夢見るは紅の果実 (百々鞦韆)
しおりを挟む

序章─アニメ本編開始前─
1:All overs are ill.


リコリコ欠乏症の作者です。
よろしくお願いいたします。




「身体能力、射撃スキル、状況判断力……。どれも確かに優秀ですが、セカンドリコリスの域は出ていませんよ?それに、彼女には性格的な問題が……」

 

「司令である私の判断だ。彼女の総合的な能力を鑑みた、適切な人事評価である。例の任務に相応しい人材は彼女しかいない」

 

「……例の、ですか?」

 

「リコリスは暗殺部隊。彼女の持つ唯一無二のスキルは()()()()()()()()()()()だ。だから評価する」

 

「……かしこまりました。『蘇芳弌華(スオウイチカ)』のライセンス更新を行います」

 

 

 

日本の治安維持を行う部隊は何か?

警察?自衛隊?あるいは指定暴力団も、一定の秩序がある暴力装置という意味では、治安に関わっているだろうか?

 

しかし、本質的な治安維持に努めている組織は、そのどれでもない。

 

犯罪の事後対処ではなく、「予防」というアプローチで治安を守る組織がある。

 

DA……「Direct Attack」と呼ばれるその組織は、一般には情報を秘匿され、陰で日本の安全を守る組織である。

犯罪者やテロリストなどの危険人物を秘密裏に暗殺することで、日本という仮初の法治国家、砂上の国の平和神話を守り通す、そんな組織。

 

 

 

「……おい、DA司令部に侵入者だ」

 

DAは日本各地で活動しており、関東の山中にある秘匿された本部に司令部が置かれている。「ラジアータ」と呼ばれる超高性能AIが、情報収集やセキュリティ関連を担っている。日本のインフラ全権がAIに委託されていると知れば、世間はどんな顔をするだろうか。

 

司令部から通達される情報をもとに、実働部隊である「リコリス」が各地で任務を行う。

 

古くは明治以前より存在していた女系暗殺部隊「彼岸花」の系譜を汲む、少女のみで構成された部隊で、世間の目を欺くため、女子高生のような制服を着用する。それが日本で最も警戒されにくい服装、最高のアーバン・カモフラージュなのだから。

 

「……ハァ、噂をすれば、またアイツか」

 

国営地の山奥に設置されたこの東京支部にて、リコリスの指揮を務めているのが、赤髪のマッシュカットと、部下との会話からも分かるように低く威厳のある声が特徴的な、楠木司令。中性的な容姿だが女性だ。

 

指揮を執る者としての素質は十分に備えており、いわゆる「小を捨て大を取る」という組織的な判断を即決できる人間だ。

 

しかしその冷酷な気質はあくまでも仮面であり、人情味を捨てきれないところもあるのだが、リーダーの立場にある人間としては弱点になる。実際彼女は()()でいくらかミスを犯したし、トイレもめちゃくちゃ長……

 

「あだっ!?」

 

()()。いい加減にしろ。本来であれば、お前は2年前に昇格出来ていただけの能力を持っているのだぞ?それを、こうも台無しにするとは……」

 

「司令!ヒドイですよ!ファイルの角で頭殴るとか、人の心ないんですか!?」

 

「何しにここへ。特別な用がある場合以外は、リコリスは寮内で待機だ」

 

「いやぁ、司令が恋しくって……」

 

「誰かコイツを連れて行け。スタンガンの使用を許可する」

 

「うぇっ!?ちょっと司令!あれ、めちゃくちゃ痛いんですよ?これしきのことでそこまで本気にならなくたって……」

 

「構わん、やれ」

 

「司令〜?そんな怒らなくたって……ッ!?あ、ちょっ、待って、タンマタンマ!?てっきりボク、ハンディータイプのスタンガンだと思ってた!まさかガンタイプとは……ちょ、何発撃つ気だよ!?複数人で囲むなんて卑怯だぞぁあばばばばぼばアッ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

リコリスは制服の色で階級が分けられている。

 

ベージュはサードリコリス。

軽犯罪や単独犯など、重要度の低いターゲットの掃除を主に行う。実力はリコリス中最下位、とはいえ並大抵の相手を圧倒する戦闘能力を有している。

 

紺色はセカンドリコリス。

ある程度の規模の組織犯罪などに対処する。ファーストとチームを組み行動する際には、部下として、指令に沿った素早い行動を求められる。

 

赤色は誉あるファーストリコリス。

サードやセカンドが束になっても敵わない他のリコリスとは一線を画すようなスキルの持ち主で、重要度の高い任務を任されている。また、チームの隊長役となることが多い。

はいはいファーストね、一歳でちゅか〜?なんてバカにしたら蜂の巣にされる。

 

ちなみにこの制服、防弾防刃仕様かつ動きやすさが極限まで考慮された、テクノロジーの結晶である。

 

「……どーよコレ。似合う?」

 

赤って人を選ぶ色だと思う。

ボクには似合ってるかなぁ。

 

「似合う似合わないとか、そういう話じゃないだろう。制服なんだから」

 

「あっそ。さすが天下のファースト様は言うことが違うよ」

 

「……お前も今日からそのファーストだぞ。まったく、なぜお前みたいなヤツが……。司令は何を考えているんだ?」

 

「んっふー。そりゃあ、ボクが組織に多大なる貢献をしたから、でございましてよ?」

 

「その割には問題行動ばかりだろうが!お前……。DAへの恩を忘れたのか?」

 

「恩?そりゃ感じてるよ、多分。親のように慕ってるさ。だからこその……反抗期?」

 

「くだらないことを言いやがって……」

 

「そんなカッカすることないでしょーが。……フキちゃん?」

 

「やかましい。……早く始めるぞ」

 

DA所属のリコリスである「春川フキ」は、その中でもトップクラスの実力を誇るファーストリコリスである。

 

そして、ボクの今日の模擬戦相手。

 

 

 

『ただいまより、模擬戦を開始します。春川フキ、蘇芳弌華、双方構え!……始めっ!』

 

舞台はDA管理のキルハウス。

CQB、クローズクォーターズバトル、要するに近距離における戦闘の訓練を行う施設で、都市的な建物が発達した現代における、対テロ戦闘のための訓練施設であるとも言える。

 

リコリスは主に市街地や建物内での任務を遂行するため、少人数で建物を制圧するための能力、すなわちCQBの能力が必須。

 

視界が悪く、接敵距離が近いために、ドアを開けたらハロー敵さん、なんてことも……。

 

「ッ!クッ、もうお出ましか!」

 

あるんだよなぁ!こんな風に!

 

咄嗟に屈んだボクの頭上を素早い物体が通り過ぎ、すぐに背後でインクが飛び散った。

 

「ヒッ!?おっ、お邪魔しましたーッ!」

 

怖いのでドアを閉じる。

ふぅ、もう少しで当たるところだったな。

模擬弾とはいえ、あの気迫で撃ってこられちゃあなかなか怖いよ。

 

今回の訓練は建物内におけるテロリストの掃討戦を想定しているらしく、いくつもの部屋に分かれた施設内で、索敵から排除までの一連の流れを行わなければならない。

 

そして、模擬戦相手もさすがのファーストだ。不意の接敵であっても、すぐさま正確な射撃をしてきた。

 

「……あーあ、ドンパチは苦手だってのに。なんでこんなことしてんだ、ボク」

 

フキちゃんと正面からやり合って勝つのは不可能だ。何せ彼女、数十人を単騎で倒すくらいには人間をやめている。

 

「よーし……。落ち着け弌華ちゃんよ。クールに行こう。まずCQCの基本を思い出して……。いや、CQCはもっと苦手だ……」

 

クローズクォーターズコンバット。要は近接戦闘。CQBを実践するために必要な射撃、格闘などのテクニックである。某狐部隊の蛇さん曰く、至高の近接格闘技術。

 

チサトちゃんみたいに、トゲトゲマズルを敵に押し付けてゼロ距離射撃をかますのもCQCだ。ライフルを構える暇もない近距離での戦闘では、拳銃またはナイフなどの近接武器が有効である、というわけである。

 

現状、何の役にも立たないんだけどね。

だって、ボクはCQCが苦手だ。フキちゃんはその逆。彼女の得意技は超低姿勢の高速移動。銃弾を躱しつつ、間合いに入った相手に強烈な一撃をお見舞いする。人外だ。

 

普通、6m以上の距離を取れば、ナイフより銃が有利になるもんだ。だけど、リコリスをやってるヤツらはそうじゃない。フキちゃんに至っては、10m離れても格闘の間合いだ。

 

「……やるしかないか」

 

ホントに苦手なんだ。CQC、特に格闘は。

だけど、ボクのちょっとした()()を活かすには、ターゲットに密着する必要がある。

 

「……さて、と。フキちゃーん!来なよ!ボクはここにいる!正々堂々やり合おうぜ!早く来なよ、チビっ子ー!

 

そう大声で叫ぶ。キルハウスは屋根のない部屋や廊下で構成されているため、確実に声が届くはずだ。

 

るせぇなあ!?身長は平均よりちょっと低いだけだボケ!今行くぞクソ野郎!

 

あれ、まだ怒ってる?

ま、フキちゃんってマジメな子だし、DAの問題児であるボクのことは好きになれないか。

 

ボクが今立っているのは、入り口が二つしかない角の部屋。ドアは閉め切っているので、彼女との交戦は間違いなくこの部屋内でやることになる。

 

模擬戦用に支給された、リコリス御用達のグロックを弄び、片手でチャンバーチェックする練習でもしようかとか思っていると、非常に静かな、しかし殺意の篭った足音が聴こえてきた。ふむ、そっちから来るか。

 

「……今日は口でいくか」

 

これまたリコリス御用達の学生鞄から、いつものブツを取り出し、口に入れる。

縫い針サイズでも、()()()()()

 

「……んっ、結構美味しい」

 

 

 

刹那、ドアがこちらに吹っ飛んできた。

 

「くたばれッ、オラァッ!」

 

ドアを蹴り飛ばしてダイナミックエントリーか。カッコいいじゃないの。

 

でもさ。備品を壊しても文句は言われないけど、片付ける人がメンドくさいでしょうが。

 

まあこの状況ならボクもそうするけどね。相手がいる部屋だと分かっているのだから、突撃と同時に遮蔽物を作って仕留めに来るのは道理に適っている。

 

ドアに隠れつつ、向かって左から銃口のみをこちらに露出させるフキちゃん。数発の弾が飛んでくるけど、ノールックで放たれた弾を避けられないほどのボクじゃない。伊達にリコリスをやってないんだぜ、ボクは。

 

この攻防で決着がつかないことは向こうも承知だろう。ボクはひとまず相手の銃を取り上げるために、フリーの左手でフキちゃんの腕を掴みとり、そのまま回り込む。

 

ボクの身長は一応平均以上。格闘技術はともかく、筋力だけはちょっぴり自信アリだ。

 

ま、フキちゃんには負けるけど。

 

「チッ……!ラァッ!」

 

気合いの声とともに彼女はドアを再びこちらへ蹴飛ばし、武器として利用した。

 

ボクは右手と右足でガード。しかしその隙をつかれ、逆に銃を持っている右腕を掴まれてしまう。

 

お互いに相手の銃を使用不可にした状態。

体格はボクの方が優っているけど、あいにく中身がそれほど詰まってないもんで。このままフィジカル勝負したところでボクに勝ち目はないのだ。

 

それは相手も分かっている。

 

だからこそ、ボクは右手に持っていた愛しのグロックちゃんを放り投げた。敢えて、彼女が奪い取りやすい方向に。

 

逡巡の色ひとつ見せず、宙に浮く銃を手に取ろうとするフキちゃん。

 

 

 

 

ボクはフッと身体の力を抜き、彼女の方に倒れ込む。この行動はまったくの予想外だったらしく、彼女に一瞬の隙が生まれた。だからボクは、拘束の解けた右腕で彼女を思いっきり抱きしめた。

 

 

 

それから、首元にキスをした。

 

()()()()()。口ん中に」

 

「……クソッ」

 

「ま、模擬戦の終了は一方の被弾が条件だからさ。あんまり痛くないとこに……」

 

「ッ!死ねオラッ」

 

「ごっふぉ!?」

 

鳩尾に膝蹴りを一発喰らった。

痛い!クソ痛いッ!約束が違うって!

 

それから、模擬弾を同箇所に6発。

 

「おああああっ!?痛い痛い痛いッ!?」

 

「実弾じゃないだけマシだろ?」

 

「模擬戦だよ!?一発でいいじゃんか!?」

 

仕上げにヤクザキックで吹っ飛ばされ、ボクの鳩尾は無事死亡した。

 

解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「蘇芳弌華。リコリス所属、クラスはセカンド……ああ、もうファーストでしたね。戦闘技術は他のファーストに一歩劣るものの、医学、薬学のエキスパートであり、毒を扱った暗殺をこなせる貴重な人材である」

 

「昇格させるだけの能力は持ち合わせている。性格に問題はあるが、そのスキルを任務で活かせないよりはマシだ」

 

「そうですね。……特記すべき能力として、大半の毒に耐性を持っており、彼女から採取したサンプルをもとに、DA機関では現代医学の数世代先を行く血清治療法などを導入している……と」

 

「ああ……。だからこそ、彼女は手元に置いておきたい。そのため、彼女に飴を与える必要がある」

 

とあるリコリスのプロフィール資料を眺め、それを読み上げるDA職員。

 

楠木司令は口数こそ少ないものの、強い意志を込めた言葉を放った。

 

……ていうか、そういう人事の話を、壁の薄い部屋でやるってどうなの?本人が聞いてるけど。

 

まあボクが聞き耳を立てなければいいだけなんだけどさ。とにかく、聞こえちまったものはしょうがない、だろ?

 

それと、彼女らは随分とボクを買っているようだが、本質的な部分を見落としている。

 

ま、突拍子のない話だから仕方ないけどね。

 

つまり、蘇芳弌華には前世の記憶がある、ということに気付けるヤツは、この世にいないだろうってことだ。




一人称「ボク」で、語尾に時々「〜だぜ」がつく子、個人的には一番性癖にドストライクなのですが、そういうキャラが描かれた作品って意外と多くないんですよね。意外と。意外とね。

私が見逃しているだけかもしれませんけども。
何が言いたいかって?
とにかく性癖を詰め込んだので、よろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2:One man's meat is another man's poison.

初手連続投稿はリコリコ欠乏患者の嗜み。

……書き溜めするのが苦手とか、そんなことは決してないですよ?ホントに。




蘇芳弌華の朝は早い。

少なくとも正午を回る前には起床し、愛しき布団ちゃんと戯れる優雅なルーティーンをこなす。心身共に充足させてから出勤するのだ。

 

「いつになったらお前は遅刻せずに済む?」

 

「やぁ、すんません司令……。でも睡眠って大事ですよ?お肌のケアは健康的なライフスタイルから!年頃の乙女には十二分の睡眠が必要でして……」

 

「リコリスが第一に優先すべきはDAの指令だ」

 

「……はーい」

 

楠木司令は相変わらず厳しいや。

彼女がジョークを言う日が来るとしたら、それはきっと宇宙が終わる日だろうね。

 

「……お前を呼んだのは、これから就いてもらう任務のブリーフィングを行うためだ」

 

「へ?司令自ら?そりゃまたなんで……」

 

「リコリスの主な職務は犯罪やテロの事前防止。DAから指示されたターゲットを直接武力で制圧することで目的を遂行する。……だが、今回の任務はまるで毛色が違う」

 

「ほうほう、というと?」

 

「お前には特殊任務に就いてもらう。信頼できる情報によると、近々海外のテロ組織が日本に渡航するらしい。おそらくは何らかの取引と思われるが詳細は不明。お前は取引相手と思しき非合法組織を究明後、接触し、取引に関わる人間、取引日時、その他事態の解決に必要な情報を洗い出せ」

 

「……あの、情報収集はラジアータの仕事じゃないんですか?」

 

 

 

「ネットワークを介在しない情報のやり取りはAIで追跡不可能だ。任務に当たって、裏社会の情報を入手すべく、DAはとある架空の犯罪者を作り上げた。

 

『ウル』の名を持つ闇ブローカー。それがお前だ。値は張るが質の良い武器、豊富な化学兵器を取り揃える、正体不明の裏社会の住人。それから、今回の作戦を以後『ユーダリル作戦』と呼称する。任務に関する情報を外部に決して漏らすことのないよう注意しろ」

 

「コードネーム!?なんかカッくいー!」

 

「気を引き締めろ。この作戦は必ず決行されなければならない。既に、昨今起こったテロや組織犯罪の裏で、ウルの名前を使ったネタを流している」

 

裏社会では、既に『ウル』が幅ぁ利かせてるってわけだ。

 

つまり、もう後戻りはできない、と。

絶対やらなきゃダメじゃんか。

 

「……これ、単独任務ですか?」

 

「お前の手足として働けるリコリスを一分隊配備する。サードだが、優秀なチームだ」

 

「サード……!いいね、アガるぅ!」

 

あの制服、可愛くて好きなんだよなぁ!

 

「……って、まさかこの作戦のためにボクを昇格させたんですか?」

 

現場での指揮者権限を付与するためだけに、ボクをファーストに?

 

「さあ、どうだかな。何にせよリコリスであるお前は任務を遂行する義務がある」

 

「義務……って言われるとやる気が下がるなぁ」

 

 

 

「これは極秘任務だ。今までに類を見ない規模の取引を阻止するため、情報の漏洩があってはならない。限られた関係者しか、この作戦については知らない。差し当たっては、他人との接触を避けるために、セーフハウスを用意した。普段はそこで過ごせ。任務外の外出も許可するが、あくまでも特例だということを肝に銘じておけ。ヘマはするなよ?」

 

「……えぇ、もちろんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリーフィングを終え、自室に戻る。

 

チームを組むサードリコリスとは作戦に当たって設置されたセーフハウスにて合流するらしく、顔を拝むことはできなかった。

 

チーム組んでるってことは、仲良いのかな。

百合かな。ふふっ。

 

顔見たかったなぁ。リコリスは可愛いもん。

……あーあ。リコリスの百合が見たくてDAに入ったんだけどなぁ。

 

いや、さすがにそれは冗談だけどさ。でも、なるようになった結果リコリスとして働いてんだ。どうせなら百合を拝みたいだろうが。

 

それにしても。

 

()()名前変わるのかぁ……」

 

ベッドに寝転び、天井を見ながら呟く。

 

「『ウル』ねぇ……」

 

これで三度目だ。名前が変わるのは。

 

最初に変わったのは……。いつだったっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

十何年か前の、とある雪の日。

 

ある孤児院の玄関先に、一人の赤子が捨てられていた。

 

園長が彼女を見つけたときには、既に危険な状態で、低体温症に陥っていた。

 

 

 

後遺症は多臓器不全。

少しでも激しく身体を動かすと、途端に息が苦しくなって、意識が朦朧とするんだ。

 

当時は軽く絶望したね。

しがない男子高校生で、しょうもない理由で死んだはずの()()が、気がつけば首の座っていない赤ん坊になっていた。

 

そんで、気づけば寒空の下一人置き去り。

 

ぼんやりとしか働かない脳で「これが生まれ変わりってやつかな?」なんて思った矢先にまた死にそうになるんだから困ったもんだ。

 

ま、運良く生き延びたけど。

 

ボクを包んでいた毛布には「一果」と殴り書きされたメモが入っていたらしい。それから、園長先生の「周防」という苗字を貰って、()()()()が生まれた。

 

これが一回目の名前変更。

 

 

 

だけど、後遺症で身体も満足に動かないし、正直生きるのがつまらなかったんだ。

 

いっそ、あの時に死んだまま、暗闇の中でゆっくり消えたかった、なんて思った。

 

 

 

そんなボクをどん底から引き上げたのが、他ならぬ「アラン機関」だった。

 

 

 

世界各地の「才能」を見つけ出し、支援する機関。

 

組織の運営方法や理念などは全てヴェールに包まれている。支援を受けた者たちは「アランチルドレン」と呼ばれ、あらゆる分野で活躍している。

 

ボクは機関の支援を受けた人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ある日、養護施設の庭で花を眺めていた日。当時、まだ小学生にも満たない歳だったボクだが、思考能力に関しては並の大人と同程度だったんで、今でもハッキリ覚えてる。

 

あの時、ハチに手を刺されたんだ。

痛みはそれほどでもなかったし、別にどうなろうがそのときのボクは知ったこっちゃなかったんだけど、それを見ていた養護施設の先生が大騒ぎ。ボクの身体が弱かったからだろうけど、すごく焦った様子で病院に連れて行かれた。

 

しかし、刺されたはずのボクは無症状。不思議に思ったお医者さんが抗体検査をしたところ、結果はシロ。ハチ毒の抗体は検出されず、本当に刺されたのか何度も確認された。

 

一応、針の痕がちょっとだけ残ってたから、ひとまず刺されたということにはなった。

 

で、その後採血されたっけ。

 

 

 

しばらくして、施設に身なりの良い服を着たオッサンが来た。その人はボクをひと目見て、それから園長先生に人払いを頼んだ。

 

初めて聞き耳を立てたのはあの日だったな。

 

「とある資本家がこの子を支援したがっている」とか、「彼女には特異な才能がある」とか、いろいろ言ってたな。園長さんは最初、不審に思っていた様子だけど、アタッシュケースの開く音がした後は態度がコロッと変わった。「施設への寄付金」と聞こえてきたから、たくさん寄付してもらったんだろう。

 

ボクが資本家から支援を受ければ、施設に金が入る。ステキな話だろ?

 

 

 

そして、ボクは手術を受けた。

例の後遺症を治すためだ。

 

その時、ボクの才能について知ったんだ。

 

手術の時、随分と麻酔医が手間取っていたんだけど、どうやら普段とは違う薬品を使うらしかった。なんでも開発されたばかりのヤツを試験的に投与するから勝手が分からない、とかなんとか愚痴を垂らしていたんだけど、そのおかげで自分の身体の異常性を知ったのさ。

 

 

 

どうもボクは、ほとんどの毒に耐性があるらしい。

 

普通の麻酔じゃ効かないから、いろいろと工夫を凝らす必要があったんだって。

 

よく分からないよな?

ちょっとだけ知識を付けた今でも、自分の特異体質については解明できていない。

 

どうやら、生物由来の毒や有機化合物なんかを無効化できるらしい、無機毒は有効だが、一般人より耐性はある、ということだけが分かっている。

 

 

よく「自分の体のことは自分が一番よく分かっている」とか言う人がいるよね。

それがどんなにアホらしい発言かってことを、ボクはその時に理解したんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

手術を受けてから、ボクは運動ができるようになった。

 

ロマンチックな言い方をすれば、ボクは自由になったんだ。

 

自分の足でどこへでも行ける。それがどれだけ素晴らしいことなのか、生まれ変わってやっと気づいた。

 

 

 

生まれ変わってイヤだったのは、かつて築き上げてきた「自分」の歴史が、全て無に帰ってしまったこと。家族、友人、全ての歴史が完全に抹消されたこと。今となっては、彼らの存在を決して証明できない。

 

人間の記憶は大脳皮質に刻まれているはずなのに、なぜボクは前世などというものを知っているのか。それが少し頭のおかしい少女の妄想である、と言われたところで、否定できないのだ。

 

 

 

だからボクは、好き勝手に生きたくなった。

 

どうせ人はいつか死ぬ、ならやりたいことをやっていたいだろ?

 

既にボクは一回、もしくは二回死んでいる。支援がなければ、ボクは死んだままだった。また死ぬ時は、いい気分で死にたいから、生きる時間全てで享楽に溺れたいんだ。貰い物の命だけど、ボクだけの命だぜ?

 

未来への投資を行えるのは、すごく恵まれた世界でも一部の人たちだけなんだ。そして、それはとんでもなく脆い行為なんだよ。

 

 

 

手術後のとある日。

 

「君には使命がある」

 

と、ボク宛に書かれた差出人不明の手紙に同梱されていたのは、フクロウを象ったペンダント。

 

それを見た瞬間、ボクの脳内を記憶の奔流が駆け巡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「リコリス・リコイル」って、良いアニメだよなぁ。

 

ボク、大好きなんだ。

全てのキャラが魅力的で、作画、音響、演出、BGM、設定、ありとあらゆる要素が最高だった。

全員が「勇敢な選択」をして、自分だけの未来を掴み取っていくその生き様に、ボクは惚れた。

 

でもって、フクロウのペンダントは、作中に登場する組織「アラン機関」の象徴である。

 

 

 

そういうこと。ボクは今、リコリコの世界に生きている。そして、アラン機関の支援を受けた。

 

こうなるといよいよボクは歯止めが効かなくなった。もともと好き勝手に生きると決めたところでヲタクの血が騒ぎ出し、ちさたきやらクルミズやらサクフキやらを求め出して心臓が強く脈打った。あんまり鼓動が激しいもんだから、そのうち口から飛び出して逃げ出さないか心配である。

 

とにかく、ボクの「好き勝手」は、リコリコの世界に生きている実感を得ること。すなわち、登場キャラの生き様を間近で見ることとなったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクがアランに見込まれたのは「毒」の才能。あらゆる有機物を体内に取り込んでも平気な肉体は、まさしく「才能」だった。

 

彼らはボクに高度な養育プログラムを提供した。どうやら生まれ変わったこの身体と脳はかなり優秀らしく、元々義務教育を終えていた(ナカミ)のおかげもあって、小学校中学年の頃、ボクは既に医師免許を楽々取れるだけの能力を身につけていた。

 

 

 

好き勝手生きるんじゃなかったのかって?

そう、ボクは好き勝手やった。

 

つまり、DAに入りたかったんだ。

しかしどうすればよいのか、まさか正面玄関をノックして「リコリスになりたくて来ましたー!」と言うわけにもいくまい。

 

ならば、向こうからのスカウトを待つのみ。

 

アランチルドレンであるボクは、DAの欲しがっている「優秀な孤児の女」そのもの。

 

予想通り、彼らは来た。

 

ボクがアランの支援を受けてからそれなりに時間の経った頃だ。

 

 

 

とにかく。

そうしてボクは戸籍を消し、「蘇芳弌華」に生まれ変わった。

 

ちなみに「弌」の字は、本来戸籍の名前に使えない。ボクは文字通り、リコリスとして「存在しない人間」になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

結果として、リコリスになるのはそう難しいことではなかった。なってからがちょっとばかし大変だったんだよ。

 

任務自体はそうでもない。ただ、悪人を殺せばいいだけだから。

 

……人の命を奪うって行為に、何の抵抗も覚えないか、と言われたら、ボクはどう答えるだろうか。ほとんどのリコリスは物心つく前からしっかり()()されているけど、途中参加のボクは違う。少なくとも十数年間一般人として生きた男のメンタリティがちょいと残ってるから、やっぱり必要以上の殺しは避けたいよね。

 

だけどそれ以上に「一度死に、生まれ変わって再び死にかけた」って事実が、ボクの思考に影響を与えているんだろう。

 

「死」が身近になりすぎた。毎晩ボクのベッドの横に「死」が立ってるんだ。ソイツは何をするでもなく、ただボクを眺めてるの。

 

人の死ってのは、皆が思ってるよりもずっと普通のことなんだ。

 

死んだら終わりだよ。確かに。

でも全てが終わるわけじゃない。

終わりは始まりでもあるのだから。

 

ボクが撃ってきたヤツらは、殺しておかなければ、より多くの被害者を生み出したであろうクソ外道だ。ソイツらを殺すことで、救われる人間が確かにいるんだよ。

 

殺した時のショックは大きい、けど。

 

 

 

だからこそ、生きている実感が得られる。

 

 

 

それが、ボクの仕事だ。

 

 

 

……何の話だっけ。

ああ、そうそう。リコリスになって大変なことの話だった。

 

いやぁ、規律が厳しいのなんの。

これに尽きるよ。

 

例えば、任務以外での外出禁止。

まあ、これは別に大して問題じゃなかった。暇なときは射撃場に行ったり、DA各所で咲き誇る百合の花を眺めたりできるからね。

 

フキちゃんを始めとしたアニメに登場したリコリスたち、さらにはリコリコの主人公の一人、井ノ上たきなちゃんにもお目にかかれたし。機会がなくて話せてはいないけど。

 

それと、ボクは小学校の中途からリコリスになったけど、相当珍しいパターンだったみたい。

 

物心つく頃には既に()()()()()()()()()リコリスがほとんどだから、当初のボクは浮いていた。

……今もだけど。

 

 

 

確かに、DAには恩がある。

楠木司令のことも嫌いじゃない。

既にある程度育っていたボクを採用してくれたのは、ボクのちょっとした努力を認めてくれたってことだ。

 

だけど、組織のために命を捨てろと言われてもボクは断る。

 

その辺、向こうが承知してるかはともかく。

 

好き勝手やりたいじゃん?

 

せっかく二つの目があるのに。

せっかく二つの耳があるのに。

せっかく二本の腕があるのに。

せっかく二本の脚があるのに。

 

ああ、あと、せっかく車の運転覚えたのに。銃の撃ち方とか、眠るように死ねる毒の調合方法とか……とにかくいろいろ覚えたのに。

 

なのに、なのに。

好き勝手生きられないなんて、つまらない。

 

 

 

そんなボクにとって、今回の長期任務はまさに僥倖、待ちに待った機会なんだ。

 

観光とかしたいよな。京都……さすがにベタかな、前世の修学旅行でも行ったし。どこがいいだろう。東北?いっそ北海道まで行っちゃおうか。北のグルメを味わいたいなぁ。

 

おっと、今回は仲間がいるんだった。

だったら遠出はできないか、残念。

 

いや、当のサードちゃんたちも多くの尊みを供給してくれるだろうし、なんにせよ楽しみで仕方がないんだ。

 

ああ、最高!

 




作者は非ミリオタなので、その辺の描写はガバガバです。許せる人は読んでいってください。

許せない人は許せるようになってください。
嘘です。
いや嘘じゃないですけど。
銃器等に詳しい方がいれば、どしどし指摘していただけると幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3:Bystanders sometimes make a mistake.

第七話から原作パートに突入します。

モブリスちゃんがネームドになってますが、名前に関しては作者の創作です。

許せる人は読んでいってください。
許せない人も読んでください。


任務を行うにあたって用意されたセーフハウスで、ボクは優雅に寛いでいた。

 

「んー!往年の名作映画はいつ見ても素晴らしいっ!」

 

久方ぶりの映画鑑賞と洒落込んでやった。

感覚的には約16年ぶりだな。DAの寮に居た頃は見る暇がなかったから。

 

白黒フィルムも堪能したし、今度は頭を空っぽにしてアクション映画を見ようかなぁ。

 

それとも、シーズンじゃないけどクリスマス映画とか見ちゃおっかなぁ。

ガイハードとか。クリスマスの定番だよね。

 

フフフ。円盤10枚レンタルしちゃったからなぁ……。見る義務が発生しちゃってるんだ。ボクのせいじゃないぜ。

 

映画のお供には、業務スーパーで買ったポップコーンうすしお味とコーラが欠かせない。

 

今のボクは最高に寛いでいる。

一日家に籠って映画三昧を楽しむと決めてからは、髪も梳かさず化粧もせず、部屋着も自堕落の究極形である下着オンリースタイルである。

 

たきなちゃんじゃないけど、トランクスってやっぱり快適なんだよなぁ。上はブラトップで事足りる。ちなみに、ボクの胸は平均的なサイズ。

 

鏡を見ると、そこにはバカが映っていた。

 

一見すると知的な印象すら抱かせる切れ長の目は、ボクが楽しいときじゃないと輝かない。まあいつも楽しんでることが多いので、顔立ちは明るいお姉さんって感じ。

 

背の低い同僚に「お前は雰囲気が女子高生らしくないから、せめて髪型で誤魔化せ」と言われてから肩の下あたりまで伸ばしてみた髪の毛。そのせいでうなじが暑かったんで、ヘアゴムで雑なポニテを作っている。

これでも、髪をまとめるのに洗濯バサミを使ってた頃からかなり進歩したんだぜ。

 

ちょっと自慢するけど、ボクは自分の髪を気に入ってる。濡烏って言うのかな?ほんのり青みがかった艶のある黒髪で、自分で言うのもなんだけど、キレイだ。

まあ今は雑に結んでるけど。

 

リコリスはしょっちゅう身体を動かすんで、ボクのスタイルはけっこうイケてる。

 

総評。今のボクは美人だ!

分かるか?美人!美少女!

だらしなくたって美しさは失ってないの!

 

 

そんなわけで。

百合厨のボクにとって、鏡を見るだけで「ボク×ボク」のCPが完成するのは嬉しい。

ボクのスタンスは傍観者。つまり、他の女の子を愛でこそすれ、手は出さない。ボクを絡めて成立するCPはボク×ボクのみだ。

 

 

 

うむ、一人の時間もまた至福なり……。

 

 

 

とまあ、ボクがプライベートの時間を満喫していると、ピンポーン、と音が鳴った。

 

「なんだよ、無粋なヤツだなぁ」

 

新聞か?宗教か?

メンドくさいな、居留守を使おうか。

 

アレ、何か忘れているような……?

 

「ん、んん……?」

 

インターホンモニターを確認すると、写っていたのはベージュの服と、見覚えのあるDAのエンブレム。

 

ああっ!?そうだった!?

ボクの仲間になってくれる子とは、セーフハウスで合流するんだった!

 

 

 

「あっあっあっあっ……!」

 

うっわ、ヤッベェ、部屋キッタネェ!?

さっきまでダラダラしてたせいで、ポップコーンの袋と愛しのコークちゃんのペットボトルが床に散らばっている!

昨日食ったピザの箱も放ったらかしだ!?

ああもう!こうなったら一瞬で片付けだ!

 

リコリスを舐めるなよ!

 

ボクが意気込んでいると、なんとドアの鍵がガチャリと開いた。

 

……ナンデ?

 

 

 

いや、そうか、そうだよな。

 

セーフハウスはかなり広い。恐らくは複数人が住めるように設計されている。となると、件のサードちゃんもここを使うんだろう。すると当然、鍵も持っている。

 

 

 

ドアが開く。

 

「あれ、留守なのかな……?」

 

あら可愛い。思わず見惚れてしまう。

 

それすなわち、今やってきたサードちゃんは、ブラトップとトランクスを着崩し髪がボッサボサでお菓子の袋と空っぽのペットボトルを抱えているヤベェ女と目が合った、ということである。

 

「や、やあっ、いらっしゃーい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ポップコーン食べる?」

 

「いえ……。結構です」

 

「ジュース飲むだろ?何がいい?今あるのはコーラ、スプライト、あとはエナドリがいくつか……」

 

「いえ……」

 

「おうっ……。オッケー」

 

 

 

リコリスにとって、不必要な栄養摂取は運動能力の低下に繋がるため、厳禁である。

 

この子たちはいい子だよ、ホント。

本部の言うことをキチンと聞いてる。

リコリスとして最高の人材だ。

 

対して下着で客を出迎えるボクである。

 

「……蘇芳さん、ですよね?」

 

「当たり前じゃんか。どーしてそんな疑わしげに聞くんだよ?」

 

「……いえ、なんでもありません」

 

「……あー、うん。ごめんな、ボクが悪かった。そりゃそうだよねぇ、仮にもファーストのリコリスがこんな風に一人でパーリナイしてるとか、普通は思わんよねぇ」

 

「……」

 

やってきたのは四人組のサードリコリス。

全員、ボクのことを軽蔑こそしないが、呆れた目で見ている。

 

「……なぁんだよ?どーした。そんなに気になるんか。ボクがトランクス履いてるのがそんなに気になるんか」

 

「えっ?あ、いえ、そういうわけじゃ……」

 

「好きなパンツ履いちゃいけないのか?いけないのかァ!?あぁんッ!?」

 

好きなパンツを履くことは人類に許された自由だろうが!真島さんもそう言ってた。

 

 

 

「好きな下着を着るのは構いませんが、他人に見せるものではないかと……」

 

「……せやな」

 

くそっ、正論を言われた。

 

 

 

「……つーか、キミらどっかで見たような顔だなぁ」

 

「……?寮内ですれ違った、とかですか?」

 

「うんにゃ、もーちっと違うとこで見た気がする……」

 

何だったか。

おそらく、ボクがリコリスになってからの記憶にヒントはない。

 

脳内でリコリコのアニメ映像を再生する。

……ああ、なるほど。

 

「……あっはは、そうだった。いや、大したことじゃなかったよ。多分、たまたまキミらと任務時間が被った時かな。街中で、可愛いリコリスがいる!って思って、記憶に残ってたんだよ」

 

「……」

 

「ちょっ、そんな目で見ないでくれよ!」

 

 

 

もちろん、今のは真っ赤な作り話。

 

彼女たちの姿を見たのは、リコリコのアニメの中の話だ。

 

モブリコリス。略してモブリス。

ほら、ヘアピン付きの黒髪ショートで片目を隠してたサードの子とか、いただろ。

 

その子が、ボクの目の前に座っている。

 

他の三人も見覚えがある。

第一話で任務をこなしてた子たちだ。

ポニテの子、茶髪ボブの子、黒髪ロングメカクレの子。……おや、メカクレちゃんが二人か。であれば髪の短い方をボーイッシュちゃんと呼称しよう。心の中で。

 

「はぁ〜っ、かっわいいなぁ……!」

 

「……あ、ありがとう、ござい、ますっ」

 

おい聞いたか?ありがとうございますだってさ。可愛いって言われてこのリアクションか、まったくいい子たちだなぁ!

 

「で、キミら、誰と誰が付き合ってんの?」

 

「付き合う……?」

 

「おっと?なるほどピュアガールズだったか……。今のは忘れてくれ」

 

「は、はあ……」

 

皆緊張してるみたいだし、ここはボクが先輩として、アイスブレイクをしてあげないと!

 

「というか、出会ったばかりなのに自己紹介もしてないんじゃあいけないね?」

 

「あっ!すみません、私は……」

 

「ああっ、ごめん、責めてるわけじゃないよ!というか、妙な空気で出迎えちゃったボクが悪いんだから。ま、自己紹介すれば緊張も解れるだろうし!早速ボクからいくよ!」

 

初頭効果ってヤツがある。

人は相手を第一印象で判断する傾向がある、という現象のことだ。

 

つまり、彼女たちから見たボクの印象は、さしずめ「怠惰を極めたダメ人間」ってとこだろうな。自分で言ってて悲しくなるね。

 

今からでも挽回しなければ。

とりあえずボクは仕事のできるお姉さんであることを知らしめてやろう。こう見えて賢いんだぞ、ボク。

 

「ボクは蘇芳弌華!楠木さんあたりからちょっとは聞いてるかな?人呼んでDAの問題児とはボクのことだよ!だけど、仕事はちゃんとやってるぜ?一応これでもセカンド……ああ、今はファーストか。とにかく、公私のメリハリはつけてるから、安心してよ!こう見えても、頼れるお姉ちゃんだから!」

 

ちなみに、ボクは身長がそれなりに高い。

前に測った時は166cmだった。つまるところお姉ちゃん力が高いってことだ。

 

次に、ボーイッシュちゃんが口を開く。

さっきからボクの言うことに返事してくれたのは、主にこの子だった。チームのリーダー的ポジションって感じだ。態度が畏まってはいるが、適度に落ち着いている。

 

馬酔木真白(アセビ マシロ)です。よろしくお願いします」

 

おぅ、凝った名前だな。

DAが付けたのか、それともこの子が申請した名前なのか。とにかく、ボーイッシュちゃんはマシロちゃんだな。可愛いじゃないの。

 

次はポニテちゃんの自己紹介。

 

「かっ、金山慈來(カネヤマ イツキ)です、よろしくお願いしますっ!」

 

緊張してるけど、なかなかハキハキした声だ。若干「陽」のオーラを感じるぞ。末恐ろしい子だなオイ。文化祭の実行委員とかやってそうなタイプ。

 

それから、次は茶髪の子。

 

桔梗葵(キキョウ アオイ)です……。よろしくお願いします」

 

この子、さっきからボクに対して引き気味の態度なんだよね。意外とふてぶてしい性格かも。もしくは単に常識人なのか。

 

最後はメカクレちゃん。

 

水仙小雪(スイセン コユキ)……」

 

おーう、クールビューティ。

多くを語らない態度が逆にボクの心をくすぐるね。たっぷり撫で撫でして赤面させたい。

 

 

 

「ほんじゃ、これからよろしく!……ところで、キミらいくつ?」

 

「サードですが」

 

ボーイッシュ……マシロちゃんが答える。

 

「ちょーいちょいちょい!こーゆーときは普通年齢を答えるだろ?いくつなの?キミら」

 

「……さあ、はっきりとは分かりませんが、おそらく16歳かと」

 

「だろ?で、ボクも今は17歳。ほとんど歳が変わらんのよ。わざわざ敬語を使う必要ないと思うんだけどさ」

 

まあ精神年齢は……。

考えないでおこう。うん。

 

「しかし……」

 

「いーじゃん!だったらこれが最初で最後の上司命令!キミらは以後ボクに対して対等な態度で接すること!DA本部じゃあないんだから、気ぃ引き締める必要ないって!はーい今から命令有効!今日からダチ公、ユーエンミー(You and me)!それか、一応ボクの方が年上ではあるから、お姉ちゃんって呼んでくれてもいい!アンダスタン?」

 

ボクの前で畏まった態度でいられると困る。もっと遠慮せずにイチャイチャちゅっちゅしてほしいんだよ、こちとら。

 

預かるチームの人数が偶数でよかった。

チーム内での色恋沙汰に関して、ボクは傍観者の立場を貫くつもりだ。やはり百合は眺めるに限る。

 

ちょうど4人いるから皆がくっつける。

共同生活が百合の香りに彩られていく。なんと素晴らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「部屋割りはこんな感じでいいかな?」

 

夢のルームシェア生活!

となると当然、部屋割りやら家事当番やら、決める事が山ほどある。ボクは完全に忘れていた。

 

マシロちゃんが話し合いを進めてくれたんで、スムーズに決まったけど。

 

「おっ、おう……。ボク何も考えてなかったよ。我ながら共同生活への適性が低すぎる……」

 

さらに言えばリーダー適性もない。

マシロちゃんは議題を進行させるのに慣れてるみたいだ。ユーダリル作戦も彼女が指揮してくれないかな。ホント、いい腕してるよ。

 

そして、彼女が更に素晴らしいのは……!

 

「とりあえず、家事当番は()()の方で、できるだけ平等になるようローテを作ってみた。何か不都合がある人は?」

 

俺っ娘キタァァァッ!!

 

可愛い!えっちぃ!しゅきぃ!!

 

「じゃ、とりあえずこれで決定するよ」

 

そう言って軽く微笑むマシロちゃん。

 

あああああああっ!!好きぃぃ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「これから共同生活ってことになるけど、先にひとつキミらに謝らせてくれるかな。だいぶ気の毒なことしちゃったし……」

 

話し合いがひと段落したころ。

 

ボクはおもむろにそう切り出した。

 

困惑するサードちゃんズ。

 

「今回の作戦、わざわざ外部にセーフハウスを置く必要性はない。考えなくたって分かることだよ。それでも、こうしてセーフハウス滞在の長期任務をボクらがやることになった理由……。なんだか分かる?」

 

「……なんでしょうか」

 

首を傾げたのはアオイちゃん。

彼女は友人にも敬語を使うタイプらしかった。まあ可愛いのでヨシ!

 

 

 

そう、それで、なんだっけ?

ああそうだ。わざわざこの作戦が特殊な実行形態を取っている理由だよ。

 

そんなの決まってるだろ。

 

「作戦の秘匿って意味ももちろんあるだろうけど、もうひとつの理由は……。おそらく、楠木司令はボクを完璧に飼い慣らしたがってるんだよ」

 

「……?」

 

こんどは全員首を傾げた。

 

「ボクがDAの問題児って呼ばれてる理由は、ズバリ忠誠心が薄いから、らしい。……自分じゃそんなつもりはないけど。司令の部屋に遊びに行ったり、任務終わりにちょこっと寄り道したりしただけなんだよ?まあ、お上はそれが気に食わなかったらしい。かといってボクを手放すのも惜しいから、こうして放し飼いにすることで、逆に扱いやすくしようって考えだろうね。……それにキミらを巻き込んじゃってるわけ。というわけで、ごめんね。元宮内庁主厨長特製かりんとうはしばらく食えない。代わりにポテチで我慢してくれるかな」

 

一通りボクが話し終えると、イツキちゃんが言葉を発した。

 

「……DAから指令を受けた以上、アタシらはやることやるだけだし。それに、寮じゃできないことをやるの、ちょっと楽しそうだし。こんな機会滅多にないし?蘇芳さんとも知り合えて、良かったよ」

 

「弌華って呼んでくれてもいいんだよぉぉ……?」

 

ほぅら見てみろ、この寂しそうな目を。

おにゃのこに下の名前を呼ばれたい、それすなわち全人類の欲望なのだよ?

 

「……えぇっと、それじゃあ、い、弌華、さん?ちゃん?」

 

「ちゃんッ!?ちゃんっ……!いい響きだっ、採用!」

 

ああ、なんと甘美な響き!

 

天にも昇る心地だぁ……!

 

 

 

ほーんと、いい子たちだなぁ!

 

 

 

でも、死ぬんだぜ?この子たち。

 

 

 

「……ほんと、ごめんねぇ」

 

「え?」

 

「あぁ……。いや。巻き込んじゃったことは変わりないし。ボクにできることなら何でもしたげるよ。パシってもいいよ?」

 

「パシ……?」

 

「え?嘘だろ?まさか言葉を知らない?あぁ、なるほどねぇ。まーリコリスには縁のない言葉ではあるか。要は使いっ走りだよ。子分みたいに命令して、好きなもん買ってこさせたりするってこと」

 

「……?弌華さんにそんなことさせられないよ」

 

「おーう、なるほど。分かったよ、これ以上会話すると自分の心の醜さを身に染みて理解しちゃうから、やめとく」

 

「えぇ……?」

 

そうだよなぁ。硬派なリコリスってのは、任務終わりの寄り道なんか滅多にしないもんだから、自販機の使い方も知らないって子もいる。

 

リコリスは少女に擬態した殺し屋であって、少女ではない。ただの暴力装置だ。

 

 

 

……この子たちは、死ぬ。

サードリコリスってのは、DAにとっちゃあ、使い捨てしやすい部品なんだ。

 

マシロちゃんは、車に轢かれてズタズタになったのち、文字通り蜂の巣にされて死ぬ。

 

他の三人に至っては、どうやって死んだかさえも分からない。どこそこで死んだ、という事実だけがサラリと語られるのみ。

 

分かっているのは、彼女たちは()に使われた、ということだ。

テロリストたちの動向を掴むための捨て駒。

 

どうしたものかな。

知ってる顔が穴だらけになるって、十分に鬱案件だよなぁ。

 

ありがちな話だけどさ。

原作の流れを重視するか、報われない人たちを助けるか。

 

「……可愛いんだよなぁ〜」

 

「へっ!?」

 

一挙手一投足が可愛い生き物をみすみす死なせてしまうなんて、気に食わない。

 

 

 

それでいっか。

ボクの安眠のための人助け。

 

 

 

やりたいこと最優先。

だけど、やることどれか一つを選ばなければならない。そんな時、普遍的な道徳に従って判断する。普通のことだろ。

 




こんな感じのダラダラパートは今後も増えるでしょう。というか増えます。
作者は脊髄で小説を書くのが得意なので。

リコリコのアニメ本編は一話ごとに一ヶ月ほど時間が進みますが、その間起こった出来事についていくらでも妄想できるってのが、素晴らしいですよね。

そういうことです。
脊髄で日常パートを書いたりします。
許せる人は読(以下略


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4:Chekhov's gun.

作者はアホなので、ミリタリー、医学、犯罪史等の知識は一切合切ございません。全部妄想です。
許せる人は(以下略


「はーいUNOって言ってないー!」

 

「あっ……くぅっ!」

 

「そしてそのまままボクのターァンッ!デッキからカードを一枚ドロー!……ドロー!ドロー!ドルルォウォッホォァああああちくしょうやっと来たァ!場にグリーンの3を召喚しターンエンドゥッ!」

 

なぜだ!ボクにはこんなにも熱い想いがあるのに!なぜさっきからずっと勝てないっ!?

 

「……ワイルド。色は赤。あ、あとUNO」

 

「赤なら出せる……!あ、おれもUNO」

 

「私もUNOです」

 

「早いなぁキミたちィ!?」

 

「ごめんね弌華ちゃん!スキップ!」

 

「……ゑ?」

 

おい嘘だろ?イツキちゃん?

人の心ないのかよ?

 

「……これが最後の一枚。あがり」

 

んん?おかしいな。この中で唯一のファーストリコリスであるボクが、UNOで負けるなんてことがあっていいのだろうか?

 

否ッ!一位こそ獲れずとも、断じて最下位なることだけは……!

 

「うおおおっ!ボクは負けないぞォォ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ナンデ?」

 

「もう六回目だよ、弌華さん。UNOって運ゲーだと思ってたけど、下手な人って存在するんだな……」

 

「あぁんテメー下手とか言うなよコラァ!?……かっ、悲しくなるだろ!」

 

マシロちゃんの何気ない一言が。

ボクの心を、傷つけた……。

 

「てか、今日は運がなかっただけ!明日こそは……!」

 

「いや、明日はムリだよ」

 

「は?なんでさ。もしかしたらツキが回ってくるかもしれないだろ?」

 

「いや、そうじゃなく。明日は“仕事”があるから、遊んでいる暇はないっていう意味で」

 

「あ、そうだった……」

 

親睦を深めるために行ったゲームの多くで、なぜかボクは悉く負け続けた。

 

まったく縁起が悪いんだか良いんだか。つまり、もしかしたら明日はメチャクチャ運がいいかもしれないって話。というかそうじゃないとバランスが悪い。だろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

リコリスにとっては、DAこそが全てだ。

 

DAのために働き、必要とあらばDAのために殉じる。

 

だから、DA本部に設置されているリコリス専用寮で暮らすことは、この上ない名誉だ。

 

ボクの下へ配属されたサードの子たちも、本当は寮が恋しいはず。任務とはいえ、何日もセーフハウス暮らしはさすがに堪えるだろう。というより、もはやこの扱いは実質DAの支部だろう。現に「近場で殺意に倒錯したストーカーがナイフを持って出歩いてるからどうにかしろ」みたいな指令が来た。

 

ソイツは過去にも似たような事件を起こしている筋金入りのヤツだったけど、サードちゃんに任せてみたら、一時間もしないうちに片付けてきた。今頃ソイツは「医療廃棄物」になってるはず。

 

 

 

そんなこんなで、ボクが『ウル』を名乗ってから、一週間ほど立った。DAの方では依然取引の情報を把握できていないらしかった。

 

とはいえボクは一応ファーストリコリス、専門外とはいえ、情報収集スキルも習得済み。頑張って調査した結果、作戦目標と繋がりがありそうな組織の足取りを掴んだ。

 

お相手は典型的なジャパニーズ・ヤクザ。映画に出てくるような仁義を重んじる極道じゃなくて、ただの外道ども。

 

当たり前だけど、弱きを助け強きを挫く任侠道を体現する極道は、ほとんどおとぎ話の存在だ。

 

今の時代、腐った代紋を堂々と掲げてるヤクザ屋さんは少ないけど、たいていの組はネットに晒されているから、事務所の電話番号はすぐに分かる。

 

三次団体の組長さんとちょっとばかし「お話し」した結果、組織全体の武器の流通を担っているであろう本家直参の組を突き止めることができた。

 

あ、ほんとにお話ししただけだよ?

