」

 

そう言いつつ、再び回りを見渡す。幸いなことに野次馬が何人も居るのだ。

 

あ、露骨に目逸らしやがったのも数人。

 

「といっても、『キャンプ場関係者』か『キャンプ用品店バイト経験者』が、滝野くん以外に易々見付かるとでも?」

 

う……。ご尤もな意見に反論できない。

 

「『未経験者歓迎』って訳ではないのか。突発的な話らしいし……」

 

「そうだよ」

 

ここはいっそのこと、野クル部のメンバーに……。駄目なんだ。

 

各務原(かがみはら)さんも先日バイト先が見付かったし、他の二人も既にバイトを持っている。

 

「そう言ってもなぁ……。あ……」

 

「あ?」

 

ふと、視線を教室の外へずらして固まる。

 

何時(いつ)から見ていたのか分からないが、ヤバい奴にヤバい状況を見られてしまったらしい。

 

「あれ。あんなところに君の可愛い後輩が」

 

呑気な事を言う揖斐川。

 

ほれ。今の言葉を入室許可と思ったのか、可児(かに)が教室に入ってきた。上級生の教室ても物怖じせず、堂々としている。

 

「先輩! 遅いと思ったらこんなところに居たんですね!」

 

満面の笑みでそう言いながら歩いてくる。

 

恐らく、というか絶対。見た目は笑っていても内心怒っている。

 

「仕方無いだろ。揖斐川に捕まったんだから」

 

「こんなところで痴話喧嘩(ちわげんか)したら周りに迷惑ですよ」

 

「「そんな関係じゃないから!」」

 

「お、声が重なりましたたね」

 

そこ、感心するところと違う。

 

「揖斐川先輩、話は聞きました。私に提案があります」

 

 

 

可児が出した提案とは、

 

『リンと可児のクラスの図書委員に、可能な限り図書当番を代わってもらう』ことにより、『揖斐川先輩自身が、カリブーでバイトをする』ことだ。

 

代わってもらうだけで大丈夫なのか聞いたら、可児のクラスの子は、既に本人に話してあるのか否か分からないが、『本が大好きだから、見返りは何も要らない』らしい。リンの方は、散々渋った様子だったが、『滝野先輩とのツーリングで手打ちにしますよ』ということだった。俺を巻き込みやがったよこいつら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、宜しく~♪」

 

「はいよ」

 

話が(まと)まったと思ったら、これから面接があるからカリブーまで乗せて行け、と揖斐川に言われた。

 

これ以上何か言って『なら、働け』と言われるのが怖く、黙って載せることにした。えっ? 文字がって? 本人には聞こえないだろうから、気にしない。

 

バイクに乗れるのが楽しみなのか、ノリノリの揖斐川を連れて昇降口を出る。

 

\ドウシタ?/

 

駐輪場に到着。今日はビーノだ。

 

柱に回しているチェーンを外す。

 

「はいよ」

 

「ありがとう」

 

自分のヘルメットを被りながら、予備のヘルメットを揖斐川に渡す。サイズは……問題無さそうだ。

 

スタンドを上げ、駐輪場から引っ張り出し、校門へと向かう。

 

「滝野くん、このバイクとは長いの?」

 

……付き合いのことだろうか。

 

「ああ。俺が免許取ってからずっとこれだよ」

 

「へぇ~。相棒、って感じだね」

 

「まあな。冬休みには浜松までこれで行ってきたよ」

 

「頑張るねぇ。でも、こういうバイクって30キロで走らなきゃ駄目なんでしょう?」

 

お? 勘違いしていらっしゃる。

 

「いや、この規格なら大丈夫だよ。ナンバープレート見てみ」

 

市川三郷町……桃色?」

 

「そう。市区町村名のナンバーで白色のやつは、今揖斐川が言った通り、30キロ制限なんだけど、黄色やピンクのナンバーのなら、それは関係ない。普通の大きなバイクや自動車と同じように走れるんだよ」

 

「そうなんだ。知らなかった」

 

「さ。校門出たから乗るよ。先乗るから待って」

 

校門を出たので一旦停まる。

 

俺が先に跨がり、エンジンを始動。

 

「乗って。手は腰に回すか、シートの脇を持ってくれれば良いから」

 

「了解。こう?」

 

揖斐川が後ろに乗り、シートの脇をつかんだのを確認。

 

「動くよ」

 

「了解」

 

ゆっくり発進させる。

 

 

 

 



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 フルフェイスのヘルメット

 

学校前の坂を惰性で下り、下りきった交差点を左折。

 

甲斐常葉(かいときわ)駅の前を通って国道300号線へ入る。

 

本栖(もとす)高校からカリブー身延店へは、バイクで30分ちょっとの距離だ。

 

この辺りの道路はよほどのことがなければ渋滞しないので、制限速度を守ってスイスイ走って行く。

 

後ろに乗る揖斐川(いびがわ)は、特に何も言わない。

 

話題が無い訳ではないだろうから、運転中は話し掛けない方が良いと思っているのか、大きな声じゃないと聞こえないから会話を諦めているのか……。 

 

 

 

 

県道9号線へ入る。俺の通学ルートとは真逆だが、(何故(なぜ)か)走り馴れた道だ。

 

富士川の左岸はJR身延線と並走しているので、電車とすれ違うこともある。本数が多くないので、見れたらラッキーといった感じだが。

 

そんなことを考えながら走って行くと、目的地が見えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぞ」

 

そう言いながら、スタンドを下ろしてエンジンを切る。

 

「ありがとう」

 

揖斐川が降りてから、俺もバイクから降りる。

 

「それじゃあ行きますか!」

 

渡されたヘルメットをしまい、俺はこれにて……と思ったところで、怪しげな言葉が飛んできた。

 

これ、一緒に連れていかれるパターンか?

 

「滝野くん、いつまでヘルメット被ってるの? それ外したら行くよ!」

 

やっぱり。

 

「…………」

 

ここは無言の抵抗を試みる。

 

「どうしたの? 立ったまま寝てる?」

 

それは随分器用なことをしてますね……って、俺に対して言ってるんだ。この場合寝ているのは俺。

 

「……」

 

「ほら行くよ」

 

あ。強引に腕を捕まれ引っ張られる。

 

「……」

 

そろそろ無言も限界か?

 

「待って。待ってくれ!」

 

引っ張られたまま、店の入口へと引きずられて行く。もちろん、ヘルメットとか外してない。

 

「時間無いんだから!」

 

「分かった、分かったから許して。せめてヘルメット脱ぐ時間だけでも~!」

 

結局、そのまま店内へ連行されてしまった。

 

これ、歯医者を嫌がる親と子どものやり取りみたいだな……。

 

というか、揖斐川こんなに力強いんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カリブー店内を、あてもなく歩く。

 

入店後すぐに揖斐川は面接を受けにバックヤードへ消えていった。もう、勝手知った店って感じだった……。

 

俺は揖斐川に強制連行された関係で、服装こそ制服だが、フルフェイスのヘルメットにグローブを着用したままだ。ここが銀行なら完全に強盗だな。場所によっては入口に『ヘルメット着用したままでの入店はお断りします』とかかれたシールが貼られているし。

 

「2点で7,370円になります」

 

「じゃあ、一万円でお願いします!」

 

「ついに手に入れたな、なでしこちゃん!」

 

「うん!」

 

「よし、なでしこ記念に一枚だ」

 

「アハハハ。いい顔!」

 

うん? レジの方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

「ガラス製品ですから、取り扱いに注意してくださいね」

 

「分かりましたー」

 

「やっぱり。各務原(かがみはら)さんだ」

 

レジの前まで歩いて行くと、野クル部のメンバーが集まっていた。

 

各務原さんの手には、ガスランタンが。今買ったものだろう。聞こえてきたのはそんなやり取りだったから。

 

「ええっ! ど、どちら様ですか!」

 

しかし、俺の顔を見上げた途端に、みるみる顔が青ざめる。

 

何で…………しまった! 俺ヘルメットを……。

 

「おお!?」

 

驚いた拍子に各務原さんは、手に持っていたものを上へと放り投げてしまう。それはつまりガラス製のランタン……。

 

この店は取り扱っている商品の関係上、倉庫のように天井は高い。

 

なので、天井への激突は避けられたが、上がったものは当然落ちてくる。

 

「お。えへへ……」

 

各務原さんがちゃんと受け止めた。

 

危なかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

三人が出て行くのを見送る。

 

俺はまだ店に残っている。恐らく、揖斐川妹を連れて帰ることになるだろうから。

 

「割れなくて良かった……」

 

「あれの替えグローブ、意外と高いですからね」

 

横には関さんと揖斐川さん。

 

「あはは……」

 

俺は苦笑い。

 

「って、犯人は純ちゃんだよ? フルフェイスのメット姿じゃあ、驚かれるのも仕方無いよ?」

 

「次は気を付けてね」

 

揖斐川さん、関さんに順に言われてしまう。

 

「はい。面目次第もございません……」

 

二人に頭を下げる。そう、犯人は俺だ……。

 

「本当だよ、気を付けてね」

 

うん? 顔を上げると一人増えていた。

 

「揖斐川! 面接受かったのか」

 

揖斐川妹が立っている。ここはキャンプ用品店なので、店としての制服は無い。代わりに名前が書かれた名札が下がっている。

 

『揖斐川 志』姉と被るからだろう。

 

学校の制服の上からエプロンを着用している。名札も含め、もう既に店員の格好だ。

 

「面接なんて無いよ。私だからね」

 

「なんですか、それは」

 

純一(じゅんいち)くんにしろ、志帆(しほ)ちゃんにしろ。知らない人じゃないからね。働いてもらえるのなら、シフトの確認と名札の作成、店内とレジ操作の説明の予定だったんですよ」

 

つまり、面接不要だというわけか。

 

採用の可否を決める面接は飛ばして、勤務を決める面接(この場合面接と言うのか?)だったらしい。関さん。店長がそんなんで大丈夫なんですか?

 

「って、俺もですか!」

 

「そりゃあね。家がキャンプ場って子、中々居ないよ?」

 

たくさんいたら怖い。

 

皆さん、このサイトで『ゆるキャン△』の二次創作を検索してみてください。『主人公やその周辺人物が、キャンプ場の関係者』って作品、本作以外にありますか?

