盟友クエスト (皇我リキ)
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調査拠点エルガド

 私に友人は居ない。

 

 

 幼い頃より騎士として励み、全ての時間を学術と武術の向上に費やしてきた。

 

 友、仲間、そんな物は必要ない。

 

 

 信じられるのは自らの知恵と力だけである。

 

 我等は騎士。女王にその全てを捧げた者。故にそれ以外の物は必要ない。

 

 

 私はそう思っていた。──そう思いたかった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 王国周辺に出没した霞龍の調査。

 

 

 古龍という強大な存在への対処を任された事を私は誇りに思う。ただ──

 

 

「──メル・ゼナ、そして深淵の悪魔か。まさか私がエルガドに戻る前にどちらも討伐されていたとはな。……いや、流石はフィオレーネさんというべきか」

「おい坊主! 坊主? おーい、ライラック! 長旅ご苦労様さん。起きてるか? 到着だ」

 名前を呼ばれ、私は頭を持ち上げた。

 

 

「やっと帰ってこられたか。……エルガドに」

 視線の先。

 巨大な大穴の脇に設営された拠点が目に入る。

 

 

 

 観測拠点エルガド。

 

 城塞高地等、王国領内で発生したモンスターの異変を調査する為に設営された拠点だ。

 

 

 

「荷物を任せたい。私は姫にご挨拶を」

 そう言って、私は船が到着して直ぐ飛び降りるようにしてエルガドの地に足を付ける。

 

 しばらく見ないうちに少し人の出入りがあったようだ。しかし、見知らぬ者に興味はない。

 

 

 私はある方を探して調査拠点を歩いた。

 

 

「姫は……」

 私が仕える王国。その姫。

 

 まるでドレスのような美しく長い栗色の髪。幼くも母君の面影を感じられる飾る必要すらない凛とした顔立ち。

 長き任に就いていたとしても忘れようがない天使の歌声のような声。

 

 

 そんな、国の第一王女であらせられる()()()()姫。

 

 

 そんな彼女が、王族である筈の彼女が、私が霞龍の調査をしている間に調査拠点の人員不足を嘆き──自らこのエルガドで受付嬢として働くようになったと聞いた時、私は卒倒したのである。

 

 

 

 あの羽虫も殺さぬだろうお淑やかで可憐な姫が、私を含めこんな蛮族の集う野宿も当然の場所にいらっしゃる等と。

 

 

「──ライラック? ライラックではありませんか!」

 ふと、私の耳に天使が囁いた。

 

「姫!?」

 聞き間違える筈がないだろう。

 

 己の身分を恥ずるこの私の無駄に長い名前を一言一句抜かす事なく呼んでくださる、天使の声を。

 

 

 振り向く先、そこには最後にお会いした時と同じ空を舞う羽衣のように綺麗な栗色の毛が──

 

 

「姫ぇぇえええ!?」

 ──なかった。

 

 

「はい! ライラック! わたくしです、チッチェです! お久しぶりですね、ライラック!」

 私の元に駆け寄ってくる姫。

 

 しかし、その風貌は私の知る姫ではなかったのである。

 

 

 

 あの空を飾る虹色のカーテンよりも美しかった長い栗色の髪は、バッサリと短く整えられ──なんか知らんが眼鏡まで掛けているのだ。

 

 なんという、なんという事だろう。なんという──

 

 

 

「なんとお似合いか!! 姫!! 少し見ない内に、より美しくなってしまって。このライラック……不覚にも姫の前で大声を!!」

 ──なんという、美しい姿なのだ。

 

 

「自らを着飾る衣など不要。しかしそれさえも超えて、その勤勉な振る舞いを隠しきれぬとは!! は、しまった……また姫の前で大声を!! 無礼をお罰しください……姫」

「いえ、ライラックの声はやっぱり安心します。霞龍撃退の任に就いていたとお聞きしました。無事にライラックが戻ってきてチッチェ……わたくし、安心しました。おかえりなさいませ、ライラック」

 二度までならず三度でも。

 

 私の無駄に長い名前をお呼びになってくれたチッチェ姫。

 

 

 喜びのあまり頭を掻きむしってしまいそうになったが、ここは姫の御前である。余計な行動は慎まなければならない。

 

 

「……はい。王国の騎士ライラック。力及ばず、討伐とまではなりませんでしたが、かの霞龍──オオナズチを王国の領地から撃退する任を完遂致した事をここに報告します」

「改まらなくても良いんですよ、ライラック! 今の私は受付嬢、あなた達の報告を聞くのが仕事なのです」

「姫、無理を言わないで頂きたい。この身は王国に捧げた身であります。故、姫は何をなされていても私にとって姫なのです。その姿、姿勢、ご立派です」

 私がそう言うと、姫は少し驚いた顔を見せた。

 

 

 この歳にして既に気高く人望も厚い姫だが、彼女はまだ幼い。

 そんな姫をこのような場所で働かせる事になる等、自らの力不足を歯痒く感じる。

 

 

 

「そ、そんな事よりライラック! 霞龍、とても手強い相手だと聞きました。大丈夫だったのですか?」

「この通り、怪我一つありません。先程も申し上げましたが、この身は王国の物。王国以外に捧げるつもりはありません。……しかし、かの龍は曲者故、多くの時間このエルガドを留守にしました。その点、力不足を感じております」

 私は姫に頭を下げ、己の不出来を詫びた。

 

 

 霞龍オオナズチ。

 

 その名の通り、奴は霞のような存在である。その能力で姿を消し、決して人前に姿を現さない。

 

 かの龍を探すだけでもどれだけの月日を無駄にした事か。モンスターの力は未だに末恐ろしく感じる事が多い。

 

 

 

「いえ、長きの任務お疲れでしょう。しばらくゆっくり休んで下さい!」

「そうはいきません。このライラック、その身が動く限り王国に仕えるのが使命──」

「その使命を果たすのに休息が必要だと、姫は仰っているのだぞ」

 背後からそんな声が聞こえ、私は振り返った。

 

 

「ガレアス提督……!」

 声の主はこのエルガドを指揮するガレアス提督。彼は顎の髭を触っていた手を下ろし、私にこう続ける。

 

「貴殿の活躍で霞龍への対処を最小限の人数でこなす事が出来た。王国騎士の中でもフィオレーネに次ぐとまで言われる貴殿の実力に、私も感謝しているのだ」

「ありがたきお言葉。しかし、私等フィオレーネさんには遠く及びません。彼女はあのメル・ゼナや深淵の悪魔すら打ち破ってしまったと聞きます」

 これは謙遜でもなんでない。

 

 

 王国に仕える騎士として、フィオレーネさんは憧れの対象だ。

 

 王国を幾度となく危機に陥れたメル・ゼナ。そして語り継がれていた悪夢とも言える、全ての元凶まで倒してしまったとなれば──古龍一匹を撃退しただけの自分とは格も違う。

 

 

 

「アレはフィオレーネだけの手柄ではない」

「いえ、同じ事。彼女が王国騎士をうまく纏め、危機を脱したのでしょう。私には分かります」

「フィオレーネやバハリ、提督もそうですが……カムラの里の猛き炎! 彼の力無くしては、わたくし達はこの危機を脱せなかったかもしれません!」

「猛き炎?」

 姫から聞き慣れぬ言葉が聞こえ、私は首を傾げた。

 

 

 カムラの里。辺境の里だが、私にとっては懐かしい名前でもある。

 

 

「カムラよりハンターの力を借りたのだ。奴の腕はフィオレーネにも匹敵する」

「そんな者が?」

 しかし、カムラの里にそのような者が居ただろうか。少なくとも、私の記憶にはない。なくなってしまった。

 

 

「丁度良い。今、茶屋で宴会をしている筈だ」

「その、猛き炎とやらがですか?」

 辺境の里の者がこのエルガドで宴会に参加しているとは、余程フィオレーネさんの指揮で功績を挙げたのだろう。

 

「では、わたくしが()()()さんをご紹介してきます! ライラック、こちらです!」

 姫もその者を大層に気に入られているようだ。

 

 

 王国や姫の役に立つ人間ならば、騎士でなくても顔は拝んでおいて損はないだろう。

 それに()()()()()()()の人間だ。多少懐かしい話も出来るかもしれない。

 

 

 

「姫、お待ちを」

「こちらです、ライラック!」

 早歩きの姫を追いかけ、私は船着場から茶屋へと向かう。

 

 宴会が開かれていると言われていた通り、大穴を一望できるエルガドの脇に設置された茶屋は妙に賑やかだった。

 

 

 

「フィオレーネ!」

「姫?」

 宴会の席に座っていたフィオレーネさんを姫が呼ぶ。

 

 凛とした佇まいで振り返る彼女は、私の顔を見て少しだけ目を丸くした。

 

 

「ライラック……無事に任を終えたという事か」

「はい。力及ばず、時間と力を使い撃退がやっとでしたが」

 あのメル・ゼナを討伐してしまったらしいフィオレーネさんの前では謙遜すら歯痒い。

 

 しかし、フィオレーネさんは見た事もない柔らかな表情でその癖のある髪を揺らして「無事ならば良かった」と私を手招きする。

 

 

「丁度良い、紹介しよう。丁度彼の出番なんだ」

「彼? あぁ……件の」

 私はフィオレーネさんの隣に座ると、何やら催しをしている舞台に視線を向けた。

 

 どうやら順番に一発芸を披露しているらしい。あまり興味はないが、件の猛き炎という奴が何をするのかは気になる。

 

 

 

「はーい、どうも。ツバキングでーす。一発芸します」

 よく分からん掛け声と同時に現れる一人の男。

 

 その風貌は英雄というにも見窄らしく、猛きという言葉が似合う目をしている訳ではなかった。

 

 どちらかといえば凡骨。

 覇気も見られない、死んだ魚のような目をした冴えない男。

 

 

 このような者が猛き炎と呼ばれ、フィオレーネさんと同等の腕を持つ等とは俄かに信じがたいだろう。

 

 否、姫や提督の言葉に疑いを持った訳ではない。あくまで見た目の話だ。見た目で人を判断するのは愚人である。

 

 

 故にこの男が何を見せてくれるのか、多少期待が持てた。

 

 

 

「えー、ビシュテンゴのモノマネをします」

「は?」

 次いで発せられる謎の台詞。

 

 同時に、男はその覇気のない瞳を持ち上げ、何処から取り出したか分からない柿を無造作に口に運び下品な笑い方をしながら「ウキキー」と獣の鳴き声のような声を漏らす。

 

 

 

「ウッキキー!」

 下品極まりない。

 

 あまつさえ姫の前でこのような狼藉を働く等と、今ここで首を刎ねられ、里に赴き末代までその罪を償う覚悟だけはあるようだ。

 

 

「貴様──」

「ふふ」

 私が剣を取ろうとした時、隣で天使が笑う幻聴が聞こえる。

 

 馬鹿な、と首を向けた。

 そこには、まるで幼子の時のような自然体で笑う姫の姿がある。

 

 

「ひ、姫……。ふぃ、フィオレーネさんこれは──」

 首を反対に向けた。すると、フィオレーネさんも見た事もないような笑みを見せている。

 

 

「呪いか妖術の類か!?」

「何を言っているんだ、落ち着けライラック。そう、今珍妙な事をしているのが()()()。カムラの里の()()()

 そう言いながら、フィオレーネさんはその()()()を見て微笑んだ。

 

 

「私の大切な友人──いや、盟友だ」

「そんな事あります?」

 許される訳がない。

 

 

 友だと、盟友だと。アレが。

 

 

 

 そんな事が許される訳がない。

 

 

 

「わ、私は……」

「ライラック?」

「……私は認めんぞぉぉおおお!?」

 許す訳にはいかない。



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雷狼竜ジンオウガ

 城塞高地。

 かつての城塞都市が自然に飲まれ、複雑な地形故に様々なモンスターが縄張りを主張し合う危険な狩場である。

 

 

 

「貴様、焚き火が消え掛かっているではないか。猛き炎なのに火の番も出来ないのか」

「別に焚き火と掛けた猛き炎じゃないからね? てか別に自称してる訳でもないからね?」

 生気のない瞳を向けて、男は溜息混じりにそう言葉を吐いた。溜息を吐きたいのはこちらである。

 

「てか、なんで俺がこんな事を……」

「貴様、まだ自分の立場が理解出来て居ないと見えるな」

 私が顔を覗き込むと、男は情けなく「ひぇ!?」と声を漏らした。

 

 

 このような男がカムラの里では優秀なハンターであり、百竜夜行と呼ばれた未曾有の危機から里を救い、古龍を鎮め、あまつさえエルガド側から助けを求めメル・ゼナや深淵の悪魔討伐に助力をしたという。俄に信じがたい。

 

 

 

「貴様は姫に狼藉を働き、あまつさえ謎の妖術でエルガドの者を操っている。そうでなければ、貴様のような者が猛き炎等とまで呼ばれ、歓迎されている訳がない」

「初対面でこの言いようの方がどうかと思わない!?」

 口を開けて固まる男。

 

 

 名をツバキ。

 

 辺境の里──カムラでは猛き炎と呼ばれ、信頼を勝ち得ているハンターらしい。

 

 

「そもそもな、姫だって言ってたろ。俺がカムラの里のハンターだって」

「貴様は姫を操っているのだ!」

「どうやって!? 操るって何!?」

「黙れ狼藉者!!」

「は、話が通じない……」

 見た所、多少身体は鍛えているようだが何より覇気がまるで感じられない。

 瞳もそうだが、力の抜けた身体はやろうと思えば何時でもその首を落とせそうな程に腑抜けているのだ。

 

 

 こんな者が深淵の悪魔討伐の貢献者等と、信じろという方が難しいだろう。

 

 

 

「くそ……。んで、なんだっけ? えーと、アフラック? さん? アフラックさん」

「ライラックだ!! なんだその報酬金保険会社みたいな名前は!!」

「あー、そうそう。悪い悪い、名前覚えるの苦手なんだよね」

「あん? 貴様まさか姫やフィオレーネさんの名前も覚えずにふざけた名で呼んだりしてないだろうな?」

「いや、名前覚えるの苦手なのは野郎だけだからそれは大丈夫だ。俺が女性の名前を間違える訳ないだろ」

「なんだコイツ!?」

 なんだこの軽い男は。

 

 どうせコイツはアレだ、女性にモテる為だけにハンターを目指した志の低い男に違いない。

 

 

 やはりこのような男がまともなハンターな訳がない。私は正しかった。

 

 

 

「もう良い。貴様の事は分かった。……出るぞ、役には立たないだろうが防具だけは確りと整えろ」

 それも、このクエストの結果でエルガドの者に知れ渡る事だろう。私が居ない所で狼藉を働き続けた報いを受けさせるのだ。

 

 

「あー。で、ライラックさんや。ジンオウガだっけか? 狩猟対象」

「そうだ。雷狼竜とも呼ばれる、雷光虫と共存し強力な()()を使うモンスターだ。貴様、狩猟経験は?」

「ツバキです。キサマではないですね」

「狩猟経験は?」

「うわぁ。んー、えーと、一応……ある」

 目を逸らしながら男──ツバキはそう言う。

 

 

「……信用ならん」

 この男を私はどこまで信じれば良いのか検討がつかない。故に今、私はこうしてこの男を狩場に連れ出した訳だが。

 

 

 

「なんでこんな事に……」

()()()の態度を呪うのだな」

 こうなったのは他でもない、この男が姫に狼藉を働いたからだ。

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 

 

「──私は認めんぞ!!」

 長きに渡る任務を終え、エルガドに戻った私を待っていたのは決意を胸にあの美しかった長い髪を切ってまで受付嬢の仕事をこなしていた姫だった。

 

 そんな姫と尊敬するフィオレーネさんに紹介されたこの男。

 

 

「え? 何? なんだ?」

「貴様か。カムラの里の猛き炎というのは!」

 辺境の里、カムラのハンター。

 

「あー、一応なんかそんな風に呼ばれちゃってますねー。ツバキで良いよ、ツバキで」

「貴様を殺す!!」

「なんで突然!?」

 ツバキと名乗ったその男は、あろうことかモンスターの真似と言いながらあまりにも下品な姿を姫に見せつけていたのである。

 

 

「姫になんと無礼な真似を!!」

「そういや冷静に考えたらチッチェは姫だったな!! よくよく考えたら俺ヤバい事してた!?」

「よくよく考えなくてもヤバい!! なんだ貴様!! なんなんだ貴様!! 今すぐその首を刎ねてやる。こちらへ来い!!」

「ら、ライラック! 落ち着いて下さいライラック!!」

 姫が私の腰を揺すりながら慌てたような声を漏らした。

 

 そうだ落ち着かなければならない。騎士たる者、どんな時も冷静であれ。

 

 私は一度深呼吸をする。

 

 

「……貴様を殺す。首を差し出せ」

「何も変わってねーよ!! チッチェが落ち着けって言ってるだろ!!」

「貴様今姫を呼び捨てにしたかぁぁぁああああ!!!!」

 私は憤慨し──その後の事は少し覚えていない。

 

 

 気が付くと、姫とフィオレーネさんが私にこのツバキという男を紹介してくれていた。何故か私は縛られてるが、理由が分からない。

 

 

 この男、カムラの里の猛き炎──ツバキ。

 なんでもカムラの里を襲う未曾有の危機──百竜夜行を退け、その根源たる古龍を討ち、里の安寧を守った男だという。

 

 

「この男が?」

「一応そういう事になってます。勿論、俺だけの力な訳がないけどな」

 飄々とした態度でそう口にする男。

 

「こんな覇気も感じられず吊り上げて死んだ魚のような目をした男が!?」

「言い過ぎじゃない!?」

 私には信じられなかった。

 

 

 この男が一つの里を救い、さらにこのエルガド──ましてや王国の危機である深淵の悪魔の討伐にすら助力したのだと。

 

 

「ツバキさんは凄いハンターさんなんですよ!」

「いやー!! それほどでも!? あるけどね!? ハッハッハッハッ!!!」

 姫に褒められて謙遜もせず鼻の下を伸ばすこのような男を、私が信じられる訳がない。

 

 

「姫、何かの間違いではないのですか?」

「……ライラック、無礼です。ツバキさんは、本当に私達の──王国の恩人なんですよ」

 訝しげな表情で。

 

 姫は私にその表情を向け、そんな言葉を漏らす。私は心臓に杭を打たれたのかと思い、血反吐を吐いた。

 

 

「ライラック!?」

「──ゴフッ、ご……ご無礼をお許し下さい姫。しかし、私は! 私には! その男が信じられません!」

「ならば、試してみてはどうだろう」

 隣で話を聞いていたフィオレーネさんが私にそう語り掛ける。

 

「……試す、とは?」

「このツバキは正真正銘、優秀なハンターだ。それは私が一番知っていると言っても過言ではない」

 少し自慢げにそう語るフィオレーネさん。何故そうも自分の事のように自慢げなのか、私には分からない。

 

 

「ツバキと共にクエストに赴き、その実力を見て貰えばお前もツバキを認める筈だ」

「ちょ、待ってくれフィオレーネさん。俺この人と狩りに行くの!? 途中で殺されない!?」

「その話乗った!!」

「俺が乗ってないが!?」

「カムラの里の猛き炎よ!! 私と共にクエストを受けてもらう!! 姫、クエストを!!」

 ──そうして私は、この男と共に城塞高地へと赴いたのだ。

 

 

 

「──確かなんだっけ、元々縄張りでもない場所でジンオウガが暴れてるって話だよな?」

「クエストの内容か。……確かそのような事が書かれていた。それがどうした? 我々は狩猟しろと言われた事をするだけだ。やれと言われればやる、それが騎士の務め」

「……そりゃ、確かに。いやだけど、俺は騎士じゃなくてハンターさんなんでね。一応頭に入れとかにゃならんのよ」

 そう言いながら、男は欠伸をしながら立ち上がる。なんと緊張感のない。

 

 

「錯乱してるってなると……やっぱアレの可能性も高いよな。ライラック、エルガドを暫く離れてたって聞いたけどキュリアや傀異化の事は?」

「知っている。吸血性の謎の赤い虫、そしてその生物が保有する毒で獰猛化したモンスターの事だろう」

 噛生虫キュリア。深淵の悪魔がこの世に解き放った厄災。

 

 本来は生物のエネルギーを吸い取り、それを主である深淵の悪魔に還元するという存在だった筈のそれは──深淵の悪魔討伐と同時に主人を亡くしこの世界から消えるものだと思われていた。

 

 

 しかし、彼等は生きようともがいたのだろう。

 

 他の生物に寄生し、離れては寄生し、それを繰り返す内に進化を果たした。宿主を失っても果てず、次の宿主を探す力を得たのである。

 

 

 そうして王国周辺でキュリアは爆発的に生息域を拡大していった。その対処もまた、エルガドの使命とも言えるだろう。

 

 

 

「ジンオウガが、キュリアに寄生されていると?」

「可能性は高いだろ」

「だからどうしたというのだ。我々はそのジンオウガを狩猟する、それだけだろう?」

「お、おぅ。それは……そうな」

「なんだ? 気を付けろとでも言いたいのか?」

「気を付けるのは当たり前として、お互いに分かってる事があるなら共有しておきたかっただけだ。一応、仲間なんだしな」

「ふん……」

 仲間等ではない。

 

 

「行くぞ」

 ただ、同じ仕事を受けた他人だ。

 

 

 

 

 ──鋭い爪が地面を裂く。

 

 私はそれを盾で受け流し、竜の懐に滑り込みながら剣を振り上げた。

 

 

 血飛沫と共に悲鳴が溢れる。

 

 雷狼竜ジンオウガ。

 強靭な前足と、雷光虫との共存で手に入れた雷の力が特徴的な牙竜種のモンスターだ。

 

 

 派手な色の体毛に血液の色が混じる。

 

 交戦開始から数刻。未だに雷狼竜は電気を纏う本気の攻撃はしてきていないが、肉弾戦だけでも厄介な相手だ。

 しかし、私は王国の騎士である。同伴の男も一応は腕の立つ狩人らしい。

 

 特に狩猟に問題はない──と、思いたかった。

 

 

 

「──うわ!? あぶねぇ!! 死ぬかと思った!!」

 男──ツバキが、自分の得物を放り投げながら地面に転がる。

 

 数瞬前まで男が居た場所を踏み潰し、唸るジンオウガ。

 

 

「真面目にやれ!!」

「全然真面目にやってるわ!!」

 モンスターの前で武器を捨てる馬鹿がいようとは。そしてあろうことか、ジンオウガは再び男を狙い身体を捻った。

 

 

「ひぇぇ!?」

「逃げたぁ!?」

 叩き付けられる雷狼竜の尻尾。しかし、男は情けなく涙を垂れ流しながら武器も構えずに全力で逃走する。

 

 身のこなしは良いかもしれないが、あまりにも情けがない。騎士の誇りも英雄の志も感じられない。

 

 

「馬鹿!! 戦略的撤退だ!!」

「とっとと武器を拾えたわけが!!」

「折れてないな、よし。次この太刀折ったら皆に何言われるか分かったもんじゃないからな……」

 カムラの里の宝刀とも呼ばれる太刀を拾いながらそんな言葉を漏らし、男はソレを構えた。

 

 

 聞き間違いでなければ、今この男は里の宝刀を折ったとか言わなかっただろうか。聞かなかった事にした方が良いのだろうか。

 

 

 唖然としていると、雷狼竜が吼える。

 

 城塞高地に響く竜の雄叫び。相手も引く気はないのだろうが、騎士として国の危機に対してこちらも引く気はない。

 

 

「……やっぱ、なんかおかしいな」

 太刀を構えながら、男がそんな言葉を漏らした。

 

「何がおかしい。お前の態度か」

「いやそうじゃなくてな」

 目を細め、少し真面目な表情で男はこう続ける。

 

 

「……雷光虫が居ない」

「だからどうした?」

 確かに、交戦開始から数刻。雷狼竜はその名を疑いたくなる程、肉弾戦のみで戦っていた。

 

 

「なんか怖いだろ、いつも一緒に居る奴が居ないのってさ」

「どうでも良い。共存と使役は違うだろう」

 しかし共存関係と言えど、所詮は別の生き物である。私と王国、キュリアと深淵の悪魔のように、主従関係という訳ではない。

 

 

「居ないなら居ないだけだ。見放され、共存たり得なかっただけの事」

「そんな寂しい事言うなよ……」

 雷光虫か雷狼竜かどちらかに問題が有れば、その関係は破綻するのだ。何もおかしな事ではない。

 それがもしおかしな事だとしても、今から屠る相手と雷光虫の関係性なんてどうでも良い。

 

 

 

「……いや」

 ふと、雷狼竜が天に向かって吼える。

 

 同時にかの竜に集まっていく光。雷光虫が居ないと言っていたが、どうやらそもそもソレが勘違いだったらしい。

 

 

「来るぞ、下がれ」

「雷光虫……いや──」

 雷狼竜は雷光虫を呼び、自らが帯電する事でその力を増すモンスターだ。この時の放電に巻き込まれないように、私は一歩引く。

 

 

「──いや違うライラック!! そいつら雷光虫じゃない!! 下手に離れるな!!」

「──何?」

 刹那。

 

 

()()光が視界を遮った。



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傀異化ジンオウガ

()()光が視界を遮った。

 

 

 雷狼竜から爆発的に放たれる光。

 

 それは雷光虫のソレには見えない。赤黒く、周囲の光を吸い込むような、そんな光である。

 

 

 

「な──」

「伏せろ!!」

 同時に。私の身体は男に突き飛ばされた。

 

 視界に入る赤い光。

 それを纏うのは、胴体と口だけの珍妙な身体に羽が生えた赤い生物──キュリア。

 

 

 私の身体は地面を転がり、雷狼竜から少し離れる。

 

 

「なんだ!?」

 身体を起こすと目に入ったのは、雷狼竜の周りを旋回するように飛び去る噛生虫の姿。

 

 それが周りの木々を、岩盤を抉り取るように飛翔していた。もし直撃していたら、無事では済まなかっただろう。

 

 

「あの男は!?」

 そう思った瞬間、視界に男の姿がない事を認識した。私を突き飛ばしたのは、これを避けさせる為か。

 

 それでは、あの男は──

 

 

「──っぶねぇ!! 殺す気か!? いや殺す気だよな!! いや別にそうでもないか!?」

 男は雷狼竜の直ぐ傍で身体を持ち上げながらそう言う。

 

 私を突き飛ばして、直ぐに雷狼竜の懐に飛び込んだのか。

 かの竜が帯電していれば悪手だが、彼が思っていた通り雷光虫が居ない状態なら、雷狼竜が保持する雷の力は少ない。

 

 

「おい無事か!?」

 男は雷狼竜から距離を取りながら、私に目を向けてそう口を開いた。私は頷くだけにして、雷狼竜に視線を向ける。

 

 

 同時に、雷狼竜は血走った瞳を私達に向けた。

 

 キュリアに生気を吸われ、じきに事切れるだろうその命を燃やし、竜は吼える。

 

 

「苦しいよな、今楽にしてやる……。ライラック!」

「チッ、分かっている!!」

 その眼光が私を捉えた。持ち上げられた前足が降ってくる。

 

 私はそれを横に飛んで交わし、さらに迫る追撃は地面を転がって避けた。

 もはや命の灯火が消える雷狼竜と共存しても意味がないと察したのか、それともキュリアに取って代われて追い出されたのか。

 

