麻雀狂 ミダリ (かさばる)
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第一話 妄

生志摩妄という女。痛みを好むという女。

奇人揃いの百花王学園においても、その存在は異端だった。

 

 

「ねえ妄?突然だけれど」

 

 

生徒会長、桃喰綺羅莉は言う。

 

 

「夢子と仲良くなる方法、知りたい?知りたいわよね?」

「な、何だよ急に、そりゃま、知りたいけどさ、そんなのそう簡単にある訳……」

「百花王学園で麻雀を流行らせるのよ」

「えっ?」

 

 

……麻雀?麻雀か。この学校ではギャンブルが盛んだ。当然麻雀を好む生徒も一定数いる。しかし、飽くまでそれは主流ではない。それは何故か?綺羅莉は語る。麻雀は、ギャンブルとしてはあまりにも複雑で、習得から楽しめるようになるまでに手間も時間もかかり、更にプレイするに場所を取り、挙句には、紛失、イカサマ等、どのような理由であれ、牌が一枚でも無くなったら、交換や補充に大変な労力を要する。それだけ麻雀は割に合わないゲームと言える。

 

 

「だからこそよ。だからこそ麻雀をやるの。大体的にやって夢子を誘えば、あの子が参加しない訳が無いでしょう?」

「……もう少し説明してくれよ」

「ええ。つまりね?これは清華と夢子が戦う時にも言った事なんだけれど、夢子を殺すのは簡単な事。あの子はギャンブルが全てなのだから、一緒に遊ぶ者がいなくなってしまえば良い。つまり逆に言えば、夢子は、それがどんなギャンブルであれ、相手になってあげれば刹那的に喜ぶのだから、寿命の短いゲームと分かっていても、決して麻雀を否定しない。実際夢子がここの皆と戦ったゲームの内容で言えば、一回きりだったものも多いでしょう。そしてね?妄、あなたは死にたい、あるいは傷付きたい。ならば麻雀となれば、夢子と目的が合致して、一緒に楽しむ事ができる。そう思わない?」

 

 

「あ……?何……?」

 

 

 

 

「何だよ、どういう事だ?会長」

 

 

 

 

「いいわ。まず打ってみましょう。私達生徒会のメンバーで。清華と楓を呼んでくるから少し待っていてくれる?その間にそこの自動卓をセットしておいてくれると嬉しいわ」

「………………ああ、うん、分かったよ」

 

 

部屋のすみには、布で覆われた自動麻雀卓が置いてある。配牌まで自動で出てくる高級なやつだ。そういえば、最近会長は、一般の生徒達に、一時間一万円でこの卓を貸し出していたな。ならば?今妄は、自動卓をセットしておいてくれと命じられた。つまり……?

 

 

もう、ゲームは始まっている。

 

 

「あ…………」

 

 

かけられている布を取ってみる。会長は、五十嵐清華と豆生田楓を連れて来ると言っていた。つまり普通に麻雀をやるのだ。しかし、今見ると、目の前の自動卓は三麻の設定になっている。まあ卓の設定自体は簡単だ。しかし。

 

 

「ゲーム外のゲーム、か」

 

 

ついぼーっとしていた。もう二分程経過している。早ければ会長はもう二人を連れて戻って来そうだ。では、妄はどうすればいいか。

 

 

「…………」

 

 

四麻用のマンズの牌は、使っていない椅子に置いてあった。しかし、それは全て裏向きになっている。そして、卓上にある三麻体制の牌は、打ち終わったそのままではなく、牌を流して次局用のものを上げた状態になっている。

 

 

普通、仲間内で遊び終わった生徒達が、律儀に牌を揃えて会計に行くか?

一時間一万円だぞ?ギリギリまで遊んで、一分過ぎるのが怖いという事もあるだろう。

その上、三麻の設定の状態のままで牌を一回上げたところで、どちらかと言えば流行っているのは四麻なのだから、結局意味はさほど無くないか?

 

 

……妄は考えた。この卓には既に会長の手が入っていると。ならば。

 

 

 

 

「戻ったわよ、妄……あら」

 

 

会長は微笑んだ。

 

 

「楽しそうな事をしているわね。一人で先に遊んでいたの?」

「へへ、まあそんな所だよ。よお、清華、豆生田。よろしくな」

 

 

妄は、積まれている山の中の牌の内容をチェックしていた。

卓には、背が黄色い牌と、背が青い牌が入っている。上にあったのは黄色い牌だったから、妄はその全てをチェックし、そして、椅子に用意されていたマンズの牌も全て開けて一枚一枚見ている所だった。その最中に会長は戻って来たのだ。

 

 

三麻設定であるにも関わらず、山の牌には赤が各一枚ずつしか入っていなかった。三麻なら赤の枚数は増えそうなものなのに。そして、椅子から持ってきたマンズにも、赤は一枚だけだった。花牌も無かった。金牌も無かった。ポッチ牌も無かった。同じ牌の枚数がおかしいという事も無かった。

つまり、この三麻らしき見た目は、四麻の牌からマンズを抜いて単に積み直しただけ、という事になる。

 

 

おかしな話だ。ここまで大仰に、不正とは言わないとしても、半ば細工のような事をやっておいて、特に変な所が見受けられないとは。

つまりだ。この細工によって会長は、妄の注意を牌にばかり集中させ、そして実際に打つ段階になった時…………

 

 

変なルールを提案してくるんじゃないか?

 

 

 

 

「妄、いい?打つと言っても、ただ打つだけなんじゃあ意味が無いわ。あなたに、今後の行動の説明をする為の麻雀だものね。だから提案。これからこの四人で普通に麻雀を打つけど、少し特殊ルールを付け加えるわ。まず、親のあがり、流局に問わず、連荘は絶対に起こらないものとする事。次に、この麻雀では、進行に支障が出ない程度のとある特殊ルールを、妄に内容を伏せて適用するものとする事。最後に、私とあなたはサシウマとして、指一本を賭ける事。勝負は普通の東南戦。以上よ。理解できたかしら?」

「指一本……?切断するのか?」

「ええ。そうよ。方法は何でも良いわ。思い付きだもの」

「…………」

 

 

「分かった。それでやろうぜ」

「決まりね。あら、ごめんなさい、忘れていたわ。清華?全員分のお茶を持って来てくれる?」

 

 

会長は清華に呼びかける。しかし清華は。

 

 

「あ…………」

「清華?どうしたの?」

「あっ、す、すみません、少し緊張して……」

「……ふふ。そう。まあいいわ。じゃあ妄?お茶を用意してくれる?」

「……ああ」

 

 

テンパイどころか、あがっても連荘が起こらないというルール。更に、やってみるまで公開されない特殊ルールがあるらしい。東一局は、妄の親で始まった。

 

 

ドラは{西}。妄の配牌。

{11223356⑤⑥西西發 中}

 

 

(配牌、良いな……)

 

 

しかし、妄はまだ警戒していた。この東一局でこの配牌は、平和にも行けるし七対子にも行ける。どちらに傾いても、リーチで満貫確定。裏で跳満。しかも親。めまいがしそうな好配牌。だが、妄はこの局、リーチをしないと決めた。どんなイカサマをやられるか分からない。それに…………

 

 

「ツモ」

 

 

{112233567⑤⑥西西 ④}

 

 

「ピンヅモ一盃口ドラドラ、だ。んで、特殊ルールって何だ?この手、他に役は付いてるか?何点だ?」

 

 

こういう事だ。進行に支障が無いルール、と会長は言った。支障が無い、という事は、打っている最中に局が止まるルールは考え難い。一番ありそうなのが、ローカル役の採用、あるいは役の撤廃、例えばオープンリーチありだとか、あるいは裏ドラは無しだとか。

 

 

「……満貫よ。はい、4000点」

 

 

…………?

 

 

東二局。豆生田の親。

 

 

「九種九牌だ」

 

 

豆生田は、何てこと無い素振りで配牌を倒した。

 

 

「えっ……て、おい!」

 

 

妄は思わず指摘する。

 

 

「九種どころか、十一種十二牌じゃねぇか!国士イーシャンテン!流してどうすんだよ!しかも親なのに!」

「まあまあ妄。打ち方は本人の自由よ。批判はしないでね」

「何だよ……いいけどさ、まあ……」

「さあ、次よ。東三局。私の親ね」



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第二話 前震

東三局。親は会長。妄は西家。

 

妄の配牌。

 

{1234567③發西西中中}

 

ドラは{③}である。

 

 

天に恵まれたこの配牌。先程から続くこの強運は何だ?東一局はドラだった{西}が対子。そして今度は、西家になったと思ったら、自風、翻牌の{西}対子。

どう手作りしてゆくか。{西}と{中}が両方鳴ければ、役々にホンイツで満貫は8000。あるいは、{西}か{中}のどちらかだけを鳴き、もう片方を雀頭とし、数牌部分を一通にする。そうしたとしても、役一通ホンイツで満貫だ。それか、運よく{西}か{中}を暗刻にできれば、もう急いで鳴く必要も無い。メンホンに役ひとつで満貫確定。リーヅモで跳満。一通でも跳満。全て付いて裏三なら三倍満。

 

 

……いや?

 

 

果たしてそうだろうか。そのような打ち方が正解なのだろうか。

このルールでは、連荘が一切起こらない。つまり、一人に与えられる親番の回数は、正真正銘二回ずつ。この二回の親番の重要性は言わずもがな、とてつもないものだ。

今、親番は対面の会長にある。ならば自分が一番避けるべき事は、親への放銃。そうだ。それさえ避けられれば、どう転ぼうと会長の親番は終わるんだ。

 

 

理想は面前でのツモあがり。跳満倍満の親被りを会長に当てられれば、それが一番良いだろう。

 

 

六巡目まで進行し、妄の捨て牌。

 

 

{①白九⑨⑨一}

 

 

配牌に恵まれたこんな時に限って、ツモの勢いが悪い。不要牌のツモ切りを続けて六巡が経過。手牌は配牌から一切変わっていない。

 

 

「……カン」

 

 

「えっ?」

 

 

{横一一一一}

 

 

新ドラが{④}。豆生田が大明槓をした。豆生田は北家。{北}は場に見えていない。暗刻抱えの、そうか。恐らく、元のドラである{③}や赤ドラも持っているのだろう。手の内で満貫あれば、大明槓と来る事も無くはない。

 

 

そして次巡の妄、{③}を持ってくる。これで{③}が対子となる。

 

 

         {横③}

{1234567③發西西中中}

 

 

 

どうしようか。目標は面前ツモ。流石に七巡目でここからの七対子は厳しい。かと言って、ポンポン鳴いて行けば、最終的に、ドラの{③}と、生牌の{西}か{中}とのシャボになってしまう恐れがある。

 

 

(なんだ……この場……)

 

 

全員の河がおかしい。字牌があまりにも無さ過ぎる。自分の手牌にあるものは別とすると、{西}も、{中}も、{發}、{北}、{白}も一枚も見えていない。

 

 

(……しょうがない)

 

 

妄は{西}の対子を落とす事にする。あまりにも不気味だ。手牌は全て危険牌に見える。

 

 

「リーチッ!」

 

 

「っ!」

 

 

南家の清華がリーチを宣言した。

 

{南六⑥⑥⑥二}

{43横白}

 

 

国士気配の捨て牌のリーチ。だが、{一}がカンされているから国士はあり得ない。ならば四暗刻、大三元?一歩手前で小三元。そんな所も十分ありそうだ。

 

 

そして妄のツモ番。持ってきたのは{中}。

 

{1234567③③發西中中中}

 

 

この十四枚から一枚切るのだ。まず、{中}を暗刻にした事によって、清華の大三元の可能性が消えた。ならば九分九厘、四暗刻かドラ頭の三暗刻。いずれにせよ対子手。{中}単騎への放銃は得点が伸びそうだ。だからこの暗刻は切れない。数牌の方は、{1}は何とか切れなくもないかも知れないが、豆生田の事も考えれば、{234567}はとても切れない。ドラの{③}も当然駄目だ。{發}も厳しい。ならば結局一番安全なのは、前巡に豆生田に通っている、対子で持っていた{西}という事になる。

 

妄は{西}を河に放つ。その時、嫌な予感もしたものだ。そして。

 

 

「ロン」

 

 

親、会長。

 

{赤⑤⑤赤55赤五五六六八八⑧⑧西}

 

 

「親満ね。12000」

 

 

……奇妙だ。おかしな事がある。妄は黙って点棒を渡し、そして考える。

会長のこの手、七対子に赤三の、五役満貫手。しかし、待ちはまさかの{西}単騎。それ以外の対子部分は全て中張牌なのだから、タンヤオも絡めれば跳満まで手が伸びていた。それにリーチとツモ、あるいは裏が付けば倍満まで伸びる。

今、会長は親だった。親の時は子の時よりも、得点が1.5倍になる。{西}単騎を適当な中張牌単騎に変えるだけで満貫12000が跳満18000に伸びるのは、かなり効率が良い事であると言えるだろう。しかし、会長はそれをしなかった。

 

 

点数状況

妄:25000

豆生田:21000

清華:20000

会長:34000

 

 

突入、東四局。ドラは{中}。親は清華である。

 

妄、配牌。そして第一ツモ。

 

         {横6}

{①②③④⑤⑥五八26北北北}

 

何とまたまた早い手だ。配牌でイーシャンテン。ここは{八}か{2}切りか。どこかが両面になるのを待ってリーチといきたい所。

 

(……いや)

 

 

持ち点を見てみる。今、妄の持ち点は25000。そして、サシウマ相手の会長は34000。その差、9000点。今会長は北家で子。勿論、妄が満貫をツモあがれば、2000.4000の2000を会長から取る事ができるから、点差は10000点詰まって逆転。しかし、役もドラも何も無いこの配牌から満貫を作る事はかなり難しい。そんな夢は見ない方が良い。ならば、次局の事を考えるのだ。次局、妄は親。満貫和了で逆転できるのは言うまでも無いが、問題は、次局の配牌でも満貫が厳しかった場合だ。次局、点数状況が仮に今のままだとしたら、一番現実的で効果的なのは、例えばメンピンツモドラ一の2600オール。7800の収入に、会長が払う2600で、点差は10400詰まって逆転する。

そのような20符4翻のあがりは決してできない事ではない。しかし、それも結局、配牌で字牌の暗刻でもあったら全ておじゃんだ。平和手に行けないとそのあがりには至らない。

そう、今、この配牌も、まるで同じ景色に見えた。



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第三話 赤

妄の配牌

 

         {横6}

{①②③④⑤⑥五八26北北北}

 

 

妄、この配牌から打{6}とする。

イーシャンテンからリャンシャンテンへ。雀頭無しの形に手を崩した。しかし、勿論その後の手牌進行の為の準備は万全である。

 

手牌は、{6}を切ってこの形だ。

 

{①②③④⑤⑥五八26北北北}

 

ここに例えば、

 

         {横赤5}

{①②③④⑤⑥五八26北北北}

 

このように引いてきたり。この場合は、崩した{6}の対子が赤牌含みで両面になり、ここから打{2}。そしてその後に、{六}か{七}あたりを引いてきてもう一つ両面。すると。

 

{①②③④⑤⑥五六八赤56北北北}

 

この形のイーシャンテンだ。そこから打{八}。そして目指すべきは、平和は勿論の事、四五六の三色だ。つまり、

最終形はこのように想定できる。

 

{①②③④⑤⑥五六4赤56北北打北}

 

 

 

あるいは例えば、同じ配牌からでも。

 

         {横赤五}

{①②③④⑤⑥五八26北北北}

 

このように引いてきたり。

 

         {横4}

{①②③④⑤⑥五八26北北北}

 

あるいはこう。これならリャンカンができる。

 

 

あとは、ドラの{中}を引いてくれば、{北}暗刻で一メンツ、残りの三メンツは、揃いやすい横の手。つまり順子で構成し、{中}単騎リーチというのもアリだろう。

ゆえに、妄は第一打を{6}切りとした。

 

 

しかし。

 

「カン」

 

会長……

 

{裏5赤5裏}

 

{5}の暗槓。これにより、妄の三色は消え、そして第一打の{6}という選択は完全に無意味となった。

しかも、事態はそれだけで終わらずに。

 

「え」

 

新ドラが、{5}。つまり会長、赤含めてドラ5!跳満確定の暗槓!

 

そして次巡、妄。

 

         {横6}

{①②③④⑤⑥五八26北北北}

 

奇跡の重なり。ゴミ同然だった{6}が再び対子に。

ここは、一刻も早くテンパイし、リーチを打つ事が肝要だ。どうする、何を切れば良い?

 

……{八}か?ここはむしろ、{2}ではなく{八}か?スジで持っている{五と八}は、確かに両面を作る為に確実ではあるが、その確実を追うが為に、一番効率が良い持ち方ではないのだ。

{八}か?{八}を切って、両面ができればベストだが、例えば四枚目の{6}を引いてきて暗刻にできれば、マンズを払って{2}単騎はかなり強い。暗槓されている{5}の外なのだから。

 

……いや、違う。仮にリーチに至った時の、自分の河を想像するんだ。

今の手牌から進めれば、このような捨て牌になる事が想像できる。

 

{62横八} この場合、手牌に残るのは{五}とその周辺の何か。待ちはマンズだ。

 

{6八横五}この場合、手牌に残るのは{2}とその周辺。待ちはソーズだ。

 

でも、例えば前者の場合、その捨て牌で他家から想定されるのは、好配牌からの出来過ぎた七対子。勿論待ちを一点に絞って見抜かれるなんて事はあり得ないが、敢えて想像するなら、赤受けの{五⑤}は本命だ。出ないだろう。

 

あるいは後者の場合、想像されるのは、チャンタやメンホン。リーチをするのは槓ドラの裏があるからだと思われるだろう。ならば、現物以外の牌なんて出る訳が無い。

 

 

まあ、どちらにせよ、ただのノミ手を、虚構の満貫手に見せかける事ができる。多くの場合ならそれはメリット。しかし、今に限って言えば、会長の見えている跳満に対してリーチを打てば、清華と豆生田は降りてしまう。二人はたったの千点差だ。勝負に乗って来る訳が無い。

安手に、見せかけないと駄目なんだ。安手に見せかけて、あわよくば差し込んでもらう。豆生田はそれをするかも知れない。いかにも王道をゆく打ち筋だ。

あるいは、そうだ。清華と豆生田は千点差。そして清華は親。北家の会長が3000.6000をツモれば、清華は貴重な親番を失って四着に転落。ならばいっそ、妄のリーチが、安手どころか、もうどうにもならない状態であると見せつければ良いのか。そうすれば清華は意を決して勝負に乗って来るかも。つまり……

 

 

「会長」

「……何?」

「オープンリーチを認めてくれ」

「オープンリーチ?」

 

妄は、ルールとして明言されていない、オープンリーチを提案する。

 

「別にいいだろ?それくらい」

「駄目よ」

 

即答された。

 

「……へっ」

 

いいんだ。

 

「じゃあオープンはしない。だけど勝手に言わせてもらうぜ?あたしの待ちは{五}単騎。もしそれが嘘じゃなかったら、あがった時に二翻扱いにしてもらう」

「……勝手に言ってなさい。私は認めないわ」

「うるせえ!元々そっちがハンデ戦を強要してるんだ!こっちも勝手さ!リーチだっ!」

 

妄の、捨て牌。

 

{6五2横八}

 

 

そうだ。フリテンだ。

妄は、このフリテンリーチ宣言により、降り気味だった清華と豆生田を誘った。

そして、妄はその局の進行を観察する。

 

 

まず、清華が打{赤五}。これで{五}は残り二枚。そして。

 

妄、{五}をツモ。

 

「……ちっ」

 

そして、妄あがらず、その{五}をツモ切りとした。

 

「あら……妄?待ちは{五}単騎じゃないの?」

「へへ。悪いな、やっぱり違った」

 

苦しい言い訳だ。もう清華も豆生田も気付いただろう。そう、妄のリーチはノーテンリーチ。ブラフだったのである。

しかし、しかし?それをやる意図とは?