 

「あ、そういえば純ちゃん」

 

「はい?」

 

揖斐川さんが、思い出したかのように口を開いた。

 

「富士吉田店の瑞穂(みずほ)ちゃんから」

 

山川(やまかわ)さんですか?」

 

うちが取引しているカリブー甲府店に勤務していて、昨年末に富士吉田店に異動になった人だ。*1

 

甲府の頃に物凄くお世話になっている。

 

「久々に顔を見たいって言ってたよ」

 

富士吉田店か……。

 

少し遠いけど、まあ、ほったらかし温泉よりは近いし、朝霧高原に行くのと距離は対して変わらない。

 

次の週末辺りで行ってみようか。

 

あ、彼女の勤務が分からない。行って居なかったら悲しいからなぁ……。

 

「揖斐川さん」

 

「「どったの?」」

 

「二人揃って返事しないでください。妹に用はない」

 

「酷いなぁ……」

 

「山川さん、週末に行っても会えますかね?」

 

「うん。休みは平日って言ってたから、週末なら大丈夫だよ」

 

なら、日曜日でも大丈夫だろう。

 

「分かりました。今度の週末、行ってきます」

 

「今度の週末ね。一応連絡しておくよ」

 

「お願いします。日曜日に行く予定です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに、揖斐川妹は姉と一緒に帰るとのことで、俺の出番はなかった。

 

なのに、それを言わないものだから、二人の仕事が終わるまで待たされた俺は、ただ単に帰りが遅くなってしまった……。

 

 

*1
カリブーなう!(第22話)参照 ※リンクですから左のサブタイトルを押すと、飛びます





いつもありがとうございます。

皆様からの お気に入り登録・評価 により、総合評価が300ポイントを越えました!
(※2月28日15時時点)

他の作品と比べればかなり低い数字ではありますが、私にとっては凄く嬉しく、有り難い数字です。

ですので、前倒ししてこのお話をお送りしました。それに、今日は四年に一度の2月29日ですからね……。

今後とも宜しくお願い致します。


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 純一、凪、ミク


※今話では文字色を変更する特殊タグを使用しています。『スマホ以外での閲覧』や『PDFでの閲覧』及び『常時誤字報告』を使用した場合に、正しく表示されない可能性があります。ご了承ください。※


本文の最後、空行が続いているように見えますが、空行ではありません。そのヒントは上述の通りです。

まあ、いわゆる メタ発言 ですので、無視していただいても差し支えありません。



 

「失礼します。吹奏楽サークル滝野(たきの)です。音楽室の鍵を……」

 

「滝野、それなら可児(かに)が持って行ってるぞ」

 

土曜日の午後。登校して職員室に行けば、いつもと同じやり取りが繰り広げられる。

 

今日は可児が用事があると言って、午前中の部活を無しにして、代わりに午後にしたんだ。

 

だから、家で昼食を済ませてからやって来た。

 

大町(おおまち)先生は今日も仕事ですか?」

 

「ああ。急ぎで片付けたいものがあってね。朝方は他にも何人か居たんだが、今残ってるのは先生と鳥羽(とば)先生だな」

 

そう言って向いた方を俺も見る。

 

鳥羽先生が自分の机で電話していた。

 

今室内にいるのは、大町先生と鳥羽先生だけらしい……。

 

「大町先生」

 

丁度、そのタイミングで鳥羽先生が顔を上げた。

 

「甲府一高の林先生が、大町先生ともお話したいそうです」

 

「分かりました」

 

大町先生が自分の机に近い電話を取ると、鳥羽先生は受話器を置いた。

 

「滝野くん、部活ご苦労様です」

 

電話を終えた鳥羽先生が俺に声掛けてくる。

 

「鳥羽先生もお仕事お疲れ様です。先生も急ぎの仕事ですか?」

 

大町先生がそうだと言っていたから、此方(こちら)もそうなんだろう。

 

「ええ。私もこう見えて忙しいんですよ?」

 

そう、真顔で返された。

 

しかし、酔った姿を知っている側からして、あまり説得力はないが。

 

「鳥羽先生。俺別に先生が暇な人だな……とか思ってるわけじゃありませんよ? 仕事を頑張っているからこそ、晩酌が美味しいんじゃないですか?」

 

「うっ……」

 

何も言えなくなったらしい。

 

「では。かく言う俺とて暇ではありませんから、これにて失礼します。あまり可児を待たせると、後が面倒なので……」

 

「そ、そうですね。それでは部活頑張ってくださいね」

 

「ありがとうございます。では、失礼します」

 

職員室を出る。

 

 

 

 

音楽室へ向けて廊下を歩いて行くと、何処(どこ)からともなく楽器の音が聞こえてくる。これはトランペットだ。

 

しかも、『鳩と少年』じゃないか。俺の十八番(おはこ)

 

しかし、俺の演奏と比べれば下手だ。吹いているのは可児だろう。

 

ん? 次は聞いたことの無い曲だな。

 

おっと。音楽室の前で聞き惚れてしまった。さっさと入ってしまおう。

 

ノックする。

 

「どうぞ」

 

許可を得て入室。

 

「失礼します」

 

「先輩、待ってましたよ」

 

おお。普段なら『遅いですよ!』とか言われそうな状況だが、自分の都合で部活を午後にしたからか、可児が大人しい。

 

「お待たせ。職員室で先生方に捕まってた」

 

「先生方って……。先輩、何かしたんですか?」

 

「俺は別に何もしなくたって、職員室で先生方に捕まるのは日常茶飯事だろう……」

 

「そうでしたね」

 

分かってもらえた。全然嬉しくないんだが。

 

「そういえば、今トランペット吹いてたの、可児だろう?」

 

「そうですよ」

 

可児が立っている横の机に、トランペットが置いてある。その横には俺のトランペットケースが。準備してくれたらしい。

 

「何吹いてたの?」

 

「え~! 先輩曲名知らないんですか?」

 

『何故知らない?』みたいな言い方だな……。それなら俺も。

 

「知らないから聞いた。知ってたら聞かないだろう? 普通」

 

「まあ、確かにそうですよね。『鳩と少年』『宝塚記念ファンファーレ』『関東G1ファンファーレ』ですよ」

 

はい? 素直に教えてくれたのは良かったが、知らない曲だ。

 

ファンファーレ?

 

「な、なんの曲だって?」

 

「ファンファーレ。競馬のファンファーレですよ。『トランペットの格好良い曲』を調べてみたら、見付けたので」

 

なるほど……。

 

「確かに良いな。ところで、定演の曲どうする? 前回は俺一人だからトランペットのソロ曲適当に選んだけど、今年は可児もいるんだし、そうもいかんだろう?」

 

「別に私は何でも良いですよ。先輩に合わせますから。トランペット吹けって言うならそうしますし、フルートでもチューバでも、何でも」

 

これが可児の凄いところだよなぁ。まあ、どれも中途半端だけど。あ、ユーフォを除いて。

 

「あ~!」

 

突然、可児が絶叫した。

 

「な、なんだいきなり」

 

心臓が三秒くらい止まったんだが。

 

真面目な話、死なない限り心臓が止まることはないんだけど、それくらいの驚きだった。

 

「思い出した。今まで何で忘れていたんでしょう」

 

「何を?」

 

「先輩、『(なぎ)』って誰ですか!」

 

今更?

 

「忘れていたなら、忘れたままで良かっただろ? 何故思い出すんだよ!」

 

「仕方ないでしょう。思い出してしまったんですから」

 

「なら、忘れろ」

 

「そう言われると、尚忘れられませんよ」

 

はあ~。溜め息一つ。

 

下手に誤魔化すとかえって不自然だし、怪しまれる。

 

面倒な話になる前に、簡潔に説明してしまおう。

 

「俺の又従兄妹だよ。図書委員の志摩 リン(しまりん)って子知ってるだろ? 彼女の母方の祖父の、息子さんの娘」

 

「なるほど。……あれ? それじゃあその凪って人、リンちゃんの従姉妹にはなりますが、先輩とは関係あるんですか?」

 

「『又』が付くとややこしいんだよ。俺の母と、凪のお母さんが従姉妹なんだってさ」

 

あ。逃げを打てるようにリンの名前を出したけど、却ってややこしいことになりそうな気が……。

 

「それじゃあ先輩はリンちゃんとも又従兄妹の関係なんですね」

 

気付かれた。

 

「あ、でも。今の話を聞く限りだと、血縁関係は無いんですよね?」

 

「そういうこと」

 

「何で今まで黙っていたんですか! 隠していたんですか?」

 

こいつ嫌だ。いちいちこういうところにうるさいんだよねぇ。

 

これさえ無ければ可愛い後輩なんだけど。まぁ、これが無くなったら 可児 とは言えないんだけどさ。

 

「俺自身も知らなかった。何なら凪や凪のお母さんもな。俺の母は知ってたけど……」

 

縁戚となるとこういうものだろう。

 

「そうですか。なら、もしかしたら私と先輩も実は親戚だったりして?」

 

おいおい。何てことを言い出すんだこの子は。

 

「否定しきれないからやめれ」

 

「……ですね。この話題はもう止めましょうか」

 

練習始めよう。

 

 

 

「というわけで作者さん」

 

「誰だって?」

 

「作者さんですよ。先輩知らないんですか?」

「知らないなぁ。誰だ?」

 

「私と先輩は親戚関係だったりしますか?」

 

「おいおい、誰か教えてくれても良いだろう? ……考えてないんじゃないか?」

 

「まあ、可能性は高いですね……」

 

「言い出したらキリ無いからなぁ……」

 

「それに、先輩は先輩であるから良いんですよ。お兄さんだったら何か……ねぇ?」

 

「どういう意味だよ? まあ、確かに俺も可児が妹ってのは違和感あるからなぁ……。ところで、作者さんって誰だ?」

 

「えっ? 先輩、知ってて言ってると思いましたが?」

 

「まあ……、知ってるよ」

 

「あ、嘘だ」

 

 

 



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 野クル部三人の行った先は……


※時間軸は操作しています。原作・アニメそのままの時間で読むと、狂ってきますのでご了承ください。※



 

練習を終わらせ、職員室へ鍵を返しに行く。

 

借りたのが可児(かに)だから、返すのは俺の役目だ。

 

「失礼します。音楽室の鍵を返しに来ました」

 

職員室には鳥羽(とば)先生が残っている。時計を見れば4時半を過ぎている。まだ仕事中なのか?

 

「あら、滝野(たきの)くん。お疲れ様です」

 

「先生もお疲れ様です。仕事終わりましたか?」

 

「ええ。もう終わります…………おや?」

 

先生がスマホを取り出した。誰かから連絡でもあったのだろうか。

 

「えっ! 山中湖!」

 

突然、そう言って立ち上がった。

 

「どうしました?」

 

何か、まずい状況なのだろう。先生の表情がそう言っている。

 

「い、今、志摩(しま)さんからラインが来て……。大垣(おおがき)さんたちが、山中湖にキャンプに行っているらしいんです」

 

山中湖?

 

…………って、山中湖!

 

「この時期の山中湖の気候は、滝野くんもご存知でしょう? 志摩さんが言うには彼女達に連絡しても繋がらないそうなんです」

 

「マジで!」

 

先生がスマホを見せてくる。

 

画面は……ラインか。

 

『ラインは既読が付かないし、電話も圏外か電源が切れている感じです』と、リンから送られてきている。

 

山中湖の湖面標高は約1,000m。この時期気温が氷点下になることはざらだ。キャンプ、ということは勿論屋外でのテント泊。装備次第では冗談抜きに凍死も有り得る。

 

連絡がつかない、ということは、何か事故に巻き込まれた可能性もあるってことだ。

 

山中湖……。あれ? 今日って確か。

 

「先生。山中湖って言いましたよね?」

 

「ええ」

 

「ちょっと待ってください。俺に心当たりがあります。もしかしたら三人が見付かるかもしれません」

 

そう言いながら、俺は自分のスマホを取り出す。

 

えっと……『あ行』だからすぐに見付かった。

 

………………。

 

『はい。飯田(いいだ)です』

 

繋がった。

 

「突然すいません、滝野です」

 

『ああ、純一(じゅんいち)くん。美晴(みはる)です。どうしました?』

 

そう。先日うちに来た飯田さんだ。

 

「飯田さん、今日は山中湖でしたっけ?」

 

『はい。今、大間々岬のキャンプ場ですよ。何かありました?』

 

ビンゴ!

