病み村よいとこ一度はおいで! (小狗丸)
しおりを挟む

1話

 異世界転生。

 

 一度死んだり何らかのトラブルにあった人間が、生まれた世界とは異なる世界に転生して二度目の人生を送るという、ライトノベルで定番の展開である。

 

 そして異世界転生には漫画やゲームの世界に転生するという展開があり、この物語の主人公である彼が今体験しているのもこれなのだが、彼の異世界転生は少しばかり様子が違うようであった。

 

 

 

「………何で、何でよりにもよって『北の不死院』にいるんだよ、俺は?」

 

 石造りの牢獄の中でこの物語の主人公である彼、藤沼リュウダは呆然と呟いた。

 

 自分が転生者であるとリュウダが気づいたのは今日の朝のことであった。朝起きると何の予兆もなく前世の記憶が蘇り、今自分がいる世界が漫画、それも二つの漫画の設定が混ざりあった異世界であると気づいたのである。

 

 そして自分の身に起きた理解を越える展開に頭を抱えたリュウダがなんとか一日を終えて眠りにつくと、今度はこの石造りの牢獄、北の不死院の牢屋の中にいたのだった。

 

 北の不死院。

 

 それはリュウダが前世でプレイしたことがあるアクションRPG「ダークソウル」のスタート地点で、不死人となったゲームのプレイヤーは、まずはこの牢獄から脱出して人の世界に光を取り戻す巡礼の旅に出るのだ。

 

「全くふざけるなよ……。あの二つの漫画が混ざりあった闇鍋を通り越してカオスな異世界に転生しただけでも腹一杯なのに、その上寝たらダークソウルの世界に転移? 俺が一体何をしたっていうんだよ……待てよ?」

 

 ここが夢の中でないことを確認して思わずその場で座り込んでしまうリュウダだったが、あることに気づくと勢いよく立ち上がった。

 

「そうだよ……! ここがダークソウルの世界だったら『病み村』に行けるじゃないか!」

 

 病み村とはここ、北の不死院と同じくダークソウルにあるマップの一つである。

 

 病み村の前半は足場の悪い木製の建造物で先に進むには梯子で下へ降りて行くしかなく、もし足を踏み外せばそのまま転落死という展開も珍しくない。そして後半は見渡す限りの毒の沼地で、専用のアイテムが無ければ沼地に足を取られて移動スピードが激減して、一定時間いれば毒になってしまう。おまけにそこに出てくる敵の多くは、攻撃が当て辛い上に倒しても得られるゲームの通貨であり経験値でもある「ソウル」とアイテムが大したことがないという驚くべき不親切ぶり。

 

 そんなことから多くのダークソウルのプレイヤーは当然ながら病み村に対していい感情を持っていないのだが、リュウダは病み村をこよなく愛するプレイヤーであった。その理由とは……。

 

「病み村に行けばクラーナ師匠とクラーグ姉さん、混沌の娘の姫様に会えるんだ!」

 

 リュウダの言うクラーナとは病み村に登場する、ソウルと引き換えにゲームのプレイヤーが使う魔法の一つである「呪術」を教えてくれる女性キャラクターだ。クラーナはフード付きのローブを身にまとった外見をしていて素顔は見えないが、プレイヤーのことを「馬鹿弟子」と呼ぶクールな口調で多くの男性ファンを獲得しており、当然リュウダもファンの一人である。

 

 次にクラーグは病み村のすぐ近くにあるマップのボス敵だ。クラーグは上半身は裸の美女で下半身は巨大な蜘蛛という外見で、その一部の紳士の性癖にストライクする姿にリュウダは思わず一目惚れしたのは懐かしい思い出だった。

 

 最後に混沌の娘はクラーグが登場するマップの隠し部屋にいて、会話と行動次第で特別な呪術をプレイヤーに教えてくれる女性キャラクターだ。混沌の娘はクラーグと同じ上半身は裸の美女で下半身が蜘蛛という外見であり、従者に「姫様」と呼ばれていることからリュウダも彼女のことを姫様と呼んでいた。

 

 クラーナ、クラーグ、混沌の娘は血の繋がった実の姉妹で、大昔に母親であるイザリスの魔女が起こした事故によってクラーグと混沌の娘は異形の姿となり、クラーナは二人の姉妹と離れて一人で病み村にいるのだった。

 

 そして混沌の娘は病み村で苦しむ多くの人々を救うためにその苦しみを自分に集め、その結果として混沌の娘は病み村の人々を救ったのだが、代償に自分は目が見えなくなっただけでなく常に強い痛みに苦しむようになる。この妹の痛みを和らげるためにクラーグは病み村に訪れたプレイヤーを初めとする不死人を襲い、「人間性」と呼ばれる力を集めていた。

 

 ダークソウルのストーリー上、プレイヤーは先に進むためにクラーグを倒すしかない。倒した後でクラーグと混沌の娘の設定を知るとリュウダは「クラーグ姉さん、すみませんでした!」と思わず涙を流し、これがきっかけでクラーナ、クラーグ、混沌の娘の三姉妹が全員幸せに生きてほしいと思うようになったのも、ある意味当然のことだろう。

 

 そんなリュウダが、ダークソウルの世界に転生した上に転生者だけのチート特典「原作知識」を持っていると気づいた以上、彼が取る行動は一つだけだった。

 

「クラーナ師匠! クラーグ姉さん! 混沌の娘の姫様! 三人の幸せな未来は俺が守る! ……そうと決まったら!」

 

 自分のするべき事を決めたリュウダは早速自分の身の回りをチェック。

 

 ダークソウルはキャラクターメイキングで決めた素性によって初期装備が代わり、現在リュウダが着ているのは素性に「呪術師」を選んだ時のボロ布のフードを初めとする衣装だった。最初から呪術が使える呪術師スタートであったのは彼にとって幸運であるが、それ以上にリュウダが関心を持ったのは、自分の右手の指にはまっている指輪である。

 

 リュウダの右手にある指輪は「老魔女の指輪」といい、装備すれば異形と化して人間の言葉が理解できなくなった混沌の娘と会話ができるようになる、リュウダにとっては掛け替えの無いアイテムであった。

 

「よっしゃ! 素性は呪術師で贈り物は老魔女の指輪! これで勝てる! それじゃあ行くでぇ!」

 

 そう言うとリュウダは、自分と同じ牢屋にある死体から牢屋の鍵を剥ぎ取ると、勢いよく牢屋を出てそのまま通路を駆け出す。

 

「俺は死んじまっただ~♪」

 

「転生しちまっただ~♪」

 

「病み村よいとこ一度はおいで!」

 

 昔の歌の替え歌をノリノリで歌いながら全力疾走するリュウダのその後の行動は、まさに破竹の勢いと言えるものだった。

 

 まず途中で拾ったハンドアクスで北の不死院のボスモンスター、不死院のデーモンの脳天をかち割って不死院を脱出し、そのまま火継ぎの祭祀場へ。

 

 火継ぎの祭祀場から城下不死街へ行くと、そこのボスモンスターの牛頭のデーモンをハンドアクスで滅多切りにしてから呪術の「火の玉」でバーベキューにした後、城下不死教区に。

 

 城下不死教区に着くと忍者のような動きで敵の目を掻い潜り、病み村へ行くのに通らねばならないマップ、不死街下層への道を開くアイテム「下層の鍵」を入手。

 

 城下不死教区から不死街下層へ向かうとそこのボスモンスター、山羊頭のデーモンを牛頭のデーモンと同様にハンドアクスで滅多切りにしてから呪術の火の玉でバーベキューにした後、最下層に降りた。

 

 最下層ではそこで助けたキャラクター、大沼の呪術師ラレンティウスから習った呪術「発火」でボスモンスターの貪食ドラゴンを異臭のする炭に変えて進み、とうとう病み村に到着したのだった。

 

「ようやく病み村に着いた……! あと少し、あと少しでクラーナ師匠、クラーグ姉さん、混沌の娘の姫様に会える……!」

 

 目的地の一つである病み村に辿り着いたリュウダは、ただでさえ速かった歩みを更に速くして、立ち塞がる敵モンスターを全て叩きのめし(特に蓑虫は念入りに徹底的に)、病み村の奥地にある毒の沼地の先、もう一つの目的地に突撃し、そこでついに「彼女」と出会ったのである。

 

「か、彼女が……」

 

 病み村の毒の沼地の先にある「クラーグの住処」と呼ばれる洞窟に来たリュウダの前にいたのは、下半身が巨大な蜘蛛の美女、この洞窟の女主人であるクラーグであった。

 

 現実の存在と化したクラーグを実際にその目で見たリュウダは思わず目を見開きその場で棒立ちとなり、対するクラーグは自分の住処へやって来た侵入者に向けて不死人に向けて通常の人間では理解できない言葉で話しかける。

 

「新しい不死人ね……。貴方に恨みはないけど、これも全てはあの娘のため。貴方の人間性をいただ……」

 

「クラーグ姉さん! これ、お土産の人間性です! どうぞお納めくださぁい!」

 

「ええっ!?」

 

 それまで棒立ちだったリュウダであったが、クラーグの言葉の途中で突然ジャンピングローリング土下座をし、これにはクラーグも驚きの声を上げる。しかもリュウダは土下座の体制のまま右腕をクラーグに差し出しており、その右手にはここに来るまでの間、主に最下層のネズミのモンスターを絶滅させんばかりの勢いで大量に倒して集めた人間性(×99)があった。

 

 理解できないはずの自分の言葉を理解して、不思議な動きをして自分の前に跪き、自分が欲していたものを献上する不死人にクラーグはどんな反応をしたらいいのか分からずリュウダに話しかける。

 

「ねぇ? 貴方さっき私の名前を呼んでいたわよね? もしかして私のことを知っているの?」

 

「はい! もちろん知っています! クラーグ姉さんのことも、クラーグ姉さんが妹さんのために人間性を集めていることも全て!」

 

「そ、そう……?」

 

 クラーグの質問にリュウダが勢いよく顔を上げて答えると彼女は何故か一歩引くのだが、彼はそれに気づくことなく話を続ける。

 

「クラーグ姉さん! どうか俺をクラーグ姉さん達の従者、混沌の従者にしてください!」

 

「え?」

 

 困惑するクラーグにリュウダはにじり寄りながら自分を従者にしてほしいと頼む。

 

「俺を従者にしてくれたら俺がクラーグ姉さんの代わりに人間性を集めます! そしたらもうクラーグ姉さんが危険を犯して人間性を集める必要がなくなります!」

 

「い、いや、ちょっと待って……?」

 

「それに病み村にはクラーナ師匠もいるはずですから、俺が通訳すればまた三人で暮らすことだって……!」

 

「分かったからちょっと待ってって!」

 

「ぶべらっ!?」

 

 クラーグに近づきながら話すリュウダだったが、途中でクラーグの下半身である蜘蛛の脚の一本が振われ、それに当たった彼は「YOU DIED」という文字が目の前に浮かんだと思った次の瞬間、意識を失った。

 

 

 

 クラーグの脚が当たり意識を失ったリュウダが次に目を覚ますと、そこはリュウダが転生したもう一つの異世界、彼の言う二つの漫画が混ざり合った闇鍋を通り越してカオスな異世界にある自室であった。

 

「う〜む。まさかクラーグ姉さんに殴り殺されるのは覚悟していたが、あれはゲームの時とは何か違うような気がする。……ん?」

 

 この異世界に転生した今のリュウダは高校生で、学校へ登校している途中で彼がクラーグのことを考えていると、前方で二人の男子生徒が言い争いをしているのに気づいた。

 

「貴様! 昨日は何で俺の邪魔をしたんだ『横島』!」

 

「うるせー! それはこちらの台詞じゃ『諸星』!」

 

 リュウダの前で言い争っているのは「諸星あたる」と「横島忠夫」。「うる星やつら」と「G S美神 極楽大作戦!!」の主人公達であり、この世界では二人は同じ学校のクラスメイトであった。

 

 ……ちなみにリュウダも諸星と横島と同じ学校のクラスメイトであり、この事から彼がこの世界を闇鍋を通り越してカオスな異世界と呼んだ理由が分かるだろう。

 

「いいか横島! 貴様が横からしゃしゃり出てこなければ昨日のガールハントは成功していたんだ! せっかく綺麗なお姉さんだったのに……!」

 

「横からしゃしゃり出てきたのはお前だ諸星! あのねーちゃんは俺が先に狙っとったんじゃ! 綺麗なねーちゃんは全部俺のものなんじゃ!」

 

「「何おう!?」」

 

 どうやら諸星と横島は昨日、女性に声をかけようとしたが二人揃って失敗したらしく、その責任をなすりつけあっているようである。昨日までのリュウダだったら、諸星と横島の低レベルな会話を聞いて頭を痛めていたところだが、今のリュウダは違う。

 

 どうやらリュウダはこの世界で眠ったり気絶したりするとダークソウルの世界へ行き、ダークソウルの世界で死んだり篝火で休息をしたりするとこの世界に戻ってくるみたいだった。そして諸星と横島のクラスメイトとなって二人の側にいると言うことは、必然的にトラブルに巻き込まれて気絶してダークソウルの世界、クラーグ達の元へ行ける回数が増えると言うことだ。

 

 そう考えるとこの異世界に転生したのはそれほど悪いことではないと思える様になり、リュウダは自分だけに聞こえる小声で歌いながら通学路を歩くのだった。

 

「俺は死んじまっただ~♪ 転生しちまっただ~♪ 病み村よいとこ一度はおいで♪」




続かない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

 学校で諸星と横島の様子を見る限り、まだ「うる星やつら」も「極楽大作戦!!」もまだ原作が始まっていないようだった。

 

 それによりトラブルに巻き込まれて気絶できる機会がないことをリュウダは残念に思ったが、それでもその日を終えると布団に入る。

 

「よし、今度こそクラーグ姉さん達の従者にしてもらうぞ。……アレ? そう言えば俺って前回篝火を全然使っていなかったけど、もしかして最初からやり直しなのか?」

 

 そんなことを考えている間にリュウダは眠りについて意識を一度手放した。そして再び意識を取り戻して目を開くと……。

 

 

 そこにあったのは、気色の悪い巨大な卵を背負って地面に這いつくばっている亡者の顔のドアップであった。

 

 

「………うわ~、最悪。本当に最悪だよ。いきなり嫌なものを見た」

 

「いきなりご挨拶じゃのう、小僧?」

 

 リュウダが自分の顔ごと視線を亡者の顔から背けて言うと、それを聞いた亡者が額に青筋を浮かべる。

 

「人の顔を見て嫌なものを見たとは一体どういう「クラーグ姉さんの顔を見ながら眠りについて、次に起きたらいきなり亡者のドアップを見せられたんですよ?」……確かにお主の言葉にも一理あるの」

 

 失礼なことを言ったリュウダに何か言おうとした亡者であったが、途中でリュウダが言った言葉を聞くとあっさりと納得した。

 

「……まあ、よい。ワシの名はエンジー。クラーグ様と姫様に仕えておる従者じゃ」

 

(やっぱり卵背負いのエンジーか)

 

 卵背負いのエンジー。

 

 元は不死人の呪術師であったという過去を持つキャラクターで、ゲームでは混沌の娘の従者として登場していた。そして今の言葉からやはり混沌の娘の姉であるクラーグにも仕えていることが分かった。

 

「クラーグ様から聞いたがお主、クラーグ様達の従者となりたいそうじゃな? ……全く、卵も背負えぬ未熟者でありながら大それたことを考えよるわ」

 

 そう言うとエンジーはリュウダから視線を別の場所に移し、リュウダもエンジーの視線の先を見る。するとそこにはクラーグと、クラーグと全く同じ姿を白に染めた外見をした異形の美女、混沌の娘の姿があった。

 

「クラーグ姉さん! 混沌の娘の姫様!」

 

「小僧、無礼じゃぞ! クラーグ様と呼ばんか!」

 

 クラーグと混沌の娘の姿を見てリュウダが思わず名前を呼ぶと、エンジーが血相を変えてクラーグの呼び方について訂正させようとする。しかしそれを呼ばれた本人であるクラーグが止めた。

 

「いいわよ、エンジー」

 

「は……? し、しかしクラーグ様」

 

 戸惑うエンジーにクラーグは首を小さく降ってからリュウダに視線を向ける。

 

「だから別にいいわよ。今更どのように呼ばれても私は気にしないわ。……それより貴方、気になることを言っていたわね?」

 

「気になること、ですか?」

 

「とぼけないで。貴方言っていたでしょ。……クラーナ姉さんが病み村にいるって」

 

「……ああ」

 

 クラーグに言われてリュウダは、彼女に従者にしてほしいと願い出た時に、クラーナが病み村にいることを話していたのを思い出す。

 

「本当にクラーナ姉さんが病み村にいるの? 私はこの数百年の間、何度も病み村に行ったことがあるけどクラーナ姉さんは見つからなかったわよ?」

 

(ここで数百年という言葉があっさり出るあたり、やっぱりここって時間の流れがねじ曲がっているダークソウルの世界なんだな……)

 

 リュウダはクラーグに疑問をぶつけられて変な感心をした後、疑問に答える。

 

「はい。これは聞いた話なんですけど、呪術の祖であるクラーナ様は病み村にいて、呪術の力を高めた高位の呪術師でしか会えないそうです」

 

 嘘は言っていない。ゲームでのクラーナは、呪術を使うために必要な装備「呪術の火」を限界まで鍛えた状態でしか会うことができず、リュウダの言葉にクラーグは考えるような表情となる。

 

「高位の呪術師でしかクラーナ姉さんを見つけられない? 確かにクラーナ姉さんは母さんから一番強く『火の力』を受け継いでいたけど……」

 

「でも……」

 

 そこで今まで無言のままリュウダとクラーグの話を聞いていた混沌の娘が初めて口を開いた。

 

「でもその話が本当だとしたら、私はもう一度クラーナ姉さんとお話をしてみたいわ。それで、できたらまた三人で仲良く暮らせれば……」

 

「貴女……」

 

 クラーグは自分の妹である混沌の娘の願いを聞いて何かを決めた表情となると、再びリュウダへ視線を向けた。

 

「貴方、名前は?」

 

「あっ、はい! 藤沼リュウダです! リュウダと呼んでください!」

 

「そう、それじゃあリュウダ。貴方、私達の従者になりたいと言っていたわね? いいわ。とりあえず貴方を従者として認めてあげる」

 

「……! ほ、本当ですか!?」

 

「そこで最初の命令よ」

 

 念願のクラーグ達の従者になれて感動するリュウダに、クラーグは指差して最初の命令を伝える。

 

「リュウダ。貴方見たところ呪術師なのよね。だったら貴方が病み村にいるクラーナ姉さんを見つけて私達の元へ連れてきなさい。……できるわね?」

 

「俺がクラーナ師匠を……。はい! お任せください! それじゃあ早速行って参ります!」

 

 クラーグから最初の命令、クラーナをここへ連れてくるようにと命令されたリュウダは、戸惑うどころかむしろ望むところとばかりに承諾すると、すぐさま行動に出たのであった。

 

 クラーグ達がいるクラーグの住処を出たリュウダが向かったのはクラーナがいる病み村……ではなく火継ぎの祭祀場。

 

 クラーナに会うには呪術の火を限界まで鍛える必要があるのだが、今回リュウダは最速でクラーグの住処に向かうことを優先していた為、呪術の火を全く鍛えていなかったのだ。クラーナよりクラーグ達に会うことを優先した理由については、これから先に説明する機会があるかもしれないが今は省略させてもらう。

 

 とにかくクラーナに会うために呪術の火を鍛えるためには、病み村に来るまでの間に最下層で助けて今は火継ぎの祭祀場にいるであろうキャラクター、大沼の呪術師ラレンティウスに会って彼に呪術の火を鍛えてもらう必要があるのだ。

 

 リュウダは途中で出会ったモンスターを全て叩きのめし、恐るべき速さで病み村から火継ぎの祭祀場へ到着。そして倒したモンスターや不死人の死体から奪い取ってきたソウルの全てをラレンティウスに渡して、自分の呪術の火を限界まで高めたのであった。

 

 そして再び病み村に戻ってきたリュウダは、毒が自分の体力を奪っていることを気にすることなく毒の沼地を進んでいた。

 

「え〜と……。確かこの辺りに……あっ、いた!」

 

 ゲームの知識を頼りに毒の沼を進んでいたリュウダは、沼地にある岩場の一つで座っている黒いローブを羽織った女性を見つけた。

 

 間違いない。彼女こそがクラーグと混沌の娘の姉、呪術の祖であるクラーナであった。

 

「ん? お前、私が見えるの……」

 

 

「ずっと前から好きでしたぁ!!」

 

「なぁっ!?」

 

 

 こちらに近づいてくるリュウダに気付いて声をかけようとしたクラーナだったが、それよりも先に憧れのキャラクターと出会い感極まった彼に抱きつかれたことで驚きの声を上げる。

 

「い、い、いきなり何をするか!? この変態がぁ!」

 

「ち、違っ! 俺は変態じゃ……あー!?」

 

 いきなり抱きついてきたリュウダを引き剥がしたクラーナは、怒声と共に掌から呪術の炎を発した。その呪術の炎はクラーナの怒りを表しているのか凄まじく、彼の身体を一瞬で炭に変えたのであった。

 

 YOU DIED

 

 

 

「う〜む。流石に抱きついたのはやりすぎだったか……」

 

 クラーナに骨ごと灰にされて元の世界に帰ってきたリュウダは、街を適当に歩きながらクラーナに抱きついた時のことを思い出して反省していた。

 

「でも、あの時ちょっとだけクラーナ師匠の顔が見えたんだよな……。クラーナ師匠、顔を赤くして可愛いかったなぁ……」

 

 ……しかし、それほど反省はしていないようではあるが。

 

「待てい! 早まるでない!」

 

「え? うわぁ!?」

 

「ん? アレは?」

 

 街を歩いていたリュウダは、橋の上にいた諸星が小柄なお坊さんに突き落とされる光景を目にして、あることを思い出す。

 

 今諸星が橋の上からお坊さんに突き落とされる光景は間違いなく「うる星やつら」の一話目にあったもので、そういえば横島もアルバイトの都合で数日間学校を休んで山奥の方へ行くと今日担任の先生が言っていた気がする。

 

 どうやら「うる星やつら」と「極楽大作戦!!」。ほぼ同時に原作が開始されるようであった。




やっぱり続かない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

 その日、日本だけでなく世界はリュウダが知る原作通り、大きな騒ぎとなった。

 

 諸星の自宅の上空にいきなり虎柄の巨大な宇宙船が現れたかと思ったら、世界中に緊急ニュースが報された。

 

 ニュースの内容はこの地球は今、宇宙人の侵略対象となっており、地球人と宇宙人の戦力差は圧倒的で侵略が始まれば地球側に勝ち目は万の一つも無いらしい。

 

 しかし宇宙人側は地球侵略において一つの条件を出してきた。それは宇宙人側の代表と地球人の代表がある一つの勝負をして、地球人の代表が勝利すれば、宇宙人は侵略を取り止めて宇宙に帰るとのことだった。

 

 そしてその地球人の代表として選ばれたのが諸星あたるで、勝負の内容は「鬼ごっこ」。

 

 あたるが鬼役となって明日からの五日間、朝から夕方まで鬼ごっこをして、あたるが一度でも相手を捕まえたら勝利という内容だ。

 

 諸星あたるは地球人代表として勝負を受けることを承諾して、インタビューでは真面目な顔をして正義感から地球を守るようなことを言っていたが、原作とあたるの本性を知るリュウダには白々しいとしか思えなかった。

 

 原作でも勝負が殺し合いではなく子供が遊ぶ鬼ごっこで、対戦相手が虎柄のビキニ姿の美少女であるラムだと知って、後先考えずに引き受けていたし、今回もそうなのだろう。

 

「まあ、もし負けて地球が侵略されても困るし、一応は応援しといてやる。諸星、頑張りなよ」

 

 家のテレビで緊急ニュースとあたるのインタビューを見ていたリュウダは、これから苦労するであろうに小声で応援すると、ダークソウルの世界に向かうべく自室で眠ることした。

 

 ……しかし、苦労するのはあたるだけでなくリュウダも同じであった。

 

 

 

「クラーナ師匠。昨日は申し訳ありませ「また来たか! この変態がぁ!」あー!?」

 

 眠りにつきダークソウルの世界に来たリュウダは、病み村にいるクラーナにまず昨日いきなり抱きついた件について謝罪しようとしたのだが、話しかけた途端に呪術の炎で昨日同様に骨まで灰にされてしまった。

 

 どうやら先日の件で完全にクラーナに変質者と認定されてしまったようで、この日からリュウダの誤解を解くために苦労する日々が始まったのである。

 

 YOU DIED

 

 

 一日目。

 

 ラムを何の力もないただの非力な女性だと思い込んで楽勝だと考えていたあたるだったが、試合開始直後にラムが空を飛ぶ超能力を披露。結局今日はラムが制限時間いっぱい逃げ切って終了となった。

 

 そしてリュウダの方はというと、一応離れた場所からクラーナに話しかけたのだが、問答無用で焼かれて灰となってしまった。

 

 YOU DIED

 

 

 二日目。

 

 ラムが空を飛べると知ったあたるは最初から全力で走って彼女を追うのだが、やはり空を飛べる彼女には追いつけず制限時間が終了した。

 

 リュウダは昨日の反省を活かしてクラーナに燃やされる前に話しかけようと、身を隠しながら彼女に近づいたのだが、モンスターの襲撃と勘違いされたクラーナに昨日以上の火力の炎で燃やされた。

 

 YOU DIED

 

 

 三日目。

 

 生身の足では追い付けないと判断したあたるは、原付を使い速度だけならラムに追い付いたのだが、空を飛ぶ彼女に気を取られ過ぎて壁に激突。そのまま気絶してその日は目覚めることはなかった。

 

 リュウダは武器やアイテムだけでなく装備も外したボロボロのパンツだけの姿で、こちらに戦意がないことを示そうとして話そうとしたのだが、悲鳴を上げたクラーナに一瞬で灰にされた。

 

 YOU DIED

 

 

 四日目。

 

 恋人の三宅しのぶに「勝負に勝てば結婚してあげる」と言われてやる気に満ちたあたるは今までにない気迫でラムを追走。そのかいもあってラムに肉薄したが、その時あたるが出した手が彼女のブラジャーを奪ってしまい、怒り狂ったラムによって高所から地面に叩き落とされ気絶してしまう。

 

 リュウダはクラーグの時にも使った必殺技(?)ジャンピングローリング土下座でクラーナに話を聞いてもらおうとしたのだが、大きく跳躍したところをクラーナの呪術の火球で撃墜された。

 

 YOU DIED

 

 

 五日目。

 

 ついに勝負の最終日。あたるは昨日偶然剥ぎ取ったブラジャーを餌にしてラムを引き付けると、ついに彼女を捕まえることに成功。

 

 これで地球は救われたのだが、途中であたるがしのぶに対して言った「結婚しよう」という言葉を聞いたラムがプロポーズされたと勘違いして、原作通りあたるとラムにしのぶの奇妙な三角関係が始まったのであった。

 

 そしてリュウダの方はというと……。

 

 

「う〜む。一体どうすればクラーナ師匠に話を聞いてもらえるのだろうか……?」

 

 リュウダは病み村にある篝火でクラーナと話す方法を考えていた。

 

「どういうわけか、もう完全に俺はクラーナ師匠に変質者扱いされてしまったようだ。このままだとただ近づいても灰にされるだけ……。手紙でも書いて送ってみるか? でも俺、この世界の文字書けないしなぁ……」

 

「一体何をしているんだ? お前は?」

 

 篝火の前でリュウダが頭を抱えながら考えていると、背後から呆れを含んだ声が聞こえてきた。後ろを振り返るとそこにはこの数日間、何度も彼を燃やして灰にしたクラーナの姿があった。

 

「クラーナ師匠!?」

 

「そこまで! そこから動くな」

 

 クラーナの姿を見てリュウダが立ち上がると、彼女は炎が灯った右手を見せる。それを見てリュウダが動きを止めると、クラーナが話し始める。

 

「全く……お前は一体何なのだ? 私の姿が見えたかと思えば、いきなり抱きついてきたり頭のおかしいことをしてきたり……。先程からお前は私のことを師匠と呼んでいるが、お前は変質者なのか? それとも私の弟子志望なのか?」

 

「いや、その……。いきなり抱きついた件はすみませんでした。それで俺は変質者ではなく、クラーグ姉さん達の従者です。あっ、もちろんクラーナ師匠から呪術も教えてほしいですけど……」

 

「……何?」

 

 リュウダの口から出たクラーグの名前に、フードに隠されて彼からは見れないがクラーナの表情が変わった。

 

「お前……クラーグ達の従者だと言ったな? どう言うことだ? 全てを話せ」

 

「は、はい……」

 

 黙秘や虚言は許さんとばかりに右手に灯った炎の勢いを強めてクラーナが言うと、彼女に気圧されながらもリュウダは自分がクラーグ達の従者になり、クラーグの命令でクラーナを探しに来たことを説明した。

 

 まだまだクラーナの疑いは晴れておらず、一歩間違えばまた燃やされてしまうくらい警戒されているが、それでもなんとか彼女と話すことに成功したリュウダであった。

 

 VICTORY ACHIEVED




続かない?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

「そうか……」

 

 リュウダからクラーグと混沌の娘について聞いたクラーナは短く呟いた。

 

「異形の姿となり言葉が通じなくなって、私はクラーグ達が人の心を失ってしまったと思っていたが、二人は今も人の心を持って助け合っているのだな……」

 

 視線を上に向けてそう呟くクラーナの声はどこか震えているように聞こえた。

 

「はい。そうですクラーグ姉さん達もできることならまたクラーナ師匠と一緒に暮らしたいと言っていましたし、今すぐにでも二人の所へ「いや、それはまだできない」……何でですか!?」

 

 話の口ぶりからクラーナがクラーグ達に悪感情を懐いていないと理解して安堵したリュウダは、早速クラーナをクラーグ達の元へ案内しようとしたのだが、言葉の途中で断られて思わず聞き返してしまう。

 

「理由は簡単だ。私がお前を信じきれていないからだ。この地で正気である者はほんの一握り。誰がどんな理由で私の命を狙っているか分からないし、もしかしたらお前の言葉が罠なのかもしれない。……すまないな」

 

「いえ……」

 

 自分を信じられないとはっきりとクラーナに言われたリュウダは、怒るより先に納得してしまった。

 

 確かに強敵に殺されては甦り、甦ってはまた強敵に戦いを挑む日々を永遠に繰り返すこの地では、その日々の過酷さに心が壊れて自分の欲望のためなら平気で他者を裏切り騙す者も少なくない。

 

 実際ゲームでは自分の欲望のために、自分を信頼してくれた聖女とその護衛を罠にはめて殺そうとした聖職者のキャラクターもいた。その事を考えれば「異形と化した妹達は実はまだ正気なので是非会いに来てほしい」と言う自分は、その聖職者のキャラクターと負けず劣らずに怪しいとリュウダは思った。

 

「でも……だったら、どうしたら信用してもらえるんですか?」

 

「そうだな……」

 

 リュウダに聞かれてクラーナはあごに手を当てて少し考えてから口を開く。

 

「私は火の呪術しかない女だ。だからお前に呪術を教え、そこからお前が信用できるか否か決めようと思う」

 

「呪術を教えて決める?」

 

「そうだ。お前が私の元で呪術の火を鍛え、私が知る呪術を全て修得すれば、もう一度お前の話を聞いてやろう。どうだ?」

 

「わ、分かりました……」

 

 クラーナから呪術を習うのはリュウダの願いの一つであったのだが、この時の彼は素直に喜べなかった。何故なら、クラーナに呪術の火を鍛えてもらった上に彼女の知る全ての呪術を修得するには膨大な量のソウルが必要なのだが、病み村に出現するモンスターは倒しても僅かな量のソウルしか得られないからである。

 

 どうやらリュウダがクラーグから与えられたクラーナを連れてくるという仕事は、達成にはまだまだ先が長そうであった。

 

 

 

「さて、どうやってソウルを集めようかな?」

 

 クラーナとの話を終えて篝火で休息を取り現実世界へと戻ってきたリュウダは、どうやって呪術の修得に必要なソウルを集めようか考えていた。

 

 病み村に出現する、倒し辛い上に得られるソウルが雀の涙という旨味が全く無いモンスターを倒しても回っていたら時間がかかりすぎる。一番いいのは他のマップでソウルを集めることなのだが、リュウダはこの方法にあまり乗り気ではなかった。

 

 前世でリュウダはゲームのダークソウルをプレイしていた時、他のマップでクラーナから呪術を習うためのソウルを集めていたことがあった。しかしようやくソウルが集まってクラーナの元へ行こうとしたが、途中の病み村でモンスター(主に蓑虫のせい)に殺されてしまい、せっかく集めたソウルを全て失ってしまったのである。

 

 そんな苦い経験からリュウダはあまり他のマップでソウル集めをしたくなかった。しかし病み村で旨味の無いモンスターを長期間倒して回るのも、それはそれで病み村経由で他のマップへ行くのと同程度の苦行であるのも事実。

 

 一体どうしたものかとリュウダが考えていると、前方に見知った人物が歩いているのに気づいた。

 

「ハァ……! ハァ……! ちっきしょう、あの女ぁ……!」

 

「あれは横島? ……何だあの姿は?」

 

 リュウダの前を歩いているのは横島だったが、全身がボロボロな上に不気味な顔がついたスライムのような低級霊を複数背中に背負い、両手に持った木の棒を杖代わりにして引きずるように歩く姿はどう見ても異様であった。

 

「なぁ、横島? 一体どうしたんだ?」

 

「……ん? ああ、藤沼か。ちょっと、な……。今日のバイトでな……」

 

 リュウダが横島の横に言って話しかけると、横島は疲れきった顔をリュウダに見せてから今日自分に何が起こったのか説明してくれた。

 

「今日の仕事はさ……屋敷に住み着いた悪霊を退治するっていう、よくある仕事だったんだよ? だけど途中でその悪霊が大量の低級霊を呼び出したと思ったらこちらに投げつけてきたんだ。……そしたらあの女、いきなり俺を盾にしやがって……!」

 

(やっぱりか……)

 

 説明をしているうちにその時のことを思い出したのか、悔し涙を流しながら言う横島の言葉を聞いてリュウダは納得した。

 

 横島はアルバイトで「ゴーストスイーパー」と呼ばれる悪霊を退治する霊能力者の助手をやっている。そして彼が言った「あの女」とは、横島の雇い主であり日本で最高と呼ばれているゴーストスイーパー「美神令子」のことなのだが、この美神令子という女性は「守銭奴」という言葉だけでは足りないくらい金にうるさい上に、常に自分が最優先で他の人間なんてあまり気にかけない性格をしていた。

 

 そのため横島は仕事の度に悪霊を呼び寄せる囮にされたり攻撃の巻き添えをくらうなど酷い目に遭っており、今回も酷い目に遭ったようだった。しかもそれで報酬が日本の最低賃金を更に下回る時給二百五十五円。

 

 普通ならとっくに逃げ出してもおかしくないのだが、根っからのスケベである横島は外見は極上の美女である美神の側にいるためにアルバイトを続け、隙あらば彼女にセクハラをしているのでお互い様と言えるだろう。

 

(あれ? そういえばこの世界って呪術使えるのかな?)

 

 まるでダークソウルのスライムのような低級霊を見てリュウダはふとそんなことを思いつく。考えてみればこの世界には霊能力も超能力も普通にあるため、ダークソウルの呪術も発火能力(パイロキネシス)の一種として使えるのかもしれない。

 

 試しにリュウダが右手に意識を集中させてみると右の掌の小さな火が灯り、それを見た彼は横島の後ろに回ると横島の背中に張り付いている複数の低級霊達に掌の火を向ける。

 

「横島。熱いかもしれないけど我慢しろよ。……発火」

 

「え? 一体何……だぁぁっ!?」

 

『『………!!』』

 

 リュウダが呪術を発動させると呪術の炎で低級霊達は一瞬で消滅し、熱くはなかったもののいきなり背中に火を出された横島が驚きの声を上げる。

 

「藤沼! お前は一体何を考えとるんだ!?」

 

「悪かったって。でも霊もいなくなったんだしいいだろ……っ!?」

 

 抗議の声を上げる横島に返事をしていたその時、リュウダは自分に何かが流れ込んでくる感覚を覚えた。

 

 それはダークソウルの世界でも何度も体験した感覚。倒した相手のソウルが自分のものとなる感覚で、しかも流れ込んできたのはソウルだけではなく……。

 

(これは、人間性? ソウルだけでなく人間性も俺の中に入り込んできた?)