DAのデータベースに残ってたそこの組の過去ログから、面白そうなネタをいくつか伝えてやったんだ。そしたら油差したみたいにペラペラいろんなことを教えてくれた。

 

 

で、ここからが本題だ。

本部のデータベースにも載っていない情報を得るためにはどうするべきか?

 

『ウル』を使えばいい。

武器取引の話を持ち掛け、ヤツらを誘い出す。

 

最近のヤクザ屋さんはちゃちな銃じゃ満足できないらしい。というのも、金のない組は質の悪いコピー品を使ってる所もあるけど、見栄を張ってなんぼのヤクザは、欧米の有名メーカーの銃を仕入れたがるみたいだ。

 

DAに報告したところ「組を壊滅させよ」との指示が出た。

治安維持を目的とするDAにとって、ある程度組織化された犯罪集団であるヤクザの存在は、必ずしもマイナスには働かない。彼らは計画的に犯行を行うため、情報を得やすい。結果として、ヤクザが治安維持に一役買っているというわけだ。

 

それでも壊滅を指示したってことは、今回の相手はかなりヤバいってことだ。

銃取引を日常的に行い、裏社会で幅ぁ利かせまくって、一般人を大勢巻き込むような大規模犯罪を計画してる。

 

 

 

とはいえ、リコリスの敵ではない。

 

とりあえず、DAが持ってる最新武器のデータをちょっとだけ送ってから「ぜひ取引しましょう」と言ってみると、応じてくれた。

 

『ウル』は質の良い武器を取り揃えている……という設定らしいからね。

 

実際には売れないので、彼らとはドンパチかますことになる。つまり、ヤツらを誘い出すために取引を持ちかけたんだ。

 

指定された場所は横浜の埠頭にある倉庫。

「いかにも」って感じが強い場所だが、まあDAなんて物騒な組織がある世界だからね。こういう手合いはゴロゴロいる。

 

 

 

 

 

 

ふきふき、ふきふき。

やっぱり道具の手入れって大切だよねぇ。

 

「あ、アオイちゃん。悪いんだけど冷蔵庫から紅茶のボトル持ってきてくれない?」

 

「了解しました」

 

「相変わらず丁寧だねぇ」

 

「これが素なので……」

 

これでも「承知しました」からはだいぶ進歩してるんだぜ。何せ彼女は他のサードちゃんズにも丁寧な態度なんだ。

 

「どうぞ、弌華さん」

 

「おー、センキュ。……あ、ちょっとペーパータオルこっちに寄越してくれる?……ありがと!」

 

ふきふきふきふき。

しっかり隅々まで手入れしないとね。

 

「……弌華さん」

 

「んー?どしたの?」

 

「……その銃は、実際に使用するのですか?」

 

「当ったり前だろ?せっかくメンテしてんのに、コイツを使わないでどーすんのさ」

 

撃つから手入れしてるんだ。

 

「いえ、しかし……」

 

「あー。キミのはグロック?」

 

「はい。うちのチームは皆そうです。リコリスの多くが使用していますよ」

 

「だろうね。使いやすいもんねぇ、ソレ」

 

ボクは自分の銃を眺めながら言う。

 

9mm弾は反動が小さいから、少女であるリコリスたちが扱いやすいんだ。

 

ボクのと違って、ね。

 

 

ようやくシリンダーの掃除が終わったところで、一旦手を休める。

 

 

 

「あの、貴女はなぜリボルバーを……?」

 

「ロマンがあるだろ」

 

「ロマン……?」

 

「ボクはね。好き勝手やって生きていきたいんだ。自分の好きなことをしたいの。だから、自分が撃ちたい銃を使うんだ」

 

「そ、そんな理由で……?」

 

 

 

「むしろそれくらいしかマテバを使う理由がないだろ。ボクはマテバが好きなの」

 

 

 

言いたかったセリフを言えた。

 

マテバ「オートリボルバー」こと、モデロ6ウニカの6インチ。

 

皆さんご存知マテバ社の名銃である。

え?知らないだって?

早く知れ。今知った?ならよし。

 

コイツのいいところは、なんと言ってもロマン。これに尽きる。

 

回転式拳銃(リボルバー)ってのは、装弾数やリロードを犠牲に、信頼性が高い銃種だ。構造が単純で素人が扱いやすいため、主に一般人の護身用としての需要がある。

 

端的に言おう。ボクみたいに普段から銃を使う人種とは相性がよろしくないのだ、リボルバーは。

 

 

 

だがロマンがある。

 

リボルバーの実用性はオートマチックのそれに比べて大きく劣る。

 

だったらロマン一辺倒でいい。

 

 

それでは、ボクの愛しの6ウニカちゃんについて軽く語ろう。

 

イタリアで生まれたこの銃は、従来とは一線を画すデザインと機構を備えている。

 

 

 

リボルバーにおけるダブルアクションとは、引き金を引くだけでシリンダーの回転とコッキングを同時に行える機構のことである。

 

これにより単純な操作での射撃が可能だが、引き金一つで複数のパーツを動かす関係上、引く際にある程度力を入れねばならず、手ブレの原因となりやすい。

 

オートマチックであれば、次弾装填や排莢などの動作は射撃反動によって自動化されているので、そういう心配はいらないのだけど。

 

 

 

……だったらリボルバーでも同じことしようぜ!というイカれた思想のもと開発されたのが、この6ウニカである。

 

射撃時の反動によりコッキングを自動化!さらにはバレルの位置を下げることで反動を軽減!重みのある銃身で安定感マシマシ!

 

ただし、リボルバーの特性上、リロードスピードは遅い!プラス、機構が複雑なせいで他のシンプルなリボルバーより信頼性に欠けるぜ!ぶっちゃけ反動軽減効果も製造コストや低い信頼性に見合ってるかと言われればそうでもないんで、欠点ばかり目立つぜ!

 

え?だったらオートマチックでいい?

 

黙れ。

 

 

 

「……好きだから、使うんですか?」

 

「もちろん。それにボクの場合、グロックよりもコイツの方が強いんだよねぇ」

 

「え?」

 

「コイツを使うと気分が乗る。精神面で調子が良くなるってことだよ。.357マグナム弾の反動が手で弾ける瞬間、たった六発撃つだけで訪れる隙だらけのリロードタイム。全てが気持ちいいんだ」

 

「気持ちいいって……」

 

ボクのマテバにはバレル上部にピカティニーレール、つまりアタッチメントの取り付け台が設置されていて、グリップもボクの手にピッタリ合うよう特注でカスタムされている、世界に一つだけの銃だ。

 

イタリアで「6ウニカ」は「Sei Unica」と発音される。

 

意味は「ボクだけのもの」。

 

 

 

「気分ってのは大事だぜ、アオイちゃん。……いきなり聞くけど、キミはリコリスの仕事をどう思ってる?世間に存在を秘匿された暴力装置として仕事をする気分は?」

 

「私たちリコリスにはDAが全てです。DAからの指令は必ず実行する。それが、DAに拾われて救ってもらった私たちが存在する意味ですから」

 

「……なるほどねぇ」

 

極論、リコリスはただの殺し屋だ。

視界の外から襲い来る理不尽な暴力。その点はテロリストと変わりない。

 

治安を守る、すなわち国家の現状を維持する側の暴力がDA。

国家が腐り切る前に変えようとする方の暴力がテロリスト。そういう話だ。

 

大体、いつまでも水際でテロを阻止できていること自体が奇跡みたいなもんだ。

 

DAのラジアータは最新鋭のAIなんて呼ばれてるけど、ちょっとつつけばすぐに埃が出る。

 

そこを崩されたらもう終わり。

やってくるのは秩序の崩壊。

 

DAは今までのツケを精算しなければならなくなる。

 

 

 

「リコリスやってるボクが言うのもアレだけどさ。人間、殺しをやって何も感じないのは異常だぜ。その先に待ってるのは破滅だ」

 

「……任務の度に精神を乱していては仕事にならないでしょう。それに、どうせリコリスは大半が18歳までに()退()しますから」

 

()()()()の理論値はもっと長いはずなんだけどねぇ?DAも人使いが荒いよ」

 

リコリスは現場で使い捨てされる駒だ。

引退して永遠の休息を与えられる者も少なくない。

 

やはりDA加入以前から精神が成熟しているボクには、この仕事は向いてない。

 

そもそも、リコリコの物語をリアルで見たい、という一心でリコリスになったんだ。

 

なんて幼稚な、くだらない理由だ。

 

くだらない理由でリコリスになったボクに殺された悪党どもからしてみりゃ、たまったもんじゃないだろうけど。

 

 

リコリスになったのは自分のため。

 

だけど、自分のための殺しはしない。

好き勝手やるって決めた以上、自分のイヤなことはしたくないだろ?

 

 

ボクはDAと、彼らによって庇護されている人のために殺す。

ターゲット以外はなるべく生かしておくのがボク流のやり方だ。

 

そうする方が心の健康にも良いし。

……すると、利己的なメンタルケアってことになるのかな。ま、ターゲットは殺すけどさ。

 

 

 

「そういや、アオイちゃんは明日、捜査チームの方だろ?段取り、確認しとこうか」

 

「はい。弌華さんと慈來さん、小雪さんのチームが埠頭で時間を稼ぐ間に、私と真白さんのチームは人の少なくなっている事務所で武器売買の証拠情報を捜索。埠頭チームと合流後、セーフハウスに帰還。ですよね」

 

「パーフェクトッ!さすがアオイちゃん!」

 

事務所にカチコミせず、わざわざ誘い出したの、万が一データが破損したら困るのと、市街地では通報されるリスクがあるからだ。

 

ま、やることは変わらない。

全員ぶちのめすだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで明日に備えて十分な睡眠を取るぞ、諸君!」

 

「……」

 

「なんだよキミら、その目は」

 

ボクの前に集まった四人。

皆がボクを呆れた目で見ている。

 

「なぁんだよぉ!一緒に寝た方が休眠効果高まるに決まってんだろ!」

 

全員分の布団をわざわざ敷いたんだ。

気分は完全にあの日の修学旅行である。

 

「……あの。どうして、皆で一緒に寝たいって提案をした弌華さんの布団が端っこに?」

 

とマシロちゃん。

 

「そりゃあ百合の間には挟まれないからねぇ。常識だよ」

 

対してボクは模範的な回答をする。

 

彼女たちは絶対デキてるはずなんだ。

今は違うとしても、これからデキてくるはず。ボクは傍観者なので、こうして交流の場をセッティングした後はただ眺めるのみである。

 

「さあ!とにかく今日はもう寝よう!早く!隣に寝てる子を抱き枕にでもしてしまえ!」

 

ボクが言うと、皆は布団を被った。

素直でいい子たちだ。あとは抱き合ったりしてくれたら完璧なんだけど。

 

しばらく百合の種が芽吹くのを待っていると、マシロちゃんから声をかけられた。

 

「電気、消してもらいたいんだけど……」

 

「……ウッス」

 

なんだよ、何も起こらねぇのかよ。

まあ一緒に寝るという行為自体、少なくない百合成分を孕んでいるので、今回は妥協しておこう。

 

しょうがない、ボクも寝るか。

布団は無論一番端っこ。ちなみにマシロちゃんの隣だ。

 

 

 

30分くらい経つと、皆寝静まってしまった。

 

しばらくささやかな百合の香りを堪能していたボクだけが起きていた。

 

いやぁしかし夢のような空間だなぁ。おにゃのこがボク以外に四人、こいつぁ素晴ら……。

 

「ヘブァッ!?」

 

痛ぁい!?目を閉じて夢の世界へダイヴィングしようとしたら顔面に強い衝撃が!

 

「うぐぐ……!んにゃっ、なんだァ……?」

 

鼻血が出るとこだったぞ。

一体何が……。

 

「ファッ!?これはっ、マシロちゃんの生足ッ……?」

 

寝相悪いなぁマシロちゃん。

頭と足の位置が入れ替わるって相当だぞ?

 

でもおかげでいい夢が見れそうだうへへへへ。

 

って、またマシロちゃんがモゾモゾ動いて……。

 

「グホァッ……!?ヒザウラァっ!?」

 

痛え!?

くっ、今度、は、なかなか、いい蹴りだ……。

 

「あはっ、いい夢、見れる、かも……!」

 

ボクの意識はここで途切れた。

 

 

 

翌日、ボクが抱き枕にされていた。

 

マシロちゃんは顔を真っ赤にしていた。

 

違う、そうじゃない。

ボクが百合に混ざるのは解釈違いだ。

 

昨晩みたいに、ボクのことは文字通り足蹴にしていただいて構わないっ!

 




作者の数学テストの最低点は4点です。
つまり、論理というものを全く存じておりません。

話の流れに違和感が生じることもあるでしょう。
許せる人は読んでいってください。
許せない人も読んでいってください。
そんで最高評価をポチッとするだけ。
簡単でしょ?()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5:The beginning of the end.


あと一話くらい経たないと原作主要キャラが出てきませんが、これは作者の性癖がTSボクっ娘であるがゆえの必然です。

許せる人は読んでください。
許せない男性の方は自分のキ○玉もぎ取ってTSの素晴らしさを体感してください。



「よし皆!忘れ物は?ないね?」

 

「……あの、後ろにあるバンは?」

 

「これ?借りてきた!」

 

車はデカけりゃデカいほどいいと思ってるアメリカ人が造ったシボレーだから、軽く10人以上は乗れるぜ。

 

「……免許証は?」

 

「腕のいいニンベン師(偽造屋)の知り合いに頼んで造ってもらった!ついでに偽造ナンバーも!」

 

DAに頼んでもよかったけど、アイツらより仕事のできるヤツがいるんだよ。

 

当の偽造屋さんについてだけど。

 

任務でとある半グレ組織のアジトにカチコミかけたとき、なんか捕まってたんだよね。

話を聞くと、仕事を断ったら恨まれたんだとか。どうもヤバい匂いがしたから断ったらしいけど、その判断は正解だったね。なんせ彼が殲滅対象の半グレと共謀していたら、間違いなくDAのターゲットにされていた。

 

そうじゃなかったということは、殺す必要がなかったということだ。で、コッソリ助けてあげたら縁ができた。

 

もしボクがDAを辞めたときには、戸籍を作ってもらおうかなぁ、なんて考えている。

 

「レンタカーで銃撃戦に行くの……?」

 

「あとでDAに揉み消してもらうから大丈夫だって。あ、荷台に乗るときは気をつけてね。催涙ガスとか積んでるから」

 

「ええっ……!?」

 

「これからたった三人で本職の方々に抗争ふっかけようってんだ。拳銃だけじゃ足りないだろ?ほら、本部から楽しいオモチャをいろいろ取り寄せたから、持っていこっか」

 

バンの観音扉を開けると、そこには戦闘に使う様々な物資が入った大型の箱がいくつか積まれていた。まあボクが積んだんだけどさ。

銃やら、グレネードやら、偵察用ドローンやら、とにかくいろいろあるぜ。

 

 

 

「今回は相手を()()()()()。代紋掲げてるけど、ヤツらはただのテロリストだからね。……平和ボケした日本人の中には『ヤクザはカタギに手を出さない』なんて与太を信じてるヤツがいるらしいぜ。そいつらのピュアな心を守ってやらなくちゃあならないのは、ちょいとメンドくさいんだけれど。それがボクらの仕事だ。準備はオーケー?」

 

「アタシはいつでも行ける!」

 

とイツキちゃん。

 

「……」

 

頷くコユキちゃん。

 

「……あ、失敗した」

 

「え?」

 

「ボクから準備できたか聞くのをやめときゃよかった。そうすりゃ言いたかったセリフが言えたのに!」

 

「……」

 

そのアホを見る目をやめろぉ!

 

「ね、ボクにも準備できたかどうか尋ねてくれよイツキちゃん!」

 

「……はぁ」

 

「頼むよー、ジュース奢るからさ!」

 

「ジュースは別にいいけど……。えっと、じゃあ、弌華ちゃん。準備できた?」

 

 

 

ありがとう。言いたいセリフが言える。

 

 

 

「……マテバでよければ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「相手にとっても、初めての取引相手との交渉だ。確実に警戒されてる。ドローンで偵察したいところだけど、バレたら一巻の終わりだから慎重にね、コユキちゃん」

 

取引場所付近にトラックを停め、素早く偵察を行う。コユキちゃんがドローンを操作し、例の倉庫周辺の映像を入手する。

 

ナイトビジョンの緑色の画面に、倉庫の外壁が映し出されている。

 

皆が寝静まった丑三つ時。

今回の取引相手はまさしく夜の住人。暗い世界でシノギをやってる反社さんたちだ。

 

 

「……ドローン操作は得意。なので、問題ない」

 

「頼もしいねぇ。で、どんな感じだい?さすがに倉庫の中は見れないかもだけど、外に何人いるか分かるだけでもかなり嬉しい」

 

「……車両搬入口に六人。建物の左右に二つずつ入り口があるけど、そこは各一人ずつ」

 

「りょーかい。車で乗り付けるから、対策するべきは搬入口のヤツか……。装備は?」

 

「……型は分からないけど、全員拳銃」

 

「デコピンで()れるな。だったら倉庫の中も重武装の連中は少なそうだね」

 

今回の件、DAからは装備などを貰ってるけど、人員の支援はない。

つまり、ボクとサードちゃんで十分であると判断されているのだ。

 

実際その通り。

相手は本職とはいえ、プロの軍人ではない。中途半端なろう系みてーなボクの実力でもデコピンで片付けられる。

 

「……外には車がほとんど停まってない」

 

「ほーん?中に停めて弾除けかな?」

 

ゾロ目ナンバーでゲン担ぎしてるアイツらの車に撃っちゃあバチが当たるかもな。なんちゃって。

 

 

 

「作戦はどうするの?」

 

「ボクが車から降りて交渉、話を適当に引き伸ばす。キミらは荷台に隠れていて。ボクが通信で合図したら……」

 

ボクは荷台に積んである箱の一つを開け、中から低致死性弾を撃てる回転式グレネードランチャーを取り出す。

 

 

 

「それは……!」

 

「キミらが使う用だよ。ボクの援護をお願いしたい。コイツでありったけの催涙ガスをばら撒いてくれ。倉庫にガスが充満したら、車の中で、吸わないように待っててね」

 

「え?それじゃ、弌華ちゃんにガスが……」

 

「大丈夫。慣れてるから」

 

「でも……!」

 

「大丈夫!昔からボクはそういうのに強くてね。昔、手術したときにさ。普通の麻酔じゃ効きが悪くて、お医者さんを困らせたことがあるんだ。……大丈夫だから、信じて」

 

「……分かった」

 

イツキちゃんたら、優しいねぇ。ボクなんかの心配をする必要はないのに。

 

 

 

「……ま、何が起こるかは行けば分かる。リスクは人生のスパイスって言うだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

(黒いレインコートを着た人物がトラックから降りてくる。

 

見たところ、あまり特徴のない体格。

 

顔はフードのせいで見えない。

トラックから降りてきたのはソイツ一人。

 

今回の取引相手『ウル』とか名乗っていたが、このレインコート野郎がそうなのか?

ボスが自ら運転してきたのか?

 

それにしても、とんでもないヤツだ。

 

全身からイケメンオーラがぷんぷん出ている。老若男女問わず惚れてしまいそうなオーラだ、きっとそのフードの下は大層なイケメンに違いない……)

 

 

 

とか考えてるんだろうな、このヤクザ共。

絶対そうだ。

 

 

 

じゃなきゃ、四方八方から視線を注がれているこの状況を説明できないだろ?ボクって罪な女だな。

 

ふむ、倉庫内にはざっと20人ってところか。

車両入口付近に六人と、他の入り口にも見張り番がいることを考えても、全員でせいぜい30人くらいかな。

 

倉庫に入ってから車の向きを変えずそのまま止めたんで、ヘッドライトが倉庫内を照らしている。

 

全員、ボクと正面から向かい合っている。

アルファードが四台、遮蔽物として使えるように停められているな。

 

 

 

少し鍛えてそうなヤツがアタッシュケースを持って、一番威張ってるヤツの横に立ってる。あのイキリ野郎がリーダーかな?

で、ケースにはカネが入ってるんだろうか。

 

観察していると、イキリ野郎が口を開く。

 

「『ウル』か?」

 

いきなり聞くかね。ま、そりゃそうか。取引に来てるってのに顔を明かそうとしないヤツの方が不義理だよな。

 

「ども。はじめまして」

 

「ッ、女……?まあええわ。ブツは用意できとるんやろな?」

 

「最新のオーストリア製小銃60挺と、ありったけの弾……。だろ?」

 

まだ存在が公表されたばっかりの最新式。

まったく、ヤクザが使う銃じゃないぜ。

 

「せや。……随分チャチな車やけど、ホンマに用意しとるんか?」

 

「そう慌てなさんなって。もう少ししたらあと何台かトラック来るからさ」

 

「何やと?」

 

「目立たないようにバラバラに分かれて来たの。だからブツはまだ全部揃ってない」

 

「おうコラ、ヤクザナメとんのか?」

 

「あーもう、こっちは運転して疲れてんだよ。それなのに茶の一つも出してくれないなんて。任侠心はないの?」

 

「当たり前やろが。……最新の長物取り揃えるっちゅーんはな、えらい難しいことなんや。それをおたくがいきなり取引しましょー言うてすり寄ってきた。こんな美味い取引はなかなかあらへん、疑うんも無理はない話や。分かってもらえまっか?やけど、ワシらの欲しいもんをおたくらが本当に持ってらっしゃるんやったら、今後ともええ関係を築いていきたい思うとる」

 

おっしゃるとおり、銃の密輸は難しい。なぜなら国民の規範意識によって成り立っている銃規制のおかげ……とかそんなわけではなく、DAが取引を潰すことが多いからね。

 

「……ご期待に応えられそうで何より」

 

とりあえず、アンタらの欲しがってるありったけの弾、今すぐにお見舞いしてやるから。

 

 

 

「ねぇ。ホメオスタシス、ってあるだろ?」

 

「あ?……いきなり何の話や」

 

ホメオスタシス(恒常性)。生物の持つ、身体を一定の状態に保とうとする性質」

 

「あ?知らんわ、それがなんや。ムダな話しとらんと、早う……」

 

「傷を負うとカサブタができる。毒を食うと免疫が働く。まじないやオカルトじゃない、正真正銘、生き物としての力だ。突き詰めれば、生き物は外的要因による死から完全に逃れる可能性を秘めていると言えないかい?」

 

「……なんや、宗教家気取りか」

 

「あははっ、そんなんじゃない。……ただ、ホメオスタシスの支配から抜け出た細胞が、自己を破滅に追い込む病がある。分かるだろ?癌だよ、ガン」

 

「……せやから、何が言いたいねん」

 

「身体に住まわせてもらってる恩を忘れて宿主を殺そうなんて、外道の所業だよねぇ?でも安心しなよ。ガン細胞を駆逐し、恒常性の維持に努める細胞がある。ナチュラルキラー細胞、生まれながらの殺し屋、ってヤツだ」

 

余談だけど、NK細胞は笑えば笑うほど活性化するんだって。

ま、今はそんなことどうでもいいか。

 

 

 

「……この日本という国にも、国家の破滅を防ぐため、異常な()()()()を駆逐する任務に就く『生まれながらの殺し屋』たちがいる。知ってたかい?」

 

「……ワレェ、(サツ)か?」

 

 

 

おっと、怒られちゃった。

全員が銃を取り出して、その狙いをボクに向けている。恐ろしいこって。

 

しかし、(サツ)呼ばわりとは。

ま、あながち間違ってないよな。リコリスってのは、基本的に忠誠心の塊だ。たきなちゃんなんか、仕草や態度まで犬っぽいだろ。

 

そう考えると、楠木さんも犬か。

あの人、上からの指示には忠実だし。かといって盲目的な忠誠心ってわけでもなく、時折飼い主に噛み付く気概もある。

 

……犬耳、似合うかな?

 

「……フフフッ。あはっ、あっははは!」

 

「なにがオモロい?言うてみろボケ!」

 

「はっははは……!んふっ、いや、ごめんごめん。ちょっと面白いこと考えてて。ところでキミ、犬派?猫派?」

 

「……」

 

おや、拍子抜けしてしまったのかな。

ポカンと間抜け面を晒しちゃって、まあ。

 

「ボクはねぇ、意外と猫派。猫ってさ、どこへ行くにも好き勝手じゃん?ああいう自由気ままな生き方、いいなーって思っててさ」

 

 

 

好き勝手やりたいよ。猫みたいにさ。

人生、面白い方がいいもんね。

 

……っと、そろそろ二人に合図するか。

 

「ていうかキミら、大丈夫?銃、慣れてないんじゃないの?そこの車の陰にいる子は手ェ震えてるし。その横にいる子は新米かな?ダメだよー?安全装置(セーフティ)はしっかり外さないと!大丈夫かい?ああ、ボクも腕にはそれなりに自信があるんだ。よかったら射撃練習に付き合おうか?」

 

 

 

思わず笑みのこぼれた口で、次の言葉を紡ぐ。

 

 

 

「……()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

開戦の狼煙が人体に有害な物質だったもんで、ガスを浴びた方々は目の痛みに悶えつつ咳き込んでいる。

 

で、サードちゃんたちは荷台の扉を開けて攻撃開始したわけだけど、当然、最初に撃つのは搬入口にいるヤツら。

 

彼女らがボクの方を援護してくれるまでの間、ボクは遮蔽物も何もない場所に一人。

 

こんなとき役に立つのが、リコリスの装備する学生鞄である。

ホルスターとしての役割があるが、それだけじゃない。いろいろなものが仕舞える。予備マガジンやスタングレネード、ボクの場合は毒針や催涙ガスグレネードなんかも入れてる。

 

ま、今回使うのはそんなんじゃないけど。

 

コートの中に隠しておいた鞄を、ボクは素早く前面にかざした。

 

瞬間、ボクへの銃撃が始まった。

 

「おー、怖っ」

 

 

 

防弾エアバッグ。

学生鞄の中に仕込まれている便利グッズだ。鞄も防弾だけど、ボクは数十人の弾道を見切ることができないので、エアバッグを使う。

 

さすがDAの正規採用品。小銃の弾もしっかり防げる謎素材製である。

 

鞄とエアバッグに隠れつつ、サードちゃん達をカバーするためにバン付近まで戻る。それから懐で温めておいたマテバちゃんを取り出し、撃鉄を起こしておく。

 

「マガジン全部撃ち切ったら戻っていいよー!あとはボクがなんとかしておくから!」

 

「……ッ、了解!」

 

イツキちゃんとコユキちゃんが撃つ催涙ガスが、倉庫にどんどん充満していく。

 

しばらくすると、鞄を持っていた手に弾丸の衝撃が加わっていたのが、だんだん少なくなっていく。延々と反響していた銃声の代わりに、咳き込む声や悶える声が大きくなっていく。

 

「フフフフフン♪フフン〜♪」

 

 

 

ボク?ボクは、ほら。

なんか大丈夫なんだよね。

フンフン歌ってるだろ?

 

意味分からないよね。ボクもそう思う。

ガスを浴びると一瞬ピリッとするけど、それだけなんだよ。目も見えるし息もできる。

ガスの濃度としては、おそらく普通の人なら一時的に失明するレベルなんだけどね。

 

とまあ、こんな感じなんで、ボクがケロッとして鼻歌歌ってる間に、先ほどまで数十人ほどいた敵の九割方が地べたに倒れ込んだ。

 

「えー、あー……。武器を捨てて投降したまえー!お袋さんが泣いてるぞー!」

 

適当に叫んでみたところ、マジメに銃を捨てるヤツが数人、悶え苦しんで話を聞いていないヤツが数人。敵意を剥き出しにして涙目で睨んでくるヤツ数人。

……おや。ボス面してたイキリ野郎がまだ膝をついていない。そして、まだ拳銃を構える気力があったらしい。

 

 

 

パン、と乾いた音が倉庫にこだまする。

 

 

 

「ッ!?うあぁっ、あっ、ひっ……!?」

 

「あーあーあー。大人しくしときゃよかったのにさぁ?」

 

ソイツが狙いをつける前に、ボクがそのエモノ(拳銃)を撃ち抜いて手から落としてやると、彼は生まれたての子鹿みたいにガクガク膝を震わせて、しまいには尻もちをついた。

 

一歩近寄る。

 

「ゲホッ、ゲホッ!ひっ……!?くっ、来るなぁっ!?」

 

二歩、三歩。

 

「やめてくれっ、命だけは……!?」

 

四、五。もう目と鼻の先だ。

 

試しにデコピンしてみる。

 

「痛っ、許しっ、頼っ、ゲホッ、ゲホッ!」

 

ヤクザのくせに。なんてザマだ。

 

「やあ、ヤクザ屋さんってのも大変だね。毎日こんなことやってんの?」

 

「ゴホッ、違うっ、違う……!やめてくれ、やめてくれ、ホンマ頼む……!」

 

「ま、そりゃそうか。どう?苦しい?」

 

「ゲホッ、ゲホッ……!」

 

「あー、うん。悪かったって。とりあえず落ち着きなよ、深呼吸……はできないか。ま、いいや。ガス食らっても死にゃしないから」

 

倒れ込んだ彼に合わせ、ボクもしゃがみ、それからマテバを顎に突きつけてやる。

 

「ワレェ、よくも……!」

 

「ね、これどう思う?……あ、見えないから分かんないか。じゃ耳の穴かっぽじってよーく聞けよ。キミの命は今、ボクが預かってんの。デカい口聞くなよ?オーケー?」

 

「くっ……!」

 

「ほら、立って。キミ、偉そうにしてたからさ、一緒に来てもらうぜ。顎に銃口突き付けてんだ、自分で歩けるだろ?」

 

煙のおかげで、他のヤクザはほとんどへばっている。

 

 

 

あっと、忘れるとこだった。

 

「アタッシュケース、アタッシュケース……あった。んー、軽いねぇ。キミさぁ、いくら持ってきたん?」

 

「……1200万だ」

 

「シケてるなぁ。まー、ヤクザにしては頑張ってる方なのかな?知らんけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

「バンが無事で良かった!ボクの予想じゃ、蜂の巣にされて歩いて帰るハメになると思ってた」

 

「……被弾はしている。六発」

 

「そっかぁ。レンタ屋さんに返す時なんて言おうか……。メンドくさいし楠木さんに丸投げしとこーっと」

 

イツキちゃんの運転で、事務所捜査チームとの合流地点へ到着した。

 

「捜査チームから連絡。無事に証拠を掴めたって。今ランデブーポイントに向かってるみたい。ボクらの方が早く着いたね」

 

合流場所は付近の立体駐車場。

DAが逃走用に車両を用意してくれたので、それを使う。

 

……代わりにバンと札束をいくらか置いていこう。後始末はなんとかしてくれるはず。

 

 

 

車から降りたボクらは、人気のない立体駐車場に自分たちの足音が反響するのを感じた。

 

 

 

「……一体何モンや、お前ら」

 

と、拉致ってきたイキリ野郎が聞いてきた。

 

「言ったろ?ナチュラルキラーだって。まー今回は殺してないけどさ」

 

そう。

DAからは「組の壊滅」を命じられただけだ。

皆殺しにしろとは言われていない。

 

「殺さなくてよかったの?」

 

「ん?そりゃあね。ヤクザの抗争とか、適当なカバーストーリーはいくらでも作れるけど、数十人も死んだら騒ぎがデカくなるしさ。……それと、先輩としてひとつアドバイスしておこう。裏社会と繋がれる人間は使いようによっちゃあDAより役に立つ。生かしておいて損はないんだぜ?」

 

「……」

 

なぜ殺さないのかと、納得していない表情の仲間たち。まー、そうなるか。

 

ボクは殺せと命令されない限りは殺さないタイプでね。完全不殺主義とはちょっと違って、不要な殺しをせずに仕事してるだけ。

 

意外とうまくいってるんだぜ?

例のニンベン師なんか、その代表だ。

リコリスの存在が表沙汰になる心配もない。なぜなら相手も裏の人間だから。

 

 

「キミ、幹部かなんか?」

 

「……若頭や」

 

「意外と偉いじゃん。女子高生三人に惨敗する割には」

 

「……頼む。冥土の土産でええから教えてくれ。お前ら一体何モンや?」

 

「それはさすがに言えないかな。それと、キミ、勘違いしてる?ボクは別に殺す気ないんだよ。むしろキミには、生きて役目を果たしてもらわなくっちゃあ」

 

「役目……?」

 

 

 

「うん。キミはこの後、自分の親父さんのとこに行ってきて。それから……組を解散させてくれる?」

 

「……何やて?」

 

「組を解散させろっつったの。ボカァねぇ、元々キミらをぶっ潰せって依頼を受けてんだぜ。殺せって言われてないから殺してないけど、別に皆殺しにしてもよかったんだよ?解散で済んでよかったじゃんか」

 

「……なあ。もし、従わんかったら?」

 

「一週間以内に組を解散させない場合、ボクが直々にキミのぽぉんぽんに風穴を開ける。それから、キミの親父さんには海の底で隠居してもらう。キミの兄弟たち全員に、お魚さんと仲良く戯れる権利をあげよう」

 

マテバを手にぶら下げてアピールする。

 

「ワシは若頭や。せやから結局、親父にゃ逆らえん。取引に失敗して、その落とし前もつけられんなんてことになったら……」

 

「は?拒否権あると思ってんの?バカなの?よく聞いてね?キミはもう死んでるの。ボクが殺した。そのはずだけど!特別に!生かしておいてあげてる。でもって、キミが親父さんに()()()取らされても、ボクには関係ない。組が解散すればそれでいい。分かる?」

 

「……」

 

「返事は?」

 

「分かった!やる!やるわ!」

 

これで組が壊滅してくれるといいが。

してくれないと、事務所にカチコミに行かなくちゃあならないからメンドくさいんだよ。

 

もともと市街地で銃撃って騒ぎを起こしたくないからわざわざ取引を持ち掛けたのに。

 

 

 

「よし、それじゃ最後に、キミの知ってることをぜーんぶ教えてくれる?……例えば、近々デカい取引があるって話、聞いた?」

 

ソイツはハッとしたような顔をして、それからおもむろに口を開いた。

 

 

 

「ああ、耳には挟んどる。なんや、えろうデカい取引があるっちゅー話や。……日本の極道もんちゃう。国境を跨ぐ組織同士が、この国で取引するらしいで。KGB崩れの混じっとるロシアンマフィアと、世界中でテロをやっとる戦争屋やと。噂じゃあ、千梃近い銃が動くらしい」

 

 

 

「……へぇ」

 

 

 

千梃、ねぇ?

 

 

 

「……分かった。ほら、もう行っていいよ」

 

銃を下げ、背中をドンと突いてやる。

 

「早く行きなよ。キミと一緒にいるところをボクの上司が見たらカンカンになるんだ。勢い余って殺されちゃうかも」

 

楠木さんの赤髪、あれ実は返り血なんだぜ。知らんけど。

 

とにかく、イキリ野郎くんはしっぽを撒いて逃げてった。

 

 

 

「……千梃かぁ」

 

「何か、問題が?」

 

「ん?ああいや、何でもない。ただ、千梃は結構多いなーって。ここ数年の押収量足してようやく届くくらいだよ?」

 

戦争屋がこの日本で千梃も銃を欲しがるってこたぁ、十中八九テロだろうね。

 

 

 

……そろそろ()()()んだな。

 

 

 

「……そんじゃ、帰りますか」

 

「ふーっ!今夜はヒヤヒヤしっぱなしだったよ!弌華ちゃん、平気でガスの中へ飛び込んでいくし……」

 

イツキちゃんが言う。

 

「でも、大丈夫だったろ?キミらがキッチリ仕事をしてくれたおかげで大成功だよ!二人ともお疲れ。今夜は大活躍だったね」

 

「いや、そんな……」

 

「謙遜しなさんなって。あれだけの大人数相手じゃ、キミらがいなきゃあボクは何もできないんだから」

 

そう言って握り拳を突き出す。

 

ノリのいいイツキちゃんが先に拳をコツンと合わせてきた。コユキちゃんも申し訳程度にフィスト・バンプをしてくれた。

 

 

 

「……さて、と。DAはどんな車を用意してくれたのかな。楠木さんが言うには、赤のスポーツカーで、車体の下にキーを仕込んであるらしい」

 

中途半端な車を用意していたらキレるぞ。

 

なんせ、DAを引退した中原ミズキでさえ、逃走車両にスーパーカーを用意できるだけの能力があるのだ。

 

楠木さんが適当な車を用意してたら、あとでたっぷり文句を言って……。

 

 

 

ん?

 

 

 

んんん?

 

 

 

ハッ、あの車は……!?

 

 

 

「ッ!?ランエボだーっ!」

 

 

 

車体カラーはレッド。2005年式だ。

鋳鉄製のハイパワーエンジンを搭載し、四輪駆動で公道を制する怪物。

ハリウッドにも出演した、古き良きスポコン魂を受け継ぐ名車である。

 

 

 

ていうか、なんでこんな車用意してんだよ!

 

「……少し目立つ車。逃走車両には不向き」

 

確かにそうだけど、まあカッチョいいから何でもヨシ!

 

 

 

「ハイハイハイハイ!ボク!ボクが運転するから!楠木さん最高かよ!っひょー!楠木さーーーん!!愛してまーーーす!!」

 




作者の車知識はホットチョコパフェレベルなので大目に見てください。

ランエボIXは、あれです。
マテバ→ワイスピ3の主題歌繋がりでなんとなく出したのと、作者が好きだからです。

許せるサスケは読んでください。
許せないサスケは里を抜けてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6:House of cards.

はい、とりあえず序章完結。
次話からアニメ本編です。

といっても、相変わらず厨二病でイタさフルスロットルでスカンピン丸出し大ボケナスな作者の妄想の結晶であるオリキャラ君視点でお送りしますので、許せる人は読んでください。

許せない人へ。私があなたたちを赦します。
悔い改めながら読んでください。


 

「しかし、千梃とは……。規模がデカいな。日時と場所は?」

 

「それはこれから調べます。しっかし楠木さんもうまいこと考えてるねー。ボクの扱い方をよく分かってらっしゃる」

 

「……もっと早くから、お前を放し飼いにするべきだった」

 

「ホントですよぉ!……上層部がボクをリコリスからDAの技術班に移籍させようとしてた時のこと、覚えてますよね」

 

 

 

つまらない話さ。

 

ボクの()()に目ェつけたイヤらしいオッサンたちが、これほどの人材が現場で犬死しちゃあ困るだのなんだのとうるさくて。

 

で、ちょっとだけ協力してあげた。

ボクから採取したサンプルをボク自身が解析したりとか、妙な経験をいろいろした。

 

結果、DAの医療は「二十年進歩した」らしいけど、さすがに誇張だろ。ボクが手ェ貸しただけでそんなに変わるか?つくづく、アランの「箔」を実感する。

 

ま、ボクはそれからも普通にリコリスとして活動してるんだけど。

 

 

 

「楠木さんでしょう?ボクがリコリスのままでいられるように話をつけてくれたの」

 

「……さて、どうだったか」

 

「なんだかんだ言って優しいですもんねぇ。楠木さんが偶に見せる甘いとこ、ボク大好きですよ。今日だって、わざわざ直接会って話すために、こーんな小洒落たカフェに来てくれたんだから。テラス席、楠木さんにはちょっと似合わないかなぁ?ま、いいや。それより、もちろん奢ってくれますよね?」

 

「……相変わらず生意気な口だな」

 

「えへへ、どーも」

 

褒められちゃった。

 

 

 

「……でも、時と場合によっては、ボクは口を噤むことだってできますよ?というわけで、ここでの会話は口外しませんので、少し聞いていいですか?今回の作戦について少し気になることがあるんで」

 

「……何だ」

 

「作戦を極秘にした意図ですよ。楠木さん、貴女は人情味のある人だ。しかし、だからといって組織の不利益になるようなことはしない。極秘にする理由があるはずだ。……なんとなく、見当はついてますけど」

 

 

 

いよいよ「リコリス・リコイル」が始まる。

 

頬を撫ぜる春の風、ぽつぽつと芽吹き出す桜。

 

それから、この街のどこからでも見える、634mの巨大な鉄塔。

 

 

 

こないだ、とある指定暴力団が突如として解散宣言を発表したとのことで、ちょっとばかし話題になった。

 

どこのマスコミも、そういったニュースは泰平の世の素晴らしさをいっそう知らしめるものであるとして取り沙汰する。

 

 

 

平和の裏で、血生臭い事件が毎晩起こっていることも知らずに。

 

 

 

「……極秘にした意図、か。私の口からは言えないな。だが、お前が勝手な想像をしようとも、それを咎めることはできない。あるいは、正解に辿り着いているとしても、だ」

 

「ふぅん?そうですか。まあそうですよね。教えていただきありがとうございます」

 

 

 

千梃の銃取引。

 

つまり、リコリコ第一話の、あの取引だ。

 

全てが……ボクの知る「リコリス・リコイル」の全てが、そこから始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

楠木さんとの会合を終え、ボクはセーフハウスにて寛いでいた。

 

下着は人に見せるべきではない、と先日言われたけども、クセなんだよねぇ。部屋着はやっぱりトランクスがいい。

 

女物だったらまだ救いがあったかもしらんけど、ボクの履いてるヤツは黒地の男物。安かったし、ゆるっとしてて履き心地いいし。

 

 

 

「……どうしよ」

 

ソファに寝転び天井を見つめながら考える。これでもマジメに考えてるぜ。

 

 

 

……この件は相当に裏がある。

しかし、下手に首を突っ込むとサードちゃんに矛先が向きかねない。

 

「……チャームはそこそこ可愛いよなぁ」

 

 

 

実際には可愛げないけどね。アラン機関。

 

ヤツら、とっくの昔に動き出してる。

ボクがDAに入る以前から、繋がり自体はあったんだろうな。

 

 

 

アラン機関は才能を支援する。

才能とはすなわち神からのギフト。どんなものであれ、尊ばれるべきものである。

それがヤツらの理念だ。

 

たとえ「殺し」の才能であっても、それが神からのギフトである以上、必ず支援する。

 

その才能を守り、世界の進歩に活かすためならば、いかなる手段も問わない。

 

 

 

それこそ、テロリストに千梃の銃を提供したりとか。

 

「……絶対そうだよなぁ」

 

今回の取引にはアランが関わっている。なぜなら、アランチルドレンを援助するためだ。

 

ヤツらは支援した人間が何をしようとも、才能を活かしている限りは決して咎めない。

何人殺めようと、いくら破壊しようと、それが才能によるものであれば。

 

ま、いわゆるカルトだよな。

タチが悪いのが、世間には実態を知られていない上、「才能」を悉く抱え込んでいるので、おそらくは世界を裏で牛耳るだけの力を備えているということ。

 

ケンカ売っていい相手じゃあない。

 

そんなヤツらが、「テロリストとして活動するアランチルドレン」のために、千梃の銃を用意したんだ。

 

 

 

「……楠木さんは気付いてるのか?」

 

改めて考えれば、ボクが調査に駆り出された理由は「信頼できる情報筋」からのタレコミだ。

 

アランの関わる一件で、それほどに確かな情報源があるとすれば、アラン自身しかない。信頼できる情報筋、というのは、アランのことなんだろう。

 

DAにわざわざ情報を流した?何のために?

 

 

 

「……狙いは、ボクか?

 

そもそも、銃取引の内容をDAに知られることが、アランにメリットをもたらすとは思えない。

……ボクの存在を除けば。

 

具体的なメリットは分からない。しかし、ボクという存在がこの先どうなるかはボク自身も知らない。

 

ボクに何か使命でもあるのか?

才能を活かしていないと見做されたか?

 

とにかく、ヤツらが取引の件でDAにアプローチをかけた時点で、ボクに関係があるのではないか、と疑うことはできる。

 

根拠はない。ないんだけど、何だろうか。

イレギュラーに対する恐怖?あるいは()()()()?とにかく、不安だ。

 

ボクはリコリコ世界においては存在する意義のない人間である。それは知ってる。

 

その上で、生意気にも傍観者になりたくて、リコリスになっちゃったわけだ。

 

さてさて、アランの介入が疑われる事態になった理由を、ありがちかつ当たり前な言葉でまとめてみようか。

 

バタフライエフェクト。

うん、これだろ。間違いない。

 

……リコリコのストーリーが崩壊しなけりゃいいけど。

 

 

「……なんでかねぇ」

 

なんでかって、そりゃつまり、ボクがここにいる理由だよ。

 

 

 

突然、運命論的な思考をしたくなった。

 

ボクは何のために生まれ変わった?

……答えは出ない。でも、時々そういうことを考えてしまう。意味なんかないのにさ。

 

で、キリがなくなる前に、ボクはいつも思考のスイッチを切り替えることにしている。

 

好き勝手やりゃあいいじゃないか。

ボクには、運命を「ようし、来い!」と受け入れる器がないんだ。

 

だから、自分のやりたいことをやる。

そうだろ?なあ、蘇芳弌華?

 

 

 

今はとりあえず、アランだ。

ヤツらがボクの知らないところで何をしようとも知ったこっちゃないが、ボクやサードちゃんたちに関わってくるようだったら潰す。

 

 

 

 

 

 

 

 

楠木さんたら、ひどいよ。

例の取引の調査が相手にバレた場合、被害を最小限に抑えられるよう、ボクとサードちゃんたちを左遷した。

 

だけど、それ以上に良い選択を探すには時間も人手も足りない。

 

なら、給料分の仕事はしてやらないと。

いやまあ、活動費しか貰えないけど。

 

 

 

……実は、もう四月だ。

思ったより調査に手間取ったが、ようやく手掛かりを掴めたんだ。

 

素早く行動しないと、本編が始まってしまう。

 

 

「……国内のロシア系組織で、銃千梃を捌けるデカいのとなると、候補は絞れる。てなわけで、大使館を何日かマークして、ようやく釣れた。ソ連時代の軍人が混じってるって聞いたから、役人にコネがあるんじゃないかと睨んだらドンのピシャだったぜ。どうやら百人以上の構成員がいる組織で、都内にアジトを複数持ってる」

 

全員をリビングに集めて説明する。

 

皆でカメラを仕掛けたりドローンを飛ばしたりして手掛かりを掴んできたんだ。

優秀な仲間を持てて幸せだよ。

 

 

 

……さて、どうしたものか。

 

リコリスとして任務を任された以上、全力で臨むべきなのだろうが、こればかりはなぁ。

 

この銃取引が()()してくれないと、リコリコのストーリーが始まらない。

 

アニメじゃ、DAは偽の情報を掴まされたあげく、ラジアータにハッキングを仕掛けられて取引阻止に失敗していた。

 

現場のリコリスに非はないにもかかわらず、楠木司令は上層部の指示を受け失敗の原因を「現場にいた井ノ上たきなのスタンドプレー」ということにし、彼女を本部から転属させる。

 

いちオタクとしては、その結果ちさたきが拝めるんで、ようやった楠木ィ!と褒めたいところではあるが。

 

 

 

気になるのはアラン機関だ。

 

いや、どうすんのさ、ホント。

 

このままじゃボク、普通に取引の正確な情報掴めちゃうけど。

 

「……相手も取引前でピリついてるだろうし、迂闊に近づいちゃマズい。ひとまず、当たりを引けそうな()()()()()()()にフォーカスして監視を続けよう」

 

大規模な銃取引がどこで行われるか考えるとき、普通は広くて人気のない上に船を使える港付近が怪しいと考えるだろう。

 

実際には廃ビル、それも六階で取引されるのだけど。

 

とにかく、たった五人で攻めると返り討ちをくらうこと間違いなしなので、しばらく様子見。

 

何より、アランの様子が気になる。

 

彼らはボクの敵か味方か、サードちゃんズに危害が及ばないかどうか。見極めるぞ。

 

「よっし!それじゃ、お堅い話は終わり。ボク今からコンビニ行くけど、なんか要るものある?」

 

「……」

 

フルフル首を振るコユキちゃん。

 

「私も特には」

 

「アタシもー」

 

「おれも。行ってらっしゃい、弌華さん」

 

「おおぅ、なんだよ、皆マジメだなぁ。こうなったら意地でも何か買ってくるからな!せいぜい楽しみにしているがいい……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホットスナック……。買っても食べないんだよなぁあの子たち。今日こそは食わせてやるっ!」

 

フライドチキンやホットドッグじゃ厳しいかもしれないが、炭火焼きとりかわタレ味の匂いをたっぷり嗅がせてやればさすがに堕ちるよな。

 

ふんふん鼻歌を歌いながらコンビニを出たところ、ポケットがプルプル震えだした。

 

「……電話?」

 

リコリスにはスマホが支給されるが、連絡先を知るのは基本的にDA関係者のみだ。

 

……知らない番号。とすると普通は間違い電話、ということになるが。

 

 

 

「……もしもし?」

 

 

 

ようやく話せたね。弌華ちゃん……

 

 

 

「……誰」

 

 

 

『さて、それは私の口からは言えない。しかし君は私の話を聞かなければならない』

 

 

 

「そうらしいね。それじゃ、とりかわが冷める前に済ませてくれる?」

 

 

 

『分かった。では、君に一つ頼みがある。もちろん聞いてくれるだろう?』

 

 

 

「いいけど、代わりになんか奢ってよ」

 

 

 

『……頼みについてだが。君には、近々行われるちょっとしたパーティへの招待状を受け取ってほしいんだ』

 

 

 

「おーういぇっ、パーリピーポッ!楽しそうじゃないの。ぜひ行きたいとこだけど、そりゃどんなパーリーなん?」

 

 

 

『才能豊かで志のある若者たちが集うパーティさ。君のような、ね』

 

 

 

「……」

 

 

 

『君の行く末は君自身が選び取る。己の内にある声に従うんだ。我々は君の内面をよく把握しているよ。その上で電話をしているのだということを忘れないでくれ。招待への返事はいらない。君の意思は君が行動することで示してくれ。……君が今調べている一件は、こちらで受け持とう。もう情報を入手せずとも結構だ。あとは()()べきことを()()んだよ。弌華ちゃん』

 

 

 

「……うっさいなぁ」

 

 

 

『別れの挨拶がそれかい?フフッ、随分良い性格をしている。……では、さようなら』

 

 

 

………………。

 

 

 

ボイスチェンジャーを使っていたが、電話口の男が誰だったかは分かる。

 

吉松シンジ……

 

ああ、なるほど、そう来たか。

 

直接電話してくるなんてよほどのことだ。

アランの人間は、支援した者と接触してはいけない、という掟があるはず。

 

それを差し置いてもボクと話したい理由があったのか?何のために?