 

「実は、俺の部活仲間……後輩が今日、山中湖にキャンプに行っているんですね。その子達と連絡がつかないんです」

 

『部活仲間……。ひょっとして、チワワを飼っている女の子ですか?』

 

「チワワ! その子って黒髪ショートヘアの女の子ですか? 見たんですか!」

 

『はい、チョコ散歩しているときに会いましたよ。他にも二人の女の子が一緒でしたね』

 

これまたビンゴ!

 

「その子達です! 今、山中湖ってそれなりに寒いですよね」

 

『……氷点下ですね。私たちは今、テントの中に居ますから暖かいですけれど』

 

『うちには薪ストーブがあるでよ!』

 

おお、ご主人の声も聞こえてきた……。

 

ん? 鳥羽先生が俺の肩をつついている。

 

「あ。ちょっと待ってください」

 

電話から耳を離す。

 

「見付かりましたか?」

 

「はい。大間々岬キャンプで三人を見たって人が」

 

「大間々岬ですね。すぐ向かいます!」

 

俺が電話している間に準備をしていたのだろう。鳥羽先生がそう言って職員室を飛び出して行く。

 

「あ! 何か分かったら連絡しますから!」

 

「お願いします!」

 

早い……。

 

「あ、すいません。今から顧問の先生がそちらに向かいますので、探して助けてあげて欲しいんです」

 

『構いませんよ。今から探しに行きますから、何か分かりましたら連絡します』

 

「お願いします。あ、チワワの子が斉藤(さいとう)さん、眼鏡の子は大垣さん、もう一人の子は犬山(いぬやま)さんって言います」

 

『斉藤さん、大垣さん、犬山さんですね。分かりました。では』

 

電話が切れた。

 

 

 

 

 

 

あれ……?

 

鳥羽先生が出て行ったということは、学校に居るのって俺だけか?

 

戸締まりとか、どうするんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

どれぐらいの時間がたったのだろう?

 

手持ち無沙汰なので、隅のパイプ椅子に座ってスマホとにらめっこ。

 

時計を見る限り、10分も経っていないんだけど、いつもの何倍にも感じられた。

 

 

あ、飯田さんから電話だ。

 

「はい、滝野です」

 

『あ、滝野先輩ですか?』

 

この声、犬山さんか。

 

「犬山さん、大丈夫だったのか!」

 

『ご心配お掛けしました。寒さでスマホの電池が切れまして……。怪我とかはありません』

 

なるほど。リンが連絡がつかないっていってたのは、それが原因か。

 

『お姉さんから話は聞きました。ご心配お掛けし申し訳ありません』

 

「謝らんでええよ。無事ならそれでええから。恵那(えな)ちゃんと大垣さんは!」

 

『あきは今、コンビニに行ってます。恵那ちゃんは隣に……』

 

『滝野先輩?』

 

「恵那ちゃん? 大丈夫なん?」

 

電話を代わったのか、電話口の声が恵那ちゃんに変わった。

 

『ご心配お掛けしてごめんなさい。私もバッテリー切れました……』

 

こちらも原因は同じらしい。この様子だと大垣さんもだろう……。

 

「恵那ちゃんも謝らんでええから、無事で良かった。あ、鳥羽先生に連絡入れなかんから一回切るよ」

 

『はい』

 

えっと……。

 

『はい。鳥羽です』

 

すぐ繋がった。

 

「あ、先生。滝野です。今電話しても大丈夫ですか?」

 

運転中だと思うんだけど。

 

『ハンズフリーになってますから大丈夫ですよ。連絡ありましたか?』

 

その手があるのか。

 

「はい。山中湖でキャンプ中の飯田さんって人からです。さっき、学校で俺が電話をした人ですね」

 

『その方はどんな方ですか?』

 

「伊東市で酒屋を営んでいる方です。ご主人が飯田 和夫(かずお)さんで、娘さんの美晴さんと一緒です」

 

『お酒…………』

 

おいおい、こんな時まで。流石はグビ姉。

 

『分かりました。飯田さんですね! ありがとうございます』

 

「犬山さんと恵那……斉藤さんは見付かりました。大垣さんは今、コンビニに行っているとのことです」

 

『分かりました。すぐ向かいます!』

 

電話を切る。

 

 

 

とりあえず、犬山さんと恵那ちゃんが無事なのは確認できた。大垣さんはコンビニに行っているらしいが、じきに戻るだろう。そうすればまた連絡が入るだろうから、それを待とう。

 

今の状況は鳥羽先生に伝えたから、先生が何とかしてくれると思う。

 

三人の身に何が起きたのか、今は分からないけれど、何とかなりそうだ。

 

 

 

 

 

あのあと、大垣さん(美晴さんの携帯)から二本目の連絡があり、一時間半程経ってから、鳥羽先生からの連絡があった。

 

どうやら、

 

・三人とも寒さが原因で、スマホの電池が切れた。

 

・山中湖の寒さを甘く見ていて、装備不足だった。

 

・のんびりし過ぎて薪を買いそびれ、火を起こすことも出来ず、危なかった。

 

・取り得る最善策を取るため、大垣さんがコンビニへ行った。

 

ということだった。

 

下手すると事故に繋がる可能性もあった。この事は鳥羽先生の方からお説教があったらしいので、俺はなにも言っていない。

 

 

三人の用意した装備では夜を越すことは危険なので、今夜は鳥羽先生の車で車中泊をするらしい。

 

因みに、鳥羽先生はすっかり出来上がってしまった様子だ。朝まで残らなけりゃ良いんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。ご迷惑お掛けしました」

 

職員室の扉が開いて、教頭先生が入ってきた。

 

「いいえ。そんなことはありません。むしろ、俺の後輩が皆さんにご迷惑というか、心配お掛けしたようなものですから。ごめんなさい」

 

学校の施錠をする鳥羽先生がこういう形で出てしまったので、代わりに教頭先生がやって来た。

 

鳥羽先生が学校に戻れなくなってすぐに連絡したらしい。

 

謝られてしまったが、それはむしろこちらがすべきことなので、謝る。

 

長い間待たされたが、この際それはどうでも良い。

 

「詳しい話を聞いていないのですが、簡単にいうと何があったのですか?」

 

「聞いてないんですか」

 

「ご承知のとおり、鳥羽先生はあのご様子でしたから……」

 

酔った状態で教頭に電話したのかよ!

 

そうなる前に一報入れるべきだったんじゃないのか……?

 

「纏めると、大垣さんたち三人が山中湖でキャンプをしていたのですが、装備が足りておらず、凍死の危険もある状況でした。連絡が取れないことを心配した志摩さんが、鳥羽先生に連絡して、発覚しました」

 

「なるほど。……それでは鍵閉めは私が行いますから滝野くんは帰ってください。お待たせしました」

 

「あ、はい。分かりました。それでは失礼します」

 

教頭先生に声を掛け、職員室を出る。

 

 

 

 

さてと。ようやく帰れるな。もう6時半だ。

 

明日は部活が休みだし、富士吉田のカリブーへ行く予定だから、早く帰ってゆっくり休もう……。

 

 



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 カリブー富士吉田店と山中湖


本作(本話)に登場する カリブー店員

 揖斐川 早紀絵……身延店の店員。原作では『揖斐川』(姓のみ登場)。

 山川 瑞穂……富士吉田店の店員。原作では名前無し。原作6巻 アニメseason2 5話に登場する人物で、千明のハンモックの相談に応対した人。


山川さん。アニメでの声優さんが、まさかの ぼっちちゃんと同じ人 でした……。



 

日曜日の朝。

 

身支度を整えてガレージへ向かう。

 

今日は富士吉田まで行くので、何かあった場合に備え、トリシティで行く。これなら、仮に高速道路や自動車専用道路を使うことになっても大丈夫だからだ。

 

 

 

 

昨日はちょっとした事件が起きたが、事故にはならずに済んで良かった。

 

ある人物が気付いてくれたお陰で大事に至らずに終わったんだけど、その救世主の家の前に差し掛かったら、当人が玄関先に立っていた。

 

「リン……。どうしたの?」

 

リンがスマホ片手に立っている。

 

「先輩、昨日千明(ちあき)たちが山中湖にキャンプに行ったんだけど……。知ってた?」

 

「いや。俺も知らなかったよ」

 

「も?」

 

えっと、何が言いたいんだろう?

 

「リンが鳥羽(とば)先生に連絡したとき、俺ちょうど先生の側に居たんだよ。急に山中湖って言って立ち上がるからびっくりしたさ。そうしたら三人山中湖に居るらしいって聞いて、なおびっくり」

 

そういえば、あのあと連絡ないけど、大丈夫なんだろうか? まあ、鳥羽先生が一緒だしな……。

 

「これ見る?」

 

「どれ?」

 

そう言いながらスマホの画面を見せてくる。

 

 

 

恵那:無事に夜を越せたよ。

   りん、心配してくれてありがとね

 

恵那:【画像】

 

リン:山中湖みやげ

   よろしくな

 

 

 

写真が添付されている。

 

湖畔らしき砂利の場所で、四人が何か囲んでいる。……ワカサギの天ぷらか。キャンプで天ぷらとは頑張るねぇ。

 

まあ、楽しんでいる様子でなにより。

 

「良かった。無事に過ごせたみたいで」

 

「ところで。先輩は何かしたの?」

 

「何かって……。リンから先生に連絡があって、たまたま山中湖に知り合いが居たからさ、俺はただ先生が着くまでの間、助けて欲しいって連絡しただけだよ」

 

そのお陰で三人は無事に朝を迎えられたわけだが、そもそもリンがそのピンチを教えてくれたから、俺が連絡できた。今回の功労者はリンだと思う。

 

「だけって……。その電話一本で全く違う結果になったと思うけど」

 

「そうかな……?」

 

「そうだよ。少なくも私はそう思う」

 

「なら、そういうことにしておこう」

 

「それで、先輩はこれから何処か行くの?」

 

「富士吉田のカリブー。甲府でお世話になっていた人が、転勤でそっちに行ったから。年始の挨拶も兼ねて顔を出そうと思って」

 

年始、といっても既に1月も下旬……。

 

「なるほど。じゃあ、気を付けて行ってらっしゃい」

 

あれ?

 

「『一緒に行きませんか?』って言うと思ってた」

 

「……言いたいけど、私のビーノじゃ、トリシティについていけないから、今日は遠慮しとく」

 

「別に良いのに」

 

「その代わり、今度ついてきてもらうから。あの約束、忘れないでよ」

 

あの約束……。揖斐川(いびがわ)の図書委員の件だな。

 

この様子だと、何処まで連れていかれるか、想像つかんな。岐阜? それとも東京……?