 

 ダークソウルの世界では亡者を倒すとごく稀にソウルと一緒に人間性を得られる時があり、今リュウダが感じた感覚はまさにそれであった。

 

 どうやらこの世界の悪霊を倒してもソウルと人間性を得られるようであり、それを理解したリュウダは心の中で笑みを浮かべる。

 

(これはソウルを集めるチャンスかもしれないな)




やっぱり続かない?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

「おい、聞いたか?」

 

 ある日、朝の学校の教室で「パーマ」と呼ばれている男子生徒がよく一緒にいるクラスメイト三人に話しかける。

 

「最近聞いた話なんだけどさ。最近夜になると奇妙な幽霊が出るらしいぜ?」

 

「奇妙な幽霊?」

 

 パーマに話しかけられた三人のクラスメイトの一人「チビ」と呼ばれている小柄な男子生徒が聞き返すと、パーマは一つ頷いてから自分の聞いた噂話を話す。

 

「ああ。夜になると人気が少ない道や廃工場で、全身にボロボロの布を纏って盾を持った幽霊が現れて、奇妙な歌を歌いながら歩き回っているそうだ」

 

「何だそりゃ? 新手の悪霊か?」

 

 パーマの話を聞いて「カクガリ」と呼ばれているあだ名の通り角刈りで大柄の男子生徒が首を傾げる。この世界では夜に街のどこかで悪霊が現れるの珍しくなく、カクガリ達もそんな悪霊の類いかと思ったが、パーマは首を横に振って否定する。

 

「いや、それがその幽霊、他の悪霊が現れると手から炎を出して悪霊達を次々と消していくらしくて、ただの悪霊じゃないみたいなんだよ。それで誰かが言うには除霊中に死んだゴーストスイーパーが、自分が死んだことに気づかず除霊を続けているんじゃないかって」

 

「全く死んだ後でもご苦労なことだ」

 

 パーマの話を聞き終えると「メガネ」と呼ばれている眼鏡をかけて神経質そうな男子生徒がつまらそうに呟いた。

 

「まぁ、そんな働き者なゴーストスイーパーの幽霊さんにはこれからも頑張ってもらえばいい。それより俺達が考えるべきことは……ラムさんだ!!」

 

 そう言うとメガネは、懐からラムの写真を取り出し熱く語り始めた。

 

「ラムさんは美しかった! 是非もう一度会いたいと思う! お前達もそうだろう!? そこで、何とかもう一度ラムさんをこの地球に呼ぶ方法を皆で考えたいと思うが異議はあるか!?」

 

『『異議無し!』』

 

 メガネの言葉にパーマにチビとカクガリは異口同音で返事をすると、噂の幽霊のことなどすっかり忘れて全員でラムを再び地球へ呼ぶ方法を考えるのであった。

 

 

 

「さて、今夜も元気にやりますか」

 

 パーマ達が幽霊の噂話をしていた日の夜。リュウダは人気の無い道で準備体操をして呟いた。

 

「それじゃあ、まずはこれ……を!」

 

 準備体操を終えたリュウダは右手を胸に当てて呪術を発動させる。

 

 リュウダが今発動させた呪術は「内なる大力」。

 

 ダークソウルの世界でクラーナ達の元へ向かう途中、病み村にあった呪術師の死体から得た、一定時間体力が徐々に減っていく代わりに攻撃力とスタミナの回復速度が上がるという呪術である。

 

「しかしまさかこの世界で内なる大力を使うとこうなるなんてな」

 

 呪術を発動させたリュウダが自分の体を見ると、今の彼は先程まで無かった黒いローブを羽織っていた。その姿はリュウダが前世でダークソウルのキャラクターによく装備させていた「黒金糸シリーズ」と呼ばれる装備一式とよく似ている。

 

「これって完全に『魔装術』だよな?」

 

 魔装術。

 

 極楽大作戦のキャラクターの一人が使う霊能力であり、霊力の鎧を作り出すことによって戦闘能力を大幅に上げることできるのだが、コントロールが難しく下手をすれば自分が怪物となってしまう「悪魔の技」と呼ばれている霊能力である。

 

 戦闘能力は上がるが使いどころが難しい、と言う点では内なる大力も魔装術も同じだが、まさかこの世界では内なる大力の効果が魔装術と同じになるのは全くの予想外であった。だがこれはリュウダにとっては嬉しい誤算と言えた。

 

「まあ、普通の服でいるよりも防具があった方が安心できるけどな」

 

 そう呟いたリュウダが自分の身体にある黒いローブを見てから左腕に視線を向けると、彼の左腕には表面に刃物のようなトゲがびっしりと生えた盾があった。

 

 トゲの盾。

 

 トゲの騎士の異名を持つ悪霊カークを倒したことで手に入る、攻撃にも使える盾。盾としての性能は決して高くはないが、ゲームでリュウダは敵に攻撃されたらこの盾で防御してから殴り返す戦い方を好んでいた。

 

 リュウダは内なる大力を使って具現化した装備を確認すると、鼻唄を歌いながら人気の無い道を進んで行った。

 

「俺は死んじまっただ~♪ 転生しちまっただ~♪ 病み村よいとこ一度はおいで♪」

 

『何だ、貴様……! 奇妙な歌を歌いやがって……!』

 

『立ち去れ。今すぐ立ち去れ』

 

『さもなくばここで呪い殺すぞ……!』

 

「へぇ、結構いるな。……大当たりだ」

 

 リュウダが鼻唄を歌いながら道を進んでいると、辺りから無数の悪霊が出現してきたが、彼はそれを見ても恐れる事はなくむしろ笑みを浮かべるのだった。

 

『一体何を……ギャアアアッ!?』

 

『コイツ、手から火を……ヒィィッ!』

 

『て、テメェ! まさかゴーストスイーパーか……あああっ!?』

 

 リュウダの右手から放たれる呪術の炎によって悪霊達は次々と悲鳴を上げながら消滅していき、悪霊達を倒すたびにソウルと人間性を得られる感覚にリュウダは満足そうに頷く。

 

「やっぱりコッチでの悪霊狩りの方が効率がいいな」

 

 先日、横島に取り憑いた低級霊を呪術の炎で消滅させた時、この世界で悪霊を退治してもソウルと人間性を得られると気づいた日から、彼は夜になるとこうして人気の無い道や廃工場といった悪霊が出現しそうな場所を出歩いていた。それも全てはクラーナから呪術を習い、自分の呪術の火を鍛えるため。

 

 ダークソウルの世界にいる時は病み村でモンスターを倒し、現実世界にいる時はこうして悪霊を倒してソウルを稼ぐのが最近の彼の日課であった。

 

 しかし黒いローブを羽織って左腕に禍々しい盾を装備し、奇妙な鼻唄を歌いながら右手から放つ炎で悪霊を消滅させるリュウダの姿は亡霊にしか見えず、要するに今日の朝にクラスメイトのパーマが噂していた幽霊とはリュウダのことなのである。

 

「よしよし。いい調子だ、これなら「随分と楽しそうね? 噂の幽霊さん?」え? ……げっ!?」

 

 悪霊達を全て倒し終わった後、自分の中に溜まっていくソウルと人間性にリュウダが満足していると、背後から何者かが話しかけてきた。それを聞いた彼が後ろを振り返るとそこには……。

 

 極楽大作戦の主人公であり、日本のトップクラスの実力者であるとされるゴーストスイーパー、美神令子が鋭い目でリュウダを睨み付けていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話

「……ん? ここは?」

 

 気がつくとリュウダはダークソウルの世界の病み村にある篝火の前で座っていた。

 

「そうか。俺、あの時に眠ってしまったんだな」

 

 リュウダは向こうの現実世界で眠ったり気絶すればこのダークソウルの世界にやって来る。周囲を見回した彼は、自分が現実世界で美神令子に悪霊退治をしているのを見つかってしばらくした後、夜も遅かったこともあって眠ってしまったのだと理解した。

 

「うわ〜……。本当にどうしよう? 勝手に悪霊を退治しているのをよりにもよって美神令子に見つかるだなんて……。俺、あの人には極力関わりたくなかったんだけど。もう現実世界に帰りたくないなぁ……」

 

 リュウダは敵に殺されたり、一日に使える呪術を使い果たしてそれを補充するために篝火で休めば、現実世界に戻ってしまう。しかも現実世界の彼は、許可無く霊能力を使い勝手に大量の悪霊を退治したことで美神令子に捕まっている真っ最中であった。

 

 その事を思い出してため息を吐きながらも、リュウダは今日もクラーナの元へ呪術を習いに行くのであった。

 

 

「よし。それではソウルもそれなりに集まってきたので、今日は呪術を一つ伝授してやろう。その呪術は『不死の魅了』と言う」

 

「不死の魅了っ!?」

 

 現実世界のことでテンションが低めであったリュウダだったが、クラーナが伝授してくれる呪術の名前を聞いて一気に目を輝かせた。

 

 不死の魅了とは、自我を失った不死人である亡者を魅了して一時的に味方にするという呪術なのだが、ゲームでは効果がある敵が少なく「ネタ枠」という扱いであった。しかしこのダークソウルの世界に転生したリュウダは、不死の魅了にネタ系のスキル以上の価値を見いだしていた。

 

「不死の魅了! その名の通り、不死人を魅了させるチートスキル! その対象は別に亡者だけじゃなく他の不死人にも使えて、ここにいる以上クラーナ師匠も不死人のはず! だから不死の魅了をクラーナ師匠に使えば俺に惚れてくれることも「やっぱり伝授はなしで」……何でですかぁっ!?」

 

「そんな欲望まみれなことを言っておきながら何故とか言うか?」

 

 望んでいた呪術の伝授を取り止めになってリュウダが抗議の声を上げると、クラーナが呆れ果てた声をだす。すると彼はその場で寝転びしつけの悪い幼児のように手足をバタつかせる。

 

「ヤダヤダヤダァッ! 不死の魅了、伝授してくれないとヤダァッ! お願いしますよ、クラーナ師匠!」

 

「ええい! みっともない真似は止めんか!? さっさとソウルを集めてこんか、この馬鹿弟子がぁっ!」

 

 不死の魅了を伝授してほしいとリュウダが子供のような駄々をこねると、クラーナの怒声が病み村に響き渡った。

 

 

「ーーーーー!」

 

 リュウダがクラーナに叱り飛ばされてから数時間後。病み村に近い、見渡す限り溶岩の海のマップ「デーモン遺跡」で巨大な悲鳴が聞こえた。

 

 悲鳴の主は、常に火で焼かれた巨体に複数の目と虫のような触腕を持った異形のデーモン「爛れ続けるもの」。

 

 爛れ続けるものはデーモン遺跡のボスモンスターの一体で、その巨大な触腕と口から出す炎を武器に戦い、まともに戦えば非常に強力な敵である。しかし目に見える近くの敵には触腕でしか攻撃しない癖があり、その触腕の攻撃も近くの岩場を盾にすれば回避は容易く、しかも触腕へのダメージはそのまま本体へのダメージとなるのである。

 

 前世のゲーム知識でその事を知っているリュウダは、デーモン遺跡に行くと爛れ続けるものに戦いを挑み、こうして勝利を納めたのであった。触腕を失った爛れ続けるものが溶岩の海に沈んでいき、それと同時に大量のソウルを得た感覚を感じると彼は満足そうに頷いた。

 

「よし。流石はボスモンスター、大量のソウルを持っているな。……それに」

 

 そこまで言うとリュウダは、ある意味デーモン遺跡に来た最大の目的である物を手に取る。手に取ったのは、クラーナが装備しているのと同じで、彼が内なる大力を使った時に変身する黒いローブ、「黒金糸シリーズ」の装備であった。

 

「黒金糸シリーズの装備ゲット! これでクラーナ師匠とペアルックができる!」

 

「クックックッ……。随分と楽しそうじゃないか?」

 

 リュウダが黒金糸シリーズの装備を手に、クラーナに聞かれたら盛大に火葬されそうなことを言って喜んでいると、背後から何者かの声が聞こえてきた。

 

「っ!? 誰だ! ……って、え?」

 

 突然背後から聞こえてきた声に、リュウダが即時に臨戦態勢となって振り返ると、そこには無数のトゲがついた全身鎧と兜を装着した騎士が立っていた。

 

 騎士の名前はカーク。

 

 現実世界でリュウダが使っているトゲの盾の本来の所有者で、闇に堕ちた騎士「ダークレイス」の一人。他のダークレイスとは異なる全身鎧と兜を装着していることから「トゲの騎士」と呼ばれているだけでなく、「皆殺しのカーク」の異名で呼ばれている。

 

(な、何でカークがこんなところに? ……いや、待てよ? そう言えば確か、デーモン遺跡はカークが出現するマップだったか?)

 

 リュウダが自分の迂闊さに内心で舌打ちしていると、カークは何も持っていない手を見せて話しかけてきた。

 

「そんなに警戒するな。……お前なんだろう? 最近新しく混沌の娘と誓約を交わした混沌の従者は? 俺は『先輩』として顔を見に来ただけだ」

 

「混沌の従者の、先輩……?」

 

 カークの言葉を聞いて呆気に取られた後、前世の知識を思い出す。

 

 ゲームのカークとは全部で三回戦うことができるのだが、三回カークを倒すと混沌の娘の近くにカークのものと思われる遺体が出現し、それを調べることでカークが装備している全身鎧や兜が手に入るのだ。

 

 その事からネットでは、「カークはダークレイスでありながら混沌の従者の一人でもあり、クラーグと同じく混沌の娘のために不死人を襲って人間性を集めていたのでは?」という考察があった。そして今のカークの言葉からリュウダはネットの考察が正しかったのだと確信する。

 

「お前のことは色々噂になっているぞ? お前が暴れまわっているお陰でこの数百年、陰気で沈んだ空気の病み村が、まるで嵐の夜か祭りの日のように賑やかになっているとな」

 

 カークの言う「暴れまわっている」というのは、クラーナから呪術を習うソウルを集めるために病み村のモンスターと戦っていることだろうが、一体誰が噂をしているのか気になるリュウダであった。

 

「そ、そうですか……? それはどうも……」

 

「一つ忠告しておいてやる。『蛇』の奴はすでに貴様に目をつけているみたいだ。これからも混沌の娘達の側にいたければ気をつけることだな」

 

「え? それってどういう……」

 

「じゃあな」

 

 カークはそれだけを言うと宙に溶けるように消えて、リュウダはしばらくカークがいた場所を呆然と見つめていたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

「……なさい。起きろっての!」

 

 カークとの会話を終えて篝火で休んだリュウダが現実世界に戻ると、彼は何処かの建物の一室で椅子に座った状態で眠っており、目の前には美神の顔があった。

 

「やっと起きたわね。まったく」

 

「美神さんの前で居眠りするとか、いい度胸しとるな〜」

 

 リュウダが起きたのを確認すると美神は胸の前で腕を組み、その後ろでは彼女の助手である横島がどこか感心しているような苦笑を浮かべていた。そしてリュウダの隣には巫女の格好をした若い女性の幽霊が宙に浮かんでいた。

 

「やっぱり生きている人間さんだったんですね。美神さん達が幽霊だって言うからお友達かと思ったんですけど……残念です」

 

 リュウダの顔を見ながらそんな事を言う巫女の幽霊はおキヌちゃんといい、三百年に火山の噴火を収めるための人柱となり、死後は土地神となるはずだったが才能がなかったためずっと幽霊をしていると「思い込んでいる」幽霊である。そして最近、悪霊退治に山奥の旅館まで出向いた美神達と出会い、色々あって今は日給三十円で美神達の事務所で働いていた。

 

「貴方のことは色々と聞いたわ、藤沼竜蛇(リュウダ)君。貴方、横島クンのクラスメイトで、以前彼に取り憑いていた低級霊を除霊したことがあるんですって?」

 

「……ええ、そうですよ。後、俺も貴女のことを色々と聞いていますよ、美神令子さん。横島の雇い主で日本でトップクラスのゴーストスイーパーだけど仕事で横島を囮にしたり盾にするのはいつもの事で、しかも横島に払っている賃金は時給二百五十五円。……貴女、日本の最低賃金と労働基準法って知ってます?」

 

「っ!? い、いい、今はそんなことどうでもいいでしょ!?」

 

 美神の質問に頷いてからリュウダがお返しとばかりにカウンターパンチを言い放つと、彼女は明らかに狼狽えて後ずさる。ちなみに美神の後ろでは横島が「ええぞ! もっと言ったれ!」と言わんばかりの顔をしていた。

 

「と、とにかく! この最近聞く悪霊を退治しまくっている炎を使う幽霊って貴方のことよね? まず最初に聞きたいのは、何でそんなことをしていたの?」

 

「何で、ですか……。一言で言えば能力を強くするためでしょうか?」

 

 嘘は言っていない。

 

 リュウダが悪霊を退治して回っているのは、クラーナから呪術を習うと同時に呪術の火を鍛えるのに必要なソウルを稼ぐためである。それがクラーナがクラーグと混沌の娘の所へ行く条件なのだが、強くなるのはリュウダにとっても望むところであった。

 

「能力を強くするため、ねぇ? 要するに霊能力の修行ってこと? でも貴方、多少ならともかく、霊能力を使って悪霊を退治するにはゴーストスイーパー免許が必要で、貴方がしていたのは立派な違法行為なのよ?」

 

「……ちなみに、俺はどんな罪になるんですか?」

 

 思っていた以上に大事になったことにリュウダが内心で焦りながら聞くと、美神はどこか含みのある笑みを浮かべた。

 

「ふふん。安心なさい。確かに貴方がしていたのは違法行為だったけど、悪霊退治をして回ったことで近隣の住人達から『助かった』という声も沢山あるわ。だから『あること』をしてくれたら今回のことは不問とするわ。……まあ、もっとも下手な罰よりよっぽどキツイと思うけどね」

 

 今回の違法行為が不問となるのは正直助かるのだが、最後の辺りで同情するような表情となった美神に、リュウダは思わず不安となる。

 

「あの……一体何をさせられるんですか、俺?」

 

「簡単よ。そんなに悪霊退治がしたいのだったら、その手伝いをさせてあげるってこと。私の知り合いに『六道冥子』っていうゴーストスイーパーがいて、貴方には期間限定で彼女の助手をしてもらうわ。もちろん本人には連絡済みよ」

 

「………っ!?」

 

 美神の口から出た人物の名前に、リュウダは思わず表情を強張らせた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

『朝のニュースです。昨日、突如日本全国で同時に起こった謎の停電ですが、調べによりますと諸星あたる君が呼び出して利用した宇宙船のタクシーの料金の徴収であることが判明し……』

 

「ああ、昨日の停電って諸星が関係していたのか」

 

 朝、自宅のテレビを見ていたリュウダは、昨日起こった謎の停電の原因がクラスメイトの諸星であることを知ると、原作の知識を思い出す。

 

「宇宙船のタクシーってことはラムさんが地球にやってくる話か……。確か原作だったらタクシーの料金は石油だったけど……こっちの方がいいか」

 

 リュウダが知る原作は、ラムの熱狂的なファンと言えるクラスメイトのメガネ達が再びラムを地球に呼ぼうと、無理矢理仲間にした諸星と一緒に降霊術のような儀式をするのだが、結果呼び出したのはラムではなくて別の宇宙人のタクシー。そうと知らずに諸星達は自分達で呼び出した宇宙船のタクシーに乗ってしまい、その運賃として宇宙船のタクシーは日本中の石油を徴収しようとしたが、そこで現れたラムが諸星の家で住むことを条件でタクシー代を肩代わりし、宇宙船のタクシーは徴収した石油を返還して日本全国に石油の雨を降らせたのである。

 

 実際に日本全国で石油の雨が降れば、様々な場所で決して小さくない被害が起こったことだろう。その時の状況を想像したリュウダは、タクシー代が電気だけで良かったと本気で思った。

 

「まあ、これから大変になるだろうけど頑張れよ、諸星。……もっともこれから大変なのは俺もだろうけどな」

 

 ラムが来たことでいよいよ本格的に災難に満ちた日常を送るであろう諸星に同情の言葉を送りながら外に出る準備をするリュウダだったが、その表情はどこか暗かった。先日、ソウル欲しさに無許可で悪霊を退治していたところを美神に捕まった彼は、今日から期間限定でとあるゴーストスイーパーの助手をすることになったのだが、そのゴーストスイーパーがかなり厄介な人物だからである。

 

 

 六道冥子。

 

 極楽大作戦の登場人物の一人で、美神と同期のゴーストスイーパー。大昔から続く由緒正しい式神使いの家系で「十二神将」という非常に強力な十二の式神を操り、しかも大財閥のお嬢様で美神とはタイプの違う美人と、天に二物も三物も与えられたような女性と言える。

 

 ……しかし彼女、六道冥子には大きな欠点があった。

 

 式神とは常に霊力を送っていないと暴走してしまうという危険な一面を持っており、使う式神が強く数が多い程必要とする霊力は大きい。

 

 そして冥子は子供の頃から十二神将を従えているため、気がつけば十二神将全てを出している癖があり、十二神将を暴走させないためには、膨大な量の霊力を出し続けながら平常心を保つ必要がある。だが彼女はいまだに子供っぽいところがあってメンタル面が弱く、ちょっとしたことで取り乱して式神を暴走させるのだ。そう、例えば……。

 

「キャーーーーーッ!?」

 

「ギャーーーーーッ!?」

 

 今回のように……。

 

 

「キャー! キャー! キャー! 怖い!? 怖いーー!」

 

『『ーーーーー!!』』

 

 とある廃工場にて一人の女性が泣き叫んでおり、その周囲では獣を模した霊体が見境なく暴れまわっていた。

 

 この泣き叫んでいる女性が六道冥子であり、周囲で暴れまわっている霊体こそが彼女の式神、十二神将である。

 

 冥子は廃工場に出没する悪霊を退治する依頼を受けてここに来たのだが、突然現れた悪霊の容貌に驚いて平常心を失い、現在十二神将を暴走させていた。

 

「いや……。アンタの方がよっぽど怖いよ……」

 

 悪霊は十二神将の暴走によりすでに撃退されているのだが、十二神将はそんなことお構い無しに暴れまわっており、その様子を最初に暴走に巻き込まれ地面に倒れたまま見ていたリュウダは小声で呟くと意識を失った。

 

 

「……なあ、馬鹿弟子よ? 何やら最近、ここにくる頻度が増えていないか?」

 

 冥子の助手になってから三日後。ダークソウルの世界で呪術を習うためにクラーナの元へやって来たリュウダは彼女にそう言われた。

 

 事実、この三日間リュウダがダークソウルの世界に来る頻度は増えており、その原因はもちろん現実世界で冥子の暴走に巻き込まれ気絶する回数が増えたためである。

 

「そうですか?」

 

「うむ。それと、ソウルの集まりも以前に比べて悪くなっているような気もするな……。これでは呪術の修行もいつ終わるか分からんな」

 

「……………!?」

 

 この時、クラーナが何気なく呟いた言葉を聞いたリュウダに稲妻が落ちた。

 

 言われてみればこの三日間、現実世界で悪霊を見つけても、冥子の暴走に巻き込まれて退治することができなかった。

 

 病み村のモンスターを倒すより現実世界で悪霊を退治する方がはるかにソウル集めの効率がいい。それが出来ないと言うことは、クラーナとの呪術の修行が遅れ、彼女がクラーガと混沌の娘と再会できる日が遅くなることを意味している。

 

(こ、これは何としてでも現実世界で悪霊退治を再開せねば……!)

 

 目的のためにそう決意したリュウダは、もう冥子の式神の暴走を何とも思わなくなった。

 

 確かに冥子の式神の暴走は理不尽で凶悪だが、ダークソウルの世界にはもっと理不尽で凶悪な敵や展開がいくらでもある。そう……。

 

ダークソウルのプレイヤーに、この程度の理不尽で折れるようなやわな心の持ち主は一人もいないのである!!

 

「よし、やるか……!」

 

 やる気を出したリュウダは早速、現実世界で冥子に式神を暴走させずに戦わせる方法を考えるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話

 病み村の奥地にある毒の沼地。その更にある洞窟、クラーグの住処。そこには今、四人の人影が集まっていた。

 

 四人の人影は、クラーグとその妹である混沌の娘、二人の従者であるエンジー、そして「トゲの騎士」の異名を持つダークレイスのカークであった。

 

「そうですか。ではリュウダの修行が終わればクラーナ姉さんはここに来てくれるのね?」

 

 このしばらくの間、クラーグと混沌の娘はカークにリュウダとクラーナの様子を調べてほしいと頼み、その報告をカークの口から聞いた混沌の娘は嬉しそうに笑った。しかし報告をしたトゲの騎士は両腕を組んであまり興味無さそうに話す。

 

「あくまでここに来るか考えるだけだ。本当に来るかは分からんな。あまり期待しすぎない方がいいんじゃないか?」

 

「カーク、貴様! 姫様に向かってその態度はなんじゃ!?」

 

 混沌の娘に対するカークの態度に、エンジーが這いつくばった体勢で怒鳴るが、カークは特に気にした様子はなかった。

 

「ふん。アンタには関係ないだろう、爺さん? 確かに俺は混沌の娘と誓約を結んだが、真に仕えているのは『あの女』だけだ。今回のような偵察だなんてつまらん仕事を引き受けたのも、その義理にすぎないんだよ」

 

「き、貴様……!」

 

 カークの言葉にエンジーが額に青筋を浮かべて再び怒鳴ろうとしたが、それをクラーグが止める。

 

「止めなさい、エンジー。この男に何を言っても無駄よ。……カーク、私達については別に良いわ。その代わり、あの子……『妹』のことは頼むわよ?」

 

「……言われるまでもない」

 

 クラーグの言葉に返事をするカークだが、その言葉は先程エンジーに向けたものとは違い、強い意志が感じられた。

 

「それだったらいいわ。……とにかく今はリュウダの結果待ちね」

 

 カークの言葉に一先ず納得したクラーグは、一つ頷いてみせると最近自分達の従者となった呪術師の青年のことを考えた。

 

 

「冥子先生! 今日も頑張りましょう!」

 

 そしてクラーグ達の話題に上がったリュウダはというと、昨日冥子の式神の暴走に巻き込まれたばかりだというのに、そのダメージを全く感じさせない元気さで冥子の仕事の手伝いに来ていた。

 

「藤沼クン、凄い元気ねー。私ー、もう来ないと思ってたわー」

 

 元気良くやって来たリュウダを見て冥子が驚いた顔をして言う。

 

 これまで冥子は何人ものゴーストスイーパーの助手を募集してきたのだが、その全てが冥子の式神の暴走に一回、多くても二回巻き込まれると逃げるように辞めていったのだ。それに加えて式神の暴走に巻き込まれても、翌日には元気良く現れたのはリュウダが初めてで、これには冥子だけでなく彼女の親や屋敷の使用人達も驚いていた。

 

「あの程度でへこたれる程やわじゃないですよ。それより冥子先生? 今日の悪霊退治の仕事なんですけど、作戦を考えてきたので聞いてくれませんか?」

 

「作戦ー? 一体どんな作戦ー?」

 

 周りの驚愕の視線なんて全く気にもせずにリュウダが言うと冥子は首を傾げた。

 

 

 冥子が式神を暴走させる原因の大半は本人のメンタルの弱さによるものだが、一体だけでもコントロールに大量の霊力を必要とする式神を常に十二体出して、コントロールのための霊力がギリギリしかないというのも原因の一つでもある。

 

 だから状況に応じた最低限の式神だけを出して戦えば暴走する危険性は減るはず。そう考えたリュウダは前世の知識を活用して、冥子にどの式神を出すか指示することにしたのだった。

 

「霊視能力を持つクビラは常に出しておいてください。敵の位置や数、強さに戦い方と言った情報を知るのは戦いの基本ですから」

 

「雑魚霊が多くいる場所ではバサラの出番です。一気に全て吸引しましょう」

 

「相手は目も耳が良くてうかつに近づけば逃げられてしまいます。だからここは瞬間移動ができるメキラで奇襲します」

 

「向こうは図体がデカいだけの敵ですから、アンチラの鋭い刃の耳で切り裂きましょう」

 

「スライムみたいな不定形の敵には石化能力を持って口から炎を吐けるアジラが適任です」

 

「相手が水の中にいるなら電撃能力を持つ水陸両型のサンチラ一択です」

 

「逃げ足が異常に速い敵は時速三百キロで走れるインダラで追いましょう」

 

「人に取り憑くタイプの悪霊ですか……。だったらハイラの力で俺達も精神世界に入り込みましょう」

 

「無抵抗な人間しか襲えない敵は変身能力を持つマコラで誘き寄せて、後は皆で袋叩きにすればいいんですよ」

 

「また逃げ足が速い敵、しかも今度は空を飛ぶタイプ……! だったら亜音速で飛べるシンダラで追いかけます」

 

「怪我人がこんなに……! 冥子先生、俺が悪霊と戦いますからショウトラのヒーリング(心霊治療)で怪我人の治療を!」

 

「見るからにパワータイプの悪霊は戦車並みの怪力を持つビカラで真っ向勝負といきましょう」

 

 ダークソウルのプレイヤーは周りの状況と敵の戦い方に応じて様々な装備を使いこなす(一つの武器、戦い方にこだわる一部の求道者は除く)、それに加えて前世で得た原作知識を使いリュウダは冥子に適切な指示を出していった。その甲斐もあって……。

 

 

「冥子先生! 十回連続! 暴走無しでの依頼達成おめでとうございます!」

 

「わーい! ありがとー!」

 

『『………………………………♩』』

 

 リュウダが冥子の助手になってから二週間が経過し、助手をする期間の最終日。丁度十回連続で式神の暴走無しで悪霊退治が出来たことにリュウダはクラッカーを鳴らして祝い、冥子もそれに喜ぶ。その後ろでは彼女の式神の十二神将も嬉しそうにしていた。

 

 敵はほとんど冥子の式神達が倒しているのでリュウダが悪霊を倒す機会はあまりなかったのだが、いきなり式神の暴走に巻き込まれて得られるソウルも人間性もゼロよりずっとマシだし、自分で考えた作戦が成功するのは嬉しいものである。

 

「本当にね〜。冥子も立派になって〜お母さまは嬉しいわ〜」

 

「あっ。お母さまー」

 

 リュウダ達が十回連続の依頼達成を喜んでくると、そこに冥子の母親が現れてリュウダに頭を下げてきた。

 

「リュウダ君〜。冥子が式神を暴走させずにこれたのも貴方のお陰よ〜。本当にありがとうね〜」

 

「いえ、そんな……。俺は少しアドバイスをしただけで……」

 

「ですから〜。これからも〜冥子のことをよろしくね〜」

 

「………え?」

 

 冥子の母親の言葉に思わず固まるリュウダ。

 

 そもそもリュウダが冥子の助手をしていたのは、無断で霊能力を使い悪霊を退治をしていたペナルティのためで、それも今日で終わりのはずだった。しかし今の冥子の母親の言葉は、まるでこれからも冥子の助手を続けるかのように聞こえた。

 

「あ、あの……。俺は今日で助手をや……」

 

「安心して〜。正式な手続きはもうしてあるから〜」

 

「え……あの……?」

 

 思わず異議を申し立てようしたリュウダだったが、冥子の母親はすでに彼を正式に冥子の助手にしたと言う。ちなみに今の彼女は穏やかに微笑んでいるように見えるが、その目は全く笑っていなかった。

 

 しかしそれもある意味当然かもしれない。

 

 冥子はこれまで何度も式神の暴走を繰り返して何人何十人もの助手に逃げられ、ゴーストスイーパー協会もあまりの被害の大きさに冥子のゴーストスイーパー資格の剥奪も検討しているという噂もある。そんな時に現れた彼女の式神の暴走を恐れず、それどころか適切なアドバイスをして式神の暴走を無くし、しかも自身も強力な霊能力を持つ助手であるリュウダを、冥子の母親が逃すはずがなかった。

 

 こうしてリュウダは正式に冥子の助手となったのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話

 リュウダが冥子の母親の手により正式な冥子の助手となってから数日後。リュウダはゴーストスイーパーの依頼を受けた冥子に同行していた。

 

「それで冥子先生。今日の依頼はどんな仕事なんですか?」

 

「今日はねー、昔からのお友達のお手伝いをー、しに行くのよー」

 

「友達? 美神さんですか?」

 

「ううんー。令子ちゃんとは別のお友達よー」

 

 送迎用リムジンの中で冥子に今日の依頼について質問したリュウダは、彼女の言葉に首を傾げる。

 

「美神さんとは別の友達、ですか?」

 

「そうよー。なんでもー、自分のせいで藤沼クンくらいの男の子がー、スッゴい怖い悪霊に取り憑かれちゃったらしくてー、その除霊を手伝ってほしいらしいのー。……あっ、藤沼クン。ここからは歩いて行くわよー」

 

「えっ。分かりました」

 

 冥子に言われてリュウダがリムジンから降りて彼女の後をついて行くと、冥子が向かった先は小さな神社で、神社の前には三人の見知った顔があった。

 

「あら、冥子じゃない? 何、貴女も呼ばれたの?」

 

「あっ! 藤沼じゃねぇか?」

 

「お二人とも、お久しぶりです」

 

 神社の前にいたのは美神と横島とおキヌちゃんで、三人の姿を見た冥子を笑顔となって美神に話しかける。

 

「あー! 令子ちゃん、久しぶりー」

 

「そうね。それより冥子、最近調子が良いみたいじゃない? 式神を暴走させずに依頼を何件も達成しているそうね?」

 

「エヘヘー。藤沼クンが頑張ってくれたお陰よー」

 

 これまでの冥子は除霊「だけ」は信頼できるが大きな被害を出すという爆弾のような扱いであったが、リュウダが来てからは被害を出さずに除霊を出来るようになったと少しずつだが評価を上げていた。その事を美神が言うと冥子は照れた表情を浮かべてリュウダを見て、美神達も彼に視線を向けた。

 

「へぇ……。他の助手はすぐに冥子から逃げていったのに中々根性あるじゃない。それに加えてかなり優秀な霊能力者みたいだし……ふむ?」

 

 美神はリュウダの顔を見てしばし何かを考えた後、冥子に顔を近づけて話しかける。

 

「ねぇ、冥子? 貴女のところの藤沼クンとウチの横島クン、交換しない?」

 

「ちょっ!? 美神ザーーーン!」

 

「えー? それはーちょっとー」

 

 美神の言葉に横島は半泣き、冥子は困った表情となり、このままでは話が進まないと思ったリュウダが皆に話しかける。

 

「あの、そういった冗談はともかく、仕事の詳しい内容を聞いていいですか? 俺、合同で悪霊を退治するとしか聞いていなくて……」

 

「あれ? 藤沼は知らんのか?」

 

 リュウダの質問に答えたのは、令子でも冥子でもなく意外そうな顔をした横島だった。

 

「どういうことだ?」

 

「いや、その悪霊に取り憑かれたってのが……」

 

「おお、来てくれたか」

 

 横島が何かを言おうとした時、神社の方から女性の声が聞こえてきた。リュウダ達がそちらを見ると、美神や冥子と年齢が近くて、非常に整った顔立ちとグラマラスな体型をした巫女の姿があった。

 

「ああっ!? 美神さんや冥子ちゃんとはまた違った美しさの美女! しかも巫女さん! ここで会ったのまさに運命! とゆー訳でボクと「何が、とゆー訳じゃ!」……ぶっ!?」

 

「……………!?」

 

 巫女の姿を見た横島が反射的に巫女に抱きつこうとしたのだが、それより先に巫女の拳が横島の顔を殴り飛ばした。そしてリュウダは巫女が横島を殴り飛ばした光景……というより巫女の顔を見て絶句していた。

 

「全く……! 『アヤツ』といいコヤツといい……最近のガキはこんなのしかおらんのか?」

 

「あっ! 『サクラ』ちゃーん! お久しぶりー。元気になったのねー」

 

「本当……! 電話で健康になったと聞いた時は信じられなかったけど本当だったのね。良かったじゃない、サクラ」

 

 地面に倒れて気絶している横島を見下ろして巫女がため息を吐くと、冥子と美神が巫女の名前を呼ぶ。

 

 サクラとは「うる星やつら」に登場するキャラクターの一人で、本職は巫女なのだが後にあたるの高校の保険医となって、あたるを中心とトラブルに巻き込まれたり逆にトラブルを起こしたりするようになる。まさかここでうる星やつらのキャラクターと出会うとは思っていなかったリュウダは、内心の動揺を悟らせないよう何でもない顔で冥子に質問する。

 

「あの冥子先生?」

 

「どうしたのー、藤沼クン?」

 

「冥子先生は前に、俺と同じくらいの男の子が悪霊に取り憑かれたって言いましたよね? ……もしかして悪霊に取り憑かれた男の子って、諸星あたるって名前じゃないですか?」

 

「あらー? そうだけどーどうして分かったのー?」

 

「……………ウソだろ?」

 

 サクラの顔を見て悪霊に取り憑かれたという人物に心当たりができたリュウダが冥子に聞くと、彼女はそれに頷き彼は思わず頭を抱えそうになった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話

 うる星やつらに登場するサクラは巫女としての霊能力と常人離れした怪力を持つキャラクターだが、初登場時は子供の頃から様々な病気にかかっていて日常生活を送るのも困難な病弱体質であった。

 

 それがある日、ラムとの生活に嫌気がさして家出した諸星と出会い、彼のあまりもの不吉な人相を見たサクラは諸星の不運を祓おうとお祓いを実行したのだが、何故か自分に取り憑いていた無数の病魔を祓ってしまったのだ。そしてサクラの身体から出た無数の病魔は一つに集まって死神となり、今度は諸星に取り憑いたというのがリュウダの知るサクラが初登場した話の内容である。

 

 だが今回諸星に取り憑いたのは死神ではなく悪霊で、サクラはその退治に美神や冥子に協力を求めたのだった。

 

「そうだったんですか。それで冥子先生と美神さんはそちらにいるサクラさんとどういう知り合いなんですか?」

 

「私はねー、お母様とサクラちゃんの叔父様が知り合いなのー」

 

「私の方もママとサクラの叔父さんが知り合いでね。それで知り合ったのよ」

 

 リュウダがどうやってサクラと知り合ったのか聞いて冥子と美神が答えると、それを聞いた横島が美神に話しかける。

 

「美神さんと冥子ちゃんのお母さんの知り合い? それって誰です……?」

 

「不吉じゃあっ!!」

 

「うわあっ!?」

 

 横島が美神に話しかけようとした時、突然彼の足元から大きな声が聞こえてきた。その声を聞いた皆が声がしてきた方を見ると、そこには子供のように小柄な袈裟を着た僧侶が横島を指差していた。

 

「な、何だ? アンタは……?」

 

「お主の顔……! あの諸星あたると負けず劣らず不吉な人相をしておる。まるでこの世の全ての不幸を背負っているようじゃ……! しかもお主には女難の相もあって、それが不幸の始まりのように見える。……お主、これからは煩悩を捨て、女性に関わらぬように生きていけ。そうすれば人並み程度の幸せは得られるじゃろうて」

 

「絶対に嫌じゃ、アホ!」

 

 横島が聞くと僧侶は彼を指差したまま助言らしき事を言い、それを聞いた横島が怒鳴る。

 

「あら、『チェリー』じゃない。久しぶり」

 

「チェリーさん。お久しぶりー」

 

「おお、令子に冥子。今日を呼び立ててすまなかったのう」

 

 美神と冥子が小柄な僧侶の姿を見て親しげに話しかけると小柄な僧侶も手を挙げてそれに応えて、横島が美神と冥子に話しかける。

 

「え……? 美神さん? 冥子ちゃん? この坊さん、知っているんスか?」

 

「知っているわよ。彼は錯乱坊と言って、今言ったサクラの叔父さんなの」

 

「この坊さんが?」

 

 横島の質問に美神が答えて彼が錯乱坊と呼ばれた小柄な僧侶を見ると、小柄な僧侶は頷いてみせた。

 

「左様。拙僧、錯乱坊と申す者、どうぞチェリーとお呼びくだされ」

 

「チェリーさんですか。何だか可愛らしい名前ですね」

 

「錯乱坊だからチェリーって……上手いこと言ったつもりかよ?」

 

 小柄な僧侶、チェリーの自己紹介におキヌちゃんと横島がそれぞれの反応をすると、チェリーは次にリュウダの方に視線を向け、次の瞬間目を見開いた。

 

「………!? お、お主……!」

 

「お、俺ですか?」

 

「うむ。少年、お主もここにいる少年や諸星あたると同等な、次か次からと様々な不運がやってくる不吉な面相をしておる……! しかもそれだけではなく理不尽な死が襲いかかって来る死相も重なっているようにも見える。まるで二つの人生を同時に歩んでいるような……。このような面相、儂は今まで一度も見たことがない。……何はともあれ、不吉じゃ」

 

「……………!?」

 

 チェリーをリュウダに向かってそう言うと両手を合わせて祈りだし、それを聞いたリュウダは驚きのあまり声を出せずにいた。

 

(二つの人生って……もしかしてこの世界とダークソウルの世界のことを言っているのか? 今までダークソウルの世界については誰にも言っていないのに気づくなんて……もしかしてチェリーって霊能力者としては一流なのか?)