 なんにせよ、雷光虫の力を使えないと分かればそれなりの対処で事が済む。

 悔しいが、男──ツバキが言っていた分かっている事の共有は確かに狩りを有利に進める点において重要な事なのかもしれない。

 

 

「しかし、ナンセンスだな。……この私が!!」

 私に攻撃が当たらないと見れば、今度はツバキに狙いを変える雷狼竜。

 

 その巨体を叩き付けるように身体を捻った竜の足に、私は片手剣を叩き付けた。悲鳴が上がり、雷狼竜は血走った瞳を私に向ける。

 

 

「助かったぜ!」

「これで貸し借りなしだ!!」

「なんの話だか……!!」

 ツバキは不敵に笑い、自らから目を逸らした雷狼竜の喉元向けて太刀を振り上げた。

 

 血飛沫が上がる。

 狩場で情けない悲鳴を上げ、逃げる事を恥とも思わずプライドという物を持たない男だが、確かに腕はそれなりにあるようだ。

 

 

 真っ直ぐに伸びた太刀の切っ先が弧を描く。

 

 喉を裂かれた激痛にもがく雷狼竜に向け、切り返しながら一撃二撃。

 続けて身の丈程の刃を身体ごと回転させ、横腹を切り裂き納刀。

 

 

 等身が細く長い、太刀という武器はかなり脆い繊細な武器だ。

 

 扱いを間違えれば宝刀だろうがそこら辺の鉄の太刀だろうが簡単に折れてしまう。

 今の流れでツバキという男が太刀を使いこなしているという事だけは分かった。

 

 

「ひぇ……今ので倒れないのか」

()()()モンスターはキュリアの毒にやられて我を失っている。その命が尽きるまで止まる事はない。そうだろう?」

 ツバキの横に立ち、剣を構える。

 

「お、おう。そうだな」

「ならば、その命を取るまでだ」

 確かに腕は立つのかもしれない。

 

 

 しかし、私とて王国の騎士だ。この男にばかり手柄を取られる訳にはいかない。

 

 

「私が隙を作る。一撃で決めろ」

「突然無茶言うじゃん!!」

 ツバキは口を開けて固まる。

 

 確かにこの男からは覇気も志も感じられない。しかし、狩猟の──狩人(ハンター)としての腕は確かだ。

 

 

 態度は好かんが、姫やフィオレーネさんがこの男を信じているという事は紛れもない事実なのだろう。

 

 

 

 ならば、認めるしかない。

 

 

 

「雷狼竜よ、今その苦しみから解放してやろう」

 叩き付けられた剛腕を踏み付け、その腕を駆け上がった。

 

 そして剣を引き摺るように腕を引きながら持ち上げ、雷狼竜の背中に足を掛けながら頭部の角に片手剣叩き付ける。

 

 

「──跳べ」

 そのまま頭を蹴り飛ばすと、雷狼竜は激痛から流れるようにがむしゃらに駆けた。

 

 目の前が見えているのか見えていないのか。竜が進む先は瓦礫の壁である。

 

 

 刹那。

 

 轟音と共に、その頭部を勢いよく壁にぶつける雷狼竜。

 

 

 脳震盪を起こしたのか、竜は短い悲鳴を上げて仰向けに倒れた。

 

 

 

「そんじゃま、やれと言われたからにゃ、やるしかあらんわな……!!」

 私が着地すると同時に男は低く構える。

 

 

 その姿に一瞬、昔の記憶が重なった。

 

 

 

「──っぅ」

 ──刹那の残影、疾風の如き。

 

 

 息を止めた男は次の瞬間、刹那の内に回転。

 

 倒れてもがく雷狼竜の頭に斬撃が叩き付けられ、あまりの刀身の速さに納刀から数瞬遅れて血飛沫が舞う。

 

 

 雷狼竜は瞳孔を開き、一度首を持ち上げようとしてそのまま倒れた。

 

 その瞳から光が消えていく。

 一つの命が終わりを迎え始めた。

 

 

 

「クエストクリアだな」

「……ふん。貴様の実力だけは認めてやる」

「あ、はい……そうですか。……ん? キュリアが……」

 雷狼竜の体から、その生命を吸っていた噛生虫が飛び立っていく。

 

 失われた命から吸えるものはない。

 噛生虫は用が済んだ亡骸に興味すらないように、飛び立っていった。

 

 

「まったく……薄情な奴らだよなぁ。いや、そういう生き物だってのは分かるけど」

「彼らのソレは共存ですらない。用がなくなれば、捨て置くのは当然だろう」

 噛生虫は対象の生命を奪い去り、同時に暴れさせる事で生息域を拡大し──次の寄生先を見つけ出す。

 

 

 それが本来の主を失い、生きる為に進化した彼等の生態だ。我々人間からしても厄介だが、生き物とはそういうものだろう。

 

 

「お、雷光虫」

 ふと一匹の雷光虫がツバキの目の前を通過した。

 

 ソレはゆっくりと雷狼竜の元に向かっていく。

 

 

 

「悪いな……。お前の友達、苦しんでたからよ」

「虫に言葉は理解出来ないだろう」

「気持ちは大事だろ」

「……ふん。それに、()()等ではない。彼等はただお互いに利用し合っているだけだ。それこそ、共存関係という生き物が取った道だろう」

 雷光虫は天敵であるガーグァから身を守る為、雷狼竜は己の力を強化する為。

 

 彼等はその目的の為に、行動を共にしているに過ぎない。

 

 

 そこに友情関係等──

 

 

 

「そうか? 難しい話は分からん」

「お、おい……キサマ」

 ──倒れた筈の雷狼竜が瞳を開けた。

 

 まだ息があったらしい。しかし、時期に朽ちるだろう。

 そもそも瞳を開けられる程の体力が残っていた事が疑問でならない。

 

 

「手加減したのか。無駄に命を苦しめる行為だ、それは」

「してないしてない。俺は本気で殺す気でやった。そんな事出来る実力なんてねーよ。……けど多分さ、友達が来たから」

「は?」

「最期の別れって事なんじゃないか? 頑張って目、開けたんだろ。……俺達はもう行こうぜ」

「そんな訳があるか。……おい、待て!」

 両手を頭の上に置いてベースキャンプに向かうツバキ。

 

 

 私は小さな光が寄り添う雷狼竜を尻目に、彼の跡を着いて歩いた。

 

 

「そんな訳が……あるか。そうでなければ何故、彼は──」

「あ? どうかしたか?」

「……なんでもない。とっとと歩け」

「へ、へぃへぃ」

 苦笑いしながら前を歩く男の姿と、()()()()の姿が重なる。

 

 

「……否、私に友人はいない」

 首を横に振って、その幻覚を振り払った。いやでもチラつく顔がボヤけていく。

 

 

 

 ──彼は、私との約束を破った。友人等ではない。

 

 

 

 

 エルガドに戻るまで、私はツバキと口を交わす事はなかった。

 

 気まずそうな顔で視線を泳がせる姿はあまりにも情けない。静かに時を過ごすという事を知らないらしい。

 

 

 しかし、彼の実力だけはそれ相応だと認めるしかないだろう。

 

 結果こそが全てだ。私はそうやって生きてきた。

 

 

 

「──無礼を詫びさせてほしい」

「──なんで急に!? 道中何も喋らなかったくせに!!」

 エルガドに着き、姫とフィオレーネさんの前で私はツバキに頭を下げる。

 

 これは騎士としての責だ。

 

 

 私は実力者を愚弄し、非礼を働いたのである。今ならば、姫やフィオレーネさんが仰っていた事も理解出来た。

 

 

 

「キサマは確かな実力者だ。姫やフィオレーネさんがそう口にしながら、私はそれすらも信じられなかった。……姫、私を罰してください」

「頭を上げてくださいライラック。私は気にしていません……!」

 なんとお優しい方だろう。

 

 しかし、姫が許しても本人がどう捉えるかだ。

 

 

 この無礼を償うにはどうしたら良い。私には分からない。

 

 

「……良く分からんけど、突然変な行動しないでくれよ気持ち悪い」

「気持ち悪い!?」

 ツバキの言葉に私は目を丸くする。

 

 この男、誠心誠意頭を下げている私の事を気持ち悪いと言ったのか。

 

 

「無礼もクソも、俺の態度が気に食わなかったけど……その? なんていうの? 一緒にクエスト行って俺の事認めてくれたって事で良いんだろ?」

 言いながら、ツバキは片手を私に向けてこう続けた。

 

 

「一回一緒にクエスト行ったんだ。これで俺達もう友達だろ?」

 不敵に笑う男の顔を見ながら、私は顔を上げる。

 

 

 

 私はこの男を最大限の表現で侮辱した。それなのに、彼は何も気にしていないように見える。

 

 プライドというものがないのか。

 

 

 しかし、彼はクエスト中──狩人(ハンター)としての自らを私に見せ付けた。

 

 

 彼は正真正銘、カムラの里の猛き炎なのだろう。

 

 

 

「──なるほど」

 私は頭を上げて、ツバキという男の死んだ魚のような目をまっすぐに見た。

 

 

「な? これで俺とお前は友達──」

「誰がキサマ等と友達なんて物になるか!! 私はキサマの実力を認めただけで、キサマの人柄まで認めたつもりは微塵もない!! まずは姫への無礼を改めよ!! そしてその死んだ魚のような目付きをなんとかしろ!!」

「はぁぁぁあああああ!? 目付きはどうしようもないだろうがよ!! 目付きは!!」

 エルガドに私とツバキの怒号が響き渡る。

 

 

 姫達は苦笑いをしているが、やはり私はこの男を認める訳にはいかない。

 

 

 

「なぜそうもキサマには覇気がないのだ!! もう少し背筋をシャキッと伸ばせ!! 目付きを何とかしろ!!」

「どうしろってんだよ!! 俺に目付きをどうしろってんだよ!!」

 認める訳にはいかないのだ。

 

 

 騎士として。──ライラックとして。



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傀異化モンスター

 静かな朝の時間が私は好きだ。

 

 

 登り始めた太陽が照らし始める薄暗い空。

 

 キャンバスに色を塗り重ねていくように変わっていく景色を見ながら、優雅に紅茶を淹れる。

 

 

 静かな朝。

 今日も騎士の務めを全うしようと、強く決意するこの時間が私は──

 

 

「お!! こんな所に居たなライラック!! うんこしたいんだけどトイレ開いてなくてさ、どっかうんこ出来る場所知らないか? うんこ!」

「うんこ!?」

 ──私は、飲んでいた紅茶を吹き出した。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 臭い。

 

 

「──ふぅ、スッキリした。助かったぜ、ライラック」

「キサマ……。朝から何のようだ。てか起きるの早いな」

 観測拠点として人の集まるエルガドだが、早朝ともなるとまだ寝ている者の方が多い時間である。

 

 そんな静かな朝に、この男──ツバキは私の部屋に押し入ってあろうことか()()を済ませていた。何故だ。

 

 

「畑仕事ばっかしてたからな。起きるの早いんだよ」

「キサマはハンターではなかったのか!?」

「ハンターだけど、最近やっとハンターになったばかりでまだ農家の感覚が抜けてないんだよな。てかカムラに居る内はハンターやりながら畑仕事やってたし」

 ツバキは早朝だからとかは関係なく死んだ魚のような目を私に向けてそう口にする。

 

 

 瞳は死んでいるが、確かに特に眠そうという顔はしていない。早起きなのは本当のようだ。

 

 

「ふん、どうでも良い。()が済んだならとっとと立ち去れ。私は忙しい」

「いや確かに()は済んだんだけどね。めっちゃ出たんだけども」

「態々言わなくて良いわ!!」

 なんなんだコイツ。態々他人にうんこめっちゃ出たとから言いにくるな気持ち悪い。

 

 

「ほら、朝って暇じゃん。お前暇そうだったし、付き合ってくれよ」

「私が暇そうに見えたのならとんだ勘違いだ。私は忙しい。帰れ」

 暇を持て余した小さな子供のような事を言うツバキに見下す目を向けて、私は溜息を吐きながら彼に背中を向ける。

 

 

 朝は考え事に向いているのだ。

 こうして紅茶を飲み、今日自らが行うべき事について考え、精神を統一する。

 

 それが私の日課だ。優雅にゆったりと、紅茶を味わう。

 

 

「お前の部屋エロ本とかないのか」

「エロ本!?」

 私は紅茶を吹いた。

 

 

「なんでまだ居る!?」

「いやエロ本探してて。暇だって言っただろ」

「帰れって言っただろ!? エロ本ってなんだ!? そんな物が部屋にあるか!!」

「お、元気なツッコミだな。見込みあるぞお前」

「なんの話だこの狼藉者!!」

 私は息を切らしながら立ち上がり、ツバキの肩を掴んで部屋から追い出そうとするが、足が地面と溶接でもされているのか全く動く気配がない。

 

 尚も死んだ魚のような顔で部屋を見渡すツバキに私は溜め息を吐いて、紅茶を入れ直す。

 

 

「何がしたいのだ、貴様は」

「いや、どうせチッチェ……姫が起きて来たら? ライラックもなんかクエスト行くだろうなって思って」

「今貴様姫の事を呼び捨てにしようとしてなかったか?」

「してません」

「そうか。……しかし、貴様の言う通り私の予定はそんな所だ。で、だから、どうしたと?」

 クエストに向かうからなんだというのか。

 

 

 私は王国の騎士。

 この身を王国に捧げた者だ。王国の為に働くのが、私の義務である。

 

 

「いやー、なんなら俺も混ぜて欲しいなーって思って。パーティに」

 この男にしては遠慮気味な態度を見せながら、ツバキは自分を指差してそう言った。

 

「私と共にクエストに参加したいと?」

「そう。そういう事」

「なるほど」

 お互いの実力は先日の雷狼竜との戦いで知っている。

 

 

 この男は態度こそ気に食わないが、腕だけは良い。私も断る理由はない。

 

 それに、王国の為にクエストを受けて働きたいという心構え。この男にそのような心構えがあったとは、少し見直した。

 

 

 

「王国の為に働こうというその心構えは気に入った。良いだろう、共に王国の剣となろうではないか」

「よっし、決まりだな。いや助かったぜライラック。この前、太刀放り投げたら刃こぼれしちゃってさ。カムラに戻ってハモンのじっちゃんや里長に見られたら何言われるか分かったもんじゃないしな! クエスト報酬使ってエルガドで直しておくのが一番って訳だ!」

 私が共に手を取り合おうと伸ばした手を取りながら、ツバキはそんな言葉を満面の笑みで溢す。

 

 

「は?」

「ん?」

「今なんて?」

「だから、金欲しいからなんかクエスト行こって事」

「はぁ……」

 この男に期待した私が悪かった。

 

 姫よ、愚かな私を罰して下さい。

 

 

「この話は無かったことに」

「なんで!? え!? 良いって言ったじゃん!? 頼むよライラック。里長がこっちに用があるから来るとか言ってて、早くなんとかしないと俺の身が危ないんだって!!」

「知るか!! 他を当たれ!!」

「里の友達も今こっち居ないし、フィオレーネさんにこんな事でクエスト一緒に行こうなんて言えないだろ?」

「その自覚はあったんだな……」

 自分が愚かだという自覚はあるらしい。そんな理由で多忙なフィオレーネさんに声を掛けよう物なら私がその根性ごと頭を叩き割るが。

 

 

「今、俺にはお前しか頼れる奴が居ないんだ。頼むよライラック……」

 初めて見るような真剣な表情で私の目を真っ直ぐに見てそういうツバキ。

 

 理由が理由ならば、王国の為にフィオレーネさんの元で戦った()()()()の頼みを断る理由はない。しかし、理由が理由である。

 

 

「ライラックさん……」

「なんだその目は貴様……」

「お願いします」

 ついに頭まで下げ始めた。理由が理由なのであまりにも情けない。

 

 

「本当にお願いします!!」

「やめろ!!!」

 ついに土下座し始めたツバキの頭を上げる。この男にはプライドという物がないのか。

 

 

「頭を下ろす行為は相手に生命共通の弱点である頭を相手に向けるという行為なのだぞ。貴様はカムラの里の猛き炎なのだろう!? もう少しプライドという物を持て!!」

「だって里長怖いもん……」

 泣き始めた。ついにこの男に泣き始めた。

 

 

「……わ、分かった。分かったから頭を上げろ。国の友人にこんな事をさせていると知れたら、私の恥だ」

「別に友達にだって頭下げるだろ普通」

 身体を起こしながらそんな言葉を漏らすツバキに、私は一瞬固まってしまう。

 

 

 友達。

 

 この男は今そう言った。

 

 

「……誰がいつ、貴様の友人になった」

「あれ」

「私に友人等居ない!!」

「え、ちょ、ライラック!?」

 気が付いたら怒鳴っていて、私は首を横に振る。

 

 

 彼は別に悪くない。

 

 

 そうだ、悪いのは私だ。

 

 

「……すまない、今のは忘れてくれ」

 私はそう言ってツバキに頭を下げる。頭を下げるのは、自らの弱点を相手に向けるという行為だ。

 

 

「痛!?」

 すると、何故か私はチョップされる。弱点部分に、結構な勢いでチョップをされた。

 

 

「何をする貴様!?」

「頭下げんなって言ったのお前だろ。別に俺は友達だと思われてなくても、()()良いけどさ」

 そう言って、ツバキは朝日が照らし始めた部屋の外まで歩きこう続ける。

 

 

「俺は勝手にお前の事友達だと思ってるから」

「たかが一度一緒にクエストをクリアしただけで」

「それ以上の理由が居るか? 俺達命懸けのお仕事してきた仲じゃん」

 狩場はどんなクエストでも危険が伴う物だ。

 

 

 どれだけ優秀なハンターでも、何かタイミングが悪かったというだけで命を落とす事は少なくない。

 

 

 彼はそれが分かっているのだろう。

 

 

 故に分からないのだ。何故、こうもお気楽なのか。

 

 

 

「貴様は、強いのだな」

「え?」

「いや、なんでもない。姫がお仕事を開始したら、まずはクエストを見つけるぞ」

「んー、ガッテン。儲かる奴が良いな」

「たわけ」

 本当に分かっているのだろうか。

 

 

 

 人は簡単に死ぬという事を。

 

 

 

 

「あ、チッチェ……姫!! 姫!!」

「ツバキさん! ライラック! おはようございます。どうかなされましたか? ツバキさん。普段はそんな呼び方──」

「何でもないよぉ!! 何でもないよチッチェ!! あ……」

 私は剣を持ち上げる。

 

「待て待て待て!! ハンターの武器は人に向けてはいけませんでしょ!?」

「ふん!!」

「ビャァァァ!?」

「すまない、羽虫がいたのだ。……所で、いま姫に何か言っていたか?」

 叩き付けた剣をしまいながら私がそう聞くと、ツバキは腰を抜かしたまま首をブンブンと横に振った。

 

 

「姫、クエストを」

 泣き喚いているツバキの事は無視して、私は姫から今出ているクエストの一覧を見せて頂く。

 

 

 私は王国の為、国が必要としたクエストをクリア出来ればそれで良い。報酬など二の次だ。

 

 しかし、国はより難易度の高いクエストにはより高い報酬を振り分けている。

 難易度の高いクエストはそれだけ国からも重要視されているという事だ。

 

 

 ツバキがどうこうという訳ではなく、最初から私の選択肢は決まっている。

 

 

「傀異化している可能性がある氷狼竜の討伐、か」

「なんだ? 良いクエストあったか」

「クエストに良いも悪いもない」

「それは確かに。でも、なんか目に止まったんだろ?」

 覗き込んでくるツバキに「近い。邪魔だ」と漏らしながら、私はとあるクエストの依頼者を指差した。

 

 

「氷狼竜、ルナガロンの討伐だ。以前雷狼竜を討伐したポイントで暴れ回っているらしい」

「気になるな」

「そうだろう」

 雷狼竜がキュリアという寄生生物に寄生され、命を蝕まれ暴れていた事を思い出す。

 

 あの辺りにキュリアがまだ残ったいたのなら、このクエストの氷狼竜がキュリアに寄生されていてもおかしくはない。

 

 

「キュリア関連は今のエルガドでの最重要調査対象と聞いた。前回の雷狼竜もそうだが、私も早くこの傀異化という現象に向き合える騎士にならなければならない」

 あの時、もしツバキが居なかったら私は無事ではなかった。

 

 己の無知は罪である。私は積極的に傀異化モンスターの討伐を行うべきだと考えた。

 

 

「大丈夫なんですか? ライラック」

「無論です。それにこの男もいる。態度は最悪ですが、姫の仰る通り腕は確かです」

「あまりにも一言余計じゃない?」

「黙れ。移動中に傀異化の資料が読みたい。貴様も資料を集めるのを手伝え。それが、クエスト同行の条件だ」

「ひぇ……」

「準備を済ませたらここに集合だ。良いな?」

「へいへい」

 明らかにそういう()()は苦手な顔をしているが、実際苦手なのだろう。ツバキは困ったような表情で歩いていった。

 

 

「それでは姫。私はこれで」

「はい! 気を付けて……!」

 姫に挨拶をして、私は目的の場所へと向かう。

 

 

 あまり気が乗らない相手だが、彼以上に言葉を信頼出来る者もいない。

 

 

「バハリ殿」

「いやー、ライラックじゃない。元気そうで何よりだ。なんだかうかない顔をしてるな。俺には分かる。そうだな、当ててみよう。キミは今朝の日課を充分に満喫出来なかった! そうだろう! 顔にそう──」

「要件は一つです。傀異化についての資料を」

 名前を呼んだ。ただそれだけの事できいてもない事をペラペラと話し出す癖のある髪型の竜人族の男。

 

 

 この男はバハリ。

 エルガドで調査を主導する研究員である。見ての通り変人だが、所謂天才で国からの信頼も厚い。

 

 悪い男ではないが、少々面倒くさい。その一言に尽きる男だった。

 

 

「キミも釣れないな。フィオレーネがカムラに行くってんで、長話と洒落込みたかったのに彼女もせっかちに用件だけ伝えて行ってしまった。何かそんなに焦るような事が今あるとは思えないのにね?」

「面倒くなっちゃったんでしょうね」

「ん?」

「いや、なんでもないです。バハリ殿、要件は今の一言です」

「おっけー。ちょいと待っててね。そうだそうだ、ライラックは久し振りのエルガドだもんね。なら、ツバキには会った?」

 資料を整理しながら、聞いてもないのに話し始めるバハリ殿。

 

 私は短く「はい」とだけ答える。

 

 

「そうか、なるほど。一緒にクエストに行く訳だ」

「何も言ってない」

「仲良くなれると良いね。ほらこれ、傀異化の資料」

 本当にこの男は、いつも余計なのだ。



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強者ツバキ

 傀異化クエスト。

 

 

 噛生虫キュリアに寄生され、生命を蝕まれた結果本来の生息域から離れたり他のモンスターとの衝突が危険だと判断されたモンスターの狩猟。

 

 

 本来ならば、放っておけばキュリアによってその命は失われる。

 

 しかし、その影響が我々人類にも及ぶとなれば放っておく事は出来ない。

 

 

 それは人々の傲慢だろうか。人類が自然に争うのは、自然にとって正しい行いなのか。その答えは私には分からない。

 

 私はただ、王国の為に──

 

 

「めっちゃ小便出たわ」

「いちいち報告するな!! というか竜車で移動中に小便なんて垂らすなこの恥知らずが!!」

 竜車に揺られながら考え事をしていると、少し外に出ていたツバキがそれはもうスッキリとした顔で私の前に座った。顔がムカつく。

 

 

「緊張感というものが無いのか貴様は」

「いや緊張し過ぎて出ちゃったんだよね。スッキリしたけど」

 ついさっき突然防具を脱いで何をするかと思っていたが、この男はどこか頭のネジが外れているに違いない。

 

 

 エルガドから城塞高地に向かう道中。

 

 丸鳥──ガーグァが引く竜車の上で、私は大きく溜息を吐いた。

 

 

 

「どのみち何処にいても危険なのは危険なんだからさ、やりたい事は出来る時にしといた方が良くね? 限界まで我慢してから出来なくなって……あー、小便しときゃ良かったなって思いながら死ぬの最悪だろ?」

「その発想も最悪だが?」

 言い分は理解出来ない訳では無い。

 

 

 道中というが、この世界はモンスターの世界である。

 

 エルガドを出てしまえば、そこは全てが我々人類にとって危険地帯だ。

 そもそもエルガドや村や里──街や国ですらこの世界に必ず安全だと言える場所も少ないだろう。

 

 

「とはいえ、もう少し緊張感を持てないのか」

「最悪ライラック居るし、小便我慢してる俺がモタモタするよりましかなって」

 言いながら、彼は今さっき()便()をする為に脱いだ防具を再び装備し始めた。

 

 

 インナー姿のツバキの身体は、その覇気のない瞳とは裏腹にそれなりに鍛えられているように見える。それに──

 

 

「その傷は?」

「ん? どれの事?」

 彼の身体は傷だらけであった。

 

 身体の傷は騎士の恥だと言う者もいる。傷は己の弱さを晒すものだと。

 

 

 しかし、私はそうは思わない。

 

 それは誰かを守る為に負った傷かもしれない。己の信念を貫く為に負った傷かもしれない。

 

 

 人は弱い。簡単に傷付き、死ぬ生き物だ。

 

 その傷を受け、尚も生きて立っている事こそを誇りに出来る騎士に私はなりたい。

 

 無論、国の為の身体をそう簡単に傷物にするつもりもないのだが。

 

 

「悪い。その腹の傷だ」

「あー、これね」

 ツバキは私の言葉を聞いて、インナーの下の大きな傷を恥ずかしげもなく私に向ける。

 

 脇腹を何かに裂かれたような大きな傷だ。完治しているようだが、命に関わるような傷だったのではないかと容易に想像が出来る。

 

 

「……マガイマガドっていってな。滅茶苦茶強くて、何回も戦ってさ。そんで、最後は相打ちみたいになって俺も死にかけたな」

「怨虎竜か」

 怨虎竜マガイマガド。確かに獰猛で強力なモンスターだ。

 

 彼の言う通りそれは間違いなく死闘だったのだろう。こんな奴だが、里を救った英雄なのは確からしい。

 

 

「少し見直したぞ」

「そう? あ、ちなみにコッチの次にデカいのは釣りしてる時にうんこしたくなってな。そんで慌てて走ろうとしたら針で引っ掻いて──」

「しょうもな!!!」

 さっきの言葉は撤回する事にした。

 

 

 

「一つ聞きたい」

「お?」

 ツバキが防具を装備し終わるのを待ってから、私はそう口を開く。

 

 私はこの男の事がよく分からない。

 なぜこうもヘラヘラとしている男が、里の英雄と呼ばれているのか。実力があるにも関わらず、雷狼竜との戦いで情けない姿を見せたのか。

 

 

「貴様の実力は認める。しかし、私には貴様から誇りもプライドも感じられない。何故だ?」

「ないよ、そんなもん」

 私の問いに、ツバキは即答した。

 

 

「は?」

「誇りとかプライドとか、そんなもん持てる程に俺は実力もない。ただ必死に、死にたくねーとか思いながら目の前のやらなきゃいけない事をやってたら気が付いたら今ここに居るってだけだ」