……この局はきっと流局するだろう。そうすれば、妄はノーテンリーチでチョンボ。8000点の払いになる。その時、リーチをかけていない会長は、きっとノーテンと言うだろう。そして、清華なんかはむしろテンパイと言うかも知れない。

そんな妄の思惑を内包した、東四局の最終盤。

 

「ロン!」

「えっ?」

 

妄が、清華に放銃した。

 

{一一一二三四五六七裏裏裏裏}

 

「……あっ」

 

清華が、手牌を倒す時、半分程倒して、慌てて手を止めた。

 

「ごっ、ごめんなさい……フリテンでした……」

 

半分以上手牌は倒されている。ならばこれはもう、誤和了扱いでチョンボじゃないのか。

 

妄は浮かれた。自分が罰符を払う予定が、逆に入って来るのだから。

 

「お?誤ロンか?なら、一応手牌を見せてくれよ」

「はい……」

 

清華は、もう諦めた態度で手牌を公開する。

 

{一一一二三四五六七八九九九}

 

「なるほど。純正九連か。そりゃあフリテンだな。よし。チョンボで4000オール、払ってくれ」

 

危なかった。もしこのダブル役満がフリテンじゃなかったら、妄は96000の打ち込み。当然トビ終了。即死だった。

 

「……待ちなさい」

 

……?

会長が待ったをかける。

 

「今の打牌、妄、あなた王牌引いちゃってるわよ。私からカンが一回入ってるでしょ?だから海底がずれて、ひとつ前の清華のラスヅモが海底。そこで流局。妄は本来起こり得ない事をうっかりやっただけ。よって、この誤ロンのチョンボは不成立。成立するのは流局よ」

 

あ…………

 

 

 

「さあ、妄、手牌を見せて」

「……」

 

妄の手は、ノーテンだった。ノーテンリーチの発覚により、妄がチョンボ。2000.4000の満貫払いだ。

 

 

 

 

何故……?

何故会長は、自分への収入を拒否した?海底を間違えた事について、黙っていれば誰も気付かなかったのに。

そうまでして、妄のノーテンを確認したかった?

 

まあ、それはそれとして。

妄は、ぼんやりと気が付いた。

 

「おかしい」

 

自分以外、会長達の打牌、麻雀の挙動がおかしい。そしてそれは。

赤牌が絡んでいる。

間違い無い。今回埋め込まれている特殊ルールは、赤牌が関連している。

 

 

……次、攻める時は、赤牌を手牌に入れてリーチを打ってみよう。



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第四話 懐疑

連荘が一切起こらないというルール。それは、チョンボが起こった場合も同等である。

東四局が、流局後、妄のノーテンリーチの発覚によるチョンボで終了。この局はやり直しとはならず、場は南入。南一局、妄の親である。

 

点数状況

 

妄:17000(前局のリーチ棒は本人に戻っている)

豆生田:23000

会長:36000

清華:24000

 

 

ドラは{⑤}、妄、配牌。

 

{一一二二三四七九九258東東}

 

なるほど。今度の配牌は、メンツ手で3シャンテン、七対子でリャンシャンテンか。悪くない。勿論悪くないが、今までの絶好配牌のような不気味さは薄い。

 

妄、第一打を{8}とする。まあ当然だ。メンホンに七対子、リーチで跳満。そこを狙って行くのが堅いだろう。

 

同巡、清華が打{4}

 

「ポン」

 

{44横4}

会長が鳴いた。そして打{2}

 

(まずいな、会長は早そうだ。まさに急所を鳴けてさぞ嬉しいだろうな)

 

次巡、妄{發}をツモ。ホンイツのパーツが一つ増えた。そして打{2}。

三巡目、今度は{東}をツモ。これにより妄、{東}暗刻。場は南場だが、親の為これは翻牌だ。

 

同じ三巡目、下家の豆生田から{九}が出る。

 

妄はこれが欲しかった。{九}は対子で持っている牌。ポンと思わず言いそうになり、すんでの所で我慢した。もう勝負は後半戦、何としても面前であがりたいのだ。

それも、赤を入れて。

 

そんな妄の我慢が実を結び、次の巡目で妄、{東}をツモ。だが、残念な事に、テンパイにまだ遠い状態での槓子の完成。妄は{東}をツモ切りする。

 

まだ大丈夫だ。これはバカヅキじゃない。まだまだ正当な方向への、つまりあがりへの可能性は、この手牌に残されている。

 

そして、次巡、妄。

 

(来たっ……!)

 

         {横赤五}

{一一二二三四七九九發東東東}

 

最高のツモ!処理に困っていた{一一二二三四}の六枚。これは、一二三の一盃口になりそうに見えなくもないが、既に一組持っていて受けが被る、二度受けのペンチャンなんて、しかも面前で引けるとは思えなかった所だ。そこに最高のツモ{赤五}。これで順子が一つ完成し、{一}と{二}の対子ができた。

 

妄、この手番を打{發}。

 

しかし。

 

「……ちっ」

          {横白}

{一一二二三四赤五七九九東東東}

 

……ツモ切り。

 

          {横中}

{一一二二三四赤五七九九東東東}

 

……ツモ切り。

 

 

そして、その後の二巡、{中}を連続で引いてツモ切り。結果論である為、嘆いても仕方無いが、できていたはずの暗刻をふいにしてしまった。あったかも知れない小三元への未練が頭をかすめる。

 

そんな雑念と、ツキの無駄使いにより影が差したか。妄、逆転と挑戦のホンイツ手が、イーシャンテンから動かない。

 

そして、気が付けばもうあと二巡で流局だ。そんな時。

 

「ポン」

 

豆生田が。

 

{⑤赤⑤横⑤}

 

動く。終局間際でのドラポン。

 

「ポン」

 

{五五横五}

 

下家の会長からの鳴きの為、豆生田の打牌の後、再び会長の番となり、会長は打{五}。これにより豆生田、二鳴き。

 

「ポンッ……!」

 

{5赤5横5}

 

豆生田、三回目のポン。三色同刻にドラ三。そして赤々。跳満だ。

 

「ポンッ……!」

 

{11横1}

 

豆生田、裸単騎……!

 

つまり、トイトイも確定し、倍満。テンパイである事は確実である。

 

 

そして、そんな土壇場で妄、持ってくる!面前リーチに至る牌、カン{八}を!

 

{一一二二三四赤五七八九九東東東}

 

{九}切りでテンパイ。しかしもう次のツモがちょうど海底。豆生田の待ちは何だ?まさかこの{九}という事はあるまいな?

 

……豆生田は、裸単騎に至る直前で、{②}と{④}を切っている。と、いう事は、{②③④}のメンツを崩して裸単騎に移行した?わざわざメンツを崩したのは当然、手を高くする為、か。

だとすれば豆生田は{③}単騎だ。妄が打ちたい{九}は当たらない。

 

(次のツモはちょうど海底……そうだ)

 

「リーチ!」

 

妄、{九}切りでリーチを宣言。それは裸単騎には当たらなかった。そして…………

 

「ツモッ!」

 

{一一二二三四赤五七八九東東東ツモ二}

 

「リーヅモ一発、海底にメンホン、東と赤一、裏々で十一翻だ!」

 

三倍満炸裂か。しかも妄は親だった。だが、ここで妄は。

 

「さあ、何点か教えてくれよ。会長」

 

………………

 

会長は答えた。

 

「満貫よ。4000オールになるわね」

 

今のあがりで確認できた。良いあがりだった。特殊ルールがいかにも絡みそうな偶発的な役、一発、海底、赤、裏を、全て含めてあがる事ができた。

 

「会長、こういう事だろ?面前で赤が含まれた手の得点は、一律満貫になる。しかし、面前を崩して赤を使えば、赤は通常通りドラになる」

「その通りよ。よく見抜いたわね。妄」

 

点数状況

 

妄:29000

豆生田:19000

会長32000

清華20000

 

 

南二局、妄は北家。

 

「ツモ!リーヅモ赤!満貫!」

 

妄、この南二局のあがりによって、ついに会長を逆転、37000と30000で、7000点のリードを有した。

 

しかし、そんな好機に対する逆風のように、南三局。ドラは{北}。

 

「ダブルリーチ」

 

{横北}

 

 

会長が、親番でダブリー。

 

なんてこと。この土壇場で。

 

だが、会長も妄も、その本性、感性は賭ケグルイ。このまま妄の意思、いや、意思以前にもその配牌が引き下がる訳も無く。

 

妄、配牌。

 

         {横六}

{一一一二三四四五③③③68}

 

 

「…………!」



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第五話 激震

「…………!」

 

 

         {横六}

{一一一二三四四五③③③68}

 

 

テンパイだ。会長だけでなく、妄も配牌でテンパイ。選択できる事があるとすれば、まずダブリーするに当たっての待ちの場所。カン{7}待ちか、{6}単騎か{8}単騎。

そして、もしカン{7}待ちにするならば、{一}を切ってリーチにするか、{③}を切ってリーチにするか、{四}を切ってリーチにするかも選ぶ事ができる。

 

あるいは。

 

(待ちが、最悪)

 

そもそも追いかけない。ダブルリーチをしないという選択。

 

会長は、ダブリーをした上で、役が一つ絡んでいれば親だから5800か7700。そしてこの麻雀の特殊ルールからして、赤が一枚でも入っていれば満貫確定。

しかし、自分の方はどうだ。役無しドラ無しのダブリーのみの手。出あがりで2600、ツモってようやく1300.2600の都合5200。それでもまだ、会長の想定打点の末端より低い。

最悪だ。打点が安過ぎる。こちらの最高値が、あちらの最低値に勝てないのだから。

 

それと、やはり待ちの位置の問題もある。尖張牌(センチャンパイ)、つまり、数牌の三と七の牌は、非常に機能性の高い、抱えられやすい牌。つまり逆に言えば、それは待っていても出ない牌という事になる。普通ならば、カンチャンの尖張牌待ちなんて以ての外だ。ダブリーによるプラス一翻があってやっと選択肢に入るような待ちの位置。

あとは、今妄が選ぶ事ができる、{6}単騎か{8}単騎という待ち。これはそもそも、数牌な上に単騎待ち。避けられない偶然を除き、単騎待ちはそもそも選択肢に入らない。

 

では、向こうの、会長の待ちの位置や形はどんなものだろうか?会長は{北}を切ってのダブルリーチ。しかも{北}はドラであった。

 

単純に考えれば、{北}切ってのリーチは、ただ単に配牌のテンパイ形で{北}が余っていて使えなかったという線が強い。それ以外にあり得るのは、{三四北北北}のように余っていて、待ちが選べる状態、{三や四}単騎よりも、両面の{二五}待ちの方が強いのは明らか。会長は親。会長にとって{北}は翻牌ではないから、暗刻から一枚切って雀頭に変えての、平和形のリーチはあり得る話。

しかし、そんな綺麗な平和形が、偶然のダブリーでできるものだろうか。無論、待ちの形として両面待ちが一番可能性が高い事実はある。しかし、現に妄の配牌がそうであるように、暗刻が二つある、例えば{999三四北北北}の形のような選択可能な打牌のリーチもあるだろう。この形なら{9}を切らないとおかしい。何故かは簡単。{9}はドラではないが、{北}はドラだからだ。ダブリードラドラで満貫、ダブリードラ三でも満貫なのは変わらないが、ツモや裏がもう一つ付く付かないで、得点が一段階違うのだから、どうせ平和を付けようが無い形、二暗刻形ならば、{北}ではない方の暗刻を崩して雀頭にするのが当然だろう。

つまり、逆説的に、{北}を打ってのリーチをしたという事は、会長が{北}の暗刻を抱えていた事はあり得ない。ますます会長の第一打{北}は、ただの浮き牌、余剰牌だった可能性が高い。

更に言えば、百歩譲って考えてもいいのが、何かと{北}のどちらかで選択可能だった単騎待ちテンパイから、{北}単騎を放棄してリーチをしたというような事だが、その可能性は極めて低い。国士無双なんて事はまず無いし、あるいは七対子形だったとしても、{北}はむしろ手牌で使ってドラドラを確定させ、更に、いかにダブリーと言えど、ある程度出る可能性の高い么九牌でオタ風の単騎を決めるのに最高の牌。今この場でのドラ{北}とはそういう牌。

 

 

 

妄の手牌。

 

         {横六}

{一一一二三四四五③③③68}

 

 

 

――さぁ、賭け狂いましょう。

 

 

夢子の、声がした。

 

 

「ダブリーだっ!」

 

 

{横6}

 

 

 

妄、追いかけてダブルリーチ!かなり危険な{6}を切っての、{8}単騎待ちリーチ!

何故なら、希望があったから。引ける希望があったから。

 

山の牌。裏向きで積まれている牌をよくよく見てみる。すると、自分の前の山のとある場所に{⑨}が二枚あるのが確認できた。

何故裏の牌が{⑨}だと分かるのか。それは、麻雀牌の構造、彫刻というデザイン上の問題で、{⑨}は稀に、目視で分かる程、牌の表面から彫刻がはみ出て、横面まで凹みが至る場合があるのだ。その{⑨}が見える所に二枚。そしてそれはどちらも自分のツモる位置ではない。

当たり前のような事だが、{⑨}であるという事は{8}ではないという事だ。麻雀牌全ての中で、二枚の牌が、自分のツモの可能性から外れた。そして。

妄が、ダブリーを打{6}としたのは、{一}を暗刻として残したかったからである。

つまり、カン材だ。{③}の暗刻に加え、{一}も暗刻で保持する事で、暗槓の可能性を倍増させ、嶺上開花ツモ和了への道を開いた。もし仮に暗槓が二回できれば、一般的に滅多に使う事の無い、二枚目の嶺上牌まで手が届く。そうなれば、それは{⑨}ではない可能性が高いから、同時に{8}である可能性も、ごく僅かながら上がって、そして…………

 

 

賭け狂いの、奇跡の匂いを嗅いだ気がした。

 

 

 

 

静かに、場が進行した。最早二人がダブリーとなれば、語る事はもう無いからだ。

ポンも、チーも、カンも、リーチも、全員何も動く事は無く。

そして、対局は南三局、西家、十六巡目の妄のツモを迎えた。

 

 

「カンッ!」

 

 

{二三四四五六③③③8} {裏一一裏}

 

 

念願のカン材を掴み、即座に暗槓。新ドラ、{⑥}。そして、嶺上ツモが…………

 

 

「――――え?」

 

 

{赤③}

 

 

{赤③}…………!

 

 

     {横赤③}

      {横赤③}

       {横赤③}

        {横赤③}

 

 

       {横赤③}

{二三四四五六③③③8} {裏一一裏}

 

 

 

「は…………?」



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第六話 回想

       {横赤③}

{二三四四五六③③③8} {裏一一裏}

 

 

 

「は…………?」

 

 

え?何?{赤③}?赤の{③}?

 

 

「え、あ…………」

 

 

 

 

会長だ。会長が牌を仕込んだんだ。

 

 

 

対局が始まる前、妄は卓の上の牌と、椅子に置かれた牌をチェックしていた。椅子には二セット分のマンズの牌があり、そして、卓の中には、三麻設定で、残りの牌が積まれていた。

上に出ていた牌をチェックして、異常は無かった。赤の三の牌なんて無かった。でも、卓の中に入っていた牌までは、時間が足りなくてチェックしていない。そして、上に出ていた牌をチェックしたとしても、対局を始める時にその牌のセットは一旦中に流す。つまり、東一局で使った牌は、チェックしていない方のセットの牌。

会長は、どんな条件を以ってしても、今回の麻雀は連荘が一切起こらない、と言った。つまり、東一局と東二局で使う牌のセットは、一本場二本場が存在しない以上、確実に違うセットのものという事になる。

そして、東一局で使った牌は、東三局で戻って来る。即ち、このシステムで牌が循環し、東場を終えて南場を迎えたら、東一局で使った牌と、南三局、つまり今使っている牌は同じセットという事。

つまりそれは、チェックしていない方の牌。

 

 

(くそがっ!)

 

 

       {横赤③}

{二三四四五六③③③8} {裏一一裏}

 

 

 

この{赤③}を、カンにより手牌に取り込んでしまったら、あがった時の得点が一律満貫になってしまう。今カンをして{8}をツモったとして、ダブリー、ツモ、リンシャンで満貫。それに裏が二つ乗れば跳満だ。手牌には重なっている牌が多いし、カンもあるからドラ自体増えている。跳満や、あるいは倍満まで手が伸びる可能性は十分にあった。

しかし、しかしだ。{赤③}を入れてしまうと得点は満貫止まり。だからと言って、そもそもカンをしなければツモ切り以外に選択肢が無い。この{赤③}。放銃しない保障は全く無い。

 

 

「あ……」

 

 

そうだ。一回目の{一}カンで海底がずれている。もう場は十六巡目。あと残っているのは、親の会長のツモが二回。その他の者のツモはあと一回ずつだ。

と、いう事は?この{③③③赤③}を暗槓すれば、会長に回る予定の海底をずらす事ができる。会長は、海底でツモれば満貫確定、それに裏が付けば……

 

 

――ムカつくんですよ……あなた……

 

 

「ひっ!」

 

 

気持ちが悪かった。この半荘では既に二回、海底牌絡みのアクシデントが起こっている。

三回目?まさか三回目もあるって?でも。

夢子に、何度も、同じような事をして、そして、嫌われて。

 

 

 

 

 

       {横赤③}

{二三四四五六③③③8} {裏一一裏}

 

 

 

どうせ死ぬなら……

 

 

強く打って……

 

 

死ね……!

 

 

 

打、{赤③}……!暗槓拒否の打{赤③}……!

 

 

その時、会長の手牌、待ちは。

 

 

「…………」

 

 

{④④⑤⑤⑥⑥⑦⑦⑧⑧⑨22}

 

 

図らずも、妄が配牌時、最後に想定した、選択可能なドラ{北}単騎を放棄した形であった。

ダブリー、平和、二盃口、ドラドラの倍満。{③⑥⑨}待ちの三面張。

そう、妄が放った{赤③}はロン牌。会長のロン牌であった。

しかし。

 

 

会長、倒さない。そうだ、今妄が打った{赤③}は赤牌。これで倒せば満貫止まり。もちろん満貫というのは十分高い。しかし、会長には、高目の{⑨}をツモって裏々と付けば、十一役の三倍満。もし{⑨}は引けずの場合でも、{⑥}を引いても、二盃口の代わりに一盃口が付いて、{⑥}はドラであるから合計八役。倍満は確定。裏三つ以上で三倍満だ。

 

その大きな可能性を捨てて、一番の安目である{赤③}の出あがり。しかも赤牌である為、裏ドラの乗る乗らないに関係無く満貫止まり。そんな、馬鹿な事が、あるか。

 

 

会長、倒さない。ロン牌である{赤③}を見送って、そして、次巡。

 

 

「ツモッ!」

 

 

{二三四四五六③③③8ツモ8} {裏一一裏}

 

 

「ダブリーツモ、そして裏っ!」

 

 

見えたのは、{②九}……!

 

 

「よし乗ったっ!ダブリーツモそして七!倍満4000.8000だ!」

 

 

 

点数状況

 

妄:54000

豆生田:11000

会長:21000

清華:14000

 

 

勝負はオーラス!最終局に入る!圧倒的リードの妄、その差33000。倍満を直撃されてもまだ届かない。リーチ棒さえ出さなければ。

 

 

「逃げるっ……!」



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第七話 白昼夢

点数状況

 

妄:54000

豆生田:11000

会長:21000

清華:14000

 

 

勝負はオーラス。南四局となった。親は清華。妄と会長は共に子。だから簡単に言えば、親の清華がリーチを打ってくれれば、ツモられても自分と会長の失点額は同じ。それに加えて、自分はおおよそ降りれば問題無いのに対し、会長は倍満以上の逆転手を作らなければならない。

 

 

ドラは{九}。そして。

 

妄の配牌。

 

 

(……なんだこれ)

 

 

{1111③③赤③③西西西西89}

 

 

……はあ。面前三槓子。

……それもそうだが。

 

(へえ、やるじゃん、会長)

 

 

まさか、こっちのセットの牌にも{赤③}が入っていたなんて。

きっと、あの時だ。勝負が始まる前、お茶を持ってきて、と、会長は妄に命じた。その時に、卓に散らばっていた牌から黒の{③}を抜き、赤の{赤③}を入れたんだ。

しかし、{赤③}のトリックについては、妄は既に前局で看破してしまった。無論痛いさ。この異常配牌が、一律満貫に縛られるのは痛い。しかし、それでも、妄は今33000のリードを有している。満貫でも何でも、あがってしまえばこの勝負は終わり。最後に面白いものが見れるかも知れないじゃあないか。面前の、三暗刻三槓子なんて。

 

 

「カン」

 

 

{裏11裏}

 

ドラ表示牌:{八白}

 

 

「カン」

 

 

{裏西西裏}

 

 

妄は、念の為に、三つの槓子のうち、{③③③赤③}の槓子の暗槓を後回しにした。槓ドラが乗って手が跳満以上に化けたら赤は切った方が良いからだ。

 

 

{西}の暗槓、そして、槓ドラ表示牌を、めくる……

 

 

 

 

ドラ表示牌:{八白赤三}

 

 

「……え?」

 

 

ドラ表示牌に、赤牌。今まで見た事の無い{三}の赤牌。

え……?

