空飛ぶ女海賊 (貮式)
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一章:HELLO WORLD編
1.空飛ぶ転生者


こんにちは、作者です。

改訂前を知っている人は混乱していると思いますので、説明はあとがきに載せておきました。

改訂前と話の大筋は変わっていませんが、それ以外の部分をかなり変更してますので、よろしくお願いします。


 

 

 あのクソ不味い果実、『悪魔の実』を食べたことで前世を思い出した。

 

 

 どうやらこの世界は私が前世の時に世界的人気を誇った『ONE PIECE』の世界らしい。

 

 漂着した無人島の砂浜から、これでもかと言うほど広がる水平線に沈んでいく太陽が見える。

 ざっと見た感じ、近くに別の島も、辺りを通る船舶も確認できなかった。

 

 小ぢんまりとした無人島の中心部に歩いて行って、寝転がる。私の真上に広がる星々が、私に冷静さを保たせてくれているようだ。

 

 

 ……『ONE PIECE』か。

 

 

 確か、毎週コンビニに行っては立ち読みをしていた記憶がある。

 私の家はそんな娯楽とは無縁の家だったから、毎週水曜日の、既に誰かが読んだような紙のクセがちょっと残るジャンプを開いて『ONE PIECE』を見る時間が、私の唯一の「楽しみ」だった。

 

 なけなしのお金を使い切って、『ONE PIECE』好きの友達と映画も見に行ったことがある。あの子、元気かなぁ。

 

 

 

 空飛ぶ海賊との死闘、漢と漢の決闘、支配からの解放、伝説との激闘、そして幼馴染との邂逅。

 

 

 全部、全部、私の記憶の中に焼き付いている。

 ファンブックなんて買えなかったから、その劇場版のキャラクターのバックストーリーなんてのは知り得なかったけれど、中でも私の印象に強く残っているのは『空飛ぶ海賊』の映画だ。

 

 

 ……ふぅ。

 

 

 前世を思い出したことでフル回転していた頭が、ようやく落ち着いてきたようだ。

 

 そう思うと途端に瞼が重たくなってきて、私はその重さに身を任せるようにして体の意識を手放していく。

 

 

 これで起きていつもの家ならば、いい夢を見たと考えよう。

 

 もし、こっちが現実なのだとしたら――――……まぁ、それはその時考えればいいか。

 

 

 体の力が抜けていく。

 腕を大きく広げ、いわゆる大の字になって私は微睡の中へ溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして。

 どうやら、これは夢ではないらしい。まだ夢の中で夢を見ているという可能性は否定できないが、とりあえずは現実で起こっていることと認識していいだろう。

 

 仰向けに寝転がっていた体を起き上がらせて、再び辺りを見渡す。

 

 広がる景色に変わりはない。島を一周してみても、人の気配はせず、海を進む船も見当たらなかった。

 

 

 という訳で、自分が食べたであろう能力の検証をしてみることとしよう。

 

 

 自身の体の一部となった能力をまともに使いこなせないようでは、この世界では生きていけない。

 

 生憎と、私は前世の家にも今世の家にも帰りたいとは思わない。

 前世に帰ればいつも通り親からの束縛が待っているし、今世の家も……というより帰る家などもうないか。帰ったところで迫害されるのが目に見えているため、帰ることはないだろう。

 

 となれば、早速能力を使ってみようか。

 

 腕に意識を集中させてみたり、手足を振り回してみるが、何も起きない。

 

 この時点で自然(ロギア)系と動物(ゾオン)系ではないことがほぼ確定だろう。

 悪魔の実の発動方法なんて初めて使うから分からないけれど、これだけ色々試しても変化しないと来れば、きっと私の能力は超人(パラミシア)系の能力で、発動条件は『触れた対象物に何かをする』みたいなものだろうか。

 

 

「……これでいいか」

 

 

 近場にあった樹木に掌を当ててみる。

 

 

――――メキメキメキッ……!!

 

 

 すると、私が触れた木が音を立てて地面から離れ、浮かび上がったではないか。おお……これが『悪魔の実』の力……!!

 

 しかし、これは何の能力なのだろうか。

 

 自分の手で触れたものが突如浮き上がる能力……さしずめ『フワフワの実』と言ったところだろうか。

 

 

 

「……うん?」

 

 

 

 『フワフワの実』……? どこかで聞いたような気がしないでもない。

 

 

 ビュオ、と風が吹き抜けた。

 その風にあおられて、私の髪が大きく巻き上がる。

 

 今の今まで気にしていなかったが、ふくらはぎにまで届くほどの長い金髪に、この体での祖国なら馴染みの深い和服。そして、腰に刺さっているのは二振りの名刀。

 

 

 

『黒炭の一族だァッ!!』

 

『根絶やしにしろォ!!』

 

『くそッ! どこへ行きやがった!!』

 

『俺はこっちを探す! お前は向こうを探せ!』

 

 

 

『探し出して必ず殺せ!!』

 

 

 

『――――()()、ぼさっとしてないで行くよッ!』

 

 

 

『この二振りの名刀、『桜十(おうとう)』と『木枯し(こがらし)』は、ウチに代々伝わる名刀だ。金に困っても、絶対に売りに出すなんてしちゃいけないよ。

 仮に売りに出したとしても、やっすい金で引き取られるのがオチさね』

 

 

 

 あぁそういえば、この体は“シキ”という名前だった。

 

 原作でも同じように虐げられていた『黒炭』の名でしか呼ばれなかったから、忘れかけていた。

 

 

 

 ……『シキ』、『桜十』、『木枯し』、『フワフワの実』。

 

 

 

「――――私、映画の『“金獅子”のシキ』になってね??」

 

 

 

 私の独り言を聞いてくれる人もいなければ、動物すらいない。

 

 返ってくるのは砂浜に押し寄せる波の音だけであり、混乱から目覚めたらまた混乱するという訳の分からない状況になってしまって、更に頭を抱える羽目になった。

 

 

 シキ? 本当にあの“金獅子”の??

 

 

 いや、でも原作ではシキは男性キャラクターのはず。こんな、着物を着ていても分かるような巨大な果実を身に着けた女性ではなかったはずだ。

 

 しかし、私が食べた『悪魔の実』はどこからどう見ても『フワフワの実』の能力そのもので……。

 

 

 

 

「……ハハッ」

 

 

 

 

 いいや、逆に考えよう。

 

 仮に女だとしても、この体は『“金獅子”のシキ』のもの。その体に秘めるポテンシャルは凄まじく高いものであるはずだ。

 

 原作ではシキと言うキャラクターは「かつての四皇」のような立ち位置で描かれていた気がする。

 映画の来場者特典でもらった本にも、確か海賊王と戦っていたり、海軍の英雄と仏と二対一で戦っていたりとかなりの活躍をしていたはず。

 

 

 つまり、私でも死ぬほど努力すればその境地に達する可能性があるのだ。

 

 

 特典や原作で描かれなかったシキの過去は、人々からの迫害というものだった。

 それが原因で原作では人々を力で支配しようとしていたのも頷ける。ただ、私は違う。

 

 

 

『ただいま』

 

『靴の位置が違うね。どこに出かけていたのかな』

 

『危ないじゃないか。事故にあったら? 暴漢に襲われたら? パパは心配なんだよ』

 

『なんだいその本は。……こんな野蛮な本、パパの娘に相応しくない。パパが処分しておいてあげよう』

 

『お前はアイツが遺した、ただ一つの形見だ。だから、お前を一人暮らしさせたり、嫁に出すなんて絶対にあり得ない』

 

 

 

 理不尽な束縛を振りほどく力を手に入れられるチャンスがある。

 

 私を邪魔するすべてを押しのけて、『自由』になれるチャンスがある。

 

 

 前世の私が見届けることができなかった、『自由』を愛する少年の見ていた景色を、見ることができるかもしれない。

 

 

 もし前世の私が『ONE PIECE』というものに出会っていなければ、原作のシキと同じような凶行に走っていたかもしれない。

 

 

 

 でも、紙の向こう側……いや、今はこの世界で『自由』を求めて海を旅する人たちを知っている私は、支配なんて望まない。

 

 

 

 

――――この体のポテンシャルを最大限に生かして、自由に生きてみせる……!!

 

 

 

 

 そうと決まれば、まずはこの無人島を脱出するために『フワフワの実』の力を磨いていくとしようか。




あとがき

読んでいただきありがとうございます。作者の弐式です。

まえがきにもあったように、改訂前を知っている方は混乱されたと思うので一応説明をさせていただきます。

改訂前の同名作品は、2022年10月8日に第一話を除いて全話を削除させていただきました。

その際に説明させていただきましたが、作品を見切り発車で始めてしまったがために、粗が目立ってしまい、そのことについてコメントで多くのご指摘を頂きました。

主人公の行動指針に粗が出ている、という作品の根幹を揺るがしかねない失態をしたまま、日刊ランキングという場所に居座っていいのか、と考えた末、作品と今一度向き合い、そして改訂という流れになりました。

改訂前でブクマと評価もかなりの数を頂き、多くの方がこの作品の続きを望んでいると分かった今、それに見合う作品にするべく誠心誠意取り組んでいきたい所存です。


粗を削ったと言っていますが、まだまだ未熟なために他の部分で粗が出てしまう可能性があります。その時は、コメントなどで教えていただけると幸いです。


改めて、『空飛ぶ女海賊』をよろしくお願いいたします。


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2.無謀な初陣

お気に入り、評価、ありがとうございます。

これからもよろしくお願いします。


 

 

 私が流れ着いた小さな島を能力で飛ばせるようになるまで、三か月ほどかかった。

 

 この島で三か月も過ごすのはなかなかに苦ではあったが、前世の家からの解放感と今世の待遇を思えば、ここでの生活も悪くないものであった。

 

 何より、とれたての魚の味は格別であった。

 自給自足の生活というのはここまで楽しいものであったのか。私の頭の中にある合計30年分ほどの記憶をもってしても、こんなに楽しいサバイバルをしたことはない。

 

 

 しかし、その生活も今日で最後だ。

 

 

 小さな島だった為に、能力を伸ばすために使う分にはもってこいだったが、何分小さいせいで獰猛な動植物やらが存在しないし、余程の辺境にあるためなのか三か月で通った船舶の数はなんとゼロ。

 

 これでは能力の影響の大きさを鍛えることはできても、この世界で自由に生き延びるために必要な剣術や覇気を伸ばすことができない。

 この島でのサバイバルもそろそろ潮時だと思ったわけである。

 

 

 ドバン、と浮かせていた島を落とせば、巨大な水しぶきが舞って、大きな波が同心円状に広がっていく。

 

 

「三か月間、世話になった」

 

 

 地盤から離れたせいで若干斜めになってしまった島へ向かってお辞儀をした後、能力を使って飛び上がり、道中で嵐が来ないことを祈りつつ、なるべく全速力で島を探して飛び始めた。

 

 

 

 

 

 ――――島ではないが海賊船を見つけた。剣術と覇気の訓練がてら、ちょっかいをかけてみることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャボンディ諸島で船をコーティングし、魚人島を経由して新世界へと足を踏み入れた海賊団がいた。

 

 大海賊時代なんてものが訪れるのは今より遥かに未来の出来事。この時代の海賊とは名実ともに海の支配者であり、腕っぷしに自信のある強者ぐらいしか海賊になどならなかった。

 

 

 あの赤い土の大陸を越えた先にある海で、今度はどんな島で略奪をし、どんな島で宝を見つけるのか。

 

 

 そんな風に胸を高鳴らせていた海賊団の船に、突如としてそれはやってきた。

 

 

「なんだありゃぁ? 空飛ぶ……人間!?」

 

 

 カモメと並走するように空を飛んでいたのは、長い髪と和服を揺らす人間。

 それは海賊船を見つけると徐々に高度を落とし、口をあんぐりと開けて驚く海賊たちを気にすることもなく、カタリと下駄を鳴らして甲板へ降り立った。

 

 

 

「私の名は――――……“金獅子”のシキ。海賊だ」

 

 

 

 その言葉を聞いて、海賊たちは開けていた口をだんだんと閉じていき、そして、笑った。

 

 

「ぎゃははッ!! 覇気も使えねェ女が、海賊ゥ!? ぎゃははは!!」

 

「ワノ国からおれたちの慰み者になりにきた、娼婦の間違いじゃねェか?」

 

「どんな方法か知らねェが、空飛ぶ力を手に入れて強くなったと勘違いしたのかァ!?」

 

 

 シキが降り立った海賊船は、運の悪いことにかなり名の通った海賊だった。

 のちの世界でいうならば、あと少し名声をあげれば政府より『七武海』への加入の打診が来るくらいには、実力の高い海賊団だったのだ。

 

 乗組員の殆どが『覇気』の存在を知っていて、中にはそれを扱えるものも数名いる。

 

 懸賞金ゼロの自称海賊の初陣には、少々……否、かなり荷が重いどころか下手をすれば簡単に命を落としてしまう。

 

 

「嬢ちゃん。力を手に入れて調子に乗っちまったもんは仕方がねェだろう。なに、おれたちもそこまで鬼じゃない。

 10秒だ。10秒以内にここから出ていったら、見逃してやろう。それができねェなら、どうなるかは分かってるよな?」

 

 

 腹を抱えて甲板にうずくまる人もいる中、その顔に笑みを湛えながらも冷静に降り立ったシキへそう告げたのは、この海賊団の船長。

 

 悪魔の実の力こそ有していないが、覇気と腕っぷしだけで成り上がったその男は、目の前で静かにたたずむシキに負けるなんて微塵も思っていない。

 

 

「そりゃあ、いい提案だな」

 

 

 凛と、透き通るような声。乱暴にすれば、どんな声で鳴くのかと期待する船員も出て来た。

 

 

「ただ」

 

 

 カチリ、とシキは腰に掛けていた桜十の柄を手に取った。

 それはあまりにも隙の多すぎる、剣を握ったことのないような初心者の動作。

 

 しかし、自身の覇気でしか相手の実力を量ってこなかった海賊は、まさか「弱いヤツが単騎で乗り込んでくる」などという状況は想定していなかったために、シキのその直後の行動に理解が一瞬追いつけなかった。

 

 

「それじゃあ修行にならない」

 

 

 桜十を抜き放ち、シキは近くにいた船員を叩き切った。

 

 ただ力任せに斬るだけの、なんの技術も感じられない一刀。しかし、鋭利な刃物で首を掻き切られた船員は、それだけで事切れた。

 

 シキが返り血で染まっても動じることはないのは、彼女の中に生き延びるために人を何人も殺した経験があるからか。

 

 

 「仲間が殺された」と、そう認識した後の海賊の行動は早い。

 

 

「やれェ! 殺せェッ!!」

 

「そうこなくっちゃ」

 

 

 短い時間ではあったものの、人を殺しながら逃げ回った記憶というのは、殺人など無縁であった時代や世界を生きた彼女の倫理観をぶっ壊すには十分すぎた。

 

 

――――覇気とは、追い詰められてこそ開花する。

 

 

 まだルーキーとも言えない、相棒と共に船出したばかりの師匠の言葉に従って、シキは圧倒的に不利な戦いに身を投じた。

 

 不利どころではない。一歩どころか半歩も間違えればすぐに死が待っているような戦いに身を置いてもなお、彼女は戦場で()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この……おれ……が……」

 

 

 バタン、と海賊団の最後の生き残りであった船長が斃れたのは、シキが海賊船に乗り込んでから十日後の事だった。

 

 もはや血が流れていないところの方が少ないのではないのだろうか、と言うほどに血で溢れかえった船内で、体中に傷を負ったシキが壁を背にして座り込んだ。

 

 流石に無傷、という訳にもいかず、致命傷一歩手前ほどの重傷を負ってしまったシキ。

 しかし、この十日間でシキは海賊船の船長が使っていた剣術や、船員が使っていた武術などのほぼすべてを見切り、そして体になじませることに成功していた。

 

 

「流石は、ハァ、ハァ、将来を約束された大海賊の肉体……ハァ、ハァ」

 

 

 覇気と言うもの自体を扱えるようになったわけではないが、それでもその存在の取っ掛かりのようなものを認知できたシキは、自身の体のポテンシャルの高さに改めて脱帽した。

 

 しかし、これらを完全に会得するようになるには少なくとも年単位の時間がかかると、シキはなんとなく感じていた。

 

 

「刃毀れは……流石にしてるか」

 

 

 『刃こぼれの一つも剣士の恥と思え』と未来の大剣豪が言っていたが、まだまだ精進が足りないなとシキは苦笑いする。

 

 

 

「……ハァ――――……疲れた」

 

 

 

 ひときわ大きな息を吐いて呼吸を整えたシキは、血に塗れた敵船の中で、目を閉じた。

 

 自分の手には、人を殺した感覚が未だに残っている。

 

 

 しかし、シキにはそれが不快なものと感じることはなかった。

 自分が間接的に生きて来たあの国での数年間の出来事は、ここまで前世の感覚を狂わせるのかと、彼女は考える。

 

 

 だが、やってしまったことは仕方がない、生きていくにはこうするしかないのだ。と、ある意味開き直って、彼女は十日間の激戦で溜まりに溜まった疲れを癒すべく、深い眠りに落ちていった。




シキと海賊の差を簡単に表すと、クロを倒したばかりのルフィがドフラミンゴの最高幹部に挑むようなものくらいかな?


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3.能力殺しの大嵐

今回で一気に時間が飛びます。


 

 

「“金獅子”のシキ!! 大人しく投降しろ!!」

 

 

 新世界、天候の穏やかなとある海域。

 

 その日の天気は、晴れときどき――――……

 

 

「……ジハハハ」

 

「な、なァッ!? た、退避ッ!! 退避ィッ!!」

 

 

 ――――軍艦。

 

 

 カモメのマークに『MARINE』と書かかれた帆が張られた世界の治安を守るための正義の軍隊、『海軍』の軍艦が空を舞い、意思を持っているかの如く他の軍艦へ落ちていく。

 

 互いにぶつかり合った軍艦は爆散して粉々になり、その様子を見ていた他の海兵たちはその出来事を起こした張本人であり、今現在軍艦に包囲された海の中心地でフワフワと浮かび上がりながら不敵な笑みを浮かべる海賊、“金獅子”のシキを打ち倒すべく、残った軍艦から銃撃の嵐を浴びせる。

 

 しかし、それらの銃撃は届く前に落ちるか、届いたとしてもすんでのところであっさりと躱されてしまい、当たる気配はない。

 

 

「中将がたったの一人……舐められたものだな。……斬破(ざんぱ)ッ!!」

 

 

 一閃。

 

 シキが抜き放った『木枯し』の一振りで、一隻の軍艦が真っ二つに切り裂かれた。

 

 しかし、真っ二つに斬られた軍艦は重力に従って沈んでいくのではなく、むしろそれに逆らうように浮かび上がり始める。

 

 勿論、それを操っているのはシキ。彼女は指を動かしながらその二つの軍艦を動かし、残った他の軍艦にぶつけていく。

 

 

 呆気のない戦闘。否、戦闘とも呼べない一方的な蹂躙。

 シキは内心「これが相手じゃ成長もくそもあったものではない」と毒づきながら海の藻屑となっていく海兵と軍艦を見ながら、少し離れた場所で停泊させていた海賊船と呼ぶには些か小さすぎる帆船へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――海賊、“金獅子”のシキ。懸賞金4億5000万ベリー。

 

 近頃名を上げ始めた女海賊。超人(パラミシア)系悪魔の実である『フワフワの実』を食した浮力自在人間であり、二刀流の剣士。

 現状仲間のような人物の報告は上がっておらず、単独で行動している海賊の可能性が極めて高い。

 大業物である『桜十』『木枯し』を所持しており、空の上から浴びせられる雨のような斬撃に注意されたし。

 

 また、こちらも近頃名をあげている海賊“白ひげ”やシャーロット・リンリンとの数度にわたる接触の報告あり。

 表立った抗争は確認されていない為、海賊同盟などを結んでいる線も考えられる。同様に注意されたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の初陣であるあの海賊たちとの戦いから、五年が経とうとしていた。

 

 五年という期間が短く感じる程に、私は今のこの生活に満足している。原作では海賊艦隊の提督と呼ばれていた私だが、今は左程『仲間』と言うものに興味が湧かないために五年経った今でも一人旅を続行している。

 

 

――――クワァ、クワァ……

 

 

 ふむ。たまにはこうして能力を使わずにただ波に揺られてみるのも悪くはない。

 この五年間で能力も大きく成長し、海軍の軍艦を何隻も同時に浮かばせ、それを同時にコントロールするくらいは簡単にできるようになったものの、やはり気を抜ける時には気を抜きたい。

 

 頬を撫でる潮風が心地よい。

 船をはじく波の音が気持ち良い。

 

 このただただ広大な海を、誰にも縛られることなく自由に突き進むことが、ひたすらに私の心を刺激する。

 

 

 ぎゅるるる~……

 

 

「……しまった。海軍の船から食料奪うの忘れていた」

 

 

 久々の海軍との戦闘で、軍艦が五隻も来たという事実に興奮したものの、中将が一人、それも腕の立つ人物ではなかったと勝手に期待を裏切られて腹を立てて食料も奪わずに沈めてしまった事はとりあえず反省しよう。

 

 仕方ないから船を浮かばせて飛んでいくとするか。暫く飛んでれば島の一つでも見つかるはずだ。

 

 

 よいしょ、と船の甲板へ手を当てて、能力を使う。

 ふわりと重力を無視して飛び上がった私の小さな海賊船は、私の意のままに進み始める。

 

 

 今は新世界のどのあたりにいるのかは全く分からないが、とりあえず人がいれば私の見聞色で察知できるから大丈夫だろう。

 

 船に積んであった最後の食料である干し肉を千切って食べながら、そこそこ広い範囲を見聞色で探し始める。

 五年間で私の覇気も十分に育ってきていた。何なら、あるとは思っていたが覇王色の覇気にまで目覚め、そのコントロールもできるようにした。

 

 

 原作の最終話を見ることは叶わなくなったが、ルフィが覇王色を纏ってカイドウを殴っていた所までは読んでいたため、今後はそれと同じ芸当ができるように鍛えていくことにしよう。まだ漸く覇王色の放出が任意でできるようになった程度だから、道のりは長そうだ。

 

 

 あと、私の適正はどうやら武装色らしく、見聞色はそこそこに武装色だけイヤに速く成長していった。

 私が剣を使うからなのか、武装色を伸ばした方が良い能力の使い方をしているからなのかは分からないが、まぁ伸ばせるだけ伸ばそうと最近はそちらにも力を入れている。

 

 

 

 見聞色に人の気配はない。まだ進み続ける必要がありそうだ。

 

 

 

 と、目を閉じて人の気配ばかりを気にしていたのが悪かった。

 

 

――――ゴロゴロ。

 

 

「あァ……これは、不味いな」

 

 

 目の前で急速に成長していく巨大な積乱雲を見て、私は急いで方向転換する。

 

 原作の通り、『フワフワの実』は大きな風にめっぽう弱い。

 私の能力はあくまでも『触れた物体を浮かせて、それに()()()()()指向性を持たせることができる能力』だ。

 

 その『ある程度』を越えた力に煽られれば、私のコントロールが利かなくなり、しかし空には浮いている状態になるのでまさに風に舞って飛んでいく紙のように成す術がなくなる。

 

 

 

「ぐゥゥゥゥッ!!」

 

 

 

 あっという間に、巨大なサイクロンに飲み込まれる。

 

 恐ろしく巨大な雨粒が、私と船にぶち当たるが、問題はそこではない。

 

 

 思っていた通り、風が強すぎる。

 

 

 雷鳴が幾度となく鳴り響き、中には私を掠めていくものもあった。

 

 とにかく、今はここを切り抜けることに全力を注ぐ。こんなところで能力が制御しきれなくなって溺れて死ぬなんてことは絶対に許さない。もっとこの世界で生きて、もっと自由を謳歌したい。

 

 

 

 が、私の思いとは裏腹に、どれだけ進んでもサイクロンの切れ目は見えず、突然それまでの風とは一線を画す突風が私を直撃した。

 

 

 

(や……ッばい……ッ!!)

 

 

 

 適当な島から盗んだ帆船が音を立ててバラバラになり、私は空中へ放り投げだされた。

 

 踏ん張るものも掴まるものもなくなり、私はただ只管に風の奔流にもまれ続ける。

 

 

 どうにか体勢を維持しようと画策するが、強すぎる風を前にして能力の制御が効くはずもなく、そうこうしているうちに。

 

 

――――ドボンッ。

 

 

(不味いッ……いつの、間に……ッ!!)

 

 

 風に揉まれ続けていた私は、いつの間にか急降下して海に近づいていたらしく、そのまま海面に叩きつけられた。

 

 そして、私は海水に触れたことで脱力していくのを感じながら、己の最期を悟る。

 

 

 

(まだ……やりたいこと……あ……った……のに……)

 

 

 

 サイクロンによって辺りが真っ暗なために、もうどこが水面なのかも分からないまま私は必死に手を伸ばすが、当然意味もなく。

 

 

 

 

「ごぼっ……ごぼぼっ……ごぼぁッ………………」

 

 

 

 

 暗闇の海の中で、私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オヤジィ!! 海に人が!!」

 

 

「あァ……? ちィッ、あの馬鹿、前々から言ってやがったのに遂にやりやがったか」

 

 

「どうするんだ!?」

 

 

「……仕方ねェ。……医学に心得のあるやつは今すぐに治療の準備しろ! そのほかはアレを引き上げろォ!!」

 

 

「「「「はいッ!!」」」」

 

 

 

 

 

「……テメェはその程度で死ぬタマじゃねェだろう? ――――シキ」




書いてて思ったけど、よく五年間も生きてられたな。


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4.記憶と大恩

ブクマ、評価、ありがとうございます。

コメントもしっかりと読ませていただいてます。
応援のメッセージ、本当に感謝しかありません。活動の励みになります。


 

 

『――、こっちだよ』

 

『えー、――ちゃんまたお父さんの迎え? いいなー』

『私も親に送り迎えしてもらえれば楽なのになぁ……』

 

『あはは……じゃあね』

 

 

 放課後の学校の駐車場、遊びに行った場所の駐車場、会社の駐車場。

 私の行く先々に、父の車が止まっていなかったことは、一度もないと思う。

 

 

『今日は、随分と遅かったじゃないか。

 お友達とどんなことをしていたんだい? 近頃のカラオケは危なくてね、連れ込まれて乱暴されてしまう子もいるらしいんだ。

 

 あぁ、そうそう。スマートフォンはパパに寄越してね』

 

『うん。はい』

 

 

 私が学校から帰れば、その日何が起きたのかを事細かに尋ねられ、それは友人と遊びに行った先でも、更には就職した後でも必ず()()()()尋ねられた。

 

 

『――さんのお父さんの従弟のおじいさんが、昔よくない事をしていたみたいでね。

 今後、付き合うことは控えた方が良いかもしれない』

 

『うん。分かった』

 

『それと、――くんは、成績があまりよくないんだってね。

 ――が無理に付き合う必要はないんだよ。距離を置いた方が良いかもね。――の今後に影響を与えかねない』

 

『うん。分かった』

 

『それから――――』

 

 

 私の親は、所謂『毒親』と呼ばれる類のものであった。

 娘である私の事を事細かに『管理』して、自分が先が見えない程長く長く敷いたレールの上しか走らせない人物。

 

 私が何時何分に家を出て、何時何分に家に帰ってきて、何時何分に風呂に入り、何時何分にご飯を食べ、何時何分に歯を磨き、何時何分に部屋に行き、何時何分に就寝するのかを、父は毎日記録していた。

 

 

『三分も時間を過ぎているよ。()()()なら、既に寝ている時間だ』

 

 

 『アイツ』というのは、私の母の事だ。

 私がまだ小学校にも行かないくらいの年齢の時に事故死してしまった、お淑やかで、美しかった母。

 

 母の事を心底愛していた父は、娘である私を()()()()()()()()()()()、悍ましいまでの記憶力を発揮して私の行動を秒単位で縛り上げた。

 

 

 馬鹿と天才が紙一重なのではなく、狂人と天才が紙一重だと、私は知っていた。

 しかし、頭の隅から隅まで狂ってしまった人と言うのは、時に天才を遥かに凌駕するというのも、私は知っていた。

 

 

 一週間の内、唯一私の行動が縛られない1時間にも満たない時間というのが、水曜日の放課後。

 

 毎週水曜日だけは父の仕事の時間が一時間だけ伸びるので、その分だけ私の自由時間ができる。だから、その時間を使って私は近所の書店へ行って、毎週すかさず『ONE PIECE』を読んでいたのだ。

 

 私とは正反対の『自由』を謳歌する少年と、それを支える仲間たちの冒険物語。

 心躍らないわけがなかった。

 

 私が読み始めたのはウォーターセブンとか、エニエスロビー辺りからだったから、それまでのストーリーは仲良くなった書店のおじさんに全部教えてもらった。

 

 『ONE PIECE』を通して友人もできた。

 父が仕事でいない時間帯を狙って、休日に映画を見に行ったりもした。まぁ、『靴の位置が違う』と言われてバレたけれど。

 

 

 あの時の友人、確か名前は……池さんだったか。あの子は元気だろうか。

 

 

 私の最期は……自殺だったような気もするし、事故死だったような気もする。もしかすると他殺の可能性もある。

 

 はっきり言ってしまえば、死んだときの記憶がないのだ。

 

 恐らく死んだであろう場面を思い出そうとすると、その日だけ靄がかかったように急に思い出せなくなる。不思議な現象だが、私の中にある『死』という生きる者なら誰しも恐れ、トラウマが確定してしまう経験を、本能が理解して思い出させないように制限をかけているのかもしれない。