 

……今、考えても答えは出ない。

 

唯一分かるのは、アランの用意した舞台で踊らなきゃ、ボクの人生は惨めに幕引きを迎えるってことだ。

 

 

 

なんなんだよ。

 

一応さぁ、ボクにも矜持というか、ポリシーみたいなものがあるんだよ。

 

再三言ってるけど、好き勝手したいんだ。

生まれ変わってすぐ、ボクは他人の身勝手な事情に振り回されて死にかけた。親の顔なんて知らないが、どうせロクな人間じゃない。

 

ソイツのせいで、ボクは後遺症も患った。けど、アランに拾われて、ボクは新しい命を得た。

 

かといって、アランのために働くことだけはしたくない。あんなカルトに加わりたくはない。

 

……だけども、ボクが好き勝手な道理で考えて選ぼうとしている道が、アランの用意した筋道なんだ。

 

今アランに手を出したところで、勝ち目がない。彼らの思惑通りに事を進め、ひとまずは凌がなければ。

 

……反吐が出そうだ。ヤツらの舞台に進んで上がろうとしている自分自身に。

 

そうなるようにアランが仕向けているのもあるだろうけど。ヤツらがボクの気質を知ってるせいで、行動と心理を読まれた。

 

でも、最後に決断するのはボクだ。

()()べきことを成そう。

 

 

 

ああ、よかった、とホッとしているボクがいる。つまり、取引の成功が意味するところはリコリコの物語の始まりであり、ちさたきが拝める、ということである。

 

どうも傍観者気分が抜けない。

それって良くないよなぁ?自分でも分かってるさ。今のボクは相当なクソだって。

 

 

 

…………。

 

 

 

……惨めな死はもう勘弁なんだよ。

()みたいなバカはもうやらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

炭火焼きとりかわタレ味は冷めなかったけど、自分の分を食う気が失せちゃって。マシロちゃんがまるで罪を犯してしまったと言わんばかりの顔で食べてくれたのは嬉しかった。

 

ただそれから、ボクの目に陰りがあることに気付かれてしまって、心配はいらないと伝えたけれども、なかなか信じてもらえない。

 

「大丈夫だって。あーっと、ほら。最近調査の進展がないからさ、ちょっと気になって考え込んじゃってるんだよ。いやぁゴメンね、ボクがこんな体たらくで……」

 

「弌華さん。絶対何か隠してるよね」

 

「そんなことないヨ?」

 

くそ、こりゃ隠しきれないな。

 

 

 

「……おれたちのことを信用してない?」

 

違う!……信じてるよ。今んとこ、誰よりも信じてる。ただ、これはボクの個人的な用事なんだ。キミらを巻き込みたくない」

 

「任務の円滑な遂行のために、チームの全員が良好なコンディションを保つため協力し合うべき……だと思う」

 

「そう、その通りだ。だからこそボクのことは気にしなくて良い。キミらがそれで何か気を病んじゃあ意味ない。だろ?」

 

「悩みの種はおれたちに何か関係が?」

 

「や、ないよ!お願い、分かってほしい。時期が来たら話すから、ね?」

 

「……今、おれたちが手伝えることは?」

 

 

 

すぅ、と一息入れる。

 

「……何でもいい。とにかく、居てくれるだけでいい。こんなボクのことを嫌いになってもいいからさ」

 

「え……?」

 

「ゴメン、ホントに。ちょっと頭ん中がごちゃごちゃで。言いたいことが多すぎて、言の葉から茎から根っこまで、絡まってる」

 

全てバラせば楽になるだろうが、もちろんそれはできない。

 

ああ、足元が覚束ない。

アランも、DAも、全部クソッタレだ。

 

とうに壊れてる足場の上で、なんとか延命しようと必死こいてるヤツらで溢れかえっているのが、この世界の実態だ。実際、バランスが悪いのは確かなんだよ。

 

ボクも含めて。

 

もはや継続不可能な理想を「現実」と称して、あたかもそれが当然であるかのごとく、必死に上辺を取り繕っている!

 

 

 

そんなんだから、今のボクはとてつもなく不安を感じている。

 

自分自身とは、不安定な存在である。

 

アランは気に食わないが、ボクだけの力じゃどうにもできない。けどボクが原因で始まったいざこざはボクだけで何とかしなくちゃ、リコリコの世界はおかしくなる。

 

決めた。いつかヤツらを潰す。

そのためにも、今は我慢だ。

 

 

 

好き勝手したいとほざいておきながら、そのために自分を縛る必要が出てきた。

 

……ハッ、ありがちな話じゃないか?

 

自由とはつまり、自分の意志で行うこと。

自分を律する、自分に不自由を課す、そのこと自体が、自由意志の証明になる。

 

ボクは、そういうの苦手なんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

 

DAから指令があった。

 

例の取引の場所と時間が、匿名のタレコミによって判明したらしい。

 

それから送られてきたデータには、見覚えのある廃ビルの画像と、取引の行われる日時が示されていた。

 

 

 

──取引は、一時間後。

 




デカい皿にちょこんとのってる小綺麗なフレンチと、深夜に食うコンビニのチキンだったら、後者の方が美味いですよね。

え、そんなことない?
冗談はよしてくださいよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Easy does it
7:What will be,will be.


オリキャラやモブリスちゃんの名前は、例によってボタニカルネームです。

とはいえ作者は食用菊とタンポポの違いも分からないアホなので、全部ググって適当に名付けました。


「一時間っ!?そんなっ、今から出動して間に合うの……?」

 

「間に合うことには間に合う。……DAもすっかり後手じゃんか。匿名のタレコミだ、なんて言ってるけど、おそらく『信頼できる情報筋』からだろうね」

 

アランに頸動脈を握られている今、迂闊に彼らを刺激できないからな。

 

「とりあえず楠木さんから借りパクしたエボちゃんで向かおう。さあ行こうか同志諸君!撃鉄を起こせ!

 

 

 

制服に身を包み、濡鴉の髪をポニーテールにしてまとめ、ローファーに足を通す。マテバをそっと撫で、シリンダーに弾が入っているか確認。鞄のホルスターに仕舞う。

 

 

 

「……テンション高いね」

 

当然だとも。

 

街に蔓延る犯罪者、アランの息がかかったテロリスト……。相手しなきゃならないヤツらは山ほどいるし、状況は今のところ好転していないけど、唯一楽しみなことがある。

 

 

 

リコリス・リコイルが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

廃ビルの六階にて行われる銃取引。

そこで、全て始まる。

 

 

確か……。蛇ノ目エリカ、だったかな。

敵との交戦で、相手に捕まってしまうリコリスの子がいるんだ。

 

そんで、彼女が敵の手に落ちるころ、DAの高性能AIラジアータがハッキングされる。

 

本部と連絡が取れなくなったリコリスは、膠着を余儀なくされるんだよな。

 

 

 

そこで立ち上がるのが、我らが主人公。

井ノ上たきなちゃんである。

 

彼女は司令部の待機命令に従わず、仲間を救うためにPK機関銃をぶっ放すのだ。

 

結果エリカちゃんは助かるものの、指令を無視し、仲間を自らの弾幕に晒したことを咎められ、たきなちゃんは処分を受ける。

 

 

 

喫茶リコリコへの左遷。

錦糸町にあるDAの小さな支部に、彼女は飛ばされてしまうわけだ。

 

そこから先は語るまでもない。

最初はDA本部に戻りたがっていたたきなちゃんが喫茶リコリコに馴染んでいったり、普通の女の子としての生活に慣れていったり、とにかく、リコリコの尊い物語が始まるんだよねぇ。

 

 

 

……今重要なのは、取引の流れだ。

 

ボクが記憶の海を探ってアニメの記憶を思い出したのは、これからの行動の参考とするためだ。

 

「……よし、着いた。これから現場のリコリスのアシスト役として、カスどもをぶちのめす。今回は取引に直接関わる人間以外は殺すように指示された」

 

目的地のビル付近の裏路地にて、ボクたちは段取りを軽く話し合うことにした。

 

「……司令の指示だ。ボクらは直接取引を制圧するんじゃなく、周囲の警戒にあたる。アルファからデルタまでの制圧部隊が取引を直接襲撃。ボクらは後方支援ってわけ。商人は捕縛するけど、下っ端は殺せってさ。つまり、サーチアンドデストロイでいくよ」

 

こういった大規模作戦の際のサードリコリスはふつう、先遣隊みたいな捨て駒の仕事か、重要度の低い仕事を任される。

 

前線で任務の遂行にあたるのはファーストやセカンドの仕事だ。

 

「おそらくボクらが突入することはない。例の極秘作戦とこの銃取引について、一番情報を知っているのはボクたちだけだ。少なくともこの件が終わるまで、命の危機に晒されないようDAが計らうだろうね」

 

前線に出て撃たれでもしたら、DAが現状持っている最有力情報源が消えてしまう。

もちろん、ボクもできるだけの情報は報告したよ。ただ、現場のディティールを知ってる人間がいなくなるのが大ダメージってことに変わりはない。

 

 

 

「……少し、気になることがある」

 

「ん?」

 

口を開いたのはコユキちゃん。

 

彼女はサードちゃんたちの中じゃ物静かな方で、自分から意見を出すことは珍しい。

 

つまり、彼女が自ら発言するほどの、何か重大な事柄があるというわけだ。

 

「……千梃の取引が、廃ビルの六階で行われるのは、普通に考えておかしい。荷物を運ぶ手間や、万が一情報が割れたときの対処などを考えると、港の倉庫などで取引した方が効率的。……なのに、ここで取引してる」

 

 

 

「イイトコ気付くね、コユキちゃん。その通りだよ。この取引は何かおかしい。そもそも、これだけ大規模な取引の情報を、DAが一時間前にようやく掴めたってとこからおかしいんだ。間違いなく裏がある」

 

普通、匿名のタレコミ情報を信用するか?

 

とにかく、取引にはアランが関わっている。

アランが手頃なロシアンマフィアを唆したのか、組織自体にアランの息がかかっているのか、何なのか。

 

とにかく、敵は入れ知恵されてるはず。

 

 

 

「……こちらの動きが漏れている?」

 

マシロちゃんが呟く。

 

「おぉ、あり得るね。となると、リコリスを誘い出して叩くこと自体が目的の可能性だってある。常に最悪のパターンは考えておこっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

ビル内にエントリーしたが、目的の六階以外には大して気配がない。

 

他のリコリスは、現場に突入するため既に上階でスタンバッてる。

 

「……避けて通れないカメラは壊しときなよ。ボクたちがここにいる痕跡を残すんじゃあない。狙われてる可能性が少しでもあるうちは」

 

 

 

「了解っ!」

 

マシロちゃんのグロックが、ボクたちを捉えようとしていた監視カメラを撃ち抜いた。サプレッサーによって低減されたガス燃焼の音は、カメラの破壊音にかき消される。

 

「せんきゅ、マシロちゃん」

 

ボクのマテバにはサプレッサーが付けられないんで、リコリス本来の仕事であるステルスをこなせない。

 

……というのはかなり語弊があるか。実は、ボクは暗殺が得意だ。銃が使えなくても、ターゲットに近づいて毒を盛ってやればいいだけだから。

 

これから大規模テロなんかのデカい犯罪を計画している人がいるなら、少しアドバイス。

 

小腹が空いたらピザでも頼め。

TTXとアコチニンをサービスでトッピングしてくれる店員がいるって噂だ。

 

っと、思考が逸れた。

 

リボルバーは発砲音を軽減できない、それが問題なんだよな。

 

銃の消音は、発射時に燃焼するガスが急激に膨張することで起こる破裂音を軽減することで行なっている。オートであれば、ガスは銃口からしか噴き出ないんで、そこに減音器を付けるだけで膨張の衝撃を吸収できる。

 

リボルバーがサプレッサーを使えないのは、ガスが銃口以外からも漏れ出るから。

シリンダーとバレルの隙間、いわゆるシリンダーギャップがあるせいで、そこからガスが漏れる。

 

そのためマズルに減音器を付けても大して意味がない。漏れるガスには指が吹っ飛ぶくらいの威力があるので、相当の衝撃波を放っているというわけだ。

 

隙間から漏れるガスを封じ込める機構を有するリボルバーもあることにはあるが、ごく一部だ。

 

 

 

……やっぱりオートの銃を用意しておくべきだろうか。

 

前提として、ボクは三度の飯よりロマンが好きな(タチ)なんだ。四六時中撃ちまくる仕事をしておきながら、使っているのはリボルバー、それもオートリボルバー。

 

自動式と回転式双方の良いとこ取りをした結果、悪い部分が目立っちゃった銃。頭は良いが運動オンチのママと、身体能力は高いがオツムの弱いパパから生まれた、のび太君みたいな銃だ。

 

だが、のび太君だってやる時はやる男だ。

頼りないように見えても、ここぞという時に活躍できるポテンシャルがある。

 

マテバも同じなんだよね。

 

のび太君にしかできないことがあるように、マテバにしかできないことがある。

 

 

 

ともかく、そんじょそこらの銃と比べても、マテバのロマンは一線を画す。

 

 

 

「っ!三時の方向!一人!」

 

おっと、これから話の山場だったってのに、間が悪いな。

 

だが逆に丁度いい。.357マグナム弾の素晴らしさを教えて進ぜよう。

 

 

 

ボクらは今T字路に差し掛かったところで、敵の姿が見えたのは右側の通路。奥の角を曲がったところに確実にいる。

 

「……後ろは任せたよ!」

 

言うやいなやボクは駆け出し、同時に二発の弾丸を敵が潜んでいるであろう壁に撃ち込む。

 

乾いた音が響く間に、ストライドを広くとりつつ走り込み、敵との距離を縮める。手を伸ばせば角に触れる位置まで来たが、敵には悟られていない。

 

さて、ここから顔を出せば間違いなく敵がいると分かっている以上、焦る必要はない。

 

グリップを握り直し、息を吸って。

 

 

 

覗き込んだ瞬間、約1.5mほど離れたあたりに男が一人。

 

.357マグナム弾はコンクリートも砕ける高威力の弾丸だ。さっき撃った壁の破片に当たらないよう距離を置いた、ってとこかな。

 

ボクがここまで覗きに来たのは予想外だったらしく、銃は構えていなかった。

 

だから、もう終わりだ。

 

 

 

「ヴッ……!?」

 

 

 

アッパーフレームが反動を受け止め、銃身はわずかに跳ね上がる。

 

 

 

撃ったのは一発だけ。

 

マテバなら、それでいい。

 

重度のヤク中でもない限り、マグナムを喰らって動けるやつはいない。

 

 

 

一発だ。一発当たればそれで終わる。

 

「……ァ」

 

弾は腹部に命中。

何か重たいものが倒れ伏す音と、気道に溜まっていた空気が抜ける音が耳に届く。

 

 

 

アスタ・ラ・ビスタ(地獄で会おうぜ)、ベイビー。んー、生まれ変わったら良い夢見ろよ?」

 

 

 

安心してくれ、死神は優しいぞ。

善悪を区別することすらせず、全ての存在を平等に扱ってくれる。

 

 

 

「……グリーン」

 

クリアリングが完了したことを仲間に伝えてから、シリンダーをスイングアウト。空薬莢を三つ抜きとる。

 

あ、そうそう。リボルバーのいいところだけど。

オートに比べて熱が籠らないから、こうして撃った直後の薬莢を手で掴めるんだ。しかも排莢が手動だから、薬莢が散らずに済む。掃除係の人にも喜ばれるぜ。

 

 

「弌華さん。リボルバーを持ちたいのは分かったけど、やっぱり実地で使うのはグロックにした方がいいと思う。リロードも素早く終わるし……」

 

 

 

やかましい!

 

「えぇ……」

 

リコリスの鞄はマガジンを収納することができる。リロード時にはそれらを素早く取り出せるよう、専用のスペースが設けられている。

 

そう、マガジンしか収納できないのだ。

 

リボルバーはマガジンを使わない。

シリンダーに一つ一つ弾を込めるか、あるいはスピードローダーなどを使用するか。いずれにせよ、オートのようにマガジンを入れ替えるだけでフル装填、なんてことはできない。

 

さあさあ困った、と慌てなさんな。

リボルバーの使用にあたって、弾の携行をどう行うべきか迷った時、またしてもロマンがボクを導いてくれたのだ。

 

それすなわち、カートリッジホルダー。

 

ボクは、剥き出しの実包を18発携帯できるホルダーを、右太ももに巻き付けている。

 

ちなみに左太ももにはスピードローダーの入ったポーチ。

 

両太ももにロマンが巻き付いてる。

 

太ももだぞ?意味わかるか?

 

古来より人類が追い求めて止まない絶対領域!桃源郷への扉!それが太ももなのだよ!

 

スカートの中に手を突っ込み、そこから三発の弾をゲッチュゥ!

 

じゃ、挿入(いれ)るよ……。マテバちゃん……!

 

不思議だ……!この緊張感ッ!マグチェンジでは到底味わえない……!

 

「あの、弌華さん……?」

 

んっ、んんっ……!クッ、クククッ、クフフフフッ……!

 

ボクのリロードはレボリューションだ!

 

「装填完了!ヨシ!」

 

見たか。ボクの無駄に洗練された無駄のないリロードを。

 

 

 

リボルバーのリロードは隙だらけだ。

銃口の狙いを敵から外さなければならない上に、弾を込めるのにも時間がかかる。

 

 

 

だがそれがいい。

 

 

 

その隙が、その休符が、ボクの人生に命を吹き込んでくれる。

 

 

 

人を殺すことに快楽は覚えない。

 

だが同時に、ボクは銃を撃ったときの感触を忘れられずにいる。病みつきなんだ。

 

放った弾が人の命を奪おうが、ボクは引き金を引き続ける。

 

 

 

……快楽ではないが、ある種の依存だ。

 

殺すたび、喉に手を突っ込まれたようなショックを受ける。

 

だけども、死の臭いがする場所にいると、それ以上に生への充足感が湧き出てくる。懐かしさすら覚える。

 

自分のための殺しはしない。ボクはあくまでも「銃」そのものだ。

 

殺しに関して、ボクはボクなりのポリシーを持っているが、つまるところ、それは命の価値を推し図る行為に他ならない。

 

だからどうした?って感じだけど。

 

世界に平等をもたらす存在は死神を置いて他にいないのだ。ボクの課す不平等は、どのみち死によってでしか覆されない。

 

 

 

殺すのは好きじゃないが、この仕事は続けたい。

 

アンビバレント?

これっておかしいかい?

そんなこたぁないだろ。

 

2たす2は5だぞ。

 

 

 

「……じゃ、先進もっか」

 

今はとにかく、給料分の仕事をしよう。

ま、貰ってないんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……六階以外、もぬけの殻?」

 

「五階まで確認してんだから、そういうことになるね。とすると、さっきボクが倒したヤツが入口の見張り番かな」

 

「……音を立てての交戦は少々マズかったのでは?」

 

「そう?どっちみち、ヤツらは最初(ハナ)からこっちをハメる気でいるだろうし。今さら銃声鳴らしたとこで何も問題はないって」

 

ぶっちゃけボクは作戦の成功を願っていないので、かなり適当に行動している。

 

しかし、スリルと引き換えに給料分の仕事はしてやるつもりである所存、チームリーダーであるボクには、司令部に現場の状況を知らせる義務が発生する。

 

「へい司令部!こっちは終わったよ!……司令部ー?おーい?あっれれー?おかしいぞー?」

 

「……何か問題が?」

 

「んー。DAが通信不良になるってこたぁ、ラジアータ絡みのトラブルだね。……ふーん、もうそんな時間か

 

「え……?」

 

「あぁ、いや。とりあえず様子見しよっか」

 

「様子見って……。そもそも、ラジアータにトラブルが起こるなんて、あり得るんですか!?」

 

「DAのこと買い被りすぎだよアオイちゃん。ラジアータはただのAIだ。シンギュラリティには程遠い。国内のインフラや監視カメラなんかをほぼ掌握してるとはいえ、決められた範囲の思考能力しか持ち得ない」

 

ラジアータの目的は犯罪の防止。それ以外に視野を向けられない。高性能だなんだと上層部は言っているが、ラジアータは決してチューリングテストに合格できない。

 

要は、我々人間が一般に使う意味での「思考」を行っていないんだ。あらゆる犯罪に関するデータを集積、解析し、「考え得る」最適な答えを導き出すAI。それがラジアータ。

 

「その気になればクラッキングを仕掛けられる人間は、この世に一人だけいるだろうねぇ。ソイツはきっと気取らない哲学者さ」

 

AIと人間についてあれこれ考えたところで答えの出せないボクとは違い、ラジアータに仕掛けて無事で済むような凄腕は、きっと頭が良くて、論理と非論理をうまく使い分けられる天才に違いない。

 

 

 

……さて。

 

 

 

時間が経つのは早いねぇ。

そろそろ来るんじゃなかろうか。

 

 

 

「ッ!?何、これはッ──!?」

 

 

 

凄まじい破裂音が、ビル中に響き渡る。

 

 

 

分間650発の悪魔が肉塊を量産する様が、目に見えずとも浮かんでくる。

 

7.62×54R弾の薬莢が落ちる音。

下の階からじゃ聞こえないが、ボクにははっきり分かる。

 

 

 

リコリコ、始まったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

それで。

 

あの後、どうなったと思う?

 

任務が終わったあとさ。

 

 

 

サードちゃんたちは、サードちゃんじゃなくなったんだよ。驚くべきことに、ね。

 

「ちょっと生地が新しくて、慣れないな……」

 

モジモジするマシロちゃんは可愛いな。

()()()()の制服に身を包み、胸元のリボンなんかを手でいじっている。

 

他の子も同様。

 

……アニメの流れと早くも矛盾が発生した。

 

ボクの行為の結果であることは間違いない。

 

だけども、これに関しては嬉しいね。

彼女たちが「死」から遠ざかったのが分かる。

 

「昇進おめっとさん。ホントにめでたい。めでたい組織だよウチは。ポーン(サード)ルーク(セカンド)の違いも分かっちゃいないくせに、キミらの有能さを知った途端これだもんねぇ?」

 

「弌華さんってば……」

 

「わーってるよぅ。冗談だって。キミらはもとよりサードの中じゃトップクラスだったらしいじゃない?んで、今回の任務で場数を踏んだと判断されたのかな。なんだかんだ言っても、自分のことのように嬉しいよ。友だちが昇進したってのは」

 

「……ありがとう。一ヶ月ちょっとの間だったけど、弌華さんにはいろいろと世話になったよ。()()()()()()()けど、これからもよろしく」

 

「……そうだね。ボクもキミらに教わることが沢山あった。今後はトランクスで外出を試みるのはやめておく」

 

彼女たちからは大切なことを教わった。

 

下着姿で外に出ると捕まるって知ってた?

平和な日本を守るためには、公然わいせつ罪は決してあってはならないのだ。

 

 

 

「……そんじゃ、ボク楠木さんに呼ばれてるから。またねー!」

 

「うん、また!」

 

サードちゃん……いや、今はセカンドちゃんか。うーん、どうにもしっくりこないな。

そもそも、階級で呼ぶってのもなかなかに妙な感じがするな、今更ながら。

 

チームメイト、仲間、ダチ、マイメン……?

マイメンはないな。さすがに。

 

まあいいや。皆、友だちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ?本気ですか、楠木さん」

 

「ああ。先んじて情報収集を命じていたお前が失敗したことで、DAは取引を押さえられなかった。よって、責任を取る形で、お前には新たな出向先を命じる」

 

 

 

「……それが、喫茶リコリコ?

 

「ああ。ベテランの元教官、元DA情報部……。それと、当代最強のリコリスがいる、錦糸町のDA支部だ」

 

知ってるよ。

 

……まじかぁ。そういう流れかぁ。

 

「ミカ……。リコリコの店主を務めておられる人だが、彼はプロフェッショナルだ。あらゆる戦闘技能に精通し、バックアップの腕も一流。問題児のお前にはもったいないくらいの上司だな」

 

それも知ってる。

 

「中原ミズキ。彼女は……。まあ、仕事は手際よくこなすタイプだ」

 

知ってるよ。

あと楠木さん。ミズキさんが酒浸りの行き遅れ残念美人だからって、言葉を濁したな?

 

 

 

「それから、錦木千束。十年前の電波塔事件を解決に導いた伝説のリコリス。他のリコリスを全てぶつけても決して倒せないほどの腕の持ち主だ。性格はお前とよく似て生意気だがな」

 

うん、めちゃくちゃ知ってる。

なんならボクは千束ちゃんのファンだ。

 

あーあ、なんだかカオスになってきたぞ?ボクがリコリコに転属だなんて。天地がひっくり返ったかと思ったよ。

 

 

 

……何か、取り返しのつかないことは起こってないよな。

 

例えば、ボクの転属によって、たきなちゃんが千束ちゃんに巡り合わない……なんてことがあったら大変だ。

 

 

 

「……それと、今回転属するのはお前だけではない。先日の一件、最終的に武器商人が全員死んだことは知っているな?」

 

「……ッ。ああ、聞いてますよ。確か、セカンドの子が臨機応変な対応で仲間を救ったとか」

 

「命令違反、無許可の発砲。当然許される行為ではない。武器商人から情報を得られなかったのも痛手だ。それら失態の責任は、当該のリコリス、井ノ上たきなのスタンドプレーにある。よって彼女は今後、喫茶リコリコに異動となる」

 

「まー、確かに人質取られてマシンガンぶっ放すのは大分ヤバいけどさ。彼女は味方を助ける自信があったからやったんでしょ?武器商人が死んだのもその子のせいじゃない。銃弾避けなかった相手が悪い」

 

楠木さんはボクに背中を向け、窓の外を眺める。それから小さなため息をついた。

 

「冗談はよせ。……組織の存続のため、真実を隠さなければならないときもある、ということだ。ラジアータに異常が発生したのも、あくまで一時的な技術的トラブルだ」

 

 

 

「道理は解るけど納得はしてない、って感じですかね。奇遇だなぁ、ボクもそうですよ」

 

たきなちゃんのやったことは、組織として到底許されるものではない。今回はたまたま味方に損害が出なかったが、例のマシンガン乱射を是としてしまうのは結果論だ。

 

まあ、ボクも他のリコリスとは戦術の毛色が違うせいでスタンドプレーが多いから、あまり他人に言えないんだけどさ。

 

 

 

……ボク個人としては、スタンドプレーこそが組織を生かす手段だと思っている。

 

組織の方針に背くヤツはいわば「突然変異体」だ。それが禍となるか福となるかは分からないが、組織の生存には確実に繋がる。

 

画一化された集団は、常に一つの要因で滅亡する可能性を孕んでいるからだ。

 

 

 

いつだったか、ボクはマテバに救われたことがある。

 

任務中、死角から掴みかかられて、銃を持った手を押さえられたんだ。

 

ソイツはすっかり自分が優位だと思ってたけど、残念ながらそうじゃなかった。

 

そのアホは、撃鉄ではなくシリンダーを押さえてたんだ。

 

 

 

ソイツにとっての唯一の幸運は、シリンダーから漏れた燃焼ガスで指を失った痛みを、直後に脳幹を貫いた弾丸のおかげで全く感じずに済んだことだろう。

 

ボクは銃を構えるとき、最初の一発はシングルアクション、つまり手動で撃鉄を起こしておくのがクセだ。そのため、引き金を引いた時点でシリンダーが回転せずとも発射可能である。

 

ダブルアクションの銃だと引き金を引きながらシリンダーを回すので、押さえると撃てなくなるのだが。

 

それとも、相手はもしかするとボクがオートの銃を持ってると予想して、スライドを押さえるつもりで掴みかかったのかな?

 

いずれにせよ、規格化されたリコリスの制式銃であるグロックではなく、マテバを使ってたおかげでボクは助かった。

 

 

 

「……ものを考えて納得するのは上層部の仕事だ。DAはあくまで命令に忠実に従う機械。ゆえにこの判断を我々が覆すわけにはいかない」

 

キモい組織だなぁ。

 

 

 

「……()()はそう思ってらっしゃるんですよね。じゃ、()()()()はどうなんですか?」

 

 

 

「フッ……。失敗の揉み消しとは、随分とまあ平和な気質の日本人らしい対処法だ。事なかれ主義とも言うか」

 

 

 

「だから貴女はボクに個人的な依頼をする」

 

 

 

「……これは独り言だが。今回の取引には、DA始まって以来の脅威が裏で糸を引いている。不可視の敵だ。上は既にその毒手に侵されている」

 

「毒は毒によってでしか制されない。でしょう?」

 

「……DA内部ですら情報漏洩の危険がある以上、極秘作戦を行うためには、当事者を本部から完全に隔離する必要がある」

 

「……ふぅん」

 

 

 

「近頃、また『ウル』が何か企んでいるらしいな。噂では、どこかの組織と抗争をしようと目論んでいるとか。まあ、悪党同士が勝手に潰しあってくれるのなら、我々としてはありがたい」

 

「……」

 

なるほどね。

これから行う捜査は全てボクのスタンドプレー。DAとは一切関係ない、現場の人間が勝手に突っ走っただけ。

 

給料分の仕事はしたよ。

曲がりなりにも公僕をやらせてもらってる以上、ね。

 

あとはどうぞご勝手に。と言われりゃあ、勝手にさせていただくぜ。

 

 

 

「どうした。何を突っ立っている蘇芳弌華。お前は明日付けで本部所属ではなくなる。部屋に行って身支度でもしておけ」

 

「……承知しました。楠木司令」

 

 

 

スタンドプレーが絡み合い、物語の歯車が動き出す。




思ってたよりも攻殻色が強くなってしまった()

まあ、そっちのが書いてて楽しいんで。
許せる人はマテバを使ってください。
許せない人はツァスタバにしてください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8: Two's company,three's a Crowd..

英語にすれば何でもカッコよくなる(毎度サブタイトルに丁度よさげなフレーズをググる作者)


 

「……ここかぁ」

 

錦糸町駅の北口からちょっと下町を歩いたボクを出迎えてくれたのは、小洒落た和洋折衷の木造建築。

 

 

 

喫茶リコリコである。

 

「店舐めてェ〜……」

 

聖地を巡礼するヲタクはみんなこう思うだろう。ここに推したちが立っていたんだなぁ。ああ、舐め回してェ、と。

 

「……いや、さすがによそう」

 

日本は下着姿で外出するだけで捕まる国。喫茶店をレロレロしてる様を見られたら間違いなく終わりだ。

 

「……入るか」

 

店の前でぼーっと突っ立ってる不審者になるわけにもいかないんで、ひとまず店に入ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いらっしゃい」

 

 

 

「ども、こんちゃ〜……」

 

一歩店内に足を踏み入れた瞬間、ボクの胸の中で何かが弾けた。

 

それは多分、理性の一部だと思うんだけど、とにかく、血圧が十倍になったような気分だ。

 

いらっしゃい、と声を掛けてくれたのは、カウンターの奥に佇む一人の男。

 

大柄なアフリカ系の風貌ながらも和服を華麗に着こなしており、古き良き大和の寂静を体現したような雰囲気を纏っている。

 

彼はミカ。

リコリコの店長であり、元DAの訓練教官。

訓練を積んだ者なら誰でも分かる、ただならぬ強者の風格。しかし、それ以上に、店と融和したかのような落ち着いた姿勢が目立つ。母親のような安心感すら覚える。

 

 

 

店の内装も、和の心を想起させる木造の建物にステンドグラスが調和し、ある種の幻想的な風景となっている。

 

重ねて言うが、まさに和洋折衷。

店も、店員も、ちぐはぐな組み合わせのように思えて、素晴らしく噛み合っている。

 

 

 

「……ご注文は?」

 

店はボクの貸切状態。

 

 

「んー、どうしよっかなぁ。何かオススメあります?」

 

「ふむ……。いかがですかな、桜あんのおはぎなどは。桜葉の仄かな塩味とアメリカンコーヒーの軽やかな風味はよく合います。春の香りを味わえますよ」

 

おはぎか。

春だからぼたもちと言うのかな?

いや、そんなことはどうでもいい。

 

「ほぉ〜……。和菓子とコーヒー。いいねぇ、そういうの好きだ。じゃ、それでお願いします。桜あんおはぎとアメリカンで」

 

和と洋。

元々互いの調和など考えられていなかった物同士がこれ以上ないほどのベストマッチを構成する、というのは、ボクに言わせてみりゃまさにロマンだ。

 

あんことコーヒー。酸味と甘味が互いを引き立て合うもんだから、そりゃ美味いさ。

 

紅茶と羊羹なんかも合うな。羊羹の深い甘味と紅茶のサッパリする風味がなんともたまらない。

 

いけない、よだれが垂れそうだ。

 

 

 

ところで、普通に客として店に入ったボクだけど、リコリスとして出迎えられないのには理由がある。シンプルな理由だ。

 

今、私服なんだよねぇ。

ジーンズに白Tに黒ジャケット。

何も考えずに外出するには一番の服装だ。無論、ボクの顔を知らない者には、ボクがリコリスであることは分からないだろう。

 

ちなみに、リコリスとしての装備や着替えなどは、全てボストンバッグ一つに収まった。洒落っ気の欠片もない他のリコリスのことをバカにできないな。

 

 

 

「……コーヒー、入りましたよ」

 

日本の風情を感じる言い回しとともに、湯気の立つカップが目の前に現れた。

 

「おっ!いい香り……!」

 

まずは一口。

 

うん、美味い。

軽やかな風味が舌の上を転がる。苦味が少なく、店の雰囲気も相まってついゴクゴク飲んでしまいたくなるが、後の楽しみに取っておこう。

 

おはぎが待ち遠しい。

 

 

 

「お待ち遠さま。桜あんおはぎです」

 

「……いただきます」

 

わずかに酸味の残る口で、美しい桜色のあんこを受け止める。

 

「……っ!」

 

美味い。美味すぎる。

これがあんことコーヒーのマリアージュ!口の中で絡み合いながらも実にあっさりとした味わいが、ボクを次の一口へと導く。

 

コーヒーを飲み、それからおはぎ。

 

もう一口。二口。三口……。

 

 

 

「……んぁ」

 

気付けば、伸ばした手は空を切っており、口からおかしな音が飛び出した。

 

あぁ、美味かった。

 

未練を断ち切ってくれ、コーヒーちゃん。

 

「……んくっ」

 

和菓子の甘味は再びコーヒーと出会い、互いに魅力を引き出す。

 

こういうのでいいんだよ、こういうので。

必要以上に気取らなくていい。美味い菓子と茶があれば、それだけで趣がある。

 

コーヒー。おはぎ。この二つだけでいい。

他は何もいらない。必要以上に凝ったものだと、かえってくどく感じてしまうからね。

 

 

 

「……ごちそうさま」

 

 

 

 

 

 

 

 

「このおはぎ、作ったのは貴方?」

 

「ええ。この店の店主を務めております、ミカと申します。お気に召したのなら何より」

 

ミカの腕は素晴らしい。

スイーツ作りの腕なら、DAの料理長にも負けてないんじゃないか。

 

カップの底。わずかに残った焦茶色の液体を揺らし、燻らせた香りを鼻に通す。

 

「……いい店ですね」

 

「ははっ、なにぶん私の趣味でやっている店で。そう言っていただけると嬉しいですね」

 

「趣味?なるほど、いいセンスだ」

 

いいセンスだ。

外観も、店員も、菓子も、コーヒーも。

ロマン、ろまん。うむ、浪漫かな。

 

 

 

それから、銃火器の保管庫に、防音完備の射撃訓練ルーム。

 

どんだけボクを興奮させりゃ気が済むんだ。

ロマンを持て余すぜ。

 

……おっと。

居心地の良さで忘れるところだった、ボクがこの店を訪ねた目的を。

 

 

 

「ミカさん。ボクがどうしてここに来たか、分かる?」

 

「……ん?」

 

 

 

「話には聞いてると思うけど。実は──」

 

 

 

店長ー!?ちょっとぉ!?言われた場所探してもないんだけどー!?どこなのよぅ私のポン酒ー!?

 

 

 

ボクが珍しく真面目な態度で話そうとしていたところに、何やら美人さんがご来訪。

 

「へっ!?嘘っ、おおおっ、お客さん……?珍しいわね。いつもならこの時間帯は閑古鳥も鳴かないくらいすっからかんなのに……」

 

「ミズキ。酒はあとにしなさい。……少し大事な話をしなければいけないようだ」

 

 

 

中原ミズキ。

喫茶リコリコの従業員の中では最年長のお姉さん。初登場からいきなり酒カス発言をかましてくれたように、彼女は大の酒好き。

 

というか、今はバリバリ営業時間だぜ?

なんなら真昼間だ。

 

ずいぶんと楽しそうなライフスタイルだな。

 

 

 

「……話ぃ?店長、どういうことなのよ」

 

「ああ。こちらのお客さんだが、おそらく彼女は──」

 

 

 

「ミズキ……。ミズキ、うん、綺麗な名前だ、すごく。麗しい姿によく似合う」

 

楠木さんの言う通り「残念」が語頭に付くが、確かに美人だ。それもかなりの。

 

「……アンタ誰?」

 

 

 

「蘇芳弌華。よろしくお願いしますね、ミズキさん」

 

握手のために、右手を差し伸べる。

 

彼女はおもむろにボクの手を握る。すかさず左手で包み込む。

 

しばらく、奇妙な沈黙が流れた。

 

ああ!今ボクはリコリコの世界に生きてるんだ!

 

「あ、蘇芳弌華って……!あーっ!そういえば何か言ってたわね!またまたリコリスかDAクビになったって!」

 

「厳密に言えばクビじゃなく転属だけど。でも、この店で働けるならクビになってもいいな。そうする価値があるくらいに綺麗な店員さんがいる」

 

「何よ、アタシのこと口説いてんのぉ?」

 

「……ディナーに誘ったら喜んでくれる?」

 

「別に」

 

即答かよ。

 

ボクの精神は男性側に傾いているし、顔立ちも整っている自覚はある。寮にいた頃はそれなりにモテたもんだ。

 

口説くつもりはなかったけど、多少顔を赤らめるくらいはしてくれないかと期待してみたんだが。ガードが堅いな。

 

「で、店長……ミカさんも、よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしく。弌華」

 

ハイッ、呼び捨ていただきましたぁ!

なんだろうね。渋いおじさまボイスで名前を呼ばれると、妙にこそばゆい気分だ。

 

「……こないだはザ・リコリスって感じのお堅いヤツが来たと思ったら、今度はずいぶんマセたガキンチョ寄越してきたわね。ウチは問題児専門の託児所じゃないっつーのに」

 

ガキンチョだって?

 

……ふと思ったが、ボクの精神年齢は、前世の分を含めると優に三十歳を超えている。

 

しかし、自意識としては、ボクは間違いなくティーンの若僧なんだ。一果のときも弌華のときも、生まれてこの方ずっとそう。

 

考えてみりゃ不思議なもんだ。両義的な肉体に引っ張られているのか、それとも単に、精神が前世から若いまま成長していないのか。

 

それはそれとして、ガキ扱いされたのはちょっと気に食わないね。

 

「……若いってのは悪いことじゃない。それに、ボクはキミより背が高いよ?ガキ臭いか試してみる?」

 

「かーっ!キミィ!?想像の一兆倍キザったらしいわねアンタ!?つーか背が高いだけで大人ぶってんじゃないよ!大体、酒の味も知らないガキンチョが、先輩に対する敬意ってやつも知らないだなんて、そんなんじゃ社会でやってけないわよ?」

 

 

 

「知ってるけど?」

 

「ゑ?」

 

「酒の味なら知ってるよ。古今東西の酒を試した」

 

「はあ?あのねぇ、日本じゃお子ちゃまの飲酒は禁じられて……。って、世情に疎いリコリスに言っても無駄か」

 

ま、仕事のために呑んだんだけど。

毒と相性のいい味の酒を探そうと思ってさ。

 

あ、ちなみにボクは酔っ払えない。

解毒体質なんでね。

 

「二人とも。仲良くしなさい。これから同じ屋根の下で過ごすことになるんだから。……弌華。少し話したいことがある。念の為、店の裏に来てくれるか」

 

 

 

「りょーかい、店長!」

 

 

 

 

 

 

 

 

更衣室まで行くと、地下への階段が現れた。ミカはボクについてくるよう促し、暗がりへと降りていく。

 

……ふむふむ。防音完備の秘密基地、というわけだ。カッコいいね。

 

無機質な空間だが、堅牢な安心感を感じる。

 

 

 

「……司令部から聞いた。先日の銃取引の情報を集めていたのはお前だったと」

 

「うん。それに失敗しちゃった結果、こうして左遷食らったんだよねぇ」

 

 

 

「……だが、それは表向きの理由だ」

 

「あ、楠木さんから聞いてる?ボクがここに来たホントの理由」

 

 

 

「DA内部に潜む脅威の調査、対処……だそうだな。ついこないだ、例の取引の裏で何があったか知らされた。まさか偽の情報を掴まされた上、ラジアータがクラッキングされるとは……」

 

「そのせいで、現場にいたリコリスが一人、ある意味とばっちりを食らってボクと同じく左遷させられた──」

 

っと、そういえば。

 

「──あぁ、ミカさん。そういえば、千束ちゃんとたきなちゃんはどこに?さっきのミズキさんの口ぶりだと、もうたきなちゃんの転属は済んでるみたいだったけど……」

 

 

 

「二人は今保育園の手伝いに行ってる」

 

「保育園」

 

可愛いかよ。

 

 

 

「……あー、じゃ、挨拶はこの後ってことか。まあいいや。話が逸れた。……じゃ、ボクがこの店に来た理由について、ミカさんはすっかり知ってるんだよね?」

 

「ああ。可能な限りの支援を頼む、とも言われたな」

 

「フフッ、楠木さんたら……」

 

あの人、なんやかんやで情に厚いよ。

思えば、たきなちゃんをリコリコに左遷したのも、機械のような合理主義を貫く彼女に、人としての生き方を教えたいという想いがあったからじゃないのか。

 

甘いね。甘々だ。だけどそういうの大好き。

実にロマンチックじゃないか。

 

……とはいえ、あの人は無能じゃない。

日本が八年連続で世界一の治安を誇っているのは、ラジアータという高性能AIこそあれど、楠木さんが司令を務めていたからだ。

 

リコリスからの信頼が厚く、威厳もある。

DAの司令に相応しい人材だ。

 

……それなのに、ここ最近のDAはどうも後手だ。明らかに失敗が続いている。

 

 

 

……モグラ(スパイ)でもいるのかな。

 

 

 

「……これから千束やたきなと顔を合わせることになるだろう。だが、例の取引に関して、DAの失態については、彼女らに伝えないでやってくれるか?」

 

「……あぁ、そうだね。作戦失敗の責任が実はDAにあって、自分はスケープゴートにされてたって知ったら、確実に気分が悪くなるよね。安心して。ウソをつくのは得意だから」

 

「……助かる」

 

 

 

ウソつき同盟、結成。

 

 

 

「二人が帰ってくるまで時間がある。その間、軽く仕事の手ほどきをしようか。それからリコリコの制服用に寸法を測ったりも……」

 

 

 

「あ、待って。その前に、そこの射撃場を使いたい」

 

「ん?構わんが……。なぜだ?」

 

脇に挟んできた学生鞄を撫ぜる。

 

 

 

「ちょいと()()()()()()()がしたくて」

 

 

 

 

 

 

 

 

ロマンだよ。

 

ロマンが世界を救うんだ。

 

「クッ……!クククッ、クハハハハ……!」

 

マテバはいい銃だし、これからも愛用する。

 

……だが、正直に言おう。実用性は低い。

 

普通にドンパチやる分には構わない。リロードと射撃が呼吸のように噛み合って、ダンスボールを彩ってくれるんだ。

 

だが、いかんせんサプレッサーがつけられないのが玉に瑕だ。市街地で注目を集めずに戦うために、いろいろ気を遣う必要があるのがマテバちゃんの困ったところ。いや、欠点があるのはむしろ良いことだ。機械も人間も、完璧じゃないほうが可愛げがある。

 

しかしリコリスたるもの、TPOに沿った銃を使うのは、いわば嗜みとでもいうべきもの。

 

今までは誤魔化しでしのいできたが、そろそろボクもオートマチックデビューする頃合いだ。

 

 

 

「……これからよろしく」

 

先日、『ウル』名義を使って、拳銃を取り寄せた。

 

 

 

スチール製の蠱惑的なボディ。銃口から台尻に至るまで、ベッドで抱きたいほどの曲線美が織りなすフォルム。

 

人間工学の極致、まるで手に吸い付くようなグリップは、もちろんカスタム済み。セレーションにもボクの指に馴染むよう角度が付いている。

 

セーフティはコックアンドロック。撃鉄を引いた状態でロックすることで即座の発砲を可能とするプロ仕様だ。

 

銃口はもちろんサプレッサー用のネジを切ってある。

 

 

 

スライドを引けば、金属の擦れ合う音が、さながら鈴の音のように脳を揺らしてくれる。

 

 

 

ジェリコ941FS。

 

 

 

新しい相棒の名前だ。

 

 

 

「……さて、お味はいかがかな?」

 

サイトを覗き込み、狙いを定める。

 

マテバよりも軽やかな音色を奏で、銃口から飛び出た45ACP弾は、狙いと寸分違わず的の心臓あたりを撃ち抜いた。

 

「……ふふっ」

 

コイツはロマンだ。

マテバとはベクトルの違うロマンがある。

 

つまり、機能美。

 

ボクは今、世界最高峰の拳銃を握っている。

 

 

 

ジェリコ941。

 

イスラエル製のこの銃は、とある別の銃をモデルに開発された。

 

Cz75。

世界一のコンバットオートとして名高い、チェコスロバキアの名銃である。

 

1975年当時、共産国家で製造されたためにコスパを考える必要がなかったために最上級のスチール削り出し加工で造られたパーツは、高精度かつ高強度。

 

この銃が名銃と呼ばれる所以は沢山あるが、特に大きいのは、人間工学的に設計されたフィット感抜群のグリップだろう。

 

人気を博したこの銃は、当時冷戦中であったにも関わらず、東西から高い評判を得た。

 

 

 

ジェリコ941は、数多くあるCz75ベースのクローン銃の中でも最高峰クラス。

 

Cz75のわずかな短所のひとつであったスライド周辺の脆さの改良、全体的により滑らかになったフォルム。

 

機能美に機能美を掛け合わせた銃。

 

そこにボクのロマンもぶち込んだ。

 

 

 

セレーションやグリップなどは完全にボク用の形状。内部のメカも入念に吟味した。

 

ジェリコにはさまざまなバリエーションが存在するが、この941FSはスチール製のセミコンパクトサイズモデル。つまり重量がある。だがそれでいい。マテバに慣れたボクには心地いい。

 

941、というのは、発射可能な弾の口径に由来しており、9mmと41AE弾を撃てることからこの名前が付けられた。もっとも、41AE弾は廃れてしまったが。

 

しかし、ボクのジェリコは45口径だ。

言ってみれば、ジェリコ945だね。

 

 

 

ボクが45口径にこだわる理由?

知らないのかい?アメリカじゃ45口径以外の銃を使うと違法なんだよ?

 

……冗談。

 

弾はデカい方がいい。それがボクのロマンだからだ。

 

もちろん実用性も兼ねてるぜ。

 

リコリスが使うグロック17は9mmパラベラム弾を使うんだけど、ちと問題がある。

 

優れた装弾数、低反動、速い弾速など多くのメリットを備える9mmパラベラム弾。

 

だが、弾速が音速を超えるためにソニックブームが発生し、サプレッサーの効果が低減されてしまうのだ。

 

45ACPは音速以下のため、その心配はいらない。より隠密性に優れている。ボクのニーズにピッタリなんだ。

 

 

 

「……もう一発」

 

再び引き金を引く。

 

次はヘッドショット。

 

「……二撃必殺。愛おしい仕上がりだ」

 

マテバにはできないことを。

 

逆に、ジェリコじゃできないことをマテバでやる。

 

二つ合わせて、丁度いいバランスになる。





感想、読ませていただいております。
……元々Cz75系列をうちのオリキャラ君に使わせる予定だったので、感想でCz75を勧められビックリしました。

やあ同志(歓喜)
美しすぎますよね、Cz75。

やはりロマンは世界を一つにする(適当)

※作者には銃の知識がないので、描写は全て妄想によるものです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9:Laughter is the best medicine.