仕込まれた赤牌は、{赤③}だけではないという事か?

 

{赤③}と、{赤三}?

 

じゃあ、もしかして、赤の{3}、{赤3}もある……?

 

疑念は、まだ、確定しない。

 

 

妄の手牌は、二回の暗槓により、嶺上牌を二枚補充し、この牌姿だ。

 

 

{赤5赤⑤③③③赤③89} {裏西西裏} {裏11裏}

 

 

何と、ドラ表示に{赤三}。赤が一枚。そして自分の手に{赤5赤⑤赤③}と赤が三枚。合計四枚も赤牌が自分から見えてしまった。これは情報としてなかなかのアドバンテージ。ただまあ、その得られた情報が意味する事は、あまりこちらにとってよろしい事ではないのだが。

 

(会長に、赤が無い可能性が高い)

 

 

つまり、既に二回カンの入っているこの場。一つや二つは会長にドラが乗っている公算が高く、そこに赤が無い状態でリーチを打たれれば、槓ドラ、そして大量の裏ドラにより、手が化けて大変な事になるだろう。そして、既に二回カンをしてしまって手牌が短くなっている妄は、そんな物騒なリーチに対して降りる能力に欠けている、

 

しかし?残った見えていない{赤五}か、あるいは、存在しているかさえ未確定な{赤3}。それのどちらかが会長の手にあれば、会長の面前手は満貫まで陥落する。

ならば、倍満直撃が逆転条件である会長は、強引に鳴くしか無いだろう。ならば。

 

 

「カン!」

 

 

{裏③赤③裏}

 

 

ドラ表示牌:{八白赤三白}

 

 

{白}がドラ表示に二枚。つまり{發}が重複。ダブドラ。發ドラ六の七役は跳満。そこにもう一本付けば倍満だ。

 

カンをするという事は、ドラが増えるという事。そんな危機感が無い訳じゃなかった。しかし、それでもここは{③③③赤③}暗槓だ。だって、{發}のドラがダブらなくとも、{1}と{西}の二回の暗槓によって既にドラが増えている。場のインフレという点では既に十分危険の臨界点を超えている。ならばここは、どうせ同じ事なら三回目の暗槓だ。何がしたいか。誰かが四回目のカンをしてくれる事を待つ。四開槓成立により流局。勝負は終わりになる。また、それがあるという事は、会長はカンができない。

ダブドラの{發}やそこら、何かしらのドラを会長が抱えたとして、勿論倍満以上の逆転手の可能性は上がるが、もしも、もしも赤が入っていたとすれば、会長は何とかして面前を崩さなければいけない。

本来意味の無い面前崩しとは。例えばチーの食い変えだが、これはそもそも認められていない。あるいは、雀頭鳴いての暗刻崩し。これでも手牌の進行度自体は変わらずに面前を崩せる。

だがまあ、後者の場合、崩す暗刻が翻牌だったら役が減る、下手したら消えてしまう。だから。

一番効果的な面前崩しは、大明槓だ。面前と非面前以外に、変わる事がほぼ無いのだから。嶺上も引ける。つまり、大明槓をしてもツモの回数は減らない。そういう意味で、大民槓を会長が狙う可能性は幾ばくかはあった。

ゆえに、それを潰す為の三回目の暗槓。これで、会長は、大明槓をしてしまえば四開槓で流局してしまう為、できない。絶対にできない。まさか、大明槓をした後に、途中流局は無しだのなんだのと、見苦しく会長が揉めにくる訳は無いだろう。

 

 

そして妄、三回目の暗槓によって引いた牌が{⑤}。これにより、現在の手牌。

 

 

{赤5⑤赤⑤89} {裏③赤③裏} {裏西西裏} {裏11裏}

 

 

 

テンパイだ。暗槓をしているからダブリーにはならないが、普通のリーチをかける事はできる。リーチ、三暗刻、三槓子、赤々。まあ得点は一律の満貫だ。

 

 

だが、妄はリーチを保留する。役は付いているから、引いたり出たりすればラッキーだし、{89}のペンチャンは弱いし、そして何より、会長との点差、33000。倍満直撃で詰まる点差は32000。それに、リーチ棒が出てしまって始めて、妄は会長に逆転される。

リーチは、保留だ。満貫という得点は現状上がる事は無い。

 

妄、打{赤5}。

 

 

「チー」

 

{横赤546}

 

豆生田が鳴いた。

 

 

「ポン」

 

 

{88横8}

 

 

豆生田、会長からポン。染め手か。

 

 

そして、満を持して、会長より宣言が入る。

 

 

「リーチ」

 

 

「……!」

 

 

リーチ後一発目の妄のツモ番。

 

 

「っ……!」

 

   {横4}

{⑤赤⑤89} {裏③赤③裏} {裏西西裏} {裏11裏}

 

 

 

{4}!切れない!切れない!とても切れない!

 

 

会長の捨て牌。

 

{九④横⑤}

 

両面崩し?ターツを一つ余らせて、崩しての四巡目リーチだと?

 

 

だとすれば、待ちは両面だ。両面か、あるいはそれ以上。{④⑤}抱えての{③⑥}受けの可能性を見ていた所に、妄が{③}を暗槓してしまい、その待ちの目は半減した。ゆえに崩し、そしてリーチ。待ちは、どこだ?会長は一打目に、ドラの{九}を切っている。倍満狙いの打ち方で、それでありながら一打目にドラが不要になる。と、いう事は、それほど待ちの形が良かったという事。

役を想像して数えてみる。メンタンピン、三色、一発、ドラ、ドラ。これで倍満。ここで{4}で放銃すれば、そういう事もあるかも知れない。

しかし、その可能性は極めて低い。今の計算だと、一発を含めて八役の倍満なのだから、一巡待てば当然一発は消え、会長は七役の跳満止まり。12000の打ち込みか。あるいは、万が一そのような最高形ができていて、倍満16000の打ち込みに至ったとしても、詰まる点差は32000まで、今リーチ棒を出したのは会長自身だから、その千点が会長に戻っても増えた事にはならない。よって、逆転には、至らない。

 

 

――――――

 

 

 

この時、会長の待ちは{147}。妄が掴んだ{4}はロン牌だった。

 

 

 

――――――



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第八話 序章終局

――――――

 

 

 

この時、会長の待ちは{147}。妄が掴んだ{4}はロン牌だった。

 

 

 

――――――

 

 

 

どうする?打つか?この{4}……

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

 

……待て。何故豆生田は{⑤}を鳴く?

 

 

 

 

 

それは、南一局の終局間際の時の事。

 

 

 

 

「ポン」

 

{⑤赤⑤横⑤}

 

「ポン」

 

{五五横五}

 

「ポン」

 

{5赤5横5}

 

「ポン」

 

{11横1}

 

 

 {裏} {11横1} {5赤5横5} {五五横五} {⑤赤⑤横⑤}

 

 

豆生田、裸単騎。直前に{②と④}を切っているから、待ちは{③}単騎と思われる。そうだ、今にして考えれば、{③}には赤が入っている事が明らかだから、{赤③}単騎だった可能性もあるだろう。

 

……しかし?本当にそうか?本当に豆生田は{③}待ちだったのか?

 

(あっ……!)

 

 

豆生田は、{②と、④と、22}という対子を落としている。つまりそれは、鳴き始める前、豆生田の手牌は、{115赤5五五⑤赤⑤22裏裏裏}。対子五つと残りの何か。七対子のイーシャンテンだったと言える。

あの時、場はもう十六巡目。山が尽きて流局の間際だった。つまり、残りのツモの可能性が僅かな為、面前で七対子を目指す事をやめ、一か八か、形式テンパイの為に鳴きに行くのも選択としてあるだろう。

しかし。

豆生田は、{②と、④と、2と、2}を、持っていた。持っていたのだ。つまりその四枚と、鳴く前の牌を合わせて手牌を見ると。

 

{②④⑤赤⑤五五5赤51122裏}

 

 

{裏}の牌が、最後まで残って裸単騎になった何かであるという訳だ。

 

 

え――――?

 

 

この形から、{⑤}を鳴くのは、変、じゃあ、ないか?

他の部分を鳴くのは納得できる。しかし、{②④⑤赤⑤}の形を持っていたなら、{②}を払った上での{④⑤赤⑤}の複合形で、{⑤}は元より、{③⑥}の受けを持っている事ができた。

それが、おかしい。

そこが…………

 

裸単騎の余り牌が、{11223}。一盃口受けの{3}であったなら。

 

 

「…………」

 

 

 

 

赤…………!

 

 

あの時のあの牌は、{③}ではなく{3}!そしてそれは、赤牌の{赤3}!そして、会長は結局、両方の麻雀牌のセットに、赤の三の牌を仕込んだ。ならば、今、南四局で使われているこのセットにも、{赤3}は、入っている……!

 

 

 

妄は、{4}を河に放った。妄は{1}を暗槓で四枚抱えている。だから{14}を会長が待っている可能性は高いと考えた。当たってもいい。倍満振ってもいい。倍満まで届いても逆転には至らない。そして、最後の最後に気付いた事実、{赤3}の存在。ならば尚更……!

 

 

 

打、{4}…………!

 

 

 

「ロ――」

 

 

 

「あっ!!」

 

 

 

気付いた。駄目だ。間違っている。そんな訳は無い。会長の待ちは{147}。それが、{2赤3456}の、赤牌含みの可能性は確かにあった。しかし、倍満狙いの会長が、満貫に縛られてしまう赤牌を使っている訳が無い。無論、他に手変わりが効かず、どうしようも無かった。避けられなかったという事ならあり得る。しかし……

 

 

会長の、捨て牌。

 

 

{九④横⑤}

 

 

そうだ。両面のターツを落としているのだから。両面を一つ外しておいて、手に残した両面が赤牌入りなんていう事はあり得ない。

 

 

{23456④⑤⑥四五六二二}

 

 

ドラ表示牌

 

{九白赤三白}

{⑤一南②}

 

 

「メンタンピン一発三色に、ドラと裏三。十役は倍満よ。16000」

 

 

「くっ……」

 

 

……あと一本、指が折れていれば、三倍満に届いていた。24000の打ち込みは、詰まる点差が48000。有していたリード33000を超過して、逆転されていた。

 

 

 

こんな事も、あるのだ。ギリギリの、一か八かの、危うい、危うい展開。これが麻雀。

 

 

 

 

「……あー」

 

 

 

妄はぼやく。

 

 

 

「だぁめだ。冴えてねえ。負けたようなもんだぜ。すげえよ。会長」

「ふふ、そうかしらね?すごいのかしらね。そんな事無いと思うけど」

「ええ~?」

「だって……」

 

 

 

 

 

 

「だって、私の、力じゃないもの」

 

 

 

「え……?」

 

 

横を、見る。右側、下家を。

 

 

「……ロン」

 

 

{南南南白白56} {4} {88横8} {横赤546}

 

 

 

「ダブロンだ。南ホンイツドラ一、8000」

 

 

「あっ…………」

 

 

 

 

豆生田は、拮抗相手の清華と3000点差だった。ゆえに、清華を逆転する為には三役必要。それを、やられた。最終局で。

 

 

 

「ふふふ。お話はまあ後でするとして、楽しかったわねえ?いいわねえ、麻雀って。妄。この勝負は私の勝ちよ。いえ、私と楓の勝ちかしら。ねえ?楓?」

 

 

 

「……どんな現実からも目を背けずに」

 

 

「苦境を抱えつつも、前へ。場を拓く。ね?ふふふっ……」



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第九話 開幕の本走

「さて、夢子と仲良くなる事について、だったわね?」

 

 

対局を終え、会長は語る。妄は未だに、会長が何故さっきの麻雀に誘ってきたのかがよく分かっていない。

 

 

「まあたまたま分かりやすい現象が対局で起こってくれて良かったわね。例えばよ?ついさっきのオーラスのダブロン、二重放銃。あれはまあ、情報を整理して言えば、こういう事よね。私と妄では、妄が33000点のリードを持っていた。私が逆転するには、三倍満の直撃か、倍満直撃と、プラス1100点以上の収入が必要だった。倍直プラス千点だけじゃあ、私と妄は同点になる。同点で終わったら、起家だった妄の勝ちになってしまう。だから1100点。それか、妄自身がリーチ棒を出す事、それか……実際に起こった通り、楓か清華からの援護射撃。ダブロン、トリロンの発生。そういう事。現に起こったでしょう?{4}待ちの、ホンイツ満貫の放銃。あれがつまるところ、妄の本懐であり、夢子が好む事でもある」

 

 

「……ああ、うん」

 

 

「偶発的な、運命的な?そこにしか無いような展開、ギャンブルの狂気。それってとっても素敵だと、夢子はきっと言うでしょうね。そしてね、妄?あなたにとってはほら、麻雀って良いと思わない?あなたは死にたいだの傷付きたいだの言い続けているけど、本当に死んでしまいやあしないでしょ?だってそうよ。死んでしまったらそこで終わり。それ以上傷付く事ができなくなる。もっと傷付きたいんでしょう?ひりつくようなギャンブルで。ならば麻雀はうってつけよ。だって、麻雀はとても辛いゲーム。配牌が悪いとどうあがいても負けるのが麻雀。しかし、それでも尚、九枚からの国士無双や、もしかしての連荘に賭けたりする。希望を捨てきれずに焼かれるのが麻雀。生きていながら死ぬ事ができる。一回や二回じゃあどうにもならない半荘、約十局というリミットの短さ。でもそれでも、次の次の次までに賭けて、賭け続けて、打ち続ける。ね?ほら、美しいでしょう?」

 

 

「……言いたい事は分かるよ」

 

 

「さてまあ、そんな事は割とどうでもいいのよ」

 

 

「は?どうでもいい?」

 

 

「好きなんでしょ?」

 

 

「えっ」

 

 

「ふふふ。好きなんでしょ?麻雀。いずれ懐かしくなるでしょう。ならば存分に楽しみなさい」

 

 

「次の勝負を?」

 

 

「あら、旺盛じゃないの」

 

 

「……待ってくれよ、会長」

 

 

忘れていない。妄は、サシウマの事を。

 

 

「あたしの指、折るんだろ?」

 

 

「あはは、それはもういいわよ。無かった事で」

 

 

「は……?」

 

 

許されるものか。そのような事が。

が、そう思う、その一方で。

 

 

「ふふふ、妄?いい?」

 

 

会長は何でも知っているのさ。見抜いている。妄というギャンブラーの本心を。

 

 

「妄、あなたも段々、なんて、いうのか、心が冷えてきたでしょう。ギャンブルで傷付くこと、それさえについても」

 

 

「…………」

 

 

今、指を折った所で、何になるというのだ。

 

 

「妄、あなたは既に賭ケグルイ。完全に異常な中毒者よ。もう絶対に抜け出せないの。刺激の方法を変え続けて、欲望を誤魔化し、打ち続けるしか無いのよ。ね。いい子だから従いなさい。ほら、想像してみて?倍満を張っている時の、千点への放銃。あるいは逆に――」

 

 

「逆、か」

 

 

妄は途中で口を挟み、会長が言おうとした言葉を先回って言い当てる。

 

 

「千点で流そうとしている時の、倍満への放銃か」

 

 

「……ふむ、妄も馬鹿じゃないもんねえ?」

 

会長は続ける。

 

「よくよく思い起こしてごらんなさい?倍満に千点、千点に倍満。この二者は、完全に逆の意味にありながら、実際に体験すると、まるで同じような感覚を有することでしょう。そう、麻雀の魔術、特性とはそういうものよ。流転、流転し、骨の棒は回る。洗牌の時間はパーティーよ。続く、続く、朽ちるまで。ねえ?とっても楽しい事で」

 

 

「……分かったよ。やるよ。会長」

 

 

「よろしいでしょう。では、妄。あなたにはこれから、麻雀を主として、沢山の勝負、挑戦をしてもらうわ」

 

 

「……うん」

 

 

会長は。

 

 

「なあ、会長」

 

 

妄は、会長に問うてみる。

 

 

「会長は、何が楽しいんだ?」

 

 

会長の、やりたい事とは。

 

 

「……うふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はずっと、一生胴元でいたいのよ」

 

 

 

 

 

 

 

だってね?そうでしょう?麻雀とは人間それぞれの人格のゲーム。妄、あなたももう既に、結構凝り固まっているのよ。麻雀をずーっと鍛えてるから。プライド、おごりって言うのかしら?

 

 

 

 

 

次はその人格、歴、癖、人生観、試してみなさい。どちらが強いか。

 

 

 

――神事、双、劇――

 

 

ツイン――

 

 

 

 

「次の相手は、早乙女芽亜里よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、素敵なデータ、牌譜をあげるわ。芽亜里の闘牌、その傾向と対策について、頑張って」

 

 

 

 

 

芽亜里は、校舎の中の某所空き部屋を改装した賭場のオーナー。その賭場での闘牌の牌譜か?会長は妄に映像を見る事を促した。

 

 

……はて?そんなオーナーなんかが、自分の手の内を晒すような、録画であったり、牌譜の記録なんかをするものだろうか?

 

 

 

「……お?」

 

 

 

いや、違う。この映像は芽亜里がやっている賭場じゃない。

対局相手は……

 

 

え、夢見弖(ユメミテ)ユメミ?うちの、仮にも仲間の、生徒会の、ユメミと戦っている?

 

 

なんだこれは。公式戦か?いや、そんな事って……

 

 

 

いやいや。まずは麻雀の内容に注目するべきだ。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「よーし!私もできたっ!リーチだよっ!」

 

「ロン」

 

芽亜里は無表情で、淡々と倒牌し、申告する。

 

「千点」

 

 

「ユメミちゃーん!」

「ユメミちゃん頑張れー!」

 

 

「早乙女っ!なんだそのふざけたあがりはーーっ!」

「鳴きに鳴いて千点とは何事だーーっ!」

 

ユメミのファン達がブーイングする。

 

 

「んー、芽亜里ちゃん?打ち方は自由だけど、良かったの?アガ三(あがっても三着)で終了だよ?」

 

「いえ?違うわ」

 

「えっ?」

 

「ユメミさん、トップとは言え、あんたの持ち点は今、きっかり26000(ニーロクマル)。つまり」

 

「あっ」

 

 

「西入よ」

 

 

 

 

 

 

 

西一局、ドラは{二}。

 

 

 

 

「ポン」

 

 

「ポン」

 

 

「チー」

 

 

 

 

「ツモ。2000.4000」

 

 

 

「えっ、芽亜里ちゃん?それ、1000.2000じゃない?」

 

 

「……あっ」

 

 

 

{六六67} {赤5} {横234} {白白横白} {西横西西}

 

 

 

「ご、ごめんなさい………間違えたわ」

 

 

「はいーラストー!ご優勝はユメミちゃーん!」

 

 

 

――――――――

 

 

 

え……?

 

 

 

映像を見終わった妄。

 

「え?なんだこれ」

 

芽亜里のツモは、西白赤一の三役のあがりだった。

 

……ドラは{二}。

 

 

その局の、芽亜里の捨て牌……

 

 

 

{二一三二東北}

{赤⑤}

 

 

「え…………?」

 

 

どういう事だ?

 

 

 

「なあ、会長、この映像の麻雀のルールは?」

 

 

「……うふふ、ヒ、ミ、ツ、よ」

 

 

芽亜里の打ち筋、その、感性。

どういう事だ……?



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第十話 早乙女の箱

その局の、芽亜里の捨て牌

 

 

 

{二一三二東北}

{赤⑤}

 

 

 

芽亜里の最終的なあがりの形。

 

 

{六六67} {赤5} {横234} {白白横白} {西横西西}

 

 

ドラは{二}だった。

 

 

「んん……?」

 

 

第一打から、ドラを切り出している。第二打が、ドラ{二}の隣である{一}とある。

 

 

「ペンチャン外し……」

 

 

配牌からペンチャンを落とす事は、決して珍しい事ではない。しかし、芽亜里がやった事は、ドラ含みのペンチャン外し。そして、{一二}のペンチャンのうち、ドラだったのは{二}の方だ。

 

だったら普通、外側の{一}から切らないか?

 

それでもし、一巡後に裏目の{三}を引いてきたら、{二三}で、フリテン受けの両面ができる。それはそれで悪くない。

 

それを敢えて{二}から切った理由とは?