「だが貴様は──」

「全部一人でやったんじゃない。雷狼竜だってお前──ライラックが居なかったら難しかったかもしれないし。本当にただ必死にやってるだけなんだよな。それがなんとかここまで上手く回ってきただけでさ」

 そう言ってから、ツバキは竜車の外に目を向ける。

 

 

「里にいる俺の友達の方が滅茶苦茶強いしな。でもなんだろ、アイツらに置いてかれないように……とか、そういう結構格好悪い理由はあるんだけどさ」

「友達、か」

 彼は友人と力を合わせてここまでやってきたのだろうか。

 

 それは私には分からない筈だ。友人との友情や関係が、己の力に及ぼす影響が私に分かるわけがない。

 

 

 

「大切な物を守りたい。友人というのは、確かに力の源として強い物なのだろうな」

「お前は友達居ないのか? 居なそうだけど」

「一言多いと言いたいが、確かに私には友人は居ない。王国の為に戦う、私はそれで充分だ」

「ま、でも俺はもうライラックと友達だけどな」

「勝手に他人の友人を名乗るな」

 この男はこういう人間なのだろう。

 

 周りを惹きつけ、焚き付ける力があるのかもしれない。猛き炎、か。

 

 

「しかし、貴様は何故ハンターになったのだ。貴様が戦う理由は分かったが、ハンターをやる理由が分からない」

 逃げ腰で死にたくないと思いながら戦うような男は、そもそもハンターになろうとは思わない筈だ。

 

 それでもハンターをやっているのなら、何か理由があるのだろう。

 

 

 家の事情か、または友人という大切な物を守る為か。

 

 

 

「んー、モテたかったから?」

「なんでそうもお前は私の期待を裏切る事に長けているんだ!?」

 平然とした顔でそう漏らすツバキに私は唖然とするしか出来なかった。

 

 

 人がハンターを目指すにはそれなりの理由がある。

 

 大切な誰かの為、自らの力を知らしめる為、生活の為、金や地位名声の為。

 

 

 しかし、モテたいからハンターになったなんて言葉は初めて聞いた言葉だった。絶句しか出来ない。

 

 

 

「褒めるなよ」

「褒めてない!!」

 大きな溜息を吐いて、私は目を閉じる。

 

 この男はそういう男なのだ。私には理解出来ない、別の世界の住人なのだろう。

 

 

 それでも彼がここにいるというのは事実だ。頭で理解出来なくても否定する事は出来ない。

 

 何よりフィオレーネさんや姫が認めた相手なのである。腕だけは確かだと、自分でもそう認めた相手だ。

 

 

「貴様は私の知らないタイプの人間のようだ」

「言い方が大袈裟じゃない?」

「カムラの里」

 私がそう口にすると、ツバキは死んだ魚の目のまま私の次の言葉を待つ。

 

 

 彼の故郷の名前が私の口から出たのに驚いたらしい。

 

 

「幼い頃、私はカムラに滞在した事がある。それなりに、長い期間だ」

「マジか。全然記憶にないな」

「それもそうだろう。本当に幼い頃だ。私も殆ど記憶にはない」

「まぁ、だろうな。デカい街でもないし、もしかしたら俺達会ってたかもしれないけど」

「……可能性はある。勿論、私はお前のような死んだ魚のような目をした奴を見た記憶はない」

「小さい頃からこんな見た目なの嫌だろ。子供の頃はもう少しイキイキしてたでしょ多分。いや、そもそも別に死んだ魚みたいな目してないでしょうがよ。え? してるの?」

 死んだ魚のような目をゆらし、ツバキは若干ショックを受けたのか後退った。

 

 

「そうだ、死んだ魚の目をしている」

「滅茶苦茶酷い事いうじゃん」

 事実である。

 

 

「そんな目をした奴の記憶はないが、少なくない期間滞在した中で一人だけ私の記憶に残る……友──いや、男がいた」

「へぇ。どんな人?」

「それでもあまり覚えている訳ではないが、普通の男だったという事は覚えている」

「普通ってなんだ普通って」

「他に言いようもない。普通の、同年代の小さな子供だ」

 私は記憶の彼方にあるその顔を思い出そうと目を閉じた。

 

 

 ふと、その顔と目の前のツバキの顔が重なる。しかし、やはりどうも似つかない。

 

 

 

「……まぁ、貴様ではないだろうな」

「俺かもしれないでしょ!?」

「貴様のような死んだ魚のような目はしていなかった事だけは確かだ」

「死んだ魚の目で判断するなよ」

「貴様の目はあまりにも死んでいる」

「凄い暴言だからねそれ。あとツバキです。そろそろ名前で呼んでください」

「貴様で充分だ」

 私がそういうと、ツバキは半目になって口を尖らせた。その目が死んでいるというのである。

 

 

「……そんで、誰なんだよ。その、ライラックが里であった奴って」

「……分からない。大人ではなかった」

「ほーん」

「今となっては、どうでも良い話だ。相手も私の事なんて覚えてないだろう」

「友達だったのか?」

 ツバキのそんな言葉に、私は目を細めた。

 

 

 

 彼は、私の友人だったのだろうか。否──

 

 

「……違う」

 彼は私の友人ではない。そうでなければ、私は彼を恨んでしまうだろう。

 

 友ならば、約束は守る筈だ。

 

 だから、彼は私の友人ではない。

 

 

「……そっか。違うのか」

「……そうだ。違う」

 そうでなければならない。()が友との約束を果たさない人間だと思いたくない。

 

 遥か彼方の記憶が、私にそう言い聞かせる。

 

 

 

 

「──お、見えてきたぜ。ライラック」

 少しすると、私達は城塞高地のベースキャンプに辿り着いた。

 

 

「目標は」

「氷狼竜ルナガロンだろ。分かってるよ。それなりに戦った相手だ。ライラックは?」

「王域三公。我等騎士にとっては因縁の種だ。なにも問題はない」

 竜車を降りて、ベースキャンプを使う準備をする。

 

 荷物を下ろして武器の手入れを終わらせ、フクズクを飛ばし狩場の環境をある程度頭に叩き込んだ。

 

 

「狩場には氷狼竜しかいないようだな」

「縄張り争いに巻き込まれる事はないけど、アレはアレで有利になったりするから惜しいんだよなぁ」

「ないものはない。やる事をやる。それだけだ」

「へいへい。そんじゃま、一狩り行きますか」

 私は騎士の任を全うする。

 

 

 

 それだけだ。



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氷狼竜ルナガロン

 妙な空気が城塞高地に漂っていた。

 

 

「ジンオウガの死体がないな」

 目を細くしてツバキがそう口にする。

 

 

「このような事になっているとは、な」

 雷狼竜の討伐から数日と経っていない。あの時も、暴れていた雷狼竜の影響で他の生き物達は姿を隠していた。

 

 しかし、今日の城塞高地はあの日の比ではない程に静まり返っている。

 

 

「確か、俺達が倒したジンオウガを調査隊が回収しにきた時に見付かったんだよな? ルナガロンは」

「その筈だ。調査隊に犠牲は出なかったが、ジンオウガの死体の回収は出来なかったらしい。それだけなら仕方がないが……腐敗した死体の痕跡すら残っていないとは」

 討伐から直ぐでなければ、モンスターの堅牢な素材も使い物にならなくなる事が多い。

 

 

 それでも、まだ討伐から数日。

 

 ジンオウガが力尽きた場所には、腐肉の一欠片すら残されていなかった。

 

 

「ルナガロンに持ってかれたか」

「可能性は高いな。国の資材に出来なかったのは惜しいが、こればかりは仕方がない」

 モンスターの命を貰い、その身体を利用する。人々の営みの一部だが、全てが上手くいく訳ではない。

 

 回収隊が討伐したモンスターの素材を回収しに行った所で、別のモンスターに襲われて全滅──なんて話は聞いても驚かない事象ではあるのだ。

 

 むしろ回収隊が無事だった所に、王国人材の優秀さを喜ぶべき所だろう。

 

 

 

「どう思う?」

「何がだ」

「傀異化してるかどうか」

「ジンオウガの死体がない事に関して関係があるかないか、か。傀異化して獰猛化しているならジンオウガの死体をどうこうしたりするのもおかしいと言いたいのか?」

「そういう事」

 確かにキュリアに寄生され、獰猛化しているなら目の前に餌があってもその場で食い散らかす事はあれど巣に持ち帰ったりはしない。

 

 

 ルナガロンは凍らせた獲物を子供に与えるという性質があるが、もしそうしているなら傀異化している可能性は低い筈だ。雷狼竜を餌にするのかどうかも怪しいが。

 

 

「まぁ、傀異化の可能性が低くなっても警戒しないといけないのには変わらないんだけどな……」

「引っかかるのはそうだ。頭に入れておこう」

「お、なんか前より素直じゃん」

「言った筈だ。貴様の実力は認めていると。人間性を認めていないのだ」

「当たり前のように人間性を否定された俺の気持ちを考えてくれませんかね」

 唖然とするツバキを無視して城塞高地を歩く。

 

 

 城塞高地には氷狼竜等の冷たい地域に生息するモンスターが好むエリアがあった。

 

 時には雪も降る標高の高いエリアで、氷狼竜が縄張りを構えるならその辺りだろう。

 

 

「そろそろ気をつけろよ」

「貴様に言われなくても分かっている」

「……待て、なんか聞こえた?」

「……そうだな」

 そのエリアに入った所で、遠吠えのような音が何処かから聞こえてきた。

 

「奴だ」

「探す手間が省けたけど、どうする?」

「先手を取りたい。私が囮になる、貴様が叩け」

「俺を囮にすると思ってた……」

「私をなんだと思っているのだ……」

「鬼」

「貴様を囮にする」

「冗談です!! 冗談!! 気を付けろよ」

 ツバキは死んだ目のままそう言うと、近くの茂みに隠れる。

 

 

 そうして私は雪が地面を白く塗るエリアの中心で武器を構えずに歩いた。

 

 氷狼竜は目も鼻も効く。

 隠れているツバキが見付からない保証はないが、無防備な私を初めに狙えばツバキが先手を取れる筈だ。

 

 

 私の使う片手剣よりも、ツバキの使う太刀の方が一撃の重みが違う。

 逆に片手剣は軽く身軽に動ける上に申し訳程度ではあるが盾を構える事も出来る武器だ。

 

 このメンバーで囮になるなら、これが最適解というだけである。

 

 

 

「……来るか。早いな」

 雪が舞い上がった。気配を感じて振り返る。

 

「──氷狼竜」

 視界に入る青い甲殻。

 

 

 雷狼竜と同じく牙竜種でありながら、雷狼竜とは違い細身の身体。

 故に身体能力での攻撃力は劣るが、厄介なのはその身軽さだ。

 

 私は飛びかかってくる氷狼竜の攻撃を交わしきれず、その鋭い爪が鎧を削る。

 

 

 この鎧がなければ肉を裂かれていた。

 

 腕力では雷狼竜に劣っていようが、そもそもモンスターの力は人間のそれを遥かに上回っている。

 十二分にある力とスピード。動きの速いモンスターの厄介な所だ。

 

 

「今だ!!」

「分かってますとも!!」

 しかし、我々人間には知恵という武器がある。作戦を立て、己に出来る事を熟せば強大な相手であろうと屈する事はない。

 

 

 鋭い牙を光らせ、その眼光を私に向ける氷狼竜。

 

 四肢を下ろし飛び上がろうとした竜の背後へ、ツバキは小さな鳥のような静かな動きで回り込んだ。

 

 

 氷狼竜が気が付き、首を傾げた時にはもう遅い。

 

 

 ツバキの一太刀が、氷狼竜の後脚を斬り裂く。鮮血が雪を赤く染め、氷狼竜は短い悲鳴を上げて地面を一回転がった。

 

 

 

「浅かったな……」

「いや、充分だ」

「以外と甘いのね」

「黙って集中しろ」

 氷狼竜は突然敵が増えた事に警戒しているのか、姿勢を比較して私達を睨む。

 

 後ろ脚に一撃を入れられたのは大きい。

 これで少しでも機動力を下げられれば、狩猟が少しは楽になる筈だ。

 

 

「来る……!!」

 氷狼竜が地面を蹴る。

 

 私とツバキはそれを左右に避けた。見た目よりもツバキの一撃が効いているのか、思っていたよりも動きが遅い。

 

 

「仕掛けるぞ!」

「言われなくてもやりますよっと!!」

 氷狼竜を左右から挟み、お互いの得物を振る。

 

 

 こうしてモンスターの意識を分散出来れば、一方的に攻撃を与える事も可能だ。

 

 一人でモンスターと戦うのと、二人以上で戦うのでは単純に足し算になるとはいえない。それこそが、狩人がパーティを組む所以でもある。

 

 

 私はあまり他人とパーティを組まない。

 自分から声を掛けず、常に独りの私をこの男のように誘ってくる者も少なかった。

 

 だから、この感覚は久しぶりである。

 

 

 

「ライラック!!」

 氷狼竜の反対側からそんな声が聞こえ、私は咄嗟に盾を構えた。

 

 ツバキに視線を向けていたと思っていた氷狼竜が突然前脚の爪を反対側に振り回す。

 

 私はそれをなんとか盾で受け止めた。大きな衝撃が全身に響く。

 

 

「ナイスガード……!」

 逆に私を睨む氷狼竜の首元に太刀を叩き付けるツバキ。

 

 鮮血が飛び散った。氷狼竜は悲鳴を上げながら飛び上がり、ツバキを睨む。

 その間に後ろに回り込み、私は氷狼竜の脇腹に片手剣を叩き付けた。

 

 

「横がガラ空きだ」

 まだ若い個体なのだろう。複数を相手取るのに慣れていないのか、意識が分散しやすい。

 

 まだ油断は出来ないが、暫くはこの立ち回りを続けても良い筈だ。

 

 

「悪いが、騎士の誇りに掛けてその命……貰い受ける」

 懸念材料が無いわけではない。

 

 この氷狼竜が傀異化しているのかどうか。

 雷狼竜の件といい油断出来る状態ではないだろう。

 

 

「ブレス!!」

 氷狼竜が飛び退いた瞬間、ツバキがそう言いながら太刀を背負った。

 

 雪の上を滑りながら私達を睨み、大きく口を開く氷狼竜。

 その白い吐息が、刹那のうちに極寒の冷気に変わる。

 

 

「ならば……!!」

「ライラック!?」

 回避行動を取ろうとするツバキの横で、私は剣を持ったまま直進した。進む先で、氷狼竜が首を持ち上げる。

 

 放たれた冷気が私の直ぐ脇を凍らせた。しかし、何が来るか分かっていれば避けるのは容易い。

 

 

「っとぉ!? 滅茶苦茶身軽だな……!」

 予備動作を見てブレスを見抜いたのは、姫やフィオレーネさんが認める力だろう。

 

 しかし、私も騎士だ。この男だけに手柄を取られてヘラヘラしていられるようなプライドは持ち合わせていない。

 

 

「──せぁっ!!」

 ブレスを吐いている時は身動きを取る事は難しい。さらに白い冷気によって出来た視覚から、私の剣が氷狼竜の左眼を斬り裂く。

 

 激痛に叫ぶ氷狼竜の腹部にもう一撃、二撃。

 

 

 取り付いた羽虫を払うように身体を回してみせる氷狼竜の尻尾や前脚を避けながら、私は騎士の剣で氷狼竜の甲殻を削り飛ばした。

 

 

「すんご……。って、見てるだけじゃまた怒られるわな」

 視界の端で、ツバキが太刀を構える。

 

 視線が合うと、私は無言で頷いて氷狼竜の背後に回った。私を追うように氷狼竜が身体を向ければ、ツバキは氷狼竜の死角に入る事が出来る。

 

 

「気焔万丈……!!」

 大きな薙ぎ払い。

 

 氷狼竜の尻尾の甲殻が砕けた。

 

 

 今更悲鳴を上げるような事はないが、氷狼竜は血走った瞳をツバキに向ける。

 

 

 

「怖!!」

「若いな、氷狼竜」

 そうなれば、やはり反対側にいる私への警戒が留守だ。

 

 私は片手剣を大きく振り上げるが、氷狼竜が脚を捻ったのを確認して咄嗟に盾を構える。

 

 

 刹那の瞬間。

 氷狼竜はその身体を大きく回転させ、尾とその身体そのもので辺りを薙ぎ払った。

 

 盾で攻撃を受け流すが、その衝撃に耐えられずに地面を転がる。ツバキはなんとか避けられたようだが、姿勢を崩していた。

 

 

 となれば、狙われるのは──

 

 

「──そうはさせん!!」

 ──ツバキだろう。二対一を嫌い、大きく動いてでも片方を確実に仕留めるつもりだ。

 

 その後の背後からの反撃には脆くなるが、状況を打破出来る良い手ではある。

 

 

 しかし私も見くびっていた訳ではない。

 

 

「やっべ!?」

「目を瞑れ!!」

「え、マジ!?」

 ツバキに牙向ける氷狼竜。その目の前、ツバキと氷狼竜の間に私はポーチから取り出した()()()を投げ付けた。

 

 

 閃光玉は光蟲と呼ばれる、強烈な光を出す虫を使ったアイテムである。

 地面に叩き付けられたソレは、氷狼竜とツバキの間で瞳を焼くような閃光を放った。

 

 

「ぎゃぁぁぁああああ!!!!」

 と、ツバキが絶叫する。何故だ。

 

 閃光に目を焼かれ、ツバキよりも軽い悲鳴を上げた氷狼竜はその場でのたうち回る。

 

 

 私はその間にツバキの手を取って氷狼竜から距離を取った。

 

 

「目を瞑れと言っただろう!」

「いや瞑った瞑った。瞑ってもヤバいもんはヤバいの! お前も知ってるでしょ!?」

 光虫の放つ閃光はモンスターの瞳すら焼く程の光である。()()()のは承知の上だ。

 

 しかし、だからこそこうしてモンスターの動きを止める事が出来る強力な道具でもある。

 

 

「──っぅ、とはいえ助かったぜ。今のはヤバかった。ありがとな、ライラック」

「当たり前の事をした、それだけだ。感謝される理由はない」

「またまたぁ」

 気色悪い顔で私に膝をぶつけてくるツバキ。そんな彼を無視して視線を向けた先で、氷狼竜は視界を焼かれた影響かその場で暴れ回っていた。

 

 

 闇雲な動きほど読めないものはない。今は手を出すのは危険か。

 

 そんな事を思っていると、氷狼竜は首を横に振り私達を睨む。

 

 戦闘再開かと思われた直後、氷狼竜は地面を強く蹴って私達から逃げ出すように近くにある地下洞窟の入り口へと駆け出した。

 

 

「逃げたのか」

「追い掛けるか? ちょっと負担掛けたし、こっちが休憩しても良いかもしれないけどな」

「いや、手負いのモンスターを放っておくのは危険だ。そのまま仕留める」

「大丈夫か?」

「問題ない」

「なら、お前を信じる」

 ツバキはそう言って、洞窟の入り口まで歩く。

 

 

「信じる、か」

 実力は本物だ。

 

「難しい言葉だな……」

 しかし、その言葉の本質を捉えるなら、私は彼の事を信じられていない。そして──

 

 

「──私が貴様の期待を裏切らないと、どうして決めつけられるのか」

 ──彼が本当に私を信じているのか。本当の事は、誰も分からないのだろう。




いつも応援ありがとうございます。

誠に勝手ではありますが、体調不良につき来週以降の更新は延期させて頂きます。二週間、または三週間後には更新出来ると思いますので、申し訳ありませんが次回の更新はしばらくお待ち下さいませ。


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月光賛歌ルナガロン

 地下洞窟へと向かうと、ツバキは表情を歪ませた。

 

 

 様々な環境が交差する城塞高地という地域の中でも、この地下洞窟は非常に過酷で生きるか死ぬかの生態系が繰り広げられている。

 

 何か見つけたのだろうか。

 問い掛けようとすると、ツバキは「寒過ぎ。帰ろうぜ」と身を震わせながら歯をカチカチと鳴らしていた。

 

 

「帰れ馬鹿が」

「本当に帰ろうとは思ってませんわよ」

 ツバキは目を細めてそう口を開き、ハンターが常備するホットドリンクという飲料をポーチから取り出す。

 

 これは少量でも飲めば身体を芯から温める事が出来るアイテムだ。

 一昔前までは期待できる効果の為に大きな瓶一杯を丸ごと飲まなければならなかったが、開発者の努力により必要量が小型化してからは常備しているハンターの方が多い。

 

 

 

「さて、追いかけますか」

「足跡が残っているな。……こっちか」

 氷狼竜が残していったのであろう足跡を辿りながら、私達は逃げた竜を追う。

 

 

 モンスターは狡猾な生き物だ。

 この足跡すら罠かもしれない可能性を考慮しながら、ゆっくりと痕跡を追う。

 

 

 

「警戒任せた」

「おい、貴様……!」

 ふと、ツバキは一言だけ私にそう言って駆け出した。

 

 何やら気になる痕跡を見つけたらしい。

 しかし、モンスターとの交戦が予想される場所で意識を他の事に向けるのは自殺行為である。

 

 

 私にソレを任せ、もし私がモンスターの接近に気が付かなければそれだけで命取りになりかねない。

 

 

「自分の命を他人に任せるのは良い加減に──」

「これ、あのルナガロンの痕跡じゃないよな?」

 細心の注意を払いつつ、屈んでいるツバキと合流すると彼は洞窟の壁を指差してそう言った。

 

「爪痕か」

 巨大な爪で引き裂かれた跡。

 

 それだけなら、それが氷狼竜が暴れた跡だと考える事も出来ただろう。

 

 

「ルナガロンにしてはデカ過ぎるんだよな……」

 しかし、その痕跡は氷狼竜にしては不自然な形をしていた。

 

 

「爪と爪の幅を見るに、少なくとも私達が合っているルナガロンではない。もう一頭居るのか?」

「こんなデカいルナガロンが別に居たならマジで帰った方が良くないか?」

 先程戦った氷狼竜が付けたとは思えない──比べ物にならないサイズの爪痕。

 

 ツバキの言う通りなら、安全の為に一度出直すのは正しいだろう。

 

 

「状況把握はしたいが、仕方がない。こちらの消耗を考えるとソレが正しいだろう」

 私達は消耗した氷狼竜を追っている事を前提に動いていた。

 

 しかし、そうではないのなら話は別である。自らの体力を過信してはいない。

 

 

「よし、そんじゃ一旦立て直して──」

「後ろだ!!」

 ツバキが振り返った瞬間。

 

 

 洞窟の奥から走ってきた氷狼竜がツバキに飛びかかってきた。

 

「──ひぃ!?」

 悲鳴を上げながら地面を蹴って跳ぶツバキ。

 

 そのまま壁に激突した氷狼竜は、頭を振ってから私達を睨む。

 

 

「は、ハプニングもクエストの醍醐味だよなぁ……」

「冗談を吐けるなら心配はしない。立て、来るぞ」

 私達は狭い洞窟に二人で並んで、氷狼竜に獲物を向けた。

 

 

 襲ってきた氷狼竜は、先程私達と戦っていた個体のようである。

 

 竜の背後にある爪痕と比べると、やはりそのサイズの違いは一目瞭然だ。

 

 

 爪痕がいつ着けられた物かは分からないが、この氷狼竜とは違う何かが居るかもしれない。頭の隅にそれだけは残しておく。

 

 

「分かっているか?」

「爪痕だろ。気を付けるしかなくね? 背中向けて良さそうな相手でもないし」

 ここから撤退も考えたが、狭い洞窟の中で氷狼竜に背中を向けるのは得策ではない。

 

 

 どうするか。氷狼竜の動きに注意しながら思考を巡らせていると、ふと氷狼竜が何もない筈の壁際に頭を向けた。

 

 否──何もない訳ではない。そこには先程ツバキが見付けた爪痕が残されている。

 

 

 その爪痕の匂いを嗅ぎ、氷狼竜は一瞬首を下に向けた。そして、私達に頭を向けて鋭い眼光をぶつけてくる。

 

 

「仲間の匂いじゃないって事か? 今の。なんも分からん。喋ってくれ。何怒ってんだ? そんな怒るなって、な?」

「交戦しているのだから当たり前だろう……」

 狭い洞窟で間合いを取りながら、氷狼竜は洞窟の出口へと回り込んだ。

 

 どうやら退路がどちらなのか分かっているらしい。

 

 

「洞窟の中なら大きな動きは出来ない」

「それはこっちも同じだけどな……」

 背中の太刀に手を向けながら冷や汗を流すツバキ。

 

 片手剣はともかく、人の背丈よりも長い刀身を持つ太刀は狭い場所では扱いにくいだろう。

 ここは私が前に出た方が良さそうだ。

 

 

「前にでる。隙を見極めろ」

「頼む」

 返事を聞いて、踏み込む。

 

 氷狼竜は待っていたと言わんばかりに壁を蹴って私の側面に回り込んだ。どうやらこれがこの個体の本来の戦い方らしい。

 

 

「動きが違う」

 咄嗟に盾を構え、振り回された爪を弾く。

 

 しかし、衝撃を受け止めきれずに私の背中は洞窟の壁に叩きつけられた。

 

 

「狭い……!!」

 追撃。

 

 左側にはツバキ。ならば、隙を作る為に右側に交わす──そう考えて地面を蹴ろうとした瞬間、身の丈程の太刀が氷狼竜の右腕を斬り裂く。

 

 

「させるか!!」

「な……馬鹿!!」

 呆れた大振りだ。必死な表情。

 

 氷狼竜はソレで怯んで動きを止める。確かに隙ではあったが、ここは壁際だ。

 

 

「あ」

 ツバキの太刀は氷狼竜の次に洞窟の壁を叩く。鈍い音が響いて、竜の鋭い眼光がツバキに向けられた。

 

「ツバキ……!!」

 無意識に手を伸ばす。

 

 私を助けようとしたのか、無理な体勢で太刀を振るった彼は隙だらけだ。

 氷狼竜はその一瞬を見逃さず、鋭い爪を振り上げる。

 

 

「おっと……」

「させん……!!」

 身体を持ち上げる氷狼竜の脇から、片手剣を叩き付けた。

 

 氷狼竜はそんな私の攻撃を避けるように飛び退いて距離を取る。

 

 

 

「隙を見極めろと言った筈だ!!」

「ライラックが狙われたから隙だろ!?」

「その後に貴様が隙を作ってどうする!?」

「その隙はライラックが埋めてくれるし、別に?」

 能天気な顔でそんな言葉を漏らすツバキ。

 

 

 何故だ。何故この男は、他人をこうも信用出来る。

 

 

 

「とりあえずこのままやるからな!」

 そう言ってツバキが視線を向ける先で、氷狼竜は後ろ脚で立ち上がり──己に氷の鎧を纏わせ、鋭い爪を持つ両腕を広げた。

 

 氷狼竜も本気なのだろう。無駄話をしている余裕はない。

 

 

「……っ、合わせる」

 そうなれば、ツバキのやり方に合わせるしかなかった。

 

 

 私がしくじれば、彼が死ぬ可能性もある。

 そんな──他人に命を任せるような闘い方を、私は知らない。

 

 

「んじゃ、カバー任せた!!」

 言いながら、ツバキは太刀を低めに構えて走った。

 