時期としては一話終了後、たきながリコリコに配属されてから数日経ったくらいの話となります。


 

「寸法測るのがアタシで良かったわね。千束のヤツ、こういう時はうるさくてしょうがないんだから」

 

「にぎやかなのは嫌いじゃない。明るい子は大好物だし」

 

「……何、その言い方。あんたって、()()なの?」

 

「ミズキさんがそう思うんなら、そうなんじゃないかな?自分じゃどっちかいまいち分からないし。そもそもボクは眺める派なんだ」

 

「どーいう意味よ」

 

「他人がイチャイチャしてるとこを眺めたい。男女問わず。ボカぁ愛の聖域を守るためなら何だってするよ」

 

「あら、じゃアタシにイイ男紹介してよ」

 

「機会があったらね〜」

 

仕事柄、男と仲良くなることは滅多にない。会った男は大体、殺すか、情けは人の為ならずの精神で放逐するかのどっちかだ。

 

ごく稀に、縁ができることがある。

 

それがこの仕事の面白いところ。ボクには想像もできないようなビジネスを上手くやってる人間と関係を持てた場合のメリットは計り知れない。決して底の見えない世界で立ち回る時のスリルといったら!金を払ってでも楽しみたいもんだ。

 

「……そういや、ミズキさんは元情報部だっけ?そんなら、イイ男の一人や二人、すぐに調べがつきそうなもんだけど」

 

「はーっ!分かってないわねアンタ!そんなロマンの欠片もない出会い方したって意味ないでしょ!恋愛っていうのは、何というかこう……!洗練されたワインのようなっ……!」

 

「昼間っからポン酒探して叫んでる人には縁のなさそうなもんだ」

 

おちょくっとんかワレェ!?

 

丁度ウエストのあたりで巻尺が締め付けられる。

 

「……そんなにキツく測らなくても」

 

「つまんないリアクションね……ッ!?んなぁッ!?はっ、はあぁ!?細っ……!?」

 

「まあ、運動不足とは縁遠い仕事柄だし」

 

「ウエスト57って……。モデルかよ!」

 

千束はうるさくてしょうがない、だの言っていたが、多分こっちのがうるさいな。

 

「ミズキさんだってスタイルいいじゃない?正直、女に嫉妬される側だよ。可愛いし綺麗だし。今だって、ボク、視界の隅に亜麻色がチラつくたびに心臓の鼓動が速くなってるんだから」

 

「口説くな!アタシは金持ちでイケメンでユーモアがあって一途な男と結婚したいの!」

 

「理想たっか!今時、そんな古臭い男にゃあ、逆立ちしたって会えないでしょ」

 

 

 

「古臭いなんて言葉はナンセンス!古風と言うのよ、こういう時は。そも、古風な理想を持ってる古風な女がいたっていいじゃない。最近は多様性やらジェンダーやらなんとかかんとかってうるさいけど、アタシはアタシ」

 

「……あのさ、さっきミズキさんのスマホのホーム画面がチラッと見えたけど。うんざりするほどマッチングアプリで埋め尽くされてたよね。洗練されたワインがなんだっけ?カップ酒の間違いでしょ。ったく、どの口が古風を語って……」

 

「オホホホホッ!!!やっぱりリコリスは流行に疎いのねェ!!マッチングアプリから始まる純愛だってあるのよ!!それが最先端ってヤツ!!」

 

古いのか新しいのか、どっちだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

寸法を測り終え、ボクは改めて店内の様子を眺めた。

 

ステンドグラスから差す光が、シックな店内を明るく照らしている。

 

不思議な空間だ。さながら、魔法で組み立てられたよう。

 

「……気に入ってくれたかな」

 

「すっごく。初めてここに来たけど、昔から知ってるような感じだよ」

 

まあ、昔から知ってるんだけどさ。

言いたいことはそうじゃない。分かるだろ?

 

星が一つもない夜空の下、ビル風に目を細めながら排気ガスを吸う暮らしをしていたとしても、例えば、田舎の畦道に麦わら帽子、向日葵の畑に、陽炎揺らめく古びたアスファルト、見たことないのに懐かしいと感じる情景ってもんがあるだろ。

 

「……誰もが自分の家のように寛げる、そんな店。DAの支部である関係上、目立つのを避けたいのはもちろんだが、それとは別に、真摯にこの店と向き合ってきた。気に入ってもらえたのなら何よりだ」

 

そう言って微笑むミカの顔には、嘘の色は見受けられなかった。

 

 

 

いーい?たきな。店に帰ったらまず『ただいま』って言うんだよー?こーらぁ、そんなムスッとしないで、笑顔笑顔!

 

……千束さん。デブリーフィングでわざわざ笑顔を作る必要性はあるんですか?

 

プッ、デブリーフィングッ……!たきなー、何それ!保育園のお手伝いの帰還報告とか誰得?たきな、天然ボケだね

 

 

 

ドアの外。

二人の女の子の声が近づいてくる。

 

 

 

「……やかましいのと無愛想なのが帰ってきたわね」

 

「ははっ!たきなは緊張してるだけさ。そのうち馴染めるだろう」

 

 

 

あゝ〜!ちさたき美味(ウメ)ェ〜ッ!

早速の尊み、いただきました!

 

聞いたかい今のやりとり。

ドアの外からでもひしひしと伝わってくる百合の香り!鼻に溜まるような甘ったるい香りは、しかし全く不快ではない!

 

 

 

ただいま先生〜!ちょお聞いてよ!たきながさぁ、保育園で……くふふっ!あっやば、思い出し笑いしちゃった。いやもうホンット面白いの!聞いて聞いて!

 

「おかえり、千束。たきな。話は後で聞こう。先に済ませなきゃならないことがある」

 

「えっなになに?なんかあったん……。って、お客さん?しかも初めての?珍しい〜!いらっしゃいませ!リコリコへようこそ!」

 

さっき寸法を測ったとき、ミズキさんも負けじとうるさいんじゃないか、とか思った。

 

そんなことなかった。この喋るガトリングガンのことをボクは過小評価していたらしい。

 

 

 

「弌華。紹介しよう。この子が千束、そっちの子がたきなだ」

 

 

 

「よろしくー」

 

最初からここにいました、と言わんばかりの軽い調子で手を振って挨拶する。

 

いや、実はかなり興奮してるんだよ。

こうやって気取った感じを取り繕わないと、見苦しいことになるからさ。

 

「よろしくー!……って誰?ちょいちょーい!先生ー?もしかして新しいクライアント?」

 

あれ、てっきり話は聞いているかと思ったんだけど。ボクが来ることを知らなかったのかな?

 

「前に話したろう。彼女は蘇芳弌華。たきなと同じ、本部からの転属で……」

 

ぱああ、と音が聞こえてきそうなほど、千束ちゃんの表情が一気に輝きだす。

 

 

 

弌華!よろしくよろしくー!初めまして!千束でーす!歳は?いくつ?私17!もしかしてお姉さん……!?

 

「同い年だよ。千束ちゃん」

 

「ちゃん!?千束ちゃんっ!?なんと良い響き……!そうです千束ちゃんです〜!……って、どったん?何でいきなり顔押さえてるの?」

 

 

 

「すぅー、はぁー……!いやぁ、ゴメン。ボクは明るい女の子に弱いんだ。ましてキミは可愛いし、ついニヤけが止まらなくって」

 

明るい女の子は好きだ。

けど、ボクが顔を隠した本当の理由は、推しが目の前にいる事実に耐え切れないからだ。

 

 

 

「うっふー!褒め殺しされるぅ!」

 

オーバーな被弾リアクション。そして、彼女の表情筋は非常に柔らかい。

 

「動作がいちいち可愛い……」

 

「ぐっ……!アイルビーバック……!」

 

彼女は致命傷を食らったかのように、大げさに倒れ伏した。もちろん、サムズアップも。

 

何だよこの生き物、反則だろ。

 

 

 

「……仲良さそうね、アンタら」

 

「そう?ふふ、嬉しいね。当代最強のリコリスがこんなに可愛い子だったなんて。そんで仲良くなれそうだ。こんなに嬉しいことって他にないよ?」

 

「ちょーい、仕事の話はよそうよ弌華ー!」

 

「ははっ、ゴメン」

 

今までは仕事とプライベートの境界がほとんどなかった。けど、せっかくリコリコで働くことになったんだ。好き勝手やる、というボクのモットーを存分に果たすべきだな。

 

手始めに、円盤を百枚借りよう。

しばらく寮に戻ることはないだろうし、アニメやら映画やらにどっぷり浸かろう。

 

 

 

「……たきなー?さっきからめっさ静かだね。そういえば、二人は知り合いなの?」

 

 

 

「ボクは何度かたきなちゃんを見かけてるよ。可愛い子だなぁ、と思っていつも横目で追ってた。ただ、たきなちゃん、最短距離で任務に向かってたから、なかなか話しかけられなくって。……ようやくゆっくりお話できそうで嬉しいよ。よろしく、たきなちゃん」

 

 

 

「……よろしくお願いします」

 

ずいぶんクールじゃないの。

リコリスの制服がよく似合うな。

 

けど、まだまだ表情が硬い。さっきも千束「さん」呼びだったし。

 

これからだよ、彼女が美しいのは。

一人の女の子として、生き方を知ってゆく。……芳しい百合の香りと共に。

 

「たきなは弌華のこと知ってるの?」

 

「……お噂は伺っております。薬学のエキスパートだと。直接的な戦闘技術以外に長けている、と聞いています」

 

認知されてたみたい。嬉しいねぇ。

 

「そそ。ドンパチは得意じゃないけど。搦手なら慣れてる。それに、自分で言うのもなんだけど、パラメディック(救急救命士)としての腕はリコリスで一番だぜ」

 

基本的にリコリスはありとあらゆる実践的な学問を頭に叩き込まれる。数ヶ国語は話せて当然。現場検証の知識も必要だし、救急車いらずの応急処置ができなきゃ話にならない。

 

ボクはその辺、強いんだ。

義務教育は生まれる前から履修済みだからね。スタートラインで差をつけた。

 

ありゃ、結局仕事の話をしてるな。まあいいか。

 

 

 

「でもまぁ、格闘は苦手かな。一応ファーストやってる以上、並のセカンドよりはできるつもり。けど他のファースト連中と身一つでタイマンしたら、間違いなくボクが負ける。アイツら化け物じゃん?特にフキちゃん」

 

セカンドとファーストを隔てる壁が何か知ってるかい?

 

人間やめてるかどうか、だ。

つまりフキちゃんはああ見えて化け物。

メイウェザーもビックリの神速蹴りがポンポン飛んで来るんだ。恐ろしいったらありゃしない。

 

つまり、そのフキちゃんよりも素早く動ける千束ちゃんはイカれた強さってこと。

 

「ほほう?……え、ちょい待ち?てことはつまりー、単純な戦闘技術以外が評価されてファーストになったってこと?それって超すごくない!?」

 

「ま、ファーストになったのはほとんどお飾りなんだけどね。上層部の都合が良かったからファーストにされただけで、力量が見合ってるかは分かんない。……でも、リコリコじゃあ精一杯やるつもりだから、よろしく」

 

これから忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……じゃ、やっぱり取引は三時間前に済んでたんじゃん!」

 

「そういうこと。ボクがもう少しうまくやってりゃよかったんだけど。ごめんね、たきなちゃん。ボクが失敗した影響がそっちにまで及んじゃって」

 

「……いえ。私が処分を受けた理由は、私自身の軽率な行動によるものです。弌華さんのせいじゃないです」

 

「そう言ってくれると助かるよ」

 

会話の流れで、ボクが左遷された原因を聞かれた。それ自体は答えるのに何も問題はない。しかし、たきなちゃんの左遷の原因が上層部の揉み消し工作のためだと知られるわけにはいかない。

 

この事実は、彼女らが自分たちの手で知り、向き合うべきだからだ。

 

「でも、まさかSNSの投稿が証拠になるとは。怖いねェ、現代ってのは」

 

「そーそー!でもおかげでたきなのDA復帰に目処が立ちそうだし!」

 

今のたきなちゃんはDAに執着している。

リコリスは組織に忠誠を誓うように()()されているから、仕方ないのだけど。

 

 

 

「……弌華さんは、DAに戻りたくないんですか?」

 

 

 

「ん?……随分いきなり聞くんだね」

 

 

 

「……任務に失敗しただけでここまで重い処分を受けたことに、不満はないんですか」

 

 

 

「……キミはボクにどう答えてほしいの?」

 

話してみて分かった。

やっぱりたきなちゃん、ただの女の子だよ。

ただ、合理主義者のふりをしてる。

 

プロセスは論理を踏襲するけど、心の内には自分の思いを曲げたくないって意志がある。

 

こんなに熱い子、なかなかいない。

 

 

 

それで、だ。

DAに取り憑かれている今の彼女に、ボクが掛けてやれる言葉は少ない。というより、その呪縛を解くのは千束ちゃんの役目だから。

 

「私は……!」

 

「……ボクは心の機微に詳しくないから、あんまり口出ししたくない。でも、キミが自分の気持ちに正直なのは分かったよ」

 

今だけは、そのままでいい。

そのまま突き進んでくれ。そんで早急に百合ーゴーランドをボクに拝ませてくれ。

 

しかし、クールなたきなちゃんも可愛いが、やはり人間、本心を隠さないのが一番だ。

 

「……てか、こういう相談は千束ちゃんの方が得意だろ?」

 

「え、私?まーあ?人呼んでメンタリスト千束とは私のことだけど……」

 

「じゃ頼むよ。たきなちゃんの相棒はキミしかできない」

 

「んん?なーに蚊帳の外ヅラしてんのさぁ弌華!リコリコは皆家族だよ?オーケイ?」

 

「……オーケー」

 

 

 

リコリコに配属されたのは嬉しいが、あまり深い人間関係は築かないでおきたいな。

 

色恋沙汰は眺める派だって言ったろ?

 

 

 

「たきなー、ほら、笑って!……たきながDAに戻れるよう、私協力する。でも、それまでの間はここで楽しく過ごそうよ!人生なんて何があるのか分かんないんだからさ、少しでも面白い方がいいじゃない?」

 

同意見だ。

 

 

 

と、いうわけでー!リコリコ新人歓迎会を開催することをここに宣言しまーすッ!

 

唐突だな。

けど面白そうな催しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おおー……?随分大きなパフェだね?いや、デカッ、なん、何これ……」

 

「錦木千束、スペシャルゥエレガァンツパッフェ!喫茶リコリコの裏メニューだよー!今日は二人の加入を祝して出血大サービス!たーんとおあがり!」

 

さあさあ、盛り上がって参りました。

 

バカが取ってきたバイキングみたいな盛り付けがなされた特大パフェは、糖質の権化である。

 

どんなものであれ摂りすぎは良くないと言うが、ボクに限っては違う。なにせ毒が効かないからね。

 

「何ですかコレ。明らかにカロリーオーバー……」

 

「たきなちゃん、たきなちゃん。いいかい?糖分はいずれエネルギーに変わる。つまりゼロカロリー!」

 

「いや、どう見ても脂質が……」

 

「クリーム?大丈夫!だって冷えてるだろ?カロリーは低温だと不活性化するから実質ゼロカロリー!」

 

「……?」

 

カロリーを気にして食事制限してるヤツ、いるかい?ボクからのアドバイスだ、よーく聞けよ。

 

カロリーなんて、いつか全部エネルギーに変わるんだ。実質何を食ってもゼロカロリー!

 

 

 

「いただきます……ッ!?おっと……!コイツぁ、罪の味がする……!」

 

「どう?美味しい?ねえ美味しい?」

 

「イイよ千束ちゃん、気に入った!

あっ……ヤバい、スゴクいいッ!激ヤバかもしれないッ!」

 

「やったー!ありがとー!」

 

この何も考えてないような盛り付けが、いかにも人生楽しんでますって風で、ボクの好みにドンのピシャ、ドンピシャだ。

 

 

 

「ほいたきな。あーん」

 

「……?」

 

「だから、あーんだって。ほら口開けてー」

 

まだ緊張してるんだもんな、たきなちゃん。

スプーンが動いていないことに千束ちゃんが目ざとく気付き、間髪入れずにあーんである。

 

「あー……んっ……」

 

ちゃんと食べるんだ。

可愛いなオイ。

 

「どう?美味しい?」

 

「……はい」

 

 

 

「もー!かーわーいーい!ちょっと何ぃ、コイツぅ!可愛いヤツめ!」

 

分かるわぁ〜!

 

たきなちゃんって、雰囲気がワンちゃんみたいなんだよ。一挙手一投足が可愛いの。

 

 

 

何か、胸が熱くなる。

 

……これは?

 

なんだろうこの気持ち。知らない気持ちだ。

 

 

 

ふむ……。母性、とでも言おうか。

あくまで比喩だけどさ。

 

子どもを育てる楽しみが何なのか、分かった気がする。こういう愛らしい仕草が時々零れるだけで、幸せなんだ。

 

もちろん、ボクの精神はロマン厨の少年ハートであるからして、母親になる資格などないのだが。

 

ああでも、やっぱ可愛いな、たきなちゃん。

 

ママ堕ちしそう。

 

 

 

……いや、マジだぜ。

ミカを見てみろ。あれがママ堕ちした人間の末路だ。さっきから天国にでもいるんかってくらいの清らかな微笑みを披露している。

 

 

 

いいな、ここ。楽しくて。

 

 

 

……おや。

 

入り口のドアが開いた。

 

そういえば、営業時間中なんだよな。

 

 

 

「……ッ!?」

 

 

 

コイツは。

 

 

 

この男は。

 

 

 

「あっ!いらっしゃーい!ヨシさん!ヨシさんも食べる?ちさとスペシャル!」

 

 

 

「……そうだね。いただこうかな」




リコリコはホント声優さんのアドリブが光りまくってましたよね。

さすがのクオリティ。某文科大臣賞受賞のゲーム監督様がただのヲタになるのも頷ける。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10: People always clap for the wrong reasons.

誤字脱字の指摘をしてくださる方、誠にありがとうございます。

この通り、リコリコに脳を破壊された作者が書いておりますので、日本語がおかしな箇所が多々ありますが、許してください何でもしますから(何でもするとは言ってない)


 

「……おや、見ない顔が増えたね」

 

ボクが誰だか知ってるくせに。

あ、ボクも同じか。無知なフリして嘘をついてるのは。

 

「今ちょうど弌華の歓迎会やってるの!ヨシさんも食べる?ちさとスペシャル!」

 

「いやぁ、悪いがこの後予定があってね。その前にコーヒーを一杯飲もうかと思って来たんだ」

 

「そっかー、残念!でも次は食べてってね!私が手塩にかけて作るから!」

 

おお、いいぞ、やったれ。

砂糖の代わりに塩をぶち込んでやれ。

 

 

 

「……賑やかになったものだね、ミカ」

 

「そうだな……。皆いい子たちだ」

 

「ふむ……。なかなかうまくやっていけそうで安心したよ」

 

 

 

品の良い服を着たこのおじさまは、他でもない、ヨシさんこと吉松シンジ。

 

 

 

ボクの人生の障害となり得る人間だ。

 

……あまりジロジロ見るわけにいかないな。つい睨んじゃうんで、怪しまれるかも。

 

彼は未だ正体を明かしていない。つまり、彼のことを知る機会は今までになかったのだから、ボクが知っていてはおかしいのだ。

 

彼がアランの人間であることを。

 

 

 

「……今日は客足が少ないね。店を貸切にできるとは、なかなか嬉しい」

 

「趣味でやっている店だ、こういう日は珍しくもない。……皆、各々の生活がある」

 

「そうだね。私のように店に来る者もいれば、そうでない者も。あるいは、この店で働こうと考える者も。……君、弌華ちゃんといったね。頑張るんだよ。ただの客である私が言うのもなんだが、陰ながら応援している」

 

 

 

「ありがとう、ヨシさん」

 

「ああ、私は吉松だよ。吉松シンジ」

 

「ふぅん……。それでヨシさん、かぁ」

 

 

 

……彼の目的が分からない。

 

ボク、なんかしたっけか。アランにわざわざ目をつけられるようなこと。

 

それとも、DAすら巻き込んだ一連の事件は、アランにとって単なる支援活動の一環に過ぎない、とか?ボクに害をなす気があるのかないのかも、全く不明だ。

 

先日の電話……。おそらく、いや確実に吉松から掛かってきたものであるソレには、ボクに対する明確な悪意は感じとれなかった。

 

 

 

「相変わらずいい腕だミカ。この味をずっと楽しんでいたい、そんな気分になるよ」

 

「フッ……。店を開いてかれこれもう十年になる。嫌でも腕は上がるさ」

 

「そうかい?いや、君の淹れ方には想いが込められている。だから美味いのさ」

 

「……からかうな」

 

「本気で言ってるんだがね」

 

ボクが真面目に考えているってのに、イチャイチャしないでもらえるか。

いや、違う。別にイチャイチャが嫌いなわけじゃなくて。むしろ好きだけど。ただ、これ以上脳に負荷を掛けられると詰む。

 

 

 

「……ああ、もう行かなくては」

 

「……お前の仕事柄、そう急ぎの用事というのもなかなかあるまい。もう少しゆっくりしていったらどうだ?」

 

「いや、想像よりも時間に追われる毎日だよ」

 

 

 

「へぇ?なんのお仕事されてるんです?」

 

「……投資関係、といったところかな」

 

「そりゃまた。いいスーツが似合う仕事だ。週末は、やっぱりパーティに出向いたり?」

 

「ははっ。私はそこまで余裕がないよ。いつの世も、私のような凡人が才能溢れる者に勝つことは叶わない。彼らの牽引する社会で、私のような人間は、自分に見合った仕事をするだけさ」

 

 

 

「……上に立てるのは、才能ある人間だけ?なぁんか、世知辛いですね」

 

 

 

「才能とは神からのギフトさ。ある意味残酷だが、それは生まれながらにして決められている。だが、誰しも自分の役割(ロール)を果たすために生きていると私は思う。それを受け入れ、自らの使命を探すことが、人生をより良い方向に導いてくれるんだ、とね」

 

 

 

変な人だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

歓迎会……という名の暇つぶしは、仕事帰りの常連客がぽつぽつ来る時間帯になると、なあなあになった。

 

かなり楽しかったよ。ボクなんかにはもったいないとも思ったけど、起きたことは楽しまなきゃ損。だよな?

 

それから日が経って、ボクも喫茶店の仕事にも慣れてきた。

 

 

 

「……皆は元気かな」

 

「弌華ちゃん……!もしや故郷に残してきた家族のことを……!」

 

「おー、よく分かったね。そうそう、古巣の皆が懐かしくてさぁ。ホームシックじゃないけど、顔見たいなぁって思って」

 

元サードちゃんたちのことだ。

 

結局、一ヶ月くらいの付き合いだったけど、今んとこ一番仲良くなれたリコリスはあの子たちだから。

 

リコリコに寄り道してくれたりしないかなぁ。でもあの子たち、真面目だからなぁ。余暇時間にゲームなんかするタイプじゃない。射撃訓練したりとか、学術書読むとか、そういうタイプだ。

 

「たきなも弌華もまた本部に戻れるって!……でもその服、けっこー似合ってるぞ」

 

「だろ?けど、和服なんて初めて着るから、妙に照れ臭いんだよね……」

 

 

 

そうそう、ボクの分の喫茶リコリコ制服も完成したんだ。

 

色は……。白寄りのグレーってとこかな。

うん、似合ってる。女の子のルックスには一家言あるボクが鏡を見て言ってるんだから、似合ってる。

 

 

 

「ウチの仕事には慣れた?」

 

「モチ。いやぁ、ドンパチが少ないってのは楽だね。町の何でも屋って感じの雰囲気も結構好きだな」

 

「射撃の腕はなまらせちゃいかんよー?一応DAの支部だから、そういう依頼もかなり来る。……あ、弌華はファーストだから、もしかすると指名で依頼が飛んでくるかも?」

 

「へえ、でもわざわざボクじゃなきゃできないことなんて……。いや、あるな。自分で言うのもなんだけど」

 

「ほー、さすがプロフェッショナル!……何のかは知らんけど!」

 

「こないだたきなちゃんが言ってた通りさ。薬学関係……。端的に言えば、毒。サプレッサーすらボクはDAで一番静かに人を殺せるからね」

 

言ってから、千束ちゃんの表情が少し変わったことに気づいた。

 

 

 

 

「……あー、なるほどねぇ」

 

 

 

「……ね、千束ちゃん。ちょっと頼みがあるんだけど」

 

「ん?どったん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ、ふっ、ふふっ!全然当たんない!」

 

「何で嬉しそうなんだキミィ」

 

リコリコ地下、射撃訓練場。

ジェリコを構えて的に狙いを絞るボク。だが、いつもと違う点が一つ。

 

「千束ちゃん、よくこんなん使えるね。10m先のターゲットにもほとんど当たらないよ、この弾」

 

ミカ先生特製、非殺傷弾。

トンデモ技術で作られたこの弾は、ゴムやらプラスチックやらがなんかイイ具合の割合で配合されていて、着弾時に赤い粉末が血煙のように拡散し、周囲からは実弾を使っているように見えるが、人を殺すほどの威力はないという都合の良い弾だ。

 

軽量の素材を使用しているせいで弾の軌道がブレやすく、超至近距離じゃなきゃまともに当たらないというピーキーすぎる性能。

 

弾倉(マガジン)一つ、つまり10プラス1発使い切って、ターゲットに当たったのは六回だ。しかも全部急所を外れてる。ボクには使えないな、残念ながら」

 

非殺傷弾を携行し、必要に応じて実弾と使い分ける……なんて芸当ができやしないか、と思って試射してみたが、コイツはキツイな。敵の弾を躱して懐に潜り込まなければまともに当たらない。

 

「っしし、当たらないでしょ。まーでも、そういうもんだよ。この弾は実質私専用。知ってる?たきなは射撃の腕なら私の何倍もスッゴいんだ。けど、あの子でもこの弾は使えないんじゃないかな?」

 

「だろうね。ボク自身、並のセカンドには負けないくらいには射撃の腕があるつもり。だから全てのシューターを代表する立場でものを言わせてもらうよ。……弾道が不規則にブレるコイツを確実に当てるには、格闘の間合いに入らなきゃいけない。そうだろ?」

 

イグザクトリィッ(その通り)!でーもー?銃弾の雨あらーれが飛び交う最中に敵に近づくだなんてェ、そんなことフツーの人はできまセェン!だか〜ら、私専用ーってこと!」

 

 

 

「……ホント、とんでもないよな。銃弾避けるって」

 

 

 

「うえぇっ!?ソレ知ってんの!?どーしてさぁ!?せっかくビックリさせようと思ってたのにぃ!」

 

 

 

「あはは、ゴメンね。楠木さんからキミの話は聞いてたんだ。絶対に被弾しない最強のリコリスだけど、敵を殺さないヤツがいるって。DAがターゲットを生かしておきたいときなんかに依頼する、とかなんとか言ってたな。で、話の中でこの弾のこと聞いたんだ」

 

まあ、嘘だけど。

とはいえ辻褄は合うし、言い訳に問題はない。

 

 

 

「リコリスが非殺傷弾、ねぇ?ボクらにはマーダーライセンス(殺しの許可証)があるってのに」

 

 

 

「……私はさぁ。ソイツがどんな悪人であれ、誰かが死ぬのを見るのは気分が悪いの」

 

 

 

「ふぅん。優しいね?」

 

「そんなんじゃないよ。だってさ、今まで散々悪いことしてきたヤツらが死んじゃうってことは、ソイツらが何の後悔もせず消えてくってことじゃんかぁ?」

 

「なるほど?じゃ、言ってみれば、より長い苦痛を味わわせてやりたい、ってこと?」

 

「お主ぃ。たいそうワルじゃのう……?まーでも、そんな感じ?悪人を殺したせいで私の気分が悪くなるのは嫌だしさ。それにこの弾、当たったら死ぬほど痛いの!死んだ方がマシかもってくらい!」

 

 

 

どんな理由であれ、不殺の信念を貫くのはなかなか簡単なことじゃない。

 

手加減というのは、相手との実力がかけ離れているときにしかできないもの。

 

命賭けてる最中に手加減できるってのは、まさに稀代の天才であるとしか言いようがない。

 

 

 

「殺すと気分が悪いってのは、分かるよ」

 

「……別に、無理に私に合わせなくてもいいんだよ?」

 

「いや、ホントさ。ボクはね、殺しをやって何も感じないほどに壊れちゃいないと思ってる。……けど撃つのは嫌いじゃない。矛盾してるみたいだけど、そういうもんなの」

 

 

 

ジェリコを置き、代わりにマテバを取り出す。

 

クリントイーストウッドよろしく、片手で構え、的に狙いを定める。

 

 

 

「……どーよ千束ちゃん。似合う?」

 

「おおっ!リボルバー!西部劇(ウエスタン)でも見たの?」

 

「もちろん。映画は大好きだよ」

 

やっぱりボクはコイツが好きだな。

使っていて気分が良い。ボクに活力を与えてくれる銃だ。

 

 

 

手の中で火薬が弾ける。

 

放った弾は的の心臓に命中。

 

「……うん。今日も冴えてる」

 

 

 

 

 

 

 

 

吉松は何がしたいんだろう。

ホント、考えることといったらそればっかり。

 

 

 

常連客を名乗るだけあって、彼はよくこの店に来る。

 

かれこれ三週間は過ぎた。しかし一向に手掛かりは掴めない。

 

変な感じだけど、彼には「悪意」がないんだ。

 

自分が正しいと信じて疑わない彼の態度が、ボクを惑わせる。

 

ホント、人の良さそうな雰囲気なんだ。

エリートっぽい気品ただよう顔……ってヤツ?

 

 

 

「ご馳走さま。それじゃ。また来るよ」

 

「ええ、また。吉松さん」

 

今日もまた来やがったし。

暇か。暇なんだろヨシさんやい。ったく可愛いヤツめ。

 

 

 

……はぁ。

と、心の中でため息を吐く。

 

そもそも、ボクがリコリコに転属した理由は、アラン機関に探りを入れるためである。

 

吉松からは可能な限り情報を抜きたい。彼の中でボクはどういう存在なのかを知りたい。

 

アイツに発信機でも取り付けたらどうなるかな。……いや、すぐバレるか。

 

どうにかしたいが、どうにもできんなぁ。

 

あーあ、ヤなこと考えると気分が悪くなる。

 

 

 

「ロマンが足りない……」

 

こうなってくると、ロマンを摂取しないとやっていられなくなる。欠乏症だ。

 

マテバをぶっ放すのは確かに爽快だが、銃弾だってタダじゃないので、ストレス解消に射撃訓練をするのはコスパが悪い。

もう少し生産性のあるストレス発散方法があれば良いのだが。

 

 

 

……ん?

 

発信機……。ロマン……。

 

マテバ……!

 

コレだっ!

 

「うるっさ!?コルァ、急に叫ぶな!常識ってもんがないんか!?」

 

昼間っから酒飲んでるヤツが常識を語るな!それに、今のボクはアイデアの奔流を受け止めるのに忙しいんだ!

 

「そうだよ、なんで初めっから気付かなかった!?リボルバーのメリットは特殊カートリッジの使用が容易なことだ!なら、非殺傷弾はもちろん、弾頭を徹甲仕様にしたり、それこそ発信機埋め込んでトラッキング弾にしたり……!」

 

「……アンタ、大丈夫?」

 

 

 

ああ。これだ。これこそ、ロマンだ。

 

 

 

「よしっ!早速ミカさんに言ってカートリッジの製作に取り掛かろう!ロマンがボクを呼んでるぜーッ!

 




リコリコ17話楽しみ〜!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11:A stand alone story.

更新が遅れましたことを、チャレンジャー海淵の如く深くお詫びいたします。

いやほら、最近公式のちさたき供給が多かったでしょう?

あとは……分かるな()


喫茶リコリコには、時に変わった客が来る。

 

例えば、誰にも言えない悩みがある人。

 

ああいや、変な意味じゃないぜ?ほら、いかに法治国家といっても、時にはグレーゾーンで物事を解決せざるを得ない状況ってのがあるんだよ。

 

……もちろん、こっちからは仕掛けないよ。

相手が元々裏の人間って場合と、クライアントの護衛中に不測の事態が起こった場合なんかで、暴力に訴えるんだ。

 

「……なるほど。じゃ、ミカさん。ボクはバックアップに回ればいいんだよね?」

 

「ああ、千束はよほどのことでなければやられはせん。が、あの子は時々自分を顧みずに動く癖があるからな……」

 

「りょーかい。……たきなちゃんもなかなか突っ走るタイプだよね。一見クールっぽいけど、内面はワンちゃんみたいだ」

 

たきなちゃんは忠犬の皮を被った狂犬、というのが一番適切かもしれない。今でこそ大人しいが、内心DAへの復帰に賭けて勝負に挑んでいる感があるし。

 

 

 

「さて……。千束、たきな!仕事だ!」

 

ちょい待ってー、先生ー!

 

ミカの号令がひとたびかかれば、リコリコは単なる喫茶店から早変わり。

 

どんなお悩みも楽々解決!喫茶リコリコ秘密の裏メニューをご賞味あれ!

 

 

 

「錦木千束並びに井ノ上たきな両名ッ!ただいま参上いたしましたッ!」

 

「どうした。やけに気合が入っているな。……いや、分かったぞ。千束、また映画に影響されたな?」

 

「サーイエッサー!昨晩『フルメタル・バレット』を視聴したでありますッ!」

 

「お、ボクも見たことあるよソレ。軍曹の鬼気迫る演技が良かったな」

 

確か海兵隊の活躍を描いた戦争映画だったか。主人公が過ごす訓練キャンプの教官を務めるハードマン軍曹が、放送禁止用語塗れの罵倒を言いまくっていたんだ。脇役なのに随分記憶にこびりつく演技だと感心した。

 

「弌華殿もなかなか通ですなぁ?あ、そーだ!今度皆で映画鑑賞会やろうよ!私ん家で!」

 

「……職務外での不要な接触は、リスク低減のためにも避けるべきだと思います」

 

「ちょおーい、たーきなぁ?つれねーこと言うなよー?てか、こないだ貸した千束さんオススメ映画セレクションちゃんと見たんか?」

 

「見ました」

 

「……それだけかーい!?感想とか、あるじゃん?もっとこう、『とっても面白い映画でしたっ!チサトさんっ、センス良すぎですねぇんっ!』とか!あるじゃん!」

 

「ないです。わたしのこと何だと思ってるんですか」

 

……。

 

アンタら、仲良いっすね!

 

ボクは幸せだよ。二人の尊いやり取りを特等席で眺めることができて。

 

 

 

「今回は護衛の仕事だ。護衛対象は皆もよく知っている、絞田のとこの親分さんだ」

 

「ええっ?あの人が?」

 

絞田組組長。喫茶リコリコのコーヒー豆をこよなく愛する親分さんである。もう随分なご老体で頭頂部も寂しいが、稀に見るハゲてもカッコいいタイプの男。

 

表社会の人間ではないけれど、いい人だ。ボクも何度か会ったが、任侠心溢れる古風な男だと感じた。もちろん、いい意味で。

 

「いくら親分さんとはいえ、()()()の世界とは関わり薄いもんねぇ?それなのに護衛って……。何かあったの、先生?」

 

「最近は何かと物騒だろう?先日の銃取引で消えた千梃、ビル街の一角で突如起こった爆破事件……。世間の人々は知らないだろうが、この頃はやけに不穏だからな。この街にも、その手の輩が入り込んでいるらしい」

 

「あー……。他所者にニワを踏み荒らされちゃ、面目丸潰れだもんねー?」

 

「そうだ。最近、この辺りで何か怪しい動きをしている集団がいるらしい。組の若い衆がそれを見かけ、忠告しに近寄ろうとしたところ、服の下に銃のような膨らみが見えたんだと。幸い若いのは無傷で帰ってこられたそうだが……。どうもその怪しい者たちが、親分さんを狙っているらしい」

 

いのちだいじにする組員君、好感が持てるな。

 

「狙うって、まさか……?」

 

「ああ。命を、だ」

 

「はぁーっ!?何それ、ひっど!極道もんならキッチリ筋通さんかい!」

 

「千束さん、映画の見過ぎでは?現代における暴力団というのは、代紋や盃といった独自の風習を形だけ保つことで自己陶酔に陥っているだけの、悪質な犯罪者集団です」

 

「あーもー!たきなはすぐそういうこと言う!私は信じてるっ、この世にはまだ、義の心を持った極道が生きているとっ!」

 

「映画の見過ぎですね。映画中毒じゃないですか」

 

文字通り、道を極めた者としての極道は、残念ながら絶滅危惧種。こないだサードちゃんズと一緒にボコしたヤクザなんかまだいい方だ。腐ってるとはいえ代紋があって組織的に活動しているから暴対法でしょっぴけるし、銃取引は裏社会寄りのビジネスだから、一般人に危害が及ぶことが少ない。

 

いわゆる半グレの売人、バツだのクッキーだのよく分からん言葉を話してるヤツらはタチが悪い。クスリなんかスマホ一つあれば誰でも簡単に手に入れられるので一般人に被害が及びやすく、何より数が多すぎるので麻取の手に余る。

 

「でも、それこそあそこの親分さんは千束ちゃんの言う()()って感じだよね。ボクらみたいな年頃の女の子にも偉そうな態度とらないし、毎度高い豆買ってくれるし」

 

「そーそー!あ、そういえば弌華にこの話したっけ?してないか。ちょー聞いてよ!たきなが来たばっかの頃なんだけどさ?リコリコの仕事を紹介する流れで、親分さんとこに挨拶に行ったんよー。で、たきながお堅いことばっかり言うから、ちょっとからかってやろーと思って、豆渡す時に、上物ですよ〜……って感じで?こう?ヤベー粉渡してる風に言ってみたわけよ。そしたら、たきなどーしたと思う?」

 

「……コレだろ?」

 

指でピストルの形をとりながら言う。

合理主義がどうとかそういう話ではない。スマホを取り出す感覚で銃を構えるたきなちゃんはシンプルに恐ろしいのである。

 

「当たり!たきなったら、ミリ怪しいってだけで撃とうとするんだもん。超ビックリしたよ〜」

 

「リコリスなら当然の反応だと思いま──」

 

んなわけあるかぃ!いきなり銃向けんのはダメじゃんかぁ、たきなー?」

 

仮にも数年間リコリスとして暮らした今のボクには、画面の向こうから見ていた時よりも、たきなちゃんのヤバさがよく分かる。

 

少なくとも今のたきなちゃんは、なんでもかんでもとりあえず撃てばいいと思っているヤベーヤツなので、まったく目が離せない。もちろん、可愛いからってのもあるけどさ?大きな理由は、彼女がいつM&Pを抜くか見張る必要があるからだ。

 

 

 

「それじゃあ、仕事の話に戻るぞ。護衛の方法についてだが……。親分さんに悟られることなく護衛してほしい。できるな?」

 

「サーイエッサー!」

 

親分さんは看板で商売する世界の人間だ。女子高生に護衛されたとなってはメンツも何もあったもんじゃないからな。

 

「親分さんを狙っているらしいヤツらの情報がいくつかある。相手はヤクザではないらしいが、銃を持ち、荒事に慣れている様子だと。何があるか分からない、気をつけろ」

 

さーいえっさー。

 

……敵の狙いはなんだろうか?

 

まあ、近頃この街に現れたという輩が何者かは見当がつく。

 

 

 

海外の戦争屋だろう。それも筋金入りの。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあミカちゃん。こっちは位置につきましたよっと。今んとこ怪しいヤツは見えない」

 

『分かった、そのまま監視を……。おい待て、ミカちゃんとは何だ?私のことか?』

 

「ったりまえじゃない。この呼び方のが可愛いでしょ?」

 

『ったく、こんなオッサンを可愛がったって何の得にもならんぞ。……その呼び方をミズキにでも聞かれたら大変だ。一週間は酒の肴にされる』 

 

「りょーかい、ミカさん。これでいい?」

 

『ああ。……だがさっきの呼び方、気持ちは嬉しかったぞ』

 

やあ良い子のみんな!喫茶リコリコって知ってる?可愛い可愛い店主さんが美味しいコーヒーを淹れてくれる素敵なお店だよ!

 

……とまあこんな感じで、このミカという名の店主、オッサンのくせにどこか可愛いのである。オッサンのくせに。

 

 

 

時刻はお昼を過ぎた頃。

ボクがいるのは、金融会社のガワを被った組事務所の向かいにある建物の屋上。高所から周囲を警戒中。

 

「……ホントに来んのかねぇ」

 

かれこれ一時間は待ってる。

あんぱんと缶コーヒーを持ってきてよかった。張り込み感がマシマシで楽しくなる。

 

……まあ、さすがに飽きてきたけど。

 

リコリコの味には遠く及ばない缶コーヒーをチビチビ飲みながら、事務所を見張る。

 

 

 

「あー、あー、定時連絡、定時連絡ぅ。暇で暇でしょうがありませぇん」

 

リコリコ所属のリコリスの中じゃ、ボクが一番弱い……というのはつまり、射撃の腕や生存能力などが二人に負けている、という意味だ。正面からやり合うことが想定される以上、ボクはバックアップ要員である。

 

……ふと思ったが、今のボクみたいな役どころは本来ならばミズキやミカの仕事では?

 

リコリコ本編の進行に影響が出ないよう祈るばかりである。

 

『めっちゃ暇ー?それ超分かる!てことでっ、しりとりしよーぜ!』

 

ちさたきは地上で巡回中。何かあれば二人が大体どうにかしてくれるだろうから、皆が思っている以上にボクは暇なのである。

 

「お、いいね」

 

『は?え、ちょ、あの、監視は──』

 

『じゃ、私からね!しりとり!』

 

どーしよっか。ここはやはり王道のる攻めで行こうかな。

 

 

 

「リ──っ!?リコリスッ!?」

 

 

 

『おー、オシャレな返し方じゃん。フツーはリンゴとかリスから踏んでくのに。いきなりセンスいいじゃんかぁ弌華』

 

 

 

「……ごめん、ちょっと野暮用!一旦通信切るから!引き続き警戒よろしくッ!」

 

『えっ何?あっもしかしてトイ──』

 

 

 

しりとりしてる場合じゃない。

 

 

 

「リコリスが……。なぜ、組事務所の周りをうろついてる?」

 

 

 

……それも、ハッキリと事務所を見据えて。

 

DAが親分さんを狙っているのか?なぜ?

 

 

 

動機はなんなんだ。そもそも、絞田組はテキ屋のシノギをやってるような組だ。その上、今どき珍しく仁義を弁えた者たちが集っている。カタギには手を出さず、シマを荒らす無頼漢には容赦しない。まるでアニメや漫画みたいな話だが、リコリコワールドはアニメの世界である。

 

というわけで、彼らが国家の平和に重篤な被害を与えているとは思えない。むしろ治安維持に一役買っていると言える。

 

 

 

「さぁて、ワケを聞かせてもらおうか……。マシロちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

リコリスは暗殺部隊。もともと正面切ってドンパチかますようには作られていない。もちろん、そういった任務がないわけではないが、本職ではない。

 

リコリス同士の戦いでは、いかに相手の裏をかけるかが重要になってくる。無論、これは戦闘の基本の考え方ではあるが、暗殺者が同程度の能力を持つ相手とやり合うときは、そのマインドがことさら重要になってくる。

 

先ほどから事務所と少し離れたあたりでスマホを弄っているリコリス……マシロちゃんは、どうやら事務所に潜入するのではなく、ターゲットが出てきたところを狙う算段らしい。女子高生に擬態し、暗殺の準備はバッチリというわけだ。後輩が立派に成長していてボクは嬉しいよ。

 

「……ったく、こんな再会とはね」

 

言うまでもなく、彼女は話せば分かるタイプだ。

 

この件は早急に片付けなければ。

 

狙われる理由のない親分さんが狙われる、ということは、裏にDAを動かしたヤツがいる。

 

そして、それは十中八九()()()だ。

 

 

 

「ヨシさん……。アンタ一体何がしたいんだ?」

 

あぁ、怖くなってきたな。

なぜボクがこんな目に遭ってるんだ?

 

アランの目的が分からないって、この一ヶ月で何回言ったっけ?

 

 

 

とりあえず今ある情報で一連の事件の裏を考えてみると、アランの影が容易に浮かび上がってくる。

 

絞田組が、海外から来た戦争屋もといテロリストとモメた。その後、なぜかDAに組長が狙われた。

 

 

 

アランはテロリストを援助してる。

 

なぜ分かるかって?リコリコ見てたからに決まってんだろ。

 

一応、情報を整理しよう。

 

リコリス・リコイルの物語で、千束とたきなの前に立ちはだかる敵として登場するのは、他でもない、件のテロリストたち。

 

 

 

そして、テロリストのリーダー、真島。

 

 

 

そんでもって、この真島ってヤツが厄介で。

 

こいつ、アランチルドレンなんだよね。

 

彼の才能が何なのかは、まあそのうち会えばイヤでも分かる。今考えるべきなのは、アランが真島を支援していることだ。

 

ヤツらは、才能の狂信者だ。たとえ才能の持ち主がどんな極悪人であれ、どんな悍ましい才能であれ、それが類稀なるものである限り支援する。

 

世界トップレベルのセキュリティを有するDAに干渉できるのは、世界最高峰のハッカーだけ。であれば、アランができない道理はない。

 

ヤツらがDAに干渉し、真島たちの国内での工作が円滑に進むよう支援していたとして、絞田組の襲撃はその一環であると捉えられる。

 

 

 

……いや、()()()

 

確かに親分さんを殺せば、テロリストたちの錦糸町での活動は滞りなく進むだろう。

 

だが、それによって何のメリットが生まれる?

 

東京は広い。縦にも、横にも。

 

世界有数の大都市であり、空間がもはや四次元的な広がりを見せるこの街で、わざわざこんな下町にこだわる理由はない。

 

親分さんは器のデカい男だが、裏社会のドン、というわけでもない。地元の人々の認識は「気さくなテキ屋さん」であり、実際、彼はそういう人間だ。

 

 

 

……やはり、狙いはボクか?

 

アランはボクを渦中に巻き込みたがっている?何のために?

 

……ボクみたいに、何の役にも立たない自分勝手な人間、放っておいてくれた方が気が楽ってもんだ。

 

アイツらの理念はクソだ。吐き気がする。

 

 

 

「……まぁいっか。久々にマシロちゃんの顔も見れたし」

 

親分さんを護る。マシロちゃんも護る。

 

両方やらなくっちゃあならないのが、ファーストリコリスのつらいところだな。

 

覚悟はいいかいマシロちゃん?

ボクはできてる。

 

……ボクの身体は面白いことに、何をされてもしぶとく生き残るタチの悪い血が流れているんだ。コイツで人間一人を護れるんなら、それに越したこたぁないよな。

 

 

 

というわけでマシロちゃんを押し倒そう。

 

喰らえ必殺ッ!久しぶりだね相変わらず可愛いよタックルウゥゥッ!

 

「っ、その声は、弌華さ──ッ!?えっちょっ何、なんっ、ちょっ、止まっ、ぶつかっ──うわわぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……美味しい」

 

「だろぉ?今度から任務の帰りに寄ってよ!他の皆も一緒に!」

 

「もちろん。……弌華さん、いきなりいなくなっちゃうから心配してたんだ。都内の支部に転属になったとは聞いたけど、こっちもいろいろ忙しくて会いにこれなかった。セカンドとサードじゃ仕事の毛色がまるで違うし、今まで以上に訓練で気を張らなきゃいけないし」

 

「昇進したてはそんなもんさ。ま、死なない程度に頑張んなよ?」

 

やはり喫茶リコリコのコーヒーは美味い。

誰だってコイツを飲めば心が安らぐ。

 

「DAには私の方から連絡を入れた。親分さんが狙われることはもうない。彼の警護も、今後しばらくはDAが担ってくれる。……さて、一度情報を整理したほうがよさそうだな」

 

歴戦の猛者であるミカが、神妙な顔付きで呟く。ここ最近立て続けに起こる騒動はただ事ではない、ということを意識させられる。

 

 

 

今回は危ういところだった。

最悪の場合、望まぬ戦闘行為が発生していた可能性もある。

 

仮に非殺傷弾であっても、マシロちゃんに銃は向けたくない。

 

マシロちゃんは、単に上からの命令を受けただけだ。リコリスとは銃であり、引き金を引くのは上層部の意志である。

 

「つーか弌華ぁ、なんで通信切ったん?なんかあったら危ないよー?」

 

「ゴメンね。ただ、久々に知り合い見たら、イタズラしたくなるだろ?サプライズ感マシマシにしたかったんだよ」

 

「おぉ、ちょっと分かる!ので許す!」

 

許された。

 

 

 

「……にしても、どうやらDAはここ最近の事件についてまったく情報を掴めてないらしいね」

 

調査に進展があったら、このようなミスは犯していない。()()()()()()()()()()()()()、というミスを。

 

 

 

「DAじゃ、親分さんがテロリストとつるんでるって話になってたんだって?なわけあるか、むしろつるんでるのはDAだ」

 

「えっ?」

 

「この国に突如現れた海外のならず者どもが先日の銃取引に関わっているであろうことは、容易に想像できるだろ?で、今んとこDAは出し抜かれっぱなしだ。ラジアータのクラッキング、今回の虚偽情報……。つるんでるって言うのは語弊があるけど、ほとんどそんなもんだ。DA内部に何かしらの工作が仕掛けられているはずだからね」

 

親分さんの暗殺依頼を出したのはテロリストのはず。アランがDAに内部工作を行い、依頼を遂行させようとした。

 

 

 

「……弌華、つまりお前の意見は、DAがテロリストに騙されている、と?」

 

 

 

「そう。……それで、ミカさんに話がある」

 

「ん、どうした?」

 

 

 

「この一件、ボクに任せてくれないかな。千束ちゃんやたきなちゃんの手はできるだけ借りないようにしたい」

 

 

 

「……なんだって?」

 

 

 

リコリコのストーリーは美しい。

 

それでもボクがぶち壊すわけにはいかない。

既に手遅れかもしれないが。

 

……いや、違うか。

ボクは、ボクが出会った人に、できることなら長生きしてほしいんだ。

 

喫茶リコリコの面々、リコリスの子たち。

 

アランがボクの周りでやることなすことは、全てボクが原因で起こったことだ。清算はボクがする。

 

随分と「好き勝手」からかけ離れているように思えるかい?