 

考えよう。これから戦う相手、芽亜里の特性を看破する為に。

 

……ホンイツか?確かに芽亜里の捨て牌は、マンズを嫌ったホンイツのように見えるかも知れない。事実、あがった形は、{六六}の雀頭を別とすれば、残りは全て、ソーズと字牌。最終的な待ちもソーズ待ちだった。

でもそれって、待ちがソーズな時に、ソーズのホンイツを見せかけるって、逆効果じゃないか?

 

あ、いや……

 

 

芽亜里の手牌は、三回鳴いた時点でこの形だった。

 

{六赤⑤北6}

 

 

 

なんとバラバラ!三鳴きしてまだリャンシャンテン!

 

 

この手牌に、

 

 

 

   {横六}

{六赤⑤北6}

 

 

こう引いてきて、打、{北}。

 

 

   {横7}

{六六赤⑤6}

 

 

そしてこう引いてきて、打、{赤⑤}。テンパイに至った。

 

 

気になる事がある。

 

 

何故、芽亜里は{北}を執拗に手牌に残した?

そしてもう一つ。芽亜里は{赤5}、高目を引きあがってようやく三役になった。何故、どうして芽亜里は、最終的に二役までしか確定しないテンパイを取った?

そして更にだ。どうして芽亜里は、あがった時に点数の申告を間違えた?

芽亜里は、1000.2000ではなく、2000.4000と言った。

 

つまり、この映像で行われている麻雀のルールは何だったんだ?

 

また、芽亜里が普段打っている得意なルールとは?

 

「…………」

 

 

妄は、ぶつぶつと呟き、考え事をする。

 

 

「東、西……」

 

…………

 

「南、北……」

 

…………

 

「ドラは{二}……」

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妄は校舎内を歩いていた。

すると、とある賭場で、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「ツモ」

 

早乙女、芽亜里。

 

「2000.4000は2500.4500(ニーゴーヨンゴー)

 

あっ……!

 

 

 

「ふ……そういう事かい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、全員は生徒会室に集合した。

 

「よく来たわね。妄、芽亜里、そして二人の補佐役、妄の側には楓、芽亜里の側には、ふふ、ユメミ?頑張ってね?」

 

「…………」

 

 

 

「生志摩」

 

 

豆生田が、妄に小声で話しかけてくる。

 

 

「何故、早乙女と夢見弖が一緒にいると思う?」

 

 

「ん、何か知ってるのか?」

 

 

「いや、俺は知らん」

 

 

「は?何言ってんだお前」

 

 

「……怒るなよ。謎は放置せずに確認した方が良いだろう」

 

 

「はあ」

 

 

「……会長は知ってるだろう。俺は会長には訊ねないけどな」

 

 

「…………」

 

 

 

 

会長が改めて、全員の前に立つ。

 

 

「では、始めるわよ。時間無制限の半荘が三回勝負。今は……十九時になったばかり、ね。それじゃあ、清華?ルールの説明をしてくれる?」

 

 

雀卓をふと見てみると、入っている点棒の数が普段と違う。一万点棒が抜かれているように見える。

五十嵐清華は、打ち子四人にルールを説明する。

 

 

「アリアリの東南戦が三回勝負。西入は一切ありません。三回合計のスコアを、二対二で競っていただきます。千点1スコアの、ウマが20-40。最初の持ち点、配給原点は、25000ではなく15000です。返し点はありません」

 

なるほど。やはりそうか。点棒が少ないんだな。

 

 

「そして、赤ドラは一般的な、各一枚の三枚投入。この赤についてですが、赤牌は今回、特別な《祝儀牌》と定めます。その意味の説明ですが、簡単な話です。あがった時に、赤牌が手牌に含まれていると、役の数とは別に点数が上がります。その数値は、ロンで5000点、ツモで2000オールの追加点と定めます」

 

 

そう言った後、清華は牌を並べて、それを見せて説明する。

 

 

{123456赤⑤⑥⑦二二三四赤五}

 

 

「これは、平和赤々の三役の手です。これをロンであがった場合、そのあがり点は、3900は13900(イチサンキュウ)。ツモであがった場合は、1300.2600は5300.6600(ゴーサンロクロク)となります」

 

 

そして清華は、一枚のとある牌を取り出す。

 

 

「そして、白ポッチ{白ポッチ}があります。これはツモあがり時限定のオールマイティ牌となります」

 

 

 

「ありがとう清華。皆さん、何か質問はあるかしら?」

 

 

そう確認されて、妄は挙手をする。

 

 

「積み棒は無いのか?」

 

 

「無いわよ」

 

 

「連荘は」

 

 

「あるわ。あがった時は勿論、流局時のテンパイでも連荘できるわ」

 

 

 

 

説明は概ね終了した。何か起こった時の裁定は、清華及び会長に委ねる事にする。

実際に対局に入る為に、事の段階は席決めまで進む。

二チームの状態は平等であるべきだ。ゆえにまあ、微細な話ではあるが、リーダーである妄と芽亜里は対面に座る。そして、妄の下家が豆生田、芽亜里の下家がユメミだ。

 

 

「お、おい、ちょっと待った」

 

妄が気付く。

 

「賭けるものは?」

 

それに対して、清華が答える。

 

「三回全ての合計で、勝ったチームに8000万円……」

 

 

「そうか、それならいいんだ。ちゃんと前もって決めておくならな。おい、豆生田?金は持ってるよな?」

 

妄は、ごく当然のように豆生田の財布を当てにする。

 

「……ああ。ちゃんとある。気にしなくていい」

 

「……?」

 

豆生田は、やけに素直だった。

 

 

座った席、及びサイコロにより、起家は豆生田。南家が芽亜里、西家、ユメミ、北家が妄となった。

 

 

「では、闘牌を開始してください」

 

 

 

東一局、ドラは{五}

 

 

(ほう、いいドラだ。本当に助かるいいドラだ。それがまあまあ、この配牌の時ならな)

 

 

妄の配牌。

 

 

{一九19①⑨東西北五456}

 

 

(……ははは)

 

 

妄は早速、ジャッジマンに確認する。

 

 

「清華、九種九牌は?」

 

「……無しです」

 

「あ?ふざけた話だな」

 

そう言いつつ、半ば分かっていたかのように、妄はニヤニヤと笑う。

 

 

……対面の芽亜里を見ると、まるで当然という表情をしている。

 

 

そして。

 

 

「ツモ」

 

 

{二三四六七八八八234④⑤ツモ⑥}

 

 

「1300オールだ」

 

 

十四巡目でのツモあがり。豆生田だ。タンヤオが付いている手。鳴けばもっと早くあがれただろう。それか、どうせ面前ならリーチと行くべきじゃないのか。

 

 

……いや、これでいいんだ。

 

 

(そうだ、それでいい)

 

 

今、その手で鳴いちゃ駄目だ。きっと、敵である芽亜里もそう思っている事だろう。

 

 

「よし、一本場、積み棒は無しだったな」

 

 

(そうだ、今回の相手、芽亜里は、芽亜里は)

 

 

芽亜里は。芽亜里の打ち筋、庭の中は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芽亜里は、東風戦の打ち手だ――――



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第十一話 場千五

芽亜里は、東風戦の打ち手だ。

 

 

(……恐らくは、つまり今まで見た芽亜里の態度)

 

 

 

芽亜里は、2500.4500の事を「ニーゴーヨンゴー」と発音していた。それはつまり、2000.4000の五本場という事になるから、そういう申告の言い方も決して無い訳ではないが、五本場なんていう事はまあ滅多に起こらないから、「ニーゴーヨンゴー」という言い方に、イントネーション付きで慣れているのは、特殊な環境、つまり「ニーゴーヨンゴー」が起こりやすい環境に身を置いていたという事だ。

それはつまり東風戦。と、いうかまあ。

 

(つまり、場千五(ばせんご))

 

場千五とは、連荘で生じる一本場の追加点が、300点ではなく1500点の麻雀の事を指す。

勿論、だから絶対百パーセントという訳ではないが、それでも一般的には、東風戦の雀荘などでは積み棒が場千五である事が非常に多いのだ。

 

(それと、東西場(トンシャーバ))

 

東西場。これも東風戦でよくあるルールだ。東場であるにも関わらず、{西}も常時翻牌となるルールだ。

妄が見た映像であった、芽亜里の、あがり点申告間違い。芽亜里は、三役しか無い手を満貫と間違えた。つまりあの時芽亜里は、「西、白、赤一」の三役を、「ダブ西、白、赤一」の四役と勘違いしていたのではないか。大舞台での、西入というかなりイレギュラーな現象で、ついつい慣れている感覚に寄ってしまったのではないか。

 

その他諸々、東風戦の者のやる事とすれば納得できる行動が、芽亜里には見受けられた。その情報を元に、妄は芽亜里の性質を見定めた。

 

 

東一局一本場(積み棒は0)

ドラは{五}となった。

 

前局と同じ、ドラ{五}。たまに起こる事だから驚く事ではない。これは非常に助かると、前局妄は考えていた。

 

「だって」

 

妄の、配牌。

 

 

{123⑤⑥⑧⑨五五赤五白白南}

 

 

「ポン」

 

 

{123⑤⑥⑧⑨五五赤五南} {白横白白}

 

 

(こんな手牌から{南}を切るとするだろう。その時放銃するリスクが低いという事に繋がる。ドラが{五}というこの状況、勿論今切る{南}はドラではない。しかし、当然字牌がドラになる事なんて頻繁にある訳で、その時、通常当たりにくい、しかしドラである字牌を、一応の安牌として抱えていて、いざ攻めようとそれを切った時、通れば勿論問題無いが、字牌ドラ単騎にもしも当たったら、その時は得点が伸びやすい)

 

妄、打、{南}。

 

(じゃあ、ならドラが{五}ならそれでいいのかって話だが、そうそう。それが結構正しい考え方なんだ。だって言うまでも無いが、{五}の中の一枚は赤牌だ。赤牌とドラが被っている。強い役割の牌の位置が被っている事によって、相対的に他の牌が弱くなる。だから今、{南}は安全度が高いという話に繋がるんだ)

 

それは、今回の《祝儀牌》という特殊ルールの設定があるからこそ、尚更の事なのである。

 

「カン」

 

{白横白(横白ポッチ)白}

 

新ドラが{⑤}。なんとまたまたドラが五の牌。

 

 

そして妄、急所の{⑦}を引いてくる。

 

{123⑤⑥⑦⑧⑨五五赤五} {白横白(横白ポッチ)白}

 

 

(そしてこんな手のテンパイ。ここは打つ牌に少し迷う所だが、ここは迷わず{五}切りなのだ。四枚から成るノベタン待ちは、{⑤⑥⑦⑧}の{⑤⑧}待ちでも、{⑥⑦⑧⑨}の{⑥⑨}待ちでも、自分が待ちの牌を二枚使っているから、残る待ちの牌は最大で六枚。しかし、この手牌なら、暗刻の{五五赤五}から一枚切って雀頭とすれば、{⑤⑥⑦⑧⑨}を持っての{④⑦}待ちになる。この場合は、自分で既に使っている、待ち牌と同じ牌は、{⑦}の一枚のみ。つまり残る待ちの牌は七枚である。前者の選択は待ちが六枚、後者は七枚。ゆえに、まあ一枚とは言え差がある為、七枚待てる後者の選択、つまり{五五赤五}暗刻崩しを選択するのが定石)

 

{123⑤⑥⑦⑧⑨五五赤五} {白横白(横白ポッチ)白}

 

ドラは{五と⑤}。

 

(しかし、このドラの状況とあれば、ドラ暗刻を切るのは多少躊躇われるし、{⑨}を切って{⑤⑥⑦⑧}持っての{⑤⑧}待ち。つまりあわよくばドラの{⑤}であがる。その選択もあるように見えるだろう。通常の麻雀なら、だ)

 

そして結論としては。

 

(そして、話が行ったり来たりするようだが、結局は今の状況の場合、{五五赤五}のドラ暗刻を崩すべきなんだ。何故なら、赤に、今回は赤があるだけで、役に関係無く5000点付くからだ)

 

 

もし、ドラ暗刻を残し、更にドラの{⑤}であがった場合、役は、白ドラ五の跳満。12000。

一方、ドラ暗刻を崩して雀頭にし、{④⑦}待ちであがった場合は、役は、白ドラ三の満貫8000。

しかし?赤が入っているのだから?それに5000点加点されて、12000は17000。8000は13000。

もう説明の必要は無いだろう。この麻雀、役のひとつやふたつよりも、手に赤があるか無いかの方がはるかに重要なのである。

 

ドラがあるとか無いとか、2000なのか8000なのかも関係無い。妄は今、赤を握っていたから攻めた、ただ、それだけだ。

 

しかし、そこから巡目が経過し、貴重な赤入り手である、この{④⑦}待ちが、引けない。引けない。なかなか引けない。

 

 

そして、捨て牌は三段目に差し掛かり、そんな刹那。

 

「ポン」

 

 

{中中横中}

 

 

芽亜里が、局の終盤で翻牌のポン。これはまずい。かなりまずい。

ゆえに、まあ、たまたま可能だったからそうするだけなのだが。

 

「ツモ」

 

{222345⑦⑦六七八⑦⑧ツモ⑨}

 

 

「500オール」

 

 

よくやった。よくやった豆生田。

 

 

点数状況(原点は15000)

妄:13200

豆生田:20400

芽亜里:13200

ユメミ:13200

 

 

「すいません、ちょっといいですか?」

 

ユメミが手を上げる。

 

 

「私明日が早いから、日付が変わる前には帰りたいんだけど」

 

それに対して妄は言う。

 

「ん?過ぎそうだったら逃げて不戦敗でいいって事か?」

 

「え、いや、まあ、いや……」

 

「なんだよ、はっきりしてくれよ」

 

「いいわよ。やるわ。続けましょう。さあ」

 

…………

 

東一局、二本場。ドラは{發}。

 

 

「ポン!」

 

この局はユメミが積極的に仕掛けた。

 

「チー!」

 

「ポン!」

 

 

 

しかし、まるで喧嘩か。仲間同士で鳴きが頻発。ユメミの三回目の鳴きの直後、芽亜里が。

 

 

「ポン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモッ!!!300.500!!!」

 

 

芽亜里があがった。豆生田の親が流れる。

そして。

 

 

「ちょっとユメミ!こっち来て!作戦タイムよ!」

 

 

芽亜里が立ち上がり、ユメミを強引に連れてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別室にて。

 

「あんた馬鹿なの!?」

 

「いや、ほら、ね?親を流したいと思ったの」

 

「馬鹿っ!大馬鹿っ!なんっにも分かってないのね!!あんたっ!こないだの話があるから一緒に打ってみたらこのザマかよ!あ!?ねえ!」

 

「…………」

 

 

 

 

 

そして、対局の部屋。

 

「ユメミちゃんっ!応援に参りましたぞっ!あれ?」

 

 

 

 

 

次は、東二局。



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第十二話 溶ける。

芽亜里組の二人が対局室に戻ると、ユメミの大ファンであり、ユメミが非常に嫌悪している真能寺がそこにいた。

 

 

「ユメミちゃんっ!応援に参りましたぞっ!」

 

 

「真能寺くん……」

 

 

ユメミは微妙な反応をする。

 

ユメミは真能寺が嫌だろうが、それはそれとして、芽亜里が警告する。

 

「あんた、なに入って来てんの?ディーラーには連絡済みなの?私は聞いてないわよ?何の用があって?」

 

それを聞いて答えたのは、会長や清華ではなく、ユメミだった。

 

「……いいわよ別に。この際だから。大事な勝負だもの。ぎゃあぎゃあ言って壊したくないわ」

 

建前上、一応はアイドルを気取っているユメミにしては随分辛辣な事を真能寺に言い、そして彼の前に近寄って。

 

握手を、求めた。

 

「真能寺くん、応援に来てくれてありがとう。でもね、一応ここは、私の権限がある場所じゃないからね。麻雀をやってる場所なんだから、その辺り、気を付けてね?」

 

「は、はい!大変失礼を致しました!ユメミちゃん!」

 

 

(……………)

 

 

 

妄は、その光景を眺めていた…………

 

 

 

 

点数状況(原点は15000)

 

妄:12900

 

豆生田:19900

 

芽亜里:14300

 

ユメミ:12900

 

 

 

東二局。芽亜里の親。妄は西家。

ドラは、{⑧}。

 

 

みんなみんな、慎重に打っているつもりだった。しかしそれでも、何が起こるか分からないのが麻雀。いや、というかそれ以前の話。極端に偏ったこの麻雀の特性として。

 

 

 

「ツモだ」

 

 

妄。

 

 

 

{34赤5三四赤五③④赤⑤⑥⑥⑥⑦ツモ⑧}

 

 

 

「倍満の三枚付けは10000.14000だ」

 

 

 

妄:12900+24000=46900

 

豆生田:19900-10000=9900

 

芽亜里:14300-14000=300

 

ユメミ:12900-10000=2900

 

 

 

「ちっ……」

 

 

 

芽亜里がなかなかの不機嫌顔をする。持ち点は残り300点だ。

 

 

するとそこで、ディーラーの清華が割って入って来る。

 

 

「はい、ラストです。妄さんのトップ、40000点到達でコールド終了となります」

 

 

 

「……おお、そうか」

 

 

 

一回戦、終了……

 

 

ディーラーの管轄の下、スコアの清算が行われる。

 

 

一着:妄:持ち点46900、端数付けたしで+34スコアに、+40のウマで最終スコア+74

二着:豆生田:持ち点9900、端数切り捨てで-6スコアに、+20のウマで最終スコア+14

三着:ユメミ:持ち点2900、端数切り捨てで-13スコアに、-20のウマで最終スコア-33

四着:芽亜里:持ち点300、端数切り捨てで-15スコアに、-40のウマで最終スコア-55

 

 

妄組のスコア合計+88

芽亜里組のスコア合計-88

 

 

何となく、場の空気からして、少し時間を取って両チーム作戦タイムという事になった。

 

 

 

 

 

別室、芽亜里組。

 

 

「ふう……」

 

ユメミは溜め息をつく。

 

「何してんのよ、元気出しなさいよ」

 

東風戦の打ち手、芽亜里は、ごく涼しい顔をしている。

 

「……何?励ましてるつもり?」

 

「そんなんじゃないけど、勝負はこれからよ?」

 

「……励ましてるじゃない。お世辞はよしてよ」

 

「いやいや、そんなんじゃないわよ。別に?どうとも思ってないし?あたしらが三着四着の沈みでもさ。ほんとに?なーんとも」

 

「……はぁ?」

 

 

 

 

 

別室、妄組。

 

 

「さあ、て、豆生田?どうだった?何か気付いた事はあるか?あたしはあるぞ」

 

「……早乙女は、あれは、あの打ち方は東風戦の匂いがするな」

 

「はあ?そりゃそうだよ。今さら何を」

 

「あ?本当にそうなのか?俺は今初めて知ったぞ。自分で気付いた事を述べただけのつもりだったが」

 

「は……そう言えばそうだな。はっ、めんどくせえ」

 

 

妄は、今回は豆生田の知恵を諦めて、自分自身が先導して語る事にする。

 

 

「芽亜里は東風戦に慣れている。だから今回のルールへの順応も早い。つまり、形式上東南戦でも、配給原点が15000しか無く、更に赤牌の祝儀得点だ。赤牌は、{五⑤5}四枚ずつのうちの一枚ずつ。手に握れるか否かは本当に運次第、非常に大きく偏りが振れやすい。つまり、まるでその闘牌は東風戦に見える様相を露呈させる。鳴き手安手の連続の後に、本質が垣間見える瞬間がある。そして、芽亜里はそういう、瞬間で敗北が決まったり、どうにもならずに時が経つ事に慣れている。つまりそれこそ東風戦だ。今回の東南戦も、芽亜里は恐らく、負けても構わない、致し方無し、一回で逆転できればそこに賭ける。初回などはもう「捨て半荘」にしてしまう事さえ視野に入れる。そうするしか無い状況がもしも三回続いたなら、それまで。今回は負けだと腹をくくる。また逆に言えば、今回の三回戦、あたしらが三連勝しても、それはほぼ実力ではない。運の偏りだ。あたしが強いからじゃない。つまり、芽亜里からしてみれば、あいつはプライドが高そうだが、ある意味そのプライドは傷付かない。負けても自分は悪くないんだから」

 

「なるほど、つまり、あれか、それなら逆に目を向けるべきは」

 