 狭い洞窟で間合いを測るのは難しい。

 氷狼竜の懐に入り込むようにしてツバキが太刀を振り上げると、氷狼竜は太刀の間合いから離れるように飛び退く。

 

 振り上げられる鋭い爪。

 しかし、氷狼竜の飛び退いた先は私の剣が届く範囲だ。

 

 

「やはり多対一は苦手なようだな……!」

 右足に剣を叩き付ける。

 

 悲鳴を上げる氷狼竜。次いで、切り返したツバキの太刀が氷狼竜の頭に叩き付けられた。

 

 

 

 絶叫が洞窟に響く。

 

 

 

 頭部から流血し、それが充血なのかどうかも分からない程に赤く光る氷狼竜の瞳。

 

 怒りに震える身体と、吐き出す吐息に混じる冷気。

 

 

 本気で命の危機を感じ、生きる為に戦う事を選んだ生き物は強い。

 

 

 

「来るぞ!!」

「分かってる!!」

 二人で飛び退いた。

 

 地面が抉られる。

 

 

 背後を取った私が剣を振ろうとすると、氷狼竜は身体を回転させて爪で辺りを薙ぎ払った。

 

 前転してそれを交わし、剣を振り上げる。

 しかし、氷狼竜はそれに反応して横に飛んだ。

 

 

 さらに壁を蹴り、反転してその牙を私に向ける。

 

 

「どんな動きしてんだ!!」

 間に入ってきたツバキの太刀が、氷狼竜の前脚を切り裂いた。

 

 それもお構いなしに私に突進してくる氷狼竜。

 

 

 盾を構え、なんとか牙を弾き、爪を受け止める。

 氷狼竜の背後からツバキが太刀を振り下ろした。悲鳴が聞こえ、再び氷狼竜は後ろに跳ぶ。

 

 

 狭い洞窟の中。

 

 追い込んでから距離を取れば、その視界に獲物が二つ映る事を氷狼竜は理解し始めていた。

 少しずつ形勢が逆転し始める。

 

 

「若いって良いなぁ!! 吸収が早くて!!」

 大声でそう漏らしながら、ツバキは太刀を大きく振って氷狼竜の右側に回り込んだ。

 

 しかし、向かう先は壁際。

 刀身の長い太刀を振り回すのは難しい。

 

 

 走りながら、ツバキは私に視線を向けたかと思えば氷狼竜の左側に迎えと言わんばかりに目配せしてくる。

 

 氷狼竜の背後に回り込めということか。

 この男はその為に自ら追い込まれる場所に向かう選択肢を取り、私に余裕を持たせるつもりだ。

 

 

 それで私が失敗したら、自分が危ういというのに。

 

 

「こっちだ狼男!! 今宵は満月でもないんだから大人しくしてな!!」

 言葉の意味は分からないだろうが、その大声で氷狼竜の意識は完全にツバキに向く。

 

 氷狼竜の脇を通り、背後を取ろうと地面を蹴った。

 

 

 一瞬、脇を通ろうとした私に氷狼竜がその爪を振り回す。

 

 前転して交わした。同時に、ツバキが大振りの太刀を氷狼竜に叩きつけて私から意識を逸らす。

 

 

 太刀が壁を叩いた。

 隙を晒したツバキに、氷狼竜が両手を振り上げる。

 

 

 しかし、それで完全に氷狼竜の意識は私から外れた。地面を蹴る。

 

 

 

「残念だが、俺の──」

「貰った!!」

「──俺達の勝ちだ」

 洞窟の壁を蹴り、身体を持ち上げた氷狼竜のうなじに狙いを定め──跳躍と重力を一緒にそこに叩き付けた。

 

 

 背後からの、無意識からの、一撃。

 

 

 鮮血が飛び散り、瞳孔を開いて息を漏らす。揺れる瞳に私の顔が映っていた。

 

 

 

 ゆっくりと、倒れる。

 

 吐息の音だけが洞窟に木霊した。

 

 

 

「悪いな」

 そう言って、ツバキが太刀を振り上げる。

 

 

 私達を睨む氷狼竜の表情を見て、彼は少し目を瞑ってから刀身を振り下ろした。

 

 

 

 静かになる。

 

 

 

「……よし、クエストクリアだな」

「貴様は早死にする」

「え、なんで突然そんな予言みたいな事言い始めるの!?」

 氷狼竜に手を合わせて、素材を剥ぎ取ろうとするツバキ。

 

 私がふと漏らした言葉に、彼は嫌そうな表情で振り向いた。

 

 

 

「貴様は自ら以外の存在に寛容過ぎる。そのような生き方をしていれば、いつか足元を掬われてもおかしくはない」

「言葉が難し過ぎて何言ってるか分かんないんだけど」

「……何故貴様は私をそうも信じられる」

 目を点にして固まっているツバキに、私はため息を吐いてそう漏らす。

 

 

 

 自分以外の人間は、自分とは違う思想を持ち自分とは違う才能や身体能力を持っている──文字通り自分とは全く違う存在だ。

 

 自分が出来ると思っている事を相手は出来ないかもしれない。やってくれると思った事をやってくれないかもしれない。

 

 

 そうして他人に裏切られた時、他人を信じて行動していた者は置いて行かれてしまう。

 

 

 

「裏切られたら、どうするつもりなのだ」

「裏切られたら……か。その時はその時じゃね?」

「は?」

 真顔で帰ってきた言葉に、今度は私が目を丸くした。

 

 

 そうして固まった私に、ツバキはこう続ける。

 

「信じて疑ってないって……そういう訳じゃないんだよな。別にお前じゃなくて里の仲間だって、立てた作戦通りに行かないこともあるし失敗する事もある」

「割を食うのは貴様ではないのか」

「だから、そうなったらそうなったら……というかなぁ。別に、そうなってもソイツを信じて自分がやった事なら納得出来る──いや、違うな」

 自分で言った事を一度否定して、ツバキは再び私に背中を向けて剥ぎ取りを再開した。

 

 

「相手が失敗して自分が割を食っても()()と思える相手。……それが仲間とか、友達って言うんだって俺は思ってるからさ」

「割を食っても良い……相手」

 私が失敗して自分が割を食っても、()()と。この男は本気で思っているのだろう。

 

 そうでなければ、あのような行動はしない。

 

 

 

「それに、俺は弱いからそんな自分でたいそうな事出来ないからよ。そんな訳で、これからも頼りにしてますよライラック先生〜」

 腑抜けた顔で私の肩を叩くツバキ。

 

 

 この男は私を本当に信用しているらしい。

 

 

「……これからも、か」

 それが、仲間というものなのか。

 

 

 

 友達というものなのか。

 

 

 

 私にはまだ、少し分からない。




復活です──と、言いたいところですが今後不定期更新になります。よろしくお願いします。


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黄金ダンゴ

 ルナガロンの討伐から数日が経った。

 

 ジンオウガ、ルナガロン。

 二匹のモンスターが短期間の内に現れた城塞高地だが、今は安定しているという報告が耳に入る。

 

 

 しかし、私は騎士だ。

 状況に関係なく、成すべきとされた事を成すだけの存在である。

 

 

 仕事がないのなら、己の身体を鍛えるのが我々騎士の責務だ。

 

 

「しかし、静かなのはいい事だな」

 朝の紅茶を嗜みながら、今日のトレーニングメニューを考える。

 

 身体を休めるのも騎士としての務めだ。

 そして紅茶を飲み切ったら、休めた身体を国の為に使う。今日は有意義な一日になるに違いない。

 

 

 そう思って、最後の一杯を口にしようとしたその時──

 

 

「おいライラック!! 金貸してくれ!! 釣り行こうぜ!!」

「は???」

 ──私の紅茶は机の上の書類を汚すのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ツバキを部屋から摘み出し、机を拭く。

 

 

「ごめんて!! 突然声掛けて驚かせてごめんて!! 許して!! ねぇ!! ライラックちゃん!!」

「誰がライラックちゃんだやかましい!!」

 家の前で叫ばれるのも面倒だ。最早存在そのものが面倒と言える。

 

 私は彼──ツバキを部屋に招いて掃除をさせた。当たり前である。人の有意義な時間を潰したのだから。

 

 

「許して」

「許さん」

「良いのか? 大声で泣き叫ぶぞ? この年頃の野郎の情けない鳴き声をエルガド中に響き渡らせる。凄いぞ、あまりにも醜いからな?」

「なんの脅しだ!? 辞めろ馬鹿者が!!」

「じゃあ許して」

「命と引き換えに許そう。その罪を償うが良い」

「待った待った待った!! 本当に待った!!」

 朝からやかましい。

 

 

「……それで、要件はなんだ」

「あ、話は聞いてくれるんだな」

 そうしないと何も終わらないという事くらいはもう分かっているからだ。

 

 

 このツバキという男は、確かにハンターとしての腕は確かである。

 その考え方や感覚はまだ納得出来ないが、この国にとって有益な存在である事は確かだ。

 

「だから、金貸して欲しいんだよね。釣り行こうぜ」

 しかし、それはそれとしてこの男の、こういう人としてどうにかしている所が私は気に食わない。

 

 

「どうしてそうなった。この前のクエストで報酬をもらった筈だろう」

「飲み食いに使い過ぎて今日の食事代がないんだよ……」

「のたれ死ね戯けが!!」

 私はツバキを部屋から摘み出し、紅茶を入れる。外でツバキが泣き叫び始めた。

 

 

「もう許してくれ」

「流石に謝られると俺も申し訳なくなるけど、とりあえず話を聞いて欲しい」

「はぁ……」

 もう一度ツバキを部屋に招き入れる。

 

 一応、彼の分も紅茶を入れた。

 

 

「別にずっとこんな感じでその日暮らしをしてる訳じゃないのよ。俺もね、貯金する時とかはちゃんと貯金するの。ただなんか突然武器が壊れたり、必要な道具が出て来たり、逃げるのに邪魔だから防具を狩場に捨ててきたりしてお金が飛んで行っちゃうだけなの」

「最後のは狩人としてどうなのだ?」

「んで、この前一緒にルナガロンと戦ったじゃん?」

 数日前。

 

 彼は私の部屋に来て、金がないから一緒にクエストに行こうと持ちかけてきたのである。

 確か太刀の修繕費用がないとか言っていた筈だ。

 

 

「その金で太刀を治しても暫く遊んで暮らせる計算だった訳よ」

「言い方が最悪だがこれ以上ツッコミを入れると話が進まなくなる。続きを話せ」

「ただ、ルナガロンと戦ってる時にさらに太刀痛めちゃってさ。加工屋に持っていったら予定の倍くらいお金取られちゃってな」

 頭を掻きながらそう漏らしたツバキは、さらにこう続ける。

 

「そんで、不貞腐れて数日間ヤケになってたら気が付いたら財布から金が消えてて……。冷静に考えたら俺が全部悪いなコレ。いや、ごめん帰るわ」

「いや、待て」

 話の途中で目を細め、背中を向けるツバキの肩を私は掴んだ。

 

 

「え……ライラックさん?」

「太刀の修繕費に関しては私にも非がある。エルガド内でのたれ死なれても迷惑だ。一度図々しい態度を取りながら引き下がるのも気に食わない。死んだ魚のような目も気に入らん」

「さてはお前俺の事嫌いだな!?」

「嫌いだが?」

「泣くぞ!?」

「しかし、私は騎士だ。そして貴様は客人であり……貸しもある」

 認めたくないが、彼には何度か助けられている。その貸しをいつまでも貸しにしておくのは、私の騎士としてのプライドが許さなかった。

 

 

「良いだろう。貴様を助けてやる。光栄に思え」

「ははー! ライラック様ー!」

 ツバキは跪いて頭を下げる。この男にはプライドはないらしい。

 

「痛い!? 何すんのよ!!」

「それで、どんなクエストに行くのだ?」

 私はツバキを蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 同日。

 

 静かな空気の流れる城塞高地。

 

 

 そのベースキャンプで、私達は座り込んでいる。

 

 

 

「──私は何故、今……釣りをしている?」

「──言ったじゃん。釣り行こうぜって」

 揺れる水面。

 

 釣竿は揺れない。

 

 

「クエストは!?」

「だから、ないんだって。平和なのは良い事だろ」

 死んだ魚のような目で、魚影の映る水面を見ながらツバキはそう言った。

 

 

 ルナガロン討伐後、城塞高地の生態系は比較的に安定する時期に入ったのだろう。大型モンスターが現れたという情報も入っていないらしい。

 

 

「城塞高地が平和だろうが、他にも助けを待つ人や国の発展の為に必要な素材を集めるクエストがあるだろう。この場所だけが我々の仕事場ではないのだぞ」

「そんな気を張ってばかりいてもしょうがないだろ。偶にはこうやってのんびりするのも大事って事」

 そのまま惚けた面で水面に視線を落とすツバキ。

 

 静かな空間で、水面が魚の跳ねる音を立てた。

 

 

「おっしゃ、大物──じゃないな。はじけいわしかよ。焼いて食うか」

「呑気な奴だ……」

「暇も潰せるし、良い魚釣れば金になる。さらに釣りたての上手い魚が食える。一石三鳥だろ?」

 釣ったばかりの魚を焼きながらそう言って、ツバキはそのまま焼いた魚を片手に釣竿をもう一度振る。

 

 

 静かな時間が流れた。

 

 

 黙ると死ぬのかと思っていたツバキという男だが、黙る時は黙るらしい。

 

 ただ、水面に視線を落としてその時が来るのを待つ。

 

 

 

 悪くない時間だと、少しだけ思ってしまった。

 

 

 

「心を落ち着かせるのも、騎士の務めか」

「おっしゃ二匹目!!」

「良く釣れるな」

「お!! 三匹目!!」

「なに……」

「四匹目ぇ!! 今日は絶好調だぜ!! あれぇ??? ライラック君はー??? まだ一匹も釣れてないのかなー???」

 釣り針に刺さって身体を跳ねさせるはじけいわしを手に取り、形容し難い表情で私の目を見るツバキ。

 

 

 何が黙る時は黙る、のか。

 静かな時間だと、悪くない時間だと、私は何を愚かな事を考えていたのだろう。

 

 

「黙れ釣られて死んだ魚の目をしている馬鹿が!! 今、私は大物を狙っているのだ!! 静かにしていろ!! 今すぐ貴様の釣った雑魚とは比べ物にならない大物を釣り上げてくれる!!」

「はじけいわしちゃんの事雑魚とか言うなよ雑魚とか!!」

「貴様が雑魚だと言っているのだ死んだ魚の目!!」

「俺の目がそんなに嫌いか!?」

 このツバキという男に遅れを取っているという事実が私は許せない。

 

 立ち上がり、私は一度釣竿を振り上げた。

 そしてアイテムポーチから取り出した()を釣り針に仕掛ける。

 

 

「お前!? それは!?」

「そらそらそら!! もう四匹釣れたぞ!! どうだ!!」

 大量に釣れたはじけいわしをツバキに見せ付け、私は愉悦に浸った。

 

 更に三匹。

 一瞬の内に私はツバキの倍ほどの魚を釣り上げる。

 

 

「釣りフィーバエは狡いだろ!!」

「賢いと言え。勝負は戦略と腕が物を言う。それはどんな戦いにおいても同じだ! 貴様はモンスターが火を吐いて来たら自分が出来ないから狡いと言うのか!?」

「ヤケになってもっともらしい事を言うなよ!!」

 結果が全てだ。

 

 

 

「そとそも煽ってきたのは貴様だ」

 少し落ち着いて、私は溜め息を吐く。

 

 この馬鹿に乗せられると自分を保てないで困るのだ。

 

 

「で、貴様は何故餌を使わない」

「虫……苦手なんです」

「なるほど。あまりにもダサいな」

「酷い」

 カムラの里の猛き炎が、虫が苦手──等という話があるとは驚きである。

 

 あの里は翔蟲を使った狩猟術に長けている里だった筈だ。

 

 

 

「カムラの人間は蟲と友好な関係性である、と聞いていたが?」

「個人差ってあるでしょ」

「そもそも貴様は翔蟲を使っていたろう」

「我慢して使ってます。あんまり顔見たくないです」

「どれだけ苦手なんだ……」

 これでコレが翔蟲を自在に操り、里の英雄となった猛き炎という呼ばれ方をしているのだから、やはり噂というのは尾鰭が付くものなのだろう。

 

 

 

「しかし、致命的だろう。虫を苦手として狩りに出るのは」

「一応それなりに克服してるんだけどな。……ヤツカダキっているだろ? アレ見た時は気絶しそうになったけど」

「アレは厳密には虫ではないが……。カムラの里のハンターがそれなのはどうなのだ」

 私が目を細めてそう口にすると、ツバキは苦笑いしながら頭を掻いた。

 

 それでも、彼は正真正銘カムラの里の猛き炎なのだろう。その腕だけは確かだ。

 

 

 

「まー、里には俺以外に凄いハンターなんて沢山いるしな。カエデっていう幼馴染が居るんだけど、ソイツは操虫棍使って翔蟲もバンバン使って、ずっと空飛んでたライゼクスと空中戦して一人で倒しちまう化け物なんだけど」

「どっちがモンスターなんだ」

 なんだそのハンターは。本当に人間なのか。

 

 

「だろ。……俺はただ虫が苦手な平凡なハンターだけど、里には凄い奴が沢山居るからな」

「しかし、貴様は確かに猛き炎だ」

「ん? ドユコト」

「なんでもない。操虫棍……そうか、カムラか。やはり少し懐かしいな」

「なんかカムラに行ってた事あるんだっけ」

「本当に少しの間だがな」

 あの時──

 

 

「本当に、少しだ」

 ──あの時。カムラの里で出会ったあの男も、操虫棍を使って狩りをする特訓をしていたのを思い出す。

 

 カエデ──という名ではなかった。彼ではないのだろう。

 

 

 

 彼は今頃、何をしているのだろうか。

 

 

 

 

「──さて、そろそろ本気出すか」

「今更何を……」

「そもそも俺の目的は金儲けだ。こんなチビ魚を食べる為じゃねぇ!! くらえ、黄金団子!!」

 言いながら、ツバキは餌の練り込まれたダンゴを釣り針に掛ける。

 

 

「勝負は釣った魚を売ってより金になった奴の勝ちだ!!」

「狡いぞ貴様!!」

「賢いと言え!!」

「貴様には負けん!!」

「やってみろオラ!!」

 私にも馬鹿が移ったのか。

 

 

 柄にもなく真剣になり、声を上げてしまった。

 

 

 こんな腑抜けた姿、騎士として他の仲間に見られる訳にはいかないな。

 仲間は勿論、姫様やフィオレーネさんには到底見せられる姿ではない。これが愚行である事は承知の上である。

 

 考えられる限りで見付かれば最悪なのはやはりバハリか。バハリなんかに見付かった日には、仲間達全員に言い回されて私の人生は──

 

 

 

「やーやー、珍しいなライラック。こんな所で釣りに興じてるなんて。どういう風の吹き回しだい?」

 ──私の人生は終わりを迎えた。



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研究員バハリ

「やーやー、珍しいなライラック。こんな所で釣りに興じてるなんて。どういう風の吹き回しだい?」

 突然、私の人生は終わりを迎えた。

 

 

 振り向くと、モジャモジャ頭にゴーグルのついた今一番見たくなかった竜人族の顔が視界に映る。

 彼はその長い耳を頭ごと揺らしながら私達に向かって駆け寄ってきた。

 

 来るな。

 

 

「バハリさん、ちーす。ライラックは俺が誘ったのよ。滅茶苦茶渋られたけど」

「だろうとは思ったけどね。しかし、さっき聞こえてきた愉快な声は二人の声かな? 片方は随分と聴き覚えのないハイテンションな声だったが」

「多分それはライラ──」

「私以外にも仲間が来ていて……!! 多分その者の声だと……!! はぁ……しかしバハリ殿、拠点で見掛けないかと思えばまた狩場とは」

 ツバキの首を絞めながら、私は完璧なポーカーフェイスで口を開く。

 

「いやー、そもそも俺が人の声を聞き間違える訳なくない? アレは間違いなくライラックの怒鳴り声だった。その反応を見るにこの考えは確信に変わったね」

「く……話を逸らそうとしても無駄か」

 この男の洞察力は国にとってあまりにも必要だが、今だけは憎い。

 

 ツバキの首を絞める腕にさらに力が入った。

 

 

「しかし意外だな。あのライラックがあんなにも愉快な声をだして遊戯に取り組むなんてね。流石はツバキだ、上手くライラックを乗せたんだろう?」

「私は別に乗せられてはいない」

 さらに強くツバキの首を絞める。

 

「この話はもう良いでしょう。……バハリ殿が狩場にいるという事は、何か気になる事があるからでは? 騎士として耳に挟んでおきたい」

「良い推測だ。流石ライラック。実は、二人の報告で気になった点を調査していたんだ。その結果、面白い事実が分か──」

「いやそろそろ俺を助けてくれない!? このままだと締め殺されるけど!!」

 バハリ殿の言葉を遮り、私の首締めから逃れたツバキが死にそうな顔で私を睨んだ。

 

 

「すまない、存在を忘れていた」

「死ぬかと思ったけど!?」

「バハリ殿、話を続けて欲しい」

「この野郎!! いや、俺もその話は気になるけども」

 表情を何度か歪ませてから、ツバキはバハリ殿に視線を向ける。

 

 話が一度止まってしまったが、バハリ殿の口からでた言葉はそのまま流す事は出来ない言葉だった。

 

 

「そんじゃ、手短に話そうか。二人の報告にあった消えたジンオウガの死体と、地下洞窟の爪痕。気になって調査した結果……地下洞窟の爪痕は種族的にはジンオウガの物だという事が分かった」

「あんな寒い所にジンオウガが居たって事か?」

 ツバキは目を丸くする。

 

 雷狼竜は確かに温かい気候を好み、身体が冷える事に対しての耐性が弱いモンスターだ。

 ツバキが驚くのも無理はない。

 

 

「爪跡があったという事は、そこで戦闘があったという事だ。つまり、私達が討伐したと思っていたジンオウガは実は死んでいなくて、寒冷地帯の地下洞窟でルナガロンと対峙した」

「ルナガロンが傀異化してないのに暴れ回ってたのはそのせいか。……と、なるとあの時ジンオウガにトドメを刺さなかった俺の不始末って事だな」

 珍しく辛気臭い表情で俯くツバキ。しかし、それに関しては私にも非がある。

 

 

「いや、あのクエストは二人で受注したクエストだ。私もその判断の元動いた。貴様だけの責任ではない」

「ライラック……」

「そもそも、地下洞窟で暴れ回ったジンオウガが、そのジンオウガと決まった訳じゃないんだけどね。それにモンスターの力は未だ未知数だ。今何が起きてるのか、正しく理解するのは難しい」

 そう言いながら、バハリは立ち上がってベースキャンプの出口へと向かって歩き出した。

 

 

「俺はもう少し手掛かりが欲しいから探索に戻るよ。二人は釣りを楽しんでねー」

「いや、私も行く」

 颯爽と喋りたい事だけ喋って去っていこうとするバハリ殿の肩を掴んで、私はツバキに視線を送る。

 

 そうする前に、ツバキも釣り道具を片付けていた。

 

 

「俺も。もしあのジンオウガが生きてるってんなら、流石に気になるしな」

「そんじゃ、一緒に調査に乗り出しちゃうか。その前に腹ごしらえだ! 食事は大事だよ。せっかくだからご馳走しよう」

 そう言うと、バハリ殿は戻ってきて調理の支度をし始める。

 

 

 この男は見掛けによらず料理が上手い。

 頭が良いものだから栄養バランスも優れた料理を作るので、それを断る理由もなかった。

 

 

 食事を終えた私達三人は、城塞高地の狩場へと足を踏み入れる。

 特段変わった事はない。静か過ぎると思うくらいには、何の問題も見当たらなさそうな空気が漂っていた。

 

 

「飯美味かった〜。バハリさんの飯はやっぱ格別だな」

「食事は人の原動力だ。そこで手を抜く理由はないからね」

「……一応ここは狩場なので、集中してもらおうか」

 呑気な二人の後ろを着いて歩く。

 

 

「……静かだな」

 私はハンターではなく騎士だ。

 

 狩り場に異常がなければ、足を踏み入れる事は少ない。

 だからだろう。この異様に静かな空気が落ち着かなかった。

 

 

「ここが二人がジンオウガを討伐したポイントだったよね」

 まず辿り着いたのは、ツバキと初めてクエストに赴き雷狼竜を討伐した場所。

 

 腐肉どころか骨の一つも残っていない。

 氷狼竜討伐の前に立ち寄った時も不審に思ったが、コレが意味する事はやはりあの時の雷狼竜が生きていたという事なのだろうか。

 

 

「ここにある問題は一つ。討伐した筈のジンオウガの痕跡が何一つ残ってないって事だ。死体ごとどこかに連れ去られたなら、何処かに引き摺った後でもなければおかしい」

「やっぱ、俺が倒したと思っていたジンオウガが生きてたって事か?」

「そう考えるのは妥当だろう。けれど、そう考えるにしても不自然な点が残る」

「不自然とは?」

 私がそう聞くと、バハリ殿は辺りを見渡して目を細める。

 

 

「その、死んでなかったジンオウガの行方だ。少なくとも死にかけのジンオウガならそう遠くにはいけない筈。二人が討伐を見誤ったと言っても、その個体が弱っていたのは確実な筈だ。二人の目が節穴じゃないのも、二人がある程度万全な健康状態でクエストに臨んだのも、俺が保証する。しかし、死にかけの筈のジンオウガは居なくなっていた」

 そこまで言って、彼はしゃがみ込んだ。

 

 そこには何もない。何もない事こそが、その証拠だというように、彼はその四本指で土を撫でる。

 

 

「つまり、我々の想定しない事象でジンオウガは失われる寸前だった命を吹き返した。そう考える事も出来るんじゃないかな?」

「命を吹き返した?」

「さもなくば、限界を越える力を手に入れた。死を()()する程の力をね。……勿論これはただの推測だ。肯定するにはあまりにも材料が少ない」

 そう言って立ち上がり、彼は城塞高地の奥へと進んだ。

 

 

 その先は寒冷地域であり、ツバキと共に氷狼竜と退治した地下洞窟の近くである。

 

 

「やっぱ寒いな……」

「弱音を吐くな」

「へいへい」

「いやしかし、寒いのはそうなんだ。ジンオウガがこの辺りに向かう事はあまり考えずらいよねー」

 辺りを見渡しながらそう言うと、バハリ殿は何かを見つけたのか目を細めて歩みを止めた。

 

 そして、その見つけた何かに向けてゆっくりと歩く。

 

 

「鱗だ」

「鱗? ジンオウガのか?」

「いや、コイツはルナガロンの鱗。なるほど、自然に落ちた物じゃないな、コレは」

 ツバキの質問に短く答えてから、彼は落ちていた氷狼竜の鱗を興味津々といった表情で持ち上げた。

 

 

「なー、ライラック。ルナガロンとはここでは戦ってないよな?」

「そうだな」

「となると、コイツは他の要因でここに落ちていた事になる。持ち帰って詳しく調べたら、何か分かるかもしれないね」

 氷狼竜の鱗を丁寧に包んでポーチに入れると、彼は近くにある洞窟に向けて歩き出す。

 

 ツバキと共に氷狼竜を追い、道中で痕跡を見つけた場所だ。

 

 