 

 

 

 

 ……あぁ、そういえば。

 

 

 

 『死』という単語で思い出した。

 

 

 私は今どうなったのだろうか。

 

 溺れて死んでしまったのだろうか。二度目の人生を、あんな形で終わらせてしまったのだろうか。

 

 分からない。分からないが、この何もない真っ白な空間から出られないなんて、そんな不自由は嫌だなと考える。

 

 

 私は、まだ自由になってない。

 

 

 ただお尋ね者になっただけで、何も為せていない。

 

 

 

――――こんなところで、ぐずぐずしている訳にはいかない。

 

 

 

 白い空間に、罅が入った。

 

 ビキビキと音を立てて、空間が崩れ落ちていく。

 

 

 やがて私が経っていた足場も崩れて、私は辺りにモニターのように浮かぶ前世の記憶と共に、暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――、わ――――、――――て――――から』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目ェ、覚めたか」

 

「……あァ、お陰様でな」

 

 

 目を覚ました私のベッドの横に座っていたのは、私が修行していた五年の間に何度か交流のあった“白ひげ”ことエドワード・ニューゲート。

 

 見たことのある船員が私に近づいてきて健康状態をチェックしているあたり、どうやら私は『白ひげ海賊団』に助けられたであろうことは明白だった。

 

 

「――――……凄まじくデカい借りができちまったな」

 

「ふん、つまらねェ酒持ってきたら容赦しねェからな」

 

 

「ジハハ、酒でいいのか?」

 

 

「テメェに手ェ借りるような事態なんざ起きねェよ」

 

 

 知らない間に癖になってた笑い声と共にニューゲートへ言葉を返すと、いかにも自信にあふれた声で酒を飲みながらそう返ってくる。

 

 ニューゲートは私のライバルであり、互いに良い修行相手であり、飲み仲間でもある。

 

 

 互いに貸し借りもなく、至って対等な関係を築けていたと思っていたのだが、思わぬところでどうやって返したらよいのか分からない程の大恩を受けてしまった。

 しかし、その対価が酒でいいと言っているのだから、ニューゲートらしいと言えばらしい。

 

 だが、仁義なくして海賊の世界は生きてはいけない。

 

 勿論酒は用意するが、このデカすぎる借りは後で必ず返すとしよう。そうでないと私の気が済まない。

 

 

「おめェ、おれは前々から『気を付けろ』と言っていたはずだよな」

 

「……能力の過信は、良くない事だと学んだ」

 

 

「仮にもおれのライバルともあろうヤツが、無様なこった」

 

 

「むむ……? 今、私の事をライバルと認めたのか?」

 

 

 

「……余計な口叩くと今すぐ海に沈めるぞ“金獅子”」

 

 

「ジハハ、そいつは怖いな。……――――改めて、感謝する。ニューゲート」

 

 

 ニューゲートは私の顔は見ずに、そっぽを向いたまま酒をぐびぐびと呷る。そして、空になった酒瓶を口から離して、小さく「あァ」とつぶやいた。

 

 後にその名を轟かせる大海賊は、もしかしたら意外と感情豊かなのかもしれない。

 

 

 暫くニューゲートと話した後、彼は部屋を後にした。

 

 

 部屋に一人になった私は、窓から見える外の景色を見やる。

 

 外に広がる海は相変わらずだだっ広くて、ひたすら青くて、見るものすべてを魅了している。

 変わりやすい海の気候も、それをのらりくらりと躱しながら飛ぶカモメも、全てが私の心を刺激させるスパイスだ。

 

 

 ふと、今は原作開始の何年前なのだろうかと気になった。

 

 

 私のベッドの脇に置いてあった新聞を取って広げてみる。

 

 “金獅子”のシキの記事に、“白ひげ”の記事、リンリンの記事もある。ほう、また子供産んだのか。

 

 

 だが、それらの記事は新聞の一面を飾るほど大きくない。

 

 私が海賊を始めて3年ほど経った時辺りから、新聞の一面はほぼ()()()()が占めていた。

 

 

 

 

 

『“海の悪魔”ロックス・D・ジーベック、海軍基地のある島を襲撃――――!!』

 

 

 

 

 後の大事件の主犯格である海賊、ロックス。

 海賊島ハチノスの元締めであることは確認済みだが、海賊船を作っていたり、ハチノスに海賊を集めていたりと言った情報は確認できなかった。

 

 しかし、あくまでも私の直感ではあるのだが、私はこう感じる。

 

 

 

 

――――じきに、()()()()()が結成されそうだ、と。




ちなみに主人公の親は、『プロジェクトセカイ』というゲームに出てくる 朝比奈まふゆ というキャラクターの親を参考にして制作しました。


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5.海賊島

また時間が飛びます。

そしてオリキャラが一人増えます。


 

 

 

「――――見えて来たな。海賊島が」

 

 

 ニューゲートに命を救われてから、更に年月が経った頃。

 

 『興味ない』などと、自身の力を過信して驕っていた台詞を撤回して、新たに二人の仲間を迎えた私、いや私たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である、海賊島〝ハチノス〟へと赴いていた。

 

 

 三人で乗るには些か大きすぎる気がしなくもないガレオン船を能力で制御しながら島の船着き場へ下ろしていく。ハチノスにいる海賊共がアホ面でこちらを見ているが、慣れたことだ。

 

 

「パトラ、島へ上陸する。必要なモノがあるんだったら買い出しの準備をしておけ」

 

「分かりました!」

 

 

 旅の途中で出会った航海士兼船医のパトラに声をかけると、そう返事が返ってくる。

 マリンブルーの瞳に、それを隠すように伸びたワインレッドの髪の毛は、私みたいに跳ねたりしないで真っすぐ肩甲骨のあたりで揺れていた。

 

 その前髪で前が見えるのか気になるが、本人曰く「見えているから大丈夫」とのことらしい。

 

 

「見習いッ! 錨を海に沈めておけ!!」

 

「――――ふんッ!!!」

 

 

 続いて声をかけた見習いが、踏ん張りながら錨を命令通り海に沈める――――のではなく、思い切り私に向かってぶん投げて来た。

 

 凄まじい速度で投擲されたそれを、私は愛刀で弾くまでもなく素手でつかんで海へ放り投げ、下手人の方へと視線を向けた。

 

 

 鍛え上げられた筋肉に、()()()()()()()()()()。うねりあがるような黒い髪の毛をした青年。

 

 

 

「……私は海ではないぞ? ――――()()()()

 

 

 

 後に『世界最強』と称されることになる怪物、カイドウ。

 

 たまたま航海していた時にウォッカ王国を通りがかり、その時にたまたま彼を拾ったのだ。

 

 最初は私に近寄らず、飯も食わなかったカイドウだが、ある時を境にこうして私とじゃれ合うことも増えたし普通に飯を食うようにもなった。

 その時既に私の船に乗っていたパトラが「で、伝説の少年兵、カイドウ!!??」と怯えていたが、今ではすっかりカイドウの天然ボケに対するツッコミ役になってしまっている。

 

 

「チッ……んなこたァ分かってる」

 

 

「船番は任せたぞ」

 

「お願いしますね、カイドウくん」

 

 

 まだ見習いで、若いカイドウとはいえ、その強さは折り紙付きだ。

 今この島でカイドウを下せそうなのは……いや、意外と多いな。ただ、進んで敵船を襲うような奴らはいないというのは分かった。それなら安心だろう。

 

 

「ほ、本物の“金獅子”だ……」

 

「ウォッカ王国のカイドウを引き入れたっていうのは聞いたが、隣の女は誰だ?」

 

「えらい美人だぞ……」

 

 

 更にこの数年間で、私のネームバリューも懸賞金と共に上がった。

 ニューゲートに助けられたころの金額が4億5000万ベリーで、現在の懸賞金が11億6000万ベリー。

 

 しかし、パトラの存在は私が意図的に隠しているのであまり知られていない。彼女も『悪魔の実』の能力者だが、人前で使わせたことは一度もない。勿論、カイドウにも。

 

 

 その原因はパトラの食べた『悪魔の実』の強さや貴重さにあるのだが、その話は後でするとしよう。

 

 

 

 

 とにかく、今は私をここへ招待した、この島の元締め――――ロックス・D・ジーベックと話をするべく、ハチノスの象徴ともいえる島の中心に聳える髑髏の巨大な岩をくりぬいた、ロックスの居城へ足を進める。

 

 

 私の他に、そこへ向かう大きな気配が幾つか。

 ニューゲート、それにリンリンの覇気も確認できる。

 

 

 そうか。これから始まるのか。

 

 

 あの海賊団が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「センゴク中将!! 海賊島〝ハチノス〟の巡視船より、『ハチノスへ新世界の億越え海賊たちが多く集まっている』との報告が!!」

 

「なんだとっ!?」

 

 

 偉大なる航路(グランドライン)前半の海。

 後の世界では『楽園』と称されるところにあるのは、正義の軍隊『海軍』の総本山である海軍本部〝マリンフォード〟。

 

 そんな海軍本部は、現在新世界の巡視船よりなされた報告によって大騒ぎとなっていた。

 

 

「報告によれば、集まったメンバーには“銀斧”や“王直”、キャプテン・ジョンなどの他、“白ひげ”や“金獅子”、シャーロット・リンリンなどの大物もいるようです」

 

「ハチノスとなると……やはり『アイツ』か」

 

 

 報告に上がった海賊たちの名前の大きさにセンゴクは頭を抱えつつ、恐らくその中心にいるのは報告に遭った海賊島の元締めであり、世界を騒がせている“海の悪魔”だと推察する。

 

 

 基本的に仲間を連れていることはなく、それでもなお向かわせた軍艦を悉く沈めて高らかに笑う姿は、まさしく悪魔と言って差支えのないもの。

 先日向かわせた海軍大将が痛手を負わせるも取り逃がしてしまい、悪い意味で話題が尽きない海賊。

 

 

 しかし、海軍大将と、引き連れた軍艦をも退けてしまうほどの力を持った人物が、新世界の億越えの海賊を集めて何をしようと言うのか。

 

 

 センゴクはその一点で引っ掛かっていたが、万が一その集まった億越えたちを従えるような事態にでも陥ってしまえば、是が非でも世界が揺らぐような大事件へと発展しかねないことは明らかだった。

 

 

「じきに元帥殿から命令が出るはずだ。万が一に備えて我々も準備しておくべきだろう」

 

 

 「ハッ!」と敬礼して部屋を退出した海兵の後ろに続いて、センゴクも部屋を出る。

 

 とにかく、今の自分が考えている『もっともあり得て、もっとも最悪な展開』を同期たちに伝えなければと思ったからだ。

 

 

 集った海賊の誰か一人でもロックスに与してしまえばそれだけで大損害が出る事は間違いない。

 

 海賊というのは基本的に自分勝手であるから、利益を見出せなければ誰かの下に付くなど考えづらい。

 

 だがセンゴクの心から嫌な予感は離れてはくれなかった。

 海軍大将と、その大将が引き連れた軍艦を一人で撃退するほどの力を持っていたとしても、ロックス一人ではなすことのできない事。

 

 

「海賊たちが食いつく『餌』なんぞ、今分かりやすく世界中に根を広げているじゃないか……!!」

 

 

 正義の軍隊として、それだけは避けなければならない事。

 

 もしロックスがハチノスに集った海賊たちをけしかけて()()()()()()()()()()、確実とまではいかないが出来てしまう可能性があるのだ。

 

 

 そして、更に懸念点があるとすれば。

 

 

「“白ひげ”の海震も厄介だが、それ以上に“金獅子”がロックスについた場合、相当厄介なことになる……」

 

 

 海賊船と言うのは基本的に帆船である。

 

 故に船は風に沿ってしか進まず、風がなければ海の真ん中で止まってしまう事もしばしば。

 

 

 だが、それを覆してしまう能力を有しているのが“金獅子”のシキ。

 

 

「空の上からの奇襲も、凪の帯(カームベルト)の横断も、赤い土の大陸(レッドライン)をも無視して海を渡ることができてしまう……!」

 

 

 余程の風でない限りはこの世界を自由自在に行き来できてしまうという、海路しか持たない海軍にとっては厄介極まりない能力。

 

 

 

 

「ガープ!! ゼファー!!」

 

 

 

 

 募る焦りや不安を共に過ごしてきた同期たちに共有し、同じことを大将や元帥にも報告しに行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――今日はお前らに、()()()を持ってきた」

 

 

 

 “海の悪魔”が醜悪に笑い、集った海賊たちが次々にそれに引き込まれていく。

 

 あるものはそれで『自分が欲しいもの』が手に入るのかと所属を決意し、あるものはそれに不信感を抱きつつも『自らが望む世界』の為に所属を決意。

 

 

 そして、あるものは『自由になるための強さ』を求めて所属を決意した。

 

 

 

 

 

「パトラ、カイドウ。私たちは、ロックスの下へつく」

 

 

 

 

 

 ――――世界を飲み込む悪夢は、もう少しで始まろうとしている。




パトラについては後々。

アンケートにご協力いただきありがとうございました。
結果としては『何らかの方法で老いを克服する』の方に決定いたしましたので、そちらの方で話を進めさせていただきます。


見習いのカイドウくんですが、一応主人公から巣立つルートと、そのまま残留するルートのどちらも考えてます。

普通に独立して原作軸で主人公含め五皇と呼ばれるか、ウルージさんに「人に従うような男には見えないが……」と言われるか。

まぁ予想通りアンケートで決めようと思いますので、投票の程宜しくお願いします。


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二章:CRAZY WORLD編
6.その船の上で 上


予約投稿ミスってました。申し訳ない。


またしても日刊ランキングに載ることができました! ありがとうございます!!


 

 

「ぐっ……!? うわっ!? うわァァァァァッッ!!」

 

 

 突き飛ばされて船から大きく身を乗り出してしまった海賊が、高高度から海へと真っ逆さまに転落していく。

 

 はるか下の方で水柱が立つが、それを見て顔を顰める人物はこの海賊船のなかでは圧倒的少数だ。

 

 

「また仲間殺しをしてやがんのか……?」

 

「無駄だニューゲート。こいつらに言ってやったところでどうせ明日にゃ同じことが起きる。

 いちいち反応してたらストレスがたまるだけだ」

 

 

「……ちっ」

 

 

 その筆頭であるニューゲートは馬鹿ではない。義理と人情を重んじるニューゲートだが、それだけではやっていけないというのも同時に理解している。『ここはそういうところだ』と割り切らなければこの船で生活することなど土台無理な話なのだ。

 

 「そのうちハゲるぞ」とは、将来の彼の姿を知っているため言わないことにした。

 

 

「シィ~キィ~♪」

 

 

 と、そこへ楽しそうに靴音を響かせながら近づいてくる人物が一人。

 

 大柄なニューゲートよりもさらに大きく、それに比例するように私のものよりも遥かに大きなモノを実らせた、この男ばかりの海賊団では珍しい女海賊。

 

 

「リンリン。どうかしたか?」

 

「またおれとお茶をしないかって誘いに来たのさ」

 

 

 兼ねてより付き合いのある将来の『四皇』、シャーロット・リンリン。

 彼女にまだ子供がいなかった頃くらいからの戦友で、数少ない女海賊という事もあって度々彼女の船にお邪魔することもあった。

 

 ニューゲートはどうやらリンリンの事が苦手なようで、私の肩に手を回して自分の体にぐっと近づけたリンリンから少し距離を取った。

 

 

 ……私より二つも年下なのに、この差は一体何なのだろう。

 

 

 前世も今世も女として生を受けたために、高身長で良いスタイルをしているリンリンに若干嫉妬してしまう。

 そんな考えを、将来の彼女の姿を思い浮かべることで振り払う。

 

 

「そうか。なら、久方ぶりの女子会と洒落込もう」

 

「いいね、いいね! それじゃ、シキは借りていくよ“白ひげ”」

 

 

「……あァ? そいつがどこへ行こうがおれの知ったことじゃねェだろ」

 

 

 足取りの軽いリンリンと共に、基本的に人の多い船内を歩いていく。

 

 実力でいえば最強格の私とリンリンの道を阻む不届き者はおらず、私たちはスムーズに部屋へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リンリンの部屋は他の船員の部屋よりも広く、そして賑やかである。

 

 尤も、部屋が広いのは両隣の部屋の奴らを殺して奪い取った部屋を、壁を取り払って無理矢理広くしただけなのだが。

 

 

「フギャー! フギャー!」

「オギャー! オギャー!」

「ウギャー! ウギャー!」

 

「この子たちが今年生まれた子たちか?」

 

「あァ、右からモスカート、マッシュ、コンスターチだ」

 

 

 

 

 部屋の中に乳母や女中がいない事から、既に自分で思考し、行動することができる上の兄弟たちはともかく、まだまだオモチャなどで遊びたい盛りな子供たちの面倒をリンリン一人で見ているという事実が発覚して驚愕している私を尻目に、リンリンはお茶の準備を整えていく。

 

 

「あぁ、そうだ」

 

 

 私は部屋を見渡して、隅の方で私たちの事をじっと観察している上の男四人兄弟に近づき、お菓子の入った袋を取り出した。

 

 

「みんなで分けて食べろ。まぁ、それぞれの好物が分かれて入ってるから、取り合いにはならないと思うが」

 

 

 と言ってそれを差し出せば、長男のペロスペローがおずおずとそれを受け取る。

 カタクリとダイフクとオーブンの三兄弟がその中身を覗いて目を輝かせている中、匂いに釣られて他の兄弟たちもそこへ集まり始めた。

 

 

「いつも悪いね」

 

「私の能力なら、いくらでも略奪できるからな。

 数少ない同性の話し相手なんだ。このくらいさせてくれ」

 

「そうかい。さ、座っておくれ」

 

 

 リンリンにそう促され、部屋に備え付けられた椅子に腰かける。

 そうして、いつも通りの彼女との女子会が幕を開けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「――――それで、今もお腹の中に子供がいると」

 

「あァ、そういうことさ。……ところでシキ、お前、子供を作る気はねェのか?」

 

 

「――――ごふっ……!!? けほっ、けほっ、な、いきなり何を!?」

 

 

 リンリンの話がひと段落して、いい香りを放つ紅茶を口に含んだところで、彼女の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。

 

 

「子供はいいもんさ。裏切らねェし、下手にそこいらの海賊を手下にするよりよほど従順だ。

 シキも、素体は悪くないし、強さも一級品。子供も強い子が生まれるだろうね。ただ、女の華は長くは続かねェ。早いうちに相手を見つけねェと、永遠におひとり様になっちまうぜ」

 

「……私はまだ、そういうのは」

 

 

「ふぅん、そうかい。まぁ、そいつはおまえの自由だからね。好きにしな」

 

 

 色々と規格外なリンリンならいざ知らず、私に子供なんてできたら人並な身長も相まって戦闘などできなくなってしまうだろう。

 

 一応前世からの憧れもあるにはあるが、今はその時ではない。

 

 

 

 そんなこんなで、リンリンの部屋でしばらく時間を潰した私は、お茶会をお開きにしたところで自室へと帰った。

 

 

 

 

 

「……戻った」

 

「あ、おかえりなさい!」

 

 

 部屋に入ると、パトラの声が私の耳に届く。

 書いていたらしい日記を静かに閉じて、椅子から立ち上がると、私に近づいて羽織を回収し、それをハンガーにかけていく。

 

 テーブルの上にはサンドイッチが置いてあって、それはお茶会で地味な量のお菓子を食べたせいで若干お腹が減った私の胃袋を丁度満たしてくれそうな、絶妙な大きさのもの。

 

 

「いつもすまないな」

 

「いえ、私がしたくてこうしてるだけです」

 

 

「じゃあ、遠慮なく頂こう」

 

「はい、どうぞ」

 

 

 「いただきます」と手を合わせて、置いてあったサンドイッチを頬張る。

 

 キャベツのシャキシャキ感と、卵の丁度良い半熟さが、私の口の中を満たす。パトラにサンドイッチを作らせたら、この世で右に出る者はほとんどいないだろうと思えるくらいには、パトラのサンドイッチは美味い。

 

 

「うん。いつも通り、美味いな」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 

 パトラへそう告げれば、彼女は年相応の表情で顔を綻ばせながら顔の前で手を合わせた。

 最近になって、漸くみられるようになってきたパトラの笑顔。

 

 こんな可愛くていい子が、つい数年前まで()()()()()()()()()()()()()()()なんて、考えたくもない。

 

 挙句、その天竜人にお遊びで食べさせられた『悪魔の実』のせいで、今もなお海賊と海軍の両方から命を付け狙われている。

 

 

 

「……っ?」

 

 

 

――――コツ、コツ。

 

 

 

 と、そこへ誰かが部屋に近づいてくる気配を感じる。

 パトラを守るために咄嗟に身構えるが、その気配の詳細を探ったところでその心配が杞憂だったと警戒を解除した。

 

 

「何の用だ、ニューゲート」

 

 

 扉を開ければ、そこに立っていたのはニューゲート。

 そして、その脇には気絶したカイドウが横たわっていた。

 

 

「グララララ。威勢のいいクソガキを揉んでたが、ぶっ倒れちまってな。コイツ、お前のところのヤツだろう? この船の船医は信用ならねェ。あれは患者を使って人体実験でもしてるクチだろう。

 なら、おめェのところに持ってくのが一番だと思ってな」

 

「そうか。持って来てもらって感謝するよニューゲート」

 

 

「あァ……――――ソイツは、なかなか見所があるガキだった。ただ、育て方を間違えればいずれ脅威になり得る。気ィつけな」

 

 

「……それは、私が一番分かってる」

 

 

「それだけだ。じゃあな」

 

 

 ニューゲートはそれだけ言い残して去っていった。

 私はボロボロのカイドウを引っ張って部屋まで入れて、殺さないように加減されていたとはいえ外から見ればかなりの重症なカイドウを見て溜息を吐く。

 

 

 

「今回のは酷いな。流石はニューゲートと言ったところか。……パトラ、頼めるか?」

 

 

「はい! お任せください! ……――――R()O()O()M()

 

 

 パトラの掌から、青いドームが広がっていく。

 

 

 

 

 それは、パトラが海賊から付け狙われる原因となった強力な『悪魔の実』である、〝オペオペの実〟の力だ。




自分の親の友人で、度々家に来て、スタイルのいい和服美女が、来るたびに自分たちの為にお菓子を持参するとか、性癖ねじ曲がりそう。



カイドウのアンケート接戦過ぎて草


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7.その船の上で 中

また予約投稿ミスってた、と思ったら今投稿予定のヤツ全部日付が一日遅れになってた……


今回はちょっと短め


 

 

 パトラと出会ったのは、何の変哲もない海の上。

 

 航海術の本を片手に新世界の海を渡っていた時、目の前からやってきた豪華な船からバズーカを放たれた。

 

 咄嗟にそいつらの船に打ち返してやったのだが、その船というのが天竜人の船。

 危害を加えれば海軍大将が飛んでくるという、()()()()()()()が目の前にあるのに使わないという手はないだろうとほくそ笑んだ私は、その船に乗り込んで好き勝手に暴れてやった。

 

 

『海軍大将を呼べるんだろ……? なら、早く呼んでくれよ』

 

 

 護衛の兵士も立ち向かってきた奴隷も全て無力化した私は、天竜人の男にそう言ったものの、ソイツは私の顔を見て泡を吹いて気絶してしまった。

 

 

『……しまった。大将呼んでもらえるように何人か残しておくんだったな』

 

 

 気絶している天竜人を叩いて起こすというのも考えたが、床に転がっていた奴隷たちの首輪を見て、原作でのレイリーを思い出し、急遽目的を武装色の覇気の特訓へと変えた。

 

 そうして武装色の内部破壊の特訓をしている最中に出会ったのが、船の奥の、更にその奥に幽閉されていたパトラだったのだ。

 

 

『あな……た、は?』

 

 

 今にも消えてしまいそうな、か細い鈴のような声。

 ボサボサに伸びていた髪の間から見える瞳には、凡そ生きる意志と言うものは垣間見えず、しかし死のうという感情さえも読めないような、何も宿っていない目だった。

 

 

『私は“金獅子”のシキ。海賊だ』

 

『“金獅子”の……シキ……?』

 

 

 外の情報など知らされない奴隷の身だったパトラは、私の名など知っているはずもなく。

 

 檻をこじ開けて入ってきた私に動じることもなく、パトラはただ体の力を抜いた。 

 きっとその行動は、いつも天竜人に対してやっている事だったのだろう。天竜人が自身の体を好きにしやすいように、ただ体の力を抜いて奴らが去るのを待つ。

 

 

 私が首輪に手をかけて、首輪が警告音を鳴らしてもなお、パトラは表情を変えることなくずっと体を脱力させていた。

 

 

 

『死ぬのが、怖くないのか?』

 

 

『もう……何も、わかりません』

 

 

 

 声に抑揚はなかった。前世で発達していた機械の声でさえ、もっと抑揚があっただろう。

 

 

 かつてはただの漫画の世界でしかなかったこの世界の腐った部分に、初めて触れた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『家族は?』

 

『……いません』

 

 

『知り合いは?』

 

『……いません』

 

 

『出身地は?』

 

『……分かりません』

 

 

 

『……行くアテは?』

 

『……ありません』

 

 

 

 

『……なら、私の船に乗れ』

 

 

 

『…………分かり、ました』

 

 

 他の奴隷たちを全て家族や知り合いの元へ帰したあとの船の上。

 

 

 水平線の向こう側へ沈んでいく夕焼けを眺めながら、私とパトラは仲間になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぉ……」

 

「目ェ覚めたか」

 

 

 もうじき海の向こう側から日が昇ろうとしている時間帯。

 昨晩パトラに処置してもらったカイドウが目を覚ました。

 

 

「お前の処置はパトラがやった。後で礼を言っておけ」

 

「誰がッ………!! …………そうか」

 

 

 『誰が助けろと言った』と、言いかけたのを飲み込んだのだろう。

 出会って間もなかったころのカイドウなら遠慮なく言っていた台詞だが、それを飲み込んでいる辺り彼なりに成長しているのが伺える。

 

 そして、カイドウは私が腰かけているベッドで眠っているパトラを一瞥すると、得物である『八斎戒』を持って部屋の扉を開けた。

 

 

 潮の匂いが部屋の中を吹き抜け、冷たい風が部屋を満たす。

 

 

「……素振りしてくる」

 

「あぁ、行ってこい」

 

 

 バタンと扉を閉めたカイドウの足音が遠ざかっていき、やがて聞こえなくなる。

 

 

 原作のいかついイメージしかなかったカイドウは、接してみればただ腐り切った世界を知ってしまっただけの子供だった。

 幼少のころから戦争の道具として使われ、更には政治の道具として政府に売り渡されそうになり、世界の不条理さを幼いながらに理解してしまったがために、自分が持つもの、つまり『力』で全てを変えようとしてしまっただけ。

 

 

 カイドウの根本を変えたいのならそもそも生まれた瞬間に干渉しなければならなかったが、それはもうできない。

 

 ならば、カイドウが私の下へ居続ける限りは、しっかりと面倒を見てやろうと思う。

 

 

 それでカイドウが私の下から巣立とうが、残ろうが、私はカイドウの意思を尊重する。

 

 

「……もう一眠りするか」

 

 

 眠っているパトラの隣へ寝転がり、静かに瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――数時間後、新世界のとある島。

 

 

 

 

「――――……船長命令だ。やれ、ニューゲート」

 

「ちっ……〝壊天〟ッ!!」

 

 

 堅気に手を出すことを嫌うニューゲートが、船長のロックスから命令されて渋々衝撃波を放つ。

 

 空間に入った亀裂が大気を揺らし、少し先に見えている島を大きく揺らす。

 地割れが走り、震動でうねる津波が島を襲う。

 

 何故島がそうなったのかと問われれば、『海軍基地』がそこにあったからというだけだ。

 

 

 民間人がいようが関係なく、私たちは基地があればすかさず襲撃を行う。

 

 

 なぜならば、ロックス、ひいては我々ロックス海賊団の野望を叶えるためには世界政府の打倒が必須。

 

 しかし、政府を倒したとしてもその機関の一つである『海軍』が残っていれば、そこにいる数多の将兵たちが私たちを攻めてくることは確実。

 

 だから予め世界各地の海軍基地を襲撃して海軍の人員を減らしているのだ。

 

 

「……やっぱり慣れねェな」

 

「まァ、堅気には手を出したくないっていうのは私も同感だな」

 

 

 『世界政府』を打倒して世界の王となる、というロックスの野望だが、この計画をやるにはどうしても短期決戦でなければならない。

 

 いつまでも時間をかけていれば向こう側も私たちに対抗策を幾つもぶつけてくるだろうし、何よりロックスが王になることを前提としてチームを組んでいるこの海賊団が、ロックスに不信感を抱いて空中分解を起こしてしまうだろう。

 

 

 私やニューゲートのように堅気に手を出したくない、というのは珍しい理由かもしれないが、そういうヤツも一定数存在する。

 

 そんな奴らはだいたい、『この計画が完了した暁には『天竜人』がいなくなる』ため、離れていないに過ぎない。

 

 

 空中分解が起き始めるまで、少なく見積もっても二年ほどだろうか。

 

 

「シキ」

 

「……なんだ」

 

 

「船を飛ばせ。赤い土の大陸(レッドライン)を越えるぞ」

 

 

「……了解」

 

 

 船に手を付け、能力を発動させる。

 

 ロックス海賊団の船はあっという間に空高くまで飛び上がり、見えて来た巨大な大陸の上を飛んでいく。

 