違うぜ、ボクは自由だ。

 

ヤツらのことが個人的にムカついているからこそ、一人でカタをつけたいんだ。

 

 

 

「……友人の手なら、いくら借りたって余るものだと思うな」

 

マシロちゃんが言う。

 

ボクはどうにも反論できなかった。

いや、理屈で言い返そうと思えばいくらでも言い返せる。だがそれ以上に、今放たれた言葉の重みが肩にのしかかるようだった。

 

「この店の部外者のおれが言うのもなんだけど……。ここにいる人たちは皆、弌華さんのことを大事に思ってるはずだよ」

 

「そりゃそうさ。いや、自惚れじゃなくて。つまり、皆優しいからね?ボクなんかにもいろいろ良くしてくれるわけだ。ボクはお世辞にも人間としてよろしいタイプじゃないけど。だからこそ、皆の手を煩わせるわけには──」

 

……あ、マズったな。

 

ついこんなことを言ってしまったが、こりゃダメだ。

 

千束ちゃんにはこの手が通じない。

 

「弌華一人じゃ、いつか絶対行き詰まる時が来る。バカにしてるわけじゃないよ。私だって、一人じゃ何もできないんだから」

 

「いや、しかしねぇ……」

 

 

 

「弌華さんが嫌がっても、おれたちは勝手についていくよ?好き勝手にね」

 

「ありゃ、参ったな。それ言われちゃうと何もできない」

 

ボクが好き勝手やってる時点で、何も言い返せないんだよなぁ。

 

マシロちゃんが何をしようとも、それはマシロちゃんの好き勝手なので、ボクがどうこうできるものではなくなる。

 

ったく、そういうの教えたの誰だよ。

あ、ボクか。ちくしょう。

 

 

 

「そーそー!人間、一人でどうにかできる生き物じゃないし?ここは喫茶リコリコを存分に頼ってよー!あっ!てゆーか、例の銃取引と繋がってる事件なら、たきなのDA復帰にも役立つじゃん!」

 

 

 

……結局、こうなるかぁ。

 

 

 

ま、精々頑張りますか。ちさたきが眩しいままであるように、ボクは縁の下でちょこまかやらせていただくよ。

 




できる限り一週間以上の間を空けずに投稿していきたいのですが、作者は基本的にアホ故に、気が向いた時にしか執筆できません()

最近は数学の偏差値を上げないと詰むので更新に遅れがガガガ(殴

もうね。
アホすぎて特殊タグ毎回ミスってるんですわ()

ごめんなさい!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

The more the merrier
12: you cannot know yourself.


公式からの供給が潤ってるの最高かよ!

リコリコサイコー!


 

五月って、どうしてこう、やる気が出ないんだろうか。

 

世間一般じゃ、新たな環境に慣れていない、とか、連休が終わってなんだか燃え尽きた、とか、そういう理由で気持ちが落ち込む人が多いらしいよな。

 

ボクの場合、ちさたきが尊すぎて、この喫茶リコリコの端の席からひたすらに彼女らを眺めていたい、という欲求が止まらないのである。

 

いわゆる「壁になりたい」ってヤツだ。

つまるところ、いつまでも受動的な態度をとっていたい、という怠惰の表れである。

 

 

 

というわけで、喫茶リコリコに通勤。

 

……ランエボ、最近乗れてないんだよなぁ。

せっかくDAの経費で買った車を借りパクしたってのに、有効活用できてない。

 

ちょっとしたカスタムなんかを施したが、今のところ使い所はない。

 

そんなことを考えつつ。

今日も今日とて結局徒歩で店までゆくのだ。

 

 

 

「ふぁーあ……」

 

朝っぱらから辛いぜ。

 

眠い、すごく眠い。

 

終電に乗るサラリーマンの気持ちが今なら分かる。あー、布団が恋しい。

 

ったく、まだ何もしてないのに疲れてきた。

 

 

「おはざーす……」

 

「来たか、弌華。……どうした、元気がないな」

 

「や、昨日『コンシューマブルズ』シリーズ全三作を通しで見ちゃって……。おかげで眠いったらありゃしない」

 

ハリウッドの大御所アクション俳優が一堂に会するあの映画シリーズだ。とにかくド派手で、なかなか見応えがある。

 

 

 

「昨日連絡しただろう。今日は朝一で仕事がある、と。……睡眠不足なら、今のうちに仮眠を取っておけ。身体が資本の仕事だ、準備は念入りに行わなければ」

 

「うぅん、大丈夫。仕事やってりゃあバチコリ目が覚めるから。……あー、あとでコーヒー飲みたい」

 

「分かった、淹れておこう」

 

「ありがと、ミカさん」

 

脳天目掛けて飛んでくる鉛玉と、リコリコのコーヒー。コイツらがあればどんな眠気だって吹き飛ぶし、心が落ち着く。

 

 

 

「……すまないな。こんな早くに呼んでしまって」

 

「そりゃ別にいいけど。……で、聞きたいんだけどさ。何でボクがこの役なの?」

 

「ん?何か問題か?」

 

 

 

「いや、そうじゃなくて。……()()()()()()()()()()()なら、ミズキさんでも良さそうだなって思って」

 

なかなかどうして歪んでるね。

 

早速アニメとの乖離が発生している。

 

……アイツもいい歳だ。着ぐるみを着て動き回るだけの体力こそあれど、お前のようにすぐ回復したりできんからな

 

おいテメ、オッサン!コラァ!?聞こえてっかんなぁ!?こちとら酒浸りでも地獄耳じゃい!

 

だ、そうで。

 

よくもまぁ、開店前から酒を飲めるな。

迎え酒か?それとも徹夜か?

 

なんでもいいが、彼女は相当な酒豪(アル中)だ。

 

「……さて、と。お前にこの仕事を頼んだ理由だったな、うん。説明しよう」

 

「コラーっ!シカトすんなぁ!」

 

酒カスは無視するに限る。

 

 

 

「偽装死は、最も優れた逃走手段。だがそれを実行するにあたって、時には味方すら騙す必要もある。……言い方は悪いがな。要するに、千束はなんでもすぐ顔に出るから、こういう作戦には向いてない。だから偽装死については知らせず、自然なリアクションをとってもらうことにした」

 

「なるほどね。たきなちゃんにしたって、根は素直だもんね。それにあの子、百面相のポテンシャルあるし、その役どころが向いてるかも」

 

普段はクールだが、別に表情筋が凍りついているわけではないたきなちゃん。楽しい時にはしっかり歯を見せて笑える子だからねぇ。というか、彼女が千束ちゃんによって絆されて、だんだん笑顔が増えていく過程こそリコリコの醍醐味よ。

 

 

 

さて。

先ほどからミカの背後に置かれている妙な物体、というか、リスの着ぐるみに目を向けると、彼は待ってましたとばかりにさらなる説明を始めた。

 

「この着ぐるみには、小銃弾対応の防弾プレートと血糊が仕込まれている。そのかわり重いぞ?着ながら50mも走れたら大したものだ」

 

 

 

「ボクはソイツの中に入らなきゃいけないわけか……。やっぱミズキさん、代わ──」

 

「い、や、で、すぅぅぅぅ!だーれが好き好んでそんなもん着んのよ!汗だくになる未来が目に見えるわ!化粧落ちんだろーが!」

 

「そりゃそうか……。ミズキさぁん、スッピン自信ないの?」

 

「喧嘩売っとんかお前ガキンチョのくせに」

 

言葉は乱暴だが、わりかし正論だ。

 

自分がやりたくないことを他人に押し付けるのは至極当然の行いであるからして。

 

ボクの方が体力もあるし?

 

スッピンでも可愛いので?

 

あぁ、さすがに今のは嘘。

ぶっちゃけミズキさんは化粧をしなくても美しい。というかこの人、ビジュアルはめちゃくちゃいいんだよな。化粧をすると、天使が女神になるって感じだ。

 

何にせよ、アニメじゃミズキさんがこの役だったけど、現状を鑑みるとこれがベストな選択であると言える。

 

 

 

「それじゃ、二人が来る前に持ち場へ向かってくれ。……いいか、敵はお前を本気で殺しにくる。そのことを忘れるなよ」

 

いのちだいじに、だろ?

 

心配せずとも、それがお望みならそうするさ。ボクもこんなとこで死にたくはないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

ウォールナット。

 

ミカいわく、三十年前から裏の世界でその名を轟かせてきた伝説のハッカーらしい。

 

正体は不明。性別、年齢などの人相はもとより、そもそも個人として存在しているかどうかすら疑わしい。

 

 

 

「蘇芳弌華。よろしく」

 

「クルミ。……聞いてはいたが、本当に若い少女がこんな仕事をしているとは」

 

「リコリスってそういうもんさ。都市で最も警戒されにくい人種である女子高生として街に溶け込む殺し屋集団。ったく、面白い発想だよねぇ?」

 

「……女子高生が殺し屋か。荒唐無稽な話のようで、なかなか合理性がある。笑えないジョークだな」

 

 

 

「ロリっ子のハッカーもなかなかだぜ?」

 

「……お互い、巫山戯た存在ってことだな」

 

 

 

ウォールナット。

 

その正体は、ボクの目の前にいるロリッ子である。

 

ウォールナット……まあ、直訳すると「クルミ」。

 

目の前の彼女は「クルミ」と名乗った。

それが苗字なのか名前なのか、そもそも本名かどうかすら分からないが、まあ可愛いのでヨシ。

 

 

 

「じゃ、キャリーバッグに入ってくれ。……ちっこいなぁキミィ!目に入れても痛くないってやつ?」

 

「言葉の意味が違うぞ……」

 

「いや、合ってる。だってキミ可愛いもん」

 

身長は130cmあるかないかってくらいだな。

用意された黄色のキャリーバッグに、彼女は最低限のデバイスを詰め込み、次いで自らの身体をしまい込んだ。

 

 

 

偽装死作戦を決行するにあたって、護衛対象である彼女本人を撃たせるわけにもいくまい。よってボクがウォールナットのフリをするのだが、当のクルミちゃんは防弾仕様キャリーバッグの中に隠れるのである。

 

彼女は狭い、暗い、暑いの三拍子。

 

ボクは暑い、クソ暑い、バチボコ暑いの三拍子。

 

 

 

……長い一日になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あー、あー、まいくちぇっく、まいくちぇっくー……。よし、問題なし』

 

ボイスチェンジャーを通しているとはいえ、とても見た目からは想像できない声だ。つまり、声質とかではなく、雰囲気、印象が大人びている、という意味。

 

やはり彼女は「大人」なのだ。

ここでいう「大人」は、見守る人のこと。分かるだろ?

 

千束ちゃんやたきかちゃんなんかも、大人びた思考をするけど、やっぱり若いんだよね。……ボクも人のこと言えないくらいにはガキっぽい趣味持ってるけどさ。

 

けれどもリコリコの主人公は彼女たちであるから、当然、二人に起こる変化、成長こそが物語の主軸。

 

未完成な若者の成長。

そういうベタな展開に、ボクみたいな王道大好きロマン厨は魅せられるのだ。というか、王道は皆が好きだから王道なんだよな。古事記にもそう書かれている。

 

 

 

『……リコリスは皆運転できるのか?』

 

彼女の問いに頷いて答える。

 

着ぐるみにはカメラとスピーカーが内蔵されており、そこからボイチェンを通したクルミの声が聞こえてくる。彼女はカメラで外の様子を確認できるので、自然な会話を成り立たせることができる。ウォールナットの顔を知る人間はこの世にいないので、周りからはボクがウォールナット本人だと思われる。

 

つまり、ボクは喋れない。

喋ること自体がマズい状況だし、そもそも着ぐるみが分厚すぎて声が外に届かない。叫べばちょっとは聞こえるだろうが、さっきから暑すぎて呼吸にも一苦労しているので、叫ぶ余裕なんかない。

 

 

 

さて、本日ボクが乗るのはこちらのお車。

我らがジパングの誇るホンダの名車、トゥデイの最初期モデルである。

 

道の狭い日本らしく、軽くて小回りが効く。それでいて速いのが名車たる所以。ターボを積んでしまえばポルシェすらブチ抜けるポテンシャルを秘めている。

 

ボクらが乗っているこの車は、ミニパトみたいなパンダカラー、ボンネットにはエアインテーク。本来であれば骨董品と化している運転席周りの電装なんかには、随分気合いの入ったカスタムが施されている。

 

うん、好き。

 

いい車だ。

 

ミズキの趣味なのかな?だとしたらいいセンスだ。帰ったら一緒に朝まで飲み明かしたいな。

 

 

『せっかく高額な報酬を出したんだ。快適な送迎を要求する権利はあるだろう?……CDかけてくれ、ボクが持ってきたやつ』

 

言われるがままにオーディオをいじる。

 

……演歌が流れてきた。

 

面白いよな。こんなロリッ子が演歌を好んで聴くんだぜ。中身は完全にオッサンだ。ボクの精神年齢が彼女の見た目相応くらいの頃は、日曜朝の特撮モノのOPテーマを熱唱していたというのに。

 

 

 

『……女子高生のわりに運転が上手いな』

 

リコリスってすごーい。

 

とまあ、今のところは特に問題ない。

 

これで敵さんでも来ちゃったら、まぁ荒っぽい運転になること間違いなし。

 

ボクは今マテバちゃんを持っていない。

ウォールナット本人が銃を持って戦うと怪しまれるからね。

 

偽装死工作のためには仕方ないが、寂しい。家族と生き別れた気分だ。というかボクには家族と呼べる人間がいないので、この表現はなかなか的を射ていると思う。

 

というわけで、もし追手が来たら逃げるしかない。それか、いっそ荒っぽくぶつかってやるか。

 

この車も、アニメじゃ随分と頑丈な描写がされていたし、体当たりくらいじゃへこたれないだろうからね。

 

 

 

……今更言うのもなんだけど、できるだけリコリコのストーリーを崩さないように行動するべきだよな。

 

主人公の二人には幸せになってほしいという人並みの想いを成就させるためには、それがベストだろう。物語はハッピーエンドで締めたいよな。

 

……とはいえ、細かい流れなんて忘れてしまったな。

 

リコリコの世界に生まれたと知った以上、記憶を留めておくように努めてはいたけれど、やはり17年も経つとなかなか難しい。

 

 

 

『……おい、追手が来てないか?』

 

 

 

なんだって?

 

サイドミラーを見てみる。

 

『……後ろ。グラサンかけた男たちが乗ってるバン、見えるか?あんなの絶対にまともな輩じゃないだろ』

 

おお、ホントだ。

 

あぁ、アニメじゃこの後どんな感じの展開だったかな。とりあえず敵は一旦撒かなければ。

 

えっと、えっと、確かこの後は……。

 

敵を撒いた隙をついて千束ちゃんたちと合流。その時の様子はどんな感じだったっけ。

 

 

 

『……おい、何考え込んでるんだ。ちゃんと前を見て運転しろ。──おい、聞いてるか?おいっ、おまっ、えっ、前、前!前うひょあああっ!?』

 

ん?どうしたんだ、いきなり大声だして──

 

 

 

──────────ッ(行き止まりじゃねーか)!!」

 

やっべ。

 

考え込んでいたら、ぶつかっちまうぞい。

 

 

 

……いや冗談抜きでやばい。

どうしよう。

 

 

 

あ、そうだった。

 

思い出した。

 

 

 

『……なんでアクセル踏んでるんだよ!?こういう時はブレーキだろ!?普段運転なんかしないボクでも分かるぞ!?偽装死する前に本気で死ぬぞーっ!?』

 

 

 

乾坤一擲!南無三!ええいままよ!

 

プリウ……じゃねえや!

 

トゥデイ・ミサイルをぶちかますぜーッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「クマ……」

 

「たきな、イヌだよ」

 

 

 

『……リスだ』

 

リスに決まってんだろうが。

アイズオブ節穴か?

 

 

 

アニメじゃあウォールナットとの邂逅はなかなかド派手なシーンだったことを思い出した。むしろ忘れていたのが不思議なくらい。

 

何せ、道路の外から車が飛んでくるんだもんな。というかボクが飛ばしたんだけど。

 

危うく星になるところだった。

 

そのかわり敵は撒けたので結果オーライ!

 

 

 

「国外逃亡かぁー……。いいなぁ、私も海外行ってみたい」

 

ザ・羨ましい、って感じの表情を浮かべる千束ちゃん。こんな子に偽装死の演技なんかできるわけがないので、ウォールナットは国外逃亡するつもりである、と思い込まされている。

 

『……一緒に行くかい?』

 

「私たち、戸籍がないからパスポート取れないんですよ……」

 

ボクもパスポートが欲しいな。ま、クルミちゃんならそのくらい余裕だろうから、もう気に病む必要はない。

 

 

とはいえ、存在しない人間として生きるのもなかなか悪くない。

 

戸籍がないから酒を飲んでも罪に問われないのである。

 

 

 

「追手は来てないね。このまま羽田まで?」

 

「いえ。店長から車を変えるように言われています」

 

実際は途中でボクが撃たれるはずなので、第二の逃走車両を使うことはないだろう。

 

 

 

「ウォールナットさん、ここへ向かってください」

 

『分かった』

 

たきなちゃんからスマホを見せられた。

目的地へは高速に乗るのが最短ルート。

 

なのだけど。

 

「あれ、高速乗るのでは?」

 

たきなちゃんが言う。

 

 

 

……ハンドルが動かない。

 

 

 

『車を乗っ取られたか……。腕を上げたな、ロボ太』

 

「ハッキング!?ええーーっ!?ちょお、ちょちょ!?」

 

もうすっかりアニメの記憶は取り戻した。

ここからの展開はバッチリだぜ。

 

というか、あとは目的地まで自動運転なので、ボクはしばらく寛いでいられる。

 

 

 

メーターがぐんぐん上がり、車体が揺れる。さすがホンダ、加速性能に抜かりがない。

 

「っぐぅ、ど、どこ向かってるの……?」

 

『加速している。このまま海に突っ込むつもりだ』

 

「回線の切断をッ……」

 

『いや、制御を取り戻しても、すぐ上書きされるだろう』

 

「うぇーっ、じゃ、どうすれば……」

 

『こちらの作業完了と同時にネットを物理的に切れればいいんだが……』

 

「ねぇ、ルーターどこよ」

 

『知らん。ボクの車じゃない』

 

ハッキングを警戒して、電装への依存度が低い車を使えば、きっとこんなことにはならなかった。

 

ボクはもちろん気付いていたけど、アニメではこうしてハッキングされていたことは覚えていたから、口を出さなかった。

 

車を改造したのはミズキなのかな。だとしたら、さすが元DAの情報部。この車一台でも電子戦(シギント)ができそうだ。まあ、その土俵の上で戦う以上、相手の技も喰らっちゃうんだけども。

 

……それとも、これも込みで計画を立ててたのかな?いや、さすがに不確定要素が多すぎるので、ミズキがシンプルにガバったんだろう。

 

 

 

「千束さん、あれ……」

 

たきなちゃんが囁く。

 

バックミラーを顎で指し、彼女が発見したナニカの位置を共有。

 

「あぁー、アイツか……」

 

車の後方、15mくらい離れたあたりにドローンが一台。シグナルを中継してるんだろう。

 

 

 

『よし、制御を取り戻すぞ』

 

 

 

「……たきな、準備オッケー?」

 

「ええ」

 

 

 

瞬間、後部座席の窓ガラスを、千束ちゃんの放った弾がかち割った。ゴムとはいえ威力は十分。当たれば死ぬほど痛いな、ありゃあ。

 

 

 

「……ッ!」

 

そこからたきなちゃんが半身を乗り出し、M&Pを構える。

 

車体は完全に制御を失い、80kmオーバーで宙を舞う。なんなら回転してる。

 

その最中、たきなちゃんは狙いを外すことなく、ドローンに向け三発。全弾きっかり当てた。ホントに人間か、キミ。

 

 

 

おっと。ボク、なんもしてないや。

羨ましいかい?暇そうで。

 

 

 

……っと、危ない危ない。

 

ハンドルが動くようになったら、ボクも仕事をしなければ。

 

敵の狙いはボクらを海に沈めること。で、現在地点は、その海まであと100mってとこだ。

 

 

 

『うおああああああ……』

 

スーツケースの中に入っているクルミちゃんは当然ボクらよりも激しい揺れに襲われる。かわいそうに、声を取り繕う余裕もない。

 

ごめんな、もっかい揺れるよ。

 

 

 

サイドブレーキでケツを揺らし、直角方向に進めるよう舵を取る。Fドリの神髄を見せてやるぜ!

 

「ぐぼわあああっ!?」

 

可愛い子が出しちゃいけない声を発している千束ちゃん。……どさくさにまぎれてたきなちゃんにくっついてしまえ。よし、ボクもアシストしてやるから、いけ。ホラ、いけ。

 

 

 

四肢がそれぞれ別の動きをしているので、なかなか脳に負担がかかるが、百合の香りで心が昂っている今のボクには些細なこと。

 

二人の距離が縮まるなら、もっとキレッキレのドリフトだってしてやるよ!

 

 

 

いける……!このまま、ドリフトの向こう側へ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ?ちょ、すっご……いですね。運転がお上手。ハッカーなのに」

 

『ふっ、ふぅ……!まっ、まままあ?機械を弄るのには……っふぅ!慣れてるから、な?』

 

「ちょ、大丈夫ですか。呼吸が……。なんかもう、ドッグラン帰りのイッヌみたいになってますけど」

 

『いっ、いや、さすがに今のは驚いただけさ……。そ、そう!自分でも驚いている!』

 

 

 

……。

 

やらかした。

 

「とにかく、追手はまだ来ています。少々予定は狂いましたが、このまま撒いて目的地へ向かい、逃走車両を乗り換えましょう。ウォールナットさん、ここからだとこのルートを通れば……」

 

『……分かった』

 

 

 

さっきのドリフト。それはもう優美だった。

優美にキマりすぎて、車が無事で済んだ。

 

 

 

本来であれば、海に落ちるギリギリで停車し、降りた瞬間にドボン、みたいな展開だったはず。で、近くの建物に逃げ込むんだったよな?

 

 

 

「ゴーゴーハッカー!かっとばしちゃってくださいよぉ!」

 

『……』

 

 

 

偽装死RTA、チャート変更。

 

ガバがきっかけの完全新規チャート、はっじまーるよー!

 

 

 

……さて、どうしようか。

 

よく考えてみたら、車が海に落ちる寸前で止まって、乗員が降りるだけの時間持ち堪えるってのが、とんでもない偶然なんだよな。再現性がない。

 

 

 

……生か、死か、それが問題だ。

なんてね。

 

千束ちゃんとたきなちゃんに守られていては、敵もなかなかボクを殺せないだろう。

 

 

 

つまり、ボクは全力で死ななきゃいけない。

ありとあらゆる射線を見極め、その全てに身体を晒すくらいしないと死ねない。

 

 

 

キツくない?

 

でも、やらなきゃダメなんだよね。

 

……キツくない?無理ゲーじゃない?




更新はできるだけ週一、もしくはそれ以上のペースで行いたいと思っています。

思っているだけです。実行できるとは言ってない()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13: Let bygones be bygones.

定期更新ができない──

常識では考えられない作者。

アンビリ◯ボー(殴


まー、やっちまったもんはしょうがない。

 

ボクの気質がポジティブであるかどうかに関係なく、今は前を向くときだ。

 

でなきゃ進まない。アクセルに足をかけたままで、行けるとこまで行こうぜ?

 

 

 

「……ウォールナットさん。追手はまだこちらを捉えています。撒けますか?」

 

『……問題ない』

 

問題はない。

撒けなくていいんだよ。むしろ、ほどほどな距離感を保ちつつ誘導し、作戦を実行する。

 

あー、死にたいなぁ。

しかし当代最強のリコリスが護衛についている以上、それは難しい。

 

どーしたもんかね。

 

……一応、当初のプランでは、どう事が運ばれようとも、最終的にボクはハリウッドばりの大爆発で華々しく散る事ができるようになっている。

 

とはいえ、やはり偽装死のためには敵に撃たれるのが一番だろう。不自然さが微塵もない。

 

で、ウォールナットが確実に殺されるため、車の乗り換え地点は「致命的な欠陥」のある場所にしたんだ。

 

至る所から射線が通っていて、反撃が難しい場所。

 

 

 

埠頭はやはり犯罪に向いている。

 

秘密裏にことを運ぶなら一番の場所だ。

海辺、というのがミソだ。こと東京においては、高架道路の近くかつ海辺、というのが一番。何せ音が聞こえないし、高所から敵を見下ろせる。

 

 

もっとも、敵はボクらがどう逃げるか分からないからして、待ち伏せすることなどはできない。

 

だからボクが選んだのは、高架道路がすぐそばにある埠頭公園近くの駐車場。

 

こちらからは死角になる高架と駐車場の距離は多く見積もっても50m以下。相手のカラシニコフが質の悪いコピー品だったとしても、戦争屋の射撃の腕なら十分に当たる距離だ。

 

 

 

……もうさっきみたいな運転はよしてくれよ

 

「え?今なんて?」

 

『ん?あっ、いやぁ、何でもない。独り言だ……』

 

すまねぇクルミちゃん、それはムリだ。

ハンドルを握る手が、さっきからロマンと踊りたくてしょうがないって様子で震えてるんだよ。たった今やってのけたドリフトの感覚が染み付いてしまって忘れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、しばらく走ったわけだが。

 

 

 

『……目的地まで、あとどれくらいか分かるか?』

 

「え?まー、高速使ってないから、あと10分くらいじゃないですか?」

 

『……そうか』

 

「何かあったんですか?」

 

『いや、なんでもない、気になっただけだ』

 

 

 

うん?何か怪しいぞクルミちゃんやい。

 

やけに時間を気にしている様子。そして、先ほどからキャリーバッグが微かに揺れ動いている。何かを我慢するかのように、フルフルと。

 

 

 

『……追手の様子は?』

 

「おそらく大丈夫かと。……今のところは、ですが」

 

「そうねぇ、見える範囲にはいないけど。相手がこの道の横通ってる高速に乗ったまま追っかけてきてる可能性もある」

 

実はその通り。さっきチラッと見えたのだが、白いハイエースが一台、高速にしてはやけに遅いペースで走っていた。

 

またドローンで監視されているのか、とにかくこちらの動きに逐一合わせてきやがる。

 

 

 

『……な、なぁ、まだかぁ〜?』

 

お前すっごい急いでんな。

 

 

 

あぁ、なるほど?

 

……生憎あと五分は止まらない。

 

限界なら、漏らせ。

 

『その合流地点とやらは、その……。休憩スペースとか、あるんだよな?』

 

「え?まあ、公園らしいし、休む場所があるとは思いますけど……。そんな暇ないですよ?この車降りたらすぐ乗り換えですから」

 

 

 

『遠回しに言ったボクが悪かった。トイレだトイレ。トイレあるよな?』

 

「その着ぐるみ、吸水性はないんですか──」

 

とぅっ、とぅわきなぁ(たきな)!?おっ、おめー!まさか、もっ、もっ、……ッ!なんて事考えてやがるんだぁッ!

 

おまっ、たきなちゃんっ、なんてことを!

 

いたいけな幼女に「漏らせ」というのか!?密閉空間で!?

 

それもなかなか良……いやダメだ。

クルミが可哀想すぎる。

 

 

 

待ってろよ、アクセル全開で向かうから!

 

オイ!揺らさないでくれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あ、そうか、()()()()

 

「え、どうかしました?」

 

『いや、何でもない。すまないな、すぐに済ませてくる……』

 

「あの、スーツケースは置いてった方が……」

 

『ダメだ!これがないとダメなんだ!』

 

今からお花を摘むのはザ・ガール・イン・ザ・ケースことクルミであるから、ケースを持っていかないと意味がない。

 

というわけで()()()()()に入る。個室に入って、外の二人から完全に見えないことを確認してから、ボクは着ぐるみの頭部を外した。

 

「……和式のがよかった?

 

一般に、トイレは洋式の方が好みだという人が大多数を占めるが、クルミがそうとは限らないからな。

 

『そんなこと気にしてる場合じゃないだろ!というか、アレ好きなヤツなんているのか?まったく──』

 

あまり大声は出せないが、クルミはこの条件下で出せる最大限のボリュームでツッコミを入れた。

 

キャリーバッグが開き、中から汗だくのロリが出てくる。

 

「ふぅ……。おい、こっち見んな」

 

「えぇ?しょうがないじゃん、見えちゃうんだから」

 

目を閉じる配慮などはない。

いや、むしろ彼女の顔をじっと見つめることこそ、ボクの優しさなのだ。

 

こうしてプレッシャーを与えることで迅速にお花摘みを済ませていただく。

不測の事態があってはならないから、当該の行為を早く済ませるに越したことはない、だろ?

 

「……洋式でよかったとつくづく思う」

 

「ん?なんで?」

 

「統計上、人にトイレを見られた時の精神ダメージは和式の方が大きいらしいからな」

 

「へぇ〜……」

 

「感心してる暇があったら目を閉じてくれないかい」

 

「大丈夫。いつもキミを見守ってるよ。……や、ほら、冗談抜きに、護衛対象から目を離したら危ない……と思う」

 

「自分で言っておいて確信を持てないのか」

 

「安心してくれ。ボクは決して下の方は見ないぜ」

 

花園はその様をただ眺めるものであって、土足で踏み荒らすものではない。

 

 

 

「……なぁクルミさんよい。ふと思ったけど、そういやぁキミ、ボクっ娘だね?」

 

「一人称に『ボク』を使う女性は、一般的にそう呼ばれているな。ただ、現段階でボクをそう定義づけることは不可能だろう?」

 

「ん?」

 

「もしかすると、ボクは自分の素性を隠すために一人称を誤魔化しているかもしれない。そもそも、ボクが女性なのか否かすら、お前は知らないのに」

 

ちんちんを確認するまでは女の子なんだよ?

 

「お前があと数センチ視線を下げると確認できるわけだが。……しないでくれよ?」

 

「もちろんだ。というかねぇ、コッチが気になってるのは……。キャラ被りだよ」

 

「は?」

 

なぁ、分かるだろ?

 

会話をしていて、何か妙に分かりにくいと思わないかい?

 

()()は思う。

 

「一人称ってのはキャラの肉付けの大事なファクターだろ?で、だ。ボクっ娘属性ってのはそれだけで濃いキャラ作れる。だからこそ、キャラ被りのダメージも増えちまう」

 

「……いや、ボクに言われても困る。だからどうしろというんだ?」

 

「……()、とかに変えよう。な?」

 

「ニュアンスが細かすぎるだろ。違いが分からんぞ?」

 

いや、分かるだろ。

目で見りゃ一目瞭然なんだから。少なくとも読者は理解できるはず。

 

……ん、ボクは何を考えてるんだ?

まあいいか。

 

「お前のアイデンティティは一人称ごときで揺らぐのか?」

 

「そんなことはない……多分。これでもボクはリコリスの中じゃ目立つタイプだからね」

 

「国家安全のため秘密裏に活動する殺し屋が目立つのはどうなんだ?」

 

「……ま、その辺はいいじゃないか。ボクは任務はしっかりこなすし。暗殺の腕に関しちゃあ、この国ん中でも指折りだって自負してる」

 

「結構じゃないか。個性豊かで」

 

「うーん……って話が逸れた。ナット君よ。ボクはねぇ、君の一人称はやっぱり、()、だと思うんだよ」

 

「いや、違いがよく分からないんだが」

 

「僕、ぼく、ボク。ニュアンス違うだろ?ひらがなでぼく、だと幼さがあって、カタカナでボク、だとミステリアスな雰囲気がある。漢字で僕っていうと、なんだか大人びた印象があるじゃない?ほら、君にピッタリ」

 

 

 

「聞き手の感覚に左右されるんじゃないのか、それ。音が同じである以上、ニュアンスを決めるのは話し手と聞き手の双方だ。お前がボクにどういう印象を持っているのかは知らないし興味もないが、ボクはボクだし、ずっとそのつもりで喋っている。ボクの一人称に妙な印象を抱いているお前は、単なるものの見方の問題を抱えているだけだろう?」

 

「やめろよスーパーハッカー。そういう小難しい言葉使うのは。ボクみたいな凡人のことも考えてくれよぅ」

 

ミステリアス・ガールめ。

 

 

 

「ボクは常に論理立てて話しているが?……大体、今する話じゃないだろ。こんな雑談。命が危険で危ないという時にするものじゃない」

 

「大丈夫だって。千束ちゃんもたきなちゃんもいるし、そもそも敵だってこっちがトイレの中にいるとは思わ──」

 

 

 

乾いた破裂音。

それから、チューン──と、何か高速の飛翔体が近くを掠めていったような、そんな音が聞こえた。

 

一度のみならず、二度、三度……。

 

ちょうどアサルトライフルのレートくらいのペースだ。

 

 

 

ウォールナットさん!?無事ですか!?

 

 

個室の外から、たきなちゃんの声。

 

「っ!」

 

ボクは素早くリスの被り物を装着する。

 

こんなところで二人に正体を晒してしまっては、作戦が台無しだ。特に千束ちゃんには。嘘をつくのが下手かつ、表情の変化が地平線の向こうからでも手にとるように分かるレベルなので。

 

クルミはキャリーバッグの中に再び入る。

二人はウォールナット!変装完了!

 

よし、いつでも来い。こっちは文字通り死ぬ覚悟だ。

 

 

 

『……無事だ。まさか敵に見つかったのか?』

 

「えぇ、少々マズイかと。……まったく。こんなときに大便ですか?生理現象とはいえ、多少の我慢は──」

 

デリカシーどっかに落としてきたんか?

 

『いや違……ッ!はぁ。ああ、すまないね!』

 

ウンコちゃう、と言ってやりたいところだが、それだと男子トイレの個室に入る理由がない。というかこんなことで口論してる場合じゃない。

 

『赤い方はどうした?』

 

「なぜか男子トイレに入りたがらず……」

 

入れよ、非常時だぞ。

というか意外だな。てっきりボクは、千束ちゃんはこういう機会に喜んで普段入れない場所に入るタイプかと思っていたが。

 

まあ、彼女は銃弾を躱せるので、隠れる必要がないからな。

 

 

 

なにはともあれ、絶好のチャンスだ。

不自然でない程度に射線に入り、殺される。

 

小銃を掃射されている今しかない!

 

いざゆかん!と一人気合を入れたところ、たきなちゃんが口を開いた。

 

 

「ウォールナットさん。そのスーツケース、防弾性は?」

 

『小銃弾は防げる……。だがこれを盾にしようなんて考えるなよ。これはボクの全てだ』

 

「ちょっと借ります!」

 

『あっ、おいコラ!やめっ、やめろー!?』

 

 

 

皆さん、ご覧になってください。

これが護衛対象の持ち物を盾にするリコリスの姿です。

 

……クルミちゃん、ご愁傷様。

 

『うわあああああああ!?』

 

「くっ、退路を確保できないッ……!」

 

火を吹くM&P。

 

トイレの出入り口から少し歩いたあたりに陣取るたきなちゃん、withクルミinスーツケース。

 

美麗なシルバースライドから放たれた弾が、敵一人の肩あたりを撃ち抜いた。

 

ふむ。こちらが人数不利の状態でああも撃ち合えるのはさすがリコリス、といったところか。

 

しかしあのスーツケース、防弾とはいえ、例えば同箇所に被弾などしてしまえば、貫通する可能性はある。

 

……たきなちゃんの蛮行を止める、という名目で撃たれることができるのでは?

 

天才的アイデアを閃いてしまった。

善は急げ。早速ボクは駆け出す……。

 

「ちょちょちょーいっ!?危ないですよー?ウォールナッツぁん?」

 

駆け出したかった。

バレットレインの中でタンゴを踊っていた千束ちゃんに行手を阻まれてしまう。

 

『スーツケースッ!スーツケースを……!アレは大事なモノだって言っただろーッ!?』

 

「えっ?あっ、わあーっ!?たきなーっ!?それ大事なものらしいよー!?」

 

「すみません、ムリです!」

 

『ムリってなんだよっ!お前が勝手に奪って使ってるんだよ!早くっ、早く安全な場所へ……!』

 

たきなちゃんが面白すぎる。

あんな冷静そうなツラしといて、やってることがただの脳筋なんだよなぁ。

 

射撃の腕が良いから、既に数人無力化に成功しているのがまた面白い。

 

 

 

「てかぁ、随分長いお花摘みでしたね?ひょっとしてウン──」

 

『違うッ!!』

 

でも個室に入ってましたよね──」

 

たきなちゃんは何がしたいんだ?

 

『分かったもうそれでいいから早くスーツケースを安全な場所まで運んでくれって言ってるんだ!』

 

寸尺7.62×39mmの致死性飛翔体に囲まれながらもユーモアを事欠かない三人に、ボクはただただ脱帽の念を抱くばかりである。

 

……えー、いや、うーん?

 

どうやって死ねばいい?

 

タイミングが掴めないのよ、これが。

 

 

 

『早く、早くスーツケースを……!』

 

 

 

よし!もう分からんからとりま行ったれ!

こう、スーツケースを取りに行く感じで……。

 

「だーっ!もー!なんでよりによってウン……!お通じなのーっ!」

 

『仕方ないだろう!生理現象だ……!というかボクは個室に入っただけで、別にウン──』

 

「っ!?ちょ、前に出ちゃ危な──」

 

 

思ったよりも痛くなかった。

 

胸に一発。それから頭に一発。

 

弾を喰らった衝撃だけが脳天に響くもんだから、ボクはしばらく突っ立ってた。

 

 

 

「ぇ……?」

 

 

 

万が一を考え、二人が被弾しないよう庇うように立ったのが良かったのかも。しっかり蜂の巣になれた。

 

 

 

千束ちゃんの活躍が見れなかったなぁとか、千束ちゃんの曇り顔が間近で拝めたとか、そんなことはどうでもよくて、ボクが気になったのはただ一つ。

 

 

 

世界を股にかける最強ハッカー、ウォールナットの最期の一言、「ウンコ」かよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕方なかったです。あれは千束さんのせいじゃありません」

 

「……」

 

「護衛対象の心情を考えず、無理矢理に行動したわたしに非があります……。本当に申し訳ありませんでした」

 

「……私が。もっと早く敵に気付けていれば、初めからあそこで撃ち合うことにはならなかったのに」

 

 

 

『まったくだ。人の物を勝手に奪い取るとはどういう了見だ?』

 

 

 

「……えっ?」

 

お、もう着ぐるみ脱いでいい感じ?

 

 

 

「ぐぎぎっ……!ぷはっ!あーっ、クソ暑いッ!ホントに死んじゃう!ミズキー!ビールちょーだい!

 

「未成年のくせに生意気なっ」

 

「つれないなぁ。ドイツじゃビールは16歳から飲めるんだぜ?」

 

「ここ日本!つーかこれアタシのビールだし!ラスイチだし!キサマにゃやらんわ!」

 

あっ、自分で飲みやがった。救急車の助手席でいい度胸してんなぁ。

 

ていうか、現場からの離脱用にわざわざ救急車を確保できるのか。これは元DA情報部のミズキの手腕か、それとも運転席に座るミカがやったのか。ま、どっちでもいいが。

 

 

 

「え?え?えええっ!?弌華ッ!?」

 

「おー、すまんねぇ二人とも。敵を欺くにはまず味方から……ってヤツだよ」

 

リコリコ務めのリコリスの中じゃボクが一番嘘つきだからね。二人は正直者すぎる。

 

「弌華はバックアップ要員なので作戦中は別行動」って嘘、まんまと信じてたし。

 

 

 

「じゃあ、本物のウォールナットは……?」

 

『ここだ』

 

「えっ?えっえっえぇ?」

 

キャリーバッグ……いやスーツケースか。

ん、どっちだ?

そういやさっきからよく分からなくなってた。

 

まあいい。とにかく、クルミが姿を現した。

 

『命を狙われた時に最も有効な逃走方法──』

 

「──偽装死。ミカのアイデアだ」

 

「こっ、子供っ……!?」

 

 

 

……ええええええっ!?

 

いいリアクションだぜ千束ちゃん。ったく。

 

 

 

「騙してすまなかったな、二人とも」

 

ミカが言う。

いい声だな。優しさが溢れ出てる感じ。

 

 

 

「えっ?ちょーちょちょちょ、んんっ?てことはー、たきなはー……何も知らない?」

 

「……はい。まさか、こんな計画だったとは」

 

「んでー?弌華は、仕掛け人……?」

 

「イグザクトリー。今朝はちょいと早起きしてそっちのスーパーハッカーを迎えに行ってたんだ。にしてもボクが撃たれたときの千束ちゃん、いい顔してたよ。……へいナッツ君、あとでさぁ、着ぐるみのカメラからそん時の画像データ切り抜いてくれよ」

 

「趣味が悪いな。……まぁ、面白そうだから引き受けてやる」

 

ボクは愉悦部じゃないけど、それはそれとして千束ちゃんのいろんな表情を知れるのは楽しい。

 

……この曇り顔、ヨシさんあたりに言い値で売ってやろうかな。楠木さんも買うかも?なぁんてね。

 

「なぁんだよもー!心配したー!もー!生きててよかったぁ、二人とも!」

 

「アハハッ。ところで千束ちゃん、ボクに抱きつかれるとちょいと困る。今すっごく汗臭いんだよ。あと暑い。暑いから」

 

「うわぇええん!生きててよかったーっ!」

 

「暑いって。抱きつくならたきなちゃんにしてくれ」

 

 

 

「……たきなーっ!」

 

「っ!?」

 

いや言われたらそっち行くんかい。

百合の花は美しいな、いつ見ても。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日後。

喫茶リコリコにて。

 

「あー、やっべ、もう、限界……。いや、まだイケ……うぅっ」

 

「ハイっ、ボクの勝ちー!ヘイヘーイ!歳下に負ける気分はどんな感じだい?」

 

「ああん!?んだっテメ、コラっ!あーしはなぁ、あん()ぁ、あれだぞ!あのー、あれ!そう!めっちゃ、つよい!今日はなー、たまたま()かんな!?」

 

 

 

営業中に飲み比べすんなよ未成年とババア

 

「うぇー!あーし、ピチピチの未成年でーす!ふぅー!」

 

さすがに酔わせすぎたな。

 

「やあクルミちゃん。キミも飲むかい?ミズキが先にリタイアしたから、酒代は全部ミズキ持ちだよ?」

 

クルミはしばらくリコリコで匿うことになっている。

居候にしてはなかなか馴染んでるけどね。というか馴染みすぎだ。ザ・看板娘だな。

 

「ボクには自分の判断力を鈍らせる趣味はないから、遠慮しておく。……それより、()()()、そろそろ決行するぞ」

 

「あぁ、千束ちゃんとたきなちゃんが来たら作戦会議しよっか」

 

 

 

例の偽装死事件。

ボクたちを襲撃したヤツらは、今やこの国の裏社会ではありふれている、プロを名乗るだけのアマチュアに毛が生えたような連中。

 

 

 

ボクが興味を持っているのは依頼主。

 

そう、アランだ。

 

ウォールナット暗殺を企てたのはアランである。なぜならば、ウォールナットがアランから依頼を引き受けたのは、謎のヴェールに包まれた機関に探りを入れるためだったから。

 

アランは情報を抜き取られるのを嫌う。ゆえに、無礼な侵入者は即刻始末すべき存在であった。

 

 

 

今回の実行犯はアランと繋がっていた。

もちろん、当人たちにその自覚はないだろうし、アランも証拠を残すようなマネはしていないだろう。

 

 

 

だが、それはそれ、これはこれ。

 

ボクには個人的にアランとやり合う動機がある。

 

行動しなければ一歩も進めないのだから、がむしゃらにやってやろうじゃないか。

 

 

 

実行犯たちを捕らえ、尋問する。

 

どっちみち、テロリスト予備軍みたいなヤツらはちゃちゃっと捕まえた方が治安良くなるしね。

 

 

 

「……こいつら(マテバとジェリコ)も早く暴れたくてウズウズしてんだ。奴さんたちも暇だろうから、フラメンコでも踊らせてやろうか」

 




オリ展開にしたのは、まあアニメの焼き直しじゃつまらんなぁと思ったので……。

というのは建前で、ぶっちゃけオリ主くんとクルミちゃんを絡ませたかっただけってのが一つ。

ホットチョコパフェのくだりをやりたくてしょうがないという小学生ハートが疼いたのが一つ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14:Interlude is just interlude.


毎週土曜は集団幻覚の日になってるのが面白いですねぇ



「この先どうなるかはキミ次第だ。だから一旦落ち着いてボクの話を聞けよ?オーケー?」

 

「オーケー!」

 

ズドン。あ、今のはあれね。ショットガンの発砲音的な。

 

とまあ冗談は置いておこう。

 

なんでこんな茶番してるかって?

そりゃあ君、簡単な理由だよ。

 

「私は今、すごく……いや、ちょっぴり怒っている!なぜか分かるか弌華二等兵!」

 

「ハッ!ボクが千束大佐のガチ泣き顔をボドゲ定例会の景品のオマケにしたからです!」

 

「その通りッ!……いや待てぃ!?オッメー何してんだぁ!?」

 

「いい顔だったんで、つい!」

 

「はーっ!うわーっ、許されないわーっ!美少女の純真無垢な心弄んでるわーっ!」

 

 

 

「ちょっ、あんま揺らすなよ千束ちゃん。()()()なんだからさっ!」

 

後部座席から身を乗り出し、運転席に座るボクの横でニマニマと笑顔を浮かべる千束ちゃん。可愛いがすぎるぞ。ステアリングを握る手が尊みで震えている。

 

「いーじゃんかー。それに、こんなんで運転できなくなったらリコリス失格よー?」

 

「わかった、本音を言おう。ボクはキミとたきなちゃんがイチャコラしてるところをバックミラー越しに眺めたい。頼むからイチャコラしてくれ」

 

「ほわっつ?」

 

「暇ならたきなちゃんと遊べ、ってこと」

 

「しゃーねーなー!たーきなっ!なんかしよーぜっ!」

 

「……はぁ」

 

 

 

もうすぐ梅雨だ。

 

……それまでに済ませておきたい用事が一つ。

すなわち、ボクの個人的な用事。

 

 

 

アランを潰す。

それがかねてよりの願い。

 

しかし、ボク個人でできることには限界がある。

 

しかし、リコリコのストーリーの根幹に関わってくるアランという機関に過度なアプローチをかけると、取り返しのつかない事態が起こること間違いなし。

 

しかし、それでもボクは行動を止めない。

 

……しかし、しかし、とまあ修正続きのプランである。ヤツらの力が強大すぎるので、こうして後手に回るのも致し方なしかしかし。

 

 

 

ひとまず、今日の仕事はシンプルだ。

 

こないだウォールナット暗殺を企てた悪党にカチコミかける。で、そいつらがアランの手掛かりを持ってるかチェックするのである。

 

ぶっちゃけ、アタリを引けるとは思っていない。ま、最近運動不足なもんで、動けるだけでも嬉しいから、なんだっていい。

 

そんなわけで車を走らせている。

運転はもちろんボク。ボクの(借りパクした)車だからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて。クルミがヤツらの所在を調べてくれたけど、どうも監視カメラの少ない地域に陣取ってる上、コロコロ拠点を変えてるって話だったよね」

 

「ええ。該当の犯行グループですが、追跡者の撒き方や潜伏能力、銃火器の扱いなど、どの能力にも優れたプロ、として対処すべきでしょう。リコリスのわたしたちなら鎮圧自体は可能でしょうが、場合によっては損害を被るケースが大いに考えられます。……千束さん、それでもゴム弾を使うんですか?」

 

「もちよー?てぇかたきなさんやぃ、私のこと信用してってば。大丈夫だから。確かに、いのちだいじに、だけど。……いざってときはちゃんと自分達のこと優先するし」

 

ウソつき。

……いや、彼女はウソをつくのが下手だ。

 

今のは、本心を隠しただけ。

 

 

 

千束ちゃんの心はその容姿と同様に、ひとりの少女としての瑞々しさや麗かさを備えている。

 

同時に、修羅場をくぐり抜けてきた老獪な戦士としての心も持つ。

 

さらには、おそらくほとんどの人間が絶対に持ち合わせられないであろう、死への達観。死ぬために生きるといった諦念ともまた違う、運命を受け入れつつ、全力で生きることのできる高潔な精神も。

 

ま、ボクに言わせりゃ、黄金の精神?ってのかな。

 

「ま、千束ちゃんのやりたいようにやってくれりゃいいさ。DAからすりゃあ非殺傷のゴム弾なんてふざけてると思われんだろうけど、ボクだってかなりふざけてるからね。ナカーマ」

 

「確かに。映画でもなかなか見ないよその変態銃」

 

「だからこそロマンがある。ちなみに、最近ミカさんに頼んで特殊弾頭作ってもらった」

 

「マイノリティの道歩んでるねぇ」

 

「ひとは其れをロマンと呼ぶのさ千束ちゃん。こういうのがいいんだよこういうのが」

 

「分かる〜……!」

 

 

 

「二人で勝手に盛り上がらないでください。いつ接敵するかわからないんですから」

 

その通り。

確かに今回の作戦、エンカウントのタイミングは不確定。なぜならば敵は()()()

 

クルミ氏に頼んで、例の武器商人の名義で取引を持ち掛けたりもしたが、答えはNO。

 

怪しまれていたか、それとも単にタイミングが悪かったか。どちらにせよヤツらを所定の場所に誘き寄せたりはできない。

 

 

 

そこで、スーパーハッカーの考えた作戦を実行することに。

 

先日のウォールナット暗殺事件にてヤツらが乗っていた車の足取りを追うのだ。

 

向こうもプロだ。偽造ナンバーくらいは使っているだろう……と思っていたのだけれど、案の定、事件当時と同じ車種のテンプラナンバーが走っているとの情報をクルミが入手した。どうやったのかは定かでないが。ま、おかげで助かった。

 

情報が入ったのはつい先ほど。

 

つまり敵は現在走行中、ということ。

 

 

 

「まあまあ。向こうとのおおよその距離は掴めてるんだろ?クルミちゃん?」

 

『安心しろー、中継局の補正なしでもミリメートル単位の誤差なく把握可能なシステムだからな。接敵のタイミングは分かる』

 

独自開発でDAの設備並み、もしくはそれ以上のモノを作り上げるクルミとかいう天才、もはや恐ろしいな。

 

「さすがスーパーハカー!いよっ、クルミ先生!いやぁ、仲間が増えるっていいもんですなあ〜。リコリコも盛り上がるし、できる仕事も増えるし!」

 

 

 

「千束ちゃんは、ボクやたきなちゃんが来るまではミカさんと二人だったんだよね?」

 

「そのとーり!や、まあ、常連のお客さんとかとお話しできて楽しいし、フキのヤツがたまーに店に来たりもするから、別に寂しいってわけじゃないんだけど?やっぱ大勢の方が楽しい、的な?」

 

多ければ多いほど楽しい(The more the merrier)

 

「独りで生きていくってのはなかなか難しいよねぇ。人間はポリス的動物である……とかなんとか、昔の偉い人も言ってたわけだ」

 

例え孤独な人生を送ってるヤツがいたとしてさ、一度社会と触れ合っちゃうと、もう独りには戻れないんだ。

 

人間として生きる、ってそういうこと。そもそも、孤独に生きてるヤツは人間ではない。人の形をしたナニカだ。

 

「ボクもリコリコにはだいぶ絆されちゃったからさぁ。ここを離れる時が来たら寂しいって思うよ、きっと。……ま、古巣も恋しいけどね」

 

「あー、こないだ店に来てたよね、弌華と仲良い子」

 

「マシロちゃん?前に任務で組んでからダチんなった。ボクがリコリス寮で一番付き合いあったの、そんときのチームメンバーなんだ」

 

サードちゃんもといセカンドちゃんたちとの親交は、単に任務で同行したから、というより、アニメでほんの少し出番があったモブキャラだった、という理由でボクが積極的にアプローチしていたから芽生えたのだろう。

 

 

 

そういやぁ、リコリス寮でのボクの人間関係はなかなか面白いものだったな。

 

もともと、ボクは壁になって百合を眺めたいとすら思っていたから、コミュニケーションは基本的に受け身だった。いろんな事情もあって浮いていたし、進んで壁になるくらいが丁度よかったんだ。

 

ガタイがムダにいいのと、態度がどこか「女の子」らしくない(リコリスはJKに擬態するから、周りの目を引きにくいマジョリティ的無個性のJKを演じられるよう訓練する)ってのがあったおかげで、時々そういうお誘いもあってさ。

 

いや、変な意味じゃないよ?