 直ぐに氷狼竜と交戦状態になった為にしっかりと確認は出来なかったが、やはり洞窟の壁にある爪痕の痕跡は氷狼竜の物だとは考え辛い。

 

 

「これが雷狼竜の痕跡だというなら、納得が行く」

「でもこんな寒い所にジンオウガが来るか?」

「それこそが、この不可思議な事象で最も合点がいかない点だ。ジンオウガは寒がりだからね。態々こんな場所に、自分の縄張りだとでも言うように痕跡を残したりはしない。……つまり、ここで戦いがあったんだ」

 爪痕の痕跡を手先でなぞりながら、彼はこう続ける。

 

 

「なんらかの事象で死の淵から這い上がったジンオウガは、何かを求め──あるいは追い掛けてこの洞窟までやってきた。ルナガロンが戦闘を行った痕跡が洞窟の外にあって、もしコレがジンオウガとの戦闘によるものなら……ジンオウガは餌にはならないだろうルナガロンを自ら追い掛けて洞窟に入った可能性すらある。縄張りを犯されたルナガロンが暴れ回ったのは何も不自然じゃない。問題は……この謎の中心にいるジンオウガの行方が全くもって分からなくなってしまった事。何かが起きてるのは間違いないが、何が起きてるのか分からない……これ程に恐ろしい事はないからね」

「国に不利益を起こす竜ならば、王国の騎士はその命を賭けて迎え撃つ。それだけだ」

「いずれにせよ、この件は持ち帰って考えるべき案件では──アレは?」

 ふと、バハリ殿が洞窟の外に視線を向けた。

 

 その先では、私が反応出来ない速度で太刀に手を伸ばして構えるツバキが立っている。

 

 

 ──いや、何かが居た。

 

 

「ツバキ、何がいる」

 私も構える。しかし、モンスターの気配は感じない。

 

 

「……いや。何も居ない……事はないな。何か居たのは確かだけど」

 彼は構を解いて、困ったような顔で目を細めた。

 

 警戒はそのまま。ツバキは洞窟の出口に指を向ける。

 

 

 赤い虫が一匹、飛んでいた。

 

 

 

「キュリアか」

 興味深そうにバハリ殿がそれに近付く。

 

 虫の正体はキュリアだ。

 何故か一匹だけ。バハリ殿が近付こうとすると、それは洞窟の外に飛んで行ってしまった。

 

 

「……嫌な予感がするな。ライラック、バハリさん、ちょっと早めに帰ろうぜ」

「今は貴様の勘を信じよう」

「賢明な判断だね。さ、行こう」

 三人で洞窟を出て、周りを警戒しながらベースキャンプに戻る。

 

 

 しかし、やはり城塞高地は過ぎる程に静かだった。

 

 

 

 この地で何が起きているのか、何がここに居るのか。

 

 

 

「さっきのは……」

「何を見付けたのだ」

「……いや、分からん。ただ、まだピリピリしてんだよな。嫌な感じっていうかさ」

「嫌な感じ、か」

 私にはまだ分からない。



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救出フクズク

 人を探すという行為が私は苦手だ。

 

 

 人にはそれぞれの役割があり、日々切磋琢磨している。

 

 騎士は命じられた通りに動くのが仕事だ。

 西に行けと言われれば西に行き、南に行けと言われれば南に行く。

 

 他人への命令を一々熟知するのも難しい。

 

 

 よって、誰が何処にいるのか分からない以上。モンスターを探すように闇雲という事になる訳だ。

 まだモンスターの方が痕跡を残してくれる事もある為、人間を探すよりも楽だと言えるだろう。

 

 

 

「さて、アレは用がない時は現れる癖に……こちらから用がある時は消えるのだから苛立たしい。何処だあの男は」

 私はよりによって()()()を探していた。

 

 用があるといえばあるのだが、あの男を探すという行為にどうしても拒絶反応が出る。

 

 

 そもそも()()が普段どのような生活をしているのか、私は知らない。

 

 ハンターならばやはりクエストか。そうなるとエルガドには居ない為探しようがない。

 いや、あの男が勤勉にクエストに向かう姿を想像出来ないな。確かに優秀なハンターだが、アレは自分の力を国の為に使おうとしないタイプの人間だ。

 

 

 で、あればエルガドの何処かで鼻糞でも穿っているに違いない。私もようやくあの男の事が分かってきたのだろう。

 

 

「ならば茶屋に居ると思ったのだが……」

 しかし、ツバキは見付からなかった。

 

 まさか本当にクエストにでも赴いているというのか。私は彼を見誤っていたのかもしれない。ツバキへの態度を見直すべきだろう。

 

 

「そうか、遂にあの男も国への忠義心が見栄えだという事だな。感心した。今度、酒の一杯でも奢ってやろう」

 今日は一人の男の成長を実感出来た良い日だ。

 

 しかし、そうなるとツバキが何処に向かったのかを調べなければならない。場合によってはクエストを手伝いに行くのもやぶさかではないだろう。

 

 

 そうなると尋ねるべき人物は一人しかいない。

 

 

「──姫」

「あ、ライラック! クエストですか?」

 私が声を掛けると、満面の笑みをで振り向いてくれる一輪の花。

 

 陽の光すら霞む神々しさを放つ国の姫──チッチェ姫が、私に手を振って下さった。

 

 

 私は今日クエストで命を落としても後悔しないだろう。この笑顔を守る為に働いた己を誇りにすら思う筈だ。

 勿論、国の為に全てを捧げると誓ったこの身を簡単に捨てるつもりはない。

 

 例え伝説の古龍がやって来ようが、私は彼女の笑顔だけは救ってみせると──その場で跪く。

 

 

「──姫、今日も全てが素晴らしい限りです。しかし、昨日よりお召し物が少し汚れていますね。この糸のほつれは昨日無かった筈です。世話係は何をやっているのか」

「ふふ、今日も面白いですねライラックは」

 少し首を傾けて笑う姫があまりにも愛おしい。私は気を失いそうになった。

 

 

 背後から「キモッ」と誰かの声が聞こえてきたが、意味が分からないので放っておく。

 

 

「ところで、何か要件ですか? ライラック」

「あ、いえ。多忙な中、申し訳ありません。……ツバキを探しているのですが、彼が今何処に居るのか知っていますでしょうか?」

 姫のあまりの美貌に全てを忘れてしまっていた。

 

 国に全てを捧げると誓った私の心を揺らすとは、流石は姫である。罪なお方だ。

 

 

「ツバキさんですか? ツバキさんならお仕事を頼んでいまして!」

「なるほど、彼もやっと国の為に動く勤勉さを身に付けたのですね。姫の一生懸命なお姿をその目に焼き付ければ当然の事ではありますが」

 やはり、ツバキはクエストに向かっていたらしい。

 

 

 あの男への評価は改めるべきだろう。私が愚かだったという事だ。

 

 そもそも、遊んでばかり居るハンターが居る筈がないのである。

 

 私が見たツバキの姿は、少し休暇を取っていた彼の姿に違いない。

 そんな彼の一面だけを見て怠惰な存在だと決め付けていた私こそ、思考を放棄した怠惰な存在だったのだ。

 

 

 彼には謝らなければならないだろう。

 

 

 

「それで、その仕事というのは? こちらも用がある身、彼の手伝いをしても良いと考えていまして」

「本当ですか? ライラック。貴方が居れば心強いです」

「はい、勿論です」

 さて、どんなクエストか。

 

 簡単な物だとツバキ一人でなんとでもなる筈だ。しかし、姫がこう言う以上それなりの難易度に違いない。心を切り替えなければ。

 

 

「ではライラック! まずは翔蟲でツバキさんと合流して下さい。今丁度上に登っていった所なので、ライラックは木材と釘を持っていって頂ければきっとツバキさんも助かります!」

「はい?」

 上に登っていった、と姫は仰ったのだろうか。

 

 

 まるで意味が分からない。そして何故か姫は頭上を指差している。

 

 

「上……?」

 意味も分からず頭上を見上げた。

 

 クエストボードの背後にある何の為に建てられたのか分からない木造の足場。

 クレーンを増築しようとして辞めたのだったか何だったか。もはやただの高台である。

 

 そんな建てるだけ建てて放置されている高台を見上げると、一人の男がその上で私達を見下ろしていた。

 

 

 

「お、ライラック! なんだ? 手伝ってくれるのか?」

「……姫、ツバキの仕事とは?」

「あの高台、知らない間にフクズクの巣が出来ていたようでして! それはよかったんですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()、フクズクの子供が風に煽られて落ちてきてしまったんです! それを、見事ツバキさんがキャッチしてくれたのは良かったんですが……。このまま巣に返してもまた風で落ちてきてしまわないとも限りません。そこで、ツバキさんが高台の床面を広くしてある程度強い風が吹いても大丈夫なようにすると仰って下さったんです! チッチェ、ツバキさんの心優しさに感激してしまいました!」

 何をやってるんだアレは。

 

 

「な、なるほど……」

 いや、落ち着け。姫の言う通り、小動物に心優しく振る舞う行為は何も悪い事ではない。フクズクは愛玩動物として皆に好かれている訳でもある。

 

 

 しかしそんな場所に居たのかツバキ。分かるわけないだろ。そしてお前を見直してしまった私の気持ちを返せ。いや遊んでいる訳ではないが。いや遊んでるだろアレは。

 

 

 もうどうにでもなれ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 謎の高台はツバキの手により謎の増築をされ、足場が強化された。これなら多少強い風が吹こうが巣は大丈夫だろう。

 

 

「おー、よしよし。もう大丈夫だぞ」

 フクズクの子供を撫でるツバキ。そこに狩人の威厳はない。

 

 もはや建築士か何かだろうコレは。

 

 

「手際が良いな。釘を打つ動作にも無駄がなかった。……しかし、ハンターの仕事ではないな」

「まぁ、本業農家だったしな」

 コレがカムラの里の猛き炎か。

 

 

「あ、でも手伝ってくれてありがとな、ライラック。おかげで昇り降りしなくて良くて助かったわ」

「それくらいの事しかしてないがな。別に私が居なくても多少作業時間が変わる程度だろう」

 一応手伝いはしたが、材料等を運んだ程度だ。特に必要はなかっただろう。

 

「それに、貴様に用事があって探していただけだ」

「いや、俺高い所ダメだからよ。昇り降りするの怖いからマジで助かったわ」

「なんて情けない男なんだお前は。高所恐怖症でなぜここに登ったんだ……」

「トラウマがあるんですよ……高い所。でも、まぁ……フクズクの子供が可哀想だったからね?」

 良い奴ではあるのだ。良い奴では。

 

 

 

「馬鹿が……」

「純粋に罵倒じゃん」

「褒めたのだ」

「何処が!?」

 言いながら、私は高台を降りる。ツバキは本当に高い所がダメなのか、恐る恐るといった感じで降りてきた。

 

 

 途中、強い風が吹いて涙目になったツバキの顔のなんと情けない事か。

 

 

「流石ツバキさん! 見事クエストクリアですね。ライラックもご苦労様です」

 クエスト扱いだったのですか今の。

 

 

「得意分野だ。任せてくれ」

 狩猟を終えた後のような顔で堂々とするな。ハンターの誇りはないのか。

 

 

 

「で、用事って何だ?」

 何故か姫から報酬を受け取り、振り返ってそう言うツバキ。話の途中だった事を私も思い出す。

 

 

「そうだった。その為に態々貴様を探したのだ。……バハリ殿から連絡が入ってな。貴様の耳にも一応入れておこうと思ったのだ」

「バハリさんから?」

 彼の名前を出すと、ツバキは少しだけ目を細めた。

 

 

 以前二人で何故か釣りをしに行った時、バハリ殿と遭遇してから行った調査。

 

 バハリ殿はそれからも一人で調査を進めていたようである。

 その結果を彼が知らせてくれたのだ。

 

 

「──調査の結果、バハリ殿が見つけた鱗からジンオウガの痕跡が見つかった」

 ──それはきっと、私とツバキで初めて行った狩猟で相手をしたジンオウガなのだろう。

 

 

 何故か、そんな確信が私にはあった。



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帰還フィオレーネ

 以前二人で何故か釣りをしに行った時、バハリ殿と遭遇して行った調査。

 

 バハリ殿はそれからも一人で調査を進めていたようである。

 その結果を彼が知らせてくれたのだ。

 

 

「──調査の結果、バハリ殿が見つけた鱗からジンオウガの痕跡が見つかった」

「ジンオウガ……」

 その名を聞き、ツバキは珍しく神妙な表情を見せる。

 

 

 

「やっぱり、俺達が倒したと思ってたジンオウガは生きてたんだな……」

「後悔しているのか?」

 あの時、しっかりとその命を絶っていたら──そんな事が頭を過ったのだろうか。

 

 

「不甲斐なさ、みたいな事を考えるならそれもあるけどな。それよりも、今はこれから先どうなるのかを考えてる」

 しかし、ツバキは真っ直ぐ前を向いてそんな言葉を漏らした。

 

 なる程に彼らしい切り替えの速さだと納得してしまう。

 

 

「過ぎた事は仕方がない。私もその場にして、お前に従ったのだから文句を言える立場ではない。……ただ、もし私達の()()()()()が王国に牙を向くなら──私達はそれを止める義務がある」

「そうだな。とりあえず詳しい事はまたバハリさんに聞くとして、ライラックが居てくれてるとはいえ俺には重い問題になってきたし。……やっぱ助け求めるか」

 そう言いながら、ツバキは港に視線を向けた。

 

 

「助け?」

「今日、カムラの里から船が来るって話でさ。フィオレーネさんも帰ってくるし、多分俺の友達も来てくれると思うんだよな」

「友達……以前言っていた里の友人か。優秀なハンターなのだとか」

「それはもう俺より凄いのなんの」

 そんな会話をしながら港へ。

 

 

「お、船着いてるじゃん」

「予定より早いな」

「風強かったし。そのせいかもな」

「なるほど。風か」

 フクズクの雛が落ちたのも風が強かったからだったか。

 その風の影響もあって、私達が()()()()()()をしている間に予定よりも早く船が到着していたらしい。カムラの里に向かったエルガドの船が港に帰って来ている。

 

 

「ツバキ!!」

 スッと、船から飛び降りる赤い影。

 

 まるで夜の森を駆ける迅竜が如く身のこなしで、一人の女性がツバキの上に落ちてきて彼を下敷きにした。

 

 

「グハッ!!」

「なんだ!? 人が降って来た!?」

 私は驚いて目を丸くする。

 

 見たところ迅竜──ナルガクルガの素材を使った装備を着込んだツバキと同年代の女性だ。

 しかし、彼女はまるでモンスターのような身のこなしで船の甲板から飛び降りて来たのである。

 

 彼女がツバキの言っていた()()の一人であるという事は直ぐに分かった。

 

 

 

「アレ? ツバキが消えた」

 彼女は赤い髪を揺らしながら辺りをキョロキョロと見渡してそんな言葉を漏らす。目が合った私はいたたまれなくなって彼女の下を指差した。

 

 

「重いっす」

「なんでそんな所に居るの!?」

「お前が踏み潰したんだよ!!」

 起き上がって声を上げるツバキ。

 

「女性に向かってその態度は何事だ」

「いや、これは俺悪くなくない!?」

「今のはカエデが悪いかもね。でも元気そうで何よりだよ、()()()

 もう一人。

 

 船から降りて来た千刃竜装備の金髪の男が、ツバキの肩を叩いてそう言う。彼もツバキの友人のようだ。

 

 

「ご、ごめんねツバキ!」

「いや素直に謝られるといたたまれなくなる。てか二人とも来てくれるとは思わなかったわ。ありがとな」

 苦笑いしながら、ツバキは二人にそう告げる。

 

「里は大丈夫なのか?」

「ウツシ教官も居るし、愛弟子が困っている今! 二人が行かなくてどうするって、心良く送り出してくれたよ」

「教官らしいな……暑苦しい。助かるけど」

「でも、ツバキが戻ってこないから何事かと思ってたけど……また何か問題でもあったの?」

「ちょっとな……」

 ツバキ曰く二人共優秀なハンターという事だ。エルガドにとって心強い存在という事は確かだろう。

 

 

「っと、紹介してなかった。こっちのやかましいのはカエデ。俺の幼馴染で操虫棍使い。バカだ」

「カエデです! よろしくね──今バカにされなかった!?」

「気のせいじゃよ」

「あはは、そうだよカエデ。気のせい気のせい」

「そんでこっちの顔が良いけど中身がダメなのがジニア。こっちも幼馴染でランス使い。バカだ」

「ジニアだよ。よろしくね」

「ライラック。王国の騎士だ」

 二人の手を取って、私はそう挨拶をした。完全にバカだと言われていたが気のせいなのか。

 

 

 友人をバカにしているツバキの誠実さはともかく、人柄は()()()()()()好まれる明るい男だという認識はある。

 彼にこのように友人がいる事に驚く事はない。

 

 

「この固いのはライラックな。崩れると面白いから仲良くしてやってくれ」

「何が面白いだ。騎士として礼儀は尽くすが、いつも言うように友人を作るつもりはない」

 そう言って私は三人に背中を向けた。

 

 ツバキの友人が居るのなら、私が行動を共にする必要はないだろう。

 エルガドは忙しい。仕事の分担が出来るのなら、それに越した事はない。

 

 勿論、必要な時は騎士とハンターとして手を取る事はあるだろうが。

 

 

「そんなこと言うなよぉ〜。俺達もう友達だろぉ〜」

「くっつくな気持ち悪い!!」

 背中を向けた私の背後から、変な声を漏らしながら引っ付いてくるツバキを私は引き剥がした。

 

 なんのつもりだこの男は。

 

 

「まー、まー、せっかく知り合えたんだから一緒にご飯でもどう? 僕達も船旅で疲れてお腹ペコペコなんだよね」

「そうそう! せっかく久し振りにエルガドに来たんだから何かここでしか食べられない物食べたいな!」

「と、お二人も申しておりますので。ライラック、ちょっと飯案内してくんない?」

「……はぁ?」

 もしやと思うが──

 

 

「宜しくね、ライラック」

「お願いしまーす!」

「……は、はぁ」

 ──この二人もツバキと同じなのか。

 

 

 私は、二人の事を紹介したツバキの言葉を思い出す。

 

「──バカだ」

 

 ──バカ、なのだ。

 

 

 

「……私も暇という訳では」

「親交は大事だと私は思うぞ、ライラック」

 遅れて船から降りて来たフィオレーネさんが私の肩を叩いてそう口にする。

 

 

「お疲れ様です、フィオレーネさん」

「私の留守の話も聞きたい。どうだ?」

「……そういう事なら」

 私の返事を聞くと、フィオレーネさんは満足気な表情で先導してツバキ達と食事をする場所を探し始めた。

 

 

「フィオレーネさん聞いてくれよ。この前ライラックと釣りに行ったんだけどさ」

「ほぅ、ライラックと釣りか。良く付き合ってもらえたな」

「騙されただけです」

「ツバキは人を騙すのが上手いからな」

「俺の事そんな風に思ってたんですか!?」

「はは、良い意味で言ったつもりなのだが」

「笑う所じゃないですよ!!」

 フィオレーネさんとは殆ど入れ違いになって、私がエルガドを離れてから話す機会がなかったからだろうか。

 

「フィオレーネさん私お腹減りましたー」

「すまない、積もる話は後の方が良いな。さて、カエデとジニアにはカムラで世話になった。今度は私の番という事だ」

「やったー!」

「では、お言葉に甘えさせてもらいましょうか」

「お前ら遠慮ないな……。一応この人それなりに偉い人だからね。俺がいうのもなんだけど」

「私達の仲だ。遠慮しないでくれ」

 彼女は少し変わった気がする。彼女は凛々しく、固い印象があった。

 変わるのが悪いという訳ではない。ツバキに絆されたと言えば聞こえが悪いが、今の彼女の方が精神的に安定しているようにも見える。

 

 

 私はどうだ。

 

 いや、私は──

 

 

 

「おーい、ライラック。置いてくぞ〜」

「分かっている」

 ──私は、変わる必要はない。



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急設パーティ

 食事を取りながら私はカエデとジニアという人物を観察する。

 

 ツバキの友人という事もあり、悪い意味ではないが田舎臭い振る舞いを取るのがカエデという少女の印象だった。

 食事の合間にツバキに対してあんな事があったこんな事があったと、仕切りに話す所から見て彼女は──

 

 

「惚れているのか?」

「あ、分かる? 察しがいいね。だからカエデの事は狙っても無駄だよ。僕でも落とせなかったんだから」

 ──彼女、カエデはツバキに惚れているに違いない。

 

 そう確信した私に、もう一人のツバキの友人であるジニアが話しかけて来る。

 

 

「ツー君が硬いって言ってたから、君はそういうの気にしないと思ってたんだけどな」

 ジニアは整った顔立ちの瞳を片側だけ閉じた。私は目を細めて彼から目を逸らす。

 

「私も人だ。そういう感情は心得ているし、人の恋路を邪魔する程冷めてもいない。私がそのような男に見えるか」

「いや。ただ、ツー君の言ってる通り堅苦しいなって思って」

 ジニアは満面の笑みで私をバカにすると、再び片目だけを開いて口を開いた。

 

 

「こういう話はさ、もう少し楽しそうにしようよ」

「楽しむ理由はない。私は騎士だ。今は食事という機会で情報交換をする場だと心得ている」

「そういう所なんだよねぇ。ま、確かに……崩れたら面白そうだけど」

「ツバキといい貴様といい……」

 私をなんだと思っているんだこの男達は。

 

 

「──そんな訳だ、食事も落ち着いた所でライラックとツバキも含めた四人とも聞いて欲しい」

 ジニアと話をしていると、フィオレーネさんが口元を吹いてから口を開く。流石、上品な振る舞いだ。

 

 

「カエデとジニアは知ってるが、エルガドに古龍が近付いてきている可能性がある。その正体も、目的も、まだハッキリとはしていない」

「古龍が……?」

 私が言葉を漏らすと、フィオレーネさんは「そうだ」と短く首を縦に振る。

 

 

 古龍。他の竜や獣とは一線を画す存在。

 その力は自然そのものとさえ言われ、命一つで小国を滅ぼすのも容易な生き物だ。

 

 私がエルガドに戻る前の任務で相対したオオナズチも、古龍と呼ばれる存在である。

 

 ツバキの里──カムラを襲ったのも、ナルハタタヒメとイブシマキヒコという一対の古龍だったか。

 そして我らが王国の厄災の一つ、フィオレーネさんがここに居るツバキ達と協力して打ち倒した深淵の悪魔も古龍の一種だった筈だ。

 

 

「分かっている事は一つ。ここ最近の異様な風の強さと、生態系の異常だ」

 ソレは、そこに存在するだけで自然そのものに多大な影響を与える。

 

 ここ最近の城塞高地の生態系が荒れていた理由も、その古龍が原因なのだろうか。

 

 

「風か……」

 珍しく、ツバキが神妙な面持ちで目を細めた。

 

「私達よりも、カムラのハンターであるツバキ達の方が思う所があるか」

 フィオレーネさんがツバキやカエデ、ジニアに目を向ける。

 

 

「因縁ではありますからね。風神と呼ばれた古龍……百竜夜行の原因となった一匹も風を操る古龍だったので」

 一番初めに口を開いたのはジニアだった。

 

 風の神とまで呼ばれる龍ならば、話の流れにも納得が行く。

 

 

「あんなんと戦うのは二度とごめんだけどな」

「後は、ユクモ村で話を聞いた事があるアマツマガツチも嵐を操るモンスターだったと思うよ」

 溜め息を吐くツバキの隣で、カエデがもう一匹の古龍の名前を出した。

 

 ユクモ村といえば有名な土地であり、アマツマガツチという古龍の伝承は私も知っている。

 どちらにせよ、古龍である以上おそろいし存在である事には変わりない。

 

 

「てか、異様な風の強さなんて俺は初耳だが?」

「今さっきフクズクの巣が風で飛ばされたばかりだろう」

「確かに。……いやでも、あれくらいだったら普通の強風だろ」

「言われてみればそうだが……」

 確かに風が強いとは言うが、その程度時々ない話ではない。フィオレーネさんが異様とまでいう理由がツバキと私は分からずに首を傾げた。

 

 

「エルガドはまだ何も起きてなかったんだ」

 そうすると、今度はカエデが首を傾げる。

 

「どういう事だ? カムラの里で何かあったのか?」

「うん。えーと、ね……大雨が降ったの。それと嵐。それだけなら、普通の嵐だと思った。……けど、その嵐は一週間以上続いたんだよね」

「嵐が一週間以上!?」

 それほどまでに長く嵐が続く事はありえない。

 

 確かに、そうなると異様とも言える状態だ。

 

 

「フィオレーネさんが船でカムラに来てから少しして嵐が来て、それからずっと一週間以上ね。流石にこれはおかしいってなって、僕とウツシ教官で大社跡を覗きに行ったんだけど……その時、嵐の中に黒い影が見えたんだ。僕の目がおかしくなければ、確実に嵐の中に何か生き物がいた」

「大雨と嵐なら、私にも心当たりがある」

 ジニアの言葉を聞き終えてから、私は挙手して口を開く。

 

 フィオレーネさんが「なんだ?」と視線を送ってくれたのを確認してから私は続きを話そうと席を立った。

 

 

 

「エルガドに戻る前の任務で私は霞龍──オオナズチという古龍と対峙していました。かの龍と対峙する為に資料を漁っていた時、近しい種という所から鋼龍──()()()()()()()というモンスターの事を調べる機会もあったのですが……その龍は風を纏うとされている龍です」

「クシャルダオラか……。であれば、今我々が持ち得る情報の中ではイブシマキヒコ、アマツマガツチ、クシャルダオラという可能性が出てきた訳だな。勿論、他の可能性もある。我々の知らないモンスターという可能性も。しかし、無知である相手よりは対策は取りやすいというものだ。この三種の対策は取っておいて損はないだろう」

 そう言うと、フィオレーネさんは立ち上がる。

 

 

「報告をまとめ、提督やバハリに話をしてくる。四人とも、ありがとう」

「あ、待ってくれ。俺も少し気になる事があって」

「私も、一つ耳に入れてもらいたい情報が」

 そんなフィオレーネさんを、私とツバキが手を伸ばして止めた。

 

 風とは関係ないかもしれないが、城塞高地で起こっている異変はそれだけではない。私とツバキの見解の一致だろう。

 

 

「気になる事?」

「──ソレは俺から話そうかな」

「──バハリ……!?」

 突然現れたバハリ殿が立っていたフィオレーネさんの肩を後ろから掴んで、彼女を無理矢理座らせた。

 

 彼は眉間に皺を寄せるフィオレーネさんに両手を向けながら真隣に座ると、立っていた私にも座れと目で諭してくる。

 

 

「せっかく帰ってきたのに俺を食事に誘わないなんて、つれないんじゃない?」

「食事はともかく。今から話をしに行くつもりだったのだが」

「それじゃ、ちょうど良いね。俺もフィオレーネに話があったんだ。これなんて言ったっけ? 相思って奴」

「そのおかしな髪を燃やすぞ」

 フィオレーネさんは少し変わったと思っていたが、何も変わっていないようだ。いや、これはバハリ殿が悪い。

 

 

 

「久方振りの再会にしては冷たい態度だけど、フィオレーネがまた独りで抱えてない事を確認出来たから良しとしようか。さて、本題に入るんだけど……エルガドでも嵐とは違う問題を持ち上げてる所でね」