「そうだ。ユメミだ。あいつを、獲る」

 

 

 

 

二回戦…………

 

 

 

「ロン」

 

 

 

それは、いともあっけなく終了した。

 

 

{⑤⑤赤⑤赤567一一七八發發發ロン九}

 

 

「5200は15200(イチゴーニ)

 

 

ユメミが、東一局でトビ終了。北家の豆生田への放銃だった。

 

 

豆生田、トップ、30200。ユメミ、ラス、箱下200。妄と芽亜里は同点のまま終了したが、芽亜里が起家だった為二着となり、西家の妄は三着となった。これだけの事でも、20‐40の20ウマが付くから、+20と-20で、その差は40。40000点相当の成績の差である。

 

 

 

……ギャンブルだ。こんなの。まるで博打、ギャンブルじゃあないか。

 

 

 

 

 

 

――うふふ。

 

 

 

 

妄組、二回戦+35。芽亜里組、二回戦-35。一回戦と合わせて、妄組+123。芽亜里組-123。

 

 

 

 

 

 

 

再び、別室、作戦タイム。

芽亜里組、ユメミ。

 

「もうだめよ……どうしたらいいの……123でしょ?だから、次で私達二人が一着と二着を取って、それで+60、あとは……あと、あと、あと63の負け……つまり63000点だから、親役満で48000と、あと、あと15300は……倍満か親の跳満で……」

 

ユメミは、ひきつった表情で芽亜里に向かい、

 

「ねえ、次はとりあえず、二人とも頑張って、一番簡単な四暗刻を狙うっていうのはどう?」

 

「……本気で言ってる?」

 

「……ううー!」

 

 

 

 

こんなギャンブル、やるんじゃなかった…………

ものの、三十分。

 

 

 

「へっ」

 

……妄組、妄。

 

「ユメミはもう折れただろうな。心の芯が。一旦持たざる者となったらもう逆上の熱量を絞り出せない。南入後はひたすら沈んでゆく。ユメミは、基本的には守備型の打ち筋。しかし、その守備が通用しない、東一局で放銃してのトビ終了は、もう耐えられない。許容できない」

 

「だが、早乙女はそうではない」

 

「ああ、そうだな。だからまあ、せいぜい用心して行こうぜ。敵が一人に減ったとは言え、最後まで……」

 

「……いや、待て」

 

 

戻ろうとする妄を、豆生田が止める。

 

 

「まだ、消えていないぞ、夢見弖は」

 

 

…………

 

 

「は……そうかよ。そう思うか」

 

「ああ、俺はな」

 

「いいじゃねえか」

 

「……そうか」

 

 

 

 

 

まだだ。まだまだこんなものじゃない。ギャンブルの熱、もっともっと深くまで。

 

 

三回戦はきっと、東場を終えて南場を迎える事だろう。



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第十三話 合戦

三回戦。起家はユメミ。南家、妄、西家、豆生田、北家、芽亜里。

 

東一局、ドラは{七}となった。

 

 

(……この麻雀、そしてこの四人)

 

 

妄の配牌。

 

          {横②}

{三赤五七999白白發①⑤⑨⑨}

 

 

(あたしの手は、翻牌が鳴ける赤入り手。ならこの{發}はいらないんだが)

 

打、{發}

 

(よし通った。これでとりあえず滑り出しは順調)

 

 

「チー」

 

{横867}

 

芽亜里が豆生田から{8}をチー。そして打{八}。

 

 

二巡目、妄、{白}を持ってきて、面前を維持したまま役を手に入れる。

 

 

{三赤五七999白白白①②⑤⑨⑨}

 

 

そしてこの手牌から打{②}とする。

 

 

(確かにイーシャンテン。{⑤}を切っていればイーシャンテン。しかし、そうした場合、受けとして残るのは{三赤五七}のリャンカンと{①②}のペンチャン。本音を言えば、前者のようなリャンカンの三枚は、{②③}のような両面とセットで持っていて、リャンカンを先に鳴いて両面テンパイしたい形。しかも今回は、リャンカンにドラの{七}が絡んでいて、受け牌の{六}も、ドラ表示で一枚消えている。ならば余計にこのリャンカンは、最終的な待ちにはしたくない。だから{①②}のペンチャンを落とすべく{②}を切ったんだが、じゃあ何故ここで{①}から切らないのか。正直これについては、何が正解なのかはっきり分かって打った訳じゃない、でも、ここは{②}切りにする。何故なら、まあ、ここが結構難しい話)

 

 

次巡、妄のツモ。

 

 

 

           {横③}

{三赤五七999白白白①⑤⑨⑨}

 

 

(んん……ほらほらこういう難しい状態。思ってた牌がまさに来たよ。このようなリャンカンふたつのイーシャンテン。{六}と{②}はそれぞれあと三枚。そして{②}受けはフリテンだ。ならば赤も使いたい事だし、迷わず{①}切りか、と、思う所だがそうでもない。ここは悩み、よく考えるんだ。そうだ、上家を見ればいい)

 

 

場は三巡目まで進行。この時、親、ユメミの捨て牌。

 

{二一發}

 

 

(第一打が{二}。これ自体に大した意味は無い。しかし第二打が{一}。これはペンチャン落としの{一}じゃない。何故かって、ユメミの癖、ユメミは基本的に守備型の打ち手。致し方無い事もあるとは言え、基本的には放銃を避ける。ユメミは他の三人より長考も若干多い。そんなユメミは、全員の河をよく見て、何が通っていて、どれのスジがどれで、という、膨大な情報を把握して、そこから安全な牌を導き出して打牌している。と、いう事は、自分の手の牌効率なんて二の次。いや、勿論手作りも上手だろう。アイドルなんだから。舞台で打つ以上は訓練されているものだろう。アイドルとして公の対局を打つ時は、降りる時の長考は別として、いや、そのタイムロスがあるからこそ尚更、通常の手作りの段階ではテンポ良く、牌効率など考えなくても分かる、作業としてぱっぱとできるくらいではあるだろう。しかし、それを実行し維持する為には。滑らかな局の進行と、徹底した守備を併せて成立させる為には。その為には、何が何でも頭の混乱を防ぐ為、《正直な理牌》が必要になる。それが、ユメミの、癖)

 

 

ユメミは、全ての手牌を、数の順番通りに、また、東南西北の順番通りに理牌している。

 

 

ユメミは第一打を{二}とした。これはまあいい。この第一打にある意味は色々な可能性があって予想し切れない。

そして、第二打を、まるでペンチャン落としを装うかのように{一}とした。これはつまりどういう意味か。

ユメミは、{一}を、手牌の左端から抜いて打った。そして、その時ツモった牌を同じ場所に入れた。

その後数秒経って妄がツモ番を実行している最中も、ユメミは一切手牌をいじっていなかった。

つまり、ツモったあの牌は{一}。切った{一}は空切りの{一}。

と、いうかまあ、それの一段階前の話として。

 

 

{二}の後に、二巡目で{一}が出てきたという事は、ユメミは一巡目時点で{一二}を少なくとも持っていたという事だ。そして、一打目が{二}。そしてニ打目が{一}。ただしこれは空切り。

配牌で持っていた{一二}を落としておきながら、ツモった{一}を手に残した訳は何か。それは、配牌の形が{一二二三}だったからだ。{一二二三}は、分解して見れば両面とペンチャン。しかし、これはかなり形として悪い為、メンツの三枚を固定、確定させる為に{二}を切った。そして手牌には{一二三}のメンツが残り、次巡で引いてきたのが、{一}。{一二三}に{一}。つまり{一一二三}の亜両面形ができたのだ。つまりこの時点でもう、

 

(ユメミが{四}を持っている可能性は極めて低い)

 

例えばば、ユメミが配牌で{四}を持っていたら、手牌の形は{一二二三四}だったという事になる。もしこの通りであれば、{二}を切る選択も無くはないが、それよりも、{一}を切って{二二三四}の亜両面形、それも、鳴いてタンヤオに行ける亜両面形を作っておいた方が良いだろう。ユメミがそれをしなかったのは何故か。当然、{四}を持っていなかったからだ。つまり。

 

 

妄の手牌。

 

 

           

{三赤五七999白白白①③⑤⑨⑨}

 

 

(ドラは{七}。{六}と{②}は一枚ずつ消えている。そして{②}はフリテン。だが、マンズの方の{三赤五七}のリャンカン。{四}で待てばここは引ける。そしてピンズのリャンカンは鳴ける事に期待。何しろ赤。この手は赤が大事であって、役の数自体は、白赤一に、{七}のドラが付くかどうか。ニ役と三役の違いだ。だから)

 

 

妄、打、{七}。この手番を打{七}とした。

 

 

手牌はこの形となる。

 

{三赤五999白白白①③⑤⑨⑨}

 

 

渾身のカン{四}受け。あわよくばピンズ、先に埋まってくれと言いたい。

しかし。

 

 

次の巡目、妄から見た上家のユメミ、つまりチーができる対象者のユメミが。

打、{一}……

 

…………

 

(くそっ、握り潰されたか)

 

 

ユメミは{四}を持っていなかった。ゆえに妄は引けると考えた。しかし、ユメミは{一二三}を持っているのだから、そこに{四}を引いてくれば、その{四}ではなくて、反対側の{一}が吐き出される。

 

 

(ん……しかし)

 

 

しかし、だ。{四}を引いてきて{一二三四}ができたにも関わらず、その四連形を破棄したのは。

 

 

(手牌が、悪いのか)

 

 

ユメミの捨て牌は、{二}と{一}の処理を終えた後に、三巡目に{發}を切っている。これは、一巡目に妄が切って鳴かれなかった牌だ。その安全を確認して、ユメミは、配牌から持っていた{發}を処理するのを、三巡目まで保留した。一巡目には、切れなかった……

 

 

「ポン」

 

 

{西西横西}

 

 

北家の芽亜里が{西}を鳴いた。これで芽亜里の鳴きは、{横867} {西西横西}の二つである。

 

 

(ふむ)

 

 

妄は思った。芽亜里が、チーの後にポンをするのは珍しい。ポンの後にチーをするのは分かる。翻牌の鳴きであったりして、それによって役が確定したり、複数対子があってメンツの進行の難易度が高かったところにポンができた。それなら、それに乗じてどんどん進む、つまり、その後チーをするのは分かる。

しかし、いつでもできるチーを急いでまで、ポンをせずに巡目が経ち、結局は後でポンをしてしまうのはなんだかおかしい。それを敢えて芽亜里がやった理由は一つ。

 

 

(芽亜里の手には、{西西中中66}のように、対子が三つあったんだ。そして、その対子の中の一つは翻牌。芽亜里は、最終的に、どこをポンしてどこでシャボになっても、役が付くテンパイに取れるように、対子を三つ抱えたんだ)

 

 

そんなこんなしているうちに。

 

ユメミが、{②}を切ってきた。

 

「っ!チー!」

 

 

{横②①③}

 

 

妄、フリテンだった{②}のチーに成功。これでテンパイだ。妄、打{⑤}。

 

 

{三赤五999白白白⑨⑨} {横②①③}

 

 

 

カン{四}待ちのテンパイ。役は白赤一の2600点。しかし、赤の祝儀でそこに5000プラスされる。

 

 

 

そして次巡、妄は{四}を引く事はできず、持ってきたのは{九}。

 

 

(芽亜里は、一巡目に{八}を切っている。つまり、{七八九九}の形ができる事を嫌って、配牌にあった{八九九}から{八}を切った。つまり対子を三つ用意した。ならば、今芽亜里は、{九九中中}などの、翻牌とのシャボ待ちテンパイ。つまり{九}は、そのシャボの、役が付かない方だ……!)

 

 

妄、打、{九}。

 

 

「ロン」

 

 

 

{789中中中九} {九} {西西横西} {横867}

 

 

「1300」

 

 

「……」

 

 

 

 

これだ。このようなせめぎ合い、これがギャンブル、赤牌の合戦。渾身のカン{四}。赤入りの手を、赤も入っていないのみ手で流された。

 

 

そこがいいんだよ……

 

 

 

さあ、東二局。



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第十四話 搾取

三回戦、東二局、親は妄。ドラは{白}

 

 

点数状況(原点は15000)

妄:13700

豆生田:15000

芽亜里:16300

ユメミ:15000

 

 

妄の配牌。

    

         {横一}

{13399一六八九南北白中}

 

 

(この麻雀、赤の祝儀の力が非常に大きい為、親と子、その違いはさほど無いのかと思いがちだが、そうでもない)

 

 

打、{九}。

 

 

(それはそう、一回戦の終了の理由、コールド終了の存在だ。一般的に四人麻雀では、トップの者が、60000点、あるいは55000点に到達したら、オーラスを待たずしてその時点で半荘を終了にする事が非常に多い。今回の麻雀でもそのルールはあった訳だが、しかし違うのは、そのコールドが発生する基準の点だ。ディーラーの清華は、40000点到達でコールド終了だと言った。これはかなり少ない額だ。勿論その理由というのは、配給原点が普通より一万点少ない15000で、四人全員の持ち点の総和が60000しか無いからだ。その総和の三分の二である40000点を保有できたら、その時点で勝ちとするのも、まあまあ分からないでもない)

 

 

二巡目。

 

 

         {横五}

{13399一一六八南北白中}

 

 

 

(しかし、それにしても、コールド終了の基準点は今回かなり低いと言える。赤の祝儀加点があるからだ。40000というのはそれなりに届きやすい)

 

 

打、{八}。

 

 

(だって、15000から40000に届くのに必要な差額は25000。普通の麻雀なら、24000。つまり三倍満か、親の倍満。それにリーチ棒が付いてやっと25000。そうじゃなかったら、役満の32000か、親の三倍満が必要になる)

 

 

三巡目。

 

 

         {横6}

{13399一一五六南北白中}

 

 

 

(逆の方向の現象として、トビ終了というものもある。通常の麻雀では、トビはそう頻繁には起こらない。しかし、原点が15000のこの麻雀。当然比較すればトビは起こりやすくなる。しかし、だ。それだって15000という数字は、倍満の放銃もしくは、親の跳満の放銃をしないと一発では割れない。いくらリーチ棒なんかで千点失ったところで、14000やそれの前後の点数というものは、麻雀のあがり点の中に存在しない。そういう訳で、飽くまで普段と比べたら起こりやすい、というだけであって、それでもまだ15000という持ち点はそう簡単には削れない)

 

 

打、{北}。

 

 

(しかし、今の二者。つまりコールドと箱割れ(上と下)。そのどちらにも、赤の祝儀ルールが採用されたせいで格段に実現の芽は増している。つまり、すっからかんにしたかったら、5200の二枚付け、15200を振ればいい。また、天井に届かせたかったら、25000以上取ればいい訳だから、親の跳満、18000(インパチ)の二枚付け。28000もしくは、ツモだったら30000だな。これをあがってしまえば事は終わり)

 

 

祝儀云々を抜きにしても、赤牌が入っている麻雀で、のみ手千点のあがりというのはそもそもあまり起こらない。無論ゼロではない。ただ、少ない。それは確かだ。

 

 

結局言える事は、親番はやはり大きいのだ。40000のコールドに届く為に必要な得点、親の跳満の二枚付けなら足りる。しかし、子の跳満では届かない。倍満が必要。倍満など、そんな難しい事を成す為には、ツモ、《面前自摸という役による一翻》が成就の鍵になる事が多い。面前赤々のツモあがりなんて、高望みも高望み。普通赤々の配牌を握れば、気が急いて鳴いてしまう。つまり倍満には届かない。だからできたとして跳満。でも跳満は跳満でも、親の跳満18000なら、二枚付けでコールドに届く…………

 

 

 

四巡目。

 

 

          {横白}

{133699一一五六南白中}

 

 

 

 

(来たよ……ドラの{白}だ。これで対子。メンツ手に向かうなら三シャンテンだが、七対子と見ればリャンシャンテンだ。チートイドラドラ。これだけなら9600だが、リーチして裏々付けば18000。敵の誰から出ても飛ばす事ができる)

 

 

打、{中}。

 

 

 

 

「ロン」

 

「え?」

 

 

 

{白白ポッチ⑦⑦⑧⑧中⑨⑨55三三} {中}

 

 

「6400」

 

 

 

チートイ、ドラ、ドラ……

 

 

芽亜里のあがり。芽亜里はリーチをしなかった。それは勿論、手に赤が無いからだろう。妄の手にも赤は無かった。互いに同じ事を考え、同じものを追い、同じような手を握り、一瞬の差し足で、どちらかが勝ち、どちらかが負けたりする。しかもこの一瞬に至っては、妄は親。芽亜里は子。弱い方が勝った。それもまた起こりうる事。

 

 

(ん?これは……)

 

 

 

点数状況

妄:7300

豆生田:15000

芽亜里:22700

ユメミ:15000

 

 

 

……次の局、豆生田が親である東三局。

 

 

 

「ロン」

 

 

またも妄、芽亜里に放銃。

 

 

{南南南5赤578} {9}  {横二三四} {横三二四}

 

 

「2000は7000」

 

 

妄、この放銃により、持ち点は7300から、残り300へ。いよいよ後が無い。

 

 

……ふむ?

 

 

この感じ、なんだかさっきも見たような。

 

 

 

 

 

一回戦、芽亜里は、残り点数が300となり、露骨に嫌そうな顔をした。リー棒も出せないのにまだギリギリ飛んでない。そのまどろっこしさが耐え難かったのだろう。

しかしその時は、妄が40000点に到達した為に、コールド。トビを待たずに終了となった。

あの時、きっと芽亜里は、霧が晴れたようなすっきりした気分だっただろう。

 

……そして今、妄の持ち点は、あの時の芽亜里と同じ、残り300。

しかし、その敵である芽亜里の持ち点は、まだ29700。40000には届いていない。

 

 

コールドもトビも起こっていなければ、当然対局はまだ終わらない。

 

逆転に必要な123というスコア。それを取り切るには、まあ妥当というか。

 

まさか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芽亜里は、じわじわと妄に迫る。



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第十五話 狂い

妄の持ち点は残り300。芽亜里は、じわじわと妄に迫る。

 

 

点数状況(原点は15000)

 

妄:300

豆生田:15000

芽亜里:29700

ユメミ:15000

 

 

 

東四局、親は芽亜里。ドラは{⑧}となった。

 

 

「チー」

 

{横⑦⑤⑥}

 

 

妄、動く。もう一発取られたら死んでしまう。開局早々でチー。

{⑦}を鳴いて、打、{東}。

という事は、浮き牌の{東}があったという事だ。どうせ攻める手なのなら、翻牌が重なってから動いてもいいのではないか。あまり急いで鳴くと手牌が短くなり、手変わりの可能性の浮き牌を持てなくなってしまう。妄の行動に、芽亜里は若干違和感を覚えた。

 

そして、その後妄。

 

「カン」

 

{裏11裏}

 

{1}の暗槓。新ドラ、{⑨}。そして妄、嶺上から引いた牌をツモ切り。それは今ドラになったばかりの{⑨}だった。

 

「ポン」

 

{横⑨⑨⑨}

 

それに反応したのは味方の豆生田。ドラポンで満貫確定。豆生田、打、{⑧}。これは最初のドラだ。その牌には誰も反応しなかった。

 

そして妄は、ここで狂った行動に出る。

 

 

打、{赤五}!

 

 

「えっ?」

 

芽亜里は流石に驚いた。まさかこの試合で赤をただ捨てる奴がいるとは。

少なくとも妄は張ったという事だ。

 

加えて豆生田の動きも危険だ。豆生田にとって妄は仲間だから、仲間が張っていても怯える理由は無い。ドラポンもできている事だし、どんどん攻めれば良いだろう。

 

 

芽亜里は東風戦の打ち手。スリルに慣れているそんな芽亜里は、一か八かの制圧行為に出る。

 

「リーチ!」

 

芽亜里、リーチ。鳴いている相手二人にリーチを打てば、降ろす事も難しくないし、もしも降りなかったとしても、何らかの混乱を与えるだろう。これが、面前の強さ、だ。

 

「ロン」

 

ただし、芽亜里本人も分かっている事だったが、その制圧は完全ではない。だってこれは麻雀なのだから。

 

妄、芽亜里からの直撃に成功。

 

 

{五五56東東東} {7} {裏11裏} {横⑦⑤⑥}

 

 

「東のみだ。60符で2000点」

 

 

「はあっ!?」

 

 

芽亜里は思わず立ち上がる。

{赤五}、赤を切って、役も下がり、祝儀も消えて東のみのあがり?符ハネで2000点。しかし面前なら70符だったから2300点だ。

 

 

「はっ、馬鹿にしてるの?千点無いからリーチできない。だから鳴くのは分かるけど、赤使っておけば60符二翻。3900(ザンク)8900(ハチキュウ)。なんなのよ。あんた」

 

それに対して妄は答える。

 

「いやいや、だってよ、3900なんて数が半端。調整が難しくなるだろ?」

 

「調整……?」

 

 

芽亜里はその言葉に、少し嫌な気配を感じた。

 

 

 

そしていよいよ対局は南入!終盤の最終盤に入る!