 

「分かったよ。じゃあ、行ってきます」

 

「気を付けて」

 

切っていたエンジンを始動させる。

 

上げていたシールドを下ろし、出発。

 

「行ってらっしゃい。……お兄さん!」

 

そう言うリンに手を上げ、見送る。

 

 

……。

 

 

…………えっ? 今何て?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道の駅富士吉田に到着。カリブー富士吉田店は、この道の駅の施設になっている。

 

隣接して富士山レーダードームがあり、富士登山の登山客が必要な物をここで買っていくらしい。

 

入口の自動ドアを潜ると、カリブーくん がお出迎え。

 

カリブーのマスコットみたいなものだが、社員という設定のはずだ。

 

因みに、このカリブーくんは売り物だ。お値段何と360,000円!

 

まあ、この大きさ(等身大)だから妥当な金額だろう。しかし、幾つか売れているというのだから驚きだ。

 

 

 

カリブーくんを通り過ぎ、店内を歩く。

 

今日は特に買うものがあるわけではないので、適当に見て回る。

 

……あれ? 普段なら店内を巡回している店員がいて、声を掛けられる場合もあるんだけど……。

 

仕方ない。

 

「あのー。すいません」

 

「はい?」

 

こうなりゃレジだ。

 

「山川さん、いらっしゃいますか?」

 

「山川さんですね。さしつかえなければ、お客様のお名前を頂戴できますか?」

 

滝野(たきの)と申します。多分それで分かると思いますので」

 

そう告げるとその店員はバックヤードへと引き上げて行く。

 

ん? 今、そこはかとなく笑っていたような……。まさか?

 

そう思いゆっくり後ろを向く。……居た。

 

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

 

「わざとらしいですよ? 探し物……強いて言えば貴方でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

「身延の早紀絵(さきえ)ちゃんから連絡もらってね。来るのを待っていたんですよ。瑞穂(みずほ)ちゃん」

 

そう話すのは、さっきレジで応対してくれた店員だ。ここの店長で、垂井(たるい)さんというらしい。

 

「ええ。ツーリングのことや、家のお手伝いのこととか。色々聞きたかったんですよ。純一(じゅんいち)くんの話は、話し方が上手いからか楽しいのよね」

 

そうかな……?

 

でも、そう言ってくれるのなら、俺に話し得ることを話していこう。

 

因みに、ここは店のバックヤード。山川さんと垂井さんは休憩中だ。部外者であるはずの俺は、客人のようにもてなされている……。

 

 

 

 

クリスマスキャンプ・お正月のツーリング。先日身延店でのプチ騒動(?)を、順に話した。

 

「スクーターで……。瑞穂ちゃんから聞いてたけど、君凄いのね……」

 

やはり、垂井さんは俺がビーノで浜松へ行ったことに驚いていた。

 

「でも良かったですね。割れなくて。揖斐川さんは『彼は持ってる子』だって言ってたけど、そう言う意味なのね」

 

先日の騒動を聞いた山川さんはこう言う。

 

『持ってる』って何だよ?

 

「あれの替えグローブ高いからねぇ。割れてたらその子涙目だよ」

 

まあ、割れなくてもあの状況にビビったのか、少し泣いてた気がする。あ、俺にビビったのか……。

 

「流石にそうなった場合は弁償しますよ……」

 

「高いよ?」

 

「いやいや、その話は今聞きましたよ」

 

「そうじゃなくて」

 

「えっ?」

 

どういうことだ?

 

「聞くところによると、その子が初バイトで買ったものらしいじゃん? それを自己責任とはいえ、買ってすぐに目の前で壊れるんだよ? 私なら一生忘れないわ。まあ、恨むとかそういうんじゃないけど」

 

言われて気付いた。確かにそうだ……。

 

「ですよねぇ……」

 

隣で黙って話を聞いていた山川さんは苦笑いしている。

「山川さん、経験あるんですか?」

 

「ええまあ……」

 

「瑞穂ちゃん、早紀絵ちゃんが初バイトのお給料で買った耐熱グラス、落として割っちゃったのよ」

 

なんと! 山川さんは濁したのに、それを垂井さんがあっさりカミングアウト。

 

落として割った……。それは……ね。

 

「隠したかったのに何で言うんですか!」

 

「別に良いじゃない? 滝野くんしか聞いてないし」

 

「まあ……純一くんになら……」

 

一瞬、怒ったのか声を荒げたのだが、垂井さんが俺の名前を出すと、山川さんは元通り。

 

この二人、どういう関係なんだろう? 店長と部下、だけではない気がする……。

 

 

 

 

 

「それでは。今日はありがとうございました」

 

「それは此方の台詞ですよ。私も楽しかったですし、久し振りに会えて良かったです」

 

「またいつでも来てね」

 

二人に見送られ、バックヤードから出る。

 

さて。そろそろお昼時だし、隣のフードコートで昼食にしよう。

 

その後は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

道の駅のフードコートでお昼御飯を食べ、まだ昼過ぎだし、まっすぐ帰ってもつまらないと思い、山中湖一周へ向かう。

 

山中湖を反時計回りで走っていると……。

 

「お。純一く~ん!」

 

通りすがったコンビニの駐車場から名前を呼ばれた。誰だ? といってもあの声は一人しかいないけど。

 

一旦、通り過ぎてから引き返し、駐車場へ入る。

 

「飯田さん!」

 

やっぱり。飯田さんだった。ご主人だけで、美晴さんの姿はない。

 

「どうしたんですか? こんなところで?」

 

「それはこっちの台詞だよ。私らはこれから帰るところだけど」

 

なるほど。

 

「というか、よく俺だって分かりましたね?」

 

「背格好が似てたから。もし違っても、素通りしておしまいだろうから、言ってみたんだよ」

 

……。まあ、確かに。

 

「昨日はありがとうございました。お陰で何事もなく朝を迎えられたようで……」

 

ヘルメットを脱いでから頭を下げる。

 

「なぁに。大したことはしとらんよ。ほっといたら死んでまうでな」

 

笑いながら、何でもないように手を振る飯田さん。

 

「むしろ、一緒に鍋楽しめたでね。お礼言うのはこっちもだよ」

 

「鍋ですか」

 

「うん。私らはもつ鍋、嬢ちゃんらはきりたんぽ鍋だったよ」

 

きりたんぽ鍋。……秋田の方の郷土料理だよな? どうしたんだろう。その辺で売ってるものではないと思うんだけど。

 

「先生もいい呑みっぷりでね。本当に楽しかったよ」

 

「それは……まあ……。良かったです……」

 

酔って迷惑かけてなきゃ良いんだけど。まあ、この様子なら大丈夫だったんだろう。

 

「それで。純一くんはこんな所でどうしたのよ?」

 

「ああ。俺は富士吉田のカリブーに行ってきました」

 

「カリブー……。キャンプ用品の店だね」

 

「はい。前、甲府店に勤務しててお世話になった人が今は富士吉田店にいるので、会ってきました」

 

「それは良かったねぇ」

 

「お父さん、お待たせ……あら?」

 

美晴さんが戻ってきたようだ。

 

「純一くん。お久し振りです」

 

といっても、先週会ってる。

 

「昨日はありがとうございました」

 

再び頭を下げる。

 

「いえいえ。あれくらい大したことありませんよ。困ったときはお互い様です。ね、お父さん」

 

「そうよ。『助け合いの精神が、社会を明るくする』って」

 

「なんですか、それ?」

 

聞いたことがない。まあ、言いたいことは分かる。その通りだから。

 

「忘れたよ。何だっけな。それで、純一くんはこれから帰るんけ?」

 

「はい。まだ時間があるからと思って、山中湖一周して帰ります」

 

「そりゃあ良い」

 

ヘルメットを被る。

 

「では、失礼します」

 

エンジン始動。

 

「おお、気を付けて。また遊びに行くけど、良かったら家にも来てよ?」

 

「お待ちしてます」

 

「はい。ありがとうございました!」

 

お礼を言って出発。

 

 

 

山中湖を離れ、河口湖や精進湖を見つつ、来た道を戻って帰った。

 

 

 



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 月曜日の朝と昼

 

「一昨日は本当に」

 

「「「ありがとうございました~!」」」

 

月曜日の朝。

 

いつも通り登校し、音楽室で一人吹いていたら、野クル部の二人+一人がやって来て俺にこう言い、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

「何か、こうやって三人の無事な姿見たらホッとしたよ。電話で何度無事やって言われても、見てみんことには分からないからさ」

 

見た感じ、何処(どこ)にも怪我はなく、いつも通りの三人だ。

 

「ほんまにありがとうございます。先輩おらんかったら、ダメやったかもしれません」

 

「それは流石に大袈裟やって。俺はなにもしてないよ」

 

そもそもリンが鳥羽(とば)先生に連絡してなかったら、俺はキャンプのことを一切知り得なかった。

 

「所で、どうしてあんなことになったの?」

 

「あたしのミスなんです。あんなに寒くなるなんて思ってなくて……」

 

原因は大垣(おおがき)さんか……。

 

「冬キャン慣れたと思って油断してました!」

 

犬山(いぬやま)さんもか。

 

「私も。山中湖って聞いた時点で、もう少し下調べしていれば……。キャンプって言葉に、考えもせずに飛び付いてしまって……」

 

恵那(えな)ちゃんも。

 

結局、三人それぞれに原因があった訳だ。それが合わさった結果があれ。

 

「「「本当にすいませんでした!」」」

 

「まあまあ……。事情は分かったで、この話は止め。頭上げや。次に生かせばええんやで」

 

俺の一言に、三人とも意外そうな表情を浮かべる。

 

「どうしたの?」

 

「先輩、叱らんのですね」

 

「俺まで叱ってどうするの? 山中湖で鳥羽先生に叱られたやろ?」

 

「はい……」

 

思い出して恥ずかしくなったのか、顔が少し赤くなった。

 

「それで充分や」

 

同じ過ちを繰り返さなければいい話だ。

 

もちろん、これが二度目や三度目ならば、俺も怒っただろうけど。

 

 

余談だが、この後大垣さんに京都弁を指摘され、俺の顔まで赤くなってしまうのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

「所で、トラ先輩は飯田(いいだ)さんとはどの様なご関係で?」

 

「あの人、ラジコン飛行機飛ばしてただろ?」

 

「はい。見てました」

 

「前は河口湖でも飛ばしてたらしいんだけど、富士山が世界遺産に登録されて、飛行禁止になったんだって。それで新たな場所を求めて四尾連湖(しびれこ)にやって来たんだよ。それでね」

 

「「「なるほど」」」

 

「先週、うちに来とって、その時に来週山中湖行くって聞いてね。だから、何処かでみんなを見掛けてないかな……って思って電話したんだけど……。まさか同じキャンプ場とはね」

 

運が良かったのだろう。それか、日頃の行いが良いからかな? ……誰が、って?