「違う問題?」

「傀異化モンスターによる影響か、それとも別の何かによる影響か。とにかく城塞高地の生態系がおかしくなってる。ツバキやライラックに調査協力をしてもらってるんだけどね、これの原因究明がどうも難航しててね。勿論、さっきの古龍が原因なのかもしれないけど」

「私とツバキで一度討伐した……いや、し損ねたジンオウガが傀異化して暴れ回っているというのが今の見解です。しかし、どうもジンオウガは見付からず、時間が経っても影響が収まらない」

 本来なら傀異化したモンスターはキュリアに命を蝕まれ、短い時間で命を落とす。

 

 しかし、城塞高地の生態系の異常は治る気配がない。

 

 

「──そういう事だから、フィオレーネやカエデちゃん達にも城塞高地の生態系の異常を調べて欲しいんだよね。そっちの嵐の古龍については、俺が調べる事にするよ。適材適所って奴。どう?」

 エルガドの現状を話し終えたバハリ殿は、フィオレーネさんやカエデ達にそう話を持ちかけた。

 

 現状、私とツバキだけでは人数が足りないというのは確かだろう。適材適所、人海戦術。バハリ殿らしい、正しい見解だった。

 

 

 人手があるのなら、手分けして様々な調査も可能だろう。

 ツバキは勘が働く狩人だ。調査のメインは彼やその仲間達に任せ、私はその補助を行えるように別の問題を潰してくるという行動も可能である。

 

 であれば、早速姫様に現場のエルガドのクエストを確認するべきか。

 

 

 

「そんな訳でライラック、ツバキ。それにカエデちゃんとジニア。君達()()に頼みたいクエストがあるんだよね」

「──なるほど。であれば私は別行動……いまなんと?」

 席を立って姫様の元に向かおうとするが、妙な言葉が聞こえて私は聞き返した。

 

 

 今、四人と言わなかったか。

 

 

 

「うん。だから、ライラックとツバキとカエデちゃんとジニアの四人でクエスト」

「はぁ?」

 どうしてそうなるのか。

 

 

「俺達パーティだし普通じゃね?」

 私は、どうやら知らない間にツバキの仲間(パーティ)に入れられていたらしい。



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伏魔共鳴キュリア

 よく分からない言葉が聞こえて、私は目を細めた。

 

 

「うん。だから、ライラックとツバキとカエデちゃんとジニアの四人でクエスト」

「はぁ?」

 何故その中に私が当たり前のように入っているのか理解出来ない。

 

 

「俺達パーティだし普通じゃね?」

「勝手に人をパーティに入れるな」

「あれ? 皆で調査するんでしょ」

 カエデが首を傾げる。

 

「だからこそ。いや、であれば、手分けして調査を進めるのが効率的だと」

「ライラック。今回の件、色々妙だと思うんだよね俺は。一人で動いて、まだ俺達が理解出来てない事象に直面した時……無事でいられる保証はない。急いでは事を仕損じるともいうだろう?」

 少し困ったような表情で、バハリ殿がそんな言葉を溢した。

 

 

 己の分からない事を探究する事が趣味みたいな男が、その感情を差し置いて人に忠告をするのも珍しい。

 

 今回の件、彼からしても相当難儀なのだろう。

 

 

 

「あなたがそこまで仰るのなら、意見はない」

「決まりだね。早速だけど、今回は水没林に向かって欲しい」

「水没林? 城塞高地じゃなくて?」

 ツバキが首を傾げてそう聞いた。気持ちは分かるが、話は最後まで聞け。

 

 

「ガランゴルムの目撃情報があってね。前みたいにまた縄張りを離れてるみたい。ただ、前回と違ってキュリアの目撃情報も一緒に報告されてる」

「傀異化している可能性がある、と」

「その通り」

 前回──氷狼竜ルナガロンに続く王域三公の一角、 剛纏獣(ごうてんじゅう)ガランゴルムが縄張りを離れ暴れ回っていたという記録は確認している。

 

 ツバキが対処したようだが、そもそもガランゴルムは臆病で大人しい性格の生物だ。

 それが縄張りを離れ暴れ回り、さらにキュリアの目撃情報まで合わさるなら、バハリ殿が警戒するのも頷ける。

 

 

 

「四人にはこのガランゴルムの調査──まぁ、言っちゃえば討伐を頼みたい。その際に気が付いた事があれば報告して欲しいし、何より傀異化してるモンスターだ。万全の準備を持って挑んで欲しくてね」

「成程、だから僕達四人でって事だね」

「任せて下さい! 私達も力になります!」

 ジニアとカエデがそう言いながら立ち上がった。私も騎士の名に恥じない働きをしなくてはいけない。

 

 

「って事だ、ライラック。今回も宜しくな」

「何を言われようが、私は騎士として全力で国にこの身を捧げるだけだ」

 別行動だと思っていたが、ジニアとカエデの実力を測る事が出来れば何処まで信頼して良いのか、そして国の為にどれだけの価値がある狩人かが分かる。

 

 ツバキの友人という事はその実力を疑う理由はないかもしれないが、一応これも騎士の務めだ。

 

 

「それじゃ、俺とフィオレーネは提督に報告とかあるから。クエストの件、宜しく頼むよ」

「おっけー、任せてくれ」

 ツバキが親指を立てて軽く挨拶をする。この男はこのクエストの重要度が分かっているのだろうか。

 

 

「それじゃ、僕達も準備しようか」

「はいはい! 私、おやつのお団子頼んでくる!」

「そんじゃ、俺は水没林の特産品調べるか。持ち帰って食おうぜ」

「いいね。それじゃ僕はお昼寝してるね」

「貴様達このクエストの重要度が本当に分かっているのか!?」

 私は彼等がツバキの()()だという事を失念していたらしい。

 

 いや、なるほど。

 本当に()()らしいな。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 水没林。

 その場の通り、水位が高くその地域の殆どが水没している森林地帯だ。

 

 

 泥濘に足を取られやすく、身動きには注意しなければならない。

 逆にこの地に生息するようなモンスターは足場の悪い環境に適応しているというのも厄介な狩場である。

 

 総じて、人間にとって有利な環境ではない。

 

 

「ジメジメして髪の毛凄いことになってる……」

「わぁ、大変だね……」

 カエデとジニアはそんな事を話しながら、竜車を降りて拠点のテントで狩猟の準備をし始めていた。

 

 

「聞きそびれていたが、この狩場での狩猟経験は?」

「あるよ、大丈夫。ライラック君は?」

「いくらかはある。問題ない」

 バハリ殿にクエストを頼まれて数日。

 

「とはいえ、普段そんなに来ない場所だしな。地図確認しとくか。逃げ場と逸れた時の集合場所考えとこうぜ」

 我々は無事に水没林に到着し、クエストに挑む所である。ツバキが戦う前から逃げようとしているのは、彼なりの緊張感らしい。

 

 

「狩場の確認も良いが、連携の事も改めて考えた方が良いだろう。三人はともかく、私は二人とは初めて組むのだから」

 竜車での移動中、最低限の会話はしたつもりだ。

 

 その人物の為人を知るのは勿論、使用する武器の間合いと、普段の戦い方。

 例え同じ武器を使っていても人によって立ち回りは変わってくる。

 

 

 カエデは操虫棍使い、ジニアはランス使い。

 定石で言えば、ジニアが先頭に立って残りのメンバーで翻弄するというのが基本か。カエデは狩人だが、まだ若い女性だ。どちらかというとサポート役だろう。

 

 

「あー、どうする。いつもの感じで良い?」

「僕は良いよ」

「私も良いよ」

「成程、最適化された立ち回りがあるのか」

 流石はカムラの里を守ってきた狩人達というところか。私はそれに合わせるだけで良いのなら、楽な話だ。

 

 

 

「よし、じゃあそういう事で。いいか、ライラック。カエデが一人で暴れるから、俺とライラックで隙をついて攻撃。ジニアは俺とライラックのカバー」

「待て」

 話が違う。

 

 

「彼女一人を前に出すのか!?」

「え、突然何……」

「貴様に紳士の心得が無い事は分かっているが、それでも女性を囮にするようなやり方は認められない」

「落ち着けライラック。囮は俺達だ」

「は?」

 訳の分からない事を言い始めたツバキに私は頭を抱えた。

 

 

 確かに、女性だから男性だからと性別で物事を判断するのは良くない。

 

 しかし、男三人が揃いも揃って女性一人を前に出すのが、果たして正しい事だろうか。

 

 

「俺なんかよりカエデの方が良く動くからな……」

 ツバキより腕が立つだと。

 

 

「何者なんだ君は……」

「何言ってるか分からないけど、私は考えるの苦手だから! 前で頑張るね!」

「あとコイツバカだからそもそも視界に入れて置かないと心配なの」

「な、成程……」

 確かにツバキは周りが良く見えている。彼が前線を張るより、後ろから指示を出した方が立ち回りやすくなるのはなんとなく想像が出来た。

 

 

「という訳で、カエデが暴れるから俺達は隙のサポート。そんな俺達のサポートをジニアがやる。初めて組むし、安全重視な」

「うん!」

「おっけー」

 カエデとジニアは迷わずにツバキの指示に賛成する。私は少しだけ遅れて頷いた。

 

 成程、これが付き合いの長さというものか。

 お互いを信頼出来ているのだろう。

 

 

 

「さて、そんじゃ早速──お?」

「なんだ。……キュリア」

 ベースキャンプを離れ、剛纏獣の捜索に向かおうとした矢先。

 

 空に点々と赤い()が飛翔しているのが見えた。

 

 噛生虫キュリア。

 剛纏獣が縄張りを離れた理由としては、その光景だけでも納得がいく。

 

 もし剛纏獣が傀異化してしまっているのなら、このキュリア達の近くにいる筈だ。

 

 

「近いな」

「まぁ、やっこさんデカいけど視界が視界だし注意な」

 泥濘に加えて鬱蒼と生い茂る草木が視界の邪魔をする狩場では、一瞬の判断ミスが命取りになる。

 

 私は意識を集中させ、木々の隅々にまで視線を回した。

 

 

 

「キュリアが向かってくる……近いぞ!!」

 勿論、空のキュリア達からも目は離さない。

 ソレらが動く時といえば宿()()が近くに居る時だろう。

 

 そして、突然キュリア達が私達の元へ数匹寄ってくる光景を私は見逃さなかった。

 

 

 キュリア達は、真っ直ぐに私達の頭上に向かってくる。

 

 

 私達の頭上に向かってくる??? 

 

 

「なんだ!?」

「あ、おいでー」

 私の前で、カエデがキュリアに手を差し伸べた。すると、キュリアが二匹程カエデにくっ付いてその牙を立てる。

 

 

「本当になんだ!?」

「おー、元気だね」

 なんで彼女はキュリアに噛まれているのに平然としているのだ。

 

 頭と腕に噛み付いたキュリアがそのまま蠢いている光景は見ているこちらの血の気が引いてくる。

 

 

「いつ見てもキモいな」

 ツバキは平然とした顔でカエデに悪口を放っていた。なんだ「いつ見ても」とは。普段から起こり得る光景なのかコレが。

 

 

「なんだコレは……」

「カエデはね、物凄く虫に好かれてるんだよね」

「だからこうしてキュリアだろうがなんだろうが集まってくるんだよ。野良翔蟲とか勝手に助けに来るからな」

 虫を呼び寄せるフェロモンでも出しているのか彼女は。

 

 

「普通に痛いけど、キュリアのおかげで身体が動きやすくなるから特に困ってないよ」

 普通に痛いらしい。頭が大丈夫なのか心配になってきた。

 

 

「キュリアと共存関係になる人間がいるとは……」

「まぁ、見た目ヤバいけど本人が良いって言ってるからとりあえずこのままで良いかってなってる。流石に初見は俺もドン引きだったからお前の反応は正しいよ」

 言いながら肩を叩いてくるツバキ。今だけは彼の軽口に救われた気がする。

 

 

「さて、無駄話はともかく……」

 ふと、そんなツバキの瞳が()()()()()に戻った。

 

 

 私も気持ちを入れ替える。

 茂みの奥が揺れ、何かが木々を薙ぎ倒した。

 

 

「来たか──」

 泥濘を平然と踏み抜き、山の如き巨体が姿を現す。

 

 

 苔生した頑丈な甲殻の鎧を纏った牙獣種。

 

「──ガランゴルム」

 ──咆哮が水没林に轟いた。



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伏魔響命カエデ

 泥濘を平然と踏み抜き、山の如き巨体が姿を現す。

 

 

 苔生した頑丈な甲殻の鎧を纏った牙獣種。

 

「──ガランゴルム」

 ──剛纏獣ガランゴルム。

 

 

 王域三公の一角にして、無垢なる巨影。

 本来ならば臆病で大人しい性格の筈の剛纏獣だが、その瞳は赤く染まり、目の前の物全てを破壊しようという衝動が見て取れた。

 

 その身体に纏わりつくキュリア。

 やはり傀異化しているらしい。直ぐにでも解放してやる事こそ、騎士の務めか。

 

 

 

「来るよ!」

 カエデの声と共に、剛纏獣がその剛腕を振り上げる。

 

 まずは回避。それから剛纏獣の出方を伺う──そう判断して動こうとした矢先、私の視界に信じられない光景が映った。

 

 

「──動き見る!」

 ──赤い影が宙を舞う。

 

 振り下ろされた剛腕をギリギリまで引き付けたカエデは、その剛腕を足場に跳び上がった。

 そしてそのまま、剛纏獣の肩に操虫棍を叩き付ける。一撃二撃。その固い外殻の同じ場所に、空中で的確な斬撃を入れる。

 

 

 しかし、翼を持たない我々人間は空中では自由に動けない。自由落下の隙に、剛纏獣は逆肩を振り上げた。

 

 

 避けられない──そう見えた次の瞬間、カエデは身を翻し操虫棍から放たれた印弾の反動で振り下ろされる剛腕を避ける。

 

「急所!!」

 そうして空中に居るまま避けた剛腕を足場にもう一度飛び上がり、剛纏獣のうなじに刃を突き立てた。

 

 

 

「……なんだ?」

 自分の腕よりも細い生き物に纏わりつかれ、二度も攻撃を交わされた上に急所を突かれた剛纏獣は只々悲鳴を上げる。

 

「この子良く動く!」

 暴れ回る巨体と振り回される両腕を、汗一つ流さずにいなしながら斬撃を与え続けるカエデ。

 

 

 時にはその身を翻し、翔蟲で軌道を変え、猟虫と共に空を舞う姿は飛竜のそれに近い。本当に彼女は人間なのか。

 

 

 

「着地ー!」

 唖然としていた私に剛纏獣が背中を見せる程に暴れるまで獣を翻弄したカエデは、涼しげな顔で私達の前に降り立った。

 

 

「どうだった?」

「とりあえず行けそう! 困ったらツバキがなんとかしてくれるし!」

「あー、ハイハイ。自分の安全を人に任せるの辞めろ。とりあえずパターン変わるまではカエデ中心で行けそうなら、そのまま行くぞ」

 そんな彼女の横で、ツバキとジニアは既に武器を構えていて振り向く剛纏獣に視線を向けている。

 

 私とした事が人間離れした彼女の動きに見惚れて固まってしまっていた。騎士として失格かもしれない。

 

 

 

「なるほど、大体分かった。彼女のサポートをしていれば良いのだな」

「そういう事。とりあえずカエデが動けてそれが通ってる内はコレで安定するから」

 短くそう言って、ツバキは視線をカエデに向ける。

 

 

 彼女は振り向いた剛纏獣の視線を私達から逸らすように、跳躍して再び剛纏獣の背後を取った。

 散々翻弄された剛纏獣は、それを身体で追っていく。そうなると、私達は完全にフリーだ。

 

 

「ジニア、カエデの事頼んだ!」

「オッケー!」

「行けるな? ライラック」

「誰に物を言っている……!」

 呆気に取られたが、私も王国の騎士である。彼女一人に国の仕事を任せる訳にもいかない。

 

 それに、汗一つ流していた様子はないが彼女は人間だ。

 狩りの最初から最後まであの動きが出来るとも限らない。何処かで隙を晒してしまうかもしれない。そうなった時、()()の我々が万全に動けるようにするのが今の正しい動き方だろう。

 

 

「仲間……か」

 そうだ。仕事仲間。友人ではなく、仲間なのだから、そこまで考えるのは当然だろう。

 

 私は何も間違えていない筈だ。

 

 

 

「脚を狙う!」

 滑り込むようにして剛纏獣の右足に片手剣を叩き付ける。私の背後から、ツバキの太刀がそれに続いた。

 

 剛纏獣の意識が私達二人に向けられた隙に、ジニアがカエデの着地の保護に回る。

 

 

 良く動くカエデだが、空中戦も永遠と続けられる訳ではない。

 確かにツバキが言っていた通りの実力だが、一人で簡単にモンスターを倒せるという訳ではないだろう。

 

 であれば、剛纏獣の意識を何処かで分散させる必要がある筈だ。

 ツバキと私は視線を合わせ、剛纏獣の右足に集中的に刃を叩き付ける。

 

 

 流石に私達を無視する事までは出来なかったのか、カエデの空中での連撃の合間に剛纏獣は私達にもその剛腕を振るった。

 それで、カエデが小休憩をする時間が稼げる。

 

 

 彼女は空中で身を翻し、時には翔蟲を使い、剛纏獣の身体を足場にして跳んで、まるで森林を駆ける迅竜の様に全ての攻撃を交わしながら操虫棍を振るった。

 

 見惚れる程の身体能力。

 この世には()()と呼ばれる者が確かに居るのだと思い知らされる。

 

 ツバキが言っていた言葉は何も間違えていないらしい。

 

 私達は()。彼女が最大限に動きやすく立ち回る為の囮をすれば良いのだ。

 

 

「にしても暴れるな!?」

 振り回された剛腕交わしながら、ツバキは表情を歪ませる。

 

 その剛腕はツバキ本人に振るわれたものではない。カエデを狙って、大袈裟に振り下ろした腕がツバキの頭上を掠めただけだ。

 

 

 剛纏獣に纏わりつくキュリア。

 その毒性により正気を失った()()()()()()()()は、キュリアに命を蝕まれて長く生きる事は出来ない。

 

 悲鳴のような雄叫びを上げながら、剛纏獣が身体を持ち上げる。

 蝕まれる命を繋ぎ止めようとする意思が、その声から伝わってくるようだ。しかし、争う事は出来ない。

 

 

 

「カエデ!! 着地ズラせ!!」

 身体を持ち上げ、さらに両腕を振り上げる剛纏獣。

 

 全体重を乗せた拳が地面に叩きつけられ、地面が文字通り揺れる。立っていられない衝撃に、私もツバキも膝を付いた。

 

 

 なんという力だろうか。

 これ程の力があるにも関わらず、キュリアの毒性には抗う事が出来ない。それとも、傀異化の影響なのか。

 

 

「やり過ぎ……だよ!!」

 ツバキの指示で空中で待機していたカエデが、剛纏獣の背中へ刃を向ける。

 

 剛纏獣はカエデに翻弄され、足元で死に体を晒していた私達に攻撃するのを忘れて彼女へ剛腕を向ける。

 カエデが居なければ、今の一瞬で誰かは死んでいたかもしれない。いや、ツバキの指示が的確だったからか。

 

 

「ナイスカエデ、助かった。コイツ腕力やば過ぎだろ。こりゃ村長でも腕相撲勝てなさそうだな!」

 軽口を吐きながら、ツバキは振り払われた剛腕をイナシて御返しに刃を叩き付けた。

 

 その頭上で、カエデが再び空中戦を繰り広げる。操虫棍と猟虫は確実に剛纏獣の体力と集中力を削り取っていた。

 

 

 仲間。

 否、仲睦まじい友人同士だからこそ、この連携が成り立つのだろう。お互いを深く知っているからこそ、信じられるという事だ。

 

 それが私にはない。

 これが、友情という力か。

 

 

 

「……ライラック君、お願い!!」

「……何?」

 ふと、頭上からそんな声が聞こえて私は視線を上げる。

 

 同時に、カエデが私の背後に着地した。

 何度目かの着地だが、これまではジニアの近くに降りて、剛纏獣が着地を狙って来ても彼が上手く立ち回っていたおかげで彼女は無傷である。

 

 

「ライラック!」

 ジニアが声を上げた。

 

 分かっている。剛纏獣はカエデを狙って動く筈だ。私が動かなければ、彼女が危険に晒される。

 

 

「こっちだ……!!」

 私は大きく動いて剛纏獣の視線に入った。

 

 大きな盾を持っている訳でもない私は、目の前の剛腕を正面から受け流す事は出来ない。しかし、私が隙を見せればカエデに意識を向けられる。

 

 

 ならばと、私は真っ直ぐに剛纏獣の懐に潜り込んだ。その頭の下で、片手剣を大きく振り上げる。

 喉元を切り割き、鮮血が地面に滴り落ちた。

 

 剛纏獣は短く唸り声を上げ、私を潰そうと自分の頭を地面に叩き付ける。

 その寸前に、私は地面を転がって剛纏獣の背後を取りながら足元を切り付けた。これで此方に意識が来るだろう。

 

 

 

「ライラック君……! ありがとう!!」

 次の瞬間、振り返ろうとした剛纏獣の意識外からカエデが操虫棍をその頭蓋の横から叩き付けた。

 

 大きな悲鳴と共に剛纏獣が地面に倒れ込む。

 ツバキとジニアが何度か獲物を叩き込み、離れたかと思えば剛纏獣は身体を振り回しながら立ち上がった。

 

 

 そのまま、剛纏獣は地面にその剛腕を叩き付け、ふざけた腕力で岩盤を持ち上げる。

 叩き付けられれば肉片も残らないだろうが、動きが鈍い分大きく動けば交わすのは容易だった。

 

 しかし、剛纏獣は私達が攻撃を交わしている間に木々を薙ぎ倒しながらこの場を離脱していく。

 

 勝てないと悟ったのか、体力を回復する為か。

 どちらにせよ本気で逃げるモンスターを人間が追った所で追いつける訳がない。私達は一旦武器をしまって一息付く事にした。

 

 

 

「──とりあえず、第一ラウンドはなんとかなったな。ライラック、ナイスだった」

「さっきはありがとう、ライラック君。助かったよ」

「……私は当たり前の事をしただけだ」

 いつの間にか彼女の周りを飛んでいるキュリアが三匹になっている事は気にせずに、私は片手剣に砥石を当てる。

 

 仲間なら助け合うのは当然だ。

 それが友人でないにせよ──しかし、危ういとも思った。

 

 

「一つ聞いて良いだろうか」

「え? 私? うん」

 真っ直ぐにカエデの目を見て、私はこう口を開く。

 

 

「先程私の後ろに着地したのは、仕方がない事情があったからか?」

「えーと、それは……」

 バツの悪そうな顔で、目を逸らすカエデ。どうやら、私の想像は間違っていないらしい。

 彼女は()()()。ツバキと()()だ。

 

 

「確かに君は凄い狩人だ。高い身体能力と反射神経で剛纏獣を翻弄出来ていた。……しかし、それはツバキやジニア達、君の友人の長い付き合いによる理解があっての物だろう」

「そ、それは……私良く分からないけど。ツバキ達に守ってもらってるのは、分かってるよ?」

 彼女の強さは本物だろう。ツバキが言っていた事は正しいし、彼のカエデを中心に戦うという判断も正しい。

 

 しかし、彼女も──ツバキと同じだ。

 

 

 

「もしあの時、私が君の為に動かなかったらどうするつもりだった。ツバキやジニアとは違い、私と君は赤の他人なんだぞ」

 ツバキもカエデも、他人を信用し過ぎている。

 

 もし他人に裏切られた時、取り返しのつかない事になってしまう可能性を考慮出来ていない。それは、とても危うい考え方だ。

 

 

「私は君を見捨てて自分の安全を確保する事も出来た。勿論、私は騎士として仲間を見捨てる事はない。しかし、私がそう判断すると何故信じて疑わなかった? 私が君を見捨てていたら、君は死んでいたかもしれないのが分かっていないのか?」

「分かってるよ?」

 俯いていたカエデだが、私の言葉を聞いて、何故か呆気に取られた表情で首を傾げる。

 

 

「でも、それが仲間……っていうか。友達じゃない? 同じ事、ライラック君にも言えるだろうし。友達なんだから、信じて当たり前だよ」

「は……」

 今度は私が固まってしまった。彼女の言っている言葉の意味が途中で分からなくなる。

 

 

「……友達?」

「うん。友達。……あれ? 違う?」

「あのなー、カエデ。ライラックはそこのところちょっと気難しいのよ」

 目を丸くするカエデの肩を叩くツバキ。彼は、少し頭を掻いてからこう口を開いた。

 

 

「諦めろライラック。俺もカエデもツバキも、バカだからそこの所緩いんだ。一緒に飯食ったらもう友達くらいの感覚で居るからな」

 友達。

 

 

 そんな言葉が、私の脳裏で何度も木霊する。

 

 

 

 そうか私は──

 

 

「──私達は……友達、なのか」

 ──私は、自分に友達が出来るという事を考慮していなかった。





【挿絵表示】

カエデさんです。


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友人ジニア

 私に友人は居ない。

 

 

「諦めろライラック。俺もカエデもツバキも、バカだからそこの所緩いんだ。一緒に飯食ったら友達くらいの感覚で居るからな」

 友達。そんな言葉の意味を私はしばらく忘れていた。考える事すらなかった。

 

 

「私達は……友達、なのか」

 一緒に食事をしたとか、釣りをしたとか、そんな些細な事を理由にして良いのか分からない。

 

 

 騎士である私に友人なんて必要がないと思っていて、しかし何処かで友人とはどういう存在なのかという事を考えていたのだろう。

 

 そうか、必要ではないのではなく、私は怖かったのかもしれない。

 

 

 

 友人だと思っていた人間に《裏切られる》事が。

 

 

 

 しかし、ツバキ達は違った。

 裏切られても良い、その人物の為なら命を張れる。そんな事を思える他人が、彼らにとっての友人なのだろう。

 

 

 

「違うの!? ご、ごめんね! 私てっきりもう友達だと!!」

「まー、僕達世界が狭いから。王国の人からすると変なのかもねー」

「ど、どうしようジニア! 私、物凄く失礼な事言ってたかも!」

「うーん、どうだろうね。土下座した方が良いかも」

「わ、分かった!! 土下座してくる!!」

「おーいバカジニア。カエデを虐めるな」

 半開きの目を二人に向けて、ツバキは苦笑いしながら私の肩を叩いた。

 

 

「まぁ、なんだ。嫌なら嫌って言えばちゃんと聞いてくれるバカだからさ。そんなに拒絶してやらないでくれよ」

「いや、私は……」

「ライラック?」

「すまない」

 そう言って、私は何故か地面に正座で座っていたカエデに頭を下げる。

 

「ライラック君……?」

「私は、交友関係などという物は必要がないと思っている。他人はいつか自分を裏切る。……だから私は、それを恐ろしいと思ってた」

 だが、彼女達は違った。

 

 

 ツバキも、カエデも、そしてジニアも。

 きっと、同じなのだろう。期待を裏切られても、それ以上の何かをされても、相手の事を思えるのがこの三人の考え方なのだ。

 