 

 

南一局、親はユメミ。

 

 

なんとこの局、流局。それも全員ノーテンで終了した。

 

 

 

南二局、妄は親。

 

 

「チー!」

 

 

{横4赤56}

 

 

「チー!」

 

 

{横三四赤五}

 

 

「ポン!」

 

 

{⑤⑤横赤⑤}

 

 

 

最後のポンは、赤牌自体を鳴いた。味方から。とんだ出来レースだ。赤三確定。満貫の三枚付け。そして親。得点は最低で27000。

 

 

「くそっ!」

 

 

芽亜里は懸命に逃げた。しかし。

 

 

「カンッ!」

 

 

{22横22}

 

 

妄、大明槓。タンヤオ確定の裸単騎に受け、更に芽亜里を威嚇する。

 

 

(バカにしやがってっ!振るもんかっ!絶対に!)

 

 

 

芽亜里は降りる。現物の暗刻落とし。暗刻が済んだら次は対子落とし。何がなんでも降りてやる。

 

 

(ああ、そうだとも。芽亜里、お前はそういう雀士。振らないだろう。未練を持たずに手牌を崩して、徹底的に降りるだろう)

 

 

そして流局が近付いて来る。

 

 

(今回はそれでいいよ。だってあたしは親番だからな)

 

 

 

流局――――

 

 

「ノーテン」

「ノーテン」

「ノーテン」

 

 

 

 

 

{裏} {22横22} {⑤⑤横赤⑤} {横三四赤五} {横4赤56}

 

 

「ノーテン」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何かおかしいか?テンパイノーテンの申告は飽くまで任意。裸単騎だろうが、あたしのこの手はノーテンなんだ。問題無いだろ?」

 

 

 

 

 

 

南三局、豆生田の親。

 

 

 

「チー」

 

 

 

{横二三四}

 

 

 

 

妄、二巡目で早々に鳴いて、その後は全く変な動きをしない。ただただゆっくりと手作りをしている。

 

 

芽亜里は、不気味だった。

 

 

 

(捨て牌、おかしいよ……四暗刻だろ?その手。だけどそれを、なんだ?わざわざ対子を崩してチーなんか。多分今、役は三暗刻のみ。三暗刻、赤一、符ハネ50符、6400……)

 

 

 

計算が、合ってしまう。東場の二局で芽亜里が奪った点数と全く同じ。赤を使う回数も調整された。

 

 

三暗刻、赤一。

 

 

なんだよ、こいつ、狂ってる。



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第十六話 一章終局 巷に悪鬼と友と牌

狂いに狂った三暗刻。チーがあるという事は単騎待ち。

 

 

妄の、その時点での手牌。

 

 

{北北北111五五赤五②} {横二三四}

 

 

三暗刻赤一、{②}単騎待ち。ギリギリ符ハネして、42符は50符。50符三翻は6400。赤の祝儀を足して11400。

 

 

この時、芽亜里は親番。自分があがってしまえば何の問題も無かった。しかし、妄の気配に気圧されて、思い通りに手が進まない。とはいえ、妄の手が三暗刻を内包しているのなら、直撃でそれを成すには単騎待ちである必要がある。その為、簡単に当たるかと言えばそれ程の事でも無い。

逃げる。今度も懸命に逃げる芽亜里。妄の風は{西}。南場だから場風は{南}。今に至れば{東}は安全度が高い。芽亜里は{東}の暗刻を落とす。{東}はまだ場に見えていなかった。だから四枚目を妄が抱えた可能性はあった。しかしそれでも、現物が無い以上こうやって頑張るしか無い。

 

そして芽亜里が、暗刻の三枚のうちの、二枚目を落とした直後の妄の手番。

 

妄、打{②}!

 

 

つまり、待ちを変えたのだ。妄は{②}を切った。つまりより良い待ちに変化した。

 

 

まさか?まさか{東}単騎待ち?そんな事って、あるか?

 

 

 

点数状況(原点は15000)

 

 

 

妄:2300

 

豆生田:15000

 

芽亜里:27700

 

ユメミ:15000

 

 

 

 

芽亜里は惑った。そんな事って、あるか、と。

 

 

妄は答える。あるか?そんな事。あるかって言ったら。

 

 

 

{北北北北111五五赤五} {横二三四}

 

 

 

「ある訳ねぇだろ」

 

 

妄の手番、牌をツモって、それを手牌の右に置き、すぐさま。

 

 

「カンッ!」

 

 

{裏北北裏}

 

 

どちらかと言えば……

 

 

 

「へっ、{北}の槓子を抱えたノーテンの手。嶺上牌というより、通常の山から引いてきたこいつの方が、実質的なあがり牌みたいなもんさ。どちらかと言えば、な」

 

 

テンパイする事。それが少なくとも、あがりへの最低条件。仮にフリテンだとしても、テンパイさえ、していれば。

 

嶺上の牌は分かっていた。間違い無く{⑨}であると。つまり、今山から引いてきた、偶発的な単騎待ち、一枚の{⑨}。それ自体があがりへの道標。そうであったと妄は言う。

 

 

「ツモッ!」

 

 

{111五五赤五⑨} {⑨} {裏北北裏} {横二三四}

 

 

「2000.4000は4000.6000」

 

 

 

時に死にたがり、時に執念に従い、そしてそれさえも裏切って、現実的な勝ちを掴む。

賭ケグルイという女。夢子に憧れ、腕を磨き、少し似てきたか?生志摩妄。

 

 

 

「しっかし相変わらずというか、改めて思ったよ。欠陥品だなこの麻雀牌。{⑨}の彫刻が表面がズレて、結構分かる頻度も多いぞ?お遊び麻雀なら気にしないけどさ、こんなのダメだろ。8000万もかかった勝負で使ったら」

 

 

 

――私は、イカサマも含めて楽しみたいんです。

 

 

 

 

芽亜里は、妄に言った。

 

 

「あんた……夢子みたいな事するのね」

 

「おん?嬉しい事言うじゃんか」

 

 

 

狂った博打に出て、理を積み重ねた戦略で優勢に立つのに、結局ただの偶然に、全てを賭けて一発勝負をしたりする。そして終わってみたら、なんの未練も無く、楽しかったと言うように、タネ明かしをしてみせたりする。

 

 

賭ケグルイ。

 

 

――鈴井さん?

 

 

鈴井?あの鈴井?いや、あいつは凡夫。人間だろ。

 

 

なんだか、想像の中の夢子は、出会った頃と違う表情をしているようだった。

 

 

 

 

 

南三局が終わり、残りはオーラスとなった。

 

 

敢えて言ってしまえば、元々この三回戦、芽亜里組に逆転の芽はほぼほぼ無かった。

しかしそこを、省略せずに戦っていた理由としては、四人それぞれに、何かしらの思う所、信念のようなもの、原動力があったからだ。

 

しかし、ここに来て、オーラスを控えて、芽亜里が手を挙げる。

 

 

「なんか、満足しちゃった」

 

 

芽亜里は笑っている。夢子を想うように。友人を懐かしむように。妄の、今の姿を見て。

 

 

「ねえ、ユメミさん?帰りたくなってきたんだけどどうしようか?降参にしない?うちら二人」

 

 

「は……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌です。絶対に嫌。それは駄目。最後まで戦うの。最後まで……」

 

 

 

 

 

「ははは」

 

 

妄は乾いた笑いをあげる。

 

 

 

「いいけどよ、芽亜里がやる気無くしたんじゃあしょうがねえなあ?じゃあさ、わざわざ呼んだゲスト、何しに来たんだか分かんねえ真能寺、芽亜里の代わりに打ってやったら?あたしらはそれでいいからよ」

 

 

「あ……」

 

 

ユメミと、後ろの方で立っていた真能寺は青い顔をする。

 

 

 

「……真能寺くん」

 

 

「は、はい」

 

 

「打ってくれる?」

 

 

「はい」

 

 

 

 

点数状況(原点は15000)

 

 

 

妄:16300

 

豆生田:9000

 

芽亜里:23700

 

ユメミ:11000

 

 

すんなりと従って、卓に着く真能寺。

そして。

 

 

 

「リーチ」

 

豆生田。

 

 

「リーチ」

 

ユメミ。

 

 

そりゃそうだ。拮抗している豆生田とユメミ。その差は2000点。しかし、ひとつ順位が違えば、ウマによって40000点相当の成績の差が生まれてしまう。ならば、このオーラス、今勝負をすべきなのは横の二人だ。主人公を気取っている、妄や真能寺は何の関係も無い。

そして真能寺は降りる。二件リーチに対してただただ現物の連打。合わせ打ち。

 

 

当然誰も鳴く事は無く、そして山が無くなる間際。

 

 

 

「あ!」

 

 

妄が声を上げた。

 

 

「なあなあ清華!これっていいのかな!」

 

 

「……はい?」

 

 

「これ!ほら見てくれよ!」

 

 

妄は、自分の手牌と、ツモってきた牌を清華に確認させ、是非を問う。

 

 

「ああ……はい、大丈夫ですよ。有効です」

 

「だよな!明言されてないもんな!白ポッチってリーチしてなきゃいけない訳じゃないもんな!」

 

 

「……はい、そうですね」

 

 

 

「な!張ってりゃいいんだもんなっ!ツモだっ!」

 

 

{234567789⑧⑧二三} {白ポッチ}

 

 

 

「ピンヅモ!400.700!」

 

 

 

「……はい、ラストです」

 

 

 

 

「お疲れ様」

 

 

「え、あ、ユメミちゃん……」

 

 

「帰っていいよ」

 

 

「え……?」

 

 

 

ユメミは、真能寺を帰らせて、そしてディーラーに希望する。

 

 

「清算はちゃんとやるから、少し休んでいいかしら」

 

 

「どうぞ」

 

 

 

ユメミはただ一人、別室に向かった。

 

 

 

 

「ははは、妄、思いもかけず楽しかったよ」

 

 

芽亜里がこちらに向かって来る。一同は、雀卓を囲んで話をする。

 

 

 

 

まだ、ユメミは折れていない。強敵だ。そう豆生田は妄に言った。

 

実際、オーラスのユメミの手牌。

 

{一九19①⑨東南西北白發中}

 

国士無双の十三面張。しかもそれは、一度ツモあがりを放棄してからの、十三面に受けなおしてフリテンリーチをかけたもの。ユメミの執念、全力を尽くしたギャンブルだった。

 

 

しかし、あっさりとそれは流された。しかも白ポッチなんかに。ディーラーの説明不足で、揉めない為には認めるしか無かった、リーチもしていない手での白ポッチ和了。

 

 

芽亜里も含めて、一同は語らう。実際、東風戦において、一日打っても白ポッチなんて出ない事もあるだろう?場千五だってそうだ。連荘が起こらずに試合が終わる事だって、東風戦ではよくある事。

しかし何故そんなものがルールとして取り入れられるか。

浪漫というもの。それはまさに。麻雀というもの。博徒の心。

 

 

「なあ、豆生田、あたしが思うに、さ」

 

「何だ?」

 

 

妄は豆生田に言う。

 

 

 

「今回ユメミは強敵だった。しかしあっさりと散っていった。そういう事もあると割り切るしか無い話。しかし、そうは言ってもユメミにとっちゃたまらない」

 

 

ユメミは今日の戦いの中で、不自然な発言や闘牌を繰り返した。ユメミはその度に苦しんでいた。ああ、やってしまった。このままでは負ける、と。

ユメミは今日、《弱い自分》と戦っていた。ゲストをわざわざ手配して、何かを仕組みたくて、でもままならなくて。

執念の塊だった。ユメミという雀士の人格は。

一方で芽亜里は、あっさりとしていた。見切り、切り捨ての人格だった。

 

人と人は試された。会長が用意したギャンブルで。

でも、何の為に?会長は何がしたいのか?

 

 

それは。

 

 

 

「会長」

 

 

「何?」

 

 

「この際だ。ユメミにも話してやってくれよ。何かさ」

 

 

「あら?私は妄にもまだ何も言ってないわよ。それなのに不思議な提案するのね」

 

 

「いや、まあ、さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ。500オールです」

 

 

 

某所、雀荘。

 

 

 

「すみません、マスター?三着やめはできるんですよね?」

 

 

「ああ――」

 

 

「うふふ、よかったです。じゃあおしまいにしますね。私が三着で。ラス半とお伝えしてありますから、私はこれで。ごきげんよう」

 

 

手帳に、今日の成績を記録する。簡易的に、取った順位だけだ。

 

2.2.2.2.4.3

 

 

これは……ラス回避麻雀?

 

 

 

しかし、トップを一度も取らずに。平凡な麻雀だ。

 

 

「鈴井さん、帰りましょう。カフェにでも寄りますか?」

 

 

「うん、そう、だね」

 

 

 

蛇喰夢子という女。今学園に、その姿は無い。

 

 

 

彼女を想う、妄たち。芽亜里やみんなも、その雀士たちは。

 

 

 

みんな夢子が好きなんだ。しかし今、学園には。

 

 

 

色々なギャンブル、試してみたけど。

 

 

 

麻雀、そこに見出せるか、夢子の興味。

 

 

 

夢子を想い、一同はこれより動くだろう。

 

 

 

そしてある日、夢子はとある寺の墓地に来ていた。

 

 

 

――――

 

 

 

「今日も来ましたよ。赤木さん」



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第十七話 沈み馬

蛇喰夢子という女。今学園に、その姿は無い。

 

 

赤木しげる逝去からしばらく経った今、夢子は学園に来る事無く、ただ街中の雀荘で遊んでいた。東風戦、面前祝儀(メンシュウ)、完全順位戦、それはもう色々回っていた。

その夢子に、鈴井涼太はただただ同伴していた。どうしていいか分からずに、ただただ夢子と一緒にいた。

 

 

そして、それから更にしばらくして、学園内に、夢子が帰って来るという噂が立った。実際その噂は本物だった。

 

 

「お久しぶりです。芽亜里さん」

 

「ああ……うん、なんか雰囲気変わったね。夢子」

 

「そうですか?そうですねえ、思うところが無い訳ではないのですが」

 

「何よ。何があったって言うの」

 

「赤木さんが、亡くなったと聞いて、急ぎ駆け付け手を合わせに行っていました。ご心配おかけしました」

 

「……うん」

 

 

芽亜里は、それでもまだ夢子が心配だった。

 

だって、なんだか変だ。今の夢子。

 

覇気が無いっていうか、いや、表現が難しいけれど、学園に来たばかりの、生徒会役員たちをなぎ倒していったあの夢子じゃない。芽亜里は、友人として心配だった。

 

 

 

そして、様子がおかしいそんな夢子は、ふらふらと生徒会室に向かってゆく。

 

 

「……ごきげんよう、綺羅莉さん」

 

「あら、夢子、ごきげんよう。遊びに来たの?」

 

「……打てますか?」

 

「ええ。もちろん。打ち子は用意してあるわ」

 

 

 

一連の流れを傍観していた妄は、会長に質問する。

 

「麻雀やるのか?これってどういう展開?」

 

「ふふ、まあまあ、しょぼい博打よ。座りなさいな。妄と楓。あとは芽亜里と夢子。これで四人」

 

 

 

ふう、ふう、ふう……

はやく、はやくギャンブルを……

しなきゃ、私は、おかしくなる……

 

 

 

今の夢子には、ともかくも栄養補給が必要なのだ。会長は先日、対局していたユメミら全員にそのように言った。

 

 

妄は疑問だった。何故豆生田は毎回自分と一緒に麻雀を打つんだ?そして、夢子の事を好きでもない清華が毎回ディーラーをやってくれる訳とは?

 

 

 

ディーラー清華が、しょぼい博打の説明に入る。

 

 

「ルールの説明です。アリアリの東南戦で、持ち点関係無しの完全順位戦で二万‐六万。一本場1500点の場千五ルールです。トップが60000点到達でコールドとなります。そして赤牌に特殊な規定があります。今回赤牌は、五の牌と三の牌に各一枚ずつの合計六枚{赤三赤3赤③赤五赤5赤⑤}を投入します。ただし」

 

 

 

 

「少し特殊なのでよく覚えてください。まず、三の赤牌{赤三赤3赤③}ですが、こちらは《面前でのみ有効の赤ドラ》となります。鳴いてしまったら何の効果も持たない牌になります。次に、五の赤牌{赤五赤5赤⑤}ですが、こちらは、《東場は常に赤ドラとして使えますが、南場だと、面前でのみ有効の赤ドラ》となります。お分かりですか?例を出してみましょう」

 

 

{一二赤三四赤五六七八九33④⑤⑥}

 

 

「これは面前手ですから、全ての赤牌がドラになります」

 

 

{一二赤三四赤五六七八九33} {横④⑤⑥}

 

 

「これは鳴き手です。この手の場合、東場なら、{赤五}のみがドラ扱い。南場ならどちらの赤牌もドラではなくなってしまいます」

 

 

 

 

説明は以上とのことだ。四人は場所決めをした上で、卓に着く。

 

 

 

席順(今回の原点は通常通り25000)

 

 

起家:夢子

南家:妄

西家:豆生田

北家:芽亜里

 

 

 

一回戦、東一局、ドラは{一}。妄の配牌。

 

 

 

            {横西}

{一五赤五124689①②赤⑤北}

 

 

打、{西}。

 

 

 

(今回の麻雀は赤が六枚。面前手の得点は化けやすい。勿論親のリーチなんかに対してむやみに向かって行ったら殺されるが、一方で、その親番をうまく蹴る事も、また今回は必要な技術。今回あたしの配牌に赤が二枚。一般的な赤三枚の麻雀の倍ある訳だから、二枚くらい握れるのは平均的にあり得る事だと言える。だけど油断は禁物。この配牌はベストじゃない。だって、握れた赤牌はどちらも五の牌。東場の今においては常時ドラだ。しかし、他家の手や山には、面前限定のドラである三の赤牌が、三枚丸ごとごっそり眠っている訳で。つまり他家は今回面前で手を作ってリーチをしたがる傾向にある。一方で、この配牌のあたしはどちらかと言えば鳴く。二鳴きした所に二件リーチが来る、なんて事も十分あり得る。油断は、禁物……)

 

 

 

上家の夢子から{3}が出る。

 

 

「チー」

 

 

{横312}

 

妄、打、{北}。

 

 

次に今度は{③}が出る

 

 

「チー」

 

{横③①②}

 

 

(これも良くない。あたしは五の赤を二枚握っているから、他家から五の赤は見えていない訳で。そうなると、あたしが鳴いているのは五の赤を握っているからだと推測される。どんなノミ手でも、赤が二枚あれば最低3900。そう、あたしは既に二回鳴いている。これによって、鳴きの三色、あるいは一通、あるいはチャンタ。そこまで読まれてしまう。三鳴き目ができる保証は全く無い。赤の所在がどこにあるか、その情報を元にして、この麻雀の手役は読まれやすい)

 

 

 

しかし妄、ここは非常に運が良かった。{89}で待っていた所の{7}を引いてくる。これでかなり読み合い、押し引きは楽になっただろう。

 

 

そして……

 

 

「ツモ」

 

 

{五赤五46789} {5} {横③①②} {横312}

 

 

「500.1000だ」

 

 

 

 

東二局、妄の親。この局は鳴き合戦だった。ドラは{南}。

 

 

「ポン」

 

{南横南南}

 

 

 

豆生田が、南家で{南}を鳴いて、南ドラ三の満貫気配。

 

 

「ポン」

 

 

{東東横東}

 

 

 

それに負けじとダブ東を鳴く妄。{東}はドラ表示で一枚消えているのに、残りの三枚をかっさらった。

 

 

 

「チー」

 

 

 

{横4赤56} {横赤三四赤五}

 

 

 

東風戦の打ち手芽亜里は、両面からでも構わず鳴いてゆく。

 

 

 

 

そして、流局の間際。

 

 

 

「リーチです」

 

 

 

え――?