 

 内心でそう考えるリュウダだったが、思い当たるフシはいくつもあった。

 

 原作のうる星やつらのチェリーは、基本的に何処にでも現れては場を引っ掻き回すという役割が多かったが、霊能力者として活躍している場面も多くある。僧侶として妖怪を退治したこともあれば、諸星の不吉な未来を予想してはその全てを的中させている。

 

 今思い返してみるとチェリーは、気がつけばいきなり現れてその場にある食べ物を食い漁るという点を除けば、霊能力者としての実力は確かで困っている者(主に諸星)を見るとその力になろうとする(結果はともかく)一流の僧侶なのかもしれない。そう考えるとリュウダは他の皆のようにチェリーを呼び捨てにはできなかった。

 

「あ、あの、錯乱坊様……?」

 

「そう固くならんでよいぞ? 皆のように気軽にチェリーと呼びなされ」

 

「で、ではチェリー殿と。……俺や横島が不幸なのは置いといて、今日は諸星に取り憑いた悪霊を退治するのでは?」

 

 これ以上話しているとダークソウルの世界についても勘づかれそうな気がしたリュウダは、恐る恐る諸星の名前を出して話題を逸らそうとする。もし万が一ダークソウルの世界のことを知られたらチェリーがそれに関わってきそうな気がして、そのせいでダークソウルの世界に行けなくなってクラーナ達と会えなくなるのを避ける為だ。

 

「おお、そうじゃった! 急いで諸星に取り憑いた悪霊を退治せねばならんかった。皆の者、ついてまいれ」

 

 リュウダの言葉で当初の目的を思い出したチェリーは神社に中へ入っていき、他の皆もそれに続いて行く。その中でリュウダは上手く話題を逸らせたことに内心で胸を撫で下ろすのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話

 リュウダ達がチェリーとサクラの後について行き神社の中に入っていくと、中では諸星が一人うなされながら眠っていた。よく見れば眠っている諸星の顔色は非常に悪く、このままでは命が危ういのは明らかであった。

 

「ではこれより諸星あたるに取り憑いた悪霊の退治を行う。すでにこの神社には悪霊を逃さぬよう強力な結界を張っておるが、悪霊は極めて強力で凶悪。下手をすればこの中の何人かが死ぬであろう。……皆の者、覚悟はよいな?」

 

「へ、へぇ~……? 極めて強力で凶悪な悪霊、下手をすれば何人かが死ぬッスか……。それじゃあ、美神さんに皆、頑張ってください」

 

「何、馬鹿なことを言っているのよ!」

 

 チェリーが悪霊の退治について説明をすると、横島が顔を青くして逃げ出そうとするが、それを美神が捕まえる。

 

「悪霊を逃がさないように強力な結界が張ってあるって言ったでしょう? だから悪霊を退治するまで外に出られないのよ」

 

「イヤー!? 見逃してー! 勘弁してくださいよ、美神さん! 俺はただの助手ッスよ!? 強力で凶悪な悪霊が出てきたら何の役にも立ちませんよ!」

 

「ええい、見苦しい! 藤沼クンを見なさい!」

 

 美神の言葉に横島は滝のような涙と鼻水を出しながら必死に逃げようとして、そのあまりの往生際の悪さに美神は冥子の隣で悪霊退治の準備をしているリュウダを指差した。

 

「藤沼クンも横島クンの言うただの助手だけど、落ち着いているでしょう? ちょっとは見習ったらどう!?」

 

「藤沼は霊能力があって俺みたいな凡人とは違うッスよ! 前だって俺に取り憑いた低級霊を炎で焼いたし……って、待てよ? なあ、藤沼? お前だったら諸星に取り憑いた悪霊を退治できんか? ほら、諸星から出てきた瞬間に一気に炎を出したりして」

 

 美神に必死の形相で反論する横島は途中で良い事を思いついたとばかりに、リュウダに以前自分に取り憑いた低級霊を焼き尽くした呪術の火で諸星に取り憑いた悪霊も焼けないか聞く。

 

「いや……。俺の能力が本当に通用するなら試すけど……。でもサクラさん? 実際のところ諸星に取り憑いた悪霊ってどんな奴なんですか?」

 

 リュウダは横島の提案にそう答えると、次に諸星に取り憑いた悪霊について間近で見たサクラに聞いてみた。すると彼女は難しい顔をして口を開いた。

 

「正直なところ、私はあの様な悪霊を見たことがない。あの時私は自分から諸星に取り憑いた無数の病魔を祓ったのじゃが、その時に病魔達が何かに吸い込まれたかと思えば、空間を切り裂き例の悪霊が現れたのじゃ」

 

「要するに相手の情報はほとんど無しってことですか。……ふむ」

 

 サクラの言葉を聞いてリュウダは少し考えてから冥子に指示を出す。

 

「冥子先生。クビラとアンチラとビカラを出しておいてください。クビラは相手の情報を集めてアンチラは攻撃を担当、ビカラは冥子先生のガードと余裕があれば他の皆のサポートをお願いします」

 

「うん。分かったわー」

 

 リュウダの指示に従い冥子がクビラとアンチラとビカラを自分の影と繋がっている亜空間から出すと、その様子を見ていた他の皆が感心したような顔をしていた。

 

「随分と冥子と式神達を使いこなしているのね。でもちょっと過保護すぎない? そんなやり方じゃあ貴方の方が疲れちゃうでしょう?」

 

「いえ、もう慣れましたからそんなことはありませんよ。それに、今はこのやり方が冥子先生には一番良いと思っています」

 

 美神の言葉にリュウダは首を横に振って答える。正直、冥子にはもう少しメンタルを強くしてほしいと思ったことは一度や二度ではないが、急に彼女を鍛えようとしたらロクなことにならない事をリュウダは知っていた。

 

 原作に冥子があまりにも式神を暴走させることに怒った彼女の母親が、美神達を巻き込んで彼女を鍛えようとする話があったのだが、その話では散々苦労したのに冥子は全く成長せず、挙句の果てにはこれまでにない式神の暴走を引き起こしたのだ。そのためリュウダは一気に冥子を鍛えるのではなく、少しずつ成長させる道を選んだのである。

 

 戦いと勝利はどんなに小さなものでも、積み重ねていけばやがて勇気と自信となっていく。

 

 これがリュウダがダークソウルの世界で学んだ事実である。初めは雑魚敵の亡者兵士と戦うのもためらっていたが、今ではデーモンやドラゴンとも戦える彼だからこそ、冥子の成長を信じようと思ったのだ。

 

「冥子先生がもう少し成長して、一人で十分戦えるようになるまで、冥子先生は俺が守りますよ」

 

『『………………』』

 

 リュウダが左腕にトゲの盾を出現させて何でもないように美神に言うと、その場にいる全員が驚いたように彼を見た。

 

「? 皆、どうかしましたか? ……冥子先生?」

 

「えっ!? ううんー。何でもないー。何でもないわー」

 

 リュウダがこの場にいる全員が自分を見て、特に冥子が顔を若干赤くしていることに疑問を覚えて聞くと、彼女は慌てて彼から顔を背けた。

 

 そしてその様子を見て横島は心底不快だという表情となって「ケッ!」と唾を吐いていた。

 

 

「では行くぞ」

 

 それから全員が準備を整えるとチェリーが眠っている諸星に向けて霊力を放った。

 

「悪霊よ! ここにその姿を現せい! 喝っ!」

 

「………!」

 

 チェリーが更に霊力を強めると諸星の身体が一度大きく震え、彼の身体から黒いモヤのようなものが出てきて集まり、黒い人影となる。

 

 諸星の身体から出てきた黒い人影、悪霊は黒いローブを羽織って三つの不気味な仮面を被り、六本の腕で六つのランタンを持つ奇妙な姿をしていて、その姿を見たリュウダは思わず我が目を疑った。

 

(嘘、だろ……!? どうしてここに『三人羽織』がいるんだよ?)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話

 リュウダ達が諸星に取り憑いた悪霊の退治を始めた丁度同じ時、どこかにある暗い部屋で地球儀の形をしたある装置が小さな反応を示した。

 

「………!? これは!」

 

 部屋の主は地球儀の反応に気付くと、それまでの作業を中断して急ぎ地球儀の側まで駆け寄った。

 

「どうかしましたか?」

 

 部屋の主が食い入るように地球儀を見ていると、従者らしき小さな影がやって来て声をかける。

 

「お前か……これを見ろ」

 

「っ!? こ、これはまさか……!」

 

 従者に話しかけられた部屋の主は、視線を地球儀から逸らさぬまま地球儀のある一点、日本がある部分を指差した。反応は日本から出ており、従者もまた日本から出ている反応を見て驚いた声を上げる。

 

「そうだ。これが反応を示したということはあの『伝説の地』の存在が人間界(物質世界)に現れたということ。それがどういう意味かは分かっているな?」

 

 自らの従者に問いかける部屋の主の声は隠しようのない歓喜に満ちており、従者はここまで喜んでいる部屋の主を見たことがなく驚きながら頷いた。

 

「は、はい。それはつまり『伝説の地』と人間界の境界が曖昧になっていることでして、そして……」

 

「そうだ! そしてこの事実は、この世界の秩序を決定して維持しているあの忌々しい『最初の火』が消えて『火の時代』が終わる時が近いことを意味している! この数百年、秘密裏に準備を重ね、計画の実行まで後僅かという時にこうなるとはなんたる皮肉か! それとも祝福か? まあ、どちらでもいい! 私の望みはもうすぐ叶う! フハハハハハッ!」

 

 部屋の主の笑い声は暗い部屋の中でいつまでも響き渡った。

 

 

 

「なるほど……。確かにコイツは今まで見たことがないし、タチが悪そうね?」

 

 神社の中で美神は諸星の身体から出てきた悪霊を見ながら言うが、リュウダにはその悪霊がどうしても「三人羽織」にしか見えなかった。

 

 三人羽織とはダークソウルの世界にあるマップの一つ「地下墓地」に登場するエリアボスである。そして三人羽織は厄介な特殊能力を複数持っており、その中でリュウダにとって最も厄介なのが「火属性攻撃への耐性」だ。

 

 リュウダが使う呪術は炎の業である為、攻撃用の呪術は全て火属性。だから火属性攻撃への耐性を持つ三人羽織は彼にとって戦い辛い相手であった。

 

(本当に奴がダークソウルの三人羽織だったら呪術の炎だとツラいな。まさかトゲの盾のシールドバッシュだけで戦うわけにもいかないし。……こうなったらいよいよ『アレ』の出番か?)

 

「………」

 

 リュウダが三人羽織とどう戦うか考えていると、三人羽織は三つの仮面を動かし周囲を周囲を見回した後、突然行動を開始した。

 

「来るぞ!」

 

 三人羽織の行動を最初に察知したのはチェリーで、チェリーの言葉通り三人羽織は高度を上げるとリュウダ達へと向けて急降下をした。そして三人羽織が最初の攻撃対象として選んだのは、怖かったのかリュウダ達から離れた位置にいた横島だった。

 

「お、お、俺ですかぁ!?」

 

「やらせるかよ!」

 

 恐怖のあまり体が動かない横島に向かって突撃する三人羽織だったが、三人羽織が横島に攻撃するより先にリュウダが行動に移していた。リュウダの右手が燃えて呪術の炎が現れると、彼は自分の右手を円を描くように振るい炎が鞭のような動きをとって三人羽織の顔を攻撃した。

 

 なぎ払う炎。

 

 ダークソウルの世界でクラーナから習った火炎の鞭で敵をなぎ払う原初の呪術。以前、不死の魅了を習うはずだったが取り止めになった時に、リュウダは代わりとしてこの呪術を習っていたのである。

 

「………!?」

 

「ヒーーー!」

 

 突然三つの仮面を火炎の鞭で攻撃されたことで三人羽織の動きが止まり、その隙に横島がまるで家庭内害虫のように高速の四つん這いで逃げて行く。しかし一旦動きを止める事はできたが三人羽織は特に大きなダメージを負った様子はなかった。

 

(クソッ! やっぱり効果無しかよ! これはいよいよダークソウルの三人羽織の可能性が高くなったな)

 

「二人共下がっておれ! ここはワシが! きぇええーーーーー!」

 

「……………!」

 

 チェリーは悔しそうに歯噛みするリュウダと横島にそう言うと、大きく飛び上がり両手に持つ錫杖を振り下ろす。錫杖には強大な霊力が込められているようで雷光のような光を纏っており、錫杖の一撃を受けた三人羽織はリュウダの時とは違って明らかにダメージを受けたようでよろめいた。

 

「……!? ………!」

 

「ふん! 甘いわ!」

 

 三人羽織はチェリーに向かってランタンから火の玉を放ち反撃しようとするが、チェリーは火の玉の全てを錫杖で叩き落とすと、曲芸のような素早い動きで三人羽織に近づき攻撃を加える。その戦いぶりを見てサクラと美神が思わず声を上げる。

 

「さ、流石は叔父上……!」

 

「ええ。悪霊や妖怪を前にするとまるで我を忘れた狂戦士のように戦う日本屈指の僧兵、錯乱坊。その名に偽り無しね」

 

「に、日本屈指のバーサーカー僧侶、錯乱坊……?」

 

「ま、マジか? あの坊さん、そんなに凄い人だったんか?」

 

 サクラと美神の言葉にリュウダと横島は唖然となってチェリーを見ると、チェリーは目にも止まらぬ動きで錫杖を振るい三人羽織を叩き伏せており、三人羽織も目に見えて弱っていた。

 

「おっ? これはもう終わるんじゃないか?」

 

(いや、まだだ。アイツは確か……)

 

 明らかに弱っている三人羽織の姿に横島が嬉しそうに言うが、リュウダは心の中で首を横に振る。するとリュウダの考えを肯定するかのように、チェリーと戦っていた三人羽織が次の行動に移る。

 

「これで止め……っ!?」

 

 チェリーが三人羽織に止めの一撃を喰らわそうとしたその時、三人羽織の一体から三体へと分裂するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話

「あ、悪霊が……!?」

 

「増えたー!?」

 

 突然、三人羽織が一体から三体に増えたことにおキヌちゃんと冥子が驚きの声を上げる。そして驚いたのはチェリーも同じで、驚きにより動きが止まった隙に三人羽織が彼から離れる。

 

「し、しもうた!」

 

(やっぱりあの能力を持っていたか……!)

 

 三人羽織が三体ともに逃げた事にチェリーが声を上げ、リュウダば内心で苦々しく呟く。

 

 ダークソウルの三人羽織は体力が減ると分裂する能力を持っており、この三人羽織も同じ能力を使えるみたいであった。しかも三人羽織持つ能力はそれだけでなく……。

 

「………」

 

「き、消えた!?」

 

「っ! 冥子先生! クビラで索敵を!」

 

 三体に増えた三人羽織は突然姿を消し、全員が驚き目を見開く。三人羽織は短距離だが瞬間移動をする能力を持っていて、その事を知っていたリュウダはいち早く冥子に指示を出す。

 

「わ、分かったわー。クビラちゃんー」

 

「!」

 

 冥子の言葉に答えてクビラが眼から三本の霊視の光線を放ち、瞬間移動した三体の三人羽織の姿を照らし出す。しかし三人羽織はここで更なる行動に出る。

 

「………!」

 

「ま、また増えたーーー!?」

 

 三体の三人羽織はそれぞれ身体を三つに分裂させ、合計で九体となった三人羽織を見て横島が悲鳴のような声を上げる。

 

「ええい! 数が増えるとは面倒な!」

 

「もうこうなったら目についた敵を一体すつ倒すしかないわね! だから自分の身は自分で守る! いいわね!?」

 

「良くない!」

 

 九体の三人羽織を前にサクラが鬱陶しそうな声で言い、美神が全員にそう言うと横島が泣きながらリュウダの元へやって来て彼の足にしがみつく。

 

「っ!? お、おい、横島!? 何のつもりだ!」

 

「た、頼む藤沼! 俺を守ってくれ! 死ぬのはイヤー!」

 

「分かったから離れてくれ! このままじゃ身動きがとれな……っ!」

 

 リュウダと横島が言い合いをしていると、そこに九体の三人羽織のうちの一体が二人に向かって来た。

 

「ぎゃー! 来たー! 死ぬんやああっ!! もうあかんー!! 死ぬ前に一度全裸美女で満員の日本武道館でもみくちゃにされながら……え?」

 

「………!」

 

 もう助からないと思い、滝のような涙と鼻水を流しながらよく分からない妄言を言おうとした横島の目の前で、三人羽織の体が左右へ二つに分かれたかと思えば白い霧となって消滅していった。

 

「やっぱりコレの出番になったか」

 

「ふ、藤沼?」

 

 横から聞こえてきた声に横島がリュウダの方を見ると、リュウダは内なる大力を使い黒いローブを羽織った姿となっており、その右手には刀身に不思議な刃紋が浮かんでいる一振りの刀が握られていた。

 

 リュウダの内なる大力を使った魔装術もどきは、前世で彼がゲームのダークソウルのプレイヤーに装備させていた武装を具現化させる。そしてゲームのダークソウルのプレイヤーは、左右の手にそれぞれ二種類の武器を持たせることができ、リュウダがプレイヤーの右手に装備させている武器の一つが今持っている刀であった。

 

 混沌の刃。

 

 ゲームではクラーグを倒すことで手に入る彼女のソウルと刀系の武器を、神の都アノールロンドにいる巨人の鍛治師によって一つに合成してもらうことで手に入る、条件が揃えば刀系の武器で最高の火力を出せる武器である。

 

(一撃で倒せたのは予想外だったな。これもチェリー殿があらかじめ三人羽織の体力を削ってくれたお陰か。これなら……!)

 

 三人羽織は確かに分裂して数を増やす能力を持っているが、元は一つの存在であるため体力や先程チェリーから受けたダメージも全ての三人羽織が共有している。そのため一撃で分裂した三人羽織の一体を倒すことができたリュウダは、すぐさま次の三人羽織に向かって攻撃を仕掛けた。

 

「はぁっ!」

 

「………!?」

 

 リュウダが右手の混沌の刃を振るい、分裂した自分の一体が滅んだことで動揺した別の三人羽織はその刃を受け、己もまた一太刀で身体を切り裂かれ消滅していった。すると残った三人羽織の七体は分裂した自分を二体も倒したリュウダに意識を集中させるが、それは彼も望むところであった。

 

「皆! 俺が囮になります! だからその隙を上手く突いてください!」

 

 この場にいる全員に向かってリュウダがそう言うと、七体の三人羽織は一斉にそれぞれが持つ六つのランタンから火の玉を放ち、その全てが彼に命中した。

 

「ふ、藤沼!?」

 

「藤沼クーン!?」

 

「ご心配無く。大して効いてませんよ」

 

 七体の三人羽織による火球の一斉射撃を受けて一瞬で炎に包まれたリュウダに、横島と冥子は思わず声を上げるが、炎の中からリュウダの余裕がある声が聞こえてきた。炎の中のリュウダをよく見てみると、彼の身体は鋼鉄と化しており炎の光を反射させていた。

 

 鉄の体。

 

 自らに火の力を取り込み身体を鋼鉄にすることで、一時的に動きは遅くなるが物理攻撃や炎による攻撃に対して強い防御力を得る呪術。リュウダはこれを使うことで三人羽織の火球を受けてもほとんどダメージを負っていなかった。

 

「皆! 今です!」

 

「オーケー! 任せて!」

 

「分かったわー!」

 

「承知!」

 

「行くぞ!」

 

『『…………………!?』』

 

 炎の中でリュウダが言うと美神に冥子、チェリーにサクラがリュウダに気を取られている三人羽織達に一斉に攻撃を仕掛け、不意を突かれた三人羽織は七体とも呆気なく消滅させられた。

 

 

「皆、世話になったのう」

 

「別にいいわよ。サクラとチェリーの頼みと言われたら断れないし。……でも次もこんな厄介な仕事だったら依頼料はもらうからね?」

 

「駄目よ令子ちゃん、そんなことを言ったらー。サクラちゃん、気にしないでー。私達お友達じゃないー」

 

 三人羽織を無事退治して諸星を病院に運んだ後、サクラが礼を言うと美神と冥子が返事をする。そんな三人の会話をリュウダが少し場所で聞いていると、チェリーが彼に話しかけてきた。

 

「のう、お主。藤沼リュウダと言ったか?」

 

「え? はい、そうですけど、どうかしましたか?」

 

「先程の戦いを見させてもらったがお主は中々スジがいいみたいじゃな。聞けば自身の霊能力を鍛えるために夜な夜な悪霊と戦い、その縁で冥子達と知り合ったと。若いのに中々感心な奴じゃ」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 三人羽織との戦いを見てチェリーがただのギャグキャラではなく一流の霊能力者であると痛感させられたリュウダは、チェリーの言葉に恐縮して頭を下げた。

 

「そしてこれも何かの縁。もしお主が更なる力を望み修行をする気があるのなら、ワシが良い場所に連れて行ってやろう」

 

「良い場所? ……はい。その時はよろしくお願いします」

 

 チェリーが言う「良い場所」が何処なのか分からなかったが、美神が日本屈指の僧兵と言うチェリーの言葉は、ギャグがメインの日常ならともかく今のような霊能力者としての場面なら信用できると思い、リュウダは頭を下げて頼むのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話

今更ですけど新しい「うる星やつら」のOPでラムがアイドルのように踊って、諸星以外の男キャラがサイリウムを応援するシーンがありますが、そこに横島がいたらノリノリで踊ってくれそうな気がするんですよね。
それはさておいて、今回の話では個人的にダークソウルで一番セクシーで印象的だと思ったキャラが登場します。


 病み村の近くにはデーモン遺跡という名の溶岩地帯があり、そこにはかつて爛れ続けるものという巨大な異形のデーモンがいた。

 

 爛れ続けるものは全身から高温のマグマを流すが自身には高温に対する耐性が無く、そのことを哀れに思った魔女から与えられた熱に対する耐性を得られる魔法の指輪もすぐに失くしてしまい、高温に苦しみながら身体からマグマを流しデーモン遺跡をマグマの海にしていた。

 

 しかしその爛れ続けるものは、最近になって現れた不死人の呪術師リュウダの手によって退治されてマグマの海はなくなり、今ではマグマの海に沈んでいた遺跡が姿を現していた。そしてその遺跡の奥に、無数のトゲが生えた全身鎧を着た騎士、カークの姿があった。

 

 カークは巨大な門の前に立っており、自分の手を門の先にいれようとするのだが、門は目に見えない力で守られておりカークの手は弾かれてしまう。

 

「チッ! 大王グウィンの結界……本人はすでに『薪』になってもやはり健在か……!」

 

『………?』

 

 見えない力で守られている門を見てカークが舌打ちしていると、何者かの思念が彼の元に届き、カークにしか聞こえない声となって語りかける。

 

「お前か……。ああ、俺だ。今、『イザリス』に入る門の前にいるのだが、グウィンの結界で入ることができん。全く、忌々しい……」

 

『………。………?』

 

「フン。この程度、無茶でも何でもない。俺はお前に仕えることを誓った騎士だ。お前の元へ行くためなら何だってやってやるさ」

 

 姿なき謎の声の主にカークはどこか優しさが感じられる声で答えると、一つあることを思いつく。

 

「そうだ。グウィンの結界がなんとかなったら、お前も病み村にいる姉達の所へ行ってみないか? 今、病み村は中々賑やかになっているぞ」

 

『………?』

 

「そうだ。最近中々愉快な後輩が病み村にやって来てな。色々と引っ掻き回してくれている。……そうだな? 例えば後輩があのクラーナに出会っていきなり抱きついて告白した時なんかは中々笑えたぞ?」

 

『………!? ………!』

 

 カークが言う愉快な後輩というのはリュウダのことであり、そのリュウダがクラーナと出会っていきなり抱き告白した時のことをカークが話すと、謎の声の主は明らかに驚いた反応をみせた。

 

「ハハハッ! 本当だとも。他にも楽しそうなことをやっていたぞ。例えば……」

 

 声の主の反応に楽しそうな笑い声を上げてカークは、これまでリュウダが病み村で行った出来事を話すのであった。

 

 

 

 デーモン遺跡でカークが姿の見えない相手と楽しそうに話していた頃、その話題となったリュウダはというと……。

 

「待てゴラァッ! 今回という今回は絶対に許さん!」

 

「……………!?」

 

 病み村で一体の亡者を鬼のような形相で追いかけ回していた。

 

 リュウダが追いかけているのは、他の亡者と比べると小柄で全身に木の枝などをつけて手には吹き矢の筒を持っている「蓑虫亡者」と呼ばれる亡者であった。この蓑虫亡者は周囲の景色に溶け込んでから侵入者に向けて吹き矢を放ち、しかも吹き矢には猛毒になる効果があるという、厄介な敵である。

 

 今回リュウダはいつものようにソウルを稼ぐために病み村のモンスターと戦っていたのだが、その最中で蓑虫亡者に吹き矢で攻撃されて邪魔された挙句猛毒になってしまい、以前から蓑虫亡者に邪魔されてきたリュウダの堪忍袋の尾が切れたというわけでだった。

 

「いい加減止まりやがれ! 今止まったら発火と大発火を合わせた炎の二十四連撃だけで許してやるぞ!」

 

「……!」

 

『『…………………………』』

 

 現在リュウダがいるのは病み村の前半。複数の木製の床や梯子で構築された高低差が激しい場所で、ここで普段生活しているモンスターでも足を滑らせて転落死することも珍しくない。

 

 そんな高低差が激しい上に複雑に入り組んだ場所を、リュウダと蓑虫亡者はまるで佐助なスポーツ・エンターテイメント番組みたいな勢いで駆け巡っていき、それを見ていた他の亡者達は全員こう思った。

 

 即ち「何あの動き? 人間の動きじゃないじゃん。キショ……」と。

 

 それからしばらくリュウダと彼に追われている蓑虫亡者は病み村を下から上、上から下と何度も往復していき、やがて病み村の最深部である毒の沼地がある方から何発もの爆発音が連続で響き渡り、それと同時に発生した光によって常に暗闇に包まれている病み村がほんの少しの間だけ明るくなった。

 

 病み村の亡者達は突然生じた爆音と光に最初は何事かと下の方を見るが、すぐにいつもの最近現れた奇妙な不死人の奇行だと納得して興味を無くした。

 

 

 

「ハァ……! ハァ……! 全く手こずらせやがって……!」

 

 病み村の最深部、毒の沼地でリュウダは炎の呪術で灰にした蓑虫亡者を見下ろしながら荒い息を吐いた。もう使える呪術の回数も尽きたし、今日のところはもう篝火で休んで現実世界に戻ろうと彼が思った時、「彼女」は現れた。

 

「え……? 彼女は……」

 

 リュウダの前に現れたのは、頭にずだ袋を被ったほとんど裸の格好をしている女性。その格好は確かに魅力的かつ特徴的だが、それ以上に目についたのは彼女の右手に握られている、まるで料理に使う包丁を巨大化させたような凶悪な刃物であった。

 

 リュウダは突然現れたその女性を知っていた。いや、あそこまで特徴的な格好の女性なんてそうそう忘れられるはずがない。

 

「ミルドレット……。『人喰いミルドレット』……」

 

 気がつけば冷や汗を流しながらリュウダは自分の前に現れた女性の名前を呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話

 人喰いミルドレット。

 

 ゲームではカークと同じ、プレイヤーが生者状態で出現エリアに訪れた時に何処からか現れて襲いかかってくる「闇霊」と呼ばれるNPCとして登場している。だが一度倒すと次は、特定のエリアボスで協力してくれる「白霊」と呼ばれるNPCとなりクラーグ戦で共闘してくれて、その事から敵なのか味方なのか判断に迷うキャラクターであった。

 

 そしてそんなミルドレットがいきなり目の前に現れたリュウダは今……。

 

 

「ほら、焼けたぞ。熱いから気をつけろよ?」

 

「……♪」

 

 デーモン遺跡でミルドレットに焼肉料理を振る舞っていた。

 

 

 病み村でミルドレットがいきなり現れたのは、リュウダが灰にした蓑虫亡者の匂いに釣られたからで、その目的はやはり蓑虫亡者の肉であった。

 

 リュウダはミルドレットが「人喰い」の異名で呼ばれていることを知っていたので亡者の肉を食べることにはあまり驚かなかったが、それでも目の前で食人行為をされるのは気分が良い話ではない。なので彼は「もっと旨いものを食わせてやるぞ」と言って彼女をこのデーモン遺跡に連れてきたのである。

 

 現在リュウダが焼いているのは山羊頭のデーモンの肉。

 

 爛れ続けるものがいなくなったデーモン遺跡には、山羊頭のデーモンがモブモンスターとして複数出現するようになっていて、その内の一体をミルドレットと協力して撃破。それから後は彼女が持つ大型の刃物、肉断ち包丁で山羊頭のデーモンを解体して、溶岩の熱で天然のホットプレートと化した地面の岩で焼いていたのだった。

 

 山羊頭のデーモンも胴体は人間なのだが、それでも元は完全に人間だった蓑虫亡者を食べるよりかはずっとマシだろう。……多分、きっと。

 

「……うん。やっぱり匂いのクセはあるけど美味しいな、山羊頭のデーモン。ミルドレットはどうだ……って、聞くまでもないか」

 

「………! ………♪ ………! ………♪」

 

 山羊頭のデーモンを食べるのはこれで二回目(一回目は不死街下層)のリュウダが一口食べてからミルドレットを見ると、彼女は一心不乱に焼き上がった山羊頭のデーモンの肉を食べていた。

 

(こうして見るとミルドレットって美人だよな)

 

 ミルドレットは山羊頭のデーモンの肉を食べるために 頭に被っているずだ袋を半分程まくり上げていて、そこから見えた彼女の素顔はリュウダより少し歳上くらいのポッチャリ系の美人という感じであった。

 

(こんな美人が一体どうして『人喰い』なんて物騒な異名で呼ばれているんだ? こうしてデーモンの肉も食べているってことは人しか食べれないってことじゃないよな?)

 

「……ね?」

 

 リュウダがミルドレットについてぼんやり考えていると誰かの声が聞こえてきた気がした。

 

「え?」

 

「誰か、と、食べる、お肉って……。こんなに、美味しかった、んだね?」

 

 リュウダが顔を上げると聞こえてきたのはミルドレットの声で、彼女は心から嬉しそうな笑みを浮かべていた。そしてその笑顔は彼が思わず見惚れてしまうくらい綺麗な笑顔で、だけどどこか泣いているようにも見えた。

 

「ミルドレット、お前……」

 

「お肉、なくなっ、た……。バイバ、イ……」

 

 笑顔を浮かべてみせたミルドレットにリュウダは何かを言おうとしたが、デーモンの肉を全て平らげた彼女はそれに気付くことなく立ち上がると何処かへ行ってしまった。

 

 

 

 後日。それからリュウダが病み村に来ると高い確率でミルドレットが彼の元に現れるようになり、その度に彼女は「お、土産」と言って彼に、山羊頭のデーモンを倒した時にドロップする特大剣「デーモンの大鉈」を何本も渡してきた。

 

 そして出会う度に何本ものデーモンの大鉈を渡されるリュウダは「お前は山羊頭のデーモンを絶滅させる気か?」と真顔になってミルドレットに言うのだが、それはまた別の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話

 ダークソウルの世界から現実世界に帰ってきたリュウダが学校に行くと、教室には悪霊に取り憑かれていたため数日間休んでいた諸星の姿があった。

 

 そして諸星はリュウダが教室に入ってきたことに気づくと手を上げて話しかけてきた。

 

「よお、藤沼。この間は世話になったな」

 

「何のことだ?」

 

「何のことって、悪霊を退治してくれた時のことだよ」

 

 最初は本当に諸星の言っていることが分からなかったリュウダだが、次の諸星の言葉を聞いて思わず動きが止まった。

 

「……………覚えていたのか?」

 

「まあな。苦しくて身体は動かなかったけど、あの時のことは全部覚えてるぜ」

 

「あの時のことって、どういうこと?」

 

 リュウダが美神やチェリー達と一緒になって諸星に取り憑いた悪霊を退治したあの時、諸星は意識を失っていると思っていた。しかし実際は意識を保っていて当時のことを覚えていた諸星がリュウダに答えると、そこにしのぶが話に加わってきた。

 

「この間、俺が悪霊に取り憑かれて、それをチェリーが退治してくれただろ? その時にチェリーの奴、ゴーストスイーパーの助っ人を何人か連れて来て、その中に藤沼がいたんだよ」

 

「ええっ!? それじゃあ藤沼クン、ゴーストスイーパーなの!?」

 

「いや、違……」

 

 諸星の話を聞いて思わずしのぶが大きな声を出し、教室中の視線がリュウダ達に集まる。そこでリュウダは何か言おうとするのだが、それより先に諸星が話し始めた。

 

「あの時の藤沼は凄かったぜ。手から炎を出したり、何もないところから刀を出して悪霊を何匹も倒して。それで最後はチェリーや他のゴーストスイーパーも藤沼の言葉に従っていたんだよな?」

 

 諸星の話のせいでクラスメイト達の視線が更にリュウダに集まる。確かに諸星の言っていることは間違っていないが、このままでは自分が主体で悪霊を退治したことになるリュウダは、首を横に振って誤解を解くことにした。

 

「あれは、チェリー殿が前もって三人羽……悪霊を弱らせてくれたお陰だ。俺は単なるゴーストスイーパーの助手だよ」

 

「でも助手ってことは霊能力? っていうのは使えるのよね?」

 

 しのぶを初めとするクラスメイト達が好奇心で満ちた目をリュウダに向け、仕方なく彼が掌から呪術の炎を出したり、何もないところから混沌の刃とトゲの盾を取り出してみせるとクラスメイト達からざわめきの声が上がる。

 

「……少し前に霊能力に目覚めてな。使いこなそうと自分で訓練しているうちに色々あって冥子先生……諸星の悪霊を退治したゴーストスイーパーの一人の助手になったんだよ」

 

「っ! そうだ! そうだった!」

 

 リュウダがそう言うと何かを思い出した諸星が、両手にメモ帳とボールペンを持ってリュウダに詰め寄る。

 

「あの時チェリーが連れてきたゴーストスイーパー! 二人とも凄い美人なお姉さんだったよな!? ゴージャス系とお嬢様系の! あの二人、名前何て言うんだ!? それと住所と電話番号……わはあああっ!?」

 

 バリバリバリバリ!

 

 諸星がリュウダに美神と冥子の情報を聞き出そうとした時、諸星の頭上から比喩表現ではなく実際に雷が落ち、リュウダが上を見上げるとそこには緑色の髪で虎柄のビキニを着た女性が宙に浮かんでいた。

 

「ダーリン! せっかく元気になったと思ったら! 浮気は許さないっちゃよ!」

 

 ラム。

 

 うる星やつらのメインヒロインで、地球を侵略しにきまインベーダー。地球の命運を賭けた鬼ごっこで諸星に負けてからは彼の「妻」を名乗っているのだが非常に嫉妬深い性格をしており、諸星が他の女性に近づく度にこうして制裁の雷を降しているのだった。

 

「全くもう……。ウチ、本当に心配していたのに……。それにしても」

 

「な、何?」

 

 電撃を受けて気絶した諸星を見下ろしてため息を吐いたラムは、リュウダに近づくと興味深そうな目を彼に向けた。

 

「手から火を出したりするだなんて、地球人も中々器用だっちゃね?」

 

「そ、そうかな?」

 

 目の前まで来て自分を見てくるラムにリュウダは視線を逸らして返事をする。この世界で実際に彼女を見たことは何度もあったが、ここまで間近でファンだったアニメのメインヒロインに見られたことはなかったので思わず照れてしまったからだ。

 

「どうしたっちゃ? 目を逸らしたりして?」

 

「いや……。仮にも夫がいる人妻が他の男に近づくのは不味いだろ? ほら、浮気とか言われるかもしれないし?」

 

「え? ……あっ!? そ、そうだっちゃね」

 

「おい、藤沼!? お前は一体何を言っとるんだ!?」

 

 照れ隠しで言ったリュウダの言葉に、今度はラムが照れて顔を赤くし、諸星がとっさに気絶から目を覚まして大声を出す。

 

 本心ではラムのことを大切に思っているくせに、中々本音を言おうとしない諸星を見て、リュウダは少し意地悪をしてやろうと思い口を開いた。

 

「何を言ってるんだはこっちのセリフだ。諸星、お前がラムさんにプロポーズをしたのは世界中の人達が知っているんだぞ? それなのにやっぱり結婚しませんとか言ったらラムさんはいい笑い者だぞ?」

 

 実際、あの鬼ごっこの最終日に諸星は地球とラムの星の人々が見ている前で、本人はしのぶに言ったつもりでもラムに求婚し、ラムもそれに応じている。それなのに結婚しないなんてことになったら、リュウダの言う通りラムは周囲でいい目で見られることはないだろう。

 

「諸星。お前は浮気性のある女好きだが、女性が嫌がること、女性に恥をかかせるようなことはしない男だと思っていた。でもそれは俺の買いかぶりだったのか?」

 

「うぐ……! そ、それは……!」

 

「おお〜。お前、結構いいヤツだっちゃね」

 

「ふ、藤沼クン!? 何アホなことを言っているのよ!」

 

 リュウダの言葉に痛いところを突かれたという顔となる諸星。それを見てラムが嬉しそうに拍手をして、しのぶが机を手で叩いて怒る。するとその時……。

 

「おい。アレは何だ?」

 

 クラスメイトの一人が窓の方を指差して、リュウダを初めとする教室中の人間もそちらを見ると、窓の外では白いパラシュートがゆっくりと下へ降りていっていた。そしてそのパラシュートにはひょっとこみたいなマークが描かれているのをリュウダは見た。

 

(あのマークは……そういうことか。ここで『彼』が登場するのか。……とりあえず、今日の授業は潰れるだろうな)

 

 ひょっとこのマークが描かれてパラシュートを見たリュウダは、これから様々なトラブルが起こるのを確信したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話

「ねー? 藤沼クン?」

 

「どうかしましたか、冥子先生?」

 

 学校が終わってから数時間後。いつものように仕事で冥子の所へ行ったリュウダは、彼女と一緒に冥子の屋敷のリムジンに乗せられて何処かへ移動させられていた。すると同じ車内にいる冥子が話しかけてきた。

 

「なんだかーとっても疲れているように見えるけどー、どうかしたのー? 大丈夫ー?」

 

「……ええ、まあ大丈夫ですよ」

 

 リュウダは苦笑を浮かべて冥子にそう答えると、自分が疲れている原因、今日学校で起こった出来事を思い出す。

 

 朝、リュウダが諸星やラム達と話をしていたあの時、彼らの教室に一人の転校生がやって来たのだ。そしてその転校生というのが諸星達と負けず劣らずクセが強く、転校生が起こしたトラブルによって直接な被害は出ていないが精神的に疲れたのだった。

 

「実は今日、クラスに転校生が来て、その歓迎で疲れたと言うか……」

 

 学校で起こったトラブルを正直に言っても冥子に信じてもらえないと思ったリュウダは言葉を濁した。クラス委員を決めるだけのはずが何故か諸星と転校生との決闘になり、しかもその決闘内容が「大砲を撃ち合ってお互いの頭の上に乗せたリンゴを粉砕する」だなんて、話だけでは絶対信じてもらえないだろう。

 

 そんなリュウダの考えを他所に冥子は「転校生」という単語を聞いて楽しそうな顔をする。

 

「あらー。転校生が来たのねー。新しいお友達ができてー良かったじゃないー。私も今からーお友達のところに行くのよー」

 

「? 仕事じゃなかったのですか?」

 

 てっきり今日もいつものように悪霊退治だと思っていたリュウダが聞くと冥子は頷いてみせた。

 

「もちろんお仕事よー。私のお友達にーオカルトグッズに興味がある人がいてーそのお友達にオカルトグッズを届けに行くのー。でも普通の人がーオカルトグッズを無闇に扱ったらー危ないでしょー? だからーこういったオカルトグッズの取り扱いを指導するのもー私達ゴーストスイーパーのお仕事なのー」

 

「なるほど。それで今日はどんなオカルトグッズを届けに行くんですか?」

 

「それはねーこれよー」

 

 仕事内容を理解したリュウダの言葉に、冥子は先程から手に持っていた箱を開いてその中身を見せる。箱に入っていたのは、藁で作られた人形、呪いのアイテムの定番中の定番である藁人形であった。

 

「じゃーん! 六道家厳選藁人形十個セットー! これに呪いたい人の髪の毛を入れたらーどんなに霊力が低い人でもー簡単に呪いがかけることができるのー」

 

(な、なんて物騒なものを……!? あれ? 藁人形? オカルトグッズ? そう言えばそんな物を使っているキャラがいたような気が……?)