 

 

「君達は凄いな」

 ただただ、己の器の小ささを思い知らされる。

 

 

「わ、私は……ただ」

「ライラック」

 少し俯くカエデの肩を叩いて、ジニアが私に視線を向けた。

 

 飄々とした普段の表情ではない。真剣に、私の目を真っ直ぐに見ている。

 

 

 

「別に僕達は特別じゃない。ただただありふれた、それなりの時間を共に過ごした仲間なだけだよ。君が思っている程高尚な考えをしている訳でもない。でも、君が思っているよりも単純な話だ」

「単純、か」

 その単純な事を私は恐れていて、友人という関係から逃げているのだろうか。

 

 

「別に僕達の事を友達だと思わなくても良い。ただ、僕達は君の事を友達だと思ってる。……信じてる。これだけは、信じて欲しい」

「私も! 私もライラック君の事、友達だと思ってるから!!」

「私は……」

 それでも、一度その関係性を感じて裏切られた時の恐怖を私は忘れられていない。

 

 

 こんな私が、彼等の気持ちに応えられる筈なかった。しかし──

 

 

 

「まだ、私には難しい。しかし、私の事を信用してくれているという点については理解した。……私も()()としてカエデ達の事は好ましく思う」

「小難しいなぁ。ま、今はそれで良いんじゃないかな?」

 目を細めて、ジニアは両手を上げて私に背中を向けた。

 

 カエデは首を傾げて固まっている。

 好ましく思うのは本心だ。ツバキの事も、ふざけて煩い上に頭がおかしいとは思うが人柄や物事に対する考え方は芯がある。

 

 

 ──しかし、友人という考え方そのものが、私には少し分からない。

 

 

 

「仲間、ねぇ。ライラックらしい言葉ではあるよな」

「ツバキ」

「んぁ?」

 勝手に納得しているツバキの目を見て、私は確認の為に口を開いた。

 

 

「もし、あの時私がカエデを守らなかったら……今、お前はどうしていた?」

「ぶん殴る、かな。嘘、冗談。……多分お前の事だから何かしら考えがあったり状況が悪くなる可能性があったとか……だと思うんじゃねーかな。俺もカエデもジニアも、お前の事は信じてる。何かあった時に、信じた相手じゃなくて自分の責任だって思えるくらいにはな」

 そう言って、ツバキは私とカエデを見比べる。

 

 

「カエデも、あの時は咄嗟にライラックを頼った。それに応えてくれたんだから、それ以上何も言う事はないだろ。……困ったら誰かに頼るくらい、友達とかそういうの以前の問題だしな」

「……そうか」

 頼られたというなら、応えられる限り応えるのが人としての自分の在り方ではあった。

 

 

 国からの任務。

 それは、己が身を捧げると誓った王国に頼られているという事。

 

 相手が古龍であろうが未知の何かであろうが、全力で取り組むのは当たり前の事だろう。

 

 

 それと、同じなのかもしれない。

 

 

 

「……分かった。ツバキ、私もお前達を信じている」

「今更小っ恥ずかしい事言うわね。どっかに頭打ったのか?」

「今貴様の頭に私の頭をぶつけてやろう」

「ごめんて!! 狩場ですよここ!! 辞めなさい!!」

「おー、仲良しだね!」

 まだ私には少し難しい。

 

 

 ただ、それでも、もしかしたら、彼等と共に行動すれば、分かるのかもしれない。友人という関係が。

 

 

「……まったく。準備出来たら出発するよ。遠足じゃないんだからね」

「団子食いながら言ってんの説得力ないんだよ」

 立ち上がって歩き出そうとするジニアの頭にツバキがチョップを入れた。

 

「これは狩りの前の準備だからね」

「言い方が狡いわ」

「私も食べるー! ジニア、私にも頂戴」

「またライラックに怒られるぞお前ら!!」

「ふふっ」

 ふと、自然に声が漏れる。

 

 

 そんな私を見ていたのかそうでないのか。

 

 

 三人も、笑って私の顔を見ていた。

 

 

 

「食べるかい?」

「ライラック君も食べよ!」

「いやー、あのね。怒らないで欲しいの。コイツら本当にバカだけど、やる時はちゃんとやる子達だから。ね?」

 そうだな、彼等とならきっと──

 

 

「あぁ、では一つ貰おうか。いや、ツバキは要らないようだから二つ貰おう」

「裏切ったなライラック!!!」

 ──きっと、友人になれるのかもしれない。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 休息を終えた私達は剛纏獣を追う為、水没林の奥に足を進める。

 

 

 一瞬狩場でふざけてしまったが、行動に移ればツバキも二人も、狩人として勤めを果たす為に動ける者達だ。

 緊急を要する討伐でもない、焦らないくらいが丁度良いのだろう。

 

 

「足跡がデカくて助かるわ」

 剛纏獣の足跡は水没林の泥濘に堂々と残されていた。

 

「踏まれたら死ぬなぁ……」

 ツバキはその足跡を自分で踏みながら苦笑いを溢す。

 

 

「怪力もそうだが、図体の巨大さそのものにも気を付けなければいけないモンスターだ。その分、図体が弱点にもなり得るが」

「さっきみたいに撹乱出来れば大丈夫だよね!」

「上手く行けば、な」

 慎重になるのも無理はない。

 

 

「何かあったらツバキがなんとかしてくれるもん!」

「そうだね、我等がツバキングが居るし大丈夫だよ」

「お前らのその自信は何処から溢れてくるの?」

 しかし、不安だけを募らせても仕方がないのも事実だ。その点、ツバキはこの二人に支えられてきたのだろう。

 

 

「そうだな、貴様の事は頼りにしている」

「くそ、ライラックまで悪ノリに入ってきたら誰がツッコミを入れるんだよ!! 俺か!!」

「その大声も、相手を呼ぶ為の作戦だったという事に今はしておこう。……来るぞ」

 大地が揺れた。

 

 

 勿論ツバキの声に反応したという可能性もあるだろうが、もとより剛纏獣の痕跡を追い掛けて来たのだからこの結果は必然だろう。

 

 その剛腕で薙ぎ払われた樹木が泥濘に突き刺さり、泥水が視界一杯に広がった。

 その奥から、木々を薙ぎ倒して巨体が迫ってくる。

 

 

「剛纏獣……」

 ──二度目の衝突が幕を開けた。



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第二ラウンド

 大地が揺れた。

 

 

 その剛腕で薙ぎ払われた樹木が泥濘に突き刺さり、泥水が視界一杯に広がった。

 その奥から、木々を薙ぎ倒して巨体が迫ってくる。

 

 

「剛纏獣……」

「第二ラウンドと行きますかね。カエデ、頼んだ!」

「分かった!」

 剛纏獣が我々を見付け、咆哮を上げた次の瞬間。カエデは操虫棍を地面に叩きつけ、その軽い身体を浮かせた。

 

 執拗な追跡に苛立っているのか、そもそも噛生虫の毒で暴れているだけなのか。

 剛纏獣はやはりカエデに向けてその剛腕を振り下ろす。カエデは身体を捻ってそれを交わした。

 

 

 やはり彼女の動きは一流。

 ただ、剛纏獣も同じ事を繰り返すだけの脳筋ではない。

 

 

「うわ!? 何!?」

 カエデのサポートを私達がする。もしくは、カエデが作った隙で私達がダメージを与える。

 

 それが我々の作戦なのだと見抜いたとでも言うように、剛纏獣は大きく動きを変えてきた。

 

 

 まず、カエデを狙うのは変わらない。

 しかし、その動きは全て大振り。カエデだけに集中して攻撃するのではなく、大振りでカエデに当たりにくくても、周りを巻き込むような攻撃を繰り返す。

 

 そこまで大振りならカエデにはまず当たらない。彼女の身のこなしは本当に一流だ。

 しかしカエデに当てる気がなくても、その大振りは当たれば人の命は容易いだろう。カエデは無理に攻撃出来ない。そして私達も、剛纏獣の動きが大き過ぎて近付けなかった。

 

 

「コイツ、見た目完全に脳筋なのに俺達の作戦分かってるってか……」

 ツバキが唇を噛んで、カエデに視線を向ける。

 

 良くも悪くも先程までの戦いはカエデの独壇場だった。カエデに余裕があるとしても、このままではジリ貧だろう。先に力尽きるのはこちらだ。

 

 

 私達人間は、どうしてもモンスターに敵わない部分がある。それは、体格とそれに伴う体力だ。

 人間は所詮、獣の中でも弱小な生物に過ぎない。そんな人間がこの世界の理である彼等に立ち向かう為の要素が知恵──つまり作戦。それを封じられてしまえば、私達は彼等からしてみればただの小さな獣に過ぎない。

 

 

 

「カエデ……!!」

「……っと、やばいやばい!」

 さらに、剛纏獣はカエデを岩壁に追い込むように動いている。カエデも流石で、なんとか攻撃は回避しているが危険な場面が増えてきた。

 

 

「このやろ……!」

「ツー君、焦らないで。僕がなんとかする」

 剛纏獣の大振りを盾で受け流し、なんとかその懐に入り込むジニア。彼の槍の切先が厚い皮を貫き、久方振りに剛纏獣が血を流す。

 

 

 流石の巨体も、これには悲鳴を上げた。

 その隙にカエデは距離を取って汗を拭う。しかし剛纏獣はジニアを一瞥した後、直ぐにカエデに視線を戻した。

 

 

 

「マジでコイツカエデしか狙わねーな!!」

「賢いんだね。カエデは大丈夫だから、ツー君は焦らないで。ツー君が焦ったら、何も動かないよ」

「んな事言われてもな……」

 ツバキは苛立ちを隠せないのか、歯軋りをしながら剛纏獣を睨み付ける。

 

 

 ツバキの状況管理力と機転、カエデの機動力、ジニアの冷静さ。どれも一流の狩人として申し分ない力だ。

 しかし、今この状況を打破するにはまだ何かが足りない。ツバキはなんとか剛纏獣に近付こうとしながら、その何かを探している。

 

 一瞬の隙、地形の変化、他の生物の動き。何かあれば、彼なら道を切り開ける筈だ。

 

 

 だとすれば、今は私が──

 

 

 

「ジニア、援護してくれ。私に考えがある」

「え?」

 彼の背後からそう言って、私はすかさず地面を蹴る。姿勢を下ろし、頭上を剛腕がすり抜けた。

 

 

 

「ライラック!? そりゃ無茶だろ!?」

 ツバキの驚いた声が聞こえる。

 そうだ。私は無茶をしている。大きく暴れ回る剛纏獣の懐に、この身一つで潜り込んだ。

 

 

 前脚よりは細いが、それでも人間の胴体よりも大きな脚を振り回す剛纏獣。

 身を守る為には小さな盾でそれを受け流しながら、私は腹部の下に転がり込む。

 

 

「──私が道を作る。切り開け、ツバキ!!」

 剣を振り上げ、鮮血が頭上から降り注いだ。

 

 流石に腹の下に潜り込まれては、剛纏獣も私を無視する事は出来ない。そして腹の下の小さな獣に大ぶりの攻撃は意味がない。

 剛纏獣は私を振り払おうと、姿勢を上げて両腕を私に向けて振り下ろす。

 

 太刀や大槍のように大きな武器を持っていれば、これを交わすのは容易ではない。それこそカエデのような機動力があっても難しい筈だ。

 

 

 だが、私の得物は片手剣──(つるぎ)である。

 一撃の重みはないが、それを補う瞬発力が私にはある。

 

 

 私とて伊達に王国の騎士をしている訳ではない。この狩人達に勝るとも言わずとも、誇れる技術を持ち合わせている筈だ。

 

 

 この力を、彼等を信じて使う事が出来れば、どのような逆境も潜り抜けられるだろう。

 

 

 

「その程度で捉えられると思うな!!」

 肉薄。

 

 身体がぶつかり合う距離で、剛纏獣は私を握り潰そうと何度も腕を振った。

 それを交わし、受け流しながら、私は剣を振り回す。

 

 

 これで、細い道は出来上がった筈だ。

 

 

 ツバキなら、この道を切り開ける。

 私はどこかで彼を──いつのまにか信用していた。

 

 

 

「カエデ!!」

「分かった!!」

 カエデが跳ぶ。剛纏獣の頭上を通り抜けて、反対側へ。

 私とカエデに地と空から挟まれて、剛纏獣は一瞬動きが止まった。

 

 

「──痛いの行くからなこの野郎!!」

 刹那。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 一体どうして。そう思った次の瞬間、剛纏獣の左腕が地面に叩き付けられ、同時に鮮血を吹き出す。

 

 

「よっしゃ大ダメージ!!」

 あの剛腕を地面に叩き付ける程の腕力をツバキは持ち合わせていない。何をしたのか。一瞬私には分からなかった。

 

 道は作ったが、どう切り開いたのか分からない。

 

 

「高い所苦手だけど頑張った甲斐がありましたよっと! ライラック、助かった! ちょい下がれ!!」

 太刀で切り払いながら、剛纏獣と距離を取るツバキ。

 

 

 そうか、この男。

 剛纏獣がカエデを追い詰める為に使った()()に登って落ちてきたのか。

 

 私には想像も付かない作戦に、苦笑いが溢れる。

 

 

 剛纏獣はあまりの衝撃に混乱しながら、周りを彷徨く小さな獣を振り払う為に姿勢を落として身体を回転させた。

 

 こればかりは懐に居ては避ける事は出来ない。私は地面を転がって、なんとか攻撃範囲から脱出する。

 しかし、それでは隙だらけだ。

 

 次に剛纏獣が狙うのは間違いなく私だろう。

 

 

「無茶するじゃん、さっきカエデの事怒ったのに」

 だが、私の前にジニアが立ち塞がった。いくら剛纏獣だろうが、大きく動いた後に急いで追撃しようとしても大した攻撃は出来ない。

 

 小振りの剛腕を、ジニアが私の目の前で受け止める。

 

 

「後で謝罪しよう」

「気に食わない澄まし顔」

 不敵に笑い、ジニアは大槍を剛纏獣の剛腕に突き刺した。ツバキが付けた左腕の傷に、槍が深く突き刺さる。

 

 

 剛纏獣は悲鳴を上げながら背後に転がった。激痛に踠き、叫ぶような咆哮が水没林の木々を震わせる。

 

 

 その瞳は真紅に染まり、白い息を漏らしながら、ゆっくりと立ち上がった剛纏獣は地面に自らの剛腕を叩き付けた。

 

 

「激おこプンプン丸じゃん」

 ツバキが苦笑いを溢す。

 

 

「第三ラウンドって事かな」

「く、来るよ!」

 剛纏獣とてやられてばかりではない。

 

 

「ツバキ、ここからが本番だ」

「分かってる。ちょい休憩したかったけど、そんな訳にも行かなそうだな」

 王域三公の一柱。その力はこの程度でない事を私は知っていた。

 

 

 

 剛纏獣が吠える。

 揺れていた木が吹き飛び、岩盤が砕け、大地が燃えた。

 

 

 これが剛纏獣の本気。

 

 ここからが、本当の戦いである。



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剛纏獣ガランゴルム

 剛纏獣が吠える。

 揺れていた木が吹き飛び、岩盤が砕け、大地が燃えた。

 

 

「何アレ!? 大きくなった!?」

 カエデが目を丸くして、声を上げる。剛纏獣の両腕は一回り大きく膨れ上がっていた。

 

 否、膨れ上がった訳ではない。岩盤を叩き割り、両腕から分泌した体肥液が抉れた土砂を絡め取っている。

 右腕には体肥液と混ざり可燃性となった土くれ、左腕には大量に水分を含んだ苔。

 

 左右で全く違う性質の()()を手にする事で、剛纏獣は自らの攻撃力を上げながら相手の思考を撹乱するのだ。

 

 

 

「気を付けろ、あの右腕は爆発する」

「何それ!?」

 カエデは剛纏獣との戦闘経験がないのか、膨れ上がった剛腕に驚いている。あれだけの動きをしていて戦闘経験がない事にこちらが驚きだが。

 

「来るよ!!」

 ジニアが叫んで、次の瞬間。怒りに任せて振り回された剛腕が岩壁を叩いた。

 

 可燃性の土くれが爆炎を上げて、剛纏獣を遥かに超える質量を持った巨大な岩が轟音を立てて粉々になる。

 地面が揺れて、足が竦んだ。砕けた岩の破片が降って来る。刹那、巨体が宙に浮いた。

 

 

「避けろ避けろ避けろ!!」

 ツバキの声が耳元に響く。

 

 跳躍し、私達の頭上から降って来る剛纏獣。泥濘を蹴って、私は身を眺めて地面を転がった。

 撒き上がる泥土。視界を塞ぐそれを拭いながら、私は眼前の巨大を見上げる。

 

 

 白く濁る吐息。赤く光る瞳。

 身体中に噛み付いている噛生虫。

 

 もし、ほんの少しでも回避が遅れていたら。私はその身体の底面の染みになっていた。

 

 

 

「ジニア!!」

 ツバキが叫ぶ。周りを見渡すと、ジニアがふらつきながら立ち上がっていた。

 

 負傷したのか、武器を構えられていない。

 剛纏獣の視線が彼を刺す。私が動こうとするよりも先に、赤い閃光が巨体の視線の先に走った。

 

 

 

「こっち……!」

 ジニアから視線を逸らすように、カエデが剛纏獣の目の前を通りながら走る。

 

 剛纏獣はこれまで自らを翻弄し続けてきた彼女に苛立ちを隠せないのか、咆哮と共にその剛腕を振り上げた。

 

 

「カエデ、頼む……!」

 言いながら、ツバキはジニアの元に駆け寄る。

 

 見たところ大きな怪我はない。ジニアは一旦退避する事さえ出来れば問題ない筈だ。

 ならば、私がするべき事はカエデの援護か。

 

 

 ジニアに肩を貸しながら歩くツバキを尻目に、私は剣の柄を強く握る。

 回り込むカエデ。ジニアから目を逸らし、カエデの援護をする為に好都合な位置へ走った。

 

 

 

「ライラック君!」

 剛纏獣の剛腕が眼前に迫る。地面を転がり、それを交わしながら私はカエデと合流した。

 

「視界を潰されない事に注意した方が良い」

「分かった!」

 短く言葉を交わして、左右に分かれる。

 

 私は剛纏獣の左側へ。目の前の剛腕には水分を多く含んだ苔。

 叩き付けられ、水飛沫が舞った。盾で払いのけ、次の行動に備える。

 

 

 剛纏獣は右腕を振り回した。

 カエデが身体を翻してそれを避け、操虫棍を地面に叩き付けて空へと舞う。

 

 意識を分散させるように、私はその場で剣を振った。血飛沫が舞う。私に一瞬意識を奪われた剛纏獣の頭上で、カエデが刃を振り回した。

 

 

 

 空気が震える。

 

 

 

 剛纏獣の姿が歪んで見える程の、咆哮。

 私達小さな生き物にはそれだけで攻撃となり得る行動だ。人の鼓膜が許容出来る振動ではない。

 

 どうしようもなく、武器を落とさないようにだけして耳を塞ぐ。

 空中に居たカエデはそれが出来なくて、バランスを崩して地面に転がった。

 

 

「させるか……!!」

 次に狙われるのはカエデだろう。私は振動で響く重い頭を横に振って、泥濘を蹴った。

 

 

「私を見ろ……!!」

 剛纏獣の眼前に立つ。その一瞬で良い。

 

 カエデは表情を引き攣らせながらも、立ち上がって武器を構える。挟み込んだ。

 

 

「この……!!」

 振り下ろされる拳を私が避けている間に、カエデが操虫棍を背後から剛纏獣の背中へと跳んで叩き付ける。

 

 

「私も怒ったよ!!」

 連撃。

 

 一瞬の隙で背後をとったカエデの、空中での斬撃が剛纏獣の血肉を削ぎ落とした。

 

 剛纏獣は激痛に表情を歪ませながら、自慢の両腕でカエデを捕まえようとする。

 しかし、()()()装備を纏ったその重い腕が彼女を捕えることはなかった。

 

 カエデの身軽な動きと、それを可能にする迅竜装備。

 その装備の素材となった迅竜を想起させる見惚れる程の動きで、剛纏獣を翻弄する。

 

 

 しかし、剛纏獣も頭に血が昇っているだけではない。

 

 

 咆哮に、その巨体をそのまま使ったプレス。

 腕に纏った装備を活かした攻撃は威力も範囲もこれまでの比ではなく、注意しなければならない。

 

 

 それでも、狩場を支配するのは赤い残光。

 まるで「慣れた」とでも言うように、剛纏獣の攻撃を紙一重で交わしながら己の獲物を叩き付けるカエデ。

 

 

「もう当たらない!!」

 これが彼女の実力なのだ。

 

 剛纏獣との最初の戦闘ですら彼女の動きには驚かされたが、彼女は剛纏獣との戦闘は初めてだという反応を見せている。

 それであの動きが可能なら、本当に相手の動きを見切ってしまえば──彼女は並大抵の生物では捉えられない。

 

 

「悪い、助かった!」

 背後からそんなツバキの声が聞こえた。

 

 ジニアは一旦安全な後方で回復中だとすると、今は人数不足ではある。

 カエデの動きがさらに良くなった事で流れは悪くないが、どう動くかはツバキ次第か。

 

 

 

「続けるか?」

「追いかけられるのは癪だし、ジニアは大丈夫そうだったから続ける」

 そうとだけ告げて、ツバキは背中の得物に手を乗せながら地面を蹴った。

 

 

 カエデに集中している剛纏獣に肉薄し、その刃を振り回す。

 続けて私も片手剣を何度も叩き付けた。剛纏獣の悲鳴が水没林に木霊する。

 

 

 それでも、剛纏獣の狙いは変わらない。

 

 目の前で大きく跳ぶ小さな赤い閃光。

 怒りに身を任せて振り下ろされたその拳を、彼女は紙一重で交わしながら刃を振るった。

 

 地面に叩き付けられた右腕から可燃性の土くれが飛んで、火花が散る。その衝撃がカエデに届く前に、彼女は翔蟲に連れられて空中へ。

 

 

 振り払われる腕も、牙も、彼女には擦りもしない。

 

 

 さらに私とツバキの斬撃が、剛纏獣の体力を確実に削っていった。

 

 

 どれだけの体格差があろうと、力の差があろうと。

 それを詰めるだけの力が狩人にはある。

 

 

 勝機が見えた、次の瞬間だった。

 

 

 

「噛生虫……?」

 ふと、眼前に噛生虫の姿が映る。

 

 当たり前だ。この剛纏獣は噛生虫の毒により命を蝕まれ、傀異化したモンスター。

 だから、噛生虫が剛纏獣の近くにいるのは特に不思議に思うことでもない。

 

 

 それなのに、どうして、これ程までに悪寒がするのか。

 

 

 

「ツバキ……」

 ツバキの姿が脳裏に過ぎった。

 

 

 違う。コレはあの時、ツバキと共に初めて狩場に出た時の光景だ。

 

 

 

 雷狼竜との戦いで、無闇に距離を取った私を襲ったのは──

 

 

 

「ツバキ!! 噛生虫だ!!」

「集まってる……コイツもアレか!? しまったカエデ!!」

「え、何──」

 ──あの時私を襲った、雷狼竜から飛び出していく噛生虫達の塊。

 

 

 剛纏獣から()()()が放たれた。



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傀異化ガランゴルム

 剛纏獣の元に一斉に集まる赤い影。

 寄生先の生物の終わりを感じたのか、はたまた別の理由か。

 

 噛生虫達は剛纏獣へと喰らいつき、そして──

 

「しまったカエデ!!」

「え、何──」

 ──剛纏獣から吸い取ったエネルギーを爆発させるように、周囲へと渦を巻くように飛び去っていく。

 

 

 衝撃波が空気を切り裂き、私は無意識に走り出していた。

 

 

「カエデ!!」

 彼女を突き飛ばして、地面に伏せる。頭上を噛生虫達の塊が通り過ぎた。

 

 

「ライラック君!?」

「──っ」

 次の瞬間、大きな影が頭上に落ちる。

 

 剛纏獣の剛腕。

 隙を見せた私を、確実に潰しに来た。

 

 

 死を覚悟する──事はなかった。

 

 

 

「──僕が来なかったらどうするつもりだったの」

 ──ジニアの持つ大きな盾が、剛纏獣の剛腕を受け流す。

 

 

 私が走り出した時、回復が終わったジニアが視界に入っていた。

 しかし、彼の距離からカエデには一歩届かない。

 

 ならば私がカエデを助け、その後の事はジニアに任せれば良い。至極単純な答えだろう。

 

 

「……あぁ、分からない。身体が勝手に動いた」

 相手を信じるとか信頼だとか裏切られるリスクだとか、思考をして答えを出すには仲間として当然だとかそんな()()()はいくらでも出て来た。

 

 

 ただ正直に。

 私は今、身体が勝手に動いたのである。

 

 

 つい先程カエデに自分が口にした事を言い返されたのなら、私は何も言い返せない。

 

 

 

「ツー君に当てられるとバカになるよね。分かる」

「……なんの事だか分からん」

 刹那。

 

 

 攻撃を外した剛纏獣の左右からツバキとカエデが己の得物を叩き付けた。

 最後の力を振り絞って、剛纏獣は天を仰ぎながらジニアに腕を振り下ろす。それも、彼の盾に防がれて。

 

 

 剛纏獣は力尽き、その瞳を閉じた。

 

 

 

「──クエストクリア、と」

 安心したような溜め息を吐いて、ツバキがゆっくりと歩いてくる。

 

 そんな彼の隣からカエデが走って来て、倒れたままの私に手を差し伸べてくれた。

 

 

「ありがとうライラック君! 助かった!」

「……当然の事をしたまで──いや、違うか。無事なようでなによりだ」

 私がそう言うと、ツバキとカエデは目を丸くする。その横でジニアが不敵に笑うのが、どうも気に食わない。

 

 

 

「はいはい、確かに討伐完了だけど。ここは狩場なんだから、気を抜かない」

「そうだった! とりあえず素材だけ貰って、帰って報告しないとね」

 剛纏獣の素材を剥ぎ取り、私達は水没林を後にした。

 

 

 揺れる竜車の上で、私は自分の行動を思い返す。

 

 

「身体が勝手に、か。……我ながら非合理的な言葉を漏らしたものだ」

 ガタガタと揺られながら、ツバキ達三人はぐっすりと寝ている。クエストの後とは思えない程に、安心しきった表情だ。

 

 腑抜けていると、少し前なら腹を立てていたかもしれない。

 

 

 

「安心できているのだな……。友人が──友達が近くにいるからか」

 どこに居ようが変わらないのだろう。

 

 

 裏切られる等と少しも考えず、絶対の信頼があるからこそ、いつでもそうして安心していられるのか。

 私にはそんな相手がいなかった──いや、違う。私は信じ切る事が出来なかった。

 

 

 

「相手が失敗して、自分が割を食っても()()と思える相手。……それが友達、か」

 私はカエデを助けた時、ジニアが動かなければ死んでいたのだろう。

 

 

 それでも()()と思ったのか。

 

 

 動いたのは無意識だった。

 後から考えれば、そもそも同じ目的を持った仲間である私は助けられて当然だろう。私も逆の立場ならそうする筈だ。

 

 しかしそれでも、万が一の事はある。

 