 

 私含め、新世界の怪物たちが乗った最悪の船が、新世界の外の海へ進出する。

 

 

 私たちにとっては夢への第一歩だが、私たち以外の民間人や海兵にとっては悪夢への第百歩であることは間違いない。




めちゃんこ難産……。

アンケートは三日後に締め切ります。


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8.その船の上で 下

カイドウのキャラ崩壊があるかも。注意。


 

 

 海軍本部中将、センゴクは自身の執務室に運びこまれてくる大量の書類に頭を悩ませていた。

 

 訓練兵時代より発揮されていた頭の良さを買われて『対ロックス海賊団特別部隊』のトップを任されたセンゴクだったが、次々と運び込まれてくる被害報告書の量を鑑みるに、成果はあまり芳しくないようだ。

 

 

「『“白ひげ”の震動による地割れや津波によって壊滅』、『シャーロット・リンリンの能力による火事や雷で消滅』……どれも一朝一夕で解決するものじゃないのが嘆かわしい」

 

 

 運び込まれてくる報告書の一つ一つにしっかりと目を通しながら、センゴクはそれぞれにサインしていく。

 生き残った住民の保護や支援、街の復興に際する海兵の派遣。

 

 海賊たちを討ち取ることも大切ではあるが、こういった海賊に襲われてしまった街の復興支援を行うのも海兵の立派な仕事の一つである。

 

 

「やはり、コイツを止めないことには被害は収まることはないな」

 

 

 センゴクの執務室の机の上に報告書が積み上がっていく原因の一つである、『ロックス海賊団の移動速度』の問題。

 ロックス海賊団の移動速度の異常さは、全て“金獅子”のシキの能力が関わってくる。

 

 “金獅子”のシキを止めなければ、ロックス海賊団の被害はとどまるところを知らないだろう。

 

 

「早急に、“金獅子”のシキへの対策を考えなくては」

 

 

 “金獅子”が“白ひげ”と同じく穏健派だということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()により海軍は把握している。

 ならば、明確な弱点となりうる『そこ』を突けば良い。

 

 “仏”の他に、“知将”という二つ名も持っているセンゴクは、書類にサインを施しながらその頭を回転させて“金獅子”を止める算段を立て始める。

 

 

 人々を脅かす凶悪な犯罪者を捕らえるためならば、多少なり汚い手段を講じることも厭わない。 

 

 全ては、この海の平和を守るために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝獅子威し“地巻き”〟ッ!!」

 

 

 海を越え、大陸を越え、ここは北の海(ノースブルー)にある島。

 

 そこで行われているのは、いつも通りの虐殺。ロックス海賊団所属の海賊たちが凶悪な笑みを浮かべて海兵や住民たちを斬ったり、銃弾を撃ち込んだりして殺していく。

 

 偉大なる航路(グランドライン)を出てからと言うもの、やはりというべきか、私たちに対抗できる力を持った海兵は見なくなった。

 だからか、最近はニューゲートやリンリンは戦闘に顔を見せず、これ幸いにと今までその二人の攻撃で全てが終わってしまって、人を殺す事ができなかった輩の活動が活発になった。

 

 

 私はそんな奴らから少しでも多く堅気の人間を守るべく、能力で操作した土砂の中に空間を作って、その中に人を閉じ込めていく。

 

 少しだけ分かりにくいように空気穴も作ってあるし、救助が来れば必ず助かるようになっている。

 

 

「相変わらず“金獅子”の姐さんは規模が桁違いだ! おれたちも負けてられねェ!」

 

「行くぞお前ら!! 殺せェ!!」

 

 

 しかし馬鹿どもは、それに気付かない。

 少しでも見聞色を使えば察知できるというのに、明らかに格下の相手に舐めてかかって覇気を疎かにしているから気付けないのだ。

 

 

「〝兵斬(ひょうざん)〟」

 

「ぐあぁぁっ……」

 

 

 こちらに向かってきていた海兵を切り伏せ、他に海兵の気配がなくなったことを読み取ってから海軍基地の倉庫を漁りに行く。

 

 

 基地に置いてある金目のものも確かに大事だが、私が欲しているのは『悪魔の実』だ。

 

 

 将来的にロックス海賊団が滅びて独立する時、私は再び急に発生するサイクロンに悩まされるだろう。

 いくら能力を磨いたところで嵐に遭遇してしまえば一巻の終わり。海に沈んでご臨終だ。

 

 それを解決できる可能性があるのが、自然(ロギア)系の『悪魔の実』。

 

 

 “覚醒”した自然(ロギア)系の『悪魔の実』の能力者は、その場所の天候に干渉して、永久的にその気候に書き換えることができる……というような描写が原作にあった。

 

 

 ならば、原作に登場した『ヒエヒエの実』や『ユキユキの実』、悪魔の実大全を持っていないのであるのか分からないが、『ハレハレの実』なんてものがあれば、将来的に仲間へスカウトした誰かにそれを食べさせることで『金獅子海賊団』を永遠の安泰に持ち込むことができる。

 

 海賊団全体の命運をその能力者にゆだねてしまうのは些か不安が残るが、『フワフワの実』の限界がある以上はそれに頼るしかない。

 

 

「……ここも外れか」

 

 

 暫く探してみたが、『悪魔の実』らしきものはここの海軍基地にはなかった。

 

 まぁ、偉大なる航路(グランドライン)にある支部でもないのに『悪魔の実』があったらそれはそれで怖いが。

 

 

 他のクルーたちが金や食料漁りに夢中になっている中、私は踵を返して船へと戻る。

 

 

 

「おい、シキ」

 

 

 

 月明りが照らす甲板の上。

 

 そこで私に声をかけて来たのは、このロックス海賊団の船長であるロックス。

 

 

「お()ェ、海兵以外のヤツを殺していないだろう?」

 

「……私は、堅気を殺すのは嫌いだ」

 

 

 やはり、ロックス程の人物となれば私が一般人を殺さずに生かしていることは丸わかりだったようだ。

 

 しかし、今までそのことについて触れてこなかったのに、今更それについて言及してくるとはどんな心境の変化なのだろうか。

 

 

 

「ハハ……別におれはそれを咎めようって訳じゃねェ。『この船で何をしようが、お前たちの自由だ』と言ったのはおれだしな。

 

 ――――……ただ、お前のそれを快く思わねェヤツがいるってことを、よく覚えておきな。それだけだ」

 

 

 

 ロックスはそれだけ言うと、自室がある方へと引き返してしまった。

 

 何故今それを言うのか、そもそも船長直々に忠告してくるほどの事なのか、疑問は尽きなかったが、私に危険が及ぶイコール戦闘能力に乏しいパトラにも危険が及ぶと考えると、今後は誰だか分からないソイツの怒りを買わないように今までのような一般人を生かす戦闘は避けた方がよさそうだ。

 

 

 私が人を生かしながら戦っていることに気付いている人物、ということは、少なくともかなりの手練れであるはずだ。

 中途半端に対策したならば、必ず悪い方向に転がっていくだろう。

 

 

 やるなら、徹底的に。確実にどちらかの立場に寄らなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――と、堅気を殺すことを覚悟したはずだったのだが。

 

 

「おれが、必ずコイツを守る」

 

「―――――……は?」

 

「……え?」

 

 

 耳がイカれたのかと思った。

 カイドウのその言葉にパトラも意外だったのか、前髪の奥に見えるマリンブルーの瞳が大きく見開かれる。

 

 

 

「何度も言わせるな。おれが、コイツを守ってやるって言ってんだ」

 

「……本気か?」

 

 

「あァ。人一人守れねェようじゃ、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「カイドウ……」

 

 

 まさかカイドウがそんなことを言ってくれるなんて思ってもみなかった。

 

 そして、カイドウの中で私と言う存在がとても大きなものになっていると感じることが出来て、少しだけジーンと来てしまう。

 

 

 

「……それじゃあ、任されてくれるか、カイドウ」

 

「あァ、任せておけ。この船を降りるまでコイツを守り切って、おれの『強さ』を証明してやる」

 

「そうなったら、『見習い』から昇格ですね」

 

「ウォロロロ!!! 階級にゃ興味ねェが、そうなって貰わなくちゃ困るな」

 

 

 

 最初はどこか他人行儀だった私たち『金獅子海賊団』が、漸く一つになり始めている。

 

 

 

 パトラの心配はカイドウが引き受けてくれた。

 

 なら、あとは私が好き勝手に暴れて、私たちの平穏を脅かそうとする輩を潰すだけだ。




お気に入り、評価、コメントくれると喜びます。


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9.快く思わないヤツ

お気に入り2000件、ありがとうございます!!


 

 

「〝獅子威し“御所地巻き”〟ッ!!」

 

 

 一面が雪に覆われた島。

 白雪が赤雪に染まり、人々の悲鳴が海賊の笑い声や銃声にかき消される。

 

 ロックス海賊団のいつもと変わらない光景。しかし、そんな光景に違和感を持つのは、ロックス海賊団でも指折りの実力者たちだった。

 

 

「シキのヤツ、やけに楽しそうだねェ」

 

「あぁ……『なにか』がアイツの心持ちを変えたのは確かだろう」

 

 

 普段は意見が合うどころか互いに話すこともない“白ひげ”と後の“ビッグ・マム”が、甲板から島の様子を眺めながら意見を合致させる。

 

 見聞色の覇気を鍛えたものくらいしかわからないくらいの些細な変化。

 観察眼に優れた人物がよく観察しなければわからないほどの、表情の変化。

 

 

「……喜んでいやがるな」

 

「ふぅん……男でもできたって雰囲気じゃなさそうだね。おれはシキと同じ女だが、アイツのことはまったく理解ができねェ」

 

 

 リンリンは雪で作られた獅子が人を飲み込んでいくのを眺めながら、腕を組んで難しい顔を浮かべる。

 

 何度もお茶をして、同じ性別同士でしか分かり会えない話題だって共有したこともある。

 だがそれでも、リンリンはシキという女海賊のことを完全に理解できなかった。

 

 無論、シキはリンリンに対して『前世の記憶』について話していないため、当たり前と言ってしまえばそうなのであるが。

 

 

「アイツと一緒に船に乗ってきた娘とガキ。アレもいつもと様子が違かった」

 

「もしかしたら、アイツら『金獅子海賊団』の中で何か変化があったのかもねェ」

 

「……だろうな」

 

 

 二人が話す中、一仕事終えたシキが手荷物を抱えて飛びながら船へと帰ってくる。

 

 その顔に浮かべる微笑みには、気にすることがなくなったと言わんばかりの開放感と、多少の狂気が含まれていることに、やはり二人は気付いていた。

 

 

「どうした、二人共? いつもは表に出てくることなんてないのに」

 

 

 普段ならいないはずの二人が、しかも並んで喋っていたという光景に驚きつつも、シキは二人に問いかける。

 

 

「おめェの様子が変だったからな」

 

「あァ、何かあったんだろう?」

 

 

「ふむ、流石に二人ほどの実力者となると分かってしまうか。まぁ、心配事が一つ減ったとだけ言っておこう」

 

 

 本人が語らないなら深くは追及するまいと、二人は納得して、次はシキが抱えていた荷物に視線を送った。

 

 

「……で、ソイツはなんだ? もしかして」

 

「あァ、『悪魔の実』さ」

 

 

 シキが箱の蓋を開けると、そこに入っていたのは禍々しい気配を放つ果実。海の秘宝である『悪魔の実』だった。

 その『悪魔の実』にはぐるりと円を描いた矢印のような模様が描かれている。

 

 『悪魔の実』は、売れば1億ベリーは下らないとされる海の秘宝。“白ひげ”は前々からシキが『悪魔の実』を探しているのを知っていたが、険しい顔をしながら「一応言っておくが」と断りを入れて、

 

 

「おめェ程のヤツが寝首をかかれるってこたァねェだろうが、『悪魔の実』には気ィ付けろ。

 そいつを狙ってこの船に乗ってくるヤツなんざごまんといる。あまりおおっぴらにすると、嗅ぎ付けた連中がおめェに襲撃を仕掛けるかもしれねェ」

 

 

 とシキへ『悪魔の実』の忠告をする。

 

 リンリンも黙ってはいるが、“白ひげ”の意見には同意らしく、うんうんと首を縦に振っていた。

 

 

「まァ、確実に大丈夫とは言えないが、忠告はありがたく受け取っておこう。それじゃあ」

 

 

 『悪魔の実』が入った箱の蓋を閉じたシキは、手をヒラヒラと振りながら二人の元を去っていく。

 

 その後ろ姿を、二人はじっと見つめていた。

 

 

 

 シキと、彼女の部下である二人の雰囲気がいつもと少しだけ違うと気づいた時、シキに向けられる海賊たちの視線の内、明らかに別格の殺意のようなものが籠ったものを送っていた者がいたのを二人は察知していた。

 

 

 

 しかし、二人は関わろうとはしない。

 

 海賊の世界に仁義はあろうとも、ただのお人好しで動こうとする人はいない。

 

 

 それに、シキ本人がその視線や、その先の事すらも分かっていながら行動しているように見えて、二人は下手に介入するのをやめたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいパトラ、おむすびはねェのか?」

 

「生憎、船の上だと日持ちが悪いのでお米はないんですよね。今度シキさんにお米をとってくるように頼んでみましょうか」

 

「あァ、そうだな」

 

 

 主不在のシキの部屋で、パトラとカイドウは寛ぎながら談笑していた。

 

 カイドウはパトラの作ったサンドイッチを口に放り込みながら、何度か咀嚼した後にそれを水で胃袋へ流し込んでいる。

 

 以前のカイドウならば考えられないような落ち着き具合だったが、それでもカイドウは満足していた。なぜなら、

 

 

(最近、やけに襲ってくるヤツが多い。()()みてェなスタンスは、この船じゃ敵を作りやすいが……おれにとってはむしろ好都合だ)

 

 

 近頃になって、シキの部屋の周りをうろつき、あまつさえ襲撃してくるような輩が増えたからだ。

 

 シキのような穏健派は、身内に手を出されることを極端に嫌う、という事を理解している海賊たちがシキの部下であるカイドウやパトラを狙って襲ってくるのだ。

 

 

 尤も、そのほとんどがシキの海賊船で6年程揉まれたカイドウに手も足も出ずに殺されて海へ投げ捨てられているのだが。

 

 

 しかし、時折実力者も襲撃してくることもあり、強さを求めるカイドウとしては申し分ないどころか、むしろ引き受けたことに喜びすら感じていた。

 

 

「はい、終わりましたよ。今回もありがとうございました」

 

「気にするな。おれがおれの為にやってんだ。それに、()()()()()()()()()()ってのも、悪くねェ」

 

「ふふっ、あの時のカイドウくんが聞いたら、びっくりするような台詞ですね」

 

「あァ!? うるせェな!!」

 

 

 対するパトラは、今回の襲撃者に多少の怪我を負わされたカイドウの手当をしながら、カイドウの口から飛び出た、昔のカイドウからは考えつかないような言葉に嬉しさを覚えつつ、カイドウを揶揄う。

 

 

「だが……あの日、あの時、船長と会ってなかったら今のおれはいねェ。そんな気がする」

 

「えぇ。だから、シキさんはすごいんです」

 

 

 パトラが用意したかなりの量のサンドイッチを平らげ、大きなジョッキに入っていた水も飲みほしたカイドウは、シキと出会ったときの事を思い出す。

 

 国の為に戦わされ、国の為に売られた。

 力は持たず、権力を持っている貴族たちの決定に何もすることができず、この世の不条理さを知ったあの頃。

 

 あの頃の歪んだ信念を持ったまま海賊を続けていれば、きっと世界を恐怖のどん底に陥れるような、凶悪な人物になっていたに違いないと、微妙に自画自賛しながらカイドウは考えた。

 

 

「パトラも含めて、弱ェヤツはいらねェと、本気で信じてたんだぜ。おれは」

 

「えぇ、知ってます」

 

 

「だが、船長と出会って、同じ船で同じメシを食って、強ェ船長がそれなりに苦労してることも、弱ェはずのパトラがそれなりの努力していることも、全て知った」

 

「弱いは余計です」

 

 

「『金獅子海賊団(ここ)』は、おれの居場所だ。だから、ここを脅かすような馬鹿どもは悉く排除してやる」

 

「はい。頼りにしていますよ」

 

 

 

 

 

「――――特に、そこのお前みてェなヤツだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日以降、私を見る視線の中に、凄まじい殺意を籠めたものがあることに気付いた。

 

 それがロックスの言っていた『快く思わないヤツ』だというのはすぐにわかったし、何より船長直々にそれを伝えに来た理由も、すぐに分かった。

 

 

「――――……悪いな。今もてなす準備をさせてもらう」

 

「その心配はいらない。おれもすぐにここを去らせてもらうつもりだからな」

 

 

「そうか。私もすぐにお前を追い出す予定だったから助かる」

 

 

 

「ハハハハハ。客人に対して少し失礼なようだな。

 “金獅子”のシキィィィィッッッ!!!

 

 

「私の大切な仲間たちを返してもらおうか。

 “王直”ゥゥゥゥゥッッッ!!!

 

 

 

 私やニューゲート、リンリンと同じく最高幹部待遇で迎えられた“王直”が、私たち『金獅子海賊団』に牙をむいた。




カイドウ……、カイドウ………???


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10.激戦

原作であまり詳しい人物像が分かってない“王直”さんは、本作品ではほぼほぼオリキャラと化しています。


 

 

 船が揺れた。

 

 

 それだけではなく、船を中心にして海が大きく荒れ、竜巻と見紛うほどの強風が吹き、海賊たちが現在進行系で略奪をしていた住民のいなくなった島の木が大きく拉げ、耐えきれなくなったものは地面ごと吹き飛ばされた。

 

 それは、『王の資質』のぶつかり合い。

 黒雷がバチバチと音を立てて轟き、周囲に覇王色を振りまく。

 

 覇気が弱い者は次々に気絶し、耐えられる者でさえ、顔中から冷や汗を吹き出すほどの威圧感を感じ取って、その場から動けなくなる。

 

 

「おっ始めやがったなァ……」

 

 

 “白ひげ”も激突する覇王色に顔をしかめ、異常事態を認知した彼の部下たちが慌てて“白ひげ”の元へ飛んでくる。

 

 

「こ、これは一体……!!?」

 

「シキの野郎と“王直”だ。アイツら、『船を壊すな』っていう命令を忘れてやがるなァ……

 お前たち! 船から離れるぞ。この船の上にいたらあの二人の()()()()に巻き込まれるぞ!!」

 

 

 島に停泊していたため、船と島にかけられたランプウェイから次々に人が降りていく。

 

 二人の戦いは苛烈を極め、人が完全に船から降りた後の船内からは、銃声や剣戟の音が何度も聞こえてくる。

 

 

「ハハハ……こりゃァ、船の修理が大変だな」

 

 

 陸地から船を見ていた“白ひげ”の隣に、ロックスが立つ。

 その声と表情からは、船内で激戦を繰り広げているシキと“王直”を咎めるものは感じられず、むしろその戦いを楽しんでいるかのように感じられた。

 

 

「お()ェ……まさか」

 

「ハハハ。おれはただ、()()()()()()()()だぜ。ニューゲート」

 

 

 隣に立つ船長の男は『そういうヤツ』だったと“白ひげ”は思い出して、再び船内へと視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!! ぐゥッ!!」

 

 

 受け身もできずに船の壁に叩きつけられ、肺の中の空気がすべて抜ける。

 それを気合でどうにかして、下手人である“王直”を探すも、私が飛んできた直線上にはすでに“王直”の姿はなく――――。

 

 

「〝天威(てんい)〟」

 

「がッ……!!?」

 

 

 真横から突如聞こえてきた声に、咄嗟に防御の構えを取るが、ニューゲートやリンリンとも張り合えるほどの海賊の一撃をそう簡単に受け止めきれるはずもなく、私は再び大きく吹き飛ばされた。

 

 そうと思えば、今度は飛ばされている私の直線上に現れ、その渾身の力を込めた剣の一突きを放った。

 

 

「〝斬流(ざんりゅう)〟ッッ!!」

 

「ッ!! ちッ!!」

 

 

 しかし、こちらとてそう簡単に命などくれてやるはずもない。

 来るとわかっていれば迎え撃つのみ。フワフワの能力で体勢を立て直して、愛刀二本を抜き放ち、斬撃の反動で攻撃を受け流す。

 

 

「〝斬流波(ざんりゅうは)〟ァッ!!」

 

 

 〝斬流〟の反動で上に飛び上がった私は、左手に持った『木枯し』で斬撃を放って勢いをつけ回転し、右手に持った『桜十』で“王直”へ向かう斬撃を放つ。

 

 回転の勢いを乗せ、波のようにうねる斬撃が“王直”へ殺到し、小さく舌打ちをした“王直”はその場から文字通り『消えて』回避した。

 

 

 どこに行った、と探す間もなくその声は私の耳に届いた。

 

 

「ぬんッ!!」

 

「ッ!? ぐっ……!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、“王直”が私の真横から得物の銃剣で斬りかかってくるが、間一髪でそれを防いで体勢を立て直そうと正面を見据えた時には、既に“王直”の姿はそこにはなく、

 

 

「〝天葬(てんそう)〟」

 

 

 私の真後ろで銃剣の切っ先を向けながら、刺突の構えをする“王直”。

 “王直”はそのまま剣を私に肉薄させ、銃の引き金を引いた。

 

 私がそれを回避して一太刀入れようと踏み込んだ瞬間、私の見聞色が全力で警報を鳴らした。

 

 

――――反撃はするな、“王直”から距離をとれ、さもなくば『死ぬ』、と。

 

 

 反撃から咄嗟に回避に移れば、私が踏み込もうとした場所へ数発の弾丸が殺到した。船の床に穴が開き、穴の数だけ見れば7発以上も撃ち込まれているのが分かる。

 

 もしあのまま反撃しようと踏み込んでいれば、あのどこから撃ち込まれたのか分からない弾丸に頭から貫かれて死んでいただろうことは間違いない。

 

 

 しかし、あの弾丸は一体どこから……?

 

 

「ふむ……よけられたか。流石は“金獅子”と言ったところか」

 

「どういうタネか分からないけど、厄介な能力を持ってるってことは確かだな」

 

 

 “王直”の表情からは余裕は消えない。それどころか戦いを通して更に余裕の表情を強めている気さえする。

 

 そのことが癪に障らないと言ったらウソになるが、それで気を乱されて相手のペースに持ち込まれればそれこそアウトだ。

 

 

 まずは“王直”の能力がどういったものなのかを正確に見極める必要がある。

 それが出来なければ待ち受けているのは『死』の一択だ。

 

 今までのやりとりでそれは確実なものになった。

 

 “王直”には私やニューゲートと同じような最高幹部待遇で迎えられるだけの度量も技量も力量も備えている。

 

 

 相手の能力の術中にはまってしまったら終わり。

 

 なら、私もそうさせてもらおうじゃないか。

 

 

「……ふんッ!!」

 

「やはりそう来たか」

 

 

 甲板に手を付けて能力を発動させ、船を空高く浮かばせる。そうして船をひっくり返せば、“王直”は船に片手でぶら下がりながら私を上から見下ろす形になる。

 

 “王直”が能力で私に勝負を仕掛けるのであれば、私も能力で勝負を仕掛けようじゃないか。

 

 

 フィールドは私の得意な空中戦。

 

 

「これで優位に立てたと思っているのならば、相当頭が弱いらしい」

 

 

 私を見下ろしていた“王直”が、消えた。

 

 

 

「〝天威(てんい)〟」

 

 

「流石にッ!! ――――……対応できるか」

 

 

 

 消えたと同時に私の死角からくる攻撃。

 

 先ほどの戦いの応酬で学んだ“王直”の攻撃の前兆ともいえる『消える』という特徴的すぎるもの。

 

 

「だが、お陰でだいたいお前の能力は把握できたッ!! 〝斬波(ざんぱ)〟ッ!!」

 

「っ、〝天葬(てんそう)〟」

 

 

 私の攻撃を正面から逸らしながら、“王直”は銃剣の引き金を()()引いた。

 

 

 

 

「――――やはり、そういうことか」

 

 

 

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私は“王直”の能力が何なのかを理解する。

 

 

 

「……ククク、ハハハハハッ!! おれの能力を躱し続けて、あまつさえそれを見破ったことは褒めてやろう“金獅子”」

 

 

 

 私と“王直”の視線が交錯する。

 “王直”は今、空を飛びながら私と会話している……のではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだろう。

 

 

「冥途の土産に教えてやろう」

 

 

 “王直”の口角が歪に吊り上がった。

 全てが計画通りに進んだとでも言いたそうな表情を浮かべる“王直”。

 

 

 

「おれは『()()()()()()』を食べた瞬間移動人間」

 

 

 

 納得がいく。

 『消えた』直後に『現れる』なんていう現象は、瞬間移動をするくらいしか再現できない。

 

 

 海軍やCP(サイファーポール)が修めている体術の一つである『六式』の一つに『(ソル)』なんてものがあるが、あれは瞬間移動に見えるだけでただ高速移動しているだけだ。

 

 故に道筋が分かれば対処のしようがあるが、道筋なんてものが存在しないワープは、確かに厄介極まりない。

 

 

 

 “王直”が放った銃弾が急に訳の分からない方向から現れたのも、能力の影響だろう。

 

 

 

「おれが『一度触れたモノ』を自由自在に転移させることができる」

 

 

 

 そう言いながら笑みを深めた“王直”が、銃剣を納刀して手に武装色を纏い始めた。凄まじい練度の武装硬化。極めて強力な内部破壊も会得していることだろう。

 

 

 だが、タネが分かれば簡単に避けられ――――……

 

 

 

 

 

 

「〝天零砲(てんれいほう)・〟」

 

 

 

 

 

 

――――……『一度触れた()()

 

 

 

 

「まさか――――ッ!!」

 

 

「例えば、()()()()()()()()()()

 

 

 

 全速力で“王直”へ飛ぶ。

 

 能力の性質上、常に先を読み続けなければならない為、“王直”は非常に狡猾な人物だ。

 

 

 

 だからきっと、あの構えた掌底が直撃する位置に来る。

 

 

 

「〝帝衝(ていしょう)〟ッッ!!!」

 

 

 

パトラッッッ!!!

 

「……えっ……?」

 

 

 

 

 転移してきたパトラを抱きかかえて、パトラを“王直”の攻撃から身を守るように背を向けて庇う。

 

 

 

 

 

 

 

「――――……がはァッ………………ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 武装色の凄まじい内部破壊が、私の体を壊していくのが、手に取るように分かった。




アンケートに2000件も回答を頂き、誠にありがとうございました。

アンケートの結果、僅差で『カイドウくんは残留する』の方に決まりましたので、そちらの方で進めさせていただきます。

投票していただいた方、ありがとうございました!


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11.未来視

私はッ! 戦闘描写はッ!! 苦手だッ!!!