 

 冥子が持っているオカルトグッズにドン引きしていたリュウダだったが、何かを引っかかるものを感じて首を傾げていると、二人を乗せたリムジンが目的地へと到着したのだった。

 

 

 

「まあ、なんて見事な藁人形! 冥子様。いつも良質な呪いの品を持ってきていただき、ありがとうございます」

 

(そうだった……。そう言えば彼女がいるんだった)

 

 リュウダと冥子を乗せたリムジンがついた先は小さな町と言ってもいい程の規模の大豪邸だった。そしてその大豪邸の一室で着物を着たいかにもお嬢様といった少女が、冥子が持って来た藁人形を見て嬉しそうな笑顔を浮かべ、反対にリュウダは内心で渋面を作っていた。

 

 面堂了子。

 

 うる星やつらに登場するキャラクターの一人で、日本屈指の名家であり大財閥である面堂家のご令嬢。外見はおしとやかな美少女なのだが、大のイタズラ好きで登場する回では必ずタチの悪いイタズラをして諸星を初めとする多くの人を巻き込んでいた。

 

「了子ちゃんに喜んでもらえてー私も嬉しいわー。でもー何回も言うけどねー、あくまでコレクションとしてよー? 一般人の了子ちゃんはー使っちゃ駄目だからねー?」

 

「ええ、もちろん。いくら私でもこれを使おうだなんて夢にも思いませんわ。おほほ」

 

(嘘つけ)

 

 友人である了子の嬉しそうな笑顔を見て喜びながらもゴーストスイーパーとしての注意を忘れない冥子。それに対して上品に笑いながら答える了子に、リュウダは思わず声を出しそうになった。

 

 了子は大のイタズラ好きであると同時にオカルトグッズの収集家でもあり、原作では手に入れたオカルトグッズを使ってイタズラをしたこともあった。

 

(それにしても冥子先生のお友達がまさか彼女とは……。でも考えてみれば充分あり得るか)

 

 冥子も了子も名家のご令嬢同士な上、オカルトという共通点があるため、付き合いがあってもおかしくはない。そんなことをリュウダが考えていると、部屋の外から足音が近づいてきた。

 

「了子! お前、また怪しげな物を買ったのか!?」

 

 部屋の扉を勢い良く開け放ち大声を出したのは、今日リュウダのクラスに転校した転校生である了子の兄、面堂終太郎であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19話

 面堂終太郎。

 

 うる星やつらのレギュラーメンバーの一人で、大財閥である面堂家の次期当主な上、容姿端麗で頭脳明晰、運動神経抜群と天から二物も三物も与えられたような人物である。しかしそんな一見非の打ち所のない彼だが、諸星と同じくらい女好きであることと、大きな「弱点」を持っていることから、終太郎もまた諸星達と負けないくらい場を引っ掻き回すトラブルメーカーの一人なのであった。

 

「了子! お前、また僕の断りなくオカルトグッズを買ったそうだな!? あんな怪しい上に危険な物、もう買うなと何度も言っているだろう!」

 

 了子の部屋に入ってきた終太郎は自分の妹に向かって大声を出すが、了子は特に気にしておらず涼しい表情のままだった。

 

「お兄様。そんなに大声を出してはお行儀が悪いですわよ。せっかくお客様が来て下さっているのに」

 

「お前に客だと? 一体誰……………えっ?」

 

「終太郎クン、久しぶりー」

 

 了子に言われてようやくリュウダと冥子の存在に気づいた終太郎は、冥子の姿を見た瞬間まるで凍りついたかのように固まってしまう。その終太郎を見てリュウダは、以前ダークソウルの世界の最下層でバジリスクに石像にされた時のことを思い出した。

 

「め、冥子さん、ですか……?」

 

「ええ、そうよー」

 

「…………………………!?」

 

 目の錯覚であってほしい。あるいは他人の空似であってほしい。

 

 そんな心の声が聞こえてきそうな震える声で終太郎が聞くと冥子は頷き、終太郎の顔色が目に見えて青くなっていく。そして……。

 

「う、う、うわあああーーーーー!!」

 

 突然、終太郎は恐怖に表情をひきつらせて部屋から出ようと全速力で走り出した。これにはリュウダも冥子も面食らったが、了子だけはこの展開を予想していたようであった。

 

「お兄様。冥子様のお顔を見て逃げ出すなんて失礼ですわよ」

 

 そう言って了子が手元にある何かの機械を操作すると、部屋の天井から鐘が落ちてきて終太郎は鐘の中に閉じ込められてしまう。すると次の瞬間……。

 

「うわ~ん! 暗いよ、狭いよ、恐いよ~!」

 

 鐘の中から終太郎が子供のように泣きわめく声が聞こえてきた。

 

 そう。これが終太郎の持つ大きな弱点。彼は重度の閉所恐怖症の暗所恐怖症で、今みたいに狭くて暗い場所に閉じ込められると幼児退行を起してしまうのである。

 

「おほほ。お兄様、みっともなくってよ」

 

「了子ちゃん、ちょっとやりすぎよー。ビカラちゃーん」

 

 鐘の中で泣きわめく終太郎を見て了子が笑っていると、見かねた冥子が自分の影からビカラを呼び出し終太郎を助けるように命じる。

 

「た、助かっ……………た?」

 

 ビカラの怪力によって鐘はあっさりと退かされ、外に出れて安堵の息を吐いた終太郎は、自分を助けてくれたビカラを見て再び固まってしまう。

 

「お、お、オバケーーー!? うわ~ん! オバケ嫌だよ~! ………ぶっ!?」

 

 鐘の中に閉じ込められた時のような、いいや、それ以上に大きな声で泣き出した終太郎を「助けてやったのに、その言いぐさはなんだ!」とばかりに怒ったビカラが体当たりをして踏み潰してしまう。

 

「これは一体……何がどうなっているんだ?」

 

「これには事情があるのです。我が面堂家と冥子様の六道家は古くから続く名家同士ということもあって、私達も昔からの知り合いなのです。……そしてあれはお兄様が五歳の頃、冥子様と初めて会った時に起こったと聞きます」

 

 原作にはない展開にリュウダが目を白黒させていると、いつの間にか隣に来ていた了子が自分の聞いた話をしてくれたのだが、この時点でリュウダには嫌な予感しかなかった。

 

「……一体何が起こったんだ?」

 

「はい。冥子様の式神達なのですが、初めての場所と初めて会ったお兄様に興奮したようで、お兄様と一緒に『遊んだ』そうなのです。それによって当時のお兄様は七日七晩生死の境をさ迷ったのだとか」

 

 嫌な予感が的中したリュウダは、頭痛がした気がして右手を額に当てた。了子の言う「遊んだ」とは十中八九、式神の暴走なのだろうがこの話にはまだ続きがあった。

 

「それで自分のせいでお兄様が怪我をしたことを知った冥子様は、お兄様と式神に仲良くなってもらおうと考え、お兄様を式神達が暮らす自分の影の中へ三日程ご招待したそうなのです」

 

「………!」

 

 了子の話に今度こそ頭痛がしたリュウダは、右手だけでなく左手も額に当てて俯いた。冥子の影の中は完全な異空間で、そんな所に閉じ込められたらいかに面堂家の力でも終太郎を助け出すことなんて不可能だろう。

 

 原作では終太郎が閉所恐怖症の暗所恐怖症になったのは別の原因だが、この世界では冥子が全ての原因のようだった。五歳の頃に式神に袋叩きにされた挙げ句、光が無い異空間に三日間閉じ込められたら、誰だって閉所恐怖症の暗所恐怖症、オマケに霊体恐怖症になるに決まっている。

 

 話を聞いたリュウダは終太郎を放っておけなくなり、内なる大力を使って黒いローブ姿に変身すると、ビカラを退かして終太郎を助け出した。

 

「まあ……!」

 

「お、お前は……?」

 

 リュウダが黒いローブ姿に変身するのを見て了子が小さく驚きの声を上げるが、リュウダはそれに気づかず自分を見上げる終太郎に自己紹介をした。

 

「俺は藤沼リュウダ。お前が転校したクラスの生徒だよ。まあ、何て言うか……俺の雇い主の冥子先生がすまなかったな? これからは冥子先生がこの家に行く時は俺もできる限り同行するし、式神の暴走も抑えるように協力するから元気だせって」

 

「ほ、本当!? 本当に守ってくれるの? 絶対だよ!」

 

 終太郎を励まそうとリュウダが話しかけると、終太郎はまるで地獄で仏に出会ったような顔でリュウダの手を取った。

 

 

 

「冥子様。それに藤沼様も、また来てくださいね」

 

「藤沼ぁ! 冥子さんが来る時はお前も絶対に来るんだぞ! 茶菓子でも何でも用意してやるから絶対に来いよ!」

 

 面堂家の屋敷から帰る時、了子と終太郎は冥子だけでなくリュウダにも声をかけた。

 

 どうやらリュウダは了子からは新しいオモチャ、終太郎からは冥子関係のトラブルの命綱と認識されたようであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話

「よお、藤沼。昨日はすまなかったな」

 

 リュウダが冥子と一緒に面堂家の屋敷に行った次の日。リュウダが学校に登校すると、すでに教室に来ていた終太郎が話しかけてきた。

 

「? すまなかったって何のことだ?」

 

「昨日は色々あって、ちゃんともてなせかっただろ? いくら『友達』とはいえ、それは失礼だと思ってな。だけど許してくれるよな? 僕達は『友達』同士なんだから。……それでなんだが藤沼?」

 

 終太郎はそこまで言うとリュウダに近づき、彼にだけ聞こえる小声で話しかける。

 

「……実は今週の日曜、了子と冥子さんがお茶会を開くみたいで僕もそれに呼ばれているんだ。だから藤沼もよければ一緒に来てくれないか……というか来てくれるよな? 僕達、友達なんだから」

 

 まるで雨の降る日に捨てられた子犬のような目で必死に言ってくる終太郎の言葉に、リュウダは内心で苦笑すると共に納得した。

 

 終太郎をからかうことが生き甲斐である了子と、終太郎にトラウマを植え付けた天敵である冥子のお茶会は、終太郎にとっては例え拒否しても逃げられない地獄のような時間だろう。だからこそ終太郎は了子と冥子のストッパーになりうるリュウダを呼ぼうとしているのだった。

 

「大丈夫だよ。そのお茶会には俺も冥子先生と了子さんに呼ばれているから俺も参加するよ」

 

「ッ! そ、そうか! それならその日は最高級のお茶菓子を用意しておこう! いやー、よかったよかった。藤沼、やっぱり僕達は友達だな」

 

 リュウダもお茶会に参加すると聞いて終太郎は心から安堵した表情となってリュウダの背中を叩く。そして落ち着きを取り戻した終太郎はリュウダに話しかける。

 

「それで藤沼? さっきから気になっていたのだが……『アレ』は何だ?」

 

 そう言って教室の隅を見た終太郎の視線の先には……。

 

「チクショー! チクショー! 久しぶりに学校に来たら金持ちの上にイケメンの転校生がいるじゃねーか! 羨ましいんじゃ、チクショー!」

 

 終太郎の顔写真がついた藁人形を壁に釘で打ちつけている横島の姿があった。

 

「僕が女学生からラブレターを貰った時からああしているんだ。もう三十分くらいああしているかな?」

 

「横島……」

 

 終太郎の言葉を聞いてリュウダは呆れたような声を出した。終太郎を見た横島の反応はリュウダもある程度予想していたが、実際に見るとやはり呆れてしまうのであった。

 

 しかもよく見ると横島が釘で打ちつけている藁人形は一個ではなかった。終太郎の藁人形の隣りには諸星の顔写真がついた藁人形があり、横島は次に諸星の藁人形に新たな釘を打ちつける。

 

「諸星も諸星だ! 気がつけばラムちゃんとゆー、ビキニ姿の美少女と夫婦だとぉ!? 諸星の奴、許さぁーーーん!」

 

「……………はぁ。面堂、アレはああいう奴だから気にしなくてもいいよ」

 

 横島の叫びを聞いたリュウダは一気に馬鹿馬鹿しくなり、終太郎にそう言うと自分の席へと向かうのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話

「全く、アイツらはいい加減にしろよな……」

 

 学校が終わり自宅のアパートへの帰り道でリュウダは一人愚痴をこぼしていた。

 

 リュウダが考えているのは今日の学校の出来事。久しぶりに登校した横島は、ルックスが整っている上に大金持ちという面堂の存在によって嫉妬心をたぎらせていたのだが、そこにいつものようにラムと一緒に教室に入ってきた諸星を見た瞬間、嫉妬を爆発させたのだった。

 

 嫉妬に狂った横島は、まず滝のような涙と鼻水を出しながら諸星に掴みかかり延々と恨み言を言うと、次はラムの女友達を紹介してほしいと頼みこんだ。美人のラムの女友達だったらきっとその女友達も美人だろう、という横島の言葉に諸星も思わず反応すると、今度はラムが嫉妬を爆発させてそれから教室全体を巻き込むトラブルを起こしたのである。

 

 リュウダはこの世界に転生した事を最初は喜んでいた。しかしそれは諸星や横島達が起こすトラブルに巻き込まれて気絶し、ダークソウルの世界に行く機会が増えることを期待していたからだ。今日のように気絶もできず、ただトラブルに巻き込まれて心身共に疲れるだけという結果になれば愚痴の一つも言いたくなるというものだ。

 

「今日はゴーストスイーパーの仕事が休みで本当に良かったよ……。帰ったら夕飯の支度の前に少し休もう」

 

 ちなみにリュウダの自宅は横島と同じアパートの一室で、この世界での両親は海外赴任で外国に行っているため一人暮らしである。

 

 アパートに着いたリュウダが自室のドアを開けるとそこには……。

 

 

 全てが雪に包まれた銀世界が広がっていた。

 

 

「…………………………」

 

 雪まみれとなった自室を見たリュウダは十秒くらい硬直すると、一度ドア閉めて目をまぶたの上から揉んで再びドアを開ける。しかし結果は同じで、彼の部屋は雪で覆われていた。

 

「こ、これは一体どう言う事だ………ん?」

 

 今の季節で雪など降るはずがなく、リュウダが自分の部屋の惨状を前に呆然と呟いていると、すでにふすまが少し開いている物置の方で何かが動いたような音が聞こえた。

 

「だ、誰だ……って、え?」

 

「あら?」

 

 もしかして泥棒かも知れないと考えたリュウダが緊張した表情でふすまを開けると、白い着物を着た美少女の姿があり、リュウダは彼女の姿に見覚えがあった。

 

 おユキ。

 

 うる星やつらの登場人物の一人で、海王星に住む妖怪の雪女に似た特徴を持つ宇宙人。ラムの幼馴染の一人であり、物静かでマイペースな性格をしているのだが、怒ると非常に恐ろしい一面を持つ女性だった。

 

(これってもしかしておユキが初登場した話なのか?)

 

 白い着物の美少女、おユキの顔を見たリュウダの脳裏に原作知識が浮かび上がる。

 

 おユキの初登場の話は、風邪をひいた諸星の部屋の押し入れと、海王星で雪かきをしていたおユキが雪を捨てるために異次元に開けた穴が偶然繋がり、そこでうっかり穴に落ちた彼女が諸星の部屋に登場するという展開だったはずである。それなのにどうしておユキが諸星の部屋ではなく自分部屋にやって来るのか、リュウダには全く理解できなかった。

 

(勘弁してくれよ、疲れているのに……。こういうトラブルに巻き込まれる役は俺以外にも適任がいるだろ? 例えば諸星とか横島とか諸星とか横島とか諸星とか横島とか……)

 

 おユキの予期せぬ登場にトラブルの予感を感じたリュウダは、思わず内心で頭を抱えるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話

「それじゃあ、いきますよ。皆さん危ないですから離れてくださいね。……『火球』」

 

 自宅のアパートでおユキと予期せぬ出会いをしてからしばらくした後、リュウダが呪術師が最初に覚える呪術の火球を放つと、火球は目の前にある雪原に着弾し大量の雪を一瞬で蒸発させた。

 

 今リュウダがいるのは自宅のアパートどころか地球上の何処でもなく、おユキの故郷でもなく海王星で、そこで彼は現在大量の雪の除去作業を手伝っていた。

 

 あの後、リュウダがおユキに何故自分の部屋にいるのか事情を聞くと、やはり原作の通り彼女は海王星で雪かきをしている最中に雪を捨てるための穴に落ちてしまい、気がつけばリュウダの部屋に来ていたらしい。

 

 そこから更に詳しい事情を聞くと、おユキが住む海王星は一年中雪が降っていて毎日の雪かきが欠かせないのだが、機械を動かす為のエネルギーは全てライフラインと雪を捨てるために異次元に開けた穴の維持に使っているため、肝心の雪かきは手作業で行っているとのこと。しかも今、成人の男全員他の星へ出稼ぎに出ていて、雪かきをしているのは女性ばかりで大変だと言うおユキの話を聞いたリュウダは、こうして海王星で雪かきを手伝うことにしたのであった。

 

「火球。火球。そしてなぎ払う炎」

 

「まあ、なんて凄い」

 

『『ーーーーー!』』

 

 リュウダが呪術の炎を放つ度に雪が蒸発していき、僅か数分で男手を入れても除去に丸一日かかる量の雪が無くなったことにおユキは驚いた顔で呟き、その後ろでは大勢の海王星の女性達が歓声を上げていた。先程まで手作業で重労働の雪かきをしていたところに、いきなり一人で自分達の何倍もの速度で作業してくれる援軍が来てくれたのだから、歓声が上がるのも当然のことだろう。

 

「……ふう。まあ、ひとまずこんなところか?」

 

「お疲れ様でした、リュウダさん」

 

 ある程度雪の除去が終わりリュウダが呪術を使うのを止めると、そこにおユキが近づいてきて話しかけてきた。

 

「お陰で随分助かりました。大したお礼はできないですけど、どうか私のお部屋でお茶でも飲んでいってください」

 

 たった数分で数日分の雪かきが終わったことで、おユキは表情にこそ出していないが内心でかなり上機嫌となっており、リュウダの手を握ってそう言った。するとその時……。

 

「………らぁ」

 

「ん? 何だ今のは?」

 

 おユキに手を握られたリュウダは何処からか人の声がした気がして、声がしてきたと思われる方を見てみると、巨大な全身毛むくじゃらの大男がこちらに向かって走って来るのが見えた。

 

「あれは?」

 

「B坊? 一体どうし……おやめなさい!」

 

 こちらに走って来る毛むくじゃらの大男、B坊の姿を見て首を傾げていたおユキだったが、B坊がリュウダに血走った目を向けているのに気づくと思わず声を上げる。

 

 B坊はおユキを実の姉のように慕っている下男で、原作では彼女に言い募った諸星を敵視して昔の怪獣映画のような暴れっぷりを見せていた。そして今、B坊はおユキと手を繋いでいるリュウダを敵視して襲いかかろうとしていたのだった。

 

「こらぁ! 貴様ぁっ! よくもワシのおひいさまに……………!?」

 

「ああっ!?」

 

 今まさにリュウダに襲いかかろうとしていたB坊であったが、ドスの効いた声を出すリュウダに睨まれると思わず動きを止めた。

 

 B坊はまだ子供であるが、その体格から出される怪力は並の大人では敵わず、海王星でも有数の実力者である。そんなB坊の直感が「目の前にいる男には絶対に敵わない」と告げており、その直感は正しかった。

 

 確かに身体が大きいということはそれだけで十分強い。しかしダークソウルの世界で身体の大きいだけの敵を何十、何百体と倒してきたリュウダには大した脅威ではない。……そう。

 

歴戦のダクソプレイヤーは身体が大きいだけで敵を恐れるような可愛らしい感情など、北の不死院や城下不死街といった序盤で既に擦り切らしているのである!

 

「そんな……B坊が……?」

 

 おユキの言うことしか聞かず、力づくで言うこと聞かせる者など一人もいなかったB坊を一睨みで黙らせたリュウダの姿に、おユキだけだけでなく他の女性達も思わず驚き目を見開く。この時、本人が気づいているか否かは分からないが、おユキの中でリュウダに対する確かな興味が芽生えたのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話

 デーモン遺跡。

 

 そこは以前、偶にマグマが沸立つ音ち火山の噴火音以外は何も聞こえてこない静かな場所であった。しかし今は……。

 

「オラァッ! 待てや! そこの牛頭に、山羊頭ぁっ!」

 

「ブモォオオオッ!」

 

「メエェエエエッ!」

 

 一人の不死人の怒声と、牛と山羊のような生き物の悲鳴が響き渡る賑やかな場所と化していた。

 

 怒声を上げて全力疾走しているのは最近病み村に現れた奇妙な不死人の呪術師リュウダであり、そんな彼から悲鳴を上げて逃げているのはこのデーモン遺跡を出現するモンスター、牛頭のデーモンと山羊頭のデーモンであった。

 

 牛頭のデーモンも山羊頭のデーモンも、不死人を見かけたら問答無用で襲いかかり、これまで数多くの不死人をその剛腕で葬り去ってきたモンスターである。それが悲鳴を上げて逃げるなんて、リュウダは一体どれだけの牛頭のデーモンと山羊頭のデーモンを殺してきたのだろうか?

 

「お肉♩ お肉♩」

 

 そんなリュウダ達から少し離れた場所では、リュウダが倒した牛頭のデーモンと山羊頭のデーモンをミルドレットが鼻唄を歌いながら解体していた。

 

「全く、何をやっているんだ、アイツらは?」

 

 そしてそこから更に少し離れた場所では、全身トゲだらけの鎧を着た騎士カークが呆れたように呟くのだった。

 

 

 

「お疲れ、様……。お肉、焼けた、よ」

 

「ああ、ありがとう」

 

 とりあえず周囲の牛頭のデーモンと山羊頭のデーモンを狩り尽くしたリュウダは、ミルドレットが焼いてくれた肉串(材料・牛頭のデーモンと山羊頭のデーモン)を受け取って彼女に礼を言った。そしてリュウダが肉串を食べていると、カークが近づいてきてリュウダに話しかける。

 

「随分と精が出ているな」

 

「あっ、カーク先輩」

 

「今日は随分と楽しそうにデーモン達を狩っていたが、何か良いことでもあったのか?」

 

 カークが言う通り、今日のリュウダはずっと笑みを浮かべて牛頭のデーモンと山羊頭のデーモンを追いかけ回しており、それがデーモン達が恐怖を覚えて逃げていた理由の一つかもしれない。するとリュウダは笑みを浮かべて肉串を更に一つ食べる。

 

「ええ、そうなんですよ。実は今日、クラーナ師匠に呪術の力が強くなったって褒められたんですよ。そしてもう少ししたら全ての呪術も覚えられるって」

 

 リュウダがクラーナに師事して呪術の修行をしているのは、自分の憧れの人の元で呪術を極めたいというのも理由の一つだが、それがクラーナがクラーグと混沌の娘の元へと行く条件でもあるからだ。

 

「ほう。それは良かったな」

 

 嬉しそうに言うリュウダの言葉にカークは興味深そうに答える。リュウダの行動を観察する仕事を依頼されているカークは内心でいい報告ができそうだと呟いた。

 

「しかしどうしてお前はそこまで必死で頑張れる。確かに混沌の従者であるお前が、混沌の娘達の命令を達成しようと努力をするのは分かるが、お前は少し張り切りすぎているように見えるな」

 

「え?」

 

 カークが以前から気になっていたことを聞くと、リュウダは一瞬虚を突かれた表情となり、それから少し考えてから口を開いた。

 

「それは……やっぱりクラーナ師匠とクラーグ姉さん、混沌の娘の姫様の三人に喜んでほしいからでしょうか?」

 

 ダークソウルの世界はプレイヤーの心をへし折ろうとする悪意に満ちているが、それと同時に魅力的なキャラクターや武器やスキルと言ったプレイヤーを喜ばせようとする愛情に満ちていた。そしてダークソウルのプレイヤーはそんな世界の悪意と真っ向から向かい合い、世界の愛情を受け取ってきていた。……そう。

 

歴戦のダクソプレイヤーとは自らが信じた愛のためならばどの様な地獄も踏み越えて行く愛に殉じた修羅なのである!!

 

「まあ、ようするに愛が溢れて溢れて止まらないってところですね」

 

「……その言葉はよく分からないが、何故だか分かるような気もするな。まあ、その調子で頑張るんだな。……ああ、ありがとう」

 

「ん」

 

 リュウダの言葉にカークは兜の下で苦笑を浮かべて言うと、ミルドレットから差し出された肉串を一本受け取るとその場を去って行くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話

(いよいよこの日が来たか……。思ったより早かったな)

 

 ダークソウルの世界でカークと話をした数日後。リュウダは空港の中にいた。

 

 今日リュウダが空港にいるのはゴーストスイーパーの仕事で、彼の隣には冥子が楽しそうに空港の様子を眺めている。そしてリュウダはこれから起こる未来を知っていた。

 

「極楽大作戦!!」の話に、地中海のとある孤島で大昔に封印された強大な力を持つ魔物が復活しようとしており、美神とその仲間であるゴーストスイーパー達がそれに立ち向かうという話があった。その美神と一緒に孤島へ向かうゴーストスイーパーの一人が冥子なのである。

 

 実際に今日、冥子は自分達以外にもゴーストスイーパーが何人もこの空港に来ると言っていて、それが美神達なのだろう。

 

「六道さん! 藤沼さん!」

 

「あっ! ピートくーん! こっちよー」

 

 リュウダと冥子がしばらく空港で待っていると、彼らの元にまるでモデルのような顔立ちが整った外国人の青年が駆け寄ってきて、冥子が手を振ってみせる。

 

 ピート。

 

 彼も「極楽大作戦!!」の登場人物の一人でフルネームはピエトロ・ド・ブラドー。その正体は吸血鬼と人間ととの間に産まれたヴァンパイア・ハーフであり……そして、今回の仕事で戦う「魔物」の息子であった。

 

「ようこそ来てくれました。お二人で最後です。他の皆さんはすでに専用機に乗っていますので、どうぞこちらに」

 

 目的の孤島は通常の飛行機では行けないので専用機に乗る必要があり、ピートの案内でリュウダと冥子が専用機に乗ると、そこにはリュウダが予想していた面々、つまり「極楽大作戦!!」の登場人物達がいた。

 

「あら、冥子と藤沼クンじゃない? 貴女達も来たの?」

 

「ゲッ!? 冥子!」

 

 専用機の中にいた美神がリュウダと冥子に気付いて声をかけると、その隣にいた褐色の肌で黒髪の女性が悲鳴の様な声を上げる。

 

 小笠原エミ。

 

 美神と冥子の二人と同期のゴーストスイーパー。日本でトップクラスの腕前な上に、呪術だけで言えば間違いなく日本一の実力者。美神とはライバル関係であるため、これまでに何度もゴーストスイーパーの仕事で争っていたりする。

 

 ちなみに冥子と同期ということもあって、美神と同じくらい冥子の式神の暴走に巻き込まれてきた人物でもある。

 

「落ち着きなさいよ、エミ。最近の冥子の活躍は貴女も聞いているでしょ? そこにいる藤沼クンのお陰で式神の暴走も大分減っているから安心しなさい」

 

「そ、そうね……。そうだったわ。それでおたくが噂の藤沼なワケね? 私は……」

 

「小笠原エミさんですよね。お名前は聞いています」

 

 冥子の登場に動揺していたエミであったが、美神の言葉に落ち着きを取り戻すとリュウダの方を見て名乗ろうとするが、それより先にリュウダが話しかける。

 

「あら? おたく、私のことを知っているワケ?」

 

「はい。日本でトップクラスのゴーストスイーパーで、同時に日本一の呪術師。それに冥子先生や美神さんに負けないくらいの美人となれば噂を耳にしますよ」

 

「へぇ……。嬉しいことを言ってくれるわね。これからも冥子の手綱をちゃんと握っておいてほしいワケ」

 

 前世から「極楽大作戦!!」の中では好きな方のキャラクターで、しかも「呪術師」という繋がりあるためリュウダがにこやかに挨拶をすると、エミを小さく笑って彼に握手をする。すると……。

 

 

「ほう。どうやら仲良くなれたようじゃな。それは良かった」

 

 

 聞き覚えがあるが、この場では絶対に聞こえるはずのない声が聞こえてきた。

 

「っ!? ……チェリー殿! それにサクラ先生まで! い、一体どうしてここに……!!」

 

 リュウダが声が聞こえてきた方を見ると、そこにはチェリーとサクラの姿があり、思わず驚きの声を上げる。

 

「何、お主達と同じで拙僧達も呼ばれたのじゃよ。今回の件は中々に厄介な要件のようじゃからの」

 

「うむ。そういうことじゃ」

 

 チェリーの言葉にサクラも頷き、リュウダはそんな二人を見て内心で冷や汗を流した。

 

(参ったな……。いきなり話の流れが変わってきたぞ……これはいよいよ『切り札』を使う時が来たのか?)




リュウダの言った「切り札」はダクソプレイヤーなら必ず知っているものです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話

 数分後。リュウダ達が乗る専用機は空港を離陸して原作の通り、地中海にある孤島へと向かう。

 

 専用機の中で他の皆はリラックスしていたが、これから先の展開を知っているリュウダは気が休まる暇がなかった。

 

(あ〜、ついに離陸したか……。原作通りだとこの専用機、墜落するんだよな……。とりあえず『あの二人』の暴走は止めないとな……)

 

 リュウダは心の中で呟くと、後ろの座席に座っている老人とその隣に座る女性に視線を向けた。

 

 ドクター・カオス。人造人間マリア。

 

 ドクター・カオスはかつて「ヨーロッパの魔王」と呼ばれた天才錬金術師で、自らが編み出した不老不死の秘術によってすでに千年以上生きている。「自分と他者の精神を入れ換える秘術」を開発して、強くて若い美神の肉体を奪おうと来日してきたが呆気なく撃退され、それからは故郷に帰れず日本で借金生活を送っていた。

 

 そしてマリアはドクター・カオスが作り出した人造人間、ロボットで、外見は普通の女性に見えるが実際は身体に銃火器やロケットパンチなど装備した歩く兵器なのである。

 

 リュウダがドクター・カオスとマリアを警戒している理由は、今乗っている専用機の墜落にこの二人が大きく関わっているからだ。

 

 原作ではこの専用機はコウモリの大群に襲われて深刻なエンジントラブルを起こす。それをドクター・カオスと飛行ユニットを装備したマリアが解決しようとするのだが、マリアはドクター・カオスごと専用機の機体を突き破って飛び立ってしまい、それがトドメとなって専用機は墜落するのであった。

 

「藤沼クン? 一体どうしたのー?」

 

 これからの展開を知っているためかリュウダは自然と緊張した表情となっており、そんな彼の様子に気づいた冥子が話しかけてきた。

 

「冥子先生……。いえ、ちょっとこれから先のことが気になって……っ!?」

 

 冥子に返事をしようと彼女の方を見たリュウダは驚きのあまり声を失った。何故なら……。

 

冥子の後ろにダークソウルに登場するダークレイスの幻が見えたからである。しかも横チェキで。

 

 あまりにも予想外の光景にリュウダが思わず周囲を見回すと、機内にいる全ての人の隣にダークレイスの幻がポージングをとっていて、恐る恐る振り替えるとリュウダの後ろにもダークレイスの幻がサムズアップしていた。

 

「な、なんて不吉な……。この飛行機、今すぐにも墜落するんじゃないか?」

 

「藤沼もこの不吉な気配に気づいたか……。左様、この飛行機は呪われておる。ナンマイダブナンマイダブ……」

 

「お、おい! 藤沼もチェリーも止めろよな!」

 

 リュウダの呟きを聞いたチェリーが両手を合わせて念仏を唱え始めると横島が立ち上がって二人に呼び掛ける。この時の横島は顔色を青くして不安そうであったが、横島の姿を見たリュウダはもっと不安であった。何故なら……。

 

他の人はダークレイスの幻が一人取り憑いているだけなのに、横島の後ろにはダークレイスの幻が五人取り憑いて◯ニュー特選隊のポーズをとっていたからである。

 

「……横島。お前、この中でブッチ切りで不吉だぞ? 今日あたりで死ぬんじゃないか? ……わりとマジで」

 

「拙僧もそう思うぞ。横島よ、お主にはこれより逃れられぬ不幸が訪れるじゃろうて」

 

「だから止めろって! ……っ!?」

 

 不吉すぎる横島を見てリュウダとチェリーがかなり真剣に横島の命を心配し、それに対して横島が大声を出そうとした時、「それ」は起こった。

 

 突然、専用機の前方の海に火山が噴火したような水柱が起こり、その中から巨大な影が姿を表した。

 

 水柱から姿を現したのは「一つの胴体に八つの頭を持つ巨大な大蛇」で、それを見たリュウダは我が目を疑った。

 

「あ、あれは……!?」

 

「『ブラドーの竜』!? もう目覚めていたのか!」

 

 リュウダが何かを言うより先にピートが専用機の窓から八つ首の大蛇を見て声を上げる。

 

(ブラドーの竜って何だよ!? こんなの原作になかったぞ! いや、そんなことよりも、アレが俺の知っているモンスターだったら……!)

 

 ピートに問い詰めたい気持ちはあるが、それよりも先にすべきことがあると判断したリュウダは、隣にいる冥子に声をかける。

 

「冥子先生! 『緊急召還・参』です! 急いで!」

 

『ーーーーーーーー!』

 

 リュウダが冥子に向かって叫んだ瞬間、八つ首の大蛇の口からそれぞれ高圧の水流が放たれ、八つの水流はリュウダ達が乗る専用機は一撃で撃墜させた。




この小説、「うる星やつら」と「極楽大作戦!!」だけじゃなく、「ダークソウル」も混じっておるんじゃよ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26話

「あー、死ぬかと思った……」

 

(改めて思うと横島って、本当に悪運が強いよな……。そう考えると今回生き残れたのも横島のお陰なのかもな?)

 

「本当にね……。今回は流石にヤバかったわ……」

 

「ええ。冥子と藤沼がいなかったら死んでたワケ」

 

 横から聞こえてくる横島の声を聞いてリュウダがぼんやりとそんなことを考えていると、近くから美神とエミの声も聞こえてきた。

 

「そんな……。私は藤沼クンの指示に従っただけよー」

 

「いえ、俺はただ指示しただけで、実際に動いてくれたのは冥子先生ですよ」

 

 美神とエミの言葉に冥子は照れたよう、リュウダは何でもないように答える。しかしリュウダは謙遜したように言うが、今回皆が生き残れたのは彼の働きが大きかった。

 

 八つ首の大蛇が専用機に向けて高圧の水流を放った時、リュウダは冥子に「緊急召還・参」という指示を飛ばしていた。それは細かい指示を出す暇もない緊急事態に備えて予め決めていたものであり、「緊急召還・参」というのはメキラの瞬間移動で退避した後、シンダラで安全な場所に着地あるいは着水するというものだった。

 

 これによりリュウダ達は専用機が撃墜される前に海に避難して、八つ首の大蛇が何処かへ去っていくとリュウダは常に持っていたカバンから緊急用のゴムボートを二つ出し、現在皆はそのゴムボートに乗っていた。

 

「助かったのはいいんだが藤沼、お前よくゴムボートなんて持っていたな?」

 

「……今回の仕事は孤島って聞いていたからな。念のために海で使えそうなのを持ってきていたんだよ。それより冥子先生、サンチラを出してもらえませんか? サンチラに適当な島や船までゴムボートを引っ張ってもらって体勢を立て直しましょう」

 

 ゴムボートはリュウダが原作を知っていたから用意できたものだが、彼はそれを誤魔化すと冥子にサンチラを出すように頼む。

 

「幸い目的の島はもうすぐです。できたらそちらへお願いできますか?」

 

「分かったわー。サンチラちゃーん」

 

 リュウダが頼むとピートが目的の島の方角を指差し、冥子が呼び出したサンチラが島までリュウダ達が乗るゴムボートを引っ張って行く。とりあえず当面の危機が去って目的地までの移動手段を確保すると、リュウダは先程から気になっていたことをピートに聞くことにした。

 

「それでピート。さっきの大蛇は何なんだ? お前はアレを『ブラドーの竜』って呼んでいたよな?」

 

 リュウダがピートに聞きたかったのは専用機を撃墜した八つ首の大蛇のことである。

 

 皆には言っていないがリュウダはあの大蛇のことを知っていた。首の数が一本多かったが、あの大蛇はダークソウルの世界に登場するモンスター「湖獣」で、それが何故この世界にいるのか全く分からなかった。

 

「もしかしてあの大きな蛇さんを倒すのが今回のお仕事なのでしょうか?」

 

 おキヌが聞くとピートは首を横に振って答える。

 

「いえ……。確かにアレも倒して欲しい相手ではありますが、本当の敵は別です。……敵の名前は『ブラドー』。最も古くて力のある吸血鬼の一人です」

 

「ブラドーじゃと? あやつめ、まだ生きておったのか? しかしブラドーがあんな魔物を飼っていたなんて初耳じゃぞ?」

 

 ピートが口にしたブラドーの名前を聞いて、過去に一度戦ったことがあるドクター・カオスが驚いた顔となって言う。そして続けて言った、ブラドーが八つ首の大蛇を飼っていたなんて知らない、という言葉にピートが頷く。

 

「そうでしょうね。ブラドーがあの魔物、ブラドーの竜を手に入れたのは、奴が封印される直前でしたから。……ブラドーの竜は元々この世界の魔物ではなく、『伝説の地』と呼ばれる異世界から迷い込んできた魔物だと聞きます。そしてブラドーはあの魔物を捕らえると自分の力の大半を分け与えて、それによってブラドーの竜は元々七つの首が八つとなりブラドーに絶対服従となりました。これには多くの人々が酷く恐怖したそうです」

 

「それはそうじゃろうな。古い吸血鬼がかの八岐大蛇のごとき怪物を手懐けたとなれば、それはもはや意思を持つ天災と呼んでも過言ではないじゃろう」

 

「確かに」

 

 チェリーの言葉にサクラが深く頷き、ピートもまた一つ頷いてみせると話を続ける。

 

「ブラドーの竜という怪物を手懐けたブラドーを恐れた人々は、ブラドーが力を取り戻す前に戦いを挑み、奴を怪物もろとも封印することに成功しました。しかしブラドーの竜が目覚めたということは……」

 

「古の吸血鬼、ブラドーはすでに復活しているということね」

 

 ピートの言葉を美神が締めくくり、それを聞いたリュウダは内心で冷や汗を流す。

 

(マジかよ……? 吸血鬼の復活と言うだけでも厄介な話なのに、そこにダークソウルのモンスターが追加とか原作以上の厄ネタじゃないか……)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27話

 その後。リュウダ達は無事、目的の島に到着したのだが、そこは原作通り島民が一人もいない無人の島となっており、仕方なく民家の一つを借りて一晩過ごすことにした。

 

 そして現在、民家の食卓には一流のレストランとまではいかないが店に出るレベルの料理が並んでおり、これにはほとんどの者が驚いた顔をしていた。すると驚いていた者の一人である横島が、このプロレベルの料理を作った料理人のリュウダに、皆の代表として疑問をぶつけた。

 

「なあ、藤沼? 何だよ、この凄い料理は? お前いつからこんなのを作れるようになったんだ?」

 

「いつからって……。料理自体は前からやっていたんだが……最近、六道家の人達が色々教えてくれるんだよ」

 

「冥子ちゃんの家の人達が?」

 

「そうだ。六道家の使用人の人達が掃除の仕方やら本格的な料理やら礼儀作法やら丁寧に教えてくれるんだ。この前は代々六道家に仕えているって言う執事長とメイド長が、六道家の歴史とか会社の経営を教えてくれたけど……何で会社の経営?」

 

 横島の疑問にリュウダが馴れた手つきで給仕をしながら答え、それを聞いた美神とエミが顔を見合わせる。

 

「(ちょっと令子? あれってもしかして……)」

 

「(そうね、エミ。私もそう思うわ。……六道家は全力で藤沼クンを狙っているのよ)」

 

 真剣な表情となって小声で話すエミに、美神もまた真剣な表情となり小声で答える。

 

 六道家がリュウダを狙っているという美神とエミの予想は特に的外れでも大げさでもない。

 

 平安時代から続く式神使いの当主であり大企業の社長令嬢でもある冥子は、その血筋と家を終わらせないためにいつかは婿を取る必要がある。

 

 しかし世間知らずな上に、少し動揺しただけで式神を暴走させ周囲に多大な被害を出す冥子の伴侶となり、公私ともに支える人材なんてはたしているのだろうか?