リコリスは異性と話す機会がほとんどない。その結果フキみたいにいろいろ拗らせておっさん(ミカ)ラヴになるヤツとか、色恋沙汰に縁のないキリングマシーンと化すヤツとか、いろいろいる。

 

もちろん、百合の花も咲く。

 

ボクのところに来るのは大概、思春期のようなものを迎えてちょっとばかしそういう話に興味がある子で、ボクが普段壁と同化してるのを見て「ミステリアス」とか、そういう妙な印象を持っている子だ。百合の因子は孕むが、百合とはまたちょっと違う。若いねぇ。

 

見守り隊のボクではあるが、そういうお誘いには基本頷くことにしている。無論プラトニックな交遊。()()()()お誘い、とは言ったけど、文言自体は「話してみたい」とかそういうのさ。

 

しかし、だよ。

神妙な顔で百合を眺めているボクに対し「ミステリアス」という印象を抱くリコリスは、大抵拗らせてる。

 

要は「別に嫌われてるわけじゃないけどなんとなく影が薄い、罰ゲームでの告白相手にも選ばれなさそうな陰キャ」の美少女版がボクである……自分で言うのもなんだが。

 

とまあ、声を掛けてくるリコリスの拗らせ度合いは言わずもがなだろう。

 

そういう子たちと過ごす時間はなんやかんやで楽しいし、その後は後腐れもなく普通のお友だち止まり。

 

しかし、ボクとのいろいろな経験は、それでしか味わえない甘い気持ちをリコリスちゃんたちに植え付ける。というかそうなるように仕向けている。

 

具体的には、顔面を近づけたりする。

距離感をバグらせるだけで、交際経験なんざロクにないリコリスという生き物はオトせるのである。

 

この手法で、百合の素晴らしさをサブリミナルで教え込むのである。

 

そして……。

 

本当に大切な人を見つけるリコリスちゃんの姿を、ボクは後方で腕を組み眺めるのだ。

 

 

 

いわば孵化放流事業!

 

 

 

「……え、ていうか、フキさんてリコリコによく来るんですか?」

 

「そだよ?あ、確かに最近来てないけど」

 

フキちゃんは近年稀に見るほど性格の良い拗らせツンデレ野郎なので、おそらくパンチをかまして実質喧嘩別れのようになってしまったたきなちゃんを心配してのことだろう。会うための然るべきタイミングを見計らっているに違いない。

 

「しししっ……!アイツが店に来る理由、なんだと思う?」

 

「はぁ……?千束さんに会いに、とか?」

 

それはない。あってもこっちから願い下げだよ!……ね〜ぇ〜たきなー?恋バナとかぁ〜、しちゃわな〜い?」

 

フキはなんだかんだ良いヤツだ。

少なくとも今の千束ちゃんよりは。

 

ミカ本人が通信で会話を聞いている状況でフキの恋心をバラすとはなかなかだ。まあミカ本人も薄々気付いているからさして意味はないのだが。言わぬが花というものもあるだろう。

 

 

 

「コイバナ……?」

 

「えっウソ、まさか知らない?恋バナぞ?え?そんなことある?JKぞ?我らJKぞ?」

 

「擬態ですけどね」

 

「そうだけど、そうじゃなくて!年頃の乙女にはつきものでしょ?恋のお話だってば!恋!恋愛!たきなってそういう話、一度もしたことないの?」

 

「ありますよ」

 

「だよねー!ないに決まって……え?」

 

「恋バナですよね?さすがにわかります。周りのリコリスがそれで盛り上がることもありましたし。それが娯楽として浸透していることも理解しています。わたしは別に興味ありませんけど。わたしはそういうのまったく興味ありませんでしたけど」

 

二回言った。

なんでだよ。

ちょっと興味あるな?

 

「さあ、無駄話もそろそろ終わりにしておきましょうか。敵襲に備えて銃の準備をしておくのが良いでしょう」

 

誤魔化したな?

 

 

 

「まーボクに任せなってたきなちゃんよぅ。任務が始まれば華麗な運転テクニックを見せてやるから!もう溝落としとか使っちゃって──」

 

 

 

『あ、目の前の車がターゲットだ』

 

はよ言えーっ!

 

『いや、さっきから何度か位置は伝えてたが、お前らが雑談してるから声が届きにくかった』

 

なるほど?ごめんね!

 

『ああ。……大丈夫かお前。くだらない雑談で重要情報を聞き逃すとか、バカだろ?』

 

心配されたよ。

ま、まあ。大丈夫だ。なんとかなる。

任務が始まったら集中するさ。

 

『慎重に尾行しろよ。ヤツらも気付かれたままで拠点まで戻るはずがない。見つからずに追跡して、泳がせろ』

 

「りょーかい」

 

そんなわけで、ボクは目の前のハイエースを、適度な距離を保って追跡する。

 

なぜか信号を無視したり、一発免停確定のスピードで走るそのハイエースを……。

 

 

「……あの、ところでクルミちゃん。ひとつ聞きたいんだけど」

 

『……どうした』

 

「これバレてない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜバレたしっ!?」

 

「……多分、千束ちゃんのせいかな。というか確実にそうだ」

 

「なんですとーッ!?」

 

「いや、よく考えたらさ。二人は相手に顔割れてるだろ?だから後部座席に座ってもらったのに、それをキミ、わざわざ前に顔出してちゃバレるよな」

 

千束ちゃんのテンションに呑まれて特に何も感じなかったが、そういえばそうである。

 

「あ……。やっちまったぜ……。たっ、たきなー、介錯を頼むっ!私はここで腹を切ってお詫びします!」

 

 

 

「いや、大丈夫!ここはボクに任せてくれッ!」

 

こういうシチュを待ってたんだ!

 

逃亡する敵の行方を調べる、というシチュをなぁ! 

 

 

 

まずは窓を開ける。

それから、ダッシュボードを開けてマテバを取り出す。……学生鞄には銃がひとつしか入らないから、こうやって別の手段で持ち歩く必要があるのだ。

 

そして、ステアリングを右手でコントロールしつつ、左手でシリンダーを開け、太もものカートリッジホルダーへ手を伸ばし、弾を三発装填する。

 

一つは普通の弾。

 

 

 

そしてもう二つは特殊弾頭。

ミカ特製「トラッキング(追跡)弾」だ。

 

 

 

「クルミちゃん!発砲しても問題ないタイミング、分かる?」

 

『進行方向に工事現場がある。そこなら問題ない。……どっちみちカーチェイスは人目を引く。やるなら早めにな』

 

安心しろ。

ボクはプロだし、射撃の腕もある。

 

たきなちゃんに任せるのが一番安心なのだろうが、人間には時に譲れないものがある。

 

すなわち、ロマン。

 

 

 

「あっ!?アイツら、急に曲がって──」

 

ボクがマテバを構えた瞬間、敵は左方向に直角で方向転換。

 

 

 

「──なるほど。かえって都合がいい」

 

 

 

マフラーがポップコーンの弾けるような音色を奏でる。

 

「どっかに捕まってなよ、二人とも!」

 

エンジンが唸り、4WDの馬力が暴力的なまでに地面を捉える中、ボクはブレーキをおもっくそ踏み込んだ。

 

ドリフトというよりも、スピン。

 

側から見ればバランスを崩したようにしか見えないランエボの車体。だがボクはタイヤの隅々まで神経を張り巡らせている。

 

フィーリングで必死にアクセルワークを行う。練習しておけばよかったかなぁと思いつつも、もう止められない。

 

まあなんとかなるだろう。

 

なんとかなったわ。

 

 

 

スピンが終わると、車体は前後180度回転しており、運転席の窓からはしっかりと敵の車が見えていた。ボク、運転上手くない?

 

 

 

「……今だ」

 

 

 

乾いた音が三回。

 

それから、ガラスの割れる音。

 

 

 

 

 

 

 

 

ナンバープレートに二発。リアガラスに一発。良い腕だろ?

 

『次は最初からバレないようにしてくれ』

 

「厳しいねぇ、ったく」

 

ヤツらが急に方向転換したために車のスピードが落ちていたので、むしろ狙いやすくて助かった。

 

 

 

ハイエースはそのまま逃走。ボクらは車体がスピンしたためにすぐさま追いかけることができず、結果、逃げられてしまったわけだけど。

 

 

「敵が車を変えたりする前に追いつくべきだったのでは?」

 

「いんや、こっちは奇襲したんだ。そこまで用意できてるわけがない。万が一があってもドローンで見張れるから大丈夫。……銃の用意だけしときな」

 

「……」

 

「発信機を付けた。つまり、もうアイツらに逃げ場はないってことさ」

 

人生で言いたいセリフTOP10のうち一つ(ナンバープレートに一発、良い腕だろ?)を達成した今のボクに死角はない。

 

 

 

敵は泳がせる。

 

まさか弾頭に発信機が付いているとは夢にも思うまい。予備の分を含めた発信機二つ、ナンバープレートにしっかり食い込んだ。

 

残りのリアガラスに撃ち込んだ一発は、万に一つも発信機があることを悟られないため。

 

つまり、38口径を車内にダイブさせることで、三発全てが単なる銃撃であると思わせるのだ。

 

別に発信機を一つだけ撃ってもよかったが、それだと「次からは二発撃ち込め」なんてお叱りを受けてしまうだろうから。

 

ま、叱られたい気持ちもあったけど。

任務に失敗して一番困るのはボクなのでね。

 

 

 

「……ちょ、ちょいちょい何それ何それ何それっ!?めっっっさカッチョいーじゃん!?ズルい!?弌華だけ映画みたいなことしてるーっ!」

 

「弾を躱せるヤツに言われたくないな」

 

「それとこれとは別じゃん?」

 

「そう?ボクからすりゃ、キミが羨ましいけど。越えられない才能の壁の向こうに、ボクの求めるロマンがあるんだからさ」

 

「やめてよ、んな大したことじゃないって。……多分だけど、練習すれば誰でも躱せると思うんよ」

 

「銃弾を?」

 

「イエス」

 

「どうやって練習すんのさ」

 

「そこは、ほ、ほら!うちの地下の射撃場とかで、うまいこと、こう……」

 

うまいこと、こう、何だよ。

 

どっちみち、ボクが弾避けを習得するのは不可能である。あれは誇張なしに才能の領域なのだ。

 

ボクが毒を食ってもくたばらないのと同じで、千束ちゃんが弾を躱せるのは、予めその身に備わった驚異的な動体視力と反応速度という天賦の才によるもの。

 

ボクがどれだけ頑張っても、思いっきり身を屈めて一発躱すくらいが限界だろう。

 

「なんか変な話になっちったけど。ボクが言いたいのは、千束ちゃんもたきなちゃんも十分映画の世界の住人だってこと」

 

「え?わたしもですか?」

 

「当たり前じゃん!こないだのリスの依頼の時、自分が何したか覚えてるだろ?なあ千束ちゃん、たきなちゃんすごかったよなぁ?」

 

「あーっ!そういえばたきな、ドローン撃つ時すっごくカッコよかった!」

 

制御不能、空中で一回転する最中の車内から、数十メートル離れた小さいドローンの機関部を、外すことなく正確に射撃。

 

なんでお前はセカンドやってんだよ、とすら言いたくなるレベルの射撃の腕前の持ち主が井ノ上たきなである。

 

 

 

「各々しっかりやることやりゃあ、遠足よりも簡単に終わる仕事だ。ボクは早く帰ってマテバを枕の下に敷いて眠りたいぜ。夢の中で余韻に浸りたいな……」

 

「逆に、枕をマテバの下に敷いて寝ればもっと良い夢見れるんじゃね?」

 

「お、いいね、スゴくいい。千束ちゃん、天才ってよく言われない?」

 

「むふふっ、言われますなぁ〜!」

 

 

 

『敵が止まった。場所は……犯罪者が大好きな人気のない倉庫だ。ここっぽいな』

 

来たか。

 

「じゃ、行くか」

 

 

「あ、ちょい待ち!」

 

ボクが車を動かそうとした瞬間、千束ちゃんが言った。

 

 

 

「……私が運転したい」

 

「……オッケー」

 




某ハンター系漫画を読み返してたら時間がいつの間にか吹っ飛んでました。何故でしょう。

僕はただ、王位継承戦編の展開がまったく理解できなくて五回くらい読み返しただけなのに……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15: Little by little one goes far.

10日空けちゃった……
ワァ……ァ……

仕方ないんですよね。
水曜どうでし◯うの録画溜まってたんです。


 

……なぁ、これ、どう思う?

 

つまり、その……。千束ちゃんとたきなちゃんが強すぎる件について。

 

 

 

「ちょっ!?おぅわっ!?あっぶな!?」

 

危ない、というのは、ショットガンの弾を余裕綽々で避けれるヤツの発する言葉ではない。

 

基本的に敵のヘイトを買うのは彼女である。

なぜなら、強いので。

 

 

 

「……なんなんですか、あの人。相変わらず意味の分からない動きばかり」

 

千束ちゃんの変態立体機動によって翻弄される敵を寸分違わず撃ち抜くたきなちゃんも、相当に意味が分からないのだが。それも、致命傷にならない箇所を的確に。

 

 

 

「……これボク来る必要あった?」

 

『そう卑屈になるんじゃないわよ……。プッ、運転係』

 

「あ、おいコラ!今笑ったなアル中女!」

 

いつのまにかクルミの横で作戦をモニターしていたらしいミズキが、マイク越しなのをいいことにボクをからかう。ま、対面してようがからかってくるんだけどさ。

 

 

 

とはいえこのままじゃボクはただの穀潰し。運転係としての役目すら、半分くらいは千束ちゃんがやってる。

 

仕事は自分で探すもの、なんて言葉があるが、要するに「手際の良くないヤツは雑用してろよボケ」を丁寧にラッピングした美しい日本語なわけである。

 

てことで、ボクは雑用でもしてようか。

 

 

 

「たきなちゃん。敵、あと何人くらい?」

 

「はい、見える範囲には8人……ッ!」

 

小銃内で火薬が破裂し、小気味良いスタッカートを奏でる。この演奏会に不満があるとすれば、当たると致命傷になる鉛の塊が時折飛んでくること。

 

ったく。お喋りの途中に茶々いれるとは感心しないぞ犯罪者諸君。

 

ボクはジェリコの照準を覗き込み、ヤツらのうち一人の持つ楽器に狙いをつける。いい曲だったがパンチが足りないね。

 

そいつはこうやって吹かすんだ。

 

 

 

「これで7人」

 

銃を弾き飛ばされたそいつは、そのまま千束ちゃんの放つゴム弾で夢の世界へダイブした。

 

「そうですね」

 

「リアクション薄っ……。まあいいや。ボク、ちょっと探しものしてくるから、あと二人で適当にやっといてー」

 

「はぁ……。了解しました」

 

 

 

何の因果かこの世界に生まれ落ち、喫茶リコリコに流れ着いてしまったボクという人間の役目はなんだろうか……と考えたとき、ふと思うことがある。

 

ちさたきの尊さを守る。

これがボクのやるべきことじゃないかと。

 

というより、ボクは自分が好きだと思ったものを守りたいんだ。ちさたきだけじゃない、他のリコリスの子たちも。あんなに可愛い子たちが日々命を懸けてるんだ。

 

そりゃ、彼女たちは守られるほど弱くもないし、ボクは誰かを守れるほど強くもないんだろうけど。

 

 

 

「責任があるんだよなぁ〜……。めんどくさいけど」

 

『……どうかしたか?』

 

クルミは勘がいい。独り言には気をつけなきゃ。

 

「いや、何でもないよ」

 

 

 

責任。ボクの苦手な言葉だ。

 

ここで言っているのは、ボクが()()()()()()()()()()()()()責任のことである。

 

アランに目をつけられる特異体質を持って生まれてしまったこと。ボクはボク自身の存在それ自体に責任を負わなければならない。

 

よく考えずとも、ボクのような人間が世間の注目を浴びず裏の世界で生きていけること自体が奇跡と言っていいのだ。ボクを解剖すれば人類の医学薬学は大きな発展を遂げること間違いなし。

 

だけど、個人が人類のために死ぬ、なんて綺麗事を誰が受け入れられる?

 

そりゃ周りから見てる分にはいい。宇宙服にキズつけて一人小惑星に残るあのシーンは、誰もが感動してスクリーンが見えなくなるもんさ。

 

なんだったらアレだよな。映画の内容ミリしらでも主題歌聴いただけで泣けるよな。

 

 

 

……話が逸れた。

 

ボクは映画の主人公でもなければ、器のデカい人間でもないってことを言いたいんだ。

 

だからこそ、せっかくこうして生まれたのなら、リコリコの顛末を見届けたいと思う。

 

 

 

そのためにボクは責任を取らなくっちゃあいけない。自分が生まれたことによって発生した齟齬を修正しなければ。

 

ヘビーな事柄に聞こえるが、やることは簡単なはず。

 

 

 

「……とりあえず、探すか」

 

ドンパチは二人に任せておこう。

 

ボクはここに来た当初の目的を果たす。つまり、アランがこいつらと関わっているかどうかの証拠を見つけたいのだ。

 

捜索開始!ちぇっくちぇっく、わんつー!

 

机の上!なし!下!なし!

椅子の裏!なし!

棚の後ろ!なし!

なんかよくわからんブルーシートの裏!なし!

 

結論!なし!

 

 

 

「どこにもなさそうだなぁ……。ま、そりゃそうか」

 

なんだかなぁ。

 

ま、地域の平和維持という、リコリスとしての通常業務だと思えばいい。

 

「あと探してないところつったら……。あ、そうだった」

 

ひとつだけあった。

ま、望み薄だけど。

 

 

 

「なぁクルミちゃん……。尋問してみるっての、どうよ」

 

『いいんじゃないか。現代のハッキングじゃ人間の脳を覗くことはできないからな。ボクたちの知らない、何か新しい情報が出てくるかもしれない』

 

そうと決まれば即決行。

やっぱりボクもドンパチに混ざろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて。それじゃさっさとやろうか。なぁ?ボクもキミも早く帰れるに越したこたぁないだろ?」

 

リーダー格らしき男を引っ捕らえて、拘束したのちに話しかける。

 

「……口は割らない。殺るならさっさと殺れ」

 

「そりゃムリかな。ウチは不殺の看板掲げてるんでね」

 

「は……?」

 

喫茶リコリコでは、任務中に死人を出さない。味方はもちろん、敵にも。

 

その理由(ワケ)は、この店が千束ちゃんの意向に沿って運営されているためなのだが、率直に言うとこれがまた難しい。

 

何せ、ボクみたいなどこにでもいる普通の女子高生は、銃弾を躱す技術を習得していないので。せいぜい毒耐性だけ。それが戦闘に役立つ機会は限定的。

 

手加減には相手との力量差が必要だが、撃ち合いに関して、ボクは大したアドバンテージを有していないのである。

 

「こないだのウォールナット殺し、やったのはキミらだろ?それは確定事項だ、否定も肯定も求めない。質問はここからだ、オーケー?……当の殺し、依頼者は誰かな?」

 

「……」

 

ダンマリかよ。つまんないな。

 

 

 

「ハァ、尋問ってどうやればいいのかいまいちわかんないんだよなぁ……。たきなちゃんはこういうの得意?」

 

「……いえ。経験したことがないので、得意かどうかは分かりません」

 

多分すっごく得意だ。

得意すぎてすぐ殺っちゃいそうだな。

 

ぬるま湯に浸かったボンクラヤクザならともかく、こいつらみたいなプロアマにゃあ、苦痛や恐怖を与えて情報を抜き出す手法はいまいち通用しないと思う。

 

よってたきなちゃんには尋問を任せられない。

 

こういうのは、人たらしの千束ちゃんに任せるのがベターだよな。

 

 

 

「千束ちゃーん!ちょっち来てくれ!」

 

「ほいほーい、なした?」

 

「尋問。よろしくね」

 

「ちょちょちょ、えっ?……展開早くね?」

 

任せたぜ。

 

向かい合う捕虜と千束ちゃん。

 

 

 

「……」

 

「え、あー?えっと、ど、どもー……」

 

気まずい空間が生成されちゃった。

 

「あのー、ちょーっとお話ししたいだけなんだけど……」

 

「話す義理はない」

 

「ちょー、素直になろうよー?嘘ついたって何もいいことないんだからさ。てゆーか義理がどうとか言うんならさ。例の件の依頼者にそこまでする義理はあるん?」

 

「……俺らはプロだ。分かるだろう?依頼者の信頼を裏切るヤツはプロ失格なんだよ。給料分の仕事はさせてもらうぞ」

 

ふむふむ。

少なくとも相場以上の金は貰ってるんだろうな。となるとアラン絡みの可能性は依然高まる。

 

……だが、あまりにも証拠が少なすぎる。

 

「へぇー?依頼料はいくらだったの?」

 

「……」

 

「あー、お給料の話はマナー違反か……。なんかごめんね?」

 

「……なんなんだお前ら」

 

「ただの通りすがりの女子高生ですっ!」

 

「ふざけやがって。その見た目のくせに、銃の腕は確からしいな。だがお前らじゃあいくら尋問したところで、引き出せる情報はアリンコも食わねぇくらいにしみったれたもんだろう。お前らを見て怖がるヤツはいない」

 

意外といるんだよなぁそれが。

ま、あん時のヤツは態度だけデカいアマチュアだったんだけど。

 

「そりゃそうでしょー。別に怖がらせようとなんてしてないもん。ただ話が聞きたいだけだってばー」

 

「……フッ、なるほどな。別に話してもやってもいい。本当のことは何一つ言わないが」

 

うわ、まずいぞ。

千束ちゃんは嘘を見抜くのがヘタだからなぁ。

 

ま、たきなちゃんがいれば心配はいら……いや、二人ともちょっと安心できないな。

 

 

 

「……ていうか、さっきから何隠してんの?」

 

「……は?」

 

「その左手!さっきからずっと動かしてないじゃん?……見せて」

 

 

 

手の裏を見てみると、なるほど赤いシミがべったり。右脇のあたり。致命傷ってわけじゃないが、処置をしなければ危険だろう。ヘタに放っておけば失血死するかもしれない。

 

……ま、それは千束ちゃんの仕事だ。

 

「おい、何してる」

 

「何って……。応急手当て」

 

「違う!なぜそんなことを……?」

 

「しなきゃ死んじゃうよ?それとも死にたい?」

 

「……」

 

原作とは違い、こっちから喧嘩をふっかけた上でこの行動に至ってるわけだから、なかなか妙だな。

 

「で?依頼者については何も知らないの?知らないなら……ほいっと。とりあえず傷は塞いだから、あとはちゃんとしたお医者さんに診てもらいなよー」

 

千束ちゃんは治療を終えるとスッと立ち上がった。

 

「……おい。待て!」

 

「んー、どったの?」

 

「……貸し借りはなしだ」

 

突然本拠地に押しかけられ、メチャクチャ暴れられた挙句、治療までされたんだ。なかなか屈辱的なはず。それを「借り」と認識するのはなかなか難しいだろうに。やはりプロを自称するだけあるな。

 

どういう心境の変化があったのか。

ま、大体予想はつく。千束ちゃんの眼を見ると皆ああなると思う。ファムファタールなんだよ、あの娘。

 

 

 

「依頼者についての情報は少ないが、教えてやる。……電話越しで、ボイチェンも効いてたが、おそらく女だろう。ただ者じゃない。あの声色は相当場数を踏んでいる。裏と表の修羅場を潜ってきたに違いない」

 

「……せんきゅっ!」

 

感謝の示し方がアメリカンだな。

……人たらしめ。

 

 

 

「……お疲れ千束ちゃん。ボク車回してくるよ」

 

 

 

結局、アニメで履修済みの情報しか手に入らなかったな。

 

今は、一歩ずつ進むのすら難しい。

それでも、前に動ければいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

情報は、まあ、ないよかマシってとこだね。こればっかりは相手が悪い。何せ世界で指折りの才能を持つ者たちの結社だ。

 

「……結局逃したのか。まあボクの身の安全が保障されているなら問題はないが」

 

「かーっ、自己中。可愛げないわねアンタ」

 

「お前よりは可愛いぞ。行き遅れ」

 

「はっ、テッメ……!言っ、言っていいことと悪いことってあんだろーが!?

 

仲良いな。いつの間にそんな親しくなったんだ?

クルミズは尊い。これ常識ね。

 

 

 

「ていうか、千束ちゃんってホント人たらしだよね。そんな可愛い顔ではにかまれると、世の男は悩殺されること間違いなしだぜ」

 

「いやぁ〜、それほどでもあるっ!さっすが私!」

 

守りたい。この笑顔。

 

 

……そうだよ。ボクは守りたいんだ。

ちさたきだけじゃない。ボクのせいで捻じ曲げられた人生を送っている人たちを守る。

 

……いつまでもアランの件で進展がないせいで、自分でも精神が追い込まれてきていると認識できる。まずい兆候だ。

 

おかげでボクは矛盾を抱えてしまった。

 

大嫌いな「責任」という言葉について、今一度考える必要が生まれてしまった。

 

こうしてボクがもどかしい思いをしている間に、時間の流れが止まるわけでもなく。

 

 

 

……ヤツらに対して、受け身を取ることしかできない。

 

だが、受け身を取りつつ一矢報いる方法だってあるはず。

 

ボクはリコリコの顛末を知っている。

もちろん、これから先にボクがアニメの出来事をそっくりそのまま経験するとは限らない。だが大筋は変わらないはず。先日の銃取引やウォールナット事件などが根拠だ。

 

 

 

……やりたいことがある。

 

 

 

リコリコ四話のラストシーンは知ってるよな?

 

北押上駅でテロが起こるんだ。

 

DAは事前に情報を入手、リコリスを派遣し犯人グループに奇襲を仕掛ける。敵は狼狽え、散り散りに逃走。作戦は成功したかに見えるのだが……。

 

地下鉄構内に爆弾が仕掛けられていた。

スイッチ一つで吹き飛ぶ地下空間。

 

そこにいたリコリスがどうなったかは……。

 

 

 

別に、誰かを救うことが目的なわけじゃない。ボクがボク自身の精神を健康に保つため、表面上は利他的な行動をするだけの話。

 

要は、こうして先のことを予測できるのなら、いくらかやりようはあるってわけ。

 

 

 

「結局あの人も大した情報は持ってなかったし……。たきなのDA復帰自体は、今ある手札でいけそうだけど」

 

「そうだね。今はとりあえず、目の前のことから片付けてかないと」

 

「なんか伏線張ってるみたいな言い回しじゃん弌華」

 

「ん?あぁ……。実際張ってるからね」

 

「なるほど、大体理解した」

 

分かってないだろ。

 

ま、それはともかく。

 

ボクは先ほど精神の健康のために今後のプランを考えた。しかし、真に精神を良好にするためには、刹那主義とストイックの中庸を取るべきだと個人的には思う。

 

あまり先のことを考えても不安が増えるだけだが、かといって向こう見ずになってもうまくいかない。この塩梅が難しい。

 

 

 

「……千束さん。まだですか」

 

「そーんな急かさなくてもいいじゃん?あ、知ってる?人間って他の人と触れ合うと幸せホルモン分泌されるんだよ?」

 

 

 

その点たきなちゃんはいいよなぁ。

生きていく上で何かしらの塩梅を気にしたことなさそうだもん。

 

さっきリコリコに帰ってきて、店の制服に着替えたところなんだけどさ。

 

たきなちゃんはいつもツインテールにしてるだろ?あれ、千束ちゃんが毎回セッティングしてるんだよね。半ばムリヤリに。

 

たきなちゃんは別に恥ずかしがったりするわけではない。さして興味のない自分の髪を、さして興味のない千束という女にいじられても、特に感情が動かないというわけ。

 

……この子が千束ちゃん大好きガールに変貌していく過程を生で拝めるのが嬉しいな。

 

とにかく、さっきから普通に会話していたけど、その間彼女たちはずっと百合百合してたわけだ。

 

ミカ特製オリジナルブレンドコーヒーを飲みつつ、二人の尊いシーンを眺めるボク。

 

ちなみにミカ本人は後方腕組み父親面してニマニマしてる。実際千束ちゃんの親みたいなもんだから後方腕組みする資格は十分ある。

 

 

 

「……弌華さん?なぜニヤニヤしてるんです?」

 

ボクは後方腕組みを許されていないただのオタクだ。

今だけ壁になりたいぜ。

 

「ん〜?いやぁ、尊いなーって……」

 

「とうと……?」

 

気にしないでくれ。

 

 

 

うむ。精神の健康には結局のところ百合が一番効くと思う。すっごい、コレ。

 




先のプロットに迷って執筆が進まなかったんで、薄い内容でひとまず更新してやったぜ()

いやあのその……
創作は趣味の範疇に留めておきたいんです。義務感発生しちゃうと書くの楽しくなくなっちゃうんですぅぅ……(雑魚メンタル)(言い訳)

まあこんなネットの片隅の怪文書をわざわざ読んでくださる皆様は寛大なお心の持ち主なので許していただけると確信しております(何様)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16:Don’t run.

リコリコ二次創作を書いておきながらノベル版を読んでいないバカはいねぇが〜。


リコリスは殺しのライセンスを持ってる。

 

とはいえ、DAは秘匿された国家ぐるみの組織であるため、リコリスは実質公僕。よって、定期的にライセンス更新があるのだ。

 

「ボクはもう済んでるはず。今年の初め頃に昇格したばっかだからね」

 

セカンドからファーストに上がったのが大昔のことのように感じる。実際は半年も経ってないのに。

 

 

 

「私は行かなきゃダメかー。めんどいなぁ」

 

「こればっかは仕方ないだろ千束ちゃん。ライセンスないと銃持てなくなっちゃうんだから。……ま、君なら素手でも余裕で任務こなせそうだけど」

 

「いやぁ、キツイよー?だって私ぃ、か弱い女の子ですしぃ?ホント、筋肉量とかだと男の人にどうしても負けちゃうから。格闘戦は避けたいんだよねー」

 

それはリコリス全般に言えることだ。成人男性一人くらいなら余裕でブチのめせるが、手練れの男が相手ではなかなか厳しい。

 

もちろんボクは格闘が大の苦手。

仮に男の身体でもって取り押さえられでもしたらたまったもんじゃない。

ので、対策済みだ。

 

口の中に()()()()()の。

ファーストに上がった頃にも使った手。

 

これぞホントのキス・オブ・デス、なんつって。

 

 

 

「……たきなはついてくるって言ってたけど、弌華は結局どうするん?」

 

 

 

「そうだね。──行くよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「梅雨の季節は嫌いじゃないけど、ジメジメするのは死ぬほど嫌いだよ。国家規模の乾燥機とかないのかねぇ」

 

「それ、梅雨が嫌いってことじゃないの?」

 

「この時期の景色は好きなんだ。雨しとどの紫陽花だとか。どこか風流だろ」

 

「おー、なんか頭良さそう」

 

「そりゃどうも」

 

 

 

……たきなちゃんは黙りこくったままだ。

で、しきりにメモ帳に何か書き込んでる。

相変わらずだねぇ。

 

登場人物の心情を隠喩するように降りしきる雨の中、ボクたちは電車でDAへと向かう。

 

「……たきなー、何か考え事?」

 

「……司令に話すことを、考えてます」

 

 

 

「たきなっ、飴いる?」

 

「けっこうです」

 

 

……なあ、考えてみろよ。

たきなちゃんのメンタルどうなってんだ?

 

もう二ヶ月は経ってんだぞ?

なのに、なのにどうしてその距離感を保てるかねぇ。

 

DAの呪縛ってこんなに強いもんなのか。

 

「弌華食べるー?いちご味ー」

 

「マジ?ちょーだい」

 

……飴、今食べない方が良かったかも。

 

これからちさたき成分で口から砂糖が漏れること間違いなしなんだから。

 

「じゃ私も食ーべよっ……」

 

「千束さんはこれから健康診断でしょう?」

 

「えー?一個だけだしー?」

 

「糖分の摂取は、血糖、中性脂肪、肝機能その他の数値に影響を与えます」

 

「……はぁい」

 

僕は健康診断がないので、好きなだけ食べることができる。

 

 

 

小さくなった飴玉をこれ見よがしにボリボリ齧ったらめちゃくちゃ睨まれた。ゴメンて。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もこの辺鄙な山奥に法の支配を抜け出た秘密組織の本部があるとは思うまい。

 

何せ国家ぐるみの偽装だ。ラジアータ等を動員し、衛星からも隠れている。

 

 

 

「錦木さんは体力測定ですので、隣の医療棟へ。井ノ上さんは……」

 

認証ゲートを通り、受付の女性と話す。

 

 

 

「楠木司令にお会いしたいのですが」

 

「司令は現在会議中です。お戻りになるのは二時間後ですが──」

 

ボクは耳がイイわけじゃないが、たきなちゃんの鼓動が早まっていることは分かる。

 

この二ヶ月、一度たりとも忘れたことはないであろう彼女の本願が、あと少しで達成されようとしているのだから。

 

 

 

ねえ、アレ……

 

ウソ、味方殺しの……

 

 

 

DAを追い出された、とか、組んだ子を皆病院送りにする、とか。

 

乳臭いリコリスが陰口を叩いているが、リコリスなら正々堂々と勝負しろよ。

 

……いや、暗殺専門だから正々堂々は違うか。

 

「──お待ちになりますか?」

 

「……あ、はい」

 

 

 

指令を無視したんだって……

 

指令に従ったことの方が少ない身としては、どうも面白くない悪口だなぁと思う。

 

 

 

「……わたし、訓練場に行ってますから」

 

「あ、ちょっ……!?」

 

行っちゃった。

 

メンタルに定評のあるたきなちゃんといえど、DA復帰が絡んだ途端こうだ。

 

……皆、まだ子どもなんだよ。

 

リコリス・リコイル。

親離れと子離れができない人たちの物語。

 

 

 

「……あの、蘇芳さんはどのようなご用件で?」

 

「あ、ボク?えっと、暇だったから」

 

「は、はぁ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

二時間って思ったよりも長いな。

そんで、思ったよりもやることがない。

 

暇つぶしに司令部にクラック用のバックドア仕掛けようかとも思ったけど、クルミがいるのでそんなもの必要ないし。

 

友人を訪ねようと思っても、皆任務で出払っているみたいだし。

 

いっそのことナンパでもしようと思ったけど、たきなちゃんが言われてたやつの数倍面白くないチクチクことばを聞くハメになった。

 

そういえば、ボクもDAを追い出されてた身だったな。そりゃ色々言われるわな。今気付いた。

 

 

 

しょうがないので、たきなちゃんと同じく射撃訓練でもして暇を潰そうかと思い、訓練場へと足を運んだ。

 

 

「やっほー、たきなちゃ──」

 

火薬の炸裂音が、耳に反響する。

 

 

 

「……うわ、相変わらずすっごいね」

 

「弌華さん。どうかしましたか?」

 

「いや、何となく来てみただけ。……暇つぶしにぶっ放す気でいたけど、たきなちゃんのを見てた方が面白そうだ」

 

ターゲットの心臓部位に、ワンマガジン分きっちりと風穴が空いている。

 

正確無比な射撃。穴の数は一つだけ。井ノ上半端ないって。

 

「……そうですか」

 

ボクとの会話を楽しむ気は毛頭ないらしいけど、そっちのがありがたいね。その分千束ちゃんに依存してくれればいいから。

 

 

 

メトロノームのように引き金を引く彼女の指からは、一切の精神的動揺を感じない。

 

今の彼女は、射撃に己の感情を持ち込まない。

 

「……ワンホールショット。さすが」

 

「……どうも」

 

彼女を()()()()のは千束ちゃんだけだ。

 

「……っ!」

 

弾丸に感情を乗せられないから、たきなちゃんの内で何かモヤモヤしたものが膨れ上がっていく。

 

 

 

何となしに視線を上に向けると、誰かと目が合った。訓練場上階の足場を、赤髪の人間が歩いている。

 

……てか、楠木さんじゃん。

 

「……?」

 

手をクイっと動かして、ボクに合図を送ってきた。……あとで話したいことがある、ってことか?

 

 

 

「……やっぱりボクも一回ぶっ放しとこうかな。隣借りるよ、たきなちゃん」

 

「あ、はい」

 

鞄から二丁の銃を取り出す。

 

この万能鞄はDAの支給品だけど、適当に改造して収納力アップさせたんだ。内蔵バッテリーを超小型のやつに変えてスペース増やしたから、懐中電灯とか、便利機能の性能は落ちちゃったけど。

 

「……アキンボッ!」

 

リボルバーとオートマチックの二丁構え。

やってるヤツ見たことないな。

 

気分がノってきたので、両手に構えたまま引き金を引いてみた。

 

キチンと狙ってはいるけれど、的に当たる弾より外れる弾の方が多い。

 

 

 

「おっ、あはっ、スッゴい……!全然当たらんっ!」

 

「当たり前でしょう」

 

二兎を追うものは何とやら。あるいは急がば回ってみるだとか。

 

持つ銃の数を増やしたとて、当たる弾が倍になるわけではないのである。世知辛いね。

 

「……でもキアヌとかスタローンは二丁拳銃で敵をバッタバッタ倒してるんだよなぁ」

 

「映画の見過ぎですね。……『マックストリック』でしたっけ」

 

「その通り。たきなちゃんは見た?マックストリック回避!一回やってみたいよねぇ〜」

 

超高速でのけぞって銃弾を回避するあのシーンは、ハリウッドでも十本の指に入る名シーンだろう。

 

……千束ちゃんならできそうだな。

 

 

っと、ムダなことを考えていたら、どうやら誰か来たようだ。

 

 

 

「へぇ〜……。やばいっスね」

 

的の頭を撃ち終えたたきなちゃんが振り向くと、やけに挑発的な声の主がそこにいた。

 

「どもーっす。……乙女サクラっす」

 

 

 

……実際対面してみると、なかなかボーイッシュガールって感じで可愛いな。態度は可愛くないけど。

 

 

とまあボクが観察してみても、さくらちゃんはそれを意に介す様子もなく、たきなちゃんに握手を求めた。

 

不敵な笑みを浮かべつつ差し伸べられたその手を、たきなちゃんが取る。

 

 

 

「命令違反したあげく、仲間にぶっ放したって?ホントっすか?」

 

「……っ!」

 

「うわっ、マジなんすね?」

 

「違う、わたしは……!」

 

「やっぱ、敵より味方撃つ方が燃える〜!みたいな?」

 

やめてください

 

「おっと、おっかなぃ……。撃たないでくださいよ〜?あっ、殺しの時しか笑わないんでしたっけ?」

 

いや、むしろ無表情のまま殺すから超怖いぞ、たきなちゃんは。

 

「誰がそんなウソを……ッ」

 

「っ、いや、あーしは好きっすよ〜?映画の殺人鬼みたいでカッコイっす!アッハハハ──」

 

 

 

あれ?ボク空気じゃね?

 

……ああ、考えてみれば、そりゃそうか。

 

「──まぁ、安心してくださいよ。先輩が抜けた穴は、後任のアタシがしっかり埋めますから」

 

「後任……?」

 

「あれ、聞いてなかったんすか?自分がこれからフキさんのパートナーを務めるんす。あんたの席はもうないっすよ?」

 

そう。乙女さくらは井ノ上たきなの後任。

ファーストリコリス、春川フキの相棒役の。

 

彼女がわざわざたきなちゃんを訪ねて挑発してきた理由はそれだ。

 

尊敬するフキ先輩のパートナーになれた。だけどその椅子は自分で勝ち取ったものではなく、あくまで井ノ上たきなの代わり。

 

彼女が井ノ上たきなに対して敵愾心のようなものを覚えるのも頷ける。ずっと憧れていたポストに、たまたま空きができたという理由だけで就けてしまったのだから。

 

本人はいい気がしないだろうね。

この煽りたがり屋の性格なら尚更。

 

つまり、彼女がケンカを売りたいのはたきなちゃんだけであって、ボクは関係ない。はず。

 

 

 

「ちょっと?……黙れ小僧

 

おや、いつの間に来てたんだ。

犬神様……じゃなくて千束ちゃんよ。

 

「……あんた誰すか?」

 

 

 

「ソイツが千束だ」

 

「フキ先輩っ!あ、司令まで……。っ」

 

体力測定が終わったらしいファーストの二人と、楠木さんがそこにいた。

 

それにしても、さくらちゃん、楠木さんを見た途端すぐさま姿勢を正したね。デキる子だ。

テーブルに肘をついて脱力しているボクと違って。

 

「へぇ、()()が電波塔の……」

 

千束ちゃんの名前はリコリスのほぼ全員が知ってるからね。まさに生ける伝説。

 

「コレって言うなぁ!?」

 

いやただのアホだ

 

それはそう。

さすがフキちゃん。千束ちゃんの本質をしっかり見抜いてらっしゃる。そうとも、ただのアホだ。よく奇行に走るし、ウソつくのヘタだし。

 

「……ッ!司令!」

 

たきなちゃんは楠木さんに向かって一目散に歩いた。

 

「……わたしは銃取引の新証拠となり得る写真を入手し、提出しました!この成果ではまだDAに復帰できませんか?」

 

「復帰……?」

 

「っ?成果を上げればわたしはDAに──」

 

 

 

そんなことを言った覚えはない

 

彼女は眉一つ動かさず、そう答える。

 

 

 

……うん、ボク完全に空気だ。

誰もこっち見てないもん。

もしかしたらボクは透明人間かもしれない。

 

「諦めろ、って言われてるのまだ分かんないんすか?」

 

と、ここでさくらちゃんがさらに畳み掛ける。

 

 

 

「──大人しくしときゃあいいんすよ。ソッチのズボラそうな面したデカ女みたいに」

 

おいテメェ今何つったよコラァ!?表出ろや口だけのビッチが!

 

「……お、おー、こっわ」

 

「いや素で引くなよ!つーか、ケンカ売ったなら最後まで筋通せ!ズボラだとか抜かしやがって!今更取り消したって遅いぜ、リコリスに二言はないからな!」

 

はー、ないわー、許せんわー!

 

思わぬ流れ弾が飛んできて、ついキレてしまった。図星だったからダメージでかいぞ。

 

「あ?誰かと思えば元DAの問題児様じゃねえか。いたのかよ」

 

「さっきからずっといたよ。何ならボクはこのまま空気と同化しようとしてたんだけど、そこの面白い髪型したヤツに煽られたとなっちゃあ黙ってはいられない!……と思ったけど、やっぱいいわ。キレたらなんかスッキリした、うん。怒ってゴメンねさくらちゃん」

 

「えっ?」

 

危ない危ない。

 

今は大事な局面、場の流れを乱すわけにはいかない。

 

傍観者気分でいたために流れ弾への反応をミスったが、まだ取り返せる。はず。

 

……ムリがある?いやそんなことはない。

断じて。今のは自然な流れだった!

 

 

 

「……そうだよ!ボクのことなんかどうでもいいだろ?」

 

「え、あ、まあそうスけど。……アンタ情緒どうなってんすか」

 

知るかボケ!

 

「とーにーかーくー!今はほら、たきなちゃんの件だ、なあ千束ちゃん?さっき楠木さんが言ってたこと、納得できないよな?」

 

「ほえっ?あ、うん、そう!楠木さん!ソレはちょっとヒドイじゃないですか!たきなはDAに戻るためにずっと頑張ってきたんですよ!?」

 

よし、これで元通り。

 

「井ノ上たきなのDA再配属は行われない。これは決定事項だ」

 

 

 

「そんな……?わ、わたし、は……?」

 

 

 

「聞いたかよ。お前の帰る場所はもうここじゃない、二度と戻ってくるな。ゴム弾しか撃てねぇバカとよろしくやってろ」

 

「んだとテメーっ!どこ中だコラァ!?」

 

「頭の中までゴムになったのかよ?理解できないなら言葉にしてやる。お前らはDAには要らないんだよ!一生電波塔のふもとで茶でも淹れてろ!」

 

「おーおー、言ってくれるねぇ?」

 

「いつまで経っても理解できないみたいらしいな?……それなら、模擬戦で叩き潰して分からせてやるよ」

 

「上等だコラ!たきなーっ、二対二で──」

 

「……っ!」

 

「あっちょ、たーきなーっ!?」

 

俯いたまま、たきなちゃんはどこかへ走り去った。

 

「っははは、逃げやがったよ!」

 

 

 

よし。皆聞いてくれ。

 

ここがすごい!春川フキ!

 

ひとつ、自ら憎まれ役を買って出る。

 

……今の会話で全面的にヘイトを引き受けたのは、わざとだ。

 

あえて突き放すことで、たきなちゃんがリコリコに馴染めるようにしているんだ。元相棒というだけでなく、DAという組織の一員という立場から、たきなちゃんの未練を断ち切ろうとしている。

 

千束ちゃんとの煽り合いは、完全な協力プレーである。

 

ひとつ、仲間想い。

 

彼女は指揮官の適性がある。つまり、部下に慕われるカリスマがあるのだ。多くのリコリスがフキちゃんを目標とし、日々努力している。さくらちゃんのように。

 

そして、フキちゃんは自らを慕う相手を気遣えるだけの器量がある。

 

今だって、若干暴走気味だったさくらちゃんの煽りを言外に諌めつつ、リコリコ陣営とDA陣営どちらも納得のいく着地点を探って発言している。

 

ひとつ、実力がある。

 

彼女はファーストリコリス。

それも、ボクや千束ちゃんみたいに妙ちきりんな才能があるわけではない。

 

ただただ強い。シンプルに強い。

 

それがどれだけ素晴らしいことか、分かるだろ?

 

 

 

……とはいえ、千束ちゃんとフキちゃんでは、実力の差は明らかだ。

 

弾を躱せるやつと、躱せないやつ。

 

勝つのがどっちかなんて、決まってる。

 

 

 

それでも彼女は模擬戦を挑んだ。

そりゃ、千束ちゃんを負かしたい気持ちもあるんだろうけど。

 

それ以上に。

 

自身の実力を証明し、フキちゃんの相棒としての資格を示したいさくらちゃん。DAへの未練を断ち切らなければいけないたきなちゃん。

 

双方が納得できるよう、場を収めた。

 

人の気持ちが分かる子なんだ。

ていうか働きすぎだぞフキちゃん。もっと自分を労われ。

 

 

 

たきなちゃんに救いの手を差し伸べるのが千束ちゃんなら、フキちゃんは裏から後押しする。

 

 

 

……よし、ボクはちゃんと空気になれてるかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

「……生意気なクソガキめ」

 

そう吐いて捨てる楠木さんの目は、どことなく優しかった。

 

「あはは、そうですね、確かに千束ちゃんはクソガキだ」

 

だからこそたきなちゃんを救える。

 

 

 

「……さて、蘇芳弌華。一体何の用があってここに来た?お前の席はもうDAにはないぞ?」

 

ボクと楠木さん以外誰もいないシューティングレンジ。ここでの会話が外に漏れることは決してない。

 

「そうですね。ま、強いて言えば、楠木さんに会いたくて」

 

「……そうか」

 

「ええ、貴女の()()()を聞きに。あ、でも手短に済ませてくださいね?ボクこれから百合ーゴーランド観に行くんで」

 

「……は?」

 

「あ、いや、何でもないです。気にしないでください」

 

「……」

 

時を戻そう。

 

「あー、それじゃ、独り言をどうぞ」

 

「……そうだな。近頃、扱う情報の量が増えてきている。少し整理して考えるべきかもしれない」

 

声の大きい独り言だなぁ。

 

 

 

「最近手に入った情報は……。ウチの組織内部に、テロリストのクライアントがいる可能性がある、だったかな」

 

 

 

「……何ですって?」

 




百合と銃撃戦だけ書こうと思ってたのにソレ以外の謎パートがグダグダ続いてしもた……

まーいっか(適当)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17: Hymenopus coronatus.