拙い文章ですんません……。


 

 

――――力が、入らない。

 

――――何も、考えられない。

 

 

 空高くから自由落下していく。

 私の腕の中にはしっかりとパトラが居て、未だに何が起きているのかわからないと言った表情で私の顔を見ていた。

 

 体の奥からこみ上げてきたものを耐えきれずに吐き出すと、それはドス黒く染まった血液。

 

 

「……げほっ…」

 

「シキ、さん? ……ッ!! シキさんッ!!」

 

 

 パトラが何かを叫んでいるようだが、聞こえない。どうやら内部破壊の影響で鼓膜が破れてしまっているようだ。

 

 

 

「っ、RO―――! シキさんッ!?」

 

「ッ……駄目、だ」

 

 

 

 

 能力を使おうとしたパトラの腕を握って止める。

 いくらカイドウが守ってくれるとは言っても、その能力を島から大勢の海賊が見ている中で使ってしまえばパトラの身の安全が保証できなくなってしまう。

 

 だから、パトラに此処で能力を使わせるわけには行かない。

 

 それに―――、

 

 

 

 

 

「私はまだ、戦える」

 

 

 

 

 

 

 体はガタガタ、内臓はボロボロ、意識だって朦朧としている。

 正直、いつ意識がとんでもおかしくない状況だ。

 

 だが、だからといってこんなところで倒れるわけにはいかない。私がここで倒れれば、パトラとカイドウに危険が及んでいくだろう。

 

 そんなことはさせない。

 

 

 なぜかって? そんなの簡単だ。

 

 

「私は――――“金獅子”のシキだ……ッ!!」

 

 

 『私』は『“金獅子”のシキ』。

 『“金獅子”のシキ』は『私』。

 

 

 もう、原作の影を追いかけるのはやめた。

 

 私という人格が入り、男から女になっている時点で原作なんて存在しないのと同義だ。

 

 

「『金獅子海賊団』の船長として、部下には手を出させない」

 

「おれはそういうところが嫌いなんだ、“金獅子”ィ……!」

 

 

 私の台詞を聞いた“王直”が、あからさまに不快感を露わにするのが分かった。

 

 

 真っ赤に染まった視界が、“王直”を捉える。

 ……この感じじゃ、今後の戦いに視界は役に立たないだろう。

 

 

「ぐッ……!!」

 

 

「仁義がどうとか、友情がなんだとか、仲間がいるだとか、おれァそんな力を持ってるのに甘ったれた連中が大ッ嫌いなんだよォッ!!」

 

 

「がはッ……!!」

 

 

「シキさん、もういいですっ!! 死んでしまいますっ!!」

 

 

 腕の中にいるパトラを的確に狙ってくる“王直”から彼女を守りつつ、見聞色をフル稼働させる。

 

 

 

 『疑うな、信じろ』

 

 

 

 私の見聞色ではまだ未来を見ることができない。

 

 

 せいぜい気配を感じ取って、それにどう対処するかを一秒にも満たない時間で考えることしかできない。

 

 だが、それでは遅い。遅すぎる。

 

 

 一瞬にして自分の位置を変えて攻撃を仕掛けてくる“王直”相手では、その一秒に満たない時間でも考えている隙に次の攻撃が飛んでくる。

 普通の見聞色では、“王直”に勝つことなどまず不可能に近い。

 

 私が一度だけ見切れた攻撃も、“王直”が油断していただけに過ぎない。自身の手の内がバレてしまった今、“王直”が気を抜くことなどまずありえないだろう。

 

 

 なら、私の思考時間をマイナスにしてしまえばいい。覇気には、それだけの力がある。

 

 

 未来を見てしまえば、“王直”が攻撃を仕掛けてくる前にそれらを見切れる。

 

 

 “王直”の攻撃が、背――――……

 

 

「“天威(てんい)”ッ!!」

 

「あぐァッ!!」

 

 

 

 

 

 “王直”の拳が私の背中にめり込む。恐らく、背骨の何本かは折れただろう。

 

 

 今度は、わき腹に――――……

 

 

「“天威(てんい)”ッ!!」

 

「ぐッ……」

 

 

 

 

 

 今度はわき腹に突き刺さった。肋骨が悲鳴を上げたが、まだ耐えられる。

 

 

 

 

 

『くたばれッ!! “過剰天威(オーバーてんい)”』

 

 

 

 

 

 武装硬化を纏わせた拳の乱打。

 

 頭に、背中に、足に、腕に、“王直”の拳が飛んでくる。

 

 

 

 

 

 

 そして、私が雪の彫像の中に閉じ込められているカイドウを開放し、カイドウが“王直”へ向かって肉薄して――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「“(ざん)ッ、()”ァッ!!!」

 

 

 

 

 赤で塗れた視界に、一筋の光が差したように見えた。その光に吸い込まれるように、私は斬撃を放つ。

 

 

 

「くたばれッ!! “過剰(オーバー)”――――……ハハッ、どこに打ってやがる?」

 

 

 

 しかしそれは“王直”には当たらず、ロックス海賊団の奴らが逃げ込んだ、私が作り上げた巨大な雪の彫像がある島へと一直線に飛んでいく。

 

 ……少し、逸れてしまったか。

 

 

 

 能力の影響が弱まった船が、大きな音と水しぶきをあげて海へと戻った。

 

 

 

 

 その様子を見て、“王直”は半笑いを浮かべながら私に語り掛けてくる。

 

 

「まァ、よくここまで粘ったと褒めてやるべきか。

 ここまで戦った敬意を評して、苦しまないようにあの世へ送ってやろう」

 

 

 

 “王直”の拳が武装硬化していく。

 きっと、先ほどと同じ技を放つつもりなのだろう。

 

 

 

「なら、私からも礼を言わせてもらおう」

 

「ほう?」

 

 

 

 抱えていたパトラが、私の思惑に気付いた。

 

 そして私は、最大級の笑みを以て“王直”を見据える。

 

 

 

「私は、まだまだ強くなれる。その可能性に気付かせてくれたことに」

 

 

「は? 何を言って――――」

 

 

 

 『それ』は、“王直”が背を向けていた島より飛来する。

 

 

 

 私の、頼れる仲間。

 

 

 

 

 

 

「 “雷鳴”ィィィッッ!!! 」

 

 

 

「――――なッ!!!」

 

 

 

 

 バチバチと、黒雷が棍棒から漏れ出している。

 

 

 

 

「 “八卦”ェェッッ!!!

 

 

 

「カイドウ、よく来てくれた」

 

 

 

 

 

 

「ごああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!?!??!?!!?」

 

 

 

 

 

 凄まじい勢いでぶっ飛ばされた“王直”が、水平線の彼方まで消えていく。

 

 まだ『悪魔の実』も食していないカイドウだが、その潜在能力は既に開花しているらしい。

 

 

 

 カイドウは元に戻っていた船の上に着地し、パトラを抱えていた私もそれに続く。

 

 

 

「すまねェ……おれが不甲斐ねェばっかりに」

 

「シキさんっ!! シキさんっ!!」

 

 

「カイドウ、頭をあげろ。パトラも泣くな。ただ少し油断しただけだ。事前にヤツの能力を調べておかなかった私の落ち度だしな。それに」

 

 

 

「――――……“金獅子”ィ……ッ!!」

 

 

 

「戦いは、まだ終わっちゃいない」

 

 

 

 私の目線の先には、頭から血を流しながら私たちを睨む“王直”が立っていた。

 

 

「ハァ、ハァ、絶対に、殺すッ!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、思いのほか効いているらしく、“王直”は肩で息をしていた。

 

 

 左斜め後ろからの銃弾――――……

 

 

「“天葬(てんそう)”ッ!!」

 

 

「ふッ、“斬波(ざんぱ)”ッ!」

 

 

「――――なっ!? ぐァッ!!?」

 

 

 

 

 左斜め後ろから飛んできた銃弾を躱して、お返しに斬撃を叩き込めば、“王直”はそれを防御することもできずに正面から食らう。

 

 右からの刺突、真上からの銃撃、右斜め前からの拳――――……

 

「なぜッ……なぜだァッ!!」

 

 

 右からの刺突も、真上からの銃撃も、右斜め前からの拳も、全て私には当たらない。

 

 ボロボロなはずの体は、私の未来予知に応えてしっかりと動いてくれた。

 

 

 真後ろからの掌底――――……

 

 

「ぐァァァァッ!!! “天零砲(てんれいほう)帝衝(ていしょう)”ッッ!!」

 

 

 

「――――……そこ、だぁッ!!」

 

 

「なッ!? ぐぁっ」

 

 

 

 真後ろから、件の武装色の内部破壊を繰り出されそうになっているのも、私は見えるようになった。

 

 繰り出された掌底をひっつかみ、そのまま前方へと押し倒した。

 

 

 

 

「これで、終わりだッ!! “獅子・千切谷(せんじんだに)ッ!!」

 

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」

 

 

 

 

 可能な限り腕を動かし、過剰ともいえる程の数の斬撃を“王直”へ飛ばす。

 

 

 コイツがなぜ私たちを狙ってきたのかは分からない。だが、そんなものは分からなくてもいい。

 

 

 私の仲間を害そうとした。

 “王直”を殺す理由なんて、それだけで十分だ。

 

 

 生気の宿っていない“王直”の姿――――……

 

 

「ハァ、ハァ、さらばだ、“王直”」

 

 

 

 

 

 斬撃の雨の中から出て来た“王直”には、生気は宿っていなかった。




今回のMVPは間違いなくカイドウ。

もしかしたら作者はカイドウが好きなのかもしれない。


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12.眠れる船の獅子

戦闘がある時と、戦闘がない時で筆の進む速度が段違い過ぎて……

戦闘シーンもっと勉強しないとなぁ……


 

 

「……」

 

 

 奇跡的に無事だったロックス海賊団の船だったが、シキと“王直”が暴れまくったせいで船内は荒れに荒れていた。

 

 部屋を仕切る壁なんてものはところどころ意味がなくなっており、二人の覇王色の激突のせいで陶磁器やガラス、鏡なんてものは軒並み使い物にならなくなっていた。

 

 

「おい、“金獅子”ントコのガキ。そこどきな」

 

「……」

 

 

 あの戦いで、“王直”は死亡し、シキは意識不明の重体となっている。

 

 ボロボロになった船内でなんとか無事だった部屋の一室で、シキはパトラの治療を受けて眠っていた。予断を許さない状況であったのは、医学に疎いカイドウでもすぐに理解できた。

 

 

『私を、信じてください』

 

 

 大切な仲間であるパトラにそう言われてしまったカイドウは、シキとパトラがいる部屋の前で三日三晩毎日見張りをしていた。

 

 弱り切ったシキを仕留めようと幾人もの海賊が部屋に攻めてくるのを一人で捌き、その体に多くの傷跡を残しながらもカイドウは一歩も退くことはなく、そこに鎮座している。

 

 

 しかし、先日仕留めそこなった海賊共が今日は以前にカイドウに敗れた連中を引き連れてやってきた。

 

 

 現在いる場所が北の海(ノースブルー)だとしても、船に乗っている海賊は殆ど新世界出身の強豪揃い。覇気を修めている者も多くいる。

 

 そんな奴らが20人ほどの集団で、一人の子供に襲い掛かろうとしているのだ。普通ならばその時点で逃げ出してもおかしくはないが、カイドウはそれでも動かない。

 

 

「……やるなら来い。叩き潰してやる」

 

「相変わらずムカつくヤツだな……今日という今日は殺してやるッ……!! 野郎ども!! やっちまえッ!!」

 

 

 自分の得物である『八斎戒』を構えて迎え撃とうとするカイドウだったが、その体は限界直前であった。

 

 異様なまでのタフさを見せるカイドウでも、連日新世界出身の強豪たちとほぼ休みなく戦っていれば消耗もする。彼を動かしていたのは、もうほぼほぼ『仲間を守りきる』という信念のみだった。

 

 

 

「死ねェッ!!」

 

「前回の恨みィッ!!」

 

「船長の首を獲る前に、お前の首も獲ってやるよォッ!!」

 

 

 

 剣、刀、斧、槌、様々な武器を持った海賊たちがカイドウに襲い掛かる。

 

 

(テメェの体が動かねェなら、コイツらが疲れ切るまでおれの体で受け止め続ければいい……!!)

 

 

 もう体が思うように動いてくれないカイドウが出した最後の手段は、自らがタンクになることだった。

 

 海賊を蹴散らすよりも難易度が高いというよりも、半ば自殺しに行っているような強行策ではあったが、その策が実行される直前に、その声はそこにいた海賊たち全員の耳に入った。

 

 

 

「――――揃いも揃って、みっともねェ真似しやがって」

 

「――――まったくだ」

 

 

 

 空間が割れ、雷鳴が轟き、海賊たちを蹂躙していく。

 

 カイドウが声の聞こえた方へ視線を向ければ、そこには自分の船長であるシキがよく話していて、自分の修行相手でもある二人の海賊が立っていた。

 

 

「ニューゲート……リンリン……」

 

 

「クソ生意気なガキが、いっちょ前に覚悟見せやがって」

 

「海賊の世界に仲良しこよしはねェが、おれの子供たちが涙ながらに訴えて来たとなりゃ、親のおれが応えないでどうする」

 

 

 そして二人は笑みを浮かべながら、「そして」と続ける。

 

 

「「アイツがいなくなったら、酒盛り(お茶会)をするヤツがいなくなるからな。グラララララ(ママママママ)!!」」

 

 

 きっとそれは、シキが積み上げて来た人望と信頼。この船に於いて最高戦力ともいえる二人の大海賊を()()()()()()()、シキの人となりが為せる技。

 

 

 

「お()ェは下がってなカイドウ」

 

「こっから先は、おれたちがここを見といてやる」

 

 

「…………すまねェ、な」

 

 

 

 『八斎戒』を杖代わりにして、ふらふらとした足取りをしながらカイドウは部屋の中へ消えていく。

 

 そして、中に入った途端にバターンとぶっ倒れて、パトラの悲鳴が聞こえるところまで、外の二人は見聞色の覇気を使って眺めていた。

 

 

 

「あのガキも、随分と変わりやがった」

 

「シキのヤツが育て上げたんだ。どんな頑固者だって、シキの前じゃ骨抜きにされちまうのさ。

 ウチの子だって、シキの前じゃ泣きもしない」

 

 

 

 シキの部屋の最強の門番。

 

 その日から、シキの部屋に手を出そうとする不届き者はいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!!」

 

「あ、起きましたか? カイドウくん」

 

 

 そこから丸一日経って、カイドウが目を覚ました。

 

 机に置いてあるノートに向かってペンを走らせていたパトラが近寄ってきて、カイドウを包み込むように『ROOM』を展開させると、カイドウは驚いたように目を開いた。

 

 

「パトラテメェ、能力者だったのか」

 

「はい。色んな人から狙われる能力だったので、シキさんから隠すように命じられていましたが……

 今のカイドウくんには、隠す必要性はあまり感じられないので」

 

 

「……そうか」

 

 

 起きたカイドウの容態を手早く確認したパトラに、カイドウは質問をぶつけた。

 

 

「それで、船長は?」

 

「……まだ、眠っています」

 

 

 カイドウが立ち上がって、部屋の中にあるベッドを見れば、そこには目を閉じて規則正しく息をするシキの姿があった。

 

 

「そういえば、カイドウくんにはまだ容態を説明してませんでしたね。

 ……内臓の複数が損傷、背骨、肋骨、他6か所の骨折、大量の失血。正直、生きているのが奇跡のような状態です」

 

 

 既にあの戦いから一週間近く経過しようとしているが、それでもシキが起きる様子はなかった。

 

 

「あ、これ、外で見張り番をしてくれてる“白ひげ”さんのところに持って行ってくれませんか?」

 

「あァ? ……仕方ねェ」

 

 

 パトラから手渡されたのは、得意料理であるサンドイッチ。

 どうやって作ったのか聞くまでもなく、部屋の奥には食料の入った箱が置いてあった。恐らく“白ひげ”かリンリンに持って来てもらったのであろう。

 

 

 カイドウがそれを持って部屋から出ると、“白ひげ”は扉近くの壁に背を預けて、『むら雲切』を肩に掛けながら胡坐をかいて座っていた。

 

 

 サンドイッチを座っていた“白ひげ”の傍に置いて、カイドウは“白ひげ”と扉を挟んで反対側に座る。

 

 

「……もう怪我はいいのか?」

 

「あァ……ウチには名医がいるからな」

 

 

「あの娘か。お()ェの治り方を見るに、『悪魔の実』の能力者だってのは推察できるな。

 それに、シキのヤツが隠せっていうくらいには厄介、あるいはそれに準ずるモノだってのも分かる。

 隠し通したいんだったらもうちっと真面目にやらねェと、おれみてェなヤツに見抜かれるぞ」

 

 

 サンドイッチを頬張りながら、“白ひげ”はパトラの能力に関することを大方当てて見せた。

 

 カイドウは表には出していないものの、かなり焦っている。

 

 

 その様子を見た“白ひげ”は、大声で笑い始めた。

 

 

グラララララッッ!! 別に誰にも言いやしねェよ。

 そんぐれェの常識くらい備えてらァ。お()ェも、顔に出しこそしなかったが、内心焦りまくってるだろう? ガキの癖にいっちょ前だと思ってたが、まだまだだな」

 

 

「テメェ!! ぶっ飛ばすぞコンチクショウ!!」

 

 

 “白ひげ”におちょくられたカイドウは怒りを露にするが、戦いに発展するまでもなくそれを収めた。

 

 今のが自分の実力不足だというのは理解していたし、何よりここで“白ひげ”に八つ当たりしても意味がないことくらい分かっていたからだ。

 

 

 用意されたサンドイッチの最後の一つを口の中へ入れた“白ひげ”は、「美味かった」と満足そうな顔を浮かべて、

 

 

 

 

 

「まァ、さっきのはハッタリだったんだがな。

 お()ェの焦り具合を見て、ただの箱入り娘じゃねェことは確認できた。礼は言っておくぜ」

 

 

 

 

 とカイドウへ向けて言葉を放った。

 

 

 

 

 

「…………テメェ!! やっぱぶっ飛ばしてやるッッ!!!」

 

 

 

 

 

 カイドウはキレて“白ひげ”に襲い掛かったが、手も足も出ずにあしらわれたらしい。




恐らく本小説で『カイドウくん』が『カイドウ』になることはないですね。

原作のあの怪物からヤバい思想取ったらただの気のいいおっさんにしかならないので。


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13.海軍襲来

評価、お気に入り、コメントありがとうございます。励みになります。


 

 

「『“金獅子”と“王直”による仲間割れを確認』……か」

 

「あァ。ロックス海賊団が北の海(ノースブルー)から動かないのも、恐らく“金獅子”がダウンしたからだろう」

 

 

 『対ロックス海賊団特別部隊』のトップであるセンゴクの部屋に集っていたのは、同じ特別部隊に配属されたセンゴクの同僚であるガープとゼファー。

 

 ガープが報告書に書かれた文字を読み上げ、ゼファーがそれに対する見解を述べる。

 

 大将こそ所属していないが、三人とも将来は大将になることは間違いなしと太鼓判を押されている人物。

 そんな人物たちが全員この特別部隊に所属していることからも、ロックス海賊団の脅威は大きなものであると言えよう。

 

 

「おれァとっととロジャーのヤツをとっ捕まえに行きたいんだが……」

 

「気持ちは分かるが、今はロックスの方が優先だガープ。

 奴らは同じ海賊。捕らえるべき悪ではあるが、堅気には手を出さないロジャーと、罪のない一般人を容赦なく殺すロックスとでは優先度が違う」

 

「ぐぬぅ……」

 

 

 無鉄砲で猪突猛進なところもあるガープだが、ただの馬鹿ではない。

 海の平和を守る正義の軍隊として、早急に対処するべきこととそうでない事の区別位はできるのだ。

 

 ガープは歯を食いしばりながらも「……分かった」と渋々頷き、手に持っていたロックス海賊団に纏わる資料や報告書に再び目を落とした。

 

 

「奴らの狙いは、恐らく世界政府の転覆。執拗に政府関連の施設がある島を狙っていることからもそれは明らかだろう」

 

「ロックスが世界政府を打倒して王となれば、その配下である自分たちにも恩恵がある……アイツらはそういう纏まりって訳か」

 

 

「……なら、やることは一つだろう。奴らが北の海(ノースブルー)から動けない今、おれらで袋叩きにしてしまえばよい」

 

 

 ガープはそう提案するが、海軍の敵は何もロックス海賊団だけではない。

 

 世界各地に海賊が散らばっている以上、海軍の多くの戦力をそちらに割いてしまえば他の海賊の対処が出来なくなってしまう。海軍の全戦力をぶつければ十中八九ロックス海賊団には勝てるだろうが、そんなことなど()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

 

「ガープ、残念だがそれはできん。我々海軍の敵はロックス海賊団だけではないんだ。おれら三人で出る事だって――――」

 

「おれが行こう」

 

「……ゼファー?」

 

 

 センゴクの言葉を遮って、ゼファーが声を上げる。

 

 三人同時に出れなくとも、この中から誰か一人出るだけでもそれは強大な戦力になり得る。

 

 

「センゴク、軍艦を手配してくれ。おれ一人じゃ全員捕まえきれんとは思うが、奴らの戦力を大きく削るくらいはしてこよう」

 

 

 鍛え上げた武装色の覇気をその極太の腕に纏わせて戦う姿から、“黒腕”の異名をとる海軍の有望株であるゼファー。

 

 『正義』の文字が背中に刻まれたコートを羽織り、センゴクの部屋から退出していく。

 

 

 

「……私だ。センゴクだ。……軍艦を5隻手配してくれ。指揮はゼファーが執る。頼んだ」

 

 

 

 部屋に残ったセンゴクとガープは、ゼファーが一人で行ったことに対して何ら疑問を挟まない。

 なぜなら、共に訓練兵時代を乗り切ってここまで来た同期の事を、今更心配などしないからだ。

 

 

 書類を机の上に置いたガープは、懐から煎餅の入った袋を取り出すと、その場でバリバリと食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ナチュラルに私の部屋を汚すなッ!!!」

 

 

「ぶわっはっはっはっはっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他の海とは違って気温の低い北の海(ノースブルー)の海域。

 

 見張り番として来ていたリンリンと手合わせをしていたカイドウは、ふと気になってリンリンへ尋ねた。

 

 

「なァ、おれたちはいつになったらこの寒ィ所を抜けるんだ?」

 

 

 ロックス海賊団は、もう暫く北の海(ノースブルー)から抜け出していない。そろそろ移動しなければ海軍に見つかって包囲されるであろうことは、まだ海賊として半人前のカイドウでも分かることだ。

 

 それなのに、他の海域に抜け出そうとしないロックス海賊団の船に疑問を持ったのだ。

 

 

「はぁ……お前には、戦闘の前にこの世界の常識について教えなきゃならないようだね」

 

 

 呆れて溜息を吐いたリンリンは、「やってられない」とばかりに剣に変形していたナポレオンを二角帽に直すと、カイドウへ説明を始めた。

 

 

「まず大前提として、この海にゃ五つの海域が存在する。東の海(イーストブルー)……」

 

 

 この世界にある海の説明に始まり、それを隔てる大陸と何もない海域の話をし、それらを越えるためにはどうすればいいのかという話。

 

 

 途中から飽きてあまり話を聞いていなかったカイドウだったが、

 

 

「あー、つまりあれだ。この船の進路はウチの船長に頼りっきりだったって訳か」

 

「そういうことさ。シキがダウンしてる今、この船は赤い土の大陸(レッドライン)も越えられなければ凪の海(カームベルト)も越えられない。つまり、半ばこの海に幽閉されてるって訳さ」

 

 

 この現状が長引けば、今はなんとかごまかせている海賊たちもいずれロックスに対して不信感を抱き、次々に離反していくだろう。

 

 そうならない為にも、早くシキが目覚めるか、どこかで船を修理してリヴァース・マウンテンを越えなければならない。

 

 

「じゃあ、この船は実質的に船長のモンって訳だな」

 

「……カイドウお前、そんなヤツだったか?」

 

 

 笑みを浮かべて得意げなカイドウに、リンリンがジト目を向ける。初めて相対した時はもっと狂暴なヤツだと思ってたんだが……とリンリンが考えていると、遠くの方から強い気配を感じてそちらに顔を向ける。

 

 

 幾らか遅れてカイドウもそれに気付き、海の方へ視線を向ければ、遠目に見えるのは――――海軍の軍艦。

 

 

 

 

「あれは……本部の奴らだね。骨のあるやつの気配がする。

 やっぱり、ここに長く居すぎて目を付けられたみたいだね」

 

「……お前やニューゲート、船長並みのヤツの気配がするな」

 

 

 

 遠くに見えた軍艦に乗っている人物の戦力を計っていると、船内がにわかに慌ただしくなる。

 

 海軍の接近に気が付いた船員たちが、それに対処しようと大砲の準備などを始めたのだ。しかしそれらの声に焦りはなかった。

 

 何せ、海軍の軍艦などこれまでに何十隻と沈めて来たのだ。今更何を恐れるのだろうか、という傲りである。

 

 

 

「馬鹿な連中だ。相手との力量も計れねェのか」

 

「……カイドウ、ここは任せたよ。おれは迎撃に当たる――――……って、ありゃなんだ……?」

 

 

 

 シキの部屋の番をカイドウに任せて、他の幹部たちと合流しようとしたリンリンは、海軍の船から飛び上がった人影を見た。

 

 

――――溢れかえる強大な覇気の流動を感じ、リンリンの額に冷や汗が流れる。

 

 

 黒い雷が海の上で轟き、それの発信源であろう覇気を纏った拳は、大きく振りぬかれていた。

 

 

 

「まずいッ!! 来るよッ!!」

 

 

「あァッ!!?」

 

 

 

 

「――――ッ!! ゼウスッ!! プロメテウスッ!!」

 

「「は~い、ママ」」

 

 

 

 咄嗟に不味いと判断したリンリンが、眷属である雷雲と太陽を呼び寄せ、船を守るように展開させようとしたが、

 

 

 

 

「――――リンリンッ!! おれがやる……!!

 

「“白ひげ”……?」

 

 

 

 

 そこへ、“白ひげ”が拳にグラグラの能力を纏わせながら飛んでくる。能力であの攻撃を受け止めるつもりなのだろう。

 

 

「ありゃァ、海軍本部中将“黒腕”のゼファーに違いねェ。

 『悪魔の実』の能力なしであの強さ。大将共の立つ瀬がねェな」

 

 

「まったくだね……ゼウス! プロメテウス! 退()いてな。巻き込まれちまうよ」

 

 

 リンリンの言葉に「ひょぇ~っ!!」と怯えながら、二体のホーミーズは素早くリンリンの後ろへと引っ込んでいく。

 

 

 

 

 

 

 そして――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「グララララ……来るぞ……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで沈んでくれるなよ海賊共ォ……ッ!!!

 

 

 

 

 

 〝スマッシュ・ブラスター〟ァァァッッ!! 」

 

 

 

 

 

 

 空を切った右拳から、あまりにも凄まじい黒雷を纏った衝撃波が拡散していく。

 

 

 それは後に、『四皇をも沈める威力』と言わしめるプロデンス王国の“戦う王”、エリザベローⅡ世が放つ〝キングパンチ〟と同等か、それ以上の威力のものであった。




劇場版キャラは設定を幾つも盛れるからいいわぁ……


ゼット先生ほんと好き。

だから滅茶苦茶盛っても問題ないよね?


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14.海を覇する技

昨日のフィルムZは皆さん見ましたか? やっぱり最近の映画みたいに巨大な敵と戦うのもいいけど、Zの等身大バトルも熱くていいですよね。


 

 

「やはり、想像以上だなァ……ロックス海賊団!!」

 

 

 敵船に放った衝撃波が相殺されて霧散したのを見て、ゼファーは笑みを浮かべる。

 

 

「これァ、一筋縄じゃいかねェな……海軍!!」

 

 

 それと同じくして、相殺した衝撃波の威力を文字通り肌で感じた“白ひげ”も、口角を上げた。

 

 

 

「だが、これじゃあ船が持たねェ」

 

 

 先ほどの余波で船の至る所に罅が入ったのを見て、リンリンがごちる。

 

 普通に戦えば負けることなど万に一つもないだろうが、この状況ではゼファーとの戦闘の最中に船が耐えきれなくなって沈む。そうなれば、最高戦力の殆どが能力者であるロックス海賊団はひとたまりもない。

 

 

「ハハハ……いつもなら正面切って叩き潰すところだが、今は状況が状況だ。ニューゲート、リンリン、後方は任せたぜ」

 

 

「……了解」

 

「……テメェに命令されんのは癪だが、今はンな事言ってる場合じゃねェしな。

 ゼウス、プロメテウス、やるよ」

 

 

 

 様子を見に来たロックスに殿を任され、“白ひげ”とリンリンは急旋回してリヴァース・マウンテンのある方へ進路を取った船の船尾に立ち、全速前進で近づいてくる海軍の軍艦を見据える。

 

 

 ――――その二人の後ろ姿を眺めていたカイドウは、まだ自分と“白ひげ”との間に隔絶した力の差があることに対して歯がゆく思い、拳を握っていた。

 

 

「――――カイドウくん!! 今のは……?」

 

「……海軍が攻めてきやがった。今回の奴らはいつもとは違うらしい。……おれじゃ、あの海兵にゃ勝てねェ」

 

「カイドウくん……?」

 

 

 そう言って、シキの眠る部屋に入ってくるなり片腕で腕立てを始めたカイドウに、パトラはストイックだなぁと微笑みながら部屋の扉を閉めた。

 

 外からは大砲の音と時折大きな衝撃波の音が聞こえてくるが、シキが信頼を置くあの二人が対処に当たるなら、余程の事がない限りは大丈夫であろうとパトラはカイドウの為に食料箱から食料を取り出して例のごとくサンドイッチを作り始める。

 

 

 こんな状況でも動じない辺り、パトラもかなり海賊、ひいてはロックス海賊団に染まってきたと言えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――……ぁ」

 

 

 

 

 シキの右手の小指が、僅かに動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうした海賊共ォ!! いつもみたいにおれたちを潰しに来ねェのかァッ!!?」

 

 

「それが出来たら遠慮なくやってらァッ!!

 

 〝雷霆〟ッ!!!

 

 

 

「“天候を操る海賊”……異名は本当のようだなァ!!

 

 〝スマッシュ・バスター〟ァァァッ!!

 

 

 リンリンがゼウスを通して発生させた巨大な雷の攻撃を、ゼファーは武装色を纏ったその腕一本で迎え撃つ。

 

 

 ぶつかり合った二つの攻撃は互いに拮抗しながらも、最終的には相殺されて消えた。

 

 それを見たプロメテウスは「ま、ママの攻撃が……」と唖然としている。今までその攻撃を受け止められる存在などごく限られた人物しかいなかった為、かなり衝撃的だったのだろう。

 

 

 そうこうしているうちに海軍の船はどんどんとロックス海賊団の船に近づき、あわや放たれた砲弾が直撃しそうになる場面も増えてくる。

 

 

 そういったものは“白ひげ”がグラグラの能力で飛んでくる前に爆発させたり、薙刀で斬り落としたりしているがそれだと対処が追い付かなくなるのは時間の問題だった。

 

 

 

「このままじゃジリ貧だぞ……!!」

 

「不味いね……ありゃあ……()()()

 

 

 

 “白ひげ”とリンリンが目線を向けた先には、六式の一つである“月歩”を使いながら、こちらに飛んで来ようとしているゼファーの姿。

 

 

「来させるかッ!! 〝震破(グラッシュ)〟ッ!!」

 

「〝スマッシュ・ボンバー〟ァッ!!」

 

 

 来させまいと“白ひげ”が放った衝撃波は、同じく武装色の覇気を纏った拳から繰り出される一点集中型の衝撃波に相殺される。

 

 

 そして、“月歩”で再び空を蹴ったゼファーは、そのままロックス海賊団の船へと降り立つ。

 

 

 

「海兵が乗り込んできたぞォ!!」

 

「取り囲めェ!! 蹂躙だァ!!」

 

「覚悟しろよ海兵!!」

 

 

 

 それを見た海賊たちが黙っているはずもなく。外の軍艦へ向かって大砲をぶっ放す人物たちを除いて、殆どの海賊たちが船尾に集まってくる。

 

 剣先が、銃口が、ゼファーへと次々に向けられるも、ゼファーの顔から余裕の笑みは消えない。

 

 

――――何か裏がある。

 

 

「アホンダラァ!! 今すぐここから――――……」

 

 

 離れろ、そう言おうとした時には、すでに遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い感じに集まってくれたなァ……――――〝スマッシュ・インパクト〟ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ビキビキッ!! バキィッ!!!