 

 

 

夢子が、リーチを宣言。

 

 

 

夢子は千点棒を供託する。

 

 

 

流局――

 

 

「テンパイです」

 

 

全員テンパイ。親は連荘して、東二局一本場だ。

 

 

 

点数状況

 

夢子:23000

妄:27000

豆生田:24500

芽亜里:24500

供託:1000点

 

 

夢子、今のリーチはなんだ?

いや、確かに、面前がとても強い今回のルールで、終局間際でリーチを打つ事によって皆を怯えさせ、鳴き手のテンパイを崩させて流局に持っていこう、その考えは分からない訳じゃない。

 

しかし、今それってそんなに大事か?面前で張ったのなら、リーチをかけなくても当然、流局すればテンパイ扱いになる。テンパイ料がいくらもらえるのかは、流局になってみないと分からない。

その一方で、リーチをする事で千点を供託しなければならないのは確定事項。絶対に持ち点は千点減る。

 

夢子よ、いいのか?そんな事してしまって。らしくも無い。トップを目指す打ち筋じゃない。

 

 

(ルールが特殊だ。まだ東場だぞ?今の微細な点差は後々響いてくるっていうのに)

 

 

東場と南場で条件が変わる今回の麻雀。そして、細かい持ち点の関係無い、着順の維持や逆転が常に要求される完全順位戦。難しい麻雀だ。

 

南場に入ると、赤牌の規定が変わり、全体的に打点が半減する。

 

南場から急に赤無し麻雀をやれだなんて。例えばの話、それって簡単じゃないだろう?

 

今回の麻雀の、このような特性は、麻雀の数あるルール、ゲームシステムの中で、似ている、通ずる所があるシステムがある。

 

 

それは――

 

 

 

富める者は更に富む。そのように作られた特殊なウマ、《沈みウマ》のようだ――



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第十八話 蛇喰夢子衰弱

点数状況

 

 

 

夢子:23000

 

妄:27000

 

豆生田:24500

 

芽亜里:24500

 

供託:1000点

 

 

 

東二局一本場、妄は親、ドラは{⑦}

 

 

 

妄の配牌。

 

 

          {横赤③}

{九19⑨⑨東西發中二赤三四五}

 

 

 

(くそっ)

 

 

なんかそれっぽいなとは思った。しかし、何度数えても八種しか無い。八種九牌。これでは流せない。九枚から国士が成る確立は僅か3パーセント程度。しかも、だ。

 

 

(まるで意味の無い国士)

 

 

相対的な話、赤などのドラが増えると、役ひとつの意味、価値が下がる。国士無双は役満十三翻。親なら48000点。しかし、この配牌でそれが成る確立、仮にきっかり3パーセントだとしたら、この配牌からの国士無双の期待値は、48000の3パーセントで1440。親の一翻にも届いていない。

では例えば?国士無双よりずっと簡単な、現実的に出そうな牌姿、役、ドラ。メンタンピンツモ、これで四。それに、表ドラ、裏ドラ、赤ひとつ。これで七。ここまでなら跳満止まりだ。跳満は六役と七役。麻雀とはよくできたゲームだ。得点の節目、倍満は八役、三倍満は十一役だが、その節目に、なかなか何故かあと一本届かない事も多いのだ。つまり、七役の跳満、十役の倍満。そういう事も起こるもの。

しかし?ドラの数が増えたらどうだ?赤の枚数が三から六に増えたとして、握れる確立も倍増するから、今数えた仮定にもう一本足してみる。メンタンピンツモ、表、裏、赤、赤。これで八本。倍満だ。親の倍満は24000。国士無双の半分だが、成る率は半分よりずっと高いだろう。

 

 

(役満には、ドラは関係無いからな)

 

 

 

面前で普通の手作りをし、倍満を目指すのが、簡単に言えば今回の麻雀の定石だ。だから、国士には全くまるで意味が無い。

 

目指す意味が、無い。

 

 

          {横赤③}

{九19⑨⑨東西發中二赤三四五}

 

 

じゃあこの配牌をどうしたらいいか。赤は二枚ある。三の赤を二枚握れたのはまあ嬉しい。

 

赤が二枚あるのなら、あがりの形にさえなれば得点は高い。しかし、この配牌は5シャンテン。とてもあがりに持って行けそうには無い。

 

 

(ならまあ、仕方ない)

 

 

妄、第一打を{五}とする。

 

 

そして、下家の豆生田が{二}を切った。それを。

 

 

「チー」

 

{横二三四}

 

 

芽亜里が鳴く。

 

 

「えっ」

 

ん?夢子?

 

 

 

夢子。北家。戸惑っている?夢子。ツモる動作をせずに手が止まる。

 

 

「えっ、あ、ごめんなさい、失礼します……」

 

 

夢子は硬直する。まるで頭が回っていないように、手が全然動かない。手牌も、理牌の途中で放置されてしまった。

 

 

……理牌の途中?

 

 

(あっ!)

 

 

 

妄は大急ぎで夢子の手牌を見る。

 

 

九枚、ある。手元に九枚寄せてあって、残りの牌がバラバラになっている。

 

 

九種、九牌?

 

 

 

夢子は配牌でそれを握り、流そうとした……?

 

 

しかし、だ。

 

 

(ふむ)

 

 

流せない。第一ツモの前にチーが入ったからだ。

 

 

 

暫く硬直した後、夢子は牌をツモり、そして打{⑦}。これはドラだ。

 

 

 

(なるほどなあ)

 

 

 

流す事を阻まれた、ガラクタ国士。妄と夢子。

 

 

 

(よし、勝負しようぜ)

 

 

 

二人とも、中張牌をバシバシ切って、あからさまに国士を強調した。

忍耐の勝負。成就する訳も無い二人の国士無双。そしてそれに対して、他の二人はまるで警戒していない。そりゃあそうだって。国士なんてまず成らないし、万が一成るとしたら、妄と夢子の国士の、先に張った方が、後手を踏んだ方の余り牌をロン。そういう展開が目に見える。

よって。

 

「ポン」

 

{22横2}

 

芽亜里が夢子から鳴く。なりふり構わず攻めてくる。

 

 

{九19⑨⑨東南西發中二赤三⑦}

 

 

終盤で妄の手牌、この状態。あとツモは四回。無理だ。絶対に無理だ。

 

 

しかし、その巡目に、北家の夢子。

 

 

打、{中}!

 

 

「え……?」

 

 

溢れた……?字牌が?まさか?

 

 

(いやいや、そんな訳)

 

 

次巡、妄、運良く夢子の現物を引いたのでツモ切り。

 

 

そして、妄の最後のツモ。その時の手牌。

 

           {横發}

{一九19①⑨⑨東南西發中赤⑤}

 

 

(……ふっざけんなよ)

 

 

芽亜里に対して切れる訳が無い赤牌と、最後のツモで手を埋め尽くした国士牌。しかしノーテン。ここで意を決して{赤⑤}を切ったところで、テンパイには至らず、連荘は不可。

 

 

(ぐう、まあ、まあここは)

 

 

{⑨}あたりにしておくか……

 

 

 

その時、夢子が手牌に触れた気がした。

 

 

 

(……!)

 

 

 

怖かった。その恐怖が、国士の恐怖が、最後の打牌を拒否し、そして、結局妄が打ったのは。

 

{赤⑤}……

 

 

「カンッ!」

 

 

「うわあっ!?」

 

 

 

 

 

{⑤⑤横赤⑤⑤}

 

 

芽亜里、大明槓。

 

 

「これで、この嶺上が実質海底ね」

 

 

 

芽亜里は勿論降りるつもりだった。単に海底をずらしたかっただけ。しかし、ここに至って。

 

 

「ツモ!」

 

 

 

{4445} {赤5} {⑤⑤横赤⑤⑤} {22横2} {横二三四}

 

 

「高目、引いちゃった。2000.4000は2500.4500(ニーゴーヨンゴー)

 

 

 

最悪……

 

 

 

と、そこで、ディーラー清華が割って入ってきた。

 

 

「大明槓は責任払いですよ。8000は9500の直撃です」

 

 

え……?

 

 

ま、まあ?これって順位戦だし?そういう事もある、か?

 

 

そうだっけ。説明の時に明言が無かったような。

 

 

 

しかし妄、何故だか反論できなかった。

 

9500点を、払ってしまう。点棒の受け渡しが完了した事によって、もうその裁定は後戻りの余地を失った。

 

 

「テンパイです」

 

 

「え?」

 

 

夢子が手牌を倒す。

 

 

それに対して芽亜里が言う。

 

 

「夢子?私ツモったよ?流局じゃない。公開しなくていいのよ」

 

 

夢子はやっぱり、どこかぼんやりしている。

 

 

 

(……!)

 

 

 

{一一九九11東東西西白白北}

 

 

 

混老頭、七対子……!

 

 

 

(……馬鹿な)

 

 

じゃあ、何故リーチをかけないんだ。

 

 

 

ちぐはぐだ。やっている事がめちゃくちゃ。前局は意味無くリーチ。今局はチャンスを見逃してリーチ無し。

 

 

 

夢子は、どれだけ弱っているんだ?

 

 

……思えば、今の最終打も。

 

 

赤牌を切るという暴挙。暴牌。妄にそれをさせたのは、夢子への恐怖心。

まだ、微かに残っていた恐怖心。

 

それは、今までの、夢子というギャンブラーが与えてきた印象。

 

 

それの残りクズみたいなもので、ギリギリ今妄は負けたけど。

 

 

もう。

 

 

もはや、そういったものに頼らないと押し負けるくらい、夢子は弱っているという事か?

 

 

 

……次は、東三局。



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第十九話 反省

色々試しつつ書いてみてます。


東三局。親は豆生田。妄は北家。

 

 

 

点数状況

 

 

夢子:23000

 

 

 

妄:17500

 

 

 

豆生田:24500

 

 

 

芽亜里:35000

 

 

 

妄の配牌。

             {横發}

{12赤35689赤三赤五③赤⑤東北}

 

 

すごい。配牌で赤が四枚。六枚中の四枚だ。

ドラは{中}となった。

つまり、手持ちにある{發}が、ドラ表示で一枚消えている。今北家である妄にとっては、手牌で浮いている{發東北}の三枚は、同様に一役付く翻牌である。この配牌であればまあまあこのどれかを切っておけばとりあえず間違いは無いだろう。

であれば、自分にとっての価値が三枚とも同じである以上、他家にとって価値の高い牌から先に処理する事で、それを鳴かれる事を防ぐのが目標とされるところ。

つまり、{東}だ。親にとってのダブ東。連風牌。これをまず切るべし、と思われる。

だが、妄は第一打を{發}とした。

これもなんというか微細な問題であるのだろう。親に鳴かれたくない{東}を先打すべきか、それとも、自分の進行を第一に考えて、一枚消えていて使い勝手の悪い{發}にするのか。

結果として妄は打{發}を選択した。何故かと言えば、この手牌、内側に寄った数牌が沢山あって、どれも切るのは惜しい。であれば、いくら翻牌と言えども、字牌である以上そっちを切るのが優先される。だから切ったのは{發}。そして、{東}にしなかった理由を敢えて言うならば、この配牌は、数巡のうちに翻牌が重なって鳴ける体制になれば、飛躍的に価値が上がると考えられるからだ。

 

 

妄は北家。つまり、妄が打牌した後にツモ番が来るのは親の豆生田。

 

豆生田、手出しで打{發}。

 

(ん、合わせられた。發は最早いらないってか。まあ当然。よくある現象……)

 

 

しかし、次巡、豆生田。

手出しで、打{發}。二巡連続。対子落としか。

 

……え?

 

なるほど?

 

豆生田。妄が打った{發}を鳴かず、手牌の{發}を二枚落とした。

考えられる事は。例えば豆生田の手牌はこのようになっていた可能性がある。

 

{12356二三六七九九發發中}

 

 

想像図だ。これで十四枚。親の豆生田がこの配牌だったとしたら、普通なら打つべきは孤立している{中}。{發}を暗刻にして、リーチ發といきたいところ。

だが、そうじゃない選択をするとしたら、ここは{發}の対子落としになるのではないか。リーチした時にピンフが付くようにする為だ。手牌は既にターツ数オーバー。溢れ。{九九發發}以外の部分が全て両面だとしたら、面前でも十分テンパイしそうだから、{發}の対子を落とすのは分かる。

それにもっと言えば、この想像図の場合、余っている{中}はドラ。字牌のドラだ。ならば、{中}単騎にしてのリーチドラドラの7700。このあたりの最終形も視野に入ってくる。であれば、{中}をはなっから手放しての、{發}鳴いての1500点なんて論外である。

 

 

豆生田は{發}を見送った。そして、その数巡後。少し予想外の出来事が起こる。

 

「ポン」

 

{横東東東}

 

 

(え?)

 

 

 

豆生田が{東}を鳴いたのだ。

何故?じゃあどうしてさっきの{發}を見送る?

その答えは、その局の流局の時に明らかになった。

 

「ノーテン」

 

妄はノーテンだ。

 

「テンパイ」

 

豆生田。テンパイ。手牌は以下の通り。

 

{2344赤56⑤⑤⑦⑦} {横東東東}

 

 

ダブ東に赤一の手。出あがり5800の手だ。

 

 

「テンパイ」

 

南家の芽亜里もテンパイを宣言。手牌は以下の通りだ。

 

 

{中中8899⑧⑧五五⑤⑤北}

 

 

{中}は場に二枚出ている。芽亜里。二回ともドラの{中}をポンせずに、あがる気ゼロ、本当に形だけの七対子テンパイ。もし終盤で危険牌を掴んでいたら降りていたのだろう。

 

 

(そうか……なるほど)

 

 

妄、自分の手牌を思い出し、反省。

 

運が、良過ぎた。赤を、握り過ぎた。

 

そうだ。当然の話だ。自分に赤が大量にあるという事は、他家にとっては赤が全然無い。何故だか分からないけど全然無い。そういう状況なのだ。

親の豆生田は序盤、{發}を鳴かずに{發}の対子を落とした。にも関わらず、その後で{東}を鳴いた。

つまり、豆生田の手牌には最初、少なくとも{⑤⑤}か{⑦⑦}のどちらかと、{東東發發}の四枚があったのだろう。例えば配牌で{⑦⑦東東發發}とあったならば、どちらかと言うと面前を維持して、七対子か三暗刻あたりに向かいたい。どうであれ{發}を鳴くのは躊躇われる。

何故なら赤の所在が分からないからだ。赤が全然無い。であれば相当の打点が無いと勝負する価値が無い。だから、親だった豆生田は、一役しか付かない{發}を見送って、ダブ東、二役付く{東}を鳴いた。そして、手の内には辛うじて赤牌{赤5}があった。發赤一なら2900だが、ダブ東赤一なら5800。この違いは大きい。無論、翻牌を全て鳴いて、ダブ東發赤一の満貫。それを目指すのも無くはないのかも知れないが、翻牌じゃない方の数牌の対子が{⑤⑤}か{⑦⑦}だった事を考えると、{⑤⑤⑦⑦東東發發}とある所から{發}を鳴くのは、後々の待ちの強さを考えるとあまり好ましくないのだろう。

 

南家の芽亜里。七対子テンパイの芽亜里もだいたい同じ理屈だ。赤が無い手牌。しかも手牌には五の牌の対子が二つもあったのに。そんな状況で面前を崩すのは危険。そう考えたのだろう。

 

 

二人テンパイ。荒牌流局。持ち点は以下のように移動する。

 

夢子:21500

 

 

 

妄:16000

 

 

 

豆生田:26000☆連荘☆

 

 

 

芽亜里:36500

 

 

 

次は東三局一本場だ。一本場は1500点。

 

 

北家、妄の配牌。

 

 

{23568一三五東西北北北}

 

 

妄は現状四着。逆転が求められるこの状況で、握ったのは翻牌の暗刻。しかし、雀頭が無い。

 

そして。

 

赤も、無い。



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第二十話 賢明に考えて

点数状況

 

 

夢子:21500

 

 

 

妄:16000

 

 

 

豆生田:26000☆連荘☆

 

 

 

芽亜里:36500

 

 

次は東三局一本場だ。一本場は1500点。

 

 

北家、妄の配牌。

 

 

{23568一三五東西北北北}

 

 

ドラは{⑨}。妄は現状四着。逆転が求められるこの状況で、握ったのは翻牌の暗刻。しかし、雀頭が無い。

 

そして。

 

赤も、無い。

 

 

 

前局の反省を活かして。今度は逆のパターンだ。六枚入っている赤が、手牌に一枚も無い。

であれば降り?降り決定?いくら自風の暗刻があるとは言え、打点も安い。赤沢山の相手に対して勝負できる手牌ではない。

 

しかし、その思考に反するように、妄の第一ツモ

 

          {横東}

{23568一三五東西北北北}

 

 

(ぐっ、もう、訳分かんねえ)

 

 

点数をよく見てみる。今妄の持ち点は16000。原点から-9000だ。場は東三局一本場。一本場は1500点。ツモだろうがロンだろうが、ここで更に失点してしまうと、下手をしたら持ち点は10000を割る。そこから原点の25000に戻ろうと思ったら、満貫以上の得点を二回は獲らなければいけない。この局を逃したら、残るは東四局と、打点が大幅に下がる南場のみ。

 

意外とこれ、今ってもう中盤、いや、終盤に近い状況なのではないか?

 

(やっぱり、《沈みウマ》みたいだ)

 

沈みウマとは。通常麻雀は、25000の持ち点から始まるが、終わった時に30000点を基準としてポイント計算を行う。まあこれが《30000点返し》というやつだ。

沈みウマも多くの場合はこの返し点を基準に設定される特殊な順位ウマで、まあ、トップがプラスのウマになり、次点が二着。四着などはマイナスになる、という序列付けは通常のウマと変わらないが、沈みウマの場合、文字通り、基準点より下回っている沈み者の人数によって、トップに与えられるプラスが異なり、時には、誰が基準点付近にいて、その者を失点させて自分のウマを増やす、という行動もアリになってくる。

 

そういう沈みウマルールでは、南場の後半戦など特に、暫定で下位になっている者は逆転が強く求められるから、高い手を作る為に手が遅くなる傾向にある。だから結果的に速度で負けやすく、後半でも更に失点。早い話、東一局で振り込んだ倍満が致命傷になり、いかに東南戦でも撃沈。そういう事もよくあるのだ。

 

今回の麻雀は沈みウマではないが、性質がそれに近い。東場は、鳴いても最大で赤が六枚ある。その為高打点が出やすく、四人の差がつきやすい。しかし、南場になると、鳴き手では赤ドラが一切無効になってしまう。その為劣勢の者は、遅い面前手を強要される。

 

 

          {横東}

{23568一三五東西北北北}

 

 

妄、そんな後半戦を控えたこの状況で、あがりの芽が非常に高そうな{東}の雀頭を手にする。他家の翻牌の芽をひとつ潰せた事も嬉しい。

しかし、いかんせん赤が無い。どうしたものか。判断に困る。しかしまあここは打{西}とした。

 

しかし次巡。

           {横北}

{23568一三五東東北北北}

 

 

(あ……?槓子……?)

 

 

暗槓、すべきか。自分の手は役が確定しているが赤が無い。その為打点の為には、面前を維持してリーチをする事が望まれる。

 

 

「……カン」

 

 

{裏北北裏}

 

迷ったが、ここはカンをする事にした。

 

カンをしてドラが増えれば、裏ドラ狙いで全員が面前傾向に行く。その為赤が無くとも何とかなると考えた。そしてもしも後手を踏んでしまえば、{東}の対子で降りればいい。

 

すると。

 

ドラ表示牌:{⑧西}

 

(おっ!)

 

 

乗った!ドラ四!北ドラ四は満貫!リーチで跳満!裏次第で倍満!