十日経っちった……。

今週はリコリコ三期ですか、楽しみですね。




「詳しい情報はない。今の所こちらが劣勢で、こちらの行動は全て筒抜けだ」

 

「……」

 

「我々のような超法規的組織は性質上、国内でテロが起こったとき、組織内部で利益を得る者が必ず存在する。我々はテロという需要に対し、軍事力という商品を供給するのだから」

 

表立った金のやり取りはない。

当然だとも。

 

国内のインフラや情報ネットワークの最上部に位置するラジアータを擁する組織だ。生半可な隠蔽工作はやってない。

 

裏社会の犯罪者と、超法規的組織内部の誰かと、アラン機関。

 

ソイツらが繋がってるのは確定。

 

「内部にいたのは内通者ではなくクライアントだ。近頃頻発する事件で得をする人間が組織の内部にいる」

 

「……真正面からじゃ勝てない」

 

「DAは大っぴらに動けない。一連の陰謀を阻止できるヤツがいるとすれば、どこの組織にも属さない、とびっきりの跳ねっ返りだろうな」

 

 

 

現段階で最もディープな情報を引き出せる場所が分かっただけでも大きな収穫だ。

 

リコリスと似たような組織はいくつかあるが、怪しい組織となりゃあ限られる。

 

例えば、リリベル。

 

電波塔事件以前は、治安維持は基本あっちの担当だったらしい。

 

電波塔で千束ちゃんによりリコリスの少数精鋭による暗殺戦法の有効性が示され、今現在に至る。

 

……もしもの話。

 

リコリスという組織が抹消されれば、リリベルには一定のメリットがある。

 

被る利益、不利益を鑑みてみると、誰かが必ず得をするだろう。

 

何せ、治安維持の主導権を掌握できるのだ。

 

 

 

それはそれとして。

 

 

 

「……あの、ちょっと一旦席外していいですかね」

 

「ん?どうかしたか?」

 

 

 

百合ーゴーランド見に行くんで

 

「……?」

 

「それじゃ、ちょっと失礼!」

 

あの名シーンを見逃すわけにはいかない。

 

ボクはリコリス寮の噴水へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ハァッ、ハァッ……」

 

ああ、なんとかたどり着いた。

全力ダッシュしたからなかなかキツいぞ。

間に合ったかな。

 

とりあえず、まずはちさたきを探そうか──

 

 

「──ァッ、ハッ……!?」

 

あっ、あっ!あっ!

 

「んんんん〜〜ッ!」

 

うわーっ、あーっ!

 

よっしゃあ!うおおおお!

 

「……ックゥ〜〜〜〜ッ!」

 

うんうんうん!うん!

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました楠木さん」

 

「……いきなり肌艶が増したな」

 

「百合ーゴーランドのおかげです」

 

「……はぁ、まったく。そのユリーゴーランドとやらが何かは見当もつかないし、知りたくもない」

 

見ると幸せになれるんだよ。

ボクは語彙力を無事失った。

 

本来の目的はこれにて果たせたので、帰っても別に良いのだが、楠木さんが可哀想なのでね。

 

 

 

「あ、そうだ楠木さん。あの子たちは元気ですか?」

 

「……最近はメキメキと力を付けているよ」

 

「ほほう、そうですか。ボクのおかげだ」

 

「そのようだ。お前は反面教師としてはこれ以上ないほど適任だからな」

 

「ひどっ!」

 

まあ……。案外、いや、普通に事実かも。

なんにせよ大事なのはそこじゃない。皆が元気そうでよかった。それだけが知りたかったんだ。

 

 

 

「さて……。件の四人だが。例の作戦に関わっている以上、敵に狙われる可能性は高い」

 

「……そうですね」

 

「だが敵の正体は分からない。姿を暴こうにも、おそらく状況的にも技術的にもこちらが不利。……だが、ひとつだけ。情報を得られる手段がある」

 

 

 

「……アンタがそれを実行するんなら、ボカぁDAをぶっ潰しますからね」

 

「ああ。私とて、進んで実行したいわけではない。リコリスは貴重な資源だ。使い捨てするには惜しい」

 

ズブの素人ならともかく、特殊訓練を受けたキリング・マシーンを使い捨てるなんて、もったいない。いや、ズブの素人だとしても死傷者を出すべきではないんだろうけど。

 

「そりゃそうでしょう。百合の花を枯らすなんて、世界の損失だ」

 

「彼岸花だろう?……まあ、それはいい。とにかく、情報を手っ取り早く得るためには、リコリスを囮に使うのが最適だ」

 

 

 

どのような生き物であれ、無防備になる瞬間というものは必ず存在する。

 

それは、攻撃する時。

対峙する相手にとって、それは最も危険な瞬間だが、側から見ている者からすれば、最も隙が生まれる瞬間に他ならない。

 

囮をテロリストに襲わせれば、情報が手に入る。

 

もちろん、囮の安全は保証できない。

 

 

 

「……囮作戦はあくまでも有力な選択肢のうちの一つ、というだけでしょう?本当に情報が得られるかは分からないし、第一囮役の危険が危ない」

 

危険が危ないのである。

大事なことなので再三言うぞ。

 

「無論だ。他に打つ手がなければ、私もそういった手段を用いるだろうが……。幸か不幸か、都合の良い人材を私は知っていてね」

 

DAの指揮下にないボクは、より過激な攻性の存在となる事ができる。ダイレクト・アタックよりも攻撃的とは、なかなか面白い。

 

「誰なんです?そんな都合良く働いてくれる美少女は一体」

 

「美少女じゃない。可愛げのないガキだ」

 

「いやだなぁ、ボクだってリコリスですよ。日頃から、そりゃもう世間の目を欺けるように擬態してる。花の女子高生らしく、ね」

 

ボクはリコリスに擬態し、リコリスは女子高生に擬態する。

 

リコリスは彼岸花。

美しさとは裏腹に、あるいは美しさの通りに、その花弁や茎、そして根、全てに毒がある。

 

そんな彼岸花に擬態するボクは、何なんだろうな。

 

 

 

……彼岸花の花蟷螂(ハナカマキリ)

さしずめ、そんなとこ?

 

いつまでも来るはずのない獲物を待っていた。

 

いい加減、それも終わらせないと。

 

 

 

「……さて。私たちは今、まったく会話をしていない。この部屋では一切の情報のやり取りは行われていない。分かったな?」

 

「もちろん」

 

「では私は模擬戦の準備にかかる」

 

「はい」

 

「……今のは『出て行け』という意味だ」

 

「それならそうと言ってくれなくちゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『──ただいまより模擬戦を開始する。双方、実戦と思って臨むように!』

 

相変わらず楠木さんは威厳があるんだかないんだか。

 

彼女は決して無能ではない。

ただ、指揮官に向いているとは言い難い。なぜならば、優しいから。

 

もちろん、孤児を使う都合上、その優しさはメリットにもなり得る。

 

訓練は厳しいけど、時々優しい言葉をかけてくれるのだ。

 

そう、楠木さんは皆のママである!

 

そんなママを労ってやるために、ボクがすべきこと。

 

 

 

……リコリコじゃあ、DAが活躍する場面は少なかった。喫茶リコリコとちさたきにフォーカスする関係上仕方ないことだが、DAはそういう役回りだった。

 

だけども、今ここにいる楠木さん他DAの面々は、事実として、日本に八年間の平和をもたらした。

 

つまり、まったくの無能集団というわけではない。……実際、DAの訓練は世界トップレベルだから、人員も精鋭揃い。

 

だが今回ばかりは相手が悪い。

世界()()()()()()ではなく、文字通りの()()()であるアランが相手じゃあ。

 

何よりマズいのは、内通者がいること。

そのせいで、DAは後手に回らざるを得ない。

 

このままだと、世界はアニメリコリコと同じような顛末を辿るのだろう。

 

……それが、ボクがいる理由なのかな?

DAが満足に動けなかったせいで、多くのリコリスが犠牲になった。

 

……ボクはリコリコのファンの一人として、ストーリーに直接的に絡まず、慎ましやかに過ごそうと思っている。

 

ちさたきが尊いことをやってる間に、ボクはボクが手を伸ばせるだけのリコリスを救ってやる。

 

リコリスのムダ死に……いや、意義のある死さえも、今のボクには許容し難い。

 

アニメ内じゃただの舞台装置だった彼女たち。今は、ボクの目の前で人間として息をしている。

 

 

 

「……ありゃ、もうサクラちゃんはダウンか」

 

ぼんやり観戦していたら、いつの間にやら山場を迎えていらっしゃる。

 

千束ちゃんが相変わらずのチートスキルでサクラちゃんを手玉に取り、散々煽られた仕返しをしつつ、模擬戦用のペイント弾でトドメ。

 

残るはフキちゃんだけど、こっちはなかなか手強い。

 

さっきからチート持ちの千束とかいう化け物と渡り合っているし、時々あと一歩のところまで押し込んでいる。

 

単純な身体能力の高さもあるが、それ以上に立ち回りの隙がない。

 

うん。フキちゃんも化け物。

ファーストって化け物しかいないじゃんか。

 

じゃ、どうしてボクはファーストなんだ?

 

これは純粋な疑問ではなく、単純に驚いているだけ。

 

戦闘能力では並のセカンドと同じかちょい上くらいのボクが、特殊体質のみでファーストとして扱われることに。

 

……まあ、それだけ価値がある体質なのだろう。自分でも、この身体の異常性と希少性は十分理解しているつもりだ。

 

この体質は、ボクの切り札でもある。

 

 

 

「……あ、たきなちゃん来た」

 

気づけばもう模擬戦も終わる頃。

 

かつてたきなちゃんがDAを追放された際につけられた頬の傷。フキちゃんの拳がつけた傷。

 

今はフキちゃんの頬に傷が浮かんでいる。

 

ペイント弾を当てるだけの模擬戦で、たきなちゃんはわざわざ雄叫びを上げながらブン殴ったわけだが。

 

青春してるねえ。

ああ、眩しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……たきなちゃん、キミぃ、やるじゃあないか。なかなか」

 

「何がですか?」

 

「いんや、言わぬが華。言わぬが百合の花……。ボクはボクのあるべき位置で花を愛でるさ」

 

帰りの列車にて。

 

シートは二席ずつ向かい合っているわけだが、たきなちゃんは自分の向かいに荷物を置いた。

 

ボクというよく分からん存在のせいで、人数は三人。つまり、絶対に誰か隣り合わせで座る必要がある。

 

行きの列車では、たきなちゃんは自分の横に荷物を置き、そのままシートを一列独占していたから、隣に座る余地はなかった。

 

それが今はどうだ。

 

向かいに荷物を置く。

さあ千束、座ってくださいよと言わんばかりに、隣を空けている。

 

当然ボクはたきなちゃんの荷物の横に座る。ちさたきはこれからずっと一緒になるべきだ。ボクは全力でサポートするぞ。

 

「弌華、何ニヤニヤしてんだよぅ」

 

「んー?いやぁ、今日はいいもん見れたからさぁ。思い返してた」

 

百合ーゴーランドは良かったなぁ。

あれは無形文化遺産に登録すべきだ。

 

「あぁー、弌華も模擬戦見てたんなら分かると思うけどさ。最後、たきなが撃った時!アレ見てた?」

 

「ああ、キミが弾躱してたヤツだろ?」

 

模擬戦のトリはたきなちゃんの銃弾が飾った。

 

その瞬間は、たきなちゃん、千束ちゃん、フキちゃんの順で一列になるような位置関係だった。

 

つまり、たきなちゃんの正確無比な射撃コースの中間地点に千束ちゃんがいたわけ。

 

 

 

「たきなさぁ?」

 

「……なんです?」

 

「私を狙って撃っただろ……?」

 

 

 

千束ちゃんが黙って差し出した飴を、これまた黙って受けとるたきなちゃん。

 

 

 

「きっと避けると思いましたから」

 

「ふぅん……?」

 

「非常識なひとですよ。()()は」

 

ボクは空気ボクは空気ボクは空気。

 

 

 

「でも、スカッとしたなぁ?」

 

 

 

「……ええ」

 

いい顔してんなぁ。たきなちゃん。

彼女の心のわだかまりはすっかり溶けたのさ。登場人物の心情を描写するような雨もすっかり止んでるし。

 

 

 

「あ、弌華も飴食べる?」

 

「……いや、ボクはいいや」

 

「おぅ、ラスイチじゃぞ」

 

「いや、大丈夫。口の中は十分甘ったるいから」

 

「……?じゃ私食べちゃおっと」

 

 

 

……ごめん、今のはウソ。

飴はいらないけど、その理由は決して口から砂糖が出そうだからとか、そんなバカな理由じゃない。

 

 

 

……ちさたきって、こんなに眩しいの?

 

これまではあまり抱くことのなかった、世界から疎外される感覚。

 

今。それがいっそう強まっている。

 

 

 

「……お、見てみ。ほら、弌華も」

 

千束ちゃんのスマホが鳴った。

 

「ん、どしたの……って、ああ、なるほど」

 

リコリコから連絡だ。

ボドゲ大会開催のお知らせ。

 

「っし、じゃー、二人とも!ちょっと寄って、もーちっとこっち寄ってさ……そうそう、そんな感じ!ほいじゃ撮りますよーっ!はーい、パルミジャーノレッジャーノ!」

 

ボクを含めた三人が画角に収まる。

 

「んでもって、『皆で行くぜ』っと。ていうか、たきなの初ボドゲじゃん?これは楽しみですなぁ?」

 

「負けるつもりはありませんよ?ルールなら見ているうちに覚えましたし。論理思考なら得意分野ですから」

 

たきなちゃんの笑顔がこんなに素敵だとは。

やっぱりちさたきはこっからが本番だね。

 

 

 

……ああ、まったく。

 

いい加減にしろよボク。

どうしてこんな急にネガティヴな感情が湧いてくるんだ?

 

……こんなの、掃いて捨てる手間すら惜しいほどの、くだらない、バカげた思考だ。

 

言い聞かせても、一度始まったものを止めることは決してできない。

 

 

 

ボクはボクだ。決して不要な存在などではない。ボクにはやるべきことがある。

 

……喫茶リコリコに来たのは、やるべきこと、ってわけじゃないよな。

 

成り行きとはいえ、本来であればボクはここにいちゃいけない。

 

大人しく、画角の外で適当に生きてりゃよかったのに。

 

 

 

好き勝手生きる、を標語にしておいて、ちさたきに照らされると、想像以上に自分のつまらなさが露呈してしまって。

 

 

 

……やめなくちゃ。

考えても仕様のないことを、いつまでも頭の中心に置いておく意味はない。

 

 

 

あれ?分からなくなってきた。

ボクは、生きている人間だよな?

 

一度死んで。なお死んだままだったボクは、アランの援助によってようやく歩けるようになった。

 

だから、ひたすらにボクは、自分が生きているのだと信じて疑わなかったし、蘇芳弌華という人間の構成材料には、生者としての自覚が幾分か含まれていた。

 

……生きていると言えるか?

 

人生には目的が必要か?

と問われたから、ボクは「リコリスたちを助ける」という崇高かつ陳腐な目的を設定した。

 

ただ目的のために動作する肉人形は、果たして生者と言えるか?

この問いにボクは答えようとしたし、事実、答えられるはずだった。

 

ボクは俗に言うロマンチストで、ボクの自我は()()()()によって定義されている。

 

……ボクは所詮、独りよがりのこだわりに縋ってでしか、自分を見つけられないのか?

 

千束ちゃんは、ボクよりもずっとずっと、()に近い。そりゃそうだろ、命を奪う鉛の塊が頬を掠めても平気な顔をしている。

 

だのに、彼女は生き生きしている。

 

彼女の周りの人たちも、千束ちゃんを見ると活力が湧いてくるようだ。

 

……ボクは違った。

その様子を見て、打ちのめされてしまった。

 

今まで、自分は自由を謳歌できている、と思い込んでいた。でも違った。

 

 

 

この世界にとって、ボクの存在は()()()()()()()

 

まるで、頭の悪い神サマや、教室の隅で机に突っ伏している中学生の考えた妄想みたい。

 

ボクの存在は、ありきたりな救済物語……この場合「ムダ死にしたリコリスを救う」、そのことに都合が良すぎる。

 

初めっから、ボクに自由なんてありやしなかったのか?

 

 

 

「……ねぇ、千束ちゃん」

 

「ん?どった?」

 

「……いや、やっぱ何でもない。気のせいだった」

 

「えっ何?私の顔になんかついてる?」

 

千束ちゃんが不殺を誓ってるのは、人を殺すと気分が悪い、それが理由だったよね?

 

聞こうとしたけど、やっぱりよした。

 

……ボクはリコリスが死ぬとこなんか、できれば見たくない。ボクの精神の健康のために、リコリスを助けたい。

 

この意思すら、ボクの自由から生まれたものではなかったのか?

 

 

 

ふとした拍子の、何ともない思いつきが、気付けばボクの心を蝕んでいた。

 




未熟者の作者個人として、モヤモヤした話ってのは、読んでてあんまり気持ちよくないと思ってます。カタルシスあってこそのモヤモヤ、あまりモヤモヤ期間が長すぎるのは良くないよなぁ、と思っております。

でも書いてみると楽しくてしょうがねぇんだ!

TSキャラがアイデンティティ崩壊するのが癖()

まあ、当小説はイエスシリアルノー鬱展開って感じでテキトーにやってくんで、暇な人は読んでってくださると幸いです。

暇じゃない人は高評価連打してから読んでいってください。すると作者は泣いて喜びます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18: Robustness.

お待たせ!待った??

す み ま せ ん で し た

年末年始は忙しい。それに加え、今この瞬間、一刻一刻と、人生の岐路への道を歩む若者なんですよ私は。

まあ更新が遅れたのと上記の事柄は全然関係なくて、モン○ンやってただけです()

すみませんでした!(猛省)
モン○ンはやめません!(IQ2)



「うん。ボクはゲームより映画派だからね。……主に洋画」

 

「まさか千束セレクションを履修済みだったとは……。お主、やりよる」

 

「まあねぇ。それにボク、雑食だし。B級もそれなりに見るタイプなんだよ」

 

「ほえー。サメ映画とか?」

 

「もちろん。ああいうのって頭空っぽにして見れるからさ」

 

 

 

梅雨が明け、心地よい夏風は頬を撫ぜる。

 

「映画を見るときってのは、こう、なんというか、救われてなきゃあダメなんだ……」

 

「そのフレーズどっかで聞いたことあんなー?」

 

別に孤独である必要はないけど。

……映画は映画館で見るもよし、家で一人ゆったりくつろいで鑑賞するのもまたよし。ボクはこのタイプだ。

 

映画館の大スクリーンと音響に没頭する人と、日常の一部として映画を組み込んで没頭する人。

 

何にせよ、映画を楽しむために大切なのは、自己を希薄化し、映画の世界に浸ること。

 

最近は精神の健康が少々よろしくなかったので、そんな日が多かった。

 

「たきなも最近ケッコー見てるんだって。アイツ今までロクな娯楽知らなかったから、リアクションがいちいちめっちゃオモロい」

 

「ふぅん?」

 

「『千束っ!どうして指向性対人地雷ひとつで建物が丸ごと吹き飛ぶんでしょうか……?』とか言い出すの!あー、思い出したら腹筋エイトパックになるわー」

 

「……何の映画見たか分かった」

 

「さすがだねぇー」

 

筋肉モリモリマッチョマンの変態が撃って殴って爆破する脳筋映画である。

 

 

 

「……わたし、そんなにウキウキ喋ってませんでしたよ?」

 

「おっ、たきなー!相変わらずめんこいなぁおめーさんは!」

 

「めんこ……?」

 

「おおっと、京美人には通じんかった。京言葉ならイケるか?」

 

めんこい、は東北以北の方言だったよな。

可愛い、って意味の。

 

はい、百合いただきました。

 

「いやーっ、えらい可愛いどすなぁ!」

 

「どす、って言えば京都弁になると思ってますね。全然違いますよ」

 

「えーっ?んじゃたきなお手本見せて」

 

「……さあ、仕事の準備を始めましょう」

 

たきなちゃんが京言葉を使ってるとこは見たことがないけど、一度くらい拝みたいね。

 

 

 

仕事、といっても、別にドンパチしにいくわけじゃない。コーヒー豆の配達だとか日本語学校の手伝いだとか。

 

とはいえ、リコリスの制服を着ていく以上は有事に備える態勢を十二分に整える必要がある。要はドンパチに備えよ、と。

 

「じゃ、ボク、地下(射撃場)で少し慣らしてくるよ」

 

「お、ちょうど私もそうしようと思ってた。ほんじゃ行きますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うーん、やっぱり当たらないねぇ。たきなちゃんは?」

 

「狙った位置には当たらないですね」

 

「まあまあ、って感じだね。ま、百発百中のキミがそうなるってこたぁ、この弾がヤバいんだけど」

 

「二人とも、別にムリしてこの弾使わなくてもいいんだよ?それだけの腕があれば、急所を外すことだってできるでしょ?」

 

「……急所を狙うのが仕事だったんですけど?」

 

ニヤリと笑うたきなちゃん。

以前はこういう顔をしなかった。

 

千束ちゃんに絆されてからすっかり可愛くなっちゃってさ。まあ元々可愛かったけど。

 

 

 

「……正直、キミの仕事っぷりを見てたら、この非殺傷弾にはロマンを感じるね」

 

「ロマンってなんぞや」

 

「ロマンだよ」

 

「なるほど」

 

「……え、今ので分かったんですか?」

 

ロマン>言語。超初歩の公式。

 

 

 

「リコリコが受ける依頼は死人を出さずに済ませたいやつばっかだろ?だからボクもこの弾に慣れときたいんだけど……。キアヌばりのアクションをこなす自信はないんだ」

 

「キアヌ」

 

千束ちゃんを見てると思い出すよな。あの映画。ま、あっちは殺し屋が主人公だからキルレが300を超えてるが。

 

「キアヌや千束ちゃんみたいに、いわゆるCQCの間合いで『映える』戦闘なんかできないしさぁ」

 

「……たしかに、あの弾を避けるのは、千束にしかできないですよね。というか、どうやってるんですかアレ」

 

「んー、勘」

 

並外れた動体視力により、敵の筋肉や服の微細な動きを察知。これまた並外れた俊敏さで回避。シンプルだからこそ、最も適切な言語化が「勘」なのだ。

 

「ボクからするとたきなちゃんもおかしいよ。ウォールナットの件でドローンを撃ち落とした時に実感した」

 

「……あれは、的の動きが比較的単調でしたし」

 

「そういう問題じゃないねぇ」

 

「たしかにたきなはちょっとおかしい」

 

おまいう。

 

「千束ちゃんは近距離のスペシャリストで、たきなちゃんは遠距離。うぅん、リコリコ所属のリコリスで唯一ボクが雑魚だぁ……」

 

「弌華は一芸に秀でてるわけじゃないよね。もちろん、良い意味で」

 

「褒めてるの?」

 

「うーん、多分」

 

「なんだいソレ。……まあ、褒めてもらったとして、こんなこと言うのもなんだけど。キミが言ってること、半分正解で半分不正解」

 

芸なぞ山ほどある。

片手で折り鶴作れるし、牛乳の早飲みとかもイケる……あ、こういうのはちょっと違うか。

 

「ボクのスキルが噛み合うシチュエーションが少ないんだよねぇ……。ま、一応、リコリスやってける程度には銃もステゴロもそんじょそこらのヤツには負けないけど」

 

「スキル?」

 

「ボク、正統派リコリスなの!つまり、本業の暗殺……相手の意識外から致命傷を与えるのは得意。だけど、リコリコじゃそういう依頼は受けないだろ?」

 

ウチは平和主義だからな。

平和、すなわち変わらない日常。

 

「あと……直接戦闘行為に関わる特技じゃないけど、ボクは悪食でね。よほどのことがない限り、何を口に入れたって死にゃしない」

 

「隠れんぼが得意で、何でも食える、と……。どこぞの伝説の傭兵じゃん」

 

「あはっ、たしかに」

 

ボクは普通のリコリス以上には動植物の知識に長けているし、サバイバル訓練も履修済み。生き延びられるさ、カザフだろうがコスタリカだろうがアフガンだろうが。

 

 

 

「……でも、ま、ボクとしても、二人のサポート役に回るのは楽しいんだよね。ボクが活躍する場面は少ない方がいい」

 

「一見存在感を薄めることを心がけているような発言だけど、実際問題レッボルヴァーを携えてくる超目立ちキャラじゃん」

 

「レッボ……?あぁ。だけどコイツはただのリボルバーじゃない。自動コッキング、すなわちオートマチック機構が備わってるのさ」

 

「クセ強」

 

「リコリコに来てから改良を施して、特殊弾頭が撃てるようにカスタムしたし」

 

「あー、こないだの発信機とか」

 

「そそ」

 

特殊弾頭。マテバを持つならマスト。

 

 

 

「……ボクがクセ強いみたいな言い方してるけど、そもそも、だ。リコリスなのにグロックを使わない時点でかなりクセ強いんだぜ」

 

「言われてみれば。たきなもそうだよね」

 

「わたしは、コレ(M&P)ですね」

 

「てか、たきなちゃんが一番クセ強い!」

 

「……えぇ?」

 

考えてもみろよ。

 

「千束ちゃんのも、ボクのも、メジャーじゃあないけど、一応既製品として販売されてる。カスタムしてるのは外装くらいなもんだ。ところが、キミのM&Pは45口径だ。そうだろ?」

 

「はい」

 

「DAは9mmを採用してるのに、わざわざフォーティファイブを選ぶ理由は?」

 

「あぁ。……威力が強いですから」

 

「脳筋かよ!」

 

まあ、弾速が遅いからサプレッサーの減音効果も高いし、リコリス向きの弾ではある。

 

 

 

「貫通力が低いので、二次被害を抑えやすい、というメリットもあります」

 

「確かに、撃った一人目から弾が抜けて後ろの誰かに当たる、なんてことは少なくなるだろうね」

 

今の彼女の仕事は急所を撃つことではない。

普通の日常を保つことが仕事であるからして、死人を出すリスクは避けたい。

 

……まあこの弾じゃ、急所を外しても場合によっちゃ死ぬけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょいちょいちょい聞いて聞いて聞いて!」

 

「聞くから。一旦落ち着けい。どしたん?」

 

「たきながさぁ!男物のした──」

 

「なるほど理解した」

 

「早っ」

 

 

 

……ちょっと待ってくれ。

 

あれだろ?知ってる知ってる。

たきなちゃんがトランクス履いてるって話だろう?

 

確か、リコリコ転属の際、ミカに必要な持ち物を聞く時、下着を持参するように言われたんだ。

 

で、生粋のリコリスであるたきなちゃんは下着にこだわりなどあるはずもなく、あろうことか「指定の下着はありますか?」と聞く始末。

 

もちろんミカは、そんなものはない、と伝える。だがたきなちゃん、ここで「では店長の好みは?」と聞いてしまう。

 

さあここからが面白い。

ミカはなぜか自分の下着の好み……すなわち男物の下着、トランクスを答えとして提示する。

 

 

 

「明日店休みだし、たきなのおパンツ買いに行こうって話になったわけよ。てことで、三人でそのままどっか遊びに行ったりしない?」

 

 

 

「んー……。ごめん、明日はちょっと予定が」

 

「おーのぅ。でもたきなのおパンツ問題は急務だし、明日を逃すとまた一週間近くトランクスを履いちゃうだろうし……」

 

「いいじゃないか、トランクス」

 

「え?」

 

「ア゛っ……。ごめん、なんでもない」

 

トランクス、ねえ。

 

ボクも履いてるんだわ。

なんならたきなちゃんより前から愛用してるんだわ。

 

リコリスはよく動くし、通気性がよく開放感のあるトランクスの魅力には人一倍争い難いものがある。

 

ボクは心の根っこが女の子じゃあないから、なおさら。

 

 

 

「明日はキミら二人で行くといい。たきなちゃんに最高のアンダーウェアを頼むよ」

 

「おー?なんだー?たきなの下着を見る機会があるとでも言うんかー?そういう関係だったんか君らはぁ」

 

「残念ながら、あるいは幸福なことに、違うね。ボクはたきなちゃんの知り合い以上親友未満というヤツだから。()()()()()()を迎える可能性が高いのはキミの方だろ?」

 

「……」

 

おや、頬を赤らめた。

 

「そっちから話振ったんだぜ。自爆してんじゃないよ」

 

「だーっ!とにかく!明日はムリなら、今度、来週とか!三人で遊ぼうよ!JKの青春は今しか味わえないんだからさ!」

 

「うん。スケジュールを空けておくよ」

 

 

 

ひとまず、明日……。

 

さかな〜、と、ちんあなご〜、を生で拝めないのは少々、いやかなり残念だが、ボクにはやるべき仕事がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

「へいスーパーハカー。DAの情報くれい」

 

「要求がアバウトすぎるだろ。黎明期のネット掲示板に出没する友達にハッカーがいるネット民くらいアバウト……」

 

「キミなら分かるだろナット。明日の件だよ」

 

「それならもうファイルにまとめてある。お前の携帯に送っておこう。……今度DAに行ったら総司令に伝言を頼むよ。ラジアータでお粗末な暗号を使うくらいなら、いっそデータを全公開しろとな」

 

「クラッキングできるヤツはキミくらいだからなぁ」

 

「そうでもないぞ……。それじゃ、概要はこんな感じだ」

 

キレイに整頓されたデータを眺める。

クルミ曰く、これはプログラム化された作業らしいが、次元が違いすぎて何が何だかよく分からない。

 

まあそれはともかく。

 

「明日の午後、北押上駅でリコリスが大規模な対テロ防止任務を行う。電車を使ったド派手な作戦みたいだ。絢爛たるバカの考えた実にふざけた作戦だな。待ち伏せの一つも警戒していない」

 

サードなら多少は補充が利くからな。

 

「ふぅん……」

 

さて、どう攻めるか。

 

「なあ。簡単に武器が手に入るこの国で、テロを起こそうと思ったらどんなブツを使う?」

 

「爆弾。テロの基本だ。無差別かつ即効。分かりやすい恐怖感が生まれる」

 

「だよね。てことで、ジャミングを頼める?」

 

「いいよ。だが、敵は遠隔起爆と時限起爆を併用するだろうから、結局爆発はするぞ」

 

「任務終了までに脱出すれば問題はない。むしろ、とことんブッ壊れてくれたほうがDAも少しは真面目に調査するだろうし」

 

 

 

「……一人でやるのか?」

 

「キミのサポートがあればなんとかなる」

 

「ボクの休日を返上する価値はあるか?」

 

「終わったらドングリあげる」

 

「リスじゃないぞボクは」

 

ちょっとお高いスイーツでも買ってやれば満足するだろ、知らんけど。

 

 

 

「駅周辺の人払いはDAがやってくれるだろうから……。ボクは素知らぬ顔で制服を着て紛れ込む。そして、リコリスが爆発に巻き込まれないよう時間を稼ぐ」

 

「なかなか利他的なんだな。……ところで、明日のプランは、今のところ全てお前の不確かな推測を前提として考えられているみたいだが」

 

「推測。あはっ、確かに」

 

「DAの作戦に粗があるからさひっそりとサポートに回る。なるほど動機はある。……でもお前、何か隠してるだろ」

 

 

 

「……一連の不穏な事件、千梃の銃の行方、そしてこのテロ。全て一本の線で繋がってる」

 

アラン、という線によって。

 

ボクはこのテロの首謀者と話がしたい。

 

名を真島。

彼もまたアランチルドレンだ。

 

……千束ちゃんとたきなちゃんは、ボクにはあまりにも眩しすぎた。

 

真島もまた、ボクには暗すぎるかもしれない。それでも、ボクは彼に会っておきたい。

 

ボクは針の上に立つコマのようなもので、今はすっかり傾いてしまっている。取り返しがつかなくなる前に、反対側にバランスをとるべき……と、そんな気がする。

 

 

 

「このテロを追うのが、ボクのやるべきことなんだ」

 

「ご立派な妄想だな。根拠は?」

 

 

 

「……そう囁くのさ!ボクのゴーストが」

 




年末年始はあらゆるコンテンツが飽和しますよね。
モン○ンは言わずもがな、某奇妙な冒険の某漫画家のスピンオフの実写ドラマに時間を吸われました。

あと、映画史に永遠に名を刻む名監督キューブリックの作品を、映画好きを自称しておきながら見たことがなかったので見てました。

何なの?何で上映から50年以上経ってるのに面白いの?

時代を越えて愛されるのすごいなぁ(小並感)

ていうかこの怪文書も、高評価を得られるかどうかはともかく、一生ネットの片隅に残り続けるわけですからね。
そりゃコンテンツは飽和しますわな(適当)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Nothing seek, nothing find
19:Body or mind.


何がとは言わないですが
お疲れ様でした、未来を担う皆さん。
引き続き頑張りましょう。

そしてお疲れ様でした私。
引き続き頑張らなければいけませんね。

約3週間ほど人生で一番頑張る時期が到来していたゆえに更新が遅れましたこと、お詫び申し上げます。活動報告とかすればよかったのかな……それはそれでシンプルにめんどくさい(IQ2)




「あー、あー、まいくちぇっく。チェキチェキ、ロキロキ!ワンツー、スリーフォー!」

 

『どうしたお前』

 

「お、ちゃんと聞こえてるね。今ホームに入るとこだよ」

 

『了解。ちゃちゃっと済ませてくれよ。ボクはこれからボドゲするんだ』

 

「オイオイオイ、一緒に世界救おうぜ?」

 

『くだらない。大体、仮にテロ鎮圧に失敗したら、全てDAの責任になる。ボクがいてもいなくてもそれは変わらない』

 

「そーいう話じゃあないってば」

 

『そうか?そもそも、DAの作戦は確かに杜撰だがリコリスの腕なら敵の殲滅は可能だろう。作戦は九分九厘成功する。わざわざ出張る意味はない』

 

「意味、あるんだよ、これが」

 

『根拠は?』

 

「ないけど。でもキミ、イレギュラーは考慮したかい?」

 

『そうだな。例えばだが、仮にテロリストに千束が混じっていたら、リコリスの勝率は小数点以下になるだろう』

 

「じゃ、ボクが行く理由も分かるだろ」

 

『……死ぬなよー?』

 

「モチ。ボドゲの席空けといてね」

 

 

 

 

 

 

 

 

都内の一大レジャー施設の最寄駅だというのに、人っ子一人いない。

 

漂白された、除菌された、健康的で不健全なウソの匂いである。

 

「……そろそろ行くか」

 

人払いや監視にリコリスが駆り出されている。ほとんどがサード。まとめ役らしきセカンドもちらほら見受けられたが、ファーストはまったくもって確認できなかった。

 

「セカンドの制服が恋しい……」

 

赤い制服は視認性が高い。

これを着て歩くと時折妙に視線を感じるのだが、確かによく考えてみるとリコリスの一人や二人がボクに気付いてもおかしくはない。

 

ああ、懐かしの紺色。以前着ていた服はランク更新の時に持っていかれたからなぁ。

 

ま、リコリスの装備は基本最新技術の結晶だし、保管は厳重。しょうがない。

 

とにかく、制服の上からコートを羽織ってトーキョーシティを闊歩するわけにもいかない。まして、今回は()()()D()A()()()()()()()()()()()()()()()()()。制服は使えない。

 

ゆえに、丈の長い服で物騒な諸々を隠すことにした。フードも被れるし、サングラスもバッチリ。完璧な変装である。サングラスさえあれば変装できる、古事記にもそう書いてある。

 

『……お前もバカだが、DAも大概だな』

 

「ん?」

 

『テロ予定時刻までトイレに隠れるバカと、それを見つけられないDA。面白すぎだろ』

 

「監視カメラのチェックは誰がやってるのかなぁ。やっぱりラジアータ?とにかく、DAにはバレると思ってたんだけどな」

 

楠木さんあたりが問題無しと判断したか。

 

『AIに頼りすぎるとそうなるってことだ。とりあえず、作戦場所に向かってくれ。駅内にも多少見張りはいるが、まあチャチャっとやっちゃってくれ』

 

「雑!でもま、いろいろとありがとねオペレーター君」

 

『ホントだぞ。休日出勤とか人類悪そのものだろ』

 

「死人に口無しだよ。キミは公的にはとうの昔にくたばってんだ、サブロクどころか人権も保証されてないんだぜ」

 

『いまだかつてこれほどヒドイおまいう案件は見たことがないな』

 

「あはっ、確かに」

 

ボクたちリコリスには戸籍がないからね。

その点、クルミはいつでも偽造パスポートなんかを造れるわけだから。

 

ともあれ、そろそろ真島=サンにちょっくらアイサツをかました方がいいだろう。

 

ふむ。

 

ホームに向かう階段付近にツナギ野郎二人。見張り役だろう。無力化は容易だが、念のためドンパチが始まったタイミングで突入しようか……。

 

 

 

「ん?おい、今アソコに誰か……」

 

っと、マズイ、バレたか?

 

 

 

「ッ!?なんだアイツッ!?女っ──」

 

……おや?もしやもしや?

 

ボクじゃ、ない?

 

 

 

「ありゃ?あの子は……」

 

そこにいたのはかつての仕事仲間兼友人。

クールにセカンドの制服を着こなす彼女は、テロリスト二人を流麗な動きで始末した。

 

 

 

「イツキちゃん?久しぶりだねぇ」

 

 

 

「え、弌華、ちゃん……?なんでここに?」

 

「そりゃあ、まあ。別にいいだろ?ここにいたかったんだよ」

 

「……ここで何が起こるか、知ってるんだよね?」

 

「次の電車にリコリスが大勢乗ってて、ドンパチかますんだろ?知ってる知ってる。楽しそうなお祭りじゃないか」

 

「どうして弌華ちゃんが──」

 

「シッ。今はとりあえず楽しもうじゃない?ほら、ホームの様子を見とこうよ」

 

仲間がいるのはありがたい。

 

一本の矢は心臓しか射抜けないが、もう一本あれば脳天も貫ける。

 

 

 

『……お友達かい?』

 

「あ、ちょいと失礼イツキちゃん。……なあリス君よ、せっかく人手が増えたんだ。プランBで行こう」

 

『いや知らんが?そもそもプランAすらないだろ』

 

「キミィ、頭良いんだからその辺はノリで察してくれよ」

 

『ムリだろ。今から二人用の作戦を練れと?』

 

「冗談さ」

 

『だろうね』

 

さて。

テロリストと一戦交えるためには何が必要か?

 

無論、暴力。やはり暴力は全てを解決する。

 

「ところで、イツキちゃんの役割は?」

 

「ホームで直接戦闘を行う部隊の支援。それと……事前に得た情報では、ホームに爆弾が仕掛けられているかも、って。その捜索も」

 

「お、DAは気付いてたんだ」

 

じゃ、サードの子たちは言ってしまえば捨て駒ってわけだ。17年ものの暗殺者をこうも使い捨てするのは惜しいだろうに。

 

「ていうか!弌華ちゃんがここにいる理由が──」

 

「キミを守りたいから来たんだよ?」

 

「っ、ふざけないで教えてよ!」

 

「ふざけてない。最終的な目的はキミたちを守ることだ。このテロ阻止作戦に一枚噛むこととソレがどう繋がってるかについては、詳しくは話せないけど」

 

「……」

 

「話すとキミを守れなくなる。分かってくれるよね?この会話もなかったことにしてくれ」

 

「……そう言って、また一人で全部やろうとしてる」

 

「ゴメン。でも、それがベストなんだ。……ボクの性質上、一人(ワンマンアーミー)でやるのが向いてる」

 

他人が誰一人として適応できない環境。それがボクにとって最高の戦闘環境。

 

加えて、ボクの行動原理は基本的にアニメの記憶に基づいているので、真の目的は誰にも言えないのだ。

 

「でも今はキミと協力させてほしい。……爆弾が起爆したら、ボクとキミを含めてリコリスは全員死ぬ。運良く生き残っても、死んだ方がマシって思うに違いない」

 

「でも、本部の作戦から逸脱するわけには……」

 

「ハナっからリコリスの生死なんざどうでもいいと思ってるヤツらに命令されるのは気に食わない、そうは思わないかい?」

 

「……もしテロリストが逃げおおせたら?」

 

「頭の凝り固まったDA本部に、現場で臨機応変に対応したキミを責める資格はない。ゴチャゴチャ小言を言われても無視しなよ。……そもそも、ボクがいるからにはキミに責任を負わせたりしないから」

 

 

 

「……じゃ、弌華ちゃん。アタシは何すればいい?」

 

やるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そろそろ電車が来る」

 

「んじゃあ、おさらいしよう。……ボクが敵の裏から回って起爆阻止に向かう。可能な限り時間を稼ぐから、キミは万一に備えてリコリスを全員退避させる。オーケー?」

 

朧げな記憶だが、アニメで見た爆発の規模、そして真島は自身が逃走できるだけの余裕を持って爆破するであろうことを考えると、ホーム全体が崩壊するような爆発ではない、はず。

 

もちろん、確証はない。

ただ、このテロは後に脱線事故として処理されたことなども鑑みると、おそらく反対側の線路は爆発の影響が少ないと思う。

 

 

「……ねぇ、ふと思ったんだけど、起爆スイッチを持ってる敵が現場にいなかったら?」

 

「そのときはそのとき。ま、今まで何度も死にかけたんだ。今さらこれしきのことで怖気づいたりできないよ」

 

 

 

……ボクはウソをついている。

 

イツキちゃんと、ボク自身に。

 

ボクは以前から、リコリスたちをむざむざ死なせたくないと思っていた。もちろん今もその想いはある。

 

……ただ、最近、本当に良くないことを考えている自覚がある。()()()()()()()()()()()()()()

 

真島と一度、腹を割って話してみたい。

 

近づくまでに撃たれるかもしれないし、仮に話せたとしても、ボクは見向きもされないかもしれない。彼とボクとじゃバランスが悪いから。

 

ただ、今のボクは相当にブルーなんだ。思春期はとっくの間に済ませたつもりだったけど、どうにも自分のことがよく分からない。

 

戦争屋真島。彼もまたアランチルドレン。

 

とにもかくにも話してみりゃあ、何かしらの収穫が得られる気がするんだよ。

 

「電車が来たみたいだ。そんじゃ、任務開始といきますか」

 

『ホームの監視カメラの映像が来ない。破壊されたのか?とにかく、情報は得られないから、現地のお前の目だけが頼りになる。気をつけろよー?』

 

任せろ、スニーキングと単独任務は得意だ。

 

 

 

「……喫茶リコリコ、だよね?」

 

「ん?」

 

「弌華ちゃんが今いるとこ。……今までは任務との折り合いつかなくて寄れなかったけど、今度はムリしてでも行く。そこで改めていろいろ聞かせてもらうからね」

 

「……」

 

 

 

「ッ!来たッ!突入するッ!」

 

「……行くか」

 

 

 

思えば、ボクの人間関係の中で、彼女らは友人と呼べる数少ないリコリスだった。

 

それを騙くらかして良い気分にはならない。

 

ああ、クソッタレ。いつからボクはこんなに考え込むようになったんだっけ?

 

推し事に精を出すだけの生き方はボクの一種の理想系。ただしそれを実行する難易度は高い。主にアランのせいで。

 

 

 

喫茶リコリコに居ると、本物の「眩しさ」を嫌というほど見せつけられるから、ボクは自分を惨めに思うことが増えた。

 

もろもろの情緒がゴチャゴチャになってしまっている。

 

一度、整理整頓するべきなのだろう。

真島と会うことによって。

 

 

 

『……ああ、なるほど。まさかコイツだったとは。監視カメラの映像が今──』

 

 

 

「……クルミちゃん。お疲れ。もう上がっていいよ」

 

『は?何を言っ──』 

 

「15分経ってもボクから通信がなけりゃ、死んだとでも思ってくれ。そんじゃ、また」

 

 

 

こっからはボク一人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

警戒ッ!頭上に爆弾ッ!

 

 

 

イツキちゃんが電車内のリコリスに声かけし、安全圏へと誘導する。

 

目視で確認できる分の爆弾でリコリスが死ぬことはないだろう。

 

……今しがたくたばった元テロリスト現肉塊からは、とめどなく死の匂いが漂ってくる。

 

火薬と、血と、殺意の匂いだ。

 

 

 

ボクはリコリスたちの視界を避けるように、列車が来た方とは逆からホームに侵入した。

 

そして、見つけた。

 

銃弾の雨(バレット・レイン)の中を潜り抜け、柱の影で、ソイツは笑っていた。

 

方位磁針を手にした子どもが、針が一人でに動くことに気付いたときのような、そんな笑み。

 

 

 

「ハッ、ハハッ!そうか!お前らがッ──!

 

 

 

「ストップ。その手に持ってるスイッチ、下ろしてくれないか」

 

「……」

 

「別に、キミをひっ捕らえようってんじゃない。銃向けながら言うのもなんだがね」

 

 

 

真島に銃を向けたところで、即座にホールドアップできるわけでもない。彼の戦闘能力はファーストリコリスと同等かそれ以上。

 

だけど、これ以外思いつかなかった。

 

彼と正面切って話す方法が。

 

 

 

「オーケー。じゃ、スイッチは下ろす……」

 

瞬間、彼は素早くコートの内側をまさぐろうとする。

 

乾いた音が地下トンネルの奥へ溶けてゆく。

 

 

 

「お?マテバ?」

 

「6ウニカ。……設計者はいいセンスしてる。キミもそう思うだろ?」

 

「……ああ、その通り」

 

真島はこちらに銃を向けていた。

キアッパ社製、ライノ20DS。

 

マテバと設計者が同じ、と言えば、ボクの言わんとすることは分かるだろう。

 

メキシカン・スタンドオフ(膠着状態)と洒落込もうじゃないか……。と言いたいとこだけど、キミ、さっきボクの撃った弾躱したよね。つまり、相互確証破壊が成立してない」

 

「そうかもな?……仮にそうだとして、少し考えてみろ。この状況、俺がお前を撃てばおしまいになるんだけど」

 

「キミはそんなことしないだろ?っと、その前に確認。あの子たちがいる場所には爆弾ないよね?」

 

 

 

「……お前も戦争屋だろ?いちいちそんなこと気にすんなよ。んなもん、試せば分かる」

 

 

 

あ、と思った時には遅かった。

 

……もしくは、ボクが既に彼のことを()()してしまっていたか。

 

 

 

「さて、これでしばらくゆっくりできる」

 

 

「……時間はたっぷりあるらしい。少しボクと話そうぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、名乗りたいところではあるんだけど……。ボクを特定する固有名詞はいくつかあってね。今はどれを使うべきか」

 

そういえば、こんなのがあった。

 

以前の任務で使ったコードネーム。

作戦名は「ユーダリル」で、ボクに与えられた役割(ロール)は、闇ブローカーの「ウル」。

 

深い意味はない。単にリコリスらしい、植物にちなんだ名前。

 

ユーダリルは「イチイの谷」、とするとこの場合の「ウル」は、ユーダリルに住む神様の名前かな。

 

北欧神話と聞けば、戦神トールとか、悪神ロキとか、その辺がパッと思い浮かぶ。

 

この「ウル」とやらも、北欧で多くの信仰を集めていたらしい。現在も地名などにその名を残しているのだとか。

 

 

 

「……『ウル』と呼んでくれ。よろしく」

 

「コードネームがガキ臭い」

 

「ボクもそう思う」

 

妄想の激しいバカが深夜テンションで考えたような名前だ。まあ、ボクもマテバを使うくらいには厨二心を持つロマンの奴隷だから、何も言えないんだけど。

 

 

 

「キミの言う通り、ボクは戦争屋なのかもね。少なくとも一般の人よりは他人の死に慣れてる。ま、それはそれとして、知人が死ぬのは嫌だと思ってるタイプ。キミもそうだろ?」

 

「……さっきの銃撃戦で、仲間は全員死んだ。かろうじて息のあるやつもいたかもしれないが、今頃は瓦礫の下だな」

 

「キミが天井をブッ飛ばしたからだろ?」

 

「……アイツらだってたくさん殺したんだ、文句は言えねぇ。どうせすぐ死んでたしな」

 

「今のはボクが悪かったよ。悪いね、ボクはどうやら会話の趣味が悪いらしい。もしくは、キミとは波長が合う、ということかも。つまり、親しき仲にも礼儀ありとは言うけど、実際のところ、多少は気が緩むだろ?」

 

近頃のボクは、この世界から分断されるような感覚だった。

 

蘇芳弌華という空っぽの人形を、世界の外から操作しているような感覚。ボクの意識はこの身体には入ってなくて……。どちらかというと、リコリコのアニメを見てた頃の自分から操り糸が伸びているような。

 

「なあ、俺ぁ別にお前をブッ殺しても構わないんだぞ?メリットが少ないだけで、選択肢から外したわけじゃない」

 

「ああ、もうちょっと端的に話せってこと?オーケー、任せてくれ、話すのは得意なんだ……。で、だよ。言われた通り、早速結論から述べさせてもらう」

 

千束ちゃんのことは大好きだ。

普通に推しだし、会ってみて人柄も良いし、何よりその精神が好きだ。輝いている。

 

ボクには眩しすぎるくらいだった。

 

 

 

真島。

キャラとしては嫌いじゃない、むしろ好きだ。行動は紛れもないテロリストだけど。

 

そして、実際に会って分かった。

 

光と闇とか、そんなんじゃない。

彼の精神は、千束ちゃんと同じく輝いている。

 

どこまでいってもありきたりな話だけど、正義の反対(The one)はいわゆる別の正義(The other)で、彼は前者ないしは後者。

 

どっちも眩しすぎたんだ。

 

どうもボクには二つの狭間が丁度いいらしい。

 

(カゲ)のできない場所。もしくは陰そのもの。

 

 

 

「ボクと手を組まないかい?」




最近はホント時間がなかったんです……

時期が時期ですから……。

モン○ンやって岸辺露伴は動○ない見てたら一日が終わるんですよ?やばくないですか?()


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20:Die another day.