 

 

 

 

 ゼファーの鈍い青に光り始めた武装色を纏う両腕が、勢いよく床へと叩きつけられた。

 

 

 武装色の内部破壊が木造の船をぶっ壊し、ロックス海賊団の船の船尾部分が跡形もなく消し飛んだ。

 

 粉々になった木片が辺りに飛び散り、それを足場としていた海賊たちは突如足場を失って海へと真っ逆さまに落ちていく。

 

 

 ギリギリ攻撃の影響範囲から逃れた“白ひげ”と、ゼウスに乗って転落を免れたリンリンは、“月歩”をしながら不敵な笑みを浮かべるゼファーを睨む。

 

 

 もう船は、船として機能を果たさなくなってしまった。

 

 消えた船尾部分から船内にどんどんと海水が入っていき、船体が完全に沈むのに時間はかからないだろう。

 そうなれば、空を飛ぶことができるリンリンはともかく、飛ぶことのできない“白ひげ”や、眠っているシキは確実に海に沈んでいく。

 

 

 『戦力を大きく削る』どころか、ゼファーは敵船そのものを沈めてしまうことに成功してしまったのだ。

 

 

 

「“金獅子”と“王直”の戦いで船が痛んでいたのか、道理ですぐに壊れた訳だ。

 

 

 

 ――――ロックス海賊団!! ここが年貢の納め時だァッ!! 全員大人しく投降しろォッ!!

 

 

 

 完全に接近された海軍の軍艦に、海に落ちた海賊共が次々に引き上げられて拘束されていく。

 

 

 これでロックス海賊団は終わり――――。

 

 

 そう思っていたゼファーだったが、いつまで経ってもリンリンや“白ひげ”の反撃が来ず、船長のロックスも姿を現さないことに疑問を感じた。

 

 

 

「……どういうことだ――――……ッ!! まさかッ!!」

 

 

 

 沈み行く運命だったはずの海賊船が、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゼウスに乗ったリンリンも、浮かんでいく船に乗っている“白ひげ”も、その顔に浮かべていたのはしてやったりと言ったような笑み。

 

 

 

 

ジハハハハ……そのまさか、さ。“黒腕”のゼファー

 

 

 

「“()()()”……ッ!!」

 

 

 

 

 船の奥から歩いてきたのは、“金獅子”のシキ。このタイミングで最も目覚めてほしくない人物だった。

 

 

 

 

「グラララララッッ!!! 締まらねェ恰好で登場しやがって!! ……遅かったじゃねェか」

 

「ハ~ハハママママ!!! ほんとだよ全く!! ……心配かけさすんじゃねェよ」

 

 

 

「悪いな。生憎、まだ体が思うように動かなくてな――――」

 

 

 

 

 しかし、登場したシキは体中に繃帯を巻き、何より、

 

 

 

 

「――――カイドウを足替わりにさせてもらった」

 

 

 

 

 カイドウが肩車をしていたのだ。激戦で体が完全に癒えていないとはいえ、これほどまでに恰好の悪い復活の仕方はないだろう、とシキを乗せたカイドウは言葉に出さずに飲み込んだ。

 

 

「さて、海に落ちた連中はやろう。どうせ敵の思惑にまんまと嵌るような雑魚だ。いなくなったところで何ら影響はない。

 じゃあまたどこかで会おう。海軍」

 

 

「――――ッ!! 逃がすかァッ!! 〝スマッシュ・ボンバー〟

 

 

 

 すぐさま我に返ったゼファーが、ならば船ごと粉々にしてやる、と技を繰り出すと、間に割って入ったのはシキの能力によって浮かぶ板の上に乗った“白ひげ”と、ゼウスに乗ったリンリン。

 

 

 

「グララララ!!! 合わせろリンリン!!」

 

「テメェこそ、タイミングずらすんじゃねェぞニューゲート!!」

 

 

 

 

 あくまでも呉越同舟。同じ目的のために乗っているだけに過ぎない、本来なら話すこともないはずのヤツ。

 

 だが、それを繋ぎとめた一人の女が、二人にこの()()()()を放つことを可能とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「

〝  覇  海  〟 ッッ!!!

」」

 

 

 

 

 

「――――ッ!!!! なッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その波動は、ゼファーの衝撃波をいとも容易くぶち抜き、ゼファーを巻き込んで海軍の軍艦をぶっ壊し、水平線の彼方までぶっ飛んでいく。

 

 

 

 

 その様子を、シキとリンリンと“白ひげ”は、笑みを浮かべながら眺めていた。




ちなみにぶっ飛んでいったゼファー中将は、そのあと無人島に不時着して「やるなァ(ニヤリ)」と言ってます。バケモンです。何で気絶しないの???


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15.強さの秘訣

今更ですが、UA10万突破ありがとうございます!!

コメントも全部読ませてもらっています。励みになっていますので今後ともよろしくお願いします!


 

 

「ぶわっはっはっはっは!! 派手にやられたようだな! ゼファー!!」

 

「あァ。想像以上のやべェ集団だったぜ」

 

 

 海軍本部の医務室。

 

 ロックス海賊団に返り討ちにされたゼファーは、体中に傷を作り、繃帯を巻きながらもガープと共に笑い合っていた。

 

 ガープと共に見舞いに来たセンゴクとつるは、笑ってはいなかったものの、一先ず同期の無事に胸をなでおろす。

 

 

「“白ひげ”と“ビッグ・マム”の合わせ技か。おれのゲンコツで止めきれるかなァ」

 

「厳しいだろうぜ。おれが全力で〝スマッシュ・ブラスター〟を打って、どうにか威力を落とせるくらいだ。あれは」

 

「なるほど……じゃあ、おれがゼファーのなんちゃらスターを上回ってやろう!! そうすればおれがロックス海賊団をぶちのめしてロジャーに専念できる!」

 

「ほう、ならばおれもお前に負けないように鍛えなければな」

 

 

「ぶわっはっはっはっは!!」

 

「ははははははっ!!」

 

 

「お前らは危機感というものを持たんかッ!!!」

 

「ほんとに、こいつらは……」

 

 

 ゼファーとガープのマイペースな会話に、静かに話を聞いていたセンゴクは怒り心頭と言った様相だ。対してつるは、怒ってはいないが溜息を吐いて呆れていた。

 

 もはやそれも、いつもの光景だった。

 

 

「はぁ、軍艦三隻が沈没、海軍中将が痛手を負って敗走、世間からのウチらの信頼はもう急降下さね。

 ロックス海賊団からも逮捕者は大勢出たけど、海賊団が壊滅していない以上、どれだけ逮捕者が出ても民衆からの信頼は回復しない」

 

「……最後の大詰めで、“金獅子”が復活したのが響いたな」

 

 

 ガープとマイペース会話を繰り広げていたゼファーは、気持ちを切り替えて当時の状況を振り返る。

 

 「もしも」や「あの時」なんて酔狂な世界は存在しない、と毎度つるから言われているが、それでもゼファーは「もしも」と考えざるを得ない。

 

 

「そうだゼファー。敵船に乗り込んだのだろう? “王直”はどうだった?」

 

「“金獅子”の生存及びロックス海賊団残留は今話した通り確実だ。だが、あの時“王直”の姿は確認できなかった。

 見聞色で探ってみたりもしたが……それでもいなかった。つまり――――」

 

 

「離反したか、死んだか。という訳だな」

 

 

 ゼファーの言葉を遮って、ガープはいつの間にか取り出した煎餅を食べながら言葉を続ける。

 

 ロックス海賊団にこそ逃げられたものの、最高戦力の一人であった“王直”の不在の確証が取れたのは海軍にとってこれほどまでにないプラス要素であるのは確かだった。

 

 

 

 

「――――根回しは私がしよう」

 

 

 

 

 センゴクが椅子から立ち上がり、三人が彼へ視線を向ける。

 

 

「世界政府の転覆なんて、短期決戦でなければ成し得ない。海賊たちがロックスに従っているのも、きっと近いうちに世界が取れると信じているからだろう」

 

 

 何故新世界の荒くれ者たちが、誰かの下へついて海賊行為を行おうという事になったのか。

 

 それは、少しの間だけロックスの下にいるだけで何でも手に入り、何でもすることができるようになるからだろう、とセンゴクは結論を出した。

 

 

「“王直”がいなくなったことで、ロックスも焦っているはず。

 ……多く見積もって二年。それまでに、奴らは世界をひっくり返そうと仕掛けてくるだろう」

 

 

 最高戦力の一人であった“王直”がいなくなる、即ちこちら側の大きな戦力と戦う人物が一人減ったというのは、向こう側にとっては大打撃になっているはず。

 

 ならば、向こう側の動きは“王直”の分を補うように過激になり、そして最後には向こうの全戦力を以て政府転覆を仕掛けてくるだろう。

 

 

「ならば、我々もそこに合わせて海軍の全戦力をぶつけられれば、ロックス海賊団の野望を阻止することができる。

 

 そのためには、今から準備が必要だ」

 

 

「……難しいことはおれには分からんが、センゴク。お前に任せとけば大丈夫だろう」

 

 

 ガープが煎餅をゼファーに手渡しながらセンゴクへ笑顔を向け、センゴクもそれに応えるように歩き出す。

 

 ゼファーも声には出していないが、その瞳からはセンゴクへの信頼が感じ取れた。

 

 

「全く、これが男の友情ってやつかい? あたしには分からないね。ただ、同期として、アンタに任せたよ。センゴク」

 

 

 つるも、分からないと言いつつもセンゴクを送り出す。

 

 

 

 

 

 

 海軍の新星四人の絆は、全員共に中将になった今も健在であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝斬波(ざんぱ)〟ッ!」

 

 

 私が目覚めてから三週間ほど。

 今現在、ロックス海賊団は壊れた船の修理のために新世界にある造船所へ来ていた。

 

 

 漸く繃帯のとれた私は、リハビリがてら愛刀二振りを手に持って海水を切り刻み、浮かばせていた。

 

 

「どうですか、体は」

 

「ああ。問題ない。流石はパトラの腕だな」

 

「いいえ、私は特に……シキさんの自然治癒力が高すぎるだけかと……」

 

 

「それでも、私を治療してくれたことに変わりはないだろう? 改めて、ありがとう。パトラ」

 

 

 私がそういえば、パトラは顔を朱に染めて微笑んだ。それはさながら天女のような美しさで、私も少しばかり見惚れてしまう。

 

 すると、誰かがこちらへ歩いてくる気配を感じてそちらへ視線を向ければ、『八斎戒』を手にしたカイドウだった。

 

 

「どうだ、船長。体は動くようになったか?」

 

「ああ。パトラのお陰でな」

 

 

 私に問いかけたカイドウは、どこかソワソワしているように見受けられた。まぁ、そうだろうな。私が長いこと眠っていて、更にはここ最近リハビリでまともに動けなかったからな。

 

 

「私と()りたいんだろう? いいぜ。病み上がりだが、まだまだカイドウには負けないさ」

 

「ッ!! ……ウォロロロ!! 全力で行くぜ……ッ!!」

 

 

 私の『木枯し』と、カイドウの『八斎戒』がぶつかり合う。

 

 ふむ、私が病み上がりなのもあるが、カイドウも死闘を経験したのもあってかかなり実力が伸びているように感じる。これは、今まで通りに舐めてかかったら痛い目を見るかもな。

 

 

 

「〝斬壕(ざんごう)〟ッ!」

 

「〝雷鳴八卦(らいめいはっけ)〟ッ!」

 

 

 

 互いにパトラを巻き込まないように気を付けつつ、少しずつ戦いの舞台をドックがある島から、砂浜で繋がっている無人島の方へ移していく。

 

 

 最終的にはカイドウが気絶して終わったが、私としては良いリハビリになったし、カイドウのレベルアップを実感できたしで大満足であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 気絶したカイドウを引きずって歩いていると、道の先に見知った影が一つあった。

 

 それは、よく一緒にお茶をするリンリンの二番目の息子。ドーナツを頬張りすぎて口が裂けてしまったという変わった経歴を持つ男児。

 

 

「どうした、カタクリ」

 

「……」

 

 

 シャーロット家次男のカタクリは、俯いて何かを言いたげにしているが、中々言い出せないようだ。そういえば、前略奪した島からドーナツ持って来てたっけか。

 

 

「ドーナツ食べるか?」

 

「ほんとか!? ……って、そうじゃなくて!!」

 

「じゃあ、どうした?」

 

 

 一瞬揺らぎかけたが、どうやらそれ以上に大切な何かがあるらしい。

 

 

「ど……」

 

「ど……?」

 

 

 やっぱりドーナツが食べたいのだろうか。

 

 

「ど、どうやったらっ、シキ(ねぇ)みたいに強くなれるんだ!?」

 

「……へ?」

 

 

 自分の母親より年上なオバサンに向かって「(ねぇ)」はないだろう……じゃなくて、どうやったら私みたいに強くなれるか、か。

 

 普段はちょっと我儘で、人に何かを乞う事なんて滅多にしないカタクリが、私にそれを問いかけて来たという事はカタクリのその心を丸ごと変えてしまうような何かがあったのだろう。

 

 

 ただ、「私みたいに強くなりたい」と言うのであれば答えは簡単だ。

 

 

 現に、気絶して引っ張られているカイドウだって、その精神で強くなっていっているのだから。

 

 

 

「……ジハハハ、簡単さ。『自分の大切なモノ』を奪われないように、只管前向きに修行をしていれば、いずれ私みたいになれる」

 

「『自分の、大切なモノ』……」

 

 

 

 カタクリのあずき色のツンツンした頭を撫でながら、私はそう言葉をかける。

 

 私であれば『自由』を守るために。カイドウであれば『帰る家』を守るために、只管努力したのだ。

 

 

「それで『自分の大切なモノ』が奪われたんだったら……そん時は私を責めな。「お前のやり方じゃダメだった」ってな」

 

 

 そう笑いかけてやれば、カタクリの顔にも子供らしい相応の笑みが浮かび、「うん!」とこれまた元気な返事が返ってきた。

 

 

 帰るぞ、とカイドウを引きずっていた手とは逆の方の手をカタクリに差し出せば、彼は一寸も躊躇うことなく手を握り返してくる。

 

 

 

 その様子を見たパトラは満面の笑みを浮かべて微笑み、リンリンは呆れ顔をしながら「全くお前は」とため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シキ姉! 今日からよろしくな!!」

 

 

「……船長、なんだってリンリンんとこのガキがここに?」

 

 

 

「…………私が聞きたい」

 

 

 

 

 翌日から、私の手合わせ相手が、一人から二人に増えた。




ビッグマム海賊団からカタクリ取ったら戦力ガタガタになるので、流石にカタクリはあくまで一時的です。


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16.嵐の前の静けさ

昨日、日間ランキング二位にいた時は腰抜けるかと思った。

いや、ほんと、今まで執筆活動してきて初めて二位とか取れたので色々吃驚。


皆さん、ほんとにありがとうございます。


 

 

「〝雷鳴八卦(らいめいはっけ)〟ッ!」

 

 

「〝(ザン)(ギリ)(モチ)〟ッ!!!」

 

 

 

 カタクリが強くなるために私のところへ通うようになってから、既に一年以上経過していた。

 

 この一年間、特に大きな事件は起きておらずロックス海賊団は比較的安定して反政府活動を行っている。

 

 

 そのためリンリンから「おれからも頼むよ」と言われてしまい、カイドウと共に適度にしばき倒しているカタクリの面倒を見る機会が増えているのだが。

 

 

「…………へェ、やるようになったじゃねェか」

 

「兄弟たちの為に……ハァ、ハァ、おれも、負けてられねェ!!」

 

 

 普段ならば簡単に躱されるカタクリの〝(ザン)(ギリ)(モチ)〟が、カイドウの脳天に命中している。

 

 それでもカイドウには全く効いていないようではあるものの、それでも一年でカイドウに攻撃を当てられるようになるとは、かなりの進歩であろう。

 

 

 流石リンリンの息子と言ったところか。成長速度が異様に速い。

 

 

 能力の練度、武装色の硬度、見聞色の精度、どれも一年前とは比べ物にならない程にランクアップしている。

 

 正直、原作ではリンリンのところの最高幹部に居たことくらいしか覚えていないが、そのポテンシャルを秘めているとあらばまぁ妥当な成長速度なのだろうか。

 

 

「良い志だな。――――なら、もっと強くならなきゃなァッ!!」

 

「――――ッ!!!」

 

 

 蹴りを放ってカタクリと距離を取ったカイドウが、再びカタクリに迫って『八斎戒』を構える。

 

 まだ体勢の立て直せていないカタクリを、カイドウの『八斎戒』が容赦なくぶっ叩く……直前に、カタクリは武装硬化した腕を自身と『八斎戒』との間に差し込んだ。

 

 

「ぐあああぁぁッ!!」

 

 

 カタクリが何度かバウンドして吹っ飛んでいき、そして船の壁に激突して止まった。壁に傷跡がついてしまったが、剣の跡や銃の痕跡が至る所に残っているこの海賊船で、それを気にするなど今更だろう。

 

 

「…………ほぅ」

 

 

 壁にぶつかったカタクリは気絶しているものの、その体に目立った外傷はない。

 

 あの一瞬。カタクリが腕を差し込まなければ、カタクリはカイドウの『八斎戒』をもろに頭に受けて今頃は頭から血を流していたはずだ。

 

 

 カイドウのあの速度……見てから躱すことは不可能に近い距離と速度だったにも関わらず、カタクリは何とか防いでみせた。

 

 

 

「どうだ、カイドウ。最近のカタクリは?」

 

「面白れェ奴だ。この一年で驚くほど成長してやがる。あれは……化けるぞ」

 

「同感だな」

 

 

 

 僅か九歳にして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()カタクリ。

 

 是非とも私たちと共に海を冒険してほしい逸材だが――――……「おれの息子は、やらないよ」

 

 

「……………………分かっているさ」

 

「その割には、随分と躊躇ったねェ……?」

 

 

 気絶したカタクリをカイドウが担いでパトラの下へ運んでいくのを見ながら、不意に現れたリンリンへ迷った末言葉を返す。

 

 運ばれていくカタクリを見るリンリンの目には、大物海賊として常に厳しくあろうとする威厳と、血のつながった息子へ対する深い愛が感じ取れる。

 

 

 やはり、自身の子供というのは可愛いものなのだろうか。

 

 ……私には分かる時はこないだろう。

 

 

 

「カタクリは……おれの子供たちは、みんなおれの夢の為の『道具』さ」

 

「…………」

 

 

「ただ、それ以前に、アイツらはおれの血のつながった本当の『家族』。

 おれの我儘の為に生まれてきて、おれの子供だって、海賊だからって、何もできずに死んでいくことだけはさせたくない」

 

 

 

 本当にたまにではあるが、カタクリ以外のリンリンの子供たちも私やカイドウに挑みに来ることがある。

 

 そういう彼らはだいたいリンリンに無理矢理来させられた子たちなのだが、リンリンから「余計な手加減はするな」と念を押されているため、どれだけ怖がっていようが私たちは普通にぶっ倒す。

 

 

 最近、漸く恐怖心も薄れて来たのか、覚悟が決まった顔をしている子も増えてきたが、カタクリには遠く及ばない。

 

 

 

「まァ、これもおれの我儘なんだがな。だが、海賊ってのは自分の欲の為に生きてなんぼってもんだろう?

 できる限り強い子たちに育って、そんじょそこらの海賊なんかにはやられないような子供に育ってほしい。

 

 そのためにシキ。お前をダシに使っちまったのは悪いとは思っているさ」

 

 

「なんだ。そんなことを気にしていたのか?」

 

 

「……あァ」

 

 

 珍しくお茶会の事以外で私に話しかけて来たかと思えば、これである。

 

 『食いわずらい』や、育った環境もあってか少しだけ子供っぽいところもあるリンリンだが、彼女もしっかりとした『大人』で『親』で私の『親友』だった。

 

 

 

「急に悪かったなシキ。これからもおれの子供たちを頼むよ」

 

 

 

 こちらは振り返らず、後ろ向きで手を振りながらリンリンは立ち去っていく。私の部屋の方向に向かっていったから、恐らく部屋でカタクリの手当をしているであろうパトラにも同じことを言いに行きそうだ。

 

 

 

 と考えていれば、今度はまた違う客人がやってくる。

 

 

 

 トレードマークの白いひげは相変わらず健在で、長年愛用している『むら雲切』も年季を感じさせない威圧感を放っていた。

 

 

「懸賞金が20億にもなろうっていう海賊二人が、並んで辛気臭ェ話してると思えば……

 テメェのところで毎日伸されてるガキにでも感化されたかシキ」

 

 

「……そうかもな」

 

 

 船の甲板の手すり部分に背中を預ける私の隣に、ニューゲートがそこへ肘を置いて海を眺めるように並ぶ。

 

 きっとニューゲートの目には、沈んでいく太陽とオレンジ色に染まった空と海が映っていることだろう。

 

 

 

「……おれァ、『天上金』なんてモンが支払えねェから、海賊共に年中襲われる無法地帯で生まれた」

 

 

 

 ニューゲートの独白を、私は黙って聞く。

 

 その声には、どこか寂しさが含まれているように思えてならない。きっと、ニューゲートが連れている船員たちでも知らないような、彼の根本にかかわる話。

 

 

 

「おれは孤児で、馬鹿だが喧嘩が強ェくらいしか取り柄がなかったが、それでも島の連中はおれに優しくしてくれた。

 おれを、『家族』のように扱ってくれた」

 

 

 

 孤児であったニューゲートが長年欲し続けていたもの、それは『家族』。

 

 例えリンリン達のように血が繋がっていなくとも、心から信頼し合えて助け敢えて、愛し合えるような。そんな、家族なのだろう。

 

 

 

「『世界政府』を倒す、なんてガキみてェなことはもう考えてねェが、『家族』だけは、おれが死ぬまで作り続けたい。

 きっと世界には、おれみてェに『家族』に飢えてるヤツなんざごまんといるだろう。おれが、そんなヤツらの『親父』になってやりてェ」

 

 

「……なれるさ。ニューゲートなら」

 

 

「グララララ!!! まさかおれが場の雰囲気って奴に流される日が来るとはな。 ……だが、案外悪くはねェ」

 

 

 

 ちらりと横目で見たニューゲートの顔は、どこか晴れ晴れとしていて、背負っていた荷物が少しだけ軽くなったような、重荷がなくなったような顔をしている。

 

 

「おれァ、お前の能力が羨ましいんだぜ? シキ。堅気の人間を殺さずに済む、細かい調整の効く能力。

 おれの能力じゃ、どう足掻いても撃てば堅気が死ぬようなモンしか出せねェ」

 

 

 それは、ニューゲートにしては珍しい他者への羨望と弱音だった。

 

 彼が普段見せないような感情を向けられるほど、ニューゲートから信頼されていたのだと少しうれしくなるが、そんなのはニューゲートらしくないと思考を切り替える。

 

 

 私はニューゲートには、「おれに出来ねェ事はねェ」と不敵に笑っていてほしいのだ。

 

 

「――――なら、微調整ができるようにすればいい」

 

「そう簡単に出来たら、苦労は――――「何度でも試行錯誤すればいいじゃないか。ニューゲートらしくない」……お前」

 

 

 

 ニューゲートに目線だけ向けていた私の目と、ニューゲートの目が交錯する。

 

 

 

「だってお前は、“白ひげ”だろう?」

 

 

「――――……グララララ!!! あァ、そうだな。他人を羨んで研鑽を怠るなんざ、おれらしくねェ」

 

 

 

 再び海の方を向いてひとしきり笑ったニューゲートは、踵を返して船内へと戻っていく。

 

 その後ろ姿に、迷いはない。

 

 後に立派な『オヤジ』となる、偉大な男の背中がそこにあった。

 

 

 

 

「――――なァ、シキ」

 

 

「……? なんだ」

 

 

 

 

 ニューゲートが立ち止まり、私へ振り返る。

 

 

 

 

「おれも、リンリンも、カイドウも、テメェに関わって、テメェに賛同してくれる奴等は全員。

 シキ、テメェに会えて良かったと、本気で思ってるんだぜ」

 

 

 

「……ふふっ、なら、良かった」

 

 

 

 

 

 一人甲板に取り残された私。

 

 水平線に沈みかけていた太陽は完全に沈み切り、夜がやってくる。

 

 

 どうやら誰も、私の話は聞いてくれないらしい。

 

 

 どのみち、語るほどの話なんて持ち合わせていないから別に良かったのだが、それはそれで悲しく感じてしまう。

 

 

 

「帰るか」

 

 

 

 パトラとカイドウ、あとカタクリとリンリンもいるであろう自分の部屋へ帰る。

 

 不思議と、足取りはここ最近で一番軽かったように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロックス海賊団の船は、新世界の険しい山岳がある島へと、近づいて行っている。






次回――――……ゴッドバレー事件。


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17.ゴッドバレーの戦い

やっと原作イベントまで来れた……


 

 

 ゴッドバレーと呼ばれる島には、何かは分からないが天竜人が一家揃って旅行に来るほどには見栄えの有る『何か』があるらしい。

 

 天を衝くような切り立った岩山が数多く聳え立ち、反対に地面に入った亀裂は深淵に届くと思えるほどに深い。

 

 

「ハハハ……やっぱりそう簡単にはいかねェよなァ!! 海軍ッ!!」

 

 

 そんな場所で、アリの一匹も通さないと言わんばかりにゴッドバレーの地を踏みしめているのは、海軍。

 

 ガープ、センゴク、ゼファーは勿論、現在の三大将や元帥、その他の将校や将兵、雑兵まで、マリンフォードがすっからかんになっているのではないかと思えるほどに海軍の戦力が此処に集まっていた。

 

 

「少し前から様子がおかしいと思えば……まァ、大体察しはつく。

 ――――ここで、決まるんだろう?」

 

「あァ。今までおれたちが勝ち続けてこようが、ここで負ければおれたちの野望が果たされることはなくなる。

 だが、同時に目標はもうすぐ目の前にある。……気合いが入るぜ」

 

 

 ニューゲートとロックスが会話をしている最中にも、島の周りを囲んだ何十隻にも及ぶ海軍の軍艦が私達の海賊船を取り囲んでいく。

 

 空に浮かんでいるため、普通の大砲なら当たることはないが、なにせ海軍にはガープやゼファーと言った素手で大砲よりも速く弾を投げられる化け物がいる。油断はしてはならない。

 

 

「……この数、正面から相手するのは厳しいな。

 おれは先に目的を果たしに行く。テメェらは周りの海兵共を蹴散らしておけ」

 

「了解」

「……了解」

「「……」」

 

 

 私を含め、船首に集まっていたロックス海賊団の最高幹部の内、ロックスの命令に答えたのは私とニューゲート。

 その通りに動くだろうけれど、ロックスに従うのは気に食わないと返事を返さなかったのがリンリンと“銀斧”。

 

 

 

「……それじゃあ、まずは『選別』と行こうか」

 

 

 

 この先、地獄が広がることが確定したゴッドバレーで、まずは私達と同じ土俵に立てるかどうか。

 

 それを見極める為に、私達は島と、周りの海域全てに向けて覇王色の覇気を放った。

 

 

 

 それだけで、戦う力を持たない海兵たちは次々に倒れていく――――だが、

 

 

 

「へェ……意外と耐えるみたいだねェ」

 

「ゼファーが私達を襲ってきてから二年間、いやに海軍の精鋭が出てくる機会が少ないと思ったら……。

 おそらく、この二年で海兵たちのレベルを全力で底上げしていたんだろう」

 

 

 

 私達五人の覇王色で倒れたのは、全体の三割ほど。それも、そのうち二割ほどが軍艦の上に居た人たちであることから、戦う力を持つ人物とそうでない人物をうまく振り分けたらしい。

 

 

「ハハハ。お()ェらの負担が増えたが……関係なさそうだな」

 

 

「修行相手が増えた……そうだろう? カイドウ」

「あァ! 派手に暴れてやろうじゃねェか!!」

 

 

 だが、少なくとも私とカイドウには関係のないことだ。

 

 海軍の精鋭たちが私たちの為にわざわざマリンフォードを空にしてまで来てくれたのだ。それはつまり、私が初めて海賊になった時のような、命を落とす一歩手前のような戦闘ができるかもしれないということ。

 

 

「お前ら揃って戦闘狂だねェ……まァいいさ。おれもアイツらから(ソウル)を、奪えるだけ奪ってやろうじゃないか」

 

「グラララ!!! 久々に、全力で暴れてみるのも悪くはなさそうだ!!」

 

 

 

 

 

野郎どもォッ!! かかれェッ!!

 

 

海賊共を討ち取れェッ!! 正義の名の下にィッ!!