 私はそれでカエデに叱咤した筈だ。

 

 

 それなのに、私はそんな行動を、無意識に行って、そして生きてここに居る。

 

 

 

「信じたのだな……私は」

「ブツブツとなんだぁ? 愚痴かぁ? 勘弁してくれ疲れてるんだ。今日のお説教はまた今度にしてくれ」

 目を擦りながら、ツバキがそんな言葉を漏らした。

 

 私はなんだと思われているのだろうか。

 

 

 

「説教をされる事があると自分で思っているからその口を開いたのか」

「いや、なんかライラックさんはいつもこう……お前は無理をしすぎだ後先を考えろだのなんだの難しい事を仰るので」

「貴様が悪い」

「そんなぁ……。でもアレだよな、今日はライラックも案外無茶してたよな」

 不敵に笑いながら、ツバキは腰を上げて私の隣に座りにくる。

 

 

「ジニアにお説教されるぞ」

「もうされた後だ」

「お、素直」

「……ツバキ」

「え、なんすか」

 私は少しだけ考えて、彼の目を真っ直ぐに見た。やはり、目が死んでいる。

 

 

「私達は友人なのだろうか」

「まだそんな事言ってんのかお前……」

 呆れたような、そんな声がツバキの口から漏れた。

 

 

「以前、私がカムラの里に滞在していた事を話したのを覚えているか?」

「ん? あー、なんかそんな事言ってたな」

「その時、私を友だと言ってくれる人物に出会った。王国の騎士見習いとして、今よりも未熟で固かった私を友と呼んでくれた人物にだ」

「今よりも固いライラック……。バサルモスもビックリするくらい固かったって事? グラビモスって事?」

「私をなんだと思っているのだ」

「ウルトラ堅物野郎。……いや、最近やっと打ち解けて来たか」

 否定はできないが。

 

 

「で、その人がなんだって?」

「……私は確かにその人物の事を友人だと思っていた。国に帰ってからも、彼とは少しの間文通をしていたのだ。お互い、夢を話すような間柄にまでなった」

 あの頃の私は、彼との文通が唯一の娯楽だった事を思い出す。

 

 

 騎士になる為の厳しい修行。

 勿論、それを苦に覚えた事はない。しかし、どこかで彼との文通を心の支えにしていたのだ。

 

 

「へー、とんでもなく仲良しじゃん」

「そうだったのだろうな。……私は騎士に、彼は狩人に。お互いに何が出来るようになった、これを覚えた等と報告をするだけの文通だった。しかし、私にはそれが楽しかった」

 だからこそ、許せなかったのかもしれない。

 

 

「彼は私より少し年上で、先に夢を叶えた。未熟ながら、里の狩人として働き始めたという報告を受けた時……私は自分の事のように喜んでいたのを覚えている」

「友達が夢叶えたとか言ってたら嬉しいな、確かに」

「しかし、それからしばらくして……彼からの連絡は途絶えた」

 私がそう言うと、ツバキは珍しく表情を曇らせる。

 

 

「何故かは分からない。……彼が今、どうしているのかも分からない。しかし、裏切られたと思ってしまったのだ」

「ライラック……」

 こんな事をツバキに言っても仕方がない。

 

 

 しかし、私は彼に謝らなければならない。

 

 

「剛纏獣は本来、大人しく心優しいモンスターだ。……それがこんな場所にまで来て暴れるにはそれなりの理由があった」

「傀異化だな」

「……彼にもきっと、何か理由があったのだ。私はそれを、勝手に裏切られたと勘違いした。勘違いしていた」

 何処かで分かっていた事ではあった。

 

 

 狩人との連絡が途絶える理由等というのは簡単に想像がついてしまう。それに、彼は誠実な人だった。

 

 

「……彼はきっと、もうこの世には居ないのだろうな。ツバキ、カムラの里で私よりも少し歳上の狩人が殉職したという話を聞いた事はないか? もし可能なら、私に教えて欲しい」

 それでも()()。それが友人だとしたら、私は彼が今どうしているのかを知りたい。

 

 

 もし彼が生きていて、私を裏切っていたのだとしても、それでも私は()()

 彼との思い出は、私にとってそれほどまでに大切な物で、今なら私は()()と思えるだろう。

 

 そして、私が勝手に裏切られたと思い込んでいただけならば、謝罪をしたい。

 

 

 

「……俺の兄貴」

「ツバキの兄?」

 短い言葉が彼の口から漏れて、私の脳裏に彼の顔が思い浮かんだ。

 

 

「凄く勇気があって、周りからも期待されてて……良い人でさ」

 そうだったな。

 

 

「……俺のせいで死んだんだよ。だから、ライラックを裏切ったのは兄貴じゃない。……俺なんだな」

「……いや」

 竜車の外の空を見る。無数の星が、大地を照らしていた。

 

 

()()んだ。……やっと、私も謝る事が出来る」

「ライラック……」

 彼はもう居ない。

 

 

 私の独りよがりだったのだろう。きっと、私は空から笑われている筈だ。

 

 

 

「ツバキ、彼の事を少し教えてくれないか。私は所詮、一時の友人だったに過ぎないからな」

「……よし、長くなるぜ。俺の最悪な武勇伝も交えて話すとするか」

「あぁ。……頼む」

 私はそれで良い。

 

 

 私は、友を拒まなくて良いだろうか。

 

 

 

 彼が許してくれるのなら。私は再び──

 

 

 

「──友達、か」

 ──再び、友と呼べる仲間と出会えた事を彼に伝えたい。



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休息パーティ

 ハンターになったらモテると思っていた。

 ツバキがハンターになった理由を聞いて、私は頭を抱える。

 

 

 彼には兄がいた。

 ツツジという名前の、操虫棍を扱う新米ハンター。私が幼少の頃にカムラの里を訪れた際、友人となった少年である。

 

 彼はアオアシラというモンスターと戦い、命を落とした。

 兄に憧れていたツバキは、そんな彼の遺体を見てしまい──ハンターになる夢を一度諦めたらしい。

 

 

 そんな彼が再びハンターの道を目指した理由は、彼の大切な友人達であるカエデとジニアとの関係だったという。

 一人里を離れてハンター修行をしていたカエデが里に帰ってきた時、ツバキは彼女に見栄を張って自分もハンターになったと嘘をついたらしい。

 

 良い加減な所は変わっていないが、そんな見栄から今の彼にまで成長したという事だ。彼の本質は元からハンターであったのだろう。

 

 

 そんな彼が憧れた兄──ツツジ。

 

 私は幼少期の頃、ツバキの兄とは知らず彼と交流を続け──彼は狩場で命を落とした。

 そうして文通が途絶える。彼の事情も知らず、彼を心のどこかで支えにしていた私は身勝手に彼に裏切られたと勘違いをした。

 

 

 違うか。

 勘違いした訳ではない。自分の都合の良いように、思い込もうとしたのだろう。

 

 彼が死んだと、思いたくなかったのだ。

 自分の事を裏切ってくれても良い。だけど、生きていて欲しかった……友だから。

 

 

 

「ツバキ……」

「ん?」

「……今度、カムラに寄ることがあったなら彼の眠る場所に案内してくれないか」

「ん……。分かった。今度行こうぜ、皆で」

「あぁ……」

 だから、私は彼に謝りたい。

 

 

 彼を信じられなかった事を。彼の心を踏み躙った事を。

 

 

「……約束だ」

 自らが勝手に曇らせた自分の心が、晴れていくような。そんな気がする。

 

 

「おう。……しかし、なんか天気が怪しいな」

 そんな私の気持ちとは裏腹に、竜車から眺める空は厚い雲に覆われて暗くなっていた。

 

 

 

    ◆ ◆ ◆

 

 友人とはなんなのだろう。

 

 

「貴様ら……良い加減にしろ。今すぐに私の家から出ていけ」

「そんなこと言うなよ。俺達友達だろ」

「そうそう。僕達の仲じゃないか」

 頭を抱えながらそんな事を考えた。目の前でボードゲームに勤しむ()()を眺めながら。

 

 

 剛纏獣──ガランゴルムの討伐から数日。

 無事に任務を遂行した私達は、エルガドに戻り暫くの休暇を過ごしている。

 

 本来ならば一つの任務を終わらせた所で、次の任務を探すのが騎士の勤めだ。

 

 

 しかし、バハリ殿が今回の異変には古龍が関わっている可能性があるとして、今その調査をしている。

 いざという時に動く事が出来るよう、私にはエルガドに待機するように命じられてしまった訳だ。剛纏獣の傀異化についての報告はバハリにも届いているであろうし、特にしなければいけない事があるのも事実か。

 

 

 ──それは良い。

 

 

「人の部屋で遊ぶな」

「此処以外居場所がないんだからしょうがないだろ」

「そうそう。なんならラッ君も遊ぼうよ。楽しいよ、すごろくゲーム」

「やらないと言っているだろう。私は勉学で忙しい。……そもそもツバキ、お前には貸し出してある宿舎があるだろう。あと変な呼び方をするなジニア」

 気色の悪い笑みで私を誘ってくるツバキとジニアにそう言って、私は手に持っている本に再び視線を落とす。

 

 

 待機休暇と言われようと、成すべき事を成すのが騎士の勤めだ。

 しかし、この二人にはそんな私が暇に見えているらしい。困った友人である。

 

 

「俺の借りてた部屋はカエデに貸してるんだよ。レディーファーストって奴だ。いやー、流石俺、男前だぜ」

「だからと言って私の部屋に転がり込んでくる必要はないだろ……。そもそもジニアはともかくツバキとカエデは──」

 ツバキ達のエルガドへの貢献を考えれば、その口一つで部屋の一つや二つは簡単に借りられる筈だ。

 

 

「──そういうんじゃないよ」

 言いかけた私の言葉を遮るジニア。

 

「……そうなのか?」

「うん。お互い、お子ちゃまだからね。あはは……僕からしても困ったものなんだよ」

 そんなジニアの言葉を聞いて、ツバキは「あん? 誰がガキだと?」等と漏らしている。彼の反応を見る限り、ジニアの言葉は本当らしい。

 

 

 私はてっきりツバキとカエデは恋仲なのだと思っていたが、どうやらジニアの言う通りツバキはお子ちゃまらしい。

 

 

「……ふん、がんばれ」

「何を上から目線に!! うるせぇよ!! こっちは張っちまった見栄のせいで変な尊敬されてそういう目でまったく見られてないの!!」

 少し顔を赤くして声を上げるツバキ。どうやらその気はあるようだ。

 

 ただ、彼女の態度と彼のその言葉通り、どうもカエデからツバキへの感情は尊敬である。

 

 

「てか、ライラックはそういうの無いの? お前チッチェ……姫様にデレデレだったよな」

「あ、ツー君が話を逸らした」

「うるせぇ黙って逸らさせろ」

「私は姫様を守る為に存在しているし、彼女の存在に忠誠を誓っている。カエデから貴様へと向けられている尊敬という感情も勿論有している。……しかし、恋仲になろう等とはまるで思っていない。そのような汚れた発想は持ち合わせていない」

「え、なんでそんな俺を攻撃するの? やめて? 辛い」

 自分から売った喧嘩だろうに。

 

 

「……ただ、私とカエデでは立場も違う。カエデが自らを貴様と対等だと感じる時が来たのなら、そういう感情も生まれるだろう」

「やだ突然フォロー入れてくれるライラック君好き。惚れちゃった」

「キモい、死ね」

「あまりにも辛辣で泣きそう」

 勝手に泣け。

 

 

 

「──あ、ツバキ達もやっぱり此処にいた! ねー、今からパーティ? 宴? やるから三人共準備手伝って欲しいな!」

 ツバキ達と話していると、話題にも上がったカエデが私の部屋を訪ねてきた。私の部屋を溜まり場か何かと勘違いしていないだろうか。

 

 

「お前またそんな急に。別に良いけどね、そういうのはもう少し早めに連絡しなさい」

「良いねー。勿論僕達は手伝うよ。よし、二人とも行くよ」

「まて、何故私が参加する前提で話を進めている」

 そもそも私は騎士としてこの休暇を有意義に過ごそうという計画があり、それを邪魔してくるバカ二人の忠告から話をしていた訳だが。

 

 

「いやいや、普通なんかパーティやるのに友達誘わない事はないだろ。別に断られたらそれはそれとしてな」

 真顔で当たり前のことのようにそんな言葉を漏らすツバキ。

 

 

 友達、か。

 

 別に慣れた訳でも、諦めたわけでもない。

 だだそれは、私が認め、受け入れた関係である。

 

 

「……仕方がない。付き合って──」

「チッチェちゃんも来るって言ってたよ」

「──参加させて頂く!! 否、私が参加せずして誰が参加するというのだ!! 姫の隣に座り、その可憐な笑顔を守るのはこの私だ!! 会場は何処だ? 私が姫に相応しい宴の準備を完遂する!!」

「キモ」

 ツバキの戯言が聞こえた気がするが気にすることはない。これはわたしの仕事であり、使命なのだ。

 

 

 

 そうして私とツバキ、ジニアにカエデの四人で宴の準備をする。

 

 そもそもどのような目的を持った宴なのか聞いた所、私とジニア達の親睦会らしい。ツバキでは無いがもっと早く言えとカエデを叱責しようとした所──提案者が姫だと聞いて私は悶えた。

 

 

「交流は仕事において連携に繋がる大切な行事と知るとは流石姫……」

 そう苦し紛れに語った私を揶揄った三人を殴ったのはさておき。

 

 

 姫の計らいにより開かれた宴。

 騎士として休憩日に勉学に励みたかったのは嘘ではない。しかし、こうして()()と時間を過ごすのも悪い事ではないのかもしれない。

 

 

 

「ツバキ」

「あ? なんだ。お前も団子食う? バサルモスの涙味」

「なんだその味要らん」

「じゃあなんだ?」

 よく分からない味の団子を食べながら、ツバキはいつも通りの死んだ魚のような目を私に向ける。

 

 

「これからもエルガドの為に力になってほしい。……それだけだ」

「そんな当たり前の事を……。俺達友達だろ? カムラとエルガドも、なんつーかな? 同盟? 仲間? 友達だし?」

「盟友か?」

「そうそれ! 盟友」

 このバカと話していると、どうにかなってしまいそうだ。

 

 

 いや、もうどうにかなってしまったのだろう。

 

 

 

「盟友、か」

「なんか響きが格好良いな。普通に友達って言うよりさ」

「そうかもな、盟友」

 そう言って、私はツバキにジョッキを向ける。ツバキは不敵に笑い、短く返事をして私のジョッキに自分のジョッキをぶつけた。

 

 

 

「ライラック」

「姫……!!」

 宴も終盤。

 

 酔い潰れるか踊り狂っているツバキ達を横目に呆れていると、姫の声が聞こえて振り向く。

 

 このような煩い場所でも気品さを失わない可憐な姿。

 私は直ぐに跪いた。

 

 

「この度は私等の為に宴を提案していただき、ありがたく思います」

「頭を上げてください、ライラック。今日の主役はあなた達なんですよ?」

 なんとありがたき言葉か。

 

 

「ライラック、ツバキ達とは仲良くなれましたか?」

「それは……はい」

「素直になりましたね」

 不敬と分かりつつも、笑顔を見せてくださる姫から私は目を逸らす。

 

 

「……私は騎士として、誤った道を進んでいるでしょうか」

「いいえライラック。あなたは、何も変わっていません」

「変わっていない……?」

 私は騎士に友人等必要ないと思っていた。

 

 裏切られるのが恐ろしく。そんな気持ちを隠すように、私は友人という関わりから逃げて来た。しかし私は変わっていないと、姫は語る。

 

 

「ライラックは元から面白い人でした。だから、変わったのではなくて……一皮剥けたという感じですね!」

「姫……」

 華やかに笑う姫。

 

 面白い人という印象だったのが、どういう評価なのかはともかく──姫が私を見て笑ってくれているという事実だけがそこにあった。

 ならば、何も間違っていない。私は、何も疑う必要はないのだろう。

 

 

 

「ライラック」

 ふと、背後から名前を呼ばれた。

 

 姫との会話を邪魔する者は誰だろうと許さないと一瞬思ったが、声の主が分かって私は思考を切り替える。

 

 

「バハリ殿……」

 私の背後に立っていたのは、全身泥だらけで苦笑いを溢しているバハリ殿だった。

 

 

「宴の最中に悪いね。ただ、思ってたより事が急に動いてるんだ。ライラック、ツバキ達を呼んで来てくれないかい?」

 言いながらも、テーブルの上に城塞高地の地図を広げ始めるバハリ。彼のその焦り方は、起きている事態が急を要するということを物語っている。

 

 

 私は姫に挨拶を済ませ、バカをやっている三人を呼び出した。

 

 

 

 私とツバキの関係をなんというだろうか。

 

 友人。

 確かにその通りなのだろう。私は彼を友人だと認めている。

 

 ただ、敢えて他の表現をするのならば──

 

 

 

「──我が盟友よ、力を貸して欲しい」

 ──盟友。その言葉を、私は選びたい。




今年のハーメルンでの活動はこのお話の更新で終了となります。最近はこの作品しか書けていませんが……。

それでは皆様よいお年を。また来年からもよろしくお願い致します。


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緊急クエスト

 宴は中止になった。

 

 

 つい先程までの明るい喧騒が嘘だったかのように、エルガドの空気は重い物となっている。

 言葉の意味では喧騒は途絶えていない。むしろ、宴をしている時よりも騒がしく、忙しなく人々が動いていた。

 

 

「──古龍が……城塞高地に?」

「そうだね。クシャルダオラ……鋼龍、と言ったら名前くらいは聞いたことあるんじゃない?」

 その理由が、今バハリ殿が口にした龍の名。

 

 

 鋼龍──クシャルダオラ。

 嵐を纏う龍と言われ、さらにその名の通り鋼の甲殻を持つ。私がエルガドに戻る前に対峙していたオオナズチと同等の危険度を誇るモンスターだ。

 

 

「なるほど。……それで、私達はその討伐に向かえばいいという事か」

 傀異化していたとはいえ、先日戦った剛纏獣よりも手強い相手ではある。

 

 しかし、ツバキ達となら乗り越えられない壁ではない。私はそう思った。

 

 

 

「いーや。話は最後まで聞いて欲しいなぁ、せっかちさんは良くない。とはいえ、のんびりはしていられないからね……単刀直入に言うと君達には別のモンスターの相手をしてもらいたい」

「別のモンスター?」

 どういう事かと、ツバキは目を細める。

 

 緊急で呼ばれる程の事だ。古龍である鋼龍以上の何かがあるというのだろうか。

 

 

「これはライラックやツバキは身に覚えがあるかもしれない話題なんだけどね。……ジンオウガも一緒に城塞高地に現れたんだ」

「雷狼竜だと……」

 私がツバキと初めて狩りに出た時、共に討伐した竜。

 

 

 しかし、かの竜の死体は調査隊が向かった先から忽然と姿を消している。

 幾度かバハリ殿も調べていてくれていたようだが、そもそもその時相対した雷狼竜は傀異化していた。その命の灯火は既に潰えている筈だ。

 

 であれば、今この話題の中であの時の雷狼竜が出て来るのはおかしい。それに、いくら危険な竜とはいえ古龍である鋼龍にも勝る案件とは思えない。

 

 

「今は鋼龍の事が第一ではないのか?」

「それがそうもいかなくてね。実は調査に協力してくれた騎士達が帰って来なかったんだ。……だから、鋼龍の発見が遅れた。そして騎士達が帰ってこなかったのは鋼龍が原因じゃない……雷狼龍の方が原因だったんだよね」

「どういう事だ」

「調査隊第一軍が戻って来ない事で発足された第二軍が見付けたのは、鋼龍と……雷狼龍に襲われた痕跡が残っていた第一軍だった。城塞高地に向かわせる調査隊だからね、エルガド側もそれなりの信用を持ってる者達を送ったつもりだった。けれど……結果はこの通り」

 バハリ殿は珍しく目を伏せてそう口にする。

 

 

「俺がジンオウガをちゃんと討伐しなかったから……」

 バハリの言葉を聞いて、ツバキは目を細めてそんな言葉を漏らした。

 

「待て、そもそも私達が相手した雷狼竜とは限らないだろう。そもそも、傀異化したモンスターがこの期間の間生きている訳がない」

「と、思うじゃない」

 私の言葉をバハリがそう遮る。

 

 

「傀異化したモンスターが噛生虫の毒による死を克服し、より凶暴化して暴れ回るという現象が最近目撃され始めてきているんだ。……傀異克服。今、調査中の現象ね」

「傀異克服……」

「それじゃ……俺達が倒したと思ったジンオウガが消えたのって、そういう事なのか?」

「今の所そういう可能性もあるってだけだけどね。ただ、もしそうだった場合後で知るより今その可能性に言及しておいた方がツバキ達もやりやすいかなと思った訳」

 バハリ殿は頭を掻きながらそういって、暫くしてから口を開いた。

 

 

「勿論、その点においてツバキ達に責任がある訳じゃない。ただ、エルガドはこの雷狼竜を鋼龍と同等の脅威として処理したいと考えている」

「それで……緊急という事か」

「そういう事」

 察しが良くて助かる、とでも言いたげなバハリ殿。そんな彼に、カエデが「えーと……どういう事?」と首を傾げて声を漏らす。

 

 

「四人に雷狼竜と鋼龍、その二匹の同時討伐を依頼したい」

「あ! なるほど! 分かりました!」

 理解しているのかしていないのか、脳天気に手を叩いて元気に返事をするカエデを見て、ツバキとジニアが苦笑いを溢していた。

 これに関しては二人に同情するが、私は断るつもりはない。騎士としてどれだけ危険な仕事だろうと、この命を使ってでも成し遂げなければならないのだから。

 

 

「カエデ、お前は何も分かってない」

「問題ない。私一人でも──」

「お前も何も分かってない」

 ツバキはカエデに手刀を入れた反対の手で私の頭に手刀を振り下ろす。何をすると文句を言う前に、彼とジニアはこう口を開いた。

 

「俺達はハンターだから、勿論頼まれたら依頼は受ける」

「けれど、流石にその二匹相手だからね。出来るだけ細かい情報とか、こっちの準備にそっちのバックアップの手立ても纏めて作戦会議をする時間を貰えないかな」

「勿論。今からその話をする所だったんだ」

 バハリの返事を聞いたから、二人は私とカエデに振り向いて目を細める。

 

 

「お前は何も分かってないのに分かったっていうのをやめなさい」

「わー! ツバキ辞めて! 頭の中が潰れてなくなっちゃう!」

「元から入ってないでしょうが!!」

「ラッ君、水臭い事言うの禁止だよ。僕達友達なんだから」

 カエデの頭に両の拳をねじ込ませるツバキの隣で、ジニアは私にそう語りかけた。

 

 

 そうだったな。

 

 

「ふん……着いてきてくれると信じていたからの発言だ」

「素直じゃないなぁ。……いやぁ、素直か」

 不敵に笑うジニアの腹に手刀を入れる。普通に受け止められ、槍使い(盾使い)としての実力を思わぬところで感じ取った。

 

 

「それじゃ、先にエルガドからのバックアップの件から話そうか。流石に四人に傀異克服モンスターと古龍の相手を完全な同時にさせようなんて思っちゃいない。まず、四人には出来るだけ雷狼竜から討伐に当たって欲しい」

「その間、私と王国の騎士で鋼龍の足止めを行う」

 バハリ殿に言葉を続けるフィオレーネさん。その背後には、彼女が選んだのだろう優秀な騎士が三人控えている。

 

 

「倒してしまっても良いのだろう……と、言いたいが。私も弁えているつもりだ。ツバキ達が戻ってくるまでに少しでも鋼龍の体力を削るという算段で動こうと思う」

「倒せちゃうに越した事はないけどね。相手は古龍だ。出来る事なら慎重に行きたい。幸い、ツバキ達もライラックもいる訳だし。雷狼竜を出来るだけ早く討伐して、フィオレーネの鋼龍討伐隊に合流して欲しい。……勿論、狩場では何が起きるか分からないからね。万全を期して、こんな感じの作戦で行こうと思う。ガレアス提督も今色んな準備をしてくれてるしね。どうかな?」

 バハリ殿の説明を聞いて、ツバキとジニアは無言で頷いた。私も短く返事をして、準備の為に振り向く。

 

 

「私はどうしたら良いのかな」

 振り向くと、何も分かっていなそうなカエデがいた。静かな雰囲気が崩れる。

 

 

「カエデ様はいつも通りやってくれれば良いの。俺がサポートするから、後よろしく。ほら行くぞ」

「うーん、よく分からないけどとりあえずツバキの言う通りにすればなんとかなるよね!」

 そんな能天気な彼女にツバキとジニアは苦笑いを溢しながら、自然と私の家に足を向けた。

 

 今から作戦会議なのだから当然と言えば当然か。

 

 

「それじゃ、こっちはこっちで準備を進めるから。そっちも準備が出来たら声かけに来てねー」

 どこか安心したようなバハリの声にツバキ達は片手を上げながら歩いていく。

 

 

 

「──しかし、あーは言ってくれたけど責任は感じるんだよなぁ」

 歩きながら、ツバキは背中を丸くしてそんな言葉を漏らした。

 

「ツー君が戦ったジンオウガって決まった訳じゃないでしょ?」

「いや、多分アイツなんだよ」

「なんで分かるの?」

「狩人の勘」

 カエデの質問に、死んだ魚の目のままそう返すツバキ。

 

 ふざけているようだが、その目元は真剣に何処か遠くを見ているようにも見える。

 

 

「なるほど……」

「なっとくしちゃうんだね。……まぁ、ツー君がそう言う時は割とそうだし。けれど、それでも責任を感じる事はないと思うけどな」

「あーしたら良かった……こうしたら良かった、なんてのは結果論にしか過ぎないってのは分かってんだけど。俺があの時なーって、結局思っちゃう訳よ」

「それを言うならば私も同罪だ。貴様だけが思い悩む事でもない」

 もしもツバキの言う通り、現在城塞高地に出没している雷狼竜があの時と同じ個体だとしたら──エルガドの被害は私達二人の責任とも言える問題だ。

 

 

 しかし、それこそツバキの言う通り、結果論にしか過ぎない。雷狼竜をあの時、必要以上に傷み付けるのは狩人のやる事でもないだろう。

 

 

 

「なれば、責任を取って返せば良い。その機会が来ただけだ」

「それもそうか。んじゃ、一緒に責任取ってもらおうか……盟友」

「断る理由はない」

 そう返事をして、私は自らの住居の扉を開いた。

 

 

 雷狼竜討伐の任務を完遂する。

 それが、私達が今しなければならない事だ。




あけましておめでとうございます。書き上げてはいたのですが更新を忘れていました、すみません。

この作品も大詰め。最終章になります。
実はプロット段階ではジンオウガとクシャルダオラではなく、アマツマガツチを登場させる予定でした(今年は辰年ぃ!だしね)。プロット段階では原作サンブレイクに登場していなかったので面白い事出来そうだなーなんて考えたいたら、なんと原作のDLCでアマツ出してもらえるというね。
嬉しかったけどそうなると書きたかったことが全被りする上に原作のストーリーも考えると書けなくなってしまったので急遽プロット変更。ラスボスはクシャルダオラとなりました。ジンオウガの影もありますので、その辺りもお楽しみに。新作発売までには完結させようと思います。


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