 

 これまでに冥子は式神の暴走を一回、あるいは二回させる度にゴーストスイーパーの助手に逃げられてきた。それが夫婦になれば一回や二回どころの話ではない上、私生活でも式神の暴走の危険に気を使わなくてはならない。

 

 そのためこれは冥子も知らない話なのだが、六道家は様々な方面から冥子の婿となってくれる人物を探しているが、冥子の名前が出た途端に「まだ死にたくありません! 許してください!」と泣きながら土下座をされて断られるのだった。

 

 これには六道家も流石に頭をかかえて悩み、そんな時に現れたのが藤沼リュウダなのである。

 

 冥子とそれほど歳が離れていない男で、

 

 ゴーストスイーパーの仕事に耐えれて冥子を守れる霊能力を持ち、

 

 庶民ではあるが厄介な経歴は一つも無い家の出身で、

 

 何より式神の暴走に巻き込まれても逃げない!

 

 これだけ好条件な人材は中々おらず、六道家はリュウダを冥子の婿、それが駄目なら専属の護衛になるよう教育しようと考えたのだろう。

 

「(でもまあ、それって私達にとって悪い話どころか良い話ってワケ)」

 

「(そうね。もしそうなれば暴走の被害も減るし、怪我しない程度に応援しときましょう)」

 

 そこまで考えた美神とエミは、自分達にとってもわるい話ではないと判断し、冥子とかいがいしく彼女の世話をするリュウダに暖かい目を向けるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28話

「ふぅー、食った食った……。ごっつぉさん。こんなに豪勢なメシを食ったのは久しぶりじゃわい」

 

「はい。お粗末様でした。……これでヤギ肉があればメインディッシュにヤギ肉のステーキが作れたんだけど」

 

「ヤギ肉のステーキ? 何でヤギ肉なんですか?」

 

 食事が終わり、ドクター・カオスの言葉にリュウダが食器の後片づけをしながら言うと、それを聞いたおキヌが首をかしげる。

 

 島に来るまでは予想外の出来事で散々であったが、休憩と食事をとってようやく皆の心に落ちつきがでてきた。しかしその時……。

 

 ドォン!

 

「な、なんだぁ!?」

 

「っ! ま、まさか……!」

 

 突然外から轟音が聞こえると同時に激しい地響きが起こり、驚く横島の隣でピートが窓を覗き込むと、そこには八つ首の大蛇がこちらにその巨大な口を向けている姿があった。

 

「ブラドーの竜! まさか村の建物を一つずつ破壊するつもりか!?」

 

『『……………………!?』』

 

 ピートの視線の先にはブラドーの竜の高圧水流によって破壊された建物の残骸があり、彼の言葉に民家にいる全員の表情が強張る。それはリュウダも同様で彼は内心で舌打ちをする。

 

(チッ! 相変わらずの馬鹿げた射程! あれじゃあ、冥子先生の式神でも全員を逃がすのは不可能! 地下に逃げたくても地下の入り口って何処にあるんだよ!?)

 

 原作の美神達は、島の民家に泊まった日の夜にブラドーに支配された島の住人達に襲われる。その時は今回の仕事の依頼人であり美神の恩師でもある唐巣神父のお陰で島の地下にある炭鉱跡に逃げられたのだが、リュウダはそこへ行く入り口を知らないし、そもそも原作崩壊にすでに起こっている現在、炭鉱跡があるかどうかすら疑問であった。

 

(あの高圧水流を防ぐのは無理。逃げるのも無理。だったら……!)

 

「冥子先生! 俺にシンダラを貸してください!」

 

 リュウダはそこまで考えて覚悟を決めると冥子にシンダラを貸してほしいと頼み、冥子だけでなくこの場にいる全員の視線がリュウダに集まる。

 

「ふ、藤沼クン? シンダラちゃんを貸してってー、一体何をするつもりー?」

 

「今まで使っていませんでしたけど、俺には遠距離の敵を攻撃する手段があります。だからシンダラに乗ってアイツに空中戦を仕掛けます」

 

『『………………!?』』

 

 一人であのブラドーの竜に戦いを仕掛けると言うリュウダに皆が驚いた顔となるが、リュウダは真剣な表情で再び冥子に頼む。

 

「冥子先生、お願いします。俺にシンダラを貸してください。……俺を信じてください」

 

「………」

 

 リュウダの言葉に冥子は一度顔を伏せるが、すぐに顔を上げると口を開いた。

 

「分かったわー。でもー、私も一緒に行くからー」

 

「ッ!? 冥子先生! それは……」

 

 自分も一緒にブラドーの竜と戦うと言い出した冥子を、リュウダはとっさに止めようとするが、それより先に冥子が話す。

 

「藤沼クン、式神を使ったことがないでしょー? それだったらー、私がシンダラちゃんを操ってー、藤沼クンが攻撃に専念した方がいいじゃないー?」

 

『『………!?』』

 

 はっきりと自分の意見を言う冥子の姿に、以前の彼女を知る美神とエミが目を見開いて驚くが、リュウダはそんな二人を他所にしばらく考えてから冥子の顔を見る。

 

「……分かりました。冥子先生、どうかお願いします。その代わり、冥子先生のことは俺が絶対に守「こんな時に何しとんじゃー!」……だっ!?」

 

 バコン!

 

 リュウダが自分に協力してくれると言ってくれた冥子に礼を言って身の安全を守ることを約束しようとしたその時、突然横島がフライパンでリュウダの後頭部を殴った。

 

「ちょっ!? オイコラ横島! お前何すんねん!?」

 

「うるへー! それはこっちのセリフじゃアホンダラ! お前こそ何、どさくさに紛れて俺の冥子ちゃんを口説いてんねん!?」

 

 思わず関西弁になって怒鳴るリュウダに、横島も関西弁となって中指を立てながら怒鳴り返す。そんな二人のやり取りを見て皆が脱力しかけた時、ドクター・カオスが進み出た。

 

「のう……。さっきの話じゃが、ワシも一枚噛ませてくれんかのう?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29話

 夜の空を二つの影が高速で飛んでいた。

 

 二つの影の一つは六道冥子が操る式神シンダラで、もう一つの影はドクター・カオスが創造した人造人間マリアである。そしてシンダラの背には冥子とリュウダが、マリアの背にはドクター・カオスが乗っていて、彼らの視線の先には異世界から迷い込んできた八つ首の大蛇、ブラドーの竜の巨体があった。

 

「フッフッフッ……! まさか空を飛んで竜に戦いを挑むことになるとはな……。こんなに愉快なことは全盛期であった数百年前にもなかったわい。借金を返すために渋々引き受けた仕事であったが、今は引き受けて良かったと心底思うぞ……!」

 

 マリアの上でブラドーの竜へ不敵な笑みを浮かべるドクター・カオス。その表情はまさにかつて「ヨーロッパの魔王」と呼ばれた狂気の天才錬金術師に相応しいものであった。

 

「それで小僧! これからどうするつもりじゃ!」

 

「まずはアイツの上空をおさえます! その後は死角から遠距離攻撃を仕掛けます!」

 

 大声を出して聞いてくるドクター・カオスにリュウダも大声を出して答える。

 

 ダークソウルの世界でのブラドーの竜、湖獣は上にいる相手には例の馬鹿げた射程の高圧水流を放たず、上から弓で狙撃すれば時間はかかったが楽に倒すことができたからだ。

 

「成る程の。確かにあれだけの巨体では自重の関係で上に狙いはつけ辛いじゃろうて。……マリア!」

 

「イエス。ドクター・カオス」

 

「冥子先生。俺達も」

 

「分かったわー。シンダラちゃーん!」

 

「っ!」

 

 リュウダの言葉に納得したドクター・カオスが指示を出すと、それに応えて彼を乗せたマリアがブラドーの竜の上空へ飛び、シンダラに乗るリュウダと冥子もそれに続く。そしてブラドーの竜の上空に到達すると、リュウダは自分の右手に意識を集中させる。

 

「いよいよ出番だな……こい!」

 

 リュウダの声に応えるように虚空から現れて彼の手の中におさまったのは弓が三つあるクロスボウ。

 

 雷のアヴェリン。

 

 ダークソウルの世界にある白竜シースの根城、公爵の書庫で見つかる、精緻な機巧により三連続で矢を発射する武器というより工芸品に近い武器職人エアダイスが製作した連射式クロスボウ。しかもこれはアノールロンドの王城にいる巨人の鍛冶屋によって何度も強化を重ねられ、雷の魔力を帯びたものである。

 

「くらえ!」

 

 リュウダがアヴェリンの引き金を引くと三本の雷を帯びた矢が放たれ、三本の矢はブラドーの竜へと吸い込まれるように飛んでいき、命中すると雷の魔力を敵の巨体の内部で爆散する。

 

『『ーーーーーーーーッ!?』』

 

 これが普通のクロスボウの矢だったら三本どころ何本受けても蚊に刺された程度も感じなかっただろう。しかし雷の魔力を帯びた三本の矢は確かなダメージを与えて、ブラドーの竜は八つの頭全てから悲鳴を上げた。

 

「よし! やっぱり竜系の敵には雷属性が有効だな」

 

 前世の頃から愛用していたアヴェリンが通用したことにリュウダは思わず笑みを浮かべる。

 

 リュウダは強敵を相手にした時、発火や大発火といったいわゆる「発火系」と呼ばれる近距離戦用の呪術とアヴェリンの組み合わせをよく使っていた。そう……。

 

発火系呪術とアヴェリンの組み合わせは、ダークソウルでも最高峰の組み合わせの一つなのである。

 

「さて……。この隙に美神さん達が動いてくれたらいいんだけどな……」

 

 ブラドーの竜の死角に回り込むシンダラに掴まりながらリュウダは、一度だけ美神達がいる島を見て呟くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30話

 結論から言えばリュウダが立てた策は見事に的中した。

 

 ブラドーの竜はダークソウルの湖獣と同様に上方への攻撃が苦手らしく、リュウダ達は上空の死角から一方的にブラドーの竜を攻撃して、その様子を見ていたピートが驚きの声を上げる。

 

「凄い……!? あのブラドーの竜と互角以上に戦えるなんて……!」

 

「確かにそれにも驚いたけど、私はそれ以上に冥子が使い物になったことに驚いたわ」

 

「同感。やっぱり藤沼の効果なのかしらね?」

 

 美神の言葉にエミが深く頷いて同意する。

 

 美神とエミ……というより冥子をよく知る全ての人達は、冥子のことを「せっかく優秀な能力と素質を持っているのにその甘ったれた性格のせいで実力を発揮できずいつまでも成長しない残念な子」だと思っていた。それがこの短期間でここまで成長できたのは、助手としてやって来たリュウダのお陰なのは誰の目から見ても明らかで明白だった。

 

「これは冥子の隣に立つのは藤沼クンで確定かしらね? ……横島クン、もう諦めたら?」

 

「いやじゃー! 冥子ちゃんは俺ンだー! というか同じ学校の生徒で、同じゴーストスイーパー助手という立場なのに、どうして俺と藤沼はこんなに扱いが違うんじゃー!? 納得いかーん!」

 

 美神が意地の悪そうな顔になって言うと、横島は地面に寝そべって躾の悪い幼児のように手足をバタつかせながら大声で泣き始めた。するとそこに何処からか一人の人物が現れて美神達に話しかけてきた。

 

「美神クン。それに皆、思ったより元気そうだね」

 

「え? 貴方は、唐巣神父!?」

 

 新たに現れて美神に話しかけてきた人物は、彼女の恩師であり今回の仕事の依頼人である唐巣神父であった。

 

 

 

「やれい、マリア!」

 

「イエス・ドクター・カオス! エルボー・バズーカ!」

 

 ドクター・カオスの声に応えて彼を乗せて空を飛ぶマリアが両肘をブラドーの竜に向けると、両肘から内蔵されていたロケット弾が発射されてブラドーの竜に命中した。

 

「うわー! カオスさんにマリアちゃん、強ーい!」

 

「そうですね! あれだけ強い二人が一緒に来てくれたのは嬉しい誤算ですよ!」

 

(でも一番の嬉しい誤算は冥子先生がシンダラの操縦をしてくれたことだな)

 

 ドクター・カオスとマリアの戦いぶりを見て冥子がはしゃいだ声を出すと、リュウダがアヴェリンを打ちながら返事をした後、心の中で呟く。

 

 アヴェリンを初めとするクロスボウ系の武器は、発射速度に優れているが一度撃った後の矢の再装填に時間がかかる。それはこの世界でも同じで、一度アヴェリンを撃ったリュウダは、新しい矢を作るための霊力をアヴェリンに送るために一秒程動きが止まってしまうのだった。

 

 だが冥子がシンダラを操縦してくれることで、攻撃後にアヴェリンに霊力を送っている間も移動をすることができ、アヴェリンの弱点を完全に克服されたのである。

 

(最近の俺と冥子先生って案外、結構いいコンビなのかもしれないな? 今の冥子先生と俺だったら、ゴーストスイーパーの仕事でも色々なことが…… ん?)

 

 リュウダがアヴェリンでブラドーの竜を攻撃しながら考え事をしていると、美神達がいる島から何か小さい影が無数の水柱を立てながら水面を走りブラドーの竜へ向かっているのに気づいた。

 

「あれは……チェリー殿!?」

 

「キェエエエーーーーー!」

 

 水面を走る小さな影はチェリーで、チェリーは信じられないことに凄まじい速さで水面を走り数秒でブラドーの竜の近くまで近づくと、大きく跳躍して奇声を上げながら持っていた錫杖でブラドーの竜の首の一本を殴打した。

 

「チェリー殿……。本当に人なのか? あの人?」

 

「相変わらず無茶苦茶な事をするのう、チェリーの奴」

 

 常人離れしたチェリーの行動にリュウダが思わず呟くと、いつの間にか近くまで来ていたドクター・カオスの声が聞こえてきた。

 

「え? ドクター・カオスってチェリー殿とお知り合いなんですか?」

 

「うむ。チェリーとは五十年以上前からの付き合いじゃ。初めて会ったのはワシが研究費用を得る為に適当な海賊船を襲っていた時で、その時チェリーは何処からやって来て海賊船の食糧を盗み食いをしておったな。そういえばあの時も今みたいに海を走る曲芸をしとったぞ? 何でもナントカ・フーリンジとかいう格闘家から習ったとか」

 

「……フーリンジ? ………まさかな」

 

 空を飛びながらリュウダとドクター・カオスが話をしていると、ドクター・カオスを乗せながらチェリーとブラドーの竜の戦いを観察していたマリアが、チェリーが戦いの最中にこちらに向けて何かを言っていることに気づく。

 

「ドクター・カオス。チェリーの・メッセージを・受信・しました」

 

「何? それでチェリーはなんと言っておる?」

 

「美神達・別働隊・現在・島の廃炭鉱より・ブラドーの城へ・潜入中。私達・このまま・ブラドーの竜・戦闘を・続けよ・と」

 

「……!」

 

 マリアが告げたチェリーからのメッセージは、美神達が原作通りにブラドーの城へ奇襲に向かったことを意味しており、それを聞いたリュウダは小さく笑うのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31話

 マリアを経由したチェリーからの伝言で美神達が原作通りブラドーの城へ向かったと知って、彼は内心で安堵したがそれ以上に喜んでいたのが冥子であった。

 

「令子ちゃん達がお城に行ったんだってー。これでもう安心ねー」

 

「そうですね。でも今は戦いに集中力して……っ!?」

 

 リュウダはブラドーの竜から自分に視線を向けて話しかけてくる冥子に注意しようとするが、丁度その時ブラドーの竜の首の一本がこちらに高圧水流を放とうとしていることに気づいた。

 

「冥子先生! 回避を!」

 

「し、シンダラちゃん! ……きゃっ!?」

 

「キィイッ!?」

 

 リュウダがとっさに回避を指示したお陰で高圧水流の直撃は免れたが完全には回避しきれなかったようで、翼の一部にダメージを負ったシンダラと冥子の悲鳴が上がった。

 

 式神と式神使いは精神が繋がっているため、式神がダメージを受けるとそのフィードバックを式神使いも受けてしまう。原作でも式神が大きなダメージを受けた際に、冥子はその影響を受けて意識を失っていた。

 

 幸い冥子はまだ意識を失っていないし、シンダラもまだ空を飛ぶことができる。しかし先程に比べて明らかに速度と高度が下がっており、このままでは次のブラドーの竜の攻撃は避けられないだろう。

 

「こうなったら……いよいよ俺の『切り札』を使うか」

 

 ブラドーの竜の攻撃により負傷したシンダラの翼を見て、自分の「切り札」を使うことに決めたリュウダは右手に意識を集中する。すると彼の右手に淡い緑色の硝子瓶が現れた。

 

 エスト瓶。

 

 北の不死院で出会った、不死者の使命を果たす旅の果てに力尽きた上級騎士から譲り受けた不死者の秘宝。生命の力を内部に溜め込むことができ、その生命の力はどんな怪我もすぐさま癒すことが可能。

 

 これこそがリュウダの「切り札」。今まで彼は強敵との戦いでは必ずと言っていいほど、このエスト瓶の力を頼っていた。そう……。

 

歴戦のダクソプレイヤーでエスト瓶のお世話にならなかった者などいるのだろうか? いや、いない!!

 

(よし、上手くいった。自分以外にエスト瓶を使うのは初めてだったけど、案外なんとかなるものだな)

 

「藤沼クン? それはーって!? ええっ!?」

 

「………!?」

 

 リュウダがエスト瓶を傾けると瓶口から光り輝く液体、生命の力がシンダラの翼に落ちた。そしてそれによってシンダラの翼はすぐさま元通りとなったのを見てリュウダが内心で安堵の息を吐いていると、冥子とシンダラが揃って驚いて彼を見た。

 

「これは最近使えるようになった俺の能力の一つ、ショウトラのヒーリング(心霊治療)のようなものです。これからは式神が怪我を負っても俺が治療します。だから安心して……ん?」

 

『『ーーーーーーーー!?』』

 

 エスト瓶が最近使えるようになったというのは嘘であるが、リュウダが冥子を安心させようと言おうとしたその時、突然ブラドーの竜の行動に変化が生じた。それまで上空にいるリュウダ達か海を走りながら移動しているチェリーを攻撃していたブラドーの竜であったが、急に攻撃を止めたと思ったら意味不明な行動を取るようになったのだ。

 

「あらー? 一体どうしたのかしらー?」

 

「恐らく美神達が何かをしたんじゃろうな。あの女達に嫌がらせをされてブラドーの奴もご自慢の竜の制御ができなくなったんじゃろうて」

 

 ブラドーの竜を見て冥子が首を傾げていると、マリアの上に乗って隣まで来たドクター・カオスが自分の考えを口にする。どうやらブラドーの竜の暴走は美神にあると考えているようだが、その考えにはリュウダも同感であった。

 

「確かに美神さん達ならあり得そうですね。とにかく今がチャンスです。このまま一気にたたみかけましょう」

 

 すでに下ではチェリーがこの隙を逃すまいとブラドーの竜に攻撃を仕掛けており、リュウダも冥子にそう言うと攻撃を再開した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32話

今回の話は前半がダイジェストな上、やや強引だと思いますが、ご容赦ください。


 美神達がブラドーの城を襲撃したことにより支配者からの制御を失ったブラドーの竜は、それでもやはり強敵であった。

 

 制御を失ったブラドーの竜は最早敵味方どころか生物か否かの区別もつかなくなり、目についたものに高圧水流を放ったり、その長い首を叩きつけるだけの行動しか取らなくなった。だが相変わらずその攻撃は余波を受けるだけで致命傷を負いかねない強力な上、山のような巨体に見合うだけの生命力もあって、リュウダ達も攻撃の手を緩めることはなかったが中々倒すことが出来ずにいた。

 

 それでもなんとかリュウダ達がブラドーの竜を倒したのは夜が明けて日が昇り始めた頃で、美神達がブラドーを倒して再封印したのも丁度その頃である。

 

 ブラドーの竜を倒して島に戻り美神達と合流したリュウダ達は、唐巣神父からこの島が純粋な人間が一人もいないヴァンパイア・ハーフばかりが住む島であること、ピートがブラドーの実の息子であるヴァンパイア・ハーフで彼がブラドーを倒したことなどを説明され、最後はピートを初めとする島の住人達に感謝されながら日本に帰国したのであった。

 

 そして日本に帰国したリュウダは、帰国してすぐに自分のアパートの部屋にある押し入れを開き、そこにある異次元につながる穴を通って海王星へと向かった。

 

 海王星へ向かう目的は当然、今回の仕事でしばらく出来なかった雪かきの手伝いをするためである。

 

 

 

「それじゃあ、皆さんいきますよ? ……火球乱れ射ち」

 

『『ーーーーーーーー!』』

 

 リュウダの右手から放たれた複数の火の玉が大量の雪を一瞬で蒸発させ、それを見ていた観客達から歓声が上がる。

 

 一人で数日分の作業をしてくれるリュウダの働きに海王星の女性達が歓声を上げるのはいつものことであるが、今日は女性達だけでなく普段は家の中にいる子供達のものも混じっていた。その理由はリュウダが持ってきた「お土産」にあった。

 

「リュウダさん。いつもありがとうございます。それに今日はあの様な『ご馳走』まで用意して頂いて……本当に感謝しております」

 

 雪かきが一段落つくとおユキは深々と頭を下げてリュウダに礼を言う。その後で彼女が別の方向を見ると、そこには大量の温かいお汁粉が入った複数の大型の寸胴鍋と、美味しそうにお汁粉を食べている女性達と子供達の姿があった。

 

 年中吹雪が吹く海王星ではまずマトモな植物が実らず、実るものと言えば周囲の気温を下げる風鈴のような外見的の木の実ぐらいである。温室でマトモな植物を作ろうにもそれには大量のエネルギーが必要で、日々生産しているエネルギーの大半をライフラインの維持に使っている海王星にはそんな余裕はない。

 

 つまり海王星の住人は普段、栄養重視であまり味がない合成食品ばかりを食べているのである。

 

 この事を雪かきの手伝いに来ているうちに知ったリュウダは、今回の依頼で入った特別ボーナスで大量のお汁粉の材料を買い、今こうして海王星の住人にふるまっていた。女性と子供が甘いものが好きなのはどこの世界でも同じで、美味しそうにお汁粉を食べている海王星の住人達を見てからリュウダは笑顔を浮かべておユキに返事を返した。

 

「気にしないでください。最近雪かきを手伝えなかったお詫びのようなものです。これぐらいだったらいつでも……ちょっと無理だけどまた用意しますよ」

 

「……本当に、ありがとうございます」

 

 リュウダの言葉におユキは小さく笑みを浮かべると再び頭を下げて礼を言うのだった。

 

 

 

「おお……! なんだかちょっといい雰囲気だっちゃね」

 

 リュウダとおユキのやり取りを、ラムと胸に鎖を巻いた勝ち気そうな女性が少し離れた場所から見ていた。

 

 胸に鎖を巻いた女性の名前は弁天。おユキと同じくラムの幼馴染みの友人である。

 

「………」

 

 弁天は何かを警戒するような顔つきでリュウダと同じくユキの二人を見ており、その事を不思議に思ったラムが彼女に話しかける。

 

「弁天、どうしたっちゃ? さっきから難しい顔して?」

 

「……なあ、ラム? あのリュウダって奴……大丈夫なのか?」

 

「大丈夫って……何のことだっちゃ?」

 

「馬鹿! オメェ、忘れたのかよ!? おユキは『海王星の女』なんだぞ!」

 

「っ!」

 

 首を傾げるラムに弁天はどこか怯えるような目を向けて言うと、それを聞いたラムは何かを思い出した表情となった。

 

 海王星は昔から資源が少ない貧しい星で、海王星の住人は数少ない資源を確実に手に入れることで今日まで生き延びてきた。そのせいか海王星の住人はいつしか欲しいものを見つけると、それを必ず手に入れようとする執着心と行動力を発揮するようになり、加えて言えばこの時の執着心と行動力は男より女性の方が断然強かったりする。

 

 そして「欲しいもの」には当然『異性のパートナー』も含まれており、いつからか多くの宇宙人は海王星の女性達をこう呼んで恐れるようになった。

 

 一度惚れた男はたとえ本人を殺してでも手に入れる海王星の女、と……。

 

「あたいが見てきた中じゃ、おユキは他の誰よりも海王星の女らしい女だ。もしおユキが本気であのリュウダに惚れた時、リュウダに他の女がいたらどうなるか分からねぇぞ……!?」

 

「だ、大丈夫だっちゃ。だってリュウダは浮気をするダーリンをいつも叱ってくれる真面目な奴だし、大丈夫だっちゃ。……多分、きっと」

 

 弁天の言葉にラムはリュウダをフォローしようとするが、彼の交遊関係にあまり詳しくないラムの声は徐々に小さくなっていくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33話

 リュウダ達がブラドー討伐の仕事を終えて日本に帰国してから数日後。リュウダの元に冥子から急ぎの仕事があるという連絡がきて、彼は学校を休んで朝から冥子の元へ向かった。するとそこには冥子だけでなく美神と横島とおキヌ、チェリーとサクラの姿があった。

 

 以前諸星に取り憑いた三人羽織を退治した時と同じメンバーで仕事をすることになったリュウダは、何やら嫌な予感がして今回の仕事の内容を冥子に聞くことにした。

 

「あの、冥子先生? 今日、俺達は一体何をするんですか?」

 

「今日はねー、皆で卵を探しに行くのよー」

 

「卵?」

 

「卵と言ってもただの卵ではないぞ」

 

 冥子の言葉にリュウダが首を傾げていると、サクラが詳しい事情を説明する。

 

「その卵というのは『ナイトメア』という人間の夢に取り憑く妖魔を封印したものでな。今まで行方が知られていなかったのじゃが、つい最近発見されたのじゃ。発見された当時、卵の封印がだいぶ弱まっており、封印を強化するためにワシらの元に運ばれる予定じゃったが、運んでいる途中でいきなり卵が消えたという連絡が入ってきたのじゃ」

 

「恐らく封印が弱まった隙をついてナイトメア自身が卵を移動させたのであろう」

 

 サクラの言葉をチェリーが引き継いで言う。

 

 ナイトメアは「極楽大作戦!!」に登場するサクラが言った通り人間の夢に取り憑く妖魔である。原作では除霊にきた美神に逆に取り憑いて行動不能にしただけでなく、彼女を救うべく式神の力で美神の精神世界に入って冥子達を、美神の力を利用して散々苦しめた強敵であった。

 

「それでナイトメアの封印が完全に解ける前に卵を回収しなくちゃいけなくて、私達はその手伝いに呼ばれたってこと。……その代わりサクラ? ナイトメアの再封印のギャラとナイトメアにかかっている高額の懸賞金、ちゃんと分け前はもらうからね」

 

「……ハァ、分かっておる。いい加減しつこいぞ」

 

 美神がここにいる理由を説明してからサクラに今回の仕事の報酬について言うと、すでに同じことを言われていたようでサクラが疲れたように返事をした。

 

 そしてその後、リュウダ達は目的の霊体を探すのに使う道具の「見鬼くん」や占いなど使いながらナイトメアが封印された卵の行方を追っていき、数時間かけてたどり着いた先はリュウダと横島が通う友引高校であった。

 

「……なあ、何だか嫌な予感がしてくるんだけど?」

 

「……奇遇だな? 俺もだ」

 

 リュウダが嫌そうな顔で友引高校を見ながら言うと、その横で横島も嫌そうな顔で友引高校を見ながら答える。そしてリュウダと横島は一度だけ顔を見合わせると再び友引高校の方を見る。

 

「……もしかして、だけど、諸星の奴は関わっているのか?」

 

「……諸星だったらあり得るかもな」

 

 チェリー曰く、この世の全ての不幸を背負ったような運命を負った諸星はこれまでも様々なトラブルに巻き込まれている。だから今回の件も諸星が何らかの形で関わっているのではないかとリュウダと横島が話していると、突然友引高校の敷地内に大きな影が生じた。

 

 友引高校の敷地内に生じた大きな影は信じられないくらい巨大な卵でその上には……。

 

「大きくな〜れ。天まで届け〜」

 

『『………』』

 

 丁度リュウダと横島が話していた諸星が乗っていてヤケクソ気味に歌っていた。二人はそんなクラスメイトをしばらく見た後、揃って自分達の雇い主へ振り返って話しかける

 

『『冥子先生/美神さん。頭が痛くなったんで帰ってもいいですか?』』

 

「えー? それはちょっとー?」

 

「気持ちは分かるけど我慢しなさい」

 

「頭痛なら後でワシが頭痛薬を処方してやるからもう少し付き合わんか」

 

 頭痛を堪えるような表情をするリュウダと横島に冥子と美神は困ったような表情で言い、続いてサクラが自身も頭痛を堪えるかのように額に手を当てながら声をかける。するとその時……。

 

「あっ、卵が……!」

 

「皆! 気をつけい!」

 

 おキヌとチェリーの言葉にリュウダ達が諸星が乗っている巨大な卵の方を見ると、卵の殻にヒビが入ってそこから眩い光が溢れ出たのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34話

 巨大な卵から漏れ出た眩い光にリュウダ達が思わず目を閉じて、次に目を開くとそこは様々な植物が生い茂るジャングルの中であった。

 

「な、な……! なぁんじゃコリャーーーーー!?」

 

『『……………!?』』

 

 突然景色がジャングルに変わったことに横島が力の限り叫び、他の面々も驚いた顔をして言葉を失う。そしてリュウダは一人だけ今の状況を理解して内心で頭を抱えていた。

 

(お、思い出した……! そうだよ、何で忘れていたんだ? これって間違いなく『うる星やつら』の話の一つじゃないか)

 

 リュウダが思い出したのは漫画の「うる星やつら」にあった話の一つ。

 

 その話は諸星がある日奇妙な卵を拾い、最初は手のひらサイズであった卵は徐々に大きくなって最後には学校の校舎並みに巨大化し、その卵が割れると諸星と彼のクラスメイト達が諸星の心の世界に迷い込む事になった、という内容であった。

 

 見ればジャングルにある植物は全て、カップ麺が実った草にいやらしい動きをする草などの奇妙な植物ばかりであり、なんというか誰かの欲望というか欲求が透けて見えるような気がした。

 

「ううむ……。この場に充満する煩悩に満ちた空気……どこかで感じたような気がするわい」

 

(流石チェリー殿、正解です)

 

 周囲を見回し難しい顔をして言うチェリーにリュウダは心の中で賞賛の言葉を送り、ここが諸星の心の世界であると確信を得るのであった。

 

「とにかくここにいても仕方がないですし、他にも誰かいないか探してみましょう」

 

 原作知識からここに諸星達もいることを知っているリュウダが提案すると、美神達も異論が無いようで頷いてくれた。

 

「そうね。恐らく私達がここにいるのは、きっとあの卵の光が関係しているはずよ。そして卵が割れた時、私達の他にも人がいたから彼らを探しながらジャングルを探索しましょう」

 

 この美神の言葉が決め手となりリュウダ達はジャングルの探索を始めたのだが、その道程は非常に困難なものであった。

 

 何しろここは色欲の権化と言っても過言ではない諸星の心の世界、そしてジャングルの動植物は彼の欲求の産物なのである。そのためジャングルの探索中、動植物のほとんどが美神と冥子とサクラにセクハラをしようとして、それを防ぐために中々先に進めずにいた。

 

「あーっ! もう嫌っ! 何なのよ、このジャングルは!? どこを見ても横島クンみたいな生き物ばっかり!」

 

 ジャングルの探索を開始してから数十分後。度重なるセクハラでストレスが溜まった美神は、自分の脚に絡み付こうとする草、ムセッ草を神通棍で力ずくで切り払いながら叫ぶ。

 

「ちょっと! 俺みたいって、どういう意味ッスか!?」

 

「うるっさい! そのままの意味よ! ……藤沼クン!」

 

「何ですかー?」

 

 美神は大声を出す横島に叫び返すと、疲れた顔で冥子にセクハラをしようとしたムセッ草を混沌の刃で切り払っているリュウダに声をかけた。

 

「もういいからこのジャングル、藤沼クンの炎で焼き払っちゃって!」

 

「……いやいや、無茶苦茶言わないでくださいよ? そんなことしたら大火事確定ですよ?」

 

 美神の発言に一瞬「それもいいかな?」と思ったリュウダだったが、すぐに考え直すと首を横に振る。しかし美神はよっぽどこのジャングルに怒っているのか、まだ怒ったままであった。

 

「別にいいわよ! こんなセクハラ植物、どうせ何の役にも立たないんだし……!」

 

「ブヒヒヒーーーーーン!!」

 

「………え?」

 

 美神がリュウダに大声で何かを言おうとした時、茂みの向こう側から馬のような悲鳴が聞こえてきた。

 

 突然の出来事にリュウダ達は顔を見合わせ茂みの向こう側を見てみるとそこには……。

 

頭が馬で身体が人間の妖魔のナイトメアが、ムセッ草に全身を縛り上げられていた。

 

『『…………………』』

 

 予想外の光景にリュウダ達は全員言葉を失くし、ナイトメアはなんとかムセッ草の束縛から逃れようと体を動かしながら泣き叫ぶ。

 

「ブヒヒン! 何でボクがこんな目に!? せっかくまぬけそうな男から精神力をいただいて復活できたと思ったら、こんなの予想外よ! 何なの、あの桁外れな煩悩にまみれた精神力は! アイツ本当に人間!?」

 

 泣き叫ぶナイトメアの言葉を聞いてリュウダは全てを理解した。

 

 このジャングルに移動する前に諸星が乗っていた巨大な卵。あれはやはりナイトメアが封印されていた卵であったのだ。

 

 ナイトメアは諸星の精神力を利用して、再びこの世界に復活した。そこまでは良かったのだが、一つ計算外のことがあった。

 

 それは諸星の精神力が常人を遥かに超える煩悩にまみれた強力なものだったことで、そのせいでナイトメアが復活した際にこの異空間を具現化しただけでなくナイトメアの制御下を離れたのである。

 

 他の皆もリュウダと同じ考えに思い至ったようでなんとも言えない表情を浮かべていたが、やがて気を取り直した美神が一枚の破魔札を取り出した。

 

「こんなアホな植物にいいようにされるなんて正直同情するけど、これも仕事なのよね。……極楽に行かせて上げるわ!」

 

「ブヒヒーン! そんなー!」

 

 美神は身動きが封じられたナイトメアに破魔札を叩きつけ、それによってナイトメアは涙を流しながらあっさりと消滅していった。

 

「これでお仕事が終わったのはいいんですけど……私達、どうやったら帰れるんです?」

 

「さあー? 分かんなーい」

 

「そうじゃのう……。何しろこの世界を作った本人も分からんみたいじゃしのう」

 

 ナイトメアが完全に消滅した後、おキヌの疑問に冥子が首を横に振り、サクラが別の場所を見ながら呟く。

 

 サクラの視線の先には、ヤケになって宴会を始めている諸星と彼のクラスメイト達の姿があった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35話

 諸星の心の世界の旅は過酷を極めた。

 

 人間を襲って食べる様な凶悪な生物こそいなかったが、隙あらば女性にセクハラをしてくる動植物ばかりで中々心が休まる暇がなかった。そんな生活を送って三日目、食虫植物のような巨大な植物が諸星と横島を食べたかと思うと、植物は諸星と横島の顔を生やした恐竜の様な怪物となり、リュウダが美神達の力を借りてその怪物を倒すと心の世界は消えて元の世界に帰ることができたのであった。

 

 そして現実世界に帰ってから数日後。ゴーストスイーパーの仕事を終えてリュウダが家に帰る途中、空き地でキャンプをしていたチェリーが彼に気づいて話しかけてきた。

 

「おお、リュウダよ。丁度よいところで会ったな。お主、これから数日間、時間を取れるかのう?」

 

「チェリー殿? 数日間とはどういう事ですか?」

 

「ワシとお主が初めて会った時のことを覚えておるか? もしお主が更なる力を望み修行をする気があるのなら、ワシが良い場所に連れて行ってやろうって言ったじゃろう?」

 

「……ああ、そう言えば」

 

 リュウダは諸星に取り憑いた三人羽織を倒した時、チェリーに言われた時のことを思い出す。

 

「先日のブラドーの一件で、お主ならば彼処の修行にも耐えられると思ってのう」

 

「彼処? チェリー殿、一体何処で修行をするつもりなんですか?」

 

「うむ。妙神山という霊格の高い山にある修行場じゃ」

 

「妙神山!?」

 

 チェリーの言う修行場を聞いてリュウダは驚き目を見開く。

 

 妙神山とは「極楽大作戦!!」に登場する神が管理している修行場で、美神もそこでパワーアップするために修行したことがある。そしてそこで管理人である神と知り合ったことを切っ掛けに、美神は大きな戦いに巻き込まれていくようになり「極楽大作戦!!」でかなり重要な場所であるのだった。

 

「ほう。妙神山を知っておるのか? それなら話が早い。それでどうする? 妙神山の修行は厳しく、下手をすれば命を落とす危険もあるが、間違いなく更なる力を得られるじゃろう。……行ってみるか?」

 

「………! 行きます!」

 

 チェリーの言葉にリュウダは即答した。

 

 リュウダがゴーストスイーパーの仕事をしているのは、過去に無免許でゴーストスイーパーの真似事をしたことの償いでもあったが、一番の目的はソウルを集めるためである。現実世界とダークソウルの世界の両方の世界でソウルを集め、それを使ってクラーナから全ての呪術を教わり呪術を極めるのがリュウダの目的である。

 

 その事からリュウダにしてみれば、妙神山で修行をすればソウルを得られるだけでなく呪術の威力が増すことが期待できるため、断る理由がなかった。

 

「ホッホッホ……。お主ならそう言うと思っておったぞ。では明日、早速妙神山に向かうぞ」

 

「はい、分かりました」

 

 即答するリュウダにチェリーは頼もしそうに笑いながら言い、リュウダはそれに返事をすると妙神山へ向かう準備をするべく自分の家に急いで帰った。そしてアパートの前で彼は、何やら大量の食料を両手に持った横島と鉢合わせした。

 

「あれ、横島? どうしたんだ、その食料は?」

 

「おお、藤沼か。いや、実は明日から美神さんと一緒に妙神山って山に行くことなってな。その準備で食料を買ってきたんだよ」

 

「………えっ!?」

 

 横島の言葉にリュウダは思わず固まる。原作で美神は妙神山に修行へ行ったのだが、そこで大きなトラブルを起こしており、横島から美神も妙神山へ行くと聞いてリュウダは嫌な予感を禁じ得なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36話

 更なる力を得るためにチェリーの誘いを受けて妙神山の修行場にやって来たリュウダであったが、修行場に来てすぐに自分の行動を若干後悔していた。

 

「ほらほら! 剣速を上げていきますから、ちゃんと受けて下さいよ!」

 

「………!」

 

 妙神山の修行場の前でリュウダは、内なる大力を使った擬似魔装術状態である黒いローブ姿で、頭に二本の角を生やした女性の剣を混沌の刃で必死で受けていた。

 

 この頭に角を生やした女性の名は小竜姫。

 

「極楽大作戦!!」に登場するキャラクターの一人でこの妙神山の修行場の管理人で、見た目こそは若くて綺麗な女性なのだが、その正体は神龍の一柱で神界から魔界まで広く知られている神剣の達人である。

 

 そんな小竜姫とリュウダが何故今剣の勝負をしているのかと言うと、これがリュウダが修行を受けるに相応しいか試す試練だからである。

 

 原作でも美神は小竜姫の修行を受ける前に、修行場を守る「鬼門」と呼ばれる二体の鬼神と戦う試練を受けていた。しかしリュウダが鬼神と戦おうとした丁度その時、長い間客人がいなくて暇を持て余していた小竜姫が現れ、彼女自身がリュウダの試練を買って出たのであった。

 

「あははっ! 流石はチェリーさんのお弟子さん! 人にしては中々スジがいい! 私の剣をここまで受けれる者は中々いませんよ!」

 

「正確にはワシの弟子ではないが……小竜姫様にそう言ってもらえるとは、ワシの目に狂いはなかったようじゃ」

 

「………!?」

 

 先程の言葉の通り少しずつ剣速を上げていく小竜姫は、それでもなんとか自分の剣を防ぐリュウダを見て楽しそうに笑い、チェリーもそれに僅かに誇らしげに返事をする。しかし小竜姫の剣を受け止めるので精一杯のリュウダには口を挟む余裕などなかった。

 

 小竜姫の剣は彼女の言う通り徐々に剣速が増していってリュウダは次第に捌ききれなくなっていき、ついには……。

 

「あ……!」

 

「はい。お終いです」

 

 小竜姫の剣はリュウダの首に当たる寸前のところで止められており、動けずにいるリュウダに小竜姫が笑いかける。

 

「ふむ。これで終わりか……。小龍姫様、試練の方はどうですかの?」

 

「ハイ、合格ですよ。これぐらい私の剣を受け止められるなら大丈夫でしょう。……それに手合わせをしていて分かりました。藤沼クンはここで強くなるべきです」

 

「え? それって、どういう……?」

 

 小竜姫はチェリーの言葉に頷くと次にリュウダの方を見て、予想外の言葉を口にする。

 

 

「藤沼クン。貴方『ダークソウル』ですよね?」

 

 

「…………………………!?」

 

「? 小竜姫様、ダークソウルとは一体何ですかの?」

 

 小竜姫にダークソウルであることを言い当てられてリュウダは呼吸を忘れるほど驚き、ダークソウルが何なのか分かっていないチェリーが小竜姫に訊ねる。

 

「ダークソウルというのは、眠る度に魂が異世界に旅立ち、その異世界で得た武具や力を使うことができる能力者のことです。彼らは能力に目覚めると、身体のどこかにダークリングと呼ばれる黒い輪っかのようなアザが現れて、その事からダークソウルと呼ばれるようになったそうです」

 

「何と、それは面妖な……」

 

 ダークソウルについての説明を聞いてチェリーは思わず呟くが、それを小竜姫は首を横に振って否定する。

 

「いえ。待ってください、チェリーさん。確かにダークソウル自体は珍しいですが、魂が過去や未来、または完全な異世界へ行ってそこの情報を得るという能力者は有史以来それなりにいますよ。つい最近だって他の世界の神々と交信した能力者達が小説を書いて、それが大人気になったと聞きましたし。え〜と、確か……く、くと……?」

 

「クトゥルフ神話ですか?」

 

「っ! そう、それです」

 

 リュウダが外国の小説家達が書いたコズミックホラーのシリーズ名を言うと小竜姫が彼を指差し、指差されたリュウダは驚きを禁じ得なかった。

 

(嘘だろ? この世界だとクトゥルフ神話を書いた小説家達は全員能力者だったってことは、クトゥルフ神話は本物だってことか? それで俺……ダークソウルもそれと同じタイプの能力者だって?)