 

それは気にしたら負け。

 

 

「名前呼ばれた時はびっくりしましたよ。チョコちゃんのお陰で挨拶程度に会話はしていたんですけれど、名前言った記憶は無かったので……」

 

だろうね。知らない人からいきなり名前呼ばれたら、誰しも驚くだろう。

 

「俺が教えたんだよ。探してもらうならその方が都合が良いし」

 

もし、不審者に絡まれていた場合でも、その方が対抗しやすいだろう。

 

「どんな状況だったの? 飯田さんに会った時は」

 

三人、顔を見合わせる。

 

「岬の先に椅子を出して寛いでいたんですね」

 

「そうしたら、どんどん寒くなってきて、マグカップに氷が張りました」

 

「それで、夜なったらどれぐらい寒なるんやろうと思って、調べようとしたらスマホが電池切れになってしまいました」

 

なるほど。寒いとバッテリーの減りが早いと聞く。

 

今度からはモバイルバッテリーも携帯した方が良いだろう。

 

「それで、あたしが高温カイロを買いにコンビニへ向かって」

 

「そのすぐ後やったね?」

 

「うん。薪買ってないから管理棟へ向かおうと思ったら、名前を呼ばれて……」

 

「それで、飯田さんに助けられたって訳だ」

 

「「はい」」

 

「大垣さん、運悪かったね」

 

もう少し早ければ、コンビニに走る必要なかった訳だ。

 

「いや、もとを辿ればあたしのせいですから、これぐらい大したことないっすよ」

 

「でもまあ……。本当に良かった。鳥羽先生やリンにもちゃんとお礼言いなよ? あ……先生には言ったか」

 

そもそも助けに行ったのは先生だ。その時に済ませているだろう。

 

「はい。リンには今からお礼言いに行こうと思ってます」

 

「了解。じゃあ行ってらっしゃい。次のキャンプは俺も誘ってよ?」

 

俺の一言に、音楽室を出ていこうとしていた三人は立ち止まり、再び顔を見合わせてから深く頭を下げるのだった。

 

そう。実は今回のキャンプ、鳥羽先生は仕事で、リンと各務原(かがみはら)さんはバイトで不参加だった訳だが、俺は誘われてすらいない。一言あっても良かったんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生徒の呼び出しをします。2年生滝野 純一(たきのじゅんいち)さん、1年生可児 ミク(かにみく)さん。職員室の教頭のところまで来てください』

 

 

丁度、4限目が終わり、これからお昼休みという時だった。

 

校内放送のチャイムが鳴ったと思えば、呼び出されたのはまさかの二人……。

 

ふと、教室を見渡せば数人の視線が刺さっている。

 

『なにしたの?』そう言いたげな、揖斐川(いびがわ)と鳥羽先生の視線。

 

とりあえず、片手を上げ首を傾げる。『分かりません』のポーズだ。

 

 

 

 

 

 

「あ! 先輩待ってましたよ!」

 

職員室に向かうと、入口で待っている可児の姿があった。

 

「可児、お前教頭に呼び出されるなんて、何しでかしたんだよ?」

 

呼び出されているのは俺も同じなんだけど、とぼけて言ってみる。

 

「あれ? 先輩何も知らないんですか?」

 

「は?」

 

「今朝、私は担任から『教頭が卒業式の件で相談あるから、昼休みに呼ぶ』って聞いたんですけど?」

 

何それ聞いてない。

 

「吹奏楽サークルとして呼び出されたんですよ。先輩、しっかりしてくださいよ」

 

「と、言われてもなぁ……。俺は何も聞いてないんだが」

 

まあ良い。この事はこの際置いておく。教頭先生を待たせているからそちらが優先。

 

「「失礼します」」

 

ノックしてから扉を開く。

 

「あ、滝野くんと可児さん。此方(こちら)へ」

 

俺たちに気付いた教頭先生が呼んでいる。

 

「お待たせしました」

 

教頭先生のもとへ。

 

可児の態度はいつも通りだ。

 

普通、用件が何であれ、教頭先生相手なら多少は緊張するものだが、可児にはそれがない。

 

「いえ。貴重な昼休みに呼び出してしまいごめんなさい」

 

「大丈夫です。えっと、可児は多少担任の先生から話を聞いているみたいですが、俺は何も聞いていないので、最初から説明お願いします」

 

「分かりました。それでは順に説明していきましょう」

 

 

 

教頭先生が言った話を(まと)めると次の通りになる。

 

 

・吹奏楽サークルとして、卒業式で何かを行えないか。

 

・他の学校の吹奏楽部だと、入退場行進の曲を演奏したりしている。

 

・卒業式では、国歌と校歌の斉唱、卒業生による『旅立ちの日に』*1の合唱がある。

という話だった。

 

 

「流石に、俺と可児の二人で行進曲は無理ですよ。威風堂々(いふうどうどう)とかですよね? 楽器が足りません」

 

「先輩はトランペットしか吹けませんからね」

 

「うるさいよ?」

 

教頭先生も腕を組んで考えている。

 

「私は別に、定期演奏会だけで良いと思っているんですが、校長が首を縦に振らないんですよ。もう一つ、卒業式に華を添える何かが欲しいと」

 

校長先生が? あの人式典以外に顔出さないのに……。一丁前に意見は言うらしい。

 

「そうは言ってもなぁ……。えっと……」

 

室内を見渡す。

 

昼休み中だから、殆どの先生が在室だ。さっきはあんな顔をした鳥羽先生も、事情が分かったからかいつも通りの表情だ。

 

「あ、伊那(いな)先生!」

 

音楽の伊那先生を見付けた。

 

「どうしました?」

 

「国歌と校歌は先生が伴奏ですか?」

 

「はい。私が伴奏で、高山(たかやま)先生が指揮です」

 

なるほど……。

 

「因みに、旅立ちの日に の指揮と伴奏は決まってますか?」

 

普通なら卒業生が担当するだろう。

 

「いいえ。お願いしようと思っている子はいますが、まだ声掛けていませんよ」

 

決まりだな。

 

「先生、それ全部引き受けても良いですか?」

 

「は? えっ? まあ、校歌と卒業生の曲なら……。国歌は私たちがやらなきゃダメなはずですから、それ以外なら」

 

視線を先生から隣に移す。

 

「可児、お前ピアノ弾けるよな?」

 

「私を誰だと思っているんですか?」

 

おお。可児の真剣な眼差し。久し振りに見るなぁ。

 

「教頭先生。そういう訳で、卒業式の校歌と旅立ちの日に の指揮と伴奏。これを俺たちでやります。これなら文句はないでしょう?」

 

こう言うと、教頭先生は笑った。

 

もちろん、大きな声で笑うとか、そういうのではない。

 

「分かりました。お願いします。もし、校長が更に何かを要求するようであれば、私が説得します」

 

「決まりだな」

 

「ですね」

 

決まったのなら、早く教室へ戻ろう。ただでさえ貴重な昼休み。

 

流石にお腹も空いている。

 

 

 

 

因みに、教室へ戻ったら、揖斐川をはじめクラスの連中に取り囲まれてしまった。

 

もちろん、事情を説明したら、納得してもらえたけれど、何故か拍手された……。

 

*1
作詞 小嶋登氏、作曲 坂本浩美氏。卒業式の定番曲





原作では、『本栖高校の校歌』は存在していない(作られてない)感じですが、本作ではちゃんと私が作詞しましたので、卒業式の回をお楽しみに。


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 曲の練習


※今話も例のごとく、一部で 文字色を変更する特殊タグ を使用しています。※


お待たせしました。いやあ~、アニメseason3始まりましたね。

なんと、本作品が既に『season3第1話 過去パートの聖地巡礼している』んです……!

書いた本人が一番驚いております(滝汗)。

驚きのあまり、フライング投稿です。



 

放課後。

 

本当は部活のために、すぐ音楽室へ行くつもりだったんだけど、可児(かに)から『自主練したいので30分下さい』と言われ、呼び出されるまで暇になってしまった。

 

特に用もなく野クル部の部室へ行ってみても誰もいない。みんなバイトがあるのだろう。

 

そう思って図書室へ行ったら、賽銭箱(さいせんばこ)コンビとその所有者が居た。

 

 

 

「へぇ~。ブランケット先輩、卒業式の指揮やるんですね」

 

「先輩指揮出来るんですね」

 

「マジカヨ……」

 

三人に昼のことを話すとそれぞれこの反応。三者三様で面白い。

 

面白いのだが、一人失礼なのが混じってませんでした?

 

「出来るよ。一応、吹奏楽サークルの部長なんだし」

 

10年以上音楽に関わってきたのだから、これぐらいは問題ない。

 

まあ、ピアノ弾けって言われたら断るけどさ。

 

「それより、三人とも校歌歌えるよな? 流石に」

 

「もちろんです」

 

「当たり前じゃないですか」

 

「どんな歌だっけ?」

 

おい。そこの人。

 

「まあ、各務原(かがみはら)さんは編入してきて二ヶ月だし、仕方ない部分もあるのかな……」

 

入学した頃に音楽の授業で練習するが、各務原さんはそれを受けていないので、大目に見よう。

 

因みに、この授業を受けていないのは俺も同じだ。

 

「二人はちゃんと知ってるようで良かったよ。『知りません!』って言われるんじゃないかって」

 

「あ、でもあきちゃんは覚えてないって言ってましたよ」

 

やっぱり居たよ!

 

「恵那ちゃん、それ本当?」

 

「はい。先日、何の気なしに話していたら、そう言ってました」

 

なるほどなるほど。

 

「これはあれだね。今度、大垣(おおがき)さんと各務原さんには校歌を練習する機会を設けようではないか」

 

「本当ですか!」

 

お。目輝かせながら飛び付いてきた。そこまでの話とは思えないけど……。

 

「でも、そんな暇あるか? みんなバイトあるだろ?」

 

野クル部の部室が無人で、各務原さんがここにいるってことは、つまりそういうことだろう。

 

「そうなんですよ! あきちゃんもあおいちゃんもバイトで……」

 

なんだか寂しそうだ。しかし、以前の『私一人だけバイトが見付からない』時の表情とは違う。

 

「確かに。でも、なでしこちゃんもバイト見付かって良かったじゃん」

 

「うん! 楽しい仕事だし、賄いも美味しいんだよ」

 

「しかし、この辺競争率高いのに良く見付かったな」

 

リンが突っ込む。これはつまり、リンもそうだったのだろう。

 

「お姉ちゃんが見付けてくれたんだよ! 求人誌に載せる前の情報だったから、採用してもらえたんだ」

 

「それは運が良かったね」

 

「うん! 求人誌広げても、甲府とか山梨市ばっかりだし、身延があっても、フルタイムやドライバーだからねぇ」

 

ふと、恵那ちゃんと目が合う。

 

「先輩なら普通二輪の免許あるから、郵便局のバイト、配達も行けますよね?」

 

おいおい。

 

「言われたよ。採用面接の時に。断ったけど」

 

一年目は『土地勘がない』と断り、二年目はそちらは募集が終わっていると逆に断られ……。『来年こそ配達行く?』って最終日の終わりに言われたけど、来年(今年)は受験があるから働けません、って返したら驚かれた。

 

『家業継ぐんじゃないの!』だってさ。

 

「そうでしたか……」

 

「まあ、そんなわけだから、私たち四人で臨時野クル部やらない!?」

 

各務原さんが唐突に言い放った。

 

「おっ、いいね! なでしこちゃん!」

 

「しれっと私を入れるな」

 

リンは嫌がってるが、恵那ちゃんは乗り気。

 

なのに、鞄を肩に歩き出す。

 

「と、思ったけど私も今日は用事あるんだ」

 

「え~」

 

恵那ちゃんが図書室を出て行く。

 

 

 

 

 

残ったのは、俺、リン、各務原さん。

 

俺は近くの椅子に座って楽譜を広げる。

 

二人はカウンターを挟んで向かい合って喋っている。

 

「それでなでしこ、ソロキャン行くって本気なの?」

 

ソロ?