 

 

 

 

 

 ロックス海賊団の最後の戦いの火蓋は、切って落とされた。

 

 

 

「“金獅子”のシキを捕らえろォッ!!」

 

「雑兵にやられるほど、私は手加減してやれる自信はないな。

 〝獅子威し“地巻き”〟ィッ!!」

 

 

 

 飛ばしていた船を沿岸部分に下ろせば、船から降りる海賊とそれを防ぐ海軍とがすぐに激突した。

 

 私は能力で空を飛びながら島の中心部分に降り立ち、そして私にとびかかってきた海兵たちを今まで民間人にしていたような、非殺傷の技は使わず、一人残らず生き埋めにしていく。

 

 

 ロックス海賊団に所属したこの二年間で、私の能力の幅はかなり広がった。

 

 今まではこの〝獅子威し〟のように触れて浮かせたモノの粒子レベルに細かい操作は、自分を中心にして半径100メートルくらいの範囲でしかできなかったが、今は違う。

 

 

「うわっ!? 何だ、足元がっ!?」

 

「見ろッ!! 山が――――……崩れていくッ!!」

 

 

「ジハハハハッ!! これだけ人数がいるんだ。そう簡単に全員いなくなってくれるなよッ!!

 

 〝獅子威し・堕天(だて)巻き〟ィッ!!」

 

 

 ゴッドバレーの切り立った山々の粒子を全て浮かばせて、数百、数千に及ぶ獅子の顔を作り上げる。

 

 先ほど〝獅子威し“地巻き”〟を手始めに打ったのは、多くの海兵をあの獅子の顔面が呑み込んで生き埋めにしたところを見せるため。

 

 意味もなく逃げ惑うのなら、簡単に動きは予測できる。

 しかし動かなければいいという訳でもない。わざわざ腰を抜かして動けないヤツを狙わない程、こちらも優しくはないのだ。

 

 

 数多の獅子の顔面が海兵たちを襲っていく。

 

 海兵を飲み込んだ獅子はそのまま地面へと帰っていき、〝獅子威し“地巻き”〟の廉価版のような小さな柱を作り出す。

 

 

 もはや、それは蹂躙以外の何物でもない。怖さに駆られて逃げ出す、あるいは動けなくなった海兵はたちどころに飲み込まれ、戦う事を選んだ海兵も一つの獅子の頭を斬ったと思えば、その背後からすぐさま襲ってきた獅子に飲み込まれ、大きな土のアートとなっていく。

 

 

 

 

 

――――だからこそ、こんなに海兵を葬っているロックス海賊団の最高幹部の私に、海軍の最高戦力をぶつけないはずがないのだ。

 

 

 

 

 

 

「――――!! やっと来たかッ!!」

 

 

 

 

〝スマッシュ・ブラスター〟ァァッッ!!」

 

 

 

 

 バリバリ、と黒い雷が大気中に轟き、発生したとんでもない衝撃波が空に浮かぶ数多の獅子を全てただの土塊へと戻していく。

 

 無論、その渦中にいる私がその攻撃を受ければひとたまりもないことは明らかだ。

 

 

 

 

〝獅子舞い・衛防(えほう)巻き〟ッ!!」

 

 

 

 

 私の周りに集めた獅子の頭にはせずに残しておいた岩盤に武装色を纏わせて、私を討ちにやってきた海軍中将“黒腕”のゼファーの攻撃を防ぐ。

 

 

 覇気を纏った岩盤と、ゼファーが放った衝撃波がぶつかり合って暴風が巻き起こる。

 

 私の肌を撫でるゼファーの覇気の強さに、思わず笑みが零れる。

 

 

 自身の『自由』を守るために強さを欲していた私だったが、いつしか強さを身に着けるための死闘というものに悦楽を感じるようになったのだ。

 

 自分と相手、ほぼほぼ実力が拮抗しているようなヤツと戦い、どちらが強いのかを決する。

 ニューゲートやリンリンなんかとは決着がつかずに、酒盛りやお茶会になることも多いが、それはそれでいい。

 

 

 実に久々の、『強敵』との戦い。

 

 

 二年前、“王直”と殺し合いをしてからめっきりなくなってしまった、私のひそかな楽しみ。

 

 

「……ジハハ、流石は未来の海軍大将と言ったところか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()な」

 

 

 

 私とゼファーの激突の余波で、下でアートを作っていた土の柱は皆一様に崩れ、中に生き埋めにされていた海兵たちが地面へ放り出されている。

 

 私への牽制もあったのだろうが、ゼファーは私が防御をしてくることを読んできっとあの衝撃波を放ってきたのだと思うと、体のゾクゾクが止まらない。

 

 

 

 

「“金獅子”のシキ!! 二年前のあの時、お前は捕まえておくべきだった」

 

 

「……生憎、私は海軍に捕らわれる程弱くはない。それに、私のモットーは『自由』なんだ。インペルダウンに入って『不自由』な生活だけはしたくないのさ」

 

 

 

 

 私は能力で浮かびながら、ゼファーは“月歩”を使いながら空中でにらみ合う。

 

 

 

「フン、お前のその『自由』とやらで、一体何人の民間人が犠牲になってきた!? お前のその『自由』とやらは、今日、このゼファーが終わらせてくれるッ!!」

 

 

「私は民間人を殺した覚えはないんだけどね……そう言ったって信じてもらえないんだろう? ただ、向かってくるなら容赦なく叩き潰すッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝スマッシュ・バスター〟ァァァァッ!!!

 

 

 

 

 

〝獅子威し・“()巻き”〟ィィィッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーの拳と、私の武装色を纏った巨大な獅子の牙が激突して、またしても衝撃波が発生する。

 

 

 遠くから、ニューゲートが全力で大気を叩いた音が響き、リンリンがゼウスとプロメテウスとナポレオンの能力を全開放して暴れまわってる姿が見える。

 

 

 

 

 

 戦いは、始まったばかりだ。




ちなみに対戦カードは


シキ VS ゼファー
白ひげ VS センゴク
ビッグ・マム VS 中将軍団
カイドウ VS 手頃な将校


となってます。“銀斧”は描写がめんどくさいのでナシ!!


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18.人が空を舞う戦場

毎度毎度誤字報告してくれる方ありがとうございます。

私も一度できたものをプレビューで読んでいるのですが、やはり自分が書いたものだからか展開を知っているために誤字っててもあまり気付かないんですよね……。

学校のテストで「見直しをしろ」と言われても、自分の答えが合っているという固定観念があるから間違ってても気付かない現象と同じです。


……すみません、言い訳です。できる限り気を付けたいと思います。はい。


 

 

〝雷鳴〟ィッ!!」

 

 

 数多の海兵を吹き飛ばした金棒が振り上げられる。

 

 ロックス海賊団『見習い』なはずのカイドウは、この戦場において無類の強さを誇っていた。

 

 幼少の頃から戦場で戦わされ、拾ってくれたシキの船で六年間彼女に扱かれ、そしてロックス海賊団で二年間“白ひげ”や“ビッグ・マム”と言ったビッグネームと戦い続けたカイドウの実力は、海賊団に乗っている下手な海賊よりも洗練されたものだった。

 

 

〝八卦〟ェェッ!!」

 

 

「くっ!!? 〝鉄塊(テッカイ)〟ッ!!」

 

 

 バゴォーンッ!! と、凡そ人体から鳴ってはいけないような音が、辺り一帯を支配した。

 

 カイドウが金棒でぶん殴ったのは、海軍本部の『少将』。

 四式使いで、将来も有望な少将であったが、カイドウの一撃を受けて暫く歯を食いしばった後、白目を剥いて倒れた。

 

 

「モーブ少将!!」

 

「ウォロロロ……良い硬さだったが、まだまだ足りねェ。何もしてねェリンリンの皮膚の方がまだ硬いな」

 

 

 比べる対象が明らかに別次元だが、色々と価値観がぶっ飛んでいるカイドウはそれに気付かない。

 

 この強さで『見習い』だなんて、他の構成員や幹部たちは一体どんな強さをしているんだ、と海兵たちが震え上がるも、目の前の悪を捕らるべく海兵たちは決死の特攻を仕掛けていく。

 

 

「かかれェッ!!」

「力で駄目なら数で押し倒せェ!!」

「海軍の力を見せる時だ!!」

 

 

「『平和』を守るため……テメェたちがかかってくる理由はおれと船長が掲げる理念と同じだが……」

 

 

 四方八方から迫ってくる海兵たちを見て、カイドウは笑う。

 

 海兵が『平和』を奪われないために自分たちにかかってくることに対して、カイドウは少しは分かり合える点があるかもと嬉しくなるが、

 

 

「『強さ』がなくちゃ、守るモンも守れねェだろう!!??

 

 〝百鬼夜行〟ッ!!!」

 

 

 覇気を纏った『八斎戒』を的確に叩きつけながら、カイドウは襲いかかる海兵の群衆に向かって突っ込んでいく。

 

 水面を叩いたときに飛び散る水しぶきの如く、カイドウが金棒を叩きつけるたびに海兵たちが空へ舞う。そして重力へ引かれて再び地面に叩きつけられ、気を失っていく。

 その様子は、さながら人間の雨。

 

 カイドウの進撃は止まることを知らず、次々に海兵を蹴散らして突き進んでいく。

 

 

 

 こうしていれば、自分が危険因子だと判断されて―――、

 

 

凝縮拳(ぎょうしゅくけん)ッ!!」

 

「ッ!! ぬおぉぉぉぉおぉおおおッ!!?」

 

 

 強いヤツが倒しに来る……!!

 

 

 

 カイドウの狙いは的中し、背中に『正義』の文字が書かれたコートを羽織った海軍の将校がカイドウを殴り飛ばす。

 

 その威力をカイドウは地面に体重をかけて相殺し、自分を殴り飛ばした相手を見据える。

 

 

 

「ジナル中将!!」

 

「ロックス海賊団『見習い』……そうとは思えん強さじゃな。生かしておいては将来とんでもない大物になるじゃろう……

 貴様は今日、儂がここで倒す……!! 海の平和のために、危険因子は排除させてもらおう!!」

 

 

 

 

 ジナルと呼ばれた彼は齢79にして未だに最前線で活躍する海軍本部の中将であり、『ギチギチの実』を食べた加圧人間。

 

 白髪に染まった長髪を後頭部でひとつ結びにしており、その顔には長年の戦闘の中でついたと思われる一筋の剣の傷が残っていた。

 

 

 

「ウォロロロ!!! テメェからは強い気配がしやがる!!

 退屈にさせてくれるなよッ!!??

 

 〝金剛鏑〟ァッ!!」

 

 

「ッ!! 覇気をッ!? っ、〝加圧(プレス)圧縮壁(あっしゅくへき)〟ッ!!」

 

 

 

 カイドウの『飛ぶ打撃』と、ジナルの『圧縮された空気』がぶつかり、鈍い音が辺りに響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その遠くで、二つの衝撃波がぶつかり合い、周囲の地面を抉り取ばし、海兵と海賊問わず人間が宙を舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八衝道(はっしょうどう)衝拳(しょうけん)〟ッ!!!

 

 

瓦解(グラック)〟ッ!!!

 

 

 

 二つ名の通り、『悪魔の実』の能力で仏と化したセンゴクの衝撃波と“白ひげ”の震動がぶつかり合う。

 

 地面がめくれ上がり、二つの衝撃波のぶつかり合いの中心から発生した暴風が、人を質量など持っていないと言わんばかりに吹き飛ばしていく。

 

 

 辛うじて耐えることのできた海軍の将兵たちも、その戦いを遠巻きに眺めることしかできない。

 

 向かえばセンゴクの邪魔になることは分かっているが、それよりももっと単純に、ぶつかり合う強大な覇王色によって近づけないのだ。

 

 

 あそこへ向かえば、問答無用で意識を失う―――そういう理性的ではない、本能的な部分でそれを感じていたために、彼らはセンゴクを信じて眺めることしかできなかった。

 

 

「グララララッ!! 久しぶりだなァ、センゴク!! この島のこの警備……お前の差し金だろう?」

 

「貴様と話す事など何もないッ!! “白ひげ”、貴様はここで捕らえる!!」

 

 

「連れねェ事言うじゃねェか!!

 震破(グラッシュ)ッ!!!」

 

 

〝八衝道・衝獅(しょうし)ッ!!」

 

 

 “白ひげ”は笑みを浮かべながら、センゴクは険しい顔をしながら互いに攻撃をぶつけ合う。

 

 

 敵とはいえ、両者はかれこれ十年以上の付き合いになる者同士。それに、どちらも頭のきれる者として互いを認知しているのだ。

 

 それ故に互いの動きの癖なんてものは熟知しており、そのため実力は拮抗し中々決着はつかない。

 

 

「ぬんッ!!」

 

「うおぉッ!!」

 

 

 二人の攻撃がぶつかり合うたびに、周囲一帯の地形が大きく変わる。

 

 そうして攻防を続けていた二人だったが、突如ものすごい勢いで迫ってきた何者かの気配に気が付き、そしてそれが攻撃の構えをとっていることを察知して即座に距離を取った。

 

 

 

 

「―――〝()()〟ッ!!」

 

 

 

 

 つい先ほどまでセンゴクと“白ひげ”が立っていた場所を、一筋の巨大な斬撃が突き抜ける。

 

 そして二人とも、この攻撃を放つことのできる人物を一人だけ知っていた。

 

 

 麦わら帽子をかぶり、その右手に握られているのは『最上大業物』の一つである最高級のカトラスである『エース』。

 

 現在ロックスと交戦中であるガープの宿敵であり、“金獅子”、“白ひげ”、“ビッグ・マム”などと並んで“鬼”の異名をとる大物海賊。

 

 

 

「ロジャー……なんでここにテメェがいやがる……?」

 

「ゴール・D・ロジャー……!!」

 

 

「わはははは!! 世界最恐とも言われる『ロックス海賊団』と海軍の殆どがこんな島で祭りをやってると来ちゃ、いかねェ道理はねェだろう?

 ……まァ、本当はここに来たのはロックスに仲間をやられたからだがな」

 

 

 

 よく見てみれば、島の沖にはロジャー海賊団の船が停泊しており、ロジャー海賊団の面々が辺りの海兵と戦っているのも見て取れた。

 

 ロジャーは『エース』をカチャリと鞘に収めると、「さて」と覇気を滲ませながら二人に問いかける。

 

 

 

「―――ロックスは今、どこだ?

 

 

 

 怒りに満ち溢れ、今にも暴れ出してしまいそうな猛獣のような雰囲気を漂わせているロジャーに、センゴクも“白ひげ”も思わず冷や汗が流れ出る。

 

 ロジャーが新世界入りしたころからの長い付き合いである“白ひげ”でさえ、こんなにも怒り狂っているロジャーは見たことがなかった。

 

 

 

「……島の中央部よりさらに奥、巨大な渓谷の下にある巨大遺跡で、大将三人及びガープと交戦中だ」

 

「おう、そうか! ありがとよセンゴク!」

 

 

「……」

 

 

 

 海賊は全員捕らえるべき悪だと断じているセンゴクであるが、状況が状況。

 

 ロジャー程の海賊がロックスを倒したいと言っているのならば、むしろ手を貸してもらった方が好都合だと合理的に判断を下し、ロックスのいる場所を示した。

 

 

「センゴク、お()ェ……」

 

「あくまでも海賊の同士討ちを促しただけだ。事が終われば、貴様もロジャーも、全員インペルダウンへぶち込んでやる」

 

 

 

 センゴクの嘘偽りのない言葉を聞いて、“白ひげ”は笑って『むら雲切』を構える。

 

 

 

「……グララララ!! 安心したぜ。―――水差されちまったが、続きと行こうかァ?」

 

「言われなくとも、貴様をここで討ち取らなくてはならないからな。行くぞッ!!」

 

 

 

 静謐に包まれていた戦場が、再び揺れる。

 

 

 

 

 

 

 

 『島の中央部より奥』―――そうセンゴクに伝えられたロジャーは、愚直にそこを目指して一直線で進んでいく。

 

 

「待ってろよロックス……!! お前は絶対におれがぶっ飛ばしてやる……!!!」

 

 

 ロジャーが走っていくその先では、岩盤でできた巨大な獅子が吼え、黒い衝撃が迸る。

 

 

 

 

「……お? ありゃあ、何だ!? ライオン……!!?」

 

 

 

 

〝獅子威し・破流(はる)巻き〟ィッ!!」

 

〝スマッシュ・ボンバー〟ァッ!!」

 

 

 

 黒い鎧をまとった岩盤の獅子の奔流と、黒い鎧をまとった拳の波動がぶつかり合う戦場で。

 

 

 

 

「―――ッ! お前は……!!」

 

「なぜここにお前がいるッ!! ゴール・D・ロジャーッ!!」

 

 

「よォ、ゼファー!! 久々だな!! そしてお前は……うわさに聞く“金獅子”だな?」

 

 

 

 

 “金獅子”と“鬼”は、初邂逅を果たしたのだった。




・モーブ少将
 カイドウくんにやられた、映画とかでよく見る「鉄塊!!……ぐぼぁ」おじさんと同じ役回りのモブ。出番は二度とない。


・ジナル中将
 本名はオーリ・ジナル。オリジナルのジジィ中将。この戦いで生き残ったとしてもエッド・ウォー辺りまでには歳で死んでる。ギチギチの実の設定は元々考えていたが、オリキャラを出す場面があまりないのでこの人に食べさせた。


・センゴクの技
 元ネタは仏教の教えの一つである『八正道』から。
 『正見(しょうけん)』、『正思(しょうし)』、『正語(しょうご)』、『正業(しょうごう)』、『正命(しょうみょう)』、『正精進(しょうしょうじん)』、『正念(しょうねん)』、『生定(しょうじょう)』の八つからなる。

 作者が仏教学校に通っていたのでセンゴクさんの技名設定はやりやすかった。


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19.“鬼”からの勧誘

ゴッドバレー終了まであと2、3話くらいかも。


 

 

「そしてお前は……うわさに聞く“金獅子”だな?」

 

「……あぁ、そうだが」

 

 

 先ほどまで暴風が吹き荒れていた戦場が、一気に静まり返る。

 

 それもこれも全部、いきなり目の前に現れたこの男、ゴール・D・ロジャーのせいなのだが。

 

 

 もうおおまかな概要しか思い出せなくなってきている原作でも、決して忘れることのできない存在感を放っていた男。後の“海賊王”にして、『大海賊時代』の幕開けを促した男。

 

 

 今はまだ最後の島に辿り着いていない為、“海賊王”ではなく“鬼”の異名で呼ばれているが、その力はニューゲートやリンリンに匹敵する凄まじいものであることは気配からして分かる。

 

 

「ロジャー……貴様もしや、ロックス海賊団の仲間だったのか!!?」

 

「わははは!! そんなわけあるか。

 おれァ、アイツに仲間をやられたんだ。その落とし前をつけるためにわざわざこんな祭りの中突っ込んできたのさ」

 

 

 ロジャーがこの島に来ることは……原作でも、そうだった気がする。

 

 ガープと手を組んでロックスを倒す……んだったっけか。もう細かいことは忘れてしまった。

 

 

 ただ、このままロジャーを見逃してロックスの下へ行かせてしまえば、ロックス海賊団はここで終焉を迎えるだろう。

 

 

 ガープとロジャーを相手にするなんて、ロックスでも無理だ。

 

 それに、今はただでさえ海軍の三大将を相手に戦っているのだ。体力もかなり削られているだろう。そこへガープとロジャーのタッグなど、絶対に勝てるわけがない。

 

 

 ゼファーとロジャーを相手にするのは少々骨が折れるが、ここは足止めをして―――とは、考えない。

 

 

「そうか……なら、とっとと行けばいい」

 

「……!? お前、ロックス海賊団なんだろ? 止めないのか?」

 

「ロックスが勝とうが、お前が勝とうが気にすることではない。私は……この海で『自由』に生きられればそれでいい」

 

 

「―――ッ!! わっはははは!! そうか!! よぅし……」

 

 

 私の返答に大笑いするロジャーと、私とロジャーの会話をただ静観するゼファー。

 

 

 そして、ひとしきり笑ったロジャーは私の目を見ながら―――

 

 

「“金獅子”……おれァお前を気にいった!! おれの船に乗れ!!」

 

 

「……ハァ!?」

 

 

 なんとも素っ頓狂な提案をしてきた。

 

 私はただただ困惑。ちらりと横目で見たゼファーも黙ってはいるが驚いているようだった。

 

 

「断る。なぜ私がお前の船に乗らなければならない?」

 

「『自由』を愛せる奴ってのは、この海にゃ少ねェ。ただお前は、本当に『自由』を夢見て『自由』を愛している……ように見えた!! それだけで十分だ!!」

 

「それを決めるのも私の『自由』だろう? 断ると言ったら断る」

 

 

 私の言葉を聞いたロジャーは、ポカンとした顔をした後、「それもそうだな!! わはははは!!」と再び大口を開けて笑い始めた。よく分からないヤツだ。

 

 

「それもそうだな!! じゃあ諦める! そんじゃあ、おれは行くぜ。じゃあな“金獅子”、ゼファー!!」

 

 

 来た時と同じような速度で戦場を全力疾走していくロジャーを見ながら、私とゼファーはため息を吐いた。

 

 本当に台風のような男だ。

 突如として現れて、場をかき乱して去っていく。さりとてその実力は本物。

 

 

「ロックスじゃ、勝てないな」

 

「……貴様、仲間を見捨てるのか?」

 

 

「まぁ、そう言う事だな。尤も、ロックス海賊団に仲間意識なんてものはないけどな。

 あるのは……ニューゲートやリンリンくらいか。ロックスが勝とうが負けようが、結果的に私は『自由』にやらせてもらう。

 

 それが、私の信条なんでね」

 

 

 束縛されていたあの家と、迫害されていたあの環境から抜け出した私が見た、あの広い大海原。

 

 只管に抑圧されていた感情が心から溢れ出して、止まらなくなったあの景色。

 

 

 この世界を自由に駆けまわれたら、どれほど楽しいかと思った。そして、それは実際に楽しいものだった。

 

 

 だから、私の『自由』の障害にならない限り、誰がどこで何をしようが私に関係ない。今回の戦争だって、同じことだ。

 

 

「ただ……」

 

「……?」

 

 

「『自由』に過ごすためには、強さがなくてはならない。

 だから、強いヤツと戦って鍛えなきゃならない……そうだろう? ゼファー」

 

 

「……ハハハハハ!!! そうだなァ!! さァ、続きと行こうかァッ!!」

 

 

 静寂を保っていた戦場が、再び激化し始める。

 

 

 私とぶつかり合うゼファーの表情は、先ほどよりどことなく楽しそうなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“金獅子”のシキ……ハハッ、面白ェ女だぜ」

 

 

 ニューゲートの野郎から度々話を聞いていた『変なヤツ』。

 

 だが、いざ話をしてみればアイツは誰よりも『自由』を愛するヤツだった。

 

 

 是非とも共にこの海を渡ってみたい。酒を飲み交わして話し合ってみたい。いつもなら強引に仲間に誘っていたところだが……アイツの本気を感じて、おれは引き下がることしかできなかった。

 

 

 きっとアイツの『自由』は、アイツの深いところ……アイツをアイツたらしめる所からきているモンだろう。

 

 

 おれの船に乗らないならそれでいい。ニューゲートみたいに海で出会えば剣を交わして酒を飲み、共に朝まで語り合えばいいだけのこと。

 

 

 ―――! おっと。

 

 

 

「こいつは……海軍の大将じゃねェか」

 

 

 

 おれの足元に、海軍本部の大将が頭から血を流して飛んできやがった。本部の大将はコングってヤツを除いて戦ったことはないが、大将は強い連中ばっかりだったはずだ。

 

 そんなヤツがここでぶっ倒れてるってことは……。

 

 

「この先に、ロックスがいる……!!」

 

 

 二年前、別行動していたおれの仲間を殺したロックス。

 

 二年経った今でも、アイツへの恨みは消えちゃいない。

 

 

 そういや、ロックスの下へニューゲートがついたと聞いた時にゃ驚いたが、センゴクとやり合ってるときのアイツを見た限り、世界をどうこうしたくて乗ってるわけじゃなさそうだったな。

 

 “金獅子”もそんな感じだったし、ロックスは仲間からの信用があまりなさそうだな。

 

 

「……そうこうしてるうちに……!!」

 

 

 大将がぶっ飛んできた方へ走っていれば、センゴクが言っていた大峡谷に出た。下からはドカーンバコーンと戦いの音が聞こえる。間違いなさそうだ。

 

 おれは躊躇わずにその大穴へと落ちていく。感じる風が強くなればなるほど、戦いの音はどんどん大きくなっていく。

 

 

 

「ハハハ……死ね」

 

「―――!! がっ……!!?」

 

 

 

「―――!!! 元帥!!!」

 

 

 

 ロックスが手にしていた剣が、地面に這いつくばっていた海兵の首を切り落とした。それを見て、おれたちと拳を交えたことのあるコングが叫んでいた。

 

 おれは空中で『エース』を引き抜き、覇気を纏わせる。

 そしてそいつを振り上げて、叩きつける体勢に入った。

 

 

 ロックスと目が合う。驚いた顔をしていやがったが、すぐに得物を構えておれを迎え撃つ準備に入った。

 

 

 

 

〝 (かむ) () 〟 ッッ!!

 

 

「ぬんッッ!!!」

 

 

 

 

 落下の勢いもつけたおれの攻撃は、ロックスに受け止められる。

 

 おれとロックスの覇王色が激突して、周囲の遺跡がボロボロと崩れた。おれとロックスのぶつかり合いを見たコングとガープが目を大きく開けて驚いていやがる。

 

 

 暫くして、覇王色がはじける。

 

 

 おれとロックスは反動で互いに後ろへ下がりながら見合う。ロックスの野郎は多少疲れているようだが、それでもかなりの力を残しているようだった。

 

 

「ロジャー貴様……!! なぜここに!!」

 

「仲間の落とし前を付けに来た。―――……手を貸してくれ。ガープ」

 

 

「ッ!! な、なんだと!?」

 

 

 とんでもねェバケモンだ。ロックスは。海軍大将と元帥を相手にして、多少の疲れが見える程度。

 

 

 

「今はおれと海軍で争っている暇もないだろう? 海軍は世界の平和のために、おれは仲間の落とし前の為に。目標は一緒だ。なら、いいだろう?」

 

「そういう問題じゃねェ!! なぜおれが、お前と一緒にロックスを倒さねばならんのだ!!」

 

 

「アイツはバケモンだ。それはお前も分かっているだろう? ガープ」

 

 

「ハハハ。そいつは嬉しいねェ」

 

 

 

 ガープは拳を握りながら歯を食いしばっている。おれの言う事が正しいと分かっていながらも、おれ……海賊と手を組むことに抵抗があるのだろう。

 

 

 

「ぐぬ……ぐぬぬぬぬぬゥ……ッ!!」

 

 

「ガープ、頼む」

 

 

 

「海賊と海軍が手を組む……? ハハハ、そうなったら、海軍の面子は丸つぶれだな」

 

 

 

 

 ニヤニヤと気に食わねェ笑みを浮かべるロックス。その顔は、おれの仲間を殺して、おれを倒したときにも浮かべていたもの。

 

 

 

 今にもぶっ飛ばしに行きたい欲を抑えて、ガープの方を見てみれば、

 

 

 

 

「……―――そいつは、お前がこの戦争に勝ったら、の話だろう?」

 

 

 

―――ゴキゴキ、ポキポキ。

 

 

 

「ロジャー……貴様と共に戦うなんざ、これっきりだぞ」

 

「ガープ……ッ!!」

 

 

 

 “拳骨”のガープが、手の骨を鳴らしておれの隣に立つ。

 

 

 

「……おれに一度敗れた敗北者共が、手を組んだところで何になる……ッ!!」

 

 

 

「それは―――」

 

「―――おれたちが」

 

 

 

 

「「決めることだッ!!」」

 

 

 

 

 ロックス……!!

 

 お前はおれとガープが倒す……ッ!!!




・ゼファー
 ロックス海賊団にいる凶悪海賊じゃないのか。見直したぞ“金獅子”!!


・ロジャー
 “金獅子”? 気に入った! お前船に乗れ!!


・ガープ
 ロジャーと手を組むのは嫌だが、ロックスの思い通りになる世界はもっと嫌だ。


・ロックス
 ロジャーとガープは所詮、前におれに敗れた敗北者じゃけぇ。


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20.もう一つの戦い

お気に入り4000件突破ありがとうございます!


 

 

「ふぅッ!! せいッ!!」

 

「ぬゥんッ!! そりゃァッ!!」

 

 

 私とゼファーの実力は拮抗……否、地力の方で言えばゼファーの方に多少軍配が上がるといった感じか。

 

 まさに筋肉ダルマと言った風貌で、体格のいいゼファーと比べて私はかなり小柄だ。その分出せる力にも限度がある。

 

 

 私が体力温存のために、時折フワフワで生み出した獅子をゼファーに向けているのに対し、ゼファーは私の獅子や剣での攻撃を全てその拳一つで受け止めて相殺しているのだ。

 

 

 長期戦になればなるほど、私が不利になっていくのは明白。だとしたら、早いところ仕掛けて仕留めるしかないのだが―――。

 

 

 

〝スマッシュ・バスター〟ァァッ!!

 

「―――ッ!! ちぃッ!! 〝獅子威し・破巻き〟ィッ!!

 

 

 

 ゼファーがそう易々とやらせてくれるはずもない。

 

 

 向こうが考えていることは私と真逆。できる限り長期戦にして私の体力を削り、疲れ果てたところを始末する。

 

 私が仕掛けようとする気配を見せた瞬間にこうだ。

 放った技が直撃すれば僥倖、そうでなくとも私の体力をじわじわと削ることができる。

 

 

「……ハァ、ハァ、厄介だな」

 

「どうした“金獅子”? 息が上がっているようだぞ」

 

 

 巻き上がった土煙が晴れ、ゼファーは私の様子を見て笑みを浮かべる。正直言って、こちらが勝てる確率は今のところかなり低い。

 

 おおよそ三割ほどと言ったところだろうか。

 

 

 私がこれを認識できているという事は、向こうもそれを把握しているはず。だからこそゼファーは強気で攻められるし、私はより慎重にならなければならない。

 

 

「来ないなら行くぞォッ!! ふんッ!!」

 

「クソッ!! 斬壕(ざんごう)〟ッ!!