 

「あの、小龍姫様? 俺以外のダークソウルって、一体どうしているんですか?」

 

「……それが、ダークソウルは百年に一人か二人くらいしか現れないのですが、彼らが行く異世界は非常に危険な世界らしいのです」

 

 リュウダの質問に言い辛そうに答える小竜姫が言う「危険な世界」には、リュウダはこれ以上なく心当たりがあった。

 

「ですから今までのダークソウルの人達はほぼ全員、能力に目覚めてもすぐに異世界の恐ろしさに発狂して廃人となったり自殺したりしているのです。ちなみに彼らの多くは『せっかくあの牢獄から逃げ出せたのに』とか『安全なのは篝火の側だけ』といった謎の言葉を残しています」

 

 この死んでいったダークソウル達が残した言葉にもリュウダは心当たりがあった。

 

 要するにこれまでのダークソウル達は序盤中の序盤で心が折られ、現在生きているダークソウルはリュウダだけという事なのだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37話

「へぇ……。なるほどねー」

 

 リュウダが小竜姫からこの世界のダークソウルについて聞いていると、少し離れたところから聞き慣れた声が聞こえてきた。リュウダ達が声が聞こえてきた方を見ると、そこには登山着を着た美神と横島、そしておキヌの姿があった。

 

「美神さん? いつからここに?」

 

「ん? 貴方がそこの小竜姫って人と試合をしている時からよ。せっかく唐巣先生から教えてもらった近道を使ったのに、横島クンが何回も自分ごと荷物を落としそうになっちゃって遅くなったのよ」

 

「あんな険しすぎる道でこんな大荷物抱えていたら仕方がないでしょう! というか俺より荷物の方が大切なんスか!?」

 

 リュウダの質問に美神が答えると、それを聞いて横島が抗議の声を上げる。しかし美神は全く聞いておらず、興味深そうな顔をリュウダを見た。

 

「でも、そのお陰で面白い話が聞けたわ。ダークソウルだったっけ? それが藤沼クンが強さの理由なのね。確かに昼間は冥子と一緒にゴーストスイーパーをやって、寝る時は異世界で死ぬ気の実戦なんかしてたら強くもなれるわね? ……ところで藤沼クン?」

 

「な、何ですか?」

 

 そこで美神はリュウダに顔を近づけてくるのだが、その時の彼女の目は若干血走っており、リュウダは思わず一歩引いてしまう。

 

「今まで藤沼クンが使っていた武器やアイテムって、その異世界で手に入れた物なのよね? あの冥子の式神を回復させた硝子瓶とか? 他にはどんな物があるの?」

 

 どうやら美神はリュウダが以前使ったエスト瓶に目をつけたようで、それ以外にも便利なアイテムや強力な武器があれば自分のものしたいようであった。

 

「あー……。そんな特別な物はないと思いますよ? それに俺が使う武器やアイテムは俺から離れたらすぐに消えてしまいますし、美神さんが持っても意味ありませんからね」

 

 特別な物は、の部分はとにかくダークソウルの武器とアイテムがリュウダにしか使えないのは本当である。以前リュウダは、冥子にアヴェリンを渡して彼女の戦闘力を上げようと考えたことがあったのだが、実際に渡すとアヴェリンは霧となって消えてしまったのだ。

 

「ちぇ。なーんだ」

 

 リュウダの返事に美神があからさまに残念そうな顔をして彼から離れると、今度は横島がリュウダに近づいてきた。

 

「なあ、その異世界には綺麗なねーちゃんは「北の不死院には亡者……ゾンビみたいな奴と見上げるほど巨大なデブの悪魔しかいなかったぞ」だったら用なんぞないわ! ケッ!」

 

 横島が聞きたいことは容易に予測できたため、リュウダが言葉の途中で答えると横島はツバを吐きながら彼から離れていった。するとその会話を聞いていた小竜姫が何かに気づいてリュウダに話しかけてきた。

 

「ちょっと待ってください。北の不死院って、ダークソウルが眠ると向かう異世界のことですか?」

 

(あっ、ヤベ……!)

 

 小竜姫からダークソウルの情報を聞かされたリュウダは、深く知られたら面倒事が起こりそうな予感がしたため、ダークソウルの世界の情報はあまり口にしないでおこうと決めていた。しかし決めてすぐに思わず口を滑らせた自分のうかつさにリュウダは思わず頭を抱えそうになった。

 

 気づけばこの場にいる全員の視線がリュウダに集まっており、ごまかすのは無理だと判断したリュウダは少しだけダークソウルの世界の情報を話すことにした。

 

「異世界では俺達ダークソウルは『不死者』、不老不死となった代わりにいつか心を無くした怪物となる呪われた存在なんだそうです。それで不死者は見つかると捕らえられて北の不死院と呼ばれる監獄に送られると聞きました。多分、俺や今までのダークソウルが行ってた異世界はその北の不死院だと思いますよ」

 

 嘘は言っていない。リュウダが初めてダークソウルの世界に行った時、目覚めたのは北の不死院だったし、そこにいた亡者も過去に現実世界で廃人になったり自殺したりしたダークソウルの成れの果てなのかもしれない。

 

「なるほどそうですか……。しかし今まで全く分からなかった異世界の情報が少しでも分かったのは興味深いですね」

 

 そう言うと小竜姫は興味の光を宿した目でリュウダを見て、それに対してリュウダは内心で盛大な冷や汗を流す。

 

(しまった墓穴を掘ったかも……。よりにもよって『極楽大作戦!!』のキャラクターに、ダークソウル関連で興味を持たれるなんて……何事もなければいいんだけど……)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38話

 その後。リュウダ達に美神達は早速小竜姫の修行を受けることになった。

 

 ちなみに原作の美神は、ここで小竜姫の力を見誤って無礼な態度を取り格の違いを思い知らされるのだが、リュウダと小竜姫の剣の試合を見ていたためその様なことはしなかった。だが横島は……。

 

「えー、それではまず着替えを……」

 

「帯ほどくの手伝います!! これっスね!? 行きますよ!!」

 

「私に無礼を働くと仏罰が下りますので注意してくださいね!!」

 

「うわちっ!!」

 

 と、原作通りのセクハラを小竜姫に行い、危うく彼女に斬り殺されそうになっていた。これには原作を知るリュウダですら呆れ顔となる。

 

「横島は何をやっているんだ? 命がいらないのか、アイツは?」

 

「神にまであの様なことをするとは……。 あそこまで煩悩に忠実であれば、もはやあっぱれとしか言えぬな……」

 

 リュウダの呟きに隣にいたチェリーも頷く。

 

 しかし原作ではこのセクハラがきっかけで小竜姫が横島の素質に気付き、それが回り回って今回の美神の修行が成功するのであった。実際、今も小竜姫は横島を興味深そうな目で見ているし、今のところ原作通りに進んでいることにリュウダは内心で頷いた。

 

「それで、当修行場にはいろんなコースがありますけど、どういう修行をしたいんですか?」

 

「そりゃ決まってるわ! なるべく短期間でドーンとパワーアップできるやつ! この際だから唐巣先生より強くなりたいわね」

 

 修行場でリュウダと美神、オマケに横島が修行着に着替えると、小竜姫が修行のコースを聞いてきて、美神が原作通りに答える。そしてリュウダは少し考えて答える。

 

「……そうですね。俺はダークソウルの力をもっと使いこなしたいですね」

 

「え? 藤沼、お前、もうそのダークソウル? の力を使えているだろ?」

 

「いや、それはそうかも知れないけど……まだ完全に使えてない気がするんだよ」

 

 横島の言葉にリュウダはあいまいに答える。

 

 今リュウダが使っている武装は「前世のダークソウルの記憶を再現したもの」であるが、この世界に転生してからダークソウルで得た武装やアイテムは使えていなかったし、そもそも使おうという発想すらなかった。しかし小竜姫からダークソウルのことを聞いてリュウダは、これまでダークソウルの世界で得た武装やアイテムも使えるようになりたいと思ったのである。

 

「ふむふむ、なるほど……。分かりました。二人にピッタリの修行法があるのでそれをやりましょう。……こちらへついてきてください」

 

 そう言うと小竜姫はリュウダ達を、床に大きな魔法陣らしきものが描かれて、それ以外は椅子がいくつかあるだけの殺風景な部屋へ連れて行った。

 

(なんだこの部屋……? 原作とは違うぞ?)

 

 リュウダが原作とは違う展開に戸惑いながら周囲を見回していると、小竜姫がリュウダと美神に話しかける。

 

「お二人にはここで修行をしてもらいます。……はぁっ!」

 

 小竜姫が気合いの声と共に床の魔法陣に力を与えると、それと同時にリュウダからは黒いローブを羽織って両手に刀とトゲの生えた盾を持った人影が、美神からは彼女をモデルにした女戦士のような人影が現れる。

 

「これは……!?」

 

「これは『影法師(シャドウ)』と言って、貴方達の霊格を初めとした様々な力を形にした分身のようなものです」

 

 美神に影法師について説明した小竜姫は、続いてこれからする修行の内容を説明する。

 

「これから美神さんと藤沼クンの意識を影法師に移した後、藤沼クンのダークソウルの力と記憶を元にした異空間に送り込みます。そしてそこにいる敵を倒して異空間を突破すれば更なる力が得られます」

 

「え……!?」

 

 小竜姫が口にした修行法は原作には全くない完全に予想外な展開で、リュウダは思わず表情を強張らせる。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください! 今からダークソウルの世界に行く!? そんなことを急に言われても心の準備が……!」

 

「では行きますよ。……はっ!」

 

 リュウダは慌てて待ってもらおうとするが、小竜姫はリュウダの言葉を聞いておらず早速修行を開始する。

 

 小竜姫のかけ声と同時に周囲の景色が代わり、リュウダが周りを見るとそこは、北の不死院でリュウダが囚われていた牢獄の中であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39話

「何これ? ここが藤沼クンが毎晩見ている夢の中なの?」

 

 リュウダがいきなり北の不死院の牢獄に移動させられたことに驚いていると、隣から美神の声が聞こえてきた。彼が声が聞こえてきた方を見ると、そこには美神の影法師(シャドウ)……ではなく影法師の姿となった美神、そして横島におキヌ、小竜姫とチェリーの姿があった。

 

「そうですけど……。何で美神さんだけでなく皆もいるんですか?」

 

「私は藤沼クンと美神さんの修行の監督役てすからね。それで他の皆さんは二人の応援ということでついてきてもらいました」

 

 リュウダの質問に小竜姫が答えると、横島があきらかに嫌そうな顔をして牢獄の中を見回す。

 

「しっかし酷い部屋だな。俺だったらこんな部屋に閉じ込められたら三日で気が狂うぞ? まさかずっとここにいないといけないのか?」

 

「それこそまさかだ。俺は初めてこの牢獄に来た時、ある人に助けられてここから抜け出すことができたんだ」

 

「ある人? 一体誰のこと……?」

 

 横島の言葉にリュウダが首を横に振って答えた時、突然天井から物音が聞こえてきた。物音を聞いた全員が天井を見上げれば、天井の穴から鉄仮面を被り軽装の鎧を着た一人の騎士がこちらを見下ろしていた。

 

「おおっ!? アイツが助けてくれるんだ……な……?」

 

 ドサッ。

 

『『…………っ!?』』

 

 横島が助けが来たと嬉しそうな声を上げかけた時、騎士はリュウダ達がいる牢獄に人の死体を投げ捨ててきて、リュウダ以外の全員がドン引きの表情となる。突然の死体遺棄に美神達が言葉を失っていると騎士は何処かへ去っていき、横島が震える指で死体を指差しながらリュウダに質問をする。

 

「お、おい……! 何だよ、その死体は……!」

 

「コイツか? コイツはここの看守らしい奴の死体で、俺はコイツから牢獄の鍵を剥ぎ取ってこの牢獄から脱出できたんだ」

 

 リュウダが横島の質問に答えつつ死体からこの牢獄の鍵を剥ぎ取って見せると、恐怖のあまり泣き出した横島が大声を出す。

 

「それだったら鍵だけ寄越せばいいじゃねぇか!? 何で死体ごと投げ捨てんだよ! というか藤沼もなに、平然と死体から剥ぎ取っているんだよ!」

 

 今回の場合、横島の言うことが全面的に正しいのだろう。しかし良くも悪くもダークソウルの常識に染まっているリュウダは、その言葉に困ったような顔となる。

 

「そうは言うけど……このダークソウルの世界だと、武装やアイテムは死体から剥ぎ取るのが普通だから、ここで慣れとかないと辛いんだけど?」

 

「死体から剥ぎ取るのが普通って、ダークソウルの世界って修羅の国かよ……!?」

 

 リュウダの言葉に横島は信じられないといった顔でこの場にいる全員の気持ちを代弁すると、それを聞いてリュウダは苦笑を浮かべた。

 

「修羅の国……言いえて妙だな。……開けるぞ」

 

 リュウダが牢獄の扉を開けて外に出ると、そこには裸同然の格好でミイラのように痩せ細った人間だった者、亡者が三体、北の不死院の通路を力ない足取りで彷徨っていた。

 

「あれが……敵なの?」

 

「はい。藤沼クンの記憶に私が力を与えた敵です。気をつけてくださいよ? 影法師の身体とは言え、彼らにやられたら最悪死んでしまいますからね」

 

『『………!』』

 

 美神の質問に小竜姫が答えると、彼女達の声に気づいた亡者三体が、手に持っていた折れた剣や松明を振りかざしてこちらへ向かって来た。

 

「やる気のようね。上等よ! かかってきなさ……え?」

 

 こちらへ向かってくる三体に亡者を見て影法師の姿となった美神は武器を構えるのだが、それより先に美神と同じ影法師の姿となったリュウダが彼女の前に出て行動を開始する。

 

「まず一体!」

 

 最初にリュウダは一番前にいる亡者との距離を詰めると、亡者が振り上げた折れた剣を振り下ろすより先に混沌の刃を振るい、亡者の胴体を両断する。

 

「二体目!」

 

「………っ!? ヒーーー!」

 

 続けてリュウダは二体目の亡者の首を一太刀で斬り飛ばし、亡者の首は丁度横島の足元に飛んでいき、それを見た横島は股間を濡らさんばかりの勢いで驚く。

 

「そして……三体目!」

 

 最後に三体目の亡者の攻撃を独特の足運びで避けたリュウダは、そのまま亡者の背後に回り込むと、混沌の刃で亡者の身体を擬音が聴こえてきそうな勢いで貫いた。

 

 ここまでの動き僅か数秒。その手慣れた動きに美神は見ていることしかできず、横島は表情を引き攣らせながら呟いた。

 

「こ、こんな悪夢を毎晩見ていたら、そら強くなるわな……!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40話

「やっぱりそうだ……」

 

 ズバッ! ザシュッ!

 

 小竜姫の試練が始まり、リュウダ達がダークソウルの力と記憶を元にした異空間、北の不死院に来てから数分後。リュウダは北の不死院の通路を見回して呟いた。

 

「ここは本当の北の不死院じゃない」

 

 ザン! ドシュッ!

 

 確かに、この臭ってきそうなまでに淀んだ死の気配が漂っている通路は、リュウダが知っている北の不死院の通路である。しかしその通路の距離や出現してくる亡者の数は、すでに本当の北の不死院のそれを超えていた。

 

「小竜姫様。ここは俺のダークソウルの力と記憶を元にした異空間だけど、規模とか細かい構造は多少イジってある。そうですね?」

 

 ガッ! バシュッ!

 

「え、ええ……。そうです……」

 

『『…………!!』』

 

 リュウダの質問に小竜姫が引き気味に答え、それ以外の者達は明らかに引いた表情でリュウダを見ており、そんな皆の態度に彼は首を傾げる。

 

「皆、どうかしました? 顔色が悪いみたいだけど?」

 

 ダン! ギィン!

 

「いや、おかしいだろ!? 何でお前、亡者斬り捨てながら普通に会話しているんだよ!」

 

 リュウダの言葉に横島が皆を代表して大声を出す。横島の言う通り、リュウダは先程から亡者を混沌の刃で斬り捨てながら周囲を見回したり会話をしたりしていて、それが皆には異様に見えていたのだった。しかしやはり良くも悪くもダークソウルの常識に染まっているリュウダは、横島の言葉に困ったような表情となる。

 

「そんなこと言われてもな……。この世界ではいつも亡者と殺し合いをしてきたから、ほとんど条件反射になっているん……だよな!」

 

 ゴシャッ!

 

『『……………!?』』

 

 横島の質問に答えながらリュウダは、自分に斬りかかってきた亡者の剣を避けると、そのまま亡者の頭を掴んで壁に叩きつけて押し潰す。その衝撃的な光景に皆の表情が更に悪くなり、横島は恐怖のあまり腰を抜かしてしまう。

 

「も、もう嫌や……! やっぱりゴーストスイーパーの世界なんて、特別な才能を持つ人間しか入れん世界やったんや……。俺みたいなただの学生が足を踏み入れて生きていける世界やないんや……」

 

「いや、そんなことはないぞ? 横島にもちゃんと才能はあると思うぞ?」

 

「え?」

 

 思わず関西弁となって泣き言を言う横島であったが、リュウダが即座に反論すると彼の顔を見た。そしてそれは美神も同じであった。

 

「藤沼クン、何を言っているの? 横島クンにそんな霊能力なんてあるわけ「いえ、横島には霊能力があると思います」」

 

 原作知識でこれから先、横島が霊能力に目覚めて実力をつけていくことを知っているリュウダが美神の言葉を遮って言うと、横島がどこか期待するような目でリュウダは見る。

 

「お、おい、藤沼? それって本当か? 本当に俺にも美神さんみたいな霊能力があるのか?」

 

「ああ、俺はあると思うぞ。……そうだ。せっかくだから横島もここで修行してみたらどうだ?」

 

「俺も修行? 一体どうやるんだ?」

 

「簡単だよ。ちょっと待ってろ」

 

 リュウダは横島にそう答えると、新たに出現してこちらに歩いて来る亡者に向かって行った。そしてまず折れた剣を持つ右手を混沌の刃で切り落とし、そのまま左手と両足を斬り捨てて首と胴体だけにすると、亡者の首を掴んで横島の前に投げ捨てた。

 

「………!?」

 

「ほら。その折れた剣で亡者の頭を叩き潰せ。そしたら亡者の力がお前の方に行っていくらか強くなれるはずだ」

 

 突然の出来事に驚き言葉を失う横島に、リュウダは亡者が持っていた折れた剣を彼の足下に投げてから言う。

 

 これまで亡者を何体も斬り捨てて分かったことだが、ここにいる亡者を倒すとソウルが手に入り、そのソウルの量は本来の北の不死院に出現する亡者よりずっと多かった。だから一体でも亡者を倒すと、横島でも多少は強くなれるとリュウダは思ったのだが、横島は再び恐怖で腰を抜かす。

 

「どうしたんだ、横島? その折れた剣を頭を突き刺すだけでいいんだ。早くやれよ?」

 

「で、できるかーーーーー! ……っ!?」

 

 思わずリュウダに怒鳴る横島だったが、その時亡者が身体をくねらせて横島に近づき、彼の身体に食らいつこうする。

 

「ヒーーーーー!」

 

「チッ! 大人しく殺されてろよ!」

 

『『……………!』』

 

 亡者が横島に食らいつこうとする直前、リュウダは亡者の頭を掴んで床に叩きつけて砕いた。そのあまりの容赦のなさに、美神達はまたしても絶句する。

 

「………!? ………!」

 

「ん? ああ、すまない横島。せっかくの経験値を奪ってしまったな」

 

 恐怖で泣きながら声にならない声で何かを言っている横島に、リュウダは的外れな謝罪をする。

 

「もうこの辺りには亡者はいないみたいだし、とりあえず向こうまで亡者を探しに探しに行ってみるか。今度はちゃんと殺せよ、横島?」

 

「ぎゃーーーーー! イヤーーーーー!」

 

 リュウダが横島の首根っこを掴み新しい亡者を探しに行こうとすると、横島が悲鳴を上げて美神がそれを止めようとする。

 

「ちょ、ちょっと藤沼クン! 横島クンにはまだ修行は早いみたいだし、今日のところはそれくらいに……!」

 

 美神がリュウダを止めようとしたその時、美神は何かの気配を感じ取って通路の先を見る。気配を感じたのはリュウダも同じで、彼も足を止めて美神と同じ方向を見ており、二人の視線の先には大剣を持って黒い全身鎧を着た騎士が一人立っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41話

 突然通路の向こう側から現れた黒い鎧を着た騎士。その力は今までリュウダが斬り捨ててきた亡者より遥かに格上なのは明白であり、黒い騎士が現れた瞬間、空気が張り詰めたのがこの場にいる全員に伝わった。

 

(あれは黒騎士……。確かにここに出現する敵だったけど、まさかこのタイミングで出てくるとはな……)

 

 リュウダは黒騎士の姿を見て心の中で呟いた。

 

 確かに黒騎士はこの北の不死院に出現する敵ではあるが、出現するのは一度ここから脱出してそれから訪れてからのはずである。そのため黒騎士を見たリュウダは、ここが北の不死院とは色々と異なっていることを再認識した。

 

「へぇ……。中々気合の入っている敵が出てきたじゃない。藤沼クン、アレは私がもらうわよ?」

 

 そう言うと美神はリュウダの前に進み出て、影法師(シャドウ)の姿になっていた時から持って槍を構える。

 

「美神さん?」

 

「私だって、いつまでもゴーストスイーパーでもない冥子の助手にビビらされてばかりじゃないわよ? 見ていなさい」

 

 美神はリュウダを横目で睨みながら言い、言われた本人は訳が分からないと首を傾げる。

 

「ビビらせる? 俺、何かしましたっけ?」

 

『『…………』』

 

 良くも悪くもダークソウルの常識に染まって亡者を見たら条件反射で殺すようになったリュウダの言葉に、横島はドン引きしておキヌは顔を引き攣らせ、チェリーと小竜姫でさえも一歩引いた。

 

「行くわよ! ……!」

 

 話をしているうちに黒騎士がこちらに近づいてきており、それを見た美神が槍を突き出した。しかし黒騎士は左手に持った盾で美神の槍をあっさりと防ぐと、返す刀で右手に持つ剣で突きを繰り出す。

 

「う……!?」

 

 美神は間一髪で黒騎士の剣の直撃を避けたが脇腹をかすめ、予想以上にダメージを受けたのか彼女がうめき声を出して体勢を崩すと、横島が駆け出す。

 

「み、美神さん!」

 

「……! 横島クン! お願い!」

 

「えっ!? ちょっ! 美神さーーーん! ……ぶっ!?」

 

 美神は自分の元にやって来た横島に気づくと、彼の襟首を掴んで勢いよく黒騎士に向かって投げた。助けにきたつもりがいきなり囮にされた横島は、恐怖で滝のような涙を流している途中で黒騎士が横に振った盾によって吹き飛ばされ、そのまま壁に激突してしまう。

 

「隙あり!」

 

「………!?」

 

 黒騎士が盾を振って横島を吹き飛ばした次の瞬間、いつの間に距離を詰めていた美神が槍を両手に持って渾身の力で突き出し黒騎士の胸を貫いた。胸を槍で貫かれた黒騎士は一度身体を大きく振るわせるとすぐに動かなくなり、鎧ごと身体を灰にして消えていった。

 

 しかしその様子を見ていたリュウダは首を横に振る。

 

「うわー……。横島のヤツ、大丈夫かよ? 助けにきてくれた人を囮にするだなんて……俺みたいな常識人にはとても真似できないよ」

 

「あの……常識人ってなんですか?」

 

「ううむ……。藤沼は藤沼で、この過酷な環境で人格に歪みが生じておるかもしれぬな」

 

「これって、精神修養の修行も追加した方がいいんでしょうか?」

 

 美神の横島に対する扱いは前世の頃から知っているリュウダだったが、実際に見ると予想以上に酷くて思わず美神に聞こえない小声で呟く。すると彼の呟きを聞いていたおキヌにチェリーと小竜姫が、リュウダに聞こえない小声で話し合っていたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42話

「美神さん! アンタねぇ! ……って、え?」

 

 美神が黒騎士を倒した直後、壁にめり込んでいた横島が顔から大量の血を流しながら抗議の声を上げようとしたが、美神の身体に起こった変化を見て止まった。

 

 現在の美神は軽装の鎧を着て槍を持った影法師(シャドウ)の姿をしているのだが、突然その鎧の装甲が増して槍も薙刀にと変わったのだ。

 

「これって……?」

 

「さっき倒した敵の力が貴女に流れ込んで、霊能力が強化されたんですよ」

 

 自分の身に起こった変化に美神が驚いていると、そこに小竜姫が説明をしてきた。

 

「最初に言いましたがその姿、影法師は貴女の分身のようなもの。貴女が力をつければその分だけ変化しますよ」

 

「へぇ、そうなの」

 

「あれ? ちょっと待ってください。俺は亡者ばかりだけど敵を倒しましたよ? それだけど全然外見が変わっていませんけど?」

 

 小竜姫の説明に美神が嬉しそうに自分の身体を見ていると、リュウダが小竜姫に質問をする。すると小竜姫は一つ頷いてから説明をする。

 

「ああ、それは二人の修行の内容の違いからですね。美神さんは純粋に霊能力の強化が、藤沼クンはダークソウルの力を使いこなすことが目的ですから、敵を倒した時の変化も違うんですよ。藤沼クンは敵を倒しても美神さんのように急激な強化はされませんが、その代わりに一度に出せる武器やアイテムの量が増えたり、武器などを出すまでの時間が短縮されるはずですよ」

 

「なるほど。そういうことですか……」

 

 小竜姫の説明を聞いてリュウダは納得して頷く。

 

 美神のように直接的な戦闘力が上がらないのは確かに残念だが、ダークソウルの世界で手に入れた武具やアイテムを短時間でいくつも出せるようになれるのは、充分に魅力的に思えた。

 

「ようするに出てくる敵を倒せば倒すほど強くなれるのね。そうと決まれば……行くわよ! 藤沼クン!」

 

「えっ!? 美神さん!」

 

 実際に黒騎士を倒したことで強くなれた美神は、好戦的な笑みを浮かべると北の不死院の通路を駆け出し、その後をリュウダが追いかける。

 

 それからリュウダと美神は襲いかかってくる亡者を倒しながら北の不死院の中を探索して行く。黒騎士のような強い敵は美神が倒した一体だけで、それ以外は亡者しか出てこなかったのだが出てくる亡者の数は多く、倒しているうちにリュウダも美神も順調に強くなっていった。

 

 そして北の不死院の探索を開始してからしばらくすると、リュウダ達は中庭のような空間に辿り着いた。中庭の中央には一本に刃が捻れた剣が地面に突き刺さっており、それを見た横島が首を傾げた。

 

「何だ、この剣は?」

 

「それは篝火だよ」

 

 横島の疑問に彼の後ろからリュウダが答える。

 

「俺達ダークソウルは、その篝火の近くで休むことで現世に帰ることが出来るんだ」

 

「なるほど。これが今までのダークソウルの人達が言っていた篝火なんですね。……あれ? でも火がついてませんよ?」

 

 リュウダの説明を聞いて小竜姫が興味深そうに捻れた剣に近づくが、そこで今は火がついていない事に気づいた。

 

「ああ、篝火はダークソウルの世界に来て数時間経たないと火がつかないんですよ。それまではいくら近づいて休んでも現世には帰れませんよ」

 

 それはリュウダが転生して初めて知った、このダークソウルの世界でのルールで、それを聞いた横島が表情を引きつらせる。

 

「うええ……。それってこの世界に来たら最低でも数時間は現世に帰れないってことか? しかもその間はあの亡者達がずっと襲ってくると……!?」

 

 横島の言う通り、リュウダは一度ダークソウルの世界に来てしまったら数時間経って篝火に火が付くか、敵に殺されるまで現世に帰ることができなかった。今までのダークソウルとなった者達は、きっとこの危険に満ちた数時間に耐えられず、自ら命を絶ったのだろう。

 

「それより美神さん。気をつけてください。ここが俺の記憶を元にした異空間だったら、この先に『ボス』がいますよ」

 

 リュウダは美神にそう言うと、中庭の先にある大きな扉を指差した。

 

「へぇ……? 見るからにソレっぽいと思っていたけど、一体どんな奴が出てくるの?」

 

「文字通りの悪魔です。俺達の三倍くらい大きくて両手に巨大なハンマーを持った悪魔が……!?」

 

 記憶ではこの先に登場する敵、不死院のデーモンについてリュウダが説明しようとしたその時、隣から何者かの足音が聞こえてきた。リュウダ達が足音が聞こえてきた方を見ると、そこには軽装の鎧を着て鉄仮面を被った騎士、最初にここに来た時に牢獄の鍵(死体つき)をくれた人物の姿があった。

 

「おお! アイツはあの時の! 何だ? この先の悪魔退治を手伝ってくれたりするのかな?」

 

 突然現れた騎士を見て横島が期待するように言うのだが、リュウダはそれに首を横に振って答える。

 

「いいや。アイツは敵だ」

 

「……………え?」

 

「あの騎士も俺と同じダークソウルで最初は助けてくれたんだが、この北の不死院で力付きて次に会った時には亡者になって襲いかかってきた。……もう一度言う。今のアイツは敵だ」

 

「……」

 

 横島に向けて言ったリュウダの言葉の通り、騎士は腰の剣を抜いてこちらに向かって来ていた。それを見て美神が薙刀を構える。

 

「やるって言うなら上等じゃない。いくら恩人とは言え、かかってくるなら……え?」

 

「ーーーーーーーーーー!!」

 

 美神が騎士に向けて攻撃を仕掛けようとした時、突然扉が凄まじい勢いで開かれ、扉の奥から手に木のハンマーを持った巨大な悪魔、不死院のデーモンが雄叫びを上げながら飛び出てきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43話

(まいったな……。アノール・ロンドじゃないんだし、複数のボスと同時戦闘なんて勘弁してくれよ……)

 

 リュウダは亡者となった騎士と不死院のデーモンを交互に見てから内心でため息を吐いた。

 

「さて……。これからどうしたら……ん?」

 

「ヒーーーーー!」

 

「おい!? 横島!」

 

「こらっ! 逃げるな!」

 

 リュウダが混沌の刃を抜いてこれからどう戦おうか考えていると、横島が悲鳴を上げながら逃げ出した。リュウダと美神が止めても横島は立ち止まることなく、中庭から北の不死院の中へと入っていった。しかし……。

 

「ヒーーーーー!」

 

 北の不死院に入っていった横島だが、すぐに悲鳴を上げながら中庭へと走って帰ってきた。しかも……。

 

しかも大量の亡者を引き連れて……。

 

『『何しとるか貴様ーーー!?』』

 

「だって! だってー!」

 

 ただでさえ厄介な状況を更に悪化させた横島にリュウダと美神が同時に叫ぶ。そんな二人に横島は言い訳にもなってない言い訳を言おうとする。

 

「ああっ! もう! こうなったら切り札の一つを使います! 美神さん! 下がってください」

 

「切り札?」

 

 まずは横島が連れてきた大量の亡者を倒すのが先だと考えたリュウダは美神にそう言うと、右手に火の玉を出現させて亡者達に向けて投げつけた。リュウダが投げた火の玉は一瞬で巨大化して、亡者の一体にぶつかると大爆発を起した後に周囲に溶岩を撒き散らし、他の亡者達を一体も残さず焼きつくした。

 

 混沌の大火球。

 

 ダークソウルの世界で混沌の娘と制約を結んだ者だけが授かれる強力な呪術。これがリュウダの切り札の一つであった。

 

「これが藤沼クンの切り札……! 確かに凄い威力ね」

 

「な、何だよ……。こんなのがあったらさっさと使ってくれたらよかったのに……」

 

「……!」

 

 混沌の大火球の威力を見て美神が思わず呟いた後、亡者達がいなくなったことに安心した横島が愚痴のような台詞を言うと、リュウダは横島の胸ぐらを掴んだ。

 

「横島……お前、今何て言った。勝手に逃げ出して、大量の敵を引き連れて、人の切り札を切らせておいて、謝るどころかよりにもよって『さっさと使ってくれたらよかったのに』……だぁ? お前、切り札って言うのはギリギリまで取っておくことに意味があるんだぞ? 分かっているのか?」

 

「ヒーーー! ズビバゼン! スミマセンでしたー!」

 

 どうやらリュウダがかなり怒っていることに気づいたらしく、横島は滝のような涙と鼻水を流しながら必死で謝る。戦闘中だと分かっているがもう少し何か言ってやろうとリュウダが思ったその時、不死院のデーモンが攻撃を行おうとして、それに気づいた美神が警告する。

 

「藤沼クン! 横島クン!」

 

「……!?」

 

 美神の警告のお陰で不死院のデーモンの攻撃に気づいたリュウダは、横島を突き飛ばすと自分は大きく後ろへと跳んだ。するとその直後、リュウダと横島がいた場所に不死院のデーモンが持つ巨大なこん棒が振り下ろされる。

 

「(ちっ! この狭い場所だとデーモンがウザすぎるな!)……美神さん! 俺がこのデブを燃やしますから、美神さんは騎士の方をお願いします!」

 

「この私をアゴで使おうだなんてね……! いいわ! 任せなさい!」

 

 美神に指示を出したリュウダは混沌の大火球を作り出すと、それを不死院のデーモンの方へと投げ放った。

 

「食らいやがれ!」

 

「ーーーーー!?」

 

 リュウダが放った混沌の大火球は不死院のデーモンに命中すると大爆発を起こし、不死院のデーモンは爆発とその後に生まれた溶岩の熱に悲鳴を上げる。しかしリュウダの攻撃はこれで終わりではなく、不死院のデーモンが混沌の大火球の一撃で怯んだ隙に接近したリュウダは、右手を突き出すと右の掌から爆炎を発生させた。

 

 大発火。

 

 掌から爆炎を放ち、至近距離の敵を攻撃する単純な火力。しかしその分、発動までの時間が短い上に威力も高く、歴戦のダクソプレイヤーの多くが「近距離最強の攻撃技」と呼んでいた。

 

「ーーー!?」

 

 大発火の攻撃により不死院のデーモンは再び悲鳴を上げて怯み、その隙を逃さずリュウダは更に攻撃を仕掛ける。

 

(ゲームでの俺の技量は45! 最速発火マンをなめるな!)