 

 

嶺上から引いた牌が{赤⑤}。妄、これをツモ切り。

 

 

「チー」

 

{横赤⑤④⑥}

 

豆生田が鳴いた。そして打{⑦}。{④赤⑤⑥}を鳴いて打{⑦}だ。つまり手牌には{④⑥⑦}があった。そんな持ち方をして、尚且つチーをカンチャンで鳴いたのは。つまり、恐らく。

 

(三色か)

 

 

豆生田は四五六の三色を狙っている。タンヤオ三色赤一は、鳴いても5800。いや、四五六なのだからもう一枚くらい赤がある可能性もある。赤々なら満貫の12000になる。これはもう。ならば、妄は。

 

「チー」

 

{横二一三}

 

{一三五}と持っていた所から{二}のチー。そして打{五}。下家の豆生田の事を見て、五を早めに処理した。

 

「チー」

 

{横五四六}

 

しかし、鳴かれてしまう。豆生田、ますます濃厚になる鳴きの三色。

 

 

「……ははは」

 

妄、次の巡目に、引いた牌をツモ切り。それは{赤五}だった。

 

 

「…………」

 

 

当然豆生田は、これを鳴く事ができない。豆生田の{四六}のカンチャンに、どうせ赤が入る可能性があったなら、黒の{五}を先打して鳴かせてしまう。たまたまできた事だが、豆生田の満貫の芽を少なくした、これは妄の妙手だった。

 

東場なら{赤五赤5赤⑤}は鳴いても使える。それなのに{赤五}を切った妄を見て、ドラ{北}の暗槓も入っている事だし、豆生田、妄の現物を手出しで打ち、降りたようだった。

 

そして。

 

「ツモ!」

 

 

{23567東東} {1} {横二一三} {裏北北裏}

 

 

「2000.4000は2500.4500」

 

 

 

夢子:19000

 

 

 

妄:25500

 

 

 

豆生田:21500

 

 

 

芽亜里:34000☆次局親☆

 

 

 

妄、原点以上へ復帰して、二着浮上!そして次局は、一着である芽亜里の親!つまり!

 

(当てる!親被りだっ!)

 

例えばの話、次局、4000.8000のツモを成せば、親の芽亜里は他の者に比べて4000点損をする。

 

そんな風に考えた妄だったが。だがしかし、次局。

 

 

「ツモです」

 

 

{1122赤33發發二二三赤三四四}

 

 

「三倍満です」

 

 

「え?ちょっと待って?ほんと?リーヅモ、それと……」

 

 

「はい。ドラドラ赤々裏々ですから、十一本で三倍満です」

 

 

「いや、七対子の二翻を足しても十本じゃない?」

 

 

「いえ、これは七対子ではなく二盃口ですよ」

 

 

「えっ、えっ?あ…………」

 

6000.12000……

 

 

点数状況

 

 

夢子:43000☆次局親☆

 

 

 

妄:19500

 

 

 

豆生田:15500

 

 

 

芽亜里:22000

 

 

 

南入――――!



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第二十一話 二千は五千

書き方はまだまだ研究ですわー


点数状況

 

 

夢子:43000☆次局親☆

 

 

 

妄:19500

 

 

 

豆生田:15500

 

 

 

芽亜里:22000

 

 

 

南入――――!

 

 

 

南一局。親は夢子。ここからが本番だ。南場より、{赤三赤3赤③赤五赤5赤⑤}の全ての赤牌は、面前でのみ有効の牌となる。

 

 

現状、トップ、夢子。二着、芽亜里。三着、妄。四着、豆生田。トップとラスとの点差は27500。

やはり前局の、夢子の三倍満ツモが効いている。

 

 

なんだよ。夢子。弱っているのかと思ったらそうでもないのか。三倍満の、しかも二盃口なんて作ってしまうなんて。

 

結局、強運。麻雀は半分以上は運のゲーム。蛇喰夢子という女。その強運によって、学園に来て最初のギャンブル《投票ジャンケン》では、知略に知略を重ねたにも関わらず、最終的にはただの偶然に八百万も張ってしまい、そして、あろうことか勝ってしまった。

 

そんな夢子。蛇喰夢子という女。麻雀も分かる。打てるのだと、はじめの頃に鈴井と話していた。

 

――南一局、親番。

 

 

「カンです」

 

 

{⑥⑥⑥⑥}

 

 

{⑥⑥⑥裏}

 

 

王牌:{裏裏1裏裏裏裏}

 

 

王牌は芽亜里の前の山だった。槓ドラは即乗りだ。芽亜里は、夢子がカンと言った瞬間にドラをめくる動作に入る。

 

 

{裏⑥⑥裏}

 

 

夢子はその間に、嶺上を引くのではなく、まず自分のカン材の左右を裏返す。そして卓の右端に置き、時間がかかるから人によっては嫌がるかも知れないが、ともかく夢子は丁寧な手順で暗槓を進行する。

 

 

王牌:{裏裏1赤⑤裏裏裏}

 

 

――夢子の暗槓:{裏⑥⑥裏}

 

 

乗った……ドラ四。

 

 

これが夢子の強運か。

 

 

(やっぱ、すげえよ。夢子。ツイてただけと言えばそうだけどさ。そのツイてたってのがなかなかに、そいつだからこそ起こるものだったりするもんな。ほら、赤木さんとかさ、あたしだってあの人の事は知ってるよ)

 

 

その後、夢子はほぼほぼ一人で局を進行した。芽亜里など、八巡目くらいまでは、元のドラの{2}を切るなど、ある程度勝負に行き、夢子の親をかわす手を作ろうとしていたようだが、九巡目か十巡目くらいを岐路として、徹底的に降りに回る。芽亜里は二着。このまま終わってしまっても、それはそれで。と考えた。

 

しかしその後。終盤。捨て牌も三段目になり。

 

 

「チーです」

 

{横④②③}

 

 

え?

 

 

夢子が、チー?

 

 

「ロンです」

 

 

{三赤三五五赤五六七} {八} {横④②③} {裏⑥⑥裏}

 

 

「12000です」

 

 

 

豆生田からの直撃だ。

 

 

 

ここで、よくよく考えてみる。

 

 

とりあえず、12000の放銃によって、点数状況は以下の通りとなった。

 

 

夢子:55000☆連荘☆

 

 

 

妄:19500

 

 

 

豆生田:3500

 

 

 

芽亜里:22000

 

 

 

これを見て、妄は思った。夢子はやっぱり凄いのだと。夢子は{②③}から{④}を鳴いている。{①}が二枚切れている状態で{④}を鳴く判断ができるのは、枚数が減ってきた{①‐④}を形にし、タンヤオも確定させる絶妙の鳴き。そして、この麻雀は性質的に沈みウマに似ている。今局より場は南場に入っている。既に四着だった豆生田は、残り少ない局数で、嫌でも面前であがらなければならない。そんな豆生田の持ち点を大幅に減らす事ができて、逆転は更に難しくなり、敵が一人減ったようなもの。

 

 

 

しかし、芽亜里は、妄とは違う印象を感じていた。

 

{三赤三五五赤五六七} {八} {横④②③} {裏⑥⑥裏}

 

 

夢子の今のあがり。鳴いていて赤は無効だから、タンヤオドラ四の五役満貫。12000。

 

しかし、手には赤が二枚入っていた訳で。面前で行っていれば、リーチにドラ六。タンヤオも着けば八本で倍満だ。

 

と、いうかそもそも。

 

倍満になるかならないかはこの際問題じゃない。重要なのは、あがる前の夢子の持ち点が43000だったという事なのだ。と、いう事は、12000では届かないが、親の跳満18000なら、どうであれ持ち点は60000に届く。そうすればコールド終了だ。

 

 

(何故、それを目指さなかった?)

 

 

判断ミス?いや、そういう事というよりも…………

 

 

夢子は、やっぱり弱っている?

 

 

麻雀を打つに当たって、心のコントロールというものは非常に重要である。欲に負けない力。恐怖に負けない力。いずれも、いずれもだ。上手に織り交ぜて、それを行動に変える。鳴くか、鳴かないか。押すか、降りるか。

 

 

あがれたから良かったじゃないか……という話ではないのだ。

 

 

夢子はその辺り、今かなりメチャクチャになっているのではないか?

 

 

 

次局、南一局一本場。

 

 

「リーチ」

 

 

芽亜里四巡目でリーチ。

しかし、捨て牌は以下のようであった。

 

{⑥4赤五横西}

 

 

非常に濃い変則的な河だ。これなら四巡目とは言え、降りて逃げ切る事もそう難しくはない。

 

まず、現物である以上、{西}は完全安牌である。字牌の安牌がひとつでも確定しているのは嬉しい。そして当然{⑥4五}も完全安牌。

更に、今回に限らない事だが、他家のリーチから逃げる為の道具として、準安牌というものが存在する。つまり、早い話スジだ。芽亜里の捨て牌にあるのは{⑥}と{4}と{赤五}。つまり、このたった三牌が見えているだけで、{③‐⑥‐⑨}のスジ、{1‐4‐7}のスジ、{二‐五‐八}のスジは安全度が高いという事になる。

 

 

それを受けて豆生田はベタオリ。{4}のスジの{1}四連打。槓子落とし。これはもう絶対に刺さらない。

 

 

しかし終盤になって、豆生田がドラの{北}を強打。{北}はドラであった上に、リーチの芽亜里の風であった。

 

 

(……張ったか?豆生田。まあ、そりゃあな、流局してノーテンって訳にいかないもんな)

 

 

しかし十八巡目、最後の最後になって。

 

 

「チーです」

 

{横⑨⑦⑧}

 

夢子が、チー?

 

 

これで、妄のはずだった海底が、テンパイかも知れない豆生田に回ってしまう。

 

 

結局海底や河底で何か起こりはしなかったが――

 

流局。

 

 

全員テンパイだった。点棒移動なし。但し芽亜里のリーチ棒が供託され、親も連荘し、次は二本場。

 

 

「テンパイです」

 

 

{222234555赤5} {横⑨⑦⑧}

 

 

なんだよ、役なし形テンかよ……多面待ちなのはまあいいけど……

 

 

夢子:55000☆連荘☆

 

 

 

妄:19500

 

 

 

豆生田:3500

 

 

 

芽亜里:21000

 

 

供託:1000点

 

 

 

そして、南一局二本場。親は夢子。

 

 

夢子は弱っている。確かにそう感じている者は今この場に多い。そして、分かりやすいリーチなどならまだしも、全くもって分かりにくい、例えばこんなやり方なら……

 

 

「ロン」

 

 

豆生田のあがり。夢子からの直撃。

 

 

{一二赤三三四五④④⑤⑥⑦78} {9}

 

 

「2000は5000」

 

 

……!

 

 

 

まずいじゃないか。夢子。

 

 

 

夢子:50000

 

 

 

妄:19500☆次局親☆

 

 

 

豆生田:9500

 

 

 

芽亜里:21000

 

 

ピンフドラ一。こんな手は普通はリーチが鉄則。しかし、夢子からなら、ダマなら出ると考えた。これにより、夢子は、5800でコールド到達の状態から陥落し、持ち点は50000。7700でも足りない。というか親番が終わってしまった。満貫8000でも足りない。もうコールド到達が、目標として適切ではなくなってしまった。

 

 

更に、豆生田の持ち点が、3500から9500に復活。これにより、既にさっきは二本場だったから、豆生田は、誰かの跳満ツモで飛んでいた。しかし、これでもうダメ。豆生田が親番の時に限っての、倍満ツモの二本場でないとトビに至らない。

 

もう、コールドもトビもそうは起こらない。ならば対局はオーラスまで続いてしまう。勝負はまだまだどうなるか分からない。

 

夢子…………?

 

 

次は南二局。親は、妄。



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第二十二話 全員賭ケグルイ





点数状況

 

 

 

夢子:50000

 

 

 

妄:19500☆次局親☆

 

 

 

豆生田:9500

 

 

 

芽亜里:21000

 

 

 

南二局に入る。親は妄。

妄、第一打を{八}とした。

 

 

「カン」

 

 

「え?」

 

 

{横八八八八}

 

 

 

豆生田がなんと、一巡目で大明槓をする。元のドラは{七}。新ドラは{白}だ。

 

 

 

何故、そんな事をする。妄にはその意図、狙いが、現段階ではまだ分からない。

 

 

「チーです」

 

 

{横④③赤⑤}

 

 

夢子が{①③赤⑤}のリャンカンから、タンヤオが付く方の{④}を鳴いて、打{①}。夢子としてはこのまま逃げ切れば良いのだ。面前の赤など今更いらない。それよりも、場に既に一枚見えていた、二枚目の{④}を鳴いて、タンヤオに向かう事ができる方が重要だろう。

 

 

しかし、夢子のこの鳴きが、明らかに悪手であるという事が、この後明らかになる。

 

 

 

九巡目。西家、芽亜里。

 

「リーチ」

 

芽亜里の手牌はこの形だった。

 

 

{二四778899①②③北北北}

 

 

役は、リーチ一盃口。しかし、待ちが悪い、{北}を切って、カンチャンの{三}待ちにするか、それとも{二}か{四}を切って単騎待ちにするか。

一応、単騎待ちにした方が符は上がる。ツモれば1300.2600だ。

それか、{三}待ちにした場合は、これは面前手だから、{赤三}のツモの可能性がある。もしそれが成就すれば得点は飛躍する。

しかしそれにしたって、{三}待ちただ一点というのはあまりにも悪過ぎる。どうせそれをやるしか無いのなら、あと一手手変わりを待てばチャンタが付く。そのような、悪い待ちでも行く価値のある手に仕上げるべきか……

 

 

だが結局、芽亜里は九巡目に、{四}切りの、{二}単騎でリーチを宣言。

 

そして、その巡目、豆生田の手番。

 

 

「カン」

 

 

{裏發發裏}

 

 

「カン」

 

 

{裏西西裏}

 

 

 

豆生田、{横八八八八}の大明槓と合わせて、瞬く間に三槓子完成。手には槓子が最初から二つあった。だから三槓子の為に、{八}を迷わず大明槓したのか。

 

 

……いや?違うんじゃないか?

 

 

そのような配牌を握っていたという事は、最初から三暗刻が確定していたという訳だ。三暗刻と三槓子の翻数は同じ。ならば三暗刻で十分。一応残りの二つは暗槓して、あわよくばリーチに加えての嶺上ツモなども狙った方が良かったのではないか。

 

 

それに、加えてだ。豆生田の手は四暗刻だった可能性すらある。勿論そこは確定ではないが、どうであったとしても、一巡目の{八}大明槓は不自然。不合理。王道をゆく豆生田のやり方ではない。

 

そう、それはどちらかと言うと夢子がやりそうな芸だ……

 

うん、ならば。ならば合理主義の豆生田が大明槓をした訳は。

 

 

そうか、豆生田は今当然テンパイで、壁ができた{八}の外側の{九}単騎で待っているという事か。

 

 

 

次の巡目、暗槓が入った事によって一発が消えた芽亜里のリーチ。芽亜里は、どことなくつまらなそうに牌をツモる。

 

その牌は、{九}!推測では豆生田の本命である{九}!

 

 

「ぐっ……」

 

 

芽亜里。仕方なくその{九}をツモ切りした。

 

すると。

 

「ポンです」

 

夢子が、ポン?当然張ったか。

 

そして、ポンをして夢子が打ったのは。

 

{七}……!

 

 

「ロン」

 

 

{2赤34七} {七} {裏西西裏} {裏發發裏} {横八八八八}

 

 

「發三槓子ドラドラ。8000」

 

「はい」

 

 

……夢子?

 

大丈夫か?夢子。{七}って。もう豆生田の待ちはそこくらいしか無いだろう。

 

豆生田の{八}大明槓は、最終的な待ちを良くする為のひっかけ、工作だ。確かに{八}をカンしたという事は、外側の{九}で待っている可能性はあった。しかしその{九}が通ったのだ。ならばもう{七}くらいしか無い。{七}はドラだったが、{八}が枯れている以上実質的には外側牌。単騎で待っても申し分無いだろう。

 

つまり面前を崩す前、豆生田の手牌には{七八八八}の四枚があったという事だ。このような四枚形は非常に強い。{六‐九}と{七}の三面張に取る事ができる。それを蹴っての{七}待ちひっかけ。あり得ないような待ち。しかし、面前崩しの大明槓がそもそも不自然である故に、逆にありそうな待ち。

 

今にして思えば、ちょっとした洞察力があったなら、一巡目の豆生田のカンで、この最終形まで予想も可能だったかも知れない。少なくとも、豆生田が最初から、三暗刻崩しての三槓子狙いだったという事は予想が付いただろう。

 

ならば、それに対抗できる制圧行為と言えば、ドラが増えている状態なら尚更面前リーチしか無い。芽亜里はそれを分かって、待ちが悪くとも、手変わりも待たずに急いで即リーチとした。しかし、夢子は、それ以前の段階で{④}を鳴いてしまった。これは悪手だ。夢子は最後に{九}を鳴いているからタンヤオではない。そして、{七}を打っているが、{八}がそもそも枯れているから、{七九九}という形をわざわざ持っていたとは考えにくい。

 

多分、夢子の手牌はこうだったんじゃあないか。

 

{四五六七九九白白白中} {横④③赤⑤}

 

この形から{横九九九}と鳴き、{四‐七}のノベタン待ちか{中}単騎かの選択で、打{七}。{中}単騎を選んだ。

 

……いやいや。おかしいおかしい。

 

 

「夢子……」

 

 

点数状況

 

 

 

夢子:42000

 

 

 

妄:19500

 

 

 

豆生田:17500☆次局親☆

 

 

 

芽亜里:21000

 

 

次は、南三局だ。この半荘も残すところ二局。夢子。本当に大丈夫か。夢子。



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第二十三話 終局。壊れ。そして終章へ

点数状況

 

 

 

夢子:42000

 

 

 

妄:19500

 

 

 

豆生田:17500☆次局親☆

 

 

 

芽亜里:21000

 

 

次は、南三局だ。この半荘も残すところ二局。夢子。本当に大丈夫か。夢子。

 

 

南三局。親は豆生田。ドラは{⑤}となった。

 

 

荒れそうなドラだ。残るは二局程度。面前なら赤も六枚ある。そんな状態で、真ん中牌の{⑤}がドラ。これは勿論鳴いても使える。

 

「リーチ」

 

南家の芽亜里がリーチを宣言した。

 

それに対し夢子。

 

一発で打{④}。

 

「ロン」

 

{②③66678234五六七} {④}

 

「8000」

 

メンタンピン、一発。裏なし。赤なし。表ドラなし。

 

何事も無かった。一発のせいで3900は満貫になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

夢子:33000

 

 

 

妄:19500

 

 

 

豆生田:17500

 

 

 

芽亜里:29000☆次局親☆

 

 

あまりにも弱過ぎる、めちゃくちゃな夢子。

 

オーラス、芽亜里の親。

 

「ロン、1500」

 

夢子、芽亜里に放銃。この時点で、芽亜里、手持ち30500。夢子、31500。

 

オーラス一本場。夢子はリーチを宣言し、流局。全員テンパイ。夢子と芽亜里、同点30500。しかし起家が夢子の為、暫定トップは夢子。芽亜里はあがりやめに至らず、オーラス続行。二本場。二本場は3000点。供託が1000点。この局をあがった者は、どうであれ着順が上位になる。

 

 

「リーチッ!」

 

芽亜里が、恐らくは最後になるリーチを打った。

 

その時、夢子の手牌。

 

         {横⑨}

{西西中中④④③③⑦⑧北北北}

 

 

メンホンチートイのイーシャンテン。ドラは{北}。が、まあ暗刻という事もあり、夢子、打{北}。七対子決め打ちだ。

 

その後夢子は{⑧}を引いた。即ちテンパイだ。しかし、夢子、{⑦}も{⑨}も手を触れずに、打{北}。そのまま対子落とし。テンパイを崩す。

 

結局――

 

 

「ノーテンです」

 

流局。芽亜里の一人テンパイで試合は終了した。

 

その時、唯一言える結果論が、以下の通りである。

 

 

妄の、手牌。

 

{①①①②③④⑦⑧⑧⑧} {⑨横⑨⑨}

 

清一色。{⑥‐⑨}、{⑦}待ち。

 

夢子は、妄のあがりを止めていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢子は、なんなんだ」

 

考える。夢子。

 

夢子とは博徒。狂い。賭ケグルイだ。しかし、その根底には、少しばかり、もしかしたらプライドのようなもの、引くに引けない【見栄え】があるのではないか。

 

夢子は、赤木の死によりショックを受けた。それにより、本来の自分を見失った。

 

夢子において本来の自分とは、狂っている自分だ。それを失ったという事は、狂っていないという事。なら、つまりそれは正常?いや、それも違う。狂いが反転すれば、それは煌びやかな魅力を失った【壊れ】である。

 

バグ。

 

だから夢子は狂おうとする。本来人として必要も無いはずなのに狂おうとする。

 

賭ケグルイだから。矜持があるから。

 

大変だろうな。いや、こんな言葉ではとても表せないかも知れない。

 

狂うのか。まだ?まだやるのか?夢子?

 

 

 

 

「打てますか?」

 

夢子は、綺羅莉に問う。

 

「ああ、ごめんね夢子。今、三打ちも四打ちもできないの」

 

「え――?」

 

「だって、あなたのラストバトルの相手は、妄ですからね」



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