 

 

 ゼファーはわざわざ私が体力を回復する隙は与えてくれない。私が来ないと分かれば、すぐに拳に武装色を籠めて殴りかかってくる。

 

 ガープ同様、己の腕っぷしと覇気のみで中将まで成り上がったゼファーの実力は伊達ではない。

 “王直”の攻撃に匹敵する内部破壊が込められた武装色の拳を一発でも食らえば、私はいとも容易くやられてしまうであろうことは明らか。

 

 

 幸い、見聞色の覇気はゼファーは『未来視』の領域にはまだ達していないらしく、私はそのアドバンテージを活かしてゼファーの攻撃を相殺しているのだが。

 

 

 なぜわざわざ相殺するのかと言えば、ゼファーの動きが速すぎるからだ、という一言に尽きる。

 

 『未来視』でゼファーの動きを読んでいたとしても、彼の六式はそこらの海兵の比ではなく、まさしく“王直”の瞬間移動の如く速い『(ソル)』で迫ってくる。

 

 

 故に私の速度では回避が間に合わず、どうにか大気中の塵を集めてゼファーにぶつけるしかないのだ。

 

 

 

「ハァ、ハァ、くっ、〝獅子威し・地巻き〟ッ!!」

 

 

「―――どこへ向けて撃っているッ!! 〝スマッシュ〟―――!!」

 

 

 

 私の戦闘は見聞色頼り。

 

 だから、少しでも集中力が乱れたりすれば相手の動きが予測できなくなり―――。

 

 

 

「ッ!! しまッ―――!!」

 

 

 

 

〝バスター〟ァァッ!!

 

 

 

 

「―――ッ、がッ―――……!!」

 

 

 

 

 私は武装色の内部破壊をもろに受けながら、激しく吹き飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パトラお姉ちゃん! あーそーぼー!」

 

「はい、いいですよ。何して遊びますか?」

 

「えーっとね、解体ショー!!」

 

「えーっと……」

 

 

 ロックス海賊団が壮絶な戦いを繰り広げている中、戦う力を持たない“ビッグ・マム”の子供や船のコック、パトラはとある島にて海賊団の帰りを待っていた。

 

 そして、“ビッグ・マム”の子供たちの面倒を見ているのはパトラ一人。

 

 自分で考えて行動のできる上の兄弟たちはともかく、遊び盛りの下の子たちや赤ん坊の面倒を一人で見るのはなかなかに骨が折れるものであった。

 

 

「パトラ姉、モンドールとコンポ、ラウリンにご飯をあげてきたぜ。ペロリン♪」

 

「おいお前ら!! 喧嘩すんのやめろ! ブリュレ、ちょっと手伝ってくれ」

「はーいお兄ちゃん」

 

 

「ありがとうございます、ペロスくん。カタクリくんとブリュレちゃんもありがとう」

 

 

 故に、上の兄弟たちがともに面倒を見てくれるのは、パトラにとってとても有難いことだった。

 

 

「くくく……いいんだぜ。こいつらはおれたちの家族だ。本来なら、おれたちで面倒をみなければならないんだからな。ペロリン♪」

 

「ふふっ、はい、じゃあこれ。お礼のキャンディです」

 

 

 パトラが懐からキャンディを取り出せば、先ほどまで良い兄だったペロスペローは途端に一人の少年へ戻る。

 

 貰ったキャンディを嬉しそうに舐めながら、他の兄弟の下へ走っていくのを見送って、足元で待ちぼうけを食らっていた子供たちへ再び視線を合わせ、何で遊ぶかを話し合っていく。

 

 

 そうしていると、後ろで喧嘩をしていた兄妹たちの言い争いがどうやらヒートアップしたようで、

 

 

「なんでおれが謝らなきゃならないんだ!! ブリュレお姉ちゃんの馬鹿!」

 

「あ! ちょっと待ちなさい!」

 

 

 宥めていたカタクリとブリュレを押しのけて、13男のバスカルテが飛び出していった。

 

 バタン、と扉が開かれ、治安がいいとはお世辞にも言い難い街中へと向かっていくバスカルテを見かねて、ブリュレも飛び出していく。

 

 

「カタクリお兄ちゃんはヌストルテの事をお願い! バスカルテ! 待ちなさい!」

 

 

 良くも悪くも『お姉ちゃん』であるブリュレは、愛する弟の為になりふり構わず一目散にかけていく。

 

 この環境の中で兄弟たちと愛されながら育ち、母親であるリンリンや兄であるペロスペローやカタクリに守られてここまで来たブリュレは知らないのだ。

 

 

 

 

 

―――おい、あれ、カタクリの妹だってよ。

 

―――前走ってるのは弟か? だが、どちらにせよいい機会だ。

 

―――いつもやられている恨み、ここで晴らしてやる。

 

 

 

 

 

 外から来る敵を蹴散らし続けた母や兄たちが、どれほど敵から恨まれているかを。

 

 

 

「―――カタクリくん、私が追いかけるから、あとはお願いします!」

 

「え、あ、あぁ……!」

 

 

 

 その実情を知っているパトラは、ブリュレの後を追って駆けだす。面倒を見ていた子供たちはブーイングしていたが、事態が事態なのでパトラは心の中で謝りつつ、街中へ飛び出していったブリュレとバスカルテを追いかける。

 

 

 間に合ってくれ、と祈りながら走っていると、二人がいるであろう場所はすぐに見つかった。

 

 何せ、何度か見たことあるような連中が不自然に次々と路地裏へ入っていってるのだ。怪しいことこの上ない。

 

 

 自分たちの実力じゃ、カタクリやペロスペローには敵わない。ならば、戦う事の出来ない身内を狙うのは当然の結果だ。

 

 

 

「な、なんなのよあなたたち!!」

 

「へへっ、テメェの兄貴にゃ、いつも世話になってんだぜ。兄貴に守られながらぬくぬくと育ってるお前たちには、分からないだろうけどな」

 

 

 

 完全に怯えてしまったバスカルテを抱きしめて庇いながら、ブリュレは自身を囲んだガラの悪い男たちを睨みつける。

 

 しかしその足は震えており、強気な言葉はただの虚勢であることは男たちにはまるわかりだった。

 

 

 

「いつもウゼェカタクリが、妹がやられたって知ったらどんな顔すんだろうなァ?」

 

「ひっ……」

 

 

 

 スラリと鞘から抜き放たれたカトラスを見て、それが今から自分へ向けられるのだと知ったブリュレは顔を強張らせながら後退る。

 

 

 

「ヒヒッ、逃げなくていいのか? まァ、逃げられねェけどなァッ!!」

 

 

「ブリュレちゃん! ごめんなさい、シキさん―――ROOMッ!!」

 

 

 

 カトラスが振り下ろされ、バスカルテを背中側へ押しやったブリュレの顔を捉える―――直前に、バスカルテとブリュレは小石へ変わった。

 

 

「あァッ!?」

 

 

 突然の事態に混乱する連中を横目に、パトラは小石と入れ替えた二人を担いでその場から立ち去ろうとするが、流石に最後尾の人物に気付かれて後ろから足音が聞こえ始める。

 

 子供を二人抱えた女と、武器を振るえるほど筋力のある男。

 

 どちらの走力が速いかなんてものは明らかだ。後ろから聞こえる足音を聞き、パトラは担いでいた二人を下ろした。

 

 

 

「ブリュレちゃん、バスカルテくん、今すぐ帰ってペロスくんやカタクリくんを呼んできてください。

 年下の男の子に頼るなんてちょっと情けないですが、私一人ではどうすることもできません」

 

 

「で、でもパトラ姉が……!!」

 

 

「私は大丈夫です。足止め程度ならできます……!」

 

 

「でも―――「いいからッ!! 頼みました。ブリュレちゃん」

 

 

 

 走っていく二人を確認して、パトラは隠し持っていたナイフを構えて自身を取り囲んだ連中を見据える。

 

 

「どんなマジックを使ったか知らねェが、どうなるか分かってんだろうな?」

 

「ええ。そのくらい、分かっています」

 

 

「野郎ども! やっちまえ!!」

 

 

 オペオペの能力でROOMを展開して、パトラはナイフを構える。

 

 

 

(カイドウくんやカタクリくんみたいに強くなくとも、私はシキさんの下で何年も一緒に過ごしてきたんです……!!

 勝つことはできなくとも、足止めくらいはできなきゃ、金獅子海賊団の恥さらしもいいところですよね……ッ!!)

 

 

 

 

 かくして、ゴッドバレーの外で、小さな戦争は始まったのだ。




ブリュレ は 傷を負わず に 済んだ !


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21.驚天動地

あと少し……あと少しでゴッドバレーが終わる……


 

 

「~~~~ッ!! あァ……クソ、痛ェ……」

 

 

 崩れ落ちて来た岩をどかしながら、私は立ち上がる。

 

 二年前の“王直”との戦闘が活きた。

 あの時“王直”の内部破壊を食らっていなければ、咄嗟に覇気を纏わせてゼファーの内部破壊に抵抗することなどできなかっただろう。

 

 正直なところ、かなりのダメージは喰らった。

 

 しかし、少なくとも戦闘不能に陥るようなダメージは負っていない為、まだ戦うこと自体はできる。

 

 

「流石、と言ったところか。今のを覇気で防御するとはな」

 

「馬鹿言え。かなりのダメージを喰らったさ」

 

「そうでなきゃ困る」

 

 

 ゼファーが疲れていれば、の話だったが。

 

 私の体力はほぼほぼ限界に近い。長年の海賊生活で鍛え上げられたと思っていたが、改めて性別と体格の違いの優劣を思い知ったと同時に、リンリンがどれほど規格外の存在か分からされる。

 

 

 多少傷を負った程度でピンピンしているゼファーと、深手を負って息も絶え絶えな私。このまま戦えばどちらが勝つかなんて一目瞭然だ。

 

 

「“金獅子”。お前の海賊生活はここで終わりだ。残りの人生はインペルダウンで過ごすと良い」

 

 

 腕に武装色を纏わせて構えたゼファーが、私にそう告げる。

 

 この世界で生を受けてからおおよそ30年ほど。懸賞金含めて、私は凶悪犯罪者になりすぎた。ここでゼファーにつかまれば、私はインペルダウンに投獄されて二度と日の目を見ることはできなくなることは確実だ。

 

 

 そうなれば、私は人生の半分以上をあの暗い監獄で過ごすことになる。

 

 

 そんなの、そんなの―――。

 

 

 

『今日は、何があったのかな。パパに話してごらん』

 

 

 

 ―――あの地獄に、逆戻りではないか。

 

 

 

「ッ―――、まだ、足りないッ!!」

 

 

「ここにきて逃げを選択するか!! 随分と情けない真似をするじゃないかァッ!! “金獅子”ィッ!!」

 

 

 

 全力で空を飛ぶ私の後ろから、ゼファーが何度も殴りかかってくる。

 

 私はそれを生み出した獅子で防ぎながら、ゴッドバレーの中を只管駆けまわっていく。

 

 情けないだとか、みっともないだとか、そんなことは関係ない。

 その行動が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私は躊躇うことなく行動に移す。

 

 

〝獅子威し・破流巻き〟!!

 

 

「ッ!! ちっ、見損なったぞ“金獅子”!!

 〝スマッシュ・バスター〟ァッ!!

 

 

 とにかく、今はゼファーから全力で逃げる事だけを考えろ。余計なことは考えるな。()()()()()()()()()()()()()ッ!

 

 

 私が逃げれば逃げる程、ゼファーの攻撃は苛烈になっていく。

 

 今まで真正面から戦っていた私が急に逃走に舵を切ったのが気に入らないのだろう。

 

 

「貴様が求める『自由』ってのは、そんな安いモンなのかッ!!?」

 

「そんな訳はないさ。ただ、まずは生きてここを出なくちゃ、『自由』なんてないんでね」

 

 

 どれだけ獅子を生み出しても、それをかいくぐって私に直接殴りかかってくるゼファー。バケモンか?

 

 それを『桜十』と『木枯し』での剣技で対応しつつ、またゼファーへ向けて獅子を生み出して突撃させていく。なるべく地面スレスレに、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「“金獅子”……貴様には失望した」

 

 

 

 ゼファーの攻撃がピタリと止み、彼の顔に影が落ちる。

 

 ゼファーからは落胆と怒りを織り交ぜたような感情がふつふつと湧き上がっており、それが私一点に向けられているのが分かった。

 

 

 武装色の覇気がゼファーの右腕に収束し、武装色が纏われた右腕の筋肉が大きく隆起した。

 血管が浮かび上がり、筋肉が肥大し、覇気を纏った腕からは黒い雷がバチバチと音を鳴らして私を威嚇している。

 

 

 まず間違いなく、この後ゼファーの全力の一撃が私へ殺到するだろう。

 

 

 

 

「海賊に何かを期待したおれが馬鹿だった。海賊は所詮海賊……。この一撃を以て貴様を沈めるッ!!

 

 〝スマッシュ〟ッッ!!

 

 

 

 

 ゼファーの右腕が大きく振り上げられ、私へ向けられる。

 

 『それ』が疲弊した私へ直撃すれば、間違いなく死ぬ。顔も、腕も、足も、体も、内部破壊と衝撃波で内側も外側もボロボロになって死ぬ。

 

 

 

 だが私は―――笑っている。

 

 

 

 この状況で、私の顔の口角は上がっていた。

 

 

 死に瀕して感情がおかしくなった? いや、違う。

 

 もともと死ぬことを望んでいた? いや、違う。

 

 

 

 ここから、一発逆転を狙うことができるからだ。

 

 

 

 

〝ブラスター〟ァァァッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――前々から思ってたけどさぁ』

 

『ん?』

 

 

 教室の一番端の私の席。

 

 そこで、『ONE PIECE』を通して親友となった池さんと私はいつも話していた。

 

 

『シキって、絶対あの技だけじゃ新世界でやっていけないよね』

 

 

 議題に上がったのは、先日地上波で放送されたばかりの映画に出て来た映画オリジナルボスキャラクターであった“金獅子”のシキ。

 

 かつて海賊王と鎬を削った『四皇』のような立ち位置で、本物の海賊の恐怖を味わわせるために20年潜伏していたが、たまたま敵対してしまった主人公一味に敗れてしまった伝説の海賊。

 

 

『と、いうと?』

 

『ほら、映画で見ると結構派手だったけど、“白ひげ”の広範囲攻撃とか食らったら絶対一瞬で崩れて終わりじゃん?』

 

 

 私の脳内で、“金獅子”が主人公一行に放った技と、“白ひげ”がマリンフォードにて放った大津波がぶつかる画を想像する。

 

 そうすると確かに、威力、範囲含めて圧倒的に“白ひげ”に軍配が上がった。

 

 

『確かに……』

 

『でしょでしょ? だからさ、シキって島を丸ごと操ってたじゃん。だから、それに覇気を纏わせてさ、超巨大なライオン作って攻撃すれば強いんじゃないかな!?』

 

『そんなことするより、海水浮かばせて窒息死させた方が効率いいんじゃ……?』

 

『ロマンがないなぁ……少年漫画って知ってます??』

 

 

『私たち少女なんですけど……』

 

 

『その少女が読んでるのは少年漫画なんだよ??』

 

 

 まぁ、でも確かに、島全部を操って映画最後の主人公の大技にぶつけることができたら、負けることはなかったのだろうなとは思った。

 

 ブランク、怪我、格下相手の傲り。

 

 それらがなければ主人公たちは決して勝つことはできなかったと思えるほどに、“金獅子”は強い相手だった。

 

 

 なら、それが一切ない“金獅子”だったら……?

 

 

 彼女の言う通り、全力で相手を潰すような大技をぶっ放すような“金獅子”だったら?

 

 

 そうであるならば、彼は伝説『だった』ではなく、伝説『である』海賊になっていたのだろうか。

 

 

 

『もしシキがその技を放つとしたら、名前はきっと―――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――このくらい集まれば、十分か」

 

 

 

 目の前から迫る衝撃波を見ながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 今までの戦闘で舞い上がった土砂の全てを集結させ、巨大な獅子の頭を形作った。それは、遠い昔に誰かと話したことのあるような光景。

 

 

 

「島ごと丸々じゃないが……お前が望んでいたのは、こんな感じの光景なんだろう……?」

 

 

 

 変形した土砂を駆け抜ける暴風が、まるで獅子の咆哮のように呻き、不気味な音を辺りに轟かせる。

 

 巨大な頭にありったけの武装色を籠めて、私の全てを削り取らんとする衝撃波へとぶつけるために構えた。

 

 

 

 あぁ、そうだ。思い出した。

 

 

 

 池、お前はこの技にこんな名前を付けたんだっけか。

 

 なんだか中二病臭いと私は笑ったっけ。だけど、今はこの上なくこの名前が頼もしく感じる。

 

 

 

 

 

 

 

〝 () (しん) (ごろ) し 〟 ッ ! ! !

 

 

 

 

 

 

 

 獅子が……否、獅神が吠えた。

 

 私の想いに、応えるように。

 

 

 

 

 

 

(きょう) (てん) (どう) () 巻 き 〟 ィ ィ ッ ! ! !

 

 

 

 

 

 

 獅神と衝撃波がぶつかり、刹那――――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ドォンッ!! バリバリィッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()が、ゴッドバレーと周囲を取り囲んでいた大海原を大きく揺らした。




ゼファー先生は覇王色持ってたけど、映画では老い+持病で使えなかったという独自解釈。

頂上戦争で白ひげも使ってなかったし、そういう解釈したのだけど……

イマイチ頂上戦争の具体的な内容覚えてないから、白ひげがそこで使ってたらまぁ、ご都合主義ってことで。


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22.終結する戦い

ゴッドバレー編は次終わります。多分。


 

 

「な、なんだっ!?」

 

「ゼファー中将の方からだ!!」

 

 

 センゴクの生み出す衝撃波や、“白ひげ”の発生させる震動とも違う明らかに異常な揺れ。

 

 ゴッドバレー全土を激しく揺らし、体幹がない人物は次々と尻餅をついていく。

 

 もともとあった巨大な峡谷の他に幾つもの地割れが現れ、海軍海賊問わず大口を開けた深淵へ飲み込まれる。

 

 

 

「……! 船長!」

 

「〝再加圧(プラスプレス)凝縮拳(ぎょうしゅくけん)〟ッ!!」

 

 

 

 それは、カイドウが居た場所も例外なく揺らした。だが、カイドウがシキの戦いっぷりに笑みを浮かべた程度で特に戦場へ変化はない。

 

 ジナル中将も動じることなくカイドウへ拳をぶつけていくあたり、()()()()()()()()()()が伺えた。

 

 

「ウォロロロ! 相変わらず重たい拳だが……おれァ、もう慣れたぜ?」

 

「……歳とは、取りたくないもんじゃな」

 

 

 カイドウとジナル中将との戦いは佳境を迎えていた。

 

 既にお互い傷を負ってボロボロではあるものの、同じ程度の傷であるならば年齢の若いカイドウの方に利があると言えよう。

 

 

 現に、多少息を切らして戦っているジナル中将とカイドウを見てもそれは明らかだった。

 ジナル中将の〝凝縮拳〟も、何度も戦っているうちにその天才的な戦闘センスで学習したカイドウには既に効き目が薄く、今もジナル中将の拳はカイドウの金棒によって受け止められている。

 

 

 自身が現役の頃ならば……と一瞬考えたジナル中将だが、そんなたらればは世界には存在しない。

 

 

 老兵はいつかは滅びる運命なのだ。そして、目の前の青年のような未来ある若者が時代を作り上げていく。

 

 

(……!! 儂は今、目の前の海賊を『未来ある若者』と考えたのか……!?)

 

 

 それは、一海兵として決して考えてはいけない事。

 

 海賊などと言う連中に未来などない。あるのはインペルダウンの暗い牢獄の中か海の藻屑かの二択だ。

 

 だというのに、ジナル中将は自分の直感を信じてみたくなってしまった。この狂暴そうな笑みを浮かべる目の前の青年が、本当に『未来ある者』なのかどうかを。

 

 

「……小僧、一つだけ聞かせろ」

 

「なんだ」

 

 

「―――貴様の、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「そんな事か? 決まってる。おれの『帰る家』だ」

 

 

 即答。

 カイドウは「なぜそんなことを聞くんだ」と言いたげな目でジナル中将を見ているが、ジナル中将は自分の直感がまだ生きていることを実感して顔に笑みを浮かべた。

 

 普通、海賊に対して『守りたいものはなんだ』と問えば、おおよそ凶悪な信条が返ってくることだろう。それ以前に、質問に答える海賊なんてものの方が少ないかもしれない。

 

 

 しかし、カイドウは極めて素直に「『帰る家』だ」と即答した。

 

 

 戦闘狂な節はあるが、その心は淀みのない真っすぐな人物。ジナル中将はカイドウをそう判断した。

 

 

 

「よかろう。―――次で最後だ。小僧。儂の全身全霊を以て貴様を沈めてくれる。全力でかかってこい!!」

 

 

 

「―――ッ!! ウォロロロ!! いいだろうッ!!」

 

 

 

 握った拳に覇気を纏わせ、ギチギチの能力で拳を厚く、重くしていく。

 

 それはかつて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ジナル中将の今出せる全身全霊の一撃。

 

 

「行くぞォッ!! 無限加圧(インフィニティプレス)超凝縮拳(ちょうぎょうしゅくけん)〟ッッ!!

 

 

「うらァッ!! 降三世引奈落(こうさんぜラグならく)〟ッッ!!

 

 

 ジナル中将が覇王色を持っていないため、激しい激突こそ起きなかったが、現状カイドウが出せる最大威力の技とジナル中将の全力の一撃がぶつかり合い、武装色の覇気同士がぶつかり合って多少の風が吹き荒れる。

 

 

 

「おおおおおッ!!!」

 

 

「ぬりゃあああああッ!!!」

 

 

 

 押されて押し返されて、鍔迫り合いを繰り返す二人の攻撃の合間に、互いの踏ん張る声が聞こえてくる。

 

 

 そうして数十秒ほど続けていた攻防だったが、やがてジナル中将が押され始め―――……。

 

 

 

 

「仕舞いだァッ!! おおおおおおッ!!!」

 

 

 

「なッ!!! ――――……見事ッ!!」

 

 

 

 

 カイドウの棍棒がジナル中将の拳を弾き、中将の体を捉えた。

 

 驚いたジナル中将だったが、自身の全身全霊を越えたカイドウの一撃を素直に賞賛し、カイドウの攻撃の勢いに任せて凄まじい速度で地面へ叩きつけられた。

 

 

「じっ、ジナル中将ォォォォッ!!」

 

 

 

「ハァ、ハァ、いい戦いだったぜ。ジジィ」

 

 

 金棒を地面へ突き立て、歯を見せて笑みを浮かべるカイドウ。

 

 

 ジナル中将から打撃の傷が幾つも目立つが、最後に戦場に立っていた勝者は―――カイドウであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして時と場所は変わり、ゴッドバレー中心部。

 

 

 互いに大技をぶつけ合っているシキとゼファーは、拮抗していた。

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

「はあああああああああッ!!!」

 

 

 

 

 繰り出す衝撃波が一つでは押し切られると判断したゼファーは、その大木のように太い両腕に武装色を纏わせ、ガトリング砲のように速く両腕を振るって衝撃波を送り続けていた。

 

 対するシキも、このぶつかり合いの最中に削れた土砂も生み出した獅子に混ぜ込みながら、それをできる限り押し続けている。

 

 

 ゼファーから送られてきた衝撃波が獅子と激突するたびに覇王色の激突が起こり、黒い雷がまき散らされる。

 

 それがゴッドバレーはおろか、周辺に待機していた軍艦の上に乗っていた海兵の意識も刈り取っていき、離れていたところで戦っていた“白ひげ”とセンゴクも、二人の戦いが予想以上に苛烈なモノであることを察する。

 

 

「本気のゼファーの猛攻を耐え凌いでいるのか……」

 

「グラララ……シキの野郎を舐めてかかっちゃいけねェ。……アイツは、何度も血反吐を吐きながら、『自由』を求めて立ち上がって、そのたびに強敵を薙ぎ倒してきた。

 ゼファーも、やられちまうかもな」

 

 

「馬鹿言え。人一倍『正義』に溢れたあのゼファーが、海賊相手に戦って地に背中を付けることなどあり得まい。“金獅子”がやられてしまうかもな」

 

 

「寝言は寝て言いな」

 

 

 “白ひげ”もセンゴクも、遠くで戦っている味方の強さや人物像を知っているからこそ、互いの味方がやられる姿を想像できない。

 

 

 二人の壮絶な震動戦闘は、舌戦へと移り変わろうとしたが、

 

 

「なら、テメェが斃れたらおれが正しいってことでいいな!? センゴク!!」

 

「望むところだッ!! 『正義』は必ず勝つのだからッ!!」

 

 

 センゴクは巨大な黄金の大仏の姿へと変化し、“白ひげ”も拳を握ってグラグラの能力を纏う。

 

 

「はァッ!!」

 

「ぬあァッ!!」

 

 

 

 衝撃波と震動―――。

 

 

 またしてもゴッドバレーが大きく揺れた。

 

 

 

 

 

 しかし、目の前の敵に熱中するシキとゼファーはそのことに気が付かない。

 

 

 体が赤くなり、そこから蒸気のようなものが噴き出し始めたゼファーの息が乱れ始める。

 

 巨大な獅子を維持するための能力の処理と、その巨大な獅子に纏わせるための覇気を維持し続けなければならないシキも、先ほどまで続いていた戦闘と喰らった一撃の事も相俟ってかなり疲弊してきている。

 

 

 近いうちに決着がつく。が、その『近いうち』でも長引くか長引かないかで勝者は大きく変わることに、二人は当然気付いていた。

 

 

 シキの生み出す巨大な獅子は、今も削り出されている土砂を巻き込んでどんどんと大きくなっていっている。

 そのためゼファーが破壊しなければならない範囲が増え、単純に破壊力も上がる。

 

 つまり長引けば長引くほど、シキはゼファーに対して有利になっていく。

 

 

 対してゼファーは体力を大きく削る拳のラッシュを続ければ続ける程疲れて力が出なくなり、長期戦になれば不利になっていく一方だ。

 

 

 

 そうなることが分かっているのならば、行動しないはずがない。

 

 

 

「これで貴様を沈めるッ!!

 〝スマッシュ・レーザー〟ァァッ!!