 

「うん! 今週末行こうと思うんだ。バイト休みだから」

 

「何でまた……」

 

「ほら、リンちゃんお正月のキャンプの感想、ここで『ソロキャンプはみんなでやるキャンプと全く別のアウトドアだ』って言ってたでしょ?」

 

それ、俺も奥浜名湖の展望台で聞いたな。

 

「それ聞いて私もやってみたくなったんだよ」

 

なるほど。

 

まあ、俺が綾乃にキャンプを勧めたのも、そもそも各務原さんからキャンプを始めたって話を聞いて興味を持っていたからだ。

 

人は誰しも他人に影響されることがあるんだな……。

 

「今日はリンちゃんにソロキャンの始め方をじっくり聞こうと思って」

 

ソロキャンといえばリンだ。彼女に聞くのが良いだろう。

 

ん? キャンプ道具を借りたい場合は、俺に言ってくれれば良いんだよ?

 

「と。その前にトイレ……」

 

荷物を置いたまま、各務原さんが図書室を出て行く。当然だが、トイレは室内に無い。

 

結果的に俺とリンだけになる。

 

「リン?」

 

今がチャンス。聞いてしまおう。

 

「昨日のあれ、何だったの?」

 

「……又従兄妹(またいとこ)だから良いじゃん。そういうの気にする? お兄さんは」

 

又従兄妹か。確かにそうだけど。

 

「俺は別に気にしないよ。ただ、周りがどう思うか、それは俺に関与できないから……」

 

女同士というものは怖い。俺たち男子には関与できない部分が山ほどあるのだ……。

 

「まあ、リンの好きにすれば良いさ」

 

タメ口だろうと呼び方だろうと。こういうのは自由な方が良い。

 

「分かった。でも、二人の時だけだよ」

 

「ほーい」

 

お。ラインが来た。可児からだろう。

 

スマホを確認。

 

「可児から呼び出されたから、音楽室行ってくる」

 

「了解、頑張って」

 

 

 

 

 

 

音楽室に到着。

 

ノックして許可を得てから扉を開く。

 

「オッケー?」

 

「はい。お待たせしました」

 

可児がピアノの前に座ったまま返事をした。

 

「じゃあ、早速始めよう。校歌から?」

 

「はい」

 

ピアノと良い位置にある机に楽譜を広げる。譜面台? 別に今はいらない。

 

構え。手を振りだす。

 

 

♪~

 

 

 

曲が終わり、手を止め、降ろす。

 

「校歌は大丈夫だな?」

 

「もちろん」

 

良い返事だ。

 

「じゃあ次は……」

 

うん? 誰かが扉をノックしたぞ。

 

可児と顔を見合わせる。

 

『誰?』

 

『知りません。先輩は?』

 

『俺は知らんよ』

 

声を出さずとも、アイコンタクトと首振り腕振りで会話が出来る。これ、端から見たらどう思われるだろうか?

 

「どうぞ?」

 

あまり待たせても申し訳ないので、誰か心当たりの無いまま返事をした。

 

「入るよ~」

 

扉が開くと共にこの声。なんだ、水谷(みずたに)先輩か。

 

「あれ? 純一今日は楽器なし? あ! ミクちゃん。久し振り~!」

 

次々と言われても答えられないんだが……。

 

「お久し振りです水谷先輩~!」

 

ピアノの前から立ち上がり、やって行く先輩とハグ。見てる分には微笑ましいのだが、この次に俺にも同じことを要求するんだよなぁ。この人は……。

 

 

 

 

 

「どうしたんですか? 急に」

 

俺とのハグを終え、少し離れた先輩にそう尋ねる。

 

「いや。別に理由とかは無くてね。たまには顔出そうと思って来たんだよ」

 

「まあ、先輩がこの部屋に来るのに理由があったことはありませんからね」

 

「ちょっと! ミクちゃん、それ酷くない? アタシが暇人みたいじゃん」

 

「違うんですか?」

 

「違わないけど」

 

それで良いのか、この人……。

 

「ところで。二人は何してたの? これは……?」

 

水谷先輩がピアノの前へ行き、広げられた楽譜を覗き込んだ。

 

「滝野先輩と私で、卒業式の校歌と卒業生の歌う歌の指揮・伴奏を担当することになりました」

 

「へぇ~。凄いじゃん!」

 

「でしょう?」

 

何故そこで可児が自慢気になるんだよ。

 

「今はその練習かな? それなら純一が楽器持ってない理由になるし」

 

「その通りです」

 

え……。

 

「水谷先輩、何ですかその目は」

 

渋谷(しぶや)

 

「……渋谷先輩」

 

「う~ん。まあ良いや。今から 旅立ちの日 に練習するんだ?」

 

「はい。校歌は一回やって確認できましたから」

 

「アタシ歌うから、やってみてよ」

 

その目はそういうことですか。イタズラを思い付いたかのような目で見てくるから、何事かと思ったけど。

 

というか、さらっと名前で呼ばされた……。

 

「えっ! 先輩歌ってくれるんですか!」

 

可児は嬉しそうだ。

 

「分かりました。じゃあ準備してくださいね?」

 

譜面を広げる。

 

可児とタイミングを取り、構え。

 

手を振りおろす。

 

 

♪~

 

えっ? 先輩の歌声はって?

 

いや、今ここで先輩の歌聞いてもらうと、歌詞掲載になって処理がねぇ……。ってなってしまうので、今回は我慢してください。

 

~♪

 

 

手を止め、降ろす。

 

歌っているときの真剣な眼差しから一変、おやつをねだる子猫みたいな目に変わる。

 

「何ですか?」

 

「楽しいね、純一」

 

「それは良かったですね……」

 

棒読み。もうね、この人の相手疲れた。

 

「ねぇミクちゃん!」

 

ピアノの方を向く。

 

「はい」

 

「アタシ、もっと歌いたい!」

 

猫みたいだな……。本当に。

 

「じゃあ、この曲は?」

 

 

♪~

 

 

そう返しながら、可児がピアノを弾き始める。

 

……あ。これ『桜ノ雨』*1だ。こちらも卒業式定番の曲。

 

「オッケー」

 

歌えるんですね……。

 

前奏が終わって、先輩が歌い始める。

 

 

その後も『旅立ちの時〜Asian Dream Song〜』*2や『旅立ちの日に…』*3といった、卒業式に関係のある曲を可児が弾き、先輩が歌っていた。

 

先輩の歌声は綺麗で、聞き惚れてしまう。

 

とはいえ、二人の独壇場と化している。俺、既に用無し?

 

 

 

二人を横目に、黙って退室。そのまま帰路へとついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当然ながら、翌朝、黙って帰ったことを可児と水谷先輩に怒られるのだった……。

 

*1
作詞・作曲 森晴義氏。2008年2月に『ニコニコ動画』に投稿された 初音ミク が歌唱した楽曲。投稿されてから一気に話題となり、卒業式で歌われる曲の仲間入りを果たした。森氏の所属したユニット absorb のメジャーデビュー曲ともなった。

*2
作詞 ドリアン助川氏、作曲 久石譲氏。1998年の長野パラリンピックのテーマ曲として製作されたもの。後に合唱曲に編曲され、学校で歌われるようになっている。

*3
作詞・作曲 Ai Kawashima氏。川嶋氏がI WiSH時代に発売した『明日への扉』の原曲。曲名が似ているが、『旅立ちの日に』とは別のものである。



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 富士川健康緑地公園

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

「気を付けて」

 

週末の土曜日。朝……と言っても、今は10時に近い時間。家を出発する。

 

今日はビーノだ。

 

普通に走っていけば一時間半の距離なので、ゆっくり走って行く。

 

 

 

いつも通りの通学ルートを走り、学校の下をトンネルで通過。

 

富士川左岸を南下して行く。

 

すぐに見慣れた景色が現れる。身延のしょうにん通りだ。

 

カリブー身延店や各務原(かがみはら)さんのバイト先の藤本もこの一帯にあり、『しょうにん通り』に含まれる。

 

そこを過ぎれば軽く山越え。そしてのどかな風景が広がる。

 

恵那ちゃんの家を遠目に、更に進む。

 

この辺りに住んでいるんだと、甲斐大島駅から電車通学だろうか。

 

身延線は長距離の路線で、Wikipediaでの情報だと身延駅を境に乗客は入れ替わるらしい。通しで乗る利用者は少なく、そのため長時間停車する電車も多い。

 

30分ぐらい停車する電車もある。その間待つのも大変だろう。

 

身延駅との間に峠さえなければ、歩いた方が早い場合もありそうだ……。

 

 

 

 

右前方に南部橋が見えてきた。そろそろ内船駅だ。

 

……そういえば、飲み物を持ってきていない。持参するように言われているんだっけ。

 

そこにコンビニがあるから寄っていこう。

 

対向車を確認し、反対側のコンビニへ。駐車場にバイクを停め、エンジンを切る。

 

…………視線を感じるぞ。

 

何処からだろう? ヘルメットを外すついでに周りを見渡す。

 

すると店内の柱の陰から、此方(こちら)を見ている人の姿があった。悪戯っぽく笑っている。

 

「え。誰?」

 

 

 

 

 

お店の制服を着ているからすぐに気付かなかったが、その正体は恵那ちゃんだった。

 

「恵那ちゃん、ここでバイトしてるんだ」

 

「ああ、一昨日からね。前の子が蒸発して困ってたんだよ」

 

そう言うのは隣に立っている店長だ。まだ新人教育の真っ只中で、一緒にカウンターに立っている。

 

「家からそんなに遠くないですし、ちょうどバイトを探しているところだったので、求人見て飛び付いちゃいました」

 

そう言う恵那ちゃんは、いつもより堅い感じがする。

 

まあ、ピカピカの制服に名札、おまけのように貼られた『研修中』のシールを見れば、そうなるのも納得だ。

 

「先輩、私がここで働いていることは、当分内緒でお願いしますね」

 

「スパイみたいで面白いからだって」

 

「まあ……確かに」

 

というか、店長面白がってない?

 

「じゃあ、俺からは誰にも言わないよ」

 

「それじゃあ、よろしくお願いしますね。所で、先輩はどうしてここへ?」

 

そういえば、何しに来たか忘れるところだった。

 

「飲み物を買いにね。ちょっと取ってくる」

 

そう断って冷蔵ケースへ向かう。

 

「いらっしゃいませ……」

 

恵那ちゃんは店長と共に、他のお客さんのレジ打ちをしている。

 

不慣れゆえ打つのは遅いが、初々しい光景で、お客さんも急かす様子はない。

 

「ありがとうございました……」

 

「頑張って!」

 

お客さんに労われ、少し恥ずかしながらも嬉しそうな恵那ちゃん。

 

次が俺だ。

 

「いらっしゃいませ……」

 

「はい」

 

お茶とパンを幾つか置く。

 

それをスキャンしてゆく。

 

「はい、以上で555円です。……あ、ゾロ目ですね」

 

「お、本当だ」

 

別に計算して取った訳じゃないけど、数字が揃った。

 

「じゃあこれで」

 

「1,055円お預かりしましたので、500円お返しです」

 

お釣と商品を受け取る。

 

「ありがとうございました」

 

「ありがとう。それじゃあ頑張って」

 

「はい!」

 

店を出る。

 

 

 

 

コンビニを後にし、更に南下する。

 

そして、富士川沿いを走っていた県道が、川から離れると……。

 

 静岡県

 富士宮市

県境だ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

再び川沿いの道路になり、更に南下して行く。

 

えっと。こっちって言ってたよな……。教えてもらった道を進む。

 

ってか、道狭っ! これじゃあ林道と変わらないと思うんだけど。これ、こっちで本当に合ってるの?