公式の供給で助かる命がある。
リコリコ難民は救われなければならない。


「ヤダわ」

 

「そんなすぐ断ることあるぅ?」

 

「結論から述べさせてもらう……とか、くだらねェ語り口でそう言ったのはお前だろ?俺は別に今すぐお前をブッ殺してもいいんだ。……つかそうするわ」

 

「落ち着きなよ真島ちゃん。実を言うと、ボクは喧嘩が苦手なの。だからキミとこうして話してる」

 

「お前さぁ、俺のこと調べた?」

 

「少なくとも、さっきの女子高生たちよりはキミのことを知ってる」

 

「ほォ、なるほどなぁ。話はなんとなーく見えてきた、ような気もする……」

 

手を組む、という表現は正しくなかったかもしれないな。

 

 

 

「ワリぃね。俺の商売じゃ、クライアントを裏切らないのがマナーなんだ」

 

「あ、大丈夫だよ。確かに便宜上ボクはクライアントの立場を取り得るかもしれない……。だけども、そこんとこテキトーでいいんだ。正味、ボクの行く方向とキミの行く方向がほんの少しでも一致していればそれでいい」

 

真島の現在の目的。

それは、日本におけるテロリストの活動が下火である原因を突き止め、排除すること。

 

すなわち、DAをブッ潰すことである。

 

 

 

「キミのやってることについて、ボクが物申したいことがないわけではないんだ。ただ、まあ、最終的に行き着く先が似てるんなら、それでいい」

 

「……殺す手間を考えりゃ、生かしといたほうが幾分かマシ、と。そういう話か?」

 

「そういう話かもね。ボクを生かすメリットがあるかどうかはキミ次第。ただし、殺す手間はある。オーケー?」

 

もっとも、ボクを生かしといて得することなんざ、よほどのことでない限りはありえない。

 

「オーケイ」

 

彼はライノを下ろし、代わりに指で形作った銃を一発撃ってみせた。

 

 

 

「さてと。ボク、名乗っただけだったよな。改めて自己紹介するよ。ま、さして言うこともないけど……。強いて言うなら、キミとボクは趣味が似ている」

 

「……ん」

 

「ま、それについては今度ゆっくり話そうよ?……今伝えたいのは()()()()()()

 

ボクは懐からチャームを取り出す。

 

 

 

「見た目は可愛いよね、コレ」

 

「……ハッ。俺も持ってるぜ。その鳥」

 

フクロウを模ったチャーム。

ご存知アランの印。

 

「ボクにこのフクロウを渡したのが誰か、分かるだろ?世界中で才能溢れる人間を蒐集してる団体がいるってこと、知ってるはずだ」

 

「あぁ……。で?それが?」

 

「キミの思想については、ボクはほとんど知らないけど……。でも、支配階級気取りをブッ飛ばすの、楽しめるタイプだろ?」

 

「おぉ。いいなソレ」

 

「だろ?アランはボクに動かせる肉体を授けた。ボクを産んだのはアランだ。しかし、最近はどうもアイツらが気に食わない。ちょいと親離れしたい気分でさ」

 

死人に命を吹き込んでくれたんだ。

そこは、ま、感謝してるよ。

 

だけど、近頃のアランはどうも気に食わない。一体何がしたいのか、今んとこサッパリ。

 

でも、そんなこたぁもうどうでもいい。

 

アイツらが後ろめたいことをやっているのは確実だし、ボクが生活していく上で時々邪魔になることも確かだ。

 

今、ボクの意識はここにはない。

 

5年と11ヶ月と21日彷徨ったとて果てに辿り着けそうもないくらいの暗闇の中、リコリコの皆が放つ光の端っこに必死で掴まっている。それがボク。

 

この感覚を共有できる人が果たしてどれくらいいるか。

 

単に精神が参っているとか、そういうんじゃない。ボクは知ってるんだ、()()()()()()

 

ボクが生きてきた場所とは違う。

 

ここはきっと現実なのだろう。それを確認する術はないが、ボクはそう信じたい。

 

そのはずなのに、ボクは今、世界から阻害されているように思う。

 

現実感のないどこか別の場所から、モニターを通して蘇芳弌華というバカの人生を見ているよう。

 

 

 

「気に食わない……。ま気持ちは分かる。コソコソ隠れて、隠して。クソっタレの正義面したマヌケどもにはムカつくぜ?」

 

「キミとはとことん趣味が合う」

 

 

 

「……で、さっきのガキどもは?アイツらはなんだ?アランと関係あンのか?」

 

「そう、そこなんだよ。この交渉のキモはそこだ。ボクはね、真島ちゃん、いいか、あの子たちが好きなわけ。大好きさ」

 

ボク以外のあらゆる存在と切り離されたボクを繋ぎ止める臍帯は、この俗っぽい感情にある。つまり、推し。

 

 

 

「キミはもう気付いてるんだろ?日本で悪事をやらかすと、さっきの子たちがそれを人知れず消しに来る。犯人、事件、そこにあった何もかもが消されて、8年続いた平和と同じ()()が保たれる」

 

 

 

「へぇ?すごいじゃあねーか?……んで、お前はそれをどこで聞いた?」

 

「それは言わないでおく。あの子たちのことが大好きだって言ったろう?つまりだ、ボクのやりたいことはただ一つ。アランのツラを一発ブン殴ってやりたい。それからたっぷりと文句を言う。で、鳩尾に蹴りを入れてやりたいんだ」

 

おっと、これじゃ三つだ。

 

 

 

「ガキどもには手を出すな。だがアランを潰したいから手を貸せ、と?」

 

 

 

「話が早くて助かる。で、どう?ボクが喜べる返答を期待してるよ……」

 

 

 

「クソ喰らえだ。人知れず悪を裁く?善悪の基準も知らないガキが?笑えるね!てことはここで起こった事も、ぜぇんぶ事故か!ハッ、ハハハ……!ふざけんじゃねぇ!」

 

期待通りの返答ありがとう。

ますます好きになるじゃないか、真島ちゃん。

 

 

 

「で、お前……もういいわ。聞きたいことは大体聞けた。死んでくれ」

 

ライノの銃口がボクの心臓を捉える。

 

鼓動音は変わらぬリズムを刻む。

 

 

 

「人は皆いつか死ぬ。ボクもキミも。……でもそれは今日じゃない」

 

こうなる気はしていた。

だからこそ、ボクは後ろに回していた手を振り抜いた。

 

 

 

スタングレネード。

原材料、マグネシウムやらなんやら。

効果、見当識失調などなど。

 

いわゆる汚ねぇ花火である。ボン・ジョヴィが子守唄に聞こえるほどの超強烈な爆音と閃光を浴びれば、一般人はひとたまりもない。

 

しかし、ボクや彼のような戦争屋は慣れがあるわけで、おそらく数秒間行動を止めるのが関の山。そもそも戦争屋はコイツをまともに喰らわない術を心得ている。

 

アスタラビスタ(また会おうぜ)!ベイビー!」

 

たかが閃光、されど爆音。

 

投げる位置は真島の真正面。

素早く投擲することで、彼の視線が一瞬でもボクから逸れてくれればよい。

 

さすが場数を踏んでいるだけある。カランと転がってきたソレが何なのかを認識した瞬間、彼はただちに耳を塞いだ。

 

それで耐えられるのかな?

まして、キミのように耳が良い人間は。

 

 

 

「うおッ──!?ゔああああぁ……ッ!あいつ、ったく、やりやがって……!ハッ!」

 

 

 

暗い地下を走りながら、いつしかボクは呟いていた。真島には聞こえるだろう。言葉ではなく、心で伝わっている。

 

「……よろしく頼むよ、真島ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺し屋のランジェリーは、トランクスで間違いない。それとカートリッジ。分かる?ソイツらさえあればボクは不死身、マテバとジェリコがありゃ全知全能だ」

 

『……お前、どこをほっつき歩いてたんだ』

 

「悪いね。会ったら直接話すよ。できれば詳しく聞かないでほしいんだけど」

 

『……ヤツらと何をしてたんだ?』

 

「すまないけど、ナット。今のボクにはあまり話す気力が残ってない。地図にも載ってない地下の連絡通路だとかを通ってようやく陽の光を浴びたんだ。少し休ませて」

 

『……リコリスたちは無事なのか?今、ニュース速報が入ってる。地下鉄で壊滅的な脱線事故、ってな』

 

「……確かめる術はない。けど、無事なはずだ。ボクの信頼できる人間に任せたからね」

 

『ああ、アイツか……。まあそれはいい。気をつけて帰ってこいよー』

 

「……聞かないんだね、何があったか」

 

『ウォールナットを舐めるなよ?お前が何をしていたか、観測こそできなかったが、推測することは容易だ。……リコリコを裏切るつもりがないことさえ分かればそれでいい』

 

「おや、随分店に入れ込んでるじゃないか」

 

『当然だろう。この店が潰れでもしたら、パスポートを造ったり、新しい隠れ家とそのダミーを大量に用意したり、いろいろ手間がかかるんだ』

 

「利己的だねぇ。まあ知ってたけど。しかしだよ、いいかぁ、ボクはねぇ、大変な思いをしたんだぞ?至近距離でフラッシュバンを喰らったんだ。気分最悪、吐きそう!フグの肝食ったって吐かなかったこのボクが!」

 

『自己責任だろ。ま、おつかれー』

 

「うぅ、世知辛い……」

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクが何をしたかったのかだって?

 

……ボクはただ、自分を創りたいだけだ。

 

アランにもらったこの身体はずいぶん調子が良くて、ボクに生の実感を与えてくれるモノだとばかり思っていた。

 

だが違った。

 

喫茶リコリコで働くようになり、千束ちゃんやたきなちゃんの眩しさに目を焼かれた結果、今まで見えなかったものが見えた。

 

 

 

主人公ズに干渉するのが目的じゃあない。

 

アランはどうせ一枚岩なんかじゃない。

アイツらを多少ブチのめしたところで、世界は変わらない、変えられない。

 

だから、ボクの物語だ、コレは。

 

DAやリコリコの皆にとことん照らされたバカがどうなるか、それを示す物語だ!

 

 

 

「帰るか。……帰る?」

 

リコリコに。

 

うーん、と踏み止まりかけたが、やめた。

今さらアランがどうこうしたって、リコリコに対するアプローチはさして変わらないはず。

 

錦木千束という少女はそれほどの存在だ。

 

その近くにボクがいたとて。

 

 

 

変わるのはボクの方か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、どうも」

 

「たきなちゃん。おはよー……」

 

ボクが店に入ると、ちょうど彼女も今しがた来た様子。

 

「弌華か。おはよう。今日は少し元気がないな。大丈夫か?」

 

「てんちょー、おはざっす……。いやぁ、昨日、ちょいと疲れちって。ついさっき起きたとこなんですよ」

 

帰ってから一直線でベッドダイブ。

それだのに脳がまだ休暇を欲しがっている。

 

アラームが何十回と鳴り響いても、夢の世界が終わらなかったのである。スタンド攻撃かもしれない。

 

「そういえば、昨日、千束やたきなとは一緒にいなかったのだろう?何かあったのか?」

 

「ちょいと個人的な趣味をこなしてましてねぇ……。それと、出先でたまたま古巣の友だちと会って。少しはしゃいじゃった」

 

「ははっ、それは良かった。店には出られそうだな」

 

「なんなりとお申し付けください店長。ボクは働きますよぉ、馬車馬のように」

 

「頼もしいな。だが、あまり無理はしないように。何かあったら言いなさい」

 

 

 

ボクにも隠れ家があるわけだが、どうも「家」という感じがない。

 

それよか、リコリコのがよっぽど「家」だ。

 

不思議なことに、十数時間前に地下で殺し合った真島が、今にも店のドアを開け入ってきてカウンターに腰掛け、メニューを眺めたりするんじゃないかという気さえした。

 

ここに自分がいていいものか、なんて迷いが消え去ったわけじゃないけど。ほぼ消えたよ。昨日の件で、少なくともボクは()()()()()ことの理由を確認した。

 

ボクが死んでいようがいまいが、朽ち果ててはいない。心臓が止まって脳が吹き飛んだとしても、灰になるにはまだ早い。やりたいことやってからだ。

 

 

 

びゃあああッ!?ハレンチィィ!

 

ミズキ?朝っぱらから一体なんだ?

 

「こんにゃろっ、男んトコに泊まってきたなぁ!?アタシへの当てつけかッ!?」

 

「ちょっ、違っ、これはっ……!たきなの!たきなのだからーッ!」

 

ミズキが千束を捕え、何やらスカートを捲ろうとしている。

 

あぁ、パンツか。

 

ちょうどボクの側にいたたきなちゃん、すっかり呆れた目でアラサー女とJKを見ている。

 

「……?」

 

アラサーがたきなちゃんにじわじわにじり寄る。ムダに鋭い目つきで、いたいけな少女のスカートを捲るミズキ。

 

「……かわいいじゃねーか!」

 

「うっ!?いやっ、だからそれを昨日買いに──!?ちょちょちょい!?」

 

皆さーん!この店に裏切り者がいまーすッ!

 

お?

 

一瞬ボクのことかと思ってびっくりしたぞ。

いや、裏切ってるわけじゃないんだけど。

 

 

 

「……でもトランクスって実際ケッコー快適なんだよなぁ

 

ん?ちょっと待て。

 

千束ちゃんは今トランクスを履いてるが、それはついさっき試し履きしたモノであって、決して彼女がその辺おおらかと示しているわけじゃあない。

 

たきなちゃんも。今日から彼女は立派な下町喫茶店ガール。オシャレにも気を遣うのだ。

 

……ボクが一番ヤバいぞ?

トランクスは、まあいい。この際それはどうでもいい。

 

問題は、だ!

 

昨日から風呂入ってない!

下着も!着替えてない!

 

ミカに頼んで風呂を使わせてもらおうか……。

 

 

 

「……お前もかよ」

 

「どぅわっ!?クルミッ!?ナニをッ──!?やめろぉ!?スカートの中を見るなあ!?待て待て待て!顔を近づけるなよッ、今のボクは臭いぞキミィ!」

 

パンツ見るのはいいんだけどさぁ!

風呂入ってなかったよボク!こちとら変人の自覚はあるが、羞恥心がないわけじゃない。

 

 

 

「……何も言うなクルミちゃん。そのままゆっくりボクから離れて、何食わぬ顔で千束のパンツを拝んでろ」

 

「お、おう。だが、多分もう遅いぞ……」

 

「エッ」

 

なるほど。

確かに、若干視線が……痛いというか。

 

パンツ丸出しのJKと、パンツ見られて顔が赤いJKと、アル中女。あと店の常連さん。

 

「トッ、トランクス履きたくなる気分の日もッ、あるよな?な?千束ちゃん?」

 

「えっあっ……。うんうんうんその通り!」

 

「いやぁ!しかしミズキはそう思わないらしいね!ならば仕方がない!うん!じゃ、ボク、パンツ着替えようかな!ついでに風呂にでも入ってこよう!それがいい!」

 

墓穴がデカすぎる。

いや、しかし、大は小を兼ねると言うし。

墓もデカい方がいいよな、うん。

……ボクは何を考えてるんだ?

 

と、とりあえず。

 

 

 

ミカさん、風呂借りるよ




アラン関係の掘り下げは2期で行われるはず(確信)

そうなってくるとヘタにウチの小説の設定いじれないような……と考える私の良心は幾分か前に消滅しました。

まあ結局公式が勝手に言ってるだけですからね
(二次創作者にあるまじき態度)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

So Far, So Good
21:I’d pretend I was one of those deaf-mutes.


更新が大幅に遅れましたことお詫び申し上げます。

いやぁ〜、昨月は良ゲーが多くて……()

更新ペース上げます!とか、これからも嘘を付くことは多々ありますが、そこんとこよろしくお願いします()

こんなネットの片隅をいつも覗いてくださる皆様、いつもありがとうございます。感謝の念に堪えません。





 

「かーっ!どっかに年収2000万で身長180cm料理洗濯大得意でアタシのことだぁい好きなイケメンいねーかなぁ!?」

 

「ボクがいるだろ」

 

「あ?んだテメッ、チョーシ乗んな」

 

「えぇ……」

 

どうしろというんだ。このアル中め。

 

 

 

……今日も平和だ。

 

世界は欺瞞でできている。

欺瞞とは、すなわち飽和した真実。

 

近年になって、あらゆる()()が世界を覆い尽くしたが、それで世界がより良い方向に進んでいるかと問われれば、まあ。

 

全てが正しいこの世界は、全てが間違っている。

 

HAL9000の暴走。

真実が生む悲劇というのは、嘘が生むソレよりも何倍惨いことか。

 

遠くから見れば喜劇。あるいは美談。

 

 

 

例の地下鉄での騒動も「死者はゼロ」なんて報道されてたが。

 

あ、そうそう。リコリスの負傷者については何も聞いてない。件の鉄道会社のシャッチョさんがおっしゃったとおり「死傷者ゼロ」。

 

ん、テロリスト?

アイツらはノーカンに決まってるだろ。

敵の死体を数えてる暇があったらもっと殺せ。

 

 

 

「……で、仕事とは、なんぞや。たきなちゃんは聞いてる?」

 

「いえ……」

 

「護衛だってばよ。詳しいことは──」

 

アル中の声を遮って、シラフで声のデカいちしゃとサンがウキウキと話しだす。

 

 

 

では皆の衆!楽しい楽しい作戦概要を説明するよ!

 

アイツ(千束)に聞いて。今回やたらとやる気なのよ」

 

「そこっ!私語をしないッ!」

 

「おー、確かに気合い入ってる」

 

「そしてそこのリス!ゲームしてない!?」

 

「聞いてるよー」

 

なんとなく覚えてるよ。

あれだろ、東京観光。

 

 

 

……てことは、リコリコ、5話か。

 

 

 

「依頼人は72歳男性〜、日本人──」

 

過去に妻子を殺害され、長らくアメリカに避難。

 

「で、現在は〜、きん、き、き、んん……」

 

 

筋萎縮性側索硬化症(ALS)

 

未だ解明されていないことが多い病気だ。身体がどんどん弱っていく。息もできなくなるほどに。

 

……アランなら、治療できそうだが。

 

「そうそれ!」

 

賢いリスは、ゲームの最中にも会話ができる。

 

要は、自分では動けない身体。

クライアントは老い先短く、最期に自分の故郷を旅行し見て回りたい、という要望である。

 

と、千束ちゃんはウキウキで語っている。

旅行というワードに惹かれているのだろう。

 

「そんでもって、まだ命を狙われている可能性があるので、ボォディガードをしまぁす!」

 

「狙われている?なぜです?」

 

「それがさっぱり。大企業の重役で、敵が多すぎるのよ。その分報酬はたっぷりだから〜!」

 

報酬に釣られて仕事を受けたってか?

ま、どっちにしろ、ウチにしかこの仕事の依頼は来ないだろうし、報酬は関係ないな。

 

「で、行く場所はこっちに任せるって〜。私がプラン考えるから──」

 

観光、ってだけで乗り気なのかな、君は。

 

「旅の栞でも作ろうか?」

 

世界最高のハッカー、今日のお仕事は旅の栞。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい誰かー、アイスー」

 

こんな夜中に誰だよ、自分の声にエコーかけてるのは。

 

……あ、クルミか。

 

ていうか、よくもまあ大した長風呂だねぇ。

 

 

 

「ホレ。風呂の中でアイス食うとは、お主ぃ、理解(わか)ってるなぁ」

 

「なにを理解しているって?ヒートショックは唐突に訪れる。風呂でアイスを食うやつはバカだけだ……うん、美味い」

 

「一個くれ」

 

()()だいふくだぞ、やるわけないだろ。小分けのとかならまだしも……。まあその場合でも絶対にやらんけどな」

 

そもそも風呂で食うアイスじゃないだろソレ。

せめてアイスキャンディーとか……。

ま、風呂でアイスを食うなって話になるけど。

 

「なんと粗末で卑しいリスだこと、キサマ」

 

雪似だいふくを一個分けるか否かでその人の人間性を判断できるのだ、と偉い人、つまりボクは言う。

 

「そう簡単に人にモノを貰えると思うなよ……。まして、他人との距離に一線を引くようなヤツはなおさら」

 

 

 

「急にシリアスするじゃん、キミ」

 

「ボクはこれから質問をする。それ自体に、至極当然の経緯がある。分かるだろ?」

 

「……お互い、隠しときたいことってあるじゃん。クルミちゃんの秘密とボクの秘密、預けっこしようか?」

 

「ボクはこの店にいる全員を全面的に信用している。当然、弌華のことも。……ただ、同時に全員を信用していない」

 

「そりゃこっちも同じだよ。あ、いや、たきなちゃんは例外。あの子素直すぎるから」

 

「確かに」

 

例えば、ミカさんは実はかなりヤバい。元々裏社会でベテランとして鳴らしていたであろう彼には、例え家族の関係になったとしても疑いの目を向けておくべきだ。もちろん善い人だが、どんなことでもやる覚悟がある。

 

ミズキも。自分の過去を隠してるヤツがこの店には多すぎる。あとこないだ未成年飲酒を盾にボクのこと脅してボドゲで勝とうとしてきた。あいつはヤバい。

 

クルミちゃんなんて、正直メチャクチャ怪しい立場にある。ボクはちょっとした()()のおかげで、彼女がただの便利なリスだと知っているが。

 

千束ちゃんもだ。

彼女が隠し事が苦手なのは、既に彼女が最大の隠し事を心に秘めているからだと思う。

 

心の臓はとうに無機質で、余命幾許もない彼女。

 

身体つきも性格も、ひとりの少女。

それに似合わず達観している精神。

 

 

 

……ボクは、まあ、言わずもがな。

 

 

 

そして犬ころみたいに素直なたきなちゃんである。

癒しだよなぁ。

 

 

 

「とにかく、先日の地下鉄騒動の件について、ボクは知りたいことが山ほどある」

 

「別に言うほどのことはない。それに、店を裏切るつもりはない。十分だろ?」

 

「お前との通信が途絶えた数分間に何が起こったか推測することはできる。だが全貌を把握することは不可能だ。1+1ならサルでも分かるが、ジョージ・オーウェルが何をしたヤツかなんて、そも、知らないやつがいくら考えても意味がない」

 

 

 

「……これはボク個人の問題だ」

 

とはいえ。

 

「──とはいえ、そういうくだらない足踏みをするような段階でもないんだよね。人間個人の問題を、当のワンマンパワーで解決できるならどれだけよかったか。そもそも、なかなかの地雷を抱えてるってのに、いまだにリコリコに居座ってる時点で何も言えないのさ、ボクは」

 

「別にお前の独白には誰も興味ないから現実に起こってる事実だけ語ってくれると助かる」

 

 

 

「ムカつくやつをブッ飛ばしたくてテロリストに取引持ちかけました!」

 

「で結果は?」

 

「でもリコリコを裏切るつもりは──って、リアクション軽いね」

 

「まあ、予想つくし」

 

クルミがすごい、とかそういう話でもない。

単にあの日のボクの様子を見れば、少年探偵団だって勘づくことだ。

 

ボクが話すべきはその内容。

 

「……結果は。談判破裂して暴力の出る幕、といったところかな」

 

「だろうな」

 

 

 

「……先んじて言っておく。千束ちゃんやたきなちゃんには、この話しないでくれよ?」

 

「ミカにも言ってない様子だな」

 

「……あの人もちょっと怖いから。ミズキは酔い潰れた時にでも話してやろうかな」

 

クルミは、まあベタな言い方をすると、いわゆる「最強」である。情報化社会にてハッカーは最強。古事記にも書いてある。

 

ま、とにかくだ。彼女がいるおかげで、千束やたきなちゃんが現場でドンパチかませるのだ。必要な裏処理をほとんど担ってくれるので、彼女は「リコリコ」という作品をメタ的視点から見た時、一種の舞台装置的側面も有している。

 

もちろん、彼女の人間性は物語にそれなりに関わってくるが。それはそれとして、ってこと。

 

 

 

「端的に言おう。ボクはアランを潰す」

 

 

 

「……ちょっと端的すぎるな」

 

「ごめん。ええっと、どこから話したもんか」

 

ボクはなんのためにアランを潰したいんだ?

 

……自分が「生きている」感覚を味わいたいからだ。せっかく生まれ直したのに、ボクの周囲ありとあらゆる場所がアランの掌の上。

 

ほとんど目に見えないようなアランの伸ばす糸を断ち切るため。

 

「アラン機関については知ってるだろ?」

 

「何らかの理由で芽吹かず枯れてしまう特別な才能を掬い出し、然るべき教育を施し社会に貢献……とまあ、世間じゃそういう認識だな」

 

「そのアランさ。そして、被支援者、いわゆるアランチルドレンには『使命』が与えられる」

 

才能を育てた対価としての、世界への奉仕。

というわけでもない。

 

アランの理念は、要するに「才能あるなら人類引っ張って世界に貢献するのが当然!」みたいな感じだから。対価というより、義務。

 

「才能を活かした使命。ただし、機関は基本的に被支援者と接触しないから、本人は自分で使命を模索する必要がある」

 

「……お前の使命は?」

 

「んなもんないに決まってる。ボクの使命は自分で決める。そして、そういうものは使命とは呼ばない。やりたいこと最優先」

 

「千束の受け売りだな」

 

もともとリコリコを見て、ボクは自分のやりたいように生きたいという気持ちが起こった。それがよりによって、当のリコリコ世界で最大の障害にぶつかるとは。

 

「とにかく、ボクは自由にやりたいんだ」

 

「思春期そのものだな、お前は」

 

「……自覚はあるよ」

 

「それならいいんじゃないか。人間の幼年期に終わりはない。あるとしたら、それはもはや人間ではなくなる。そして、思考、と呼ばれる電気信号の回路が完全に自立しているソレを一人前の人間とするなら、この世に人間は存在しなくなってしまう」

 

皆、その大なり小なりはあれど、何かに依存して生きている。

 

ボクは自由に依存している。

自由という檻に。

 

「……思春期特有のバカみたいな考えがよく脳裏にチラつく。だから、とりあえず千束ちゃんを見習ってまとめよう」

 

ボクのやりたいこと。

 

「アランがムカつく!理由は、ボクが楽しくないから!だからアラン潰す!シンプルでスッキリするだろ?」

 

近くから見れば、ホールデンもびっくり、イタいガキの思春期ストーリー。

 

遠くから見れば勧善懲悪の爽快ヒーローもの。

 

いいじゃないか、これで。

 

 

 

「……で、テロリストとの取引って結局なんなんだ?」

 

「あ」

 

「元々それを聞いてたんだがな」

 

「あーっと、あー、うん。テロリストについてだけど、クライアントやら思想やらは詳しく分かってない。ただ相当なプロだ。DAが負けるんだからね」

 

DAの作戦負け、はたまた内部工作。

とにかく、ボクが行かなければ死人が出ていた。

 

「ただし、向こうさんは戦争屋だ。基本的に、金積めば話が通じるわけ」

 

 

 

「件のテロと、以前の銃取引、アラン、DA……。裏で繋がりがある、と言ってたよな。つまり、テロリストとアランの間には繋がりこそあれど、義理がないということか」

 

「そういうこと」

 

もっと言えば、真島ちゃん個人がアランを潰したがっているので万々歳。

 

 

 

「そこで、だよナット。全貌の見えない化け物と戦うには力が要る。数の力が」

 

「人手と……金かい?」

 

「うん。とりあえず稼ごう。金があれば人も付いてくる」

 

「稼ぐといったって……。ボクにできることはせいぜい株取引とサラミくらいだ。後者は気乗りしないが」

 

サラミってのは、よくある横領なんかの手口だ。スライスされたサラミソーセージを一枚盗むように、小数点以下の端数の金をコッソリ着服してバレないようにする方法。

 

こういう方法を実行するヤツは大抵「俺はなんて頭がいいんだ!」と自画自賛しながら刑務所にブチ込まれるタイプなので、クルミちゃんが気乗りしないのも頷ける。

 

「それでいい。キミなら全自動金儲けシステムだって作れそうだし」

 

「自動で収支をプラスにするソフトウェアなら作れるが、これも気乗りはしない。ま、隙間時間にちょくちょくやるけど、構わないかい?」

 

「あ、マジでできるんだ……。うん、頼むよ。一応元手もそれなりにあるから」

 

ボクは自分のスマホを見せた。

 

「お前、デイトレードやってたのか?」

 

「習慣にしてるわけじゃない。こないだの地下鉄騒動のときに空売りしただけ」

 

空売りってのは、要は株価の下落に投資する方法である。

 

「あぁ……」

 

テロを事前に知っていたからこその、インサイダー取引ならぬ社会からのアウトサイダー取引である。

 

飲食店で迷惑行為やって空売り〜、なんてのは誰しも一度は考えることだろうが、まさか現実に地下鉄を脱線させて儲けるやつはなかなかいないので、ちょっとオイシイ思いをさせていただいた。鉄道会社のシャッチョさんには少し申し訳ないが。

 

 

 

「そういや、お互い秘密をトレードするんだったか。ボクの秘密も言った方がいいか?」

 

「お、なんかあるの?聞きたい聞きたい」

 

「実はこないだ千束のプリンこっそり食べた」

 

「なんという裏切り行為……。その秘密はボクの胸の内にしまっておこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで、今朝もリコリコは平和である……とはまたちょっと違う。今日は例の護衛任務の日だ。

 

リコリスの制服に着替えて待つボクらのもとに、いかにも現代らしい黒のミニバンがやってくる。

 

最新のテクノロジーで改造されているらしい車内から、車椅子の男性がひとりでに降りてくる。つまり、機械が人を運んでいる。

 

 

 

機械に繋がれ、萎びた老人が、リコリコのドアをくぐる。

 

「遠いところ、ようこそ」

 

ミカが出迎えの挨拶をした。

 

老人は身体ひとつ動かさず、返答はワンテンポ遅れて返ってきた。

 

『少し、早かったですかね。楽しみだったもので』

 

 

 

今日の任務は、この松下と呼ばれる男の護衛。

 

そして、ボクは()()のボディガードだ。

 

脅威が差し迫ったとき、千束とたきなちゃんは松下の側で護衛。ボクはその間に敵性存在の殲滅を務める。

 

いわば、束縛されず行動できる。

 

何かボクのせいで任務に支障が出ては困るし、こうするのが得策だと思った。

 

 

 

……なにせ、松下の背後にはアランがいる。

いつなにが起こるか、ボクにも分からない。

 

 

 

今度はどう仕掛けてくる、アラン。




毎回誤字脱字してまう()

まあ、文章をしっかりチェックすれば済む話なのですが、どうも私はチェック作業がとんでもなく苦手なようです対ありでした

最近書きたい話が多すぎる……
とりあえず、しばらくはリコリコメインで更新していきたいと思いますので!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22:Crime of Possibly.

エタらないとは言った
だが亀更新しないとは言っていない!!

許してください(土下座)

多忙&モチベ低下のダブルパンチのショックから立ち直るにはまだまだ時間が要りそうでござぁいますぅ……


「松下さんたちは今んとこ観光を楽しんでる。そういやミカさん、雷おこしって自分で作れるもんなんですか?」

 

『まあ、できないことはない。不恰好にはなるが。今度やってみるかい?』

 

「千束ちゃんあたりがノリノリでやりそうだね」

 

『お、いーじゃんソレ!今度やろーよ!喫茶リコリコ駄菓子フェア!』

 

っと、言ったそばから。お菓子作りイベントでたきなちゃんとの親睦を存分に深めたまえよ。

 

「……んで、ボクは何をやってるんだ」

 

浅草近辺にやってきて、ノスタルジックな雰囲気に駆られて。ありもしない記憶が蘇り、駄菓子の味が懐かしくなったのである。

 

「美味ぁ……。うん、普通に美味い」

 

はっ、危うく語彙力が全て持っていかれるところだった。

 

なんというか、アレだな。口寂しさを紛らわせるのにちょうどいい。大人になってから食うべきだぜ、コレは。時間の流れは最高のスパイスだ。ガンパウダーもいいが、人間、平和の香りが一番肌に合うってもんだろう。今んとこボクは人間じゃないんで、少しばかり火薬が恋しい。

 

 

 

『弌華、地上の警戒ご苦労。引き続き不審な動きがないか警戒してくれ』

 

「あ、ミカさん。ひどいですよ、こちとら船に追いつくのに必死だったんですから」

 

松下さんたちは隅田川を船で移動した。

 

追いつこうにも追いつけない。そのためボクはオートバイを用意したのである。

なかなか良いもんだ。移動が楽チン。DAは取り急ぎ二輪の配備を急いだほうがいいんじゃないかと思ったね。渋滞をスイスイ抜けられる。

 

殺し屋(エリミネーター)にはお似合いかもな。オートバイ、オシャレだし。

 

 

 

「それにしてもこの街は人が多い。地元民も観光客も節度がないね。この国で最も人間が絡み合う場所でありながら、最も人間がスタンドアローンとなり得る場所でもある」

 

時代とともにマシーンたちは複雑なネットワークを形成し、人間は個別化が進んだ。

 

すり抜け常習犯のボクが言うのもなんだが、自己中が輝く都市だ。

 

『……まあ、仕方ない。人と人とが、真に繋がりあうことのない土地だ』

 

「ボクに言ってるんですか?それとも……」

 

『……それだけ人口が密集していることは、裏の人間にとってありがたいばかりだ。警戒を怠るなよ』

 

「おっけ、りょーかい」

 

いつものことだが、東京の道路は混みすぎだ。渋滞がデフォルトってのがムカつく。車間縮めて急いだところで何も変わらないぞ。

 

 

 

『こちらクルミ。ドローンで怪しい男を見つけた。千束とたきなは引き続き護衛を。弌華はこの男を追跡し、場合によっては……排除してくれ』

 

「了解。どんなヤツ?」

 

質問に答えたのはミカさんだった。

 

 

 

『サイレント・ジン……。音もなく仕事を遂行することからついた呼び名だ。ベテランの殺し屋で、私の……元同僚だ。15年前まで警備会社で裏の仕事を担当していた』

 

「ん、手強い。ボクごときじゃ敵わないだろうけど、時間は稼いでみますよ」

 

『それでいい』

 

アウトロー、別名、資本主義の究極形。

つまるところ、裏社会じゃあ金を積めば基本的になんだってできる。だからこそ、義理だとかロイヤルティを重んじるヤツらが必死こいて権力にしがみついているわけだが。

 

 

 

「ったく、アランときたら……。金でも忠誠でもなく、才能が一番恐ろしいってのに」

 

ヤツら、全部持ってやがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

で、どうするよぉ弌華ちゃん。ジン追跡は本来ミズキの役だ。ま、ボクというリコリスの存在価値を考えると、この任務には従事せざるを得ないのだが。

 

「アイツのバイク、イカしてるなあ。隣につけて気軽に挨拶するか?やあどうも!ボクはあなたと同じバイク乗りで殺し屋です!っつって……」

 

ジンもオートバイに乗っているが、なかなか様になっている。殺し屋は目立ってナンボと言わんばかりのイカした単車に、オシャレに結われた後ろ髪。おかげで見失わない。

 

 

 

『ヤツは今橋の下か?ドローンから見えなくなった』

 

「イグザクトリーだリスっ子。これより接近を試みる」

 

『了か──ッ!ドローンが撃たれた!すまない弌華、バレてる!』

 

 

 

「……んなこた,知ってたよ。お楽しみといこう」

 

ジンはプロだ。

 

もちろんボクが真正面から挑んだって敵うわけないし、背後から挑んでもボコボコにされる。プロだから。斜め上あたりからなら一杯食わせてやれるかもしれないが、時間稼ぎの域を出ないだろう。

 

ジンの最終目撃地点でバイクを降りる。

 

銃は抜いておく。

原作では、ジンにミズキの命を奪うつもりがないような描写がされていたが、アレはミズキが非戦闘員だからだ。プロはその辺をよーく分かってる。

 

ボクはリコリスの制服を着ているので、平和的解決は望めない。ピースキーパー(リボルバー)なら望むところだが。

 

うーん、気配が読めない。

先制射撃で逝くかもしれないな、ボク。

 

どうしたものかと首を捻る。

 

 

 

風切り音。サプレッサーの独特なサウンドが高架下に反響する。

 

「──ッ!あ痛ッ」

 

今のはミラクルだった。

ボクがもう少し賢くて、ジンを倒す算段が完璧に整っていたら今頃死んでいた。かわりにボクのプリチーな右頬肉が少しばかり犠牲になった。

 

音からは位置が分からないが、ボクの目の前のコンクリートが小気味よくぶっ飛んだので、背後に居ることが確認できる。

 

初弾で心臓を狙わなかったのは、ボクがリコリスのバッグを背負っていたからだろう。つくづく運がいいな。帰りは宝くじでも買おうか。

 

ちなみにここまで0.2秒。次の攻撃が来る前に対策しなければならない。

 

目線は遮蔽物に合わせて全力ダッシュ。ジェリコを肩越しに乱発し、パンチラはナシのスライディングで射線から隠れる。

 

「やぁミスター!いたいけな少女の柔肌によくも傷をつけてくれたねェ!」

 

「……」

 

「返事はなしか?それともボクに聞こえない声で喋ってるのかなあ!?不意打ち食らったおかげで頬の熱さと耳鳴りが止まらないんだよ!」

 

「……」

 

「なんか言えよ!」

 

言ってるのかもしれないが、聞こえない。

右耳が完全にダメになっている。訓練のおかげでなんとか動けてはいるが、ジンの殺る気次第じゃいつでも逝ける。

 

さぁて、アキンボ(二丁拳銃)のお時間です。

 

「ジルバだ、踊れよレディ・キラー!」

 

まあボクに二丁拳銃なんて器用なマネができるわけもなく。

 

ジェリコで制圧射撃を行い隙を作ってから、マテバのGPS付き特殊弾頭をぶち込んでやろうと画策しているわけである。

 

ジンは()()できる。プロとして。

 

つまり、ヤツがジェリコの外見や弾痕から推測し、45口径を11発撃った時点でボクが無防備になることを理解していると信じている。

 

 

 

「……早く出てこいよ、ドンパチやろうぜ」

 

審判の時来たれり、これがラストバレットだ。

 

そして出番だ、マテバちゃん。

 

 

 

「や、セットチェンジは短い方がいいだろ?」

 

「……ぐッ!」

 

目論見通り、ジンは11発目が壁に着弾する頃には既にボクの額を捉えていた。が、マテバの引き金はもっと前に引かれていた。

 

弾丸はヤツの胸に命中。もちろん彼は生きている。

 

二発目、三発目と、体勢を立て直される前にいくらか撃ち込んでおき、再びボクは身を隠す。

 

「防弾コートか、殺し屋さんよ……。いい趣味してるね」

 

正直、ここから勝つビジョンが浮かばない。

勝つ、とはつまり、逃げること。

 

万一に備えて二つの銃をリロードしておくが、既にジンに発信機を取り付ける目的は達成した。おおむね原作通りだ。あとはボクが生き残るだけ。

 

「HQ、HQぅーっ。こちら天才美少女。千束ちゃんたちの状況は?」

 

『二人で防御を固めている。できることならジンは生捕りにして事情を訊きたいのだが……。いけそうか?』

 

「ムリに決まってますぅ!生きて帰れるかすら怪しい」

 

 

 

『……千束は松下さんを護衛し続けろ!たきなは弌華の援護に回れ!二人で打って出ろ!』

 

戦力を等分し任務にあたる。確かに良い作戦だ。ボクがたきなちゃんと合流する必要がある点を除けば。

 

 

 

「発煙弾は2つか。とりあえず一個使って──」

 

スモークグレネードが2つ、催涙ガス同数。

閃光弾(スタングレネード)も2つ。

 

カバンからパーティーグッズを取り出そうとした瞬間、太ももに鈍い痛みが走る。

 

ぐぅううッ!?

 

痛い、痛いなチクショウ!

こっちは物陰に隠れてるってのに!

 

……ああクソ、跳弾か!

 

ジンのヤツ、狙ったのかは分からないが、とにかくボクに痛手を与えることに成功したようだ。幸いDA謹製のスカートのおかげで致命傷は防げたが、骨にヒビが入ったかもしれない。

 

「こうなりゃあ……!ああああ!なんとかなれーっ!」

 

なんかみじめで小物なヤツ。

おるそー、のうん、あず、ボク。

 

手持ちのグレネードを全てばら撒いてやる。

まずはモクモク大発生といこう。

多少は時間が稼げる。

 

「はっ、はーっはぁ!ボクはなぁ!こんくらいのガスじゃへこたれないんだよ!君はどうだ殺し屋くぅん!この煙の中でェ!また殺り合おうか!?」

 

まずはスモークと催涙ガスがひとつずつ。逃走の隙をなんとか確保。残りは逃避行中に使う。

 

狭い路地を伝って、たきなちゃんとのランデブーポイントへ。

 

『美術館近くの建設現場なら、警察の介入を多少遅らせることができる。二人とも、向かってくれ』

 

「りょ、了解ぃ……」

 

右脚が思うように動かない。血は出ていないからなんとかなる。なんとかなってくれ。

 

 

 

……それに、これは思ったより()()()()()

 

『──弌華、無事ですか?狙撃地点に到着しました。援護射撃、いつでもいけますよ』

 

「あー、悪いけど、思ったよりキツいかも。今のボクは走ることすらままならない。護衛はボクが引き継ぐから、千束ちゃんとたきなちゃんでヤツを止めてくれ」

 

『……大丈夫か?私たちも今から向かうが、到着はかなり先だ』

 

「今までもっと酷い目に遭ってきてるさ」

 

銃弾が身体に入らなかっただけマシである。

 

さて、都合が良い、という話だが。

 

 

 

そりゃそうさ。だって。

松下と、サシで話ができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

美術館に向かう道中、無線でこんなことが聞こえてきた。

 

「松下とジンには因縁がある」「過去に家族を殺された恨みがある」「松下が日本にいる限りジンは何度でも殺しにくる」「この任務の真の目的は、ジンの抹殺である」と。

 

千束ちゃんは狼狽しながらも、ジンの対処に向かってくれた。クルミのドローンもそちらの支援に回る。

 

 

 

「……さて、()()()()()()()分かるだろうけど、今からボク、蘇芳弌華が護衛担当です。よろしく松下さん」

 

ネタバレしてしまうと、松下という人間は()()()()()()()()()。目の前にいるのは10年先の科学により造られた幻影だ。

 

『……見届けなくては』

 

車椅子がひとりでに動き出す。

もちろん、彼が操作しているのだろう。

 

ボクは横を歩きながら応える。

 

「千束ちゃんはジンを殺さない。見に行ったって変わりませんよ、何も」

 

 

 

『君に、彼女のなにが分か──』

 

「いろいろ分かりますよ?友人として、ね。千束ちゃんは何を言われても殺しはやらない。誰かを殺す日が来るとしたら、そいつが寂しくないよう、自分も道連れになってやるだろうね」

 

『だが、それでは……』 

 

「このセリフはボクの口から言うべきじゃないが、千束ちゃんの人生は彼女自身が決めるもの。でしょう?」

 

『……。君の口からそんな言葉を聞くとは』

 

「ああ、あなた、やっぱりそうなんですね?アランのチャームの意味を単に知ってるだけじゃないんだろう?なあ?」

 

ボクの勘が冴えているわけではなく、単にアニメの知識だが。これで少なくともムダな問答は省ける。

 

「ねぇ、ゴーグルのカメラから世界を見る気分はどうですか?」

 

 

 

そういやぁ。

 

ボクがアランの手のひらに乗せられていることは確かだが、もしかすると。

 

 

 

『……気付いていたのか。そうだ、この件は千束のためでもあり、君のためでもある。蘇芳弌華』

 

「……アラン」

 

 

 

吉松シンジ。

 

彼はアランの人間ではあるが、劇中ではむしろこの上なく自己中心的な行動をとった。

 

本来であれば、才能を発揮させなかったために機関に抹殺されるはずの千束を助けるため、吉松シンジは動いた。()()()()()()()

 

だが、行動は彼自身の意志によるもの。

つまり、ボクは吉松とは別のアラン野郎に目をつけられているか、もしくは吉松の計画に組み込まれているのか。

 

『少しばかり秘密主義者の君には、手短に伝えよう。私は松下という名の男としてここにいる。それを忘れないことだ』

 

「はいはい。承知。その方が都合良いもんね」

 

 

 

『君は己の責務を果たすんだ。それが君たちにとって一番の幸せなんだ』

 

「何回でも言ってやりますがねェ。自分のやることは自分で決めたいでしょう?」

 

『……それだけでは済まないこともある!』

 

理性じゃ分かってるさ。ボクはとうの間に()()に罹患していて、人生ふたつ分を未熟なままで過ごしたんだ。

 

「いずれアンタとはじっくり話せるだろうから、この話は終わりにしましょう。この件のこと、千束ちゃんにはどう伝えればいい?」

 

 

 

話している間に、ボクたちの眼前にはすっかりヘバッたジンがいた。さすがのベテランも生物として格上の相手には勝てなかったらしい。殺し屋が弾避けられちゃあ辛いよなぁ。

 

「あ、弌華ぁー。お疲れぃ、脚大丈夫?」

 

「千束ちゃん。なに、問題ないよ。それより君らこそ大丈夫なの?」

 

原作ではたきなちゃんが軽傷を負うはずだが。見たところ五体満足である。ジンの制圧とたきなちゃんの守護に貢献した、というわけで、ボクの脚もムダじゃなかったってことでいいか?

 

 

 

『その男を殺すんだ。そいつは20年前に私の家族を殺した』

 

事情を知るボクからすると滑稽だな。

 

吉松は千束ちゃんが殺しの才能を活かすことが幸せなのだと信じている。実に理解し難いが。

 

「松下さん……。私は、人の命は奪いたくないんだ。私はリコリスだけど、誰かを助ける仕事をしたい。このチャームをくれた人みたいに」

 

『は……?千束、それでは、アラン機関は!君を、君の命を──』

 

「へ、松下さん……?」

 

 

 

ちょうど周囲が騒がしくなってきた。

続きは別の場所で……。と洒落込みたいところだが。

 

「とりあえず、松下さん、一旦ここを離れて落ち着──?あれ?松下さん!?ちょっ、ちょっと……!」

 

今ここで「松下」は終了された。

役目を果たしたため、もう用済みなのだろう。

車椅子に乗った人間は、要するに遠隔操作用のラジコンだ。さっきボクが話していた相手は今頃画面の向こうで狼狽しているだろう。

 

吉松シンジ。

 

いや、松下。

 

 

 

何者でもない男がひとり死んだところで誰も気にしないはずのこの街で、ひとりの少女が確かに心を揺さぶられている。

 

 

 

 

 

 

 

 

松下を名乗る男の正体は、先々週に病院から消えた麻薬中毒の末期患者らしい。死体……当たり障りよく言い換えると廃人か。それをネットワークに接続し、偽りを騙る人形に仕立て上げたのだ。いい趣味だな、アラン。

 

 

 

「ジン。誰からこの依頼を受けた?」

 

「……女が3週間前に来たんだ。現金先払いだった」

 

現在、ボクたちは千束ちゃんにより華麗にノックアウトされたサイレント・ジンの事情聴取中である。先ほどまで殺し合ったというのにこの落ち着きっぷりよ。ま、ボクたちはどこまでいっても「銃」なんだ。私情を戦闘に挟まないよう訓練されている。とはいえ、ジンを倒す決め手になったのは仲間を傷つけられた千束ちゃんの激昂である。

 

 

 

「そいつの素性は?」

 

「……俺は依頼人のプライバシーに介入しない主義でね」

 

サイレント・ジン。その名に反してしっかり大事なことは喋ってくれる良い人である。プロ意識の塊。

 

 

 

と、そんなことより。

 

「ボクが乗ってきたバイク、流れ弾でボロボロになっちゃった……」

 

「……すまない」

 

「ああいや、謝らせようってわけじゃない。そもそも、気づいたら燃料タンクに風穴が空いてたんだ。ボクの弾かもしれないし」

 

せっかくブッ壊れたんだ。修理がてら、いっそバカみたいにカスタムするのも手だろうか。

 

ミカさんとジンは古い知り合いだそうだ。ジンは吉松のことを知っているのだろうか?まあ、彼の場合そこはさほど重要じゃない。仕事に見合う金さえあればなんでもやってくれるわけだからな。

 

 

 

「……ところでミカ、脚はどうした?」

 

「ああ……」

 

お互い積もる話もあるだろうし、ボクはこの辺でおいとましよう……と思ったが、バイクがイカれてるんだった。

 

 

 

「参ったな、パーティに遅刻してしまう……」

 

今日のお天気は絶好のドライブ日和。

 

ただし急な空模様の変化にご注意を。銃弾の雨とGT-Rの風が強く吹くかもしれません。お出かけの際はマテバのご用意を。

 

要するに、今日はリコリコ5話。

真島が本格的に動き出し、DAとドンパチを構える。最初の犠牲者は……マシロちゃん。

 

5話のモブリスちゃんだとかメカクレちゃんだとかなんだとか、それなりに人気があるキャラである。

 

それ以前に、彼女はボクの数少ない友人の一人であるため、みすみす死なせるわけにはいかない。いくら今後のプランを練ったところで、この件においてボクの第一の行動原理は、見知った顔がグチャグチャになる光景を見たくない、というちっぽけな人間性の発露である。

 

 

 

「念の為聞いとくか。マシロちゃん、今日は任務入ってるの?っと……」

 

メッセージを送ると、間を空けず返信が来た。

 

 

 

『ヒマデス(〃´◇`〃)ゞ』

 

「……」

 

そういや、こないだ言ったっけか。たかがSNSでいちいち電子メールのマナーを遵守する必要はない、もっと軽い感じで頼む……と。

 

『何か用事ですか?(・∀・)??』

 

その結果がこれだよ!

まあ面白いからいいや!

 

そんでもって、ほうほう、なるほど。

 

任務がない、と?

 

いや、もしかすると、5話のリコリス殺害事件が起こる日時が松下騒動の日とは別なのか?だが、今月中のはずだ。リコリコは基本1話で一ヶ月進行だからな。

 

そういやぁ、場所はどこだったか。

……さすがに17年も経つとアニメの内容なんて忘れてしまうな。

もちろん、アニメの記憶はそのまま予言として、誇張抜きに凄まじく活用できるため、毎日思い出すようにはしている。のだけれど。

 

セリフを一語一句覚えているわけじゃない。

ああ、こんなことなら完全記憶チートでもありゃよかったのに。二次創作転生モノの鉄板スキルだろうが。

 

……ぼやいても仕方ない。

 

えぇと、たしかリコリス 殺害現場についてのセリフは……。

 

あ、そうだ!二子玉川!

語呂がいいからそこは覚えてたぞ!

 

アニメじゃあ、単独行動のリコリスが二子玉川で殺害された、という情報を受けて焦る楠木さんが描かれていた。

 

ん?待てよ?

 

「……マシロちゃんの代わりに、誰かが単独任務を受けている可能性もある」

 

本来の世界線と違い、5話のモブリスことマシロちゃんは高い実力を身につけ、単独でチンピラを排除するようなハイリスクローリターンの任務に就かされることがなくなった。

 

その「代わり」がいてもおかしくない。

つまり、半ば使い捨てのコマとして扱われているようなサードちゃんはそれなりにいるわけで。

 

そのうちの一人が真島のターゲットになる可能性は十分ある。

 

もちろん、アニメでマシロちゃんたちが狙われたのは、たきなちゃんがリコリコに来るきっかけとなった銃取引事件の際に顔が割れてしまっていたからなのだが。

 

だが、可能性が少しでもあるならボクは動く。

 

 

 

どっちにしろ、今夜は忙しくなりそうだな。




もう少し物書き趣味に割くリソースを増やしていきたい
(実現不可能な願望)(不可能を)(可能に)(するのが)(人間)(それこそが人間賛歌)(ならオレは人間をやめるぞーッ!)


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。