 

 

 

 ラッシュのフィニッシュに、ゼファーは蒸気を上げる程に熱くなった身体を極限まで引き締めて一点破壊の『衝撃弾』を放った。

 

 

 

 

「―――ッ!! 相打ち上等、どっちが立ってられるかってことかッ!!」

 

 

 

 

 ゼファーの攻撃の()()を理解したシキは、不敵に笑いながらも生み出した獅子に手を加えることなく衝撃弾を迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、放たれた衝撃弾が獅子の体を貫く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、本物の獅子ではない『獅神』は止まらない。

 ラッシュが止まって、『獅神』を止めるものがなくなったため、『獅神』は一直線にゼファーへその牙を突き立てた。

 

 

 衝撃弾を止める土砂は全て『獅神』の肉体を構成するために使われ、止めることは叶わない。

 同じく止めるものがなくなった衝撃弾も、一直線にシキの下へと飛んでいき、シキの体を覇気の力で破壊しながら穿った。

 

 

 

 

「ごォッ!!?」

 

「あがぁッ!!?」

 

 

 

 

 

 互いの高威力の攻撃にぶち抜かれ、ゼファーは獅子の牙に貫かれて呻き、シキは衝撃によってぶっ飛ばされる。

 

 

 

 

 

 暴風が吹き荒れていた戦場には、一頭の巨大な獅子の頭の巨像だけが取り残されていた。




思いの外ジナル中将がなんか大事そうな人物になってしまったけど、特に物語に関わる人物ではありません。


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23.『金獅子海賊団』再結成

二章最終話です。


 

 

 結果的に、我々ロックス海賊団は敗北した。

 

 

 船長であるロックスがガープとロジャーの共同戦線によって討たれ、襲撃されたことに怒り狂った天竜人がバスターコールを発動しろと騒いだことで海軍がバスターコールを発動。

 

 海軍も海賊も逃げなければならない状況に陥り、最終的に『船長が討たれた』という事実だけが残った今回の戦争は我々の敗北となったのだ。

 

 

 私はあの一騎打ちでゼファーを殺すことは叶わなかった。

 生み出した『獅神』に貫かれてもなお、ゼファーは驚異的な生命力と身体能力で致命傷を回避し、バスターコールの報せを聞いて部下を引き連れて撤退していった。

 

 

 結果的に海軍の主力を一人も潰せなかったのが痛いが、まぁ、あれほどの戦力が一堂に会する機会などもう訪れることなどないと思うし、気にすることではないだろう。

 

 

 

「ロックス海賊団は、今日で解散だな」

 

 

 

 重苦しい空気が流れる船内で、ニューゲートが静かに告げた。

 

 ロックスが死んだ今、ロックスが掲げていた『世界の王になる』と言う計画は全て破綻した。つまり、私たちは同じ船に乗る必要性が全くなくなったのである。

 

 

「一先ず、ハチノスに着くまでは殺し合いはナシだぜ」

 

 

 この海賊団の中で唯一人並の常識を持ち合わせていたニューゲートが、もう解散予定のロックス海賊団を一時的に仕切る。

 

 もともとこの暗い雰囲気が漂う船内で殺しなど起きないとは思うが、まぁあるだけいいだろう。

 

 

「……パトラと、リンリンの子供たちを回収しなきゃ」

 

「そいつはテメェらでやれ。兎に角今はハチノスへ急ぐ」

 

 

 船の主導権を握っている私ならばすぐにパトラたちのいる島に行けるのだが、今はニューゲートのいう事に従っておこう。

 

 

 

 日は既に落ちている。

 

 

 

 綺麗な円を描いて夜空に浮かんでいる月を眺めながら、これからの『金獅子海賊団(わたしたち)』について考える。

 

 

 私、カイドウ、パトラ。

 

 

 これからの海を渡っていくためには圧倒的に人員不足であることは否めない。少数精鋭で固めるにしても、あと少なくとも5人以上は人員が欲しい。

 

 あぁ、そうだ。

 

 ハチノスに帰って船に戻ったら、そろそろカイドウに『アレ』をプレゼントするべきだろう。

 今回の戦争を生きて帰ってきて、さらに海軍中将を単騎で撃破したというカイドウ。なら、然るべき褒美を上げなければならない。

 

 

 この船で手に入れた『悪魔の実』と、船に乗る前に手に入れていた『悪魔の実』、合わせて4つ。

 

 

 前から持っていたものはカイドウに渡すとして、残り3つ。この3つを食べるに相応しい人員を見つけられるだろうか。

 

 

 それと、これから活動するにあたって必要となる拠点は? 人員を増やすとなると船だってもっと大きなものも必要になってくる。

 

 

 

 そんなことを考えながら船を動かし、夜は更けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて船はハチノスへ到着し、船員たちは一言も発することなく各々自分の船へと帰っていく。

 

 

「ニューゲート、リンリン、次に会う時は敵だ。……だが、酒やお菓子は持って行こう」

 

「グラララ!! もともとおれたちはそういう関係だっただろう。元に戻るだけだ」

 

「ハ~ハハハママママ!! 子供たちが世話になったんだ。多少の手合わせなら付き合ってやるが、邪険にはしないさ」

 

 

 船で一番良くしてもらった二人に別れの挨拶を告げて、私とカイドウは歩き出す。

 

 尤も、リンリンと行く先は同じだが、船の速度が違うため行く先で会うことはないだろう。

 

 

 ロックス海賊団の船を停泊させた場所とは真反対の位置に停泊させていた『金獅子海賊団』の船に戻る。

 

 

「やはり、懐かしいな」

 

 

 二年もの間放置されていた海賊船は、やはりというべきかかなり劣化していた。

 

 室内には埃が溜まり、手入れをする者がいなかったために木材も潮風を浴び続けてかなりボロボロになっている。この様子じゃ、まずは船の購入が先決だろう。

 

 

 船のあちこちをカイドウと共に見て回り、最後に倉庫の中へ入ったところでカイドウへと声をかける。

 

 

「カイドウ」

 

「なんだ?」

 

 

 倉庫の奥へと入り、少し小さめの箱を取り出す。いつだったか海賊を襲ったときに戦利品として手に入れたもの。『悪魔の実大全』でその実を調べた際、あまりに衝撃的すぎて五回ほど見直してしまったもの。

 

 

「……ここは、お前の居場所になれたか?」

 

「―――ああ。当然だ」

 

 

 その言葉を聞いて、ほっとする。

 

 カイドウがどちらの言葉を紡いでもこれを渡す予定だったが、箱を握る手に力がこもる。

 

 

 

「なら、コイツは『見習い』の昇格祝いだ。パトラを迎えに行った後にでも、宴をしようじゃないか」

 

 

「コイツは……『悪魔の実』か?」

 

 

 

 

「あぁ……『()()()()()() ()()() ()()()()()()』。『悪魔の実』の中で最も希少な幻獣種だ」

 

 

「コイツを……おれが……!!??」

 

 

 

 入った順番で行くのならば、パトラが妥当であろう。

 しかし、戦場にてカイドウより頼もしい存在は今後現れないことは確か。

 

 パトラには医療を、カイドウには戦力を。

 

 『金獅子海賊団』が他から舐められないように、私とカイドウでこの海賊団の面子を守っていく必要がある。つまりは、

 

 

 

「これから頼むぜ。――――……()()()

 

 

「あぁ……ああ!! 任せろ、船長!!」

 

 

 

 朧げな原作のカイドウなんて思い出せない。カイドウは、今目の前にいる逞しい私の右腕だ。

 

 

 そうと決まれば、早いところウチの船医兼航海士を迎えに行かなくては。

 

 

 取り出した『命の紙(ビブルカード)』を頼りに、船を動かしていく。

 

 

 

 

 

 まさかパトラが、あんな無残な姿になっているとは思いもせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい、ブリュレ! バスカルテ!」

 

 

 港に見えた小さな影が二つ。それは間違いなく、リンリンの子供であるブリュレとバスカルテのもので間違いなかった。

 

 律儀に出迎えてくれたのか、と思いつつ上陸してみればいきなり二人が駆け寄ってきて、私の足にしがみついた。

 

 

「……? ブリュレ? バスカルテ?」

 

 

 熱烈な歓迎、という訳ではないようだ。

 足元の二人からは鼻を啜る音と嗚咽が聞こえてくる。

 

 

「ごべん……ッ!! おれがッ、おれの、せいでッ!!」

 

「わだじがッ!! わだじのせいでッ!!」

 

 

 それは、懺悔。

 まだ年端も行かない少年少女が、私の足にしがみついて必死に私に許しを乞おうと己の罪を吐いていく。

 

 

 

「「パトラ姉がッ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣きじゃくる二人を宥めて、皆が過ごしていた場所へと案内してもらう。普段泣くことなどほとんどないリンリンの子供たちが、これでもかと泣いている様子を見るに、パトラにただ事ではない何かが起こったのだと想像がつく。

 

 幸い、『命の紙(ビブルカード)』はまだ動いている。最悪の可能性は否定できたが、それでも私は気が気ではなかった。

 

 

「ここ……?」

 

「ゔんッ……」

 

 

 木製の扉を開けて部屋の中に入る。

 

 そこには、リンリンの子供たちが全員いて、部屋の隅には体を縛られて全身ボロボロになった男が数人ゴミのように捨てられていた。

 

 

 そして、ふと目を向けたベッドの上に―――……

 

 

 

「――――ッ!! パトラッ!!」

 

 

 

 ―――体中に包帯を巻き、右腕と両足を失ったパトラが横たわっていた。

 

 

 心臓は? 動いている。 呼吸は? 正常だ。ちゃんと生きてる。

 

 

 

「シキ姉」

 

「カタクリ……」

 

 

 

 コツ、と靴音がして振り返ってみれば、そこには大きなファーで口元を覆い隠したカタクリが申し訳なさそうな顔をして立っていた。

 

 

 

「おれが……おれたちが……ッ!!」

 

 

「……もういい。状況はだいたいわかった」

 

 

 

 自分でも驚くほど、冷徹な声が漏れた。

 

 私は今、どんな表情をしているだろうか。笑っているのだろうか、怒っているのだろうか、それとも何も浮かべていないのだろうか。

 

 

 

 リンリンの子供たちが謝ることではない。

 

 子供は自由に育つ権利があり、大人はそれを守る義務がある。だから、子供たちはあくまでもそれに従っただけで、パトラもその掟に従って子供たちを守っただけだ。

 

 

 

 恐ろしく冷静になった頭が、恐ろしく速く状況を理解していく。

 

 これは……『()()()』という奴だろうか。どうでもいい。

 

 

 

 ともかく、部屋の隅で縛られているこのゴミたちがパトラをこんな傷物にしたのであろうことは確かだ。

 

 

 

 パトラの頭を優しく撫でる。私が落ち着きたいとき、パトラがいつもこうしてくれた。

 

 

 男たちは既にカタクリによって制裁を受けたようだ。原形をとどめていない顔と、既にすべてなくなった指が全てを物語っている。

 

 

 ならば、あとは殺すだけ? ……いや、殺さないでおこうか。

 

 

 

「あがァッ!!? ああああああああああああああッ!!!!」

 

 

「こうなっても問題ないと思ったから、パトラをああいう風にしたんだろう? なら、お前たちがそうなっても問題ないよな?」

 

 

「や、やべでッ!! うわああああああああああッ!!」

 

 

 

 リンリンの娘、アマンドが好んでよくやっているゆっくりと相手に刃を入れていくやり方で、ゴミからいらない腕や足を切り落としていく。

 

 失血死などさせない。血を止めて、傷口はしっかりと縫い合わせて、喚くゴミ共を街中へと放り投げてやった。

 

 

 

 兄弟たち全員が暗い顔を浮かべる中、私は努めて笑顔で彼らに語り掛ける。

 

 

 

「お前たちは決して何も悪くない。だから、何も責任を感じることはない。

 パトラがこうなったのは、お前たちをここへ置いていった私たちの責任だ」

 

 

 

 子供たちから暗い表情は消えない。

 

 

 

「だから、私から言えることがあるとすれば――――……」

 

 

 

 

 頭を下げる。

 

 ブリュレやバスカルテが、とか、カタクリがもっと早く、とかそんなもしもは存在しない。ならば、今この瞬間パトラが息をしていられるのは総てこの子たちのお陰なのだ。

 

 

 

 

「パトラを守ってくれて、ありがとう」

 

 

 

 

 暗い顔から、驚いたような顔になった。

 

 まぁ、多少はマシになっただろう。

 

 

 海賊になった以上、こういうことは今後ほぼ確実に起きるだろう。

 

 覚悟はしていたが、いざ本当に起きると怒りと悲しみで頭が支配されかけてしまう事を知った。

 

 

 

 

 

 包帯が巻かれていないところがないパトラを抱きかかえて、船へと戻る。

 

 

 

 

 

 パトラは、今後しばらく身体的に『不自由』な生活を余儀なくされる。ならば、そんなパトラに少しでも『自由』を感じさせてあげなければならない。

 

 

 

「……カイドウ」

 

「……あァ」

 

 

 

 心配そうに、ベッドで眠るパトラを見つめるカイドウへ声をかける。

 

 

 

「『自由』のために」

 

「『居場所』のために」

 

 

 

 (カイドウ)の『自由(居場所)』は、パトラなしでは存在しえない。

 

 

 

 

 そのためには、『金獅子海賊団』をもっともっと大きくしなければならない。

 

 

 

 

 私たちは、そう誓った。




代わり に パトラ が 傷を負って しまった !


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三章:ADVANCES WORLD編
24.新たな仲間


新章開幕です。


 

 

「―――被害は?」

 

 

 ゴッドバレー事件より、早二年。

 事件の後に重傷を負った元帥は引退し、その座をコングへと譲った。そして、大将も二年の間に二人がその座を降り、その席にはセンゴクとゼファーが収まった。

 

 正確に言えば、空いた席にはゼファーかガープのどちらかが就く予定だったのだが、ガープが断固拒否したため流れでゼファーが収まったのだ。

 

 そうして日々が過ぎていく中、ロックス自体の脅威がなくなったとはいえ、今度はロックス海賊団所属の凶悪な海賊たちが次々に名を挙げ始めていた。

 

 海軍はその対処のために奔走し、今こうしてゼファーが立っている地も、その解き放たれた海賊の一人によって破壊された()()()()()()である。

 

 

「研究員は全員死亡、施設内にあったと思われる研究資料などは全て持ち去られたようです」

 

「……そうか」

 

 

 ゼファーが見据えるのは、建物に空いた巨大な風穴。

 まるでその部分だけ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、明らかに誰かが意図的にこの施設を破壊するために開けたもの。

 

 

「それから……」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「はい。この施設で『保護』されていた少年が、現在行方不明でして」

 

 

「……」

 

 

 海軍大将にもなれば、世界の抱える闇など嫌でも知ることになる。

 報告に来た海兵が告げた『保護』という言葉を、ゼファーはすぐに脳内で『実験対象』という言葉へ変換した。

 

 施設で研究されるほどの少年……そうなれば、よほどの変化が見られた人物か、あるいは政府が情報だけでも一億ベリーの賞金を付けた希少な人種、『ルナーリア族』だろう。

 

 そう当たりをつけたゼファーは、下手人がまだ近くにいるかもしれないと周辺海域の警戒を部下に頼み、一人でぼろぼろになった施設へと入っていく。

 

 

 紙のようにスパッと切り裂かれた鋼鉄の盾、血の付着していない銃弾、まるで形が変わってしまった壁や天井、メチャクチャな力で叩き壊された非常用シャッター。

 

 転がっていた死体は、首元を斬られていたか、全身の骨が粉砕骨折していたかの二択だったらしい。

 

 

 ゼファーがこのような惨状を目のあたりにするのは、これが初めてではなかった。

 

 ここ最近多発している軍の研究施設の襲撃。

 その殆どが今のような有様になっており、研究員もその全てが今回のように殺害されていた。

 

 

「“金獅子”ィ……」

 

 

 ゼファーにとって因縁の相手。

 これまでに何度も交戦してきたが、未だに逮捕に至っていないロックス海賊団の残党の中でも屈指の実力を持つ凶悪海賊。

 

 

 なぜこのように研究施設を何度も襲撃しているのかは、まだ海軍は把握していない。

 

 

 だが、こう何度もまんまと襲撃されて犯人を取り逃すという醜態を晒していては、海軍のメンツが立たない。

 故に世界に存在する全ての施設で、現在厳戒態勢が敷かれているのだ。

 

 

 ……だと言うのに、この有様。

 

 

 フワフワの実を食べ、『空飛ぶ女海賊』として知られるシキに『凪の帯(カームベルト)』や『赤い土の大陸(レッドライン)』なんてものは障害足り得ない。

 

 昨日まで『西の海(ウエストブルー)』に居たと思えば、今日は『新世界』に。なんてこともざらにある、まさに神出鬼没の海賊。

 

 

 そんな人物が世界の中から無作為に選ばれたどこかの研究施設にいきなり空からやってくるのだ。

 

 どんなに厳戒態勢を敷いていても、あっという間に突破されて逃げおおせられてしまう。

 

 

 『世界経済新聞』でもこのニュースは大きく取り上げられ、海軍の信頼は大きくとは言わないが、目に見えてわかるほど落ちている。

 

 上司であるコングも世界政府からせっつかれているらしく、かなりストレスの溜まったような表情で「早い所解決しろ」とゼファーは言われた。

 

 

 

「やはりあの時、お前を捕まえられなかったのが響いてるな……」

 

 

 無惨に崩れ落ちた静かな廃墟の中で、ゼファーは一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パトラ、お昼ごはんを持ってきた」

 

「あっ、ありがとうございます。シキさん」

 

 

 新しく作った、無人島をそのまま改造した浮遊型海賊船の中にある、パトラの部屋。

 無駄に装飾はされていない、シンプルな作りの部屋に設置されたベッドの上にパトラは寝ていた。

 

 

「……! 今日もシキさんが?」

 

「あぁ……どうだ?」

 

「はいっ! すごく美味しいです!」

 

 

 私の作ったサンドイッチを食べて、パトラがはにかむ。

 

 左腕だけで食べるパトラを見て、やはり心が苦しくなる。

 パトラの能力があれば、他の人間からとった腕や足を取り付けることなど容易い。元よりオペオペの実は『改造自在人間』になれるものなのだ。その本領を発揮するだけに過ぎない。

 

 

 しかしパトラは、それを拒んだ。

 

 

『腕や足を失う辛さを一番理解している私が、他の人にその辛さを押し付けられません。

 亡くなった方からとるのもダメです。亡くなった方にも、人間の尊厳はあります。無暗にバラバラにしては浮かばれません』

 

 

 それは、パトラに元来備わっている優しさ。

 

 パトラにも、私やカイドウと同じく守りたいものはあるのだ。それを、私が否定して無理矢理やらせるなんて以ての外だった。

 

 

「はむっ……ふふぅ~ん♪」

 

 

 もぐもぐとサンドイッチを頬張る姿は、とても可愛らしい。だからこそ、もっと可愛らしかった両手両足時代に戻してやりたい。

 

 

 他の人間から奪うのがだめなら、作ってしまえばいい。

 

 

 そう思い当たって手あたり次第に研究施設を当たっているのだが、やはりそのほとんどが政府からの援助を受けており、私とカイドウが降り立った時点で攻撃をされてしまうのがつらいところ。

 

 殺さない程度に痛めつけて作らせてもいいが、それだと何を仕込まれるか分かったものではない。

 

 なので、私の『自由』を阻む政府を妨害してやる目的で研究者たちは皆殺してしまった。

 

 

 今まで訪れた全ての研究施設で、私たちの眼鏡にかなう人材は見つからなかった。

 

 

 

 

 だが、そちらの方で収穫がなくとも、別の方で収穫はあった。

 

 

 

 

 

 コンコンコン。

 

 

 

 

「どうした?」

 

「船長、助けたガキが船長に会いてェって」

 

 

「分かった。今行く」

 

 

 

 パトラに食べ終わったら皿はベッドのすぐ横に置いてある机の上に置いておくように言ってから、部屋を出る。

 

 先の訪問でたまたま見つけた、施設の研究対象だった少年。

 

 浅黒い肌、透き通るような白髪、背中から出る炎、黒光りする大きな羽。それらは全て『悪魔の実』の能力ではなく、その種に刻まれた身体的特徴。

 

 

「君が、カイドウが連れ帰った少年か?」

 

「あぁ……」

 

 

 ベッドの上から私を見る少年の目はかなり懐疑的だ。

 

 

 二年の間で、カイドウはかなり強くなった。

 そこらの海賊団の船長ならば簡単に捻り潰せるほどには、パワーが段違いに上がっている。

 

 

 そんなカイドウが「自身の船長だ」と言って連れて来たのがカイドウより背の小さい女なのだから、疑いの目は向けられて当然か。

 

 

「ウォロロロ。おれと船長の力量差を見抜けねェか?」

 

「いやッ!? 決して疑った訳では……!!」

 

「まァいい。よくあることだ」

 

 

 そんな少年をカイドウが笑えば、少年は慌ててそれを否定する。

 

 実力は疑ってはいないが、自身が想像していたイメージと違って驚いていた……という事だろう。

 

 

「さて少年。名前は?」

 

「……ッ、あ、アルベル」

 

 

 私が意図的に部屋に流れる空気を少しだけ重くしたのを察知して、アルベルと名乗った少年は目つきを真剣なものへ変えた。

 

 

「帰る家は?」

 

「…………ない」

 

 

「知り合いは?」

 

「いない」

 

 

「出身は?」

 

「分からない」

 

 

「行くアテは?」

 

「……ない」

 

 

 

 

「そうか……なら、私の船に乗れ」

 

 

「あぁ……――――は?」

 

 

 以前にもこんなやり取りをしたような覚えがあるような気がするが、行くアテがないのなら私の船でかくまう他ないだろう。

 

 仮に行くアテがあったとしても、その存在を政府に報告するだけで一億ベリーが貰えるような歩く宝石のような人種であるアルベルが普通に暮らしていけるはずがない。

 

 

 ならば、私とカイドウのいるここ(金獅子海賊団)で匿ってしまえばいい。

 

 

「カイドウ、アルベルの戦闘能力はどのくらいだ?」

 

「あぁ、悪くねェ。鍛え上げれば化けるぞ。コイツは」

 

 

 カイドウのお眼鏡にかなうほどの実力、か。

 

 なら、ウチの新たな戦力として期待できそうだな。

 

 

 

「――――……なら、一つだけ聞かてくれ」

 

 

「なんだ?」

 

 

 

 

「……アンタに、この世界は変えられるのか?」

 

 

 

「……面白い質問だな。だが……私に世界を変えるつもりはない」

 

 

 

「……じゃあ「ただ……」

 

 

 

 一気に「失望した」と言わんばかりの表情へと変わったアルベルを見て、その口元に人差し指を持って行きながら私は言葉を遮って続ける。

 

 

 

 

「私の『自由』を邪魔するのであれば、それが世界政府だろうと天竜人であろうと、真っ向から叩き潰す。それだけだ」

 

 

 

「……ッ、『自由』……!!」

 

 

 

 

 アルベルの背中の炎が、一層燃え上がる。

 

 他に燃え移る心配はないとは言え、慣れていない為かまだヒヤリとしてしまう。

 

 

 ただ、私の言葉がアルベルにはしっかりと届いたようで、少しだけ安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、『金獅子海賊団』の構成員は四人へ増えたのだ。




一番手と二番手が異次元過ぎて霞んでしまう三番手のアルベルくんの姿が見える見える……


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25.ワノ国へ

ワノ国に行きますが、ワノ国に拠点は構えないです。

それだとマジで百獣海賊団になっちゃうんで。


拠点は原作通りメルヴィユに構えてもらうつもりです。


 

 

「私の船に乗ると決まったとはいえ、お前のその特徴的な身体を晒していては何かと不便だろう」

 

「……」

 

 

 

 自身の肌の色や、髪の毛の色を見ながら、アルベルは私の言葉を飲み込む。

 

 生まれてきたその瞬間から、一億ベリーの懸賞金が掛けられたも同然な『ルナーリア族』なのだ。いくら私とカイドウがついているとはいえ、わざわざ素性を晒して海賊をやらせれば政府からの追手が増えて色々面倒になる。

 

 まだ拠点にピッタリな場所を見つけられていないのに、政府からの追手が増えれば更に見つけるのは困難になるだろう。

 

 

 褐色、髪色、羽、炎、『ルナーリア族』の特徴であるこれらを上手いこと隠せれば、取り敢えず素性を隠すことはできるはずだ。

 

 

「見た感じ、背中の炎は服を着ていても関係なく外に出るようだな」

 

「あぁ……それに、羽も外に出てないと動き辛い」

 

 

「ふむ……」

 

 

 炎と羽を隠しておくことは不可能。

 羽は隠せない事もないが、そうなればアルベルの戦闘能力が大幅に落ちる……ならば、この二つは外に出しておく他ない。となれば、

 

 

「なら、全身を包むスーツと頭全てを覆うマスクがありゃァいんだな?」

 

「そうなるな」

 

 

 カイドウの言う通り、肌と髪を隠すためのスーツとマスクが必要なのだが、そんなコアなものが世に出ているとは思えない。

 

 そうなると特注するしかないのだが、その辺の奴らに依頼すればそこからアルベルの情報が洩れる可能性がある。

 

 

 更に言ってしまえば、戦闘中にちょっとやそっとの事では壊れないくらいの耐久性があるものでないと、簡単にバレてしまうだろう。

 

 

 信頼できる筋に頼むか、絶対に情報が外に漏れ出ない場所で作るかになってくるが、残念ながら私の記憶の限りでは私の要望に応えられるような服を作れる人物は知らないし、何なら服を作っている知り合いすらいない。

 

 パトラがかつて服の破れた部分縫ったりしてくれていたが、あれも服を直しているのであって作っているわけではないのでノーカウント。

 

 

 つまり、絶対に情報が外に漏れ出ない場所で生産するしかない。

 

 

 これから伝手を作っていくのでは時間がかかりすぎる。そんなことをしている間にアルベルの顔は瞬く間に全世界に広がっていくだろう。

 

 

 

「……アテなら、ないことはない」

 

 

 

 『絶対に情報が外に漏れ出ない場所』という条件を簡単にクリアできる土地を、私は知っている。

 

 

 何せそこは、今世の私の『原点(オリジン)』なのだから。

 

 前世とはまた違った意味での現実の厳しさを幼少期に叩き込んでくれた、私の故郷。

 

 

 

「ほう? そいつはどこだ?」

 

 

 

 

 

 

「――――……『ワノ国』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……九里って、こんな場所だったか?」

 

 

 念のために被った菅笠の少し持ち上げて、かつてとは打って変わって賑やかになった九里の街を眺める。

 

 荒くれ者やヤクザの類しかいなかった九里には、男だけでなく女や子供の笑顔にも溢れていて、活気に満ち溢れていた。

 

 

 ちなみにカイドウたちは衣装の関係上目立つため船へ置いてきた。

 万が一船を誰かが襲っても、カイドウとアルベルがいれば簡単に対処できるだろう。

 

 ワノ国の侍は強いが、外海の奴等より多少強いっていうだけで、本当に強いヤツは一握りだ。

 

 

 だが、だからと言って気を抜いてはいけない。

 

 

「おーい、待ってくれー! そこの菅笠被った別嬪!!」

 

 

 笠をかぶって顔を隠しているとはいえ、本当に強いヤツはそれを見破ってくるほど熟達した覇気の使い手なのだ。

 

 

「おれと一緒に、お茶でもしようぜ!」

 

 

 

 ――――……なんだ、その頭は。

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ、見ねェ顔だな。出身は九里じゃないな?」

 

「……兎丼だ」

 

 

 変な髪形の男に連れていかれた茶屋でお茶を啜りながら、その男と話していく。

 

 話した感じ、どうやら私の首を狙っている人物ではないらしい。30年も前の事だが、この土地に入るとやはり心の奥深くに刻まれた記憶なためか、警戒してしまう。

 

 

「兎丼か! ところでアンタ、名前はなんてんだ?」

 

「……シキ」

 

「シキっていうのか! いい名前だな! おれは光月おでんだ!」

 

 

 男のペースに終始押されているが、今の問答でこの男、おでんが身分の高い人間だという事は分かった。

 

 前世とは違い、このワノ国で苗字を持っているという事はただの一般市民ではないことを意味する。基本的に苗字を持つのは将軍や大名だけだからだ。

 

 

 つまりこの男は、この国において影響力を持つ人物で間違いないはず。

 

 

「―――光月おでん」

 

「……!!」

 

 

 少し声色を変えて話しかける。すると、私のその変化を感じ取ったおでんはおちゃらけた表情から辺りを伺いつつ真面目な表情へと切り替えた。

 

 

 

「私が、この国をぶっ壊そうとしている裏切者の情報を持ってきた、と言ったら、どうする?」

 

 

「――――……分かった。城へ案内しよう」

 

 

 

 統治者レベルの人物と出会えるとは思ってなかったが、これはかなり大きい。

 

 親睦を深めるためには、まずは互いに腹を割って話し合うのが一番だ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、そして今は()()()()()()()()()()()()重罪人の話をして、それが事実だと証明できれば、今後もこの国と仲良くやっていけることだろう。

 

 

 敵対するのは、海軍と世界政府くらいで十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 歩き始めた私とおでんの後ろで、明らかに不審な動きでその場から立ち去っていく人物を敢えてスルーする。

 

 

 先ほどの会話は聞かれていないだろうが、万が一に備えて今夜か明日の夜接触を図りに行くとしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 路地裏に入った物静かそうな女性の口角が、歪に持ち上がる。その顔を見れば、誰もが「化け物が出た」と腰を抜かして逃げ去っていくことは間違いない。

 

 

「ニキョキョキョキョ……まさかこの早いタイミングで来るとは予想外だったが……」

 

 

 路地を抜け、通りの人を縫い、再び路地に入り、街の外へ出ていく女。

 

 人の姿が見えなくなったくらいで、その女の体はみるみるうちに小柄なものへと変わっていき、そして最終的には女が立っていた場所には一人の老婆が口角を歪ませながら立っていた。

 

 

「この計画には『巨大な後ろ盾』が必要不可欠!!」

 

 

 虐げられてきた今までを脱却し、崇高なる未来を手に入れるための計画の第一歩は、既に完遂している。

 

 それは外海に出て適当な海賊団に入り、『悪魔の実』を手に入れてワノ国へ持ち帰り、それを黒炭家復興のシンボルであるオロチに食べさせる、というもの。

 

 

 そして計画の第二段階も、もうじき終わる。

 

 オロチが馬鹿な白舞と九里の大名から金を巻き上げて来てくれるお陰で、第二段階完了に必要な資金ももうすぐ集め終わるのだ。

 

 

 最後に第三段階。

 

 これが完遂すれば晴れてワノ国は黒炭家のものとなり、黒炭家は栄光を手にすることができる。

 

 

 

 そのためには、『黒炭家に手を出してはいけない』と思わせるような後ろ盾が必要だったのだ。

 

 

「黒炭シキ……アンタはきっとこの計画に賛同してくれるに違いない」

 

 

 その船に乗り合わせたのはたまたま。本当にたまたまだったのだ。

 既に死んだと思っていた姉の娘が、まさか最高幹部待遇で海賊団に迎え入れられたのを知った老婆……ひぐらしは、それを知った日の夜は顔がにやけすぎて眠れなかったほど。

 

 

 オロチ、せみ丸、カン十郎に続いて、光月家に恨みを持つ黒炭の生き残りをまさか外海で見つけられると思っていなかったのだ。

 

 

 それに、かの“白ひげ”や“ビッグ・マム”に並ぶ実力を持っていると来た。

 

 

 

 勝った。

 

 

 

 ひぐらしはそう思わずにはいられなかった。

 

 シキはひぐらしの正体については知らなかったようだが、それでもひぐらしは小踊りしたくなるのを抑えて、テンションが上がったために素早く第一段階を遂行し、ワノ国へと帰ってきたのだ。

 

 

 

 だからこそ、ひぐらしはシキの本質を見ることができなかったのだ。

 

 

 

「ニキョキョ……ニキョキョキョキョ!!

 

 

 

 森中の鳥が驚いて逃げ出してしまうほどの大声で笑うひぐらしは、シキ含め『金獅子海賊団』が計画に賛同してくれないとは、夢にも思っていない。




哀れ、黒炭家――――!!


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