 

……ああ、看板がある。間違っていない。

 

とはいえ、凄い道だよなぁ。

 

 

 

そんなこんなで、

 

『富士川健康緑地公園』

 

目的地に到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました。木明荘の滝野です」

 

「遠路遙々ご苦労様です。私、富士市役所環境課の長谷川と申します」

 

「私は同じく市役所環境課の早川です。わざわざ来てくれてありがとね」

 

指定された駐車場にビーノを止めて待ち合わせ場所へ行くと、担当の人が既に来ていた。

 

作業着を着ている二人。早川さんは男性で、長谷川さんは女性だ。

 

「何から始めますか?」

 

「そうだね。まずはゴミ()()から。ここ意外と()()からね、頑張ろう!」

 

ゴミ拾い……ん?

 

「えっと。早川さんでしたっけ? 今のは……」

 

「寒かったかな?」

 

今、早川さんは駄洒落を言ったぞ? 本人も自覚アリか。

 

「滝野くん。この人そういう人だから、ね……」

 

長谷川さんは苦笑い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかして、ブランケット先輩ですか?」

 

ゴミ拾いを始めて10分くらい経っただろうか。

 

聞き覚えのある声で特徴的な渾名を呼ばれ、振り向く。

 

この名で俺のことを呼ぶのは一人しかいない。

 

「各務原さんじゃん。こんなところでどうしたの?」

 

見慣れた格好の各務原さんが立っていた。大きいリュックを背負って大荷物だ。

 

キャンプに来たんだろう。ここはキャンプ場だし。

 

「それは私の台詞です。先輩こそ、こんなところで何してるんですか?」

 

「キャンプ場整備のお手伝いだよ。ここは管理人の居ない無人のキャンプ場だろう? だから、ゴミが捨てられていたり、ベンチ・椅子やトイレの汚れ・劣化があったり、トイレットペーパー等の消耗品が無くなったり……。定期的にメンテナンスが必要だからね。市役所がそれを担当しててね。俺はそのお手伝いだよ」

 

そうだ。今日俺が来ている『富士川健康緑地公園』は、今言った通り無人のキャンプ場だ。

 

市営の無料キャンプ場だから利用者も多い。誰かが定期的に管理しなければ、色々とひどい状況になるのは火を見るより明らかだ。

 

今日はそのお手伝いに来ている。

 

「なるほど」

 

各務原さんはそう言って手を叩いた。納得したようだ。

 

しかし、そのまま首を傾げる。

 

「先輩って、四尾連湖(しびれこ)に住んでいるんですよね?」

 

「そうだけど」

 

間違っていないが、言い方が……。それだと湖の主みたいじゃないか。

 

「確か、市川三郷町ですよね? 山梨県の」

 

「そうだよ」

 

……あ。言いたいことが分かったぞ。

 

「ここ、静岡県ですよね?」

 

「うん」

 

ほら。思った通りだ。

 

「各務原さん。それは大人の事情って奴だよ。俺らにはどうしようもない話さ」

 

「あ……。はい」

 

流石に各務原さんでも察したようだ。

 

大人の事情……。まだ子どもである俺たちは、それ以上は触れちゃダメなやつ。

 

因みに、この案件は父が持ってきた奴だ。俺は首を上下か左右に振るだけ。

 

上下に振った結果、今ここに居るんだけどさ。

 

 

 

「各務原さんは何しに?」

 

まあ、答えは分かりきっている。理由は先述。

 

「始めてのソロキャンです!」

 

自慢気に胸を張る。

 

着膨れしてて目立たないけど、そこそこ立派なものを持ってるんだよな。彼女……。って、セクハラだぞ。いかん……。

 

「ソロか。じゃあ一人で来たんだ?」

 

「はい。今日はお姉ちゃんのお世話にはなってません!」

 

またも自慢気。

 

しかしソロキャンか。桜さん、よく許可したなぁ……。

 

まあ、あの人のことだ。何かしら対策は取っているんだろう。

 

「リンちゃんに聞いてしっかり準備してきました。それでは、先輩はお仕事頑張ってください!」

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴミ拾い、トイレ清掃。壊れた設備の補修に木の剪定の補助……。

 

色々とやっていると、時間はあっという間に過ぎていった。

 

そろそろ日没だ。

 

「それでは、今日はありがとうございました」

 

今日の作業。つまり、俺の手伝いはこれで終わり。

 

「こちらこそ。助かりました」

 

「若い子に手伝ってもらえると、早くて助かるよ」

 

「お役に立てたのなら幸いです。何だかんだ楽しかったですし」

 

「それは良かった」

 

「今日の報酬は経費を引いて、教えてもらった口座に振り込んでおくから、後で確認してね」

 

「分かりました。ありがとうございました」

 

お礼を言ったり業務連絡(?)を行って、解散となる。

 

さっき言った通り、ここは市営の広くて無人無料キャンプ場。オンシーズンだと混雑するらしい。

 

しかし、この時期だからから、今日の利用者は各務原さんと家族連れ一組の二組だけだ。

 

炊飯棟以外での火気使用が禁止なので、一帯はとても静か。

 

陽も沈み、暗くなった場内を歩いていくと、その炊飯棟で、小さな灯りが揺れている。

 

「各務原さん。何してるの?」

 

灯りの正体は、この間買ったガスランプだった。

 

焚き火台に何かを乗せている。焚き火のようで、焚き火ではない何か。

 

しかも、各務原さんは怪人ブランケットになって、焚き火台の前に座っている。

 

遠目に見たら不審者じゃないか……。

 

「あ、ブランケット先輩。まだいたんですね」

 

俺に気付いたらしい。

 

「もう帰るところだよ。さっきは色々とありがとね」

 

「いえ。私も楽しかったですよ」

 

各務原さんは、剪定した枝を運ぶのを手伝ってくれたんだ。

 

浜名湖ぐるぐるで鍛えたからか、体力あるし力持ちなんだよね、この子。市役所の人も驚いてたぐらい。

 

「これは『野菜のまるごとホイル焼き』です」

 

なるほど。よく見ると、炭火と一緒にホイルに包まれた物が台の上に置かれている。中身が野菜らしい。

 

「私一人だから失敗しても大丈夫ですし、上手くいけば今度みんなに振る舞えますから」

 

「そっか……。じゃあ、頑張ってね」

 

そう言ってこの場を去ろうとすると……。

 

「あれ? 帰るんですか?」

 

「帰るよ。あまり遅くなると大変だから。ここからじゃ家遠いし」

 

富士川沿いに北上するだけとはいえ、それなりに距離がある。しかも、今日はビーノだから高速道路が使えない。

 

……といっても、使える高速道路*1はまだ開通してないんだけどね。

 

「……泊まっていきませんか? 私のテントに」

 

…………。平然ととんでもないこと言うなぁ、この子。

 

まあ、同じテントに寝る のは、前にもやったことがあるから初めてではないけれど。

 

「いやいや。シュラフ無いから無理だよ」

 

山中湖ほどではないとはいえ、装備なしにこの寒さは無理だ。先日のあの騒動からまだ日は浅い。同じような過ちをしていては、三人に示しがつかん。

 

「残念ですね……。又今度ですよ?」

 

今度て……。

 

「じゃあ。おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

少し渋る各務原さんのもとを去る。

 

ん? 彼女を遠巻きに眺めている子どもが二人。もう一組のキャンパーだろう。

 

お。各務原さんに手招きされて寄って行く。

 

『小さい頃、なでしこの家族と一緒に買い物に行ったんですよ。目離した隙になでしこ消えてて、知らない子とあっという間に仲良くなってたんですよ』

 

前に綾乃から聞いた言葉が浮かんでくる。

 

各務原さんのことだ、あの子たちともすぐに仲良くなってしまうのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ビーノが止めてある駐車場へ歩いてゆく。

 

「ヒィ~ッ!」

 

そろそろ駐車場に着く、というところで、向かっている方から悲鳴のような声が聞こえてきた。

 

女性のものだ。野性動物でも出たのだろうか。……この時期に?

 

それとも、何か怖いことがあったとか……。

 

「って、リン。何やってるのこんなところで」

 

走って行くと、怯えて立ち尽くすリンを発見。

 

「って、桜さんまで!」

 

よく見ればもう一人いた。

 

「二人とも。こんな時間にこんな所で何やってるんですか?」

 

リンにしろ桜さんにしろ。家からは遠い。

 

今日は何処に行っていたか分からないが、方角が逆だ。

 

「わ、私はなでしこのことが気になって……。あいつがソロでキャンプするって言い出したの。私にも原因というか、私が焚き付けたようなものですから……」

 

「それでわざわざ心配して見に来てくれたの」

 

桜さんがそう言う。彼女がそう言ったってことは、言った本人も同じ理由なのだろう。

 

「つまり、二人とも各務原さんと連絡が取れなくて気になってた、ってことですね……。圏外なんですよね、ここ」

 

こう言うと、不思議そうな表情をする。あ、桜さんの表情は読めないから、推測で。リンは見れば分かる。

 

「「どうしてそれを……?」」

 

おお……。二人揃って迫られると流石に迫力が……。

 

「俺、今日ここには仕事で来てるんですよ。だから、遠目でしたが各務原さんが恙無くキャンプ楽しんでいるのを見ていたので、安心してください」

 

そう説明したら、何となく理解してもらえた感じがする。相変わらず桜さんの表情は読めないから何とも……。

 

「それでは。あまり遅くなると大変だから、俺はこれにて失礼します」

 

何か言いたげな二人を尻目に、ビーノの方へ向かう。

 

\ソッチジャネェヨ/

 

分かってるって。リンのビーノではない。俺のビーノへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰路につき、15分ほど走っただろうか。

 

スマホにラインの通知が届いた。

 

後方を確認し、交通の妨げにならないところへ停車。

 

えっと……、

 

 

 

なでしこ:今日はありがとうございました

 

なでしこ:ソロキャン満喫中です!

 

なでしこ:夜景が綺麗なので送りますね

 

なでしこ:【画像】

 

 

 

おお。

 

上まで行けばこれが見られたんだな……。

 

この文面だと、各務原さんは二人には会っていない感じだな。

 

まあ、心配になって見に来たんだけど、無事が確認できたなら、ソロに茶々を入れるような真似はしないだろう。

 

 

 

  純一:風邪ひかないようにな

 

なでしこ:安全運転で!