 

「凄まじい火力じゃな。まさかリュウダがあそこまでやれるとは……!」

 

「あれがダークソウルの力、ですか……」

 

 心の中で叫んだリュウダは大発火と発火を合わせた炎の連打を不死院のデーモンの巨体に叩き込み、その光景を見たチェリーと小竜姫はリュウダの攻撃力の高さに思わず呟いた。

 

「ーーーーー!」

 

 リュウダの呪術によって全身を燃やされた不死院のデーモンは、苦しげな声を上げながらその巨体を霧に変えて消滅し、それを見てリュウダは思わず拳を握りしめた。

 

「よぉし! 勝った! 後は美神さんの援護を……!」

 

「必要ないわよ。こっちももう終わったから」

 

 不死院のデーモンを倒して美神の援護をしようと思ったリュウダだったが、美神の方を見れば亡者と化した騎士もまた、その身体を霧に変えて消滅するところであった。

 

「こんなところですかね? はい! それでは美神さんも藤沼クンもこれで修行終了です! お疲れ様でした!」

 

 リュウダと美神が、北の不死院のボスとも言える不死院のデーモンと亡者と化した騎士を倒したのを見届けると、小竜姫は二人の修行が終わったことを宣言した。すると次の瞬間、この場にいる全員が原質世界へと帰還するのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44話

「……そろそろ私も覚悟を決めるか」

 

 リュウダが小竜姫の修行を終えて妙神山から帰ってきてから数日後。彼がいつも通り、ダークソウルの世界の病み村でクラーナから呪術の修行を受けていると、クラーナが小さく呟いた。

 

「? クラーナ師匠、覚悟を決めるって何の話ですか?」

 

「お前を信用してクラーグ達がいるという場所へ向かう話だ」

 

「ああ〜。その話ですか……って!? 本当ですか!?」

 

 呪術の修行中であったため一瞬クラーナの話を軽く流してしまいそうになったリュウダであったが、彼女の言葉を理解すると驚いた顔となってクラーナの方を見た。

 

「うむ。最近大量のソウルが集まったせいか、お前の呪術の火は限界まで強化されたし、私が知っている呪術もお前は全て習得した」

 

「全ての呪術? あのクラーナ師匠、俺まだ不死の魅了を習っていないのですが?」

 

「いい加減しつこいぞ、お前? あれは封印する。お前にだけは絶対に教えん」

 

「そんな殺生な!?」

 

 不死者を魅了して一時的に味方にする呪術、不死の魅了。それを習いたいというリュウダの言葉をクラーナが即座に否定すると、リュウダは目に見えて落ち込むが、クラーナはそんな彼を無視して話を進める。

 

「話を戻すが、私の呪術の全てを習得したお前の努力からお前を信用することにしたのだ。……それで、リュウダ? 本当に私をクラーグ達の元へ連れて行ってくれるのか?」

 

「……っ! はい! もちろんです! それでは早速向かいましょう!」

 

「リュウダ!? ちょ、ちょっと待たんか!? まだ心の準備が……!」

 

 不死の魅了を習えないことは心底残念であるが、いよいよ悲願であるクラーナ達姉妹の再会が見られると考えたリュウダは即座に機嫌を治すと、クラーナをお姫様抱っこの状態で抱き上げて、クラーグ達がいる洞窟へと向かうのであった。

 

 

 

「ついにここまで来たか……。もうこの道を通ることはないと思っていたのだがな……」

 

 クラーグ達がいる洞窟、クラーグの住処に到着するとクラーナは周囲を見回してどこか懐かしむような声で呟き、それを聞いたリュウダは納得する。

 

(そうか。この先にはクラーナ師匠達の故郷であるイザリスがある。ということはクラーナ師匠はここを通って病み村に来たってことか)

 

 それからしばらくリュウダとクラーナは無言で洞窟を進んでいき、やがてゲームでクラーグと戦った広場に着くと、そこには上半身は美女で下半身は蜘蛛のような怪物という姿をした女性、クラーグが一人待ち構えていた。

 

「まさか本当に……クラーナ姉さんを連れてきてくれるだなんて……!」

 

「……! クラーグ……!」

 

 クラーナの姿を見てクラーグは驚きと喜びが混ざった顔をした感極まった声を出し、それはクラーナの動揺であった。

 

「クラーナ師匠、これを」

 

「これは?」

 

 リュウダは自分がつけていたクラーグ達の言葉を理解する力を持つ指輪、老魔女の指輪をクラーナに手渡す。

 

「クラーグ姉さん達の言葉が理解できるようになる魔法の指輪です」

 

「っ!? 借りるぞ!」

 

 老魔女の指輪の効果を聞いたクラーナは、リュウダからひったくるように老魔女の指輪を受け取り自らの指にはめた後、恐る恐るクラーグに話しかける。

 

「く、クラーグ……。私の言葉が分かるか……?」

 

「ーーー」

 

「……! ああ! クラーグ!」

 

「ーーー!」

 

 老魔女の指輪がなくなったことでクラーグの言葉が分からなくなったリュウダだが、それでもクラーナとクラーグの言葉が通じ合っていることは分かった。

 

 そして何百年もの時を経て再会した二人に姉妹は涙を流して抱き合い喜びあい、その二人の姿にリュウダも喜びで胸がいっぱいとなり涙を流した。

 

「クラーナ師匠。クラーグ姉さん。二人共本当に良かった……! 後はこの光景を守る……って! そうだ!」

 

 自分の悲願であり使命が達成されたことを確認したリュウダは、この時自分が次にするべきことに気づくのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45話

「『巡礼の旅』に出るだと!?」

 

 クラーグと無事に再会したクラーナは、続けて混沌の娘とも数百年ぶりの再会をはたし、三人の姉妹は涙を流して再会を喜びあった。しかしその後、巡礼の旅に出ると言い出したリュウタの発言に驚いたクラーナの声がクラーグの住処に響き渡った。

 

 巡礼の旅。

 

 それはダークソウルのプレイヤーを初めとする全ての不死者達の使命だ。

 

 このダークソウルの世界は、少しずつではあるが光を失って闇に閉ざされようとしていた。そして世界が闇に閉ざされようとした時、不死者が古の時代の王とその眷属……すなわち神々を祀るロードランの地でいくつもの試練を乗り越えて巡礼の旅を全うすれば、世界は再び光を取り戻して救われるという伝説がある。

 

 しかし巡礼の旅の終着点、世界を救う方法というのは、世界の秩序を維持している原初のソウル「最初の火」にいくつもの試練を乗り越えて巡礼の旅を終えた不死者そのものを「薪」として与え、ソウルの力を強めるというものだった。

 

 もちろんゲームのダークソウルをクリアしたリュウダはこの巡礼の旅について知っているため最後まで巡礼の旅をするつもりはなく、巡礼の旅に出ると言い出したのにも理由があった。

 

「リュウダ。お主、一体どういうつもりじゃ? クラーナ様を連れてきたことで正式にクラーグ様達の従者に認められたお主がすることは、ここでクラーナ様達に仕え、お守りすることじゃろうが? それなのに何故巡礼の旅に出ようとする?」

 

「ーーー」

 

「ーーー」

 

「馬鹿弟子よ。クラーグ達もエンジーと同意見のようだ。ここを離れて巡礼の旅に出ようとする理由はなんだ? まさかこの世界を救おうと本気で考えているのか?」

 

 エンジーがリュウダに向かって言うとクラーグと混沌の娘も頷き人では理解できない声を出し、クラーグと混沌の娘の意思を伝えたクラーナもリュウダに質問をする。するとリュウダは首を横に振ってからクラーナの質問に答える。

 

「いえ、巡礼の旅を最後までするつもりはないですよ。実はどうしても手に入れたいものがあって、そのために巡礼の旅に出るんです」

 

「手に入れたいもの? それは何だ?」

 

「もう一つの老魔女の指輪です」

 

 クラーナの質問にリュウダは、彼女の指輪にはめられている彼が貸した老魔女の指輪を指差す。

 

 ゲームのダークソウルでは、キャラクターメイク時に得られるアイテム「贈り物」で選ぶ以外でも、あるアイテムをある場所に持って行けばもう一つの老魔女の指輪が得られる。しかしその老魔女の指輪を得るためのアイテムはゲームの終盤でしか手に入らず、巡礼の旅を進める必要があった。

 

 リュウダはクラーナとクラーグ、そして混沌の娘の三人が揃っている姿を見て、自分も彼女達の会話を実際の聞いてみたいと思った。そのために巡礼の旅に出て、新たな老魔女の指輪を手に入れることを決めたのである。

 

「……ふむ? クラーグ様達のお言葉を理解する指輪のためか。それならば仕方がないかもの」

 

 リュウダの巡礼の旅に出る理由が新たな老魔女の指輪を得るためだと知って、エンジーが納得した表情で言うとクラーナ達も渋々だが納得したような表情となる。それを見てリュウダは巡礼の旅に出るの許されたのを理解して、クラーナ達に向かって頭を下げる。

 

「ありがとうございます。……それに今思い出したんですけど、巡礼の旅が進めばイザリスにも行けるようになって、クラーナ師匠達のお姉さんか妹さんに会えるはずですよ?」

 

『『………!?』』

 

 ゲームのダークソウルでは巡礼の旅を進めるうちに、クラーナ達の故郷である混沌の廃都イザリスにも行けるようになり、そこでは敵ではあるがクラーナ達の姉妹のグラナが登場する。そのことをリュウダが言うと、クラーナ達は揃って驚いた表情となるのだった。

 

 

「クラーナ師匠達も現金だよな。姉妹に会えると分かった途端、早く行ってこいだなんて」

 

 リュウダの巡礼の旅が進めばグラナと再会できると知るとクラーナ達は彼に早く旅に出るように急かし、そのことに苦笑しながらリュウダがクラーグの住処を後にしようとすると、物陰から一人の男が姿を現してリュウダに話しかける。

 

「ちょっと待て」

 

「え? カーク先輩?」

 

 物陰から現れたのはカークで、リュウダが気づくとカークは彼の足元に二つの物を投げた。

 

「俺からの餞別だ、持って行け。巡礼の旅は過酷なものだから、それくらいはいるだろう」

 

「こ、これは……!?」

 

 カークがリュウダの足元に投げたのは混沌の刃とトゲの盾で、リュウダは現実世界でも愛用している武器を驚いた顔で見る。

 

「その剣は以前クラーグからもらったもので、異国から来た不死者から奪った剣に自分のソウルを与えて鍛えたものだそうだ。それで盾の方は俺の予備だ。盾は守るものだと思い込んでいる奴らの顔に叩き込んでやると……ククッ! 中々傑作だぜ?」

 

「あ、ありがとうございます……! カーク先輩」

 

 言葉の途中で笑うカークに、予想もしなかったところで自分の愛用武器を手に入れたリュウダは震える声で礼を言うのであった。




本当に……本当に今更なのですが、ダークソウル3をやってみよう思っています。
それでダークソウル3をする時は、ダークソウルと同じように刀と呪術を使う技量戦士にしようと思っているのですが、誰かステ振りのアドバイスくれませんか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46話

 クラーナ達姉妹を無事に再会させて巡礼の旅に出た次の日。リュウダか現実世界で学校に登校すると、そこに横島が話しかけてきた。

 

「よう、藤沼。随分とご機嫌だな?」

 

「え? そうかな?」

 

 どうやらクラーナ達姉妹を再会させると言う最初の目標が達成されたことで、リュウダは自分でも気づかないうちに上機嫌になっていたらしい。その事を横島に指摘されてリュウダが聞き返すと、横島はとこか面白くなさそうに頷いた。

 

「ああ、そうだよ。……どうせこの間の修行で霊力がアップしたのが嬉しいんたろうけど、いいよな霊能力を持ってる奴はよ。……ケッ!」

 

 どうやら横島は先日の妙神山の修行で霊力がレベルアップしたのが嬉しいのだと思っているようで、話しているうちに不機嫌になってつばを吐いた。

 

 上機嫌だった理由は違うのだが、ダークソウルの世界について話すわけにもいかず、リュウダが横島に何と言おうか考えていると、しのぶが二人に話しかけてきた。

 

「ちょっと横島君、藤沼君。私達これから図書室の掃除なんだから、いつまでも話していないで行くわよ」

 

『『図書室の掃除?』』

 

 リュウダと横島が声を揃えて聞くと、しのぶが首を縦に振って答える。

 

「そうよ。ほら? 横島君と藤沼君って、この間ゴーストスイーパーのお仕事で休んでいたでしょ? その日に私達のクラスが図書室の掃除をするって、急に決まったの」

 

 どうやらリュウダ達が妙神山で修行をしている時に決まってらしく、リュウダと横島はしのぶの言葉に従い、他のクラスメイト達と一緒に図書室へと向かうことにした。

 

 

 

「まったく……。何で俺達が図書室の掃除なんてせねばならんのだ?」

 

「何を言う。学校の掃除も我々生徒の役目だ。決まったことにいつまでも文句を言うな。………っ!?」

 

 図書室の掃除がよほど嫌なのか、図書室の前で諸星が愚痴を言う。それに対して先頭を歩いていた面堂が反論して図書室の扉を開くと、図書室の中はすでに先客で満員状態となっていた。

 

 図書室の先客は友引高校の生徒や教師ではなく、普通の人のような者もいれば、人どころか普通の生物ではない者もいて、しかもそのほとんどが「紙のように」身体の厚みがなかった。

 

『『………っ!?』』

 

 明らかに人外の者達が大勢いる図書室の様子に、面堂や諸星を初めとするクラスメイト達は驚き言葉を失うが、リュウダだけは図書室に何が起こったのか大体だが理解していた。

 

(そういえばうる星やつらにこんな話があったな……)

 

 リュウダはうる星やつらの原作に、図書室の掃除をしている最中、主に諸星とラムのせいで本の住人が現実世界に現れて大騒ぎになった話があったのを思い出し、それと同じことが起こっているのだと考えた。

 

(だけど何でいきなり本の住人達が出てきているんだ? ……ん?)

 

「た、助けてください!」

 

 原作とは違う展開にリュウダが内心で首を傾げていると、図書室の中から金髪で青い目をした、外国人の女性がリュウダ達の元へとやって来た。

 

「おっ! きれいなお嬢様! ボク横島……ぐっ!?」

 

「これはこれは美しいお嬢さん。何かお困りですか?」

 

 図書室から現れた金髪の女性を見て早速横島がナンパしようとするが、その前に面堂が彼を押し退けて女性の手を取って話しかける。……この手の速さはある意味凄いと言えた。

 

「あ、あの……お騒がせしてすみません。私は『ピーターパン』の絵本から来たウェンディと言います。実は今、この図書室に恐ろしい妖怪が現れていて、私達本の世界の住人達は現実世界に逃げてきたのです」

 

『『……………?』』

 

 金髪の女性、ウェンディの言葉に面堂を初めとする全ての生徒達が理解できずに困惑し、これは原作を知っているリュウダも同じあった。

 

「え~と……? 恐ろしい妖怪って一体どんな……?」

 

『『ーーーーー!』』

 

 リュウダがウェンディに、その図書室に現れた恐ろしい妖怪について詳しく聞こうとした時、図書室の奥から複数の悲鳴が聞こえてきた。

 

 リュウダ達が悲鳴が聞こえてきた方を見ると、そこにはタキシードを着た一人の男が立っていたのだが、その男の顔には異常なまでに大きな口しかなく不気味でいやらしい笑みを浮かべていた。

 

「っ!? モンタージュ!」

 

 リュウダは口しかない男の姿をした妖怪を見て反射的に叫ぶ。

 

 モンタージュとは「極楽大作戦!!」に登場する絵画に宿る魂を食べる妖怪である。原作では映画の世界に潜んで映画の登場人物達を食べていたモンタージュを、色々な事情から美神達が退治することになったのだが、モンタージュは自分が潜んでいる映画の世界をある程度操作することができて、そのせいで美神達も退治に手こずっていた。

 

「モンタージュ? なんだそりゃ? ラムの知り合いの宇宙人とかじゃないのか?」

 

「ウチ、あんなの知らないっちゃ」

 

「あれはれっきとした妖怪だ。奴の主食は絵に宿る魂で、図書室にある本の絵を食べに来たんだろう」

 

 諸星の言葉にラムがモンタージュを気味悪そうに見ながら反論する。そんな二人にリュウダが簡単にはモンタージュの説明をするとウェンディが頷いた。

 

「そうです。この図書室にある本は古い本も多いので、それがモンタージュを引き寄せた原因なのかも……いけないっ!?」

 

『ギヒィッ!』

 

 ウェンディの言葉の途中でモンタージュは、獲物を見つけたのか奇妙な声を上げて駆け出した。その先にはやはり現実世界に逃げてきた本の世界の住人達がいて、モンタージュは彼らに食らいつこうとするのだが……。

 

『『何をしとるんじゃ、貴様ぁっ!?』』

 

『ギヒャァッ!?』

 

 本の世界の住人達に食らいつこうとしたモンタージュだったが、モンタージュは大勢の男子生徒達によって殴り飛ばされた。

 

「ええっ!?」

 

 霊能力を持たない一般人のはずの男子生徒達がモンタージュを殴り飛ばした光景に、リュウダは思わず驚きの声を上げるのだが、男子生徒達はそんなリュウダに構わずモンタージュを取り囲む。そして男子生徒達を代表して「メガネ」というあだ名で呼ばれている眼鏡をかけた男子生徒かモンタージュに声をかける。

 

「貴様……! 自分が今、何をしようとしたか分かっているのか?」

 

『ギ、ギヒ?』

 

 強い怒りを秘めたメガネの言葉に、モンタージュは思わず気圧されてしまうが、何故メガネや他の男子生徒がここまで怒って自分に敵意を向けているのか分からなかった。そんなモンタージュの態度に、メガネは怒りを爆発させて叫ぶ。

 

「貴様は! 今あの女性達を食べようとしたのだぞ!? あの美の化身とも言える女性達を!」

 

 そう叫んでメガネが指差した先には、恐らく美術史の本から逃げてきたのであろう「ヴィーナスの誕生」や「モナリザ」の姿があった。

 

「他の絵ならいざ知らず! あのような美しい女性達を食おうとするとは、なんたる邪悪な妖怪か!」

 

「そうだ! 美女は世界の宝だと言うことを知らんのか!?」

 

「このような妖怪をこれ以上野放しにするわけにはいかん!」

 

『ギ、ギヒ……ヒィ……?』

 

 話しているうちに怒りのボルテージを上げていくメガネを初めとする男子生徒達に、モンタージュも身の危険を感じて逃げようとするが、すでに取り囲まれているモンタージュに逃げ場はなかった。そして……。

 

『『くたばれ! この妖怪がーーー!』』

 

『ギヒィィーーーーーーーーーーーー!?』

 

 メガネ達男子生徒はまるで豪雨のような勢いで蹴りを連続でモンタージュに叩き込み、モンタージュは悲痛な断末魔を上げて消滅したのであった。

 

「……………嘘だろ?」

 

 そのあまりにも非常識な光景に、リュウダはしばらく沈黙した後、小さく呟くことしかできなかった。




次回はダークソウルサイドの話ですが、そこでオリキャラを出す予定なのでご了承下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47話

「ふぅ……。やっと着いた……」

 

 ダークソウルの世界で病み村を出たリュウダは、全ての不死者が最初に訪れて巡礼の旅の拠点となる火継ぎの祭祀場にやって来ていた。

 

「それにしてもあの厄介な高低差が激しいマップに迷路みたいな最下層を越えないと来れないなんて……。やっぱり病み村は厄介だよな。流石は歴代ダークソウルシリーズで嫌われマップの上位になるマップだよ」

 

 一応、火継ぎの祭祀場と病み村をつなぐショートカットは存在するのだが、そのルートを使用するにはとあるアイテムが必要で、そのアイテムを持っていないリュウダは面倒な正規ルートで病み村から火継ぎの祭祀場に戻ってきたのだ。この行きの面倒さも、病み村が不人気な理由な一つだとリュウダは改めて理解した。

 

 そんなリュウダの独り言を聞いてある人物が彼の存在に気づいて話しかける。

 

「よぉ? 久しぶりだな」

 

 リュウダに話しかけたのは、瓦礫の上に腰掛けているチェインメイルを着て無精髭を生やした中年の男であった。

 

「あっ。青ニートさん、お久しぶりです」

 

「アオニート? 何だそりゃ? ……まあ、いいか。それにしても最近見なかったから、もうくだばったかと思ったぜ?」

 

 リュウダがネット上の数多くのダークソウルプレイヤーが呼んでいる名前で中年の男に話しかけると、中年の男は首を傾げた後に疲れたような笑みをリュウダに向けた。

 

「ええ、まぁ……。実は病み村で少し修行していたんですよ。それでそろそろ巡礼の旅を再開しようかと思いまして」

 

 クラーナ達のことを隠して巡礼の旅を再開したこと言うリュウダに、中年の男は怪訝な顔となる。

 

「何だ? お前、まだ巡礼の旅を諦めていなかったのか?」

 

「巡礼の旅を最後までするつもりはありませんよ。ただ……ん?」

 

「あん?」

 

 中年の男の言葉にリュウダが巡礼の旅を再開した理由を言おうとした時、二人は上空から何か音が聞こえてきたことに気づき、二人揃って上空を見上げた。すると……。

 

「〜〜〜〜〜!」

 

『『………!?』』

 

 上空からあるものが勢い良く地面に落ちてきて、リュウダと中年の男はその空から落ちてきたものを見て絶句した。

 

 上空から落ちてきたのは、身体が干からびた人だった。その姿から見て恐らくは不死者だろう。

 

 それはまだいい。この火継ぎの祭祀場は、巡礼の旅に挑む不死者が最初に訪れる場所だから、不死者がやって来るのも理解できる。

 

 リュウダもゲームでは見ていないだけで、この世界の不死者が自分のいない時に火継ぎの祭祀場にやって来ている可能性もあると思っている。それに自分も最初は巨大なカラスによって空から連れて来られたから、空から不死者が降ってきても理解できる。しかし……。

 

 

 ボロボロの下着しか着ていない半裸の女性が、がに股で両腕を左右に広げた大昔のギャグマンガみたいな体勢で地面に激突して気絶している姿は、流石のリュウダも中年の男も理解することができなかった。

 

 

「……あの? 青ニートさん? 彼女は一体何者なんでしょうか?」

 

「だから青ニートって何だよ? 俺に聞かれたって分からねぇよ」

 

 リュウダが地面に倒れて気絶している不死者の女性を見ながら中年の男に聞くと、中年の男もまた不死者の女性を見ながら答える。

 

 正直な話、これ以上なく怪しくてかかわり合いになりたくないのだが、墜落する瞬間を見た以上は放っておけず、リュウダと中年の男は不死者の女性が目を覚ますまで待つことにしたのであった。




「エルデンリング」というダークソウルと同じフロムのゲームを題材にしたマンガがありまして、そのマンガの主人公を見て今回のオリキャラを思いつきました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48話

「んん……?」

 

「おっ? 起きたみたいだぜ?」

 

「そうみたいですね」

 

 空から不死者の女性が降ってきて数分後。不死者の女性が目を覚ましたのに気づいて中年の男がリュウダに話しかける。

 

「あれ? ここは?」

 

「……ここは火継ぎの祭祀場。不死者が巡礼の旅で最初に訪れる、巡礼の旅の拠点となる場所だ」

 

 目を覚まして周囲を見回す不死者の女性の言葉にリュウダが答える。彼にとって彼女はイレギュラーな存在で、何が起きても対処できるように心の中で身構えながら答えたのだが、そんなリュウダの心境とは裏腹に不死者の女性は不思議そうに首を傾げるだけであった。

 

「火継ぎ? 不死者? 不死者って何ですか?」

 

「不死者っていうのは俺達のことさ。身体のどこかにダークリングっていう黒い輪っかのアザができて、不老不死となった者達が不死者だ」

 

 次に不死者の女性の質問に答えたのはリュウダではなく中年の男であった。

 

「ただ死にすぎたり時が経ちすぎたりすると自分が誰だか分からなくなって化け物になっちまう……というか、一回死ぬだけでも化け物みたいな姿になるんだがな? ……ほれ」

 

 そこまで言うと中年の男は懐から小さな手鏡を取り出して不死者の女性に見せた。すると……。

 

「な、な……!? 何じゃあ、コリャーーーーー!?」

 

 干からびた自分の顔を見て不死者の女性が絶叫し、それを見て彼女を可哀想に思ったリュウダが中年の男に話しかける。

 

「青ニートさん? 流石にそれは酷いですよ?」

 

「あー……。そうかもしれねぇな? 悪かったよ、嬢ちゃん。……それでさっきからお前が言ってるアオニートって俺のことか? 俺はウッドって名前でそんな変な名前じゃねぇぞ?」

 

 リュウダに言われて中年の男、ウッドもやり過ぎたと思ったのか不死者の女性に謝罪する。しかし不死者の女性はウッドの謝罪を聞いておらず、慌てた様子で二人に話しかける。

 

「わ、私の顔がまるでミイラみたいになってます!? これってどうやったら治るんですか!?」

 

「ああ、それだったら、これを取り込んでから、あの火の近くで人間に戻りたいって願えば元に戻るよ」

 

 リュウダは自分達のすぐ近くにある篝火を指差しながら、病み村からこの火継ぎの祭祀場に来るまでの途中、最下層で手に入れた黒いモヤみたいな物、人間性を手渡した。すると次の瞬間……。

 

「これを取り入れたらいいんですね? 分かりました! ……!」

 

 パクッ。

 

『『食うな!?』』

 

 不死者の女性は手渡された得体の知れない黒いモヤ、人間性を何のためらいもなく食べて、リュウダとウッドが同時にツッコミを入れる。

 

「あとはあの火の近くで祈れば……!」

 

 そう言うと不死者の女性は篝火に近づいて祈り、彼女の姿は干からびた亡者の姿から生者の姿へと戻った。

 

 生者に戻った不死者の女性は、艶やかな黒髪と健康的な褐色の肌が特徴的な、愛嬌のある顔立ちをしたリュウダよりも少し年下の女性であった。

 

「おおー!? 本当に戻れました! ありがとうございます!」

 

「これで落ち着いて話ができそうだな? それで嬢ちゃんはなんて名前なんだ? あと、不死者を知らないって、どんな田舎から来たんだよ?」

 

 亡者から生者に戻れたことに喜ぶ不死者の女性にウッドが話しかけると、不死者の女性は手を上げて元気に自己紹介をする。

 

「はい! 私はエリナっていいます! 今までずっと牢屋に閉じ込められていたから、何処からきたか分かりません! 外へは最近出られました」

 

「……っ!? チッ! まさかとは思っていたが、ガキの頃から閉じ込められて追い出されたのかよ。……嬢ちゃんも苦労したんだな」

 

 このダークソウルの世界では不死者は忌むべき異端者であり、不死者が子供の頃から監禁されて隔離されることも珍しくはない。

 

 不死者の女性、エリナの言葉を聞いてウッドは不機嫌そうに舌打ちをすると、同情したような目をエリナに向ける。

 

「いえ、そうでもないですよ。……私はやることがなかったから、いつも牢屋の中で寝ていたんですけど、ある日どこからか歌が聞こえてきたんです。そしたらその後、建物が何度も大きく揺れて、牢屋の鉄格子が少し壊れて、何日も鉄格子を揺らしたら外れて外に出られたんです」

 

「歌? いったいどんな歌だ?」

 

 ウッドに聞かれてエリナは、牢屋から脱出した時に聞いた歌を思い出して口にする。

 

「え~と、確か……? 『俺は死んじまっただ~♪ 転生しちまっただ~♪ 病み村よいとこ一度はおいで♪』って感じの楽しそうな歌でした!」

 

「何だその歌は? 病み村は知っているけど、そんな歌は聞いたこともないぞ? お前もそうだろ?」

 

「……………!?」

 

 エリナの歌を聞いてウッドは首を傾げてそう言ってリュウダに同意を求めるが、リュウダには返事をする余裕などなかった。

 

(ちょっ!? その歌って、俺がこの世界に転生したばかりの頃、北の不死院で歌っていたやつじゃないか……! ということはアレか? 俺は転生に受かれて同じ所にいたエリナに気づかず置き去りにしたってことか!?)

 

 そこまで考えたところでリュウダの中の良心が猛烈に痛みだし、気づけば彼はエリナに話しかけていた。

 

「あの……エリナ、さん? エリナさんってば、これからどうするかとか予定あります?」

 

「いいえ、ありません! というか自分が何をしたらいいかも分かりません!」

 

 リュウダは自分の質問に胸を張って答えるエリナに、視線を逸らしながらある提案をする。

 

「……だったら、まずは強くなるところから始めたらどうかな? この辺りは安全でも、ここから少しでも離れたら亡者とかが襲ってくるし、強くなれば安心だと思うよ? それで俺でよかったら特訓に付き合うけど……どうする?」

 

 リュウダが己に課した使命は、新しい老魔女の指輪を手に入れることと、クラーナ達の姉妹がいるイザリスへの道を解放することである。

 

 そのためには一刻も早く巡礼の旅を進めなければならず、正直エリナに関わっている時間なんてない。しかし自分のミスで北の不死院に置き去りにしてしまったエリナを放っておくこともリュウダにはできなかった。

 

「………!?」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 リュウダの態度から何かを察したウッドは信じられないといった表情で彼を見て、エリナは心から嬉しそうな笑みを浮かべてリュウダに礼を言う。

 

 こうしてリュウダは少しの間、巡礼の旅を休んでエリナの特訓に付き合うことが決まったのであった。




青ニート先輩の名前は作者のオリジナルで、とある脱走者の名前からとらせてもらいました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49話

 リュウダがエリナに特訓の協力をすると言った翌日。リュウダが現実世界で本を読みながら登校していると、後ろから諸星とラムが挨拶をしてきた。

 

「よお、藤沼」

 

「おはようだっちゃ」

 

「ああ、諸星にラムさん。おはよう」

 

「ん? 藤沼。お前、何を読んでいるんだ?」

 

 リュウダが諸星とラムに挨拶を返すと、諸星がリュウダの読んでいる本に気づく。

 

「これか? 別に変な本じゃないよ。……ほら」

 

 そう言うとリュウダは自分の読んでいた本を諸星に見せる。その内容は様々な種類の効率的なトレーニング方法についてであった。

 

「何だコリャ? トレーニングの本? ゴーストスイーパーの仕事のために身体でも鍛えているのか?」

 

 諸星の言葉は半分程当たっている。

 

 悪霊と戦うゴーストスイーパーの仕事は過酷を極めるため、リュウダは冥子の助手となった時から、暇を見つけてはトレーニングをしていた。だが今回、効率的なトレーニング方法を調べているのは、ダークソウルの世界で特訓に付き合うと約束したエリナのためであった。

 

「……まあ、そんなところだ」

 

 ダークソウルの世界やエリナのことを言うわけにもいかず、リュウダが言葉を濁して答えると、彼の顔をラムが感心したように見る。

 

「へぇ~。リュウダってば真面目なんだっちゃね? ダーリンも見習ってゴーストスイーパーの助手でもやってみたらどうだっちゃ?」

 

「アホ言え。ゴーストスイーパーなんて仕事は藤沼みたいな才能がある奴だけがなれるんだよ。俺がゴーストスイーパーなんてやったら死んでしまうわい」

 

(そうかな? 諸星も結構向いてそうな気がするけどな?)

 

 ラムに反論する諸星にリュウダは内心で呟いた。

 

 確かに諸星にはゴーストスイーパーになれるだけの霊力はないが、それでも悪霊に襲われてもなんだかんだと言って生き残りそうだし、実際原作で心霊現象に遭うことが何度もあったが生き残っている。そう考えれば案外諸星はゴーストスイーパーの助手に向いているかもしれないと思うリュウダであった。

 

 

 

 リュウダと諸星とラムが世間話をしながら自分達の教室に入ると、教室の中はいつもの騒がしさはなく、クラスメイトの全員が不安そうな顔をしていた。

 

「ん? 一体どうしたんだ?」

 

「あっ、藤沼君! 大変なの!」

 

 いつもと様子が違うクラスメイト達を見てリュウダが首を傾げていると、リュウダに気づいたしのぶが焦った顔で彼の元へやって来た。

 

「しのぶさん? 大変って、何が大変なんだ?」

 

「じ、実は横島君が机に食べられちゃったの!」

 

 何が起こったのかリュウダが聞くと、しのぶは教室のすみに置かれている、他の机に比べて異様に古い机を指差してそう言った。

 

「はあ? 横島が机に食われたって……しのぶ、お前は何を訳が分からんことを……」

 

「本当だって! 私だけじゃなくて皆も見ていたんだから!」

 

 諸星が信じられないとばかりに言うと、しのぶは大声を出して反論して、他のクラスメイト達も彼女がことばに頷いてみせた。

 

「諸星……信じられないのも無理はないが、しのぶさんが言っているのは本当だ。今日、学校に来たら横島の机があの古い机に変わっていてな。横島が机の引き出しを覗いた瞬間、引き出しから手が出てきて奴を引き出しの中に引きずり込んだのだ。……まさに一瞬の出来事だった」

 

 しのぶに代わって面堂がその時の出来事を説明して、面堂の真剣な表情にリュウダだけでなく諸星とラムも、面堂達が本当のことを話しているのだと理解する。

 

「それはなんと面妖な……。しかし面堂? お前は一体何をしているんだ?」

 

 真剣な表情で説明をしていた面堂であったが、彼はリュウダが教室に現れる真っ先にリュウダの背中に隠れて、説明をする時も隠れながらであった。

 

「え? あっ……それは、いざという時のために戦力を集中させた方がいいかな~って思って。アハハハハッ!」

 

 諸星の指摘に笑って誤魔化そうとする面堂だが、足を見れば小刻みに震えており、彼が悪霊の類いが苦手でリュウダを頼ろうとしているのは明白であった。しかし面堂が悪霊を苦手としている理由が、自分の雇い主である冥子が過去にやらかしたことが原因であることを知っているリュウダは、何も気づいていないふりをして横島を引きずり込んだ古い机に視線を向けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50話

(なるほど……。今回はこの話なのか)

 

 リュウダは横島を引きずり込んだという古い机を見ながら前世の知識を思い出す。

 

 この世界の原作の一つである「極楽大作戦!!」には、魂をもった古い学校の机が「自分も人間の学生のように学校生活を送ってみたい」という思いから様々な時代の学生を自分の中の異空間に取り込んで学校の真似事をして、そこに横島と美神も巻き込まれたという話があった。

 

 原作では学校に霊能力を持っている人間がいないために横島の上司である美神が呼ばれたのだが、この友引高校には原作とは違って霊能力を持っている職員がいることを思い出して、リュウダはしのぶに話しかける。

 

「そういえばサクラ先生には連絡したのか?」

 

「それが……。サクラ先生は急用が入ったみたいで今日学校にいないの……」

 

「それじゃあ、チェリー殿の助けも期待できないってことか……」

 

 しのぶが残念そうに答えると、リュウダは思わずそう呟いた。

 

 これは最近本人達から聞いて知ったのだが、サクラは病魔に取りつかれて体が弱かった頃、チェリーに色々と世話になったため、今はチェリーの悪霊退治をたまに手伝っているらしい。だからサクラが急用で学校を休んだということは、まず間違いなくチェリーの悪霊退治の手伝いをしているため、二人の協力を得ることはできないとリュウダは理解した。

 

「それで少し前に先生達が横島君のアルバイト先に連絡をしたの。ほら、横島君のアルバイト先ってゴーストスイパーなんでしょ?」

 

(ようするに今のところ原作通りに話が進んでいるってことか)

 

 リュウダはしのぶの言葉を聞いて納得し、それからリュウダを含めた教室の生徒達は遠巻きに邪を引きずりこんだ古い机を見ながら時が経つのをまったのだった。

 

 そしてそれから十数分後。教室のドアが開いて、四人の男女が入ってきた。

 

「ここがそうです」

 

「へぇ……。ここが横島君の教室ね」

 

 教室に入ってきたのは、友引高校の校長にリュウダ達のクラスの担任である英語教師の通称「温泉マーク」、そして美神とおキヌであった。

 

「ああっ!? 以前会ったゴーストスイーパーのお姉さん! あの時はどうもありがとうございました! お礼がしたいのでどうかお名前と住所と電話番号を……あばはぁああっ!?」

 

「ダーリン! 浮気はゆるさないっちゃよ!」

 

 以前自分が悪霊に取りつかれた時、そのお払いに美神も協力してくれていたことを覚えていた諸星は、美神に礼を言うついでにナンパをしようとするのだが、その直後にラムの怒りの電撃を受けてしまう。

 

「……っ!? か、彼女がニュースに出ていた宇宙人? 霊力は感じないし、空を飛んでいるのも宇宙人特有の超能力ってやつ……って、え?」

 

「そうですよ。そして宇宙から来たラムさんも美しいが、貴女もそれに負けないくらい美しい」

 

 ニュースでラムのことは知っていたが実際に見るのは初めての美神がラムの電撃に驚いていると、いつの間にか面堂が彼女の手を取って口説こうとしており、それを皮切りに教室の男子生徒のほとんどが美神に話しかけようと押し寄せてきた。

 

「な、なんて美しさ……!? お、おねーーさまーー! 俺も! 俺も助手に雇ってつかぁさい!」

 

「そうだ! 横島でいいのだったら俺だって!」

 

「犬と呼んでください、お姉さま!」

 

「だーーー! 横島クンといい、この学校はこんなのしか量産しとらんのか!?」

 

「い、いや、その……」

 

「何分皆さん若いですからね」

 

 押し寄せてくる男子生徒達を追い払いながら美神が叫ぶと、温泉マークと校長が目を逸らして苦い口調で返事をする。いくつもの原作が混じり合ったこの闇鍋のような世界でも、この展開は同じように起こるみたいである。

 

(やっぱりこうなったか。しかし皆、緊張感がないんじゃないか? 今は横島を助けるのが先決……っ!?)

 

 美神に群がる諸星や面堂を初めとする男子生徒達を見て呆れていたリュウダであったが、その時彼は教室のすみにあったはずの古い机がなくなっていることに気づく。慌ててリュウダが教室の中を見回すと、古い机は手足を生やして天井に張り付き、美神を見ていた。

 

「美神さん! 上です!」

 

「上? しまっ……!?」

 

 リュウダの声で美神も古い机の存在に気付くのだが時はすでに遅く、美神は古い机の引き出しから伸びてきた舌に絡めとられて、そのまま飲み込まれてしまう。そればかりか……。

 

「お姉さん! 危ない!」

 

「ダーリン!」

 

「今助けます!」

 

 美神が古い机に飲み込まれる瞬間、諸星と面堂が美神の足にしがみつき、更にはラムも諸星の服を掴んで、三人も美神と一緒に古い机に飲み込まれてしまった。

 

「ああっ!? 面堂さんが! それに諸星君やラム、ゴーストスイーパーのお姉さんも! ふ、藤沼君! どうにかならないの!?」

 

 美神達が古い机に飲み込まれたのを見て、しのぶが半ばパニックになってリュウダに声をかけるが、話しかけられたリュウダはというと……。

 

「あ~……うん。多分大丈夫だと思うよ?」

 

 美神達が古い机に飲み込まれるのを目の当たりにしてもリュウダは冷静……というか、呆れたような顔でそう言い、それを聞いてしのぶは意外そうに彼の顔を見る。

 

「? 藤沼君、面堂さん達が心配じゃないの?」

 

「……俺の予想が正しかったら皆無事ですぐに出てくるよ。それまで待っていよう」

 

 リュウダがそう言って古い机を見ると、しのぶ達クラスメイトも古い机の様子を見ることにした。するとそれから五分後。

 

「……!?」

 

『『うわーーーーー!?』』

 

「た、助けてください!」

 

(やっぱりか……)

 

 突然古い机が震えだしたと思ったら、次の瞬間引き出しから横島と美神、諸星とラムと面堂が引き出しから、まるで吐き出されたかのように出てきた。そして古い机の異変はそれだけでは終わらず、古い机から古い女学生が出てきたと思ったら泣きながらリュウダ達に助けを求めてきて、それを見てリュウダは内心でため息を吐いた。

 

 その後、古い机から出てきた女学生に事情を聴くと、彼女は古い机に宿った魂で、リュウダの知る原作と同じく様々な時代の学生を攫っては、自分の中の異空間で学校生活の真似事をしていたらしい。

 

 そして横島の後に美神達を自分の異空間の学校に招いた古い机は、美神を先生にして授業を始めたのだが、授業の途中で横島と諸星が美神にちょっかいを出し、それにラムと面堂も加わったことで校舎が壊れかねない大騒ぎになったらしい。それに耐えかねて古い机は横島達ごと、今まで捕えていた学生達を開放して今に至るそうだ。

 

 ここまでの展開をリュウダは予想していた。「うる星やつら」の原作では、諸星とラムを中心とした騒動で何度も校舎が破壊されており、そこに横島と美神が加わったとなると、尚更ただで済むはずがないのだ。

 

 こうして横島達は無事に現実世界に戻り、古い机は原作通り教師達に気に入られ、リュウダ達のクラスメイトの一員となったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51話

「はい!」

 

 ガキィン!