 

 

*1
中部横断自動車道 を指す





ちょっと表現が分かりにくいかもしれませんが、恵那ちゃんのバイト先のコンビニ。ここの店長と滝野には面識はありません。

ただ、恵那ちゃんが店長に自分の高校の先輩と紹介したため、あんな話をした感じです。


因みに、今話の設定(なでしこがソロキャンしてるキャンプ場に、滝野が仕事として行く)も、山中湖の騒動同様、本作品執筆時点で考えていた設定になります。こちらもずっと温存しておりました。

余談ですが、今話に登場した『富士川健康緑地公園』のモデル地は、現在では 有料のキャンプ場 となっております。炊飯棟以外での火気使用 が解禁されているらしく、焚き火も楽しめるらしいですね。

なお、私は行ったことがないので、拙い表現になってしまっていたら、ごめんなさい。


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 定演の話と伊豆キャン計画

 

月曜日の朝。

 

いつも通り登校する。

 

音楽室の鍵は可児が持っていっているだろうから、直接音楽室へ向かう。

 

ノックして許可を……、

 

「あれ?」

 

返事がない。

 

「開かない……」

 

扉も施錠されている。

 

まだ来てなかったか。珍しい。

 

寝坊でもしたのだろうか?

 

いやでも、あいつに限ってそれはない。よく『明日雪が降るんじゃないか?』みたいことを言うが、割と真面目に可児の場合はそれがある。

 

「先輩! 遅くなりました~!」

 

そんなことを考えていると、可児の声が聞こえてきた。振り向くと、鍵を掲げながら走ってくる。

 

「走ったらダメだろ?」

 

「先輩! 定演の日程、決まりましたよ」

 

おっと、廊下を走ったことを窘めようと思ったが、それどころではない。

 

「いつ?」

 

「3月7日の6限目です。強制参加ではありませんが、水曜日の午後ですし一応授業時間なので、在校生全生徒が出席する形になります。まあ、卒業式後なので、三年生は自主参加って形です」

 

マジかよ!

 

そんな大人数の前で演奏するとか想定外。

 

まあ、まだ日にちはあるからその間に対策することは可能だ。

 

とりあえず、二人では人数が足りない。

 

そんな時、ふと頭に浮かんできたのは(なぎ)の顔だった。

 

「いっそのこと、凪に声掛けてみるかな……」

 

「凪さん? ああ、又従兄妹(またいとこ)の」

 

以前、聞かれた拍子に名前だけは可児に教えてあるので、誰か分かったようだ。

 

まあ、こういう真面目な話をしている時に『誰よ、その女!』みたいなことをこいつは言わない。その辺礼儀を弁えている。

 

「とりあえず、音楽室入りましょう?」

 

「おっと。そうだな……」

 

部屋の前で立ち話をしていたんだ。

 

可児に鍵を開けてもらい、入室。

 

 

 

 

 

早速、ラインを開き、凪へメッセージを送る。

 

 

純一:凪。ちょっといい?

 

 

あ。これだと相手側が確認して折り返さないと用件が分からないじゃないか……。

 

あ。既読ついた。

 

 

 凪:純兄どうしたの?

 

 

返信早……。

 

 

純一:3月7日に吹奏楽サークルで、定演ひらくんだけど

 

純一:全校生徒の前で演奏するらしい。

 

 凪:凄いね。頑張れ。

 

純一:他人事みたいに言うんだな

 

 凪:他人事でしょ?

 

純一:ひどいなぁ。

 

 凪:間違ってるとでも?

 

純一:いいえ。間違ってませんよ。今は。

 

 凪:今は? 用件は何?

 

純一:本題。

 

純一:うちの吹奏楽サークルには、俺含め二人しか部員がいない。

 

 凪:純兄頑張れ

 

純一:だから、凪の力を借りようと思って

 

 凪:なるほど

 

 凪:私に演奏しろと?

 

純一:話が早くて助かる

 

純一:お願いします

 

 凪:嫌

 

純一:即答かよ!

 

 凪:だって。その為だけに私が山梨へ行くの?

 

 凪:遠いんだけど?

 

 凪:何か特典ないの?

 

純一:リンに会えるよ

 

 凪:何日だっけ?

 

 凪:3月7日?

 

 凪:行きます! 是非とも行かせていただきます!

 

純一:お願いします

 

純一:交通手段とかは、また別途連絡するから

 

 凪:了解

 

 凪:あ、純兄。これ、一応他校へ行くことになるから、顧問教師の了承もらった方が良いと思う

 

 凪:出たらまた連絡するから

 

純一:了解。よろしく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんというか……。思うところもあったが、凪に来てもらえるようで良かった。

 

リンに会えると知った途端、態度が急変したのには驚いたが。

 

「凪大丈夫そうだって」

 

「おお! それは良かったです。一人だけでも増えるのなら頼もしいですからね」

 

可児にそう伝えると嬉しそうに飛び跳ねる。

 

しかしこいつのことだ、何か悪巧みしてる可能性もあるが。

 

「ただ、学校間の交流行事ということになるから、学校の許可を得る必要があるらしい」

 

「なるほど……。じゃあ、ちょっと聞いてきますね」

 

そう言うなり、音楽室を飛び出して行く。

 

「えっ? ちょっと、何処(どこ)行くんだよ?」

 

この問い掛けに返事はなかった。

 

許可が必要なのは先方のことなんだけど、此方も必要だと思ったのだろう。

 

 

 

 

「お待たせしました!」

 

一人演奏しながら待っていたら、10分もせずに戻ってきた。

 

「教頭先生の許可取れました! なので、凪さんが参加するの、本栖高校としては大丈夫です」

 

やはり、学校の許可取りに行ってきたのか……。

 

「サンキュー。あとは向こうの回答待ちだな」

 

「はい。楽しみですね~!」

 

まだ確定してないんだけどな……。まあ、こんな様子の可児を見たらこれ以上何も言えない。

 

「それじゃあ。吹奏楽強豪校の吹部に負けないよう、練習始めるか」

 

「承知しました~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日の放課後。

 

野クル部は、大垣さんの発案と鳥羽先生の提案で、3月頭に伊豆へキャンプに行くことになったらしい。

 

その打ち合わせのため、いつも通り(?)、野クル部+恵那ちゃんとリン、そして俺が放課後のグラウンドに集まっている。

 

因みに、日取りが3月頭と今から一ヶ月以上先になったのは、キャンプ続きで間隔を開けた方が良いという鳥羽先生の判断による。

 

期末試験もあるからね。

 

「一泊目は下田の浜辺で、二泊目は駿河湾と富士山が見える山の上で。あとは一日目二日目に回りたい場所を話し合って決めるという形でどうでしょうか」

 

「「「異議な~し!」」」

 

鳥羽先生の案に、全員が賛成した。

 

「せや。先生、」

 

犬山さんがなにかを思い出したようで、手を挙げる。

 

「うちの妹もキャンプ来たい言うてるんですけど、連れてってもええですか?」

 

「あかりちゃんですか?」

 

犬山 あかり……。俺に『お兄ちゃん、あおいちゃんの何なん?』という爆弾発言をした人物だ……。

 

聞いた感じだと、どうやら伊豆シャボテン公園にある『カピバラ露天風呂(温泉)』を見に行きたいらしい。

 

寝袋を持っていないことを指摘したら、布団を沢山重ねて寝ると言った模様。子どもは風の子 というが、風邪ひくと思う……。

 

「親御さんが許可してくださるようでしたら、一緒でも構いませんよ。寝袋は私の方で用意します」

 

それなら大丈夫だろう。

 

「ホンマですか!」

 

しかし、彼女とはバイクに乗せる約束をしてるしなぁ……。今回のキャンプで機会あるかも。

 

「チビイヌ子も来るってなると8人かぁ。大所帯だなぁ」

 

大垣さんがそう言って、何かを思い出したのか、首を傾げる。

 

「あれ? 先生の車、軽だから全員乗れなくないか?」

 

それな。

 

確かに、あの車では無理だ。

 

「じゃあ、残りの二人はリンのバイクに?」

 

「雑技団かよ」

 

恵那ちゃんのひらめき発言は、速攻リンの突っ込みを喰らう。

 

『先輩のバイクにサイドカー付けて』とかなら、納得せざるを得ないが。

 

いや。実際 やれ と言われても断るけど。

 

「じゃあ、先輩のバイクにサイドカー付けて、サイドカーと先輩の後ろに乗れば、二人乗れるね」

 

って、本当にそう言いやがった!

 

「それは可能だな」

 

いやいや、リン納得しないでよ。

 

「大丈夫ですよ。妹にミニバンを借りる予定ですから」

 

「「「なんだー」」」

 

まあ、普通にそうだろう。

 

とはいえ、あの車の存在を知ってるのは、この中では極一部の人だけだったから、あの心配は仕方のないことだろう。

 

雑技団やサイドカーは余計だったが。

 

 

 

 

 

 

「先生、私は原付で行っても良いですか?」

 

犬山さんの件が片付くと、今度はリンが手を挙げた。

 

リンはビーノで行きたいらしい。

 

「えっ? 7人乗りですから、全員乗れますよ」

 

「それは分かってるんです。ただ、お正月に原付で伊豆へ行く計画を立てていたんですけれど、行けなくて……。自分で走ってみたいんです」

 

そういえば。今になって気付いたが、リンはお正月伊豆へ行く予定って言ってたんだ。なのに、年越しは磐田に居た。

 

何か理由があって計画変更したのだろう。そうなればリベンジしたいという気持ちも分かる。

 

「原付で、ですか……。身延からだと大変だと思いますけど……」

 

先生の言うことも分かる。しかし、心配無用だろう。何たってビーノで浜松へ行ったんだから。

 

「先生、リンなら大丈夫だと思いますよ。伊那や浜松まで原付で行ったことがありますから」

 

お。恵那ちゃん分かってらっしゃる。

 

俺も同意見なので、腕を組み頷く。

 

「どのみち、滝野先輩は原付ですよね?」

 

おっと! 油断していたら俺に振られた。

 

「あ~。一応、トリシティの予定。あれなら高速も走れるし、前二輪で安定してるから、長距離には向いてるんだよね」

 

「トリシティ。あ、あたしが前に乗せてもらった奴っすね」

 

「そうだよ。今日もそれで来てる」

 

「……あれ? あれって代車だったんじゃ?」

 

「大垣さん。訳あってあのバイクも俺のになったんだよ。今はビーノとトリシティの二台持ってる」

 

「バイクが二台……」

 

あ。これ下手したら大垣さん鼻血コース。フルーツ公園での店員をも巻き込んだプチ騒動が思い出される……。

 

って、隣の犬山さんティッシュ用意してるし! 何処から取り出したの、そのBOXティッシュ。

 

「なら、普通二輪じゃないっすか」

 

セーフ? ティッシュ用なし。

 

あれ、犬山さんさっき持ってたBOXティッシュがない。何処にしまったのだろう……。取り出した場所が謎なら、しまう場所も謎なのか。

 

「……分かりました。伊豆までは遠いですから、気を付けて走ってくださいね」

 

先生から許可(?)が出た。

 

「しかし8人か。もはや小団体だな……」

 

鉄道会社によって異なるが、8人を越えれば団体運賃になるところもある。

 

まあ、博物館や美術館などの施設は10人以上がほとんどだから、今回のキャンプでは俺達が団体割引を受けることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ? 伊豆キャンって、定演の直前だ。

 

帰宅した翌々日じゃないか……。

 

 



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