 

「……!」

 

 暗い森の中で女性の声と硬いものがぶつかり合う音、そして少し遅れて重たいものが崩れ落ちる音が聞こえてきた。

 

「ずいぶんと強くなったな、エリナ」

 

 暗い森の中でリュウダが音の発生源に視線を向けると、そこには先日知り合った不死者のエリナの姿があった。

 

 今リュウダとエリナがいるのは、ダークソウルの世界にある黒い森の庭というエリアで、ここでリュウダはエリナの特訓を行っていて、特訓を始めてから今日で一週間になる。

 

 エリナの足元を見ると、そこには三メートルはありそうな石の鎧を着た巨人が倒れており、先程聞こえてきた硬いものがぶつかり合う音と重たいものが崩れ落ちる音は、この巨人を倒したものであった。

 

 黒い森の庭にはこの石の鎧を着た巨人が出現し、倒したらそれなりの量のソウルが得られるため、巨人を倒す手段さえあればこの黒い森の庭は絶好のソウルの稼ぎ場となる。そこに目を付けたリュウダは、自分の持つ初心者でも使えて石の鎧を着た巨人を倒せる武器をエリナに渡し、一週間巨人を倒し続けた彼女は最初見たときとは比べ物にならないくらいレベルアップしたのである。

 

「はい、『師匠』! 師匠のお陰でかなり強くなれました!」

 

 リュウダの言葉にエリナは相変わらず元気のよい声で嬉しそうに答える。

 

 エリナは自分の特訓に付き合ってくれたリュウダを「師匠」と呼ぶようになっており、最初は名前呼びでいいと言っていたリュウダだったが、今ではすっかり諦めてエリナの好きなように呼ばせていた。

 

「……それにしても。強くなったのはいいんだが、本当にそんな装備でいいのか?」

 

 リュウダはエリナの特訓を始める時、彼女本人の意見と火継ぎの祭祀場にいた呪術師や魔術師のアドバイスを聞き、更には自分の持つ様々な武器をエリナに使わせて、彼女の育て方(ビルド)を考えた。

 

 その結果、導き出されたエリナに一番相応しい育て方(ビルド)は、筋力を重点的に育てて重量級の武器で相手を圧殺する「脳筋戦士」と呼ばれるものであった。

 

 そしてリュウダの指示通り、エリナは一週間ただひたすら石の鎧を着た巨人を倒して集めたソウルを使って筋力を重点的に育て、立派な脳筋戦士となる。だがそんな彼女が選んだ装備は、リュウダの想像する脳筋戦士のとはだいぶ違っていた。

 

 まずエリナが右手と左手に持っている武器は、強化クラブ(+10)と石の大盾。

 

 強化クラブ(+10)はリュウダが渡した石の鎧を着た巨人を倒すための武器で、石の大盾はこの一週間でエリナが倒した巨人が落としたのを拾ったものだ。

 

 この武器は特に問題ない。

 

 強化クラブは耐久性が低い点を除けば序盤から終盤まで使える優秀な武器だし、石の大盾は装備するのに必要な筋力値さえあればゲームでもトップクラスの防御力を持つ盾だ。脳筋戦士となった今のエリナなら。この二つの武器を使いこなして大抵の敵を倒せるだろう。

 

 リュウダが問題視しているのは防具の方である。

 

 今エリナが身に纏っているのは白い古風なドレス。これは黒い森の庭に隣接しているエリア、狭間の森で発見した「ウーラシールシリーズ」と呼ばれる防具一式で、これもまだリュウダはギリギリ納得できた。

 

 エリナも女性なのだから古風だが綺麗なドレスには憧れるだろうし、ウーラシールシリーズは物理防御はともかく魔法防御は高いので納得できる。しかしエリナは頭部に、本来のウーラシールシリーズのとは違う防具を装備しており、この頭部の防具が最大の問題であった。

 

 ずだ袋。

 

 これはリュウダが巡礼の旅に出る時、ミルドレットから餞別としてもらった彼女の予備なのだが、どういうわけかエリナはこのずだ袋を気に入って装備したのである。

 

 話をまとめるとエリナは、白い古風なドレスを着て頭にずだ袋を被り、手にはトゲ付きの棍棒と大きな盾を持つという姿をしていた。

 

 この姿は脳筋戦士の不死者……プレイヤーと言うよりもプレイヤーに襲いかかってくる敵キャラ、それもダークソウルと言うよりもブラッドボーン辺りに登場しそうな敵キャラのようであった。

 

「はい! 可愛いし、強いし、気に入ってます!」

 

「そ、そうか……」

 

 リュウダの言葉にエリナは元気良く返事をし、彼は彼女の返事に色々と言いたいことがあったがその言葉を飲み込んだ。

 

 ダークソウルは装備を変えるとキャラクターの外見が変わり、性能と外見を兼ねた自分だけの防具の組み合わせを作れるのもダークソウルの魅力の一つである。リュウダも前世のゲームの時から今でも、黒金糸シリーズの頭部と胴体、そして呪術師シリーズの腕と脚部を組み合わせを愛用してこだわりを持っているため、エリナのこだわりに口を出すのがはばかられた。そう……。

 

他人の格好に口出しするのは歴戦のダークソウルのプレイヤーとして無粋の極みなのである!

 

「まあ、お前が気に入っているならそれでいいか」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 リュウダがそう言うと、黒い森の庭にエリナの元気の良い声が響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52話

「とりあえず、エリナの修行はこれでいいな」

 

「え? 修行、これで終わりですか?」

 

 この一週間の特訓で強くなったなエリナに向かってリュウダがそう言うと、彼女は首を傾げて聞いてきた。

 

「ああ。今のエリナだったら、よっぽど油断しない限り、そこら辺の亡者やモンスターに負けたりしないだろ。だから俺の特訓はこれで終わり。お疲れ様」

 

 リュウダが自分の指示に従い、一週間ただひたすらに石の鎧を着た巨人を倒し続けたエリナに労いの言葉を告げると、彼女は僅かに俯いてかと思うとすぐに顔を上げて彼に話しかける。

 

「あの……師匠? 師匠はこれからどうするつもりなんですか?」

 

「俺か? 俺は巡礼の旅を続けるよ。元々そのつもりで火継ぎの祭祀場にいたんだからな」

 

「……師匠。その巡礼の旅、私もついていっていいですか?」

 

「何?」

 

 エリナに聞かれてリュウダがこれから巡礼の旅を再開するつもりだと言うと、彼女も巡礼の旅に同行したいと言い出し、これにはリュウダも驚いてエリナの方を見た。

 

「私、特訓をつけてくれた師匠に恩返しをしたいんです。師匠から見ても私、強くなりましたよね? 足手まといにはなりませんから連れていってください」

 

「いや、いいって恩返しだなんて……。俺はそんなつもりで特訓をしたわけじゃないし」

 

 元々リュウダがエリナの特訓を申し出たのは、北の不死院で彼女を置き去りにした罪悪感からくるものであった。そして特訓が終わった以上、リュウダにはイレギュラーであるエリナと一緒にいるつもりはなく、何とか彼女の同行を断ろうとするのだが……。

 

ヒュボッ! ドゴォン! メキメキメキ……ズゥン!

 

「……っ!?」

 

 リュウダがエリナに断りの言葉を言おうとした時、それよりも前にエリナは強化クラブを持つ右腕を振るった。ノーモーションで振るわれた強化クラブは彼女の側にあった大木に激突すると一撃でへし折り、それを見たリュウダは思わず言葉を失った。

 

 現在のエリナの筋力値は「40」。脳筋戦士としてはまだ完璧とは言えないが、それでも大抵の重量武器は片手でも振るえるし、両手を使えばダークソウルの世界にある全ての重量武器を使うことができる。

 

 ちなみにリュウダの筋力値は「16」で、これは常人よりはいくらか高いのだがそれでもエリナの半分以下であった。

 

「………」

 

「私、強くなりましたよね? 足手まといにはなりませんから連れていってください」

 

 脳筋戦士の怪力によって繰り出された一撃を目の当たりにして固まるリュウダに、エリナは先程と同じ言葉を言って巡礼の旅の同行を願い出る。それに対してリュウダは……。

 

「ソ、ソーデスネ……。それじゃあ、お言葉に甘えて……協力してもらいましょうか?」

 

 と、あっさりと少し前までの考えを捨て去り、震える声でエリナの同行を許可したのだった。

 

 ここでリュウダのことを意志の弱い臆病者と思わないでほしい。もしあのままエリナの同行を拒んでいたら強化クラブの一撃がお見舞いされ、そんなものを食らったら下手すれば即死だし、即死しなくても地獄のような痛みに苦しむことになるだろう。

 

 死んでも甦る不死者でも痛いものは痛いし、命は惜しいのである。

 

「ありがとうございます、師匠! 私、頑張ります!」

 

 同行を許可されたエリナは思わず喜び、それに対してリュウダは心の中で呟いた。

 

(いやいやいや……!? 何だよ、これ? エリナって実は暴力系ヒロインだったの? ふざけんなよ? 暴力系ヒロインにつきまとわれて苦労するのは俺の役じゃないって。こういうのは諸星とか横島とか、諸星とか横島とか、諸星とか横島とか、諸星とか横島とかの役だろう……!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53話

 エリナが半ば強引に巡礼の旅に同行することが決まった日の翌日。リュウダは現実世界で学校の授業を終えると、校門の前である人を待っていた。

 

「すまぬの。待たせたか?」

 

『『……………!?』』

 

 リュウダが待っていたのはサクラであり、友引高校屈指の美女がリュウダに声をかける光景に、下校しようとしていた男子生徒だけでなく女生徒までもが、思わず足を止めて彼らの方を見た。

 

「いいえ。特に待っていませんよ。後は……」

 

『『藤沼、キサマーーーーー!?』』

 

 サクラの言葉にリュウダが返事をすると、どこからか現れた諸星と面堂と横島が彼に詰め寄ってきた。

 

「藤沼! 貴様これはどういうことだ!? 一体いつの間にサクラさんとそこまで親しげになった!?」

 

「藤沼! お前サクラ先生にうつつを抜かすだなんて、冥子さんはどうするつもりだ!? お前が冥子さんをなんとかしてくれないと、こちらの被害が……!」

 

「藤沼! テメェ俺のサクラ先生に何手ぇだしとんねん!? サクラ先生は俺んだーーー!」

 

「ええい! やかましいわ!」

 

 リュウダに詰め寄る諸星と面堂と横島にサクラが大声を出して叱りつける。それにより三人がようやく大人しくなったところで、リュウダはサクラと待ち合わせていた理由を説明する。

 

「今日俺とサクラ先生は冥子先生に呼ばれていて、それで待ち合わせていたんだよ。それに呼ばれているのは俺達だけじゃないんだけど……横島、お前何も聞いていないのか?」

 

「俺? 聞いていないって何がだ?」

 

 横島がリュウダの言葉に首を傾げるのと同時に、校門の前に一台のリムジンが止まり、そこから冥子と美神が出てきた。

 

「あら? 横島クン、ここで何しているの?」

 

「美神さん? いや、ここは俺が通っている学校ですから……。それより美神さんこそどうしてここに?」

 

 リムジンから出てきた美神に話しかけられた横島が何故冥子と一緒にここに来たのか彼女に聞くと、美神は冥子の方を見て答える。

 

「私? 私は冥子に呼ばれてきたのよ。何でも私に相談したいことがあるって。それでサクラと藤沼クンも冥子に呼ばれていて、こうして迎えに来たんだけど……あっ?」

 

「どうかしました? ……ゲッ!?」

 

 横島の質問に答えた美神が驚いた顔をして、横島も美神の視線の先を見ると驚いた顔となる。何故なら美神と横島の視線の先では……。

 

「いつか会ったゴーストスイーパーのお姉さん。前は助けてくれてありがとうございました。お礼に一緒にお茶しませんか?」

 

 と、諸星が冥子にナンパをしようとしていた。

 

「あらー? いきなりそんな事を言われても困るわー。そんなに近づかれると……」

 

「え? う、うわーーー!?」

 

『『ーーーーーーーーーーーー!』』

 

 諸星にナンパされた冥子は恥ずかしさから式神のコントロールが甘くなってしまい、その結果彼女の影から十二匹の式神が出現して諸星に襲いかかる。ちなみリュウダ達は諸星が冥子にナンパをしたのと同時に距離を取ったので被害を受けておらず、式神の被害を受けたのは諸星一人であった。

 

「ハハハッ! ざまーみさらせ、諸星! 冥子ちゃんに言い寄る男はみんなそうなるのじゃ!」

 

「まあ、僕達も一度は通った道だからな。お前もそれくらいは我慢しろよ、諸星」

 

「そう言えば俺も最初は派手に式神の暴走に巻き込まれたな……。それで大丈夫か、諸星?」

 

「いいから助けんかい! お前ら!」

 

 式神の暴走に巻き込まれた諸星に横島が大笑いをしながらそう言い、面堂とリュウダが苦笑をしながら話しかけ、それに対して式神達の下敷きとなった諸星が大声で叫ぶのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54話

 その後。美神と冥子に合流したリュウダとサクラは彼女達と一緒にリムジンに乗ったのだが、やはりと言うかそこに諸星と面堂と横島、それにラムもついてきて、流石に八人も乗ると広いリムジンも狭く感じられた。

 

「それで美神さん? 美神さん達はどんな用でどこに行くんですか?」

 

「今から行くのは冥子の知り合いの家よ。そこの娘さんにちょっと変わったことが起こったらしくてね、様子を見てほしいって冥子のお母さんに頼まれたの。ちなみ冥子のお母さんはすでにその家に向かって娘さんの様子を見ているらしいわ」

 

「ほう、娘さん。それで変わったこととは?」

 

 横島の質問に美神が答えると「娘」という単語に反応した諸星が話に参加して、次は冥子が事情を説明する。

 

「えっとねー。その家の子ってねー、半年くらい前からー、原因不明の昏睡状態だったのー。それが最近になって急に起きてー、起きたら霊力が大きく上がったのー」

 

「霊力が上がった、か。瀕死状態から復活した人間が霊能力に目覚めると言う話はたまに聞くが、それではないのか?」

 

 冥子の話を聞いてサクラがそう言うと、冥子が首を横に振った。

 

「ううんー。それとはちょっと違うみたいなのー。その家って六道家の分家でー、代々霊能力者の家系なのー。それで話の子もー、霊能力を持っていたんだけどー、目覚めたらその霊能力が大きく上がっていたのー」

 

「そう。それともう一つ気になる話を聞いたのよ」

 

 冥子の言葉に頷いた美神はそう言うとリュウダの方に視線を向ける。

 

「その娘さん、目覚めると同時に、体に今までなかったアザが浮かび上がったそうなの。そのアザは黒い輪っかのようなどこか不気味なアザだったそうよ?」

 

「………っ!?」

 

 美神の口にした黒い輪っかのようなアザという言葉を聞いて、リュウダは驚き目を見開くと同時に、自分が何故呼ばれたのか分かったような気がしたのだった。

 

 

 

 目的地である家は、六道家の分家ということもあってか上流階級が住まうような豪邸であった。

 

 豪邸に着いたリュウダを含めた皆は、先に来ていた冥子の母親と一緒にこの家の娘の部屋へと向かい、その途中で冥子の母親が皆に話しかける。

 

「皆さん、ごめんなさいね〜。急に呼び出しちゃったりして〜。それで〜、藤沼君〜」

 

「は、はい。何ですか?」

 

 リムジンで美神の話を聞いた時から嫌な予感がしてきたリュウダは、いきなり話しかけられて慌てて返事をした。

 

「多分今回の話は〜藤沼君が一番詳しいと思うの〜。もし違った時のために〜令子ちゃん達も呼んだけど〜、まずは藤沼君に〜会ってほしいの〜」

 

 どうやら冥子の母親はリュウダのダークソウルの証である黒い輪っかのアザ、ダークリングの話を美神から聞いていたらしく、似たようなアザが現れたこの家の娘に会ってほしいとリュウダに言ってきた。

 

「はい。分かりました」

 

「それじゃあ〜。ここがそうよ〜。……入るわね〜」

 

 そう言っているうちに家の娘の部屋の前に着いて、冥子の母親が部屋のドアをノックしてから開いた。部屋の中には一人の少女が椅子に座っていて、少女はドアが開くとリュウダ達の方に顔を向けた。

 

「………」

 

「おおっ!? これは!」

 

「何と可憐な……!」

 

「メッチャクチャ美人な女の子!」

 

「………!?」

 

 部屋にいた少女は艶やかな黒髪と健康的な褐色の肌をした愛嬌のある顔立ちの美少女で、諸星と面堂と横島が思わず声を上げるのだが、リュウダだけは彼女を見て驚いていた。そしてそれは部屋にいた少女も同じようだったようで、彼女はリュウダ達を見ながら椅子から立ち上がると……。

 

「師匠ーーーーー!!」

 

『『………………………!?』』

 

 と、椅子から立ち上がった少女はいきなり大声を出したかと思うと、頭にずだ袋を被ってドレスを着た姿に変身してリュウダの元へ走って来た。これには色めきだっていた諸星と面堂と横島だけでなく、他の皆も驚き声を失った。

 

「お、お前やっぱりエリナ……! おわっ!?」

 

「ここでも会えると思いませんでした師匠ーーー!」

 

バキボキメキゴキガキッッッ!

 

「………!?」

 

 変身した少女、エリナの筋力は40あり、それに力の限り抱きしめられたリュウダの身体からは骨が折れるような音が盛大に聞こえた。そしてリュウダは意識を失い、次に目を覚ますとそこはダークソウルの世界であった……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55話

 筋力40のエリナに抱き潰されて気絶し、一度ダークソウルの世界に行ったリュウダであったが、すぐに篝火で休み現実世界に戻るとエリナの頭に拳骨を一つ落として彼女の腕から抜け出した。

 

「うう〜。酷いですよ、師匠……」

 

「うるっさい! 酷いのはそっちだ。こっちは身体中の骨が砕けて死ぬかと思ったんだぞ」

 

 拳骨を落とされた頭を手で押さえて言うエリナにリュウダが反論すると、ラムが変身した姿のままのエリナを興味深そうに見ながら話しかける。

 

「へぇ〜? お前もリュウダのように変身できるんだっちゃね?」

 

「はい! 私も師匠と同じダークソウルですから!」

 

 エリナが元気よくラムに答えると、ダークソウルについて知らないラムと諸星と面堂が首を傾げる。

 

「ええっと……? エリナさん、ダークソウルっていうのは何ですか? それに何故藤沼のことを師匠と呼んでいるのですか?」

 

「はい! ダークソウルっていうのは……その……?」

 

 次に質問してきた面堂に答えようとするエリナであったが、上手く答えられず代わりにリュウダがダークソウルについて説明をする。

 

「ダークソウルっていうのは、眠ったり気絶すると魂が異世界に行って、そこで手に入れた武器や技術を使える能力者のことだ。それで俺とエリナは最近ダークソウルの異世界で知り合って、そこで戦いの基本を教えたから彼女は俺を師匠と呼んでいるんだよ」

 

「へぇ……。やっぱりそうだったのね」

 

 リュウダの説明を聞いて美神が納得したように頷いて冥子の母親を見ると、彼女もまた頷いて見せた。

 

「そうね〜。これはやっぱり〜予定していた通りに〜した方が〜いいかもね〜」

 

「お母様ー? 予定ってー、何のことー?」

 

 自分の母親の言葉を聞いて冥子が聞くと、それに美神が代わりに答える。

 

「エリナの身体に現れた黒い輪っかのアザと能力から、彼女がダークソウルだって予想はついていたわ。それで今日エリナがダークソウルだったいう確証が得られたら、彼女を冥子の下につけて藤沼クンと一緒に行動させようって、エリナの両親と話をしていたのよ」

 

「ええー!? そんなー? どうしてー?」

 

「そうですよ! どうしてエリナちゃんを藤沼なんかと一緒に行動させるんですか!?」

 

「まったくですよ、美神さん! エリナちゃんが霊能者ってんなら、美神さんの下につけて俺と一緒に行動することにしてもいいじゃないっスか!?」

 

「うるっさい! アンタら二人は口を挟むな!」

 

 勝手にエリナを自分の助手にすることを決められた冥子が自分の母親と美神に抗議すると、そこに諸星と横島も加わるのだが美神はそれを一喝して黙らせると説明を続ける。

 

「ダークソウルの藤沼クンとエリナは眠る度に危険なダークソウルの世界に行ってしまうわ。でも娘をダークソウルの世界に一人だけでいさせるのは流石に不憫だというのが彼女の両親の考えなの」

 

「なるほどのう……」

 

「確かに可愛い娘が殺伐とした世界に一人でいると言うのは、親として心配でしかないからの」

 

 美神の言葉にサクラとチェリーが頷き、これには諸星とラム、面堂と横島も同意して頷きのであった。

 

「それでエリナの話によるとダークソウルの世界で彼女は『師匠』と呼んでいる人と一緒に行動していたそうだけど、それって藤沼クンなのよね? だからエリナがダークソウルで藤沼クンがその『師匠』だったら、出来るだけ一緒に行動させることで生活リズムを同じにして、ダークソウルに行くタイミングを一緒にしたいのよ。それにはエリナも冥子、貴女の助手にした方が手っ取り早いってことなの」

 

「ううー……。それはー、分かったけどー……」

 

「師匠! 私達、どうやらこっちでも一緒に行動できるみたいです! これからよろしくお願いします!」

 

「わ、分かった! 分かったから抱きつこうとするな!」

 

 もはやエリナが冥子の助手になるのは決定事項で、その理由を聞いた冥子がどこか納得できていない表情となってエリナの方を見ると、エリナは現実世界でもリュウダと一緒にいられることに喜び彼に抱きつこうとしていた。

 

「むー……」

 

(よしよし……。冥子、自分では気づいていないけどヤキモチを焼いているわね)

 

(ええ〜。そのようね〜)

 

(これはいい傾向ですね)

 

 リュウダに抱きつこうとするエリナと、それから逃げようとするリュウダ。二人を見ている冥子はどこか面白くなさそうな表情をしており、そんな冥子の表情を見て、冥子とリュウダをくっつけたい美神と冥子の母親と面堂は、冥子がリュウダに意識していることを確認できて満足そうな笑みを浮かべるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56話

今回の話にはオリジナル要素が入っています。苦手な方もいるかもしれませんが、ご了承下さい。


 エリナがリュウダと同じ冥子の助手となった日の後日。海王星ではおユキが自室でラムと通信装置を使って会話をしていた。

 

「そうなの。面白いことを考えるのね、ラム」

 

 どうやらラムは近いうちに地球で何かをしようと考えているらしく、それを聞いたおユキが正直な感想を言うと、通信装置のモニターの中でラムが笑みを浮かべる。

 

『やっぱりおユキちゃんもそう思うっちゃ? だったら、おユキちゃんもどうだっちゃ?』

 

「……いいえ、止めておくわ。私の体質だと皆さんに迷惑をかけてしまうかもしれないし。弁天を誘ってみたら?」

 

 ラムの誘いにおユキは少し考えた後に首を横に振り、代わりにここにはいない自分達の幼馴染みの名前を口にする。すると今度はモニターの中のラムが首を横に振った。

 

『無駄に決まっているっちゃ。弁天だったら面倒くさがるに決まっているっちゃ』

 

「ふふっ。それもそうね。……あら、もうこんな時間? ごめんなさい、ラム。私はそろそろ行くわね」

 

 ラムの言葉に小さく笑っていたおユキは時間を確認すると立ち上がり、自室から出ていこうとする。

 

『あれ? おユキちゃん? 何か用事だっちゃ?』

 

「ええ。そろそろリュウダさんが来てくださる時間ですから、お出迎えにいかないと」

 

 

 おユキがいる海王星は年中吹雪が吹き荒れており、それによって積もる雪の除去は放っておけば住居が潰されてしまうので、海王星で暮らす者達にとって死活問題である。

 

 それなのに海王星では生み出されるエネルギーのほとんどをライフラインの維持に使われているので、雪の除去は手作業で行わなければならず中々進まない。

 

 なので定期的にやって来ては呪術の炎で大量の雪を溶かし、短時間で数人どころか数十人分の除雪作業を行ってくれるリュウダは、今となっては海王星にとってなくてはならない重要人物となっていた。

 

「いきますよ。皆さん、危ないから離れてください。……混沌の大火球、大玉一丁!」

 

 リュウダが放った巨大な火の球が一瞬で広範囲の雪を溶かし、その光景を見て海王星の住民達が驚きと歓喜の表情を浮かべる。

 

「……よし。今日のところはこんなところかな?」

 

「お疲れ様です。リュウダさん」

 

 今日の分の除雪作業を終えてリュウダが一息つくと、そこにおユキが話しかけてきた。

 

「いつもいつも大変な雪かきをしていただいて、本当にありがとうございます」

 

「いえいえ、大したことはありませんよ。これくらい、いつもの仕事に比べたらなんでもないですって」

 

 おユキの言葉にリュウダが答えると、彼が言った仕事におユキが興味を持つ。

 

「お仕事、ですか? リュウダさんはどの様なお仕事をしているのですか?」

 

「言ってませんでしたか? 俺はゴーストスイーパー……悪霊等を退治する業者の助手をしていて、それが結構大変なんですよ。しかもつい最近、同じ助手仲間が増えて、賑やかにはなりましたけど大変さも増えたって感じですね。……ああ、これが俺がお世話になっているゴーストスイーパーの冥子先生と助手仲間のエリナです」

 

 そこまで言うとリュウダは懐から一枚の写真を取り出しておユキに見せる。その写真にはリュウダと、彼の右腕に抱きついてピースサインをしているエリナ、そしてエリナに対抗しているのかリュウダの左腕に抱きついてピースサインをする冥子が写っていた。

 

「…………………………」

 

 リュウダから受け取った写真を見つめるおユキは、いつものようにほとんど無表情の静かなものでであったが、その目はいつもより冷たく感じられた。

 

「? おユキさん? どうかしました?」

 

「……………すみません、リュウダさん。私、急用を思い出しましたので、今日のところはここで失礼します」

 

「え? あっ、ハイ……?」

 

 写真を見てから動かなくなったおユキにリュウダが話しかけると、ようやく動き始めた彼女はリュウダにそれだけを言って自分の部屋がある居住地へと帰っていった。

 

 そしてそれから数日後。

 

 

「えー、今日は授業を始める前に皆にお知らせがある。今日からウチのクラスに、その……転校生が二人加わることになった。皆、仲良くするように。……それでは二人とも、入ってきなさい」

 

 現実世界の学校で、温泉マークのアダ名で呼ばれている担任の先生が若干戸惑っているような表情でそう言うと、教室のドアが開いてそこから二人の転校生が入ってきた。転校生は二人とも女性で、そのうちの一人は……。

 

「やっほー! 皆、ラムだっちゃ。これからよろしくするっちゃ!」

 

 友引高校の学生服を着て元気よく挨拶をするラム。

 

 ラムについては、原作を知っているのである程度予想していたリュウダであったが、もう一人の転校生は完全に予想外であった。

 

「皆様、初めまして。ラムの幼馴染みのユキと申します。これからどうかよろしくお願いいたします」

 

 もう一人の転校生、デザインは友引高校の学生服だが、色は全て白の学生服を着たおユキは、教室のクラスメイトに向けて丁寧に挨拶をするのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57話

「はっはっはっ……!」

 

 ある日の朝。リュウダは朝のジョギングをしていた。

 

 冥子の助手になった時からリュウダは、ダークソウルの経験と能力だけに頼らず、自分自身も鍛えた方が良いのではと考えてはいた。そして最近エリナと現実世界で再会して、彼女も冥子の助手になったのをきっかけに、こうして朝のジョギングを日課としているのであった。

 

 ジョギングを始めたのはつい最近だが、それでもこうして自分の身体を鍛えるのが楽しく思えてきたリュウダは、気がつけば走りながら歌い出していた。

 

「どの道~の、達人も~、一日じゃ成り立ってない~♪」

 

 リュウダが歌い出したのは「うる星やつら」や「極楽大作戦!!」と同じ、サンデーで絶大な人気を誇ったマンガのアニメのオープニング曲である。

 

 前世でそのマンガのファンであったリュウダは、楽しげにオープニング曲を歌いながら走っていた。……そのせいか彼は背後から近づいてくる存在に気がつかなかった。

 

「弱い自分に、負けそうならば~♪ そんな自分、鳥かごに入れ~♪ 谷へ突き落とせ~♪」

 

 

「ほう? 中々過激な歌だね?」

 

 

「え? ……えっ!?」

 

 突然横から聞こえてきた声にリュウダがそちらを見ると、そこには予想外な人物の姿があって彼は思わず驚きの声をあげる。リュウダの視線の先には、理知的で穏やかな雰囲気の男が興味深そうに彼を見ており、リュウダはその男のことを知っていた。

 

 岬越寺秋雨。

 

 さっきまでリュウダが歌っていたオープニング曲のアニメの原作であるマンガ「史上最強の弟子ケンイチ」の登場人物で「哲学する柔術家」の異名を持つ柔術の達人である。

 

(な、何でここに岬越寺師匠が……? いや、待て。岬越寺師匠がここにいるってことはもしかして……)

 

 予想外の人物の登場に驚いていたリュウダは、ある可能性に気づくと秋雨の周囲を見てみた。すると秋雨は走っておらずトラックのタイヤの上に座っていて、秋雨の前方には彼が座っているタイヤと繋がっているロープを身体に巻き付けて走っている、リュウダと同い年くらいの男の姿があった。

 

(やっぱりいた……『ケンイチ』)

 

 白浜兼一。

 

 元々は「フヌケン」という不名誉なアダ名をつけられるくらい臆病な性格の、何処にでもいる男子高校生であったが、とあるきっかけでここにいる秋雨を初めとする複数の武術の達人の弟子となり、様々な戦いに巻き込まれることになる「史上最強の弟子ケンイチ」の主人公である。

 

(ウソだろ……!? この世界ってケンイチの要素もあったのかよ?)

 

 この転生した世界が「うる星やつら」と「極楽大作戦!!」だけでなく「史上最強の弟子ケンイチ」の設定もあったことにリュウダが驚いていると、秋雨が話しかけてきた。

 

「ああ、急に話しかけてすまなかったね。君が随分と楽しそうに歌っていたからつい気になってしまってね」

 

「そ、そうですか……」

 

 秋雨の言葉にリュウダが内心で驚きながら答えると、秋雨は急に何かを考え始める。

 

「それにしても、弱い自分を鳥かごにいれて谷に落とすか……。ふむ? ……ケンイチ君? 今度の休みに山にでも……」

 

「行きませんよ!?」

 

 秋雨の言葉を遮って、秋雨が乗るタイヤを引きながら走る兼一が大声を出す。

 

「何故だね? 山は嫌いかね?」

 

「今の会話をしておいて、よく何故だなんて言えますね!? ここで僕が山に行ったら、檻か何かに入れられた状態で高い所から突き落とされる新手の地獄が待っているだけじゃないですか!」

 

(まあ、それはそうだろうな……)

 

 首を傾げながら聞いてくる秋雨に兼一が大声で答える。そしてそれを横で聞いてリュウダが内心で頷いていると、突然兼一が涙目でリュウダを睨んで叫ぶ。

 

「君も! 変な歌を聞かせないで! そのとばっちりが僕にくるんだから!」

 

「お、おう……? それはすまなかった」

 

 あまりの兼一の気迫にリュウダが思わず謝ると、秋雨が楽しそうに笑う。

 

「はっはっはっ。二人とも仲が良さそうでなによりだ。だがそろそろスピードを速めようか? それ、スピードアップ!」

 

 バシィン!

 

「ギャアアッ!? 殺せー! もういっそ殺せー!」

 

 秋雨によって背中に鞭を打たれた兼一は悲鳴を上げながら加速し、リュウダは走り去っていく兼一と秋雨の背中をただ見送ることしかできなかった。

 

(実際に見ると凄まじい特訓だな……。頑張れよ、兼一)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58話

前回ケンイチを登場させましたが、実はこの作品、もう一つサンデーの作品を登場させる予定です。
四つ目のサンデー作品は、もう少しダークソウルの話が進んでから登場させます。


「よし。エリナも強くなったし、いよいよ巡礼の旅に出るぞ」

 

 現実世界でエリナと再会してから数日後。ダークソウルの世界でエリナの特訓に付き合っていたリュウダは、彼女が強くなったことを確認するとようやく巡礼の旅を再開することに決めた。

 

 リュウダの言葉を聞いて、ずだ袋にドレスという怪しさ満点の格好をしたエリナは、ずだ袋の下で目を輝かせながら返事をする。

 

「いよいよですね! 任せてください、師匠! 私、頑張ります! ……あの、それで師匠? 私達は一体どこに行くんですか?」

 

「あー……」

 

 エリナに聞かれてリュウダは少し考える。

 

 前世の記憶からリュウダは、これから起きるダークソウルのシナリオを全て知っているのだが、それらを全て話すと時間がかかるし「何故そこまで知っているんだ?」と疑問に思われるかもしれない。なのでとりあえず現在の目標だけを話すことにした。

 

「まずは城下不死教区かな。そこにある鐘を鳴らせば、巡礼の旅について新しい情報が得られるらしいんだ」

 

 嘘は言っていない。

 

 ゲームのダークソウルでは、城下不死教区と病み村にある鐘を鳴らすことによって、巡礼の旅について重大な情報を持つキャラクターが登場すると同時に、新たなマップに行けるようになっていた。そして病み村にある鐘は、リュウダが巡礼の旅に出るのと同時にすでに鳴らしていたりする。

 

「そうなんですか」

 

「ああ。だから早速、城下不死教区へ向かうぞ」

 

「はい!」

 

 こうしてリュウダは、元気良く返事をするエリナを連れて城下不死教区に向かうことにした。しかし……。

 

「あの……師匠? あれは一体何なんですか?」

 

「………!」

 

 リュウダとエリナが城下不死教区の入り口である城門に行くと、そこでエリナは城門を指差してリュウダに質問する。彼女が指差した先には、城門に陣取っている巨大なドラゴンの姿があり、そのドラゴンは怒りの光を宿した目でリュウダとエリナを見ていた。

 

「何ってドラゴンに決まっているだろ?」

 

「いえ、そうじゃなくて……。何と言うかあのドラゴンさん、すっごく怒っているように見えるんですけど? 師匠、何かしました?」

 

 エリナに聞かれたリュウダは少し考えてから、城門にいるドラゴンが怒りそうな心当たりを口にする。

 

「そう言えば……あのドラゴンって、あの辺りを縄張りにしていて近づく奴を炎のブレスで焼き払っているんだよ。それで以前、ドラゴンの炎のブレスを利用して亡者やモンスターを倒してソウルを荒稼ぎしたんだ。もしかしたら、その時にドラゴンの前に現れては隠れるのを繰り返したことで、ドラゴンは馬鹿にされたと思って怒っているのかも……?」

 

「うぉおーーー!? 何をやっているんですか、師匠!? もしかしたら、じゃないですよ! 明らかにそれでドラゴンさんが怒っているんですよ!」

 

 リュウダの言葉に思わず大声を出してつっこむエリナ。

 

 確かにエリナの言っていることは正しいのだが、こればかりはリュウダを攻めるわけにはいかないだろう。何しろ、この城下不死教区にいるドラゴンのエリアは、ダーソウルの初心者にとって序盤での絶好のソウルの稼ぎ場なのだから。

 

「そうか……。それじゃあ、どうしようかな? 今はあのドラゴンの相手をするのも面倒だし、別のルートで城下不死教区に行くしか……ん?」

 

 エリナの言葉にリュウダはため息をついて周囲を見回すと、ここから少し離れた場所で人影を確認した。

 

(あの人は……。まさかまだこんな所にいたなんてな……)

 

 そう心の中で呟くリュウダの視線の先にいる人影は、太陽に向かって両腕を大きく広げて「Y」の字に見えるポーズをとっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59話

 城下不死教区。

 

 そこは……というよりダークソウルの世界にいるのは基本亡者ばかりであり、周囲からは滅多に物音が聞こえてこない静かな場所であった。

 

 しかし今回ばかりは例外なようで、今日の城下不死教区からは武器と武器がぶつかり合う音に肉が断ち切られる音、そして一人の男の豪快な笑い声が聞こえてきた。

 

「はっはっはっ! 貴公ら、二人とも中々にいい腕前じゃないか! これは俺が手を貸す必要はなかったか?」

 

 笑い声を上げていたのはバケツのような鉄仮面を被った騎士であり、鉄仮面の騎士に話しかけられて亡者を倒したリュウダが返事をする。

 

「いえ、そんなことはありませんよ。貴方が加勢してくれたお陰で助かっていますよ、『ソラール』さん」

 

 ソラール。

 

 それがこの鉄仮面の騎士の名前で、彼はゲームのダークソウルに登場するキャラクターの一人である。

 

 でっかくて温かい太陽に憧れており、ダークソウルの宿命を背負うと自分の太陽を探すためにアストラの地から巡礼の旅に出たいう人物で、そのことから「太陽の騎士」の二つ名で知られている。

 

 ゲームの序盤に出会うことができるソラールは、ある条件を満たせば特定のボス戦、果てには最終決戦に協力してくれる心強い味方で、それに加えて彼の明るい性格に心癒されたダークソウルのプレイヤーは多いだろう。……そう。

 

ソラールは太陽のようにでっかく熱い男になりたいと言っていたが、彼はすでに歴戦のダークソウルプレイヤーの心を照らす太陽なのである! 少なくとも作者は何度となくソラールによって色々と救われてきた!

 

 城下不死教区の手前でリュウダとエリナは独特のポーズで太陽に礼拝していたソラールと出会い、少し話した後にエリナが口にした「太陽に礼拝するなんてまるで初日の出みたい」という言葉にソラールが過剰反応したのである。そして気を良くしたソラールがしばらくリュウダとエリナに同行して、この城下不死教区の攻略を手伝ってくれると言い出して今にいたるのであった。

 

 そして城下不死教区にある建物を守っている亡者を全て倒したリュウダとエリナとソラールは、そのままここに来た目的である鐘のある大教会に入ると、そこにいる倒していった。

 

「ふぅ……。ここにいる亡者はこれで全部ですね。……それにしてもこの亡者達、妙に手強かったような?」

 

「確かにな。中々骨のある亡者だったな」

 

「ああ……。それなら原因はアイツだよ」

 

 大教会の二階で十数体の亡者を倒した後、エリナが首を傾げて言うとそれにソラールが同意し、リュウダが少し離れたところで倒れている、手に三又の槍を持って変わった法衣のようなものを着ている亡者を指差した。

 

「あの亡者は他の亡者を強化する能力を持っていてな。アイツに強化されたからここにいる亡者が強かったんだよ」

 

「そうなんですか?」

 

「おお! 中々博識だな、貴公」

 

 リュウダが亡者が強化されていた理由について話すとエリナとソラールが感心したような声を出す。そんな二人の声を聞きながらリュウダが周囲を見回していると、彼はある通路を見つけた。

 

「あれは……?」

 

「あっちに目的の鐘があるんでしょうか? 行ってみましょう」

 

「そうだな」

 

「あっ、オイ?」

 

 リュウダは自分が見つけた通路を見て、何か忘れていたことがあるような気がするがそれが何なのか思い出せないでいると、エリナとソラールが通路の先に向かって行ってしまった。そして仕方なくリュウダもエリナとソラールの後について行くと、通路の奥には……。

 

「やぁ……。貴公ら、まだ人だな?」

 

 牢屋に囚われている金色の全身鎧を着ている騎士の姿があった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。